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連絡専用ブログ「游心流武術健身法 インフォメーション」

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游心流武術健身法 インフォメーション

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23日はホビット村で必殺二刀流

+++ほびっと村講座07/23(日)游心流合気道+++
日時:2017/07/23(日) 13:00 - 15:00
場所:JR中央線西荻窪駅南口下車 徒歩2分
 〒167-0053 東京都杉並区西荻南3-15-3 ほびっと村
 地図:http://www.nabra.co.jp/hobbit/hobbit_mura.htm#map
講師:長野峻也
参加費:3,000円
※予約不要
+++++++++++++++++++++++

師父』を観てから、八斬刀に凝ってしまいまして、使い易いようにカスタマイズまでしてしまいました。

 短い刀を二刀流で使うというのは、剣法よりも拳法の間合に近いんですが、フィリピノカリ(アーニス)とかに近いですね。

 日本の武術にはあまり見かけませんが、柳生心眼流では脇差寸法の二刀流があるみたいですね?

師父』では逆手持ちで斬る技が多かったんですが、これだとより密着していかないとダメです。

 肘打ちを入れるように使う必要があります。

 ということは、素手でやる場合は肘打ちに応用できます。

 最強の打撃技は何だ?と聞かれたら、私は「肘当て」だと答えます。

 肘の発勁を使えば、私はどんな相手にも致命傷与える自信があります。

 やっぱり八極拳は凄いな~?と思いますよ。

 DVDで練習法を公開していますが、見た目からは、まさかこんな練習で致命傷与えられる威力が出せるとは誰も思わないだろうな~?と、自分で見ても思いますけどね。

 これより凄いのは真由子サマの暴言とハンガーですかね?

「このハゲーッ!」「違うだろぉ~!」で、ハンガーでポカッ!

 ハンガーが壊れたら、「違~う! 木のヤツ~っ!」って叫ぶのかも?


 それと、23日の翌日24日は、また月一回の阿佐ケ谷オルタナスタジオでの游心流合気道の稽古(夜8:30~9:30。8時に阿佐ケ谷駅集合)ですので、会員の皆様、宜しく!


追伸;『セーラー服忍者』DVDは10月6日に発売ですが、早く欲しい方は稽古場においでくださいね。発売の時はトークショーとかやるかもしれませんけどね? 小説版も併せて出せればいいんですが(原稿は仕上げて入稿してます)、さて、発売はいつになるのかな~?

追伸2;9月後半に大阪で武術セミナーやります! 名古屋でもやるかもしれません。続報をお待ちくださいませ!

追伸3;游心流会員の作家・吉田恭教さんの『鬼を纏う魔女』(南雲堂)『化身の哭く森』(講談社)が発売中です! どちらも女刑事・東條有紀が活躍する本格ミステリーですぞ。
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七月“読み”感想

 とにかく夏は嫌いです!

「九州出身なのに、何で俺はこんなに暑いのが苦手になってしまったんだろうか?」と、反省しているんですが、何か昔の暑さってこんな具合に不快じゃなかったような気もするんですけどね~?

 それと、去年は地震で、今年は大雨・・・九州に災害が集まっているのはどうしたことか?と思います。

 これを書いている最中に鹿児島で震度5強の地震が発生しましたが、本当に災害の規模が以前とは比較にならないくらい大きくなってきていますね。

 地震の発生場所から考えると、阿蘇山や桜島の大噴火が連動して起こってもおかしくないでしょう。現に火山活動は活発になって小噴火もしていますし・・・。

 本当に災害に遭遇された方々には、今はつらくても先がありますから・・・と言いたいんですけれど、今はもう、どこで何が起こるか判らない時代になってしまいましたから、将来に希望を見いだすことは難しいのかもしれません。

 けれども、生きていさえすれば、挽回するチャンスは巡ってきますからね! 生きることを第一に優先して考えてください!

 努力だけではどうにもならないことは有りますけれど、努力が無駄になるということは有りません!

 その時に役に立たなくても、後から役立つことは有るんです!

 何か、見えないチカラが働いているな~?としか思えないことはいくらでもあって、これはオカルトでもスピリチュアルでもなくって、厳然たる現実として、努力していたことが突如として花開くことが有るんですよ!

 今回セミナーでやった“読み”というのも、そこに繋がってくるんです。

「相手が動き出す初動を読む」のが目付けの基本なんですが、基本はあくまでも基本でしかありません。

 基本のままでは実用には不十分です。どれだけ応用できるか?が大切なのです。

 だから、構えを見て弱点を読むとか、姿勢を見て弱点を読むとか、体勢、動きの癖、表情、人相、手相、体型、肌の色、服装・・・と、“読み”の対象は無限に広がっていくのです。

 例えば、電話で話しただけでも結構、実力は判りますよ?

 声が落ち着いていて低いと「腹から呼吸しているな~。丹田ができてるから強い」とか判る。

 話す内容では性格が判る。

 相手の反応を待たないで自分のことばっかり話す人は、観察力が無い!とか。

 文章なんかモロに性格が出ますからね?

 事務的なことしか書かない人は慎重で自己表現が苦手だとか?

 文章の上手下手とは関係なく、書いている内容にその人の気持ちが反映することは有る訳で、必要最低限のことしか書かない人は、コミュニケーションを深めたくない訳です。

 騙されたくないとか失敗したくないという警戒心がメールに透けて読める場合も多いですね?

 かと思えば、丁寧に書いていながら上から目線が透けている人もいます。意図的なのはまだ可愛げがありますが、無自覚にそうなっている天然の自惚れ屋さんもいます。

 こういう人は、無自覚だからこそ批判されると動揺しまくって逃げをうとうとします。

 どっちにしろ、他人とまともに対峙する覚悟の無い人達なんですね。ある種のナルシシスト・・・。こういう人は世代を問わず、一定数いるようです。

 私が最近、感じるのは、若い人(20代より下)は才能が凄くてDNAが昭和生まれとは違うんじゃないか?と思うんですけど、敢えて欠点かな?と思うところは、毒気が無い人が多い!

 野心とか欲望が極めて薄い!

 悪い大人に騙されたりするんじゃないか?と心配してしまいますよ~? 逆に。

 もっとも、恐らくは、野心や欲望にかられてあくせくしてきた上の世代の見苦しさに辟易して、身の丈に合うリアルな充足さえあればいいと思うようになったのかもしれませんね? 足るを知っている訳・・・。

 私の世代(1960年代生まれ)は「シラケ世代」とか「新人類」と呼ばれていましたが、上の「全共闘になり損ねた世代」から見ると「社会変革への志しの無い自家中毒野郎ども」みたいな蔑みの視点もありましたね?

 全共闘世代の人達って、もう70前後ですよね?

 文化的左翼ですよ。

 昔は圧倒的に左翼が強かったし、「右翼は体制に利用されるだけの筋肉バカ」だと見下されていましたよ。

 でも、今では「左翼は口先ばかりの経済オンチの夢想家」だと軽蔑されてますでしょう?

 実際、都議選で自民党が大敗しても、民進党がリーダーシップを取れるでもなく凋落の図式は第二の社民党となっているし、むしろ、終始一貫してブレない共産党が期待を集めましたよね?

 よく考えると、社民党も民進党も政権取った後の凋落ですよ。

 もはや、主義思想(~イズム)の胡散臭さに民衆は勘づいていて、具体的実効的政策を示せるかどうか?しか評価されないでしょう?

 そのためには大局を視野に於いて考えられる政治家が必要でしょうし、取り敢えず安倍さん以外に期待できないから、しょうがないよな~?と、まだまだ安倍政権が続く雰囲気はありますよね?

 でも、私は石破さんに期待しますね~。

「もし、北朝鮮のミサイルが日本の漁船とかに当たってしまったら?」とかTV番組の討論でやってた時に、女子アナの人が報復の攻撃をしないのか?みたいに言いたくてウズウズしているのを察して、そこで具体的な反撃をしたらどうなるか?ということをズバリ釘を刺してみせたのにはホレボレしましたね~。

 だいたい、阿呆が言いだすんですよ。

「ヤラレっぱなしでどうする?」って・・・。

「戦えないヤツが無責任なこと言うな!」って思いますよ。私は。

 それはつまり、戦争しろってことですよね? で、戦争したらどうなります? 北朝鮮からミサイルが日本の都市や原発に向かってジャンジャカ飛んできますよ?

 そうなったら戦争に勝っても日本の国土は住めなくなりますよ。

 その程度のことも判らない連中が過激な論説をぶち上げてる日本国の平和ボケっぷりは哀しむべきか笑うべきか?

 先日、会員から「もし、今、北朝鮮からミサイルが飛んできたら先生はどうしますか?」って聞かれました。

「それはもう、どうしようもないよね。死ぬだけだよね~。でも、安心してください。人間はいつか必ず死ぬから! だから、死ぬ瞬間に後悔しないように人生はやりたいことをやり尽くしておきましょう!」と答えました。

 人間、自分のチカラでどうにもできないことは有ります。

 それは天命だから、仕方がありません!

 でも、自分のチカラでどうにかできることはどうにかするべきですよ!

「人事を尽くして天命を待つ」ですよね?

 例えば、もし外国から特殊部隊が相模原に進攻してきた時には、降伏したフリしてスキをついて敵の銃を奪って戦おうって思ってますよ。だから、銃の撃ち方を知らないとダメでしょう?

 数年前は「長野先生はムチャクチャだな~? そんな状況、ある訳ないでしょう?」と笑われていましたが、今は「銃の操作法を教えてください」っていう人も増えました。

 テロリストに遭遇するのも現在ではリアリティがあるでしょう?

 武道や格闘技をいくらやっても銃の扱い方を知らなければ対抗できませんよ。

 江戸時代の軍学者にして武芸十八般を修めた平山行蔵子竜は、拳法・柔術・剣術・棒術・居合術のみならず砲術も毎日欠かさず訓練していました。

 平山の弟子で筆頭師範代の下斗米秀之進は極悪藩主を大砲で暗殺しようとしておたずね者になり、江戸に舞い戻って相馬大作と名を変えて道場をやっていましたが、バレて処刑されました。

 一方、平山の弟子には幕末の剣聖と尊敬された直心影流の男谷下総守もいます。男谷も平山の影響で幕府に国防の意見書を提出しています。

「読み」と全然関係ないと思われるでしょうが、世の中の情勢を読むのも大事なことですよ。

 仮にも武術を探究するのなら、現代で考えられる戦闘状況総てに対応できるように考えるのは当然の備えなんですよ。

 そして、個人レベルでなく国家間の問題にも思索を広げておかなくては、為すべき道筋が見えないでしょう?

 私が武術の研究しているのは、戦える日本人を一人でも多く育てたいからです。

 理不尽な暴力に蹂躙されて黙っているのか?

(マッハバロンの歌?「悪の天才が時に野心を抱き~、世界征服を夢見た時に~、君はどうする? 君はどうするか? 君は~? 蹂躙されて~黙っている~か~?」って歌。何か子供番組とも思えない妙なアジテーション歌詞とノリノリのロック調の曲がカッコイイんですよ~)

「男なら戦って死ねっ!」

 まっ、そんな感じ?

 でも、国のために死ぬのは嫌だ! 私は自分の命と周囲の人達の命を護るためにしか戦う気がしません。“国家”という何だかわからない正体不明の代物のために権力に従わされて戦わさせられるのは絶対に嫌ですね。

 個人の意志として「必要な時は戦う」と決めているだけです。

 昔、左翼のオジサンオバサン達は「永世中立国のスイスが理想」だと言っていましたが、スイスは国民全員が武装して戦う準備をしている国だと知って、唖然となっていました。

 戦いたくない人に戦えとは言いませんよ。死にたい人は勝手にどうぞ!

 でも、私と同じように考える人には戦い方を教えてさしあげます・・・。


 ちなみに、今回は糞暑い中、参加者が結構いらっしゃいました。

 久々に仁平師範も参加できたので、楽しかったですね~。何か彼自身はもう武術よりも療術家として極めようとしている様子ですが、せっかくの才能なんだからちゃんと活かして欲しいです。

 懇親会でオカルト話に興じていたら、苦笑いしながら「先生、オカルト禁止じゃなかったんですか?」と言うので、「いいの、いいの。游心流は禁止だけど俺はそうじゃないから!」と応えましたよ。

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7月は「読み」

 7月の月例セミナーのテーマは「読み」です。

 具体的には「目付け」のやり方なんですが、これは「一眼二足三胆四力」という稽古の眼目の第一番目にきます。

 これも派閥によって様々なやり方があり、「これだけをやれば良い」というものはありません!

 中には、「(敢えて)見ない」という目付けだってあるのです!

 よく質問されるのが、「どれが正しいんですか?」というものですが、これはケース・バイ・ケースですね。

 集中すれば良いと思っている人も多いですが、集中し過ぎると視野狭窄になって逆に見えるべきものが見えなくなってしまいます。

 いわゆる秀才型の人はこのタイプが多いです。集中力があるから勉強や作業は並外れた成果を出せますが、視野が狭くて融通が利かず、頑迷です。武道の世界でも指導者になる人の多くがこのタイプです。

 かと言って、ポケーッとしていたら見えていても脳が認識しない場合もあります。

 実は、これが一番多い!

 武術の訓練というのは、あらゆる動作に気持ちを入れて動くことが基本です。

 いや、場合によっては実際に動かなくとも気持ちを入れて集中して観察するだけで技を会得することもできます! これが「見取り稽古」です。

 今回は、これもお教えします。最初は難しいと思いますが、慣れると驚くべき効果を発揮します。

 つまり、習ったことのない流派の技を見てもトレースできたり、型を見ただけで具体的な技の用法が頭に浮かんでくるようになるのです。

 言ってしまえば、脳トレ! 秘伝中の秘伝ですよ!

「そんなことができるものか!?」と文句を言いたくなる人が多いと思いますが、私が体得したほとんどの技は具体的に手取り足取りして教わったものではなく、「見取り稽古で技を盗んだ」のですね。

 サーチ・アンド・アナライズですよ!

 これができるのは、膨大に知識があるからでもありますが、無論、一朝一夕に培ったものじゃありませんから、誤解ありませんように。

 情報は多ければ多いほど良い?

 いいえ、整理編集できないほど多量の情報は混乱しか生みません。

 私はそれがわかってるから、自分の知ってることを弟子にそのまま伝えたりはしないのです。

 知ってることを全部やらせたら、時間が足りないどころの話ではなくなるからです。

 私自身は、一通り、習ったことは練習しています。型も昔は、八極架、大八極、八母掌、孫擯拳、陳ハン嶺99式太極拳、小虎燕、小念頭くらいは覚えて練習したんですが、決まりきった動作を繰り返しやるのは好きじゃないので、ほとんど忘れてしまいました。

 今は24式太極拳と形意五行拳と単換掌をやるくらいですよ。

 膨大に習ったことを全部はとてもできませんから、必要最低限のエッセンスとして抽出しようと考えて出来たのが游心流なんですね。

 それですら、今では自分ではほとんど練習していません。

 身体を動かさなくとも脳を使ってイメージ・トレーニングをするのが常態化してしまっているので、必要がないのです。

 例えば、蛟龍歩を使った歩法なんて何年ぶりかですよ。ここ最近、やっていなかったですからね。

 普通、やらないと筋肉が衰えてできなくなります。筋肉でこなす種類の技は私もできなくなっています。

 ですが、筋肉に頼らない身体内部の重心移動で動く技は何年も練習していなくともできるし、もしかして以前より上達しているのかもしれません?

 もちろん、普通はあり得ませんよ?

 私の技を筋力でやろうとしたら、若くて体力のある人が頑張って、ようやくできるかな?くらいでしょう。

 私と同世代の人が筋力でやろうとしたら、たちまち息があがり、身体を壊してしまうでしょう。

 重心移動を操作するから簡単にできるのです。

 また、重心移動の操作は外見にはほとんど現れませんから、「目付け」を狂わせることもできます。

 一石二鳥どころか三鳥も四鳥もあります!

 無論、それでも見破る目付けのやり方はありますが、これは参加した人だけにお教えします。

「読み」の技術は、身法よりは心法に直結していきます。

 心(意識)を読む訳です。

 だから、「相手の目を見ろ」というのは、相手の意識の動きが目の動きに一番出やすいからなんですね。

「顔色をうかがう」という言葉があるでしょう? 人間の感情は表情に出やすいんです。

 今回の内容は、武術だけでなく日常生活にも多いに役立つと思いますよ!


PS;『セーラー服忍者』DVD、発売は秋なんですが、セミナーや講座での先行販売は可能なので、当日、欲しい方は是非どうぞ! 超豪華特典映像(私の武術講座・青木先生の剣舞・下田愛璃さんの中国兵器術の表演)がお薦めですよっ!
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PS2;早いですが、来年の月例セミナー割引予約も始めます。いつも12月末までの申し込みを有効にしていましたが、来年分は本年の11月末日までとします。
 毎月のテーマは
1月「脱力体」
2月「軸」
3月「下丹田」
4月「中丹田」
5月「上丹田」
6月「交叉法」
7月「読み」
8月「推手」
9月「型の分解」
10月「武器術」
11月「整体活法」
12月「総まとめ」
 基本的に今年と同じですが、内容はバージョンアップしていきます!
 その他の概要は今年と同じで変更はありません。(本年の秋から冬にかけて私の知名度が上がる可能性があり、申し込みが増えるか?と思われますので、割引予約申し込みを早くした次第です・・・)


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零勁斬りの応用性

 日曜日の稽古会で、また試し斬りをやりました。

 零勁斬りの特訓です。

 一番、剣術が上手い北島師範が前回、体得できなかったので、今度は再チャレンジでしたが、気負いが無くなったので簡単に成功しました。

 若手のTさんもできましたが、残念ながら栗原師範はどうしてもできません。刃筋をまっすぐ通すのと、スピードの足りなさが原因でしたが、これを素手に応用した技だと問題なくできるんですね。

 だから原理的にできないのではないので、練習を重ねて一回できれば、後は問題なくできるようになるでしょう。

 まあ、慣れの問題もありますからね。

 私も、かなり慣れたので、何も考えずにサクッと斬れるようになりました。この調子だと片手持ちでもできるでしょう。

 Tさんの話では、あの町井先生も“圧し(へし)斬り”というやり方でできるのだそうですが、私は当然だろうと思います。

 あれだけの腕前の人ができない道理がないからです。

 ただし、零勁斬りと同じ原理かどうかは、見てみないと何とも言えません。

 相当に鍛えている人なら腕と背中の筋力で斬ることも可能だからです。

“圧し斬り”という言葉がそれをあらわしています。

 織田信長が棚に逃げ込んだ茶坊主を棚ごと圧し斬ったという“へしきり長谷部”という刀があります。刀の切れ味が良ければ包丁で切るみたいに押し込むだけで切断することもできるでしょうね。

 でも、普通の日本刀は包丁よりずっと刃角が大きいので、圧しただけで切断することはできません。引かないと切れないのです。

 だから、大道芸で腹の上に大根を乗せて日本刀で切断してみせても腹は何ともない!という芸ができる訳です。

 そういえば、寸勁斬りを発表した時に、「そんなの誰でもできる。包丁でやってるだろう?」と批判している人がいたらしいですが、日本刀に関する無知さをさらけ出していますね?

 畳表を巻いたマキワラや青竹を、包丁で切断できるかどうか、やってみたらいいでしょう。僅かでも刃筋が狂えば簡単に刃が割れてしまいますよ。

 出刃包丁なら大丈夫かもしれませんが、今度は刃角が大き過ぎて切断できないと思いますね?

 鉈みたいな刃角が大きい刃物だと割るのには向いていても、切断するのには向いていません。青竹を切断する場合でも何度か同じ箇所に切りつけないと、日本刀みたいに一発でスパッと切断することは難しいですよ。

 道具というのは性質を理解して適切に使わないとダメなんです。

 包丁だって、菜っ切り包丁、出刃包丁、三徳包丁、牛刀と、いろいろ有りますでしょ?

 そういえば、小栗旬が主演した『CRISIS』で、「犯人に拳銃を構えている時に引き金に指を掛けないで伸ばしていたのがおかしい」という視聴者の突っ込みがあったそうですが、これは、アメリカのコンバットシューティングのやり方で、撃つ瞬間だけ引き金に指を掛け、それ以外は暴発を防ぐために指を掛けないで伸ばしておく・・・というプロの基本テクニックを踏襲していたからであり、また、引き金に指を掛けないことで説得しようとしている心理描写を表現していたのでしょう。


零勁斬り”は、“沈身による重心落下のエネルギーを刀身に乗せる”ことで斬ります。

 だから、鍛えていない人でもうまくやれば簡単に斬ることができる訳ですが、技術的にはかなり難しいのです。

 コツを身体が覚えるまではタイミングが合わなかったり刃筋が通らなかったりスピードが出せなかったり・・・といったことで成功できません。

 私も、最初、できるまではかなり時間がかかって、「これはとてもできないかもしれない?」と諦めかかりました。

 はっきり言って自慢ですけれど・・・私は、一回見れば、大抵の技の原理が解って、すぐに体現できてしまう人間です。それでも、この技は相当に難しかったのです。

 どうしてか?というと、“見たことが無かった”からです。だから、成功イメージが描けなかったのです。

 もう一つの理由は、“道具を介して重心力を作用させる”ということです。

 自分の手足に重心力を作用させるのも難しいのに、道具に作用させるのはさらに難しくなります。

 だから、逆説的に武器という道具を使いこなす訓練を重視しているんですよ。武器を自在に使いこなせれば、素手はもっと自在に使えるようになるからです。

 練習は難しいことをやって、実戦は無意識に勝手に対応できるような自動反射迎撃システムを脳神経系に定着させる訳です。

 普通に試し斬りをやっている人でも、この技はまずできません。どうしてか?というと、刀を振り回して生じる遠心力を使わないで、静止した状態から一気にトップスピードで刀を振り斬らねばならないからです。

 この感覚を神経に定着させるには、数をこなすしかありません。

 そのためには、ゴザを買ってきてマキワラを作るのも労力になります。

 試し斬りに使える刀も普通の人は入手できないでしょう。

 そこでお勧めなのが、大根を模擬刀で斬る練習をすることですね。大根なら真剣でなくとも模擬刀で簡単に斬れますから・・・。

 もちろん、周囲の安全を確保しないといけないので家族と一緒に住んでいる人にはお勧めできませんが、一人暮らしなら部屋の中でやっても問題ないでしょう?

 大根ならバンバン切っても料理に使えばいいので経済的ですし・・・。

 さてさて、なぜ、零勁斬りに拘るのか?といいますと、もちろん、単なる見世芸ではないからです。

 今の時代、刀で戦うことはまず無いでしょうが、この技は“斬りの技”の究極として素手で戦う場合にも非常に応用できるのです。

『刃牙道』の宮本武蔵が駆使する手刀のイメージで考えてもらえばいいと思いますが、この技は日本武術式の発勁(浸透勁)なんですね?

 武術の技は“点・線・面”です。

 打撃技で譬えれば、点は一本拳の突き技、面は掌打や体当たり、そして、線は手刀打ちなんですね。

 手刀打ちって全然、使わないでしょう?

 使えないから廃れたと思ってる人が多いと思いますが、事実は違います。

 使い方が解らないから、使いこなせないだけです。

 ですが、蹴りではよく使ってるんですよ?

 スネを当てる廻し蹴りは線の攻撃技です。

 空手や拳法の廻し蹴りは直蹴りの変化技なので、もともとは足先で点で蹴っていましたが、ムエタイのスネを当てる廻し蹴りの影響でフルコンタクト空手の多くではスネを当てるようになりました。

 点の攻撃は的確に急所を狙撃するための技なんですが、動き回って戦うとなかなか命中させられません。

 しかし、線の攻撃なら少々ズレても当て易いんですね。だから、ムエタイでは多用するようになったと考えられます。

 昔々、私が高校生くらいの頃、「廻し蹴りはスネを当てる」ということを知りませんでした。キックボクシングの試合を見ても、足の甲を当てるものだと思っていたのです。

 第一、スネは「弁慶の泣き所」と言われて弱い箇所という先入観があったので、わざわざスネをぶち当てるなんて話は信じられなかったのです。嘘だと思っていました。

 だから、喧嘩でも廻し蹴りは足の甲の部分で蹴っていたんですが、ある時、蹴ったと同時に足首をグキッと捻って痛めてしまいました。

 同様に蹴りあっていて足首を痛めた人間を何人も見ました。

 これは、足甲の先端のほうを当ててしまい、足首の関節が逆側に伸びてしまったからであると解りました。

 10年くらい前に渋谷で秋本つばささんが主催するアクションイベントを見にいった時、バット折りを披露しようとした女性が足甲を当てていて、「あ~、あれじゃあ折れないよな~。諦めないと足首痛めるぞ」と思っていたら、やっぱり折れず、空手講師の人が代わりに蹴り折っていました。

 私が大学の頃にキックボクシング&マーシャルアーツの通信講座を受けて、初めて、スネを鍛えて蹴るのがムエタイのやり方だと知りました。

 それでサンドバッグを蹴ったり、古タイヤを拾ってきて蹴ったりしてスネを鍛えましたね。その当時はスネが凸凹になってましたよ。

 やっぱり、習わないと解らないことって、たくさんありますよね?

 見た目で同じように見えても、中身は全然違うとか、そういうことはたくさんありますから、だから、私はでき得る限り、実地に習うようにしてきました。

 やってみないと違いは解らないんですよ。

 空手も那覇手と首里手はかなり違うし、沖縄空手と本土の空手も違うし、伝統空手とフルコンタクト空手も違う。

 やったことがないと、長所も欠点も判りません。

 でも、違いを優劣で考えると大切なことが解らなくなるんですよ。

 人種差別も根本は優劣で人種を考える思想から生じているものでしょう?

 だから、他の国のことをよく理解することが大切ですよね。

 私は日本人だから、やっぱり日本が好きですよ。でも、武術を通して外国にも興味を持つようになりました。

 だから、中国も大好きですし、朝鮮のテコンドーやハプキドーも好きだし、ロシアのサンボやシステマも好き。

 ブラジルのカポエィラやジュージュツも好きだし、フィリピンのカリ・エスクリーマ、インドネシアのシラット、インドのカラリパヤット、タイのムエタイやクラビ・クラボーン、フランスのサファーデ、イギリスのキャッチ・アズ・キャッチキャン・・・。

 アメリカは武術のルツボになっていますね?

 JKD、ケンポーカラテ、カジュケンボー・・・等々。

 やっぱり、男の本能として、戦いを好む戦闘意欲というものがありますよね?

 武道家と呼ばれる人達って、50過ぎても60過ぎても精神年齢、ちっとも上がりませんよ。

 ずうっと、喧嘩好きのままなんですよね。

 少年の心を失わない爺さん・・・それが武道家なのかも?

 この先の人生、私はどんどん爺さんになっていくだけですから、せめて糞爺ぃではなくて、カッコイイ爺さんになりたいですよね?

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阿佐ケ谷“游心流合気道”稽古会・報告

 26日は、阿佐ケ谷のオルタナスタジオにて、二回目の游心流合気道の稽古会をやりました。

 この日は新しく入会希望の方が二名来られたので、総勢五人で充実した練習ができました。

 それにしても、前回は板の間でしたが、今回はジョイント畳マットが敷いてあったので、安心して投げることができ、全員が受け身ができたので、非常に合気道っぽい練習?ができたような気がしました。

 何度か書いていますが、私の純粋な合気道経験は一時間半しかありません。

 合気道に関する理解は、清心館道場の佐原文東先生DVD付き教本に参加した時に学ばせていただきましたが、身体動かして練習した訳ではないですからね。

 しかし、昔から、合気に関する映像教材を出していたので、一時期、ネットの「合気武術の使い手」ランキング?に書かれたりしていたのを読んで苦笑したことがありました。

 確かに研究は30年近くやってきていますから、大東流も含めて各派の合気の技術はいろいろできますし、人に教えて体得させられる技能には自信があります。

 けれども、だからといって自分が合気武術家?とカテゴライズされるのは専門に修行されている諸先生方に対して失礼だと思っています。

 游心流合気道を名乗ったのも、私が宗家の名乗りを挙げるつもりはなく、たまたま合気道出身者が何人もいたので、私が日頃から、「合気道はこういう具合にすれば超実戦的な武術になる筈だけどな~?」と思っていたことを彼らに教えて、彼らの中からしかるべき代表師範が出てくれたら面白いよな~?と、最初っから他人任せなんですよね。

 若い頃の私は、「合気道は型ばっかりで実際に空手やキックの敵ではない」と思って、ほとんど興味がありませんでした。

 空手や格闘技の専門誌にそのように書かれていた記事を信じていたからですし、合気道出身の甲野善紀氏に習っていた頃に、いちいち合気道の技がいかに非現実的か?という話ばかり聞かされていたからでした。

 甲野氏に関しては自身が合気道から落ちこぼれたという恨み節でイチャモンつけているだけなのを後に多方面からの証言で知りましたし、基本、平気でウソつける人なので、もう何とも思っていませんが、今だに彼のウソを信じて勘違いさせられている人達がいるか?と思うと、私が誤解されてでも間違いを正していかないといけないと思っています。

 実際、空手や格闘技の関係者で今でも「合気道は使えない」と思っている人は少なくありません。

 実際に合気道を学んでいる人でさえ「実際に戦えば空手や格闘技にはとても勝てない」というコンプレックスを感じている場合が多いようです。

 しかし、自分が40過ぎたくらいからでしょうか?

「もしかして、合気道って応用すればメチャクチャ強いんじゃないか?」と考えるようになりました。

 なぜなら、現実にメチャクチャ強い合気道家がいたからですし、合気道出身者でかなり実力のある人が入会してきたこともあったからです。

 ただし、稽古法には問題があるように思いました。

 手刀で打ちかかったり、合気揚げがかかるかどうか?みたいなことに拘っていては、何年やっても実用的にはならないでしょう。

 だいたい、状況設定使い過ぎなんですよ。

「型は微塵も変えてはならない」と断言する古武術師範もおられますが、それは稽古法の方便として必要だからなのであって、中級、上級になったら型を崩して自由自在に使う稽古法があることを知らないんだと思います。

 だから、延々と型を繰り返していれば、ある日、突然、自由自在にどんな武道や格闘技にも対応できるようになると信じていたりするのです。

 かつて武道界で一世を風靡した『武道の理論』の南郷継正さんの量質転化の法則を絶対視している人もいるのでしょうが、一昔前の武道やっている人には、一つの理論を絶対視して崇拝してしまう信者タイプの人が相当数いましたからね。

 しかし、唯物弁証法を盲信しながら神棚を伏し拝んだりするんだから、外国の人が見たら阿呆に見えると思います。

 意味わかんないですか?

 無神論者なのに神様を崇める姿がヘンだということですよ。

 でも、こういうヘンなことやっているのにヘンだと理解していないところが日本人武道家のスタンダードだったりもするんですよね。

 昔から伝わっているものが正しいのだ!と頑なに信じて疑わないのが正しい姿勢だと思っていたりする。

「疑うこと」が悪なのだと決めつけてしまっている。

 逆説すると、「信じること」が善なんですよね~? この発想からすると。

 しかし、こういう態度は劣化しか生みません。

 なぜなら、ずっと昔に作られた物が現代にも通用すると考えるほうが狂っているのであり、文明の発達を無視していたら、いずれ単なる骨董品的価値しか認められなくなるでしょう。

 私は研究家ですから、江戸時代の古文書も調べたり、中国武術の原書も買ったりしています。読めなくとも絵や写真があれば、解る面もあるからです。

 また、同時代の風俗習慣を調べたり、研究対象は広がりこそすれ終わることはないですよね。

 研究するということは、最初から疑ってかからねばなりません。「これは本当のことなのか?」と考えて調べていると、間違いや嘘が次々に出てくる訳ですよ。

 私は他人が言っていることを鵜呑みにはしません。間違っているかもしれないし、意図的に嘘を言っているかもしれない。

 本当のことを言っていたとしても、部分的であったり、誤解であったりもします。

 昔、取材の時にある先生が、「これが形意拳の“崩拳”で・・・」と実演された技が“劈拳”で、「これは教えてさしあげた方がいいのかな~?」と少し悩みましたが、ぶっ叩かれたら怖いので黙っていました。

 形意拳の基本の五行拳は、劈拳、崩拳、鑚拳、炮拳、横拳という五つの基本技で構成されていて、“崩拳”は特に、「半歩崩拳、打遍天下」、意訳すると「半歩の寄せ足で打つ崩拳の一撃は、あまねく天下を打つ必殺技だ!」という形意拳史上でも有名な郭雲深や尚雲祥の代名詞とも言える技なのです。

 ひょっとすると、この先生の先生が間違って教えていたのかもしれませんが、そういうことって、よく有るんですよね?

 弟子の立場じゃ、「先生の言うことはたとえ間違っていても疑ってはいけない!」という風潮がありますからね~(苦笑)。

 つまり、稽古のやり方を間違っている、ないしは誤解している、あるいは知らないだけなんですよね。平たく言えば・・・。

 私は最初から合理的に使えるようにカリキュラムを組み直そうと思っています。

 手刀打ちをストレートパンチや回し蹴りの攻撃に代えて練習するだけでも相当に実用的になる筈だと考えました。

 無論、何年も何年も研究し試行錯誤を繰り返した結果ですよ!

 合気道に限らず、現代武道でも格闘技でも、練習している双方が同じ技を繰り出して練習している限り、知らず知らず実用性は失われていくと私は考えています。

 下手をすれば、やればやるほど弱くなってしまう?という危険性すら否定できません。

 私が研究している武術は、あらゆる状況、あらゆる武道・格闘技、そしてナイフや銃にも対抗し得る超実戦的進化系の未来志向なんですが、やっている内容は古伝の武術の現代的応用なんですね。

 カウンター理論の交叉法。

 相手の攻撃の出を察知する読み。

 一撃必殺を可能にする発勁。

 体格の差を覆す縮地法。

 素手でも武器でも何でも使える身法原理。

 そして、敵の攻撃を無力化する合気と化勁。

 本当に、いろんな先生に学んだことを自分なりに研究して編成してきただけの話です。

 新しいことをやっているように見えて、実は昔から伝わっている武術の技を組み合わせてきているだけに過ぎません。

 だからこそ、私は伝統的な武術を真摯に追究して研鑽されている先生を尊敬します!

 オルタナスタジオで稽古されている深井信悟先生も、そんな先生ですね。

 この日も我々の時間の前に稽古されていらしたんですが、早く到着されたら遠慮なく入室されるよう事前にメールを頂戴し、何とこまやかな心配りのできる先生か?と、非常に感銘を受けました。

 川保天骨さんとお会いしてから、もう一度、武道武術関係者との交流をやってみようという気持ちになりましたが、それは、深井先生のような実力も人柄も優れた先生方がいらっしゃることを研究家としてもジャーナリストとしても知らせなければならないと思ったからですよ。

 自分の身の程もわきまえないジャイアンやスネオみたいな連中が跋扈する業界ですが、それだけじゃあないですし、私は本当に優れた先生を取材して紹介していくべきだな~と思います。

 もちろん、以前から思いは同じなんですけれどもね~(苦笑)。


 今回、新しく入会された方から感想文をお寄せいただき、また許可を得てブログにアップさせてもらいました。

 いろいろ体験されているみたいで、非常に高く評価していただいて嬉しいです。

 やっぱり、体験された方が楽しかったと言ってくださるのが一番、嬉しいですよ。

 元合気道家のIさんも、私とマンツーマンで練習している時とは違って、水を得た魚のように動きが良くて、達人のように見えました?

 もっとも、相手してくれている新入会員の方が非常に受け身が上手くて、合気道の演武で受けがいかに大切か?とあらためて思いました。

 まだカリキュラムが纏まっていないので、練習内容はアドリブだったんですが、一時間でかなり濃い練習ができたと思います。

 阿佐ケ谷駅から徒歩圏という地の理もいいですよね?

 都内の稽古場所としては二つ目(体道塾を含めると三ケ所目)ですが、まずは月イチから始めて、軌道に乗ったら毎週やってみたいな~?と思っております。

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2017GW特別講習会DVD完成!

 大変、お待たせ致しました。やっと、『2017GW特別講習会』の模様を収録したDVDが完成しました!
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 もう六月に入ってしまったので、新作割引セールも六月いっぱいまで延長させていただきます!

 早くに注文された方、申し訳ありません!

 順次、発送しておりますので、悪しからず御了解くださいませ・・・。

 今回は2時間の講習会にテンコ盛り状態だったので、編集して約41分となっておりますが、ざっと見た印象として“異様に濃い”DVDになりました。

 個別の技術に関してはこれまでもDVDで紹介してきていますので、初見の技術は少ないかと思うのですが、これを組み合わせると全然、印象が違うので、自分で見てもちょっと驚きました。

 特に、歩法は最近、やっていなかったのと、具体的な実用方法についてはほとんど解説していなかったので、常連会員でも知らなかったかもしれません。

 しかし、入会して日が浅い大阪支部の面々(というか二人だけど?)が結構、体得しつつあったのはビックリしましたね。

 何しろ、この歩法はまともに体得できた人が数人しかいなかったし、一番最初に体得した人なんて武道経験0でうちで三カ月しかやっていないのに、この歩法を体得したお陰で甲野氏の稽古会に参加した時に甲野氏の後ろに廻って後頭部ツンツンしてみせたそうでした。

 もっとも、“現代の達人”と呼ばれている甲野氏を修行歴三カ月で上回ってしまったもんだから、自惚れちゃいましたね~(苦笑)?

 舞い上がってどうしようもなくなったので破門にせざるを得なかったんですが、せっかく才能あったのに、もったいないな~?と当時は思いましたよ。

 今の游心流の水準で言ったら、この人も全然、並み以下になってしまいますが、その後も修行を続けて私を驚かせるような超達人になっていてくれたら楽しいけどな~?とか思うこともあります。

 でも、その当時(20世紀が終わる頃)の身体論ブームの延長でうちに入った人だったので武術の腕は伸びていないと思いますけどね・・・。本人も「僕は武術には興味ないです」と堂々と私に言ってたし。

 20世紀から21世紀0年代にかけてブームになっていた古武術は、所詮、甲野氏が提唱する“武術という名称を冠した身体操作法のブーム”でしかなく、高岡英夫、日野晃、宇城憲治といった人達も「第二の甲野氏」のようなブームは起こせませんでしたね?

 伊藤昇先生や河野智聖先生のように身体操作そのものにより力を入れた人もいましたが、身体論と武術を結びつける文脈には、どこか牽強付会な印象があって、私は早々に「私が目指すのは自己防衛戦闘術としての武術であり身体操作は基礎トレに過ぎません」と宣言して離脱しました。

「スポーツや介護に応用が効くと言ったほうがメジャーになってお金も儲かるんじゃないの?」とアドバイスする友人や読者も何人もいたんですけど、それって、武術がスポーツや介護の下請けみたいで、私は絶対に嫌だったんですよ!

 編集者からも、そういうのを求められてガックリしたことありますよ。

 私はスポーツに全然、興味が無いし、介護の技術よりも介護が必要ない強靭な老人になればいいじゃん?としか思わない訳ですよ。

 中国の気功法って、人口比で医療施設が足りず充実していないから予防医学の観点で普及したそうです。

 この考え方は流石は中国だな~?と思いますよ。

 漢方では、病気を治す薬は下薬と呼ばれ、病気にならない薬膳食のようなものを上薬と呼んで、予防する医学こそが大事なのだと考えます。

 だから、中国から日本にお茶がもたらされた当時は“薬”だったんですよね。

 気功は呼吸運動とメンタルトレーニングが合体したもので西洋式の筋トレとは発想が全然違うものですし、易筋経なんてアイソメトリックス(静止して筋肉を鍛える)・トレーニングを先取りしていますよね?

 何か科学的理論がくっついたやり方を有り難がる傾向が日本人にはありますが、長い長い伝統医療は無数の経験智から成立してきた知恵なのですから馬鹿にはできないですよ。

 ただし、野菜なんかも土壌に含まれるミネラル成分なんかが変わって栄養が昔と比べて格段に落ちている・・・なんてこともあるので、自然のものだから身体に良いと単純に言えなくなってきていますが、何事も研究して損にはならないですよね?

 私が武術の研究を四十年以上も続けてきたのも、やればやるほど奥が深くて興味が尽きないからなんですよ。

 特に私は日本に拘らずに海外の武術も研究しているし、武器の研究もしてるでしょう?

 先日も千葉さんの友人のカールさんがタイの伝統武術を研究していたらしいので、そういう話もしたんですよね。

 そうしたら、通訳してくれている千葉さんは全然、知らなかったらしくて混乱していたんですが、言葉が通じなくても身振り手振りで結構、伝わりますよね?

 それでクエストさんに連れていったんですが、タイには何度も行ったことがあるという社長さんもムエタイ以外の武術なんて知らない訳ですよ。

 カールさんがスマホの動画で見せてくれましたが、普通のムエタイにムエ・カッチューア(ミャンマーラウェイ)みたいなものから、『マッハ!』に出てくる古式ムエタイみたいなのや、さらに武器を使うものまで、いろいろありました。

 それで、「長野さんは知ってたんですか?」と聞かれたんで、「社長~、誰に聞いてるんですか~? 僕が知らない訳ないじゃないですか~?」って、言っちゃいましたよ。

 要するに刀剣とか棒とかナイフとか使うクラビ・クラボーン(カビィ・カボーン)という伝統武術です。

 フィリピンのカリにも似てますけど、ちょっと違うんですよね。無論、武器だけじゃなくて素手の技もあります。

 東南アジアには日本には知られていない武術が結構あるんですよ。

 特に私がタイに注目していたのは、刀剣の形が日本刀に似ていることですよ。

 山田長政とかシャム王朝の頃に日本人がたくさん渡ってるから日本刀とも関係あるんじゃないか?と思っているんです。

 また、ルーツは不明ですが、タタラ製鉄に似た鉄の精製技術(野鍛冶で)がタイにあるらしいんですよね?

 こういう文化としての研究も武術の研究とは無関係じゃないんです。

 もう、強いの弱いのと言ってるような阿呆丸出しでは世界で通用しませんよ!

 オリンピックではしゃいでないで、文化学問として武術の価値をきちんと探究していかないと、日本は宝の持ち腐れになってしまいますよ。


 余談が過ぎましたが、『2017GW特別講習会』DVD。これが游心流の現在だ!という内容になりましたので、皆さん、是非、御高覧あれ!

+++++++   事務局注   +++++++
『GW特別講習会DVD』
価格:20,000円 
→ 割引 15,000円 (2017/06/30 23:59:59までに先行予約頂いた方のみ)

・内容(2017/05/04開催の特別講習会
 『攻防一致にして歩法で撹乱して接近密着し、一方的に打ち倒す“先の先”の戦闘法
  0インチ打撃法
  ハイスピード連環打法
  化勁
  蛟龍歩(這いに連続縮地法をプラスしたもの)
  零勁斬り

・ご注文方法 こちら(http://infoyushin.blog.fc2.com/blog-entry-12.html)の一番下の方をご参照ください

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六月セミナー「交叉法」感想

 今回は、交叉法なんで参加者が多いと思っていたんですが、なぜか常連会員も何人も来なくて、総勢十人という少なさでした。

 いや、本当に、ここのところ、セミナー参加者が少ないです。

 最近、新刊を出していないのも関係あるのかもしれませんが、スマホでググれるようになって、ちょくちょくググッていたら、ついうっかり、「インチキ武術家を教えてください」みたいな掲示板を見てしまって、そこに、「インチキと言えば、なんといっても長野だな!」みたいなのが載ってて、「うげげっ? これは精神衛生的に悪いぞ」と思って、すぐやめたんですけど、こういう意見がネットに出回っているから、誤解されるんだよな~?と、ちょっと考え込んじゃいましたね~。

 それと、私に習ってること、うちの会員さん達は隠したがる人が多くて、その理由が、「いくつもの団体を掛け持ちしているから」という人と、「游心流がメジャーになると簡単に誰でも上達してしまうのでマイナーなままでいて欲しい」という人がいる訳ですよ。

 おいおい、もう少し、私の生活の心配してくれよ~?って言いたくなりますけどね。

 やっぱり、今でも「長野さんって本当にできるの? そんなに簡単に合気や発勁ができるように教えられるの?」って思ってる人が少なくないようですし、私が教えてできるようになった人達も、「游心流で習ってできるようになった」とは広言してくれないんですよね~?

 バンバン言ってもらったほうがいいんだけどな~? 何で隠すかな~?

 まあね~。どこかの団体に所属している人だと言いづらいのは解るから、私も「ひけらかしてはダメだ」とアドバイスしたりするんですけど、ネットで師匠をインチキ扱いする人間を放置しっぱなしでいられる感性も情けない気がします。

 もちろん、掲示板に書き込んで擁護しても炎上するだけなのは解るんですけど、自分のブログやツイッターやフェイスブックで書いてくれればいいのにな~?と、本当に思いますね。

 仁平師範は、「長野先生の名誉を僕が挽回します!」と言ってくれていますし、確かに彼の活躍のお陰で武道界での誤解と偏見もかなり解けてきつつあります。

 他の会員は、多分、私が口が達者過ぎるので自分の出る幕はないと黙ってるのかもしれませんし、擁護して書いたら信者扱いされるのが嫌だと思ってるんでしょうね?

 以前、青木宏之先生が、「自分の弟子は全然、批判意見に反論してくれなくて、反論擁護してくれたのが長野さんだけだった」って嘆いてらしたんですけど、確かに、直接、掲示板の心ない書き込みを読むと、私もそんな気分になりますね~?

 だって、私だったら自分の習ってる先生の悪口言われたら殴り込みますから!(というか、何回かやったことありますよ)

 自分がそうなので、道場破りに来る人や反論してくる人にはシンパシー感じて仲良くなることが多いですね。嫌がらせしかできない人間は軽蔑するだけですが。

 だから、今回のセミナーに初参加してくださった武術経験の豊富な方の感想文を載せさせてもらいました。お願いしたら快く許諾をしてくださいました。本当に有り難いです!

 いや、もちろん、「インチキだ」って感じるのは、その人の自由ですから、勝手になさって構わないと思います。

 私自身、自分のやっていることが正統だと思ったことは一度もありません。あくまでも私個人の体験によって得られた見解ですから、それが正しいのかどうかは実技として通用するかどうか?で確認するしかないでしょう?

 通じなければ、「間違ってました」と訂正しますよ。そりゃあ!

 でもね~。一般的価格の数倍の値段でDVD売ったりしている以上、「確実に体得できますよ」と保証することも料金に「込み」なんですよ。だから、「体得できなかった。インチキだ」と言う方には、責任もって体得できるように無料で指導しますよ!

 遠慮しなくていいです! 「DVD買って見たけど体得できなかった」と言われる方は、どうぞ、おいでください。納得いくまでタダでお教えしますよ!

 あるいは、「長野自身、インチキじゃねえか?」と疑ってるのでしたら、習いに来たフリしてガチで私をぶっ倒せばいいじゃないですか?

 私はそれを卑怯だなんて思わないし、自分が体張って武術研究している以上、いつでもそういう状況はあると備えてますよ。だから、インチキかどうか、どうしても確かめたい人はやればいいですよ。

 私がインチキでヘッポコだと思ってるなら、平気でできるでしょ?

 そのくらいの根性ある人間は嫌いじゃないです。過去に何人もいたし。

 そういうのも小説のネタにもなるし、貴重なデータが取れるでしょ?

 ここ十年くらい、そういう経験が皆無なので、54歳でどれだけできるか?という興味もあります。会員に本気でやる訳にいかないので・・・(ヤる気か?)。

 まあ、匿名で掲示板に誹謗中傷の書き込みするような恥ずかしい人間がそこまでやれるとは思っていませんけどね?

 匿名で姿隠して無責任に人の悪口言いっ放しの素人武術マニアと、名前を出して体張って批判しているプロを同列で考えるのが、そもそも間違っていますよ。


 さて、前置きが毎度長くなりますが、今回の交叉法は、例年と同じではなく、形意拳の三体式や、八卦掌、通背拳、詠春拳、意拳などのやり方に応用してやってみました。

 時間内でなるべく沢山教えようとハイスピードで指導したので、後半、結構、時間が余ってしまったので質問タイムを多くしました。

 それで、合気揚げについて質問されたので、游心流合気道部長の小塚師範にやってもらいました。

 その結果が、感想文です。

 どうでしょうか? これでもまだインチキだと言うのなら、私をぶっ倒してから言ってくださいね~? 調べもしないで人をインチキ呼ばわりするような恥ずかしい人間になりたくないなら、やってみてね。できないのなら、「長野先生、済みませんでした」って書き込みするのが男の筋の通し方ですよ!

 インターネットのよろしくない点は、匿名で何でも書けて責任取らなくて済むから、どんどん誇大妄想的に自我が肥大しがちだという点だと思います。

 歯止めをかけるのは自分の理性だけでしょう?

 私がいろんな武術家を糞味噌に批判するから、その人物に心酔している人は反感を感じるんでしょうが、立場が違うんですよ。

 私はジャーナリズムが皆無の武道武術の世界ではいかんと思ってるから、憎まれ役引き受けて問題点があれば採り上げて批判するようにしているだけの話です。人間を責めてるんじゃなくて、罪を責めてるんですよ!

 礼儀がどうこうなんて陳腐な考えでは世間的評価は確立できません。ダメなものはダメとはっきり指摘して改善していかない限り、武術業界は発展していかないんですよ。

 セクハラ、パワハラ当たり前の業界では、いずれ消滅してしまいますよ。

 20年以上前に専門雑誌で仕事貰ってた時から、「今のままでは武術業界はダメになる。それを防ぐには専門雑誌が本当の事実を書いて、音頭とって改善していくようにしなきゃ~ダメだよ」と編集部内部で言っていたんですが、「長野さんの言ってることが正しいとは思うけど、それをやれば雑誌が売れなくなって潰れてしまいますよ」と言われました。

 私は、見切りつけてやめましたけどね。要は、読者を騙しても構わないって考えてる訳でしょう? 読者にまっとうな情報を提供して業界を健全にしていこうという意志が無いんですよ。

 案の定、無難な記事しか載らない雑誌はジリ貧になって結局、休刊してしまいました。

 製作者が自己満足でやっている雑誌を誰が読むのか? 勘違いしてますよ!

 売れてる作家は危機感持って頑張ってます。常に向上していかないと読者は離れてしまうと解っているからです。

 私も、当然、毎度毎度変わり映えのしない内容のセミナーやっていたら、誰も来なくなってしまうと思っていますから、日々、新しいネタ?を提供するために研究しているんですよ。

 零勁斬りもできた時は、「やったぁっ! できたっ!」と充実感があったんですが、何か、もう普通にできるようになってしまって、会員も数人ができてしまったんで、もっともっと物凄~い秘技を体得すべく研究していますよ!

 来月の目付け(読み)も、最近、発見したネタ?がありますので、ちょっと凄いことになりそうですよ?

 最新作『GW特別講習会』DVDも、結構、評判いいです。蛟龍歩の使い方と練習法を細かく解説したのは初めてだし、これと鞭手連環打法をくっつけたのも初出しですからね。
“先の先”で自分から攻める技は、ほとんど公開していなかったので、驚かれたみたいです。「游心流は後の先しかない」と思い込んでいる人が会員にも多かったし・・・。

 今月中まで割引しますんで、宜しくどうぞ!

PS;先述したように、DVDを買って御不満がある方には無料で個人指導やりますから、遠慮なくお申し込みください。私は、ちゃんとできる人間をたくさん育てたいんです!

PS2;26日(月)の夜8時半から9時半に、また阿佐ケ谷のオルタナスタジオで游心流合気道の定期稽古会をやります。興味のある方はどうぞ!

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六月は“交叉法”

 本当に時間が経過するのは早いもので、今年ももう半分ですよ?

 月に一回の武術セミナーも、江古田から数えて、もう随分、長くやってきています。

 その前は、ほびっと村で月一回ずつやっていましたし、本当に長く続けているものだな~?と、我ながら感心します。

 さて、六月の月例セミナーは、“交叉法”です!

 この理合を知ってから、私の武術研究は加速度がついて進展していきました。

 いかなる流儀の技も、交叉法の理合で解析することで本当の遣い方が明らかになるのではないか?と直感して、拳法、柔術、合気、剣、居合、棒・・・と、流派の垣根を超えて技の本質が洞察できていった・・・と私は思っています。

 無論、そんな簡単な道ではありませんでしたが、重要なのは、「諦めないで続ける」という、たったそれだけのことです。

 もちろん、長くやっているので欠点も判明しました。

 どうも、「合気さえ会得すれば無敵になれる」といった短絡的な考え方をする人が武術の世界には多くて、「発勁さえ」「遠当てさえ」「気さえ」といった具合に万能の技を求める人がいて、交叉法もその類いのものと誤解する人がいるのですが、当たり前の話ですが、万能に勝てる秘技なんか無いのです。

 手の内を明かすのはいやなので書きませんが、当然ながら欠点もあります。

 しかし、欠点が判ったら、それを補う方法を工夫すればいいだけでしょう? 私は、当然のごとく欠点を補う工夫をしております。

 何事もトライアル・アンド・エラーを繰り返して一歩一歩、真実に近づいていくのが醍醐味であり、苦労を避けて正解だけを教えてもらおうなんて考えの人間は、たとえ正解を与えられても、その真価に気づくことはなく、宝の持ち腐れに終わるだけのようです。

 私は、随分、凄い人に会いました。

 神業としか言えない技の持ち主もいました。

 しかし、私は人間を崇め奉る行為が非常に無礼なことのように感じられて、これまで誰も崇め奉ったことがありません。

 多分、今後もないでしょう。

 私は自己崇拝するようなナルチシストでもないので、信仰心が持てません。

 すぐに冷めてしまうのです。

 恐らく、だから、洞察眼が発達したのだと思います。

 普通の人は、優れた人に出会うと憧れのあまり、その人を神格化してしまいがちです。

 武道の世界で達人が滅多に存在しない理由がこれです。

「俺の習っている先生は天下一だ!」という憧れが思考停止を招き、自分などは及びもつかない大達人なのだと崇拝してしまう。

 つまり、崇拝することで自分の可能性に蓋をしてしまうのです。

 また、そんな従順な可愛い弟子を従えることが快感に繋がるので、多くの先生は弟子を自分以上に育てようとする努力を放棄してしまうのです。

 気持ちはよく解ります。

 私も弟子に追い越されるのは嫌だな~と思う気持ちがあるからです。

 先日、クエストさんである先生が零勁斬りで太い青竹を斬ったと聞いた時は、嫉妬の炎がメラメラメラ~ッ!と燃えましたからね?

 私みたいにクールな性格の人間でも「武術に関しては誰にも負けたくない!」という感情があるのですから(だから40年以上も続けている訳ですが)、世の武道家を名乗っている先生方はどのくらい負けず嫌いだろうか?と想像するのです。

 従順な無邪気な武道バカの軍団を従えるのは気分がいいのだろうな~?と思いつつ、私は基本的に頭の悪いヤツと話しているとムカついてくる性格なので、頭が良くて謙虚でユーモアセンスがあって常識を弁えていながら、いざとなったら捨て身になれる度胸を秘めたカッコイイ人間が好きなんですよ!

 そんな人間はいない? い~え、います、います!

 今回の交叉法は、基本の練習法と、いろんな流儀への応用法を中心に、欠点と欠点を補うやり方まで指導してみようと思います。

 GWの特別講習会で、かなり教えてしまったので、それ以上のことを指導しなければならなくなりましたよ。

 3時間でみっちり教えようと思っています。

 特に、交叉法の利点としては、「自分が学んだことのない流儀の技を見ただけで応用自在に遣えるようになる」という点があります。

 つまり、“方程式”みたいなものなんです。

 私が、剛柔流空手のサンチンや形意拳の三体式や二天一流の構えを見ただけで技への展開をいくらでも考案できる理由が、“交叉法”という方程式に当てはめて考えるから実戦応用法が次々に工夫できる・・・という次第なのです。

 普通、型の中の動きを技として使うには口伝を受けないと無理なのですが、口伝も記憶に頼っていると劣化していきます。

 武術の型というのは、練体・読み・身体感覚・技の用法・技の変化といった要素を内蔵しているんですが、大抵の場合、練体と技の用法しかないと考える人ばかりです。

「空手は型に始まり型に終わる」と言われたりするんですが、型というものは総合的な武術に必要な要素を内蔵しているから、こう言われる訳です。

 ところが、それが洞察できないと、まったく使えない。型無用論が出てくるのも道理なのです。

 なぜなら、口伝に頼る伝習形式では、教える内容がどんどん劣化していってしまうからです。

 はやい話、正しく口伝を受けた人が独りだけで、他の大多数の弟子が型を覚えただけで全然、遣えない・・・という悲惨な状況に陥りかねないからです。

 多くの古武術流派が失伝したり先細りしてしまう理由がここにあります。

 なので、“交叉法”を知ることは失われつつある武術の理合を蘇らせる鍵になると思います。志しのある方の参加をお待ちします・・・。

PS;『GW特別講習会』DVD、完成が遅れてしまいまして申し訳ありません! 5月中に完成できませんでしたので、新作割引セールを六月いっぱいまで延長させて戴きます。サンプル映像を見た限りでは非常に面白いものができあがると思います。お待たせしておりますが、御期待ください!

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オルタナスタジオにて

 29日の月曜日に、阿佐ケ谷のオルタナスタジオをお借りして游心流合気道の定期稽古会のプレ練習会をやりました。

 阿佐ケ谷駅から近いので、こちらも定期的にやるようになったら会員を募集するつもりでいますが、まずは指導者の養成とカリキュラムを固めないといけません。

 現在、西荻窪ほびっと村学校で游心流合気道をやっているんですが、こちらは従来の游心流のノリに近いので、合気道らしい内容ではありません。

 実際、7月23日のほびっと村講座では、詠春拳の武器である八斬刀(バッチャンダオ)の使い方をやるつもりでいますし、そのために手の内の持ち替えがやり易くなるように改造したりしています。

 こういう武器のカスタマイズや練習道具の自作、改造なんかをやるのも研究の一環で、刀や槍の拵えを自作するのが当たり前になりましたが、私は高校時代からエアガンのカスタマイズとかやっていたんですよね?

 今日も、ふと思いついて、S&W M29.44マグナム・クラシック(ガスガン)のグリップとシリンダー・ラッチを削ってみたんですが、何でか?というと、先日、六発まとめて装填できるスピードローダーというリボルバー用のアクセサリーを買ったので、それを使い易いようにしようと思った訳です。

 実銃でも、このような改造は行われるんですが、こういう作業をやることで銃の機能に詳しくなると同時に、操作も熟練して射撃スキルも上がる訳です。

 武術も、自分の使う武器は自作するのが本当はいいのです。手裏剣術の奥義なんか手裏剣の作り方ですからね?

 腕が同じなら、武器の性能で差ができるのです。サバゲやっている人なら解りますよね? 買ってきたそのままのエアガンじゃなくて、長くやっている人は必ずカスタマイズしたものを使っています。

 実際の銃の世界も同じですよ。海兵隊はベレッタM9がサイドアームに正式決定してからも、従来のコルトガバメントM1911A-1をカスタマイズしたMEWピストルを使っていましたし、現今の世界の特殊部隊では使用する銃をカスタマイズするのは当たり前です。

 余談ですが、なぜ、武術は身体を鍛えるのか?

 身体を自在に武器化するためです。

 つまり、武器が無い時に素手で戦うためなんですね。

 ということは、本来はいかなる武器も使いこなせるのが理想なんですよ。だから、武芸百般と言うんですよ!


 えっと、29日は、昼から新宿で千葉さんと千葉さんのタイの友人カールさんと待ち合わせて、日本刀大好きのカールさんを帝国ホテルの霜剣堂さんに御案内しました。

 店長さんが確か英語ペラペラだったからな~?と思って、お連れしたので、結構、楽しんでもらえました。

 お次ぎは、高田馬場のクエストさんにお連れしました。

 27日(土)に道場でカールさんに試し斬りを体験してもらった時に、タイの伝統武術について相当に詳しい様子だったので、クエストの社長さんに引き合わせたいと思ったのです。

 グッドタイミングで社長さんも会社にいらっしゃったので、これまた中々、有意義なお話ができたかな~?と思います。

 その後、阿佐ケ谷に向かい、駅で元合気道家のIさんと待ち合わせてスタジオに向かったんですが、夜に来たことないので場所がさっぱり判りません。

 参ったな~?と思っていたら、Iさんが事前に下見してきたそうで、無事、案内してくれましたよ。

 スタジオでは我々の前に、岡部先生が習われた深井信悟先生が練習されているとのことでしたので、御挨拶しようと早めに行きました。

 しかし、何しろ、初対面じゃないですか?

 不肖、私、この業界では悪名というか毀誉褒貶が轟いておりますので、迂闊に道場に入っていったら「道場破り」と間違えられる危険性が濃厚にあります!

 外で待っていて、出てこられたところに、まずお土産のミルフィーユをお渡しして・・・と考えていると、なかなか出てこられなかったのですが、最初に出てこられたのが、何と! 何と! 何と何と何と!

 かつて私が通った道場にいて今は独立されていると噂に聞く小川正人先生ではないですか?

 うわ~、びっくりしたな~、もう~。

 そういえば、深井先生が『秘伝』に出られていた時に相手役で小川先生が出ておられたな~?と思い出しました。

 岡部武央先生、岡部宜史先生に続いて、小川正人先生とも再会するとは?

 縁というのは切れたようでも繋がっているものですね~?

 そしてそして、深井先生!

 写真で見た時に驚いたんですけど、実際にお会いして尚、びっくり!

 私は邪気の出ない武術家という人に会った記憶がないのですが、深井先生はまったく邪気がありません。

 でも、天然で無邪気なのでもなく、まさしく修行によって洗練されたオーラなんです。

 世の中、本当に凄い人がいるもんだな~?と、この年になって初めて思いましたね。

 まだまだ武術は捨てたもんじゃないかもしれません・・・。


 さてと、初めて利用したオルタナスタジオですが、木刀やミット、トンファーなどの武具も揃っているし、バレエのバーと鏡がついているので少人数でじっくり身体を練る場所に最適だな~?と思いました。

 小塚師範が仕事の都合で来れなかったのでIさんと二人だけでカリキュラムの相談したりして過ごしましたが、取り敢えず、月一回借りて続けてみて、会員が増えたら毎週一回の支部活動としてやってみたいな~?と思っています。

 また、剣や居合ができるのも有り難いですね?

 やっぱり、独己九剣やると総合的にいろいろできるようになるんですよね~。本当に私は天才じゃないかな?と自惚れちゃったりするんですけど、素手でどんなに頑張ってもできない領域に居合術なら行けるんですよ!

 居合術というのは中国武術にも無いんですよね。

 真に日本武術のオリジナルと言えるのが、居合術なんですよ!

 0の状態(静)から電光石火で100の状態(動)に切り替わる・・・これぞ武術の絶招なんですよ。

 中国武術式に考えれば、まさしく“発勁”なんですよね?

 居合術は刀を使うけれども、その本質は“中芯力”なんです。

 この意味については、今後、説明していこうと思いますけど、知識じゃなくて体で実感しないと何にもなりませんからね。

 やっぱり、実感の無い人にいくら言葉で説明しても誤解して間違った方向に進むだけですからね。

 昔の武術家は言葉で一切、説明しなかった・・・というのも、実感しないと体得できないのが判っていたからではないか?と思いますね。

 そういう意味では、私は言葉で説明し過ぎるし、習いに来る人達も言葉にばかり注目し過ぎるきらいはありますね。


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GW特別講習会DVD緊急発売!

 GWに開催した特別講習会の様子を収録したDVDの先行予約発売をします。

 内容は、「0インチ打撃法、ハイスピード連環打法、化勁、蛟龍歩(這いに連続縮地法をプラスしたもの)、零勁斬り」です。

 つまり、「攻防一致にして歩法で撹乱して接近密着し、一方的に打ち倒す“先の先”の戦闘法」ということです。

 目玉になるのは、ハイスピード連環打法と蛟龍歩の使い方を具体的に細かく解説している点と、零勁斬りを何人か成功したところですかね?

 零勁斬りは見世芸で練習した訳ではなく、あくまでも力のタメを使わず、0から一挙に100の力を発する重心力の使い方を体得するために絶好の技なんです。

 はっきり言って、重心力を使いこなせない限り、体格体力が何倍も差がある相手を倒すことはできません!

 急所攻撃も絶対ではありません。

 やはり、戦闘で重要なのは“圧倒的な威力”なのです。

 つまり、“発勁”です!

「発勁だって? マジかよ~?」とせせら笑ってる筋肉マンに軽~く、打ってみせたら、顔面蒼白になって、「先生、これ、本気で打ったら絶対死にますよね・・・」と言った。

・・・ということが何回もありましたよ。見た目でそんな威力が出てるように見えないから、打たれてみないと判らないのが問題なんですが、少なくとも私の目の前でナメ腐った態度取ったら“三途の川”見せてやりまっせ・・・(マジ?)。

 重心力なら、その発勁が簡単に打てます!

 子供でも女性でも草食系男子でも爺さん婆さんでも、打てます!

 それから、うちは基本は交叉法で、後の先か対の先で対応するやり方を指導していますが、中級者以上には、先の先で自分から攻撃していって一方的に相手に何もさせずに潰すやり方を指導します。

・・・といっても、これまであまりやって見せていないので、会員にも知らない人が増えてきています。

 10年前の分裂騒動の時に破門した人達は、歩法を馬鹿にして「必要ない」と言ったので結果的に教えていません。

 ですが、游心流の真の戦闘法は歩法を使うんですよ。以前にも書きましたが、交叉法を破るには歩法が必要なのです・・・。

 ただし、歩法を駆使するのは、体得は少し難しいのです。

 うちの歩法は縮地法を細かく連続して用いるので、脚力で地面を蹴って動こうとしてもできないからです。

 ですが、講習会でやらせてみて、三人(小塚師範、I藤さん、大阪支部長)は概ね、成功していました。

 特に、大阪支部長は、最初はぎこちなかったものの、練習しているうちに重心移動のコツを飲み込んだ様子で、遅滞無く動けるようになっていました。

 そして、鞭手を使ったハイスピード連環打法を用いて、相手に何もさせずに一方的に打ち崩しながら仕留める!

 刃牙に登場した“鞭打”という言葉を用いる人もいましたが、あれは板垣さんの造語であり、武術用語として一般的なのは“鞭手”です。“打”じゃなくて“手”なのは、打撃のみでなく次々に変化して、打ったり・巻いたり・引っかけたり・・・と変幻自在に使うから“鞭の手”と称する訳です。

 名称というのは、その対象の本質を表現する場合があるので、単純に考えてはいけません!

 技の名前に真の用法が隠されている場合もあるのです。

 例えば、燕子抄水という体勢を極端に低くする動作がありますが、これは燕が水面を掠めるように飛ぶ様子を表現していますが、何故、水面を掠めるように飛ぶのか?

 水面にいる魚を捕まえるためですよね?

 ということは、この動作は極端に姿勢を低く斜め下に入り込みながら相手の足首をすくったり、股間を攻めたり、股をすくいあげて倒したりしている・・・と解釈できます。

 つまり、単純に姿勢を低くして相手の攻撃を避けるだけの動作ではない訳です。

 このように考えていけば、武術の形には様々な攻防の仕掛けが内蔵されており、そのヒントが名称に隠されているかもしれないのです!

 だから、名称をただ覚えるのではなく、言葉の意味を考えながら解析する必要があるのです。

“纏絲勁”と“抽絲勁”だと、“纏”は“まとわりつく”という意味なので、外側からグルグルッと巻き付くようなイメージで、“抽”は“紡ぎ出す”という意味なので、内側から細い糸が引き出されるようなイメージ・・・。

 となれば、陳氏太極拳はドリルのようにギュルンッ!と捻り出す突き技を用い、楊氏太極拳は外側から判らない内側から沸き出すような内勁を効かせた突き技を用いる・・・。

・・・という具合に解釈できますね?

 ちなみに内勁とは私が言うところの重心力だと考えてもらって結構です。

 こんな具合で、この講習会では私が考える武術の最新戦闘法を解説指導していますので、正直、あまり広める気がありません!

 なので、今回は割引しないでおこうか?と思ったのですが、まあ、今月の割引セール商品は決めていなかったので、今月中の予約注文者に限り、15000円(税込み)とします。

 いつものごとく、御希望の方はお早めにどうぞ!

 尚、これは限定販売にするかもしれませんので、悪しからず御了解ください。

+++++++   事務局注   +++++++
『GW特別講習会DVD』
・価格:20,000円 
→ 割引 15,000円 (2017/06/30 23:59:59までに先行予約頂いた方のみ)

・内容(2017/05/04開催の特別講習会
 『攻防一致にして歩法で撹乱して接近密着し、一方的に打ち倒す“先の先”の戦闘法
  0インチ打撃法
  ハイスピード連環打法
  化勁
  蛟龍歩(這いに連続縮地法をプラスしたもの)
  零勁斬り

・ご注文方法 こちら(http://infoyushin.blog.fc2.com/blog-entry-12.html)の一番下の方をご参照ください

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五月セミナー「上丹田」感想

五月セミナー「上丹田」感想

游心流はオカルト禁止じゃ~っ!」と宣言したばっかりなのに、“上丹田の開発”って、何じゃ~、こりゃあ?

 いや~・・・、どう考えても、上丹田を開発するというのは超能力開発トレーニングにしかならず、「それを世間的にはオカルトと呼ぶ!」って感じなんで、我ながらムムムゥ~?って思いましたよ。

 まっ、オカルト禁止宣言の前に決めてたことだから、やるっきゃない!

・・・っつう訳で、今回のセミナーは実技講習は瞑想法のやり方とか、その程度しかできないんで、困ったな~?と思っていたんですが、まずは「上丹田とは何か?」とか、明治から大正、昭和へと続く霊術業界と新宗教、自己啓発セミナーと企業研修、ヨーガと催眠、古代秘教と魔術、そして秘密結社(と、ニュー・ワールド・オーダー)、大東亜共栄圏思想と日ユ同祖論と古史古伝なんかの関係性について、ざざざ~っとあれこれ解説してみました。

 そのまま話だけで半分くらい時間費やしたんですが、後は何をどう練習すれば武術の講習になるかな~?と思って、“察気術”をやらせることにしました。

 後ろを向いている人に攻撃を仕掛けて、さっと避ける。アレですよ、アレ!

 今回が、一番、うまくいきましたね~?

 全然、できないという人はいませんでした。

 やっぱり、繰り返しやっていると、当たり前にできるようになるもんですね?


 しかし、こういうのは論理的に解説しようとすると、逆に嘘臭くなってしまうので、動物的感覚を磨く練習だと思えばいいでしょうね?

 まあ、来年以降はやるかどうか、判りません。

 論理的に説明できないことを金取って教えるのは、どうも気が引けるんですよね~?

 以上!


 セミナーに先立って、始まる一時間前に大阪支部長に個人指導しました。

 独己九剣と、杖術の基本操法、それから彼が思っている白鶴震身が正しいかどうかを確認してくれとのことでした。

 で、「まず、やってみて」と実演してもらいましたが、やはり、思った通り、陳氏太極拳の纏絲勁の突きを白鶴震身と誤解していましたね。

「う~ん、やっぱり(電話で聞いて)おかしいと思ってたんだけど、全然、違うね~?」と、纏絲勁の突きと白鶴震身の技術的な違いを実演解説しておきました。

 勘違いしたまま教えていたら、教えた私の間違いにもなってしまうので、綿密に説明しましたよ。

“纏絲”というのは、要は“捩り”の動きで、陳氏太極拳はギュルルンッ!という感じでドリルが回転するみたいにやるのが一般的なんですが、この動きは直線的にスパーンッ!とやると普通の空手の逆突きと変わらないんですよ。

 一方、“白鶴震身”は、両手を脇を締めて構え、白い鶴がブルブルッと身体を震わせて水を跳ね飛ばすみたいに、骨盤を中心にブルブルッと震わせた振動を指先まで伝える動きです。

 彼はネットの動画とかで見たらしいんですが、中国武術について詳しくない人間は原理的に違う動作を、見た目が似ているから・・・と同じ原理なんだと勘違いしてしまうものなんですよね。

 今は中国武術の専門雑誌が無いので、マニア自体も40~50過ぎのオールドファンしかいない。

 武道、格闘技から入った人だと、一昔前だと意拳しか知らなかったり(意拳最強~!みたいな?)していましたが、今はさしずめ詠春拳しか知らない(詠春拳最強~!とか?)人も多いんじゃないか?と思います。

拳児』世代が、もう40過ぎてると思うし、ブルース・リー、ジャッキー・チェン、少林寺の世代でも50前後より上だと思うんですよね?

 そういう状況なんだから、30半ばの大阪支部長が知らないのも仕方がないと思うし、
私が松田隆智先生の代わりをできるくらいにならなくちゃ~な~?と思いました。

 セミナー後の打ち上げのファミレスでも陳氏太極拳の“纏絲勁”と、楊氏太極拳の“抽絲勁”の違いを実演しながら解説したんですが、大阪支部長、ちゃんと見てなかったから、また勘違いするかもしれませんな~(苦笑)?

 北島師範がいつも怒って言うんですけど、「みんな、長野先生の動きをちゃんと見てない。だから、できないんですよ!」と・・・。

 私、口が達者だから、説明する言葉ばっかり注意がいってしまって、動きを観察することを忘れている人が多いかもしれませんね?

 私は映像から入るタイプなんで、例えば、武道の技術書とか書店でパラパラめくっても文章はそんなに読みません。

 掲載されている写真を見て、「あっ、この人は凄いな」と思ったら買うし、どんな立派な理屈を述べていても、写真がヘッポコだったら、「こいつ、勘違いしてるな」と思って棚に戻します。

 下手過ぎて面白いから、お笑いネタで買うこともありますけどね~(笑)?

 自分が文筆業やってるから、文章にどんな立派なことが書かれていても、言ってることとやってることが真逆の人がどれだけ多いか?と知ってるので、基本的に言葉は信用しません!

 明るくポジティブなことを強調する人が無自覚に周囲(主に立場が下の人達)にハラスメント繰り返したりするのが人間の心のバランスというものなんですよ!

 一日は明るい昼と暗い夜が半々でしょう?

「正しい人間でありたい」と考え過ぎると、無意識の闇がムクムクと頭をもたげてくるのが人間の“心の理”なんですよ!

 だから、私は立派な言葉、綺麗な言葉、正しい言葉をやたらに連発する人間をまったく信用していません!

 その人は人間の自然な怒り・妬み・嫉み・欲望などの感情を意識の底に押し込めているのですよ。

 場合によっては、押し込められた感情が別人格の形になって出てくる場合もある。

 これが乖離性同一性障害ですよ。

 私が平気で人の批判するのは、自分の精神のバランスを保つために最善のことだからですよ。自然な感情を隠さないで解放する!

 言いたい時に好きに言えばいいんですよ!

「あの人、性格悪いっ」って嫌われてもいいじゃないですか? 事実、性格悪いのを隠して生きるより気楽ですよぉ~?

 私は善人とか正しい人間になろうなんか一度も思ったことないですからね~。

 小ずるいこともする。嘘もつく。だけど、“自分には嘘をつきません!”

 人間、他人に尊敬されようなんてするから自分に嘘をつくことになるんですよ!

 最近、儒教の欠点が取り沙汰されていますが、確かに、人間の徳というのは外から押し付けるもんじゃないでしょう?

 無為自然が一番、理にかなってるんじゃないかな~?

 みんな、何で、そんなに無理して人に好かれようとするんですかね~? 疲れませんかね~?

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五月セミナー“上丹田”

 5月14日(日)の月例セミナーは「上丹田」の開発です。

 上丹田の開発は、下・中丹田を開発した上でないと、これだけ開発しようとすると危険なんですけれど、上丹田の働きや普通に使っているけど自覚していない事柄について解説してみようかな~?と思います。

 丹田の感覚というのは日本や中国の武術だと当たり前なんですが、他国だとあまり言及されません。

 実はこれ、もともとは武術とは無関係だったんですね?

 では、どこから来たのか?というと、ヨーガや仙道、禅といった宗教行法を採り入れたものだと考えられます。

 なぜ、採り入れたのか?

 単なる格闘の術だと限界があるので、もっと次元の異なる絶対的な力を得ようと考えて採り入れたのだと考えられますね。

 だから、天真正伝香取神道流や竹内流やタイ捨流、九鬼神伝流、鹿島神流などには、密教系の呪法が伝わっていますし、仁平師範が伝承している刀功門もそうでした。

 つまり、勝つためには何だって貪欲に採り入れようとした結果なんです。

 では、絶対的な力とは何か?

 ひとつは呪(しゅ)であり、神通力ですね。

 私は、『帝都物語』が大好きなんですが、ひとつだけ不満だったのは、なぜ、武術家が登場しないのか?という点でした。

 東洋のオカルチズムの戦いを描くのなら、武術家が登場してしかるべきだと思ったんですが・・・。

 私が上丹田(アージュニャー・チャクラ)を開いたのは天道に入った時でしたが、天道を日本に伝えたのは孫錫坤という人で、八卦掌の遣い手だったそうです。

 八卦掌の行法には上丹田を開くようなやり方が含まれますが、それは変性意識(アルタード・ステーツ)に導く脳開発の訓練法なのです。

 具体的に言うと、走圏を左廻りに巡ることです。

 これは、深い瞑想状態に脳を導くことで、人類の共通無意識に繋がる。これが俗に言うところのアカシックレコードと解釈していいでしょう。

 ユング心理学の祖カール・グスタフ・ユングは、霊能体質に生まれていたので、この共通無意識の存在について強い実感があったので、師匠のフロイトと意見対立して離れてしまいます。

 しかし、心理学の中ではユングは微妙な位置付けで、中にはオカルトの人だと顧みない人もいます。

 けれども、ユング心理学はニューサイエンス方面には大きな影響を与えており、前衛的な科学者には信奉する人も多いみたいですね?

 あ~っ、そういえば、日曜の稽古の後、若手のIさん、Tさんしか参加者がいなかったので、霜剣堂さんの日本刀特売会の最終日だったので、二人を誘って行ってみました。

「昼飯食ってから行く?」と聞きましたが、直行した後でもいいか?と思って、三人で町田に出て、町田から小田急で代々木上原に出て地下鉄に乗り換えて明治神宮前で降り、原宿の霜剣堂本店に行きました。

 数万から一千万超える刀まで沢山あるので、二人には良い勉強になるかと思った訳なんですけど、何と、青木宏之先生とばったり出くわして、帰りに喫茶店で御馳走になりながらいろいろな話を聞かせて戴きました。

 しかし、それにしても奇遇も奇遇。GWは毎年、合宿されているので時間が合わないかな~?と思って、今回は連絡していなかったんですね。

 だから、IさんとTさんが行きたいと言わなければ、私も行かなかったかもしれませんし、先に昼食に行っていたら、これまたタイミングが合わなかったでしょう。

 これは青木先生の引きなのか、私の引きなのか?

 いずれにしても、アージュニャー・チャクラを開いて以降、いや、その前から私は妙にシンクロニシティーが起こるんですよね?

 そういう点での霊感は私はあるのかもしれません・・・。

 俗に天地と繋がると、そういうことが起こる・・・と言われますが、線で繋がる以外に粒子が拡散するように融け合う繋がり方というのもあると思っています。

 青木先生はそうなっているように思いますね。

 仙道では、出神の法、神智学ではアストラル・プロジェクションと呼ばれますが、仙人が抜け殻を残して消える尸解仙(しかせん)というのもあります。

 神秘思想家ジョージ・イヴァノビッチ・グルジェフが死んだ時、内臓はすべて壊死していて、肉体的にはとっくに死んでいた筈だ?ということが判った?というオカルト界隈の噂がありますが、そんなゾンビ状態で生きるなんて馬鹿なことがあるのか?と思っていたんです。

 けれども、うちの父親が脳梗塞で倒れて検査した時、心臓の2/3が壊死して冠状動脈が詰まっていて、医者が、「何故、この状態で普通に生活できていたんだ?」と不思議がっていたそうです。

 肉体は結局、朽ちていくものですが、それは魂の入れ物が壊れるだけで、魂は不滅なのだ?と考えるべきなのかもしれません。

 だからなのか? 私は松田隆智先生友寄隆一郎先生が亡くなられても、どうも、未だに生きてらっしゃるような印象が拭えないんですよ。

 あるいは、遥か昔に死んだ人の残した作品や技術が延々と時代を超えて伝承されている事実を見ると、“生きた証し”というものを遺すことがより重要なようにも思えます。

 私が映画に心惹かれ続けてきたのも、作品の中の世界は永遠だからなのかもしれませんね?

 もう間もなく、私がプロデュース兼出演した『セーラー服忍者』のDVDが発売されます!

 特典映像で私の武術講座と青木宏之先生の剣舞と下田愛璃さんの中国兵器の表演も収録していますが、これは武術愛好家にはお宝映像ですよ!

 小説版も出る予定で、現在、加筆中です。

 乞う、御期待!

PS;グァム島に射撃訓練に行ってきたIさんがお土産で空の薬莢をくれました。7.62×54Rウインチェスターと、44レミントン・マグナムです。空薬莢は好きに持ち帰られるそうで、游心流でもお金ためてシューティング・ツアーやりたいです!

PS2;そういえば、仁平師範もサベージ・ハーフライフルを購入したそうです。一発弾のサボット弾を発射する一応は散弾銃ですが、ほとんどボルトアクションライフルみたいな銃らしいですね。今度、見せてもらおうっと!

PS3;そういえば(はっ? また使ってしまった・・・)、今月21日には岩槻映画祭で『セーラー服忍者』を再編集版再上映するみたいです。多分、舞台挨拶で私も行くと思いますので、宜しかったら来てくださいね~っ!

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特別講習会と猫見会?感想

 5/4(木)は、千代田メイプルホールの稽古時間を変更してGW特別講習会を開催しました

 申し込みが少なかったので、どうなることか?と思っていましたが、前日、一気に参加申し込みがあって、会員ばかりでしたが、そこそこの人数で開催できました。

 月例セミナーだと3時間でワンテーマですから余裕をもってやれるんですが、今回は2時間で0インチ打撃化勁・ハイスピード打撃・蛟龍歩・そして零勁斬りもやるので、一工夫が必要でした。

 要するに、“実戦のケースに合わせて混ぜて教えた”のです。

 昨年から今年にかけて游心流のオリジナルの戦闘法を形成するように指導してきているんですが、その過程で、いわゆる“気”とか“心法”に関するオカルト的に受け止められかねない要素は思い切って省いて、科学的に解説できる領域でシステム化することに決めました。

 どうしてか?というと、そうしないと“感覚主導”になってしまい、“盲信”や“信仰”の対象になってしまい、社会性を失ってしまうと思った訳です。

 実際に、10年前に破門にした元会員達は“気の感覚主導”で追究した結果、言動が完全にオカルチックになってしまい、まっとうな社会常識を喪失していました。

 注意しても聞かなくなっていたのですね?

 これは気功でいう“偏差”であり、禅でいう“禅病”であり、精神医学でいう“統合失調症”であり、簡単にいうと“心のバランスを取れなくなって幻覚と現実の区別がつかなくなっている病態”であったと私は判断した次第でした。

 例えば、「酒やジュースの味を変える」「雨雲を散らして雨を止める」「幽霊を祓う」といったことを公の場で大声ではしゃいで吹聴してしまうのですが、これではまともな神経ではないという印象を周囲に与えるのが確実です。

 まだ、会の仲間内だけで愉快にやっている分にはシャレということで罪がありませんが、外部に向かって声高に主張したら精神病院行きですよ?

 実は、この分裂騒動の最中に、やはり気の感覚がある手技療法家の会員がいて、彼は自分がそんな能力があるということはおくびにも出さずにいたんですが、私は困ってしまって相談したんですね。

 そうすると、「長野先生がブレずにいれば、そういう人達は自然に離れますよ。何の心配もありません」と言ってくれたので、随分、助かりました。

 その経験があったので、先の花見会でのある会員の軽薄そのものの言動に対して重大な問題があると考えた訳です。

 これらの“病態”と、昔から言われている“霊能”との違いは何か?という点に関しては明確な区別はない訳ですが、私個人の見解としては「幻覚と現実の区別がつくか?」「社会常識を守れるか?」の二点であり、この二点を失っていたら、いわゆる“病態”と判断することにしています。

 ただし、これは私個人の判断基準であって、恐らく社会一般的には「すべてが病気か、あるいは虚言を弄する詐欺師」と判断されるであろうと予測しています。

 特に、弁証法的唯物史観による科学的認識(マルクス主義社会科学)を絶対のものと信じる人にとっては、霊的・神秘的・宗教的・スピリチュアリズムに関しては激烈な否定論者(例・上岡龍太郎とか大槻教授とか松尾貴とか)が存在するので、オカルトに関する発言は一般ピープルならば“不思議ちゃん”扱い、私のような専門家ならば“オツムテンテンの人”扱いされるのも覚悟してでないと迂闊に言えない訳ですね?

 で、日本は恐らく世界中でも特に弁証法的唯物史観の教育が成功して国民に広く浸透している国だと思われますから、オカルト発言者に対する排他的対応が激しい!

 特に霊能者の料金体系は非常識に高額なのが常ですから、一度、詐欺師のレッテルを貼られるや、魔女狩りのごとく四面楚歌になって社会から抹殺されてしまうのが特徴です。

 そうやって潰されていった人を何人も知ってますよ。

 有名な事件だと、『リング』の元ネタになった福来友吉博士と御船千鶴子の千里眼事件がありますね? 千里眼能力が評判になったもののインチキ詐欺師扱いされた千鶴子が自殺した事件・・・。

 真実がどうか?ではなくて、メディアが一斉にインチキだと糾弾すれば弁明の余地は無くなって“希代の詐欺師”とレッテルを貼られてさらし者にされてしまうのです。


 ところが、実は日本は世界でも有数の霊的文化の伝統を持つ国なんですね? もともとは・・・。

 だから、宗教に対しては驚くほど寛容でしょう?

 他の国ならすぐに宗教対立から戦争に発展したりするところですよ。

 でも、日本は古来から神道・仏教を中心に様々な宗教が伝承されてきています。キリスト教だって、景教(ネストリウス派キリスト教)が古くから入っていたといわれますし、密教はゾロアスター教(拝火教)の影響だと考えられていますし、明治以降の様々な新宗教は政財界の有力者との結び付きも強く、また党派を越えた「日本会議」のような結社も誕生しています。


 でまあ、何が言いたいのか?と申しますと、武道や格闘技、ダンスなどから武術に関心を持つようになった人達は、「“身体技術”にしか関心が無く、文化的社会的背景をまるで知らずに“技術”にのみ耽溺してしまっていて社会的見地が致命的に欠落している」ということです。

 これは数千に達する武道・格闘技・ダンスなどの実践者と接した上での感想ですが、専門にやっている人ほど、自分の専門外の事柄に関してはびっくりするほど無知で、非常識と言えるほどに常識知らずな人も珍しくありませんでした。

 普通にサラリーマンとかやっている人なら、「これは危ないな~」と踏みとどまるところが、閉じられた世界観の中でずっとやってきた人は“世間知”というべきものが育っていないので、そのまま突っ込んでしまうのです。

 大麻事件でバッシングされた元女優も、まさにそうでしょう?

 良く言えば“純粋”なんですが、それは、“無菌室で育てられたような純粋さ”で、“疑うことを知らない単細胞な信者タイプ”なので、容易に騙されてしまう訳です。

 世間では、“マルチ商法”とか“霊感商法”に引っ掛かる人は「騙される方が馬鹿なのだ」と見做されるもので、普通は同情されませんよね?


 私の世代で武術から入った者の多くは、精神世界とセットで学ぶのが当たり前のようなところがありました。

 これは、松田隆智先生がGIグルジェフの信奉者で、青木宏之先生はオショー・ラジニーシを敬愛していた・・・という点に象徴的でしょう。

 私はブルース・リーが敬愛していたジッドゥ・クリシュナムルティーにはまって学生時代は宗教哲学系の本ばかり読んでいましたが、視点が偏るのは良くないと思って、芸術・映画・健康法・手技療法・教育・社会運動などに関して実践研究していました。

 もちろん、武術は好きでずっと続けていましたが、強くなるという目的よりも文化的背景を研究することの社会的意義を直感して研究してきて、それが最終的に目的化したと言うべきかもしれません。

 私は知的好奇心とか探究心が並外れて強いらしく、謎に触れると解明したくてウズウズする気質なんですね?

 だから、様々な武術の秘技を解明することに熱中できたのだと思いますし、いろいろな分野に手を出してきたのも自分の中では別々のことをやっている意識が無かったからだと思います。

 事実、いろんな体験知が集積されることで謎の解明に役立っている訳ですから・・・。

 作家になれたのも、今考えると必然的ですね?

・・・というか、これしかできない。

 外に金を稼ぐ手段が無かっただけなんですよ・・・。


 余談が過ぎましたが、講習会は相当な成果がありました。

 特に、歩法は何人かの会員が、見る見るうちに体得していましたが、これは私が今まで教えた中でも数人しかできるようになった人がいないくらい難しいんですよ。

 いきなりやらせてできる道理がないんですが、日頃から地道に練習している人だから、ちょっとコツを教えただけで体得できたんでしょう。

 この歩法とハイスピード連環打撃を組み合わせ、0インチ打撃を使えば、スピード・テクニック・パワーの三位一体攻撃となります!

 これは護身術としての後の先ではなく、先の先で自分から攻撃していって一方的に倒すためのもので、これまで具体的に公開していませんでした。

 これは攻撃力は高いんですが、コントロールが難しいので危険だからです。

 本当は、この先に、発勁を連発するやり方もあるんですが、これは初心者にやらせれば身体を壊すのが確実なので、流石に講習会で教える訳にはいきません。

 私は、武術は即、使えるものでないと意味がないと思っているので、地道に訓練を何年も重ねないとできないような技術体系にはしていません。

 しかし、だから否定している訳ではなくて、日々の稽古の積み重ねによって身体を練ることの成果は確実にあります。

 例えば、立禅や這いはそうなんですね?

 私自身はもうほとんどやっていませんが、それは日常生活の中で練るやり方を工夫しているからです。

“型が大切”なのは、初心者から中級者向けの話であって、いつまでも型に拘っていてはダメです。

「これが正しい」というのは単なる思い込みです。

 例えば、ある先生が「釈迦の悟りはまだ達していない。その先がある」と言っていたそうですが、同様のことは青木先生も言っていました。

 が、その後、「いや~、釈迦の先の悟りがあると思ったんだけど、お釈迦さんも気づいていたんじゃないかな~? まだ、先があったんだよね~(苦笑)」と言ってました。

 結論から言えば、お釈迦さんが自分自身で残したものは無い訳です。

 すべて弟子が「お釈迦様はこう言っていた」と伝承しているだけ。

 つまり、嘘かも知れない訳ですよ。

 お釈迦さんと呼ばれる人物も実在しなかったかもしれない?

 実際、ヒンドゥー教では釈迦及び仏教はヒンドゥー教の一派に過ぎないと見做しています。

 あるいは逆に、釈迦が悟った内容について言葉を尽くして弟子に伝えようとしたけれども、弟子は悟っていないから上っ面しか解らない。

 だから、不完全にしか伝わってこなかった・・・。

 まあ、これが真相に近いのではないかな~?と私は思う訳です。

 もともと、悟りというのは言葉で伝えることができないから自分で悟るしかない訳で、だからクリシュナムルティーなんか、「瞑想しなさい」としか言わない訳です。

 岸田秀の唯幻論なんかもそうなんですが、言葉は共通言語でないと通じないし、価値観やイメージを共有している人間同士の“共同幻想”によってコミュニケーションが成立する面がある訳ですよ。

 それは宗教であったりイデオロギーであったり、所属意識や党派観念であったりするんですが、要は趣味道楽好みに理屈つけただけなんですよ。

 だから、私なんか、美意識とか思想とか口にする人間が胡散臭くって気持ち悪いんですよね~? 大体、こういう連中って言行不一致ですからね~。

 凡人は、権威ある人間が言っていることだから・・・と疑いもせずに信用してしまうものですが、こんなの単なる奴隷根性ですよ。

 私は、青木宏之先生や松田隆智先生に対して、常に尊敬の気持ちを持っていますが、信仰心は全然ありません。

 だって、権威を尊敬しているんじゃないからですよ!

 武術の腕前を尊敬しているのか?

 いや、それも違いますね。

“生き様”ですよ!

 青木先生も松田先生も自分に真っ正直に生きていて嘘が無い。だから、尊敬しているんです!

 今、気づきましたけど、私は嘘つかない人間が好きなんですね? 裏表のある人は嫌い。真っ正直に生きてる人間が好き!

 本当にカッコイイと思うのは、自分のダメなところや欲望や変態っぷりも隠さないでバーンッ!とさらけ出してしまえる人ですよ。

 武術も捨て身にならないとダメですから!

“捨己従人(おのれを捨てて人に従う)”ですよ!

 で、最後にやった零勁斬りも、上手くやろうとか「できるかな~?」と不安に感じたりする邪念があると失敗するんです。

 無念無想でエイヤッとやらないと失敗するんです。

 何人か成功しましたよ。

 で、成功した人は三段認定しました。

 試し斬りの良さは、迷いを切り捨てる心理効果がありますね。切れるか切れないかという結果が明確に出るので、意識転換が簡単にできます。

 依頼心を切り捨てることにも繋がります。

 剣術には“祓い太刀”というのがありますが、意識転換に最も役立ちますね?


 講習会の翌日は、小塚師範宅にて“猫見会”をやりました!

 今回はカヅコも積極的におもてなししてくれまた。猫はゴロゴロ腹出して転がるところがカワイイですよね?

 さっ、私もベストセラー出して、猫ビル建てるぞ~っ!


追伸;今回の講習会の模様はDVD化しますので、御期待ください!

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ほびっと村感想

 四月三十日の西荻窪ほびっと村学校は、奇しくも川越から女性会員のUさんと、『武術のコツ』収録DVDに参加してくれたSさんが久々に来られて、楽しく催せました。

 今年のほびっと村の講座は、游心流合気道に絞ってやっているので、基礎錬体の後は合気揚げをやることにしているんですが、もちろん、私が普通にやらせる道理もなく、合気揚げの中に0インチ打撃の要素を加えてみたり、擒拿(チンナ)術の要素を入れたり、いろいろ実験しています。

 合気揚げ一つとっても、逆技の応用・伸筋技法・脱力技法と大まかに分けても三種類くらいに大別できますし、これに各団体の特徴的な要素を加えて分類していけば何十種類にもやり方が変わります。

 つまり、教える人の個性が加わって変化していくので、たとえ同じ先生に習った者同士であっても、年月が加われば変わっていくのが当然のことだからです。

 そして、武術的に言えば、“効けば何でもいい”のであって、“厳格なる正解”というものは原理的に存在し得ないのです。

 もちろん、“技術論としての正解”は各流儀各団体に規定されている訳ですが、技術として正しくとも武術の勝負論からすれば実際に通用しない技術は無価値になる訳です。

 つまり、武術の存在理由である戦闘術として通用しない技術は、いかに精妙であっても絵に描いた餅になってしまうということです。

 今回、興味深かったのは、Sさんがユーチューブで見たというある武術家?が実演している不思議チックな合気技?の原理解析を実施したことでしたが、後ろから両肩を握られているのを吹っ飛ばすのか?と、肩で体の合気をやっている動画だったのか?と思ったところ、そうではなくて、後ろから肩をスルッと摩るようにすると相手が尻餅をついてしまうというものだった様子です。

「ええっ? それって、もしかして、こういうこと?」と実演して見せたら、「それです!」とのことでしたが、これって、軸を傾けて(僅かに後ろに引いて)、下に落とす(合成力)という、技というより単なるコツでしかなかったので、私は呆れてしまいました。

 ちょうど、甲野氏の平蜘蛛返し?と同じ原理でしかなかったんですが、ただ立っている人を後ろに尻餅つかせるだけですから、やり方教えたら、一瞬で誰でもできる程度のコツなんですよね。

 現に、参加者全員でやらせたら、冗談みたいにかかります。

「へぇ~、~野さんって、こんな程度のことを秘技みたいに見せかけて実演しているのか~?」と、逆に感心してしまいましたよ。

 こんな素人騙しの手品みたいなことやって、武道がどうたらこうたら偉そうに説教できるような強心臓は私は持ち合わせがありません。

 小学生が昼休みに遊ぶような演芸(頸動脈圧えて気絶させるとか、昔、問題になりましたよね?)ではありませんから、そういう代物ばかり金取って教えているような人達と同類だと思われるのは我慢がなりませんよ!

 有り難いことに、最近は世の中ナメてるような武術愛好家はうちには全然来なくなり、真面目に武道に取り組んできたけれども年齢を重ねて実力の衰えを感じている人がヒントを求めてこられる例が多く、そういう真摯な人達に応えることがやり甲斐です。

 どんな流儀も万能ということはありません。必ず弱点があります。

 逆に考えれば、だから進化できるんですよ!

「俺のやってることが最高で、完璧だ」と思っている人は、そこで終わります。

 私が信仰は敵だ!と思っているのは、信仰することで自己完結してしまうからです。

 世の中には物凄い絶技を持っている人はいます。

 しかし、所詮、人間には人間の限界というものがありますよ。

 だってね~。今現在の世界終末に直結しかねない様々な危機を、その人が解決してくれるんですか?

 せいぜい、この世の法則から離れて解脱するだけでしょう? そんなの自己満足で現実逃避でしかないっていうんですよ。

 かつて超人と言われた肥田春充は、人間とは思えない神業をいろいろやって見せながらも、瞑想で見た人類終末のビジョンに対して、「自分は人類を救うことができない」と無力な自分に絶望して絶食の果てに死にました。

 肥田春充が超人的な人間だったのは事実だろうと思います。しかし、それでも人間は神様ではないのです。

 東日本大震災の大津波に遭遇した人達は何を思ったでしょう?

 世界の終末を思ったのではないでしょうか?

 世界の終わりと自己の死というものは表裏の関係にあります。肥田春充は哀しみの果てに自らの死をもって世界の終末を先に味わおうとしたのかもしれません。

 だから、自殺とは違うんでしょうね? 祈るような気持ちだったのではないか?


 かと思えば、自分の変態的欲望に振り回されて人を傷つけるサイコパスも増えているような印象がありますね~?

 で、狙われるのは身体的弱者ですよ。

 パワハラ、セクハラ、DVも当たり前・・・そんな世の中、最後に頼りになるのは自分の力だけ?

 女性や老人くらいだったら護身術教えれば大丈夫だと思っているんですが、過日のリンちゃん殺害事件のような場合は何ができるだろう?と、今、考えているところです。

 あれ、本当に酷いですよね~? まだ確定していない段階で断定的なこと書いてはいけないんでしょうけど、見守り隊の隊長が犯人でした・・・って、ホラー映画みたいな話ですよ。

 やまゆり学園の事件もそうですが、まさに悪魔の所業です。

 抵抗する力の無い人間を物のように扱う神経が狂っているとしか言えません。

 もし、こういう人間が権力者になったりしたら、どれだけおぞましい行為を働くだろうか?と想像すると、やっぱり教育の問題を考えるしかないようにも思いますね。

 うちの会にも、過去、自惚れて礼節を弁えなくなった人間が何人か出て破門してきましたが、人間だから自惚れるなっていうのも無理な話なんですよね~。

 私だって自惚れて増長した時期はありました。でも、失敗を繰り返して謙虚さを取り戻すことになりましたよ。

 結局、謙虚さというのは自分を護るための処世術なんですよね。

 不必要に卑下したりしたら嫌らしくなりますが、演技でもいいから必要な要素ですよ。

 もっとも、私は結構、洞察力がある方なんで、中途半端に演技したり、表に出さないようにしていても見破りますから、気質的に傲慢な人は、むしろ最初から隠さないほうが「性格は問題があるけど正直なヤツだな?」と好感を持つ場合もありますけどね。

 だけど、大抵の男(女性は好きなタイプでない限りは鋭いからすぐ見抜きますよ)は洞察力ありませんから、演技でいいから謙虚そうに振る舞ってください! それが身のためですよ。

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緊急、特別講習会開催!

 23日の本部稽古会で試し斬りもやりました。

 兵庫からSさんが土(橋本支部)日(本部道場)の稽古に参加して来られたので、めったに教えられないので、零勁斬りの練習も兼ねてお教えしようと思った訳です。

 長く脱力技法を研究してきて、それを剣に応用したところ、0距離打撃と同じ原理の零勁斬りが体現できた訳ですが、Sさんは50過ぎからうちの純粋培養で他流経験がありませんでした。

 なので、脱力技法を最も体現できていたんですね。

 私も普通にできるようになったので、ちょっと難しい技に挑戦しようと逆手零勁斬り上げに挑戦したんですが、九割り斬れましたが失敗しました。

 北島師範もほぼできたんですが、惜しくも切断には至りません。栗原師範も今一歩。

 ところが若手のIさんは簡単にできてしまい、Sさんも最初は失敗しましたが、再挑戦は理想的な脱力っぷりに豆腐を斬るみたいに切断に成功しました。

 この日は経験者ほど失敗してしまった訳ですが、これは無意識に力が入ってしまったからで、何も考えずにスルッとやれば斬れる?ということが実証できましたね。

 年齢聞いたら64歳になったそうで、地元では健康太極拳を習われていますが、化勁に関してはかなりの実力になっています。

 Iさんは四段、Sさんは三段を認定しました。

 そんな簡単に段やっていいの?と思われるかもしれませんが、試し斬りを修行している人なら、この技がいかに難しいか解ると思います。フォロースルーを一切やらずにマキワラに刃をくっつけている位置から急加速させて斬る訳ですから・・・。

 これができれば、原理的に0距離打撃も簡単にできる?んですね。

 ところが、驚いたことに・・・Sさんは、太極拳の動きでO距離打撃をどうやって出せるのか?と質問してこられたので、ちょっと焦りました。

 DVD買われているから、解ると思っていたのです・・・。

 実地に教えて、やっと納得されていましたが、これはやっぱり実地に教えないと伝わらないのかもしれないな~?と思いましたね。

 そんな訳で、急遽、特別講習会を開催することにしました!

 5月4日(木)、午後一時から三時。相模原市千代田のメイプルホールにて、0距離打撃と化勁、鞭手連環ハイスピード打法、蛟龍歩、零勁(寸勁)斬りを指導します。

 現時点に於ける游心流の極意技法の集中講習会で、参加費は会員は一万円、それ以外の方は一万五千円にします。

 二万円にしようか?と思ったんですが、遠くから来られる方は交通費もかかりますから、このくらいに留めておこうと思い直しました。

 ほびっと村(こちらは三千円で護身武器術をやります)の直後ですが、GWの特別講習会として実施したいと思います。

 ちなみに、稽古会の時に北島師範から聞きましたが、橋本稽古会に来ている会員さんが「長野先生、本当にメッチャ速かったですよぉっ! 全然、見えなかったですぅ~! 肩甲骨から動くってやって見せられたのがムチャクチャ動くからビックリしました~!」と絶賛していたそうでございます。

 ふっふっふ・・・正直、スピードと打撃力とテクニックは自信あるんですよ~。ふっふっふ・・・。

(調子に乗って、すいませんでしたっ・・・)

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零勁斬りと見えない打撃

 15日(土)は、大阪在住の会員さんが個人指導を希望してこられたので、小塚師範も交えていろいろと雑談しながら指導しました。

ブログで書かれていた、目で見えないような速さの打撃というのを見せてもらえませんか?」とのことだったので、細かく解説しながら実演してみましたが、「長野先生、本当に全然、見えなかったですよ?」とビックリされた様子で、このくらい驚いてくれると、こっちも教えていて気分がいいですよね?

 相手の構えを打ち崩しながらババババッと鞭手を連発してみせて、「大体、今ので70%くらいの速度です。今は四発打ちましたけど、実際は掌打から背掌、前腕、肘打ち、一本拳に変化させながら最低でも5~6発は打ちます」と、やり方を説明しました。

 まあ、経験の無い人から誉められても大して嬉しくはないんですけど、並み以上の経験者が誉めてくれると嬉しいですよね?

兵庫支部長のキシさんが上手いから習うといいですよ」と言っておきました。

 フルコンタクト空手や何やら、いろいろ修行されていて某流儀では指導員をされているのだそうですが、やはり、御多分に漏れず緊張して力む癖があったらしいですね?

 私の経験上で言えば、武道経験者のほぼ100%が、力む癖があります。

 本当に脱力ができている人はプロのダンサーとか、ほんの数えるほどしかいませんでしたね。

 やっぱり、戦うとなると無意識に緊張してガッチガチになってしまいます。よほど精神的に余裕がないと戦う時に脱力するなんてできないんですよ。

 ダンサー系の人がすぐ脱力できるのは戦闘の怖さを知らないから・・・という要素が大きいでしょうね?

 しかし、本当に達人とか名人と呼ばれるくらいの優れた武術家だったら、実戦に際しても脱力できる筈です。

 プロの格闘家でも熟練者はリラックスして余計な力みがありません。伸びのあるしなやかなパンチやキックで相手をKOするシーンとか見ると、「あれっ? あんなので倒れるの?」と疑問に感じた経験のある人も多いんじゃないでしょうか?

 見た目に強そうなのと、実際に効くのは別なんですよ。チョコンと突いて相手がバタンキューとなるのは、重心力打撃の特徴で、打った本人も力感が無いので「え~っ? 嘘でしょ?」と信じられなかったりするんです。

 私も、20代半ばの頃、初めて寸勁を体得した時、ポンッと打ったら、サンドバッグがドバ~ンッ!と跳ね上がったのでビックラこいたものでした。

 以来、30年近くなりますが、本人は体得しているのに自覚がないという人が何人もいて、最近は、「サンドバッグ打ってみなさい」と打たせて、どのくらい威力が出ているのか確認してもらって納得してもらうようにしています。

 いちいちキックミット持って、打たせていたのでは受けた会員に後遺症が出たりしかねませんからね。

 実際、北島師範小塚師範は、後から後遺症があったと報告してくれましたが、威力が後ろに抜けるように打っても、体内に残ってしまったりするんですね。

 最近は会員には「サンドバッグ打ってどのくらい威力が出ているか確認すればいいよ」とお勧めしています。

 で、0インチパンチは力んでいたらまったく打てませんからね。伸筋繋げて打つことはできますが、前腕、肘、肩、背中、腹なんかで打つには、重心移動の力が必要です。

 うちの戦闘理論は、0インチ打撃ができないと絵に描いた餅になって「あんなのオカルトオタクのタワ言だ!」と最強格闘マニアから馬鹿にされてしまいますからね。

 逆に、力み癖が取り除けさえすれば、瞬間に技能がガラッと変わって向上します。

 この日もサンドバッグ打って確認してもらったんですが、触れたところからバシーンッとサンドバッグが弾けることで、あ~、こんなに威力が出ているんだ・・・と納得してもらえた様子でした。

 この確認作業が、なかなか難しかったのですが、サンドバッグを置く以前は、最も良いのが“寸勁斬り”であると思って、実施するようになったのですね?

 これは正確に力の方向がブレずに、真っすぐ通らないと成功できませんから、確認のために良いのです。

 力が足りなかったり方向がずれたりすると切断できませんからね。

 この日も寸勁斬りを教えてくれということだったので、マキワラを準備しておきましたが、最初は失敗したものの、結果的には二回成功したので、游心流二段を認定しました。

 この辺は経験者だからこそ、脱力のコツを飲み込むのが早かったですね。

 小塚師範は零勁斬りに挑戦し、最初は八割りくらい斬れていたので再挑戦。マキワラの斬る位置を低く指定してやってもらったら、あっさり斬れました!

 私が散々、苦心してやっとできるようになった技を、いとも簡単に体得してしまったので、あんまり嬉しくないな~?と、ちょっと拗ねちゃいましたよ~(苦笑)。

 恐らく、北島師範もやらせればすぐに体得できるでしょう。先日の寸勁斬りは、限りなく零勁斬りに近かったので・・・。

 しかし、一度できてしまうと、難しいと思っていた技も当たり前にできるようになるもので、一つの段階にいつまでも拘っていてはいけないというお達しかな?と思います。

 この日は、高い交通費を使って遠くから、わざわざ来てくれたので、なるべく多く教えたいと思って、質問にどんどん答えるようにしていたんですが、頭がパンパンになってしまったそうで、一通り実演解説して終了しました。

 関西の人は本音を素直に話してシャレっ気もあるので、私は大好きですね~! どうも、関東の人は本音を隠して調子を合わせるだけの人が多くて、信用できない人がいます。

 これはますます、大阪でセミナーやらないといけないな~?と思いました。


 翌日の日曜稽古会は、久々に鹿沼公園で花見しながら桜の樹の下で練習しました!

 桜の花びらが舞い散る中で、鞭手連環打法を細かく解説しながら練習させました。

 とにかく、見えない打撃というのは、「物理的に単純に速くて見えない」というのと、「予備動作がなく無駄な動きがないので見えにくい」というのと、「相手の視界から外れているので見えない」、「視覚には映っているのに意識に反応しないので結果的に見えていない」というくらいの種類があります。

 武術では、これらの要素を複合的に用いて、敵(相手)に反応させないまま、こちらの攻撃を命中させることを求めます。

 強いとか弱いとかという基準で判断できない理由が、この辺りにある訳です。

 
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四月セミナー“中丹田”感想

 四月セミナーは“中丹田”の開発と活用についてをテーマにしましたが、ここ何年か、わざとゆっくり動くようにしていたので、私が「スピードが遅いのが弱点」だと思い込む人が会員にもいる様子でしたので、久しぶりにハイスピード拳法・通背拳をアレンジした鞭手連環打法と、第二段階蛟龍歩を使ってみました。

 私はスピードには相当、自信があります。

 ボクシングやっていた人から「長野先生みたいに速い人は見たことない」と言われたことがあります。

 先日も、練習後にファミレスで武術の動画をスマホを見ていた会員間で、「この先生、スピードが凄いですね~っ?」と盛り上がっていた時、北島師範だけが、「長野先生の方が全然、速いですよ」と、ぼそっと言っていました。

 彼は10年以上も私の技を受けているので、私がフルスピード出したら、どれだけ速いのか?を知ってる訳です。

 ここ数年は、ほとんど本気のスピード出して動いたことありませんから、ここ数年で入った会員、つまり、現在の会員の大多数が、私がそんなにスピードが出せることを知らない訳です。

 簡単に言えば、普段はわざとゆっくり動くようにして隠しているんですね。弟子にさえ見せない。

 いわゆる“奥の手”というヤツです。

 ただし、普段はやらない理由がもう三点あります。

1,フルスピード出すと、加速度がつき過ぎて打拳を止められなくなってしまうので相手に怪我をさせてしまう。

2,下丹田と中丹田を併用して動くのでメッチャ疲れるので、数秒しかできない。

3,教える時に、速く動いていると何やっているのか全然判別できないので、会員や受講生が困る。

・・・という次第です。

 また、上丹田を開発していくと読みの能力が上がるので、相手が動き出す寸前を抑えることができるようになる。

 従って、わざわざハイスピードで動く必要がない・・・という理由もありますが。

 けれども、前日に大阪支部長から電話があってセミナー前に剣術を教えて欲しいということだったんですが、その時にいろいろ話していて、「俺は動きが速いと言われる先生方を大勢見たけれども、ちっとも速いとは思わなかった。なぜなら、目に見える速度だから。俺の習ったある先生は本気で動くと手と足が消えて見えなくなっていた。だから、速いな~と感じるくらいの速度は目に見えている訳だから、大した速度じゃないよ。本当に速いと言えるのは目に映らないくらいだろうし、俺が目指しているのも、そんな超神速の速度だよ」と大見栄を切ってしまったので、これはちょっと見せなきゃいかんな~?と思った次第。

 そんな訳で、この日は久々に、70~80%くらいのスピードを出してみました。

 これは、一挙動で最低5~6発連打しますが、意味なく速く打ってるんじゃなく、一発目で相手の前手に拍掌で牽制をかけて意識を集中させつつ崩しをかけ、虚の状態になった顔面、後頭部、脇下などに背掌、前腕、肘、一本拳(竜頭拳or透骨拳)を流れるように打ち込んでいく戦法です。

 また、当然ながら間合が詰まっていきますから、暗腿で崩しをかけていったりします。

 寸止めできるスピードだと、このくらいが限度ですが、もし、100パーでこの連環打法を遣えば、相手に大怪我以上のダメージを与えることになってしまいますね?

 100パーだと実際に当てないと止まらないし、当てることを前提だから振り切って打てる訳です。

 が、そのスピードで連打すると加速度がつき過ぎて、相手に大怪我させてしまいかねませんから、少しスピードを犠牲にしないとコントロールして寸止めできないんですよ。

 もう一つの弱点は、スピードばかり出そうとすると一発一発の威力が減殺されてしまうんですね。受講生の中には単なるペチペチパンチになってしまっている人もいましたが、スピードを重さに変えるように、打つ一発一発が当たる瞬間に意識を乗せて打撃を重くする心法も必要です。

 もちろん、慣れたら考えなくてもそうなりますが・・・。

 ちなみに、この連環打法に蛟龍歩を組み合わせると、戦術的に相当、面白くなります。

 蛟龍歩を使うと視界から出たり入ったりするので、受ける側は感覚的に余計に速く感じてしまう訳ですね。

 実際、目の前でやられると、もう全然、目で追えません。それで、「相手が動いたと思った次の瞬間にはめった打ちにされていた」となる訳です。

 今回、私は栗原師範の技を受けてみたんですが、これで攻撃されたら防戦一方になってしまいますね?

 最近、確実に速くなっているんですが、栗原師範は還暦超えたそうなんです。それでこのスピードで動くというのは化け物染みていますよ! 

 これは後の先や対の先では対処できないでしょう。

 となれば、動き出す前の先の先で制するしか対処法がありません。

 フルスピードではありませんが、若手会員からは「うわっ、長野先生、速過ぎて見えないですよ~っ!」と、結構、ビックリしてくれたので、ちょっとドヤ顔しちゃいました。

 大阪支部長も大喜びして熱心に質問してきたので、具体的なコツをその場で指導したら、“何とっ!”その場でかなりコツを掴んでしまい、おまけに自分がやってきた流儀の技と組み合わせて応用技まで開発していましたよ!

 彼は本当に伸びるのが凄く速いですよ。セミナー後のファミレスでも教えたことをノートに図解で書いたり疑問点をいろいろ質問してきていましたからね。

 大阪支部の稽古会に参加した人が絶賛していたのも、彼が理論派だからでしょうね。

“中丹田”というテーマは中途半端な感じで興味を持たなかった人が多かったのか、参加者は少なかったんですが、武術の戦闘理論という点では非常に満足度が高かったと思います。

 八斬刀(詠春拳の武器)の遣い方も質問されたのでやったし・・・。

 では、具体的な練習する時のコツは何か?と言いますと・・・

 スピードを速くするコツは、関節を緩めて筋肉は脱力させること。肩甲骨から先をほうり出すように射出するのがコツです。

 ということは、つまり、化勁の身体操法と同じなんですよね~。

 すべてが脱力体によって実現できる訳です!

 私が常日頃から、「脱力が大切だ」と口を酸っぱくして言う理由が、武道や格闘技をガシガシやってきた人ほど、筋肉が力みまくっていて武術の技が吸収できないからなんですよ。

 とにかく、「筋肉が力を生み出す」という概念を捨ててください!

 ほぼ大多数の空手家が言う「必要な筋肉には力を入れなくてはならない」という考えでは、実際には“無意識に不必要な筋肉にまで力が入ってしまう”のです。

 徹底的に筋肉に力を込めない! 筋肉は敵だ!というくらいの気持ちが重要です!

 筋肉の収縮が力を生み出すという考えを捨てない限り、重心力を駆使することはできません!

 体格・年齢・体力・性別の差を覆すには重心力を駆使できるようになるしかないと私は断言しておきたいと思います。

「本当に脱力したら立っておれないではないか?」と疑問を呈する方もおられますが、それでこそ理想なんですよ!

 考えてみてください。筋肉だけで立てますか? 立つというのは骨格があるから立てるんですよ。タコやイカが直立して歩かないでしょう? 動きを先導するのは骨です。

 だから、游心流では骨盤主導なんですよ!

 合気の達人が死の寸前に弟子に腕を握らせて吹っ飛ばしてみせたという逸話を検討すれば、武術の技の威力が筋肉の収縮力によるものでないことは明らかでしょう? 

 私も、泥酔して倒れる寸前の状態で某拳法修行者と手合わせしてみましたが、見ていた会員からは「いつもより技がキレてました」と言われましたからね~?

 とにかく、武術の極意とは“脱力”! これに尽きます!

 では、何のために脱力するのか?

 それは“重心力を目一杯駆使するため”です!

 筋力では到底、納得できないような異常な威力も重心力だからこそ発揮されるのです!

 最新作DVDでは、複数の相手に抑えられているのを脱力して骨盤からブルンッと回転するだけで振り払ってしまう合気風の応用技もやっていますが、こんなの筋力ではほとんどできませんよ。

 化勁の凄さは圧倒的なパワーの差を無意味にしてしまえる点にあります!

 それは、相手の力に力で対抗する理論を捨てて、発想を転換したから可能になったのですよ。自分自身の力ではなく、万物に働いている“重力”を利用するのです!

 大体、どんなに鍛えても肉体は年々衰えるんですよ。

 しかし、重心力は衰えません。技巧的に熟練すればむしろどんどん向上させられます。

 これはスポーツの概念とは反対なので、スポーツに熱心な人ほど信じられないと思います。

 けれども、極めて力学的な問題なんですよ。少しも神秘的なものではありません。

 少なくとも私がやっていることはそうです。

 教えれば誰でも会得できます! その場で!

 今月は4/30(日)にも西荻窪ほびっと村学校講座をやりますが、是非、実感してもらいたいですね?

 人間は、「あっ、こういうことなのか?」と自覚しただけで、それこそ一瞬でガラッと変われるんですよ。

 達人も凡人も人であることは変わらないんですよ。

 どこが違うのか?というのは、理を掴んだかそうでないかの差だけです。

 延々と修行しても理が掴めない人は達人になれないし、逆に何の修行もしていない人でも理を掴んだ瞬間に達人になってしまうのです!

 だから、武術って面白いな~?と、つくづく思いますよ。

 実は苦しい修行とか鍛練とかとは別の次元で理合に気づいた人が、一瞬で達人になってしまえるからです。

 金庸先生の武侠小説の主人公は偶然、秘伝を伝授されて無敵の達人になってしまったりするんですが、事実、そういうことがあるんですよ。武術って・・・。

 逆に、理合を考えないでいくら努力したって無駄なんですよ。それが真実!

 しかし、「苦しい修行を長年ひたすら耐えて続けることで達人になれるものなんだ」って、皆、信じ込んでますけど、これ、間違いです。

 ただの“思い込み”、あるいは自分の無能をごまかすための“希望的観測”でしかありません。

 長年、頑張って修行してきている人ほど、自己のアイデンティティーとして否定したくないから、“思い込み”を“信念”と言い換え、そのうち“真実”なんだと錯覚してしまうのです。

“必死で頑張っている俺”というナルチシズムに耽溺しているだけで、まったく客観的事実を見ようとしていないのです。

 はっきり言って、単なる思考停止です。思考停止からは何の進歩も望めません。

 具体例でいうなら、「型を延々と繰り返すことで技は自然に体得できる」と思い込んでいる人が多いですが、戦闘理論を考えないで型だけ繰り返していても、何年やろうが自然体得なんかできません。

 型は徹底的に分析することで無尽蔵の武術の理論と知恵を教えてくれますが、分析するには理論がある訳です。

 これは、今度のほびっと村の講座で解説しましょうかね?

追伸;最新DVD『化勁の極意』絶賛発売中! 脱力体こそがS級達人への道! 自分は弱いと劣等感を持っている人こそ、これを買ってください!

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四月セミナー“中丹田”

 四月の月例セミナーは、“中丹田”です。

 身体操作の観点から述べれば、中丹田は胸の操作が中心になりますが、骨格で考えると肩甲骨の操作になります。

 肩甲骨から腕を動かすようにようにすると・・・

1,腕が長く使える。

2,手技のスピードがアップする。

3,手技の技巧が上手くなる。

・・・といった効果が得られます。

 また、どうした理由か私もわかりませんが、中丹田を開発すると情感が豊かになるようなのですね?

 だから、役者の訓練には非常に良いのではないかな~?と思いますね。

「中丹田が開発されているな~?」と思った人には、心道の河野智聖先生がいます!

 イベントで野口整体を教わった故・岡島瑞徳先生のことを語っておられた時に感極まって涙を流されていたところが、強く印象に残っています。本当に優しい方です。

 実際、中丹田を特に意識して訓練していた頃、異常なくらい感動症になってしまって、TVドラマ見ても涙がちょちょ切れてきたりして困ったことがありました。

 今でも、自分で小説書いていて感動して泣けてきたりしますからね~?

 自分で考えた話に自分で感動して泣いてるのって、気持ち悪いでしょ?

「俺、頭おかしいかな~?」って、時々、心配になるくらいですよ。

 しかし、涙は心の潤滑油みたいなもので、健康のためには泣いたり笑ったりするのが一番いいんですよ!

 怒るのと無感動でボーッとするのが最悪!

 心身の健康に悪いのです。

 結局、感情をぐっとこらえて溜め込むのが健康に悪いんですよね? 発散させないと。

 踊ったり、酒飲んだりするのも、そういう心身の欲求なんでしょうね~?

 そういえば、お花見の時に、オカルト話に興じていたら、“本物の方”が寄ってきて、皆でウワワ~ッと思いましたよ。

 そういう電波を受信しちゃうんでしょうかね?

 江戸時代なんて、そういう人に暗がりで出会って妖怪話になったりするんだろうな?

 何か、大映の『妖怪百物語』に出てきた“おしろい婆ぁ”を思い出しましたけど、桜の花には麻薬効果がある物質を発散させると聞いたこともあるし、この季節はそういう人が出ますよね?

 あっ、すいません。話が脱線しましたね?(って、いつものことか?)

 中丹田は心臓に対応しているとされますから、非常に重要なんですね。

 下丹田ほど技の威力は出ませんが、中丹田は技そのものが多彩になるんですよ。

 今回はお蔵だしして普段、見せないような技をいろいろやってみようか?と思っています。

 つまり、一つの動作で十も二十も応用変化技が出せる!ということを実技指導してみようかな?と・・・。

追伸;最新作DVD『化勁の極意』、早速、感想をいただきました。「柔道に応用することを閃いた」とのことで、確かに柔道や合気道には役立つだろうな?と思います。

追伸2;質問もありました。「化勁の時に軸を回転させて受け流すのですか?」とのことですが、「できれば軸とか芯を消して、加わってくる力の方向をずらすことだけを意識してください。機械的な対応を覚えてしまうと応用が利かなくなりますよ」。

追伸3;花見の時に「江上茂先生の『空手道入門』が復刻されてましたよ」と聞いたので、早速、翌日、町田のブック・ファーストに行って、『シン・ゴジラ』のDVDと一緒に買ってきましたよ。でも、読んでビックリ! 原本は青木先生が全面協力して出来た本なのに、写真は入れ替えられていて全く別物になっていました。青木先生の影響を消そうという意図を強烈に感じて気持ちが悪くなりました。そこまでするの?と思いましたが、たった一人、学習院大学空手部長の工藤張雄さんだけが、“私が常に思うのは、新体道の青木宏之さんの出版初期の恩恵に感謝すべきである。”と書かれている点。そこだけが何とも言えない侠気を感じさせてくれましたね? 何だか、パンドラの箱みたいだな~?と・・・。

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お花見感想

 四月二日は毎年、恒例のお花見会を淵野辺駅近くの鹿沼公園で開催しているんですが、今回は寒の戻りが激しくて開花した桜が増えないままで、「これじゃあ、蕾見会になりそうだな~? だったら、道場で飲み会にするか~?」と思いつつ、一応、公園を見て回ったんですね。

 そうすると、ダイダラボッチが踏ん付けた跡が沼になったという公園の池の辺の一区画の桜が六~七割咲いていて、「あ~、ここならいいか?」と、計画通りのお花見としました。

 お花見会には必ず大石総教練も来るのですが、彼が来ると仁平師範と怪しいオカルト思想ばかり話すので、正直、困るな~?と思っているんですが、武術を追究し過ぎると、オカルトになってしまうのは事実なんで、私も研究家としては否定することもできない訳ですよ。

 先日も仁平師範が継いでいる刀功門という武術流儀の稽古体系を実演解説してもらったんですが、率直に言って、一般に広めるべき内容ではないと私は思いました。

 恐らく、道教系の内家武術なのは間違いないんですが、武術というよりは仙道行法なんですね。

 ある程度、推測はできましたが、具体的なことは敢えてここには書きません。

 どうしてか?というと、情報だけ知りたがって我流で真似ると確実に廃人になると思ったからです。

 浅くやる分には健康法としても良いだろうと思うのですが、拝師して奥の伝までやるとなると、百人中、九十九人は精神を病むだろうと思います。

 何故、そう思うか?というと、トランス(憑依)系の練功をやるからなんですよ。

 つまり、この稽古を真剣にやればやるほど、霊能が出てくる。

 換言すれば、心理学的には幻覚・幻聴が当たり前になってまっとうな社会生活を送るのが困難になる・・・という次第で、これは仁平師範は天命があって受け継いだのだと私は思います。

 しかし、そんな人は万に一人もいません。

 たいていの人は単純に発狂してしまう確率が圧倒的に高いと思います。

 無論、武術としては私は非常に興味をそそられます。すべてが秘伝。体得できれば超人となるでしょう・・・。

 けれども、普通の人間が趣味の範疇で学ぶべき代物ではありません。

 リヤカーにジェットエンジン載せるようなもんです。

 それこそ、命を捨てて、魂を捧げて、何もかもを捨てる覚悟を決めて修行に打ち込む決意が必要でしょう。

 言葉で言うのは簡単ですが、実際にそれをやれと言われてできる人間は万に一人もいないだろうし、仮にできたとしても本当に命を失う可能性もあります。

 大袈裟だと思う人が大半かもしれませんが、宗教行法というのは、本来、そういう性質のものであり、インドではヨーガの実践者が毎年、多数、死んでいるという話もありますし、修養団体の創始者が意外と短命だったりするのも、そういうことなんですよ。

 以前、仁平師範と話している時に、「僕は気が狂うかと思ったことが何度もあります」と言っていましたが、なるほど、この稽古をしていたら、そうなるわな~?と思いましたね。

 霊能者と言われる人達は脚光を浴びてTVに出るようになると能力を失ってしまうと言われますが、当然なんですよね。修行で得た能力は修行を怠って我欲に捕らわれたら失うのが当然のことだからです。

 特に武術の場合、直接的な戦闘能力を求めますから、その根底には「他人に抜きん出た力を得て優越感に浸りたい」という願望(邪念と言った方が正確か?)があるので、テキメンに人格が破壊されてしまいがちなのです。

 釈迦はマーラ(魔羅)に、イエスはサタン(悪魔)に瞑想修行の邪魔をされたと伝わりますが、マーラやサタンとは人間の無意識下に潜んでいる本能なんですよ。

 だから、どんな聖人君子のような善人であっても、修行していたら自分の深層心理に潜んでいた本能的欲望と対面することになります。

 まして、武術修行を志す人のほとんどが、「強くなりたい」と漠然とした願望を持っていますから、オツムがイカレるのも当然の帰結でしょう。

 仁平師範の場合、療法家でもあるから精神のバランスを保てているのかもしれませんが、ところが療法療術の世界というのも武術以上に危うい精神の人達が跋扈する魑魅魍魎の世界だという現実もあるんですね。

 まず、金の亡者になりがちです。

 そして、他者を精神的に支配したいという欲求にも押し流されやすい。

 いや、人間なんだから、そういう欲望はあって当たり前ですし、私はそれを否定したいのではありません。むしろ、そういう自分の俗なところを隠さない人のほうが健全だと思っています。

 でもね~、みんな嘘つくんですよ!

 聖人君子のように振る舞いたがり、周囲の取り巻きがそれを補強してカルト宗教みたいになっていくんです。

 宗教団体って、そうやってできていく訳ですよ。

 ただし、現代ではあらゆる活動がビジネスモデルへと転換されていきます。それが現代日本の中では社会的生存戦略となっているので、仕方がないとも言えるでしょう。

 私自身、武術と物書きの二足の草鞋で何とか食えている人間なので、心情的には楽しく武術に取り組んで、楽しく小説書いて生活に困らないだけの金が入れば何の文句もない訳ですが、世の中、そんな甘い気持ちでしのげる道理は無い!ということを痛感している訳ですよ。

 大石総教練は、「本気で武術で強くなろうと思うなら社会生活をかなぐり捨てて取り組む時期も必要じゃないですか?」と言うんですが、私は、そんな無責任なことは言えませんし、根本的に考え違いだと思いますね。

 武術、武道、格闘技にどれだけ取り組んでも、近代兵器で武装した敵には敵いません。

 ヤンキーの殴り合いや格闘技の試合のレベルで戦闘を考える人を戦場にほうり込んでどれだけの働きができるでしょうか?

 戦闘ということを真剣に考えていないと言うしかありません。

 私は、戦わねば生き残れないという状況でしか武術を使うつもりはありませんし、その場合はまずためらわずに武器を手にしますよ。

 よって、あらゆる武器を使いこなせるように練習しておこうと思っていますし、本来の武術とはそういうものだと確信しています。

 つまり、生きるため。自分と自分が大切に守りたいと思う対象を守る。そのための戦闘状況に陥った時の奥の手として武術に取り組んでいるのです。

「強いとか弱いとか、こいつ、いまだにそんな糞みたいなこと考えてんのか?」って悲しくなりましたよ。ね~、大石く~ん?

 先週土曜に橋本支部の稽古会に行って、北島師範だけだったんで、これ幸いと松田隆智先生が晩年に体得されていた発勁の打ち方を私が研究したやり方を細かく指導したんですが、松田先生が青木先生に打ってみせた時と同じように両手のひらで受けてみたんですけど、青木先生が「長野さん、これはやっぱり人に教えたりしない方がいいんじゃないかな~? こんなの受けたら内臓がぐちゃぐちゃになっちゃうよ。これは日本の武道には無い打ち方だね~」と言われたのを実感しました。

 直接、受けていたら、私は死ぬか半身不随になってますよ。それほど爆発的な浸透力が手のひらを貫通して腹に浸透してきたので、ぞぞっとしましたね。

 わかっちゃいたけど、本当に恐ろしい技だ・・・と。

 素手ですら、やり方によってはこれだけの殺傷力が出せる訳で、武術というものは本式に体得すれば腕試しなんか不可能ですよ。私は、この威力を前提にして技術体系を作っているので、今更、「強くなりたい」なんて漠然と考える人の認識を疑うばかりで、本心から情けなかったです・・・。

 例えば、もし自分がアメリカ人だったら銃を買いまくってコンバットシューティングの学校に入りますよ。そっちの方が武術よりずっと効率良く戦闘能力が高まる。

 で、銃で戦うのを前提にしている人が「どっちが強いか?」って考えますか?

 生存戦略の最も肝心な点は、社会の中で無事に生きて人生をまっとうすることなんですよ。極力、戦いを避けることが重要です。

 その上で、万が一に遭遇するかもしれない戦いに備えておき、必要な準備をやる!

 それが“平法”というものですよ!

 無邪気に武術談義に興じるのも酒の席だから許せるけれども、根本的な自滅の危険性について無自覚過ぎるのは、思慮分別が足りな過ぎると思います。酒の席だから本音が出てくるのでしょうが、武術とオカルトに耽溺し過ぎれば現実逃避になってしまいます。

 社会からスポイルされる危険性があることを自覚して「オカルトは隠す!」というのが賢明なやり方なんです。

 花見に参加していたある会員は「ついていけないな~」みたいな顔で先に帰ってしまいましたが、普通の人間にはついていけないのが当然なんです。

 うちの会員はみんな優しいから直接、注意しないけれども、オカルト話に辟易している人は少なくはないでしょうね?

 花見の翌日、月一で個人指導している時にあまり人には教えていないことを指導したんですが、私は本当にありとあらゆる武道や格闘技の研究をしてきて破り方を工夫しているので、強いの弱いと論じる人が、もう物凄~く馬鹿に見えて仕方がないのですよ。

 素手の技なんて、一発で殺す威力の無い技しか持っていない相手を恐れる必要はないし、第一、“人間は動けば必ず急所が開きます”。だから、最低、相討ちで死ぬ覚悟さえできれば、ボールペン一つで致命傷を与えることは可能なんですよ。

 この事実を自覚していれば、もう強いとか弱いとか論じることが、いかに馬鹿馬鹿しいことかが判ります。

 そして、武道とか格闘技とかの技術がいかに表面的な部分だけをクローズアップして普及されてきたのか?ということも自ずと解明されますよ。

 また、オカルトは何故、“隠秘学”なのか?ということも理解できるでしょう。


 私は研究家だから、そういう深い領域まで研究していますが、游心流は“一般の普通の人が取り組んで役立つもの”にしたいので、過度な訓練もしないし、最少限の努力で最大限の効果が得られる技術を教えたいと思っています。

 普通に生きている人にとって、武術のディープな修行をすることはマイナス面の方が大きいんですよ。

“縁なき衆生は度し難し”と言います。

 人間には、持って生まれた器量というものがあります。それはどんな修行でも超えられないと思いますし、適材適所で人それぞれが最も活躍できる分野がある訳です。

 仁平師範は武術と療術に類い稀な素質と才能が有ります。

 花見会の時も飲み過ぎて発作が出そうになったので治してもらいましたが、将来、日本一となるだろうことを私は微塵も疑いません!

 だから、仁平師範には自身は徹底的にディープな部分を極め尽くして前人未踏の領域にまで達して欲しいと思っていますが、それを安易に公開しないで、本当に伝承できる人を一人か二人でも選んで伝えていってもらいたいな?と思っています。


 結局、人間も自然の一部ですから、今、自分が生きている時代の要請で生まれてきているんですよ。間違いなく!

 私は彼に限らず、今の若い人達は自分の頃とはまったく能力値が違うな~?と痛感しています。

 縄文人の中から弥生人が出てきたようなものかもしれません?

 あるいは環境破壊が進んで人類が滅亡寸前になりかかっているから、その危機的状況を乗り越えるだけの能力がある“新人類”が誕生してきているのかもしれない?と、私は青木宏之先生と最近はよく話していますね?

 ただ、SF小説なんかでも新人類を旧人類が滅ぼそうとするストーリーがよくあるでしょう?

 オウム事件はそうした中で誇大妄想が高じた人達が起こした事件だったし、現実社会と対立する形ではなく、現実社会の中で徐々に改善させていくようにしないといけない訳ですよ。

 例えば、原発の危険性を訴えるより、原発より機能的で安くて安全なエネルギーを発明すれば問題は解決するじゃないですか?

 でも、世の中にはそういう研究をしている人は少なからず存在しても完成する前に潰されてしまうんですよね。

 そのためには、武術だの療術だのの狭~い世界の特殊な価値観に埋没してはいけないと思いますね。人類の本能には異質なものを排斥しようとするメカニズムがありますから。

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大阪支部の様子

 大阪支部も活動が始まりました。キヨタキ支部長は、相当、几帳面な性格で、詳しく練習内容について電話で報告してくれて、ビックリしましたよ。

 練習内容について報告してくれるのは横浜支部長くらいで、私も基本、好きにやってもらっているんですが、ここまでホウ・レン・ソウをする人は初めてですね。

 参加した滋賀の会員さんからも「内容が詳しく丁寧で感動しました! 定期的に通いたいです!」という絶賛の感想を戴いていたんですが、二回目は兵庫支部長のキシ師範も応援参加したそうで、キシ師範からも感想の電話がありました。

「いや~、勉強になりましたわ~。細かくノートにメモ取って教えたり、凄い勉強家で驚きましたわ~」と笑って話してくれました。

 理論的に納得できないと食い下がって質問してくるので、セミナーで一緒になった会員はウザがったりする人もいたんですが、指導者となると、その熱心さが最強の武器になるんですよね?

 やっぱり、武道が好きなんだよね~?

 好きな対象にガンガン、アタックする性格だと、成果は出ますよね?

 これはますます、大阪でもセミナーやらなきゃ~いけないな~?と思いました。


 さてさて、今度の日曜はお花見です。

 が、何だか、肝心の桜がさっぱり咲いてなくって心配になりましたよ~?

 例年より早いと言っていたのに、この寒さで咲くのが遅れて、例年より遅くなりそうですね?

 まあ、4月の中丹田セミナーの時のほうが見ごろかもしれませんね?

 うちの道場に来る道は桜並木でなかなか風情があっていいかもしれません。夜桜が特に奇麗で、ここ数年は、ここの夜桜を夜明け前に見物するのが楽しみなんですよ。

 もとから好きなんですけど、親父が桜が満開の季節に亡くなったので、余計に思い入れが強くなりましたね?

 今年は親父と母親の法事を一緒にするということなんで、4月の後半に久しぶりに帰省してきます。

 最近は兄貴が応援してくれるので有り難いです。

 とは言っても、私ももう54歳で、親父が校長をやっていた年齢ですからね~?

 精神年齢って小学生の頃からちっとも上がってない感じがするけど、肉体はきちんと年とっていくからね~?

 先日、六十代半ばくらいの人と初めて会って話していたら、私も同世代だと思ってらしたらしくて、ビックリされてましたね~?

 髪も髭もかなり白くなってるからね~。

 まあ、遺伝なんで、親父も若い頃から白髪頭で染めない方針だったんで、遠目から見ると老人と間違えられたりしてました。

 私、一回染めたら抜け毛がひどくてビビッてしまい、それ以来、染めてません。ハゲよりは白髪のほうが知的な感じがしていいだろう?とか思ったりしてますけど、白髪はハゲないと聞いていたのに、やっぱハゲるんですよ~?

 水道水の塩素がヤバイ!という話を聞いたので、シャワーヘッドを交換しようか?と思っている今日この頃です・・・。

 でも、54といえば明治時代なら爺さんですからね?

 それより、年とって肉体が衰えても武術の技は伸びるという事実がわかったので、年とることに対する恐怖心は薄くなりましたね?

 特に、今回の最新作DVD『化勁の極意』は、過去最高なんじゃなかろうか?と、自画自賛したくなりましたよ。

 私の理想とするヘドラの境地に近づきましたよっ!

“ヘドラの境地”とは何か?

「相手の攻撃が全然効かず、あまつさえ攻撃した側が勝手に自滅してしまう」というパーフェクトディフェンス、略して“PD”です!

 システマのぱくりみたいに思う人もいると思いますが、違います! 新体道のワカメ体操をぱくったのです!(って、結局、ぱくり?)

 そうっすね~?

 何が近いかと言えば、『刃牙』の郭海皇が駆使した消力(シャオリー)ですかね?

 ただし、化勁というのは本来、ただ防御にだけ用いる技術ではなく、「攻撃してきた相手を自滅させる」という点に戦闘理論がある訳です。

 今回はその点もかなり詳しく解説できました。

 だから、過去最高作になったかな?と思った訳です。

 何か、護身術とか防御法とか言うと消極的なイメージがあって内容がつまらないように思う人が多いんですが、実際はまったく逆で、武術の真価は護身術だからこそ!なんですよね。

 私が誰にも負ける気がしなくなったのは、発勁と同時に化勁を研究したからで、0インチ打撃がステージが上がったのと同様に、PDもステージが上がったからなんですよね。

 だから、大抵の武道や格闘技の弱点を躊躇なく攻めることができる訳です。

 その意味でも化勁の技術はシークレットにしないで広めたいですね?

 ちなみに、横浜支部の合宿に行っていた会員が日曜の稽古会ではガラッと技の切れ味が良くなっていて、ビックリ!

 栗原師範なんて還暦過ぎてるのに蹴りのシャープさと同時に重さがぐぐっと出ていて、たまげました。

 スゲ~な~?と・・・。

 私は武術やってきて本当に良かったと思うのは、人生の終盤に向かって、自分が向上していけるという希望が持てていることですね~。

 知は力なり!って言葉は文字通りなんだと思いますよ。

 武術とは、まさに“知識と知恵”がチカラになるものですからね?

ゼロインチ打撃戦闘法』を出した時は、「危険な技を公開してしまった・・・」という反省があったんですが、今回の『化勁の極意』で、それを中和することができました。

 是非、セットでご覧戴きたいので、割引セールは4月まで延長します!

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ついに縮地法を使う人が出た

 女子マラソンで“忍者走り”で大活躍したというのが話題になっていて、私も小説の師匠から感想を聞かれたのでスマホで見たんですけど、両手を振らずに垂らしたまま走るというのは、要するに、体幹部の重心移動を駆使して身体を進めていっている訳で、典型的な縮地法のやり方でしたね。

 腕を振らないことで上体のツイスト運動を制限し、胴体を前に押し出すようにして速力を出し、足はそれについていくだけ・・・。

 かつての“ナンバ走り”をより先鋭的に進めた感じでしたね。

 これは恐らくトレーナーの方が研究した結果なんでしょう。

 従来の腕と脚を大きく振ることで速力を出そうとする走り方は筋力の強化に頼った訳ですが、この走法だと筋力に頼らず胴体を押し出す時の体内の重心移動を速くすれば、理論上、いくらでも速力をアップできます。

 ただし、アップさせ過ぎるとストップさせるのが難しくなるので、一瞬で脚を破壊してしまいかねない危険性も出てきますね。

 下り坂を加速度つけて駆け降りていくようなものです。

 それでも、重心移動のエネルギーを駆使する運動理論が工夫されてきている証拠だと思えば、誠に結構なことだと思います。

 第一、見ていて実に面白かった!

 マラソンがこれだけ面白いと思ったのは久しぶりです。

 これは異種格闘技戦の面白さに通じますね?

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三月セミナー下丹田感想

 年が明けて早くも三月・・・。今度はお花見か~?という季節になってきました。

 さてさて、今月のテーマは下丹田です。

 が、やっぱり下っ腹ポコンとなるのが嫌がられたのか? 参加者はきわめて少なかったです。

 それでも、参加者が少ないと内容がディープになるのがジンクス化しつつあるものか?
 今回も濃度が高いセミナーとなりました。

 もうね。クビレがどうこう・・・なんて欧米に毒された美意識ではなくて、“アジアの身体”は“上虚下実”のどっしりした低重心体型こそがカッコイイのだ!というムーブメントを興してやろうかな~?と思う今日この頃で~す?

 え~っ、下丹田を養成するメリットなんですが・・・

1,度胸がつく。

2,性格がおおらかになる。

3,技の威力がアップする。

・・・と、まあ、こんなような効果が実感されます。

 昔っから「器がでかい」とか、「ハラがすわっている」「キモッタマが太い」といったように大人物を表現する言葉として伝わっているんですが、人間、動揺すると重心が上がって「地に足がつかない」状態になりますよね?

 だから、重心が低く落ちていることが大切なんですよ。

 私は、若い頃は“瞬間湯沸かし器”とあだ名を中国拳法の師匠からつけられたぐらい、すぐに頭に血が昇る性格だったんですが、今では滅多なことでは怒らない性格になりました。

 考えてみたら、下丹田ができてくるのに従って性格も変わっていったような気がしますね?

 周囲を見回しても、痩せている人は性格がギスギスしてて、太ってる人は呑気です。

 世の中、ゆるキャラ人気なのも、癒しが求められているからじゃないですか?


 え~っと、で、セミナーなんですが、今回はセミナー直後に重要な案件がありまして、さくっと終わらせなくてはならなかったので、後半は簡化24式太極拳をやって、個々の技の用法を教えるのを気ぃ狂ったようなスピードでババババ~ッと教えて、終わりっ!

 いつもなら終了後にファミレスでまったりと参加者と懇親会をやるところなんですが、今回は無しっ!

「さあ~、けえったけえった~!」と、追い出しにかかって失礼致しましたっ!

 その後、何をやったのか?というのは、まだ秘密!です・・・。

 いやぁ~、すんげえ一日でした~(汗!)。

 ちなみに・・・この日はセミナー後で零勁斬りに二度目の挑戦をしましたが、まだ一回しか成功したことなかったので自信はなかったんですけど、一発でスパッと成功しましたよ?

 何となく、「左手は普通に持って、右手は逆手にしたほうがいいのではないか?」と思っていたので試してみたんですが、どうやら、正解だったみたいです。

 十四年くらい前に、古武術ムックの取材で朝霞の林邦史朗先生の道場をお訪ねした時に林先生が実演してくださった逆手持ちでの試し斬りがこういう持ち方でしたね?

 あの時は、下から斬り上げられていましたが、試し斬りの達人である林先生の技を直に見れたのは財産になったな~?と、改めて思いました。

 零勁斬りをもっと磨いて自在に斬れるようになりたいと思います。

 あっ、余談ですが、先日、川保天骨さんの会社に打ち合わせで行った時に、自作の試し斬り台を見せてもらいました。

 台座と支柱を分離合体できるようにしたゲッター3みたいなゴツイ台で、川保さんもDIY精神があるんだな~?と思いましたよ。

 何か、今年は縁が広がって、本も何冊も出すことになりそうですし、「ガンバレ、俺」って感じですよ。

 皆さん、頑張りましょう!

 頑張ってれば、いつか成功のチャンスは巡ってきますよ~。


追伸;19日(日)は、ついに大阪支部の稽古会が始まります! 関西近郊の方は是非、お尋ねくださいませ。大阪支部長は、この日のセミナーにも参加していてやる気満々でした。游心流史上最短で指導者(二段)になりましたが、熱心さでは随一です。ちゃんとカタギの商売もしていますので、単なる武術バカとは違います(当初、みんな誤解していて、名刺貰ってビックリ仰天した)。セミナー当日も護身を考えて棒術・剣術・ナイフ術を指導してくれと申し出ていたくらいです。私も大阪に行く機会が増えたので、また大阪セミナーもやってみようか?と考えています・・・。

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三月は下丹田

 月例セミナー三月のテーマは下丹田です。

 下丹田とは何か?と言うと、種々様々な解釈がありますが、私の解釈は、骨盤の球状中心に発生する膨張する腹圧の感覚としています。

 つまり、ハラとコシの感覚を融合した腹圧の感覚です。

 この感覚は、妊婦の感覚に近いとも言われますが、男の私にはピンと来ません。

 ただ、東洋医学では“上虚下実”と言われて下っ腹がポコンと出て胸が凹んでいる状態を理想とする考えがあり、西洋の理想とする腹が締まって胸筋が張っているギリシャ彫刻のような肉体とは逆になっています。

 日本も近代化される中で西洋的価値観を上位に置くようになっているので、“上虚下実”の身体は見苦しいものという美意識が優位になっていますが、伝統的武術や武道の修行者には“上虚下実”の身体を「練度が高い(内功が凄い)」と称賛する場合もあります。

 私は若い頃はブルース・リーみたいな身体に憧れて細マッチョな身体だったんですけど(誰も信じてくれな~いっ!)、30頃から太極拳や合気武術を好むようになって体型が変わっていき、現在はサモハン・キンポーみたいになってしまいました。

 若い頃はそんな体型は見苦しいと思っていたんですが、いざなってしまうと、何かもう、痩せたいという欲求が薄れていって、「まっ、いっか?」という感じになってしまいましたよ。

 何でか?というと、“技の威力が格段に上がった”から。

 ほら、「ハラから力を出せ!」とか「コシで打て!」とか昭和の指導者はよく言っていたでしょう?

 つまり、腹回り、腰回りの太さは手先に力を伝える場合に出力の大きさに直結するんですよね?

 ただし、単純に太ってしまうと全身の連動を阻害してしまうので動きが鈍重になってしまうのですが、腹・腰から力を送り出す全身連動の身体操法を実施する場合、体幹部の太さは最初の出力値を大きくするので出せる力もより倍加されるという訳。

 その上、逆腹式呼吸で瞬間的に腹圧を掛けると爆発的に威力を圧縮解放させることができる・・・というのが発勁の極意となる訳です。

 だから、伝統的な武術家は上虚下実の身体を尊ぶのですね? 実用的な意味で。

 かくして下丹田を錬成する修行法は様々に考案されてきました・・・。

 八段錦、易筋経、藤田霊斎の丹田呼吸法、岡田式静座法、肥田式強健術、戴氏心意拳の丹田功、那覇手系の三戦・・・いろいろ有ります。

 私が興した游心流武術健身法では“丹田歩法”と名付けた歩法訓練で下丹田を錬成しています。

 歩法で訓練するという方法はあまり知られていませんが、例えば、八卦掌の走圏の下盤勢での練功は下丹田の錬成に最適でしょう。

 私は、能の歩法を参考にしてこれを作りましたが、当初は下丹田の錬成を目的にしたのではなく、仙腸関節の微動を得るための訓練法として考えたものでした。

 ところが、実践して30分くらいすると、その場で下腹が膨張してくる感覚があり、自然に腹圧が高まったので驚いてしまいました。

 普通、いかなる下丹田の錬成訓練を行っても、実感を得るには毎日30分やったとしても何カ月かの単位は要します。

 それが、その場でゴゴゴゴ・・・・ッという具合に下っ腹が張ってくるなんか信じられませんでした。

「なっ、なんじゃ、こりゃあ~?」という感じですよ。

 その後、10年以上研究して理論的に整理しましたが、游心流で真面目に通って練習しているかどうか?は、下っ腹がポコッとしているかどうか?で判明するくらいになりました。

 無論、感覚的に鈍くて自分では認識できていない人もいますが、客観的に見れば全然、違います。

 これを書いている日の日曜の定例稽古の時も、参加者は小塚・栗原・田中の三人だけだったんですが、教えたそばからグングン技が変わって変幻自在に動いていて、教えた私が「えっ? 今、どう動いたの?」と思うくらい達人クラスの動きが勝手に出てきていました。

 批判を覚悟で正直に申しますが、今現在、武術の研究でうちが最先端であろう?と思っています。

 秘伝・極意の技をメカニズム的に解析し理論的に体得する方法を研究しているという意味において・・・です。

 それは、試行錯誤を繰り返して流派の境界を超えて“技”は“技”として抽出して分析しているからです。

 この日は基本に戻って太極拳推手のDVD教則本を参考にしてみたり、先週、大阪の賢友流本部に出版の打ち合わせでうかがった時に小耳に挟んだ賢友流の歩法を試したり、居合術の裏技として伝わる暗殺用秘剣を教えたりしました。

 最近は常連会員も仁平師範の刀功門に通ったり、山田師範のセミナーに参加したりしているので本部稽古の参加者は減っているのですが、人数が少ないと研究が進む?という逆転現象が起こって苦笑せざるを得ません。

 常連会員はみんな知ってることですが、私は基本的に質問しないと教えない人間なんですよ。

 大阪支部長が急激に伸びたのも、はっきり言って、質問魔だったからですよ。

 だから、人によって差がつきます。

 何年も通っているのに伸びない人がいたりするのも、その人が私にさっぱり質問しなかったから・・・ということだったりするのです。

 ところが、よその団体だと生徒が師匠に安易に質問することを禁じているところもあるのだとか? だから、質問しないのがお約束みたいになっていたりもするのだとか?

 馬鹿馬鹿しいですね?

 習いに行ってお金も出しているんだから、たくさん教えてもらった方が得じゃないですか?

 教える側だって、お金もらってるんなら教えないと詐欺ですよね?

「何を質問すればいいのかわからない」と言う人もいます。

 言葉にできないのなら、「技をうまくできないんですが・・・」と言ってくれれば、ちゃんとできるやり方を教えますよ。

 月例セミナーは単発参加の人は一万円も取っていますし、地方から何万も使って来る人もいます。お金は無駄にしないでください。

 私は満足して“おなか一杯”になって帰ってもらいたいので、皆さん、遠慮しないで質問してくださいね?

“日本で最も武術について何でも教えてくれる道場”を目指してますから!

 ただし、悪用しそうな人・礼儀を弁えない人・精神を病んでいる人・・・などの人には教えられません。

 私が教える技はまともに使えばビックリするほど簡単に人を破壊してしまえるので、人柄だけは確認します。

 武術は護身のための術ですから・・・。


追伸;遅くなりましたが、三月のDVD割引セールは、今年最新の新作『化勁の極意』とします。前作が攻撃技の極意たる0インチ打撃についてだったので、「打撃技、特に0インチ打撃に対して無力化する防御法」をテーマにしたいと思っています。これまた、あまり公開したくはないんですが、危険性の高い攻撃技を発表した以上は、それに対抗する防御法も発表しなければならないな~?と思った次第です。何か、矛と盾で、矛盾しているみたいですけど、大切なことですからね? また、いつものように三月中に申し込まれた方は2万円のところを1万5千円(税込み)とさせていただきます。原理的にはシステマっぽくなってしまうんですが、恐らく、システマでもやらないであろう?という誰でも簡単にできるやり方も収録しますので、御期待ください。

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武器の修理

 私は武術研究の一環として、稽古に使う武器類を改良したり、時に自作したりもするんですが、これは小学時代の図工、中学時代の技術家庭の授業以来、DIY好きであるということも手伝っています。

 材木削って木刀作ったり、竹を削って弓矢を作ったりもしていましたが、Gunマニアになってからはエアガン、ガスガンのカスタマイズをするのが趣味でした。

 それが高じて、今では真剣の外装を自作したりしている訳です。

 まあ、練習で模擬刀を使っていると、鞘の鯉口が擦れてユルユルになったり、速く抜刀しようとし過ぎて鞘が割れるなんてこともあります。

 日常的に稽古で使う道具をいちいち武道具店に修理を頼むのも面倒だし、お金もかかりますから、刀身が折れるとかは別として、多少の破損は自分で直せるようになるべきだと思っています。

 が、どうも、うちの会員さんはブキッチョな人が多いみたいで、破損した模擬刀をそのまま使っていたりする・・・。

 見かねて、私が預かって修理するという機会が結構あります。

 鞘がボロボロだったから塗り直したとか、鯉口に薄板を貼ったりとか、割れた鞘を強化して直したとか・・・そういうこともやっています。

 先日も、超至近距離から抜く暗殺秘剣術を教えていた時に、北島師範が速く抜こうとし過ぎて鯉口を破損させてしまいました。

 この模擬刀は二尺六寸近くある長めの刀で切っ先も大きく重量もあるので、速抜きには適していないんで、「誰か壊すかも?」と予想していたので、しょうがないか?と思いましたね。

 鞘も二つ繋げて作っているので、ちょっと脆弱だったんですが、そちらは壊れなかったので、ほっとしましたね?

 破片もあるので、修理と同時に少し強化しておこうと思います。

 また、ついでに、取っ手が壊れかかっていたトンファーも持ち帰って修理しました。

 クサビが抜けていて、木の釘で固定してあったんですが、それが中で折れているらしく、ガタつきがあったので引っ張ってみたらスッポリ抜けてしまいました。

 この状態で振っていたら危険でしたから、丁度良かったです。

 まず、薄い板を切ってクサビにし、折れた木釘を取り除くのに、木釘自体に錐で穴を開けて貫通させました。

 アロンアルファを適当に塗ってから取っ手を挿入し、錐で開けた穴には軟鉄の細丸棒を差し込んで固定し、余った部分は金ノコで切断してヤスリで馴らしました。

 これでブンブン振り回しても大丈夫!

 トンファーはアメリカの警察のポリスバトンにも採用されているぐらいですから、熟練すると非常に機能的な武器です。

 琉球古武術特有の武器だと日本では思われていますが、同様の武器は中国にもタイにも、アジア各地に伝承しています。

 ジャッキー・チェンの映画では度々出てきますが、『拳精』や『龍拳』は必見です!

 琉球古武術といえば、圧倒的にヌンチャクが有名ですが、トンファー・棍・拐(ウェーク)・釵・鉄拳・スルヂン・ティンベー・ローチン・二丁振鎌といった武器術も伝承しています。

 中国も剣・刀・棍・槍を代表に、三節棍や双節棍(いわゆるヌンチャク)、(十三・九・七)節鞭、硬鞭、戦斧、圏、鉞、点穴針、峨嵋刺、双鉤、蛇矛、青龍偃月刀等々、多種多彩な武器(兵器、あるいは器械と言う)があります。

 日本の古武術も実は膨大な武器が伝承しているんですよ?

 だから、武術の研究は武器の研究を避けて通れないんですよ。

 現代武道のイメージで考えると皆目、理解できない。それが武術の真相なんです。

 例えば、素手で闘うものだと思って古流柔術を習ったら、棒、薙刀、槍、刀、居合、手裏剣と習うハメになって面食らってしまった・・・なんて話もあります。

 素手で試合するイメージそのものが、近代国家となった日本が海外のスポーツ教育によって洗脳された実例なんですよ。

 戦闘術としての本来の姿をめくらまししてしまった訳ですね。

 だから、私は武器を極端に嫌がる人には「だったら、お前は武術なんかやるなっ!」って言いたくなるんですよ!

「空手は徒手空拳の武術である」という建前が拡大解釈され過ぎて、洗脳されてしまった結果だと思いますよ。

 空手の古式の言い方は「唐手」。つまり、唐の国の武術であり、当然ながら多彩な武器術も伝承していた訳です。

「琉球の武士が武器を取り上げられたから素手で剣に対抗するために手を工夫した」という説がもっともらしく言われていますが、これは完全な誤説ですよ。

 源流が中国伝来であることは明々白々です。

 戦後、文化的に日本民族を精神的に去勢して戦闘をイメージさせる武器に対する拒否反応を刷り込みした訳。

 本来の日本人は勇猛な戦闘民族だったのに、現代の日本人は殺されても戦わないような似非平和主義者が圧倒的に多数派になっているでしょう?

 武道の母国だなんて威張っても、意味がないんですよ。

“武道とは何か?”をきちんと説明できる人なんか、ほとんどいないんですから。


追伸;毎年恒例のお花見会は、今年は4月2日の日曜日に実施します! 午前10時半に淵野辺駅改札前に集合して、鹿沼公園でやります。雨天の場合は道場で実施しますので、普段、御無沙汰している会員の皆さんもおいでください! また、この日は初の支部長総会も実施しますので、支部長はできるだけ御参集ください。游心流も結構、所帯が大きくなってきたので年に1~2回は支部長総会を開催して活動方針などを定めていきたいと思います。宜しく!

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二月セミナー“軸”感想

 二月セミナーも楽しく終了しました!

 雪が降ったりするかな?と心配だったんですが、当日は快晴で、人数も先月よりちょっと増えました。

 セミナーの前に稲吉先生が「武術の世界のしきたりを教えてください」と来られていて、私が体験的に認識してきた武術業界の常識?についてお話しました。

 どんな業界でも、その業界特有の慣習みたいなものはあります。

 芸能界、ヤクザ業界、政界、経済界、教育界・・・部外者からすれば、「何それ?」みたいな不可解で不合理で不条理で馬鹿馬鹿しいと思えるようなこともざらにあります。

 私も若い頃は「何それ? 阿呆臭っ!」と思って無視してきたものでしたが、あまりにも軋轢を生み出してしまうので、“仕方がない”と思って守るようにならざるを得ませんでしたね?

 もう、何が正しいとか何とかの話じゃないんですよ。

“お約束”として守らないとハブされたり嫌がらせされたり悪い噂を広められたりする訳なんですよ。

 そこには嫉妬や憎悪、偏見といった感情が介在していたりするので、もう本当に気持ちが悪いヘドロ沼のようなマイナスの想念の温床となりがちなんですね。

 特に業界で目立つ人はそういう連中のマイナスの想念を向けられてしまうので、仕方がない!

 けれども、目立ちまくって第一人者になってしまえば、出過ぎた杭は打ちたくても打てなくなる?ものらしくて、周囲が強力に護ってくれて安泰になります。

 ところが、問題なのは、第一人者が正しいとは限らない点なんですよ。

 人間は神様じゃありません。

 だから、全てに於いて完全な人はいない訳で、武術業界でも腕前は一流なんだけれども社会性がOUTな人とかざらにいたりするんですよ。

 うちの仁平師範は、「理論が破綻していれば、いずれ綻びが出て自滅しますよ」と言っていたんですが、私は、「いや、間違っていても支持者が増えれば持て囃されてそうそう滅びないもんだよ」と言いました。

 毎度、例に出しますが、甲野氏がその代表格ですよ。

 あれだけ嘘つきまくってて実力(戦闘力ね?)も皆無なのに、いかにも凄いことやってるように見せるパフォーマンスと独自の弁論で、未だに多くの支持者を集めていて、世間的にも武術の第一人者だということになっていますよね?

 私に言わせれば、“世紀のブラックジョーク”としか思えませんが、要は、「何か神秘的なものに憧れる人間の潜在的願望を上手く利用して売名戦略を駆使して自らのポジションを確立した能力だけは優れていた!」ということなんですよ。

 武術というよりは新興宗教に近いですけどね?

 神智学のマダム・ヴラバツキーとかも詐欺で捕まったりしてるんですが、信者にとってはモーマンタイ! 「陰謀だ!」となったりするんですよね・・・。

 実際に陰謀で潰されかかった例も歴史上にはありますから(例・大本教の弾圧)。

 いまだにオウムを信じる人達だって同じじゃないですか? 「世間の評価は関係ない。私が信じれば本物なんだ」という心理メカニズムなんですよ。

 信じるかどうか? それだけの話です。

 実際の薬効がない偽薬で治るプラシーボ効果って、要は催眠なんですよ。

 そして、催眠というのは究極的に信じれば不治の病も治せると言われます。

 それこそ「信じる者は救われる」という言葉の本当の意味ですよ。

 だけど、現代の科学的医学の考えでは、薬理効果がある成分が治すのだという大前提で考えるから、催眠で治る原理は肯定されていないでしょう?

 しかし、催眠とは原始の頃の“呪(まじな)い”や“祈り”を科学的に表現したものなんですよ。科学的には全然解明されてはいません。

 メスメルの動物磁気説以降に催眠術が心理療法として研究されるようになったと考えられ、それ以前は魔術の一種みたいに扱われていた訳ですよ。

 飛び加藤と呼ばれた戦国最強の忍者、加藤段蔵が西方伝来の牛呑術を演じてみせたりしたのが今日で言うところの催眠術なんですよね?

 強固な催眠(自己暗示)によって自然治癒力が最大限に活性化されていく結果として難病をも治癒できる・・・という現象は充分にあり得ることだと思いますよ。

 それでも、肉体の寿命というものは厳然とありますからね。信じれば死なないとか言ってたら完全なキチガイ。何か、昔あったな~? ミイラ化した遺骸が蘇ると言ってた人達・・・?

 武術を修行している人の中には霊能に目覚める人も少なくありません。

 それは、武術の稽古システムの中にヨーガや仙道などの霊性開発システムが組み込まれているからです。

 だから、意識的にか無意識的にかは問わず、いつの間にか霊的気質になってしまう人もいます。

 青木宏之先生がその典型例でしょうし、友寄隆一郎先生もそうでした。

 松田隆智先生も憧れがあったようでしたね?

 でも、青木先生も友寄先生も松田先生も霊能力とは一線を引いて冷静でしたね。舞い上がって万能感に犯されていたりしなかった。

 私はどうか?というと、別に憧れはありません。徹頭徹尾、リアリストなんで。

 ただし、オカルトはネタとして大っ好きですね? 面白いから。

 ほら、私みたいに小学生の頃にTVの特撮物やアニメばっかり見て育った人間にとっては、怪獣はUMAで、星人はエイリアン、ショッカーや死ね死ね団は秘密結社なんですよね?

 幽霊は心霊動画で、妖怪は・・・やっぱり妖怪なんですよ。

 怪しい都市伝説はリアルなファンタジーなんですよ!

 歴史や社会の闇を照らすのがリアル・ファンタジー!

 私は、そういう隠されたものを解明していくのが楽しくってたまらない訳で、フリーメーソンやイルミナティーなどの秘密結社の世界支配戦略みたいな話は三十数年前から知ってましたよ。その頃、膨大に本読んでたので・・・。

 普通の人は、“秘伝(秘儀)”を有り難がって神秘的なものとして信仰するんですけど、私はどうしても解明したくなるんですよね。

 ほらほら・・・一般の武道や格闘技をやっている人達って、「発勁なんて眉唾」「合気道や中国武術は型だけで弱い」と強固に信じ込んでたりするでしょう?

 浅~い、現実主義者! 上っ面の常識を信じて疑わず、偏見に凝り固まっていて、すぐ思考停止する愚か者!

 はっきり言って、無知で馬鹿で頭が硬直化してるとしか言えないんですけど、現実に「発勁ができる」と嘘(というか誇大妄想)つく人がいたり、全然戦い方を知らない合気道や中国武術の修行者が多いのも事実なんですよね。

 そういうイカレポンチしか見たことがなければ、仕方がないのかもしれませんね? 何しろ、私も20代まではそう思った時期もありましたからね。

 でもね。自分ができるようになっちゃって、人にも教えて体得できるようにしているんだから、これはもう神秘でもなんでもなく、単なる技術。理解しているかいないかの違いでしかないんです。

 セミナー翌日に個人指導したIさんも、既に自分ができるようになっているのに、「発勁ができるように・・・」といまだに言うので、ミット持って打たせてみたり、サンドバッグ打たせて、ちゃんと体得できてることを確認させました。

 太極拳の按と、形意十二形拳の馬形拳を教えました。

 発勁の問題点は、筋肉に頼らないので、“打ってる”という身体感覚が乏しく、「これで本当に威力出てるのかな~?」と疑問に思える点ですね? 体得しても自覚しにくいんですよ。

 私は実地に沢山試しているので疑問に感じないんですけど、仲間内でやるだけだと、これで本当に通用するんかいな?と思ってしまうのもわからなくはありません。

 打たれてみないと本当の怖さも判らないし、かと言っても、事故死したりする危険性も普通の打撃技よりずっと高いので、あんまり試せないですからね。

 私も、「やべぇっ? 殺しちゃったか?」と慌てたこと何度かあります。本当に発勁は恐ろしい技ですよ。実験で打たせてみた時は死ぬかと思ったし・・・。

 秘伝にしたのも当然でしょう。

 だからと言って、「そんなものインチキだ」と言う連中には我慢なりませんよ! 松田先生が亡くなられた今、「俺が中国武術の名誉を護ってやる!」と思ってますもん。

 シーラカンスやダイオウイカだって、「そんな怪物は実在しない」と言われていて実物が発見されたら当たり前になっていますよね?

 決めつけたがる人間がバカなんですよ!

 松田隆智先生も、「発勁なんて怪しげな嘘を吹聴する人間がいると批判されたものだったけど、批判していた当人が中国で体験して発勁のすごさに感動したなんて書いてるんだからな~? 笑っちゃうよ」と言われていましたね。

 私も、「発勁なんて怪しいことを言う」なんていまだに言ってる人達を見ると、ウンザリしますよ。本当に無知過ぎる!

 ファンだった『修羅の門』に乗れなくなったのも、そこなんですよね~。作者が中国武術のことを知らな過ぎ! 『史上最強の弟子ケンイチ』や『ツダヌマ格闘街』(事務局注  ツマヌダ ですね)の作者みたいに勉強しなきゃ~ダメですよ!

 作家は読者以上に知識がないといけません。プロに及ばないのは仕方ないけど、ちょっと取材したら解るようなことを自分のイメージ(先入観)だけで書いていたらいかんのですよ。

 無空波なんて、よくぞ考えたな~?と感心したものでしたけどね・・・。

 ただし、武術の世界は誇大妄想的な話を吹聴している人間が多いのも事実です。他人の言うことはまったく信用できません!

 だから、自分ができるようになればいいんですよ! 自分ができたら、嘘か本当かの区別はつくじゃないですか?

 だから、はっきり言って、「発勁を体得したかったら私のところに来なさい! 責任もって、できるように教えてあげます!」と宣言しておきますよ!

 ただし、悪用しそうな人間には教えません! 事件起こしたら教えた人間にも責任が生じるでしょう? イタズラ小僧にフル装填のマグナムガン持たせるようなもんですから。

 木曜隔週のメイプルホールに来られる格闘技や中国武術学んでいた人には発勁や他流破りのやり方を教えたりしていますが、「先生、こんなこと教えてもらっていいんですか?」と逆に恐縮されていましたけど、ほら、真面目に通っている人なら人柄も確認できますからね?

 当然ながら、危険性の高い技は一般には公開しないし、DVDもバカ高いでしょう?

 それでも、「これは流石に広まったらマズイよな~?」と思う部分はカットしますし、前回のDVDは、ちょっと出し過ぎたか?と反省しているのでお蔵入りにするかどうか?と検討しています。

 それでも、ある程度までは本当のことを公開していかないといけないと思ってるのは、もうね~・・・あまりにもいい加減なこと言う人が多いから、私が真実を広めていくしかないな~?と思っているんですよ。

 それに百の論よりも、本当にできる人間を何十人何百人も育てていけば、だれも文句言えなくなるでしょう?

 武術の真実はたった一つだけ!

 それは、“自分ができることだけ”なんですよ。

 どんな有名な実力者に習おうと、自分が未熟なら意味がありません! むしろ、尊敬する師匠の面子を潰すだけですよ。

 例えば、先日、下田愛璃さん岩下めぐみさんと久々に会ったんですが、弟子を見れば教えた師匠のレベルが判ります。秋本つばささんが、どういう指導をしてきていたか?というのが弟子を通して見えてくるんですよ! そんじょそこらの女子高校生とは全然違うもん!

 私も北島師範や小塚師範や仁平師範や栗原師範や山田師範や来住師範を誉められたほうが鼻が高いんです。だから、大阪支部も楽しみなんですよね~。

 たとえ、彼らが私のところから離れていったとしても、活躍してくれているなら、やっぱり嬉しいと感じるでしょう。


 さて・・・セミナーの感想を全然書いていませんね?

 まあ、いつもの通りで特別に書くこともないんですけど、大阪支部長がぐぐぐぐっと伸びてきていて、「人間、やる気になると短期間でここまで変わるものなのか?」と、ちょっと感動しました。

 八極拳の使い方(冲捶から頂肘への応用変化交叉技)や六合大槍の基本操法とか指導したんですが、徒手格闘術の素養があるので、非常に飲み込みが早いです。

 仁平師範が靠(鉄山靠)を実地指導すると、大抵の人は仁平師範のぶちかましにピューンと飛ばされるんですが、彼は当たり負けしておらず、揚げ句に仁平師範が跳ね返されるというビックリなシーンまで見られて、皆、唖然としておりました。

 日頃から警察や自衛官の猛者と練習したりしているだけあって、大したものだな~と感心しましたよ。

 それと彼の偉いところは自分がボコられたりした話も平気で言えることです。格闘技系の人達は練習でそういう体験は無数にしますからね。当たり前なんですよ。

 だから、うちに来る人達でも最も人格的に謙虚で正直なのが極真空手や格闘技の経験者で、最も舞い上がって勘違いしているようなのが合気道や中国伝統武術の経験者?

 人間、痛い思いをしないと人格は磨かれないのかな~?

 ところで、仁平師範は会う度にどんどん変化していっているんですが、以前はリアル刃牙みたいだな~?と思っていたんですが、今回はリアル・バビル二世みたいになってましたよ?(苦笑)

 いや~、彼の治療術は最早、整体でもなくなってきていて、心霊治療のホセ・アリゴーか?って方向に向かっていましたね。

 これ、人に教えてできるようになんのか?って疑問ですけどね。

 彼の教えている内容は游心流とは別ですから、皆さん、誤解ありませんようにお願いしますね。

 ただ、いい機会なんで、今回、彼には私の秘蔵愛刀一振りを進呈しました。ほぼ直刀の刃渡り二尺四寸くらいの刀です。彼が「反りの無い刀のほうがいいですね」と言っていたので・・・。

 真っすぐな刀って気の通りがいいんですよね?

 以前、持たせた時に凄く嬉しそうな顔してて、「あ~、この刀は仁平さんと相性が良さそうだな~?」と思っていたので・・・。

 鐔の代わりに木ではみ出し鐔風に作っているんですが、彼が鬼をデザインした面白い鐔を持っていたので、それを付けてみたらいいのではないか?と・・・。

 ちなみにこの刀は二本目釘にしていて、竹の目釘と真鍮の細棒を削って作った目釘も入れています。

 拵えを作り直してみようか?とも思っていたんですけどね?

 稽古用に三尺越え長刀作ったり、槍の鞘作ったりしていて、何か職人魂が目覚めてきつつあるんですけどね~?

 私の前世は武器職人かもね?


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二月セミナーは軸の確立

 いろいろと仕事上の事情がありまして、通っている小説講座でミニ演武をやらせていただきました!

 まともな演武をやるには、やはり受け手がちゃんとしていないとダメですから、当日は北島師範小塚師範に見学と称して講座の席にも来てもらいました。

 小説講座に通っている人達は、基本的に元文学少年少女?ですから、体育会系、わけても武道など夢にも習ったことがない人がほとんどです。

 けれども、作品を書く場合は、時代劇ならチャンバラ、現代ミステリーなら警察官や犯人の銃撃といったシーンは必須ですから、皆さん、興味はなくともそれなりに調べて書いていたりする訳です。

 けれども、やはり経験が無くて資料だけから想像して描写するのは限界があります。

 どれだけ調べてみたところで情報だけからは判らない面が少なからずある訳です。

 それで、私のようにその方面の知識と経験が豊富な人間はプチ講師?のようなポジションになる場合が多かったんですね?

 そういう次第で小説講座の先生のツテでいろんな作家の武芸考証を頼まれるようになっていった訳で、そこからさらに自分も作家デビューしようとしている訳ですね?

 一応、これまでゴーストライターも含めて20冊以上は本を出せている訳ですが、小説に関しては初心者ですし、そもそも文芸修行らしきことを若い頃にやっていなかったので、50の手習いみたいに、現在、勉強中なんですが・・・。

 理由は書けませんが、今回、演武したのも私がやっている武術がどういうものなのか?を理解してもらうには目の前で実演解説するしかないと思ったからで、講座の先生にも許可をいただいて講座の終わり際に、無刀取り・合気系統の護身術・合気揚げ・突き蹴りを丹田力で弾き返す!というのをやらせてもらいました。

 結果は上々。予想していたより好評でした。

 私、見た目がアレだから、実演するまで「この人、本当にできるの~?」と疑いの眼差しで見られることがほとんどです。

 ほら、口では立派なこと言っても、実際にはまったく戦えないような人も最近はいますからね?

 私も見た目に全然、説得力が無いので、やって見せるか、実際に手合わせするまで理解してもらえません。

 でも、武術の有り難いことは、50過ぎても技はどんどん伸びていけることですね?

 正直、ルール無用なら負ける気がしませんもん(豪語?)。

 ただし!

 ルール設けてきちんとした試合やったら全然弱いと思いますよ。自信ない!

 過去に何度か負けましたからね~。やっぱり、餅は餅屋。専門にやっている人には敵いませんよ!

 特に体力の衰えはいかんともし難いですな~?

 100m全力ダッシュしたら私は死ぬと思いますよ?

 まあ、世の中には80過ぎて毎日何kmも走ってる妖怪爺さんも実在しますが(笑)。

 でも、私は年齢相応に肉体が衰えていっても戦える技を研究しているので、年々、直実に技能アップしている実感はあります。

 2/1で満54歳になりましたが、去年と比べても今のほうがレベルアップしていると思います。

 この感覚は向こう十年は当たり前に続くと思います。


 さてさて、二月の月例セミナーは“軸”です!

 中芯軸・側軸・無数の軸の設定・・・といったことを過去に発表してきましたが、今年も最新研究成果を発表したいと思います。

 つまり、「軸を確立することで軸を消して動く」「自在に軸を体感して操作する」「相手の軸を洞察し操作する」・・・といった事柄を具体的な技の展開で指導しようと思っています。

 そもそも、私が体軸の研究を始めたのは、今から三十年ほども逆上ります。

 中国武術の「立身中正」や合気道の「中心軸」、剣道の「正中線」といった言葉から追究し、能やクラシックバレエ、フラメンコ、パントマイム、前衛舞踏、コンテンポラリーダンス、あるいはヨーガや仙道、気功、各種健康法の研究をするに至ったのです。

 そも、人間が霊長類と呼ばれるのは、直立二足歩行をするようになって天地の軸線に背骨と脳が連なったことから異常な進化を果たしたのではないか?

 それはヨーガのクンダリニーの理論から類推した仮説でした。

 小用茂夫先生が刀禅を創始されたのも、長年の伝統武術の探究の果てに重力を利用する武術の理論に気づかれたからなのではないかな~?と私見します。

 武術が格闘術の範疇に留まらないのは、ひとえに、人間の心身機能の進化の鍵が潜んでいる点にあると私は考えています。

 なぜなら、単純に戦闘に勝つだけならば、軸の確立などは意味がないからです。

 むしろ、見方を変えれば狙うべき弱点を晒してしまうことになりかねません(この点はセミナー時に詳しく解説します)。

 それでも、東洋のいろんな行法が秘伝として伝え、神智学を通じて欧米にも広まっていった“軸”の概念について、今回は時間が許す限り、詳しく解説してみようと思っています

追伸;前述したように、今月は私の誕生月でもありますので、少々遅れましたが、DVDの割引セールは、「どれでも二枚買った方は合計額の半額」ということにしたいと思います! 「この際だから、アレも買っておこうかな~?」と思う商品がある方は是非、ご利用くださいませ。

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アルミって硬って~?

 会員の抜刀訓練用にと思って、三尺三分くらいの長寸の居合訓練刀を自作しようと思って、町田の東急ハンズでアルミの1mの平板を買ってきていたんですが、毎晩、金ヤスリでガシガシと削って切っ先や刃側の形を成型したり、柄に納まる茎(なかご)を削り出したりしていたんですが、錆び錆びの透かし鍔や美術刀の柄を嵌めて、ハバキは真剣の短刀に付いていた木製のハバキを流用することにして、これに銅テープを貼って“銅着せ”?のハバキにしました。

 実際のハバキは白銀師という専門職人が居て、銅や真鍮、銀で作ったりするんですけど、薄い金の板で包む“金着せ”という技術があるんですね? それで真似てみた訳です。

 鞘用の板材も買ってきたんですが、90cmまでのしかなかったので、ちょっと、切っ先がはみ出てしまいます。この部分は鐺でもあるから硬い材質のものを繋ごうかと思います。

 茎の部分が9cmと短くなってしまったので、振った時に強度的に大丈夫かな?とは思ったんですが、アルミで軽いから問題なさそうでした。

 もっとも、個人指導している会員さんに持たせたら、「うわっ、重いですね~? 僕の持ってる居合刀より重いですよ」と言うので、あれっ、そうなのかな?と思いましたが、やっぱり三尺越えた刀だと真剣だったら2kg以上になったりするし、アルミでも定寸の居合刀よりは重いのかな~?と思いました。

 過日、セミナーに参加された古武術を学ばれている方から三尺三寸の居合刀を抜かせてもらったんですが、非常に軽く感じました。

 刀身の材質と刀の重心バランスの問題でもあるんでしょうね?

 実は、この方といろいろ話していて、居合術の原点は大太刀抜刀だよな~?と直感したんで、自分でも練習して会員にも練習させたいと思った訳です。

 三尺二寸一分の真剣も持ってはいますが、これは重過ぎて稽古に使うのは無理。私の個人的練習にしか使えません。

 会員にやらせたら鞘を割るか怪我するかのどっちかでしょうし、鞘を作り直さないと、ちょっと使えません。

 で、三尺越えの模擬刀を買おうか?と思ったんですが、10万~20万くらいしちゃうんですよ。

 そんな時に東急ハンズで見て回っている時に、自分でも作れるんじゃないかな~?と思った訳です。

 折しも、『唖侍・鬼一法眼』が始まり、若山先生の三尺の長剣居合を見て、益々、その気になりました。

 やっぱ、刀は長いのが映えますよ!

 鞘無しの状態で、ほびっと村の講座にも持っていきましたよ。

「後は茎に穴開けたら完成だよ」って言っておいたんですが・・・(ガ~~~~ン)。

 翌日、個人指導の前に道場でドリルで穴あけようとしたんですが・・・さっ、刺さらん?

 以前は問題なく貫通していたドリルが全然刺さらないんですよ?

 少し丸く削れるけど、それ以上、いきません・・・。

 ドリル刃がへたってるのかもしれんと思って、“ステンレスも削れる驚異の切削力”と書かれている千円越えのドリルビットを買ってきて最挑戦したんですが、やっぱり無理。

 ステンレスより頑丈なアルミって・・・?

 これはもう大工仕事用のドリルじゃなくて工業工作用の機械でないと無理っぽいな~?と思いました。

 それにしても、金ヤスリで削ってる時も尋常じゃなく硬いな~?とは思っていたんですが、まさか、電動ドリルも通さないとは・・・?

 成分は、アルミニウムにマグネシウムも混ざってるようですが、そのせいで超合金化したんでしょうか?

 まあ、頑丈な方が練習に使うにはいいんですけどね~?

「まっ、先に鞘とか作っておくか~?」と、鞘作っておりますが、木材は加工が楽で助かりますわ~・・・。

(数日後、完成! まだ目釘穴開けてないけど・・・)

 しっかし・・・原稿書かんで、こんなことしてるのを見つかったら、怒られるかな?

 大体、TV見ながら、本読みながら、細工しながら、原稿書いたりしております。

 今回も、キマイラの最新刊が出てたのを買って読みながらでした。

 何と、物語の始まる前、久鬼麗一と九十九三蔵が出会う話になっていて、「おいおい、今更過去に戻ってどうすんじゃい?」と突っ込みを入れてしまったんですが、流石は夢枕獏!

 何のストレスもなくサクサクサクッと読めました。

 途中、完全に少年格闘物になったりして、空手部を仕切ってる連中が黒・青・赤・白・黄の姓だったりして、「おいおい、それじゃゴレンジャーみたいだろ?」って、再び突っ込みを入れてみたり、“試し掛け”って自由組手が出てきて、「おいおい、それを言うなら“掛け試し”だよ?」って、またまたまた、突っ込みを入れたりしながら、でも、面白いんですよ~。

 でも、「流石に合宿で金玉潰れたのを寝かせてるだけじゃダメでしょう? ちゃんと病院に運びましょうよ~」・・・とか、随所に出てくるリアリティーを無視した豪快な展開は「昭和だな~?」と思いましたね。

 知ってる人はもう少ないと思いますが、キマイラシリーズの原点、『幻獣少年キマイラ』は、80年くらいに書かれた作品で、作品世界ではまだ一年も経過していないんじゃないかな~?と思うんですよ。

 当時は携帯もスマホも無いし、インターネットも無い。

 ここまで長期シリーズになるとは獏さんも思っていなかったでしょうし、辻褄合わせるのが大変だと思いますよ。

 だけど、シリーズ完結も近いらしいし、待望の映像化も期待したいですね~。

 個人的には塚本晋也監督がいいのでは?と思いますが、いかがでしょう?

 アクションは谷垣健治監督で・・・。

 武芸考証は私、やりますよぉ~(笑)。神秘学とかも詳しいよぉ~。

 いやいや、実写よりも、まずはアニメ化がいいかな?

 キマイラシリーズが、やっぱり獏さんの最高傑作だと思うし、大鳳、久鬼、九十九といった少年たちと、真壁雲斎、宇名月典膳といった爺さん、そして何といっても龍王院弘ですよ。

 主要キャラがことごとく武術の遣い手というのがいいじゃないですか?

『寄生獣』が映像化されたんだから、キマイラもできるでしょう?

 刃牙もアニメ新シリーズが放送されるそうだし、ブリーチも実写映画化されるんでしょう?

 キマイラも是非!


追伸;ドリルに付いてる安全装置だと思っていたボタンが、実は回転数の切り替えスイッチだったことが判明! ハイサイクルにしてみたら、何とか穴を穿つことに成功しましたよっ! 鞘も延長部分にエポキシパテ盛って成型し、金色の装飾テープ貼って、鯉口近くは割れる可能性があるので三角ヤスリで溝刻んで針金巻いて、映画の小道具用に買った牛革貼り、栗形は紫檀を削って作りました。塗りは黒の漆塗料を節約するために閃いてマジックインキでベタ塗りした上に、クリアーの漆塗料に金・銀・レインボーカラーの粉を混ぜたものをハケで塗ってみました。これは光を当てると金・銀・黄・緑・青・赤のツブツブが点滅してるみたいで綺麗なんですよ。目釘で柄を固定した刀を納めると、稽古用に適当に作ったとは思えない出来になりましたよ~。柄材は安い美術刀のプラ製ながら柄糸は革巻きですからね。いや、今回は随分、安く作れました~。ついでに試作ナイフにもドリルで穴を三箇所穿ち、後は鉄工ヤスリで地道にギシギシギシギシギシギシ・・・と削りながら人差し指の第二関節まで入るくらいまで円く穴を広げていきました。これは、人差し指でクルクルクルッと回せるようにするためなんですが、カランビットナイフにヒントを得てやってみた訳です。ナイフを逆手持ちで使うのに腕の裏側に隠し持つのをクルッと回して逆手持ちにするのに役立つんですね。ちなみに、この試作ナイフは非対象の両刃なんで、押しても引いても切れるんですよね。拳法術のキモ先生に習ったナイフ術に向いた形で工夫しました。シャシュカの折れた切っ先で作ったとは、ちょっと見ても判らない?

追伸2;ドリルがちゃんと使えることが判ったので、いろいろ護身用具を試作してみようか?と思ってます。昔、武道医学のパリッシュ先生から見せてもらった古流に伝わる秘武器(中国風にいうと暗器)もアルミ板から削り出して作れそうだな~?と思って、早速、東急ハンズで厚さ5mmと3mm(2枚)のアルミ板を買ってきました。5mmの板で暗器が四つは削り出せそうです。3mmの方は「これで子母鴛鴦鉞を自作してみようかな~?」と思いついて買いましたよ。でも切り出して金ヤスリで成型するのは相当、骨が折れそうです。ヒマと気力が余ってる時に挑戦してみようかな~?と・・・。


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新年会

 いつもは忘年会だけしかやらなかったんですが、「東京支部の新年会を小塚師範宅でやらない?」と言っていたら、何だか、游心流全体の新年会だと思われたのか? 少々、大掛かりになってしまいました。

 私は、小塚師範の飼ってる三毛猫のカヅコに会いたかっただけなんですけどね。

 支部長は、東京橋本横浜幸手に大阪まで揃って、そこに体道塾の仁平師範に常連会員、女性会員も三名?と、結構な人数になりました。

 で、猫ちゃんはビックリしたみたいで、終始、落ちつきなく目玉を真ん丸にしてあっちに行ったり、こっちに行ったりしていてあんまり遊べなかったですね~(グッスン)。

 料理上手な小塚師範の自宅ではいつも小料理屋状態・・・実際に看板猫つきの小料理屋(深夜食堂?)を開業した方が儲かるのではないか?と、皆で話しているくらいです。

 私は完成直前の刃渡り三尺超えの長尺居合稽古用刀を持っていって披露しました。

 今回はアルミ材削って刀身まで作ってますからね。もう、ほとんど職人化しつつあります。その後は、無事、ドリルで穴穿って目釘もつけたし・・・。

 剣武天真流にも通っているK中さんは、流石にちゃんと抜き納めできましたが、他の会員でできる人は何人いることか? 普通の居合道をやっている人だと、この長さはまず抜けません。大体、普通の居合の抜き方だと二尺七寸くらいになると抜けない。

 抜き方が違うからですが、黒田鉄山先生のところの抜き方だと長尺刀でも抜けると思います。私は黒田先生の初の講習会を受講した時の収穫が大きかったですね~(この時の様子を映したビデオには私も映ってるそうでした)。原理がわかれば流派の別は関係なくなると思います。

 コツとしては半身を切ることですかね? まあ、稽古用に作ったので、初めはできなくとも構いませんがね。長尺刀が抜ければ定寸刀(二尺三~四寸)が脇差抜くみたいに簡単に抜けるようになりますよ。

 ちなみにK中さんは、「先生、僕が下手だったら破門するつもりだったんですか~?」と言うので、「まあ、上手だったから、いいよ」と、天真会での演武を誉めておきましたよ。

 仁平師範は少し仕事に余裕ができるらしく、「先生、この道場に行けってところがあれば言ってください!」と、道場破り宣言・・・?

 何やら、インチキ臭かったり自惚れたことをほざく自称武術家連中に憤りを感じている様子・・・。

「やめときなさい。君が行ったら、弱い者イジメにしかならないから」と、止めておきましたけど、「あっ? 甲野さんのところだけは行ってもいいよ」と。これ以上、日本武術に泥を塗るような恥ずかしい真似をさせてはいけませんからね?

 いや、しかし・・・確かに若手(でもないか?)の武術家を名乗ってる人達は自惚れの度が過ぎて言葉は丁寧だけれども、その実、気持ちが悪いくらい自己愛に凝り固まってる人間が増えてきているような感じがしてなりません。

 私は“甲野病”と呼んでいます。

 不当に他流を蔑んだり、他者の権威を利用して売名に励んだりする品性下劣さを言葉巧みに隠す病気です。

 一種のナルチシズムですね。

 甲野善紀氏と仲良くしてると感染してしまうんですよ。

 私は疑問感じて離れたから感染しないで済みましたけど・・・例えば、宇城氏なんて、もろに甲野病に感染してしまいましたよね~?

 結構、感染してる人が多いんじゃないかな~?

 これに感染すると、嘘を嘘で塗り固めて屁理屈をこねまくるようになり、最後は現実認識ができなくなって自分の頭の中の世界観に浸ってしまうようになりますから、歪な精神構造になって後戻りできなくなります。

 用心しましょう・・・。

 さて、わざわざ大阪から駆けつけてくれたキヨタキ大阪支部長(游心流二段)は、早速、三月から始める稽古会の概要を報告してくれました。

 大阪名古屋にもイサミ(武道・格闘技具の専門店)さんがあるそうで、そこで格闘技歴のある店長さんと仲良くなって、ミットを使って発勁を打ってみせたところ、非常に驚かれて「是非、やってみたい」と言われたとのことで、早くも大阪支部は会員が増えていきそうな塩梅です。

 やっぱり打拳距離0で数十から百kgの人間を数m弾き飛ばすような威力が出せるというのは、“一般の武道や格闘技の概念にはありません”から、初めて受けたら、そりゃあ驚かれますよね?

 イサミさんに勤務されている人達は、ちょっと齧りました程度の人達ではなく、本格的に格闘技を練習されている人ばかりなので、未知の技術に素直に関心を持ってくださったのではないでしょうかね? 有り難いですね~。

 昔、大阪でセミナーやった時は、結構、皆さん、ノリが良くて喜んでくれたな~?と、懐かしく思い出しましたよ。

 関西の人はあったかいですよね。関東は良く言えばクールですが、悪く言えば、スカしたヤツが多くて、厭味な印象を受けることが少なくありません。九州人の私は、関西の人のほうが好きですね~。本音で話せる感じがする。

 そういえば、大阪セミナーの時、宇城氏の直弟子の方が参加されていて焦りましたけど、飲み会で“変わっていく師匠への哀しさ”を訴えておられたのが本当に気の毒でした。

 なんでも、宇城氏に甲野氏を引き合わせたのがその方だったのだそうで、非常に後悔されていましたね? 影響されてしまった・・・と。

 その後、その方も結局、宇城氏から離れて「宇城氏以上の弟子を育てる!」と宣言されていましたが、大阪は男気のある人が多いと思いました。随分、長く会っていませんが、きっと頑張ってお弟子さんを育てられていることと思います! 応援してますよ!

 ただ、あまりにも宇城氏を過大評価して他の流儀の優れた人達に目を向けないのでは、もったいないと思いますね?

 どこの流派団体にも優れた遣い手は必ずいますから!

 例えば、私は発勁の威力には絶対的な自信を持っていますが、それは自分が優れているというのではなく、“発勁という技撃法のメカニズム自体が優秀である”という認識であり、私が教えれば誰でも私と同程度かそれ以上に遣えるようになると確信しています。

 そういえば、ポーランドの武術研究家ヤヌシュ先生一行と技術交流した時、私が八極拳式発勁(冲捶=中段突き)で、キックミット持った横浜支部長が吹っ飛んだ時は、隣で練習していた空手の人達が唖然として見ていた?と、後から会員から聞きましたけど、0距離打撃の威力には驚かれるでしょうね?

 新年会後に兵庫支部長から電話があった時に、両手で胸をド~ンと押してきた人に対して、(そうだっ? 抖勁で跳ね返してみよう!)と思って、押された箇所から発勁して打ち返してみたそうなんですが、相手はウギャッと言って崩れ落ちてしまったそうで、何と、ギックリ腰になってしまったのだそうでした。

 多分、脚で踏ん張っていたので威力が中間点の腰椎に作用してしまったのでしょう。

 後ろに素直に吹っ飛ばされていた方が被害は無かったんでしょうけどね?

 やっぱり、0距離打撃は恐ろしい技だと思いますよ。要するに、中国武術の暗勁と同じなので、ポンッと打ったようにしか見えないのに甚大なダメージを与えてしまえますからね。最新DVDの『0距離打撃戦闘法』が高山本店さんに卸している分の売れ行きがえらい早いんですが、中国武術ファンが密かに買ってるのかもしれません。

 だけど、何度でも繰り返しますが、本当に危険なんで、絶対、人を打って試したりしないでくださいね? 武術は飽くまでも「護身術」なんですから!


・・・新年会やってみて、今、游心流に集まってくれている人間の善良さ、嘘の無さ、好きな武道に打ち込む一途さ・・・そういった純情一途さというのは、現代では死滅しかかっているものなのかもしれませんが、人間は本気で愛する時は、損得感情なんか捨てて、真っすぐ向かうものなんだと思います。

 うちの会には他流経験者がたくさんいますけれど、それまで学んだことを無価値だと思ってもらいたくありません。

 極真空手、芦原空手、円心空手、新体道、合気会、気の研、空手協会、講道館柔道、剣道、居合道、杖道、日本拳法、少林寺拳法、不動禅少林寺拳法、詠春拳、ジークンドー、クラブマガ、システマ、剛柔流、大東流、八光流・・・等々、どんな流儀でも、先人が命をかけて生み出し、誇りをかけて護り伝えてきたものですよ!

 それにプラスして、游心流で学んだことに誇りを持ってもらえるように、今後も研鑽を怠らないようにしなければ・・・と、改めて思いました。

 作家が主体になっても、私は生涯、武術という文化の研究家であることに誇りを持っていきたいですね。

 それがたとえ、人を殺傷する技術であったとしても、根本に“命を護る”という目的がある限り、伝承していく価値はあると思っています・・・。

 そうですね~?

 今年の目標としては、取り敢えず、“強い弱い”という価値判断ではなく、「“命を護る”というのが武の道なのだ」という価値観を広めたいですね?

 暴力で他人を従わせるのではなく、いかなる暴力にも屈服することなく孤高を護り、それゆえに他者を尊重する・・・という真の意味に於ける“唯我独尊”。そのためにこそ武術修行は価値があると主張したいものです。

 そのためには、自分がそういう心掛けで生きていかないといけないよな~?と思いますね。

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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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