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『フラッシュ』にてビミョーな情報が出てるけど?

 小向美奈子に関する私なりの意見を何度も書いてきましたが、芸能ネタだと読む人が多いものか(そりゃあ、武術や特撮の話より多いに決まってる)、「長野さんは小向美奈子のファンだったの?」と聞かれます。

 熱烈なファンだった訳じゃありませんが、彼女はよく特撮物とかホラー物に出演していたから、それでよく見ていたんです。

 例えば、TVKで放送していた『陰陽少女』とか、テレ東で放送していた『バンパイヤ・ホスト』とか、Vシネ系のホラーとか時代劇アクションなんかにも出てましたね。

 戦隊シリーズの劇場版にも出ていたんじゃないですか?(デカレンジャーだったかな~?)

 だから、週刊ポストの告発記事も二回とも読んだし、「これ喋っちゃったら危ないな~」と心配になっていたので、ニュース番組で逮捕されたという話を見た時は、むしろ、「あ~、殺されなかったから良かったか」と安堵したのが偽らざる本心でしたよ。

 けれども、その後の情報はほとんど出てこないから、どうなることか?と思っていたら、フラッシュの広告記事に「小向美奈子(覚醒剤逮捕)グラドルが溺れたシャブ漬SEX」という扇情的見出しが出ていて、ビックリしましたね。

 これを見たら、誰だって「グラドルだった小向美奈子が覚醒剤中毒でSEX狂だった」と思いますよね。

 しかし、ポストの記事で本人が語ったのは、“グラビアアイドル界の体質”についてだった筈で、自分はそういうことはしなかったと言っていた訳です。

 自分がやっていたという“告白”ではなくて、業界体質についての“告発”だった訳なのに、この見出しだと“本人の告白”と受け止められてしまいます。

 とにかく、読んでみないことには始まらないですから、近所の本屋さんで買ってきて読みました。

 記事内容は実にまっとうで、どちらかというと小向美奈子に同情的な印象もあります。

 男癖の悪さ?についても書かれていますが、この程度はフツーでしょう。逮捕に到るきっかけになった男(Vシネ系の俳優だそうです)の方が覚醒剤をやっていたようで、小向美奈子がやっていた証拠は今のところないみたいです。

 それにしても・・・この見出しはないな~。私が記事書いた記者だったら激怒するよ。

 あのね~。人間なんて、そんなお綺麗な存在じゃないですよ。嘘ついたり人を陥れたり騙したりする。そういう部分は誰にだってある。

 そこだけクローズアップして性悪女だったというレッテル付けて蓋してオシマイ? 自分がやられたら泣き寝入りできますか?

 ニュース番組で実家の近所の小母さんが、「凄くいい子でしたよ」といっていた、あの言葉が真実だと私は信じたい。

 結局、芸能界のタブーを喋ってしまった小向美奈子に対する見せしめ的な狙いがあるだろうことは否定できないと思います。

 現実問題として容疑が晴れても芸能界に復帰する道は閉ざされてしまったでしょう。一般社会に戻って生きていくには重過ぎる十字架をせおわされたと思いますが、人間、生きていくのに道は無限にありますから、彼女には強く生きていって欲しいと思います。

 そして、芸能界の特殊な体質を世の中に知らせただけでも犠牲者を減らすことに繋がると思いたいし、私は、彼女の勇気を称えたいと思います。

 たとえ何百回、信頼を裏切られても、たった一つの正義まで無にする必要はないと思うからです。

 だから、敢えて小向美奈子さんには「君の告発は間違っていない。頑張れ」といってやりたい。もし、彼女のお知り合いの方がこれを読まれていたら、そうお伝えください。

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稽古会もシダックス

 会員向けの稽古会も第二日曜日のセミナー以外の日曜日にシダックスを借りて朝11:00~昼13:00まで2時間借りてやっております。

 私は両膝とも関節炎持っているので雪とか降るくらい寒いと痛くなるんですね。

 今日は寒いな~と思う前に膝が痛くなるんですよ。

 でも、膝が悪いと脚の蹴りだしで動くとかそういうことができないので、自然に脚に負担のかからない歩法とかの研究が進んだんですね。だから、正直いって、私、歩法は相当速く動ける自信ありますよ。

 走るのはムッチャ遅いんですけど、運足は速い・・・という不思議なことになっていますが、この秘密はスリ足と骨盤から動くことにあります。

 多分、爺さんになってもスピード速くなってるだろうと思います。これが体力に頼らない重心移動による身体運用の成果ってもんですよ~。70歳過ぎてジェット爺いと呼ばせてみせまっせ~(妖怪かよ?)

 それはそうと、25日は会員さんが次々に都合悪くなって、結局、師範代と私の二人だけになってしまいました。

 でも、こういう時こそ特訓だ~と思って、師範代に必殺杖術と必殺居合術、必殺剣術をバシバシと教えましたよ。

 こういうのもあんまり教えていなかったんで、基本の振り方と突き技、打ち技、杖の手繰り方、間合の潰し方、寸打ちのやり方や巻き落とし技、目付けの潰し方、長短の間合の転換、隠し技等々・・・結構、細かいことを教えました。

 師範代は結構自分で研究していたらしく、予想以上にすぐ覚えました。

 続いて剣と居合。これは型よりも相手の攻撃への応じ方を教えたんですが、真直斬り、袈裟斬り、横払い斬りへの応じ方や、正眼で構えている相手の剣の制圧の仕方とか、私が通常の剣術の技を潰すために考えたやり方を一通り教えました。

 これらが完璧にできれば、普通の剣の操法しか知らない相手には一方的に勝つ理合が飲み込めるんですが、こちらは相当、難しかったみたいですね。

 熱中して指導していて1時間くらい経過したかな~と思って、ケータイで時間見たら、何と2時間たってしまっていました。マンツーマンで教えると、こんなに時間が無くなるんですね~。

 それにしても、師範代は剣は苦手だったのに、今では抜く速度そのものは私と変わらないくらいになっています。もう少し身体がこなれてコントロールがうまくなったら、相手に怪我させずに一方的に翻弄することもできるようになるでしょう。

 教えている最中にも技がいくつか出来てしまいましたけど、やっぱりアドリブでその場その場で技が勝手に出てくるくらいにならないとダメですよね~。

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新作原稿執筆中!

 12月から正月にかけて風邪が治らず、全然、原稿書きが進まなかったので、現在、アスペクトから出るシリーズ最新刊の原稿を急ピッチで書いています。

 意外とよく聞かれるのが武道や武術の種類とか基本的な知識についてなので、今回は初心に戻って、現代武道や武術の種類について解説する本を書いています。

 こういう本は過去に何度か出ていますけれど、専門的過ぎて初心者には解りづらいし、面白味も今一つ感じられない。

 それに、大体は現代武道だけだったり、格闘技にフルコンタクト空手をプラスしたようなものだったり、総合的に紹介されているものは実は皆無といってもいいんじゃないか?というくらい見かけません。

 だから、「一回、武術と武道について総合的に解説する本を書かなきゃいかんな~」と思ってはいたんです。

 その一部はホームページに武術小辞典として書いていますけれど、もっと初めての人が読んでもニュアンスが伝わるガイダンス的なデータブックで読み物として面白いものを書いてみようと思って、今回、急遽、書き始めた次第です。

 題名は『知ってるようで知らない武術の世界(仮題)』です。

 今年は四冊は書くつもりなんで、その第一弾(『武術と生きる日々』は昨年書いて12月には既にできあがっていたので昨年分に含めてます)として景気いい本にしたいと思っていますので、ヨロシク!


 余談ですが、相州住藤原綱廣の刀の拵えがかなりできてきました。
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 柄は桜材を削って作ったんですが、茎(なかご)が入る穴の部分を少々削り過ぎてしまったみたいで、少しばかり隙間がある気もします。

 針金を巻いているのと二本目釘にして固定したのでガタツキはしませんが、薄く削った木片を入れた方がいいかもしれません。

 柄木には赤く染めたエイ革を東急ハンズで買ってきていたので、これを貼り付けてみました。この上に革ヒモ巻きに柄糸を巻く予定ですが、何か、このままでもカッコイイかもしれません。

 鐔は脇差用の小さい丸鐔を付けてますし、コジリ(鞘の末端に装着する補強金具)も雨龍(あまりょう。ウロコのない龍)のデザインの付いたゴージャスなコジリを付けたんですが、二尺一寸五分くらいの短い刀ですから、伯耆流や関口流に適した室内戦用の拵えにしようと思って、鞘もギリギリまで切り詰めました。

 そうすると、定寸の刀と比べてもかなり小振りな感じになりました。

 元々、長~い刀が大好きだった私も、最近は実戦向けの居合術には短い刀のほうがいいという考え方になってきつつあったので、この綱廣はせっかくの“斬鉄剣”なので、徹底して実戦に使いやすい仕様を考えて外装を作っています。

 鞘は白鞘を刀屋さんで付けてもらっていたので、この白鞘をミニ・カンナで薄く削っていって、栗形(くりがた。下緒を通す部品)も丸太をハムみたいに分断している木切れから工作用薄刃ノコギリで大まかに切り出して、ノミで余計な角をおとし、ヤスリで形を整え、キリと細棒ヤスリで下緒を通す穴を穿ち、鞘の方に嵌まる溝を彫刻刀で削り出して装着しました。

 後はゼリー状アロンアルファで接着して硬化してからヤスリで余分なところを削って形を整えればOKです。

 コジリは形が複雑で鞘に嵌める時に結構削って隙間が開いてしまっているので、こっちはエポキシパテで埋める必要があります。

 これも硬化してから削って、その後にウルシ塗料を塗ってアクセントに金粉を散らして自然風で乾かせば完成です。

 ちなみに日本刀の拵えを製作するのに専門家に依頼すると20万くらいする上に、二、三ケ月はかかるそうです。

 私はもう何本も自作したので、人様に作ってもらおうという考えそのものが無くなってしまいました。自分で作らないと安心できないのです。

 できることなら刀身そのものも作ってみたいくらいですが、これはおいそれとできないし、徒弟修行の上の免許制ですからね。生活の心配が要らないような人しかできないでしょうし、仮にやったとしても鍛刀場を確保するには田舎に引っ込まないといけない。

 それでも、入手した刀や槍、薙刀を自分でカスタマイズしていくと、自然に構造が理解できる。構造を知った上で使うのと知らないで使うのとでは、雲泥の差が出ます。

 武術の技も武器の構造が理解できると、「これは不合理だな」とか、「これはむしろよく工夫された技だ」なんてことも見分けられるようになってきます。

 以前は、「研究用に刀が数本あればいいな~」なんて思っていたのが、いつの間にか実現しています。人間、本気で願っていることは実現するものですね。

 もちろん、願いは努力しなければ成就しませんが・・・。
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ヘドラ研究書の決定版!

 世の中にゴジラやウルトラマンの研究書ならば、存在していても何の不思議もありません。

 しかし、『ゴジラ対ヘドラ』という長いゴジラ・シリーズ中でも異色中の異色作に登場した怪獣“ヘドラ”に焦点をあてた研究本となると、いかにもキワモノのような印象を受けるのではないでしょうか?

 朝日ソノラマが朝日新聞社に吸収されて無くなり、特撮SF専門誌『宇宙船』が休刊になった時、私なんて青春時代が終わりを告げた気がしたものです。

 だから、ホビージャパンに移って『宇宙船』が復活創刊されると聞いた時は夢かと思ったものでした。

 そんな奇跡過ぎる復活をとげた『宇宙船』を、「俺は爺さんになっても買うぞ!」という想いで買っていますけれども、私の不滅のオタク魂にさらに火をつける記事が、同人誌紹介コーナーに載っていたのです・・・。

 それが、『HEDORAH 公害怪獣の映像世界』というタイトルの同人誌。『宇宙船』や『映画秘宝』などのメインライターとして活躍されている鷲巣義明氏が作られた本だとか・・・。

 鷲巣氏の書かれる映画批評は非常に的確で本質をついていると思える記事が多く、私は鷲巣氏の批評を読んで映画館やビデオ店に足を運んだことが何度もあります。

 で、ヘドラという怪獣の特別なインパクトは私も直撃世代だったので、「これは何としても入手しなければならない」と思って、在庫確認するのももどかしく、いきなり現金書留で申し込んでしまいました。

 いや、それにしても・・・送られてきた本を一目見て、その分厚さといい表紙デザインのインパクト(怪獣画で有名な開田裕治氏)といい、遥かに想像を超えた、それこそ怪獣の概念を超えたヘドラについて書かれるに相応しいもので唖然となってしまいました。

「ス、スッゲェ~・・・」と一言呟いたまま、しばらく呆然と眺めてしまったくらい見入ってしまったのです。

 それから、おもむろにページをめくってみましたら・・・イラストと写真もふんだんに使われていて、紛れも無いプロの仕事でヘドラの魅力、公害問題について、劇中登場するヒロイン論、ヘドラ・エンサイクロペディア!・・・と、何とも物凄い質と量でヘドラについて語られています。

 さらに後半は特撮作品に登場した公害怪獣について・・・ヘドロン、ネオヘドロン、ミドロン、ダストマン、ザザーン・・・などから、デンジマンのベーダー一族や、モンスターパニックの半魚人やプロフェシーのミュータント熊なんて洋物にも触れてありました。

 私、5000円でも即買いしますね。いや、10000円でも買うな。

 これだけのボリュームと内容で1500円(送料手数料込みで1800円)というのは製作の労力に全然見合わないですよ。そのくらい圧倒的に凄いです。

 やっぱりプロの仕事は違うな~・・・と思いつつ、「いや、待てよ・・・プロでもここまで資料集めて書ける人がいるか?」と思うと、一応、物書きやっている自分は反省するばかりでしたよ。

 元々、商業ベースで出すのを打診したところ、難しいとのことで同人誌で出すことにされたのだと後書きで書かれています(他人事だと思えない話)が、『怪獣に見る環境問題の構図』とかいった切り口で研究書っぽく見せかけたら出せないこともなかったんじゃあるまいか?という気もしますし、これは本当に多くの人に読んでもらいたいな~と思いました。

『宇宙船』123号のP137に紹介記事が載っていますから、関心のある方はそこを読んで問い合わせされるとよいでしょう。

 それにしても・・・ヘドラって怪獣というより妖怪っぽいですよね。クトゥルフ神話との類似性についても語られていたけれど、私が漠然と感じていたことを、きっちりと言葉にして説明してもらったような感じがしましたよ・・・。

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やっぱりオカシイ・・・

 小向美奈子が覚醒剤所持容疑で逮捕されたというニュース・・・その後、報道番組中のニュース内容をよく聞いていましたら、何やら、物凄く不合理なところが感じられてきました。

「昨年六月に知人宅で“覚醒剤らしきもの”を持っていたことで指名手配されていた」というのです・・・。

 彼女が事務所を解雇されるのは九月ですよね。それで週刊ポストで告発記事に採り上げられたのが11月でした・・・。

 指名手配されてから三カ月も芸能事務所に所属し続けていて、週刊誌の取材にも二度も応じてグラビア写真も撮られていた・・・?

 そして、年が明けて、“逮捕”された・・・。

 指名手配されている人間が、何で、半年以上も放置されて、その間に週刊誌に二度も出たりできるんでしょうか?

 オカシイ・・・と思わない人はいないでしょう。

 指名手配されていたのなら、当然、事務所と実家には連絡がいきますよね。その時点で事務所に所属していたんだから、事情聴取された筈だし、本人が行方不明で連絡がつかなかったとしても実家にも連絡は入った筈。

 週刊誌には出たんだからなにがしかの連絡方法はあった筈だし、何で今頃?と思うのは私ばかりじゃないでしょう。

 現に覚醒剤を買ったり所持しているところを現行犯逮捕されたというのなら理解できるんですが、指名手配の理由すら“覚醒剤らしきもの”では曖昧過ぎます。そんなことで指名手配するほど日本の警察はヒマじゃないと思いますよ。

 本人も「覚醒剤って何ですか?」と容疑を否認しているそうですが、週刊誌記事を読む限り、やっていたらすぐ言っちゃいそうな性格だと思いますけどね。

 そもそも、金もないのにグラドルが一人で覚醒剤なんか買える筈はない。容疑が真実なら、共犯者がいる筈。そこに全く触れないでいるニュース報道には、何か凄い陰謀のようなものすら感じられてなりません。

 翌朝の新聞を見ても、この事件については載っていませんでした。加瀬の時とは随分と違います。

 もし、後日、「小向美奈子は証拠不十分で釈放された」みたいな記事がちっちゃく出たりしたら、それこそガセ情報によるメディアを使った印象操作だった疑いが強くなる。

 街頭インタビューで「ファンを裏切る行為だ」という声を聞くと、余計にそう思いました。

 ニュース報道されれば、その時のイメージだけが定着する。「小向美奈子ってヤク中で芸能界引退したんだよね」って噂だけが残れば、彼女の告発した内容は完全に闇に葬り去られることになります。実に巧妙な大衆心理を利用した口封じです・・・。

 それを狙った意図的なニュースだったような気がして、どうにも気持ちの悪さが残りますね。

 たとえ結果がどうあれ、私は彼女の告発した内容が嘘とはとても思えません。あの告発内容をもみ消して、犠牲になっている多くのアイドルの存在を無かったことにしようとする連中の狙いを成就させてはいけない。

 だから、真相がきちんと究明されていくことを祈ります。
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小向美奈子が覚醒剤で逮捕って・・・怪しいな~

 週刊ポストの芸能界裏事情の告発記事が出て以来、元グラドルの小向美奈子の消息がどうなったか?と心配していましたが、何と、お昼のニュース番組で「覚醒剤所持で逮捕された」との報道があって驚きました・・・。

 単純に「裏切られた」と思う人も多いかもしれませんが、私は率直にいって、「あ~、これはハメられたな・・・」と思いました。

 殺されなかっただけマシかもしれないという不謹慎な考えすら過りますが、週刊ポストの記事中でも精神不安定な様子が書かれていたくらいですから、それをもってして「覚醒剤をやっていたからだ」という証拠にし、彼女が話した内容そのものが被害妄想の産物であるということに落ち着けて葬り去ろうとしている・・・そういう筋書きだろうとしか思いませんでした。

 でも、冷静に考えて、事務所に所属しているグラドルが個人で覚醒剤を購入できるような金があるとは思えないし、ましてや彼女は現在、無職。自分で買えるとは思えません。

 昨年六月に知人の家で覚醒剤を隠し持っていたことで捜査されていたとのことですが、果たして本人の話なのでしょうか?

 真相は不明ですが、もし、「小向美奈子自殺!」みたいな事件になれば、当然、彼女の告発がさらに追及されるでしょう。だから、自殺に見せかけて殺すことは口封じとしてはリスクが高い。

 そこで、「覚醒剤中毒だった」というレッテルを貼りつけてしまえば、ほぼ芸能界から抹殺でき、しかも言動の信用性を失わせて完全に孤立させてしまえる。もうマスコミも彼女の話を取り合わなくなる。これで芸能界の暗部は無事安泰という筋書き・・・。

 私はどうにも釈然としません。あの記事内容は十分に信憑性の感じられる当事者の体験した事柄だと思えましたし、「ヤク中の妄想話に週刊誌が飛びついただけ」みたいなシメで芸能界の悪しき体質に蓋をしてしまうのでは、勇気を出して告発した小向美奈子があまりにも哀れだと思います。

 芸能界は夢の世界。売れれば億万長者になれるし多くの人に愛され憧れられる。

 でも、そんな夢の裏にはドロドロした闇の世界が広がっている恐ろしい世界。それが現実だから仕方がない・・・と、割り切ってしまっていいんでしょうか?

 やっぱり、私は納得できません・・・。

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『レッドバロン』は傑作!

 牧れい様が出演していたSFロボット実写物『レッドバロン』が終了しました。

 いや~、30年以上ぶりに全部見たら、意外と記憶違いがあったりしましたね~。数年前に新宿ツタヤでレンタルして一通り見たんですけど、ビデオテープの劣化が激しいのと、借りたヤツが返さずに欠けてたりしていたんで、やっぱり全部通して見てみると全然違いましたね~。

 小学校の時に見た記憶では、主人公がブサイクだという印象が凄く残っていたんですけど、今になってから見直すとなかなか味があってイケメン顔じゃないけど、確かに主人公だよな~という感じがしました。

 母性本能をくすぐる顔かも?とか思うと、何で牧れい様演じる松原真理が惚れていたか?ということも解る気がする熱血漢タイプでしたね。

 で、この作品、あらためて見直すとシナリオの出来が凄く良い。ちょっと驚きました。

 少し大人っぽいというかルパンのファースト・シーズンのテイストが感じられます。

 人間ドラマがしっかりしていて、単なるロボット格闘物じゃなかった。最終三部作ではロボット帝国の幹部になっていた主人公の父親が、敵の親玉(ギラスQというコンピューター)の支配を離れて主人公たちと火星を脱出し、惑星ミサイルを逆転させて帝国を滅ぼし地球に戻る。

 でも、人工心臓の不具合を治療するのを拒否して尊厳死するというラストでした。

 何か映像的にシュールな表現も多くて、人間の尊厳とか希望を忘れないで努力するとかハードな展開の中で大人のドラマが展開するところが素晴らしい。

 何でも、スポンサー会社の倒産で打ち切られたのだそうで、視聴率は上向きで本来なら、もっと長く続けられそうだったようです。う~ん、残念・・・。

 ちなみに牧れい様がレギュラーだった『緊急指令10-4-10-10』では、アクションもほとんどないし、後半は新しく入った女性隊員が外に出て活躍していたので印象が薄くなっていました。

 その分、『レッドバロン』ではパンチ、キック、ムチ?でやたらに戦っていました。何か、レッドバロンが戦ってるシーンよりSSIの隊員たちが戦闘員と戦ってるシーンのほうが多かったような気もする・・・。

 牧れい様は別に空手とかの経験があった訳じゃなくてジャズダンスなどをやっていたそうです。でも、運動神経がいいんでしょうね。かなり激しく動いてました。

 残るは『スーパーガール』・・・CSでの放送を期待して待ちましょう・・・。

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斬鉄剣の秘密は鉄?

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 相州藤原綱廣(二尺一寸五分)を引き取ってきました。

 この刀が気に入ったのは、第一に、「甲断絶以南蛮鉄作之」と、試し銘が切ってあることでした。“甲”というのは鉄兜とかのことですから、つまりコレは古い時代の斬鉄剣だということです。

 『秘伝』で小林康弘刀匠の鍛えた刀が鉄でも斬れたことが武道業界で有名になりましたが、小林刀匠は古刀の斬れ味を求めて打っていた訳です。

 その結果、タタラの性能が上がってフイゴで送風するようになり、玉鋼が大量生産できるようになった頃から逆に鉄の純度が落ちてしまった・・・という説をとなえて原料から研究していって古刀の斬れ味を持つ伝説的な小林刀を作り上げたそうです。

 で、私もその噂の小林刀が欲しいな~と思っていたんですが、『秘伝』で評判になってから入手がほとんど不可能になっている様子です。

 それなら、質の良い古刀を探すか?と思っていた時に、この綱廣に出会った訳です。

 鉄を断ったと誇らしげに銘切りされた茎(なかご)には、目釘穴がいくつも空いています。古い穴と新しく開けたらしき穴もあります。柄を何度もつけ替えたことがわかる。つまり、どれだけ斬れるか試したのではないでしょうか?

“南蛮鉄”で出来ているというところも興味津々です。

 普通、粘りのある和鋼でなければ折り返し鍛錬はできないと言われています。ならば素延べに鉄を打ち延ばして作ったのか?とも思っていたんですが、地肌はれっきとした相州伝の肌模様が浮かんでおり、伝統的な日本刀の精錬をしたことが明白です。

 ただ、やはり鉄が違うんだろうな~と思ったのは、肌が明るいんです。青木先生に見せていただいたスウェーデン鋼で作られた刀に近い明るさです。

 けれども折り返し鍛錬はされている・・・となると、やはり、ダマスカス刀の材料だったとされる古代インドのウーツ鋼でできているのかも知れません・・・。

 茎の錆び具合からすると古刀かもしれませんが、だとすると刀身があまりに綺麗過ぎます。どのくらい昔のものなのか私には判別できません。

 茎尻は刃上栗尻で切っ先は中鋒(ちゅうきっさき)、反りは腰反りで古刀風だけれど、江戸時代後期にもあるから、益々、判断が難しい・・・。

 刃文は互の目三本杉に飛び焼きと棟焼きが賑やかについていて肌の明るさもあって非常に綺麗です。あらためて、良い物が入手できたな~と思います。

 本当に鉄が斬れるかどうか試してみたいのも山々ですが、ちょっと試し斬りするには綺麗過ぎてもったいないですね~。


 さてさて、実は、刀屋さんに支払いにいった時に、年末に入ったという古刀を見せてもらいました。

 と・・・これがまた、何とも凄い刀で、いっぺんにほれ込んじゃいましてね~。いや、本当に・・・。

 刀身も長くて二尺五寸六分もあるんですが、それだけの長尺なのに片手でラクラク持ってストレス感じないくらいバランスがいいんです。

 天下五剣の第一とされる国宝“童子斬安綱”と同じくらいの太刀で、見た目はキャシャじゃないのに妙に軽く感じるので驚きましたよ。

 鎌倉まではいかないけれど、室町の初期の頃ではないか?というくらいの年代物で、腰反りの太刀姿に密教法具の素剣と梅の木の彫刻まで入っているんです。

 棟に少し斬り込まれた傷らしき錆傷がありますから、これは実戦経験がある刀だと思いますが、疵隠しに梅の木を彫ったのではないか?と社長さんは言われていました。

 で、この刀、いくらだと思いますか?

 なんと、18万円だったんですよ。ウソだろ?って思いました。確かに年代物だから少しは疲れた感じもしますが、彫刻入りだし、持った感じが最高にバランスいいです。かつて、こんなストレス感じないでフワッと握れた刀はお目にかかったことないです。

 むろん、拵えはついていませんから、拵えを12万円くらいで作って30万円くらいで売る予定だったそうなんですが、これはもう誰にも渡したくない。私は自分で拵え作れますからね~(早速、綱廣の刀の拵えを製作し始めてま~す。白鞘のままで「また、つまらぬものを斬ってしまった・・・」って言っててもいいけど・・・)。

 で、例によって、手付け金払って買っちゃいましたよ・・・。ちょうどお金もあったから全額払うこともできたんですが、そうすると生活費0になるからね~。この御時世だから慎まなきゃいかん。

 私が持ってる平作りの脇差もかなり古い筈なんですけど、これも素剣と護摩箸が彫られているので、これと大小二本差しにするとカッチョエエかも?

 でも、一体、なんでこんなに面白過ぎる刀ばっかり集まってきちゃうのかな~? 刀は人を選ぶという伝説があるんですけど、本当かもしれませんね。

 私が死んだら資料館作っても大丈夫だな~。飾るものも、十文字鎌槍に薙刀に大太刀と色々あるし・・・。

 まさかね~。形見分けに会員さん達に刀とか槍とか渡すっていうのも快傑ライオン丸で果心居士が金砂地の太刀や小太刀や笛(ヒカリ丸が呼べる)を渡すみたいだしな~。

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TV見てて思った・・・

 外で友達と遊ぶより家でTV見てたほうがいい・・・と思う私は、TVウォッチャーとしてメディア評論家を名乗ってもいいかもしれませんね?

 さて、ここ最近の見た中では、松田優作の特番が興味深かったですね。

 石橋蓮司さん、桃井かおりさん、ジョー山中さんなどのインタビューも面白かったけれど、『探偵物語』の二代目イレズミ者を演じていた前田哲朗さんが出ていたのが良かったと思います。

 私も影響受けた人達と言えば、ブルース・リー、ジャッキー・チェン、ジッドゥ・クリシュナムルティ、若山富三郎先生と並んで、やっぱり松田優作の存在は大きかった。

『太陽にほえろ』のGパン刑事、『俺たちの勲章』の中野刑事、『大都会2』の徳吉刑事といった暴力刑事。

『最も危険な遊戯』『殺人遊戯』『処刑遊戯』の鳴海昌平、『蘇る金狼』の朝倉哲也、『野獣死すべし』の伊達邦彦、『ブラックレイン』のヤクザ、『龍馬暗殺』の右太、『嵐が丘』の鬼丸といったアウトロー。

『陽炎座』の松崎春狐、『家族ゲーム』の家庭教師、『ア・ホーマンス』の風さんといったヘンな人。

 そして、『探偵物語』の工藤俊作、『探偵物語』の中年探偵、『追う男』の探偵、『ヨコハマBJブルース』のBJといった探偵。

 番組中では松田優作が在日二世だったことや暴力事件にも触れていたり、決して単なる偉人伝みたいな扱い方をしなかった点に好感を持ちました。

 番組の進行は、松田優作の追っかけから専属カメラマンのようになり、現在は映画のスチールカメラマンをされている松田優作の“仲間”を追いかける形で進むという面白い展開でした。

 もう、二十年が経過しようというのに、その存在感は薄まらない。やっぱり、ブルース・リーと非常に似ていますね。

 面白かったのは、『北斗の拳』のケンシローのモデルが松田優作だったという作者、原哲夫の話でした。

 でも、『ブラックエンジェルス』なんて、そのマンマ、松田という名前の刑事が出てきて大活躍でしたからね~。

 今の40代50代の男はすべからく松田優作に憧れている・・・というムチャぶりも、その世代である私はウンウン、そうだよね~と納得しちゃうんですよね。

 思い出話を語っていたジョー山中が、突然、『人間の証明』のテーマ曲を口ずさみ、なんと、そのまま最後まで熱唱してしまったのには驚きましたね。

 武道仲間で亡くなられたMさんは、昔、どこぞで女の子に悪態ついてる松田優作に「やめろ!」と割って入って、殴られそうになったことがあると言っていました。が、そこに岸田森さんがマアマアと割って入って事なきを得たそうでした。

 だから、石橋さんが「確かに喧嘩もしていたけど、それも演劇やっている人間にとってのコミュニケーションだったんだ」と言っていたのに、フムフム、なるほどな~と思いましたよ。

 そういえば、劇団で殺陣つけにいった時も二回くらい挑まれそうだったことありましたよね。先にエイッてやっちゃってからはスムーズに指導できましたけどね。


 あ~、殺陣といえばお昼のニュース番組で殺陣がブームになっているとのことで、芸道殺陣・波濤流の教室が紹介されていました。

 この女性指導員の先生の動きのキリッとしたところがカッチョイイ~と思いました。

 やっぱ、シャープな動きの女性はカッチョイイですよね~。

 あっ、ちなみに、その芸道殺陣・波濤流の高瀬道場の第七回技芸会が2/1(余談ですが私のバースデイでござります)の13:00と16:00の二回、府中の中央文化センター「ひばりホール」で公演されるそうです。

 まだチケットあるかもしれないので、興味のある方はご覧になられてはいかがですか?

 新選組と西遊記の芝居もあるようですよ~。


 さて、ここからガラリと話題を変えまする・・・。

 月例セミナーの参加者に、かつてアクション・クラブに入っていた方がいて、私、個人的に話が聞きたくってですね~。ウキウキして質問したんですよ。

 そうしたら、ナント(聖拳?)! 『超人機メタルダー』のヨロイ軍団軍団長クールギンに入っていたというではないですか! スッゲー! クールギンと言えばメタルダーの敵キャラ中で最も人気があったんですよ~。

 メタルダーはデザイン的にキカイダーのリメイクを目指したような意欲作でしたが、意欲作過ぎて少し短命に終わったシリーズでした。

 でも、若大将の親父である上原健が出演したり、熱狂的なメタルダー・ファンがいた作品でしたよ。

 ところで、メタルダーは第二次世界大戦の時に本土決戦の最終兵器として作られたアンドロイド・ロボットだったという設定なんですが、これと同様のコンセプトって、『鉄人28号』とか、特殊メイクの第一人者で『さくや妖怪伝』や『跋扈妖怪伝・牙吉』とかジャンル映画の監督としても知られる原口智生監督の監督デビュー作『ミカドロイド』があります。

 鉄人28号は知らない人はいないでしょうけど、ミカドロイドは逆に知ってる人は非常に少ないと思います。

 これは、ジンラゴウと呼ばれる強化ボディを持った改造人間なんですけど、カルト漫画『覚悟のススメ』の元ネタだと言われています。

 このバリバリ右向け右ーっ!て感じの設定とか“ミカド”ロイドというネーミング・センスなんかが東宝のガス人間とか液体人間とかマタンゴとかのシリーズを彷彿とさせるんですね。

 ホラー・SF・アクションが混然一体として、何か妙に味のある作品で、御関心のある方には一見をお薦めします。

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拳銃が簡単に入手できる時代?

 ニュース番組を見ていて、「鉄砲のようなもので撃たれた・・・」という事件があり、何やら「改造エアガンかも?」と言っているので、一瞬、先に逮捕されてしまったモデルガン・ガスガンのメーカー“タナカ”のガス・カートリッジ式リボルバーを使ったのか?と思ってしまいました。

 この玩具銃は警察の実験でカートリッジに火薬を詰めて金属弾を発射できると認定されて摘発されてしまったものでしたが、正直、私は疑問です。

 機械加工用の旋盤とか使って小さなカートリッジを改造するような無謀で面倒なことするくらいなら、撃ち空のカートリッジを使うほうがずっと簡単に手作業だけで弾は作れるし、あのリボルバーの構造上、火薬量を調整すれば2~3発くらい発射できるように改造できるかもしれませんが、素人にそんな高等技術がある訳もなく、十中八九、暴発させて本体がふっ飛ぶでしょう。

 無論、構造上、実弾は発射できませんし、仮にできたとしてもプラの本体で発射したら確実にぶっ壊れて破片で指や顔面に怪我を負うのが明白です。

 安定して金属弾(ベアリングなど)を連発して発射できるようにするには、イチから作るか、あるいはエアガンのシリンダー、スプリング、ギアなどを交換して発射気圧を高めたほうが遥かに簡単です(もちろん、違法ですから逮捕されますよ)。

“タナカ”の社長が主張していたことが理に適っていると思います。

 が、警察で実験して認定した以上は文句が言えない(正直、私は疑問だけど・・・雷管を直接撃発するシステムでない、あのメカニズムで簡単にできるとは思えない)。ニュース番組で逮捕されて連行されていく社長さんの姿を見ていると、お気の毒だな~としか私は思わなかったですよ。

・・・さて、ところが、今回は本物の拳銃が使用されていたそうで、「あ~、ついに素人さんでも簡単に本物の銃が入手できる時代になってしまったか?」と思いましたね。

 報道ステーションでは、“ブラジル製のタウルスM85”と紹介され、いかにも三流メーカーの安物拳銃みたいに紹介し、「ブラジルからの密輸ルートがあるのか?」みたいな論調だったりしました。

 が、タウルス(最近はトーラスと発音される場合が多い)というのはブラジルの代表的銃器メーカーで、高威力のマグナム弾が撃てる“レイジング・ブル”シリーズなどでアメリカの一流銃器メーカーと肩を並べるくらいになっています。

 昔はS&W(スミス・アンド・ウエッソン)社のコピー製品ばかり作ってパチモン臭いメーカーのイメージがありましたが、近年は意欲的な新製品を作ってアメリカの銃器販売市場にも広く浸透していたのです。

 ですから、フィリピンの山の中で手作業で作ってるような通称CRS拳銃(コルトとスターム“ルガー”、スミス・アンド・ウエッソンの頭文字を合わせたパチモン拳銃という意味)とか、アメリカの三流メーカーの作っている通称サタデーナイトスペシャル(銃犯罪が土曜日の夜に多いことからネーミングされたもの)なんかと比べれば、遥かにしっかりした拳銃な訳です。

 番組中の紹介写真を見ると、S&Wのチーフスペシャル(短銃身五連発の回転式拳銃)のコピー拳銃であることが判りますが、エジェクターロッド・シュラウド(回転弾倉の撃ち空排莢機能付き回転軸が収納保護される銃身下の部分)がデザインされていて、一見、マグナム弾が撃てそうなゴツさがあります。

 口径は38スペシャルみたいですが、これは日本警察のニューナンブM60なんかと同じ標準的なものです。

 想像ですが、インターネットを使って入手したのではないかな~?と思いました。

 銃にまったく無知な日本では、ブラジル製だのロシア製だのというと、その国から直接密輸されたようなイメージがあるでしょうが、銃大国のアメリカでは世界中のほとんどの国の銃が入手できる訳です。

 それこそ、ドイツのルガーやワルサーのマニアもいれば、日本の南部14年式を持っている人だっている訳です。

 いや、日本だって、発射機能を潰してある無可動実銃なら入手することはできるのですし、火繩銃のような骨董銃であれば、発射機能があっても銃砲刀剣許可証付きで買える筈です(多分・・・)。

 だから、骨董店や横浜の行きつけの刀剣店でもZB26軽機関銃の無可動実銃(軽機関銃といっても5~6kgの重さがある)を見ました。

 以前、銃雑誌の宣伝広告で見た時は、『ルパン三世 カリオストロの城』で次元が使ってた対戦車ライフル“シモノフ”の無可動実銃が販売されていましたよ。

 でも、私はこの手のものはなるべく買わないようにしています。

 だって、マニアの気質(サガ)として、実際に撃てるように改造したくなっちゃうのが解ってますからね~。
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政治家は庶民感覚を忘れたらイカンよね・・・

 麻生首相を支持する人が国民の二割を下回ったとか? 八割の国民から支持されなくなったのに居座り続けられるというのは凄いな~と思います。

 問題なのは、要するに定額給付金でしょう?

 あの「国民に金を恵んであげましょう・・・」みたいな態度がムカつかせる。

 私みたいな貧乏生活で、くれるという金だったらクレクレタコラみたいに貰いたい性格でも、「なんじゃ、あの上から目線の国民をなめ腐った態度は?」という気持ちが先にたって、「たかが一万二千円貰っても、三年後の消費税アップからすれば見え透いた騙しだよね~」と思うと受け取る気もなかったですよ。

 だから、どうせくれるんならそれなりの額にしたら?と思ったんですけど、どうやら、国民の八割は私と同様の感情があったみたいですね。

 金持ちは理解できないのかもしれませんが、庶民にとってお金というのは心理的に付加価値がつくもんなんですよ。

 何年も前ですけど、相模原市の上溝駅という単線の駅で電車を待っていた時、自動販売機で缶コーヒーを買おうとして50円玉を落としたら、それが自動販売機の下に入っちゃったんですね。

 手が汚れるし大の大人がゴソゴソやるのもみっともないな~と思って諦めて缶コーヒー買ってベンチで飲んでたんですね。

 そうしたら、その様子を見ていた女子高校生が自動販売機の下を探って50円玉拾ってくれたみたいで、「はいっ」て、ニコニコして渡しに来てくれたんですよ~。

 私は本当にビックリして、今時、そんなことしてくれる娘がいるんだ~って思ったんだけど、何か、動揺しちゃって、「えっ? あっ、どうも・・・」としか言えなくて、後から「しまった。もっとちゃんと御礼を言わなきゃいけなかったのにな~」って思いましたよ。

 あの時の50円玉は、何か使うのがもったいなくって、小銭ためてる缶に入れたままですよ。

 何か、町田・相模原は援助交際してる女子高校生が多いんだとかいう雑誌の記事読んだりしていて、女子高校生って何か嫌だな~って、その時まで思っていたんだけど、最近は子猫がじゃれてるみたいに微笑ましく見れるようになりましたよ。

 まっ、私が立派なオッサンになってきたってことでしょうけどね~。親子ぐらいの年齢差だもんな~(もうすぐ46歳でござりまする~)。

 麻生さんが庶民派を気取ったりオタクに媚びたりしても、やっぱり、もう庶民の気持ちが解らない我が儘なボンボンだということが見抜かれてしまっているんでしょうね。

 正直、個人的には私は福田さんのほうが好きだね~。無責任だと言われているけど、突然の辞任は麻生さんとの密約があったと考えるのが妥当でしょう? 仮にも一国の総理大臣が自分の一存で進退決められる道理はないよ。

 だから、記者に無責任だと言われてキレたんだと思う。

 TVのニュース番組を見ていると、「総理大臣は自分のやりたいことを明確にするべきだ」とか言うコメンテーターばっかりですけど、私は何を馬鹿なこと言っているんだろうか?と思うんですよ。

 総理大臣は神様じゃないんだから、自分のイデオロギーに沿って政策決めていったりしたら大変ですよ。

 仮に石原慎太郎さんが総理大臣になったとしたら、「核武装しなきゃ北朝鮮、中国になめられるだろ?」とか「自衛隊? 帝国防衛隊って名前にしたらいいんだよ」とか暴言吐きまくるのが目に見えてるでしょ?

 面白そうだけど、やっぱり総理大臣には資質が肝心ですよ。

 やらなきゃならないことは、まず第一に現状をきちんと把握すること。それから現実的具体的な対策をダンドリ良く進めていくこと。

 つまり、総理大臣の個人的な「俺はこれをやりたい。やるんだ!」みたいな主義主張は必要ありません。総理大臣というのは滅私奉公する覚悟しなきゃダメですよ。

 でも、そんな政治家、本当にいるのかな~?

 民主党も、結局、永田元議員の自殺について無視を決め込んでしまったようで、私は本当にガッカリしましたよ。“人間としての心”があれば何か言うべきことあるでしょ?

 確かに自業自得だし弱過ぎますよ。舌禍の果ての自殺なんて男として最低過ぎると思います。カッコ悪過ぎる・・・。

「でも、彼だけの責任なんですか?」と、民主党員すべてに問いたいです。

「彼一人が暴走したんじゃなかったでしょ? 党ぐるみであおり立てたでしょ? その責任は感じないんですか?」って・・・。

 そういう政治家全体への不信感が募る中、多少、「へぇ~、やるね~」って思ったのは、渡辺喜美さんの自民党離党でした。

 野心があってのアピールで、追随する人がいなければ撤回するだろうと思ってた。だって、明らかに貧乏クジ引く結果になるだろうから・・・。

 昔、加藤さんが似たようなことやって、それでカッコ悪く撤回して、そのまま沈んだっきりですよ。政治の世界は任侠の世界と似てるから、侠気を手放して長いものに巻かれてしまったら、もう、誰も相手にしないですよ。

 だけど、渡辺さんは撤回しなかった。現実に貧乏クジ引いても侠気を通してしまった。
私は、自分の意見を通してみせた渡辺さんの気骨を買いますよ。

 麻生さんは「渡辺ミチオ」と、またもや言い間違えたり、個人の勝手だみたいな言い方で無視しているようにしていましたが、こういう讒言に耳を貸さない親分気質が国民に嫌われていることをいい加減に気づけよって言いたくなりました。

 私は、敢えて貧乏クジ引ける人間がいないと、その業界は腐っていくだけだと思っています。

 だから、小向美奈子が週刊ポストで芸能界の恥部について語った時も立派だと誉めたんです。おかしいことを「それはおかしいよ」って言える雰囲気がなかったら、もうダメなんですよね(小向さんが元気でいることを祈るだけです)。

 武道・武術・格闘技の世界も似たようなもんですよ。意外とオカマの腐ったようなやり方する人が多い。

 で、武道メディアの人間(編集者やライターとか)も、それでバランスが取れていると考えて、知ってて知らぬフリをして寄生してる。嘘だと解っていて書く。詐欺の片棒担いでいる後ろめたさをごまかすために、「世の中はこういうもんだ」と悟ったフリする。

 違うよ。バカヤロー! 間違いですよ。歪みはいずれ必ず全体の崩壊を招きますって。

 世界的不況も、個々の歪みを放置し続けた結果なのだという現実を自覚すべきだし、今の自民党を客観的に見ていて、末期的だと思わない人は無きに等しいでしょうね。

 渡辺さんが結局、孤立して離党するしかなかったというのも、自民党の腐りっぷりを際立たせただけ。庶民感覚が解らなくなって、政治の世界の論理でしか考えられなくなった野心と欲望でドス黒く染まった姿を見せつけて、どうするつもりなんでしょうね。

 でも、民主党に変わっても体質はそう違わないだろうな~と思う。

 少なくとも、庶民感覚の有無がこれからの政治家に必要なのは間違いないと思う。国民の目線から掛け離れてしまっては、どうしようもありませんからね。

 ここ最近の世相を見ていると、世の中のシステムが崩れかかってきているんだと思いますね。だけど、俺は俺。心は留めない・・・。

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2009年月例セミナー開始!

 2009年の月例セミナーの第一回を1月11日に開催しました。

 何しろ、世界中が不況で喘いでいる時期ですから、参加者が激減するんじゃなかろうか?とも思ったりしていたんですが、去年と変わらず遠方(大阪や茨城)から駆けつけてくださる方もいらして、賑やかに楽しくやれました。

 皆さん、有り難うございましたっ!

 しかも、今年の参加者には指導者クラスの実力者も何人かいらしてレベル的にも期待が持てます。「この調子で一年やったら、どれだけ変わるかな?」と、年が明けたばっかりなのに、12月が楽しみですよ。

 せっかく安くないお金を払って参加されている人達のためにも、セミナーの進行に支障を来すような自惚れて勘違いしているようなヤツが紛れ込んでいたら、もう遠慮しないで叩き出してしまおうと決めていたんですが、そんな不心得な人間もいませんでした。

 やっぱり、武術というのは客観的に見て“暴力”になりかねませんから、心がねじ曲がっている人間に教えると発狂させてしまうだけですから、心がねじ曲がる前に顔面をねじ曲げてやった方が心の矯正になって宜しいのではないか?と最近は考えています(あっ、ヤベッ! 俺の精神の底に潜むキマイラが出てきそうになってるぅ~?・・・なんてね)。

 でも、張り切り過ぎて、次から次に技を指導していったので、初めての人だけでなくて会員さんでさえ混乱して覚え切れないと言っていました(いつも見せない歩法までやって見せたんですけどね。ちょこっとだけ・・・)。

 もっとも、最初が肝心ですからね。今年は基礎錬体を毎回やって、確実に身体を練り込んで高度な技もバシバシやれるようになってもらおうと思っています。

 私は、最近の研究結果を分析していて、身体は筋肉を鍛えて固めるのではなく、筋肉を練り込んでしなやかに動けるようにすることが肝心だと思っています。

 もうね~、極論すれば「鍛えちゃダメ!」ってくらいのことを私は言いたい。

 ど~しても筋肉を鍛えたいのなら、筋肉に弾力性をつけるような鍛え方をするのが良いでしょう。弾力があると打撃のエネルギーをある程度中和できるから試合に挑戦したい人にとっても役立つでしょう。

 結局、筋肉を分厚く固めて打たれ強くなっても、耐性がある安心感で相手の打撃を防がなくなってしまうんですよ。丁度、防具を装着したような感覚になる。

 これでは知らないうちにパンチドランカー症状みたいな内蔵の機能不全に陥っていってしまいます。30歳、40歳の大台に乗った時にガクッと身体が悪くなっていく筈で、突然死さえあり得る。

 だから、「試合に勝てなければ意味がない」と考えている人には、「競技のために一生を棒に振るような馬鹿な闘い方はするな!」と私は言いたい。

 それでも、「試合に勝てるなら、残りの人生は失っても構わない」と真剣に考える人もいるでしょう。もし、そこまで考えているのなら、もっと合理的に試合に勝てるやり方を私が考えてあげますよ。だから、頼むから親から貰った身体は大切にしてくれ!

 今、うちの会員さんにも50過ぎて試合に出てる人がいらっしゃいますけど、もうちょっとで勝てそうなくらい手ごたえを感じているみたいです。

 試合に勝つのって、ある意味で実戦より厳しいですよ。だって、技は限定されるしね。

 でも、限定状況の中でできる範囲のことをやれば勝負であることは変わらないんだから、工夫していけばそれなりの成果は出る筈ですよ。

 例えば、相手の攻撃は基本“受け流す”のが武術の発想です。受け流しつつこちらは“確実に当てる”。そして、ここが肝心なところですが、“当ててから全力で打ち込む”のです。

 ボクシングでもキックでも総合でも打撃技は適切な距離を保ってパンチやキックを加速度をつけて放り投げるようにしてヒットさせるのを狙う訳ですが、これが確実に命中して尚且つ百パーセントの威力を相手に与えるというのは想像以上に難しい訳ですよ。

 素人のパンチを神様のように避けてしまうプロボクサーが顔面をジャガイモのように腫らしてやっとこさ勝利を得るのが“試合”の現実でしょう? 同じ技術の拮抗した遣い手同士なら、そうなるんです。

 だから、こういう試合で一方的に勝っていくには、戦闘の構造と用いる技そのものが違っていないと難しいんですよ。

 うちのやり方なら、寸勁をメインウエポンにする。そして、三つの試力の動きが、この攻防原理を体得する肝心要な練習法なのです。

 これが、いわゆる勁力と呼ばれる中国武術の力の出し方を養成する身体訓練法だと私は解釈しています。

 つまり、相手の攻撃を“化勁して”、“招法を使って触れて”“発勁する”という次第です。

 割りとよく聞く解釈としては「伸筋を使うのが勁力の正体だ」というものがあるんですが、それはボクシングでも同じなんです。ただ、上手いボクサーはフットワークを遣いながら打つ。

 一見、足を止めて足裏の蹴り出す力で足・腰・背中・肩甲骨・腕・拳へと伸筋連動でパワーを伝達させたほうが威力が大きいと思いがちですが、足を止めて打っていたら人間がふっ飛ぶような爆発的なパワーは得られません。

 やっぱり、脱力して重心移動を用いないと、人間がピューンとフッ飛んだりはしないんですよ。フットワークは蹴り足で威力が出ると思いがちですが、事実は、フットワークで動いている体重心がぶち当たることによる威力なのです。

 この前、実験したから確信できましたけれど、刀で斬る場合も刀の振りに体重心の落下エネルギーを乗せるだけでマキワラが大根斬るみたいにスパスパ斬れました。ちなみに私はマキワラ斬ったのはその時が初めてですからね。

 それと、「内家拳は接近密着して戦う」と言いますが、高速で動いて攻撃してくる相手にどうやって密着するか?ということを考えないと理論倒れになってしまいます。それが招式と呼ばれる“技を極めるための入り方”なんですけれど、私は交叉法から考えていくつかのやり方を工夫しました(これは交叉法の回で指導する予定)。

 初回にしっかり教えておこうと思って、基礎錬体法の武術的用法も二種類か三種類くらい打撃技への応用をからめて解説したんですけれど、この動きから打撃技が出せるとはちょっと思わないでしょうね。

 でも、打撃も投げも関節取るのも、重心移動が根本にあると理解していれば、臨機応変にその場でどんどん変化してきますからね。さらに組み合わせていけば応用法は無限大に増殖していきます。

「~~流は二千(二万とも?)の技がある」と、何かの本で威張って書かれていましたけれど、「アンタ、それ、数えたの?」って聞いてみたい。そんなもの、一目瞭然で応用変化技をかけているだけの話で、そんなの私だってすぐ工夫できますよ。馬鹿馬鹿しいったら、ありゃしない・・・。

 肝心なのは、応用変化し得る基本技とその原理を理解することなんですよ。そんな数誇るような頭の悪いこと言ってるから発展しないんですよ。技を形で覚えようとすることの不毛さにいい加減に気づいたほうがいいでしょう。

 当然、基礎錬体の動作だけで十や二十の技は工夫できてしまうんです。その工夫ができるかできないか?が、武術としての実用ができるか形式だけで終わるかの別れ道です。

 私が研究家として伝えていきたいのは、形式の意味を解読していくことです。今のところはそれだけやれれば研究家としての使命の大半は果たせるんじゃないか?と思う。

 十年くらい前に西荻窪のほびっと村学校で連続講座をやっていた頃は二千円くらいで開催していたんですが、今は大幅に値上げして一万円です。

 予約半額セールを申し込まれた方が半数以上いらしたんですが、それでも一回五千円になります。

 五千円から一万円というと、だいたい、武道道場の相場としては一カ月の月謝くらいになります。2時間の練習で月に4~10回くらいできることになるでしょうね。

 ということは、月に一回三時間で八~二十時間分くらいの内容を指導しないと計算が合いませんよね。

 やっぱり、十分な修行経験のある方に教える以上は、従来の武道と同じような意味不明のままやらせるような内容ではダメだと思っています。もっと、一回一回が濃密に進化していくのを感じられるような、ブッ千切りの武術セミナーを私は目指しています。

“毎回が最新最高の進化系”でありたい・・・。コレ、今年の目標!

 しかし、それは遊心流の進化ではないんです。今回は勘違いしているような人は見受けませんでしたが、私は、参加してくれた方が、もっと自分が学んできた流儀に誇りを持って、さらにそれを深めていける・・・という再発見をして欲しいと思っています。

「ほんっとにモウ~、このバカタレがぁっ!」と思うのは・・・、かつてグレイシー柔術に打撃系格闘技が軒並みやられてしまった時、「やっぱり実戦的なのは寝技だ!」とか、「いや、寝技はストリートファイトじゃ使えない」とかいった、目先の実戦ばっかり論じる阿呆ばっかり・・・。

「オイオイ、待てよ」って言いたかったですよ。

「グレイシー柔術って元は日本の柔道でしょ? 日本の柔道の母体は古流柔術でしょ? そして、古流柔術って剣術の原理からできてきてるでしょ? お前ら、何でそこを考えないんだよ?」って思った訳ですよ。

 私が中国武術に興味持ったのも、空手の源流だという話を知ったからですし、日本の古武術に興味持ったのも、現代武道の源流だからですよ。

 やっぱり、私は日本人として日本の文化に誇りを持ちたいんですよ。その上で他国の同様の文化を尊重するのなら解るけど、「どっちが強いとか実戦的だとか、そ~んな幼稚なことで選んでて、お前ら恥ずかしいとか思わんのか?」って言いたい。

 そんな連中はグレイシー柔術より強いものが現れたら、即座に乗り換えるでしょう。ミーハー過ぎるんですよ。本当にグレイシー柔術の素晴らしさにほれ込んでいたなら、その源流である日本の武術に目が向かない筈がないと思ってますよ。

 確かに日本の武術の世界は怪しい人が多いですよ(アメリカもそうらしい)。でも、他人はどうあれ、自分がそうでなきゃいいんでしょ? 私は心の底から日本の武術も中国の武術もその他の国の武術も全部、素晴らしいと思ってますよ。

 だいたい、そんなフェイクなだけの代物がずうっと伝承される訳ないでしょ? 一見、全然実戦に遣えなそうなものでも、原理的に観察していったら、ほとんどがちゃんと遣えますよ。

 もちろん、甲野さんの技だって、ちょこちょこっと手直しして稽古システムを整理したら見違えるように実戦武術にチューンナップできますよ(私がやればの話ね)。

 ヒントだけ書いておくと、甲野さんは相手を居着かせて崩すことしか考えていないからまともな勝負になると何もできずにやられてしまうんですよ。崩し技というのは本ちゃんの極め技を繰り出すための“お膳立て”であって、それだけ抜き出しても意味ないんですよ。

 その意味のないことを「どうですか? 僕って達人でしょ?」と人様に思わせるためのパフォーマンスしかやらないからダメなんですよね。で、それを引き継いじゃったら、中身のないスッカスカの武術モドキが伝播してしまう・・・という危機感があるから、私は徹底批判し続けている次第でございますよ。

 多分、甲野さんの技のどこがどうダメなのか?ってことは皆さん、解ってないと思いますよ。「鍛えてないからだ」と言う人は何人もいらっしゃったんですが、それは副次的な要因でしかないし、ある意味、甲野さんは古武術の世界では結構練習している人ですからね。

 彼が驚異的な惨敗記録を打ち立てている真の理由は、彼が武術の戦闘理論をまったく理解していないからですよ。だから、武道やってる人の中でも甲野さんが本物の達人なんだと信じて疑わない人もいるでしょう? 内田樹さんとか・・・。

 それは、そういう人達も武術の戦闘理論を知らないからですよ。自分が知らないから見抜けないだけ。いやはや、日本の武道・武術の世界も、あんなオッサンにいいように振り回されるのを許しているようではお先真っ暗ですな~。

 彼が大活躍して日本武道の代表者みたいにマスコミに持て囃されてしまった段階で、日本武道界の凋落度を示していたと解釈することもできます。

 ルパン三世に五エ門が初登場した時に、日本刀の素晴らしさを説き、「それがしが普通で、西洋武道に血道をあげる連中が狂っているのです」と言うんだけど、同感でしたよ。

 そりゃあまあ、私も鉄砲好きだけど、日本刀と鉄砲のどっちが好きかと聞かれたら、日本刀選びますよ。

 その理由は自分が日本人だからであり、そしてまた、鉄砲は弾丸が尽きたら武器としての機能が失われるけれど(イスラエルのガリル・ライフルみたいに多機能ナイフみたいなのもあるけど)、日本刀は自分の技量で武器の性能を持続させられる。

 しかも、鉄砲は殺すか傷つけるかしかできない武器だけれど、日本刀は傷つけずに相手を制圧することができる。柄頭の当て身・柄や鞘での逆捕り・下緒での捕縄術・峰打ち等々・・・。

 また、日本刀の使い方は同時に身体そのものの使い方に通じていて、刀がなくとも武術として体術が使えるようになる(例・柳生新陰流の無刀の位)・・・。

 でも、そんなところまで考える人はほとんどいないでしょうね。目先の実戦しか考えないから・・・。

 そういうことを考えるのが武術の発想なんですよ。

 だから、空手を学んでいる人は、空手の奥深さに気づいて欲しいし、少林寺拳法ならその革新的な技術体系の良さを再認識していただきたい。

 剣道も柔道も合気道も、結局、一般的に学んで稽古している内容で全てじゃないんですよ。それに気づいてもらいたいんですよね。

 だけど、結局、そんなことを口でいくら言っても、やって見せない限り、誰も理解してくれないでしょう? だから、セミナーやっているんですよ。

 目の前でやって見せて、「こうすれば貴方にもできますよ」って教えて納得してもらう訳です。他人がやって見せるだけならインチキかもしれないけれど、自分ができるようになれば疑う余地は無くなるでしょう?

 そして、ものの見方、解釈のやり方を自分のものにしてもらって、自分の学ぶ流儀の本来の姿を自分で見極められるようになってもらいたい訳なんですよ。

 ちょっとヒントを書きますと、本来、武道は直線的な試合競技向きの動きだけではなかったのであって、年齢を重ねても向上していける“技”は、その多くが曲線の動きなんですよ。いわゆる“円の動き”なんですね。

 武道の試合って、最短最速を目指すから、攻撃が直線的になるんです。スピード勝負になる。“点”の攻防ですね。

 だけど、これが観客に見せる要素が入ると曲線の動きとミックスされる。フックやアッパー、回し蹴りといった技が増える。

 しかし、これら曲線の動きの技は、実は「いったん出したら相手を仕留めるまで戻さない」というのが前提なんですよ。でなければ直線の技の方が速くて強力です。

 ムエタイの選手が意外と前蹴りのプッシュキックを用いるのも、あれで回し蹴りを封じられるからですよ。同時に出したら真っすぐ出すほうが速いに決まってます。

 こう書けば、セミナー受けた人の中には、「あ~、なるほど、あの技はそういう意味だったのか?」とピンと来た人もいるでしょう。

 私が主に研究しているのは、曲線の動きで直線の技を巻き込みながら封じて、そのまま打つ・・・というものだからです。

 これは発勁ローキックも同じ。蹴ったまま巻き取るように相手の脚を刈り払って体勢を崩しながら連打を浴びせる・・・という基本的パターンの意味が解ると思います。

 基礎錬体の動作の武術的応用法も、この前提で工夫しているんです。通常の格闘技のスタイルを崩して使えなくするための戦術が含まれているんです。

 どんなに実力差があっても、瞬間的に相手が攻撃できなければ、そこを集中砲火したら勝てる要素は格段に大きくなりますからね。

 武術では実力が勝敗を決める要素にはならないんです。戦術が決める。

 そこが理解できれば、「こんなの使えない」と思っていた型が実は超実戦的に工夫し抜かれていた?という真相が見えてきたりする訳なんですよ。

 私は、たったこれだけのことに気づいてからは、もう毎日が感動のしっぱなし! と同時に、「ア痛タタ・・・、アンタ、それ間違ってるってばよぉ~」って、専門誌読んでて苦笑しっぱなし! いや、トンチキなのが多いですよぉ~?


追伸;セミナーが終わった後、舞踊カンパニーの方々が入れ替わりで入ってこられていて、私が刀のケース持っていたので殺陣だと思われたらしくて親しく話しかけられました。個人的には武術と同等以上に殺陣が好きなんで、そんな風なことも話したりして、「タダで教えてもいいですよぉ~」なんて愛想振り撒いてきました。いや、最近は生活水準が普通になったので、マジで殺陣の指導くらいはボランティアでやりたいですよ。やってくれっていう劇団とか映像関係の方とかいらしたらメールくださいませ~。武術は仕事にしちゃったから無理だけど、殺陣とか武芸考証とかは趣味でやりたいですよね~。アイデアはいっぱいありますよ。ヨロシク~!(ちなみに小説もこっそり書いてま~す。武侠物とかSF時代劇とか・・・)
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『武術と生きる日々』発売中!

 私の数少ない武術友達の一人である中村晴一先生から、「本、読んだよ!」という電話を頂戴しました。

「長野さんがこれまで書いた本の中で一番、面白い!」と絶賛してくれたので嬉しかったですね。

 いや、でも自分でも今回の本が最高傑作になったと思ってるんですよ。やっぱ、理論や技術について解説するより、実録物は面白いもん。

 内容的にも、全然、武術と関係ないところが逆に面白いと思う。

 テーマからすると、校内暴力、幼児虐待、貧困、パニック障害、親子の葛藤、大学中退、運命論、師弟の葛藤、戦争体験、舞踊、自主映画、武術家の虚栄心・・・等々、我ながら随分と多伎にわたっているな~と思います。

 しかも、ほとんど挫折と失敗の繰り返し・・・自分で読んでて「阿呆だな、俺は」と客観的に思いますけどね。

 本当は、割愛したところも書いたら面白かったとは思うんですけど、そうするとホラーサスペンスみたいになっちゃって嘘臭くなるから割愛したところも多々あります。

 無論、甲野さんのことも出会いと別れ?みたいなことも書いてます。

 だけど、本当に私は彼には、ちゃんとまっとうな人生を歩いて欲しいんですよ。嘘ついて他人を利用して権威を築くんじゃなくて、迷惑かけた人達にきちんとお詫びして自分のやれること、やるべきことをちゃんとやっていって欲しい。

 だから、私は彼が「身体操作の研究家です」と、“武術”から完全に離れるまで糾弾し続けるつもりですよ。でないと、彼に学んだ次の世代の人達が我知らず嘘を繰り返すことになってしまいますから・・・。

 甲野さんに学んだ第一世代?とも言える私が、その間違いについて指摘していくのが筋だと思っています。

 はっきり断言します。甲野さんは武術について何も解っていないんです。武術というのは単に身体の動かし方の問題ではないんです。むしろ、心と覚悟(ハラ)、そして知識としての戦闘理論であり、技であり、それらを引っくるめた稽古体系に全てがある。

 それを理解して取り組めば人生を変える学びになるけれども、理解できなければ単なるヒマ潰し程度にしかならない。

 それを、完全に誤解して広めてしまった甲野さんは、武術史上に於ける空前絶後のトリックスターです。

 何故、そうなってしまったのか? 甲野さんが“戦えない人”だからです。戦う能力も戦う技能も戦う意志さえもない。武術の達人風に見せかける虚栄心しか彼にはなかったんです。それに引っ掛かってしまった現代日本の偽装気質にも問題があったんですよ。

 つまり、本物を見抜けない人が多過ぎる・・・ということ。言葉を換えれば「本物を追求する人が少な過ぎる」ということです。

 よって、甲野さんは現代日本だからこそ成立できたトリックスターだったのです。

 本を読んでもらえば解ると思うから、これ以上は書きません。

 でも、今の時代にはピッタリの人だな~と思いますよ。いろ~んな意味で、誰もが「現実なんてそんなもんだから・・・」と言い訳して優しく偽装を許してきたんだから。

 給付金の問題も根っこは同じだと思いますね。

 麻生さんは思い上がりが過ぎますね。国民に金を渡せば消費が上がると思っているなら、一万二千円じゃ少な過ぎるんですよ。五万から十万くらい渡せば多少の効果はあると思いますけど、一万二千円で何を買えってんでしょうね?

 はした金とは言わないけれど、あまりに中途半端・・・。

 そんな金があるのなら、もっと有効に使う方法はいくらでもある。仕事のない人や生活が苦しい人を優先的に助けることを考えるのがまともな人間の発想じゃないんですか?

 私は、現時点で預貯金は0に近いですけど、この寒空で屋根つきの部屋で暖房つけて生活できるだけで、本当に有り難いな~って思いますよ。

 特に風邪でふせっていて、「今の状態で一晩外で寝てたりしたら死ぬんじゃないかな?」って考えると、なんという恵まれた境遇だろうって思いますよ。

 私はヘンな本書いたり人体のぶっ壊し方教えて生活費を得ているヤクザな人間だから、ちょっと後ろめたい訳ですよ。少しでも世の中の役にたつようなことができないかな~?と、いつも考えていますよ。

 だから、今年は人の役に立つ、世の中の役に立つ・・・そういう仕事をやれるように頑張っていこうと思ってます。

・・・という訳で、11日(日)の2009年初セミナー、皆さん、宜しく! いざという時に通り魔を一撃必殺にできる発勁の打ち方をお教えしますぞよ・・・。
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ギャグアニメ監督の殺陣の腕前にビックリ!

『闘え!ドラゴン』の海外劇場版をファミリー劇場で見ていて、何か、これは凄いな~?と思っているんですけどね・・・。

 無論、倉田先生の武闘アクション・スキルの高さにも驚いたんですけれど、何といってもゲスト共演陣が凄いんですよね~。

 キックの鬼こと、“真空飛び膝蹴り”で一世を風靡した往年の国民的キックボクサー、沢村忠が、“木枯らし”という敵組織の一員で登場したり、“ホタテマン”こと安岡力也が出ていたり(痩せてる!)・・・。

 しか~し、私が驚いたのは、それだけではありませんっ!

 何と? ライオン丸とキカイダー01と変身忍者嵐も出てきてドラゴンこと不知火竜馬と対決するんですよ!

 あっ、ゴメン! 要は、ライオン丸を演じた潮哲也と、01を演じた南隊員(あっ、名前を度忘れしちゃった。『帰ってきたウルトラマン』の南隊員と言えば判るでしょ? わかんない?・・・ゴメン・・・)と、嵐を演じた南条竜也が出ていたんですよ。

 これで倉田先生が変身したら完全に特撮ドラマになってたよな~。『闘え!ドラゴン』って・・・。

 何だかんだと言われても、武術を遣うヒーローが活躍するドラマって、割りとあるんですよね。

『姿三四郎』から始まって、『くらやみ五段』(千葉真一)とか、『柔道一直線』(桜木健一)とかの柔道ドラマもそうだし、『魔拳カンフーチェン』と続編の『激闘カンフーチェン』(高木淳也!)とか、安達祐実主演の『聖龍伝説』(千葉ちゃんが第一話でいきなり死ぬし、佐竹やファラキャットやケイン・コスギが出てて、鶴ちゃんが味方だか敵だかよく判らない役で出てた)なんて“超カルト”作品(そういえば、そんなドラマがあったような気がする?という人が多いでしょう)もある。

 多分、ほとんど誰も知らないと思うけど、『こんな学園みたことない』という学園ドラマも、“一条寺拳法”という武術の伝承者の新任の女教師(奥田圭子)が、学園を狙う悪党一味と人知れずヌンチャクで闘う!・・・という、何を狙って企画がたてられたのか判らないドラマでした(と言いつつ、私は熱中して見てた。もうちょっとアクション路線に徹していたほうが評判になったと思うけどね)。

 だって、ウルトラマンレオ(宇宙拳法!)や、メガロマン(猛虎硬破山!に旋風脚!)や、仮面ライダー・スーパー1(赤心少林拳!)だって拳法の遣い手だったからね~。

 戦隊シリーズだって、隊員が武術の遣い手という設定は多いです。『マスクマン』や『ダイレンジャー』や『ゲキレンジャー』みたいに全員が武術の遣い手という作品もありました。

 まあ、今年の戦隊シリーズは、ついに『侍戦隊』だそうだし、剣術、居合術、槍術、手裏剣術、柔術の遣い手が出てくるんでしょうね?

 ゲストで甲野さんが出てきたりしたら嫌だけどな~。黒田先生だったらいいけど。黒田先生、オファーあったら断らないと思うな~。実は特撮とかアニメのオタクだという噂が武術界にはある・・・。


 話は変わって、NHKハイビジョンのアニメギガを何の気なしに見てみたら(一度もまともに見たことない)、たまたま大地丙太郎監督が出演していて、「あっ、この人は時代劇マニアなんだよな~」と思って、しばらくチャンネルを変えずに見ていました。

 すると、時代劇の話になり、大地監督が殺陣を習っているという話になり、さらに驚くべきことに「殺陣を見せてください」という話になり、さらにさらに驚くべきことには、ちゃんと着物に刀差して登場し、本格的な殺陣を披露!

 いや、・・・っていうか、この人、素人とは思えませんよ。相当上手いよ。必殺仕事人2009スペシャルに出てた沢村一樹より上手いよ。

 それに、この相手役の人って、どっかで見たことあるぞ・・・と思っていたら、剣伎衆かむいを率いる島口哲朗さんで、ちょっと、驚きましたよ。島口さんも「これはお世辞じゃなくって・・・」と大地監督を誉めてましたけどね。

 島口さんは“男の墓場プロ”の『怪奇!!幽霊スナック殴り込み』に出てたから、それで顔を覚えていたんですよね。「原口智生さんと似てるな~」と思って覚えていたんで、普通は表に顔を出さない人なのに知ってた訳。

 で、大地監督は声優の名塚佳織さんに斬られる・・・という展開でしたけど、佳織さんもかなり上手いね。女性で殺陣がサマになる人は少ないからね~。これくらいできたら、時代劇ドラマに出演できるね~。

 けれども、やっぱり好きこそものの上手なれって言うけど、本当だな~と思いました。

 大地監督が島口さんを斬るフィニッシュの片手で斬り上げてキメのポーズとるところなんて、「近衛十四郎だよぉ~!」って、私は笑ってしまいましたよ。そんで、スッゲ~嬉しそうなんですよ、監督。気持ち解るな~。私も若山先生の水鴎流斬馬刀の構え?を剣術の稽古で遣ったりするし、居合術で血振りの代わりに刀回転させちゃうもん・・・。

 大地監督は、『ギャグ漫画日和』が面白いけど、デビュー作は『十兵衛ちゃん』。『十兵衛ちゃん2』では柳生十兵衛の声が十兵衛役者で有名な近衛十四郎の息子である目黒裕樹なんですよ。敵役は竹内力だし・・・凄いキャスティングだ・・・。

 目黒さんはヨロキンの『柳生新陰流』で十兵衛を演じてましたけど、この時にクノイチの小笛を演じていたのが、『レッドバロン』『緊急指令10-4-10-10』『スーパーガール』で活躍していたアクション派女優の牧れい様でした。

 え~っと、脱線しそうだから元に戻して・・・大地監督は近衛十四郎の大々々ファンらしくって、近衛のTV時代劇の一連の素浪人物シリーズ(月影兵庫・花山大吉等)にオマージュを捧げた作品も撮ってましたね。主役の声が元少女隊の安原麗子でした。

 何か、大地監督には実写のコメディ時代劇とかも監督して欲しいですね~。コメディだから緩いんだけど、殺陣のシーンだけ、スッゲー本格派なの・・・。

 どうっスか?

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年始は時代劇と空手映画三昧

 いやはや、結局、風邪も治らず年を越してしまい、未だに咳が出ると止まらなくなる状態で困ったもんです。

 出掛けて帰ると咳が出る。だから、なるべく出歩かないで部屋で暖房効かせてTV三昧でしたよ。

 でも、年末年始って、芸能人が自分たちで楽しんでるだけみたいな番組も多くて、必然的に私はケーブルTVばっかり観てたんですけどね~。

 ただ、昔の時代劇スペシャルとかが観れて面白かったのは、杉良太郎の『鳴門秘帖』とか、マサカズ様の『刀化粧』とか里見浩太朗の『寛永風雲録』等々。

 杉良太郎は『たけしの誰でもピカソ』に出た時の殺陣が非常に良かったんですけど、これまで実はあまり注目して見たことなかったんですよ。

 どうしてか?というと、合気道を駆使した体術の殺陣が印象深いので、逆に剣殺陣がどういうものか?ということを見逃していたんですね。

 それで、今回、注目して見ていたら、流石、非常にシャープな太刀捌きで無住心剣・夕雲流(セキウンリュウ)を遣う法月玄之丞を演じていました。

 ちなみに、この『鳴門秘帖』は、鶴田浩二が演じた映画版とか、NHKの連続ドラマではマサカズ様が演じて、私が大好きだった小林麻美が出ていましたけどね。

 そのマサカズ様主演の『刀化粧』は、小池一夫先生の原作とはかなり違っていて、原作だと神夢想林崎流の開祖、林崎甚助重信が主人公なんですが、TV版では小野忠常(小野派一刀流の二代目)となっていて、しかも小野善鬼と神子上典膳が決闘して典膳が勝ち、伊藤一刀斎の道統を継いで善鬼の恨みをなだめるために小野姓を名乗った・・・という通説とは違って、善鬼が父親で、それを柳生宗冬(柳生十兵衛の弟)が討ち取って息子を育てた・・・という設定になっていて、しかも丸橋忠弥と同門の幼なじみだ・・・という、かなり錯綜した話になっています。

 まあ、原作と内容が全然違うのはどういう訳なのかは解りませんけれど、小池先生が設定を変更したのか、はたまた脚本家が考えたのかは判然としないものの、小野派一刀流の二代目宗家が柳生新陰流出身というのもおかしなものです。

 でも、改めて観察していて、やっぱりマサカズ様は殺陣はムチャクチャ上手いです。特に太刀行きの速度が優雅に流れるところから急にビュッと疾ったり、体の転換もキレ味があって、ちょっと驚かされました。

 特に御前試合のところで、夕雲流の針ケ谷夕雲と試合するところなんて、二刀流で柳生の木村助九郎(平泉成)を倒して、「当代一の遣い手とされる」とか強敵っぷりを解説しておいて打ち破るところがナイスでした。

 ただ、夕雲流って失伝してるから、どんな剣術なのか判らないから、つい二刀流にしてしまったんでしょうけどね~。実際の夕雲流の剣技は片手八相に構えて、相手が打ち込む瞬間を読んで合わせ打ちにして勝っていたらしく、技といったらそれだけしかやらなかったということなんですが、それだけで三代目の真里谷円四郎は他流試合一千回全勝ってんだから嘘みたいな話です。

 まあ、マサカズ様が遣う剣とすれば夕雲流のほうが合いそうだし、実際、『鳴門秘帖』ではそうだったんだけど、考えてみたら、剣戟王と異名をとったバンツマの息子だから、殺陣が上手いのは当然かもね~。


 え~、それと、噂だけは聞いていた高倉健の初主演作『電光空手打ち』『流星空手打ち』が東映チャンネルでやっていたので、見逃さないようにビデオ録画して見ました。

 1956年の作品だそうですが、沖縄を舞台に、松濤館流の開祖、富名腰義珍をモデルにしたと思われる名腰義仙という空手家に挑戦して敗れ、弟子入り志願する青年を高倉健が演じていました。

 正直いって、今のカラテ・アクションのスピード感からすれば、実にマッタリとした空手アクションですが、空手版姿三四郎を目指したんだろうな~という印象はあります。

 ちなみに高倉健は大学時代に合気道部だったという話を何かの本で読んだ記憶があるんですが、だからなのか、突き蹴りは下手ですが、捌くのが上手いですね(って、それじゃダメじゃん?)。

 で、一番、空手らしいのは、ヒロインが踊る琉球舞踊の中の手の動作だったりするところが、何か複雑な気持ちになりますね。

 やっぱり、東映の空手映画というと、千葉ちゃんのカァァ~~~ッ!という息吹を聞かないと空手という感じがしないんですよね~。

 それに、何だか、沖縄空手界の代表として東京に行くことになった名腰を妬んで挑戦状を送るとか闇討ちするとかいうところが、見ていて現実の武道・武術の世界と重なるもんだから、私は個人的にウ~ンと思っちゃいましたね~。

 やっぱり嫉妬心燃やして自己アピールしまくるのって、実に見苦しいもんですな。

 実際、武術って、人殺しを想定して技術が考えられている訳で、そんな強さをアピールしてどうすんの?って、普通の精神構造の人間だったら思う訳ですよ。

「この突きで人が倒れるか?」とか、「この一刀で人を切れるか?」ということを真剣に考える前に、「おいおい、人を殴って突き倒したら留置所に入らなきゃならんよ」とか、「人を切ったら死刑になっちゃうよ」とか考えないんでしょうかね?

 そこを考えている上で想定として追究していくものでなかったら、それこそ名腰義仙先生言うところの「キチガイに刃物を持たせるようなもの」です。

 だから、武術を学ぶってことはスポーツを練習してパフォーマンスが上がりさえすればいいというものじゃなくて、やっぱり人間の精神性と社会との適応というテーマと向き合って考えないといけませんね。

 私は、実戦とか強さという言葉が、物凄く安易に用いられていると思うんですよ。実戦といったら殺し合いですよ。素手で殴り合いして強いの弱いのなんか言ってるのが武術だとか言うのなら、あまりにもバカ過ぎます。

 人を殺そうと思ったら、素人だって包丁くらい用意するんです。筋者の方だったらハジキ(拳銃)くらい用意しますよ。実戦といったら、そういうことですよ。

 本当に、私は全然理解できないんですが、何で、素手で殴ったり首絞めたりする実戦しか考えない人が武術がどうこうとほざいてしまうんだろうか?ってことなんです。

 私、武術の基本は剣であり、現代では銃だと思ってますよ。そうした武器を使いこなせなくては全くの無意味だと思っています。生き死にがかかった時に素手で戦うこと考える人がどこにいますか?

 武器が持てない場所、あるいはたまたま持っていない時の最低限の武装として素手の体術があるだけだと思っています。

 普通に武道や格闘技をやってきている人は納得がいかないと思います。でも、逆に何もやっていない人のほうが賛成する率が高いでしょう。つまり、本質的考え方をできなくなってしまうんですよ。武道や格闘技に慣れ親しみ過ぎると・・・。

 実戦なんて、一生、やらないに越したことはありません。他人と技量を競うのならスポーツと割り切って切磋琢磨する気持ちでやるべきです。

 空手に先手無し・・・深い言葉ですね。一つの解釈だけでは成立しません。

 だけど、映画はエンターティンメントとして楽しむべきものです。その意味では説教臭い空手映画より、単純明快、襲いくる敵をドリャーッ!と殴り蹴り、ヌンチャクで打ちのめすのが正しいカラテ・アクションでありましょう。

「考えるな! 感じるんだぁ~っ! アッチョォ~~~!」

 ファミリー劇場では『Gメン75』の香港カラテ・シリーズ(視聴率上がったらしいよ)から、草野刑事(倉田先生!)が登場しない回の作品を放送していて、私は『HERO』も『只野仁』も観ずにワクワクして観ましたよ~。

 Gメンの香港カラテ編と言えば、倉田先生とヤン・ツェーが闘うところしか記憶にない人も多いと思いますが、ブルース・リーのそっくりさんとして本家より先にでっちあげられたパチモン『新死亡遊戯』や、『ブルース・リーを探せ!』に主演していたホー・チョンドーと、『カンフーハッスル』で火雲邪神を演じたブルース・リャンが出ておりましたよ。

 ちなみにブルース・リャンのスキルの高さには唖然としますよ。流石にブルース・リー亡き香港カンフー映画界で最強と呼ばれた男です。ちなみに倉田先生の『闘え!ドラゴン』にゲストで出た時よりも、ややずん胴体型となり、後の頭部のハゲチョビン化を心配させるものがありましたが、ま~、他人事じゃないからね~。

 しかし、私も観た記憶がなかったのは、香港カラテ編で女ドラゴンが助っ人する回があったということでした。観逃してましたね~。

 だけど、ビックラこいちゃったのは、江波杏子が喪服の黒い着物にドスを持って敵陣に独りで乗り込むという「アンタ、Gメンでしょ?」って、突然、『キイハンター』に戻ったようなムチャぶりな展開でした。

 でもって、ヌンチャクや柳葉刀、棍に仕込み杖持ったカンフー遣い達と闘うんですけど、もう江波杏子にかつての女任侠物をやらせたかっただけ?・・・みたいな監督の悪乗りっぷりがうかがえます。

 だけど、凄いのは、着物姿で後ろ回し蹴り繰り出す江波杏子(のスタントさん)ですよね~。『子連れ狼・冥府魔道』で、若山先生がいきなりドロップキックかました時の衝撃
が蘇って、目がテンになりました。

 肝心の女ドラゴンはピャオ(中国式手裏剣)を遣う以外は、技は上手いんですけど、いかんせん、スピードがありません。アンジェラ・マオや志穂美悦子とまではいかずとも、もうちょっとスピーディーに突き蹴り出せればね~。

 ファミリー劇場では、『闘え!ドラゴン』の香港上映のみの劇場版も放送していますが、これはTV放送されたものの再編集版ですね。

 しかし、改めて観てみると、倉田先生の突き蹴りのスピード、あり得ない角度でビュンッと風車のように繰り出される回し蹴りと、これはブルース・リャンに勝るとも劣らぬ見事なスキルで、しかも、ごく最近の作品でも衰えてませんからね~。30年以上経過しているのにな~。

 だけど、私が意外なのは、宣弘社の作品の常連(『シルバー仮面』『レッドバロン』)である玉川伊佐男が殺陣がかなり上手いことでしたね~。

 味方と思っていたら、実は敵の組織の首領だった・・・という『快傑ズバット』みたいな展開でしたけど、『レッドバロン』の自転車刑事のイメージがあるから、結構、驚きます。

 まあ、倉田先生にはまだまだ頑張っていただきたいですね。『クローサー』なんて凄かったもん・・・(香港版キャッツアイなんだけど倉田先生が日本のヤクザの最強若頭なんだよね~)。

 あっ、余談ですが、ファミリー劇場のウルトラ情報局にスペクトルマンの成川哲夫さんがゲストで出ていてウルトラマンレオにゲスト出演した時の思い出を語っていたんですけど、決してスペクトルマンの名前を言わなかったところが偉いと思いましたね。

 伊藤幸雄さんは、うっかりミドレンジャーって言っちゃってたから、事前に「スペクトルマンって言わないでくださいね」って釘刺されていたのかもしれないけど・・・。

 成川さんは玄制流空手道の師範なんですけど、全然、そういうところもひけらかさないですよね。本当に謙虚な人柄がうかがえます。

 ウルトラマンレオには、以前、ライオン丸の潮哲也さんもゲスト出演してましたけど、潮さんは『レッドバロン』の後半にレギュラー出演したり、『猿の軍団』にも主演していましたね。近年は『仮面天使ロゼッタ』でも父娘の変身ヒーロー物をやっていました(と言っても既に十年前か?)。



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永田議員の自殺に思う“心の弱体化”

 ついに、ニセ・メール事件で民主党を辞職した永田寿康さんが自殺しました。

 死んだ人に鞭打つのは道義に外れているのを承知の上で、それでも敢えて、書かずにはおれません。

 心が弱過ぎるっ!

 あの鬼の首とったような顔で国会で質問していた永田さんの顔と、それをバックアップするかのような民主党の当時の党首・・・。

 それがガセを掴まされていたことが判って、脆くも崩壊していった永田さんの放心した顔と、彼を支えてやれずに結果的に放逐してしまった民主党・・・。

 私は、どっちも心が弱いと思った。

 姑息なネガティブ・キャンペーンに頼るのがそもそもの間違いだし、政治の本道から外れた論議を続ける党員を規制しなかった当時の民主党も同罪だった筈。

 人間は失敗するのが当たり前。失敗した時に、そこからどう挽回していくか?が最も重要なことです。

 永田さんはそれができない心の弱い人だった。そして、その弱い人を守ってあげられなかった責任を民主党員も彼の家族も痛感すべきでしょう。

 失敗したら反省してやり直すのが人間の生きていく基本なんですよ。

 反省しないで責任を他に転嫁することしかできない者には成長はないです。永田さんはどこからどうやっても責任を外部に転嫁できないことを自覚し、それに押し潰されてしまった。

 自殺は逃げです。精神を病んだのも心が弱かったからです。

 そんな弱い人間を誰も助けてやらなかったことも悲しいことです。

 誰か言ってやればよかったんですよ。「お前が馬鹿だから、あんなガセに引っ掛かってしまったんだ。自分の未熟さが解ったんだから、精神を鍛え直して一から出直せ。できなきゃ、今すぐハラ切って死ね!」って言ってやる人間が必要だったんですよ。

 心のケアだとか何かより、永田さんに必要だったのは見えっ張りのボンボンから脱皮させること。地獄の底からはい上がってくる強さを養成させる厳しい環境で、徹底して生きていくのに必死にさせることだったんですよ。

 恵まれた環境でヌクヌク育つと、たった一度の挫折で精神が崩壊してしまう。エリートに典型的な話です。

 私も親の期待通りに生きていけば、安穏とした人生になっていたかもしれません。頭悪くても三流大学でも、教職課程取って学校の先生にでもなっていれば、親が世話焼いて就職も結婚も無難にしていたかもしれません。

 でも、私は全然、後悔してないし、親に対しては解らないままにワガママを通させてくれたことに、一番、感謝していますよ。私は教員には絶対に向いていないし、日本中に教員は余ってるでしょ?

 それに比べて武術の研究やっている人間で私の代わりできる人はどこにもいないと思いますよ。自惚れて言うんじゃなくて、極めて客観的に考えて・・・。

 オンリーワンっていうのは気持ちいいもんですよ。たとえ生活水準が犠牲になっていても・・・。

 永田さんみたいに現実から逃げてみても、本人は満足かもしれないけど、残された家族や友人はどうなりますかね?

 必死で生きて、力及ばず死ぬのと、一回の失敗で心が折れて現実に立ち向かう勇気を無くして死ぬのと、どっちが人間として納得できる死でしょうか?

 今、世界的不況に世界が揺れています。皆が不安に苛まれています。

 だけど、不安を生み出しているのは心です。疑心暗鬼。自信喪失・・・。

 私たちに選択の余地はないんですよ。ハラ括って生きていくしか道はない。

 元政治家として、その大基本たる人の道を理解していなかった永田さん。それは彼だけではなくて日本の政治家に蔓延していることかもしれません。それが解らなければ経済のことなんか何をどうやっても改善しませんよ。

 私は、永田さんの死に関して、民主党がどう話すのか?に注目します。
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千恵蔵御大の実力は?

 60代以上の年配の時代劇ファンの方なら、チャンバラの上手い名優として、坂東妻三郎、嵐寛十郎、大河内伝次郎、市川右太衛門などの名前を挙げるでしょう。

 で、ディープなチャンバラ・ファンだと近衛十四郎を挙げる人がいます。

 ケーブル・テレビのお陰で私が生まれる前の昔の時代劇もかなり見られるようになったんですが、総じて昔の時代劇俳優はチャンバラが上手いですね。

『琴姫七変化』なんて、資料本でしか知らなかった作品も今では普通に見られます。この作品の主役の松山容子って知ってる人は少ないと思いますけど、実は30代以上の日本人なら大体、知ってると思うんですよ。

 それは、ボンカレーの箱の表紙に載っていた人だからです。

 この人がチャンバラやっているのを見たのは、この年になって初めてなんですけど、やっぱり主役を張るだけあって、かなり上手いです。柔術で対戦するシーンもありましたけど、相当に訓練していないと演じられないと思いますよ。

 それはそれとして、以前、殺陣に関する評論本を読んでいて、片岡千恵蔵は殺陣は苦手だったと書かれていて、「あ~、そうなのか?」と思っていたんですけど、その千恵蔵御大が主演した『素浪人忠弥』という白黒の時代劇を、この前、東映チャンネルで見たんです。

 忠弥というのは、由井正雪の乱の時に正雪一派に与していた槍術の達人、丸橋忠弥のことですね。“丸橋”という名字が、新陰流系剣術の極意、“まろばし”の当て字と思われることから、新陰流系統の流儀を修行していたのではないか?とされます。

 義侠心の篤い人だったとされ、狡猾な由井正雪に利用されただけの悲劇の剣豪として描かれることが多いです。

 この作品、クライマックスの槍を揮って奮戦する千恵蔵御大が、物凄いんですよ。

 道場で群がる捕り方を槍でウンカを払うように倒していき、庭に出て、さらに屋根に登るんですが、屋根の上で槍を揮っての大殺陣は唖然とするばかりです。

 刀ならどうとでもできるかも知れませんが、槍となると長さといい重さといい、ごまかしが利きません。2mを楽々超える長さの槍を屋根の上で揮うというのが、どれだけ至難の技か?

 私も十文字鎌槍持ってるから解るんですけど、刀の何倍も大変ですよ。しかも、足場の悪い屋根の上なんだから・・・。

 以前、小説『それからの武蔵』を映画化した『剣豪二刀流』で千恵蔵御大の武蔵を見て、「あれっ、上手いじゃん?」と思ったんですけど、今回の『素浪人忠弥』の殺陣には本当に驚かされましたよ。

 そういえば、千恵蔵御大が殺陣が苦手みたいに書かれていた本では、「加藤剛は動きが堅くて全然ダメ」みたいに書かれていましたけど、私は全然そうは思わなくって、背筋がピシッと伸びた実直な剣風が人柄ともリンクしていていいと思うんですよ。

 もっとも、若山先生や滝田栄を高く評価していたのには我が意を得たりと思いました。

 私の場合、自分が武術やっているから、チャンバラの観点じゃなくなってくると思うんですけど、やっぱり、評論するなら自分もそれなりに修練してみることをお勧めしたいですね。

 やっぱり、やってみなければ解らないということは基本認識として持っておくべきですよね。この本では「日本刀は10kgもあるから素人には振り回せない」みたいに決めつけて書かれていて、私は思わず、「それは違います。実際の真剣は1kg前後でしかなく、ちょっと重い木刀くらいだから、振り回すだけなら素人でもできます」といった手紙を版元に送ったことがありましたけど、当然ながら返事は来ませんでしたね。

 でもね~、あまり極端な間違いが書かれていたらマズイんだし、「貴重な意見をありがとうございました」くらいの返事を出す器の大きさが見せられないもんかな~?と思いましたよ。

 私、本のアンケート葉書を書き送ってもらったものは全部、目を通していますよ。中で貴重な意見だと思ったら返事出したりしますもん。

 だって、世の中には誰にも知られないように研究している人も必ずいるものだし、特に武術業界では有名な人より無名な人のほうがレベルが高かったりする場合が多い。

 松田隆智先生や青木宏之先生は、私が全然無名だった頃から才能を認めてくださいましたよ。

 本当に洞察力のある人は相手の本質を観て将来性を先物買いするもんですよ。

 専門誌に一切出ないのに何冊も本出して売れてるというのは、前代未聞でしょうね。だけど、これは私の力じゃありません。私は、読者が求めているものを発表してきただけ。

 私は基本的に“武術オタク”だから、オタクが求めるものが解る。自分が求めるものを書けばいいだけなんだから、苦労はしませんよ。

 専門誌が売れなくなっているのも、読者の要望を見極める努力をせずに、一方的に洗脳して買わせようという上から目線の考えから抜け出せないからでしょうね。

 何しろ、武術の雑誌なんて30年前から内容が変わってないんですよ? 読者が実践して経験値が高まっていけば見捨てられるのは当たり前ですよ。そこが見えていない以上、先細りはしても発展はしないでしょうね。

 武道関係の出版社の人も、このブログを読んでいる人がいると思いますから、敢えて書きますけれど、今のままでは軒並み会社潰れますよ。

 私、いくつも書店回ってますけど、武道の専門雑誌を置かなくなっている書店はどんどん増えています。売れないから取り次ぎ店が受けなくなったんだろうと思います。

 これはどこの出版社でも同じですが、武道は特に顕著ですね。

 内容が特に薄くなったということじゃないんです。読めば、それなりに興味をひく記事はあります。

 ただし、売れなくなるというのは、固定読者が経験値を高めていくことによって、読むべき内容が無くなったと判断して遠ざかっているんだと思いますよ。

 はっきりいって、従来の、単なる流派の紹介記事では、もう読者をひきつけることはできないでしょう。初心者を開拓しようとするにはマニアック過ぎるし、経験者を満足させるには突っ込みが足りない・・・だから、売れなくなっているんですよ。

 編集している側が読者の視点を無視して上から目線で書いているのが一番のガンです。

 それに、インターネットでいくらでもディープな情報が集められるでしょう? 玉石混淆の状態であっても、単に情報を提示するだけならインターネットには敵わない。

 だから、私のところに習いに来る人の中にも、平然と「ブログを読んでいるから本は買ってません」という人もいたんです。本に書けない危ない領域でもブログでは書いてしまってますからね・・・。

 だけど、実をいえばブログにだって書けないことは沢山あるんですよ。私の性格をよく知っている人だったら、私が何でも簡単に教えてしまうように見えても、実際は昔気質で肝心なところに関しては信頼関係を優先する人間だと認識している筈です。

 そんな具合なので、「技を隠して教えてくれない」と文句を言う人もいたりするんですが、それは、私がその人の態度や日常的な行動を観察して「教えるべきじゃない」と判断しただけなんですね。

 精神面の未成熟な人や礼節を弁えない人に簡単に人体を破壊できるような技を教えてはいけないでしょう? こんな簡単なことも理解できずに人を恨む・・・。私は自分の判断が正しいことを確信するだけです。

 武術を学ぶ場合に最も重要なことは、「謙虚に学ぶ」という、これだけです。

 傲慢な態度を一度でも見せたら、もう、私は一切教えませんね。傲慢な心根の人間は技を体得すればするほど、その傲慢な心が肥大化していくばかりです。そうやって誇大妄想狂になって現実が見えなくなり、世の中に適応できなくなりかねないからです。

 自然体でいるということは、実はとても難しいことですよ。どんなに計算してボロが出ないように言動に注意していても、その“あざとさ”は簡単に透けて見えてしまうものです。文章にも出る。

 私はわざと相手が怒るようなことを書いたりしますが、感情が揺さぶられた時には、大体、二つの対応に分かれますね。

 不快感を示して反論する人か、あるいは感情を圧し殺して関係ないことを書く人。

 普通は前者を嫌がる人が多いと思いますが、本当に信用できるのは前者です。感情を圧し殺す人は計算高く人を利用することを考えるタイプだから、信用しないほうがいい。

 もっとも、素直にハラを割れない人というのは本人も可哀想だな~と思いますよ。だって、ハラ割って話せる親しい人がいるということが、人間にとって、どれだけ幸せなことか・・・。

 人との間合が近くなると、ケンカになったりトラブルになったりすることも多くなりますよ。でも、それを怖がっていては何も発展しない。

 私の武術は接近密着戦法が主体ですが、触れ合わないと技も術も成立しない。遠くから気で相手を操ろうなんて馬鹿なことをやっていれば、自家中毒を起こすだけなんですよ。

 そうそう、千恵蔵御大の槍捌きは、離れた相手を突くよりも、柄を使って払い倒す方が多かった。槍穂と石突で前後を突き、柄で払い倒す・・・誠に正しい槍術の見本を見せてくれていました。

 最後は、屋根の上から勝ち誇って罵倒する裏切り者目がけて一直線に槍を投げて筋を通す・・・。裏切り者も、まさか屋根の上から槍に貫かれるとは夢にも思わなかったから罵倒したんだろうけどな~。悲愴感の中にも一抹のカタルシスを残す作品でした。傑作!

追伸;『武術と生きる日々』の配本リストの追加分を文芸社さんから送っていただきました。関東中心ですが、書泉グランデ・ブックマート・ブックタワーや、八重洲ブックセンター、三省堂本店、ジュンク堂、紀伊國屋といった書店には多く配本していただけるようで、安心しました。文芸者販売部の個別交渉で入荷していただけた様子で、本当に頭が下がります。私の地元の相模原市橋本駅でも啓文堂さん、ミウィ有隣堂さんで複数入荷していただけたみたいでありがたい限りです。今回の本は身内には文句を言われていますけれど、第三者には面白いと好評です。是非、御一読ください。

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日本刀の蘊蓄話

 印税の入金が伸びてしまって金も余裕がないので、ほとんど部屋に閉じこもっておりますが、こういう時は勉強のやり直しに限ります。

 資料本を読み込んだりしておりますが、日本刀の本を何冊も読んでいて、ついで居合の本も読んだりしていると、新たに発見することもありますね。

 古武術の奥義の中には、武器の製作法が含まれている場合があります。

「木刀などの稽古道具は自分で作れ」とか、手裏剣術の流派だと、手裏剣の製作法を事細かく解説していたりする場合があります(根岸流とか)。

 柳生新陰流では“柳生杖”という十兵衛三厳が考案したという護身用の杖がありますが、これは割り竹の間に薄い鉄板を挟んで巻き込んで漆で固めたもので、先端に石突を装着して真剣と打ち合っても十分に対抗できるという話です。

 が、伝書に書かれている通りに作るのは難しく、製作に挑戦しても失敗した人が多いとか? 確か、圓心流の田中普門師範が試作して成功したと聞きますが、私も挑戦してみようかな~と思ってます。

 居合術の流派でも、その流派の技に適した刀の仕様について伝えている場合がある。

 私は研究家として色々と実験してみないといけないので、持っている刀も寸法や拵え等は全て違っています。

 定寸の刀は今、三振り持っていますが、一つは二尺二寸(無銘・新々刀?)、一つは二尺二寸七分(無銘・新刀)、もう一つは二尺四寸(坂一貫斎繁綱・現代刀)。

 後、二尺一寸(藤原綱廣・古刀?)と二尺五寸(小宮四郎国安・現代刀)の刀を支払い中で来年には入手予定です。

 脇差は一尺三寸の平作り(無銘・古刀、密教法具の素剣と護摩箸の彫刻入り)と、預けている関住兼元初代(二代目以降は通称、孫六・古刀)の一尺七寸くらいのもの。それに現代刀の短刀(酒井一貫斎)。

 これに十文字鎌槍(藤原包次・新刀)と室内戦用に柄を切り詰めた小ぶりの薙刀(山城守国重・新刀)がありますし、三尺二寸五分の大太刀(坂一貫斎繁綱・現代刀)もある。

 やっぱり、数が揃ってくると、比較研究が進みます。

 それと同時に、刀を見る目とか好みも変わってきましたね。室内戦闘を考えた時の操作性とかの実用を考えると、長い刀は使えないですね。大太刀とかは、やはり屋外でないといけない。

 しかも、二尺二寸でも、まだ少し長く感じるようになってきましたよ。

 本当に実戦を考えれば、片手で扱えるくらいの脇差くらいの寸法がいいかもしれないと考えて、最近は実戦向けの脇差の寸法がどのくらいかを考えるようになっています。

 一尺三寸だと少し短い。一尺五寸から七寸くらいまでで、重ねをぶ厚くして身幅の広い定寸の刀と打ち合っても叩き折れるくらいのものを“二振り”作って、二刀流で使うといいのではないかな~?と思っています。

 何で、こういう刀がいいと思うか?といいますと、これだと“夫婦手”の応用が利くからなんですね。つまり、受け即攻撃ができる。体術のやり方をそのまま使うと通常の剣術の裏をかくことができます。

 私の剣術の使い方はベースが体術なんですよね。だから、離れたまま剣を振り回すやり方は不合理に見える訳です。

 でも、普通の脇差だと軽量過ぎて定寸の刀の打ち込みには対抗できません。だから、特別製にしないといけない。重ねが厚くて身幅が広くても、寸法が脇差くらいなら片手で扱える。釵術みたいなものです。

 ただし、柄の寸法は敢えて長目(八寸柄)にして両手で使えるようにしておこうかな?と思っています。いわゆる小太刀ですね。

 既製のもので使える脇差を探しているんですが、やっぱり、ちょっとそういう特殊なものは無いですね。このアイデア通りに注文するしかないかな~?と思っています。

 ちなみに、私は最近、皆焼(ひたつら)の刀に興味があります。これは刀の刃だけでなくて棟の方にも焼きが入っていたりするものなんで、普通の刀好きの人からは邪道みたいに思われてしまうものです。

 けれども、棟にも焼きが入っていれば、そっちで刀の打ち込みを受けることもできるということなんです。作り込みのやり方にもよりますが、皆焼の刀は実戦刀法を考えて焼きを入れたものなのではないか?とも思うのです。

 居合の流派の中には敵の打ち込みを棟側で受ける技があったりして、以前は、「あれは刀の構造上、おかしい」と思っていたんですが、もし棟側にも焼きが入っている刀であれば可能だろうと思うようになったんですね。

 現在、支払い中の南蛮鉄で作って甲を截断したという相州綱廣も、二尺一寸と短い寸法ながら、棟側にも焼きが入っていて皆焼風だったから、購入することにしたのです。

 尾張柳生の麒麟児と呼ばれた連也厳包は、二尺にわずかに足りない一尺九寸五分四厘の伯耆守信高を用いていたとされますが、後の先を取る新陰流の刀法と、制剛流抜刀術に適した寸法がこれだったのかも知れません。

 私が工夫している游心流の居合術は、歩き回りながら相手の切り込みを躱すと同時に抜き斬る・・・というのが術の特徴なので、実戦を考えたら短い刀のほうが適しているんですね。

 居合術は最初の片手抜き打ちの一撃で決めるべきだと私は思いますし、そのためには最初の一撃を確実に急所に送らねばなりません。そのためには足を止めて抜きつけてはいけない。動きながら抜いて斬る・・・これが肝心です。

 そして、この術理は、そのまま無刀捕りにも転用できるし、体術、剣術、杖術などにもそのまま使えます。大太刀を使う場合も、刀を下八相に身体に引き付けて抱えるように構えておいたまま、相手の攻撃を躱すと同時に斬る・・・という用法を思いつきました。

 だからこそ、居合の練習をしているだけで全ての技が伸ばせるという仕組みになる。

 最近は、刀を見ているだけで技を工夫できるようになってきましたよ。その意味でも、いろんな名刀を見ることは勉強になると思います。

 私がこれまで見て、これは凄いな~と思ったのは、刀剣博物館で見た酒呑童子の首を撥ねたと伝わる童子斬り伯耆安綱と、皆焼の刃文が妖刀の名に恥じない桑名住村正でした。

 それから、阿佐ケ谷の骨董店で見せてもらった同田貫正国と、直刃の刀身にダイヤモンド・ダストがちりばめられているような美しい地肌の郷義弘でした。

 特に郷義弘(江の義弘とも書く)は、これが日本刀か?と思うような美しさで見事でしたね~。正宗十哲の一人に数えられる名工ですが、私は正宗より好きですね。

 もっとも、「郷と化け物は見たことがない」と言われるくらい本物が希少だとされる名刀ですから、それが本物だという保証はありませんが、それでも見事な出来だったのは間違いありません。

 俗にいわれる五箇伝(大和伝・美濃伝・山城伝・備前伝・相州伝)の中でも私は相州伝の刀が一番好きですね。いわゆる正宗の系統です。

 なんでも鑑定団にも、安綱や、先日は四谷正宗の異名があった源清麿の鑑定依頼があって、ことごとく偽物でした。刀の場合、銘があっても偽物である場合が多く、素人に毛の生えた程度の愛好家では区別がつくものではありません。

 同番組で本物と認められて高い値段がつけられたのは、鎌倉期の刀くらいしか見たことがありません。刀の世界は何千万円から何十万円のものと価格の幅もベラボーな世界なんです。

 ブランド好きな人が下手に手を出すと大損してしまう世界ですね。

 そういえば備前長舩の祐定の刀が鑑定依頼で出た時は、本物だけれども四十万円くらいと鑑定されていましたが、祐定は何代もいるし、室町時代の数打ち物の実用刀(戦に使うために量産したもの)だとそんなに値段はしないんですね。脇差で十三万くらいのものも見たことありますが、確かに数打ち物だと姿形はあまり良くないですね。

『子連れ狼』で有名になる前の同田貫正国も、戦場刀として大量生産されたものなので、値段は安かったそうです。『子連れ狼』で人気が出てから値段が三倍以上に跳ね上がり、それで無銘のゴツイ刀に偽銘を刻んで高く売る不埒な骨董屋もいたそうです。

 私が預けている初代関住兼元の脇差も、錆びた状態で農家の納屋とかで発見されたものらしく、一度知らずにグラインダーで研いで丸まってしまっていたのを買ったもので、全面的に錆びていたから自分で研いだんですが、どうも本物みたい。

 だとすると、初代兼元は、江戸時代の山田浅右衛門の試し斬りランキングで最上大業物に入っている実戦刀として特Aクラスの刀なんですが、美術的ランキングでは評価は低いんですね。

 試し斬り用に安く買った刀なんで、私にとってはブランドはどうでもよかったんですが、価値ある刀だと試し斬りに使うのは気がひけますよね~。

 でも・・・私の刀バカも一生、治りそうもありません・・・。





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こんな武芸考証はいかが?

 新年あけましておめでとうございます。

 年末は風邪でほとんどのお誘いを御無礼してしまいましたが、唯一、つばさ基地の忘年会だけは参加させていただきました。ほとんどスタッフと関係者オンリーでやるとのことでしたから、焼き肉バイキングでまったりと食べて少しばかりお喋りしてきました。

 秋本さん以外のスタッフの方とはほとんど喋ったことなかったんですが、貴重な経験でしたね。もうちょっと体調が良かったら色々自分から話せたと思うんですけど、聞いてるだけでも面白かったですよ。

 ちなみに、私もゆくゆくは、映像の仕事もやってみたいと思っております。

 ただ、アクションはやっぱり専門に鍛えている人にはとても敵わないですよ。多少、武道とかやっている人でも魅力的な動きを演じるのは無理です。やっぱり、アクションというのは“演技”なんですよ。ここを勘違いしたら絶対にダメです。

 でも、「『少林寺』みたいに演技経験のない中国武術家を集めた映画も成功しているじゃないか?」と言う人もいるでしょう。

 だけど、現代の中国武術は新体操やフィギュアスケートのように演技表現を評価する競技であって、日本の空手や柔道、剣道とは根本的に違うんです。

 無論、“散打”という試合競技もあるけれど、こちらはキックボクシングに投げを組み入れたような格闘技なので、見た目は非常に地味です。『散打王』という映画では、表演武術のチャンピオンが散打のチャンピオンと喧嘩して負けたことから散打を学ぶ・・・というストーリーが描かれていましたが、正直、面白くはありませんでしたね。

 型の演技を評価する中国武術(表演武術)は、そっくりそのまま殺陣に転用できるのです。なぜなら、京劇の立ち回りに伝統武術が採用され、それがまた表演武術に影響を与えているからです。

 日本の場合も、武術の技が日本舞踊に採用され、それがまた歌舞伎の立ち回りとなり、映像作品や芝居の中で殺陣となって発展した経緯はあります。

 初期のチャンバラ映画の主演陣が歌舞伎俳優ばかりだったのは、立ち回りの技能があるのが歌舞伎俳優しかいなかったからでしょう。

 けれども、江戸時代以前の武術流派が明治以降に現代武道として統括されていく中でも、武術は実戦を念頭に置いて修行するものとする考えが根強く残り、中国とは文化背景が異なる中で日本の武道は世界中に普及されたのです。

 しかし、組織化された制度的武道には、本来の武術が伝える技も術も理合も観念も薄まり、実質としてのスポーツ競技としての側面しか認められていません。

 中国の武術が表演武術となり実際の戦闘理論を隠して伝えなくしたのも近代スポーツの原理に則ったからです。

 私のように武術の本来の姿を復興させたい人間にとっては、その表現の場は極端に限られてしまいます。“スポーツ”として安全な防具を装着して技量を競うことも悪いとは思いませんが、そうするとスポーツ向きの技しか練習しなくなるのは目に見えています。

 表現しないで稽古することそのものを目的化すればいいのかも知れませんが、それだけではジリ貧になって、いずれ消滅するかもしれません。

 けれども、武術の世界で唯一、武術の本質を歪めることなく普及させることに成功した例もあります。それは、ブルース・リーです。彼は「自分は俳優ではなく武術家である。映画は自分が探究する武術を広く知らしめす手段である」という意味のことを言っていたそうです。

 私もそれに倣いたい。ただし、自分が俳優をやる才能はないから、“武芸考証”の仕事をやってみたいと思っている訳です・・・。

 武芸考証は殺陣師がアクションの振り付けをするのと少し違っていて、“柳生新陰流の使い手と戦う宮本武蔵”というシーンがあれば、柳生新陰流独自の剣の構えや操刀法を使う敵に対して、宮本武蔵がどういう技を使えばリアリティーと迫力が出るか?という観点での考証をするものです。例えば、この例で考えれば・・・

『柳生の剣士が平青眼に刀をやや斜めにして半身に構え(柳生新陰流の基本的構え)、そこに武蔵が一刀で斬りかかる。柳生の剣士はこれを躱して武蔵の小手に斬りつけようとする(小手斬りが柳生新陰流の多用する技)。それを武蔵は咄嗟に右手で脇差を抜いて受け止め、逆二刀(左手に大刀、右手に小刀)の形になり、柳生剣士が驚いたところを左手の大刀で首筋に斬りつけて引き斬る・・・柳生剣士は驚愕の表情のまま倒れる。強敵を倒した武蔵は咄嗟に使った左右の二刀をじっと見つめ、ゆっくりと二刀を動かしてニヤリとする・・・そこに“二刀流開眼”というタイトルが出る・・・』

・・・なんて具合にすれば、一言もセリフを喋らずとも、戦いの中で新しい技を発見して狂喜する武蔵の心情が伝わると思います。そういうアクションの中からドラマが浮かびあがってくるようなシーンが見てみたいんですね。

 香港映画のアクションにはカンフーの具体的な技の使い方をエッセンスとして使って効果的に見せているものが多いですが、日本だと少ないですね。

 時代劇の中では剣術・槍術の技を工夫しているものもありますが、殺陣師が考えたものだと不合理な動きを繰り返してみたり無意味な動きが多過ぎて白けてしまう場合も多々あります。

 かと言って、いぶし銀のような武道の技を見せて「これが本物だ!」と製作者は自信満々だけれども観客にはカタルシスが少しも感じられない・・・なんて例も少なくありません。敢えて作品名は挙げませんが、そんなに本物を見せたいならドキュメンタリーにすべきでしょう。

 基本的に武道の動きはそのまま見せてもアクションとして面白くはならないのです。それは武道経験者からアクション俳優に転身した人達なら誰もが痛感している筈です。

 いぶし銀の技・ケレン味・迫力・スピード感・パワー表現・動きの美しさ等々のバランスがとれていなければ、魅力的なアクションにはならないのです。

 これは、異常なまでに実戦に拘っていたブルース・リーであっても、「映画で演じている高い蹴りは実戦では使わない」と割り切っていたことでも容易に解るでしょう。

 もし、私が武芸考証するなら、パワー・スピード・ケレン味を優先して、実際の武術の技はスパイス的にしか扱わないでしょう。あるいは、ハデなアクロバット的技を駆使する人間と地味な実戦的技を駆使する人間の対比を見せるようにします。

 ドラマの中でのコントラストをはっきりさせることでアクションのカタルシスも高まりもすれば意味がなくなってしまう場合もあると思うからです。

 一般的には感情の高まり(タメ)が爆発してアクション・・・というのが最も印象的なものですが、北野武の映画の暴力表現みたいに、静かに淡々とした中でいきなりアクションが起こって、また淡々とする。これは逆のやり方で予定調和を崩したから印象が強まったものですが、この場合、何度も同じことをやれば飽きられるでしょう。

 いろんな作品を見ていると、このアクションのコントラストを上手に使い分けている作品は非常に少ないものです。少林拳と太極拳の達人同士が戦っているのに、どっちがどっちだか判らなくなっているものも多く、残念な感じもするんですね。

 ジェット・リーの『マスター・オブ・リアル・カンフー大地無限』という、太極拳の創始者とされる張三峰(内家拳法の伝説上の創始者で、楊家太極拳以降に称えられた誤説)を描いた作品では、少林拳の遣い手だった主人公が精神を病み、その治療をしている最中に悟りを得て太極拳を創始する・・・という描写が面白く、若い頃は直線的な長拳の遣い手だったジェット・リーが、円の動きで大群をなぎ倒す太極拳の超人的威力をうまく表現していました。

 ところがジェットの出ない第二弾はありきたりなカンフー映画になってしまって面白くありませんでした。太極拳の描き方が平板になったからです。

 真田広之がコナン・リーと共演した『龍の忍者』では、前半まではJACアクションと香港アクションのコントラストが利いていて面白かったんですが、中盤以降が失速してしまって中途半端なお笑い要素を入れて残念な感じになってしまいました。もっとソリッドなアクション描写に徹していたら傑作になったと思うのですが・・・。

 そこへいくと、チン・シウトン監督のデビュー作『妖刀・斬首剣(生死決)』は、ヘンテコな作品なんですが、日本のサムライ、宮本一郎(柳生新陰流?)が、なかなか日本刀の遣い方が決まっていて話はともかくアクション活劇としては非常に面白い作品です。

 多くの時代劇の手法では、冒頭に主人公が無類の強さを発揮するシーンがあります。続いて、ストーリーの流れを作るドラマが流れて、そこに主人公が巻き込まれる。そして、主人公に匹敵する強敵が登場し、その強敵もまた主人公に勝るとも劣らぬ強さを見せつけます。そしてドラマが流れ、クライマックスで主人公が敵の一味を単身で倒し、最後に強敵と一対一で戦って勝ち、去っていく・・・という王道のパターンがあります。

 基本的にアクション映画としては、この王道パターンから外れない方がいいと私は思います。それは、観客が期待して安心して見られるからです。その上で、アクションの内容とレベル、工夫が問われる。

 武芸考証の仕事は、このアクションの内容と工夫にかかわるものだと思っています。

 マカロニ・ウエスタンの問題作『殺しが静かにやってくる』では、唖の主人公(モーゼル拳銃を愛用。19世紀末にできた自動拳銃だから年代的にはギリギリ、セーフ?)がラストで悪党クラウス・キンスキーに射殺されるという物凄く後味の悪い終わり方でしたけれど、これを見て怒った観客が映画館に金返せ!と暴動が起こって、結局、主人公が勝ってカッコ良く終わる別バージョン・シーンも撮り足しています。

 鈴木清順監督の『ピストル・オペラ』も、主人公が最期に唐突に自殺して終わるので、劇場に「エエ~?」という観客のズッコケた声が木霊していました。まあ、清順監督だから仕方ないか?という感じもしますけど・・・。

 昔のジャッキー・チェンのカンフー映画の面白さは、ジャッキーがいろんな特訓をするシーンと、その意味不明と思われた特訓がクライマックスの戦いの中で効を奏する点にありました。こういう合理的な意味付けが他愛のないストーリーに奥行きを与えるのです。

 ブルース・リーの場合だと、筋肉アピールと哲学的説教?です。ジェット・リーだとカンフー・ポーズの美しさそのものにあるでしょう。絵的にもう芸術(アート)の領域にありますね。

 アクションや殺陣も見せ方は無数に工夫できる余地がありますが、それが観客の感動を得られなければ意味がありません。逆に意味が感じられるアクションならば、その動きそのものからドラマが浮かび上がってきます。

 五社英雄監督の『人斬り』は、土佐の人斬り岡田以蔵(勝新太郎)を主人公に幕末の青春群像劇を描いた作品でしたが、配役が豪華で、坂本龍馬が石原裕二郎、武智半平太が仲代達矢、そして、薩摩の人斬り田中新兵衛が、何と! 三島由紀夫なんですよ!

 三島と言えば、虚弱な肉体を“ミワさん”に笑われたことから一念発起してボディビルに励み、剣道、居合道や空手道にも打ち込んだことが知られています。

 この『人斬り』では、薩摩の御流儀、薬丸(野太刀)自顕流のトンボの構えで剣を構えて斬るシーンや自決するシーンがあるんですが、鍛えた筋肉をムキムキさせて見せつけるようなナルシスティックな熱い演技を見せています。

 三島の武道修行の目撃談によれば、非常に下手だったという話しかありませんが、演技に対する入れ込み方は尋常ではなくて、力みまくるところもある種の迫力となってきています。事実、『人斬り』の三島の印象は非常に強く残っています。

 また、高倉健がロバート・ミッチャム、岸恵子と共演した『ザ・ヤクザ』での殺陣は、異様な緊迫感に息苦しくなるような感じもあり、『隠し剣・鬼の爪』で田中泯さん演じる剣の師匠が同門の兄弟弟子を上意討ちしなければならなくなって訪ねてきた主人公に言葉少なく秘太刀を教える下りの“視線を外して相手に打ち込ませる”という誘いをかける剣の術理と同じことを演出していて、改めて見ていて驚かされました。

 昔、見た時は緊迫感のあるアクション・シーンだという印象しか残らなかったんですが、今見ると違ったところが見えてきて面白いもんですね。

 しかし、こういう演出は形式的に採り入れてもヘンになるだけで、たとえば劇場版『蝉しぐれ』のクライマックスの対決シーンで主人公の牧文四郎は、変移抜刀霞斬り(背中に回した両手のどちらかで斬る)をやる?んですが、これがちっとも生きていない。間合や拍子、呼吸を知らないから形だけやるとヘンなんですよ。

 この作品では剣豪将軍として有名な足利義輝がやったように、刀を何本も畳に刺しておいて、一人二人斬ったら交換して戦っていたんですが、刃毀れしたり刀が曲がったり折れたり、血脂で切れ味が悪くなったりしてから交換するようにしないと観客には意味が判らないし、そもそも、抗戦中に刀を交換するヒマがあるか?という疑問もわきます。

 このような描写はリアルさを見せる意図から考えても、映像の繋がりの中でリアリティーが伝わるようにやらなければ、逆効果になってしまうものです。

 牧文四郎を演じた市川染五郎の殺陣を楽しむには、ファンタジー時代劇『阿修羅城の瞳』の方が娯楽と割り切って見れる分、堪能できました。リアルとリアリティーは意味が違うのですよ。『蝉しぐれ』の殺陣を担当した久世浩氏の仕事では、勝新の遺作となった『座頭市』のケレンに徹した殺陣の方がずっと良かったと思います。

 さて、私が武芸考証する時に是非やってみたいのは、宮本武蔵が柔術を遣うところや、新選組の面々が天然理心流の捕り手術を遣うシーンなどです。

 宮本武蔵は養父である平田武二斎の当理流を学んでいた筈で、当理流は鍵十手を遣う柔術的な剣術流派です。竹内流柔術の流れを汲む筈なので、武蔵も柔術ができた筈。

 新選組の近藤・沖田・土方等は天然理心流。この流儀は棒術・柔術・居合術・気合術も伝承していたので、当然ながら近藤等は柔術も遣えた筈なのです。

 ですが、これまでの時代劇で宮本武蔵や新選組が柔術を遣うシーンは見た記憶がありません。そもそも、こういう流儀武術の特徴を示した時代劇そのものがほとんど見当たらないのです。小野派一刀流と柳生新陰流が全然変わらなかったり、侍が素手で戦うシーンになるとボクシングみたいに殴ったりしてトホホな気分になる場合が多い。

 TV版『雲霧仁左衛門』で、火盗改め方長官、安倍式部(中村敦夫)が“大東流合気柔術”を手ほどきするシーンがありましたが、全然、大東流の技でも何でもないし、そもそも江戸時代には大東流は無かったのです。明治になってから武田惣角によって初めて世に出た流儀であり、信憑性のある説では武田惣角の独創だとされているのですから・・・。

 大東流が映像作品できちんと紹介されたのは『AIKI』が初でしょう。古武術の世界で有名だから脚本家がよく背景を知らないで適当に書いたのだろうと思いますが、こういう間違いは白けてしまいます。

 そういえば『バガボンド』でも吉岡清十郎が根岸流のロケット型手裏剣を遣うシーンが描かれていましたが、根岸流は幕末の流派であり、江戸時代初期の頃にロケット型の手裏剣は存在していなかったのです。作者が甲野善紀氏と対談してから彼の手裏剣を参考にしたのは明白ですが、もう少し調べてから描いていれば良かったでしょう。

 単なる殺陣のシーンであっても、その中にドラマ性を盛り込むことはできます。そして、それは観客に理解できるものとして演出されなければなりません。映像作品のお呼びがかかるまで、今年はまずは、小説の形で武芸考証をやってみたいと思っています・・・。

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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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