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暗いニュースばっかりですな~

 不況が長引いて、ただでさえクサクサしているというのに、暗いニュースばっかりでウンザリしますよね~。

 何とな~く、「そういえば、最近、ゴマキ、全然見ないな~」と思っていたら、ゴマキのお母さんが自殺したというニュースがあって、本当に驚きました。こういう勘の働き方は必要ないですけど、たまにあるんですよね。

 弟が事件起こしたのも心労だったんだと思いますが、芸能界で活躍した人でも家庭環境には恵まれない場合が少なくないみたいです。

 ゴマキが、また復活して頑張るのがお母さんへの一番の供養になると思いますよ。


 かと思えば、高校の修学旅行で生徒に度を越した体罰をおこなった教師のニュースがあったり、これも酷い話です。

 数時間も正座させたまま殴ったり蹴ったりしたというのは教師のやることじゃないでしょう?

 正座を長時間やらせると、いわゆるエコノミー症候群になって死ぬ場合すらあるんですよ。体育の教師だったら、そのくらい知ってなきゃダメだし、人を叱る時には相手と真正面から対峙するのが基本だと思うんですよね。

 上から目線で一方的に自己主張して相手を非難するのは男のやり方じゃないですよ。

 相手の言い分と自分の言い分をぶつけたり擦り合わせたりして、互いを理解したり尊重したりするのが大人のやり方なんだし、それを教えなきゃ~教師じゃない。

 こんなバカ教師は傷害罪で捕まえなきゃダメです。

 でも、自白します。昔、不登校の子供に教えていた時に、あんまり悪ふざけするもんだから、一回、「俺は今、本気で怒っているから、お前の腕を折る。抵抗したけりゃ抵抗していいよ」と言って、手首を捻りあげたことがあります。

 もちろん、本気で折るつもりはなかったんですが(本気なら、ためらいなく一瞬で折ってます)、彼が笑ってごまかそうとしたりするので、本気で怒っている相手にはどうすればいいのか?と考えさせようと思ったのです。

 彼は笑ってごまかそうとしても私が手を離さないので、泣いてしまいましたが、それでも私は離しませんでした。なかなか、彼も強情で、泣きながらも決して謝ろうとはしません。

「いいか? 今、俺は本気で怒ってるんだよ。お前を憎たらしいと思ってる訳だよ。だったら、どうすればいいと思う?」と泣いてる彼に聞きました。

 しばらくして、ようやく、「ごめんなさい・・・」と言ったので、「よし、許す」と言って離しました。

 この日は帰宅してから彼のお母さんから電話がかかってきて、“ゲッ、ヤベ~、あいつ、チクリやがったか?”と思ったんですが、「先生、本当にありがとうございました。うちの~~が、人が変わったように礼儀正しくなって・・・、一体、どうやって指導されたんですか~?」と嬉しそうに聞かれたので、メッチャ、バツが悪かったですね~。

 まさか、「オタクのバカ息子の手首、へし折ってやるって脅したんスよ~、ワッハッハ」とは言えないでしょ?

 口で言っても直らないなら、痛い思いをさせて懲りさせるのも一つの手段だとは思いますけど、基本的に暴力に訴えるのは良くないと私は思っています。

 この時のことだって、一歩、間違ったら単なる脅迫で子供にトラウマ植え付けるだけでしょう? 教育のための体罰なんて考えはおこがましくって私は持てませんよ。ダメなやり方ですよ。

 だから、実は教育現場での体罰是認の論調には私は反対なんですよね~。

 体罰って、暴力を制度化しようって話じゃないですか? そんなもん、認めちゃダメでしょう?

 私が良くないな~と思うのは、無抵抗の相手に暴力ふるうからですよ。暴力使うのなら自分もヤラれる覚悟しなきゃダメだよね。

 戦うって、そういうことですよ。

 抵抗できない者に暴力を一方的にふるうのって、単なる拷問と同じですよ。変態のやり方ですよ。

 例えば、格闘技の試合で、勝負にならないような力量差の試合は組まないでしょう?

 技量が拮抗している者同士が競い合うから、スポーツが成立するんだし、命がかかる訳でもないのに暴力ふるって「体罰が必要なんだ」なんてフザケタこと言うんじゃない!と言いたい。

 もう、20年くらい前でしたけど、叔父さんに頼まれて、暴走族の子供が「やめたい」と言っているから更生させたいという親御さんの相談に一緒に連れていかれたことがありました。簡単に言うと用心棒ですね。

 本人に「暴走族、好きなの?」って聞いたら、「うん」って言う訳ですよ。それで、お母さんに向かって、「本人が好きでやりたいと言っている以上、他人がどうこう言ったって無理ですよ。人間にはダメになる権利もあるんだから、お母さんが覚悟するしかないんじゃないですか?」って、私、言っちゃいましたよ。

 怒ってましたけどね。そのお母さん。

 で、その後、その子、傷害事件とか殺人事件とか起こして塀の中に入ったそうです。

 本人がやめたいと思っていたなら、手助けのやり方もあったんですけど、更生したいという気持ちがないんだから、他人がどうこう理屈言ったって無駄ですよね。

 こういう場合はどうしたらいいか?というと、暴力ふるうのが楽しいバカなんだから、格闘技の世界で思う存分、闘わせるとか、傭兵にでもして戦争に行かせるとか、そういうことしか道がないでしょうね。その中から人間性に目覚めてくれればいいけど、目覚めなかったら、「脳みそ直して生まれ変わってきてね」って話。

 暴走族だったとかヤンキーだったとかって人でも、「このままじゃ俺、ダメだよな~」って気づいて頑張っちゃって活躍する人っているじゃないですか?

 そういう風になれたらいいんでしょうけどね。

 私の親は両方とも学校の先生だったし、「ちょっと、あり得ないでしょ?」って言いたくなるくらい、親戚中にも異常に学校の先生が多いです。

 大学に在籍していた時も、「教育課程さえ取っておけば(就職は)、何とかなるけん」と勧められたんですが、私は自分が教師になったら暴力教師になるのが目に見えていたので、教育課程は取りませんでしたけどね。

 最近は生徒に殴られても手をあげてはいけない・・・という教師側の事情があるとされていましたが、どっちの側でも暴力を一方的にふるうというのは、単なる傷害罪なんだという認識くらいはあって欲しいですけどね。

 まあ、学校の先生は合気道や太極拳を必修科目にして暴れる生徒を傷つけないで取り押さえる技能を体得しておくといいと思いますけどね。


 あ~、そういえば、また幼児虐待死事件がありましたね~。

 これも『武術と生きる日々』(電子書籍発売中です)に書きましたけど、本当に、何でこう、弱い子供を虐待したりするんでしょうかね~?

 まして、殺してしまったら自分の人生もオシマイになってしまうというのに、何で、そこを考えないんでしょうかね~?

 もうね~、「バカは子供産むな」って言いたいですよ。

 この虐待されてた子って、近所の人から「お父さんに殴られているんじゃないの?」と聞かれて、「そんなことありません」って答えていたっていうんですよ。何で、こんな優しい子を殴ったりしたんだろうね~。


 あ~、それと、鳥取の連続殺人女・・・TVのニュース番組で顔を見てビックリしましたよ。

 ま~、ブッサイクですね~。よくまあ、こんな顔で・・・。

 人間、顔じゃないとは言いますけど、私はそうじゃないと思いますよ。

 心の綺麗な人は顔もどことなく美しいもん。特に瞳が綺麗な人は心も美しいですよ。心は外見にも出てきますからね。表情にも現れるんですよ。

 顔のつくりが整っていても、どことなく邪悪さを感じさせる人なんかもいます。

 生まれつきブサイクな顔だったとしても、教養を身につけて慈愛の深い人だと凄くチャーミングな顔に見えるじゃないですか?

 嫉妬心や憎悪に凝り固まった人って、顔付きが嫌な感じがしますよ。

 外側からいじるんじゃなくて、内側から輝くようにすれば人間は心身ともに変わっていけるんだと思いますよ。

 特に、人の本性を洞察するなら、目をよく観察することです。脳の状態が一番、現れますからね。


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吉凶は心の内

 私が健康法の研究を始めたのは、20歳くらいの頃からだったんですが、もう、かれこれ27年くらい研究してきた計算になります。

 何で、始めたのかというと、自分の身体が弱かったからで、あっちこっち故障したりもしたんですね。もう、30歳までは生きられないんじゃないか?って思ってましたよ。

 世間的には、健康法の創始者って常人より身体の頑健な人だというイメージがあると思いますが、実際は、私みたいに身体が虚弱なのを何とか改善しようとアレコレ研究した結果、専門家になったというタイプの人のほうが圧倒的に多いんですね。

 だから、健康法を普及した段階で無理が祟って平均寿命以前に若くして死んでしまう人も少なくありません。

 でも、実験体が自分だから困らない訳ですよ。他人にも迷惑かけないし・・・。

 で、私の場合、腰とか膝とか脚裏の筋とか壊しているし左目は飛蚊症で歯はボロボロなんで、健康診断とか受けたら、あっちこっち病気が見つかると思うんですが、一番、厄介なのは、現代の奇病といわれる原因不明のパニック障害の持病があることなんですね。

 これのお陰で一時は電車にもロクに乗れないくらいだったんですが、体調管理でやり過ごせるようになって20年くらい経過しています。

 ただ、やっぱりコレって精神的なストレスでぶり返すから困るんですよね~。

 元来、子供の頃から過敏性腸炎で、旅行とかに行くと必ず腸の具合が悪くなっていたんですが、これとパニック障害が合体しちゃっていて、本当に厄介なんですよ。

 泥酔すると必ず発作が起こるんで、ビールはジョッキ一杯までしか飲まないとか自分なりのルールを決めていますし、風邪の時とかもなるべく出歩かないようにしています。

 特に腹の調子が悪いとテキメンで起こるから、始末におえないんです。

 これまでの一生のうちに一番、きつかったのは、道路警備のバイトしていた時ですかね~? この時は現場に直行直帰だったんですけど、満員電車の中で発作が起こって倒れたり、本当にしんどかったですね。

 それで、マックの夜間清掃の仕事に変わったりしましたね。これは深夜から早朝までは独りになるから、大急ぎで仕事仕上げて空き時間は休めたので、比較的楽でした。

 もっとも、厨房で油ぶち撒けられた後だったりすると時間が三倍かかりましたけどね。

 ラブホの夜間ルームメイクの時もですけど、部屋の汚れ具合で作業時間が何倍にもなったりしますからね。汚しまくってるヤツには殺意を覚えましたね~。

 アイドルみたいに、すっごい綺麗な女の子が入った後の部屋の掃除した時に、「あんな綺麗な女の子だから、やっぱり綺麗に片付けているだろうな~?」とウキウキして入ったら、も~、ドッロドッロに汚しまくっていてグラスは割れてるわ、食い散らかしてるわ、汚いのなんのって、「女は顔じゃわからんな~」って思いましたね。

 あ~、そういえば、ラブホの掃除やってた頃も、年齢が丁度、40だったから、心身ともに疲れましたね~。あれはあれで慣れると楽しかったから、今までバイトした中では悪くなかったですよ。ネタも増えたし・・・。


 実のところを言えば、私が通った道場に長くいられなかったのも、このパニック障害の持病のせいだったんですね。

 特に赤羽の中国拳法の先生の道場に通った時は、帰りの電車の中で何度も発作が起こって倒れていました。片道2時間くらいかかったんですが、帰りは休み休み帰っていたので3時間以上はかかっていて、相模線の終電が終わっていたから渕野辺駅から40分歩いて帰ったりしていました。

 だけど、こんなこと人に言ったって理解してもらえないし、「根性が無い」と言われるだけだから、黙ってる方がマシ。特に私の拳法の先生は言い訳するのをことのほか嫌う人でしたからね。

 でも、私自身は、「俺ってこんな身体でよく頑張ってきたよな~」と、たまに感心しますよ。

 パニック障害の発作も薬で抑えることはできる訳です。が、それをやるとずっと薬で抑えるしかなくなってしまうので、私は断固、拒否している訳です。

 薬は感覚を麻痺させてしまうので武術の技にも悪影響が出るんですよね。

 しかし、本当に困ったことには、最近、この持病がひどくなってきてですね~。師範代とも相談したんですが、月例セミナーの時に私がどうしても行けなかったら代わりに指導してもらうということに決めたんです。

 何しろ、今週の木曜日に横浜に行こうと電車に乗ったら、三つ目の駅で“あっ、ヤバイ”と思って降りて、しばらく休憩してからまた乗ったんですが、中山駅で限界で降りて、次の駅までは行ったんですけど、また降りて、これはもう横浜に行くのは無理だと思って帰ろうとしたんですが、これも電車に乗って発車しそうになると気持ちが悪くなって降りてしまう・・・ということを何度も繰り返してしまいました。

 もう、電車に乗ってる間に具合が悪くなる不安で乗れない訳ですよ。意識でどうこうしようじゃなくて身体が反応してしまうんですよ。

 どうしようもないので、駅から外に出て、しばらく付近を散策してダイエーに入ってみたりして、それから駅に戻って電車に乗って帰りました。

 なんでそこまで不安になるか?というと、発作が起こると自分の意志ではどうしようもなく視界がブラックアウトし全身が痺れて呼吸困難で滝のような汗が出る。これが15~30分くらい続く訳なんですよ。

 なんというか・・・レインボーマンのヨガの眠りみたいなもんですかね~?

 翌日の金曜日も、町田の東急ハンズに行こうと思って電車に乗ったんですが、隣の駅で反射的に降りてしまい、前日と同じ感じになってしまいました。

 無理して頑張っても本格的に発作起きたらどうしようもないので、諦めて駅から出てホームセンターに行き、帰りも気分転換に渕野辺まで国道を30分以上歩いて帰りました。

 う~ん・・・しかし、まいったな~。こんな調子じゃ映画やダンスすら観に行けませんよね~。

 2月3月と続けて本も出て、これから活躍の機会が増える時期だというのに、この在様では困ったもんです。

 アン・ルイスとか芸能人でもこの病気のせいで活動休止してしまった人が少なくないとか? だろうな~と思いますけど、まあ、普通にサラリーマンやっていなかっただけマシだったとでも思うしかありませんよね~。

 そんな次第なので、月例セミナーで私が来れなかった場合は師範代が代わって指導致しますので、宜しく御了解くださいませ。

 教え方は私より丁寧だし、腕前の方も、数年前の私と同じくらいになっていますから、問題点はまったくありません。

 去年、クエストさんのDVD撮る時に、かなり代わってやってもらいましたが、こっちが予想していた以上にできたので、驚いたんですよね。

 それから数ケ月が経過していますが、この間でも常連の会員さんたちは格段に実力アップしてきています。読みも交叉法も歩法も合気も発勁も・・・かつて、ここまでできるようになった人はいませんでした。

 普通の人から見たら達人に見えちゃうと思いますし、名のある人と立ち合ったとしても、勝敗は時の運でしょうが、少なくともそうそう引けは取らないでしょう。

 どうして、こんな急激に向上しているのか?というと、実は、ここ最近、他流の戦法の裏をかく“読み”のやり方とか技を極める心法の秘訣について教えているからです。

 交叉法に関しても数年ぶりに来た人が驚いていたくらい、教え方をシステム化して分類して細かく教えるようになったのです。

 もっとも、これは相応のレベルの人間でないと教えても猫に小判になってしまうんですね。それだけのレベルになっているから教えられるというのが真相です。

 やっぱり、重要なのは“地道に続ける”ということですよ。どんな誹謗中傷されたって、私にとってはマイナスの応援にしかなりませんからね。嫉妬してもらってナンボですよ。

 以前から宣言していましたけど、「何人も達人を育ててみせる!」という言葉も、今年中には実現しそうです。ついにプロフェッショナル・ダンサーにも教えることができるし、達人養成計画、本格的に始動しますよ~。フッフッフ・・・。
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お待たせしましたっ! 特撮バカ辞典 [ロボット編]

『鉄人28号』
アニメの鉄人28号は多くの人が知るところだが、実は実写版もあった! しかし、身長18mの鉄人が、ここでは2m足らずでモソモソ動くだけ。空を飛ぶこともできないので軽トラの荷台に乗せて運ぶという仰天の展開・・・。敵の怪ロボットと戦う時も、対面したまま目にピカッとライトが灯ると、敵の怪ロボットが突然バチバチッとショートして煙りを出す・・・もしかして、“光線を出した”ってことか?

『鉄腕アトム』
鉄人があればアトムだって実写版がある! でも、こっちは出来の酷さを堂々とアピールするかのごとく、番組の最後にアトム役の子役がアトム・コスチュームを外して「やあ、今日は楽しかったかい?」とか聞いちゃうんだから、凄い! 要するにコスプレ・ショーだったという訳で、TVドラマ草創期の試行錯誤がうかがえる。

『マリンコング』
題名からは海から出てくるキングコングみたいなヤツか?と思えるけれども、こいつは恐竜タイプの怪獣で、実は悪の秘密結社が操るロボットだったという話。

『マグマ大使』
ロケット人間という設定がロボットなのかどうかは不明だけれど、一応、ロボットと想定します。かのウルトラマンより少し早く放送開始された、本邦初の巨大ヒーローVS怪獣物の金字塔。しかし、黄金のマスクが格好いいマグマ大使のパイロット版ではオッサンの顔が丸出しになっていて、しかも、このオッサンが出川みたいにブサイクなものだから、もう、恥ずかしくて見られた代物じゃなかった。多分、スタッフもそう思ったのか、端正な顔立ちのマスクに変更になったのでしょうね。

『ジャイアントロボ』
身長30mのカクカクしたロボットらしいデザイン。背中のロケットエンジンで空を飛び、指から小型ミサイルをシャキンシャキンシャキ~ン!と出して発射する。巨大ロボット物のイメージを決定し今も尚、頂点といっていいでしょう。最終回、草間大作少年の命令を無視して巨大化したラスボス、ギロチン帝王と共に空の果てで爆死してのけた男気は、多くの作品に引用されました。

『アイアンキング』
変身ヒーロー華やかなりし時に放送されたアンドロイドタイプの巨大変身ロボットがアイアンキング。しかし、このアイアンキングは弱い・・・。ほとんど独りで敵ロボットを倒したことがないのではないか?というくらい、等身大のただの人間である静弦太郎に止めをさしてもらっていた。水がエネルギーというのもショッパイ。人間体から巨大ロボットに変身するという設定も、よく考えると、「お前はジェットジャガーか?」というくらいキテレツ。ケロロ軍曹にはウエットルキングというアイアンキングのパロディ・ヒーローが出てくるけど・・・。

『ジャンボーグA』
こちらもアンドロイドタイプの巨大ロボットだけど、企画そのものは以前からあったらしく、放送する何年か前に児童誌に『ジャンボA』というタイトル?で漫画が載ったことがあった。この時は少年が乗り込んで操縦するという話だったけれど、『ジャンボーグA』はセスナに乗り込んだ青年立花直樹の掛け声でセスナが変身、直樹が操縦するというものになっていた。しかし、この立花直樹が結構な困ったちゃんタイプで毎度ハラハラさせられるという要らんストーリーがからむのがじれったかったな~。防衛隊PATのテーマ曲も「ズンズンズビズビズビズバ~」ってな感じの物凄くテンション下がる歌で頭痛がしましたばい(突然、熊本弁?)。後半は赤白カラーリングの車が変身するジャンボーグ9も登場していた。

『スーパーロボット・レッドバロン』
このレッドバロンは、王道とも言える武骨なずん胴ロボット体型で、デザイン的にはスマートなカッコ良さはなかったけれど、それが逆にリアルな感じで巨大ロボット同士の格闘戦を面白くさせていた。が、何といってもこの作品は、拳銃にサブマシンガン、殴る蹴るの格闘技で延々と戦う地球防衛隊?(車の修理工場の地下が基地)の紅一点、牧れい演じる松原真理がカッコイイ!という一点で今もなお特撮マニアに絶大な人気を誇っている。後にアニメ化された時は、松原真理に相当するヒロインが不在だったのが残念。わかってないな~。全体的にルパンの第一シリーズ初期やワイルドセブンの雰囲気がある。

『人造人間キカイダー』
等身大アンドロイド物として巨匠石ノ森が生み出した仮面ライダーに続くヒーロー物の予定だった。企画段階では『0ダイバー』『レッドブルー』といったタイトルだったらしく、少年誌の告知記事ではそうなっていたりする。久しぶりに東映チャンネルで見たら、ヒロイン役の水の江ジュンのスレンダー美女ぶりに萌えた! ちなみに弟役は『大鉄人17』の主役だったことに今更気づきましたよ(青影が“河童の三平”や“どっこい大作”になったり、“あばれはっちゃく”が“サイバーコップ”になるようなもんか?)。アクションも斬新。後半のハカイダーが出てきてからが面白い。ダークの破壊ロボットが現れる時の効果音が大映の妖怪シリーズの効果音だったりもする。

『キカイダー01』
キカイダーの後番組として登場したキカイダー01。最初はハカイダー四人衆と戦っていたけれど、やっぱり、ビジンダー(現・ナガブチのヨメこと志穂美悦子)やワルダーが出てくる後半がお薦め。ただし、予算の無さからか、虚無僧ロボとかアクアラングマンとかキモノドクガとか、東映の衣装部から借りてきたようなので間に合わせました・・・的展開が、ちょっとツライかも。

『ロボット刑事K』
元祖ロボコップはこれ! 千葉治郎が出演しているためか、兄貴の千葉真一(現・JJサニー千葉)が特別出演したりする。しかも、劇中で「ちなみに千葉治郎の実の兄である」なんてわざわざ舞台裏をバラしちゃったりするんだから、「オイオイ、子供の夢壊すんじゃね~よ」って思った。千葉チャンって、チョイ役でゲスト出演する率が結構高いんだよな~。刑事くんとか、ギャバンのボイサーとか・・・。

『電人ザボーガー』
バイクが変身する等身大ロボットなんだけど、主人公が空手の遣い手でメチャクチャ強いので、ザボーガーの存在感が薄い。そうですな~、『闘え!ドラゴン』にロボットが出てると思えばいいかも?

『スーパーロボット・マッハバロン』
レッドバロンの続編。何かテーマ曲がカッコイイというのと、敵のボス“ララーシュタイン”が凄い髪形だったということくらいしか記憶にないんですよね~。あっ、そうだ。帰ってきたウルトラマンの郷秀樹が隊長というか博士役だった。

『宇宙鉄人キョーダイン』
兄弟ロボットが地球防衛軍と共に戦うという設定よりも、アニソン女王(ゲキメーション『猫目小僧』の歌も歌ってたな~)こと堀江美津子が唯一女優としてレギュラー出演していたということが有名な作品。でも、どうやら、この時の苛酷過ぎる経験によってミッチーは実写ドラマに出るのは嫌になったらしく、以後、実写ドラマには出ていない。

『小さなスーパーマン・ガンバロン』
バロン・シリーズの最終作ながら、少年が変身ヒーローという変わり種。ガンバロンが操縦する巨大ロボ、ダイバロンが中盤から登場する。天本英世もワルワル博士役で登場。

『大鉄人ワンセブン』
ほとんどジャイアントロボみたいな感じ。レッドマフラー隊の隊長が何かワイルドでカッコイイぞ。中丸忠雄が博士役で出てた。

『スパイダーマン』
東映がライセンスを得て実写ドラマ化したマーブルコミックのスパイダーマン。これはスパイダーマンのポージングがメチャかっこいいんですよ~。ハリウッド版よりずっと面白いよ。そして、スパイダー星人とか鉄十字軍団とかオリジナル設定が凄いんですけど、最も凄いのは、マーベラーという宇宙船をスパイダーマンが呼んで、チェンジ・レオパルド~ン!と叫ぶと巨大ロボットに変形するという豪快な設定がカッコイイんですよね。

『超人機メタルダー』
キカイダー風の外見ながら、設定としては鉄人28号と同じく第二次大戦の本土決戦最終兵器として作られていたロボットが、ロボットが支配するネロス帝国の暗躍を阻止するために現代に蘇るという話。メタルダーを作った博士役を上原謙が演じていて驚いた。

『機動刑事ジバン』
またもロボコップ登場!

『特捜ロボ・ジャンパーソン』
またまたロボコップ登場! 菅田俊が怪演してたり高畑敦子がフランケンシュタインの花嫁みたいなメイクで出てます。あっ、チェンジグリフォンも出てるよ。

『鉄甲機ミカヅキ』
厳密にいうとロボットじゃないんだけど、巨大ロボも出てくるから、ロボット物に分類しておく。月イチ放送という変則的過ぎる放送の仕方によって、かなり損をしたと思われるけれども、正当なジャイアントロボの後継作といえる傑作。『牙狼』の雨宮慶太が監修。

 その他・・・ロボコンに代表されるホームコメディ路線のロボット物もあるけれども、これらは別枠で解説しようと思っています。赤影に出てきた金目像もロボットだけど、時代劇だから巨大カラクリ人形ってことなんだろうな~?

 ちなみに、アニメだとロボット物は異常に多いので把握し切れません。個人的にはボトムズが大好き(キリコは男の理想だよ!)で、あのくらいの大きさのロボットならできそうに思えますけど、自衛隊のロボットスーツ部隊とか組織したらいかがでしょうかね~?


 え~っと、それから、[映画に出てきたロボット]についても挙げておきますと・・・。

[モゲラ]
『地球防衛軍』に初登場した穴掘り作業兼侵略破壊工作ロボット。後に『ゴジラVSスペースゴジラ』にて地球防衛軍の対ゴジラ用の合体ロボットとなって蘇った。

[メカニコング]
『キングコングの逆襲』に登場したキングコングをモデルにした放射性鉱物エレメントX採掘用に開発されたロボット。けれども放射能の影響で故障してしまったりしてた。東京タワーからおっこちてオダブツになるところとか実にリアル。

[メカゴジラ]
『ゴジラ対メカゴジラ』で初登場。レーザー、デストファイヤー、クロスアタックビーム、フィンガーミサイル、ホーミングミサイル、バリヤー、ジェット噴射で空を飛ぶブラックホール第三惑星人(正体は宇宙猿人)がゴジラを徹底的に解析して作り上げたスーパーロボット怪獣。これは二代目が『メカゴジラの逆襲』にも登場。お次は『ゴジラVSメカゴジラ』にて対ゴジラ兵器として作られたメカゴジラ。最大の武器は、ゴジラの放射熱線を受けて増幅反射するプラズマグレネード。その次は『ゴジラ×メカゴジラ』に登場した対ゴジラ兵器“機龍”。こちらは絶対零度の必殺光線が武器。続編にも登場。

[ガンヘッド]
ガンダム系のロボットアニメの実写版を作ろうとした作品。ただし、リアル路線にこだわったために変形してバトルするロボット戦の醍醐味が失われてしまった点が残念。どうせならボトムズみたいなロボットにすれば良かったかも?

[ロボロック]
コメディSFながら、赤錆の浮いた武骨なロボットがクライマックスに登場するシーンは圧巻です。はみだし者の青年の成長物語は、須賀大観監督の味ですな。

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小宮四郎國安外装完成(もうちょい?)

 年末に横浜名刀会の社長さんの御厚意で早めに引き取らせてもらった四郎國安ですが、水道橋の尚武堂で注文していた黒革の柄糸も届いたので、一気に外装を仕上げました。


 青木先生のところに持参した時、重量を測っていただいたところ、「だいたい、1.3kgくらいでしょう」とのことで、かなり重いとは思っていましたが、1kgオーバーでプラス300gとなると、これは同田貫並みですね。

 確か、町井勲先生が千本斬りギネス新記録をたてた時に使った刀が1.3kgだったと聞いたような気がしますけど、この重量を千回振るだけでも凄いですね~。

 身幅も普通のサイズと比べて相当広いし、切っ先も大帽子なので、これは、普通の太さの柄だとバランスがとれないと思っていたので、今回はわざと太く仕上げてみました。

 平鉄棒を仕込んで針金を巻き込んだ朴の柄木もあまり削り込まずにおいて、紺色染めの鮫革を巻いて黒牛革の柄糸の諸捻り巻きで巻きました。

 最近は、太くなり過ぎると不格好に思えていたので、平巻きにすることが多かったんですが、この刀は柄が太くないと持ちづらくなってしまいます。

 それで、今回は見栄えは犠牲にして実用性を優先しました。

 縁頭の金具が少し小さかったので、それに合わせて柄木を削ると、茎が短い分、強度的に心配だったので、わざと膨らんだ格好になるように仕上げました。

 目貫は、密教の神様の金具が面白かったので、これを選びました。

 仕上げてみると、予想していたより、これはこれで格好いいかもしれません。武蔵考案の海鼠透かし鐔と金の切羽が、金のハバキとマッチしていい感じです。

 とにかく頑丈に作ったので、重い刀身を支えるのにも不安はありません。目釘も竹刀の竹を切って削ったものを使っているので、ガッチリしています。

 先日、青木先生から鹿児島で入手されたという目釘用の白樫と竹の切れ端を頂戴したんですが、これは今後のものに使わせてもらおうと思っています。

 以前、刀に詳しい会員からいろいろと教わっていたんですが、最近は自分で工夫してやるのが楽しくなってきて、これも武術研究に役立っています。

 鞘は、いつものように白鞘を削って漆塗料を塗って作ります。鞘の細工ももうちょっとやろうかな?と思っているので、これはまだです。

 もう、既製の拵えの付いた刀では面白くなくなってしまいました。自分で毎回、ちょっとした工夫をしながらハンドメイドするのが楽しいのです。ゴルゴ13だって、M16に特製バレルを装着してるでしょ?

 それに、どうも、既製の拵えだと自分の手に合わなかったりするんですね。見栄えだけしか考えていなくて使いにくかったりするんですよ。

 少々、不細工でも実用のためには自分に合わせてカスタマイズするのは車でも銃でも職人の道具でも同じことですからね。

 私は武術研究家なので、使う武器は自分の使いやすいようにカスタマイズするのは当たり前なのです。

 これは、技も同じです。

 空手、合気、太極拳、剣術・・・学んだ技はすべて自分なりに応用発展させています。現実に戦うことを考えれば、千変万化する実戦の場で形式化された武術の技が通用する道理がありません。

 例えば、私は八卦掌が好きでいろいろな派閥(程派・尹派・劉派・宮派)の技を比較研究しましたが、実際に使う時は派閥なんか考えないし、その場その場で有効な技の変化をすることを心掛けるだけです。

 だから、八卦掌で入身しながら八極拳の頂心肘を極めたり、通背拳になったり、背後に回り込んで空手の正拳突きを入れたり・・・なんてことも平気でやります。

「一招をもって千招に対する(一つの必殺技で千の技を打ち破る)」という言葉を誤解している人が多いと思うのです。

 本当に有効なのは、“千招に変化応用し得る一招”を磨くことです。

 松田隆智先生は、「絶対に倒せる威力、絶対に命中させる技術を持った突き」を目標に修練されていると言われていました。

 しかし、人と人が戦う時、相手が自分以上の技量を持っていないとは限りません。

 どんな優れた技であっても、万能に通じるものではありません。発勁も合気も原理が解れば無効化するのは難しくはありません。当然、私はそれらの技を体得するのと同時に破る方法も研究してきました。

 以前、木村達雄氏の合気揚げを封じた話を書きましたが、それは原理が解ったから咄嗟に破り方を工夫できただけです。

「木村先生の技を封じるなんて長野先生は凄いっ!」と大袈裟に持ち上げる人も何人もいましたが、私がやり方を教えれば誰でも同じようにできます。仕組みが解れば封じ方も簡単に考案できる。凄くも何ともないんですよ。

 技を質で考えないで量的な強弱しか考えないから、こういう勘違いをしでかすのです。

 剛的に重心を固定させて威力を出す技だと、重心を崩されると全部壊される。これが合気の戦術です。

 ならば、重心を固定しないで常に流れるように動かせたら、重心を固定点として捕捉して技をかける合気は使えなくなる・・・という、ただ、それだけの話なんですよ。

「達人だから凄い!」じゃなくて、「達人は人の知らない技を使うから凄く見える」と認識しなきゃダメ! 信仰心は上達を阻むだけです。

「木村氏が唯一、佐川先生の合気を受け継いだ」と言われているのは、あくまでも木村氏のシンパの人達がそう言っているに過ぎないでしょう。

 一歩譲って、佐川先生の合気は掴んでいるかもしれませんが、でも、武術家として木村氏は佐川先生に遥かに遠く及ばないと思いますよ。

 だって、研究家に見破られて、その場で封じられてしまうんじゃ話にならないでしょ?

 余談ですが、日曜日の朝にTV見ていたら甲野氏に習っている岡田さんですか? 介護師の方が出てこられて古武術の技というのを実演されていたのですが、これが全然、古武術とは関係なくて、合気道の膝行と、いつもの甲野氏お得意の素人をビックリさせる効果満点の相手の重心を浮かして持ち上げたまま押し進むというパフォーマンスをやっていて、「あ~、相変わらず甲野氏はこういうレベルのことしか研究できないんだな~」と思いましたよ。介護に役立っても武術としては使い物にならない・・・。

 相手の重心を浮かして操るのは大東流に始まる合気系武道のお家芸です。その応用をやってみせる以上は、古武術という言葉を冠するのは間違いですよね。

 きちんと「合気道を応用しています」と言うべきですよ。あれで古武術と言うのは看板に偽りありでしょうし、約束組手的な見せ方でいかにも実戦に使えるかのように思わせてしまう合気系武道の問題点をより拡大してしまっているな~と思います。

 木村氏にしろ甲野氏にしろ、どうも、武術をやっている人達は、こういう点が呑気というか警戒心が無いというか自信過剰というか、迂闊過ぎる人が多いように思えてなりませんね。

 一度でもやって見せたら返し技を工夫されるのは当たり前なんですよ。本来、私のようにパッと観ただけで技の原理を観抜ける人間は昔は当たり前だった筈で、何にも警戒しないで自慢タラタラの顔でやって見せたがるのは、何やら新興宗教の教祖様みたいで不思議ですね。

 私は、タダで見せたりしたくないし、指導する相手だって選ぶし、本当に実戦の時に使うつもりの技は、そうそう教えませんよ。

 私が特別なんじゃなくて、昔気質の先生は大抵、そういうもんですよ。

 武芸として見せるのなら解るんですよ。

 でも、武術は部外者に見せちゃダメ!

 私の本を読んで、何でも教えてくれると思って連絡してくる人がいるんですが、冗談いっちゃいけません。私は本当の戦闘技は一切、表に出さないですよ。

「本ではあんなに詳しく書いているじゃないか?」と思った人は、考えが甘いです。私が本で書けるのは一割か二割くらいまでですよ。嘘は書いてないけど、本当に本当のことは書けないですよ。危険過ぎるし。

 2月に出るアスペクトの本では、ついに“読み”について書きましたが、これは本当に困りましたね~。どこまで書くか?という線引きするのが非常に苦心しました。

 知ってることを全部書けばいい・・・って、知らない人は簡単に言うでしょう。

 でもね~、それをやったら日本の武道界は混乱してシッチャカメッチャカになっちゃいますよ。戦闘法の構造そのものが壊れてしまう・・・。

 それに、解ってないヤツが知ったかぶりしてインチキやり始めるのが目に見えているから、ある程度のところで止めておかないといけない。これは研究家としての私の義務。

 それに、自分のレベルがどこまでなのかも不明だから、今の段階で確信が持てても、研究が進めば見解は変わりますからね。

 だから、ある程度、一般向けに読んでもらえる部分まで・・・と心掛けて書いたんですが、「もっと書いて」と担当者のダメ出しがきつかったので、最初の予定よりかなり突っ込んで仮説も交えて書きましたよ。十年後は恥ずかしくて読めなくなってるかもな~?

 おっと・・・全然、違う話になってしまった。

 今度は関住兼元の長脇差の外装を作る予定です。どんな具合に作ろうかな~? 日子流風に柄を長くしてみようかな?


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首刈り民族・・・

『映画秘宝』で“切り株”と表現されている映画での人体切断破壊シーン。

 何か、『ランボー・最後の戦場』が凄いという噂を聞いていたんですが、本当に、こりゃあ凄惨だな・・・と思いました。

 もう、ほとんどホラー映画というか、50口径のアンチマテリアルライフルや重機関銃で撃たれて頭が吹っ飛んだり手足が千切れてしまったりする描写が執拗なくらいリアルに描き出されて(スタローン、すさんでるな~)、80年代のスプラッター映画ブームの頃の作品を思い出しました。

 しかし、CG技術がリアルになった分、ちょっと不快に感じますね。作り手が病んでいるような印象まで受けてしまうからです。ま~、ランボーがヒロイックに描かれるだけの作品だったら、そっちの方が嫌ですけどね。

 80年代のスプラッター映画は、SFX(特殊効果技術)の発達と共に隆盛していましたが、どこか嘘っぽくて馬鹿馬鹿しさも漂うユーモラスな印象がありました。

『13日の金曜日』『バーニング』『サンゲリア』『バタリアン』『フェノミナ』等々の多くのホラー映画に血飛沫が飛び散るスプラッター描写が溢れていましたが、それらはファンタジーとしての表現として笑って見られました。

 それを意図的に狙ったような作品としては、今はすっかり巨匠になった観のあるピーター・ジャクソン監督の悪名高い悪乗りゾンビ映画『ブレインデッド』がありました。

 これがまあ、本当に下品なギャグをちりばめた作品で、現在は封印に近い扱いをされているみたいです。が、ここまでバカだと笑って見ていられます。いや、ホントにバカだから・・・。

 そもそも、スプラッター映画は映画の原点のような面もあり、戦争映画や西部劇、時代劇、武侠映画・・・等々で描かれる戦闘シーンでは不可欠のものでした。

 特に、世界的に評価された日本のサムライ映画『用心棒』や『ショーグンアサシン(若山先生版子連れ狼)』は、スプラッターなショッキング描写が注目され、作品そのものの面白さが認められたのです。

 特に若山先生版子連れ狼では、竹筒手榴弾で手足が吹っ飛んでたり、長巻でスネを払われると足首だけ立ったまま残っていたり、頭が縦にスイカが割れるようにパカッと割れたり・・・などというギミックをわざわざ作ってるんですが、もうギャグすれすれです。

 一説に、『ショーグンアサシン』がアメリカで公開されてから、80年代のスプラッター・ブームが起こったと言われているくらいです。

 何か、「リアルじゃない」と、こういう作品を非難する人もいますが、映画なんか嘘っぱちなんだから、必要以上にリアルにしなくていいんですよ。

 人類史の中で、原始的な人間の行動の中には敵の首を切る首刈りの本能が眠っているとされます。

 台湾の先住民族タイヤル族は、首刈り族で有名でしたし、アフリカ、インド、ヨーロッパ、中国、南米等にも首刈りの儀式的な風習がありました。

「ま~、野蛮な・・・」と思った貴方。忘れてはいませんか?

 日本人は世界に名だたる首刈り民族サムライの末裔だということを・・・。

「サムライの人口比率なんか微々たるものだよ」と、したり顔で言った人・・・甘いっ。

 農民だって、落ち武者狩りして竹槍や鎌でサムライの首刈りしてた筈だし、町人だって博徒になった者はいます。

 多少なりとも日本人のDNAには、首刈り族のDNAが入ってるはずですよ。

 多分、私はかなり濃厚に首刈り族のDNAが入ってるんじゃないかな~?と思うのは、「テメー、このヤロー!」って思うと日本刀で首すっ飛ばしてやりたい衝動に駆られますからね。

 刀剣店で刀を見る時も、「う~む、これなら一撃で首、すっ飛ばせそうだな~」と思いながら見てます。普通の刀剣愛好家は、こんなこと考えないで刃文とか地肌とかの美しさだけで選ぶんでしょうけどね~。

 あ~、オレも病んでるな~?


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合気の真の意義

 先日、青木宏之先生の事務所をお訪ねした時に、研究用資料として編集されている演武や稽古風景のDVDを頂戴してきました。

 本来は表に出さない内部資料として編集されていたらしいのですが、最近はインターネット動画にも出しているらしいので、私の研究に役立てば・・・という御厚意でくださったものでした。

 帰宅してから観ようと思っていたら、新刊本の原稿直しとかヤボ用がいろいろあって、何日も経過してから観たんですが、これはもう貴重なものを頂戴してしまったな~と、柄にもなくDVDに向かったお辞儀してしまいましたよ。

 私は、最近、日本の武術の一大欠陥だと思う点があります。

 それは、動きが分断してしまうという点です。

 攻撃の瞬間に力を集中しようとし過ぎて、足を止め、身体を固めてから技を出そうとしてしまうのです。

 また、技を出し切った時も動きを止めてしまいます。

「今、私の戦闘力は0になってますよ~」と知らせてくれているみたいです。

 以前は何とも思わなかったんですが、これが隙であると気づいてからは、もう、気になって仕方ありません。

 ぐっと足を踏ん張って、トリャーッと技を繰り出した方が力感はあります。が、それは実は思いの外、力も出ないし、遅いし、変化もできません。

 つまり、武術的にはマズイやり方なのです。

 エネルギー効率を考えれば、踏ん張らずに歩きながら技を出した方が、ずっと大きな力が出ます。立ち止まって全身の力を振り絞るより、リラックスして歩きながら、ちょいっと小突いた方がずっと効くのです。

 よく、合気道の演武で投げられた相手が大きくふっ飛んだりしますでしょう? あれは、必ずしもヤラセじゃなくて、動きを止めないで技をかけられると、身体が根こそぎ浮かされてふっ飛んでしまうからなのです。

 合気の技の真の意味というのは、ここにあるのではないか?と私は思います。

 相手の攻撃の直線的に点に集中してくる力を、球体状に弾いてしまって自滅させてしまうのです。

 そして、全身を球体状に使うには、動きを止めずに重心が流れ続けている必要があります。

 最近、動画で見た山口清吾先生がそうなっていました。

 そして、青木先生の動きもそうなのです。骨盤を中心に、ゆったりと、スルリと、時にギュルッと素早く動き続けているのです。

 しかも、青木先生の場合は、その球体が膨張収縮を繰り返しながら動いている感じがあって、時々、透明になって空間に溶け込んでしまうような趣もあります。

 同じようにやってみろと言われても、これは難しいですよ。どうしても足が止まってしまうし、腰が固まり、軸が固まり・・・となってしまいます。そうすると意識が散漫になってしまう。

 特に、天真書法塾の祝賀会の時の剣舞の動きは、私は目の前で観ていたんですが、改めてDVDで観てみて、一見、派手さはないんですが、日本刀を常に動かし続けて一瞬も止まらないところは、とても真似できるものではありません。

「どひゃ~っ! やっぱり凄いな~。ナニ、この刀の振り方は・・・」と、唖然となりましたね。かつて、日本最高の武道家と、ひそかに噂されていた伝説は、嘘じゃなかったと私は断言しておきます。

 青木先生も、この時の演舞は、御自身が理想とする武の動きに到達したという充足感があって、半世紀ほども続けてきて、ようやく、ここまで至ったか・・・という気持ちがあり、江上茂先生のお墓にお参りに行かれたのだそうです。

 どうですか? 70半ばに至って尚も、探究し続ける純粋さ。これが常人と達人を分けるものなんですよね。

 また、このお墓参りの時に、ちょっとした体験?があったそうなのですが、それは私が書くべきじゃないでしょう。青木先生御自身の筆で書かれるのを期待しています。

 ともあれ、私は本当に、有名無名を問わず、現代に生きる武術の最高峰の先生方と縁があって、幸せ者だな~と思いますよ。


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目的に沿って・・・

 まあ、いつものことなんですが、何とな~く、「そういえば、彼はどうしてるかな~?」と、ふと思い出していた地方の会員さんから、突如、連絡をもらいました。

 こういう経験は誰でもあると思うんですけど、私の場合、非常に多いんですね。最初はビックリしていたんですが、あんまり多いから、当たり前に思えるようになってしまいました。

 大体、何の前触れもなく、ふと脳裏に浮かぶと、それにシンクロするように電話やメール、手紙で連絡がきたりするんですね。本人から・・・。

 確か7年以上は会っていないので、顔は何となく覚えていても名前は忘れていましたから、顔を思い出したんですね。唐突に・・・。

 私が電話番号を変えていたために連絡がつかなくなり、事務局にメールしたとのことで、何か質問があるらしく携帯電話番号も書いてあったので、即、電話してみました。

 質問内容とは違うんですが、その時に聞いた話で・・・ある古流の流派で、宗家を継いだ師範が自分の考えで型を変えてしまい、古くからの師範と喧嘩になってしまったのだとか・・・?

 皆さんは、どう思われますか?

 恐らく、「長野さんのことだから、現実的に使えるように型を変えていくべきだと言うんだろうな」と思った方が多いでしょう。

 外れです!

 この場合、型を変えてはいけないと考えます。

 古くからの師範方が怒るのは当たり前でしょう。言語道断と言っても過言ではありませんね。

「えっ? 何でそうなるの?」と思われた方もいらっしゃるかもしれませんね。

 それは、以下のごとく考えるからです・・・。

 確かに、私自身は、「武術は使えなければ無意味。現実的に使えるようにその時代時代で改良を加えていくべきだ」という持論を持っています。

 ですが、これは、あくまでも「私ならこうする」という“私個人の考え”です。

 だからこそ、私は自分の理想を追究するために“新派を興した”のです。

 それは、自分の裁量の及ぶ分限を守りつつ新しい時代に適応できる新しい武術を模索しようと考えたからなのです。

 一方、日本の古武術流派の多くは、実戦実用を離れて文化遺産として型の保存伝承を第一の目的として継承されています。

 香取神道流、竹内流、新陰流、小野派一刀流、馬庭念流・・・いずれもそうです。

 つまり、「型の形を微塵も崩さずに次代に伝えていく」ということが死守すべき大命題になって、文化としての“古武術(古武道)”のレーゾンゲートル(存在証明)となっているのです。

 である以上、たとえ宗家であっても、先代から託された型を自分勝手にいじってはなりません。勝手に改変するのは御法度なのであり、文化財を傷つける行為と見做されるのです。

 というのも、昔から伝えられている型の中には、先達の血のにじむ努力と研鑽による工夫が織り込まれていて、ほんのちょっとした手足や目線の向き一つにも重大な意味が隠されている場合が多々あるからなのです。

 たった一人の工夫ではなく、何代にも渡って積み重ねられてきた英知が型の中に組み込まれているのです。

 それを他流のやり方や現代的なスポーツ理論に照らして不合理と決めつけて改変して伝えてしまうと、その次の代では本来の意味を探ることができなくなってしまいます。

 私自身も、型の解釈をする時は、物凄く注意して慎重に検討します。手前勝手な解釈を加えて本質を見誤ってしまったらいけないと考えるからですし、だからこそ、型の解釈を紹介する時は、「私はこう解釈したけれども、これが正しいやり方とは限りません」と注釈を入れるようにしている訳です。

 研究家にとって独善は最大の敵なのです。「自分のやっていることこそが唯一正しい」なんて思い込んでしまったら、もう、オシマイなのです。

 今日、古伝の沖縄空手や中国武術の研究者の中には、「古伝の型こそが正しいのだ」と主張をする人も少なくありません。

 私はその主張には賛同しませんが、言わんとするニュアンスは、よく理解できます。

 確かに、現代的なスポーツ競技向けの解釈で改変された型から、本来の武術的用法を探るのは困難になってしまうでしょうから・・・。

 しかし、困難にはなっても不可能とは思いませんし、スポーツ向けに改変されることも、それなりに社会の在り方に沿った発展と思えば、間違いとは言えないでしょう。よって、“賛同はしない”という次第です。


・・・という次第で、私は古武術が古武術であり続けるためには型を温存することの意義を否定するものではありません!


 ただし、ここは誤解しないで欲しいのですが、私個人は、伝統的な流派を保存継承する立場ではありません。

 フリーの立場で流儀にこだわらず、ただ武術の根本的理合を追究し、実用価値のある技と戦術を探っていく研究をしている者です。その研究成果を整理するために游心流という流派名を名乗っただけの話なのです。

 私が「古武術研究家」と名乗らず、「武術研究家」と名乗っているのは、「伝統の形式に縛られずにジャンルを超えて研究していますよ」という宣言なのです。

 伝統のある流儀を学び伝えていく使命を持つ人は、自分の考えを捨てねばならない。もしも、勝手な解釈で変えてしまったら、それは詐称行為となってしまいます。ただ自身をメモリーとして、そっくりそのまま次代に伝えていくこと・・・それが肝心!

 余談ながら、正月に挑戦的な内容のメールを送ってきた人のことを書きましたが、私がこの人を叱責したのは、この人が伝統ある流儀のしかるべき立場にいる人間であったという理由が大きかったのです。

 自分の立場をきちんと理解していない。迂闊な真似をすれば、その人個人の問題では済まなくなるのが解っていたから、何とか思い止どまらせるようにしなければならないと考えたのです。

 伝統武術の世界は、現代武道や格闘技の世界とはまったく異質なコネクションとルールを持ちます。決して個人だけの考えで行動してはならないのです。

 特に直弟子、拝師弟子となっている人は、他流の人間とことを起こしてはなりません。

 結果いかんによらず、師匠の監督責任が問われることになるからです。


 伝統武術の世界は、かくも“ややこしい”ので、私は関与したくありません。

 私が目指しているのは、まったく別のこと。あらゆる武術に共通する不変の原理を探り、それをあらゆる方面へ活かし発展させていくこと。何ができるか判らないけれど、可能性だけを信じて取り組んでいる・・・それが楽しいのです。

 はっきり言えば、流派だの門派だのを崇拝する精神構造は私には皆無です。馬鹿臭いとしか思っていません。

 が、それは流派門派を否定する考えではありません。私だって学んだ流派を敬う気持ちは人一倍ありますし、恩師の悪口を言われて殴り込みしようとしたことも何度もありました。

 だから、真面目にやっている人は皆、そういうものだと思いますし、他流を侮蔑するようなことは言わないように注意しているつもりです。

 ところが、ここが立場上の問題なのですが、私は内輪では“超党派”で技術論を語るのが常なので、有名な師範や流派に関しても、「ここが弱点だと思う」ということはバリバリに口にするんですよ。

 もうね~、世話になった先生だろうが何だろうが、思ったことはガッツンガッツン口にしますよ。

 ここの部分だけ聞いて「けしからん」と文句つけられてもね~、困るんですよね~。侮蔑しているんじゃなくて技術論、戦術論の話ですからね。

 武術やっている人間は、誰だって本音を語ると他流の弱点をあげつらうのが常ですよ。

 でも、それはね~、いわゆる悪口じゃないんですよ。むしろ、愛情表現に近い。

 そんなのをイチイチ「失礼だ!」って言われたって、「ゴメンネ、ゴメンネ~」って心にもない謝り方しかできないですよ。

「こいつ、ちっせ~ヤツだな~。何、気取ってるんだよ」って思うだけ。

 無論、公に公表する文章で書いたんなら別ですけどね。それだと名誉棄損も成立するかもしれませんから。

 私、こう見えても文筆業長いから、それなりに考えてますよ。法的に問題のないギリギリはどの辺か?とか考えて書きますもん。「告訴されたら、こう切り返して・・・」とか考えてますもん。


 それはそれとして・・・個人的な理想を言うなら、伝統的な流派を保存継承する立場の人達が、型を変えずに正確に伝えていく義務を果たすと同時に、自分たちの考えで改良した“その世代で生み出した型”を“~流~派”として付け足していくのならば、何も問題なかろうと思うのです。

 文化遺産の継承と現実的な実用の両立・・・これは当事者が厳密に区別しておかねばならない重大なことです。

 自分のやってることが何か?という点をきちんと認識して、くれぐれも筋違いな振る舞いをしないよう、夢々、お忘れなきように・・・。


追伸;2月3月と続けて本が出るのは景気が良くっていいんですが、“あと少し”という時期が一番きつかったりします。筑摩新書の方は、『使える武術』というタイトルで3月に出版するのがほぼ決まりました。二稿のチェックも終わったので、あと一回、最終チェックが終われば入稿、印刷、発売となります。アスペクトの方は、まだちょっと打ち合わせして直して最終チェックして・・・という作業が残っているのに2月には出ますからね~。やっぱりシリーズ続くと作る速度も上がりますね。それに、御無沙汰している会員さんから連絡があって久しぶりに話したりするのも楽しいです。うちの会は入れ替わりがやたら激しいですが、時の流れに身を任せているのも面白いもんですよ。いや、それにしても一月からこの忙しさは尋常じゃないな~?


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MAPLE HALL“大野雄二”ライブ

 相模原市の本部道場で第一・三・五の木曜夜にお借りしている千代田メイプルホールの20周年記念ライブの第一弾として、ルパン三世の音楽で有名な大野雄二さんの生ライブがあるとのことで、「こりゃあ、聴きに行かなきゃならん」と、シダックスの講座が終わってから、直行しましたよ。

 まあ、お世話になっているんだから宣伝くらいしようかな?とも思ったんですが、あんまりお客さんが殺到しても逆に迷惑だろうと思って、宣伝は控えていたんです。

 田中泯さんの踊りの時も、私は遠慮して宣伝しないようにしているんですよ。毎回、会場が鮨詰め状態だから・・・。

 で、やっぱり、会場は満席でしたね。

 何たって、大野雄二さんと言えば、ルパンだけでなく、かつての角川映画の音楽でも有名な大物ですからね~。

 私は、学生時代に『野性の証明』(レコード)と『ルパン三世』(テープ)のベストアルバムとか買いましたもんね。

 大野さんの作曲で有名なのは、『人間の証明』『犬神家の一族』ですが、『黄金の犬』もいいんですよ~。

 それから、松田優作の遊戯シリーズの音楽や『蘇る金狼』もそうだし、確か『大都会』もそうなんじゃないかな~?

 誰にも真似のできない独特のメロディは、ちょっと聞けば「あっ、大野雄二だ!」と判るんですよ。

 青い空が広がっているようなヌケの良さ。非常に快いメロディで、特に『ルパン三世カリオストロの城』のテーマ曲『炎のおくりもの』は名曲ですよ。

 去年はやらなかったけど、年一回のルパン・スペシャルの毎回のテーマ曲も傑作が多いです。私は『バイバイリバティー危機一髪』の時のテーマ曲が好きですね~。

 さて、そんな訳で、ワクワクして聴いた大野雄二の生ライブ。

 やはり、素晴らしいですね。

 前半はジャズ・ナンバーで攻めておいて、後半に『人間の証明』『犬神家の一族』をもってきて、最後は当然、ルパンから、愛のテーマ、ラブスコールときて、ルパン三世のテーマ。

 大野さんのピアノに俵山昌之のバス、江藤良人のドラムスでのジャズ演奏。渋いです。

 もっと聴きたいと思いつつ、二時間ずっと折り畳み椅子に座っていたので腰痛持ちには、ちと辛い? それはともかく、これだけは言っておきたい!

うちの道場の天井にはミラーボールがある!」

 どや、うらやましいだろ?


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ニュースに思うこと

 ハイチで起こった大地震で多くの犠牲者が出たそうです。

 ハイチといえばブードゥー教で有名ですが、一般的にはゾンビーで有名でしょう。

 死者がブードゥー教の司祭の呪術で蘇るものとされていましたが、最近は『虹の蛇』なんかの本によって、フグ毒のテトロドトキシンを主成分にした秘薬“ゾンビパウダー”を飲ませて麻薬中毒のような酩酊状態にさせて死んだように見せかけて使役するのが真相だと知られるようになりました。

 これは、『エルム街の悪夢』で有名なホラー監督、ウェス・クレイブンによって『ゾンビ伝説』という映画になって描かれていました。

 しかし、ブードゥー教は実はそんなにオドロオドロしいものではなくて、土着の信仰にキリスト教が混ざって独自に発達した精神文化であるそうです。

 中米で本当に恐れられている宗教は、ブードゥーではなくて呪術系のマクンバだと聞きます。マクンバの呪い針の術は、呪う相手の体内に針をアポート(物品移動)させるのだそうです。

 ちなみに、私も足のカカトが妙にチクチクするな~と思っていたら、細い糸みたいな2cmくらいのワイヤーが出てきたことが二回もあったことがあります。

 これはマクンバの呪い針の術か?なんて、割りと本気で考えたものでしたが(オカルト・マニアには嫌われてるからな~)、どうやら、寝具に使われているワイヤーが寝返りとかしてるうちに刺さっていたようでした。

 ともあれ、ハイチは政変に揉まれて民衆がつらい思いをした国ですし、早い復興を願うばかりです。今回の大惨事の犠牲になられた方々の御冥福をお祈り申します。


 さて、小沢幹事長の疑惑究明が急展開していますが、ついに現役議員の逮捕という展開に至りました。

 政治家の秘書の方は、何か事件が起こる度に責任をおわされて可哀想な感じがしますが、こういう時こそ親分が子分を守るべきじゃないんですかね~。

「本当のことを言えば政治家生命が断たれるから、言えない・・・」なんて、石川議員が本当に哀れです。

 小沢さんは、もう権力闘争から足を洗うべきでしょう。ここまで来たら、いつ逮捕されてもおかしくありませんよ。

 不正はしていないと言っても、正当にやっていて何億円もホイホイ動かせる道理がないでしょう。もう、国民は彼に期待していないでしょうし、民主党も小沢さんに牛耳られるのは御免なんじゃないですか? 結構、失言多いし・・・。

 天皇陛下に関する発言に関しても、別に私は右翼じゃありませんが、随分とひどい理屈を言うもんだな~と思いました。70代後半の人の健康状態を無視して政治利用を容認するかのような発言は、普通に考えても言語道断な傲慢さですよ。

 右翼の人達がよく騒がないもんだと思う人が多いと思いますが、私はむしろ、これは本気で狙っているだろうと思いますね。本気で狙うなら、事前に威嚇して警戒させたりしない筈だからです。身辺警護に気をつけるべきでしょう。

 小沢さんは、検察と断固戦うと幹事長続行すると言っていますが、民主党を巻き込んで自滅しないうちに、もういっそ、政界引退した方がいいんじゃないですか?


 ここ最近も、近所のうどん屋と薬局が無くなりました。街を歩けばテナント募集の張り紙ばかり・・・。

 不況で庶民が苦しんでいる時期に、あまりに巨額な金を動かしている政治家の皆さん。

 政治活動に使う金を生活苦に悩んでいる人達のために使うという発想にはならないんでしょうかね~。


 あ~、それから、目玉親父の声で知られる田の中勇さんが亡くなられました。77歳というのは私の母親より若くて、ちょっと意外でした。もう少し、お年なのかと思っていたのです。

 何か、最近は70代では老人という感じがしなくなってきましたよ。青木先生なんて50代くらいにしか見えないし、一般的に見ても、60代だと全然、老人という感じじゃないんですね。年齢重ねると個人差が激しくなりますよね~。

 映画評論家の双葉十三郎さんも亡くなられましたが、こちらは99歳だそうで、ほとんど一世紀分ですから、何か凄いですよね~。

 やっぱり、十分に長く生きて、それも死ぬ直前までバリバリ活躍できるのが理想ですよね。田の中さん、双葉さんには、お悔やみよりも、「ありがとうございました」と言いたいです。


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秘伝を教わってきました!

 昨年、刀の拵えを作った御礼に・・・と、青木宏之先生が御招待くださったので、漫画家の黒谷薫先生をお誘いして一緒に西荻窪の事務所にうかがいました。

 どうして黒谷先生を?・・・と申しますと、以前、「長野さんをあんなにカッコ良く描けるんだから、私も描いて欲しいから紹介してください」といわれていたので、いい機会だと思った訳です。

 丁度、御無沙汰しているので、ほびっと村のナワ・プラサード書店にも挨拶に寄ってきました。ほびっと村では9年間くらい講座を続けていましたが、最近はとんと足を運んでいませんでした。

 実は、松田隆智先生と出会ったのも、ここなんですよね~。

 今も、大友映男さんの太極拳講座も、新体道の講座(曽根田先生)も続いているし、私も久しぶりに特別講座を春くらいにやってみようかな~?と思っておりまする(お楽しみに~)。

 西荻窪という場所は高尾山からの霊気が中央線を通ってくる中でもエネルギースポットとして有名で、多くのスピリチュアル系の団体がひしめいている場所なんですよ。

 ちなみに一階の自然食品店の野菜は田中泯さんの農場で育てられたものなんですよ。二階のレストランではその食材を使った料理が食べられます。


 さて、青木先生の事務所に到着しまして、挨拶もそこそこに、いきなり“ダンビラ”を見せる私・・・「青木先生に見せようと思って、四郎國安もってきましたよ~」。

 すると、青木先生も吉原義人さんの打った刀を見せてくれました。丁子刃の見事な出来で、黒染め鮫に緑の鹿革の柄巻の柄も美しく、反りが深い三日月のような姿でした。

 どうですか? 皆さん・・・カタナバカ同士の挨拶・・・“互いの愛刀を見せあう”。これが基本ですよ。

 そして、最近、青木先生が考案した斬撃力訓練法をやらせてもらいました。

 スポンジとシーツなどをキャンバス地の袋に詰め込んだサンドバッグに刀をズドーン!とブチ込む。ちょっとでも刀を引いたりすると切れてしまうから、ハラからぶちかますみたいに刀を剣体一致で当てていく・・・というもの。

 何でも、青木先生はこれを一日、百回日課にしているんだそうなんですけど、私は三回くらいやっただけで手首がイカレそうになりましたよ。

 しかも、青木先生はこの訓練の前に数百回、ぶっとい八角棒を素振りするんだとか。ムチャクチャというか何というか・・・御齢74歳でやることですか?

 確かに、これやっていたら、ぶっとい竹を茹でた竹ノ子みたいにスカスカ斬れるだろうな~?

 おまけに、何と、連続水平斬り返しの技もコツを伝授してくださいました。

 もっとも、コレは、教わったからって、ちょっとやそっとじゃ体得はムリ! 帰宅して練習してみたけど、笑っちゃうほど難しい! う~む・・・体得できるかな~?

 たった一つの技であっても、教わった以上はもう師匠ですよ。しかも、青木先生が長年研究されてきた技の中でも秘伝ともいえる技ならば、その一技の中に内蔵される武芸のエッセンスは底知れないものです。

 体系的に学んでもそこに気づかない人の方が多いでしょう。青木先生が私に教えてくださったというのは、それだけ私を評価して“お前なら盗れるだろう”と思われたという訳なんですから、これは体得しなかったら失礼なんですよ。

 私は、最近、本当に、今まで教わった先生方(たとえ甲野氏であっても)には大切なことを教わったな~と思っていますよ。中には、ほとんど実技を見せてもらっていなくとも、ちょっとしたヒントを説明されただけで、その後、どれだけ研究が広がったか?と思うところもあります。

 青木先生には、実は実際にお会いする以前から、著作中のちょっとした文章からアイデアを膨らませて実際の技に結び付けていったという面があるんです。

 無論、これはどんな先生に関しても大なり小なり影響はあるんですが、特に青木先生と直に接するようになってからは、武術に関するアプローチの仕方が根本的に変わってきつつありますね。

 何というか、実戦がどうとか、強さがどうとかいったことがどうでもよくなってきたんですよ。そういうこと言ってる人達が「うわ~っ、チッチャイナ~」と思えてしまう。

 で、そうなると、技が伸びてきたんですよね~。不思議ですね~。執着心が薄れると、できなかったことができるようになっていくんですよ・・・。

「あ~、そうか? 心が邪魔してたんだ・・・」ということに気づいたんですね。


 約三時間ほどお邪魔し、吉田さんの料理(おいしかったです~)とワインをいただきながら色々なお話をうかがいました。

 新体道と剣武天真流の技に関することや、江上茂先生の思い出話、書道の話、フィリピンの話、仏教理論の話など・・・。

 普通の武道の先生だと、血なまぐさい体験談しか出てこないんですけどね~。

 いや、本当に楽しい時間を過ごせました。

 帰り道、黒谷先生も「いや~、凄い人ですね~」と感心することしきりでしたよ。


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古武術の弱点

 ある人から、私がその人の師を「理合をわかっていないのではないか?」と発言した(よく覚えていないんですが・・・)ことに関して文句を言われたということは、以前に少し書いたと思います。

 何しろ、よく覚えていないので、私が本当にそう言ったのかはわからない(その人の聞き間違いかもしれない)ので、具体的に謝るのも筋違いなように思えたんですが、その人の気分を害した点だけはお詫びしたつもりでいたんですね。

 だけど、その後、了解したのかどうなのか何も言ってこないので、年賀状で「納得したかどうか連絡して欲しい。もし、納得できず許せないと思っているのなら、私はいつでも相手になりますよ」と書きました。

 これは、その人が「私の師匠と流派を侮蔑するのは許さない」と書いていたからで、師匠と流派の名誉を持ち出す以上、納得いかないというのなら、実力勝負するしか道はありません。

 少なくとも私は古い考え方の人間なので、「許さない」という言葉を出す時は、命をかける覚悟はしますよ。

 だから、当然、相手もそうでなきゃいけないと思ったんですね。“「許さない」という言葉を使うのなら、そういう覚悟が必要ですよ”と教える必要があると考えた訳です。

 ところが、この人は私が脅迫しているみたいに書いてきたので、「オイオイ、ケンカ売ったのはアンタやん?」と、正直、苦笑してしまいました。

 でも、私に叩き殺されるかもしれないと思って胃痛になったりしたらしく(被害妄想だよ~。ちょっと怒ってるだけだから死ぬほどは打たね~よ)、返事もしてくれるなとのことなので、はてさて、困ったもんだな~と・・・「こんなことなら、先日、挑戦してきた人の方がよっぽど男気があるな~」なんて思ったりもしましたが・・・。


 だけど、まだ許せないという気持ちは変わらない様子なので、本人が返事を返すなというので、しょーがないから、ここに書いておきますね。

 私は、その先生と流派を侮蔑する意識は皆無です。これは間違いありません。

 ただし、私は、その先生の演武を動画で見て、弱点があると思いました。

 それは、軸が堅いということです。骨盤から押し出すように前に出ていく推力で技を繰り出す威力は優れていますが、その時に体軸がガッチリし過ぎていて、もし相手が柔らかくいなす技術に長けていた場合に受け流されて破れる危険性があると思いました。

 例えば、システマのような武術と戦った場合、推力の強さが逆に弱点になってしまうでしょう。

 仮に私がこの先生と立ち合わねばならなくなったとしたら、徹底的に受け流して反撃していくでしょう。不遜な言い方ですが、それで勝てるという目論みがあったのです。

 でなければ批判的なことは私は言いません。

 そういうことが頭の中にあったので、確かに、やや批判的な意見を口にしたのかも知れません。

 この人が問題視している「理合がわかっていないのでは?」という言葉をもし私が口にしたのであれば、それは、「御自身の弱点がわかっておられないから改善できないのではないか? そこを改善しないとまったくタイプの違う相手と立ち合う時に危ないのではないか?」というお節介な気持ちがあって口にしたのかな~?と思います。

 何しろ、本当に覚えていないので、どういう言い方をしたかも解らないので、ここに書いたことは客観的な私の考えです。

 率直に申しますが、型稽古のみならず試合をやる流派であっても、一定の戦闘パターンに染まることは、弱点をつくることと同義になります。

 裏を取られて弱点だけを徹底的に攻めれば他愛なく破れてしまうものです。

 この点を理解している人は、自身のやり方が最高だなんて決して考えず、他流の戦法を常日頃から研究するものです。

 例えば、鹿島神流の国井先生や大東流の佐川先生は、空手・拳法系の技を研究して他流と立ち合う時の工夫を怠らなかったそうです。

 しかし、その次の世代以降になると、そうした工夫をされている師範を私は寡聞にして聞きません。どうして工夫しないのか不思議で仕方がありません。

 新体道の青木先生は、空手がベースでありながら、数多の古武術流派のDVDを分析されていますし、その研究成果があるからこそ剣武天真流を立ち上げられたのでしょう。

 私は研究家ですから、他流と立ち合う時のことも常に考えていますから、根拠なく批判するということはしません。

 ですから、この文句を言ってきた人に対しては、信仰心のレベルで感情的なプライドを振りかざしているに過ぎないのが解ったので、はっきり書くのを憚ったのですが、それが裏目に出た以上、ここに明確に批判の根拠を書くしかないと思った次第です。

 その先生のお名前と流派名を書かないのは、書かずとも本人が読めば判るからなのと、無闇に論評して感情的な恨みを買うのも馬鹿馬鹿しいからです。

 ですが、尚も「許せない」と言われるのなら、それはもう、お相手するにやぶさかではありません。論より証拠。“立ち合って勝った方が正しい”のは武術の常道ですから。

 これは、どなたであっても、「許さない」と私に言うのなら、命がけで言ってくださいね。その覚悟がないなら、他人に対して「許さない」なんてのぼせた発言はしないことですよ。

 私だったら、許せないと思った相手は、徹底的に追い詰めて地面に頭擦り付けて謝罪させますよ。

 それをやる覚悟がない人間が口先だけで「許さない」なんて人に言うのは、物凄く失礼な話だと私は思っています。

 少なくとも、武術を学ぶ人間は、もっと強い心であって欲しいものです。
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2010年第一回セミナー感想

 今年も月例セミナーがはじまりました。

 10代の方が二人も参加されて、年齢層も幅が広がったような気もします。

 何しろ、前回12月のセミナーにて不慮の事故が起こってしまいましたので、今年は、まず第一に安全にやってもらうということに注意を向けねばならないと考え、しかも第一回のテーマが発勁だったので、いつもは二人一組でおこなっていたのを、三人一組になってもらって、「打つ人・打たれる人・打たれて飛ばされた人を支える人」という組み合わせでやってみました。

 これは、前回の事故後に指導法の改善対策として考えていたものですが、受講生の方からも安全対策として考えてくださった方もいらして、本当に、ただ金とって教えるという関係だけじゃないコミュニケーションが自然に育ってきたな~と、感動しましたね。

 しかし、今回は、教えるのに夢中になり過ぎないように、なるべく引いて全体の様子を観察するように注意していたんですが、やっぱり、これまで安全対策が疎か過ぎていたな~と反省させられました。

 とにかく重心移動の威力というのは自分で力を込めて打った感じがしないのに、びっくりするくらい相手がふっ飛んでしまったりするので、例えば、いろんな工具が置いてある工場の中なんかで喧嘩になって、一発食らわしたら、吹っ飛んだ拍子に打ち所が悪くて絶命する・・・なんてことが簡単に起こってしまうでしょう。

 吹っ飛んだ方が直接のダメージは残らないんですが、後頭部から激突する間接ダメージは命取りになりかねませんから、受講した皆さんは面白がって実験しないように、くれぐれも注意してくださいね。

 これまで、安全のために発勁を打つ時はわざと飛ばすように打ち放す(明勁)ようにしていたんですが、これは、吹っ飛ばないように威力が体内に浸透し残るように打つ打撃訣を利用する(いわゆる暗勁)と、素手で殺人的な致命傷を与えてしまうだろうと確信しているからなんです。

 それだけの致命傷を与える威力が重心移動を用いると素人でも即座に出せてしまう。

 なので、セミナーの時は明勁までしか教えませんが(時々、危ない打ち方を口走ってしまうけど)、それでも、基本原理は同じなので、ちょっと打ち損なった拍子に暗勁になってしまう場合があるんですね。

 私の場合、打ち損なって逆に効いてしまったことを何度も繰り返していて、打撃訣を自然に自得してしまったんですが、軽い実験のつもりで自分を打たせてみて、あんな恐ろしいものだったと初めて知って、「こんな技で人を打ってはいけない」と本気で思いましたよ。

 そもそも、体重100kgの人が半分くらいの体重しかない人の一発のパンチで2~3mも吹っ飛ぶ・・・なんてことは一般の武道や格闘技ではまず起こらないでしょう。

“車が激突するようなパワーを、鍛えたことのない人間が出せる”というのが発勁の真の怖さだと思いますよ。

 この、“鍛えないでも出せる”というのがミソ。

 私は、別に人に信じて欲しいなんか全然、考えていません。私は信じる信じないという言葉が嫌いなんです。事実は事実として客観的に認めるためには信じる信じないという判断はマイナスだからですし、人が「信じる」という言葉を口にする時には本音としての疑いの気持ちを自分で打ち消そうとしているんですよ。

 だから、正直に「信じられないです。本当なんですか?」と言ってくれた方がいい。

 私が言っているのが事実なのは、やってみれば歴然と判ることだから信じてもらう必要なんかないんです。セミナーを受講された皆さんなら、理解してもらえると思います。

 でもね。ほんのちょっとのコツを知っただけで、ここまで隔絶した威力が出せるというのは、コロンブスの卵でしょうね。体験しても「信じられない」と呆然とされる方が多いです。

 仕組みが判らないうちは、私も「神秘的な気のパワーによるものなのかな~? 俺が天才なのかな~?」と思った時期もありました。

 が、自分ができるようになり、人にも教えているうちに、「あ~、これは誰でもできるじゃないか」と確信するようになったのです。

 すると、神秘めかして大仰に教えている人達の底意地の悪さとか、権威主義的な性格が透けて見えてきて、ムカついてきたんですね。

「こいつら、わざと肝心なこと教えないで弟子を信者にしているだけじゃないか。この糞ったれどもめが、天誅を食らわしてくれる!」と思って、秘伝のネタばらしに励むようになった訳です。

 けれども、最初はタダ同然で教えていたら、さっぱり人が集まりません。最近、高額にしているのも、その方が人が集まるし私も助かるという現実を受け入れたからです。

 今でこそ本を何冊も出してDVDもシリーズで出して、それなりに知名度も上がってきましたが、その当時の無名な私の言うことなんか誰も相手にしてくれないし、業界人もシカトするばかりでした・・・。

 そんな業界でも何人かは応援してくれる方がいました。無名な私を認めるということは、純粋に私の才能を認めてくださったということです。しかも、いずれもこの業界で知る人ぞ知るトップの方ばかり。いや~、嬉しかったですよ。そんじょそこいらの人間に馬鹿にされたって、この先生方に認められたというのは自信になるでしょう?

 もし、その方々がいなかったら、私はとても続けられずに田舎に引きこもってしまったかもしれません。

 そもそも、私は「武術家になりたい」なんて全然、思ってないですからね。今でもそうですよ。武術は楽しくて続けてきただけ。「強くなりたい」とすら思ってない。譬えは悪いですが、麻薬中毒みたいにやめられないだけですよ。

 上京したのだって、映画の仕事がやりたかったからだし・・・。

 まさか、武術教えて生活するようになろうとは、夢にも思いませんでしたね~。まあ、嫌じゃないから、これはこれで、まっ、いっか~?と思ってますけどね。

「長野さんは才能があるんだから、田舎に帰ったりしちゃいけませんよ」とか、「今は長野さんを無視する人が多いかもしれないけど、十年後には貴方が第一人者になっていますよ」と励ましてくれる方々がいたから、その言葉が私を支えてくれました。

 2年とちょっと前にも、ほとほと嫌気がさして、もし、誰もついてこなかったら、俺は武術を教えるのはやめてしまおうと思ったことがありましたが、その時に、「僕は長野先生に教わりたくて游心流に入ったんです」と言って、ついてきてくれた会員が数人いて、それで続けることにしました。

 その時についてきてくれた人達には、だから、自分の研究成果を全部伝えようと思ったし、わずか二年で予想以上に上達してくれました。特に師範代は、もう数年前の私と同じくらいできるようになっていて、これは私もちょっと鍛え直さなきゃ抜かれてしまうぞ~と思ったりしています。

 今回のセミナーには何年か御無沙汰していた会員さんも参加してくれて、「教え方が凄く解りやすくなった」(師匠にダメ出しかよぉ~ん?)と感想を言ってくれて、それだけ研究成果が上がっているんだと嬉しかったですね。

 だから、結局、武術研究家というのは自分で決めたんじゃないんですね。応援したり支えてくれる人がいなかったら、とっくの昔にやめていたでしょうね。

 やっぱり、何事もそうだと思うんですけど、自分を認めてくれる人が一人でもいれば、人間は頑張って生きていけるんじゃないでしょうかね。

 だから、子供さんがいる方は、心してください。「お前はダメだ」と否定しないで、「お前は本気でやれば必ず力を発揮できるんだ」と言い聞かせて育ててください。

 私の親父は口癖のようにそう言っていたので、長く芽の出ない生活の中でも、何となく私は自分の能力を疑わずに生きてこれました。

 地元天草の学校教育界で名士として慕われていた親父を私は尊敬していましたが、唯一、息子が不甲斐なくて「鷹が鳶を生んだ」と揶揄されていたという話をちらっと聞いたことがあり、「俺のせいで父ちゃんに恥かかせてしまった」と、そこだけが人生の汚点だったのではないか?と、申し訳なく思っていました。

 もう少し長生きしてもらっていれば・・・と思うと同時に、自信喪失せずに生きてこれた精神を養わせてくれたことを感謝しています。

「お前は本気でやれば何でもできる」と言い聞かせていれば、挫折した体験をしても、必ず乗り越えていける人間になるでしょう。

 そして、自分がリストラされたり苦労していたとしても、諦めないで頑張ってる姿を子供に見せるのが、一番、いい教育になると思いますよ。星飛雄馬も、「俺の父ちゃんは日本一の日雇い人夫だぁっ!」と言っていたじゃないですか?

 私は、頑張ってる人を尊敬します。武術の腕前なんか、どれだけあっても意味ない。けれども、しっかり働いて老親の世話をしながら武術の修行も続けている・・・という人こそ、尊敬できる。うちの会員さんにはそんな人もいます。

 口先でどんな立派なことを言ってみたって、実行が伴わなければ「口先だけのヤツだな~」と、誰も相手にしなくなるでしょう。ならば、言わない方がいい。黙って仕事をやり、成果を示してみせれば、誰だって自然に認めてくれるものです。

 やるべきことをやらず、理由ばかり並べて自分を取り繕う人は、軽蔑しかされないものですし、私は、そういう人とは口もききたくありません。

 先日、座・高円寺2で開催されたダンス・パフォーマンスの公演(RAKUDO Vol.29 DANCE PERFORMANCE『SPIRIT CONNECTION』)を観てきました。主催者の方がダンスのレベルアップのために武術の身体操法を学びたいということで連絡してこられたのが一昨年でしたか。

 本業が多忙で通われずにいらしたんですが、公演を御招待してもらって会員さんと一緒に観に行き、これがもう、「素晴らしい」という言葉以外、感想が出てこないくらい素晴らしくて、本当に感動しました。

 音楽も演出も振り付けも何もかも、本当に気持ちよく面白く鑑賞させていただきました。

 終了後に会場外で少しお話しましたが、ガッチリと握手されるその掌から伝わってくる力強く晴れやかな波動・・・本気で頑張っているプロフェッショナルの人というのは、眩しく見えるものです。

 また、こういう人から期待してもらえたというのは光栄なことでした。

 武術は芯のところに毒があります。それは拭い去れない殺気であり情を否定するものです。が、その先に生死を超越した宗教的な自在心があります。そこまで到達できる人は滅多にいないでしょうが、もし、到達できたとしたら、武術であっても人を感動させられるものになるのではないか?と、最近、そう思うようになりました。

 2010年という区切りの年。多分、今年は游心流の次のステップに踏み込む年になるだろうと思っていますが、「人を感動させられる武術」を目標にしたいと思います。

 そのために、創業者?としては、しっかり地盤をつくって次の世代に引き継いでいきたいな~と思っています。


追伸;ベースボールマガジン社から出ている『基礎から学ぶ!ストレッチング』の写真モデルを秋本つばささんが担当されています。理論から実践法、最新ストレッチングまで詳細に解説されていて素晴らしい内容です。もちろん、モデルがいい! つばさ基地ではストレッチング講座もありますから、この本を買って受講されると宜しいでしょう。(今度、秋本さんにサイン書いてもらおう)

追伸2;空手漫画の第一人者、坂丘のぼる先生が審査で負傷しながらも、見事、全空連三段を取られたそうです。スゴイ。おめでとうございます!


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『龍馬伝』観た

 今年の大河ドラマは、坂本龍馬を新しく描くということで、久々に観る気になりましたよ。

 総合演出の大友啓史さんは、『ハゲタカ』の監督で名を上げた人で、一度、田中泯さんの踊り(石原さんだったかも?)を観に行った時に少しお話したことがありました。

 凄いブッ飛んだ人だったので、「なるほどな~。こういう人でないと面白い作品は作れないだろうな~」と、妙に感心したのを覚えています。

 まあ、アマデウス・モーツァルト的とでもいいましょうか?

 大友さんは、しきりと「田中泯さんはカッコイイよな~」と、非常に心酔している様子だったので、ひょっとして?と思っていたら、何でも泯さんが土佐藩の暗殺された吉田東洋を演じるのだそうですね。

 吉田東洋といえば、私は『人斬り』で新国劇の重鎮だった辰巳柳太郎が威風堂々と演じられていたのを思い出します。

 吉田東洋は剣の遣い手だったので、雨中で複数の刺客と渡り合って、実に堂々と戦って殺されるのです。

 そうか~、アレを演じられるのか~・・・と、ちょっと『たそがれ清兵衛』の時を思い出してしまいますね。

 もちろん、福山版龍馬も魅力的に描かれています。第一話を観ただけで、今後、一話も観逃さずに観続けようという気持ちになりましたよ。

 こういうのを観ると、やっぱりNHKは格が違うな~という気がしますね。

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『アサルトガールズ』観てきました!

 押井守監督のSFアクション『アサルトガールズ』を、テアトル新宿に観に行ってきました。

『ぴあ』で、劇場の都合で入れ替えるかも?とか書かれていたので、「これは記録的な不入りなのか? ヤバイ、早く観に行かないと前売り券が無駄になってしまう~」と、慌てて観に行ったのです・・・。

 何か、客の感想も良くないみたいだし、「押井監督、ヤッチマッタノカ?」と思ったりしていたんですが、あの『アヴァロン』の世界観を引き継いでいる作品となれば、他人の評価なんか無視! 俺は俺の目しか信じないんじゃ~!とばかりに、劇場に行きました。

 で、感想なんですが、「なるほど、この肩透かし感を不快に思う客は多いかもな~」とは思いましたね。

 何というべきか・・・? そう、丁度、『キルビル』を観に来た年配の御夫婦が首をひねりひねり劇場から出ていく・・・あの感覚に近いかも~?

 尺も一時間とちょっとだから、「何じゃい、コリャ~?」と思った人が多かったのかもしれません。

 だけど、ちょっと待ったぁっ!

 この作品の味は、いつもの押井監督の観念的哲学的SFの思想性にあるのではない!

 これは、いわば、“落語”であり、“漫才”であり、“うる星やつら”なんですよ。

 バトルスーツや銃器の過剰なまでのカッコ良さ、仮想現実空間にいる巨大モンスターを狩る女ハンター達の際立つ個性(踊ってるだけの菊地凛子)、それに利用されるだけの筋肉男・・・黒木メイサが沖縄古伝空手(今野敏先生直伝!)を駆使して筋肉男を繰り返し抹殺?する押井節たるリフレイン・ファイト。

 シャレですよ。シャレ! 物凄く手のこんだシャレ!

 押井ワールドの一つの真骨頂といってもいいんじゃない?

 よって、私はこの作品、好きだな~。佐伯日菜子も出てるし・・・もはや、押井作品の常連と化しつつあるような・・・。

 それに、巨大モンスターをアンチマテリアルライフルで狙撃するというのも好き。

 仮想現実空間の話なので、彼女たちの日常生活空間も見たかったですが・・・それは押井監督がプリキュアみたいなシリーズ構想をしているかどうか?ですかね~・・・。

追伸;年賀状、くださった皆さん、ありがとうございました。葉書がなくなって全員にお返事できませんでした。ごめんなさい。あらためて、今年も宜しくお願いします。

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年末の格闘技試合を見て・・・

 大みそかは、今年も田舎には帰らず自宅に籠もって原稿書きしながらTVを見ていたんですが、今回は格闘技番組が気になったので、紅白とチャンネルを変えながら見ました。

 魔裟斗の引退試合、宿敵アンディ・サワーとの真剣で斬り合うような攻防・・・。

 私は、魔裟斗の選手生活の中でもベストの試合だったのではないか?と思いました。

 最近、格闘技の試合を見ても燃えなくなっていましたが、久しぶりに画面を見ながら自分まで動いてしまいましたよ。

 私、見かけと違って、やっぱり九州人のサガとでもいうか・・・戦いを見るとこっちも無意識に戦闘モードに入っちゃうんですね。

 だから、自宅で時代劇見てる時は日本刀振り回してしまうし、西部劇の時はガスガンを指先でクルクル回しながら見てますよ。

 独り暮らしだからいいけど、家族いたらウッカリ斬っちゃうかも~?

 そんな訳で、魔娑斗の試合は、ここ最近のどの格闘技の試合よりも良かった。「強いうちに引退したい」と語っていた通り、自身の最強に到達したと同時に引退するというのは、どこか侍の死の美学のようなものも感じさせました。

 無論、衰えても必死で頑張って、やがて若手に為す術なくボコボコにやられて引退していく姿もまた、格闘家としての美しさに違いないと思うのですが、どちらを選ぶかは他人が評することではないでしょう。

 また、鳴り物入りで総合格闘技デビューした石井もまた、攻め切れずに判定負けとはなりましたが、デビュー戦とは思えない桁外れの技量をかいま見せていたのではないでしょうか?

 1Rに、あれだけパンチを浴びながら怯まず、2Rから盛り返していった闘志は凄いものだと思いました。吉田も呆れたような顔をしていましたね。いくら打っても倒れないから・・・。

「殺す気でいきます」と言っていた言葉が本気か?と思わせる戦いぶりに、吉田は内心、舌を巻いていたのではないでしょうか?

 ファールカップが割れてしまうほどの膝蹴りで股間を痛打されてのたうち回った吉田の姿を見れば、スポーツ家としての申し訳なさから攻撃を逡巡する心が出てもよさそうなものなのに、石井は烈しく攻撃していきました。

 技術的にはまだ完成されていないでしょうが、その闘志とスタミナには背筋が寒くなるものを感じました。

 しかし、それ以上に、今回、驚かされたのは、K-1甲子園の野杁くん。

 魔裟斗二世と呼ばれるヒロヤを破ったのには驚きましたが、クールに追い詰めていくサイボーグみたいに見えたところが、より驚かされました。

 構えたところからノーモーションで放つパンチにシャープな蹴り。一発の威力はヒロヤが上でしたが、パパパッとフルオート射撃するようなパンチのコンビネーションと、正確に防御する技術、見切りの正確さ・・・総合力で完全に上回っていたでしょう。

 これで高校一年というのですから末恐ろしい限りです。

 第二の魔娑斗を探せ・・・みたいなノリも、どこ吹く風という感じで、そのクールな顔からは、「魔娑斗なんか、オレの眼中にはねえよ・・・」と言わんばかりの不敵さが感じられました。

 パンチの打ち方がちょっと意拳っぽかったり(鑽拳みたいなアッパーカット)、個性の際立った選手の登場は、今後の格闘技シーンを期待させます。

 後はミノワマン、凄かったですね~。

「自分から行かなきゃダメだよ~」といっていた須藤元気の声を裏切る、一発のカウンターフックで撃沈させてしまったシーンは、まるで西部劇の決闘みたい。

「こりゃ~、ミノワマンに謝んなきゃいけないな~」と苦笑している須藤の解説が面白かったですね。

 いや、本当、今回の格闘技イベントは面白かったですよ。


 武術の場合は、格闘技と一番違うのは、相手に攻撃を出させない点にありますが、やはり、間合とタイミングを制する点では共通点がありますから、研究すべき点が多くあります。

 そういえば、刃牙のモデルとして有名な平直行さんの新刊本を読んだんですが、太気拳や柳生心眼流も修行されている平さんだけに、格闘技と武術の違いを体験的に語られているところが勉強になりましたね。

 やっぱり、やってみないと何ともいえないところってありますからね。

 特に、格闘技は素質と才能がものをいうのに対して、武術は誰でも上達させる知恵があるという書き方をされていたのは、慧眼だと思いましたね。

 逆に考えてる人が多いですからね。

 スポーツって、素質と才能がモロに出ると思うんですよ。

 誰もがプロ野球選手になれるものではないというのと同じ。

 でも、武術の場合、誰もが達人のレベルになれる可能性があるんですね。そういう意味では易しいですよ。きちんと理解して理詰めで学べば素質も才能も関係ないと思うし、斯界で誰もが信じて疑わない何年も地道に訓練しないと戦えるようにならないというのも固定観念に過ぎないと私は思います。

 理解してやれば半年で相当の実力がつきますよ。

 ただし、理詰めで教えられる人が少ないのが問題なんでしょうね。

 伝統武術の多くは、どれだけ体系化された稽古システムを維持しているか?という点を誰もが重視します。

“それが正しい”という前提であれば、間違いではありません。

 が、大抵は、それが正しいかどうかの検証をされることはないんですね。信じる信じないの問題になってしまうんですよ。やっている稽古法が何のためなのか解ってない。

 で、私は“信じない派”なんですね。

 信じていないから、本当かどうかを検証している訳です。使えるか使えないかという点なら、“使える筈”と思っていますが、それは、伝えられている技の用法なり型なり練功法なりの原理を探って再構成して具体的に使えるものに改造していく作業をしています。

 だから、私は伝統武術をそのままやっている人間じゃありません。伝統をそのまま鵜呑みにして有り難がる感性も、まったくありません。

 が、だからといって、伝統武術がダメだとかは思っていませんよ。伝統を寸分違わず継承することに価値をおく人達の考えを否定する気はありません。それはそれで価値があることだと思います。

 ただ、自分は興味がありません・・・というだけの話。

 伝統をブランド視して権威化して語るのは、私の趣味じゃないんですよ。だから、そういう考え方をしている人とは話すのも嫌なんですね。何かの宗教の信者と話しているみたいで不快なんです。

 要は、権威主義が嫌いだということです。胸糞悪くなる。

「自分で流派名乗っておいて、それはないんじゃないの?」という人もいますが、わかってないな~・・・これって、カウンターカルチャーなんだよね~。

 私はアメリカンニューシネマやりたいんですよ。変革者でありたい。

 日本人は保守的過ぎ。武術・武道も、すぐブランド扱いしてしまう。

 本質を探究しなきゃダメですよ。形式を守ろうとして本質を飼い殺しにしているのが今の日本の武術・武道の世界じゃないかな~?

 中国の武術なんかも、本来は実用的にどんどん変革していったと思うんだけど、日本人がやるとすぐに定型化させてしまう・・・これじゃ意味ないと思う。

 だから、武術愛好家には期待しない。外部から人を集めて育てるつもりです。

 ここ最近、やたらに交流を求められることが多いんですが、他流との交流はしない!と決めているのですべてお断りしています。今は内部を充実させていく時期だから、安易に広げるつもりはないし、考えの違う人と交流しても時間の無駄にしかならない・・・。

 来る人も選びます。教えたくない人には教えません。まして、他流会派との技術交流なんかトラブルを招くだけ。何回、そういう場面を見てきたことか? 本当に益がないから、やらないほうがいい。

 目先の強さしか見えていない人達はごめんこうむりますよ。

 私が目指している武術はそんなもんじゃないし、傲慢と思われるでしょうが、私以上に武術を探究している人はいないと思うようになったから、他流に学ぼうという気持ちもなくなってしまったのです。

 いや、というか・・・観の眼を磨くと、観ただけで本質的なところが解るようになってくるんですよ。これは、誰でもそうなると思いますよ。うちの会員も、ようやく、そうなってきました。

 私は自分が特別だとは思わないんですが、幸か不幸か、観の眼が開けてから、それに従って探究しているだけで勝手にいろいろなことが解るようになってしまったんですね。

 しかしね~、つらくなりますよ。

 何でかというと、欠点が観えてしまうから、昔みたいに無邪気に憧れる気持ちが持てなくなってしまったんですね。

 もう、武術の演武を観ても哀しくなってくることの方が多いんですよ。だから、観たくなくなってきました。
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あけましておめでとうございます!

 いや~、年末年始は原稿直しで忙しくなって、まいっちゃいました~。

 でも、無事に2010年を迎えることもできて、本年もどうぞ、宜しくお願い申し上げます!

 さて、新年の御挨拶を・・・と思っていたら、何か突然、意味不明の挑戦状?みたいなメールを頂戴しましたよ。

 明かさないでくれということなんですが、挑戦的な内容のメールを送っておきながら、何とまあ、呑気な人だな~?と、笑ってしまったんですが、要するに、喧嘩売ってる訳なんですから、1,「ホームページに晒す」、2,「その人の師匠に苦情を出す」、3,「警察に届ける」という選択を私がやったら、一体、どうなるんでしょうね?

 そういう危機感とか、全然、考えないで赤の他人にイチャモンつけてしまう思慮の浅さに、事務局担当者ともども大爆笑してしまいました。

 若い人じゃないのに、世の中で苦労したことがないんでしょうか?

 それとも、私が物凄い博愛主義者で喧嘩売ってきた相手をも包み込むような心の広~い人間だとでも思ったんでしょうか?

 例えばですよ。今、このブログにその人のメールを全文出してしまうこともできる訳ですよね?

 そうしたら、この人、一体、どうなっちゃうんでしょうか?

 自分の立場は全部丸潰れ。そして、師匠と流派の名前に泥を塗ることになります。また、脅迫メールを送った罪で書類送検くらいの警察沙汰にはなるでしょうね。

 そういう自身に訪れるであろう不幸の数々を全然予想しないで、私の書いた文章が“気に入らない”という、たったそれだけの理由で暴発してしまっている・・・。

 私をブン殴りたいのなら、黙って、勝手にやればいいじゃないですか? 何で、わざわざ犯行宣言?みたいなことをやるんでしょうかね~? さっぱり、理解できません。

 挑戦状、送るのが礼儀だと思ってるのかもしれませんが、それは現代では法律で認められないんですよ。何で、わざわざ犯行宣言の証拠を相手に送るんでしょうか?

 あまりに“おバカさん”なので、可哀想になってしまいました。

 何やら、「セミナーに行く」と書いていたのですが、この人、私が「セミナーで腕試しみたいなことやる人は営業妨害行為として警察に突き出しますよ」ってお断りしているのを読んでなかったんでしょうかね?

 私は、暴力に対しては、まず、法律で対処することを考えます。それが間に合わない緊急の時は実力で排除するつもりです。

 何回も書くのは馬鹿馬鹿しいから嫌なんですが、理解力が欠損している人があんまり多いから、もう一度、はっきり書いておきますよ。

 私は他人と腕試しする気はまったくありません。他人に強いとか評価してもらいたいという気持ちは皆無です。強いか弱いかは所詮、相対的なものですよ。

 でも、ここまで言っても「長野は本当に強いのか?」と、どうしても知りたい人がいるみたいですね?

 だからね~、私は自分が強いなんか全然、思ってないって言ってんだから、いい加減にしろってんですよ。

 はっきり言って、強くなりたいとすら思ってない。

 ただ、武術を探究していく過程で戦闘技能がアップしていくのが楽しいだけ。体力的にも体格的にも勝てないだろう相手に勝てるところが武術の醍醐味。それは、強くなるんじゃなくて、人間の可能性が開発されていく喜びがあるんですよね。

 それは、実践している人間にしか理解できない喜びであって、やってない人とは共有できない。

 だから、それを理解したいんだったら、“やればいい”だけなんだけど、格闘技の試合を観戦するみたいにして理解したいんでしょうね。

 でも、武術の場合はそれは無理なんですよ。技だけじゃなくて、戦術と戦略がある訳ですからね。ルール決めて試合したら、私なんか全然弱いもん。勝負の内容がアンフェアな状態だから、弱い人が強い人に勝てる。そこをフェアにしようとすれば、もう武術ではなくなるんですね。

 勝てないと判っている勝負はする意味ないですよね。私はスポーツはおろかゲームすらやらないですからね。

 勝ったり負けたりするのはやる気がしないんですよ。一方的に勝つことしかやりたくないんですよ。

 だから、武術を選んだんですよ。武術はアンフェアなことやっても相手に勝つことを考えるからです。相手の知らない技、理解できない戦術を駆使して勝つ。それが楽しい。

 でも、その知らない技や理解できない戦術を知りたいんでしょうね? 理解していたら考えないんだけど、理解していないが故に、見たくなるんでしょう。強いか弱いかの判断ができる場に引き降ろしたがる。やったことない人は・・・。

 強いか弱いかの判断基準しかない。武術の勝負は勝てる工夫に秀でた方が大体に於いて勝つんだけど、その理が解らない人が多いんですね。

 その強さを求める感覚が、私は本当に、全然、理解できません。「他人が強いかどうかなんか俺に何の関係があるの?」としか思わないんですよ。

 自分が向上するのが楽しいのに、何で、他人の強さが気になるんでしょう? 「達人に習えている俺って幸せ~」感覚なのかもしれませんけど、皆目、理解できません。

 私も、「すげ~な~」って憧れてる先生は何人もいますけど、でも、「すげ~な~」って思うだけ。基本的に自分と会員の向上しか考えないですよ。

 逆に、そこまで私に執着したがるのは、一種のアイドルに憧れるような精神構造なんでしょうね。佐々木希みたいな美女からだったら嬉しいけど、男はホモ臭いから嫌です。

 そんな訳で、私は、腕試ししたい人は、すべからく“暴漢”と認識して対処します。ですから、場合によってはその人が大怪我したり死ぬかもしれないような反撃をするつもりですよ。よっぽど弱かったら手加減できるかもしれないけど・・・。

 私もそれなりに名前が知られてしまっているし、大恥かいたら商売あがったり、教わった師匠の顔にも泥塗ることになってしまうじゃないですか?

 だから、綺麗言でなくて、取り敢えず必ず勝たなきゃダメですからね?・・・ってことは、手段を選んだり手加減してやったりする余裕はハナッからないんですよ。

 本当、「日本人が優勝できなかったらハラを切るっ」って言ってた大山倍達先生の心境ですよ。マジで。

 だから、軽い腕試しで力量を見たいと思う人は、私に近づかないでくださいよ。甘い考えのヤツの相手したくないんですよ。

「軽く技をかけてもらいたかっただけなのに、いきなり腕を折られた」って、文句言われても困りますからね。

 やるんだったら、人生が終わっても構わないという覚悟の上でやってくださいよ。そういうハラ括ってる相手だったら遠慮なくやれるでしょ?

 本当に、発勁打ち込んだら死ぬかもな~?って思うと怖いんですよ。何度も、「あっ、殺しちゃったかもしんない?」と泡食ったことあるから、いつも陶器を扱うみたいにして教えているんですね。

 今まで一度も本気で打ったことないです。軽く、ちょこんって当たっても、目開いたまま失神したり、ストーンと崩れて呼吸できなくなってたり・・・本当にマジで打ったらヤバイですよ。

 挑戦状送ってきた人は20年近く中国武術やってるみたいで、長年、発勁を磨いてきたみたいなんですけど、私が自得して打てるようになったのは23歳の時で、それから24年くらい磨いてきたので、発勁だけに限っても数年の差があります。

 いつも安全のためにちょっと押し飛ばすようにしているんですけど、それでも鞭打ちになった人もいるし、本当に松田先生から「危ないから隠しなさい」って注意されたんですよ。

 でも、今回の挑戦状送ってきた人は、自分の発勁と私の発勁がどっちが強力か確かめたいみたいなんですね。ってことは、私の発勁を受けてみようと思ってるのかもしれないんですがね。

 全力で打ったことないから何とも言えませんが、死ぬ可能性があるし、恐らく生きていたとしても、一生、後遺症に苦しむことになるでしょう。

 伝統武術の修行システムを信じている人は、私のやり方が信用できないでしょう。私だって、実験を繰り返して納得するまでは、こんな簡単に体得できる道理がないと思っていましたから、気持ちは解ります。

 でも、私の論が間違いだったら、何年もセミナーが続くはずはないでしょう? 今はいろんな流儀の指導者レベルの人達も通ってくれているのですから。

 研究のために自分を打たせてみたこともありますから、どう打てば、どういう結果が出てくるか?ということも解っているんです。

 それが予想できるから心苦しいんですよね。たとえ、敵意をもっている人であっても殺してやりたいと思うくらい憎悪している訳じゃないですからね。

 セミナーに参加している常連の人達や会員さんは、私の発勁がどのくらい効くか?と知りたがる人はもういないと思います。

 慎重にやらないと危険なのが解っているからですし、何よりも、自分が体得して、あまりの威力に驚いてしまうからです。

 それでも、知らない人は、ここまで警告してもハッタリだと思う人はいるでしょう。死ぬも生きるもその人の人生の選択ですから、私の感知することじゃありませんけど、好奇心を満足させたいだけで人生を台なしにしたがる人には、お気の毒と言うしかありませんね。

 武術愛好家って、自分からドツボに嵌まり込みたがる人がいるものですね。

 取り敢えず、本人には、「頭を冷やしてよく考えなさい」という内容で返事しておきましたけど、さあ、どうするんでしょうかね~?

 読者の皆さんも何か意見してあげてくれませんか? やっぱり、人を傷つけたり死なせたりしたくはないですからね~。


(新年の幕開けのネタがこれか~? 2010年は波瀾万丈な年になりそうですね~。あ~あ・・・先が思いやられるよ~)

追伸;1月10日は、2010年月例セミナーの第一回です。発勁の打てる身体の錬功法についてやる予定です。それから、事故やトラブルが起こらないよう万全の態勢で臨むつもりですから、ご協力、宜しくお願いします。本文で述べたようにセミナーの進行を妨害する人は即座に警察に引き渡しますから、そのおつもりで・・・夜露死苦!

追伸2;3日の朝刊を見て、愕然としました。スペクトルマンに主演していた成川哲夫さんが肺ガンで亡くなられたそうです。成川さんは空手家でもあり、最近も『宇宙猿人ゴリ』がCSで放送された時や、ファミリー劇場のウルトラ情報局のウルトラマンレオ編の時にゲスト出演されていて、まだまだお元気そうだったのに、非常に残念です。まだ65歳だったそうです。若すぎますよ・・・。何か、新年なのに、つらいな~。成川さん、ネビュラから地球を見守っていてください。




※※※※   事務担当追記 2009/01/04  ※※※※
このブログの読者から頂いたメールです。ご了承頂きましたので、一般の方のご意見として掲載させて頂きます。



 あけましておめでとうございます。いつも、ブログを楽しく拝見させていただ
いている者です。月例セミナーにもたびたび参加させていただいております。

 さて、1月3日付のブログを拝見したところ、游心流に対し、何やら挑戦状ら
しきものを送ってきた方がいらっしゃったとのことで、気になってメールを送ら
せていただきました。

 しかし、挑戦状とやらの内容については分かりませんが、非常に軽率な方がい
らっしゃるものですね。特に、游心流に対してそうした挑戦的なメールを送って
きたというところに、普段から穏やかな調子で文章を書かれている長野先生なら
喧嘩を売っても大丈夫だろう等と思っているような、何か非常に姑息でせこい計
算が感じられ、実に不愉快です。そのくせ、明かさないでくれ(挑戦状の内容を
?自分自身の身分を?)とは、どういう了見でしょうか。ブログの文章から察す
るに、それなりに名の知れた流派で、それなりの地位にある方のようにも思われ
ますが。

 しかも、そんなメールを送っておきながら、「セミナーに行く」と書いている
・・・この方は長野先生の腕試しをしたいのか、習いたいのか、どっちなんでし
ょうか。セミナーは武術を真摯に学びたい方々が集まる勉強の場であり、そうし
た不遜な気持ちをお持ちの方は、参加する資格がないでしょう。我々真面目な参
加者にとって邪魔以外の何者でもありません。

 長野先生のブログや著作を読ませていただき、またセミナーで実際に技を学ん
でみて感じるのは、武術は体育ではなく文化である、ということです。世の中に
働く様々な力の流れを読み取りながら、自分の人生を切り拓いていくことこそが
、現代社会における武術の存在意義であり、ある意味で戦闘技術は瑣末なもので
ある、という印象が私にはあります(もちろん武術は戦闘哲学でもあり、実際に
戦って身を守る実力があってこそのものとは思いますが)。執拗に腕試しをした
がっているご様子ですが、人と人とが戦うこと、他人に対して暴力を振るうこと
の重大さ、人を傷つけ痛めつけることの意味を、この方は何ら分かっていないの
ではないでしょうか。

 ある流派に属して武術を学んでいるなら、自分の流派に対し愛着を持つのは当
然でしょう。ならば、同様に他の流派に学んでいる人はその流派に対し愛着を持
っているはずです。もう少し他流派に対する敬意をお持ちになるべきではないか
、と、私は考えます。一個人が思い込みで無礼な態度を取って、師匠や流派に迷
惑をかける等、組織に属する人間として大いに反省するべきではないでしょうか


 今回のブログを読んで、挑戦状とやらの内容も分からないままに、長々と書い
てしまいまして申し訳ありません。しかし、実際に技を学んでみて、游心流の技
術体系は素晴らしいもの、と感じています。今後、游心流の名前が広まるごとに
、今回のように心ない悪罵を浴びせられることもあるかも知れませんが、気にせ
ずに更なる武術の研究にお励み下さい。長野先生のご健勝と、游心流の更なるご
発展をお祈りしております。

※※※※   事務担当追記 2009/01/04 以上 ※※※※

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新春ワイド時代劇『柳生武芸帳』

 新年の楽しみは、テレ東のワイド時代劇です。

 私が過去に観て面白かったのは、ヨロキン主演『それからの武蔵』。この時のヨロキン武蔵の剣技はまさに完成形でしたね~。

 宮本武蔵って、実は佐々木小次郎以前よりも以後の足跡の方がはっきりしていて、この『それからの武蔵』の方が吉川英治の宮本武蔵より史実に近いと思うんですよ。

 だから、NHK大河の『武蔵』は、何で武蔵の後半生を丹念に描こうとしなかったのか、それをやったら傑作になったかもしれないのに・・・と、非常に不満が残りました。

 そもそも、佐々木小次郎との決闘だって、詳しいことは武蔵自身も書いていないから、よく判らないのです。佐々木小次郎が実在したかどうかさえ怪しい。『二天記』や『沼田家記』に書いてある記述で類推するしかない訳です。

 それはさておき、今年はチャンバラの魅力を前面に出すという主旨で、五味康祐の未完の大作『柳生武芸帳』です。

 この作品は、剣戟スターとして実力随一と現在でも評価の高い近衛十四郎が柳生十兵衛を演じたシリーズが有名で、『なんでも鑑定団』では、近衛の息子である松方弘樹が、尊敬する父が十兵衛に扮していた時に使った長剣(刀身はジュラルミンみたい)を出して、50万円という高額の値を付けていました。

 松方さん自身もTVの時代劇スペシャルで柳生十兵衛を演じていましたが、こちらも東映チャンネルで放送されていて、流石の太刀捌きを披露していました。

 しかし、今回は、十兵衛の宿敵である山田浮月斎を怪演していました。

 なんか、松方さんは悪役の方が迫力あるように思うのは私だけ?

 今回の目玉は、松方弘樹VS高橋英樹の時代劇大御所の初対決シーン。

 これは、千葉真一VS倉田保昭、ジャッキー・チェンVSジェット・リー、キングコングVSゴジラ、エイリアンVSプレデターみたいな事件だったんですね。

 もう、チャンバラ好きにとってはドリームマッチなんですよ。

 シーンそのものは短かったんですが、感無量・・・。

 松平健も重厚な存在感を出していましたが、やっぱり、今回は高橋英樹の冷酷非情っぷりが際立っていましたね。

 久しぶりの時代劇での非情な策略家っぷりは衝撃的でした。

 反町隆史と速水もこみちの柳生ブラザーズも、結構、良かったですね。反町の十兵衛は、まだ線が細い感じはするけれど、ワイルドな目線は似合っています。続けて十兵衛役を何度か経験すれば当たり役になるのではないでしょうか? 時代劇で活躍して欲しいな~。

 しかし、京本政樹も良かったですね~。やっぱり上手いな~。菊川怜の父親役なんですが、実年齢はそのくらいでも見た目に違和感があったな~。この人は正和サマの後釜をやれると思いますよ。

 後は、国分佐智子って、本当に綺麗だな~っと、改めて思いましたよ。


 長時間の視聴はなかなか大変ですけれど、ダレずに最後まで楽しめました。

 ただね。チャンバラがウリなんだから、殺陣の見せ方を、もう少し工夫したらいいと思うんですよね~。

 例によって、毎度おなじみの真剣白刃取り(刀身を掌で挟んで受けるアレ)が何度も出てくるんですが、研究家として、こればっかりは勘弁して欲しいんですね。

 何か、マヌケに見えてしまうんですよ。

 せめて、隠し持った鉄扇で受けるとか、扇子を開いて突かせて、パッと扇子を閉じて刀身を挟み込んで奪い取り、その刀で真っ向斬りにするとか・・・そういう合理的な表現をしてくれたら面白いのに、何で、十年一日のごとく白刃取りばっかりするのかね?

 例えば、刀が折れるシーンなんかも、戦闘中に刃切れができているアップを見せておいてから叩き折ったら納得できるし、十兵衛が刀を折られた後、折れた刀身を手裏剣打ちにして危機を脱するとか、残った柄だけで八寸拉ぎ術で敵を制圧するとか、鞘の小尻金具で喉を突いて倒すとか、いろいろできるんですよ。

 剣術も、居合に二刀に小太刀、下緒を使うとか、いろいろ工夫したり、柔術と併用したりするとかやったら、殺陣も面白くなると思うんですけどね~。

 とにかく、もっともっと工夫していって欲しいですね。

 何かの映画の武芸考証とかやらせてくんないかな~?

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著者プロフィール

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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