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『ドラゴン・キングダム』に注目!

『ドラゴン・キングダム』で、ジャッキー・チェンとジェット・リーが共演するというのは、カンフー映画マニアにとっては一大事件ですよね。

 だのに、あんまり騒がれないのは何故? 『ラッシュアワー3』でジャッキーと真田広之が共演した時もさして騒がれなかったな~、そういえば・・・。

 思えば、『座頭市と用心棒』『キングコング対ゴジラ』『マジンガーZ対デビルマン』『ジェイソンvsフレディ』『エイリアンvsプレデター』『マスター・オブ・サンダー決戦!封魔龍虎伝』みたいな両巨頭の対決物って、本来は燃える展開になる筈。

 で、西遊記がモチーフのファンタジー物で、ジャッキーは酔拳マスター、ジェットは蟷螂拳を使う少林寺僧ってんだから、実写版ドラゴンボールより面白いかもよ?

 敵役にはブリジット・リンが演じて有名な『白髪魔女伝』のキャラも出てくるみたいですし、今こそ、かつてのカンフー・カラテ映画ブームが再燃すべき刻なんですよっ!

・・・って、熱く語る人が少ないんだよね~。寂しい・・・。

 でもね、この前、お昼のミノさんの番組に久しぶりに陳静先生が娘と一緒に出てて“ビューティーカンフー”を披露していたんですけど、やっぱ、あのスピードと身体能力は凄いっスわ~。

 最強の武術家に伝統中国武術を学んでまっす・・・と威張ってみせても、陳静先生のあの電光石火の連続攻撃をズババババ~ンッ!と食らったら鼻血出してふっ飛ばされると思うな~。

 やっぱり、武術で一番大切なのはスピードですよね。相手より速く急所に一撃すれば終わるんだもん。

「表演武術は形ばっかりで実戦の使いものにはならないよ」なんて言いながら、伝統武術やっている人が自慢げにヘロヘロリ~ンと蝿が止まりそうな技見せて、「どうっすか?」って顔して同意求められてもな~?って思う武道家や格闘家は多いと思いますよ。

「俺、本気で攻撃してもいいっスか?」って言いたくなるでしょうね? だから武術は侮られる・・・。

 でも、「こりゃあ、スゲ~ッ!」って思う人はいますよ。

 フィリピノカリなんか速いしな~。蘇東成先生も速いよな~。友寄先生の貫手なんて風切り音が鳴るみたいだったしな~。岡林先生の突き蹴りもエライ速さでしたね~。

 私の師匠も何が凄かったか?と言って、もう圧倒的に化け物みたいにスピードが速かったですよ。速過ぎて見えなくなっちゃうんだからな~。

 ジャッキーもジェットも体力は当然落ちてると思うけど、スピードは落ちてないですよね~。『ドラゴン・キングダム』は必見ですな~。


追伸;ふぅ~、やっとこさ本の原稿書き終わったんですけど、これから八月半ばくらいまで直しや仕上げの作業が続くんですよね~。それが終わると次の本の直しが始まるし、大変だな~。DVDも作らにゃならんし・・・(DVD情報は問い合わせください)。

追伸2;今年の夏はダンス白州に8月14、15日に行ってきます。今回は特に何もやらないんで普通に避暑と盆休み兼ねて、会員さん達と遊びに行ってきま~す。余談ですが、舞踏の世界について勉強しようと思って、町田のあおい書店で『舞踏大全』というブ厚い本を買いました(5200円! ギョエ~ッ、芸術の本は高いな~)。いや~、これって『世界妖怪図鑑』という書名でも納得するかも~? なんちゅうか、「ヒエロニムス・ボッシュの怪奇画をダンサーで3D化してみましたっ」って感じかな・・・。
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地震とナイフ

 夜中に仕事している時、グラ~ッと来て、「あっ、地震だ」と思ったら、えらくグラグラと強くなるでもなく規則的に妙に長く続いていました。

 で、TVのチャンネルをNHKに換えると、またもや東北で起こっていて、本当に被災地に住んでおられる方は気が滅入られるだろうと思います。

 しかし、東北から北海道までの地震が、神奈川でも震度3以上の強さで感じられたというのは、ちょっと驚かされました。

 前回とは地震の発生原理が違っていてプレートに滑り込む、あの日本沈没の原理と同じような解説だったので、非常に不気味な感じでしたね。

 ホントにもう、いつどこで大地震が発生してもちっとも不思議じゃなくなりましたね。

 これはもう、ハラを括って、いつ起こってもパニックにならない準備ができたというくらいに前向きに考えるべきでしょう。

 けれども、地震は天災だから仕方がないとしても、ナイフ通り魔事件は許せないですよね。

 八王子の事件があった書店は以前に二、三回入ったことがあったんですよ。

 ダガーナイフ規制しても無駄だという現実が明白になった印象もありますが、父親をメッタ刺しにして殺した女子高校生の事件なんかも含めて考えた時、ホラー漫画やゲーム、アニメの影響は、やっぱりあるかもしれませんね。

 経験智が圧倒的に足りない年少者の場合、「これをやったらどうなるか?」という先読みの判断力が驚くほど欠けているものです。

「彼女がいないから・・・誰でもよかった」と言いつつ女性を狙って刺した例が多いじゃないですか? 宮崎勤なんかもロリコンと虐殺が融合した快楽殺人だと思うし、隣人殺人の男もそうでしょう?

 要するに欲望を抑える理性が自己愛に侵食されていっているんだと思いますよ。他者にも人格と生活環境があるということを想像できないんでしょう。

 やっぱり性倒錯を単なる趣味だと簡単に考えちゃ~いかんと思います。リビドーは理性を破壊するパワーを持っているんですよね。
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悪法も法だけどね~

 思っていたより早い反応だったな~と思ったのは、「ダガーナイフの所持の全面禁止」ですね。

 銃砲刀剣類取り締まり法の改正に、猟銃の所持資格とダガーナイフの所持禁止が加わることになったそうですが、先のバスジャック少年なんかは100円ショップで買ったナイフ(包丁?)で犯行に及んだそうですし、何か、無意味な法改正だな~という印象は拭えません。

 前にも書いた通り、刃物を相当数持っている私も、不思議にもダガーナイフは一本も持っていなかったんですが、両刃のナイフが全面的に禁止されて、所持しているものは警察に届けなきゃいけないとのことなんですが、えらいことになっちゃったな~って感じです。

 ほとんどのダガーナイフはコレクション用として販売されている訳で、今回の反応はアメリカでは州によってヌンチャクが禁止されているというトンチンカンっぷりに近いものがありますね。

 コレクション用だから、ダガーナイフは数千円から数十万円もするものまで売られていて、カスタム・ナイフ作家にとっては魅力的なものだっただけに、何とも残念なことだと思いますね。

 私も、ナイフ・メイキングに挑戦してダガーも作ってみようと思っていたんですが、大枚はたいて買った人達も悔し涙にくれることでしょう。

 どうして、登録所持制にしなかったのか、私は解せないですね。犯罪抑止効果だって、そっちのほうが望めるのに・・・。

 日本刀みたいに美術品としたっていいじゃないですかね?

 昔、キムタクのドラマでバタフライ・ナイフが使われて不良の間で流行って問題になった時、バタフライ・ナイフの販売は自主規制されたりいくつかの県の条例で未成年には売ってはいけないことになったようでした。私は持ってますけど、これは細工向きで便利なんですよ。

 バタフライ・ナイフは不良の持つナイフというイメージが定着しましたが、あれは元々、バリ島の生活必需品としてのナイフなんだそうです。

 同様のものには三日月形のカランビット・ナイフがありますが、これなんてシラットなんかの東南アジアの武術で使われるもので、軍隊のナイフ術にも採用されつつあるそうです。当然、日本の不良の間でもファッション的に流行ってますよ。

 でも、根本的な問題として、犯罪起こそうと考える者が武装するのは当たり前なんであって、武器を規制しても武器になりそうな日用品を持ち出すのは目に見えていますから。

 島津藩に武器を取り上げられた琉球では、日用品を武器にしたり素手の拳法を磨いたというのは有名な話ですよね。

 フィリピンの武術とか見ると、日本や中国の武術と比べて実に生々しい殺人テクニックを備えていて、驚きますよ。

 護身術の必要性から発達したんだと思いますが、本当に相手に致命傷を負わせる技ばっかりの過激なものです。

 日本人の感覚ではドン引きしてしまうのではないでしょうか。

 でも、逆に日本人は暴力に晒されて身を護る必要性をほとんどの人が忘却しているので、何の戦闘訓練も受けたことのないガキが簡単に大量殺人をおかしてしまえる国です。

 もう、これだけ通り魔事件とか起こっているんですから、「暴力はいつ遭遇してもおかしくないもの」と認識を改めて日頃から対応策を考えておかなければいけないと思いますね。

 そういう点で、「面白いな~」と思ったのは、ロケットランチャーみたいなのでネットを被せて捕まえるヤツ。「これって、東映版スパイダーマンの必殺技スパイダーネットじゃんか?」と、妙な感動がありましたよ。

 そういえば、歌舞伎の土蜘蛛の話とかで糸をバアッと投げ付けてからめたりする伝統が日本にはありますよね。

 犯人を必要以上に傷つけないで捕まえようとする日本人の工夫は大したもんだな~?と、何か感動しましたよ。

 この、悪を憎んで人を憎まず・・・の精神は、特撮ヒーロー番組の多さではダントツ世界一の日本の伝統かもしれませんね。

 だから、敵を殺傷する目的にしか使えないダガーナイフを目の敵にしてしまうんだろうな~?

 まっ、決まった以上は文句言っても仕方がないですけどね。

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ディスカバリーchも格闘技番組が・・・

 ヒストリーchの『ヒューマン・ウエポン』では、私の大好きなカンフーも放送され、少林拳に詠春拳、そして最後は散打との対決をしていました。

 まあ、妥当なところですけれど、内家拳も登場してもらいたかったですね~。

 太極拳・形意拳・八卦掌・意拳なんて面白いと思うんですが、やっぱり、実際にそれらで戦える人が少ないから省かれたのかもしれませんね。

 チャンネルnecoでは『散打王』という作品が放送されていますが、これは中国武術が表演と散打では全く別物なんだという事情を描いていて、表演武術のチャンピオンが散打のチャンピオンとケンカになってコテンパンにやられ、散打を学んで強くなるという内容でした。

 演武のみの武術と、実戦的な格闘技の違いを描いたこの作品は、プロデューサーのツイ・ハークが、以前、表演武術のチャンピオンだったジェット・リーと組んで黄飛鴻シリーズをヒットさせたものの、ジェットとケンカ別れした経験もあるので、当てつけなのかな?と思えるシーンもあります。

 でも、映像で見せる場合に普通の格闘技は地味過ぎて映像的なアクションの面白さはあんまり期待できません。

 だから、この『散打王』も、アクション物としての面白さには欠けます。ロッキー的なものを狙ったんだろうとは思いますけどね・・・。


 余談が過ぎましたけれども、ヒストリーchの『ヒューマン・ウエポン』は、ロシアのサンボもやり、総合格闘技のブームの初期の頃、佐山聡とビクトル古賀によって“サンボ”の存在が知られるようになり、その後、前田日明のリングスに“コマンドサンボ”が登場することでピークに達しました。

 が、その後、グレイシー柔術旋風が吹き荒れて、総合格闘技はどんどん発展していきました。

 喧嘩芸骨法が日本武道傳骨法と名前を変えたり、正道会館がK-1を格闘スポーツの一大イベントとして確立させたり、格闘技の世界も、いろいろな事件がありましたね~。

 私は一貫して武術にしか興味がなかったんで、そんな格闘技の世界については傍観する立場に過ぎませんでしたが、『フルコンタクトKARATE』のライターをやったこともあったので、自然と格闘技界の情報も耳に入ってきていたんですよ。

 それに、クエストさんから声をかけてもらってビデオの企画や、私自身のDVDも二巻出していただいたりして、そこでも格闘技界の裏情報は多少なりとも耳にしてきました。

 普通、武術好きな人は格闘技は嫌いなものなんです。格闘技好きな人も武術は怪しがって嫌う人が少なくありません。

 でも、私は純粋な技術と戦術に関しては公平に見ますよ。

 少し齧ったのもプラスに働いているでしょうね。やったことがなかったら、長所も短所も判らないですよ。

 ただ、基本的には武術が好きなので、戦い方に関しても格闘技のやり方には首を捻るところが少なからずあります。

 例えば、『ヒューマン・ウエポン』のサンボの必殺技と紹介された技を見ていて、「う~ん。あれだと金玉握って引き千切られるんじゃないかな~? それに、ナイフとか隠し持っていたら肛門とか突き刺されてオダブツになるんじゃないかな~?」とか、そういう疑問が湧きました。

 以前、古流柔術の寝技の乱取りやらされた時に、固められながら一本拳で脇下の肋骨をグリングリン捩っていたら、真っ赤な顔で凄い睨まれました。隙があったから攻めただけなのに~。

 やっぱり手を自由にしたままの固め技とかは危険なんじゃないかな~?と思いますね。


 さて、ディスカバリーchで『最強の格闘技・道場破りの旅』というのが始まりましたが、これって、ディスカバリーHDでやっていたのと同じ番組なのかな?

 二人の格闘家が世界中の武術・格闘術に入門して最後に対決するという内容は、モロに『ヒューマン・ウエポン』と同じです。

 どっちが先に企画されたのか判りませんから、簡単にパクリだと言えませんが、初回は極真空手で、二回目はカリ・・・次は散打みたいだし、オイオイって思いましたよ。

 まあ、こういうドキュメンタリー番組って、日本では中々作られないから、大歓迎ですけどね。クエストさんがやらないかな~?
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『クローサー』で倉田先生の凄腕っぷりを堪能

 スー・チー、カレン・モクの香港女優に大陸の女優ヴィッキー・チャオを交えた現代アクション『クローサー』は、典型的な香港アクションの傑作ですが、『キャッツアイ』の影響が強いです。

 久しぶりにケーブルTVで観直したんですけど、これが面白いんですな~。

 基本は『キャッツアイ』なんですけど、ジョン・ウーのGunアクション香港ノワールっぽさや高倉健の任侠物っぽい雰囲気もある。

 スー・チーが妹(ヴィッキー・チャオ)を救うために銃撃戦で殺された後、反目していた女刑事のカレン・モクと組んだヴィッキー・チャオがデカイ目玉をグリグリさせて敵のビルに乗り込みワイヤーアクション借りながら銃をバンバン、日本刀ビュンビュンと戦うところはチャーリーズ・エンジェルズも超えてます。

 で、この最後の大物悪役を演じているのが『闘え!ドラゴン』の倉田保昭先生です。

 香港映画では度々、悪役を演じていますが、『大福星(七福星だったっけ?)』の時は、釵を使ってジャッキー・チェンを倒し、テニス・ラケットを使うサモハンに倒されましたが、素晴らしいアクションでした。

『キング・オブ・カンフー』では、若き日の霍元甲に武芸を教える日本人家庭教師を演じて最後は国の威信をかけて、敢えて成長した元甲と対決する空手家を演じていましたし、やはり、霍元甲の弟子が活躍する『精武英雄』ではジェット・リーと対決する日本空手界の重鎮を演じていました。

 そんな倉田先生が50代半ばで、この俊敏な動きと圧倒的な迫力! ビタ一文、衰えを感じません。

 蹴り足がビュンッと頭上まで挙がり、ヒュンッと軌道を変えて襲ってくる様子には驚きますよ。しかも、日本刀の使い方が様になるんですわ、これが。やっぱり、日本人は日本刀構えると違うな~って感じます。

 もう、このアクション・シーンは絶対、必見です!


 ええっと、それから話は無理やり変わりますが、柔道の鈴木圭治選手が山本モナのFAX文に激怒し、ブログで「バカタレ!」と叱っていたそうですが・・・。

 確かに二岡に責任を押し付けたモナちゃんはバカタレと言われても仕方がないと思うんですけどね。

 でもね~。平然と嫁を裏切るような真似をする二岡を庇う気になるのは、男は浮気しても良し!という認識が無いとならないんじゃないかな~。

 少なくとも、私はどっちもどっちだとしか思わなかったけどな~。

 むしろ、田嶋陽子さんなんかは山本モナを応援するかもしれない? “男社会をブチ壊す最終兵器”だって、フェミニストに持て囃されるかも?
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シダックス講座で居合術もやりま~す!

 土曜日にやっているシダックス橋本駅前店での『武術で護身術』講座では、受講生も増えてきたことだし、リクエストもあったので、游心流居合術も指導します。

 模擬刀を持っている人は持ってきてください。

 游心流の居合術は基本が“立居合”で、一般的な正座姿勢からの独り練習の居合はやりません。二人組んでの組み居合をやります。

 基礎練習は、横払い斬り・縦抜き斬り下げ・抜き付け・逆手抜き・隠し抜き・左手抜刀等で、抜き方と斬り、突き、納め方を練習します。

 次に、無構え自然体から体捌きと同時に抜く練習と、丹田歩法をやりながら抜き納めする訓練をやります。

 その次に、実際の居合術の練習に入ります。

 游心流の居合術は、全て無刀捕りに応用できるように創っています。体捌きも、右斜め前・左斜め前・入身回転・側面回転・側面密着・・・等をやりますが、これらはポジション取りに秘訣が有り、素手でも別の武器を使う場合でも応用できます。

 応用法が頭の中に入っていれば、独りで練習していても上達できるように考えていますから、これだけを練習していても別の技が勝手にできるようになります。

 元々、居合術と柔術は技の原理に共通性が濃いんですね。古流居合術は柔術と合体していたりするんです。だから、居合の練習をやりながら、素手で戦えるようになれれば、護身術としても非常に価値があるでしょう。

 大体、時代劇なんかで描かれるように侍が刀が折れたくらいでいきなり素人みたいになる筈はないんですよ。それは剣道や柔道、空手、合気道と分業化してしまった現代武道の感覚で考えた錯覚に過ぎません。

 何だか、ムチャクチャな理論を唱えているように思われるかも知れませんが、武術というのは素手だろうが武器を使おうが基本は全て共通性が有るものなんですよ。それを自覚して学べば、何を学んでいても一芸が万芸に通じていくんです。

 例えば、槍術の槍をグンッとしごく動作なんて、相手の突き腕を掴んでやれば、引き倒す技になります。心意六合拳とか八極拳が大槍術から発展したとされるのも作り話とは決めつけられないんですよ。

 今野敏先生の『琉球空手、バカ一代』で、空手は棒術をやると動作の意味がよく解ると書かれていましたが、得物の操法が技の術理と結び付いているのは空手だけの話ではないんです。

 中国武術も日本古武術も同じなんです。恐らく、インドや東南アジアでも同じでしょうね。

 そういえば、『秘伝』で沖縄剛柔流のカキエー(掛け手)が紹介されていると会員さんが持ってきて見せてくれたんですが、うちで練習している推手のようなやり方だと思われたらしいので、カキエーのやり方も稽古会でやりました。

 これは目一杯力を入れてやるので、脱力してやる推手とは大違い・・・「エエ~ッ、全然違うんですね~」と、驚かれていましたが、これはこれで丹田から力を出すトレーニングとしては実に効果的なものです。

 特に、カキエーをやっていると相手に密着したところから、自分の肘を脇腹に密着したままで、丹田(骨盤の回転と腹圧の圧縮)で打つことができるようになります。要するに“空手式の発勁”が打てるようになるんですよ。

 普通、カキエーを初めてやれば、腕の力だけでやろうとしてすぐにへばってしまうものですが、流石にうちの会員さん達は丹田を鍛えただけあって、すぐに丹田から力を出すコツを自然体得していました。教える人が違うと、こ~なるのだよ。エッヘン!(調子づいちゃってゴメンちゃい)

 これができるようになって初めて、空手の妙な型が実際は極めて合理的にできている事実が理解できるようになるんですね。丹田の感覚が無い人には不合理な動作としか感じられないでしょう。ハラやコシという言葉も観念的なものとしか感じられないでしょうね。

 で、うちの初級対錬の一番目が“下突き”になっているのも、実は丹田で打つ打撃理論を基本にしているからなんですね。肘が脇腹から離れない下突きで側面死角に密着しながら打つのは、骨盤の横回転の力をダイレクトに伝えることを学ぶ意味があるんです。

 この練習法は、嫡流真伝中国正派拳法から、ほぼそのまま拝借したものですが、これを考案した桜公路一顱先生は、本当に大天才だと思いますね~。

 いや、昔の空手界の先達は、こういう約束組手式の練習法の重要性を理解して伝えていたんじゃないでしょうかね? 恐らく、直感的に・・・。

 まあ、どっちにしても、ここ何カ月か、武術全体の研究がどんどん進んで、霧が晴れるみたいに謎が解けていくような感触があります。

 いやはや、武術って、本当に面白くってしょうがないですよ。こんな面白いものを、どうして根性主義の無意味なスポーツみたいにして教えてしまうんでしょうね?

 もっともっと知的に昔の先人が工夫し抜いた無形の財宝を発掘するインディ・ジョーンズみたいな態度で探究したほうが、絶対に面白いと思うんですが・・・。
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やっぱり教育は大切でしょ?

 これは書くまいと思っていたんですが、やはり、敢えて、書きます。

 実は、先々週、武術を教えてきた者が、暴行傷害事件を起こして警察の御厄介になりまして、それで二週間スッタモンダしていました。

 彼は、少年時代に軽い統合失調症を患い、薬を飲みながら仕事も頑張ってきていたし、不良連中に暴行された経験もあるので護身用にと武術を指導したり相談役みたいなつもりで付き合ってきたんですが、まさか、自分から人様に手をあげて警察の厄介になるような真似をしでかすとは夢にも思っていませんでした。

 保護者と一緒に警察署で面会した時も、病気の妄想のせいだろうと思ってキツイことは一切言いませんでした。

 ですが、被害者と会って話を聞いた時は、想像していたのとは全く違っていて不良中学生が面白半分にオヤジ狩りをするような状態に近いものであった様子で、本当にガッカリしてしまいました。

 三人がかりで取り押さえられるくらい暴れたそうで、下手をすれば相手に大怪我させたり傷害致死にでもなっていたかもしれません。

 これまで、何人かは問題の有る人間を破門にしてきたりしましたが、こんな情けない事件を起こした者は初めてです。

 もう、三十歳も過ぎているのに、何という社会性の欠如なのか・・・と思うと空しくなります。

 思えば、私は、こういう社会性の足りない、人間として未成熟な人が寄ってきやすいように思えます。それは私自身が未熟な人間だから、類は友を呼ぶということなんだと思います。

 ですが、私は、自分の欠点を補うための勉強や努力を怠ったりはしてこなかったと自負しています。随分と時間はかかりましたが、武術研究家としては誰にも引けは取らないという自信が持てるだけの勉強は、ただの一日も怠ったことは無いと言い切れます。

 まあ、人間ですから、どんなに頑張っても報われないことはざらに有ります。無駄な努力を延々と続けて気持ちが腐ってしまう人達の気持ちも解らなくはありません。

 けれども、努力が報われないことを他人の責任にし、社会を呪うような考え方をするのは甘え以外の何物でもありません。

 示談が成立し、釈放されてきた彼が私に話をしに来た時、延々と親兄弟への恨み言を言い、自分を認めない世の中を呪う言葉を繰り返すのを聞いた時は、まだ、病気の被害妄想だから仕方ないだろうと思いました。

 しかし、事件の概要について警察では「はっきり覚えていない」と供述していた筈なのに、私が被害者から聞いた事件のあらましを説明したら、「それは違う」と自分で明確に説明したのには、本当に呆れ果ててしまいました。

 都合が悪いことは病気のせいにして黙っていただけだった・・・ということを示すからです。

 彼は事件を起こしたことに関して全く罪悪感が無いばかりか、懸命に救い出してくれた親兄弟に感謝するどころか、自分をそこまで追い込んだ張本人のように思い込んでいて、恨み言を並べてのけたのです。

 そして、「皆、無責任過ぎる!」と屁理屈を強弁した時、私は怒鳴りつけていました。

「フザケンな! 皆、自分の人生を懸命に生きているんだ。お前が怪我させた相手だって仕事があって家庭があるんだぞ。自分だけが苦しい想いをしているんじゃないんだ。自分の人生は自分で生きるのが責任なんだ。お前は親が与えてくれた仕事をやってきただけで自分から何もやってないだろうが? 30過ぎて、何を中学生みたいに甘えたことを言ってるんだ」と、ガンガン怒鳴りつけました。

 彼は呆然となって俯いていましたが、まさか、私がこんなに怒るとは思っていなかったのでしょう。恐らく、頭が真っ白になって思考停止していただけだろうと思いますが、固まって反論もできません。反論したら腕の一本も叩き折るくらいの勢いで叱り付けましたから。実際、ここまで怒っていて、手を出さなかったのは自分でも驚きます。

 反省している訳じゃないのも判ったので、釘を刺しておかねばならないと思って、「いいか? 俺は護身術として武術を教えたんだから、お前がこんな真似やった以上は二度と教えない。それから、もしまた、こんな事件を起こしたら、俺は絶対に許さんぞ。お前の両手両足叩き折ってやるからな!」と、脅しつけておきました。

 誉められたやり方ではありませんが、自制心が欠如している以上、潜在意識に恐怖心と共に刻み付けるしか方法が無いと考えたのです。


 私は、彼が子供の頃からの付き合いですが、こんなに怒ったのは初めてです。自分でも、ここまで他人を怒鳴りつけたのは、そんなに経験ありません。

 大体、笑うのはエネルギーが湧きますが、怒るのはエネルギーを消耗します。

 私も若い頃は“瞬間湯沸かし器”と言われるくらい怒りん坊でしたが、ここ数年は疲れるから怒らないようにしていました。何を言っても怒らないから、随分と失礼な言葉を言う会員もいましたが、せいぜい、何でもかんでも私の責任にして文句を言う会員に、ちょっとキツク窘めた程度です(その人は態度が改まらないので破門にしました)。

 自分もそうだから確信できることですが、武術を修行していると、びっくりするくらい人格が豹変してしまう人がたまにいるものです。

 劣等感の強い人が、そうなりやすいみたいですね。何か、人に誇るような取り柄が身につくと威張りたくなるものかもしれません。成り金君みたいなものでしょう。

 私も劣等感は凄く強かったので、武術をやり始めてそれなりに自信がついた頃は、さぞや嫌な性格に見えたんじゃないかな~?と思います(今も?)。

 でも、そんなくだらない優越意識は、長く持ち続けられるものじゃありません。

 スパーリングや組手で肋骨折ったり、脚が腫れたり、痛い想いをすると「あ~、俺ってこの程度だったんだ。自惚れ過ぎてたな~」と、思い知るんですね。

 それに、確かに私は自分なりに誰にも負けないようにと思って頑張って練習もしたし、貪欲に知識を得ようと勉強しました。

 けれども、そんなことをやっている人はいくらでもいるんですよ。怠けている人達を見下して自惚れていたって何の進歩にもなりませんよ。

 何か、最近、思うのは、他人のやることにケチをつけながら、「じゃあ、お前はナンボのもんじゃい?」って感じのカッコ悪い人間が大増殖しているように思えることなんですね。

 はっきり言って、私は口先だけの人間は大っ嫌いだし、自分自身も口先だけの人間には絶対になりたくありません。だから、勉強も努力もブッチギリでやらなきゃならないと思っています。が、それを前面に出して努力家っぷりを見せつけるのって粋じゃないでしょ?

 でも、現実に私は勉強も努力もメッチャ続けてきていますよ。素質も才能も無いんだから、それやらなきゃどうしようもない。

 一日、八時間も十時間も練習していた時期もありますけれど、今はどうやったら上達するか?という理論的な構造が明確に解ってきたので、見かけ上は特に練習していません。

 練習らしきことは土曜日のシダックスと日曜日の稽古会及びセミナーの時くらい。それも指導中に模範で動く程度でしかありません。具体的な練習量は無きに等しいんです。

 それでも、ちゃんと上達していますよ。その理由は、日常生活自体を訓練だと考えているので、特別な練習はしない代わりに、常に頭の中では武術のことばっかり考えていますからね。

 練習は何のためにやるのか?ということの原理が解ったから、徹底的に無駄を省いて結果だけ直接得られるコツが解ったんです。

 そうでなかったら、盆踊りやラジオ体操から武術への応用を考えられる訳がない。

 だけど、それは別に苦行やっているんじゃなくて、楽しいから考えるし、勉強するし、努力して変わっていく自分がいとおしい・・・というナルな高揚感が有るからですし、サラリーマンで仕事に時間を拘束されないからできることでしょう。

 私と同じことをやれる人は非常に少ないでしょう。生活のために仕事に追われて彼女もできない・・・から世の中に復讐してやるって気持ちになる心の弱々しい人達に同情はしませんけど、理解はできます。

 皆目、解らないのは、「欲望が有るなら、それを満足させるために何をやればいいのか?って考えて実行する勇気を、何故、持とうとしないのか?」ってことです。

 だって、世の中恨んだって仕方が無い。世の中のシステムに乗っかるのが嫌なら、乗らない決意をして、乗らずに生きていくために必要な力をつけなきゃいけないのに、ダダこねて力をつける努力を怠る人がいる。

 私は、それなら自殺したっていいじゃないか?と思いますよ。自然界では力の無い生物から先に死ぬでしょう? 陰々滅々と世を呪って生きていくより、スパッと死んで力強く生まれ変わってきてちょうだい!と言いたくなります。

 生きていくのは辛いことのほうが絶対に多いんだからさ。でも、それを自分の努力で覆していくのが人生の醍醐味で面白いところでしょう?

 もうね~。武術に全っ然、興味が無い人が私の自伝とか読んだら、阿呆だとしか思わないでしょうね。私から武術除いたら、ダメ変人だもん。単なる困ったちゃんだもん。

 これはもう、自信をもって断言できますよ。

 でもね。敢えて挑発的に言いますけど、私の名前は武術の歴史に残ると思います。それだけの貢献を日本の武術史に果たしてから死ぬ予定です。もう、決めてるから。誰がどう否定しようが、俺は絶対にそれだけの研究成果残してみせるからさっ(今に見ておれでござる!)。


・・・っと、脱線し過ぎたな~。

 で、何が言いたいか?と申しますと、人間は、人生のある時期には生活の心配とかしないで勉強に専念できる期間が必要なんだよな~ってことです。

 だって、自分のやりたいことだけやろうと思ったら、勉強だって偏っちゃうでしょう?

 幅広く、一般常識を身につけて、社会で人とかかわって生きていくのに大切な常識を身につけなくちゃ、30過ぎた大の大人になっても阿呆な事件起こして人生を台なしにしかねないんだということを言いたい訳ですよ。

 今回の事件を起こした彼は不登校生だったんです。その後、色々勉強やらされて大学まで出てはいるけれど、勉強嫌いはそのままなんですよ。だから、学んだことがちっとも身になっていないし、精神年齢は異常に幼い。

 話していて考えの幼いことといったら、小学生と話している感じで、自己中心的なものの考え方しかできていない。人生の大切な時期に基本的な人との拘わり方を勉強しなかったツケが今になって出てきている・・・と、私にはそう思えました。

 宗教に救いを求めたり、良い面だけを認めて優しく接する人達だけと拘わって生きてきたからこそ、とてつもなくワガママなダダッ子同然のオッサンになってしまった。

「優しい子だから、真面目だから、純粋だから・・・」と彼の母親は幼児を見るように大きくなった息子を評します。

 でも、優しいということは人から付け込まれやすく、真面目というのは融通が利かず、純粋というのは物事を裏表両面から見れない・・・ということなんですよ。

 彼が母親を罵る様子を見ていると、いつまでも子供扱いして保護し続けようとする親への苛立ちの気持ちもあるのだろうな・・・と思いつつ、社会で独りで生きていく力を得るための“教育”というのは、本当に重要なものなんだと痛感させられました。

 何しろ、人間は教育を受けることで生きていく技能を体得していくのですから、欠点ばかり指摘して批判するより、義務教育の重要性を認識して、より効果的な教育法を探っていくことが重要なんじゃないか?と思います。

 批判するなら代案を出していかなきゃ発展はしませんからね。
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モナちゃん、やっちまったな~。

 人間は、自分の適性に合う仕事をしないとうまくいかないものだよな~・・・と、つくづく考えさせてくれましたね。

 山本モナちゃんが、またも、やっちまいましたな~・・・。

 いやはや、前回は「ニュースキャスターとして不倫なんぞをやるのはいかん!」と思った私も、今回は、あまりのベタベタな展開に笑ってしまって、「山本モナ、期待を外さない女・・・アッパレ!」という感想しか出てきませんでしたよ。

 何といいましょうか・・・この人、頼まれると嫌と言えない人なんだろうな~。

 最近は女子アナに才色兼備の知性が有るとは思えなくなるくらい、女子アナの天然ボケっぷりが定着していますが、本来、知性を求められないアイドルより脇が甘いってのは、もう、単なる“都合のいい女”にしかなってないですよね。

 前回の大失敗で芸人となって復帰して人気を盛り返したんだから、もう、女子アナなんてブランド・イメージとはスッパリと未練を絶って、「イロモノこそ自身のポジション」と弁えて、国民にイジラレル愛すべきダメ・キャラで活躍して欲しいですね。

 だって、どう見ても、及川奈央や優木まおみのほうがずっと頭良さそうだし・・・。

 それにしてもね~、あの言い訳のFAXがスゲェ~!って思いましたよ。

「路上だと目立つから、取り敢えずラブホに入って飲み直して先に出ました。天に誓ってヤッてません!(少々、意訳?)」って、オイオイ、その説明で、どうやって納得するんだよ? ダメ過ぎだよっ?

 しかも、恐らく、これって作り話じゃなくて本当なんだと思いますよ。小学生だって、もっとマシな嘘話考えるもん・・・。

 しかも、二岡への配慮全然無し! パニクッちゃってます。

 でも、これも恐らく、本当なんだろうな~。二岡が迫ってモナちゃんが断りきれなかったんだろうな~って情景が浮かぶようです。

 いやはや、それにしても『サキヨミ』のスタッフは唖然となったでしょうな~。でも、飲み会の時にそれとなくガードする人がいなかったってのを考えると、話題性を狙った“作り”ですか?って感じもするんだけどね。

 でも、あのマヌケなFAX読んだら、もう怒る気力も萎えるでしょ?

 謹慎明けのドジッ娘キャラでの復活を期待してま~すっ! めげるな、モナ! イケイケ、モナっ! 地雷を見ると危ないと思う前に、勢いで踏んでしまう女・・・、世間は、また、お前がやっちまうのを待っているぞ~っ!
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山口崇の『柳生十兵衛』は意外にはまり役

 柳生十兵衛と言えば、古い時代劇ファンには、近衛十四郎の柳生武芸帳シリーズ(第二東映)、私みたいに40代の『柳生一族の陰謀』直撃世代には、千葉真一(現在、JJサニー千葉だっけ? ややこしいよ、千葉チャン)のイメージが強烈だと思います。

 ですが、以前にも書いた通り、『梓右近捕り物帖・江戸を斬る』『徳川三国志』の若林豪、NHK大河での原田芳雄、『徳川風雲録』の西条英樹、『柳生十兵衛』の原田大二郎、『それからの武蔵』の藤岡弘、Vシネ『魔界転生』の渡辺裕之、『将軍家光忍び旅』の勝野洋、『柳生十兵衛七番勝負』の村上弘明、テレ東新春ワイド時代劇の中村獅童、Vシネ『ムラマサ』の竹内力・・・といった人達が演じています。

 柳生十兵衛を演じて当たり役だった近衛十四郎の息子である松方弘樹と目黒裕樹も十兵衛を演じていました。

 やはり、剣豪役者No.1の評価の高い近衛の息子だけあって、松方さんも目黒さんも立ち回りの剣捌きや、やや反り身になって目を剥いて見下ろすようにする仕草などは父親そっくりです。

 松方さんは『密命・寒月霞斬り』で榎木孝明のライバル日下役の殺陣が凄かった。榎木さんを圧倒する身震いするような強敵のオーラをビンビン出していて、ここ最近の時代劇で屈指の対決シーンでした。


 さて、そんな時代劇ファンの私も知らなかった柳生十兵衛ドラマが、現在、ファミリー劇場で放送中の山口崇主演『柳生十兵衛』です。

 山口崇と聞けば、『大岡越前』の上様役くらいしか時代劇イメージがなく、70年代ホームドラマに出演されていた俳優さんという印象を受けます。

 で、剣豪のイメージは全くしないので、このドラマも特に気にしておらず、チェックしていなかったんですが、何げなく見てみたら、緒形拳が若き日の荒木又右衛門を演じていたりして、中々、豪華な配役且つ、重厚な演出でした。

 そして、山口崇の殺陣に関しても、オヤッ?と思うような俊敏な動きを見せたりして、どうせ下手だろうと思っていたものですから、意外でしたね。

 殺陣に慣れている人は様式化されたパターンの動きを見せるので、「うまいな~」とは思うんですが、オヤッ?という意外な面白さは感じないんですが、あまり時代劇をやらない人の中には、独特の癖のある動きを示して逆に印象に残る人がたまにいたりするんですね。

 で、私は癖のある人の殺陣のほうが好きなんですよ。いくらうまくても同じようなアクションしかやらないんじゃ面白味が無いでしょう?

 だから、何か妙な緊迫感と実際に叩き斬っている雰囲気があって、山口崇の殺陣は意外と拾い物でしたね。

 殺陣師は誰かな?と思って、クレジットタイトルを見つめていたら、東映剣会の上野隆三さんでした。

 そして、監督は、何と! 集団時代劇で名を売った光と影の映像魔術師と言われた工藤栄一監督でした。
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ヒストリーchの『時代の響き』に田中泯さんが・・・

 気づいてみると、最近、ケーブルTVでヒストリーchを観ています。

 最初に観るようになったのは、『撃つためのデザイン』でした。

 これは、銃の歴史に関するシリーズで、M-16ライフル、AK-47ライフル、コルト・ガバメント、ルガー・ピストル、ベレッタ、モーゼル、弾薬、先込め銃、ウィンチェスターライフル、珍銃、暗殺に使われた銃・・・等々のドキュメンタリーが興味深くて、“銃から見る歴史物語”という趣が面白いものでした。

 で、他にも『極める~匠の世界』とか世界の武術物『ヒューマン・ウエポン』なんかも面白いものでした。

 この手のドキュメンタリー番組は、ディスカバリーchやナショナル・ジオグラフィックがありますけれど、意外にヒストリーchには地味目ながら奥の深い作品があります。

 さて、そんなヒストリーchには各界の第一人者を採り上げるドキュメンタリー番組の『時代の響き』があります。

 7月26日の放送では、舞踊家の田中泯さんが採り上げられるそうです。

 スポット紹介コーナーの泯さんの横顔の写真は、何やら仙人のような超然とした雰囲気と、革命家のような理想と野望を両方持つような鋭い視線が感じられて、何か背筋がゾクゾクッとさせられます。

 あらためて思ったのは、還暦過ぎた男がカッコイイというのは中々有り得ない。どんな美男俳優も60過ぎると色気も華も失われていきます。

 でも、田中泯さんは、ひょっとすると若い頃より今のほうがカッコイイんじゃないか?と思うんですね。だって、『たそがれ清兵衛』の時より今のほうがカッコイイですよ。

 こういう年とってカッコイイ人というと、インドの哲人、ジッドゥ・クリシュナムルティの横顔の写真がそうでしたね。何か、人間離れしていましたよ。

 あっ、そうか~。田中泯さんはインドの聖者っぽいんだ。な~んか、人間離れした人だな~と思ってたけど・・・。レインボーマンのダイバ・ダッタみたいな感じだよな~。

 ところで、この写真、丸Cで「石原志保」となっていたのですが、「石原さんは写真撮る才能も有ったのか?」と、彼女の踊り以外の才能にも驚かされました。

 ここ最近、仕事が重なったり、急遽、用事ができてしまって御無沙汰しているんですが、泯さんは精力的に活躍されているようです。

 日暮里の田中泯さんの場踊りを観に行った、最近、ダンスも習いはじめている会員さんは、あまりの前衛っぷりに唖然となって感想の言葉を思いつかないそうでした。

「考えるなっ! 感じるんだぁ~っ!」byブルース・リー
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“気合当て”とは?

「“気合当て”って、どういうものなんですか? 誰でもできるものなんですか?」という質問があったので、ちょっと解説してみます。

 原理的にいうと、声が出せて「読み」ができれば勝手にできるようになります。

 気合当て(“気当て”ともいう)というのは、よく“遠当ての術”と混同されるんですが、これは少年ジェット(50代でないと知らないかな?)の必殺技“ミラクルボイス”「ウ~、ヤ~、タァ~!」という掛け声で相手をスッ転ばせる描写のイメージが重なっているんじゃないかな?と思います。

 実際、新体道の“遠当て”は、「エイッ!」とか、「ウム~ッ」とか気合を掛けて、相手がバッタリ倒れたりするんですが、あの演武を見ていると、日頃から感応性の高い合気道的な動作と呼吸を合わせる稽古をやっているが故に、過剰に反射運動を起こしているものと考えられます。

 ですが、基本的には古武術に伝わっている気合当てと原理は同じなので、別に感応にかかっていない普通の人に対しても、予測していなければかかるでしょう。

 実際に、十数年前にTV番組で新体道の青木先生が出演された時はレポーターの女性にかけて、お弟子さんのように大袈裟に倒れたりはしませんでしたが、ビクッと一瞬竦んで動きが停まっていました。

 口の悪い人は「何だよ、新体道の遠当てって、素人も倒せないのかよ?」と非難していたりしましたけれど、これが気合当てを受けた時の“普通の人の反応”なんです。

 よって、気合当ての別名は“居竦みの術”というのです。

 ちなみに、新体道の遠当ての気合で、エイッ!と鋭く発声するのは“陽の気合”で、ウム~ッと低く唸るように含み気合(発声を外に出すのでなくハラに呑み込むようにする気合)をかけるのは、“陰の気合”です。

 陰の気合を当てるのは、相手の気を抜いてヘナヘナ~ッと脱力させて戦闘意欲も無くさせる一種の発声法による“力抜きの合気”と考えてもらえばいいでしょう。

 こうした気合当ては、相手が攻撃しようとして意識的に動き出そうとする初動が観えたと同時にかけないといけません。つまり、先の先でかけないと、動き出してしまってからでは遅くなります。

 身体運動は呼吸のリズムと連動しているので、普通、この場合の読みは「呼吸を読む」と表現しますが、呼吸のリズムを読むほうが難しいでしょう。

 これ以上の詳しい解説は本に書こうと思っていますが(私はタダで情報をバラまいて喜ぶマニア気質は有りません。「知りたかったら金を出せ!」 あっ、ごめんなさい。つい本音が・・・)、気合当ては、催眠暗示による触れずに倒すような気の技とは区別しておくべきです。

 気の技の多くは、被暗示性の高まった弟子を相手にかける共同幻想の技でしかありませんが、気合当ては、第三者に対しても、予測していない場合には有効性があるからです。

 ただ、「かけてくるだろう」と事前に予想している相手には、具体的な威力のある技ではないので通用しないと考えておかねばなりません。予測していないからビックリして固まってしまう訳です。神秘的な技は万能に効く技ではないんですよ。

 ギャオスの超音波メスみたいな声が出せる人だったら話は別なんですけどね。

 昔、気合の研究をしていて、音声の作用をちょいと調べたんですけど、高音ほど脳天に響いて、低音はハラの方にズシーンとくるんですね。

 この間もヒカシューのライブで、私は“身体で聴く”という実験をやりました。つまり、音の高低が身体のどの部位に響いてくるか?を体感するようにして聴いていたんです(研究熱心でしょ?)。

 まあ、パンチの振動波が空気を伝導して相手に衝撃を及ぼすというのは考えられませんが(新幹線くらいの大きさとスピードなら衝撃波で倒れることも有るかも?)、音声だったら、結構、いろんな作用が有りますからね。

『カンフーハッスル』で、琴を使う殺し屋がブタ小屋砦を襲うとか、大家の小母さんが“獅子吼(はっ、白獅子仮面に変身する掛け声がシシクー!だったな~?)”を鐘で増幅させて火雲邪神(ハァ~、あのカッコ良かったブルース・リャンがハゲチョビンになっていたとは・・・)を追い詰めるシーンとかありましたね。

 中国武術には“雷声”という気合が有りますし、意拳では“試声”というのが有りますが、下丹田に腹圧をかけてハラから気合を出すのは同じことです。日本の武術も原理は同じですよ。

 だから、セミナー中、いろいろ質問されたので、参考までにやってみた訳です。無論、かけた相手は、一瞬、動きが停まった程度です。これが暗示性の高い人だと、過剰な反応を示したりする場合もある・・・という、それだけの話です。

 ちなみに、游心流では技を繰り出す時に気合を出しませんが、気合と掛け声を混同させないためであり、私自身は気合の効果については昔、研究済みです。

 それで、「丹田が開発されていないと単なる掛け声にしかならない」「うるさい」「気分が高揚し過ぎて冷静な読みが疎かになる」「動きが中断しやすい」という弊害があるので、気合をかけて技を出すことは不採用にしたのです。

 これはきちんと説明したことがなかったので、会員さんでも初耳の人がほとんどだと思います。中には、私が気合を出すのが嫌いなだけだと思っている人もいたみたいです。

 まあ、嫌いといえば嫌いなんですね。だって、無駄だし・・・。

 多分、気合というのは技の威力を高める効果があると考えている人が多いと思いますが、そんな効果は大した差にはならないんですよ。

 気合というのは、丹田を開発しないと意味が無いし、丹田力そのものを技にしたものが気合になるんですよ。だから、初心者が掛け声出して練習していたって意味は無いんですよね。丹田が開発されてからでないと気合の真価は発揮できないんです。

 これって、別に武術に限りませんよ。能とか詩吟とか浪曲とか日本舞踊とか、そういった芸能は、丹田を鍛えるのが基本なんです。そういう芸能を長年やっている人の下腹ってポコッて出てて腰が張ってるもんですよ。だから、外見で判別できるんです。

 私が気合当てかけた時の声は、いつもの私の声とは全然違って聞こえた筈です。他の参加者と練習していた師範代は、私の声だと気づかなかったそうです。

 確か、彼には一度もやって見せたことなかったから(見せ芸やるのは嫌いだし)。


 以上ですが、「先が読めれば誰でもできます」と言っておいても構わないでしょう。

 終わり!

追伸;セミナーの感想文や質問も募集します。宜しくどうぞ! あっ、それと山口から来てくれたKさん。お土産、どうもありがとう!
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何か、入会希望者が増えてきたぞ?

 え~っと、橋本駅前のシダックスの土曜日の講座に受講生が増えてきました。セミナーに参加した人だったり、以前、駒込に来たことのある人だったりですが、どうしたんでしょう?

 セミナーにも御無沙汰していた人がひょっこり来たり、入会した人もいますし、やっぱり、は出した直後より何カ月かしてから問い合わせがあるというのは本当のことみたいですね。

 で、ちょっと混乱があると困るので、先に注意点を申し上げておきます。

 私は、現在、特に会員を募集しようという気持ちはありません。ですから、中途半端な気持ちだったり、「どこかいい道場はないかな?」くらいの気持ちの人はお断りする場合があります。

 それから、自分の興味を満足させたい気持ちばかりが先走って、周囲に気配りできない人にも教えたくありません。前から言っている通り、私は金を払えば誰にでも技を教えるという公平な考えはありません。

 武術は必要とする人にしか教えるべきではないと思いますし、学んだことがマイナスに働くような人には教えないほうがいいと思っています。

 武術を愛好する人は内向的な性格が多くて、普通に他者とコミュニケーションを取ることが苦手な人が多い様子なんですが、そういうタイプの人に武術を教えてアキバ事件の犯人みたいな振る舞いをしでかしてしまったら一大事だと思うからです。

 だから、私は教える人には普通の常識を弁えていることを最低限、求めるつもりです。

 武術は護身術であって、自ら求めて他人と戦うための術ではありません。肉体の強さを求めるより、精神の強さを求めて人生を大過なくすごすための知恵を与えてくれるものです。それを理解できない人には無用のものであり、逆に身を滅ぼしかねないものです。

 まして、技能が上達しても人に誇れるものではないし、闘うところを第三者に見せて楽しませるスポーツとは完全に別物です。

 あくまでも自身の嗜みとして取り組むものであって、「体得しても使わないことに意義が有る」という特殊な文化です。

 一例を挙げれば、桜田門の変で暗殺された井伊直弼は、実は槍術や居合術の遣い手だったのですが、襲撃された時、敢えて迎え討とうとはしませんでした。かと言って逃げてもいないので、恐らく、敢えて手向かいしないで討たれたのでしょう。それが彼の選択だったのだと私は思います。

 武術を本気で使うということは、最終的には人の命を奪うということを意味しており、格闘技とは完全に目的が違うのです。自分の命を護るために人の命を奪わざるを得ないという状況を想定して修行するものなので、本来、公開すべきものではありません。

 安全に闘いを楽しみたい人は格闘技をやればいいし、本格的に生死の境を見たい人は外人部隊にでも入ればいいでしょう。私は闘争本能を否定しません。やりたい人はやりたい人同士でおやりください。

 私は、武術を研究してを書いたりDVDを作ったり、セミナーやったり講座やったり公園で人の殴り方を教えたりして生計をたてているド阿呆な人間です。社会人としてはダメ人間なんですよ。

 それでも、武術が必要な人に教えることで役立つことができる筈だと信じてやってきました。暴力に抗う術の無い人達が克己心を持つための弱者のための護心術として役立てたいと考えています。

 ですから、入会を希望される方は、その点をきちんと理解していただきたいと思っています。
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7月セミナー『読み』報告

 いやはや、一週間前にちょいと事件がありまして、一週間まるまる潰れてしまったような形で数日忙殺されておりました。

 それで準備不足で臨んだセミナーでしたが、今回は『読み』ですから、疎かにはできません。

 資料には書いていましたが、一口に『読み』と言っても、具体的な相手の身体を読む目付けだけではなくて、それ以前の日常的な生活習慣としての『読み』について今後は主張してみようかな~?と思っています。

 けれども、武術のセミナーである以上、『読み』は基本且つ実用を旨としなければなりません。

 それで、「一眼二足三胆四力」の意味から解説し、「武術で一番最初に学ばねばならないのは眼(読み)であり、これを知らなければ全てが未完成になってしまう」と説明した上で、相手の動き出そうとする観察のやり方、後の先、対の先、先の先を指導しました。

 私が武術を研究してきて「目付けと交叉法」が核心だと考えるようになったのは、要するに、「敵と互角の勝負をしていたら、どんな実力者でも必ず敗れる」と思ったのと、老齢の武術家が若い実力者を苦もなくあしらう様子を見ていて、「あ~、根本から戦闘理論が違うんだ」と感づいたからでした。

 どんな実力者でも人間である以上、身体上には無数の弱点があります。これは強いとか弱いとかとは関係ありません。

 たとえば、目、鼻、耳、頭髪なんかは指先で突いたり掴んで強く引っ張ったりすれば結構なダメージがありますし、首は喉を強く押し潰すようにすれば気管が塞がってしまうし頸椎に強い打撃を入れると即死する可能性があります。

 外にも睾丸を強く蹴ったり握り潰すようにすれば悶絶するし、腋の下は筋肉が薄くて打撃に脆く、骨折しやすい。それから全身の関節を曲がらない方向へ強く曲げれば脱きゅうしたり折れたりしてしまいます。

 私は武道医学を学んだ時に治療の仕方と壊し方の両方研究しましたが、治すのは難しいですが、壊すのは実に簡単です。

 無論、「戦闘中に相手の攻撃をかいくぐって急所を攻撃するのは不可能だ」と考える人がほとんどでしょう。これは間違いではありません。

 ですが、人間は全身の急所をカバーしながら動き続けることは不可能です。蹴りを出せば股間の急所が空くし、パンチを出せば腋の下の急所がガラ空きになります。

 多くの武術が防御に徹する戦闘理論を持つ理由は、「相手に先に攻撃させて、空いた急所に迎撃する」という鉄則が有るからなのです。

 つまり、基本原則としては、武術は「後手必勝」の理論で考えられているのです。

 現代の武道では、このような理論は忘れられつつあります。個人的に遣える人が少数いらっしゃるに過ぎません。が、理論化されず感覚的に遣えるだけの人がほとんどなので、このままでは、伝わらないまま消滅してしまうかもしれません。

 そして、体力とスピードに頼った、「二足三胆四力」だけになってしまうかもしれません。

 今回のセミナーでは、後の先を取るやり方の時に、「相手が攻撃を出し終わるのと同時に自分の迎撃が終わるように・・・」と指導しましたが、これは、相手が攻撃を出してしまってから動いたのでは物理的に間に合いません。

 出そうとするタイミングを測るために『読み』が必要になる訳です。

 きちんと後の先が取れれば、対の先は難しくありません。熟練すれば先の先も取れるようになっていきます。指導中、気合当てまでアドリブで出してしまいましたが、これも一種の先の先を取る技法の応用でしかありません。神秘的に考える必要はまったくありません。生理的な反射を利用しているだけで、来ると解っていたらまず通じません。

 ですが、初心者にいきなり先の先を取らせるのは難しいので、今回は、相手の構えを利用するインチキな先の先を指導しました。

 インチキですが、勝負に使うにはこっちのほうが便利だったりします。

 そういえば、以前、「木村先生の技を封じたなんて長野先生は凄い」という内容のメールを頂戴しましたが、私はいかなる技もメカニズムがどうなっているのか?と考えるので、「はは~、こうやっているな~。なら、こうすればかからないだろうな~・・・あ~、やっぱり」と考えただけで、まったく実力の問題ではありませんよ。

 武術の技は手品と似たところがあって、仕組みが解ると封じるのは意外と簡単です。

 多少、珍しい技をあたかも万能の必殺技であるかのごとく考えるほうがお目出度いと言わざるを得ません。そんな人達の本を読むと、嬉しそうに空手家に勝ったの何だのとはしゃいで技を披露していますが、「呑気だね~」としか思えません。約束組手で一方的に技かけてみせてはしゃいでいるだけなんだから、“日本って達人天国”ですね~。

 こ~んな平和ボケボケ温泉でマッタリみたいな達人?が闊歩する日本より、現実に実用を考えて日々発展している海外の武道・格闘術のほうがずっと先を行ってしまいつつあると思いますよ。

 格闘技やっている人達が武術を相手にしないのもむべなるかな・・・。
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『読み』について・・・

 7月の月例セミナーは『読み』がテーマなんですが、ちょっと事前に解説しておきますね。これは、武術にとって最も大切であると同時に、最も誤解されているのです。

 読みと一口に言う場合、「読みが当たった(外れた)」みたいなヤマ勘みたいなものと思う人が多いのではないでしょうか?

 このヤマ勘みたいなものも、否定できないところがあって、例えば、犬なんて犬好きの人がすぐに判るみたいですよね。本能的なものだから動物は鋭いのが普通です。

 人間の読みは、まず第一に視覚、それから聴覚、触覚が続きます。

 一番重要なのは観察力であり、それによって情報を集める。そして、情報を吟味して予測をたてたり判断する。これが洞察力となり、これが読みそのものです。

 洞察力は、論理的な思考力が必要になりますが、たま~に、全然、論理的思考力が無いのにヤマ勘で察知する人なんかもいます。

 でも、これは読みではなくて「勘が鋭い」というものであって、個人差が大きいんですよね。動物的な本能ですから。

 そんな訳で、“読み”は、あくまでも“論理的に考えるもの”であって、感覚に頼るものではないんです。

 だから、「感覚を鋭敏にすることによって敵の殺気を察知できるようにする」という従来の武術のやり方は両刃の剣なんですね。安易に求めている人達は自分の社会生活を犠牲にする覚悟はできているんでしょうか? ないでしょ?

 人間が野生動物のような過剰な感覚を磨くと、社会生活を普通に送れなくなるでしょうね。あくまでも相対的な状況の中で役立たないと意味がありません。

 飼い犬や猫が、あまりに野性の本能が強かったら、危険なだけです。テキトーに抜けてるくらいが丁度いい。

 武術に関心を持つ人には、目先の能力アップにしか目を向けずに、結果的に精神状態がおかしくなっているのを自分で気づけない人が実に多いんですよ。

 エネルギーが溜まり過ぎて暴走してる状態ですね。

 論理的に考えるというのは、主観と客観のバランスが取れているということです。これは自分に対することであると同時に、相手のことでもあります。

「身体に気持ち良いことが良いことなんだ」という主観のみの主張は、人間の痛覚の意義について何も解っていませんね。痛覚が有るからこそ、身体の異常を察知できる訳であり、痛みを麻痺させて感じないまま放っておけば、身体の異常が進んで取り返しがつかなくなるでしょう。

 苦痛が一定限度を超えると急に気持ち良くなるランナーズハイとか有りますよね。苦行をする人は、この中毒になっている人が相当多いと思いますよ。でも、もっと気持ち良くしようと思って、ずぅっと続けていたらどうなります? 身体が保たないですよ。スポーツをやっていて突然死する人は、こうなっていた可能性も否定できません。

 目先の都合ばかり求める人は墓穴を掘っていることに気づかない。客観的に自分を見ることができない人間が陥る現実逃避ですね。

 先日の通り魔事件以来、ネット掲示板に大量殺人や特定個人の殺人を予告するような書き込みが増えて、次々に摘発されていますけれど、一回、そういう前科がついたら一生くっついて回るんですからね。

 バカなことをやって衆目を集めても代償は高くつきます。どうせなら、もっと世の中に役立つことをやって注目されたほうがいいのに、どうして後ろ向きの発想しか出てこないんでしょうね。

 読みというのは、「自分がこれをやったら、どうなるか?」という先の予測をたてることも含んでいるんです。

 単に目前の人間が敵か味方か? 攻撃しようとしているかどうか? どんな技を出そうとしているか?・・・といったことを読むだけのものじゃないんですよ。

 目先のことしか読めないんじゃ論外でしょ?

 酔っ払いにからまれてブチのめしても、警察に捕まってTVニュースに流れ新聞にも載ってしまった・・・となった時に、親や奥さんや子供がどんな片身の狭い思いをするか?と考えたら、少々、からまれたくらいは頭を下げて謝るのが正しい選択でしょう?

 ホントウの護身術というのは、命が奪われるかも知れないギリギリを見極めて、「可能な限り、使わない」ということが重要なんですよ。

 一瞬で先々の影響まで先読みして最善の対応をするのが“武術の読み”であって、単に相手を倒せばいいと言うものじゃないんです。武術の基本は“安全確保”であって、ギリギリまで争いは避ける。それができなかった場合に瞬時に敵を撃退するために技が有るんですよ。使わずに済むなら、それが一番良いことですからね。使ったら単なる暴力なんだから・・・。

 観察から洞察へと論理的に思考して予測し、自分の対応を選んでいくのが“読み”なのです。シャーロック・ホームズやコロンボ、金田一耕介、明智小五郎、古畑任三郎といった名探偵(刑事)のような観察力と論理的分析能力が“読み”の目指すものであって、霊感を高めることを追求するものじゃないんですよ。

 最近、私の本を読んで知った人達は、私が十年以上前から甲野氏を批判してきたのをまったく知らない人が多いですが、私は彼が世間的に存在を知られている前から、「甲野氏はいずれ世間的に大きな影響力を持つようになるだろう。そうなった時に彼の嘘を観抜ける人がいなかったら、非常にマズイ事態になってしまう」と予測していたから、ずぅ~っと批判し続けていたのです。

 高岡英夫さんとか宇城師範を批判したのも同じ理由です。やってることが非常識過ぎると思うし、新興宗教的な権威主義構造が見えるから、批判する人間がいないと危険だと考えたんですよ。

 無論、もっと露骨に阿呆な真似をやっている人や団体は少なくないでしょうが、取り敢えず社会的に大した影響力が無いと思える人は、「趣味の範囲で頑張ってくださいね」というだけです。そんなのに騙される人は本人も阿呆過ぎるだけだから、私の知ったことじゃないし・・・。

 甲野さんに関しては、「長野さんが誤解されるだけだからやめろ。あんなインチキは世の中には通用しないよ」と言っていた人は物凄く多かったですよ。

 でも、私はやめなかった。どうしてか? 彼のインチキが世の中に十分に通用すると考えていたからですよ。何故なら、私は甲野氏が催眠術やマインドコントロールのやり方について研究していたのを知っていたからです。

 甲野氏は自分の純粋さをアピールしていますが、実際は自己顕示欲が極めて強烈な人であり、自身の売名にしか関心が無いとまで言い切っても過言ではありません。謙虚そうな態度を装うことで逆に人から信用されることを知っていて演技しているだけです。でも、身近に接していれば、彼が本質的には非常に傲岸不遜な性質であることを知るでしょう。

 武道の世界では甲野氏の化けの皮を暴いた人達が、そろって、「あんなインチキなやつは誰も相手にしないさ」と馬鹿にしていました。

 が、私はそうは思いませんでした。素人や型稽古しか知らない武道家ならば騙されてしまうと思っていたからです。結果は、私の予測していた以上に、彼が適当に喋ったインチキ、嘘が世の中に広く浸透してしまいました。

 それに、メディアは、彼が売れる限りは怪しいと薄々感づいていてもギリギリまで使いますよ。特に不況の煽りを食っている出版業界は・・・。

 そういう「売れたモン勝ち」の論理が先走っているから、もし、私が自分の評判を考えて甲野氏を批判していなかったら、彼の嘘、インチキはもっともっと世の中に浸透して武術というもの自体がメチャメチャに変質させられてしまっていたでしょう。

 甲野氏は今はナンバについてちっとも言わなくなったでしょう? 私が間違いを指摘したからヤバイと思って口を噤んだんですよ。

 私がしばしば批判したり押しかけて行ったりした効果で、彼は軌道修正せざるを得なくなった。間違いなく、真相はこういうことです。

 別に身体操作がどうしたこうしたという話は好きにやればいいではないか?と思いますし、間違いは自然淘汰されていくでしょう。

 けれども、甲野氏に学んだ人が通り魔に遭遇して取り押さえようとして刺し殺されたらどうなりますか? 勘違いしている分だけ大胆に立ち向かって殺される可能性は低くないですよ。

 そうなった時に、インチキな事実が糾弾されたと同時に、甲野氏だけでなくて武術文化そのものがインチキだと決めつけられて社会から抹殺されかねません。これでは真面目に修行している人達全員が大きな迷惑を受けてしまいます。

 だから、私が現在やっているのは、「甲野氏はまったく武術を理解していない単なる勘違いした人物なんだ」というキャンペーンです。武術の文化を護るためには、彼を斯界から追い出さないといけません。

 戦えない武術を広めてもらっては多くの人の命にかかわりますからね。

 身体操作法という分野を開拓したんだから、その中だけでやっていればいいじゃないですか? ねえ?

 山師に先導されなきゃやっていけない業界なんて、ロクなもんじゃないですよね。それだけ人材がいないって訳だから、末期症状になっています。

 でも、武術の世界は、一人一流ですから、全体がダメでも個々の流派が繋がっていさえすれば、またいつか世の中の脚光を浴びて役立つ日も来るでしょうよ。山師に頼る必要なんかありませんよ。

 誰かに頼るのではなくて、重要なのは自分を磨くこと。

 武術を学ぶというのは「自灯明」の精神を持つということです。

 私が、何故、かくも武術にこだわって、世の中に武術の意義をアピールしようとしているのか?というのが、「自灯明」の精神を持つ人が物凄く少なくなっていると思っているからです。

 犯罪おかす人達の言い分って、「社会が悪い」「親が悪い」「彼女がいないのが悪い」とか、全部、外部に原因を求めていますでしょう。

 全然違う。「テメーが悪いんだよ。モロモロ全部ひっくるめて自分の責任なんだよ。自分が生きて頑張れば乗り越えられない試練なんか無いんだよ」と、言いたい。

 以前、ある小さな出版社の社長さんから、「長野さんはすっごくダメなところが有るけれど、純粋に頑張ってるところがあるから、私は応援しますよ」と言ってくれたことがありましたし、実際に助けられました。

 もし、私がふて腐れて他人に文句を言っているだけの人間だったら、誰も助けようとはしてくれなかったでしょう。天は自ら助ける者を助けるって言葉は本当だと思いますよ。

 こういう考え方は、中国拳法の師匠から折りに触れて教えられていたことです。

 私が“読み”について教わったのが、この師匠です。だから、武術の極意って、技だの術だのではなくて、「天意を読んで行動する」ってことに有るんだと思っていますよ。

 今度のセミナーで、「武術に関心のある人にしか教えない」と私が明記していたのが、どういう意味なのか?ってことは“読めましたか?”

 自分で理解してもらわなきゃ意味ないんですけど、大サービスで書いておきます。

 つまり、武術に関心が無いのに私のところに学びに来る人って、要するに御利益主義で何か自分だけ得するような知識や情報だけ欲しがってる訳で、単に利己主義の人ですよ。

 利己主義の人って、自分の利益になることしか求めないけれど、結局は自分が損する選択を不思議にしていくものです。

 一例を挙げると、名誉欲にかられて親友を裏切った人が、その後、一時的に脚光を浴びたものの、それがかえってアダになってしまって、どんどんダメになっていった・・・という様子を見ていて、「やっぱり天道に背くとこうなるんだな~」と、思いましたね。

 そんな人は知識や情報を自分の益することにしか関心が無いし、そのためには平気で他人を裏切ったりしますからね。そういう真似をしながら勝ち組だって威張って他人を見下したりする。そういう人には私は教えたくありません。金さえ払えば何でも教えてくれるような人のセミナーとかに行ってくださいと言いたい。

 一時的に注目されたって、自分に力が足りなかったら一挙にダメになってしまうもんですよ。知識や情報を武器だと勘違いする人が多いですが、最後の決め手は日々、培っている地力です。一発屋になる人とそうでない人は、注目された時の先読みができるかどうか?ですよね。

 だから、私が武術に関心が無い単なる利己的な興味しかない人には教えないと言っているのは、地力の無い人に便利なだけの極意を教えても、自分の実力がアップしたと勘違いして道を踏み外すのが読めているからですよ。つまり、親切心で断っているんです。

 あくまでも、実力というのは日々の積み重ねによるものです。チャンスは誰にでも訪れるけれど、精進を怠る人にチャンスをものにする力は有りません。

 それが解っているから、長年の貧乏生活も有り難いと思えますよね。裕福という程じゃないけど、私は成人するまで苦労知らずのボンボンでしたから、あのまま無難な人生を選んでいたら今の自分は無いと思います。人間は苦労して磨いたものしか力にはなりませんからね。

 5年前にラブホテルでバイトしたのだって、要は、これまで懸命に頑張ってきたことを水の泡に終わらせたくなかったからだし、トイレのゴミ箱に捨ててある女性の使用済みタンポンを指で摘まんでゴミ袋に入れる時は、「あ~、俺は40にもなって、堕ちるとこまで堕ちたな~」って、愕然としてましたよ。

 普通、40の男だったら会社の中でも責任ある立場で仕事やってるもんでしょう? 

「うちの親父は40の時は主任クラスで教頭目指していた頃だったよな~」とか思うと、本当に親父に顔向けできないダメ人間になっちまったな~って、自分の境遇より親父に情けない思いさせたのが悔しかったですよ。親が優秀だと子供は劣等感で根性がねじ曲がるもんでしょう?

 でも、ラブホだって、本当にあの時は雇ってもらえたから助かった。仕事が有って金もらえるだけで有り難かったですよね。一カ月一日も休まずに時間外も出たりして、それでもようやく手取りで18万円に届かなかったけれど、それでも涙が出そうになるくらい有り難かったですよ。

 やってるうちに結構、楽しくなったし、将来、ホラーアクション小説書く時に役立てようと思ってますもん(腹上死したオッサンの霊と織田無道が戦うやつ?)。

 そうそう。年収39万円?というビックリの武道雑誌ライター時代だって、その時にできた縁と“盗んだ技”のお陰で今の活動ができているんですから、金には替えられない無形の財産を沢山いただけたんだと思っています。

 だってね~。金もらって貴重な技を解説付きで見せてもらえるんですよ? 普通に習いに行っていても十年たたないと見せてももらえないような技を、先生が取材だからってんでハッスルして特別大サービスで見せてくれるんですよ。

 私は、本当に、あの時期に関しては本気で有り難いな~としか思ってないんですよね。編集長や営業の人とかライター仲間とか良くしてもらったし、金貸してもらったり奢ってもらってばっかりだったもんね。皆、ほぼ会社から離れて苦労してやっているみたいですが、捨てる神あれば拾う神ありだから、めげないで頑張りましょうよ。

 田舎に住んでいた頃は、まさか、憧れの武道の大家と一緒に食事したりするようになるなんて夢にも思わなかったですもんね~。そう言えば、松田隆智先生に焼き肉奢ってもらったことあったな~? 中学時代のイジメを克服できたのも松田先生の本が支えになってくれたお陰だし、本当に私は恵まれ過ぎてるよな~と思う。

 私は、雑誌ライターの頃は、いろんな武術の先生から弟子でもないのに貴重な技を見せてもらってウッシッシでしたよ。

 同僚のN村さんという人も中国武術やっていたから嬉しそうでしたよね~。これ、習得しなかったら阿呆じゃないですか? そりゃあもう、家に帰ってから「確か、こんな具合の技だったな~?」って、必死に思い出してノートにメモ取ったり絵を描いたりして練習しましたもんね~。

 こういう体験は何億円出したって、縁が無ければ体験できないことなんですよ。金は無いけど、金で買えない財産を沢山もらって、俺は何てラッキーなんだろうと思ってます。

 だから、私の周囲でも出版業界は仕事がうまくいってないとかリストラされちゃったという人が何人もいますけどね。これは次にチャンスが来る時の準備なんですよ。

 ぜんっぜん、めげる必要、無し!


 とまあ、「読み」というのは、解釈の仕方によるものなんですが、観察力と洞察力、それから対応の仕方を含めて考えるものです。

 相手の動きを読むだけなら、“軸の傾き”や、動き出しの初動を観察すれば事は足ります。これを教えるのは簡単なことです。

 けれども、人間は機械じゃないので、それだけではダメです。心(意識)の動きを読むことを求めないといけない。

 これを重視する人は「相手の目を観ろ!」と言う訳ですね。脳の機能的動きは眼球に顕れるし、表情から人の考えはかなり読めますよ。読まれないように無表情にしている人もいますが、他人と接していれば色は動くからね。

 ですが、人間相手の読みはまだ“小の兵法”ですよ。大局を観る読みを養ってこそ人生に役立つし、社会の在り方や人類の歴史、時代の波、地球環境・・・といった巨視的観点が培われていきますよ。

 そうなって初めて、我々が人生の大事と考えている心の呪縛から解放されて自由な視点を得られる。

 何か、“読み”というテーマから外れたように感じられるかも知れませんけど、結局、追究していくと、こういう具合にいろんな分野に繋がっていくんだよって言いたい訳なんですよ。

 セミナーでは具体的な目付けのやり方から、外見で人をどこまで観抜けるか?ということや、具体的な武術の技に展開する“護身・心術”の用法まで、かつて誰も解説し得なかったレベルまで解説したいと思っております。(今回はヤルぞぉっ!)

 これは、今年のセミナーのキモであり、脱力や丹田、軸なんかのこれまで学んできたことを統括する中間折り返しポイントになっていますので、ドシドシ御参加ください。無論、武術に関心が有る人ならばイチゲンさんも大歓迎しますから安心してくださいませ。


追伸;御要望が多かったので、自主製作DVDも新作の企画進行中です。過去の作品(発勁・合気・丹田)も要望が多いので少しだけ再販してみようと思っております(権利関係でもめると困るので、以前の制作担当者には要望があれば売上から分配金を支払うつもりですから、希望があったら遠慮なく申し出てくださいね)。セミナー会場でも販売しますから、乞、御期待!
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昭和の特撮は深かったな~

『昭和特撮大全 蘇る伝説のヒーローたち』(岩佐陽一著・三才ブックス刊)という本を本屋さんで見つけて手に取ってパラパラッとめくったところ、ババーンと“牧れい”サマの写真が載っていたので、即買いしました・・・。

 ガキの時にインプリンティングされたカッコイイお姉さんのイメージでダントツ一位が牧れいサマで、女性にカワイイとか優しいというイメージよりも先に“カッコイイ”を求めてしまう訳ですよ。

 だから、基本的に男に媚びるような女はスカンのですよ(ツンツンしてる女もスカンけどね。まっ、自然体で我が道を行くような女がいいね)。

・・・と、別に好みの女性観を書こうと思ったんじゃないんですが、この本、買って正解でしたよ。面白いもん。

 コンビニで買えるUMA本みたいな軽い文章がいいです。けど、意外と深いところまで突っ込んでいて、考えさせてくれるところもあります。ウルトラセブンのところとか。

 個人的には、もうちょっとくだけてくれてもいいかな?とは思いますけどね。あんまり茶化して書くと恨まれたりしかねないもんね。

 月光仮面やウルトラマン、ウルトラセブン、仮面ライダーはまあ国民的ヒーローだから判るとして、恐怖のミイラ・レインボーマン・シルバー仮面・アイアンキング・レッドバロンといった、ちょっとばかしマイナー臭が漂うヒーローから、ウルトラファイト、魔人ハンターミツルギ、グリーンマン、牛若小太郎といった、Z級ヒーロー番組をわざわざ採り上げている選択基準がよ~判らんのですけれど・・・。

 まあ、でも別に、私的にはその心意気や良し!という感じですし、誰も顧みないような作品こそ語り残すべき資料価値が有ると言えるかもしれないし・・・。

 しかしながら、多くの特撮本では「シルバー仮面は完成度は高過ぎて子供ウケしなかった」と、よく言われていることなんですが、実際に観てみると、かなりワキが甘い作品だよな~と思いましたけどね。

 逃げる星人をシルバー仮面が追いかけて商店街で暴れてるシーンなんて、見てる人達が苦笑いしていたり、春日兄弟の父親の霊?が出現?(オカルトになっちゃっても誰も不思議に思わない)して、星人に二度殺された?って、ヘンテコな描写が続出していて頭抱えちゃいましたけどね。

 え~っと、それと、細かいイチャモンで申し訳ないと思いつつ、レッドバロンが人間が乗り込んで操縦する初の巨大ロボット実写物と書かれているのもオヤッ?と思ったんですよね。たしか、ジャンボーグAのほうが早かったんじゃなかったっけ?

 という、特撮オタクにとっては重要に思えてしまう細かいツッコミ所も有りますが、でも、面白かった。岩佐氏には、大変だとは思いますが、この調子で全ての特撮物を紹介して欲しいところですね。

 あっ、でも、岩佐氏が憂う現在の特撮物に欠けているようなイマジネーションが昔の作品には溢れていたという指摘には、大いに納得です。

『レッドバロン』を見ていると、オイオイって描写もあるけれど、「エ~、すげ~な~」って思うような斬新な映像表現とかストーリーとか有りますよ。

 単に金が無いからなんだと思うけど、SSIの装備はジープと銃火器くらいで、後は格闘戦。手錠を素手で引き千切るメカロボを相手にパンチとキックで倒すSSIの面々は強過ぎます! 銃なんて、M-1カービン、UZIサブマシンガン、シュマイザーMP40、トンプソン・サブマシンガンとかだもんね~。ワイルド7か?と思ったよ。

 川内康範氏への尊敬の部分も、この本のキモですな。月光仮面にレインボーマン、ダイヤモンドアイ、現在、チャンネルnecoで放送中のコンドールマンなんかも改めて見ると新たな発見が有りますよ。民族派活動家としても有名だった川内氏の手掛けた特撮ドラマには、自灯明精神が根強くあって、今見ると確かに教育的な意図があったんだな~と思います。

 モンスター一族がアメリカの超高層ビルで会議してるところなんて、明らかにフリーメーソンだのイルミナティだのを意識して皮肉ってるし、ゼニクレージーなんて、六本木ヒルズ族ですか?って感じる。

 何だか、現在の世界不況や地球温暖化問題なんて川内氏に言わせれば全部、“人災”なんだぞって感じだよな~。特撮ドラマって、予言書みたいなものかも?



 さてさて、話は一挙に変わりますが、ゴン格に蘇東成老師が取材されていたので買いました。

 私は、格闘技が実戦的で武術が非実戦的という先入観は全然無いんですが、思っている以上に格闘技を愛好している人って、「武術は実戦的じゃない。弱い」という先入観が有るみたいですね?

 私のところに連絡してくる人にも露骨に武術蔑視した発言をする人もいましたけど、そういう人って、ほとんど学んだ経験が無い人なんですよね。

 私は格闘技も嗜んだことは有るから別に弱いとかダメだとかは思いませんし、試合形式でやったら強いだろうと思ってますし、真摯に格闘技を学んでいる人達には礼儀正しい人間的に尊敬できる態度の人が多かったですよ。

 でも、じゃあ、格闘技は護身術として優れているか?と言ったら、そんなに有効だとは思わないんですよね。ストリート・ファイト向けには芦原空手や功朗法のほうがずっと適応できると思いますし、大抵の格闘家が馬鹿にしている合気道や少林寺拳法は護身術的に技術を検討すると実に合理的に体系化されています。

 簡単に言えば、「ナイフや木刀、鉄パイプを持った複数の相手に対応する戦術を持っているか?」という点ですね。こういう想定をすると、「そんな特殊な状況を持ち出すのは論理の飛躍だ」って言い出す人が多いんですけど、「何を馬鹿なこと言ってんの?」と言いたい。

 何だか、格闘技をやっている人は護身術というと馬鹿にして簡単に考える人が多いんですが、護身術って普通に命がかかってしまうんですよ。“素手で最低の安全が保証された中で一対一で技を競う試合”とは違って、予測がつかないのです。

 例えばですよ。私のところに来た人の中には他流の指導者クラスの人もいる訳です。そんな人に一瞬で技かけてみせれば、そりゃあ、「うわっ、こんな達人には会ったことがない!」みたいに勘違いする訳ですよ。

 でもね~。それは、私は研究家だから大抵の流派の技や戦闘理論は頭の中に入ってるし、当然、弱点も研究しているんですよ。一応、身体動かして研究してるから、文献や資料集めて頭の中だけでやっている人とは違っていて当たり前ですよ。

 それと、尋ねてきた人は、基本的に私がどんな技使うか知らない訳ですよ。これじゃあ、対処できないのが当然です。私も信用できる人以外には技教えない人間だし、本やDVDにも基本的なことしか公開していない・・・。

 手の内バレたら相手は警戒して簡単には技がかけられなくなるでしょう? そうなったら私が一方的に勝つのは無理だし、下手したら負けますよ。いや、はっきり言えば、まともに同じ条件で闘って、若くてバリバリ現役でやっている人達に勝つ自信なんか全然無いですよ。

 フルコン空手のタフネスさ、ボクシングのフットワークと多彩なパンチ、伝統空手の遠距離からミサイルみたいに飛んでくる突き蹴りのスピード・・・同じ条件でまともにやれば、とても勝てないですよ。

 だから、相手の戦法を事前に調査して弱点を探って、そこだけ攻める。これも戦術のうちですよ。もっとも、本来は武道・格闘技もこうしていた筈だと思うんですが、競技形式の中で忘れられてしまったんじゃないかな~?

 格闘技の試合に、何故、ルールが有ると思いますか? 安全のため? まあ、それも少しはあるでしょう。

 だけど、一番の理由は、「どっちが強いか判別するために偶然性が入り込む余地をできるだけ排除する」というためにルールが有るんだと私は考えます。

 武術には原則的にルールは有りません。何でもアリ。ルールを設定したら護身術として役立たないから。

 だから、私は武術の研究家を志してから、素手の技、武器術のみならず、心理学、サバイバル技術、武器の製作法、銃の研究、健康法、舞踊、身体訓練法・・・等々、関連した分野をいろいろ勉強してきましたもん。

 また、武術の文化的表現形式として殺陣やアクションに関心を持って研究していたのも皆さん、御承知でしょう。以前は自主映画や学生演劇の立ち回りつけたりしていましたからね。

 蘇東成老師が評価されるのは、中国武術の本来の実戦性が注目されることになるでしょうから、大歓迎だと思います。蘇老師の技は、少林拳・太極拳・形意拳・八卦掌のエッセンスが融合し、まさに中国武術の本質を体現している師範だと思います。

 日本の中国武術界で格闘技の世界で認められるだけの実戦力を示せる師範は、太気拳をはじめ少数しかいないと思われるので、蘇老師のような幅広い技の遣い手が注目されたのは、ほっとしています。

 今、ようやくにして格闘技関係者が武術に目を向けて“実戦”に関する視野を広げようとしているのが感じられて、私は良いことだと思っています。いつまでも甲野氏みたいなフェイク武術家が第一人者扱いされていたらダメだと思いますしね。

 でも、武術をやっている若い人達も、実際に競技の場で腕を磨くことの重要性を知ることも必要じゃないか?とは思いますね。

 だって、ストリート・ファイトで試す訳にはいかないでしょう? というか、武術は護身術なんだからストリート・ファイトを自分から求めるのは本末転倒だもんね~。

 まあ、いろんな可能性を模索することは良いことだと思いますよ。何が正しくて何が間違いか?ってことは、求める自己の中にしかないんだから・・・。
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古武器まで寄ってきた?

 短刀、脇差、定寸刀、大太刀、薙刀、十文字鎌槍と揃って、日本刀の研究にはほぼ困らなくなったんですが、古武術の研究上、どうしても避けて通れないのが、古武器と呼ばれるものです。

 代表的なものは、何といっても“鎖鎌”。

 レプリカはいくらでもあるから入手するのは苦労しないと思っていたんですが、実用を考えていないというか、実際に現物を見ると作りに問題があるものしかないんですね。

 とは言っても、日本刀と違って、昔の実際に武器として作られた鎖鎌なんか滅多にあるものじゃないんですよ。

 だから、「ホームセンターで鎌と鎖を買ってきて自分で作っちゃおうかな~?」なんて考えたりもしたんですけど、“自作の鎖鎌”ってのもねぇ~? 時節柄、「あぶねぇ~な~」って思いますでしょう?

 それで、本格的に探す気もなかったんですけど、何とな~く、「そろそろ鎖鎌も欲しいな~(なんてことは普通は考えないよね~)」なんて考えていたんですね・・・。


 いつものように日本刀の代金支払いに横浜の刀屋さんに行ったんですが、ショーウインドーに何か色々と珍しい骨董武器が並んでいるじゃないですか?

 社長さんの話では大金持ちのコレクターの方が高齢で健康を害したことから手放すことにしたんだそうなんですが、骨董品としての古武器ばっかりだったんですよね。

 それがア~タ・・・鎖鎌もヒョイッて無造作に飾ってあったんですが、螺鈿細工の柄に樋入りの鎌刃、それに、たいていの鎖鎌は鎖分銅が柄尻に繋いであって、片手で鎌、片手で鎖を振るという構造になっているんですが、何と、この鎖鎌は鎌刃の峰に鎖が繋がっているではないですか?

 この形は、二刀神影流の鎖鎌と同じですが、要するに、片手で鎌と分銅鎖が使えるということなんですよ。

 二刀神影流は二天一流(円明流)の影響でできた流派とされていますけれど、「片手で鎖鎌が扱えるのは機能的だな~」と思っていて、「できればあの形の鎖鎌があればいいんだけどな~」と思ってはいたんですが、まさか、ピッタシ・カンカンの鎖鎌があるとは思いもしませんでした。

 何しろ、貴重なものですから、いくらぐらいするのか予想もつきません。恐る恐る社長さんに尋ねると、指を一本差し出されたので、「う~ん、十万円か~? 高いとは言えないけど、ちょっと今の経済状態ではきついな~」と思っていたら、何と「1万円」の間違いでした。

「買いますっ!」

 私は嫁さんいたら「このバカがぁっ!」って包丁で刺されて死ぬね?

 今、密かに自伝?の出版計画(アスペクトの新刊とは別です。こちらは自腹を切って勝負に出ましたぜよ。俺も男だっ!)を進めていて、その原稿を書いている時に思ったのは、「俺って光見ると向かって行っちゃうミジンコみたいだな~?」ということ。

 目の前に強い関心を持つモノ、ヒトに出会うと後先考えずに突き進んでしまう。この超極端に走る習性が“捨て身”を求める武術に向いていたのか?・・・と、ポジティブ・シンキング!

 家に帰って詳細に見てみると、この鎖鎌は武用を考えて作られた古いものじゃないですね。鎖もこのままだと片手で用いるには長過ぎ。機能的に考えて作られてはいません。

 でも、鎖はつけ換えればいいし(って、骨董趣味の人には出てこない罰当たり発想)、やはり鎌刃のほうに鎖が繋がっているのは貴重です。

 ついでと言っては何ですが、ケースに飾られていた鉄刀(鉢割り。千葉チャンが柳生十兵衛や服部半蔵演じていた時に使っていた十手みたいな武器)と、南蛮一品流の隠し武器“千鳥鉄(ちどりがね)”まであって、こちらはレプリカではないオリジナルで、これは貴重ですよ~。

 鉄刀は、先端が少し割れたようになっていたので、精密鉄鋼ヤスリでジョリジョリと削って滑らかにしてみますと、黒塗りの下の地金が出てきたんですが、当然、鉄で出来ているから銀色だと思っていたのに、何と、ゴールドなんですよ。

 いや、もちろん、本物の金なんか使う筈がないので、これは真鍮(黄銅)ですよね。鉄刀なのに鉄じゃないのか~・・・と思ったものの、「いや、真鍮の地肌を出したら金色に輝いてカッコイイかも?」と思って、早速、ヤスリでスリスリして表面の黒塗りを擦り落としてみたら、金色に輝くオシャレでゴージャスな鉢割りに早変わり!

 最近、武侠ドラマ『碧血剣』で、怪剣客“金蛇郎君”が持つ蛇みたいにクネクネとして先端が蛇の舌みたいに二股に分かれていて敵の剣刀をスパスパ断ち切ってしまう五毒教の宝剣“金蛇剣”が、“金色に輝く剣”なんで、金色にピカピカしている武器って、何かカッコイイな~と思うようになってて、これはこれでカッコイイな~と思ってます。

 だけど、真鍮は注意しないと緑青(緑色の錆び)が出たり黒ずんだりするから、時々磨かないといけませんがね。

 千鳥鉄という武器は、鉄の筒にモスマンみたいな形の平たい鉤分銅が鎖に繋がって収納される武器で、刀にからめたり、樹木や塀に引っかけて登ったりするのに用いたと思われる忍者の道具みたいな武器です。乳切木や振り杖の小型のものと思ってもよいでしょうが、鉤付きの分銅なのと柄が鉄筒になっているところが特徴的です。

 こちらは鎖も練り鍛えた棒鉄を曲げて繋いでいく伝統的な和鉄を使った製法になっていて、非常に貴重なものだと思います。これは和鉄でないとできないやり方で、古式の本物かレプリカかを見分けるポイントが、この鎖の違いなんですね(レプリカだと溶接された鎖)。

 使用法は西洋の戦闘用フレイルみたいな使い方を想像するでしょうが、分銅の重量が軽いので、打撃力で攻撃するフレイルとは違う用法なのが予想されます。分銅が軽いものの両側に鉤があり、鎖も短いのですが、届かないと思っていた間合を狂わせてしまうので、対日本刀の秘密武器として工夫されたのが想像できるでしょう。

 私は、冷静な判断力が消滅して5歳の餓鬼に戻って、大人買いしちゃいましたよ。

 ま~、「刀のローンも大分あるのに、俺って阿呆やな~」と・・・。

 でも、こ~んな珍しい古武器は、それを伝える流派でないと入手できないだろうと思っていたし、レプリカで持ってる人が多いと聞いていたんですよね。

 実際、偽造した現代物をわざと錆びさせたりして古めかしくしてマニアに高く売り付けて儲けた・・・みたいなことした古武術家もいたって聞いたことあります。

 尊敬していた人だったから、本当にガッカリしましたよね。故人だから武士の情で名前は伏せますが・・・。

 この話をしてくれた人は、「でもね~。長野さんだって、貧乏に苦労してたらやるだろう?」なんて言うので、「い~え、絶対にやりません! だって、詐欺じゃないですか」と言ったら、苦笑しながら「長野さんは堅いな~」なんて言っていましたけど、いくら貧乏でも犯罪おかして許される道理はないんですからね。

 私は武術が好きだから、武術文化を汚すような真似はできないですよ。嘘ついてインチキやって名前が売れて金が儲かっても、それは天に唾吐く行為でしかない。

 武術の文化を命懸けで作り上げてきた無数の先達に対して失礼千万で万死に値します。


 NOVAの元社長が捕まったけど、嘘ついて金儲けて勝ち組を気取っていても真実が明かされて残るのは汚名だけじゃないですか? 阿呆か・・・。

 貧乏でも、嘘つかないで懸命に頑張って生きている人間のほうがずっと美しい。

 もちろん、犯罪おかしたら人間終わりだとまでは思いません。犯罪に問われなくとも間違ったことをやってしまうのが人間だと思いますよ。

 でも、間違ったことをやって反省する心が無くなってしまったら、それこそ終わりですよね。そういう利己主義の発想しかないから、自分がうまくいかないことを外部に責任を求めてしまう・・・。

 そういう考え方しかできない人が多過ぎるような気がしますね。

 不倫なんかもそうです。生涯、唯一の相手と誓って結婚しておきながら、何で裏切るような真似するのか私は理解できません。守れない誓いならしなきゃいいじゃん?

 本気で惚れてないから、簡単に誰とでも付き合えるのかもしれませんが、私にはそういう感性が皆無なんで、さっぱり理解できません。でも、私の感性のほうが現代的には変だと言われるので、別に他人に強要するつもりはありませんがね。

 以前、師匠の奥さんから「長野さんの道場に主婦の人が入ってきて好きになったらどうするの?」と聞かれた時、「絶対に好きになりません」と答えたら、じぃ~っと顔を見ていて、「う~ん、長野さんはそうだろうね・・・」と納得されました。

 う~ん・・・喜んでいいのかな~?


 でもまあ、日本刀に続いて古武器まで増えてきたら、やっぱり、道場兼自宅兼資料館みたいなものを建築したいものですね。というか、こんな珍しい古武器が入手できたのも、宿命的な感じがしますよね。

 やっぱり、自分だけの趣味としてじゃなくて、こういう研究を世の中に活かしなさいってことなんじゃないか?とでも思わないと、納得がいかないし、やり甲斐もない。

 毎度の余談です・・・予言が次々に的中していると言われるジュセリーノが、8月6日に東京でM6,5の大地震が起きて、9月13日には愛知県でM9,1の大地震が起きると言ってるけど、どうなるかな~?

 四川の大地震に岩手でも起こったから、もう、いつどこで大地震が起こっても全く不思議じゃなくなりましたよね。以前は予言なんて与太話と一笑に伏していたものの、今は地震なんかの災害が起こるのは常識の範囲内だもんな~。

 まあ、その時が来たら動じないで運を天に任せて冷静に行動しましょう。
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著者プロフィール

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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