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『秘伝』デビュー?

「先生、『秘伝』に名前出てましたよ」と、稽古後に会員から教えてもらって、「はて、何ゆえに?」と思ったら、11月に江古田であったドラム&新体道のライブ・イベントのリポート記事の中でのことだそうな。

 それじゃあ買ってくんべぇ・・・と思って、丁度、筑摩新書の原稿直しと写真・イラストのキャプションを書いたのを担当編集者の方と黒谷先生を交えて橋本駅で待ち合わせて打ち合わせする予定だったので、少し早めに行って、駅構内の書店に寄って、買ってきました。

 イベント情報コーナーに載っているのかと思っていたら、見開き二ページに纏めてありました。迫力ある写真が何枚も撮れていて、さすがはプロだな~と感心。

 見開き二ページって少ないと思われるかもしれませんが、結構、何ページにもわたって紹介解説や技術解説をするのって、ある意味でそんなに難しいことじゃないんです。

 シンプルに短い文章で的確に紹介するというのは、実は意外に難しいんです。

 この記事はライターの方じゃなくて副編集長自らカメラを持って撮影も兼ねて取材されていたのを現場で見ていたんですが、F堂時代に面識がある方で、武術も格闘技も実践していて、実践している人間にしか判らない細かい技術論も書ける人なんですね。

 こういう見識の深い人をオタク扱いして馬鹿にするような風潮も武道マスコミの人間の中にはあるんですが(俺もされてるそうだけど、事実だから気にしない)、今は実力を発揮できる仕事場で働かれている訳ですから、良かったですよね。

 小耳に挟んだところでは古武術の師匠が口添えしてあげたそうですが、人間味のある師匠だな~と感心しましたね。

 私は、能力があるのに正当に評価されていない人は不幸だと思いますよ。ちゃんと評価されて実力を発揮できる場所にいないと、ただ食えるだけじゃあね~。

 だから、イベント会場で見かけた時に、「あ~、彼なら安心だ」と思ったんですけど、思った通り、この前衛的な新体道・剣武天真流の即興演武を的確に表現されていました。

 新米ライターだったら、どうにもならなかったでしょうし、普通の武道・格闘技やっている人だと誤解するだろうし・・・。


 それにしても、田中光四郎先生と並んで私も名前を載せていただいたのは、本当にありがたいし光栄なことです。

 何しろ、『秘伝』に限らず、武道専門誌では私の名前を出すのは一種のタブー視されていて、どことは書かないけど金払って広告記事頼むのだって断られたくらいですよ。

 何でか?

 分かり切ってるでしょう。武道界のビッグネームとして引っ張りだこだった甲野善紀大先生をボロッカスに非難しているキチガイ野郎だという評判が広まっていたからですよ。

 だけど、悪いんですけど、そんなことされてメゲルような、か弱い精神構造じゃないですから、「テメーらが観る眼がないことを俺が白日の下に晒してやるよ。この目クサレどもめが・・・」と、逆に燃えただけですけどね。

 もうね~、「俺がなめられておとなしく引っ込んでるようなボーヤに見えたのかよ?」と、『蘇る金狼』で啖呵切ってる松田優作の気分ですよ~。

 その後、「何だかんだ言っても長野が言ってた通りなんだ~」という雰囲気が、徐々に業界に浸透してきているのは感じていたんですけど、だけど相変わらず、武術業界は偽装体質は改まらず、嘘だと判っていても売れると思えば(これも目先の勘定だけど)知らぬフリして宣伝に明け暮れてしまうヌルイ業界で、自分から売り込もうとかは思わなくなりましたけどね。

 いや、仮に武道系出版社で単行本出たとしても、せいぜい二千か三千しか部数出ないだろうし、連載記事書いたとしても原稿料はスズメの涙でしょう。

 いまさらライターやる気もしないし(労多くして利潤は少ない)、もう、この先生に会いたいと思える人もいないんですよ。

 それでも、「専門雑誌に載ればステイタスが上がって武術家として認められる」とか、「宣伝になって入会希望者が増える」と勧める人もいます。

 甘~いっ!

 武術業界で有名になるというのは一般社会でまったく無名であるというに等しい訳で、自慢にも何にもなりはしません。その業界で認められているから専門雑誌に載っていると思うのは出版業界の内情を知らない人の考えですよ。

 私なんか、専門誌で初めて見る人だと、偽者か?と、まず疑いますからね。

 それに、私は武術家なんて呼ばれたくない。頭悪そうだし、変態っぽくて気持ち悪い。

 自分のレベルは自分が一番よく解っているので、目ん玉腐った連中に評価してもらわんで結構なんですよ。松田先生や青木先生といった大御所が評価してくださったんだから、後は何とでも言ってくれて構わない。素人に崇め奉られて喜ぶ神経はないですし。

 入会希望者も本気でやりたい人だけでいい。

 武術武道の本読んでる人間の中には社会生活が破綻しているのに武術に空想的な救いを求める者が凄く多くて、本当に、ごめんこうむりたいですよ。

 私なんか、「自分で武術家と名乗ってる人は人格破綻者だ」と決めつけてますよ。少なくとも“身の程を弁えていない”のは確実です。

 だから、私は専門誌に載りたいという気持ちはもうないんです。メリットがないから。

 それでも、やっぱり、こうして義理立てて名前載せてもらえると、「俺もついに秘伝デビューか~?」って、ちょっとジーンと来ました。(ゴメン、嘘です)

 でも、大丈夫なのかな~? 『秘伝』的には私の名前出したりしたら睨まれたりしないかな~? 「何で、あんなキチガイの名前出したんですか?」って、周囲の人から言われたりしたら申し訳ないな~・・・とか、思っちゃいましたよ。

 別に私、無視されるの慣れてるし、腹立っても「絶対、見返してくれる!」と魔太郎みたいにメラメラするだけなんで、気ぃ使ってもらわなくてもいいんですよ~(って、こういう書き方するから、逆に気ぃ使わせちゃうんだろうな~?)。

 でも、そのうちF堂出身者の同窓会とかやったら楽しいかも~?

・・・って・・・いや、それって・・・小島一志さんも来るってことだから・・・大怪獣バトルみたいになるのか?

 余談ですが、小島さん、相変わらず吠えてるみたいですね。息子になりすますのサイコのアンソニー・パーキンスみたいで怖いから、普通に書けばいいのに~。

 なんでも、稽古会で毎回のように救急車呼んでるそうですが、私は一回呼んだだけで二度と呼ばないように安全対策しなきゃいかんと思ったけどな~。人の命を何だと思ってるんでしょう? 人の命を何とも思わない強い精神の持ち主だ?って自慢したいのか?

 そりゃあ、ただ人間性が失われているだけで、なんの自慢にもならないですけどね。

 でも、ある中国武術家の名前を出して批判していた箇所は、ちょっと、さもありなんと思いました。そういうデカイこと言っちゃう人が実際に多いから信憑性はある。

 だけど、中国武術が云々と言うのなら、島田先生とか蘇東成先生のような人を取材した上で言って欲しいな~と思いました。

 中国武術業界では、誰も、その人が達人だなんて思ってないですよ。演武が上手いのと戦うのは別ですからね。そういうタイプが多いのは事実ですが、たった一人のハンパな人をもって全体をフェイクと決めつけるのは、あまりにも独善的で視野が狭いでしょう。

「中国武術の寸勁はインチキだ」と芦原先生が言われていたとしても、それは芦原先生が知る範囲に限られる訳で、きちんと技術分析していけば芦原先生がやって見せた寸当てとのメカニズムの共通性も解る筈です。

 単に押し飛ばすのか、重く浸透する打撃なのか、威力が集中貫通するものなのか、威力が体内に残って後から作用するものなのか、打たれた瞬間に絶息失神するものなのか・・・それらは打撃のエネルギー量と作用の仕方によって異なってくることくらい分別できなきゃ論じられません。芦原先生直伝の寸当てを体得しているのなら、その程度のことは解りそうなものなのに・・・、結局、自分の無知を晒しているに過ぎませんね。

 小島一志さんの論調は、独善と視野の狭さ、感情的な決めつけに終始一貫していて、そこが文筆家としての味だから面白いんですが、ノンフィクション作家としての資質は完全に欠落していますね。作り話が名人級に上手いんだから、小説とか漫画原作やって欲しいな~。

 確かに、本当に強い中国武術家は少ないですが、いないことはないですよ。何といっても空手の源流なんだもん。弱い訳ないじゃないですか?

 武術は骨董品じゃないんだから、使えないものが伝えられる訳ないでしょう?


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『大怪獣バトル・ウルトラ銀河伝説』観てきました

 新道場開設と同時に入会された役者さんをやっている会員さんと二人で、新百合が丘のワーナーマイカル・シネマにウルトラマンの新作を観に行ってきました。

 何か、予告編とか観ているとスターウォーズっぽいんじゃないかな~?と思っていたんですが、これはドラゴンボールや妖怪大戦争(昔の大映のヤツ)のテイストも感じましたね~。

 これまでのウルトラマンとは違って、『大怪獣バトル』の世界観と融合した感じなんですが、その融合具合が凄いことになっていて、ウルトラマンの漫画でしか描かれていなかった、ウルトラ一族誕生の秘密なんかも明かされて、何か、物凄いゴージャスな感じになっています。

 ちなみに、『大怪獣バトル』は怪獣使いの主人公レイが、ゴモラやリトラ、エレキングを使って色々な怪獣と戦うという、昔のウルトラファイト的な話をSFドラマとしてバージョンアップしたもの。

 レイブラッド星人とか惑星ボリスとか、ベラルゴシティーとかいった固有名詞が出てきますが、これって、SF作家のレイ・ブラッドベリや、元祖フランケンシュタインの怪物役者ボリス・カーロフ、元祖ドラキュラ役者として有名なベラ・ルゴシをもじったと思われ、ちょっとシャレています。

 最初はBS11で放送し、次にファミリー劇場でもやるようになって、今はテレ東でも放送されています。

 もうね~、ゴモラが主役で、何だか昭和の対決シリーズの頃のゴジラを思わせますし、
リトラがそれを助けるのって、ラドンを思わせるんですな~。

 その映画版となると、どうなるのか?と思っていましたが、光の国の物語というスペースオペラ状態。ウルトラマンとかセブン、タロウ、エース、ジャック、父、母とかはマントつけててカッコイイんですわ~。

 怪獣が百匹出るというのは知ってたけど、ウルトラマンもガバチョッと出ていて、判別つかないけど、メディアに登場したウルトラマンのほとんどが出てたかもしれません。

 悪のウルトラマンベリアルも、コロコロ美顔ローラーのでかいヤツみたいなのでウルトラ戦士をバッカンバッカンなぎ倒して、ウルトラの父より強くて、ウルトラマンキングに封印された以外、他のウルトラマンで太刀打ちできるヤツがいない。

 どうやって倒すんかいな?と思ったけど、まさかウルトラマンキングが戦うのか?って思ってたら、ここでセブンの息子“ウルトラマンゼロ”が活躍するんですね~。

 プロテクター装着させられてレオに特訓されてるシーンとか見てると、「これって、ピッコロに特訓されてる孫悟飯が元ネタで、やっぱりアンヌとダンの息子で地球人とサイヤ人のハーフだから異常に強いってことなのか?」とか、会員さんと二人でバカ推理しましたね。40過ぎて熱く語れるってのは特撮オタク魂は生涯不滅ってことですな~。

 もうね~、セブンが殺されて激怒したゼロが怪獣軍団も独りでほとんどやっつけちゃうし、ベリアルも一方的にボコボコにしちゃいます。

 これって、まさに人造人間セルと戦った悟飯状態・・・。

 でも、ベリアルもただでやられたりはしません。

 怪獣軍団と合体した悪魔のような超巨大モンスターの姿(なんか魔王ダンテとか凄ノ王みたいな感じ)になって復活してきます。

 が、ここで大怪獣バトルの主人公レイが活躍して合体怪獣たちが反乱を起こして巨体を維持するのが危うくなった時に、ゼロがWアイスラッガーを連結したツインブレードで、モンスターの額のベリアルをバッサリやって倒す・・・オ~ッ! 燃え所が解ってるね~!


 ところで、ベリアルって、鬼太郎にも出てきた悪魔の名前ですけど、ウルトラマンネクサスにもウルトラマンファウストとかウルトラマンメフィストとか出てたし、悪魔とか黒魔術的な世界観というのがウルトラマン・シリーズの裏ネタでありますよね。

 ウルトラマンティガの最後の敵は邪神ガタノソーアだったし、悪魔的な存在のクトゥルー神話の要素も相性が良かったのかも?

 そもそも、ウルトラマンは仏教に於ける弥勒菩薩をモチーフにしていて、光の国は須弥山であるという論考を書いていた人もいましたね。

 だから、キリスト教圏のアメリカでは受けなかったけれど、仏教国のタイでは人気があったという考察もされていました。

 権利問題で封印作品になった、ウルトラ兄弟が猿神ハヌマーンに加勢してゴモラ率いる怪獣軍団と戦うという『ウルトラ5兄弟対怪獣軍団』のチャイヨープロもタイだし・・・。

 それにしても、ウルトラ兄弟ってジェダイの騎士そのままって感じだし、マンとセブンがハヤタとダンの姿になって登場する時に、フード付きマントで出てくるところはジェダイマスターっぽい。

 ウルトラマンの世界観にピンとこなかった欧米の人でも、これなら純然たるファンタジーとして観れるかも?

 もっとも、私はもう、怪獣やウルトラマンがガバチョーッと出てくるだけで懐かしさで感涙にむせびそうになってしまって、もう、冷静に観れまっせん。

「あ~、バードン、ブラックキング、レッドキング、バルタン星人、メフィラス星人、マグマ星人、キングジョー、ナックル星人、ベムスター、ドラコ、サラマンドラ、ゼットン、バルキー星人、テンペラー星人、ヒッポリト星人、ガッツ星人、ピグモン、ダダ、アーストロン、ルナチクス、ベロクロン、バキシム、ホー、ムルチ、ノーバもいるぅ~」と、その確認作業が忙しい・・・。

 放送直前に“めちゃイケ”に登場していた岡村が入ったプレッシャー星人も、ほとんど確認できないくらい瞬間的には映っていましたよ。

 しかし、今回の作品で凄いと思ったのは、実は怪獣の中でもレイに操られるゴモラとリトラよりも、ダンが放ったカプセル怪獣ミクラス、ウインダム、アギラーの三匹。

 カプセル怪獣は弱いという先入観を覆して、こいつら異常に強い! ミクラスなんてベムスターに勝っちゃうし、ウインダムも上半身を回転させながら光線を発射するし、アギラーも頭突きで勝つ・・・しかも、ダンのカプセル箱には、あと二つのカプセルがあるじゃ~ないですか?

 これは来年の作品では、いよいよ、あの強豪アシュランを一方的にボコッた最強ロボット怪獣セブンガーが出るのかも?

 そしてそして・・・、今回の作品では何げにいろんなシリーズのウルトラマンが出ておりましたよ。

 まず、ウルトラの父の本名が“ケン”だったことが判明! 若い頃にベリアルと戦うウルトラマンケンの角が短いっ!(細かいっ!)

 小泉さんが声をあてたウルトラマンキングも違和感無し。そもそも、キングってアストラに化けてウルトラの星の軌道を調節しているウルトラキイを盗んだババルウ星人の正体をバラすためとはいえ、ウルトラキイをバシーンと折っちゃって、「そんなものは問題ではない」なんて言っちゃう無茶ぶり爺さんだったから、ある意味、ナイスなキャスティングかも?

 その他、昭和の歴代ウルトラマンの中でも80とユリアン、アニメ版のジョーニアスに、やっぱりアニメ版のウルトラマンUSAのウルトラウーマンベスやら、ケイン・コスギが主演したウルトラマンパワードもいましたよ。

 まあ、メビウスは最近の主人公扱いだから当然として、何げにマックスもいましたね。

 とにかくウルトラマンも数が多くて確認できたのはそれくらいでしたけど、ダイナはストーリーにも唐突に割り込んできてたし、コスモスの主人公だった杉浦太陽もちょこっと出演してましたね。

 いや~、本当に凄いな~って思いましたよ。

 ゴジラもこれくらいやればいいかも? いっそ、ゴジラアイランド劇場版とか作ったらいいと思うんですけどね。アレって、実はジェットジャガーもドゴラも出てくる超マニアックな話だったんですよ~。


追伸;先日のセミナーの事故で入院した会員さんも無事、退院できました。参加者の皆さん、御心配いただき、本当にありがとうございました。回復の早さにお医者さんも驚かれていたようで、もう一月のセミナーの申し込みをしているくらいです。しかし、これは不幸中の幸いであって、今後は安全対策をしっかりやらせていただくつもりですので、宜しく御理解、御協力をお願い申し上げます。


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年末年始は休めそうにないっ!

 いや~、参っちゃったな~。

 筑摩新書の原稿チェックと写真・イラストのキャプションも書いたので、後は一気にアスペクトの本を・・・と思っていたら、書いた原稿の半分くらいは書き直ししなきゃならなくなってしまいましたよ。

 今回は、ノッケから技術解説で始まったので、その勢いで最後まで技術解説一辺倒で行き切ってもらいたいという担当編集からの強い要望だった訳で、いつものボヤキ漫談風の文体とか余談が脱線するところとかはダメだというお達しを受けました。

 技術論に徹してシリーズの変革を目論んでというのは判るんだけど・・・う~ん、そういう無駄なところが私のスタイルというか味だと思うんだけどな~。

 まあ、ダメと言われりゃあ、変えるしかない。

 そんな訳で、年内に原稿そのものは書き直ししてしまおうと思っている訳なんですが、こうなるとは予想していなかったんで、構成とかネタとかのアイデアがイマイチまとまらないんですね~。

 細かく書けば、いくらでも書けるんですよ。

 でも、それやっちゃうと読者は完全に理解不能になってしまうでしょう。やっている人間にしか解らない内容になる。

 いや~、うちの会員でも理解できないかもしれませんね。

 要するに、人相とかクレッチマーの体型分類とか整体療法とかオカルトに突入したような話になっちゃうんですよ。

「それを合理的に書けるのが長野さんなんだから」と黒谷先生は言うんだけど、私も毎回、どう表現したら理解してもらえるか?と知恵絞ってるんですよ。それでも、「難しくてよく解らない」と言われることも多いんですよ。

 解りやすいというより面白いと言ってもらいたいんですけどね。

 でも、読んで解らないようなものじゃ仕方がないと思うしね~。

 う~ん・・・困ったな~・・・。

 一応、私の得意分野から考えてみるか?

 特撮・アクション・ホラー・SF・精神世界・宗教哲学・GUN・武器・日本刀・UMA・健康法・舞踊・・・etc.

 う~ん・・・今回の本の内容とは、あんまり関係ないな~。


 とまあ、こういう具合に考えが煮詰まっている時は、関係ないことをやってみるのもインスピレイションを得るのに役立ちます・・・。

・・・ってな訳で、小宮四郎國安の拵えを作り始めました。

 この刀、胴田貫みたいな剛刀なので、刀身が重い。遣いこなすためには重心バランスを手元に寄せる必要があります。

 そのためには、鐔を重いものを付けるくらいしか手はないんですが、先日、青木宏之先生の刀の拵えを作った時に武蔵考案の海鼠透かし鐔が格好良かったので、この刀にも海鼠透かし鐔を付けることにしたんですね。安かったし・・・。

 割りとゴツイ鐔なんですが、大きく穴が開いているので重量はそんなにない。

 なので、今回は柄木を削って鉄板を埋め込むことにしました。

 重りにするのは以前、買っていた軟鉄の平棒。1mあるのを寸断して使います。これでそこそこの重量増加にはなるでしょう。

 以前、繁綱の大太刀の柄の時にやってみたように(この時は真鍮板を仕込んだ)、柄木の茎尻の余った部分に彫刻刀で溝を彫って寸断した平鉄棒を仕込みます。

 次に柄木の側面にも同様に溝を彫ってはめ込んでみましたが、柄木を結構薄く削っているので、茎がはまる穴に貫通してしまうのでは?と、慎重に彫ってみました。
20091227_01.jpg

 後は接着剤で固定してから針金を巻いて柄が折れないようにして鮫革を貼って、柄糸を巻けば完成です・・・。

 今回、横浜名刀会で買っておいた白鞘の柄木を流用して作ったんですが、朴の木なので重い刀身を振って割れる危険性も感じたので、この鉄板(平鉄棒)をはめ込んだのは補強の意味もあります。

 実物の拵えの中にも柄や鞘を鉄板で覆ったものがあるそうですが、これはもう鍛冶屋さんに頼むでもしないと無理ですから、できる範囲でやってみました。

 丁度、預けっぱなしだった関住兼元(二代目以降は三本杉の刃紋の“関の孫六”で有名)の長脇差(一尺八寸)も戻ってきたので、こっちも拵え作ってみようかな~?と思っていますが、その前に研ぎに出した方がいいかな~?と思っております。本物だったら結構な値段になりますからね。


 そういえば、刀の拵え用の金具とかを買いに水道橋の尚武堂に行ったら、丁度、冬の特別セール期間で居合刀も割引されていました。

 それで、つばさプロジェクトからお歳暮でミカンを頂戴して非常に美味かったものですから、殺陣の練習とか撮影用に使ってもらおうと思って一振り買って、そのまま大塚のつばさ基地に持っていきました。

 かなり久しぶりだったのと暗くなっていたので、道を間違ったかな?とか思ったんですが、空き地だったところにでかいマンションとか建っていて、それで印象が変わっていたみたいです。

 秋本さんは留守だったんですが、スタッフの方に「お歳暮にミカンをいただいたのでお返しです」といって居合刀を渡してきました。

 翌日、秋本さんからお電話をいただいて、丁度、綺麗な刀がなかったので撮影用に使わせてもらいますということで喜んでいただけたみたいです。

 普通の人だと居合刀貰ってもイヤゲ物(みうらじゅん先生命名の、贈られた人が嬉しくない土産物のこと)にしかならないでしょうね~?

 以前、打ち合わせにつばさ基地にお邪魔した時に、殺陣に使う竹光の刀(物凄く軽くて私なんか逆にそれらしく振るのが難しい)とか美術刀(鋳物にメッキしてプラスチックの柄が付いたお土産用の刀)とかを見せてもらったんですが、居合練習用の合金刀の方が出来はいいですからね。

 居合の型稽古とかに使ってもらえば、つばプロの役者さんたちが時代劇に出演される時にも間接的に役立つでしょう。

 本当に技能のある役者さんたちには活躍して欲しいですね。いや、活躍させてあげなくちゃダメ! 日本はアクションを評価しなさ過ぎるんですよ。

 うちの会にも今年は役者さんが入りました。

 ハリウッドのアクション事情もちょっと聞きましたけれど、以前はカンフーとワイヤーアクション一辺倒だったけれど、今はフィノピノやペンチャックシラットが注目されているそうで、これからは、日本の武術の凄いのが注目されたらいいですね~。

 相変わらず日本刀の人気は高いし、サムライやニンジャの認知度も高い。『ラストサムライ』みたいな感じで『レッドサン』をリメイクしたら面白いと思う。

 いや、『カムイの剣』を実写版にしたらいいんじゃないかな~? 日米合作で。

 殺陣アクションに関しては、私だったらこうするけどな~というアイデアがいっぱいあるんで、役者さんは大歓迎。武術をベースにした殺陣や身体つくりを教えて、是非、大活躍してもらいたいと思ってます。

 あっ・・・そうだっ! 殺陣のことについて書けばいいじゃん?

 殺陣の練習は武術の読みの養成に役立つ筈だし・・・あ~、脱線してみるのもアイデアを得るにはいいですね~・・・。


追伸;新年のTV東京の大型時代劇は、『柳生武芸帳』! 反町隆史が十兵衛というのは未知数ながら(浜ちゃんが龍馬を演じたドラマで人斬り以蔵を演じていたのと大河くらい?)、疋田陰流の山田浮月斎を松方弘樹、柳生但馬守宗矩を高橋英樹が演じるというのは凄い! 考えてみれば、松方さんと英樹は対決したことないんですよね~。時代劇の大御所同士の初対戦。それだけで事件ですね。『寒月霞斬り』の時の松方さんは凄かったからな~。悪役の方が合うかも?

追伸2;反町と言えば、無眼流という流派に反町無格という遣い手がいます。ひょっとして末裔?

追伸3;秘伝を読んでいて、山口清吾先生が剣術をやったことがなく、「やればすぐ出来る、同じだよ」と言われていたという話を武田義信先生がされていて、「あ~、なるほど、そういうことだったのか?」と思いました。つまり、剣の型稽古をやっていないから、原理的な合気道の動きの中で自在に剣を操られていた。型の形に捕らわれていないから、あれだけのレベルの動きが出来たんだな~と、感銘を受けましたね。つまり、流派の形という枠組みから解放されていたんですね。私が山口先生の剣が国井先生を超えているように観えた理由がこの点にあった訳です。普通は、「剣術をやったこともない人間がイッパシのことを言うな」と言う人がほとんどでしょうが、剣を操る術を駆使するのは五体なんですよ。その共通原理が観えていれば使えない道理がありませんし、合気道そのものが剣の理合が基盤になっている。その上、合気は動きの流れが途切れませんから、剣を遣えば相手の隙間に水が染み込むように自在に吸い付くように相手を封じていってしまう。山口先生の剣はそういう術理だったのです。内家剣?とでも言いましょうか? 御一読アレ!

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DVDの内容について

游心流武術健身法 初級・中級 教材DVD


 教材DVDの内容について質問を受けたので、少し解説しておきます。

 まず、初級編です。

1,スワイショウ
これは、脱力体の養成と中心軸の体感、そして背骨の歪みの矯正の効果がありますが、鞭手打法の威力養成にも役立ちます。スワイショウだけを抜き出した健康法と護身術も研究中です。

2,立禅
これは、各種の站椿功がありますが、主に体幹部のコア・トレーニング法の意味があります。

3,三元試力
これは、骨盤の横回転・縦回転・螺旋8の字回転の運動を手先足先まで伝達していく練習法であり、主に打撃やピッチング、ヒッティングの威力を養成する効果があります。ちなみに、応用法として合気的な崩し技や逆技から逃れて逆転する技などへの応用発展性があります。

 この三つが基礎錬体となりますが、これらは発勁・合気などの武術の高級技法を効率よく体得するための武術的身体を練り上げる練法であり、その要になっているのは骨盤の動きです。

4,歩法
歩法については武術の極意として欠かせないものですが、単なるフットワークではなく攻防の技と結び付いて体勢を崩さず移動し得るものでなければなりません。また、移動しながら技を次々に繰り出していくための基礎トレーニングであると同時に、游心流では丹田歩法による丹田の開発トレーニングも歩法に含まれています。

5,対錬
これは、簡単に言って交叉法と読みのトレーニングであり、技は二の次です。対錬を発展させることで交叉法も発展します。最も大切な練習法なのですが、これは意味を理解した人間同士でしゅくしゅくと続けていかなければ、やるだけ無駄になってしまいます。武術の修練は気持ちを入れてやらなければルーチンワークとして続けていても何も得られません。

 以上は初級編の内容です。

 中級編は・・・

1,差し手の練習風景
これは、交叉法を具体的に技として使う場合に最も多用するテクニックです。このテクニックを用いることで受け即攻撃の攻防一体の武術の戦闘法が具体的に体得されていきます。これは臨場感を出す意味で、普通に練習しているところをそのまま収録しました。

2,推手
これは太極拳などで練習される一種の約束組手ですが、差し手と組み合わせることで実践的な用法になっていきます。素手だけでなく剣術や棒術にも応用が利きます。

3,剣術
これは鈴木雅美剣術師範代が解説実演しています。ガツッと打ち合えば真剣は折れたり曲がったりしますし木刀は折れたりしやすいものです。ですから鈴木師範代はフワリと柔らかく剣を使って衝撃を受け止めない太刀捌きを使いますから、御注目を・・・。

4,居合術
これも鈴木師範代にやってもらいました。闇雲に速くやるのでなく、フワッと捌いてヒョイッと太刀を付ける鹿島神流の技を参考にしています。

5,対錬
中級の対錬は、初級を少し難しくしたもので、組手構えからの攻撃に対するのが特徴で、添え手や連続蹴りなどを用いています。初心者には少し難しいでしょう。

6,護身術
最近の通り魔事件多発に対応する意味で護身術も入れてみました。主に対ナイフの護身術を解説指導していますが、中国扇子や傘を用いた護身術も収録しています。


 游心流教材DVDの内容はこのような次第です。

 武術理論上、このDVDは、初級が稽古理論、中級が戦闘理論について解説する内容となっておりまして、「発勁や合気をいかに効率的に実用化し、どのような訓練をすればよいのか?」という武術に関する多くの人達が感じるであろう疑問に答える内容として作っております。

 なぜなら、そういう疑問は、私自身が十数年前から感じてきたことだったからです。どんな強力な威力の発勁が打てても、「どうやって当てるのか?」という現実の前では空理空論になってしまうでしょう。

 実際、ある有名な中国武術の実戦名手とされる人の組手映像を見た人から、「あんなので本当に通用するのか?」という質問を受けたりした時、私は答えに窮するのです。

 誰も明確な答えを示してくれない。しかし、本当に驚くべき遣い手は確実にいる。でも、そういう人は表に出たがらないし強さを広く示すことを嫌うのが常です。無理強いするのは心苦しい・・・。

「だったら、自分が現実に即した技と理論と稽古法を体系化して作るしかない」と思い立ったのが游心流と名乗る切っ掛けではありました。

 腕が足りないのは頭でカバーする。幸い、歩法だけはたいていの相手には引けを取らない自信がついたので、一点豪華主義でやっていけば、いずれ足りない部分も埋められるだろう・・・という考えでした。

 基本的には十年前とほとんど変わったところはありません。が、十年前に見た人が見れば、全然違うものに見えるでしょう。そのくらい内容が深まってきたという実感はあります。

“男子三日会わざれば刮目して見よ”と言うではないですか?



追伸;緒形拳さんが急逝されて驚きました。新刊本でも若山先生の評論中で少し詳しく論じましたが、あれも原稿を書いている途中で自分でもアレアレ?と思う感じで筆が滑って脱線してしまい、「これは若山先生の評論なのに、脱線し過ぎてるよな~」と思って、書き直そうかな?とも思ったんですが、何となく、そのままにしていたんです。やっぱり、書かされていたのかも知れませんね~。緒形拳さんの御冥福をお祈りします・・・合掌。
もっと知りたい武術の極意

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教材DVD、発売中!

 私がこれまで作ったビデオって、結構、沢山あるんですが、過去の作品は正直、もう見たくないんですね。

 何でかというと“下手だから”。

 やっぱり最新作が最高のものであるべきだと思っているんですね。

 だから、今回のアスペクトさんから出たばっかりの『もっと知りたい武術の極意』が本としては一番、自信がありますし、DVDも本の内容に合わせて作ったので、やはり、今回の『游心流武術健身法 初級・中級教材DVD』が一番、出来がいいと思っています。
游心流武術健身法 初級・中級 教材DVD


 もちろん、クエストさんで作っていただいたDVDはプロが作っているものなので完成度は全然高いですよ。
長野峻也游心流 武術秘伝の活用


 でも、教材用としては今回のDVDが一番いいです。

 今回は私が出ずっぱりじゃなくて、師範代二人の指導風景も撮っているんですが、これが良かった。

 これまでは発勁や合気、丹田といったものに焦点を当ててきましたが、武術の核心は“稽古法”にある訳で、物珍しい秘伝だけ体得しても使いようがないのが現実なんです。

 それに、発勁や合気、丹田は体得するための練習法は游心流の基礎錬体法の中に全部組み込んでいるし、徹底して無駄な練習法は省いていますから、最短で体得できる筈。

 さらに対錬をやることで交叉法と読みを体得していけば、基本的には完成するという仕組みです。

 ここまでで中級。

 初級が半年~一年。中級が一年~三年くらいですね。

 予定より早めて上級編も来年中には出すことにしました。

 もっとも、教材用としては技のレパートリーをあんまり増やすと混乱するだけなので、基本をみっちり練習してもらいたいと思っています。

 技のレパートリーはクエストさんから出ているDVDを見てください。
長野峻也 游心流 武術秘伝の原理


 特に今回はハイスピード・カメラの映像が良かったですよ。後処理のスローモーションじゃないからクオリティーが全然違って判りやすい。判りやす過ぎるくらいです。

 ま~、難点を言えば、解像度が良過ぎてハゲが目立つから嫌だな~ってくらいですけどね・・・(グッスン)。ここ一年くらい温泉育毛剤使ってなかったからな~。やっぱり、アレが一番いいみたい?


 え~、ともかく、今回のDVDは自信作です。これなら独修用として文句ない。特に対錬を全部収録している点が良かった。これを教材にしてもらえば地方の同好会とかもやれるんじゃないかな~?とも思っています。御希望の方がいらしたら問い合わせください。


※※※※※ 事務担当のご連絡 ※※※※※

初級・中級セット 20,000円(税込み・送料無料)です。
(今のところ、初級のみ・中級のみのバラ売りは予定しておりません)

購入希望の方は、下記項目を全てご記載頂いたメールを
yusin_mail_from2006(あっとまーく)yahoo.co.jp までお送りください。

折り返し、振込先をご連絡いたします。

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游心流武術健身法・教材DVD発売!

もっと知りたい武術の極意』中で、ついに游心流の基本的な稽古法を紹介しましたが、これに併せて教材用DVD『初級・中級』の二巻セットを製作しました。

 自主製作DVDとしては、『発勁開発マニュアル』『合気開発マニュアル』『丹田開発マニュアル』以来であり、教材用DVDとしての決定版を狙って製作しました。

 ハイスピード・カメラを駆使したスローモーション映像も交えて、実際に道場で練習している雰囲気で独修してもらえる内容にしました。

 遠方に住んでいて実際に通えないという御相談を随分と受けてきましたが、これで、本と併せて見てもらえれば効果的に練習してもらえるでしょう。

 値段はセット価格につき¥20000と高目ですが、遠くからセミナーに参加される方だと数万円の支出になってしまいますし、繰り返し見られることから習った技を忘れる心配もありませんので、結果的にはお買い得?と思っております。

 注文生産方式ですので、購入希望の方はホームページを見て御注文ください。

 また、初級、中級に続く上級編は、来年、製作する予定で構想中です。


※※※※※ 事務担当のご連絡 ※※※※※

初級・中級セット 20,000円(税込み・送料無料)です。
(今のところ、初級のみ・中級のみのバラ売りは予定しておりません)

購入希望の方は、下記項目を全てご記載頂いたメールを
yusin_mail_from2006(あっとまーく)yahoo.co.jp までお送りください。

折り返し、振込先をご連絡いたします。

①氏名(+ふりがな)
②年齢(何歳代でOKです)
③郵便番号+住所(送付先を明記してください)
④電話番号
⑤Eメール
⑥ご職業
⑦武術・武道・格闘技・スポーツ歴(会員の方は会員暦)
⑧ご購入希望のDVDタイトル
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三池住小宮四郎國安入手

 ほぼ、月に一度は分割払いのお金を支払いに行く横浜名刀会。

 横浜線で菊名まで行き、菊名で東急(みなとみらい線)に乗り換えて、横浜の先の日本大通りで下車、ここまで順調だと、丁度一時間。

 産業貿易センタービルの2F、パスポートセンターを回り込むと、広い店内に刀・槍・火繩銃といったものが並んでいる。

 ここで、月一回、私は精神安定剤のような至福の刻を過ごしているのです・・・。

 何故ならば、いろんな刀を実際に手に持って、じっくり眺めることができ、刀剣の展覧会に行くよりも刀の勉強になるからです。

 刀というのはすべてがハンドメイドであり、同じものはありません。まるで人間みたいです。

 同じ武器でも銃やナイフだと大量生産できるから型が同じならほぼ同じですが、日本刀は一本一本、鉄を叩いて重ねて伸ばして作るので、同じ物は二度とできません。

 同じように作っても、長さも重さも反り具合も違うし、何より、地肌の紋様や刃紋は絶対に同じものは浮かびません。

 日本刀を見ていると、長いのから太いの細いの短いの、古いの新しいのと、何だか人間の社会を見ているような気もします。

 社長さんに許可を得て(勝手に持つのは論外! 中途半端に居合を齧ってる人間にたまにいるけど、刀身に触ったり振ってみたりする無礼者は刀を買う資格はない!)、実際に握ってみると、重さやバランス、すべてが違います。

 アレもコレも欲しくなってしまうけれども、中古車買うくらいの金額(数万円から数百万円)だから、そこはグッと我慢・・・。


 年末だったからか・・・チマチマと支払ってきた小宮四郎國安の刀、支払い金額が半額まで至っていないのに、武士の情けで前渡ししてくださいました。
20091217_01.jpg20091217_02.jpg

 半額払ってから貰う約束だったので、嬉しいったら、ありゃしません。

 いや~、何カ月ぶりかで刀身を観る・・・凄い刀だ・・・ちょっと清麿(四谷正宗の異名を持つ新々刀の名手)の作風に似ていたことに改めて気づく。

 重ねは厚過ぎず、身幅は広く、極端なくらいの大切っ先でズシッとくる重量感・・・刃紋は足長丁子に重花丁子が混じり、地肌は板目に杢目が混じり、地景に地沸がついて金筋、金線が長く映り、砂流し、湯走りもあって、地中の働きが非常に華やかです。

 この刀は、名門小宮一門の國安刀匠が若かりし頃に打った平成元年の作品なんですが、二尺五寸の大ダンビラで気迫が漲っています。

 鍛え疵が出たので価格はぐっと抑えられ、それだからこそ私でも購入可能だった訳(疵が出なければ確実に百万以上はしてますね)ですが、若い頃のエネルギーが注ぎ込まれたような剛刀で、何だか、持っているだけでこっちも力が漲ってくる気がします。

 そういえば、河内國平刀匠も、「若い頃に生活のために打った刀を恐る恐る見たら、未熟なところはあるけれども気迫が漲って、今の自分ではとても打てない刀だったから驚いた」という話をされていたようです。

 この刀は、まさにそんな感じがします。

 國安刀匠の師が打った刀と見比べても、技量の差はあっても刀の発するエネルギーは断然、こっちがあるように思うのです。

 これも人間みたいですね~。年とったら経験から掴んだ知恵で失敗は少なくなるけれど、若い頃のようなパワーやエネルギーはもう出せない。失敗ばっかりしていた若い頃でも、恐れを知らないチャレンジ精神や野心はあったもんな~。

 それにしても、アレッ?と思ったのは、初めて持った時は、とても使いこなせそうもないと感じていたんですが、今日は、持ってみても持て余すような感覚はありません。拵えを作れば、問題なく使えるでしょう。

・・・ということは、それだけ私の技量もアップしたということなのか? だとしたら嬉しいんですが・・・。

 最近は不況の煽りで刀も売れないため、どこの刀屋さんもかなり安くなっています。外装のついていない、多少、錆の出ている無銘や偽銘の脇差とかだったら10万円以内で売っていたりします。

 試し斬りに使うなら、むしろそういう刀の方が疵がつくのも気にしないで済みます。

 試し斬りに使う刀は、鎬(しのぎ)が高いものだと畳表を巻いたマキワラを斬る時に途中で引っ掛かってしまうようです。竹を斬る時は少し鎬が高いくらいの方が刀が曲がる心配がなくていいようですが・・・。

 この四郎國安の刀は、身幅は広くて鎬は低いので、畳表を巻いたマキワラや畳そのものを斬るのに、恐らく威力を発揮するでしょう。小宮一門の刀そのものが試し斬りに絶大な威力を示したそうです。

 でも・・・しかし・・・試し斬りして刀に疵をつけるのがもったいない・・・。

「刀は神器であり、試し斬りなどもっての外!」と断じる居合道師範の言う言葉も、ちょっと解る気はします。

 もしかして、私も対物愛の病気(エッフェル塔に恋愛するとかの病気)かもしれないな~?


追伸;12月のセミナー中に起こった事故を鑑み、来年からスポーツ保険に加入しようと思っております。詳細は、また御報告しますので、チェックを宜しくお願い致します。また、スポーツ保険に加入したからといっても、再び事故を起こす訳には参りませんので、今後は稽古に参加される方の既往症の有無を御質問したり、指導方法をより細かくしたいと検討しております。煩わしく感じられるかもしれませんが、何卒、御理解と御協力をお願い申し上げます。身を護るための練習で身体を害してしまうのでは論外ですので・・・。
追伸2;写真で私が履いてる袴は、天真会事務局の吉田さんから紹介していただいた福岡の美夜古企画さんでオーダーメイドしてもらったものです。ちょっと水戸黄門みたいな絞った袴だといいかも?と思って注文しました。来年からは游心流の正式道着もつくりますから、やる気のある方の入会をお待ちしております。

 
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特撮物のマニアックな見所

 東映チャンネルで『仮面ライダー響鬼』が放送されているので観直しているんですけど、本放送の時に半分くらい観逃していたので、改めて観ると面白いですね~。

 この響鬼は、当初は仮面ライダーとは違う企画だったと聞いたことがありますが、時代劇版仮面ライダーとして放送された『変身忍者・嵐』との関連性があるということだったんです。

 で、実際、“鬼の鎧”というのが登場した時に、これが嵐そっくりのデザインで驚いたものでした。が、あんまり、その辺は話題にならなかったみたいなんですけど、嵐がマイナーな番組だったからなのかな~?とか思いましたね。

 でも、嵐には美少女時代の林寛子も出てたし、ヤモゲラスに殺された?好き好き魔女先生こと故・菊容子さんも出演していました。

 主役を演じた南条竜也は、その後、『鉄人タイガーセブン』でも主演したり、『闘えドラゴン』や、志穂美悦子の『13階段のマキ』にも出ていました。

 何か、特撮番組って、子供の頃にその手の番組楽しんで観ていた人間(俺みたいな人)がスタッフになる率が高いので、時々、昔の作品に出ていたキャラが出てくる場合もあるんですね。

 これもCSで観たんですが、『幻星神ジャスティライザー』に出てくる怪獣型ロボットのライゼロスなんて、メカゴジラとガイガンを合体したみたいな感じだし、キングギドラから首一つ無くしたようなのも出てくる。

 かと思っていたら、何と! モゲラそっくりのロボット怪獣とか、量産型メカニコングみたいなのが出てきたからビックリしましたよ~。

 これはもう、たまたま似たんじゃなくて、意図的に似せてデザインしてるね。

 似てるといえば、現在放送中の『仮面ライダーW』の二人が合体して変身するという設定なんて『超人バロム1』でしょ?

 変身している間は気絶している天才少年フィリップ君の様子なんかは、『ザ・カゲスター』で、影が変身している間にフヌケたようになってる主人公二人の様子を思い出しますね。

 そして、劇場版Wに登場する仮面ライダー・スカルなんて、先般、アニメ化もされた仮面ライダーの原案となった(デビルマンと魔王ダンテみたいな関係?)スカルマンを意識している。

 劇場版といえばディケイドの方には、ついに電波人間タックルも登場して蜂女(及川奈央だよ)と闘うとのこと。まさかタックルも復活するとはね~。

 これって、ゴジラシリーズにジェットジャガーが復活するようなもんでしょうね~。

『ゴジラ・ファイナルウォーズ』の時に、カマキラスとかエビラとかクモンガとかキングシーサーとかヘドラとかも復活させたのに、「どうせなら孤高のマイナー・ヒーロー、電子ロボット、ジェットジャガーを何故、復活させないのだ~っ!」と、マニアがこぞって文句を言って北村龍平監督を激怒させた・・・という話がありますからね。

 でも、そこまでマイナー・キャラ愛を爆発させるのなら、いっそ、流星人間ゾーンを復活させるくらいのことやればいいじゃん?

 あのドラマは完結しないまま終わっている(ガロガバラン星人の地球侵略進行中のまま、唐突に終了)んだから、あの世界観(ゴジラがゾーンファミリーの助っ人)がずっと続いているという話にしちゃえばいいんですよ。

 ゴジラにガイガン、キングギドラまで出していたんだから、ヘドラやスペースゴジラやビオランテも出せばいいんですよ。

 何も無理に劇場版でゴジラを蘇らせなくてもいいんじゃないですか? 当たらなかったら大損だし、もし復活するなら確実に誰もが観に行く内容として『ゴジラvsガメラ』をやるしか成功する選択肢はもうないでしょ?

 やっぱり、『ゴジラvsギララ』とか『ゴジラvsガッパ』とか『ゴジラvs恐竜怪鳥』では、客は入んないでしょう・・・。

 金子監督の立派なところは、ちゃ~んと『ガメラ3』で伏線張っといてくれたことですよ。ガメラが玄武でイリスが朱雀なら、ゴジラは青龍で出せるし、白虎はシベリアの氷原の中から出現した巨大なサーベルタイガー型の新怪獣で話は繋がるんですよ。

 まあ、アトランティスだけじゃなくて、ムーもレムリアもシャンバラもある訳だから、それぞれの文明でギャオス退治のための切り札になる怪獣兵器を作っていて、それが四神獣の伝説の原型になったという設定だったら無理はないでしょう?

 いや、ギャオスも真の脅威ではなくて、超太古の地球にやってきた異次元の邪神の使い魔でしかなかったという小中千昭さんが好きそうな設定にするという手もあるな~。

 そいつを倒すために四神獣がチームを組む。イリスも本来の姿で蘇ってくる。本来の姿はリトラだったりして・・・(ちなみに、『ウルトラQ』がカラー化されるそうですけど、早く観たいですね)。

 劇場版からTV版になった例って、いくらでもあるし、『エコエコアザラク』なんて大成功の例でしょう?

 吉野公佳主演の劇場版二作がスマッシュヒットして、佐伯日菜子主演のTVシリーズが制作されて、劇場版も出来て、それ以後も加藤夏希、上野なつひ、近野成美主演版が制作され続けていますけど、やっぱり、佐伯日菜子のスーパーヒロイン的黒井ミサが悪党や妖怪や悪魔や邪神と戦うという鬼太郎的なキャラだったからこそ人気が高まったと思うんですよね。

 鬼太郎だって、墓場鬼太郎のままだったら人気出ないでしょう? フジTVのノイタミナ枠でアニメ化された墓場鬼太郎は、正義のヒーローじゃないし活躍らしきことも全然しない。マニアは面白がってもメジャー受けはしない。

 だから、作り手側が「ゴジラは怖くなくてはならない」という枷を付けてしまったから、シリーズが続かなくなるんですよ。私は、対ヘドラ~メカゴジラの逆襲までの人類の敵と戦ってくれる怪獣でいいと思うんですよね。

 実際、子供の時にリアルタイムで観てたのは、その時期のゴジラだから、流星人間ゾーンにゴジラが出てくる回は楽しみでしたよ。ガイガンとも戦ってたし。

 ウルトラマンでエリマキ怪獣ジラースに改造されて出てきた時は、エリマキむしり取られてゴジラそのものの外見になっても、ウルトラマンに簡単に負けてしまうし、「こんな弱いのはゴジラじゃねえっ!」って思ったもんね。

 ドラゴンボールが大ヒットしたのも、ピッコロやベジータが悟空のライバルから仲間になったからでしょう? ルパン三世だって、ファーストシーズンで面白いのは、ルパンを狙う五エ門が登場する回と、五エ門が仲間になるエピソードですよ。

 そういえば、『大魔神』だって、復活のノロシが上がってから十数年、結局、TVシリーズ(『大魔神カノン』)で蘇るでしょ? それでいいんじゃないかと思いますよ。TVシリーズで人気を測ってから劇場版という戦略だと思うけどね。

 TVドラマで復活すると、細かい設定とかが徐々に判ってきて愛着が湧くし、やっぱり面白いぞ~ってことになって劇場版というパターンがいいのではないか?と思う。

 例えば、東映の記念大作として制作された『レッドシャドウ赤影』がコケたのだって、リメイクというよりまったく別物だったからでしょう。金目像もジジゴラも出ない赤影ではつまらん。

 TVシリーズで復活して人気を測ってから劇場版に着手すれば良かったんですよ。

 TVシリーズを観ていた時から予想はしていたけど、『牙狼』がそのパターンになったでしょう? 来年、3D映画で劇場公開されるそうですが、こういう展開のやり方が一番いいのではないか?と私は思いますね。

 やっぱり、キャラクターというのは大切に育てていかなきゃ~、ダメですよ。

 劇場版というのは、イベントであり、お祭りなんですよね。東映マンガまつりとか、東宝チャンピオンまつりとか、昔はそういうのがあったんですよ。

 今は仮面ライダーと戦隊シリーズ、そしてウルトラマンでしょう?

 ウルトラマンも、円谷プロが新体制になってから初といってもいいような“光の国の物語”というスペースオペラになった。

 これは、要するにスターウォーズをウルトラマンの世界観でやっている訳ですよね。ウルトラマン達がジェダイの騎士で、ウルトラマンベリアルが、アナキンがダークフォースに染まってダースベイダーになったようなものと考えればいいんです。

・・・するってぇ~と・・・小泉さんが声をアテたウルトラマンキングって、ヨーダ?

 それにしても、ウルトラマンベリアルが持ってる武器って、顔をコロコロするゲルマローラーがデカくなったのに見えてしょーがない。

 あっ、そういえばゲルマローラーの宣伝やってる高畑淳子さんは、『巨獣特捜ジャスピオン』の銀河魔女ギルザ、『仮面ライダー・ブラックRX』のマリバロン、『特捜ロボ・ジャンパーソン』のスーパーサイエンスネットワークの女ボス(名前忘れた。確かアヤノコウジレイコだったか?)とかを演じておられましたね~。

 あっ、もう一つ、思い出した。

『有言実行三姉妹シュシュトリアン』で円谷プロとの提携話『ウルトラマンに逢いたい』を、本放送で見逃して以来、ようやく観ることができました。

 何でも、諸事情(シュシュトリアンのミニスカ姿を追っかけるカメラ小僧達の話がけしからんとPTAから苦情が殺到したという噂がある)で、一年間の放送が途中で打ち切られることになって、この回は話数を調整するために撮影された実質最終話だったのだそうです。

 当時、東映と円谷プロの共同企画でウルトラマンと仮面ライダーが共演するオリジナルビデオがあって、その流れで、この話もできたと聞きますが、円谷一夫さんも特別出演しています。

 謎の宇宙線で怪獣の着ぐるみが命を持つという設定は、ウルトラマンのガバドン、帰ってきたウルトラマンのキングストロン、そして『ゾンビ(ドーン・オブ・ザ・デッド)』と同じ。

 でも、ウルトラマンがハヤタの姿で円谷プロの着ぐるみ倉庫番(実在の名物社員がいたそうです。この倉庫は現在は無い)をやっていたという設定と、シュシュトリアンのピンチに、「ここで変身したら光の国に帰らねばならない」と言いながらウルトラマンに変身して駆けつけて、巨大化したバルタン星人にシュシュトリアンを巨大化させて合体必殺光線を浴びせて倒す・・・という、意外に正面きった特撮ドラマになっていて、驚きましたね。

 で、シュシュトリアンの長女の雪子がいつも言う「古人いわく・・・」ってところが、「モロボシダンいわく、血を吐きながら走る哀しいマラソン・・・」って、ウルトラセブンの有名なセリフを言ったりして、シャレています。

 蘇る怪獣着ぐるみも、快獣ブースカ、ゴモラ、エレキング、ガラモン、ダダとバルタン星人で、ブースカの声はオリジナルの声優さん。

 次女の月子がウルトラマン好きで、事件後に消えてしまったおじさんがウルトラマンだったのではないか?と黄昏時の空を見上げる図で終わる・・・ってところで、私は、その後、月子がウルトラシリーズの常連(ティガ・ダイナ・ガイアのレギュラー)になったことも感慨深く思うのでした・・・って、そういえば長女の雪子もウルトラマンティガとかウルトラセブンのオリジナルシリーズのゲストに出てたけど・・・。

 あっ、なんか、もう一つ、思い出した。

 水戸黄門の再放送で、「もう一回、観たいな~」と思っていた、「兄妹拳法・南海の決闘(だっけ?)」で、もう一度、倉田先生と牧れいの拳法アクション編が観れました。

 いや~、膨大にある黄門様のシリーズの中でも東野英次郎黄門様の時のだから、もう観るのは無理だろうと思っていたんですけど、何とな~く、「ひょっとしてあるかも?」と思っていたら、新聞欄で見つけて狂喜しましたよ。

『レッドバロン』も全部、観直すことができたし、『忍者キャプター』のゲスト出演の回も観たし、牧れいアクションはこれでほとんど観・・・あっ!・・・そうだ。『スーパーガール』がまだだよ。CSのどっかで放送してくれえ~い・・・。


(う~ん・・・何か、特撮連想ゲームみたいになっちゃったな~・・・)


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変革を求める者は孤独を友達にする覚悟が必要

・・・という言葉をどこかで読んだか聞いたかしたと記憶しています。

 思い起こしてみると、私は人付き合いはあんまり長く続かないですね。

 通った道場も長くは続きません。例えば、戸隠流の道場に通っていた頃は、「こんな素晴らしい技は他にない。一生、続けたい」という気持ちもあったんですが、健康の問題(パニック障害がひどかった)と経済的な問題などで自然に足が遠のいてしまいました。

 小学校以来の親友とも、もう十年以上、会っていません。都内に住んでいた頃には頻繁に泊まりに行くような友達だったんですが、ライター業をやっていた頃から足が遠のいて、これも游心流を興してからは、確か一度も会っていないかも知れません。

 ひょんなことで久しぶりに電話してみたら、別の家族の電話番号に変わっていて、もう、実家に尋ねるしか連絡先を知る方法はないな~と思っていたので、同窓会の案内を貰った時に、「連絡先が判っていたら教えてください」とお願いしています。

 元々、人付き合いはあんまり好きじゃないんですよ。独りでTV観たり映画観たり本読んだり・・・といったことをやる方が圧倒的に好きなんですね。

 だから、孤独を感じて寂しいという感覚はほとんど感じたことがありませんね。

 週に一、二回、稽古してファミレスでバカ話をする・・・という現在のパターンくらいで人付き合いは充分だと思っています。

 游心流を興してからの会員も、今はほとんど入れ替わっています。定着率が悪いから本部道場をつくらねば・・・と焦った面もありました。が、これは純粋に経済的な理由だけでした。

 念願適って、今年中に本部道場を・・・という希望はあっさり実現してしまいましたが、まだ、経済的に黒字にはなっていませんね。地元の人が三人しかいないんで、もっと増やしたいですね。

 ただ、場所が広いので剣や棒、槍でもできるので満足しています。多分、都内では個人の道場でこれだけ広い場所はないと思います。これで24時間、毎日使えれば言うことなしなんですが、隔週一回でも充分だと思っています。平日の昼間なら個人練習にも使えるし・・・。

 体育館とか使うと他の団体との軋轢が出てきてウンザリするんですね。既存の武術のセオリーから外れている我々は目障り以外の何者でもないでしょう。

 駅から少し離れているのが難点かと思っていましたが、停留所を一つ先にすれば(そっちの方が距離的にも近かった)、バスの本数が思っていたのの二倍あったということが判って、難点という程ではなくなりました。

 しかし、本当に得るものがあれば失うものがある・・・というのがこれまでの絶対的なパターンだったんですが、今回もやはり、訪れましたね。「来たか・・・」って思った。

 会の中でも主要なメンバーだった会員さんが、退会しますという手紙をくれたのです。

 でも、私は「やっぱり、そうなったか・・・」と、あまり驚きはしませんでした。

 どうしてか?というと、彼は仕事が忙しくて二年くらい、ほとんど稽古に参加できずにいたからです。律義な人なので、「まったく通えないのに所属し続けるのはおこがましい」と考えているだろうことが言葉を交わさなくともヒシヒシと伝わってきていたので、いつ、「辞めます」と言うだろうな~と思っていたのです。

 けれども、驚いたのは退会の理由でした。

 私が彼の以前通っていた流派と師範を侮蔑するようなことを話したのが許せないということだったのです。

 これは、意外なことでした。寝耳に水と言うしかありません。

 確かに、そんな風なことを話したような記憶はあるんですが、それは別に、侮蔑するような気持ちは一切なかったからですし、その流派に対しても師範に対しても、優れているという認識しかないからなのです。

 大体、私は侮辱する時は徹底的にやりますからね。

 なので、これは誤解されたままではいかんと思って、謝罪と、こちらの考えについて書いて、速達で返事を送りました。

 退会するのは構わないけれども、誤解されたままでは嫌だったからです。

 昔っから、私は人から誤解されやすい人間なので、もう慣れてしまっていて、強いて誤解を解こうとか、もう面倒臭いから訂正しようとも思わないし、「勝手にどうとでも思ってくれて構わんよ」と傲慢かましてるんですけれども、彼には随分と世話になって会を支えてくれていた人だという思いもあったので、誤解だけは解いておいて欲しいと思った訳なんですね。

 だって、こっちは何の悪感情もないのに、一方的に悪く思い込まれたまま終わってしまうのは、さすがに哀しいでしょ? いくら私が鉄面皮でも、そこまで無感情じゃありませんよ。

 で、その日は師範代に仕事帰りに寄ってくれと電話し、二人で近くの和食ファミレスに行って、そこで彼の退会についての手紙と私の書いた返事を見せて、相談しました。

「俺、よく覚えていないんだけど、本当にこんなこと言ったんだっけ?」と聞いても師範代もあまりよく覚えていない様子でした。

 ですが、ある程度予想していた私よりも師範代の方がショックだった様子で、「僕が分裂騒動で悩んでいた時に~さんが慰めてくれて救われた思いだったんで、本当に残念で、今、正直、考えがまとまりません」と言っていました。

 やっぱり、突然過ぎたので、「~さんが仕事でストレスを抱えていて、些細なことが気になったのではないか?」とか、二人でアレコレと考えを巡らせてはみましたが・・・。

 私も、正直、自分のやるせない気持ちを誰かに聞いてもらいたいという気分でしたね。

 だから、その退会届けもらった後に、青木先生に電話して、この話もちょこっとしたんですよ。

「多分、この人は辞めるだろうな~という予感がしていたんで、驚きはしなかったんですが、こういう具合になるとは思わなかったんですけどね~」と話すと・・・。

「長野さん。誰かが自分を引き継いでくれるだろうという期待はしない方がいいですよ。私も、昔、ガムシャラに修行して最高の突きを追究していた頃には、どんどん周囲の人が離れていったんですよ。道を追究していると、そうなってしまうんです。でも、それを突き抜けていって、それを今度はまわりに還元していくようになると人が集まってくる」というような話もしてくださいました。

 松田隆智先生も、昔、「道を求めていると、その人に必要な時に必要な人が現れて、必要がなくなると去っていく・・・」と話されていましたが、確かにその通りなんだろうな~という感じがしますね。

 別に私の場合は、道を求めるというほどじゃないんですけど、実際、私自身、今はどんどん変化していく時期にいると思っています。環境も立場も人脈も変わっていっているように思えます。来年はもっと加速度がつくでしょう。激変というくらい変わっていくかもしれません。

 だから、打ち明けてしまうと、今、少しでも足を引っ張りそうに思える人(変化を求めない人)とは自分から縁を切ったり近づかないようにしています。入会希望者もかなり選ぶようにしているし、やる気が見られない人はすぐ見放してしまいます。

 何しろ、武術修行というのは、自分を根本から変える作業です。

 けれども、変える作業というのは、不変の意志が無ければできないんですよ。意志がブレていてはできない。稽古が単なるルーチンワークになってしまっては何も得られない。

 その使命感というか、気持ちのテンションを維持し続けるのに、物凄く精神的なエネルギーを使っているという実感があります。

 本やDVDを次から次に出しているのも、その現れだし、このブログを書いているのも、要は自分のテンションを維持するために書かずにおれないというのが正直なところなんですね。

 だって、こんな大量に書かないでしょ? ブログって、フツー。

 よって、意志がブレてる人とは今、付き合いたくない。そして、変化を求めない安定していたいだけの人も、私に近づいてもらいたくない。そういう人と話しているとイライラしてくる。

 問い合わせなんかも、フザケたものの書き方する人間は事務局でストップして私に見せないでくれと言っています。真摯に求めている人にしか返事したくないんです。

 多分、著述活動を続ければ続けるほど、困ったちゃんからの問い合わせや敵が増えるのでしょうね~。

 松田先生が「悪気がなくとも本出して本当のことを書いただけで恨まれるのが武術の世界だよ」と言われていましたが、確かにその通りだと思います。

 でも、どんなに敵が増えても、私は自分の思ったことは発表し続ける覚悟でいます。

 文句が言いたいなら言えばいいでしょう。

 だけど、一言だけ明言しておきます。「お前らとは覚悟が違うよ」と・・・。


追伸;古備前の真恒。山陽新聞社から出ている『備前刀』に載っていました! 何と! 平安時代の刀匠だったんですね~。ってことは、ざっと800年以上は昔ってこと? 久能山東照宮蔵の国宝・真恒は、刃長89.4cmという三尺近い大太刀で、有名な“名物大包平”に匹敵する業物です。それを打った刀匠の作刀だとは凄いですよね~。平安時代であの健全な姿だったとは・・・。やっぱり鉄の成分が違うのかな? もっと新しい時代の刀の方が錆びてるもんね~。


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政治家に必要なこと

 やっぱり、思った通り、鳩山総理のバッシングが大きくなってきていますが、これはもう鳩山総理がだらしないというしかないんだから、しょ~がないですよね。

 茂木さんの時も思ったんですが、金がフツーにガバチョッと入って生活に困るという経験をしたことのない人って、何か感性がズレてますね。

 お人よしなんだろうと思うけど、厳しさが足りない。八方美人で決断力が欠けると、グズグズしているうちにタイミングを逃して事態を悪化させてしまう・・・。

 鳩山総理の金の話を聞いていると、自分の資産を投げ出したら国家予算も賄えるんじゃないの?とすら思えるくらい金額がでかい。

 あの事業仕分けだって、無駄を省くといいながら、亀ちゃんがゴネただけで予算がゴゴッと上がってしまうんだから、バカバカしい。何のために金削ったのかわからない。

 そんな簡単に予算増やせるのなら、無駄を省くとか何とか猿芝居みたいなことしなくていいでしょう?

 マニフェストの実現なんて教条的に考えるんじゃなくて、現実に即して必要なことをやっていけばいいのに、オタオタぶりが目立って危なっかしいですね。もう、総理の目線が泳いでいるのが一番ダメ!

 若い科学者が育たなくなって日本の科学技術の将来をダメにする暴挙だという意見も出ましたが、私もそう思いますね。

 目先の無駄を削って節約しようという発想より、圧倒的に金が足りないなら節約は焼石の水なのが明らか。やるべきなのは、どうやって稼ぐかでしょう。

 それは日本が世界に抜きん出る分野、例えばロボット開発に予算をつぎ込んで、それを輸出すれば自動車産業に代われるでしょう。バリバリ作れば性能なんか後からアップするんですよ。

 他にも海水からマグネシウムを取り出す技術を個人で開発した研究者なんか日本の行政は無視していますが、海外からは依頼が来ているそうですね。“将来どうなるか?”という観測に立った予算の使い方をしないと、急場しのぎのために将来を犠牲にしたら結果的に不況から抜け出せず国力そのものを弱めるだけでしょう。

 事業仕分けの様子に快哉を煽っている人達がメディアには多かった様子ですが、私は、そんな小市民的な自己満足ショーに目を向けている間に重大なことがごまかされているように感じてなりませんでした。

 無駄を省くといっても、無駄、アソビがあるから文化が成立するのであり、刀狩りみたいなやり方では弱者救済にはならないと思いますね。

 あまり世間的に話題になりませんでしたが、幻冬社の社員が九億円も使い込んでいたという事件の時も、一体、どうしてそんな巨額の金が使い込まれたのに気づかないんだ?と思いましたよ。

 出版社って、万年、資金繰りに悪戦苦闘している筈だし、幻冬社って自費出版も請け負うようになったくらいですから、余裕があるとは思えないんですけどね。それが、たった一人の使い込みに気づかないって、信じられないですよ。

 こういう話って、要するに、金があるところにはあるって話でしょ?

 内田裕也が「まず、政治家が金を出せばいい」と言ってたけど、同感です。金がある人達が「国のために使ってください」って、じゃんじゃん寄付すりゃ~いいんですよ。

 鳩山総理が毎月、お母さんの小遣い?が千五百万って、なんじゃそりゃ?って思いますよね。

 オバマさんのノーベル平和賞受賞の演説だって、核を無くすと言いながら、「平和を守るためには犠牲も必要」って、戦争を容認してしまう“現実的な考え”というヤツにうんざりしてしまいます。

 核爆弾だろうが小銃だろうが戦争で殺されるのに違いはないでしょう? 戦場で犠牲になってる非戦闘者のことは何とも思わないんでしょうかね~。

 犠牲になるのは自分じゃないから、そんな理屈が言えるんじゃないですかね~?

「平和を守るには犠牲も必要」っていうのなら、私は平和じゃなくていいよ。弱肉強食が自然界の掟。自分の身は自分で守る・・・それでもいいんじゃない?

 個人を犠牲にして維持される国家なんか無くなってくれて一向に構わないですね~。

「戦争も平和を維持する装置として機能する」・・・って考え方は、平和という言葉を国家とか民族という言葉に換えると理解しやすいですね。

 アフガン派兵を増員するのだって、本当は軍需産業を潤わせるためじゃない? 破産寸前の状態の国家が世界平和に貢献するなんて理屈が通用する筈がないでしょう。

 戦争は金になるからやるんでしょ? 「ノーベル平和賞に相応しくない」って意見すら空々しくなるくらい欺瞞に満ちてる。オバマさんは、やっぱり噂通りアレか・・・?

 それと、小沢さん。

 600人も率いて中国訪問って、発想が独裁者みたいで異様だし、その旅費はどこから出てるんですかね~? そもそも、何のため? セレモニー?

 何か、キナ臭いですな~。あそこまで権力誇示するのが好きな人だったんだな~?


 結局、政治家に必要なのは、“食うに困る生活体験”なんじゃないですか? 貧困と生活苦を体験していない人間は命の重さが解らない。だから、必死になれないよね。

 二十代前半までなら解りますが、三十過ぎ、四十過ぎて仕事しないで親に養ってもらっていたりする人って、飢え死にしそうになる経験とかないんじゃないですかね? だから、本気で何とかしようと努力しないままズルズル引きこもりを続けてしまうんじゃないか?と思います。

 私の場合も、三十半ばまで親の援助を受けてましたよ。だから、あんまり偉そうには言えませんけど、アルバイトしながら武術の研究家とライターで食えるようになろうと勉強し続けてきましたからね。

 親には散々、迷惑かけまくって申し訳ないと思ってるし、亡くなる寸前にアスペクトの武術シリーズ第一弾の本を入院していた親父に見せられた(もう、読む力はなかった)のだけが、ささやかな恩返しになったかな?という程度です。

 本当に、あの時は、「この本が売れなかったら、もう俺にもの書きとしても武術の研究家としてもやっていく力量はないってことだから、諦めて田舎に帰ろう」とハラを括って書きましたからね。

 でも、今、考えると、初版五千部が売り切れるってのは武術の単行本ではハードル高過ぎだったんですよね。無謀な賭けだったよな~? 本当に支持して買ってくれた読者の一人一人に頭下げて回りたいですよ。「ありがとうございました」って・・・。

 やっぱり、人間、真剣にハラ括ってやった仕事ってのは特別なパワーが宿るもんだと思いますね。

 あの本は初版が、ほぼ一週間で売り切れる勢いだったもんだから、即決で重版されましたからね。「こんな本は売れない」って言われていたのに・・・。

 シリーズの新刊も現在進行中ですし、初めての新書版は初稿のチェック直しとイラスト・写真のキャプション書いてるところです。最新研究成果も盛り込んでいるので、かなりの自信作です。

 昔、バブルで浮かれてる頃、私は肉体労働で極貧生活でした。

 今、世界恐慌か?と言われるくらいの不況なのに、私は好きな仕事を割りと自由にやれています。

 世の中と逆転してるな~と思いますけど、貧乏に耐えて蓄積した知識と技術は、まだまだ、こんなもんじゃありませんから、今後に御期待くださいっ・・・てな感じです。


 私は、昔っから政治には何の期待もしていなかったんですが、教育だけは大切だと思いました。

 それは、人間は個人個人で能力差が物凄くあるからで、凡庸な人間になるか、偉大な業績をあげる人間になるかは、本人の資質と育った環境と影響を受けた人間や本なんかによっても左右されると思う訳です。

 どんな人間でも、何かの能力値がズバ抜けて高いなら、それを活かせば食っていけるし、二つか三つ秀でた能力があったら、社会的な影響力も出せるでしょう。

 教育って、本来、そういう能力を磨くためのものだった筈です。それがあまり機能しなくなっているのは、横並び一線の形式的教育しかやらないからじゃないでしょうか?

 私の場合、今の仕事に役立っている知識も技術も、ほとんどが自分で学習したものでしかありません。多少は習いに行きましたが、基本は自己流。今でも流し読みながら一日に一冊分くらいの活字は読んでいますね。

 ただ、そうすると自分の好きなジャンルしか読まないから、知識は偏る訳ですよ。深まるけど偏る。困ったもんですな~・・・。苦手な分野も勉強しなきゃいかんけどね~。

 だから、日本の政治家を見てると、「この人達って政治バカなんだろうな」って思いますね~。本気で日本の国民の将来を考えているとは思えないんですよね~。政権交代してみても・・・。

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波乱は最後にやってくる

 2009年のラストセミナーは、予期せぬ事故が起こりました。

 11カ月分の内容を急いで復習し、八割方以上は終わったくらい、合気の崩し技を練習していた時、入会したての会員さんが頭を打った様子で倒れ込むという事故が発生しました。

 照れたような笑い顔をしていたので、どうということはないか?と思いましたが、横になったまま動けず、腕に電気が走ったように痺れているとのこと。

 私は壁に激突して肩が脱きゅうしたのか?と思って触って骨の異常を探ったのですが、そうではないようです。

 しきりに「済みません」と繰り返すものの、立ち上がることもできない様子だったので、これは頸椎のどこかに問題があるかも?と思い、救急車を呼んでもらいました。

 意識はちゃんとしていたので脳の問題ではないと思われましたが、放置しておいて治るとも思えませんでしたし、きちんと病院で検査してもらわないと処置が遅れて大事になってはいけませんから。

 しかし、ストアハウスのビルは四階まで階段しかありません。駆けつけた救急隊員の方も、最初は自分たちだけで運ぶと言われたのですが、彼の体重が100kgあるというのを聞いて、手伝ってくださいとのこと。

 参加者の皆さんも協力して四階から下まで担架を運ぶのに協力して戴きました。

 当日、常連の受講生の皆さんだけだったというのもありますが、誰一人、傍観することなく協力してくださり、本当に有り難く思いました。

 当日の参加者の皆さん、有り難うございました。

 そして、申し訳ありませんでした。

 まさか、崩し技でしかない合気の練習中に、あのような事故が起こるとはまったく予想しておらず、安全対策が疎かだったことは否定できません。

 今回の事故は、その問題点を教えてくれる貴重な体験として、今後の指導方法を改善することに役立てねばならないと思っています。

 今年は何のトラブルも発生せず、すべてが順調に運んできたのですが、12月に入ってから、続けて問題が発生しています。

 こういうことはマイナスに考えるのではなく、次のステップに移行するための必要なことなんだと私は考えていますが、それにしても練習中の事故で救急車を呼んだ経験は初めてでした。

 丁度、TVのニュース番組で、柔道の練習中の事故で植物状態になってしまった女子高校生を観て、武道指導の在り方について考えねばならないと思っていたところだったのですが、自分の甘さを思い知らされることになりました。

 御承知の通り、うちでは乱取りや自由組手はやっていません。

 何度か実験してみたものの、打撃の質が異なるので後遺症が出るのを警戒して、結局、やらないことに決めていたのです。

 ですから、基本的に約束組手までしか稽古しないことにしていたのです。

 特に、発勁が打てると基本的に相手がふっ飛んでしまうし、そうしないようにすると、今度は威力が体内に残って逆に危険になってしまう。実際に当てるのは危険過ぎる。

 だから、相手を崩して抵抗できなくする合気は都合のよい技でした。

“稽古の安全”のために合気の研究をしたといっても過言ではありませんでした。

 ですから、まさか合気の練習でこういう事態になろうとは予想外だったのです。

 私自身が直接観ていたのではないのですが、怪我した会員さんは打撃系武道をやっていた人で、入会したてで合気技の経験がなかったので、恐らく、崩されまいと踏ん張って力が入り過ぎて、それが逆に勢いがついてしまっていたのではないか?と思われます。

 忘年会の予定も、とてもその気にはなれず、急遽、反省会となってしまいましたが、治療院をやっている会員さんから「適切な処置だったと思います」と言ってもらえたことで、少し気が楽になりました。

 激しく試合をする訳でもないから必要ないと思っていたスポーツ保険も考えなくてはならないな~と思いましたし、何より、安全第一という言葉がスローガンだけで終わらないように具体的に考えていかなくてはならないでしょう。

 この日の参加者の様子を見ていても、武道経験のない人でも、寸勁はできて当たり前、その上、50歳過ぎて痩せた人でも異常なくらいの威力が出るようになっているのです。

 丹田の腹圧でパンチを弾き返すというのもやらせてみたら、皆、できます。技ができるというだけだったら、達人のレベルに本当になってしまいました。

 このレベルアップを見越して安全対策していなかった私の落ち度を責められたら反論はできません。

 そして、たまたま初参加した人がいなかったから良かったようなものの、セミナーを早めに切り上げたのも適切だったかどうかは異論も出ざるを得ないでしょう。


 ともかく、参加してくださった皆さん!

 ありがとうございました! そして、申し訳ありませんでした!


追伸;御心配いただいた会員は、その後、病院の検査で、重症には至らず、多少のリハビリが必要なので入院せねばならないそうですが、無事に復調できるということです。本当に御心配をお掛けしました。今後は、こういう事態にならないよう、万全をはかっていきますので、来年も宜しくお願い致します。

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2009年ラストセミナー

 2009年も、早くも最後のセミナーがやって参りました。

 この一年、非常に充実した内容になったと思っています。特に毎月、ほとんど欠かさずに参加された受講者の皆さんは、相当に実力アップされていると思いますし、それに比べて少しも驕るところが見られないのが何よりも嬉しいことです。

 驕りと侮りというのは、武術修行の最大の敵です。心が歪むような修行なら、やらない方が良いのです。

 私は、武術マニアを育てるつもりは一切ありません。他人と技術論を交わすつもりも全然ありません。

 私自身は流派の区別無く武術という文化を全般的に研究していますが、それは流派を否定している訳じゃなく、むしろ、個々の流派を尊重すべきと考えます。

 だから、自分でも流派を名乗ったのです。「貴方たちの流派を尊重するから、俺のやってることにもツベコベ言わんといてね」ってことですよ。

 よって、研究は会員としかやりません。他流の人と共同研究なんて聞こえはいいけど後々のトラブルの芽を撒くようなものですよ。

 武術家ってヤツは、最初は相手を立てていても、親しくなるに従って、「俺の方が強い」という自負心がムクムクと出てくるものだし、明らかに相手が自分より上だと逆に嫉妬に燃えて陰で誹謗中傷しまくったりするもんなんですよ。

 それはもう、嫌というほど体験させられたんで、私は絶対に技術交流はやりません。

 交流するなら、一方的に習うだけにしますね。その方が得ですからね。

 もっとも、こっちが謙虚に習っているのに気づかないで相手がエバッたりしたら、ギャフンと言わせたくなる悪い癖があるので、悪評がたっちゃうんですけどね・・・。

 だから、よっぽど人間のできている人としか付き合えないんですよ。

 まあね~、別に腕前も人間性もどっちもダメなヤツと付き合うのは嫌だから、いいんですけどね。

 それにしても、武術の技や術に耽溺して、常識を失って周囲に迷惑をかけることを何とも思わなくなる人間は多いですよ。教えたヤツの中にもいたんだから、情けないですよ。

 実力がアップするのに従って、達観し、日々謙虚な精神が養われていくのでなかったら、武術修行は百害あって一利もありません。

 その百害に毒されている武術修業者を、私は数多く見聞してきました。元々がそういう性格だったのか、あるいはそういう欲望が修業を通じて芽生えてしまったのか?

 本当の護身術ということを考えれば、自分の心を歪ませないことが肝心です。邪悪に歪んだ心はトラブルを招き寄せてしまうからです。

 そういう点では、私は本当に未熟千万でした。けれども、ギリギリで道を踏み外さずにやってこれたのは、周囲に義理人情に篤い人達が多かったからだと思います。

 朱に交われば赤くなる・・・の譬えの通り、自己チューの極致だった私も知らないうちに義理人情が育っていったのかもしれません。

 いや・・・反面教師が多かったから、「これをやっちゃ~、オシマイだな」と学習したのかもしれません・・・。

 さて、今年は何か、去年に続いてトラブルとか発生しなかった分、随分と順調に進歩してきた感じがします。新作DVDを観た人達の感想で、うちの師範代や指導員、会員の実力に驚いたというものがいくつも寄せられています。

「何人も並べておいて発勁一発で全員ふっ飛ばすところを見て、某空手家が演じていたアテファと同じだと思って驚きました」とか、「いつも長野先生にコロッとやられている会員さんが、ナイファンチと太極拳の用法をやって見せていた師範代だと気づいて、“こんなに強かったのか?”と身震いしました」とか、「セミナーの時に誰も(自分も)切れなかった黒竹を剣術師範代が逆袈裟に一発で切っていたので、さすがだな~と思いました」とか、「カンフー着を着た会員さんの新体道や太気拳の動きにビックリしました。テンシ勁で突きがブルブルッと震えていてこわいくらいだった」・・・等です。

 まあね~、今回のDVDは撮影直前に私が怪我しちゃったんで、急遽、会員さんにやらせたんですけど、私もこんなに上達していたとは思ってなくて、唖然としたんですよ。

 カンフー着の彼なんて、撮影した時点で一年もやってませんからね。中国武術なんて全然やったことないんだから、いかに私が教えて上手いか?という生き証人でしょう・・・なんちって・・・。

 が、何だか、時間が経過するのが異常に早く感じてしまって、一年前と二年前の区別があんまりつきません。

 こんなスピードで年月が経過していくと、あっという間に爺さんになってお迎えが来ちゃうんじゃなかろうか?という気さえしてしまいますよ。

・・・というのも、先日、高校の同窓会の案内が来たんですけれど、30周年だっていうんですよね~。

 30年も経過してたら、会っても誰が誰やら判らないんじゃないかな~?という気もします・・・っていうか、恐らく、私が一番、変わっちゃってるかもしれませんけどね~。

 高校時代にも空手バカが何人もいたから、武道の道場とかやっている人ならいるかもしれませんけど、私みたいになっているのは、さすがにいないでしょうからね。

 そんな高校時代の同窓会といっても、ビーバップな中学時代と違って、高校時代は平和そのもの、実は特に印象に残ってないんですよね。

 そうだな~・・・夏休みに台風来そうな中でキャンプしたこととか、「高校時代に絶対彼女をつくる!」というティーンにありがちな妄想に取りつかれて勇気を出してコクッたら大失敗・・・「長野、心配すんな。俺は口が堅いので有名な男だ。誰にも言わん!」といっていた親友が面白おかしく喋りまくって、翌日は有名人になってて笑われまくったとか・・・(もちろん、親友には飛び蹴りかましました)。

・・・ってな思い出くらいしか残ってないんですよね~。

 何人か死んだとか行方不明になったとかいう噂も聞くんですが、私だってそういう噂になっていてもおかしくないだろうな~と思っていましたけど、正直、高校時代は特に目立つ存在じゃなかったんで、そもそも噂にすらならないかもね?

 自分が没個性だった分、地元の学校関係で有名だった親父と母親にとっては、不肖の息子で申し訳なかったな~と思うんですけど、武術というマイナーな世界だけでも全国的に少しは名前が知られるようになったくらいで許してくださいって感じです。

 だって、同僚の先生方からは「長野先生の息子はボンクラだな~」って噂されちゃってたかもしれないから、私は市橋のコンプレックス自体は理解できますよ。だからといって犯罪おかす言い訳にゃならないと思うけどね(リンゼイさんの家族のこと思ったら黙秘権なんかないよ・・・)。

 でもまあ、高校時代の思い出といったって、中学と比べれば平和だってだけで天国ですけど、平和なだけってのは刺激がなくって、私の性格には実は合わないんでしょうね。

 部活動もしてなかったし、勉強もさぼってたし、やってたことといえば、毎日、木刀振ってたとか、拳立て指立て腹筋運動にスクワットに兄貴が三日坊主でほうり出したブルワーカー・・・みたいな基礎訓練・・・中学時代からやってて習慣化していたんですね。

 そこに住んでた時は何とも思わなかったけど、都会に住んでいてたまに帰ると、退屈で発狂しそうになりますね。だって、何もやることないんだし、話の合う人間が皆無というのは困りますよ。沢山飼ってた犬猫ももういないから、本当に一日いたらもう充分・・・という気になります。

 それでも、30年ぶりの同窓会となれば、出席してみてもいいかな~?と思ったものの、年末年始はお誘いが多いから、自由業だと人脈作るチャンスだし逆に忙しいんですよね。

 だって、次の年のビジネスチャンスがあるかも知れないでしょ?

 でもまあ、自分の生まれ育ったところだから、帰る度に過疎化が進んでいるのを見るのは忍びないし、印税生活が順調にいって道場も後進に譲れるようになったら、故郷の復興に力を貸して一生終わるのもアリかな~?と考えてはいます。

 しかし、それもこれも、私が武術研究家としてどこまで評価されるのか?にかかっている訳で、こればっかりはやれる限りやってみるしか結果は得られませんからね。


 おっと、ノスタルジーに浸っていてもしょうがない。

 2009年のラストセミナーは、一年間の総まとめをやります。つまり、発勁・合気・縮地法・交叉法・読み・武器術・格闘技への応用等々、何でもやります。

 もちろん、初めての参加の方でもOKです。DVDを観て「ホントかよ~?」と思った方も、嘘かホントか体験してみられてはいかがでしょうか?

 尚、セミナー終了後は即座に一時間の忘年会に突入します。こちらの参加費は要りませんが、食べ物もさし入れしていただけると有り難いです。私がムック本取材時にド突かれて覚えた酔八仙拳の用法も御披露致しますよ。


追伸;直前情報ですが、11月27日(金)夜7:00から武蔵野公会堂(吉祥寺駅南口出て2分。丸井向かい側)にて『音の果実・コンサート2009秋』が開催されます。制作は、元舞踊資源研究所の東京事務局長を担当され、現在はフリーのアート・プロデューサーとして活動されている斎藤朋さん。晩秋の夜を音楽に浸ってみてはいかがですか?



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2009年月例セミナー告知(事務連絡)

游心流武術セミナーは、月一回のペースで一年間12回ワン・サイクルで游心流初伝免許を認定します。また、毎年、同一のテーマで内容を最新研究成果を盛り込んでバージョンアップさせていき、連続受講されている方は二年で中伝、三年で上伝となり、三年間で準指導員資格が得られます。準指導員資格を得た人には奥伝教授講習会(無料。ただし人品を確認)の受講資格が得られます。


2009年月例セミナー(会場は江古田ストアハウスを予定)

 2009/01/11(日)11:00~14:00  1月『勁力と武術体』
 2009/02/08(日)11:00~14:00  2月『交叉法』
 2009/03/08(日)11:00~14:00  3月『丹田力と縮地法』
 2009/04/12(日)11:00~14:00  4月『スリ足のステップワーク』
 2009/05/10(日)11:00~14:00  5月『合気の壱(脱力技法)』
 2009/06/14(日)11:00~14:00  6月『合気の弐(軸の操作と崩し)』
 2009/07/12(日)11:00~14:00  7月『読み(目付け)』
 2009/08/09(日)11:00~14:00  8月『聴勁(推手)』
 2009/09/13(日)11:00~14:00  9月『型に秘められた技と戦術』
 2009/10/11(日)11:00~14:00  10月『武器術と体術』
 2009/11/08(日)11:00~14:00  11月『格闘技に武術を活かす』
 2009/12/13(日)11:00~14:00  12月『2009年総まとめ』

料金 各回10,000円 (会員5,000円 高校生以下会員2,000円)

下記の必要事項を漏れなくご記入頂き、メールアドレス【yusin_mail_from2006(アットマーク)yahoo.co.jp】宛にお申し込み下さい。折り返し、振込先等の返信を致します。

①氏名(+ふりがな)
②年齢(何歳代でOKです)
③住所
④電話番号
⑤Eメール
⑥ご職業
⑦武術・武道・格闘技・スポーツ歴(会員の方は会員暦)
⑧参加希望セミナーの日付・タイトル(『2009年**月セミナー申し込み』 とご記入ください)
⑨何か一言
(未記入項目がありますと、参加受付出来ない場合がございます)
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『刀匠 河内國平という生き方』を読んで

 久しぶりに代々木の刀剣博物館に足を運びました。

 どうしてか?というと、町井勲先生がブログでお薦めされていらしたからです。お目当ての刀は古備前の真恒です。

 当日は第五十五回重要刀剣等新指定展の最終日。来国光や包永、貞宗、一文字、長光、金重、青江吉次、長曽袮興里虎徹、津田越前守助広、陸奥守忠吉、大慶直胤、藤原清人(源清麿の弟子)といった名工の作が並んで壮観でした。

 日曜の稽古会が終わって、軽くファミレスで食事しながらお喋りし、それから向かったんですが、ちょっと博物館の開館時間の終了が迫っていたので、この日は防具も用意していたんですが、いったん家に帰っている時間が惜しいので、家が近い会員に「これ、部屋の前に置いておいて~」と頼んで、駅から直行しました。

 横浜線で橋本駅へ、そこで京王線の急行に乗り換えて、都営新宿線の初台駅で降り、終了時刻まで一時間しかなかったんですが、まあ、ざっと観るには充分です。

 お目当ての真恒を見ると、「兵庫県 町井竣哉」となっていましたが、これって町井先生の御本名なんでしょうか? 私と同じ名前だったとは? ちょっとビックリしました。

 そういえば、うちの流派は游心流、町井先生は修心流・・・なんか似てる。光栄です。

 外にも、インターネットで悪口書かれまくってるところなんかも似てる? まあ、陰で誹謗中傷するようなヤツは武術やっていても未熟者なのがバレバレだから、気にする必要はありませんが・・・。

 それにしても、古備前、真恒・・・お薦めされるだけの気品のある刀でした。小さい切っ先で定寸の直刃。飾り気のないシンプルな渋い作柄で、武人の好む刀だな~と思いましたよ。

 古備前というのは、備前刀で有名な長舩派や一文字派より古く、平安後期から鎌倉初期の頃の、友成や正恒、包平が有名なそうです。いや~、スンゴイですね~。町井先生の真恒は、『図説・日本刀大全Ⅱ』に掲載されていた正恒の刀の写真とそっくりでしたけど、ひょっとして同一人物? 不勉強で私は判りません。刀に詳しい方、教えて~!

 無論、ここに並んでいる刀はどれも逸品揃いで、私は薙刀直し刀の一文字に痺れましたね~。どうも、派手なのが好きなんですよね~、私は・・・。

 ささっと観て回って、さくさくっと帰ろうと思ったんですが、受付のところで売っている刀剣関係の本の中で『刀匠 河内國平という生き方』(写真・文 宮田昌彦 里文出版)という本を買いました。

 写真集なんですが、推薦文を作家の山本兼一さん(『いっしん虎徹』が注目された)と写真家の織作峰子さんが書かれていて、河内刀匠の言葉とかが相田みつをみたいな語録になっていたり、陶芸家の樂吉左衛門さんとの対談が載っています(これがもう伝統工芸に生きる芸術家同士の話で物凄く示唆に富んでいます)。

 本当にこの本は素晴らしいですよ。武術修行とか芸道を歩いている人にとっては重要なヒントがちりばめられています。

 私は田中泯さんと話しているような印象を受けましたね。一脈通じるような気がする。

 芸術の分野の中でも工芸の世界は、製作過程そのものは職人の世界ですよね。けれども、身体芸術の世界も自らの身体を自在に表現し得るレベルに練り上げていく過程は工芸と共通すると思うんですね。

 無論、武術もそうです。格闘技と決定的に異質なところが、この芸術的な世界観なんじゃないかと思います。美意識だの思想だのというコトバは権威主義的でイヤラシイから大嫌いなんですが、そういう意図的な“あざとさ”じゃなくて、もっと原初的な感覚の中に立ちのぼってくる“これだ”って思う瞬間は確実にあるんですよ。

 無理に言葉にすると、“面白い”と思う感覚。私の求める感覚としては、“美しい”より“面白い”なんですよ。“面白い”といわれるのが最高の誉め言葉ですね。

 この言葉の中に大抵の要素が含まれるでしょ? キレイもキタナイもスゴイもバカバカシイもカッコイイもカッコワルイもニクタラシイもカワイイも、対極的な反対の意味も含めて“面白い”と表現できるでしょう? 

「俺は嫌いだけど、コレ、面白いね」とかね? 物凄く不合理なんだけど成立しちゃうんですよ。このコトバは・・・。つまり、意味性を超越しているんですよ。

 私は、割りと映画なんかでも名作と呼ばれる作品よりチープなB級作品の中のキテレツなシーンに惹かれるんですね。面白いシーンを撮ろうとしているでしょ? そこがカワイイからいいじゃないですか? シャレっ気があって・・・。

 私は、やっぱり、シャレの解るイキな人が好きですね~。糞真面目な人ってつまんないしね~。

 やっぱり、私も、もっともっとスットコドッコイなことやってアバンギャルドな人間になって、周囲の人達から珍獣扱いされるようにならんといかんな~と思ってます。


 それはさておき、河内刀匠の言葉じゃありませんが、奥さんが、「お父さんが必死になって三十年かかって工夫してきた技術を、ちょっとしたことで辞めたい言うような、ナサケナイ人に教えなアカンのかと思もたら、くやしいて悲しいて言葉にならへんわ」と語っていたというところは、何か、最近の私自身の気持ちを代弁してもらっているようにも思えました。

 本当にね~、やる気があって来たのなら、それなりに黙って続ける姿勢は欲しいですけど、耐久力が無さ過ぎるな~と思いますよね。

 武術やりたがる人は神経が細過ぎますよね~。結局、続く人って体育会系の人だけだったりするもんな~・・・。

 河内刀匠の奥さんの気持ちは、よく理解できますね。

 この本の帯には、「この生ぬるい世の中を、一刀両断する!!」と書かれていますが、確かに今の世の中、優しさと弱さの区別のつかない生ぬるい人間ばっかりだよな~と思いますよ・・・。


追伸;月刊空手道に倉本成春先生が出ておられました。剛を極めて柔に至っている数少ない現代の達人だな~と思いました。これは絶対、見た方がいいですよ。

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お客様感覚で武術を習う人

 リアル五エ門(と私が勝手に命名しております)こと町井勲先生のブログを読んでいる会員が、「興味深いことが書いてありました」とプリントして持ってきてくれました。

「金を払って習いに来てる自分はお客様という間違った観念を持っている者がいれば、それは絶対に改めて欲しいし、それができない者には稽古はつけたくありません」との一文には、まったく同感です。

 町井先生は道場と刀剣店の経営を生業にされているようですし、「ギャラをもらわなければ居合は見せないし、斬りもしない」と明言されているのは実に潔い態度だと思うのです。

 武道家は、「武道は金ではない」と言いながら、道場経営では苦労する人が多いようです。生業である以上、金を稼がねばならないですし、かと言っても、「金を払ってるんだから何でも教えるのが当然だ」みたいな態度の者のご機嫌取るようでは武道家失格ですからね。

 武道を指導する人は先生と呼ばれます。先生と呼ばれる以上は、そこには何らかの教育システムがある筈です。

 私も先生と呼ばれる仕事をしています。先生と呼ばれる以上は、先生と呼ばれるに足りる指導内容と同時に教育的な指導もできねばなりません。

 特に武術というのは、極論すれば人間の身体の効率的破壊のやり方を指導するものですから、倫理学・社会学の観点も最低限、指導できねばなりません。

 それをやらずに単に人体の破壊のやり方だけ教えるとしたら、それは軍隊で兵士を訓練しているのと何も変わりません。

 元々の武術はそういうものだったのではないか?と思われるかも知れませんが、それはちょっと違うんですね。

 兵法から平法になった時に武術の構造的な完成を見たのであって、それは、「平時に於いて乱を忘れず戦いに備えて生きる」という生き方がテーマになったのです。

 よって、「逃げるが勝ち」というのも戦術的に成立する訳で、必ずしも戦わねばならないものではないのです。だって、生きるために戦う訳ですから・・・。

 現在、本来の武術の形に近いのは、日本の武道よりクラブマガやシステマでしょうが、倫理的な考察が深くなされているのが日本武術の特徴ですから、そこに今後は目を向けていく必要があると思います。

 けれども、単純に礼法の形式に答えを求めるのでは本質論にはなりません。

 一回、解体して検討し直さねば伝統の形式に呑み込まれて無意味に有り難がって終わりでしょう。それではただの思考停止です。何の発展も望めません。

 御立派な先生方の御意見御高説、ごもっともでござりまするぅ~・・・みたいな態度を「美しい大和心である」と、訳知り顔で断じて済ますような気持ちの悪い連中に毒占?させていれば、日本の武術は芯から腐って遠からず滅びますよ。

 技術的には完全に海外のマーシャルアーツに負けてますからね。

 K-1見たって、もう日本人はいないでしょう? 柔道も剣道も空手道も、もう日本が母国だと胸張れる時代じゃなくなっている。

 柔よく剛を制す、小よく大を倒す・・・って日本の武術の特質が完全に忘れさられているでしょう? パワーで勝負したって勝てる道理ないのに・・・。

 でも、日本武術の原理は海外のマーシャルアーツには巧妙に導入されていますよ。

 勝てなければ、「日本がオリジナルなんだ」といくら主張しても意味はありません。オリジナルに価値を求める日本人より、応用発展させてより進化させることに価値を置く欧米人・・・どっちが賢いでしょうか?


 私は、来年の月例セミナーでは「日本武術の復興と日本武道の強化」を一年間のテーマにしようと思っています。

 日本人であることにプライドが持てるような国にするためには、日本の武術文化に秘められたいろんな可能性が役立てられると考えるからです。

 スポーツに役立つとか介護が楽になるとか、そんな程度のことじゃなくて、武術修行は鉄の固まりから日本刀を鍛えるように、普通の人間を達人に変身させられる。

 はっきり言って、今の日本の状況は、日本人が弱いから招いてるんですよ。勤勉で誠実で努力家な日本人がもっと多かったら、こんなになってないですよ。

 今の日本は女性のパワーで支えられているだけで、男は気概を失って鬱病だの自殺だの引きこもりだのになっていたりするんじゃないですかね~。

 だけど、本当にビックリするのは学校の先生が子供に脅されて殴られるままになってるだの、会社でパワハラされて自殺した・・・とかの話です。

 相手に非があるなら堂々と怒ればいいんですよ。暴力(言葉も同じ)ふるわれたら、やり返せばいいんです。

「やれるもんなら、やってみろ! 金玉潰すぞ、コラァ!」という気迫で立ち向かいましょう。ただし、口に出さずに気持ちを視線に込めて・・・。

 正当防衛が認められるのは確かに難しいでしょう。しかし、それもまた術のうちです。

“「ゴメンナサイ!」と勢いよく謝ったら、額がたまたま相手の鼻に当たって骨折させてしまった”とか、“逃げようとして転んだ拍子にたまたま靴が股間に当たって金玉潰れた”とか、“電車が揺れた拍子に思わず捕まったら、相手の肩が脱きゅうした”とか、不慮の事故と判断されるようにするのも護身術!

 無論、相手に傷を負わせず暴力を制圧できる実力になれれば、もっと平和的解決もできるようになるでしょう。

 いずれにしても武術は学んで損にはなりません・・・理論上は・・・。

 だからこそ、悪用しそうな礼儀知らずの者は排除しなきゃいけませんよね。

追伸;武道漫画の第一人者の坂丘のぼる先生が、拙著を好意的にブログで採り上げてくださっていたのを師範代が見つけて教えてくれました。本当に嬉しいですよね。何でも子供相手の空手道教室も激安月謝で始められているようです。何て欲のない人なんだろう・・・と、銭ゲバ成り上がり野心家の私は恥ずかしくなりましたよ。坂丘先生には、これまで取材で培ってきたいろんな流儀の知識を駆使して天下一武道会物みたいな漫画を描いて欲しいですね。最近、『拳児』のコンビニ版を見返していたら、格闘シーンが約束組手みたいに相手が順突きしか出さないのが気になっちゃってですね。これはあり得ないよな~と思ったんですけど、多分、松田先生が技を実演するのを写真に撮って描いたからなんでしょうね。お弟子さんが順突きで突いて、松田先生が体捌きで躱して技をかける・・・そんな光景が脳裏に浮かびました。その点、御自身が造詣の深い坂丘先生なら、いろんな流儀の戦い方を描き分けて面白い格闘シーンを描ける。そんな漫画を発表されたら数多ある格闘漫画のエポックメイキングになるでしょう。編集者の方、この先生の才能を埋もれさせるのはもったいないですよ~。

追伸2;漫画家といえば、いつも私の本のイラストを描いていただいている黒谷薫先生に、アスペクトの本用の追加分イラスト用の写真撮影に、この前の木曜日の稽古会に来ていただきました。練習後に近くのデニーズで相模原在住の会員と一緒に夕食を食べながらいろいろとお喋りしたんですが、その時に下描きの原稿コピーを見た会員のOさんが唸ってまして、黒谷先生を駅までお送りした帰りの車中で、「漫画家の人の観察力って、物凄いですね~。本人が全然、気づいてないところまで描けてるし、身体が緊張してたりバランスの崩れや重心が落ちたり浮いたりしてるのまで判るんだから・・・」と、しきりに感心していました。そうなんですよね。私も武術やっている人間としては観察眼に自信持っていますが、絵を描く人やカメラマンだったら、私以上の観察眼のある人はざらにいると思うんですよ。でも、黒谷先生は武道経験ありませんからね。それで描けるんだから、やっぱりプロはアマチュアとは違うよな~とつくづく思います。私は文章書くスピードには自信ありますが、絵を描くのは単純に労力が十倍は違うと思うんですよね。私が漫画原作に挑戦する時は、一度は黒谷先生の画で作品が発表できればいいな~と思っています。まっ、来年は頑張るぞっと・・・。

追伸3;動画に出ていた『サンダーマスク』の「サンダーマスク発狂」の回と、『怪奇大作戦』の封印回で有名な「狂鬼人間」の回を見ました。これとレインボーマンの「たけしを狂わせろ!」の回の三つが、マニア間で“特撮三大発狂物”と呼ばれています。レインボーマンは、最近、CSで音を処理して放送していましたが、「サンダーマスク発狂」と「狂鬼人間」は、ちょっと難しいでしょうね。サンダーマスクは初めて見たんですが、シンナー中毒者の頭にドリルで穴空けて脳みそをストローで吸う怪獣シンナーマン!という図だけで、こりゃダメだ~と思いました。また、等身大で原っぱで戦うサンダーマスクとシンナーマンの図はウルトラファイトやレッドマン、グリーンマン、ゴッドマンみたいで、あちゃ~って感じですが、後半でちゃんと巨大化してミニチュア都市の中で戦っていたから良しとしましょう。でも、どう見ても主人公が変身してるところがバレてる? 何か演出が物凄くテキトーです。が、魔王デカンダが化けてる婦警さんが妙にセクシーなのが気になりました。それと、「狂鬼人間」の方は、岸田森さんのノリノリの演技と、南部十四年式後期型拳銃が、発砲シーンの一瞬だけ前期型になっていたのが鉄砲好きとしては気になりましたけど、これが封印されたのは、事件が終わった後でSRI本部で原保美が話す「精神病患者を野放しにしているのは日本だけだ」という刑法39条批判らしきコメントのところなんでしょうね。脚本家の主張したかったところだと思うんですけど、そりゃ~人権問題の話になっちゃうもんね~。

追伸4;(追伸多いな~)・・・ガスガンのキットモデルでモーゼルM712を買ってきました。これって8mmBB弾でセミ・フル切り替えで撃てるガスガンなんですよ。キットモデルだと組み立てる過程で銃の構造が解るし、値段も安い。完成品で残っているトリガーガード内部の型取りで残るバリを自分で削って組み上げることもできます。私みたいなDIY好きにはもってこいです。が、この銃は細かい部品が多くて、作るの厄介そうだな~と思いましたよ。でも、ガスを充填するマガジン(箱型弾倉)やガス圧でブローバックするシリンダーなんかは完成品だったので、実際に作業してみると、思っていた程は手間取りませんでした。ちなみに、これを買った相模原市古渕の模型ショップTAMTAMさんでは福引とかあって、何か三枚もらって一つが一等に当たっちゃって、景品からサバイバルゲーム向けのウインドブレイカーを貰っちゃいましたよ(美少女フィギュアなんかもあったんだけど、46の独身オッサンがそれ選んだら変態過ぎて怖いよね)。

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山口清吾先生の剣術に呆然・・・

 会員がネットの動画でいろいろ面白そうなものを見せてくれるのですが、何か、DVD買わなくても見れるというのは、良いのか悪いのか、ちょっと複雑ですね~。

 私の稽古会なんか見学お断りですからね。入会前提の人にしか見学は許可してません。

 何でか?というと、見たって判らないに決まってるし、判らないヤツが「あんなの大したことないよ」なんてネットでほざいてくれたら営業妨害もいいところですからね。

 逆に判る人間だと技をパクられる。「パクられたら一人前」だという言葉もありますが、それが広まってしまうと、こっちがパクッてるみたいに思われてしまいますから、見せたくないんですよ。

 私自身、いろんな先生の技をパクりまくっているし、幸か不幸か、観ただけで技の原理がほぼ読解できてしまうので、オリジナルの技をどんどん応用発展させられる。

 そうすると、「あの野郎~、タダで技を盗みやがって~」って恨まれる。

 私が参考にした先生の技や流派を隠さないでいるのは、これは礼儀だと思ってるからなんですよ。無論、先方の先生は私に教えたつもりなんか全然ないでしょうが・・・。

 大体、学びたいんだったら、きちんと金払って「教えてください」って頭下げるのが当然ですからね。

 だから、私も見学させていただいたら教えていただいたのと同じだと思っていますし、きちんと何らかのお返しをしなきゃならないと思ってますよ。

 概ね、そちらの道場の宣伝をするようにしています。メディア関係者なら判ると思いますが、宣伝広告費用なんて凄く高いですからね。

 そのことを知っている先生だと、「長野さん、宣伝してくれてありがとう。お陰で生徒が増えました」みたいに感謝してくださったりする訳です。

 呉氏太極拳の高小飛先生なんて何時間もかけて、わざわざ私の講座やっているところまで足を運んで御礼言ってくださったくらいですし、カンフーズボンやTシャツを戴いたりしたんですよ。実力も人間性も本当に素晴らしい先生です。こういう先生ばっかりだったら、武術の世界は本当に社会的ステイタスができているでしょうけどね~。

 もっとも、普通の感覚としては、当然、そうなると思うんですけどね。

 けれども、宣伝しても迷惑がって怒る先生もいますよ。「俺の名前を勝手に利用している」なんて文句言われたこともあります。

 失礼ながら、私よりずっと無名な方だったんで、名前を利用するも何もないんですけど、何を勘違いしてんのかいな?と思いましたし、「宣伝して欲しくないんだったら道場なんかやめれば?」って思いますよ。

 とにかく、武道武術の世界は屈折した自尊心の強い人が物凄~く多いので、正直、ウンザリを通り越して、心の底から拘わりたくありません。

 だから、今、私とお付き合いのある先生方が、いかに真っ当な人柄であるか?ということが判ると思いますよ。

 先日、天真書法塾の発表会でお会いした日子流の田中光四郎先生と一緒に写した写真を見てくださいよ。光四郎先生の目の優しいことったら、ないでしょう? 現代で本当の実戦を経験した数少ない武術家の普段の顔には、ここまで慈愛が滲み出ている。

 本気で道を追究して一線を超えた人は、誰でもそうなるんじゃないですかね~?



(さて、軌道修正して・・・)

 動画で、誰が投稿したのか知らないけど、鹿島神流の国井先生や、明治神宮至誠館の稲葉先生の技が見れるというのも驚きますが、演武の類いを表立ってやらなかったことが有名な山口清吾先生の剣術や無刀捕りには仰天させられましたね。

 山口先生といえば、合気会で西尾先生と並んで実戦に対応できる達人として知る人ぞ知る存在だったという話を聞きます。

 しかし、西尾先生と違って映像がほとんどないので、実際はどれくらいの境地だったのか?というのは諸説あったみたいです。

 私が以前に見た映像は体術だけでしたが、率直にいえば、特別凄いとは思いませんでした。

 いや、どうも、お加減が悪かったように思えて技のキレ味があまり良くなかったように思えたのです。その映像は・・・。

 しかし、山口先生といえば、鹿島神流の稲葉先生や野口先生(甲野氏の師)、それにメビウス気流法の坪井さんに清心館の佐原先生といった個性的な師範を育てています。

 個性的という点では甲野善紀氏の合気道の師であったということはあまり知られていませんが、それもその筈で、甲野氏は山口先生の逆鱗に触れて破門されているそうです。

 そのため、合気道時代のことについては甲野氏は詳しいことを語りたがりません。徹子の部屋で段位を質問された甲野氏が困惑顔で、「よく覚えてないけど、確か三段だったかな~?」って言ってました(実際は二段だそうです。自分の段位忘れる?)が、確かに彼にとっては思い出したくない過去なのでしょう。

 どうしてか?というと、「下手くそだけど練習熱心だったから段位だけは二段を貰っていた」と、当時の甲野氏を知る人が言っていたからです。

 が、改めて山口先生の技を見て、「あ~、やっぱり甲野氏の技の原理はここにあるな~」と思いましたね。

 私は、山口先生がこれほどまでに剣術が上手いとは知らなかったのですが、合気道界でも一、二を争う技量だと思いましたね。

 問題発言なのを百も承知で研究家としての個人的見解であることをお断りして率直に申しますが、映像で見る限りは技そのものは国井先生より上だと思います。国井先生はまだ力で押し切るところも観えますから。

 山口先生の直後に砂泊先生の演武を見たんですが、ほとんど見劣りしません。

 これ、凄いことですよ。私は砂泊先生は完全に植芝盛平翁を超えてると思ってますし、塩田先生より凄いと思ってますからね。

 タイプは違うし、実戦はまた別だとは弁えていますが、脱力技法の観点からすれば山口先生の技はそれほどに抜きん出ています。

 強いて欠点と思えるアラを探せば、そうですね~、膝とか腰とかを故障されているように見える点くらいでしょうかね。でも、そんな故障はプロだったら当たり前ですからね。

 私なんか身体中のあっちこっち故障してるポンコツですよ。無傷の武術家って私は見たことありません。いたとしたら、よっぽどヌル~イ修行しかしていないんでしょう。

 それにしても、山口先生が、正直、これほどの剣の遣い手だったとは予想もしていませんでした。合気の剣といえば斉藤先生が第一人者ですが、山口先生の脱力しきった重みの乗った剣の冴えは斉藤先生が楷書なら、草書ですね。いかようにも変化できる無形の剣。

 物凄く柔らかく、しかも水が流れるようにどこにも無理がありません。技の流れが途切れない。

 ため息が出るくらい素晴らしい。私が理想とする剣術の理合がこれだと思いました。

 あまりにも自然なので、逆に大抵の人はその凄さが観えないと思います。砂泊先生だとスピードがず抜けているので、割りと凄さのレベルが判るんですが、山口先生はフワッと動いて先を取っているので解読しにくいんです。

 無刀捕りなんかも、物凄く自然で相手の木刀を奪う瞬間が判らない。

 これを見て甲野氏の演武とか見ると、比べるのが失礼に思えます。武道界で彼を達人扱いしている連中は観の目の無さを天を仰いで嘆きなさい! そして、修行をやり直しなさい!

 山口先生の剣を見て、そう、私は言いたくなりました。(甲野氏とは)ざっと数十倍から百倍くらいのレベルの差が私には感じられるからです。

 でも、合気道に関しては、この差が判らないような人間は50年稽古してもモノにはならないでしょう。

 みんな勘違いしているのは、稽古の量さえこなせばどうにかなると思い込んでいる点です。それでは百人やって、一人がモノになるかどうか?というくらいじゃないですか?

 結局、本当に重要なのは、捨て身になることなんですよ。強さに拘ってそれを求めるんじゃなくて、強さの仕組みを理解することです。

 自分の弱さを潜在意識が痛感しているから強くなろうと拘って執着する訳。だから強くなりたいと頑張れば頑張るほど、自分の弱さを強化してしまうんです。

 そんなもん、どうでもいいや~という心境にならないと本物じゃないですね。

 だから、強くなりたい執着心の強い武道大好き人間ほどダメで、そういう意識が最初からない脱力が得意なヨーガやダンスやっている人達を鍛えでもしない限り、こういうレベルには至らないでしょうね。

 つまり、闘争心は自分の弱点を強化してしまうんです。よって、隙間を露呈してしまいながら攻撃力にばかり頼る。塩田先生なんて、その隙間をちょちょいっと突ついているから圧倒的な体格差をものともしないで倒してのけていたんですよ。

 でも、その戦闘理論の仕組みが理解できないもんだから、「得体が知れない」と神格化してしまって崇めている・・・。

「何でアレで勝てるんだ? 不思議だ~」なんて言ってちゃ、見込みないです。

 私に言わせれば、勝てるべくして勝ってるだけの話で、不思議でも何でもありません。

 頭が悪いよね~。塩田先生は物凄く解りやすくポイントを説明して教えてくれてますよ。あんなに分かりやすく教えてくれる先生は滅多にいないでしょう。

 いい加減に気づいてもらいたいですね~。

 武術は素質や才能は無くても上達できると確信しますが、ただ、頭が悪い人は上達するのは難しいと思います。

 真贋を見分けるには頭の良さも必要です。論理的に分析する能力が必要だからです。


 今回は相当な問題発言になっちゃいました。でも、私は武術の研究をしている人間なので、斯界で定着した評価でも再吟味しなくちゃならないと思っています。恨みを買うのも仕方がありません。

 失礼なのも斯界の真の発展を願ってのことで、私以外に言える人はいないでしょう。だって、発言内容を実証してみせられる人は少ないでしょう? 私は自分でできることを「こうやればできます」って人にも指導して体得させられるから強気発言しているんです。

 武術は口でどんな能書き垂れたって、意味ないんですよ。いざという時に戦う覚悟がない人間は武術家にはなれません。私は一介の研究家ですが、「戦うと決めたら死ぬ気でやったるわい!」というくらいの気概はあります。

 これだけは言っておきたいんですが、武術は他人が強いとか弱いとかはどうでもいいのであって、肝心なのは自分がどうか?ということです。

 私は、どんな素晴らしい技の持ち主で自分より遥かにレベルが高い方であっても、「どうしたらこの先生を超えることができるだろうか?」と、まず考えるのが常です。

 武術は人間が体得していかなくては無くなってしまう職人芸みたいなものです。

 昔の人は凄かった・・・とお喋りしているだけでは何の意味もありません。

 まず、自分が達人技を体現する。そして、それをさらに改良発展させて志しのある人に伝えていく・・・。

 それが本質的な意味での武術の伝統だと私は思っています。

 ですから、古武術だからど~とか、現代武道だから何だとか、そういう差別的観点からは本当の発展は絶対にないと思います。

 いい加減に、くだらん理論を持て囃したり蔑んだりする馬鹿騒ぎはやめろと言いたい。

 本気で本質を求めていれば、どんなところにもヒントはあるんですよ。広く深く人生は学ぶ楽しさに満ちているんですから、みみっちい生き方はやめましょう!

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第八回天真書法塾発表会

 今年も、日中友好会館で、青木天外先生率いる天真書法塾の発表会が開催され、観てきました。

 発表会を観る時に名前を記したんですが・・・私は小学生の時に習字を習っていたものの、確か一級か二級しか貰っていません。筆で書いたのは小学生以来で、こんなに難しかったっけ?という驚きと共にさっぱり書けませんでしたよ。筆ペンも下手だったけどな~。

 何でも、天真書法塾は、中国の国際競書展にチャレンジし続けてきて、100を超えるグランプリ、準グランプリ、各上位の賞、招待作家賞を獲得し、今年も西安碑林主催「顔真卿生誕千三百年記念国際競書展」で、出品者全員が入選したばかりか、グランプリと準グランプリを獲得したとのことです。

 何だか、どのぐらい凄いことなのか門外漢には想像もつかないくらい、とにかく凄い!

 青木先生は武道に於いて現代日本を代表する達人でありながら、宮本武蔵もビックリという芸術方面での才能も凄い人なんだと思ってはいたんですが、こんな短期間で人を育てられるということも含めて天才過ぎです。

 何といっても、普通の達人というのは、本人だけが達人で、人を育てる才能は無かったりするもんです。

 武術の世界では「俺はこんな凄い達人に習っているんだ」と自慢するボンクラ君がウヨウヨしているのが、その証拠です。

 達人に弟子入りしたら自分もいつか達人になれると考えるんでしょうけど、世の中、そんな甘くないっすよ。甘えん坊は結局、ものになりません。依頼心は成長の敵です。

 正直、昔の新体道を観ていた時はそう思いました。青木先生と何人かの先生はベラボーに強いけど、習っている人達がそうなれるんだろうか?と、疑問に思えていたんです。

 でも、江古田のライブを観て、認識が改まりましたね。「なっ、なんじゃこりゃあ?」と、私はジーパン刑事の物真似しましたよ。心の中で・・・。

 もう、書いちゃいますけど、「あの伝説の楽天会のメンバーでもここまで到達していたのか?」というのが私の偽らざる感想でしたよ。

 一緒に観ていたうちの師範代と指導員も二人とも呆然としていました。二人とも空手経験があるので、新体道空手の到達しているレベルが解ったのです。


 さて、今年はパーティーにも招待していただいていたのですが、青木先生が「完成した刀を早く観たい」ということだったので、これも会場に持参しました。

 早速、抜いて振ってみられていましたが、やっぱり、柄の太さにやや困惑されていたみたいですね(青木先生自身が選んだ柄なんですけどね)。

 会場には日子流の田中光四郎先生とお弟子さんの木村真実さんもいらっしゃいました。

 よくよく考えると、私は光四郎先生と一緒に写真撮ったことなかったもんですから、記念に一枚、撮らせていただきました。
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 光四郎先生が昵懇にされている刀匠が鍛えられたという流星刀(隕鉄と玉鋼を混ぜて打った刀)のこととかもお聞きしたんですが、何か凄い刀らしくて刀バカ一代の私のハートに火がついちゃいましたよ。

 私は人間でも刀でも個性の強いのが大好きなんですよね。平凡なのが大っ嫌い。

 パーティーは、塾の皆さんの表彰式もあり、多彩な来賓挨拶(何と! 即興ジャズトランペッターで世界で活躍する近藤等則さんも駆けつけられていました)もあり、小咄もあり、演武もあり、そして青木先生の剣武もあり・・・の、和やかな中にもゴージャスな世界のアオキに相応しいものでした。

 全体的にコンパクトに纏められた中で、この内容の濃さは凄いな~と思いましたね。

 私はまた、てっきり、最後の方で青木先生が剣舞を踊って終わるだけだと思っていたもんですから、何か、凄い得した気分でしたね。

 特に、NPO新体道の大井主席師範と綿谷衛指導員の新体道武術の演武で、珍しく瓦割りを披露されたのは楽しかったですね。瓦を重ねた上にブ厚いバスタオルを重ねて置き、拳と肘で割ってみせたんですが、ほとんど接触するくらいの位置から重心落下でザクンッと割れる様子は圧巻でした。

 ちなみに、ブ厚いバスタオルを置くのが拳や肘の保護の役割をするとしても、これは逆に威力が集中浸透するには逆効果になりかねず、意外と難しかった筈だと思えました。

 例えば、試し斬りで湿らせたマキワラを切るのと乾いたツルツルの竹を切るのでは、圧倒的に竹の方が難しいのですが、何故か?というと、刃先が食い込むかどうかで力のベクトルが集中するかどうかが左右されてしまうからなのです。

 これは、切る対象に着物を着せて切ってみる実験をおこなった人の報告でも難易度に大きな差が出たという話をしていました。

 タオルの生地に当たって、瓦に力が伝わる前にほんの僅かでも滑ったとしたら、失敗した可能性もあるのです。

 一、二年前くらいに、この力の伝達の仕組みについて思うところがあり、すべての技に原理的に応用してみたんですが、それで中身がガラッと変わってしまいましたね。

 何年かぶりに来た会員が、「物凄い変わっているから驚きました」と面食らっていました。

 迷いなく地軸に切り込むような勢いで肘を落としていった大井師範を観ていて、私は、かの示現流開祖、東郷重位が藩主の命令で大きな碁盤に斬り込み、ほとんど切断し、畳の下の根太にまで刀が食い込むほどの斬撃を示して“意地”を見せた・・・という逸話を思い出しました。

 余談ですが、帰宅してから青木先生のお電話を頂戴し、「演武の時に長野さんと目が合って、すんごい真剣に観てたから照れちゃったよ~」と言われていました・・・そういうオチ?

 いや~、私、ダテに武術研究家と名乗ってる訳じゃないっスから~、そりゃあ、スキあらば技を盗んでやるぜいっ!という気持ちで観てますからね。

 今回は特に、青木先生が刀の握りを右手左手の位置を滑らせ持ち替えながら振られているのと、骨盤の捻り、胸骨の開閉、膝の抜きなどを絶妙に連動させて淀みなく踊られている様子を、しっかり脳に映像として焼き付けておこうと思っていた訳ですね。

 非常に自然にゆったりと動かれているので、気づく人は少ないと思うんですけど、一つ一つの身体各部の動作は、それだけ真似しようとしても難しいんですよ。

 そしてまた、それを部分部分をバラバラに動かしながら全体の動きとして統一して動きの流れを途切れさせないというのは、物凄い至難な技ですよ。

 奇しくも田中泯さんが「本当にデタラメをやるのは難しい」と言っていたように、青木先生の何げなくやっている動きの秘めているものに気づいたら絶句するでしょうね。

 でもね。私は盗ませていただきます! だって、観せてもらってんだもん。これ以上の教えがどこにありますか?

 手取り足取り、技の意味を解説して教えてもらっても、できるようにならない人が今はざらでしょうが、それは習う者としての心構えがなっていないだけですよ。

 昔の先生は説明もしないし技もやってみせないのが当たり前。年に一、二回、気が向いた時にやって見せた技を必死になって観察して、「あ~でもなかった、こ~でもなかった」と四苦八苦して再現しようと発狂したようになって練習する・・・それが武術の本当の学ぶ姿勢ですよ。

 言うなれば、これもまた“読み”です。

 あっ、そうそう・・・「長野さんのDVDの教室みたいなところでいろんな武道やっている人に教えているところ・・・あれは結局、教えているようでいて、実は長野さんが技を盗んで一番、得してるでしょ?」と、青木先生に観抜かれてしまいましたよ。

 アチャ~・・・、バレたか~?

 さすが、武道界随一の読みの達人だ・・・。


追伸;NPO天真会は、天真書法塾、剣武天真流、瞑想カレッジ、奨学会を通じて精神修養・健康増進・個性の解放・国際親善まで幅広く貢献している非営利団体なんですが、特にフィリピン中高生、中国雲南省少数民族、チベット難民学童、ネパール山間部学童などの教育支援をされていることは武道家としての青木先生しか知らない人はご存じないでしょう。本当に世の中に貢献する人は、自分からアピールしないものですが、武道という狭い世界で強いの弱いの言って一生終わるような、みみっちい人間にはなりたくないものですよね。

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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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