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連絡専用ブログ「游心流武術健身法 インフォメーション」

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游心流武術健身法 インフォメーション

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GW特別講習会DVD緊急発売!

 GWに開催した特別講習会の様子を収録したDVDの先行予約発売をします。

 内容は、「0インチ打撃法、ハイスピード連環打法、化勁、蛟龍歩(這いに連続縮地法をプラスしたもの)、零勁斬り」です。

 つまり、「攻防一致にして歩法で撹乱して接近密着し、一方的に打ち倒す“先の先”の戦闘法」ということです。

 目玉になるのは、ハイスピード連環打法と蛟龍歩の使い方を具体的に細かく解説している点と、零勁斬りを何人か成功したところですかね?

 零勁斬りは見世芸で練習した訳ではなく、あくまでも力のタメを使わず、0から一挙に100の力を発する重心力の使い方を体得するために絶好の技なんです。

 はっきり言って、重心力を使いこなせない限り、体格体力が何倍も差がある相手を倒すことはできません!

 急所攻撃も絶対ではありません。

 やはり、戦闘で重要なのは“圧倒的な威力”なのです。

 つまり、“発勁”です!

「発勁だって? マジかよ~?」とせせら笑ってる筋肉マンに軽~く、打ってみせたら、顔面蒼白になって、「先生、これ、本気で打ったら絶対死にますよね・・・」と言った。

・・・ということが何回もありましたよ。見た目でそんな威力が出てるように見えないから、打たれてみないと判らないのが問題なんですが、少なくとも私の目の前でナメ腐った態度取ったら“三途の川”見せてやりまっせ・・・(マジ?)。

 重心力なら、その発勁が簡単に打てます!

 子供でも女性でも草食系男子でも爺さん婆さんでも、打てます!

 それから、うちは基本は交叉法で、後の先か対の先で対応するやり方を指導していますが、中級者以上には、先の先で自分から攻撃していって一方的に相手に何もさせずに潰すやり方を指導します。

・・・といっても、これまであまりやって見せていないので、会員にも知らない人が増えてきています。

 10年前の分裂騒動の時に破門した人達は、歩法を馬鹿にして「必要ない」と言ったので結果的に教えていません。

 ですが、游心流の真の戦闘法は歩法を使うんですよ。以前にも書きましたが、交叉法を破るには歩法が必要なのです・・・。

 ただし、歩法を駆使するのは、体得は少し難しいのです。

 うちの歩法は縮地法を細かく連続して用いるので、脚力で地面を蹴って動こうとしてもできないからです。

 ですが、講習会でやらせてみて、三人(小塚師範、I藤さん、大阪支部長)は概ね、成功していました。

 特に、大阪支部長は、最初はぎこちなかったものの、練習しているうちに重心移動のコツを飲み込んだ様子で、遅滞無く動けるようになっていました。

 そして、鞭手を使ったハイスピード連環打法を用いて、相手に何もさせずに一方的に打ち崩しながら仕留める!

 刃牙に登場した“鞭打”という言葉を用いる人もいましたが、あれは板垣さんの造語であり、武術用語として一般的なのは“鞭手”です。“打”じゃなくて“手”なのは、打撃のみでなく次々に変化して、打ったり・巻いたり・引っかけたり・・・と変幻自在に使うから“鞭の手”と称する訳です。

 名称というのは、その対象の本質を表現する場合があるので、単純に考えてはいけません!

 技の名前に真の用法が隠されている場合もあるのです。

 例えば、燕子抄水という体勢を極端に低くする動作がありますが、これは燕が水面を掠めるように飛ぶ様子を表現していますが、何故、水面を掠めるように飛ぶのか?

 水面にいる魚を捕まえるためですよね?

 ということは、この動作は極端に姿勢を低く斜め下に入り込みながら相手の足首をすくったり、股間を攻めたり、股をすくいあげて倒したりしている・・・と解釈できます。

 つまり、単純に姿勢を低くして相手の攻撃を避けるだけの動作ではない訳です。

 このように考えていけば、武術の形には様々な攻防の仕掛けが内蔵されており、そのヒントが名称に隠されているかもしれないのです!

 だから、名称をただ覚えるのではなく、言葉の意味を考えながら解析する必要があるのです。

“纏絲勁”と“抽絲勁”だと、“纏”は“まとわりつく”という意味なので、外側からグルグルッと巻き付くようなイメージで、“抽”は“紡ぎ出す”という意味なので、内側から細い糸が引き出されるようなイメージ・・・。

 となれば、陳氏太極拳はドリルのようにギュルンッ!と捻り出す突き技を用い、楊氏太極拳は外側から判らない内側から沸き出すような内勁を効かせた突き技を用いる・・・。

・・・という具合に解釈できますね?

 ちなみに内勁とは私が言うところの重心力だと考えてもらって結構です。

 こんな具合で、この講習会では私が考える武術の最新戦闘法を解説指導していますので、正直、あまり広める気がありません!

 なので、今回は割引しないでおこうか?と思ったのですが、まあ、今月の割引セール商品は決めていなかったので、今月中の予約注文者に限り、15000円(税込み)とします。

 いつものごとく、御希望の方はお早めにどうぞ!

 尚、これは限定販売にするかもしれませんので、悪しからず御了解ください。

+++++++   事務局注   +++++++

『GW特別講習会DVD』

・価格:20,000円 
→ 先行予約割引 15,000円 (2017/05/31 23:59:59までに先行予約頂いた方のみ)

・内容(2017/05/04開催の特別講習会
 『攻防一致にして歩法で撹乱して接近密着し、一方的に打ち倒す“先の先”の戦闘法
  0インチ打撃法
  ハイスピード連環打法
  化勁
  蛟龍歩(這いに連続縮地法をプラスしたもの)
  零勁斬り

・ご注文方法 こちら(http://infoyushin.blog.fc2.com/blog-entry-12.html)の一番下の方をご参照ください

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五月セミナー「上丹田」感想

五月セミナー「上丹田」感想

游心流はオカルト禁止じゃ~っ!」と宣言したばっかりなのに、“上丹田の開発”って、何じゃ~、こりゃあ?

 いや~・・・、どう考えても、上丹田を開発するというのは超能力開発トレーニングにしかならず、「それを世間的にはオカルトと呼ぶ!」って感じなんで、我ながらムムムゥ~?って思いましたよ。

 まっ、オカルト禁止宣言の前に決めてたことだから、やるっきゃない!

・・・っつう訳で、今回のセミナーは実技講習は瞑想法のやり方とか、その程度しかできないんで、困ったな~?と思っていたんですが、まずは「上丹田とは何か?」とか、明治から大正、昭和へと続く霊術業界と新宗教、自己啓発セミナーと企業研修、ヨーガと催眠、古代秘教と魔術、そして秘密結社(と、ニュー・ワールド・オーダー)、大東亜共栄圏思想と日ユ同祖論と古史古伝なんかの関係性について、ざざざ~っとあれこれ解説してみました。

 そのまま話だけで半分くらい時間費やしたんですが、後は何をどう練習すれば武術の講習になるかな~?と思って、“察気術”をやらせることにしました。

 後ろを向いている人に攻撃を仕掛けて、さっと避ける。アレですよ、アレ!

 今回が、一番、うまくいきましたね~?

 全然、できないという人はいませんでした。

 やっぱり、繰り返しやっていると、当たり前にできるようになるもんですね?


 しかし、こういうのは論理的に解説しようとすると、逆に嘘臭くなってしまうので、動物的感覚を磨く練習だと思えばいいでしょうね?

 まあ、来年以降はやるかどうか、判りません。

 論理的に説明できないことを金取って教えるのは、どうも気が引けるんですよね~?

 以上!


 セミナーに先立って、始まる一時間前に大阪支部長に個人指導しました。

 独己九剣と、杖術の基本操法、それから彼が思っている白鶴震身が正しいかどうかを確認してくれとのことでした。

 で、「まず、やってみて」と実演してもらいましたが、やはり、思った通り、陳氏太極拳の纏絲勁の突きを白鶴震身と誤解していましたね。

「う~ん、やっぱり(電話で聞いて)おかしいと思ってたんだけど、全然、違うね~?」と、纏絲勁の突きと白鶴震身の技術的な違いを実演解説しておきました。

 勘違いしたまま教えていたら、教えた私の間違いにもなってしまうので、綿密に説明しましたよ。

“纏絲”というのは、要は“捩り”の動きで、陳氏太極拳はギュルルンッ!という感じでドリルが回転するみたいにやるのが一般的なんですが、この動きは直線的にスパーンッ!とやると普通の空手の逆突きと変わらないんですよ。

 一方、“白鶴震身”は、両手を脇を締めて構え、白い鶴がブルブルッと身体を震わせて水を跳ね飛ばすみたいに、骨盤を中心にブルブルッと震わせた振動を指先まで伝える動きです。

 彼はネットの動画とかで見たらしいんですが、中国武術について詳しくない人間は原理的に違う動作を、見た目が似ているから・・・と同じ原理なんだと勘違いしてしまうものなんですよね。

 今は中国武術の専門雑誌が無いので、マニア自体も40~50過ぎのオールドファンしかいない。

 武道、格闘技から入った人だと、一昔前だと意拳しか知らなかったり(意拳最強~!みたいな?)していましたが、今はさしずめ詠春拳しか知らない(詠春拳最強~!とか?)人も多いんじゃないか?と思います。

拳児』世代が、もう40過ぎてると思うし、ブルース・リー、ジャッキー・チェン、少林寺の世代でも50前後より上だと思うんですよね?

 そういう状況なんだから、30半ばの大阪支部長が知らないのも仕方がないと思うし、
私が松田隆智先生の代わりをできるくらいにならなくちゃ~な~?と思いました。

 セミナー後の打ち上げのファミレスでも陳氏太極拳の“纏絲勁”と、楊氏太極拳の“抽絲勁”の違いを実演しながら解説したんですが、大阪支部長、ちゃんと見てなかったから、また勘違いするかもしれませんな~(苦笑)?

 北島師範がいつも怒って言うんですけど、「みんな、長野先生の動きをちゃんと見てない。だから、できないんですよ!」と・・・。

 私、口が達者だから、説明する言葉ばっかり注意がいってしまって、動きを観察することを忘れている人が多いかもしれませんね?

 私は映像から入るタイプなんで、例えば、武道の技術書とか書店でパラパラめくっても文章はそんなに読みません。

 掲載されている写真を見て、「あっ、この人は凄いな」と思ったら買うし、どんな立派な理屈を述べていても、写真がヘッポコだったら、「こいつ、勘違いしてるな」と思って棚に戻します。

 下手過ぎて面白いから、お笑いネタで買うこともありますけどね~(笑)?

 自分が文筆業やってるから、文章にどんな立派なことが書かれていても、言ってることとやってることが真逆の人がどれだけ多いか?と知ってるので、基本的に言葉は信用しません!

 明るくポジティブなことを強調する人が無自覚に周囲(主に立場が下の人達)にハラスメント繰り返したりするのが人間の心のバランスというものなんですよ!

 一日は明るい昼と暗い夜が半々でしょう?

「正しい人間でありたい」と考え過ぎると、無意識の闇がムクムクと頭をもたげてくるのが人間の“心の理”なんですよ!

 だから、私は立派な言葉、綺麗な言葉、正しい言葉をやたらに連発する人間をまったく信用していません!

 その人は人間の自然な怒り・妬み・嫉み・欲望などの感情を意識の底に押し込めているのですよ。

 場合によっては、押し込められた感情が別人格の形になって出てくる場合もある。

 これが乖離性同一性障害ですよ。

 私が平気で人の批判するのは、自分の精神のバランスを保つために最善のことだからですよ。自然な感情を隠さないで解放する!

 言いたい時に好きに言えばいいんですよ!

「あの人、性格悪いっ」って嫌われてもいいじゃないですか? 事実、性格悪いのを隠して生きるより気楽ですよぉ~?

 私は善人とか正しい人間になろうなんか一度も思ったことないですからね~。

 小ずるいこともする。嘘もつく。だけど、“自分には嘘をつきません!”

 人間、他人に尊敬されようなんてするから自分に嘘をつくことになるんですよ!

 最近、儒教の欠点が取り沙汰されていますが、確かに、人間の徳というのは外から押し付けるもんじゃないでしょう?

 無為自然が一番、理にかなってるんじゃないかな~?

 みんな、何で、そんなに無理して人に好かれようとするんですかね~? 疲れませんかね~?

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五月セミナー“上丹田”

 5月14日(日)の月例セミナーは「上丹田」の開発です。

 上丹田の開発は、下・中丹田を開発した上でないと、これだけ開発しようとすると危険なんですけれど、上丹田の働きや普通に使っているけど自覚していない事柄について解説してみようかな~?と思います。

 丹田の感覚というのは日本や中国の武術だと当たり前なんですが、他国だとあまり言及されません。

 実はこれ、もともとは武術とは無関係だったんですね?

 では、どこから来たのか?というと、ヨーガや仙道、禅といった宗教行法を採り入れたものだと考えられます。

 なぜ、採り入れたのか?

 単なる格闘の術だと限界があるので、もっと次元の異なる絶対的な力を得ようと考えて採り入れたのだと考えられますね。

 だから、天真正伝香取神道流や竹内流やタイ捨流、九鬼神伝流、鹿島神流などには、密教系の呪法が伝わっていますし、仁平師範が伝承している刀功門もそうでした。

 つまり、勝つためには何だって貪欲に採り入れようとした結果なんです。

 では、絶対的な力とは何か?

 ひとつは呪(しゅ)であり、神通力ですね。

 私は、『帝都物語』が大好きなんですが、ひとつだけ不満だったのは、なぜ、武術家が登場しないのか?という点でした。

 東洋のオカルチズムの戦いを描くのなら、武術家が登場してしかるべきだと思ったんですが・・・。

 私が上丹田(アージュニャー・チャクラ)を開いたのは天道に入った時でしたが、天道を日本に伝えたのは孫錫坤という人で、八卦掌の遣い手だったそうです。

 八卦掌の行法には上丹田を開くようなやり方が含まれますが、それは変性意識(アルタード・ステーツ)に導く脳開発の訓練法なのです。

 具体的に言うと、走圏を左廻りに巡ることです。

 これは、深い瞑想状態に脳を導くことで、人類の共通無意識に繋がる。これが俗に言うところのアカシックレコードと解釈していいでしょう。

 ユング心理学の祖カール・グスタフ・ユングは、霊能体質に生まれていたので、この共通無意識の存在について強い実感があったので、師匠のフロイトと意見対立して離れてしまいます。

 しかし、心理学の中ではユングは微妙な位置付けで、中にはオカルトの人だと顧みない人もいます。

 けれども、ユング心理学はニューサイエンス方面には大きな影響を与えており、前衛的な科学者には信奉する人も多いみたいですね?

 あ~っ、そういえば、日曜の稽古の後、若手のIさん、Tさんしか参加者がいなかったので、霜剣堂さんの日本刀特売会の最終日だったので、二人を誘って行ってみました。

「昼飯食ってから行く?」と聞きましたが、直行した後でもいいか?と思って、三人で町田に出て、町田から小田急で代々木上原に出て地下鉄に乗り換えて明治神宮前で降り、原宿の霜剣堂本店に行きました。

 数万から一千万超える刀まで沢山あるので、二人には良い勉強になるかと思った訳なんですけど、何と、青木宏之先生とばったり出くわして、帰りに喫茶店で御馳走になりながらいろいろな話を聞かせて戴きました。

 しかし、それにしても奇遇も奇遇。GWは毎年、合宿されているので時間が合わないかな~?と思って、今回は連絡していなかったんですね。

 だから、IさんとTさんが行きたいと言わなければ、私も行かなかったかもしれませんし、先に昼食に行っていたら、これまたタイミングが合わなかったでしょう。

 これは青木先生の引きなのか、私の引きなのか?

 いずれにしても、アージュニャー・チャクラを開いて以降、いや、その前から私は妙にシンクロニシティーが起こるんですよね?

 そういう点での霊感は私はあるのかもしれません・・・。

 俗に天地と繋がると、そういうことが起こる・・・と言われますが、線で繋がる以外に粒子が拡散するように融け合う繋がり方というのもあると思っています。

 青木先生はそうなっているように思いますね。

 仙道では、出神の法、神智学ではアストラル・プロジェクションと呼ばれますが、仙人が抜け殻を残して消える尸解仙(しかせん)というのもあります。

 神秘思想家ジョージ・イヴァノビッチ・グルジェフが死んだ時、内臓はすべて壊死していて、肉体的にはとっくに死んでいた筈だ?ということが判った?というオカルト界隈の噂がありますが、そんなゾンビ状態で生きるなんて馬鹿なことがあるのか?と思っていたんです。

 けれども、うちの父親が脳梗塞で倒れて検査した時、心臓の2/3が壊死して冠状動脈が詰まっていて、医者が、「何故、この状態で普通に生活できていたんだ?」と不思議がっていたそうです。

 肉体は結局、朽ちていくものですが、それは魂の入れ物が壊れるだけで、魂は不滅なのだ?と考えるべきなのかもしれません。

 だからなのか? 私は松田隆智先生友寄隆一郎先生が亡くなられても、どうも、未だに生きてらっしゃるような印象が拭えないんですよ。

 あるいは、遥か昔に死んだ人の残した作品や技術が延々と時代を超えて伝承されている事実を見ると、“生きた証し”というものを遺すことがより重要なようにも思えます。

 私が映画に心惹かれ続けてきたのも、作品の中の世界は永遠だからなのかもしれませんね?

 もう間もなく、私がプロデュース兼出演した『セーラー服忍者』のDVDが発売されます!

 特典映像で私の武術講座と青木宏之先生の剣舞と下田愛璃さんの中国兵器の表演も収録していますが、これは武術愛好家にはお宝映像ですよ!

 小説版も出る予定で、現在、加筆中です。

 乞う、御期待!

PS;グァム島に射撃訓練に行ってきたIさんがお土産で空の薬莢をくれました。7.62×54Rウインチェスターと、44レミントン・マグナムです。空薬莢は好きに持ち帰られるそうで、游心流でもお金ためてシューティング・ツアーやりたいです!

PS2;そういえば、仁平師範もサベージ・ハーフライフルを購入したそうです。一発弾のサボット弾を発射する一応は散弾銃ですが、ほとんどボルトアクションライフルみたいな銃らしいですね。今度、見せてもらおうっと!

PS3;そういえば(はっ? また使ってしまった・・・)、今月21日には岩槻映画祭で『セーラー服忍者』を再編集版再上映するみたいです。多分、舞台挨拶で私も行くと思いますので、宜しかったら来てくださいね~っ!

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特別講習会と猫見会?感想

 5/4(木)は、千代田メイプルホールの稽古時間を変更してGW特別講習会を開催しました

 申し込みが少なかったので、どうなることか?と思っていましたが、前日、一気に参加申し込みがあって、会員ばかりでしたが、そこそこの人数で開催できました。

 月例セミナーだと3時間でワンテーマですから余裕をもってやれるんですが、今回は2時間で0インチ打撃化勁・ハイスピード打撃・蛟龍歩・そして零勁斬りもやるので、一工夫が必要でした。

 要するに、“実戦のケースに合わせて混ぜて教えた”のです。

 昨年から今年にかけて游心流のオリジナルの戦闘法を形成するように指導してきているんですが、その過程で、いわゆる“気”とか“心法”に関するオカルト的に受け止められかねない要素は思い切って省いて、科学的に解説できる領域でシステム化することに決めました。

 どうしてか?というと、そうしないと“感覚主導”になってしまい、“盲信”や“信仰”の対象になってしまい、社会性を失ってしまうと思った訳です。

 実際に、10年前に破門にした元会員達は“気の感覚主導”で追究した結果、言動が完全にオカルチックになってしまい、まっとうな社会常識を喪失していました。

 注意しても聞かなくなっていたのですね?

 これは気功でいう“偏差”であり、禅でいう“禅病”であり、精神医学でいう“統合失調症”であり、簡単にいうと“心のバランスを取れなくなって幻覚と現実の区別がつかなくなっている病態”であったと私は判断した次第でした。

 例えば、「酒やジュースの味を変える」「雨雲を散らして雨を止める」「幽霊を祓う」といったことを公の場で大声ではしゃいで吹聴してしまうのですが、これではまともな神経ではないという印象を周囲に与えるのが確実です。

 まだ、会の仲間内だけで愉快にやっている分にはシャレということで罪がありませんが、外部に向かって声高に主張したら精神病院行きですよ?

 実は、この分裂騒動の最中に、やはり気の感覚がある手技療法家の会員がいて、彼は自分がそんな能力があるということはおくびにも出さずにいたんですが、私は困ってしまって相談したんですね。

 そうすると、「長野先生がブレずにいれば、そういう人達は自然に離れますよ。何の心配もありません」と言ってくれたので、随分、助かりました。

 その経験があったので、先の花見会でのある会員の軽薄そのものの言動に対して重大な問題があると考えた訳です。

 これらの“病態”と、昔から言われている“霊能”との違いは何か?という点に関しては明確な区別はない訳ですが、私個人の見解としては「幻覚と現実の区別がつくか?」「社会常識を守れるか?」の二点であり、この二点を失っていたら、いわゆる“病態”と判断することにしています。

 ただし、これは私個人の判断基準であって、恐らく社会一般的には「すべてが病気か、あるいは虚言を弄する詐欺師」と判断されるであろうと予測しています。

 特に、弁証法的唯物史観による科学的認識(マルクス主義社会科学)を絶対のものと信じる人にとっては、霊的・神秘的・宗教的・スピリチュアリズムに関しては激烈な否定論者(例・上岡龍太郎とか大槻教授とか松尾貴とか)が存在するので、オカルトに関する発言は一般ピープルならば“不思議ちゃん”扱い、私のような専門家ならば“オツムテンテンの人”扱いされるのも覚悟してでないと迂闊に言えない訳ですね?

 で、日本は恐らく世界中でも特に弁証法的唯物史観の教育が成功して国民に広く浸透している国だと思われますから、オカルト発言者に対する排他的対応が激しい!

 特に霊能者の料金体系は非常識に高額なのが常ですから、一度、詐欺師のレッテルを貼られるや、魔女狩りのごとく四面楚歌になって社会から抹殺されてしまうのが特徴です。

 そうやって潰されていった人を何人も知ってますよ。

 有名な事件だと、『リング』の元ネタになった福来友吉博士と御船千鶴子の千里眼事件がありますね? 千里眼能力が評判になったもののインチキ詐欺師扱いされた千鶴子が自殺した事件・・・。

 真実がどうか?ではなくて、メディアが一斉にインチキだと糾弾すれば弁明の余地は無くなって“希代の詐欺師”とレッテルを貼られてさらし者にされてしまうのです。


 ところが、実は日本は世界でも有数の霊的文化の伝統を持つ国なんですね? もともとは・・・。

 だから、宗教に対しては驚くほど寛容でしょう?

 他の国ならすぐに宗教対立から戦争に発展したりするところですよ。

 でも、日本は古来から神道・仏教を中心に様々な宗教が伝承されてきています。キリスト教だって、景教(ネストリウス派キリスト教)が古くから入っていたといわれますし、密教はゾロアスター教(拝火教)の影響だと考えられていますし、明治以降の様々な新宗教は政財界の有力者との結び付きも強く、また党派を越えた「日本会議」のような結社も誕生しています。


 でまあ、何が言いたいのか?と申しますと、武道や格闘技、ダンスなどから武術に関心を持つようになった人達は、「“身体技術”にしか関心が無く、文化的社会的背景をまるで知らずに“技術”にのみ耽溺してしまっていて社会的見地が致命的に欠落している」ということです。

 これは数千に達する武道・格闘技・ダンスなどの実践者と接した上での感想ですが、専門にやっている人ほど、自分の専門外の事柄に関してはびっくりするほど無知で、非常識と言えるほどに常識知らずな人も珍しくありませんでした。

 普通にサラリーマンとかやっている人なら、「これは危ないな~」と踏みとどまるところが、閉じられた世界観の中でずっとやってきた人は“世間知”というべきものが育っていないので、そのまま突っ込んでしまうのです。

 大麻事件でバッシングされた元女優も、まさにそうでしょう?

 良く言えば“純粋”なんですが、それは、“無菌室で育てられたような純粋さ”で、“疑うことを知らない単細胞な信者タイプ”なので、容易に騙されてしまう訳です。

 世間では、“マルチ商法”とか“霊感商法”に引っ掛かる人は「騙される方が馬鹿なのだ」と見做されるもので、普通は同情されませんよね?


 私の世代で武術から入った者の多くは、精神世界とセットで学ぶのが当たり前のようなところがありました。

 これは、松田隆智先生がGIグルジェフの信奉者で、青木宏之先生はオショー・ラジニーシを敬愛していた・・・という点に象徴的でしょう。

 私はブルース・リーが敬愛していたジッドゥ・クリシュナムルティーにはまって学生時代は宗教哲学系の本ばかり読んでいましたが、視点が偏るのは良くないと思って、芸術・映画・健康法・手技療法・教育・社会運動などに関して実践研究していました。

 もちろん、武術は好きでずっと続けていましたが、強くなるという目的よりも文化的背景を研究することの社会的意義を直感して研究してきて、それが最終的に目的化したと言うべきかもしれません。

 私は知的好奇心とか探究心が並外れて強いらしく、謎に触れると解明したくてウズウズする気質なんですね?

 だから、様々な武術の秘技を解明することに熱中できたのだと思いますし、いろいろな分野に手を出してきたのも自分の中では別々のことをやっている意識が無かったからだと思います。

 事実、いろんな体験知が集積されることで謎の解明に役立っている訳ですから・・・。

 作家になれたのも、今考えると必然的ですね?

・・・というか、これしかできない。

 外に金を稼ぐ手段が無かっただけなんですよ・・・。


 余談が過ぎましたが、講習会は相当な成果がありました。

 特に、歩法は何人かの会員が、見る見るうちに体得していましたが、これは私が今まで教えた中でも数人しかできるようになった人がいないくらい難しいんですよ。

 いきなりやらせてできる道理がないんですが、日頃から地道に練習している人だから、ちょっとコツを教えただけで体得できたんでしょう。

 この歩法とハイスピード連環打撃を組み合わせ、0インチ打撃を使えば、スピード・テクニック・パワーの三位一体攻撃となります!

 これは護身術としての後の先ではなく、先の先で自分から攻撃していって一方的に倒すためのもので、これまで具体的に公開していませんでした。

 これは攻撃力は高いんですが、コントロールが難しいので危険だからです。

 本当は、この先に、発勁を連発するやり方もあるんですが、これは初心者にやらせれば身体を壊すのが確実なので、流石に講習会で教える訳にはいきません。

 私は、武術は即、使えるものでないと意味がないと思っているので、地道に訓練を何年も重ねないとできないような技術体系にはしていません。

 しかし、だから否定している訳ではなくて、日々の稽古の積み重ねによって身体を練ることの成果は確実にあります。

 例えば、立禅や這いはそうなんですね?

 私自身はもうほとんどやっていませんが、それは日常生活の中で練るやり方を工夫しているからです。

“型が大切”なのは、初心者から中級者向けの話であって、いつまでも型に拘っていてはダメです。

「これが正しい」というのは単なる思い込みです。

 例えば、ある先生が「釈迦の悟りはまだ達していない。その先がある」と言っていたそうですが、同様のことは青木先生も言っていました。

 が、その後、「いや~、釈迦の先の悟りがあると思ったんだけど、お釈迦さんも気づいていたんじゃないかな~? まだ、先があったんだよね~(苦笑)」と言ってました。

 結論から言えば、お釈迦さんが自分自身で残したものは無い訳です。

 すべて弟子が「お釈迦様はこう言っていた」と伝承しているだけ。

 つまり、嘘かも知れない訳ですよ。

 お釈迦さんと呼ばれる人物も実在しなかったかもしれない?

 実際、ヒンドゥー教では釈迦及び仏教はヒンドゥー教の一派に過ぎないと見做しています。

 あるいは逆に、釈迦が悟った内容について言葉を尽くして弟子に伝えようとしたけれども、弟子は悟っていないから上っ面しか解らない。

 だから、不完全にしか伝わってこなかった・・・。

 まあ、これが真相に近いのではないかな~?と私は思う訳です。

 もともと、悟りというのは言葉で伝えることができないから自分で悟るしかない訳で、だからクリシュナムルティーなんか、「瞑想しなさい」としか言わない訳です。

 岸田秀の唯幻論なんかもそうなんですが、言葉は共通言語でないと通じないし、価値観やイメージを共有している人間同士の“共同幻想”によってコミュニケーションが成立する面がある訳ですよ。

 それは宗教であったりイデオロギーであったり、所属意識や党派観念であったりするんですが、要は趣味道楽好みに理屈つけただけなんですよ。

 だから、私なんか、美意識とか思想とか口にする人間が胡散臭くって気持ち悪いんですよね~? 大体、こういう連中って言行不一致ですからね~。

 凡人は、権威ある人間が言っていることだから・・・と疑いもせずに信用してしまうものですが、こんなの単なる奴隷根性ですよ。

 私は、青木宏之先生や松田隆智先生に対して、常に尊敬の気持ちを持っていますが、信仰心は全然ありません。

 だって、権威を尊敬しているんじゃないからですよ!

 武術の腕前を尊敬しているのか?

 いや、それも違いますね。

“生き様”ですよ!

 青木先生も松田先生も自分に真っ正直に生きていて嘘が無い。だから、尊敬しているんです!

 今、気づきましたけど、私は嘘つかない人間が好きなんですね? 裏表のある人は嫌い。真っ正直に生きてる人間が好き!

 本当にカッコイイと思うのは、自分のダメなところや欲望や変態っぷりも隠さないでバーンッ!とさらけ出してしまえる人ですよ。

 武術も捨て身にならないとダメですから!

“捨己従人(おのれを捨てて人に従う)”ですよ!

 で、最後にやった零勁斬りも、上手くやろうとか「できるかな~?」と不安に感じたりする邪念があると失敗するんです。

 無念無想でエイヤッとやらないと失敗するんです。

 何人か成功しましたよ。

 で、成功した人は三段認定しました。

 試し斬りの良さは、迷いを切り捨てる心理効果がありますね。切れるか切れないかという結果が明確に出るので、意識転換が簡単にできます。

 依頼心を切り捨てることにも繋がります。

 剣術には“祓い太刀”というのがありますが、意識転換に最も役立ちますね?


 講習会の翌日は、小塚師範宅にて“猫見会”をやりました!

 今回はカヅコも積極的におもてなししてくれまた。猫はゴロゴロ腹出して転がるところがカワイイですよね?

 さっ、私もベストセラー出して、猫ビル建てるぞ~っ!


追伸;今回の講習会の模様はDVD化しますので、御期待ください!

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ほびっと村感想

 四月三十日の西荻窪ほびっと村学校は、奇しくも川越から女性会員のUさんと、『武術のコツ』収録DVDに参加してくれたSさんが久々に来られて、楽しく催せました。

 今年のほびっと村の講座は、游心流合気道に絞ってやっているので、基礎錬体の後は合気揚げをやることにしているんですが、もちろん、私が普通にやらせる道理もなく、合気揚げの中に0インチ打撃の要素を加えてみたり、擒拿(チンナ)術の要素を入れたり、いろいろ実験しています。

 合気揚げ一つとっても、逆技の応用・伸筋技法・脱力技法と大まかに分けても三種類くらいに大別できますし、これに各団体の特徴的な要素を加えて分類していけば何十種類にもやり方が変わります。

 つまり、教える人の個性が加わって変化していくので、たとえ同じ先生に習った者同士であっても、年月が加われば変わっていくのが当然のことだからです。

 そして、武術的に言えば、“効けば何でもいい”のであって、“厳格なる正解”というものは原理的に存在し得ないのです。

 もちろん、“技術論としての正解”は各流儀各団体に規定されている訳ですが、技術として正しくとも武術の勝負論からすれば実際に通用しない技術は無価値になる訳です。

 つまり、武術の存在理由である戦闘術として通用しない技術は、いかに精妙であっても絵に描いた餅になってしまうということです。

 今回、興味深かったのは、Sさんがユーチューブで見たというある武術家?が実演している不思議チックな合気技?の原理解析を実施したことでしたが、後ろから両肩を握られているのを吹っ飛ばすのか?と、肩で体の合気をやっている動画だったのか?と思ったところ、そうではなくて、後ろから肩をスルッと摩るようにすると相手が尻餅をついてしまうというものだった様子です。

「ええっ? それって、もしかして、こういうこと?」と実演して見せたら、「それです!」とのことでしたが、これって、軸を傾けて(僅かに後ろに引いて)、下に落とす(合成力)という、技というより単なるコツでしかなかったので、私は呆れてしまいました。

 ちょうど、甲野氏の平蜘蛛返し?と同じ原理でしかなかったんですが、ただ立っている人を後ろに尻餅つかせるだけですから、やり方教えたら、一瞬で誰でもできる程度のコツなんですよね。

 現に、参加者全員でやらせたら、冗談みたいにかかります。

「へぇ~、~野さんって、こんな程度のことを秘技みたいに見せかけて実演しているのか~?」と、逆に感心してしまいましたよ。

 こんな素人騙しの手品みたいなことやって、武道がどうたらこうたら偉そうに説教できるような強心臓は私は持ち合わせがありません。

 小学生が昼休みに遊ぶような演芸(頸動脈圧えて気絶させるとか、昔、問題になりましたよね?)ではありませんから、そういう代物ばかり金取って教えているような人達と同類だと思われるのは我慢がなりませんよ!

 有り難いことに、最近は世の中ナメてるような武術愛好家はうちには全然来なくなり、真面目に武道に取り組んできたけれども年齢を重ねて実力の衰えを感じている人がヒントを求めてこられる例が多く、そういう真摯な人達に応えることがやり甲斐です。

 どんな流儀も万能ということはありません。必ず弱点があります。

 逆に考えれば、だから進化できるんですよ!

「俺のやってることが最高で、完璧だ」と思っている人は、そこで終わります。

 私が信仰は敵だ!と思っているのは、信仰することで自己完結してしまうからです。

 世の中には物凄い絶技を持っている人はいます。

 しかし、所詮、人間には人間の限界というものがありますよ。

 だってね~。今現在の世界終末に直結しかねない様々な危機を、その人が解決してくれるんですか?

 せいぜい、この世の法則から離れて解脱するだけでしょう? そんなの自己満足で現実逃避でしかないっていうんですよ。

 かつて超人と言われた肥田春充は、人間とは思えない神業をいろいろやって見せながらも、瞑想で見た人類終末のビジョンに対して、「自分は人類を救うことができない」と無力な自分に絶望して絶食の果てに死にました。

 肥田春充が超人的な人間だったのは事実だろうと思います。しかし、それでも人間は神様ではないのです。

 東日本大震災の大津波に遭遇した人達は何を思ったでしょう?

 世界の終末を思ったのではないでしょうか?

 世界の終わりと自己の死というものは表裏の関係にあります。肥田春充は哀しみの果てに自らの死をもって世界の終末を先に味わおうとしたのかもしれません。

 だから、自殺とは違うんでしょうね? 祈るような気持ちだったのではないか?


 かと思えば、自分の変態的欲望に振り回されて人を傷つけるサイコパスも増えているような印象がありますね~?

 で、狙われるのは身体的弱者ですよ。

 パワハラ、セクハラ、DVも当たり前・・・そんな世の中、最後に頼りになるのは自分の力だけ?

 女性や老人くらいだったら護身術教えれば大丈夫だと思っているんですが、過日のリンちゃん殺害事件のような場合は何ができるだろう?と、今、考えているところです。

 あれ、本当に酷いですよね~? まだ確定していない段階で断定的なこと書いてはいけないんでしょうけど、見守り隊の隊長が犯人でした・・・って、ホラー映画みたいな話ですよ。

 やまゆり学園の事件もそうですが、まさに悪魔の所業です。

 抵抗する力の無い人間を物のように扱う神経が狂っているとしか言えません。

 もし、こういう人間が権力者になったりしたら、どれだけおぞましい行為を働くだろうか?と想像すると、やっぱり教育の問題を考えるしかないようにも思いますね。

 うちの会にも、過去、自惚れて礼節を弁えなくなった人間が何人か出て破門してきましたが、人間だから自惚れるなっていうのも無理な話なんですよね~。

 私だって自惚れて増長した時期はありました。でも、失敗を繰り返して謙虚さを取り戻すことになりましたよ。

 結局、謙虚さというのは自分を護るための処世術なんですよね。

 不必要に卑下したりしたら嫌らしくなりますが、演技でもいいから必要な要素ですよ。

 もっとも、私は結構、洞察力がある方なんで、中途半端に演技したり、表に出さないようにしていても見破りますから、気質的に傲慢な人は、むしろ最初から隠さないほうが「性格は問題があるけど正直なヤツだな?」と好感を持つ場合もありますけどね。

 だけど、大抵の男(女性は好きなタイプでない限りは鋭いからすぐ見抜きますよ)は洞察力ありませんから、演技でいいから謙虚そうに振る舞ってください! それが身のためですよ。

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緊急、特別講習会開催!

 23日の本部稽古会で試し斬りもやりました。

 兵庫からSさんが土(橋本支部)日(本部道場)の稽古に参加して来られたので、めったに教えられないので、零勁斬りの練習も兼ねてお教えしようと思った訳です。

 長く脱力技法を研究してきて、それを剣に応用したところ、0距離打撃と同じ原理の零勁斬りが体現できた訳ですが、Sさんは50過ぎからうちの純粋培養で他流経験がありませんでした。

 なので、脱力技法を最も体現できていたんですね。

 私も普通にできるようになったので、ちょっと難しい技に挑戦しようと逆手零勁斬り上げに挑戦したんですが、九割り斬れましたが失敗しました。

 北島師範もほぼできたんですが、惜しくも切断には至りません。栗原師範も今一歩。

 ところが若手のIさんは簡単にできてしまい、Sさんも最初は失敗しましたが、再挑戦は理想的な脱力っぷりに豆腐を斬るみたいに切断に成功しました。

 この日は経験者ほど失敗してしまった訳ですが、これは無意識に力が入ってしまったからで、何も考えずにスルッとやれば斬れる?ということが実証できましたね。

 年齢聞いたら64歳になったそうで、地元では健康太極拳を習われていますが、化勁に関してはかなりの実力になっています。

 Iさんは四段、Sさんは三段を認定しました。

 そんな簡単に段やっていいの?と思われるかもしれませんが、試し斬りを修行している人なら、この技がいかに難しいか解ると思います。フォロースルーを一切やらずにマキワラに刃をくっつけている位置から急加速させて斬る訳ですから・・・。

 これができれば、原理的に0距離打撃も簡単にできる?んですね。

 ところが、驚いたことに・・・Sさんは、太極拳の動きでO距離打撃をどうやって出せるのか?と質問してこられたので、ちょっと焦りました。

 DVD買われているから、解ると思っていたのです・・・。

 実地に教えて、やっと納得されていましたが、これはやっぱり実地に教えないと伝わらないのかもしれないな~?と思いましたね。

 そんな訳で、急遽、特別講習会を開催することにしました!

 5月4日(木)、午後一時から三時。相模原市千代田のメイプルホールにて、0距離打撃と化勁、鞭手連環ハイスピード打法、蛟龍歩、零勁(寸勁)斬りを指導します。

 現時点に於ける游心流の極意技法の集中講習会で、参加費は会員は一万円、それ以外の方は一万五千円にします。

 二万円にしようか?と思ったんですが、遠くから来られる方は交通費もかかりますから、このくらいに留めておこうと思い直しました。

 ほびっと村(こちらは三千円で護身武器術をやります)の直後ですが、GWの特別講習会として実施したいと思います。

 ちなみに、稽古会の時に北島師範から聞きましたが、橋本稽古会に来ている会員さんが「長野先生、本当にメッチャ速かったですよぉっ! 全然、見えなかったですぅ~! 肩甲骨から動くってやって見せられたのがムチャクチャ動くからビックリしました~!」と絶賛していたそうでございます。

 ふっふっふ・・・正直、スピードと打撃力とテクニックは自信あるんですよ~。ふっふっふ・・・。

(調子に乗って、すいませんでしたっ・・・)

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零勁斬りと見えない打撃

 15日(土)は、大阪在住の会員さんが個人指導を希望してこられたので、小塚師範も交えていろいろと雑談しながら指導しました。

ブログで書かれていた、目で見えないような速さの打撃というのを見せてもらえませんか?」とのことだったので、細かく解説しながら実演してみましたが、「長野先生、本当に全然、見えなかったですよ?」とビックリされた様子で、このくらい驚いてくれると、こっちも教えていて気分がいいですよね?

 相手の構えを打ち崩しながらババババッと鞭手を連発してみせて、「大体、今ので70%くらいの速度です。今は四発打ちましたけど、実際は掌打から背掌、前腕、肘打ち、一本拳に変化させながら最低でも5~6発は打ちます」と、やり方を説明しました。

 まあ、経験の無い人から誉められても大して嬉しくはないんですけど、並み以上の経験者が誉めてくれると嬉しいですよね?

兵庫支部長のキシさんが上手いから習うといいですよ」と言っておきました。

 フルコンタクト空手や何やら、いろいろ修行されていて某流儀では指導員をされているのだそうですが、やはり、御多分に漏れず緊張して力む癖があったらしいですね?

 私の経験上で言えば、武道経験者のほぼ100%が、力む癖があります。

 本当に脱力ができている人はプロのダンサーとか、ほんの数えるほどしかいませんでしたね。

 やっぱり、戦うとなると無意識に緊張してガッチガチになってしまいます。よほど精神的に余裕がないと戦う時に脱力するなんてできないんですよ。

 ダンサー系の人がすぐ脱力できるのは戦闘の怖さを知らないから・・・という要素が大きいでしょうね?

 しかし、本当に達人とか名人と呼ばれるくらいの優れた武術家だったら、実戦に際しても脱力できる筈です。

 プロの格闘家でも熟練者はリラックスして余計な力みがありません。伸びのあるしなやかなパンチやキックで相手をKOするシーンとか見ると、「あれっ? あんなので倒れるの?」と疑問に感じた経験のある人も多いんじゃないでしょうか?

 見た目に強そうなのと、実際に効くのは別なんですよ。チョコンと突いて相手がバタンキューとなるのは、重心力打撃の特徴で、打った本人も力感が無いので「え~っ? 嘘でしょ?」と信じられなかったりするんです。

 私も、20代半ばの頃、初めて寸勁を体得した時、ポンッと打ったら、サンドバッグがドバ~ンッ!と跳ね上がったのでビックラこいたものでした。

 以来、30年近くなりますが、本人は体得しているのに自覚がないという人が何人もいて、最近は、「サンドバッグ打ってみなさい」と打たせて、どのくらい威力が出ているのか確認してもらって納得してもらうようにしています。

 いちいちキックミット持って、打たせていたのでは受けた会員に後遺症が出たりしかねませんからね。

 実際、北島師範小塚師範は、後から後遺症があったと報告してくれましたが、威力が後ろに抜けるように打っても、体内に残ってしまったりするんですね。

 最近は会員には「サンドバッグ打ってどのくらい威力が出ているか確認すればいいよ」とお勧めしています。

 で、0インチパンチは力んでいたらまったく打てませんからね。伸筋繋げて打つことはできますが、前腕、肘、肩、背中、腹なんかで打つには、重心移動の力が必要です。

 うちの戦闘理論は、0インチ打撃ができないと絵に描いた餅になって「あんなのオカルトオタクのタワ言だ!」と最強格闘マニアから馬鹿にされてしまいますからね。

 逆に、力み癖が取り除けさえすれば、瞬間に技能がガラッと変わって向上します。

 この日もサンドバッグ打って確認してもらったんですが、触れたところからバシーンッとサンドバッグが弾けることで、あ~、こんなに威力が出ているんだ・・・と納得してもらえた様子でした。

 この確認作業が、なかなか難しかったのですが、サンドバッグを置く以前は、最も良いのが“寸勁斬り”であると思って、実施するようになったのですね?

 これは正確に力の方向がブレずに、真っすぐ通らないと成功できませんから、確認のために良いのです。

 力が足りなかったり方向がずれたりすると切断できませんからね。

 この日も寸勁斬りを教えてくれということだったので、マキワラを準備しておきましたが、最初は失敗したものの、結果的には二回成功したので、游心流二段を認定しました。

 この辺は経験者だからこそ、脱力のコツを飲み込むのが早かったですね。

 小塚師範は零勁斬りに挑戦し、最初は八割りくらい斬れていたので再挑戦。マキワラの斬る位置を低く指定してやってもらったら、あっさり斬れました!

 私が散々、苦心してやっとできるようになった技を、いとも簡単に体得してしまったので、あんまり嬉しくないな~?と、ちょっと拗ねちゃいましたよ~(苦笑)。

 恐らく、北島師範もやらせればすぐに体得できるでしょう。先日の寸勁斬りは、限りなく零勁斬りに近かったので・・・。

 しかし、一度できてしまうと、難しいと思っていた技も当たり前にできるようになるもので、一つの段階にいつまでも拘っていてはいけないというお達しかな?と思います。

 この日は、高い交通費を使って遠くから、わざわざ来てくれたので、なるべく多く教えたいと思って、質問にどんどん答えるようにしていたんですが、頭がパンパンになってしまったそうで、一通り実演解説して終了しました。

 関西の人は本音を素直に話してシャレっ気もあるので、私は大好きですね~! どうも、関東の人は本音を隠して調子を合わせるだけの人が多くて、信用できない人がいます。

 これはますます、大阪でセミナーやらないといけないな~?と思いました。


 翌日の日曜稽古会は、久々に鹿沼公園で花見しながら桜の樹の下で練習しました!

 桜の花びらが舞い散る中で、鞭手連環打法を細かく解説しながら練習させました。

 とにかく、見えない打撃というのは、「物理的に単純に速くて見えない」というのと、「予備動作がなく無駄な動きがないので見えにくい」というのと、「相手の視界から外れているので見えない」、「視覚には映っているのに意識に反応しないので結果的に見えていない」というくらいの種類があります。

 武術では、これらの要素を複合的に用いて、敵(相手)に反応させないまま、こちらの攻撃を命中させることを求めます。

 強いとか弱いとかという基準で判断できない理由が、この辺りにある訳です。

 
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四月セミナー“中丹田”感想

 四月セミナーは“中丹田”の開発と活用についてをテーマにしましたが、ここ何年か、わざとゆっくり動くようにしていたので、私が「スピードが遅いのが弱点」だと思い込む人が会員にもいる様子でしたので、久しぶりにハイスピード拳法・通背拳をアレンジした鞭手連環打法と、第二段階蛟龍歩を使ってみました。

 私はスピードには相当、自信があります。

 ボクシングやっていた人から「長野先生みたいに速い人は見たことない」と言われたことがあります。

 先日も、練習後にファミレスで武術の動画をスマホを見ていた会員間で、「この先生、スピードが凄いですね~っ?」と盛り上がっていた時、北島師範だけが、「長野先生の方が全然、速いですよ」と、ぼそっと言っていました。

 彼は10年以上も私の技を受けているので、私がフルスピード出したら、どれだけ速いのか?を知ってる訳です。

 ここ数年は、ほとんど本気のスピード出して動いたことありませんから、ここ数年で入った会員、つまり、現在の会員の大多数が、私がそんなにスピードが出せることを知らない訳です。

 簡単に言えば、普段はわざとゆっくり動くようにして隠しているんですね。弟子にさえ見せない。

 いわゆる“奥の手”というヤツです。

 ただし、普段はやらない理由がもう三点あります。

1,フルスピード出すと、加速度がつき過ぎて打拳を止められなくなってしまうので相手に怪我をさせてしまう。

2,下丹田と中丹田を併用して動くのでメッチャ疲れるので、数秒しかできない。

3,教える時に、速く動いていると何やっているのか全然判別できないので、会員や受講生が困る。

・・・という次第です。

 また、上丹田を開発していくと読みの能力が上がるので、相手が動き出す寸前を抑えることができるようになる。

 従って、わざわざハイスピードで動く必要がない・・・という理由もありますが。

 けれども、前日に大阪支部長から電話があってセミナー前に剣術を教えて欲しいということだったんですが、その時にいろいろ話していて、「俺は動きが速いと言われる先生方を大勢見たけれども、ちっとも速いとは思わなかった。なぜなら、目に見える速度だから。俺の習ったある先生は本気で動くと手と足が消えて見えなくなっていた。だから、速いな~と感じるくらいの速度は目に見えている訳だから、大した速度じゃないよ。本当に速いと言えるのは目に映らないくらいだろうし、俺が目指しているのも、そんな超神速の速度だよ」と大見栄を切ってしまったので、これはちょっと見せなきゃいかんな~?と思った次第。

 そんな訳で、この日は久々に、70~80%くらいのスピードを出してみました。

 これは、一挙動で最低5~6発連打しますが、意味なく速く打ってるんじゃなく、一発目で相手の前手に拍掌で牽制をかけて意識を集中させつつ崩しをかけ、虚の状態になった顔面、後頭部、脇下などに背掌、前腕、肘、一本拳(竜頭拳or透骨拳)を流れるように打ち込んでいく戦法です。

 また、当然ながら間合が詰まっていきますから、暗腿で崩しをかけていったりします。

 寸止めできるスピードだと、このくらいが限度ですが、もし、100パーでこの連環打法を遣えば、相手に大怪我以上のダメージを与えることになってしまいますね?

 100パーだと実際に当てないと止まらないし、当てることを前提だから振り切って打てる訳です。

 が、そのスピードで連打すると加速度がつき過ぎて、相手に大怪我させてしまいかねませんから、少しスピードを犠牲にしないとコントロールして寸止めできないんですよ。

 もう一つの弱点は、スピードばかり出そうとすると一発一発の威力が減殺されてしまうんですね。受講生の中には単なるペチペチパンチになってしまっている人もいましたが、スピードを重さに変えるように、打つ一発一発が当たる瞬間に意識を乗せて打撃を重くする心法も必要です。

 もちろん、慣れたら考えなくてもそうなりますが・・・。

 ちなみに、この連環打法に蛟龍歩を組み合わせると、戦術的に相当、面白くなります。

 蛟龍歩を使うと視界から出たり入ったりするので、受ける側は感覚的に余計に速く感じてしまう訳ですね。

 実際、目の前でやられると、もう全然、目で追えません。それで、「相手が動いたと思った次の瞬間にはめった打ちにされていた」となる訳です。

 今回、私は栗原師範の技を受けてみたんですが、これで攻撃されたら防戦一方になってしまいますね?

 最近、確実に速くなっているんですが、栗原師範は還暦超えたそうなんです。それでこのスピードで動くというのは化け物染みていますよ! 

 これは後の先や対の先では対処できないでしょう。

 となれば、動き出す前の先の先で制するしか対処法がありません。

 フルスピードではありませんが、若手会員からは「うわっ、長野先生、速過ぎて見えないですよ~っ!」と、結構、ビックリしてくれたので、ちょっとドヤ顔しちゃいました。

 大阪支部長も大喜びして熱心に質問してきたので、具体的なコツをその場で指導したら、“何とっ!”その場でかなりコツを掴んでしまい、おまけに自分がやってきた流儀の技と組み合わせて応用技まで開発していましたよ!

 彼は本当に伸びるのが凄く速いですよ。セミナー後のファミレスでも教えたことをノートに図解で書いたり疑問点をいろいろ質問してきていましたからね。

 大阪支部の稽古会に参加した人が絶賛していたのも、彼が理論派だからでしょうね。

“中丹田”というテーマは中途半端な感じで興味を持たなかった人が多かったのか、参加者は少なかったんですが、武術の戦闘理論という点では非常に満足度が高かったと思います。

 八斬刀(詠春拳の武器)の遣い方も質問されたのでやったし・・・。

 では、具体的な練習する時のコツは何か?と言いますと・・・

 スピードを速くするコツは、関節を緩めて筋肉は脱力させること。肩甲骨から先をほうり出すように射出するのがコツです。

 ということは、つまり、化勁の身体操法と同じなんですよね~。

 すべてが脱力体によって実現できる訳です!

 私が常日頃から、「脱力が大切だ」と口を酸っぱくして言う理由が、武道や格闘技をガシガシやってきた人ほど、筋肉が力みまくっていて武術の技が吸収できないからなんですよ。

 とにかく、「筋肉が力を生み出す」という概念を捨ててください!

 ほぼ大多数の空手家が言う「必要な筋肉には力を入れなくてはならない」という考えでは、実際には“無意識に不必要な筋肉にまで力が入ってしまう”のです。

 徹底的に筋肉に力を込めない! 筋肉は敵だ!というくらいの気持ちが重要です!

 筋肉の収縮が力を生み出すという考えを捨てない限り、重心力を駆使することはできません!

 体格・年齢・体力・性別の差を覆すには重心力を駆使できるようになるしかないと私は断言しておきたいと思います。

「本当に脱力したら立っておれないではないか?」と疑問を呈する方もおられますが、それでこそ理想なんですよ!

 考えてみてください。筋肉だけで立てますか? 立つというのは骨格があるから立てるんですよ。タコやイカが直立して歩かないでしょう? 動きを先導するのは骨です。

 だから、游心流では骨盤主導なんですよ!

 合気の達人が死の寸前に弟子に腕を握らせて吹っ飛ばしてみせたという逸話を検討すれば、武術の技の威力が筋肉の収縮力によるものでないことは明らかでしょう? 

 私も、泥酔して倒れる寸前の状態で某拳法修行者と手合わせしてみましたが、見ていた会員からは「いつもより技がキレてました」と言われましたからね~?

 とにかく、武術の極意とは“脱力”! これに尽きます!

 では、何のために脱力するのか?

 それは“重心力を目一杯駆使するため”です!

 筋力では到底、納得できないような異常な威力も重心力だからこそ発揮されるのです!

 最新作DVDでは、複数の相手に抑えられているのを脱力して骨盤からブルンッと回転するだけで振り払ってしまう合気風の応用技もやっていますが、こんなの筋力ではほとんどできませんよ。

 化勁の凄さは圧倒的なパワーの差を無意味にしてしまえる点にあります!

 それは、相手の力に力で対抗する理論を捨てて、発想を転換したから可能になったのですよ。自分自身の力ではなく、万物に働いている“重力”を利用するのです!

 大体、どんなに鍛えても肉体は年々衰えるんですよ。

 しかし、重心力は衰えません。技巧的に熟練すればむしろどんどん向上させられます。

 これはスポーツの概念とは反対なので、スポーツに熱心な人ほど信じられないと思います。

 けれども、極めて力学的な問題なんですよ。少しも神秘的なものではありません。

 少なくとも私がやっていることはそうです。

 教えれば誰でも会得できます! その場で!

 今月は4/30(日)にも西荻窪ほびっと村学校講座をやりますが、是非、実感してもらいたいですね?

 人間は、「あっ、こういうことなのか?」と自覚しただけで、それこそ一瞬でガラッと変われるんですよ。

 達人も凡人も人であることは変わらないんですよ。

 どこが違うのか?というのは、理を掴んだかそうでないかの差だけです。

 延々と修行しても理が掴めない人は達人になれないし、逆に何の修行もしていない人でも理を掴んだ瞬間に達人になってしまうのです!

 だから、武術って面白いな~?と、つくづく思いますよ。

 実は苦しい修行とか鍛練とかとは別の次元で理合に気づいた人が、一瞬で達人になってしまえるからです。

 金庸先生の武侠小説の主人公は偶然、秘伝を伝授されて無敵の達人になってしまったりするんですが、事実、そういうことがあるんですよ。武術って・・・。

 逆に、理合を考えないでいくら努力したって無駄なんですよ。それが真実!

 しかし、「苦しい修行を長年ひたすら耐えて続けることで達人になれるものなんだ」って、皆、信じ込んでますけど、これ、間違いです。

 ただの“思い込み”、あるいは自分の無能をごまかすための“希望的観測”でしかありません。

 長年、頑張って修行してきている人ほど、自己のアイデンティティーとして否定したくないから、“思い込み”を“信念”と言い換え、そのうち“真実”なんだと錯覚してしまうのです。

“必死で頑張っている俺”というナルチシズムに耽溺しているだけで、まったく客観的事実を見ようとしていないのです。

 はっきり言って、単なる思考停止です。思考停止からは何の進歩も望めません。

 具体例でいうなら、「型を延々と繰り返すことで技は自然に体得できる」と思い込んでいる人が多いですが、戦闘理論を考えないで型だけ繰り返していても、何年やろうが自然体得なんかできません。

 型は徹底的に分析することで無尽蔵の武術の理論と知恵を教えてくれますが、分析するには理論がある訳です。

 これは、今度のほびっと村の講座で解説しましょうかね?

追伸;最新DVD『化勁の極意』絶賛発売中! 脱力体こそがS級達人への道! 自分は弱いと劣等感を持っている人こそ、これを買ってください!

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四月セミナー“中丹田”

 四月の月例セミナーは、“中丹田”です。

 身体操作の観点から述べれば、中丹田は胸の操作が中心になりますが、骨格で考えると肩甲骨の操作になります。

 肩甲骨から腕を動かすようにようにすると・・・

1,腕が長く使える。

2,手技のスピードがアップする。

3,手技の技巧が上手くなる。

・・・といった効果が得られます。

 また、どうした理由か私もわかりませんが、中丹田を開発すると情感が豊かになるようなのですね?

 だから、役者の訓練には非常に良いのではないかな~?と思いますね。

「中丹田が開発されているな~?」と思った人には、心道の河野智聖先生がいます!

 イベントで野口整体を教わった故・岡島瑞徳先生のことを語っておられた時に感極まって涙を流されていたところが、強く印象に残っています。本当に優しい方です。

 実際、中丹田を特に意識して訓練していた頃、異常なくらい感動症になってしまって、TVドラマ見ても涙がちょちょ切れてきたりして困ったことがありました。

 今でも、自分で小説書いていて感動して泣けてきたりしますからね~?

 自分で考えた話に自分で感動して泣いてるのって、気持ち悪いでしょ?

「俺、頭おかしいかな~?」って、時々、心配になるくらいですよ。

 しかし、涙は心の潤滑油みたいなもので、健康のためには泣いたり笑ったりするのが一番いいんですよ!

 怒るのと無感動でボーッとするのが最悪!

 心身の健康に悪いのです。

 結局、感情をぐっとこらえて溜め込むのが健康に悪いんですよね? 発散させないと。

 踊ったり、酒飲んだりするのも、そういう心身の欲求なんでしょうね~?

 そういえば、お花見の時に、オカルト話に興じていたら、“本物の方”が寄ってきて、皆でウワワ~ッと思いましたよ。

 そういう電波を受信しちゃうんでしょうかね?

 江戸時代なんて、そういう人に暗がりで出会って妖怪話になったりするんだろうな?

 何か、大映の『妖怪百物語』に出てきた“おしろい婆ぁ”を思い出しましたけど、桜の花には麻薬効果がある物質を発散させると聞いたこともあるし、この季節はそういう人が出ますよね?

 あっ、すいません。話が脱線しましたね?(って、いつものことか?)

 中丹田は心臓に対応しているとされますから、非常に重要なんですね。

 下丹田ほど技の威力は出ませんが、中丹田は技そのものが多彩になるんですよ。

 今回はお蔵だしして普段、見せないような技をいろいろやってみようか?と思っています。

 つまり、一つの動作で十も二十も応用変化技が出せる!ということを実技指導してみようかな?と・・・。

追伸;最新作DVD『化勁の極意』、早速、感想をいただきました。「柔道に応用することを閃いた」とのことで、確かに柔道や合気道には役立つだろうな?と思います。

追伸2;質問もありました。「化勁の時に軸を回転させて受け流すのですか?」とのことですが、「できれば軸とか芯を消して、加わってくる力の方向をずらすことだけを意識してください。機械的な対応を覚えてしまうと応用が利かなくなりますよ」。

追伸3;花見の時に「江上茂先生の『空手道入門』が復刻されてましたよ」と聞いたので、早速、翌日、町田のブック・ファーストに行って、『シン・ゴジラ』のDVDと一緒に買ってきましたよ。でも、読んでビックリ! 原本は青木先生が全面協力して出来た本なのに、写真は入れ替えられていて全く別物になっていました。青木先生の影響を消そうという意図を強烈に感じて気持ちが悪くなりました。そこまでするの?と思いましたが、たった一人、学習院大学空手部長の工藤張雄さんだけが、“私が常に思うのは、新体道の青木宏之さんの出版初期の恩恵に感謝すべきである。”と書かれている点。そこだけが何とも言えない侠気を感じさせてくれましたね? 何だか、パンドラの箱みたいだな~?と・・・。

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お花見感想

 四月二日は毎年、恒例のお花見会を淵野辺駅近くの鹿沼公園で開催しているんですが、今回は寒の戻りが激しくて開花した桜が増えないままで、「これじゃあ、蕾見会になりそうだな~? だったら、道場で飲み会にするか~?」と思いつつ、一応、公園を見て回ったんですね。

 そうすると、ダイダラボッチが踏ん付けた跡が沼になったという公園の池の辺の一区画の桜が六~七割咲いていて、「あ~、ここならいいか?」と、計画通りのお花見としました。

 お花見会には必ず大石総教練も来るのですが、彼が来ると仁平師範と怪しいオカルト思想ばかり話すので、正直、困るな~?と思っているんですが、武術を追究し過ぎると、オカルトになってしまうのは事実なんで、私も研究家としては否定することもできない訳ですよ。

 先日も仁平師範が継いでいる刀功門という武術流儀の稽古体系を実演解説してもらったんですが、率直に言って、一般に広めるべき内容ではないと私は思いました。

 恐らく、道教系の内家武術なのは間違いないんですが、武術というよりは仙道行法なんですね。

 ある程度、推測はできましたが、具体的なことは敢えてここには書きません。

 どうしてか?というと、情報だけ知りたがって我流で真似ると確実に廃人になると思ったからです。

 浅くやる分には健康法としても良いだろうと思うのですが、拝師して奥の伝までやるとなると、百人中、九十九人は精神を病むだろうと思います。

 何故、そう思うか?というと、トランス(憑依)系の練功をやるからなんですよ。

 つまり、この稽古を真剣にやればやるほど、霊能が出てくる。

 換言すれば、心理学的には幻覚・幻聴が当たり前になってまっとうな社会生活を送るのが困難になる・・・という次第で、これは仁平師範は天命があって受け継いだのだと私は思います。

 しかし、そんな人は万に一人もいません。

 たいていの人は単純に発狂してしまう確率が圧倒的に高いと思います。

 無論、武術としては私は非常に興味をそそられます。すべてが秘伝。体得できれば超人となるでしょう・・・。

 けれども、普通の人間が趣味の範疇で学ぶべき代物ではありません。

 リヤカーにジェットエンジン載せるようなもんです。

 それこそ、命を捨てて、魂を捧げて、何もかもを捨てる覚悟を決めて修行に打ち込む決意が必要でしょう。

 言葉で言うのは簡単ですが、実際にそれをやれと言われてできる人間は万に一人もいないだろうし、仮にできたとしても本当に命を失う可能性もあります。

 大袈裟だと思う人が大半かもしれませんが、宗教行法というのは、本来、そういう性質のものであり、インドではヨーガの実践者が毎年、多数、死んでいるという話もありますし、修養団体の創始者が意外と短命だったりするのも、そういうことなんですよ。

 以前、仁平師範と話している時に、「僕は気が狂うかと思ったことが何度もあります」と言っていましたが、なるほど、この稽古をしていたら、そうなるわな~?と思いましたね。

 霊能者と言われる人達は脚光を浴びてTVに出るようになると能力を失ってしまうと言われますが、当然なんですよね。修行で得た能力は修行を怠って我欲に捕らわれたら失うのが当然のことだからです。

 特に武術の場合、直接的な戦闘能力を求めますから、その根底には「他人に抜きん出た力を得て優越感に浸りたい」という願望(邪念と言った方が正確か?)があるので、テキメンに人格が破壊されてしまいがちなのです。

 釈迦はマーラ(魔羅)に、イエスはサタン(悪魔)に瞑想修行の邪魔をされたと伝わりますが、マーラやサタンとは人間の無意識下に潜んでいる本能なんですよ。

 だから、どんな聖人君子のような善人であっても、修行していたら自分の深層心理に潜んでいた本能的欲望と対面することになります。

 まして、武術修行を志す人のほとんどが、「強くなりたい」と漠然とした願望を持っていますから、オツムがイカレるのも当然の帰結でしょう。

 仁平師範の場合、療法家でもあるから精神のバランスを保てているのかもしれませんが、ところが療法療術の世界というのも武術以上に危うい精神の人達が跋扈する魑魅魍魎の世界だという現実もあるんですね。

 まず、金の亡者になりがちです。

 そして、他者を精神的に支配したいという欲求にも押し流されやすい。

 いや、人間なんだから、そういう欲望はあって当たり前ですし、私はそれを否定したいのではありません。むしろ、そういう自分の俗なところを隠さない人のほうが健全だと思っています。

 でもね~、みんな嘘つくんですよ!

 聖人君子のように振る舞いたがり、周囲の取り巻きがそれを補強してカルト宗教みたいになっていくんです。

 宗教団体って、そうやってできていく訳ですよ。

 ただし、現代ではあらゆる活動がビジネスモデルへと転換されていきます。それが現代日本の中では社会的生存戦略となっているので、仕方がないとも言えるでしょう。

 私自身、武術と物書きの二足の草鞋で何とか食えている人間なので、心情的には楽しく武術に取り組んで、楽しく小説書いて生活に困らないだけの金が入れば何の文句もない訳ですが、世の中、そんな甘い気持ちでしのげる道理は無い!ということを痛感している訳ですよ。

 大石総教練は、「本気で武術で強くなろうと思うなら社会生活をかなぐり捨てて取り組む時期も必要じゃないですか?」と言うんですが、私は、そんな無責任なことは言えませんし、根本的に考え違いだと思いますね。

 武術、武道、格闘技にどれだけ取り組んでも、近代兵器で武装した敵には敵いません。

 ヤンキーの殴り合いや格闘技の試合のレベルで戦闘を考える人を戦場にほうり込んでどれだけの働きができるでしょうか?

 戦闘ということを真剣に考えていないと言うしかありません。

 私は、戦わねば生き残れないという状況でしか武術を使うつもりはありませんし、その場合はまずためらわずに武器を手にしますよ。

 よって、あらゆる武器を使いこなせるように練習しておこうと思っていますし、本来の武術とはそういうものだと確信しています。

 つまり、生きるため。自分と自分が大切に守りたいと思う対象を守る。そのための戦闘状況に陥った時の奥の手として武術に取り組んでいるのです。

「強いとか弱いとか、こいつ、いまだにそんな糞みたいなこと考えてんのか?」って悲しくなりましたよ。ね~、大石く~ん?

 先週土曜に橋本支部の稽古会に行って、北島師範だけだったんで、これ幸いと松田隆智先生が晩年に体得されていた発勁の打ち方を私が研究したやり方を細かく指導したんですが、松田先生が青木先生に打ってみせた時と同じように両手のひらで受けてみたんですけど、青木先生が「長野さん、これはやっぱり人に教えたりしない方がいいんじゃないかな~? こんなの受けたら内臓がぐちゃぐちゃになっちゃうよ。これは日本の武道には無い打ち方だね~」と言われたのを実感しました。

 直接、受けていたら、私は死ぬか半身不随になってますよ。それほど爆発的な浸透力が手のひらを貫通して腹に浸透してきたので、ぞぞっとしましたね。

 わかっちゃいたけど、本当に恐ろしい技だ・・・と。

 素手ですら、やり方によってはこれだけの殺傷力が出せる訳で、武術というものは本式に体得すれば腕試しなんか不可能ですよ。私は、この威力を前提にして技術体系を作っているので、今更、「強くなりたい」なんて漠然と考える人の認識を疑うばかりで、本心から情けなかったです・・・。

 例えば、もし自分がアメリカ人だったら銃を買いまくってコンバットシューティングの学校に入りますよ。そっちの方が武術よりずっと効率良く戦闘能力が高まる。

 で、銃で戦うのを前提にしている人が「どっちが強いか?」って考えますか?

 生存戦略の最も肝心な点は、社会の中で無事に生きて人生をまっとうすることなんですよ。極力、戦いを避けることが重要です。

 その上で、万が一に遭遇するかもしれない戦いに備えておき、必要な準備をやる!

 それが“平法”というものですよ!

 無邪気に武術談義に興じるのも酒の席だから許せるけれども、根本的な自滅の危険性について無自覚過ぎるのは、思慮分別が足りな過ぎると思います。酒の席だから本音が出てくるのでしょうが、武術とオカルトに耽溺し過ぎれば現実逃避になってしまいます。

 社会からスポイルされる危険性があることを自覚して「オカルトは隠す!」というのが賢明なやり方なんです。

 花見に参加していたある会員は「ついていけないな~」みたいな顔で先に帰ってしまいましたが、普通の人間にはついていけないのが当然なんです。

 うちの会員はみんな優しいから直接、注意しないけれども、オカルト話に辟易している人は少なくはないでしょうね?

 花見の翌日、月一で個人指導している時にあまり人には教えていないことを指導したんですが、私は本当にありとあらゆる武道や格闘技の研究をしてきて破り方を工夫しているので、強いの弱いと論じる人が、もう物凄~く馬鹿に見えて仕方がないのですよ。

 素手の技なんて、一発で殺す威力の無い技しか持っていない相手を恐れる必要はないし、第一、“人間は動けば必ず急所が開きます”。だから、最低、相討ちで死ぬ覚悟さえできれば、ボールペン一つで致命傷を与えることは可能なんですよ。

 この事実を自覚していれば、もう強いとか弱いとか論じることが、いかに馬鹿馬鹿しいことかが判ります。

 そして、武道とか格闘技とかの技術がいかに表面的な部分だけをクローズアップして普及されてきたのか?ということも自ずと解明されますよ。

 また、オカルトは何故、“隠秘学”なのか?ということも理解できるでしょう。


 私は研究家だから、そういう深い領域まで研究していますが、游心流は“一般の普通の人が取り組んで役立つもの”にしたいので、過度な訓練もしないし、最少限の努力で最大限の効果が得られる技術を教えたいと思っています。

 普通に生きている人にとって、武術のディープな修行をすることはマイナス面の方が大きいんですよ。

“縁なき衆生は度し難し”と言います。

 人間には、持って生まれた器量というものがあります。それはどんな修行でも超えられないと思いますし、適材適所で人それぞれが最も活躍できる分野がある訳です。

 仁平師範は武術と療術に類い稀な素質と才能が有ります。

 花見会の時も飲み過ぎて発作が出そうになったので治してもらいましたが、将来、日本一となるだろうことを私は微塵も疑いません!

 だから、仁平師範には自身は徹底的にディープな部分を極め尽くして前人未踏の領域にまで達して欲しいと思っていますが、それを安易に公開しないで、本当に伝承できる人を一人か二人でも選んで伝えていってもらいたいな?と思っています。


 結局、人間も自然の一部ですから、今、自分が生きている時代の要請で生まれてきているんですよ。間違いなく!

 私は彼に限らず、今の若い人達は自分の頃とはまったく能力値が違うな~?と痛感しています。

 縄文人の中から弥生人が出てきたようなものかもしれません?

 あるいは環境破壊が進んで人類が滅亡寸前になりかかっているから、その危機的状況を乗り越えるだけの能力がある“新人類”が誕生してきているのかもしれない?と、私は青木宏之先生と最近はよく話していますね?

 ただ、SF小説なんかでも新人類を旧人類が滅ぼそうとするストーリーがよくあるでしょう?

 オウム事件はそうした中で誇大妄想が高じた人達が起こした事件だったし、現実社会と対立する形ではなく、現実社会の中で徐々に改善させていくようにしないといけない訳ですよ。

 例えば、原発の危険性を訴えるより、原発より機能的で安くて安全なエネルギーを発明すれば問題は解決するじゃないですか?

 でも、世の中にはそういう研究をしている人は少なからず存在しても完成する前に潰されてしまうんですよね。

 そのためには、武術だの療術だのの狭~い世界の特殊な価値観に埋没してはいけないと思いますね。人類の本能には異質なものを排斥しようとするメカニズムがありますから。

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大阪支部の様子

 大阪支部も活動が始まりました。キヨタキ支部長は、相当、几帳面な性格で、詳しく練習内容について電話で報告してくれて、ビックリしましたよ。

 練習内容について報告してくれるのは横浜支部長くらいで、私も基本、好きにやってもらっているんですが、ここまでホウ・レン・ソウをする人は初めてですね。

 参加した滋賀の会員さんからも「内容が詳しく丁寧で感動しました! 定期的に通いたいです!」という絶賛の感想を戴いていたんですが、二回目は兵庫支部長のキシ師範も応援参加したそうで、キシ師範からも感想の電話がありました。

「いや~、勉強になりましたわ~。細かくノートにメモ取って教えたり、凄い勉強家で驚きましたわ~」と笑って話してくれました。

 理論的に納得できないと食い下がって質問してくるので、セミナーで一緒になった会員はウザがったりする人もいたんですが、指導者となると、その熱心さが最強の武器になるんですよね?

 やっぱり、武道が好きなんだよね~?

 好きな対象にガンガン、アタックする性格だと、成果は出ますよね?

 これはますます、大阪でもセミナーやらなきゃ~いけないな~?と思いました。


 さてさて、今度の日曜はお花見です。

 が、何だか、肝心の桜がさっぱり咲いてなくって心配になりましたよ~?

 例年より早いと言っていたのに、この寒さで咲くのが遅れて、例年より遅くなりそうですね?

 まあ、4月の中丹田セミナーの時のほうが見ごろかもしれませんね?

 うちの道場に来る道は桜並木でなかなか風情があっていいかもしれません。夜桜が特に奇麗で、ここ数年は、ここの夜桜を夜明け前に見物するのが楽しみなんですよ。

 もとから好きなんですけど、親父が桜が満開の季節に亡くなったので、余計に思い入れが強くなりましたね?

 今年は親父と母親の法事を一緒にするということなんで、4月の後半に久しぶりに帰省してきます。

 最近は兄貴が応援してくれるので有り難いです。

 とは言っても、私ももう54歳で、親父が校長をやっていた年齢ですからね~?

 精神年齢って小学生の頃からちっとも上がってない感じがするけど、肉体はきちんと年とっていくからね~?

 先日、六十代半ばくらいの人と初めて会って話していたら、私も同世代だと思ってらしたらしくて、ビックリされてましたね~?

 髪も髭もかなり白くなってるからね~。

 まあ、遺伝なんで、親父も若い頃から白髪頭で染めない方針だったんで、遠目から見ると老人と間違えられたりしてました。

 私、一回染めたら抜け毛がひどくてビビッてしまい、それ以来、染めてません。ハゲよりは白髪のほうが知的な感じがしていいだろう?とか思ったりしてますけど、白髪はハゲないと聞いていたのに、やっぱハゲるんですよ~?

 水道水の塩素がヤバイ!という話を聞いたので、シャワーヘッドを交換しようか?と思っている今日この頃です・・・。

 でも、54といえば明治時代なら爺さんですからね?

 それより、年とって肉体が衰えても武術の技は伸びるという事実がわかったので、年とることに対する恐怖心は薄くなりましたね?

 特に、今回の最新作DVD『化勁の極意』は、過去最高なんじゃなかろうか?と、自画自賛したくなりましたよ。

 私の理想とするヘドラの境地に近づきましたよっ!

“ヘドラの境地”とは何か?

「相手の攻撃が全然効かず、あまつさえ攻撃した側が勝手に自滅してしまう」というパーフェクトディフェンス、略して“PD”です!

 システマのぱくりみたいに思う人もいると思いますが、違います! 新体道のワカメ体操をぱくったのです!(って、結局、ぱくり?)

 そうっすね~?

 何が近いかと言えば、『刃牙』の郭海皇が駆使した消力(シャオリー)ですかね?

 ただし、化勁というのは本来、ただ防御にだけ用いる技術ではなく、「攻撃してきた相手を自滅させる」という点に戦闘理論がある訳です。

 今回はその点もかなり詳しく解説できました。

 だから、過去最高作になったかな?と思った訳です。

 何か、護身術とか防御法とか言うと消極的なイメージがあって内容がつまらないように思う人が多いんですが、実際はまったく逆で、武術の真価は護身術だからこそ!なんですよね。

 私が誰にも負ける気がしなくなったのは、発勁と同時に化勁を研究したからで、0インチ打撃がステージが上がったのと同様に、PDもステージが上がったからなんですよね。

 だから、大抵の武道や格闘技の弱点を躊躇なく攻めることができる訳です。

 その意味でも化勁の技術はシークレットにしないで広めたいですね?

 ちなみに、横浜支部の合宿に行っていた会員が日曜の稽古会ではガラッと技の切れ味が良くなっていて、ビックリ!

 栗原師範なんて還暦過ぎてるのに蹴りのシャープさと同時に重さがぐぐっと出ていて、たまげました。

 スゲ~な~?と・・・。

 私は武術やってきて本当に良かったと思うのは、人生の終盤に向かって、自分が向上していけるという希望が持てていることですね~。

 知は力なり!って言葉は文字通りなんだと思いますよ。

 武術とは、まさに“知識と知恵”がチカラになるものですからね?

ゼロインチ打撃戦闘法』を出した時は、「危険な技を公開してしまった・・・」という反省があったんですが、今回の『化勁の極意』で、それを中和することができました。

 是非、セットでご覧戴きたいので、割引セールは4月まで延長します!

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ついに縮地法を使う人が出た

 女子マラソンで“忍者走り”で大活躍したというのが話題になっていて、私も小説の師匠から感想を聞かれたのでスマホで見たんですけど、両手を振らずに垂らしたまま走るというのは、要するに、体幹部の重心移動を駆使して身体を進めていっている訳で、典型的な縮地法のやり方でしたね。

 腕を振らないことで上体のツイスト運動を制限し、胴体を前に押し出すようにして速力を出し、足はそれについていくだけ・・・。

 かつての“ナンバ走り”をより先鋭的に進めた感じでしたね。

 これは恐らくトレーナーの方が研究した結果なんでしょう。

 従来の腕と脚を大きく振ることで速力を出そうとする走り方は筋力の強化に頼った訳ですが、この走法だと筋力に頼らず胴体を押し出す時の体内の重心移動を速くすれば、理論上、いくらでも速力をアップできます。

 ただし、アップさせ過ぎるとストップさせるのが難しくなるので、一瞬で脚を破壊してしまいかねない危険性も出てきますね。

 下り坂を加速度つけて駆け降りていくようなものです。

 それでも、重心移動のエネルギーを駆使する運動理論が工夫されてきている証拠だと思えば、誠に結構なことだと思います。

 第一、見ていて実に面白かった!

 マラソンがこれだけ面白いと思ったのは久しぶりです。

 これは異種格闘技戦の面白さに通じますね?

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三月セミナー下丹田感想

 年が明けて早くも三月・・・。今度はお花見か~?という季節になってきました。

 さてさて、今月のテーマは下丹田です。

 が、やっぱり下っ腹ポコンとなるのが嫌がられたのか? 参加者はきわめて少なかったです。

 それでも、参加者が少ないと内容がディープになるのがジンクス化しつつあるものか?
 今回も濃度が高いセミナーとなりました。

 もうね。クビレがどうこう・・・なんて欧米に毒された美意識ではなくて、“アジアの身体”は“上虚下実”のどっしりした低重心体型こそがカッコイイのだ!というムーブメントを興してやろうかな~?と思う今日この頃で~す?

 え~っ、下丹田を養成するメリットなんですが・・・

1,度胸がつく。

2,性格がおおらかになる。

3,技の威力がアップする。

・・・と、まあ、こんなような効果が実感されます。

 昔っから「器がでかい」とか、「ハラがすわっている」「キモッタマが太い」といったように大人物を表現する言葉として伝わっているんですが、人間、動揺すると重心が上がって「地に足がつかない」状態になりますよね?

 だから、重心が低く落ちていることが大切なんですよ。

 私は、若い頃は“瞬間湯沸かし器”とあだ名を中国拳法の師匠からつけられたぐらい、すぐに頭に血が昇る性格だったんですが、今では滅多なことでは怒らない性格になりました。

 考えてみたら、下丹田ができてくるのに従って性格も変わっていったような気がしますね?

 周囲を見回しても、痩せている人は性格がギスギスしてて、太ってる人は呑気です。

 世の中、ゆるキャラ人気なのも、癒しが求められているからじゃないですか?


 え~っと、で、セミナーなんですが、今回はセミナー直後に重要な案件がありまして、さくっと終わらせなくてはならなかったので、後半は簡化24式太極拳をやって、個々の技の用法を教えるのを気ぃ狂ったようなスピードでババババ~ッと教えて、終わりっ!

 いつもなら終了後にファミレスでまったりと参加者と懇親会をやるところなんですが、今回は無しっ!

「さあ~、けえったけえった~!」と、追い出しにかかって失礼致しましたっ!

 その後、何をやったのか?というのは、まだ秘密!です・・・。

 いやぁ~、すんげえ一日でした~(汗!)。

 ちなみに・・・この日はセミナー後で零勁斬りに二度目の挑戦をしましたが、まだ一回しか成功したことなかったので自信はなかったんですけど、一発でスパッと成功しましたよ?

 何となく、「左手は普通に持って、右手は逆手にしたほうがいいのではないか?」と思っていたので試してみたんですが、どうやら、正解だったみたいです。

 十四年くらい前に、古武術ムックの取材で朝霞の林邦史朗先生の道場をお訪ねした時に林先生が実演してくださった逆手持ちでの試し斬りがこういう持ち方でしたね?

 あの時は、下から斬り上げられていましたが、試し斬りの達人である林先生の技を直に見れたのは財産になったな~?と、改めて思いました。

 零勁斬りをもっと磨いて自在に斬れるようになりたいと思います。

 あっ、余談ですが、先日、川保天骨さんの会社に打ち合わせで行った時に、自作の試し斬り台を見せてもらいました。

 台座と支柱を分離合体できるようにしたゲッター3みたいなゴツイ台で、川保さんもDIY精神があるんだな~?と思いましたよ。

 何か、今年は縁が広がって、本も何冊も出すことになりそうですし、「ガンバレ、俺」って感じですよ。

 皆さん、頑張りましょう!

 頑張ってれば、いつか成功のチャンスは巡ってきますよ~。


追伸;19日(日)は、ついに大阪支部の稽古会が始まります! 関西近郊の方は是非、お尋ねくださいませ。大阪支部長は、この日のセミナーにも参加していてやる気満々でした。游心流史上最短で指導者(二段)になりましたが、熱心さでは随一です。ちゃんとカタギの商売もしていますので、単なる武術バカとは違います(当初、みんな誤解していて、名刺貰ってビックリ仰天した)。セミナー当日も護身を考えて棒術・剣術・ナイフ術を指導してくれと申し出ていたくらいです。私も大阪に行く機会が増えたので、また大阪セミナーもやってみようか?と考えています・・・。

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三月は下丹田

 月例セミナー三月のテーマは下丹田です。

 下丹田とは何か?と言うと、種々様々な解釈がありますが、私の解釈は、骨盤の球状中心に発生する膨張する腹圧の感覚としています。

 つまり、ハラとコシの感覚を融合した腹圧の感覚です。

 この感覚は、妊婦の感覚に近いとも言われますが、男の私にはピンと来ません。

 ただ、東洋医学では“上虚下実”と言われて下っ腹がポコンと出て胸が凹んでいる状態を理想とする考えがあり、西洋の理想とする腹が締まって胸筋が張っているギリシャ彫刻のような肉体とは逆になっています。

 日本も近代化される中で西洋的価値観を上位に置くようになっているので、“上虚下実”の身体は見苦しいものという美意識が優位になっていますが、伝統的武術や武道の修行者には“上虚下実”の身体を「練度が高い(内功が凄い)」と称賛する場合もあります。

 私は若い頃はブルース・リーみたいな身体に憧れて細マッチョな身体だったんですけど(誰も信じてくれな~いっ!)、30頃から太極拳や合気武術を好むようになって体型が変わっていき、現在はサモハン・キンポーみたいになってしまいました。

 若い頃はそんな体型は見苦しいと思っていたんですが、いざなってしまうと、何かもう、痩せたいという欲求が薄れていって、「まっ、いっか?」という感じになってしまいましたよ。

 何でか?というと、“技の威力が格段に上がった”から。

 ほら、「ハラから力を出せ!」とか「コシで打て!」とか昭和の指導者はよく言っていたでしょう?

 つまり、腹回り、腰回りの太さは手先に力を伝える場合に出力の大きさに直結するんですよね?

 ただし、単純に太ってしまうと全身の連動を阻害してしまうので動きが鈍重になってしまうのですが、腹・腰から力を送り出す全身連動の身体操法を実施する場合、体幹部の太さは最初の出力値を大きくするので出せる力もより倍加されるという訳。

 その上、逆腹式呼吸で瞬間的に腹圧を掛けると爆発的に威力を圧縮解放させることができる・・・というのが発勁の極意となる訳です。

 だから、伝統的な武術家は上虚下実の身体を尊ぶのですね? 実用的な意味で。

 かくして下丹田を錬成する修行法は様々に考案されてきました・・・。

 八段錦、易筋経、藤田霊斎の丹田呼吸法、岡田式静座法、肥田式強健術、戴氏心意拳の丹田功、那覇手系の三戦・・・いろいろ有ります。

 私が興した游心流武術健身法では“丹田歩法”と名付けた歩法訓練で下丹田を錬成しています。

 歩法で訓練するという方法はあまり知られていませんが、例えば、八卦掌の走圏の下盤勢での練功は下丹田の錬成に最適でしょう。

 私は、能の歩法を参考にしてこれを作りましたが、当初は下丹田の錬成を目的にしたのではなく、仙腸関節の微動を得るための訓練法として考えたものでした。

 ところが、実践して30分くらいすると、その場で下腹が膨張してくる感覚があり、自然に腹圧が高まったので驚いてしまいました。

 普通、いかなる下丹田の錬成訓練を行っても、実感を得るには毎日30分やったとしても何カ月かの単位は要します。

 それが、その場でゴゴゴゴ・・・・ッという具合に下っ腹が張ってくるなんか信じられませんでした。

「なっ、なんじゃ、こりゃあ~?」という感じですよ。

 その後、10年以上研究して理論的に整理しましたが、游心流で真面目に通って練習しているかどうか?は、下っ腹がポコッとしているかどうか?で判明するくらいになりました。

 無論、感覚的に鈍くて自分では認識できていない人もいますが、客観的に見れば全然、違います。

 これを書いている日の日曜の定例稽古の時も、参加者は小塚・栗原・田中の三人だけだったんですが、教えたそばからグングン技が変わって変幻自在に動いていて、教えた私が「えっ? 今、どう動いたの?」と思うくらい達人クラスの動きが勝手に出てきていました。

 批判を覚悟で正直に申しますが、今現在、武術の研究でうちが最先端であろう?と思っています。

 秘伝・極意の技をメカニズム的に解析し理論的に体得する方法を研究しているという意味において・・・です。

 それは、試行錯誤を繰り返して流派の境界を超えて“技”は“技”として抽出して分析しているからです。

 この日は基本に戻って太極拳推手のDVD教則本を参考にしてみたり、先週、大阪の賢友流本部に出版の打ち合わせでうかがった時に小耳に挟んだ賢友流の歩法を試したり、居合術の裏技として伝わる暗殺用秘剣を教えたりしました。

 最近は常連会員も仁平師範の刀功門に通ったり、山田師範のセミナーに参加したりしているので本部稽古の参加者は減っているのですが、人数が少ないと研究が進む?という逆転現象が起こって苦笑せざるを得ません。

 常連会員はみんな知ってることですが、私は基本的に質問しないと教えない人間なんですよ。

 大阪支部長が急激に伸びたのも、はっきり言って、質問魔だったからですよ。

 だから、人によって差がつきます。

 何年も通っているのに伸びない人がいたりするのも、その人が私にさっぱり質問しなかったから・・・ということだったりするのです。

 ところが、よその団体だと生徒が師匠に安易に質問することを禁じているところもあるのだとか? だから、質問しないのがお約束みたいになっていたりもするのだとか?

 馬鹿馬鹿しいですね?

 習いに行ってお金も出しているんだから、たくさん教えてもらった方が得じゃないですか?

 教える側だって、お金もらってるんなら教えないと詐欺ですよね?

「何を質問すればいいのかわからない」と言う人もいます。

 言葉にできないのなら、「技をうまくできないんですが・・・」と言ってくれれば、ちゃんとできるやり方を教えますよ。

 月例セミナーは単発参加の人は一万円も取っていますし、地方から何万も使って来る人もいます。お金は無駄にしないでください。

 私は満足して“おなか一杯”になって帰ってもらいたいので、皆さん、遠慮しないで質問してくださいね?

“日本で最も武術について何でも教えてくれる道場”を目指してますから!

 ただし、悪用しそうな人・礼儀を弁えない人・精神を病んでいる人・・・などの人には教えられません。

 私が教える技はまともに使えばビックリするほど簡単に人を破壊してしまえるので、人柄だけは確認します。

 武術は護身のための術ですから・・・。


追伸;遅くなりましたが、三月のDVD割引セールは、今年最新の新作『化勁の極意』とします。前作が攻撃技の極意たる0インチ打撃についてだったので、「打撃技、特に0インチ打撃に対して無力化する防御法」をテーマにしたいと思っています。これまた、あまり公開したくはないんですが、危険性の高い攻撃技を発表した以上は、それに対抗する防御法も発表しなければならないな~?と思った次第です。何か、矛と盾で、矛盾しているみたいですけど、大切なことですからね? また、いつものように三月中に申し込まれた方は2万円のところを1万5千円(税込み)とさせていただきます。原理的にはシステマっぽくなってしまうんですが、恐らく、システマでもやらないであろう?という誰でも簡単にできるやり方も収録しますので、御期待ください。

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武器の修理

 私は武術研究の一環として、稽古に使う武器類を改良したり、時に自作したりもするんですが、これは小学時代の図工、中学時代の技術家庭の授業以来、DIY好きであるということも手伝っています。

 材木削って木刀作ったり、竹を削って弓矢を作ったりもしていましたが、Gunマニアになってからはエアガン、ガスガンのカスタマイズをするのが趣味でした。

 それが高じて、今では真剣の外装を自作したりしている訳です。

 まあ、練習で模擬刀を使っていると、鞘の鯉口が擦れてユルユルになったり、速く抜刀しようとし過ぎて鞘が割れるなんてこともあります。

 日常的に稽古で使う道具をいちいち武道具店に修理を頼むのも面倒だし、お金もかかりますから、刀身が折れるとかは別として、多少の破損は自分で直せるようになるべきだと思っています。

 が、どうも、うちの会員さんはブキッチョな人が多いみたいで、破損した模擬刀をそのまま使っていたりする・・・。

 見かねて、私が預かって修理するという機会が結構あります。

 鞘がボロボロだったから塗り直したとか、鯉口に薄板を貼ったりとか、割れた鞘を強化して直したとか・・・そういうこともやっています。

 先日も、超至近距離から抜く暗殺秘剣術を教えていた時に、北島師範が速く抜こうとし過ぎて鯉口を破損させてしまいました。

 この模擬刀は二尺六寸近くある長めの刀で切っ先も大きく重量もあるので、速抜きには適していないんで、「誰か壊すかも?」と予想していたので、しょうがないか?と思いましたね。

 鞘も二つ繋げて作っているので、ちょっと脆弱だったんですが、そちらは壊れなかったので、ほっとしましたね?

 破片もあるので、修理と同時に少し強化しておこうと思います。

 また、ついでに、取っ手が壊れかかっていたトンファーも持ち帰って修理しました。

 クサビが抜けていて、木の釘で固定してあったんですが、それが中で折れているらしく、ガタつきがあったので引っ張ってみたらスッポリ抜けてしまいました。

 この状態で振っていたら危険でしたから、丁度良かったです。

 まず、薄い板を切ってクサビにし、折れた木釘を取り除くのに、木釘自体に錐で穴を開けて貫通させました。

 アロンアルファを適当に塗ってから取っ手を挿入し、錐で開けた穴には軟鉄の細丸棒を差し込んで固定し、余った部分は金ノコで切断してヤスリで馴らしました。

 これでブンブン振り回しても大丈夫!

 トンファーはアメリカの警察のポリスバトンにも採用されているぐらいですから、熟練すると非常に機能的な武器です。

 琉球古武術特有の武器だと日本では思われていますが、同様の武器は中国にもタイにも、アジア各地に伝承しています。

 ジャッキー・チェンの映画では度々出てきますが、『拳精』や『龍拳』は必見です!

 琉球古武術といえば、圧倒的にヌンチャクが有名ですが、トンファー・棍・拐(ウェーク)・釵・鉄拳・スルヂン・ティンベー・ローチン・二丁振鎌といった武器術も伝承しています。

 中国も剣・刀・棍・槍を代表に、三節棍や双節棍(いわゆるヌンチャク)、(十三・九・七)節鞭、硬鞭、戦斧、圏、鉞、点穴針、峨嵋刺、双鉤、蛇矛、青龍偃月刀等々、多種多彩な武器(兵器、あるいは器械と言う)があります。

 日本の古武術も実は膨大な武器が伝承しているんですよ?

 だから、武術の研究は武器の研究を避けて通れないんですよ。

 現代武道のイメージで考えると皆目、理解できない。それが武術の真相なんです。

 例えば、素手で闘うものだと思って古流柔術を習ったら、棒、薙刀、槍、刀、居合、手裏剣と習うハメになって面食らってしまった・・・なんて話もあります。

 素手で試合するイメージそのものが、近代国家となった日本が海外のスポーツ教育によって洗脳された実例なんですよ。

 戦闘術としての本来の姿をめくらまししてしまった訳ですね。

 だから、私は武器を極端に嫌がる人には「だったら、お前は武術なんかやるなっ!」って言いたくなるんですよ!

「空手は徒手空拳の武術である」という建前が拡大解釈され過ぎて、洗脳されてしまった結果だと思いますよ。

 空手の古式の言い方は「唐手」。つまり、唐の国の武術であり、当然ながら多彩な武器術も伝承していた訳です。

「琉球の武士が武器を取り上げられたから素手で剣に対抗するために手を工夫した」という説がもっともらしく言われていますが、これは完全な誤説ですよ。

 源流が中国伝来であることは明々白々です。

 戦後、文化的に日本民族を精神的に去勢して戦闘をイメージさせる武器に対する拒否反応を刷り込みした訳。

 本来の日本人は勇猛な戦闘民族だったのに、現代の日本人は殺されても戦わないような似非平和主義者が圧倒的に多数派になっているでしょう?

 武道の母国だなんて威張っても、意味がないんですよ。

“武道とは何か?”をきちんと説明できる人なんか、ほとんどいないんですから。


追伸;毎年恒例のお花見会は、今年は4月2日の日曜日に実施します! 午前10時半に淵野辺駅改札前に集合して、鹿沼公園でやります。雨天の場合は道場で実施しますので、普段、御無沙汰している会員の皆さんもおいでください! また、この日は初の支部長総会も実施しますので、支部長はできるだけ御参集ください。游心流も結構、所帯が大きくなってきたので年に1~2回は支部長総会を開催して活動方針などを定めていきたいと思います。宜しく!

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二月セミナー“軸”感想

 二月セミナーも楽しく終了しました!

 雪が降ったりするかな?と心配だったんですが、当日は快晴で、人数も先月よりちょっと増えました。

 セミナーの前に稲吉先生が「武術の世界のしきたりを教えてください」と来られていて、私が体験的に認識してきた武術業界の常識?についてお話しました。

 どんな業界でも、その業界特有の慣習みたいなものはあります。

 芸能界、ヤクザ業界、政界、経済界、教育界・・・部外者からすれば、「何それ?」みたいな不可解で不合理で不条理で馬鹿馬鹿しいと思えるようなこともざらにあります。

 私も若い頃は「何それ? 阿呆臭っ!」と思って無視してきたものでしたが、あまりにも軋轢を生み出してしまうので、“仕方がない”と思って守るようにならざるを得ませんでしたね?

 もう、何が正しいとか何とかの話じゃないんですよ。

“お約束”として守らないとハブされたり嫌がらせされたり悪い噂を広められたりする訳なんですよ。

 そこには嫉妬や憎悪、偏見といった感情が介在していたりするので、もう本当に気持ちが悪いヘドロ沼のようなマイナスの想念の温床となりがちなんですね。

 特に業界で目立つ人はそういう連中のマイナスの想念を向けられてしまうので、仕方がない!

 けれども、目立ちまくって第一人者になってしまえば、出過ぎた杭は打ちたくても打てなくなる?ものらしくて、周囲が強力に護ってくれて安泰になります。

 ところが、問題なのは、第一人者が正しいとは限らない点なんですよ。

 人間は神様じゃありません。

 だから、全てに於いて完全な人はいない訳で、武術業界でも腕前は一流なんだけれども社会性がOUTな人とかざらにいたりするんですよ。

 うちの仁平師範は、「理論が破綻していれば、いずれ綻びが出て自滅しますよ」と言っていたんですが、私は、「いや、間違っていても支持者が増えれば持て囃されてそうそう滅びないもんだよ」と言いました。

 毎度、例に出しますが、甲野氏がその代表格ですよ。

 あれだけ嘘つきまくってて実力(戦闘力ね?)も皆無なのに、いかにも凄いことやってるように見せるパフォーマンスと独自の弁論で、未だに多くの支持者を集めていて、世間的にも武術の第一人者だということになっていますよね?

 私に言わせれば、“世紀のブラックジョーク”としか思えませんが、要は、「何か神秘的なものに憧れる人間の潜在的願望を上手く利用して売名戦略を駆使して自らのポジションを確立した能力だけは優れていた!」ということなんですよ。

 武術というよりは新興宗教に近いですけどね?

 神智学のマダム・ヴラバツキーとかも詐欺で捕まったりしてるんですが、信者にとってはモーマンタイ! 「陰謀だ!」となったりするんですよね・・・。

 実際に陰謀で潰されかかった例も歴史上にはありますから(例・大本教の弾圧)。

 いまだにオウムを信じる人達だって同じじゃないですか? 「世間の評価は関係ない。私が信じれば本物なんだ」という心理メカニズムなんですよ。

 信じるかどうか? それだけの話です。

 実際の薬効がない偽薬で治るプラシーボ効果って、要は催眠なんですよ。

 そして、催眠というのは究極的に信じれば不治の病も治せると言われます。

 それこそ「信じる者は救われる」という言葉の本当の意味ですよ。

 だけど、現代の科学的医学の考えでは、薬理効果がある成分が治すのだという大前提で考えるから、催眠で治る原理は肯定されていないでしょう?

 しかし、催眠とは原始の頃の“呪(まじな)い”や“祈り”を科学的に表現したものなんですよ。科学的には全然解明されてはいません。

 メスメルの動物磁気説以降に催眠術が心理療法として研究されるようになったと考えられ、それ以前は魔術の一種みたいに扱われていた訳ですよ。

 飛び加藤と呼ばれた戦国最強の忍者、加藤段蔵が西方伝来の牛呑術を演じてみせたりしたのが今日で言うところの催眠術なんですよね?

 強固な催眠(自己暗示)によって自然治癒力が最大限に活性化されていく結果として難病をも治癒できる・・・という現象は充分にあり得ることだと思いますよ。

 それでも、肉体の寿命というものは厳然とありますからね。信じれば死なないとか言ってたら完全なキチガイ。何か、昔あったな~? ミイラ化した遺骸が蘇ると言ってた人達・・・?

 武術を修行している人の中には霊能に目覚める人も少なくありません。

 それは、武術の稽古システムの中にヨーガや仙道などの霊性開発システムが組み込まれているからです。

 だから、意識的にか無意識的にかは問わず、いつの間にか霊的気質になってしまう人もいます。

 青木宏之先生がその典型例でしょうし、友寄隆一郎先生もそうでした。

 松田隆智先生も憧れがあったようでしたね?

 でも、青木先生も友寄先生も松田先生も霊能力とは一線を引いて冷静でしたね。舞い上がって万能感に犯されていたりしなかった。

 私はどうか?というと、別に憧れはありません。徹頭徹尾、リアリストなんで。

 ただし、オカルトはネタとして大っ好きですね? 面白いから。

 ほら、私みたいに小学生の頃にTVの特撮物やアニメばっかり見て育った人間にとっては、怪獣はUMAで、星人はエイリアン、ショッカーや死ね死ね団は秘密結社なんですよね?

 幽霊は心霊動画で、妖怪は・・・やっぱり妖怪なんですよ。

 怪しい都市伝説はリアルなファンタジーなんですよ!

 歴史や社会の闇を照らすのがリアル・ファンタジー!

 私は、そういう隠されたものを解明していくのが楽しくってたまらない訳で、フリーメーソンやイルミナティーなどの秘密結社の世界支配戦略みたいな話は三十数年前から知ってましたよ。その頃、膨大に本読んでたので・・・。

 普通の人は、“秘伝(秘儀)”を有り難がって神秘的なものとして信仰するんですけど、私はどうしても解明したくなるんですよね。

 ほらほら・・・一般の武道や格闘技をやっている人達って、「発勁なんて眉唾」「合気道や中国武術は型だけで弱い」と強固に信じ込んでたりするでしょう?

 浅~い、現実主義者! 上っ面の常識を信じて疑わず、偏見に凝り固まっていて、すぐ思考停止する愚か者!

 はっきり言って、無知で馬鹿で頭が硬直化してるとしか言えないんですけど、現実に「発勁ができる」と嘘(というか誇大妄想)つく人がいたり、全然戦い方を知らない合気道や中国武術の修行者が多いのも事実なんですよね。

 そういうイカレポンチしか見たことがなければ、仕方がないのかもしれませんね? 何しろ、私も20代まではそう思った時期もありましたからね。

 でもね。自分ができるようになっちゃって、人にも教えて体得できるようにしているんだから、これはもう神秘でもなんでもなく、単なる技術。理解しているかいないかの違いでしかないんです。

 セミナー翌日に個人指導したIさんも、既に自分ができるようになっているのに、「発勁ができるように・・・」といまだに言うので、ミット持って打たせてみたり、サンドバッグ打たせて、ちゃんと体得できてることを確認させました。

 太極拳の按と、形意十二形拳の馬形拳を教えました。

 発勁の問題点は、筋肉に頼らないので、“打ってる”という身体感覚が乏しく、「これで本当に威力出てるのかな~?」と疑問に思える点ですね? 体得しても自覚しにくいんですよ。

 私は実地に沢山試しているので疑問に感じないんですけど、仲間内でやるだけだと、これで本当に通用するんかいな?と思ってしまうのもわからなくはありません。

 打たれてみないと本当の怖さも判らないし、かと言っても、事故死したりする危険性も普通の打撃技よりずっと高いので、あんまり試せないですからね。

 私も、「やべぇっ? 殺しちゃったか?」と慌てたこと何度かあります。本当に発勁は恐ろしい技ですよ。実験で打たせてみた時は死ぬかと思ったし・・・。

 秘伝にしたのも当然でしょう。

 だからと言って、「そんなものインチキだ」と言う連中には我慢なりませんよ! 松田先生が亡くなられた今、「俺が中国武術の名誉を護ってやる!」と思ってますもん。

 シーラカンスやダイオウイカだって、「そんな怪物は実在しない」と言われていて実物が発見されたら当たり前になっていますよね?

 決めつけたがる人間がバカなんですよ!

 松田隆智先生も、「発勁なんて怪しげな嘘を吹聴する人間がいると批判されたものだったけど、批判していた当人が中国で体験して発勁のすごさに感動したなんて書いてるんだからな~? 笑っちゃうよ」と言われていましたね。

 私も、「発勁なんて怪しいことを言う」なんていまだに言ってる人達を見ると、ウンザリしますよ。本当に無知過ぎる!

 ファンだった『修羅の門』に乗れなくなったのも、そこなんですよね~。作者が中国武術のことを知らな過ぎ! 『史上最強の弟子ケンイチ』や『ツダヌマ格闘街』(事務局注  ツマヌダ ですね)の作者みたいに勉強しなきゃ~ダメですよ!

 作家は読者以上に知識がないといけません。プロに及ばないのは仕方ないけど、ちょっと取材したら解るようなことを自分のイメージ(先入観)だけで書いていたらいかんのですよ。

 無空波なんて、よくぞ考えたな~?と感心したものでしたけどね・・・。

 ただし、武術の世界は誇大妄想的な話を吹聴している人間が多いのも事実です。他人の言うことはまったく信用できません!

 だから、自分ができるようになればいいんですよ! 自分ができたら、嘘か本当かの区別はつくじゃないですか?

 だから、はっきり言って、「発勁を体得したかったら私のところに来なさい! 責任もって、できるように教えてあげます!」と宣言しておきますよ!

 ただし、悪用しそうな人間には教えません! 事件起こしたら教えた人間にも責任が生じるでしょう? イタズラ小僧にフル装填のマグナムガン持たせるようなもんですから。

 木曜隔週のメイプルホールに来られる格闘技や中国武術学んでいた人には発勁や他流破りのやり方を教えたりしていますが、「先生、こんなこと教えてもらっていいんですか?」と逆に恐縮されていましたけど、ほら、真面目に通っている人なら人柄も確認できますからね?

 当然ながら、危険性の高い技は一般には公開しないし、DVDもバカ高いでしょう?

 それでも、「これは流石に広まったらマズイよな~?」と思う部分はカットしますし、前回のDVDは、ちょっと出し過ぎたか?と反省しているのでお蔵入りにするかどうか?と検討しています。

 それでも、ある程度までは本当のことを公開していかないといけないと思ってるのは、もうね~・・・あまりにもいい加減なこと言う人が多いから、私が真実を広めていくしかないな~?と思っているんですよ。

 それに百の論よりも、本当にできる人間を何十人何百人も育てていけば、だれも文句言えなくなるでしょう?

 武術の真実はたった一つだけ!

 それは、“自分ができることだけ”なんですよ。

 どんな有名な実力者に習おうと、自分が未熟なら意味がありません! むしろ、尊敬する師匠の面子を潰すだけですよ。

 例えば、先日、下田愛璃さん岩下めぐみさんと久々に会ったんですが、弟子を見れば教えた師匠のレベルが判ります。秋本つばささんが、どういう指導をしてきていたか?というのが弟子を通して見えてくるんですよ! そんじょそこらの女子高校生とは全然違うもん!

 私も北島師範や小塚師範や仁平師範や栗原師範や山田師範や来住師範を誉められたほうが鼻が高いんです。だから、大阪支部も楽しみなんですよね~。

 たとえ、彼らが私のところから離れていったとしても、活躍してくれているなら、やっぱり嬉しいと感じるでしょう。


 さて・・・セミナーの感想を全然書いていませんね?

 まあ、いつもの通りで特別に書くこともないんですけど、大阪支部長がぐぐぐぐっと伸びてきていて、「人間、やる気になると短期間でここまで変わるものなのか?」と、ちょっと感動しました。

 八極拳の使い方(冲捶から頂肘への応用変化交叉技)や六合大槍の基本操法とか指導したんですが、徒手格闘術の素養があるので、非常に飲み込みが早いです。

 仁平師範が靠(鉄山靠)を実地指導すると、大抵の人は仁平師範のぶちかましにピューンと飛ばされるんですが、彼は当たり負けしておらず、揚げ句に仁平師範が跳ね返されるというビックリなシーンまで見られて、皆、唖然としておりました。

 日頃から警察や自衛官の猛者と練習したりしているだけあって、大したものだな~と感心しましたよ。

 それと彼の偉いところは自分がボコられたりした話も平気で言えることです。格闘技系の人達は練習でそういう体験は無数にしますからね。当たり前なんですよ。

 だから、うちに来る人達でも最も人格的に謙虚で正直なのが極真空手や格闘技の経験者で、最も舞い上がって勘違いしているようなのが合気道や中国伝統武術の経験者?

 人間、痛い思いをしないと人格は磨かれないのかな~?

 ところで、仁平師範は会う度にどんどん変化していっているんですが、以前はリアル刃牙みたいだな~?と思っていたんですが、今回はリアル・バビル二世みたいになってましたよ?(苦笑)

 いや~、彼の治療術は最早、整体でもなくなってきていて、心霊治療のホセ・アリゴーか?って方向に向かっていましたね。

 これ、人に教えてできるようになんのか?って疑問ですけどね。

 彼の教えている内容は游心流とは別ですから、皆さん、誤解ありませんようにお願いしますね。

 ただ、いい機会なんで、今回、彼には私の秘蔵愛刀一振りを進呈しました。ほぼ直刀の刃渡り二尺四寸くらいの刀です。彼が「反りの無い刀のほうがいいですね」と言っていたので・・・。

 真っすぐな刀って気の通りがいいんですよね?

 以前、持たせた時に凄く嬉しそうな顔してて、「あ~、この刀は仁平さんと相性が良さそうだな~?」と思っていたので・・・。

 鐔の代わりに木ではみ出し鐔風に作っているんですが、彼が鬼をデザインした面白い鐔を持っていたので、それを付けてみたらいいのではないか?と・・・。

 ちなみにこの刀は二本目釘にしていて、竹の目釘と真鍮の細棒を削って作った目釘も入れています。

 拵えを作り直してみようか?とも思っていたんですけどね?

 稽古用に三尺越え長刀作ったり、槍の鞘作ったりしていて、何か職人魂が目覚めてきつつあるんですけどね~?

 私の前世は武器職人かもね?


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二月セミナーは軸の確立

 いろいろと仕事上の事情がありまして、通っている小説講座でミニ演武をやらせていただきました!

 まともな演武をやるには、やはり受け手がちゃんとしていないとダメですから、当日は北島師範小塚師範に見学と称して講座の席にも来てもらいました。

 小説講座に通っている人達は、基本的に元文学少年少女?ですから、体育会系、わけても武道など夢にも習ったことがない人がほとんどです。

 けれども、作品を書く場合は、時代劇ならチャンバラ、現代ミステリーなら警察官や犯人の銃撃といったシーンは必須ですから、皆さん、興味はなくともそれなりに調べて書いていたりする訳です。

 けれども、やはり経験が無くて資料だけから想像して描写するのは限界があります。

 どれだけ調べてみたところで情報だけからは判らない面が少なからずある訳です。

 それで、私のようにその方面の知識と経験が豊富な人間はプチ講師?のようなポジションになる場合が多かったんですね?

 そういう次第で小説講座の先生のツテでいろんな作家の武芸考証を頼まれるようになっていった訳で、そこからさらに自分も作家デビューしようとしている訳ですね?

 一応、これまでゴーストライターも含めて20冊以上は本を出せている訳ですが、小説に関しては初心者ですし、そもそも文芸修行らしきことを若い頃にやっていなかったので、50の手習いみたいに、現在、勉強中なんですが・・・。

 理由は書けませんが、今回、演武したのも私がやっている武術がどういうものなのか?を理解してもらうには目の前で実演解説するしかないと思ったからで、講座の先生にも許可をいただいて講座の終わり際に、無刀取り・合気系統の護身術・合気揚げ・突き蹴りを丹田力で弾き返す!というのをやらせてもらいました。

 結果は上々。予想していたより好評でした。

 私、見た目がアレだから、実演するまで「この人、本当にできるの~?」と疑いの眼差しで見られることがほとんどです。

 ほら、口では立派なこと言っても、実際にはまったく戦えないような人も最近はいますからね?

 私も見た目に全然、説得力が無いので、やって見せるか、実際に手合わせするまで理解してもらえません。

 でも、武術の有り難いことは、50過ぎても技はどんどん伸びていけることですね?

 正直、ルール無用なら負ける気がしませんもん(豪語?)。

 ただし!

 ルール設けてきちんとした試合やったら全然弱いと思いますよ。自信ない!

 過去に何度か負けましたからね~。やっぱり、餅は餅屋。専門にやっている人には敵いませんよ!

 特に体力の衰えはいかんともし難いですな~?

 100m全力ダッシュしたら私は死ぬと思いますよ?

 まあ、世の中には80過ぎて毎日何kmも走ってる妖怪爺さんも実在しますが(笑)。

 でも、私は年齢相応に肉体が衰えていっても戦える技を研究しているので、年々、直実に技能アップしている実感はあります。

 2/1で満54歳になりましたが、去年と比べても今のほうがレベルアップしていると思います。

 この感覚は向こう十年は当たり前に続くと思います。


 さてさて、二月の月例セミナーは“軸”です!

 中芯軸・側軸・無数の軸の設定・・・といったことを過去に発表してきましたが、今年も最新研究成果を発表したいと思います。

 つまり、「軸を確立することで軸を消して動く」「自在に軸を体感して操作する」「相手の軸を洞察し操作する」・・・といった事柄を具体的な技の展開で指導しようと思っています。

 そもそも、私が体軸の研究を始めたのは、今から三十年ほども逆上ります。

 中国武術の「立身中正」や合気道の「中心軸」、剣道の「正中線」といった言葉から追究し、能やクラシックバレエ、フラメンコ、パントマイム、前衛舞踏、コンテンポラリーダンス、あるいはヨーガや仙道、気功、各種健康法の研究をするに至ったのです。

 そも、人間が霊長類と呼ばれるのは、直立二足歩行をするようになって天地の軸線に背骨と脳が連なったことから異常な進化を果たしたのではないか?

 それはヨーガのクンダリニーの理論から類推した仮説でした。

 小用茂夫先生が刀禅を創始されたのも、長年の伝統武術の探究の果てに重力を利用する武術の理論に気づかれたからなのではないかな~?と私見します。

 武術が格闘術の範疇に留まらないのは、ひとえに、人間の心身機能の進化の鍵が潜んでいる点にあると私は考えています。

 なぜなら、単純に戦闘に勝つだけならば、軸の確立などは意味がないからです。

 むしろ、見方を変えれば狙うべき弱点を晒してしまうことになりかねません(この点はセミナー時に詳しく解説します)。

 それでも、東洋のいろんな行法が秘伝として伝え、神智学を通じて欧米にも広まっていった“軸”の概念について、今回は時間が許す限り、詳しく解説してみようと思っています

追伸;前述したように、今月は私の誕生月でもありますので、少々遅れましたが、DVDの割引セールは、「どれでも二枚買った方は合計額の半額」ということにしたいと思います! 「この際だから、アレも買っておこうかな~?」と思う商品がある方は是非、ご利用くださいませ。

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アルミって硬って~?

 会員の抜刀訓練用にと思って、三尺三分くらいの長寸の居合訓練刀を自作しようと思って、町田の東急ハンズでアルミの1mの平板を買ってきていたんですが、毎晩、金ヤスリでガシガシと削って切っ先や刃側の形を成型したり、柄に納まる茎(なかご)を削り出したりしていたんですが、錆び錆びの透かし鍔や美術刀の柄を嵌めて、ハバキは真剣の短刀に付いていた木製のハバキを流用することにして、これに銅テープを貼って“銅着せ”?のハバキにしました。

 実際のハバキは白銀師という専門職人が居て、銅や真鍮、銀で作ったりするんですけど、薄い金の板で包む“金着せ”という技術があるんですね? それで真似てみた訳です。

 鞘用の板材も買ってきたんですが、90cmまでのしかなかったので、ちょっと、切っ先がはみ出てしまいます。この部分は鐺でもあるから硬い材質のものを繋ごうかと思います。

 茎の部分が9cmと短くなってしまったので、振った時に強度的に大丈夫かな?とは思ったんですが、アルミで軽いから問題なさそうでした。

 もっとも、個人指導している会員さんに持たせたら、「うわっ、重いですね~? 僕の持ってる居合刀より重いですよ」と言うので、あれっ、そうなのかな?と思いましたが、やっぱり三尺越えた刀だと真剣だったら2kg以上になったりするし、アルミでも定寸の居合刀よりは重いのかな~?と思いました。

 過日、セミナーに参加された古武術を学ばれている方から三尺三寸の居合刀を抜かせてもらったんですが、非常に軽く感じました。

 刀身の材質と刀の重心バランスの問題でもあるんでしょうね?

 実は、この方といろいろ話していて、居合術の原点は大太刀抜刀だよな~?と直感したんで、自分でも練習して会員にも練習させたいと思った訳です。

 三尺二寸一分の真剣も持ってはいますが、これは重過ぎて稽古に使うのは無理。私の個人的練習にしか使えません。

 会員にやらせたら鞘を割るか怪我するかのどっちかでしょうし、鞘を作り直さないと、ちょっと使えません。

 で、三尺越えの模擬刀を買おうか?と思ったんですが、10万~20万くらいしちゃうんですよ。

 そんな時に東急ハンズで見て回っている時に、自分でも作れるんじゃないかな~?と思った訳です。

 折しも、『唖侍・鬼一法眼』が始まり、若山先生の三尺の長剣居合を見て、益々、その気になりました。

 やっぱ、刀は長いのが映えますよ!

 鞘無しの状態で、ほびっと村の講座にも持っていきましたよ。

「後は茎に穴開けたら完成だよ」って言っておいたんですが・・・(ガ~~~~ン)。

 翌日、個人指導の前に道場でドリルで穴あけようとしたんですが・・・さっ、刺さらん?

 以前は問題なく貫通していたドリルが全然刺さらないんですよ?

 少し丸く削れるけど、それ以上、いきません・・・。

 ドリル刃がへたってるのかもしれんと思って、“ステンレスも削れる驚異の切削力”と書かれている千円越えのドリルビットを買ってきて最挑戦したんですが、やっぱり無理。

 ステンレスより頑丈なアルミって・・・?

 これはもう大工仕事用のドリルじゃなくて工業工作用の機械でないと無理っぽいな~?と思いました。

 それにしても、金ヤスリで削ってる時も尋常じゃなく硬いな~?とは思っていたんですが、まさか、電動ドリルも通さないとは・・・?

 成分は、アルミニウムにマグネシウムも混ざってるようですが、そのせいで超合金化したんでしょうか?

 まあ、頑丈な方が練習に使うにはいいんですけどね~?

「まっ、先に鞘とか作っておくか~?」と、鞘作っておりますが、木材は加工が楽で助かりますわ~・・・。

(数日後、完成! まだ目釘穴開けてないけど・・・)

 しっかし・・・原稿書かんで、こんなことしてるのを見つかったら、怒られるかな?

 大体、TV見ながら、本読みながら、細工しながら、原稿書いたりしております。

 今回も、キマイラの最新刊が出てたのを買って読みながらでした。

 何と、物語の始まる前、久鬼麗一と九十九三蔵が出会う話になっていて、「おいおい、今更過去に戻ってどうすんじゃい?」と突っ込みを入れてしまったんですが、流石は夢枕獏!

 何のストレスもなくサクサクサクッと読めました。

 途中、完全に少年格闘物になったりして、空手部を仕切ってる連中が黒・青・赤・白・黄の姓だったりして、「おいおい、それじゃゴレンジャーみたいだろ?」って、再び突っ込みを入れてみたり、“試し掛け”って自由組手が出てきて、「おいおい、それを言うなら“掛け試し”だよ?」って、またまたまた、突っ込みを入れたりしながら、でも、面白いんですよ~。

 でも、「流石に合宿で金玉潰れたのを寝かせてるだけじゃダメでしょう? ちゃんと病院に運びましょうよ~」・・・とか、随所に出てくるリアリティーを無視した豪快な展開は「昭和だな~?」と思いましたね。

 知ってる人はもう少ないと思いますが、キマイラシリーズの原点、『幻獣少年キマイラ』は、80年くらいに書かれた作品で、作品世界ではまだ一年も経過していないんじゃないかな~?と思うんですよ。

 当時は携帯もスマホも無いし、インターネットも無い。

 ここまで長期シリーズになるとは獏さんも思っていなかったでしょうし、辻褄合わせるのが大変だと思いますよ。

 だけど、シリーズ完結も近いらしいし、待望の映像化も期待したいですね~。

 個人的には塚本晋也監督がいいのでは?と思いますが、いかがでしょう?

 アクションは谷垣健治監督で・・・。

 武芸考証は私、やりますよぉ~(笑)。神秘学とかも詳しいよぉ~。

 いやいや、実写よりも、まずはアニメ化がいいかな?

 キマイラシリーズが、やっぱり獏さんの最高傑作だと思うし、大鳳、久鬼、九十九といった少年たちと、真壁雲斎、宇名月典膳といった爺さん、そして何といっても龍王院弘ですよ。

 主要キャラがことごとく武術の遣い手というのがいいじゃないですか?

『寄生獣』が映像化されたんだから、キマイラもできるでしょう?

 刃牙もアニメ新シリーズが放送されるそうだし、ブリーチも実写映画化されるんでしょう?

 キマイラも是非!


追伸;ドリルに付いてる安全装置だと思っていたボタンが、実は回転数の切り替えスイッチだったことが判明! ハイサイクルにしてみたら、何とか穴を穿つことに成功しましたよっ! 鞘も延長部分にエポキシパテ盛って成型し、金色の装飾テープ貼って、鯉口近くは割れる可能性があるので三角ヤスリで溝刻んで針金巻いて、映画の小道具用に買った牛革貼り、栗形は紫檀を削って作りました。塗りは黒の漆塗料を節約するために閃いてマジックインキでベタ塗りした上に、クリアーの漆塗料に金・銀・レインボーカラーの粉を混ぜたものをハケで塗ってみました。これは光を当てると金・銀・黄・緑・青・赤のツブツブが点滅してるみたいで綺麗なんですよ。目釘で柄を固定した刀を納めると、稽古用に適当に作ったとは思えない出来になりましたよ~。柄材は安い美術刀のプラ製ながら柄糸は革巻きですからね。いや、今回は随分、安く作れました~。ついでに試作ナイフにもドリルで穴を三箇所穿ち、後は鉄工ヤスリで地道にギシギシギシギシギシギシ・・・と削りながら人差し指の第二関節まで入るくらいまで円く穴を広げていきました。これは、人差し指でクルクルクルッと回せるようにするためなんですが、カランビットナイフにヒントを得てやってみた訳です。ナイフを逆手持ちで使うのに腕の裏側に隠し持つのをクルッと回して逆手持ちにするのに役立つんですね。ちなみに、この試作ナイフは非対象の両刃なんで、押しても引いても切れるんですよね。拳法術のキモ先生に習ったナイフ術に向いた形で工夫しました。シャシュカの折れた切っ先で作ったとは、ちょっと見ても判らない?

追伸2;ドリルがちゃんと使えることが判ったので、いろいろ護身用具を試作してみようか?と思ってます。昔、武道医学のパリッシュ先生から見せてもらった古流に伝わる秘武器(中国風にいうと暗器)もアルミ板から削り出して作れそうだな~?と思って、早速、東急ハンズで厚さ5mmと3mm(2枚)のアルミ板を買ってきました。5mmの板で暗器が四つは削り出せそうです。3mmの方は「これで子母鴛鴦鉞を自作してみようかな~?」と思いついて買いましたよ。でも切り出して金ヤスリで成型するのは相当、骨が折れそうです。ヒマと気力が余ってる時に挑戦してみようかな~?と・・・。


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新年会

 いつもは忘年会だけしかやらなかったんですが、「東京支部の新年会を小塚師範宅でやらない?」と言っていたら、何だか、游心流全体の新年会だと思われたのか? 少々、大掛かりになってしまいました。

 私は、小塚師範の飼ってる三毛猫のカヅコに会いたかっただけなんですけどね。

 支部長は、東京橋本横浜幸手に大阪まで揃って、そこに体道塾の仁平師範に常連会員、女性会員も三名?と、結構な人数になりました。

 で、猫ちゃんはビックリしたみたいで、終始、落ちつきなく目玉を真ん丸にしてあっちに行ったり、こっちに行ったりしていてあんまり遊べなかったですね~(グッスン)。

 料理上手な小塚師範の自宅ではいつも小料理屋状態・・・実際に看板猫つきの小料理屋(深夜食堂?)を開業した方が儲かるのではないか?と、皆で話しているくらいです。

 私は完成直前の刃渡り三尺超えの長尺居合稽古用刀を持っていって披露しました。

 今回はアルミ材削って刀身まで作ってますからね。もう、ほとんど職人化しつつあります。その後は、無事、ドリルで穴穿って目釘もつけたし・・・。

 剣武天真流にも通っているK中さんは、流石にちゃんと抜き納めできましたが、他の会員でできる人は何人いることか? 普通の居合道をやっている人だと、この長さはまず抜けません。大体、普通の居合の抜き方だと二尺七寸くらいになると抜けない。

 抜き方が違うからですが、黒田鉄山先生のところの抜き方だと長尺刀でも抜けると思います。私は黒田先生の初の講習会を受講した時の収穫が大きかったですね~(この時の様子を映したビデオには私も映ってるそうでした)。原理がわかれば流派の別は関係なくなると思います。

 コツとしては半身を切ることですかね? まあ、稽古用に作ったので、初めはできなくとも構いませんがね。長尺刀が抜ければ定寸刀(二尺三~四寸)が脇差抜くみたいに簡単に抜けるようになりますよ。

 ちなみにK中さんは、「先生、僕が下手だったら破門するつもりだったんですか~?」と言うので、「まあ、上手だったから、いいよ」と、天真会での演武を誉めておきましたよ。

 仁平師範は少し仕事に余裕ができるらしく、「先生、この道場に行けってところがあれば言ってください!」と、道場破り宣言・・・?

 何やら、インチキ臭かったり自惚れたことをほざく自称武術家連中に憤りを感じている様子・・・。

「やめときなさい。君が行ったら、弱い者イジメにしかならないから」と、止めておきましたけど、「あっ? 甲野さんのところだけは行ってもいいよ」と。これ以上、日本武術に泥を塗るような恥ずかしい真似をさせてはいけませんからね?

 いや、しかし・・・確かに若手(でもないか?)の武術家を名乗ってる人達は自惚れの度が過ぎて言葉は丁寧だけれども、その実、気持ちが悪いくらい自己愛に凝り固まってる人間が増えてきているような感じがしてなりません。

 私は“甲野病”と呼んでいます。

 不当に他流を蔑んだり、他者の権威を利用して売名に励んだりする品性下劣さを言葉巧みに隠す病気です。

 一種のナルチシズムですね。

 甲野善紀氏と仲良くしてると感染してしまうんですよ。

 私は疑問感じて離れたから感染しないで済みましたけど・・・例えば、宇城氏なんて、もろに甲野病に感染してしまいましたよね~?

 結構、感染してる人が多いんじゃないかな~?

 これに感染すると、嘘を嘘で塗り固めて屁理屈をこねまくるようになり、最後は現実認識ができなくなって自分の頭の中の世界観に浸ってしまうようになりますから、歪な精神構造になって後戻りできなくなります。

 用心しましょう・・・。

 さて、わざわざ大阪から駆けつけてくれたキヨタキ大阪支部長(游心流二段)は、早速、三月から始める稽古会の概要を報告してくれました。

 大阪名古屋にもイサミ(武道・格闘技具の専門店)さんがあるそうで、そこで格闘技歴のある店長さんと仲良くなって、ミットを使って発勁を打ってみせたところ、非常に驚かれて「是非、やってみたい」と言われたとのことで、早くも大阪支部は会員が増えていきそうな塩梅です。

 やっぱり打拳距離0で数十から百kgの人間を数m弾き飛ばすような威力が出せるというのは、“一般の武道や格闘技の概念にはありません”から、初めて受けたら、そりゃあ驚かれますよね?

 イサミさんに勤務されている人達は、ちょっと齧りました程度の人達ではなく、本格的に格闘技を練習されている人ばかりなので、未知の技術に素直に関心を持ってくださったのではないでしょうかね? 有り難いですね~。

 昔、大阪でセミナーやった時は、結構、皆さん、ノリが良くて喜んでくれたな~?と、懐かしく思い出しましたよ。

 関西の人はあったかいですよね。関東は良く言えばクールですが、悪く言えば、スカしたヤツが多くて、厭味な印象を受けることが少なくありません。九州人の私は、関西の人のほうが好きですね~。本音で話せる感じがする。

 そういえば、大阪セミナーの時、宇城氏の直弟子の方が参加されていて焦りましたけど、飲み会で“変わっていく師匠への哀しさ”を訴えておられたのが本当に気の毒でした。

 なんでも、宇城氏に甲野氏を引き合わせたのがその方だったのだそうで、非常に後悔されていましたね? 影響されてしまった・・・と。

 その後、その方も結局、宇城氏から離れて「宇城氏以上の弟子を育てる!」と宣言されていましたが、大阪は男気のある人が多いと思いました。随分、長く会っていませんが、きっと頑張ってお弟子さんを育てられていることと思います! 応援してますよ!

 ただ、あまりにも宇城氏を過大評価して他の流儀の優れた人達に目を向けないのでは、もったいないと思いますね?

 どこの流派団体にも優れた遣い手は必ずいますから!

 例えば、私は発勁の威力には絶対的な自信を持っていますが、それは自分が優れているというのではなく、“発勁という技撃法のメカニズム自体が優秀である”という認識であり、私が教えれば誰でも私と同程度かそれ以上に遣えるようになると確信しています。

 そういえば、ポーランドの武術研究家ヤヌシュ先生一行と技術交流した時、私が八極拳式発勁(冲捶=中段突き)で、キックミット持った横浜支部長が吹っ飛んだ時は、隣で練習していた空手の人達が唖然として見ていた?と、後から会員から聞きましたけど、0距離打撃の威力には驚かれるでしょうね?

 新年会後に兵庫支部長から電話があった時に、両手で胸をド~ンと押してきた人に対して、(そうだっ? 抖勁で跳ね返してみよう!)と思って、押された箇所から発勁して打ち返してみたそうなんですが、相手はウギャッと言って崩れ落ちてしまったそうで、何と、ギックリ腰になってしまったのだそうでした。

 多分、脚で踏ん張っていたので威力が中間点の腰椎に作用してしまったのでしょう。

 後ろに素直に吹っ飛ばされていた方が被害は無かったんでしょうけどね?

 やっぱり、0距離打撃は恐ろしい技だと思いますよ。要するに、中国武術の暗勁と同じなので、ポンッと打ったようにしか見えないのに甚大なダメージを与えてしまえますからね。最新DVDの『0距離打撃戦闘法』が高山本店さんに卸している分の売れ行きがえらい早いんですが、中国武術ファンが密かに買ってるのかもしれません。

 だけど、何度でも繰り返しますが、本当に危険なんで、絶対、人を打って試したりしないでくださいね? 武術は飽くまでも「護身術」なんですから!


・・・新年会やってみて、今、游心流に集まってくれている人間の善良さ、嘘の無さ、好きな武道に打ち込む一途さ・・・そういった純情一途さというのは、現代では死滅しかかっているものなのかもしれませんが、人間は本気で愛する時は、損得感情なんか捨てて、真っすぐ向かうものなんだと思います。

 うちの会には他流経験者がたくさんいますけれど、それまで学んだことを無価値だと思ってもらいたくありません。

 極真空手、芦原空手、円心空手、新体道、合気会、気の研、空手協会、講道館柔道、剣道、居合道、杖道、日本拳法、少林寺拳法、不動禅少林寺拳法、詠春拳、ジークンドー、クラブマガ、システマ、剛柔流、大東流、八光流・・・等々、どんな流儀でも、先人が命をかけて生み出し、誇りをかけて護り伝えてきたものですよ!

 それにプラスして、游心流で学んだことに誇りを持ってもらえるように、今後も研鑽を怠らないようにしなければ・・・と、改めて思いました。

 作家が主体になっても、私は生涯、武術という文化の研究家であることに誇りを持っていきたいですね。

 それがたとえ、人を殺傷する技術であったとしても、根本に“命を護る”という目的がある限り、伝承していく価値はあると思っています・・・。

 そうですね~?

 今年の目標としては、取り敢えず、“強い弱い”という価値判断ではなく、「“命を護る”というのが武の道なのだ」という価値観を広めたいですね?

 暴力で他人を従わせるのではなく、いかなる暴力にも屈服することなく孤高を護り、それゆえに他者を尊重する・・・という真の意味に於ける“唯我独尊”。そのためにこそ武術修行は価値があると主張したいものです。

 そのためには、自分がそういう心掛けで生きていかないといけないよな~?と思いますね。

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ほびっと村感想

 今年、しょっぱなのほびっと村の講座は游心流合気道の初披露となりました!

 つまり、游心流武術の考え方を組み込んだ合気道ということですね?

 ちょうど、0インチ打撃法を幹部クラス全員体得してしまって、危険過ぎて迂闊に打てなくなってしまったので、崩して制圧する合気道の技術体系と、殺伐としない技の掛け合いが中心の稽古法がピッタリだと思ったんですよ。

 そもそも、合気道が現在の練習体系になったのは、怪我人が続出して“地獄道場”という異名をとるほどだったので、普及するために安全に技を掛け合えるように工夫した結果だということなんですね。

 創始者である植芝盛平翁も、最初は大東流柔術と名乗った時期もあり、後に相生流と名乗ったり、九鬼神伝流との関連も匂わせたり、実は結構、紆余曲折しておりまして、合気道に落ち着くまでは色々とあった様子です。

 巷間に知られるように、大東流を武田惣角に習った後に大本教に入信してから独自の悟りを得て合気道と名乗った・・・というような単純なものではなかったようです。

 それと、本当に危険な技は、お互いが弁えて安全に気を配りながら注意して練習しないと体得できませんし、そういう練習ができるのが合気道の素晴らしいところだと思うんですね?

 もっとも、私自身は合気道を実際に体験したのは一時間半しかない訳で、そんな人間が合気道を名乗ったり教えたりしていいのか?って疑問の声があると思います。

 いいんです!

 游心流の中の合気道なんですから、部外者にとやかく言われる筋合いじゃありません!

 ただし、専任師範は私以外から選ぶつもりでいます。

 順当なのは東京支部長の小塚師範なんですが、「大学の部活でやっていただけの人間がおこがましいですよ~」と遠慮しているので、まだ正式には決めていません。

 他にも修行歴が10年の人と20年の人もいて、その他にも数人いるので、やってるうちに自然に決まるだろう?と思って、今は焦っていません。

 何よりも、技の研究するのが楽しくってしょうがないんですよ。

 横浜支部長の栗原師範も、「(うちは)こんなに楽しいのに、何で、皆、興味持ってくれないんですかね~?」と首ひねっていました。

 私も不思議です。

 游心流合気道も各派の合気武術を研究した私の集大成としたいと思っています。

 従来の合気道では裏技扱いになっている当て身も多用しますし、剣の理合との融合、対武器などを流派の特色にしようと思っています。

 要するに、私が触れて示唆を受けて脳内で理想化された合気道を具現化したい!という欲求が生じたんですね。

 これは、やっぱり新体道と佐原先生の合気道を取材させてもらったからだと思います。

 御承知の方は少ないと思いますが、ザックリ言って、新体道は空手をベースにして合気武術の理合で構築されていると言っても間違いにはならないでしょう。特に、養気体の技は空手とは別物です。

 以前、武術研究の先輩Nさんから、「長野さんの技は中国武術の技を日本武術の理合で使っているね~」と言われたことがありましたが、そう言われて、あ~、なるほど、そう言われたらそうだよな~?と思ったものでした。

 読みも交叉法も剣(居合)術の理合なんですよ。

 それを応用して中国武術の使用法を工夫したのが北区赤羽にあった大日本講武會の櫻公路一顱先生。

 縁あって学べた理合を以ていろいろな流儀の達人を観察して回った結果、「私のような素質も才能も無い人間でもできるかも?」と直感して研究して、もう四半世紀も経過しますよ。

 中でも、日本武術の特質とも言えるのが合気道の中に受け継がれているような気がしますね。

 それが、力を捨てる・闘争心を捨てるということで、捨ててしまって0になることで個人の力ではなく自然と調和した力を駆使することができる!

 合気って、そういうことだと思います。

 我を捨てて、流れに身を委ねる。

 身を捨ててこそ、浮かぶ瀬もあり・・・なんですよ。

 個人指導の時に合気道三段のIさんに教えていて、彼が「正直言って、まだ筋力が必要なんじゃないか?と先生を疑う気持ちがあるかもしれません・・・」と言ったんですが、なるほど、彼がさっぱり伸びなかった理由が判明したと思いました。

 要するに、捨てられないんですよ。だから、体得できない。

 手に荷物持っていたらダイヤモンドが落ちていても掴めないですよね?

 気持ちが固まっていたら身体は思うように動いてくれません。気持ちを楽にしていたら、相手が殴ってくるのも先に解ってひょいひょい避けられます。

 何事も、上手な人というのはリラックスして余裕があります。

 下手な人は、緊張して身体が固まり、視線が一点に固定しています。

 私が脱力が大切だというのは、根本の問題なんです。

 気持ちと身体は一体なんです。

 だから、どちらかをコントロールできれば心身はコントロールできるんですよ。

 それから、私に習いに来る人は、未だに「游心流は広まってもらいたくありません。自分たちだけのものにしていたい」と言う人がいるんですが、こういう姑息な性根でいると技も体得できないんですよね。

 要するに、劣等感があるから優越感に浸りたくて武術に依頼心を持ってしまう。

 現実逃避です。

 武術ができても偉くも何ともありません。

 私は作家として成功したいとは思いますが、生涯、武術家なんて名乗りたくありませんよ。

 名乗ってる人達は優越意識があるんでしょうが、武術家という肩書は一般人にとってはヤクザの親類くらいにしか思われませんし、少なくとも知性的な人間とは思ってもらえません。

 実際、非常に知的水準の低い人が多い(マニアックな知識はあっても、一般常識的な知識が欠落している)のが現実です。

 私の場合、武術は護身のため。そして修行は娯楽。楽しいから練習する。それだけ!

 生活の糧を得るのは売文業に徹したいですよね。数年のうちに作家として生活を確立させようと思っていますから、毎月、資料本に何万円も費やして勉強しています。お陰で貯金はまったくたまりません。

 でも、これは稽古をするより遥かに重要なことです。

 誰もが誤解していますが、武術とは身体運動よりも脳機能のトレーニングなのです。知識を蓄え、知恵を磨き、論理的戦略思考を発達させなければ意味がありません。

 実際に自分の五体を駆使して戦わねばならないのは下策なんですよ。

「戦わずして勝つ!」というのは、知恵を使え!という意味なんですよ。無論、上級者同士の立ち合いでは“位(くらい)勝ち”というものがありますが・・・。

 だから、「武術は馬鹿には体得できない」と言われているのです。

 ただし、文化としての武術の研究は、私に課せられた天命だと思っています。だからこそ、武術を利用して文化人の真似事みたいなことはしたくないんですよ。

 それは天に唾する行為だと思っています。

 そんな連中、ざらにいますからね~。同類と思われたくありませんよ。

「猛練習することを意味がないと言うんですか?」と、最近もよく聞かれます。

 猛練習することの意味を考えてやるのなら、ある程度の意味や効果はありますが、無心にやればそれでいいと思っているのなら大間違いです。

 答えが知りたい人も多いでしょうから、解説しておくと、猛練習というのはランニングハイのような動的瞑想法による変性意識状態に脳の状態を導くための一つの手段です。

 一つの手段と言うからには、他の方法もいくつもある訳で、効率を考えると、それほど賢いやり方ではありません。過剰な肉体鍛練による傷害の心配もあります。

 瞑想法の類いも問題が無いとは言えません。瞑想修行で廃人同然となってしまった人の話は、精神世界方面ではざらに聞きますし、私も何人も実見しています。

 原因は、神経伝達物質の過剰分泌による現実感覚の喪失だろうと考えられます。

「身体に良いものは沢山とればいい」と考えるのは阿呆です。何事も適正量というものがあるのです。薬を大量に飲めば毒になるでしょう? 何故、それを考えない? 馬鹿過ぎますよ!

 神経伝達物質であるドーパミン、エンドルフィン、セロトニン、ノルアドレナリン・・・等は適正な分泌量でなくては心身に悪影響を与えてしまう・・・という基本認識が欠落している人もいますね~。しかも、現役医師免許持っている人が・・・(気が狂ってる)。

 神経伝達物質は麻薬や覚醒剤より遥かに強力な幻覚作用をもたらすと言われており、昔、『脳内革命』という本が流行りましたが、最近も類似の本が出版されたりしているようです。

 はっきり言って、天然シャブ中患者を増やすだけだと思いますね。

 瞑想法を教える団体で、このような失敗した人を出していない団体は、恐らく皆無でしょう。

 私は具体的に名前を挙げられますが、敢えて書かずにおきましょう。

 私のところでさえ、気功の研究をしている連中が言動がおかしくなって、結果的に破門にせざるを得ませんでした。

 私の指示を無視するようになったからです。これでは治るものも治りません。

 一人、関係妄想の症状を訴えてきた会員の時は、「それは精神疾患の症状だから、しかるべき治療を受けなさい」と指示して従ってくれたので大丈夫でしたが・・・。

 何事も“中庸”が大切なのです。

 気持ち良ければそれが正しいことなのだと結論付ける・・・それは自己催眠に陥って思考停止しているだけなのです。

 世の中に溢れるマルチビジネスの類いは、そうやって信者を増やしていくのです。

「プラスイメージを持ちなさい」って、誰もが自分にとって都合の良いプラスイメージでしか考えなくなったら、世の中はメチャクチャになってしまいますよ。利己主義者を増産し続けているのが自己啓発セミナー系の阿呆システムなんですよ。

 ずる賢い詐欺師が愚か者を量産して金を吸い上げるために考え出したものです。

 お金というのは、生活を支える大切なものであり、だから働いて賃金を得ることが生活の核になっている訳ですね。

 よく、「健康は金に代えられないでしょう?」と言って法外な治療費を要求するクソ療法家?がいますが、彼らの正体は拝金主義者なんですよ。病気に苦しんでいる人を洗脳して金を絞り取ってしまうのでは、たとえ病気が治っても、借金苦で自殺するハメにならないとも限りません。

 病気治しを謡い文句にする霊能者とか新興宗教なんかも同様です!

 健全な批判精神というものは社会性ある大人にとって必須のものです。

 問題点をきちんと認識し、それを解決していくこと無しに未来は無いのです!

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脱力体感想とお知らせ

 1/8は、本年初の月例セミナーでした。

 今年は一括予約申し込みの方が少なかったので、かなり少なくなるかな?と思っていたんですが、そうでもなかったですね?

 会員になると半額になるので、入会希望と一緒に受講された方もいます。

 もう“脱力体”が游心流の基本以前の基礎中の基礎なので、これができないと後のいろんな技はみんな中途半端になってしまいます。

 伸び悩んでいる会員を見ても、まず脱力の度合が悪い人が多いんですよ。

 武道や格闘技の経験者の方が脱力は苦手な人が多いので、最初は随分、苦労する人がいます。

 横浜支部長の栗原師範も、5年くらいはうまく脱力できずに苦労されていました。

 5年というと、普通の人は諦めて辞めてしまいますよね?

 何しろ、うちで5年以上続けて来ている人は10人いませんからね。

 他所の道場も、最近は三カ月続ける人すら少ないのだそうです。一回来て来なくなる人すら珍しくなく、入会手続きだけして一度も練習しない人すら数人はいました。

 私自身、何年も続けた流儀はなく、せいぜい、2年くらい通った程度なのですが、でも、技を体得しようという欲求は異常に強くて、体験入会しただけであっても、ずうっと練習し続けて基本は体得してきています。

 だから、ある道場で体験した時に、そこで一番ベテランだった人から「長野さんはやったことあるんですか?」と聞かれて、「いいえ、今、初めてですけど」と応えるとビックリした顔で、「いや、長野さん、うちの道場の誰よりも上手いですよ。何年もやっているのかと思ったんですが、本当に初めてなんですか?」と言われたことがありました。

「技の外形を真似るのが上手いだけ」の人ならいるんですが、私は中身を考えながら動いて結果的に外形が整うのが正しいと思っているので、そのように動いたつもりでした。

 その方も私と同様に考えて練習されていたから、「この人は違う・・・」と思われた様子でした。

 私は強くなりたいというより技の本質を体得したいと思って練習しているので、技を観取るのは凄く上手いですよ。

 だから、脱力が重要だと気づいたのも、技が生み出す威力というものが筋力とは少し違うな~?と思ったからです。

 それは古武術や太極拳、合気道の修練の中で確信に変わり、様々な武術に応用して独自の体系ができあがってきたという次第です。

 ここ何年かは日本刀の研究で得た理合を還元してきて、より発展してきたという実感がありますが、それは、「武術は武器を用いる戦闘術が本筋であり、素手の技術は副産物でしかない」という考えにまで行き着きました。

 何故か?というと、武器というものは筋力で操作するものではなく、身体機能を特段に飛躍させる道具だからです。

 人間が動物と最も異なるのが、道具を作って使う能力を持っているという点です。

 もちろん、カラスや燕が巣を作ったり、ビーバーがダムや巣を作ったりもしますが、作った道具を駆使したりはしませんよね?

 持って生まれた本能的機能の範疇でしか動物は生きられません。

 しかし、人間は本能を抑制して理性と知性を駆使して道具を作り、それを使う能力を持ち、しかもその能力を進化させてきています。

 武道や格闘技を好む人の中には、闘争本能の昇華のために取り組む人がいて、闘う行為そのものに耽溺する人もいます。

 つまり、スポーツとして取り組む訳です。

 娯楽、遊戯としてのスポーツを否定はしませんが、少なくとも武術の本質はそこにはありません。

 スポーツは本能で楽しむものです。論理は必要ありません(上達論とか勝負論とかを持ち込むことはできますが、それはスポーツの在り方とは実は無関係なものです)。

 ところが、武術というのは本能を超えて純粋に戦闘を論理化させたものなのです。

 即ち、「戦闘に勝つために何が必要か?」という観点で技術が体系化され発展していくものなのです。

 それは生き死にを問題としているから、本能に任せた勝負で体力・気力・根性に頼っている訳にはいかないからです。

 格闘漫画だったら、気力と根性で実力が上の相手に辛うじて勝っていくのを描くのがカタルシスに繋がる訳ですね?

 しかし、ウルトラマンだと怪獣の弱点を攻撃したり必殺技でブチ殺す。勝てない怪獣に遭遇するとウルトラブレスレット貰ったりして勝ったりする。

 生きるか死ぬかの勝負で綺麗事いってられませんからね?

 ところがどっこい!

 武道やっている人間に限って、綺麗事ばっかり言うんですよね~? 本当に危機感というものが無い!

 私は綺麗事言う人間が世の中で一番、嫌い! 要するに、“鈍感”なんですよ。

 人の痛み、苦しみ、悲しみ、恐れ、不安・・・といったものに対する共感する優しさが欠けてるから、無神経な綺麗事を口にして恥じることがないのです。

 私はいろんな業界(オカルト・社会運動・新宗教・教育・差別問題・環境・健康法・療法・芸術・自主映画・文芸・出版)に首突っ込んだから、いろんな人達に会いましたが、真摯に取り組んでいる人ほど、綺麗事を口にしません。できなくなるんですよ。

 綺麗事を平気で口にする人というのは、基本的に嘘つきで無責任、冷淡ですね。

 良く言えば合理主義者ですが、はっきり言って人間としての深みが無い・・・。

 薄っぺらな人間と話しているとムカついてくるんですよね?

 武術の世界では、青木宏之先生、松田隆智先生、友寄隆一郎先生、佐原文東先生・・・くらいですかね~? お話していて充実感があった方は・・・。

 中でも青木先生と松田先生は私にとって格別な先生でしたね?

 ツーカーと言えるような、何でも包み隠さずに話せる先生で、何時間でも話していて飽きることがありませんでしたよ。

 もちろん、相性もあるとは思うんですが、私は権威主義的な先生とは根本から合いませんから・・・(だから、反発して生意気なヤツだと目の敵にされたりしました)。

 自分がされて嫌なことは会員にもしないように気をつけていますけど、「先生と呼ばれる以上は教育的指導はしなくちゃいけない」と50過ぎてからは自戒しています。

 ダメなところはダメだと指摘してやらないと直らないですからね? 言ってもダメな人はもう放置プレイで何も言わないし、問題あると思ったら「はい、破門です」って平気で切り捨てます。

 青木先生から、先日、「それはやってはいけない」と言われたんですけど、縁を切る宣言をすることで相手の中に変化が生じ、一時的に私を恨んでも、いずれ自分の問題点に気づいて自ら直す切っ掛けを与えることになると思うので、私は迷いません。

 私は人から嫌われたり逆恨みされることには何の恐れもありません。他人の批評なんかどうでもいいのです。

 生きている間に、現実にどれだけの成果をあげられるか? そこにしか関心がありませんし、自分の思いに嘘をつかない! それだけですよ。


 今回のセミナーは大阪支部長の任命と大阪支部の新規活動を報告しました。

 具体的には3月から毎週日曜に開催する予定とのことで、本部師範が教えに行く大阪セミナーも年内には開催する計画でいます。

 10年くらい前までやっていた大阪支部とはまったくの別組織ですが、当時、来ていた方も参加は可能ですから希望される方は申し出てください。

 ちなみに、游心流の指導員は二段からで、師範代は三段、師範は四段を認定します。

 技もともかく基本は人柄で選びます。

 普通に練習に通っていれば一年で初段は取れますが、二段は三年はかかるかな~?というところです。

 ただし、寸勁斬りができれば二段を許しており、大阪支部長も私の目の前で寸勁斬りが連続でできたので二段を認定し、支部開設の許可を出した訳です。

 直接教えた回数は10回に満たないと思いますが、とにかく武術の研究に熱心なので(熱中し過ぎて他の会員から苦情?が出ていたくらいで、私も“暴れる君”とあだ名つけてた)、会う度に格段に進歩していました。

 今回は特に進歩が著しく、やる気も満々で指導カリキュラムも自分で考えてきていたくらいなので、栗原師範が「彼はえらいな~」と非常に感心していましたね。

 うちの技はあまりにも危険過ぎるので、安易に広める訳にはいかない?とは思っていますが、だからこそ老人でも女性でも護身術として抜群の効果を出せると思いますので、あくまでも護身術として広めていきたいんですね?


追伸;直前ですが、15日(日)は西荻窪ほびっと村学校で、游心流合気道の初お目見えです! ムチャクチャ寒くなりそうで不安ですが(また風邪がぶり返しそう?)、気合入れてやりまっす! 合気道は本当に使えるのか?と心配な人は是非!

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脱力体の重要性

 今度の日曜日は月例セミナーの第一回ですが、毎年、第一回目は「脱力体の養成」をテーマにしています。

 どうして脱力体を第一にもってくるか?と言いますと、武道にしろスポーツにしろ勉強にしろ、筋肉に力を入れて緊張する程、効果が上がらなくなると考えるからです。

 ものの考え方が一面的で独善的な人は、身体的にも緊張して身体が堅い人が多い。

 もちろん、緊張型の人は勤勉であったり真面目であったりする良い面もあるのですが、行き過ぎてしまうと頑迷で融通が利かない愚か者になりかねません。

 武道家には、こういうタイプが実に多かったんですね。

 私は、だから武道家が日本の様々な業界で活躍できなかったのだと思います。

 もっとも、権力者に忠実なタイプは武道家タイプでしたから、戦前は奨励されました。

“権力の番犬”にはもって来いなんですよね。

 しかし、こういうタイプは達人とか名人にはなれないですよ。

 もちろん、その生来の真面目さ、勤勉さから稽古は熱心にやり続けるので、高い段位になって有名になる人はざらにいます。

 けれども、だから達人だとか名人だとか言えるのか?というと、私は全然、違うと思いますね。

 少なくとも、私が会った達人、名人と呼べるレベルの先生方は、物腰が柔らかく考え方も柔軟な方ばかりでしたし、洞察力が人間技のレベルではありませんでした。

 つまり、非常に頭脳明晰なんですよ。

 私は文筆業やってますから有名大学出てたり頭の良い人には沢山会っていますが、そういう人間としての頭の良さではなくて、やっぱり洞察力ですかね~? パッと見て、相手の本質を観抜いてしまうとか、そういう妖怪的な頭脳の持ち主なんですよ。

 年末に最近、紹介してもらって知人になった合気道家の方から知らせてもらって知ったんですが、合気会の若手の指導員が迷惑行為で警察に捕まったのだそうですね。

 ニュースを見ると、真面目そうだけれども前頭葉の働きが悪そうな目付きでした。

 脳の状態は大体、目に顕われます。

 ストレスとかあったのかもしれないけれど、犯罪行為をやってしまう言い訳にはなりません。

 恐らく、自分の欲求を適度に発散させられない性格で、ストレスを溜め込み続けてしまって爆発したのかもしれません。

 つまり、考え方が固定していて柔軟にあれこれ考えられなかったのでしょう。

 武道の先生は、そういう愚直さを持て囃してしまう傾向が強いので、弟子は疑問があっても先生に質問したりしないし、先生の問題点を指摘することも憚ります。

 武道の先生は、どんな無茶ブリをしても黙って従う“自分の頭で考えない”馬鹿が大好きなんですよ!

 だから、“思慮分別の無い馬鹿”が増殖するんです!

 武道の世界は、未だに前時代的な封建主義の道場が非常に多いですよね。私は、そういう道場を見るとウンザリさせられます。いつの時代やねん?と・・・。

 もちろん、最低限の礼儀も節度も必要ないとは言いませんけれど、もっと普通にやれないもんかな~?と思いますね。

 何か、“量産型馬鹿の製造工場”みたいな道場すらありますから・・・。

 そんな世界だから、“大馬鹿が先生やっている道場”も少なくありません。

 10年くらい前だったか? 荻窪の体育館を利用していた時に、個人解放の時間帯で畳の上で我々が数人で練習していたら、道着を着た爺様がヨタヨタとやってきて、無言で我々に向かって、シッシッと犬でも追っ払うみたいな仕草をしました。

 一人の会員が怒った顔で何か文句を言おうとしたんですが、「まあまあ」と宥めて、わざとらしくニコヤカに「どうぞ、どうぞ~」と場所を譲りました。

 その爺様。何と合気道八段の大先生?だったらしい・・・。

 でも、私の目には、ひいき目に見ても二段がせいぜいという程度にしか見えませんでしたし、いつも小人数で練習している合気道の先生らしき壮年の人の方がずっと実力がありそうでした。この方は明るく謙虚で、立ち居振る舞いが実に見事でしたね~。

 清心館佐原先生とお話していた時に、「あの先生が八段だったら佐原先生は八十段ですよ」とギャグを言ったら佐原先生は苦笑しておられましたが・・・。

 武道の世界は、喧嘩が強ければ尊敬される世界だったりするので、しょうがないか?とも思いますけど、これじゃあ、世間的に尊敬される道理がありませんよね~?

 ジャイアンが尊敬されてスネオが一番、嫌われる?(私はドラえもんみたいなもんなので、「長野はズルい!」と嫌われる・・・)って、何だかな~?


 え~っと・・・それで、何を言いたいのか?というと、私は、「本来の武道も武術も、みんながイメージしているようなものじゃな~いっ!」と言いたい訳です。

 武道にしろ武術にしろ、今現在、ものすごく表面的で抽象的なイメージで語られますでしょう? 専門家を名乗っている人達ですら首を捻るようなヘンテコリンな定義を言い出すから、本当に困ったものです。

 実際に修行している人間ですら、自分が何を修行しているのか?ということを全然、解ってないんですよ。だから、質問したって答えられない。

 じゃあ、武道をやっている大学の先生なら?と思って聞いてみても、いや~、やっぱり無理ですよ。

 何故なら、武芸百般の経験が無いし、流派の違いや各国の民族に伝わる武術についても知らないし、武術と舞踊、宗教、医術の関係なんかまで幅広く研究している人なんか皆無でしょう?

 どうしてそうなるか?というと、皆、自分の学んだものが一番だという思い込みに埋没して自己満足に陥ってしまうからですよ。

 即ち、頭が堅いんです・・・。

 武術で一番、重要なのは、「考え方を柔軟にすること」なんですよ。

 そもそも、武術って、人間にとって最も忌むべき“殺人”の技術を修練するものですよね? これって倫理的にも社会通念的にも完全にOUTでしょう?

 その完全にOUTな文化が、何故、何百年何千年も延々と伝えられてきたのでしょう?

 それは、「生きるためには戦わざるを得ない局面がある」という“生存のリアル”に対する具体的な対策を教える解答の一つだからです。

 警察や軍隊が無いと社会も国家も維持できない。けれども、もし絶対権力を持つ施政者が民衆を完全に支配するために警察や軍隊を利用したらどうなるでしょう?

 この具体例は、ナチスのホロコースト、ポルポトのクメールルージュ等々、人類の歴史に無数にあり、現在も続いているではありませんか?

 思想として暴力を否定し法律で処罰することにしたところで、現実の暴力が無くなることはない訳ですよ。

 その現実の暴力から個人が自己防衛を考えた時に“武術が誕生する訳”です。

 武術というのは権力から切り離された“完全なる自己防衛術”なのです。

 本質として、そこに正義だの善だの悪だのという概念はありません。あるのは、唯一、「護るための戦闘術」です。

 概念があるとすれば、“完全なる専守防衛の術”だということくらい。

 だから、中国、琉球の武術家は、自分が武術ができることを隠しておくことが基本でした。そして、やむを得ぬ場合にのみ遣った。

 日本では安土桃山から江戸時代初期を中心に武芸を売って地位を得る風潮ができましたが、一部の武術家は隠して生きたようです。腕前をアピールする行為を恥ずかしいことと考える人もいた訳です(まっとうな社会人ならそうですが・・・)。

 私も学生時代に母親から「お前はそんなことやっててヤクザにでもなりたいのか?」と言われたことがあります。

 父親は剣道の有段者だったので、私が武術にのめり込んでも文句を言ったことはありませんでした。

 まあ、男のロマンは女には解らんし、熊本の男は武道やるのが一つのステイタスだったのかもしれません。

 それはさておき、最近のストーカーやら通り魔、狂人の起こす事件などをニュースで見ると、「俺だったら、こんなヤツ、一瞬で倒すのにな~? くっそ~、ちゃんとした武術を広めたいな~?」と思うのです。

 競技に偏っている武道や格闘技には自己防衛術の概念が乏しく、特に“対刃物”をさっぱり考えていないんですよね~。

 何故、考えないか?というと、自分が練習しないからですよ。

 鉛筆を削れないとか料理ができないとか、最早、珍しくも何ともないでしょう?

 日本の教育環境の中で刃物の使い方を教えないのは、本当に大問題だと思いますね。

 それで、数年前から、私は游心流の中で制定したナイフ術を指導しようと思い、游心流独自のタクティカルナイフも考えていました。

 年末年始に風邪が治らずに困っていたんですが、無駄に時間を浪費するのが嫌だったので本を読みまくったりしていたんですよ。

 その時、ふと、以前に「システマ剣術シャシュカで使うアルミ製の刀が折れたので先生にプレゼントします」と会員さんに貰ったシャシュカの折れた切っ先があったのを思い出したので、これを金ヤスリで加工してみようと思ったんですね。

 ヤスリでガシガシ削っているうちに、あれこれイメージが湧いてきて、ちょっと面白い形になってきました。

 最初は、以前、田中光四郎先生に贈った両刃の日本刀の短刀みたいにするつもりだったんですが、「非対象の両刃でブレイドとグリップが一体化したものにしてみようか?」と思いつきました。

 私は同じ物を二回作るのは嫌なんですよ。せっかくロシア武術の刀剣だったんだから、日本風にする必要はないだろう?と思いまして、握りは、順手と逆手で握った時に安定してグリッピングできるように削り込んでみました。

 やっぱり機能性を優先しないと格好だけ良くてもダメですからね。

 アルミの鋳物らしく、空気が入ってス(透き間)が出来た箇所が多く、だから折れたのだろうと思いますが、トレーニング用ナイフとしては強度的に十分ですから、プロトタイプをいくつか作ってみてから正式採用する本物のナイフを作ってみるつもりです。

 游心流合気道では対ナイフを基本にするつもりです・・・。合気道って元々、そういうものだし、冨木式合気道がまさにそうですよね?

 さて、話を戻します。

 考え方というのは、その人が生きてきた中で自然に固まってきているものであって、「はい、そうですか?」と簡単に変えられるものじゃありません。

 例えば、敬虔なキリスト教徒に「イスラム教こそが正しいのだから変えなさい」と言っても、無理でしょう?

 だから、考え方をいきなり変えさせるのは無理なのですね。

 しかし、考え方が固定している人というのは、概ね、身体が堅いものなんです。力む癖がついている。

 だから、まず、身体を柔軟にする!

 脱力することを身体に覚えさせる。

 身体の力みを抜くことで精神もリラックスする・・・その状態でこそ脳機能が円滑に働き、考え方も柔軟になる・・・という仕組みです。

 だから、私は、これまでの「武道をやると馬鹿になる」という状態を「武術をやると頭が良くなる」という方向へ転換していくような啓蒙活動をやろうかな?と思っています。

 その第一歩として「脱力することによって達人しかできないと言われている技がバンバンできるようになる!」ということを証明しますので、初めての方こそ、歓迎致します。

 来たれ!


追伸;今年は、支部がいくつか増えそうです。10年くらい前にやっていた大阪支部も新しく復活する見込みです! 関西方面は兵庫支部に続いてですが、復活して欲しいと言っておられた皆様、御期待ください!


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2017年挨拶

 明けまして、おめでとうございます!


 2017年しょっぱなの稽古は1/2に淵野辺本部稽古会で実施。

 北島師範栗原師範が参加していましたが、私が風邪が治らずあまり動けなかったので、口頭で解説する指導に留めて早めに切り上げました。

 1/5の木曜日にはメイプルホール稽古会(19:00~20:45)、そして、2017年月例セミナーの第一回目『脱力体の養成』は1/8(日)、ほびっと村学校講座は1/15(日)に開催します!

 今年は予約されている方が少ないのですが、毎年、進化した技術指導内容を自負しておりますので、久々の方、初めての方も歓迎致します。

 2016年は技術的に変革があった年でした。

 游心流武術の戦闘理論では「寸勁(ワンインチ打撃)を多用する」というものがあって、それに準じて構えや戦闘法を組み立てていたんですが、これを「零勁(0インチ打撃)を用いる」というものにしたお陰で、構えから何からかなり変わってしまいました。

 特に、0インチ打撃技を用いるということを前提にすると、“打撃技”に於ける“力のタメ”を一切排除してしまうので、いわゆる空手や拳法のような打撃格闘技のスタイルでなくなってしまうのです。

 例えば、2016年最後の練習である日曜の本部稽古会では、太気拳構えによる差し手の練習で、腕を肩より上に掲げていたのを、肩の位置まで下げて、両手の平を相手に向けて、「まあまあ、やめてくださいよ」と制止するポーズに変えました。

 これまでは、相手が突いてくる腕に“落として接触するように”差し手をおこなっていたんですが、このポーズからは、打ってくるのに“添える”ようにするだけで事が足ります。

“落とすやり方”の問題点は、「タイミングがずれると空振りして隙が生じてしまう」という点だったので、相手の攻撃の瞬間にドンピシャでタイミングを合わせる必要がありました。

 つまり、相手が“主体”で自分は相手に合わせて“従属して”いたのですね。

 しかし、新しいポーズだと、別に相手が打って出てくるまで待つ必要もないし、自分から「まあまあ・・・」と言いながら近づいていって接触することも可能になります。

 実際、会員にやらせてみても、「こっちの方が格段に楽ですね」という感想でした。

 このやり方は以前から剣術で研究していた“続飯付け”の応用なんですが、剣でできるなら手でやった方が簡単にできる筈ですからね。

 要するに、“先の先”を取る訳です。

 何か、フライングだと勘違いしている会員さんもいるみたいなんですが、はっきり申し上げておきますが、武術の戦闘理論にフライングという概念はありません!

 読みも何も無く、勝手に動いて無防備にカウンター攻撃を食らうのがフライングなのであって、相手が攻撃しようとする寸前に止められれば、それに越したことはない訳です。

 ですから、一見、フライングに見えるやり方を二回以上続けていたら、それは狙ってやっている訳ですね。私も修行時代にはよく勘違いされました。相手が“先の先”を知らないと理解できない訳で、「何か不思議だ~?」と言われたりしましたが・・・。

“後の先”を狙って、相手が動き出す瞬間を待つのが癖になっている人は、いわゆる気配の出ない攻撃や、相手の攻撃力が予想外に大きかった場合に遅れを取ることになってしまいます。

 ですから、武術の上級者は先手先手を制していくようになり、ついには、相手が攻撃動作をする以前の攻撃意欲が脳波に出た瞬間を制する“先の先”“先々の先”を取るのが当たり前になります。

 これは剣術だから生まれた理合だろうと思われます。素手で闘う場合にそこまでの必然性は生じませんから・・・(多少、殴られたぐらいで死ぬ恐怖はないでしょ?)。

 私が新体道を高く評価し青木先生を古今独歩の最後の名人と称賛を惜しまないのも、この“脳波レベルの読み”を体現されているからであって、だからこそ、数多の武道家・格闘家を難無く圧倒的に退けてしまった訳ですね。

 私が目指しているのもそのレベルなので、ここは誤解されないようにお願いします。

 さて、0インチ打撃を体得していれば、この「まあまあ・・・・」の構えと戦法が鉄壁の戦闘理論となります。

 無論、接触してから打つのですから、相手も打てる間合ではあります。現に、忘年会でやって見せた時、大石総教練は私の腹にパンチを出してきましたからね。

 ただし、素手を前提で考えた場合、接触したところから100で打てる人間と、加速度をつける距離が無いと打てない人間では、同時に打てば前者が圧倒的に勝てる訳です。

 両方が0インチ打撃を体得していたら、相討ちになるでしょう。差ができるとすれば、急所に当たるか威力に差があるか?・・・です。

 素手での0インチ打撃法で我々(私と師範、常連会員数名)が体得したのは、『修羅の門』に出てくる“無空波”に近いものです。振動波を打ち込むので体内に複雑な波紋効果を生じさせ、まったく予測不能のダメージを発生させるのです(DVDで練習法は解説しています)。

 これは、衝撃力の大きさではなく、また単なる貫通力でもありません。浸透して毒に侵されるような性質のダメージになります。

 これは低威力の軽い弾丸が人体に命中してから横転したりして貫通しないまま体内に残る様子をイメージしてもらうと近いかもしれません。つまり、命中した時の威力が大したことなくとも、体内で動きが変わることによって結果的に大きなダメージを生じさせてしまう訳です。

 私は、いつも発勁の演武では相手を後ろに飛ばすようにしていますが、これは、威力が体内に蓄積しないで後ろに抜けるように貫通させる打ち方をしているからです。

 この打ち方なら相手が派手に吹っ飛んでも実際は体内への破壊力は働いていません。

 もちろん、吹っ飛んだ時に後頭部を打ったりしないように受け手が二次被害を受けないように配慮する必要はありますが、このような演武なら安全なのです。

 もっとも振動波を用いた0インチ打撃を使うと、どうしても威力が体内に残留し易く、軽く打っても致命的なダメージを発生させてしまう危険性がある・・・ということがこれまでの研究で判明しました。

 例えば、DVD向けの撮影で防具を着けて受け手を務めてくれた北島師範から「内傷を負ってしまったみたいなんですが、どうすれば治せるでしょう?」と一週間後に相談を受けたことがありました。

 私に気を使って黙っていたらしいんですが、いつまでも痛みが引かないので不安になって質問した様子でした。

 私の自己治療法としてはホッカイロを貼りっ放しにして痛みが出なくなるまで様子を見るというものを過去に試して効果がありましたが、これは、その当時に来ていた会員さんから「温熱療法が効くのでは?」とアドバイスを受けて実験してみて改善しました。

 しかし、北島師範は貼りっ放しにせずに付けたり付けなかったりしていたらしく、効果があがりませんでした。

 それで、忘年会の時に仁平師範に治療してもらって治ったみたいでした。が、仁平師範も、この打撃法は寸止めに留めないと危険だと指摘していました。

 この技は、もう格闘技的な競技には使えませんね。安易に打てば、相手に予想外の致命傷を与えてしまいかねないからです。

 何しろ、防具越しに慎重にセーブして打ってもこうなってしまうのですから、競技試合の興奮状態で使えば簡単に致命傷になってしまうでしょう。それも試合後、何日か経過してから突然死したりするかもしれません。

 松田隆智先生の軽く打った発勁を手のひらで受けた青木先生が、「この突きは日本の武道には無いものだね。これをまともに打ったら内臓がグチャグチャになってしまうよ」と評しておられましたが、その打撃法がまさに、この0インチ打撃法なのです。

 その場で見ていたので、私は原理的に解析して研究したんですね。見せてもらっただけで私にとっては教えてもらったのと同じことですから、体得しないと失礼でしょう?

 松田先生は八極拳の冲捶、形意拳の崩拳、つまり“中段突き”で示されていましたが、拳や腕の横の振動ではなく、腕の芯を纏絲勁(螺旋状に巻き付くドリル状の振動)と沈墜勁(ピストン運動のような振動)が連なっている様子を内観できたので、まずは内観した身体感覚を移し取るように瞑想状態で再現してイメージ訓練し、それによって生じた自分自身の身体感覚を利用して直拳・裏拳・掌打・把子拳打・鉤手打・腕打・肘打等でも打てるように、その後、あれこれ工夫した・・・という次第です。

 ちょっとオカルト的に受け取られると困るので、このやり方は他人に教えたことはありませんが、私が見ただけで技の原理を盗める理由がこれなんですよね。

 仁平師範は教えなくとも自分でやっていましたね。

 ただ、これはイメージ力だけでも身体能力だけでもできないので、真似してできるようになる人はほとんどいないと思いますので、御注意ください。失敗するだけならまだしも、誇大妄想に陥る人もいますから・・・。

 松田先生は、「技の威力は正しい姿勢から生じる」という考え方をされていました。形が大切なのだと言われていたんですね。

 しかし、私はそうは思えませんでした。

 何故なら、現実に戦う時に正しい姿勢を取ることは不可能に近く、少なからず姿勢は崩れる筈であり、その崩れた姿勢の中からでも打ち倒す威力が出せなくてはならないと考えたからです。

 これは、私が新体道に注目した時に、“一撃必倒の突きを出す統一体”ではなく、“ぐにゃんぐにゃんに脱力した体勢からピシャッと打ち出す鞭手を用いる養気体”の技に関心を持ったり、システマに注目したりした理由でもありますが、私が泥酔した状態で日本拳法の人と手合わせした時に自然に酔拳の技が出た?という体験から直感したことでもありました。

 要は、楷書、行書、草書の別があると思うのです。

 基本稽古は楷書で、行書や草書は実用の時に用いる。そう考えれば、武術の訓練法と実戦応用の意味が理解できるのではないでしょうか?

 0インチ打撃は、肩・背中・腹・スネ・足裏でも打てますが、手技と比べるとコントロールが難しい。振動させながら打ち込むという芸当は、やはり手技に限られます。

 ただし、姿勢が崩れた状態でも打てないと、例えば、寝技でマウントポジションを取られたら為す術が無くなってしまいますね?

 立って姿勢を正確に定めないと打てないのでは実用性が無いに等しいことになるでしょう? 新作DVDでは、それを示すためにマウントを取られた状態でも打てることを示しましたが、これを実際にやれば相手に致命傷を与えてしまいますから、競技試合で試すのは絶対にやめてもらいたいですね。

 武術というのは、「どんな状況からでも逆転できる知恵と技術があるんだよ?」と言いたかったので敢えて紹介しましたが・・・。

 ちなみに、こう書くと特殊なことのようですが、白鶴拳の白鶴震身や陳氏太極拳の抖勁、柳生心眼流の武者震いといった技法も、振動波を発生させながら打ち込む工夫なのではないか?と思います。

 私も、このような技法が秘伝として伝わっている事実を検討して振動波0インチ打撃法を考案した訳で、まったくのゼロから独力で編み出した訳ではありません。

 また、濡れた犬がブルブルッと水気を吹き飛ばしたり、ベリーダンサーが体幹を細かく揺れ動かす動きなども研究しました。

 無論、これらの身体運動の基本は脱力体なんですね。筋肉をごてごてと膨らませた人はできない。だから、游心流では筋トレを御法度にした訳です。

(脱力体からの脅威の技についてはセミナーでどうぞ!)

 もう一点、ここで考えなくてはならないのは、「接触して間合が潰されている状態で迂闊に打撃技を出せば、自分に隙を生じさせてしまう」ということです。

 もし、互いが接触対面している状態で相手に殺意があったら、こちらがパンチを出したと同時に顔面に掌打(横面)と親指貫手(そのまま目に突っ込む)を入れるでしょう?

 何故か?

 パンチを出すということは、“パンチを出した腕”は防御に使えなくなるからです。

 つまり、私が打撃技の最大の盲点と考えたのが、ここなのです。

 打撃技を出した瞬間、腕や脚は攻撃力を集中させるために防御ができなくなる。即ち、「最も弱い隙間を晒すことになる」のです。

「攻撃の瞬間が防御力が最も低くなる」という真理から、「先を取る読みと交叉法」が日本武術の極意となったのだと私は考えています。

 即ち、それが戦法としての“後の先”であり、「空手に先手無し!」と言われる言葉の真の戦術的意味(先に手を出して攻撃した方が不利になる)なのですね。

 しかし、日本剣術の世界は、“先の先”を理想とします。

 だから、向かい合っただけで勝てるかどうかを察知して無益な腕試しをしないという境地に達する訳です。

 技や力の強弱ではなく、“読み”のレベルが勝敗を決める。それが日本の武術の到達した心法の世界なのですよ・・・。

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12月セミナー忘年会感想

 これまた遅くなりましたが、本年最後のセミナーと忘年会について・・・。

 北海道在住で常連の方が、「北海道が大雪で飛行機が飛べないので行けませ~ん」とメールしてくれたり、今年も最後までいろいろと想定外のことが起こりました。

 けれども、終わり良ければ、すべて良し!

 久しぶりに大石総教練、山田師範も顔を出して、仁平師範も駆けつけてくれました。

 セミナー常連の方も「来年は都合がつかなくて来れない」という方が何人かいらっしゃって、予約している方はこれまでで一番少ないです。

 けれども、私自身が作家活動が忙しくなりそうなので、今後は会員の指導は支部長に任せて、私はセミナー、講座と個人指導に専念して、常連会員と幹部は日曜の本部隔週木曜のメイプルホールで教える・・・という形を常態化していこうと思います。

 それというのも、常連会員さん達の実力もかなり上がっていて、支部や同好会での指導を任せても大丈夫だろうと思える人が増えたからです。

 なので、この日は何人かの会員さんに「游心流名乗って同好会やってもらってもいいですよ」と言っておいたんですね。

 私自身の経験上、「習うよりも教える方が実力が磨かれる」という考えがあります。

 私も最初に教えたのって20代前半なんですよ。大学の後輩にヌンチャク教えたのが初めて。ヌンチャクの技は拳正道と現代忍法道の通信講座で勉強して、琉球古武術の本買って研究してました。

 もっとも、私の世代だとブルース・リー直撃世代で自作ヌンチャク振り回して自己流で練習している人間がいっぱい居たから、振り回すだけだったら、上手い人間はいくらでも居たんですけどね?

 でも、ブルース・リーを知らない世代になるとヌンチャクなんか触ったこともない!という人が大半でしょう。まして、基本の操作法や技としての使い方まで知ってる人は滅多にいない訳です。

 武器というのは、本来、そういう性質のもので、「武器使えば誰だって勝てるだろ?」って素人さんは考えがちなんですが、とんでもありません!

 武器というものは、しっかり使い方を体得していないと使えないどころか下手すると自分を傷つけてしまいます!

 友人の時代小説家に日本刀の抜き方納め方とか教えたら、後からメールで「教わった通りにやっているのに刀を抜いて構えたら逆さまになってしまうんです」と苦情が来て、たまげたことがあります。

 要するに、抜く時に刀の柄を上から握って、そのまま構えたから刃が上側になってしまったということでしょう? 帯に差した打刀は刃が上になっているから、抜く時に下から柄を握らねばならないのですが、そう教えた部分を忘れていたのでしょうね?

 銃だって、弾の装填の仕方を知らない人が大半ですよ。極論すると一つ一つ使い方が違っていたりするんですから・・・。

 そういう次第で、映画やドラマ見ていても役者がそういう基本的なことを知らないで刀や銃を持っていたりすると、私はどっちらけてしまうんですよね。

 それと、武道や格闘技が好きな人は武器を使うことを異常に嫌う人が結構います。

 当然、嫌っているから教えても身につきません。だって練習しようとしませんからね。

 しかし、現代で“実戦”を真剣に考えるからには武器を避けて通る訳にはいきません!

 素手で拳銃や刀に立ち向かうのはアクション映画の中の演出でしかありません。本来の武術は武器術がメインであり、素手の体術はあくまでも副次的なものだったのです。

 現代武道がそうなっていないのは、社会体育としてスポーツの中に組み込んだからなんですよ。

 例えば、剣道を武術的に稽古しようと考えたら、当然、最後は日本刀を使って竹や巻藁切ったり、刃引き刀で組太刀の稽古をやったりしなければなりません。心ある剣道家はそこまで実践研究しているものですよ。

 手裏剣や弓道も、動いている的を狙ったり、複数の攻撃してくる相手に対したり、いろんなシチュエーションを設定して練習するでしょうね?

 ただし、私は手裏剣や弓矢でそこまで研究しようとは思いません。

 どうしてか?というと、現代は高性能の銃があるからですし、市販されているエアガンやガスガンでも護身用に使用できるだけの性能はある(目を狙えばいい。フルオートで撃てばアルミ缶に穴が穿く威力があるので・・・)と思いますから、敢えて手裏剣や弓矢で実戦に対応しようとは考えません。

 研究家として一応は練習していますが・・・。

 武器術の練習は、対武器への対処法の研究にもなります。何も持ってない時に複数の武装した集団に襲われた時に、降参したフリして敵の武器奪って殺しまくる・・・とか?

 テロリストに捕まった人が何も抵抗しないまま惨殺されるって、本当に悔しいし悲惨じゃないですか?

 せめて、「人を殺そうとするからには死ぬ覚悟はしておけよ」くらいの武士道精神を教えてから殺されれば、「うわ~、日本人はすげぇ~」とテロリスト達の心に刻みつけて、以後、日本人が襲われなくなるかもしれないでしょう?

 あるいは、そこで圧倒的な戦闘力の差を見せつければ、「俺たちに教えてください」となるかもしれません。そして、「いいかい? 人を殺せば自分も死ぬことになるんだよ? 人を殺さずに共存する道を探すのが本当の神の教えだよ」みたいに教育できたらいいとは思いませんか?

 私は、戸隠流忍法の道場で、対立する国同士の人間がかちあって、一緒に稽古するうちに泣き出して「俺たちは何で憎しみあっていたんだ」とハグし合った・・・という話が一番、好きですよ。

 これは、戸隠流忍法が生死を前提にした技の稽古をしているからだと思います。

 武術って、単に自分の命を護るんじゃなくて、もっと大きな影響力を秘めていると私は思います。

 結局、暴力で人を支配しようなんて、いかに空しいことなのか?ってことを悟らせるのが武術修行なんだと思いますよ。

 だって、いくら凄い技を体得しても、使い道が無くなるだけだからです。だって、武器を本気で使えば相手を殺してしまうでしょう?

 素手で練習していると、この恐ろしさに延々と気づかないんですよ。技がどの程度効くか?というレベルで止まってしまうんです。

 殺せないから何発もパンチやキックを出せるし、我慢合戦になるんです。

 でも本気で殺そうとする人間が、そんなことやりますか?

 やりませんよ。

 刺し身包丁買ってブスッて刺してきますよ。本気で殺意があれば・・・。

 私が研究しているのは、そういう殺意がある人間に対処する技であり、だから、読みを一番大切にしています。

「あっ、こいつ殺気が出てる? 危ないな~」と、察知できるのが一番いい訳です。逃げるは恥だが役に立つんですよ!

 場合によっては、町中でそんなヤツを発見して、そいつが何か仕出かす寸前に、チョチョチョイッと取り押さえてやったら、もっといいですよね?

 相模原の惨殺事件の犯人だって、要するに対応がマズ過ぎただけですよ。犯罪起こす宣言してる人間を野放しにするなんて無防備過ぎます! 措置入院させた時に独房に監禁して外に出さないようにするとか? そういう判断も必要だったでしょうね?

 脱線したので元に戻ります。

 技にしろ稽古法にしろ、いろんなやり方をバラバラに沢山覚えても実用には結びつかないと思うんです。

 私は、何人かの斯界の著名な先生から、「アンタはどうやって、そんなに膨大な技を覚えたんだ?」って聞かれたことがあります。

 無論、本とか映像は沢山見てますけど、30歳以降は、もっぱら根本的な理合を追究して、その観点からいろんな流派の技を解析していっただけなんですよ。

 そうすると、自分が習ったことのない技でも習った技の延長線上で応用できるようになったんですね。

 後は、それを組み合わせているうちに勝手に技数がどんどん増えていっただけです。

 だから、シラットなんて全然習ったことないのに、JKDでシラットを習っていた人達から「長野先生の技はシラットにそっくりですよ! 習ったことあるんですか?」と非常に驚かれて、逆にこっちが驚いたことがありました。

 で、映像で見てみると、確かにそっくりなんで二度ビックリしたことがありました。

「これはマズイ。俺が真似してるみたいじゃん?」と思って、それ以後、なるべく違うように心掛けてますが・・・。

 それと、太極拳やってる人や八光流やってる人から「何で、うちの秘伝を知ってるんだ?」と聞かれたこともあります。

 もちろん、知ってた訳じゃありません。自分で工夫しているうちに、たまたまそれが秘伝の技そのままになってしまったらしいです。

 松田隆智先生が私を非常に評価してくださったのも、私の研究家としての才能だったのだと思います。

「教えられなくても、君みたいに自分で発見しちゃう人間もいるんだよな~」と・・・。

 恐らく、斯界で一派を興した人は私みたいなタイプの人が多かったのではないでしょうか?

 創造力がある人・・・。

 その最右翼としては新体道、剣武天真流を興した青木宏之先生でしょうね?

 私は、そういう人が自然に育つような稽古体系を作ろうと思って游心流を興しました。

 18年くらい続けてきて、ようやく何人か育ったかな~?と思っています。

 しかも、それは最近のことなんですよ。

 初期に教えた人達は、ほとんどが来なくなりました。理由はいろいろありますが、根本的には完成度が低かったからだと思います。

 結構、何度もあったのが、少しできるようになって自惚れてしまった人。何人かいましたが、うちから離れた後、名を成した人はいません。

 他所と違った技を体得できるから、それだけで自分が異常に強くなったと錯覚してしまうのでしょうね?

 まあ、今思えば、この程度の人間はどこの流派にもいるでしょうから、しょうがないよな~?と思います。

 特に現代の日本の武術の世界は口先だけで何とかやっていける業界なので、実力が無くても人を驚かせられるようなパフォーマンスがいくつかできたら、それだけで達人のフリができるからです。

 以前は私もその類いだと思われていたみたいですが、最近は腕試し目的の人はほぼ来ませんね。

『刃牙道』のお陰かな~? 本部以蔵のモデルは長野らしい・・・って噂を何人かから聞いたんですが・・・(「最近は風貌も似てますよ」って千葉さんから言われた)。

 それは別として、『刃牙道』が完全に武術漫画になったな~?とは思いますけどね?


 セミナーが終わった後は忘年会というか飲み会になりました。

 セミナー始まる前に関西から来ている日本拳法修行者の会員さんに個人指導で寸勁斬りを教えたら、二回目で成功し、連続して三回も成功したので「よしっ、これができれば君は二段だ! 游心流名乗って同好会やってもいいよ」と・・・。

 その時のマキワラの切りカスの入ったゴミ袋を見た山田師範が、「長野先生、何ですか? それ」と聞くので、「セミナーの前に個人指導で試し斬り教えたの」と答えると、壁の刀掛けを指さして「あそこに掛かってるのは真剣なんですか?」と聞くので、「あれは模擬刀。真剣は下にあるヤツ・・・」と答えると、笑いながら「何で、真剣を下に放置してるんですか?」と言っていました。

 いや、刀掛けに掛けてたら誰かが知らずに抜いて振り回して怪我でもしたらマズイと思ったんですけどね?

 山田師範は小用先生の刀禅の同好会の主催も許可されたそうなので、刀禅の稽古に役立つように作ったアルミの刀をプレゼントしました。

 560円で買って先端を金ノコで斜めにカットしただけのものなんですが、これは真っすぐに振らないとブレブレに曲がってしまいます。

 つまり、これがブレないように振れたら真剣でも刃筋を通して振れるようになる筈!という刀法体得のための刀なんですね?

『0インチ打撃戦闘法』DVDでも紹介していますが、刃筋を通す訓練は打撃技でも貫通力を養成することに繋がるんですよ。
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 このDVDでは零勁斬り(0距離で斬る技)にも挑戦していて、一回目は失敗、二回目で成功しましたけど、寸勁斬りとは別次元の難しさでしたね?

 感覚的には20倍くらい難しいように思えました。

 これも慣れれば、もっと自在に斬れるようになるでしょうが、そうなると素手の戦闘法も大分、変わると思います。

 ただし、防具装着して受けを取ってくれた北島師範から、後で内傷を負ってしまった旨の報告を受けて、かなり焦りました。浸透勁が当たり前に打てるようになると、もう寸止めして当てないで練習するしか方法が無いと思います。

 怪我しないように慎重に防具の上から打っていてもそうなってしまうのでは、軽く打ってるつもりでも直に打てば傷害を起こす危険性があるからです。

 DVDでは怪我しないように打つ真似程度にしていますが、これは本当に危険な打撃法なので、くれぐれも人体実験なさらないよう厳重に警告しておきます。

 仁平師範も、栗原師範のローキックを受けたIさんの治療をした感想で、「游心流の会員は当てて練習してはダメです」と言っていました。

 具体的に言うと、内部に威力が浸透する打撃技は、例えば血管に血栓とかできて、それが心臓や脳の血管に巡って詰まると心筋梗塞や脳梗塞を起こすかもしれません。

 だから、その場で大丈夫でも後から突然死起こす危険性があるのです!

・・・という訳ですから、DVDを買った方は、くれぐれも実験しないよう、お願いします! これは、いざという時のための絶招(必殺技)だと認識してください。

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2017年月例セミナー一括予約申し込み

 来年2017年の月例セミナーの一括予約申し込み。

実施日 毎月第二日曜日11:00~14:00

内容
(毎回、最初に参加者自己紹介から始めて、基礎錬体と歩法の練習をやり、小休憩。それから解説示範、二人組んでの技の掛け合いを繰り返し、小休憩を入れつつ、大体、終了30分前に実技講習は終わり、質疑応答をやって終了。その後、駅近くのファミレスで親睦会・・・という流れです。親睦会は参加強制ではありませんが、技の秘訣や武術業界の裏話などを話すので、常連の人はこちらを楽しみに参加される方が多いです。会費は自分の食べた分だけです)

毎回のテーマ
1月  脱力体の養成(武術の基本にして極意がこれです)
2月  軸の確立(中心軸や側軸を意識することで身体の操作性を高めます)
3月  下丹田の自覚(いわゆる丹田です)
4月  中丹田の活用(技を巧みに使うコツです)
5月  上丹田の覚醒(脳神経系の訓練です)
6月  交叉法(武術技法の極意です)
7月  読み(目付けのやり方です)
8月  推手(聴勁の訓練です)
9月  型の分解(いろいろな流儀の型から実践用法を抽出します)
10月 武器術(刀や半棒、短武器の使い方です)
11月 整体活法(武術に伝わる整体と活法です)
12月 総まとめと忘年会(一年間の復習と宴会です)

(以下は去年と同じ!)


***** 事務局情報追加 *****
●料金
通常各月毎の申込みは一般:10,000ですので、全回申込みで120,000円です。
事前の一括申込みが大変お得になってます。

・2016年09月30日までのご入金
  初めての一括申込者:60,000円
  常連受講者(前年2016年セミナーに一括申込みした方):50,000円

・2016年10月31日までのご入金
  初めての一括申込者:65,000円
  常連受講者(前年2016年セミナーに一括申込みした方):55,000円

・2016年11月30日までのご入金
  初めての一括申込者:70,000円
  常連受講者(前年2016年セミナーに一括申込みした方):60,000円

・2016年12月20日までのご入金
  初めての一括申込者:75,000円
  常連受講者(前年2016年セミナーに一括申込みした方):65,000円

・游心流会員:50,000円(通常の全回申込みの場合、60,000円ですので、10,000円引き!)
     …2016年12月20日まで

●予約/支払い期限:上記参照 (単発・一回毎の申し込みについては期限はございません。)

●会場:游心流本部道場(相模原市中央区淵野辺シャルマンビル3F JR横浜線淵野辺駅から徒歩15分程度)
     ・・・申し込みされた方には地図等詳細をお送りします。 

●集合場所:JR横浜線淵野辺駅改札に午前10時30分集合(遅れる方は直接道場に来てください)

●申し込み方法:下記参加方法をご参照下さい。折り返し、詳細をご連絡致します。


<参加方法>
下記の必要事項をご記入頂き、メールアドレス【yusin_mail_from2006@yahoo.co.jp】宛にお申し込み下さい。折り返し、返信を致します。

<必要事項>
(1)氏名(ふりがなもご記入下さい)
(2)年齢(何歳代でOKです)
(3)住所(郵便番号・都道府県も漏れなくご記入下さい)
(4)電話番号
(5)Eメール
(6)ご職業
(7)武術・武道・格闘技・スポーツ歴
 安全上必要の為、詳細のご記入を御願い致します。
 会員の方は会員暦も追加。
(8)用件
(『2017年セミナー 一括申し込み』 とご記入ください) 
(9)何か一言
(10)今までにかかった、又は現在かかっている病気・怪我歴
  (安全上必要なので詳細に)

(項目未記入等の不具合がありますと、参加受付出来ない場合がございます(返信致しません)。予約なしのご来場は即刻お帰り頂きます。交通費払いません。)

お申し込み用メールアドレス
yusin_mail_from2006@yahoo.co.jp

※以前に前納予約(一括申し込み)したけれども都合で参加できなかった回があるという方は、その旨、申し出てくだされば、未参加回数分(料金分ではありません)、本部(日曜・木曜)・横浜支部・橋本支部・東京支部へ無料参加できることにしました。より密度の濃い武術技法が習えますので、是非、御検討ください。無論、入会を強制したりはしませんので、御安心を・・・。
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12月セミナーは復習と忘年会

 例年の通り、12月のセミナーは一年間の復習と忘年会です!

 来年の予約申し込みは少ないのですが、希望される方、迷っている方は、お試しで参加してみられるのもいいかと思いますよ。

 特に遠方から参加される方は、参加費より交通費の方が高くなったりしますからね。


 それと、12月のメイプルホールの稽古は15日が最後です。29日はホールが休みになるのでありません。お間違いのないようにお願いします。


 また、12月のDVD半額セールは、『神業の原理』です! 二枚組の豪華版ですので、ボーナス出た方、宜しくねっ!


 DVDの注文してくださる方には、熱心な感想を書いてくださる方もいらっしゃいますけれど、こっちも励みになりますよね?

「よしっ、次はもっと凄いの作ってやるぜっ!」って・・・。


 それからそれから・・・18日の日曜稽古はお休みします。私、幸手の山田師範のところに行ったことないもんで、一回、行こうと思っております。

 来年からのうちの会の活動方針とか、いろいろ考えていかないといかんな~?と思っています。

 私は縁のあった人達にはみんな、良い人生を歩んで欲しいと思います。

「長野先生は、やっぱり立派な人だ~っ!」と、今、感動した人・・・。

 私を迫害したり嫌がらせしたり悪口言ってる人達は、みんな纏めて“ウラミ念法”かけてますよ・・・「フッフッフ、おめ~ら全員、地獄へ落ちろっ!」ってね?
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ゼロインチ打撃

 格闘技に於ける打撃技とは、ボクシングではパンチ(ジャブ、ストレート、フック、アッパー)、キックボクシングでは、パンチ(ジャブ、ストレート、フック、アッパー、バックハンドブロー)に肘打ち、キック(廻し蹴り、膝蹴り、前蹴り、後ろ廻し蹴りなど)があります。

 空手では、パンチは厳密に言えば、突きと打ち、当てに区分されますが、どう分類するのか?という基準については曖昧です。

 ざっと解説しますと・・・突きは、正拳あるいは一本拳、貫手を使った直線的ストレートパンチを称し、打ちは、裏拳・手刀・背刀・肘・拳槌などを使った円曲的軌道によるパンチを称し、当ては、正拳・手刀・肘・掌底などを使った至近距離から打ち込む寸勁的パンチを称している・・・と思ってもらえばいいでしょう。

 空手の蹴り技に関しては、前蹴り・後ろ蹴り・廻し蹴り・横(足刀)蹴り・踏み蹴り・鉤蹴り・内廻し蹴り・外廻し蹴り・後ろ廻し蹴り・二段蹴り・飛び足刀蹴り・膝蹴りなどと多彩なものがありますが、例えば“カカト落とし”はテコンドーから、スネを使った“ローキック”ムエタイから導入されたと考えられ(元々、空手にスネで蹴る蹴り技が有ったとは考えにくい)、一説に“後ろ廻し蹴り”も大山倍達がブラジルでカポエィラと交流して導入したと言われます。

 無論、逆に空手から世界の格闘技に影響を与えて導入されていった例も無数にありますし、テコンドー、カラリパヤット、シラットなどが空手の影響を受けているのは疑う余地がありません。

 昔、ジャイアント馬場がアントニオ猪木に対抗して?異種格闘技戦をやった時の相手ラジャ・ライオンは、インドの“バンドゥー空手”なる流儀の達人という話でしたが、自分の蹴りでバランスを崩してスッテンコロリンとなってしまうヘナヘナっぷりでヤラセ感満点でしたが、世界中に空手を導入して新たに創作された格闘技が無数にあるのだろうな~?と思わせました。

 少林寺拳法では打撃技は総称して剛法と命名されています。分類する面倒を省いた良いアイデアだと言えるでしょう。

 中国武術では、門派によって様々ではありますが、打撃技だけで戦うという概念は一面的で、投げ技を主体とするシュアイジャオや、逆手技を主体とするチンナ、そしてツボを攻める點穴も含まれるのが普通ですし、武器(兵器、あるいは器械と呼ばれる)術も修練するのが当たり前です。

 日本の古流柔(体)術では、突きや蹴りは従属的で、当身、流派によっては強法、剛身、骨法、骨指術、砕などと呼ばれていますが、概ね、“当身殺活術”と総称されています。

 何故、“殺活術”と呼ばれるか?というと、武術的な使い方と医術的な使い方が表裏一体となって秘伝として伝えられたからです。


 さて、格闘技に於ける打撃技は、パンチにしろキックにしろ、極めて限定的な技であるという点に注目してください。

 何故、限定的か?というと、試合で用いることが大前提であり、本来の武道に伝わっていた技の相当な部分が削除されてしまっているという事実を認識してください。

 私が武道や格闘技ではなく三十代から一貫して武術を追究し続けてきたのも、技の膨大さに魅力を感じたからであり、実戦に対応し得る武術の研究を志したからでした。

 武道や格闘技が若いうちしか実力を発揮できない最大の理由は何でしょうか?

 それは、圧倒的に技が少ないからです!

「少ない技を磨くからレベルが上がるのだ!」という論がかつてはありましたが、それは“試合”を目的化した考えに過ぎません。

 実戦を考えれば、“勝てる技”を常に研究開発していく必要があります。

 余談ながら、近年のアメリカの銃規制の骨子になっていることが何か?というと、それは「軍用アサルトライフルをスポーツライフルに改造して市販していること」であるとされます。

 つまり、“多弾数をマシンガンのようにフルオート射撃できるライフル銃”をフルオート機構を取り除いて市販していることを危険視している訳です。

 言うまでもなく軍用銃というのは最初っから“多数の人間を効率よく殺すための銃”であり、狩猟用のショットガンやボルトアクションライフル、護身用の小形拳銃とは総合的な戦闘力が比較になりません。

 例えば、かの有名な、かつての世界最強の拳銃弾(現在では.500S&Wマグナムがある)と呼ばれた.44マグナム弾でも、軍用としては低威力のM16ライフルで使う.223レミントン弾よりずっとエネルギーは小さいのです。

 象狩りに用いる最強のライフル弾と呼ばれた.460ウエザビーマグナム弾でさえ、軍用の.50口径弾には全然敵いません。

 民間の銃と軍用の銃とは殺傷力に雲泥の差があるのです。

 また、銃の分解掃除に慣れている人間なら簡単にフルオート機構を復活させることができるでしょう。

 分解してシアを取り替えるだけですから・・・。

 では、どうして、軍用の銃はこんなに戦闘力が高いのでしょうか?

 それは、生きるか死ぬかの場で戦わねばならないからです!

 戦場で綺麗事が通用しますか?


 私が武道や格闘技に根本から違和感を感じてしまったのは、「これは本来の姿じゃないだろう?」と思ったからなのです。

 で、武術を研究しているうちに確信したのは、「あ~、武術はやっぱり戦場で工夫され平時に研究されて発展したものなんだな~」ということでした。

 つまり、競技が目的ではないのです。飽くまでも、平時に於ける実戦を想定した護身戦闘術が本分なんですね。だから、“兵法”に対応する“平法”という言葉が考案されていた訳です。

 けれども、競技によって磨かれた現代武道や格闘技の実践者とルールを決めて試合しても、勝ったり負けたりするのが“現実”で、「武術がどうこう言うなら試合に出て証明しろ!」と批判されたら何も言えなくなる訳ですよ。

 はっきり言って、ルール決めて闘ったら体格・体力・年齢の勝負になってしまうからです・・・。

 で、負けたら、「ほら見ろ。武術なんか口先ばっかりで理論倒れのオタクが逃げ込むファンタジー・ワールドなんだよ!」と嘲笑されるんですよ。

 悔しいけど、それは事実は事実として認めるしかありません。

 晩年の松田隆智先生と話していた時に、「悔しいな~。俺が若かったら試合に出て証明してやりたいよ~」と言われていたのを、よく思い出します。

 だから、私は板垣さんの『刃牙道』が大好きなんですよね。

 これまた余談ですが、最近、周囲の人達から、「あの本部以蔵って長野先生がモデルなんじゃないですか?」って何度も聞かれるんですが、もしも、参考にして戴いているとしたら、こんな有り難いことはないですよね?

 私の研究が報われているってことだから・・・。

『ケンイチ』が終わって、『ツマヌダ』も終わって、武術の魅力を伝えてくれるのは『刃牙道』しか無いでしょう? もう永遠に続いてもらいたいですね~?

 来年は、少なくとも小説はデビューできると思うんですけど、私としては21世紀版の『拳児』のような作品は書かなくてはいけないな~と思ってるんですよ。


 さてさて、余談ばかりで済みません。

 何故、今回、打撃技について書いているか?というと、游心流武術に於ける打撃技の概念をきちんと紹介するべき段階になったか?と思っているからです。

 以前から書いているように、游心流の打撃技は寸勁を基本にしていました。

 交叉法から使う打撃技として寸勁が絶好だったからです。

 しかし、脱力して寸勁を使うと打撃技の“質”が浸透勁になってしまい、軽く打っても内傷を起こして非常に危険であるという事実が最近、判明してきました。

 これは、“暗勁”とも呼ばれる中国武術でも秘伝扱いされて一般の弟子には教えないものです。

 20年くらい前に、松田隆智先生から、「あの打ち方は危険だから公開しない方がいい」と注意された打ち方(打撃訣)を必要としないくらい当たり前に打てるようになったということです。

 解っている人間同士で力をセーブしてやっていてさえ、こうなってしまうのですから、もし自由攻防でもやったら突然死起こす人間が出てもおかしくありません。

「慎重に怪我しないように型稽古か約束組手で練習するしかない」という結論に至った訳ですが、これはむしろ、「武術として原点回帰した」と言えるのかもしれません。

 即ち、“本来の武術としての殺傷力を備えた技術体系”のレベルに近接したと言えるのではないか?と思うのです。

 これまでは、下丹田(骨盤)から重心力を伝導させて末端の拳や掌に送り込むというやり方を主眼にしてきましたが、システマのやり方や、松葉国正先生が『秘伝』で解説されていた「指先から動かす」というやり方にヒントを得て、拳先を高速振動させて威力を生み出し、逆に下丹田に送り返す・・・というアイデアを考えて試して実感を得ていたので、日曜の稽古会で実験的に教えてやらせてみました。

 うちの支部長や常連会員は身体の脱力が効いているので、そんなに苦労しないですぐに体得できました(もっとも、「脱力した状態で拳先を高速振動させるというのは下手すると肘痛めそうです」との意見も出たので、練習法はもう少し検討せねばなりませんが)。

 しかも、これは効果テキメンで、従来の抖勁に組み合わせると、タイミングさえ合えば、威力が倍増することが判りました。

 前からやっていることの軌道を逆にするだけなので、やってできないことは無いだろう?と思っていましたが、これは予想以上に使えますね。

 ですが、これを実験したのは、もう一つ理由があって、これは寸勁ではなく密着した0距離から打撃することができるのです。

 つまり、抖勁をより実戦的に自在に使うことができるようになる訳です。

 通常の打撃技の最大の弱点は、「打撃の威力を生み出すためのタメを作る距離と時間が必要」だということでした。

 しかし、この技は距離も時間も必要としません。触れた箇所で0からいきなり100のパワーを生み出せます。

 しかも、打撃技のみならず、投げや逆、點穴に加えることで、普通の技を絶招(必殺技)に変えてしまえるのです!

 もともと、この技は游心流合気道のお家芸として組み込むつもりで考えたのですが、実験してみて判明したのは、冗談みたいに非常に応用性が効くということでした。

 元ネタとしては寸勁斬りのコツから発展させたと言えるんですが、これなら逆に熟練させれば零勁斬りもできるんじゃなかろうか?と・・・。

 ただし、見た目が益々ジミ~になりました・・・。

 何しろ、触ってバンっと打ち倒すだけなんで、格闘技の醍醐味たる“互いの技の攻防”が成立しないからです。

 けれども、武術として考えれば、体格・体力・年齢に関係なく誰もが使える理想的護身術である!と胸を張って発表できると思います。

 そこで、年内の最後のDVDのテーマとして、この『ゼロインチ打撃戦闘法』を作ることにしました!

 これは一つの技というより様々な技に応用できる武術の術理と言うべきものなので、武道や格闘技を学んでいる方にも役立ててもらえると思います。

 何故なら、通常の打撃技の弱点をつく技でありつつ、組技系への対抗戦術にもなるからです。何故なら、密着しているところからバンバン打てるので・・・。

 つきましては23日(水)に淵野辺本部道場にてビデオ撮影と特別講習を実施しますので、会員、セミナー受講生の方で関心のある方は、是非、どうぞ

 参加費用は、会員は2000円、セミナー受講生は5000円とします。

 初めての人で参加したいという人はメールで問い合わせてください。技が技なので部外者に教えるのは慎重にならざるを得ませんが、真面目に学びたい方は受け入れます。

 DVD発売は12月(販売価格は税込み20000円)になりますが、今回も11月中に予約申し込みした人は税込み1万5000円に割引します。

 交叉法と併せたら無敵?かも・・・。

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【事務連絡】11/23(水・祝)特別講習会『ゼロインチ打撃戦闘法』

・日時:2016/11/23 11:00~14:00
・場所:游心流本部道場(JR横浜線淵野辺駅に10:30集合 遅れる方は直接道場へ)
・参加費:
 游心流会員:2,000円
 月例セミナー受講生:5,000円
 その他(初めての方など):応相談
・内容:(ブログ記事より)
 そこで、年内の最後のDVDのテーマとして、この『ゼロインチ打撃戦闘法』を作ることにしました!
 これは一つの技というより様々な技に応用できる武術の術理と言うべきものなので、武道や格闘技を学んでいる方にも役立ててもらえると思います。
 何故なら、通常の打撃技の弱点をつく技でありつつ、組技系への対抗戦術にもなるからです。何故なら、密着しているところからバンバン打てるので・・・。
 つきましては23日(水)に淵野辺本部道場にてビデオ撮影と特別講習を実施しますので、会員、セミナー受講生の方で関心のある方は、是非、どうぞ。
 参加費用は、会員は2000円、セミナー受講生は5000円とします。
 初めての人で参加したいという人はメールで問い合わせてください。技が技なので部外者に教えるのは慎重にならざるを得ませんが、真面目に学びたい方は受け入れます。
 DVD発売は12月(販売価格は税込み20000円)になりますが、今回も11月中に予約申し込みした人は税込み1万5000円に割引します。
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・申し込み方法:
 こちら(http://infoyushin.blog.fc2.com/blog-entry-4.html)をご参照ください。
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11月健身法セミナー感想

 今月セミナーは常連さん、会員の欠席が集中し、異様に参加者が少なくて、10人足らず。ちとガッカリしてしまいました。

「游心流に期待されてるのは殺法だってことなんでしょうかね~?」と、もはや苦笑いするしかありません・・・。

 しかし、こういう回に限って、物凄~く内容の濃いものになる・・・というのがジンクスとしてありまして、事実、今回参加した人は世界観が変わったのではないか?と思います。

 今回、健身法部門の研究を任せている体道塾の仁平師範が急遽、参加可能になったので、終盤は最近、発見した療術の原理を実演解説してもらったんですね。

 もっとも、予告していたので、7割方は私の学んだスワイショウ(横と縦)、三元試力、歩法(丹田歩法・意拳の摩擦歩)、武道医学(背活と脳活)やディバーシファイド(基本)カイロプラクティック操法、意拳站椿功(形意拳との関連で説明)、内功盤根(形意拳の宋世栄が八卦掌を参考に作ったもの)、真極流柔術の錬体法(肩甲骨操法)、気体調整法(武道医学の経絡調整体操)、後ろ手合掌(ハズいから言いたくないけど甲野氏に学んだ。元は野口整体か?と思います。CSヨガの故岡島瑞徳氏の本でも紹介されてました)、馬弓捶(台湾武壇の基礎錬体・柔身六法の一つ)をやりました。

 いつもは我流でやると問題が起こるとマズイと思って解説しなかった意念の基本的なやり方も少し解説しました。

 一応、私が学んで研究したのは、一般常識の枠内で説明可能な整体と健康法です。

 いつもは基礎練体は小塚師範に、歩法は北島師範に指導させて私は見ているだけなんですが、今回は、仁平師範が実践研究している療術との差異を明確にするために、お蔵出しするために全て私が説明しながらやりました。

 つまり、比較的一般的なやり方と、霊能的?とでも言うしかないやり方の違いを見てもらうためです。

 余談ながら、最近、休んでいた会員のIさんは、先月のほびっと村講座で栗原師範の蹴りを受けて左脚を痛めてしまっていたそうでしたが、治療した仁平師範曰く、大腿骨が折れる寸前だったそうです。軽く蹴ってるつもりでもこうなるのですから、マジ蹴りしたら本当に折れてしまったのではないか?と思います。

 いや・・・力入れないで軽く蹴ってるから、こうなったのか? 空手道場ではバシバシ蹴ってるみたいで、それで相手が大丈夫だということは、そうとしか考えられません。

 小塚師範も空手道場で一度使ったら相手が非常に痛がって、怒ってメチャクチャに攻撃してきた?とか言っていたような・・・?

 で、Iさんもやはり、私と同じように蹴られた箇所とは別のところに後日、痣が浮かんできたとのことで、軽く蹴ってるつもりでも、游心流幹部の蹴りは浸透勁になってしまっているので、本当にこれは冗談抜きにヤバイな~と思いました。

 こうなってしまうとコントロールが非常に難しくなってしまうので、当てて練習するのは禁止するしかないな~と思いました。

 この蹴りは道場破り対策用にしておこう・・・と思います。

 余談、終わりっ!


 参加者で、体幹部の筋肉を鍛え過ぎて堅くなっているという人と、突き指とか足指の捻挫?とかしている人がいたので、そちらの治療をしてもらうことで仁平師範が新しく発見したという治療術の概要を見せてもらおうと思いました。

・・・と言うのも、彼のやり方は原理的に普通の整体療法の枠を飛び超えてしまっていて、非常に説明が怪しい? 解説すればするほどチンプンカンプンになってしまって常人には理解不能になっているのではないか?という懸念があったからなのです。

 それと、お金高過ぎっ! 価値があるのは認めるし“整体業界的”にはOKなのも解るけど、そんな事情を一切知らない世間一般の人達から見れば非常識に思われても致し方無し!

 正直、このままでは世間的には“インチキ詐欺師”か、“発狂した人”かのどちらかに決めつけられて社会的に潰されてしまうのではないか?という不安を感じさせたのです。

 普通の心理メカニズムとして、異質な人を排斥しようとするのは人間の本能みたいなものだからです。それが“差別はいけない”と言ってみたところで、本能的に人間は差別したがるものなんですよ・・・。

 まあね。

 武道武術の世界だったら、「腕は凄いけど人格はハチャメチャ! 一般常識は完全に欠落している!」という人は腐る程いるので、私個人は別に違和感はありません。

 作家としては、そんな人物の方がキャラが立っていて面白いからOK!

 そういう裏事情を知らない人達は有名な武道家や武術家を聖人君子みたいに崇め奉ったりしてますが、「アイドルはウンコをしない!」式の願望の投影でしかない訳です。

 現実(リアル)というのは、美しいものではありません。人間、表向きの顔と裏の顔があって当たり前なのです。

 そこを弁えて、敢えて触れない・・・というのが“大人の嗜み”として日本人は特に尊重している美徳なので、私みたいに「ウソじゃ~ん!」と言ってしまう人間は既知外扱いされてしまう訳ですね?

 かく言う私も、武術界に於けるトランプみたいに思われている様子ですけどね?

 日本人は社会的にも見て見ぬフリをするのが体質的でしたが、隠れて噂話をするのが大好き。それがインターネットによって匿名で広まるようになって、寄ってたかって潰しにかかる言葉の暴力が拡散するようになったように思われますけどね。


 さてさて、そんなこんなで、今回は仁平師範のお手並み拝見した訳ですが・・・う~む、これってもう物理的な説明がつかない領域に突入してしまっているよな~?

 具体的な施術としては経絡の流れ、神経と筋肉の繋がりを利用しているんですが、問題箇所を探るのに「瞬間的に変性意識状態にするんです」とのニューサイエンス的な解説が出てきたり、「アカシックレコードに繋ぐんです」とのルドルフ・シュタイナー的なオカルト表現が出てきたり・・・こういう方面の知識が無い人だと強烈に拒絶反応示すだろうな~?と思いました。

 これで治ったのか治らなかったのか判然としないんだったら、単なる危ない人になりかねないんですが、摩訶不思議な具合にチョチョイッと治してしまう・・・。

「言ってることはわからんが、やってることは神業だ!」と言うしかないんですよ。

「これは今までの三元療術の原理では説明がつかないので、火と水でヒミズと名付けようか?と思ったんです・・・」と言うんですけど、「それって、陰陽五行説とかの説明からしていかないといけないしな~。霊能的な説明にしか聞こえないから、もっと考えてからにしてみたら?」と苦しいアドバイスをするしかできませんでしたね。

 確かに彼の言わんとするところは解ったんですけど、それはもう、“言語化不能”とされる極めて宗教哲学的な領域での世界観でしかなく、一般常識的な世界観を持つ普通の人にとっては、理解不能で「信じる信じない」でしか認識できないんですよ。

 例えば、ラボアジェやニュートンは今日では近代の科学者として世間的にも認定されていますが、当時は錬金術師的な見方をされていたそうです。

 逆に錬金術師としてしか認識されていないパラケルスス(賢者の石を作った人として有名)が、ちゃんと“実在している科学者”として歴史に名前を刻んでいたりします。

 私は、てっきり架空の人物だと思ってましたもん。ファウスト博士もモデルになった人物がいたそうだし・・・。

 心理学の世界で知らぬ者のないユングも、シンクロニシティーの理論を提唱した当時はいかがわしいオカルティスト扱いされていたのは有名な話です。

 宗教哲学と哲学は科学に先んじてきました。

 つまり、思想は証明する必要がありません。提唱したら、しっぱなしでいいのです。

 ところが、科学は証明して正しいか間違いかを実証していかなくてはなりません。医療大麻推進論者も、科学的実証を徹底的にやらないのがいけないのです!

 今日の世界共通の言語は“科学”であると言えるでしょう。

 しかし、元来、科学というのも唯物論によって形成された思想であることには変わりがありません。物理学や数学、化学によって体系付けられてきたものです。

 その前提である唯物論を疑うことは、御法度であるというのが暗黙の了解となっています。

 が、その構造もまた信仰であることはほとんどの人が認識していません。

 かと言っても、唯物論の埒外にある領域。霊的であったり神的であったりする見えない世界を知覚する人が少なからず居て、その知覚そのものを科学的に解釈しようとする心理学者や脳機能学者が、一定の仮説を提出してきて、説明がつく事例も増えました。

 一方で、科学者がいきなり神秘の世界を信奉する発言をすることも珍しくはありませんね。科学者は絶対的な真理を求めるので、どうにも解釈不能になったら、いきなり宗教家に変心してしまうのかもしれません。

 が、他愛ないトリックを見抜けずに盲信してしまう科学者も歴史上、ざらにいて、詐欺師が暗躍して歴史に名前を残した例も多いでしょう。

 霊能者や超能力者の大半がインチキ詐欺師であることは事実と私も思っていますが、すべてがそうだと断定する程、私は唯物論を信じていませんし、常識外の能力を示す人に何人も会っていますからね。

 信じる信じないではなく、私は事実のみを尊重します。

 けれども、仁平師範が今後霊能者?扱いされて周囲に信奉者が集まってくる事態は、宜しくない!ということは明白です。世の中に大きく貢献できる才能を潰されてしまうのは、何としても防ぎたいと思っています。

 今回、彼は私や小塚師範が厳しい内容のメールを書いていたので、「破門されちゃうんじゃないか?」という不安を抱えて道場に来たのだそうでした。

 もちろん、そんなことはあり得ません!

 彼が今のような仕事をしようと決めたのは、私と出会ってからのことらしく、ということは私にも大いに責任がある訳です。

 もちろん、マジで発狂していたりしたら止めるのは私の責任です。過去におかしくなった連中(恥ずかしながら何人かいるんですよ)を止めなかった自戒も込めて、世の中に害悪を及ぼすような人間になったら殺してでも止めるのが定めだと思っています。

 武医同術というのは、そういう面も含んでいると思います。

 昔、八卦掌の遣い手で馬維稘という人が、腕自慢の武術家を叩きのめしたりして正義漢を気取っていたそうですが、乱暴が過ぎるので八卦門内で問題視された。ある時、夜道で呼び止められ、振り向いた瞬間に強烈な一撃を食らって吹っ飛び、以後、下半身付随になってしまったのだとか? 犯人は判らなかったそうですが、開祖の董海川がやったのではないか?と噂されました。似たような話は日本にもあります。

 異常に料金設定を高くしたのも、どうやらクチコミで、憑霊されているタイプ(これは精神疾患者かもしれません)が集まってくるようになり、ヤバイと思っての処置だったみたい。

 料金が高ければ、“ちょっと覗いてみよう”程度の考えの人間は来ませんからね。

 実は、うちの会の内部でも、「あの料金はやり過ぎなんじゃない?」「舞い上がって現実感覚を失ってるんじゃない?」といった意見が出てきていたんで、心配していたんですが、直に話してみて、まったくそういうことは無かったので、安心しました。

 むしろ、よくぞ、ここまで・・・と感動しましたね。彼が今学んでいる先生(敢えて名前は出しませんが)に感謝したいです!

・・・にしても、ネーミング・センスがちょっとな~? 中二病的だな~?

 まあ、怪獣大好きの小三病?の私が言えた義理じゃないんですけどね?

 それと、最近、ブームの4スタンス理論。これも、ある先生に学んだ理論を提唱者が先生の許可無く広めたのだそうで、実にけしからん話だな~?と思いました。きっと罰が当たりますよ!

 しかも、最後まで学んでいないので中途半端なため、最近は綻びが出てきているのでは?ということでした。

 そういえば、SOT(仙骨後頭骨療法)を学んだ某氏がソフトカイロプラクティックと名前を変えて広めたとか、この手の話は非常に多いんですよね~?

「出所をきちんと言ってるのって長野さんくらいじゃないの?」と言われたことありますが、そんなことは無いでしょう?

 小用先生や時津先生も、ちゃ~んとプロフィール欄に書いていますし、松田隆智先生も几帳面に記録されていましたね~。

 こういうのは教えを受けた先生に対する礼儀として、事実は事実としてきちんと言うのが当たり前なんですよ。

 もちろん、「俺の名前を利用しようとしているんじゃないか?」と勘ぐられた経験もあります。そういう方はその後は名前出さないようにしています。

 でも、私は他人を利用して自分の名声を得ようなんて考えはまったくありません。カッコ悪いでしょ? 小判鮫みたいで・・・。

 自分の実力だけで成り上がってやるっ!と思ってますからね。“鶏口となるも牛後となるなかれ”って言うでしょ?

 無論、勉強させてもらった先生方のお陰であるという気持ちは忘れていませんよ。

 誰に習ったのか言えないって、何か怪しいですよね? 師匠の名前を知らないとか、一回習っただけなら私も経験有るけど・・・いくら何でも、それはおかしいでしょう?

 ショーンKみたいな人、多いからな~・・・。


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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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