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高瀬道場技芸会感想

 シルバーウィーク中の9月22日に府中グリーンプラザにて開催された高瀬道場の技芸会に、アスペクトの本でイラストをお願いしている漫画家の黒谷薫先生を誘って行ってまいりました。

 今月は、つばさ基地アクションパーティナイトに続いての審査員の依頼を受け、何故か審査員づいてる?(何ソレ?) 「俺なんかでいいのかな~?」と思いつつも、図々しくお引き受けしました。


 前日、橋本駅近くの映画館に久しぶりに行って、『カムイ外伝』を観ました。どうしてか?と言うと、高瀬道場が殺陣を担当している作品だったからです。やっぱし、話のネタがないといかんですからね。

 しかし、何かネットなんかでは糞味噌に書かれていたと聞いて、ちょっと怖かったんですけどね。でも、私は十分、楽しめましたよ。アクションがかなりいい感じです。

 香港アクションに精通する谷垣健治先生(若山先生のアクション全開作品『賞金稼ぎ・薩摩の首』がテアトル新宿であった時にお見かけしたのと、この日も会場近くの交差点ですれ違ったような気がするんですけど・・・違ってるかな~? 懇親会にいらっしゃるかと思っていたけどお会いできずに残念・・・)と高瀬将嗣先生のコラボが生み出したアクションは、多彩で斬新な忍者アクションを構築していたと思います。

 余談ながら、殺陣アクションのチームには、東映剣会・大野剣友会・菊地剣友会・若駒プロ・斬心塾・JAE(旧JAC)・KAC・AAC・・・(つばさ基地もアリ!)と、結構多くありますが、素人向けに開放して教えているのは高瀬道場とつばさ基地くらいなものじゃないでしょうか?

 10年くらい前に月刊空手道の特集記事「アクション・カラテ」を私が担当した時は、表紙を高瀬道場の森聖二先生のポージングで決めていただいていたと記憶しています。

 ちなみに、その号は月刊空手道史上類例の無い賛否両論を呼んだそうで、否の方は「月刊空手道も地に堕ちたか」というお叱りがあり~の(武道やっている人にはこういうタイプが多いけど、腕前は二流止まり。一流になる人は発想が柔軟で他分野に学ぶ姿勢があるもんです)、かと思えば「空手を始めた頃を思い出して懐かしかった。最高!」という絶賛もあり~の・・・で、やや賛同の声の方が大きく、売れ行きも良かったそうです。

 ちなみに(スマン! また書いちゃったよ)、同じ出版元の季刊武術(ウーシュウ)で私が「武術家の真贋を考える」という特別記事を依頼されて書いた時も、季刊武術史上類例の無い賛否両論だったそうで、“怪しい武術家はロンゲorスキンヘッド”と書いていたら、同じ号にスキンヘッドの先生が・・・(俺は知ら~ん!)。

 何か、私が記事書くと、ものごっつい賛否両論が出るんですね。まあ、その方が売れるそうだからいいんだけどね。

 あっ、でも、今思い出したけど、「アクション・カラテ」特集の時に『クライング・フリーマン』のマーク・ダカスコスの写真を頼んだら、加藤雅也の写真で、「これ、違うよ」って言ったんだけど、「東映の担当のオバチャンが間違いなくマーク・ダカスコスだって言ってましたから・・・」って言うので、しゃ~ね~な~と思って、その写真キャプションにマーク・ダカスコスって書いちゃった。気づいてて偽装した?のはこの時だけです。誠に申し訳ありませぬ・・・。

 ついでに思い出したけど、この時に三船敏郎の写真と『超電子バイオマン』でファラキャット演じてた大島ゆかり(シンシア・ラスター)の写真使おうとしたら、三船先生が五千円でファラキャットが五万円!だったんで、ファラキャットは使えませんでした。なんで、世界のミフネの10倍するの? 特撮物の本とかは金かかるんだろうな~?

 では、軌道修正!

・・・松ケン(松山ケンイチのことね)の前傾忍者走りは、奇しくも“縮地法”となっていて、船の上を駆ける時に段差を登る瞬間も上体が上下動しなかったのには驚かされましたよ。

 これって、TVの時代劇スペシャル『阿部一族』の時の、短く切断した槍を抱えて竹矢来の間をくぐりながら走る真田広之(あるいは『魔界転生』で屋根裏で仇の忍者と戦う時の魔界衆になった霧丸役の真田さん)を思い出しましたよ。

 ちょっとワイヤーとCG使い過ぎだとは思うけど(やっぱり生身のアクションのワクワク感には及ばない。忍者映画の俺的最高峰は今も『忍者武芸帖・百地三太夫』だよ)、松ケンと伊藤英明のラス立ちは燃えます。伊藤英明は『夜叉』の時からワイヤーアクションとかやってたから、アクションのセンスいいよね。


 さて、技芸会です。まずは高瀬先生自らの殺陣が披露されますが、大刀を使い、脇差を使いの流麗な動きの中での軸のぶれない重厚さ・・・鳥肌が立ちました。

 太刀行きの速さ、刀法の精妙さ、体捌きの流れ、動きの中での技巧・・・これらのバランスは、並の武道家には出せない水準のものです。いや、これほどのレベルに匹敵する剣術家って、ちょっと思い浮かばないな~。

 よく、剣道とか居合道の先生には、「あれじゃあ、殺陣だ。あれでは人は斬れない」みたいな侮蔑的な表現として殺陣を低く見る人がざらにいるんですが、てんで解ってないですね~。

 体捌きの動きを止めないまま竹が斬れる人が何人いるでしょうか? ほとんどの人が足が止まって踏み締めた状態でエイヤッと斬りつけて、尚且つ、失敗したりするんです。

 自分では簡単に斬れると思っていたのに、実際にやってみたら全然斬れなかったので愕然としてしまった・・・なんて武道家の体験談はよく聞きます。口で言うだけなら誰でも天下無双ですよ。

 何事もやってみないと解らない。その“やってみる”というのも、一回だけなのか、何千回も繰り返した結果なのか・・・というので全然違ってくる訳ですよ。

 刀だって一つ一つ斬れ味も全然違うし(現在、12振りもってます)、正直、あんなに違うとは予想していませんでしたよ。でも、模擬刀(刃がついていない亜鉛合金のヤツ)でも刃筋がしっかり通れば親指くらいの竹が切れるものです。その竹だって太さや水分量でも丸っきり違ってくるものです。

 また、武道で想定される敵は眼前に一人だけの場合がほとんどです。意識も前にしか向いていません。前後左右に敵がいることを想定して体捌きしながら剣をふるう殺陣の難しさは、そんな先生方には想像もつかないでしょう。

 相手が二人いるだけで、もう、普通の武道では太刀打ちできなくなるんですよ。嘘だと思ったらやってみてください。「あっ、長野の言う通りだ・・・こんな筈では・・・」と焦ること必定です。一対一で鬼のように強い人が、相手が二人になったらどうしてよいか判らなくなって、滅多打ちされてしまったりするんです。三人いたらナマス斬りになるでしょうね。

 殺陣では周囲を取り囲まれた状態で陣を斬り崩していく展開が多いですが、たとえ段取りであっても、複数の敵に意識を分散させる点で、通常の一対一で眼前の相手に集中する武道とは異質な意識操作が必要になるのです。現代武道では合気道くらいでしょうが、これも意味が解らないまま練習しているところが大半でしょうね。

 あるいは、「間合が遠い。あれじゃ相手に届かないよ」と冷笑する人もいます。

 これも大きな勘違い。怪我させないように間合を調整している訳で、当たるか当たらないかの間合が測れないとできない芸なんですよ。

 体捌きに回転動作もあったりして、さすがにあれはケレンだろうと思っていたんですが、自分でやってみたら、多人数相手にした時の目付けで役立つことに気づきましたよ。首だけ後ろに回したらスキができるけど、身体ごと回転したら意外にスキが生じない! 単なるケレンじゃなかったんだ~?と、新鮮な驚きがありましたよ。

 この間合感覚と拍子、呼吸を読む訓練法として、殺陣に学ぶべき要素は非常に多いと私は思っています。いや、むしろ、形骸化した型を漫然と繰り返している古武術家より、活きた稽古ができるでしょう。

 無論、殺陣は敵を倒すことが目的ではありません。あくまでも複数の人間が演技としての芸を実践することそのものに意義があり、それを披露して“見る者を感動させること”が目的のパフォーミングアートです。

 だから、演技であって、真剣勝負するものではありません。勝ち負けを競うものでもないのです。

 ですが、私は、だからこそ、殺陣に注目するのです。考えてみてください。武術の型、約束組手って、形態は殺陣とまったく同じでしょ?

 護身制敵が武術の目的です。しかし、その技能を習練するシステムは、殺陣そのものじゃないですか?

 中国の表演武術は、既に完全にそうなっています。術から芸へとなったのです。

 日本でも、合気道や少林寺拳法はそうだし、空手の形競技も極論すれば身体技芸の水準を審査しているのです。つまり、強さを内蔵した技芸の美しさを審査しているのです。

(脱線、御無礼!)

・・・高瀬先生の演武に続いて審査員の紹介がありました。

 あの桂小金治師匠もおられます。かなり御高齢だと思うんですが、凄いお元気だし、あったかく人を包み込むオーラはTVで見ていたマンマですね(師匠が出演されていた『破れ傘・刀舟 悪人狩り』も見てたな~)。

 作家の高橋三千綱さんもおられます。

 パパイヤ鈴木さんもおられました。

 うわ~、俺なんかが並ぶの失礼だよな~。せめてベストセラーの一つも出してからでないとこの場には釣り合わない・・・。

 呼ばれて客席に向かって礼はしたものの、こっ恥ずかしくってよく見れません。知ってる方がおられたら失礼をお許しくださいませ・・・。

 あと、審査員は確かもうお二人おられたのですが、緊張していたのでお名前は聞き逃してしまいました。申し訳ありません。

 実は、もしも、審査員に私以外に武道の先生がいらっしゃったら、私は辞退しようと思っていたんです。どうしてか?というと、その先生が私みたいな研究家風情と一緒に審査するのは不愉快に感じるのではないか?と思ったからです。

 そういう方は実際にかなり多いんですよ。それを知ってるから武道の先生とはなるべく並びたくないのです。

 でも、後から考えると、「俺をさしおいて、何で長野が偉そうに審査員やってるんだ」と思われたら、同じことじゃん?・・・と気づきましたけど、まっ、しょうがないか。

 第一部の支部対抗演技は、11組。各種メディアで殺陣教室が度々紹介されているためか、女性剣士の凛々しい演技は、皆、実にサマになっています。懇親会で黒谷先生が質問していたら「始めて一年です」なんて言うお嬢さんもいて、私は内心、驚きましたよ。一年でここまでなるの?・・・って。そのくらいカッコヨカッタ。

 しかし、女性が袴を履いて日本刀を構える姿というのは、フェティッシュなカッコ良さがあって、背筋がピンと伸びてキリッとした顔で真剣な勝負に挑む“間”の緊迫した空気感は、暴力的な邪気ではなくて、剣からほとばしる透明な霊気をすら感じさせます。

 日本女性が最も美しく見える姿かも知れません・・・ってか、個人的趣味で・・・。

 これは不思議と男性には感じられません。もちろん、男性の剣技には重厚さとスピード感があるのですが・・・あの透明な霊気は出せません。

 やはり、練習量の差か、本部混合ユニットが優勝となりましたが、高瀬先生曰く、「月に一度しか練習できなかった組もあるので全員を励ましたい」とのこと。高瀬道場の家庭的な雰囲気に改めて感銘を受けました。

 審査していて特に印象に残ったのが、姿勢の良さ、座る・立つ・歩く所作の美しさでした。武芸の礼法をこれだけ正確に指導されているところは珍しいと思います。私なんか、恥ずかしくって穴があったら入りたいですニャ・・・(何故、猫語?)。

 演技がもう一歩だった組も、最後に挨拶して舞台を降りる時の所作があまりに素晴らしくて、後から一点追加したりもしました。

 優勝チームはちょっと雑だったから減点しようか?と思ったけど・・・、まっ、私も階段降りる時に袴の裾踏んで転びそうになったことあるから、この程度はよしとします。


 第二部は、高瀬道場に所属するアクターによる様々な殺陣、技斗でした。

 殺陣教室の指導で、よくTVでお見かけしていた多加野詩子先生がカンフーで戦う技斗は、特に印象深く、マッハ!のトニー・ジャーを思い出しましたよ。剣殺陣専門かと思っていたら、技斗も凄いんですね~。

『王様のブランチ』の時の男気溢れる真剣な指導姿に痺れたもんです。軽いお仕事感覚だったタレントたちが真剣な顔になったところは、まるでドキュメンタリー映画みたいでバラエティ番組のエポックメイキングでしたからね。

 棒術、槍術、一刀、二刀、小太刀、少年少女の拳法、カンフー、カラテ・・・と演技が進む中、長身の女性がパワフルなカンフーで男たちをなぎ倒す・・・って、この女性はどっかで見たような?

 後でパンフレットをよくよく見ていて、判明しました。TVドラマで和田アキコを演じていた中鉢明子さんだったんですね~。そうか~、高瀬道場で稽古してたのか~。今後の活躍に期待大ですね~(巴御前とか似合いそうだね)。

 高瀬先生による新撰組映画に関する考察も楽しく拝聴しました(若山先生が若っ!)。

 そして、ラストの時代演劇「幕末ウルトラ血風録」は、前回の好評を受けての再演。主役の岡田以蔵を演じる加賀谷圭先生のキャラには、奇跡のような超豪華キャスト時代劇『人斬り』の時の勝新を思い出しましたぜよ。

 一緒に見ていた黒谷先生は珍しく大絶賛! 黒谷先生、滅多に作品を誉めない人で、特にシナリオに厳しい。「『カムイ外伝』はシナリオがダメだ」と手厳しかったのに、このお芝居は、「笑わせるツボがうまい! それに以蔵のキャラが最高! それでいて殺陣は凄いし、本当にいいよ~」とゴキゲンでした。

 実際、このお芝居は単独で公演打ってもイケルと思うんですよ。一時間くらいに伸ばして泣かせるところを最後に持ってきたら大傑作になると思います。

 以蔵が龍馬に頼まれて勝海舟の護衛やるところとか、近藤勇が拳骨和尚と呼ばれた武田物外と一悶着あるところとか、福沢諭吉が実は物凄い居合の遣い手だったりするところとか、田中新兵衛、中村半次郎、河上彦斎、伊庭八郎とかも出てきて新撰組とからむと幕末剣客グラフィティーみたいになって面白いんじゃないかな~?(刀匠の固山宗次と源清麿が喧嘩した話なんかも入れると面白いかも)

 公演の幕間に流れる音楽も、水戸黄門(杉様が歌ってる?)・大江戸捜査網・必殺等のテーマ曲で、特にアニメのカムイ外伝の歌「忍びが~とお~るぅ~、けものぉ~み~ちぃ~・・・」ってメロディーがタイムリーで良かった。なんか、オールナイトの特集上映を浅草で見ている気がしましたよ・・・。

 それにしても、高瀬道場のスタイルは、硬派でガチンコなラフ戦法もよし、緻密な技巧で翻弄するもよし・・・の中で、私みたいな武術バカが唸るような通好みの秘技をさりげなく繰り出してくるところがにくいです。

 一本拳で打ったり(観客の誰が判ったろうか?)、マッハ!式の相手の膝を踏んで額に膝蹴り入れたり、相手の脇差抜いて刺したり・・・といった戦術的スキルを駆使するので、一瞬も目が離せません。

 こういった技は普通の武道家は知らなかったりするんです。いや、まず勉強しようとする人そのものが滅多にいません。知らないのが当たり前になっている。空手の形なんて大抵の空手師範が用法を全然知らなかったりしますから・・・。

 武術には非常に多くの技が伝わっていますが、現代武道しか知らない人達は、それらの技が試合で使えないから無意味だと断じて捨ててしまっているのです。特に山突きや合わせ突きといった両拳で同時に突く技は使用不能のコケオドシだと思われています。

 それは一面では間違いじゃありません。確かに試合では使えないでしょう。でも、本当の実戦を考えたら十分以上に威力を発揮できる技だったりするので、私的にはもったいないと思うんですよね。

 だから、そうした技を殺陣・技斗の中で使ってもらうのは研究家として嬉しいですね。

 こういう評価が果たして適切なのかどうかは私には判りませんが、私の目には、芸道殺陣・波濤流は、“現代の新武術”として様々な可能性を秘めているように思えます。それは、紛れもなく伝統的な武の礼法を継承されていると思うからです。

 武は礼にはじまり礼に終わる・・・この言葉は精神論ではなく具体的な心身制御の理論です。礼の意識は“心法”、礼の所作は“身法”の極意をエッセンスとするものだからです。

 合掌礼や抱拳礼、套路を始める時の起式のポーズが、すべて武的用法を内蔵しているということも、ほとんど誰も知りません。極論すれば、すべて武的意味があるんですよ。


 ともあれ、この素晴らしい縁を結んでくれた今は亡き武友、宮田重則さんに感謝すると共に、高瀬将嗣先生には、素晴らしい技芸会で審査員という名誉を与えていただいたことを、御礼申し上げます。ありがとうございました。


追伸;筑摩書房から新書版の本を出すことになりました。壮神社から最初の本を出していただいてから、アスペクト、文芸社に続いてですが、持ち込みや紹介でなく、今回は筑摩書房さんから執筆依頼を頂戴して感無量です。初心者向けのハウツー本になると思いますが、そろそろベストセラーが出せたらいいな~と思ってます。アスペクトに続くシリーズ化を狙って頑張りまっス!

追伸2;文芸社から出ている『武術と生きる日々』が、ケータイ読書館にて10月15日から販売開始されます。恐らく、ほとんどの読者がまだ読んでいらっしゃらないと思いますが、「長野さんが書いた本の中で一番いい」と評してくれる人もいまして、自分でも納得できた本です。この機会に是非、読んでみていただきたいと思っております。
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ドキッ!とした話・・・

 何だか、本部道場発足してから運気が動いてきたのかな~?という感じです。

1,つばさプロジェクトのアクションパーティナイトで審査員を頼まれた(つばさ基地、三周年、おめでとうございます)。

2,アスペクトのシリーズの最新企画にGOが出た(編集のSさん、いつもお世話になります)。

3,某老舗出版社編集部から新書版の企画依頼が舞い込んだ。

4,高瀬道場の技芸会でも審査員を頼まれた。

・・・ってな感じです。

 特に、新書版の依頼は願ったりかなったりの、本当に有り難いお話です。

 実際問題、もっと本を書かないと生活が苦しい状態だったので、出版社に持ち込みの営業しようか?と思っていたところだったのですよ。それも、単行本だと一万部越えるのは難しいから、新書版か文庫版の方がベストセラー見込めるだろうと思っていたんです。

 いや、本当に有り難いのを通り越して、天運を感じるというか、不思議です。

 本当に、こ~んなアホなことばっかり書いてるブログを、どこで誰が読んでくれているのか解らないですよね。(唐突ですが、ダンディGO先生、ありがとうございます)

 まあ、ちょっとアブナイところが私のキャラの持ち味だから、優等生的なことばっかり書くようになったら誰も見向きもしなくなるんだろうけど・・・(2ちゃんねるで熱狂的ファン?が妄想話書いてくれてるうちは安泰かな? しっかし、人間の嫉妬のダーク・フォースのパワーって凄いね~。俺のファンってアナキンばっかしなの?)。

 だから、やっぱり一所懸命やり続けていないと、あっという間に見捨てられてしまうんだろうな~と思うし、逆に怖い面もありますよね。

・・・いや~、と、いうのもですね~。突然、書留で法律事務所からお手紙が届きましてですね~・・・。

 ホント、「ゲゲッ! ついに俺も訴えられちゃったか?」って、もう、ドキッ!としましたよ。心臓バクバクしたもん。身に覚えがあり過ぎるからな~、オレ・・・。

 てな訳で、ハラ括って、ドキドキしながら封を切り、手紙を読みました・・・。

 ところが、私が訴えられた訳じゃなくて、ある方の告訴状の中に私の本から文章を引用しているので、礼儀として知らせてくださった・・・様子でした。

 正直、ホッとしましたけど、いや~、私も言動は慎まなきゃいかんな~と思いましたよね~。他人事だって笑えるような人間じゃないですからね。舌先三寸で危機を脱してきた経験もかなりあるんですよ。実際・・・。

 ただ、ちょっとな~。武術家が法廷闘争するのって、あんまり見た目が良くないような気がするんですね。ヤンキーがタイマン勝負で決着つける・・・みたいな方がカッコイイと思える私は考え方が古いですかね?

 名誉も金で買う時代なのかな~? 昔は性格がハチャメチャでも実力さえあれば武術家は一目置かれたもんじゃないですかね? 少なくとも私はそういう面白カッコイイ武術家が好きだし憧れるな~。謹厳実直な武道家って苦手だな~。

 まあ、このお手紙の内容については、多分、守秘義務があるだろうから書きませんけどね。でも、な~んか釈然としないものもあるんですよね。

 何か、誰も彼も自分だけが正しいと思い込んで、状況を考えたり相手から自分がどう見えているのか?とか考えなくなっているんじゃないかな~?

 それから、筋道の通し方が違うんじゃないの?と思える人が増えているような気もするんですよ。

 私もやり方間違って、叱られた経験はいくらでもありますよ。これからもあるだろうと思います。

 だけど、叱ってくれる人の方がまだいいんです。本当に悪意しかない人というのはすっとぼけておいて、いきなり裏切ったりしますからね。

 そういう経験も何度かありました。けど、こういう人って不思議なもので、後から必ず自滅していっていますね。天罰というと大袈裟かもしれませんが、良心に背いたやり方は運気そのものをねじ曲げていってしまうみたいです。

 よく、“お試し”って言われるんですけど、トントン拍子で運が開けてくる時期があって、その時に調子に乗って足元を見ないで浮かれていると、喪黒福造にドォーン!とやられるみたいに奈落の底まで堕とされたりするんですね。

 ホリえもんや、小室さんや、のりピーがそうだったんでしょうね。

 だから、自分の実力に見合わないチャンスが訪れた時は逆に慎重に地道にこなしていかないと逆にピンチに陥るもんだと思います。

 でもまあ、そこからはい上がるのも人生だし、はい上がれる力のある人にしか“お試し”は来ないんじゃないかな~?

 私は遅咲きだけど、注目してもらえるだけで有り難いのだし、これまでやってこれたのは、どれだけ周囲に助けてもらっていたか?と考えると、若いうちにちょびっとは苦労したことが役立っているんだと思います。

“夜回り先生”こと水谷修先生原作のドラマがテレ朝で放映されていましたけど、私は思うんだけど、水谷先生自身、子供達を助けることで自分も助けられているんじゃないか?と思うんですよ。

 でないと、あんなことはできないと思いますよ。

 世の中には常人にはできないことをやってのける凄い人が時たまいますけど、そんな人でも心の中に闇があって、不安や恐怖と戦いながら必死でやっているんだと私は確信して疑いません。

 人間、自分の弱さを本当に自覚しないと強くはなれません。

 武術は本当にもろ刃の剣だけど、活かすも殺すも使う人間の心次第ですよね。それを伝えていくのが私の役目かな~?と思います。


追伸;現在、相模原市のART発信地、千代田メイプルビルの2F、ギャラリースペース游(なんと、偶然にも游心流の游と同じ!)にてナイーブドラゴン展「ある意味、純真無邪気な立体作家十人による、ドラゴン造形作品展」が開催中です。21(月)22(火)はお休みですが、9月27日(日)までやっていますから、このシルバーウィーク期間中、関心のある方は足を運んでみてください。私も“ドラゴン”という言葉の響きに惹かれてのぞいてみたんですが、ファンタジー世界のドラゴンから機械と融合したドラゴン、ペーパークラフト等々、非常に楽しく拝見しました。入場料は無料です。“萌えよ、ドラゴン! ゥアッチョ~ッ!”・・・ちがうか?


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DVD撮影、無事に終了

 ふぅ~・・・、クエスト第三弾DVDの撮影も、怪我人もでず(オレ以外は・・・)終わりましたぁ~。

 相模原本部道場での撮影は、十文字鎌槍の演舞(演武じゃなくて、マジで演舞。コレクションを自慢したかっただけ?)。游心流居合術・独己九剣の一つ、“流星”の応用法。そして、発勁の用法と養成法の数々・・・。

 当日は師範代が有給休暇をとってくれたり、剣術師範代も仕事を早く切り上げて駆けつけてくれたりしたので、何かと助かりました。

 これでクエストDVD三部作には師範代二人は皆勤賞です。

 いや、正直言うと、もう、私自身、あんまり自分の技を披露するのは気が進まなくなってきていまして、自主製作DVDなら教材用として基本的に私の本やブログの愛読者しか買わないでしょうから、これはセミナー受講生にサービスするようなつもりで撮れるんですがね~。

 クエストさんのDVDということは、一定水準の不特定多数の人達が見て満足できるものにしなければいけない訳ですよね。

 そうでないと、「クエストのDVDは酷い出来だった」というマイナスイメージを広めることになりかねないんですよ。

 だから、責任が重たいというか、俺なんかでいいのかな~?という引け目を感じてしまうんですよ。

 私なんか、どっからどう見ても強そうに見えないし、「本当に武道やってる人なんですか?」とか「強いんですか?」って、しょっちゅう聞かれますからね~。

 今日は本心を書きます。自慢げでフカしてるみたいですけど、“接触できたら大体勝てる”という自信はあります。それだけ発勁の威力に絶対的な信頼を持てるようになったということです。

 無論、くっつけなかったら自信がないので、いかにして相手に技を出させずにくっつくか?がテーマなんですね。自分の欠点を埋めていく工夫をするのが楽しいんですよ。


 もうね~、この手(武道・武術)のDVDって、いかにも!って感じの人が演じてないと売れないんじゃないのかな~?と思うと、私は恥ずかしいんですね。どうも、カメラ向けられると緊張しちゃってダメですね。

 先日のアクションパーティナイトを見た後だから、余計、自信ない。カメラ向けられるとオーラが輝き出すようなプロフェッショナルの人達とは比較にならないですよ。

 所詮、武術は自己満足で取り組むものですからね。

「じゃあ、DVDの依頼なんか断れよ」って思う方もいらっしゃるでしょう。

 でもね~、生きていくには金稼がなきゃいけない。そのためには仕事の依頼は有り難いですからね。自信がなくったって、声かけてもらえたら、その時点の自分のベストを尽くして頑張っていかなきゃ~、もう次の仕事の依頼は来ないかもしれない訳ですよ。

 民主党の田中美絵子さんでしたっけ? 彼女がヨゴレ仕事をやっていた過去を面白がって書き立てているのって、本当に酷いな~と思いますよ。テメーらは生活の苦労をした経験はないのか?って聞きたい。むしろ、辛い経験を積んだ人間の方が政治家として期待できると思うからいいんじゃないですか? 麻生さんみたいな苦労知らずのボンボンより。

 私もね。サラリーマンじゃないから仕事選べるような身分じゃないんです。

 だから、内心でウ~ム・・・と思いつつも、「ははっ、やらせていただきますです!」って答えることにしているんですよ。とりあえず自信がなくても受ける・・・これ基本!

 まあ、上を見上げると自信喪失するばっかりだから、わざといろんなコントみたいなダメ武術DVD(結構、多い)を見まくって、「この程度なら俺の方がマシだな」って、やる気をふるい起こしたりしてるんス・・・(イヤミ?)。

 いやはや、しかし・・・今回のDVDは何故か私は調子が出ない。気持ちが乗らないと全然、動きがダメ。年齢のせいかな~? それとも「武術を追究していけば殺人術にしかならない」という矛盾を感じてるからかな~?

 本当に最近、「あ~、人体を壊すのって物凄く簡単だな~。強いの弱いのほざいている連中は何も知らんと無邪気なもんだな~」と思えて仕方がないんです。

 だから、どうにもやる気が出ない。怪我したのもそのせいでしょうね。

 でも、お陰で会員の上達っぷりが確認できて、今回のDVD撮影はむしろ嬉しい体験になりましたよ。

 私の代わりにやらせて、もしダメだったら私がやり直そうと思って、かなり、やってもらったんですが、皆、「えっ、こんなに上手かったっけ? 一般人から見たら達人に見えるぞ?」と思うくらいです。

 今回も発勁の養成法なんかは、ほとんど会員にやってもらったんですが、上出来!

 私は解説演武と発勁を交えた探手を実演したのと槍と“流星”の応用をやった程度。

 剣術師範代には細竹の試し斬りをやってもらいましたが、「これはかえって難しいですね~」と言いながら、難無くスパッと斬っていました。

 実際、この細竹は堅くて撓るので、畳表を巻いて水を吸わせたものを斬るより、ずっと難しいのですよ。表面もツルツルだから滑って刃が食い込まなかったりする。

 もっと太い竹でも、地中から生えているものは水分を多く含んでいるからサクッと意外と簡単に切断できるんですが、切り取って長くなり水分が脱けたものだとかなり堅くなるし、細いから釣竿みたいに撓って刃筋を通すのがえらく難しい訳なのです。

 ひょっとすると同じくらいの太さの軟かい鉛とか銅とかの金属の棒の方が斬るのが楽かも知れませんね。

 撮影後に参加した会員全員に斬らせてみたんですが、私と剣術師範代と師範代の他は、皆、失敗していましたし、試し斬りに使った刀は少し刃毀れしたり刃がめくれたりしていて、帰宅してから荒砥石でササッと研いで直しましたよ。

 逆に言うと、これが楽に斬れれば湿らせた畳表を巻いたものを斬るのには苦労しないでしょうね。

 そうそう、剣術師範代が本部道場開設の記念に日本刀二振りをプレゼントしてくれました。二尺二寸の尾州住正泰と、二尺四寸六分の備州長船住長光となっています。

 正泰は試し斬り用に向いた刀で白研ぎされています。これは斬れそうです。昭和に打った軍刀みたいですが、肉厚で身幅も広くてシッカリしています。柄を握っていて、何か妙に思ってよくよく見たら、逆目貫になっていました。柳生連也が好んだという拵えです。

 鯉口がユルユルになっていたので、木製の弁当箱のフタを取っておいた(水に浸して塩分を抜いてから乾燥させておいたもの)ものから適当にハサミで切って、鞘の鯉口の内側にゼリー状瞬間接着剤で張り付け、固まってからハバキがきつくなり過ぎている分、ヤスリで少しずつ削って調整しました。

 居合の練習をしていて模擬刀の鯉口がユルユルになってしまったら、この方法で補修してみてください。いちいち武道具店に預けたりするより簡単でお金もかからないです。練習熱心な人だとすぐユルくなるし・・・。

 長光の方は残念ながら刃切れが三つあるので、試し斬りに使うのは不可能です。打ち合えば容易に折れるでしょう。長光と言えば有名な刀匠ですから本物とは思えませんが、しかし、出来そのものは悪くありません。刃切れが浅ければ削り落とす手もあるんですが、結構、深いから手の施しようがありません。「刃切れさえなければな~。惜しいな~」と思いつつ、反りの深い細身の太刀姿で資料的な価値はあるでしょう。

 ちなみに、日本刀に詳しい剣術師範代から教えてもらったのは、刀身より茎(なかご)が太くなっている刀は、それだけ研ぎ減りしているからなのだとか。納得!

 それで、最近買ったモンモン入りの古刀が茎の方が太くなっている理由が解りました。確かに彫刻が薄くなっているので、かなり研ぎ減っていたんだな~と思いました。

 まあ、それはそれとして、会員のOさんには今回、大活躍してもらいました。発勁の養成法は、ほとんど彼にやってもらいました。中国武術の経験はなかったんですが、新体道ともう一つ、“ある流派”を修行した経験があったので、少し教えたら中国武術の技もどんどん吸収してしまいました。多分、二十年以上やっている人に見えると思いますよ。まだうちでの修行歴は一年にもならないんですが・・・。

 そして、Y指導員には、発勁の浸透する威力の実演(何人か縦に並んで最前列の人を打って後ろの人達に威力を通すヤツ)をやってもらいましたが、もう自在に打てるようになっていますね。体重が倍の相手と打ち合ったとしても引けはとらないでしょう。

 彼も入会当初は「“徹し”や“当破”といった0インチパンチは神秘の秘技で特別な達人しかできないのだ」と思い込まされていたんですけどね~。今では当たり前に打てる。


 本当に今回のDVDは見ごたえは一番あるんじゃないかな~と思います。大抵は先生だけが凄くて弟子はあんまりできないってのが多いんですがね。

 私も発勁を連発しながらの探手をやってみましたが、最大限の威力を出してみようとすると、歩法のスピードを犠牲にしてしまうことに実演している最中に気づきました。

「あっ、こりゃあ、このやり方だと歩法のスピードを出すのは無理だな~。仕方ない。ここは発勁の威力を出すことだけに専念しよう・・・」と咄嗟に考えて爆発呼吸を使って発勁を連発する様子を実演するのに留めました。よって、歩法はやりませんでした。

 それにしても、久しぶりにやったら凄い疲れましたよ。やっぱり、威力は出ても身体には負担がかかるな~。私も46だから、江戸時代だったら立派な爺さんの部類だから、しょうがないかな~? やっぱり、コレは奥の手として封印しておきましょう・・・。

 DVDの発売時期はまだ未定ですが、今回はどんな具合に映っているのか楽しみです。


 あっ、そうそう。撮影後は青木宏之先生に書いていただいた「遊心」の書を囲んで全員で記念撮影をしました(これから本部道場の稽古の時は毎回、正面に飾って練習します)。
 四名これなかったのでフルメンバーじゃなかったんですが、これから地道に仲間が増えていくといいな~と思っております。

 遊心流も10周年。メンバーは発足当時とはほとんど入れ替わってしまいましたが、水準は今が最強・・・と言っていいでしょう。三回の存続の危機を乗り越えて続けてこれたことを感謝!

 これからはもっともっと凄くして、達人養成道場の異名を築いてみせますよぉ~。
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追伸;小耳に挟んだ情報ですが、テレ東のカルトお笑い番組イツザイのナンバー1人気芸人マイコーりょうの正体が、なっ、なんと! 日本人カポエリスタ、矢部良先生その人であるそうで、「えっ、ウソ~? マジっすか~?」と、私は村上祐尊先生が親子アニメーション・ダンサー、スーパーストロングマシーン1号に変身していたのを知った時を超える驚きを感じました。確かに先日、NHKのパフォーでマイコーを見ていて、「何か、知ってる人に似てるな~。誰だっけ・・・あっ、カポエィラの取材の時に会った矢部さんにクリソツだ!」と思ってはいたんですが・・・クリソツな筈だよね~。ちなみにマイコーりょうこと矢部先生の必殺カポエィラ蹴撃テクニックはクエストさんから出ているDVDで見れます!(壮神社からも昔、ビデオが出ていました。神保町で発見したらゲットだぜ!) これは大推薦しますよ~。確か、マーク・ダカスコス主演の『オンリー・ザ・ストロング』というカポエィラ・アクション映画を見てブラジルに渡った・・・と矢部先生は言われていたと記憶しているんですが、カポエィラの実戦性を確認したくて果敢にフルコンタクト空手やK-1なんかにも挑戦されていて、本当にイケメンの外見からは想像もつかない根性の人なんですよ。いや~、また一人、隠された最強芸人が誕生していたのか~。矢部先生、いや、マイコー、頑張れ!

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特撮ドラマ小辞典

 え~、「何で武術の研究やっている人が特撮ドラマについて書くのか?」と疑問に思う方もおられると思います。

 はっきり申し上げます。

 それは“趣味”だからです!


・・・という訳で、問答無用で書きますけど、まずは武術、格闘技にも関連すると思われる特撮が入ったドラマについて。一見、特撮と関係ないように見えても、この手の番組というのはアクションの構成に特殊技術を用いているので、“特撮”に分類します!


[武術格闘物]

『闘え!ドラゴン』
主演の倉田保昭は和製ドラゴンと呼ばれて香港映画界でも活躍した日本人アクションスター。『帰ってきたドラゴン』で共演したブルース・リャンや、『燃えよドラゴン』の筋肉男ボロを演じたヤン・ツェも出ている。が、キックの鬼こと沢村忠が“木枯らし”という名前?の敵役で出てくるのが一番の驚き。けれども沢村忠は日大芸術学部の出身でもともと俳優志望だったらしいのだ。

『魔拳カンフーチェン』『激闘カンフーチェン』
最近Vシネで再活動している高木淳也がJACに所属していた頃のドラマ。吉田豪の対談本によると、高木は元々極真空手を修行し超硬派&武闘派だったらしく、アイドルとして売り出そうとする事務所とぶつかって独立したらしい。が、相当な嫌がらせとかあったらしく当時の事務所への憤懣を隠そうとはしていない。だけど、役者バカ千葉ちゃんだけは恨んでないみたい(まっ、「この人はしょうがね~な~」って苦笑しちゃって憎めない人ってことなんでしょうね)。

『聖龍伝説』
まったく唐突に安達祐美主演で始まったカンフードラマ。義理の父親役でJJサニー千葉が出演していたが第一話であっさり死ぬ。千葉ちゃんはゲストで出るとあっさり死ぬ率が異常に高い(ギャバンとか蘇る金狼とか必殺女拳士とか)。筋肉番付でブレイク前のケイン・コスギや、剣道日本一でシューティングもやっていたウルトラマン80こと長谷川初範や、石井館長にケツまくってK-1から離れた佐竹雅昭、バイオマンでファラキャットを演じた後、台湾などでブレイクしたシンシア・ラスターがゲスト出演していたり、キャスティングが無駄に豪華だったが、ワイヤーでピューンと吊られて飛び蹴り極める安達祐美の姿を見て哀しくなったのは私だけ?

『柔道一直線』
やっぱりコレは外せないでしょう? 柔道なのか空手なのかプロレスなのか判らない試合や、足の指でバレリーナのようにピアノの鍵盤を踏んで猫ふんじゃったをひくトンデモシーンや、数々の物理学無視の必殺技が有名。無名時代の松田優作がエキストラで出た時に主演の桜木健一の横柄な態度に腹を立てたという逸話もある。だけど、松田優作はちょっとしたことで気に入らない人を殴るのが有名な人だからな~?

『こんな学園みたことない』
奥田圭子が“一条寺拳法(少林寺拳法みたい?)”なる一子相伝の拳法流派を継ぐ新米教師!に扮して、学園の利権を狙う連中と闘うという設定の学園ドラマ。設定だけだとかなり燃える(萌える?)ドラマになった可能性もあるのだけど、どうもアクションを売りにする気が薄かったらしく、学園ほのぼのコメディー路線を狙ったみたい。空手経験のある故・古尾谷雅人も出演していたけど、格闘シーンはなかった。奥田がヌンチャクをブーメランみたいに飛ばして黒レザーのボディスーツで登場するところが毎回の目玉。アクションをもっとド派手にしたら視聴率上がったと思う。そういえば、『ごくせん』と設定似てるな~?

『ホーリーランド』
深夜枠で放送されたストリートファイトの物語。イジメを苦に不登校になっていた主人公が、ストリートファイトを通じて“下北ヤンキー狩り”と呼ばれる伝説のストリートファイターになっていくまでの話を、繊細な心理描写を含めて描いた。主演の石垣祐馬と徳山秀典の格闘演技が実に素晴らしかった。

『風魔の小次郎』
深夜ローカルで放送された超有名漫画の実写版。どう考えても傑作になる道理もないとタカをくくって見てみたら、イケメン揃えてCGとワイヤー、アクションは手抜き無しで、ちょっと感動してしまったぜよ。原作はほとんど読んでないので、どのくらい原作に忠実なのかは不明だけれど、アクション物としては及第点を捧げたい。

『ザ・ゴリラ7』
JACアクションが脚光を浴びていた時期のスパイアクション風のドラマ。千葉ちゃん絶好調ですが、“長渕のヨメ”と言わないと知らない人も多くなってしまった志穂美悦子が大活躍。確か、『チェンジマン』でギルークを演じていた山本昌平がゲストで出た時に、悦子と対戦していたのが印象深かった。

『Gメン75・香港カラテ編』
長寿番組だった中でも最も人気が高かった海外ロケ・シリーズ。毎度毎度、ヤン・ツェが登場して「兄貴の仇だ~」「従兄弟の仇だ~」みたいに襲い掛かってくるのが笑いのツボだった。一族全員、同じ顔の筋肉族か、クローン人間か?という感じ。もしかしてターミネーターの元ネタか? お陰で、Gメンと聞くと自動的にヤン・ツェの顔が浮かぶようになってしまった・・・。



[東映戦隊シリーズ]

『ゴレンジャー』
記念すべき第一弾。一年以上続いた人気作。赤・青・黄・緑・桃の基本カラーリングが確立されたのもコレ。

『ジャッカー電撃隊』
割りとシリアスな感じでサイボーグ化された戦士たちのドラマだった。テコ入れでMr,特撮こと宮内洋が登場! 真田広之や大葉健二、志穂美悦子もゲストで出た。当時、志穂美悦子の女必殺拳シリーズにも出ていたミッチー・ラブがかなり本格的なカラテ・アクションを披露。

『バトルフィーバーJ』
世界中の舞踊の名手という設定ながら、何か踊りの下手な人ばっかりだったり、バトルフランスがフラメンコの名手って・・・フラメンコはスペインだと思うけど。ちなみにこの作品から合体巨大ロボが登場します。東映時代劇でならした東千代之介が隊を結成してバトルフィーバーのスーツも作ったそうなんですが・・・、ミスアメリカのアレ(ハイレグ)をデザインしたんか?と思うと、ちょっとコワイです。

『デンジマン』
このくらいから戦隊シリーズも定着してきた感じがします。私の記憶が確かなら、この作品でデンジピンクを演じた小泉あきらさんが春田純一のヨメになったという噂を聞きますけど、事実ですか?

『サンバルカン』
変身するのが三人になったのと、長官を岸田森さんがやっていたことくらいしか記憶にありません。ピンクがいない唯一の作品かと思われますが、その分、お色気担当は長官の娘でした。

『ゴーグルV』
ゴーグルピンクが華奢な女優さん(当時の芸名、大川めぐみ。『宇宙船』のイメージガールもやっていて、カンフーチェンにも出てた)が演じたという点が評判になった。今でいうところの萌え系の元祖かも?

『ダイナマン』
やたらに爆発していたイメージがある。

『バイオマン』
イエローフォーが途中から変身後しか出なくなり、あっさり殉職! そして二代目イエローフォー登場の回は、当時人気絶頂の真田広之がゲスト出演! なんでもイエローフォー役の女優さんが失踪して事務所の先輩である真田さんがお詫びを兼ねて出演したとか? この作品から割りと大人向け路線になった印象がある。

『チェンジマン』
戦隊シリーズ中、私が一番好きな作品。実際、一年とちょっと続いており、人気の高さがうかがえる。長官が実は宇宙人だったり、敵幹部のドラマも緻密に描かれて宇宙的規模のスケール感が素晴らしかった。ちなみに私はアハメス様を演じた黒田福美とチェンジマーメイドの西本ひろ子のファンでしたが、後半の重要キャラであるリゲル星人のナナちゃんを演じた柴田時江さんと会ったのが自慢です! この作品は戦隊シリーズが長く続く礎になった作品だと思いますね。

『フラッシュマン』
前作が高い人気だったので少し不遇な印象が残る。というか、ほとんど見てないんです。

『マスクマン』
何だか、メキシコのルチャリブレのマスクマンたちを思い出してしまうタイトルだけれど、空手・カンフー・太極拳・忍法などの遣い手がオーラパワーで変身するという設定が個人的にツボにはまった。実際に中国武術の選手だった広田一成も出ていて双鉤という武器を使っていた。

『ライブマン』
申し訳ない。この辺りになると熱心に見てないから、よく解らない。確か、最初、三人組だったと思う。嶋大輔が主演だったっけ?

『ファイブマン』
五人兄弟の学校の先生という設定しか覚えていません。

『ジェットマン』
何か、戦うトレンディドラマとか言われてヘンな人気があった作品。ガッチャマンと微妙にカブッてる気もするんだけど、最終回でブラックが死ぬところなんてコンドルのジョーと一緒じゃん?

『ターボレンジャー』
妖精が見える高校生が戦うという設定。今見るとセーラー服のスカートの丈が長いな~。

『ジュウレンジャー』
アメリカ版パワーレンジャーの最初の作品がコレだったそうですが、恐竜がモチーフなのにマンモスやサーベルタイガーが入ってたりする。プテラレンジャーを演じた千葉麗子は、その後、実業家へと転身して驚いたな~。

『ダイレンジャー』
中国拳法がモチーフの中華風戦隊。JAC所属で当時の日本の中国武術の代表選手だった人がスーツアクターを演じたりしていて本格的なカンフーを披露していました。最終回で老人になったダイレンジャーたちの孫が新たなダイレンジャーになる・・・という展開が良かった。

『カクレンジャー』
忍者の子孫が妖怪と戦うという設定と、リーダーが一番年少の女の子という設定も斬新。エンケンこと遠藤憲一が魔王の息子のガシャドクロで登場したり、ケイン・コスギがショー・コスギと親子対決したり・・・と、見直すとお宝な展開が多い作品。

『オーレンジャー』
宮内洋率いる超能力を持つスワットチームという設定だけど、何といっても、さとうたまおのデビュー作として有名な作品。何しろ、いまだにさとうはオーレンジャーの変身ポーズを決めてウケを取っているんだから、このまま女宮内洋みたいなポジションで芸能界を生き抜いていったらどうか? ちなみに誰も言わないけど現・格さんのデビュー作でもある。

『カーレンジャー』
えっと、確か、コメディ路線に走った作品だということと、三代目ミニスカポリスで元カレに貢いで捨てられた来栖あつ子が出てたってことしか覚えてないです。

『メガレンジャー』
この作品も印象が薄いです。確かメガイエローが、この後、仮面ライダークウガに出演していたってことくらいしか記憶にないです・・・何か、オレはヒロインのことしか覚えてないな~?

『ギンガマン』
何となくジュウレンジャーとカブッて見えるんですが・・・。ちなみにギンガピンクを演じた女の子、荻窪のロイホで見たことありますけど、単なる似てる人だったかも? ネズミっ子クラブ出身なんだっけ? 普通のアイドル業界に疎いからよく知らないけど。

『ゴーゴーファイブ』
トミカヒーロー・シリーズの元ネタかな~? 兄弟物でマイク真木が父親というところが意外な感じです。

『タイムレンジャー』
この作品もリーダーが女性(勝村美香)という点が異色だった。えっと、タイムレッドが何か筋肉番付で活躍してた人なんですよね? 名前度忘れしちゃったよ・・・(永井大だよ~)。

『ガオレンジャー』
この辺りから、戦隊シリーズが若手登竜門化した印象がありますね。子供の母親が騒ぎはじめてイケメン揃えるようになったんだよね。金子くんはついにニューハーフまで演じるようになったぞ。

『ハリケンジャー』
やっぱりカクレンジャーとカブッてるよね。

『アバレンジャー』
これもジュウレンジャーとカブッてるかな~? ほとんど見てなかったな~。

『デカレンジャー』
木下あゆみのデビュー作として語られるようになるんでしょうか? この作品は結構見てましたよ。仮面ライダークウガの、グロンギ族だけど最後まで正体を見せないまま生死不明になった“バラのタトゥの女”で知られる七森美江さんがゲストで出てた。

『マジレンジャー』
この作品、後半になると、妙にクトゥルー神話っぽくなるんですけど・・・。磯部勉が出てたのには驚いた。

『ボウケンジャー』
この作品は朝寝坊がひどくて、あんまり見てなかったな~。劇場版に倉田保昭が出ててビックリ!

『ゲキレンジャー』
獣拳という設定だけで待ってました! エレファン(サモハン)・キンポー、シャッキー(ジャッキー)・チェン、バット(ジェット)・リー、ゴリー(ドニー)・イェン、ミシェール・ペング(キング)といった香港カンフー名手の名前をもじったネーミングやカンフードラマ特有のお約束が随所にちりばめられていて私的には最高でした! 劇場版で石橋雅史先生が出ていたのも涙物でした・・・。

『ゴーオンジャー』
やっぱり、好きな作品の終わった後だと熱意が冷めるもので、あんまり見てなかったんだよね~。

『シンケンジャー』
執筆時点で放送中。なかなか面白いです。シンケンシルバーが逆手居合斬りを遣うところもいいです。高梨凛は坂下千里子に似てる・・・と思ったのは私だけ?


 以上、抜けてる作品や順番が間違ってる作品もあるかと思います。気づいたら教えてくださいませ。


[戦隊物風味の作品]

『忍者部隊月光』
戦隊物のルーツといえば、これなんじゃないでしょうか? 原作は戦時中ながらTVドラマでは現代のスパイ物になっています。

『忍者キャプター』
これはモロに戦隊シリーズの影響が強く、ちょうど、ウルトラ・シリーズに於けるキャプテン・ウルトラみたいな位置付けでしょうかね? ゲスト出演した牧れい演じるクノイチの回が印象深く、主演の伴大介がゾッコンだったという裏話も・・・。

『サイバーコップ』
初めて特撮物でビデオ撮影を持ち込んだというのが有名な作品。巨大ロボが出ない分、ドラマ性が高かった。

『グランセイザー』
セイザー・シリーズの第一弾。しかし、12人というのは人数が多過ぎるかも?

 あ~、この設定で考えたらキリがないな~。このくらいにしておきます・・・。



[ウルトラマン・シリーズ]

『ウルトラマン』
記念すべきウルトラマンの長い歴史を飾る第一シリーズ。前作ウルトラQが、ミステリーゾーンのようなSFマインド溢れるドラマを目指していたのと違い、純然たる怪獣物として製作された。巨大ヒーローと怪獣が対決するものとしては『マグマ大使』の方が先に放送されていたけれど、ウルトラマンの影響力は絶大だった。ラゴンやピグモン、チャンドラーのようにウルトラQと関連のある怪獣や似てるけど別物という怪獣も出ていたり、ゴジラにエリマキつけたジラースが出たり・・・と、サービス精神に満ちていた。

『ウルトラセブン』
ウルトラマンで大成功して、もっと大人向けのSFドラマを・・・との目論みで登場したのがウルトラセブン。メタリックなスタイルや宇宙人、ロボットとの戦い、怪獣が出ない観念的な回など実験精神を感じさせて現在でも人気が高い。実際、特番やオリジナルビデオ作品、深夜の外伝などが製作されるほど今も人気が衰えていない。これは主人公ダンと女性隊員アンヌの恋愛が描かれたからだと思われる。ちなみに、当初はウルトラマンとウルトラセブンの関連性はなく、まったく別々の物語だった。

『帰ってきたウルトラマン』
ウルトラマンの復活を目指して製作された作品だが、帰ってきたのは最初のウルトラマンではなく、ウルトラマンの世界観の広がり(ファミリー化)の先鞭をつけた作品となっている。当時、スペクトルマンとか1970年代の怪獣ブームの真っ只中であり、試行錯誤の実験精神もうかがえ、ウルトラマンも何度も怪獣に負けて特訓して倒したりしていた。

『ウルトラマンエース』
当初はウルトラエースというタイトルにする予定だったのが登録商標の関係で使えず、ウルトラマンエースになったそうな。男女合体変身という新機軸を打ち出したが続かず、途中で月星人だったことが判明した南ゆうこが月に戻り、以後は北斗星児が独りで変身するようになる。何か失恋とか離婚を連想して侘しい気がしたのは私だけじゃなかったらしく、後の映画で北斗と南が結婚している設定のパラレルワールドの話が描かれていた。

『ウルトラマンタロウ』
エースが様々な新機軸を持ち込んだ野心作ながら視聴率的に今ひとつだったという反省から、単純で明朗な子供向け作品と割り切って作ろうとする中から誕生したのがウルトラマンタロウ。ウルトラの父と母の実子という設定ながら、角以外はどちらにも似ていないことから「隔世遺伝か?」「不倫の子か?」というジョークまでささやかれていた。が、人気の点では見事に当初の目的を達成していた。

『ウルトラマンレオ』
初回でいきなりウルトラセブンが怪獣に負けて脚を折られて再起不能になってしまうというショッキングな展開。そこに現れた謎のウルトラマンは光線技が使えず空手で戦うワイルド系。セブンに代わって戦うことになったものの、毎度、星人や怪獣にやられてしまい、特訓して勝つというパターン・・・。段々、頼もしくなってきたな~と思っていたら、いきなり頼みのダンは円盤生物シルバーブルーメに宇宙ステーションごと食べられて消息不明。ウルトラマンレオの世界観は、まさに終末思想のハルマゲドンの世界。親しい人達が次から次に死んでしまうのだ・・・。それでも、自分を信じて戦え!という熱いメッセージがそこにある。でも、この作品以後、しばらくウルトラマンのシリーズは休止する。

『ザ・ウルトラマン』
蘇ったウルトラマンは、実写ならぬアニメーションだった。アニメのブームで、かつての実写人気作品がアニメになった例は数多い。『レインボーマン』『仮面の忍者・赤影』『悪魔くん』『水戸黄門』・・・。しかし、やっぱり実写特撮の味は出せないものです。この『ザ・ウルトラマン』もストーリー的には斬新だったりするんだけど、怪獣がね~。ちなみに『ウルトラマンUSA』というアニメーション映画もあります。

『ウルトラマン80』
やっぱり、実写でないとウルトラマンっぽくないと悟ったものか、アニメの次は久しぶりの実写ウルトラマンの新作。しかも、80に変身する矢的猛は学校の先生として登場! 時代は金八先生や熱中時代の先生のような学園物全盛期だったのだ。ちなみにダイナピンクを演じた萩原佐代子が女ウルトラマン、ユリアンを演じていた。

『ウルトラマングレート』
オーストラリアで放送するウルトラマンということで製作された海外向けウルトラマン。

『ウルトラマンパワード』
こちらもアメリカ向けに製作されたウルトラマン。初代のリメイクだった。

『ウルトラマンティガ』
1990年代に蘇ったウルトラマンは設定そのものが新しくリニューアル。最終回ではクトゥルー神話の邪神ガタノソーアと戦った。映像技術の発達を再認識。レナ隊員を初代ウルトラマンに変身するハヤタ隊員の娘が演じたのも話題になり、セブン以来の主人公との恋愛ドラマも見せた。

『ウルトラマンダイナ』
ティガの続編として放送。よりダイナミックな展開を目指してタイトルも考えられた。

『ウルトラマンガイア』
平成三部作のトリともいうべきガイアながら、前二作とは別世界の設定(映画では絶妙に合体)。青いウルトラマン、アグルの登場が印象的で、アグルを演じた役者は仮面ライダーや数々の特撮物に出演してエポックメイキングな存在になった。

『ウルトラマンコスモス』
怪獣を殺さず保護する心優しいウルトラマンというコンセプトで登場した作品。人気を呼んで放送延長が決まった時に主演俳優の暴行疑惑事件で謹慎、放送休止・・・という社会問題が起こった。後に疑惑が晴れたが未放送分の話はDVDで見るしかなかった。が、映画も三作公開されて近年のウルトラマンシリーズでは最も成功したかも。

『ウルトラマンネクサス』
やっぱり、反動というものか、明るく優しいウルトラマンの次はダークな世界観でハードな作品が製作されるもの。映画版の『ULTRAMAN』の世界観を引き継いだウルトラマンネクサスは、ウルトラマンに変身する者が何度も入れ替わるという掟破りをやってみせ、ずっと傍観者であり続けた主人公が最終回でやっとウルトラマンに変身した。

『ウルトラマンマックス』
実験精神に溢れたネクサスがあまり受けなかったからか、明るいヒーロー番組として『ウルトラマンマックス』は“最強最速のウルトラマン”のキャッチコピーで登場し、旧作の怪獣も出ていた。ルックスがセブンに似ているためか?主人公と女性隊員の恋愛が描かれ、最終回では結婚して老人になった二人が孫の出立を見送るという幸せな光景が描かれていた。これは、恐らくセブンもこうであって欲しかったという隠喩ではないか?

『ウルトラマンメビウス』
執筆現時点での最後のウルトラマンだけれども、映画版は次々に製作されているし、ウルトラマンシリーズを集大成するような作品に育ちつつある。ツインテールやグドン、ベムスター、バードンなどなどが大挙出演してオヤジ世代への目配せも利いてます。



[ウルトラ外伝物]

『ウルトラQ』
記念すべき“ウルトラシリーズ”の第一作品。白黒で当初は“アンバランスゾーン”というタイトルのSFドラマを目指していたが、怪獣人気にあやかって怪獣ドラマにしろというプロデューサーのお達しに従って、数多くの怪獣が登場することになる。ちなみにヒロインを演じた桜井ひろこは引き続いてウルトラマンのフジアキコ隊員となり、今も円谷プロの作品の常連である。

『生物彗星WOO』
ウルトラQ以前に円谷プロで企画され後のウルトラマンの原型ともなった『WOO』をリニューアルしてNHKでジュブナイルドラマ化した作品。谷村美月を主演にした点で先見の明を感じさせる・・・(だって、「あの谷村美月が主演していたんだよ」って、後々採り上げられるでしょ?)。

『ウルトラQダークファンタジー』
本来のアンバランスゾーンの企画に沿ってリメイクされたウルトラQ。よって、怪獣はほとんど登場せず、SFショート小説のような展開。

『ウルトラセブンX』
異世界のハードボイルドSFの中にウルトラセブンが登場するという妙なブレンド感覚が秀逸だったけれど、ラストのあまりにも意外な展開に結び付いていく構成の妙味に感銘を受けた。地中に巣くう蜘蛛型エイリアンの大群が、『ヒルコ妖怪ハンター』の黄泉の国で蠢くヒルコの群れを思い出させた。


 その他のウルトラマンがらみでは、『ウルトラマンヒカリサーガ』とか『ウルトラファイト』『ULTRAMAN』『ウルトラマンコスモス三部作』『大怪獣バトル・ウルトラギャラクシー』『ウルトラマンネオス』『ウルトラマンゼアス』とか、『ウルトラマンナイス(CF)』というのもありましたね。



 さて、ウルトラマンと並ぶ特撮ヒーローといえば、それはもう仮面ライダーでしょう。

[仮面ライダーシリーズ]

『仮面ライダー』
仮面ライダーは主役の藤岡弘、が事故で大怪我したことから長いシリーズが始まったと言えるかもしれません。負傷した藤岡の代わりに二号ライダーとして登場した佐々木剛演じる一文字隼人が「ヘンシン」の掛け声を始めたと言われており、その変身ポーズから火がついたとされ、藤岡の復帰によって一号二号のタッグによるショッカー怪人との戦いがドラマチックに広がっていったのです。

『仮面ライダーV3』
ライダーシリーズの世界観を決定付けたのが、このV3! V3の頃が早くも仮面ライダーの絶頂期だったと言えるでしょう。デザイン的には正直、カッコイイとは思わなかったんですが、V3は何故か凄く人気がありましたね。ライダーマンも人気がありましたね。

『仮面ライダーX』
V3の人気を受けて新しく始まったX。Xは海洋工事用のサイボーグ、カイゾーグだという設定で、GODというギリシャ神話の神様みたいな怪人と戦っていて、何か石ノ森先生の代表作であるサイボーグ009と似た感じがありました。万能武器ライドルが欲しいと思いましたね~。

『仮面ライダーアマゾン』
ライダー好きの間でもカルト的な人気があるのが、半漁人っぽいアマゾン。ヒレをパタパタさせて鋭い牙や爪で戦うワイルドなところや、主人公が半裸で言葉もよく話せないという設定が斬新でした。大切断の技は南斗聖拳の元ネタか?

『仮面ライダーストロンガー』
ストロンガーには、本来だったら初代女仮面ライダーになるはずだった電波人間タックルが登場。中盤までストロンガーの相棒として戦います。毒を使うデルザー軍団の魔女幹部ドクターケイトの毒にやられ、最後の必殺技ウルトラサイクロンで相討ちで果てます。あ~、何て可哀想な・・・。やけっぱちになったストロンガーは大改造してスーパーストロンガーになる。しかし、何よりこの作品の凄さは、ストロンガーの男気! 「なぜだ? なぜ俺の毒が効かないんだっ!」と驚く怪人に向かって、「そんなの俺が知るかぁっ!」と言い放つ問答無用っぷりでした。

『新仮面ライダー』
久しぶりに復活した仮面ライダーは、原点回帰を狙って地味に・・・というコンセプトだったんですけど、空を飛べるスカイライダーという設定・・・。主演の村上弘明は今では時代劇俳優として大活躍しています。

『仮面ライダースーパー1』
赤心少林拳という中国拳法を遣い、五つの能力があるファイブハンドを駆使するメカニックな仮面ライダー。全仮面ライダー中でもトップレベルの戦闘力があるとされます。演じる高杉俊介は今でもほとんど外見が当時のまま。そっちの方に驚いた・・・。

『仮面ライダーZX』
スペシャル版で一回だけ登場した仮面ライダー。忍者ライダーともいわれていろいろな能力を持っていたらしい。演じる菅田俊はパンチパーマのヤクザ顔。これはアカレンジャーを演じた誠直也以上に違和感があった。が、菅田本人は「もう一度ZXになりたい」と結構マジに発言していた。

『仮面ライダーブラック』
またも久しぶりに登場した原点回帰型の仮面ライダー。ホラー風味を意識し、ブラックサンとシャドウムーンの戦いという縦糸を織り込んで大人気。主演の倉田てつをは、続くRXにも主演を要請された。

『仮面ライダーブラックRX』
バイオライダー、ロボライダーという二つの形態に変身する能力も得たブラックRX。しかし、この作品は女幹部マリバロンを演じた高畑淳子が無名な頃に出ていた作品として有名になった。

『真仮面ライダー』『仮面ライダーZO』『仮面ライダーJ』
この三作はビデオオリジナルとして製作された作品で、それぞれ独立した作品。真はホラーSF、ZOは娯楽色を深め、Jは仮面ライダー初の巨大化を実現した。


『仮面ライダークウガ』
オダギリジョーが主役に決まった時に、「役者をやめようかと思ったくらい嫌だった」とNHKのトーク番組で問題発言をかまして、ファンを茫然とさせた。熱狂して見ていた人達の立場はどうなる? が、イケメンがヒーローを演じて出世コースに乗る先鞭をつけた功績は大きいかも?

『仮面ライダーアギト』
クウガの世界観を引き継ぎながら幻魔大戦風の展開をした作品。バトルスーツとしての仮面ライダーや、不完全体としての仮面ライダーが登場したのも良かった。個人的にはアマゾンを彷彿とさせるギルスが良かった。

『仮面ライダー龍騎』
ミラーワールドや仮面ライダー同士のサバイバル対決という新機軸を打ち出した。結局、ヒロインの夢オチ?みたいな不条理な展開には賛否両論が・・・。劇場版では、加藤夏希演じる女仮面ライダーがついに登場!

『仮面ライダー555』
オルフェノクと呼ばれる新人類と人類との戦いか共存か?という、これまた不条理な世界観だった。今やウンチク芸能人のイメージが強くなった半田健人が実はウルフオルフェノクでした・・・という555に変身するヒーローを熱演。

『仮面ライダーブレイド』
アンデッド(ゾンビのことじゃない)と呼ばれる不死の怪物を封印して回る仮面ライダーたちの活躍を描いた。

『仮面ライダーカブト』
オレ様な主人公が、ワームと呼ばれるエイリアンが人類に擬態して成り代わろうとする世界で活躍する物語。もうね~、ストーリーがややこしいですよ。

『仮面ライダー響鬼』
仮面ライダーシリーズのマンネリを打破するために、当初は仮面ライダーとは別の企画として考えられた妖怪退治物として考えられたらしい。仮面ライダーの時代劇版として企画された変身忍者嵐との共通性がうかがえ、実際、“鬼の鎧”というのが出てきた時は、モロに“嵐”そっくりだった。細川茂樹演じるオジサンライダーというのがウリだったけれど、まだ若いでしょ? 藤岡弘、が伝説の鬼として出てくるくらいでなくっちゃ~。山の中で真剣で試し斬りしまくってたりする役だったらギャラ無しでも出たと思うよ。

『仮面ライダー電王』
親しい編集者から業界裏話で「今度の仮面ライダーは桃太郎になるみたい」という話を聞いた時は冗談でしょ~と思っていたら、マジでそういう話だったので驚いた。鉄道マニアの支持を集めたのか? 妙に人気のある作品になった。ヒロイン役の女優がワケアリ降板したところに芸能界の闇を感じた人は多かったのでは?

『仮面ライダーキバ』
この作品、『怪物くん』の実写版だと思っても違和感がない。狼男、半魚人、フランケンを従えて、本人は吸血鬼?

『仮面ライダーディケイド』
もう、何でもアリ? これまでの仮面ライダーシリーズを全て総括しましょう・・・というあまりに大胆な目論み。パラレルワールドの設定をここまで使った作品はかつてなかったのでは?

『仮面ライダーW』
2009年秋から始まる新シリーズ。二人の主人公が合体するヒーローといえば、ウルトラマンエースと超人バロム1、アイゼンボー、ガ・キーンというのもいたな~? 仮面ライダーWのデザインを見た時は、一見、キカイダーみたいな話になるのか?と思ったけどね~。



 仮面ライダーや戦隊シリーズみたいに長期シリーズになったかもしれないのが宇宙刑事シリーズ。知人のシナリオライターに「俺の原点は宇宙刑事だ!」と言っていた人がいますが、彼に宇宙刑事シリーズの新企画を書いてもらいたいものです・・・。

[宇宙刑事シリーズ]

『宇宙刑事ギャバン』
あのロボコップの元ネタになったのが有名な作品。コンバットメタルスーツを着たヒーローが悪の宇宙結社マクーと戦うという至って単純明快なストーリー。けれども、これぞ特撮というべき異次元空間の設定といい、JACのダイナミックなアクションといい、未来的なSF設定が素晴らしかった。パンチパーマのヒーローで唯一、成功した例ではなかろうか? 千葉ちゃんの特別出演は『刑事くん』『ロボット刑事K』と、考えてみると刑事物ばっかりだな~? ちなみにギャバンという名前はフランスの名優ジャン・ギャバンから採ったそうな。

『宇宙刑事シャリバン』
私は、この作品で主演した渡洋史さんと会ったことがあります!(超自慢気) 場所は渋谷。あるアクションイベントの審査員を頼まれた時に、同じく審査員で来られていたのです! 後から「あ~、サイン貰っておけばよかった・・・」と後悔しましたですよ。全然気取らないで凄く感じのいい人でした。後から調べたら私と同じ年齢! あの若さは尋常じゃないよ。

『宇宙刑事シャイダー』
宇宙刑事シリーズの第三弾は、初めてJAC所属でない主人公(故・円谷浩)だったので、サポート役でJAC所属の森永奈緒美が女宇宙刑事アニーを演じて身体を張ったスタントアクションをバシバシ披露していました。すると、主人公よりアニーの方が人気が出てしまった・・・という裏話もありました。男が演じる神官ポーは、現在の女装娘ブームを先取りしていたような印象もありますかね~? しかし、人気絶頂のまま、宇宙刑事シリーズはここで終わります。敢えて新しいものを生み出していこうとする意欲は買いますが、長期シリーズ化が望めたのに、ちと残念ですね。宇宙刑事の設定は、デカレンジャーには引き継がれていましたが・・・。ちなみにシャイダーは、ロイ・シャイダーから、アニーは西部の女ガンファイターの名前から採ったそうです。


※事務担当 注
読者様から訂正を頂きましたので、下記を追加掲載します。

①仮面ライダー真・ZO・Jについて:全てビデオオリジナルとありますが、真
以外の二作は劇場公開しています。

②侍戦隊シンケンジャーについて:現在登場している逆手居合斬りの戦士は、シ
ンケンシルバーではなく、シンケンゴールドです。

③平成仮面ライダーについて:番組タイトルが古い順に並んでいますが、カブト
よりも響鬼の方が先です。

④バイオマンについて:二代目イエローフォー登場の回に真田広之出演とありま
すが、二代目登場は11話、真田広行のゲストは13話だそうです。
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高瀬道場『第八回技芸会』開催

 日本初の殺陣流派、芸道殺陣(ゲイドウ・タテ)波濤流(ハトウリュウ)を興した高瀬道場発表会が9月22日(祝日)14:00から府中グリーンプラザ2F「けやきホール」(京王線府中駅北口改札から連絡通路で徒歩1分)で開催されます。

 もう、第八回だそうで、思えば以前、今は亡き武友、宮田重則さんに連れられてうかがったのが最初でした。

 宮田さんの御紹介で高瀬将嗣先生とも御挨拶だけはしておりましたが、何と、アスペクトから出た私の本の読者アンケートを高瀬先生から頂戴して、担当編集者のSさんと二人で驚いたものでした。

 武道家には殺陣というと軽く見る人が実に多いのですが、私はとんでもない誤解だと前々から思っておりまして、実際、世界のアクションの概念を変えたブルース・リーは、今も優れた武道家として世界中で広く知られています。

 殺陣の優れている点は、間合と角度、タイミング(呼吸)を読むという武道にとって基本にして極意である要素を自然に学べるようになっている点です。

 そしてまた、「武道と殺陣はまったく別物である」と言われる高瀬先生御自身、武道について非常に研究されているであろうことが言葉の端々、所作の隅々からうかがえるのです。

 特に現代に於ける古伝の武術は、試合競技で表現できない要素が多いものの、殺陣の表現法に学べば広く普及することも可能なのではないか?と、最近、個人的に思っております。

 この機会に、多くの方が実際に殺陣を見て、できれば学んでみられるといいのではないでしょうか。

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希代の名人もあの世で嘆かれるでしょうに・・・

 やっぱりな~と思ったのですが・・・、「YさんがT先生を訴えたそうだ」という話を小耳に挟みました。

 何でも、TM先生がF堂から出した本の中で、元S川道場のYK師範のことを誹謗するような書き方をされていたので、それに関して告訴された・・・という話ですが・・・。

 私もその本は読みましたが、「いくら何でも、こんな書き方はないだろう。独善的なのを通り越しているよ」と驚き呆れてしまったのが偽らざる感想でした(『武術の教え』を御参照ください)。

 自身の師匠を尊敬されるのは誰にも咎められることではありませんが、贔屓の引き倒しというものを考えて欲しかったんですね。

 要は、「自身の流儀こそが本物で、他はすべて偽物だ」と断定するような書き方だったから良くないのです。

 武術の場合、「本物か偽物かと言うなら、戦って勝ち残った方が本物」という結論にしかならないんですよ。だから、「戦って証明する覚悟がないなら言う資格はない」と私は思っていますよ。

 もちろん、流派の正当な継承という点に関しては真贋を論じることは可能ですが、それが“武術としての正当性”を証明することにはならないんですよ。

 早い話、本家の者が分家の者に負けたら正統の看板を降ろして引退しなきゃならない世界な訳ですよ。それを解って書いているのかな~?と・・・。

 仮に私がD東流の修行者だったら、「本物のI気を一手御教授ください」って言って乗り込みますね。マジで。

 オレ、別にI気なんかどうでもえ~やんとしか思ってないから腹も立たなかったんスけど・・・あっ、問題発言かな?(わ・ざ・とだよぉ~ん)

 しかし、あの本読んだら、I気道や別派のD東流を学んでいる人達は激怒したと思いますよ~。

 だから、「うわ~、T先生は一体全体、何を勘違いしてこんなこと書いちゃったんだろう?」と思った訳です。

 だって、“いつでも道場破りに来てください”って言うようなもんだからです。

 Y師範でなくとも、あれを読めば誰が怒ってもおかしくない内容に思えました。

 事実、私は古武道の真摯な研究家としてのTM先生を本当に尊敬していましたし、取材でお会いした時も非常に良くしていただきました。

 私も、T先生のように実地に研究してこそ武術について語れるのだ・・・と、自分を戒める気持ちになれたのです。

 武術研究の良き模範として、同じ市内に住んでもいるので教えを受けに行きたいな~と思うくらいだったのです・・・が、ある方から「Tさんは信用しない方がいい。気をつけた方がいい」と忠告され、まさか~と思っていたんですけど。

 けれども、あの本を読んで、本当に呆れてしまいました。

 俗に専門家馬鹿と言われますけれど、本当に残念で、裏切られた気持ちでした。

 私も人のことをとやかく言えるような人間じゃありませんよ。文章そのものは、武術の世界で最も過激で反則そのものでしょう。恨みを買うのも仕方ないと思っています。誹謗中傷はあまんじて受けますよ。

 ですが、T先生の本と一緒にされたくはない!

 私は自分だけが正しくて他が間違っているとは思わない。いや、正直言いますと、本当は思ってたりもするんだけど、でもそうは言わない。

 いや、言えないし、言っちゃいかんでしょう?

 誰もが自身の学ぶ流儀を愛して師匠を尊敬するのが当然のことです。それが行き過ぎて排他的な考えに陥るのも解る。

 私は自分の師を馬鹿にされた時に、その言った相手の道場へ乗り込もうとしたことが何度かありました。周囲に止められたけど・・・。

 うちの会員が、「長野さんは強いの弱いの?」と言われた時に、私の代わりに怒って「長野先生はいつも謙遜してるけど本当に強いですぅっ!」と言い返したりしたのも、ちょっと困ったけど悪い気はしませんでした。だって、私が彼の立場なら同じように言っただろうから・・・。

 宇城師範の元のお弟子さんがセミナーに参加された時も、「長野さんに宇城先生のことを誤解して欲しくないんです」と言いたくて来られたそうで、そういう行動に出る人を私はないがしろにはしません。むしろ、敬意を覚えます。信義に篤い人間でなければ、そういう行動はとらないからです。

 武術・武道の世界での筋論として申しますが、師匠を敬うことは絶対に良いことです。間違いなく! 逆に敬意を払えないのなら、とっとと辞めるべきですよね。

「学ぶ以上は師匠がすべて正しい。それを学びたい」と思えないで、「先生と俺は考えが違うからな~」と思ったら、その時点で袂を分かつべきですよ。師弟は対等じゃないんですから、ここを勘違いしたらダメです。

 たとえ師匠がムチャクチャなことを言っても、「先生のおっしゃる通りです!」って私なら言いますし、現にそう言ってきましたよ。

「でも、長野さんは甲野先生をクソミソに言ってるじゃないですか?」って思います?

 いや、これは違いますよ。甲野さんに習っていた頃に、私が何でも「先生のおっしゃる通りです」って態度で一切、反論しなかったら、ある時、急に怒りだして「相手が誰であろうと自分の意見を言わなきゃいけない。貴方は協調性があり過ぎる」と言われたんですよ。

 それで、「はい、わかりましたっ!」と、それからは「先生、それは違うと思います」ってダメ出ししはじめたら、ダメ出しが的確過ぎたからですかね~? えらく煙たがられるようになりましたけどね・・・。

 私自身、先生ヅラするのがどうも苦手だから、無意識に会員と対等に振る舞いたくなってしまうんですが、これは結果論から言って、間違いでしたね。本当に失敗したと思っています。

 つけあがってしまうんですよ。対等に扱うと勘違いしてしまう。やっぱり、会の中では一線を引いておかなきゃダメですね。身の程を教えるのが指導者の義務ですね。

 そんな訳で、もう疑いながら習いに来ようとする人間には教える気持ちは一切ありませんし、疑う人に解ってもらいたいなんて、ちっとも思わない。人にものを習う態度を弁えない人間に武術なんか教えたらキチガイに刃物になりますからね。


 だけど、世の中、自分だけで生きている訳じゃなく、自分と同じように誰もが考えているという点を少しでも考えていたら、T先生もあのような独善排他的な書き方はしなかった筈です。

 それが残念なんです。外部への配慮が無さ過ぎる。他流他派への敬意がない・・・。


 だから、Y師範がT先生を告訴したという話が事実であっても、それは当然そうなるだろうとしか思わないし、T先生は自らの言葉の責任をとらなきゃならない。

 それが本を出すということなんです。出した以上は責任は問われる。それが嫌なら出すべきじゃない・・・。

 告訴とか名誉棄損云々の話は、私も他人事と笑っていられるものではありません。

 いつも、「もし訴えられたらこうしよう・・・」といったことは事前に考えて書いていますよ。私はムチャクチャ好きに書いているように思われがちですが、かなり計算して書いてますよ。一見、失言に思わせておいて罠を仕掛けたり・・・(笑)。

 まず、嘘は書かないように注意しています。これやっちゃ~、OUTですからね。

 調べられて困ることは書かない。指摘されたらすぐ直す。これが重要ですね。どんなに調べて書いていても必ず間違いは出てしまいますからね。いつでも訂正する準備は必要です。


 願わくば、T先生もY師範と直に話して問題解決に導かれたらいいですね。いや、正直、あの本に関してはT先生の書き方が悪いと思いますよ。

 謝るべきだと思いますよ。その上で「S川道場を離れた貴方がS川道場のI気について語るのは筋が違うんじゃありませんか?」って意見してみたらいかがでしょうかね?

 何よりも、弟子たちがいがみ合いしていたら、S川先生も草場の陰で嘆かれるでしょうし、要らぬ論争するより自分の修行に専念して腕を磨くことを期待されるでしょう。

 いなくなった師匠のフンドシで相撲をとるような、みっともない真似はやめて欲しいですよね。

 亡き師匠に恥をかかせていることを自覚して欲しいです。


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9月セミナー“型の研究”報告

 ふ~っ・・・セミナーが終わって帰宅して一眠りしたら深夜の2:00過ぎてました。

 先日、中川家の兄がパニック障害の発作で苦しんでいたという話をTV番組で見て、「あ~、わかるわかる・・・そうなんだよな~」と思っていたら、自分の一番ひどかった時期を思い出しちゃって、どうも、度々、発作が起こりそうになっちゃってですね。困っちゃいますよね。

 最近、仕事の責任がかかることが多くなってきたので、余計、発作が起こりやすくなってきて、昔ほどじゃありませんが、仕事で都内に出掛ける時なんかは危ない感じです。

 実際問題、私は若い頃(二十歳頃)からこの原因不明の病気が発症して以来、病気と折り合いをつけるようになれるまで、随分、時間がかかりましたし、普通に電車で通勤するような仕事もできないし(実際、一カ月と保たなかった)、きつい運動も無理でした。

 病院で検査しても原因不明で、「肝炎の疑いがあるので精密検査を・・・」と言われて以来、自分流で治そうと決心して、いろんな健康法を研究するようになりました。

 まあ、私の場合、元々が楽観的なというか、諦めて開き直る性格だったりしたから、それほどひどくならなかったのかも知れませんし、46のこの歳になるまで何とかやってこれているんだし、普通の仕事ができないから、もう自分にやれる仕事をやるしかなかった訳なんですが、結果的には満足どころか神様ありがとうっ!ってなくらい楽しんでやっていますよ。

 人生、楽ありゃ苦もあるさ~ってな感じですよね。


 そんな次第で、ここ一年くらい、発作がぶり返すことがちょっと増えてきているので、セミナーのある日は慎重に体調を整えるようにしています。

 今月は行きはまあ大丈夫だったんですが、終わって帰る時に来た来たぁ~ってな感じ?で、京王線の調布過ぎた辺りから具合悪くなってきてヤバくなったので、一度京王永山駅で降りて体調が戻るまで休んでから帰りましたよ。

 さすがに20年以上付き合ってきているので対処のやり方はわかってるので、別にもう怖がる必要はないんですけど、でも、無理して我慢できないこともわかっているので、「あっ、来そうだな?」と思ったくらいで休むようにしています。でないと倒れちゃうからあれこれ言ってる場合じゃないんですよ。

 TVでは“百人に三人くらいの現代病”と言っていました。「ほぼ三十三人に一人の確率でいるのか~? みんな、大変だな~」なんて他人事みたいに考えちゃったりしましたけど、私みたいに発想を転換して自分に合った仕事をやるようになれる人がそう多くいるとも思えない。

 まして、私の場合も、安定した仕事じゃないので、今でも同年齢のサラリーマンとは比較にならないくらい低収入ですよ。もの書きの仕事を増やすか道場生を増やすか、どちらかしかないです。

 この病気もってて気の弱い人だと、自殺に走ったとしても私は責める気持ちになれません。そりゃ、そうなるだろうな~としか思わないから。

 だけど、それでも生きてる以上は頑張るしかないんですよね。人と比べてハンデがあろうが、自分の人生、一回しかないんだもん。与えられた人生は精一杯生きなきゃ本当に不幸でしょ? そこはもう自分の選択の問題にしかならないんですよ。

 どうせ死ぬなら、必死に頑張って死にました!って死に方をしたいんですよ。負け犬根性で自殺したりは絶対にしたくない。だって、カッコ悪いでしょ?

 私は別に長生きしたいとは思ってません。二十歳くらいの頃は自分が三十歳過ぎるまで生きているとは思えなかった。

 浪人して大学入っても絶望の時代は終わらない。大学も中退して映画の仕事をやりたいと上京してからも先の読めない人生はまだ続いて、何の因果か武術を生業にするなんて夢にも思わなかったですよね。

 だって、ホレ、身体的なコンプレックスは凄かったからね。それ以前から武術への憧れはありましたけど、まさか専門家になれるとは思わなかったですよ。

 でも、今になって思うのは、これはもうそういう運命だったんだということです。

 以前、ある会員さんから「長野先生は前世でも同じように武術に取り組んでいた人のイメージが見えます」と言われて、喜ぶべきか悲しむべきかわからなかったですね。

 私はスピリチュアルな世界観を信じている訳じゃありませんが、別に否定しようとも思いません。ただ、何となく、納得しちゃうんですね。

「だろうな~。どうも、そういう因縁があってやっているとしか思えないんだよな~」と思うんですよ。

 だから、これは与えられた使命なんだと考えて取り組んでいるのが今の偽らざる思いなんですね。

 ただし! 武術に耽溺して現実逃避の麻薬中毒みたいに取り組もうとする人は排除しなきゃいけない!と、最近は強く思うようになってきました。

 まず、第一の理由が、「武術で食っていくのは至難の道」だということ。

 私はもの書きもやってるから何とかなってるだけです。食えないから、ホントに。本業で道場経営するなら武術じゃなくて“武道”で、社会体育としてでないと無理があると思いますよ。

 佐川先生や甲野さんなんて働く必要がない裕福な家庭に生まれ育っているから武術に専念できたそうですし、我々とは違う訳ですよ。

 昔は、伝統武術を学べるのはお金持ちだけだったんですよ。

 それから、第二の理由として、「武術は競技にならない」ということ。

 これは、現代の武道や格闘技に取り組んできた人たちが最も理解しにくい点だと思います。

 セミナーに参加する人の中でもフルコンタクト形式の空手拳法系に取り組んできた人の中には、「なぜ、ゆっくりとした型稽古でしかやらないのか? こんな練習で自由組手でバリバリ殴り合ってる相手に通用する筈がない」と考える人もいます。

 それはもっともな感想ではありますし、実際に私も昔はそう思ったりしていました。

 でも、先を取れれば関係ない。相手が攻撃してきてから対処するのは実は非効率なんですよ。ケンカの名人と言われる人は、ヨ~イ、ドンで始めるんじゃなくて、ヨ~(バコッ!)・・・って先手取って下駄で殴るとか、そういうやり方で一方的にぶち殴って終わるという例がほとんどです。相手に何もさせずに一方的にボッコボコにしてしまう。

 一回、見たことあるけど、相手が「何・・(ボコボコ)・・・」と、何か食ってかかろうと近づいたら一方的にバカバカバカッとぶち殴られて、転がったところをバンバン踏んずけられてやられてしまいました。何か、芸術的でしたね~。無言で何の躊躇もなくやっちゃってたな~。

 無論、私は、「そうだ、これだっ! 相手が臨戦態勢になりかかる前にやっちまうんだ」って悟りましたよ。

 試合でこんなことしたら反則負けにされますけど、試合で禁止されてることは、それだけ有効だということなんですね。

 空手に先手なし!というのは後の先で相手に出させた瞬間に合わせ技で仕留める攻防一致が空手の戦闘理論だからです。それを無視して受けて返す・受けて返すという攻防を繰り返すのは試合向けにできた戦闘スタイルでしかないんですよ。

 で、先をとるための稽古は約束組手でじっくり養成するしかない。その上で一発で確実に倒せる技を磨けば無闇に打ち合って練習する意味はなくなるんですよ。

 ボクシングの試合だって双方が顔を腫らしてボロボロになって勝敗が決まりますが、プロボクシングのチャンピオンなんて素人のパンチなんか絶対的に当たらないですから。

「それでも、実力が伯仲していたらああなるんだ」って言われるでしょう? それは正しいんですが、要するに、勝負ということを考えると双方が自由に技を出し合えば相当な傷を負わざるを得ないということなんです。

 だから、武術の勝負は前提として相手に技を出させないか、技を出し切らせて居着かせるか、出してきた瞬間に合わせるか・・・といった動きの切れ目を制することが絶対的なセオリーなんです。

 何も考えずに相手も観察しないで技を出し合う攻防は絶対にやってはダメです。

 無論、「鍛えた人間は一発で倒せないのだ!」と訳知り顔で言う人も多いですが、目玉潰されても平気で戦えますか?

 本当に倒すというのは相手に致命傷負わせることです。それは鍛えられない箇所しか狙わないってことですよ。一発で倒せる急所は人体にいくつもありますよ。効かない箇所殴り合ってんだから、そりゃあ、倒せないですよ。

 でも、「急所にそうそう当たるものじゃない!」と言う人もいますね。いや、相討ち覚悟すれば当てられますよ。相手に当てられるってことは、こっちの手も届く距離だってことですからね。

 攻撃された時に防ごうとするからダメなんであって、「一発当てられても必ず相手をメクラにしてやる!」ってハラ括って狙ってる相手を一方的にボコボコにできますか?

 空手の有段者が素人相手にしたって難しいですよ? まして、相手が武器隠し持っていたらどうなりますか? 一発食らわせてKOしたけど腹刺されて病院で死亡・・・ってことになったら論外ですよ。

 武道や格闘技やっている人に限って、どうも普通の人より危機意識が薄いですね。自信は墓穴掘るだけ。臆病な人でないと生き残れない。武術は弱くて臆病な人間が知恵を絞って考えた「自分より強い敵を確実に抹殺する」というテーマで発達した技術体系なんですから、誤解しちゃ~ダメです。

 そりゃあもう、騙し討ちにするためのありとあらゆるテクニックとタクティクスがテンコ盛りで、「これって、何でこんなことすんの?」と思うようなキテレツな動作が、実は唖然とするような使い方をしたりするんですね。

 そういえば、中国拳法の圏捶という大きく腕を振り回して殴りつける技はどうやって使うのか?と質問があって、「これは拳槌のところで打つというより腕全体を叩きつけて打ちます」と実演解説しました。こういうのは用法を知らないと不合理にしか思えないんですね。そんなのはザラです。

 そういう謎解きが楽しくって、私はずうっと続けてきているんですね。

 しかし、中国武術の発勁や日本古武術の当て身、沖縄空手の当て破といった打撃技のメカニズムが理解できると、これは実地にボカスカ当てて練習する訳にはいかないと思うようになりましたよ。

 もう、理屈で言ってもハッタリかましているんだろうとしか思われないでしょうから、書きません。

 が、こういう打撃技が遣えるようになると怖くてまともに当てたりしたくなくなると思うんですよ。普通の精神構造の人間であれば、「やべ~よ、コレ」って・・・。

 武術は元来、命を護るために工夫されたものであり、基本的には敵を抹殺する技術を修練するものです。

 従って、弓矢で射殺す・槍で突き殺す・刀で斬り殺す・手裏剣で刺し殺す・火繩銃で撃ち殺す・・・というのが“前提”です。

 より少ない力で最大限の殺傷力を発揮できるように工夫して作られていますからね。

 これは素手でも同様で、古流柔術も目指すところは“素手で敵を殺す”ということなんですよ。

“殺す”という前提で技が編み出されているから、伝承は秘伝がからむことになり、誰にでも教えてよいものではなかった。

 今でも香取神道流とかの一部の古流武術では血判押して誓約とりますし、私自身も一年殺しとか習う時には「絶対に人に漏らしてはいけない」と誓わされました。

 何故、古武術の世界で不殺活人とか言われるか?というと、その時代には殺すのが当たり前だったという背景があるからですよ。香取神道流や竹内流が開かれたのは戦国時代ですからね。

 クラブマガやシステマ、カパプ・・・といった軍の特殊部隊隊員が考案した海外の格闘術が、時代は異なりますが、かつての戦国時代に生み出された武術と近いと思われます。

 戦場では生きるか死ぬかの二つしかないんだから、“敵は殺す”というのが大前提であって倫理観が入り込む隙間はありません。

 しかし、これを日常の社会にそのまま持ち込むことは法的にも倫理的にも許容されない訳です。

 そこに“平法”としての武術の在り方が新たに考えられた訳で、それが不殺活人という概念を生み出した訳でしょう。

 けれども、それは「殺せる技術がある上での殺さずに活かす」というものだったのであり、現代のスポーツとして競技を娯楽として楽しむためのものではなかった。

 それに、“殺さない”というのは法治国家で自分の人生を護るために必要なことです。

 正当防衛であっても暴漢や通り魔をぶち殺してしまえば自分の人生の大半は鉄格子のついたワンルームの中・・・ということになってしまいます。

“殺さない”のは自己防衛なんですよ。

 例えば、「真に実戦的な本物の真剣勝負をする格闘技を目指して、我々は素手素面であらゆる攻撃を認める画期的な試合をやります」と標榜して、目を突いてもいい・金玉を握り潰してもいい・耳を引き千切ってもいい・指を折ってもいい・喉笛を踏み潰してもいい・・・といったユル~イ試合ルールを実戦を想定して認めていけばどうなりますか?

 良くて身体障害者、普通に死亡者が続出しますよ。

 試合中は興奮して痛みを感じなくなっているから、とことん傷つけ合ってしまう。気づいたら一生治らない傷を受けて不自由な身体で生きねばならなくなる。だから、それを防ぐためのルールと審判が絶対必要なんです。

 しかし、人間は本当に実戦を想定すれば、相手に致命傷を負わせる箇所しか攻撃しなくなりますよ。気持ちの余裕が無くなるから先に相手を戦闘不能に陥れようとするから。

 武術では簡単に相手を殺せる箇所しか本質的に狙いません。目・喉・首の骨・心臓・腎臓などや、刀剣で切る場合、腋の下や内股、首筋の動脈を狙います。

 なぜ、古武術が型で稽古するのか? もう理由はおわかりだと思います。本気で狙えば致命傷を負わせてしまうからです。

 それでも、私がハッタリを言っていると思う方はいるでしょう。「後遺症が残らないように加減して打ってみてください」と言う方も何人もいました。

 でも、加減して打つなんか無理なんですよ。実際、軽く打ったつもりのクッション越しの発勁で鞭打ち症になったり、翌日、起き上がれなくなったりした人が何人も出てしまったので、こっちも怖いんですよ。ちょっとでも加減を間違えて打ち殺してしまったらどうしよう?って思いますから。

 だからといって軽く打てば「この程度かよ?」と馬鹿にするでしょ? で、ネットで悪口書きまくるんですよね~。

 そもそも、安全のために怪我させないように慎重に教えているのに、「実戦的じゃない」と文句言うような人間は、一生治らない怪我でも負わないと納得せんのでしょう?

 だったら、仕方がないから、カタワになってもらうしかないでしょうね。身体が壊れても心が直るんだったら、どっちかというとそっちの方がいいんじゃないか?と私は思います。

 それに、人を傷つけて自分の強さを確認したがるような人間は五体満足のまま野放しにしておくのは世の中のためにならないかも?・・・と、最近は考えるようになりました。

 やり過ぎて殺してしまったら大変なので、試したがり屋さんはごめんこうむりたいところですが、あんまりなめたこと言うなら、やっちゃおうか?と思う今日この頃です。


 今回の型の解釈では、空手・中国武術・太極拳の型解釈を試みました。予定していたより少なくなりましたが、その分は集中できたかな?と思います。

 最近出版された沖縄空手のDVD付き本では、型の演武しか載っておらず、技の用法はほとんど紹介されていませんでした。

 しかし、本当に解っている人なら、「とってつけたような型の用法解説は意味がない。型の動作は一つ一つから無数に応用変化できるものなんだから、その中から一つ二つ紹介しても誤解を広めるだけだ」と考える筈なので、敢えて用法解説は省いたのでしょう。

 そもそも、空手で拳を突き出す動作だけで突きだけの技と考えるのが間違いで、突きの軌道そのものに相手の突きを弾き逸らしながら突き込むクロスカウンターの原理も入っているのですし、拳から弧拳・貫手・掌底・肘・肩・頭突きへと次々に連続打撃していったり、かと思えば、投げたり逆をとったり多彩な変化が隠されている訳です。

 その変化こそ“手”の本質ではないか?と私は考えます。よく「技は教えられても手は教えようがない」と言う沖縄空手の師範もいらっしゃいますが、なるほどそうかも知れないと思うんですね。技の変化応用は、感覚的なものなので教えられてもできませんから。

 これは歩法や歩形にも意味があり、片足立ちの形なんかも相手の下段蹴り払いを避ける動作と解釈されたりしますが、おそらくはもっと積極的な攻撃技の意味がある筈です。

 猫足立ちも、軽く接地した前足自体に蹴りへの変化が暗示されています。


 太極拳も、最初の礼式に攻撃技(挟み打ち)が隠れていますし、樓膝拗歩は攻防一体の掌打、斜単鞭は相手の突き腕を巻き払いながら掌打で体当たりをかませる技、踏脚からの双風貫耳等々・・・応用変化技を解説しました。

 今回は師範代にもかなり用法解説をやってもらいましたが、もう、十分に私の代理ができるくらいになっていて、今後は支部活動とかできる会員が増えていけるんじゃないか?と思いました。

 まあ、武術は護身術として型稽古の中で楽しみながら攻防の原理を理解していく方式が合っているのではないかな?と思っています。

 だから、基本技を繰り返し、型を練り、用法を学ぶ・・・それで後はできるだけ争いは避ける精神を持ちつつ、万が一の場合はハラを括って敵を殺す気迫で立ち向かう・・・判る人間なら、その気迫だけで終わることが多いでしょう。

 武術が本当にできる人は、本気になって向き合った瞬間に「あっ、ヤバイ」って、すぐ判りますよ(たまにわかんなくて立ち向かっちゃう武道馬鹿の人がいたりするけど)。

 それが現代で武術を学ぶ在り方だろうと思います。

 技量を試し合いたいのなら、競技武道や格闘技で安全にやるべきです。しかし、そこに過剰な実戦観念を持ち込んで考える風潮は改まって欲しいな~と思います。人の痛みを理解できない人が増えてるように思えて仕方がないんですよ。

 やっぱり、やってる人達が現役を退いた後の人生で後遺症に苦しむようでは良くないと思うからです。

 その意味で、格闘技の世界で武術に注目される方が増えるのは結構ですが、別物だという点はきちんと弁えて一線を引いておいていただきたいし、その上で互いに益するところを探り、大局的に世の中に役立つところがクローズアップされて欲しいと思います。


追伸;今回はストアハウス・カンパニーから女性が体験入門され、いつもむくつけきオヤジ軍団で花がないな~と思っていたので、良かったぁ~・・・。

 
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武術格闘物漫画『ツマヌダ格闘街』

 武友の熱烈推薦で、「武術の描写がメチャメチャ詳しい。作者が実際にやっているとしか思えない」とのことで、どうしても私の講評が聞きたいらしく、宅急便で漫画本を送ってくれました。

 その作品は『ツマヌダ格闘街』(上山道郎・少年画報社)。

 ストリートファイトで町起こしする妻沼田市(千葉県津田沼市がモデルみたい)という架空の町を設定し、イラストレーターを目指して上京してきた少年が、謎の古武術“明道流”を継承するメイドさんの指導でストリートファイターとしてメキメキ実力を上げていく・・・という物語。

 明道流って、メイド流をもじったんだそうです。

 武友が大推薦するだけあって、ある意味、『拳児』(原作・松田隆智)や『柳生連也武芸帳』(とみ新蔵)みたいな武術に関するウンチクがリアルです。

 ただ、メイドや『みゆき』(血の繋がらない兄妹)、女装コスプレなどの今風のアニメ要素が前面に出ているので、武術に詳しくない人が読んでも気づかないかもしれません。

 が、一連の甲野善紀さん本(一本歯の下駄や身体操作のコツとか)や『秘伝』ネタを活用されているようなんですが、どうも、私の本や、ひょっとするとDVDも参考にされているのかも?(交叉法や“読み”について)と思えたりもしました。

 片足で立って胸を押させておいて化勁で流してすっ転ばせる・・・って、そのまま教材用DVDで実演してたし、三、四人に掴みかからせておいて転身で振り飛ばしたりするのもやってるからな~? まっ、私も元ネタは塩田剛三先生とかからパクッてるから文句言うつもりは一切ないし、ひょっとして私以外にもやってる人いるだろうし・・・。

 主人公のライバル役で登場する王青年の設定なんて、台湾の王樹金一門を参考にしているフシもある(その割りには陳式太極拳。王樹金の太極拳は陳ハンレイが楊式をベースに形意・八卦の要素を加味して制定したもので陳家溝で行われているものとは全然別)。

 でも、太極拳の実戦性を非常に上手く表現してくれていて嬉しいですね~。

 こういう描写は確かに太極拳を修行していないと解らないんじゃないか?という気もしますが、この作品の面白いところは神秘の気のパワーとかに逃げないところで、武術のウンチク以外にも身体操作の仕組みについてなるべく合理的に解説しようとしている点にあります。

 健康法みたいなことも描いていたり、正直、「ここまで書けば逆に理解できる武術家・格闘家は少ないんじゃないかな~」と思いますし、知識の上では、最早、武術研究家と名乗れるレベルだろうと思いましたね。

 それくらい武術の核心に触れるような表現をしていて驚かされます。

 最近の作品では『地上最強の弟子ケンイチ』が、かなりリアルな武術の知識の裏付けをもっていたと思いましたが、その“質”に関してはこちらが上ですね。

 もちろん、『刃牙』や『ホーリーランド』もリアルでしたけど、前者は最近、ファンタジーの世界に入り込んでるし、後者は格闘技寄りで武術的な要素はほとんどありませんでした。

 このブログでも度々書いているように、要するに、武道・格闘技と違って、武術(日本古武術・沖縄空手・中国武術・インド武術・インドネシア武術等々)に関しては技術や戦闘法がまだまだ理解されていないので、イメージ的な“神秘武道”といったカテゴライズを当てはめてアンタッチャブルにしていたように思います。

 だから、やりたくとも表現のしようがなかったということでしょう。

 しかし、この作品では、そういう誰も(専門家すら)できなかった流儀を超えた武術の技と戦術、戦略について横断的に表現しようという志しが見られるのです。

 第一巻とかだと甲野流の身体操法を武器に武術の解析をしているフシが感じられますが、太極拳の王姉弟が登場した辺りから少し変わってきて、第五巻では無構えの理について解いているし、空手の師匠が登場する第六巻になると、心法に関する解析が出てきます。

 この辺のことを書いているのは私くらいしかいないんじゃないかな~?と思っているのですが、まあ、もし参考にしてもらったとすれば、それは嬉しいだけです。

 また、武術としての忍法も出てくるし、武術の理合を表現して現代の武道や格闘技と戦う時の戦術を描写している点が画期的と言えるでしょう。

 イラストレーターなどが一瞬で動きの本質を観て取る能力に長けている・・・といった描写も、私の本でいつもイラストを描いてもらっている黒谷薫先生の例で納得がいくところです。

 だって、うちの会員が何年稽古していても気づかないような点を一目観て解ってしまうんだから、驚きましたよ~。いつも、写真撮って描いてもらっているんですが、自分でも気づいていないような体の癖がイラストでは解るんですからね。

 よって、この作者は資料本やDVDから技を成立させる動きの原理を洞察して描いているのではないかな~?という気がしますし、むしろ、武術やってる人より解ってるかもしれない。そういうことってあるんですよ。

 よく、「技を体感しなければ解らない」と言われるんですが、観の眼が養成されている人間なら、見学しているだけで技をそっくりコピーしたりできるんです。

 だから、昔かたぎの武術家は徹底して自分の技を人に見せなかった。自分ができることは他人にもできる・・・と考えて隠したんでしょうね。

 それにしても、沖縄古伝空手の描写のところは、てっきり宇城さんの本を参考にしているのか?と思ったら、突きの捻りで相手の蹴りを擦りそらせて突き込む・・・といった技の原理は、もしかすると私の本かDVDを参考にしたのかな~?と思っていたら、その空手の先生が登場したのを見て絶句してしまいました。

 何と、私が尊敬し畏怖する数少ない武術家のお一人で、賢友流空手道二代宗家、友寄隆一郎先生にそっくりなんですよ~。

 普段着のセンスといい、身長の設定とか姿勢とか体型とか、ちょっとガラッパチなものの言い方とか、妙に似ている?

 しかし、「あっ、やっぱりこれは友寄先生だ!」と思ったのは、挑んできたフルコン空手家の前に無構えで立ち、相手が出そうとする寸前に「ローキックか」「ジャブか」と予知してしまうという天真一刀流の寺田五右衛門ばりの“読み”を示すんですけど、「これって友寄先生のマンマやんか?」と思いましたね~。

 もちろん、特定の人をモデルにした訳ではない(翁長先生の娘さんとか御殿手の上原先生の要素もかいまみえる)と思うんですが、私の知る友寄隆一郎先生のイメージと非常に近くて、レストランで御馳走していただいた時に、「相手から目を離すな。肩を落とせ。脇を開くな・・・」と細かく注意してもらって、ステーキを味わう余裕もなかったのを思い出しましたよ。


『ツマヌダ格闘街』・・・確かに武友が推薦するだけありました!

 アニメにするには少し地味な感じもあるけれど、『ホーリーランド』の時みたいに深夜ドラマとかでやったら面白いんじゃないですかね~?

『聖龍伝説』以来の本格武術ドラマになるかも?(って、この作品、誰も覚えてないかな~? 安達祐実主演、片岡鶴太郎、JJサニー千葉、佐竹雅昭、シンシア・ラスター、ケイン・コスギ、長谷川初範等が出てた武術格闘ドラマだよ。でも、何で安達祐実が主演だったのか、今でも謎です・・・)

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アクション・パーティ・ナイト3感想

 さあ、今年も行ってまいりました。つばさプロジェクト主催のイベント“アクションパーティナイト”!
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 今年は第三回となり、私は第一回目は単純に観客として行きまして、第二回目は審査員をおおせつかりました。

 今回も秋本さんからお電話をいただいて審査員をやってくれませんか?とのことだったんですが、本部道場開きと重なって、留守電に気づくのが遅く、お返事を返したものの、今度は秋本さんの携帯も留守電になっていて、「あ~、リハーサルとかで忙しいんだろうな~」と思いつつ、結局OKとは言いそびれてしまいました。

 土曜日なので、講座が終わってから渋谷に行くとイベント開始時刻には間に合わないんですね。

 なので、「別の人に頼まれているかな~?」と思いつつ、講座終了後に渋谷に向かいました。

 で、会場前で待ち合わせしていた講座受講生のSさんと一緒に入り、先にトイレに入っておりますと・・・「それでは審査員の御紹介をしまあ~す!」という声が聞こえます。

「武術研究家で游心流という流派の創始者、長野峻也・・・」 げげっ? オレだぁっ!

 いや~、焦りましたぞなもし・・・。これがドリフのコントだったら、トイレがバタッて開いたりするところ・・・か?

「もしかして、既に審査員ということになってるかも~?」と、チラッと思ってはいたんですが・・・秋本さん、「まあ、このオッサンは嫌とは言わんだろう・・・」という前提で既に決めてたっぽいけど・・・私の性格見抜かれてますね~。

 トイレから出ると、ちょうど、忘年会でお話した野獣仙田さん(つばプロが誇る驚異の540度回転キッカー! あ~、『マッハ!』みたい・・・。「おいドンも若い頃は旋風脚が得意技だったんじゃけんどのぅ~」・・・って、物思いに耽っちゃったよ)がいらしたので、審査員席に案内してもらいました。

 既に特別審査員のダンディGOさん(ジャグリング・エンターティナー)と、野田浩平さん(ミュージシャン)は来られていました。後から、昨年、お会いした声優界の大御所でアラン・ドロンやブルース・ウィリスの声、アニメでは『どろろ』の百鬼丸に『スペースコブラ』のコブラや『エースをねらえ』の宗形コーチ役が有名な野沢那智さんも来られました。

 野沢さんは少しお疲れのご様子でしたが、最後の表彰などで審査員も出場者と一緒に舞台に出た時は、審査委員長としてマイクの前に立つと、一気にオーラが噴出するようで、やっぱりプロ中のプロは凄いな~と、私は圧倒されましたし、「あ~、俺は今、野沢那智さんの隣に立っているんだ・・・」と感無量でしたよ。一生の思い出ですぅ~。

 私、やっぱり芸能人じゃないから、こういう場だと一気にミーハーになっちゃうんですよね~。田舎モンのサガだよ。武術業界だと、ちょっと名前知られてる(物凄い誤解されてるけど)から、大物と会うのも割りと平気なんだけどな~。今度、呼ばれたら友達の映画監督に「代わりに出て」と、声かけようと思います・・・。


 そうそう、かなり前ですが、ルパン三世のファーストシーズンのパイロットフィルムのビデオを見た時に、ルパンの声を野沢さんがされていたんですが、何か凄く知的な中にワイルドな渋さとナイフのような鋭さもあって、凄くハードボイルドでノワールな印象でしたね~。

 ファーストシーズンの初期の数作に関しては、野沢さんのルパンで観たかったと思っているのは私ばかりじゃないでしょう。

 田舎で薬局やってるうちの兄貴が野沢さんの大ファンで、私は今度、田舎に帰る時はいい土産話ができます。


 さて、それでは、気になったパフォーマンスをいくつか御紹介・・・。

 まず、ユキヒデさんの“フットボール・ミューダリング”。私が高校生の頃、体育の授業で散々苦労したボールリフティングを難無くこなし、上体を傾けて首の後ろに乗せた状態から上着を脱いだり着たりするという絶妙な芸を披露!

 西ゆかりさんの“SMマジック”も、本番に入る前の早着替えの物凄さに呆然! 中国の“変面”という次々にお面を取り替えていく伝統芸があるけれど、あれより凄い。ビックリした度は一番ですね。

 つばプロ・インストラクター陣によるアクロバットも唸りました。『龍の忍者』の冒頭を思い出しましたよ。

 後で忘年会の時にお話した木下さんに聞いたら、「プロだからできて当たり前なんです」というストイックな答え。確かにそうなんですけど、そう言えることそのものが凄いと思うんですよ。「できて当たり前。問題は“できる”の質です」って言えるのは、仕事を越えた芸を追究する人間の思考ですからね。こういった傾聴に値する意識の高い人に久しぶりに会ったような気がしました。

 コント赤信号の小宮さんの英語漫才も面白かった。ただし、日本語のところが。英語わかんないからオチがよくわからなかったよ~、トホホ・・・。でも、さすが、語りのリズムで気持ちを巻き込んでいく話術には舌を巻きました。

 それから、アキラボーイのデジタル紙芝居?も最高に面白かったですね。エンタの神様にも出ているそうですが、私は初見でした。一見、可愛いキャラを使って、ブラックなシャレが効いてるところが素晴らしい。絶妙な間と緻密に計算されたアホっぷり?は陣内さんの登場の時を思い出させますが、やっていることはもっと高度なんだろうな~・・・。

 そして、私的にはダントツでいいと思ったのが特別審査員もつとめられていたダンディGOさんのジャグササイズ! 「ジャグリングでエクササイズ」と聞くとキワモノかな?という気もしますが、これが物凄く理に適っていて、「脳機能活性に役立つ」との宣伝に偽りなし! これほど楽しく、合理的で、かつ効果的なエクササイズというのはちょっと他にないんじゃないかな~?と思いましたね。

 実を言えば、私も「武術が脳機能活性に役立つ」という点をアピールしようと思っていて、そういう理論の基礎研究をやってきていたんですよ。

 でも、効果が高い稽古法は副作用の危険性も高まってしまうんですよ。これが難点で研究が停滞してしまっていたんですよ。

 しかし、もっと簡単で、しかも楽しくやれるという点では、このジャグササイズは目からウロコの思いでした。そして、恐らく副作用もないと思います。

 現在、老人介護の問題がクローズアップされていますが、年とっても健康で頭脳明晰だったら問題解決なんですよね。そういう健康法として、非常に理想的なんじゃないかな~?と、直感的に思いましたよ。理学療法とかの現場に普及していけばいいのではないかな~?と思います。

 それと、芸術家って長生きする人が多いんですが、要は自分の好きなことやって生きている人ってストレス溜まらないですよね。

 健康法も無味乾燥なものより楽しくやれるものでないと続かないですからね。

 ダンディさんは審査員席では非常に寡黙にされていたんですが、舞台に登場した瞬間、エンターティナーそのものに豹変されていて、なんかハヤタ隊員がウルトラマンに変身するみたいな、そんな印象がありましたし、教え方が抜群に上手い!

 私も、まがいなりにも人から先生と呼ばれて、「武術を教えさせたら俺の右に出る者はいない」と自負しているんです(豪語! 何か、オレ、今日は強気だな~)が、“難しいことを簡単に教える”ということがいかに大変なことなのか?ということは日々痛感しています。

 ダンディさんは、それをいとも楽々とやってしまうんですから、本当にまいっちゃいましたね~。ホント、つばさ基地のジャグササイズ・クラス、勝手にお勧めしちゃいます!


 いや~、今回も満腹状態で、ラストは秋本つばささんのポールダンス&アクロバットアクション。

 昨年は会場の柱で見えにくかったりしたんですが、今回はバッチリ!・・・でも、上が固定されていない揺れるポールでの演技は、ちょっとハラハラしました。

 しかし・・・何か・・・秋本さんの動きは段々、“達人化”してきてますね・・・。

 去年、見た時も凄いな~って思ったんですけど、今年はそれを通り越していて、動きの滞りが皆無。普通、力を溜めて瞬発して動かないとできないような動作を、動きの中で溜めと瞬発を連動させながら滑らかに演舞していくのです。

 武術的に言うと“スキが無い!”ってこと・・・。

 しかも、その動きの中にアクロバットの非常に高度なバランスコントロールも織り込んでいる訳で、見た目に驚かせるような奇抜な動きではなく、自然なナチュラルな動きに見えるのです。

 それは、とりもなおさず、“難度の高い動作を無理なくこなせるようになったから”ということを示しているんですが、そうですね~・・・「去年までは少林拳の遣い手だった人が、いきなり太極拳や八卦掌といった内家拳の遣い手になったようなもの」と言えば、うちの読者的には理解しやすいかな?

 内家拳って単純に“気の武術”と思ってもらえばいいです。ややこしく説明すると余計にわからんでしょう?

 秋本さんが半年、いや、三カ月くらい太極拳の練習して全日本大会に出場したら、優勝できるんじゃないかな~?と私は思いました。いや、マジで・・・。


 いやはや、今年もまた、プロの芸道の真髄を見せていただいた思いです。

 世界不況に新型インフルエンザ、頻発する地震・・・と暗い話ばっかりですが、朝の来ない夜はない。アクション・パーティの夜でエネルギー注入されて帰路につき、「さあ、俺も頑張ろう」と思いましたよ。


追伸;文芸社から出ている拙著『武術と生きる日々』『ダ・ヴィンチ』10月号で紹介されています。10月には携帯電子書籍も出る予定です。パソコンがない方も、これで読んでいただけます。“あの古武術大家”との因縁についてなど、いろいろと書いております。是非、宜しくどうぞ・・・。

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相模原本部道場開き!

 2009年9月3日、游心流武術健身法創立して10周年を記念するこの日、目出度く私の地元である神奈川県相模原市にて本部道場を旗揚げすることができました。

 1999年の9月に流派として活動を始めて、ここまで来るのに何度か大変な事件がありましたが、過ぎてしまえば全てが笑い話になってしまうだけです。

 どういう事件か知りたい? あっ、そぅっスか? じゃあ、かいつまんで・・・。

 サスペンス・バイオレンス・アクション・コメディー・スリラー・ホラー・クレージーラブ・スピリチュアル・オカルト・ハイジャック・・・etc.

・・・とまあ、よくもここまでいろんな事件が起こったもんやな~?と感心してしまいますね。ニンゲンって、面白いなぁ~~~~(意味深?)。

 まあね~、あんまり具体的に書くと、いろんな人を傷つけることになってしまうんで、このような表現でニュアンスだけお伝えしておきますが、ともかく、この10年、出会いと別れの繰り返しだったような気もしますよ。

 創設時の会員で残っている人(たまに来る人)は一人だけ。後は、辞めてはいないけれども幽霊会員・・・という人が相当数いまして、それ以外の地方会員は、北は北海道から南は台湾、東はアメリカまで、確か百人くらいいるのかな~?

 いや、確か、もっといたよな~?

 でも、現在、地道に通っている人は数人だけ。正直言って寂しいっス・・・。

 だけど、月例セミナーは多い時で30人くらいになりますから、月一回の楽しみです。

 結局、本部道場を創設しようと思ったのも、常時、せめて20人くらいはいる会にしたいな~と思ったからなんですよね。

 それと、やっぱり、いろんなことを研究してきて行き着いたのが、日本や中国の武術は剣術や槍術が解らないと本当の原理が観えてこないな~・・・と思ったので、剣や槍の稽古ができる広い場所を確保したかったからなんです。

 それで貸家も探したけれど、続けて、二度、三度と、何故か最後の最後にダメになってしまう・・・。

 節目の年だから、ゲンをかついで「今年中に何とかしよう」と思っていたものの、「もう、今年中は無理だろう」と、半ば諦めかかっていた時に、市内の多目的ホールを見せてもらって、隔週ながら運よく借りられた・・・という次第で、今思えば、この場所に行き着くために貸家がダメになったとしか思えないんですよね~。

 災い転じて福となす! まさにそんな感じなんですが、私の人生、いつもそんな感じなんですよね~。ドラゴン危機一発!みたいなトラブルも多いけど、その後に必ずラッキーなことがあるんですよ。もう、絶対、何かが守ってくれているとしか思えません。

 まあ、“道場破り”・・・あっ、違った?・・・“道場開き”ということで、会員さんも集まってくれ、また、新規入会者もいて、第一回の稽古会は軽く流す程度でしたが、総勢8人、非常に楽しく気分よく稽古できました。

 何といっても、ここ、メイプルホールは、床の面積も結構広いですが、とにかく天井が高くて解放感があるのです。

 週末はイベントホールとして利用されているので、音響効果を考えて作られているみたいです(ミラーボールもあるよ)。

 当日は、まだDVD撮影の時の怪我が治っていなかったのでバスを利用しましたが(相模原市役所の通りに面して、横浜線の相模原駅からはちょっと離れています)、20分ごとにバスが出ていたので、スンナリ到着しました。

 初日なので、どういう内容なのか?とスタッフの方も30分くらい見学されていたんですが、後で聞いてみたら、「正直言って、さっぱり解りませんでした(苦笑)」と感想を言われて、まあ、よく言われるんですけどね(こっちも苦笑)・・・。

 自分でつくっておいて、何ですが・・・見た目でどう使うか初心者にも判るような動きって、技の意図するところがはっきりしているので、防ぐのも簡単なんですよ。

 左ジャブ二回打って右ストレート。あるいは、左ジャブ、右ストレート、左インロー、右ロー、左ミドル・・・。こういう具合にパターン化した打撃コンビネーションは、攻撃のリズムをどこかで遮断すると技が出せずに身体が居着いてしまうんですよ。

 フットワーク使う相手は居着かせるのは難しいですが、それでも当たる瞬間は一瞬止まる訳で、わざと打たせてカウンター合わせる手もありますよね(私は相手の攻撃を食らう位置では攻撃しませんが・・・)。

 ところが、何をどうやって使うのか判らないようなヘンな動きだと防げない。新体道の型なんて、どういう具合に技として使えるのかさっぱり解らないでしょ? でも、そういう見た目で全然解らない動きの方が逆に応用範囲はググッと広がるんですよ、実は。

 私は最初からそれを狙っているので、細かく説明しないと意味が判らないように、単純だけれど抽象的な基本技を考えたんですね。

 だから、「さっぱり解らない」と言われると、内心でムフフフ・・・って、微笑してしまう訳なんです。

 しかし、教える場合は意味を教えないと無駄な運動になってしまいますから、ちゃんと実演解説してますよ。セミナーの時は特に念入りに説明しつつ、技もあんまり複雑にならないように注意しています(それでも、難しいと言われます。調子に乗ると自分でどう動いたか解らなくなるので・・・)。

 けれども、極論すれば、動きの意味なんか考えても、実用の役には立たないんです。

 重要なのは身体感覚であり、反射反応力であり、体内で重心を集中したり分散させたりする技能です。

 それを養成しさえすれば、技なんか無限大に出せるようになりますよ。

 実際、私は自分の感覚が鋭敏になるに従って、いろんな技がいつの間にかできるようになってきましたし、教えている会員も、時々、唐突にできるようになったりするのを見ていて、やはり、やり方は間違っていなかったんだと思っています。

 また、本当に、天の配剤としか思えないようなタイミングで、自分が学ぶべきものを持っている人と出会ったりするんですよ~。本当に、こればっかりは私はメチャクチャに幸運に恵まれていると思います。

 そう考えると、たとえ、「こんなのフェイク武術家だよ」と軽蔑するような人であっても、やはり、出会うべき時期に出会って、それが私にとっては一見マイナスに思えても、10年くらいしてから結果的にはプラスに働いているな~って思うんですよ。間違いなく!

 だから、本当に天の配剤というのはある!と私は思います。

 そりゃまあ、嫌な思いをさせられたクレージーな人達も一人や二人じゃなくって、何人もいましたよ? 今も嫉妬に狂って陰で中傷している人間は何人もいるでしょう。好きにやればいい。嫉妬されるのは男の勲章ってもんですよ!

 結論から言うと、そんな人達のお陰で鍛えられた面もあるし、何より、もの書きとしての貴重な面白ネタと悪役キャラが、かなりストックできましたからね。

 やっぱり、苦労はするべきですよ。楽して生きてきた人間には深みがないもんね。

 例えば、歴史的大敗を喫した自民党。その後に記者の質問に嫌みな態度でキレまくってみせた麻生さん・・・結局、過保護でワガママに育った人間の本質がそこに出てしまったように見えます。

 逆境に陥った時に、ふて腐れた態度を取るのは本物の餓鬼ですよ。

 もっとも、その浅薄さは国民にとっくに見抜かれていた?とは思いますが・・・。


 まあ、政治が変わろうが時代が変わろうが、そこに生きていく人間は変化に動じない心の強さを養成すべきだと思うんですね。

 そのための武術修行でなかったら、人の身体を壊す技術を学ぶ意義なんかないですよ。

 清濁合わせ呑む度量のあるハラを磨く武術を、私は普及していきたいな~と思っています。

 宮本武蔵は、五輪書の風の巻で、物事は実質こそが大切で、それから離れたものは無駄な飾りに過ぎないと論じていますが、武術は戦いに勝ち残ることこそが実質であって、やれスポーツに役立つの介護に応用が利くのと持て囃したところで、戦闘の用にたたないのではまったく無価値と言わねばなりません。ナイフの付いていない十徳ナイフってヘンでしょ?

 私は、武術の実質を徹底して主張することで、研究家としての役割を果たしていきたいと思いますし、そうすることが武術の先人を敬い師の恩義に報いることになると思っています・・・。

 それに、やっぱり、わき目もふらずに本質だけを追求していくのって、本当に理屈ではないやり甲斐が感じられますよ。いろんな先生を見ていてもそう思います。理屈じゃないんですよ。

 正直いって、武術って本質を追求すればするほど、メチャメチャ楽しいんですよ。肉体に秘められた可能性がどんどん引き出されていくような感覚。できない技ができるようになっていく感覚。年とっても向上していく感覚。自分が常人ではない何者かへと日々進化していく比類のない感覚・・・。

 これを知らない人って相当に損しているな~って思います。

 だから、私は甲野善紀さんは大っ嫌いだけど、彼が古武術を捨てられない気持ちだけは物凄~く、よく解ります。彼の場合は本質からずれてしまっているけれど、できないことができるようになっていく感覚の麻薬のような心地よさの中毒になっているんだと思いますよ。

 そうでないと、マジで手合わせして百を超えるくらい惨敗しても続けられる道理がないでしょう。もうね~。妄想でも何でもいいから、自分が変わっていく感覚にしがみついていたいんだと思いますよ。

 それで嘘ついちゃうからダメなんだけどね~・・・。


 まあ、それはそれとして、練習後は、本部道場の初日と、流派の10周年を記念して、メイプルビルのビアガーデンで(曇天で涼しかったので我々だけだった)、軽く打ち上げをやりました。

 ところが、気分よく喋っていたら時間が遅くなり、慌てて帰りました。

 私は会員のOさんの奥さんが車でOさんを迎えに来られたのに便乗させてもらって帰りましたが、奥さんが綺麗な方だったので、ビックリするとともに、うらやましかったですね~。やっぱ、真面目に婚活すっかな~?


 10年を経過して、游心流は改めてスタート地点に立ちました。20周年の時に、どこまで成長できているか? どうぞ、これからも宜しく御指導御鞭撻をお願い致します。


追伸;DVD撮影時の怪我を何人もの方が御心配くださいました。ありがとうございます。しかし、これもまた考えようで・・・私が怪我してあまり動けなくなった分を会員に代わってもらったお陰で、DVD撮影という現場を体験した会員が、驚く程、変わっていたんですね。これもまた、好し! 自分の都合で吉凶を考えるのは人間の傲慢というものです。“禍福はあざなえる縄のごとし” 本来はプラスもマイナスもないんですよね。

追伸2;剣術師範代が怪我の心配して「内出血がひどいから病院に行った方がいい」とメールしてくれたんですが、私、例によって自然治癒に任せておりました。すると、変色した範囲が狭くなってはきたものの、爪の間の皮一枚でドス黒く血が溜まって、押すとフニフニします。これは経験上、放っておくと爪が剥がれる事態になりそうだと思ったので、風呂場で、手裏剣の代用に買った畳針で皮に穴を穿って溜まった血を抜きました。多分、固まりかかっている血がドロッと出るか?と思っていたんですが、『サンゲリア』のゾンビに首を食い千切られて血がピューッと噴き出すみたいな・・・あるいはケムール人が断末魔で頭の触覚の先端から液汁をピュピュッと出すみたいな・・・あんな具合に(物凄くわかる人を限定する比喩!)、ピュピューッ!と放物線を描いて血が飛び散り、何かビックリしちゃいましたよ。どうも、爪の下が腫れてプニョプニョしていたのも血が溜まっていたからだったようで、黒血を押し出してシャワーで洗い流すと、指先も普通サイズに戻り、腫れていた部分がペコッとへこんで皮がピロッと余って見た目上は完治してしまいました。それにしても、血がピューッと飛んだところはビデオで撮っといたら面白かったのにな~・・・と、ちょっと残念・・・。

追伸3,9月13日の月例セミナーは、『武術の型解釈』をやります。空手・合気道・剣術・中国武術などの型に秘められた技や戦術を抽出していきます。ある意味、武術に関心のある人にとっては最も面白い内容になると思いますので、どしどし御参加ください。せっかくですから、参加者の質問に答える形式で進行してみようか?とも思っています。それとヒント! “型の動作は相手と正面から対面した動作とは限らない”と、覚えておいてください。

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死んでも直らぬバカもいる・・・

 急性心不全で入院していた武友が退院して自宅療養していると電話がありました。

 それはいいんですけど・・・、武道ができない身体になって、さぞやショゲているかな~と思っていたら、「今度は養気系の技を使えば大丈夫・・・」とかアホなこと言ってて、私、思わず、「この・・・スカタンッ!」と言っちゃいましたよ。

 あ~、心配して損した。

 心不全起こす少し前に電話で、「振り棒ふって鍛えるのはどうかな?」とか言っていたので、「そんなことしても意味ないですよ」って答えていたんですが、要するに彼の場合、年齢的に過去に鍛え過ぎたツケがきている訳ですよね。

 身体のあちこちにガタが来るというのは、休んでくれって身体の要求なんだから、基本的にトレーニングして克服しようという発想が間違っているんです。

 別に武道に限った話ではなくて、長年運動を続けてきた人は、休むことに対する罪悪感が物凄く強いんですよ。それって、単なるトレーニング中毒だっちゅうのに・・・。

 人間の身体は一日の1/3くらいは休憩しないとダメになるんですよ。

 洗脳する技術の定番として、「人里離れた合宿所に連れていって何日も眠らせない」というのがあります。自己啓発セミナーとか新興宗教のよく用いる手段です。

 寝る間も惜しんで仕事している人ばっかりの日本なら、そりゃあ、鬱病が増えるのは当たり前なんですよ。


 それに、結局、武道やめられない人って、もう一種のカルマしょっちゃってると思うんですね。

 これは私も同類だから、彼のことをとやかく言えないんですが、強さを求めることに異常な執着心があると思うんですね。

 だって、50代にもなって「いかにして人間は一撃で倒れるか?」って、そんな馬鹿なことを真剣に考えてるんですよ? そんな父ちゃんはイヤでしょ? 10代のヤンキーと精神構造が一緒だもん。

 夢枕獏の格闘小説か刃牙のキャラクターに出てくるバカか?としか言えないでしょ?

 もうね~、「俺は戦いの中で死ねれば本望だ」って言い出すのも時間の問題かな~?という気がしています・・・。

 いやね~、「長野さんも友達のこと、そうまで悪く言わなくても・・・」って思うかもしれませんけどね~、実は本人が「書いてくれ」って言ってんだも~ん。

 この“性懲りの無さ”は一回死んで生まれ変わってきても直ってないと思いますよ。

 これも本人が書いてくれって言うから書いておきますけど、フランスでは新体道が凄く普及したんだそうですね。どうしてかって言うと、「新体道の稽古はナチュラルハイになるので、マリファナやるより気持ちがいいから」なんだそうです・・・。

 しかしな~、「こんなこと書いたら、ヤク中のヤツが大挙して入門してきたりしないかな~?」とか考えて躊躇してたんですけど、『SPA!』で「[脳内麻薬]を出してハイになれ」っちゅう記事が載ってて、食べ物とかヨガとかランナーズハイとかペヨーテやナツメグなんかでハイになる方法について書かれていたりしてまして、「雑誌に出るんだから、ま~、いっか?」と思って書きました。

 昔も『脳内革命』とか流行りましたよね。

 でも、私はナチュラルハイでもヤバイのは同じだと思ってるんで、必要以上に快感を求めるのは精神障害になるだけだと思う。

 私が新体道を高く評価しているのは、武術の極意を体現しているからであって、それ以外には実は興味がないんですよ。

 大体、脳内麻薬って苦痛を和らげるために分泌されたりするものなんで、身体の非常事態をしのぐためのものでしょう。それを常時、分泌させようってのは危険極まりない愚考だと思いますよ。

 大衆愚民化支配戦略としての“3S政策”(スポーツ・スクリーン・セックスの頭文字から採ったもので、娯楽に耽溺させて目先の快感しか求めない愚鈍で従順な大衆を作ろうとするもの)なんかでも明らかなように、快感しか求めないというのは論理的、倫理的な思考力を摩滅させるものなんですよ。

 だから、麻薬・覚醒剤が厳重に規制されている訳です。

 自分の快感しか求めない人間ばっかりになったら世の中は根底からダメになるでしょ?

『SPA!』は大麻の薬理効果を専門家に論じさせたり、クスリ系カウンターカルチャーを擁護するような記事も目立ちますけど、それでも一方的な支持ではなくて危険性についても一応、書いてあったりしますからね~。

 あっ、でも、「オイオイ、これ大丈夫?」って思ったのは、“膣トレーニング道場(うっひゃ~、そんなのあるんだ?)”の「竜線道」というヨガ・ピラティス教室を紹介していたところ・・・。

 鉄(くろがね)つるぎ先生という美女が教えるとのこと・・・って・・・、えっ? クロガネツルギさんって、あの“第二のオウム”として度々、TVのニュース番組で採り上げられていたザイン(富士王朝)の人じゃん? 『トンデモ本の世界』でも紹介されていたから知ってる人も多いでしょう。

 主催者は万師露観とか任伯旭とか、TVのニュース番組では「私はナポレオンそのもの!」とか叫んでいたオッサンで、脳内幻魔大戦みたいに前世は宇宙戦士だったそうです。

 まあ、書いても問題なかろうと思うから書いちゃいますけど、松田隆智先生が昔、知らずに紹介されて吉祥寺のルノアールで話していたら、もう発狂したようなことばっかり言うもんだから激怒して怒鳴りつけて帰った・・・と言われていました。

 今でもムーとかアトランティアとかいろんな雑誌で超能力グッズ販売の広告記事出しているみたいですね。最近はZX(ザイクス)って名前になってるみたい。

 まあ、オウムみたいに広がらないとは思うけど、かつて、小学館の編集者が洗脳されて辞職したって噂も聞いたことあるし、雑誌の広告記事以外で採り上げて記事にしてしまうのは問題あるんじゃないかな~とは思いますけどね~(誰か『SPA!』に教えてあげれば?)。


追伸;ゲゲゲの鬼太郎第一シリーズって、やたらキチガイ発言が多いし、目玉オヤジが凄い口が悪い! 鬼太郎が失敗すると、「このマヌケーッ! 何をやってるんだ~」と頭の上で一喝! ひどいよ、オヤジ~。ロボット大海獣が出たのにも驚いたけど、バックベアード率いる西洋妖怪軍団との戦いでは、一反木綿も塗り壁も子泣き爺いも砂かけ婆あも殺されてしまうんですね。第二シリーズ以降の鬼太郎ファミリーが既に戦死していたとは・・・? これはルパンのファーストシリーズを越えるアバンギャルドさかも?(それにしても、東映チャンネルって、凄いな~)

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“武”に注目する格闘技雑誌

『ゴング格闘技』で、武道・武術についての特集記事があって、ちらっと読みました。

 具体的な技術の比較とか載っているのかな?と、ちょっと期待したんですが・・・。

 正直言って、観念的で抽象的。何だか実態の無いイメージを論じているだけに思えて白けてしまい、すぐに読むのをやめてしまいました。

 何で、武術というものに対してきちんと技術的に分析しようとしないのか? アンタッチャブルの崇高なものであったり、あるいは逆に怪しげな時代遅れの代物みたいに言いたがるのは何なのか?

 何年か前に、格闘技をやっているという読者から、「長野さんは格闘技の経験もあるのに、何で武術みたいな怪しいものをやっているんですか?」と質問されて、ブチ切れたことがありました。

「無礼なこと言うんじゃないよ。怪しいかどうか、教えてやろうか?」と、確か、答えたと思います。

 確かに武術の世界には甲野善紀さんみたいなコケ脅しで全然戦えない人も“ザラにいます”。別に彼だけが胡散臭い訳ではありません。

 が、本物の遣い手も少なからずいます。

 名前を挙げましょうか?

 日子流の田中光四郎先生。新体道の青木宏之先生。太気拳の岩間統正先生。賢友流の友寄隆一郎先生。躾道会の小林直樹先生。その他にも少なからずいらっしゃいますよ。

 私程度の人間でも、「武術なんて、怪しい、インチキ臭い、口先だけの使えない代物」みたいに言うヤツが目の前にいたら、“生かして帰さん!”という気概はあります(あっ、すいません。つい、勢いで不適切なことを書いちゃいました。そんくらいの心意気ってことで理解してくださいね)。

 断言しますが、私は武術が怪しいものだなんて、まったく、全然、まるっきり、思っておりません!

 みんな、知らないだけなんですよ。解ってないだけなんですよ。群盲が象をなでてるみたいな感じでピントの外れた論ばかり・・・。

 合気、発勁、気合当て(遠当てとして広く知られている)・・・すべて、私は極めて合理的技術だと確信して疑いませんし、“基礎的な技術なら、誰にでも即座に体得できるように教える自信があります”!

 そして、それらの技は実戦にも十分過ぎるくらい応用できると思っています。

 私自身、武道や格闘技の経験者を相手に使った経験も何度もあるからです。

 一回しかやったことないので、さすがに試合で使ったことはないんですが、20年くらい前に空手の出稽古にいった時、軽い自由組手で体重100kg以上あるフルコンタクト空手をやっている人が相手してくれた時に、私を初心者だと思って、わざとガードを開いて“さあ、胸を打っていいですよ~”みたいにされていたんですね。

 もちろん、挑発とか悪意があってじゃないと思うんですが、私はちょっとムカッとしたので、一発パンチを入れてから、そのまま“0インチパンチ(毫勁=ほとんど接触したまま打ち込む発勁)”をドカドカドカッと打ち込んだんですね。すると、その人は後ろに3mくらい弾かれたように飛ばされて、随分、驚いた顔をされていました。

 ちなみにその時の私の体重は50kgくらい。倍くらいの体重差の人をパワーで上回ることは常識的にはあり得ないでしょう?

 無論、まだ交叉法も知らなかった時でしたが、寸勁系統のパンチは20代半ばには体得していたので、「長野さんは随分、パンチが重いですね~」と驚かれました。

 しかし、それは打ち方が違うんだから当たり前だったんですね。衝撃力はさほど無くても、体重心の移動力で打てば、重さと貫通度は通常のパンチよりずっと出ますから、体重が倍以上ある相手でもドバーンとふっ飛ばされたりする訳です。

 要するに体当たりされてふっ飛ばされるのと同じ原理なのです。

 ただ、これは身体が飛ばされることにエネルギーが消費されるので、飛ばされた方がダメージは負いません。飛ばずに耐えるとエネルギーが残ってしまうので甚大なダメージが体内に作用してしまうから危険なんですよ。

 そして、飛ばさずに体内にダメージが作用するように打つやり方が“打撃訣”と呼ばれるのですが、無論、この空手の組手をやっていた頃は、まだ、そこまでは知りませんでした。いろいろ経験を積んでいって、“こう打てばこうなる”という研究が進んだのです。

 発勁の打ち方を覚えるとパンチ力(力積)がいきなり倍以上になったりしますが、それは腕の筋肉の屈伸で拳を加速させて打つより、拳に体重心移動した方がエネルギーそのものは何倍も違う訳ですから、当たり前なんですよ。不思議でも何でもない。

 例えば、「寸止め空手はパンチが軽い」と思い込んでいる人が多いですが、遠い間合から飛び込むように突いた時に全身の重心移動が拳に乗ったら、凄い威力になりますよ。

 ところが、試合の駆け引きで、多くの選手が飛び込んで足を踏み締めてから突きを出してしまっています。これではせっかくの体重心移動の力が0になってしまってから打っているので、これでは意味がありません。

 新体道空手の突き技や下段払いは、この体重心移動によって生じるエネルギーをそのまま作用させるので、とんでもない重さが出ます。

 同様に戸隠流忍法の突き蹴りも体重心移動のエネルギーを乗せるので、見た目と違ってズシーンとした威力が体内にのめり込むような感触があります。

 太極拳や八極拳もそうです。突き蹴りに加速度をつけて激しく打ち付けたりせず、軽く触れてから当たっているように見えても、圧倒的な重さが集中して突き刺さってくるように感じるのです。

 だから、新体道のフワリとした下段払いを受けたら腕が折れてしまったり、太極拳の掌や八極拳の肘がちょこっと当たったか?と思ったら相手がバッタリと倒れて目を開いたまま気絶してた・・・みたいなことが起こるのです。

 こういう重心移動の力で打つ技は、思いっきり打っているような印象が無いにもかかわらず、得体の知れない威力がズドーンと来るので、「神秘的な気のエネルギーの威力なんだ」と信じてしまう人が多かったのでしょう。

 また、「高級発勁の打法は相手の体内に拳がヌルリと入ってくる」と言われていて、この言葉の表現からすると、まるでフィリピンの心霊手術みたいな神秘的なイメージがありましたが、これは、受けた感触として、そう感じられるのであって、実際にグサッと刺さる訳ではないのです。

 発勁の打法で打つと、あたかも拳や肘が体内にヌルッと潜り込んでくるようなリアルな感触があるので、その感触をそのまま言葉で表現したがために神秘的な秘技のイメージだけが広まってしまったのでしょう。

 新体道の遠当てもまた、青木宏之先生のように、こちらが打とうとする意識が起こり、身体が突きを打つ体勢に入ろうとするかしないか?の瞬間にタイミングよく気合をかけられると、呼吸筋のリズムが乱されて、実際に物理的ダメージを受けたかのように身体の反射運動が起こって倒れたりする・・・という仕組みです。

 つまり、意識と身体の連動を気合で分断されることで、体勢を支える筋バランスが乱れてすくんでしまったり倒れたりする訳です。このタイミングがきちんと読めれば誰でも同様のことができる・・・という次第で、これまた不思議でも何でもありません。

 お座りさせている犬の前にエサを置いて、食べようとする瞬間に「待て!」と鋭く制して犬がピタッと止まったりする・・・アレと同様のことだと言えば理解できますか?

 こういう具合に、一見、不思議そうな技も合理的なメカニズムがあると考えて追究した結果、たまたま一回できただけでなく、再現性があれば、そこにはきちんと合理性がある技として成立するんだ・・・と確信をもって言えます。

 私が格闘技を続けなかったのは、技術に深味を感じなかったからです。体力と根性に頼っても年とれば勝てないと思ったからであって、“強くなる”ということより、“必ず勝てる技術”を求めていたからです。

 考えてみてください。

 体格や体力や根性というのは、持って生まれた要素が大きく、しかも若い一時期しか維持できません。どんなに頑張っても年とれば失われていくんですよ。

 スポーツと弁えれば諦めもつくでしょうが、武術・武道ではあまりに薄っぺらではないですか?

 もちろん、精神論だの礼儀だのと言いたいのではありません。

 体力や体格に頼らず、老若男女、誰もが学べて向上でき、しかも屈強な暴漢を撃退し得る術・・・こういうものが本来の武術であり武道であるべきだとは思いませんか?

 格闘技というのは、リングなり体育館なりで二人で技量を競い、それを観客が鑑賞するものですよね?

 これはスポーツ以外の何でもないでしょう?

 技量の競い合いを本人が楽しみ、第三者がそれを見て楽しむ。それが目的。

 それはそれでいいです。スポーツはやって楽しく見て楽しい。娯楽として意義がある。

 でも、武術や武道は違いますよ。競技を目的とするのは大きな勘違いだし、武術の意義を誤解して90%以上の価値を失わせることにしかなりません。

 武術というのは“生命のかかった戦闘に生き残るための術”であって、そのためにはどんなことでもやる訳です。

 だから、素手の術から棒や剣を使う術、弓矢や手裏剣、馬術や水泳、築城、占い、医術や薬方、密教の呪法まであるんですよ。

 鉄砲だって武術として伝承したし、脇差や煙管に偽装した短筒や、多銃身の火繩銃とか火繩を使わない雷管(発火薬が入っていて撃鉄の打撃で発火し発射薬に点火する)式の銃なんかも独自に作られていたのです。

 何のためにこんな膨大に工夫していたのか?というと、“考えられる限りのあらゆる戦闘状況に対応するための備え”としてなんですよ。

 生き残るための戦闘術なんだから、使えなきゃダメなんですよ。相手が強かろうが、人数が多かろうが、武器を持っていようが、どんな外敵でも排除撃退できなきゃダメ!

 普通に競技としての武道なり格闘技をやっている人達が、いきなり銃で戦闘やっている場所にほうり込まれて“強さ”を発揮できますか?

 無理でしょう? と言うより、考えるまでもないですよね?

“実戦”という言葉に対するイメージが全然違うものになっているんですよ。そこを考えて武術が生まれて工夫されていた時代やその状況を考えて論じないと、話が成立しないんですよ。

 武術は、生きるか死ぬかの時だけに用いる技だからこそ、殺人術として考えられてきたものです。人と競ったり見せびらかしたりするのは“芸”。芸は娯楽であるから見せられるけれど、武術は秘めて見せないものです。

 私が本やDVDで見せるのは芸の部分だけでした。必要以上に無駄な動作を付け足したり、肝心な極め所をわざと解説しなかったりしていました。

 本物を見せようと思えば、より効率的に人を殺す技術を解説するということにしかなりませんから、これはジレンマだったんですね。

 例えば、今回のDVD撮影の時に会員のアドリブに任せてやらせてみたら、いつも練習している調子で、平気で相手の首にタオル巻いて後ろからキューッと絞めたりしてしまうので、「あっ、それじゃ必殺仕事人みたいだから、相手の目を隠すように巻き付けてやってみて・・・」と、修正の指示を出したりしたんです(まあ、それでも鉄扇で相手の目をかき切る技なんかはやらせてしまいましたけど)。

 武術が誤解されてしまいかねないから、最近は、かなり具体的な“殺人術”の内容についても解説するようになっていたので、会員にとってみたら、「えっ、このくらい当たり前でしょ?」って感じになっていたんですね。

 以前はかなり隠していたから、当時の会員が見たらビックリすると思います。

 でも、やっぱり、武術は教える人を選びますよ。人体を効率的に破壊するテクニックを教えているんですから、人として当然考えなければいけないでしょう?

 だから、少し前までは外国の真に実戦を考えた軍隊や特殊部隊で用いられるような殺人テクニックにも関心を持って研究していましたが、最近は興味を失ってきました。

 何も考えずに“人間を屠殺するようなテクニック”を工夫することに何の価値があるのかな~?と思ったからです。

 いつでも殺せるけれども、それは秘めておいて、敵の野獣のような殺意のみ消し去って人間として許して理解し尊敬しあえる関係を求めていく・・・それが武の最終目標でなかったら、もう文化として伝承していく価値がないでしょう?

 よって、私は邪気邪念のある人には技は教えない。教えているうちに、相手の心の内に疑念や侮り、驕慢が感じられたら、破門にします。

 第一に自分の身の安全と流派の威信を護るため。次に、その人自身が増長傲慢に陥り身を滅ぼすことになるのを戒めるため。

 破門にすることで、その人に恥を与える。経歴に傷を残すことで名誉を損なう。それが自戒となるか「いつか見返してやる」という意志となるか、そのどちらかになれば良いでしょう。

 恥を恥とも思わないバカ者(残念ながら、この手の者が少なくない)ならば、それまでですが、本物の自尊心は恥を知らねば理解できません。

 結局、明治期以降、武術を武道という名前で近代スポーツ・体育の概念の中で整理しようとしたがために、武術の本質が忘れられていった訳ですよ。

 だから、私が『ゴング格闘技』の特集記事をちらっと読んで、すぐやめてしまったというのも、あくまでも“格闘技”の概念からしか武術とか武道とか考えようとしていないのを感じて、ガッカリしてしまった訳なんですよ。

 そこには、「武術は怪しい」と、私に言った格闘技愛好家と同じレベルの観点しかなく、せいぜい、「伝統的な武術や武道の技は本当に使えるのか?」程度の見当外れな論しか出てきていません。

 それなのに「武とは何か?」みたいなことを格闘家に語らせてしまって、その曖昧な概念を整理することなく羅列していたという印象でした。

「武術は使えるのか?」なんて論は武術の全体像を知らない人間が口にするタワ言です。

 使えない技を後生大事に練習するバカがどこにいますか? 中国のラジオ体操である簡化24式太極拳だって、使える人が駆使すれば恐るべき必殺拳法に早変わりしますよ。

 どの武術が強いだの弱いだのほざいているヤツは、頭が悪いか、目ン玉腐ってるかのどちらかです。

 クラブマガなんて、定期的に海外に行って銃の扱い方も勉強させてるみたいですね。日本の武術家でそこまでやる人は滅多にいないでしょう?

 現代戦闘の基本は銃なのに、なんで日本の武術家、武道家を自負している人達は無視してしまうのか? 命のかかった戦闘で素手に拘るバカがどこにいるのか?

 松田隆智先生や青木宏之先生とは、よく銃の話をしたものでした。松田先生がベレッタ・ミンクスの話をした時に、「あ~、あの銃はオートだけど銃身が中折れ式なんですよね」と言ったら、松田先生は「長野君は、もしかしてプロ(ヤクザ?)か・・・」と真面目に質問されました。無論、単なるガンキチなだけと説明しましたが・・・。

 今や、インターネットで拳銃くらい誰もが入手できる時代になっています。対策を考えない者は武術家とは言えないでしょうが・・・。


 いや・・・、別に誰が何をどう語ろうが私の知ったこっちゃないですよ。好きにくっちゃべってりゃ~いいんじゃない?って気分です。

 ただ、何で、もっと武術のことを知っている人間に語らせないのか?ってことは大いに疑問でした。

 テキトーな人間がいなかったんでしょうけどね。

 海外のマーシャルアーティストって、空手でもカンフーでも何でもよく知ってる。コンバット・シューティングもできればナイフ術も得意で日本刀の試し斬りは日本人以上だったりする人もいる。中には日本人より日本武道や武術について詳しい人もいる。

 海外のマーシャルアーティストの動画をネットで見ると、素晴らしい技の持ち主が結構います。決して形だけじゃないリアルに戦えるだろう人も少なくありません。

 こういう例には危機感を持つべきなんですよ。グレーシー柔術やクラブマガやシステマやJKDを有り難がる前に、日本人なら日本の武術武道について総括的に知っておかなきゃダメです。

 奇しくも柔道の世界選手権で、女子は頑張りましたが、男子柔道は惨敗もいいところでした。これは空手道の時もそうでしたね。

 一番の敗因は、技と戦術を研究しないでガムシャラにただ練習を繰り返せば強くなるという旧態依然とした思い込みのせいだと思いました。常に先に先にと進化している世界を知らずに“日本武道の威信”なんて言ってちゃダメですよ。

 そんな権威主義は捨てて、虚心坦懐に、まず勝つ! 勝つために何をすべきか? それを考えないとダメ!

 つべこべとゴタクを並べるのはその後ですよ・・・。


 あっ、そうそう・・・思い出しました。

『コンバットマガジン』で甲野さんの連載記事立ち読みしてたら、野鍛冶でナイフ作るやり方について何回も書いていたんですけど、「そろそろ終わりにする」と書いて、その号で「紙数が尽きたのでまた次回に続く・・・」って結んでいて、ズッコケましたよ。

 そもそも、現代日本の居住環境で圧倒的大多数の読者にとって何の意味もないであろう野鍛冶のやり方について、マニアックな知識を披露することに何の意義があると考えたのか知りませんけど、文章そのものが分裂していて正気を疑ってしまいました。

 その次の号で野鍛冶の話はちゃんと終わりましたが、「何で、こんなトンチキな人に書かせているのかな~?」と思っていたら、編集後記を読んで納得がいきました。

 要するに甲野ファンの編集者がいらっしゃるんですね? その感想は20代半ばの自分を見るようで微笑ましくもありましたが、「手品みたいな楽しさがある」と書かれているところで、ちょっと噴き出してしまいました。

 だって、甲野さんのやっているのって、武術としての実用性は望めないけれど、手品だと思えば別に腹は立たない訳ですよ。手品師には失礼だと思いますけどね・・・。

 それにしても、一生、変われないまま終わるんでしょうね。信じやすい人達の中心で孤独な裸の王子様を演じ続けて・・・。

 本質を見抜いている人達からの軽蔑と冷笑と哀れみの視線に気づかないフリをし続けて生きるのも、彼が選んだ道だから、そっとしておいてあげるべきなのかな~?

 しかし、スキージャーナルから出た『古武術介護』の本の推薦文のところでは、肩書が“古武術探究者”から、またも“武術研究家”にトーンダウンしていたし、その本の著者が“よみうり文化センター町田”で開催している講座のタイトルも、前回のチラシでは「古武術に学ぶ介護術」だったのに、今回は「古武術をヒントに腰を痛めない介護術」って名称がビミョーに変更されてて苦笑しちゃいましたよ。

 何だか、「いつでも言い逃がれる準備はできてます」って感じで、見苦しいですね。

 これまでは、「別に、このOさんは武術家じゃないんだから、俺がとやかく言うのはイジメみたいだしな~」と思って、何も言うつもりはなかったんですが・・・。

 相模原の隣が町田だから、直接、この介護術の講座に行って、「貴方のやっているのは武術とは何の関係もないものになっているんだから、羊頭狗肉な宣伝はやめるべきじゃないですか?」って言ってみようかな~?と、かなり本気で思案しているところです。

“誰にでも優しいラクチン介護術”とか言った方がいいと思うんですよ。

 古武術介護術なんて名前は本当に誤解を広めるだけ。不適切でしょう。このOさんも、甲野さんにそこまで義理立てる必要はないし、第一、介護のために古武術を習いたいって言う人が勘違いして柳生新陰流とか入門しに行ったら先方の師範に迷惑になるでしょ?

 紛らわしい宣伝はしちゃダメだと思いますね。


追伸;上戸彩の殺害予告を、またもウィキペディアに書き込みしたバカがいたそうですが、本当にね~、もう、そういう陰湿なことはすんなよ!と言いたい。男のやることじゃないね~。むっ?・・・そういえば、今、思い出したけど、小島一志さん、まだ襲来してないんですけどね~?・・・ってか、彼は元気でやってるんですかね? ちょっと、心配。


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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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