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田中泯独舞評論

 今日は真剣に論じてみましょう。

 2010年は、ほとんど踊りを観に行けず、心残りでしたが、11月27日(土)に田中泯さんの独舞がplanBで開催されるということで、最近、パニック障害の発作も多少、鎮まりつつあったので、予約のメールを入れました。

 早速、石原志保さんから申し込みOKのお返事を頂戴し、土曜日はシダックスの講座が終わってから、京王線で新宿に出て、地下鉄丸の内線で中野富士見町へ向かい、もう通い慣れてしまったplanBへと向かいました。

 今年の泯さんは、『龍馬伝』の吉田東洋役で、また幅広い層の人達から注目を浴びましたが、やはり、本分は前衛舞踊家であることは論じるまでもありません。

 孤高を保つということは、実は極めて難しいことです。

 ほとんどの人間にとっては、金や名声が得られるのならば、自分の本分を捨ててしまっても構わない・・・、いや、そもそも、自分の本分が何であるか?という自覚すら持たない人が絶対的多数でしょう。

 世の中の大多数の人間は、自分や家族の生活の糧を得るために働いているのであって、それは必ずしも自身がレーゾンゲートルを感じられる仕事とは限りません。

 そればかりか、最近では、自分や家族の生活の糧を得ることさえ放棄し、働こうとすらせずに老親に寄生して生きる者も増えています。

 必死になって生きようとする意欲すら無く、寄生して生きることしかできないのでは、人間としての生き甲斐さえ感じられないでしょう。


 けれども、田中泯という人は、自身の本分を当たり前のごとく守って生きている・・・ように私には見えます。

 それが、踊りであり、農業であり、近年は役者なのでしょう。

 泯さんの踊りは、暗黒舞踏の開祖である土方巽の影響抜き難くありますが、田中泯という属性の中にある艶めいた漆黒の闇の色が浮かび上がってきます。

 土方巽は虚無、絶対なる空があり、先頃亡くなった大野一雄には華やいだ情愛があったといわれます。

 前衛舞踊家には、それぞれ独自の色(滑稽・奇驕・狂乱・神聖等)がありますが、田中泯にはなんびとをも寄せ付けない屹立する孤高があります。

 ところが、余人を寄せ付けぬ峻厳が、逆に多くの人の心を捉えて離さない強烈な磁力を放つのです。

 恐らく、この不思議な矛盾は、田中泯の表層に立ち顕れることのない深層に潜む慈愛の存在を人が嗅ぎ取るからではないか・・・と、私には思えるのです。

 これは、『たそがれ清兵衛』で衝撃的に俳優デビューした時の役柄、藩のために尽くしながら無残に切り捨てられようとして、武士として抵抗し果てる初老の侍の姿に如実に現れていましたが、それはまた演技を超えて、田中泯その人と重なって見えていたのです。

 田中泯の生き方こそは、近代合理主義への抵抗であり、生物としてのニンゲンの根源的本能へと回帰していく、ある種の“宗教的透徹”を目指した生の営みであると言えます。

 私は、久しぶりに観た田中泯“独舞”の中に、本人が自覚していたかどうかとは別の次元での、その徹底した表現者としての作為を排除した“踊りのエキス”を搾り出して見せようとする“鬼迫”を感じずにはいられませんでした。

 私が感じたのは、火を操り鉄を精錬するタタラ者の姿であり、また、火の神、カグツチが生まれようとする胎内での踊りをも想起させました。

 タタラ者は、一本ダタラと呼ばれる妖怪にも擬せられた山の民の職能集団をいい、タタラとは現代でいうハイテクを意味する言葉であったとされます。

 砂鉄を巨大な炉に溶かして和鋼(玉鋼という言葉は明治以降に呼ばれたらしい)を作り出すタタラ製鉄は、特殊な技能集団によるものであって、錬金術にも似た魔術的なものを操る者たちと里人には恐れられた。

 一方、カグツチは、生まれ落ちる時に母であるイザナミを焼き殺してしまい、怒った父イザナギによって剣で斬られるのです。

 骨なし子として生まれて葦の船に乗せられて流し捨てられたというヒルコと同様、生まれながらに忌み嫌われた神でありました。

 しかし、何故、嫌われたのでしょうか?

 恐らく、“火を操る”ということが強力な武力を得ることに繋がることを恐れられたからなのではなかったでしょうか?

 現に、火を操る者は鉄の武器を作り出し、火薬は一度に多くの人間を殺せる武器に転用できた。火の象徴する最も強力で無慈悲な武器は核兵器なのです。

 折しも、先日、隣国で悲惨な砲撃事件が発生しました。火の矢を受けた家は焼け崩れ、多くの死傷者が出ました。

 しかし、あのような無慈悲な事件は世界のどこかで日常的に起こり続けているのです。

 バーナーを使った、今回の“踊り”に田中泯が何を託そうとしていたのか?は明白かもしれません。泯さんは敢えて、危険に迫って見せることで、戦争をよりおぞましく肥大させてしまっている文明の本質を訴えたかったのではなかろうか・・・。

 過日、NHKのドキュメンタリーで田中泯がナレーションを担当した『ロボット兵器と貧者の兵器』・・・あの寂滅たる虚無感の漂う深い深い人間の業のもたらす戦争の今。

 舞台が真ん中から真っ二つに割れていた点にも、国、宗教、イデオロギーの交わらぬ深い断絶があることを示唆しているように思えました。

 けれども、田中泯はその上を踊り歩く・・・。まるで、すべての断絶、分断をおかまいなしに踏みしだき、鎮めて回っている呪術師のように・・・。

 あらゆる断絶を突き崩して心を繋ぐ力を持つのは、文化芸術です。

 それは、いかなる強力な武器をも超える人間の本能に根差した愛を呼び覚ます鍵なのです。

 インド哲学では真我を実現した者をアートマンと呼びますが、奇しくも、Art(芸術)とMan(人間)が結び付いた言霊となっているのです。

 アートマンは、梵(ブラフマー=宇宙)と結び付いて、梵我一如となる。これが大悟のことです。

 そして、“術”とは、本来、神との交信を意味しているのです。技は人間が操るもので、術は神に通じるもの。呪術・占星術・法術・魔術・錬金術・医術・武術・・・etc。

 芸術もそうです。神意に通じた至高の芸術は、本能的に誰もの魂を打ち震わせる。

 ただ、それを顕現させるには、徹底的に自我の中の夾雑物を除き純化し精錬しなければならない。技芸を極めるとは、その行為の過程を言うのです・・・。

 泯さんの60代半ばに達した肉体は、無駄をそぎ落とし均整の取れたしなやかさを保っていますが、それは踊りの修行に特化した証しでしょう。

 それを“スゴイ”とは、もう言えません。そこには“オソロシイ”と言うのが相応しい、何度も折り返し鍛錬され、徹底的に研ぎ澄まされた日本刀のような肉体を維持した意志の力を感じるからです。

 そして、人間は、時にオソロシイ者へと、深く深く魂を引き寄せられる本能を持っているのです・・・。

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文化芸術の力

 日曜日の早朝の政治番組“時事放談”で、野中さんと渡部さんが出ていて、今回の柳田・仙谷失言問題について裏事情も話されていて、なるほどね~って思いましたね。

 マスコミは、失言の言葉そのものに反応して問題視しがちですが、その現場に居る人間にとっては言葉が出てくるまでのいろんな事情を推測している訳ですね。

 野中さんは、「菅さんを助けるために自分がマスコミの標的になっている」と仙谷さんを評価していて、なるほどね~って思いますし、渡部さんは、いつもの調子です。

 この番組って、政治に対する国民の不満を緩和するショック・アブソーバーみたいな位置付けなのかな~?と思いますね。“時事放談”というのも、“爺い放談”?のアナグラムなのかな~?とすら思えるくらい、一線を退いた政治家が登場する率が高いですが、野中さんなんて85歳なんだそうですけど、凄い頭脳明晰で、私なんか、それだけで感心しちゃいますね~。

 また、“Mr.サンデー”では、中国で盛り上がっている漫画文化について紹介されていて、「政治と文化は関係ない」と尖閣問題には無関心な日本漫画アニメのファンや、中国の女性漫画家の様子が出ていて、私は、ちょっと目からウロコでしたね~。

 結局、原理的なものとして、マイナスの問題が起これば、その裏ではプラスの面も出てくる訳ですよ。

 後からいろいろな相関関係の中で考えてみると、トータルではプラマイ0になるものなんですね。

 マイナスの要素ばかり気に病んでいると自滅していくし、プラスばっかり求めているとマイナスの要素が膨らんで、ある日、突然、噴出してくる・・・。

 私は、ずっと武道武術の世界を観てきて、ある種の典型的な日本人像があるように思えています。

 それは、マイナスばかり見る人と、プラスばかり見る人が多いということです。

 問題提起する人は、不安を煽るようなことばかり言うだけだし、気楽に楽しくやろうと言う人は、問題があっても見て見ぬフリをする。

 どっちも一長一短だと思いますが、両者に共通するのはトータルで考える習慣がなくて、脊髄反射みたいに目先のことに反応するばっかり・・・ということです。

 今の政治家にはトータルで先読みできる人が少ないと思いますし、先の展望を持っていないからこそ、自信をもって発言していくことができない。

 失言しないように・・・と考えて言葉を選ぶより、ビジョンを語って強くけん引していこうという態度を見せたら菅首相も違ってくると思うんですが、そういうのが無いんだろうな~と思いますね。

 言葉尻捕まえて批判し責任追及するのは政治の場の常套手段なんですから、それを恐れるより、バシバシ強気で発言して、問題が発生したら土下座して謝るくらいの演技をすればいいんですよ。

 民主党の政治家は演技力が足らないですね。論理が破綻していようが、人間は感情に動かされるのです。口先だけとり繕うような真似をするから不信感が広まるんですよ。

 小泉さんが今でも人気があるのは、あの演技力の賜物ですよ。


 もっとも、何度も書いてきていますが、私は政治には期待していません。社会が制度によって良くなるという幻想は私にはありません。

 私は、独り己れを鍛えて成熟させていく超然たる生き方を志向する人間が増えていけばすべての問題は解決すると思っています。それだけ人間に潜在する可能性を信じている訳です。

 問題を起こす人間は、要するに未熟なんですよ。未熟な人間が多過ぎるから問題が無くなっていかない。

 日本の政治に力が無くなって国民の信頼に応えられないのは、それだけ器が小さい人間しかいないからですよ。

 それは、戦後民主主義教育が個の成熟をないがしろにして、国民の総体としての“社会”を制度的に確立しようとして、個人個人を成熟させる教育方針をとらなかったからだと思いますよ。

 私は、人間一人一人が成熟していくことで、トータルとしての社会も成熟していくと思っていますし、そのためには文化の力が重要だと考えています。

 だから、「政治と文化は関係ない」と言う中国の漫画ファンの人達の様子には、励まされる気持ちでしたね。

 文化芸術は、国境も思想宗教も超える力があると私は思います。

 全共闘世代の人達はビートルズが大好きだし、韓流ファンのオバチャン達や、私のようなブルース・リー、ジャッキー・チェンのカンフー映画を観て育った人間など・・・外国の文化芸術の影響を受けた人は、その文化芸術を持つ国への偏見も少なくなるでしょう?


 かつて、鬼畜米英と呼んでいたアメリカ、イギリスに対して、日本人は憧れはあっても軽蔑の感情はほとんど無くなっている。

 これは、文化芸術の流入によるシンパシーの向上が大きいでしょう。

 しかし、それは計画的にやられたことだという説もありますね。3S(スクリーン・スポーツ・セックス)政策・・・衆愚政策で国民を支配しやすくする政策だという訳です。

 近年、こういう政策をとっているのは韓国ですね。映画や音楽といった芸能に国が力を入れてアジア各国から世界に向けて発信していっているでしょう? 韓流ブームもその一環だったことは割りと知られています。

 恐らく、中国も韓国に倣うでしょう。

 良くも悪くも、いずれ、遠くない未来に世界から国境は無くなっているでしょう。兵器で牽制し合わねばならない国と国の対立状況を解消していくのは、政治的強制によるのでなく、文化芸術の交流による人間同士の理解と信頼、尊敬による道以外には考えられません。

 その文化芸術を広めるのが“メディア”。この言葉は女神に語源があるそうですが、世界の国々の断絶せざるを得ない事情の第一は、文化芸術の交流を阻害する言葉の問題があるでしょう。

 言語が違えば宗教観も変わってきますね。

 しかし、言葉が違っていても、通じる文化芸術があります。音楽はその代表であり、その次にアクション(スポーツやダンス、エクササイズ)があるでしょう。

 映画は総合芸術と言われます。

 芸術とは何か?というと、「人を感動させる技芸と、その創造物」であると言えるでしょう。

 私は、武術を文化芸術の分野の中で世界に発信していくべきだと考えています。

 日本の武道は、スポーツの枠組みを借りて世界に発信しましたが、それが現在のいろいろな問題点を浮き上がらせてしまったと思います。

 今や、柔道も空手も世界に広まりましたが、スポーツ競技として広めたが故に、より合理的なスポーツにしようと海外の武道家や組織が本家である日本の思惑とはおかまいなしに勝手にルールを決めていっています。

 遠からず、柔道も空手も完全な格闘スポーツとなって、文化として伝承していた部分は完全に抜け落ちていってしまうでしょう。それは組織論と数の論理による抗いようのない現実そのものです。

 けれども、そうさせたのは、本質を提示することのできないまま世界に普及させてしまった武道界の先人の戦略の無さだったと思われます。

 例えば、柔道の理念をとなえたところで、言葉の上だけでは意味がありません。理念の根底にある哲学の意味まで読み解いて伝えなければ、大抵の人は単なるスポーツとしてしか取り組むことができません。

 武道が生きるための実践哲学であり、生き方そのものに反映する“道理”を学び体得するための修養の方法論であるという実体を、教える側が体現していなかったことに問題の根があったと考えるべきでしょう。

 今では、武道は、努力と根性、良い汗流して帰りにビールが美味い!・・・というストレス解消の習い事程度の意味しか認められなくなってしまっています。

 私が武術に拘るのは、現代の“武道”には、この程度のストレス解消の習い事程度の認識しか求められておらず、私が求める“全人教育にして実践哲学”としての数多の方法論が滅びかかっているようにしか見えないからなのです。

 だから、“武術”に拘るのです。

 
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身体サミット2010

 昨年、新体道ライブ・パフォーマンスでお会いした河野智聖先生の御招待で、身体サミット2010“達人の伝承”に行ってきました。

 達人とは、現代日本で私が最も尊敬する武術家にして書家である青木宏之先生その人。

 で、前日の夜、青木先生からお電話を頂戴しまして、「今、河野先生も来られているので、代わりますね~・・・」と、一年ぶりなんですかね~? 河野智聖先生とお話ししました。

 考えてみたら、お話するのも二度目なんですよ。何か、少し緊張されているような感じに思えたんですが、そ~言えば、私がどんな人間かって知らない方からは、大抵、「もっと、おっかない人かと思ってました」って、よく言われるので、やっぱり、まだ多少、警戒する気持ちを持っておられたのかもしれませんね。

 オレ、評判悪いからな~・・・業界では・・・。で、“根も葉もない”・・・って訳でもなかったりするから、しょうがないよね。だから、こんなヨゴレ・キャラを呼んでいただくだけで、有り難いですよ。ホント。

 で、河野先生のお話では、ゲストには名だたる療法家の先生方が来られるということでした。

 おお~っ、何か、スゲ~な~・・・と思っていますと、「ゲストの先生方には終わってから感想を話していただきます・・・」とのことで、なるほど~・・・と思って、“んっ? 何で、それを俺に言うの?”と思って、「あの~、もしかして、それって、僕にも何か言ってってことですか?」と聞きますと、「はい」とのことで、一瞬、“え~、どうしようかな~?”と思ったんですね。

 お気づきの方もいらっしゃると思いますが、私、文章書くのは得意なんですけど、人前で話すのは実は苦手なんですよね。

 いや、話すだけなら好きなんですよ。気心の知れた数人の仲間で武術や特撮映画のこと話すんだったら、それこそ10時間でも20時間でも話せます。

 でも、不特定多数の人達を前にして話すのは緊張しちゃうからな~・・・と思ったんですが、まあ、私なんぞに依頼されるのも光栄な話ですし、ここは、いっちょう、やってみるか~?と思って「不肖、私、やらせていただきますっ!」とお答えしました。

 そして、当日、イベント会場がある三鷹に赴きました。

 三鷹は、以前、武道医学勉強していた頃に通っていたり、ほびっと村の太極拳講座の大友先生が経営している自然食品店“やさい村”に行ったりして、結構、通い慣れている街です。

 最近では、剣武天真流のDVD撮影の時にうかがいましたが、今回のイベント会場も、撮影の時と同じ“沙羅舎”。確か、何年か前に大友さんの関係のイベントがあって来たことがあったと記憶しているんですが、その時から通算、三度目ということですね。

 河野先生のお弟子さんが、新体道ライブの時に会ったのを覚えていらして(私が「本の中で河野先生を批判して書いて済みません」って謝ったんで、覚えられていたみたい)、丁寧に案内してくださいまして、河野先生の日頃の御指導が良いんだろうな~と思いましたね。案外、できないもんなんですよ、こういうことって・・・。

 会場に入るとゲスト席に案内されました。

 すると、うちの会員のKさんと、セミナー常連の方が挨拶に来られました。新体道のメンバーの方々もニコニコ挨拶してくださって、中でも吉田倫子さんは、私がパニック障害なのをお母さんから聞いたんでしょうね~。体調を気遣ってくれて、ちょっとジ~ンとしましたね~。美人だし、超頭良いし、芸術的センスもあるし、その上、こんなに性格も良いんだから、私が20歳若かったら惚れてるね。ちょっと、クラリスに会ったルパンの気分?

(ちょっと、ドリンク一杯。ズズッ・・・) げっ、マズゥッ!

 しまった・・・。美味いんじゃないか?と思って、コーヒーとミルクティー混ぜてみたら、スゲー、マズい! 甘い泥水飲んでるみたい・・・。

 はっ? 失礼しました。話を続けます・・・。


 ゲスト席に座っていると、ヨガの大家としてその筋では超有名な成瀬先生(元祖・空中浮遊で知られる。何か若いおねーちゃん、ナンパしそうなファンキーな爺っちゃんだね~)もいるし、御互道の三枝先生(なんとなくイメージで小っちゃい人なのかと思ってたら、マツコ・デラックスみたいにデカいからビビッたよっ! 武道家で異様にデカく見える人って、体格よりオーラが大きいみたい)もいらっしゃいます。

“いいのか? 俺、ここに座ってて?”って思ったけど・・・。

 でもね~・・・こういう場合、私は心の中で葛藤するんスよ・・・“名刺を渡して御挨拶するべきか?”と・・・。

 でも、過去、関わりたくない人から名刺を貰った時の、あの何とも言えない“気まずさ”を思うと、私、いつも自分から名刺渡しに行くのは、相手が嫌がるのではなかろうか?と思って、躊躇しちゃうんですよね~・・・。

 何度かあったのは、私が「はじめまして、私、こういう者です」って名刺渡すと、受け取った瞬間、相手の方が、“ウゲゲッ!”と呻く心の声が聞こえちゃうんですよね~。

 高岡英夫さんとこの会社の人と名刺交換した時は、凍りついてたよ~。武道の出版社の集まりだったから、皆、私が高岡さんを茶化しまくってんの知ってるから、クスクス笑ってんの・・・。ちなみに、この時に会った人は、もう会社辞めたそうですけどね。

 たまにはウェルカムな態度取られることもあるんですけど、概ね、“ウゲゲッ、こいつが長野かぁっ?”って、顔に露骨に出るんですよ。

 某中国武術研究家のK尾先生に会った時なんか、まさにそんな感じで、「う~ん、そうか~。貴方が長野さんか~。そうか~、う~む・・・、よしっ! こうなったら私もハラを括って貴方と話そう!」って言われて、“何か、そんな気張ってもらわんでも、嫌だったら無理にお付き合いしてもらわんとええですよ~”って思って、以後、一度もお会いしてません・・・。でも、K尾先生はシャレが解る人みたいだったな~・・・。

 こんな具合に、私は慣れてるから別にいいんですけど、相手に変なストレス与えてしまうのは申し訳ないな~って、思っちゃってですね~。

 という次第で、ここ最近は、自分から名刺差し出して挨拶するという“社会人として当然の礼”をやらなくなってしまったのです。

 この日も、失礼ながら、ゲストのどなたとも名刺交換しないままでした・・・。御容赦くださいませっ!


 さて、で、イベントの中身の方ですが・・・これがもう、素晴らしい!

 青木先生といい、河野先生といい、いい意味で武道家っぽさが無くて権威主義的なところが全然なくって、非常に気持ち良かったですね~。

 私は、本当に最近、武道の先生と話したりするのが嫌で嫌で・・・。

 なんかもう、チョー偉そうな態度とったり、スカして見せたりするヤツばっかで、5分くらい話していたら、「テメーのどこが武道家じゃ~っ!」って、キックかましたくなるようなヤツが多くて、ホントに嫌なんですよ。

 一回、ほんとに蹴り入れてやったことあるもん。あまりに態度悪いから、“こいつ、何様のつもりじゃ~”ってブチキレたんで・・・。

「あっ、避けると思ったのに、すみませんっ! 大丈夫でしたかっ? 先生、猿も木から落ちるんですね~?」って、物凄い申し訳なさそう~な顔して言ったら、顔を真っ赤にしたままホッペをプルプルさせて“信じらんね~よ、コイツ~”って顔して後ずさってました・・・。

 へっへ~ん! ワザとだよぉ~ん(笑)。人がおとなしくしてると思って侮るから、そうなるんだよぉ~・・・。

 私の経験上、“空威張りするヤツに実力者はおりません”。本当の実力者は誰に対しても腰が低いもんですよ。自惚れて得することなんか、な~んも、ありゃ~せんのです。

 日頃、「俺は武道家だ~」みたいな態度とってる人は気をつけた方がいいよぉ~ん。

 青木先生は全然、そんな気取ったところがないし、誰に対しても威圧的な態度を決して取らない方ですから、私もお付き合いできる訳で、私にとっては例外中の例外なんです。

 だけど、河野先生もやっぱり、そんな感じですね~。本当に心の底から謙虚な方です。

 私、今回、本当に驚いたのは、最後に話されている時に、河野先生が何か声を詰まらせて話せなくなってしまっていて、“どったの?”と思ったら、野口整体の恩師である故・岡嶋瑞徳先生のことを思い出されていたんですね。

 青木先生や天真会の吉田さんから「もの凄~く優しい人だ」って聞いていたんですけど、本当にたまげました。これだけピュアな心根の武術家って、私は小林先生くらいしか知らないですよ。でも、小林先生は優しい時と厳しい時が別人みたいに極端に違うので、河野先生とは全然、タイプが違います。

 いや~、本当にビックリしました。

 青木先生との対談の時も、「整体を学ぶ時に武術はやめてしまおうかと思った」とか、「人を殴るような技を稽古していていいのか?と疑問が出てきた」と言われていましたが、私もちょっと気持ちが解ります。

 もっとも、私の場合は、やっぱり本質的に戦うのが好きだから、あんまり悩まないですよね。師匠の顔面にビンタ張りまくるくらい平気でやっちゃう柳生一族の陰謀?(「神に会うては神を斬り、仏に会うては仏を斬る。これ兵法の極意なり」)みたいな性格ですから・・・。

 演武も、新体道、剣武天真流は、私にとっては既に見慣れていますが、河野先生の心道は初めて見ました。

 年下の人間が生意気な評論をするのは憚られますが、ここは研究家として率直に申します。一言で言うなら、「まだまだ未完成」という印象を受けました。

 河野先生が目隠しして弟子の攻撃を捌く聴勁察知術も演武されましたが、青木先生のような百発百中という訳にもいかず、結構、そのまま打たれてしまっていました。

 この手の心法技術は演武としてやるのは難しいんです。普段はできても観衆の前でやるとなると無意識に身体が緊張して察知できても身体の反応が遅れたりするからです。

 例えば、DVD撮影の時なんて、自信満々の先生が別人のように動けなくなって失敗を繰り返してしまって、本人も呆然となってしまったりするんですよ。人の目にふれるということを意識するだけで、こうなってしまうのです。

 なので、失礼ながら演武としてやる段階まで練れてはいらっしゃらないと思いました。

 しかし、未完成で荒削りだからこそ、今後の“伸び代”がある訳です。

 例えば、合気道の演武などは、大抵、美しく流れるようで、投げられた弟子が大きく跳んでクルリと回転受け身をとって・・・といった演舞系の形なんですね。

 演舞の形式が完成されているので見た目は美しいけれども、その時点で完結していて発展していく可能性が少ない。だって、ヤラセを是としてしまっているから・・・。

 素人はヤラセかそうでないかを見抜く人は少ないですから、ちょっとでも失敗すれば下手糞なんだと思ってしまいますが、本式に修行している人の場合、むしろ、綺麗なだけの演武は胡散臭く思えてしまいます。

 格闘技の試合は、そんな綺麗じゃないでしょう? お互いに顔を腫らして血だらけになってヘロヘロになりながら闘うのが普通に見られます。

 河野先生も、演武としてお弟子さんが綺麗に受けを取ってくれるようにダンドリ決めてやっていれば、素人目には超達人のごとく見えたでしょう。

 が、それ(ヤラセ)をやらなかった。

 演武ひとつに対しても真摯にチャレンジする態度で臨まれていて、私は本当に立派だな~と頭が下がりましたよ。絶対に、エエ格好しいの人にはできませんよ。

 ありのままをさらけ出す! それが武術の本当の極意なのです。


 拝見した心道の技は、空手・中国武術・合気道・古流柔術・剣術などが融合した合理的な体術でしたが、新体道の影響も強いんだな~と、改めて思いましたね。

 心道は野口整体を武道的に追求したものということでしたが、心法的な要素も多く含まれているようでした。“読み”と“誘い”があるのです。

 今後、どういう具合に発展し完成形に到るのか、“整体武道”という新しい試みに期待して見守りたいと思いました。


 一方、青木先生の剣舞、またも抜刀のスピードが上がっていて、ビックラこいちゃいましたよ。武術漫画だって上達していくのは若い主人公であって、老師は追い越される立場なのに・・・70過ぎて、何で“倍々”で上達すんだよぉっ?

 大井先生に「アレを追っかけなきゃいけないんだから、大井先生も大変ですよね~。まったくもう~、妖怪爺いめ~(笑)」と言ったら、すっごい苦笑されていましたよ・・・。


 私がビックリしたのは、里見浩太朗演ずる松平長七郎みたいな旋回しながらの振り!

 実は、11月の本部道場の稽古にたまたま会員さん全員が都合が合わず、結局、私独りで自主練になったんですね。

 それで、独りで抜刀術、剣術、二刀剣術、槍術、太極拳を研究していたんですが、抜刀術と剣術の時に、旋回しながら斬る動作を工夫していたんですね。

 でも、これが難しい! どうしても軸がブレて綺麗に回れない・・・。どうも、つっかえるような感触があって、自分で納得いかなかったですね。

 当然、剣の振りも鈍るので、自分でイメージしているような動きは結局、できないままでした。

 ところが、青木先生がそれをやっていたので、本当に驚いたんですよ。

 まるで、「どうだ、長野。こうやるんだぞっ!」って教えてもらっているような気がしてビックリしましたね~。

 私は新体道も剣武天真流も会員として習ってはいないんですが、体験的には練習させてもらったし、青木先生自ら目の前で実演してもらい、資料用の演武DVDを何枚も頂戴しています。

 これって、もう、私にしてみたら、直伝指導していただいているのと何も変わらないんですよね。いわば、物凄い財産を分けていただいているのと同じことですよ。

 河野先生なんて、青木先生の剣舞を見ながら、泣いていたらしいんですけど、気持ちは解りますね~。会場に来ていた誰もが、青木先生の大ファンになったでしょう。

 私も改めて、「やっぱ、青木先生は、そんじょそこらの武道家連中とは格が全然、違うわ~。何か、レジェンド復活って感じがするな~」って思いましたね。

 本当に、武術がテーマで、こんな素晴らしいイベントは初めてでしたよ。

 河野先生、お招きいただいて有り難うございました!


追伸;イベントの終わり頃にゲストの一言ということで、私も前に出て感想とか言いました。前日、「お~し、世に知られる達人連中の真相をバラして、会場を爆笑の渦に巻き込んでやるっ!」と、東京に出てくる時の吉本の若手芸人みたいに燃えていたんですが、そういう雰囲気じゃなかったので、ちょっと自粛しておとなし目に話しましたけど、後で会員のKさんに聞いたら、割りとウケてたと聞いて、ほっとしました・・・。やっぱ、武道に足りないのは“お笑い”だよねっ?

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昭和ガメラ・シリーズの意外なゲスト?

 ファミリー劇場で大映の昭和ガメラ・シリーズが放送されています。

 このガメラ・シリーズ、第一作でこそゴジラ同様に人類を脅かす大怪獣という設定でしたが、ゴジラ同様に敵怪獣との対決路線になると、「子供の味方」という設定が加わります。

 私がガメラ・シリーズを劇場で観たのは、『ガメラ対大魔獣ジャイガー』と『ガメラ対深海怪獣ジグラ』だけだったと記憶しています。

 怪獣映画もTV放送されることが多くて、大概はTVで観たように思います。

 劇場で観た怪獣映画というと、印象に残っているのは、『ゴジラ対ヘドラ』『ゴジラ対ガイガン』『ゴジラ対メガロ』『ゴジラ対メカゴジラ』ですかね~?

 確か、“東宝チャンピオン祭り”といって、アニメや『帰ってきたウルトラマン』『ウルトラマンタロウ』なんかの一編とカップリングした子供向けのものだったので、定期的に観に行っていたような気がします。

 まあ、小学生の頃だから、あんまりよく覚えていないんですが、『ゴジラ対ヘドラ』のホラータッチでシュールな作風とか、『ゴジラ対メカゴジラ』のメカゴジラのカッコ良さとキングシーサーの耳がピョコンと立つところとか、印象的な絵で覚えているんです。

 その点では、『ガメラ対大魔獣ジャイガー』は、ガメラがジャイガーの尻尾の先から出る針で卵を生み付けられて白くなってしまう描写と、その解説シーンで象の鼻に寄生虫が溜まって膨らんでいるのを切開したら長虫がズルズルッと出てくるシーンの気色悪さがトラウマになっています。

 そんなガメラ・シリーズですが、今回、再見していて、面白いことを発見しました。

『ガメラ対大魔獣ジャイガー』に、仮面ライダーXこと神啓介役の速水亮さんが出ていたのは有名ですが、『ガメラ対宇宙怪獣バイラス』にも、意外なヒーローが出演していたのです!

 それは何と! 大魔神とウルトラマンタロウ!

 そうです。バイラス星人のひとりを演じた橋本力さん(『ドラゴン怒りの鉄拳』でブルース・リーに蹴っ飛ばされる日本人の武道道場主役が有名)は、あの大魔神を演じた俳優として有名なのですよ。

 橋本力さんは、他にも『妖怪大戦争』のバビロニアのウルル遺跡から蘇った吸血妖怪ダイモンにも扮していました。

 そして、もうひとり・・・後にウルトラマンタロウに変身する青年、東光太郎を演じた篠田三郎さんが出演していることに気づきましたよ。

 バイラス星人に捕らわれる少年たちが入っているボウイスカウトの、チームリーダー役でチラッと顔を出していたのです!

 ほとんどエキストラに近い印象ですが、ちゃんとクレジットタイトルにも名前が出ていました。

 どんな俳優でも、デビューの頃はセリフもないような役柄を演じながら、キャリアを積んでいく訳ですが、特撮作品に出ていたことを隠したがる人も少なくないでしょう。

 でもね~。私みたいに、もうすぐAGE48?になろうかという大の大人になっても、子供の頃に夢中になった作品を、今の観点で違う感慨で楽しんで観れる訳ですよ。

 
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日子流仕様小太刀、製作してみました!

 田中光四郎先生が創始した日子流の小太刀術は、刃渡りは脇差の寸法(一尺五寸前後)ながら、柄の長さは定寸(刃渡りが二尺三寸前後)の刀と同じ八寸程度の長い柄を装着することで術理が編成されているそうです。

 脇差は片手持ちが基本なんですが、柄を長くすることで両手持ちの日本刀刀法が使える訳で、大刀と斬り合っても打ち負けないための工夫だということでした。

 もちろん、既成の脇差の柄はもっと短いですから、これは特注で依頼するか、あるいは自作するかしか入手は不可能になります。

 私は、光四郎先生とのご縁があって、不二流体術の頃からのお付き合いを頂戴していますが、日子流を新たに興されてから、小太刀を用いた居合剣術を表芸として前面に出されたことから、俄然、興味津々となっていました。

 もちろん、その当時から、戦闘術として非常に卓越した技術体系を編成されていましたが、何しろ、私はポン刀が好きで好きで好きで好きで好きで・・・・・・・・・。

・・・とまあ、ここ最近は日本刀に狂ってしまっておりまして、だから、本の印税をつぎ込んで、次から次にポン刀を収集してしまったりしている訳です(安いのばっかりチマチマ分割で購入)。

 で、雑誌を読んで「日子流の技も研究してみたいな~」と思っていたのですが、「あの長柄仕様の脇差がないと稽古できないよな~」と思い、そのうち、自作してみようと思っていた訳です。

 恐らく、光四郎先生も同じお考えだと思うのですが、現代日本で日本刀を用いて戦うシチュエイションがあるとすれば、室内戦闘になる場合がほとんどであろうと思われます。

 脇差で戦う・・・というと、『たそがれ清兵衛』や『必死剣・鳥刺し』を思い出しますけれど、もともと、脇差は武士が屋内での護身用、切腹用、緊急戦闘用に携帯するものですが、町人でも所持が認められていたんですね。

 水戸黄門でも助さんは脇差で戦いますけど、町人に扮していても、旅する時は脇差は“道中差し”と言って携帯できたんですね。

 だから、全国的にも庄屋さんの家系だとか豪商の家系だとか渡世人の家系?だとかには脇差が残っていたりしますし、田舎の旧家の納屋に錆び刀が眠っていたりすることもあるのです。

 それで、「うちの先祖は侍だったのか~?」と勘違いする人もいますけど、まあ、それくらい、脇差は庶民的なものだったんですね。


 それはそれとして、月に一回のペースで刀の支払いに行っている横浜名刀会で、錆び錆びに錆びている脇差が超激安!で売ってあって、「あ~、これでも研いで使えば試し斬りの稽古に使えそうだな~」と思っていて、支払いのついでに一振り、買って帰りました。

 ところが、この刀、登録証を見ると、“井上真改”って銘が入っていて、ホゲゲって思いましたよ。

 井上真改というのは、“大阪正宗”の異名がある新刀期の名刀工です。万が一、本物だったりしたら、時価一千万は下らないんですよ~。

 もっとも、現在は日本刀の値段も恐らく史上最安値と思われ、300~500万くらいで出ることもあるみたいですけどね・・・。

 で、帰宅してから、夜中にせっせと磨いて錆び落とししていたら、今やポン刀友達?みたいになっている青木宏之先生から電話が掛かってきまして、「さすがは青木先生。刀に意識集中していたからシンクロしたのかな?」と思いましたけどね。

 それで、「先生、僕もついに井上真改を手に入れましたよぉっ!」と言うと、「そうか~。長野さんもついに手に入れましたか~。で、いくらぐらいしたの?」・・・。

「一万円です!」「えっ・・・」

 まっ、要するに偽銘の錆び刀を試し斬り用に買ったら、生意気に“井上真改”って銘が切ってあった・・・という笑い話をした訳ですよ。

 で、青木先生と話していると、やっぱり武術から日本文化論に発展するんですが、23日に河野智聖先生との対談演武を予定されていて、私も招待状を頂戴したのでうかがうつもりなんですが、どういう演武をやろうかな~?と悩んでいらっしゃるみたいでした。

 なので、「それはもう、青木先生と河野先生の対決が見たいですね~」なんて、好き勝手なこと言ったりしましたけど(まあ、それは無いな)・・・。

 でも、先日、贈っていただいた演武DVDで前人未到と思われる境地に到達していたか?と思っていたら、「あの時の二倍の速さで抜けるようになりましたよ」って話で、まったくもぅ~、小林先生といい、青木先生といい、「妖怪ですかい、アンタらは?」って思いますね~。


 で、電話の後、また、錆び刀をワシワシと磨いていたんですが、ちょっと疵も出てきたり、若干曲がりがあったりもして、綺麗に研いでも美術品としての価値は期待できないな~と思いましたが、試し斬りに使ったりするには、丁度いいんじゃないかな~?と思いつつ、「あっ、そうだ。サイズ的にもちょうどいいから、日子流仕様に仕上げてみよう」と思って、美術模擬刀のプラ柄を流用して作っていた柄を嵌めてみましたら、目釘穴を別に穿てば大丈夫。

 で、ある程度、研いでから、切羽、鐔を付けて柄を嵌めてみました。

 まっ、出来上がりはこんな感じで~す。
20101120_003.jpg



 目釘穴をキリで開けて、竹刀の竹の切れ端を削って目釘を作りました。ちなみに、脇差で竹を削ってみたら、大は小を兼ねるですね~。サクサク削れて、割りと簡単に目釘が作れました。やっぱ、日本刀だって刃物だから、物切れするのは気持ちいいもんです。

 ところが、アリャリャ?って思ったのは、いざ装着してみたら目釘穴の位置が悪くてガタガタになってしまいました。

 しょうがないから、切羽と鐔の間に鮫革切って作ったスペーサー咬まして位置を修正しましたよ。この辺は作り慣れてるから、即座に対策を思いつけます。

 後は、鞘を削って栗型作って装着して漆塗りするだけ。刀身は地道に磨いてみますかね~。ある程度研いだら丸まっていた刃もシャープになったし、試し斬りにはこれで充分ですけど、もうちょい磨いて刃紋が浮かぶ程度にはしたいですな。

 合金製の居合模擬刀でも買うと二万~三万くらいするんですけど、今回は部品その他は全部、自宅にあったのを使ったので、刀の代金一万円だけで済みましたよ。

 刀身に比べて柄が長いとバランスが悪いかな?と思っていたんですが、作ってみたら、そうでもないですね。

 稽古用に作るつもりだったんで、真剣で作ろうとは思っていなかったんですが、これだと試し斬りもできるから、いいですよね~。

 まだ、激安錆び刀が残っていたので、後、一、二本作ってみようかな~?とも思っています。

 この調子だと、半年後くらいには所持してる日本刀が20本超えてるかも~?

 そういえば、横浜名刀会で、大刀剣市に別の店に出ていた三尺五寸くらいの大太刀があって、お~、欲しい~と思ったんですけど、既に売れてたそうです。だけど、ちょっと持たせてもらいました。

 三尺五寸だと、私は帯に差したら、もう抜けないですね~。

 手に持ったままだったら辛うじて抜き納めできましたけど、やっぱ、このサイズだと重いっスわ~。飾っとくしかしょうがないですな~。

 圓心流の田中普門先生は三尺八寸の大太刀を抜いていましたけど、大太刀の抜き納めは大変ですよ。何か魔法みたいだったな~。

 でも後で、支払い中の二尺七寸の新々刀を抜いたら、やっぱ、こっちの方がカッコも宜しいですね~。こりゃあ、エエ刀、買っちゃったな~・・・。

 肥前国忠吉(五字忠吉と別名がある)と、虎徹入道興里、薩摩拵えの長寸の国行も見せてもらいました。

 忠吉はきちんとした鑑定書付きですが、虎徹は不明。でも、反りの少ないシェイプされた筋肉質のような刀姿は良かったですね~。近藤勇も、こういう虎徹を見せられて買ったのかな~?

 青木先生は、こういう刀が好きだと思うな~。

 どれも値段は破格値でした。私でも分割で買えるくらい・・・余裕があったら買いたいけど、まだ二本分、支払い中だからね~・・・。

 私の刀コレクションは、ほぼ、この店で買ったものばかり。紹介してくれた会員はもういないけど、良いお店を紹介してもらって感謝してます。

 私は、もともと骨董趣味も美術品を集める趣味もなくって、刀も実用できるか?という観点しかなかったんですけど、そんな客も嫌がらないでもらえたので常連になっちゃったんですね。

 後は霜剣堂さんと友人に譲ってもらったものと、その友人の紹介で買ったもの。どの刀も愛着があって、普通は新しく買う時に下取りに出したりするものなんだけど、どうも手放す気持ちになれないんですね~。不思議ですね~。

 刀は、どうも相性みたいなものがあって、一種、恋愛に近い感情がわくような気もするんですね~。

 最初に学んだのが剣道だったのも関係あるのかな~?


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ActionPartyNight4

 今年も、つばさプロジェクトの毎年恒例のイベント、アクションパーティナイトに行ってきました。

 今年は、池袋のDOPE LOUNGE駅前店で立食パーティ形式で、アクロバット教室の生徒さん達と講師陣の華麗なアクロバットや、サルサダンス、殺陣アクション(ヌンチャクや棒術等々)、ボディビル、フレアバーテンティング、タップダンス、中国武術(九節鞭と太極拳・長拳の動きもお見事!)、スタンダップ・コメディ、イラストレーション等々が披露されました。

 今回は審査員形式じゃなかったので、私も一観客として楽しんで見ましたが、本当に、毎年、熱い演技合戦が見られて、楽しみなんですね。

 先日、殺陣クラスを見学させてもらった時にチケットを買っていたのですが、例年だともう少し早かったと思うので、今年はやらないのかな~?と思っていたんで、また見れて良かったですよね。

 今回は、俳優のCさんを誘って二人で見に行ったんですが、ちょうど、小林先生のDVDが発売日でもあったので、ついでと言ってはなんですが、高田馬場駅でCさんと待ち合わせして、クエストさんに寄って二本買ってきたんですね。

 実はそれ以外の用事もあったんですが、これは企業秘密ということで、まだ伏せておきます。そのうち、御報告させていただけると思いますので、乞、ご期待・・・。


 それにしても・・・アクロバット運動を見ているだけで、つばさプロジェクトは、秋本さんを中心に、良きチームワークができているな~と、思いましたね~。

 子供たちが育っているのもそうだし、木下さんや仙田さん達、講師の面々の優れたパフォーマンスを見ていて、本当にアクションそのものが好きだという“絆”の靭さを感じますよね。

 この四年間で、人の出入りも目まぐるしかった様子ですが、それだけ濃密な四年間だったんじゃないでしょうか?

 先日、2回、審査員長を勤められた野沢那智さんが亡くなられたのは本当に残念なことでしたが、追悼の意味でも、本当に素晴らしいイベントだったと思います。


 私も游心流興して10年以上、本当にいろいろありましたが、所詮はサークル活動ですから、別にどうってことはありません。喉元過ぎれば熱さ忘れる・・・ですよ。

 やっぱり、日頃の訓練成果を披露する時の高揚感は、エンターティンメントの世界で生きている人にとって、譬えようのないものだと思うんですよ。そういうところは本当に羨ましいですよ。

 格闘技だと試合という場があるけれど、武術の稽古は自己満足の極みですからね。習練しても表現する場がないんですよ(だから、殺陣に惹かれるのかもね~?)。

 特に、ここに来ている方々は、いずれもエンタメ界で一流の実力を持って活躍できる力をもっている人達です。アマとプロの差というのは、そこまでに到るために、どのくらいの訓練を費やしてきたのか?という点に如実に表れるのであって、私はそれだけで、もう感動させられちゃうんですよ。

 学生時代に学園祭の時って無闇に燃えるじゃないですか? あの感覚に近いかな~?

 最後は、筋肉番付でもおなじみの妃羽理さん(この人は本当に凄い! たまげた)と共演した秋本さんのポールダンスと立ち回りが融合した芸術性の高いアクション! この場でだけ見るのではあまりにももったいないな~!と思える素晴らしいパフォーマンスでした・・・。

 今年も素晴らしいイベントをありがとうございました!

 来年もよろしく!

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シルシルミシルにダンディGOさんが!

 TVに知ってる人が出てると、何か、頑張れ~って応援したくなりますよね?

 昨年のアクションパーティナイトの審査員席で御一緒させていただいたジャグササイズのダンディGOさんが、テレ朝夜の『シルシルミシル』で、河童寿司の皿を何枚重ねられるか?という記録に挑戦されていて、手に汗握って見てしまいましたよっ!

 アクトonTVのジャグササイズも見ましたけれど、私はジャグリングの奥深さと心身開発エクササイズとしての可能性に目からウロコが落ちましたよね~。

 特に、一芸を極めた人というのは、普通の人間とは違う凄まじいばかりの集中力と分析力を持っているもんだと思います。

 私は武術に関しては、恐らく日本で最も多種類の流儀を見てきた人間の一人だと思うんですけれど、ただ数多く見ただけだと、“情報を処理し切れなくて何一つものにできない”ということにもなりかねません。

 例えば、専門誌のライターや編集者をやっていれば、数多く見ることはできる訳ですが、そういう人達の中から達人が出てきた実例はほとんどありません。

 どうしてか?というと、体得しようと思って観察していないことが大きいと思います。

 私はライターやってた頃より以前から、自分の技能を高めることを優先していましたから、「どうやったら、体得できるか?」という観点でずっと取材していましたし、観察する時の基準線や共通原理をあらかじめ持っていないと、適切な判断ができなくなってしまうんですね。

 私の場合は、「身体の動かし方・意識の集中のさせ方・力の働く方向と強さ・重心の移動位置」といったポイントで観察していましたから、一回観たら、「あ~、この動きはこうやっているな~。で、これをできるようになるためには、こういうトレーニングが必要だな~」という具合に技を見せてもらえば、その技を体得するために必要なトレーニング法まで一瞬で閃いてしまう訳です。

 よって、一度も習ったことなくても、先生の技を観れば、調子がいいと八割、悪くても四割・・・、だいたい、平均して六割以上の完成度で真似ることはできます。

 これ、自慢しているんじゃないんですよ。

 本気でやっている人だったら、この程度の能力は当たり前にあります。ちっとも特殊じゃありません。特殊な能力だと思う人は武道とか武術はやめた方がいいです。上達の見込みがありませんから・・・。

 学ぶのは真似ることが第一歩です。武道武術の遣い手は、技のもの真似が上手い。小林先生がそうだったし、青木先生もそう。松田隆智先生も上手でしたね~。

 それだけポイントを観察しているということなんですよ。

 うちの会員の中では大石教練がこういう能力が私と同等以上にありますが、北島師範も最近はかなりできるようになってきました。

 残念ながら他の会員には今のところ、目ぼしい人はいませんが、知らない間にできるようになってくるでしょう。

 上達したかったら、上手い人を真似るのが近道ですよ。技だけじゃなくて日常の所作も真似るようにしていたら、より早いでしょう。

 なかなか上達しない人は観察眼がまず欠けていますね。必死で観る! それが重要。


 さてさて、余談が過ぎましたが、シルシルミシルのダンディさん。ナレーションの紹介が、「名前も風貌も胡散臭い・・・」って、そりゃ、あんまりやで~って思ったよ。

 でも、黙々と皿を積み上げていくダンディさんの集中力と、重なっていく皿の重心の微妙なズレ、傾きを探りながら重ねていくところなんて、武術の読みにも通じる非常に高度なバランス察知能力だと思いましたね~。

 皿なんて型抜きして大量生産するから全部同じだし、まっすぐ重ねたら誰でも重ねられるだろう?って思うかもしれませんが、いくら型抜きして同じ大きさに見えても、微細な誤差は生じる訳ですよね。

 それに表面の微かな歪みが重なることによって拡大していくと、決して真っすぐ重ねればいいってものじゃなくなる。

 皿の重心だって、材料の中にちょっとでも不純物や空気が入り込むと比重が変わってきますから、まったく同じ位置にあるとは限らない。

 それらの誤差を含めてトータル・バランスを読む・・・。プロフェッショナルの凄さを感じましたね~。

 やっぱりね~。私は初めてジャグササイズの実演を見た時に、「これは武術の読みにも通じるな~。このバランス感覚があれば化勁や合気はお手の物に体得しちゃうだろうな~」と思った訳ですけど、逆の意味で、我々が学ぶべき要素は多いですね~。

 余談ながら、青木先生の刀を扱う手練の技は、一種、ジャグリングに近いものがありますよ。

 本当に、私はいろんな世界の一流の人の技も見られて、本当に恵まれてるな~って思います。ラッキー~!


追伸;ついに『小林直樹 躾道館武術 嫡流真伝中国正派拳法編DVDが発売になりました。既に「凄い! 小林師範には、長野さんが言っていた通り・・・いや、それ以上の恐ろしい程の迫力を感じました。さらに、岡部師範、小川師範の立ち合いには鬼気迫るものを感じます。これほどの達人が世に知られていなかったということが信じ難いことだと思います。太気拳編も待ち遠しく思います」という感想が届いています。とにかく、騙されたと思って買って観てください。これこそが真の武術ですよ! 青木宏之先生の『剣武天真流』ともども、これを知らないままでは武術の真価を永遠に解らないままになってしまいますよ。

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11月セミナー『格闘技に活かす武術』報告

 今年も残すところ、後、一回。一年の総まとめとして、12月12日は盛大にやろうと思っておりますので、皆様、ふるって御参加くださいませ。ちなみに内容は、前半一時間で基礎練体・中一時間で一年間のまとめを大急ぎで・残り一時間は忘年会と修了証(熱心に通った方へのものです)授与となります。今年はずうっと通えなかったという人も、もちろん、はじめての方も歓迎しますよ。

 さて、では、11月セミナーの報告です・・・。

 今回は、「格闘技に武術を活かす」というテーマでしたから、当然、格闘技をやっている人が多く参加されるんじゃなかろうか?と思っておりまして、「武術って、ホントに強いんスかぁ~?」みたいな(百回以上聞いたような?)ナメ腐ったヤツが参加しているかもしれんから、そういう素振り見せたヤツは「破壊!」(ハカイダーですか?)と密かに決意しておりました。

 たまに、何か、スゴク勘違いした人が来ることあるんですが、俺を珍獣か何かでも見に行くみたいな気分で来て、タメ口たたきまくる人とかは“凶育”して帰す方針ですから、一言!

「ナメンじゃねえぞ! ぶっ殺されてぇ~のか? こんガキぃ~」

 ふぅっ・・・たまには、こういうことも言う場合がありますが、それはあくまでも、“アナタの態度”次第です・・・。

 私はいたって常識人なんですが、怒ると別人格が出てくる場合がありますので、頼むから怒らせないようにしてくださいませ。有名な武術武道の先生にケンカを売った・・・という伝説が結構あるんですけど、八割くらい本当ですから。

 私の基準では意見してるだけのつもりなんですが、「ケンカ売ってきた」って受け止められる場合が多くて、やんなっちゃいますよ。

「武術武道やってる人に意見するんだから、一応、タイマンやる覚悟くらいしとかなきゃ~」ってことを相手に伝えるのがいけないんでしょうか?(そのせいだよっ!)

 なので、「格闘技バカみたいなヤツがやってきてナメられたらいかん。武術の名誉は俺の双肩にかかっとるんじゃ~っ! 腕一本折られても相手の金玉ひき千切ってやるっ!」という、激突・殺人拳みたいな感じで、景気付けに、当日早朝から小林先生のDVDと、『マッハ弐!』を続けて観てきまして、気分はもう道場破りに乗り込む前みたいな感じで、出来上がっておりました。

 ちょっと、20年以上昔を思い出すな~・・・あんまり書いたことないけど、私もそこそこ腕試しみたいなことやったもんな~。詳しく言えないけど。

 でも、武術を格闘技に活かす・・・というテーマにしておきながら、私が考えるやり方って、大体、ルール上、ダメになってしまうみたいなんですよね。

 特に、今回、参加者から聞いて、「ハァ~? 何ソレ?」って思ったのは、高校の全空連の試合ルールがまたもや変わったんだとか・・・?

 もぉ~、何、考えてんでしょうかね~?

 このコロコロと変わるのって、鳩山さんを思い出してしまいますよ。

 柔道もよく変わるな~と思ってましたけど、伝統空手は変わり過ぎですよ~!

 驚いたのは、試合当日に変更が発表された?ってことみたいで、頭痛がしました。

 本当に、選手のことを何だと思ってるんでしょうか?

 試合に臨む者にとっては、ルールに沿った練習を積み重ねてきている訳で、それを試合当日に変更するなんて、言語道断!

 例えば、防具の面や拳サポーターが一つ、くっつくだけでも、感覚はガラッと変わってしまうんです。

 もし、ボクシングに肘打ちOKにしたら、どうなります? ローキックはありにしたらどうなります? 緻密に練習してきた人ほど、対応できなくなってしまうでしょう。

 スポーツである以上、ルールは厳密にしなければいけない。だけど、改善の名の下に、そんなにコロコロ変えてはいけないのです。

 以前からいろいろと噂は聞いていたけど、やっている現役選手のことを考えるのなら、もっとやる側の身になっていただきたい・・・。


・・・とか何とか言いながら、正直、オレは、武道の世界の制度だのルールだの、一切、関心ないです。

 せいぜい、「あ~、なるほどね~。こりゃあ、オリンピック以前の問題だね」って感想しかわかないんですけどね・・・。

 それはそれとして、今回のセミナー、テーマとは逆に、“活かす”のとは反対に、“技が機能しなくなるように潰す”というやり方を指導するつもりでいました。

 テーマと正反対。活かすじゃなくて殺すんですね。

 何故かというと、格闘技の標榜する“強さ”の裏側には意外な“脆さ”があるという点を知ってもらおうと思った訳なんです。

 さらに言うと、その脆さを探り出すのも“武術の戦術上の読み”になる訳です。

 長年、武道や格闘技をやりながら、相手の実力・技量をまるで読めない人が現在はざらにいます。

 強いか弱いか?という二元論でしか判別できない。それも、やってみるまで判らない。

「やってみなくちゃ判らない」という言葉は二種類あるんです。

 本当にやってみるまで判らないバカの言葉と、ある程度の予測はついているけれども、相手が隠しているであろう実力及び技の存在を推測しての発言と・・・。

 まあ、ほとんどは前者ですね。そもそも、技を隠しておくという発想すらない人が多いんですからね。

“強さ”を信仰する人は、近視眼的になってしまうんです。それも見かけ上の強さしか判断できない。

 だから、武術の戦術的読みの方法論と考え方を理解することによって、各格闘技の弱点を埋めて、より進化した強さが発揮できるように、それぞれの人が自分で工夫できるようになってもらおう・・・という目論みとして、「相手の構えから戦闘スタイルを特定して、その弱点を付く対応法」を指導しようとしていた訳なんですよ。

 例えば、空手の形の解釈も、現今の空手道の試合ルールに沿った分析をしてもまったく理解できない訳ですよ。

 形が考案された時点での技を用いる状況と戦闘理論とは違うんですから、当たり前なんですね。ところが、そこを完璧に忘れてしまっているんです。

 空手の形を武術として分析すると、突き蹴りのみならず、投げ・逆手・絞め・崩し・点穴などの技法が内蔵されています。

 また、突き技に関しても、明らかに接触している位置から突き込む技が多く含まれていますね。だとすると、骨盤の横回転で威力を出すだけではなく、骨盤を縦に回転させて腰をしゃくるような動作で突くやり方もしたと考えられます(これは沖縄剛柔流にはあります)。

 腕の捻りや、受け技の形に関しても、凡そ実用不能の解釈をされてしまう。

 どうしてこうなるか?というと、沖縄空手の本来の使い方を教えなかったのと、試合に沿って解釈したから不合理なものになってしまった・・・ということが火を見るより明らかなんですね。

 この点に関しては中国武術も同様です。お仕着せの用法を教えられても、まともに戦えば通用しなくて残念な気持ちになる人が少なくなく、そういう人達は現代格闘技に転向していったりするんです。

 武術研究家として、こういう哀しい現状は何とかしてくい止めたいものです。

「武術はちゃ~んと使えますよ。それも、皆さんが想像もつかないくらい。だから、安心してください!」と、私は声を大にして主張していかねばならぬっ! だって、凡そ、今のところ、こういう点を指摘して問題提起しているのは私しか見当たらないから・・・。

 つ~訳で、参加者の要望に答えるつもりで、あらかじめ、打撃系格闘技、寝技系格闘技の攻防理論をいかにして自滅させるか?ということを考えておいたんですよ。

「打撃系格闘技の弱点は、突き蹴りを出すために一定の距離を必要とすること。0距離にすれば技も出せない。でも、こっちは発勁が打てるから自由に打てる」ということで、そのやり方を指導しました。

 やり方は・・・(以下、略)。

「寝技系格闘技の弱点は、相手と密着するので急所がガラ空きになること。腕一本自由なら点穴などがいくらでもできる」ということで、そのやり方を指導しました。

 やり方は・・・(以下、割愛)。

 やっぱり、ネタを公開するといろいろと問題もあるので、今んところ、隠しておきましょう。後は御想像にお任せします・・・。

 情報だけ知りたがって、観の眼もないのに知ったかぶりしたがる人間が武術の世界には非常に多いので、エサやると間違いを広めちゃうからね~。

 情報というのは、真相の一断面でしかない訳ですよ。真偽は多角的に検討しないと判定できません。だから、判定能力のない人間に情報だけ与えるのは、本人を間違った方向へ導くことにもなりかねないんですよ。

 きちんと学ぶ気持ちがある人にしか私は教えたくないんです。きちんと学ぶというのは、武術を身につけるというのは、責任を伴うものだと理解できるかどうか?を判定する時の最低限の基準なんですね。

 軽薄な人間、礼儀知らずな人間、我欲しかない人間、思慮の浅い人間・・・要するに精神が未熟な人間に教えたら自滅させかねないんですよ。武術が暴術になっちゃうから。

 でも、元ヤンとか前科のある人にも教えたことはあります。それは、その人達のその時の人柄を信用したから。マイナスの経験をプラスにしている人なら問題ないんです。

 むしろ、そんな経験が何にもなくて軽薄な興味とか現実逃避の逃げ場として、やりたがる人はお断りしていますよ・・・。

 閑話休題。

 打撃格闘技の潰し方に関しては北島師範が受けを取ってくれたから、スムーズに指導できましたが、寝技系は、経験者である矢嶋師範代がメッチャ嫌がって、ちゃんと攻撃してくれないから、ちょこっとしかできませんでしたよ。急所攻撃ばっかりされるのが嫌だったみたいです。

 どんな技なのか、知りたい方は、ユーチューブにいろいろ出してますから、それを見て後は御想像ください。エグイのは出してないけどさっ・・・。さらに詳しく知りたい方はDVD『発勁と化勁・原理と用法』を買ってくださいね~。

 以前にも書いていますが、どんな優れた武道や格闘技であっても、完全なものではありませんから、弱点だけを徹底して責めれば、自滅させるのは思いの外難しくありません。

 そういえば、友人と電話で話していて、「いくら武術でも妖怪には太刀打ちできないでしょう?」と言われたので、「うんにゃ。武術には妖怪退治?のための術も伝承してるんだよ」「えぇ~! うっそ~・・・」・・・って話になりましたよ。

 普通、格闘技をやっている人は、ナイフや銃に対抗することは考えないでしょう。

 でも、武術は考えるんですよ。水中で戦う・多人数相手で戦う・武器と戦う・病気と戦う・怪我と戦う・・・考えられる限りのあらゆる危機的状況と戦う方法論を講じているのです。

 極論すれば、一国を相手にしても戦う方法を考えるのが武術ですよ。

 最近の尖閣諸島問題のような、情報戦に関しても武術では当然、考える訳です。

 だから、昔は精神疾患なんかをキツネやタヌキ、モノノケといった妖怪が憑いたとする民間伝承が広くありましたから、武術の中にも憑き物を落とす法術が取り込まれて独自に術化されていた訳ですね。

 つまり、武術の中には妖怪退治の方法まであった!ということになる訳ですよ。

 それに、妖怪退治に使った伝説のある刀は、童子斬り安綱、関の孫六、ニッカリ青江、鬼丸国綱、蜘蛛斬り、黒ンボ斬り・・・とか、結構あるんですよね。

 日本刀には陰陽五行説が取り込まれていますから、単なる武具というより神器、つまり、神が宿る依り代とも考えられている訳です。

 ね~、武術って、研究すればするほど、奥が深くて面白いと思いませんか?

 こ~んな面白いものは、他にはないと思うんですけどね~。一生遊べて退屈しなくて済みますよ~。

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民主党政権はどこへ行く?

 しっかし、ま~・・・民主党が政権とって、最初は国民の期待を背負って鼻息荒くやる気満々だったのに、次から次へと、よくもまあ、こんなに問題が出てくるもんだな~?と思いますね~。スゴイよ。

 何か、政治家ってお祭り気質の人がやりたがるもんなんですかね~?

 正直いうと、私は、全然、興味がないんで、ああいう権力の座にしがみついていたい人達の精神構造が理解できないんですよ。

 口を開けば「国民のために・・・」って言うけど、国民のことを考えてやっていて、そうなっちゃうのは何故?と言いたくなる。

 尖閣ビデオの流出だって、私はてっきり、官邸の戦術だと思った訳ですよ。でも、結局、そうじゃなさそうですね~。

 ただ、流出したことで中国側も対応が軟化したのは事実でしょう。

 中国が恐れるのは自国民に情報が流通して制御できなくなることなんだから、日本に反感向けさせるのもスケープゴートにしているのは明らかですからね。

「実は俺たちの国の政府が悪いのでは?」と国民に思わせてしまったらマズイ。不満が爆発して内戦状態になりかねないから・・・。

 そういう意味で、ビデオの流出は良かったんですよ。中国の情報統制に加担したところで、10年後20年後まで、今の中国のやり方は維持できないでしょう。

 だって、国力が上がった中国は世界の中で責任を果たさなきゃならなくなる。そうすると情報もどんどん入ってくる。人口の多さがそこでアダとなりますよ。まだまだ貧富の差は大きいんだから、無理をして経済力を上げたツケが回ってきて、武力だけでは統制できなくなるでしょう。

 今の中国政府はそうなることを恐れている訳ですからね。

 かつての天安門事件がまさにそうだったんだし、民主化運動の活動家である劉氏にノーベル平和賞が贈られたのも、そんな中国政府に対する国際社会の圧力の一環です。

 そこをきちんと弁えていれば、ビデオは先に公開してしまうのが一番良かったんですよね。「こういう状況だったので日本国内の法に照らして逮捕しましたんで、宜しく御理解ください」って言うだけで良かった。

 それをやらずに、変に穏便に済まそうとか浅知恵を働かすから、策士、策に溺れてしまった訳ですよ。本当にバカとしか言えない・・・。

 なので、流出事件は、「ははぁ~、これはわざと流して責任逃れするつもりかな?」と思った訳ですが、そうじゃなかった?とすると、逆に民主党政権の戦略の無さは致命的なレベルですね。週刊誌でバッシングされる訳だ~。

 こりゃあ、侵略戦争でも起こされたら三日と保たんわな~・・・。


 かと思えば、今度は法務大臣の失言が問題になってますが、この脇の甘さは民主党の体質としか思えないですね~。

 いっそのこと、「地元で祝ってくれる人達の前で、サービス精神でシャレを述べたつもりでしたが、誤解を与えてしまってまことに申し訳ありません」って、国会で切腹パフォーマンスでもしてくれたら面白いのに・・・(これもシャレにならんか?)。

 でも、本音としか思えないんだから、やっぱり、資質に欠けると言われるのも致し方ないですかな~?

 いや~、酔っ払いの三宅雪子議員といい、民主党は、よくぞここまで素人集団でやってきたもんだな~と、ちょっと別の意味で感心しちゃいました。

 素人じゃダメだとは一概に言えませんが、素人ばっかりじゃ~ダメでしょう? 政治のプロフェッショナルが小沢さんだけだったのか?と思うと、小沢頼みの人達もまた、頼りにならんな~・・・。


 それでも、国民が選んだ我々の代表であることは変わりがないんですから、頑張ってくださいね~って感じですね(既に全然、期待してないけど・・・)。


・・・って、ここまで書いてTV見てたら、仙谷さん、やっちまいましたね?

「自衛隊は暴力装置」って・・・、アンタ、いつの時代の左翼活動家ですか?って思っちゃったよ。

「自衛隊は軍隊だから」って言うのなら、まだ解るんですよ。だって、実質的には日本の国軍なんだから、別に蔑視してることにはならないでしょうね。

 だけどさ~・・・“暴力装置”って言い方は、“大企業が飼ってる暴力団”みたいな昔の左翼活動家の言語イメージしかないでしょう?

 確かに、暴力装置って言い方は思想的にはアリだと思うんですけど、政府のトップにある人が言うってことは、自衛隊の存在そのものを疎ましく思ってますって話になる訳で、失言のレベルじゃないですよね~。

 こういう発言の出てくる思考の中だと、自衛隊だけじゃなくて、警察も海上保安庁も全部ひっくるめて“暴力装置”って範疇に入っちゃうんじゃないの?

 だけど、そうした“暴力装置”がもし無かったらどうなるのか? 犯罪者にどう立ち向かえばいい訳? 自衛官や警察官、海上保安官といった国民、市民を護る使命を持つ人達をバカにするのも大概にしろって話ですよ!

 何か、書いてて腹立ってきたな~。

 私は昔、左翼系の市民運動団体に誘われて参加していましたが、左翼系の人達と話していると、平和ボケしているくせに、やたらに「闘争だ~」の、「民衆は搾取されてる」だのと妄想的で話にならんと思うことが多かったですよ。

 全員がそうだとは言いませんが、何かスタイルとして、そういう思想性のバリケード作って自我を護ろうとしているみたいだったな~。

 でも、よくよく冷静に観察してると自我が肥大しているだけ。社会主義イデオロギーに洗脳されてルサンチマン(うらみ)を溜め込んでるだけだと思いましたね。

 理想の社会装置に依存することしか考えていないから、弱い自己を鍛えて高めるとか、そういう個人の確立、自己実現を嫌うんですよね~。

 だから、私は「何で武術みたいなのやってるの? 武術って暴力でしょ? 人間は所詮、弱いんだから、そんなことやっても意味ない」とか、本当によく言われましたよ。

 個人として突出した力を持つことを罪悪視する訳ですね。

 で、そんなこと言ってる人間が、口を開けば「闘争だ!」って言うんだから、笑っちゃいますよ。論理が破綻してるのに気づいていない・・・。

 私の世代は新人類と呼ばれた世代でしたが、個人主義が徹底した世代だったんで、社会的な制度とかそういうのは全然、信用してなかったですね。

 学生運動とかに関心持つ人間が、最も少なかった世代だったんじゃないですかね~?

 ただ、それじゃあ、思想性が無かったのか?というと、むしろ逆で、ポストモダンの現代思想ブームの真っ最中でしたね。まあ、私は理科系に行っちゃったから、現代思想とは無関係だった訳ですが、本だけは結構、読みましたよ。ブームだったから。

 もっとも、岸田秀の唯幻論とか、笠井潔のテロルの現象学とか、古典的な哲学の本なんかは読んだけど、むしろJ・クリシュナムルティーとかD・ボームとか宗教学とか精神世界の本とかの方がよく読んでたかも?

 同時に、ヨーガとか気功とか仙道とかムー的な訓練をいろいろ自己流でやっていましたね。この頃から今にいたるも、私は“自分しか信じていない”んですね。ましてや、社会制度が何だろうが、そんなのどうでもいいとしか思わない。

 他者に対しても、私は自分と同類の人間しか信用していません。つまり、具体的に自己変革していこうと何らかの訓練なり学習なりをやり続けている人しか尊敬できない。

 なので、どうも、左翼系の人達と話していると、弱い自分を肯定しようとするところが嫌で、「社会制度が完成されたら人間はみんな幸せになれる?」みたいな甘えた幻想に埋没しているようにしか見えなかったんですよ。

 そういう甘えた連中は、突出した人間を凄く嫌うんですね。みんなが横並びになっていないと許せないみたいです。なんか『未来惑星ザルドス』を思い出したよ。

 そういえば、団体の打ち上げ会か何かの時に、福島みずほさんが来ていて、その当時はまだ社民党の党首じゃなかったけど、既に彼女は左翼系の人達の中で有名だったからチヤホヤされていましたが、私は団体の中で異分子みたいに見られていたから(機関紙で挑発的なことをいろいろ書いてたから)、何か、ちょっと怖かったのか目線を合わせないようにされていたのを覚えています。

 まあね~。当時は若くて何も知らなかったからな~(というか、知ろうという気がなかった)。引っ掻き回したみたいで申し訳なかったかな~・・・なんて思う面もあります。メンバーの人達にはいろいろ良くしてもらって合宿なんかにも参加したり奢ってもらったりもしていたから、その思想的な要素を除けば悪い印象はないんですけどね。

 市民運動って、もっと素朴な感情から出てくるもんだと思ってたんですよ。でも、それらの運動を引っ張っている人達って、全共闘世代の洗礼を受けたゴリゴリのマルキシストだったりしてますね。

 だけど・・・何か、そういう市民運動の場から出てきた人達が集まっているという民主党の体たらくを見せつけられると、当時、感じていた“現実認識のとてつもない甘さ”が露呈しているように思えて、何か、ちょっと複雑です。

 結局、弱い人間は権力握ると初心を忘れてしまうんでしょう。恐ろしいですな~。

 しかし、どこまでダメダメっぷりを晒すのか?を確認するのも面白いのではないか?と、私は意地悪な見方をしております・・・。

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殺陣・タテ・TATE!

 ここ最近、もういろんな武術を調べ尽くしてしまった感があって、研究の停滞を感じはじめていたので、“殺陣”をもう一回、研究してみようかな~?と思ってます。

 武道やっている人は、殺陣を不当に低く見下す傾向があるんです。

「殺陣というのは武道を真似して作られたものだろう」と思っている人が多い。つまり、武道の“まがい物”なんだと思い込んでいるので、やたらに偽物扱いするんです。

 でも、現代に伝わっている武道が、どうやって歴史的に伝承してきているか?ということを本気で探究している人って、ほとんどいないでしょう。

「日本武道はすべて朝鮮半島から伝わった」とか、「世界の武術は少林寺に発祥している」とか、物凄い大雑把な妄説を平気のへーざで言う人がまだいたりしますからね~。

 ちょっとでも真面目に調べれば、そんな簡単に言える筈がないのは小学生にも判りますよね。文化人類学とか比較神話学なんかの初歩的な論理で考えても、武術がどこかで発生して世界中に広まる・・・なんかあり得ないのは解ることです。

 その土地土地で生まれた戦いの技術が、独自に発展するのと同時に、長い年月で人の交流と共に交ざりあったりしていく・・・その過程の中での伝承でしかない訳ですよ。

 だから、もっと壮大な人類の歴史の中での戦闘技術の文化の枠組みの中で考えていくべきだと私は思いますね。

 そうすると、意外にも、実際には歴史的に調べてみると武術・武道が発生するより以前から殺陣の原型はあるんですよね。

 武術・武道というのは、個人の技芸ではなくて流儀として稽古体系が考案されて以降に呼ばれるものです。それ以前は戦いの技は個人の能力の中でのものであって、武術とか武道とか呼ばれる概念はなかったでしょう。

 でも、殺陣の原型は既にあるんです。

 どういうことか?というと、殺陣は舞踊の発生とほぼ同じに発生しているからなんですね。

 つまり、“戦いの踊り”が殺陣に繋がってきている訳ですよ。

 嘘だと思ったら、世界中の伝統舞踊を調べてみたらいいでしょう。多くの伝統舞踊に戦いの踊りが入っていますし、古い武術には舞踊の要素が伝わっていたりしますよ。

 モンゴル相撲の鳥の踊りとか、ムエタイのワイクーとか、沖縄空手の手踊りとか、ありますでしょう?

 日本なら、神楽舞の中には剣の舞も頻繁にありますね。

 インドや中国、琉球だって同じですよね。

 まっ、いずれ、舞踊と武術の関係については本を書いてみたいと思っているので、これ以上は触れませんが、私が武術と殺陣の関係に注目しているのは、文化的な相関関係がもともと密接にあったと考えるからなんですよ。要は、学問的な意味で研究してきた結果の論であって、単なる個人の実感じゃありません。

 無論、殺陣師は武道と殺陣の根本的違いを感じているから別物だと言うでしょう。それは表現の目的が違うから、そうなるのは当然のことです。

 でも、ブルース・リーみたいに、明確に武術を指向しながら、表現法として殺陣アクションを利用した人もいますね。これは両者に重なる面が大きかったから、そうした訳でしょうし、中国の表演武術なんかも、パフォーミングアートとして中国武術を表現しようとしています。

「武道は真剣勝負するんだから戦う物真似やるのとは違う」と差別的否定論を吐く人もいますけど、私にはナンセンスな発言だと思いますね。

 武道というのは、極限まで本質を求めるなら人殺しの技を修練して極めるものであり、それを用いて真剣に勝負するというのは相手を殺すということです。ルールを決めて審判もいて、それが「真剣勝負だ」と主張すること自体が大いなる形容矛盾です。そんな欺瞞の論理を振りかざすより、きちんとスポーツの良さを認識しているべき。

 私が殺陣に強く惹かれるのは、殺さず傷つかず、見て楽しく、演じて楽しい・・・という、まさに理想的形で平和に武術修行できるんじゃないかな~?と思うからなんですね。

 演技としてやるんだから、どんな残酷な技使ってもダイジョーブ! 本来の武術に伝わっている人非人な極悪技を使っても、芝居を面白くするだけでモーマンタイ!

 何でも本物がいいというものじゃありません。いくら戦争映画が楽しくても、本物の戦争を体験したくないでしょう? スカッとする格闘シーンだって、町中を歩いていて突然、殴り合いが始まったら嫌なものですよ。恐怖心しかわかない。

 でも、世の中から戦争やケンカを無くすことは難しいでしょう。人間は本能的に闘争を好むDNAがあると思いますし、それが生きる活力と直結してもいるから無くせない。

 だから、戦いの衝動を演技の中で昇華させることが必要なんだと思います。スポーツや芝居は、人間の暴力衝動を生きる活力へと昇華させる社会的発明なんだと思いますよ。

 もちろん、身体動かすのが苦手で嫌いな人もいますね。でも、そういう人でもアクション映画や漫画見たりするのは好きだったりするでしょう?


 さて、うちの矢嶋師範代が、大塚のつばさ基地の殺陣のクラスを受講し始めて、いろいろと話を聞いているうちに見たくなったので、見学に行ってきました。

 アクション・クラブは以前に取材でいくつか覗いたことがあるんですが、一言で殺陣、アクションと言っても、それぞれ特色がありますね。

 空手がベースのところ、総合格闘技がベースのところ、合気道や剣術がベースのところ、伝統的な歌舞伎や新国劇の殺陣がベースのところ、香港アクションがベースのところ、器械体操がベースのところ、ストリートファイトがベースのところ・・・いろいろです。

 特に最近は、エクササイズ的な教室も増えてきているみたいですね。

 高瀬道場のように女性専門の殺陣教室なんて、最近の刀剣女子ブームをけん引している印象もありますね。

 つばさ基地の特色は、剣殺陣にアクロバット的な要素をミックスしたスタント・アクションを目指しているようにも思えます。

 普通、剣殺陣だと刀の操作と体捌きだけで終わるものですが、つばさ基地では刀を持ったままの受け身や拳法とミックスした殺陣もやるそうで、そうですね~・・・イメージ的には忍者アクションの感じかな~?

 フジTVのweb番組で取材された時は、キッズ・アクロバットのバック転をレポーターが体験するという内容で、教室に入ると子供たちがブリッジしたままザザザーッと歩いてくる(エクソシストのスパイダーウォーク!)というビックリドッキリの演出があったり、“連続その場バク転”にヒョエ~ッ!と思います(こんなの『モンキーフィスト猿拳』のユン・ピョウしかできないと思ってたよ)。

 私は、これまで日本最強のアクション女優は“長渕のヨメ”こと、志穂美悦子が最初で最後だと思ってたんですが、秋本さん、超えてまっせ・・・。回し蹴り・後ろ回し・足刀・・・の流れるようなハイキックの連撃の見事さ。軸が全然ブレないんだもんな~。

 生徒さんたちの鍛え方もハンパないし、この先、どんな逸材が育ってくるか、2年、3年先が楽しみですね~。


 さて、殺陣といえば、現在、チャンネルnecoで、長門勇の“いも侍シリーズ”が放送されています。

 殺陣について書かれた本などで、チョコチョコっと触れてあって、存在だけは知っていたんですが、まさか、フィルムが現存していたとは思いませんでしたよ。

 TVドラマ黎明期に放送された伝説の時代劇『三匹の侍』で、丹波先生(哲郎)、平幹(二朗)、大岡越前(加藤剛)と共に、短槍と居合の名手で百姓あがりの浪人を演じた長門勇の人気が高まり、主演作が『道場破り』(これは雨あがると同じ原作)『続・道場破り』と、この“いも侍”二部作『いも侍・蟹右衛門』『いも侍・抜打ち御免』なのです。

 長門勇は、主演作こそ少ないですが、TV時代劇で主人公を助ける役では結構出ていて、吉右衛門の『斬り捨て御免!』や、『影の軍団』などで、居合や逆手斬り、短槍、トンファーなんかも器用に使っていて、上手いな~と思ってはいたんですがね。

 しかし、この“いも侍”の殺陣はかなり凄いですよ。若山先生にも匹敵しますね。

 長門勇は身のこなしも軽くて早いし、相手の剣をクルクルクルッと巻き取る技も上手いです。そして、二刀流で相手の刀を挟み込む技も使って、非常に独特な殺陣を披露しています。

 敵役で天知茂先生も出ていて、天知先生も凄く殺陣が上手い人なんですが、長門勇の前では見劣りしてしまうんですから、驚きです。

 相手の刀をクルッと巻き取る技は、剣道家の馬場欽次先生のお父さんができたという伝説の技ですが、殺陣とは言っても、それができるんだから(しかも二刀両手で)、長門勇は凄いな~って思いますね~。


 それと、「上映が終わる前に劇場で観ないと・・・」と思って、『十三人の刺客』を観に行ってきました。もう、相当、上映期間が経過しているし、平日の昼間だし、観客は私一人だけかも?と思っていたら、そこそこ、人が入ってましたね。やっぱ、年配の人ばかりだったけど。

 漫画家の黒谷先生も先日、観てきて面白かったと評されていたんですが、確かに、これは非常に面白いです。

 オリジナルが、評論家によっては『七人の侍』より評価が高かったりする時代劇作品の中でもトップレベルの傑作ですから、リメイクは難しいよな~と思っていたんですが、これはこれで非常に面白い!

 何てったって、「斬って斬って、斬りまくれ~っ!」と役所さんが叫んで、後半はずっとバトルが続くところがいいっ! 50分くらいバトルが続いているらしいんだけど、私はそんなに長く感じませんでしたね。見せ方が工夫されているのでダレない。

 俺は、こういうのが見たかったんだよっ!

 オリジナルは、西村晃が演じるニヒルな剣豪、平山九十郎がオイシイところはかっさらって(やられる所のみっともなさが最高)、他の刺客はあんまり目立たなかったんですが、今回は、13人全員にそれぞれ見せ場が与えられていて、役者のキャラが立っているな~と思いましたね。

 中でも、途中で一行に加わる伊勢谷友介演じるサンカの男は、『七人の侍』に於ける三船演じる菊千代を、もっと異人的にしたようなキャラクターで面白かったですね。

 本格時代活劇としての『十三人の刺客』のリメイク・・・と見せかけながら、そこはそれ、世界の三池ですからね~。

 ブラックなユーモアが効いていたり、全体的にヘンタイ的なんですね。

 そうですね~。『シグルイ』の実写版だと想像した方が納得できるかも?

 ゴローちゃんが演じるヘンタイ藩主のキャラは、シグルイの忠長様にしか思えませんが、正義のために立つ旗本、島田新左衛門も、結構、ヘンタイ性を秘めているように思えてきます。

 ゴローちゃんのなぐさみ者にされていた、“リアルだるま女”を見せられて、普通なら、「何と、ムゴイことを・・・」と言いそうなものなのに、「面白い・・・」と口走ってしまうのです。

 江戸の太平の世が長く続いた中での侍の本分とは何か?と考えている連中にとっては、狂気の藩主を暗殺するという使命は、「“戦士としての侍”に戻って死ねる絶好のチャンスだ」といった異常な高揚感を隠せない。

 敵もヘンタイなら、それを狙うチームもヘンタイの集団みたいに思えます。

 オリジナルは、侍世界のペシミズムとマゾヒズムを描いていました。そこが名作と評価された所以でしょう。

 しかし、本作は、もう、三池監督のヘンタイ性が本格時代劇の仮面をかぶって炸裂したような作品で、かつての時代劇作品にあった残酷性への哀しみのようなものはなくて、むしろ、あっけらかんとした「ヘンタイの何が悪い?」みたいな開き直りが充満しているのです。

 役所さんなんて、それを充分に解っていて演じていたのかも知れませんね~。『シャブ極道』を思い出しちゃったよ。

 市村正親演じる鬼頭半兵衛と最後に一騎打ちして首を斬り落としたところ、ゴローちゃんが「役立たずめ~」って、その首を蹴っ飛ばすと、役所さんとしてはかつての道場のライバルの首ですから、当然、激怒する訳ですけど・・・何か、あんまり、怒ってるように見えない。

 むしろ、「アンタ、今、蹴ったね? へ~、そういうことするんだ~。こりゃあ~もう、殺し甲斐のある人だね~」みたいな嬉しそうな様子にも見えてくるんですよね。

 そして、避ければいいのに、わざわざゴローちゃんの突きを受けてやってから刺したり、最後にゴローちゃんの首を斬ると、ゴロゴロッとウジ虫が這ってる便所に転がるところなんか、三池監督らしいな~と思いましたね。でも、本当はベンジョにボチャンッとゴローちゃんの首が転がり落ちる・・・ということにしたかったんじゃないかな~?

 流石に「ファンの暴動が起きたらマズイからやめなさい」って止められたのかもしれんけど・・・。

 ヴェネチア映画祭で大うけしたのも、でも賞はとれなかったというのも、どっちも納得できます。凄く面白いけど、映画として傑作か?というと、ウ~ンとなっちゃう評価しづらい作品ですね。

 それにしても、この作品、若手の役者がよく頑張ったな~と思います。特に山田孝之って、こんなにハードボイルドな演技ができるんだ~って驚きましたよ。

 でも、三池監督って、ホント、女優はどうでもいいって感じで演出するな~。谷村美月をあんなに怖くメイキャップさせなくったっていいだろ~?と思ったよ。こういうリアルさは廃れてもいいんじゃないか?と思いますけどね。女優はやっぱり美しくしてよ~。

 でも、絶倫男の伊勢谷が村の女を犯しまくった揚げ句に庄屋の岸部一徳とやる・・・というのも、オイオイって思いますね。まあ、江戸時代は男色も普通だったという話だから、これもリアルって言や~リアルなのかもしれんけど・・・ユーモアを越えてギャグだよ。

 余談ですが、刺客団を待ち伏せして襲う浪人集団のリーダーで、高瀬道場の加賀谷さんが登場! もう、眼が釘付けになりますね。存在感が凄過ぎて・・・。多分、高瀬道場の方も他にも出ておられたと思うんですが、加賀谷さん、目立ち過ぎで判らなかったです。

 おっと、肝心の殺陣について書くのを忘れておりました。人が一杯、死んで、オナカ一杯です。マルッ!

 ちょっと、下品過ぎるから傑作として映画史に残る作品ではなかろうと思いますが、カルト的な作品としてエンタメしている点では昨今の本格時代劇流行の中に一石は投じたかな~?と思いますね。

 無論、私は大好き! こういう挑戦的な娯楽作品を作らないとダメですよ。無難なのばっかり撮ってちゃ~・・・。


追伸;ユーチューブの動画で、新作DVD『発勁と化勁・原理と用法』より抜粋した映像をいくつか出しておりますので、御笑覧ください。また、ホームページで新作(あっ、一年くらい経過してる?)ホラーアクションファンタジー小説も出しております。こちらも読んでみてくださいねっ。

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いじめ自殺に思うこと・・・

 いじめを苦にして自殺する事件が起こると、いろいろと複雑な気持ちになります。

 結論から言うと、「いじめは無くせない」というしかありません。

 私も中学時代はいじめを受けた側でしたが、じゃあ、他人をいじめたことが無いか?というなら、そんなことはありませんよね。

 悪気がなくて、遊び半分の気持ちでもいじめるということはあるんですよ。

 例えば、私は「好きは大好き、嫌いは大嫌い」という人間ですから、「こいつ、気に入らないな~」と思ったら、露骨に「お前は嫌いだ!」って言っちゃいますよ。

“いじめられる側にも悪いところがある”という論理を完全否定したがる人(特に評論家)もいますが、それはないですよ。

 良い悪いは視点と価値観の問題です。何かしらの理由はありますよ。

 だから、「いじめ」を一方的な加害者と被害者の相関関係で考えるのはマイナスです。

・・・となれば、被害を受けていると認識しなければどうなるか?

 私も性格がキツイので、周囲から煙たがられてシカトされるとか嫌がらせされるとか、よくありましたけど、私はそんなことされたところで何とも思わないですからね。

 気の合わない人とは付き合う必要ないし、「嫌がらせしかできないのは、俺が怖いんだね~?」とハラの中で相手をせせら笑ってますからね。

 つまり、やってる人達はいじめてるつもりでしょうが、私はち~ともダメージない訳。

 お解りでしょうか?

 要は、いじめというのは“やる側とやられる側の共同作業で成立している”んですよ。

 だから、いじめられたことを被害者意識で受け止めることで問題化するんです。

 無論、小さい子供の時であるとか障害者であるとか、抵抗の術も力もない人間が心身に害を受けるのは、それ自体で問題です。が、これは犯罪的なものであって、周囲が救助すべきですね。こういうのを“いじめ”という言葉で語るべきじゃないのです。暴行なんですよ。

 けれども、抵抗できるのに抵抗しないで「被害を受けた。いじめを受けた」と主張してみても、問題解決のために周囲が動いてくれる可能性は低いでしょう。

“いじめを受けた子供が自殺したから、助けてくれなかった学校が悪い”と主張する親を見ると、私は、「それはちょっと甘いんじゃないですか?」と言いたくなります。

「自分の子供が自殺するくらい苦しんでいるのを、学校に何とかしてくれと言うだけで済ましていた貴方は何なんですか?」と言いたくなります。

 私が子供がいたとしたら、「殴られたら殴り返せ。無視されたら無視し返せ。誰か友達がいじめられてたら、助けてやれ。それでお前もいじめられるかもしれんけど、その時は“お前ら、カッコ悪いな~”って言ってやれ。もし、自分でどうにもできなかったら、父ちゃんが絶対に助けるから何も心配せんでいい。安心して戦え!」と言います。

 もちろん、日頃から、“相手が死んだり怪我したりしないようにやっつけるやり方”を英才教育するつもりですけどね~。

 今の日本人は、“志し無き無抵抗主義”に汚染されていますよ。言葉を換えれば平和ボケ? 「ケンカはいけない。やっちゃダメ!」なんて言うから無抵抗で被害受けるM体質の人間ばっかりになっちゃうんですよ。

 よく、「青い空のような大きな心と、広い海のような穏やかな気持ちで・・・」って言ったりしますが、冗談言っちゃいけません。空も曇ったり雨や雪が降ったり、時には暴風雨もありますし、海だって波の荒いシケの日もありますよ。

 何か、中学生が暴れて先生が暴行された・・・という事件もあったようですが、私の中学もそんな感じだったけど、女の先生がぶたれて泣いて職員室に逃げ帰ると、男の先生がすっ飛んできてビンタで鼻血出るまでぶち殴ってましたから、それで均衡?が取れてましたね。

 多分、生徒にぶん殴られるまま抵抗しなかったんじゃないですかね~?

 中学生から武道を必修にして・・・とか考えるより、教職資格の中に合気道とか武道を必修にした方がいいと思いますね。

 要は、学校が荒れていても口先だけでオタオタしている先生ばっかりだから、どうにもできないんでしょ?

 武道をしっかり修行した先生って、礼儀正しいから自分から手を出さないですよ。二段三段くらい持ってれば・・・。

 中学時代に体育大学出身で柔道三段くらいだったかの先生が赴任されてきて、ちっとも怒らない優しい先生でしたが、それで不良連中が「あいつ、本当に強いのか?」って、当然のように試したくなる訳ですよ。

 先生が名簿持って教室に入ろうとして来た時に、不良連中のナンバー2か3くらいの、一番、凶暴でケンカっ早いヤツがいきなり後ろから羽交い締めに組みついたんですね。

 先生は苦笑いしながら、回りの生徒に名簿を渡して制しようとしたんですが、後で仕返しされるのを怖がって、誰も名簿を受け取らない。

 体格的には小柄な先生だったんで中学生相手でもどうか?って感じだったんですよ。

 不良連中としては、柔道黒帯の先生をやっつけて職員全員に脅しをかけようくらいに思ってたかもしれません。

 だけど、先生は困ったな~って顔しながら、羽交い締めにされたまま、ブンッと腰の回転だけで不良を投げ飛ばしてしまって、照れ笑いしていました。

 そうすると、投げられた不良も不良仲間も、オオ~ッ!て感心して拍手してるんですよね。

 やっぱり、圧倒的な実力差を見せつけられると、人間って毒気抜かれちゃうんですよ。

 不良連中の論理は単純で、「能書きはいいから、オメーはケンカ強ぇ~のかよ?」ってことですよ。

 いじめにしろ、通り魔事件にしろ、家庭内の虐待にしろ、そういうことする人間は弱いんですよ。心に余裕がないから、暴力を働く。

 昔の不良も、やくざも弱い者いじめはカッコ悪いと思ってやらなかったでしょう。

 今は弱い相手を選んでやるでしょう? 自分が弱いからですよ。集団でやったりするのも同じです。とかくメダカは群れたがる・・・。

 だから、そんなことされても怖がる必要なんかないんです。

 いじめの根本的解決法は何か? いざとなったら戦う! そう決意すれば何てことありません。

 私が武術選んで、ずう~っと続けてきたのも、中学時代のあの柔道やっていた先生のような、いつもニコニコしていながら実は強い・・・という、あの姿を見せてくれたことが大きかったと思いますね。

 でも、戦うという選択をしたなら、それに備えて戦い方を体得しなきゃダメですよ。

 戦う技術は自分の身を護るだけじゃなくて、他人も護れるし、余裕があれば危害を加えてくる者をも“護れる”。そういうものを目指すべきですね。

 何で、私が総合的な戦い方を覚える必要があると主張しているか?というと、対処法の幅が広い程、ケース・バイ・ケースで適切なやり方を選択できるからですよ。

 暴行を受けたからといって相手を大怪我させたり殺したりしてしまったら、罪に問われて残りの人生を刑務所の中で過ごさなきゃならなくなりますね。

 だからといって、刃物で襲ってくる相手に無抵抗でいたら人生終わりになってしまうでしょう?

 家族や友人を護る場合も、相手の武器や人数、攻撃法なんかも総合的に判断しなきゃダメですよね。

「会社でひどい嫌がらせを受けている。殺されるかもしれない」と言う人に、「じゃあ、辞めたら」とあっさり言ったら、えらく驚かれてしまいましたが、仕事と命を引き換えにはできないでしょう。

 殺されるかも?と思えるような嫌がらせをする相手は、まともな精神じゃないんですから、話し合いとかしても意味ないんです。関わらないのが一番です。

 仕事なんて、贅沢言わなきゃいくらでもありますが、命は一つしかない。

 これは、学校でいじめ受けてる場合も同じですよ。改善される見込みが無ければ、転校、もしくは不登校すればいいんです。フリースクールも全国にあるし、中学で不登校になったけど、大検資格取って大学に行った人間もいますよ。

 シャクシ定規に他人に合わせる必要なんかないんですよ。

 芸能人で成功している人の中には、まともに学校行ってない人がいっぱいいる。勉強は学校だけでできるものじゃないです。むしろ、学校で学んだことは社会に出てからはほとんど忘れていくものですよ。

 使わない知識は忘れますよ。必要な勉強はやりたくなった時にやった方が実用的です。

 それに、社会に出て仕事をするようになると、もう改めて勉強しようとは思わなくなるから、どんどん脳が萎縮していく人が多いでしょう。脳トレが流行ることがその証明。

 勉強は、生涯に渡って、自分の意欲のあることを意欲のある時にやるのが本筋だと思いますね。私の場合も、武術にしろ、健康法にしろ、やりたくてやってきただけ。それで35年くらい続けているんですよ。義務感じゃないから、飽きることもつらく感じることもない。やらないと気持ち悪い。

 私個人は、武術は身体と戦闘を通した思考と精神の高め方を学ぶ学問だと認識しているので、文化系の観点と理科系の分析でアプローチしています。

 日常的にほとんど練習しなくなった(居合抜きちょこっとやるだけ)のも、“一日中、脳内トレーニングしている”から、実際に身体動かしてしまうと筋肉にばっかり血が行っちゃって、脳が働かなくなるからなんですよ。

 ちょっと頭脳優先し過ぎちゃってるから、今後はもう少し首から下のトレーニングもやってバランス取ろうと思ってますけどね。

 ちなみに、来年は、護身術を通して“護心術”の大切さを訴えていきたいと思って、2月には地元で護身術講習会を開催する予定でいます。

 これは、地元の子供さんもっている若いお父さんお母さんに、特に教えたいな~と思っています。子供さんには直接、教えません。怪我させる危険性があるから。

 護身術を通して親子の信頼関係が強くなっていってくれたらいいな~と思いますね。

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『小林直樹 躾道館武術・嫡流真伝中国正派拳法編』DVD発売迫る!

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 あ~、長かった・・・。

 十年一昔と言いますが、私が「やっぱり、武術は凄い! 本物の達人は実在したんだ!」と感銘を受けたのが、ちょうど、30歳になった頃でしたから、17年、いや、18年近くかかりましたかね?

 私の著作を愛読してくださっている方なら、私が度々、書いてきている“謎の中国拳法家”“無名の達人”“超神速の歩法を駆使する拳法家”“瞬撃の交叉法”“電光廻し蹴り”“北斗百烈拳を超えた超加速掌打”・・・etcと表現してきた、躾道館を主宰する小林直樹師範のことは御承知と思います。

 大日本講武會の櫻公路一顱先生に、嫡流真伝中国正派拳法(ちゃくりゅうしんでんちゅうごくせいはけんぽう)を学び、唯一、その真伝を受け、後に幻の中国拳法家と呼ばれた澤井健一先生の最晩年に師事し、太氣至誠拳法(たいきしせいけんぽう)を学び、以後、ただひたすら地道に研鑽を重ね、自ら求めて弟子を募ろうとせず、「武芸の修行は自己の修養のため」という意識で日々を過ごされていたのです。

 もっとも、大日本講武會時代の先輩に頼まれて子供に空手の指導をしていた時に、一人の若き修行者が尋ねてきたことから、小林師範の運命が動き出します。

 その修行者は、伝統空手・フルコンタクト空手を修め、若くして武芸全般に精通し、後に日本人で初めての中国散打の中量級チャンピオンとなった岡部武央師範の若き日の姿でした。

「中国拳法で物凄く強い人物がいる」という噂を聞いて、小林師範を尋ねた岡部青年は、実際に立ち合うこと三度に及び、次元の違う“技と理合の強さ”を認めて小林師範に弟子入りを願い出ます。

 こうして師独り弟子独りの指導が始まります。

 が、指導といっても毎回が狂気さえ感じさせる“立ち合い”であったようです。小林師範にとっての武術とは、生きるか死ぬかの殺し合いを生き残る術であり、生半可な気持ちの者には無用のものだという認識がありました。

 ですから、一般的な武道を学ぶ感覚の人間は弟子入りを許さないのが、この当時の小林師範の矜持とするところでした。

 それは、櫻公路先生、澤井先生がそうであったからこそ、自分もそうすべきであるという信念があったのでしょう。

 殺伐とした真剣勝負を思わせる師弟の修行の様子を、私は間接的に耳にしただけで、実際に目にはしていません。

 私が尋ねた頃には、岡部師範の兄の宜史師範と、稽古仲間の小川さんがいましたが、どなたもバリバリの武道家気質。いずれも現在は躾道館の師範となっていて、今回のDVDでも模範演武役を務められています。

 小林師範は、極めて武術家らしい武術家でした。

「強くなりたかったら、俺の言う通りにやれ。できないなら、強くなるのは諦めなさい」と、はっきりと宣言していたからです。

 清々しいまでの微塵もブレのない考えです。恐らく、小林師範の真の強さは、このブレの無さだと私は思っています。信念の通りに実践できる強さです。

 もし、本気で動いたら、どれだけの斬れ味を発揮するんだろう?という身震いするような“怖さ”を、久しぶりに感じました。

 交叉法・読みを駆使する武術家というと、この業界で最も知られているのは宇城憲治氏だと思いますが、このDVDを観る眼のある人が観れば、天地の差があることは一目瞭然に解ると思います。

 かつての宇城氏であれば、小林師範と五分だったでしょうが、現在では勝負にならないでしょう。

 どこに差があるのか?というなら、“眼”です。

 今の宇城氏は聖人君子になりたがっています。大衆から崇められたがっている。どんな立派な大義を口にしても、それを素直に信用させられない権勢欲という名前の“邪気”が混じっている。

 邪気、邪念は武道にとって最大の敵です。心法(読み)を曇らせてしまうからです。

 事実、宇城氏が野地師範に指導している映像を動画で見ましたが、後ろに退いているシーンを見て、“あっ、自分の得意な間合を保持していないと技が出せないんだ”という弱点に気づきました。

 つまり、読みの技能が低下していることを如実に顕していたのです。

 身体操作はよく観察すれば誰でも判りますが、心法は外見で判断するのは難しいものです。しかし、眼にはよくそれが顕れます。

 目付けで、「相手の眼を観ろ」と言われるのは、心理状態を観察せよという意味です。

 こう言えば、武道の経験の深い人は納得されるでしょう。

 小林師範と宇城氏の眼を観比べてみたら、私がデタラメを書いているのでないことは判る筈です。わざわざ、実名を出して比較するようなことを書いているのは、宇城氏の反省を期待する気持ちもあるからなんですが・・・。

 小林師範が頑なに、これまで世に出るのを拒んできていたのも、小林師範の能力の核心が心法から来ているものであることを、感覚的に自覚されていたのも関係あると私は思います。

 御自分でも、昔、「人間は弱いものだから、俺だって周囲からチヤホヤされていたら自惚れちゃうでしょう? そうなったら技も曇るんだよ」と言われたことがありました。

 それから、「人間は自分独りで強くなれる訳じゃない。教わった先生や先輩のお陰なんだから、縁は大切にしなきゃいけない・・・」とも言われていました。


 私の知る普段の小林師範は、ユーモアがあってお茶目な人です。

 ところが、やはり、武術となると鬼のような厳しさが出てくるのです。今回のDVDで小林師範の眼は、ほとんど笑っていません。今にも獲物を喰い殺そうと狙っている虎のような野獣的な眼です。怖いですよ。

 もしかすると、小林師範はDVDを作ることを決意してから、相当に自身を精神的に追い込んで臨んでいたのかもしれません。

 クエストの制作担当者の方と電話で話した時、過日、私がある中国武術家の演武をボロクソに貶していたのを、「確かに、長野さんが言うように、小林先生のあの太極拳を見たら、比較にならんですよね~」と、唸っていました。

「そうでしょう。小林先生の太極拳は、内功の力が内勁を伝わって打ち出されていくのが解るんですよ。僕は、アレが基準になってしまったから、誰の演武を見ても凄いと思えなくなっちゃったんですよ」と話しました。

 そして、担当者の方も私も、小林師範の真価を映像作品に収録することで、「中国武術でここまで凄い人が日本にいるんだ。中国武術がダメなんじゃない」ということを、広く武道・格闘技の世界の人達に知ってもらいたいという気持ちで一致していました。

「本当に、どこに出しても恥ずかしくない作品ができました。でも、できるだけ多くの人に観てもらえないと・・・」と言われていましたが、私もまったく同じ気持ちです。

 小林師範は、これまで公で演武したことすらありません。

 今野塾の大会で招待演武をした時も弟子にやらせて御自分はやりませんでした。

「いつまでも師匠が表に出ていたらいけない。弟子を育てて送り出すのが師匠の義務だから・・・」と言われていましたが、そもそも自分でやったことないんですから、これを聞いていた時は、ちょっと頭痛しましたけどね~。

「武術は他人に見せて誇るためのものじゃない」という考えからなのでしょう。

 私があちこちで書いたために、弟子入りを求めて尋ねてくる人も増えましたが、そのほとんどが厳しい練習についていけずにやめていったようです。

 一度、酒席で、「俺はフルコンタクト空手の大会で上位三位以内に入賞するくらいのヤツにしか教えたくないんだ! オタクみたいなヤツには教えたくないっ!」と、どやされたこともありました。

 なので、私は、今現在、よっぽどの逸材でない限り、興味本位で小林師範に習いたがる人を紹介したりはしていません。

 文化系の人は、どうせ、続かないのが解り切っていますし、DVDを観れば解ると思いますが、組手の厳しさは一種独自のものがあります。

 ただし、このDVDは、交叉法の根幹を細かく解説実演してくれていますから、武術の真の実戦を求める人にとっては、まさしくバイブルになる内容だと私は確信しています。

 以前から、小林師範の強さは太気拳のものであると考えて、学びに来る人が多かったと思うのですが、私個人は、むしろ、嫡流真伝中国正派拳法の伝える“交叉法”に秘められた可能性を感じていました。

 無構え自然体から繰り出される瞬撃の攻防は、まさに素手でおこなう居合術というべきものであり、現に、私は、交叉法を居合術に応用して独己九剣を創作しました。

 この櫻公路師範が考案した理合こそ、あらゆる武術に共通する普遍性があると考えたのです。私が別流派を立てて小林師範から距離を取るようになったのも、気質的に私が研究家タイプだったからですよ。小林師範は良くも悪くも師伝を変えることを許さないでしょうから・・・。

 そういえば、「うちの技を名前を変えて教えているのはどういう訳?」と聞かれた時、「僕は先生からきちんと教わっていないんだから、そのままの名前で教える訳にはいかないじゃないですか? だけど、源流が何か?ということは全部、明かして一つも嘘は言っていませんよ」と答えたら、「・・・う~ん、そうか・・・」と、納得されていたみたいですが、“俺の教えた技を利用して勝手に流派名乗って教えるなんて・・・”と思っておられたことは明白でした。

 それはまあ、小林師範の周囲の人達もそういうでしょうし、私もわざわざ許可取ったりしていませんからね。嫡流や太気の名前を使うんだったら、もちろん、「宜しいでしょうか?」ってうかがいますよ。当たり前ですよね。

 例えば、ある流派を破門された人間が、その流派を名乗って教えていたらマズイでしょう? これは別に武術じゃなくても、ラーメン屋でも飲み屋でも何でも一緒ですよ。

 DVDを見れば判ると思うんですが、理合はそのまま継承していますが、私の技は拳法というより合気体術に近いんですよ。小林師範は“拳法”であることに誇りを持っておられますから、いろんな技をミックスさせたら怒るに決まっています。

 だから、私は別の流派を興して自分の理想の武術を研究していったんですね。私が筋違いなことやってますかね~?


 ですが、嫡流真伝中国正派拳法を基盤にすることによって、小林師範の太気拳は大きく開花していったのだと私は確信しています。

 とすれば、同様に、あらゆる流派にも応用が利く筈でしょう。私はそう考えて、游心流という流派を名乗る中で様々な流儀の技を検証していき、そこから自然発生的な技の用法を組み立てていった訳です。

 なので、心ある修行者は、このDVDを買われることを強くお勧めしたいですね。

 ただ、武術に甘い身体操作だの何だのと能書きをぶら下げておきたい人が観たら、ショックを受けて修行をやめたくなるかもしれません。

 それほど、このDVDの本質は苛烈で、甘い考えの愛好家を受け付けない峻厳さがあります。

 実際、私はショックです。改めて自分の凡庸さを思い知らされて寝込んでしまいそうでした。

 まだまだ実力の片鱗も見せていないんだろうな~・・・というところまで解ってしまったので、絶望的なまでの厳しさですよ。「俺は強い」とテングになっていたい人は見ない方が無難かもしれません。

 けれども、「中国武術は形ばっかりで弱い」と思っている人は、是非、観てもらいたいですね。中国武術も分解して練習すれば、沖縄空手のような合理的なものだからです。

 今回のDVDを基本編として、次に出る太気拳のDVDを応用編とすることで、中国武術の本来の実戦性の高さがきちんと評価されるだろうと思います。

 私の本やブログを読んで、DVDを買ってくださる方々であれば、游心流の原点である躾道館の技も理解しやすいと思いますし、何よりも、小林直樹師範の実際に動いている映像を見て欲しいと思いますね。

 ちなみに、北島師範に見せたら、フフフッと微笑みながら、「やっぱり、長野先生の先生なんだな~と思います」と言っていましたが、どこか似ているところがあるのかな~と思いましたね。

 DVDの終わり加減で、小林師範が説明しているシーンでは、確かに、何かギャグを言いたくてたまらないようなウズウズ顔?をしてらっしゃいましたが・・・。


追伸;本DVD中、小林直樹師範の紹介ナレーションで、“弟子たちの活躍によってのみ、その強さを噂されるだけであった・・・”みたいに言われていて、思わず、「それってオレだよ、オレ!」とオレオレ詐欺みたいにつぶやいちゃいましたよ。

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『牙狼<GARO>RED REQUIEM』を観た

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 日本が世界に誇るSFファンタジー映画の巨匠、雨宮慶太監督の最新作にしてTV深夜枠で異例のスマッシュヒットを飛ばした『GARO』が、ついに劇場版となりました!

 私は、これをどんなに心待ちにしたことでしょうか?

 TVの深夜特撮ドラマといえば、『エコエコアザラク』『デビルサマナー』『キューティーハニー』、ごく最近も『大魔神カノン』などがありますが、“仮面ライダー、ウルトラマン、戦隊”という日本の誇る三大特撮コンテンツを別格として、1990年代から深夜枠でホラーや幻想を背景とする特撮コンテンツが実験的に作られてきていたことの意義は大きいと思います。

 この領域の大ヒットといえば、飯田譲二監督の『ナイトヘッド』がありますが、実験作品というものは、若い創り手が本当にやりたいものを狙っている場合も多いものです。

 深夜だからこそ、ホラーやダークファンタジーの作品が印象に残るものですし、世界的にブームとなったJホラーのブームもまた、この深夜枠の特撮ドラマ群と無関係ではなかったと思われます。

 もっとも、類似のコンテンツが大量生産されることで品質の劣化を感じられる場合もありましたが、玉石混淆の中でキラッと光るセンスを発揮する監督も何人も出てきていたと思われます。

 中でも、『牙狼<GARO>』は衝撃的でした。

 超伝奇ファンタジーアクションの世界を独自のタッチで醸成してみせたのは、雨宮慶太監督の、誰にも真似のできない屹立するアート感覚だからこそ成立し得たのだと私は確信して疑いません。

 まったく同じ世界観を誰か他の人が描いたとしたら、とても作品として成立できなかったでしょう。

 西洋の騎士、魔界の悪魔、悪魔を狩るハンター・・・これらの要素を現代の大都市の中で成立させるという荒業を、スタイリッシュなアクション演出と圧倒的なビジュアル・イメージで成立させている点に、私はただただ驚嘆するしかありませんでした。

 雨宮慶太監督はアマチュア時代から、8mm自主映画『スウィートホーム』で、既に異世界のクリーチャーが日常に侵食してくる恐怖をテーマにしていました。

 やはり、才能の優れた人はプロになるのが必然で、その後、東映の戦隊シリーズに携わり、『真・仮面ライダー』『仮面ライダーZO』『仮面ライダーJ』『人造人間ハカイダー』などの石ノ森ヒーロー物にて才能を示しながら、オリジナル・ヒーロー物『未来忍者』を経て、代表作とも言える『ゼイラム』『ゼイラム2』を発表します。

 そして、SF時代劇『タオの月』を発表し、月一回の放送という変則的な形ながらTVシリーズで巨大ロボット物『鉄甲機ミカヅキ』を発表。

 そんな雨宮監督ですが、「子供向けのジャンル映画しか撮れない監督」だという不当な低い評価を向ける人もいるようです。

 が、馬鹿を言っちゃいけない。「ジャンル映画しか撮れない監督」ではなく、「ジャンル映画しか撮る気がない監督」なのだと理解しなければなりません。

 何故ならば、雨宮監督の真価は、その圧倒的に芳醇なビジュアル・イメージにこそあるからです。

 幻想魔界を描かせたら、世界に並ぶ者のいないであろう唯一無二の絵師であり、そのイメージを映像で見せてくれる真の意味での映像作家なのです。

 だから、凡庸な日常を映し撮るしかできない貧困なイメージの映画人には雨宮監督の独自性を正当に評価する眼力はないのでしょう。

 毎年の日本アカデミーなどのアカデミックな映画賞では、雨宮監督は無視同然の扱いをされているように思えますが、それは批評眼の水準を超えてしまっているから解らないのではないか?と思われます。

 とにかく、TVシリーズ『牙狼』は、あらゆる意味で衝撃的でした。ホラーで鮮烈なアクションもあり、魔術と剣の西洋中世の世界を現代日本で描いて陳腐にならず、スタイリッシュで野心的。どの回の話も粒が揃っていました。

 同時期に鳴り物入りで製作されて放送されていた特撮系月九ドラマの手抜き具合と比較しても、志しの高さは誰の目にも明白でした。

「これは劇場で観たいな~」と思っていましたが、TVスペシャルを経て、満をじして、ついに劇場版が製作されると専門誌で知り、しかも、それが3D作品であるということで、これを期待せずに何を期待したらいいのか?という思いで公開を待ちました。

 で、公開一週間後の日曜日、稽古が終わってから、新宿のバルト9に、矢嶋師範代と一緒に観に行ってきました。

 いつも地元の映画館はガラガラに空いているものですから、満員で観るのは久しぶり。

 それにしても、盛況なのはファンとしても嬉しいですね。

 今回の劇場版は、TVシリーズのレギュラーはまったく出ておらず、主演の小西遼生さんだけ。ちょっと寂しい気もするんですが、始まってみると、一本の独立した作品として楽しむことができました。

 どうも、この劇場版では、「小西遼生演じるGAROは客演で、真の主役は松山メアリー演じる魔戒法師“烈花”なのかな~?」という気がしました。

 魔戒法師と言えば、TVシリーズ、TVスペシャルで邪美を演じた、さとうやすえが特技のバレエを活かした柔軟なアクションで印象が強かったのですが、松山メアリー演じる烈花はそれ以上に戦闘能力を高めた感じがします。

 顔立ちがシベリアンハスキーっぽく?て、かつて『エコエコアザラク』のTVシリーズに出てきた佐伯日菜子のような存在感を感じます。

 もしかすると、次は押井守監督のアサルトガールズ・シリーズに出るかもしれません。

 そんなタダ者じゃない存在感があるのですが、映画秘宝や特撮ニュータイプなどのインタビュー記事中の普通の写真を見ると、全然、別人の明るい性格のアイドルに見えます。

 いや~、凄いな~。こんなに変わるのか?と、驚かされます。

 松山メアリーって、私はTVで『新耳袋』を観ていた時に出ていたのを見かけたくらいです。そこでは普通の女子高校生役だったので、今回のアクション女優っぷりは想像もつきませんでした。

 バレエと新体操をやっていたそうなので、身体の柔軟性がハンパではありません。さとうやすえも凄いと思いましたが、松山メアリーの柔軟性は尋常なレベルではありません。

 これで、もう少しパンチやキックにキレとスピードが出たら、アクション女優で世界に打って出ることも可能になるでしょう。

 余談ですが、アクション俳優目指す人は、空手出身者が多いと思うんですけど、やるんだったら、まず体操をやるべきだろうな~と最近は思いますね。

 武道って、思いの外、動きが堅いんですよ。決まりきった動きを反復練習するから、動きの変化ができない人が多いんです。

 無論、武道やってた人は動きのキレ味はいいんですが、どうしても最短最小で素早く動こうとしてしまうから、見た目が凄く地味になりがちなんですね。

 大きく緩急自在に動ける上で、時々、ビシュッと動くと効果的だと思うんですが、常に最速で動こうとしたら何やってるのか判らないから、面白くないんですよ。

 伝統空手や剣道の試合が、案外、面白くないのは、そのせいだと思いますね。速過ぎて何が何だか判らないから。

 そういう意味で『ハイキックガール』は、アクションとして空手の動きを見せることを相当工夫していたから、良かったですよ。劇場で続編?の『KG』という作品が予告編で流れていましたが、アクションの見せ方がより進化している感じがしました。

 あっ、そういえば『ハイキックガール』の武田梨奈ちゃんは『ドグーンV』のドロちゃん役で出ているそうですね? 私の家は東京MXが映らないので観れないのが残念!


 それにしても、烈花が「俺は女だから魔戒騎士になれなかっただけだ!」と、うそぶくところといい、父親の魔戒騎士(やっぱり、この人、津田寛治)の仇と、魔獣ホラー・カルマ(原紗央莉)を狙っているという設定なんか、ちょっと水戸黄門によくあるような感じもします。

 斎藤洋介に中尾彬も出ていて、それぞれカルマに利用されているというところも伏線がいろいろ活かされていて、“親子”とか“家族”というテーマがちりばめられている作品のような気がしました。

 そして、鏡の中という閉鎖空間の設定は、ゼイラムでお馴染み、雨宮監督の十八番の展開です。鏡爺い、雲外鏡と戦う鬼太郎という雰囲気もありますが、この鏡の中の異世界のビジュアルがまた凄い!

 カルマに敗れた魔戒騎士の霊魂がGAROに味方していくところで、烈花の死んだ父親が、そっと頬を撫でて行くシーンなんか、本当に感動的ですし、カルマを倒して現世に戻ってきたら、彼らを助けるためにアカザ(斎藤洋介)が命を捨てていた(魔道具がないと肉体を持ったまま鏡の世界に入れないため)ということが判るシーンとか、単純な大団円で終わらなかったところも、ドラマの組み立て方としてアダルトな雰囲気がします。

 魔戒騎士のシリーズは、今回の烈花に焦点を当てたやり方を考えても、主役を変えながらいろんな展開の物語を創造していくことが可能な作品世界だろうな~と思いました。

 例えば、烈花が、冴島鋼牙との出会いを通じて、「俺も鋼牙のような魔戒騎士になる!」と決心して女性初の魔戒騎士になった・・・とか、あるいは、今回、ちょこっと触れられたような、「魔戒騎士は、魔戒法師だけではホラー退治が難しくなったので生まれた」といった“魔戒騎士は魔戒法師の中の戦闘タイプ”といったルーツを探ったり、元々の日本の妖怪退治をしていた一族の生き残り(魔戒武士?)がいて・・・みたいな話もできると面白いんじゃないか?と思いますね。

 で、日本刀ベースの片刃の刀剣で居合を得意にしているライバルが出てきたりしたら面白いと思うんですが・・・。

 だってね~。古武術って、“憑き物落とし”、つまり、エクソシズムまで伝承していたりする(竹内流とか香取神道流とか・・・)んですから、妖怪退治専門の武術流派があっても、別におかしくはないんですよ。

 確か、『さくや妖怪伝』って、そんな話だったような気がするけど・・・?

 対妖怪の法術を駆使していた連中でも勝てない、物理的に強力な妖怪が出てきて、これに対抗するには物理的に戦える武術も必要になった・・・みたいな話だったら、面白いアクション・ファンタジー作品がいくらでも作れると思うんですけどね。


 まあ、それはともかく、『GARO』という一級のヒーローを生み出した雨宮慶太監督の今後に期待したいですね。できたら、ゴジラを復活させて欲しいな~。

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ちょっとは社会貢献もしなきゃ~

・・・なんて、スコーレの創立記念大会に行って、思うようになったんですが、はてさて、私に何ができるかな~?

・・・とか思っているうちに、11月の本部道場稽古会ですが、矢嶋師範代が仕事で来れないとメールが来て、「いつも、矢嶋さんが来れないと他の人も来れなくなるんだよな~」とか思っていたら、案の定、北島師範も仕事が長引いて参加できませんというメールが届きました。

 前回は俳優のCさんだけだったんですが、確か、舞台公演が近いと言っていたので練習があるんじゃないかな~?と思っていたら、やっぱり、来れなかったみたいです。

 大石教練は、最近、仕事先が遠くて木曜日は全然通えていないので、やっぱり来ないだろう・・・となると、今日は独りでやるしかないかな~と思ってメイプルホールへ出掛けました。

 正直、都内近郊で、これだけの広さの道場はほとんどないと思うんですけれど、やってることがマニアック過ぎるせいか、相模原近辺で入会したいと言ってくる人が、この一年でほとんどいません。

 隔週でやっているのがネックなのかもしれませんが、毎週やれば増えるか?というと、そうとも言えない気がします。

 まあ、これだけ広いと武器術関係が何でもできるので、私自身の技の研究には絶好の場所ですからね。

 今日び、公園で木刀でも振ったりしてたら通報されかねませんからね。甲野氏の信者の人が公園で模擬刀で抜刀術の稽古していて捕まったという話を聞いたことありますが、模擬刀は見た目は真剣に見える訳ですから、公共の場で振り回してたら捕まって当たり前。

 となると、居合の稽古ができるのは自前の道場持っている人だけってことです。

 東京支部も居合の稽古は鞘付き木刀でやるということで許可を貰えましたが、いやはや、居合の稽古は場所探しの点から苦労しますよね。

 そんな次第で、久しぶりに独り稽古で居合術の稽古をみっちりやりましたよ。

 スリ足で歩きながら、右手で抜き・斬り・納める・・・、左腰に差して左手で抜き・斬り・納める・・・。

 壁と胸の距離を10cmくらいにして抜刀し、離れながら斬り下ろす・・・。

 スリ足で体転換しながら抜き、後ろを斬って、そのまま回転しながら納刀・・・。

 歩みを止めないまま、抜いて斬る・抜いて突く・さらに斬る・そして納める・・・。

 自然体で待ち、仮想敵の斬撃を躱しながら抜いて斬る・右・左・右裏・左裏・・・。

 鞘付き木刀を脇差代わりにして、二天一流の五方の構えをスリ足で歩きながら次々に変化させ、仮想敵との攻防をイメージしながら跳ね斬る・誘い斬る・流し斬る・抑え斬る・挟み斬る・・・。

 二刀を操りながら振りと同時に一回転・二回転・三回転・・・。

 青木先生に唯一教えていただいた直伝の三連斬り返し・・・。

 鹿島神流基本太刀の袈裟斬りを右足前・左足前で使い分けてみる・・・。

 フィリピノカリの短棒術の動作を刀で応用してみる・・・。


 いや~、最後は腕がスッポ抜けそうなくらいで疲れました。それに、ただ振ってるだけでも下手に扱えば、柄が折れそうな感じがしましたね。

 模擬刀にしろ真剣にしろ、ちと柄を細く作り過ぎなんじゃないかな~?と思えました。


 ともかく、たまには独り稽古で思う存分、模擬刀を振り回して練習するのも、いいものです。お陰でいくつか新技ができました。


 ところで、私の住む相模原市は、日本でも有数の治安の悪い都市だという説があって、確かに殺人事件なんかが、よくTVニュースに出てきたりします。

 私は市内ではそれほど危ない目には合っていないんですが、やっぱり、ここ最近の事件の様子をニュースで視聴すると、護身術の知識とテクニックを広めることは重要だと思います。

 私も何度も助かっているし、人も助けられました。会員にも人助けした人が何人かいますし、やっぱり、知らないより知っておいた方が損にはならないと思うんですね。

「よしっ、護身術を教えるんだったら、俺にも社会貢献できるぞ」と思って、来年2月に、ここメイプルホールで護身術の講習会を開催しようと思い立ちました。

 市内在住の人達にも沢山参加してもらいたいので、参加費用は500円くらいに抑えようと思っています。ボランティアでもいいか?と思ったんですけど、賃料や宣伝(地元のタウン情報誌に載せてもらう予定)に多少、かかるし、参加する人達に危機管理の意識を持ってもらいたいので、少しはお金も取った方がいいだろうと思います。

 ともかく、人生は何が起こるかわかりません。病気・事故・事件に巻き込まれるといったことは、絶対に無いとは言えないのです。

 特に、ここ最近の通り魔的な事件や、人付き合いのトラブルでは、必ずといっていいくらい刃物が使われていますから、この凶器への対処法は日頃から考えておくべきではないか?と思いますね。

 オイオイ・・・と思うのは、刃物で人を刺しておきながら、「殺すつもりはなかった」と言い逃れする連中です。

 だったら、何故、刃物を用意して行くのか?

 刃物を用意する時点で殺意があると考えるべきです。

 居合術では、「刀は抜くな。絶対に抜くな。しかし、抜いたら必ず斬れ!」と教えられます。

 形容矛盾の極みです。

 しかし、そこには深い理念があります。つまり、「武器は最後の最後まで使わないように心掛ける。けれども、使うと決意したら絶対に相手を倒すことを目的とせよ」という理想と現実がそこに折り合いをつけて共存されるのです。

 ですから、私は斬れる刀にしか興味がないし、戦える武術しか求めていません。

 それは、すべて、必要な時に使えるという“戦いへの備え”だからです。

 警察官が拳銃を持つのは何故か? それは、市民を守るのが任務だからですよ。

 でも、事件に遭遇した時に警察官が駆けつけるまで自分が守らねばならなくなったらどうするか? まして、警察官と言えども、拳銃射撃の訓練をどの程度やっているのか? 恐らく、ろくすっぽ訓練はしていないでしょう。ただ持っているだけです。しかも相当に旧式の回転式ニューナンブM60を・・・。

 どうして断言できるかというと、私の親友が元SAT隊員だったから、警察官の射撃訓練の実態とかも聞いているからです。

 日本の警察官は、捜査はプロでも市民を護る防衛の技能は低いでしょう。そもそも、そういう訓練はしないのです。

 奇しくも弁護士が刺された事件がありましたが、何と、警察官が駆けつけておきながら、犯人と被害者を間違えて取り押さえて、そのスキに犯人が刺したという前代未聞の失敗をしたそうですが、これでは救出に行かなかった方が被害者は助かった可能性が高いでしょう。これは“業務上過失致死”になってもおかしくない。

 私なんて、凶器を持った暴漢に襲われた時には、警察官に助けてもらおうとは思いませんよ。申し訳ないし、多分、自分で戦った方が確実だと思っています。

 知らない人は、「警察官は柔剣道の黒帯で拳銃だって持っているんだから・・・」と思うでしょうが、とんでもない勘違いです。これは自衛隊員でも大同小異だと思われます。

 要するに、日本の警察官も自衛隊員も戦闘のプロと言える水準の技能は持っていないのです。リアルな戦闘経験がないのですから、それも仕方がありません。

 就職しやすいから選んだという人が多いと思いますよ。下世話な話・・・。

 だから、自分の身と家族や友人を護るという意識はあった方がいいでしょうし、それが“護身術の役割”です。

 私、以前、ストーカーされている人を助けたことあるんですが、そいつは「俺はK空手をやっている」とか言って、暴力をちらつかせて牽制していたので、周囲の友人たちも助けられなかったんですね。

 暴力をちらつかせるヤツに対するには、より強力な暴力で制圧するしか有効な対策はないんですよ。話して解らない人間、無法な人間には、そうする以外にありません。

 私は中学時代にそう悟りましたよ。法も倫理も常識もなく暴力に訴えるだけの相手には、より強力な力で制圧する以外に対処法はありません! あると言うなら、教えてもらいたいですね。

 私が能書きばっかり垂れる武道家に虫酸が走るのは、「お前は、自分が痛い思いや怖い思いをしたことないから綺麗事を言えるんだ。それに、暴力ふるわれてる人達を見たらどうするのか? 助けられない武道なんぞに価値はないんだ。バカヤロー」って思います。

 日本では拳銃は持てません。刃物を持ち歩くこともできません。

 しかし、犯罪を厭わない者、人を殺すことを厭わない者は、おかまいなしに武器を用意し平然と使います。

 だから、自分の五体を駆使するテクニックと、戦闘のリスクを少なくする戦略思考を体得して対応するしかありません。

 が、東洋には数百数千の武術が伝承されています。これらが伝えてきた技と叡知は常人が想像もつかないものです。

 私が学び得たのはその中のごく一部に過ぎませんが、護身術として用いるには充分過ぎる内容量です。うちには複数の団体を経て入会する人が多いですが、まず、私の武術に関する情報量の膨大さに唖然となる人がほとんどです。

 それを必要とする人達へ伝え広めることが、私にできる社会貢献だろうと思います。

 日時などの詳細が決まり次第、告知しますので、相模原近郊にお住まいの方、武道など全然やったことのない方、奮って御参加ください。


PS;御要望が多かったので、来年、2011年の月例セミナーも開催することに決めました。場所、料金も従来通りですが、年間前納予約の方に限り、12月中の申し込みで12回全額12万円のところを半額6万円となります。会員、及び常連受講者の方はさらに割引して5万円となります(2回分無料)。1回毎に1万円支払うより断然お安くなりますので、是非、御利用ください。また、前納予約したけれども都合で参加できなかったという方は、その旨、申し出てくだされば、未参加回数分(料金分ではありません)、本部・東京支部・横浜同好会(シダックス講座を除く)へ無料参加できることにしました。より密度の濃い武術技法が習えますので、是非、御検討ください。無論、入会を強制したりはしませんので、御安心を・・・。

PS2;次回月例セミナーは、“格闘技に活かす武術”をテーマに11月14日(日)に江古田ストアハウスでおこないます。個別の技、戦術の両面から、いろいろな格闘技に武術を活かしていきますので、御期待ください。ただし、試合で使えるかどうかはルール上の問題で難しくなるのですが、とりあえず勝つだけだったら、ナンボでもやり方はありますよ。

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お待たせしました! 游心流新DVD完成しました。

 游心流の自主制作教材DVDの最新作が完成しました!

 タイトルは、『発勁と化勁 原理と用法』です。

 最初は「発勁だけで作ろうか?」とも思ったんですが、過去に作ったものの焼き直しみたいなものにはしたくなかった(同じレベルに留まっているみたいなものは作りたくないのです)ので、「発勁を効果的に使うためには化勁とうまく組み合わせることが重要」だというコンセプトで、これをワンセットにして、原理解説と、こうした技をどう具体的に用いればいいのか?という用法について最新研究成果も交えて解説実演してみました。

 発勁を見せるだけなら、板や瓦を割ってみせるとか、でかいミットを持たせてふっ飛ばすとかやれば、「お~、強そうだな~」と、素人目には驚かれるだろうとは思うんですけれど、単に威力だけ見せてもあんまり意味がないんですよ。

 重要なのは、武道や格闘技の実践者を相手にして、いかにして制圧するか?という実用法を示さないと意味がないと思うんですね。

 正直、威力そのものは打ち方を理解すれば素人でも必要十分なレベルで出せます。

 しかし、威力だけ出せても、相手が黙って打たせてくれるなら別ですが、そんな訳はないでしょう?

 達人の逸話みたいに「牽制の一撃だけで相手が死んだ」とか、「一歩踏み込むだけで倒した」といった話は、実は威力が強大だったという話ではないのです。

 要は、「相手が防御の暇もないように戦闘意識の隙間を巧妙に突いた」という招法(技を極めるための誘いや作り、仕掛け)の有無を考えないといけない訳です。

 つまり、敵の虚を突く方法と合わせた必殺必中の戦術が重要になるのですね。

 でも、この戦術について武術愛好家は恐ろしく無知なのです。強力な発勁を素早く打てば勝てる・・・くらいの恐ろしく漠然としたイメージしか持っていない。

 どうしてか?というと、自分の技のことしか考えないから、相手をちゃんと観察していないんですね。

 プロボクサーは、相手選手の試合ビデオを見て技のパワー、スピード、スタミナ、バランスなどを総合的に判定し、欠点を見つけます。その欠点を拡大させていくような戦法をとることで有利に闘えるからです。

 プロの格闘家や、現実に戦うことを考えている武道家は、そのように具体的に戦う場合の相手の攻略法を常日頃から考えていたりするものです。

 けれども、普通に武道を習っていたり、武術を愛好している人には、こういう意識が奇妙なくらい抜け落ちてしまっている人が驚くほど多いのです。

 だから、「発勁さえ打てれば無敵だ」とか、「合気さえ体得すれば無敵だ」と、幼稚園児みたいな妄想に浸ってしまうのです。

 ところが、実際に、発勁や合気の遣い手と雑誌に紹介されている人を尋ねてみたら、本気で打ったら死ぬんじゃないか?と思えるような人物だったりする訳です。

 あるいは手品みたいなパフォーマンスばかり見せて威張る自己崇拝の度が過ぎた新興宗教の狂祖みたいな性格だとか?

 30歳になる以前の私も、そんなパチモン武術家ばかり見て、「武術界はインチキの巣窟じゃね~か?」と思ったものでした。

 が、やっぱり本物はいたんですよ・・・。私は本物の武術の達人に何人も出会えて幸せ者です。

 結局、発勁だ、化勁だ、合気だ・・・って言ったって、技であることは変わらない訳で、遣う人のレベル次第なんですよ。

 私より凄い人はいくらでもいると思いますし、口先だけでてんでできない人も大勢いるでしょう。

 だけど、明確に技術として人に指導できるように日々、工夫し続けているのは、私が今の日本の武術界でダントツだと憚りながら自負しております。

 一応、研究家としていろんな類書を読んだり映像を見たりもするんですけど、何か、よく意味が解らない。1P説明すれば解る内容を本一冊も二冊も使って解説して、それでも足りない・・・。

 何か外人の発勁動画を見てたら、延々とくっちゃべってるだけで、ついに最後まで発勁を打ってみせない・・・という、「なんじゃ、こりゃ~?」と言わざるを得ないものもありましたね。

 権威付けし過ぎてオカルトの世界にぶっ飛んでるみたいですね?

 そんでまた、そういう意味の解らない本を孫引きして本書いてる武道家みたいな人もいるから、勘違いがリフレインしていくんですよ~。

「俺の本読んで、目ぇ覚ませぇ~!」と言いたいです。


 ハッ・・・取り乱してしまいました。スイマセンッ!

 今回のDVDは、いつも稽古会で練習しているような具合に、教えている様子を収録していますので、単純に解説するより臨場感があって理解しやすいのではないか?と思います。

 よく格闘技をやっている方から、「発勁だの化勁だの合気だのと言っても、約束組手で一方的にやって見せるだけで実際に通用するのかどうか解らない・・・」という疑問の声を聞くんですが、こういう技は、約束組手で着実に使えるように訓練していかないと、いきなり自由組手で使おうとしても極めて難しいんですね。

 何でか?というと、読みと交叉法の訓練が必要だからです。それを抜いたら使えない。

 今回は、いつもの練習風景も多少、収録していますが、それがヒントになります。そのための稽古法の指針は示すことができたか?と思います。

 でも、逆に通の人しか解らない可能性もあるので、このDVDは、まったくの初心者の方は見てもよく理解できないかも知れません。

 例えば、最近、シダックスに来た合気道初段だという人は、私が目前でいろいろ重要なことをやって見せたのに、まったく何も判別できていませんでした。

 要するに、武術の真贋を区別する眼力が無い訳です。こういう人は実際にぶっ飛ばすとかぶっ潰すとか手荒な技をかけて身体で覚えさせるしか方法がないんですね。

 私のこれまでの経験でいうと、大体、三段以上くらい、10年以上の修行歴があるような人でないと判別できなかったように思います。

 未熟な人は強い弱いしか判断の基準がないんですね。その強い弱いの判断基準として段位で測ろうとするんです。

 実際、空手や柔道、剣道の場合は、実力と段位が大体はマッチしています。

 ところが、合気道、少林寺拳法や、中国武術、古武術のように型稽古が主体のものになると、段位や修行歴、大会の順位などが実力(実際の戦闘能力)と掛け離れている人も少なくないのです。

 だから、それらの武道や武術は「屑同然のマヤカシだ」と断定的に語る武道関係者もいるんですね。

 でも、これまた私の経験上を申し上げれば、試合は判りませんが、ストリートファイトのような状況に対応しやすいのは、合気道、少林寺拳法、中国武術、古武術の方なんですよね~。不思議ですね~・・・。

 結局、試合を数多く体験すればする程、ルールに則った一定の戦闘スタイルが骨身に染みていくのでしょう。よって、臨機応変に狡猾に戦うことが必要になるストリートファイトには適応しずらくなってしまう訳です。

 ここの違いを認識できないまま強いの弱いのと論じることは不毛です。

 私は昔から、試合で勝ったことは一度もありませんし、空手の組手や剣道の立ち合い、柔道の乱取りなども勝ったり負けたりで、パッとしませんでした。

 高校の体育正課で柔道を選んだ時は、柔道の先生に目をかけてもらって、そこそこ勝てたりしたのですが、でも、二勝一敗一分け・・・くらいでしたか? 昇段審査も受けてみたらと勧められましたが、柔道部員でもないので遠慮してしまいました。

 中学の時の剣道部は辛い思い出しかありませんでしたが、人生、辛い思いをした方が実になるものなんですね。今は日本刀キチガイになっているんですから・・・。

 という訳で、私の公式戦記録はパッとしないんですが(一応は、勝ち越してます)、高校時代以降、結構、武道経験者とかヤンキーとか暴走族とか、そういうタイプの連中と手合わせすることは多かったんですが、それに関しては全戦全勝だったんですよ。

 中学時代のイジメ経験で魔太郎がくる!みたいな精神構造になってしまっていたので、不良連中をサドみたいにぶちのめすのが趣味みたいになっちゃったんですかね~?

 で、何で勝てたのか?というと、“武術のやり方に拘ったから”。

 つまり、相手の隙を突く・相手を騙す・相手をはめる・相手の知らない技を使う・・・といった武術のセオリーを忠実に実行したからです。

 中にはボクシングの県大会でベスト8に入ったヤツもいましたよ。騙して勝ったけど。

 でも、これらの戦績って、強いから勝てたんじゃないでしょう? 狡いから勝てたんですよね。

 よって、そんなこと自慢しても仕方がない。従って、武術というのは上達しても何の自慢にもならない・・・と、私は思うんですね。

 私、外見が優しそうに見えるから、余計に相手が油断してくれて助かるんですわ。「お前は顔が狡い!」って言われたことありますよ。眉毛垂れてて優しそうなのに、物凄い残忍な技を平気でやるから・・・なんだそうですけど、「人の顔のことは、ほっとけっ!」って思いました。

 でも、やっぱり長くやってると、それなりに上達もするもので、最近は割りと武道関係の方々からも過分な評価をいただくことも増えてきました。

 私としては完成形には遥かに遠いと思ってるんですが、やっぱり、会員の実力が伸びてきていることが大きいと思いますね。

 要するに、「長野さんは口先だけじゃないぞ・・・」と評価してくれる人が増えてきたということです。

 今回のDVDも、そういう意味で玄人筋には、評価してもらえるんじゃないかな~?という期待感はあります。初心者には判別できなくとも、ある程度、現代武道で二段以上の実力のある人くらいが参考にしてもらえるんじゃないかな~?と思っています。

 まっ、ちょこっとだけ、誰が見てもスゲーッ!と思えるような見世物芸もやっていますけど・・・、こういうのは、仕組みが解れば誰でもできるんだということを証明したくてやってみました。

 一部映像はユーチューブにも出してもらっていますので、それを見て作品の雰囲気を掴んでもらってから御注文いただくといいのではないか?と思っています。

 限定生産ですから、値段は例によって税込み1万5千円という高めの設定となっておりますが、自主製作品ゆえ、御了解くださいませ。

 その分、新作発売記念として、御注文いただいた方には文芸社より刊行され絶版扱いとなっている『武術と生きる日々』をサービス贈呈させていただきます。

 ちなみに、この本は現在、電子書籍でのみ発売されていて書籍入手は困難であり、また値段もプレミアが付いて5千円くらいしたという話もあります。

 また、従来の『游心流武術健身法 初級・中級』『 〃 上級』の教材DVDも、新作発売記念で年内限定で1万5千円にサービスさせていただきますので、未購入の方、この機会に御検討いただければ幸いです。


追伸;新作DVDは11月14日のセミナーでも販売致します。「格闘技に活かす武術」というテーマにも沿った内容です。



※※※ 商品詳細 ※※※

『発勁と化勁 原理と用法』DVD-R 本編:1時間26分
価格 15,000円 (送料はこちらで負担致します。)

『游心流武術健身法 上級 教材DVD』DVD-R 
価格 20,000円 (送料はこちらで負担致します。)

※游心流武術健身法 上級 教材DVDは販売終了(廃盤)となりました。

『游心流武術健身法 初級・中級 教材DVD』DVD-R 
価格 20,000円 (送料はこちらで負担致します。)

※初級・中級教材DVDは販売終了(廃盤)となりました。




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スコーレ創立30周年大会

 11月3日の文化の日は、社団法人スコーレ家庭教育振興協会の創立30周年記念大会の招待を戴き、中野サンプラザに出掛けてきました。

 会長の永池榮吉先生が青木宏之先生と長年の親交があることと、スコーレの本部が私の住んでいるところから徒歩5分くらいのところにあったために、青木先生の御紹介で縁を頂戴したのが昨年でした。

 私も文京学院大学(当時は女子大・短大)の生涯学習センターで数年間、講師をやらせていただいたり、元々、教育関係のことにも関心があったので、スコーレの存在も以前から知ってはいました。

 けれども、活動の内容については今ひとつ知らないままだったというのが偽らざるところです。

 なので、今回の30周年記念大会は、スコーレのこれまでの活動内容について理解する機会ともなりました。

 それにしても、前回のパーティーの時に暑かったのでカジュアルな格好で行ったら(というか、気楽に参加してくださいって書いてあったから)、何と、参加している方々はいろんな業界の名士ばっかりで、それなりにきちんとドレスアップして来られていて、「うっひゃ~、失敗しちゃった~」と思ったものですから、今回は一張羅のWのスーツの礼服着て、靴もABCマートで買って、数年ぶりにネクタイ締めて、帽子もいつものよりダンディーなのをかぶって行きましたよ。

 ちなみに、私がパーティーとかの類いが嫌いなのは、こういう格好するのが面倒臭いってのがあるんですよ(ジャングルの王者ターちゃんか?)。

 江戸時代の名物兵法家で、勝海舟の親父の勝小吉の師匠だった平山行蔵子龍は、武器・武具には金を掛けるんだけど、ボロ家に住んでボロい着物着て野人のような生活スタイルだったもんだから、弟子が見かねて豪華な反物を贈ったそうなんですけど、次に会った時に行蔵は、「おう、ありがとうよっ! オメーのくれた反物でいい刀袋が出来たよ~」って見せてくれたのでギャフンとなってしまったとか?

 私の死んだ親父も、こんな風な性格で、着飾ったりするのが嫌いで、「男は中身が勝負だ。外見を飾るのは無能なヤツのすることだ」と言っていて、熊本県の教育関係では少しは名前が知られるくらいで紫綬褒章まで貰っていたのに、意外と偏屈なところがありましたね。もっとも、その偏屈なところは私にもしっかり遺伝してるけど・・・。


 それはそれとして、中野サンプラザに行ってみたら、物凄い人数多いから驚きました。

 誰か知ってる人がいるかと思って名刺も新しく作って行ったんですが、人が多くて全然、わかりません。案内されるまま来賓席に座って、周囲を少し見回してみたんですけどね。

 まっ、いっか?と思って、そのまま座って見ていました。

 永池会長の挨拶の後、大ベストセラー品格シリーズを出した坂東真理子さんの祝辞があったり、大倉正之助さんの大鼓の演奏とミネハハさんの歌のコラボがあったんですが、これは素晴らしかったですね~。

 これが視聴できただけでも来た甲斐がありました。やっぱり音楽にしろ踊りにしろ芸術の力は凄いですよ。私も「武術をこの域にまで高めていきたいな~」と思いました。

 それから、永池会長の記念講演がありました。

 いつも淡々とされている印象を受けていたんですが、永池会長の熱さ、烈しさが伝わってきて、ちょっと意外な印象を受けました。

 言葉は淡々とされているんですけど、言葉の奥にマグマのような熱の存在を感じるのです。世の現状に対する義憤や危機感も並外れて強く持っていらっしゃるんだな・・・と、私は凄く共感できました。

“家庭教育振興”という言葉に伴うホンワカしているだけの甘ったるいイメージがあったんですけど、永池会長には私が共感できる戦闘者の魂が潜んでいるんだ・・・という印象を強く受けました。

「日本は世界でもトップレベルの裕福な国だという点を弁えておくべき」というのは卓見だと思います。マスコミは日本の危機ばかり煽ってしまうけれど、世界にはその日の生きる糧を得ることさえできずに死んでいくしかない人達が数多くいることを知っていれば、日本に生まれたことを感謝しつつ、世界のために何かできることをやっていける日本人が育つのではないか? それを教えるのは家庭なんだという考えから、“家庭教育振興”を旗印に30年間、活動して来られた。それがスコーレなんでしょう。

 私は何の因果か武術を研究指導するようになり、流派を興して10年以上になりますが、まだ、具体的に何をどうするか?という目的、目標がありません。

 今回の記念大会に招待していただいたのも、その目的、目標を具体的に考える切っ掛けとしての縁の導きがあったのかもしれないな~・・・と考えながら、帰路につきました。

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季節外れの台風に・・・

 31日の日曜日は、関東を台風が直撃するという予報が出ていたので、「稽古はお休みにします」と前もって常連会員さんたちには伝えてもらっていたんですが、台風が外れたみたいで曇り空ながら風雨は強くなさそうだったので、横浜同好会を主宰している会員のKさんから電話があって、「是非、やってください」とお願いされたので、やることにしました。

 Kさんは50代。極真空手を長く修行していて、他にもいろんな武術を学んだりしていて、特に寸勁を体得したいと思ってうちを尋ねたのが最初のきっかけだったそうです。

 やっぱり、最初は、「約束組手ばっかりだから、こんなので闘えるのかな~?」と疑問があったみたいです。

 で、疑問持たれているのが解ったので、セミナーの時に一回、軽く寸勁入れたんですけど、その時の衝撃で「これは本気で入れられたらヤバイ。この技(寸勁)を体得できれば・・・」と思って、それから本気で游心流を学ぼうと思って入会され、ほとんど北島師範と同時期に入られたので、もうかれこれ七年くらいになります。

 普通、打撃格闘技の場合は、打撃を打つためのタメと距離が必要になりますが、寸勁はそのどちらも必要としません。くっついたら、そのまま打てる。一発の威力が身体の内部にズーンと浸透してくる嫌な感触があって後々まで残るので、打たれた人は本能的にヤバイと思ってしまうみたいです。

 直接打撃で打たれ慣れてる人がヤバイと思う打撃・・・それは、かつて江上茂翁が「空手の突きが一番効かないことを知って愕然とした・・・」と、自らを実験体として打たせて研究した結果、工夫した“貫通力のある突き”に共通するものです。

 私は、戸隠流忍法の当て身、武道医学で学んだ真極流柔術の当て身、専門誌や専門書の技術解説、そして新体道に関する書籍を参考にサンドバッグを打ちながら研究しました。

 私の武術研究は、この“寸勁”(貫通力のある突き)から始まったといってもいいでしょう。

 20代半ばで既に基本的な打ち方は解明し、それから20年以上、多角的に研究してきたものなので、正直、発勁の打法に関しては「誰に対しても効果的に効かせられる」という絶対的な自信があります。

 基本的に貫通性のある突きが出せれば、相手の内臓や骨格に打撃力を浸透作用させることができます。よって、ちょっと打ち方を変えればダメージを持続させて後から機能障害を発生させるようなことも難しくなくなるのです。

 ハッタリじゃありません。私自身の身体を打たせて実験した結果です。

 ですから、有り体に言ってしまえば、倒すよりも殺す方が簡単だと思います。指圧師が急所にピンポイントでフルパワーで体重を掛けて指を差し込めば、普通の人間はひとたまりもなく絶命させられるでしょう(専門家はそういう急所を知っているということ)。

 発勁といっても実態はそんな感じのものなんです。拳や掌、指先、肘先などを使って威力や効果を変化させるのも、指圧のように触れてから押し込むようにするから可能なのです。武術家に整体師が多いのも、そのような理由があります。

 ですから、「そんな簡単に急所に当てられるものか」と文句を言う人もいるのですが、離れたところから狙って打つのではなく、“当てておいてから打ち込む”のですから、外れる心配はないのです。

 技のメカニズムを知らずに、通常の打撃格闘技の戦闘スタイルから考えるから不可能だと思い込んでしまっているだけなのです。

 少なくとも中国内家拳の発勁打法は、打ち方よりも“当て方”に秘伝性があって、当てられれば勝てるという認識であり、それは離隔して突き蹴りを出す北派少林拳・長拳系統の戦闘法に打ち勝つために工夫されたものとされているからです。

 月刊空手道で『オヤジの花道』を連載されているDr.ごんぎつねムッチー氏は、“達人理論にもうウンザリ”といったことで、“古武術ブーム、達人ブームの頃の本やビデオの内容に腹をたてて否定論を書いた”と率直に書かれています。

 空手家としての観点では筋の通った正論だと思いましたが、しかし、「否定している古武術方面の知識や見識が無いままでの批判はいかがなものか?」とも思います。

 確かにインチキな人物がほとんどであるとは私も思います。武術家というより“能書きタレ蔵”とでもいうべき人物ばっかりだと思いますから、ムッチー氏が義憤を感じられるのは無理のないことだとお察しします。

 しかし、武術はそんな“まやかし”の技術ではありません。呆れ返るくらい具体的で合理的な技と戦闘理論がありますし、型稽古だから非現実的と考えるのは型稽古の意味を理解していないだけと申し上げておきます。

 失礼ながら、私は武術の合理性を評価している上で現代武道や格闘技を概観すると、かなり不合理なものに思えてしまいます。「何で人を倒すために、あんなに不合理なやり方をするのだろう? あれでは元々体格があって力の強い人間しか勝てないではないか?」と思ってしまうのです。

 無論、秘伝として隠しているから知らない人には合理的な説明がつけられないだけなのです。で、合理的な説明がつけられない人達が説明するから胡散臭くなってしまうだけ。

 それに、私は“本物の達人”だと自信をもって推薦できる人を数人は知っていますから、論より証拠でしょう。達人はツチノコやサスカッチじゃなくて現実にいますから、お疑いなら紹介しますよ。その上で、心行くまで腕試しされたら納得せざるを得ないでしょう。

 どだい、武術は直に手を合わせて立ち合う以外に真相を確認する術はありません。


 さて、極真では太気拳や意拳を導入したり、他流の技術導入にも偏見が少ないですから、うちに来られる人には多いです。

 特に、指導員クラスになっている人が学びに来られるというのは、本当に頭が下がります。

 だって、極真という“最強空手のブランド”を利用したがる人もこの世界には多いですし、「極真空手の有名な師範でも私には敵わない」みたいな自己の売名に利用する品性の低劣な人物も少なからずいますでしょう?

 知らないことを勉強しようという純粋な気持ちで来ている人を利用するなんて、本当に恥ずかしいことですよ。

 20年くらい前に西野流が専門誌でバッシングされた理由もそうでしたが、私が甲野善紀氏を批判するようになった切っ掛けもそうでした。

 極真空手のベテランの人が私に習いに来るのも、卓球の選手がバドミントン習いに行くようなもんなんですから、どっちが上だの下だの言う問題じゃないんです。

 むしろ、私としては、その方たちが自身の実力を伸ばすために役立つのなら、それでいいと思っています。流派の優劣じゃなくて、個人の向上の問題ですからね。

 それに、私も「極真空手の猛者と戦うにはどうすべきか?」という研究が自然にできる訳です。お金もらって感謝されて先生扱いしてもらって、その上、研究が進むんですから、こんなありがたいことはありません。私が金持ちだったら、逆にお金払いたいくらい。

 31日の稽古は、実は、風邪が今イチ治らないのと関連して関節痛があるためなのか、古傷のギックリ腰が起こりそうな感じで(DVD撮影の時から)、あんまり動けなかったんで、それで台風直撃にかこつけて休みたかった訳なんですけど、やる気満々で頼まれては断れないですよね。

 うちの会員さんには、拳法・体術・居合術・棒術等々、武芸百般こなせるようになってもらいたいし、例えば、海外に行った時に「日本人なら武道ができるだろ?」と言われた時に、「トーゼンです!」といろいろやって見せられるようになってもらいたいんです。

 空手もカンフーも居合も合気も何でもできる日本人が外国行ったら、そりゃあもう、メチャモテだと思いますよ。『歩く東洋の神秘』に映ると思う。

 20代の頃に英会話学校のXマス・パーティで演武したことがあって、その時は今と比べたら三十分の一も実力なかったと思うんですけど、外国人講師から涙目で握手もとめられましたもんね。池田大作先生の気分だったね~。

 数年前に白州で田中泯さんのワークショップを受けに来ていたいろんな国のダンサーの人達に教えた時も、非常に評判が良かったし、その前年にやった時に受講したアメリカ人から写真撮らせてと言われて一緒に写ったんですが、後から聞いたら、その人、ハリウッドだったか?の有名な振り付け家だったんだそうです。英語しゃべれたら、仲良くなって、今頃、ハリウッドでマーシャルアーツ・コーディネーターやってたかも~?

 それでなくても、最近は武術の本を何冊も書いてDVDも出しているという実績から、武道以外のいろんな団体のイベントに招待していただく機会が多くて、芸は身を助けるって本当だよな~と思います。

 そういう経験が何度かあって、やっぱり、日本人は武術できることが世界で尊敬される条件だと思うようになった訳です。よって、私は“世界で尊敬される日本人”を育成したいんですよ。

 余談ながら、『週刊現代』で「実は凄い日本の底力」という特集記事がありました。よくぞ、やってくれました!という気持ちです。日本人はメディアの自虐メッセージに汚染され過ぎてると私も前々から思っていたんです。世界でもトップレベルの裕福で平和で自由な国に住んでいる事実をきちんと認識した方がいいんですよ。


・・・ってな訳で、余談は終わり。31日の日曜日、ドンヨリ曇った空の下、公園で練習しましたよ。

 でもね~、腰が痛いもんだから、あんまり動けなくって、こりゃ、自主練してもらっても良かったんでないの?とか思っちゃいましたね。

 ただ指示して見てるだけで金もらうのはあんまりなんで、多少、技も教えました。

 特に纏絲勁の実用的使い方については、防御に使う方法、相手の構えの隙間を突破して打つ方法、相手の突き腕を巻き込んで一瞬に倒す方法なんかを指導しました。

 こういう技は化勁の原理を応用展開させたものなんですが、無論、誰にも習っていません。俺ジナル・テクニックですよ。突き腕を巻き込んで倒す技なんて、その場で思いついてやってみたらできました。公園で見てた人達と北島師範がビックリしていましたけど、掛けた私もあまりに上手く極まったので驚きました。

 だけど、原理が理解できていれば、こういう技は応用発展させるだけなんで、理論上、無限大に技を創出していくことも可能なんですね(本当に武術は追究すればするほど、発見することがあって面白過ぎます)。

 戸隠流の初見先生がそうだし、大東流の武田惣角もそうだったんだろうと思います。

 最近は北島師範もその原理が解ってきたみたいで、空手の型の動作からアドリブで技を生み出せるようになっています。ちょっと空手知ってる程度の人が見たら物凄い達人に見えると思います。

 ところが、Kさんは、そんな北島師範との練習で北島師範の巨体を化勁を使ってクルッと巻き落として尻餅つかせたり、この日は“開眼”したような技の冴えを見せています。

 DVD撮影の時とか、この10月に入ってから、何だか突然、動きに切れ目がなくなって流れるように技を出せるようになっていたんですね。つまり、防御と攻撃が繋がって力をタメる動作が無くなってきたのです。

 私も「Kさんは凄い上達してるよ~」と話していたんですが、北島師範も目を丸くして、「本当ですね~」と驚いていて、この日は大石教練も気づいて感心していました。

 多分、Kさんが私に「稽古を是非、やってください」と電話して頼んできたのも、自分の中で芽生えてきた新しい感覚を忘れないように確実に定着させたいと思っていたからの様子です。

 まだ、開眼したばかりなので、技の動き、例えば構えの取り方や運足などはまだまだ粗削りで欠陥も多々あります。しかし、これから技として精錬していけば、誰に対しても自信をもって対応していけるようになるでしょう。

 結構、長くかかりましたが、ここまで来れば、後は伸びるだけだと私は思っています。

 Kさんの場合、「あなたは游心流ONLYじゃないから、横浜は支部じゃなくて同好会という形でやってください」と言っていたんですが、一番の理由は、うちの戦い方がまだ体現できていなかったというのが大きかったんです。

 相手と向かい合うと、どうしても距離をとって離れたまま突き蹴りを応酬し合ってしまう。だから、有利に闘っていても不用意に一発食らって負けてしまったりしていたようです。

 矢嶋師範代は、修行年数も北島師範の半分くらいだから、技量の点ではまだ足りない点があると思ったんですが、うちに専念しているので支部長を任命するのに問題はなかったのです。技量の足りないのは指導経験を積むことで補っていけると思いましたし、東京支部が一年続けば、北島師範や大石教練と遜色ないくらいの実力になるだろうと思っていたからです。

 それに、彼は厳しく言っても一所懸命頑張るから、私は安心して任せています。わざと厳しく言ったり(「下手糞過ぎる!」を連発)しましたから。その結果、指導の技能もある意味で私より上手いくらいだし、初心者の指導は全面的に任せたいくらいになりましたね。

 やっぱり、素直なのが一番ですよ。疑ってかかったり、一を聞いて十を解ったつもりになるような自惚れ屋さんはダメ! 人に習うなら、師を信じて黙ってやらなきゃダメ!

 でも、Kさんがここまで変わってくると、横浜同好会もどれだけ発展するか解らないし、面白くなってきたな~と思いますね。

 何てったって、天下の極真を20年以上やってきたんですから、地力が違います。

 人間、一生懸命続けてきたことは、嘘つかない。武術でも勉強でも仕事でも何でも一緒! 本気で頑張ったことは、必ずその人を支えてくれます。

 成功する人って、ひたすら努力を積み重ねてますよ。あの大天才の青木宏之先生ですらそうなんですよ。

 努力に勝る天才は無し!

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尖閣沖衝突動画ネット流出事件に思う

「あ~、こりゃあ、わざと流出させたな」と、私は思いましたね。

 だって、それしか考えられない訳ですよ。国家機密に属する資料が流出するなんか、それ以外にあり得ないですよ。

 中国に続いてロシアも日本のお人好しっぷりに付け込んできて、日本は正義を示す必要が出てきた。だから、ビデオを公開したい。

 でも、「日中関係を慮ってビデオは公開しない」と宣言した以上、これはもう公には出せない訳ですから、「流出した」ということにしないと公開できないし、「流出したものはしょうがないでしょう?」と無責任を決め込める・・・とでも、いつものように浅はかな考え方をしたんじゃないかと思いますね。

 しかし、最低の事件になってしまいましたね~。

“国家機密の管理もできない阿呆国家”というイメージを広めてしまった訳ですから、余計に馬鹿にされてしまうと思いますよ。

 だから、こうなることを考えて、最初から公開しておけば良かったんですよ。下手に隠して穏便にやろうなんてするから、いかんのです。

 中国への効果的な揺さぶりは、情報公開なんですよ。中国政府が本当に恐れているのは世界の情報がどんどん流れ込むことで民主化運動が活発化してしまうことです。

 その矛先を変えるために仮想敵国として日本を悪党の国だという教育をやってきた訳ですからね。

 そういう意味では、今回のビデオの流出は損得も半々になるんじゃないですか? いくら認められなくても事実は事実として公になってしまっているんだから、中国だって下手に長引かせたくないでしょう。

 余談ですが、私が甲野氏の批判を始めた頃は、それこそ四面楚歌で酷いバッシングを受けたものでした。お陰様で“業界随一のキチガイ”だと思われていますよ。

 でも、私は“本当のことを言ってるだけ”だから、次第に旗色が変わってきました。今では、「武術について本当のことを書いているのは長野さんだけ」なんて言ってくれる愛読者も少なくありません。

 だから、本当のことだけ言っていればいいんですよ。どんなに捏造しようとしても作り話で事実は覆い隠すことはできませんからね。


 話は違いますが、警察ジャーナリストの黒木昭雄さんが練炭自殺されたという記事が新聞に載っていましたが、大変、失礼ながら、私は「殺されたのではないか?」と思わずにはいられませんでした。

 私も面識のある北芝健さんもTVに頻繁に出て警察の裏話を本に書いているうちに、雑誌で経歴詐称だとバッシングされてしまいました。

 漫画原作者でもある北芝さんは、確かにちょっとハッタリがきつい人かな~?(失礼)とは思いますが、経歴詐称という程ではないと思いますし(あの程度で経歴詐称と言われるのなら芸能人なんてどうなるの?)、人間的にも魅力的な人だと思いますよ。

 会員から聞いた話では元弟子から嫌がらせされているとのことでしたが、私も似た経験があるから同情してしまいますよ。

 愛と憎悪は表裏一体ですからね~。だから、私なんてネットでボロクソ書いてる人がいると、「俺って人気者だな~」って、苦笑しちゃいますよ。

 アイドルをストーカーするファンとか、よくいたりするじゃないですか?

 でもね~。警察の裏情報を話したり書いたりするというのは、警察からすれば目障り以外の何物でもないでしょう。

 政治家でも自殺や不可解な事故死をする人が多いでしょう? 中川さんなんて、どうも殺されたみたいに思えて仕方がないんですね。

 プロレスや格闘技イベントのプロモーターが不審死した事件とか、アイドルの自殺なんかも、どうも、不自然過ぎますよね。

 こういうのって陰謀臭がしますね。

 何か、最近、ベンジャミン・フルフォードの本が面白過ぎるもんだから、世の中、すべて陰謀で動かされてんじゃなかろうか?とか思っちゃったりして・・・。


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大刀剣市の続き・・・

 大刀剣市って、私みたいな刀剣中毒者にとっては、シャブ中患者がケシ畑に迷い込んでしまったようなもんで、「サリンジャーとかって作家(何か、小型ピストルの代名詞デリンジャーにも似てるな)が書いた『ライ麦畑でつかまえて』ってベストセラーが昔あったな~。読んでないけど・・・」なんて意味深なような何にも考えてないような妄想が浮かぶくらい“夢の市場”でしたね。

 出展してるお店も、それこそB-1グランプリ狙ってるみたいな気合が入ってるんで、他の店に負けてたまるかぁっ!って感じの“名刀”から、でも来場者が確実に買ってくれるであろうバーゲン品まで並べていて、いや~もう、刀剣博物館に行ったような気分にもなりますが、祭りの出店を回ってるみたいな猥雑さもあって、人が多くて落ち着いて見れないのだけが残念。

 古備前正恒、備前長舩長光、肥前国忠吉、来国次、和泉守兼定(ノサダと呼ばれるヤツ)、虎徹興里、孫六兼元、水心子正秀、大慶直胤・・・少し前に社会問題にもなった映画『靖国』で知られるようになった靖国刀もありました。

 最近、なんとな~く、刀の出来を観て値段の高低の判別がつくようになってきましたが、個人的に「いいな~」と思うのは新々刀が多いことに気がつきました。

 武道やっていて刀が好きな人は、必ずといって「古刀がいい」と言うんですが、古刀で健全な姿形で残っているものは、大名家なんかで大切に保存されてきたような物であって、一般的に我々のような武術愛好家が入手できる数十万円程度の物となると、大抵は末古刀の数打ち物で、傷があったり焼け身だったり、何度も研いで研ぎ減りしてしまっているため、実用刀になるものは少ないと思うんですよ。

 第一、経年劣化しているから刃紋なんかもぼやけてしまっていたりして美的に優れた物は少ないんですね。

 だから、最近は現代刀の出来の良い刀もいいな~と思っていたりしたんですが、幕末期に作られた新々刀は、武的実用を考えて作られながら、百年ちょっとしか経過していないので鉄味が明るく冴えた物が多いように思います。

 市の関連開催で、坂本龍馬関連の幕末期の新々刀の展覧もあって、青木先生と青木先生の書道のお弟子さんの御婦人と一緒に観たんですよ。

 ここで改めて新々刀の素晴らしさに唸ってしまいましたね~。

 水心子正秀、左行透、山浦真雄(源清麿の兄)、大慶直胤、細川正義、固山宗次といったそうそうたる顔触れの名刀が並んでいたんですが、中でも青木先生は、栗原信秀の刀に目を止めて、「いや、これはいいな~。素晴らしいな~」と絶賛されていました。

 私も、信秀と大慶直胤の刀が気に入っていたので、「やっぱり、青木先生もこれがいいと思いますか~」と、日本の武道界を代表する大名人の見識と近かったことが嬉しかったですね~。

・・・っていうか、やっぱり、良いものは誰が見ても良いと思うものかもしれませんが。

 ちなみに、栗原信秀は、源清麿が自刃して果てた後に、亡師が注文を受けたまま金だけ貰っていた(酒代に消えた)注文刀を必死になって代打ちした弟子の一人で、清麿の作風を最も良く受け継いでいたと評価されています。

 世の常として、奇才と呼ばれるような優れた才能の持ち主は性格に難点があったりするものですが、源清麿はまさにそんな奇才の典型だったようです。

 放蕩無頼の限りを尽くして兄(真雄)やパトロン(窪田清音)に散々、迷惑をかけまくり、女たらしで大酒呑みで・・・といった破滅型の典型的な男。それが清麿だったようですね。

 これは、信秀同様に亡師の代打ちを務めるハメになった清人が、刀の茎に“名人は酒と女が好き”みたいなボヤキ文言を入れたくらいなので、そりゃあ、よっぽどひどかったんでしょうね。

 それは作品にも現れて、空前絶後の名作を打つかと思えば凡庸な作品も打ったりするというムラッ気のある刀工だったそうです。

 自刃して果てたのも、アル中で身体を壊して思うように刀を打てなくなったことに絶望して発作的に自殺したというのが真相のようです。

 何だか、アマデウス・モーツァルトみたいな感じもしますね。すると、清麿と“四ツ谷正宗”の称号を競ったという固山宗次なんて、さしずめ宮廷作曲家のサリエリってとこですかね?

 日本刀の代名詞である相州伝の確立者、正宗は、人格も優れた人物だったとされますが、その正宗をもしのぐくらい刀剣界で人気が上がっている清麿は、このような困った性格だったそうです。

 けれども、こういう人間臭い性格だからこそ人気が出たのかもしれませんね~。

 私も、人格者タイプの人は話していてもつまんないし、武道の世界は、皆、妙に人格者ぶるから、どうもね~・・・話の合う人が少なくなるんですよ。

 まあ、一言で言って“お笑いが足りない”よね。

 もっとも、私が言ってるのはユーモアセンスとか心の余裕、気遣いを言ってる訳なんで、単なる礼儀知らずな問題発言を連発するような人間は嫌いですよ。

 知人の道場を尋ねた時に、そこの道場生が睨んできたので、「ちょっと、技見せてあげましょうか?」って言って、バッカーンと平手でぶっ叩いたことありますよ。

 余談ですが、会場で青木先生がお知り合いの秘伝の編集者の方がある中国武術の有名な先生と一緒に来られていて、青木先生が名刺交換された時に私も紹介してくださったので、不躾ながら名刺交換させていただきましたよ。

 でも、この業界の方は私の悪名が轟いている(業界のタブーをバンバンばらしてしまうキチガイというような噂)のを聞いている筈なんで、何か、軽く引いているのが判るから、逆に申し訳ないな~とか思っちゃうんですよね~。

 まあ、私は、狭い業界なんで毒にも薬にもならない小物扱いされるより、いっそ狂人扱いされて恐れられる方がポジション確立できるから光栄だと思ってて、悪口言われてもヘラヘラしていられるんですけど(目の前で言ったらどうなるか、実験してみますか?)、“業界ナンバー1の危険人物”だと思っている人間を紹介された相手は嫌だろうな~とか思っちゃうんですよね。

 それにしても、こんなに気を使ってくださる青木先生には感謝してもし過ぎることはありませんよ。

 これまた余談ですが、クエストさんのDVDの印税支払い明細書が届いて、いつもより妙に金額が高いので、「アレッ? DVD出てから一年も経過しているのに、何で、今回はこんなに貰えるのかな~?」と不思議に思って、明細書をよく見たら、何と! 剣武天真流DVDの著作権印税も企画料金額と同じ率で振り込まれていたんですね。

 いや~・・・実は、業界で悪名が轟いている私の名前が出たりして青木先生に御迷惑がかかったりしてはいかんと思って、「名前も出さないでください。お金も貰えません」と制作担当者に言っておいたんですよね。

 ほら、よく有名人がヤクザと付き合っていると「黒い交際が・・・」とかバッシングされたりするじゃないですか? 私はヤクザじゃないけど、業界で問題人物視されているのは事実ですから、私とかかわった先生方に御迷惑はお掛けしたくないと思っちゃうんですよね。空手道と合気道のDVD付き教本の原稿書いた時もペンネーム使ったし・・・。

 私は自分なりの使命感で、「誰かが悪党になっても本当のことを書いていかないと武術の世界はダメになってしまう」と思ってハラ括ってやってきたから、他人に何と評価されようが構いません。

 だって、他人の評価なんかより“自分の矜持”を頑固に死守して生きる人間の方がカッコイイでしょ? 田中泯さんなんて、本当にメチャクチャ、カッコイイもんね~。日本で一番、カッコイイと思うよ。映画で見た時も思ったけど、実物に会ったら、もっと思ったよ。

 やっぱ、男はあ~でなくっちゃ、ダメでしょ?

 だけど、やっぱり、お世話になった先生方に迷惑はかけたくないんですよ。

 でも、「名前を出さない訳にはいかない」という社長さんの鶴の一声でDVDのジャケットには“協力”ということで私の名前も書いていただいています。これは納得しました。

 しかし、これだけでも恐れ多いと思っていたのに、まさか、企画協力分の印税まで頂戴するというのは・・・と、会社に電話して御辞退しようか?と思ったんですね。

 でも、やっぱり、社長さんが筋を通すのがビジネスの鉄則という信念で振り込んでくださったんだろうな~と考え直して、有り難く頂戴することにしました。

 思えば、私が武道マスコミから締め出しを食らっていた頃に声をかけてくださった中のお一人がクエストの社長さんでした。

 武道の映像出版業界では、印税不払いで裁判闘争になったとか、制作費まで先生に出させたとかいった話をよく耳にしていたし、正当な報酬を払わずに趣味的な仕事をやらせていたといった事柄が普通にありました。「金のことをゴチャゴチャ話すのは見苦しい」と思う武道家が多いからか、それでも大した問題にならずに業界内の常識みたいになっていたのです。

 改めて、いい会社とご縁をいただいたな~と思うばかりですし、剣武天真流DVDの売れ行きも良いみたいで安心しました。やっぱり、良い物は売れて欲しいですよね。

 11月19日には、ついに私の恩師にして、交叉法と読み、そして武術を学ぶ者の心得るべき事柄について教えていただいた小林直樹先生のDVDも出ます。是非とも、一人でも多くの方に見ていただきたいと思っています。

PS;ユーチューブの動画に、9月の型の研究セミナーで指導している様子を撮った映像をアップしてもらっていますので、御笑覧くださいませ。今度は私も中国武術や居合の技など、いろいろ実演しております。参考にしていただければ有り難いです。

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著者プロフィール

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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