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麻生総理って、かなりBAKA?

 いんや~、スゲェ~ナ~。やっぱり「漫画ばっかり読んでいたら馬鹿になる」って言われていたことは本当だったのか?と思った人が日本全国に相当、多かったのではないでしょうか?

 麻生総理の漢字の読めなさって、ギャグを通り越して寒過ぎます・・・。

 未曾有を「みぞうゆう」なんてのはま~仕方ないかな?とも思いますが、怪我を「かいが」と読んだというのは笑えません・・・。

 麻生さんって頭の良さをアピールしてなかったですかね? エリート街道を突っ走ってきた人だという前評判だったのは何だったのか?


 しかも、前々から最も懸念されていた暴言癖・失言癖も、早くも露呈してきてバッシングの嵐・・・これなら福田さんの方がポーカーフェイスで皮肉ったりイヤミ言ったりマジ怒ったりするところがチャーミングでしたけどね。

 麻生さんの問題点って、小泉さんのようなお馬鹿に成り切れないカッコツケマンなキャラにあると思いますね。可愛げがないんですよ。

 漢字が読めなくても、そこでトンチの利いたこと言って切り抜けるとか、暴言・失言を発した時は威厳を示そうとしないできちんと反省している態度を示して頭下げないとダメですよ。

 うっわ~、器のちっちぇ~親父だな~って思っちゃいましたよ。

 何だか、政治家って本当にダメだな~って思ってしまいますね。迫力がないね~。麻生さんもいじめられていじけてる中学生みたいに俯いてちゃダメだよっ!

 そうそう、永田さんもニセモノつかまされて大恥かいて、議員やめて鬱病になって離婚してリスカしてさ迷っていた・・・とか聞いても、本当に申し訳ないんですけど、弱っちいね~としか思えないんですよ。

 はっきり言って、根性が足らないだけ! 議員やめたって、今度は市民活動家として出直すとか懴悔録書いて作家として出直すとか、心身を鍛え直すためにヒマラヤ登山に挑戦するとか、極真空手に入門して全日本選手権に出場するとか、そういう転んでもただでは起きないド根性を見せないでどうすんの? 弱過ぎるよっ!

 あ~もう、どいつもこいつもヤワい神経しやがって、頼りにならんな~。日本の政治家は全員、新体道を必修科目にすればいいよ。「九十九里浜を端から端まで連続反り跳びやれぇ~い!」って、鍛えてやったらいいんだよ。
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コンバットマガジンで甲野大先生の連載が?

 毎月、本屋さんで立ち読みしている『コンバットマガジン』で、甲野善紀大先生の連載が始まって、あたしゃ、のけ反りましたよ。

「どっひゃあ~、もっともコンバットという言葉から掛け離れたオッサンに連載させてどうなんの~?」と・・・。

 そんでもって、いつも変わらぬ“何が言いたいのかさっぱりわかんない文”も健在で、そういえば、最近、彼の本とか全然読まないから、何か変わってるのかな~?と思ったんですけど、20年前から相も変わらぬトンデモ文化人類学っぽい話で、う~ん・・・やっぱり、つまんないな~。

 正直言って、こんな無内容な文章を読んで面白いと思う人達の感性を疑います。

 でもね~、「事実は小説より奇なり」とか書いてて、「そりゃあ、オメーのことだよ」と、ちょっと面白かったですけどね・・・フフフ(意味深)。

 俺も、ブブカでいいから連載書かしてくんね~かな~? 甲野大先生の自伝を書いてあげますけどね。本人も記憶喪失してるような出来事を私ははっきり覚えてるからね・・・フフフ(意味深過ぎて危な~い)。
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小向美奈子は守ってやろうよ

 週刊ポストの芸能界タブー告発の第2弾記事で小向美奈子の“その後”のことが載っていましたが、予想はしていましたが、暴力団関係の脅しもある様子です。

 私が先に彼女を誉めたのは、事務所から契約解除された状態では後ろ盾になってくれるところがなく、場合によっては口封じに動かれる場合があるのに、戦う力も持たない女性がタブーを破ったからです。

 私も武道・武術の業界のタブーを破るような発言をしてきていますから、そりゃあ、嫌がらせなんか日常茶飯事だし殺害予告?も何度もあったそうです。

 けれども、正直言って、襲われても返り討ちにする覚悟があるし、むしろ、命がけの勝負なんて現代日本では滅多にない修行の機会になるし・・・という研究家ならではのマッドな発想になったりもするのです。

 でも、それもこれも私の場合、戦う技術と武器を持ってるからですよ。

 もし、そういう力を持っていなかったら怖くて言いたいことも言えないでしょうね。

 だから、「小向美奈子は偉い」とかアレコレと無責任に批評することは簡単ですが、現実問題として彼女は本当に命の危険に晒されている状態だと思いますよ。

 今のところ、週刊ポストしか護ってくれるところは無いでしょうけれど、こういう時こそ、2ちゃんねる掲示板とかを使って、彼女を護ってやる気運を盛り上げてはどうか?と思います。こういう時こそ悪評を払拭する絶好の機会じゃないですか?

「可哀想」だとか、そんなレベルの話じゃなくて保護してやらなきゃ危険ですよ。

 具体的にやれることは、まずテレビの報道番組に出して「芸能界の闇を払拭させるための問題提起」として話をさせることです。事態がここに至れば、告発者として衆目の視線を集めることが防衛することに繋がって、手を出しにくくする抑止力になる。

 マズイのは孤立して隠れていることです。独りでいては本当に危険です。芸能界でも政財界でも時々、変死する人がいます。口封じに殺されたのではないか?とも言われますが、根拠のない話ではないと思います。

 問題がそこまで大きくなるとは本人も思っていなかったんでしょうが、彼女なりに素朴な正義感から取材に応じたのは間違いないでしょう。その勇気を拾いあげて芸能界の闇が少しでも晴れていくなら、素晴らしいことですよ。

 そのチャンスを提示してくれた小向美奈子を護ってやろうとは思いませんか?

 私が知り合いだったら具体的に護ってあげられるんですが、それでも何かできることはあると思っています。それは、これを読んでいる皆さんにとっても同じ筈です。

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試し斬り体験しました!

 細い竹くらいしか斬ったことのなかった試し斬りですが、佐原文東先生の清心館道場で「試し斬りの稽古会があるので、長野さんもどうぞ」と言っていただき、ウキウキして出掛けてきました。

 試し斬り用の刀が一振りだけしかないと聞いていたので、日本刀は三振り、軽く刃先を荒く研いで持っていきました。

 畳表を巻いて水に浸していたものを台に固定して斬る・・・という本格的な試し斬りは初めてです。

 竹を斬るより簡単だとか、いや、難しいとかいろいろな説を聞いていたんですが、やってみないと判りません。

 ところが、私の持参した刀はどれも試し斬りには向かなかったみたいで綺麗に斬れません。細い竹なら十分に斬れたんですが・・・。

「刀が引っ掛かって止まってしまう」とのことで、佐原先生の刀を使ったら、確かにスパリと斬れる・・・。

 どこが違うんだろう?と思ったんですが、日本刀というのは七種類くらいの砥石を順番に研いでいくことで表面を滑らかに仕上げることでスッパリと切断していけるということらしく、俗に言われる砂山に刀身を突っ込んで表面をザラザラにすることで斬れ味をよくするという説はどうも違うみたいですね。

 私はザラッとしていた方が斬れるもんだと思っていたんですが、これはやってみないと判りませんでした。

 皆さんがやっているのを見ていると相当、難しいみたいで、「こりゃあ、俺が全然斬れないと大恥かいちゃうな~」と、正直、ちょいビビリましたよ。

「長野、ダメじゃ~ん。へたっぴじゃ~ん。オメーなんかが刀のこと書いてんじゃね~よ」なんて噂になったらヤダな~・・・。

 でも、やらないで帰ったんじゃ意味ないし、一応、挑戦・・・(でも、自分の刀じゃなくて佐原先生の刀をお借りしましたよ。だって、如実に結果が違うんだもんね~)。

 おっかなびっくりでしたが、「要は、いかに刃筋を徹すか?ということだけですよ」と佐原先生が言われていた言葉を『刃筋をトース、刃筋をトース・・・』と、念仏のように心の中で唱えて刃筋が徹っていくイメージを思い浮かべ、腕に無駄な力が入らないように注意して軽く沈身を使って斬り込みました。

 すると、割りと手ごたえなくサクッと斬れました。ちょっとオヤッ?と思いましたが、しからば左からの袈裟も挑戦・・・サクッ・・・う~ん、快感・・・(セーラー服と機関銃?・・・古っ!)。

「刃筋さえ徹せば斬れるって本当だな~?」と、ちょっと感動しましたね。

 最後の一本も斬らせてもらったので、今度はちょっと気張って連続して右・左・右・左と続けて斬ってみましたが、最後が七・八部で止まってしまいましたが、思っていた以上に斬ることができました。

 何か、気分は藤岡弘、みたいですよ。

 初めての経験でしたが、やっぱり、佐原先生の言われていた通り、「やってみなければ解らない」という言葉を痛感させられました。

 日本刀が、なぜ、執拗なまでに刀身を磨きあげるのか? それと、居合術の流派では先重りのする日本刀を良いとするのも、刀身に重さがあると刃筋が徹りやすかったからなんだと気づきました。

 何か、私はやってみるまで逆に考えていましたね。刀身を必要以上に研ぐのは実戦的じゃないとか、先重りのする刀は扱いにくいから良くないとか・・・。

 まさに目からウロコでしたよ。

 でも、それよりも、やはり、試し斬りでスパッと斬れると理屈抜きに楽しいですね。手裏剣術とちょっと似た楽しさがあります。

 佐原先生、清心館道場の皆様、ありがとうございましたっ!

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元次官殺害事件の犯人に?

 元厚生省次官を襲撃殺害した事件の犯人。動機がペットを殺された恨みなんてふざけたことを言っていますが、何かおかしい・・・。

 私はてっきり右翼の犯行なのか?と思っていましたが、この男が独りでやったとは思えないですね。

 顔付きからすると、ちょっと左右の目の大きさがアンバランスで精神の分裂的様子がうかがえますが、これは何者かに催眠暗示をかけられて犯行に及んだのではないか?と思えてくるんです。

 つまり、組織的な背景があるんじゃないか?と思えて仕方がありません。

 小説みたいな話ですが、この事件そのものがミステリー小説みたいです。この男が犯人だとしても、供述している内容をそのまま鵜呑みにはできないでしょう。

 ペットの敵討ちという動機も後づけとしか思えませんし、なぜ、わざわざ“元”次官を狙ったのか?という合理的な説明にはまったくなっていない・・・。

 不可解なことが多過ぎますね。事件の背後に広がる闇が晴らされることを祈るばかりですし、安易に殺人を肯定する考え方を厳しく批判されていくべきだと思います。

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ドン底に落ちた時こそ希望が見える

 禍福はあざなえる縄のごとし・・・だったですかね? 幸福も不幸も表裏一体で繰り返すのが人生ですよね。

 小室哲哉を可哀想だと言ったり、暴行事件を起こした石垣佑磨を応援したりする私の考え方が理解に苦しむ方もいると思いますが・・・。

 私は物事を逆の方向から見たり考えたりするのがいつもの癖なんですよ。研究家気質だから、まず最初に疑ってかかる。他人の評価は信じない。

 友人からは、「長野さんみたいにブレのない人は普通はいないよ。どんな権威者の発言でも信じないで自分の眼と考えで判断する人は滅多にいないから」と言われました。

 だからこそ、これまでやってこれたという面もあります。何しろ、失敗・挫折・失敗・挫折の繰り返し人生でしたからね~(成功がない?)。並の神経だったら生きていなかったと思いますよ。


 古くからの読者の方は、2ちゃんねる掲示板のK君の事件(私と游心流、及び私の関係者に対する度を超えた誹謗中傷が膨大に書き連ねられた事件で、その犯人が乖離性障害を患う会員のK君だった)について御承知だと思いますが、失踪するほど病気が重かったK君が、私がブログで呼びかけたのに応えて実家療養に専念するようになったことを知らせてくれたのは去年だったでしょうか?

 彼から「自宅に帰った」とメールが来た時は本当に嬉しかったですね。

 彼は自分の罪を詫びてくれましたが、その後も私の本やブログも読んでいる様子で、本のアンケート葉書も出版社宛に送っていましたし、今度はビールを贈ってくれました。

 正直に言えば(彼には申し訳ないんですが)、私にとっては嬉しさ半分で有り難迷惑に感じる面も否定できないですし、これ以上、私の動向に彼の関心が向いていれば病気が再発して、無意識にまたネット犯罪を犯してしまうのではないか?と心配なのが本音で、私の本もブログも一切読まずに空手道場にでも通って、日々汗を流して心身を鍛えていてくれることを望んでいます。

 けれども、そこまで私のことを思ってくれているのに迷惑がっては悪いな~という気持ちもあります。第一、うちの会を離れた人間は陰で誹謗中傷したり「長野さんは大したことないよ」とのぼせたことを吐くような連中もいますから、彼のように恩義を感じ続けてくれる人間は貴重な存在ですよ。

 でも、いかに病気とは言えど、K君のしでかしたことは立派に犯罪ですし、私以外にも何人もの人の名誉を傷つけて御迷惑をおかけした事実は消せません。その内容の酷さを後で知った時は悪寒が走りました。特に私の世話になった出版社の社長に対する誹謗中傷文は、私がその内容を読んでいたら無事には済まさなかったでしょう。

 ですから、私自身、彼がもう一度、同じ過ちを繰り返したら、いかに病気のせいだとはいえど、許すつもりはありません。私も、そこまでのお人よしではありません。

 が、かつて武術を教えた人間であるK君には、最悪の病気と戦って、立派に立ち直って見せて欲しい・・・と、心の底からそう願っています。たとえ病気のせいとは言え、人間として最低の卑劣な行為をしてしまった彼が、自分の心の弱さを克服して立派に立ち直って見せてくれることだけが罪の償いであり、周囲の人への恩返しになる筈です。


 人間は失敗したり過ちを犯すのが自然な姿だと私は思います。

 しかし、その失敗や過ちを認めて心から反省し、同じ失敗を繰り返さないように自戒していける人間だけが本当に幸せな一生を送ることができると思います。

 ドン底まで落ちるのは理由がある訳ですから、それをきちんと認識してやり直すことができれば、以前とは違う本物の成功を達成できると思います。

 それだから、口先だけで謝罪するような欺瞞家はロクな人生の終わり方はしないと思いますし、失敗した時に心から謝罪の言葉を口にする人は、必ず充実した人生を送っていけると思うのです。

 私なんか失敗ばっかり。でも、致命傷になる寸前にいろんな人から助けてもらって乗り切ることができました。親・兄弟・親戚・友達・武術の先生・武友・仕事の取引先の人・元会員・現会員・読者・・・どれだけの人に支えられて今の自分がやっていけているのか?

 これは、破門にしたりした会員に対しても変わりません。許せないことをしたから破門にしましたが、本人が自覚して謝罪に来るか、あるいはあくまでも自分は正しいと信じているのなら、その正しさを証明して私を見事に見返してみせて欲しいと思っています。

 しかし、謝罪してきたのはK君だけ。見返してみせる人間はまだいません。屁理屈つけて逃げ回り陰で誹謗するような人間は論外。そんな最低な男だったのか?と呆れ果てるだけです。

 私なんて、甲野氏のところに何度も押しかけていっています。こそこそ陰口たたくしかできない人間と一緒にしてもらいたくありませんよ。

 それら諸々を思っても尚、出てくる言葉は一つだけしかありません。それは、「感謝」の一語です。

 その感謝の気持ちを口先でいくら表現しても意味はありません。私の場合は、期待して応援してくれた人達に対して、期待を裏切らない立派な仕事をして社会に還元していくことが恩返しになると思っています。不言実行が男のやり方でしょう。


 たとえ意見が対立していようと、男の意地を見せてくれる人だったら尊敬できます。インターネット掲示板のような匿名性が確保される場では、より人間性が露になる。無論、尊敬できる人は何人もいました(陰口しかたたけない金玉の腐ったような連中にはウンザリですが)。

『たけしの日本教育白書』という番組で太田光の殺害予告をした男の“言い訳”とか聞くと、口だけ達者で呆れ果てるばかりでしたが、そんなに自分を大きく見せかけて何をしたいのか?と理解に苦しむばかりでしたね。

 他人とコミュニケーションを取るためのツールとしてネット掲示板を利用するのが悪いとは言いませんが、我を押し付け合うばかりではそもそも他人とのコミュニケーションなど成立する筈がないことを知るべきでしょう。

 これは日常の付き合いと何も変わらないと思います。インターネットの良さは遠く外国にいる人とでも交流できること。だから逆に、それこそ一期一会のハラを括った対応をしなければならないと思う。

 最近はアメリカにいる日本人武道家と交流する機会が出てきましたが、異国で頑張っている人は応援したいですね。非難する人もいるでしょうが、そんな人達は何も責任を持たないから勝手なことが口にできるのであって、“マイナスの応援”だと思って見返してやるつもりで頑張っていれば、いつか本当に応援してくれるようになるかもしれません。

 結局、自分がハラを括ってやっていれば問題はありません。目先の成功のために自分も他人も偽っていたら、最後は自滅するだけですよ。

 だから、先日は青木先生にも訴えたんですが、甲野氏はもう武術については何も言わない方がいいですよ。現代武道批判を口にするのは言語道断!

 どんなに隠してみても、あまりにも負け過ぎです。最後に待っているのは“天下の達人の正体は?”という週刊誌の見出しでしょう。世の中は持ち上げるだけ持ち上げたら最後に落とすのが原則なんですから、今のうちに「実は私、こんなに負けてます」と告白して路線変更するのが賢明ですよ。

 メディアも今は甲野氏が金のなる樹だと思ってガードしてくれていますが、流れが変われば冷酷に見捨てるのが目に見えていますからね。路線変更しやすいように私がタネ撒きしといたんで、安心して武術の世界から引退して“身体操作法研究者”として御活躍されることを衷心からお勧めします。その方が世の中にも貢献できて本人的にも嘘がないから万事メデタシ! そうなれば私だって応援しますよ。どうですか? 甲野先生?

 やっぱり、嘘はよくない。自分をさらけ出すのが一番です。不思議なことに先月は100万円何とか作れたし、今月も、売上がストップして途方に暮れていたのに、ついさっき電話でDVDの注文があって、何とかかんとか40万円集めるメドがつきました。

 万年ビンボーな私にとっては人生の一大事件ですよ。捨て身になったから、天の助けがキタ?んだと思っています。


 武道好きな人間には我の強いタイプが多くて、本質的に傲岸不遜な人ばかりです。私自身、本質的には極めて傲岸不遜な性質がありますから、直接、人と対する時は、そういう自分のマイナス面が出ないように注意しているつもりなんですが、相手の態度によっては一気に噴出する場合もあります。

 普段、極力怒らないようにしているので、怒りの感情に火がつくと抑えるのが大変なんです。でも、怒りの感情を抑制できない人達を沢山見てきて、その見苦しさに唖然となることが多かったので、反面教師として学ばせてもらいましたよ。

 私も人によってはサイコパス野郎みたいに見えていたかもしれないな~?と、反省させられる訳です。人のフリ見て我がフリ直せと言いますでしょう?

 武道・武術をやっている者は、煽てれば付け上がるし、叱責すれば恨むし、本当に謙虚に自分を顧みる人は滅多にいません。心が“か弱い”から、そうやっていないと自分が保てないのでしょうが、いいオッサンが過保護の餓鬼みたいな性格だったりするのでウンザリさせられることが多々あります。

 武道や武術が世間から評価されない一番の理由が、こういう勘違いした餓鬼親父連中の存在なんだろうと思いますが、他人がどうだろうと、私はそうならないよう、武術がいかに価値あるものなのか・・・ということを証明していくのが我が人生と信じてやっていきたいと思います。

 そうしていれば、同じ志しを持つ人達と自然に縁が繋がっていくでしょう・・・。

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補修セミナー感想と12月セミナーについて

 24日に急遽、臨時で開催した特別補修セミナーでしたが、参加人数は少なかったですが、仕事が忙しくて最近、参加されていなかった会員さんも参加されたりして、なごやかに楽しんでやれました。

 師走は忙しいですから、参加できそうにないという方もいらしたので、やはり開催してよかったと思っております。

 セミナー後は喫茶店で四時間も粘り(ヤな客だろうな~)、いろいろとお喋りしましたが、これはよく質問されることなんで、ちょっと考えてみてもらいたいと思って書いておきますけれど、専門誌とか書籍で武術の“神秘的な技”について書かれている内容を割りと鵜呑みにする人が多いんですね。

 そして、それを「確かめに行ってみたい」と言う人も結構、いらっしゃいます。私に黙って行く人は会員規約で除名にする場合があると書いていますから、言ってくれる人はまだいいんですが・・・。

 率直に厳しいことを申し上げますが、観抜く眼力がない人間は騙されに行くようなものだから、やめたほうがいいでしょう。

 専門誌や書籍に書かれていることは、基本的に“宣伝広告”なのであり、場合によっては看板に偽りがある場合も少なくはありません。

 私みたいに業界の内部にいる人間だと、ハナッから信用していません。自分で確かめてみないと解らないし、他人の評価はまったくあてになりません。

 そもそも、武術の技は見世物じゃありません。

 本物の武術を追究している人は門弟にさえ技をやたらに見せないものです。本やDVDを沢山出していたりTVにも出て有名な人だから本物・・・という認識は完全な錯覚なのです。

 本物の武術の技を追究している人間は見世物芸には無関心になるものです。実用価値のない素人を驚かせるだけの技なんか軽蔑の対象にしかならないでしょう?

 武道やっている人は、アクションスターやチャンバラスターを馬鹿にして顧みない人が多いですが、それは創作の世界での芸を無意味と断じているからでしょう。けれども、芸そのもののレベルが観えれば別の評価ができる筈です。

 私は武術家を私称する人間の見世物芸は軽蔑しています。見世物芸と実際の勝負を混同して書いている本を読むと失笑していますし、武術の身体操作の術がどうしたこうしたとか論じている連中は阿呆だとしか思いません。そんなもん武術とは関係ないんですよ。単なる稽古法の一部の話でしかないからです。

 だから、真面目に稽古していれば、そういう見世物芸もできるようにはなるでしょうが、それを目的にしているなら武術なんか習う意味はないでしょう。大道芸人に弟子入りした方が遥かにレベルの高い見世物芸の極致が学べますよ。武術修行よりずっと厳しいかもしれないから、素人には無理かもしれませんが。

 まあ、そういう訳なので、本に書かれている神秘の技とかに興味を持つより、きちんと稽古をしていれば、もっとレベルの高い技能が体得できるんですから、興味本位にいろんな団体を見て歩くような無益なことはして欲しくないのが偽らざる私の本音です。

 結局、他人の感想は意味がないのです。そして、洞察力と経験智の乏しい人間には真相を観抜く力(見識)はないので、これまた意味がなく、見れば見ただけ“目にウロコが貼り付く”だけ。

 だから、観の眼ができていない段階の会員が他所を見て回るのは勧めないし、それでも行きたいなら退会してから行ってもらうしかありません。

 なぜなら、その人の恥は教えた私の恥になるからです。昔の武道修行者はこのような観点を持っていたんですが、最近は安易に興味本位に流れてしまう人が多いので、考えが及ばない人が非常に多いですね。目先の興味に思考が支配されて冷静な判断ができなくなってしまう。

 その状態でフェイクの技を追い求めることが、どれだけ滑稽で馬鹿げたことなのかを知らせないといけないと思って、を書いたりDVDを作ったりセミナーをやったりしている訳ですから、私のところに来てから、まだ、そんなことを繰り返すのでは救いようがないんですよ。

“騙されたくてたまらない”としか思えません。


 余談が過ぎましたけど、まあ、ちょっと・・・ウ~ム・・・と思ったりもしたんですけど、今後も折りを見て補講という形でこのような臨時セミナーは開催していきたいと思っております。


 今年も残すところは12月7日(11:00~14:00)のセミナーのみとなりました。シダックスの講座も12月はお休みになりますので、文字通りの今年の総集編となります。

 補修セミナーでは、基礎錬体と初級対錬も練習し、後は参加者の要望に合わせて決めてみましたが、それだとお喋りがメインになってしまって内容が薄くなってしまうな~と思ったものですから、12月は、1月~11月までやってきた内容を総まくりしてみたいと思います。

 つまり、発勁・合気・脱力・体軸・歩法・交叉法・読み・型の解析・格闘技への応用・武器術・・・と(できんのか?)、猛スピードで復習してみようと思っています。私の言ってることが嘘か本当か確認したいと思う方は是非、お越しください。

 時間が短いので、どこまでこなせるか?は解りませんが、武術を全般的に知りたいという方にはもってこいの内容になると思います。

 ただし、正直、頭がグチャグチャに混乱する可能性はあると思いますから、その点だけ覚悟しておいでくださいませ。



 さて、余談ですが、最近、会員の中でこそこそと私を誹謗中傷する文章をブログで書いている人間がいると聞きました。

 率直に申しますが、文句があるなら直接言えばいい。直接言う人間なら敬意をもって聞きますが、本人の知らないところで無責任に笑い者にして喜ぶような無礼な人間は游心流にはいりません。

 こんな人間に教えていたのかと思うと、自分が情けない。罪を悔いて謝ってきてくれたK君と比べれば品性に劣る。恥を知ってもらいたい。

 覚えのある会員は自分から退会されることをお勧めします。やめてから好きなだけ悪口を書けばいい。会に所属したままでの無責任な放言は断じて許しませんので、よく肝に銘じておいて欲しい。

 今年の年末まで待ちましょう。その間に謝罪するか退会しない限り、ホームページで除名処分として名前を晒します。

 この処置を厳しいと感じる人もいるでしょうが、企業でも学校でも組織である以上、自分の所属する組織の名誉を損なった者は実名をあげて処分されるのは世の中の習いです。

 私は組織の長として、不覚悟の者には容赦しません。会に所属する者の責任を自覚して、覚悟の程を見せていただきたいと思います。

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ゴジラ・Hiビジョン放送中

 日本映画専門チャンネルで、ゴジラ・シリーズがハイビジョン映像化されて放送中!

 特に古い昭和の作品となると、フィルムに雨が降っていたり(細かい傷が沢山入っている状態)、色味が落ちていたりするんですが、これを修正してリニューアルした映像が見られるという訳です。

 で、『ゴジラ』『ゴジラの逆襲(アンギラス登場)』『キングコング対ゴジラ(大蛸も登場)』『モスラ対ゴジラ』『三大怪獣地球最大の決戦(キングギドラ初登場)』『怪獣大戦争』『南海の大決闘(エビラ登場)』『ゴジラの息子(カマキラスにクモンガ登場)』『怪獣総進撃(怪獣版忠臣蔵です)』『オール怪獣大進撃(なんと、夢オチ?)』『ゴジラ対ヘドラ』『ゴジラ対ガイガン』『ゴジラ対メガロ(よくよく考えると主人公は万能ロボットのジェットジャガー)』『ゴジラ対メカゴジラ』『メカゴジラの逆襲』が既に放送されました。

 昭和のゴジラ・シリーズは、毎回登場するゴジラの顔も体型もかなり違っているという点に特徴があって、一応、二作目以降は同一個体の筈なんですけどね~(一作目のゴジラはオキシジェン・デストロイヤーで骨になってしまった)。

 トカゲ顔の通称キンゴジ、眉の盛り上がりが凶暴そうなモスゴジが有名ですが、ゴジラの息子の頃のゴジラは何ともヌボッとした締まりのない顔です。

 そんなゴジラに喝を入れたのが『ゴジラ対ヘドラ』。社会派のホラー色が強まってました。

 ところで、この時代はスペクトルマンの戦ったヘドロンやミドロン、ゴキノザウルス、ネズバードン、バクラー、ダストマンといった公害怪獣やら、第二期ゲゲゲの鬼太郎も公害をモチーフにした泥田坊や雨降り天狗、あかなめの話があったし、永井豪版鬼太郎とも言うべきドロロンえん魔くんでは、公害に汚染されて凶暴化した不良妖怪と対決するというモチーフになっていました。

 水俣病にイタイイタイ病、光化学スモッグなんかが社会問題化した時代でしたね。

 封印映画の代表作とされる『ノストラダムスの大予言』も、公害問題から核戦争後の終末世界を連想させていました。

 ゴジラ映画も時代を先読みするようなストーリーが盛り込まれていたんだな~と、改めて見直すと気づくところがありますね。

 それにしても、どうも、私は重箱の隅をつつくような見方をしてしまうんですが、最後の『ゴジラ・ファイナルウォーズ』でエビラやヘドラ、キングシーサー、マンダ、カマキラス、クモンガ、ミニラが蘇ったのに感動したものだったんですけどね。

 マイナーな脇役怪獣?に焦点を絞った作品なんてのも見たいですね。

 第一作ゴジラに登場したトリロバイト(三葉虫)・キンゴジの大蛸・レッチ島の大鷲(大コンドル?)・ラドンの餌のメガヌロン・キングコングの逆襲の大海蛇・ガバラと怪植物・新作ゴジラのショッキラス・・・なんかを出して、主役はジェットジャガー!・・・う~ん、つまんなそう・・・(企画倒れ)。

 ゴジラ28作ハイビジョン放送は年末年始まで日本映画専門チャンネルで続く!
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二刀流剣道はイケルかも?

 先日、全日本剣道選手権で優勝した正代選手の上段の構えの足の踏み方について疑問を呈しましたが、文芸社の私の本の編集担当していただいた方が高校の頃、剣道で都大会優勝していたそうで、「アレはいいんですか?」と聞いてみたんですが、「上段の場合は逆に踏むのもいいんです」とのことでした。

 私は剣道、ちょこっとしかやってないので、知らなかったんですけどね。

 いや~、そうか~、アレがアリなんだったら、これは面白いことになりますよ。

 私だったら、逆二刀を使いますね。左手で長竹刀、右手で短竹刀を持って上段でクロスさせて構える・・・。

 正代選手の決め技は、片手小手と片手面だけでしたが、左足前に構えて上半身を瞬間に真半身にまでとって竹刀を飛ばすから、向身での突きより遠くまで届いていました。

 上段の構えだけ見れば、突きに弱いと思ったものの、あの真半身から伸びてくる片手打ちを制圧することはできませんでした。

 真剣でやり合うんだったら、私は鳥居の構えで間合を潰して裏小手を切りにいく戦法を採りますが、剣道でそれはできないでしょう。

 ということは、あの構えに有効な対策は今のところ無い。良くても相打ち。

 それだけ有利な構えですが、逆二刀に応用した場合、さらに利点が活かせると思う。

 剣道では、短竹刀は受け技にしか使ってはいけないそうですが、それを上段に応用して、真半身を取って片手打ちする瞬間に、短竹刀で顔面を拭うように下に払いながら片手打ちすることで、相手の合わせ突きや合わせ胴を防御できる。

 これで片手打ちがより決まりやすくなる筈です。

 それに、この戦法はもう一つ、利点があって、上段に構えた時に右手の短竹刀の“上”に左手の長竹刀を乗せて構えることによって、片手打ちにいくときに短竹刀で押し出すようにすることで片手打ちのスピードを加速することができます。両手で打つのと同様の威力が出るでしょう。

 二刀剣道をやってらっしゃる方は試してみられてはいかが?
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24日の補修セミナーについて

 補修セミナーは、初めての方でも予約なしで参加可能とします。特別セミナーなのでサービスです。

 予約されていた回数分で欠席された回のある方は無料です。複数回欠席されている方の場合は個人指導も考えておりますので問い合わせください。

 24日は朝10:00より13:00となりますので、いつもより一時間早く始まりますからお間違いありませんよう、お願いします。

 木刀・杖・居合刀などを持っている方は持参ください。希望に応じて武器術もやるつもりです。

 発勁・合気技と、それらを格闘技に活かす技に関しても前回の復習と発展形をやろうと思っています。

 読みと交叉法に関しても、希望に応じてやるつもりです。

 12月に参加できない常連会員さんもいらしたので、できましたら、12月の代わりにおいでください。

 教材DVDも少し残っておりますので、販売する予定です。

 それから、来年のセミナーの一括予約半額申し込みも、24日に申し込み受付できますので、御希望の方は申し出てください。毎回、締め切ってから申し込み問い合わせされる方がいらっしゃるのですが、11月一杯で本当に締め切りますので、宜しく御協力お願い致します。

 尚、12月のセミナーは総集編となります。1月から11月までの内容の総合的復習と、活法・整体法もやってみようと思っております。

 丁度、12月ですから、終わった後は軽く納会にしようかな?と思っております。


追伸;寒くなってきたので、日曜日の定期稽古会はシダックス橋本駅前店を借りてやろうと思っております。屋内なので剣術・居合術やヌンチャク、杖術、棍術なんかもできますし、対武器護身術もやれます。来年中には毎日使える道場を確保したいと思っていますが、そうなったら試し斬りや手裏剣、サンドバッグ・トレーニングもできるしな~と思っております。そろそろ、会員さんも増やしてもいいかな?と思っております。芦原先生の本を読むと、あの芦原先生でさえ金に困ったり道場に困ったりしていたみたいですし、自分だけが苦労していると思うのは勘違いですね・・・。
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事務連絡 ・特別補習セミナーの実施

※※※ 事務連絡 ※※※

・特別補習セミナーの実施 2008/11/24(月)10:00~13:00 ストアハウス

参加費:一般 10,000円 会員 5,000円 
複数回一括予約が余ってしまった方→無料(1回分消化になります)

11月24日(月)は休日ですが、セミナーの参加予約をしていて都合で参加できなかった方を対象に特別補修セミナーを朝10:00~昼13:00にいつもの江古田ストアハウスにて実施します(無論、無料です。いつもより一時間早いのでお間違いありませんよう)。せっかくですから、初参加のイチゲンさんも参加可能ということにしたいと思います(こちらは10000円です。会員さんは5000円)。武器術でも今回の格闘技に活かす技でも、参加される方の好みに応じて何でもやってみたいと思っていますので、奮って御参加ください。(管理上、いつものように御予約しておいでくださると嬉しいです。会員さんは予約無しでもいいですよ)

①氏名(+ふりがな)
②年齢(何歳代でOKです)
③住所
④電話番号
⑤Eメール
⑥ご職業
⑦武術・武道・格闘技・スポーツ歴(会員の方は会員暦)
⑧参加希望セミナーの日付・タイトル(セミナー申し込みの場合のみ)
⑨何か一言(セミナー申し込みの場合のみ)
を書き添えて、yusin_mail_from2006(アットマーク)yahoo.co.jpまでご連絡下さい。
(未記入項目がありますと、参加受付出来ない場合がございます)

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石垣佑磨、頑張れ!

『ホーリーランド』に主演していた石垣佑磨が、酒に酔っての暴行事件で捕まり、謝罪会見をしていました。

 彼は、『あずみ』『あずみ2』でも活躍していましたし、若手俳優の中でも武道系アクションが得意なことで知られていました。

 スポーツキャスターとしても活躍し始めて、今後が期待される若手俳優として周囲にも期待されていたでしょうから、今回の事件は痛手でしょう。

 けれども、会見の様子を見ていて、心から反省して周囲に迷惑をかけてしまったことや、母親への感謝の言葉を口にしていたところを見ていて、あ~、やっぱり、コイツはいいヤツだな~と思いました。

 10代20代で活躍している芸能人は、舞い上がって自分が偉くなったように勘違いする人もいるでしょう。

 結局、それは周囲の人達が支えてくれているんだという現実が見えなくなって自惚れてしまうんだと思います。

 でも、若い時はそういう風になるのも無理はないと思うし、痛い思いを何度か繰り返して大人の分別を会得していくもんだと思います。

 10代20代の頃の私も思い起こせば馬鹿だったもんね~。だから、挫折や失敗の経験は財産になるんですよ。

 順風満帆で生きてきたエリートが他愛のない失敗をしただけで自殺してしまったりするのも耐性が育ってなかったからだろうと思います。

 みんな、自分のプラスになったことしか財産だと思わないでしょう?

 私は違うと思う。マイナスの財産というのも重要なんですよ。ケンカで負けた・試合で負けた・組手で負けた・・・そういう負けた経験で悔しい思いをするから、本気で頑張れるんじゃないですかね?

 だから、失敗したり挫折したりしたことは隠すとダメ。晒して自戒にすることで頑張れるんだから・・・。

 徳川家康は、戦で敗走した時に恐怖のあまりウンコを漏らしてしまった時、わざわざその最もミジメな姿を絵師に描かせて、以後の自分の戒めとして奮起したっていいます。

 私は、40の時に生活苦でラブホでバイトした時に支給されたシャツを、辞める時に返却しないで買い取って持ってますよ(5000円だった)。

 家康の故事に習った訳じゃないですけれど、最悪の時期を支えてもらった職場のことと、頑張って乗り切った自分をずっと忘れないでおきたかったんですよ。

 ある会員は、「先生、そういうのは隠しておいてくださいよ。自分が習っている先生がラブホでバイトしていたなんて知られたら恥ずかしいですよ」と言っていましたけれど、そういう偏見に満ちた世間的な視線を気にする人間では修行者失格ですよ。

 うちの会員には元暴走族だったりヤンキーだったり事件起こした人間だっていますけど、人間にとって大切なのは、そういうマイナスの財産をこれからの人生にどう活かすか?ってことですよね。

 人間の真価は死ぬ時に決まるんだよ。

 石垣佑磨は、心から反省している様子だったし、周囲の人に迷惑かけたことをまず謝罪していて、本当に偉いと思いました。男として立派な謝罪の仕方だったと思います。

 彼より二倍長く生きているような、でかい企業の社長や政治家が口先三寸で言い逃れする謝罪会見の何十倍も立派でしたよ。

『ホーリーランド』の彼の演技は素晴らしかった。あの芝居が嘘でなかったことを感じました。私は、より彼のファンになりました。

 きっと、彼はいい俳優になると思います。
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小向美奈子の告白に納得・・・

 週刊ポストで、小向美奈子の告白記事が出ていて読んだんですが、いや~、噂ではよく聞いていたんですけど、実態は恐ろしいですね。

 彼女は、演技力もあるしホラー物や特撮物にもよく出ていて、殺陣にも積極的に挑戦していたので期待していたんですけど、事務所を解雇されて、今後はどうするのか?と、心配ですね。取り敢えず、休養した方がいいと思うけど。

 芸能事務所の中にはタレントやグラビアアイドルに、政治家とか企業のトップと売春させたり、整形を強要したりする所があるという話なんですが、そこまで酷いとは思わなかった。人権侵害もいいところですよ。

 そういえば、『仮面ライダーカブト』のヒロインが芸能界を引退したり、『仮面ライダー電王』のヒロインが途中降板したりしていましたけど、何とな~く、芸能界の裏事情に関連してだったみたいなコメントでしたね。

 以前、ちょこっと仕事を頼んだ元アイドルだった女の子に御礼がてら御馳走(っても、デニーズでオムライス奢っただけ)したことがあったんですが、その時に、アイドルを辞めた事情が、まったく小向美奈子の告白と同様の話だったので、エエ~ッ?と思ったもんでした。怖いね~。

 そういう話は大袈裟にされていたり、凄く特殊なケースだと思っていたんですけど、割りと当たり前にあったりするのかもしれません。

 ドラマでも、そういう芸能界物でのダークな話があったりするんですけど、何か悲しい話ですね。

 だってね~、分別のつかない10代の頃から「言う通りにやっていれば成功して大金持ちになれるよ」みたいに洗脳されていたら、逆らえるだけの自我を保つ人は少ないでしょう。

 難しい問題だな~と思うのは、芸能の世界というのが歴史的にもそういう金持ち(権力者)の庇護を受けて成り立ってきた業界だということです。

 興行がからむとヤクザがからむ。金が動くから企業がからむ。企業がからむと政治家もからむ・・・。

 で、芸能の世界って美男美女が集まるから、変態金持ちがよってくる・・・。

 そういうシステムができあがっている業界で、普通のまっとうな感覚を保って異議を唱えることは難しいですよ。

 でも、小向美奈子は、よく言ったと思います。勇気があるし、世話になった事務所に対する心遣いもある。普通は全面的に事務所を悪者にしたがるものなのに・・・。

 取材した週刊ポストも偉いよ。

 何でかというと、タブーを告白することで業界に戻れる見込みが無くなるというリスクを負うマイナス面があるからです。

 が、個人的にはそうであっても、彼女が告白したことによって、業界の体質に対する批判の目が強まって、少しずつであっても改善されていく可能性ができた。彼女の後輩として芸能界に入ってくる人達の人権が尊重される可能性が高まった。

 いろんな作品で戦うヒロインを熱演していた彼女らしい正義感を感じられたのがせめてもの救いでした。

 多大なストレスで心身も疲弊したであろう彼女の女優復帰は難しいでしょうが、今後、どういう道に進んでいくにしろ、応援したいと思いました。

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やっぱり世界の青木は並みじゃない

 日本武道界で最も特異な前衛武道と言われる“新体道”を創始した青木宏之先生のお言葉に甘えて、お喋りに行ってまいりました。

 昔、「日本最強の武道家は誰か?」という問いに対して、“新体道を創始した青木宏之”という答えを何度も目にしたことがありました。もう、かれこれ25年くらい前の話です。

 日本よりも、むしろ海外で評価の高い新体道ですが、当然、青木先生も国際派の方だと思うんです。国内だと新体道の良さをきちんと理解できるメディアは皆無でしょう。

 そして、直に目前で青木先生の演武を見たのは、十四、五年くらい前のことでしたが、その時は交叉法と読みについて知ったばかりの頃でしたが、「あっ、これは凄い! 本物だ」と、唖然としたことを今も覚えています。

 当時、新体道会員だった小学校以来の親友、井上君に連れられて千葉県茂原の廃校になった小学校で開催される新体道の大会を見にいったのでした。

 夏の暑い時期でしたが、到着すると岡田先生がホースで会員に水をかけて笑っていたりして、「うわっ、何だ、この明るさは?」と、ちょっと面食らったものでした。

 岡田先生は普通のサラリーマンの小父さんみたいにしか見えないのに、DVDで新体道柔術を演武されているところを見ると絶句するくらい見事ですよ。軸がピンッと立って、無駄な力も一切かからずスパッと日本刀で斬って捨てるようなキレ味の鋭い投げ技は実に機能美の極致です。

 井上君は、「おい、俊也(私の本名はトシヤ)~。青木先生はお前の習ってる先生より強いぞ~」と自慢していたんですが、私は内心、「俺の先生も無名だけど超強いぞ~」と思っていたんですけど、こういう武張らない自然さは真似できないですよね。

 新体道の先生方はみんな、こういう雲のジュウザっぽい感じがしますよ。逆に言うと強さの底が見えない。見せないんじゃなくて、見えなくなっている。見える強さ、測定できる技量というレベルを突き抜けてしまっているんです。

 強さの比較なんかできませんけれど、でも読みのレベルの高さは今もって青木先生を超える人にはお会いしたことがありません。もう、武道という範疇を超えちゃってます。

 その後、中村晴一先生と知り合ってから、新体道と深い縁ができることになっていきましたが、昔は、まさか自分がこんな風に青木先生と交流するようになろうとは夢にも思っていなかったですね。

 よく考えると直にお会いするのは二年ぶりくらいですかね? 無論、事務所をお訪ねするのは初めてです。

 南蛮鐵(スウェーデン鋼)で作られたという日本刀も見せていただきましたが、白銀色に輝く明るい刀身は日本刀の和鉄のそれとは異質で、一見、よくできた模擬刀なのか?とも思えるほどでしたが、隕鉄で打ったという古代の刀剣にも似て、なんか、オーリーハールーコーン・・・!とか叫ぶと赤く発光しそうな(海のトリトン?)気分でしたよ。

 美味しい食事とお酒も御馳走になり、新体道のこと、武道界のこと、いろんなお話をうかがいましたが、我知らず、脳がアルコールに浸かっていたらしく(泡盛が超美味いけれど凄く強かった)、深夜一時に帰宅して就寝し、一夜明けたらポケーッとして、何を話したのか大分、忘れておりました。

 でも、キリスト教をはじめ神智学やグノーシス派の本、瞑想の本、思想、哲学、美術などの本が書棚に多かったのは記憶していて、そっちの方面の話もしたような・・・?

 けれども、私が一番驚いたのは(と言いつつ、何となく予感はしていた)、書家である青木先生が、私のために「遊心」という書を書いてくださっていて、それを贈ってくださったことでした。

 率直に申しまして、これは値段がつけられない価値ある贈り物であると同時に、青木先生が一介の武術研究家にエールを贈る証しとして書いてくださったものなので、この期待を裏切ったら男じゃない!と、逆に物凄く責任を感じました。

 以前の私だったら、辞退したと思います。「自分はそんな器じゃないです」と。

 でも、恐らく、今はそういう時期に来たんだと思っています。だから、夢で見たという訳ではありませんが、青木先生から書を贈られるビジョンが自然にデジャブーとなっていたような気がして、有り難く頂戴していました。

「よし、この書に相応しい活動をしよう。世界に名高い武道家に認めてもらったからには、下手な真似はできないぞ」と、自然にそう思えるようになっていました。

 取り敢えず、来年は、この書を飾るに相応しい道場を確保したいですね。
青木先生から頂いた書です!!

 私はもう、せちがらい武術の世界の因習とはおさらばしたい。その上で、よいものを「これがいいんだよ」と、解いていきたい。

 青木先生からも、「長野さんは自己評価が低過ぎる。レベルの低いところに合わせていたらダメだよ」と言っていただきました。

 確かに自分でもあんまり卑下し過ぎるのはよくないな~と思っていたので、これを機に要らぬ謙遜をするのはやめようと思います。

 ただ、ギャグを封印すると本の売上が落ちて食えなくなるので、“くだらないギャグ”は今後も書いていきますよ。


追伸;ちょっとビックリしたんですが、帰宅してから手のひらを観察すると、手相が変わっていましたよ。手相って指紋みたいに変わらないと思ってる人が多いでしょ? 違うんです。手相は変わる人は凄く変わるんですよ。で、この時に変わっていたのは、頭脳線と感情線の間、太陽線と財運線の間に星印が二つあったのが三つに増えていたんです。やっぱり人生の転機に至ったということなんだろうな~。
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世界空手道選手権を見て

 BSフジで世界空手道選手権を連日放送していたので、見ました。

 永岡書店のDVD教本の製作でお会いした香川政夫先生も、香川先生のまな弟子の永木選手の顔も見れて、取材している時のことも思い出しましたね。

 お弟子さん(佐藤祐香選手)が勝ったのを迎える香川先生の嬉しそうな顔を見て、私の書いた文章を「いや~、君の書いた文章は俺の言いたかったことが書かれていて良かったよ~」と目をほころばして誉めてくださった時の香川先生の顔を思い出しました。

 組手も形も両方で世界チャンピオンに輝いた偉大な空手家に誉めていただいたことは私の一生の宝ですよ。

 ゲスみたいな連中に悪口言われたってな~んとも思わないんですが、本当に優れた本物の武道家にお世辞でなく誉めてもらえると、やっぱり感慨も大きいんです。

 これまで誉められて嬉しかったのは、松田隆智先生と青木宏之先生ですね。私、悪口ばっかり言われてるから、余計に嬉しいですよ。

 武道やっていると人の欠点ばっかり見る癖ができてしまうから、他人を誉める人って実は凄く少ないんですよ。社交辞令は言っても人の良さを認める人って実際、ほとんどいないんじゃないかな~?と思います。

 香川先生も松田先生も青木先生も器が大きいんだと思いますね。


 さて、そんな思い出もあって、今回の世界選手権を見ていても、香川先生が解説されていた空手道のルールについて知ったこともあり、非常に熱く見れました。

 しかし、苦戦する日本空手という印象が強まったのが偽らざるところでした。

 形も組手も、日本のやり方が通用しなくなりつつある・・・あるいは、“認めてもらえなくなりつつある”のかもしれない・・・という印象を覚えるシーンが何度もありました。
 形の判定に関しては、「え~、それはおかしいよ」と思う判定が何度もありましたし、解説の前田先生もコメントに困っておられましたけれどね~。

 女子形の若林選手は結果は三位となりましたが、私は優勝していたと思いますよ。準決勝で若林選手に勝って優勝したベトナムのホワン選手は確かに上手かったですが、若林選手の演武は、軸の安定、丹田のキレ、ムチミ、意識は透徹して足先、手先に及び、眼精も申し分ないパーフェクトなものに見えました。

 あれで、どうして負けになってしまうのか、私にはさっぱり解りません。地味に見えたからなのか? しかし、あの内力の充実が判らないなら審判なんかやる資格ありません。

 男子形の選手は早々に敗退してしまいましたが、これもどこを見て判定しているのか?と疑問に感じるばかりでした。

「なんで、アレで負けになるんだよ? おかしいよ!」って、私は思わず口に出してしまいましたね。

 組手になると、女子無差別の佐藤祐香選手がブッチギリの強さを発揮して、ほとんどの試合を圧倒して勝っていきましたが、やはり、準決勝、決勝は薄氷を踏むような場面もありましたね。

 女子の無差別での日本人優勝は初の快挙だということですが、果敢に攻めていったところと、先々を取って上段突きで決めていったところが優勝の秘訣だったのではないか?と思います。

 53kg級の藤原菜希選手も優勝を決めて良かった。期待されていた荒賀知子選手は残念ながら敗退してしまいました(直後に引退を表明)が、総体的に女子選手の活躍が目立ちましたね。


 さて、組手の様子を見ていると、日本人選手は中段突きを決めるのが王道という認識があって、姿勢を定めて正中線を割って中段突きを入れる戦法が一般的でした。

 ところが、外国人選手はテコンドーから採り入れたであろうサイドキックで距離を保ち、リーチ差を利用して上段突きを入れる。そして、サークリングで回り込んだり左右にステップして目標を定めさせないようにしていました。

 見た目は軸が定まらず、手足がバラバラで統一感に欠ける“下手な空手”なんですが、そのラフな動きに翻弄されて攻め切れなかったり、足払いで倒されるシーンが非常に目立ち、パワーの差を印象付けられました。

 それと、日本人選手の中段突きが決まったか?と見えた瞬間に上段突きを合わせてくるので、見た目の印象で負けてしまう。「今のは中段突きが先に決まっているじゃないか」と思えても、ほとんど同時に顔面に入れば印象的に負けと取られるのは致し方もありません。

 優勝した佐藤祐香選手の決まり技は、ほとんどが上段突きでした。中段突きを取ってもらえないことを見越していたのではないでしょうか?

 決勝で上段への攻撃で過度の接触で減点された後、解説席では「上段は反則負けになるかもしれないから中段を狙うしかない」と話している最中に、堂々と上段突きを狙っていったことでも明らかだったと思われます。

 世界選手権で勝つには上段突きを決めるのが鉄則となるでしょう。

 日本の武道が世界に広がる時に最も注意しなければならないのは審判の技能の養成ということです。これを十分に考えておかなければ武道は競技スポーツの後塵を拝することになるでしょう。

 今回の試合内容を見る限り、形の判定のできる人をもっと育てていって、海外のおかしな形の評価をしている人達を駆逐できるようにしなければならないと思いました。

 また、組手に関しては、海外の選手は明らかに伝統空手の純粋培養ではないスタイルとなっており、構え、ステップワーク、足払い(投げ技)を崩す戦術的な技を工夫していかないと勝つのは難しくなる一方だろうと思いました。

 日本人選手の戦法として、良い部分は、“先を取って打つ点”であり、佐藤選手がこれを見事に体現していました。

 逆に戦法の弱点としては、相手との最短距離を真っすぐに詰めていこうとし過ぎる点にあると思いました。この戦法は、ステップワークで回り込んだり左右に動いている相手を目標に捉えるのは難しくなります。

 外国人選手の中には左右半身をスイッチする選手もいましたが、日本人選手はこれに戸惑って対応できなかったケースも見受けました。

 つまり、構えと動きが固定されてしまっていた訳です。完全に半身を取って前後に進退するだけでは足払いにもかかりやすくなってしまいますし(構えを変えれば簡単に防ぐことができるし返すことも可能です。恐らく足払いをあそこまで多用されると思っていなかったのでは?)、出せる技も限定されます。

 空手は基本は向身で構えますが、これは左右の突き蹴りを同等に繰り出せるものであり、その典型が“もろ手で突く技”であり、沖縄空手でいう“夫婦手”です。これがボクシングとは異なる“空手の理合”なのです。

 私が個人的に思うのは、自分の前手を相手選手の前手に接触させていきながら“夫婦手”で決める技を工夫していけないだろうか?という点でした。

 香取神道流の“橋かかる技”であり、太極拳の沾・粘・連・随の接触してそのままくっつく手法(新極真の塚本選手が使っていたそうですが、手技が使えなくなるので、そこから膝蹴りを連発していた様子です。私の考えたやり方ならそこからパンチが自由に出せます)を使っていけば、ステップワークに翻弄されずに正中線に割り込んでいけるのではないか?と思うのです。

 本来はそこで掴んで居着かせて打つのが確実なのですが、現行のルールではそれはできないでしょうから、これは妥協案なんですが、敢えてワンステップ付け加えることでリーチのない日本人選手の空手技を合理的に活かすことができると私は思うのです。

 具体的なやり方を解説すれば不完全な形で真似されると思うので、ここでは述べませんけれど、私は“日本人の勝てる武道”に貢献したいと思っています。

 もし、御関心のある指導者がおられましたら、研究家として助力は惜しまないつもりでおりますので、お声かけいただきたいと思っております。

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若山先生vs勝新特集

 11月中が結構忙しくなってしまったので、お目当てのテアトル新宿若山先生vs勝新の特集上映にもあまり行けそうもありません。
若山富三郎×勝新太郎の軌跡①
若山富三郎×勝新太郎の軌跡②
若山富三郎×勝新太郎の軌跡③
若山富三郎×勝新太郎の軌跡④

 それでも、16日(日)の夜の『賞金稼ぎ』の回には行ってきました!

 当日は朝は公園での稽古をやりましたが、次の週に会員さんがまた試合があるので、試合に使えるような技を指導しました。

 最近は、相手のパンチに差し手して寸勁を打ち込んだりしていくのはなかなか難しい様子なので、構えている手に差しながらパンチを捻り込んで突く“螺旋突き”や、脱力して蹴る“スイープ・ローキック”を指導しています。

 それに加えて、新極真の塚本選手が相手選手の拳を平手で制してパンチを出せないようにしたまま膝蹴りなどを蹴っていたという話を聞いたのですが・・・。

「確かにそれはいいけど、そこから蹴るなんて塚本さんにしかできないですよ~」と思う人が大半でしょうね。

「確かに、そうやれば相手のパンチは殺せるし、間合が近過ぎて相手は蹴りもうまく出せないでしょうから、塚本選手にとっては有利でしょうね。だけど、自分の両手を攻撃には使えないから一長一短ありますね。私はそこからパンチ出せますよ。鞭手打ちの要領で、横から打ち払うのでなく、縦にはたき落とすようにして拳を払い落とし、そのまま両拳を突き込めばいいんです」と、やって見せました。

 これは、游心流基礎錬体のうちの縦試力の応用法です。基礎錬体法は全て攻撃技への応用ができるようにつくっているんです。スワイショウだけでも十種類以上の攻撃技(打撃・投げ・絞めなど)に応用が利くんですよ。


 それはそれとして、稽古会も終わって、夕方には新宿に出てテアトル新宿に行きました。
 今回のお目当ては『賞金稼ぎ』です!

 若山先生のオリジナル・キャラクター錣市兵衛(しころいちべえ)が活躍するウエスタン風時代劇で、なんとなくジェームズ・コバーンの『電撃フリントGO!GO!作戦』に似ている気がしました。つまり、スパイ・アクション映画の時代劇版なんですね。

 いや~、それにしても、久しぶりに見たんですけど、メチャメチャ面白い! 最近のアクション映画とかの記憶がふっ飛びましたよ~。

 やっぱりアクションは技芸のある人がやるのとそうでないのでは雲泥の差が出ますね。

 若山先生の仕込み杖の抜刀術は殺気があって凄い迫力です。勝新座頭市よりワイルドで荒々しい感じがします。

 そして、仮面ライダーばりに空中に飛ぶ若山先生はルチャリブレのレスラーかサモハン・キンポーか?って感じですよ~。もう、ムチャクチャ凄いですわ。

 子連れ狼もついにDVD・BOXが発売されるんだし、『賞金稼ぎ』も映画版三部作とTVシリーズもDVD・BOX化して欲しいですね~って言うか、「してよ!」。

 若山先生vs勝新の特集は、12月5日まで連日、テアトル新宿にてやっていますから、真の殺陣アクション、真の武芸のなんたるか?を知りたい人は是非とも見てみるべきですよ。っつうか、見なさい!

 ところで、当日はビジュアル系バンドやってる会員さんも先に来ていて、映画館の中だと暗いから判らなかったんだけど、外に出たら顔もバッチシ、メイクしていて、丸っきり女状態でキョエ~ッて驚いたんだけど、露骨に驚いたら失礼だからな~って、平然としてたんだけど、「これからバンドの会合が秋葉原であるんスよ」って、なるほど・・・。

 でも、ブサイクだったら、俺、「やめたほうがいいぞ」って言うんだけどさ~、女にしか見えないってのも夜の都会は危険だからさ~、気をつけるんだよぉ~・・・。

(なんて統一性のない文なんだ?・・・って、いつものことだけどさ)
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『武術と生きる日々』文芸社刊、脱稿!

 来年一月に発売される新刊の原稿も一稿を直し、二稿目の修正と仕上げも終わり、会社に直接持っていって、無事、私の手を離れました。

 御承知の通り、この本は共同企画出版という形式で、初回刊行分の製作費用などを全て私が支払う実質的には自費出版本です。

 出版の経緯は書いてきましたから、繰り返しになるので割愛します。

 しかし、皆様のお陰で費用の頭金も支払うことができ、ひと山越えました。まだ、12月5日までに電子書籍の費用も支払わねばなりませんが、結果的にお金を作って本を出すというもの書きの初心者に戻って書いたことは、自信にも繋がったような気がします。


 さて、そんな苦労して出版にこぎつけた本ですが、これは私の初の自伝的なエッセイになりました。

 周囲の人達からは「早過ぎるんじゃないの?」と言われましたが、やっぱり、今、この時期に書いたから価値があるように思っています。ひょっとすると、二度とこういう本は書かないかもしれないと思って、気を入れて書きました。

 小学校の頃、中学の頃、親のこと、学生時代、修行時代のこと、K野先生のこと、貧乏生活のこと・・・何だか、書いても書いても、まだまだ書きそびれたことが思い出されて、半分も書けなかったように思います。

 親父と一緒に写った写真、唯一の試合の写真、今年の夏に田中泯さんにお願いして一緒に写った写真も、掲載してもらいます。

 恐らく、私の人生も折り返し点はとっくにターンしていると思いますが、無事に完走できるかどうか・・・いや、そもそも、よく今までやってこれたな~?と感心してしまうんですが・・・。

 正直、私は“武術”に取り憑かれてしまった人間で、最早、“武術”と離れて生きることなど考えられなくなってしまいました。それは多分、“武術”に選ばれて、何かなすべきことがあるんだろうと解釈するしかないのです。

 好きでやっているのかどうかすら、もう、定かではありません。ふと、「俺は何をやっているんだ」と思う瞬間が周期的にやってくるのです。

 でも、少なくとも嫌ではない。飽きるということもない。

 例えば、刀。

 先日は、刀屋さん(横浜名刀店)で、ふと目についた“南蛮鉄を以て此れを鍛え、甲を截断する”と茎(なかご)に銘切りしてある刀(藤原綱廣)に視線が釘付けになってしまいました。

 甲を截断ということは、「鉄が切れた」という意味で、要は“斬鉄剣”だということなんですね。

 小林刀を探そうか?と思っていたところだったんですが、この刀が非常に気に入り、買うことにしました。

 刃文も気に入って、これは乱れ刃の焼きが飛び焼き(玉のような刃文から離れた焼きが出ていること)や、棟焼き(峰の方にも焼きが入っていること)もあり、非常に華やかで明るい調子が気に入ったのです。皆焼(ひたつら)というほどに全面に焼きは入っていませんが、日本刀博物館で見た村正にも似た感じがします。

 南蛮鉄(洋鉄)を使っているというので日本刀の材料である玉鋼(和鉄)を使っていないのかもしれませんが、私は異風のものが好きなので、特に気にしません。

 茎(なかご)には、目釘穴が沢山あいていたので、磨上げてあるのかも知れませんが、刃渡りは二尺一寸ちょっとと短く、拵えも付いていません。古くからのものを軍刀拵えにしていたものかもしれません。

 日本刀というのは作られてから数百年経過しているものがざらにあるので、時代によって形を改造されていく場合が多いんですね。

 私も以前は長い刀が大好きだったんですが、最近は実用を考えて二尺一~二寸くらいの短目の方が実用的かもしれない?と思うようになっていたので、まさにバッチリでした。

 数年前だったら、この寸法の刀には全然、興味がわかなかったんです。

 今は、早くこの刀を引き取って、この刀の機能を一番引き出せるような拵えを工夫して作ってみようと思っています。


 まあ、このように、刀のことになると夢中になってしまう。

 そして、夢中になっていると、新体道の剣術のDVDを貰ったり、書店で鹿島神流の稲葉先生の演武(素晴らしい!)が収録されているDVD付き写真集を見かけて買ったりするんですね。

 何か、運命に操られているんじゃないか?ってくらい、次から次に関連して出てくる。

 あ~、これって、今度は剣術をやれってことなんだね~?

 こういう研究テーマが何か降ってくるみたいにやってくるんですよね。だから、永岡書店の空手道合気道のDVD教本の仕事をした時も、「空手・合気の研究をしなさい。そのために最高の先生に会わせてあげよう」みたいな感じがしたし、実際、物凄く濃密な研究ができましたよ。

 出会った先生はすべて師匠だと私は思っていますよ。いや、出会ってなくても本読んだだけでも話を聞いただけでも「師匠だ」と思う場合もあります。

 武術・武道にすら限らない。

 私にとっての出会いと別れは、何だか凄く運命的に操られているみたいな気がして仕方がないんですよ。

 これは、一月に出る本『武術と生きる日々』を読んでもらえば、「へ~、なるほどな~」と納得していただけるかもしれません(12月に電子ブックでは出るらしいです)。

 最終の直し原稿を会社に直接持っていって、担当編集の方と初めて顔を合わせてお話した時(剣道をやってらした方だったので、半分以上、K野さんの困ったちゃんっぷりを話して爆笑)も、版下を組んでもらっている人がたまたま極真空手をやっている人で、私のことも知っていたらしく、いつもは仕事として中身も読まずに組んでいたのに、今回はじっくり読みながら仕事されていたとか、ありがたい話を聞きました。

 文芸社さんの専務の方も武道が好きで私のこともご存じだったそうで、「えっ、この人の本、うちから出るの?」って興味津々だったそうです。

 う~ん・・・私は達人や名人にはなれないかも知れないけど、有名人にはなれそうな気がしますね~(って、それってどうよ?)。

 思えば、最初に企画担当の方から「長野さんが最も自信のある長野さんにしか書けない原稿を書いてください」と言われた時まで自伝にするつもりなんか全然なかったんですが、ふと思いつきで書いてみて、できあがったものを読み直すと、まさしく、この本は私以外の誰にも絶対に書けない本になりました。

 来年は、0から出発するつもりで頑張っていこうと思います。

追伸;編集担当の方と話していた時、「K野さんってメチャメチャ面白過ぎる人なのに、どうして、誰もいじらないのかな~? いっそ、僕が本人の代わりに自伝書いてあげましょうかね~? いや、それとも彼を主人公にした格闘漫画なんてどうですかね? 主人公が毎回、メタメタに負けるんだけど、やられながら“気づき”を得て格言がバ~ンとか出て終わるんですよ。主人公が負けるってのが斬新でしょ?」って話していたら腹抱えて笑ってました・・・。う~ん、この企画、いけるかも・・・?
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来年の月例セミナー内容について

 今年も24日の補修セミナーを含めて12月7日で2008年は月例セミナー総纏めとなりますが、今年は、毎回、テーマに沿った内容にしたので、はっきり言うと「全部受けないと全体像が解らない」という形になってしまいました。

 来年は、もう少し、基本の大切さを伝えていきたいな~と思っていまして、セミナーの1/3は基礎錬体と歩法をみっちりやって、1/3で毎回のテーマに沿った内容をやり、残り1/3で質疑応答をやっていく・・・という形式にしようと思っています。

 つまり、実際の稽古会に近づけてみようと思っています。

 どうして、そうしようか?と思ったのかと言いますと、結局、技だけ覚えても使いこなせないからなんですね。

 基礎錬体で身体の動かし方を精錬していくことで、技は勝手に使いこなせるようになるんですよ。

 これは、漠然とそう思っていたんですけれど、最近、指導している人達の変化を見ていて、確信に変わりました。

 つまり、教材DVDを買って家で練習している人の動きがガラッと良くなって、それまで教えても上達できなかったのに、吸収率が全然違うようになってきたんですね。

 私の主張していることは非常に簡単で、「力を抜いて骨盤から動け」って言ってるだけなんですよ。スワイショウも三元試力も、その根本的な身体の動かし方を体得するためのものでしかないんです。

 筋トレや様々な訓練法を捨てるように主張しているのも、それらの訓練が肝心要の動きを阻害する場合が多いからであって、阻害しないでできる人なら、別にやっても構わないんです。

 でも、やっぱりやらない方が効率はいいと思いますよ。上達スピードが全然違う。

 競技としてやる場合は、無駄な訓練も効用がありますし、むしろ、そういう部分が大切なんですが、武術の場合は無駄に勝負するのは危険性を高めるだけです。

 第一に、“相手の攻撃を迎え撃ってはいけない”というのが武術の鉄則です。つまり、“受けたらダメ”なんです。

 相手の攻撃を受けると、その時点で足が止まって、正面でまともに闘うことになる。そうすると、どうやったって力対力の勝負になってしまいます。

 よって、力の強い者が勝つ。技術の出る幕ではなくなってしまう。そんなものは武術じゃない。

 BSフジで世界空手道選手権を見ましたが、女子の組手では、日本の選手は直線上の攻撃で最短距離を一気に攻めていこうとしていましたが、外国の選手はサークリングで回り込みながら左右に揺さぶって蹴りで牽制して顔面に上段突きを極めるパターンが多かったですね。

 つまり、直線上のまっとうな勝負をしないんですよ。テコンドーの影響も強いんでしょうね。ステップワークで撹乱していました。

 手足も長いから撹乱して攻めると有利に闘える。しかも、日本の選手が中段を突くのと同時に上段に入れるから、印象として勝っているように見える。

 これはフルコンタクト空手でも同様でしたから、海外の空手選手はスタイルに関係なくいろいろな大会に出たりしているんじゃないでしょうか?

 試合の駆け引きが上手いんですよね。

 日本人の武道家は、自分のスタイルを頑なに捨てないでしょう? 正しいやり方を極めれば勝つと信じているから、「負けるのは自分が未熟だからだ」という結論しか出てこない。戦闘理論や勝負理論が頭の中に入ってないんですよ。

 はっきり言って大間違いのコンコンチキですよ。万能の技、絶対に勝てるスタイルなんかある訳ないんですよ。

 外国の武道愛好家はそういう思い込みがそもそもないから、実際にやってみて有効だと思えばどんどん採り入れる。だから、意外に武術的になっていく。

 日本人は家元意識があるから、そんなのは邪道だと決めつけて自分のスタイルに頑なに拘る・・・。

 これでは、負けて当然。勝てる道理がそもそもありません。

 まず、勝つために何をどうすればいいか?という観点に立って、0から考え直すことが必要です。

 単純に勝負論で考えれば、誰もが第一に相手の弱点を探る筈です。そして、その弱点を突くために自分の持っている技をどのように使えばいいのか?ということを考える。

 スポーツなら当然のことなんですけれど、武道やっている人は意外と考えないんですよね~。一番、考えるべき種目なのに・・・。

 単純に「強い者が勝つ」と思い込んでいる。あるいは「勝った者が強いんだ」と言い換えたりしているけれど、勝負の構造そのものをちっとも検討しない点が理解に苦しみますよ。

 武術の場合は、強いとか弱いとか言ってらんない。勝たなきゃ殺されるという状況で考えているので、競技的な娯楽性は皆無です。

 よって、いかに合理性を以て敵を制圧するか?という一点だけを徹底的に追究すべきだし、本来はそうしていた訳です。

 だから、私は無駄なことは徹底的に省きます。自己満足の訓練法もバンバン捨て去ります。必要最小限で最大の護身制敵効果のある技を生み出せる稽古システムを構築するのが目的です。

 従来の武術・武道の形式から著しく離れてしまうかも知れませんが、効果的ならそれでいいと思っています。“核心”を追究することが“革新”なんですから・・・。

 そういう観点から、来年の月例セミナーは、本気で受講生の技能向上を目指していこうと思っています。
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火薬はコワイね

 渋谷という東京の一等地で火薬による爆発火災が起こったというのは、驚きましたけれど、それがTVや映画のガン・エフェクトの第一人者として引っ張りだこだった、ビル横山氏の自宅兼事務所だったというのに二度、驚きました。

 ビル氏はウエスタン・ショーのエンターティナーとしても有名で、コルト・ピースメーカーを使ったウエスタン・ガンプレイが元々専門だったそうです。

 最近では、『スキヤキウエスタン・ジャンゴ』のガン・エフェクトの仕事が有名で、ガトリング・ガンの現代版ミニガンのステージガンを製作されていたようです。

 また、かつて新体道の青木宏之先生の“読み”の実力を測る対戦相手として指名されてTV番組で、モデルガンの早撃ちをしようとするのを青木先生が事前に察知して制する・・・という青木先生の“読み”の神業を見せてくれるのに協力されていました。

 来週、青木先生とお会いする予定なので、この時のお話をうかがいたいと思っていた矢先で、本当にビックリしてしまいました。

 事務所で「火薬の調合をしていて爆発させてしまった・・・」と話されているそうですが、あの爆発火災の状況を見ると、かなりの量、数kg、あるいは数十kgの火薬を扱っていたのか?とも思うんですが、あんな繁華街で許可が下りる筈もないし、無許可で大量に火薬を持って何かやっていたとしか考えられないんですね。


 自白しますけれど、私も学生時代に自主映画で使う特殊効果を自己流で研究していて、ラテックスでの疵メイクや、ブロードペイント(演劇用血のり)を水に溶いてコンドームに詰めて、モデルガン用のキャップ火薬をほぐしてストローを切った中に詰め、ムギ球(豆電球より小さいヤツ)のガラスをラジオペンチで割り取って芯を出したものを入れてテープで張り、9V電池とスイッチを繋いだ自作の弾着装置を作ったりしていました。

 それで、翌日、撮影で使う弾着をいくつか作っていた時、キャップ火薬をドライバーの先で外そうとした瞬間、ボンッと火薬が発火してしまい、机の上のいくつかほぐしておいた火薬にまでチリチリ・・・ピカッ!と引火してしまいました(無論、違法です。ゴメンなさい)。

 量が少なかったのと圧力をかけていなかったのでチリチリ、ピカッくらいで済みましたが、それでも作業していた右手の小指と薬指を軽く火傷してしまい、痛くて仕方ない。

 慌てて氷水に右手を浸しながら、でも、左手で作業を続けて弾着を二つ作って翌日の撮影に臨みましたよ。

 でも、本番で発火しなくて失敗・・・おかしいな~と思って現場でいじったらボンッと破裂してしまって、火傷まで負った労作が台なしになってしまいました・・・とさ。


 二十数年前の恥ずかしい若気の至りですが、私も規模は全然違うものの、似たような経験したことあるので、ビル横山氏の取り返しのつかない大失敗(奥さんとお母さんを死なせてしまった)は他人事とは思えなかったんですよ。

 マニアというのは、熱中しているうちに自覚のないまま基準線を超えてしまったりするものです。経験者が言うと説得力あるでしょ? だから、皆さん、取り返しがつかなくなる場合もあるから注意しましょう。

 ビル氏のようなプロであってさえ、このような大失敗を犯してしまう・・・ということは、往々にして起こるものです。

 けれども、日本のステージガンの特殊効果というのは極めて職人的な領域なので、容易に誰もが入り込めないものです。技能のある人が少ないので、今回の事件はそういう意味でも非常に残念ですね。

 どうも、因縁的なものも感じてしまうんですが、先頃、ガスをカートリッジに注入してBB弾を撃ち出す新型のリボルバー“カシオペア・システム”のシリーズが発売中止になりました。

 このガスカートリッジ・システムは、モデルガンの世界で神様とさえ呼ばれていた故・六人部登氏の苦心の労作にして遺作だったものを、モデルガン・ガスガンのメーカーとして知られるタナカが製品化したものでした。

 何だか、職人の魂が宿った執念の労作が簡単に否定されてしまうのは悲しいのですが、過去にも、カートリッジにガスを充填する形式のガスガンが、「ガスの代わりに火薬を詰めると金属弾を撃ち出せるから危険だ」として、発売中止になった例が何度かありました。
 一つは、ガスカートリッジを使う44マグナム・リボルバーをコクサイが発売した時、これも全く今回の理由と同じものでした。

 もう一つは、この失敗を鑑み、発射形式を工夫したガスカートリッジを使うアサヒ・ファイヤーアームズという会社が作ったウインチェスターM70ボルトアクション・ライフル(だったと思う)。

 これも、カートリッジに火薬を詰めて実験すると殺傷力が出るとされていました。

 けれども、これらの摘発には裏話もあって、ライバル会社がわざわざ問題の銃を改造して警察に持ち込んで販売中止に追い込んでいるというのです。

 これが事実だったら、実に嫌な業界ですね。

 本当かもな~?と思うのは、銃に詳しくないと、そんな改造なんかできないということです。そもそもガスカートリッジは火薬を詰める構造になっていないから、素人が花火の火薬とかほぐして詰めたりはできないでしょう。それ相応の機械加工をしなければならない筈です。

 個人的に思うのは、ガスカートリッジを改造して火薬を詰めて金属のベアリングとかを撃ち出すことは、一定の知識と技能と工作機械があれば可能だとは思います。が、問題は、そんなことをしたら本体が壊れてしまって暴発破壊されて撃った者が怪我を負うだろう・・・ということです。

 実銃だって、作りの粗雑なものは銃身が裂けたり、スライドがふっ飛んだりします。

 エアガンやガスガンは、所詮、玩具としての強度しかありませんから、実弾を何発も発射する耐久性はありません。火薬の爆発力でガタガタになって壊れるのが目に見えていますよ。

 そんなバカな改造をするくらいなら、部品を交換して強力なスプリングを使ったり、ガスの圧力を高めたりした方がずっと簡単ですし性能自体を高めることが可能でしょう。

 ですから、ガスガンやエアガンの威力規制が法で定められた訳ですね。

 そのことは正しい選択だったと思います。が、安全性を護るために知恵を絞ってシステムを開発している名もなき玩具職人の努力が踏み付けられたことが愛好家としては非常に残念ですね。

 タナカのガスガンは私も持っていますけれど、非常に精巧にできていて感動的です。これも六人部氏の開発した“ペガサス・システム”というシリンダーにガスを充填するものです。カシオペア・システムはそれをガスカートリッジに応用したものでした。

 この金融危機の御時世で、恐らく社運を賭けてトライしたであろう新システムのガスガンが販売中止に追い込まれたのは悔しいだろうな~と思いますね。

「これがダメだったら、エアガン、ガスガンはみんなダメになってしまうよ」という社長の叫びも無理がないと思います。

 でも、これも仕方がないんだろうな~?と思います。精巧に造れば造るほどに本物の銃に近づいてしまう・・・。そうすると規制の目が厳しくなる。これは自然な展開でしょうね。

 愛好家の観点と関心のない人達の観点では相応のズレがあり、社会は常に関心のない一般の人達の観点を優先していくものなんですから・・・。

 これはダガーナイフの規制に関しても同様です。明らかに論がズレているんだけど、そのズレてるのが世間なんですよね。

 誰もが自分の観点で判断する訳で、ならば多数派の論理が優先されていく・・・そういうもんです。そして、法律の規制は法を決める連中の価値判断で決定されていくんです。

 アメリカの銃規制がユルいのも、全米ライフル協会の力!

 日本の銃規制が厳しいのも、江戸時代の鉄砲規制が今に到るも続いていると思うべきでしょうね。

 マイナーなマニアの論理は世間一般では認めてもらえないものだ・・・という自覚だけは、謙虚に持っておかないとやっていけません。

 メジャーにならなきゃ意見は通らないよね~。



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東映チャンネルで須賀大観監督特集

 11月の東映チャンネルで、須賀大観監督特集をやっています。

 須賀監督とは、彼が慶応の学生だった頃に撮っていた自主製作映画に武術指導(マーシャルアーツ・スーパーバイザーって肩書でなんかカッコイイでしょ?)で参加して以来、もう20年くらい経過していますけれど、昨年末の忘年会で話したりしていました。

 最初に会った時点で自主映画業界では「物凄い才能の持ち主だ」と誰もが噂していて、確かに高校生の頃から素人が撮ったとは思えないSFコメディー作品を撮ってました。

 だから、周囲の誰もが彼がプロの映画監督になるだろうことを全く疑っていませんでした。

 ちょうど、その頃の少し前までは自主映画の世界からプロとしてデビューする人がざらにいた時代でした。手塚眞、小中和哉、雨宮慶太、飯田譲二・・・等。

 けれども、須賀監督がプロを目指した時期は、ほんの少しだけ遅かった。

 大手広告代理店に就職してからは、企画を出しても出しても映画製作までには至らず、「あの須賀君ですら映画が撮れないんだよ」と言うベテラン映像作家の方もこぼしていたくらいで、数年は雌伏の時間を要していた様子でした。

 周囲にも諦めのムードが漂い、「俺たちの祭りの時代も終わっていたのか?」という沈滞した気分が漂いはじめていました。

 でも、彼は諦めずに地道、かつ精力的に企画を出して動き続けていたようで、最初はクラブ・カルチャーにスポットを当てた作品を撮り、そのスタイリッシュな映像センスが評価されて、その筋の映像作家として注目されたりしていました。

 けれども、私も含めて周囲の人間は、彼が本当に撮りたいのはSFエンターティンメントなんだと知っていましたから、ちょっと複雑な感情だったように思えます。

 無論、本人も自覚していた筈です。それから数年後、ついに念願のSF作品『ブリスター!』を彼が撮っていると噂を聞いた時は、本当に周囲の人間は、自分のことのように喜んでいました。自分たちが自主映画の世界で夢見ていた「プロの映画界で活躍すること」という夢への代表選手として須賀監督を見ていたのかもしれません。

 これだけは断言できますが、あの時、須賀監督の活躍を嫉妬の目で見るような人間はいなかったと思います。まあ、「サイヤ人の恨みを晴らしてくれ・・・」と悟空に頼んでフリーザに殺されたベジータの気分?とでもいいましょうか(ちょっと違うか?)。

『ブリスター!』は、ブレイク寸前の伊藤英明が主演したオタク青年が何か知らずに地球を救う・・・という、そうですね~・・・まあ、いきなり黒豹が現れて「あなたはバビル二世様なのです」って言われてビックリ?みたいな感じですかね~(ごめん。スゲ~違ってるかも?)。

(この作品で特殊効果を担当していた伴野晴彦さんも自主映画時代からの仲間で、教材用DVDを撮影編集してくれたのも、游心流のホームページをリニューアルしてくれたのも彼です。プロがやってくれてるんだよ。ちょっと凄いでしょ?)


 以後、一作ごとに須賀節とか須賀ワールドは広がりつつあり、この度、ついに東映チャンネルで堂々の「須賀大観監督特集!」という自身の名前を冠した特集が組まれるまでに至りました。スゴイッ!

「俺、この人とダチなんだぜっ」って言いたくなるのが私のような田舎者のサガなんですけど、彼の周囲にいる人達は全員、やたらに才能のある人達ばっかりだったんですよね。

「やっぱ、東京は違うな~」って思ったもん。昔。

 私が武術教えるようになったのも、実はこの自主映画時代なんですよね。まさか専門職になるとは思わなかったけどね・・・って言うか、それしかできなかっただけなんだけどね~。本ももうすぐ六冊目が出るしDVDもシリーズ化してるし、まあ、武術の世界では俺も活躍してるよね?(そうだと言ってくれぇぇ~・・・ってトヨエツかよ?)。

 無論、希望の道で充分な成果を挙げている人ばかりじゃないんですけど、自由業の評価は死んだ時の話ですよ。生きている間はとにかく諦めないで続けることが道を開くんだと思います。

 それを身をもって体現してみせた須賀監督の映画を見直してみると、一貫してテーマは一つ。「一途に夢を諦めない」ってこと。思えば、これは自主映画時代からずっと彼の作品の根底を流れている須賀イズム?のように感じます。

 底の見えない不況の中で、将来への希望が持てない時代だからこそ、彼の作品に勇気付けられると思います。是非、ご覧ください。


東映チャンネル“須賀大観監督特集”
17日22:30と29日10:00『ブリスター!』
18日22:30と29日14:00『最終兵器・彼女』
15日16:30と19日22:30『スピードマスター』15日18:15と20日22:30『スピードマスター・メイキング』
21日22:30と30日17:00『ロボ・ロック』

 見れない方はDVDで是非、どうぞ。

 それと、須賀監督の“芸”を堪能したい方には、雨宮慶太監督の『鉄甲機ミカヅキ』の“スタイリッシュな編集テクニックの職人芸”と、オムニバス映画『恋文日和』の、ほのかに切なく温かくバカっぽくカッコ悪い中にビターな味わいのある短編(主演はセーラーヴィーナス)もお薦めです。誰でも昔の終わった恋を思い出すかもね~(ゴメン、ジジイみたいだな~、オレ)。

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新体道DVDはスグレ物!

 皆さんの中で新体道を知っている人、もしくは見たことのある人は、一体、どれくらいいらっしゃいますか?

 私は、松聲館時代に知り合いになった人のツテで慶応大学の新体道棒術部に体験参加させてもらったのと、中村晴一先生の御紹介で合宿や練習を見学したり少し参加させてもらったり、あるいはムック本の取材で岡田満先生の技を体感させてもらったり・・・みたいな経験があるものの、実は会員にはなっていないんですよね。

 それなのに、新体道の創始者である青木宏之先生は非常に親切に、私みたいな変節漢を友達に接するみたいにしてくださいます。

 多分、誰に対しても別け隔てしない方なんだと思います。

 そして、そんな師あれば弟子もまた同様。

 武術・武道の世界は、押し付けがましく、ややこしく、俺様なタイプの人達ばっかりで、私はほとほと嫌気がさしているんですけれど、新体道をやっている人達に関しては、ただの一度もそんな嫌な印象を受けたことがありません。

 これは、奇跡と言っていいと思います。この業界では・・・。

 何と言うか、皆さん、明るいんですね。

 武道家とか武術家って何か妙に芯が暗い人が多いんです。人に対してどこかシールドを張って接して、ちょっとした切っ掛けでいきなり威圧する。非常に付き合いづらい人が多いんですね。ちょっとでも相手より自分が優位でいないと不安で仕方がないような小心っぷりが透けて見える・・・。

 強さを求めるってそういうことなんだと思います。オレも本質的に同じ穴のムジナだよな~って思いますよ。

 新体道の良さは、そんな強さへの拘りとかヴォ~ンッ!と、ふっ飛ばしてしまったような型破りな稽古体系にありますね。

 従来の武道の感覚で見ると、恐らく、百人中九十九人が、「なんじゃこりゃ?」と思うでしょう。

 でもね。「何やってるかわからない」っていう技に対しては防ぐ手立ても工夫できないものです。

 グレーシー柔術を初めて見た武道家・格闘家は、全員が、「なんだこれは? 子供のケンカじゃないか?」と嘲笑していましたが、実際に闘うと為す術なく無残に破れていきました。

 新体道には、昔から名のある他流のトップレベルの武道家がお忍びで習いに来ていたという裏事情があります。

 私も目の前で見ています。

 自分でも体験してみて、見た目ではうかがい知れない新体道の凄みを感じました。

 その秘密を研究家なりの私の解釈で述べれば、「脱力技法・浸透する突きの威力・逆らわない心法・体幹部を鍛える・類い稀な読み」といった武術の原理的極意をストレートに追求していたことに驚かされるのです。

 新体道といえばお家芸としての遠当て(真空突き)が看板です。“気の武道”の老舗としても認知されています。

 ですが、私は、それが新体道を武道の世界で誤解させてしまった原因だと思っているのです。

 無論、青木先生も新体道を実際にやっている人達も、そんなの関係ないと思っていることでしょう。この素晴らしさは体験していない人には理解してもらえないし、その必要もないという達観すら感じさせる屈託のなさです。

 新体道は、体験して自分の心身が変わっていく過程で真の魅力が理解できるものです。

 やらない人に説明しても伝わるものではないと考えられているのでしょう。

 それはそれで部外者がどうこう言えるものでもないと思うんですが、やっぱり、縁あって素晴らしい極意の秘密を解く切っ掛けを与えていただいた身としては、少しでも恩返しはしたいんですね。

 だから、これまでも度々、新体道について採り上げて論評してきました。少しでも武道・武術の世界での誤解を解ければ、新体道のためにもなるし、他流の真摯な修行者の参考にもなる筈だ・・・と思ったからです。

 実際、見た目ではあまりに一般の武道と違うものだから、全然理解できないだろうと思われる型にも、実はエッセンスとしての武術の極意が濃密に組み込まれているんです。

 例えば、ワカメ体操・・・これなんて“ゆる体操”の元ネタでしょう。細かく早く身体を揺する“ゆる”は、頭部を高速で揺らす間違いを初期の頃はやっていました。

 あれをやると頭蓋骨内部で脳がぶつかって非常に危険でした。今は改善されている様子ですが、もし実践していて違和感を感じるようだったら中止した方が無難でしょう。

 柔らかく海底で揺れるワカメのように、じっくりゆっくりと身体をほぐしていくワカメ体操は、ネーミングの?感覚とは違って、極めて優秀な健康体操です。ゆっくりやるからいいのです。

 栄光の型は、心法の剣としての夢想剣や一つの太刀、相ヌケ・・・といった技に通じる心法色の強いものですが、相討ちで勝つ日本武道の極意をそのまま体現していくものです。

 天真五相の型は、発声(呼吸法と気合)しながら体幹部を開いたり閉じたりしつつ、腕でポーズをつけていく型ですが、実はこれ、空手の基本技の原理を全て融合一体化した革命的な型なんですよね。上段揚げ受け・下段払い・内受け・外受け・手刀受け・掛け手・払い手・差し手・引き手・諸手突きといった所作を体幹部から目一杯全力全身全霊で発する超前衛鍛練型なんですよ~。

 白状しますと、私、この型だけは密かにちょっとアレンジして時々、独りでやっているんです。やればやるほど、「あ~、この技はこう使える。これはこういう具合に応用できる。あ~、そうか諸手突きも片手で突くのも骨盤の使い方に別に違いはないんだな~」なんて、やっている最中に次から次に発見するんですね。

 普通の型だと一つの所作で三つか四つくらいしか応用法が出てきません。それは具体的に技を使うシチュエーションが想定されているからです。

 しかし、新体道の場合はそういった想定された状況設定がそもそもないので、動きの原理だけからシチュエーションに応じて変化させていく可働域がいくらでも想定できる訳なんです。

 発想としてはシステマに近いと思います。

 けれども、新体道の場合は、具体的な稽古体系を豊富に型として整理しています。

 先日、青木先生から会内の極秘映像資料をプレゼントしていただいたことが切っ掛けで、もう一度、基本的なところから新体道を研究し直してみたいと思うようになり、クエストさんから出ているDVD『新体道~気の栄光~』を購入してきました。
新体道~気の栄光~

 随分前に、新体道会員だった、天草の小学校時代からの親友の家で見せてもらったビデオをDVD化したものです。

 これまでいくつか新体道の映像作品を見た中で、これが最も素晴らしい内容だと感じていたので、買いに行った訳です。

 久しぶりに見ましたが、やっぱり、このDVDは素晴らしくいい出来です!

 本当に、このDVDは、武術の最も深いレベルの極意を追求したい人には、是非とも見て練習してもらいたいと思いますよ。特に基礎鍛練法の素晴らしさ・・・改めて、驚きました! 昔は解らなかったところが、今は明確に解ります。

「俺、新体道に入門していれば良かったな~」と、思いましたよ。

 私自身が、身体の動きがどうこうとか、技がどうこうとかいった研究がどうでもよくなってきていた時期なので、新体道の本当の素晴らしさが物凄く明確に理解できるような気がしています。

 もう、武道・武術の世界の嫉妬に塗り込められたせちがらさにウンザリさせられていたので、この、おおらかで突き抜けた圧倒的な無心にして無邪気な境地には涙が出てきそうですよ。

 本当の強さは、やはり、闘争の術の中には無い! 俺はそんな強さを求めていたんじゃない! そんなの突き抜けた先にしか本当の強さはないんだよ! オメーら、人間が小さ過ぎるんだよぉ~!


・・・とまあ、そんなことを考えていたら、久しぶりに中村晴一先生からもお葉書を頂戴し、なんでも、新体道のアメリカ支部の伊東不学先生が私の本を読んで、新体道を好意的に紹介していることに感動して、是非、見てくださいとのことでアメリカで制作されたアメリカ国内向けの新体道DVDを贈ってくださいました。
ShintaidoFront.jpg
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 青木先生に続いての新体道の大物からの予想外のプレゼントに、感謝の気持ちでいっぱいいっぱい・・・。

 しからば、謹んで拝見致します・・・。

 う~む、流石は伊東先生。私は英語はからっきしだけど、言葉じゃないんだよ。カラダは宇宙のメッセージなんだよ。考えるな、感じるんだぁ~っ!

 えっ? アレッ? 伊東先生・・・今、思いっきり失敗してんスけど・・・あの・・・撮り直したりとかしたり・・・えっ? あのぅ~・・・そんな照れ笑いしながら続けられても、ちょっと困っちゃうと言うか何と言うか・・・どひゃあ~・・・。

 う~ん・・・あのですね。ちょっと、読者の皆さんに解りやすく書くとですね。

 このDVDで伊東先生が試し斬りを披露されているんですね。確か林邦史朗先生のお弟子さんだった小幡利城先生(ニンジャタートルとかソードキルなんかに出演されているハリウッドの殺陣コーディネーターとして有名です)に試し斬りを学ばれたというお話を聞いたことがあるんですね。

 で、私も最近、試し斬りの研究始めたところなんで、ドキドキして見ていたんですよ。

 するってぇと、伊東先生ってば、思いっきり失敗しちゃうんスよ。そんでもって、エヘヘッて照れ笑いしながら、そのマンマ続けちゃうんですけど、何かもう、はっきり言っちゃってグダグダんなっちゃってんですけどね~、そこのところは・・・。

 いや、武道のDVD撮る時って、こういうことはしょっちゅう起こるんですよ。手裏剣のビデオ撮影で一本も刺さんなかったとか、脱力してブロックを叩き割ろうとして逆に腕の骨が割れちゃった・・・とか。

 当然、失敗したのは編集でカットするもんです。私のDVDだって、無論、そうしています。失敗したら撮り直し・・・それが当たり前です。特に武道・武術だったら、カッコツケマンの先生ばっかりだから、異常なくらい気にするんですよ。整然とカッコイイ映像が続いていたら、相当、編集されていると思って間違いありません。

 だから、私は逆に感心してしまいましたね。失敗しても隠さないで、ありのままをさらけ出して見せる・・・それが新体道イズムだよ!みたいな・・・(ホントか?)。

 そんなお茶目な伊東先生が作られたアメリカ新体道のDVDには、特に新体道武術(剣術など)の独自の工夫も盛り込まれている様子で、全体的に「知られざる新体道の武術性」をテーマとして作られている印象を受けました。

 中でも剣術の組太刀の数々は、非常に貴重なものです。私も中村先生にその一端を教わったことがあるんですが、これは本当に優れた剣術ですよ。

 新体道は空手を母体にしていますが、合気と剣術の理合を色濃く継承しているんです。

 それが見られるだけでも極めてお徳です! 市販もしているそうですので、是非、新体道のおおらかで大胆な技と緻密な理合に触れてみて欲しいと思います。

 日本初で世界に広がる新体道には、武道・武術の未来の姿を見るような気がします。

 私も新体道と縁ができて本当に良かったな~と救われる気がしていますよ。人間関係のしがらみから解放された自由な生き方を提示するところが私の感性にピッタリです。


追伸;え~っとですね。来年の游心流月例セミナーの予約半額セール期間は終わっているんですが、その後も申し込み希望される方が複数いらして、何度も期間延長するのは既に申し込みされた方に申し訳ないと思って10月で完全に打ち切るつもりだったんですけれど、事務局と相談しまして、11月一杯までは受け付けることにしました。麻生さんみたいにコロコロ変えるのは忍びないんですが、宜しく御容赦ください。でも、本当に11月一杯までですので、予約希望される方はお早くお願いしますね。
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武術は難しくない

 格闘技愛好家の人からは「武術は何だか難しくてよくわからない」と言われます。

 けれども、長くやってきているうちに、私はむしろ、格闘技よりずっと簡単なんじゃないか?と思うようになりました。

 説明できる人が極端に少ないだけで、意味が解ってしまうと、こんな単純で、簡単で、誰にでもできるものはないと思うようになってきました。

 だって、私みたいな運動オンチで45過ぎたオッサンでもできるんですよ? 普通の格闘技だったらあり得ないですよ。

 教材用DVD見てもらえばわかりますけれど、体力的に難しいことなんか一つもやらないし、15分みっちりやっても汗が滲む程度しかエネルギー使わない。

 力を抜けば抜くほどいいんだから誰でもできる。

 後は二人組んで対錬を繰り返してもらえば、反応力と基本的な技は覚えられる。護身術なら、これだけ(初級DVD)で十分なんですよ。

 ボクシングなんて、そんな沢山技なんか無いでしょ? ストレート、フック、アッパーと、その変形くらいしかない。

 伝統空手の試合なんて順突きだけしか出なかったりする・・・。

 この前の全日本剣道選手権で優勝した正代選手なんて、上段からの左片手面と小手だけしか出してなかったんですよ。

 普通だったら突きで対抗できる筈なのに、この片手面が突きより遠くまで届いていた・・・「おっかしいな~?」と思っていたら、左足前で踏んでたんですね。順体(ナンバン)で打っていたから遠くまで届いた訳で、正体で突くより遠くまで届いたのも道理だったんですよ。

 でも、これってアリなのかな~? もし、アリだとすると、皆、真似するでしょう。半身になったほうが向身より遠くまで届くもんね~。だけど、それではこれまでの剣道のやり方を否定することにもなりかねない。

 個人的には技が多彩になったほうが面白いけど・・・実際、あの決勝戦は素晴らしく面白かった。あの戦法だったら逆二刀でもアリだと思いますね~。

 以前、剣道vsフェンシングをTV番組で検証していて、結果はフェンシングが勝ってましたけど、フェンシングは真半身で構えるから遠くまで速く剣が届くんですよ。剣道は向身で両手で竹刀を構えるから突かれる面積も広いし剣が届く距離も短い。直線上の勝負をしたら、そりゃあ著しく不利になっちゃいますよね。

 どうも、多くの人が間違ってしまうのは、流派の技の形式に拘ってしまって、戦い方によって技が変化するということを忘れ果ててしまっているってことなんですよ。

「あの技は使える(使えない)」って訳知り顔で決めつける人がいるけれど、使えるかどうかは状況によって左右される訳で、仮に使えない状況だとしても、その状況で有効性があるように変化させればいいんですよ。

 不思議なことにそれを考えない人ばっかりなんだよね~。

 大体、そんな使えないような技を何百年も伝える訳ないじゃないですか? 長く伝えられたのは、それだけ有効性があるってことだし、その伝承の過程で様々な研究が加わって洗練されてきている・・・と考えるべきですよ。

 そういう意味では、「改編されていない古伝の正当な型こそが本物」という意見には私は首を捻るんですね。

 どう考えたって、時代の変化に応じて磨かれてきた型のほうが汎用性があると思うんですけどね~? 犬でも猫でも人間でも純血種より雑種のほうが強靭でしょ? ハーフやクォーターの人って能力高いっていいますもん。確か、ブルース・リーもそうだったんじゃなかったっけ?

 フュージョンしたら物凄いパワーアップする・・・っていうドラゴンボールの描写は本当だと思いますよ。

 だから、うちではカンフーも古武術も空手も合気も“なんでんかんでん”入れてしまいました。それらが全部融合した中から新たに抽出した技を練習しているだけ。

 最新刊の『もっと知りたい武術の極意』で游心流の基本技を見せていますけど、実に単純でしょ? そこだけ見たら、「あれじゃ使えない」とか言う人が絶対いますよ。

 初級の対錬は、最初は嫡流真伝中国正派拳法から採っていて、その体捌きの時の膝の抜きは不二流体術からです。これも本では省かれていて、誤解されるとマズイから書いておきますね。

 だけど、基本技は下手にややこしいことをやってはいけないんです。単純にする。それを実際に使う場合は組み合わせたり変化させたりして複雑な応用変化を学ぶ。

 逆説すると、単純な基本技を反復練習して基礎的な身体の使い方を体得していないと応用変化技は体得できないんですよ。

 型の練習というのも多様な技の動きを身体に覚えさせるのが主な目的なんであって、実際にはそれらを複合的に自然に応用変化させて使わなくてはいけない訳です。

 だからこそ、基本では単純な動きで練習しておかなければ、複雑な動きを練習して身体に覚えさせてしまうと、いざ実際に戦う時に相手の動きに過剰反応して無理な体勢を晒すことになってしまう。

 複雑な動きは応用変化が利かないんですよ。だから実用性は低くなる。

 武術の型も古伝のものが優れていると愛好家も指導者も思い込んでいたりしますが、これも内容をよく吟味しないといけませんね。専門化された動きは汎用性には欠けますからね。

 そういう点からいうと、新体道の天真五相の型なんか一見して武道としての応用性が望めないように見えますけど、むしろ、あそこまで抽象化記号化されていたら応用変化は自在にできますね。型の要求する状況設定から解放されていますから、逆にどういう状況にも適応できるんですね。

 游心流では突き一つでもいろんな流儀の戦法が内蔵されています。

 ボクシングのジャブで打って、太極拳の粘手に変化し、古流柔術の掴み技から八極拳の肘打ちになり、柔道の内股で投げて、テコンドーのカカト落としで決める・・・そんな具合に常に変化して相手を仕留めるまで止まらない・・・それが私が研究してきて自然にできあがってきた技の特徴です。

 動きの中で研究してきた技がひょこっと顔を出してくる。全く無意識で動いたら、そうなってしまうだけ。頭をカラッポにして相手の動きに合わせて変化していくだけなんですよ。スイッチを切り替えて身体の反応に任せてしまう・・・。

 この辺は戸隠流忍法や新体道の影響もあるでしょうね。

 私の場合は接触してからが勝負だから、それまではどうでもいい。突き蹴りの威力を出すための加速空間は必要ない。相手の攻撃に合わせてもいいし、自分から先に接触してコントロールしていくのでもいい。

 ブラジリアン柔術の寝技を立った状態でやっていると思ってもらえばいいでしょう。

 寸勁を用いるから拳脚を加速させて打ち込む空間が必要ない。だから、重要なのはいかに安全に接触するか?ということになります。

 通常、フルコンタクト空手に多い攻防は、突き蹴りが当たる間合で足を止めてド突き合うというもの。これはガタイの強靭さと根性が要求されます。あれは、あの間合の中で闘うために考え出されたものなので一概に否定はできません。

 キックやムエタイになると、フットワークを使いながらリズミカルに打ち合う。これはボクシングにも近いけれども、蹴りがある分、フットワークのスピードは少し犠牲になります。

 総合格闘技だと、パンチからタックルして倒して関節取ったり首絞めたりするのが一般的なやり方。でも、パンチやキックのやり方はボクシングやムエタイの間合で打ち合っていますから、攻防の間合が二つある。打撃の間合と密着戦法。でも、完全に密着すると打撃技は使わない。チョークを使うくらい。

 どうでしょう? 格闘技は、試合のルールに沿って戦法が自然に固まっていく。それに対して武術は試合を目的にしていないから、勝つためには選択肢が無数に設定できる。

 でも、ルールに縛られない武術の発想を格闘技の試合の中に反映していけば、思いもよらなかった角度から技をしかけたりする“工夫する習慣”が出てきます。

 武術は、それが面白いから、皆、もっと研究して取り入れていけばいいのにな~と思うんですけれどね~。メディアが偏見ばっかり振り撒いちゃってるから、怪しいという先入観で最初から理解しようとしない人が多いのは困ったもんだよな~。

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来年は本は最低五冊は出したい

・・・と思ってまして、年内に二冊分の原稿は書き上げておこうと思っています。

 一月には自伝的な内容の武術エッセイ本が出ますけれど、これは、ある意味、ブログに書いてきた内容を纏めたような感じになっていますから、その分、技術解説本とは違って読み易いと思います。

 何でも、アスペクトの武術シリーズ最新本は大きな書店ではあまり売れていないで残っているそうなんですが、その他では「売り切れてて入手できない」という苦情を聞いたりしていて、何か難しいですね~。

 私も相模原周辺の書店をあちこち回ったけどちっとも見かけない。発売直後に行ったから売り切れたとしか考えられなかったんですけどね。

 大きな書店の武道コーナーに行く人はマニアが多い筈なんで、自然にネットで買う人が増えているんだろうと思いますし、実際、専門書店に足を運んでもお客さんはビックリするくらい激減(マジで1/10くらいかも)しているんですね。いくらなんでも、これじゃ売れないでしょう。

 金融危機も煽り過ぎですよね。一挙に消費が減ってしまって、それでは余計に不況が酷くなるだけなのに。本気で何とかしようと思ってるのかな?

 今回の最新本は、自分では過去最高の出来だと思っているんですが、読んだ人の評価はえらい極端に分かれてしまいました。

 何らかの武道の指導員以上のクラスの人からは絶賛されたんですけれど、「意味が分からない。難しい」と言う人も結構いました。

 それと、筋トレを否定している点についても疑問と誤解を招いてしまった様子です。重心移動で威力を出す点を強調するために、少し過剰に筋トレの問題点を書いた訳なんですが、でも、主旨としては間違っていないと自信を持って言えます。

「格闘技に武術を活かす」というテーマのセミナーに参加された方々なら、私の唱えている理論が奇をてらった実体の伴わないものではないという点を御理解いただけるのではないか?と思っています。

 が、体験してみないと理解してもらうのは難しいでしょう。やっぱり、筋トレ信仰は格闘技だけじゃなくて伝統的な武術の中にもありますからね。

 無論、私はそれすら本質的には必要ないと考えていますけれど、伝統的に伝わってきた鍛錬法を否定するかのような理論には反発する人も多いだろうと最初から思っていましたが、それでも事実は事実として体験すれば解ることだと思っていて、敢えて書いた訳なんです。

 そういった前衛的過ぎる点が、ちょっと突っ走り過ぎて、初心者や中級者には理解し辛い内容になってしまっていたのかもしれません。こういう意見は素直に受け止めて改善しないといけません。

 ただ、技術解説・理論解説としては、これくらいが既に限界なのかもしれませんね。

 実際にやっていても「中々、理解できない。難しい」という感想を漏らす人ばっかりなので、これはもう仕方がないかな~?と思っています。

 理解してもらえなきゃ~、ちまたの何かよく意味が解らない武術理論と変わらないってことになってしまいます。「役立ってこそ理論!」だと私は思ってますから。

 人知の及ばない達人の神業を有り難がる人は多いでしょうが、私は原理的に技のメカニズムを洞察して体現することしか考えないので、一般的な武道家、武術家からは目障りでしょうがないヤツに見えると思います。

 けれども、イヤなヤツと思われてこそ研究家冥利につきる。

 達人にとっては、自分の中では身体感覚で明確に理解できていることなんでしょうが、それを言葉に置き換えて説明して他人に理解させるというのは極めて難しいようです。

 でも、私の中では太極拳も空手も合気道も古武術も全て理論的に統一解釈できているので、「何々流が最強」とかタワ言をほざいている人達が“物凄~いバカ”に見えて仕方がないんですよ。アッタマ悪ィ~な~?としか思えない。

 武術って、間合と角度とタイミング(拍子)の問題でしかないし、正中線の攻防で重心を抜き崩すだけの話なんですよ。極言してしまえば・・・。

 だから、私が自分の作った游心流という流派が最強だ~なんて提示しているんじゃ全くないし、流派であって流派じゃないものを研究過程で作っているということを示しただけなんですけどね。

 簡単に言うと、「俺は口先だけの研究家じゃないよ」って言いたかったんスよ。ぶっちゃけた話で・・・。

「研究家風情が流派を名乗るとはおこがましい」って言う人もいますよ。

 でも、はっきり言いますけど、それってひがんでるだけでしょ? 

 伝統的な流派の宗家を勝手に名乗ったり、他人の研究を無断でパクッてるなら文句言われても当然だけど、誰でも自分で好きに流派を名乗る自由はあるんじゃないですか? 長野流って名乗るよりシャレてていいでしょ? 名付けた時は結構、いい名前だと思ったんですけどね。

 まあ、別に人に認めてもらいたくて名乗った訳じゃないし、私は人様から「あ~しろ、こ~しろ」と命令されるのが生理的に受け付けない性格だし、自分の好みの技術体系をつくりたかったから、自分で研究してきてるものを流派として纏めただけですよ。

 それのどこに問題があるの?

 それに、読めば解るように、私は自分が参考にした先生の技について全て明確に明かしてきていますからね。普通、これは誰も言えないでしょう。

 私は教わった全ての人に感謝の気持ちを持っています。たとえ先方が私を認めていなくとも、たとえ私が軽蔑している相手であっても、教わった感謝の気持ちはまた別の話なんですよ。

 だから、「有名人を誹謗中傷するのは人格を疑われるだけで武を志す者のやることではない」とか言う人もいまだに多いんですが・・・「偽を見て正さざるは欺瞞の徒である」とお答えしておきます。

 偽善と自己保身を礼節と勘違いしている人間が蔓延しているからこそ、今日の武道・武術の世界の体たらくを招いている訳で、私は無責任な偽善者の忠告なんぞ聞く耳は持ちません。「お前らのような事なかれ主義者が後進の者を迷わせているんだ」って言いたい。


 でももう、いいです。もう、いい・・・何とでも言えばいい。私の言ってることに賛同してくれる人だけでいい。疑問を感じたり反感を覚える人は私の知らないところで勝手に悪く言っててくれればいい。そんな人達と関わりたくない。

 もうね~、うんざりですよ。エネルギーの浪費。

 私は、第一に自分の理想の武術を生涯、追究していきたいだけ。それは既存のいかなる流儀の枠にも収まらず、流儀を超えて“武芸百般”に通じる内容にすること。

 それから、第二に、それを真摯に学びたいと言ってついてきてくれる人にきちんと伝えていきたい。

 後はそうですね~。自分が面白いと思う内容の本を書いて、それができるだけ多くの人に面白いとかためになったと思ってもらって、それで生活していければ何の文句もないですよ。

 いや、ここまでワガママに生きてこられたのはミラクルだと思ってるから、文句言っちゃ~罰が当たるよね。

 本が売れないとそりゃあ困るんだけど、書いた内容に関しては一片の悔いもないから、しゃ~ないですよ。売れっ子作家になるのがそんな簡単なことだとは思っていません。

 今、底の見えない不況の中で、不安に押し潰されそうになっているのは誰もが同じことです。どこに行っても皆、深刻な顔されてますもん。

 日本が頑張っていてもアメリカがアレでしょ? そのしわ寄せで台なしになってしまった・・・。それもこれもブッシュの阿呆が戦争にうつつを抜かして経済政策をうっちゃってたせいですよ。今はただ、「オバマさん、頑張って」ってだけしか言えないでしょ?

 だけど、他人に期待するより自分のできることを頑張ってやるしか道はない。本来、生きてること自体が死の不安と隣り合わせなんですよね。それを自覚している人だったら、たった一度のいつ終わるか判らない人生を無駄に無益に不自由に自分を圧し殺して生きようとしますか?

 私は敵対する人が沢山います。けれど、それは自分を偽らないで生きてきた証拠だと思っています。それは、助けてくれる人や応援してくれる人も同じくらい沢山いたから言えることです。

 私は偽善者にだけはなりたくないんです。他人に嘘つくことはありますけど、自分には絶対に嘘をつきたくない。習った先生にも嘘はつきたくないんですよね~。つけないと言ったほうがいいのかな~? 嘘つくと気持ち悪いでしょ? 気持ち悪くないですか?

 自分を偽って平然としていられる人って、私には理解できないんですよ。気持ち悪いと思うんですよ。甲野さんなんて、時津先生に一発で蹴り倒されたことがトラウマになってましたよ。自分で「いや~、負けちゃった~」って笑って話せたら、どんなに気楽だろうと同情しますよ。自分を偉人に見せかけるためのくだらない心理テクニックの研究なんか綺麗さっぱり捨ててしまうほうがどんなに愉快なことか?


 いいものはいい。悪いものは悪い。間違いは間違い。事実を事実として余計な装飾語をつけずに言える自分でありたい。それが私の“修行”みたいなもんですよね。どこまで本当のことを言えるか? それが自分の不利益なことであっても・・・。

 こう思うようになったのは、クリシュナムルティの本ばっかり読んでいたのと、オレ的最高の反面教師である甲野善紀氏の偽装人生っぷりを直に見てきたから・・・。

 見事ですよ。甲野氏は・・・あそこまで自分に嘘つくことは普通の人間には絶対にできないでしょう。だって、良心とか羞恥心とか普通はあるから・・・。

 田中泯さんに憧れたのも全く逆の理由かな? あの人は捨て身で生きてる。名誉欲とかそういうものが一切無い人じゃないだろうと思うんですけど、そういった心の中にある欲望とか夾雑物を見据えてうち捨てていける人だな~と思います。

 芸術家の鑑? いや、やっぱり修行者に見えますよ。仙人みたいな透明な感じと同時に、どこか魂の奥底にドロドロと熔岩が沸騰しているような想いのエネルギーを感じるんですよね。だから、本当に私には武術家に見えてしまうんですよね~。

 今、日本一カッコイイ男は誰?って聞かれたら、私は迷うことなく「それは田中泯だ」と言えます。

 私も後、15年であの境地までたどり着けるかな~? キャラじゃないから無理か?

 でも、武術の腕前は誰もが仰天するほどのレベルまで到達してみせるつもりです。それでも尚且つ、「いやいや、私なんか滅相もございません。所詮、研究家風情でござりまするぅ~・・・オヤ? その御腕前で武術家のおつもりでしたか? いや、大胆な御方ですな~。ハッハッハ・・・」って、イヤミなこと言って、世の中の踏ん反り返った武術家をイラつかせてやりたいな~・・・。

 だけど、目下の目標は華麗なる印税生活。目指せ! 高額納税者。バリバリ本書くぞ~。

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11月セミナー感想

 いや~、11月のセミナーは「武術を格闘技に活かす」というテーマでしたが、それ以前に、私、会場に向かう途中の電車の中で持病のパニック発作が起こってしまって、本当に大変でしたよ。

 以前にもあったんですが、この日は師範代と一緒だったので、「俺は後から行くから先に始めていてくれ」と頼んで電車を降りて、発作が収まるまで休んだんですが、あんまり遅れる訳にもいかないから、次の電車に乗ったんです。

 が、乗るとまた具合が悪くなり、都合、三回も途中で降りて休む・・・というのを繰り返して、ようやく会場に到着しましたよ。

 でも、師範代が先に進めてくれていたので、ちょっと、「今日は師範代に任せて指示出すだけにしておこうかな~?」とも思ったんです。正直言って。それくらいキツかったんですね。

 いや、ここんところ金つくらなきゃいかんという無意識のストレスのせいか、パニック発作を度々起こしてしまっていて、昔ほどじゃないんですけど、仕事で都内に出掛ける時に往生しています。

 あ~、そういえば先週も出版社に打ち合わせに行く予定だったのに発作が起こって途中で引き返してキャンセルしてしまったりしました。

 これが起こると、まず脚が痺れてきて、それが全身に及び、腹痛と呼吸困難、視界がブラックアウトするという動けない状態になってしまうもんですから、いかんともし難い。じっと休んでいれば15分から30分くらいで収まるから、「あっ、来た?」と思ったら、いつもトイレに駆け込んで腰掛けてたり、駅のベンチに寝込んだりするんですけどね。

 不思議と家の中ではほとんど起こらない。乗り物に乗ってる時が圧倒的に多いんです。

 昔は酷かったから、満員電車なんか乗れなかったですよ。何度も倒れてます。

 最近は、酷くなる前に電車を降りて休むようにしてるから、完全に起こるまではいかなくて、数分休めば復調する場合が多いんですけどね。

 それで、会場に到着してからも用心して具合が酷くなったら休もうと思っていたんですけれど、少し指導しているうちに、気持ちが乗ったからでしょうか? むしろ、いつもより軽く身体が勝手に動くみたいな感覚すらありました。

「アレッ? 俺、ひょっとしていつもより動き良いかもしんない?」と思いましたよ。錯覚かな?と思って帰りに師範代に聞いたら、「いや、いつもより鞭手のスピードも速かったですよ」と言っていたので、多分、本当に動きが良かったんだと思います。

 力がこめられないから、逆に脱力して重心移動に任せて動くことがうまくできていたのかも知れません。

 でも、体調が悪いのは事実ですから、無理しないように注意していましたけどね。

 最初に師範代に寸勁の打ち方から指導してもらいました。これができないと技と戦法の前提が崩れて何も使えない。拳・掌・前腕・肘・肩での寸勁と重心移動の威力を乗せるローキックのやり方を指導しました。

 私の考えでは、離れた間合で突き蹴りを出し合って、近づいたら投げて極める・・・というものではなくて、最初から密着していって、崩し・寸勁・逆・投げを複合的に融合させて使うのが最も良いと結論付けています。

 だから、その戦術の基本的な入り方として、寸勁を利用した相手の構えの攻略法などを指導しました。

 いつも相手が打ってくるのに差し手で合わせるやり方を練習していますが、今回は格闘技の試合に応用が利くように、“構え”を利用して攻略していく“自分から攻めて崩すやり方”を解説した訳です。

 人間は身体の構造的なバランスが崩れると、無意識にバランスを復元維持させようとしてしまうので、結果、技も力も出せなくなるんですね。その生理的特徴を利用して、いきなり崩しをかけながら攻めていく訳です。広い意味での合気ですね。

 伝統的な武術の技にも、格闘技の熟練した選手の中にも見られますが、こういった“技を極めるための仕掛け”があります。

“差す”という技法は太気拳の極意として有名ですが、物凄い高度なテクニックで生半可な修行では体得できないと言われています。

 これは一刀流の切り落としみたいなものですね。これが出来れば免許皆伝というやつです。

 でも、太極拳の推手や八卦掌・通背拳の挿掌、あるいは空手の受け技(上段揚げ受けや内受け、外受けなど)も、本来は“差す”手法のバリエーションだと解釈すれば、それが招法(技をかける導入法)としての鍵だということが自然に明らかになっていきます。

 私は無構えを重視していますが、それだけしか知らないのではなく、さまざまな構えは一通り研究してみて、「構えは技のフィニッシュであり、かつ導入である」という認識を持つようになりました。

 構えから次の動きを読み取る訳です。逆説すれば、無構えだとそれが読めないニュートラルなので、戦術的に有利になる訳ですし、私はそれを剣術や居合術にも応用していきました。

 こうした戦術は意味を知らないまま修行しても発展性は望めないと私は思います。

 だからこそ、伝統的な武術は型や動きの意味を読解して、どういう戦術を意図して(隠して?)いるのか?ということを探り出す必要があると思うのです。

 そこが解らないと“神秘の武術”“武術は胡散臭い”という両極端な認識に陥ってしまうんですね。どちらも無理解ゆえの勘違いでしかありません。合理的な技術論で考えていかないと益するものは無くなってしまいます。崇め奉るか蔑視して顧みなくなるかは同じ無理解から生じる反応です。

 今回のセミナーでは、そのための洞察力を磨く切っ掛けを掴んでもらいたいと思っていた訳です。

 そして、今回は本邦初公開のテクニックをいくつか指導しました。

 去年までは格闘技に武術を活かすということをあまり考えていなかったんですけれど、今年になってからは会員さんの経験に合わせて技の検討をしてきたので、面白い秘訣がいくつも発見できました。それを解説指導したのです。

 特に最近発見した中でもエポックメイキングだったのが、“脱力して逆関節技を返すテクニック”と、“返し技を封じて瞬間に潰す技”です。

 これらは合気道の達人が見せるようなテクニックでしたが、真似しようにも何がどうなっているのか原理が解らなかったものだと思うのですが、私は気づいてしまって、稽古中に有効性を確認したりしていたのです。

 稽古会では指導してもなかなかできなかったのですが、今回のセミナーでは参加者の技の完成度は7割りくらいには到達していましたね。これって実際、メチャ難しい筈なんですけど、場所の雰囲気に引っ張られると意外とできてしまったりするもんです。

 でも、これを覚えてしまうと逆関節技とか絞め技なんかも全然かからなくなったりしますから、そういう技がお家芸のところにとっては嫌がらせ以外の何物でもないでしょう。

「またまた、知らないところで恨みを買うかもしれないな~?」なんて思っています。

 いやはや・・・武術、武道の世界はせちがらいものです。本当のことを書けば恨まれる。かと言って書かなくても恨まれる。本を出せば見えない敵が増える・・・。


 でも、そんな業界なのは百も承知です。私は本当のことを知りたいと思っている人達の期待に応えてオタメゴカシは書かないと決めていますから、誰に何を言われようとも恥じることは一つもありません。

 間違ったことやっていたら、「間違いでした。ごめんなさい」って言う。言い逃れなんかしませんよ。でも、陰でやられちゃどうしようもない。悪意があるよな~。

 そんなヤツばっかりだから、いい加減、うんざりです。嫌がらせで仕事に支障があるから電話番号だって明かせないんですよ。

 だから、言いたい人は勝手に言えばいいですよ。私、忙しいから相手してられない。


 だけど、嘘だけはつかないと決めているのに、信頼し尊敬していた人から“嘘つき扱い”されていた?という話を聞かされて、今年最大のガッカリした気持ちです。心配して教えに来てくれた人から聞かされて、本当に信頼していた会員を破門にした時よりもガッカリした・・・。

 本当なのかどうか確かめたいとも思ったけれど、私を心配して教えに来た人が怒られるだろうから、下手に聞けないし・・・まあ、本音のところはそう思っていたんだろうな~と自分の反省材料としようと思うだけです。

 でも、こうやってセミナーの感想を書いていると、ちょっと腹もたってきます。

「あ~、そうなのか。本心はそうだったのか。そんな人間だと思われていたのか。あ~、それならもう、義理立ててもしょうがない。よし、これからは自分の技をどんどん高めて誰もが嫉妬に狂い果てるくらいのぶっ千切りの物凄~い武術を必ずつくってみせるよ。だって、俺は『弟子入りしなくたって、見学しただけでそっくり技を盗める超天才?』ってことになるんだからね。一寸の虫にも五分の魂はあるんだってことを見せてやるよ」

 だけど、相手がどう思っていようと、俺の思いはずっと変わりません。変わってしまう思いだったら、嘘。俺の個人的な思いに過ぎなかったと解っても、尊敬の気持ちは薄れても、それでも感謝の気持ちまで忘れなくたっていい。

 今の自分がいるのはこの人のお陰。だから超えるべき目標として元気で長生きして欲しいと思っています。そして、いつか必ず、「うわ~、こいつはこんな凄いヤツだったのか」と言わせてみたいと思ってますから、今は見下してもらっていて結構ですよ。

 でもな~、プレゼント用に23万円の分割払いで買った日本刀はどうするか? 喜んで貰おうと思って一所懸命、柄も鞘も作ったし、指先切ったりしながら何日もかけて研いでるのにな~。無駄になっちゃったな~・・・。

 まっ、試し斬り用にするか?

 セミナーは凄く楽しくやれたし、参加者の感想も上々だったんだけどな~。終わった後で本当にガックリきましたよ。心配して話しに来てくれたんだから、コイツに怒れないしな~。でも、聞きたくなかったな~。ハンマーで脳天ぶっ叩かれた気分・・・発作起こったのも、この知らせだったのかもな~?

 悲喜こもごもっていうのは、こういう場合に言うんだろうな~?

 これからの座右の銘・・・「人は人、自分は自分」にしまっす! 自分に嘘つかなきゃ、他人に何と言われようと関係ない。毀誉褒貶は影響力がある証拠。どんなに悪く言われたって、それは俺の発言にいろんな人達が一喜一憂したり戦々恐々としているってことの証しと思って頑張ればいいだけ。

 あっ、そういえば、昔、松田隆智先生が「本出しただけで恨まれる。俺の言ってないことを言ったと決めつけて悪口言われる。武道の世界は小人の集まりだよ」なんてことを言われていたな~? 俺も実感・・・。


追伸;スンマセンッ! ちょいとおセンチになってる45歳の独り言でした。それはさておき、11月24日(月)は休日ですが、セミナーの参加予約をしていて都合で参加できなかった方を対象に特別補修セミナーを朝10:00~昼13:00にいつもの江古田ストアハウスにて実施します(無論、無料です。いつもより一時間早いのでお間違いありませんよう)。せっかくですから、初参加のイチゲンさんも参加可能ということにしたいと思います(こちらは10000円です。会員さんは5000円)。武器術でも今回の格闘技に活かす技でも、参加される方の好みに応じて何でもやってみたいと思っていますので、奮って御参加ください。(管理上、いつものように御予約しておいでくださると嬉しいです。会員さんは予約無しでもいいですよ)

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11月セミナー“武術の技を格闘技に活かす”

 11月のセミナーは、「格闘技に活かす武術技法について」です。

 2008年の月例セミナーも残すところ、あと二回となりましたが、これまで「武術と格闘技は別物」という主張をしてきましたけれども、もちろん、共通する部分も少なくない訳で、11月は各種格闘技に役立つ武術技法について解説指導してみようと思っています。

 まず、第一番目に打撃技の改革です。

 通常、打撃格闘技で用いる手による打撃技は、正拳を主武器に、ジャブ、ストレート、フック、アッパーの四つの打ち方が基本です。これに、肘打ち、バックハンドブロー、掌底などをルールによって採用している団体があるくらいでしょう。

 蹴り技になると、ローキック、ミドルキック、ハイキックといった回し蹴りが主体になっていますが、これはフットワークを使って動く相手を補足するには、直線的な前蹴りより、横から回して蹴るほうが面積が広くなって合理的だからでしょう。

 蹴り技は、この外に、膝蹴り、後ろ回し蹴り、内回し蹴り、カカト落とし、掛け蹴り、ストッピングなどがよく使われ、総合格闘技ではフットストンプ(踏み付け)もあるようです。

 武術的に打撃技を使う場合、「打ち出して外れたら戻してまた打つ」という格闘技の当たり前のセオリーを破り、「打ち出して外れたらまとわりついて打撃・投げ・逆などに変化する」というのが骨子です。

 打撃に用いる部位も正拳に限りません。掌、手甲、貫手、鉤手、前腕外、前腕内、肘、肩、額、胸、腹、背中、脇腹、臀部、膝、スネ、足甲、つま先、足裏、カカトといった部位を複合的連続的に打ち当てていきます。

 つまり、「接触した部位でそのまま打つ」というのが武術的な打撃技になるのです。


 次に投げ技ですが、これも投げ技を単独で使うのではなくて、「接触した瞬間に相手の重心を崩して倒れる方向へ誘導して投げる」というのが基本であり、「投げながら打撃する」とか、「打撃で入って投げる」とか、「逆技をかけながら投げる」といった複合的な流れを途切れさせないことに注意します。

 逆技と絞め技、固め技に関しては、狙って掛けるのではなく、技の流れの中でたまたま自然に入るようにします。

 どうしてか?というと、狙って掛けようとしても脱力体ができて力のベクトルをずらせる相手には掛からないからです。

 よって、逆技、絞め技、固め技に関しては脱力して加わる力のベクトルをずらして力が作用しなくなるコツを覚え、その感覚を利用して逆転する方法を解説指導します。

 こうした技がいわゆる合気の根本的な原理となります。神業のような技も、この原理を体得すればその応用にしか過ぎないことが解ってくるでしょう。

 つまり、武術を格闘技に活かす場合の技術的に最も重要なポイントは、発勁と合気(化勁)の体得と活用ということになる訳です。

 これらを格闘技的な攻防の中にどう組み込んでいくか?によって、格闘技の質的変革が生じてくる訳です。打・投・極の変化をパターンではなくて、完全な融合を図る訳です。

 武器術の時も言いましたが、武器術と体術は一体のものであり、体術もあらゆる技法が一体化しているものなのです。

 ですから、游心流は流派を名乗ってはいますが、本質的には流派のカテゴライズを無意味とし、他流の技法を次々に吸収合併していく魔人ブゥみたいなシステムを持っていて、日々、貪欲に新しい技を吸収しつつ発展させています。

 なぜ、そんなことが可能なのか?というと、技を原理で把握し、交叉法の理論で統合しているからなのです。

 もっとも、そのためには基礎錬体で身体の根源的な動きのエッセンスを養成することが重要で、身体の動きに無駄があれば理論倒れになってしまう訳です。

 基礎錬体は身体の癖を取り除き、骨盤の動きに特化した運動理論で考案しているので、地味ですが効果は極めて大きく、身体運動のあらゆる動作の根本になっています。

 そこから洞察すれば流派の優劣論などナンセンスであり、結局は個人の上手下手の差しかないのです。だから、今でも「何々流が最強」みたいなタワ言をほざいている人は実は何も解っていないのに権威におもねているだけなのです。
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日本刀は買い時ですよ!

 世間は金融危機だの不況だのと煽られていますが、こういう時期にお金を溜め込んで使わずにいたら、消費が落ちて、余計に不況に拍車がかかるのが基本的経済の原理です。

 だってね~。安定した価値があると言われている“金(ゴールド)”でさえも最近は価値が下がっていて危険だと言われるくらいですからね~。

 けれども、そこで私は逆の発想をします。

「美術品ならそんなに値崩れしないし、将来的に価値は上がりこそすれ下がることは極めて少ない!」と・・・。

 私は美術も好きだし絵画も好き(シュールレアリスムの画家のが好き。ヒエロニムス・ボッスとかマグリット、サルバトール・ダリとか・・・)なんですけど、やっぱり、自分が武術をやっている関係で、ここ数年はもっぱら刀剣ばっかり収集しています。

 十文字鎌槍や刃渡り三尺二寸五分の大太刀、薙刀、平造りで彫刻入りの脇差、定寸の刀も数振りあります。

 もちろん、50万円以下の安いものしか持っていませんけれど、刀剣類は綺麗に磨き上げれば価値は数倍に跳ね上がりますし、私が死んだ後も遺産として何百年先にも残せる歴史的文化的な価値がある。

 おまけに、武芸の稽古にも使えるし、強盗が入った時の武器?(こんなの考えてるの俺だけか?)にもなります。

 武術研究家を称している私にとっては、刀の外装を作ったり錆び刀や打ち落としの刀を研ぐことが、日本刀のバランスや刀法の研究に繋がるので、同じ寸法のものはないんですが・・・。

 無論、金がない頃は模擬刀で十分だと思っていました。

 でも、いざ実際に真剣を所持するようになってみると、やっぱり模擬刀を持つのとは緊張感が全然違いますし、意識がガラッと変わるんですね。

 実際に斬れるんだから、やはり、どのくらい斬れるか試してみたくなるし、刀の性能を最大限に活かすために自分の技能を高めたくなる。模擬刀を使っていた頃とは意識がまったく変わってしまいました。

 これは古武術を伝承されているさる師範も、「無理をしてでも真剣を使わなければ武術の真価は絶対に解りません」と言われていたんですが、確かにその通りだと思います。

 その師範からファミレスで身振り手振りで説明していただいたことは非常に参考にさせていただきましたし、日本武芸の奥深さを感じさせてもらいましたね。

 だから、その師範の言も心にひっかかっていて、その後は金銭的に無理をしても真剣を使うようになった訳です。

「真剣は高い」とか、「所持には特別な免許が要るのでは?」とか思ってらっしゃる方も多いと思いますが、これは誤解なんですね。

 日本刀は登録証が付いていれば誰でも所持できます。銃砲のように免許制ではありません。屋外を持ち歩く時さえ注意すれば模擬刀で居合の稽古をするのとほとんど変わりありません。

 それに、刀剣店に行けば百万円以上する刀がズラ~ッと並んでいてビビるものですが、私が一番、安く入手したものは“四万円の定寸刀”でした(きちんと都道府県の教育委員会の登録証もついています)。

 無論、これは私が懇意にしていただいているお店で、疵物で拵えも付属していないものを、私が刀身の補修や拵えを自作したりできるのを知っていらっしゃるから、「稽古用にどうぞ」と儲けを度外視して譲ってもらったものです。

 模擬刀でも、居合の稽古に使えるようなものは、安くて二万~三万くらい。ちょっと程度の良い模擬刀だと十万~二十万くらいしたりします。

 コレクションするだけなら、模擬刀の程度の良いものの方がいいかも知れません。下手な真剣よりよっぽど綺麗なんですよ。

 でも、武術の稽古に使うとなったら、模擬刀に十万円以上使うんだったら、思い切って真剣を買うべきだと思います。

 私はガンマニアでエアガンやガスガンはいくつも持っていますけれど、でもモデルガンは、どんなに精巧にできていても持っていないんです。

 何でかというと弾が出ないから武器としての機能が望めない。エアガンやガスガンは護身用に使えるくらいの威力と連発性能があるものがいくらでもあります。だから、買ってるんです。

 手裏剣も随分練習してみたんですけど、総合的に考えて性能のいいフルオート・エアガンには勝てそうもない・・・という結論に至りました。「手裏剣一本打つ間に十発以上のBB弾を両目に集中射撃されたらオダブツになってしまうな~?」と思うと、何か空しくなってきちゃって、最近、手裏剣練習していません。

 私はいかに合理的に勝つか?ということしか考えないので、武術の技とか武器とかには実はあんまり拘りはないんですよ。アメリカ人に生まれていたら武術なんかやらないで銃を沢山集めてコンバット・シューティングばっかりやっていたでしょうね。


 それはそれとして、日本刀というのは、特別に貴重な値段の高い玉鋼を使ってハンドメイドで一本一本、手作りで製作されるものです。

 日本刀を作るのは免許制になっていて、素人が勝手に作っちゃいけないんですよ。勝手に作っていいんだったら、私は自分で鋼材削って作っちゃいますもん。

 その製作法にまで規定があって、日本刀の伝統的な作刀法で作らないと審査に通らないんですね。だから、ジープの板バネ削って日本刀の形にしたものだと許可が出ない。芦原先生とかが勝手に日本刀作っちゃった・・・という話も、今だったら銃刀法違反になってしまいます。

 玉鋼にも等級があって、有名な刀匠に優先的に質の良いものが供給され、無名な刀工には質の落ちるものしか渡らないのだとか? それなら技術が同じだったら質の悪い玉鋼を使っている分、無名な刀工の作った刀が出来が悪くならざるを得ないんだから、それで新作名刀展に入賞しろってのは厳しいですよね~。

 刀工として生活していくには、まず、鍛刀場が必要。これは住宅街だと近所迷惑だと文句言われかねないから、郊外に建てる必要があるし、炉と電気ハンマー、ベルトグラインダーくらいは設備が必要です。

 仕事中は室温が50度くらいになるから夏場はとてもできないそうですし、秋から冬、春の頃にかけて仕事し、しかも法律で月に二振りしか日本刀は作ってはいけないことになっているので、必然的に現代刀工は刀の単価が数百万円で売れるくらいにならないと、とても生活できない・・・というのが現状だそうです。

 でも、刀が数百万円で売れるというのは現代刀工でもそんなにいないんじゃないですかね? それはもう新作名刀展で何度も優勝して名前がブランドにならない限り、無理があるでしょう。

 それに、よほど有名だったり買ってくれる店があるとかじゃないと、注文されなきゃ金も入らない。厳しいですよ。

 新体道の青木宏之先生からお聞きした話では、“斬鉄剣”を鍛えたことで武術界に知られた故・小林康宏刀匠は、「俺の作る刀は(美術品としては)最低だけど、どんな刀と打ち合っても負けない」と豪語されていたくらい日本刀の武器としての性能を追究されていたようです。

 武術好きな人の間では小林刀はブランドになっていますが、数も少なく今後は入手は難しいでしょうね。

 小林刀匠もそうだったと思いますが、現代で日本刀を作る刀工の多くは、生活を犠牲にして好きだからこそ日本刀を作っている人ばかりだろうと思います。

 その美術工芸の極致が安い値段で売り買いされてしまうのでは可哀想ですけどね。

 日本刀が数十万円から百万円以上という車並みの値段がする理由も、理解しておいて欲しいと思いますね。


 さて、その上で、「それでは、日本刀はどこで買えばいいのか?」という方に、本当は個人的にはあまり教えたくないんですが、私がお世話になっている刀屋さんを御紹介したいと思います。

“個人的に教えたくない”というのは、ここは他店と比べて格安の刀が売られていて、刀以外にも珍しい古武器や鐔などの小道具もあるし、刀も実際に手に取って見られるんですね。

 以前、元会員さんがネット・オークションで刀を買って、写真と実物が全然イメージ違っていて大損していたみたいだったんですけれど、刀はやっぱり直に実物を手に取って見ることができないと、重量のバランスや刃文、地肌・・・などが判断できません。

 日本刀は、やっぱり見かけじゃ解りません。特に稽古に用いる場合は、持ってみてバランスを確認しないといけません。拵えのガタツキとかも自分で補修できない人は職人に頼むとえらく金がかかりますし、刀身に細い刃キレがあった場合なんて、試し斬りに使ったら折れて飛んだりして危険極まりないです。

「日本刀は折れないし刃毀れもしない」なんて力説している武道家もいましたが、嘘ですよ。どんな名刀だって下手に使えば刃毀れしたり折れたり曲がったりしますよ。

 私はネット・オークションで刀買おうとは思わなくなりましたよ。銘が付いていてもほとんど偽銘でしょうしね。

 それに、私はこのお店に月に一度は足を運んで(分割払いのため)小一時間くらいじっくりと見ているうちに、段々、日本刀の良し悪しを見れるようになってきたみたいに思います。観る眼を養うには、とにかく沢山観て持ってみることですね。

 それから、私は気に入った物を買い、稽古で使って研究しているという訳です。

 ここには刀の値段も750万円から数万円(拵えが無くて錆びている脇差が中心)のものまで幅広く揃っています。だいたい100万円以下のものは許可を得て持たせてもらえます。

 槍・薙刀・十手・袖絡みなんかもありますし、火繩銃もあります。変わった模擬刀や兜割りもあります。

 個人的にお薦めしたいのは、居合道や剣道をやっている方なら30万~40万前後の拵え付きの定寸の刀で、試し斬りをしたい人なら、10万円前後の脇差や長脇差がお薦めです。

 たまに刀について知らない人だと、有名な刀、正宗や村正、虎徹とかを百万円以下で買えると思って偽銘のものを格安で入手できたと喜ぶ場合がありますが、これらの刀って本物なら桁が一つ違います。

 正宗の本物なんて大富豪のコレクションか博物館にしかありませんし、虎徹の本物もまず入手は難しい。村正なら買えると思いますが、それでも500万円以上はすると思っていた方がいいでしょうね。

 刀は、無論、定寸の刀が一番高くて、次は短刀、一番安いのは脇差です。初めて買う人には脇差をお薦めします。

 脇差は錆びていたり拵えがついていなかったりする10万円以下の格安のものもありますが、むしろ、試し斬りで用いるのなら、錆びた刀を買って自分で砥石で研いで刃の切れ味を調整したり、拵えも頑丈に自作するのも修行になるでしょう。

 東京近郊にお住まいの方だったら、私が格安でやりますよ。職人に頼むと値段が刀の二倍以上になるから、試し斬りが目的の人はお声かけてください。材料費プラス二万円くらいでやります。

 私も自前の道場が確保できたら、会員に刀の拵えの製作法を教えて試し斬りも稽古していきたいと思っています。まあ、その時のために、この刀屋さんはあんまり人には教えたくなかったんですけどね。

「この刀はいいな~」と思っていたら売れてしまった・・・なんてこともあったりするんですよ。ただ、その買った人がうちの剣術師範代だったと知った時は、「流石は目のつけどころが一緒だ・・・」と感心しました。

 武術・武道を修行する人間にとって、日本刀はやはり、短い物であっても、一振りは必ず持っておいたほうがいいと私は思っています。

 古来から嫁入り道具の中に“お守り刀”と称して短刀を忍ばせる伝統がありましたが、これは神道の解釈でしょうか? 魔を祓うものとしての刀剣信仰は日本人のDNAに組み込まれているものなんだ・・・と、真剣を手にした時に誰もが感じると思います。

 ちなみに、青木宏之先生曰く、「本当に良い刀は、明るいものです」と言われていましたが、人間と同じで刀にも品格というものがあるし、日本刀を研ぐのはその品格を生み出すための作業なんだと思います。

 それとは逆に妖刀や魔剣に惹かれる場合もありますけれど、あれも結局、その人の持つ波動が刀と饗応した結果なんだろうな~と思います。類は友を呼ぶってことですね。

 以前、別の刀屋さんで激安の備前長舩祐定を薦められたんですが、これは軍刀拵えで全面に刃毀れが酷いものでした。鉄鋼ヤスリで整形してきちんと磨けば良いか?とも思ったんですが、結局は買いませんでした。

 刀から凶々しい邪気が発散されているように感じたからです。

 軍刀にはそういう邪気が籠もっている物が実際にあると言われます。外国人を処刑するのに使ったからであろうと思います。

 刀を研ぐ行為は、そういう斬られた者の念を祓う意味もあります。刀を持って稽古し手入れする行為自体が修行になるのです。だから敢えて、私は武を志す人には真剣を所持されることをお薦めするのです・・・。


 最後に、刀屋さんでの作法について書いておきます。

1,子供は入店禁止(下手に触って怪我をするかもしれないから)。

2,刀身には触れてはいけない(指の皮脂は錆びになるし、第一、危ない)。

3,無断で掴んで構えたり振ったりしてはならない(模擬刀じゃないから非常に危険)。

4,初対面でいきなり値切らない(気心が知れてからなら解るけど、信頼関係がないのに値切りや分割払いの交渉をするのは無礼過ぎますよ)。

5,知ったかぶりしない(マニアはよくやらかすけれど相手は専門家なんだからね)。

・・・とまあ、普通に常識の範疇で考えて行動してもらえばいいと思うんですが、意外とそれができない人がいるもんですから、念のため、書いておきました。

 それと、最近は普通に刃物を扱う作法も知らない人が多いと思うので、一つだけ注意しておきます。「刀でも包丁でもナイフでも、刃を人に向けて手渡してはいけない」という点は、よくよく心して覚えておいてください。

 このお店は剣術師範代の紹介だったんですけれど、もう、他のお店に行く気がしなくなっちゃいましたよ。直に持つこともできるから、刀剣展覧会に見にいくよりいいし・・・。


 では、肝心のお店の所在です。「游心流の長野さんのブログを読んで来ました」と言ってもらえば、サービスしてもらえるかも?(貴方の態度次第ですがね)

『日本刀常設展示・即売 横浜名刀会』
〒231-0023 横浜市中区山下町二番地 産業貿易センタービル2F
横浜名刀会

 火曜日が定休日で、それ以外は土日も営業されています。産業貿易センタービルは山下公園の手前で、地下鉄みなとみらい線の日本大通り駅で降りて徒歩3分くらいですね。2Fはパスポート・センターになっていて、その奥にお店があって、パスポート取りに来た人がのぞいていくことが多いみたいです。(電話番号は冷やかし半分の人がかけると御迷惑になるので割愛させていただきますので悪しからず)。
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筑紫哲也さん逝去

 ジャーナリストとして最も世に知られていた筑紫哲也さんが肺癌で亡くなられました。

 73歳だったそうですが、早過ぎる気がしますね。

 TBSの『筑紫哲也NEWS23』という自身の名前を冠したニュース番組でTVジャーナリズムをけん引してきた人物という印象が強く、たとえば久米さんや古館さんといった人達にはジャーナリストという言葉が似合わないのと比べて、派手さはないけれど、この人はジャーナリストという言葉が非常にしっくりくる人でした。

 そんな筑紫さんの『NEWS23』の看板コーナーでもあった『多事騒論』の最期の回で、「少数派であることを恐れてはいけない」という言葉があったのだとTV東の土曜昼『田勢康弘の週間NEWS新書』で紹介されていました。

 要は、簡単に多数派の意見に呑み込まれて自分の考えを捨ててしまうことの問題点をジャーナリストとして指摘されていたんだと思います。

 田勢氏は「筑紫さんはブレのない人。一度も怒った顔を見たことがない」と評していましたが、そういえば怒っているところは見た記憶がないですね。田原総一朗さんなんか、いっつも怒ってる印象しかないですけれど・・・。

 でも、感情をあらわにしない人ながら、語り口はいつも過激なことをサラリと言ってのけたりする戦略的なしたたかさが感じられましたし、敵も多かっただろうと思います。

 だからこそ、「少数派になることを怖がるな」という言葉が出たんだろうと思います。

 日本人の習性として、どうも長いものに巻かれろとか、自分を圧し殺して世間的な意見に従う傾向が強いと思うんですが、そういう中で「俺はこう思う」と自分の考えを主張し続けることは大変、度胸がいることだと思います。

 でも、そうしないと大勢が間違った方向へ進まされていく危険性を常に持っている訳ですね。戦前の日本がそうだったように・・・。

 私も性格的にジャーナリスト的な傾向が強くて“馴れ合いで嘘を隠す業界体質”というのが虫酸が走るくらい嫌いなんですが、そういう異議を唱える人間も一人くらいはいないといけないと思うんですよ。

 私も「武道界の御意見番」とか揶揄されていましたけど、言った本人は皮肉のつもりでも、私は明確に自分がその役割を担うつもりでやってきていますからね。

 だってね~。本当に腐ってるよ。武道マスコミは。インチキだって解ってて出してるんだからね。騙される人達のことを考えてないのか?って思いますよ。

 業界にしろ組織にしろ御意見番は必要なんですよ。反対意見を言う人間がいないと独善的になりますからね。

 昔は甲野さんだってそうだったのに・・・自分が権威者になったらいい加減な話を平然と吹聴している。意図的に騙している。泰葉じゃないけど、「切腹しろ」って私は本当に書き送ったことありますよ。

 今は、ニュース番組でさえ宣伝広告のスポンサーに牛耳られてしまう時代ですよ。

 皆、金の首輪で繋がれている時代で、自分の意志を捨てても首輪の無いノラ犬になりたくない・・・と必死で媚びを売ってる状態ですよ。

 そんな時代に反骨精神を示してくれていた筑紫さんの不在は困ったもんだな~と思います。反骨の志しを継ぐ気骨のある人が出てきてくれるのを期待しつつ、私もそうなりたいと思うばかりです。

 筑紫哲也さんの御冥福を祈ります。合掌。

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小室哲哉は可哀想だと思う

 90年代は時代の申し子だった小室哲哉が、詐欺事件で逮捕・・・。何て可哀想なんだろうと私は同情を禁じえません。

 もちろん、詐欺事件を起こしたことを擁護するつもりは一切ありません。罪は罪です。

 でも、彼が90年代の少なくとも五年くらいは音楽プロデューサーとして日本一の名士であったことは間違いないでしょう? それだけの栄達を達成しながら、なぜ、詐欺をしなければならないくらい落ちぶれてしまったのか?

 何億、何十億もの金が動く業界のトップに立った人間が、売れなくなって坂道を転げ落ちるように借金塗れになって、揚げ句に詐欺までやってしまうというのは、何と悲惨な転落劇でしょうか?

 巨大な金が動くクリエイティブな業界の中にいれば、金銭感覚は麻痺してしまうものかもしれませんが、単に音楽が好きで活動してきて売れに売れて莫大な資産を手にしてしまったからこそ、それを管理することがうまくできなかったのではないか?と思えてなりません。

 ミュージシャンや役者、お笑い芸人などの人気商売は、売れたらデカイけれども、売れなくなったら終わり・・・それを見越して副業で励む人も多いでしょう。

 が、小室哲哉のように頂点を極めてしまった人間は、“自分が売れなくなった時”を想像することはできなかったと思うのです。

 だから、世界進出のためにいろいろな事業展開をしたものの、ビジネスはまた別の才能が必要ですから、うまくいかなかった。そもそも、ミュージシャンが手を出すべきではなかったでしょう。

 逆に言えば、ビジネスに意識を向け過ぎれば作品の純度が落ちていくのは当然のことであり、「売れない」ということは受け手の気持ちを無視していたことの証しだとも言えるでしょう。そこに早く気づくべきでした。

 ニュース番組で彼のかつての友人のコメントで、「彼は音楽バカだったから、ビジネスには向いていない」ということを言っていましたけれど、まさにその通りではないかな~?と思うのです。

 私も武術バカだから、生活設計のこととか全然考えないでやってきました。でも、バカだったから、「しょうがね~な~」と助けたり、応援してくれる人がいたんだと思っています。

 小室哲哉と比べたら微々たるものでしょうが、10月はDVDセミナー予約の申し込み、クエストさんのDVD印税振り込み等々で、最終的に80万円越える金額に達して、目標額の100万円にこそ達しませんでした(足りない分は本の印税で返済する約束で借りられました。いや~、印税はあてにしたくなかったんだけど・・・Sさん、ゴメン!)が、改めて考えてみると、私の人生でここまで短期間で稼ぐことができたのは初めてだったんですよ。だって、本の印税の額を越えてたし・・・。

 ローンの頭金を振り込んで、担当者が心配してるだろうな~と思って、すぐに出版社に電話して無事に振り込んだ旨を報告したんですが・・・ね~? もし、「お金が無くて振り込めません」って泣きついても、契約書を交わしている以上、結論として“詐欺だ”ってことになっちゃいますもんね~。

 世間的にはまったく無名な私みたいな武術バカに、ここまで期待して応援してくれる人達がいるという事実を思えば、私にできることは仕事でお返ししていくことしかないと思うんですよ。

 小室哲哉も、そこまで資金繰りに困るくらいなら、今の生活水準を維持することを諦めて破産申告するべきでしたし、「俺は多くのファンに支えられているんだ」という意識があれば、どんなに追い詰められても、くだらないその場しのぎの詐欺などやらなかったと思うのです。

 つまらない見栄を捨てて現実の自分のレベルを冷静に受け止めるべきでした。目先の金ではなく、その金を払う人達の期待と信頼を感じとっていたら、あんな事件を起こして自らの栄光を自分で踏み付けにし、ファンを裏切らなくとも良かったと思うのです。

 前妻への慰謝料が8億円くらい未納だったそうですが、そんな法外な額を要求するような人間ばかり周囲にいたのか?と思うと、本当に可哀想になりますよ。金で結ばれた関係くらい不毛な人間関係はないですよ。そんなのは家族じゃない。

 本当に可哀想な男だな~としか私には思えない。

 金がある時は皆がチヤホヤしていても、金がなくなればさっさと消えていく・・・。それは人間の魅力は金ではないということの証しでしょう。

 私は本当に幸せな人間だな~と思うのは、私の周囲には金で結ばれてる人間関係って全然ないからね。打算で近づいてくる人は、しばらくしたら消えていくんですよ。甲野氏みたいに美味い汁吸えないし・・・。

 だから、純粋に武術や武道が好きな人しか残らない。私はそれでいいと思ってるし、そもそも高級なレストランや料亭や有名ホテルでパーティーするとか、そういう格式張ってるのが嫌いな人間で、ファミレスで武術や特撮のバカ話を何時間もだべってるほうが幸せに感じる人間ですからね。

 江戸時代の平山行蔵という侍は、質素倹約武芸修行を日課にしている人でしたが、いつもボロい着物を着ている師匠のために、弟子が上等な反物をプレゼントしたそうですが、平山は満面の笑みで「ほらほら、この前、お前がくれた反物で、こんなに上等な刀袋ができたぞ」と嬉しそうに刀の入ったきらびやかな刀袋を見せたそうです。弟子はガッカリしたそうですが、そんな武芸バカの平山だったから尊敬していたんでしょうね。

 小室哲哉も、ここまで至ったら、残る財産を全て処分して借金を返済し、0になってストリート・ミュージシャンからやり直す覚悟を決めるべきでしょう。

 そうすることで本当の音楽をまた掴み取ることができると私は思います。今度は金のためでなく、本物のミュージシャンとしてやり直すことで、本当の人生が歩けるはずだと私は思います。そうなった時に見捨てないでついてきてくれる人こそ本当のパートナーですよね。

 そういうチャンスを与えられたんだと受け止めて、再起されることを祈ります。
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オバマ氏、大統領へ・・・

 金融危機に揺れる超大国アメリカ。

「アメリカがクシャミすれば日本は風邪をひく」といわれる日本も、夕方の各局のニュース番組のメインキャスターがこぞってアメリカでレポートしている様子を見ると、「あ~、やっぱり日本はアメリカの属国なんだな~」と、ヘンに感心してしまった・・・。

 それにしても、黒人初の大統領というハリウッドのSF映画にしかでてこなかった光景が、ついに現実のものになる。

 最初はオバマ氏にカリスマ性は無かった。痩せて優しそうだけれども威厳の無い外観。

「強いアメリカ」を好むアメリカ人に好まれる人物像とは思えなかった。

 けれども、アメリカも疲弊している今、空元気ばかり出す阿呆が大統領では困る。「オバマなら変えてくれるんじゃないか?」という期待が広がっていくに連れて、オバマ氏の顔付きにも精悍さが増して態度も堂々として威厳が出てきた。

 そして、黒人初の大統領というアメリカン・ドリームの最後のタブーを打ち破ってしまった・・・。


 コロコロと変わる日本の総理大臣と比べて、アメリカの大統領は国民一人一人が選んでいるという意識が高い。

 だから、第一に求められるのはカリスマ性。言葉を換えれば、“キャラが立っていること”だろう。

 ほら、阿呆のブッシュがかくも長く政権の座にいられたのも、阿呆キャラが抜群にブッ千切りで抜きんでていたから・・・?

 さあ、オバマ大統領はどうなっていくのかな? 願わくば、真の救世主となって欲しいものですな~・・・。
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宗教・精神世界・気を取り巻く状況

 私が宗教に関心を持ったのは学生時代。今から25年前のことです。

 高校生くらいから超能力やUMAに興味があったので、大学に進んだ頃から『ムー』とかを愛読するようになり、その延長で“精神世界”にも関心を持つようになりました。

 そんなある日、当時、岡山市の繁華街でアンケートに答えたことからビデオセンターというところに連れていかれて、初めて本格的?な宗教概念に触れることになりました。

 御承知の人も多いと思いますが、このビデオセンターというのは、世界キリスト教統一神霊協会、略して“統一協会”の信者獲得のための伝導所だったのですが、当時は新興宗教の実態などには無知だったので、「は~、面白いね~」くらいの気持ちでした。

 宗教というよりサークル活動みたいな感じだったので、洗脳して信者を獲得する催眠宗教の老舗みたいなところだとは知らなかったのです。

 ところが、私を誘った人と討論している時に、私はブルース・リーが影響を受けたというインドの哲人クリシュナムルティに凝って何冊も本を読んでいたので、彼の説く“徹底的に否定を繰り返す中から最後に残る真実を観よ”という一種の論理的思考によって真実に到る方法論を実践している最中だったので、完全にその人を論破してしまいました。

 が、ぐうの音も出ないくらい私に論破されてしまった彼は、突然、「あなたは私の信仰心を試しにきた悪魔だ!」と叫び出してしまいました。

 以後、脅迫的内容の手紙も来ましたが無視していましたら、それっきりになりました。

 この時の体験から私は宗教や心理学の本を片っ端から読み漁るようになり、「人間はいかにして洗脳されていくのか?」という心のメカニズムについて勉強するようになりました。

 不思議なことに、そんな宗教に対して否定的な見方をする私には、様々な宗教的団体の勧誘が次から次にやってきました。エホバの証人・日蓮正宗・創価学会・阿含宗・オウム真理教・ザイン・・・等々。

 私は、今でも特定の宗教理念を信仰している訳ではありません。が、成り行きで入信の儀式を受けたこともありますし、信仰心はなくとも、今は宗教の存在意義を否定しようとも思っていません。

 そもそも、宗教とは何か?と考えた時、それは「自分の頭で考えたものではない既存のイデオロギーを考え方の基盤とすること」ではなかろうか?と私は思うのです。

 ですから、社会主義・共産主義も無神論(唯物論)という宗教だと考えられると思いますし、思想哲学に絶対的権威者としての神や仏をいただくことが宗教の根源ではないかと思うのです。

 つまり、“絶対権威主義”なのです。

 人間は自分が信じる権威を否定されると猛然と反発するものですし、宗教戦争の根源にもこの心理が作用しているものです。

 アメリカの大統領選挙になるとキリスト教原理主義者の票獲得が論じられますし、日本だって、創価学会員票を獲得するために公明党を味方につけた自民党・・・みたいな構図がある訳です。

 選挙は数の論理で動くものですから、そのことを批判するつもりはありません。TVは視聴率を気にするし、出版社も部数を気にするもの。数字の大きさが権威の強さを決めるのが世間の法則というものですし、私もこの年になって青臭い批判をするつもりもありません。

 数字が神様ですからね。それが現実です・・・。

 でも、宗教にしろ精神世界にしろ気にしろ、本来、世間的なルールとは無関係な純粋に個としての人間の内面に向き合うものだった筈です。

 それが商業主義に呑み込まれて金を生む錬金術へと変わり果ててしまっている点に問題がある。

 お布施という名前の膨大な寄付金であったり、数百万~億を超える法外な料金のセミナーや、実体のない気を込めた石ころや水が馬鹿らしいほどの金額で売り買いされたりする現場・・・そういう無内容のものが金に変わっていく様子は異常というしかない。

 税制改革が論議される時に必ずといってよいくらい宗教法人の優遇税制が問題にされていますが、なぜか毎度スルーされていってしまう・・・。これは政治家がいかに宗教団体に支えられているのかを間接的に証明していると私は思います。

 莫大な資金と人が動く政治にとって有力な宗教法人を敵に回したくはないのです。

 ここ最近はアムウェイなどのネット・ビジネス(マルチ商法と言ったほうが通りが良いでしょう)の広告塔をはたしていた政治家が槍玉にあげられたりしていましたが、これも一種のスケープゴートでしょう。

 政治家や芸能人、プロ・スポーツ選手といった知名度のある人間を広告塔に用いるのは企業戦略としてどこでもやっていることですし、表向きに発信されずとも宗教団体内の機関紙にそのような著名人が登場するのも毎度毎度のお定まりのことです。

 私は何も金が汚いとか文句をいいたい訳じゃありません。きちんと世の中に還元されていく活きた金の使い方がされるなら良いと思います。

 でも、現実にはそうなっていないでしょう?

 金融危機、世界恐慌前夜と叫ばれていても、金が無くなっていっているんじゃなくて、適正に循環していないことが問題なんですよ。それを不安を煽っていたら誰もが用心して金を使わないようになる。

 市場を流通する金が足りなくなれば景気も悪くなる。悪循環ですよね。

 市場が人体でお金が血液だとすれば、現在は人体のいたるところで血栓ができてしまって血管が詰まり、人体のあちこちで細胞が壊死している状態ですよ。

 わかりますか? 町を見渡してみてお店や工場がどんどん閉鎖されてテナント募集の看板が目立っているとは思いませんか? これは市場にきちんとお金が循環しなくなったからですよ。

 パソコン上でお金だけを動かすような不健康なことをやり過ぎたからだと思いますよ。

 この“血栓”が心臓や脳に回ったら致命傷になります。マネーゲームをやめて、きちんと仕事で金を稼ぐ世の中に戻していかなくちゃダメですよ。

 何か、今の世界的な経済危機は、「きちんと働いて金を稼ぐ」という健全な姿を忘れて誰もが一獲千金を求めてマネーゲームにうつつを抜かしたシッペ返しだと思いますし、その予兆としての“宗教・精神世界・気のビジネス”の狂乱が1980年代から続いてきたことと無関係ではないだろうと思うのです。

 雑誌なんかも広告費でまかなっていかないと売上だけじゃやっていけない。だから、提灯記事しか書けなくなる。すると、つまらないから益々売れなくなる。

 もうね~、八方塞がりだと思う人がほとんどでしょうね。

 だけど、不況で消費が落ちてるからこそ、娯楽産業の価値は逆に上がると思いますよ。暗い世相だから、明るく楽しいものが求められる。本当に面白いものなら売れるよ。

 だって、よく考えてください。いくら不況だって言ったって、戦後の荒廃して食うものすら無かったような時代に比べれば現代は天国そのものですよ。

 ノラ猫なんか丸々肥えてるじゃないですか? 全然、大丈夫ですよ。

 本来、宗教や精神世界、気の世界というのは、こういう暗い世相でこそ価値が求められるものだった筈なんです。だって、意識の世界を扱っているんですから。

 私がやっている武術も、身体を鍛えてどうこうというものではなくて、やっぱり意識を扱うものなんですね。自分の内面との対話であり、人と向かい合う中で相手の内面を探るある種のコミュニケーションの手段という側面もある。

 それが“読み”です。

 格闘技だと“我の押し付け合い”で相手を圧倒するレベルで終わってしまう人が多いですが、中には相手を読んで闘っている人もいます。

 武術の場合も、自分の技に埋没してしまって少しも相手を観察しない人のほうが多いのですが・・・。

 11月1日付読売新聞朝刊の「日本の知力 宗教で考える 特別編」を読んで、山折哲雄氏(「現代の荒廃 試される和魂」)の論と上田紀行氏(「今こそお寺ルネサンス」)の提言には、なるほどな~と感じるものがあったんですが、内田樹氏の意見には「?」としか思えなかった。

 この違いは、結局、宗教に対する理解度の差なのかもしれないと思われました。

 内田氏の論は身体論と(個人的な)宗教観を無理に繋げて自己の得意な領域に引き込んで論じてしまっているような強引さと、最近流行のスピリチュアル・ブームと超能力などもゴチャ混ぜにして論じているような統一の無さ、整合性の欠如が目立っていたのです。

 結果、宗教の根源に対する認識の甘さや、その周辺領域に関しての見識の低さを露呈してしまっていました。

 そもそも、新聞記事の企画意図にそぐわない人選だったと言うしかないでしょう。つまり、「宗教を知らない人に聞いちゃった」ということです。

 もっとも、メディアはしばしば、このような人選ミスをおかすものです。

 そして、学者という知の権威にとっては、「それは知らない」と言うことが難しいものなのかもしれません。専門外のことでも無理して自分なりの見解を答えてしまうかもしれません。それは知の権威としての威厳を示したいとする欲求があるからでしょう。


追伸;游心流のホームページがリニューアルされています。かなり見やすくなっていると思いますので、是非、ご覧ください。

追伸2;来年の年間セミナー一括予約半額セールは終了しました。お申し込みいただいた方、ありがとうございました。本年のセミナーは11月9日(格闘技に活かす武術)と12月7日(総まとめ)の残り二回となりますが、予約金を支払いながら都合で参加できなかった方のために補習セミナーも計画しております。初めての方も参加できますので御希望の方は問い合わせください。

追伸3;教材DVD及び、発勁・合気・丹田のセットDVDは、神田神保町の高山本店でも販売しております(一割引き)。都営新宿・半蔵門・三田線の神保町駅を降りてすぐ、神田古書センター一階です。都内近郊にお住まいの方はどうぞ。アスペクトの武術シリーズ本クエストのDVDシリーズは、書泉グランデをお勧めします。見逃していた方はどうぞ。
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著者プロフィール

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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