コンテントヘッダー

※事務連絡 出版記念飲み会

※※※事務連絡※※※

この度、長野先生のDVDが出版され、売れ行きも上々とのことで、出版記念飲み会をすることになりました。会員・関係者の皆様、宜しければご参加ください。

日時 2008/05/31(土)18:00

場所 JR山手線 駒込駅改札集合(階段を上ったところの改札です)

※参加費と会場(居酒屋になると思います)については、参加人数が決まり次第、ご連絡させて頂きます。

参加される方は、5/20までに事務担当(HPのメールアドレス宛)までご連絡をお願い致します。(長野先生に直接ご連絡頂いてもOKです)
スポンサーサイト
このページのトップへ
コンテントヘッダー

日本刀、ほぼ、完成!

20080527_003.jpg
20080527_002.jpg
20080527_001.jpg


 贈り物用に作り始めた坂一貫斎繁綱作の二尺四寸五分の打ち落しの刀ですが、柄、鞘も完成し、刀身の研ぎも結構進んでいます。

 三尺二寸五分の大太刀を研いだ時は、何しろ刀身が長いですから、表面のヤスリ目は電動ルーターの力を借りて削り落として作業効率を上げようという作戦に出たんですが、それでも途中でめげてほうり出してしまいました。

 あまりの大変さに、「金に余裕がある時に本職の研ぎに出そうかな?」と思っていたんですが、今回はやや長目だけれども定寸の刀だし、樋(刀身に掘ってある軽量化のための溝)も無いので、研ぎの技術を修練する目的で、全部、自分でやってみようと開始しました。

 何事も、数をこなせば技術は自然に体得できるものです・・・。

 とは言っても、前回の挫折もあって、正直、「12万くらいで並研ぎはしてもらえるから、頼もうかな~?」とも思ったんですが、打ち落しのヤスリ成型してある状態を綺麗に研ぐというのは、専門職の人でも大変だろうな~?と思ったので、一応、荒研ぎしてヤスリ目は綺麗にしてみようか?と思って、コツコツと研いでいたんですね。

 で、今回は電動ルーターの力は借りず(熱が籠もって刃紋が消えてしまうという一貫斎先生の教えに従って)、人力で砥石でスリスリしていたんですが、何せ、鋼鉄の棒を石で擦ってる訳ですから、そうそうヤスリ目は消えてくれない。

 疲れる一方なんで、やっぱりルーターで仕上げるかな?と思ったんですが、ダイヤモンド・ヤスリで擦ったらいいかも?と思って、試してみましたら、これが大正解!

 そんなに苦労しないでヤスリ目を削り落としていくことができた。が、問題なのは、このヤスリは精密加工用の細工用のもので細くて小さいことでした。これで70cm以上の鋼鉄の棒を磨き上げていく訳なんで、やっぱり大変なのに違いはありません。

 十分、注意していたんですが、突然、砥汁に赤いものが混じり、「オヤッ? 刃先には触れていないのにおかしいな~?」と思ったら、ヤスリの角を押さえていた指にヤスリの角が食い込んでちょっと切れてしまっていたのです。

 刀研ぎの作業は指先を何度も傷つけて熟練していくものだと言われていますが、「この刀も早くも俺の血を吸わせてしまったか?」と・・・。

 ヤスリ目を消していく作業を続けていると飽きてくるんで、そろそろ刃も付けてみようかな?と思って、刃先を精密鉄鋼ヤスリで左右から交互に削って薄く鋭くしていき、さらにダイヤモンド・ヤスリで滑らかにしていきました。

 本来はナイフの刃付けみたいに砥石(タッチ・シャープナー)で仕上げていくべきでしょうが、何せ刃渡りが70cm以上もあるんだから、ちょっとズルしてしまいました。

 刃を付けてしまうと研ぎも難しくなりますが、これも修行です。


 本職の刀の研ぎは、7~13回くらい砥石を換えて地道に研ぐものだというのは本を読んで理解できたんですが、素人では砥石も揃えられない。

 で、砥石、ダイヤモンド・ヤスリ、ダイヤモンド・シャープナー、スポンジ研磨材等を駆使して研いでいます。これで、どこまで綺麗になるか?は不明ですが、居合稽古用にみっともなくない程度までは磨いてみようと思っています。

 やっぱり、この前買ってきた天草産の天然砥石が、非常に良くて、人工的に作られたセラミックの砥石とは全然違うんですね~。なるほど、本職の人が天然砥石に拘る理由が解りました。

 それから、何せ、贈り物用ですから、柄も鞘も、ちょっと凝って仕上げてみました。

 柄巻は薄緑色の絹の柄糸で、鮫(エイ)革は明るい青、目貫は鮭と鯉?に鼠が乗ってるもの。縁頭は丸い肥後拵え式のもので、コジリもついています。柄はちょっと長目で柄捕り技や柄当てにも使いやすくし、薩摩拵え風に若干の内反りにしてみました。

 刀身には最初から銀のはばきがついていたので、銀の切羽を付けてみましたし、鞘も黒漆塗りに銀粉を散らしてシトドメも銀色にしてみました。自分の刀は金をアクセントにしているので、今回は銀にしてみた訳です。

 刀の研ぎ方も本で調べて大体は解ったんですが、これを素人レベルでどこまで再現できるか?というところが勝負所ですね。切っ先の横手線の仕上げ方とかが判らなかったんですが、これも判ったから試してみるつもりです。

 いや、でも、やっぱりしんどいですよ。注意してやらないと指先を切っちゃいますからね。集中力が必要です。

 しかし、これを仕上げれば、大太刀の研ぎに再挑戦して、刀の外装製作のみならず刀の研ぎも游心流式のやり方として伝承していこうと思っております。

 昔の侍は簡単な研ぎくらいは自分でできたんじゃないか?と思うし、柄糸を巻直す程度の補修は自分でやっていたらしいですね。

 現代でも抜刀試斬をやる人達は、そのくらいは自分でやっているでしょう。

『たけしの誰でもピカソ』に出ていた兄弟の抜刀試斬少年は、自分で研いでいましたからね。あの刀は重ねは薄いみたいだけど身幅が相当ありましたね~。試斬用には刀身に重みがあった方が刃筋さえ通せば斬れる筈なんで、試斬りに特化して作られたのではないか?と思います。昔の刀なら、あんな姿はしていない筈です。

 試斬りと言えば、甲野さんは全然斬れなかったそうですが、この兄弟はほとんど失敗せずにスパンスパン斬ってましたね。教えた先生が「私でもできない」と言ったところが素晴らしい。習った先生が良かったんですよ。謙虚で正直なのが武術上達の一番の条件ですよね!


 さてさて、刀の話ばっかりじゃ興味の無い人はつまらないでしょう?

 最近、定期稽古会シダックスの講座も、内容がレベルアップしてきて、従来の交叉法や推手からの攻撃技や返し技について事細かく教えるようになっています。

 真摯に「長野先生に習いたい」と言ってくれた人達ですから、以前は隠して教えないつもりだったような技も出し惜しみしなくなってきました。

 もっとも、そうすると「難し過ぎる」と言われてしまうんですが、それでも結構、体得していってくれていますよ。

 特に、游心流の絶招として研究中の“蛟龍十八式”も稽古会では教え始めていますが、これは交叉法と歩法の両方ができないと体得できない技なので、結局、K師範代しか体得はできないだろうと思っていたし、実際、去年の秋口には以前の常連の会員全員に教えるつもりでいたものの、習う時の態度が悪いので途中で隠してしまい、以後、ずっと隠したままだったんです。

 が、現在、最後の技、十八式“風雷掌”と、最初の技、一式“螺旋拳”の二つだけは教えました。

 どちらも歩法“蛟龍歩”ができないと体得できない技なので、やはりK師範代しか今のところできませんが、逆に言えば歩法ができるようになれば勝手にできるようになる訳ですから、“秘伝絶招”として游心流の看板技にしたいと思っています。

 ただし、これらの技は重大な問題点があって、1,「手加減できない」 2,「威力が高過ぎる」 3,「防御しないから失敗したらオダブツになる」 4,「度胸がないとできない」という問題点があります。

 問題点だけ考えたら、どうしてそんな技を無理して考えたりするのか?という疑問を持たれるかもしれませんね。

 これらの技は、絶対絶命のピンチで相手が自分より実力が高い場合に捨て身の相討ちでブチ殺すために考えたからなんですよ。だから、もう護身術じゃないんですよ。

 単純に、「絶対、相手をブチ殺すにはどうするか?」というテーマで考えたので、「防御を捨てて相討ちの理合で倒すしかない!」という結論に達した訳です。

 これは私が多くの武術流儀を研究してきて、どんな流儀でも最終的な極意として考えていることなんですが、現代では必要性も無いし、安全性を考えた試合形式になったり型稽古の約束された状況設定の中で忘れられてしまった事柄なんです。

 それが交叉法の要点だったんですが、これを突き詰めて研究していくと、テクニックの問題ではなくなってしまうんですよ。心法になる。

 技術論だけだったら、「自分より強い相手には勝てない」という当然の理屈になるんですが、一つだけ突破口があるんですよ。

 それは、「相討ちになるだけなら、力量差は関係ない」ということなんです。

 厳密に言えば、交叉法は相討ちの理論なんです。実は防御の技は無いんです。相手の攻撃をこちらも攻撃技で迎え撃つのが交叉法なんですね。そこに様々なテクニックが生まれてくる訳なんですが、理論上は“相討ち”なんですよ。

 ここを理解できる人が少ないんですね。テクニックとして覚えようとしてしまうから、パターンをいくつも覚えて解ったつもりになってしまう・・・。

 私が、「武術は身体論じゃ理解できない!」と言い続けてきたのは、相手の攻撃に反応するのは身体操作とはまったく別のことだからであり、その証拠に、あれだけ身体操作に長けた甲野善紀氏が、まともに戦えばコントのような負けっぷりを無数に晒してきている・・・という事実がある訳です。

 私が、先に甲野氏のビックリ仰天するような“ひ弱さ”を示す逸話を多数公開したのが何のためか?というと、「現実に戦闘に対して実用性のある武術は、甲野氏の説くような理論の延長上には存在していない」という真相を心ある人達にだけは認識して欲しかったからです。

 そして、「身体操作を極めれば達人のような技ができる」という大いなる勘違いも正していかなければならないと思っています。

 それは月一のセミナーでやってきているんですが、三時間で一カ月以上分の上達が見込めるという意味で一万円の参加費(会員は五千円)にしているんですが、何度も参加してこられている人達にとっては同じことを繰り返しても意味がないので、毎回、新しいことを指導できるようにしています。

 私は同じことを二回続けてやるのは嫌なんですね。

 練習も、毎回進歩が感じられないとつまらない。少しずつでも上達が感じられるような練習を今後も続けていきたいし、セミナーで新しい出会いがあると楽しいんですよ。

 私の場合、半分以上は教えながら研究してきたという事情もありますからね。

 今度の軸のセミナーも御期待ください! 「合気技を武術的にどう使うか?」という実用価値の高い技を指導していく予定ですから・・・。
このページのトップへ
コンテントヘッダー

吉田豪さんはプロだな~。

 会員さんから貸してもらい、『ゴング格闘技』の吉田豪さんの連載記事を読みました。

 今、武道・格闘技界で話題沸騰?の、『芦原英幸伝 我が父、その魂』についての書評だったんですが、小島一志さんの逆ギレ・ブログについても的確に指摘されていて、「フムフム、流石はプロのもの書きだな~。小島さんの問題点と矛盾点について見事に洞察して書かれているな~」と、納得の意見でした。

 是非、同誌の記事を直接読んでいただきたいと思うので、ここには詳細を書きません。

 けれども、「出版に関わる人間として絶対にやってはいけないこと」について、しっかりと指摘されていた点に、まず、我が意を得たりの感銘を受けました。

 この一点を外してしまった人間には、もはや一言一句の自己弁護も認められない。

 その、プロとしての基本中の基本について堂々と指摘されている吉田豪さんは、偉いと思いましたよ。わざわざ指摘してやっても聞く耳がない人間なのは十分に承知の上でしょうから・・・。

 別に吉田さんは武道を嗜んでいる訳でもないでしょう? それなのに、すぐに暴力をちらつかせて脅しをかけてくる小島さんのような“武道ゴロ”を批判するのに文章に何のためらいも無いんですね。

 持って生まれた侠気のある人と、小心者なのを知られたくなくて自分を大きく見せかけたがる人間との圧倒的な差を感じざるを得ません。

 小島さんのブログを読んで感じたのは、「えらく虚勢を張りたがる人だな~?」という点ですが、そこには自己保身や被害者意識、誇大妄想、優越感と劣等感・・・そうした黒々としたコンプレックスの想念が錯綜していて、それが安易に脅し文句にすり変わってくるから、実に不快なのです。

 だから、一読して、まず第一番目に、「武道家」という言葉の裏にある偽善や卑屈さが臭ってきて、物凄く気恥ずかしくなるんですよね。

 義だ・正義だ・仁義だ・プライドだ・・・そんな美辞麗句を並べたてて強がれば強がるほど、卑屈さ・恐怖心・劣等感・・・そういった小島さんの心の闇が浮かんでくる。

「済みませんでした。許してください」と、たったそれだけの言葉を、何故、言えないのでしょうか?

 はっきり言って、「弱いから」ですよね。弱い人間だから自分の間違いを認められないし、他者を蔑視して批評することで自己崇拝的な虚勢を張り続けるんですよ。

 吉田豪さんは、そういう小島さんのナルチシスト的コンプレックスまで洞察した上で批判を書いていたんじゃないかと思います。

 でも、ある意味、親切心が無いとわざわざ採り上げて書かないでしょうね。

 小島さんの本まではともかく、“あのブログ”を読んだら、大抵の人が「あっ、こいつはマトモじゃないな。さわらぬ神に祟り無しだよな」と、シカトするでしょう。

 ある意味、書評に採り上げて書いたということは、吉田豪さんも、小島さんをもの書きとして評価する面があるから厳しい批判を書いている訳で、小島さんは、感謝して読むべきだと思いますけどね。


 それから、随分前の事件で知らない人が多いと思うので、小島一志さんが福昌堂を辞めるに至ったいきさつ(私が同社で仕事もらっていた頃に関係者複数から聞いた話)を、参考までに簡単に解説しておこうと思います。

 何故なら、この事件は、今回の事件と極めて似ており、ルーツとも言えるからです。

 私が20代半ば頃だったと思うので、20年くらい前だったでしょうか?

 当時、福昌堂の『月刊空手道』の編集長だった小島さんは、伝統派空手道の機関誌から出発している同誌に、フルコンタクト空手の記事を定着させようとしていました。

 その関係で芦原空手の記事も載るようになったのは、小島さんが自身の著作で書いている通りですし、努力もされていたでしょう。伝統派空手道の専門誌でフルコン空手の記事を載せるというのは大変なことだと思いますよ。

 当時は、例外的に東孝師範の技術解説記事とかは載っていましたが、これは福昌堂が極真から独立して大道塾を旗揚げしたばかりの東師範を応援していたからのようです。

 丁度、前田日明とニールセンの異種格闘技試合が切っ掛けになって、格闘技雑誌が次々に創刊された頃、福昌堂からも『月刊フルコンタクトKARATE』が創刊され、その中で東師範の組手理論も注目されていました。

 が、問題は、突如として『月刊空手道』に東孝師範率いる大道塾のバッシング記事が連続して載ったことから始まりました。

 最初は大道塾の試合形式に対する批判でしたが、段々ヒートアップして東師範個人を誹謗するようなドキッとする内容になり、東師範の反論も「品格を損なうから」という理由で掲載せず、一方的なアンチ大道塾キャンペーンになってしまっていました。

 何しろ、私のような一読者が読んでさえ、「いくらなんでも、これじゃあペンの暴力だよな~」と思うくらい異様な印象を受けましたから、社内ではどうなっているか?と殺伐とした事態になっているのが容易に想像できました。

 そして、いきなり、翌月号で大道塾の特集記事が載り、編集スタッフが総入れ替えになったというスタッフの後書きのコメントがありました。そして、メディアを使って特定個人や団体のネガティブキャンペーンをする間違った正義感について「許されないことだ」という新編集長の意見が述べてありました。

 小島さんが大道塾バッシング記事を連載した理由については、自身の著作でも書いていましたから、関心のある方は読んでみられたらいいでしょう。

 しかし、小島さん本人の話とは全然違う話が東師範から告白されていて、この事実関係については複数の人から事情を聞いてみましたが、「東さんは悪くないよ。小島がおかしい」という意見しか私は聞いていません。

 それによれば、小島さんは「福昌堂から独立して新会社を興して新しい空手道雑誌を創刊するから、その後援をしてくれないか?」と、東師範に内密に打診してきたそうなのです。

 多分、『月刊武道空手』という雑誌を創刊する準備を“福昌堂にいる間から計画して”いて、いろんな師範に協力をお願いして回っていたんじゃないでしょうか?(山田さんも同様のことをやっていますね)

 ところが、東師範は、「世話になった会社に後ろ脚で砂をかけるような真似をしてはいけない」と小島さんを窘めたそうです。武道家として、もっともな態度ですね。

 実際、『月刊空手道』という専門誌の編集長という肩書があるからこそ、小島さんはいろんな空手師範と出会うことができた訳で、在職したまま肩書を利用しながら会社を裏切るような振る舞いを画策しているのでは、人間的に信用されませんよね。

 無論、退社した後で「新しい雑誌を創刊するので後援してもらえませんか」と訪ねていくのなら、理解できるんですよ。

 私も7~8年前に雑誌を作る計画をたてて動いたことがあったんですが、これは横槍を入れられて潰されてしまいました。

 もっとも、今になって考えると、資金の問題とかクリヤしなければならないハードルがいくつもあって、経営センスの無い私には無理がありましたよね。もの書きに徹した方が気楽ですし、だから、横槍を入れてくれた人には、今では感謝してますよ。人間、自分に適性のない仕事をやってもうまくいかないものですからね。

 東師範も、小島さんに敢えて厳しく叱ることで反省して欲しいと考えられたらしいんですね。

 ところが、小島さんは自分を否定され信じていた人に裏切られたと手前勝手に解釈し、常軌を逸した大道塾バッシング記事を月刊空手道誌上で書くという“卑劣な報復”を始めたという訳です。

 つまり、小島さんは、“正義感ぶって理屈を並べる根底に、自分のやましさをごまかして仮想敵を設定して攻撃する”という、実に問題行動を繰り返す悪癖があったという次第なんですよ。

 自分を正当化するために相手を一方的に悪者に仕立てあげようとする実に姑息かつ卑劣なやり方で、到底、武道を嗜む男がやることじゃありませんが、要は、それだけ心が弱い人だから、エキセントリックに独善に走るんでしょう。

 武術・武道の世界には、似たようなタイプの人は少なからずいますし、私自身も「自分は違う」と言い切れない部分はありますけれど、小島さんほど悪質な人は、ちょっと珍しいと思いますね。自分が“正しい”と思い込んでいるから、始末におえないんです。

 まあ、かつての福昌堂での事件についていろんな人から話を聞いていたので、今回の小島さんのブログを読んで、またもやらかしてしまったか?と、本当にガッカリしたんですけれども・・・。

 どれだけ相手を誹謗中傷したところで、自身の間違いは消えてなくなる訳じゃないんですから、「いい加減にテメーが悪いんだから、自覚しろよ」って思って、批判意見を書かずにおれなくなったんです。

 自分を客観視して嘘を書かないことを基本として要求されるべきジャーナリズムには、最も向かない性格と言わざるを得ませんね。

 私が、何回かにわたって、小島一志さんを糾弾する意見を書いてきた理由が、この「月刊空手道大道塾バッシング事件」の真相にあった訳ですが、私は、「芦原英幸伝絶版事件?」に関して、小島さんが過去の自身の不徳を本心から認めて謝罪することを期待していたんですが、とことん自己欺瞞に徹してしまった様子から、やるせない気分に陥っていました。

 それでも、吉田豪さんのような良識のあるプロ・ライターの方が、きちんとした正論で小島さんの論理矛盾を指摘してくれたことに、少なからず、ほっとさせられました。

 小島さんは自分がプロだという意識が強過ぎて、部外者の意見には耳を貸さないでしょう。が、吉田さんのような売れっ子の意見なら少しは考えるかも知れません(多分、ムリだと思うけど)。

 けれども、私のような三流もの書きごときの拙論を支持してくださる方が多数いらしたことには、心から感謝しています。でも、同様に考えていた人が大勢いらしたということなんでしょうね。

 仮に、このまま小島さんが一切反省しないままだったとしても、「おかしいことはおかしい」と言える状況が広がって、武術・武道・格闘技の世界が多少なりとも風通しが良くなってくれればいいな~と願っています。

 小島一志さんには、これ以上、ノンフィクションに関わって人様に迷惑かけるのはやめて、フィクションの作家として面白い作品を書いていかれることを祈ります。それが適材適所でしょう・・・。

 自己主張するのなら、人に迷惑かけないで自分の責任の及ぶ範囲でやることが肝心ですよ。
このページのトップへ
コンテントヘッダー

面白い時代劇が観た~い!

 もう一度観たいな~と思っていると、BS・CSで放送される・・・という不思議な現象が起こって、唯識論(ナーガルジュナだったかバスバンドゥだったか?が唱えた仏教論)の真実味を感じている今日この頃ですが、映画版のヒットによってTVシリーズ化された『柳生一族の陰謀』が、BSフジで放送中です。

 映画版は、ヨロキン(萬屋錦之介)が東映時代劇に復活した!というので話題になり、同時に時代劇ブームの一時的復活の切っ掛けになったオールスター映画でした。

 柳生但馬守宗矩(ヨロキン)の権謀術策を描き、父親に利用された十兵衛(千葉チャン)の怒りが最後に爆発して・・・という仁義なき戦いシリーズの深作監督らしい掟破りの快感に満ちた作品でした。

 キャストも凄くて、三船敏郎、松方弘樹、山田五十鈴、丹波哲郎、原田芳雄、西郷輝彦、夏八木勳、そして、若き日の真田広之も志穂美悦子も出ていました。

 深作監督曰く、「JACのお陰で撮れた作品」ということで、TVシリーズはその後のJACが全面的に活躍する時代劇作品『柳生十兵衛あばれ旅』『柳生あばれ旅』『影の軍団1~4』の先駆けとなった印象があり、主人公も宗矩(山村聡)ではなく、千葉チャン演じる柳生十兵衛になったのでした。

 もっとも、私はTVシリーズは断片的にしか観てなくて、観逃していた回もあったんですよね。

 だから、完全な形で観直してみたいと思っていたんですが、今回、第一話を初めて観て、ヨロキンが特別出演(役柄は別)していたり、映画版の雰囲気を踏襲していたことを確認しました。

 四話目では、島田歌穂(ロビンちゃんだっ!)と、早川絵美(ベルスターだっ!)がゲストで出演していて、早川絵美と志穂美悦子が一騎打ちするんですけど、もう、「うわっ、スゲ~、ベルスターVSビジンダーだよ?」という具合にしか見えなかったですよ。

 お二人の共演は、『女必殺拳』か『少林寺拳法』以来なんじゃないかな~? でも、対決したのは初めてかも? あっ、そういえば、『少林寺拳法』に出ていた誠直也(ファイヤーマン、アカレンジャー)の奥さんが早川絵美だったんじゃなかったっけ? ひょっとして出会いはこの映画?

 ところで、柳生十兵衛というと、チャンバラ・ファンの間では近衛十四郎が有名ですが、歴代十兵衛役者というと、原田芳雄、若林豪、藤岡弘、、村上弘明、中村獅童、佐藤浩市などが演じ、西城ヒデキや原田大二郎の十兵衛もありました(ちと、違和感が・・・)。

 また、近衛の息子である松方弘樹と目黒裕樹も演じていて、目黒さんはアニメの『十兵衛ちゃん2』で柳生十兵衛の声をアテていたりもしてます。

 それから、Vシネ系では、『魔界転生』で渡辺裕之が演じていて、これは中々似合っていました。映画版よりも原作に近くて、Vシネ規模とは思えない豪華さと田口トモロヲが由井正雪を演じて悪の親玉を怪演していました。和崎俊哉の柳生宗矩も、出色でした。

 小沢仁志も『くのいち忍法帖柳生外伝』で柳生十兵衛を演じていて、これは監督も兼任だったと思いますが香港映画っぽくて面白かった。『ゼイラム』シリーズの女バウンティハンター役が知られる森山祐子の忍者装束が、メチャメチャ、格好良かったですね~。

 最近では、あの竹内力さえも『ムラマサ』シリーズで柳生十兵衛を演じているんですけど、これが似合い過ぎていて、ちょっとビックリしましたね。力兄ぃで『柳生十兵衛死す』とか作ったら面白いかも?

 柳生十兵衛って、ワイルド系の代表みたいなイメージが出来上がっていて、線の細い役者さんだと似合わないですよね。

 やっぱり、実在剣豪ヒーローでは、柳生十兵衛が宮本武蔵に次ぐ人気者でしょうね。その次が沖田総司かな~?

 時代劇のヒーローというと、品行方正な人よりクセ者の方が絵になるんですよね。

 丹下左膳、眠狂四郎、座頭市、鞍馬天狗、椿三十郎、木枯らし紋次郎・・・。

 あの水戸黄門だって暴れん坊将軍だって鬼平だって金さんだって、実在人物をモデルにはしているものの、イメージは完全に創作ですからね。現実にああいう人だったら、周囲の人達からは困ったちゃん扱いされてるでしょう。

 桃太郎侍なんて、毎週20~30人ぶった斬ってるんだから、実際にいたら殺人鬼ですもんね~。

 でも、時代劇って、ファンタジーだと私は思うんですよね。妙にリアルに作ろうとしなくていいんじゃないかな~?

 もちろん、時代考証とかはそれなりにやるべきだと思うんですけど、あまりにもリアリティーに拘り過ぎると制約に縛られ過ぎて逆につまらなくなってしまうと思うんです。

 何か、時代劇は真面目に作らねばならないという風潮が強くなり過ぎてるんじゃないかな~?という気もするんですよね。

 で、それが空回りして一部のファンのためにだけ作ろうとしているみたいに思えて仕方がなかったりもするんです。

 あらためて『柳生一族の陰謀』を観て思うのは、やっぱり、この頃の時代劇の持っていたパワーは凄いということです。型に嵌まらないエネルギーを感じるんですね。

 今はエネルギー過剰の作品は敬遠する人が多くて、せせこましく纏まった作品を良しとする人が多いように思えるんですけど、私は、もっとムチャクチャなパワフルな作品が観たいですね。

 そういえば、『密命~寒月霞斬り~』も、第三話に登場した福本清三さん演じる無外流居合術(正確にいえば後に採り入れられた自鏡流の技)の遣い手の用心棒とテクニカルな攻防をするシーンは、久々に楽しめました。

 剣を打ち払って斬るといった攻防ではなくて、刀身を接触させたまま太極拳の推手のように刃筋を受け流して切り返したりする攻防の末に榎木さんが競り勝つんですが、福本さんの巧みな剣捌きも相俟って、非常にスリリングな攻防でした。

 こういう剣の使い方は日本の剣術ではあまり無くて(裏技としては有る)、中国の剣術の用法みたいなんですが、一つの日本の剣術の攻略法として私も多用している(DVDの剣術の演武のところでやっているので持っている人は御確認ください)ので、オォッ?と思いましたよね。

 これは榎木さんの意見も入っているんじゃないかな~? 『必殺仕事人・激突!』の時に滝田栄さんが同様の殺陣を見せたことがあったんですが、この時の武術指導は東郷秀信氏。抜刀試斬のスペシャリストとして業界で有名な方です。榎木さんの師でもあり、技の匂いが共通するのは当然ではないか?と思うんですけれどもね~。

『オトコマエ!』の方も、柔術テクニックの殺陣は斬新ですが、やや合気道っぽいから、もう少し柔術的な泥臭さも出してもいいかも・・・?

 合気道の体捌きは、日本武術としては少し異質なところがあるんですよね。これは古流柔術の体捌きが直線的なのに比べて、合気道は円周を回るように捌く点で区別がつくんですけど、源流の大東流と比較すると、体捌きに根本的な違いが出ているんですね。

 これは、一刀流と新陰流の違いにも似ています。

 こうした流派の技の原理的な違いみたいなものを殺陣の中に表現していったら、もっと面白くなるんじゃないかな~?と思うんですけどね。

 そういう違いを見せていた作品で、ヘェ~?と思ったのは、ジェット・リーの『ザ・ワン』ですね。

 あれは悪のジェットが形意拳を遣い、正義のジェットが八卦掌を遣って戦い、形意拳の直線的な攻撃を八卦掌の円曲線の動きで受け流して逆転するという戦い方をよく表現していました。

 これって、形意拳の「半歩崩拳、遍く天下を打つ」と称えられた郭雲深と、八卦掌の創始者の董海川が勝負したところ、三日三晩戦っても勝負がつかなかったので親交を結んだという創作話から採用したんじゃないかな~?と思います。

 そういえば、『少林少女』の中で、柴咲コウが少林拳を遣ってラクロスをやるとパワーが余って暴走してしまうというシーンがあり、その後、ミンミンから太極拳を習って、パワーをコントロールする術を学ぶ・・・という演出がありました。

 この辺りの演出は特に説明されてないので、『映画秘宝』では誤解して批評されてましたけど、何か、新しい分野に挑戦するとやたらに貶すという批評が多過ぎる気がするんですけどね~。

 ネットでも批判が多いそうですけど、ファミリー映画としてよくできてると思うけどな~。何か、最初っからケチつけてやろうという意識で映画観るんだったら、そっちの方が日本映画の将来を潰す流れを作ってしまうように思えるんですけどね~。

 同じ批判するにしても、建設的な観点から、「ここをこうすれば、もっと良かった」という具合の批評を読みたいですね。だって、あれだけの規模のアクション映画を日本映画界で撮るというのは中々ない訳で、その点だけでも、もっと評価して盛り上げていくべきだと私は思うんですよ。

 ダメな映画を撮ろうとしてる人なんて、どこにもいないですよ。結局、好みの問題でしかないんだから・・・。まあ、貶すのが映画秘宝的スタンスなんでしょうけどね。

 それと、チャンネルnecoで新しく始まった『碧血剣』の武闘アクションは、非常に良いです。

『笑傲江湖』から始まった中国製作の金庸武侠ドラマ・シリーズですが、徐々にCGに頼り過ぎる感じがして俳優の生身のアクションが少なくなっている印象を受けていたんですけど、その辺りの反省も入っているのか、今回は主役の人が相当高度なアクションを見せてくれています。本当に凄いんですよ~。

 もう、ね~・・・中国武術の高度な戦闘法がテンコ盛りで驚いてしまったんですよ。

『少林寺』の悪の将軍役でデビューした于承恵が、『笑傲江湖』の風清揚、『連城訣』の梅念生、『神チョウ侠侶』の黄薬師(東邪)に続いて、主人公の武術の師匠、華山派武術の総帥、穆人清(神剣仙猿)を演じています。

 この人の剣術は実に風格があって、私は憧れますね~。主演作『黄河大侠』は、いぶし銀のオヤジ・ヒーローっぷりが格好良かったです。

 于先生は、両手で柄を持つ双手剣術の名手なんで、ちょっと日本の剣術にも応用が利くんじゃないか?と思って真似したりもしてます。特に下から跳ね上げる技とか、コブラが首を振るみたいにユラユラと剣尖を揺らしながら突き込む技なんかは大太刀術みたいな長剣の操作法の参考にしてます。
このページのトップへ
コンテントヘッダー

大槻ケンヂさん、いつも宣伝していただいてありがとうございま~すっ!

 ぴあの連載『神菜、頭をよくしてあげよう』146回中で、大槻ケンヂさんが、また私の本を紹介(ツッコミ?)してくれていて、照れちゃいましたよ。

 ヒミツ・ヒケツ・シクミと、三部作(第四弾以降も書くつもりですけどね)とも紹介してくれていたので、宣伝広告費で考えると相当なもんでしょうから、本当にありがたいですね~。

 まあ、シャレのめして書いてくれる分には私は全然、モーマンタイなんで、好きにツッコミまくっていただきたいです。でも、武道の世界の住人は基本的にシャレが通じない人が多い(小島さんとか)ので、注意してくださいね。

 正直ぶっちゃけて言ってしまうと、『武術のシクミ』で甲野さんの名前を出しちゃったのも、彼の“真の面白さ?”に誰もツッコミ入れない“もったいなさ”を理解して欲しかったからなんですね(センバキッチョウですか?)。

 そういう意味では、本で遠慮してるところまで書いてるから、大槻さんにも、このブログ、是非、読んでもらいたいけどな~。

 でも、私は別に小島一志さんみたいに義の精神?(うわっ、胡散臭っせぇ~。そんなのテメーで言うヤツがまだ生息してたんだ?)で甲野さんをバッシングしている訳じゃないんですよ。

 その1,「面白過ぎるから、是非とも皆に教えてあげたい・・・」

 その2,「そろそろ武術界から引退した方が甲野さんのためだと思うから」

 その3,「介護武術とかいうヘンな名称が広まるのをやめさせたかったから」

 まあ、以上の理由によります(主に1番目)。

 大槻さんの文では、私の大っ嫌いな保江さんと一緒くたにされてるのが、ちょっとナンでしたけど、「武術は胡散臭い」という強固なイメージがあるみたいなんで、しょうがないんでしょうね。

 でも、「合気は電気」って言っちゃう物理学者には、確かに私も「はぁぁ~?」と思ったですよ。その瞬間、私は“電気人間ストロンガー”を思い出しました・・・。

 ストロンガーって、手袋取ると手がコイルなんですよ。それをシュシュバッと擦って変身すんの。

 演じた荒木茂は、超神ビビューンも演じておりますが、ヒーローを演じると再度演じる率が高いですよね。突撃ヒューマンを演じた夏夕介は宇宙鉄人キョーダインのスカイゼルもやってたし、高速エスパーを演じた三ツ木清隆は白獅子仮面も演じてた。キカイダーの伴大介はイナズマンや忍者キャプターもやってた。

 伴さんは、10年前には、貞子を井戸に突き落とした博士も演じてましたけど、この博士は、超能力研究で異端の学者になってしまった福来友吉博士がモデルなんですよね。

(って、俺ってば、無意識のうちに大槻さんが食いつきそうなネタ書いてるな~?)

 中には宮内洋みたいにヒーロー役者に特化してしまってる(V3・アオレンジャー・ビッグワン・ズバット等)人すらいるし、千葉ちゃんだって昔はそうだったのだ(新七色仮面・くらやみ五段・アラーの使者・アイアンシャープとかね)。

 かの高倉健のデビュー作?も、『電光・空手打ち』という空手ヒーロー映画だったというし、ゴルゴ13の実写版第一弾にも主演していた・・・(映画化を渋った原作者が無理を言えば諦めるだろうと思って「主演は高倉健でオール海外ロケでないとダメ」と言ったら、その通りになってしまったのだとか)。


 武術の世界って、特撮ドラマと似てるからな~。マジで自分をヒーローみたいに思い込んでいる人とか実際にいたりするし・・・。

 ところで、保江さんの“遠隔電磁波合気”と鳥居隆篤さんの“プラズマ投げ”が戦ったら、どっちが勝つのかな~?
このページのトップへ
コンテントヘッダー

正義のギは自己欺瞞のギ

 また、読者の方の報告で『芦原英幸伝』を巡る小島一志さんのブログが急展開になっているということを知りました。

 で、小島さんのブログを読んだ感想なんですが・・・何か、甲野さんがメッチャ、聖人君子に思えてきましたね。

 小島さんって、誇大妄想と被害妄想がからみ合って、主張していることに論理性が無いですね。「我々は芦原会館に挑戦を宣言する」というんですから、論理が飛躍し過ぎています。

 法的闘争をほのめかしながら“ノールールの試合”だの“私闘”だのと、はしゃいで書いていたりして、「優秀な弁護士が12人もついている」と言いつつ、明らかな脅迫文を公然と出すという無神経さが、私には全く理解不能です。

 弁護士よりも精神科の医師に相談すべきでしょう。

 極真の松井館長や郷田先生の名前まで持ち出して威張ったりするのって、名前出された人達も迷惑でしょう。トラブルに巻き込もうとしているんだから(こんな最低の文章を書く人間に松井館長や郷田先生が味方するんでしょうか?)。

 私も、昨日の友が今日の敵みたいな展開は何度もありましたけど、どんなに険悪な関係になっても、受けた恩まで忘れてしまったりはしませんけどね。それじゃあ、犬猫以下でしょ?

 高校の頃、子犬の時にキャンキャンうるさいからポカポカひっぱたいていた犬が貰われていって、一年くらいして会った時、物凄い狂喜して甘えてきて反省したもんですよ。猫だって三日で恩を忘れるっていうけど、あれは嘘。ちゃんと覚えてますよ。

 小島さんの恩知らずっぷりは畜生以下ってことですよ。

 自分の行動を「義によるものである」と書いていながら、結局、やってることは尊敬する芦原英幸先生の遺産を汚して家族を苦しめているだけ。

 まして、芦原先生が命と引き換えに残した芦原会館を「潰してやるぞ」と脅しているんだから、どんな理屈を並べてみせても言い逃れでしかない。

 犬猫以下の恩知らずが正義を称えるなんて笑わせてくれますよ。

 文筆家としてのプライドなんぞ振りかざすガラでしょうか? どんな大作家のつもりなんでしょう?

 現実に、小島さんが書いた文章によって多くの人が傷つけられたと感じているんだから、まず謝罪して、しかる後に事情説明するのが筋ですよ。

「責任は自分にある」と一度は書いておきながら、舌の根も乾かないうちに手のひら返したように全てを芦原英典館長の責任にしようとする。

 芦原会館のHPに出ていた告知文だって読みましたが、小島さんの発狂したような内容のブログと比べたら、極めて穏当な表現ですよ。

 小島さんの行動原理は、独りよがりの正義感でしかないし、百パーセント相手が悪いのだという論理展開は、本を出したことによる非難が集中している理由について冷静に内省していないし、ひいては自分自身の問題点を自省するチャンスを放棄してワガママな暴君っぷりを爆発させて歯茎剥き出して威嚇してみせてる“室内で甘やかされて育ったプードル”みたいです。

 つまり、自分の問題点をまったく自覚していないんですね。

 そんな人に何をどう言っても無駄だと考えるのがマトモな常識のある人間の選ぶ道でしょうから、だから、小島さんがいくら連絡しても英典館長は無視して受け付けてくれないんじゃないんですか? 当然の反応ですよ。

 私だって、「うわっ、こいつ精神を病んでるよ」と思う人は相手しないですよ。

 だいたい、自分の嫌われ者っぷりを自慢げに書いたりする時点で、屈折したヒロイズムに酔っ払ってる変態的な性格なのがバレバレですし、「いろんな団体や個人名を出して誹謗するアナタ様は神様ですか?」と言いたくなる全能感を隠さないところは精神病理学の素材として得難いキャラクターでしょう。

 よく考えてみるべきなのは、何ゆえに、芦原会館の関係者が激怒して嫌がらせ?の電話をかけまくってくるのか・・・という点であり、本来だったら、「素晴らしい本でした。ありがとうございます」と言われている筈なのに、そうはならなかったという事実について客観的に一歩引いて考えてみることなんですよ。

 私も本出して、版元にまで文句つけてきた人(精神疾患の人みたい)はいましたけど、ほとんどは「面白かったです。目からウロコが落ちました」といった肯定的な内容の感想ばっかりでしたよ。

 好評だったからシリーズ化もしてもらえたんですし、頑張った甲斐がありました。嫉妬心で文句つけてるようなクズは無視するだけですよ。

 多少、気の毒に思わなくもない点は、小島さんも、あまりに嫌がらせ電話がたくさんきたからブチ切れたのかも知れませんが、それは、「反省すべき要素が自分にあることを教えてくれている」と考えなくちゃダメなんですよ。

 一例を挙げれば、芦原先生をピストル持って襲撃してきて返り討ちにされた人の話。これは調べれば誰だか特定できちゃうじゃないですか? 殺人未遂の犯罪をおかしたと公言しているようなものなんですよ。更正して真面目に生活されている人だったら、どうなるんですか? ヤクザの実録本と勘違いしてるのか? 愚か者過ぎて泣けてきますよ。

 それは、インタビュー時にはいろんな話は出ますよ。私だって、セミナー後の親睦会ではムチャクチャなオフレコ話を3時間くらい喋り倒しますからね。

 この前のセミナー後も、「人格疑われるから、もう、話すまい」と思っていたのに、甲野氏に習った人がいたもんだから、甲野さんの失敗談を、(え~い、どうせブログに書くからおんなじでぇ~い!)と思って、しこたま喋りまくって、「嘘だと思ったら、甲野さんに聞いてください。どういう言い逃れするのか聞いてみたいな~」と、言っちゃいましたからね。

 しかし、本に書いて良いこととそうでないことの区別が小島さんはまったくできていないですよ。そこに多くの人が激怒しているんだという現実を自覚していないのはもの書きとして致命的欠陥です。

 私も、甲野氏が真剣を抜いて生徒に突き付けた事件の学校名は書きませんでしたが、何故か?と言うと、いくら20年も前の話でも、学校教育の場所で起こった事件は社会的な問題が大き過ぎるからなんですよ。当時、職員だった人達にまで責任が問われる可能性もある。そりゃあ、当時の学校側がひた隠しに事件を隠蔽したのは当然ですよ。

 逆にそういうことを一切考えないで自分勝手な理念で行動する甲野氏の危険性について、彼を祭り上げてる人達に認識させたいから、敢えてギリギリまで書いている訳ですが。

 でも、小島さんは甲野氏よりずっと非道いですよ。

 いきなりノールールで試合しようだの私闘だケンカだと餓鬼みたいなタワ言をいい大人が公然とブログに書いて、恥の上塗りをするんだから論外です。

 脅迫染みた嫌がらせが続いているなら、非難されることの理非曲直を謙虚に鑑みて、内省文を書くのが当然なのに、逆ギレして脅迫文みたいなものを書くとは、自己欺瞞も窮まれり!ですよ。

 勘違いしてるみたいですが、今回の事件は小島さんが99パーセント悪いんですよ。残り1パーセントは、英典館長の読みが甘かったかな~?というくらいですかね。

 無論、「小島さんと組んで本を出した」という選択自体が間違っていたという意味でですけどね。

 2ちゃんねらーだって、小島さんと比べたらずっと大人でしょう。私の知る限り、小島さんが常に小馬鹿にしている中国武術業界も、小島さんのように可愛げの無い人はいませんよ。人の痛みが判らない人間よりは遥かにマシだと思いますけどね。

 それに、個人名を出して「猥褻行為をしたという噂がある」とか何とか・・・根拠を示さないでそういうことを書いて人格攻撃するのは、自分の人格を疑われる結果にしかならないのを考えているんでしょうか?

 失礼を承知で敢えて書きますが、小島さんは別れた奥さんを侮辱するようなことをブログに書いていたそうですが、そういう性格が奥さんの愛情を失わせた原因だとは考えないんでしょうか?

 自分の大切な息子を産んでくれた人なんでしょう? 女が子供産むのは命かけてるんだよ? 昔は産後に死んだ人も少なくなかったでしょう?

 実際に裏切られた事実があったとしても、男だったら、「自分が至らなかったからだ。これまでありがとう。幸せになってくれ」と、嘘であっても、最後に言って別れるのが“仁義”であり“優しさ”だと思いますけどね。

 小島一志さん。

 貴方は、本当に可哀想な人ですよ。武道を学ぶ者として、男として、人の親として、社会人として、人間として、最も大切なことを忘れていますよ。

 それは、「感謝する気持ち」です。

 戦って解決がつくことなんて、この世の中にありはしないんですよ。力に頼る正義は力によって滅ぼされる・・・それが、この世の理法です。武道が教えているのは、そういうことですよ。
このページのトップへ
コンテントヘッダー

十文字鎌槍、入手!

20080522_001.jpg
20080522_002.jpg
20080522_003.jpg

 15日に本の印税が入ったので、横浜の刀剣店に十文字鎌槍の残金を支払いに行って、現物を持って帰りました。

 とは言っても、この槍は長さが2m50cmくらいになってしまうので、電車に持ち込むのは無理でしょうから、穂先だけ持ち帰り、柄は送ってもらいました。

 柄が到着してから、早速、穂先を装着して突きの練習をしてみました。

 槍の操作で柄を手の内で滑らせるのは当然として、右手を捻って突くとドリルみたいに穂先が回転しながら突き出されるんですが、十文字鎌槍だと横に張り出した鎌状の刃が円形に回りながら突き出るので、面白いです。

 楽しくなって、ちょっと強く突き出したら、穂先がスポーンと抜けて床にゴスッと当たってしまいました。慌てて畳を見たら、回転の遠心力で目釘がスッポ抜けてしまったみたいでした。いや~、一人暮らしで良かったな~。

 でも、このでかい槍は壁に立て掛けたりできないし置き場所に困ったな~と、思っていたら、カーテンレールの上に置けそうだったので、乗せてみました(オシャレ~)。

 う~む、なんか、武家屋敷みたいだな~? 「クセ者っ!」って、天井刺してみたくなる。今度、甲野さんから真剣で勝負挑まれたら、この槍で突っついてみようかな~?

 まっ、これで、短刀・脇差・定寸刀・大太刀・薙刀・槍と、日本刀は一通り揃ったので、これからは本格的に日本の伝統武術の総合研究をやっていきたいと思っとります!

 思えば、ちょっと前までは日本刀一振り買うのさえ夢物語に思えていたのに、人間は本気で願っていれば夢は叶うものなんだな~と思いますね。

 でも、刀に関しては、静岡のMさん、剣術師範代のSさんのお陰です。本当に人の縁は不思議なものだな~と思いますよ。


 話は変わりますが、十文字鎌槍を買ったのと同時に、物凄~くお世話になった人への贈り物用に“打ちおろし(研ぐ前段階のヤスリ成型したもの)”の刀のローンも組んでもらって、こちらも持ち帰りました。

 こっちの刀は、二尺四寸五分の坂一貫斎繁綱・・・私の三尺二寸五分の大太刀を打ってもらった刀匠の作品です。

 大太刀の出来の良さと注文打ちに応じてもらえるところから、武用刀として以前からお願いしようと思っていたんですが、店内に展示してある作品を購入しました。

 もっとも、打ちおろしの状態で注文するのは私ぐらいなものでしょう。

 研ぎから拵え製作まで全部やらねばなりませんから、私みたいなDIY趣味があって、尚且つ、ヒマがある人間でないと無理ですし、私の場合は刀のカスタマイズをする作業そのものから武術の技の工夫もしているので、製作作業が技に、技から製作作業に・・・と、フィードバッグさせています。

 だから、同じ作り方はしない。一振りごとに細工を変えてみたりしているのですが、これは自分の研究のためにやっているので、別に他人のために作ったり仕事として商品を作る感覚はまったくありません。

 でも、以前、元会員の刀の拵えを製作してみて、ちょっと自信もついたので、どうせ贈るからには既製の刀ではなくて、私が自分で作ったもの(刀身は無理だけど)を贈りたいな~と思ったんですよね。

 刀を予備の白鞘に入れてみたら、鞘も柄もピッタリだったので、縁金具や工具を引っ張り出して、ミニ・カンナで、物凄いスピードで削りまくって、柄の下地は仕上げてしまいました。

 鞘も柄も寸法が長過ぎたので、適当にノコギリで切り詰めて、銀の切羽の穴を精密ヤスリで広げて中心(なかご)に嵌め込み、鍔は模擬刀のやつが余っていたのを付けてみたらピッタリだったので、これを流用しました。

 贈る相手は武術の先生なので、居合の稽古に使ってもらおうと思っていて、繊細に飾るより、少し武骨な感じに仕上げた方が喜ばれるのではないか?と思った訳です。

 しっかし・・・私は手慣れてきたので、ほとんど勘で作業していて異様にスピードが早くなってきていますね。本格的に職人化しつつあるような・・・? マジで武用刀の拵え製作受けちゃおうかな~?

 以前だったら2~3日かかっていた作業が、ほんの2時間弱くらいで、できるようになっています。これだと完成するのに一週間もかからないんじゃないかな~?と・・・。

 翌々日、材料を東急ハンズに買いに行きました。最初の研ぎに使う天草産出の“天草研ぎの砥石”と、ダイヤモンド・シャープナー、塗料やハケ、木材、エイの革・・・等々。なるべく安く揃えたつもりだったのに、あっさり一万八千円を越えました。

 天草砥石は¥1300くらいだったんですが、これが備水砥石になると一挙に¥3000を越してしまい、更に上等な砥石になると0が増えて桁が違ってきています。

 上質な砥石は“ひと山いくら”の世界だという噂も本当かも知れませんね。刀の研ぎを本格的にやろうとしたら砥石揃えるだけで刀が何振りも買えますよ、マジで・・・。

 まあ、実用上は荒研ぎして刃がつけばそれで十分なんで、美術刀剣みたいに仕上げるつもりはないんですが、最近、日本刀の美に目覚めてきて、できる限り磨いていきたいと思うようになったんですね。研ぎも研究の一環で一生修行でしょうね~(あ~、研究領域が広過ぎるぅ~)。

 刀の外装は、柄木を削って縁金を装着したんですが、持って構えた時にやや前方に重心が行き過ぎている感じがしたので、以前から試してみようと思っていた、柄木に鉛の重りを入れて重心を調整する方法をやってみました。

 これは、柔らかい朴の柄木だったから、削るのが簡単なのでやる気になったんですが、堅い桜材だと重りを入れるスペースを削るのが大変なので、これまで実験してみなかったんですよね。私、かなり短気なんで、根気強くやる作業は嫌いなんですよ、実は。

 大太刀の時は真鍮板を装着しましたが、あまり重心のバランスを調整するところまでの重さはないですから、柄の強度を上げる役くらいにしか役だってない。桜材を削るのもちと苦労しました。

 しかし、今回は彫刻刀でサクサク削れて、後はヤスリでシャカシャカと物凄いテキトーに勘でやったんですけど、苦労しないで重り用のスペースを削って、釣の重りに使う薄くて長い板鉛(昔、買い溜めしていたので、その余りを丸めて利用。廃物利用だ)を装着し、真鍮板の余っていた分を使って蓋にしてみました。

 これは持った感触もいい感じです。明らかに重みが変わりました。柄だけを持った時に重心が後ろに寄っています。重りを仕込んだのも、刀の中心が嵌まる穴の先なので、これなら完成すると重心点が後ろに寄って頃合いになる筈です。

 柄の長さも結構長くしたので、居合だけじゃなくて柄捕り技とか柔術にも使いやすい筈です。普通の居合修行者は嫌がるでしょうが、刀は斬るだけのものではなく、柄当て・柄抑え・八寸の延べ金などの柄を活用する技も有るし、鞘・鍔・下緒もすべて武術として利用できるようになっているんです。

 ところで、柔術の短棒を使う技に“八寸拉ぎ”というのがあるんですが、何で、この短棒が八寸とされているか?というと、これは刀の柄の長さが八寸くらいだからなんですよね。

 つまり、柄の部分を利用して逆技やからみ技を使う技から発展して、柄の部分だけで技をかけるようになり、それが更に短棒になっていったと考えられます。その名残が八寸拉ぎになったんでしょう。

 これは、小笠原玄真斎の秘技と伝わる“八寸の延べ金”が、柄の持ち手を滑らせて刀の届く距離を延ばす秘訣として様々な流儀に口伝承されてきているのとも通底していると思います。


 さて、柄材も朴を使っているので折れるとマズイので、今回も針金で巻いて強化しておきました。真鍮板が柄折れ防止にも役立つでしょう。

 ここまでやってから、コバルトブルー染めのエイ革を張り付けました。柄の全長が長くて革の端っこが足りなくなったんですが、切れ端を張り付けて補いました。柄糸を巻けば隠れて見えなくなるから大丈夫でしょう。

 柄糸とかは例によって水道橋の尚武堂さんに買いに行きました。目貫とシトドメ(下緒を結ぶ栗型の穴に嵌める装飾兼補強用の金具)、切羽、刀の手入れ具も買いましたが、これまた一万八千円くらいになってしまいました・・・。ふぅっ、自作するのにも金はかかるな~?

 帰宅して早速、柄糸を合わせてみたら、まだ柄が太過ぎる。後から作り直すのも面倒なんで、少し考えてからエイ革を剥ぎ取り、針金を巻き取って、さらに柄木を削りました。

 やっぱり贈り物だから、見栄えもできるだけ良くしておかないと・・・。


 得物を自作するというのは、昔の武術家には結構いたそうです。

 古武術の流派には、稽古で使う木刀や防具なんかは自作させるところも、今でもあるみたいです。奥義の秘伝書が隠し武器の製作法だった・・・なんて話も本当にある。

 剣道でも竹刀をバラしたり組み立てたりは私が中学の時は習ったんですけど、今はどうでしょうかね?

 実際、自分で作ると構造が解るから、長所と短所も解るんですね。

 昔、『おんぶお化け』という日本昔話みたいなアニメがあって、おんぶお化けを育てているのが村の鍛冶屋のお爺さんなんですけど、村のみんなが野武士と戦う話があって、刀を作ってくれと頼まれても、「いくさの道具なんか作りたくない」と断る。

 でも、野武士に蹂躙される村の衆を見かねて刀を打つと、それが凄い名刀になったり、お爺さんが金鎚一つで野武士の刀を打ち折ってしまい、「わしは鍛冶屋だから刀の弱点は知っとるわい!」と、いつも温厚なお爺さんとは思えない勇猛さに驚いたもんでした。

 実際に自分で作ってみると、予想以上に技の工夫に繋がる点が多くて、これも最初は趣味でやっていたのが、今は研究の一環になっています。

 日本刀は勝手に作れないんですけど、ナイフくらいだったら作れるから、游心流の技に則ったタクティカル・ナイフをデザインして作ってみようと思ったりしています。

 海外の軍隊経験のあるマーシャルアーティストは、タクティカル・ナイフを自分でデザインする人が結構いるみたいですね。近接戦闘ではナイフの方が拳銃より怖いなんて言われますからね。

 実際、体術が得意だと短い刃物の方が使い勝手がいいと言う人が多いです。間合を潰すと長物はうまく使えなくなりますからね。

 そういえば、日曜日が雨天だと私の部屋で練習するんですが、この前はガスガンを使った銃の操作法と狙い方、撃ち方を練習しました。

 ガスガンは、44オートマグ・クリント1、ハイキャパ4.3デュアルトーン、ワルサーP38ステンレスシルバー、ワルサーP99、SIG・P226、スタームルガー・スーパーブラックホーク44マグナム。電動エアガンはベレッタ93R(100連発マガジン付き)、長物はウィンチェスターM1873。

 ハワイで実銃を撃ってきたK師範代は、「持った感じは本物と大差ないです」と言っていたくらい、最近のガスガン、エアガンはリアルにできていますから、これで練習しておいて、年に一回はグァム島に射撃訓練に行く・・・という具合に游心流はやっていきたいですね。

 銃の場合も、エキスパートは、自分の銃をカスタマイズして使うのが常識です。

 私も買ってきて大抵は手を入れていましたけれど、最近のものは仕上げも性能も良いので、敢えて手を入れる必要がありませんね。

 ガスガン、エアガンの規制が始まってからGunショップは元気が無くなって売り場も縮小されたりしていましたが、それも安定して、やや改善されてきているみたいです。

 日本人は刃物や銃に対しては恐怖心と嫌悪感が先走ってしまう人が多いですが、扱い方は知っておいた方が良いと思いますよ。銃は無理としても、最近は刃物の扱い方を知らない人が多いな~?って思いますよ。

 人に渡す時に刃先を向けたまま突き出す人なんて昔はいませんでしたけどね。

 これは危機管理意識の面でも重要だと思うんですが、知っていると不必要に不安がらずに済むようになると思うんですね。武器だって道具なんですよ。

 銃が無くなればいいと言う人は多いですが、私は絶対、駄目だと思いますよ。警官が銃持ってなかったら、腕に自信のある犯罪者は暴力ふるい放題になりますよ。

 犯罪者に倫理を説いても意味ないんですよ。話して解るのなら警察は要らないし、そもそも言葉が通じない相手にはどうすればいいのか?

 法律だって、現実に力で従わせる制度があるから守られてる訳ですからね。平和は銃で守られているという現実のリアルをきちんと理解しておかなくちゃいけないですよ。

 で、銃が持てない日本に住んでいる私は、武術に護身術としての力と戦略を求めて修行してきているという次第です。

 武術は自ら求めて戦いを望まず、ただ理不尽な暴力に備えて日々の修練を欠かさずに生きるライフスタイルなんですよ。

 公園で練習していると、時々、話しかけてくる人もいるけれど、興味本位の人は相手にしない。私は人を観て教えます。慎重に選んでいても、上達するに従って人格が破綻する者が少なくない。

 だから、今後は最初から興味本位の人間には教えない。持って生まれた素直さというのは教育して体得できるものじゃないんだと思いますからね。

 そして、武術というものが単なる身体を鍛えるとか格闘の技能を体得するだけのものではない、ということを理解して人生に役立てて欲しいと本心から思っています。
このページのトップへ
コンテントヘッダー

『少林少女』は武道精神を描いていてグー!

「柴咲コウは目がデカイな~」というのが、作品を見て最初に感じた点でした。まるでアニメに出てくるアクション・ヒロインが、そのままCGで実写化したかのごときググッと強烈な光を放つ眼力・・・。

 これまで彼女が出演している作品は、『案山子』『着信アリ』といったホラー、『メゾン・ド・ヒミコ』『どろろ』が印象深かったんですけれど、この『少林少女』が、一番、頑張ってるな~という印象が強かったですね。

 何しろ、アクションのほとんどを本人が実際に演じており、それが武術を使った格闘アクションなんだから、そりゃあもう身体張ってますよ~。

 で、そのアクションなんですが、想像していた以上に、武術の基本をしっかり訓練して姿勢が身についていたのに、まずビックリ。

 最近のアクションは、カメラワーク(撮影技術)とカットワーク(編集技術)を駆使して、スタントマンの卓越したスキルと俳優の演技が見事に融合したように見せるためにカット割りが細かくなってフレームも近接した画が多くなっている傾向があるように思っていたので、この作品もそういう技巧的なごまかしが多用されているだろう・・・と予想していました。

 ところが、柴咲コウの動きを引きの画面で割りと長く撮っているんですね。

 つまり、アクションのごまかしが利かない。本人の動きが悪ければ、そのまま残念な結果になってしまう・・・。

 例えば、『あずみ』の上戸彩は、シーンによって動きのキレに相当な差がありましたが、撮影が進む中で上達していったのが画面に反映していました。刀を使う難しさと、逆に刀を使うことによって助けられた面もありました。

 柴咲コウは、一年間訓練して撮影に臨んだそうですが、売れっ子の女優で歌手でもある多忙な身で、あそこまで形になる動きを体得したというのは驚異です。

 正直、ここまでやれるとは予想以上でした。

 役者は演技するのが仕事ですから、大抵の役柄はうまく演じられるでしょう。中卒高卒の役者が、医者や弁護士を完璧に演じてみせることも当たり前です。

 ところが、どんな優秀な役者でも、武道家の演技をするのは難しい。

 訓練された身体の動きを演技力だけで表現するのは、どだい、無理な話なのです。

 実力のある俳優、女優が時代劇で剣の達人を演じている時、ガッカリしてしまう場合が少なからずあります。

 時代劇の主演クラスの俳優が居合術などを修行したりするのも、格好だけの殺陣を訓練してもサマにならないのを自覚しているからでしょう。

 柴咲コウの動きは、殺陣や通常のアクションの手を訓練して臨んでいる様子はありませんでした。意外と泥臭い格闘シーンだったりしていたのです。

 これは下手な見せ方だと、つまらなくなってしまいかねないのですが、うまい具合に見せていたと思います。

 それと、少林拳や太極拳の理合を用いた教訓的な内容も込められていて、非常に教育的なストーリーになっていたのも意外でした。

「力だけじゃダメ。力のコントロールが大切」だとか、「武術は戦いの道具じゃない」といった教えは、実際に愛好している人間でも忘れてしまいがちな点でしょう。

 もちろん、ストーリーに御都合主義やアレ?と思う点も感じられたのですが、全体的に明るくハッピーに纏めたところは少年ジャンプ的な王道に感じられて気持ち良かった。

 何度でも繰り返し観たくなる久々の快作です。


 あっ、そういえば、劇場のプログラムで以前、F昌堂で一緒に仕事していたHさんが少林拳について書いていて、「元気でやってるね~」と思いましたよ。


追伸;中国四川の大地震で被害に合われた方々の御冥福を祈ります。
このページのトップへ
コンテントヘッダー

補足追記『甲野氏って、日本武術史上最弱?の達人だよね』

 甲野氏の批判は全て書き尽くしたつもりでいたんですが、後から色々と思い出したり、惨敗情報(凄過ぎます!)が来たり・・・。キリがないですね~。

 いやもう、批判するのも辛くなってくるんですけどね~。よくもまあ、次から次に間抜けな目撃談が出てくるものだな~?と、呆れるのを通り越して、笑うしかありません。

 私個人は、自分自身がとても武術家と名乗れるような実力ではないと自認しているのもあって、別に甲野氏が強かろうが弱かろうが特に問題視することでもなかろうと思うし、彼より弱い自称武術家も少なからずいるんじゃないか?と思っていました。

 でも、いくらなんでも、ここまで弱いとは? シャレにならないですよ。これはもう、『日本武術史上最弱の達人と呼ばれた男』として、ギネスに載ってもいいくらい弱過ぎるんじゃないですかね?

 いや~、ちょっとね~、もう勘弁してくれ~って感じですよ。こっちが恥ずかしくなってしまいます・・・。よく、これまで武術について語ってこれたものですね~?

“修行という観点で負けるのは自分の足りない部分を教えてもらうメリットがあるんだから感謝すべきだし、恥ずかしいとか悔しいと思う感情を超えて、「私の欠点を教えてくださってありがとうございました」と思いなさい”と、私の拳法の師匠である躾道会の小林直樹先生は言っていました。

 だから、私は自分の負けた話は隠さないで言えます。小林先生や田中光四郎先生(不二流体術先代宗家)、友寄隆一郎先生(賢友流空手道宗家)、青木宏之先生(新体道創始)といった、私が尊敬している先生方もそうでした。

 そういう正直さは、修行者としての自身に嘘をつかない態度の顕れでしょう。

 甲野氏の真にダメなところは、自分自身に嘘をついている点なんですよ。そして、誇大妄想に浸って他流批判をする点で、それを真に受けた人達がどんどん勘違いして錯覚していってしまう・・・。

 甲野氏は、よく、「剣道七段の人に教えてやっている」とか、他流の高段者に教えていることを例にして自分がいかに優れた実力者であるか?というように印象付けようとしていましたし、「~流~段の人間でも自分の技に手も足も出なかった」と、自慢ばかりしていました。

 型稽古や約束組手だけだと、こういう発言の裏を取るのは難しく、私みたいに「どうも怪しいな~」と疑って、本気で攻撃を入れてみたりしない限り、甲野氏に騙されてしまう人ばかりでしょう。

 何しろ、本人が自分では信じ込んで言っている言葉(妄想ですね)だし、知識だけは並外れてあるので、大抵の人は丸め込まれてしまう訳です。

 嘘つき過ぎる点を除けば、いかにも善人みたい?だし、雰囲気的にも本気で攻撃することを憚ってしまうから、礼節を弁えている人ほど、喰い物にされてしまうのです。

 私が本気で攻撃した時も、半分以上、胡散臭いと思いはじめていたので、ハラを括って攻撃してみた訳です。でなければ、いきなり師匠の顔面にビンタ入れまくったりしませんよ。普通の武道家だったら、殺されてます。別に恨みがあった訳でもなし・・・。

 ですが、気をつけて欲しいのは、こういう手合いの人間に習いに行けば、自分が学んできた流派を間接的に貶めるのに手を貸すことになってしまうのです。この点は、よくよく考えなきゃダメですよね。

 何しろ、おとなしく技にかかってあげただけで、「~流は大したものではない」と吹聴するに決まっているからです。甲野氏はそういう人です・・・。


 さてさて・・・、面白過ぎる情報を読者からメールしていただきました。

 本文中でも触れた“空手協会での講演で発生した事件”なのですが、より詳しい内部事情がうかがえて何ともピッタシカンカンなタイミングだったので、補足させていただきたいと思います。

 以下、ほぼ原文そのまま紹介します。


『甲野氏は、日本空手協会にて講演した際にも大失態を演じられたそうです。

ご存じのように、日本空手協会とは松濤館流の総本山のようなところで、伝統派であるものの、試合では平気で相手の顔面に突きを当てていくところであります。

その本部に招かれ講演の席上で、「私は空手から学ぶべきものは何もない」という意味のことを言ったがために日空協幹部がいろめきたち、実技指導の時に・・・

甲野氏 「では、突きをさばきます」
(一本もさばけなかった・・・)

甲野氏 「蹴りをさばきます」
(一本もさばけなかった・・・)

甲野氏 「剣さばきをおめにかけます」
(剣ならば大丈夫と思われたのでしょう。だが、日空協の中に剣道六段の猛者がおられ、これまた一本もさばけなかったばかりか、逆にやられた・・・)

おまけに自分の得物をあらかじめ宅配便で日空協へ送りつけてくるとは、まったくこの人もK(個人名なので伏せます)と同類なのだろうか?と勘ぐりたくなります。

さらに、甲野氏は日本韓氏意拳学会の名誉顧問に就任なさいましたが、なんでこんな人を?と思っている今日この頃です』


 以上です・・・。

 いや~、凄いですね~。「空手から学ぶべきものはない」って? 何様のつもりなんでしょうかね~? 空手家とまともに手合わせして一度でも勝ってから言ってもらいたいもんですね~。

 フルコンタクト、伝統派、沖縄古伝を問わず、空手道は日本のみならず世界に広まっている日本の代表的武道の一つなんですよ。

 そこに「学ぶべきものがない」なんて、傲慢と言うより、“超々ド阿呆”としか言えません。“古武術研究家”と肩書がついている人間が言う言葉なんでしょうか?

 いや~・・・たまげたな~。

 まあ、私、個人的には以前から、「ひょっとして、甲野氏って、自分の頭の良さをアピールしている割りには、“物凄~い馬鹿”なんじゃないかな~?」とは思っていたんですけど、当たってたみたいですね。

 知識は有っても観る眼が無く、自分の内部感覚に埋没し過ぎて現実を認識する客観的判断力が崩壊しちゃっているんでしょうね。

 こんな勘違い野郎を達人扱いしている人達も、洞察力の無さは悲しくなります。まともに修行を積んでいれば、しばらく付き合えば口先だけ、見せかけだけの人物なのは解る筈だと思うのですが・・・(あっ? 昔の俺もだぁ~っ!)。

 オウム真理教に高学歴の知的レベルの高い人が多く入信していたのと同様のメカニズムを感じざるを得ません。引っ掛からなかったのは、甲野氏が訪ねてきても門前払いして会わなかったという松岡正剛氏くらいなものではないでしょうか? 松岡氏は剣道も修行されていたそうなので、流石に慧眼ですね。

 ですから、日本韓氏意拳学会の名誉顧問というのも実力というより世間的な知名度を評価して依頼したのだろうと思われますし、失礼ながら主宰者である光岡氏もまた甲野氏と類似した権威主義的人物なんだろうな~という印象を持つしかありません。

 会ったことないのに批評するのは失礼でしょうが、著作の文章を読んでも皮相的な観念論を弄しているように思えますし、習った人複数から聞く限りでも、勿体ぶって出し惜しみする人みたいな印象を受けます。実力者だという話も聞きますが、それなら、尚のこと、何故、甲野氏とツルむ?のか、理解に苦しみます。

 中国武術にしろ日本古武術にしろ、伝統的な武術を愛好する人達は、“正統派”という党派観念(セクト主義)に捕らわれている人が非常に多くて、自分の学ぶ流儀の系統こそが本物で他は間違っていると決めつける権威主義的人物が随分います。

 しかし、こんな考え方をする現代武道や格闘技を愛好する人はまずいません。いくら正統派を標榜しても、実際に闘って勝てなければ意味がないことを知っているからです。

「これぞ正統派の本物」という権威を崇めるか、「実際に闘って有効かどうか?」という技術の良い悪いを問題にするかの決定的な差があるのです。

 甲野氏のいやらしいところは、自分自身は正統派の流儀をきちんと修行した経験が無いので、正統派の流儀を修行している人に近づいてはその権威を流用してくる・・・という虎の威を借りる狐のやり方をする点です。

 だから、黒田鉄山師範と交流していた頃は、「駒川改心流こそが新陰流兵法の本流が伝わっている」とか、「民弥流居合術にこそ現代居合に失われた術理が残っている」と評していたし、宇城憲治師範と交流していた頃は「沖縄古伝空手こそが空手の正統だ」と、訳知り顔で言っていました。

 無論、こういう具合に言われて嬉しくない武術家はいないでしょうから、当初は黒田師範も宇城師範も甲野氏と親友付き合いをしていた訳です。

 が、虚栄心の強過ぎる甲野氏は、付き合っているうちに自己顕示欲が頭をもたげてくる訳ですよ・・・。

 そういえば、甲野氏が『徹子の部屋』に出演した時、合気道の段位を聞かれて、「う~ん・・・確か三段だったかな~?」なんて言っていましたが、実際は二段だそうで、年齢をごまかすグラビアアイドルみたいで笑ってしまいました。普通、自分の段位は忘れませんよ~。

 わずかしか学んでいない鹿島神流の、自分自身は直接学んでいないのに国井善弥師範の達人っぷりをアピールしておいて我田引水したり、黒田鉄山師範の居合術や剣術を導入しておいて陰で「自分は黒田先生を超えてしまった」とかほざいたり、宇城憲治師範と親友とまで言いながら嫉妬心から陰で中傷したり・・・ということを繰り返す・・・。

 これは、養老さんや引退した桑田・・・etcと、甲野氏の常套手段ですが、今に始まったことではなく、いろいろな分野で著名な人物に近づいて売名に利用するのは、私が道場に通っていた頃から既に十二分にやっていました。どうやって、取り入るのか不思議でしたけれど・・・武的才能は一切ありませんが、そういうヤリ手婆的才能だけは認めざるを得ません。

 要は、他人の権威を借りて自己アピールするやり方で世間的に知名度を上げてきている訳で、著名人を利用してメディアを操る巧妙な詐術っぷりは“お見事”です。


 けれども、武道の世界では、実際に手合わせすれば実力は明確に晒されてしまうので、日本空手協会での惨憺たる負けっぷりのような事件が頻発してしまっていた・・・という訳なんですね。


 まあ、それはそれとして、有名人の発言は世間に誤謬を広める原因になってしまいますから、武術研究家として空手道の武術性について少し解説しておきたいと思います。

 まず、フルコンタクト空手ですが、防具式組手スタイル(こちらはむしろ伝統派空手道に近い)を別として、大山倍達師範が実質的創始者と見て良いでしょう。

 フルコンタクト空手の武術性は、「他流の優れた技を貪欲に吸収して組手試合の中で洗練させていった」という一点に尽きます。

 それは、伝統的な本来の空手の技と戦術、理合から離れてしまっているきらいは有りますが、代わりに、太気拳の組手理論・大東流のバランス操作と逆技・太極拳の受け流し技・ムエタイの廻し蹴り・カポエィラの後ろ廻し蹴り等を導入しつつ、さらに柔道やボクシング、テコンドー、意拳等々を採り入れながら、今も意欲的に進化していっています。

 何よりも、謙虚に他流に教えを乞うて日々革新していこうとする修行者気質は見習うべき点が大きいでしょうし、中には盧山先生のところのように伝統的な型の分解解釈や武器術、鍛練法の研究を進めている指導者もいるようです。

 次に、沖縄古伝空手の武術性については、「秘伝として選ばれた人に伝えられた文化性と実戦性の両立」に価値が有ります。

 みだりに一般に公開してはならないとする守秘義務を厳守しながら選ばれた人に伝えていく継承システムは、日本も中国もその他の国にも見られる伝統文化の在り方です。

 武術が護身殺敵の術を伝えるものである以上、このような継承システムを軽視してはならないと私は考えています。

 大衆化一般化が大の兵法(大乗)だとすれば、秘伝を守って伝承者を選ぶやり方は小の兵法(小乗)であり、一方的な価値認識で否定してはならないと、伝統武術の秘伝を学び得た研究者の一人として、強く主張しておきたいと思います。

 さて、伝統派空手道の武術性については、結構、多くの人が「スポーツ化していて空手の本質を失っているのではないか?」と誤解しているのではないでしょうか?

 このような誤解は、武道マスコミが専門誌上で展開した机上の空論が蔓延したものでもあり、現状をきちんと考察したものとは言えません。

 私は教材本の取材で全空連の香川政夫先生に取材し、伝統派空手道に目からウロコが落ちるような学ぶ点が数多かったので、ここで断言しておきたいのですが、確かに、本土に伝えられて以後の空手道は、沖縄古伝の空手とは戦闘理論が変化していると言えます。

 ですが、それはマイナスなのではなく、プラスの面が少なくなかったと思われます。

 確かに、識者が多く指摘しているように、型の解釈に関しては沖縄古伝の空手に及ばない面はあるだろうと思います。これは伝統武術の宿命として型の解釈は秘伝扱いされて一般に伝えられなかったのですから、仕方がありません。

 ですが、変化の大半は、型よりも“組手”にあります。本土に伝えられて以降の伝統派空手道には明らかに剣の影響が強くうかがえるのです。

 つまり、間合と拍子を読み、組手で目まぐるしく進退する歩法が発達したのです。

 そして、先を読む剣の理合が導入されたことが決定的に大きな意味があると思われるのです。

 遠い間合からリズムを刻み、先を取って槍を突き出すように猛烈な勢いで繰り出される突き蹴りの攻防は、畏怖すべきスピードです。体移動の威力が突き蹴りに乗るのですから威力も十分です。

 まさに、瞬撃の拳足が目にも止まらぬ稲妻のような速度で繰り出されるのです。

 正直、実際に闘うことのリアリティーを考えていない甲野氏が手も足も出なかったのは当たり前と言わねばなりません。まして、そこに居並ぶのは伝統空手道のトップレベルの指導者ばかりだったのでしょうから。

 ですが、甲野氏は、過去に時津師範、宇城師範、極真空手マン複数、芦原英典館長といった何人もの空手家にまったく何もできずに一方的に打ち倒されてしまっているのに、何の勝算があって「空手に学ぶべきものはない」みたいなタワ言をほざいたのでしょう?

 まさか、空手家の拳足の恐ろしさを忘れてしまっていたのでしょうか? それとも、何度も何度も痛い目に合って、空手憎しの怨念に凝り固まって現状認識できなくなっていたのでしょうか?

 何はともあれ、ここまで実力も糞も無く、武術に関する認識眼も皆無なのでは、これ以上、武術・武道の世界の権威者としてメディアでタワ言をほざき続けてもらっては困りますね。

 おまけに、たかが一度の講演のために得物(木刀や杖とかだったんでしょうか? それとも真剣?)を宅配便で送りつけるというのも、虚栄心の度が過ぎますね。自分で持てる範囲のものを持っていけば事足りるでしょう?

 私が協会の幹部だったら、送り返して講演依頼を断りますけどね。それくらい非礼なやり方だと思います。そういうプライドは日本空手協会も持つべきではないでしょうか?

 いやはや、本当に、武術の世界から一刻も早く消えて欲しいですね。これ以上、真面目な修行者を惑わさないで欲しい。身体操作法がどうしたこうしたっていう話だけなら、既に社会的に大いに評価されているんだから、それに専念すればいいではないですか?

 でも、“古武術研究家”と名乗り続けて武術みたいなパフォーマンスを繰り返してやって見せるのは罪がありますよ。真摯に人生を賭けて武術に取り組んでいる人はいくらでもいるんです! そんな人達に対して恥ずかしいと思わないのでしょうか?

 甲野氏は、武術の世界にとって、もはや、百害あって一利もない人です。解っちゃいたけど、あまりにも酷過ぎる・・・。

 見識も無い、実力も無い、理合も知らない、文化を守ろうとする志しも無い、礼節も弁えない、常識すら無い・・・有るのは異常に肥大した虚栄心から出てくる偽装癖と虚言癖のみ! こんな人物を武術のオーソリティーに祭り上げていたら、日本の武術文化は崩壊してしまいます。はっきり言って、武術界の害虫です! 

 でもね~。私も若い頃に一度は師と仰いだ人なんですよ。世話にもなりましたよ。情けない人だとは思うんだけど、せめて、散り際だけは綺麗に消えていって欲しいですよ。

 だから、私の知る限りの恥ずかしい失敗談を列記した訳です。自分で告白できないだろうから、私が代わって書いてあげたつもりです。

 ちょっと、一句作ってみました・・・。

「達人の 正体みたり ただの阿呆 浮かれ騒いで 桜も散り頃」

 何か、ダイヤモンドアイの外道照身霊波光線みたいだけど、見苦しい正体を晒す前に、武術の世界からはスッパリと足を洗ってくださいよ。本当に頼みますよ。見てるこっちが辛くなっちゃうんですよ・・・。

 あっ、そうだ。もう一つ、思い出した。

 甲野氏が抜刀試斬の団体に招かれて日本刀の斬れ味について講演した時、「それでは、実際にお目にかけましょう・・・」といってマキワラを斬ろうとして、ザクッと食い込んだものの斬れず、40分くらい何度も挑戦したけれどまったく斬れずに摘まみ出されてしまったとか・・・? コメディアンですか? わざと狙ったのか?

 ねっ? どんな立派な理論となえてても現実にできなかったら無意味ですよね?

「できねば無意味」と称していた甲野善紀の達人伝説・・・破れたりっ!


<劇終>
このページのトップへ
コンテントヘッダー

『99パーセントの本当と1パーセントの嘘 ~甲野善紀達人伝説の真相~』⑤

第五章「捏造」

 甲野氏の問題点としては、もう一つ、他人の研究を横取りしているのではないか?とか、捏造の疑惑も囁かれています。

41,手裏剣術研究家の鈴木方山先生が手裏剣術の技術について問い合わせの手紙を送ったところ、イチャモンをつける手紙が返ってきたそうです。が、チャッカリ鈴木先生の研究成果をパクッていたみたい。

42,ナンバについて古武術と結び付けて論じたのは正木流万力鎖術の名和弓雄氏が最初ですが、名和氏のレクチャーを受けた甲野氏が自分の論として発表したのは周知の事実。
ナンバは、もともと舞踊の用語であり、武術に伝わる言葉ではないことを私が繰り返し指摘し続けたら、最近は知らぬフリを決め込んでいる。間違った説を広めたらきちんと訂正する責任があると思うんですが・・・。

43,大東流合気柔術の岡本正剛師範が考案したボールを使った説明をパクッて四方輪の術理を発表した。岡本先生は笑い飛ばして気にしていませんでしたけどね。

44,無拍子打ちは、大東流佐川道場の木村達夫氏からパクッていると木村氏が主張。私は木村氏は嫌いだけど、地力そのものは甲野氏よりずっと上だと思います。

45,「理論を盗まれた」と松田利美伝大東流を伝える人から苦情が・・・。

46,コイン取りは、伊藤昇先生からパクったフシが・・・。というか、そもそもの始まりが伊藤先生の影響で武術をやるようになった訳なので・・・。

47,雑誌の対談記事に、後から勝手に書き加えて、自分の主張をあたかも相手が賛同しているかのように見せかけた。同様の問題でライターの小島一志氏もやらかしてましたけど、これはダメですよね~。相手に迷惑がかかるからね。

48,TV出演の時にアメフトだったとかの選手と紹介した人が全然関係ない自分の弟子だった・・・ということを本人がブログで告白し、すぐに削除されてしまったとか? 公共の放送を使って詐欺やっちゃった訳? スゲェ~・・・。


 このような捏造疑惑に関しては、研究家として私も数多くの流派の技を研究してパクっていますから、一方的に責められない想いはあります。が、できる限り、参考にした流派を明かしていくように努めています。嘘だけはつかないようにしないと文筆業は続けられませんからね。

 そうやって出所を明かすというのは、最低限の礼儀として必要なことで、結局、自分の頭の中だけで考えたところで、多くの場合、既に誰かが考案している場合が往々にしてあるのです。

 甲野氏は、その辺りに関しては正直に打ち明けていると思っていたのですが、やはり、肝心なところは隠してしまっていたみたいですし、最近、TVで護身術の技をやってみせていたのを見たら、私の技とそっくりでウゲゲッ?と思ってしまいました。まさか、私のDVDも観てんのかな~?

 もっとも、「いや、そのやり方だと通用しないけど・・・」とツッコミを入れたくなりましたが・・・。



終わりに・・・

 今回、余計な解説は書かずに事実だけを列挙していこうと思っていたのですが、ついつい所感も書き加えてしまいました。何か、面白過ぎますでしょう? こんな裏表のギャップが甚だしい人って、そうそういるもんじゃないですよ。

 ドキュメンタリー映画も、こういう裏表を描けば、『ゆきゆきて神軍』とか『全身小説家』とかに匹敵する大傑作になったと思うんですけどね。

 親しく付き合っている人達も、これを読んだら呆然となるでしょうね。嘘か本当かは甲野氏本人に質問してください。そして、できれば、どんな言い逃れをしたのか聞かせてくださいませんか? 物凄ぉ~く、聞きたいですっ!

 私と親しい人達は、最初はやめろやめろと言っていましたが、あまりに私が頑なに批判をやめないので、そのうち、笑いながら「長野さんは甲野氏が大好きなんだね~」と言うようになりました。

 いや、実際、そうかもしれません。こんなツッコミ所満載の人って他にいませんよ。どうして誰もいじらないのかな~?と、不思議で不思議で仕方ありません。

 甲野氏が世に出る切っ掛けを作ってあげた新体道の青木宏之先生は、「長野さん、勘弁してやってよ。許してやってよ。甲野さんはいい人じゃないか?」と言われたのですが、私は、「嫌です!」と答えました。

 すると、「う~ん・・・じゃあ、しょうがないな~。いや~、私もねぇ~、お前は着物じゃなくてGパンにTシャツ着て外国を旅でもしてみろよって言ったことあるんですよ。多摩の田舎で日本刀振ってたってダメだよね~」と、笑っていましたけれど、青木先生のおおらかな優しさは、そんなダメな甲野氏をも包み込み、頑迷な私をも受け止める器の大きさがあります。

 甲野氏がてんで実力が無いのは百も承知で、新体道の機関誌に「本物中の本物である」なんて書いてしまう青木先生の文章を読んだ時は、私はプッと吹き出してしまい、「青木先生もシャレが好きだな~。甲野氏がヘタレなの知ってるくせに~」と、クスクス笑いしてしまいました。

 しかし、確かに、ある意味で、私は今でも甲野氏を師匠として敬う気持ちが残っているのかもしれません。あくまでも「反面教師」としてですが・・・。


 ここまで読まれた方は、甲野氏のあまりの羊頭狗肉っぷりに唖然とされたのではないでしょうか?

 でも、ここまでダメ過ぎると、むしろ、面白キャラに思えてきませんか? 漫画のキャラとしか思えないでしょう? でも、誓って誇張してないと言えます。

 現代のサムライと呼ばれ、達人伝説の体現者とメディアが持て囃す人物の、これがリアルな真相であることを、私は誓って断言します。

 はっきり言って、武術をやるのに全然向いていない人としか言えないんですが、それでもどんなに惨敗してもへこたれない?不屈のM的精神は特筆すべきかもしれません。

 あの、しつこさ、性懲りもなさ、とことん見えっ張りなところ・・・まともな神経とは思えませんが、その奇妙奇天烈さに、多くの人が惹かれるヘンな磁力があるのかもしれません。

 あるいは、あのヘコタレナイ精神、とことんナルチシズムに埋没できる点こそが天才性なのかも知れませんね? かの北大路魯山人(海原雄山のモデル)もまた、ナルチシストの典型であったそうですし・・・。

 精神科医の名越康文氏が甲野氏に惹かれたのも、精神病理学的に極めて面白い素材に思えたからだったのかも知れませんね。

 でも、ヘンな人が権力持つと危険ですからね。

 今や、武術の世界の一大権威者としてメディア業界的に認知されてしまっている甲野氏が、実は“トンダ一杯食わせ者”なんですよ・・・と知らせるのは、研究家としての私以外に誰もできないことだと思うのです。

 無論、知ってる人は知っているんです。

 でも、武道の世界は、妙な倫理協定みたいなものがあって、「解っていても指摘するな」という暗黙の了解みたいなものがあるんです。だから、一般の武道関係者は解っていても糾弾しないのです。

 中には、甲野氏の病的な虚栄心の強さ故に、真相が知れ渡ったら、思い詰めた甲野氏が首を吊って自殺するんじゃないか?と本気で心配し、そしてまた、「アンタだって、もしそうなったら寝覚めが悪いだろ?」と窘められたことがありました。

 面白かったのは、そう言った人も偽装武術家だったんですが・・・。

 だから、武術の世界というのは、昔っから偽装捏造が当然のように実施されてきた世界なんです。

 例えば、空手道協会の講師で呼ばれた甲野氏が、並み居る空手家の前で「現代武道はスポーツだから駄目だ」と力説して怒らせ、実技解説の時に散々なていたらくをさらしたそうなんですが、それでもマズイ場面は除いて、専門誌では立派な講演だったように見せかけて紹介記事が書かれる・・・。

 で、普通の神経の人だったら自分から「恥ずかしいから、削除してください」と言うところなのに、甲野氏の場合は自分の都合の悪いところは記憶から排除してしまうらしくて、全然平気なんですね。

 まあ、持ちつ持たれつで成立している業界なので、甲野氏独りが悪い訳ではないんですよ。本当のことを言うと。

 ドキュメンタリー映画にしても、監督のインタビュー記事を読むと、何かマズイ場面があったらしいんですが、結局、削除してしまったみたいですね。ドキュメンタリーだって編集の仕方で全くイメージが逆転することはあるんです。

 そんな訳で、これまで多くのメディアを通じて偉大な達人伝説が伝えられてヒーロー扱いされてきた甲野善紀氏の、私が知り得たダメダメ伝説を紹介することでバランスを取ってもらいたいと思っています。

 ここまで書かれたらスッキリしたでしょ? 甲野先生。

 嘘に嘘を塗り重ねても、事実は事実。消せるものじゃないんですよ。自分は記憶してなくても、迷惑を受けた人、目撃した人は忘れていないんです。ここらで偽装人生は卒業してみませんか。ねえ、甲野先生・・・。


 最後に、読者の皆様に、この言葉を贈ります。

「あなたのハートに何が残りましたか・・・?」



   <完>
このページのトップへ
コンテントヘッダー

『99パーセントの本当と1パーセントの嘘 ~甲野善紀達人伝説の真相~』④

第四章「妄動」

 甲野氏の問題点は、他にもあります。ここでは「こんなことがあったんですよ」と、私のところへ寄せられた情報を紹介します。

27,知人の結婚式で抜刀術を演武。結婚式でキレ物はまずいと思うが、問題はその後。懇親会で入った喫茶店で、何を思ったのか、足を踏み入れた途端、エイッと日本刀を抜刀し、店員から追い出された。「最もあぶない馬鹿」って感じ?

28,夜に酔った勢いで交番の前で抜刀してみせた。警官は見ないフリをしていた。怖かったんでしょうね。

29,居酒屋で畳をはがして立て掛け、手裏剣術を披露してみせた。犯罪ですよね。

30,さる刀匠の鍛刀場にバンで乗り付けた甲野氏一行は、作刀の様子を見学させてくれと言い、しばらく見学した後、「御礼に私の手裏剣術をお見せしましょう」と言って、勝手に畳をはがして立て掛け、手裏剣を打ってみせた。お供の人達が止めなきゃダメですよね。

31,山口清吾先生のお弟子さんに技をかけようとしてまったくかからず、キレて、突然、「手裏剣術をお見せしましょう」と、目を三角にして手裏剣を打ち始めた。気ぃ狂ってますね。

32,養神館のA先生と対談した時、「こうされたらどうしますか?」と合気揚げを挑むが、そのままふっ飛ばされてしまった。失礼且つ阿呆ですね。

33,日本伝の鍼術を伝承する人をアポ無しで訪ねたが、例によって日本刀を持参していて「人を訪ねるのに武器を持ってくるのはどういう意味ですか?」と尋ねられて、「これは武士の心を忘れないために・・・」とかヘンな理屈を言うのでキチガイだと思われて追い返された。当然ですよね。

34,講習会に参加した人にまったく技がかからず、深夜にその人に電話をかけて散々、イチャモンをつけた。よっぽど悔しかったんでしょうね。

35,『たそがれ清兵衛』『隠し剣・鬼の爪』の殺陣を指導したと嘘を言い、実際に武術指導した剣道家の蓑輪先生と剣道雑誌の企画で対談した。が、対談記事が載る前に甲野氏の嘘に気づいた蓑輪先生が激怒して記事の掲載を取りやめるように申し入れた。恐らく、記事を根拠に自分が技を教えてやったかのように捏造しようとしたのではないか? 「哀しいヤツだな~」と、田中泯さんが言っていました。


 それから、また、私事になりますが、御披露しましょう。

36,合気道マガジンという雑誌に西野流呼吸法の特集記事が出た時、“西野氏の気を受けて金縛りになった剣術家”という目撃談が掲載されていたが、この件で私に電話してきた甲野氏は、同誌に「西野さんが柔道家やレスリング選手とかと立ち合っても気で動けなくできるのか?とか君が投稿してやってくれないかな~?」と裏工作を依頼された。その後、自分で西野氏に立ち合いを挑む手紙を書いたと言って手紙のコピーを見せてくれたが、素手の西野氏に対して「袋竹刀で自由に打たせてくれ」という、随分、アンフェアな要求だった。本当に虚栄心だけは百人前に強いですね~。

37,剣道の専門誌『剣道日本』に、キテレツな現代剣道批判論を書いていたのを読んで、あまりに馬鹿過ぎると思って反論を書き送ったが、甲野氏から「誰にも知らせずに真剣で真剣稽古をしましょう」という精神疾患の人が書いたような手紙が来た。その後、友人から電話があって、「長野さん、甲野先生と勝負するのは止めてください」と必死の様子で言うので、「あ~、どうせ、稽古中の事故に見せかけて俺をブッタ斬ってやるとかほざいてんだろ?」と言うと、「はい・・・」と答えたので、「そんなの判るよ。心配しなくていいよ。そんな馬鹿なことはしないから」と答えておきました。そして、その手紙をそのままインターネットのホームページでさらしました。そうすると、嫌がらせの凄いこと、凄いこと・・・。当時、私が勤めていた大学の生涯学習センターの学長宛に「こんな教師は辞めさせろ」という匿名の手紙が来たということで、センターの事務長さんから呼び出されて注意され、「危ないことをされたらうちの大学に傷がつくことになりますから辞めていただかなくてはなりませんよ」と言われてしまい、私自身で決着をつけに行くのが難しくなってしまい、それで私の代わりに「先生が行くまでもないですよ。私達でとっちめてきます」と申し出てくれた会員達が代わりに公開稽古会に行って、とっちめてきたという次第・・・。が、あまりに甲野氏が弱いので、「長野先生、本当にあんな人に習ってたんですか?」と笑われてしまいました。ちなみに、心配して電話してくれた友人は、何と、私に話したことを率直に甲野氏に打ち明けたそうですが、それを聞いた甲野氏は声が引っ繰り返るくらい驚いたそうで、「参ったな~。言っちゃったのか~? 困ったな~。じゃあ、作戦を変えなきゃいけないな~・・・」と困りまくっていたそうですが、バレないと思ってたんだ?

38,そういえば、私が通っていた頃、練習後に日本刀を手入れしていた甲野氏がウットリした顔で「大義名分があれば、人を斬っても心は痛まない・・・」と呟きました。(はあっ? 何と言いました?)と思ったら、クルッと私の方を向いて、「いいか? 人は大義名分があれば、人を斬っても心は痛まないんだぞ」と言って、ニヤァ~ッと、物凄く気持ちの悪い顔で笑いました。要するに、人を斬ってみたいんでしょうね。変態ですね。

39,あっ、そうだ。こんなこともあった。合気ニュースの読者の意見コーナーで論争になり、編集部に遊びに行った時に、「口で言っても無駄だから、今度、甲野氏の稽古会に行ってきますよ」と編集部のKさんに言うと、甲野氏の実力を信じているらしく「どうぞ、どうぞ。行ってみてください」と言っていた。が、それから二、三日して毎晩、無言電話が午後11:00くらいにかかってくるようになった。返事をするとブチっと切れるので、一回、受話器を取ってから、そのまま黙っていた。すると、一分間くらい、じぃ~っと様子をうかがうような様子があり、モゴモゴした声で、「・・・コウノです・・・」と名乗ったので、「はあっ? どなたですか?」と聞くと、「コウノです」と言うので、「あ~、甲野先生ですか? で、何か用ですか?」と聞くと、ア~とかウ~とか、モゴモゴ口ごもっていて、「あなたのことじゃないんだけど・・・う~・・・あなたと同じ、ナガノという名前の過激な人がいて・・・いや、あなたは優しい性格だから違う人だと思うんだけど・・・う~・・・え~・・・」とか、皮肉を言いたいのかもしなかったんですが、病的な感じがして気持ちが悪かったんで、「ちぇっ・・・何が言いたいんですか? 言いたいことがあるなら、はっきり言えばいいでしょう?」ときつく言うと、「公開稽古会は・・・え~、初心者の人達が来るので・・・え~、遠慮していただきたい・・・」と言うので、あ~、この人、こんなにビビリまくってたんだな~と思って、「はいはい、そうですか。判りました。じゃ、切りますよっ」と言うと、ほっとした息遣いが聞こえてきました。この時は実に気持ちが悪かったですね~。無言電話を毎晩かけるというのも気持ち悪いけど。

40,そういえば、公開稽古会に地方から参加したことのある人から聞いた話ですが、合気道を修行しているらしき美少女に、いきなり真剣を抜刀して見せて、その人が「きゃー、やめてください!」と怖がって逃げると、ウシシ・・・と笑いながら道場の中を追いかけ回したそうです。その人は、「正直、本を読んで憧れて会いに行ったんですが、何か、ヘンな人だな~と思いました」と、困った顔で言っていました。Sなんですかね?
このページのトップへ
コンテントヘッダー

『99パーセントの本当と1パーセントの嘘 ~甲野善紀達人伝説の真相~』③

第三章「惨敗」

 さて、ここでは私が見聞した甲野氏の惨敗?した例を列挙してみます。

1,西荻窪のほびっと村学校で講座を開いた時、直心影流を学ぶ外国人に竹刀で打たせて無刀取りをやってみせようとして失敗し、頭をぶっ叩かれる。

2,合気の技に関心を持った柳生心眼流のY師範が尋ねてきて、稽古して技をかけて見せようとしたがかからず、逆に投げ飛ばされてしまう。Y師範はガッカリして帰る。

3,心身統一合氣道の某師範が尋ねてきて、手合わせしたらボロ雑巾のように散々投げ飛ばされる。それでも懲りずに木刀を捧げ持って、植芝盛平翁が演じたように木刀で思い切り打ってもビクともしないというパフォーマンスを見せようとしたが、一発で木刀を叩き折られてしまった。

4,合気道修行時代、練習熱心なのにあまりに弱くて投げまくられていた。それなのに難癖ばかりつけるので、同期の人達からは嫌がられていた。

5,新体道を学びにいった時に、岡田最高師範から散々投げまくられた。様子を見ていた人が可哀想に思えるくらい手も足も出ない一方的な展開だった。

6,学びに来た極真空手修行者に逆手をかけている最中に、組手のつもりで隙だらけだったので脇腹にドスドス下突きを入れていたら、怒り出し、「教えている最中に失礼だ。帰れ!」と追い返した。

7,公開稽古会で柔道二段の人を相手に「背負投げを沈身で潰してみせる」と技をかけさせたら、そのままブン投げられた。

8,極真空手の黒帯の人が道場を尋ねて手合わせしたらボコボコにしてしまい、あまりの弱さに驚いて帰った。

9,公開稽古会に参加した極真空手のチャンピオンに技をかけようとして手首を握ったら、逆にブン投げられ、何度やってもブン投げられ続けた。

10,公開稽古会に参加した剣道二段のうちの会員に打ちまくられた。

11,公開稽古会に参加したうちの会員に推手でふっ飛ばされた。

12,公開稽古会に参加したうちの会員に歩法で弄ばれた。

13,筑波大学の剣道五段の先生と剣道の試合をしたところ、一発も打てないまま30分間ずうっと打ちまくられた。

14,筑波大学の大東流合気武術の同好会で学生17人全員に投げまくられて、最後は体当たりしようとしたがあっさり躱され、うずくまって「私のこれまでの修行は何だったのか?」と、しょぼくれていた。

15,佐川道場で座取り合気揚げを体験したところ、正座して手首を掴んだ体勢のまま跳ね揚がり、それを見ていた道場生は、「あんな弱い人は初めて見た」と驚き呆れ、佐川先生は「もっと、優しくやってあげなさい」と、見かねてアドバイスした。

16,フランスで空手と気功、中国武術を教えている時津賢児師範が道場を尋ねた時、技を教えながら空手を侮った発言をした甲野氏の態度に怒った時津師範が反論すると立ち合いを求め、それを受けた時津師範が寸止めで突きを出したが納得せず、「それなら当てますよ」と断った時津師範に対して「どうぞ」と促した次の瞬間、前蹴りを軽く腹に入れられ、そのまま昏倒してしまった。

17,新陰流を研究する団体に交流稽古に行った時に袋撓で立ち合い、師範代から「それでいいんですか?」と二度聞かれ、「どうぞ」と答えた次の瞬間、あっさりと撓を奪われ、何もできなかった。師範代曰く、「甲野さんって、本当に剣術やってはるんですか?」

18,太気拳を修行していた人と手合わせし、平手で顔面をバチンバチンに打たれる。袋竹刀でも立ち合って、一方的に打ちまくられた。

19,地方で講習会をやった時に参加していた芦原会館の二代目館長と手合わせしたところ、一方的にボコボコになってしまった。


・・・とまあ、私の知った範囲の情報でも、このくらいはありますが、無論、私が体験した事件もありますので、紹介しておきましょう。

20,不登校の生徒(当時、18歳で女の子)に武術を教えていた時に、甲野氏の道場に見学に連れていき、「この先生は日本一の先生だから、組手を教えてもらいなさい」と相手してもらったところ、いきなり生徒のローキックが甲野氏の足に命中。物凄いニコニコ笑顔で二発目をフルコン式の膝受けで受けて(当時、膝受けは居着くから良くないと主張していたのに)、次の瞬間、女の子の顔面に掌打を入れる。女の子は尻餅をついてメガネがふっ飛んだ。が、「大丈夫か?」と労るでもなく、物凄いニヤニヤ顔のまま、「ほらほら、こうやってやるんだよ」と自慢していた。ローキックが痛かったんでしょうね。

21,教えている生徒の顔面を狙ったりしたのでカチンときた私が、「次は、僕とお願いします」と言って、手合わせした。当時、開発したと言っていた無拍子打ちを出して「払ってごらん」と言うので払おうとするが額をピシャリと打たれた。ちょっとムカついていたので、当時ビデオを見て練習していた太気拳の構えを取って待ち構えると、「あ~、真ん中がガラあきだな~」とニヤニヤしながら無拍子打ちを出してきたので、両手で挟み取って、そのまま片手で腕を掴んだまま、片手の背掌で顔面を打ったら、ピシリとまともに命中し、甲野氏は鳩が豆鉄砲食らったような顔になった。「怪しいな~」と思って、受けようとせずにバシバシ攻撃してみたら、ことごとく顔面に命中したので驚いた。顔を真っ赤にした甲野氏は一本拳や足刀蹴りで反撃してきたが、赤ちゃんパンチのように効かなかった。このまま本気で攻撃したら道場破りになってしまうと思って受けてあげたが、涙目を三角にした甲野氏は肘打ちを繰り出してきた。壁を背にしてこれも受けたが、やはり全然威力が無かった。あの攻撃力の無さは尋常ではなかった。その日、帰りに挨拶した時は俯いたまま黙ってしまっていた。

22,数年前、恵比寿の喫茶室ルノアール(閉店したそうだ)で話し合った時、「ピーター・アーツと闘ったらどうですか?」と聞かれた甲野氏は、「さあ~、勝てるかもしれないし、負けるかもしれないし、やってみなければ判りませんね~」とタワ言をほざいていたので、「先生、絶対に負けますよ。絶対に勝てません。嘘だと思ったら、僕とやってみますか?」と言ったら、嫌な顔で押し黙ってしまった。が、しばらくするとまた、「私はプロの格闘家や剣道七段の人にも教えている。貴方はそれも否定するんですか?」と自慢しだしたので、「あのですね~。それは、未知の技を教えて欲しくて習っている訳で、甲野先生と立ち合った訳じゃないでしょう? 勘違いしちゃダメですよ」と諭すと、まだ何か反論しようとするので、「そんなこと言ったって、時津先生の前蹴り食らって悶絶したでしょ?」と言ったら、ガ~ンとした顔になってプルプル震え出し、俯いたまま小声で「も、悶絶はしてない・・悶絶はしてない・・悶絶はしてない・・・」と蚊の鳴くような声で呟くので、ちょっと面白くなってきて、「はぁぁ~、何ですかぁ~? でも、前蹴り食らって倒れたんですよねぇ~?」とさらに聞くと、アワアワしてさらにぶつぶつと呟いて「・・・あの頃は・・未熟だった・・から・・」とか言っていたので、「そうですか? なら、僕は今、時津先生と付き合いがありますから、リターンマッチするように頼んでみますよ!」と言うと、ガビーンと放心状態になってしまった・・・。

23,20年ほど前、神奈川県相模原市のある工業系の高校で講演をやった時の話。生徒の聞く態度が悪いと怒り出した甲野氏がいつも持ち歩いている日本刀(真剣)を抜いて、壇上に上げた三人の生徒のうちの一人の襟首を左手で掴み、右手に持った日本刀の切っ先を首筋に突き付けて、「お前は一度でも真剣になったことがあるのかぁっ!」と一喝。さらにもう一人の手首を小手返しに極めて、「こうされたら、お前はどうするんだ?」と脅す。助手として付き添った私は驚いて止めに入るべきかどうか悩んだが、私が動揺した姿を見せたら逆効果になるかもしれないと思い、また、甲野氏が人を傷つけるような真似はするまいと信じて黙って見ていた。ようやく気がすんだ甲野氏が三人を解放し、「今日は大変なことになったけれど・・・最後まで聞いてくれてありがとう」と言って帰ろうとした。が、そこで「ちょっと待て!」と生徒の一人が詰め寄ってきて、甲野氏の前に立ち塞がり、「お前、素手の相手に刃物突き付けてどういうつもりなんだ。謝れ!」と怒鳴りつけると、甲野氏は苦い顔で黙ってイヤイヤをするようにしていたがついに謝らなかった。小声でぼそぼそ言って逃げるように体育館を出たが、職員室では憤然として日本刀の手入れをし、「今日のことは私の責任ですから、絶対にもみ消したりしないでください」と教頭先生に偉そうに言っていた。が、車に乗って私と二人だけになると、痴呆老人みたいに放心状態になってしまっていた。「今日は君にも迷惑をかけたから・・・」と、杖と袴を貰った。この時点では、まだ、「あ~、甲野先生は純粋だから、あ~なってしまったんだな~」と私も錯覚してしまったが、一週間後、道場に行った時、滔々と学校教育批判論をぶち、「あまりにも学校の雰囲気が悪いので一芝居打って刺激を与えようとしたんだ」とキテレツな論で自己弁護しているのを聞いて呆れてしまった。ちなみに、この講演を企画した、当時その高校に勤めていた私の叔父(10年前に亡くなった)は、「あんなキチガイを呼ぶなんて」と非難されて職場は針のムシロ状態になり、次の春には転勤させられたそうで、今も申し訳無い気持ちでいる。ちなみに、この事件について、著書の中で自分のお手柄話にすり替えて紹介していた甲野氏が許せず、池袋の西武コミュニティカレッジの講座に押しかけて文中の間違いを訂正するように頼んだら、合気ニュースの連載中で訂正してくれた。その時、交換条件で「もう、批判はしない」と約束したが、私はこのように約束を破っているので、甲野氏に対して申し訳無い気持ちも無くはない。

24,新体道の30周年パーティーに参加した時、会場に入ったら、すかさず岡田先生がビールを注いだコップを手渡してくれ(本当に良い方です)、これから乾杯するところ。ふと見渡すと、5mくらいのところに甲野氏が居て、数人の取り巻き?に囲まれて嬉しそうに笑っていたが、私に気づくと目を真ん丸にして固まっていた。私も(ここで騒ぎになったら紹介してくれた中村晴一先生に迷惑をかけてしまう・・・何とかしなければ・・・)と咄嗟に考えて、ニコヤカに「いやぁ~、甲野先生。この前は騙しちゃって悪い悪い・・・」とお愛想を振り撒きながら近寄っていったら、ビックリ顔の猫が慌てて逃げるみたいに人混みの中をサササーッとナンバ走り?で逃げていってしまった。取り巻きの人達は、「アレレ? 甲野先生どうしたの?」という顔で見ていた。私も、まさか逃げるとは思っていなかったので、何だかちょっと腹が立ってきて、(テメーのマヌケ顔をカメラで撮ってやろうか?)と思ったら、中村先生が寄ってきて、「長野さん、それだけはやめといてくれ」と言うので、(チッ、運のいいヤローだぜ)と思って諦めた。

25,ある時、電話で話した時に甲野氏がいつになく正直な雰囲気だったので、思い切って「先生、この際だから言いますけど、日本刀持って歩くのやめたらどうですか?」と言った。着物を着て日本刀を持ち歩くスタイルそのものに屈折した自己顕示欲が反映していると思っていたので、そういうハッタリ臭い行動で主義主張する演技性人格障害気質から脱却して欲しいと思っていたからだ。が、そう言った途端、受話器からガァ~ンと動揺して固まってしまった気配が伝わってきて、(こりゃあ、ダメだな・・・)と思った。

26,駒込のセルフ・ラーニング研究所すぺーすらくだ(現すくーるらくだ)で、主宰者の平井雷太氏とマルクス主義フェミニストの上野千鶴子氏の対談があり、そこに司会者として甲野氏が呼ばれていたので、見に行った。最初は上野氏と甲野氏の対談を企画したそうだが、上野氏が嫌がったので平井氏が対談して甲野氏は司会者をすることになったらしい。が、その企画意図は、甲野氏が上野氏を論破するところを見たいという策謀が感じられた。案の定、司会者の立場を弁えず、対談に横槍を入れ続ける甲野氏に上野ファンで集まっていた御婦人方が怒り出して大変な展開になった。自説を主張して譲らない甲野氏が集中攻撃され、例によって俯いて黙り込んでしまった甲野氏は謝らず、その態度がさらに怒りを倍加させてしまった。私は、甲野氏が高校の時みたいに刀を抜かないように祈るばかりだった。思えば、この事件が契機になって、私は甲野氏を公然と批判するようになっていった。

このページのトップへ
コンテントヘッダー

『99パーセントの本当と1パーセントの嘘 ~甲野善紀達人伝説の真相~』②

第二章「真偽」

 甲野氏は、初めて会う人に対しては実に謙虚で礼儀正しく、正直で温厚な誠実そのものの人物のように見せる演技が達者です。

 ですが、親しくなっていくに連れて、段々、自己顕示欲が強くて虚栄心が異常なくらい旺盛な自己愛性人格障害を疑わせる人物であることが判ってきます。

 例えば、かつて親しく付き合っていた民弥流居合術・駒川改心流剣術・四心多久間流柔術・椿木小天狗流棒術・小栗流活殺術を伝承する黒田鉄山師範や、心道流空手道の宇城憲治師範などとは絶縁状態です。

 また、合気道を学んだ故・山口清吾師範からは、事実上、破門されています(本人は自覚がないようです)し、鹿島神流を学んだ野口弘行師範からもあまり良くは思われていません。

 このような事実は、甲野氏自身は隠していますが、すべては彼の虚栄心が招いたことだと言えます。

 要するに、慣れるに従って、礼儀を弁えない態度を隠さなくなる性根の悪さが嫌われてしまうのです。

 実例を挙げれば、黒田師範に対しては、「黒田先生も、もっと手裏剣の稽古をされるといいですよ」と、嫌みをいったり、宇城師範に対しては(以前にも書きましたが)、陰で「柔術や剣術なら勝てる」と言ってコテンパンにされ、それを恨んで「宇城さんは韓氏意拳の光岡さんにボコボコにされた」と嘘を言って、それが原因で合気ニュース社から絶縁されたという事実があったと聞きます。

 もっとも、甲野氏は、この事件については全く逆の話を周囲にはしていたようです。

 ですが、甲野氏の雑誌連載が打ち切られ、彼の書籍やDVDがカタログからも全て抹消されてしまった事実を、どう解釈したらいいのでしょうか?

 書籍やDVDの売上は、店頭売りの場合、販売価格の約七割が出版社の利益になり、約一割が著者に印税として支払われます。その他の製作諸経費を引けば、約半額になる。

 合気ニュースの場合、甲野氏の著作から得られる収益は、書籍が一部千円、DVDが一部三千円として考えた場合、どう少なく見積もっても一千万円以上の利益は充分に得られた筈です。

 これは、合気ニュース社の規模からすれば、決して少ない金額ではない筈ですが、それを捨ててしまったということは、もっと大きな将来的な損失を予測したとしか考えられません。

 ですから、編集顧問的な立場として同社と関係性を持つようになりつつあった宇城氏を捏造情報で誹謗中傷する甲野氏を、害敵?として捨てる道を選んだと考えるのが、最も合理的で納得できる理由なのです。

 また、最近、知ったのですが、「山口清吾先生は怒ってばかりいた」と吹聴していたそうなのですが、山口先生の弟子だった合気会の佐原文東先生にうかがったところでは、山口清吾先生は滅多に怒る人ではなく、本気で怒ったのは甲野氏くらいなものだったそうです。

 山口先生は、甲野氏の平然と嘘をつく性格なのを見抜いていらしたのでしょう。

 そもそも、亡くなった師匠の人格を疑わせるような嘘を第三者に話すのは卑劣ですし、私は、この話を聞いた時は本当に気分が悪くなりました。何しろ、山口先生は亡くなられていて抗弁できないのですから・・・。

 さらに言えば、甲野氏は、「ある事情で鹿島神流を学べなくなったので自宅に道場を建てて自分で手探り足探りで研究するようになった」と著書で述べていましたけれども、野口先生ときちんと信頼関係を結んでいれば、個人的に自宅道場に招いて指導してもらうこともできた筈です。

 現に、野口先生は佐原先生の道場『清心館』に招かれて定期的に鹿島神流の指導をされています。これは佐原先生が礼儀を尽くして野口先生と円満な信頼関係を築かれている証拠でしょう。

 甲野氏が鹿島神流を学べなくなった理由は判りませんが、直接学んだ師に快く思われていない事実から考えれば、甲野氏に問題があったのは間違いないでしょう。

 また、何故か、甲野氏は触れたがらないのですが、甲野氏が武術を学ぶ切っ掛けになったのは、現在の身体論ブームの先駆けとなった胴体力トレーニング法を遺して逝去された飛龍会の故・伊藤昇先生でした。

 甲野氏は伊藤先生に沖ヨガを学んでおり、少林寺拳法の遣い手で各種武道や肥田式などの強健法にも精通していた伊藤先生の強い影響で武術を志したことが判明しています。

 これは、以前、私の主宰する武術研究会の会員が甲野氏の稽古会に参加した時に伊藤先生の著書を示したところ、青ざめた顔でそっぽを向いたということなので、余程、知られたくない思い出があるのでしょう。

 しかし、生前の伊藤先生は、「甲野君」と呼んで、可愛がっていたようです。

 そういえば、甲野氏は「沖ヨガの創始者は水中クンバカを失敗して死んだんだ」とか、小馬鹿にしたような軽口をたたいていましたから、本人的に何か嫌な思い出があるのか、それとも伊藤先生に対しては自分の恥ずかしい思い出したくない時期を知られているという引け目を感じているのかもしれません。

このページのトップへ
コンテントヘッダー

『99パーセントの本当と1パーセントの嘘 ~甲野善紀達人伝説の真相~』①

『99パーセントの本当と1パーセントの嘘 ~甲野善紀達人伝説の真相~』

                                                     長野峻也

前口上「本質が観えない人は権威におもねる」

 私は、随分、多くの人から武術を教わりました。何年か習った人もいれば、たった一度会って一時間くらい教えてもらい、その後、二度と会うこともなく名前すら知らないという人もいます。

 あるいは、本やビデオ映像で見て、憧れて技を練習した人もいます。

 歴史上の武術家が書いた文章からヒントを得て技を工夫したこともありますし、まったく武術と関係ないダンスなどの世界の人達から大きな示唆を受けたりもしました。

 だから、私が教えを受けた人達は、「無数にいる」と言ってしまっても間違いではありません。

 普通に、「好きでやっている」という言葉では言い尽くせないようなくらい、私は武術そのものが自分の存在証明のようになってしまっています。

 何で、ここまでのめり込んでやっているのか?と考えると自分では理由が見つからないのです。

 そのくらいの絶対的な愛情をもってやっているので、正直いって、武術のイメージダウンになるようなことを書かなくて済むなら、そうしたいのが山々です。

「武術はこんなに素晴らしい!」とだけ、書いていたいのが偽らざる本音です。

「身体が丈夫になる・度胸がつく・暴力を恐れないで済む・運動能力が高まる・頭脳明晰になる・実行力がつく・決断力がつく・読みが鋭くなる」・・・そんなことだけ主張していられれば、どんなに気が楽か?

 要は、都合の悪い事柄(自分にとっても業界にとっても)を全部隠して書けば気楽なんです。

 何しろ、そういう文章を書いていれば敵は作らない。明るく優しく公明正大な文章を書いて読者を気持ちよくさせていさえすればいい・・・臭い物に蓋をして、現実から目を背けて脳内の理想像について語っていればいい・・・。

 ですが、私は生まれついてのへそ曲がりで、そういう万人に受け入れられるような美しい文章というのは、どうにも嘘臭く思えて書きたくとも書けないのです。

 そんな訳ですから、私の文章を読んでいて不愉快に感じられる人は、どうぞ、もう読まないでください。私は、毒々しく怒りに満ちた批判的内容の文章とか、皮肉たっぷりのブラック・ユーモアの文章しか書けません。そういう性分なのです。

 いつから、こうなったのか? 自分でもよく判りませんが、私は表よりも裏、光よりも闇に関心が惹かれるのです。表面的な事柄ではなくて本質的な内面に関心が向かう。

 もし、本気で真実を追究していこうと思えば、あまりに不条理で理不尽なごまかしに満ち満ちている、この世の中のカラクリに向き合うしかなくなるのです。

 だから、私はいつもいつも怒りに任せて書くしかなくなってしまうのですが、不遜にも、内心では、そんな自分のやり方が「世の中には必要なのだ」と考えてもいるのです。



第一章「偽装」

 私が武術の研究家ということを自分の職業として肩書で名乗るようになったのは、古武術研究家の甲野善紀氏と出会ったことが大きいと思っています。

 丁度、1980年代も終わる頃で、私は地方の大学を中退して上京し、シナリオライターを目指して、もう一度、大学に入り直したものの、ほとんど授業には出ないで自主製作映画サークルに入り浸っていました。

 その頃、念願の忍法体術道場へ通うようになり、伝統的な古武術の技の多彩さにのめり込んでいました。

 そんな頃、合気道マガジンという雑誌で甲野氏の著書『表の体育裏の体育』『武術を語る』を知り、神保町の書泉グランデで購入し、特に『武術を語る』を読んで感動し、ファンレターを書き送りました。

 そうしたら、甲野氏本人から巻き紙に筆書きされた返事の手紙をもらって、「遊びにおいでください」みたいなことが書かれていて、それでビックリしてしまって、雲上人に会いに行くみたいな気分で三時間以上かけてバス、電車、地下鉄を乗り継いで聖蹟桜ケ丘まで行き、地図を見ながら尋ねて行きました。

 初めて会った印象は、正直言って、「アレ? 何だか暗い感じの人だな~?」と、一瞬、思ったんですが、武術好きな人間同士ですぐに意気投合したのを覚えています。

 私が無職なのを知ると、親しくしている出版社の社長さんに雇ってみたらどうかと交渉してくれたり、非常に親切にしてくれたのを覚えています。

 甲野氏も、その頃はまだ、合気道や古武術の業界の一部の人達の間で存在が知られるようになりつつあった程度で、メジャーな存在ではありませんでした。

 が、当時は甲野氏に心酔していたので、「きっと、近い将来、甲野先生は世の中の第一線で活躍するような存在になるだろう」と、憧れの気持ちも加えて思っていました。

 しかし、それから20年近く経過した今、『そこが知りたい武術のシクミ』(アスペクト刊)にも書きましたが、私の印象は、一言で表現すれば「虚栄心に凝り固まった人格破綻者(有り体に言うと詐欺師)」だという認識に180度引っ繰り返っています。

 これから、その理由について、私が見聞してきた“事件”について書いてみようと思います。

 実際、これまでも何度も何度も私は書いてきました。親しい人達からは、「そんなことはやめなさい。結果的に貴方が損をするだけだ。有名人には勝てないよ」と、それこそ百回以上、同じようなアドバイスを何十人もの人から言われたものでした。

 また、インターネットや職場への嫌がらせの匿名でのメールや手紙も随分と頂戴しました。

 ですが、私が批判し糾弾し続けてきたことは、大局的には間違ってはいなかったのだと考えています。

 私が批判しなかったら、甲野氏の嘘は何十倍も世間に広がって、多くの真面目な武道愛好家を惑わせてしまっていたでしょうし、間違った説が定説として権威付けされていたでしょう。

 間接的、直接的に甲野氏の言動に批判し続けたので、ギリギリの線で歯止めが効いて矯正されたのではないか?と考えています。

 そういえば、私が甲野氏に心酔して習いに行っていた頃は、あまりに私が従順にハイハイと従うので、面白くなかったらしく、「貴方は、もっと自分の意見を言わなきゃダメだ」と不機嫌に言われたことがありました。

 それから、思ったことを言うようになったんですが、甲野氏は他人に意見されるのが酷く嫌いな人で、むしろ疎まれるようになりました・・・(自分で言ったくせに~)。

 ですが、結果的にこれで良かったと思っています。嫌がらせも酷かったですが、時々は、甲野氏の無責任な嘘の犠牲になった人達から感謝されることもありました。

 そのような声が集まる度に、私は、かつて尊敬して師と仰いだ人物の哀しい魂に、複雑な気持ちになるばかりでしたが・・・。

 今回、できれば甲野氏の批判は終わりにしたいと思っています。

 一つには、私はあくまでも武術の研究家であって、甲野氏の提唱する古武術の身体操法の研究という領域にはまったく興味がないからです。

 私は、スポーツや介護に武術の動作を応用させるとか、日常生活の動きを楽にすることには、ほとんど興味がありません。

 結果的に歩くスピードが早くなるとか、動きが素早くなるとか、柔軟になるとか、そういう点はあると思いますが、それは別に武術でなくとも、ちょっと工夫すればいくらでも改善できることでしょう。

 それに、何か、「スポーツはメジャーで、武術はマイナーだから、スポーツに応用させることでアピールできて良いのではないか?」みたいなことを言う人もいるんですが、言わせていただければ、スポーツは自己満足で楽しむためにやるものであり、単に身体を動かしてゲームを楽しんだり、それを見て楽しむに過ぎない。

 それに対して、武術は、学べば身体を強くし、精神を鍛えてくれるし、おまけに理不尽な暴力から自分や家族、友人等を護るのに役立つんですから、こんな実用価値があって有り難いものは中々無いんじゃないでしょうか?

 私が武術を始めたのは中学時代のイジメ体験がきっかけでしたが、授業中に窓ガラスを叩き割り、壁に穴を穿ち、女の先生を平手打ちして泣かせ、体育館に火をつける・・・そんな学習環境って、漫画みたいなものでしょう?

 本心から、今の実力のままで中学生に戻りたいですよ。あるいは、タイムスリップして当時の自分に武術を教えてあげたいです・・・。

 本当に、あの当時は自殺も考えるくらい辛かったですし、自分の力の無さが情けなかったですよ。

 特に、足の悪い級友が不良連中に蔦で縛られて囲まれ、殴ったり蹴られたりしていたのを友達と一緒に見て、あんまり酷過ぎるだろうと思って、「おい、助けに行こう」と隣の友人に小声で言うと、彼は悲しそうな顔をして首を横に振り、私も独りで正義感出して「やめろ」と割って入る勇気がなくて、二人でコソコソと見なかったフリをしてしまいました。

 が、この時の情けない気持ちは40半ばになった今でも、はっきりと覚えているんですよ。こんなことなら、あの時にボッコボコに殴られるのも覚悟して「いい加減にやめろ」と、出ていけばよかったですよ。

 でも、勇気が無かったから、私は武術を続けてこれたんだろうと思います。正義感に任せて行動できる人間だったら、特に腕を磨いてどうこうしようとか考えなかったんじゃないかな~?と思います。

 まあ、甲野氏は、自分が武術を志した理由を「人間にとっての自然とは何か?」と考えて・・・なんて言っていますが、これも嘘なんじゃないかな~?

 あの性格は、絶好のイジメの対象になると思うんですけれど・・・。

 人間というのは暴力の真ん中に置かれたら綺麗言は言えなくなりますよ。

 私が疑問なのは、何で、武術がレジャー要素以外に実用価値が認められないスポーツの下請けみたいに扱われる必要があるんでしょうか? 外国の人は武術をやっている日本人というと凄く尊敬してくれますが、日本人の評価とはまったく逆ですね。

 そういう認識なので、私は甲野氏とは目指すものがまったく異なっているので批判する意味がない。

 ただし、甲野氏には、いい加減に“古武術”という冠を取っていただきたい。糞の役にもたたない不合理な技を“武術”であるかのごとく見せかける猿芝居をやめていただきたい。あんな不合理な技を信じて覚えてしまったら、命がいくつあっても足りませんよ。

 甲野氏の示す武術の技は、武術という文化を誤解させる最も許し難い捏造行為だと言うしかありません。

 昔、私が彼の道場に通っていた頃、得意げに「一流の詐欺師は、99パーセントは本当のことを言い、相手の信頼を勝ち取ったところで、最後の1パーセントで嘘をついて騙すものなんだ。だから、騙されている人も最後まで騙されたことを気づかない。(微笑)」と、言っていました。

 あの時の得意満面な笑顔は何が言いたかったんでしょうか?

 甲野氏は、道場の中では、とにかく有名な武術家の悪口を言うのが大好きな人でした。

 大東流の佐川幸義先生(「佐川道場はカルトだよ」と主張)、養神館の塩田剛三先生(「あんな技はかからない。嘘だ」と主張)、極真会館の大山倍達先生(「障害者チャリティなんて言いながら大会で障害者を出している」と、極真のトーナメントのポスターを見た感想)、太気拳の澤井健一先生(「喫茶店で自慢しているだけの爺さんだ」と小馬鹿にしていた)等、皮肉たっぷりに小馬鹿にして喜ぶところは、正直、嫌な感じでした。

 私も、尊敬できない武術家、武道家に関してはキッツイことを言いますよ。でも、私は本人に対しても言えます。はたして、甲野氏は本人に対しても言うのかな~(意外と言うのかも?)。

 そうした先生方の高弟が弟子入りしてきていると自慢していましたが、今考えると作り話だったとしか思えません。

 例えば、「養神館のナンバー2の人が私の技を体験して、塩田剛三先生以外にはかけられたことがないのに、先生は凄い・・・と言って、自分の道場を差し上げますと言ってきて参っちゃったよ~(微笑)」なんて言っていましたが、その当時の養神館のナンバー2と言ったら、井上強一先生? まさかねぇ~?

 甲野氏は、どうもホラ話をするのが得意だったようで、それらの先生方のお弟子さんに実際に会ってみると、甲野氏よりずっと実力が上だということが判って、客観的に「絶対、嘘ついてるな~」と思えたんですね。

 あの、「一流の詐欺師は99パーセントの真実と1パーセントの嘘をつくものだ」という話は、今思えば、「俺は一流の詐欺師なんだ」と自慢したかったのでしょう。

 確かに、甲野善紀氏は大した詐欺師だな~?と、言わずばなりません。

 多分、彼は腹の中で笑いが止まらないでしょう。自分がついた嘘がことごとく世間に受け入れられて“現代に蘇った武術の達人”とメディアが採り上げてドキュメンタリー映画まで撮られたのですから・・・。

 素人はともかく、それなりに実力のある武道家までが騙されていたのですから・・・。

 時代が彼を求めたのだとしたら、それは時代が狂っていたとしか言えません。

 食品偽装に揺れた時代・・・それはまさに甲野氏のような偽装武術家の活躍を許したことと無関係とは思えません。

 ですが、嘘は嘘。どれだけ偽装を重ねても嘘は真実になりはしないのです。

 だから、私は自分が知り得た真相について書く義務がある。

 そして、判断するのは読者自身に委ねたいと思います・・・。
このページのトップへ
コンテントヘッダー

ヒカシューのライブに行ってきましたよ!

 先週金曜日に渋谷のクラブ・クアトロにヒカシューのライブに行ってまいりました。

 ヒカシュー(1978年結成なんだそうです)のリーダーである巻上公一さんの御一家と、昨年の夏にダンス白州で宿を御一緒して襖一枚隔てて一晩隣同士だったので、御挨拶していたんですけれど、それで招待状を頂戴しまして、行ってきた次第です。

 巻上さんは音楽活動以外にもART系、サブカル系の映画にもよく出演されているという印象があって、お名前だけは知っていたんですが、ダンス白州の時に、とんでもなく多彩な人だということがよく判りました。

 操体法とか中国武術にも詳しいそうでしたし、音楽もテクノから伝統楽器みたいなものまで混沌とした幅の広さに圧倒される感じがしました。

 でも、ヒカシューの演奏・歌というと、昔、TVで観た記憶があるものの、直接聴くのはもちろん、初めてです。

 前にも書きましたけど、実は、昨年、物凄い過敏性腸症候群が酷くて宿でウンウン唸ってまして、会場で視聴してはいなかったんですよ。

 それでも窓から聞こえたから多少は聴けたんですけどね。本当に参っちゃったよな~。

 そんな訳で、招待状はもっけの幸いというもので、ウキウキして出掛けましたよ。

 でも、私、渋谷ってさっぱり判らなくてですね。ぴあの地図で見当つけて行ったものの、目印にしていたビル(ブックファースト)が無くなっていて、判らなくなっちゃって、後は勘でウロチョロして、クラブ・クアトロ(ビルが無くなるそうでお引っ越しするそうな)を発見。

 以前に来たことあるような無いような・・・?

 そういえば、ライブを聴きに行くのは学生時代以来かな~? 岡山に居た頃に、友達と、ユーミンと山下達郎のライブに行ったくらいです。

 やっぱ、私は相当、偏った人生歩いてきたんだな~?と、改めて実感。

 映画館には行くけど、人が沢山集まるところは苦手なんですよ。

 でも、白州で夢うつつに聴いたあの妖しい歌声をもっと聴きた~い・・・と思っていたので、今回は本当にウキウキして行きましたよ。

 それに、ゲストは何と! あの灰野敬二さんなんですよ。これは聴き逃すと損だよ。

・・・っちゅう訳で、堪能して参りました!

 いや、もう、本当に面白かった! 民族音楽っぽかったり、オチャラケてたり、テクノの老舗の実力を感じたり・・・何なんでしょうね? 分類不能なくらい色々な音楽の情報量が闇鍋のようにゴッタ返していて、全身の“経絡”で聴いているような不思議な感覚を味わいましたよ。何か、チャクラが開いてくる感じ?(あっ、怪しいこと言っちゃったかな~?)

 ヒカシュー、恐るべし!(関係ないんですけど、ヒカシューって、ピカチューと語感が似てるな~)


追伸;ヒカシューのニューアルバム『生きること』が発売中です! 必聴!(とか言いつつ、私もまだ買ってない! ごめんなさい。すぐ買いま~す!)
このページのトップへ
コンテントヘッダー

やっぱり世界は先を進んでいるな~

 世界のJUDOと日本の柔道に関するNHKのドキュメンタリー番組を見ました。

 やっぱり、私が思っていた通りだったな~?というのが本音です。

 井上康生選手と石井選手、棟田選手を対比させる形で進行していたのは興味深かったですが、取材途中では康生選手が勝利することを期待していたと思われますが・・・。

 なるほど、康生選手は“一本で勝つ柔道”を目指していたから、あ~なったという訳で、私個人は釈然としませんが、日本柔道の今日的理想像(明治以降の近代武道の精神から掲げられた理想像という意味)からすれば、立派だと誉める人が多いのは否定はしません。

 で、優勝して五輪行きのキップをもぎ取った若い石井選手ですが、私個人的には一番、期待できそうだな~と思いました。何より、綺麗言をほざかないのがいい。先見の明を持っている。頭がいい・・・。

 あのクレバーさは頭の硬い指導者陣には小賢しいと映るかもしれませんが、何といっても勝負に勝つという点について、“宮本武蔵的に拘るところ”が、私的には正しい姿勢に見えます。

 私が指導者だったら、「石井。お前は正しい! 自分じゃ闘わない外野の無責任な批評なんか気にする必要はないぞ。悟り澄ました顔は50年先でいいから、思った通りに行け~!」と、言いますね。

 能書き言うのは勝ってからでいいんですよ。負けたらどんな立派なこと言ったって言い訳にしかならんでしょう? そっちの方が見苦しい。

 面白かったのは、外国の選手の方が日本人よりずっと、本来の武術だった頃の武道精神を持っているという点でしたね。とにかく、勝つことに徹底して執念を持っている。

 手の内を見せたくないから練習で組むのを断る。先の大切な試合で対戦する時のためにわざと判定負けしてでも相手のスタイルをリサーチする。チダオバとかの民族格技の技を導入して柔道の技を封じる新技を開発する・・・等々。

 こういう戦略というのは、明治の頃に講道館柔道が在来の柔術界から実力で近代武道としての地位を奪い取った頃に似ているんじゃないでしょうか?

 う~ん。アッパレな戦略思考です! かつての武術家が持っていた当然の心得を、外国の選手の方が当たり前に持っていたとは・・・。

 多分、この番組を見ていた日本人武道修行者の大半は、「外国人は汚い! 柔道の精力善用自他共栄の精神を解っておらん!」という印象を持つんじゃないでしょうか?

 そこが一番、ダメで間違ってるところなんですよ。

 何を勘違いして綺麗事で考えているのか?

 日本剣術の到達した究極の理想として語られる“相ヌケ”の理合を持つ無住心剣流は、敵に勝つために小賢しい術を弄する他流をすべからく畜生剣法と罵倒していました。

 ですが、無住心剣流の伝書には、護身の心得として、“多数の敵に襲われた時は、剣で斬ろうと思わず、近ければ殴り蹴りしてとにかく倒せ”と書かれているのです。私は、この文面を実際に熊本の牧堂文庫の伝書で確認して驚きましたからね~。

 活人剣の極致みたいな無住心剣流でさえ、リアルな戦闘時には生々しい兵法を教えていた訳なんですよ。

 武道精神の表側の倫理観だけしか知らず、勝負に臨む厳しさを忘れてしまっている浅薄なスポーツマン精神が、今日の日本武道の衰退を招いた最大の元凶なんですよ。

 柔道に限った話ではありませんよ。現代の武道界の重鎮は、そのツケを次の世代に背負わせている責任を感じているんでしょうか? 

 けれども、番組を見ていて傑作だな~と思ったのは、棟田選手は身長が低いのが幸いして潜り込み技が決まりやすくて巨漢の外国人選手を撃破してきていた・・・という点で、ある意味で理想の柔道家(小能く大を制す)ですよね。

 昔から武術の名人に大柄な人間はいないと言われているのを思い出して、ニヤッとしてしまいました。

 でも、そこもまた研究されて、組み手で押さえられて懐に入れなくされてしまうというのは、柔道が進化していくプロセスですよね。

 石井選手がいいこと言ってましたね。

「日本はずっと変わらなかったけれど、外国はどんどん進歩して変わっていく。これから世界で勝つには、その変化にいかに早く順応できるか?ということだと思います」と。

 元々、武術は闘いに勝つために工夫し、相手も工夫し、またこちらも工夫し・・・ということを延々と繰り返して発達してきた訳ですね。

 だから、「日本武道は完成している」とか無知蒙昧なことをほざく人もいますが、原理的に完成することなんかあり得ないんですよ。

 そんな馬鹿なこと考えて自惚れてるから、知らない間に取り残されてしまうんです。

 そこで必要になるのは、常に進化していくことだと私は考えています。20年も30年も昔のスタイルをずっと続けていたらダメなんですよ。こんなの小学生だって判る理屈なのに、何で、同じことをグルグルグルグル繰り返しているのか?

「このバカタレがっ!」と、近衛十四郎先生に叱ってもらいたいですね。

 いや、本当にね~。柔道だけじゃないですよ。進化するどころか昔の名選手のレベルにも到達できないまま衰退していっているのが日本武道の現実なんじゃないですか?

 私は“達人を崇めて崇拝する風土”に問題があると思いますね。

 先人を尊敬するのは当然だとしても、後進の人間は受け継いだ技を更に進化させていく義務があると思いますよ。だけど、日本人はそれをできないというか、やらないんだよね~。

 アンタッチャブルにして祭り上げたがる。権威主義に性根まで毒されてるから、個人の自由な発想やチャレンジ精神を、寄ってたかって潰そうとする。前向きな議論ができず、批判することを“悪”と決めつけて検討しようとしないまま無視する。

 批判の無い分野はすぐに形骸化してダメになりますよ。演劇なんて演出家が一切ダメ出ししなかったら、役者の自己満足の芝居ばっかりでつまんなくなるでしょう?

 外国人は合理精神から、それをできる。だから、年単位でどんどん先に進んでいってしまう。

 日本人はその真相がさっぱり理解できないもんだから、単に体格や体力の差なんだと勘違いして、自分達の技の工夫をしないで肉体をゴツクして技の威力を高めることしかやろうとしない・・・。で、結果的に余計、差がついちゃう。

 違うんだよね~。筋力の差じゃなくて技の差、戦術の差なんですよ。いい加減に気づけよ! 頭悪いにも程がある!

 例えばですよ。もし、井上康生選手が、相手のバランスを崩す、“つくり”“崩し”の技術をもっともっと磨いて、その上で一本を取りにいくスタイルにチェンジしたら、後、五年は十分にトップで闘えると私は思いますよ。

 彼の戦法って、いきなりスペシウム光線を連発するみたいなやり方でしょ?

 この譬えじゃ解らないかな? プロボクシングの試合でジャブを出さずに、いきなり大振りのロングフックばかり出すようなものってことです。

 ねっ? 極まる訳ないでしょ? 素人相手にしている訳じゃなし・・・。

 もっと小技で相手を翻弄して、隙を出させるようにしたところに大技をしかけなきゃ、極まるものも極まらないんですよ。内藤のボクシングみたいな戦略が必要なんです。

 外国のJUDO選手は、「いかにして日本柔道を破るか?」という観点から、チダオバなんかの民族格技の技や戦法を採り入れている。私と同じ発想をしているのです。つまり、JUDOは、日本の柔道とはもはや別物に進化してゆきつつあるということですよ。

 ルールの盲点を突いた逆技や絞め技、関節を固めたまま投げるような危険な技も出してくると想定しておくべきでしょう? 外国人が既にそういう技を出してきているのは、実際に闘った選手は薄々感づいている筈なんじゃないですか?

 もうねえ、日本の伝統文化の精神がどうしたこうしたとか呑気に論じている段階じゃないんですよ。世界のJUDOは、これまでの日本の柔道とは違う格闘スポーツとして変容し始めていると考えるべきです。

 初心に戻って武術的考え方をしなきゃ打開できませんよ。講道館柔道の草創期の頃の実験精神を取り戻さなくてはいけない。

 私が主張したいのは、こういうことです・・・。

 それから、この番組を見ていて思ったのは、最初に組み手で道着を掴むところで出せる技が決まってくるんだとすれば、太極拳の推手みたいな練習を採り入れて粘手技法を導入すれば、試合展開がかなり変わる筈だと思いましたね。

 探求心のある柔道の指導者は太極拳の推手を学んでみると参考になる点が多いと思いますよ。

 で、どの先生がいいですか?と聞かれるなら、私は自信をもって高小飛先生を推薦します。高先生は呉氏太極拳の遣い手で、推手の実力は桁外れです。人柄も中国武術家には珍しい?性格の良い人です。日本柔道の将来を本気で考えている指導者は、高先生を訪ねることを強くお勧めします。

 もう一つ、組み手争いで使える技として、一本背負い系の技をお勧めしておきましょうかね? これだと自分がガップリ四つに組まなくても投げられる。

 ただし、内懐に潜り込んで投げるのはお勧めしませんよ。

 一発で決まらなかったら相手の残った腕で吊られて裏投げで返される危険性がある。

 だから、“相手の片腕の外側に頭を出して投げる”のが秘訣です! こうすると、相手にとっては肘の逆が決まりやすくなる。従って、逃げにくくなる。下手に耐えようと踏ん張ると肘や肩が脱きゅうする可能性があるから・・・。

 この技は私の得意技なんですけど、熟練すると相手の腕の下をくぐり抜けただけで相手がピョーンと飛んでしまったりするから楽しいよぉ~。


追伸;ちょっと前の情報ですけど、アイドルが電車の中で痴漢を正拳突きとローキックで倒して捕まえたそうですね。やっぱり、武道は習っておいて役に立つからスポーツよりもいいぞぉ~! みんな~、武術やらない?(柴咲コウ?)

このページのトップへ
コンテントヘッダー

5月セミナー報告

 さて、GWの中、5月の月例セミナーは、「脱力」がテーマでした。

 今回も結構、参加してくださいまして、それも初めての人がまた何人かいらっしゃったんですが、手違いで、急遽会場がストアハウスの稽古場ではなくて5Fの公演会場になったので、ちょい焦りました。

 正直、合気系統の技は、私自身はもうあんまり興味がなくて、「かかる人にはかかるけど、ちょっとコツを理解してしまうと嘘みたいに通用しなくなる」という困った弱点がありますから、それだけ取り出した技の稽古とかは普段の定期稽古でほとんどやらないんですね。

 やるとすれば、推手の稽古ですが、これは合気というより化勁の訓練であり、皮膚感覚で力の強弱や方向を感知して受け流したりする訓練です。

 そういえば、以前、フルコンの試合で馬形拳(形意十二形拳の一つ)を使って相手をふっ飛ばした会員さんが、また試合で、相手の上段廻し蹴りを脱力した前腕で受け、そのまま発勁したら相手が片足立ちの状態で重心が浮き上がっていたので、結構、ピョーンと跳ね飛んでしまったそうで、「ちょっと、澤井先生になったような気分で嬉しかったです・・・」と、報告してくれました。

 試合そのものは負けたそうでしたが、それはもう自分だけが練習している訳じゃないんですから(ここを弁えていない人が多い!)、勝負は時の運ですし、それよりも内容が問題になるので、負けて悔い無し。

 中国武術のそれも内家拳の技を使ってフルコンの試合に臨む50歳過ぎた空手マンという図は、何か、観戦してる人達も楽しいだろうな~と思いませんか? 次の試合は私も観戦しに行きたいな~。

 それにしても40、50過ぎて直接打撃の試合をやっている人達には、尊敬の念がわきますよね。やっぱり、百の理屈より一つの実践だな~と・・・。


 え~、話を戻します・・・。武術の実用を考えると私個人の考えでは座って稽古するより立ってやった方が今日的な実用性があると思うので、合気揚げの練習より推手を採用している訳です。

 が、無論、合気揚げや座った姿勢での居合などの伝統的日本武術の稽古法には、それなりの意味(主に鍛練目的)がある訳で、それを否定しているのではありませんから、お間違いなく・・・。

 脱力技法で崩す合気の技は、初心者にも体得しやすく応用性が高いという利点があるのですが、相手も脱力していたり、“中心軸がしっかり立っていてバランスが整っている人”にはなかなかかからないという弱点があります。

 で、今回も案の定、脱力技法がほとんどかからない人がいました。

 無論、敵意をもって勝負しに来た人でもないんですが、最近、ブログで過激なことを書いている私としては、「なんだ~、できないんじゃ~ん? 口だけじゃ~ん」と思われたらいか~ん!と思いまして、「ムムッ? これは脱力技法だけじゃ崩せないな」と思って、普通に逆関節を決める技とか、ちょっとズルして軸を崩す技を使ってしまいました。

 軸を崩すというのは六月のセミナーで解説する予定だったので使いたくなかったんですが、まあ、しょうがないかな?と・・・。

 武術なんだから、そこは臨機応変に通じない技に拘らず、変化応用するのが重要だってことでゴメンちゃい・・・テヘッ(照れ笑い)・・・。

 それにしても、ここ最近、結構、指導者レベルの方も参加されるようになってきたんですが、改めて思うのは、やっぱり、長年の修行を積んでいる人は内部に蓄積されている地力があるな~ということです。

 それに、いろいろな流派の人が来られると、必然的にいろいろな流派の技や考え方が解って、こちらの方が逆に勉強になるんですね。

 もちろん、どんな流派にも良い面もあれば欠点もありますよ。万能にかかる技なんて考える人はどうかしてる(誇大妄想?)と思いますね。

 セミナー後はファミレスで懇親会をやりましたが、ほとんど話題は古武術の世界の有名な人の裏話ばっかりになってしまって、そういう話はブログだけにしようと考えていたのに、やっぱ、“人の噂話は蜜の味”がしちゃうんですな~(俺ってホントに性格悪いよな~。品格無くってスンマセン!)。

 特に今回は、驚かされたり残念に思える情報もあったんですけど、でも、一方の側から見た見解だけを無批判に鵜呑みにするのは、凄く危険だと思うんですよ。

 それと同様に、立派な言葉や温厚そうな態度を見て、善人だと思い込むのも危険ですよね。人間は本音を隠して外面を飾りたがる動物ですから、私は他人の外面的に作った言葉は一切、信用しません。本音が出る瞬間とか態度を観察するようにしていますよ。

 セミナーに参加された方から、「やブログを読んで、もっと怖い感じの人を想像していたら、温厚そうで安心しました」と言われたんですが、正直、私はかなり温厚な部類の人間だと思います。普段は・・・。

 でも、ここまで武術にのめり込む人間は、内面に凶暴な性質を秘めているだろうことは間違いありませんし、事実、「優しそうに見えたのに戦い方がエゲツないからビビッた」と、元暴走族の人から言われたりしたことあります。

 私の師匠も、外面的には凄く温厚ですよ。初めて会った時は、あまりに武術家然としたところが皆無なので、感動しましたよ。

 どんな人でも武術家としての自己顕示欲みたいなものは多少なりとも覗くものなんですが、師匠にはそれが全く感じられませんでした。それでいて闘う時は化け物みたいな凶暴さが出たりするので、そのギャップの激しさが一番、「カッコイイな~。俺もあんな風になりたいな~」と思いました。

 だから、私も以前にもまして、より隠すようになりましたけど、それでも、たま~に師匠と会った時に、こっちが「少しは近づけたかも?」と思っていると、より差ができていてガッカリして帰る・・・というパターンばっかりでした。

 本当に、素質も才能も無いボンクラだったのに、武縁に恵まれたというだけで、ここまでやってこれたんだから、好きなことは徹底して続けていくと、嫌なことあっても良いこともあるよ~というのが人生なんでしょうかね~?

 私も、中学で剣道部入って続かずに辞めたけど、それから32年くらい、独修中心でずぅ~っと、ほとんど毎日稽古だけは続けてきたので、それなりの蓄積はできてきたのかな?と思いますね。

 だから、佐川先生とか上原先生とか、90、100まで長く生きたその人生の大半を武術修行と共に歩いた先生方は立派だよな~と思いますね。

「武術、武道というのは生涯かけて研鑽するものなんだから、30そこそこで向上が望めなくなるというのは、何かが間違っているんじゃないか?」という考え方が広まってくれるといいな~?と、本心から、そう思いますよ。

 だって、20より30の時、30より40の時、そして去年よりも今年、先月より今月、先週より今週の方が、自分の技量は向上していっていると思えるんですよ。

 後、5年経過したら今の1.5から2倍くらいの実力にはなっていられるんじゃないか?とリアルに思えるし、70歳くらいには自分が理想としている達人の境地に到達できているんじゃないか?と、確信とまではいきませんが、真面目にそう思っています。

 そういう訳なんで、私は年とって爺さんになることがそんなに嫌じゃないですね(ハゲチョビンになるのだけはNO~!)。


追伸;最近、セミナーの感想送ってくれる人が少ないんで、皆さん、感想・質問はドシドシどうぞ! できる限り、お答えします。過去のセミナーに参加した方の御質問も気軽にどうぞ! 人生相談も承ります・・・(って、なんか趣旨が間違ってないか?)。
このページのトップへ
コンテントヘッダー

得意技は一度見せたら通用しないと思え!

 日本の柔道の将来が本格的に心配になってきましたね。


 井上康生選手は、柔道家として類い稀な才能の持ち主だったと思います。

 以前、ある武道の師範の御紹介で、ヘーシンクを育てた柔道の大家とお会いしたことがありました。

 その時、その先生は「井上康生は素晴らしい」と、何度も言われていました。

 だから、私も井上康生選手には特に注目していました。

 四年前のオリンピックで敗れた時は、「あれっ? 妙に重心が浮いているな~。これじゃあ、危ないぞ・・・」と思ったら負けてしまいました。

 今回の引退に到る高井選手との試合でも、高井選手に比べて腰が座っていないように見えましたし、相手の体勢を無視して得意技の内股ばかり出そうとする内容にガッカリしたのが偽らざる本心でした。

 が、それよりも何よりも、引退会見の話にガッカリするのを通り越して呆れてしまいました。

「自分の中での理想の柔道が完成したと思った・・・」

 もう、何をか言わんや。「アンタ、死にもの狂いでオリンピック出場権を勝ち取って、もう一度、金メダルを取ってやるって気持ちで出場したんじゃなかったの? 自分の本心をごまかしてるんじゃないの?」と言いたいけれども、たとえ面と向かって言ったとしても馬耳東風でしょう。

 ワイドショーなんかも、いい加減だと思いました。毎度、お定まりのお涙頂戴のストーリーしつらえて、「井上康生選手は立派な武道家だ」なんてコメンテーターに言わせて綺麗言でまとめようとしている・・・。

 どうして、誰も「フザケルな! 自分の本心をごまかして意味の解らない綺麗言で締めくくろうとするな!」と、叱ってやらないのか?

 武道って、そんな生易しいものじゃないですよ。断じて、自己の本心を偽って綺麗言で飾るような腑抜けたものじゃない!

 決勝の鈴木選手の試合を見てごらんなさい。完全に押さえ込まれたところから残り2秒で必死に返してみせて、その前の試合で出た鼻血がまた止まらなくなっても、最後まで諦めずに戦っていたじゃないですか?

 準決勝の時だって、高井選手の動きをよく観察していて、出足払いを実に見事に決めていました。

 康生選手が攻め切れなかった高井選手の、あのどっしりと安定した巨体が、いとも簡単にクルッと転がった瞬間にこそ、柔道の醍醐味がある。何故、そこを無視して理の無い攻めを繰り返している康生選手の無策を叱責しようとしないのか?

 私は、あのような闘い方を容認するどころか、「果敢に攻めた姿勢は立派だ」と称賛している日本柔道は本格的に危ないと思いました。

 相手の状態を観察せずに無謀に攻めるやり方を繰り返してしまうのは、柔道の勝負理論から外れている筈です。それは攻められてしかるべきなのに、逆に称賛するというのは何なのか?

 準決勝で高井選手に鈴木選手が出してみせた、アレが柔道の“技”ですよ。相手の重心が不安定になる踏み出す瞬間を狙い澄ました“出足払い”。見事の一言でした。私はTV見ながら、「うまいっ!」と思わず声が出てしまいました。

 で、解説者が絶賛するか?と思ったら、ほとんどスルーしてしまうので、オヤ?と首をひねってしまいました。

 相手の体勢を無視して、単純にやたら技を仕掛けるのは武道とは言えませんよ。剣道の試合なんて、相手の動きの隙間を見計らって、息詰まるような拍子を盗む心理的攻防があって、そこから技を出す。相手を観察しないで技を仕掛けるというのは、相手がよっぽど格下だと侮ってなきゃ、やらないことなんですよ。

 引退会見を見ていて、はっきり判ったのは、「井上康生選手は、やはり驕りの気持ちがあるんだな~」ということでした。「自分が特別な存在なんだと錯覚しているのではないかな~?」と、そんな気すらしました。

 自己完結しちゃっていて、現実を冷静に認識しようとしていない。恐らく、聞く耳も持ってないのではないでしょうか。

 努力しているのは彼だけじゃないんです。“自分の理想の柔道”なんて寝言を言うより、きちんと「僕はもう、これ以上、強くなる努力はできません。限界です。今まで応援してくださって、ありがとうございました」と言えばよかったんです。

 もちろん、世間の期待が大きかったからこそ、負けることの精神的ダメージは凄かっただろうと想像します。そこから逃げだしたくなる気持ちも判らなくはありません。

 けれども、「自分をごまかして自己欺瞞に陥っていいんですか?」ってこと。

 負けるというのは、自分の弱点を教えてくれている訳で、成長の糧になるんです。試合って、もともと自分の欠点を自覚するためにやるものですよ。稽古理論に沿って考えれば。

「あ~、得意技に頼って相手の体勢を観察していなかったな~」とか、「ちょっと、変化技、連続技で仕留める練習を怠っていたな~」とか、まだまだ向上できる要素はいくつもあったのに、何故、自分の欠点を認識して埋めていこうとしなかったのか?

 私は本当に疑問だらけですよ。

 本当に才能のある選手だっただけに、非常に残念でなりません。キツイ言い方になりますが、あのまま指導者になって、良い柔道家を育てられるとは、私には思えません。

 自分の欠点を自覚できない人に、他人の欠点を矯正する指導力があるでしょうか?

 別に柔道に限った話ではなくて、剣道でも空手道でも国際試合で日本人が勝てなくなっていく理由は何か? 気迫や練習量が違うのか? やはり、体格や体力が違うからか?

 いいや、そんなものは大した理由じゃありませんよ。

 言わせてもらえば、「勝つための工夫を怠っている」・・・ただ、それだけですよ。

 ちょっと、言葉を換えてみますか?

「外国人はあれこれ考えて勝つための工夫をするけれど、日本人武道家は精神論に埋没したり権威者に頼って自分で考える習慣がないからだ」・・・ちょっとキツイかな? でも、反論できないでしょう? 本当のことなんですから・・・。

 もう、八、九年くらい前になりますか? 当時、游心流は数人しかいなくて(あっ、今も同じだな~)、師範代に任命していた人は、元ヤンキーで喧嘩ばっかりやっていたそうで、柔道、少林寺拳法の黒帯で形意拳も習い始めて熱心に練習していました。

 その師範代と、会員になって日が浅い武道経験0の人が組手をやってみました。

 当然、師範代が一方的に勝つに決まっているので、初心の会員にはちょっと入れ知恵しました。

 すると、何と? 武道経験0のまったくの初心者の会員が師範代に優勢勝ちしてしまったのです・・・。

 私もまさか?とは思いましたが、師範代もびっくりしていて、相当、ショックを受けていた様子で、私に組手のやり方を教えてくださいと申し出てきたくらいでした。

 ざっと比べて実力そのものは師範代の方が数倍はあったのに、何故、こんなことになったのか?と言いますと、その当時、師範代は形意拳に熱中していたので、“三体式の構えをしっかりとって構える癖”があったのです。

 その構えを“ガッチリとり過ぎていた”ので、「前に出している腕の外側に回り込みながら攻撃しろ」と、初心者の会員に教えたんですが、それを忠実に実行したら難無く死角から攻撃できたので勝ってしまった・・・という次第だったのです。

 無論、これは形意拳が弱いのではなくて、形意拳の構えを固定してとって変化することを知らなかった(後で教えましたから改善された筈です)師範代の弱点をモロに攻められたので、対応できなくなってしまった訳なんですが、こういう具合に、たとえ実力差がかなりあったとしても、弱点だけを集中して攻めれば楽に勝ってしまうことはざらにあるのです。

 私が、康生選手の内股だけに頼ったやり方を批判する意味がお解りになると思います。

 どんな強力な得意技であっても、最初からそれだけしか出してこない相手に対策をたてない阿呆がどこにいますか?

 でも、その阿呆な真似を平然とやってしまうし、それを「立派だ」って誉めてるんですよ? 国際的に日本の柔道が相手にされなくなるのが当然だとは思いませんか?

 私は自分の戦闘法や奥の手の技は隠して見せないようにしている訳ですが、これは一昔前の武術家だったら常識的心得なんです。

 今は、自分の得意技をやたらに人に見せびらかしたがる阿呆ばっかり・・・日本の武術、武道が弱くなるのも道理ですよ。揚げ句に「武術の秘伝は公開すべきなんだ」とかタワ言をほざく人が武道家を名乗っているんだから、末期症状ですよ。

 現実に闘うことを考えている格闘技の世界は、結構、頭のいい人がいて日進月歩で技術革新しているから、武術、武道の世界はダメでも格闘技をやっている人達の方が秘伝を理解したら大切にするんじゃないかな~?

 私は、一度見た技は、長所と短所を徹底して研究します。その上でできるようにし、体得したら今度は封じる技と返し技を工夫します。それから、体得した技を応用変化させたり別の技と組み合わせて使う研究をします。

 打撃技から崩し技、受け技から投げ技・・・常に技が変化していくようにすれば、相手はそれだけ対処しにくくなる。現代武道が忘れていったのは、この変化することです。

 ですが、外国人は変化することの有効性を知っているし、試合経験を積む度にどんどん技が変化していっています。同じ戦い方を何年も何年も繰り返しているのは日本人だけでしょう? そりゃあ、通じなくなるのは当たり前ですよ。

 ぶっちゃけ、打ち明けてしまいますが、游心流の要である“交叉法”の破り方も、私は徹底して研究しています。自分の最も得意とする戦法だからこそ、それが通用しない場合を考えておかなければならない。

 自分だけが卓越した才能があって、他人の知らない秘伝を知っている・・・みたいな錯覚は身を滅ぼす元凶です。私が二冊目の本を『誰も知らない武術のヒケツ』としたのは、皮肉を込めていたんですけど、気づいた人はいたんでしょうか?

“歩法”や“寸勁”“合気”に関しても同様で、すべて、破り方も私の中では研究してきているのです。

 こうした研究は、それらの技を得意技にしている相手と戦う場合に、そのまま利用できますし、自分の技が通じなかった時に動揺したり慌てたりしないで別のやり方にチェンジできる利点(今回の月例セミナーでもそうした)があります。

 得意技というと、大抵の人が、攻撃力にばかり目がいきます。圧倒的なパワーとスピードのある技なら、どんな相手も粉砕できると考えるのかも知れません。

 ですが、「攻撃力が大きい」ということは、「それだけ防御力が犠牲になる」ということなんですよ。この点を意外に考えている人が少ない。

 殺し屋の世界でプロ中のプロは大口径の高威力のマグナム拳銃とかじゃなくて、標的射撃用の22口径の銃とかを使うって言います。

 小型で反動が少なく、サイレンサーを装着すれば発射音がほとんどしない22口径ピストルを人混みに紛れて急所に圧し当てて引き金を引けば、数歩歩いてバッタリ倒れる。倒れた死体を確認するまで銃に撃たれたことが判らないから、その間に逃走できる・・・のだそうです。

 そういえば、実際にKGBとかの暗殺用武器なんかは22口径の弾丸が発射できるようになってる万年筆とかコウモリ傘とかがありました。

 武術で考えるなら、高い攻撃力が出せない女性向けの峨嵋刺とかの暗器は、威力を補うものであると同時に相手に武器を持っていることを隠して油断を誘うものです。

 その意味から考えても、得意技を喧伝し、しかも馬鹿正直に得意技を繰り出し続けた井上康生選手は、スポーツマンとしての潔さを誉められても、武道家として考えるならば、あまりにも無策過ぎますし、武道家として称賛するのは疑問なんですよ。

 でも、それを問題視しない日本柔道界の将来が、私にはもっとずっと心配ですね。

 もっと、武道とは何か?という根本的命題を考える人が増えてくれればいいのにな~と私は思うばかりです。

 自分で考えていないと、山師みたいな武道屋先生に丸め込まれて余計にドツボに嵌まってしまいますからね・・・。
このページのトップへ
コンテントヘッダー

井上康生の引退に思う

 柔道の全日本選手権をTVで見ました。

 井上康生選手の引退は寂しいですが、試合内容を見る限り、確かに力の衰えは隠せないし限界だったでしょう。

 稀代の名選手として期待を集めた康生選手でしたが、準々決勝で高井選手に敗れた試合を見ると、先のオリンピックで負けた時と同じく腰が安定しておらず重心が浮いた感じに観えましたし、攻撃も内股ばかり狙って単調でしたから、「あ~、勝てないな~」と思っていたら、やはり内股をすかされて押さえ込まれてしまいました。

 しかし、康生選手を破った高井選手は、鈴木選手にあっさりと敗れていましたし、康生選手が優勝するのは最初から難しかったでしょう。

 いや、敢えて正直に言えば、実力の衰えよりも問題だと思われたのは、戦い方が単調過ぎる点にあると思われました。

 つまり、内股ばかり狙っていては、相手は最初から内股に対する返し技だけ練習しておけば勝てる?という理屈になってしまう訳です。

「自分の得意な技が通用しなかったら仕方がないです」と、インタビューでさばさばした顔で語る康生選手を見ていると、スポーツマンとしては潔いと称賛されるかもしれないけれど、武道家としてはどうか?と、本気で思いました。

 それと同時に、柔道が日本の思惑を無視して国際的に勝手に流れていってしまっている理由が解るような気がしました。

 だから、敢えて苦言を呈しておきます。

 得意技は万能の必殺技じゃないんです。同じ技ばかり出していたら、相手は必ず封じ技を工夫する。だから、負けた! それだけの話でしょう。

「果敢に自分の得意技を思い切って出して、“全力を出して負けた”んだから悔いはないだろう」なんて批評に何の意味があるのか?

 力を出しても技を出していないんですよ。何故、そこを考えないのか?

 内股を出してはいけないと言っているんじゃないのです。内股を出すにしても、もっと相手のバランスを崩して掛けないといけない。執拗に連続攻撃して相手のバランスの崩れに導かなければいけない。それが柔道の技でしょう? 何で、万全の体勢の相手にいきなり掛けようとするような素人みたいなやり方をするのか? 

 高井選手との試合を見ていると、作りも崩しもしないまま、万全の体勢でズッシリと立っているところにいきなり掛けようとしている。だから、余裕しゃくしゃくで高井選手にすかされ、技を出した瞬間の不安定なところを簡単に崩されて押さえ込まれてしまった。

 これは、自滅したと言っても過言ではありませんよ。内股を出せば勝てるという相手を侮った気持ち、つまり、驕りがそこにあった。

 井上康生選手はそこに気づかなければいけなかったのに、全く解っていない様子でしたから、私は二重にガッカリしてしまいました。

 柔道に限らず、武道や武術、格闘技というものは、得意技を有効に極めるために他のいろいろな技を一通り磨いてできるようになっておく必要があるのです。

 江戸時代に究極奥義“相ヌケ”で一世を風靡した無住心剣流が、三世の真里谷圓四郎を最後に急速に歴史から消えてしまったのは何故か?

 唯一無二の剣技を標榜して一つの技だけしか磨かなかったからですよ。

 康生選手は引退してしまいましたが、これからの日本の柔道を担う人達には、心しておいて欲しいと切に願うばかりです・・・。
このページのトップへ
コンテントヘッダー

アキバ・カルチャーの規制は如何に?

 数カ月前に、アスペクトに打ち合わせに行く時に、神保町を歩いていてセーラー服着た少年?を見かけて目がテンになってしまっていました。

 が、ニュース番組を見ていて、「神保町はオタクの聖地、アキバから地理的に近い。彼はアキバから流れてきたコスプレイヤーだったのか?」ということを、初めて納得できました。

 まあ、コミケにコスプレイヤーがたむろっていても別に違和感はありませんし、アキバでメイド服着た女の子が普通に歩いているのもモーマンタイ・・・。

 でも、「日曜日にホコ天でコスプレイヤーがパフォーマンスしている」と聞いても、かつての原宿の竹ノ子族みたいなもんだろ?と思って、別に何の感慨もわかなかったんですがね~。

 ニュース番組で、パンツ丸見せしていた自称グラドルが逮捕されて・・・云々というのは、確かに、オイオイ・・・って思いましたけど、セーラー服着た少年?が警察官と“表現の自由”について熱く論争している様子は、申し訳ないんですけど、コントかと思っちゃいました。

 まあね~。風紀が乱れてどうのこうのって話は、さもありなんって気もするんですけど、たかがオタクのパフォーマンスくらい許容してやれないのか?って感じはします。

 言っちゃ悪いけど、そういう格好して注目を浴びることで存在証明を得られたみたいな、屈折した心地よい気持ちになる時期って、若いうちはあるんじゃないの?

 どうせ、ある程度の年齢になったら本人が「俺って、いつまでこんな真似やってるんだろう?」って、空しくなる瞬間があると思うし、生産性の無い自己顕示欲だけの行為は単なるマスターベイションでしかないんだから、世間的な評価には繋がらない。

 逆に言うと、「勝手にやれば?」って話なんだから、取り締まる必要性が本当にあるのか?ってことです。

 オタクも極めれば立派なプロフェッショナルとして活躍できるかもしれないけれど、そこまでなるには努力と根性と天運みたいなものが必要になる。

 要するに、志しの無いオタクは長くは続かないってことです。

 まあ~、そんな次第で、オタ芸道を極めようとするような人は自然にプロになっていくだろうし、そうでなければ消えていくだけ・・・それを無闇に規制するんじゃなくて、例えばパフォーマンス広場を用意してアキバ・カルチャーの殿堂を堂々と世界に発信していけばいいんじゃないですか?

 井筒監督は「気色悪い~」と嫌がっていたけれど、オタク文化が日本の代表的カルチャーとして世界に広まっているのも事実なんだし、もっと文化として育てる方向性があっていいんじゃないかな~?

 私も昔はオタクは気持ち悪いと思っていたんだけど、冷静に考えて俺も十分にオタクだから、何か、シンパシーがわいてきちゃってですね。優しく見守ってあげたい・・・という気持ちになっちゃったんですよね(朝ナマも、こういうテーマで討論したら面白い?)。
このページのトップへ
コンテントヘッダー

『少林少女』と『カンフーハッスル』

 柴咲コウが主演した『少林少女』の劇場公開に併せて、同作のプロデューサーでもあるチャウ・シンチーが監督主演した『カンフーハッスル(原題は“功夫”)』がTV放送されていたので、久々に見ました。

 この作品を劇場で見た時は、「チャウ・シンチーの作品は、金庸の武侠小説の影響が濃い」ということをそれほど知らなかったんですが、その後、私自身が金庸原作の武侠ドラマを熱中して見て、小説も読んだりするようになったので、今回はより明確に作品の背景が解るようになりました。

 作中に怪しい物売りの爺さんが幼い主人公に売り付ける武術の教本『如来神掌』や、最後にもう一度出てきて別の子供に売り付けようとして出す教本のタイトルが、「独孤九剣(笑傲江湖の主人公、令狐冲が体得した必殺剣法で、無敵の剣侠“独孤求敗”が創始した剣法という設定で、神チョウ侠侶の主人公、楊過が独孤求敗の相棒だった大鷲から学んで自得した剣法も同じらしい)」「一陽指(“南帝”と呼ばれる達人、一灯太師の得意技)」「降龍十八掌(“北丐”こと洪七公の得意技で、丐幇の幇主の代々の秘伝であり、天龍八部の主人公も当然使える。洪七公に学んだ射チョウ英雄伝の主人公、郭靖も使える。ちなみに、『ドラゴンタイガーゲート龍虎門』でドニー・イェンが敵のボスを倒す時も使ってた。流石、中国はパクリ天国だな~?)」「九陽真功(少林寺の秘伝で、武当派を開いた張三豊から倚天屠龍記の主人公、張無忌に伝わる)」といった、金庸の代表作といわれる笑傲江湖・射チョウ英雄伝・神チョウ侠侶・倚天屠龍記・天龍八部に登場する武術の秘伝だったりするところが、マニアックな笑い所です。

 琴の音波がギャオスの超音波メスみたいに相手を切り刻むところなんかも、金庸作品ではおなじみで、気の力を駆使して戦う描写は金庸の最も得意とするところです。

 そういうお国柄の事情を知らない人達は、「ドラゴンボールの真似だ」と非難していたりするようですが、事実は全く逆なのです。

 ドラゴンボールの舞空術は、軽功の発展型であり、気光波の攻撃も、内力の攻撃をSF的に表現しているものです。

 ですから、火雲邪神の“崑崙派のガマガエル拳法”というのも、射チョウシリーズの悪役、“西毒”こと欧陽峯の得意な気功の技“蝦蟇功”のことなのです。

 あ~、そういえば、香港の映像派の巨匠、ウォン・カーウァイ監督が武侠物に挑戦した『楽園の瑕(原題は“東邪西毒”)』は、金庸の射チョウ英雄伝では既に老人として登場する東邪こと黄薬師と、西毒こと欧陽峯の若い頃の話をオリジナル・ストーリーとして作られたもので、西毒は自殺したレスリー・チャンが演じていました。

 ウォン・カーウァイは映画好きの人の間では評価が高いものの、私はどうも、あのテンポののろさと独白調のナレーションが苦手で、この『楽園の瑕』も、サモハン・キンポーがアクション監督をやっていると聞いて期待して見たんですが、三回見て、三回とも途中で寝てしまいましたよ・・・だから、どんな話なのか、さっぱり解らない。

 この作品の撮影は途中で長く休止したりしてキャストが怒り、それを慰める意味で『大英雄』というお正月の隠し芸大会のドラマみたいなバカ武侠映画が一本作られたそうなんですが、正直、こっちの方が気取ったカーウァイ作品よりずっと面白かったですね。


 とにかく、金庸作品は、中国では国民的な時代劇(武侠物というのは、要するに日本のチャンバラ時代劇みたいなもの)として人気が高いのでしょう。

 そして、この『カンフーハッスル』でも、ブタ小屋砦の大家夫妻は、金庸の神チョウ侠侶の主人公二人、楊過と小龍女という名前ですし、ラストに天空高く昇ったチャウ・シンチーの周囲を二羽の大鷲が飛ぶところなんて、神チョウ侠侶へのオマージュが露骨なのです。

 シンチーは、『少林サッカー』の時も、植木職人に独孤九剣を使わせていますし、実在したとされる乞食の拳法家蘇化子を演じた『キング・オブ・カンフー』の時は、夢の中で乞食の秘密結社丐幇の幇主、洪七公から秘伝の降龍十八掌と打狗棒術を教わったりしていました。

 チャウ・シンチーのブルース・リー愛は有名ですが、もう一つ、このような金庸武侠物への熱狂的愛があることを忘れてはいけません。

 ここまでオマージュを捧げていると、小中千昭がシナリオを書くと、全て最終的にクトゥルー神話になる・・・(ティガしかり、エコエコアザラクしかり、ヘルシングしかり、GRしかり。流石にウルトラマンやジャイアントロボがクトゥルー神話になるとは予想外でしたよ。魔女や吸血鬼の話なら解るけど?)というのに匹敵している印象も受けます。

 コメディ作家としての評価が高かったチャウ・シンチーは、「一番なりたかったのは武術家」と発言して、周囲はギャグだと思って笑っていたら、本人は本気そのもので、ついに念願の武術映画の決定版を撮った。

 しかも、感心させられたのは、アクションの動きそのものが非常に理に適っていて、肉体も十分に鍛えて臨んでいたことです。

 もちろん、ジャッキーやサモハン、ジェット・リー、ドニー・イェンみたいな武術アクションの世界チャンピオン・クラスにはいきませんが、町道場の師範代くらいの技量はあるかもしれません。

 つまり、武術愛好家である我々に近い存在で、恐らく、昔から訓練だけはずっと続けていたのでしょう。

「クライマックスで突然、強くなる理由が解らない」という批評がいくつもあったみたいですが、あれは、主人公が少年時代に真面目に取り組んだ如来神掌の訓練によって自然に内力が養成されていて、それがコブラに咬まれた毒の作用や、火雲邪神に物凄いパンチを食らって半死半生の状態になったことで、体内の気脈のルートが偶発的に繋がり、内力が一気に流通するようになった結果と説明されているのです。

 これも、金庸の小説では度々出てくる描写なんですが、鍼灸の理論に詳しい人だったら、なるほどな~と思うかも知れませんし、肥田式強健術の愛好家だったら、「聖中心が徹ったんだろう」と考えるでしょう。

 武術の秘伝や極意と言われるものは、ほんのちょっとした身体操作のコツを知るだけで劇的に技のレベルが上がったりするということが現実にいくらでもあります。

 長く苦しい訓練をしなければできるようにならない技も多いですが、実は高度な秘伝というものは、訓練量には比例しない場合がほとんどなのです。

 いや、むしろ、訓練していない人間の方が体得しやすかったりする。つまり、「自然にやる」というのがコツだったりする訳です。今度のセミナーでやる予定の脱力技法なんかはその典型なんですよ。

 今、『倚天屠龍記』を読んでいる途中なんですが、この作品の第一巻の最初の方は、武当派武術の創始者とされる伝説的な人物、張三豊が内家拳を創案する話なんですね。

 で、この武術の描写が太極拳の極意を非常に簡潔に説明していて、「こりゃあ、金庸先生は、やっぱり武術の心得があるに違いない。これは、やっている人間、しかも、かなりのレベルに達した人間でないと解らない筈だ」と、読んでいて唸ってしまいましたよ。

 これまでも、ツボの名前とか気功のやり方とかがかなり正確で、もしかして?と思っていたんですが、まず、間違いないと思います。

 金庸の作品は、内家武術の遣い手が活躍する話が多いので、恐らく、太極拳などの内家派の武術を修行したのではないか?とも思われます。

 時代的にも楊家太極拳は張三豊が創始したという説が流通していた頃です。この説は陳家太極拳が普及するようになってから否定されていますが、太極拳・八卦掌・形意拳が内家派三拳として武当派で修行されるようになっています。

 武侠小説では、華山派・少林派・峨嵋派・崑崙派・天山派・青城派・恒山派・衡山派・泰山派・黄山派といった武術の派閥が出てきて、これに血刀門とか日月神教とか丐幇とかいった宗教組織や秘密結社もからみますし、ヒョウ局と呼ばれる護送組織もあります。

 現実に、中国では、少林派・武当派・峨嵋派の武術はありますし、かなり昔から白蓮教のような武術訓練を課した宗教結社もありましたし、ヒョウ局も実在していました。

 映画が大ヒットした後に少林寺の周辺には武術学校が沢山できたそうですし、武当山でも武術は盛んになっているようです。ただし、ドキュメンタリー番組で紹介された武当山では、内家武術とは無関係な八極拳や酔棍を演じていたりして、「どこが武当派やねん?」と、ツッコミを入れてしまいましたが・・・。

 黒社会と呼ばれる政治的秘密結社(洪門会が有名)の流れを汲む中国マフィアの世界では、武術を用いる殺手(殺し屋)が今も存在しているとされます。これは日本の右翼が武道を訓練するのと同様だと思えばいいでしょう。

 日本に中国武術を輸入しようとした人物関係は、右翼系の人達(お名前は自主規制しておきます)でしたし、現実に日本、中国に限らず本当に強い武術の実力者は思想的に右翼系の人が多いのです。

 私自身は思想信条は持たないようにしていますし、思想信条で付き合う人を決めている訳ではありませんが、大体、性格的に尊敬できる人は右翼系の人の方が多かったです。

 左翼系の人達って、何か情が薄いというか、人間を社会の最小単位として考えているからなのか? 妙に小賢しい人が多かったように思えるし、理屈先行で実行力が足りないように思えましたね。

 右翼系の人達は、後先考えないで突っ走る人が多くて、困ったちゃんだな~?とか思うんですが、何か微笑ましいというか人間的には魅力的な人が少なくありません。ただし、感情に溺れて現実が見えなくなる傾向はあるかも知れません。

 どっちにしろ、何かの思想信条を持った時点でものの考え方は偏る訳ですよ。

 私が、自分の研究してきた流派の名前を“游心流”と名付けたのは、思想や信条・信念といったもので心を固めたくなかったからなんですね。

「游」という漢字には、ドリフト(漂流)するという意味がありますが、心を一か所に留めないで、自由に発想を広げて常に進化するのが武術の理想的在り方だと考えたからなんですよ。

 もっとも、そういう高尚な理由を言うと、糞真面目な権威が大好きな人ばっかり集まってきて、鉄面皮の軍団みたいになりかねないから、「遊び心でつけました」と、ハナッから権威主義に背中向けた理由を言ってきた訳です。これはこれで嘘じゃないし。


 だから、『カンフーハッスル』とか、アクション映画にも妙な理屈つけたがる人っているじゃないですか? ナンセンスですよ。理屈がどうこうじゃなくって、映画は見て面白いかどうか? 感動できるかどうか? それ以外に価値なんか論じなくっていいんですからね~。

 で、早速、『少林少女』も見てきました!・・・と、書きたいところだったんですが、1000円で観られるオヤジデーに、いつもスカスカに空いている映画館に上映10分前に行ったら、何と!ズラ~ッと劇場の外まで人が並んでいて、「こりゃあ、上映時間までに入るのは無理無理~」と思って、諦めて駅前の本屋さんに寄って、そのまま帰りましたよ。

 カップルに埋もれてオッサン独りで『少林少女』観てる・・・ってのもね~?

 休みの日だったら解るんですけど、平日の午前中という最も客が入らない筈の時間帯でこれなんだから、参りましたね~。いつも客の入りの悪い映画館は、さぞ喜んでいるでしょう。

 TVでは特番が組まれて、中でも柴咲コウが実際に少林寺近くの武術学校を訪ねたドキュメンタリー番組は、世界ウルルンみたいで中々良かったです。

 黒谷先生が柴咲コウのファンだと言ってましたけど、私は以前はあんまり好きじゃなかったんですけど、『メゾン・ド・ヒミコ』でファンになり、『どろろ』で大ファンになりました。

 今回の『少林少女』も、クランクインの一年前から定期的にカンフーの練習をして臨んだというのはハリウッド女優みたいな話で驚かされますね。よく聞く話では、「事務所に最低三カ月は特訓やらせてから撮影に臨ませたかったけど、スケジュールの都合で一カ月しかできなかった」みたいな話。

 新人女優さんだったら、まだ解るけど、超が付く売れっ子で、歌手としても活動してるしTVドラマや映画も精力的にやっていた柴咲コウが、隠れて特訓していたというのは感動的な話ですね(映画の感想は、もうちょっと待っててくださいね)。
このページのトップへ
コンテントヘッダー

必殺シリーズ幻の作品を見た!

 シリーズが長く続いていると、必ずといって良いほど、異端の作品というものが生まれるものです。

 そして、あまりにもシリーズの雰囲気と違うものになってしまい、視聴率がふるわずに打ち切りになってしまったりもする。

 しかし、そんな長寿シリーズの鬼っ子みたいな作品というのは、どれも異端であるからこそ、非常にマニアックなファンが生まれるものです・・・。

 例えば、今もシリーズが続いているガンダム・シリーズの異端の作品と言えば、各国のお国自慢ガンダムが格闘技の試合をするという“ロボジョックスみたいな(しまった! 例がドマイナー過ぎて誰も判らんぞ? え~っと・・・人形アニメを使ったZ級SF映画です。相当な特撮マニアでないと知らないと思います)”設定の『機動武闘伝Gガンダム』なんて、金庸の武侠物の影響下に生まれた素手でガンダムを破壊する男、マスター・アジア東方不敗なんてキャラが出てきてブッ飛んだ作品でした。

 あるいは、先日まで深夜に放送されていた『墓場鬼太郎』なんて、これまで正義の少年妖怪?として人間の味方だった鬼太郎の初期の原作通りに描いていて、原作を知らない人達にとっては呆然とする展開でした。

 もっとも、最近の平成仮面ライダーなんて、昔の仮面ライダーとは年々掛け離れていくばかりで、シリーズそのものが毎回、工夫し過ぎて異端そのものの作品になりつつありますが、そうなるのは、時代の要請みたいなものがあると思うんですね。


 さて、ホームドラマチャンネルで、必殺シリーズの中でも最もカルト的(比喩じゃなくて内容的にも・・・)な不人気作(これも比喩じゃなくって、一般的な必殺ファンからは無視されてますから)である『翔べ!必殺うらごろし』の放送が始まりました!

 何を隠そう、私、必殺シリーズ中で、この作品がダントツで好きなんですね。

 何故か?と言いますと、「これって必殺じゃないじゃん?」って思えるくらいシリーズから逸脱しているのです・・・。

 主要キャラは、旗竿を持ってカンフー着に裸足でボロマントを着て歩いている密教の行者らしき“先生(中村敦夫)”と、記憶喪失で元殺し屋だったらしき“おばさん(市原悦子)”、長身怪力のために女扱いされないコンプレックスのある“若(アッコ)”、江戸で仕事人の繋ぎをやっていたらしき“正十(火野ショウヘイ)”に、ちょっと頭の弱い渡り巫女の“おねむ(鮎川いずみ)”の五人。

 この作品は、京極夏彦の巷説百物語シリーズの元ネタになった(映像化された作品を見比べるとクリソツですよ)という噂もあって、毎回の事件がオカルト、超常現象がらみなんですね。

 要するに、江戸時代の都市伝説を流れ者のゴーストハンターが解決する?みたいな時代劇版『怪奇大作戦』と思った方が、必殺シリーズのイメージより近しいのです。

 それで、恨みを呑んで死んでいった人々の怨念を受けて、先生とおばさんと若が犯人を殺す・・・んですが、特別、金で仕事を請け負う訳じゃない。

 その殺し方も、いつもの必殺とはかなり違っていて、おばさんは中村主水ばりの騙し討ちで、若はひたすら殴り殺す。

 で、先生は昇る朝日に拝礼して霊が乗り移ったみたいになって、突然、旗竿持って駆け出すと、ジャンプして空中から旗竿をブン投げて串刺しにする!

 刺された相手は、『オーメン』で避雷針が刺さって死んだ神父みたい・・・。

 もう、この時の敦夫の強さといったら、手刀で敵の侍の刀を叩き折ってムンズと襟首掴むと、そのままデヤァ~ッ!と岩壁に10mぐらい投げ飛ばして殺すとか、もう尋常な人間とは思えません。

 必殺シリーズ最強の仕事人は誰か?というファンの間の論争では、中村主水か念佛の鉄か・・・あるいは「ムチャクチャ強い」と噂されていた“死に神”とかいましたが、うらごろしの“先生”が間違いなく最強だと思います。

 多分、この先生は中国に渡って修行してたんでしょうな~? それで仙人みたいな生活してて中国武術も習得したに違いない(決めつけてるな~)。

 一方、おばさんの殺し方なんて、「お前さん、落とし物だよぉ~」と呼び止め、「えっ、俺は何も落としちゃいないぜ?」って言われると、「これから落とすんだよぉ~」「?」って具合に相手がキョトンとしてる隙をついてドスでブスッと刺して、「お前の命だよぉっ」と言う・・・コワイ・・・。

 若の殺し方は、ひたすら殴る! でも、パンチしたら相手の首が180度グルッと回って絶命・・・オイオイ・・・。

 確か、この作品、私が高校生の頃に見た記憶があるんですけど、その後、再放送されるのを楽しみにしていたんですが、さっぱりされない。他の必殺シリーズはほとんど再放送されてるのに・・・。

 それから、うらごろしのテーマ曲「愛して」はアッコさんが歌ってる中でも一番カッコイイ。時代劇テーマ曲の中でも一、二を争う名曲だと思います(ちなみに作詞作曲はハマショー)。東映ビデオのオイロケ・アクション路線XXシリーズの『美しきキリングマシーン』の中で英語バージョンがちらっとかかります。

 昨今の都市伝説ブームを先取りし過ぎた幻の時代劇。藤田まことのナレーションで、「たとえ、貴方が信じようと信じまいと・・・」と結ぶところなんて、「セキルバーグめ、ここからパクッたな?」って感じです(まあ、このフレーズはもっと昔からあるけど)。

 時代劇に今イチ馴染めない人でも、この作品は全然違う意味で楽しめる筈? ホームドラマチャンネル見れる人は要チェックですぞ!
このページのトップへ
著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

FC2カウンター
リンク
最新記事
カテゴリー
FC2ブログランキング

FC2Blog Ranking

月別アーカイブ
ブログ内検索