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重要なお知らせ

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 以前から私と游心流に関してネットストーカーしている者が、またもウィキペディアなどにくだらんことを書き込みしていると会員から連絡を受けました。

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游心流DVDラインナップ

游心流DVDラインナップ

 通常の武術系DVDは5000~6000円くらいが相場ですが、これは販路の大きい大量に作れる会社だから可能な値段設定です。うちはチマチマと手作業で作ってますので、製作費や労力、販売部数の関係上、数倍にならざるを得ません。

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連絡専用ブログ「游心流武術健身法 インフォメーション」

セミナーや稽古会の予定、DVD、商品関連等の情報については、こちらのブログをご覧ください。
最新情報も掲載してます!)

游心流武術健身法 インフォメーション

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事務連絡 : DVD半額セール 01/31まで

● DVD半額セール 2017年01月 ●

・対象DVD 
 『交叉法 - 游心流の戦闘法
  価格 20,000円 -> 10,000円
  概要:武術を真に使えるようにする。交叉法の練習の仕方、応用法。
  内容: ・交叉法の理論 ・差し手…対パンチ、対蹴り ・応用法…伝統空手、フルコン空手、合気道

 『交叉法2
  価格 20,000円 -> 10,000円
  内容:・交叉法セミナー ・横浜支部交叉法稽古会 ・特典映像 

 『交叉法3
  価格 : 20,000円 -> 10,000円
  内容 : 読みを中心にした内容で、目付と聴勁の(2016年)7月、8月のセミナーの様子を編集したものです。

・価格 : 半額(上記参照)
・期間 : 2017/01/31 23:59 申込みまで
・申し込み方法はこちらの下方をご参照ください。
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時代劇は死なず

 年末年始は時代劇のスペシャルがあるのが恒例でしたが、今年はついにTV東京もやらずに、NHKの居眠り磐音のスペシャルくらいでした。

 私は作家として時代小説に関わっているので、映像化される時代劇を書くことに拘りがあります。

 やっぱり水戸黄門が終わったのが大きな変わり目になったんでしょうね?

 小説の世界では時代小説は安定して売れていると言われていましたが、ここ最近、ガクッと落ちてきている様子です。

 高齢の読者しか想定していないのだから、ある時期を越えたら売れなくなるのは当然だろうと私は何年も前から言っていました。

 何しろ、対象年齢を60歳と想定しているものの、実際に時代小説を好んで読む層は70過ぎてるでしょう。

 そうすると、もう老眼が酷くて文字の小さな文庫とか読まなくなりますよ。

 さくさく読めて映像が浮かび、映画やドラマを見ているような錯覚を覚える作品・・・そういうものを書かないと売れないんじゃないかな~?と私は思っています。

 文章を読むことがストレスになるような作品は売れないだろう?とも思います。

 実際、売れてる作家の作品は読んでいても疲れません。さくさくっと読めます。

 これは映像作品も同じで、テンポよく進んでくれないと疲れてしまいます。

 その点、昔の時代劇映画やドラマは展開に緩急があって疲れないで見れます。

『鬼平犯科帳』が根強い人気作品になったのも、そこに理由があったと思いますが、やっぱり中村吉右衛門が主演だという点が大きかったのだろうと思いますね。

 吉右衛門さんは男の色気が有りますよね~。だから、女性ファンが多かった。

『斬り捨て御免!』の時はまだ若かったから若干のいやらしさに繋がってしまっていたけれど、鬼平になると理想のリーダーという印象がありました。

 ついに終わってしまったものの、何と、鬼平のアニメが始まってビックリ!

 アニメ風の演出をするのか?と思っていたら、実に正攻法で作られていて、絵も綺麗だし素晴らしかったですね~。これなら従来の鬼平ファンも喜ぶのでは?

 時代劇にしろアニメにしろ、世界中で日本がダントツで誇れる分野ですからね。

 昔は特撮映画も日本が抜きん出ていましたが、『スターウォーズ』と『未知との遭遇』で引き離されてしまいました。

 栗原師範が東宝の『惑星大戦争』を見て、「あまりのチャチさに驚きました」と言っていましたが、『スターウォーズ』に対抗するために急遽撮られたこの作品、特撮は予算で決まるという法則を見せつけていましたね。

 この時期は東映も『宇宙からのメッセージ』を撮ったりしていましたが、同様の低評価が多かったですね。

 イタリアかな? 『スタークラッシュ』という作品も似た感じなんですね。

 人形アニメーションを駆使した巨大女神ロボ(多分、『アルゴ探検隊の大冒険』の青銅の魔人タロスを真似てる)や、等身大衛兵ロボが出てくるんですが、造形も適当だしアニメートスキルが低くて非常に雑。レイ・ハリーハウゼンの偉大さが自ずと痛感されます。

 せめて、デビッド・アレンとかジム・ダンフォースとか雇う金はなかったのか?

 主演のキャロライン・マンローがボンデージ服着てるところは『惑星大戦争』の浅野ゆう子と同じ。SFのヒロインは、『バーバレラ』のジェーン・フォンダの影響下にあるのでしょうか?・・・っつうか、寺沢武市の作品もそうだけど・・・。

 意味不明でリアリティ無視なんだけど、美女がちょいエロの格好をするというのも、娯楽作品の王道? 私も時代小説書く時は「やっぱ、セクシーくノ一出さんといかんよな~?」と思ってしまいますから・・・。

 何か、ロジャー・コーマンみたいなこと書いてますが・・・。


 私は時代劇専門チャンネル見る率が高いんですけど、『唖侍・鬼一法眼』を久々に放送していて見直しているんですけど、若山先生の武術スキルはやっぱり凄いですよ。

 鬼一法眼は口が利けない設定なので、必然的に異常なまでのハードボイルド風になります。これはもうマカロニウエスタンの世界ですよ。

 実際に海外ロケする予定もあったらしいですね?

 三尺の長刀を居合抜きにするシーンとか、殺陣の見事さは惚れ惚れしますよ。

 雨宮慶太監督の『ゼイラム』は、鬼一法眼がモデルなんじゃないかな~?と私は思っていて、『セーラー服忍者』で丸目蔵人佐演じた時は意識していたんですが・・・(近日、DVD化予定)。

 実弟カツシンも協力して勝新が監督した回もありますし、若山先生が監督した回もあります。

 音楽もシタールとか使っていて実に渋い!

 私なりに殺陣の好きな俳優さんを挙げますと、若山富三郎先生、大山勝巳、滝田栄、長門勇、田村正和、夏八木勲、勝新太郎、萬屋錦之助、高橋英樹、杉良太郎、仲代達矢、千葉真一、真田広之、松平健、緒形拳、藤岡弘、、北大路欣也、里見浩太朗、松方弘樹、西村晃・・・etcとなります。

 無論、坂東妻三郎や近衛十四郎、月形竜之助、嵐寛十郎もいいな~と思いますね。

 女優さんだと松山容子、松坂慶子、由美かおる、志穂美悦子、それからジュディ・オングさんですね~。

 先日、BSプレミアムで殺陣の特集をされていて高橋英樹さんも即興で立ち回りを実演していましたが、そこに殺陣の解説で呼ばれていたのがウルトラマンレオのスーツアクターも勤めていた二家本辰巳さん。

 松田優作さんに気に入られていたという話も聞きますが、やっぱり人柄の良さがお顔に出てますよね?

 昔は殺陣師というと影の人というイメージがありましたが、最近は注目度が上がっていますよね?

 香港アクションやハリウッドアクションで活躍した人達が帰ってきて日本のアクションをぐぐっと盛り上げているような印象もあります。

 しかし、日本のアクションの原点は、やっぱり時代劇だと思うんですよ。

 ぐっと腰の据わった姿勢で必殺の剣気が交錯し、一瞬で決着がつく剣の勝負・・・私はこれが一番、好きですよね~・・・。

 そういう観点で言って、高瀬將嗣先生が殺陣を担当された作品が良いですね~。

 中でも『花のあと』で北川景子があそこまで殺陣をこなしたところなんて・・・練習風景が目に浮かびましたもん。

 若手の俳優は腰がフラついてたり構えが硬直してる人が多くて、がっかりすることがあるんですけど(運足でピョンピョン跳ねてしまう)、高瀬先生が担当する作品ではそういうことが無いですからね~。

 私が書いた時代小説が将来映像化される時は、是非とも高瀬先生に殺陣指導して戴いて、できれば出演してもらいたいですね~。幕末の剣聖・男谷精一郎とか似合うと思うな~。

 そのためには、まず、時代劇人気を復活させるような作品をバンバン書いていかないといけませんがね~?

 最近はリアリティーを履き違えて設定が雁字搦めになってる気がするんですよね~?

 柴錬や五味、風太郎のような奔放な伝奇作品が少なくなっています。

 昔は、『仮面の忍者・赤影』『変身忍者・嵐』『快傑ライオン丸』『風雲ライオン丸』『魔人ハンター・ミツルギ』『白獅子仮面』『猿飛佐助』『紅孔雀』『新八犬伝』とかあったし、アニメでも『サスケ』『カムイ外伝』『風のフジ丸』『佐武と市捕り物控え』『どろろ』『まんが日本昔話』『一休さん』『おんぶお化け』とかありましたよ。

 アニメといえば、『バジリスク』なんか凄く出来が良かったと思いますし、牙狼の平安時代編なんて発想が実に斬新でしたね~。

 武侠ドラマなんかも中国の時代劇ですよね?

 ソードアクションの面白さという点でも時代劇はもっともっと進化していけると思います。

 何しろ、チャンバラ時代劇は日本人しか作れないジャンルなんですから・・・。

 まあ、私がブーム復活させるつもりで書きますよ・・・。

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脱力体感想とお知らせ

 1/8は、本年初の月例セミナーでした。

 今年は一括予約申し込みの方が少なかったので、かなり少なくなるかな?と思っていたんですが、そうでもなかったですね?

 会員になると半額になるので、入会希望と一緒に受講された方もいます。

 もう“脱力体”が游心流の基本以前の基礎中の基礎なので、これができないと後のいろんな技はみんな中途半端になってしまいます。

 伸び悩んでいる会員を見ても、まず脱力の度合が悪い人が多いんですよ。

 武道や格闘技の経験者の方が脱力は苦手な人が多いので、最初は随分、苦労する人がいます。

 横浜支部長の栗原師範も、5年くらいはうまく脱力できずに苦労されていました。

 5年というと、普通の人は諦めて辞めてしまいますよね?

 何しろ、うちで5年以上続けて来ている人は10人いませんからね。

 他所の道場も、最近は三カ月続ける人すら少ないのだそうです。一回来て来なくなる人すら珍しくなく、入会手続きだけして一度も練習しない人すら数人はいました。

 私自身、何年も続けた流儀はなく、せいぜい、2年くらい通った程度なのですが、でも、技を体得しようという欲求は異常に強くて、体験入会しただけであっても、ずうっと練習し続けて基本は体得してきています。

 だから、ある道場で体験した時に、そこで一番ベテランだった人から「長野さんはやったことあるんですか?」と聞かれて、「いいえ、今、初めてですけど」と応えるとビックリした顔で、「いや、長野さん、うちの道場の誰よりも上手いですよ。何年もやっているのかと思ったんですが、本当に初めてなんですか?」と言われたことがありました。

「技の外形を真似るのが上手いだけ」の人ならいるんですが、私は中身を考えながら動いて結果的に外形が整うのが正しいと思っているので、そのように動いたつもりでした。

 その方も私と同様に考えて練習されていたから、「この人は違う・・・」と思われた様子でした。

 私は強くなりたいというより技の本質を体得したいと思って練習しているので、技を観取るのは凄く上手いですよ。

 だから、脱力が重要だと気づいたのも、技が生み出す威力というものが筋力とは少し違うな~?と思ったからです。

 それは古武術や太極拳、合気道の修練の中で確信に変わり、様々な武術に応用して独自の体系ができあがってきたという次第です。

 ここ何年かは日本刀の研究で得た理合を還元してきて、より発展してきたという実感がありますが、それは、「武術は武器を用いる戦闘術が本筋であり、素手の技術は副産物でしかない」という考えにまで行き着きました。

 何故か?というと、武器というものは筋力で操作するものではなく、身体機能を特段に飛躍させる道具だからです。

 人間が動物と最も異なるのが、道具を作って使う能力を持っているという点です。

 もちろん、カラスや燕が巣を作ったり、ビーバーがダムや巣を作ったりもしますが、作った道具を駆使したりはしませんよね?

 持って生まれた本能的機能の範疇でしか動物は生きられません。

 しかし、人間は本能を抑制して理性と知性を駆使して道具を作り、それを使う能力を持ち、しかもその能力を進化させてきています。

 武道や格闘技を好む人の中には、闘争本能の昇華のために取り組む人がいて、闘う行為そのものに耽溺する人もいます。

 つまり、スポーツとして取り組む訳です。

 娯楽、遊戯としてのスポーツを否定はしませんが、少なくとも武術の本質はそこにはありません。

 スポーツは本能で楽しむものです。論理は必要ありません(上達論とか勝負論とかを持ち込むことはできますが、それはスポーツの在り方とは実は無関係なものです)。

 ところが、武術というのは本能を超えて純粋に戦闘を論理化させたものなのです。

 即ち、「戦闘に勝つために何が必要か?」という観点で技術が体系化され発展していくものなのです。

 それは生き死にを問題としているから、本能に任せた勝負で体力・気力・根性に頼っている訳にはいかないからです。

 格闘漫画だったら、気力と根性で実力が上の相手に辛うじて勝っていくのを描くのがカタルシスに繋がる訳ですね?

 しかし、ウルトラマンだと怪獣の弱点を攻撃したり必殺技でブチ殺す。勝てない怪獣に遭遇するとウルトラブレスレット貰ったりして勝ったりする。

 生きるか死ぬかの勝負で綺麗事いってられませんからね?

 ところがどっこい!

 武道やっている人間に限って、綺麗事ばっかり言うんですよね~? 本当に危機感というものが無い!

 私は綺麗事言う人間が世の中で一番、嫌い! 要するに、“鈍感”なんですよ。

 人の痛み、苦しみ、悲しみ、恐れ、不安・・・といったものに対する共感する優しさが欠けてるから、無神経な綺麗事を口にして恥じることがないのです。

 私はいろんな業界(オカルト・社会運動・新宗教・教育・差別問題・環境・健康法・療法・芸術・自主映画・文芸・出版)に首突っ込んだから、いろんな人達に会いましたが、真摯に取り組んでいる人ほど、綺麗事を口にしません。できなくなるんですよ。

 綺麗事を平気で口にする人というのは、基本的に嘘つきで無責任、冷淡ですね。

 良く言えば合理主義者ですが、はっきり言って人間としての深みが無い・・・。

 薄っぺらな人間と話しているとムカついてくるんですよね?

 武術の世界では、青木宏之先生、松田隆智先生、友寄隆一郎先生、佐原文東先生・・・くらいですかね~? お話していて充実感があった方は・・・。

 中でも青木先生と松田先生は私にとって格別な先生でしたね?

 ツーカーと言えるような、何でも包み隠さずに話せる先生で、何時間でも話していて飽きることがありませんでしたよ。

 もちろん、相性もあるとは思うんですが、私は権威主義的な先生とは根本から合いませんから・・・(だから、反発して生意気なヤツだと目の敵にされたりしました)。

 自分がされて嫌なことは会員にもしないように気をつけていますけど、「先生と呼ばれる以上は教育的指導はしなくちゃいけない」と50過ぎてからは自戒しています。

 ダメなところはダメだと指摘してやらないと直らないですからね? 言ってもダメな人はもう放置プレイで何も言わないし、問題あると思ったら「はい、破門です」って平気で切り捨てます。

 青木先生から、先日、「それはやってはいけない」と言われたんですけど、縁を切る宣言をすることで相手の中に変化が生じ、一時的に私を恨んでも、いずれ自分の問題点に気づいて自ら直す切っ掛けを与えることになると思うので、私は迷いません。

 私は人から嫌われたり逆恨みされることには何の恐れもありません。他人の批評なんかどうでもいいのです。

 生きている間に、現実にどれだけの成果をあげられるか? そこにしか関心がありませんし、自分の思いに嘘をつかない! それだけですよ。


 今回のセミナーは大阪支部長の任命と大阪支部の新規活動を報告しました。

 具体的には3月から毎週日曜に開催する予定とのことで、本部師範が教えに行く大阪セミナーも年内には開催する計画でいます。

 10年くらい前までやっていた大阪支部とはまったくの別組織ですが、当時、来ていた方も参加は可能ですから希望される方は申し出てください。

 ちなみに、游心流の指導員は二段からで、師範代は三段、師範は四段を認定します。

 技もともかく基本は人柄で選びます。

 普通に練習に通っていれば一年で初段は取れますが、二段は三年はかかるかな~?というところです。

 ただし、寸勁斬りができれば二段を許しており、大阪支部長も私の目の前で寸勁斬りが連続でできたので二段を認定し、支部開設の許可を出した訳です。

 直接教えた回数は10回に満たないと思いますが、とにかく武術の研究に熱心なので(熱中し過ぎて他の会員から苦情?が出ていたくらいで、私も“暴れる君”とあだ名つけてた)、会う度に格段に進歩していました。

 今回は特に進歩が著しく、やる気も満々で指導カリキュラムも自分で考えてきていたくらいなので、栗原師範が「彼はえらいな~」と非常に感心していましたね。

 うちの技はあまりにも危険過ぎるので、安易に広める訳にはいかない?とは思っていますが、だからこそ老人でも女性でも護身術として抜群の効果を出せると思いますので、あくまでも護身術として広めていきたいんですね?


追伸;直前ですが、15日(日)は西荻窪ほびっと村学校で、游心流合気道の初お目見えです! ムチャクチャ寒くなりそうで不安ですが(また風邪がぶり返しそう?)、気合入れてやりまっす! 合気道は本当に使えるのか?と心配な人は是非!

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脱力体の重要性

 今度の日曜日は月例セミナーの第一回ですが、毎年、第一回目は「脱力体の養成」をテーマにしています。

 どうして脱力体を第一にもってくるか?と言いますと、武道にしろスポーツにしろ勉強にしろ、筋肉に力を入れて緊張する程、効果が上がらなくなると考えるからです。

 ものの考え方が一面的で独善的な人は、身体的にも緊張して身体が堅い人が多い。

 もちろん、緊張型の人は勤勉であったり真面目であったりする良い面もあるのですが、行き過ぎてしまうと頑迷で融通が利かない愚か者になりかねません。

 武道家には、こういうタイプが実に多かったんですね。

 私は、だから武道家が日本の様々な業界で活躍できなかったのだと思います。

 もっとも、権力者に忠実なタイプは武道家タイプでしたから、戦前は奨励されました。

“権力の番犬”にはもって来いなんですよね。

 しかし、こういうタイプは達人とか名人にはなれないですよ。

 もちろん、その生来の真面目さ、勤勉さから稽古は熱心にやり続けるので、高い段位になって有名になる人はざらにいます。

 けれども、だから達人だとか名人だとか言えるのか?というと、私は全然、違うと思いますね。

 少なくとも、私が会った達人、名人と呼べるレベルの先生方は、物腰が柔らかく考え方も柔軟な方ばかりでしたし、洞察力が人間技のレベルではありませんでした。

 つまり、非常に頭脳明晰なんですよ。

 私は文筆業やってますから有名大学出てたり頭の良い人には沢山会っていますが、そういう人間としての頭の良さではなくて、やっぱり洞察力ですかね~? パッと見て、相手の本質を観抜いてしまうとか、そういう妖怪的な頭脳の持ち主なんですよ。

 年末に最近、紹介してもらって知人になった合気道家の方から知らせてもらって知ったんですが、合気会の若手の指導員が迷惑行為で警察に捕まったのだそうですね。

 ニュースを見ると、真面目そうだけれども前頭葉の働きが悪そうな目付きでした。

 脳の状態は大体、目に顕われます。

 ストレスとかあったのかもしれないけれど、犯罪行為をやってしまう言い訳にはなりません。

 恐らく、自分の欲求を適度に発散させられない性格で、ストレスを溜め込み続けてしまって爆発したのかもしれません。

 つまり、考え方が固定していて柔軟にあれこれ考えられなかったのでしょう。

 武道の先生は、そういう愚直さを持て囃してしまう傾向が強いので、弟子は疑問があっても先生に質問したりしないし、先生の問題点を指摘することも憚ります。

 武道の先生は、どんな無茶ブリをしても黙って従う“自分の頭で考えない”馬鹿が大好きなんですよ!

 だから、“思慮分別の無い馬鹿”が増殖するんです!

 武道の世界は、未だに前時代的な封建主義の道場が非常に多いですよね。私は、そういう道場を見るとウンザリさせられます。いつの時代やねん?と・・・。

 もちろん、最低限の礼儀も節度も必要ないとは言いませんけれど、もっと普通にやれないもんかな~?と思いますね。

 何か、“量産型馬鹿の製造工場”みたいな道場すらありますから・・・。

 そんな世界だから、“大馬鹿が先生やっている道場”も少なくありません。

 10年くらい前だったか? 荻窪の体育館を利用していた時に、個人解放の時間帯で畳の上で我々が数人で練習していたら、道着を着た爺様がヨタヨタとやってきて、無言で我々に向かって、シッシッと犬でも追っ払うみたいな仕草をしました。

 一人の会員が怒った顔で何か文句を言おうとしたんですが、「まあまあ」と宥めて、わざとらしくニコヤカに「どうぞ、どうぞ~」と場所を譲りました。

 その爺様。何と合気道八段の大先生?だったらしい・・・。

 でも、私の目には、ひいき目に見ても二段がせいぜいという程度にしか見えませんでしたし、いつも小人数で練習している合気道の先生らしき壮年の人の方がずっと実力がありそうでした。この方は明るく謙虚で、立ち居振る舞いが実に見事でしたね~。

 清心館佐原先生とお話していた時に、「あの先生が八段だったら佐原先生は八十段ですよ」とギャグを言ったら佐原先生は苦笑しておられましたが・・・。

 武道の世界は、喧嘩が強ければ尊敬される世界だったりするので、しょうがないか?とも思いますけど、これじゃあ、世間的に尊敬される道理がありませんよね~?

 ジャイアンが尊敬されてスネオが一番、嫌われる?(私はドラえもんみたいなもんなので、「長野はズルい!」と嫌われる・・・)って、何だかな~?


 え~っと・・・それで、何を言いたいのか?というと、私は、「本来の武道も武術も、みんながイメージしているようなものじゃな~いっ!」と言いたい訳です。

 武道にしろ武術にしろ、今現在、ものすごく表面的で抽象的なイメージで語られますでしょう? 専門家を名乗っている人達ですら首を捻るようなヘンテコリンな定義を言い出すから、本当に困ったものです。

 実際に修行している人間ですら、自分が何を修行しているのか?ということを全然、解ってないんですよ。だから、質問したって答えられない。

 じゃあ、武道をやっている大学の先生なら?と思って聞いてみても、いや~、やっぱり無理ですよ。

 何故なら、武芸百般の経験が無いし、流派の違いや各国の民族に伝わる武術についても知らないし、武術と舞踊、宗教、医術の関係なんかまで幅広く研究している人なんか皆無でしょう?

 どうしてそうなるか?というと、皆、自分の学んだものが一番だという思い込みに埋没して自己満足に陥ってしまうからですよ。

 即ち、頭が堅いんです・・・。

 武術で一番、重要なのは、「考え方を柔軟にすること」なんですよ。

 そもそも、武術って、人間にとって最も忌むべき“殺人”の技術を修練するものですよね? これって倫理的にも社会通念的にも完全にOUTでしょう?

 その完全にOUTな文化が、何故、何百年何千年も延々と伝えられてきたのでしょう?

 それは、「生きるためには戦わざるを得ない局面がある」という“生存のリアル”に対する具体的な対策を教える解答の一つだからです。

 警察や軍隊が無いと社会も国家も維持できない。けれども、もし絶対権力を持つ施政者が民衆を完全に支配するために警察や軍隊を利用したらどうなるでしょう?

 この具体例は、ナチスのホロコースト、ポルポトのクメールルージュ等々、人類の歴史に無数にあり、現在も続いているではありませんか?

 思想として暴力を否定し法律で処罰することにしたところで、現実の暴力が無くなることはない訳ですよ。

 その現実の暴力から個人が自己防衛を考えた時に“武術が誕生する訳”です。

 武術というのは権力から切り離された“完全なる自己防衛術”なのです。

 本質として、そこに正義だの善だの悪だのという概念はありません。あるのは、唯一、「護るための戦闘術」です。

 概念があるとすれば、“完全なる専守防衛の術”だということくらい。

 だから、中国、琉球の武術家は、自分が武術ができることを隠しておくことが基本でした。そして、やむを得ぬ場合にのみ遣った。

 日本では安土桃山から江戸時代初期を中心に武芸を売って地位を得る風潮ができましたが、一部の武術家は隠して生きたようです。腕前をアピールする行為を恥ずかしいことと考える人もいた訳です(まっとうな社会人ならそうですが・・・)。

 私も学生時代に母親から「お前はそんなことやっててヤクザにでもなりたいのか?」と言われたことがあります。

 父親は剣道の有段者だったので、私が武術にのめり込んでも文句を言ったことはありませんでした。

 まあ、男のロマンは女には解らんし、熊本の男は武道やるのが一つのステイタスだったのかもしれません。

 それはさておき、最近のストーカーやら通り魔、狂人の起こす事件などをニュースで見ると、「俺だったら、こんなヤツ、一瞬で倒すのにな~? くっそ~、ちゃんとした武術を広めたいな~?」と思うのです。

 競技に偏っている武道や格闘技には自己防衛術の概念が乏しく、特に“対刃物”をさっぱり考えていないんですよね~。

 何故、考えないか?というと、自分が練習しないからですよ。

 鉛筆を削れないとか料理ができないとか、最早、珍しくも何ともないでしょう?

 日本の教育環境の中で刃物の使い方を教えないのは、本当に大問題だと思いますね。

 それで、数年前から、私は游心流の中で制定したナイフ術を指導しようと思い、游心流独自のタクティカルナイフも考えていました。

 年末年始に風邪が治らずに困っていたんですが、無駄に時間を浪費するのが嫌だったので本を読みまくったりしていたんですよ。

 その時、ふと、以前に「システマ剣術シャシュカで使うアルミ製の刀が折れたので先生にプレゼントします」と会員さんに貰ったシャシュカの折れた切っ先があったのを思い出したので、これを金ヤスリで加工してみようと思ったんですね。

 ヤスリでガシガシ削っているうちに、あれこれイメージが湧いてきて、ちょっと面白い形になってきました。

 最初は、以前、田中光四郎先生に贈った両刃の日本刀の短刀みたいにするつもりだったんですが、「非対象の両刃でブレイドとグリップが一体化したものにしてみようか?」と思いつきました。

 私は同じ物を二回作るのは嫌なんですよ。せっかくロシア武術の刀剣だったんだから、日本風にする必要はないだろう?と思いまして、握りは、順手と逆手で握った時に安定してグリッピングできるように削り込んでみました。

 やっぱり機能性を優先しないと格好だけ良くてもダメですからね。

 アルミの鋳物らしく、空気が入ってス(透き間)が出来た箇所が多く、だから折れたのだろうと思いますが、トレーニング用ナイフとしては強度的に十分ですから、プロトタイプをいくつか作ってみてから正式採用する本物のナイフを作ってみるつもりです。

 游心流合気道では対ナイフを基本にするつもりです・・・。合気道って元々、そういうものだし、冨木式合気道がまさにそうですよね?

 さて、話を戻します。

 考え方というのは、その人が生きてきた中で自然に固まってきているものであって、「はい、そうですか?」と簡単に変えられるものじゃありません。

 例えば、敬虔なキリスト教徒に「イスラム教こそが正しいのだから変えなさい」と言っても、無理でしょう?

 だから、考え方をいきなり変えさせるのは無理なのですね。

 しかし、考え方が固定している人というのは、概ね、身体が堅いものなんです。力む癖がついている。

 だから、まず、身体を柔軟にする!

 脱力することを身体に覚えさせる。

 身体の力みを抜くことで精神もリラックスする・・・その状態でこそ脳機能が円滑に働き、考え方も柔軟になる・・・という仕組みです。

 だから、私は、これまでの「武道をやると馬鹿になる」という状態を「武術をやると頭が良くなる」という方向へ転換していくような啓蒙活動をやろうかな?と思っています。

 その第一歩として「脱力することによって達人しかできないと言われている技がバンバンできるようになる!」ということを証明しますので、初めての方こそ、歓迎致します。

 来たれ!


追伸;今年は、支部がいくつか増えそうです。10年くらい前にやっていた大阪支部も新しく復活する見込みです! 関西方面は兵庫支部に続いてですが、復活して欲しいと言っておられた皆様、御期待ください!


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特撮秘宝に『メカゴジラの逆襲』の後日譚小説が?

 昭和のゴジラ・シリーズの完結編であった『メカゴジラの逆襲』は、脚本家で映画監督の高山由紀子さんが脚本家デビューした作品であり、また『ゴジラ』以降の東宝特撮映画の巨匠である本多猪四郎監督の遺作でもありました。

 昨年から『ゴジラ』シリーズのDVDブックが続けて販売されていて、『メカゴジラの逆襲』も出ています。

 これは当時のパンフレットやポスター、漫画まで付録で収録されていたりする非常にお得なシリーズで、私もこの際だから全部揃えようと思っています。

『ゴッドマン』と『ゴジラアイランド』も収録されてるし・・・。

『シン・ゴジラ』の大ヒットで過去のゴジラ・シリーズにも目を向ける人が増えたように思うんですが、日本人がゴジラに代表される日本の特撮映画の素晴らしさを知らないというのは問題だと思います。

 日本人ならアニメと特撮という世界に誇るカルチャーをきちんと知っていないといけませんよ。

『メカゴジラの逆襲』は、メカゴジラのコントロール回路と繋がっているサイボーグ少女真船桂の悲恋の話が入ることによって、他のゴジラシリーズには無い恋愛の要素が入っていて、流石、女性の脚本家ならではの繊細なストーリーが心に残るのです。

 ウルトラシリーズでもセブンの人気が高いのは、やはり、ダンとアンヌの恋愛があるからでしょう。

 で、特撮秘宝vol.5には高山由紀子さんのインタビュー記事と共に、何と! 高山さん本人の手による小説が書かれていたのですが、それが何と何と、『メカゴジラの逆襲』の百年後の世界を描いており、サイボーグ少女桂とチタノザウルスがサイボーグ化されたマイスター・タイターノなる存在が登場しています。

 私も作家の端くれですが、この小説には唸りましたよ。

 メカゴジラもゴジラも出てこないけれども、チタノザウルスと真船桂の物語が百年後に続いているとは?

 思えば、私が昔、学生演劇で殺陣つけたりしていた頃の友人である高山さんの息子さんの高山なおきさんの家で高山由紀子さんとお話した時、デビュー作である『メカゴジラの逆襲』を誇りに思っていらっしゃる様子だった事・・・。

 だからこそ、改めてその続編となる短編小説をも書かれたのだ・・・と。

 この感動は、『ゴジラ対ヘドラ』の研究本で後日譚小説を書かれた鷲巣義明さんの作品を読んだ時に近いかもしれません。

 作品世界への揺るぎない愛情が有り余る形で続編が誕生するというジャンル愛による必然性・・・。

 私の創作衝動も同じなんです。

『最も危険な遊戯』『魔界転生』『子連れ狼・死に風に向かう乳母車』『妖刀・斬首剣』『笑傲江湖』『剣鬼』・・・結局、過去に見て大好きになった作品の影響を抜きにまったく新しい作品なんて書ける道理がないのです。

 しかし、私はオタクであるが故の強みがあります。

 その道の第一人者と呼ばれるような人間は、総じて、オタクなのです。

 はっきり書いておきましょう。

 小説は誰でも書けますが、面白い小説は普通の人間には書けません!

 作家とか芸術家という職業は、頭が狂っている人間でもなれるかもしれないのです!

 妄想力が役立つからです。


 そういえば、小学生の頃、熱中して愛読した『世界妖怪図鑑』の復刻版がメチャ高い値段で売ってたんですが、思い切って買ってみて正解でした!

 メチャクチャ面白いんですよ!

 イラストや写真、昔の絵画がちりばめられているんですが、映画の写真なんかは許可取ってるのかな~?と疑問です。

 水木先生監修の本と比べて、佐藤有文さんが監修してるこの本は、「大御所には負けない!」というようなガッツを感じるんですよね?

 かなり適当に作ってんじゃないかな~?というような妖怪も出てます。

 ブルガリアの妖怪“胃ぶらりん”って、「夜になると、生首が胃と腸ごとスルスルとぬけ、耳ではばたいて生き血を吸いとる・・・」って、これはインドネシアの妖怪だよね?

 漢字で書くと“飛頭蛮”。日本の抜け首(ろくろっ首)の元ネタと言われてる。

“鉄獣イバク”って、普通にアルマジロの絵なんですけど? 塩かけると溶けるって、ナメゴンですか?

 それに、昔の本ならではの放送禁止用語の記載・・・。

“地獄のタイガー”では・・・耳が“ツンボ”になるほど、ものすごく大きいほえ声なのだ・・・とか、“悪魔ブネ”では・・・片“チンバ”の悪魔で・・・とか、読んでいてハラハラさせられます。

 そうそう、放送禁止用語と言えば・・・若山富三郎先生の大傑作『唖侍・鬼一法眼』が時代劇専門チャンネルで久々に放送されます!

 若山先生の実弟、勝新太郎が演じた座頭市は“メクラ”でしたが、鬼一法眼は“オシ”・・・何か、『ミラクルカンフー阿修羅』を思い出しますね?って、誰も思い出さない?

 これに中村敦夫主演の『おしどり右京・捕り物車』を加えて日本三大身体障害者が活躍する時代劇・・・あっ? 丹下左膳を忘れてた? あっ? どろろの百鬼丸はもっと凄かったか?

 劇画だったら『血ダルマ兵法~おのれらに告ぐ~』があったな~?

 いやいや、サイボーグ009とか仮面ライダーとかもヒトであってヒトならざる者の苦悩が一貫したテーマでしたよね?

 今でこそパラリンピックが開催され身体障害者に対する差別意識は薄まっているような印象もありますが、人間は本質的に異質を排斥する心理を持つもので、見かけの美醜にも拘るし、人種や性別、果ては考え方の違いまでも排斥する差別意識が根っこにある。

 在日の人や部落出身の人への差別意識は日本人の心の闇に依然として巣くっていると思いますが、「そもそも、日本人って何なのか? 日本人はどこからやってきたのか?」と考えると、なかなかにややこしい問題がありますよ。

 例えば、沖縄は日本だって言い切れるのだろうか? 北海道や東北はアイヌを追いやって日本人が侵略したんじゃなかったか?

 九州にもクマソやサツマハヤトが居たのをヤマト民族が奪ったのかもしれません。それは神話の中にも象徴的に語られていますよね? 国譲りの話で・・・。

 ウルトラセブンの問題作『ノンマルトの使者』では、地球はもともとノンマルトと呼ばれる先住民族が支配していたのを現在の地球人が侵略して奪い取ったものだ?というテーマが提示されます。

 日ユ同祖論というのがありますが、「日本人の祖先はユダヤ人で、現在のユダヤ人は人種的には別だ」という説もあるみたいです。

 若い頃の私は武術の研究をしていて宗教の伝播も考えないといけないと思い、あれこれと調べるようになったんですが、宗教というのは根っこに民族主義があるんですね。

 つまり、選民思想なんですよ。元来・・・。

 日本人は元来、血の繋がりを重視しています。これが家系という概念を生み出します。

 戦後教育で薄まって個人主義が当たり前になりましたが、今でも田舎では家系を重視する人は少なくありません。

 古流の武術だと代々、家系に伝わっている・・・という流儀が珍しくありませんよね?

 この家系の伝統の最も大きなものが天皇家なのだと考えてもらえば納得がいく人が多いのではないでしょうか?

 だから、「今時、それは無いんじゃない?」というような女性天皇を頑なに認めないのも、思想的伝統の中に「家を継ぐのは男子でなくてはならない。それも長男でなくては」というアンタッチャブルの認識がある訳ですよ。

 つまり、血統の純粋性を守らねばならないとする考えがある訳です。

 が、生物学の基本として近い血統同士で種を継承すればDNAが壊れていく・・・というものがあるでしょう?

 イザナギとイザナミが最初に交わった時に骨無し子“比留子(ヒルコ)”が生まれてしまったので“葦(アシ)の船に乗せて流し去(ウ)てき”・・・つまり、“水に流した(捨てた)”という逸話がありますよね?

“水子”という概念もここから出ているのでしょう。今では流産したり人工的に堕胎した(中絶)子供の供養ということになっていますが、昔は“間引き”した子供のことだったんでしょう・・・。

 だから、ハーフの人って遺伝的に強靭で優秀な人が生まれるという説も、なるべく血筋が遠い方がDNAが強くなるからなのかもしれません。

 そういえば、「京女(きょうおんな)に東男(あずまおとこ)」って言いますよね?

 実際に芸能界で活躍している人達ってハーフの人が多いですよね?

 トーク番組ではイジメられた体験を語っていたりしますが、それは優秀なDNAを持つ人に対する無意識的な嫉妬心なんだと思いますよ。

 超能力者が差別される話と一緒ですよ。

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2017年挨拶

 明けまして、おめでとうございます!


 2017年しょっぱなの稽古は1/2に淵野辺本部稽古会で実施。

 北島師範栗原師範が参加していましたが、私が風邪が治らずあまり動けなかったので、口頭で解説する指導に留めて早めに切り上げました。

 1/5の木曜日にはメイプルホール稽古会(19:00~20:45)、そして、2017年月例セミナーの第一回目『脱力体の養成』は1/8(日)、ほびっと村学校講座は1/15(日)に開催します!

 今年は予約されている方が少ないのですが、毎年、進化した技術指導内容を自負しておりますので、久々の方、初めての方も歓迎致します。

 2016年は技術的に変革があった年でした。

 游心流武術の戦闘理論では「寸勁(ワンインチ打撃)を多用する」というものがあって、それに準じて構えや戦闘法を組み立てていたんですが、これを「零勁(0インチ打撃)を用いる」というものにしたお陰で、構えから何からかなり変わってしまいました。

 特に、0インチ打撃技を用いるということを前提にすると、“打撃技”に於ける“力のタメ”を一切排除してしまうので、いわゆる空手や拳法のような打撃格闘技のスタイルでなくなってしまうのです。

 例えば、2016年最後の練習である日曜の本部稽古会では、太気拳構えによる差し手の練習で、腕を肩より上に掲げていたのを、肩の位置まで下げて、両手の平を相手に向けて、「まあまあ、やめてくださいよ」と制止するポーズに変えました。

 これまでは、相手が突いてくる腕に“落として接触するように”差し手をおこなっていたんですが、このポーズからは、打ってくるのに“添える”ようにするだけで事が足ります。

“落とすやり方”の問題点は、「タイミングがずれると空振りして隙が生じてしまう」という点だったので、相手の攻撃の瞬間にドンピシャでタイミングを合わせる必要がありました。

 つまり、相手が“主体”で自分は相手に合わせて“従属して”いたのですね。

 しかし、新しいポーズだと、別に相手が打って出てくるまで待つ必要もないし、自分から「まあまあ・・・」と言いながら近づいていって接触することも可能になります。

 実際、会員にやらせてみても、「こっちの方が格段に楽ですね」という感想でした。

 このやり方は以前から剣術で研究していた“続飯付け”の応用なんですが、剣でできるなら手でやった方が簡単にできる筈ですからね。

 要するに、“先の先”を取る訳です。

 何か、フライングだと勘違いしている会員さんもいるみたいなんですが、はっきり申し上げておきますが、武術の戦闘理論にフライングという概念はありません!

 読みも何も無く、勝手に動いて無防備にカウンター攻撃を食らうのがフライングなのであって、相手が攻撃しようとする寸前に止められれば、それに越したことはない訳です。

 ですから、一見、フライングに見えるやり方を二回以上続けていたら、それは狙ってやっている訳ですね。私も修行時代にはよく勘違いされました。相手が“先の先”を知らないと理解できない訳で、「何か不思議だ~?」と言われたりしましたが・・・。

“後の先”を狙って、相手が動き出す瞬間を待つのが癖になっている人は、いわゆる気配の出ない攻撃や、相手の攻撃力が予想外に大きかった場合に遅れを取ることになってしまいます。

 ですから、武術の上級者は先手先手を制していくようになり、ついには、相手が攻撃動作をする以前の攻撃意欲が脳波に出た瞬間を制する“先の先”“先々の先”を取るのが当たり前になります。

 これは剣術だから生まれた理合だろうと思われます。素手で闘う場合にそこまでの必然性は生じませんから・・・(多少、殴られたぐらいで死ぬ恐怖はないでしょ?)。

 私が新体道を高く評価し青木先生を古今独歩の最後の名人と称賛を惜しまないのも、この“脳波レベルの読み”を体現されているからであって、だからこそ、数多の武道家・格闘家を難無く圧倒的に退けてしまった訳ですね。

 私が目指しているのもそのレベルなので、ここは誤解されないようにお願いします。

 さて、0インチ打撃を体得していれば、この「まあまあ・・・・」の構えと戦法が鉄壁の戦闘理論となります。

 無論、接触してから打つのですから、相手も打てる間合ではあります。現に、忘年会でやって見せた時、大石総教練は私の腹にパンチを出してきましたからね。

 ただし、素手を前提で考えた場合、接触したところから100で打てる人間と、加速度をつける距離が無いと打てない人間では、同時に打てば前者が圧倒的に勝てる訳です。

 両方が0インチ打撃を体得していたら、相討ちになるでしょう。差ができるとすれば、急所に当たるか威力に差があるか?・・・です。

 素手での0インチ打撃法で我々(私と師範、常連会員数名)が体得したのは、『修羅の門』に出てくる“無空波”に近いものです。振動波を打ち込むので体内に複雑な波紋効果を生じさせ、まったく予測不能のダメージを発生させるのです(DVDで練習法は解説しています)。

 これは、衝撃力の大きさではなく、また単なる貫通力でもありません。浸透して毒に侵されるような性質のダメージになります。

 これは低威力の軽い弾丸が人体に命中してから横転したりして貫通しないまま体内に残る様子をイメージしてもらうと近いかもしれません。つまり、命中した時の威力が大したことなくとも、体内で動きが変わることによって結果的に大きなダメージを生じさせてしまう訳です。

 私は、いつも発勁の演武では相手を後ろに飛ばすようにしていますが、これは、威力が体内に蓄積しないで後ろに抜けるように貫通させる打ち方をしているからです。

 この打ち方なら相手が派手に吹っ飛んでも実際は体内への破壊力は働いていません。

 もちろん、吹っ飛んだ時に後頭部を打ったりしないように受け手が二次被害を受けないように配慮する必要はありますが、このような演武なら安全なのです。

 もっとも振動波を用いた0インチ打撃を使うと、どうしても威力が体内に残留し易く、軽く打っても致命的なダメージを発生させてしまう危険性がある・・・ということがこれまでの研究で判明しました。

 例えば、DVD向けの撮影で防具を着けて受け手を務めてくれた北島師範から「内傷を負ってしまったみたいなんですが、どうすれば治せるでしょう?」と一週間後に相談を受けたことがありました。

 私に気を使って黙っていたらしいんですが、いつまでも痛みが引かないので不安になって質問した様子でした。

 私の自己治療法としてはホッカイロを貼りっ放しにして痛みが出なくなるまで様子を見るというものを過去に試して効果がありましたが、これは、その当時に来ていた会員さんから「温熱療法が効くのでは?」とアドバイスを受けて実験してみて改善しました。

 しかし、北島師範は貼りっ放しにせずに付けたり付けなかったりしていたらしく、効果があがりませんでした。

 それで、忘年会の時に仁平師範に治療してもらって治ったみたいでした。が、仁平師範も、この打撃法は寸止めに留めないと危険だと指摘していました。

 この技は、もう格闘技的な競技には使えませんね。安易に打てば、相手に予想外の致命傷を与えてしまいかねないからです。

 何しろ、防具越しに慎重にセーブして打ってもこうなってしまうのですから、競技試合の興奮状態で使えば簡単に致命傷になってしまうでしょう。それも試合後、何日か経過してから突然死したりするかもしれません。

 松田隆智先生の軽く打った発勁を手のひらで受けた青木先生が、「この突きは日本の武道には無いものだね。これをまともに打ったら内臓がグチャグチャになってしまうよ」と評しておられましたが、その打撃法がまさに、この0インチ打撃法なのです。

 その場で見ていたので、私は原理的に解析して研究したんですね。見せてもらっただけで私にとっては教えてもらったのと同じことですから、体得しないと失礼でしょう?

 松田先生は八極拳の冲捶、形意拳の崩拳、つまり“中段突き”で示されていましたが、拳や腕の横の振動ではなく、腕の芯を纏絲勁(螺旋状に巻き付くドリル状の振動)と沈墜勁(ピストン運動のような振動)が連なっている様子を内観できたので、まずは内観した身体感覚を移し取るように瞑想状態で再現してイメージ訓練し、それによって生じた自分自身の身体感覚を利用して直拳・裏拳・掌打・把子拳打・鉤手打・腕打・肘打等でも打てるように、その後、あれこれ工夫した・・・という次第です。

 ちょっとオカルト的に受け取られると困るので、このやり方は他人に教えたことはありませんが、私が見ただけで技の原理を盗める理由がこれなんですよね。

 仁平師範は教えなくとも自分でやっていましたね。

 ただ、これはイメージ力だけでも身体能力だけでもできないので、真似してできるようになる人はほとんどいないと思いますので、御注意ください。失敗するだけならまだしも、誇大妄想に陥る人もいますから・・・。

 松田先生は、「技の威力は正しい姿勢から生じる」という考え方をされていました。形が大切なのだと言われていたんですね。

 しかし、私はそうは思えませんでした。

 何故なら、現実に戦う時に正しい姿勢を取ることは不可能に近く、少なからず姿勢は崩れる筈であり、その崩れた姿勢の中からでも打ち倒す威力が出せなくてはならないと考えたからです。

 これは、私が新体道に注目した時に、“一撃必倒の突きを出す統一体”ではなく、“ぐにゃんぐにゃんに脱力した体勢からピシャッと打ち出す鞭手を用いる養気体”の技に関心を持ったり、システマに注目したりした理由でもありますが、私が泥酔した状態で日本拳法の人と手合わせした時に自然に酔拳の技が出た?という体験から直感したことでもありました。

 要は、楷書、行書、草書の別があると思うのです。

 基本稽古は楷書で、行書や草書は実用の時に用いる。そう考えれば、武術の訓練法と実戦応用の意味が理解できるのではないでしょうか?

 0インチ打撃は、肩・背中・腹・スネ・足裏でも打てますが、手技と比べるとコントロールが難しい。振動させながら打ち込むという芸当は、やはり手技に限られます。

 ただし、姿勢が崩れた状態でも打てないと、例えば、寝技でマウントポジションを取られたら為す術が無くなってしまいますね?

 立って姿勢を正確に定めないと打てないのでは実用性が無いに等しいことになるでしょう? 新作DVDでは、それを示すためにマウントを取られた状態でも打てることを示しましたが、これを実際にやれば相手に致命傷を与えてしまいますから、競技試合で試すのは絶対にやめてもらいたいですね。

 武術というのは、「どんな状況からでも逆転できる知恵と技術があるんだよ?」と言いたかったので敢えて紹介しましたが・・・。

 ちなみに、こう書くと特殊なことのようですが、白鶴拳の白鶴震身や陳氏太極拳の抖勁、柳生心眼流の武者震いといった技法も、振動波を発生させながら打ち込む工夫なのではないか?と思います。

 私も、このような技法が秘伝として伝わっている事実を検討して振動波0インチ打撃法を考案した訳で、まったくのゼロから独力で編み出した訳ではありません。

 また、濡れた犬がブルブルッと水気を吹き飛ばしたり、ベリーダンサーが体幹を細かく揺れ動かす動きなども研究しました。

 無論、これらの身体運動の基本は脱力体なんですね。筋肉をごてごてと膨らませた人はできない。だから、游心流では筋トレを御法度にした訳です。

(脱力体からの脅威の技についてはセミナーでどうぞ!)

 もう一点、ここで考えなくてはならないのは、「接触して間合が潰されている状態で迂闊に打撃技を出せば、自分に隙を生じさせてしまう」ということです。

 もし、互いが接触対面している状態で相手に殺意があったら、こちらがパンチを出したと同時に顔面に掌打(横面)と親指貫手(そのまま目に突っ込む)を入れるでしょう?

 何故か?

 パンチを出すということは、“パンチを出した腕”は防御に使えなくなるからです。

 つまり、私が打撃技の最大の盲点と考えたのが、ここなのです。

 打撃技を出した瞬間、腕や脚は攻撃力を集中させるために防御ができなくなる。即ち、「最も弱い隙間を晒すことになる」のです。

「攻撃の瞬間が防御力が最も低くなる」という真理から、「先を取る読みと交叉法」が日本武術の極意となったのだと私は考えています。

 即ち、それが戦法としての“後の先”であり、「空手に先手無し!」と言われる言葉の真の戦術的意味(先に手を出して攻撃した方が不利になる)なのですね。

 しかし、日本剣術の世界は、“先の先”を理想とします。

 だから、向かい合っただけで勝てるかどうかを察知して無益な腕試しをしないという境地に達する訳です。

 技や力の強弱ではなく、“読み”のレベルが勝敗を決める。それが日本の武術の到達した心法の世界なのですよ・・・。

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スクール・オブ・ナーシング感想

 10日、土曜日は横浜の映画館ジャック&ベティで、『セーラー服忍者』にも出演していた木村知幸さん(帝国TVのレポーター五味役)がメインキャラで出演していた『スクール・オブ・ナーシング』を観てきました!

『セーラー服忍者』の撮影合間に木村さんから「是非、観てください!」と言われていたのと、私が熱烈大ファンの佐伯日菜子さんも出演しているとのことで、それならば観たいと思って、行った次第です。

 実は私、今年はほとんど映画館に行けていませんでした。確か、『シン・ゴジラ』しか行っていないんですよ。

 後は岩槻映画祭に行っただけかな~?

 CS、BSで観れるから、家でワープロで仕事しながら観るというパターンが習慣になっちゃってます。

 今年は新作本も出していないし(昨年末に出ただけ)、仕事と勉強(資料本読み)は異常にやっているんですが、それが形になるのは来年に持ち越しになったんですね?

 で、木村さんから「横浜でロードショーがあって舞台挨拶で佐伯さんも来るから」とのメールを頂戴したんですが、この日はいろいろ用事があったので無理かと思ったんです。

 でも、「時間はいつですか?」とメールしたら、昼の12時40分ということで、それだったら行けるかも?と調べてみたら、ギリギリ大丈夫そうだったんで行ってきました。

 横浜線で東神奈川まで行って、そこで京急線だったかに乗り換えて黄金町駅で降り、徒歩5分くらいでジャック&ベティに到着しました。

 途中に川を渡るんですが、私、何げなく眺めてビックリしましたよ!

「これって・・・松田優作が『最も危険な遊戯』で誘拐されたキョウコちゃんの乗る車を延々と走って追いかけていた、あのロケ場所では?」と・・・。

 この作品を深夜のTV放送で観てから、私は映画の仕事をやりたいと思ったんです。

 確か高校の卒業式の前日だったと記憶しています。35年くらい前・・・。

 この映画で優作演じる殺し屋鳴海昌平が使うS&Wモデル29.44マグナムの8・3/8インチ銃身が大好きで、ダーティハリーが使った6・5インチ銃身のものより、こっちが好きなんですよね~。

 実際にも、いかに反動のきつい.44マグナムであっても銃身が長いモデルだと反動がマイルドになって撃ち易いらしいです。弾丸が同じなら銃身が短い小形の銃の方が実は反動がきつくて撃つのは大変になる訳で、女性向けの短銃身の小形拳銃使わせたりするのは、実は逆に危ない訳ですよ。

 そんなデジャヴュ感と共に観た『スクール・オブ・ナーシング』でしたが、この作品の舞台は熊本県人吉市!

 何と何と? 『セーラー服忍者』の相良忍者とその頭領であるタイ捨流の開祖・丸目蔵人佐が居た場所なんですよ!

 これは撮影中にも偶然の一致とも思えないシンクロニシティーに驚いていたんですが。

 また、劇中、死期の近づいた榎木孝明さんが娘に会いたいと主人公に言うことで訪れる天草御所浦は、まさに私の故郷である天草なんですよね?

 もっとも、私は車で通り過ぎたくらいしかないんですが・・・意外と天草って広いので私が一度も行ったことない場所はいくらでもあります。特に離れ島だと・・・。

 しかし、それもこれも含めて、何とも奇妙な縁を感じる作品です。

 正直、木村さんに誘われなかったら、私が観に行くことはなかった作品だと思います。

 私が自分から観に行くとすると、ホラーか特撮物かアクション。この三つに限られますからね。

 時代劇好きな私でも殺陣が無かったら観に行きません。

 看護師の卵を描いた作品というと、非常に地味な印象を受けるし、感動的なシーンはあるだろうけれど、そもそも私は感動作が苦手なんですよ。

 映画館で50過ぎたオッサンがメソメソしてたら不気味でしょ?

 こっ恥ずかしいから、感動作はなるべく行きたくないんですよね~。しかも、最近、感動症になっちゃって、先日もホラー小説書きながら昔飼ってた猫思い出してメソメソしながら書いてたもんね~。

 参っちゃったよね~。もう自分でも病気なんじゃないか?って思いますよ。

『セーラー服忍者』ですら、ラストシーンでウルウルッてしちゃうもんね~。自分で考えたのに・・・。また、鶴巻さんがいい演技するんだよね~。本当、いい女優さんです!


 でも、やっぱり私にとってみたら、「佐伯日菜子さんがメインキャラで出てる」っていうのは苦手なジャンルでも観たいと思わせてくれる一番の要因でした。

 申し訳ないんですが、木村さんが出てる(益田さんと真柴さんも出てた)というだけでは、行かなかったかも? ごめんね~。

 何しろ、私は佐伯さんが演じた黒井ミサにはクリエイターとして最高のヒロイン像を感じています。

 TVシリーズ『エコエコアザラク』の衝撃は、数多の特撮ドラマ中でも『怪奇大作戦』『ナイトヘッド』と並ぶ歴代トップの大傑作であり、その理由は佐伯さん演じる黒井ミサ像の魅力そのものだったからです。

『エコエコアザラク』と言えば、吉野公佳、加藤夏希、上野はるひ、近野成美等が演じてきていますが、佐伯日菜子の黒井ミサは原作を超えたダークヒロイン像を確立しつつ、天然ボケの人間味もあるキャラクターでした。

 事実、あの作品によってホラーとヒーロー、ヒロインがからむジャンルが生まれたと思われ、例えば『牙狼』シリーズは明確に影響を受けているでしょう。

 しかし、本来の佐伯さんがホラーアイドルと呼ばれるような人柄でないのは明白で、『毎日が夏休み』のような明るい普通の少女役が似合っていたのでしょう。

 ところが、リメイクされた『ねらわれた学園』で未来からやってきたアンドロイド少女役を演じたことから人外のファンタジー・キャラのイメージが定着し、『らせん』の貞子役で決定的になってしまったのでしょう。

 その後、これと言った当たり役に恵まれなかったのも、定着したイメージの再生産を望まれたことが一因だったとは思うのですが、多くのクリエイターが誤解していたのは、佐伯さんがジャンル映画のキャラでしか真価を発揮できないと思い込んでいた点ではないでしょうか?

 私が思うに、佐伯日菜子は松田優作のように何を演じても佐伯日菜子化してしまうタイプの女優だということです。

 高倉健や勝新のように、何を演じても健さんでありカツシンであるというような俳優なんですよ。

 それは演技者としては、不器用なタイプなんですが、俳優として持って生まれた余人に代えられない存在感を持っているということです。

 だから、正直いって脇役では光らないんですよ。

 最近では、『牙狼~魔戒の花』や『南くんの恋人』のゲスト出演がありましたが、実にもったいないな~と思いましたね。

 で、『スクール・オブ・ナーシング』もそんな感じなのかな~?と思っていたんです。

 けれども、嬉しい誤算とでも言いますか・・・佐伯さんのこれまでの作品中でも屈指のハマリ役だったと言えるのではないでしょうか?

 シングルマザー役は実生活ともかぶりますが、担当したお婆さんを介護する時の一所懸命さと優しい眼差しには演技を越えた佐伯さんの人柄が出ているように思えましたね。

 いや、そもそも、この作品、淡々とした内容ながら、クスッと笑わせるところもあれば、泣かせるところもキチッとツボを押さえていて、決して派手な作品ではないのにエンタメとして実に入念に作られています。

 主演の桐島ココさんを周囲がもり立てる作品だろうと思っていたんですが、メインキャラ一人一人を均等に描き出している群像劇として非常に楽しんで観ることができました。

 メインの人達以外は地元の素人さん達が演技しているから・・・と低い評価を聞いていたんですが、そんなことはまったく気になりませんでした。

 演技力がどうとかという話ではなく、実に丁寧に愛情深く撮られた(これ大事!)作品で、非常に志しが高いな~・・・と思いました。

 登場している人達すべてが愛すべきキャラで、本当に素晴らしい作品だな~と、感動させられましたね。

 木村さんも、もちろん、素晴らしく良かった!

「是非とも、観て欲しい!」と言われていた意味が、凄くよく解ります。この作品は誇りたくなるでしょう!

 映画終了後は舞台挨拶がありました。

 榎木孝明さんは、この作品のために絶食していたことが判明? 凄い俳優さんだな~と、改めて思いましたね。

 私は次の用事があったので、舞台挨拶が終わると共にダッシュで帰りましたが、木村さんに一言、「良かった」と言いたかったのでメールしておきました。

 でも、直接話せば二時間以上、語れるな~?と思いましたね。



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著者プロフィール

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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