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武術身法の秘訣

 新刊本『ヒトを観抜く武術の読み』、もう御覧いただけたでしょうか?

「うちの会員に二冊ずつ買いなさいと言っておきました」(ありがとうございますっ)

「ブラインドタッチできなかったというのに驚きました」(そこですかぁっ?)

「こんなマニアックにしちゃ売れないでしょう」(この先生の読みはいつも真逆だから、今回は売れるだろうな~)

 正直、一番、書きたくない隠しておきたいことについて書いたので、今回は売れてくれなかったら泣くよ、俺は・・・。


 さて、それはそれとして・・・セミナーの時にも、よく質問されるのですが、武術武道を流派問わず上達させるための秘訣について、ひとつポイントを挙げてみます。

 それは、「骨盤から動く!」です。


 これは、突きや蹴りに限らず、フットワークでも体捌きでも、逆技や投げ技でも、あらゆる技を、骨盤から動くことを意識します。

 つまり、「腰から動く」とか「肚から力を出せ」といった古来から言われているものを総合的にまとめるものとして、“骨盤”を意識するものです。

 たったこれだけのことで、「動きは軽く、技は重く」なるんですよ。まるで魔法のように差が出るんです。

 普通、「足から動け」って言う人もいますよね?

 でも、足から動こうとすると左右の足の重心移動がモロバレ(動こうとすると中心軸が左右に偏る)になるし、もし、どっしりと重心を落として構えていたら、一度、重心を浮かす予備動作も出てしまいます。

 この予備動作の瞬間というのが、攻防の隙間で絶好の攻め所なんですよ。この瞬間って物理的に攻撃も防御も充分にできない動きの隙間なんですね。

 この点は格闘技やっている人は、よ~く認識しておいてもらうと応用性は自在ですよ。

 ノーモーションパンチと言ったって足で蹴って前方に進むやり方をする人が大半ですから、ならば、足の蹴り出しを観察していれば動き出す瞬間が判るから、避けることは可能なんですよ。

 足の蹴り出しで推進力を得て威力を出すやり方は、打撃系の武術や格闘技でいろいろ工夫されていますが、日本の古い武術では意外と使わないんですね。

 理由は、“スリ足だから”。

 では、“スリ足”はそもそも何のためにやるのか?というと、予備動作を消して動くためだと考えられますね。

“スリ足”の意図するところは、足で動くんじゃなくて“骨盤から動く”ということだと私は考えています。骨盤から動くのは、“体重心を先に動かす”ということなんです。

 だから、重心が動いている状態で足を動かせば軽く動ける(縮地法の原理)し、重心が動いている状態で技を出せば重心移動のエネルギーが働くから技が重くなる(沈身や沈墜勁の原理)・・・という仕組みです。

 この原理を理解していれば身体操作のやり方はいくつも工夫できるでしょう。原理から理解できない人は身体操作の方法論にこだわってしまうから応用が効かないという訳なんですよ。

 もっとも、原理が解っている人は、それは隠して方法論をいくつも考案して金儲けに励むでしょうけど、方法論から個々の技法を解説していっても、習う側が本質を掴めなければ永遠に習い続けるしかないですからね。

 多くの武術道場がそうやっています。いい商売ですよね~。なんか新興宗教みたい。


 ええっと・・・それから、「全身を使って動け」と言う人もいますね。

 でも、全身を動かすためには、支点となる動きのセンター(中心)が必要なのです。

 直立二足歩行する構造上、人間の身体運動のセンターになるのは、骨格の中枢となる骨盤です。

 例えば、手足の関節が脱きゅうしたり頭蓋骨や首、背中の骨が少しばかりズレていても、それだけで動けなくなるという程のことはありません。

 しかし、仙腸関節などの骨盤の関節がズレてしまうと、途端に動きは制限されたり動けなくなってしまったりします。

 私が骨盤の重要性に気づいたのは、バイトでギックリ腰になってしまってからで、故障してはじめて理解できたのです。

 多くの整体手技療法でも、骨盤の調整は基本に置かれています。つまり、それだけ重要だということですし、中には骨盤の中心にある仙骨のみを調整して全身のバランスを回復させていく派もあります。

 こういった整体手技療法の観点で武術の稽古法を再検討していった時に、特に身体操作法で最もベーシックに置くべきなのは骨盤の動きだと確信した次第です。

 これはほとんどの武道・格闘技やスポーツ等にも応用できますからお試しアレ!

追伸;バンクーバーオリンピックの女子フィギュア・・・真央ちゃんもミキティも惜しかったですね~。でも、世界のトップレベルって信じられない超人がしのぎを削る世界なんだろうなって思います。金メダルを取ったキム・ヨナ。ありゃ~、凄いですよ。やっぱり一段も二段も上に行っていると思いました。ここは謙虚に認めて、彼女のさらに上を目指して研鑽すべきじゃないですか? 確かに真央ちゃんの技術はキム・ヨナに優る点もあるとは思いますが、技の前後の流れがわずかに途切れてしまい芸術表現の点では明確に差がありますよ。その点ではミキティが素晴らしい。二人がフュージョンしたらキム・ヨナにも勝てるだろうけどな~・・・。でも、前人未到の200点超えでトップが競われた大会なんて歴史的事件なんですから、胸張っていいと思いますよね。十年前に今の日本のフィギュアスケートの世界トップレベルの活躍って予想できなかったんじゃないですか? スポーツや文化芸術の振興に力を入れない日本という国で、ここまで頑張って世界レベルで闘っている若い人達の活躍には頭が下がります。ありがとう!

追伸2;『龍馬伝』の吉田東洋役の田中泯さんが抜群です! いつもカッコイイ爺さんしか演じない泯さんが、今回は物凄い自信家で傲慢で「わしは天才じゃからええんじゃ」「力がある者が勝つのが現実じゃ」とうそぶくヤな親父を演じていて痺れます! 思えば、私の中国拳法の師もビール飲んで本音が出ると、こんなヤな性格してました。でも、そこがカッコイイんだよ。綺麗事ばっかり言って善人ぶってるヤツって無能だし無責任だし頼りにならない。あっ、鳩山さんの悪口じゃないですよ。


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教材DVD上級編撮影

 昨年のうちには出すつもりでいたんですが、遅ればせながら、游心流の教材DVDの上級編の撮影を、21日に江古田ストアハウスにておこないました。

 遅れたのには理由がありまして、昨年後半は本二冊の執筆に注力していて、年明けになってしまったという次第です。

 しかし、遅れた分、会員のレベルが驚くくらいアップしてきていまして、上級編は独己九剣と武道医学の基礎技術のみで構成する予定だったんですが、急遽、特別映像も収録すべく撮影してみました。

 何を撮ったか?というと、「連続突きの捌き捕り」「木剣による連続斬りの無刀捌き捕り」(読みと体捌きによる合気系の動き)、「目隠ししての一本組手」(心法の訓練法)、「蛟龍歩を用いての先を取る組手」(読みと歩法による拳法系の動き)・・・です。

 ちなみに、これらはすべて私ではなくて、師範、師範代、特別会員という、我が游心流のトップ3に演武させたものですが、すべてぶっつけ本番、事前打ち合わせも無しの完全即興でした。

 どうして私がやらなかったのか?といいますと、私は今後、研究を優先し、指導面は彼らに任せていくつもりでいるからです。

 つい何カ月か前までは、結局、私がやらねば収まりがつかないと思っていたのですが、二年半前の分裂騒動以降に夏の暑さも冬の寒さも凌いで、少々の雨や雪が降ろうが戸外で練習を積み重ねてきた“わずか数名の会員”が、ここまで育ってくれた・・・ということを、見てもらいたいと思ったのです。

 打ち合わせをして多少の申し合わせの練習をして臨めば、綺麗な演武になるでしょうが、それは武術としてはあまり意味はありません。

 武術の想定する勝負は突然にはじまるものですから、心の準備も何もないまま反射的に反応できなければなりません。

 だから、即興で、当日、その場で「やってみなさい!」と言ったのです。

 もちろん、これが実戦だという訳ではありません。教材用ですから、稽古法の応用例として状況設定はしています。

 でも、してはいても、段取りはありません。その場で反応できなければ何もできないまま突きを食らい、脳天カチ割られてしまうかもしれません。

 技なんかもアドリブで出せないと何もできなくなります。ただボコボコ殴り合ったり、もつれて無様なダンゴ状態になるのが普通でしょう。

 でも、彼らはそうはなりませんでした。リラックスして読みを駆使することを心掛けて落ち着いていました。

 私は非常に満足しています。


 本当に私を信じてついてきてくれた彼らに報いるには、彼らを確実に向上させることが私の使命でした。

 人生、意気に感じるというのは、こういうことでしょう。

 いったんは、会を解散して独りでやっていこうとすら思ったくらい、人間不信の気持ちでした。

「裏切られた」とは、敢えて申しません。

 離反した元会員たちにも彼らなりの考えがあるでしょう。少なくとも、一時期、同じ夢に向かって私を支えてくれた事実に対しては感謝の念を忘れてはなるまいと思います。

 指導者としての未熟を自戒していかねば私自身の向上もありませんし、男の意地というものも見せてやりたい・・・。

 そう決意していた時に、私を信じてくれた数名の会員がもしもいなかったとしたら、恐らく今の私もなかったでしょう。

 やはり、人間は、たった一人だけでも認めてくれる人がいたら、頑張っていけるのではないでしょうか?

 この点、私は本当に恵まれた人間だと思っています。

 しかし、恵まれているからこそ、責任を果たさねばなりません。受けた恩義は返さねばなりません。

 この二年半の間、私は自分の持てる技と知識を惜しむことなく伝えてきたつもりでいます。

 そして、それをつかみ取ってくれた会員の向上ぶりは目覚ましく、しかし、それにもまして自惚れることなく人間的な成長を見せてくれていることが有り難く思いました。

 多忙な中をわざわざ駆けつけてくれた会員のYさんは、すぐに帰らねばならなくなりましたが、ここのところ、持病が悪化していた私の体調を心配して来てくれていた様子で、その気持ちが嬉しかったですね。

 Yさんは、長く極真空手を修行された方です。以前、世界大会に招待していただき観戦しましたが、何と清々しいものだろう・・・と思ったものでした。

 武術修行が心の修行になってこそ意義あるものと人は認めるでしょう。武術が自己満足の現実逃避の道具であってはならないと痛感しました。

 そういえば、ここ江古田ストアハウスを探してくれた元会員のS君。袂を分かったとはいえ、彼のお陰で今があるという点だけは忘れてはいけないと思っています。


 なんだか、50歳に近づいて感動症にでもなったものか?

 でも、それぐらい、今日は気分がいいのです。

 もともと私は自分だけが上達すればいいと考えていました。私ぐらい究極の自己チュー人間はそうそうおりますまい。

 ところが、会員がここまで上達したのか?という驚きが、こんなに心地よく感じられるとは予想していませんでした。

 無論、まだまだ未熟な部分はあります。

 が、この短期間で信じられないような進歩をしていることは事実。

 私が彼らの年齢の時は、この半分もできなかったでしょう。このまま彼らが進歩し続けていけば、今の私の年齢の時に、どれだけ向上しているだろうか?

 そう考えると、「誰もが達人になれる」と説いてきた私の研究を実証してくれるだろうと思います。

 彼らが、また次の世代の人達を育てていってくれることを考えれば、私の研究が真の成果を挙げる時であると同時に無数の先達の教えに報いる時だと思うのです。

 武術が人材育成の教育システムたりえたならば、どうか、日本の武道家の皆様、誇りを持って自流を探究してください!

 流儀の別なく、優劣を論じず、独善を滅して、ただ本質のみを追究して武の精神を復興して欲しい・・・と、一研究の徒として願うばかりです。

「男はタフでなければ生きられない。優しくなければ生きている資格がない」とは、映画『野性の証明』の惹句(宣伝コピー)でしたが、この作品の高倉健さんのカッコ良かったことよ・・・。

 男は愛する者を守るために命をかけなきゃいかんですよね。

 そして、真の武人は自分の敵にも慈愛を持てる者でなくてはね・・・。

 私もそうなれたらいいんだけどな~? 現実にそうなるのは難しいもんですな~。

 特に武術をやっている人間に最も多いのは独善と正義観の区別がつかない人です。自分が正しいと思えば他人を殺すことさえ厭わない・・・そんなキチガイが少なくありませんからね。

 私も、もし自分の愛する家族や友人が殺意を持った人間に襲われていたら、人殺しをやってしまうかもしれません。

 いや、はっきり言って、「正当防衛なら殺人も辞さず」という考えが私にはあります。

 ひょっとすると、何かの正当(と世間的に擁護されるであろう)な理由さえあれば殺人を犯してみたいという狂気もあるかもしれません。

 しかし、もし現実にそれをやってしまったとしたら、どんな理由があったとしても殺人は殺人ですよ。その事実はどんな理屈でも隠蔽できません。

 子供を虐待して死にいたらしめてしまう事件が増えているような気がします。もしかすると統計的にはそんなことはないのかもしれませんが、でも、他人を傷つけたりすることへの禁忌の意識が薄れている人が増えているのは間違いないような気がします。

 人間の理性が壊れかかっているのかもしれません。そして、自分自身を正当化して相手に責任を覆いかぶせて、一方的な断罪をしてしまう・・・「おねしょをしたから躾のためにやったのだ」・・・という理屈で幼児を殴る蹴るしてしまう正当な理由があるのでしょうか?

 江戸時代のある居合術の達人は、息子を鍛えるために幼少の頃から隙があれば打ちかかる常在戦場の躾を施した結果、狂い死にさせてしまった・・・と伝わります。

 本人も素行に異常性があって解雇されたそうです。

 こんな不幸な事態を招く武術なら、やらない方がいいでしょう。

 愛するからこそ厳しく欠点を直してやろうとする・・・それはいいとしても、ただ厳しくするだけではダメですし、優しくするだけでもダメでしょう。

 躾をうまくできないのは、相手の気持ちを考えないで自分の思いを押し付けているだけの場合が多い筈です。

「これをやったら相手はどう思うだろうか?」ということを考えずに自分の思いばかりを優先するのは、どんな正当な理由をつけても精神が幼稚なのです。

 そこを自覚できなければ、周囲の人を不幸にし、最終的には自分を不幸にするだけ。

 人の気持ちを読めない人は、最初から人の気持ちを読もうとしていない独善思考に脳をのっとられた愚か者です。他人がバカに見えて仕方がなくなったら、独善思考に寄生されているのですよ。

 悲しいかな・・・武術の世界はこういう幼稚な人が物凄く多いのですね。だから、私は武術関係者とは極力、付き合いたくないのです・・・。



追伸;東京支部の開設については、定員を10名としていますが、参加する方は参加する日時を予約するようにさせてください。使用する場所の規約上、人数制限がありますから、予約なしで人が殺到されると、人があぶれてしまう場合があると思います。御了承ください。本部のメイプルホールの場合は、会員であれば特に予約しなくても参加可能です。が、道場破りめいた行為をする方は、即座に警察に通報排除するとともに被害届けと損害賠償請求をします。痛い思いするより何百万円も損する方が効くでしょ?


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『ヒトを観抜く武術の読み』出来ました!

 18日にアスペクト新刊本の印刷があがって献本が来ました。
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 ちょうど本部の稽古日だったので、メイプルホールのスタッフに一冊、贈呈して会員向けは後日ということで、ちょっと見せただけでしたが、表紙のデザインをいつもと少し違えて渋い感じです。

 書店には早いところで24日、遅くとも25日、地方はもうちょっと遅れるかもしれませんが、今回の本はとにかく“バカには皆目わからない本”になってしまったかもしれませんから、ちょっと読解するのはきついかもしれません。

 いつもよりページ数が少ないんですが、内容が濃過ぎるので、いつものようにサクサク読めたりはしないと思います。自分で読み返しても、ちょっときつかったです。

 結局、なんでこのテーマにしたか?っちゅうと、“人を観抜く技術”みたいな本が一種のブームになっていて、確かにそういう本は役立ちそうな感じがするんですけど、「ふ~む、これだったら、武術の読みを利用した方がずっと洞察できるけどな~?」と思ったからなんですね。

 でもね~、こういう技術って、体得したらいいと思うでしょうけど、他人のホンネが透けて観えると、精神的にはきついっスよ~? 人間不信になっちゃうかもしれませんよ。

 それに、完全無欠の達人と尊敬していた人の弱点がモロバレでわかるようになったら、悲しいよぉ~?

 確かに役にはたつんですよ。

 だって、私がこれまで武術の業界で生き残ってこれたのって、“読み”のお陰ですからね。これはヤバイぞ・・・って思ったら、一瞬で作戦変更できる変わり身の早さで危機一髪状態を切り抜けてこれたんですよ。

 私はヤバイッと思ったら、ダッシュで逃げますからね~。まったく躊躇しません。

 松田隆智先生から、呆れた顔で「いや~、長野君は化勁の達人だな~(笑)」って誉められましたよ(違うかっ?)。

 普通の武道家だったら見栄っぱりだから、意地張って墓穴掘ったりするんですが、私は危ないと判断したら、徹底して合理的に判断しますからね。

「こりゃ勝てないな」と思ったら、その場で勝負しないで情報収集して弱点を調べておいて、確実に勝てると確信してから勝負するとか・・・こういうのは本来の武術では勝負のセオリーですよね。

 だから、下手に武道やっているヤツより、格闘家とか喧嘩好きなヤンキーなんかの方が話が合うんですよ。一時期、うちの会のヤンキー率高かったもんね。

 ヤンキーの発想って、意外と武術的なんですよ。

 強いヤツは暗がりで大勢で襲えばいいって考える。「汚いことやっても、ようは勝ちゃあいいんだよ」ってリアルな考えですね。

 北野武の映画が海外で凄く評判になったのも、バイオレンスシーンのリアリティーにあったと思うんですけど、竹中直人主演の『カルロス』というVシネマがあって、この殺陣シーンが凄く良くて印象に残っていたんですけど、最近、東映チャンネルで観直したら、何と高瀬将嗣先生だったんですね~。

 何か、私が「これは良いな~」と印象に残った作品の殺陣シーンの演出していた方とは、その後、実際に会っているんですね~。不思議なことに・・・。

 田中泯さん、秋本つばささん、渡洋史さん、AACの皆さん、そして、高瀬先生。

 同様の逸話を本の中でも紹介しているんですが、結局、ユングの言う集合無意識の理論というのは実際にこの世の因果律として本当にあると解釈するしかないと私は思いますよね。

 そういう点では、武術の読みというのは、相手の本音を洞察するだけじゃなくて、むしろ、相手が自覚していない無意識の領域まで繋がっていくものなんですよね。

 だから、心法の究極が活人剣であったり、相ヌケであったりという闘争を超えた領域になっていくのは必然的なことなんですね。

 武道家でそこまで行ってる人は凄く少ないと思いますが、青木宏之先生は確実にそこに到達されていますよ。やっぱり、ああいう具合にならなきゃ嘘だと思いますね。

 強くなろうと思ってる時点で、弱さの呪縛を自分で自分に呪文かけてるんですよ。

 これ、宗教的な話じゃなくて脳科学的な話です。

 私は武術に対して科学的にアプローチしようとしていますから、仮にオカルト的な理論を持ち出す場合でもオカルトも科学的に説明するとどうなるのか?という観点は保ちますよ。

 でも、知識がないとオカルトは宗教的なものとしか認識できないでしょう? で、そういうアプローチしかできない人が大半だから、「怪しい」ってことになって、それを面白がるか危険視するかに概ね分かれる・・・。

 私はどっちでもありません。事実はどうか?ってことを追究するだけです。

 武術の読みに関しても、オカルト的な神秘主義でしか解釈されていませんから、これを求める者は精神病患者みたいになってしまう場合が多い。

 これじゃマズイので、私はできる限り、科学的に合理性あるように研究し解説するようにつとめました。

 例えば、セミナーの時にも、最初の自己紹介の時に、初参加の人にしつこく質問したりする場合があるんですが、実はこれ、コールドリーディングというテクニックを使ってるんですよ。

 初めて参加する人の場合、もしかするとセミナーを邪魔してやろうとか、長野に大恥かかしてやろうといった具合に考えている人かもしれませんから、申し込みのフォーマットの質問事項の答え方であったり、会場に入ってくる時点で顔付き(だいたい、目付きで判別つきます)を観察したりして目星をつけておくんですね。

 だから、もし、初参加の人にしつこく私が質問していたら、その人に興味があるか、あるいは“疑っているか”のどちらかと思ってくださって結構です。

 今後は師範と師範代に指導は任せることにしたのも、練習中にヘンな真似をする人がいたら、すぐにつまみ出してしまおうと思っているからなんですね。指導していたらそこまで判らないんですよ。

 今はかなり注意しているので少なくなりましたが、やっぱり特に武術にマニアックにのめり込んでいる人は人格障害のある人が多いんで、そんな邪念のある人が一人でも入り込んでしまうと全体の雰囲気が悪くなってしまうんですね。

 いろんな武術道場を見てみると、どんな立派な先生のところであっても、最低、一人はそういうアブナイ性格の人がいますね~。そして、こういうタイプの人って、ちょっとでも関心がわくといろんな道場に行くんですよ。

 だから、武術業界で結構、有名人?になっていたりもするので、「あ~、長野さんのところにも来ましたか?」なんて話になったりするんですよね。こういう具合に有名人になったらマズイですけどね~。要は、“武術業界ブラックリスト”に載る訳ですからね(私、チェックリストつくって知り合いの先生に配ろうかと思ってます)。

 そういう人は、自分の感情だけで動くから、下手をすれば通り魔殺人みたいな行動をとってしまったりしかねないと思いますね。気づいたら刑務所に入ってましたってタイプ。

 自分の感情だけで行動していたらロクなことにならないですよ。他人とのかかわりあいの中で自分の身の処置を考えていかないと、下手なことをすれば一生を棒に振ることになってしまうんです。

 世の中って人と人の関係性の中で成立しているんですから、自分本位な言動しかとれなければ誰も相手にしてくれなくなりますよね。「相手のことを考える」のは、結局、自分のことを考えることに繋がっていくんです。

 でも、それが理解できない人が多いみたいですね~。


 結局、神秘に頼っていたら、やるべき努力を放棄して人生を誤ってしまいます。現実逃避の隠れ蓑として武術にしがみつくのは逆効果にしかならないんですよ。

 だって、人生、一回だけしかないでしょ? 自分で現実と闘っていかなきゃ~何も得られないでしょ?

 本当に、「何で、この人達は無駄に人生を浪費していられるんだろう?」って思えるような人が意外といますよね~。

 自分がやらなくても他人が一生養ってくれるとでも思ってんのかね~?

 私は不謹慎なのは承知の上で敢えていいますが、自分の将来に不安を感じて自殺する人って“まともな人”だと思いますよ。

 通り魔になったり他人に迷惑かけるよりいいじゃないですか?

 だけど、自殺する勇気があるんだったら、生きていく道はいくらでも考えられると思うんですよ。だから、考え方が悪いだけ。

 だって、別に自分から死ななくたって、全人類は等しく必ず死ぬんですから、慌てて死ぬ必要なんかないじゃないですか?

 生きてるうちは何でもチャレンジして図太く生きていったらいいじゃないですか?

 私だって、もう自殺するしかないって思い詰めたことは何度かありますよ。だけど勇気が出なかったですよね。怖いよ、やっぱり。

 貧乏で食うに困ってる人って、結構いるでしょう?

 私もいろんなバイトしたりしましたけど、結局、自分の好きでやっていることを商売にするのが一番、金も稼ぐことができると気づいた訳だし、そうすることで喜んでもらえるんだから、これはラッキーとしか言えませんよ。

 毎月のセミナーでも、初めて参加した人が嬉しそうな顔してくれてると、こっちも嬉しいですよ。

 だってね~、この不況の御時世に一万円も頂戴してるんだから、満足してもらえなかったら申し訳ないですもんね。

 うちの会員さん達は、ネットで私の悪口書いてる人がいると悔しがったりしているんですけど、そりゃあ、私はいろんな武術家を人非人扱いして罵倒しまくってるんだから、悪く書かれるのは当たり前。

 むしろ、無視しないで、わざわざ注目してコメントしてくれるのは期待したり認めたりしている意識が無かったら、決してやらない訳ですからね。

 もし、私のやっていることが世間的に評価されたら、もしかして批判していた人達も評価が180度変わるかもしれない。

 だから、マイナスに受け止める必要はないんですよ。

 もちろん、悪口を読んだら腹は立ちますけど、読まなきゃいいんですよ。視界に入らなければ“悪口も応援と同じ”です。一種の叱咤激励と弁えて「有り難うございます」とお応えすればいいでしょう。

 で、何か具体的に悪さを仕掛けられたら?

 それは有り難く慰謝料をたんまり頂戴すればいいだけですね・・・。



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ジャイアントロボが東映チャンネルで放送開始!

 私が小学生の頃は夏休みに盛んに再放送していたので、何度も観たのが、ウルトラマンとウルトラQとマグマ大使と、このジャイアントロボでした。

 何度も観ているから割りとストーリーは記憶しているんですが、それでも大人になった今では観るところも違ってきますから、改めて観れるのは有り難いですね。

 巨大ロボット物としては、鉄人28号の実写版が大失敗だったのに比べて、このジャイアントロボは極めて高いレベルで成功しています。

 同じ頃に『魔神バンダー』もありましたが、こっちはモックアップしたバンダーが町中に突っ立っているだけで“動かない”というもの凄い荒業で、もちろん、敵の怪獣やロボットと戦うシーンもありませんでした。バンダーの顔が平常時と怒りの時で入れ替わるだけなんですよ。

「何コレ? 『冒険王』の漫画と全然違うよ~?」と、子供心に馬鹿にしてんのか?と思いましたよ。

 ジャイアントロボの魅力は何か?

 それは、巨大な格納庫にそびえ立つ巨大ロボットを最初に映像化した点にあると思いますね~。

 これにそっくりなのが、『ゴジラ対メカゴジラ』の時のメカゴジラであり、エウァンゲリオンに繋がってくるんですよ。

 そして、最初に戦うのが大海獣ダコラーというのもポイント高いですね。タコみたいな吸盤付きの触腕がありながら人間型の巨大怪獣という姿には、邪神ダゴンを思わせます。

 ひょっとして小中千昭さんがジャイアントロボのアニメをクトゥルー神話の設定にしたのも、このダコラーからインスピレーションを得ていたのかも?

 しかし、このダコラーを改めて観ると、人形アニメーションの神様と呼ばれ、ダイナメーションという固有名詞も生み出した巨匠レイ・ハリーハウゼンが作った最後の作品『タイタンの戦い』に登場する大海魔クラーケンを思い出します。ひょっとしてダコラーがモデルだったりして?

 そして、第二話に登場する大魔球グローバーなんて鉄のウニみたいなロボットで、“メカブルトン”という名前でウルトラマンメビウスと戦ってもおかしくない!

 そういえば、アイアンキングにも同様のコンセプトデザインのモンスターゾロという巨大ロボットが出てきましたが、中に入っている人間の手足がボール状の身体から出てきてマヌケなんですな~。

 だいたい、アイアンキングはロボットが人間体から変身して巨大化するというシステムが無理!

 しかし、ジャイアントロボって、マッハ17で飛べるんだそうで、それって速過ぎませんか? ウルトラマンの何倍も速いよ? 大作少年を手のひらに乗せて飛んだら一瞬で肉塊になっちゃうんじゃ~・・・。

 だけど、本当に昔の特撮ドラマはアイデアの宝庫だな~って思いますよ。

 コンテンツ自体はうなる程あるんだから、じゃんじゃん実写リメイクして世界に送り出せば稼げるんじゃないかな~?

『バビル二世』なんて実写向きじゃないですかね~? 主人公を狙うアンドロイドたちを撃退する謎の女がロデムで、「あなたはバビル二世様です」とか言う訳ですよ。

「なんだよ、この女、キチガイ?」と思って逃げる主人公に再び迫るアンドロイドと怪獣・・・そこに現れるポセイドンとロプロス・・・。

 ど~ですか? 『マトリックス』の百倍面白くなりそうでしょ?


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三池住小宮四郎國安(こんどこそ)完成!

 いや~、取り敢えず、見てやってくださいよ~。

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 どうですか? なかなかでしょ?

 鞘塗りも終わって、毎日、居合の稽古にも使っていますけど、柄に平鉄棒埋め込んだりして重量バランス考えた成果もあって、さほど重さに負けることもなく使っています。

 鞘の塗りも、今回は渋く、黒漆の塗りだけにしてみました。これまでは金粉や銀粉を散らしてみたりしていたんですが、あんまりケバケバしくするより、外装はシンプルにしておいた方が、刀身の華やかさが際だって品がいいかも?と思ったんですよ。

 黒地を基本色に、紺色の鮫革と金と銅の金具の色がアクセントになって、ハードボイルドな雰囲気が出ていて、いい感じです。

 数えてみたら、今、私は13本、日本刀持っているんですよね~。

 短刀が一本、脇差が二本、定寸刀が七本、大太刀が一本、薙刀が一本、槍が一本。

 人に譲ったのが三本あるから、もう、ちょっとした資料館になりますよね~。

 これに南蛮千鳥鉄の本物と、鎖鎌もあるし、手裏剣もあるし、本物じゃないけど中国の武器もありますからね。模擬刀とか木刀とか杖とかカリスティックとかもある。

 でも、持ち家じゃないから飾れないしな~。爺さんになったら田舎に資料館建てて飾るという手もありますが、天草武器秘宝館?ってのも、なんか嫌だよな~。

 安いのしか持ってないけど、刀はどれも愛着ありますよ。それぞれ個性があって刀というのはなかなか手放す気持ちにはなれません。

 最初は、「刀だったら何でもいい。安ければ安いほどいい。どうせ、稽古に使うだけだから・・・」と思っていたんですが、最近は、価格と品質のバランスを考えるようになりました。

 この四郎國安も、横浜名刀会で見せてもらった時は、特価セール品とはいっても50万円というのは、おいそれと手が出ないと思ったんですが、一目ぼれというか何というか、この刀だったら誰に見せても恥ずかしくないな~と思えるゴツイながらも機能美溢れる美しい刀でした。

 いや、本当に惚れ惚れしますもん。

『盤嶽の一生』で、役所広司演じるお人よしの剣豪、安治川盤嶽が、「日置光平(へきみつひら)よ・・・」と、ことあるごとに剣の師匠から貰った名刀に語りかけるんですが、何か、気持ちわかりますよ。

 私も「小宮四郎國安よ・・・」なんて語りかけちゃったりして・・・。

 もっとも、元来、私は現代刀には興味なかったんですよ。「実用は古刀に限る」という話だったので・・・。

 でも、実際に現代刀を直に観ると、本当に芸術品そのものですよ。

 この四郎國安を初めて観た時も、以前、阿佐ケ谷の骨董店で見せてもらった郷義弘(マンション買えるくらいの値段だそうでした)を彷彿とさせる地肌の輝きに、まず目が吸い込まれるような感じでした。

 私はもともと、ダマスク・パターン(硬軟異質な鉄が混ざることでできる木目のような模様)は好きじゃなくて、無地の刀が良いと思っていたんです。

 何か、刃物の表面にケバケバしい模様があるのって機能と関係ないところに美的価値を求めるのが好きになれなかったからなんですけど、日本刀のそれは砂浜にできる風紋のような自然さがあって、本当に綺麗だな~と思うようになったんです。

 今では無地の刀は味気無く感じるようになりました。

 現在、ナイフの世界でも鍛造ナイフのダマスク・パターンを楽しむ風潮が出てきているそうですが、その極致として日本刀の人気が高まっているそうです。

 私がナイフ・メイキングをやろうと思っているのも、要するに自分の武術観を織り込んだ自作の短刀を作りたいからなんですね。

 実際に海外のマーシャルアーティストには自作のタクティカルナイフを考案してナイフメイカーとなっている人も少なくないようです。

 日本の柔術も、戦場の鎧組み討ち術から発展したものですが、基本原理として短刀を持つことを前提にしているのです。

 この事実を知らずにブラジリアン柔術の観点から格闘技として日本の古流柔術を見てしまうと何も解らなくなってしまうんですよ。

 現代で考えるなら、やはり合気道ですね。合気道は大刀や短刀を扱うものと想定すると動きの秘密が解けます。攻撃が手刀打ちというのが刀の代用なんですよ。

 つまり、合気道の技って、大半が“無刀捕り”なんですよね。

 よって、合気道を学んでいる人は剣術を研究してみることをお勧めしますよ。


追伸;そのうち、日本刀の拵えを作る方法の講座なんかもやってみようかと思ってます。今現在、職人さんが激減しているそうですから、文化の継承という意味でも必要かもしれませんからね。取り敢えず、必要なのは、「ミニ鉋・彫刻刀セット・精密鉄鋼ヤスリ・キリ・接着剤・材木・鮫革・ハケ・漆塗料」です。これらは東急ハンズでほとんど揃えられます。鮫革(実際はエイの革)以外はホームセンターにもあります。これに柄の金具(縁頭・目貫)や鍔、切羽、柄糸などは、私はいつも水道橋の尚武堂さんで買っています(金具や鍔は刀剣店でも売っている場合があります)。ちなみに、私は稽古に使い勝手が良いように自作するようになったので、ほとんど独学で研究しています。

追伸2;自主製作DVDの御注文をいただいて、発送まで時間がかかってしまい、大変、申し訳ありません。また、事前チェックしているのですが、プレーヤーとの相性などで映りが悪い場合もあります。交換しても映らない場合はプレーヤーとの相性と考えられますので、恐縮ですが、その節はプレーヤーを替えてみてください。

追伸3;藤田まことさんが亡くなられたそうです。先日、『剣客商売スペシャル』を観たばかりでしたが、「ひょっとして、これが遺作になるかも」とチラッと思ったんですが、予感通りになってしまって寂しいです。昨年の『必殺2009』も楽しく拝見していました。大動脈瘤破裂だったそうですが、この病気は時限爆弾みたいで恐ろしいです。御冥福をお祈り致します。


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2月セミナー感想と報告

 2010年の二回目の月例セミナーは、「交叉法」についてでした。

 ブログでも書いている通り、私は20代からパニック障害の持病があるんですけれど、ここ最近、ちょっと悪化していまして、電車の移動に難儀しています。

 この日も、「もし具合が悪くて行けなかったら、代わりにやってくれ」と師範代と打ち合わせしていたんですが、前日、喘息持ちの師範代が体調を崩してしまって(最近は調子良かったんですけどね)、これは最悪の場合、指導員独りで?ともなりかねず、これは何とかして私が行かなきゃならんと決心して、当日の朝はいつもより早めに出発しました。

 実をいうと、ここ二週間くらいは電車で駅の2、3駅分を乗るのさえキツイという在様で、一時間半から二時間くらいかかる江古田まで行くのは絶対ムリ!と思っていたんですよね~。

 この病気はノルアドレナリンが異常分泌されることで起こるのでは?といわれていますが、要するに脳の誤作動なんで、発作が起こってしまったらどうしようもないんです。

 だから、発作が起こりそうになったら電車を降りて休む・・・というのが、十数年来の対策なんです。

 よって、ここ何年かは電車の中でぶっ倒れるという事態は避けられていますけど、その分、“予期不安”がひどくなってしまったんですね。

 それでも、今回は何とかして行かないとな~と思っていたためか、変に不安感が沸くこともなく、まるで座禅しているような感覚で、乗り換えの時にトイレでしばらく休むようにしましたが、3時間弱くらいで時間前に到着することができました。

 早めに出発したのが正解でしたね。

 しかも、師範代からメールがあって、かなり体調が回復したので自分も向かうということで、無事、今回もいつも通りにセミナーは進行できました。

 今回は1月より人数も増えて、初参加の方も何人かいらしたんですが、やはり、常連で来られている方は慣れているから、その分も助かりますね。

 もっとも、今後のセミナー指導で私が確実に来れるかどうかも不明なので、敢えて、今回からは師範代と指導員の二人に進行してもらって、私は裏方から練習中の個別指導を手伝う形式にしてみました。

 何しろ、私が解説指導すると、ついつい例として示す技が複雑になり過ぎてしまったり独演会状態になりかねず、基本的なことをきちんと指導していく場合は、私より師範代と指導員が教えた方が絶対にいいんですよ。

 特に、ここ数カ月の二人の向上の度合いは、私から見ても驚異的で、一週間後の動きはもう別人になっているという感じで、「アレッ? こんなこと、いつの間にできるようになったんだ?」という感じなんです。

 師範代は、つい一カ月前は私の70%くらいはできるようになったかな?と思っていたら、この前の本部道場の稽古会で“ナンチャッテ塩田先生”みたいなことやって、木剣で連続してガンガン切りかかっていくのを寸前で全部かわしてみる・・・みたいなことを突然やって、いとも簡単にやってのけていたので、ビックリしたんですよね~。

 本人は別に普通にやっているから凄いことだと思ってないんですけど、横で見てると超達人じゃん?って感じです。

 その時の動きに全然力みがなく、何の迷いもなくニコニコしながら、ヒョヒョヒョ~イッて避けてしまったので、こっちは口アングリになってしまいましたよ。

 だって、彼は合気道の経験は一切ありませんし、そもそも、こんな練習は一度もやったことないんですよ。

 ひょっとして、私よりできるかもしれませんね~。

 少なくとも縮地法に関しては私よりできるようになっているし、他の技(発勁・合気・交叉法・居合等々)も遜色ないくらいできるようになっていますからね。

 一方、指導員も、游心流歴は3年弱なんですが、これはもう~、とにかく彼ぐらい努力家はいないんじゃないか?と思います。

 何故か?というと、最初に会った時には、「この人は武術はムリだろうな~」と思ったくらい、動きはコチンコチンで感覚も鈍かったんですよ。

 だから、入会された時は、私は何の期待もしていませんでしたよ。今だからいっちゃうけど・・・。

 けれども、彼の本当の持ち味というのは、物凄く素直で指摘されたことを真面目に考えて地道に改善していく姿勢があるということでしたね。

 正直、身体的な面では素質も才能もまったくありませんでした。

 ところが、ちょっとアドバイスすると、彼は徹底して考えて地道に改善の努力をするんですよね~。

 私が会を解散してしまおうか?と本気で考えた時にも、彼は「僕は長野先生に習いたくて来ているので、続けて教えてください」と言って、残ってくれた中の一人でした。

 それから2年あまり・・・継続は力になるもんですよね~。

 もう、以前とは全然、別人の動きになっているし、感覚も随分、向上しています。

 それと、自分自身が苦心して研鑽しているからこそ、人に指導するのも丁寧で細かいところに気持ちが回ります。

 ここ最近は、技や戦術に関する心法の用い方を指導するようになっていますが、そうなって以降は、一番、考えて稽古していますね。たった一言のアドバイスで動きがガラッと変わってしまったりするのです。

 理論派で多角的にものを考えられるのも、武道や格闘技をやっている人間には珍しい良識的なタイプです。そして、私と違って他人の批判を口にしません。

 以前、習っていた先生方に対しても本当に感謝の気持ちを持っていますし、それでも事実は事実として冷静に受け止める度量もあります。

 でも、特撮マニアだったりするので私とも話が合う(これ大事!)。

 まあ、そんな訳で、今回のセミナーでは、自信をもって彼らに任せた訳です。

 もっとも、参加された方々は、私が直接教えないのでは損したように感じられるかもしれませんから、師範代は游心流はじまって初の“師範”に、指導員も“師範代”に、それぞれ昇格したことを発表しました。

 小さな団体とはいえ、流派の中で創始者である私以外に“師範”を任命するということは、それだけ信頼できるという人間性を含めてのことですし、3年弱で“師範代”を任命するというのも異例ではあるでしょう。

 ただ、これは私自身の今後のポジションを考えての任命でもあります。

 私のように本やDVDをいくつも出していれば、武術という分野で専門家としての権威を付けて世間的には見られることになります。

 そうなった時には、うちのセミナーに、ただ単純に「長野さんって面白そうだから会ってみたいな~」という軽薄な考えで参加する人が増えるでしょう。

 率直に申しますが、「俺はパンダとちゃいまっせ」ということです。

 私は、きちんと武術を学びたい人しか相手にしたくないんです。研究家として自分の研究している内容を評価して、地道に稽古をやって自分自身を向上させていきたいという気持ちのある人に応えたいのです。

 セミナー後の参加者から、甲野氏が以前、『アッコにおまかせ』に出てきて、芸人に“無拍子打ち”をやってみせていたところ、逆に芸人から額をピシャッとはたかれてしまい、ムスッとした顔のまま出番終了となってしまった・・・という話を聞いたんです。

 本当に、ガッカリしますよ。

 世間的には誤解されているとはいっても、彼は“古武術の世界の第一人者”として認知されているのですから、芸人に打たれてしまうなんて、かつてスーパージョッキーでラッシャー板前に大外刈りで投げられた小佐野淳以上に罪が重いですよ。

 本当に覚悟も何もない。有名になってチヤホヤされたいだけの自己掲示欲の権化!

 自称・武術家にはそんな人間ばっかりですけどね。だから、そういうナルちゃん嫌いなんですよ。気持ち悪いから・・・。

 そういう子供騙しの猿芸をやるから恥さらしになる! そして、そんな糞の役にもたたない技を「古武術だ」と世間に広めた責任はどうするのか? 

 そもそも、武術は見世物じゃないんですよ。

 人を楽しませる見世物として演じるのなら、それは“芸”としての水準を保たねばならない。“術”と“芸”は違うんですよ。“芸”は人を感動させられなきゃダメ!

 プロのエンターティンメント業界の人達が、どれだけの高い意識をもって訓練と研鑽を積んでいるかを知っていたら、あんな子供騙しの術を人目にさらすなんて恥ずかしくてできる道理がありませんよ。

 私は、演武頼まれても全部、お断りしています。恥ずかしいもん。芸能のプロの方々のレベルで見比べたら、私の動きなんか鑑賞のレベルにまったく及びませんからね。

「俺をナルチシスト武術屋連中の同類にすんなっ」って言いたいですよ。私は、自分のやっている研究内容を評価してもらいたいし、笑って本を読んでもらいたいだけ。

 で、評価に見合う報酬を得て生活できて一生が終われたら幸せってもんでしょう? 分不相応な望みは持ってないですよ。ただ、「俺の研究している内容は歴史に残る」という強固な誇大妄想はありますけどね・・・。まっ、“誇大妄想”だってわきまえているだけ笑って許してくださいよっ。


 甲野氏のやっているのは、素人手品でしかありませんよ。合気道の重心操作の原理を応用しているだけで、少なくとも古武術の要素はほとんどありません。

 それだけで既に“偽装”ですよね? 古武術じゃないのに古武術って言っているんですからね。おまけに“スポーツや介護に役立つ”ということをウリにしながら、芸人にペシッて打たれて何もできないというのは、肝心要の武術として役立たないってことでしょ?

 余談ながら、ネットの動画で武術とか観ると、いやはや、ひどいもんですよ。

 御本人は自信満々でやっているんでしょうけど、身の程知らずというか恥知らずというか、よくまあ、こんなひどいの出せるな~?って逆に感心します。

 私が「これは見事だな~」って思ったのは、山口清吾先生の剣術、砂泊先生の多数捌き、ペンチャックシラットの妖怪爺さん? システマ、倉本先生や太気拳の岩間統正先生のセミナー風景、青木宏之先生の試斬の概念を外れた竹斬り(なぜ、アレで切れるのか?)・・・とか、いたって少ないですね。

 でも、ダンス系の動画観ると、どれも動きは素晴らしいですよ。最近は、武術の動画観てガッカリしてからダンス観て口直ししています・・・。

 だんだん、武術観るの嫌になってきましたよ・・・。


 え~っと・・・セミナーのこと書かなきゃいかんですね?

 発勁や合気と違って、交叉法や読み、歩法とかは、その場で明確な違いが実感できるようなものではないので、それほど面白くはないかもしれませんね。

 けれども、理論的な意味だけでも知ってもらえば、ほとんどあらゆる武術に応用できるものなんですよ。

 現に、私はこれらを探究し続けたことで、達人しかできないと言われていたことが誰でもできるものだと確信できましたし、“達人”と激賞されている人の弱点が随分と判別できるようになりました。

 やっぱり人間だから、よくよく観れば弱点も欠点もありますよ。「達人には欠点はない」と信じ込んでると観えないですけど、意外とまったくの素人が「これ、おかしいじゃん?」って気づいたりするんですよね。権威主義は百害あって一利もありません。

 武術の世界は無意味な礼節を優先するから、本質論が潰されてできなくなる。だから、発展しないんですよ。

 無礼を薦めるつもりはありませんが、発展を阻害する礼節なら必要ありません!

 正道を歩みたいなら邪道に学ぶ臨機応変さも重要なんですよ。単なる固定観念は何も生み出しません。私は、むしろ“邪道”にこそ学ぶ点が多かったですね。

 そもそも武術に正道なんかありますか? 人殺しが正道な訳ないでしょ?

 存在そのものが邪道だからこそ、養成されるものがある。

 つまり、“観の目”が養成されたんです。

 これが養われると、それまで反射神経とパワー、スピードで勝敗が決まると思っていた勝負論とは異質な、「間合と拍子を読んで相手の身体と意識の弱い箇所を狙撃して倒す」という戦闘法が使えるようになっていくんですね。

 武術は、この戦闘法を理解し体得しない限り、真の向上はあり得ないと思います。

 特に体格に劣る日本人には必須の要素であり、先人が懸命に育んで伝え残してくれたものなんですから、武を学ぶ者は体得し次代に伝える使命があると思います。

 もっとも、勘違いしてもらっては困るんですが、どれか一つだけ体得したら万能に勝てるという極意なんか武術にはないんですよ。

 結局、真にものをいうのは、「地道に稽古を継続する」ということだけです。

「意味を解らず漫然と続ける」のと、「意味を理解して自覚的に稽古を続ける」のとでは物凄く差ができるということを主張しているだけなんですよね。

 よって、うちのセミナーを一回受けたくらいでガラッと変わる人というのは、ほとんどいませんし、いたとしても、元々、本人が問題意識をもって参加して、それが切っ掛けになってガラッと変わった・・・というだけでしょう。

 そういう点でも、継続的な研鑽の場を都内に設けたいな・・・と思っていたんですが、年度が新しくなる四月から、都内で支部活動をすることにして、現在、準備しています。

 主宰者は、今回、游心流師範代を任命した矢嶋満(段位としては三段に認定)が勤めます。これに時々、本部師範の北島栄治(段位としては五段に認定)も指導に来ます。

 とりあえず、人数がどの程度集まるか不明なので、限定10人としておきます。練習場所は新宿から中野周辺で候補地を選定している最中で、週一回、平日の夜間を予定しています。

 支部活動(名称は同好会になります)なので、入会して会員になっていただきますが、三月と四月は記念月間として入会金免除とさせていただきます。

 セミナーの常連参加者の方だったら、申し込み即入会となりますが、それ以外の方は一応、私が審査して許可することにします。だから、人によっては断る可能性もあります。

 常連の方なら御承知と思いますが、うちの技は迂闊に使うと物凄く簡単に殺傷力が出てしまうので、何よりも抑制力のある円満な人柄の人でないと危険なので、この点は今後も徹底したいと思っています。

 尚、当面は素手の体術(ゴムナイフを使っての簡単な護身術はあり)のみとして、当会のお家芸である居合術は本部とシダックスでのみ私の直接指導とします。

 特に本部では、たまに試し斬りもやって真剣を扱うので、事故防止のために模擬刀での稽古も、しばらくは遠慮させておこうと思っています。

 もちろん、既に会員となっている方も含めて、支部にも本部にもどちらの稽古にも参加できます。

 多忙で定期的に通えない会員さんも多かったので、当会では月謝制をとらず、一回参加ごとに参加費2000円(高校生は1000円)としております。時々しか参加できないという人や遠方にお住まいの方でも大丈夫ですよ。

 道着も現在、当会オリジナルのものを検討中です。

 以上、御関心のある方はお問い合わせください。また、武道格闘技経験の有無は問いません。むしろ、何もやってない方が上達は早いと思います。真面目にやりたい方はどなたでも大丈夫です(私が許可すれば・・・)。


追伸;そういえば、今回のセミナーはバレンタインデー・・・来月はホワイトデー? 女よりシュミを優先するってぇ~のは、どうなんでしょうかね~?

追伸2;アスペクト・シリーズ第六弾『ヒトを観抜く武術の読み』、2月24日頃に書店に並ぶと思いますので、是非、宜しく。今回の本は、正直、買い損なうと大損しますよ。
多分、これが出たら、「読み」を無視した武術論は成立しなくなるでしょう。もう身体操作法は時代遅れ。これからは心法の時代になるでしょうね。



※※※ 事務担当追記 ※※※

本記事内の甲野氏のエピソードの番組名は「アッコにおまかせ」ではなく、「笑っていいとも」の誤りでした。
教えて頂いた方から早々にお詫びのメールを頂きました。ありがとうございます!

(2010/02/19 游心流事務担当)
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『ツマヌダ格闘街』7巻に意味深な描写が?

 中村晴一先生から教えてもらって読んでいる『ツマヌダ格闘街』。

 何か、物凄く武術のディープなネタが織り込まれていて、この作者は一体どなたでございますか?って言いたくなります。

 新刊を矢嶋師範代が貸してくれたので読んだんですが、ほぼ確定的に私の本も読んで参考にされているだろうな~?と思いました。

 いや、無論、文句が言いたいのではありません。

 むしろ、「どうぞ、どうぞ、使ってください」って感じです。漫画でプロ顔負けの武術描写が出てくるというのは痛快というよりありませんよ。

 今どき、武術の大家と世間的に広く知られている人間が、実は物凄いヘッポコだったりする“本質が観えない御時世”で、漫画の方が正しいなんて、愉快じゃないですか~?

 それにしても、ここまでディープに武術の術理や勝負の理合について解説していくと、読者の方がチンプンカンプンになりゃしないかな~?とも思えるんですが、そこがまた漫画というメディアの強みで、非常にわかりやすいんですね。

 文章だけだと伝わらないし、映像で見せても細かいポイントが判らない・・・伝えるメディアとしての漫画のチカラは凄いものがあるな~と痛感しますね。

 それにしても、今回、オヤッ?と思ったのは、座禅を体験に行った主人公が、少林寺で心意把を修行したと自慢する中国武術マニアの男と手合わせして、予備動作ミエミエで攻撃してくる男を簡単にあしらってしまう・・・という描写のところでした。

 これって~大学の中国武術サークルとかがモデルなんじゃないかな~?と思いました。

 要するに、ブランド意識ばっかり肥大していながら、武術以前の格闘のイロハも知らないマニアに対する作者なりのアンチテーゼとして描いたんじゃないか?と思いましたね。

 私、昔、中国武術の専門誌のライターやらせてもらっていたから、中国武術マニアを多く見たんですけど、勘違いはひどいし、自己顕示欲と屈折した優越意識が肥大した欺瞞的性格の人間が大多数をしめている肥溜めみたいな業界だな~?って、思いましたよ。

 まっとうな人って、むしろ表演武術をスポーツとして愛好している人だったりして、伝統武術を修行しているって言う人は、なんかもう顔付きからして邪気を発散させていたり、異様にふんぞり返って、「俺の発勁が当たれば内臓が破裂して死ぬからさ~」なんか言っちゃったりして実演してみせるのがヘナチョコ過ぎて笑っちゃう・・・みたいな・・・。

 こりゃあ、まともに武道や格闘技やっている人達から相手にされないのは道理だな~って思いました。もう、人間としてクズ!みたいなのが多い。

 ですから、私は「中国伝統武術をやっています」と言われただけで、もう、口もききたくなくなります。そのくらい嫌い! 「きっと、こいつもキチガイに違いない」と反射的に思ってしまうからです。

 無論、凄く実力のある人もいますよ。

 でも、実力あるけど性格はな~?って思う人も多くて、どっちも優れた人って数人しか会ったことありません。

 だから、「中国武術のいい道場はありませんか?」と聞かれた時は、「そうですね~。高小飛先生のところくらいかな~」としか言えませんね。

 そんな訳で、私は中国伝統武術を本格的に学ぼうという気持ちにはなれなかったんですよね。あの、ミョーな権威主義を振りかざしたがる阿呆の巣窟みたいな雰囲気が気持ち悪くって・・・。

 それに、私は日本人だから気質的に日本武術に愛着ありますもん。海外の武術や格闘術の“いいな~”と思う部分を採り入れて発展させていくのが楽しいのです。

 人間、過去を有り難がって発展を拒否するうしろ向きな生き方をしちゃダメっスよ。


 さて、話は変わりますが、NHK時代劇『寺子屋ゆめ指南』を時代劇専門チャンネルで見ていたら、“千葉チャンVS林邦史朗先生”というゴージャスな展開があって、ビックラこいちゃいましたよ~。

 いや~、本放送、ちゃんと観とけばよかったな~・・・。

 千葉チャンは失明した剣術道場の先生で、主人公の剣の師匠役なんですが、実の娘で女優の間瀬樹里さんとの対決の回もあったりして、意外に立ち回りが凝ってる作品だったんですよね~。

 それにしても林先生が刺客団のリーダー役で登場された時は唖然としましたよ。

「ええっ? 林先生と千葉チャンが対決するの?」って感じ・・・。

 立ち回りも、千葉チャンが失明しているのに気づいた林先生が刀の先に鞘を浅くさしておいて誘うというようなトリッキーな小技を使ったり、なかなか見所がありました。

 もう、十数年前の作品ですが、つい、数年前に見ていたような気がします。CSは有り難いですね~。

 クレジットタイトルでは日大の殺陣研究会の名前があったり、「あ~、これが剣伎衆カムイに繋がっていったんだろうな~」とか、ちょっと感慨深かったですね~。

 やっぱ、殺陣はいいよね~・・・。


追伸;時代劇専門チャンネルで三月に、若山富三郎先生主演の『道場破り』が放送されるそうです。これって、名作『雨あがる』と同じ原作なんですよ。『道場破り』のタイトルで長門勇主演で映画化されていたり、藤田まこと主演でTVシリーズ化もされていたんですよね。私も若山先生版があるとは知らなかったんですが、これは楽しみです・・・。




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朝青龍引退ですか・・・

 朝青龍引退騒動も落ち着きましたけど、なんかその影に隠れた形で亀田弟が世界チャンピオンになって兄弟そろっての世界チャンピオン誕生・・・というのも何か、あんまし盛り上がらなかったですね。

 実際、亀田大毅の練習光景とか見ると、「あ~、これなら勝てるんじゃないかな」と思っていたから、格別の感慨はなかったですけどね。

 むしろ、やっぱりチャンピオンは上手いな~と思ったくらいですよ。あれだけ打たれたのに、あんまりダメージ受けてないし、やっぱり興毅に比べると大毅はパンチ力不足で動きのキレも劣るように思えましたから、以前の亀田ファンからすると、物足りなく思うのかもしれませんね。

 でも、現実にフットワークを磨いて、上半身に気配が出ないノーモーション・パンチ(このパンチは後ろ足で蹴って前に出るので、少し離れて足の動きを観ていれば避けられますよ、内藤さん)も体得して臨んだというのは、技術レベルは格段に上がったので、三兄弟中で一番才能が無いと言われた大毅が世界チャンピオンになったということは、それだけ努力したということなんだから、もっと評価してあげていいと思うんですけどね。

 だってね~、世界チャンピオンって、誰でも努力すればなれるって訳じゃないですよ。

 あしたのジョーや、はじめの一歩を見ても、並大抵の努力でなれるもんじゃないのは解るでしょう。

 ましてや兄弟揃って世界チャンピオンなんて、凄いことですよ。

 例の内藤戦でのダーティーなイメージが祟っているとは思いますけどね・・・。


 さて、それにつけても朝青龍。

 突然の涙の引退宣言後に諸説紛々となってきて、警察の捜査も進んでいる様子ですが、思うんですけど、やったことはやったこととして認めて罪を償うのが一番いいんじゃないか?と思いますね。

 示談っていうのも、どうなんでしょうかね?

 金で解決すれば反省しなくていいっていうのは通らないでしょう。

 朝青龍に関してはタミル元夫人に顔面パンチして鼻骨骨折させたとか前科が随分ある訳ですから、これまで捕まらなかったのが不思議なんですし、逆に言えば、本人は悪気がなくて暴れるんだから、それはもう親方の監督教育の責任が問われるでしょう。

 高砂親方の様子を見ていると、良く言えば無邪気、悪く言えば威厳も厳しさもない。

 朝青龍とも対等の友達感覚で接していたんでしょう。だから、はっきり言ってなめられてるだけでしょう。

 これは私も反省するところです。甘やかすと弟子が無礼な言動をとるようになるのは師匠の責任ですよ。無礼な真似したら即座にデビルアロー食らわせるのが正解ですね。

 師弟関係は絶対に対等じゃダメなんだと痛感しています。とにかく「武術に関しては間違いだろうが何だろうが師匠の意見に口答えしちゃダメだ!」くらいの押し出しの強さが必要なのかもしれない・・・と、最近は思うようになりましたよ。

 私のキャラじゃないんだけど、最近は努力して厳しいことも言うようにしています。

 やっぱり、人から“先生”と呼ばれる人間に必要なのは、“理不尽なことでも押し通す強引さ”かもしれない?・・・とか、いろんな先生を見ていると思いますね。

 小沢先生とか?


追伸;石川議員の離党を見ていると、トカゲの尻尾切って自分だけ助かろうとしている小沢さんの傲慢さばっかり目立ちますね。確かに民主党は頼りないから小沢さんがいた方が政治的にはいいのかもしれないけれど、こんな風に独裁者的な気質を見せつけられると生理的に嫌ですね~。「秘書時代のことだから問題ない」って屁理屈は何だ?と思いましたよ。元秘書三人が法的に問題アリとされて親玉に責任がないという理屈は通りません。最低でも幹事長を退くのが男のケジメだと思いますけどね。トップがこんなことやっていたら、日本は世界の恥さらしですよ。


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またもストーカー殺人を防げず・・・

 護身術の研究指導をしている者として、DV殺人の事件ニュースを見聞することは、複雑な気持ちになります。

 桶川のストーカー殺人事件の時、警察が何ら効果的対策をしてくれず、見殺しにしてしまった・・・という世間的批評がありました。

 私は、同感であると同時に、法的にも物理的にも警察が市民ひとりひとりを警護することの現実的不可能性も感じざるを得ませんでした。

 そして、今回のストーカー少年による宮城3人殺傷事件については、これは警察を責めるのは筋違いではなかろうか?と個人的には思わざるを得ないのです。

 私自身、数年前に、あまりにしつこい嫌がらせで仕事にも支障が出てしまったので、地元の警察署に被害届けを出したことがありますが、その時に、「貴方が殺されでもしない限り、警察は動けないんですよ」と、現実的な警察の限界についてジョークめかして言われたことを覚えています。

 この発言を「けしからん」と思う人がほとんどでしょうが、私は、「それが現実的な話で本音でしょうね」と、むしろ、限界を感じられているのは当の警察官なんだろうと思いましたね。

 実際に、突発的に起こる暴力に対して、警察を呼んで間に合うだけの余裕があろう道理がありませんし、かと言って、四六時中、いつ起こるかわからない暴力を予想して一般市民を警護するような人員の余裕が警察にある筈もないからです。


 殺された方の御不幸と御家族の心労を思えば、軽はずみな言葉は慎まねばならないでしょう。

 しかし、ストーカーであったりDVの問題に関しては、基本的には自分たちで自己防衛する以外に真に有効な対策はないと思われます。

 結局、どれだけ口で説得しても暴力をふるってしまう人間というのは、自分自身で暴力をふるうことをやめられない病気なのだと解釈するしかありません。

 ですから、本人もやめたくともやめられなかったんだろうと思いますし、それは本人が書いたブログの文章でも明白です。

 もし、事前の有効な対策を講じるならば、この少年自身の精神科通院などの処置が必要だったでしょう。警察が警告しても繰り返すというのは、そういうことです。

 暴力依存症なのです。野放しにしておくのが危険。

 そして、そんな人間に狙われている以上、暴力を撃退できる技能を自分が持つか、あるいはそれを持つ人間や組織に護ってもらうしか有効な対策はないでしょう。

 前者なら護身術を学ぶことですし、後者なら民間のボディガード会社に依頼して金でガードしてもらうのが有効でしょう。

 私も、講演会のボディガードを頼まれてやったことが二回ありますし、ストーカーに付け狙われている人を助けたことも一、二回はあります。

 まあ、結果的に実際に戦うことにはなりませんでしたが、これらは私がそれなりに武術修行して具体的に戦う技能があったから、できたことであって、誰でもはできないでしょう。

 実際、これらの時は密かに武装して臨みました。右翼が乗り込むかもしれないと聞いていたので、「それならチャカぐらいは用意しているかもしれない」と思って、対抗できる武器を密かに用意していました。

 私の場合はプロじゃありませんから、これらはボランティア(単なるお節介?)でやりましたが、無論、ボディガード会社に頼む場合は相当な金がかかります。確か、数十万円から百万円くらいはかかるでしょう。

 それで命が助かるなら安いものだと思いますけれど、民間のボディガード会社というのもかなり特殊なので一般的に頼めるほどは世間に浸透していませんからね。

 今回の宮城の事件では、犯人の少年というのはヤンキーか何かなんでしょうね。そういうのと付き合って子供を産んでしまうのを親が許してしまう時点で問題だと思うんですが、DVの問題というのを軽く考え過ぎているような気もします。

 やっぱり、未成年同士で同棲を許すのは保護者の認識がゆる過ぎるし、報道されているようなDVの問題があれば、娘も赤ん坊もいつ殺されてもおかしくないと判断してどこか少年から遠いところへ引き離すようにすべきだったでしょう。

 余談ですが、小学校の先生をやっていたうちの母親は、孫が高校に行く時にピアスしているのを見とがめて、ピアスを引き千切らんばかりの見幕で物凄く叱ったそうです。それで、孫(私にとっては姪)は大泣きしてしまったそうですが、「高校生だけん、そんくらいオシャレしてもよかたい」と父親である兄貴がいったらしいんですが、「そがんとば許せば不良になっとたいっ!」と、今度は息子を叱った・・・らしいです。

 今時、珍しいでしょ? でも、これぐらい頭の堅い親でいいんじゃないか?と思いますけどね。

 結局、暴力衝動をこらえ切れないような精神の未熟な者に、まともな結婚生活なんかできる道理がないのです。

 せめて十年間、きちんと仕事して社会生活できるようになれるかどうかを観察してから一緒に暮らす・・・という約束をさせても良かったでしょう。

 18歳だったら28歳。結婚するには最適だし十年間もまともに仕事ができれば、家庭生活もできるようになれるでしょう。

 未熟な人間が欲望だけに従って同棲し、子供を産んだのが問題なんだと思いますし、それを許した保護者の甘さというか責任感の薄さに問題があると私は思うのです。

 殺されたお姉さんと友人、そして刺された男友達は、恐らく、次女と赤ん坊を護ろうとしていたのだろうと思いますが、愛憎に狂った少年の暴力の犠牲にされたことは、本当に可哀想でなりません。

 ですが、敢えて私は言います。

 暴力を封じるには、より強力な武力しかないのだと。

 少年はガタイも良くてケンカも強かった様子ですし、その上、刃物も用意して仲間も連れてきています。

 これはもう、“キチガイに刃物”そのものです。

 対処法は二つしかありません。逃げるか、戦うか。

 この場合、お勧めできるのは、前者です。戦う技能を持たないなら、選択はこれしかありません。宮城から遠く離れた九州や北海道に引っ越す。とにかく、少年が見つけ出せない遠くへ行く。それしかなかったでしょう。

 しかし・・・逃げるのも、結構、大変な決意がいります。まず、経済的な余裕がなければ難しいでしょう。

 では、戦うか?

 いや、この事件の場合を考えれば、“殺し合い”にしかならないでしょうね。事件の状況を考えれば、居合道の黒帯が真剣を使いでもしなければ護れないでしょうが、もし、鉄パイプやチェーンで武装してもっと人数が多かったら、真剣を持っていたとしても独りで護るのは難しいでしょう。

 ある程度、素人が対抗するための武器としてお勧めしたいのは、電動エアガンの500連発マガジン付きで容赦なく顔面を集中射撃するということです。

 多分、“失明させてしまうでしょう”。

 が、殺意のある人間に対抗するのに無傷で制圧するのは夢物語でしかありません。過剰防衛に問われても、家族の命を護るためであれば恩情は期待できますし、この事件のような場合、失明して暴力をふるえない身体になるということは、長い目で見れば本人を更生させる良い機会になり得ます。

 身体に障害を負っても心が真っすぐであれば人として正しく生きていけます。

 これは広く護身術の秘訣になることですが、暴漢に対処した時に最も効果的なのは“目潰し”です。催涙スプレーでも爪で引っ掻くのでも指を突っ込むのでもツバを吐きかけるのでも何でもいいので、危険となったら目を攻めることです。

 これは相手が格闘技経験のある場合でも有効です。なぜなら、ほとんどの格闘技で目潰しは禁止されているので、それを防ぐ練習をしないからです。

 いきなり目を攻められると、どんな人間でも一瞬、意識が無防備になって動きが居着きますから、その瞬間、金玉を蹴り潰すとかすればいい。よく覚えておいてください。


 それにしても、もしも、この犯人の少年が尊敬ないしは私淑する先輩のような人間がいて、DVをたしなめる・・・そういう存在がいたら、良かったかもしれません・・・。

 昔の不良は、それなりの倫理観とか正義感みたいなものを持っていたように思いますが、今はそんなカッコイイ不良はいないんでしょうかね~?

 自分より明らかに弱い者に暴力をふるうことはカッコ悪いことだとして、昔の不良はやらなかったと思うんです。

 どうして、自分の一番、好きな人間を傷つけたりしてしまうのでしょうか? 私には理解できないですね。

 こういう人間として基本的な倫理観を教えるのも、武道の重要な役割なのかもしれませんけどね。


追伸;事件の真相が明らかになるにつれ、恐ろしいことが判明してきています。どうも、この少年たちは一家が寝静まっている時に侵入し、寝ているところに刃物を突き刺したらしい・・・。忍者でもあるまいし、この冷酷非情さは死刑以外の選択はあり得ないでしょうね。こういうタイプに付け狙われたらどうするか?・・・ということも考えなくちゃいけませんね。


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2月セミナーは『交叉法』

 2月の月例セミナーは、游心流のお家芸たる「交叉法」です。

 1月にやった発勁のような技に多くの人は心惹かれるものでしょうが、いくら威力のある攻撃も当たらなければ意味がありません。

 ゴルゴ13の使うM16ライフルは、口径5.56mm(223レミントン)という小さな弾丸を使いますが、ほとんど標的射撃用ライフルに使う弾丸と同じ口径しかありませんから、威力という点では7.62mmの従来の一般的な軍用銃の口径には敵いません。

 しかし、軽量高速弾は反動が少なく狙撃向きだとされたのです。

 ゴルゴに限らず、実際の暗殺に用いられる銃の口径も、意外と小さいものが多くありますが、これも弾丸が小さければ銃も小さくできて隠し持つのに便利だったからです。

 万年筆に偽装した銃に22口径の弾丸を込めて撃てるスパイ向けの銃もあります。

 要は、急所に的確に当てられればいいという訳なのです。

 発勁は、普通のパンチを弾丸に譬えれば、口径が同じでも装薬量を多くしたマグナム弾みたいなものです。

 けれども、マグナム弾は反動が強烈になるので命中させるのは難しくなります。

 軽量フレームのコンバットマグナムでマグナム弾をバンバン撃っているとガタガタになってしまうといいますが、これはコンバットマグナムが元々は普通の弾を撃つためのフレームを流用して「マグナム弾も一応、撃てるように補強したもの」だからです。

 なので、マグナム弾を撃つにはパイソンやトルーパーといったコルト社のゴツイ拳銃の方が向いているという説もあります。

 武術の技というのは、威力が高ければ効くというものではありません。

 相手に命中させられなければ意味がないし、命中させるためには相手の攻撃を処理できなくてはなりません。

 交叉法は、銃でいうところの“銃身”みたいなものです。

 自分の技を的確に相手に送り届けるためのものです。

 銃身の中には螺旋状の溝が5~6本、彫り込まれていますが、今回のセミナーでは、この螺旋状の溝に相当する技術についても解説しようと思います。

 昨年から一歩進んだ交叉法の実用的応用法を時間の許す限り、解説してみようと思っています。

 発勁を真に戦術的に遣いこなすために、交叉法は必要不可欠なものであり、これを知らなければ武術の体得は不可能である・・・とまで私は断言しておきます。

 それほどまでに、交叉法の応用領域は広いのです。拳法、体術、剣術、居合、あらゆる武術の戦闘理論の基盤になるものなのです。

 真摯に学びたい方をお待ちしています。


※※※ 事務担当注 ※※※

ブログに記載されている通り、長野が体調不良等で欠席した場合は、師範代が指導致しますのでご了承ください。
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『崖の上のポニョ』ってクトゥルー神話っぽい?

 近所のコンビニに週一回は最低でも行くんですが、そこで『恐怖と狂気のクトゥルフ神話』という552円本を買ってきました。

 この手の500円本は山口敏太郎さんや天野ミチヒロさんのUMA本とか大好きでよく買うんですけど、安いからと思ってちょくちょく買ってると意外と金使っちゃうもんですから、最近は控えていたんですね。

 クトゥルー神話系の解説本も、ちょっと買い過ぎていたので、これは買わずにいたんですけど、ちょっと立ち読みしてペラペラめくっていたら、佐伯日菜子主演の『エコエコアザラクⅢ』も紹介されていたので、「こりゃあ、買わなくちゃならん!」と、その1Pのためだけに買いました・・・。

 この作品、劇場で観た時は、TVシリーズほどのインパクトが無かったので、正直、ちょっと物足りなく思ったんですけど、でも、ストーリー的には何か凄いことになっていて、黒井ミサがクトゥルー神話の邪神たちと真っ向勝負するような設定になっていて燃えるんですけどね。

 マニア的にオオッと思うのは、『ダンウィッチの怪』のウィルバー・ウェイトリーの子孫(江取=エトリと名乗ってる)が日本に移住していて女学校を経営しながら邪神復活の研究をやっていて、その過程でホムンクルスを誕生させていた・・・ってな背景で、この世界観を膨らませて黒井ミサの新シリーズやってくんないかな~?なんて感じもするんですよね。

 もともと、佐伯日菜子版のTVシリーズって、遊びでクトゥルー神話の要素がちりばめられていて(第一話でミサが友達と行くクラブの名前が海神のダゴンだったり、「仮面」の回では『ピックマンのモデル』とか『彼方からのもの』の影響があってミサが風の神ハスターの呪文を唱えていたり、ミサの妹が唱える呪文が「エコエコヒプノス・エコエコノーデンス」と、旧神ノーデンスの名前から採っていたりする)、後半になると敵の教団がクトゥルー神話の邪神を崇めているらしいという雰囲気が濃厚になっていました。

 そこがデビルマン的な黙示録の雰囲気を漂わせて原作を超えたチカラがあったんですよね~。

 黒井ミサを演じたのも、吉野公佳、加藤夏希、上野なつひ、近野成美と五人になるのに、やはり圧倒的に佐伯日菜子の印象が強い。それは彼女の異邦人的な美しさが関係しているんじゃないかな~?と、この前、『アサルトガールズ』を観た時にも思ったんですけど、これはもう、成長した黒井ミサが邪神の軍団と戦うストーリーでシリーズ化してもらいたいですね。

 そんでもって、黒井ミサというのは以前のTVシリーズでも暗示されていたように一人ではないという設定で、覚醒していない少女を主役にして、かつて黒井ミサだった佐伯日菜子が助ける・・・みたいな話にしたらいいんじゃないかな~?

 やり方によってはデビルマンや魔界水滸伝を超えるかも?


 話をもとに戻します。

 クトゥルー神話の産みの親であるH・P・ラブクラフトが黒魔術やグノーシス派の秘教系の知識があったという見解をコリン・ウィルソンなんかが出しているんですが、確かに、「黙示録の獣」を自称していた二十世紀最大の黒魔術師(山師?)アレイスター・クロウリーとか神智学(マダム・ヴラバッキー。この派からルドルフ・シュタイナーやジッドゥ・クリシュナムルティーなども出ていて、何か日本の新興宗教界とも似ている気がする)の教義にも近くて、もともと、クトゥルー神話と黒魔術は相性が良かったんですね。

 魔術にSF的な宇宙観を加えたのがクトゥルー神話であり、そのダークな世界観はコズミックホラーと呼ばれています。

 宇宙創成の神が、盲目白痴の邪神アザトース・・・なんていうダークな解釈がマゾヒスティックなホラー感覚を喚起するのです。

 ギリシャ神話のテュポーンやヒドラやゴーゴン、ミノタウロス、北欧神話のフェンリル、ヒンドゥーのナーガ、道教の女蝸、日本神話のヒルコにヤマタノオロチ・・・といった異形のクリーチャーはいるものの、主要な神は人間の姿と変わらない。

 ところが、クトゥルー神話の神々はほとんどが異形そのもので、人間に似てるのはノーデンスくらいかな? 後はナイアルラトホテップが、たま~に人間の姿で出てきたりするくらい。

 形態的には、ウルトラQのバルンガやゴルゴス、ウルトラマンのブルトン、ウルトラセブンのペテロ、帰ってきたウルトラマンのバキューモンやバリケーンやビーコンやプリズ魔、ウルトラマンAの異次元人ヤプール、ウルトラマンレオの円盤生物なんかがクトゥルー神話の邪神に近いでしょうか?

 中でもウルトラQに登場した海底原人ラゴンが、ウルトラマンでは身長30mに巨大化して出てきて口から放射能火炎を吐いたりした様子を見れば、巨大化したという設定よりも、Qの時はインスマス人で、マンの時は邪神ダゴンだったという解釈が成り立ちます。

 半魚人のイメージって水棲人類なんでしょうが、最近のUMAでもカエル男とかありますし、ボルネオのオランイカン(オランウータンが“森のヒト”だから“海のヒト”)、日本の河童や中国の水虎も、その類いのイメージなんでしょうね。

 ホラー映画批評家の鷲巣義明さんは、ヘドラとクトゥルー神話の類似性について書かれていましたが、なるほど~と思いましたね。そういう点ではレギオンもそうでしょうね。

 いっそのこと、クトゥルー神話を題材にした怪獣物を作ったら面白いでしょうね。

 多くの作家が創作意欲を刺激されているのも特徴で、それをまた「盗作だ!」と排除しないで鷹揚に受け入れるところもまたクトゥルー神話が都市伝説的な広がりを持っている理由でしょう。

 平成ウルトラマンやエコエコアザラク、それにジャイアントロボにまで、小中千昭が脚本を手掛けた作品には必ずといっていいくらいクトゥルー神話との結び付きが出てきますが、そもそも、Jホラーのルーツとも言われる心霊ホラーVシネ『邪眼霊』なんて、アイドルが歌う歌のタイトルが「ラブ・クラフト」なんだから、ちょっと苦笑しちゃいます。

 そして、伝説となった『ギミア・ブレイク』中の佐野史郎主演の『インスマスを覆う影』は、ラブクラフトの代表作の一つを日本に置き換えた傑作ホラーで、凝り性の佐野さんがノリノリで演じていて、怪談的な裏話まであったそうです。

 佐野さんは『ゴジラ・ファイナルウォーズ』でも、クトゥルー神話ネタを口走るキチガイ・テロリストを強引に演じて、何となくこの作品がクトゥルー神話に繋がっているかも?みたいな印象を無理やり付加していました。まあ、個人的にはいいんですけど・・・。


 さてさて、密かにクトゥルー神話にはまる作家が少なくないということは御理解いただけたか?と思いますが、以前から噂されていた「宮崎駿監督がクトゥルー神話好きなのではないか?」というネタですけれど、これも当然、本の中で触れられてます。

 それによれば、『となりのトトロ』はツァトゥグアに似てるとか、『千と千尋の神隠し』のカオナシがナイアルラトホテップではないか?とか、「なるほどな~」と思わせる見解があるんですが、いや、それはちょっと穿ち過ぎなんじゃないかな~と言えば、言える訳ですね。

 しかし、『崖の上のポニョ』に関しては、確かに、ポニョってモロにインスマス人(半魚人)だし、グランマンマーレって海神ハイドラなのかな~?という感じもします。

 フジモトはダゴンの隠喩なのかという話もあるようですが、こっちはランドルフ・カーターか魔導士エイボンとかミスカトニック大学の邪神研究の第一人者、ラバン・シュリュズベリイ博士とかの魔術的博士のイメージの方が近いように思えます。

 あるいは人間に精神寄生体が宿ったのか?という印象も受けます。

 正直、「オイオイ、これって人魚姫が元ネタっていってたけど、クトゥルー神話の間違いなんじゃないの?」って感じがしましたね。

 何か、『千と千尋・・・』の時のような隠された宮崎監督の邪悪なイタズラっ気が感じられてなりません(あの作品って少女売春の隠喩だもんね)。

 例えば、これを実写化したとすると、かなりオドロオドロしい映像になると思いませんか? 主人公がポニョと一緒にトンネルに入って歩いているうちにポニョがカエル顔の半魚人になっていくところなんか怖いと思いませんか~?

 実写にしたら、相当、ホラーっぽくなると思いますよ。

 宮崎監督はそれを狙ってると思うな~。

 で、大人になったポニョが結婚してできた子供が大きくなると半魚人になっていく・・・なんて後日談ができたら、まるっきり『インスマスを覆う影』と一緒。怖いよ~。

 あっ、そういえば、『もののけ姫』のシシ神様がヘドラみたいになって暴れるクライマックスのところなんか、『ダンウィッチの怪』を思い出すな~・・・やっぱり、宮崎監督はクトゥルー神話好きな可能性高し!

 ただし、ポニョに関しては、諸星大二郎の『栞と紙魚子』に出てくる作家の段一知(ダンイッチ?)とその巨大な顔だけしか見せない奥さん、ペットのヨグ・ソトホート、娘のクトルーちゃんの一家がモデルではないか?という説もあって、確かに、こっちの方がソックリなんですね。

 この作品は深夜ドラマ化もされたナンセンス・ホラー・コメディなんで、ポニョの元ネタと言われても違和感ありません。

 宮崎監督も諸星大二郎のファンを公言していることだし・・・。


追伸;この『恐怖と狂気のクトゥルフ神話』の執筆してる佐山史織さんって、プロフィールのところに“武術家”って書いてあって、何者じゃ?と思いました。この前買った『[図解]武将・剣豪と日本刀』にも書いてましたね。かえる、佐藤新也ってライターも被ってるじゃん? あっ、よく見たら、出版社もどっちも笠倉出版社じゃん。俺もこういう辞典っぽいの書いてみたいな~。


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アスペクト『ヒトを観抜く武術の読み』二月後半に発売

 アスペクトの武術シリーズ第六弾『ヒトを観抜く武術の読み』の最終チェックが終わりました。

 パニック障害が悪化していて会社まで行けそうもなかったので、担当編集のSさんに渕野辺まで来てもらい、駅前の行きつけのジョナサンでチェック作業を約3時間と少しかけてやりました。

 今回の本は、これまで約10年間に渡って隠しに隠してきた「読み」に関して、「もう、いっかぁ~?」と思って明かした初めての本です。

 実のところ、これまでどんなに技術について解説しても今ひとつ人に伝わりづらかったのも、この「読み」の具体的なやり方を隠していたからなんでしょうね。

 うちの武術論は「読み」ができることが前提ですから、その感覚がない人が技術論を読んでもピンとこないし、DVDを見ても意味が判らない。

 要するに本質が掴めないんですよ。前提が不明なままでは技の意味が理解できないからなんですね。

 そうなってしまうだろうということは解っていたんですが、これは私の先生が物凄く大切にして秘伝にしていたので、私も公開できなかったんですよ。

 師匠が大切にしてる秘伝を弟子がバラしたらどうなりますか? それは師匠から見れば裏切り行為ですよね。

 もちろん、私は正式な弟子じゃありませんから、周囲からは「そこまで義理立てて隠さなくても・・・」と言われたりしていたんですが、心情的にやっぱりね~。

 昨年、先生と電話で話した時に、「原点がどこか?ということをきちんと話せば・・・」ということを言われたので、それだったら、もう隠さなくてもいいか?と思って、発表の機会を考えていたんです。

 その後の研究で何十倍にも膨らませているし、先生も許してくれると思います。

 多分、以前、教えていた会員さんは、これを読むとギョギョーッ!とすると思います。

 どうしてか?

「部外者にバラしたら破門じゃあ~!」と厳命して、実際に破門にした人もチラホラといるというような“目付けの秘訣”を第一章から細かく解説してしまっているから・・・。

 いや、そればかりではなく、実際に教えた内容の何十倍も詳しく解説していたり、これまで会員にすら教えてこなかった心法の具体的なことまで書いているのですから、これを読んだ武道関係者は唖然となるでしょう。

 何しろ、「読み」の具体的なやり方については歴史上、一度も文章化されていない筈だからです。

 これを体得しなければ“先の先”だの“後の先”だのといった戦法は使えません。あくまでも個人のセンスによって自然にできる人と圧倒的にできないままの大多数の人に分かれるだけなのです。

 私も、言葉として「読み」の存在は知っていても、実際に“できる先生”に教わらねば、一生、体得できなかっただろうと思います。

 そして、読みと交叉法を研究しているからこそ、明らかに実力的にまともに対戦すれば私が手も足もでないような若い修行者をあしらえるようになれた訳です。

 つまり、武術は強い弱いではなく理合を体得しているかどうかで勝負が決まるということです。

 もう、自信があるから率直に申しますが、私に習っても強くはなりませんが、達人にはなれます。

 素質も才能もない、70歳くらいまでの老人や、女性、小学校高学年くらいの子供であっても、屈強な成人男子を一撃で倒すことができるように教えられます。

 えっ? 「屈強な成人男子を一撃で倒すような威力は長く武道や格闘技をやっている人間でもそうそう出せない。長野さんも嘘つくなら、もう少しリアリティーを考えたらどうか?」ってことですか?

 そうですね。武道や格闘技では難しいでしょうね。

 だけど、武術なら現実に簡単にやれるやり方は無数にありますよ。でも、教えてあげな~い・・・。


 けれども、今回の本は、恐らく、物凄い賛否両論になるだろうと思っています。

 何しろ、“武術の読み”というのは最終的には第六感に突入してしまう訳で、これはもうオカルトか超能力の分野の話になってしまう訳なんですね。

「合理主義者であるはずの長野らしからぬ」と思われる方も多いと思います。それもあるから書きたくなかったんだよな~。

 脳みその壊れたオカルトマニアがファンレター出してくるかもしれないし・・・。

 けれども、今回の本で明かした内容以上に実際の研究会では進んでいるんです。だから、ここまではもう発表しても構わないと思ったところまでは書いたんですよ。

 これは嘘だと言われる可能性が高いので、近日中に証拠の映像を撮って動画に出そうか?とも考えています。

 あくまでも、私は武術を神秘的に解釈するつもりはまったくありませんから、神秘大好きの発狂してる人達が集まってきたら嫌だな~と思っているんです。

 それでも、研究家として検証できる事実については隠すのも良くないと思った訳ですし、また、本格的に超感覚を磨きたい人にとってはお勧めできる団体もあるので、問い合わせがあればそちらを紹介したいとも思っています。

 それよりも、非難を覚悟で書いたのは、今回は他流仕合で攻略する戦法について図解していたり、各武道武術の特徴と長所短所といったことまで書いているので、頭の堅い人達は激怒するんじゃないかな~?と思っているんです。

 何で、こんな喧嘩腰のことをわざわざ書いたのか?というと、私には、それだけ現在の日本の武道武術の世界に対して物凄く危機感があって、武道、格闘技の世界の当事者にも危機意識と改革のための「なんとかしなきゃいけない」という意識を持ってもらいたいと思ったからなんですよ。

 外国の進化した武術が本格的に入ってきたら、日本の武道、格闘技は全滅しちゃうと思うんですよ。勝てないですよ。筋肉鍛えて脳みそ鍛えないから・・・。

 結局、日本の武道は創立時点からほとんど技術的に発展していないし、格闘技はまだ進化の途上でしょうが、体系化はされていないから個人の技量に頼り過ぎています。

 技量に差がなければ体格と体力で差がつく。しかし、決定的に差がつくのは勝つ工夫をしているかどうか?なんですよ。そのための指針になれれば、いくら非難されても本望。


 練習後にはいつも会員と一緒にファミレスで日本の武道武術の世界の現状についてあれこれ論議するのがいつものことです。

 以前、“太気拳の至誠塾の方が私のDVDを見て批判的なコメントをブログに書いていて、すぐに消していた”という話を聞いていたんで、私もブログにコメントを書いたことがありました。

 私はてっきり、新人の会員さんなんだろうと思っていたんですが、この方は、支部長さんだったんだそうですね?

 いや、別に観た方がどう感じられるか?というのは自由な訳ですし、こっちだって批判されるのは慣れているから何とも思わないんですよ。

「オタクだ」とか「あんな技は通用しない」と言われたって、正直言って、私は「自分の研究内容は天下第一」という自信があるので(シャレでも冗談でもなくて、事実、こう思っています)、部外者から何を言われてもヘーキなんですね。

 実際にできる人をいっぱい育てれば、誰も文句言えなくなると思っていますし、現実に成果も上がってきています。

 今の段階で批判されるのは、むしろ、自分を過信して気づかないでいる欠点を教えてもらえる場合があるので、感謝すべきなんだと思っていますから、まったく反論するつもりもありません。

 新体道のライブでお会いした河野智聖先生も、私が本の中でおちょくったように書いたことをお詫び申し上げたら、ちっとも気にしておられず「あれは誉めて書いてくださったんでしょう?」と、粋な対応をされていました(オトナだな~)。

 この方のコメントを発見したうちの会員さんは、「ネットの世界では、一度でも書いてしまった文章は訂正したり消したりしても元の文章が残ってしまうから、臭いものに蓋はできないんですよ。むしろ、訂正したり消したりするよりも、“ごめんなさい”って素直に謝った方がいいんじゃないかと思うんです。僕も、最初に読んだ時は、ムカついて文句の一つも書こうかと思ったんですが、勝手にそんなことして長野先生に迷惑がかかっちゃいけないと考えて我慢したんです。立場がある人だと言葉の責任が師範や団体にかかる場合もあるから、よく考えて書かないといけないな~と思いました」と話していましたが、賢明な判断だと思います。

 批判されれば感情的にナニヲって思うのが人情ですが、批判的な意見には本音が隠れているんですね。ある意味、正直な人が批判をする訳です。

 無論、単なる嫉妬心でイチャモンつけてるような人間は論外ですが、厳しい意見は大切にすべきですね。

 また、「長野先生はもの書きの仕事をされているから、ムチャクチャなことを書いているようでいて、実は計算して書かれていますけど、それは長野先生以外にはできないと思うんです。ブログにもわざときわどいことを書かれていますけど、そのきわどさの度合いを見極めるのも業界事情に詳しいプロだからできるんだと思うし、長野先生の文体を素人が真似したらすぐに大炎上しちゃうと思いますよ(笑)」とも言っていました。

 私がブラックジョークやきわどい裏話を好んで書くのも、自己宣伝と自己保身を考えたらマイナスにしかならない訳です。だって、敵を増やすだけだもんね。

 けれども、ある程度、リスクを負わねば面白い文章にはなりませんし、面白くなければ本は売れません。謹厳実直な人の本なんか誰も読まないんですよ。

 小島一志さんなんて、サイテイ過ぎてサイコーじゃないですか? 俺、大ファンだもんね~(アンチだけど)。

 感動させたり笑わせるのは難しいですが、人の感情を動かす時にてっとり早いのは、怒らせることです。ムカッとさせるようなキワキワな表現も、やりようによってはユーモアになったり感動させたりできる。

 私は文が拙劣だから、ストレートに人を感動させるような文章は書けないので、敢えてひねって書いている訳です。

 小説書きたいとは思うけど、絶対に書きたくないのは恋愛小説! ダメ! こっ恥ずかしくって、よ~書けん!

 ともかく、文体がムチャでも書かれている内容がしっかりしていれば、深く読める人には役立つはずです。「長野は大っ嫌いだけど長野の本は面白いから買っちゃう」って言われたりしますからね。

 今、教えている会員さんの大半が、私の本を読んだりDVDを観て、「これなら自分でも上達できるのではないか?」と直感して習いに来られています。

 で、実際に上達しているという実感を得られている人たちと楽しく練習できているので、私は非常に恵まれているな~と思う訳です。

 それも、ある程度のリスクは承知しているからこそなんだと思っていますし、至誠塾で太気拳を一時間半程度しか習っていない私を太気拳の支部長を任されるような実力者が批評してくれるというのは、内容はどうあれ、光栄なことだと思っていますよ。


 恐らく、今月下旬に本が出た後は毀誉褒貶が相当出るだろうな~と予想していますが、文章の奥の私の目論みに気づく人がどのくらいいるのか?という点を、今回は実験精神で待ちたいと思っています。

 とにかく、日本の武道武術の世界は、今、変わっていかなくては、気づいた時には世界に取り残されてしまいますよ。そのためには敢えて波紋を起こさなきゃダメでしょう?


追伸;動画で宇城氏が元極真の格闘家Nさんを指導しているところを見ました。最初、アレッ?と思ったのは、以前の宇城氏が持っていたキリキリと集中するような鋭い読みの意識が薄れて、随分とラフに技を使っているところでした。空手着姿でもなかったので、一瞬、別人かと思ったくらいでした。崩し技も力任せで強引に見えるし、間合も一本調子に保ち過ぎているとお見受けしました。失礼を承知で申しますが、私の目には実力が明確に落ちておられるように観えます。一体、どうしたんでしょうか? お身体の調子を崩されたりしたんでしょうか? 複数の相手にかけて見せるのも重心操作を説明せずに“気を通す”と称しても意味が通じないですし、そもそも名のあるNさんを転がして見せているところを動画で晒すというのは品性を疑ってしまいます。甲野善紀氏そっくりのやり方で、釈然としません。『空手バカ一代』でサファーデのチャンピオンに辛勝した飛鳥拳が新聞で簡単に勝ったと書かれたのに腹を立てて、「私はようやく勝ったのであって他人を踏み台にして名前を売りたくない」と言いますが、これが武道家として正しい態度でしょう。強ければ何をやってもいいのか?という傲慢さと権威主義をも感じてしまうのです。新体道にも名のある他流武道家が学びに来られていましたが、青木先生はその人達の名を傷つけないように箝口令を敷いていました。私が学んだ躾道館の小林先生もそうしていました。心道流は「自信他尊」が旨であった筈ではないでしょうか? それとも宇城氏はUK空手とすることで心道流の精神は捨ててしまったのでしょうか? なんだか、凄く悲しく寂しい気持ちになってしまいました・・・。



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達人養成計画順調か?

 先日の日曜日の稽古会に久々に参加した会員さんから電話があって、「以前と比べて常連の会員の技量がメチャクチャ上がっていて驚いた」という感想を言っていました。

 彼が通っていたのは7年くらい前で、確か私が40歳になる直前くらいだったと思います。

 その後、仕事の都合や海外留学などでほとんど来れていなくて、1月のセミナーに久しぶりに参加して、「発勁の意味がようやくわかりました」と言っていたんですが、それで久しぶりに稽古会にも来たいということで参加していたんですね。

 もともと、空手を長くやっていて、性格的にも武道格闘技に向いていたんですが、体格が中肉中背だから、パワー負けしないようにと筋トレに励んでいたらしいんですけど、最近、筋トレをやめていたそうで、実際、かなり痩せた印象がありました。

 で、久しぶりなんで、うちの会でも入って一年くらいしかやっていない人と組ませたんですね。

 どうしてか?というと、この人は一年しかやっていないのに、読みの感覚がズバ抜けていて(新体道で養成した模様)身体の練り具合も独自に稽古を積んで、突然変異的な技の遣い手になっていたので、普通の武道格闘技の概念からすると得体が知れなくて面白いだろうと思ったからです。

 で、案の定、パンチを全部潰されて何もできなくなってしまうので、かなり面食らっていましたね。

 もっとも、ちょっと、やり過ぎだから、「あんまり、やり過ぎると相手が自信無くしちゃうからダメだよ」って注意しといたんですけどね。

 でも、この経験が新鮮だった様子で、電話してきた彼は、「あの人、メチャメチャ強くないですか?」と言うのです。

「いや、特別強い訳じゃないよ~。他の会員でも似たような感じになるよ。強い弱いじゃなくて、相手が技を出そうとする隙間を抑える訓練しているんだから同じことだよ」と答えておきました。

 すると、「長野先生が、達人養成するって書いてたけど、あれ、本当ですね。俺、なんか2時間やっただけで凄い強くなった気がしますよ~」と言っていました。

「それは、あいつも言っていたよ。“最初に来た時と、帰る時だと彼は三倍強くなってましたね~”って・・・」って伝えておきました・・・。

 実際、大袈裟に言っているのでなくて、彼は2時間で三倍の戦闘力になっただろうと思うのです。

 どういう意味か?というと、自身がそれまで修行していた空手の技の応用法と戦術を指導したので、かつて空手の先生が言っていた言葉の意味に気づいたかららしいです。

 どんな流派でも、特別、上手い人っているもんです。でも、どうすれば上達できるのか?と聞いても、たいてい、あまり上手く説明できなくて、意味不明な説明をされてしまい、だからこそ、教わっても体得できないままになってしまう。

 これは、感覚的に体得したことなので理論的に体得するやり方が説明できない訳なんですよ。よって、“その人が特別”で終わってしまうのです。

 私は、素質も才能もなかった代わりに、観察眼と理論化して説明する能力は長けていたので、解説指導する技能は伸びた訳です。

 だから、彼の場合も、技は変わらなくとも、そこに戦術的な遣い方と応用、人体の効率的潰し方を理解することで戦闘力がいきなり倍加した・・・という訳です。

 多くの武道格闘技を真剣に修行してきた人は、必ず、「圧倒的な体格と体力の差は技ではどうにもならないのだ」という絶望感に囚われるものです。

 彼もそれを痛感していたので、それを埋めるために筋トレに励む訳ですが、パワー勝負では体格が圧倒的に違えばもう勝てない・・・ということも海外留学したりして悟っていたようです。

 でも、発勁は筋力とは無関係に威力が出せます。

 だから、私は圧倒的に体格差があっても一発ちゃんと入れば倒せると確信して微塵も疑っていません。むしろ、致命傷負わせる可能性があるから、どのくらいセーブしたらいいか?と悩みます。

 それで、いつも後ろにちょこっと飛ぶ程度に相当注意して打っている訳です。本式に倒すつもりで打ったことはただの一度もありません。もの凄~く、セーブしているのです。

 これ、自慢じゃありませんよ。

 誰でも、老人でも女性でも小学生でも、私が指導したら、体重が二~三倍の相手を一発でズバーンと吹っ飛ばす威力は簡単に出せるようになります。その上で効果的に効かせる打ち方を教えたら、冗談ではなく致命傷を与えられるでしょう。

 だから、“危な過ぎるから”教える人は選ぶように注意している訳です。

 もちろん、これまで少なくない武術愛好家から「長野は嘘を言っている。そんな簡単に発勁ができる筈がない」と非難されました。

 まあ、「そんなことはあり得ない!」としておかねば、長くつらい練習に耐えてきた自分の立場がなくなるし、弟子もつらい練習を嫌がることになって道場にカンコ鳥が鳴くようになりかねませんから、「発勁は物凄く苦心して修行しなければ体得できないのだ」という頑なな信仰心を脅かす私は邪教徒みたいなもんなんでしょう。

 でも、私は信じて欲しいなんか一度も思ったことありませんよ。事実は事実。誰が何と非難しようと関係ない。「ふぅ~ん。勝手に言ってればぁ~?」って思うだけ。

 現実にうちの会員やセミナーの常連さん達は普通にできるようになってきています。

 論より証拠ですよ。

 実際にできる人を何人も何十人も何百人も育てれば、結局、文句言っている連中も沈黙せざるをえなくなるのは自明の理です。よって、外野の声は無視して、ひたすら研究指導に力を入れるのみです!

「長野先生が体格差は関係ないって言っていた意味が今はよくわかりますよ。それに、自惚れてどうしようもなくなる人間が出たという意味も・・・」と、彼は言っていました。

「だから、技はすぐできるようになるけど、自惚れたりしないように入会希望者はかなり選んでいるよ。途中で自惚れたヤツは即破門だよ」と、答えておきました。

 ともかく、私としては、“武術イコール身体運用法”というイメージではなくて、武術は素質才能にかかわらず、やる気があって地道に修行するなら誰をも超人に変えられるという点を証明していきたいですね。

「身体の動きを良くしたい」程度のチンケなこと考えてる人はお呼びじゃありません。

「私は世界で活躍する日本人になりたい!」くらいのこと考えてる人に来てもらいたいですね。

 私はチンケなこと考えてるヤツと話しているとムカッ腹立つんですよ。

 男と生まれたからには何の道でもトップを目指すべきですよ。いや、女でも同様!

 暇つぶしのシュミで「武術やってみたいんですぅ~」なんてヤツは、「はい、正拳突き一万本はじめ~いっ!」ってやらせるよ、オレ。



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義に生きる人も実は情愛に生きている

 チャンネルnecoの武侠ドラマ・シリーズ『大唐游侠伝』が最終回を迎えました。

 原作者は、金庸、古龍に並ぶ武侠小説の大家、梁羽生。

 登場するキャラクターでは、主人公の実の父親でありながら、悲惨な目にあって、すっかり精神が捩れてしまった鉄崑崙こと、無敵の武術家、羊。

 最初は黒いマントで頭部まで隠した姿が、ダークフォースの騎士やロードオブザリングの黒騎士みたいな不気味さで、姿を変えて息子である主人公を助けながらも旧友を無慈悲にじゃんじゃん撲殺してしまう冷酷っぷり。

 それが、最終回では、てっきり主人公と宿命の対決をするとばっかり思っていたら、何と、クライマックスに現れた主人公はひん死の状態!

 すると、あれほど冷酷非常、残忍無残な野心家だった男が息子を助けるために気ィ狂ったように狼狽しまくり、ムチャクチャな気功の秘術を駆使して、自分の内力をすべて息子に与えて抜け殻みたいになってしまうのです。

 義兄弟や兄弟子を平然とブチ殺しまくっていたのに・・・?

 で、よくよく考えてみると、この男、息子のピンチに颯爽と現れて助けまくっていたんですね。

 で、最後の最後も、せっかく大燕帝国の皇帝になったというのに、その帝位を放っぽりだして戦場のど真ん中で敵軍が押し寄せてきているのに、死に物狂いで息子を助けようとしていた訳です・・・。

 スゴイ話だな~。

 中国の武侠小説って、何か日本人の感覚では訳のわからないところがあるんですが、流石にコレは予想がつかなかったですね~。

 ちなみに、羊を演じていたのは、中国武侠ドラマでは常連の人で、大抵、悪役。

 今回も、何かオイシイところを全部、持ってっちゃったような感じがします・・・。


 それにしても、武侠ドラマって、映画より面白いですね。アクションもワイヤーとCGとの融合具合が手慣れてる感じです。

 え~、それと、時代劇専門チャンネルも面白いですよ~。

『御家人斬九郎』もワイドスクリーンで蘇って、面白いですな~。

 特に、父親のライバルだった剣豪、高坂伊十郎を演じた丹波先生がカッチョイイ。もう、この時点で多分、70歳は過ぎてらしたと思うんですけど、豪快な殺陣は相変わらずで、しかも丹波先生は旅先で助けた少女を連れて老子連れ狼ってな感じ。

 斬九郎もほれ込む剣豪っぷりも納得の風格でした。

 そんな丹波先生が柳生宗冬を演じている『長七郎江戸日記』の最終回スペシャルを見て、やっぱり、里見浩太朗は上手いな~って唸りましたね~。

 まず、二刀流の華麗な剣の舞は、里見先生の独壇場ですな。

 それから、クライマックスで見せた、真剣白刃取りした刀を捻って敵を投げておいて、その刀をひょっと空中に投げ上げて、パッと柄を握ると、一刀両断! お~、カッコイイな~。こういうトンチの効いた殺陣だったら、真剣白刃取りやっても許せる。

『密命~寒月霞斬り』もいい。榎木さんは斬心塾出身だし示現流の心得があるそうなので剣の構えがサマになりますね。

 刀も、カマス切っ先(切っ先の丸い膨らみがなくて魚のカマスみたいに三角になっている)が特徴的な“高田水心子兵庫”を使って、印象的な殺陣を見せてくれます。

 しかし、敵役の松方さんの凄みに押されてしまった印象があるので、次回のシリーズでは、もっとスピード感のある激しい剣捌きも見せて欲しいな~と思います。

 ホームドラマチャンネルでは、『必殺仕事人・激突!』をやっていて、私のイチオシ、滝田栄さんの山田朝右衛門が活躍しています。

 滝田さんは上背があるから長くてぶっとい剛刀をブゥンッ!と振って、相手をズッパズッパ叩き斬るようなイメージがあります。

 何か、SPA!の芸能人ケンカ師ランキングでは、ホタテマンこと力也をケンカでのしたという噂があるのだとか?

 滝田さんも斬心塾出身なので、試斬のシーンがよくあるんですが、相当に凄いと思いますよ。以前、TVのトーク番組に出た時に手裏剣の話とかしていたし、体術なんかもおできになるのではないでしょうか?

 芸能人武術家列伝とか書いたら面白いと思いますけどね~。


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動画サイトって凄いね~・・・

 何か、一昔前だと高値で裏取引されていたような封印作品が動画サイトにバンバン、アップされているとのことで、良いのか悪いのか、わからないですけどね~。

 一応、私も文筆業とか知的財産権益で生活している人間の端くれなんで、今の動画サイトに何でもアップされる風潮には反対しなきゃならん立場なんですけどね~。

 でも、いかんと解っていながら、ついつい見ちゃいますよね~。

・・・っても、私はパソコン使えないし携帯電話もロクロク使えないんで、もっぱら会員さんが操作して見せてくれるんですけどね。

 いやはや、スゲ~な~って思いますね。

 武術系のなんて、本当にピンからキリまでですが、海外の貴重な武術が見れるのは有り難いですよね。

 日本人の特徴として技のパターンを見たがるのに対して、海外では技の応用法を見たがるみたいな感じがしますね。

 これは、日本人の勉強法が丸暗記型が多いのと関係あるような気もします。応用法を見せられると、混乱して何がなんだかわからなくなってしまうんですよ。

 どうしてか?っていうと、日本人って細かい枝葉末節ばっかりに気が取られて本質的な技の原理とか動きの流れとか力の作用するベクトルとか洞察できない人が多いからなんだと思いますよ。

 そういう典型的なダメな日本人タイプが武道にはまる率が高いのかもしれません。

 例えば、合気。「合気を体得するには合気揚げを徹底的に訓練すべきだ」って聞くと、合気揚げする時の指先の向きだの何だのといった“糞どーでもいい箇所”に秘訣があるんだと思い込んでしまうんですね(ね~よ、そんなとこには・・・)。

 それから、「脱力が大切だ」って聞くと、「脱力とは何ぞや~?」って考え込んでしまって、「何故、脱力が有効なのか?」という本質には絶対的に目を向けなくなってしまう。

 はっきり言って“アホ”としか言えません。頭が悪過ぎます・・・。

 そんなことでは新興宗教やカルト団体にお金搾り取られてしまいますぞよ~? お金は実になるものに使いましょう。


 さてさて・・・、私は、観取り稽古を主体にしている人間なんで、“見るイコール教わる”で、動画を見るようになってから、いろいろ技のレパートリーも広がってきてます。

 うちの会には、私と匹敵するくらい観取り稽古ができる人間がいるんですが、中国武術未経験だったのに、DVDとか観まくっているうちに、すっかり中国武術の戦闘法が身についてしまいましたよ。「お前はチョコレート・ファイターか?」って感じ。

 先日の稽古会の時も、空手やっている会員さんが久しぶりに来たので練習を組ませたら、一発も入れさせないで封じてしまうので、「この人、やりづれ~よ~」って苦笑いしてましたね。

 中国武術の技って、本来、こうでないとおかしいと思うんですよね。先を取って相手が技を出せないようにしていく・・・それが接近密着戦法の本質でしょう。間合を保って互いの突き蹴りを存分に出し合うのっておかしいし、中年過ぎたら実力衰えるだけですよ。


 でもね~、身体の動きだけだったら、やっぱり、武術よりダンスの方が、はっきり言って数段、上ですよ。

 武術関係者が蛇蝎のごとく嫌う“居着き”だって、言うのは簡単だけど、武術家で本当に居着かないで動ける人って十人もいないですよ。

 何故そうなるのか?ってわかりますか?

 力を出そうとするからですよ。筋肉をぐっと収縮させてタメを作る・・・この動作が即、“居着き”になっているのを気づいていないんですね。

“タメを作らないと威力が出せない”って思い込んでるんですね。

 だから、「力を抜け~っ!」と口では言いながら、言ってる本人がスッゲ~力んじゃってたりするんだからね~・・・コントみたいですよ。

 シャレになってないっスよ・・・こんなんだからシステマ見ても何もわからないんだよね~。本当に、観察すべきポイントが完全にズレてます!

 無論、タメを作る動作が全面的に間違いだというのではありませんよ。やり方によるんです。戦術的に有効かどうかが問題。

 例えば、芦原空手みたいに相手の死角にポジショニングしながらタメを作るのなら問題ないでしょうね。相手の真正面でやったら避けたりカウンター取られるだろうけど。

 前回の発勁セミナーの時の感想で「震脚を使うのは居着いてマズイのでは?」という質問があったんですが、私が発勁打つ時に震脚用いて威力を高める時は、位置取りとタイミングを工夫します(これ以上は実地にしか教えませ~ん)。

 だけど、これは改善して欲しいから敢えて書きますけど、特にフルコンタクト空手の試合見てると、そんなこと全然考えないで相手の攻撃の当たる位置で平然とタメを作ろうと“居着いて”いるんだから・・・もう、武術としては危険過ぎますよ。

 どうしてこうなるか?といったら、やっぱり急所を打たれないという安心感があるからでしょうね。

 相手の打撃を鍛えた身体で受け止めるというのは、相手が毒塗った刃物持っていたら致命傷になります。

「そんな毒なんか、どこにあるんだよ?」って言う人もいるかも知れませんが、コンクリート針なんかにヤスリかけておいて生ゴミに突っ込んでおいたのを刺せば、簡単に致命傷与えられますよ。何日も経過して死ねば死因不明で疑われないかもしれないし・・・。

「専門家にそうそう針なんか刺せるものか?」って思った方、甘いね~。何も昼ひなかに堂々と真正面からドリャ~ッてやれって言うつもりはないですよ。暗がりならまず見えませんし、人込みの中でも避けるのは不可能に近い。

 正々堂々とフェアに闘うというイメージを、まず取り払わなきゃダメです。

 痴漢にしろ、通り魔にしろ、強盗にしろ、酔っ払いのケンカにしろ、予期していないところに突発的に不条理に理不尽に遭遇してしまうものなんですよ。それを予測して慌てず対処するのが武術なんですよ。

 武術の研究をするというのは、簡単に言うと、暗殺術の研究するってことなんですから、そりゃあもう、人殺しのやり方は何千何万と考えてますよ~、私は。

 素手で致命傷与える方法だって何百通りも知ってますよ。

 悪用されるに決まってるから発表できませんけど、その手の暗殺術の本とか読んでも、「結構、甘いな~」って思っちゃいます。

 だから、そういう危険性をまったく考えないで、強いか弱いかしか考えない武道や格闘技の愛好家の人達の認識の甘さが、逆に“こわい”んですよ。

 ナイフの対処法なんて、かなり思いつきでテキトーに言ってるんじゃないかな~?と思うことが多いですね。

 私、相応に実験してますからね。嘘だって言うんなら、やって見せましょうか? 至近距離だったら日本刀やピストルより怖いですよ。ナイフって。

 軍隊式、フィリピノやペンチャクシラット、ヤクザ式、古武術式、シチリアマフィア式のナイフ術までいろんなやり方を研究してるんで、私はナイフ一本あったらどんな格闘術の達人でも殺す自信ありますよ。

 だから、逆にナイフを持った相手をどう制圧するか?という研究もやってきましたが、意外に有効なのが合気道や少林寺拳法の小手返し。素手で練習するとトロ臭い技に思えるんですが、対ナイフで考えると実に理に適っています。

 初心者の護身術として教える場合には最適な技でしょう。

 無論、もっと有効なのは、長い棒とか使った方がいいんですが・・・。

 素手で闘うことを前提にした武道に慣れてしまうと、急所をさらして隙ができている点を自覚できなくなってしまって、本当に危険なんですよ。

 大体、“居着かない動き”なんて言ってる人に限って、もう全身スキだらけだったりするんだから、これもまたギャグ。

 以前、うちの会員さんが甲野氏の稽古会に参加した時、一方的に勝っちゃったのも、私が事前に甲野氏の構えの隙を教えて、「あの人は反応できないから構わず打ったら入るよ」と教えていて、その通りにやっただけなんですよね。

 でも、それを観抜けない人が物凄く多いでしょ? 「なんか、よく判らないけど、NHKにも出てる有名な先生なんだから、間違いないんだろう」と信じ込んでしまう。

 素人ならしょうがないな~とも思うんですけど、内田樹さんとかも見抜けないんだから、恥ずかしいね~。内田さんって合気道や居合道の高段者なんでしょ? 一生の不覚だよね~。アレが見抜けないんじゃ~ね~・・・。


 ところで、名の売れたプロのダンサーの動きには、力をタメる動作がほとんどないんですよね。いや、無名なストリートダンサーだって、全然居着かないで動いている人いますからね~。

 マイケル・ジャクソンなんて、もう神だよ、神!

 身体論がどうしたこうしたとほざくのなら、こういう質の高い精緻繊細な身体技能を持つ人達に学ばずして、何としますか?

 ダンスもやっている会員さんが、「長野先生がベタボメしているから、どれくらい凄いんだろうと思って秋本つばささんのポールダンスを動画で見たんですけど、本当にメチャクチャすっごいですね~。あまりに凄過ぎて震えちゃいました~」と言いつつ、秋本つばささんのポールダンスの動画を携帯で見せてくれたんですが・・・。

 いや~、去年の秋に渋谷のイベントで見た時もスゲ~ッ!って思ったんですけど、さらにその時よりもレベルアップされていて、最早、世界のトップレベルでは?という感じになっています。

 プロのエンターテインメントの世界で活躍していくという水準の高さは、オリンピックで活躍するトップアスリートにも匹敵するかもしれません。

 無論、それだけの水準を維持するには、常人にはとても及ばない日々のトレーニングが不可欠です。

 なんか、それを考えると、俺もチンタラやってちゃダメだよな~って、反省しますね。

 俺も福沢諭吉みたいに一日千本居合抜きするのを日課にするかな~?(嘘です。やりません!)


追伸;『剣道日本』2010三月号の二刀流特集記事で、二天一流杉並会の一川師範が、「こういう流派を個人で継ぐと、たとえば私がポッと死んでしまいますと、“日本の大きなお預かり物の文化が消えてしまいます”。・・・」とお話されていて、私は本当に目が覚めるような思いがしました。先に流派の継承に関する愚見をこのブログでも書きましたが、伝統武術を継承されている師範が、“お預かり物の文化”と認識されていることに、本当に感銘を受けます。流派をワタクシするんじゃなくて、“預かっている”と認識する・・・これこそ本当の謙虚さであり伝統文化を大切にする態度だと思いますね。最近は、近視眼的な実戦性や武術性という抽象的観念に捕らわれてしまう人が増えているように思えて、「危ないな~」と思っていたんですが、価値観を一つに絞るのではなく、「流派が百あれば百の流派すべてが貴いのだ」というスタンスを保った上での個別の技術論を積み上げていく必要があると思っていたので、一川師範のさりげない言葉の重みが身に染みましたね。武術を学ぶ者は武術の奴隷になっちゃダメです! 探究と同時に達観と超然が必要なんですよ。

追伸2;俳優の夏夕介さんが亡くなられました。夏さんと言えば、『突撃!ヒューマン』や『宇宙鉄人キョーダイン』のスカイゼル役で特撮マニアの間でも知られる方でした。代表作というと『愛と誠』や『特捜最前線』でしょうが、三船敏郎主演の明治時代の横浜を舞台にした『無法街の素浪人』にもレギュラー出演されていました。59歳だったそうで、本当に残念です。特撮雑誌のインタビューで、ヒューマンのオーディションを受けた時に無名な頃の松田優作も来ていて、段違いの演技力と存在感に、「これは負けた」と思っていたら自分が受かったので驚いた・・・といった話をされていたのが謙虚な人柄を偲ばせます。心より御冥福をお祈りします。
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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
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