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 以前から私と游心流に関してネットストーカーしている者が、またもウィキペディアなどにくだらんことを書き込みしていると会員から連絡を受けました。

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游心流DVDラインナップ

游心流DVDラインナップ

 通常の武術系DVDは5000~6000円くらいが相場ですが、これは販路の大きい大量に作れる会社だから可能な値段設定です。うちはチマチマと手作業で作ってますので、製作費や労力、販売部数の関係上、数倍にならざるを得ません。

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連絡専用ブログ「游心流武術健身法 インフォメーション」

セミナーや稽古会の予定、DVD、商品関連等の情報については、こちらのブログをご覧ください。
最新情報も掲載してます!)

游心流武術健身法 インフォメーション

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つれづれに・・・

 何か、安保改正法案の審議が揉めに揉めてますが、それに対する自民党の若手の勉強会かなんかで、「マスコミが悪い。不買運動をすべきだ!」という意見が出ているそうなんですが、私は、「自民党はここまで腐ったか?」と、流石に驚きましたね~。

 何で、マスコミが政府の言いなりにならなきゃいけないのか? マスコミというのは、権力の暴走に歯止めをかけるために、国民に広範にわたる客観的な事実に関する情報を提供するのが使命なんですよ。

 不買運動をしろ!なんて、何という傲慢さか? 政治家としての恥を知らないのか?

 作家のH氏を講師に呼んだそうですが、もうちょっとまともな人を呼べばいいのに?と思うのは私だけでしょうか。

 自民党の大御所には今期の法案成立を諦めてやり直すべきだと言っている人もいますが、それがまともな理性のある政治家の意見でしょう。

 目先しか見えていない右寄りの人間の考えで動いていたら、日本は引き返すことのできない戦争に巻き込まれてしまう危険性があるという点を明確に自覚しなければいけませんね。

 安倍首相の様子を見ていると、「日本は本当にアメリカの属国なんだな~?」と、つくづく痛感させられます。

「日本を取り戻す!」と気概ある宰相と期待されて登壇した安倍首相でしたが、いくらなんでも、「アメリカの言いなりになっているのはミエミエになってきたな~?」と、右の論客の皆さんも気づいたのではないか?・・・と思っていたら、オヤオヤ、右の論客の皆さんは随分と視野狭搾の人ばっかりなんだな~?と、まあ、期待もしていなかったんですけど、ここまでド~~の人達ばっかりだったとは、ちょっと驚きましたね。

 安倍首相がアメリカの言いなり過ぎなのを批判しているのって、小林よしのり以外に誰がいるんでしょうかね?

 いや、私は別に批判したい訳ではありません。売国奴と罵るつもりもありません。

 ですが、いい加減に奇麗事の嘘言うのはやめたらどうかな~?と思うんですよ。国会の答弁聞いていると、「無理やりにでも法案を成立させてしまわないと俺の命が無い」と、焦ってるようにしか見えませんけどね。

 いいじゃないですか? 本当のこと言ったって、誰も責められないでしょう。

「日本は戦後、一貫してアメリカの属国でした」って言ったところで、戦争に負けたんだから仕方がないじゃないですか? アメリカ様の家畜と一緒なんだから、ちゃんと自覚した方がいいんじゃないですか?

「日本を取り戻す!」って言ってる安倍首相と、それを称賛している連中を見ていると、恥ずかしくってしょうがないんですよ。アメリカのお偉いさん達が、さぞや腹抱えて笑ってるだろうな~と思うと、ゲンナリするんですよ。

 寂聴さんが病を押してデモに参加したり、湯川れいこさんも参加されていて、本当に頭が下がりました。湯川さんにはスコーレの親睦会でお会いしましたが、本当に素晴らしい人だと思いました。

 でもま~、日本は、アメリカの属国として世界一平和で豊かな国になったんだから、感謝していいんじゃないですか?

 ハマコー先生も言ってたじゃないですか? 「アメリカ様のお陰なんですよ!」って。

 ここ最近、政治家や評論家が「陰謀論に惑わされるのはバカ」という論調を冷笑的に口にしていますが、陰謀論の基本になっている要素は次から次に現実化されてきているじゃないですか?

 TPP、マイナンバー、原発維持・・・こんなの昔から陰謀論で指摘されていたことばっかりですよ。

「陰謀なんかありえない!」と言う方が、あまりにも現実無視で甘っちょろいんじゃないですか?

 そもそも、人間は権力を握るためには権謀術策を巡らせるのが当たり前の生き物なんです。戦国時代なんか、戦場で戦う以上に、実際は陰謀で邪魔者を抹殺するのが多かったでしょう。

 満州国だって、日本帝国軍が陰謀で建国した国でした。それは戦後の日本の高度成長の実験場でもあった訳ですよ(そういえば安倍首相のお爺さんの岸信介氏も満州人脈)。

 戦争も本質的には狐と狸の化かし合いが本筋で、戦闘は陰謀を隠すためにやっているようなものです。で、犠牲になるのは、常に民衆です!

 考えてみてください。かつての敵国だった日本に、何故、原発が数十基もあるのをアメリカが許しているんでしょうか?

 北朝鮮が一基造るだけでも大騒ぎするのに・・・。

 原発が基幹エネルギーのため? 違いますよ。今更、そんな与太話を信じる人がいますか?

 ズバリ、核兵器作るのに必要だからですよ。

 読売新聞はいまだに原発の必要性を必死に訴えていますが、読売の正力松太郎が原発推進を進めた中心人物(もちろん、日本が核武装することを念頭に置いていた)であり、またフリーメーソンリーだった・・・ってことは、もう判るでしょう? その背後にはアメリカがいた訳ですよ。

 歴史的には幕末の頃から仕掛けられていたとされますが、実際はもっと昔にイエズス会がやってきた頃からでしょうね? だから、キリシタン禁止令が出た訳です。

 アメリカは移民の国でしょう? その移民って何でしょうか? 宗教的な侵略でネイティブアメリカンを虐殺して土地をぶん盗ったのが今のアメリカ人でしょう?

 戦後の日本国憲法がアメリカのイデオロギーを押し付けられたのは事実でしょうが、それはある意味、アメリカが理想とする国にしようとしたんだから、日本は、堂々と理想国家を邁進すればいい。

「戦争は絶対にしません!」と、堂々と宣言してアメリカの要求なんか無視してやればいい。

 堂々とアメリカ合衆国の一州を宣言して、州としての権利を逆に要求するんですよ。

「お前らの押し付けた憲法で戦争はしないと誓っているんだから、今更、日本に軍事協力させんじゃねえっ! 実質、日本はお前らの植民地なんだから、外国に侵略されたらお前らが防衛するのが当たり前だっ!」って、堂々と言い返せばいいんですよ。

 安保法案を無理やり改正しても、中途半端に自衛隊の立場を縛ることにしかならんでしょう。そっちの方がリスクが高いと思いますよ。

「戦争には絶対に与しない!」と突っぱねるか、あるいは、「戦争には与しないけれども日本の国土と国民を護るためには徹底的に戦う!」と腹くくるか・・・どっちかしかないんじゃないですか?

 私なんか徹底抗戦したい人間ですが、他人にそれは求めません。あくまでも個人としてそうしたいだけ。だから、国家としての戦争の是非に関しては絶対に拒否します!

 どうしてか?というと、私は国のために戦う気持ちなんかさらさら無いからです。戦うのは自分と自分が守りたいと思う人達だけです。国なんかどうでもいいです。

 それで殺されたって仕方がない。生きてる限りは誰にも何物にも支配されないで生きる!と決めているからです。

 たった一人で何ができる?と、よく言う人がいますが、何百何千何万の人間がいてもできないことでも、たった一人の人間がやってのけることがあります。

 それは、どれだけ多くの人達の共感を得ることができるか?ということです。

 安倍首相の支持率が落ちてきたのは、やっぱり嘘があるからじゃないですか?

 今の安保法案はアメリカの要求に応えることしか考えていないでしょう?


 政治家の限界だと思いますよ。人間は権力で支配したりされたりすることは本質的に受け付けませんよ。

 あるいは、政治が弱い者の味方であれば別でしょうが、現実はどうでしょうか? 弱い者にしわ寄せが増えているだけにしか思えませんね。

 だから、私は政治が嫌いだし、どうせなら、文化芸術の力で新しい世の中をクリエイトしていきたいですね。

 政治は権力構造であり、権力構造を下支えするのは宗教やイデオロギーです。これが対立を生み出している訳です。

 宗教やイデオロギーの対立を超えるには、文化と芸術で人間の原始的本能を共鳴させるしか手はありません。

 で、闘争本能はスポーツと武術格闘技で昇華させるんです。それも、競い合うのでなく、道楽にしてしまう。強い弱い、上手下手も関係ない。

 無心で道を楽しむ・・・それが“道楽”です!

 まっ、これは松田隆智先生が言っていたことなんですが、松田先生が武術のみならず精神世界(オカルト神秘主義思想)に惹かれたのも、競い合うことの不毛さに気づいていたからでしょうね?

 私は、本当に戦争だけは絶対に真っ平御免です!

 武術やっているのだって、他者から権力的に支配されようとする時に「やれるもんなら、やってみろ!」と言ってやりたいからです。

 私が従うのは自分の意志だけです! そして、誰もがそうであるべきだと思います。

 権力は人の魂を腐らせます。

 一国の首相たる者は、アメリカに対して「日本人をなめるな!」って、一喝してみせて欲しいな~? 無理だろうけど・・・。

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『続・合気の応用』完成!

 DVD最新作『続・合気の応用』できました!
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 いや・・・できたんですけど・・・これ、マジで危険過ぎるかも?

 このDVD見ながら真似して練習してもらえば、神秘の秘術と信じられている技が誰でも体得してしまえると思うんですよ。

 読みと交叉法を知っている人間がこれを覚えたら、冗談抜きに達人になれるでしょう。

 後、発勁を体得すれば、戦闘力は殺人的なレベルになってしまうでしょう。

 つまり、『戦闘理論』と『続・合気の応用』の内容を体得できれば、通常いわれる達人というレベルにはなれると思います。

 はっきり断言しますが、甲野氏レベルには一瞬で勝てます!

 何故、そこまで断言できるか?というと、10年以上前ですが、三カ月くらいしか私に教わっていない武道経験0の人間でさえ、甲野氏を翻弄してしまったからです。

 その当時から比べれば、理論研究は遥かに進んでいます。まったくの素人であっても、私が教えれば、あっという間に甲野氏の技が通じないようにしてしまえるのです。

 嘘だと思うなら、試してみられたらいいでしょう。

 今回のDVDでは合気封じの技の原理も解説しているので、甲野氏に限らず、見世物芸としての合気技しかできない師範だと大恥かかせることになってしまうでしょう。

 だから、本当に、これは恨まれるだろうな~?とは思いますね。

 でも、合気武術を真に必殺武術にするためには、この水準に留まっていては未来が無い!ということを専門の修行者の方々に自覚して戴きたいんで、一時的に恨まれるのは仕方がないか?と思っています。

 その上で自在に身体中のどこからでも発勁が打てるようになれば、殺人的な戦闘力を得られる・・・と個人的には思います。

・・・だから、果たして、このDVDを一般に販売してしまっていいのだろうか?と、今の私はかなり迷っているというのが偽らざる本心です。

 あまりにも出し過ぎてしまったかな~?と・・・。

 特に「気で触れずに相手を翻弄する技」の基本原理を解説した人は過去にいないでしょう(今田柔全先生が催眠暗示の作用で解説されていて、かなり当たってはいました)し、神秘の秘術だと思っていた技が、実は、こんな単純な理屈で成立していたのか?と、相当な驚きと失望感を与えてしまうかもしれないな~?と思います。

 また、私自身が武道武術の専門雑誌からはアンタッチャブルな存在で、知る人ぞ知る?というポジションなので、パクる人が続出するだろうな~?と思う訳ですよ。

 私自身がいろんな先生の技をパクりまくって研究してきているので、パクられることに対して文句を言えた義理じゃないんですが、私が武術の秘伝や極意を研究して解析しているのは、あくまでも武術文化の総体としてのレベルアップに貢献したいからなんですよ。

 なので、私の研究をパクった人が自己の売名にのみ利用しようとするのなら、それは放置しておけなくなるんですね?

 ですから、パクるのなら、さらに発展させてから発表してください!

 デッドコピーみたいに劣化した技を公開するのはやめてください!

 余談ですが、過日、独自の理論研究で手裏剣術を研鑽されている鈴木崩残先生が、かなり久しぶりに貴重な研究成果のDVDを贈ってくださいました。

 私、直にお会いしたことはないんですが、鈴木先生のレクチャーと自作の手裏剣を頂戴したことで、まがりなりにも手裏剣術の研究の端緒に就くことができました。

 昨年、自前の道場を持つことができたことから、ようやく自由に手裏剣の稽古ができる環境になり、楽しく練習していたんですが、鈴木先生から最新の研究成果を纏めたDVDをお贈り戴き、その真摯な探究心には本当に頭が下がりました。

 おまけに、「お弟子さんで関心のある人にも渡してください」と、三つも頂戴したので、手裏剣術の才能がある東京支部長にもプレゼントしたんですが、「こんなに研究している方がいると知ったら、自分が恥ずかしいです」と言っていました。

 でもね。恥ずかしいと感じる気持ちが大切なんですよ。感じない人も多いから・・・。

 御承知のように、現在の私は武術武道関係の方とは極力、接しないようにしています。

 どうしてか?というと、武術武道をやっている人間は一家言の持ち主で付き合ううちに意見が対立しがちだからです。本当に、ホトホト、嫌気がさしてしまったのです。

 正直、鈴木先生にも、主張されている内容に武術を否定的にとらえられている印象があったので、ぶつかる前に距離を取るのが私なりの礼節と考えていました。

 ところが、恩を受けていながら、そのような勝手な不義理を働いていた私に対して、御自身の血のにじむような修練と研鑽の成果を分け与えようとされたのです・・・。

 このような御厚情を受けるとは予想もしておらず、ただただ、「(疑ってしまって)お恥ずかしい」としか言えません。

 私も、仮にも武術を修行する者の端くれとして、技を深めていくことの意味は理解しているつもりです。

 10間(18m)もの距離を手裏剣を飛ばして的に刺中させる技術のどれほど至難な技であり、そこに到達するまでにどれほどの修練を費やされたか?を考えると、自分の甘さを反省するばかりです。

 人と人が命を賭けて戦う武術に関して、その修練には執念も必要となるでしょう。

 綺麗事で悟ったようなフリをする者が真に達人と呼べる実力であるとは限りません。むしろ、私の経験上、本当に優れた腕前を持つ方は、口先ばかりの綺麗事は言わないものですし、見世物芸ばかり演じたりもしません。

 戦うということの空しさを理解しているからだと思います。

 しかし、それでも武術には人を惹きつけてやまない魅力があります。それはまるで魔力のような理解しがたい異様なものであり、合理的な説明がつきません。

 多分、超人願望なのでしょう。

 人間は無力な存在のままではなく、超越的な存在になりたいという願望があるのでしょう。

 だから、超越的な能力を持つ人に憧れ、自分もそうなりたいと願うのです。

 武術はその超人化の訓練システムを持っています。

 私は、そのシステムの真相を解明したいと欲求して、延々と続けてきました。しかし、やはり自分の苦手な分野というものがあり、それが手裏剣だったのですが、鈴木先生の教えでかなり研究を進めることができました。自分だけだったら、「あ~、俺は才能ないな~」と、とっくに諦めていたでしょう。

 多分、これも天の配剤なのだと思います。奇縁もまた、天の導きなのだと思います。

 そう考えれば、合気のDVDを私が発表することで誰かが使命に目覚めていくのかもしれないし、もし、そうなったとしたら、いいな~?と、そんなことも考えて、迷いをふっ切りました。

 こうなったら、次回のセミナー(当て技の展開~全身を武器化する)も撮影して、DVDにするかな~?と・・・。

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新作DVD 『游心流武術健身法 続・合気の応用』

内容:
各種合気揚げ・指合気・合気の下段払い(突き・蹴りに対して)・歩法を使った接近密着戦法・剣の理合から手刀、体の合気への発展・体の合気(腕・脚・腹)・気で触れずに制する技の原理・多数捕りなどの見世物芸のやり方・合気の封じ方・合気を応用した指一本での無刀捕り

価格: 20,000円

ご注文(ご予約)方法
こちら(http://infoyushin.blog.fc2.com/blog-entry-12.html)の画面下方をご参照ください。
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『続・合気の応用』予約受付開始

 新作DVDの緊急出版です。

 14日に開催した月例セミナー「合気」の内容を、そっくりそのまま映像化した特別版です!

 合気に関しては神秘武術マニアのみならず、武道や格闘技の愛好家も関心があるようで、それこそ無数の書籍や映像作品が出版されています。

 しかし、見世物芸と実用技の区別が曖昧で、原理から応用までを解説しているものは非常に少ないように感じています。

 特に、身体操作ブームの余波で、余計に混乱してしまったのではないか?という気もしています。「指をこうして・・・」とか、「腕をこうやって・・・」と、特殊なやり方をすることで初めてできる?という錯覚を広めてしまっています。

 私、結構、実験しましたが、そんなヘンなことやる必要はありませんでしたよ。

 やり方を知っていれば、簡単にできることを、もったいぶって達人だけができる秘技であるかのごとく喧伝する勘違い武術家?が少なくないので、誤解ばかりが広まってしまっているように思えるのは私だけでしょうか?

 まず、一番の勘違いは・・・

「合気を体得すれば最強になれる!」というものでしょう。

 まあ、こんなこと信じるヤツがお目出度いと言うしかないんですが、合気の技術が身法から心法にまで繋がるテクニックであることは事実なので、体得すれば、一気に技のレベルがアップするという点は指摘しておいてもいいかな~?と思います。

 例えば、「指一本で相手を制圧する」というのも、合気の原理を巧妙に駆使すれば、不可能とは言えません。

 ただし、崩しの原理を理解していなければ無理ですし、一つの技だけ覚えれば万能に通じると考えるのが愚かなのです。

 そういう意味で、今回は合気技を封じる原理についても解説しました。

 これ一つ覚えるだけで、合気の見世物芸の大半を通じなくしてしまえますから、見世物芸しかできない師範だったりすると道場が潰れかねないですね。

 また、合気と並んで、「気で触れずに相手を操る(倒す)」といった技についても、基本原理を解説していますから、これまた、その手の芸しかできない師範は泣いちゃうでしょうね~?

 撮影した映像を確認してみたら、我ながら、「すげぇ~・・・」と、絶句してしまいましたよ。

 全国の“威張り腐っていた見世物芸専門の人達がショック死するかも?”・・・という『最も危険なDVD』になると思います。

 だって、達人しかできない筈の神技が誰でも即座にできて、達人の技が通用しなくなってしまうんですよ?

「誰でも達人になれる! そして、誰でも達人に勝てる!」って、キャッチコピーつけたいです。

 セミナー参加者から、私の技をパクッて講習会やっているらしい人が居る?と教えられたんですが、見世物芸だけやってみせても意味ないでしょう?

 そんなもん、一発本気でぶん殴れば本物かどうか判明しますから、「怪しい?」と思ったら本気でバチコーンッ!ってぶん殴ってみたらいいと思います。

 偽物だったら、その後、嫌がらせの嵐になるでしょうし、本物だったら半殺しにされる可能性が高いですが・・・(やってみる?)。

 無論、今回のセミナーは見世物芸ばかり解説しているんじゃありません。「合気を実戦にどう使うか?」というのがテーマですからね。

 そういう意味では“夢破れて山河あり”・・・「妄想を捨ててリアルな合気武術を構築していきましょう」・・・という方向性は、きちんと示したつもりです。

 海外の武術に席巻されている日本武術界の最後の砦である“合気”を再構築したいというのが私の目標です。そういう観点から合気武術の可能性に期待している人達に僅かでも希望を感じて欲しいんです。

 本当に凄い先生がいても、後に続いていかないでしょう? 師匠を崇拝するのではなく、超えていくべき目標と認識して研鑽を深めていかないと意味がありません。

 これは流派の枠組みに捕らわれていては、できないでしょうね?

 DVDは、セミナーをなぞっているので、実際に参加したつもりで友人や御家族と試して戴くと、結構、体得できると思います。と併せて練習してみて戴きたいと思います。

 今回のDVDは20万円くらいで売ってもいいんじゃないか?と思ったんです。価値が理解できる人なら買うだろう?と思ったからです。

 が、そこまで極端なことすると、隠れて自分だけ遣い手のフリをする人間が出るだろうと思ったので、2万円にしました。でも、私としては20万円か、それ以上の価値はあると思っています。真摯に武を求める方に買って戴きたいな~と思います。


PS;販売は六月中を予定しております。予約振り込み戴いた方から順番に発送致します。
PS2;DVD付き新作本は8月か9月に発売予定で、ただ今、第二稿執筆中です!

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新作DVD 『游心流武術健身法 続・合気の応用』

内容:
各種合気揚げ・指合気・合気の下段払い(突き・蹴りに対して)・歩法を使った接近密着戦法・剣の理合から手刀、体の合気への発展・体の合気(腕・脚・腹)・気で触れずに制する技の原理・多数捕りなどの見世物芸のやり方・合気の封じ方・合気を応用した指一本での無刀捕り

価格: 20,000円

ご注文(ご予約)方法
こちら(http://infoyushin.blog.fc2.com/blog-entry-12.html)の画面下方をご参照ください。

※販売は六月中を予定しております。予約振り込み戴いた方から順番に発送致します。

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セミナー参加者の御感想

長野先生、先日は遅くまで貴重なお話しをお聞かせいただきまして、誠にありがとうございました。 長野先生のセミナーは、まず先生の教えが気さくで簡潔かつ体系的なプログラムに仕上がっているため、全く時間や思考、気遣いの無駄がなく、費用対効果が非常に高いと感じました。また、どんな疑問にも即答して下さるので、自分なりの疑問点を整理してから参加すると、一層効果的だと思いました。 ただ、上記のような内容ですから、いちいちメモを取る暇もなく練習が進行して行きますし、覚えて帰ることが多過ぎてたいへんです。なので、帰宅してから自分なりに消化して、同様な内容の回にもう一度参加すると、最も効果的でしょう。
参加者の方々も、これまた先生の人徳を反映してか、気持ちのよい人ばかりですし、若くて運動習慣のありそうな方が多いので、相対練習も安心してできました。社会性は優れていても、あまり運動の習慣がなさそうだったり、「武術とは、敵意を持って襲い掛かって来る者を制圧する技術である」という第一目的が希薄な方が大勢を占めていると、技の効果や実用の可能性を実感できないままで終わってしまい、これまた参加する意味が薄れてしまいます。 なので、これほど先生と生徒のどちらもがよく整った環境の稽古会というのは、なかなか見られないだろうと感じました。今後とも、定期的に参加したいと存じます。 ご教授、誠にありがとうございました。 拝具
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六月セミナー合気感想

 游心流を名乗ったばかりの頃、私は、「いわゆる合気の技は見世芸だから実戦には役立たない」と考えていて、そのように言っていました。

 その後、かなり多くの合気系武道武術の修行者や師範と会いました。

 多過ぎて数はわかりませんが、流派会派は、大東流系は、大東館・佐川道場・六方会・幸道会・光道会・琢磨会・松武館・電々合気、植芝合気道系は、合気会・養神館・養正館・冨木式・万生館・氣の研・岩間道場・光輪洞、その他、八光流・親英体道・新体道・円天流道術等も合気武術系統といっていいでしょう。

 武田大東流や西郷四郎伝大東流もありますが、私は仮託だと思っています。

 広い意味で言えば、日本少林寺拳法も合気武道の一派ということになるでしょうし、骨法も無関係ではありません。

 しかし、それを言い出したら、空手拳法系で合気を研究した人はざらにいますからね。

 私自身は、合気武道の修行経験は、ほとんど0です。某合気道場に一時間半、体験入門したのが正式?に習った唯一の経験です。

 甲野氏に習っていた技法も、ベースになっていたのは合気道でしたが、甲野氏は異様なくらい合気道や大東流を目の敵にしていたので、悪口しか聞いたことがありません。

 植芝盛平や塩田剛三、佐川幸義・・・といった合気武道の世界で名人と評価の高い人を貶すのが習性みたいになっていました(武道武術格闘技全般を貶しまくっていました)。

 いかに合気道が非実戦的で形骸化しているか?ということを、毎度毎度、熱弁するので、「へぇ~、合気道ってそんなにダメな武道なんだ~?」と、洗脳されてしまうんですよ。

 今から考えると、タチの悪い冗談でしかありませんけどね? 名だたる合気道師範にボロ負けしていながら、あんな悪口が言えるんだから、裏表の激し過ぎる性格か、あるいは脳に重大な欠陥があるのかのどちらかでしょう。

 素手のミカエル先生に模擬刀で向かって奪われまくって首筋に刃を向けられ続ける、あれが彼の本当の実力です。見世芸しか工夫できないから、なんだかんだと理由をつけて演武するしかできず、まともに立ち合って勝ったことない人ですからね。

 負けた話(私が知ってるだけでも70回超えてます)だけで本が書けますよ。私がゴーストライターで書いてあげたいくらい、コントみたいな負けっぷりばっかりです。マジで面白いと思いますよ。あまりに弱いから、みんな可哀想過ぎて責めない?という前代未聞のトリックスター・・・。

 だけどもう、あんなインチキ親父を持て囃すのはやめた方が日本のタメですよ。日本武術が世界の物笑いにされるだけだから・・・。

 彼に学んだ人達も、実戦力が全然育っていないのに、勘違いして他流を上から目線で見下してしまったりすると危険でしょ? 大怪我しかねないですよ。危なっかしい。

 彼が常に批判している剣道・柔道・居合道・空手道なども、地道に修行を重ねて優れた実力と見識を持つ人はたくさん居るんですから、誤解してはいけません。甲野氏に心酔して偏見を植え付けられないようにして欲しい。

 断言しますが、合気道に秘められた実戦的理合は非常に高いレベルにあります。

 合気道に真剣に必死に打ち込み、その理合を理解して体現できれば、甲野氏のような見解には絶対になりません!

 合気道の遣い手が弱い道理がないのです!

 例えば、私は山口清吾先生のお弟子さんだった清心館道場佐原文東先生の教本作りに参加して佐原先生が研鑽された合気道の理合に触れて、甲野氏の合気道批判がいかに的外れなものだったのか?を確信しました。

 それ以前から、「あれ~? 合気道はひょっとすると、凄く実戦力高いんじゃね?」と思ってはいたんですが、佐原先生の理論に触れて確信に変わりました。

 私自身の研究の方向性と佐原先生の研究されている方向性が、ピタッと同じだったということなのかもしれません。

 だから、手をとって教えて戴いた訳ではないのですが、取材でずっと観ていただけで自然に私もできるようになりました。

 いや、「見取り稽古なんか嘘だ。あり得ない」と言う人も少なくないでしょうが、確かに、まったく何もやったことがなければ無理でしょうが、私は種々雑多に膨大な数の流儀を体験しているので、大抵は観ただけで技を再現することが可能です。

 特に、佐原先生は非常に明晰に理論化して技を教えられていらっしゃるので、教え方も非常に上手い先生だと思いました。~氏(一応、匿名にしますね?)に習うくらいなら佐原先生に学んだ方が遥かに良いと私は断言しますね。

 ただ、型を覚えるのはえらく苦手になってしまいました。若い頃はすぐに覚えられたんですが、最近は型の手順の通りに動くというのが身体が受け付けないみたいですね?

 なので、技の原理を盗んでアレンジして遣う技能が発達しました。

 こうなれば、後は動画でも見ていれば勝手に技ができるようになる・・・という訳で、どれだけ再現できるか練習している時に試す・・・というのが近年のやり方です。

 場合によっては技を見なくても説明されただけで再現できるようになったりもします。

 これらの技能は、脳内にどれだけイメージできるか?ということです。

 要は、「仕組みを理解しているかどうか?」で、技の体得スピードは雲泥の差が出るのです。

 普段の練習ではそこまで説明しません(聞かれたら説明しますが)。

 そういう意味ではセミナーは説明して実演して体得させているので、料金が高いなりの内容にしていると自負しています。

 やっぱり、お金を取る以上、結果が出ないといかんでしょう?

 合気は、毎年、必ずやる、うちの看板テーマみたいなものなんですが、初期の頃は“客寄せパンダ”と割り切ってやっていました。

 しかし、前述したように、合気道の真の実戦力を確信してからは、内容も少しずつ変えてきています。

 今年は、基本の合気上げから、いくつかの手法原理を説明し、演武のコツと封じ方も併せて教えました。

 どうしてか?というと、いつまでも、こういうレベルに立ち止まっていて欲しくないからです。

 合気上げが掛かったの、掛からないの・・・って、一喜一憂しているのを一生続けるんでしょうか?

 アホらしいと思いませんか?

 地力の養成と原理の習得が目的という点には文句はありませんが、延々とそれだけやっていて何の意味があるのでしょう? それでは他流から馬鹿にされても仕方ありません。

 だから封じ方も解説した訳です。

 いかなる武術もジャンケンみたいなもので、万能に通じる訳ではありませんよ。

 で、今回は、佐川先生が体現されたという“体の合気”みたいなこともやりました。

 相手の突きや蹴りをチョイッとはたき落としたり跳ね返す・・・。

 多少の習練が必要なので、怪我人が出たらマズイと思って、腹圧でパンチや蹴りを跳ね返したり、ローキックを蹴られた瞬間に太ももから跳ね返す・・・というのは、演武しただけでやらせませんでしたが。

 こういう「受けたと同時に跳ね返す」というのは、いろいろ応用が効きますから、今回は特に集中してやってもらいました。

 これらを練習し始めた時は、皆、痛い痛い・・・と言いながら練習しましたが、自由組手形式でやれば大怪我しかねず、気心の知れた者同士で慎重に約束組手で練習しないとできるようにはならないんですね。

 タイミングを取るのが難しいんですよ。

 私も、「これはちょっと、理論倒れで、現実にやるのは無理かな~?」と諦めかかったりしました。

 でも、続けていれば段々、自然にピタッとできるようになっていくものです。

 もっとも、できたらできたで、ビシッとタイミングよく相手の突き蹴りに合わせると、瞬間的に凄い力が発生して腕や脚の骨が簡単にベシッと折れてしまいかねない。

 だから、約束組手で慎重にやるしか体得できないのです。

「自由に動き回って攻撃してくる相手にはそうそう当たらない」という意見があります。

 これは間違いではありません。

 しかし、だから、自由に動き回って攻撃しあう練習が正しいということにはならないのですよ。

 双方が同じ戦い方をするのは競い合いの場合であって、実戦は要は勝てば何やったっていいのです。勝つことに目的があるのですから、下手に競い合う必要はありません。

 不確定な要素はできるだけ排除しなければなりません。

 武術の戦術は、「勝つための最も効率的な戦法を選ぶ」ということであり、そのために合気も工夫された訳です。

 合気の戦術は何でしょうか?

「相手とぶつからない」ということです。対立的対抗をしない訳です。ある種、負けて勝つ!という術理なんですよね~。

 だから、体得して駆使することができれば老若男女にできるし、病気で寝込んでいたり泥酔していたりする状態ですら駆使することができますから、本当に凄いよな~?と感心してしまいます。

 また、今回は、剣と合気の関係性を解説するために、無刀取りの合気バージョンもやりました。

 斬ってくる刀を避けて、峰を指一本で押さえて、そのまま床まで刀をじわじわ降ろしていって、奪ったのです。

 これなんか、説明されなければ超達人しかできない技だと思われるでしょう。

 それと、よく混同されるので、“気で触れずに相手を操る技?”についても基本原理を解説しておきました。

 これは、恐らく、一般的に解説した人はほぼいないと思います。

 何故、気で触れずに人を操れるのか?について、技術から心法に到るメカニズムについて少し解説してみました。要するに、見世芸の延長なんですけど、説明する人がいないから専門家でもほとんど解らないみたいですね?

 今回のセミナーの様子はDVD化して販売する予定です。

 いわゆる『合気の応用』の続編です。長年、合気の秘技を体得したくて何百万も金をつぎ込んだ・・・という人が見たら、きっと悔し涙で夜も寝られなくなるでしょう。

 ちなみに太極拳の秘技“ポンジン”なんかもやりましたよ~(苦笑)。


PS;はみ出し情報ですが、本を御紹介します!

凄い!ジオラマ』情景師アラーキー著
タモリ倶楽部でも採り上げられた超絶リアルなミニチュアワークの写真集ですが、特撮大好きな者としては涙物の素晴らし過ぎる本です。『特撮博物館』に行った時を思い出しました。必見です!

マンガでわかる!小説家入門』榎本秋・あがのまこと著
小説家志望の人は必見ですよ! マンガだから非常にわかり易くてタメになります。近年はウェブ作家デビューもあるけど、デビューしても売れっ子になれるのは数少ない。そのために必要な情報まで押さえているのがいいですね。

 どちらの本もアスペクトから出ています。

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六月セミナーは合気

 お待たせしました! 

 六月の月例セミナーは、みんな大好き、合気です!

游心流で習った合気を使うと、よその団体の技が全然、かからなくなった」という声をよく聞きます。

 普通は技の掛け方を教えるのに対して、うちの場合は、まず、掛け方を教えて、その原理を説明して、応用法を教えて、最後に破り方を教える・・・という掟破りをやっているので、よそで高段者とか師範代クラスにならないと教えてもらえないような技を初心者にいきなり教えて体得させてしまう訳です。

 だから、よそに習いに行って、そこの指導者でも技を掛けられなかったりするのも、別に実力の問題じゃないんですよ。

 ただ、大抵の流派で指導者クラスになっても勘違いしているのは、技は自然成長的に熟練していって、ついには万能に掛かる技になる・・・ということです。

 こんなの、間違いです。

 万能の技なんか原理的にあり得ません。

 例えば、私に有名な合気武術の先生が技を掛けられないからといっても、それは戦って雌雄を決した訳でもないので、私が強い訳でも合気武術の先生がダメな訳でもないんですね。

 私は研究家ですから、一度観た技は徹底的に分析しまくるのが習性です。ましてや、一度でも掛けられたら、次は破り方の一つや二つは工夫しますよ。

 こんなのは昔の武術家だったら当たり前。今の武道武術やっている人間がIQ低過ぎるだけでしょう。

 格闘技の世界だったら、対戦選手の試合ビデオとか研究して技の封じ方を研究するでしょう?

 当たり前ですよね? 

 何年も同じ技を掛けられて、返し技の一つも工夫しないのって、“脳足りん”としか言えないでしょう?

 合気を掛けられて、キャーッ。気で触れずに操られて、キャーッ。

 甲野さんが斧で薪割りしようとして跳ね返されてオットット・・・ってなったのを見ても、キャーッ・・・。カルトの信者ですか?

 長谷川初範が薪割りした方が遥かに上手い! 流石はウルトラマン80!

 とにかく、現代日本は観察眼も洞察力も失って、本物と偽物の区別もできない人間が専門家にも多いですからね~。もう、そんな連中、相手にするのも嫌です。

 あっ、そういえば、ミカエル先生VS甲野さんの動画の続きが出てましたね?

 大体、刀持って斬りつけながら、何回、素手であしらわれて首筋に刃を突き付けられれば、やめるんでしょうかね? 何十回、死んでんの?

 一回、やられたら、「参りました。お見事です」って引き下がればいいのに、どこまで日本剣術に泥を塗れば気が済むんですかね? このバカチンはっ!

 これはもうエキシビションの範疇をこえて、失礼千万ですよ! 何ですか、この態度!

 模擬刀とは言っても、当たれば怪我する勢いで斬り込んでいますね。ミカエル先生でなかったら大怪我させてしまったでしょう。正気の沙汰じゃありません!

 私も無刀捕りの実演で真剣使ったりすることもあります。が、斬られるのは私の方で、決して弟子に怪我させたりしたくないですよ。

 最後は模擬刀で突きを出したそうですが、キチガイ沙汰ですよ。模擬刀でも切っ先で突けば真剣と変わらないですからね?

 そもそも、こういう技は、実戦云々ではなくて、覚悟を練るようなメンタルな修練の意味が強いのであって、何度も何度も繰り返すようなものではありません。

 徳川家康だって、柳生石舟斎に一回やられて感心して弟子入りした訳でしょう?

 本当に、こんなヒドイの、初めて見ましたよ。甲野さんを持て囃している人は、目を覚まして欲しいですよ。


 とかく、武道やっている人間は、シャレのわからない石頭の人間が多いんですが、生真面目なだけの人間は、はっきり言って、ダメです。

 芯の部分は真面目であるべきですが、明晰な頭脳、鋭い観察眼、柔軟な発想というのは、お笑い芸人的な資質が無いと発揮されませんね。

 最も悪いのは、とかく、武道は思考停止を要求してしまうところです。「考えるな。感じろ」とか、「無心」「無念無想」とかいう言葉を鵜呑みにして、頭脳を使わず、ただ反復練習を繰り返すだけ・・・。

 競技の場合は、それでも通じるかもしれませんが、やはり二流で止まるでしょう。

 競技でも一流の人間はあれこれ工夫して貪欲に研究するものです。

 スポーツだとトレーナーや監督の力量で選手のパフォーマンスが左右されるでしょう?


 合気も、ただ繰り返していても体得も上達も望めません。延々と合気揚げを繰り返して上達具合に自己陶酔しているのでは武術でも何でもなくなってしまいます。

 だから、うちでは、まず、合気揚げのやり方を複数解説し、その応用法を解説し、返し技も教えます。

 さらに、合気の原理を応用した実戦向きの技を指導するのが、最近のカリキュラムですね。

 多分、武器術にも応用できるし、合気の原理を応用した整体療法もできるでしょう。

 佐川先生がそうやって合気を応用した剣術や拳法や棒術、槍術、二刀剣術を工夫していたと聞きますが、今回は、私もちょっと試してみようか?と思います。多分、できるでしょう・・・。

 名人達人を崇め奉るのも悪くはありませんが、そうすることによって自分の未熟ぶりをごまかすのでは本末転倒ですよね?

 先人の努力に敬意を払いつつ、自分はその先を目指していく・・・。

 それが後世の修行者への道しるべになる訳です。先人の遺産にしがみついて、おこぼれにあずかるような外道になるのは修行者失格ですよ!

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ドラマ・漫画・動画の感想

『古剣奇譚』

 中国武侠ドラマのオリジナル作品だそうですが、金庸、古龍、梁羽生という武侠作家御三家の作品を数多く映像化してきた結果、熟練したドラマ作りが感じられます。

 ゲームの世界観だそうですが、いろいろな妖魔が登場するのも楽しいです。狐の妖魔は美少女に変身するし、猫の妖魔も青年に変身・・・といった具合ですが、登場人物も普通の人間と仙人を目指して修行している道士(剣仙)が出てきて、剣と魔法のファンタジー世界のような塩梅です。

 妖怪好きな私としましては、日本の妖怪うぶめ(子供を抱いた女じゃなくて鳥の方)の元ネタ姑獲鳥(こかくちょう)や、『アルゴ探検隊の大冒険』に出てくる水蛇ハイドラみたいな多頭の大蛇、狼男、蔦の妖怪なんかが出てくるのが楽しいです!

 また、武侠ドラマの常連俳優がちょこちょこ出てるのもいいですね?(日本の時代劇も同じか?) ヒロインのヤン・ミーは、『神鵈侠侶』で郭襄を演じていましたし、過去の武侠ドラマに出ていた俳優さんが多く出ているみたいです。

 中でも、女道士の紅玉さんを演じている女優さん、チェン・ズーハンさん?は、確か、『新笑傲江湖』で儀玉さんを演じていた人だと思うんですが、脇役だともったいない美しい女優さんで、剣を構えた姿とか非常に極まっていてファンだったので、何かうれしいです。

 今回も出番はそんなに多くないんですが、主人公達を見守る姉さん的ポジションでカッコイイです! 主演映画とかないかな~?


『牙狼GOLDSTORM翔』

 ダークアクションホラーファンタジー『牙狼』も、深夜の特撮ドラマで、ここまでシリーズが定着したというのは前代未聞でしょうね?

 今回のシリーズは、何といっても魔戒法師役の南里美希が可愛い!ということに尽きますね。

 前のシリーズではそれほどアクションはやっていませんでしたが、今回は、バリバリこなしています。筋肉が6kg増量したのだとか? この顔でアクション女優になったら無敵ですよ!

 雨宮監督の作品では美少女がアクションばりばりこなす!というのがお約束ですが、南里ちゃんで『ゼイラム』の新シリーズ復活させてくれないかな~?と、ふと思いました。


『刃牙道』

 宮本武蔵がクローンで蘇り、霊能者が本人の魂を入れて、そのままの宮本武蔵が現代の武術家と戦う・・・という展開は、数多ある宮本武蔵を描いた作品中でも最高に魅力的なキャラクターだと思いますね。

 格闘漫画の決定版としてスタートしたシリーズも、完結した・・・と思ったら、復活!

 しかし、作者の板垣さんの関心は格闘技ではなく“武術”にシフトしたのでしょう。武術とは何か?という視点から、人間が戦うこと、生きるということ・・・に関する真摯な探究の過程を作品を通して描き出していく作業が楽しくて堪らない?という印象を受けますね。

 昔、風忍描く『地上最強の男・竜』に、最強の男二人が蘇って、竜に迫る!という展開があって、それが何と! 宮本武蔵とブルース・リー! 

 オイオイって思ったものの、“世界的な影響力のある武術家”で考えたら、確かに、この二人が最強ではないでしょうかね?

 烈海王VS宮本武蔵って・・・何か? ブルース・リーVS宮本武蔵っぽくない?

 某格闘漫画が、イマイチ、精彩を欠く印象が拭えなかったのも、作者の成長が感じられなかったからではないかな~?と、要らぬことも考えてしまいました。


『ツマヌダ格闘街』

 書店で見かけなくて二巻、買いそびれてしまっていたんですが、久々に見て、『刃牙道』とはまた違った武術観と技術解説などがあって、本当に感心させられましたよ~。

 漫画家とか小説家って、神憑り的に本質を洞察する場合があって、専門家でも気づかなかったことを直感的に悟ってしまうことがあるんじゃないでしょうか?

 もちろん、取材もされているからなんでしょうが、この作品には毎回、唸らせられますね。

 もっとも、武術の世界では流派毎、修行者毎に「これが正しくて、あれは間違い」という具合に独善思考が支配する世界で“正解が無い”ので、断定的に書くと必ずツッコミがあるものです。

 有名だからとか、専門雑誌に紹介されてるからとか、著書があるからとか・・・そういった事柄が「正統性の証明に一切ならない」という凄い世界なので、そういうことに惑わされないように作品を進めていって欲しいと思います。少なくとも私は応援してますよ!


産業用ロボットVSリアル五エ門

 ユーチューブ動画で出ていますが、産業用ロボットに“リアル五エ門”町井勲先生の居合斬りの技をトレースさせる!という凄い発想のプロジェクトの成果です。

 ご存じの方もいらっしゃるか?と思いますが、私、『バイオメカニズム学会』『計測自動制御学会』の会誌に武術の技に関する論文を書かせてもらったことがあります。

 無論、ロボットも好きだし、アトム、鉄人28号、8マン、マリンコング、ジャイアントロボ、金目像、マグマ大使、ジャンボーグエース、レッドバロン、鬼太郎第一期白黒シリーズに出てくる対大海獣ロボット、キングジョー、クレージーゴン、恐竜戦車、ロボット長官、セブンロボット、ユートム、ビルガモ、ロボネズ、エースロボット、ガメロット、セブンガー、モゲラ、メカニコング、ジェットジャガー、メカゴジラ、キカイダー、キカイダー01、ハカイダー、ビジンダー、電人ザボーガー、アイアンキング・・・といった、昭和のロボットが大好きですね。

 男でロボットに興味が無い・・・なんてヤツはいないでしょう?

 ガンダムやマジンガーZ、ゲッターロボに燃えなかった男なんか、男じゃない! 個人的には『装甲機兵ボトムズ』が好きなんですけど・・・。

 しかし、そもそも日本のロボットといえば、二代目黄門様(西村晃)のお父さん、西村真琴博士が作った“学天則”が最初ではないでしょうか?

 私は、『帝都物語』で初めて知りましたけど、日本の科学者はやっぱり優秀だと思いますよ。

 で、今回のプロジェクトは、産業用ロボットアームに日本刀持たせて町井先生しかできない試し斬りの技をトレースさせよう!というもの。

 私も試し斬りやっているから解るんですが、原理が解れば、ロボットの再現性からすれば人間以上にできるかも?とは思っていたんです。

 ですが、もっと何年も先の話だろう?と思っていましたし、そもそも、そんな物好きな実験をする人なり会社なりがいるんだろうか?と思っていました。

 今、カタナ・ブームですが、興味はあっても本物の日本刀を買おうとか、ましてや試し斬りをやってみようとまで考える人は圧倒的に少ないでしょう。

 それを「ロボットにやらせてみよう」というのは、ディスカバリーやナショジオくらいではないか?と思っていたんですが・・・。

 実験と撮影は相当、大変だったそうです。

 しかし、結果は上々。

 恐らく、現代最高峰の居合斬りの名手と思われる町井勲先生の技を、見事にロボットが再現してのけていました!

 しかも、競演した町井先生は疲労感を拭えないのに対して、ロボットは平気!・・・って、当たり前ですけど。

 コンピュータと碁やチェスを勝負して名人がどんどん負ける・・・という構図が当たり前になった現在、『ゴジラ対メカゴジラ』で、ブラックホール第三惑星人総指令(睦五郎)が、「ゴジラめっ・・・メカゴジラがお前と同じ性能だと思うなよ~っ・・・」って、憎々しげに言うシーンを思い出してしまいましたよ。

 何か、『ターミネーター』が現実化しそうで、ちょっと怖い印象もありますが、そういう恐れまで感じさせるほどの見事な“技術力”にこそ、これからの日本の発展がかかっていると思うと、“サムライ力”で世界に打って出ていって欲しいですよね?

 
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DVD撮影完了!

 五月ラストの日曜日は、新作本に添付するDVDと写真用の撮影の後半をやりました。

 この日は、うちの会の名誉特別会員でもある稲吉優流先生のダンスの生徒さんNさんとHさんにモデルで協力してもらいました。お二人ともバルセロナのダンス・アワードのメンバーでもあったそうなので、武道の経験はありませんが、ポージングは非常に極まってましたね。

 日本刀と中国剣を持って構えてもらったんですが、非常にビジュアル的にカッコイイので、「これも構えてください!」と、クリスベクターサブマシンガンと44オートマグ・クリント1を、それぞれ構えてもらいました。

「えっ? 銃も本に使うんですか?」

「いいえ、趣味です!」

「ワルサーPPK/Sとか小さいヤツの方がいいんじゃないですか?」

「美少女が不釣り合いなデカい銃を構える方が萌えます!」

・・・とまあ、はっきり言って、今回の本は私の趣味に走ってます!

 まあ、冗談はさておいて、私は武術修行者は銃も使えないとダメだと思ってます。現代戦闘の実戦を考える時に、素手で殴り合ったり刀で斬り合ったりします?

 あり得ないでしょう?

 本当に武道や格闘技にのめり込んでいる人間に限って、非現実的な実戦論を語るんですよね~? 戦闘が日常茶飯事の地域や、治安の悪い外国に行って、そんな70年代のヤンキーのタイマン勝負みたいな寝言が通用すると本気で考えているんでしょうか?

 暴走族やヤンキーやヤクザ上がりの人間は、私の話に大賛成してくれましたよ。

 何でかっていったら、彼らに正々堂々と一対一でタイマン勝負するのが実戦・・・という概念は無いからです。

「武道やっているヤツはチョロイ。素人より考えが甘い」と、彼らはよく言いますが、それは実際に武道やっているという相手を不意打ちしてボコボコにした経験なんかがあるから言ってる訳ですよ。

 彼らは強い弱いで考えてない。とにかく勝ちゃあ何したっていいんだ・・・という考えですから、金属バットや木刀、鉄パイプで武装したり、ナイフ使うヤツもいる訳です。

 一対一も考えていない。多数で不意打ちしてフルボッコにしてダッシュで逃げるとか平気でやる訳です。

 普通に武道やっている人間だったら、「卑怯だ!」って言うでしょうが、私はまったくそう思いません。戦闘は勝つためにあらゆる方法を検討するのが当たり前であって、そこに卑怯という概念はありません。

 むしろ、「人間の尊厳として、卑怯な真似はやりたくない」という倫理観を切り捨てて、ハードボイルドに戦闘の合理性のみに没入できる人間は凄いと思いますし、武術修行者としての一つの理想的在り方でしょう。

 銃は、誰でも簡単に殺傷力を持つことのできる武器ですが、遣いこなすには相応の訓練による熟練が必要です。

 また、プロともなれば、既製の銃をそのまま遣うのではなく、遣い勝手の良いように改良(カスタマイズ)するのが普通です。

 私が刀の拵えを自作しているのも、一種のカスタマイズです。自分が遣いやすいようにしている訳です。

 これは、武術で基礎錬体をするのと同じです。

 武道やっている人間はダンスを馬鹿にする傾向がありますが、プロのダンサーを私が教えたら、一日で黒帯のレベルにできると断言しますよ。

 場合によっては達人クラスになる人もいるかもしれませんね?

 それほど、ダンスの動きは身体の機能を目一杯使うのであり、既に基礎錬体ができあがっています。

 脱力ひとつ取っても、武道やっている人間で真に脱力できる人は非常に少ないのに対して、ダンサーにとっては基礎的身体操作に過ぎません。

 これは私が長年教えてきて統計的な事実として書いている訳です。

 特に筋トレして筋肉を膨張させてしまっている人は、武術を体得するのは非常に困難ですね。

「マッチョでも柔軟な身体の人はいる」と、反論したい人もいるでしょうが、柔軟性と柔らかく動くことは別なんですよ。

 例えば、私は柔軟性は低いです。開脚なんかさっぱりできません。でも、私の技を受けた人は例外なく「柔らかい!」と驚きます。

 何が違うのでしょうか?

 私は、相手の力にぶつからないように注意しているのです。自分の重心を固めずに体内に散らしているので、こういうことができる訳です。

 ずうっと誰にも言わずにやっていたのですが、ある時、見破られました。

 誰に?

 武道家や武術家ではありません。コンテンポラリーダンスの先生が、北島師範に、「(長野)先生は、どうして重心をバラバラにしているんですか?」と質問し、北島師範が、“えっ? そうなの?”とビックリしていたらしいです。

 そりゃあ、そうでしょう?

 重心をバラバラに体内に散らすというのは、普通、武術では「やってはいけないこと」だとされているからです。

 中心軸を立てたり、丹田を意識するということは、重心を身体の中心に集中することですよね?

 私は、まったく逆のことをやっていた訳ですが、これは会員にも説明していませんでした。中には、「長野先生はダメだな~?」と思っていた人もいた様子です。

 だって、中心軸がビシッと立っておらず、身体が全然、統一されていないからです。武術的な身体性の定説から見ればダメに見える筈です。それをわかっていて、敢えて、やっていた訳です。

 もちろん、理由があります。

 重心を軸や点に集中すれば、技の鋭さは増すけれど、ある意味、体内に“居着き”を生じさせることになるのではないか?と考えたのです。

 武術でも武道、格闘技でも中心を狙うのは当たり前です。そして、攻撃に負けない強い中心を作ろうとする訳です。

 でも、限界以上の強い攻撃を受けたら、受け止められずにやられてしまいますよね?

「相手の攻撃を受け止めないで流す・・・。これを徹底的にやればいいのではないか?」と、私は考えた訳です。

 合気、化勁、ワカメ体操、システマ・・・などがヒントになりました。

 つまり、脱力技法をより発展させる研究をしていた訳です。この最新の研究成果は、今月のセミナーの“合気”で解説するつもりですが、少しだけ説明しておきましょうか?

 皆さんは、ゼリー状の水と真水では、どちらが早く泳げると思いますか?

 当然、後者ですよね? 筋肉に力が入って固まっているのは、ゼリー状の水と同じことです。重心移動が阻害されてしまう。だから、徹底的に筋肉を脱力させた方が重心移動はスムーズに速くなり、必然的に威力も大きくなる・・・という仕組みです。

「ただ、柔らかいだけでは攻撃力が出ない」と信じている人もいるでしょうが、柔らかければ柔らかいほど、重心力を高めることができます。

 体内の重心移動をより加速させられるし、一点から一点への移動よりも、多点から一点への集中の方がより威力が大きくなる。これは、ウォーターカッターと同じ原理です。

 水でさえ一点に圧縮集中して射出すれば鉄板を切断する威力が生まれるのです。

 バラバラに体内に散らしている重心を一瞬に打ち込む箇所に集中して打ち込めば、中心軸から打つより、丹田から打つより、もっと強力になるのではないか?と考えたのです。

 これは、姿勢が崩れて一見、弱そうに見える“達人”がいるという事実に関する分析だったのです。

 強いのか弱いのか外見で全然、察知できない得体の知れない不気味な達人の存在があるから、私自身で研究実験してみた訳です。

 軸の動きや丹田の働きは姿勢と重力の関係性で解明できたので、今は、その先を研究している訳です。


 話が長くなりましたが、プロのダンサーの身体性は容易に武術の極意を体現できてしまうので、私は「威力の出し方」「読みと交叉」だけ教えればいいという訳なのです。

 それだけで、そんじょそこらのナマクラ初段程度はチョイッと倒せるでしょう。

 で、この撮影の日は、稲吉先生が都内でダンスのレッスンが終わってから、相模原の本部道場まで来ていただくので、夕方近くに到着される計算でした。

 なので、いつもの日曜稽古をやって、撮影は昼過ぎてから準備すればいいだろう?ということで、11時からは普通に稽古しましたよ。

 新作本向けの撮影ですから各支部長は、ほぼ集合。独立して健身法と武術のよりディープな探究研鑽をしている体道塾仁平師範も駆けつけてくれました。

 DVDの撮影となると、自主映画時代からずっとやっているんで、私が一番慣れてるから、いつもならチャチャッと自分が中心でやるんですが、今回は、「游心流の次世代を担う人間が育っているんだぞ!」ということを見せたかったので、健身法や護身術の解説実演は仁平師範に、手裏剣術は小塚師範に完全に任せました。

 特に、仁平師範は稽古も撮影も、出ずっぱりの状態だったので、流石に疲れてましたけど、本当に、彼の動きは見る人が見れば、どれだけのレベルに達しているか?ということに驚いてもらえるんじゃないか?と思っています。

 前日に19歳のデビューから最短のボクシング、ミニマム級世界チャンピオンが誕生していましたが、今の日本の若者は、文字通りのニュータイプが次々に誕生しているんじゃないか?と思えて仕方がありません。

 稲吉先生に仁平師範を紹介した時、生徒さんに施術したのを見て、稲吉先生自身も整体療法なども学ばれて『柔芯体メソッド』を開発されているので、即座にタダ者じゃないと洞察されていました。

 多分、武術武道やっている人間だったら、判らなかったと思うんですよ。レベルが高過ぎると判断の基準に当てはまらないので、過剰に崇めるか、不当に見下すかのどちらかになりがちです。

 恐らく、うちの会員でも、私が「仁平さんはもの凄い才能の持ち主だ!」と言うから、「そういうものなのかな~?」と判断していた人が多かったと思いますね。

 私も経験ありますが、武道武術の世界では、「年齢が若い」というだけで未熟者だと決めつける人が非常に多い。客観的な観察眼と洞察力を持っている人は非常に少ないんですよ。

 私も、昔、「長野さんも、もっと真剣にやって内功を養わないとダメだよ」と、太極拳をやっている素人さんから言われて、「は~、そうですか?」と、内心、苦笑いしたことあります。

 特に中国武術やっている人には練習カリキュラムの問題で、慢心している人が非常に多く、「コンフーというのは時間を意味する。長年の正しい修行を積まねば真の威力は得られない」と信じ込んでいる人が大半なので、私みたいに一つの道場に長く通っていない人間なんか弱っちいと決めつける訳ですよ。

 でも、私は内功の正体を解明してしまったので、この定説が間違いであると、はっきり断言できます。事実として申しますが、多分、今の私の内功は斯界でもかなり上位の方だと思います。正体がわかったから短期錬成の訓練法を考案したからです。

 やっぱり、何事も上達の必要条件というのは、量より質なんですよ。無駄に年月だけ浪費している人が多いのです。

 さらに言えば、原理を理解しているかどうか?で、決定的に差ができます。

 仁平師範は、中学でうちに入った時に、かなり天才的な素質があると思いました。が、原理を追究するようになって才能が自己組織化していったと言えます。

 一つ、ヒントを示せば、倍々で発展させていくのです。

 それこそ、太極から両儀、四象、八卦・・・と分かれていくように発展していくのですね。これは、研究家としての私にとっても非常に楽しみな逸材となりました。

 武道武術の世界も、まだまだ、どこにどんな達人がいるか判りませんが、才能という一点に於いて、私は彼以上の人間を知りません。この先、どこまでレベルが上がっていくのか?と考えると楽しみなのです。

 何よりも、努力を惜しまないし、真実を探究することに関して非常に謙虚です。生まれついての修行者タイプですね。

 でも、彼の世代は、そういう異能者が続々誕生してきているのかもしれません。私の世代には、そんな人間はいませんでしたから・・・。

・・・とすれば、間違いなく、今の時代が呼んだのだろうと思います。

 私が子供の頃は、両極端な未来のイメージがありました。

 混迷する世界の様々な問題が解決されて真の平和で平等で明るく楽しい世界が誕生するという夢と、問題がより悪化して収拾がつかなくなって世界が崩壊するという悪夢。

 今はどっちか?と問えば、ほとんどの人が後者をイメージするのではないでしょうか?


 国家の対立も、宗教イデオロギーとからんでテロと戦争がゴチャ混ぜとなってしまっているし、地震に津波に火山噴火、異常気象・・・と、地球の生態系が保持され得るのか?というところまで来ています。

 能力値の低い人間がいくら集まっても解決できるような甘いものではないでしょう?

 個々の人間自身がポテンシャルを上げていくしか対応できないと思いますよ。

 そのために、時代が異能者を次々に生み出しているのかもしれません。これは進化なのかもしれない・・・。

 武術も含めた東洋の伝統的行法は、すべて人間を超人にするシステムとして考案されたものでした。ヨーガや仙道、密教、修験道・・・などは、人間を超越する修行システムなのです。

 ですが、これらは神秘主義としてオカルティズムの範疇に押し込められました。

 よって、これらのシステムは表層をカルチャーとして娯楽的に親しむ傾向が強まっているのです。美容と健康にいい・・・とか? ただのエクササイズになっているのです。

 これは、それら東洋の行法と融合した武術に関しても同様で、誰も真価を求めて取り組もうとは考えないし、それだけの価値があることも理解できていないのです。

 身体の動かし方が変わる!・・・って、阿呆か?と思います。あまりにもレベルが低過ぎる! そんな“上澄み”を有り難がっていて、何の意味があるのでしょう?

 これらの修行法の本質は、人間の根源的超越を目指した訓練システムであり、簡単に言えば超人開発プログラムなんですよ。だから、オカルティズムの範疇に押し込められて、一般の人間を排除してきたのです。

「オカルト」とは「隠された叡知」を意味し、西洋では魔術と合体して秘密結社に継承されました。

 しかし、近代の思想は、神秘主義を廃した合理主義、唯物論から出発し、自然科学が発達するのに続いて社会科学が生まれ、社会の構造を中心に考え、個人は社会を構成するパーツとしてしか認識されていません。

 社会のシステムを優先して考えられたために、個人の能力は無視されて均質化して考えられたのです。

 その一方で、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教という兄弟宗教は概念の対立を生じて排他的な闘争を生み出し続け、近代合理主義とは隔絶した国家の対立を続けています。

 人類の対立と闘争の根っこには、広義の“信仰”による排他性があるのです。

 私は、信仰心の正体は弱い自己から生じるのではないか?と思えてなりません。宗教は救いを求めて信じるものですが、人間は何らかのイデオロギーや価値観を信じていないと自己崩壊してしまうものではないでしょうか?

 生きる指針が無いと人間は不安で不安で仕方が無い。それは、他者との関係性の中でしか自己を認識できないからであり、社会を中心に考えるようにインプリンティングされ切っているからです。

 この典型が社会主義、共産主義でしょう。左翼の人達は人間がいかに一人では弱い存在なのかを熱く語り、完成された社会システムの必要性を論じます。

「人間は一人では生きられない」という強固な信仰・・・。

 しかし、動物にそんな概念が当てはまるでしょうか?

 人間が一人で生きられないのは、社会に所属して生かされているからでしょう。しかし、その社会というものは、複数の人間の都合で形成された共同幻想によって成立しているに過ぎません。個人が自由に生き方を選択し、他者がそれを強制しない世の中であれば、それが一番、理想的なのかもしれません。

 しかしながら、現実はそうではありません。自分の自由を確保するには、他者、外部の社会システムからの強制力を跳ね返す力を自分が持つ以外に道はありません。

 ただ、社会の真相を知ることは、あらゆる社会的強制から超然と自己の内的自由を確保することはできるでしょう。その達観の視座を与えてくれるだけで修行する意義は大きいと私は思います(まっ、具体的に書くとヤバイから抽象論にしたんですけど?)。
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著者プロフィール

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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