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重要なお知らせ

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 以前から私と游心流に関してネットストーカーしている者が、またもウィキペディアなどにくだらんことを書き込みしていると会員から連絡を受けました。

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游心流DVDラインナップ

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 通常の武術系DVDは5000~6000円くらいが相場ですが、これは販路の大きい大量に作れる会社だから可能な値段設定です。うちはチマチマと手作業で作ってますので、製作費や労力、販売部数の関係上、数倍にならざるを得ません。

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連絡専用ブログ「游心流武術健身法 インフォメーション」

セミナーや稽古会の予定、DVD、商品関連等の情報については、こちらのブログをご覧ください。
最新情報も掲載してます!)

游心流武術健身法 インフォメーション

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松田隆智先生『謎の拳法を求めて』増補復刊

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 日貿出版から、松田隆智先生の『謎の拳法を求めて』が復刊されました!

 しかも、大増補版として、松田先生の活動の全記録を集大成したような素晴らしい内容になっています!

 私は、読んでいて、何度、泣けてしまったか判りません。

 編集した方の名前が載っていないので、どなたが編集されたのかは判りませんが、多分、私も知ってる人なんじゃないかな~?とは思います。

 自分の名前を書かずに黒子に徹するところが粋じゃないですか?

 いや~、これを読むと、私が出る幕はないな~と思います。

 ただ、生前の松田先生だったら書き直していただろうな?と思う箇所もありました。

 当時の内容のまま復刊されている部分で、「陰陽八盤掌を董海川が習って八卦掌を創始したのではないか?」という部分ですが、この陰陽八盤掌を世に出した人が八卦掌を学んでいたことが判明し、要するに歴史を捏造していた訳で、松田先生は騙されていたんですね。

 私は直接、松田先生から聞いてますが、ここは直したかった筈だと思います。

 それと、酔鬼張三は張策となっているのも間違いだそうです。

 これも松田先生に直接うかがって、「別人だった」と言われていました。

 松田先生が、何故、何度も何度も現地調査に赴かれていたか?というと、このように間違った情報を掴まされることがざらにあるからなんですね。

 これは日本の武術業界も変わりません。武術家の経歴なんか全然、信用できません。

 以前、ハワイの拳法術會のキモ・フェレイラ先生にうかがった時も、アメリカでもインチキなヤツがざらに居るのだそうでした。

 興味のない人は、どうだっていいじゃないか?と思うかもしれませんが、こんなに嘘情報が蔓延しているのでは、世間的に相手にされなくなってしまいます。

 文化水準が低いのをヨシとしてしまっているから、技術レベルもどんどん劣化していくんですよ。

 先日、U先生のDVDを見ましたが、実力はあるのに、やっている内容は催眠セミナーみたいになってしまっています。合気のまね事や目付けを駆使した単純な読みをやっているだけで、それを“気の理論”で実に大仰に解説しています。

 なんだか、武術じゃなくてカルト宗教の宣伝教材みたいになってしまっていますね。

 常連の人達は完全に感応にかかってしまって肉体が条件反射してしまっています。かつての西野流呼吸法と変わらなくなっています。

 特殊なニューサイエンス的な解説がされていて、いかにも科学的なもののように印象付けていますが、私、岡山理大に通っていた頃に見た統一教会のビデオセンターのビデオ映像を思い出しましたよ。クリソツ!

 凄く耳に心地よいことばっかり言われていますが、それと武術のパフォーマンスがどう繋がっているの?と、逆に不審に思えましたね。武術いらないんじゃね?

 甲野氏や日野氏や高岡氏よりずっと実力がある分、何か、空しくなりますよ。

 結局、これ見よがしに武術の秘技を演じておいて、社会正義や世直しを理念として打ち出すところは、軍人の発想だということです。将軍様かいな?

 武術家が権力を志向するのは非常に危険だと思いますよ。

 松田先生は、この人、非常に嫌ってましたね~。権力者気質なのを観抜いていらっしゃいました。

 直弟子だった人の悲しそうな顔を私は今でもはっきり覚えています・・・。


 さて、今週の日曜日は西荻窪ほびっと村学校で講座やります。せっかく松田先生の名著が復刻されたので、本に書けなかった話なんかも披露しちゃいますかね~?

 松田先生の最後の電話の時の、「長野くんも猫好きか?」と言われた言葉は、今でもはっきり覚えていますよ・・・。

 小塚師範も猫飼うそうで、三毛。いいな~、俺も早く猫飼えるようになりたいな~?

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四月セミナー“読みと交叉法”感想

 今回は、うちの会の中心的研究テーマとして、流派を名乗る以前から、ずぅ~っと研究し続けてきた、“読み”と“交叉法(差し手)”について解説指導しました。

 毎年やっていることですが、今年はさらに画期的な体得法を考案し、実験してきて充分な成果が得られたので、初公開しました。

 これは、ビデオ撮影もしましたし、次の武術シリーズ新刊で発表する予定なので、詳細は省きます。

 ただ、剣術の研究が大きく役立ったのは間違いありません。

 以前、この手の“読み”の技能について、ある有名な剣道師範は、「体得するのに30年はかかる」と言われていたと剣道をやっている会員から聞いたことがありました。

 どうして、そんなに時間がかかるのか? 感覚の自然成長に任せて、専門的な訓練法を工夫しないからです。

 私は、何とか3年でできるようになれないものか?と研究していたら、いつの間にか3ケ月くらいで体得させられるようになってきました。入会して3ケ月くらいで、大抵の人がある程度は体得していました。真面目に通っている人の話ですが・・・。

 もっとも、個人差も激しいので、体得できない人はなかなかできなかったんです。

 それで、数年前から剣術の研究に力を入れるようになり、何カ月か前から剣で教えてから体術に応用するやり方を工夫し、実験的に教えてきていたんです。

 最初は直感的に「効果的かも?」と思って、やらせてみたんですが・・・何と、飲み込みの早い人間だと3分、いや、30秒で会得してしまった人もいました。

 普通の修行で30年かかると言われていることを、30秒で体得できるって・・・到底、信じてもらえないでしょう。

「誰でもできる!」とまでは言いませんが、ほとんどの人が教えれば体得できる“口訣”を考えついてしまったんですよ!

 剣術の理合を研究することで体術も進化するなんて、実は予想していませんでした。

「関連性は有るから応用はできる筈だ」と思っていたんですが、とんでもない!

 剣の理合は体術の“精度”を引き上げてくれるものだった訳です。

 かつて、賢友流空手道二代目宗家である友寄隆一郎先生は、「武術は読みと交叉! これしかない」とまで言われていました。

 まったく、恐るべき慧眼です。逆説すれば、これを省いてしまったら、武術は仏作って魂入れず・・・だからです。

 付け加えるならば、読みと交叉を会得するには剣術が最も適していた訳です・・・。


 余談ながら、アスペクトの武術シリーズ新作の企画が通ったので、最初の企画打ち合わせに会社に行ってきましたが、そこで「(企画書に書いてある)宮本武蔵の“枕を押さえる”というのはどういうことですか?」と編集長に聞かれたので、同席していた漫画家の黒谷先生に相手してもらって、ボールペンを刀に見立てて実演しました。

 ボールペンで打ってこようとする黒谷先生の動きの隙間をついて、喉元にボールペンを差し入れて見せたんです。

「これが枕を押さえるということです」と言うと、結構、感心された様子でした。

 武術は、相手の攻撃を受けてどうこうするのじゃなく、攻撃が出ようとする瞬間を制してしまう訳です。これができないと力の差を覆すことはできず、強い弱いの競い合いになってしまいます。

 しかし、実際の剣術の原理原則からすれば、私のやり方は、いささか俺ジナル理論過ぎるか?(基本が無形だから)とも思うんですが、いろいろ実験してきて非常に汎用性が高いことが確認できたので、もはや、形に拘る必要も無いか?と思っています。

 極論すれば、相手の動きに合わせるだけなんです。

 そして、剣で確認した後で、無刀捕りにし、次に素手の体術に応用した場合も、非常に有効性が望めます。

 ただし、技の攻防を競うことを楽しみたい人には、まったくもって、面白くないと思います。

 何故なら、向かい合って、相手が攻撃しようとする瞬間に入身してそのまま潰してしまうからです。つまり、丁々発止の技の攻防が全然無い・・・。

 読みを駆使すると、必然的にこのような戦闘法になってしまいます。

 見ている側には面白くもないでしょうが、弱者が強者に勝つには絶好のものだと思います。日本剣術が、日本武術をここまで高めたのだと思うと、研究家として感動するばかりです・・・。

 今回の“読みと交叉法”は、正に、あらゆる人に役立ててもらえるものだと思っていますし、日本武術の根本的な基盤となる理合であると思っています。

 無論、まだまだ初歩的なものです。素人に教えてすぐにできるレベルですから。

 それでも、その初歩的なものであっても、既存の武道や格闘技にはスッポ抜けてしまって、ごくごく一部の遣い手だけしか会得できていないのです。日本武道はそこまで劣化しているのです。

 気の理論や、精妙な身体操作・・・といった特殊な専門用語でないと説明できない。

 合理的な説明が難しく、神秘的解釈や哲学的解説がされてきて、その結果、かえって誤解ばかりが広まってしまったのです。

 新作本が出るのを、お楽しみに・・・という感じですかね?


 セミナー後は、いつもの和食ファミレスに残っていた参加者10人くらいで行きましたが、稲吉先生も参加されていたので、バルセロナ・ダンスアワードでの大活躍の様子をいろいろうかがったりしました。

 その時に参加者から聞いた話で、う~ん?と唸ってしまうような話もありました。

 まあ、一応、名前は伏せておきましょう。

 ある中国武術の大家の直弟子を名乗っている人の話題が出たんですが、私、昔、中国武術雑誌のライターやっている時に、その人物の正体について聞いたことあったんですね。

 直弟子というのは真っ赤な嘘っぱち。実際は三カ月くらいしか習っていなくて、それ以前に南拳をやっていて、ボディビルダーでもあったと・・・。

 肉体の鍛練はしているから弱くはないでしょうが、噂されるような達人ではなく、はっきり言ってヤマ師の類いでしょう。

 ある武術の遣い手が、「強い」という噂を聞いて、この人と手合わせしたくて何度も問い合わせたそうですが、居留守を使って逃げ回っていた様子です。

 で、バッタリ会った瞬間、向こうが慌ててファイティングポーズ取ったそうですが、顔はビビリまくっていたそうで、やる気を無くしてしまったんだとか?

 まあ、力業見せるしかできないヤマ師なら、当然、そうなるでしょうね?

 武術の業界、噂を信用してはいけません! 真っ赤な嘘が堂々と広まる業界ですから、私なんか全然、信用していませんよ。自分で確認しないと判りません。

 あ~、それともう一つ。

 私が当代随一の拳法家と確信して微塵も疑わない先生の映像を見て、「大したことない」と言った方がいらっしゃるとか?

 う~ん・・・これもねぇ~・・・確かに、この映像は、真の実力を隠しまくっていたので、ある程度の水準に達している人が見たら、侮っちゃうだろうな~?と思っていたんですよね~? いや~、もし、本当にこのレベルだったら、私でも勝てると思ったくらいですよ。そのくらい実力を隠してました。

 実際、「先生~、あんなに隠していたら意味ないじゃないですか~?」って、私は意見したくらいです。

 御自分の習った先生への恩返しをするのがテーマだったから・・・と言われましたが、他流に侮られてしまうのでは師匠の顔に泥塗るようなもんだと私は思うんですけどね?

 恐らく、自分の実力を全開にして見せたら、完全に師匠を超えてしまっているのが誰の目にも明らかになってしまうから隠したんでしょうけど、それでも、限度ってものがあるじゃないですか? 本当に1/10も見せていませんでしたから、呆れてしまったんですよ。

 私、この先生とはもうお付き合いが無いから庇うつもりは一切ありませんよ。でも、事実は事実として書いておかないと研究家失格ですからね。断言しますが、あの先生の掌打のスピードは人間技ではありません。超神速でした。

 説明し易いから“気”で説明しますが、これも特殊なんですよ。この先生は一瞬で気が10倍以上も膨れ上がるんですよ。マジでスーパーサイヤ人みたい。

 ボンッ!って音が聞こえるような感じでした。

 ところが、その先があるんですよ。歩法を使って動いている時に、その気の質がキューンッと圧縮されていって無音になるんです。で、脚と腕がヴゥ~ン・・・と超高速で動いて消えて見えなくなる・・・。

 多分、数秒間だったと思うんですが、今でも、あの時の異次元のような不思議な映像が私の脳裏にきっちりと刻まれています。これはもう身体の動きがどうこうという次元じゃなかったですね。武術武道でこんな動きのできる人を他に見たことはありません。テレポート見るより凄いと思います。

 でも、ドラマーとかで上手い人だと腕が消えて見えなくなる人もいますね。最近、入会されて個人指導受けに来られている人も実演している時に手首から先が消えて見えなくなる瞬間がありました。

「あ~、この感じだ~」って、久々に感動しましたよ。

 マニー・パッキャオや、『葉問』の時のドニー・イェンのチェーンパンチも消えて見えなくなるくらい速かったですが、それでも、この先生の1/3くらいかな~?と思いました。何より歩法と連動している点が違う・・・。

 せめて、実力の半分でも見せてくれていたらな~?と、私は今でも残念です。多分、もう二度と見せるつもりはないでしょうし、お弟子さんにも受け継がれないまま幻の秘技になってしまうんでしょう・・・。

 だから、映像で「大したことない」なんて言われてしまうのは、私としては悔しい気持ちもありますけど、あそこまで隠してしまっていたら、見抜けないのは仕方ないと思いますからね・・・。

 ただ、こういうことも有るということは、“戒め”にしてもらいたいんですよ。

 人を見た目や噂で判断してはいけない!・・・ということです。

 特に観の眼が発達し、気の観相術(オーラを観る)が使えるようになると、大抵の相手の力量(オーラの量)が判ってしまうので、そこで判断しがちなんですが・・・“そこ”で判断できるのは武道家や格闘家のように気の熱量が始終、発散されているタイプであって、武術家には微塵も気の熱量を発散させないタイプ(一見、弱そう)も居るのです。

 そういうタイプは間違いなく気の熱量を自在に増幅できたり(ドラゴンボールの孫悟空)、相手の精気を吸い取るタイプ(吸精鬼・吸星大法)や、自分を伝導体にして外界から気を取り入れるタイプ(大周天・借力)なんかもいます。

 つまり、個体としての力量では測れない訳です。

 そんな一筋縄ではいかない相手と間違って手合わせしてやられてしまう場合もあるから、武術修行者たる者、どんな相手にも油断は禁物なのです・・・。

 それに、個人だと大したことなくとも、その背後に組織的な力を持つタイプもいますからね~。ヤクザ、政治団体、秘密結社、宗教団体・・・とか?

 いわゆる権力ですね?

 権力と戦うには知恵を使わなくてはなりません。

 本当の意味で、“読み”を駆使するというのは、目の前に見えている相手の背景までを洞察して、戦わずして争いを収める知恵なんですよ。

 さらに言えば、人間は個人個人が独立して生きている訳ではなく、仏教で言うところの縁起の法則が働いていますから、因果は巡り巡って自分に戻ってきます。

 例えば、私の場合で言うと、私に悪心を持って、嫌がらせとか陰で誹謗中傷していた人達が、どんどん不幸になっていった実例が十数例もあるんですけれど、これって、意図的にやっているんじゃないんですが、“呪詛返し”になったんですね。

 ネットストーカーしていた者は精神疾患が酷くなって入院し、嫌がらせ電話しまくってた者は仕事を失ってしまい、周囲に私の悪い噂を広めていた者は周囲から親しい人が離れていって孤立してしまい、逆恨みして出ていった者は犯罪おかして国外逃亡し(マジです)、自惚れて離れた連中は空中分解してしまい、信頼を裏切って他者に取り入った人は信用を失って孤立してしまい、誤解して捨て台詞残して去った人は孤独死してしまった(これも本当のことです)・・・という具合に、“ことごとく”と言っても過言ではないくらい不幸な結果になってしまったのです。

 正直、私も気分は良くないですよ。

 もちろん、最初は「ザマーミロ」という気持ちもありましたが、ここまで続くと、「俺は自分で知らないうちに呪いをかけちゃってるのかな?」と、マジに悩んだくらいです。

 でも、誓って申しますが、呪いなんかかけてません。

 ただ、無意識に念を飛ばしてしまった?という可能性はちょっと感じます。生霊とか式神とかいうアレですよ? 普通は術式が必要だけど、天然でやっちゃう人も居る・・・というのが、霊能の世界では言われてますからね。

 以前も書いたと思いますけど、私、昔はオカルト大好きでムーを愛読してましたし、魔術とか神秘学とか洋の東西問わず、大量に本読んでて知識だけはかなり有るんですよ。

 だから、自覚してないうちに“うらみ念法”の遣い手になっちゃってるかも?

 でも、真相はそうじゃないですよね。結局、人を呪わば穴二つで、人を呪う気持ちは自分に戻ってくる訳です。だから、呪術は遣ったことないし、私はたまたま、呪いの念を反射する鏡みたいな気質なんだと思いますね。

 スンマセ~ン・・・。

 小説書いてるもんだから、ちょっと帝都物語チックになっちゃいました~。テヘッ(笑)。

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四月セミナーは、読みと交叉法

 四月の月例セミナーは、武術の根本原理である読みと交叉法について解説指導します。

 ここ最近、剣術で教えると体術も格段に上達するという実験を繰り返してきましたが、これは理合を理解するのに今のところ、最適なやり方だと思っています。

 読みは、目付けでやるか感覚でやるかの二つに分かれますが、どっちも一長一短あります。これさえやればいい・・・というものではありません。

 目付けは比較的理論的に教えられますが、頼り過ぎると墓穴を掘ります。

 一方、感覚に頼ると過剰反応し過ぎて社会生活に支障が出たりします。

 どんな支障が出るか?というと、霊感が出てきて幽霊が見えるようになったりしてしまうからです。

 こういう現象は、精神医学的には幻視と考えられていますが、宗教的に解釈して権威主義的に判断してしまうと「教祖誕生」になってしまう訳です。

 武術は感覚を磨く修行をやりますが、失敗して妄想に支配されてしまう人間も少なくありません。だから、慎重にやらねばならないし、いろんな知識が必要になる訳です。

 私は20代の頃に心理カウンセラー目指して勉強していたことがあり、また、小学校以来の親友が某催眠学院の学院長をやっていたこともあって、心理療法やセラピーなんかも実はそれなりに詳しかったりするんですね。

 だから、自己啓発セミナーとかマルチ商法の裏事情なんかも知ってる訳です。

 ちなみに、分裂騒動の時に当時の師範代に任命していた会員を結局は破門にしたのも、彼が自己啓発セミナーやマルチ商法で用いる典型的な洗脳テクニックを使って私を操ろうとし始めたので、「はは~、こいつ、そのつもりだったのか? もう、ダメだな・・・」と思って、簡単に切り捨ててしまった訳です。

 もし、彼がそんな姑息なテクニックを弄することがなければ、もっと違った形で円満に独立させるつもりでいたんですが・・・、まあ、人を舐めてもらっては困りますよね。

 くぐった修羅場の数が違うんですから・・・(笑)。

 成功哲学を信心している人達も似たようなもんですね。

 余談ですが、成功哲学とか自己啓発セミナーとかマルチ商法とかは、出所は同じなんですよ。

 何だと思います?

 フリーメイソンなんかの秘密結社の神秘的秘儀伝授で教えられるのが、これなんです。

「人生は思った通りに展開していく」という、仏教式に言えば、唯識論の理論です。

 同様の理論(理法)が大抵の宗教に秘儀として伝承されているんですよね? だから、政治家って結構、宗教団体に入ってるでしょう?

 ナチスがオカルト系秘密結社、トゥーレ協会を源流にしているのも有名な話ですよね。

 武術も秘密結社と不可分の関係で伝承してきたりしていますから、私も全然、関係ないところで研究していたら、繋がってきたんで、驚きましたよ。小説ネタにするから書かないけど・・・。

 うちの会員とかにも成功哲学にはまってる人とか居ましたけど、これも盲信してしまうと思考停止しているのと同じで逆に危ないんですよ。

 プラスイメージって言っても、それって自分にとって都合の良いように解釈しているだけの話ですからね。かえって鬱病とかなっちゃう人の方が多いかも・・・?


 神秘的に解釈すると危なくなるばっかりなので、読みも、私は合理的な解釈しかしないようにしています。

 感覚というのは個人差が激しいので、神秘的に考えると妄想に陥り易いからです。

「気の理論」がオカルトや詐欺に直結し易いのも同じことです。見極めができない人間が手を出しては危険です。

 武術に何故、秘伝があるのか?というと、この危険性に対する予防処置なのです。

「キチガイに刃物を持たせないようにする」ためです。

 今回のセミナーでは、場合によっては、受講を断る人も出るかもしれません。それはイジワルしているのではなく、「この人に教えたら頭がおかしくなるな~?」と判断してのことなので、そこは悪しからず御了解ください。

 例えば、ソバアレルギーの人にソバを食べさせるようなものだからです。

 時間をかけて徐々に学べば害がないことでも、セミナー三時間で一気に教えたら中毒を起こしてしまうのです。

 過去に、そういう人間が出るのを防げなかった反省として、今は恨まれようがどうしようが、教えるべきでない人は断固として教えないようにしています。

 逆説すると、今回はそれだけ重要なことを教える訳です。

 興味本位でなく、本気で学びたい方の御参加を望んでいます。


 蛇足ですが、予行練習と思って、個人指導の時にいろいろ教えてみたんですが、抖勁(触れた箇所から発勁する、佐川先生の“体の合気”のようなもの)をできるようになりたいと言うので、具体的なコツを教えてやりました。

 すると、一発でできるようになりました!

「このコツは、まだ誰にも教えていないから、黙っておいてね?」と念を押しておきました。当面、隠し技として取っておこうと思っていたからです。

 もちろん、これも誰にも習っていません。重心移動力をどう作用させるか?と工夫していて、偶然、できたので、それからメカニズムを分析して体得法を考案した次第です。

 教えれば、うちの幹部クラスや常連会員は全員、できるようになると思います。

 あっ、いかんいかん! つい、うっかり書いてしまいそうになった・・・。

 この会員さんは、合気道の指導員をやっていて、極真空手にも励んでいたので、地力そのものは相当、あります。

 ただ、長く離れていたから身体感覚が鈍ってしまっていたのです。

 それを取り戻していきながら、武術の理論を理解するようにさせているので、超速の進歩をしつつあります。

 先日、高山本店で中級対錬DVDも買ったそうですが、「これは神業の原理に匹敵する凄い内容ですね!」と大興奮して絶賛してくれました。

 極真をやっていた彼にとっては、無構えで中段突きに技をかける初級対錬が古臭いように思えて、もっと実戦的なやり方ならいいのに~と、内心では思っていたそうです。

 中級は、組手構えからのリードパンチに太気拳構えから差し手して技をかけていくので、まさに自分が理想形だと思っていた形だったのだそうです。

「初級は目付けと後の先、体捌きの訓練だからね。だけど、攻撃側が短刀とか持つと、突然、実戦的になるんですよ」と教えておきました。

 八極拳の頂心肘や、急所の連続蹴り、目潰しからの逆技などの実戦的な技に感動したと言ってくれたので、大サービスで必殺応用変化技をビシバシやって見せました。

「対錬は一つの形で数種の応用変化技をできなきゃ~ダメです。足を一歩踏み込む時も、関節蹴りや急所蹴り、カッティングキック、足指踏み、脚がらみ・・・と、状況に応じて付け足していくのが効果的です」と、実演したら、泣き笑い顔になっていました。

 我ながらドSだよな~(苦笑)。

 でも、若い頃は一人前の武道家を目指したものの挫折した彼のような中年男子が男のロマンを求めて、また武術の達人になれるという希望に燃えてくれるのは、教え甲斐がありますよ。

 達人は崇め奉るものではありません! 自分が成るものです!

 本気でやりたい人には私も本気で応えますよっ!

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天皇皇后両陛下のパラオ訪問に思う

 天皇陛下御夫妻のパラオ訪問には、先の大戦を忘れまいとする強い意志が感じられて、本当に頭が下がりました。

 80を過ぎた御高齢での旅は負担も大きく、相当な覚悟が無ければできないことだと思います。

 何よりも、一般人の物見遊山の旅行ではないからです。

 テロの標的になることさえ想定しなければならない御時世です。

 私が想像するに、今の安倍政権が軍国主義的なきな臭さを醸し出している点に対する無言の教えをされたかったのではないでしょうか?

 戦争を体験していない人間が、国防を説き、軍備の強化を図ることの危うさ。メディアを統制してマスコミの異論を潰していこうとする独裁性・・・。

 報道ステーションでの古賀氏の行動は、そんな現在の安倍政権の危険な兆候に対する捨て身の告発だったと私は考えます。

 各TVが古賀氏の人格攻撃をすることで異常な人物の異常な行動であるかのようにイメージ操作して済まそうとするところが、既に安倍政権の危険性を露呈しています。

 ジャーナリズムの根本原理として多様な見解が出るのが当然なのに、一方通行に過ぎますからね。

「政府の圧力なんて陰謀論だ」と説く人達の言説を私は信用できません。

 一つ一つ検証していけば、陰謀論が火の無いところに煙りは立たないものだと理解するしかなくなっていくからです。

 沖縄の基地移設問題に関しても、あまりにも茶番染みています。

「粛々と・・・という言葉が上から目線と受け止められるのなら使いません」って、問題の本質がそこに無いのは明白なのに、舐め腐っているとしか思えません。

 沖縄県民はみんな、こう言ったでしょう。「フザケンナ! バカ」と・・・。

「日本は戦後、ずっとアメリカの属国なんです。アメリカに、やれと命じられたら日本は逆らえないんです!」って、安倍さんが泣きながら訴えるしかないでしょう?

「日本のために犠牲になってくれ」って土下座して泣いて頼むくらいやれば、まだ許せるけど・・・。


 でも、本当に日本人は、どうしてこんなに恥知らずで頭の悪~い民族になってしまったんでしょう?

 殿と呼ばせてSEX強要するヅラ町長とか、長年、フィリピンで少女買春していたエロ校長とか、バカの国になっちゃってる感じがします。

 よくまあ、こんなバカをリーダーに選んだもんだな~?と、日本人の組織認識にも疑問を感じますが、政治家が次々に不適切な行動で糾弾されているのを見ても、日本人の全体的な品位が落ちているんだろうな~?と思わずにはいられません。

 そんな時期に、天皇皇后両陛下が平和を祈ってパラオに慰霊の旅に行く・・・それは、戦争で多くの人間が死んだ時代を思い出して、今の日本人がもう一度、謙虚さを取り戻して欲しいという願いがあってのことだと思うのです。

 政治に介入してはならないという天皇陛下の立場から、行動で諭そうとされているのだと思います。

 私は右でも左でもないですが、今回の天皇陛下の行動に、言い知れぬ感銘を受けました。
 人種や民族なんて関係ないんです。

 主義や思想も関係ない。

 平和を願い、戦争の犠牲になったあらゆる人を悼む気持ちを忘れてはいけない・・・ということを、あらためて教えてくださっているのだと思います。

 
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稲吉優流先生が大快挙!

 当会特別会員であるダンスカンパニーrakudoを主宰する稲吉優流先生が、バルセロナダンスアワード世界大会で、大快挙を達成されましたっ!!!!!!

 ジャズダンス部門、コンテンポラリーダンス部門の両方で一位、最優秀振付家賞も獲得という物凄い大活躍で、三つの一位を同じグループが獲得するのも大会史上初で、日本人の受賞も初という、非常に価値ある受賞であったようです。

 ベルギーのダンス関係者からインタビューを受けたり、かなり騒がれた様子です。

 日本では、こういう海外の情報はなかなか紹介されませんから、せめて、ここで取り上げさせて戴きました!

 でも、凄いな~・・・。

 世界から31団体、890のダンサー、200作品の中から選ばれたそうで、素晴らしい!

 少し前だと前衛舞踏が海外でブームだったというくらいしか、日本のダンスが注目されることは無かったでしょうが、最近はバレーやコンテンポラリーダンスでも日本人が海外で活躍するようになってきています。

 ですが、あくまでも個人の活躍に留まっていますよね?

 団体として実績を挙げられたのは、稲吉先生の研究と努力による指導力の賜物だと思うんですよ。

 稲吉先生は八神流の利根川先生に師事されたり、武術や整体療法もいろいろ学んで研究されて柔芯体メソッドを開発されていましたが、縁あって当会にも来られ、仁平師範の療術の腕を見込んで専属トレーナーとしてお付き合い戴いています。

 御自身もいろいろなものを学んでいるからこそ、仁平師範の技能の高さを認めてくださった訳で、私も本当に嬉しいです。

 普通、いくら実力があっても20歳という若さから侮ってしまう人も居るでしょうに、稲吉先生は先入観を抜きに実力そのものを洞察してくださったんですね~。

 数年前に、初めて調布でお会いした時は、それぞれの斯界の裏話なんかもして、互いに苦笑いしたものでしたが、何度か公演を拝見させて戴いて、ヒーリングを受けているかのような明るく爽やかな気分にしてくれる身体の動きの躍動感とメッセージ性、そして大上段に構えたりしない娯楽性も備えてくれているのが嬉しいですね。

 稲吉先生。本当に、おめでとうございます!

 さっ、私も負けておれないぞっ!

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お花見~

 毎年、恒例のお花見ですが・・・今年は、花の咲き刻がよく掴めず、散ってしまっては意味がないと思って、三月最後の日曜日に地元、鹿沼公園の池のほとりで、三部咲きくらいの桜を見ながら、軽くやりました。

 私は前日の夜にアニメのシナリオの直し作業をやって徹夜していたので、缶ビール一本で酔ってしまい、持病の発作が起きそうになってしまったので、先に帰りました。

 会員はその後も練習していったらしいです。

 翌週の日曜は相模原の桜は満開を過ぎて散り始めていましたが、まだまだいい感じで、「あちゃ~、お花見は今日にすれば良かった」と思いました。

 うちの道場に行く道は桜並木になっているので、借りる時に「桜の季節はいいぞ~?」と思っていたんですが、何だか剪定でかなり枝を切っていたので心配だったんですね。

 でも、満開になると、やっぱりいい感じです。

 桜が咲く頃って、何故か、毎年、寒くなったりしている気がするんですが、この日も、さて、そろそろ道場に行くか?と思って玄関のドアを開けると、「寒っ!」と、すぐ引っ込んで、しまったばかりのコート出して着ましたよ。

 マフラーもしようか?と思うくらいでしたね。

 前日は、地方から入会個人指導希望の方を教えて、ちょっと寒の戻りかな?くらいには思っていたんですが、これは、ちょっと寒過ぎるかな?と思いましたね。

 私、一日中、原稿書いてて一歩も外に出ない日もあったりするんで、部屋の中では薄着なんですよね? 毎朝、新聞取ろうと玄関開けた時に外の気温が判るんです。

 で、道場に行って、途中で買ったホットの缶コーヒーを飲みながら、釵を振ったりしてました。

 この日は道場に初めて来る会員がいたので、北島師範に駅前まで行って連れてきてもらいました。

 居合道、杖道の七段を持ってらっしゃるんですが、微塵も偉ぶったところがない人なんです。

 二段くらいで、いっぱしの実力と自惚れる人間も少なくありませんが、七段になっても他流に学ぼうとされる謙虚さには頭が下がります。

 もともと、私が親しくさせていただいている太極拳の河原先生の居合道仲間で、体術系に興味を持たれているということで紹介していただいたのが3年くらい前ですかね~?

 仕事の関係で定期的には通えなかったんですが、「常設道場ができたので、いつでもいいですよ」と言っていたのです。

 この日はせっかくなんで、独己九剣を使った剣術の先の取り方や無刀取りなんかのやり方も解説指導しました。

 やっぱり、居合道七段の方ですから、刀の振りは凄いですし、杖道もされているから、間の取り方も上手いですね。

 そして、何よりも、自分の学んだやり方をひけらかさないで、私の指導する通りにやろうとされるところが見事です。

「そんなやり方はダメだ」とか他流を侮ったことを口にする人が武術愛好家には多いんですよ。

 的確な批判なら文句はありませんが、ほとんどが無知から来る見当外れの勘違い。自分の恥を晒しているのに気づかない・・・。

 私は何が嫌いって、第一に、身の程を弁えない自惚れ屋(第二に綺麗事言うヤツ)が大っ嫌いなんです。

 実力が伴っているなら黙認しますが、実力も無いのに自惚れた口を利くような人間には教えたくない。実際に、何度かそういう人を追い返したことあります。

 だって、自惚れ屋に危険な技教えたら、増長するだけでしょう?

 武術の技は、たとえ素手でも簡単に人体を修復不能な状態にしてしまえる技です。本物の技であればある程、殺傷力が高まります。

 技が効くか効かないか?という話ではなく、まともに使えば必ず致命傷を与えてしまうのが武術なのです。

 強いとか弱いじゃないんですよ。試合では使えない技しか使わない。それが武術です。

 過日、小説講座の新年会でミステリー小説家志望の人から質問されて武術の技を解説していたら、「うわ~、長野さんって殺し屋みたいですね!」と苦笑していました。

 タクティカルナイフの使い方や、セミオートピストルについて説明していたら、あまりに私が当たり前に殺すテクニックを解説するので呆れてしまったらしいです。

 まあ、普通の人は、一度も考えたことがないでしょうから。

 それどころか、普通に武道や格闘技をやってきた人にとっても「考えたこともなかった」と言われることが多いです。そのくらい武術の技は危険なのです。

 でも、そんな現実には使う訳にいかない技の考え方でも、作家にとっては創作に必要な思考法です。そういう意味で、私は作家向きの人間だよな~?と、つくづく思います。

 また、武術の技をどれだけ会得しても、一生に一度も使う機会が無いでしょうが、小説や漫画に反映させれば無尽蔵に作品を量産できるでしょう。ネタには困らない。

 つまり、武術は知識の質と量が肝心なんですよ。

 先天的に体力や体格に恵まれなくとも、武術の膨大な知識の中から自分に合ったやり方を見つけ出して磨いていけば、普通に戦っても、到底、勝ち目がないような敵にも勝つことができるのです。

「そんな美味いやり方なんか現実にはない」と言う武道家や格闘家もいますが、それは武術に対する無知から来る勘違いですよ。

 武術の戦闘は、ルールを決めて同じ戦い方をするものではありません。兵法がベースなので、複数で襲う・罠を仕掛ける・強力な武器を用意する・・・勝つためには何だってやる。武道や格闘技では許されないことが武術では当たり前なのです。

 武道が綺麗事をくっつけるようになったのは、プロパガンダ(宣伝戦略)のために社会的支持を得るための方便だったのであり、武術の本質は生き死にがかかった戦闘を生き抜くためのものであり、それ以外のいかなる理屈も存在理由にはなりません。

 何と、すがすがしいまでの嘘の無さ!

 生きるための戦いを勝ち抜く術・・・それがあらゆるレトリックを剥ぎ取った純粋な武術の存在理由なのです。そういう野性の本能を充足させてくれつつ、人間の理性が生み出した術技であるという点に、私は魅力感じるんですよね~・・・。


 練習後に和食ファミレスでマッタリしましたが、通っている会員さん達も、自分達がここ最近、急激にレベルアップしてきている・・・という実感があったらしく、表情も明るかったですね。

 ただね。

 武術そのものは、どこまでいっても使い道はありません。人間は野性動物じゃありませんからね。

 それでも、万に一つ、理不尽な暴力に晒された時に、自分や自分の家族、友人、あるいは、街中でたまたま出くわした人を助けることができるかもしれません。

 その、いざという時に備えて修練しておくことは、決して無駄なことではないと思いますよ。

 私も、武術のお陰で何度も窮地を脱したことがありました。

 暴力を示して脅された時に、ハラを括って、「やれるもんなら、やってください」という気持ちで対すると、大抵の相手は怯んで引き下がってくれました。

 結局、その捨て身の心が持てるかどうか?が大切なことなのでしょうね。

 その一点だけで、武術修行は精神修行にもなり得ると個人的には言えます。が、スポーツ的な“強さ”を追求するフィジカルなものではないと、最近は痛感しています。

 やっぱり、哲学的なものだと思いますね。修行なんだと思います。勉強の要素もあるし、伝統文化を継承するという意義もあります。

 ただ、運動して汗流して気持ちいい・・・というのとは違うよな~?と、思います。

 人の殺し方を練習する訳ですからね。やっていて何も感じないのは精神的に欠陥があるでしょう?

 自問自答しながら葛藤し続ける面も持っていないと、心に魔物が住み着いてしまうような怖さも感じます。それは外から入ってくるのではなく、意識の奥に眠っているものなんでしょう。

「人を殺してみたかった」と言う人間が居ると、「異常だ!」と言いますが、一度も他人に殺意を感じたことがない人間が、どのくらい居るでしょうか?

 私は二回は本気で人を殺してやりたいと思ったことがあります。もちろん、実行しなかったから、今、こうして普通?に暮らしていられる訳ですが。

 しかし、人間は、大義名分をたてれば実に簡単に人殺しをやってしまうでしょう?

 四半世紀も前、私が甲野氏に習っていた頃、彼は「大義名分があれば人を殺しても心は痛まない」と言っていて、「ははぁ~。この人は殺してみたいんだな~? 変態なんだな~?」と思ったことがありました。

“人を殺してみたい”という欲求よりも、“大義名分があれば心は痛まない”と言った点に気色が悪かったですね。

 要は、権力握って英雄的行為という大義名分で大量殺戮やってみたいんでしょうね?

 戦争で死んだ人達を英霊と呼んで祭り上げる・・・この日本伝統の神道的行為に、私は非常に欺瞞を感じてなりません。

「御国のために死ね!」と強制されて、泣く泣く戦場へ行った人の存在を思えば、国家というのは何のために存在しているのだろう?と思います。

 祭り上げることそのものが純粋な慰霊の気持ちであったとしても、国家権力で人民に殺し合いをやらせたことの反省が本当にあるのか?という疑問があります。

 民衆とは無関係なところで権力者達の思惑で動かされていく時代というのは何なんだろうか?

 原発再稼働・TPP・一代限りの種・メディア支配・マイナンバー制・・・都市伝説の陰謀論に過ぎないと否定されていたことが、次から次に現実になっていきます。安倍さんの背後には何があるのでしょうか?

 日本国の主権を取り戻すと言いながら、安倍さんがやっていることは盲目的にアメリカの言いなりになっているようにしか見えません。彼を支持するネトウヨと呼ばれる人達は、何故、そこに疑問を感じないのでしょうか?


 満開の桜が散っていく様子を見ていると、いろいろなことを、つい考えてしまいます。

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ハーデスト・ナイト

 いや~、疲れました・・・。

 某シナリオ大賞への応募原稿を書こうと決めて、シノプシスを纏めて小説講座に提出したら、「これはありきたり過ぎてダメ。主人公の祖父が満州で活躍していた頃の話にしたら?」との先生の提案に従って、満州について調べ始めたら、いろいろなことが判明してきてビックリ仰天!

 何年か前から漠然と考えていた「武術家が活躍する帝都物語」みたいな話を、満州を舞台にしたら書けるじゃないの?と、欣喜雀躍(きんきじゃくやく。大喜びしている様子)した次第・・・。

 ところが、あまりにも話が巨大化し過ぎてしまって、30分のアニメドラマのシナリオにするには話のスケールが“デカ過ぎる”のです。

 悪戦苦闘して書いてみたものの、講座仲間に読んでもらっても、あまり芳しい感想が返って来ない。

 どうしても説明的なセリフばっかりになってしまうので、物語のテンポが停滞してしまうのは、我ながら、これじゃあダメだよな~?と、解ってはいるんですが、説明をはしょると何が何だか解らなくなるだろうしな~?と・・・。

 いや、「そもそも、シナリオの体裁になっていない」と指摘され、改めて、アニメのシナリオの書き方本を何冊か買ってきて勉強し直すところから始めましたよ。

 けれども、アニメの面白さは、躍動感のあるアクションだと思っている私にしては、史実に捕らわれ過ぎてしまったかな~?という思いが残り、いっそ、思いっきりファンタジーにしようか?とも思ったんですが、リアリティーが無くなると設定の面白さも失われてしまいそうだし、本当に難しかったですね~。

 けれども、別の話を書こうと思っても、あの厳しい小説講座の先生が絶賛してくれただけあって、この話以上に面白いものは考えつきません。

「せめて、一時間物だったらな~?」と思いましたが、締め切りも迫ってるから、とにかく、やれるだけやって出してみよう!と思いました。

 もっとも、ワープロの行数の設定を変えていたのを忘れていて、分量を数えてみたらかなり多い? 削れるだけ削った後だったので、困り果てました。

 今回は諦めるか?とも思いましたが、ここまで頑張ったんだから、とにかく出そうと思って、後半のアクションの山場をごっそり削りました。

 見せ場のアクションは減りましたが、ストーリー的にはこの方がスッキリする。

 シナリオの大賞に応募するのは30年ぶりくらいだから、まあ、ダメで元々だし、小説化の練習になったと思えばいい訳です。

 万が一、受賞できたら金も入るし、仕事も増えて助かるけどな~?と思いつつ、人生、甘いことを考えていてはいけません!

 やるだけやったら、さっぱり忘れて、次の作品に全力投球するのがプロってものです。

 それに、満州について色々調べていたら、かなり面白いことが判ってきましたから、そのネタを使って何冊も本が書けそうですよ。

 やっぱり、私の両親共に満州出身で、子供の頃から満州の話を聞かされて育ったから、刷り込みされてるのかもしれませんね?

 20年くらい前に大連から来られた宮宝田派の乾化八卦拳を伝承されている黄志誠老師の24式連環掌の講習会を受けた時も、「うちの母親は大連に住んでいました」と御挨拶したら、微笑んでくださいました。

 だけど、満州国って、日本が作った傀儡国家で、清朝のラストエンペラー溥儀を皇帝に据えて、実際は関東軍が牛耳っていた・・・なんてことは全然、知らなかったので、漢民族らしい黄老師からしたら、不愉快に感じられていたかもしれません。

 満州というのも女真族のことで、それが満州族となり、五族(満州族・漢族・蒙古族・朝鮮族・日本族)が協和する国家という大東亜共栄圏思想(アジアは一つとする思想)に従って建国が図られたのですが、実際は大日本帝国が支配する領土として覇権主義の象徴でしかなかった訳です。

 思想を唱えている側にしたら英雄的な正義の行動でしょうが、支配される側からしたらどうでしょうね?

 現在の中国や韓国の日本憎しの感情の根深さは、つい数十年前まで民族的な尊厳を踏みにじられたという記憶にあるんじゃないでしょうか?

 でも、日本の軍の関与を除けば、満蒙開拓団や大陸浪人の中には本気で大東亜共栄圏思想に従っていた人達も少なくなかったでしょう。

 それは、日本や中国、朝鮮の秘密結社的な連携があったことにも関係しています。

 歴史の表には出てこない話なんですが、特に武道に関する人脈については、知られざる事実が判ってきましたね~。

 私は、明治維新の原動力となったのは、志士を鍛えた剣術にあると思っているのですが、戦後の日本武道界の礎になった人達が、大陸で軍事探偵(特務機関員)をやっていたという事実に突き当たり、それで物語を考えた訳ですよ。

「満州国が無かったら、今の日本の繁栄は無かった」と言っても過言にはならないでしょうね?

 今、一気に企画を何本も出しているので、それらが形になったら、「なるほど、そういうことだったのか?」と、納得して戴けるでしょう。

 ブログで書くと真似するヤツが出るから、当面は、書きません。


 それはそうと、日貿出版から『琉球王家秘伝本部流御殿武術入門』という大著が出ていました。著者は、クエストからDVDも出されている池田守利先生です。

 日貿出版といえば、武道の専門書を出していることで、マニアには定評のある出版社です。

 後書きを読むと、クエストの営業社員Iさんが紹介したらしいです。

 本当に彼は、いろんな武道家が活躍する切っ掛けを作っていて、かくいう私がクエストさんやアスペクトさんで仕事を頂戴できているのも、Iさんの紹介だったんですね~。

 私は彼に足向けて寝られないですよ!

 他にも、お世話になった人は無数に居ますからね。こっちが気づいていないところで世話になっている人だって居るでしょう。

 武道の先生には、そういう目立たない恩を忘れて自分の力で勝ち取ったみたいに考える人が少なくありませんが、私はそうならないようにしたいですね~(願望?)。


 話を戻して、この本ですが、教本として非常に良くできています。クエストのDVDと併せて読めば、独習すら可能でしょう。流石は、日貿出版だな~と、思いました。

 また、BABジャパンから『佐川幸義 神業の合気』という本も、非常に興味深く読めました。

『秘伝』に掲載された関連記事を纏めて再編集したものですが、一人の視点で書かれたものではないからこそ、よりリアリティーの有る内容になっているのではないでしょうか?

 松田隆智先生の見解も載っていますし、取材したライターの見解も興味深く読めます。

 私も技術分析なんかは負ける気がしませんが、純粋なライターとしての文章表現とかは、「う~ん、上手いな~」と唸ってしまう面もありました。

 私は文章にクセがあり過ぎるのでライターは向いてないんですよ。ライター講座受講した時に自覚しましたからね。はっきり言って、下手なのは自分でも自覚してますよ。

 でもね~。上手か下手かが評価の基準ではありません。『進撃の巨人』なんて、絵は圧倒的に下手で、キャラが男か女かすら判らなかったりします。

 けれども、それが味わいになっていくんですから、漫画って不思議ですよね~?

 絵が上手ければ売れるって訳じゃないし、下手でも個性が際立っていれば何物にも変え難い作風が確立する・・・。

 これは、孤高の漫画家で巨匠の域に達している諸星大二郎先生の存在が証明していますよね?

 私も、自分しか書けない文章スタイルを確立したいですね。もっとも、癖があり過ぎると真似しやすいらしくって、一時、2ちゃんねるに私の偽物が登場していっぱい書いてたらしいです。

 友人から電話かかってきて、「いや~、長野さん。いいこと言うな~」というので、「えっ、何すか?」と言うと、「君が2ちゃんに書いてたこと、良かったよ~」と言うので、「2ちゃんねるはほとんど見たことないし、書き込みなんかしたことない」と答えると、「いや~、たとえ、偽物でも、いいこと言ってたよ~」って・・・何、それ?って思いましたよ。

 偽物の方が本人より立派なこと書いてた?ってね~(苦笑)。


 私は、生前の佐川先生にはお会いする機会がありませんでした(大分、誘われたんですが、合気系武術の実戦性に疑問があったのと、月謝が高くて躊躇した)が、武術家として高いレベルに達していた方なのは間違いないと思います。

 嘘か本当かは不明ですが、佐川先生がボクシングジムに体験にいって顔を腫らして帰ってきた?という話を、ちょっと前に、耳にしました。

 嘘か本当か?という論議は別にして、有り得る話だとは思います。

 何故なら、佐川先生は「実戦は突き蹴りができなくてはダメだ」と言われて合気拳法を工夫されたそうですが、それは、突き蹴りの怖さを体験していなければ出てこない言葉だと思うからです。

 空手家やボクサーとの対戦経験の無い合気道や太極拳、古武術の修行者が、空手やボクシングを侮ったような言葉を平然と吐くことは、よく有ることです。

 やったことが無いから、怖さを知らないのです。

 やってみて、全然、対処できずに一方的に殴られて、キックボクシングに転向したという人の話も結構、聞きます。そういう人は、逆転して異常に武術嫌いになるものですね。

 でも、佐川先生ほどの武術家が、そんな低いレベルでものを言うでしょうか?

 当然、どう対応すれば勝てるか?と研究するに決まっていますし、今のようなネットで動画が見れる時代ではないのですから、空手道場やボクシングジムを見学に行かない限り、技の研究はできないでしょう?

 事実だったとすれば、ある程度、若い頃の研究の一環でのことだったでしょうし、顔を腫らしていたから負けたとは限りません。パンチを食らったけれども、投げ飛ばして勝ったかもしれません。

 むしろ、そういう事実が有った方が、私はより一層、佐川先生を尊敬しますね~!

 だって、道場の中で弟子を相手にどんな神業をやって見せても、実戦力がある証明にはならないでしょう?

 武術である以上、ルール無視のストリートファイトの戦績しか参考になりません。

 うちの会員で、タイと日本を行ったり来たりしてタイの合気道の先生に習っている人によれば、その先生は「ムエタイに敗れたら合気道の看板を降ろさなければならない」と決死の覚悟で教えられていて、突き蹴りを封じる工夫をされていたそうです。

 日本でも30年くらい前だったら、他流に敗れたら腹を斬る!くらいの覚悟の武道家はざらに居たと思うんですが、今はもう、ほとんど皆無に近いんじゃないでしょうかね?


PS;「殺陣の特集記事の時にアドバイスしてもらったので御礼です」と、『秘伝』の今月号をわざわざ贈ってくださいました。いや~、いつも裏話とか暴露してイジッてるから、ちょっと恐縮しちゃうな~? 印税入ったらDVD注文しようかな~?

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著者プロフィール

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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