コンテントヘッダー

游心流東京支部 稽古会概要  

游心流東京支部 稽古会概要 

東京支部閉会のお知らせ

・12月の稽古予定
2011/12/27(火)はお休みとなります。

・1月の稽古予定
2012/01/03(火)、01/10(火)はお休みとなります。
2011/01/17(火)19:45~21:30頃 若松地域センター第2集会室A(都営大江戸線・若松河田駅の河田口から徒歩2分です。地図はこちら
2011/01/24(火)19:45~21:30頃 若松地域センター第2集会室A
2011/01/31(火)19:45~21:30頃 若松地域センター第2集会室A
・2月の稽古予定
2012/02/07(火)はお休みとなります。 19:45~21:30頃 若松地域センター第2集会室B
2012/02/14(火)19:45~21:30頃 若松地域センター第2集会室A(最後の稽古日です)
2012/02/21(火)、28(火)はお休みとなります。



※今後は地下ホールを使って居合の稽古を行う予定です。可能な限り、鞘付きの木刀を購入しておいて下さい。
※稽古の際には道着の着用を(出来る範囲で)お願い致します!美夜古企画さん侍(サムライ)/袴スタイルセットをご注文ください。購入されるときは、セットの上着、袴の両方『紺』でお願いします。(ご注文の際は、『游心流の稽古で使う道着』『長野峻也の紹介』のコメントを入れて下さい。)

日時:毎週火曜日、19:45~21:30頃(会場は5分前から入場できます)
会場:都内近郊の公共施設
内容:基礎錬体、対練、推手など

※游心流会員であることが参加必須条件です。入会希望の方はその旨も記載してください。
游心流会員以外(※シダックスの受講生は游心流会員ではありません)の参加希望の方は、游心流事務宛メール(yusin_mail_from2006アットマークyahoo.co.jp)にて、下記の形式で申し込みください。(稽古日より前もって申し込みください)

  ①氏名(+ふりがな)
  ②年齢(何歳代でOKです)
  ③住所 (郵便番号から)
  ④電話番号
  ⑤Eメール
  ⑥ご職業
  ⑦武術・武道・格闘技・スポーツ歴(会員の方は会員暦も追加 安全上必要なので詳細に。)
  ⑧用件  『東京支部稽古参加』 + 稽古日の日付 をご記入ください
  ⑨何か一言
  ⑩今までにかかった、又は現在かかっている病気・怪我歴(安全上必要なので詳細に。)

未記入項目がある場合、返信致しません。


会員以外は参加(見学も)出来ません。入会して参加したい場合、上記①から⑩までと、入会希望の旨をご記入頂きメールしてください。代表との面談を経て(面談前にお断りする場合もございます!)OKが出ましたら入会となり、その後に参加資格を得られます。
スポンサーサイト
このページのトップへ
コンテントヘッダー

東京支部最後の夜

 矢嶋さんから師範代と支部長返上の申し出を受けて、支部稽古の最後の日、私も遅れて会場へ行きました。

 常連会員さんの御家族が先日、亡くなられていたので、遅ればせながら御自宅へお参りにうかがって、それから駆けつけたものですから、私の着慣れぬ礼服に黒ネクタイ姿を見て、矢嶋さんも稽古会の皆さんも、ちょっとビックリした顔をしていました。

 実はこの礼服もネクタイも親父の形見を貰ってきたもので、中年過ぎてから体型がほぼ同じくらいになっていたんで、私が貰ったんですね。今度は七回忌の法要に実家に帰る時にも着る予定ですけど、やっぱり礼服はお目出度い時に着たいですよね?

 奇しくも、東京支部の最後を看取るみたいでもありましたが、大阪に行っていた筈の会員さんも参加されていて、ちょっと驚きました。

 聞けば、荷物がこちらに残っていて完全移転とまではいっていないそうです。

「私が引っ越すから支部が無くなるのでは・・・」と、責任を感じられていたみたいなんですが、矢嶋さんは「あくまでも自分の実力が足りないからです」と話していて、潔いな~と思いました。

 でもね~。正直言うと、他の常連会員の皆も、「なんで相談してくれないんだよ~。矢嶋さんは水臭いよっ」と、ちょこっと怒ってましたよ。

 彼は責任感が強すぎて、自分だけで抱え込むようなところがあるから、そこはもうちょっと心をオープンにして周囲に相談するとかすればいいのにな~?・・・とは思いました。

 でもまあ、二年近く、よくぞ頑張って続けてくれましたよ。

「公務員だからバイトはできません」と言って、会費も全額、私に渡していたんですよ。

 そういう律義な人間なんですよ。矢嶋さんは・・・。

 本当にうちの会で長く続いている人は、邪念が無いです。邪念があると、ちょっと上達したら自信満々になって自惚れてしまう・・・。

 で、「君は破門です!」って言うしかなくなったりする。

 いやもう・・・本当に、要らんことやるヒマあるなら練習しなさいよ!って言いたくなりますよ。

 武術は中途半端にやるのが一番、危険! やるなら、人並み以上のレベルになるまで集中してやらないと邪念に捕らわれて道を踏み外してしまいます。

 そうなってしまった人を随分と見てきましたし、私が教えた者の中にも数人はいましたよ。

 武術修行は、人間の限界を見つめて突破する方法を追究することですが、それはつまり限界と常に対面し続けているってことです。

 いくら実力がついても不死身になれる訳じゃなし、人間の強さは、弱さと表裏一体なんだと気づいてこそ、一線を超えた境地に到る・・・。

 弱さを知ることが強さに繋がるんですね。

 私は二十歳前後の頃に初めてパニック障害の発作を起こして、それから頻繁に発作が起きるようになってしまったんですが、当時は何の病気か全然わからなくて、「俺はもう30過ぎまでは生きていられないんじゃないか?」と恐ろしかったですね~。

 でも、「どうせ、いつ死ぬか判らない」と思う中で一種の開き直りの境地になって、だからこそ自分の好きな道を選べたという面もあるかもしれません。

 去年の東日本大震災を体験した多くの日本人が、あの時の私と同じことを思ったんじゃないでしょうか?

 生きてることは死ぬことが前提なんだ・・・という、普段、意識しない現実。

 実際、人間が死ぬのは実に簡単です。数分、水に沈めていれば死ぬし、脳天から二階からアスファルトの上に落下したら死ぬでしょう・・・。

 私は武術の研究しているから、人間をどうやったら簡単に一瞬で殺せるか?ということは物凄~く研究しています。

“人を殺せる力”を特別なものだと考える人もいるでしょうが、別に難しくはありませんよ。

 例えば、酔っ払って喧嘩していたら相手が逃げ、追いかけて別人にからみ、ネクタイを掴んで思い切り引っ張ったら窒息死してしまった・・・なんて事件もありました。

 殺された人もえらい災難ですが、殺した方も、まさか、そんなに簡単に人が死ぬとは思っていなかったでしょうね。

 生き死には人知の及ばない運命的なものも確実にあります!

 だから、生きている者は、ちゃんと生きて、いつ訪れるか判らない死を有り難く迎えられるようにすべきだと思います。

 私が武術を護身術と認識しているのも、誰もがちゃんと生きられるための術であるべきだと考えているからです。

 死ぬ時に、「あ~、こんな人生の終わり方は嫌だ」という気持ちにならないように生きるには、自分の希望を外部から抑圧されても跳ね返せる力が必要でしょう。

 そういう“精神の強さ”を獲得するために武術が役立つものであって欲しい。

 それは、死んでしまった人の思いを生きている者が引き継いで次代に繋いでいく作業にも結び付いていく“伝統”というものの価値にも通じると思いますね。

 私も50に近づいて、後、何年、生きていられるかな~?と、最近はよく思ったりします。もう、無駄なことや回り道をしている余裕は無くなったと思っています。

 日本刀で言えば、下地研ぎが終わって、仕上げ研ぎの段階に入ったように思います。

 これから入念に磨き上げて、地鉄の鉄肌を浮き上がらせ、刃文を白くする職人芸的な段階になったと思います。

 私が日本刀に惹かれるのは、人間は高々、80~90歳くらいしか生きられませんが、名刀は数百年、千年も時代を超えて残ります。

 人間も、死んだ後も名前と業績が世紀を超えて残っていくような生き方をすべきだと思うのです。

 それはつまり、私の場合は、優れた人材の素質と才能を引き出して次代を担う“超達人”を育てあげるということが一つ。

 もう一つは、武術文化が世の中に役立つような形にして提供すること。

 単なるスポーツや趣味の枠組みに矮小化することのないように、心身機能開発システムとしての武術の可能性も引き出していかなくてはいけないな~と思っています。

 また、武術の世界だけで知られていた達人の名前と実績を伝えていくのも私の使命でしょうね。それは教えを受けた諸先生方への最大の恩返しになると思っています。

 今回、東京支部は閉会しましたが、人間は育っています。本部と別に、橋本と横浜の同好会は続いています。東京も近いうちに新たな器で再出発したいと思っておりますので、その時は宜しくお願いします!

 最後に、矢嶋さん! 二年間、私の代わりに指導をしてくれて、本当に有り難う!

このページのトップへ
コンテントヘッダー

東京支部閉会のお知らせ

 矢嶋師範代から、「自分の実力では師範代や支部長は勤まらないので、お返ししたい」との申し出がありました。

「君が東京支部を閉鎖したら、またネット掲示板でムチャクチャ悪口が書かれるだろうけど、それでいいの?」と聞きましたら、「それは覚悟しています」とのことだったので、了承しました。

 彼自身が仕事の関係で多忙であったのと、メインの会員さんが関西に引っ越して来れなくなってしまうのも大きな理由でしたが、率直にいって、今の彼の実力で支部を率いるのは無理があるな~?と私も思っていたので、このまま頑張らせてもキツクなる一方だろうと思って了解した訳です。

 一般会員としては充分でも、やはり、人を指導するとなると、相応の実力と、指導力が必要になります。

 例えば、悪意のある人間が教わるフリをしてガチンコを仕掛けてきてもいなしてしまえるだけの実力は必要ですし、頑張れば誰でもできるというものではありません。

「今時、長野さんみたいに道場破り対策を考えるのは考え過ぎだよ」と言う人もいましたが、バカ言っちゃいけません。そんな甘い考えで武術を指導できる程、世の中は甘くありませんよ。仲良しクラブじゃあるまいし・・・。

 世の中、話し合いと法律でカタがつくと思っている人が多いですが、人間は感情が優先します。憎悪や嫉妬、逆恨みが理性を上回っての刃傷沙汰は、いつでも起こり得ることですよ。

 それに、どこの団体の師範でも一度や二度は道場破りめいた人間に出くわしているものです。

 そういうのに会ったこともないと自慢する人もいますが、それは、その人が武道の師範として評価されていないから相手にされないだけですよ。

 私は武術家という自覚はありませんが、やっぱり人を指導している以上は口先だけとは言われたくありませんから、「道場破りは五体満足で帰すな!」みたいな昭和の空手道場スタイルの考え方です。

「そういう考え方が敵を増やすのだ」なんて言われてもね~? 自分は無抵抗主義を貫けても、暴力にさらされてる人を目の前にして放っておくような人間にはなりたくありませんからね。

 武術を学んで人に指導する以上は、人並み以上の実力はないと困りますが、それ以上に、指導力というのは、単に実力があるだけではダメで、実際に、ずば抜けた実力のある先生が、教える側になると通り一遍の形式しか教えられない・・・という状況は武道界で数多く見聞するところです。

 むしろ、実力はさほどでもないのに、人を指導させたら天才的に上手い!という人間もいる訳です。

 武道の実力は、流した汗の量に比例する・・・と一般に堅く信じられてきましたが、私は最近、そうじゃないんじゃないか?と思えてきています。

 それは、“いくら練習しても、できるようにならない技”というのが確実にあるからですし、発勁や合気などはその典型例で、原理を理解しなければ、いくら練習しても自然にできるようにはならない・・・という確率が高いでしょう。

 私の場合、発勁や合気などは、ほとんど誰にも習っていません。ほぼ、独学で本に書かれているやり方をじぶんなりにイメージして練習した結果、基本的なやり方を自得しました。

 松田先生や青木先生や初見先生の本が私の最初の師匠だったと言うこともできます。

 当然、その後、いろんな方(十数人はいます)から無数の秘訣を教わってはいますが、基本原理は独力で探り出しています。

「物真似と本物の技は違う」と非難する人もいますが、要は効果的かどうかが技の本質でしょう? 私は、効くかどうか?しか考えていませんよ。どんな名人に本物?の技を習おうが、その人が真に体得して駆使することができなければ意味がありません。

「長野の技は偽物だ!」と言いたい人には、「はいはい、偽物ですけど、それが何か? 実際に相手に効けばいいでしょ?」と言うだけです。

 くだらん権威をひけらかすヤツは自分に自信がないんですね~? 文句つけるだけなら小学生にもできますよ。


 うちの場合、原理を先に理解して練習すれば驚くほど短時間で体得できるように稽古法を体系化していますが、逆説すれば原理を理解しないままでは、いくら練習しても上達できないという欠点があります。

 矢嶋さんの場合、師範代に任命するまでは順調に上達していたのですが、師範代に任命し、支部長として活動しはじめてからは、少し上達しては元に戻ってしまう・・・ということを繰り返しており、後から入った後輩に追い抜かれてしまっていました。

 本人もショックだったでしょうが、原因としては単純で、要するに彼自身が原理をきちんと理解していなかったから上達できなかった・・・ということです。

 一番の問題点は、観の眼が育たなかったことです。

 こればっかりは感覚的なことなので、個人差が大きく、養成するのに差ができてしまうのは仕方がないとも言えます。

 観察するポイントは教えられても、それを処理して構造的な観察眼を育てられるかどうかは本人の能力の問題なのです。

 彼はいくつかの武道や格闘技を経験してきていましたが、むしろ、それらのトレーニング・システムがうちのやり方と相殺し合ってしまっていました。

 どうしても形や手順を暗記する方式でしか体得していけなかったのです。

 一般の会員なら、それでもしようがなかったのですが、それではうちの指導員としては足りません。

 例えば、横浜同好会の代表のKさんは、形はテキトーで、手順もアバウトです。普通だったら、指導者としてどうか?と思われてしまうかもしれませんが、うちの場合はそれでも問題ないのです。

 どうしてか?というと、Kさんは基本原理を応用してアドリブで動けるようになっているからです。

 うちの場合、このアドリブ感覚を体得できているかどうか?という点が、ひとつの目安になっています。「こう来たら、こう返す・・・」というパターンをいくつも覚えても使いものにならない・・・という考えなので、矢嶋さんのやり方では、すぐに技のストックが尽きて教えることが無くなってしまうのが自明だったのです。

 私が彼に厳しい注文をつけていたのも、彼自身が自分の技のアドリブ感覚を体得しないまま、いつまでも基本の手順を暗記したままでやっていたからですが、暗記してやれるレベルは基礎的なものに限られます。

 自分で応用技を自在に編み出せるくらいでないと指導するのは無理です。

 しかし、それはもう能力の問題だから仕方がない・・・ということも判ってきていたので、彼から申し出るまでもなく、しばらく休会したらどうか?と話すつもりでいたのも偽らざるところでした。酷なようですが、事実は事実として、しっかり認めなければ先に進めません。

 普通の武道、格闘技は決められたカリキュラムを一所懸命に練習していれば上達する・・・という面はありますが、それは「頭で考えなくても身体を動かしていれば身体が覚えてくれる」という理論がある・・・と信じられているからです。

「流した汗は嘘をつかない」という考えですね?

 でも、うちの場合は、「無駄な汗は上達の大敵。動く前に感じろ!」というものです。

 従来のトレーニング理論通りにやっていては全然、向上できないのです。

 何故か?

 武術というものは、筋力トレーニングがメインではなく、脳神経系の訓練によって身体能力を引き出していくものだからです。運動機能はその結果、発達していくに過ぎません。

 特に、青木宏之先生から、「長野さんは身体の技はもう十分やっているから、これからは心法をやりなさい」と三年くらい前に言われて、練習の内容を心法の修練にシフトしていってから、矢嶋さん以外の会員は飛躍的に向上するようになったのですが、矢嶋さんにとっては、皆目、どうやって練習していけばいいのか解らなくなってしまっている様子でした。多分、今でも同じでしょう。

 イメージを使った身体内部の訓練、相手の外見から内部の微動を探り出す・・・という心法の訓練は、彼にとってはまったく未知との遭遇になってしまっている様子でした。

 私が剣、居合の修練に熱中するようになったのも、実は心法の訓練には剣、居合の訓練をした方が遥かに効率的だと考えたからでした。

 素手なら気づかなくても剣だとミリ単位のズレ、0コンマ何秒の遅れが命取りになってしまうからです。

 正中線、読み、目付け、察気、間合、角度、拍子・・・といった武術に於ける重要な要素は、ほとんどが剣術、居合術の修練で体得向上させていくことができます。

 そして、それが解ることによって体術の攻防がより精密な身体感覚の読み合いへとシフトしていくのです。

 私が居合の練習しかやらないのも、その少ない練習の内容に濃密な修練の課題を圧縮しているからこそなのです。

 試し斬りも、確実に刃筋を通す・・・ということを確認するための実験という意味合いが大きく、どれだけの斬撃力を得るか?ということは重視していません。マキワラを斬るのも、その重心線を観極めて斜めに両断していく時の、力が集中していく感覚を養成するためであり、それが上手くできれば結果としてマキワラが斬れている・・・という訳なんですね。

 それに、本物の日本刀という物を持って斬るという行為は、精神に緊張を強います。

 下手なやり方をすれば自分が大怪我しかねないからです。ふざけた態度は厳禁です。

 必然的に節度が養成されます。

 うちの会員さん達に初めてマキワラ斬りを体験させると、たいていは間合が遠くなって斬れません。鍔元で斬るくらいの気持ちで間合を詰めないと届かないのです。

 動かないマキワラを斬るのさえ初めてやると難しいのですから、これが真剣を持って攻撃してくる相手が目前にいたら?と仮定すれば、どうでしょうか? 怖くて動けなくなるのが現実だと思います。

 私が真剣を使って無刀捕りを試みたのも、そのような精神的状況で落ち着いてやれるか?という確認のためでしたが、これは斬ってくる北島師範の方が精神的にきつかったんですね。

 最初はノロノロと振ってきたので、「それじゃ、ダメだ! もっと、ビュッと振れ!」と叱ってやらせましたが、怖くて当然なんですよ。

 私が失敗すれば、彼は傷害致死の犯罪者になってしまう訳ですから・・・。

 武術の修行は、やはり生死の境目に直面しないと本物とは言えないと私は思っていますが、かと言って、自分は覚悟できても他人にそれを強いることはできません。

 青木先生が率いた武術のプロジェクト・チーム、楽天会に参加する人達は、修行中の死も覚悟して誓約書を書いていたそうですが、人間が本当に道を求める場合は、命を捧げる覚悟が必要だろうと思います。

 でも、私はそれを会員に要求しようとは思いません。自分から求めてやるのでなければ意味がないからです・・・。

 私は、矢嶋さんが、今回、支部長と師範代を返上したいと言ってきた時に、「自分の実力が足りないので・・・」と言ったことを評価しています。

「仕事が忙しいので」とか「受講生がいないので」とも言えたのに、彼は明確に自分の実力が足りないからであるという理由を私に告げました。

 だから、了承した・・・というのが本心です。

 彼は、約二年間、東京支部長として充分に頑張って会の活動に貢献してくれました。

 私は、別にそういうことを彼に期待してやらせたんじゃないんですが、彼は私の期待に応えようと考えてくれました。その気持ちは嬉しく感じています。

 後輩を一所懸命、上達させようと頑張ってくれていたのも(私がそれを期待していた訳ではなかったのですが)、感謝しています。

 何より、その気持ちが嬉しいじゃないですか?

 私が、もう会は辞めてしまおうか?と考えていた時に残って支えてくれた三人の中の一人ですから、彼が脱落することなく、初心からやり直そうと考えてくれたのも有り難いですね。師弟関係は別として、やっぱり、私の活動を支えてくれた大恩人なんですよ。

 恩を忘れて一方的に文句ばっかり言って後足で砂をかけるように去っていく哀しい人間もいる中、彼の忠誠心は天然記念物モノですよ。

 本当に、私は人の縁に恵まれているな~と思っています。

 矢嶋さんは、うちの会の誇りです! また、初心から頑張って、誰にも文句のつけようのない武術人に育ってくれると確信しています!


PS;古株になってしまった会員のSさんが、結婚が決まった・・・と報告に来てくれました。Sさんもうちに入って、ちょうど10年くらいですよ。何か、結婚ブームかな?

PS2;矢嶋さんがブログで支部閉会のお知らせを出した後、彼の職場にまで電話をかけてきた人間がいた・・・と、矢嶋さんからすぐに電話がありました。仕事中に職場に一面識も無い人間が自分の好奇心を満足させたいだけで電話をするなんて、非常識と言うより、もはや精神の異常を疑わせるに足りる行為です。彼は公務員ですから、これは立派な公務執行妨害になります。名前は判っていますが、敢えて、ここには書きません。ストーカー紛いの迷惑行為を繰り返すのであれば、相応の罰を受けることになりますし、そうなれば、自身が所属する団体の名前に泥を塗ることになります。どうか、自身の非を認識していただきたいと思います。それと、会員を護るのは主宰者の義務ですので、游心流に文句があるなら私を批判してください。会員を巻き込むような分別の無い行為はやめてください。宜しくお願い申し上げます。

このページのトップへ
コンテントヘッダー

東京支部お食事会

 東京支部で食事会をやるということで、私も“宗家(偉そうでしょ? 自分で流派名乗っちゃえばだれでも宗家だよ~ん)”として、参加してきました。

 シダックスの講座が終わってから京王線で新宿へ・・・、40分くらい時間があったので喫茶店で時間でも潰すか?と思っていたんですけど、土曜日の駅ビルって人が多くて大変そうなんで、待ち合わせスペースでだべって過ごしました。

 どうも、今年に入ってからパニック障害が悪化してきて、2月は最悪だったんですが、しばらく落ち着いたかと思っていたら、またぶり返してまして、もう、満員電車に立って乗ってると間違いなく具合が悪くなってしまうんですね。

 本当に、これは困ったもんです。

 都内に出る時は、時間帯を見計らって、京王線を使うようにしていますが、これは始発から座って乗れるからなんですね。料金的には小田急がいいんだけど、小田急は昼間でも結構混むからね~。

 食事会には、普段、稽古会に参加できない人も何人も来ていて、久しぶりに話ができて楽しかったですね。

 空手道場を経営しながら大会にも挑戦しているKさんには、過日、優勝されていたお祝いに教材DVDをプレゼントしました。

 生涯武術としての空手を追及しようとされている人ではあるものの、まだ若いから挑戦できる時に大会にも挑戦していきたいということなんですが、こういう目的意識をもってやっている人は案外、少ないんじゃないでしょうか。

 第一、武術だけでは食うのが難しいですからね。

 金を稼ぐことを馬鹿にしたり志しが低いみたいに言う人もいますけど、そういうこと言えるのは飢えた経験がない人じゃないですか?

 私は金がなくて“自然断食”がしょっちゅうだったし、それなりに苦労してきたから、武術を安売りしたくありません。食うために教えはじめたのであって、食うに困らない境遇だったら誰にも教えていませんよ。

 持病もあるから普通にサラリーマンとかできなかったし、遠方に出掛けるのが苦手なので、今は東京支部横浜同好会も指導は会員に任せています。

 上納金は取ってないから、まあ、独立させたようなもんですよ。幹部候補としてやりたい人はどんどん言ってきてもらいたいんですけど、経営手腕のある人だったら游心流の名前使って盛大に儲けてもらっても構わないと思ってるんですが、やっぱり名前使う以上は指導力と人柄だけは選ばなきゃいけませんけどね~。

 自分で精力的に指導に回れるならやりたいところなんですが、月一でやっているセミナーも、相模原から江古田まで出ていくのに結構、大変なんですよね。最悪の場合、師範と師範代に代理でやってもらうことに決めていて、いずれは完全に移行しようと思っています。どうも、電車が合わないみたい。バスだとあまり発作が起こらないんですよ。

 確か、植芝盛平翁も電車が苦手だったそうですが、電磁波の影響があるのかもしれませんね。


 しかし、この病気があったから、もの書きやるようになったんだし、武術指導をやることで多くの人に喜んでもらえるのは、天職だったとしか言えません。

 仕事柄、武術関係の本もよく読むんですが、情報を羅列しているだけの本がほとんどですね。武術の何がどう価値があるのか?とか、どう実用できるのか?という具体的に役立つことがさっぱり書かれていません。

 情報の羅列だけか、あるいは観念的な宗教書みたいな感じのものか?

 私は凄く危機感を感じます。誰も武術の本当の価値を追及していないし、まして世の中に役立つものとして提供しようとしていないからです。

 だから、「武術なんかやっても意味がないのだ」と言う人もいます。

 でも、私はそうは思わない。現実に私はやってきて何度も助けられたと思っているし、人を助けた経験も何度もあるからです。

 私程度でそれだけできるなら、超・達人が百人いれば日本の危機も救えるんじゃないか?と思います。

 だってね~。人間はヒーローみたいに生きたいと思っても、力がないから諦めてしまうんですよ。実際に力があったら思う通りに生きる選択ができます。

 矢嶋師範代は先日、電車の中での揉め事に割って入って事無きを得たらしいのですが、「以前だったら何とかしてやろうと思ってもできなかったでしょう」と言っていました。

 私も似たような経験が何度もありますが、確かにいざとなっても何とか制圧できるという自信がなかったら怖くて入れないでしょう。これは当たり前なんですよ。

 誰だって、困っている人を見たら助けてあげたいと思うでしょうが、その力がないから「ごめんなさい。助けてあげられなくて・・・」と見て見ぬフリをせざるを得ないだけじゃないでしょうか?

 自信だけあっても現実に事を収める力がない人が割って入れば、大怪我したり殺されてしまったり、あるいは事態を悪化させる場合すら、あり得ますからね。

 だから、今の日本人の感覚だと「義をみてせざるは勇なきなり」なんて考えは皆無で、徹頭徹尾、「触らぬ神に祟りなし」でしょう?

 要は、恥を感じる感性が薄れてしまっているんですよ。

 だけど、恥も外聞もなく必死でやらなきゃならない時って、誰にだって人生の中で何回かはあると思うんですよ。

 食うに困っていたら、どんな仕事だってやるだろうし、家族の命がかかっていたら自分の命を投げ出しても救おうとする・・・それが自然の本能です。

 私は、口先で大層な理屈並べて逃げるヤツが嫌いです。よって、“イマドキの日本人”が嫌いです。「怒る時は怒る。やる時はやる」という気骨がない人間はダメですよ。

 東京支部の食事会に集まった人達には、イマドキの日本人気質の人はいなかったように感じて、ちょっと嬉しく思いました。

 人が武術を学びたいと思う時には、「自分を鍛えて向上していきたい」という願望があるべきです。

 50歳過ぎても60歳過ぎても、向上したいと願うならば、うちに来てください。

「何か、面白そうだから、適当な武術をやってみたいな~」と思う方は、どうぞ、“他所の道場”へ行ってください。その程度の考えの人は、どこの道場へ行っても上達はしませんよ。

 私は、「自分を高めたい!」と願う人のために游心流を作りました。どんな才能のない人でも向上心さえあれば絶対に最高度のパフォーマンスを得られるように研究に研究を重ねて、考え得る限り、最高の稽古体系を考案したと絶対の自負心を持っています。

 あらゆる武術・武道・格闘技を超える超・武術を体現するのが私の目的。既存の流派とか他人の技量とかに憧れる気持ちはないです。

 無論、他流に敬意は払いますけど、払う価値無しと思う人間に頭は下げません。

 大体、私はどんな凄い達人を見ても、「どうやったら、この人を倒せるかな~」って、ついつい考えてしまうんですよ。

 もちろん、青木先生にしろ小林先生にしろ、「どうやったら勝てるんだろう?」って、やっぱり考えてしまいますよね。

 だから、単純な話、私が手放しで誉めていたら、その時点で「こりゃあ、勝てないな~。すげ~な~」と思ったということですよ。

 で、まったく採り上げない人に関しては、文字通り、「眼中にない」んですよね。論評するレベルじゃないと思っている訳ですから、私に批判されたら有り難く思ってもらいたいですね。

 そもそも、こういう“物凄い傲慢さ”を抱えているから武術の研究をやれる訳です。憧れてアンタッチャブルに崇め奉っていたら、武術の研究なんかできないんですよ。

 だから、価値のわからない馬鹿には教えたくありません。会員になっても向上心の見えない人間は放置して、まともに教えませんからね。

 でも、不思議なもので、道場では真剣にやる人でも伸びない人もいるんです。道場でまともにやらないのに何故か伸びる人もいる。

 どうしてか? それは決まりきった話で、伸びる人間は人の見ないところで必死で研究して頑張ってるからですよ(オレだよ、オレ)。

 有名な流派、有名な先生に学べば自然に上達できる・・・なんてことはありません!

 達人育成エキスパートである私に学んでも、本当に上達していく人は実は数える程しかいません。

 どうしてか?

 武術は徹底的に自力本願でなければ体得できないからです。もし、教わった通りに体得できていると思うなら、他流修行者と戦ってみたらいいでしょう。無残なくらい技が通用しないケースがほとんどです。

 技の形を体得するのと、体得した技を駆使して戦いを制するのはまったく別物です。戦いを制するためには戦いそのものを研究しないとダメです。

 戦いを制するには常に最新最強を目指していなければダメです。この一点だけを考えても、ほとんどの伝統的な武術を学んでいる人は失格でしょう。

 他流を破る研究をしないからですよ。

 私は、どうして、研究しないのか、フ・シ・ギ・・・です。


 まあ、東京支部本部以上に発展していきそうな感じもしますし、矢嶋師範代も指導するようになってから技も人間的にも成長してきているな~と思います。

 何回でも明言しますけれど、本当に彼は素質も才能も人並み以下でしかありません。今だって覚えは遅いです。新しいこと教えると笑っちゃうくらいブキッチョで中々覚えられません。

 だけど、彼の長所は素直なことと、自分で研究すること、そして、懸命に稽古するところですよ。

 それと性格が明るいところですね。欠点を指摘されてもウジウジしないで懸命に改善しようと努力しますから、恐らく、游心流に入って一番変わったんじゃないかな~?

 やっぱり、教えた人が向上していくのは嬉しいです。これは、武術以外の分野でも、その人が個性を発揮して活躍していてくれれば、それも嬉しいですよ。

 ビジュアル系バンドやっているQちゃんもお花見の時以来に会いましたが、最近、人間関係で揉めることがあったそうですけど、スッパリ離れて新たな方向も模索しようとしている様子で安心しましたよ。

 才能を活かして生活していくのは実はかなり大変なことですが、要するに、諦めないで続けた人間が最後に残って栄光を掴むんだと思いますよ。

 結局、続けていくことが本当の力になります。大抵の人は生活が苦しいと諦めて楽な道を選んじゃうでしょう?

 だけど、一流の人って自分の道を疑わないし、ブレない。愚直にただ邁進するのみで、成功しようという意識すらなかったりします。

 私もまだまだ一流には、ちと遠いですね~。


PS;教材DVDの25%引きセール延長も八月一杯で終了します。九月からは通常価格に戻りますので、御注文希望の方はお早くお願いします。


このページのトップへ
コンテントヘッダー

東京支部稽古会報告

 6月7日(月)の東京支部稽古会も、私がピンチヒッターで指導に赴きました。

 丁度、アスペクトさんのシリーズの第七弾の本の打ち合わせに神保町にある会社に行ってきて、担当のSさんと「ア~でもないコ~でもない」と、いつものごとく構想を練ったのですが、最近は、「もう、飛ばしちゃってくださいっ。それが長野さんの味だから・・・」って言われているので、「え~、大丈夫かな~?」と思いつつも、武術のディープな情報を取り入れて書くことに決めました。

 前回の“読み”が、かなり情報をテンコ盛りにしたので「難しい。半分読んで挫折しました」なんて言う会員さんもいたりしたので、今回は少し抑えようかな?と思っていたんですが、編集者的には「徹底的にヤレーッ!」みたいな感じです。

 正直いって、私が研究している内容をそのまま書いたら、ほとんど誰も理解できないと思います。

 これは“知識が並外れて多い”ということではないんです。武術の世界で定説とされていたことの真反対の理論を考えていたりするから、一所懸命に武道・格闘技・武術をやってきた専門家ですら「えっ? ホントなんですか?」って思ってしまう筈だからです。


 まっ、取り敢えず、今回の本でも思いっきりターボかけてみて、後から調整するということで書いてみようかな~?と思っていますので、皆さん、御期待あれ!

 で、内容なんですが、前々から要望が強かった健康法の側面と、武術が単なる格闘技と最も異なっている東洋医学的な面、神秘主義的な解釈をされている面についても書いてみることになりました。

 これ書いちゃうとど~かな~?と思って避けていたんですけどね~。トンデモ理論扱いされるのがオチだもんな~?

 ユーチューブで目隠し組手とかやらせたの出しちゃったから、賛否両論が出てきてますからね。

 でもね。段階的に感覚を磨いていくと、ああいうこともできるようになる訳ですよ。事実は事実なんだから、しょうがないよね。

 誰でもとは言いませんけど、感覚を磨くというのは脳機能開発トレーニングのことなんですね。

 だから、「武術の稽古は脳機能トレーニングなのだ」ということを、今回の本では主張してみようかな~?と思っている次第です。

 従って、ことさら権威主義的に受け止める必要はないんです。「やればできるようになる。やらなきゃできない」というだけの話です。


 さて、東京支部の稽古会は、今回は参加者二人。ちょい赤字だけれど、うちの稽古内容だと二人に教えるのが一番、いいんですね。

 対錬や推手を二人でやらせて、横から修整していくことができるからです。

 マンツーマンが一番、いいと誰もが思うところでしょうが、武術の場合は一人で二人を指導するのが一番いいんですね。

 基礎錬体は、いつも矢嶋師範代がきっちり指導しているので、私はササッと流してやりました。

 そして、シダックスの講座では毎回やっている太極拳をやりました。

 太極拳はまだ矢嶋師範代は教えていないと言っていたんですが、今回の参加者二人は空手をやっているので、太極拳の動作から武術的な応用を教えるとすぐに飲み込みます。

 本当はこれだけみっちりやってもいいんですけど、太極拳の用法までしっかり教えたのは北島師範だけなんで、それ以外の会員で太極拳を正確にやれる人はいないんですね。

 どうしてかと言うと、他の人は套路を正確に覚えていないので教えても体得できないからなんですよ。

 戦う時は無形でなくてはなりませんが、無形の中から一瞬一瞬に有形にならねば技の真価は発揮できません。だから、「形や手順に拘ったらダメだ」と教えているのがマイナスに働いているみたいで、誰もが正確な形を覚えようとしなくなってしまったみたい。

 その結果、北島師範以外は形が崩れているので太極拳の真価を発揮できない。

 しかし、それでも私は敢えて形を正確にやらせようとは思わないのです。外側から教えても形の意味を理解できなければ、やっぱり使えないままだからです。

 自分で千回も万回も繰り返し練って、「この形でこそ真価が発揮できる」というものを自分で体感できなければ、どんなに上手に套路ができても中身が太極拳になりません。

 中身とは何か? 一言では言えませんが、大まかに言うと、「全身が協調して動いて止まらない」ということです。

 長年、空手をやってきた人だと、技を決めた姿勢でいちいち止まってしまう人が多いです。流れが途切れてしまうので、いつまで経っても太極拳の動きになりません。

 そして、「空手と違って凄く難しい」と言うのです。

 しかし、実際は太極拳の方がずっと簡単です。どうしてかというと、動きが途切れないというのは人間の普段の動作そのものだからです。試しに歩いている時に、いちいち踏みしめながら歩いてみてください。遅くぎこちなくなるでしょう?

 人間の身体は自然に動く時は全身が協調連動しているものなのです。恐らく、本来の空手はそういう動きだったと思われます。

 静中の動、動中の静・・・これらの言葉を何か特別なことだと考えたがるものですが、そうではない。実際は当たり前のことを言っているのです。

 私は武術には非常に多くの可能性があると感じています。護身術・予防医学・危機管理プログラム・脳機能開発・運動機能開発・精神鍛練などの他にも、芸術・哲学・工芸・芸能・歴史・文学などにも関連していきます。

 なので、“総合武術文化”の研究をしていこうと思っていまして、そのために、ある程度の規模にまで游心流を組織として普及しておこうと思うようになりました。

 いや~、しかし、3年前には本気で解散を考えていたのに、よくぞ、ここまで復活、いや、むしろ拡がってきていますかな~? これも応援してくれている読者の皆さんや友人、教わった先生方、そして会員の皆さんのお陰ですよね。

 期待されてるってことだから、頑張らなくっちゃ~。
このページのトップへ
著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

FC2カウンター
リンク
最新記事
カテゴリー
FC2ブログランキング

FC2Blog Ranking

月別アーカイブ
ブログ内検索