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游心流DVDラインナップ

游心流DVDラインナップ

 通常の武術系DVDは5000~6000円くらいが相場ですが、これは販路の大きい大量に作れる会社だから可能な値段設定です。うちはチマチマと手作業で作ってますので、製作費や労力、販売部数の関係上、数倍にならざるを得ません。

 ですから、購入御希望の方は、安い買い物ではありませんので、くれぐれも後悔のないよう熟慮してご購入くださいますよう、お願い致します。値段に見合った価値はあると認識しておりますが、稀にプレーヤーとの相性で映らなかったという御報告もあります。

 DVDは発送前に一つ一つ作動チェックしてお送りしておりますので、少なくとも映らないことは無い筈です。このような事例は市販DVDでもたまにあることなので、プレーヤーやパソコンを代えて再生してみてください。

 それから、滅多にありませんが、注文されても、こちらからお断りする場合もあります。
 これは、私供は、単なる商売でやっているのではなく、武術を指導することには相応の責任が生じると認識しているためであり、悪用の恐れがあると判断した場合はお断りするということです。

「金さえ出せば、欲しい情報は得られる」とか、中には金さえ払わずタダで教えてくれと言い出す者も過去にはおりました。このような礼儀も常識も無い者に危険な技を教えるのはキチガイに刃物を持たせるに等しいですね?

 入会希望の方でも何人かに一人の割合でお断りするのが常です。それは、こちらが了見が狭いからではなく、本人のためにならないと判断したからです。

 武術を学んだが故に心がねじ曲がって人生を誤ってしまうことのないよう、善良な人に勇気と知恵と力を持ってもらうのが武術修行の目的です。

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連絡専用ブログ「游心流武術健身法 インフォメーション」

セミナーや稽古会の予定、DVD、商品関連等の情報については、こちらのブログをご覧ください。
最新情報も掲載してます!)

游心流武術健身法 インフォメーション

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独り練習

 最近、会員の上達が目覚ましいので、私が取り残されていてはシャレにならんと思って、道場のゴミ出しに明け方前に行って、一時間程度、試し斬りと手裏剣、杖術、居合抜きなんかを練習しています。

 27日の金曜は朝3時に道場へ行って、試し斬りに使ったマキワラの、まだ練習に使えそうな長さのものをライトスタンドに装着して、いろんな斬り方を試しました。

 佐原先生の教えに従って、とにかく数多く斬ってみることも重要だと思った訳ですね。

 ホームセンターで畳表のゴザ買って使ってる訳ですが、一畳分で千円近くするんで、ケチッて半畳に切断して使ってるんですが、最近は自分で練習するより会員に斬らせているんで、もっと藤岡先生や滝田先生みたいにザックザク斬って練習したいんですよね~?

 畳屋さんから古い畳表をタダで貰ってこれたらいいんですけど、車が無いと大量に運べないでしょう?

 それで、ホームセンターで二畳分買ってきて使ってる訳なんですけど、我ながら貧乏臭いな~と・・・。

 専門試に載っている写真や動画で見る試し斬りやっている団体の先生って、専用の刀使って専用の台使って、バンバン斬って見せたりしていますが、何かね~・・・斬ってる時の鬼のような形相とか見ると、「この先生とは付き合いたくないな~」とか思う訳です。

 私、武術研究の一環で手相や人相も研究したんですけど(プロの占い師に「プロになれますよ」と言われたことあります)、どうも、この方面の方は我の強さがオーラになって放射されてるんですよね~?

 技に関しても技巧より腕力で斬ってるみたいな人が多くて、そういうのは、私はパスしたいですね。

 やっぱり、青木先生のようにヘナヘナ~ッとしつつもスカーンッとぶっとい竹が斬れるとか、草刈りするみたいに普段着でヒョイヒョイ斬ってる直心影流の先生とか、そういうのがカッコイイんですよね~。

 まあ、そうは言いつつも、筋力以上の威力を出すには、やっぱり瞬間的に物凄い超高速で刀が走らないといけない訳で、そういう練習は万が一、刀がすっぽ抜けたり走り過ぎたりしたら危険なので、独り練習でしかやりません。

 なので、この時も、まだ一回くらい斬れそうな長さのマキワラを選んで、スタンドに差して練習しました。

 実は鞘からの抜き斬りの練習をしたかったんですが、一回やったら、マキワラが飛んでしまってダメでした。

 半分くらい切れ目が入っていましたが、やや間合いが遠かったようです。

 町井先生はこれで飛んでくるBB弾斬っちゃうんだから、とんでもない技量ですね?

 でも、もう斬れないので、この技は諦めて後は逆手斬りの練習をしました。

 もっとも、切れる範囲が狭いので片手で振ると外れてしまいますから、右手は逆手にして左手を普通に掴んで、寸勁斬りの間合で斬りました。

 これは上手くできました。

 寸勁斬りも大分、慣れてきましたね。北島師範小塚師範もできるし、游心流のお家芸にしておきましょう。

 調子に乗って斬っていたら、ザクッと、またもや芯棒に斬り込んでダメにしちゃいました。あ~、また、削り出さなきゃ~・・・。


 その後は、ワルサーPPK/Sの試し撃ちをやりました。5m離れて、ほぼ同じ箇所に当たるので、中々、性能が良いです。威力もそこそこあります。装弾数も22発もあるので、護身用に持ち歩けそうな感じですけど、まあね~・・・悪用するヤツの方が多いだろうから、持ち歩くのはお勧めできませんけどね。

 本物の銃は、こ~んな小さいのでも一発で人間の命を奪ってしまえるんだから、恐ろしいですよね~?

 武術なんか、長く修行しても、一発で暴漢を撃退できるだけの技量には、そうそうなれませんからね~。それ考えると空しいよね~?

 で、空しくなってきたので試射はすぐ止めて、手裏剣をやりました。

 わざと回転させて遠くの的に当てる・・・というのも、ちょっとやってみようと思って、三間離れて反転打法で打ってみました。

 すると、極細コンクリート針と畳針がうまくプスッと刺さって、ちょっとビックリしましたよ。

 でも、安定した軌道で飛ばすのは無理なので、二間で直打の練習に切り替えました。

 こういうのは普通に投げれば自然に回転してしまうものなので、回転を抑えて直打で打つというのは手の内とかフォームとかいろいろ注意しないといけないので、何か、面倒臭いです。

 人差し指に添わせてみたり、中指に添わせてみたり、端っこを摘まんでみたり、左足前、右足前で打ってみたり、いろいろ試してみましたが、どれが正解という訳でもないような気がします。

 ただ、私の場合、手刀で斬るようにして親指で押し出すように打った時に、手裏剣が安定して飛ぶような感じがしたので、これでしばらく打ってみましたが、意識的にビュッと腕の振りを速くしてみたら、非常にいい感じに刺さりました。

 そういえば、腕の振りが速い人が真っすぐ飛んでドスッと刺さっていたな~?と思い出したので、しばらく、これで研究してみようか?と思います。

 しかし・・・最近、ちょっと肩が痛くなったりしていて、私は肩痛は経験が無かったので、やっぱ歳かな~?と思ったんですが、よく考えたら“手裏剣やり過ぎただけ”でした。

 ふと時計を見ると、3時50分になっており、「はっ、今日の『めざましアクア』は長野美郷ちゃんだから、早く帰んなきゃ~」と、ちらばったマキワラのカスを掃除してゴミ袋に詰め、戸締まりして鍵かけて帰りました。

 途中でゴミ捨て場にゴミを捨てて、帰りついたら4時01分。グッドタイミングでした。

 さて、告知です。

 3月の月例セミナーは、『下丹田の開発と骨盤から動く』です!

 身体操作の根幹は、体幹から動くことですが、今回は自分から動くのではなく、相手から動かしてもらうやり方を解説してみようかと思います。

 意味がわかんないですか? 参加すればわかりますよ。

 要は、原理が解れば、やり方を逆にしても成立したりするもんなんですよ。実際。

 先日、青木先生にお誕生日おめでとうメールしておいたら、お電話頂戴して、ちょっと長話しました。

 青木先生は若い頃から物凄いハード・トレーニングを続けてきたから、79歳になっても止められないみたいなんですね。

 3.5kgの刀袋を400~500素振りして、熱海の山の急勾配の坂道を4kmばかり走ったら、心臓に違和感があったので病院で診てもらったら、医者から爆笑されたと。

 お断りしておきますが、青木先生は両膝故障してるし腰椎の手術もしているんですよ。

 普通の人間だと立って歩行できないと思いますよ。

「長野さ~ん、俺も79歳になっちゃって、日々、老いをヒシヒシと感じるんだよ~」と言われたってね~(笑)。

 私は52になったばかりですが、先日、拳立て伏せやろうとしたら一回もできませんでしたし、30秒くらいダッシュしたら死ぬかと思いましたよ。

 ちなみに私も研究用に買った3.5kgくらいの鉄の振り棒持ってるんですけど、たま~に、ゆっくり数回振るくらいしか使いません。これを少し使った後だと重い刀が凄く軽く感じるので・・・(脳を騙しているだけですが)。

 この重量だと剣道やってる人でも一回もまともに振れないでしょうね。筋トレのつもりでやってしまうと無駄に筋肉が肥大して武術的にはマイナスになってしまうんですが、逆に腕の力を抜いて骨盤に乗せるつもりでやると丹田トレーニングになるんですよ。

 直心影流の振り棒や天然理心流のぶっとい木刀も、筋トレじゃなくて、下丹田を精錬するために使っていたんでしょう(これはセミナーの時に解説します)。

 青木先生に限った話ではなく、ハードな訓練を続けている先生は、それが絶対に必要なんだと主張されます。

 が、私は疑問なんです。

 だから、わざと「青木先生、逆もまた真ですよ。全然、練習しないでも上達できることを証明してみせますよ~。フッフッフ」と、大言壮語しちゃいましたよ。

 私は理論的に効率良いやり方を考えているだけで、戦って勝つにはどうすればいいか?と年がら年中考えてる訳です。武術は、肉体に頼っていたら怪我したり病気したりした時にダメになっちゃうでしょ?

 でも、そういう最悪の状態の時こそ戦えないと意味がないじゃないですか?

 私はそう考えてるので、とても勝てないと思える条件で、いかにして勝つか?を研究してきた訳で、「強い方が勝つ」という考え方は捨ててしまいました。

 今のところの結論としては、「弱点探って、そこだけ攻める」。

 どうですか? 当たり前過ぎて逆に納得がいかないでしょう? 武道やってる人だと余計に認めたくないんですよ。こういう考えは。

「動いている人間の急所にそんなに簡単に当てられるものじゃない」って言い出すんですけど、それは大きな勘違いです。“動いた瞬間に急所ができる”からです・・・。

 じっと動かずに、カウンター狙ってる相手に当てる方がずっと難しいのです。

 ちょっと、説明しましょうか?

 パンチを出したら腋の下が開きますね? 腋の下は鍛えても筋肉が付かないので脆い。

 蹴りを出したら股間が開きますね? 股間が急所なのは言わずもがなだし、片足立ちになればバランスを保つのは難しく軸足そのものが弱点になります。

 ねっ? 動けば急所がガラ空きになるんです。こんなチャンス、狙わない手は無い!

「空手に先手無し」とか、「先に動いた方が負ける」と言われるのは、このことを言ってる訳で、観念的な話じゃないんですよ。非常に具体的な戦闘理論を教えている訳。

 私が「自分は全然、弱いですよ~」と一方で言いながら、「実戦で強いだの弱いだの関係無いよ」と平然と矛盾するようなことを言えるのも、このような攻防時の原理を研究しているからです。

 攻撃の瞬間に急所がガラ空きになると解っている私は、相手が攻撃してきてくれたら、「やった~!」という気持ちですよ。正当防衛も成立し易くなるでしょ?

 大体、強がってる人は、こういうことを全然、解っていません。考えたことすら無い。

 攻撃力が高ければ勝てると極めて単純に考えているだけです。おまけに、大した攻撃力も無かったりするんだからギャグみたいですよ。小学生が腕自慢してるみたいな自称武術家が現実に居ますからね~。

 以前、「ナイフ一本あれば、どんな格闘技の猛者にも勝つ自信がある」と書いたことありましたが、「ナイフ一本くらいでプロの格闘家に勝てる訳ないだろ」と反論するマニアがいました。

 最初からナイフを振りかざしていれば対処できるかも知れませんが、ナイフを持っていても持ってないフリをしたままの相手を素手だと思って通常の格闘技の技を仕掛けていったらどうなるでしょうか?

 空手家や柔道家が、この手に掛かって、あっさりと殺された事件もあります。

 急所を刺されなければ大丈夫だと考える人もいますが、太い動脈切られたら、病院に到着するまでに出血多量で死ぬ可能性も高いでしょう。

 武道やっている人間は特に、正々堂々と戦って勝ちたいと思う訳です。

「卑怯なセコイやり方で勝とうなんて考えてはいか~ん!」と青木先生も、お弟子さん達に指導したそうです。

 心意気は良し!としても、いかに青木先生と言えども、この点だけは、私はまったく賛成できないですね~。

 現実の戦いは、自分がやらない残酷で陰険なことも、相手はやる可能性がある・・・と考えて、“卑怯卑劣な騙し討ち”に備えておくのも武道家の心得だと思うからです。

 無住心剣術の伝書にも、多数に襲われたら刀に拘らないで殴ったり蹴ったりして逃れよ!って書いてありました(そういうのは畜生兵法だって否定してた流派の筈なのに?)。

 世の中で綺麗事だけでは対処できない出来事はいくらでもあります。自分が汚れ役となって戦略戦術を駆使して守らねばならない場合もあるでしょう。

 武術は、その必要悪としての暴力ではない“防衛力”を養成するものでしょう?

 私はそう思ってるので、洞察力の無い人達にどれだけ悪人扱いされたって、ちっとも気になりません。悪人、結構! 無能な善人よりずっといい!

 終始一貫して自分の真義を貫いてきたという自負があるので、他人の評価なんか関係ありませんよ。最後には、「結局、長野が言ってたことが真実だったんだ」と、誰もが認めるのが決定事項だと“読んでる”からです。

 そうでなかったら、自殺するか田舎に帰るかしてますよ~(苦笑)。

PS;3/1の日曜稽古会は私が寝過ごして慌てて道場に行ったら、幹部は急用で来れず、雨で寒かったせいか、他の会員も来ませんでした。それで独りで手裏剣やったり細竹の試し斬りやったりしたんですが、堅い竹を斬るのに、つい力んでしまって、アルミ合金のスタンドに思いっきりぶつけてしまい、刀が刃毀れしてしまいました。やっちゃった~と思って、持って帰って、ダイヤモンドヤスリでシャシャシャーッと研いで刃毀れした箇所を削り直して均しましたが、やっぱり新刀だとこうなるか~?と思いましたね。以前、同じようにぶつけた古刀はビクともしていなかったのですが・・・。

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岩槻映画祭で

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 2013年の秋に撮影した『GrimReaper』が短編コンペ部門に入選したので上映される・・・との、ながせきいさむ監督からの連絡を受けて、観に行ってきました。

 粗編したものは一年前に観せてもらっていたんですが、完成版は観ていなかったんですよね~。

 ながせき監督はアイドル事務所の育成プログラムとして連作で撮っていたので、自主製作とは言っても、中身はプロ仕様。演技指導も結構厳しく、粘りに粘るので、撮影は数日ですが、それはもう体育会の合宿のような現場です。

 しかし、だからこそ、出演したアイドルの女の子達はメキメキと演技力が上がり、一作毎にオーラの輝きが倍増していくのです・・・。

 最新作の『いちごジャム』も上映されるとのことだったので、そちらの上映時間に間に合うように・・・と、出発したものの、乗る予定の電車に3分ほど間に合わず、次の電車で出発しました。

 まあ、予定の電車で行けば、上映時間の一時間半も早く岩槻駅に到着してしまう計算だったので、全然、余裕だと思っていたんですが・・・。

 なんと・・・岩槻に到着したのは予定の上映開始時間を10分過ぎた頃・・・。何故、こんなに誤差が?

 取り敢えず、この手の上映の場合は何だかんだと時間がズレ込むのが常識ですから、タクシーで会場に向かえば大丈夫だろう?と思って、迷わずタクシーを使いました。

 タクシーに乗ってよかったですよ。結構、駅から離れていて歩いてくるのは難しい感じでしたよ。

 運転手さんも、「何かイベントでもあるんですか?」と質問され、「映画祭で友人の作品が上映されるんです」と言うと、「あ~、そうだ。映画祭だって言ってたな~?」と。

 で、会場に到着して受付をすると、私は上映作品関係者ということで、関係者向けの受付で名簿に名前を書いて入りました。

 開始時間から20分くらい過ぎていましたが、案の定、まだ始まっておらず(開始時刻ちょうどに始まる方が少ないという読みが当たった)、ながせき監督達が座ってる席がわからなかったので、適当に前の方で座りましたら、小声で「長野さ~ん」と呼ばれて、振り向くと、ながせき監督と主演の鶴巻星奈さん達が居ました。

 鶴巻さんとは一年ぶりくらいですか? 撮影の時以来だから、もうちょっと長いですかね? 久しぶりに会ったら、何かオーラがハンパなく出ていて(一瞬、虹色だったので驚いたよ)、10代女子の成長の凄さにビックリしましたね~。

 で、『いちごジャム』を観て、またビックリ!

 芝居が偉い上手くなっていて、主人公のライバル的なヤな女の子役だったんですが、何かカッコイイんですよ~。壁ドンもするし・・・(笑)。

 この作品は私はノータッチだったんですが、うちの千葉さんが主人公のお父さんのミュージシャン役で出ていてコメディリリーフ的な芝居を披露しているんですが、私が見てきた中で一番、いい芝居を見せてくれています。

 要は、女子高校生のバンド結成物なんですが、笑うところは笑わせてくれるし、泣けるところもウルッと来る。

 これは簡単なようで凄い大変ですよ。

 特に、バンドメンバー一人一人のキャラクターの描き分けが上手い。お嬢様も居れば、ヤンキー娘も居る・・・。実に魅力的に描いている。

 アイドル映画なら、「昔、いまぜき(今関あきよし監督。アイドル映画しか撮らない人で有名)、今、ながせき」と言われるようになれるんじゃないかな~?と思います(嬉しくない?)。

 非常にオーソドックスな話なんですが、突飛な表現に逃げないところが立派!

 映像表現に凝って、観客そっちのけで自己陶酔するような作家性を振りかざす監督も日本には多いと思うんですが、観終わって、ゲンナリするようなものじゃダメだと思うんですよね?

 ながせき監督は娯楽映画を気負わずきっちり撮れる人で、しかし、その中に自身の拘りを頑固に挟み込む・・・そんな作風だと二作御一緒して思いましたね。

 恐らく、現時点で『いちごジャム』が、ながせき監督の代表作と言えるんじゃないでしょうか? カメラワークとか若干の粗も感じましたが、そこが気になるというのは全体の完成度が高いからなのです。下手な映画はど~でもよくなりますから・・・(笑)。


 さて、『GrimReaper』は、しばらく後からの上映だったので、会場の外に出て監督やプロデューサーと話したりしていましたが、やっぱりアイドル親衛隊のファンの人達も観に来ていたらしく、メインキャストのアイドル達と一緒に写真撮ったり、なごやかでした。

 で、『GrimReaper』が始まる少し前にまた会場に入りましたが、その回で上映されていた『あやかしの世界』の妖怪の特殊メイクの凄さに唖然としてしまいました。

 河童、天狗、竜・・・等々、何か、異様に完成度高い。誰が造ったんだろう?

 昔の大映の『妖怪百物語』を思わせる百鬼夜行シーンもありましたが、もう一回、ちゃんと観たいな~?と思いましたね。さいたま市の伝説をベースにしているそうですが、幻想的な作風は私好みでした。

 岩槻映画祭、恐るべし!

 短編コンペ部門プログラムCで、三作品が上映される中の二つ目に『GrimReaper』が上映されましたが、短編と言っても32分なので、ストーリー性は一番でしょうね。

 短編というと、大概、一発ネタでストーリー性の無いイメージ的なものかコメディになるものなんですよ。他の二作が、まさにそうでした。

 完成版を観るのは初めてで緊張しましたが、以前、感じた欠点と思えるところはすべて改善されており、また、大きなスクリーンで観ると、やっぱり違うな~?と思いました。

 ちょうど、『少女ヒーロー読本』(早見慎司著・原書房刊)という本を買ってきて読んだばっかりだったんで、「これぞまさに少女ヒーローそのものだ!」と思いましたね。

 撮ってる最中にも思ったんですが、『スケバン刑事』と『エコエコアザラク』のテイストが濃厚なんですよ。

 主人公が正体不明(名前すら判らない)の謎の少女であり、パイロキネシス(発火念動力の持ち主)の能力者である・・・という“戦闘美少女”な訳ですよ。

 戦闘に向かう時にセーラー服に着替えるところとか、“わかってる”!

 その上、当初は設定になかった格闘能力も撮影段階で付加したので、超能力使わなくても相当、強いんですよ!

 最初の監督のイメージでは肉体を駆使したアクションをやるつもりは無かったそうなんですが(つまり、クロスファイアの矢田ちゃんだった訳)、計画を進めている段階で、監督が「やっぱり、アクション入れたい! スタントウーマンを使いたい」と私に相談してこられたので、つばさ基地を紹介してMIさんを紹介してもらった訳です。

 で、悪徳刑事と深夜の公園で格闘するんですが、監督がまたムチャ言い出して(苦笑)、「公園の横を通っている電車の光を背景に格闘しているシーンが撮りたい」と・・・。

 相手役の高杉心悟さんはキックボクシングの心得があるからアクションは大丈夫だと言うんですが、「おいおいっ、初対面で立ち回り合わせるのがやっとなのに、そんな難しいことできると思ってんのかよぉ~っ!」って思いましたよ~。

「格闘技の心得がある人は当てる癖があるから逆に難しいんだけどな~?」と、これも心配・・・。

 いつも高瀬先生が言われるように、“アクションは武道や格闘技の経験が実はほとんど役に立たない技能”なんですよね~。基本的に・・・。

 でも、現場にお母さんと一緒に来てくれたMIさんは、流石にあの秋本つばささんの教え子だけあって、予想以上の素晴らしい動きで高杉さんの結構マジなキックとかを見事に捌いてアクションを極めてくれましたよ!

 高杉さんもMIさんを大絶賛してましたね~。

 ま~、裏話をしてしまえば、仕事が終わって車をかっ飛ばして現場に駆けつけてくれた秋本さん自ら立ち回りの手を考えてくれたから・・・なんですけどね。

 だから、秋本さんから、「もうちょっとで到着しますから、それまで待っててくださ~い」と携帯に電話があった時は、正直、「助かった~」と思いましたよ。所詮は素人の私の演出では、無理な条件だったので・・・(電車が通っている7秒間にシルエットでカッコイイのをやってくれ!って・・・ムチャぶり過ぎです・・・)。

 一応、アクション指導のクレジットタイトルでは私の名前が先になっていますが、それも秋本さんが私を立ててくれているのであって、実際に私が指導したのはナイフの使い方と拳銃の使い方くらいでしたね。

 武器は全般的に何でも使えるんで、私・・・。

 あっ、ナイフはシラットで使うカランビットナイフを渋谷のナイフ専門店ジ・エッジで買ってきて安全のために刃はヤスリで潰しておき、型取りして厚紙で模擬ナイフも二つ作りました(一つは刃が折れるシーン用)。

 あらためて観ると、悪役の高杉さんの凶悪なキャラがあるからこそ、復讐のエモーションにカタルシスが感じられるんですね。本当に、悪いヤツだもんな~?(笑)

 それにしても、鶴巻星奈さんは、佐伯日菜子が主演したエコエコアザラクを彷彿とさせるミステリアスで哀愁をたたえた演技で、カッコイイです! 多くの人に観てもらいたいですね~?

 と、上映が終わってから、後ろの席から話しかけられて、オヤッ?と思ったら、スタントアクションを演じてくれたMIさんのお母さんでした! 御本人が試験で観に来れなかったので代わりに来られたそうでした。いい親子だな~?と、羨ましくなりましたね。

 私は本当に親兄弟や親戚から随分、長い間、まるっきり理解してもらえなかったですからね~?

 本当に応援してくれた叔父さんは早く亡くなってしまったしな~。

 今でこそ文筆業が順調ですし、武術研究家としては私がぶっちぎりで日本で一番だと自負してますけどね・・・って、こう書いたら、「長野、えらそうにすんな!」とか文句言いたがる人がいるんですけど、悔しかったら私になり替わって武術研究家としての実績をあげてみればいいんですよ。

 本の一冊も書いたことないような人間が作家名乗ってたら、誇大妄想だと思われるでしょう?

 批評なんか誰でもできるけど、実際に作品を作り出すのは全く次元が違うことなんですよ。

 ながせき監督は、初監督作である『ミリタリーむすめ』をこのまま埋もれさせたくないと、何とか世に出すことはできないか?と、リメイク作品を作って同時発売はできないか?と言っていたんですが、今、リメイクしたら相当な傑作が作れると思います。

 志しを持つクリエイターに関しては、常に“最新作が最高傑作”なんですよ・・・。

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イスラム国とオウム真理教

 イスラム国のテロに連動していろいろなテロ行為やら暴力事件が頻発していますね?

 よく、「ニュースで流すから増えたように感じるだけで数値化したら大して変わらない」と評する人もいるんですが、私はそうは思わないんですね。

 人間はイメージによって先導されるからです。ある事件が起こると、事件の質が似たものが連続的に起こったりするのです。

 川崎の中学生リンチ殺人事件なんかも、イスラム国の虐殺事件の影響が無いとは言えないと思いますよ。

 どうしてか?というと、不良グループの制裁にしては、あまりにも猟奇的でしょう?

 あるいは、サイコパスJK、JDの影響もあるかもしれません・・・。

 つまり、人間は社会的な理性によって抑えている獣性の本能を、ふとした弾みで解放してしまう動物だということです。

 その“ふとした弾み”というのが、宗教思想だったりもするから大変なんですよね?

 歴史的に見ても、戦争の大きな発生原因は宗教間の対立です。

 もちろん、本当はいろんな対立の構図がある訳ですが、そこに宗教がからむことで戦争の大義名分が立ってしまう訳です。

 テレ朝で「オウム20年目の真実」というドキュメンタリー番組がありましたが、前々から都市伝説としてはささやかれていた核武装計画やらサリンをヘリコプターで撒く計画等々、一歩遅れていたら日本は壊滅状態に追い込まれていたかもしれない・・・という恐ろしさがありました。

 地下鉄サリン事件が起こった直後、当時、通っていた道場で、「あれはオウムの仕業だろう」と私が言うと、「長野さ~ん、何言ってるんですか? 仮にも宗教団体がそんなことする訳ないじゃないですか~?」と笑って否定されました。

 が、上九一色村のオウムの施設に捜査があった後、笑って否定していた彼が真っ青な顔で、「長野さん、どうして知ってたんですか?」と尋ねてきていました。

 無論、知っていた訳ではありません。

 が、カルト宗教が起こす反社会的な事件について関心が深かった私は、以前からオウム真理教はそういう方向に進むだろうと予測していたし、坂本弁護士一家失踪事件等々から、オウムが反社会的な大事件を起こすのは時間の問題だと推測していたからです。

 歴史的に見てみれば、戦争が起こる大きな要因に宗教思想の対立があることは自明であり、これをイデオロギーの対立と考えれば、ほとんど全面的にあらゆる戦争や虐殺の理由になっています。

 ポルポト政権の虐殺や、天安門事件もそうだし、日本でも一向宗一揆や島原の乱とかありますし、安保闘争や過激派のテロ事件なんかもイデオロギー闘争ですよ。

 宗教と思想は違うと言いたい人も居るでしょうが、構造的には変わりません。科学という思想は無神論の唯物論を根底に置き、自然科学に対する社会科学という思想が社会主義、共産主義というイデオロギーを生み出しているからです。

 時に科学者が突如として宗教に目覚めて信仰を吐露する(武道の世界なら保江さんとか)のも、本質的に科学が信仰によって成立しているからですし、80年代にブームとなったニューサイエンス、トランスパーソナル心理学の運動などは、科学的に宗教理念に迫ったものとも言えるでしょう。

 こうしたニューサイエンス運動の一つの拠点になったカリフォルニアのエサレン研究所では、様々なヒーリング、整体、サイコセラピーの流派が生み出されていますが、一方ではマルチ商法や自己啓発セミナーのような催眠を利用した洗脳技術の商業的展開も派生させています。

 例えば、陰謀論で言われるところのフリーメーソン等には秘儀伝授の伝統がありますが、その実態は秘教的な教えとされています。

 この秘儀というのを簡単にいうと成功哲学の類いのプラスのイメージを持つことで願望が現実化するという、仏教式に言うところの唯心論を利用したものなんですね。

 これは80年代くらいからビジネスマン向けの自己啓発本のネタとしてナポレオン・ヒルとかマーフィーの法則とか、ビッグトゥモローで繰り返し記事にされるような話です。

 こういう自己啓発系の理論を知ることで自分は成功者となれるのだ!と舞い上がって、オツムがアッパッパになって現実感覚を喪失して自滅していく人達も多いんですが、イワシの頭も信心、信じる者は救われる・・・の格言の通り、もう現実を見ないで自己のプラスイメージのインナースペースに埋没してしまったりするので、社会問題化したりしていた訳ですが、こういう精神的廃人化を他人が止めることは難しいのです。

 脳は快感原則に支配されやすいので、プラスイメージだけ考えようなんて、結局は自分の御都合主義で考えて現実の問題点を無視するようになる訳ですが、ドーパミンとかエンドルフィンがどっぱどっぱ出てると、もう脳がシャブ漬みたいになっちゃうから、自分の克己心でどうにかできる人は佛陀みたいな超人しかいない訳ですよ。

 苦しいだけの修行なんか誰もやりません。その苦しさの先の絶頂の感覚があるから麻薬中毒のように続けてしまうのですよ。

 これは、ほとんどの宗教の創始者が神秘体験として絶対権威化して語りますが、それから抜け出したのがゴータマ・シッダールタだったんだと思いますね。起こった現象は現象として何の評価も加えない。そうした徹底的に超然とした態度が必要だと思いますね。

 でないと結局、権威主義にからめ取られて世知辛い浮世の中でアタフタさせられ、「こんなの嫌だ」と現実逃避に到る。あるいは、「間違った世界を滅ぼすしかない!」という神の視点に立ってしまう・・・。

 宗教の怖いところは“ここ”ですよ。テメーの分際を錯覚させてしまうところ。

 オウムが注目されたのも、宗教というより御利益主義の「超能力者になれる!」みたいなお手軽なイメージがオカルト雑誌(ムーよりもトワイライトゾーン)によって広められたからでしょう。

 当然、そこに集まってくる人間も、利己的なタイプばっかりで、真摯に宗教的な学びを得ようとしている訳ではなかったと思いますよ。

 なぜなら、あれだけの大事件を起こしていながら、尚も信仰を捨てようとはしていないじゃないですか? 根本的に社会的な責任感なんぞ持ち併せていない人間が信仰に逃げ込んでいるだけです。

 まともな神経があれば、信仰を捨てて、ひたすら働いて被害者にお金を払い続けて「我々の信仰がとんでもない罪を犯してしまった。申し訳ない・・・」と、泣きの涙で懴悔の生涯を送るでしょう。

 善か悪かは別にして、もし中国で起こっていたら、オウム真理教の信者は全員、捕まって処刑されてしまったと思いますね?

 でも、私はそれが酷いとは言えませんね。何せ、人類を滅ぼそうとしていた宗教団体なんだから、“37564”しかないんじゃないですか?

 私は、日本は本当に宗教の怖さが解ってないな~?と思いますよ。また、洗脳されることへの恐ろしさを解ってないから、未だに入信する人達が居るんでしょう?

 私は、番組見ていて、元オウムの幹部達が、今の気持ちで当時の場に居たら止めたか?と聞かれて、「いや、無理です」と答えているのに、寒気がしましたよ。

 何の罪もない人達が殺されるのを黙って見ていられる人間が、仏の慈愛だの人様に説くのかいな?と・・・。

 無理でも何でも殺されって「やめろ!」って止めに入るのが、まとな人間でしょう?

 そんな自分の命大事に他人を見殺しにする糞外道が、何で、信仰を続けるのか?

 信仰の自由というのは人殺していいってことじゃないよ。

 これは価値観が違うとかいう問題ではなく、宗教にのめり込む人間の心の奥にある自己憐憫の問題であって、現実逃避しているだけです。

 現実逃避したくてもできないから現実の世の中を憎み、呪い、破滅させてしまえばいいのだ!とテロに走る訳で、弱者の心理メカニズムから生み出される呪いの原理ですよ。

 これは、ほとんどの宗教が暴力を否定しているのとは矛盾しているようですが、宗教というのは唯我独尊、他の宗教を否定することでは万教同根ですから、呪いの原理は容易に起動し得るのです。

「異教徒は駆逐すべき対象」という短絡的理論に支配されてしまうのです。

 そこに近代的個人の尊厳という考えは存在しません。

 このような独善性を強めた揚げ句に排他的、破壊的な過激さを強めていくのは理の当然です。

 人間には帰属欲と支配欲があります。これが権力構造を作り出していく。

 そして、信仰心とは、帰属欲が生み出すものです。

 これは支配欲と表裏一体のものなので、何物かを崇拝したがる心性を生み出します。

 偶像崇拝、ファン心理、オタク的執着・・・これらが自己崇拝に変質した時にカルトが発生する心性が誕生します。

 邪悪な神は、このような精神の中から這い出てくるのです。

 オウムに関しては、最終解脱者、麻原ショウコウというアイドル(カリスマ)を自己演出し雑誌(メディア)を通じてカリスマ誕生のストーリーを紡ぐことで信者を獲得していきました。

 実は、その時期に、私のところにも「オウムに来ませんか?」という葉書が来たことがありました。

 しかし、私は新興宗教に批判的であり(統一教会のビデオセンターに何度か行ったことが切っ掛け)、「宗教は人間を呪縛する装置だ」と考えていたので、雑誌に書かれている麻原の記事に関しても胡散臭い印象があったので、行きませんでした。

 もし、その時に行っていたら、どうなっていただろうか?と考えると恐ろしいです。

 でも、実際に行った武術家?も居たらしく、そのような実例は武術武道のライターをやっている時に、度々、聞きました。

 また、私の講座に元オウム信者が来たこともありました。武歴は偽っていましたが、明らかに心得があるのが判ったので、たまたま帰りの電車が一緒だったので水を向けてみたら、正直に打ち明けてくれました。

 オウム信者だったということでは、うちの会で最初に問題を起こしたK君という人も学生時代に大学でオウムに入信していたそうでした。イジメを苦にして自分を鍛えたいと思いながらも、神秘のパワーに頼ってしまう精神構造から邪悪な分裂人格が生まれたのでしょう。

 オウムが武装化していたことは知られていますが、実際に武術の世界と繋がりを持とうとしていたのも事実なのです。

 現在でもヨガサークルや中国武術サークル等に成り済ましているオウム信者も居るそうですが、気質的に共通するものがあることは否定し切れません。

 ところが、事件から20年も経過すると、その危険性を実感できない若い人が取り込まれてしまう例も増えているようです。

 ここ最近のイスラム国に関する報道を見ていると、オウムが巨大化したような印象を受けます。

 現実に武装し、平然と公開処刑をする様子をネット動画で流す選民思想に毒された人間達・・・。

 もう、話して通じるとは思えないですね。まともな人間なら、人殺しを躊躇するでしょう? その葛藤も無い殺人マシーンになっている連中は、抹殺するしか対処法は無いでしょうね。哀しいことですが、もう、救えないですよ。

 その狂った闘争の中に自ら首を突っ込んでしまった安倍首相に、どれだけの覚悟があったとしても、現実に殺したり殺されたりするのは名も無き自衛官であり、我々国民かもしれません。

 権力の上に居る人間は気楽なもんだと思いますよ。

 けれども、本当の平和を実現するのは、不可能ではないと信じたいです。生きる楽しさや喜びを味わえる世界は、ただ人間が学び成長していくことで実現できるでしょう。

 宗教や思想は憎悪と呪いを拡散させるけれども、文化芸術は感動と調和を広げる。

 だから、私は作家を目指す・・・。

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剣術が読みを磨く

 25日は、たまたま個人指導の申し込みが重なったので、二人同時に指導しました。

 Hさんは、私が游心流を開く前から時々、講座に来ていたので、約20年くらいになりますか?

 香取神道流も少し習ったそうなので、剣術や手裏剣術の感覚が良く、最近は剣を使って教えたりしています。

 正直、小柄で虚弱な体質だったので中々、上達は難しいか?と思っていたんですが、ここ最近、急にググッと上達してきて、諦めずに続けることが大切なんだよな~?と、つくづく痛感しています。

 この日は先日、入会されたばかりのミュージシャンのMさんと組んでの推手や差し手を中心に教えたんですが、先日、実験してみて効果的だった剣による差し手?、つまり、切り落としや合撃のようなやり方で練習してもらった訳です。

 無論、速度は怪我のないようにゆっくりやってもらっていますが、木刀でやれば外したつもりでも当たってしまうので、的確な“擦り落とし”や“擦り上げ”にならざるを得なくなります。

 これでタイミングの取り方を理解してもらうために好きに打って来させて、打とうとした瞬間に喉元に入れてみせたりしました。

 HさんもMさんも驚いていますが、動きの隙間を捉えるやり方を説明してやらせてみると、簡単に彼らもできるようになります。

 それから、素手で差し手をやらせてみると、もう、全然、別人のように先が取れる。

 やってる彼らも驚いていますが、これは事実です。

「ほらね。これでもうU城先生と同列の達人になっちゃったよ~(笑)」と言うと、Hさんは特に興奮していました。

 昔から武術の達人に憧れていて、それがようやく現実に自分が達人の領域に踏み込み始めた?という実感が得られれば、誰だって嬉しいに決まっています。

 達人だけができる技だと思っていたことが自分でもできてしまったので、嬉しさ半分、あり得ない?という感情もあったのでしょう。

「長野先生、これ、物凄い極意なんじゃないですか? こんな簡単に教えちゃっていいんですか?」と、逆に心配されました。

 が、「この程度のことは仕組みが解れば誰でもできるでしょう? その程度のことを隠して、さも難しい極意かのように演じて達人ぶって見せたりするのって、詐欺臭いし、恥ずかしいでしょう? それに俺はもっともっと先を目指しているから・・・」と、カッコイイことを言っておきました(笑)。

 私は、システマとか見ると、日本人の武術修行者の端くれとして悔しくなっちゃうんですよ。『システマ・ストライク』という本を買いましたが、非常に進んでいますね。

 システマは、ロシアの伝統的な武術をベースにしているのは本当だとしても、見たところ、ヨーガや気功、太極拳なんかも原理的に採り入れていると思いますよ。

 この本の最初のところにはサバナ・アーサナ(死体のポーズ)も出ているし、以前CSで見た時もススキのポーズやワニのポーズやっていたし、スーフィーのダンス(旋舞)のようなことをやっている人も居ました。

 私も游心流は原理的に追究していますが、システマもそうなんじゃないか?と想像しています。形に捕らわれている人は洞察できないと思いますが・・・。

 海外では自由に武術の研究発展をさせていて、その優れたものを日本人も習いに行っているけれど、日本人は、あまりにも武術に関して無知で、甲野氏レベルを達人と見誤ってしまう日本の武術の世界の体たらくを見ていると辛くなります。

 見せかけだけの口先三寸三流パフォーマーをカリスマ扱いしているバカ珍道中状態。

 その上、そんな阿呆の真似して恥じない自己啓発セミナー野郎ども・・・。「それ、武術と関係ね~だろ?」って言いたくなるんですけど、素人には区別つかないだろうからな~?と・・・。

 でも、武道や武術の先生でも騙されてしまったりするから、情けないよな~? 人に指導する以上は、相応の勉強しろよって話です。

 バカで通用するのは武道とヤクザの世界だけですよ!

 秘伝だ極意だと騒ぐばかりで、ちっとも実用できないような見世物演芸に血道を上げて、本当に戦いに備えた武術を求める人がさっぱり居ないから、こんなくだらん連中を御神輿担いでいられるんですよ。

 よく居るのが、「~~先生は・・・」みたいに自分を基準にしないで有名な武術家を引き合いに出して語る人達・・・。

 あのですね~?

 武術は自分ができるかどうかだけが重要なのであって、どんな名人に習おうが自分がヘボだったら意味がないんですよ。アイドルヲタクみたいな精神構造で武術学ぶのは、どうにかならんかね?

 私なんて、習った先生や尊敬する先生であっても、「どうすれば、この先生に勝てるだろうか?」って考えなかったことは一度もありません!

「名人も人なら、我も人。同じ人間にやれないことはあるまい!」と考えなきゃ~、ダメですよ!

 武術の世界で一角の名をなした人は、皆、こういう考え方だったと思いますよ。

 また、そうでなかったら、武術は発展しなくなっちゃうでしょう? 時代が新しくなる毎に劣化していく一方というのは異常な事態ですよ。

 伝統武術はそうなっちゃってるでしょう?

 だから、この日、Hさん達に教えたことは、しばらくしたら公開するつもりです。

 いや、実は既に解説しているんですけど、多分、誰も気づいていないと思います。

 体験して、自分で会得して、実戦で使ってみて初めて、「あ~、なるほど・・・」と納得がいくかもしれませんね?

 だから、実戦経験が無いままの人達はずっと納得いかないままかもしれませんが、納得しようがしまいが、心身が体得したものは貯金と違って、生涯、無くならないですから、いざという時は役立つでしょう。


 稽古が終わってから、Hさんの車で古淵にあるガンショップ・タムタムに行き、30%会員割引でワルサーPKK/Sブラックメタル・メッキモデルを買いました。

 日曜にIさんと一緒に行った時に目を付けていたんです。

 私、基本的にデカイ銃が大好きなんで、マグナム拳銃とかアンチマテリアルライフルとかを買い集めてしまうんですが、ポケットに入れられるくらいの小形のセミオートピストルは護身用にピッタリですから、一丁くらい持っていたかったんですね。

 デトニクスでもいいけど、見た目からするとPKK/Sがいいんですよね~。

 ジェームス・ボンドの拳銃というイメージもありますが、やっぱりドイツの銃ってカッコイイんですよね~?

 ワルサーP38、ルガーP08アーティラリー、マウザー(モーゼル)も持ってます。

 青木宏之先生もワルサーかルガーが好きと言っていたので、以前、ルガーP08のガスガンをプレゼントしましたよ。

・・・で、帰ってからPKK/Sを、さっそく試し撃ちしました。

 昔、スプリングエアーのPKK/Sは持っていましたが、やっぱりガスガンだと引き金引くだけで撃てるからいいですね? スライドもブローバックするから引き金も軽いし、この小ささにしては威力も結構あります。

 外はまだ寒いからガスガンには厳しい季節ですが、室内なら無問題。照星と照門が小さくてホワイトドットとかも無いから、ちと狙い辛いですが、グリップが小さいので掌の小さな私には握り易く、抜き撃ちでヒップシューティング(腰に肘をくっつけるようにして見当つけて撃つ至近距離での居合斬りみたいな撃ち方)するには絶好の拳銃だということを今更ながら痛感しましたよ。

 これから暖かい季節になるので、道場でシューティング大会とかやろうと思います。

 一通り、どんな種類の銃でも扱えるようになっとかなきゃね?


 それから、タイに行っていた千葉さんが一時帰国して、輸入ビジネスを始めるとの報告を受けました。

 今、またタイに行きましたが、ハチミツやシルバーアクセの販売を手掛けるそうでしたが、タイの伝統打ち刃物の販売もやるそうなので、私も協力することにしました。

 画像で見せてもらったタイの刀剣は、クラビ・クラボーン(カビィカボーン)で使われるものの様子ですが、思っていたより日本刀にそっくりで、もしかしてシャム王朝の時代に渡った山田長政の一族に日本刀の刀鍛冶が居て伝統が伝承したのかもしれません。

 美術品としても素晴らしいものですが、「恐らく、長過ぎて銃刀法に引っ掛かってしまうだろうから、ナイフの範疇に収まる寸法にした方がいい」とアドバイスしておきましたが、事件が起こる度にナイフを規制する日本は本末転倒だと思いますね。

 だって、包丁は規制されないし、毎年、大量に死んでいる自動車の事故にも関わらず、自動車が規制はされませんから・・・(まっ、スケープゴートですな)。

 また、武道医学のパリッシュ先生が秘蔵していた暗器が欲しいな~と思っていたので、タイで作ってもらえないかな~?と思ってデザイン画を渡しておきました。

 ナイフや剣鉈とかは販売数が限られてしまうので、刃物でない護身用具だと手広く売れるかもしれない?と思った訳ですが、一つずつ手作りすると大量生産は難しいか?と、後から気づきましたけどね。

 そろそろ、ナイフメイキングも本格的にやろうと思っています。やっぱり、一度、プロの指導を受けようと思っていますが、最低限、万力とかグラインダーとかヤスリとか揃えないといけませんね~?

 できたら、打ち刃物で作りたいんだけど・・・。

 あっ、ブレイドだけタイで作ってもらって、それを加工してナイフにするという手もあるか?

 もっと若かったら、私も武器職人目指したかもな~?と、思いますよ。

PS;『時代劇の間違い探し』、お陰様で刊行二週目で増刷が決まりました! 類書と比べて内容が圧倒的に濃いのが良かったみたい? 共著者の先生も「増刷は久しぶり」と言われていましたが、私もそうです・・・。昨年のDVD付き本『重心力を極める武術のコツ』も、第二弾を書いた時に増刷するそうですから夏くらいまでお待ちください! 今年は頑張るぞ~っ!

PS2;仁平師範三元療術を一回習ったHさんは、指が一本動かなくなっていたお母さんに施術してみたら、動くようになったそうで、「一回習っただけの自分でも、これほど効くなんて凄いです!」と言っていました。ま~、彼の実力からすれば当然だと私は思ってますが、“量産型トキ”のような療術家が育っていってくれることでしょう。私も気がついたらモミモミしてま~す。お陰で左手はグワシができる!

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支部長揃いぶみ

 まだ正式に会員を募集して活動している訳ではありませんが、游心流には兵庫支部と三重支部があります。

 2月22日(ニャンニャンニャンの日!)の日曜日の本部稽古会には、たまたま、この兵庫のKさんと三重のIさんが参加しました。

 まだ個人でやっているだけなので支部活動をしている訳ではないのですけれど、「いつでも支部稽古会を主催していいですよ」とは以前から言っています。

 兵庫にはもう一人会員がいるので、できなくはないと思っていますが、Kさんが仕事で日本中、移動しっぱなしのようなので、落ち着いてやれないのが難点です。

 一方、Iさんは、うち以外の武道経験が無いのと、まだ若いので教える側に回るのはまだ考えていない様子です。

 ですが、この日、二人の練習ぶりを見ていると、もう活動中の支部長とそんなに遜色も無く、入会してから何年も経過しているからな~?と、安心して見ていました。

 Kさんは、もともと、F拳法の先生ですから地力は問題ありませんし、うちの技や戦法も充分に体得されていて、小塚師範が「怖いです」と言うくらい動きに迫力があります。

 以前、大会での釵の演武動画を見せてもらいましたが、素晴らしい動きでした。

 数年前に地方の道場で教えた時に、游心流式の八卦掌や八極拳の変化技をやって見せたら、中国武術マニアの人から「ついに本物の中国武術の遣い手が居た!」と、達人扱いされて苦笑してしまった・・・のだそうです。

 私の健康を気遣ってエゴマ油(オメガ3!)のセットをお歳暮に贈ってくれたので、最近、体調も良くなってきました。

 一方、Iさんは、もともと武器にしか興味が無かったんですが、体術の練習の時に、明らかに気乗りしていなかったので、模擬ナイフを使って素手の技と武器術との相関関係について説明し、「手にナイフを持っていると思って練習してみて」とアドバイスしたところ、あっという間に凄まじいばかりに上達して、教えたこっちが唖然としたものでした。

 その後、上京して練習に参加する度にグングン上達しているので、将来、どれだけの達人に成長するか楽しみです。

 Iさんの場合、他の支部長と違って、武道武術の経験が無いので、ほとんど游心流の純粋培養なのです。身体も華奢なので、普通の武道や格闘技だと上達は望めなかったでしょう。

 しかし、武器を遣わせたら比類の無いセンスがあったので、「これは仁平師範に匹敵する神憑り的素質があるぞ!」と思って教えてきましたが、やはり、思った通り、最近は尋常でない進化?をしています。

 游心流のお家芸である蛟龍歩も独自に会得してしまっているし、小塚師範から手裏剣を教わると、瞬く間に体得していくのですから、呆れる程の才能です。

 今回、素手の技も相当に上達していて、弱点が無くなってきましたね~。

 地方在住の人でも、ここまで上達していけるというのは、私の研究の方向性が正しいという証明になりますから、本当に嬉しいものです。

 中国武術に日本武術にフィリピン武術にアメリカン武術・・・と、何十流派もの技を覚えられるのは、游心流だけ!・・・と、言ってもいいかな~?と思いますが、総合的な武術文化の研究所として、まだまだこれから先が長いぞ~と思っています。

 この日は、せっかく地方会員も来ているんだから・・・と思って、差し手の実用的用法についても解説しました。

 練習だから相手が打ってくるまで待つ訳ですが、実戦だったら待つ必然性はありませんから、こちらから攻撃していくやり方です。

 つまり、先の先で敵を制圧する方法です。

 これを成功させるには、相手に反射的反応を起こさせないのが肝心で、こちらからは全く殺気や闘気を出さないまま、機械的にヒョイッと差し手していかないといけません。

 これが、「気配が出ない」とか「見えない」と呼ばれる動きになる訳です。

 余談ですが、これは甲野氏が“無拍子打ち”と名付けて演じていた技ですが、元ネタは筑波で木村達雄氏の生徒17人全員に投げまくられた時に、木村氏がやって見せた技だそうですね。

 流石に転んでもタダでは起きない甲野氏らしく、技を盗んでおいて自分で発明したように広める宣伝戦略は斯界でトップでしょうね?

 普通の人間だと恥ずかしくてできないことも、羞恥心を超越した甲野氏にとってはえげつないばかりのパクリ戦略を堂々とやれる・・・ある意味、凄い人ですね?

 まあ、甲野氏が小説家だったらOUTですけど、パクりパクられが伝統の武術の世界では私くらいしか文句言う人がいないので、平気でできるんでしょうけど・・・。


 それはそれとして・・・武術で重要なのは、“気合を入れないこと”です。

 普通の武道だと逆でしょう?

 でも、気合を入れるのは意識を居着かせてしまうんですよ。

 武術は虚実を使い分けることが大切ですが、気合を込めるのは“実”を強化することです。「実を強化して何が悪い?」と思うでしょうが、完全に実の状態にすることは不可能です。実の箇所が強まれば、虚の箇所、つまり弱点も浮き出てしまうのです。

 もし、虚が全面的に悪いのであれば、“上虚下実”といった教えはおかしいでしょう?

 読みを駆使する戦闘理論に於いては、気合を込めたり、気迫で威圧したりするのは墓穴を掘ってしまいます。

 無論、心の弱い相手になら有効でしょう。殺気を放射して相手を居竦め、一方的に打ち倒す・・・というのも、獣の戦いではよく見られます。

 しかし、人間は理性で本能を制御できる動物です。そして、武術は本能に任せるのではなく理性によって理論化された法なのです。

 上虚下実というのは、脳をクールに保っておけという教えなのです。

 イメージしにくければ、必殺仕事人をイメージしてください。あのような暗殺のプロフェッショナルの技こそが、武術の理想的姿なのです。

 相手の隙を突いて的確に急所に致命的一撃をお見舞いする・・・これが、武術です。

 相手と互角にガツンガツン渡り合うのは、武術では“下策”。戦略も戦術も無い無能な戦い方なのです。

 武術では、少なくとも、互角に戦ってはいけません。互角にしか戦えないなら戦わない方を選ぶべきなのです。

 強さを競うのが武術の目的ではないのです。自己防衛が目的なのですから、自分から戦いを挑むのはおかしい。

 戦わないのが武術。それでも、外部から否応無く襲ってこられた時に初めて必殺の迎撃を加えるものが武術であり、その非常事態を常日頃から想定して日々の修練を怠らないのが武術なのです。

 ドイツの名銃ルガーP08に使われたことから9mmルガーと呼ばれて今も世界中で使われている弾薬も、正式な名前は9mmパラベラムと言います。

 パラベラムというのは、「戦いに備えよ」という意味です。

 武術も、日常生活の中で緊急の非常事態に備えて修練するものです。

 これは、元々が戦場で戦うための兵法から転じて“平法”と呼ばれるようになったものです。

 よく、「武術が戦いを避けるのが極意なら、自分からトラブルを招いてしまう長野は武術家失格だ」とのお叱りを受けるんですが、こういう考え方は単なる自己保身でしかないんですね。

 自分が悪者になりたくない。自分が被害を受けたくない。自分が・・・。

 どこまで行っても、自己中心主義の考え方です。

 ここには社会性が全く欠如しています。

 多くの武術関係者が、このような自己中心主義の考え方で、社会性からの考え方を無視しています。精神的世捨て人なんですよ。

 山奥や離れ小島で隠遁生活を送るのなら未だしも、人と関わって社会生活をするのであれば、このような自己中心主義の考え方をしているのでは、人として問題があります。

 私が武術の世界で有名人を批判するのは、批判する価値があるだけの社会的活動をして影響力を持っている人物だけ(よって、無名で影響力を持たない武術家?は採り上げません)であって、批判は否定ではありません。

 問題点を提起して反省を促したいからですが、本人が反省しなければ、周囲の人達が誤った影響を受けないように注意を喚起するのが斯界に於ける自分の役割だと考えています。

 我俗事に関せず、ただ修行あるのみ・・・とばかりに自己陶酔している精神的引きこもりの武術家なんぞ、居ても居なくても社会に関係ないでしょう?

 私はそんなナルチシストは大っ嫌い!

「一生、綺麗事、ほざいてろ。バーロー!」って思ってます。

 空疎な綺麗事の観念に縛られて、自分の目で見て、自分の頭脳で考え、自分で行動の意志を持つことのできない無能な人間の武術修行が何になりますか? 単なる自己憐憫ですよ。

 自分自身の生きている意味を考え、生まれた時代で自分の存在証明を立てることが人間の生き方ですよ!

 だから、せっかく優れた素質や才能を持って生まれたのに、それを伸ばして開花させないまま一生を無為に費やすのは最大の不幸でしょう?

 そんな不幸な生き方を強要するような指導者にはなりたくありません。

 21世紀に入ってから、世界はどんどん加速度をつけて先鋭化していっているような印象がありますが、そこで活躍できる人間を育てるのに武術は役立つと私は思っています。

PS;六方会の岡本正剛先生が亡くなられたのは、何だか一つの時代が終わった印象があります。閉鎖的な大東流合気の世界に風穴を空けて飄々と生きてこられた岡本先生の生き方に憧れる人も少なくないでしょう。心より御冥福を祈っています。

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大野雄二トーク&ライブ

 15日は日曜の本部稽古会で、中級対錬DVDで差し手の応用解説を撮り損なっていると小塚師範から指摘を受けたので、これを撮りました。

 差し手というのは、太気拳で用いられる用語で、厳密に言えば武術全般に用いるのはNGかもしれません。

 しかし、立禅、這い、練り、揺りといった太気拳の言葉が、既に極真空手で用いられ、一般的な武術用語として少しは浸透していることもあり、うちでも使わせてもらっています。

 中には語源を知らずに使っている師範の方も居ると思いますが、これらは太気拳(太氣至誠拳法)の創始者である澤井健一先生がネーミングされたもので、澤井先生が中国で学んだ意拳(大成拳)の練功法を日本式に分かり易く改名して教えられた訳です。

 站椿功が立禅、摩擦歩が這い、試力が練りと揺り・・・かな?

 太気拳関係者の中には、「太気拳は日本武道化しているのだから中国武術と名乗る必要はないのではないか?」と言われる方もおられるようです。

 ですが、澤井先生の動きには意拳の源流である形意拳の要素も濃く、形有って形無しの境地に至っていた澤井先生を目指すのならば、源流の中国武術をもっと研究した方がいいのではないか?と私は思います。

 何故なら、太気拳の母体である意拳が「套路を捨てた」と言われていても、中国武術の技を捨てている訳ではなく、形意拳のみならず、梅花拳、白鶴拳、心意六合拳といった門派との立ち合い交流の中からヒントを得ているからです。

 どうも、日本の武道格闘技の愛好家は中国武術を不当に低く見がちですが、これは全然、理解していないからですよ。理解していれば、その高度な戦術と技法を無視できる道理がありません。

 未だに「中国武術は型ばっかりで弱い」と言う人もいますが、それは、ただただ、中国武術の戦術や技法を知らないからなんですよ。

 無論、日本で中国武術を学んでいる人達どころか教えている人ですら、解っていない事例が多いので、一面では致し方がないのかもしれませんが。

 それにしても、日本武道の修行者には、自分の学ぶ流派の沿革すら知らない人も珍しくありませんし、他流に関しては驚くばかりに無関心の極みです。

 例えば、居合道を学んでいる人のほとんどが、正座で帯に差した大刀を抜き納めする行為に何の疑問も感じていない様子ですが、コレ、根本的におかしいんですよ?

 何故なら、江戸時代の武士に正座の習慣は無いからです。

 また、大刀を差したまま座るのもおかしい。

 つまり、現代の居合道の所作そのものが根本的に武士の習慣とは掛け離れたものなのです。

 それなのに、「武士の心を忘れない・・・」とか、ヘ~キで言ったりするじゃないですか?

 これじゃあ、パロディにもなりませんよ。

 答えは書かないでおきましょう。今回は疑問を呈しておくだけにします。

「どうして、こうするのか?」と考えること自体に意味がある。そこから研究が始まるのです。研究されなければ発展もあり得ません。

 武術の発展は組織の拡大ではないのです。間違ったことを広めるのは罪でしかないのですから・・・。


 さて、“差し手”という言葉は太気拳の用語ですが、実は同質原理の技法は中国武術で一般的に用いられています。

 もっとも、特に呼び名は無いみたいです。

 どうしてか?というと、中国武術の戦闘理論上の重要な戦術を秘めているので、恐らく、公開したくないからでしょう。

 昔、その点を中国の先生に質問してみたことがありましたが、見事にはぐらかされました。が、私はニンマリして帰りました。「やっぱり、差し手が肝心だよな~」と確信が持てたからです。

 つまり、肝心要なことだから、知らないフリをした訳です。

 これまた、理由は書きません。いろんな先生が知ったかぶりして「差し手が大切なんだ」と言い出すに決まっているからです。知らない人間が言い出すと、甲野氏とナンバみたいに間違いが広まって収拾がつかなくなりますから。

 ちなみに、「差し手は超高度な技で、簡単にできるものではない」と、太気拳では言われています。

 確かに、相手の攻撃手に合わせて“対の先”で用いるのは至難の技です。剣術で言うなら、“切り落としを成功させるようなもの”だからです。

 しかし、後の先か、先の先で用いるのは、さほど、難しくはありません。初心者でも理合を弁えて、多少、練習していればできるようになっていきます。

 初めから神格化して“達人しかできない”と決めつけてしまえば、自分ができないことに言い訳を与えてしまいます。

 できる人間がいる以上、誰にでも可能性はある・・・と考えて練習しなければ、永遠にできないままでしょう。

 どうも、原理を見ないで見た目のスピードやパワーにばかり捕らわれる人が多いですね~? はっきり言って、そのレベルでしか見れない人間に進歩は望めません。

 ゆっくり動いていても結果的に早い・・・そういうのが年齢を超えた武術の術たる所以なんですよ。これは、無駄なく動いているという以上に、読みを駆使しているのです。

 パワーやスピードは、合理的な技の動きを追究していけば勝手に上がります。ガンガン筋トレして鍛えた技は、病気したり年とったりすれば失われてしまいます。無駄な練習はしない!

 撮影は無事に済んだので、後はカメラを止めて、実戦向けの差し手の応用を指導しました。

 やっぱり差し手ができるだけでは武術的には充分ではないので、細かい秘訣や応用技法を知らなければなりませんからね。でも、この辺は真似されると怪我人や死人が出てもおかしくないので、門外不出ってことで、撮影はしないで会員にのみ教えました・・・。

 練習後は夕方からメイプルホールで大野雄二さんのライブ&トークショーが開催されるので、一旦、自宅に帰ってマッタリしてから出掛けました。

 大野さんのライブは年二回くらいの頻度でメイプルホールで開催されていますが、私は三回目です。

 言わずと知れた『ルパン三世』に、『人間の証明』『野性の証明』『犬神家の一族』といった角川映画、『黄金の犬』『最も危険な遊戯』『スペースコブラ』『キャプテンフューチャー』『大追跡』等々、大野さんの音楽は70年代から80年代にかけて日本人の音楽脳に刻まれています。

 40代以上だったら、お名前は知らなくてもメロディーを聞けば聞き覚えがあるでしょう。特に個性が際立っておられるので、初めて聞く曲でも大野サウンドかどうかくらいは判るものです。

 膨大にある作品の中から私の好みに併せてもらうことは不可能ですが、毎回、「これだよ、これこれ・・・」という感動を味わわせてもらえます。

 今回は、大野さんのトークと普段は聞けない逸話や意外な音源が聞けて、非常に楽しく、あっという間に終わってしまった印象でした。

 ルパンや、イーストウッドの声で知られる山田康雄さんの逸話は、本当に意外でした。

 音楽監督と主演声優に交流があるというのは、あまり聞いたことないですが、親しくされていたんですね~?

 そういえば、ルパンのOVAの『グリーンvsレッド』という作品は、ルパンに成り代わろうとする青年の話でしたが、グリーンはファーストシーズンのルパンの着ているジャケットの色、レッドは大ヒットしたセカンドシーズンのジャケットの色・・・。

 シュールな作風にはルパン三世の裏事情が見え隠れしていました。

 が、大野さんのお話を聞いていて、ふと気づいたのが、この作品の主人公の青年の名前がヤスオ! つまり、この作品は急逝した山田康雄さんに捧げていたんですね~?

 山田康雄さん自身がルパン三世と一心同体になっている方だったので、その康雄さんの心象風景のようなファンタジックな作品でした。

 かつて、ルパンのセカンドシーズンの最終回の演出を依頼された宮崎駿監督は、セカンドシーズンで活躍してきたルパン・ファミリーが実は偽者で、本物のルパン(ファーストシーズン?)が制裁を加える・・・という凄い内容を考えていたそうでした。

 当然ながら、そんな過激な話では長期に渡って国民に愛された人気作であるセカンドシーズンを楽しんで見ていた視聴者を裏切ることになる・・・との判断で、あの『さらば愛しきルパンよ』となった訳ですが、そう言われてみれば、最初の案の片鱗は残っていますよね?

 宮崎監督は子供向けの愛らしい作品を作る温和な人みたいに思われがちですが、メディアに登場する時は頑固な変人職人監督っぷりを全開にしてたりして、かつて組合運動の過激な闘士だったという話も納得がいきます。

 可愛い絵柄だから気づきませんが、宮崎監督の作品って実は毒気が満点ですよ(笑)。

 先日、ぽにょを見ていたら、「これってクトゥルー神話そのものだったんだな~?」と思いました。

 宮崎監督版の『インスマスの影』ですよ。

 例えば、絵柄を諸星大二郎にしたら、完全にホラーになりますよ!

 宮崎監督は諸星大二郎ファンだそうなので、ホラー版ぽにょをシャレで作ってくれないかな~? いや、シャレは通じないか?


・・・え~っと、そんな訳で・・・大野雄二さんのライブ&トークショー、楽しんできました~!(水もれこうすけも大野さんだったんだな~?)

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ヴァナム旗揚げ公演

 今年のバレンタインは、遠くポーランドからコンテンポラリーダンスの松田孝子先生からチョコレート贈ってもらったり、お芝居を見に行って、キャストの女性に貰ったりして、50代毒身?オッサンとしては、ちょっと嬉しいです。

 毎年、バレンタインデイは、街中歩くとバカップルばっかりで気持ち悪いので出歩かないんですけど、今年は武侠物のお芝居を見に新宿に行きましたよ!

 地図で見ても、どうも場所がよく判らなかったんですが、カンフー映画好きの小塚師範も行くと言うので、待ち合わせて一緒に行きました。

 帰りの電車の中で、ハッと気づいたのは、私、かなり昔に、この劇場に来たことあったんですね~?

 内容はまったく記憶に無いんですが、かなり狭いスペースだったことは覚えています。

 印象としては、田中泯さんが踊っているプランBによく似ていますが、もう少し狭い。

 当然、舞台も狭い。

「ええ~? ここで立ち回りやるの?」と、スタッフ気分で心配になりましたね。アクションやるには、相応の広さが無いと困難ですから・・・。

 それと、急遽、キャストが代わったりもしたらしく、芝居とアクションの訓練もある公演にとっては、それはもう苦心惨憺をしたであろうことが容易に予想できます。

 何しろ、舞台公演での殺陣アクションは一切のごまかしもやり直しも効きません。

 映像作品ならアクションをほとんどスタントマンに任せて、役者はアップの時に構えるだけで良かったりもします。

 劇場版『スカイハイ』で剣殺陣やらされた釈ちゃんがさっぱりできないのにキレた北村龍平監督が、「お前、修羅雪姫でやっただろう?」と言うと、「だって~。あの時はスタントウーマンが全部やってくれて、私はアップで構えていただけだも~ん」と反論して北村監督はギャフンとしたとか・・・。ドニーさんが絶賛したという話は何だったの? 谷垣監督~(苦笑)。・・・以来、アクション業界では「実はアクションできない釈ちゃん」という噂が広まってるのだとか?

 こういうことが起こるのは、“編集”という作業があるからです。アクションの本場の香港だって、役者が全員アクションできる訳ではないし、あのジェット・リーだってワンチャイ1の時は怪我して熊キンキン(鬼脚七やってた人)が相当な箇所を代わってやっています(よ~く見てると判るよ)。ジェットは自分がやって苦労したと話してましたが、私はオイオイと思いましたよ。熊キンの立場は?

 私も、自主映画撮ってたり、プロの作品にもちょこっと関わったりしたので、どう撮影して、どう編集を加えたか?ということは多少は判ります。

 そういう事情を知らない人は、役者本人がすべてを演じていると思っていたりするものですが、それはたとえアクション俳優であったとしても、あり得ません。

 例えば、ブルース・リーは武術の技は巧みでしたが、バク宙したりはできなかったそうで、『燃えよドラゴン』や『死亡遊戯』でバク宙しているのは無名時代のユン・ピョウであったとものの本に書かれていました。

『蘇る金狼』で、ランボルギーニ・カウンタックを運転して未明の都心をかっ飛ばす松田優作も、実は運転免許を持っていなかったのだとか(このエピソードから『免許が無い!』という映画ができたのだそうな)?

 ウエスタンの名作『シェーン』で見事なファストドローとファニング(早撃ち)を見せるアラン・ラッドも、実はブキッチョで拳銃を上手く扱えなかったので、ファニングのシーンは無名の頃のジェームス・ディーンが演じていたのだとか? これは本当かどうか知りませんが。

 そういえば、私も昔、自主映画で主人公が棒術を使うシーンの吹き替えをやったことあります。武術指導で参加したんですが、主役の人と身長や体型が同じくらいだっので、棒を素早く回転させたりするシーンを私がやった訳です。

 後ろ姿だから、意外と誰も気づきませんでしたね。流石に自分では判ったけど。


 まあ、ことほど然様に、映像作品は嘘をついている訳で、それをいかにもっともらしくリアリティーを持たせられるかどうかが、作品の出来を左右する訳です。

 ところが、役者にとっては、観客の前で演じる舞台公演の方がずっと臨場感を感じられて、やり甲斐を感じるものらしく、自主映画時代の友人達は小劇団の演劇ブームに乗って、続々と旗揚げ公演をしていき、以来、四半世紀も舞台役者を続けている人もいます。

 当時は自主映画仲間がそのまま演劇やるようになったので、「殺陣をやってください」と頼まれて、結構、指導に行っていた訳なんですが、それが武術そのものを教えるように途中で方向がどんどんどんどん・・・ずれていってしまったという訳です。

 私自身は過去、一度も芝居をやってみたいと思ったことがありません。

 しかし、思い出してみると、高校の文化祭や自主映画、市民運動のショートコント、アイドル映画とかで、お芝居みたいな真似をやったことがそこそこあります。

 ありますが、どうも、私は資質的に芝居をしている自分を客観的に考えて笑ってしまいそうになるので、こっ恥ずかしくて、どうにもできませんね~。面白いのは理解できるんですが、自分をさらけ出すのは大変ですよ。

 だから、私は役者の人達に対して“凄い人達”という尊敬の気持ちがあります。

 ただね~、アクションだけなら、やってみたいですね。若い頃は本気でクラタアクションクラブに入ろうか?と真剣に考えたくらいです。

 しかし、やめておきました。

 何故なら、私は武術以外の運動神経が、笑ってしまうくらい悪いからです・・・。


 能書きはこの辺にして、“現代武侠物語序章”と題したこの公演。いれ子構造で尺八の演奏があったり、始まる前のコントがさりげなく挿入されていたり、実に実験的な工夫がこらされていて、興味深かったですね。センスがいい。

 今まで、こういう芝居公演は見た記憶がありません。

 パンフレット代わりに用語集が配られて、武侠小説特有の専門用語の解説が書かれているのには感心しました。

 王重陽の名前が出てくる辺り、金庸先生の射チョウ英雄伝、神チョウ侠侶の影響を感じますが、この王重陽は実在した人物で、道教の一派の全真教の創始者です。

 全真教は比較的戒律が厳しい流派だったそうですが、道教は元々、仙道(無為自然が旨)から来ているので、戒律は無きに等しい。仙道は個人の修法なので宗教的な組織化には向かない。だから、戒律の厳しさは仏教などに対抗するために導入されたのでしょう。

 仙道は大昔からあって、秦始皇帝が不老不死の仙薬を求めて道士徐福を東方に派遣したというのは有名な話です。

 そして、徐福が上陸したという伝説は日本の各地にあり、徐福が神武天皇になったという伝説まであります。

 もっとも、仙道も源流はヨーガからもたらされたのは間違いないところでしょう。

 日ユ同祖論(日本とユダヤは同じ祖先を持つという説)に従えば、もっとトンデモな話になりますが、まあ、それはそれとして、東洋の医術や武術が人間の身体に秘められた潜在能力を引き出していくことを求めているという点では、共通しているでしょう。

 そんな背景も考えながら、公演を見ていると、現代と過去がパラレルな関係にあるような錯覚を覚えて、良い意味での違和感を感じます。

“序章”とある通り、今後、物語が連続していく中で世界観がSF的に展開していったら面白いだろうな~?と思いました。

 もともと、昨年末の特撮映画イベントで主催者の風見光太郎さんと知り合って見にきたので、特撮映画にも出演する予定の女優の根本さんがどんな役を演じているのか?と思っていましたが、武術を使う女殺し屋というカッコイイ役柄でしたよ。

 アクションは、全体的にリアルな武術の動きを見せることに拘っていて、武侠ドラマがワイヤーで吊ったりCGやパイロ(火薬使う)テクニックで爆発させたりするような派手さではなく、掌打での暗勁(浸透勁)の表現というリアルな武闘アクションを意識しているようです。

 正直、驚きました。

 普通の役者であれば、派手なアクションやスピード感で凄さを見せようとするものなのに、実に“武術的な表現”に拘っているのです。

 撞掌、刀掌、払い手、巻き手・・・といった内家武術的手技を駆使し、寸勁でふっ飛ばしています。

 恐らく、ケレン味のある無駄なアクションを嫌ったのかもしれません。武術武道を熱心にやっている人間だと、そうなるんですね。

 私なんかは、結構、ケレン味のあるアクションも好きなんですけれど、それは“芝居だからリアルである必要はないだろう”という気持ちから、多少の嘘っぽさも楽しんで見れる訳です。

 無論、ケンカ?とか勝負の場合は、徹底的にリアリストになりますけどね。

 よく、アクション俳優とかプロレスラーを「あんなのフェイクだ。実際には闘えない」みたいに貶す人がいるじゃないですか?

 本当に馬鹿だと思いますよ。こういう発言する連中って。

 プロのアクション俳優やプロレスラーの日々の肉体鍛錬なんて、週に一回、道場に通ってるような人間の比ではありませんよ。

 以前、表演武術をやっている人がセミナーに来ていましたが、武術の必殺技ばかり教えたら、3時間後には戦闘力がざっと数倍になっていましたよ?

 肉体が練れていれば、技は即座に体得出来るし、威力も一気に倍加するんですよ。

 予想はしていましたけど、現実に目の当たりにすると驚きますよ~。やっぱり・・・。


 脱線しまくりましたが、そんな具合で、アクションを期待していたら、ちょっと地味に見えてしまうかもしれませんが、武術的なリアリティーとして見たら、よくこういう表現を頑張ってやったな~?と思いますね。

 いや、ね~・・・普通の立ち回りだとそれなりに間合を空けてやれますけど、ここまで舞台が狭くちゃ~、どうにもなりませんからね? よく、あそこでやったな~?と、私はそれだけでも拍手したくなりましたよ。

 風見さんは“できて当たり前”として、根本さんはよく頑張ったな~と・・・。

 いや、頑張ったという意味では、立ち回りは無いけど主役の女の子は本当によくやったと思います。精神的にキツイでしょ~、その設定は・・・?と思いましたけどね。

 また、再演あるかもしれないから、これ以上のネタバレは書きませんけど・・・。

 そうそう・・・尺八の演奏と解説も非常に良かったです。

 旗揚げ公演、お祝い申し上げます!

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新作DVD撮影会

 御要望が多かったので、長らく中断していた徹底解説教材用DVDシリーズを再開することにして、2月11日の祝日に本部道場で撮影しました。

 これまでは場所を借りるのも苦労したりしていましたが、今は常設道場があるので、簡単にスタジオ代わりになります。

 また、借りた場所だと、どうしても撮影が制限されてしまう試し斬りや、手裏剣術なんかも撮れます。

 最近、手裏剣術と試し斬りがレベルアップしてきたので、今回は是非、収録しようと思った次第です。

 さて、教材DVDシリーズは、4巻まで発売(『基礎錬体』『歩法・這い・練り』『初級対錬1』『初級対錬2』)していましたが、今回は5巻と6巻を合巻にして出す二枚組セットで、“中級対錬”8本と、独己九剣は“追燕”と“流星”の二本、そして、差し手の基本解説と、推手のやり方などを解説しています。

 また、特典映像として、試し斬り、手裏剣術、木人椿トレーニング、セミナー風景などを収録する予定です。

 橋本支部長の北島師範、横浜支部長の栗原師範、東京支部長の小塚師範にやってもらっていますが、今回の白眉は、何といっても小塚師範が独自に研究した手裏剣術の自由演技でしょう。

 普通は、直打法(刃先を上に持つ)、反転打法(刃先を下に持つ)くらいしか無い訳なんですが、もう、冗談みたいにいろんな打ち方を編み出しているんですね。

 2~4本同時に打つのも当たり前だし、下から横から斜めから、手裏剣術では「やってはいけない!」と言われている手首のスナップで打ったり、端っこを摘まんで回転させて打ったり、後ろ向き、寝っ転がって・・・と、真面目な手裏剣術家なら、しかめっ面しそうな打ち方をしています。

 使っているのはコンクリート針が主ですが、ペーパーナイフでも打ったりしていて、既に小塚式手裏剣エクササイズ?みたいな感じになりそうです。

 多分、お叱りもあるか?と思いますが、手裏剣術初見の人には、型に嵌まらず自由に伸び伸びと工夫練習していくことの大切さを感じてもらえるんじゃないか?と思います。

 今はまだ、「刺さる、刺さらない」のレベルですが、この先、もっと精度が上がっていけば、武術としての手裏剣術の可能性がぐぐっと広がるのではないか?と思います。

 私も、的を見ないで後ろ向きにテキトーに打って刺さる(しかも4本同時)とは、自分で成功するまで半信半疑でしたが、まったくの素人が試しても結構、刺さるんですね。目からウロコが落ちますよ。

 こういう体技というのは、アンデルセン氏の驚異の弓術を見ても、何事も楽しんでやることが上達の一番の秘訣なんだと思います。

 試し斬りも、私が逆手持ちでの斬り、逆袈裟での斬り(意外と難しい)、そして寸勁斬りをやってみて、無反りの直刀を使ってみたら、えらく斬れ味が良くてドヤ顔でした。

 が、続いて小塚師範と北島師範に余ったマキワラで寸勁斬りをやらせてみたら、何と! 二人ともアッサリとできてしまい、斬った本人も含めて、ヘッ?と、キョトン顔になってしまいました。

 おかしいな~・・・これ、メチャクチャ難しい技の筈なんだけど・・・?

 しかも、二人とも、私より簡単にできてるように見えます・・・。

 何か、嬉しいような悔しいような、複雑な気持ちですぅ~(苦笑)。

 栗原師範は、ちゃんと私の顔をたてて失敗してくれたので? やっぱり簡単にできるものではないんだと思いましたけどね~。

 でも、半分くらいは斬れていたので、要領を覚えたらスパッと斬れるようになるでしょう。ちなみに半分斬れれば、実戦では充分ですけどね。

 うちの場合は専門の試し斬り台が高くて(4万円くらいする)買えず、撮影の照明に使うライトスタンド(5000円くらい)で代用してるんで、安定が悪いのも関係してるんですね。固定してたら斬れる実力でも、台が不安定だと刃筋が曲がり易いんです。

 私も逆袈裟に斬った時だったか? 斬れたけどスタンドが倒れてしまいました。

 逆に言えば、これでスパスパ斬れれば、かなり上達しているということになります。

 試し斬りの秘訣は、刃筋が真っすぐ通ることなんで、そこだけ注意すれば大体、斬れるんですよ。

時代劇の間違い探し』ではお名前を出せなかったんですが(編集部から個人名を出さないように言われた)、この辺りのコツについては清心館佐原文東先生にいろいろ御指導いただきました。

 佐原先生は、腕は確かで理論も立派なのに、ちっとも偉ぶらず、『剣客商売』の秋山小兵衛みたいでシャレの解る粋な先生なので、例外的に私がお付き合いできる数少ない武道家のお一人ですよ。清心館では、合気道のみならず、鹿島神流と禅も教えられているので武術の文化的な側面に関心の有る理知的な門下生の方が多いですね。「武道って、やってみたいけど、何か怖い~」と思っている方には大推薦ですよ~!


 それにしても、私のオリジナル技“寸勁斬り”をネーミングだけパクッて実質的には“尺勁斬り”になってる方もいらっしゃったんですが、自分だけできても意味が無い訳で、うちの会員には全員、できるように教えたいですね。

「武芸百般なんでもできる超達人を養成するぞ~!」と宣言してから二年くらい経過しましたか? 順調に育成進行中ですよ!

・・・ところで、撮影計画表を書いていたら、中級対錬型には名前をつけていなかったことに気づきまして、急遽、名前をつけました。

 同時に、游心流の絶招型“蛟龍十八式”も、名前だけつけて具体的な技の解説をしていなかったものにも全部、解説をつけました。

 これも幹部以上(普通の武道での五段以上くらい)には、ぼちぼち教えていこうと思います。

 ただし、これは蛟龍歩が使えないとできない技ばかりなので、一般公開はできません。

 真似してやっても足首挫いたりするだけで墓穴を掘るからです。

“絶招”というのは、中国武術の言い方で、日本式なら“必殺技”とでもなりますか?

 名前の通り、この十八の技は情容赦なく敵を粉砕することだけ考えています。加減ができないので、敵を倒さねばならない時にのみ使うために考えた技で、全て先の先で攻める示現流のような技です。

 游心流は基本的には“後の先”の技なんですが(護身術だから)、読みを駆使する相手と対する場合は、先の先でこちらから攻めていかないといけない場合もあります。そのためには歩法を駆使する必要がある。

 歩法の重要性については長くなるので書きませんが、どんな凄い技も具体的な戦闘理論と結び付いていなければ役に立ちません。

 中国武術には、「套路(型)を教えても技は教えるな。技を教えても歩は教えるな」という言葉があります。歩法が戦術的に高度な位置付けであることを暗示していますね。

 逆説すれば、自分の学ぶ流儀の戦闘理論を理解していれば、日々の稽古が即、実戦に応用できるのです。技が見世物演芸で終わってしまうのは、ただただ、戦闘理論を知らないからなんですよ。

 そこを論じないで、どれが強いの弱いのと主観的に論じてはいけません。

 合気道でも空手でも、意味の無い技なんか本来、ありません。使えないのは使い方を知らないだけなんです。

 太極拳の推手練習だって、形式的に馴れ合いでやっていると気づきませんが、打撃格闘技の戦法を根本から封殺できる戦術を秘めているんですから、決して侮れません!

 事実、長年、極真空手を修行されている栗原師範も、最初は苦心したものの今では游心流幹部中で最も推手の手練になっています! 恐らく、意拳も採り入れている極真館で学ばれているのも関係あるでしょう。

 他流を馬鹿にして顧みない空手家も多いんですが、極真の凄さは、積極的に他流から良いものは採り入れていこうとする精神ですよ。

 これは、大山倍達先生が、剛柔流空手のみならず、松濤館、和道、ボクシング、ボディビル、柔道、居合道、大東流、合気道(養神館)、太気拳、太極拳、ムエタイ、カポエィラ等々を研究されていた精神を門下が継承しているということでしょう。

 人に秀でる人物に共通しているのは、謙虚にあらゆる分野に学ぶ精神を持っているということですよ! 独善思考は、自らの進歩成長を止める“毒賎”なんですよ。

 完成されたものなんか、どこにも存在しません。

 あらゆる武術が発展途上なのです。

 何故なら、どんな優れた技であっても、原理が解れば破り方は自然に工夫できます。

 例えば、寸勁斬りができると、通常の剣術をすべて破ることができる。

 どうしてか?というと、普通の剣術では振りかぶる動作がすべて隙になるからです。振りかぶらないで斬れれば、隙ができないまま斬れる・・・という理屈です。

 小塚師範の工夫した手裏剣術も、型破りであるからこそ、日常的なあらゆる体勢から即座に使うことができる・・・という意味では、一見、見世物芸的であっても実は非常に合理的に実戦展開できる。

 以前、空手道の型と組手の世界チャンピオンであった香川政夫先生に取材した時にお聞きしたのは、「型破りは、従来の型を一通り学んで型の中の法則性を掴んで自由に動けるようになることを言う。型無しというのは形も法則性も何も無い単なるデタラメな動きだ。空手は型破りにならなくちゃいけない。そのためには型を充分に修練しなければ、型破りではなく、型無しになってしまう」という意味合いのことを言われていて、私は目の覚める思いをしましたね。

 流石は世界のトップを取った超一流の先生が言うことは違うな~と思いました。

 実際、香川先生はボクシングも研究して肩甲骨の使い方に気づかれたそうで、肩での寸勁は、それは物凄い威力でした。

ハイキックガール』で中先生を見た時も思いましたが、一流中の一流は、習わなくても自分で気づくんですよ!

 権威主義に走るのは二流以下ですよ!

 私が改めて伝統的な武術の型を研究しようと思ったのも、香川先生の言葉が念頭にあったからかもしれませんね。

 型の中には、その流儀の戦闘理論が内蔵されています。それを抽出することが達人を超えるための道であると私は確信します。

 既に何らかの流儀を学んでいる方は、その点を認識して大切に学んでください。

 指導する立場の方は、学んだ内容を解析し術技を深めていってください。

 そうすれば、単なる健康法や護身術程度に考えていたものが、いかに価値があるものだったのか?に気づくでしょう。凡人を超人に変えられるんですから・・・。

 それに気づくと、「こんな面白いものに、何故、みんな興味を持たないんだろ~?」と不思議に思えるんですけどね・・・。


 今回、撮影したDVDは近日発売予定です。御期待ください!

PS;『時代劇の間違い探し』大絶賛、発売中です! 「長野さんが半分以上書いてるの?」って、よく聞かれるんですが、私が担当したのは40%くらいですかね~? 第二章全部と、後は剣豪とか刀の斬り方とか忍者とか侍の歩き方の箇所とかと、後はちょっとアドバイスしたくらいですかね? 共著者の若桜木虔先生の博学っぷりには唖然呆然としましたよ~(笑)。それでも武術とか武器とかについては全方位的に知ってる人はいないんだろうな~?と思いましたね。でも、私は、まだまだ一生、勉強ですね~。

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著者プロフィール

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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