長野峻也ブログ

武術研究家、長野峻也の色んなエッセイ?を掲載します。リンクフリーです。HP:【http://www7a.biglobe.ne.jp/~yushinryu/】

『ダンス白州2008』行ってきました!

 今年はお呼びは無くて、ちょっと寂しいな〜(シクシク・・・泣)と思っていたんですけれど、支援会員になったので足を運んで参りました。

 とは言えど・・・新刊本の仕上げ作業と重なってしまって、ちょっと無理かも?と思って、師範代には「ひょっとすると俺は行けないかもしれない」と話していたんですが、「行っていいじゃないですか? “向こうで仕事すれば”(ギョエ〜!)・・・」という編集担当の“鬼の一言”で、行って参りましたよ。夏、恒例の白州へ・・・。

 しっかし、まあ、韮崎からの路線バスが無くなってしまっていて、ちょっと交通の便が悪くなってたり、タクシーも値上がりしていて不況は地方にこそしわ寄せがいくものなんだな〜?と思いましたね。

 宿に到着してから、しばらくマッタリしながら過ごしました。翌々日に写真撮影する本の原稿と睨めっこして打ち合わせしたり、会員さんが持ってきたクエストから出ている『武神館・九鬼神伝流』のDVD見たりして過ごしました。

 余談ですが・・・武神館の初見先生の技は、70代後半に至って尚、進化している事実が確認できて、「武術はマッスルじゃない。若さの勢いじゃない」と称えている私の理想を体現している武術家のお一人の技に、20年前に武神館の末席に入れていただいていた有り難みを感じました。

 私が直接教わった野口先生もお元気で何よりです。初見先生に離反した人も少なからずいる中で、一貫して師を敬い支え続けている野口先生のような立派な先生に習えて良かったと思います。野口道場では練習後に奥さんがスイカをさし入れしてくれたり家庭的な雰囲気の道場でしたよ。あのまま続けていたらどうなっていたかな〜?(普通の社会人になっていたかもしれないな〜?)

 私だって教わった先生方には全員、感謝の気持ちだけは失わないようにしています。人間的に軽蔑するしかない人もいましたが、教わった事実は消えませんから、感謝する気持ちまで捨てていいとは思いません。甲野氏を批判し続けているのも感謝する気持ちがあるからですよ。本気で嫌っていたら無視するだけ。私が首尾一貫して言い続けてきたのは、「嘘つくのいい加減に止めろよ。本当のことを言えよ」ってだけですよ。

 自分に嘘ついて周囲を騙くらかして生きていくのって、一番、不幸なことなんじゃないでしょうかね? 「勝ち組」なんて言葉が流行っていたけど、無目的に金さえ入ればいいって考え方自体が貧し過ぎる。日本の本当の貧困は心に余裕が無くなって目先のことしか見えなくなってることじゃないでしょうかね? 『ハゲタカ』で泯さんが「金なんて、ただの紙っぺらじゃないか」って言ってのけちゃうところがカッコ良かったですよね。

 さてさて、その夜、ヒカシューのリーダー、巻上さんのコンサート(と言うべきなんでしょうか? 様々な楽器?を駆使したお好み演芸会のような気もする超絶芸達者ぶりを堪能)を見るべく、同行した会員二人と懐中電灯を持って夜の道をテクテクと、通い慣れた?街灯がほとんど無い道を歩いていきました(こういう田舎の道を歩いていると、確かにベトベトさんとか現れそうだな〜と思いました。脇へ退いて「ベトベトさん、先へお越し〜」と言うと消えるのだそうな)。

 いや〜、やっぱり暗いな〜。暗いと距離感掴めないな〜。道を間違ったみたいで少し遠回りしてしまいましたよ。地区の盆踊り大会があったらしく、呑気な歌が聞こえます。

 会場に到着してゴザに座ると、暗い中で「ようっ」と声が? アレ?と思ったら目前に座っていた人が田中泯さんでした。

 ここ数カ月、御無沙汰していましたが、TVの『ようこそ先輩』と『時代の響き』(これは素晴らしい内容でした。DVDで発売して欲しいくらい)と、『ファッション通信』(1カットだけだけど、もの凄い存在感にビックリ)を拝見してました。九月には横浜で踊られる予定と聞いているので、今度は何としても都合を合わせて見に行きたいと思ってます。

 さて、巻上さんのコンサートは、先日の渋谷クラブ・クアトロでのライブをイメージしていたら、ぜんっぜん、別! 正直、唖然! 何と形容すりゃいいのか、さっぱり解りませんが、最高に面白かったです。後から登場したダンサー軍団も素晴らしかった。よって、「機会があったら、一回、見てね」。(後楽園遊園地の仮面ライダー・ショーを思い出したのは私だけ? ちなみに、町田、橋本のレコード屋さんに無かったヒカシューのアルバム『生きること』、ゲットしましたぜっ)

 帰り道、山の天気は変わりやすいと警戒していた通り、小雨がポツポツ降ってきましたが、何度も来て心得ていた私は、ちゃ〜んと百円ショップで雨合羽(レインコートね)を三人分用意していたんですよ。役立って良かった。備えあれば憂い無しですね(すぐ止んだけど・・・)。

 翌朝は、石原志保さんの踊りを見てから帰る予定。なにぶん、仕事が立て込んでて長居できなかったのが残念(コンテンポラリー・ダンス界の女王、木佐貫邦子さんのダンスが見れないのが残念)ですが、メイン会場の栗林で開始まで待つ間、泯さんに挨拶するとともに、写真も撮らせていただきましたよ(この期に及んで田舎者のサガは直りませぬな〜。フハッ! あっ、急に水木しげるの生霊が憑いた? “写真参照”20080815_001.jpg
 ふ〜む、並んで立ってるのに遠近法みたいだな〜?)。

 で、石原さんのダンスは、八月十五日という終戦の日にちなんだドラマ性の高いものでした。昨年と同じらしいんですが、昨年は私は神経性腸炎でポンポンが痛くなって宿で唸ってて見損なっていたんですね。神経細いからな〜、元々・・・。武術業界では鉄面皮で有名なんだけどね。

 まあ、今年は、ただ見るだけだから気楽です。

 それはそれとして、ダンス後に見物している人達も交えてダンスについて話し合うということだったんですが、自分で言うのも何ですけど、私の頭の中ではギャグ回路ができあがっていて、物凄く迂闊なことを口走ってしまいそうで、会場で氷の視線を浴びてしまったらマズイと思って、そのままコッソリと帰ることに致しました。

 いや〜、最初は、「『恐怖!奇形人間』の土方巽さんのTシャツ着て行こうかな?」ぐらいのチャレンジ魂(悪フザケとも言う)で行こうかと思っていたんですけどね。世の中、シャレの解る人ばかりじゃないからな〜(そういえば、以前、「もっと、武道家らしくしてください」と元会員から言われましたけどね。私に裏表使い分けろって要求すんの?)。

 それで、実際、ダンスの感想がどうかってことを書きますとですね。

 防空壕の中に潜んでいて、外に出てきて竹ヤリを持って天に吠えるんだけど、辺りは焦土と化していて、灰になった同胞を見て声無き叫びをあげる戦災孤児の少女・・・のように私は感じたんですね。いや、設定としては母親とか老婆だったのかも知れませんが、私には少女っぽく見えました。

 うちの母親の戦争体験談とかもイメージにあるからなんでしょうか? それとも、ロシア軍がグルジアに武力制圧かけてる時期だからなのか・・・(ジャーナリストの車に銃撃している映像を見た時はゾッとしました)。

 もっとも、今回のダンスが演劇的でテーマ性が明確にあっても、やっぱり私の関心は、ダンサーの“動き”に向いてしまうんですよ。

 それも、やっぱり武術的な連想がわいてくるんですよね。

 中国南方に伝わる狗拳(犬拳ってことです)や、行者拳、鴨拳を連想し、竹ヤリを見れば、「竹ヤリは先端を火であぶって水分が抜けると堅くなって強度が上がるんだよな〜」とか、そんな物騒なことばっかり考えてしまう(職業病?)。

 そういえば、栗林でマッタリしている時に、去年教えた少年から、「あっ、合気道の人だ」と言われたんですが・・・、私、合気道は一時間半しか習ったことないんですけどね(確かに合気道的な技をやったからな〜。拳法だと殴り合いはじめちゃうからね)。

 いや、それにしても石原さんは田中泯さん生き写しみたいな感じがしますね。錯覚したもん。泯さんが踊っているように見えてきたんですよね。何度も見てきていますけど、毎回、そのそっくり感度は上がってきていて、今回は本当に血縁の人なのか?と思えるくらいソックリでしたね。

 動きがどうこうと言うだけじゃなくて、意識のブッ飛び具合が凄い。アレを芝居でやれって言われてできる役者がいるんでしょうか?

 泯さんが役者で登場している作品を見ていて、共演している役者さんがビビッてるのが読めるんですよね。演技の論理を超えたところにある表現だから、太刀打ちできないし、役者の演技論の文法では解釈できないから困惑してしまうんでしょう。その困惑ぶりが覗いて見えるところを私はニヤニヤしながら見てしまうんですけどね。

 泯さんは、足の土踏まずのところを痛められていたそうですが、そんなところを痛めるというのは、一体、どんな踊りをやったのかな〜?と、私はついつい稽古内容を想像してしまうんですよね。アキレス腱を切ったとかギックリ腰、膝関節周辺の腱、脊柱起立筋を痛めたとか、そういう故障の仕方なら解るんですけど、土踏まずの腱を痛めるというのは強く石を踏んだとか、そういうことでもないと普通は故障しませんよ。

 私も縮地法の研究やってた頃に土踏まずのところを伸ばして少し痛めたことあるんですが、これは足の踏み方と重心移動を工夫していて、“やっちゃった”って訳で、普通の武術の稽古でここを痛める人は滅多にいないでしょう。使わないんだから(あっ、そうだ。思い出した。沖縄空手の訓練法の中には足指を目一杯使ったり足の甲を着けて歩くカニ歩きの訓練とかやる人いるから、あれだと痛めるかも?)。

 いかに苛烈な訓練を積んでいるか?ということが想像できるだけでしかありませんが、想像するのと実際にそれをやるのではまったく次元が違う。

 泯さんと私が並んだ写真を改めて観てみると、私が単に破壊力が生み出せる身体を求めて内功を蓄積させて膨張したメタボ体型になっているのに対して、泯さんは無駄な肉をそぎ落として丹念に鍛え磨き上げられた名匠の作った日本刀みたいに見えるんですよね。

 名刀は、自己主張しないものです。ただ、端然と佇立するだけで自然と一体化して気配が消える・・・やっぱり、このオジサンは凄いわ・・・。

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ヒストリーchの『時代の響き』に田中泯さんが・・・

 気づいてみると、最近、ケーブルTVでヒストリーchを観ています。

 最初に観るようになったのは、『撃つためのデザイン』でした。

 これは、銃の歴史に関するシリーズで、M−16ライフル、AK−47ライフル、コルト・ガバメント、ルガー・ピストル、ベレッタ、モーゼル、弾薬、先込め銃、ウィンチェスターライフル、珍銃、暗殺に使われた銃・・・等々のドキュメンタリーが興味深くて、“銃から見る歴史物語”という趣が面白いものでした。

 で、他にも『極める〜匠の世界』とか世界の武術物『ヒューマン・ウエポン』なんかも面白いものでした。

 この手のドキュメンタリー番組は、ディスカバリーchやナショナル・ジオグラフィックがありますけれど、意外にヒストリーchには地味目ながら奥の深い作品があります。

 さて、そんなヒストリーchには各界の第一人者を採り上げるドキュメンタリー番組の『時代の響き』があります。

 7月26日の放送では、舞踊家の田中泯さんが採り上げられるそうです。

 スポット紹介コーナーの泯さんの横顔の写真は、何やら仙人のような超然とした雰囲気と、革命家のような理想と野望を両方持つような鋭い視線が感じられて、何か背筋がゾクゾクッとさせられます。

 あらためて思ったのは、還暦過ぎた男がカッコイイというのは中々有り得ない。どんな美男俳優も60過ぎると色気も華も失われていきます。

 でも、田中泯さんは、ひょっとすると若い頃より今のほうがカッコイイんじゃないか?と思うんですね。だって、『たそがれ清兵衛』の時より今のほうがカッコイイですよ。

 こういう年とってカッコイイ人というと、インドの哲人、ジッドゥ・クリシュナムルティの横顔の写真がそうでしたね。何か、人間離れしていましたよ。

 あっ、そうか〜。田中泯さんはインドの聖者っぽいんだ。な〜んか、人間離れした人だな〜と思ってたけど・・・。レインボーマンのダイバ・ダッタみたいな感じだよな〜。

 ところで、この写真、丸Cで「石原志保」となっていたのですが、「石原さんは写真撮る才能も有ったのか?」と、彼女の踊り以外の才能にも驚かされました。

 ここ最近、仕事が重なったり、急遽、用事ができてしまって御無沙汰しているんですが、泯さんは精力的に活躍されているようです。

 日暮里の田中泯さんの場踊りを観に行った、最近、ダンスも習いはじめている会員さんは、あまりの前衛っぷりに唖然となって感想の言葉を思いつかないそうでした。

「考えるなっ! 感じるんだぁ〜っ!」byブルース・リー
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『課外授業ようこそ先輩』で田中泯さんが・・・

 稽古会の時に、「今日の深夜にNHKの『ようこそ先輩』で田中泯さんが出る」と、会員さんが教えてくれたので、ワクワクして見ました。

 この番組は、何年か前に甲野ちゃんが出たんですけど、あのオッサンは真剣持ったまま小学校に入っていっちゃったからな〜。

 私、思わず、「おいっ、そんなモン、持ったまま小学校に入っちゃダメだよ〜。危ないよぉ〜。スタッフ、誰か止めろよ〜」と、TVに向かって思わず言っちゃいましたね。

 でも、泯さんが「こんちわ〜」と教室に入っていき、自己紹介しながら小学生の反応を探っている様子を見ると、無反応でアクビしたりしている子もいて、困惑気味。

 しからば・・・と、ボディワークに入るとちょっと面白がる。子供は常に動いているとかしないとダメだもんね〜。でも、少しやるとすぐ飽きるんだよね。

 で、ここで脱力して倒れたりするワークを見ると私の方が興味深かったですね。

 川での踊りを実演して見せた時の小学生の唖然とした表情は面白かったです。『ウミヒコヤマヒコマイヒコ』の時も、インドネシアの人達が唖然として見ていたけれど、フツーにダンスと思って見ると衝撃受けますよね〜。

「人間じゃないみたい」とか、「別人みたいで驚いた」とか言う反応から、「最初は子供で老人になって、それから目の見えない人になって・・・」とか、小学生の評論は意外と深いところ見てますよ。

 目隠ししての遊び、ゲームは、泯さんが踊りの稽古で指導している内容そのものなんでしょうが、視覚を遮断することで聴覚や触覚などが刺激されていくのは良い訓練になりますよね。

 で、モジモジして言うこと聞かない小学生を叱りつける泯さん。ビクッとしてシャキッとする小学生・・・。

 子供のご機嫌ばっかり取ろうとする人が多い御時世で、しっかり叱るところは偉いと思いますよ。最後はペチペチ小学生軽く叩いていたけど、あの程度のスキンシップでも「体罰だ〜」って、問題視する風潮が有るから、子供が付け上がったりしますからね。

 今回、田中泯さんは「子供の頃はイジメられて独りで遊んでいた」りしたとか、泯と言う漢字の意味とか、脱力、感覚、即興、カッコイイ、カッコワルイといったキイワードがいくつか出てきて、非常に興味深く見れました。

 課外授業を受けた小学生は、「昔、こんな人を見た・・・」と、UMAと遭遇した話みたいにして語るのかも知れませんね。目隠ししての竹林の散策は、何やらジュブナイルの冒険物みたいな感じで心の中に残るかも知れません・・・。


 翌日、堤真一さんがお昼の対談番組に出ていて、オフは泯さんのところに行って酒飲んでるという話をしていたのも面白かったですね。堤さんは『地下鉄に乗って』のわずかなシーンで共演しただけで、もう大親友というか先輩みたいな感じで付き合われているみたいです。

 堤さんはお茶目ですね・・・。


 何だかんだと言いつつ、やっぱりNHKはいい番組作ってますね〜。『ようこそ先輩』、久々に心に響くものが有りました。


追伸;今週の土曜日に池袋の文芸座で土方巽・大野一雄の特集オールナイト上映会があるらしいです。田中泯さんが今尚、憧憬の想いを持ち続けている伝説の前衛舞踏開祖、土方巽の貴重な映像が見られるチャンスですから、これは私も行きたいと思っております(最近、輸入版DVDが出回っている『江戸川乱歩劇場 恐怖・奇形人間』も上映されるよっ!)。
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ストアハウス公演『Boxes箱』感想

 毎月一回、日曜日にセミナーでお借りしている西武池袋線江古田駅前のストアハウスは、ストアハウス・カンパニーという、一口に演劇・コンテンポラリーダンスとも分類できない前衛的な身体表現劇を発表されている劇団が主宰されているフリースペースです。

 以前、初めてセミナーをやる時に当時の事務担当者が見つけてくれて、それ以来、料金的にも交通の便を考えても非常に利便性の良いところなので、もう数年にわたって使わせてもらっています。

 昨年末の自主映画時代から付き合いのある友人の忘年会でも、「えっ、長野さんはストアハウスでセミナーやってるんですか?」と、芝居関係の友人が驚いていました。

 どうしてか?と申しますと、映画や演劇の関係者の間では知る人ぞ知る場所だったからなんですね。

 いつも、お借りしているのは4Fの稽古場なんですが、その上の5Fは劇場になっており、大抵、どこかの劇団の公演で埋まっているんですが、今回は主宰劇団の公演が開催されました。

 実は、昨年、観せていただいた時は、ちょっと衝撃が強過ぎて、芸術表現としては論議が起こるんじゃないかな〜?とも思ったんですね。

 かつての暗黒舞踏系ならアリかも知れませんが、それでも海外公演だと難しいだろうな〜?と要らぬ世話まで考えてしまったんです。

 ですが、今年は縦長の木箱を使って演者が目まぐるしく様々なオブジェを作っては壊し、また作っては壊す・・・という極めて現代思想的なアプローチで、目を見張りました。

 橋・ビル・門・足場・階段・・・へ、次から次に姿形を変えていく木箱の連結による演技は、子供が積み木で遊ぶようなものを、深夜に小人が出てきて遊んでいるか?のような不思議な感覚とも思わせます。

 が、単純に見ていても、一時間半にも及ぶ時間を、ほとんど休憩も無しに歩き、動き、走り、跳び・・・と動き続ける演者の運動量だけでも極めてハードなものであり、特に、卓越したバランス感覚と、動いている最中にぶつかり合わない群体運動の様子には舌を巻きました。

 これは、一体、いかなる訓練を重ねてきたのだろうか?という点だけ考えても、驚異的なのです。

 一見、アドリブで動いているように見えても、緻密な数学的計算が無ければ、これはとてもできないだろう・・・という風に思えるし、身体的にもきついでしょう。

 公演終了直後、後ろの観客が唸るように「スゴイ・・・」と、漏らしていました。

 それにしても、このストーリー無き記号だけで表現していく演劇のアイデアは、どこから発想されたものなんだろうか・・・という、今回は「驚き」の一言だけが全身に染み込んだ公演でした。

 今後も海外公演などされていくそうですが、機会があれば、是非、一度、ご覧になってみてください。

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土方巽生誕80周年を祝う会

・・・にお声かけていただいたので、中野富士見町のプランBに、月例三回目の丹田セミナーの後にうかがってきました。

 丹田セミナーの方は、まず「丹田とは何か?」というところから、仙道の上・中・下の三つの丹田を、ヨーガのチャクラ(アージュニャー、アナーハタ、スワディスターナ)に対応させたりする概念から解説し、武術的な身体運動の観点から“骨格”に対応させた私独自の見解を解説させていただきました。

 で、各種の丹田開発のエクササイズを段階的に指導させてもらいました。が、この丹田に関しては、ほぼ、その場で体感させるのは無理があるので、全十二回のセミナー中でも最も説得力が乏しくならざるを得ず、下手すると詐欺臭くなってしまわないとも限りませぬ。

 それで、養成法と同時に応用法としての“縮地法”と、最新刊『そこが知りたい武術のシクミ』でも解説した<簡易式縮地法>も解説指導しました。

 特に<簡易式縮地法>は、その場で誰でも違いが実感できるし、日常的にも活用できるので、これだけでも非常に価値があるかな〜?と思っています。受講生の評判も良かったみたいです。

 それから、丹田を意識した合気的な技への応用法も指導しました。

 今回も山口県や大阪という遠くからいらしている方がいましたから、武術的なことも覚えていって欲しいと思ったので、ちょこっと実戦向けの技も教えました。これは、最近の公園での稽古会で教えるようになったもので、以前は危な過ぎるから教えていなかったものです。

 防御無しで攻撃だけで一気に攻め崩す技で、金庸先生原作の『笑傲江湖』の独孤九剣からイメージして作った拳法技法で“破拳式”と名付けています。

 ちなみに、これは一式、二式、三式、零式の四つ考案しています。お気づきの方もいらっしゃると思いますが、『るろうに剣心』に登場する元新選組三番隊組長、斎藤一の必殺平突き(平青眼からの片手突き)“牙突”からパクりましたっ!

 やっぱ、私のイメージでは「本来、武術に防御無し! 攻撃を以て攻撃を制する」というのが交叉法の本質であると思っておりまして、この理論に沿って技を工夫している次第でござりまする・・・。

 そんな次第ですから、最近の游心流はフツーに空手道場っぽい練習をやっておりますけれども、今は本気でついてきてくれている会員さんに応えたいから、格闘技に対応できる実戦向けの技を中心に指導しています。

 おっと、セミナーの話が長くなりましたね。今回のお題は別なんですよ。

 セミナーが終わってから一時間ほど参加者と懇親会をやって、それから中野富士見町のプランBに師範代と一緒に向かいました。

 やや時間が遅れて到着したところ、会場前では田中泯さんが待っておられて来場者に御挨拶されていました。

「セミナー帰りなので、こんなもの(刀袋に刀入っていました)持っていますけれど、御無礼をお許しください」と御挨拶して会場に入りました。だって、懇親会にたとえケースに入っていた模擬刀であったといえども日本刀持参で来るというのは普通の人の感覚では眉をひそめるに決まっていますからね。帰宅して出直すと開始時間に間に合わないと思ったので、仕方なく持ってきたんですが・・・。

 私は、土方巽さんにはお会いしたことも無いし、実は踊りそのものも映像でさえ見たことがありません。唯一、『江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間』に出演されている姿を見ただけです。師範代に関しては名前も何も知らなかったくらいで、「僕なんかが行って良かったんでしょうか?」と恐縮していましたが・・・。

 しかし、以前、私の師匠が中国拳法の道場でお借りしていた北区赤羽のバレエ・スタジオ“アルトー館”の主宰者であるパフォーミングアーツ評論の及川広信先生のところで何度も耳にしていたのと、田中泯さんが並々ならない敬意を今も尚、ずっと持ち続けている暗黒舞踏の開祖として、次第に私の意識の中でも大きな存在感を持ちはじめていた方だったので、この機会にいろいろお話を聞きたいと思っていました。

 いや〜、それにしても参加されている半数以上の方が私と同様に生前の土方氏を知らない方々だったのには立場上、ちょっと安心はしましたが、でも、泯さんにとっては寂しいだろうな〜と思うばかりなんですよね。

「私の中では(土方巽は)ずっと生き続けているんですよ」と、泯さんが言う言葉には納得するところがあります。

 ところで、参加者の自己紹介で順番に皆さんが話されていた時、土方さんの思い出が言える人はいいんですけど、私なんて何て言えばいいんだろう? 師範代はもっと困ったでしょうね。

 何か気の利いたことでも言えればいいんでしょうけどね〜。しょうがないから、これは言ったらマズイかもしんないな〜?と思いつつ、「土方巽さんのことは恐怖奇形人間で見て・・・」と話したら爆笑されたのでホッとしましたけど・・・。

 だって、恐怖奇形人間に触れるのは、敬愛している人達の間ではタブーかも知れないもんね。創価学会で池田大作先生を茶化すようなもんかもしれない? だから気まずい雰囲気にならずに、笑ってもらったから良かった〜。シャレの解る人達でないと私は付き合えませぬ・・・。

 ちなみに、この作品、輸入版DVDを入手するしか現在、観る方法がありません。西新宿のビデオマーケットでも入荷してすぐに売り切れてしまったらしく、同店でも記録的セールスだった模様です。別に土方さんが主演じゃないんですけど、ほとんど観た人がいないから誤解されてて「暗黒舞踏の土方巽が主演している怪作」として有名になっている作品なのです。

 宇野邦一氏の土方巽の批評解説を聞いていますと、それまでまったく知らなかった土方さんの姿が大分、明確になってきたように思いましたし、「これは土方巽の本を読まなくちゃならん」という気持ちになりました。

 それにしても、私、不勉強であんまり知らなかったんですけど、舞踏の世界は芸術(シュールレアリスム)、哲学(現代思想)、精神世界(ニューサイエンス)なんかとかなり関連性があったんですね〜。そういえば、及川先生が主宰した講座に何度か参加して一回は講師として武術論も講義させていただいたこともあったんですが、連続講座の全体的イメージは非常に哲学的な内容でしたから、私も無理して哲学っぽい話しましたね。何喋ったか全然覚えてないけど。

 まあ、当時は「そんな小難しいこと言わんでも・・・」って思ってたんですがね。

 アントナン・アルトー、ジル・ドゥルーズ、フェリックス・ガタリ、ニーチェ、ライアル・ワトソン・・・とか、私が学生時代(1980年代)に流行ったポスト・モダニズムの現代思想ブームの時に耳にした著名な思想家の名前が次々に出てきたのは、久しぶりに刺激的な印象がありましたよ。

 私、二度目の大学では東洋(宗教)哲学を専攻したんで、そういう本は昔は結構、好きで読んでいたんですけど、丁度、甲野善紀氏のところから離れたくらいの時に思想系の本は読まなくなったんですよね。甲野氏も哲学チックだったけど、思想的には底の浅い人でしたからね。上野千鶴子(マルクス主義フェミニズム)にコテンコテンに論破されてたし。技や性格が反映するのかもしれない。

 だから、なんか頭でっかちで理屈となえてても、現実が伴わない人に対する嫌悪感がひどくなったから思想から離れたんですけどね・・・。

・・・っちゅうか、甲野ちゃん見てたらそう思うよね? 大達人みたいに世間的に知られるようになって、新聞やTVでも“古武術家”って紹介されてるけど、ケンカ慣れした素人にも殴り倒されるような実力だという真相を知ってる私のような武術業界の内部にいる人達にとっては悲し過ぎますよ。

 内田樹さんも合気道六段で見抜けないんじゃダメだよね〜。やっぱり殴り合い経験してない人の武道って観念論に陥るから上っ面しか見えないんだろうね。理屈こねる余裕があるなら観の目を磨くべき。真贋が観抜けない人は教えた師匠に恥をかかせるんだから反省すべきですよ。六段だろうが七段だろうが観る目の有無は関係ない。松岡正剛さんは一目で甲野ちゃんがダメなの観抜いたらしいですよ。内田さんは甘いね。・・・とか言いつつ、私も昔は騙されたもんな〜・・・あ〜、墓穴掘ってもうたぁ〜。

 なんちゅうんですか? 「アンタら、理論武装してダメな自分をごまかしてんじゃないんですか? 弱い自分を意味付けして他人に誇りたいだけのナルチシズムなんじゃないですか? 本気で現実に対峙して相討ちして果てる覚悟の無い人間が“革命だ”って唱和してんのは自己憐憫が透けて見えてみっともないですよ。本気で勝つ気なら、勝てる力と戦術を磨いていかなきゃダメでしょ? 本気で戦うつもりがない弱いままのヤツがより集まっても現実は何も変わらないでしょう? 甘ったれが百人千人いるより、本気でハラ括って戦える人間が一人いた方が世の中変えられますよ。要するに、アンタ、口先だけなんだよ。自分の無力さを自覚していながら負け犬になることを認められないエエ格好しいだから、吠えてるフリしたいんでしょ? そんなヤツは何もできんよ」って、社会運動やってる人に向かって追い詰めて自己崩壊させちゃったことも何度かありますよ。

 何かね〜、みっともないんだよね〜。酒飲んで革命だ革命だって唱えている全共闘運動家の成れの果てみたいなオッサンとか、それに憧れてたけど何もできなかったオバサンとかが中途半端な市民運動を道楽でやりながら体制批判してるのって負け犬っぷりが透けて見えて嫌なんだよね。

 世代的にも私には共感がわかない。昔、火炎瓶投げてたオヤジのタワ言聞いていると喧嘩自慢してる元ヤンキーのサラリーマンパパとどこが違うの?って思うだけ。現在進行形で戦えないヤツは信用ならない。戦わない理由をつけて現実逃避するヤツは視界にも入らない。自分は戦う気なんか全然ないのに、過激なこと言って人様を扇動しようとする小林よしのりなんか大っ嫌い!(“よしのり”って名前も嫌だ) 国家の品格だとか何だとかうまい理屈つけて国民に人殺しを奨励する戦争論なんぞふざけんなっ! ホラ吹きの武道家と対談してサムライがどうしたこうしたとかタワ言をほざくなっ!・・・っちゅうか、単なる誇大妄想狂の嘘つきオヤジを武術の達人だの現代のサムライだのと持ち上げてみせるメディアに巣くってる目ン玉腐った連中は全員、切腹しろ!

 要するに、誰もがみんな、本当は心の底で権力が欲しいんだよ。民衆に崇め奉られてみたいんだよ。そ〜だろ? 「俺は本当は権力が欲しい〜」って叫んでみろよ。スッキリすっぺ? いいんだよ。それが人間の本能に根差してんだから否定する必要なんかね〜んだよ。
 だけど、嘘つくな。ムッツリスケベみたいにカッコつけんな。卑しい自分を隠すな。自分の分際をきちんと認識しなきゃ〜本当の学びと変容は得られないんだよ。欲望と理性の間で葛藤しない人間は率先して死んでくれ。頼む!

(あ〜、酒飲み過ぎてるな〜、オレも・・・)

 武術だって、似てますよ。直接的に力を求めるからこそ、都合が悪くなったら暴力で相手を威嚇しようとしてしまう。ヤクザと大して変わりゃしない。いや、人格者のフリしてるだけタチが悪い・・・。

 一皮剥いたら私も一緒だけどね。いざとなったら暴力に頼ろうと思って稽古してるアブナイ変態ですよ。日本刀見つめながら「これで人間の首が斬れるかな〜?」なんて発狂したことを当たり前に夢想しちゃうガイキチ連中の、私も立派なお仲間です! ゴメン!

 でもね、口先だけのヤツよりは、ちょびっとはマシだと思ってますよ。自分に嘘はついてないと思いますよ。人間は誰だって、生きていくのに何か武器を必要とするんですよ。多分。いや、きっと! でないと生きられない。これはもう好みの問題ですよね。生きるための武器に何を選ぶか?という問題だと思いますよね。思想を取るか、剣や銃を取るか、芸術を取るか・・・。

 それに、武器ってのはその背後に“権力”を持ってる訳。より威力のある“権力”を持ってる人に対して民衆はヘーコラしちゃうんですよね。で、ヘーコラされちゃうと人間って卑しい権力への欲望がムクムクッとわいてきちゃうイヤラシイ性(サガ)なのさっ。

 だから、反権力を唱えている人も「所詮、俺だって権力への欲求が裏返っただけなんじゃないのかな〜?」・・・ってなことを認めてしまうと、とっても楽に生きられまっせ?

 答えが出てる人間なんて、多分、どこにも存在しない。悟り澄ました大僧正にある武術家がいきなり真剣振りかざして斬りつけていったら、絶叫して逃げた・・・という話を聞いたことありますけど、まあ、そんなもんでしょ? 人間だもん。痛いの嫌だし死ぬのは嫌でしょ? 人間なんだからさっ・・・。

 私が武術やり続けてきたのは、やっぱりコンプレックスが根強かったからなんだと思うんですよね。“普通の人”として“普通に生きていく”という覚悟が私には無いんですよね。弱い自分を認めたくなくて、普通に仕事して普通に結婚して普通に人生送っていく勇気が無くて、ズルズルズルズルとオタク道を這いずって生きてきて、“異人”への憧れが強過ぎて、自ら異人になろうとしてきたのかも知れない。そのための武器として武術をやらずにおれなかった・・・というのが真相かもしれない。

 異人と言うと解りづらいでしょうから、ヒーローという言葉に置き換えてもらうと分かりやすいかもしれませんね。まあ、“超人願望”に近いかもしれません。

 う〜む・・・何か、いろんなこと考えちゃったな〜? 最近、さっぱり、もの考えてなかったからな〜(頭イテェ〜。二日酔いか?)。不思議なパーティーですね。

 鹿肉のシチューとか烏骨鶏のスープとかお酒もメチャ美味かったし、本当に参加できて良かったです。本を贈りそこなっていた『ウミヒコヤマヒコマイヒコ−田中泯ダンスロード・イン・インドネシア−』の油谷監督にも本を渡せたし、プランBがいかに由緒ある芸術活動家の拠点であるか?ということの一端も知れました(知らんかったよ・・・)。

 仕事が残っていたのと、やたらからむオジサンがいた(経験上、こういう人に何故か好かれて「おいっ、俺と勝負しようぜっ」と挑んでこられる確率90パーセント越え)ので3時間程で先に帰らせていただきましたが、非常に密度の濃い一日でした。

 でも・・・土方さんも、こんなに愛されて幸せな人だよな〜。愛がある人だから愛されるんでしょう。私が死んだ後も、こんな風に懐かしんでくれる人がいてくれると嬉しいから、もう、あんまり敵つくらないようにしなくっちゃ・・・と反省しきり・・・。


PS;3月29日と30日に、東京芸術大学上野校美術学部構内で「−マルチチュード饗宴− ネグリさんとデングリ対話」というシンポジウム、イベントがあり、その中で田中泯さんの場踊りと座談会などがあります。詳細はwww.negritokyo.orgをご覧ください。

PS2;当日、新しくクエストさんから出たばかり(発売は3月19日です)のDVD『長野峻也 游心流 武術秘伝の活用』を石原志保さんに差し上げたら本出したばっかりですぐだから、驚いたような呆れたような反応でした。じゃんじゃん仕事して印税稼がないと十文字鎌槍と小宮四郎国安の二尺五寸の刀、分割で買っちゃったから・・・。でも、DVDのジャケ写真がね〜。蟷螂拳の構えって、何か“化け猫ニャ〜”みたいな構えでヘン過ぎるよな〜。形意拳の三体式か八極拳の頂心肘の構えにしてくれればよかったのに。でももう、私はイロモノで売るしかしゃ〜ねえなぁ〜(とDVDの感想、どしどし送ってくださいませ。可能な限り、お応えしますです)。

(以上、一言、いいわけをしておきます。「私、酔っぱらって書いております・・・」)

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『田中泯/地を這う前衛』岡田正人写真展 感想

 日曜日の稽古が終わってから、会員さんと新宿に行きました。

 何をしに行ったか?と申しますと、田中泯さんの写真展が開催されていたので見に行った訳です。

 30年に渡って舞踊家、田中泯を追いかけ続けた写真家の岡田正人氏は、一昨年だったか亡くなられています。

 けれども、関係者の尽力で写真集も出版され、その作品は海外でも反響を呼び、今回の写真展も新宿のコニカミノルタプラザで開催されました。

 一週間前には泯さんの踊りとトークライブもあったそうですが、人数制限があるのと仕事時間と重なりそうだったので遠慮させていただいていました。

 が、受付で聞いたところでは、私のように考えて遠慮した人が多かったらしく、結構、余裕があったのだとか・・・難しいもんですね。

 さて、コニカミノルタプラザというのは、私は初めて足を運びましたけれども、ギャラリーが三つあるというのを知らずに、エレベーターから降りてすぐのギャラリーに入ったところ、どの写真にも泯さんが写っておらず、「アレ?」と思ったら、違うギャラリーでした。

 でも、間違ったからと言って、即退場しては失礼だと思って、そのまま拝見させてもらいました。カンボジアの人達を写した写真展で、先の泯さんのドキュメンタリー映画『ウミヒコヤマヒコマイヒコ−田中泯ダンスロード・イン・インドネシア−』を思い出しましたね。

 で、改めて岡田正人写真展のギャラリーに入ります。

 一昨年、確か小川町のギャラリーで拝見していたんですが、今回は違う写真が多く掲げられていて、新鮮な印象がありました。

 夢の島でゴミに埋もれて蝿がたかっている写真もあれば、海辺の岩の上で産み落とされたばかりの胎児のようになっている写真もある。

 森の中で土から這い出てきたゾンビか山童のような写真もある。

 暗黒舞踏の開祖、土方巽との舞台の写真では、まるでカリガリ博士と眠り男チェザーレか、フランケンシュタイン博士とモンスターか・・・といった趣があります。

 見る人に説明のつかない不安と恐怖を感じさせる異形の象形の中に、微かな甘美と安寧を交えて人の理性、合理性を侵食し破壊し尽くす<魔>を観じつつも、その本質に優しい慈愛の眼差しが隠されている・・・そんな不思議な土方氏の瞳の先に、デク人形のごとく放心した田中泯の“抜け殻”が佇立している・・・そんな舞台の磁場さえ写真に封じ込められている。

 芸術を語るには、私はあまりに無粋に過ぎる。ただ、観て感じるのみ・・・。


 写真展を後にして、レア物ビデオ、輸入物DVDのショップを覗く。と、先日まで何本も残っていた土方巽が出演したカルト怪作と誉れも高き石井輝男監督の『江戸川乱歩全集−恐怖!奇形人間』の海外版DVDが売り切れ状態・・・。

 お目当てのDVDが売り切れでは「さっさと帰ろうかな?」と思いつつも、せっかくだから店内を見回すと、若山富三郎先生版子連れ狼の第一作と二作のアクション・シーンを中心に強引に合体編集したという悪名高きハリウッドのB級映画帝王ロジャー・コーマンの『ショーグン・アサシン』のジャケ画のイラストがデデ〜ンとプリントされたお馬鹿Tシャツが目に入った。

 他にもルチオ・フルチの大傑作?ホラー『サンゲリア』の腐乱ゾンビとか、“着て歩いたら十戒の海が割れるシーンみたいに人が避けること確実”な悪趣味Tシャツばかり。

 でも、若山先生を心の師匠と敬愛する私は、「これは買わねばならん!」と、即買いしたぜよ・・・。今度のセミナーは、コレを着てやりますっ!

 お次ぎは、そのまま足を延ばして、Gunショップへ・・・。

 ここは射的場もあるのだとか? 前から欲しかったスイスの名銃“SIG P210−6”のガスガンを購入。何とコレは本物用のGunケースに納められているのです。

 早速、射的場で買ったばかりのSIGを試射・・・10m先のスチールプレートに8mmBB弾がスカーンッ!と命中。ヨッシャーッ! 続けて撃つ・・・と、BB弾がヘニョンッと右斜め上にスライス・・・次もスライス・・・ありゃ〜?

 8連発を三回撃ったけれど、3〜4回しか狙ったところに当たらなかった。弾道を確認してみたけれど、明らかに弾道が安定していない。

 原因として考えられるのは、「1,ガス圧が一定して射出されていない。2,ブローバックして戻ったスライドのリコイル・スプリングが強過ぎてBB弾がチャンバーの定位置に送られず、弾道が安定しない。3,銃身が短過ぎて遠射に向かない。4,新品なのでパーツの噛み合わせが馴染んでいない。5,BB弾が重過ぎる(or軽過ぎる)。6,新開発LD−2システムが未調整」の6点が考えられます。

 エアガン、ガスガンを撃つのは久しぶりだし、10m先の標的を狙うのも随分と久しぶりなんですが、思った通りに当たらないと、マニア魂が燃えてきますね。

 それに、SIG P210−6という銃は、精密機械加工で世界に冠たるスイスの銃で、命中精度の高さが有名な機能美を極めた拳銃です。

 この程度の性能では納得がいきません。10m先の直径10cm程度のスチールプレート程度は全弾軽く命中してくれないと困る。そうでないと手裏剣の名手には勝てない。8発中1〜2発は現に当たるんだから、調整すれば全弾当たる筈ですからね。

 実は、游心流の稽古にエアガン、ガスガンの射撃訓練も採り入れていくつもりでいまして、ゆくゆくは年一回はグァム島とか旅行して一通りの実銃は使いこなせるようにしたいと思っています。

 実際、ガスガンの射撃大会で優勝している人がアメリカの実銃射撃競技の世界でも活躍するようになったりしているし、アメリカの特殊部隊が訓練で日本の電動エアガンを使ったりしているんですよ。

 だから、体術と武器術を一体化した現代の武術を突き詰める時に銃を無視する訳にはいかない。海外のマーシャルアーティストはほとんどそこまで考えているでしょう?

 日本の武道家だけですよ。形式主義の中で平和ボケしたまま実戦?を語ってるのは・・・。今こそ、「武芸百般何でもゴザレ!というが真の武術でR!」と、私は声を大にして言いたいですな〜。

PS;クエストから発売予定の游心流新作DVDのニューリリースが出ていました。でも〜・・・ジャケ画の写真に使ってるのが蟷螂手で構えている写真なんスけどぉ〜、『魔界転生』のクライマックスで江戸城の中で魔界衆の正体を現して大殺戮を始める若山先生が「お化けっぽい仕草を考えた」とポーズを決めた柳生但馬守みたいなんスよ・・・三体式(形意拳)とか頂心肘(八極拳)とかのポーズの方が良かったと思うんですけどね・・・ウ〜ン。

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