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陰謀論信じ過ぎも心身に毒だよ~

 何か、冥府魔道の汚れライターである私でさえビビッてしまうくらいだから、普通の神経の人達には軽くPTSDみたいになっちゃってる人が随分、いるんじゃないかな~?と思う今日、この頃・・・。

 セミナー参加者や会員の中にも不安を訴える人がいまして、私は「男なら、そんなビビッてんじゃねえよっ!」とか、一発、気合を入れてやろうと思ったりして、「あっ、この人、女性だった・・・」とか、はたと気づいて、うむむ~っと考え込んだりしてま~す。

っつ~か・・・、天災はどこに居たって、巡り当たる時は運命ですからね~。

 そんなもん、イチイチ心配してたってしょ~がないでしょ?

 もうね~。地震の影響で深海からメガロドン(全長20m近い古代鮫)やジャイアントオクトパス(全長30m級あると言われるウルQに出てきたスダールみたいな巨大蛸)が出現したって、もうビックリしませんよ。

 何かね~、この世の中、どんな冗談みたいな事件が起こっても、不思議じゃないような気がしますね?

「宇宙人が地球を助けにやってきました!」って、ヒトデ型宇宙人のパイラ人(『宇宙人東京にあらわる』より)が現れても、「あっ、そうですか? ありがとうございますっ」って、普通に言いたくなりますね。

 何たって、阪神大震災級の余震がポンポン起こるなんて、何ちゅうこったい?と思いませんか? ムチャですよね~。日本沈没が本当になるのか?ってぐらいの勢いだから、精神的に参るのも解るんですけどね・・・。

 でもね~、何か、やっぱり出たか?と思ったのは、今回の巨大地震も地震兵器によって引き起こされたという陰謀論ですが・・・。

 おいおい、ちょっと待ってくれって言いたいですね~。

 何々? プレートの境目の活断層に爆弾仕掛けて地震を発生させた?っつ~の?

 ちょっと、待て!

 活断層の正確な位置をどうやって探知する訳?

 巨大な割れ目とかにでもなってんの?

 いや~、なってないでしょう。だって地上にも活断層ってあるけど、日本列島に亀裂とかないじゃない。よっぽどの専門家でないと正確な位置は判らないでしょう。

 だから、深海にあるプレートの境目の活断層に、どうやって爆弾仕掛けるの?

 地上なら、まだ解らなくもないけどね~。

 そして、これだけプレートを動かすには、どのくらいの爆弾の衝撃力が要るのか?

 水爆の一発や二発じゃ足りたいと思いますよ? しかも、福島沖から千葉沖までの広範囲にどれだけ仕掛ければいい訳?


 ねっ? 冷静に物理的な可能性を考えてみれば、到底、できる道理がない。


 私は、陰謀論の類いの本は20歳くらいから読んでいたんで、最近のベンジャミン・フルフォードの本なんかも楽しく拝読してますけどね~。

 全部が全部、嘘だとは言わないですけど、「おいおい、そりゃ~ないでしょ?」とツッコミ入れながら読むのが正しい読み方だと思ってますよ。

 要は、信じる信じないの判断しかできないのは大の大人として社会性が欠けるってもんですよ。

 もちろん、陰謀論なんか百パーセントあり得ないとも私は言えません。

 だって、メディアに出てくる情報って編集されたものであって、真実を的確に表現していることの方が少ないのは、出版業界に携わっている人間の一人として見聞してきている訳ですからね。

 だからといって、「真実はメディアには出てこない」とも言えない。完全なフィクションの中にもリアリティーを求めるのはクリエイターの本能ですから、多少なりとも真相に近い創作があったりする訳です。

 よって、情報の中には嘘も含まれ、そのパーセンテージを吟味して判断していく客観的知性が必要なんですよ。

 情報を鵜呑みにするのは馬鹿者だけですよ。

 現代は情報社会だと言われているけれども、情報というのは基本的に発信された瞬間から捏造が含まれるという達観も必要です。

 これは情報に振り回されないための“危機管理意識の問題”なんですね。

 今回の福島原発事故に関しても、「この程度の放射能は恐れる必要はありません」と言う識者の弁は、鵜呑みにはできませんね。

 かと言っても、必要以上に恐れても益するものはありません。

 陰謀論によって意図的に引き起こされた事故だとするならば、それが一体、誰の得になるのか?

 ならないでしょう? 誰の得にも・・・。

 原発の危険性をここまでアピールすれば、アメリカやフランス、ロシアといった原発に頼ってる国で原発反対運動が強まってしまってマイナスにしかならない。それでは原発で儲けることができなくなるじゃないですか?

 仮にアメリカが日本を完全に支配するためにエネルギー政策の実権を握ったとしても、明らかに原発を増やすのはもう無理ですよ。いくら必要だからと言っても、どの市町村だって、これだけ危険だと判明した原発の設置を許す筈がありませんからね。

 金で解決しようにも生活圏を奪われかねないのでは話にならないでしょう?

 もう、これまでのような原発推進のプロパガンダは通用しなくなりますよ。

 歴史に「ヒロシマ、ナガサキ、フクシマ」って刻まれてしまったんだから、この先、イバラキ、シズオカ・・・と繋がっていく危険性は除かなきゃいけない。

 だから、儲けに繋がらなくとも、原発は縮小していって風力、波力、地熱、太陽光といったエコ発電を推進するしか道はないし、あるいはゴミの焼却で発電するとかいった循環型も工夫していくべきでしょうね。

 そして、日本がこれまで無視していた海水のマグネシウムを利用する発電なんかにも本腰を入れるべきでしょうし、今回のような事故に対応するためのロボット工学にも力を入れる必要がある。

 もっと言うと、安全な筈の日本でもこれだけの危機が潜んでいるという事実を鑑みて、国の防衛システムも災害やテロに対する準備をしなくてはならないでしょうね。

 こういう諸々のことを考えるべき時に、菅降ろしの政局紛争がまたもや始まって、揚げ句に小沢さんを担ぎ出そうとするなんて、民主党はどこまで馬鹿なのか?と、私は正直、呆れてしまいましたよ。

 菅さんがベストとは思わないけれど、例えば鳩山さんと比べれば遥かにマシだろうし、小沢さんのように「私には策がある」とか考えもないのに態度だけ強気なのと比べても、まだマシなんじゃないか?と思いますよ。

 菅降ろしの世間の論調は、問題の根源を菅さんのダメっぷりに矮小化してプロパガンダしているメディアの報道姿勢にあると思います。誰かをスケープゴートにしなければ感情的に収まりがつかないだけ。

・・・と言うか、今のこの状況を総理をとっ代えれば解決が早まると考える方がお目出度いんじゃないですか? もうちょい、頭冷やせと言いたいですね。

 仮に小沢さんに代わったとしても、恐らく、小沢さんが強引にいろいろ指示した結果、より事態はややこしい問題が出てきて、焦った小沢さんが暴言吐いて(この人、とんでもない暴言吐くじゃないの)問題が大きくなり、野党から「小沢さんの金の問題」がまた出てきて、どんどん混乱が深まるだけだと思うけどね。

 だから、混乱がより深まるだけなのが見えてるから、今は総理代えとか考えるべきじゃないでしょう。

 大体ね~。避難所で叱られてる菅さんの様子をニュースで流して見せる前に、よ~く、考えてみたらいいんですよ。

 原発推進したのは自民党じゃん?

 避難所に謝りに行くべきなのは、原発を推進した当時の自民党の皆さんであって、菅さんはよく我慢して謝っていたな~って私は思いましたね。

 私がああいう具合に言われたら、「俺がここに原発作らせたんじゃないんだよ! 俺も一所懸命、事態を改善するにはどうすればいいのか?って必死でやってんだよ。皆、頑張ってるんだよ。自分だけ被害受けたみたいに言うなよ!」って、怒鳴って泣いて暴れてるかもしれませんよ。

 私だって、自分が全然悪くないと思いながら、頭を下げて回ったりしたこと、何度もありますよ。腹の中ではハラワタ煮え繰り返っていても、グッと我慢しなきゃならないことが男の世界にはあるでしょ?

 だから、私は菅さんは偉いな~と、素直に思いますよ。こんな無茶な事態に遭遇してあれだけやれてるのは本当に立派ですよ。

 安倍さんの時を思い出してみてくださいよ。もうイジメられっ子みたいな顔してたじゃないですか? 今、安倍さんが総理だったら、とっくにストレスでぶっ倒れて入院してると思いますよ。

 小沢さんでもどうかな~? ああいう剛腕と言われている人ほど、自分の思い通りにならないとダメなんじゃないかな~?という気がします。

 じゃあ、谷垣さん? 最初からリーダーの器があるとは思えない。

 まあ、誰がなってもメディアの標的になって精神的に追い詰められるのが判り切ってますね。

 強いて陰謀論と言うんだったら、メディアの報道の仕方があまりにもサディスティックである点こそ指摘すべきかもしれませんね・・・。

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『子連れ狼』後半に泣け!

 若山富三郎先生のエクストリームな殺陣アクション・スキルにJJサニー千葉も脱帽する『子連れ狼』六部作の後半三作がチャンネルnecoで放送されます!

 とにかく、観なさいっ!

 話はそれからだっ!

・・・って、終わってしまったら話にならないので、少々、解説を書いておきましょう。

 そもそも、何故、若山先生が『子連れ狼』に主演するに至ったのか?というと、劇画連載がスタートしたばっかりの頃に、これを読んだ若山先生がポン刀持参(何故?)で、原作者、小池一夫先生の事務所を訪れたそうです・・・。

 いや、別に殴り込みに来た訳じゃありません。

 小池先生に会うなり、若山先生は、「この劇画を俺に演じさせてくれ!」と頼んだそうなのです。

 しかし、小池先生は、劇画がスタートしたばっかりで、人気が出るかどうかも判らないし、荒唐無稽な設定の劇画が映画になるのだろうか?と思って渋ったそうです。

 また、「仮に映像化したとして、若山さんの体型でうらぶれた刺客である拝一刀のイメージは、いくらなんでも無理があるだろう。どうせなら、天知茂みたいな感じが・・・」と思ったところ、敏感に小池先生の心を読んだ若山先生。

「お前、俺が太ってるからイメージに合わないと思ってるんだろう?」と言うと、庭先に出て、持参したポン刀を腰に差したまま、ピョ~ンとトンボを切って、すかさず抜刀して見せたそうです。

「どうだ!」と、ドヤ顔をする若山先生・・・。

「わかった。わかった・・・。この役は若山さんにあげるから・・・」と、流石の劇画界のカイザー小池先生も、申し出を受けたのだそうな・・・(っつ~か、断ったら、そのまま斬られそうな勢いだったらしいです)。

 かくして、原作者から脅迫紛いに映像化権を得た若山先生は、役に成り切るために厳しい節制で若干のダイエットをし、冥府魔道を歩く拝一刀に身も心も成り切って作品に臨んだのでした。

 その結果、第一作『子連れ狼・子を貸し腕貸しつかまつる』は、劇場公開されるや熱狂的な支持を得て、併映された人気作『座頭市』よりも人気が出たくらいとなり、続く『三途の川の乳母車』死に風に向かう乳母車』・・・と、次々に公開され、劇画ブームをけん引したのでした・・・。

 しか~し・・・劇場版のヒットからTVシリーズが製作されることになった時、当然、主役は自分だと思っていた若山先生でしたが、主演は萬屋錦之介となりました・・・。

「おのれ~。錦之介と俺と、どちらが拝一刀に相応しいか、真剣勝負で決めてやるっ」と、役柄が乗り移ったかのように激怒した若山先生は、真剣をひっ掴んでヨロキンのところに乗り込もうとし、それを実弟の勝新が必死になって「兄ちゃん、やめてくれ~っ!」と、『続・座頭市物語』みたいに縋って止めた・・・という都市伝説もありますが、多分、本当だと思います・・・。

 実は、私も何回か、「おのれ~、~~~~め~。素っ首、叩っ斬ってやるっ!」ってなったのを周囲の人から必死になって止められたことあるんで、よく解ります・・・。

 で、TVシリーズの主演がヨロキンになったことから、その後に若山先生主演で、同じく劇画原作の『唖侍・鬼一法眼』が放送された・・・という経緯があったそうです。

 しかし、自分の一世一代の当たり役となる筈だった『子連れ狼』は、ヨロキンの代表作として世間的に認知されてしまったことへの深い絶望感からか、若山先生は、その後、一切、『子連れ狼』については語らなくなってしまっていたそうです・・・。

 だってね~。ヨロキンには、“宮本武蔵”や“柳生但馬守”や“破れ傘刀舟”というあまりにも有名な当たり役があるんですから、子連れ狼は若山先生にあげて欲しかったな~と、私は思うんですね。

 近衛十四郎には“柳生十兵衛”“月影兵庫”“花山大吉”という当たり役があるし、千葉真一にも“柳生十兵衛”“服部半蔵”という当たり役があります。

 高橋英樹にも“桃太郎侍”や『三匹が斬る』の“殿様”が、マツケン(松山ケンイチじゃなくて、松平健ね)にも“暴れん坊将軍・徳川吉宗”が、正和サマには“眠狂四郎”や“若様侍”や『乾いて候』の“腕下主丞(かいなげもんど)”が、里見浩太朗にも“長七郎”や“助さん”や“黄門様”や『大江戸捜査網』の“隠密同心・伝法寺隼人”が、渡辺健にも“斬九郎”があります。

 若山先生の弟である勝新にも“座頭市”という唯一無二の当たり役があります。

 でも、若山先生の時代劇キャラクターというと、“賞金稼ぎ・錣市兵衛”と“鬼一法眼”くらいで、どちらも、私のようなディープなマニアしか知らないマイナーな存在です。

『子連れ狼』のTVシリーズに主演していれば、間違いなく若山先生の一代の当たり役になっていたでしょうに・・・。あ~、おいたわしや・・・(泣)。


 そんな不遇な時代劇役者であった若山先生の幻となってしまった超傑作時代劇『子連れ狼』シリーズですが、今こそ、見直し再評価されねばなりません!

 まるで宇宙刑事ギャバンのように砕石場で柳生軍団と戦う若山先生の香港武侠映画みたいな空中殺法が拝める『子連れ狼・親の心子の心』。

 前作で「絶対、死ぬな・・・」と思える深手を負っていた若山先生がピンピンして登場し、フンドシ一丁でドロップキックをかます『子連れ狼・冥府魔道』。

 外人が観たら、絶対ホラー映画と勘違いする(タイトルは『ショーグン・アサシンVSニンジャ・ゾンビ』ってなるね)であろう『子連れ狼・地獄へ行くぞ!大五郎』。

 いずれも超・大傑作アクション時代劇です!

 ちなみに、一作毎にバージョンアップしていく高機動戦闘乳母車(なんじゃそれ?)に搭載されてるマシンガンですが・・・「いくらなんでも、こりゃ~ないでしょ?」と思っていたら、なっ、何と! 実際に江戸時代の天才発明家である鉄砲鍛冶一族出身の国友一貫斎が発明した二十連射できる火繩銃があったんだそうで、古式銃の本を読んでて発見した時は、「えぇ~? 本当にあったの~?」って、わしゃ~、たまげましたよ。

 流石は、小池先生。スンごい博識ですね~。

 しかし、やっぱ、武術研究家としては火繩銃も一丁くらい持っとかないといかんかな~?と思う今日、この頃です・・・。

 ちなみに火繩銃みたいな古式銃って美術品扱いされてるんで、登録証があれば持てるそうですね。無論、ちゃんと撃てるんですけど、実際に撃つ場合はライフル射撃の免許が要るんだとか? 何か、銃刀法ってのも何だかな~・・・?

 できたら、今年中に海外に射撃ツアーに行ってこようかな~?と思っちょります。

 それまでエアガンで練習しとくか~?

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世界一の早撃ち名手にビックリ・・・

 ディスカバリー・チャンネルで、『スーパーヒューマン』という超人紹介番組を見ていて、「世界一の早撃ち名手」として、ボブ・マンデンという人が登場していました。

 世界一の早撃ちと言うと、ガンマニアの間では、セル・マーク・リードが有名ですが、ボブ・マンデンという人の名前も以前、TV番組で見た記憶がありました。

 正確な早撃ちタイムは明かされなかったんですが、0.1秒もかからずにホルスターから抜いて撃って、もう一発撃つ・・・しかも、それで3mくらい離れたところの二つの風船を撃つ・・・というムチャクチャな技をやってみせるんですから、もう茫然となりますね。

 二発撃ってるのに銃声が一発しか聞こえないんです。

 使っていた拳銃は、西部劇に登場するコルト・シングルアクションアーミイ.45で、撃鉄のレバーが高い位置になっている外は、外見上判る改造はされていません。

 ホルスターも早撃ち(クイックドロー)用のものではありましたが、それほど特別に改造されているようには見えませんでした。

 そして、撃つ時のフォームも、ほとんど突っ立ったままから無造作に抜いて、腰溜めのヒップシューティングで撃って、数m先の的に恐ろしいくらい正確に当てています。

 ただ早く抜いて撃つだけでも難しいのに、腰溜めで撃って的に正確に当てるというのは、射撃術の概念から超えているんですね。

 実在のガンマンでは、ワイルド・ビル・ヒコック、バッファロー・ビル・コディ、ジョン・リンゴー、ワイアット・アープ、バット・マスターソン、ビリー・ザ・キッドとかいますし、ガンマン役者にも、クリント・イーストウッド、ジュリアーノ・ジェンマ、アラン・ラッド、テレンス・ヒル、フランコ・ネロとかいます。

 架空の存在でもゴルゴ13や次元大介、荒野の少年イサムとかいますけどね。

 現代のコンバットシューティングの世界でも伝説的な名手はエド・マクギバンとかいますけど、このボブ・マンデンって人は何か神業過ぎますね~。

 町井勲先生の居合斬りを見た時を思い出しましたよ。


 居合と言えば、ナンちゃんのMCで始まった『ヒルナンデス』で、女優の平愛梨さん達が体験するシリーズで、殺陣の高瀬道場の多加野詩子先生の教室が紹介されていました。

 最近、超天然ボケ・キャラが判明してバラエティに引っ張りだこになりつつある平さんですが、『20世紀少年』での男前な役柄のイメージがガラガラ崩れて、もはや女優は無理なのでは?という杞憂を吹き飛ばすように、殺陣の演技は抜群のセンスを見せてくれました。やっぱ、女優だな~と感心しました。

 ところで、竹光の刀って400gくらいなんですね? 以前、つばさ基地で秋本さんに持たせてもらった時は、あまりに軽くて私なんか逆に構えづらかったんですけど、刀とか木刀とか持ったことない女性には丁度、無理なく振れるくらいかもしれません。

 真剣だと、大体、1000g足らずくらいかと思います。

 私は、重くてデカい刀を稽古で使ってるんですが、青木先生に差し上げた小宮四郎国安は1.5kg近くあったそうです。予想していたより重かったんだな~と思いました。

 今、私が使ってる2尺7寸の剛刀は、それよりはっきりと重いのが判ったので、多分、1.6~1.7kgはあると思います。いや、ひょっとすると2kg近いかも?

 真剣で100g違うと感覚的にはかなり違うんですよね。

 あとは重心のバランスの問題で、扱いやすくなったりもします。

 先日、青木先生から砥石セットをプレゼントしていただいたので、金ができた時に研ぎに出そうと思っていた3尺2寸1分の大太刀の研ぎをまた再開しました。

 研ぎに出したら20~30万くらいするので、自分でできるんだったら、やった方がいいよな~?と思って、再挑戦しています。もともと居合の稽古用に作った刀なので、せっかくだから稽古向きに鐔も喰み出し鐔につけ替えてみようと思って、ダイヤモンドヤスリでジョリジョリと茎の入る穴を地道に広げて(こういう作業が地味に疲れる)、装着してみました。

 以前は重心バランスを取るために大きくて重い鐔を装着していたんですが、これは2尺7寸の刀につけ替えています。

 鐔が大きいと長大な刀を抜く時に邪魔になってしまうんですね。鐔が無いくらいで丁度いいんですが、それだと掌が滑って刃で斬る危険性もあるので、一応、小さい鐔を装着しています。神夢想林崎流では大太刀を使うんですが、この大太刀の鐔も小さいんですよ。それに倣った訳です。

 鐔を替えると、微妙な厚みの違いで目釘穴の位置がずれてしまうものなんですが、今回はバッチリでした。

 ついでだから、目釘も青木先生に頂戴していた竹と樫の目釘用材から削り出して使ってみました。

 この刀は注文打ちしてもらう時に、割りと細かく指定していまして、目釘穴を二つにしてもらっていたんですね。

 もし目釘が折れて刀身が吹っ飛んだりしたら危険なので、念のため、二つ目釘穴にしてもらうように注文していたのです。

 試し斬りに使う刀も目釘穴は二つにしてある場合があります。青木先生に頂戴した松葉国正先生の刀も二つ目釘にしてありました。最初から試し斬り用に打たれたのでしょう。


 しかし、殺陣を見ていると、斬られた相手がウワ~ッて演技して倒れる以外は、即興で組太刀やっているのと変わらないですね。

 むしろ、ダイナミックでカッコイイから古武術の演武より遥かに美しく、楽しく、見てもやっても気持ちいい・・・。

 それに、多加野先生の体捌きのキレの見事さには惚れ惚れしますね~。今度の技芸会が楽しみだな~・・・。

 
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たまには武術談義も・・・

 シダックスでお世話になっていた楊名時太極拳講師の河原先生が、シダックス橋本駅前店を辞められるとのことで御挨拶のお電話をいただきました。

 久しぶりなので、また会ってお話しましょうということにしたんですが、河原先生のお住まいが佐原先生の道場に近かったので、せっかくなので佐原先生を御紹介して・・・ということにして、早速、お電話してみたところ、ちょうどお休みがあるとのことでしたので、18日に橋本駅で待ち合わせして御紹介することにしました。

 待ち合わせ時間に10分くらい間があったので、駅のコンコースの書店で『秘伝』を見かけたので、ざざっと立ち読みしていました・・・。

 と、ふと隣で立ち読みしている紳士をよくよく見ると、河原先生でした。しかも・・・河原先生も『秘伝』を立ち読みされていて、しばし、並んで同じ本を立ち読みしていたという訳で、笑ってしまいましたね。

 で、佐原先生と合流して近くのジョナサンに入って三人でいろいろお話しました。

 河原先生は太極拳、夢想神伝流居合術の外に合氣道もなさっていらしたので、佐原先生とも話が合うに違いないと思ってお誘いしたのです。

 佐原先生も合気道以外に鹿島神流、新陰流などの古流と、中国武術も複数修行され、武術業界内で知る人ぞ知る存在の“謎の禅僧・初心先生”にも学ばれています。

 初心先生には、八極拳の遣い手で有名な中川二三生先生、自然身法の出口衆太郎先生、刀禅の小用茂夫先生といった武術師範が学んでおられて、私はお会いしたことはありませんが、噂だけは、もう20年以上前から聞いていました。

 佐原先生の道場名である“清心館”は、佐原先生が学んだ山口清吾先生の“清”と、初心先生の“心”から採って名付けられたと聞いています。

 私が今までお会いした中でも青木宏之先生と並んで最も武張らない方なので、お付き合いさせていただけている訳なんですが・・・。

 まあ、私は、基本的に武術家を自認しているような人とは性格が合わないし、時には、「こいつ、何を偉そうに・・・」とムカついてきてケンカになってしまうんですが、河原先生や佐原先生のような方だと素直に武術の先輩として敬意が持てる方なので、安心してお話しできるんですね。「この人、嫌だな」と思ったことが一度もありません。

 でも、本当にそういう先生は少ないですよ。武道武術の業界は、有名無名を問わず、困ったちゃんか、権威主義者か、自惚れ屋が圧倒的に多いです。

 大体、「俺は武術家だ」みたいな雰囲気を発散させている時点で、私の評価基準の中では「はい、失格!」です。

 私は第一に相手の弱点を探るのが癖になってまして、これはもうパーソナリティーとして私の性格の一部になってしまっています。

 職業病みたいなもので、人様と会うと、まず、その人が自分に対して敵意があるかどうか? 敵対する可能性があるかどうか? 敵対した場合にどう攻撃してくるか? 迎撃する場合にどこが弱点になるか?・・・といったことを瞬間的に超高速で考える訳です。

「この人は軸が左に偏ってるから右の攻撃は咄嗟に出せるけど、左はワンテンポ余計に動く予備動作が出やすい筈。だから左から制圧していくといいな」とか、パッと観て制圧する方法を考えている訳です。

 私がいろんな流派を研究してきたのも、その流派の人間と戦う時に備えて弱点を研究するのが主な目的です。この点に関しては、皆さんが想像している以上に物凄く研究し尽くしていますよ。

 だからこそ、「流派に優劣は無い」とはっきり明言できる訳ですし、私に一回でも技見せたら、その技はもう通用しないと思っていてください。見た次の瞬間から、その技の封じ方を頭の中で考えていますからね。

 例えば、10年ちょっと前に取材で高小飛先生にお会いした時、先に同行していたライターが高先生と推手をやって、吹っ飛ばされて壁に張り付いてズルズル・・・という光景を見て、次に紹介してくれた友人が、「次は長野さんもどうぞ(笑)」と言うので、高先生と推手をやらせてもらったんですが、私は飛ばされないまま終わりました。

 これは、技量の問題じゃないんです。ちょっとでも押したら、その力が跳ね返されて自分が吹っ飛ぶのが解ったんで、私は絶対に押さずに軽く腕を触れ合わせて一切、テンションをかけないようにしていなし続けたんですよ。

 高先生は、顔は優しいですけど内面は烈しいところがある方で、空手家や意拳、太気拳をやっている人達が体験に見せかけて腕試ししてきたのを軒並み吹っ飛ばしてしまったりしている方なんですね。だから、ひょっとすると、吹っ飛ばされなかったのは私だけかもしれませんよ?

 同じ時期に佐川道場の木村さんを取材した時も、似たようなことがありました。木村さんは自信満々で「君にも合気を体験させてあげよう」と言って、合気揚げを何度もかけて私はソファーの上に何度も転がされたんですが、そりゃあ、何度もかけられたら、こっちは研究家なんだから「あ~、こうやってかけてるな」って気づきますからね。

「こうやってるから、こうすればかからないだろうな?」と、その場で封じ方を考えて、「ちょっと足場を変えてもいいですか?」と聞いて、足場を確保してから合気揚げをかけてくる瞬間にスリ足で間合を保っていなしたんですよ。案の定、それだけでかからなくなりました。

 私は木村さんは悪い人だとは思わないんですが、あの自惚れ具合と他流を見下した態度や、迂闊に技を見せびらかすところとか、いくつかの点で武術家失格だと思っていますから、本やブログにもそう書いています。

 何故、そういうことを書いているかというと、木村さんが大恥をかいたら亡くなった佐川先生の名誉にかかわるからです。「何だよ、こいつの技は見世物芸だけじゃんか? 佐川先生だって大したことなかったんじゃね~の?」って思われるだけでしょう?

 だから、「お調子こいて武術の理合が見えない人達を相手に自信満々になっていたらいかんですぞ~」・・・って言いたい訳ですよ。

 技や地力だけで勝負が決まると思うのは、まともな実戦を経験したことのない人間の考え方です。万能の技なんか現実にはありませんよ。相手が合気の理合を全然知らなきゃ~通じるかもしれませんけど、世の中、そんなに呑気なヤツばっかりじゃありません。

 佐川幸義先生は、だからこそ、自分の技をビデオ撮影することを頑なに拒んだ。御自身でも「ビデオで撮ったら、気の利いたヤツなら合気の秘密を観抜いてしまうだろう。そうすると技が通じなくなるから・・・」と言われていたそうですが、流石は最後の名人と言われた方だな~と、感心しましたもん。

 実際に私が観たら、必ず技の秘密を分析していますよ。ビデオが無いから、佐川先生の合気技の連続写真から技術分析しましたけどね。

 皆、勘違いしているのは、技の感触を受けるよりも、傍らから観ている方が、力の働いている方向や力の流れが分析できるんですね。かかっていく者の力の方向や、吹っ飛ぶ方向や体勢の重心が崩れていく方向を探れば、技の秘密は極めて明確に解るんですよ。

 こういうこと書くと、「そんな簡単に解るようなレベルの低いものではない」って文句つける人もいますが、それは、その人の頭のレベルが低いんですよ。

 武術の秘伝技法って、実際は思っている程、高度なものじゃないですよ。単純な原理を積み重ねているから複雑そうに見えるだけですよ。原理が解れば、あっさりできる技が多いんです。

 考えてみたら解る筈です。何十年も修行してようやくできるようになる技しかないんだったら、修行している段階でほとんどの人が死んでる筈ですよ。武術の戦いは命がかかる訳ですから。

 つまり、技を感覚で把えようとすると、自分の主観が入り込んでくるから他人には伝えられないんですね。まして、心理操作の要素を加えると全然、解らなくなって神格化が始まってしまうんですよ。だから、技は機械的に外側に現れている現象だけを理数的に分析した方が、むしろ本質に近づけます。

 無論、身体の内部操作や意識操作に関しては判らない面もありますが、それは自分で真似して練習している中で自分自身の内部感覚として探るしか体得する方法はないと思いますね。

 で、一回できてしまえば、これをまた客観的なロジックで分析し直して人に教えて体得させてみる。それを繰り返すことで大抵の秘伝は秘密が解けていくと思いますよ。自分でできてしまえば後は簡単です。

 合気武術や内家拳法とかいった心法的要素の強い武術は、卓越した個人が現れると突然、神格化して崇め奉る傾向があります。植芝盛平・塩田剛三・武田惣角・佐川幸義・・・といった武術家を神人武道家として崇めた状況がありましたでしょう?

 技を理論的に分析する習慣を拒否したから新興宗教的な組織が構造化された訳ですよ。

 80年代半ばは青木宏之先生がそうなっていましたが、80年代後半の西野流呼吸法がこの典型だったと思いますね。その後、合気功、流道、神意拳などがメディアに登場しましたが、かつての西野流のような注目は集めませんでしたね。牛丸さんや北海道の懲りないオッサンみたいに一部の武道格闘技マニア間で失笑を買うのがせいぜいで、世間的な評価は得られていません。

 現在ではバブル期に流行った自己啓発セミナーの手法を取り入れた高岡さんや日野さんもいますが、バリバリの武道家からそうなった例では宇城さんが典型的ですね。

 こういう路線は、下手をするとカルト団体になりかねないし、成功したとしても宗教団体化するしかないから、御本人たちが思う程には世間に受け入れられないと思うんですがね~。

 そういう意味では、やっぱり柔道が“武道”であり“スポーツ”であるという点で世界中に広く普及した成功例ではあるでしょうね。嘉納先生が望んだ形だったかどうかは疑問が残りますが・・・。


 余談が過ぎましたが、佐原先生は、兵法の意識を持たれている現代では数少ない師範のお一人なので、是非、河原先生にも御紹介したいな~と思っていたんですね。

 何か、久しぶりだったので、嬉しくなって、いろいろ喋りまくって、3時間以上ジョナサンで話し込んでしまいましたが、河原先生の持たれている刀が凄く斬れるという話とか、佐原先生から試し斬りの要領(現在、研究中の片手斬り上げのやり方を口伝していただきました・・・フフッ)とかを教えていただいて、非常に充実した武術談義ができて良かったです。

 他流の特徴とか弱点とかも話し合っていたら、佐原先生は「そういうことが解らないといけないんだけど・・・」と言われるので、「いいじゃないですか? 他流の人は判らないで間違ってくれていた方が、こっちが助かるから」と言ったら笑われましたけど。

 私は武術の戦闘理論とか必殺技とか、本当は広めたくないんですよ。広まったら通じなくなりますからね。相手が知らないから一方的にかけることができる訳ですからね。生活のために指導しているから教えない訳にはいかないんですが、最近は「どこまで教えるか?」という線引きが難しいですね。

 考えてみたら、私は合気武術や剣の斬りに関しては、ろくに習ったことないんですが、佐原先生の本の取材(永岡書店刊DVD付き教本『実践合気道入門』)を通して看取り稽古を随分させていただいたと思います。

「ライターの仕事はこれで最後にしようかな?」と思って臨んだ仕事でしたが、佐原先生は合気道師範には極めて珍しいことですが、理論的に合気の技や戦闘の理合について解説してくださった訳なんですよ。これをお金もらって勉強させてもらった俺って、何てラッキー!って思いましたもんね。

 もちろん、実演解説していただいた技はすべてパクらせていただきました。佐原先生は、本で紹介した技より、現在は遥かに進められているに決まっていますから、安心して「パクりました」と言えます。

 お陰で游心流はますます合気武術っぽくなりました。公園で稽古していると「あれ、何かしら?」「さあ、合気道じゃないか?」とか言ってるアベックが通り過ぎていったりします。

 空手の良さ、合気道の良さ、古流の良さ、中国武術の良さ、東南アジアの武術の良さ、ロシア武術の良さ、ブラジル武術の良さ、インド武術の良さ・・・それぞれの良さに学んで発展させていくことで、いずれは流派のカテゴリーを離れた武術が生まれていって、世の中で活躍する人が育っていってくれるといいな~と思いますね。

PS;ほびっと村の講座の日に、ビルの前で会場が開くのを待っていた北島師範らの目前を、稽古に出掛ける青木先生が通られて、慌てて挨拶したそうでした。一緒に見かけた会員さんもナマ青木先生を見て、ツチノコ発見したみたいに感激されていました。セミナー参加者の方も講座の後で喫茶店で話していたら、「えっ、青木先生って55歳くらいだと思ってました。もう70半ばなんですかぁっ?」と、ビックリ仰天されていました。私、しょっちゅう会ってるから当たり前に感じるようになってたんですけど、確かに青木先生は異様に若いですよね。でも、新体道の人って、皆、そうですね。USA支部長は、吉田晶子先生の娘さんの倫子さんがあまりに若く見えるので唖然としてました。そういえば大井先生も20年近く前に初めてお会いしましたけど、なんか外見がほとんど変わらないですね。性格もちっとも変わらないし・・・。やっぱり新体道は細胞を若返らせる効果があるんだろうな~と思いましたね。これからまた、再評価されていくんじゃないかな~?


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初心忘れるべからず!

 ブログ読者の方からのメールを拝見しますと、必ずしも武術に関心がある訳じゃなくとも、面白がって読んでくださっている方もいらっしゃるみたいです。

 武術に関しては、私はマニアックになり過ぎてしまうので、プロの武道家武術家の方でさえ、「それは知りませんでした」と言われることが多く、ましてや普通に習っている方からすれば異世界(バイストンウェル?)の話のように感じられる場合もある様子です。

 私は、正直、自分が面白いと思うこと(映画とか)を書いているだけなので、他人様に理解して欲しいと思って書くことは少ないのですが、読んだ人に面白がってもらいたいというサービス精神だけは強いので、その点で楽しんで読んでくださっている方もいらっしゃるのだろうな~と思っています。

 これは本を書く時もブログを書く時も基本的スタンスは同じですけれど、やっぱり何事も初心を忘れてはいけないな~と思いますね~。


 計画停電も廃止になったので、16日は橋本同好会も復活し、シダックスの講座と併せると北島師範は5時間半も練習したことになりますか?

 何しろ、始めたばかりでお休みになってしまっていたので、再開してもどれだけ人が来るかな~?と思っていたら、遠方からの新規入会希望者が二名、来られていたので、なかなか賑やかにやっていました。

 北島師範も「今日は独りだけになると覚悟していたんですが・・・」と言っていましたが、新規入会者も来るかも?と思っていたので、私も最後まで居て、見学に徹するつもりだったんですが、しゃしゃり出てしまったりしましたよ。いかんいかん・・・。

 シダックスの講座では、北島師範と矢嶋師範代だけだったので、「基礎錬体は後で(同好会で)やればいいから、今日は剣をやろう」と、独己九剣を細かく指導しました。

 矢嶋師範代は、どうしても従来の武道や格闘技の概念から離れることができないためか、形や手順にこだわってしまう癖があります。

 しかし、そうかといって形や手順を正確にできるのか?というと、あまり上手くはありません(苦笑)。

 どうしてかというと、型で稽古している意味を理解しないまま、私の説明を鸚鵡返しになぞっているだけで、どうも言葉に捕らわれてしまって、私が伝えようとしている内容をあまり掴んでいなかった様子なのです。

 これは一方的に彼が悪い訳ではなくて、私の指導の足りなさという面があるので、今回は、間合と角度、正中線の感覚、体捌きの意味・・・等々をしつこく説明し、理解し体現できるまで何度も何度も繰り返しやらせました。

 武術の型というのは、稽古している意味内容と修得する目的を理解しないで何年繰り返しやっても、勝負で用いることを考えた場合、ほとんど何も体得できません。

 嘘だと思うなら、現代武道や格闘技をやっている人と“まともに”戦ってみれば判りますよ。そりゃ~もう、哀しいくらい何もできずにやられてしまうでしょう。

 この現象を「型稽古は実戦的じゃないから、実戦的な自由組手や乱取りをやっている流派には勝てないのだ」と解釈する人が多いと思いますが、これまた一面的なんですね。

 型は根本的な戦闘理論を体得させるため、つまり、理合を修得させるための稽古法であって、型の形や手順は方便でしかなく、決して“技を覚えることが目的ではない”からなんです。

 矢嶋師範代は、東京支部の稽古日の翌日に、いつも「昨日はこれこれこういう技を指導しました」と、練習内容をきっちりとメールしてきていたんですが、私は、「ふ~む、練習した技の手順を覚えているようでは話にならんな~」と苦笑しながら黙っていました。

 一所懸命、教えた内容を報告して師範代としての義務を果たしているつもりでいる訳なので、そこにケチをつけたら可哀想だと思っていたからです。

 私はアドリブで技をいくらでも創作できますが、それは理合を確実に把握しているからできることであって、理合が解らない人間には私の真似はできないでしょう。

 なので、矢嶋師範代の報告メールを読みながら、「多分、彼は本質がまったく理解できていないだろうな~?」という予測はついていた訳ですが、彼の無駄な努力も、本人が無駄だという事実に気づくまで私の方から指摘するのはやめておくことにしていました。

 一から十まで教えていたら、私に質問すれば自動的に答えは教えて貰える・・・という依頼心が強まって良くないと思っているからです。

 失敗を自覚してそれを克服していくことが本当の修行なんですね。それを避けている者は結局、ダメになってしまうでしょう。敢えて教えないのも指導の方法論として重要だと私は思っていますが、恐らく、指導者の方には御理解いただけると思います。

 彼は私が演じて見せる技をパターンでいくつも覚えようとしてしまっていたようですが、私はパターンを繰り返している訳ではなく、その場で毎回毎回作り出しているのですから、覚えられる道理がないのです。

 よって、無理なやり方を続けていれば余裕が無くなってネタが尽きてしまうのは判り切っていたのです。彼自身は、「自分は才能が無いから技のレパートリーが少なく、ワンパターンになってしまう」と言っていましたが、根本が解っていないから応用変化できないだけなのは、私も北島師範も解っていて指摘しなかったのです。

 それで、それを自覚させるために、独己九剣の最後の技“逆手斬り”は、三つも四つも別のパターンでやって見せました。真似しようとしてもできないように・・・。

 案の定、矢嶋師範代は目を白黒させて困惑しまくっています・・・。

「これもアリ、こっちもアリ、こういうのもアリ・・・さあ、やってみな」と、逆手斬りをいくつものパターンでやって見せたのは、「“独己九剣”は型の形と手順を覚えるための稽古システムではなく、理合を体得して技を創作できるようにするための稽古法」なのだということを説明しました。

 九つの型は、あくまでも基本パターンであって、形と手順を覚えてそれを繰り返していれば上達できるという単純なものではなく、「形と手順を一応覚えたら、それぞれを発展応用させることによって無尽蔵の技がアドリブで生み出せるように理合を考えながら稽古する」のが眼目なのです。

 だから、居合術で稽古してはいますが、居合術の技を覚えるためだけの型じゃなく、無刀捕りにも杖術にも体術にも空手にも応用できますし、応用することも念頭に置いて稽古しなければ、やるだけ無駄なのです。

 どうして、そんなことが可能なのか?というと、素手でも武器を持っても、根本の身体操作(骨盤主導、体捌き)と相手との関係性(タイミング、間合、角度、ポジション)というのは原理的に同質だからです。

 私は、それを理解しているから、相手に合わせて骨盤から動き、“ついでに”技を掛ける・・・という具合にやっているだけ。で、相手の攻撃技やタイミング、間合、角度などは同じ人間が使う同じ技であっても、毎回、必ず微妙な誤差が出るので、当然、こちらの対応も毎回毎回、異なってくる・・・。それが結果として違う技へ変化していく・・・という仕組みなのです。

“ついでに”技を掛けるというのが肝心なところで、最初から出す技を決めていたら、咄嗟の攻撃に対処するのは極めて困難になってしまうのです。

 パッと攻撃されたのに対して、「あっ、危ない!」と、咄嗟に避ける・・・その避ける動作を技としての“避けながら迎撃する”という反射反応運動にまで高めることこそが、武術の訓練なのですね。

 翻って説明すれば、それを神経回路に組み込むために型稽古がある訳なのですから、その目的を理解しないままルーチンワークで稽古していたら、意味が無い・・・と、こういう次第になるのですね。

 私が技の用法が比較的解りやすい高級型と呼ばれるものよりも、抽象的で単純で、一見して「どうやったら使えるのかさっぱりわから~ん」と思えるような型、例えば、新体道や太極拳や二天一流の型などが好きなのは、使い道がはっきり示されていないからこそ、応用発展性の自由度が高いからなんですね。

 例えば、那覇手のサンチン。これなんか私は沖縄剛柔流のサンチンを一回レクチャー受けただけで、用法なんか一度も習ったことないんですが、「鍛錬型だから用法は無い」とか言われていたのを無視して、上地流や源流の白鶴拳などの用法も研究していろいろ考え出しましたよ。これを拳面での打撃技とだけ考えるから解らなくなる訳で、歩型は暗腿や捌き、腕も前腕での差し手からの逆取り、交差突き、かき分け受けなどが含まれると想定すれば、多彩な実戦用法が工夫できます。

 さらに“白鶴震身”という秘伝技法の意味を考えれば、発勁力の浸透や化勁の技法が内蔵されているのは明らかです。それに骨盤をしゃくり上げる動作は、本来、腹圧の圧縮による爆発的発勁力に結び付いている筈ですね。

 ところが、沖縄空手ではそれらは秘伝扱いされて明確にされていないために、技としての繋がりが説明されていないのです。沖縄空手に関するどの本を読んでみても、この肝心と思える点について説明されていないのが、私には不満だったのです。

 だから、自分で勝手に考えましたよ。インチキだと言いたきゃ~、好きに言ってくれて結構ですよ。要は、技が実際に使えりゃ~、本物も偽物も関係ないっスよ~。

 ところで、私の型解釈の方法論の元ネタは戸隠流忍法体術です。

 戸隠流では原理的なことは教えずフィーリングで自然体得させていましたが、私は、ここに原理から発展応用していくシステムを考案した訳です。

 どうしてか?というと、フィーリングでやっていれば体得度は個人差が大きくなってしまうと思ったからですし、やはり、明確な理論構造が無いと、自分の戦闘様式と異なる他流と勝負した時に困るのですね。あるいは、目的意識そのものが明確でない人の場合、稽古を楽しむだけになって対敵技能を考えなくなる人も出るでしょう。

 戸隠流の中でも自由組手を実験的に試行されている師範もいらっしゃるそうです。偉いですね。やってみないと理屈で何を言っても意味がありませんからね。

 頭で解ったつもりでいても、技としてやって見せられなければ武術は無意味なのです。

「骨盤から動け」と何十回言ってもできない。それは言葉で解ったつもりでいても身体感覚として理解できていないから、できない・・・と、そういうことです。

 無論、いろんな団体で、「力を抜け」「腰から動け」と言っている指導者自身が自分ではできていない・・・という事例は少なからず見られることですが、私は游心流の中でそういうマヌケな事態は避けたい。

 そして、「技はできて当たり前。その上で勝負に勝てない武術では意味がない」という認識でいなければ、武術界に未来はないでしょう。実用性能の無い骨董品を有り難がってはいけません。日本刀は、どんな美しくともマキワラ一本斬れないものでは価値がありません・・・。

 どんな素晴らしい演武をやって見せても実際に戦う技能が無ければ武術としての価値は0になってしまいます。戦えないのなら、武術と名乗る必然性が無くなります。だから、私はあくまでも戦えるという点にこだわります。それを「どうでもいいじゃないか?」と言ってしまえば武術研究する意味も無くなってしまいますからね。

 単なるレクリエーションとして武術を学ぶのはもったいないと私は思うんですよ。武術を学ぶということは生きることに対する真剣さを求めるということであり、生きるために必要な時は命懸けで戦う覚悟をするという生き方の選択をするということであってこそ、学ぶ価値が理解できると思うのです。

 ところが、現在、そこまで示せる指導者が極めて少なくなってしまいました。本当にお薦めできる先生や流儀が少なくなっていますね。金儲けだけ、名誉欲だけ・・・そんな人ばっかりです。

 私だって生活のために金稼ぐ手段がなくて武術を教え始めたからデカイこと言えないんですけど、金だけが目的だったら、別の仕事やってますよ。金稼ぐのには適した商売じゃないです。才能のある人でも難しいから、武術指導で生活しようと思ってる人がいたら、考え直したほうがいいですよ~。メッチャクチャ苦労するから。


 それはそれ・・・。今回、北島師範も、仙骨を尾底骨と勘違いして覚えていたことが解って、私はちょっと目眩がしました(道理で妙に下の方を押さえていた筈だな~)。

 本にも図示していたから、まさか解っていないとは思わなかったんですが、これは他の会員もさっぱり解っていない可能性があるので、もっと根本的に生理解剖学の講義とか、そういうこともやらないといかんかな~?と思いました。

 人間、自分の関心のある分野にしか気を入れて勉強しようとはしないものですから、武道の先生でも恐ろしく無知だったり、いい加減な本の知識を鵜呑みにして語ったりする人がざらなので、「游心流は将来的に武術文化の専門学校(寺子屋?)みたいな感じにしていく必要があるかもな~?」と思ったりしましたね。

 それはそれで、楽しいかもしれないから・・・まっ、いっかぁ?

 余談ですが、剣武天真流の秋山さんから刀の拵えのやり方についてお電話を頂戴したんですが、独学で凄く研究されていて、私も知らないことを教えてもらったりしました。

 習ったことだけ覚えるんじゃなくて、自分でいろいろ研究して独自に発展させていく人が伸びる・・・というのが、どの分野でも同じですよね。

 翌日の17日は、復活ほびっと村講座の第二弾でした。お題は『必殺!太極拳』。

 健康体操として親しまれている簡化24式太極拳を分解組手で個別の技の実戦応用を教えようと思った訳ですが、まあ、そんなに参加者いないんじゃないかな~? 赤字にならなきゃいいけどな~?・・・とか思っていたら、総勢19人で結構な黒字になって助かりましたよ。

 名誉会員になってもらっているダンスカンパニーRAKUDOを主宰されている稲吉勝先生も参加されていて、具体的に指導させていただくのは初めてだったので、やる気出ましたね~。ちょうど、海外のコンクールでお弟子さんが上位入賞されたそうで、どんどん多忙になっていく中で、たまたま時間があったので参加できたということでした。

 今回のほびっと村は、予約不要なのと、月例セミナーよりずっと安いのが良かったのかもしれませんが、有り難かったですね~。

 私は例によって、今回も事前に何をやるか?というのをまったく考えないで行ったんですが、基礎錬体から太極拳へと動きの武術的意味をみっちり解説したので、結構、喜んでいただけたみたいです。

 動作の意味を理解した上で型の稽古をやっているとイメージ力が全然違ってくるんですね。知らないまま練習するのとは上達具合がまったく違ってきます。

 もっとも、技の応用法はすべて私がアドリブで考えたものです。いや、考えたと言うよりは、「こんなん出ました?」みたいなインスピレイションで勝手に技の実用が身体の内部から出てくるような感じです。この身体内部から勝手に沸き上がってくるというのが肝心なんですよね。芸術は爆発だ~っ!・・・ってな感じ?

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試練は人を成長させるために訪れる

 最近、会う人と挨拶代わりに話すのは、「震災はどうでしたか?」という事。

 何事もなかった人もいれば、身内に不幸があったと話される人もいます。

 東京は地方出身者が集まっている都市ですから、今回の震災とまったく無関係という人はむしろ少ないのかもしれません。

 けれども、こう連日連夜、余震が続いていたりすると、もう、日本のどこにいたところでどんな災害が起こっても不思議ではないな・・・と思えてきます。

 福島原発の事故も、ついにチェルノブイリと同じレベル7に達してしまったそうです。

 チェルノブイリの事故の時は炉芯溶融(メルトダウン)という言葉が流行りましたが、今回はシーベルト、ベクレル、テラベクレル、水素爆発などという言葉が次々に出てきていますが、数字や専門用語で説明され「この程度は安全だ。問題ない」と言われても説得力はあまりありませんね。

 直接死ぬことがなくても、じわじわと放射能に蝕まれて、ゆっくりと健康を害して寿命を縮める人が大量に出てしまう方が、より陰惨な気もします。

 それは広島長崎の原爆によって日本人はよく知っていた筈なのに、原発に頼ったエネルギー政策を推進してきた国の在り方は、やはり批判されなければならないでしょう。

 しかし、何事も悪い点は見えやすいですが、それは角度を変えれば好機にもなるものです。武術で言うなら交叉法の極意がそれ。相手が攻撃してきた瞬間に隙が生じるので、わざと相手に攻撃させるように構えを捨てる・・・。

 親しくしていただいている会社の社長さんは、「震災以前と以後では世界が変わってしまったような気がしますね」と言われていましたが、確かに、世界一、平和で安全で豊かな国だと思っていた日本が、こんな状況になってしまうとは夢にも思われず、また実感もわかないでしょう。

 田舎の母親や弟からも「大丈夫か? こっちに戻ってきた方が良くないか?」という電話がありましたし、地方会員や読者の方からも心配するメールを頂戴したりします。

 地震直後は会員さんも何人かすぐ電話やメールをくれていたそうです。繋がらなくて翌日になったりしましたが。

 けれども、私のところは別に大したことはありません。私は精神的にはメチャクチャ強いですから、心配無用です! 危機に陥った時こそ燃える性格なので・・・。

 住んでるマンションも地震で損傷したらしい水道管の工事をやっていたくらいで、米軍基地が近いためなのか計画停電も結局、一度もありませんでした。

 近くのスーパーやコンビニが買い占めで商品がなかなか買えなかったりもしましたが、それも落ち着きました。

 それよりメディアで明らかになってくる岩手、福島、茨城、千葉などのダメージの大きさには慄然とさせられます。全部が全部ではないでしょうが、想像を絶します。

 原発も放射能垂れ流しながらの注水作業というのは、何ともはや、かつての有機水銀、カドミウム、光化学スモッグなどの公害問題をも超える重大な環境汚染となってしまいました。

 どうも、21世紀に入ってから発生している世界中の災害やらテロやら戦争やらは、破滅的な破壊力を持って迫ってきているようにも思えます。

 ただ、決定的な破滅にならないでいるのは、人類に対する試練として起こっているのではないか?という気もしてきます。

 石原都知事の天罰発言に非難が殺到しましたが、彼の言いたいことも解らなくもないのです。被災された方々に何の罪もないのは承知の上ですが、何か日本全体に対する大きな天災のように感じられます。

 今回の大災害は、日本は永遠に安全でいられる訳ではないのだという現実を示しましたし、原発の深刻な事故は、人間に制御できるエネルギーではないという本質を教えてくれている・・・とは考えられないでしょうか?

 また、経済破綻寸前にまで至っていた日本に、これほどの大災害が発生したということは、もう経済的に何とかできる次元ではないという現実をも突き付けています。

 年金がどうした、子供手当がどうした、TPPがどうしたって・・・、そんなことを論議する余裕なんか吹っ飛んでしまったでしょう。

 今回の災害は一過性のものではなく、原発事故も含めて現在進行形なのです。廃炉は当然ながら、その処理に10~30年もかかる?のだとか・・・。

 マジかよ?と思いましたよ。どんだけ金と労力がかかるのか? 原発が金になるのは知ってましたけど、廃止するのにも莫大な金がかかるなんて、何とマヌケなことでしょう。

 こんなもの、これ以上作らない方がいいよ。「耐震設定を震度7以上にすればいい」なんか言ってるマヌケな専門家は要らないですよ。フザケンナ!

 本当にマヌケ過ぎて泣けてきちゃいますよ。専門家バカとは言うけど、本当にバカ過ぎます。

 いくら耐震設定を高くしたところで、ここまで原発がモロいという事実を世界に示してしまった以上、世界中のテロリストに狙ってくださいと言わんばかりのアピールをしてしまったんですよ。

 特に日本の原発はサブマシンガンで武装したガードマンがついてる訳でも何でもないんだし、作業員に成り済ましたテロリストが一人入りこめばレベル7の事故が簡単に起こせるじゃないですか?

 覚えていますか? オウムの地下鉄サリン事件って、阪神淡路大震災の後に起こったんですよ? これ、偶然じゃないと思いますよ。

 地震や津波は天災でも、原発事故は純然たる人災です。これ以上の被害を出さないためには原発エネルギー依存の社会構造から脱却すべきですね。戦後の経済復興で世界第二の経済大国にのし上がった日本には、世界の構造を新しく改革する使命があるのかもしれませんよ。

 それには経済システムそのものを作り替えない限り、有効な改善は望めないでしょう。

 例えば、今のこの状況で増税したとすれば、被災して収入が無くなった人達は生きていけません。それを国民全体の増税で支えようとすれば、全体がダメになりかねません。

 もう、事、ここに至っては、金を回せば何とかできるという問題ではなくなってしまっている・・・と私は考えます。

 一度、生きていくために必要なことは何か?という原点から考え直さねばならない。

 物質文明がもたらす人間の豊かな生活という固定観念から、精神文化がもたらす人間の新たな生き方を模索すべき時期なのではないか?と思います。

 民主党の「無駄を省く」という考えではなくて、現代日本が果て無き欲望の充足を求めて際限なく組み上げてきた物質文明そのものの在り方を転換していくための“教え”として、今回の災害を受け止めることはできないでしょうか?

 結局、人間の力で自然をどうこうしようというのは無理な話です。

 少なくない人が、今回の事故に対して、例の2012年問題を思い出したのではないでしょうか? マヤ歴で「2012年までしか人類の歴史は刻まれていない」というこの予言?の書を裏付けるとするなら、今後、さらなる災害や、あるいは戦争などが起こるかもしれません。

 けれども、人知の及ばぬ問題を悲観的に悩むより、試練と受け止めて乗り越えるのが賢明な生き方であるのは言うまでもありません。

 あるいは、もしも人類が滅ぶ運命だったとしても、何万年何千年と続いてきた人類の文明が終わる瞬間に立ち会えるのだとすれば、たかだか70~90年くらいしか生きられない我々が、その最期の瞬間に遭遇できるのは最高の栄誉あるラストイベントではないでしょうか?

 そう考えれば、こんなにも壮大なラストに生まれ合わせた最期の人類として、我々は雄々しく死んでいけばいい。

 だから、いかなる事態に陥ろうと、悲しむことなく、勇気を持って思う通りに生きればいいのだと思います。

「武士道とは死ぬことと見つけたり」とは、葉隠れの言葉ですが、この言葉の本質は、「死を意識してこそ生を充実させられる」という点にあります。

 つまり、「恐怖や不安を克服するためには最大の恐れである死を認めよ」と言っている訳です。

 武術修行も、技の修練を通して、無心・無我・無為自然の境地に到ることを目指しています。最強とは「強さを求める心を離れること」です。

 ここ何年か、剣の修練と研究の必要性を感じて真剣を集めて独自に追究してきましたが、日本刀という一撃で生命を断つ力のある武器を持つことで、感覚として理解できるものがありました。素手の強さなんか威力ある武器の前では無力なんですよ。

 刀だって銃には敵わないし、銃も化学兵器や細菌兵器や核兵器には敵わない。

 そして、どんな武器も大自然の猛威には為す術がない!

 そういう強さに対する相対化の考えが深まってきた時期に、日本最高の武道家と見なされている青木宏之先生との親交が深まり、思いもよらず剣を通じた交流をさせていただくようになりました。

 今日(4/12)、青木先生が日本刀の研ぎに用いる砥石セット一式を贈ってくださいました。

 日本刀の研ぎは包丁やナイフを研ぐのとはまったく別物で、金剛砥・備水砥・改正砥・中名倉砥・細名倉砥・仕上砥・磨き棒・ハヅヤ等を順番に使い、しかも刀身の部分部分で研ぎ方を変えていかねばなりません。砥石そのものを自分で集めたら優に百万くらいはするでしょう。

 専門職人を目指す場合でも研ぎ師に弟子入りして10年くらい修行しないと金を取って仕事をできるレベルにはなれないと聞きます。

 それをディープな愛刀家が自分でできるようにセットにしたものが売られているとは夢にも思いませんでしたが、青木先生は私の刀剣研究に役立つようにと御自身で調べて購入しお贈りくださったのです・・・。

 日本刀を研ぐのは、武器としての機能を高めることよりも、美しさを際立たせることが優先されます。世界の刀剣の中で最も優れているとされる日本刀が、その機能性を使わないことに求めていく・・・それが“研ぎ”なのです。

 最高の戦闘力を持ちながら、敢えてそれを使わないことに美術品としての価値を認める矛盾がそこにはあります。が、その二律背反こそが“和して同ぜず”の日本的感性の表現なのです。

 目先の合理性を離れて精神を磨くことを求める日本的感性は、これからの時代に最も必要になるのかもしれませんね。

 それを世界中に知らせていくことが、これからの日本人の役割なのかもしれません。

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4月セミナー『脱力の合気』感想

 3月は延期休止にした月例セミナーですが、4月はやらなきゃ~、おマンマの食い上げになりそう?・・・です。自由業はつらいです。

 でも、合気に関しては、もう散々にやってきているので、流石にネタが切れてまいりまして、「ふ~む、今回は何をやるべぇ~か?」と悩んだものの、な~んにも思いつきませんでした。

「でも、やるんだよ! ネタ切れでもアドリブで何かやるのがプロフェッショナルなんだよ! そうじゃないと、この大変な時期に受講しに来てくれている人達に申し訳ないだろう? 頑張れ、オレ!」

 とにかく、うちのセミナーは結構な料金取ってますから、参加した人に満足してもらわないとカルトな自己啓発セミナーと変わらなくなっちゃいますからね。

 とにかく、できるように教える! これが基本! 参加者全員がそれなりにできるように教えられなかったら、セミナーなんかやっちゃダメでしょう。

 ですから、今回も脱力技法による合気の技の基本的な身体感覚を覚えてもらうために、座捕り合気上げをベースにして、指・片手・二人捕り・三人捕りとやってもらい、ついでに某甲野先生?のところの昔懐かしい(まだ、やってんのかな?)“正面の斬り”と、その破り方も解説指導させていただきました。

 続いて、立ち技での片手持たせ沈身の崩し・二人崩し・背後からガシッと組みつかれたのをトコロテンがニュルリッと出てくるように抜け出す秘技“ウナギ抜け”と、ウナギ抜けのついでに相手の腕を捕って逆固め技にする応用法と、腕を極められたのを力のベクトルを分解して外す“関節技抜け”や、完全に腕を極められて腕そのものが動かせない状態から抜け出す秘技?(具体的なやり方はヒ・ミ・ツ・・・)とかも指導しました。

 参加者から、「長野先生はもしかして関節技とか全然かからないんじゃないですか?」と聞かれて、「9割り以上極められた状態からでも抜け出す自信がありますよ」と言っておきました。

 が、これは身体感覚で相手が加えてくる力の方向を察知してずらして力を作用させないようにする・・・という感覚さえ養成すれば“誰でもできます”。

 一見、とてつもなく難しそうに見えますが、実は原理が解ればそんなに難しくはありません。いえ、はっきり言ってしまうと、“極めて簡単”です。

 合気技を封じるやり方を研究していたら、普通の関節技にも応用できることに気づいただけなんですけど、そこから理論的に、「何故そうなるのか?」ということを導き出すのに何年もかかったんですけどね。

 よく古流柔術のテクニックにあるテコを使って外すとかいったやり方は、巧妙ではあっても“抵抗して外すやり方”には変わりがなく、結局は力の強弱になるんですが、力の方向を察知してずらすとか作用させないようにするやり方だと、本当にほとんど力は要りません。

 脱力技法の凄さはここにあるんですよ。筋力の強い弱いは関係ないんです。力が働くか働かないか、作用するか作用しないかを考えて対処するだけ。

 そのために脱力が必要なのであって、いろんな本で書かれている脱力の意味については勘違いしている人ばっかりに思えますね。文字通り、抵抗しちゃだめなんですよ。抵抗したら力が作用してしまうんだから・・・。

 もっとも、脱力技法を実用の武技として駆使できる人は少ない。所詮、見世芸でしかできない人がほとんどです。

 見世芸であっても素人や武道の本質が観抜けない人達にとっては達人技に見えるでしょうが、ある程度以上、真剣にやってきた人はそんなもんじゃ納得しないでしょう。

 無論、游心流はそういう見世芸を求めている訳ではありません。

 あくまでも“対敵必殺の技”です。

 合気もそのために研究したのです。十年・・・いや、二十年くらいですか?

 結果は、武術として実用的な合気技にもたどり着くことができました・・・が、予想に反して、合気技を用いると実は物凄く危険であることにも気づきました。これは正直、相当に注意してやらないと一瞬で相手に致命傷を与えることになってしまいます。

 以前は、“なりかねない”と称してきましたが、現在は、“なります”と表現しなきゃなりません。合気武術が型演武しかやらないのは、型でやるしか安全に稽古できないし、試合でやったら事故死が続出するだろうと思われます。

 游心流USAのAbe支部長に初めて本部で個人指導した時に、“これ”を教えたんですが、長年、JKDを修行されていて必殺技は見慣れている筈の彼が、青ざめた表情で、「長野先生・・・これ、本気で使ったら一発で死にますね・・・」と呟いていました。

 そして、「長野先生、本当に危険な技はセミナーとかでは教えていなかったんですね」とも言われました。

 その通りなんです。

 私は以前はセミナーでは見世芸中心に教えて破壊的な武術の技はほとんど見せていなかったし、会員にさえ教える人とそうでない人を分けていたくらいだったのです。

 ですが、今はかなり危険な技でも1/3くらいは見せるようになりました。簡単にできて女性や老人でも一瞬で致命傷を与えられるくらいの圧倒的に高威力の技でない限り、護身術としては無意味だと考えるからです。

 通常、女性や老人が屈強な男性に勝つことなんかあり得ないでしょう。それは多くの武道や格闘技でも事情は同じです。

 ですが、武術には、それを可能にする工夫が無数にあるのです。これは知っているか知らないかの違いだけです。

 だから隠して秘伝にした訳です。游心流にもそういう秘伝は無数にあります。何故、秘伝なのか?というと、まともに使えば確実に、恐ろしく簡単に人命を素手で奪えるからです。だから、約束組手でしか稽古できなかったのです。

 スーパーセーフなどの防具を装着して自由組手の研究をしてみたこともありましたが、防具があるという安心感で少しまともに打つと、威力が内部に浸透してしまって逆に危険だと解ったので、やはり止めておきました。

 自由組手で使った会員さんの何人かは相手を危うく絶命しかけてしまうくらいだったそうで、危険過ぎるから試合や自由組手では使わないように忠告せざるを得ませんでした。

 無論、どんな必殺技を知っていたところで、素人相手ならまだしも武道や格闘技の訓練を積んだ人間相手に通用する道理は無い・・・というのは熱心に修行した人なら誰しもが思うでしょう。

 これは正論ではありますが、“絶対にそうなる”とは言えません。

 必殺技を一つしか知らなければ多分、通じないでしょう。しかし、いくつかの必殺技を複合的に混ぜて使えれば、撃退する率はかなり上がります。

 私が合気を研究したのも、この“弱者が強者を撃退する率”を上げるためでした。

 それで、今回は、それらの実用合気技から、かの有名な鹿島神流の国井善弥先生や、新体道の青木宏之先生が「この一技だけで数多の挑戦者を一蹴した」という伝説の秘技“下段払い(手刀打ち)”を指導しました。

 まず、空手の中段突きで来た相手の突き腕に下段払いで打ち払ってその場にバタッと倒す・・・。本当は同時に顔面にパンチも入れるんですが、今回は下段払いで崩し倒すだけにしました。

 私は、この技を実は見たことがありません。青木先生の御著書に書かれていた技の描写から技法原理を探究して実験を重ねた結果、6、7年くらい前に「多分、こんな感じだろう」という技を編み出して、以後は精錬してきました。

 新体道空手を何度か体験していたのも参考になったんですが、やっぱり青木先生のやり方とは少し違うように思えたんですね。伸筋で張った腕でバチーンと払うのではなく、脱力した腕(手刀)をペタッと濡れた雑巾ではたくように相手の突いてくる腕に乗せて、同時に交叉入身で相手の正中線を割り込んでいくと、沈身の力も働いて、突いた相手が身体ごとぶっ潰れてしまう訳です。

 国井先生や青木先生の下段払いは、「恐らくこれであろう」と考えて私なりに再現してみたのです。

 ただ、どんな攻撃に対してもこの一技で対応したという以上は、中段突きに対してだけやってもダメですから、まあ、いろんな攻撃に対しての用法もいろいろ考えていたんですが、今回は、ローキックに対しても使ってみました。

 これまた本来なら下段払いと同時に顔面突きとかショルダーアタックとかパッチギとか食らわすのがリアルだと思うんですけれど、まさかセミナーでそれを練習させる訳にもいかないので、相手がローキック蹴ってくるのに下段払いで蹴り脚の膝より少し上を払い落とすようにやってもらいました。

 これも、沈身がかかると面白いように蹴った相手が逆に跳ね返されるようにたたらを踏んでしまいます。

 高校生会員のNさんがこれが抜群に上手くてムエタイやってる上級生の蹴りに合わせて、相手の膝が脱きゅうしかかって慌ててしまった・・・という話を聞いていましたが、高威力の技は弱点をつかれるとダメージが自分に返ってきてしまいますから、怖いですね。

 それにしても、こんな伝説の技も原理が解ってやれば誰もが体得していける訳ですから、武術業界もくだらん権威主義から脱却しないといかんですよね~?


PS;4月17日(日)は、昼の2:00~から西荻窪ほびっと村学校にて“必殺の太極拳”をやりま~す。ジッチャンバッチャンの健康体操として有名な簡化24式を情無用の梅超風の得意技・九陰白骨爪っぽい必殺極悪拳法に改造してしまいますぞよ。こちらは3000円の参加費ですから、お気軽にどうぞ。

PS2;相変わらず阪神淡路大震災クラスの余震が続いたりしていますが、被災された方々はこの際、西日本に移住するのもアリかもしれないですね。田舎の方は土地も余っていますから農地解放して新たに農業推進国を目指すとか、やれるんじゃないでしょうか?
地方は過疎化が進んで困っていたんだし、被災地の惨状を見ると、再開発には十年以上の年月がかかると思います。今の日本に必要なのはサバイバルの精神ですよ。経済的に破綻寸前だったのに、今回の大震災はトドメをさした・・・。ならば、必要なのは自給自足で世の中のシステムを立て直す覚悟と知恵ではないでしょうか?

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いきなり、あの作品が復活?

 新聞のテレビ欄を見ていたら深夜の2:50から新番組で、『えん魔』と書いてあるのを発見。

「ハテ、これは何ぞや? バラエティ番組か何かか?」と思ったものの、「十数年前にも、こんなことがあったな~?」と思い出したのが、『エコエコアザラク』のTVシリーズ。

 あの時も、テレビ欄には『エコエコ』としか書いてなくて、事前情報が一切なく、やっぱりバラエティか何かだろうと思いつつ、その時間帯にチャンネルを合わせてみたら、特撮ホラードラマで『エコエコアザラク』が放送されたのでした。

 それで第一話を見て私は佐伯日菜子に一目惚れ。彼女が結婚した時はマジで落ち込みましたよ(もう子供二人いるんだよな~?)。

 もっとも、『エコエコアザラク』は、それ以前に劇場版が二作制作されていたので、そこからTVシリーズが企画されたんだろうな~ということは容易に想像できる訳です。

 が、この時の経験があったので、私は、「これはまさか、あの時と同じように、あの『ドロロンえん魔くん』のリメイクかも?」と思って、眠い目を擦りながらチャンネルを合わせて待ったんですね~。

『ドロロンえん魔くん』を知らない人が多いと思うんで、ちと説明しますと、マジンガーZやデビルマン、バイオレンスジャック、キューティーハニー等の大ヒット作で知られる永井豪先生が、TVアニメ化前提の企画としてゲゲゲの鬼太郎のような作品を・・・と求められて描いた、いわゆる妖怪ハンター物だそうです。

 鬼太郎は国民的ヒーローになりましたが、えん魔くんはマイナーな存在に甘んじてしまいました。けれども、私のようなファンもオタク系男子には結構いて、それは何故かと言いますと、鬼太郎には皆無のオイロケ要素があったから?かもしれません。

 TVアニメの方のえん魔くんは脚本の辻真先先生のテイストで、当時の社会問題だった公害によって凶悪化した妖怪との戦いを描く、かなり真面目な感じで、初代鬼太郎の声をアテていた野沢雅子さんがえん魔くんの声をアテていました。

 要は、露骨に鬼太郎を真似た訳ですね。

 帽子の妖怪シャッポ爺は目玉親父。ダラキュラ伯爵はネズミ男そのまま。

 けれども、鬼太郎には猫娘か夢子ちゃんがいたくらいで、明確なGFというかヒロインがいませんでしたけど、えん魔くんには雪女一族の雪子姫がいて、小学生の5~6年生の時は女子の方が成長早くて背丈も高かったりしますけど、それを的確に表現していた点が良かったですね。

 でも、原作のえん魔くんは半分くらいコメディで、緩~い感じでした。永井豪先生も、緩く描くのが楽しかったらしいです。

 そして、知られていないけれども、青年になった炎魔くんや、「実は女だった」という設定の艶靡ちゃんという完全ギャグ作品もありましたし、炎魔のOVAもありましたし、『ケルベロス』というえん魔くんと雪子姫が結婚して子供がいて・・・といった外伝作品もありました。

 マジンガーやデビルマンのような展開が、実はえん魔くんにもあったんですね~。

 という訳で、「はてさて、本当にえん魔くんのリメイクなのか? それとも全然関係ないバラエティか何かか?」と思いつつ放送時間になったら・・・。

 なっ、何と!

 リメイクでもバラエティでもない。丸っきり原作に沿った、昭和40年代(1970年代前半)の話だから、ぶったまげてしまいましたよ。

 そして、コテコテの昭和ギャグが次々に飛び出すコメディ作品で、尚且つ、深夜枠なのを承知の上であろうエロ・テイスト(妖怪の股間から槍のような棒が伸びて襲ってくる)もあり、「永井先生も本当はこういう具合にしたかったのかも?」と思いました。

 そうですね~。雰囲気的には“学校の怪談”っぽいですかね?

 それにしても、いきなり原作そのままの昭和で来るとは思わなかったな~・・・いや、このコメディ展開からすると、途中で大ドンデン返しがあるかもしれませんね。

 でも・・・深夜の2:50というのは見るのが辛いね~。んっ・・・草木も眠る丑満刻だから、妖怪物?なのかな~・・・。

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それでも春は来る・・・

 大震災があろうが何があろうが、やっぱり季節は巡ってくるんですね~?

 4月3日の日曜日の公園稽古会は、花見と併せてやりました。

 いや~、寒かった・・・。

 この日は鹿沼公園の桜も一分咲きくらいの樹が多くて、園内を廻って、ダイダラボッチの足跡が池になったという公園の真ん中にあるヒョウタン型の池の一角の桜が、三分咲きくらいになっていたので、その樹の近くの歩道のベンチに陣取って練習し、花見もしました。

20110411_001.jpg 

 この日は春休みだったので高校生会員のNさんも遠くから参加していて、Nさんの噂(伝統空手を10年近く修行し、古武術・中国武術等のマニアックな武術修行経験もある史上最強の弟子ケンイチもビックリのマンガみたいな修行歴があり、腕前も抜群)を聞いていた大石教練が楽しみにしていたので、良い機会なので大石教練と組んで対錬やってもらいましたよ。

「うひゃ~、噂には聞いていましたけど、彼は噂以上の逸材ですね~」と、いつも滅多に人を誉めない大石教練が絶賛しておりました。

 確かに読みの鋭さと反応の速さ、脱力したまま技を出せる点などは天才的です。恐らく空手の癖だと思いますが、動き出しの初動で僅かに力をタメる予備動作があるので、それが抜けるともっと良くなるでしょうね。

 武術の遣い手はゆっくり動いているのに物凄く速い?という現象が起こるものですが、それはタイミングと角度の取り方(相手の攻撃線をずらす)が上手いからなんですよ。

 しかし、実はこれはゆっくり動かないと上手くできないんです。

 いきなりビュッと動こうとするのは、それだけ相手を観察して良いタイミングを測って狙って動くから・・・。これはタイミングを読むのと動き出すのとのタイムラグをどれだけ縮められるかで大差が出ますし、フェイントにも弱いんですね。

 素早く、ビュビュッと動いた方が見た目は凄そうなんですが、実は余裕が無くなってしまうんです・・・というのは、ここ最近判ってきたんですがね。

 立ち止まらずに、ゆっくりと微速度で動き続けていると、相手は狙いをつけづらくなるんです。

 動いている相手を狙撃しようとしても難しいですよね?

 ところが、ゆっくり動いている相手は「当てられる」と錯覚しやすい。だから反射的に相手は素早く攻撃しようとしてしまう。でも、速くてもゆっくりでも“動き続けている的に正確に当てるのは非常に困難”なんです。

 当然、攻撃しても狙った所からはズレる。攻撃した本人も知覚できないくらい僅かなズレであっても、攻撃点が少しでもズレたら威力は格段に減少してしまいます。

 その瞬間に付け込んで迎撃する訳です。迎撃された相手は、「こんなゆっくり動いているのに、何でこんなに速く反撃できるんだ?」と訳が判らなくてビックリ!・・・という仕組みになる訳です。

 大石教練はそれを教えていましたね。Nさんもすぐ飲み込めたみたいです。

 Nさんも喜んでいたみたいです・・・が、嬉しくなった大石教練がビール飲ませようとするから、「おいおい、彼は高校生なんだからダメだよ~」と止めたりしましたけどね。

 北島師範とK塚キャプテンが料理を作ってきていたり、うちの会員さん達は専業主夫も大丈夫そうだな~(苦笑)。

 矢嶋師範代も来年は料理に挑戦しようか?と言っていたけど、ブキッチョそうだしな~? いや、見た目と違って、ひょっとしてミスター味っ子みたいに上手いかもしれん?

 それにしても、東京支部の会員がドンドン上達していくと矢嶋師範代がどう教えたらいいのか? 「俺はどうしたらいいんだぁ~っ!」って本人も言うとりましたけど・・・。

「どうするもこうするもないんじゃあっ! 男なら戦って死ねぇいっ!」とは言いませんでしたけど、まっ、焦ったってしょうがない。ドンマイ、ドンマイ。宴会部長も結構楽しいよぉ~(って、オイオイ・・・、フォローしてねえよ?)。

 しかしま~、今年はQちゃんが来てないから、ちょっと寂しかったな~。最近の女装男子ブームについて意見を聞いてみたかったんだけどな~?


 2日後の4月5日には、游心流USA支部長Hiro Abeさんが里帰り中だったので、西荻窪の新体道事務所で会いました。

 この日は今後の展開とか話し合うために青木先生、新体道の大井秀樹先生方と打ち合わせをやる予定で、丁度いいから彼を紹介しようと思って連れていったのです。

 それにしても、大井先生に対する青木先生の信頼の深さは凄いですね~。口に出されなくても青木先生はこれまで信頼していた人達に裏切られたり辛い思いを沢山味わってこられたと思うんですよ。私みたいな薄情な人間ですら、辛くなったことは何十回とあるんですから、青木先生のように愛情の深い方だったら、それはもう、辛かっただろうと思います。

 私心を捨てて愛情をかけている人達から裏切られてごらんなさい? 「もう二度と人は信じない」って気持ちになりますよ。誰だって・・・。

 でも、青木先生はそうならない。キリスト教の信仰があるから? いや、生来の性格ですね。その優しさに付け込む連中だって大勢いたでしょうけど、青木先生はぐっとこらえて前を向いて歩いてこられたから、世界の歴史でも類例のない武から生まれた心身開発体技を育んでこれた・・・。

 俺は本当は、全部、ここにありったけの知ってることを書いてやりたいんですよ。でもそうすると青木先生が悲しむ結果にしかならないのが解ってるから、書けない。だけど、いつか必ず暴露して書いてやるつもりですから、心当たりのある方々はそれまで震えて眠っててくれって感じですね・・・。

 青木先生が大井先生を後継者として選んだ背景には、それはいろんな事情がある筈ですが、その根本は、大井先生は青木先生の信頼を受け止めて必死で修行してきたという事実があるからですよ。

 また、淡々と受け止めて微塵も驕ったりびびったりしていない大井先生は本当に凄い人だな~と私は心底思います。まだまだ今とは比較にならないくらい未熟だった頃も見てますからね・・・。

 楽天会でもここまで到達した人はいなかったんじゃないですか? 技も精神も・・・。

 俺だったら、調子に乗って道を踏み外しますね。だって日本最高の武道家から全伝を受け継ぐんですよ? 舞い上がってクルクルパアになったっておかしくありません。本当に青木先生の築いてきた無形の財産の真価に気づいている人であるならば・・・。

 あっさり言って、俺なんかちょっと軽く嫉妬しちゃいますもん。

 俺が他人に嫉妬を感じるというのは、物凄いことですよ? いつも武道や武術の本とか読んでて、爆笑して馬鹿にしてますもん。ギャグ漫画に思える。「この程度で武道家のつもりかよ、こいつぅ~」って、腹抱えて大爆笑したりする人間なんで・・・(チョー性格悪いでしょ?)。

 余談は終わりっ!

 持病のパニック障害も天真会の吉田晶子先生に頂戴したパワー・ネックレスのお陰で嘘みたいに治ってしまった(一生治らないと思ってたよ)ので、今後は海外への普及活動に私も行ってみたりしようと考えて、まあ、諸々、話し合いをする予定だったんです。

 西荻窪の天真会事務所に移動して吉田先生と娘さんの倫子さんがお食事の用意をしてくださっていて、御馳走になりました。時期的に放射性物質の排出作用があるとされる海草類のヒジキを使った料理などもあって、私は“流石は吉田先生は気配りが違うな~”と、内心、感心しておりましたけど・・・強烈な泡盛で記憶の半分くらい飛びました。帰り道で頭イテーッ!って唸ってましたよ(エビ蔵かよ?)。

 あっ、そういえば、確か、何かの演武会で私にも演武してくださいってことだったんですけど、あんまり断ってばっかりじゃ失礼なんで、お受けしましたよ。会員のレベルが高まってるから、恥ずかしくない程度のことはやれるかも? うちの会員さんは演武がチョー下手糞だから、これまで断固お断りしてきてたんですけどね・・・。

 けれども・・・いや~、光四郎先生が合流されてから何か光四郎先生の独演会みたいになって(いつもですけど・・・フフッ)、具体的な海外戦略の話とかするつもりでいたんですけど、全然できなかったっスね~(苦笑)。

 でもUSA支部長を青木先生や大井先生や光四郎先生に合わせることができたから(「いつの間にアメリカ支部できてたの?」って驚かれました)、彼にとっては、きっと天運だったんだと思います。

 アメリカで長年俳優業をしている彼が、日本の良いイメージを世界に広めてくれたら嬉しいな~と思っていますが、今回も技はちっとも教えられなかったから本や教材用のDVDをいくつもプレゼントしておきました。

 彼もアメリカでプロモーション用に制作したDVDを持ってきてくれたので、帰宅してから見たんですが、流石、俳優だけあって観察力がありますね~。私が教えた技の原理を応用して、ワンインチパンチ、ゼロインチパンチ(体重100kg以上ある相手がバビューンッと壁まで2~3mふっ飛んだ)、指合気、目隠しして居合抜きで飛んできたリンゴを切る・・・とか、見せ方をいろいろ工夫して作られていました。

 やっぱり彼にUSA支部長を依頼して良かったな~と思いましたよ。何か直感的にビビッと来ましたからね~。人間、直感は大切にした方がいいですね。

 青木先生のようなお忙しい方とお会いするのは、実は非常に大変なんですが、こういう縁って、偶然じゃなくて必然なんだと思います。技よりも遥かに大切な出会いが彼を通じてアメリカにも広がってくれると嬉しいですね~。

 今、相模原本部会員で俳優をやっているCさんも、タイに行っていますが、海外の方が日本の武術を高く評価してくれるのは間違いが無いことでしょう。それはAbeさんもCさんもまったく同じように言ってくれていますし、数年前まで私は日本人を鍛えたいから日本人にしか教えたくないと思っていたんですが、ここ最近はまったく考えが変わりました。

 やっぱり、価値を認めてくれる人に伝えていきたいですね。本の翻訳の話も出ているし、価値の解らない馬鹿と嫉妬に狂って黙殺しようとする連中ばかりの日本の業界より海外に普及した方が遥かに良いのは解りきったことでした。これまで機会が無かっただけ。

「日本人は海外で認められて逆輸入の形でないと真価に気づかない」とはよく言われることですが、悲しいかな、確かにその通りだと思いますよ。

 でも、今回の震災がきっかけになって日本人は変わっていくだろうと私は思っていますし、ここ最近のメールをくださる方の御意見を読ませていただいていると、日本人は芯の部分で優しさと靭さを合わせ持っているな~と思います。その日本人の精神性の良い部分を世界の人に知ってもらうようにしていかなきゃいけない。

 ただ、今回、原発のモロさが露呈したことによって、世界中の原発がテロの標的になりはしないか?と、私は心配ですね。第三次世界大戦だけは起こって欲しくない。

 戦争にしろテロにしろ、人間は破滅衝動を肯定する大義名分を掲げたがるものです。

 正義の戦争? 聖戦? そんなものあり得ませんよ。

 人殺しは人殺し。殺人の罪を英雄的行為と称賛して済ます戦争の論理を私は絶対に認めません!

 以前、新宿で田中光四郎先生と飲み屋に御一緒した時に、光四郎先生が突然、涙を流されて「私は戦争で人を殺してしまった。生きている価値の無い人間です」と言われた時に、「あ~、この先生と出会えて良かった」と思いました。

 私は、“アフガンのサムライ”と呼ばれた英雄・田中光四郎より、戦争とは言え人の命を奪ってしまった罪を悔いて涙を流した人間・田中光四郎が、断然、好きですね。

 罪を犯さない人間はいませんが、罪を恥じない人間や理屈で取り繕ってごまかす人間が私はたまらなく嫌いです。

 戦争で敵を大勢殺したことを英雄的行為として称賛する・・・という偽善が私は許容できません。ある海外の武道の先生がそういうことを目の前で話されたことがありましたが、私は、そう話した先生の心の中に埋め難い巨大な空洞がぽっかりと空いて、底知れない闇が続いているように見えて、凄く哀れに思えてしまいました・・・。

 私は、殺意を持って向かってこられたら殺意を持って迎撃する覚悟を養う意味で武術を続けてきていますが、もし、実際に人を殺してしまったら、その罪を背負って生きていかなくてはならないと思っています。それが、まともな教育を受けて育った人間のまともな良識でしょう。

 その良識を失ってしまうくらいなら、武術なんかやらない方がいいのです。殺人を誇るような精神になったら、もう人としてオシマイですよ。

 けれども、強さを求めていくと、結局、そんな心の闇に飲み込まれて何も見えなくなってしまうようです。そうなっていく予備軍の武術家には腐るほど会ってきました。「俺の方がお前より強い!」と絶えず威嚇し威圧していなければ安心できなくなるのです。

 ガキじゃないんだから、そこを抜けていかないとダメですよ。抜けていくのは武術というメソッドや修行という行為には無くて、ただ自らの意志によってだけ。

・・・さあ、これから、私は夜の花見散歩に行ってきます・・・。咲いた花は愛でるのが礼儀ってもんです。

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PS;被災地で震度6強という最大級の地震があり、私の部屋も3/11程ではありませんが、かなり揺れました。不覚にも、またもや一瞬、ビビッちゃいました。クッソ~。もうホント、いつどこで何が起こるか判らないのが生きてるってことだよね~? 皆さん、やりたいことやって(他人に迷惑かけるようなことはダメ!)生きて、いつ死んでも悔いのないようにしましょうねっ。

PS2;DVDの注文で、郵便番号や住所が正確に書いていなかったりする場合があって送りたくても送れないことがあります。うちのDVDは値段がチョー高いですから、注文時によくご確認くださいますよう、お願い申し上げます。


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(事務連絡)游心流春の入会金半額キャンペーン?

2011年4月10日までの期間限定で、入会金が半額になります!!

入会金 10,000円 ⇒ 5,000円!

・入会すると…
日曜本部稽古東京支部木曜本部稽古横浜同好会橋本同好会への稽古に参加出来ます。
セミナーへの参加料金が会員割引(一般5,000円、大学生、高校生以下でも割引があります)となります。
③打ち上げ・飲み会等に参加出来ます(笑)

2011年4月10日までの期間限定です!

入会希望者は下記の入会手続きに則って下さい。(会員以外の方の見学は、原則、お断りしております。)
未記入項目がある場合、返信致しません。

●入会手続き
・游心流会員以外(※シダックスの受講生は游心流会員ではありません)の参加希望の方は、游心流事務宛メール(yusin_mail_from2006アットマークyahoo.co.jp)にて、下記の形式で申し込みください。(稽古日より前もって申し込みください。後日、入会申込書付きメールをお送り致します。入会金が必要になります。)

  ①氏名(+ふりがな)
  ②年齢(何歳代でOKです)
  ③住所 (郵便番号 都道府県もれなく!)
  ④電話番号
  ⑤Eメール
  ⑥ご職業
  ⑦武術・武道・格闘技・スポーツ歴(安全上必要なので詳細に。後で発覚すると…)
  ⑧用件  『游心流入会希望』をご記入ください
  ⑨何か一言
  ⑩今までにかかった、又は現在かかっている病気・怪我歴(安全上必要なので詳細に。)
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四月セミナー『合気(脱力技法)』

 三月のセミナーは、予期せぬ大災害によって中止延期せざるを得ませんでしたが、江古田の会場も特に被害は無かったそうですし、それなりに落ち着いてきていますので、四月は予定通り開催致します。

 それにしても、被災地の人達への遠慮と称して、祭りやイベントを次々に自粛していく風潮はおかしなものだと思います。

 そもそも、祭りというものは、大自然の猛威を鎮める神への祈りなのであって、今回のような大災害の時こそ、本来、実施されなければならない筈なのです。

 雨が降らない時は雨乞踊りをやるし、家を新築する時は神主さんを呼んで地鎮祭をやるでしょう?

 日本が天皇制を象徴として残し続けているのも、日本という国の国土の上で生きていく人間達が平和に暮らしていけるように祈る大本の大神主としての天皇を必要としているからなんですね。目に見えない形の伝統として、この国は連綿とそれを続けてきた訳なんですよ。

 私はそれを信じている訳ではありませんが、かと言って否定もしません。ただ、神道の考え方というのは霊的防衛システムになっていて、それは中国の風水理論が原型だとされています。

 今回の巨大地震が、東北で起こり、連動して南下してきたと思ったら、今度は長野県北で起こり、次は静岡で起こった・・・という不可解な発生の仕方の時に、「あ~、やっぱり東京は避けているのかな?」と思ったものです。

 東京は、天海僧正が奇門遁甲の理論を用いて人為的に関東平野に築いた国防都市であるとされる江戸を利用して作られています。

 この辺の話は『帝都物語』や、『中央線の呪い』といった本を読めば解るでしょう。

 今回の大災害が起きたことを、阪神大震災の時と併せて、「左翼が政権を担ったからだ」という論もあるそうですが、そんなバカな・・・と一笑にふすことができないのは、日本の国体を蔑ろにしても構わないと思っている人達が政権を握ったことへの神道的な解釈として、ある意味、超自然的な説得力を感じざるを得ない面もあります。

 私は、基本的には合理精神で考えるのを旨としていますが、ただ近代の西洋的合理精神だけを正しいものとして信心している訳ではなくて、伝統的に昔から続いてきている事柄にはなにがしかの理由がある筈だと考えます。

 だから、占術も錬金術も黒魔術も陰陽道も仙道も神智学もヨーガも・・・あれこれ本を読んだり多少の実践もしたものでした。

 それらを今日的な合理性で解明していくのが研究家なのだと思っていますし、最も伝統的で神秘性のベールで隠されてきた武術を今日的合理精神で解明していくのが武術研究家としての私の仕事であり使命だと思っています。

 さて、そんな訳で、今回の『合気』も、日本武術のトップシークレットとして神秘的に語られ続けて30年以上も進展していない・・・ような気がします。

 まあ、多少は科学的に技術として論じていこうという風潮はできてきたかな~?と思いますが、まだまだ誤解と勘違いが蔓延っていて、何より、それなりに体得できている人が少なく、相変わらず少数の権威主義者がカルト的万能感を煽って馬鹿げた放言を繰り広げているな~と思います。

 もっとも、論より証拠。自分ができるようになれば嘘は判別できる訳です。

 だから、うちでは「理屈はともかく体得させましょう!」というのが講座を始めて以来の一貫した姿勢です。

 そして、ほとんどの受講生は体得してきました。

 中には、どれだけ教えても上手くできなかった人が数人はいましたが、できない人に共通しているのは、「言われた通りにやらない」「言われた通りにできない」ということでした。

 今回の脱力技法による合気の技は、状況設定の枠組みの中では誰でもできることです。

 何しろ、ダラーッと力を抜いたまま動くだけだからです。

 こんな簡単なことは誰でもできて当たり前。なのにできない人もいる・・・。

 で、できない人は決まって武道をガンガンやってボディビルまでやったという人ばかりでした。

 特に圧倒的に空手修行者が多かったですね。それと、何故か太極拳をやっていた人もいましたが、よくよく聞くと、「太極拳以前に空手をやっていました」という人が何人かいましたね。

 つまり、技を出すことが“筋肉に力を込めること”という訓練をしてきた人にとって、技を出そうとか相手の攻撃を受けようとすると“力を入れて身体を剛体化させる”癖ができあがってしまっていたのです。

 これは無意識にそうなってしまうので、よほど意識的に訓練を重ねて力を抜くように神経に覚えさせない限り、カチーンとなってしまう訳です。

 うちの会でも何人かはこの癖がどうしても抜けずに諦めて辞めていった人がいますし、実は矢嶋師範代も稽古中に少し強く打つと反射的にガシッと受け止めてしまったり、打とうとする時に腕に力を込めてガツッと打ったりしていて、私は愕然となりました。

 他の会員がそうなってしまうのは日が浅いから仕方がないのですが、師範代がこれでは話になりません。東京支部がしばらくお休みになってしまいましたが、これは矯正期間のために渡りに船だと考えて、現在、特訓中です。

「オメー、このまま直せなかったら、師範代はクビにして“游心流宴会部長”に格下げじゃ~!」と言ったら、「それだけは勘弁してください・・・必死で頑張りますっ!」と言ってましたけど・・・。

 東京支部の皆さん。矢嶋先生を応援してねっ(苦笑)。

 北島師範も、素手なら抜群にできますが、剣や杖を使うと、突然、力み癖が出てきて技が力任せになってしまいます。

 木曜日に他の会員が来なかったので個人指導になったので、居合(大刀・脇差)と杖術を指導しましたが、物凄く汗をかいて力みまくっている・・・。

 この日は真剣を使って、ゆ~っくり動いてやったんですが、それで緊張してしまった様子でした。刃渡り80cm以上のダンビラを目前にするから、しょうがないんですが、これも真剣に慣れれば無駄な力が抜けて自然にスウッとやれるようになるでしょう。

 肉体の訓練ではなくて、徹底的に意識的に神経を研ぎ澄まして脱力したまま動く・・・という訓練をしないとダメなんです。微塵も筋肉に力を入れてはいけません。倒れるギリギリ寸前まで力を抜いたまま動く。その状態で姿勢が崩れないように支える。これが神経の働きを活用するということです。

 こういう神経を研ぎ澄ます訓練というのは普通、日本の武道ではやらない。意拳とか太極拳ではやりますが、ただ機械的に運動を繰り返してやっていれば自然に上達していく・・・というトレーニングしかしたことのない人だと、物凄く苦労してしまうのです。

 私が「武術は頭が良くないとものにならない」と言っているのは、この訓練方式の違いについて言っている訳で、比喩で言っているのではありません。はっきり言って、バカには体得できません。ボケーッとルーチンワークで練習していたら一生、体得できません。

 文字通り、頭を使う、脳神経系の訓練をしているので、指先一本、視線一つに到るまで、全身の隅々に意識を流して動いていかないといけません。

 気の武道というのは、本来、そういう意味のものなのですが、単に抽象的で曖昧な言い方で催眠暗示にかけてしまっている実例が非常に多い。具体的に考えて技を体得していかなければ弊害の方が大きくなります。

 だから、太極拳は物凄くゆっくり動くのですし、意拳に至っては立ったままじっと動かないでいるのです。

「脱力するのは、屈筋の力を抜いて伸筋を使うため」だとか、「身体の表面の筋肉ではなくて強靭な深層筋肉を使う」とか、脱力の意味について解説する本は無数にありますが、とどのつまりが“使う筋肉を代える”という“力を生み出すのは筋肉の収縮による”という認識から一歩も出ていないのですから、問題を矮小化しただけ。

 私は「体内の重心移動をいかにスムーズに加速させるか?」というのに必要だから脱力が肝心だと言っており、この「急激に加速させればさせる程、発勁の威力が高まる」という性質を用いているから打撃力に絶大な自信があるのです。

 ヨボヨボヨレヨレの爺さんになっても威力が衰えない。むしろ、余計な筋力を一切使わないから物凄く速くて物凄く強力な打撃が打てるでしょう。

 脱力の合気の場合は、もう少し複合的な意味があります。

 一つは、「相手の攻撃力がこちらに作用しないようにする」ということであり、もう一つは、「相手の重心にこちらの重心をぶつけてビリヤードのように玉突き現象を使って相手の体勢を崩す」ということ・・・。

 化勁の場合は、対打撃技に特化して使われているようなイメージがありますが、合気の場合は対柔術であり対剣術なんですね。

 本来、柔術が熟練すると脱力技法としての合気技は自然体得できる可能性はあったと思います。三月に化勁をやることで合気との差別化を示す予定だったのですが、差別化を示すためには質的な共通性も示せるということです。

 順番は入れ替わりましたが、特に問題はありません。

 むしろ技術的に見せ芸の部分が大きい合気をやってから実用的な化勁をやった方が理解しやすいかもしれません。

 また、脱力技法の合気技は空手や柔道にも応用が効きます。

 その辺も関心のある人は講習の最中に聞いてもらうといいかもしれませんね。

 技の形や手順にばかり関心を持っても意味がありません。そんなもん、覚えるだけ無駄なことです。理合(戦闘理論)を知り、技の原理から考えるようになれば、流派の違いなんか意味のないことだと解る。

 セミナーにはいろんな流儀の人が参加されてきましたが、「どの流派が強いか?」みたいな無意味な考えはドブに捨ててください。自分自身ができるかできないか?が問題であって、どの流派でもできる人もいればできない人もいる。それだけの話です。

 どうも、ここ最近、流派の優劣で考える風潮が強まってきていますが、そんなことを考えるのは、いかに物事の本質が理解できていないか?という頭の悪さを露呈するだけの話なのです。

 流派の違いは人間一人一人が個性があるというのと同じ意味の違いでしかありません。

 例えば、本土に伝わって広まった伝統空手道は沖縄空手の本質が抜けた残りカスみたいに論じる風潮がありますが、とんでもない思い違いですよ。

 確かに伝統空手道には本来の沖縄空手の理合や技の多彩な変化応用は伝わっていないでしょうが、それとは別に試合競技で磨かれた先を取る戦術、間合を制するフットワーク、遠距離から超高速で打ち込まれる突き蹴り・・・といった、格段に発展している要素があることを忘れてはいけません。そんなのは戦ってみたらすぐ判る。戦って勝てない武術じゃダメなんですよ。

 取材でお会いした全空連の香川政夫先生の技と理論は、本当に素晴らしかったですし、空手協会の中達也先生の型分解の用法解説は見事でした。もうね~、お二人は動きが芸術的ですよ。

 もちろん、有名無名を問わず、呆然とするほどダメな人もいますけど、そんなのどの流派だって同じですからね・・・。

 極真空手だって、大山先生の絶え間無い研究によって独自の発展を遂げた世界に誇れる空手ですよ。全世界の格闘技シーンに多大な影響を与えたことは誰も否定できないでしょう。

 私は極真空手の修行者に多く会いましたが、いろんな伝統的武術を学んでいる人達と比べてあからさまに違う点があります。

 それは、“抜群に人柄が良い”という点です。自惚れ屋が少なくて謙虚。これは最も大切なことですよ。

 そもそも、一部分だけ比べて優劣を語るのは非常に不見識なことです。どんな流派にも良い点もあれば悪い点もある。それを理解していれば優劣論争にはならないと思うんですが、どうしても優劣を論じたいなら、口先じゃなくて戦って示すことですね。


PS;今月号の『月刊空手道』が、何故か中国武術づいていて驚きました。無形塾の池田先生や中国武術の門派解説に酔拳の套路が載っていたり、「どげんしたとですか? 原稿が集まらないから武術(ウーシュウ)の昔の記事を採録して穴埋めしたとですか?」と思ったりもしたんですが、まあ、たまにはいいんじゃないでしょうか?

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『安心』2011年5月号でジャグササイズが紹介!

 ジャグササイズの事務局からメールでお知らせをいたただき、『安心』でジャグササイズが特集され、しかもDVD付きで紹介されるということで、早速、シダックスの講座に行く前に橋本駅コンコースの書店に寄って、『安心』を買ってきました!

 アクトonTVでもジャグササイズが紹介されていて、ダンディGOさん自ら実演解説されていましたが、本当にこれは凄いスグレモノだと私は思いますよ。お世辞抜きで!

 ボール一つで楽しく安全にできて、しかも運動効果ばかりでなくて手指の感覚を高めることで脳機能活性化作用も確実にあります!

 おまけに、熟練すれば宴会で披露する持ち芸にもなっちゃうんですからね~。一石何鳥にもなりますよね?

 普通のエクササイズって、高齢者にはきついでしょうし、独りで自宅で続けるのって無理があると思うんですが、ジャグササイズだったら、飽きないで続けられると思います。

 やっぱり、道具を使うというのがミソですね。

 私も杖術や居合術は毎日少しだけでも練習していますが、素手の拳法とかを独りでやるのは飽きる訳ですよ。

 もっとも、私は独り者だから部屋の中でポン刀振ったりできる訳ですが、嫁さんや子供とかいたらできませんよ。危なくって・・・。

 ヌンチャクなんかも部屋で振り回していたら家具とか電灯とか破壊しちゃいそうだし、武器の練習は下手すると大怪我しかねませんからね~。

 その点から言っても、ジャグササイズはあらゆる人にお薦めできます。

 仮に私らのような武術やっている人間にとっても、手指の感覚を練っておくことは武器の操作能力の向上にも役立つと思いますから、やはりお薦めですね。

 いや、実は、私、ダンディGOさんの演技を目前で見てから、これは習いに行ってみようかな?と、結構マジに考えていたんですね。

 ただ、時間的にまったく余裕が無くて習いに行くのは諦めていた訳ですよ。

 だから、今回の『安心』はDVD付きだから、これで少しでも練習してみようと思っています。

 そのうち、私も武術をベースにしたエクササイズを発表しようかな~?と思ってます。


PS;3月中の割引セールに沢山の申し込みをいただき、また、熱い応援の声も頂戴し、感激しております。入会金半額セールは4月10日までやっておりますので、こちらもどうぞ宜しくお願いします。また、もうすぐDVD最新作『游心流武術健身法の戦闘理論基本編』が完成する予定です。自分で言うのも何ですが、今回は身体張ってます。あ~、生きてて良かった・・・って、改めて映像を見て思いました。大震災に晒された日本は、これからが正念場です。私は一人でも多くのサムライを育てていきたいですね。そういえば、会員のCさんは被災地にボランティアに行ってきたそうです。凄い! 私なんて501円寄付しただけだもんな~・・・あ~、恥ずかしい・・・。

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こんな映画はどうっスか?

 原口智生監督の『デスカッパ』を日本映画専門チャンネルの特撮王国で観ました。

 いや~、よりによって、この時期に、よくぞ放送したな~と、感心してしまった。

 原口監督は特殊メイクアップ・アーティストとして活躍され、手塚眞監督の『妖怪天国』『妖怪天国ゴーストヒーロー』とか、大映の妖怪シリーズへのオマージュ作品で辣腕をふるい、『ミカドロイド』(覚悟のススメの本ネタと噂される)で監督デビューも果たして、『さくや妖怪伝』や『跋扈妖怪伝牙吉』といった特撮ジャンル映画の旗手として活躍されていますが、カッパが放射能の影響でゴジラみたいに巨大化して暴れるという怪獣映画『デスカッパ』は、低予算を逆手にとった愛すべきコメディ映画で良かったですね~。

 ヒロインの平田弥里は、ウルトラマンメビウスのメガネッ娘隊員で人気があったものの、一時は引退していたのだとか? 「主演作が欲しい」という願いに応えて?この作品のヒロインとなったとあって、体当たり?演技で、ラストは何と、『妖怪巨大女』のコスチュームで登場したり、この作品、シャレが効いてていい感じです。

 千葉ちゃんの『海底大戦争』のエラ人間とか、ゴジラや大魔神へのオマージュもあるし、エヴァの庵野監督が特別出演しているとか、車椅子に乗ったミイラなんて『悪魔のいけにえ』の爺さんか?といった随所にパロディが入っていて楽しいです。何げに荒木しげるさんも出演されていた。

 そして、『中国超人インフラマン』と『北京原人の逆襲』は、香港ショウブラザーズと日本特撮が合体した奇跡の作品であり、特に北京原人の方はキングコングのパクリと言われながらも、ディノ・デ・ラウレンティス版キングコングよりずっと面白いと思います。

 しかし、インフラマンも北京原人も、主演がダニー・リーだったとは・・・? この頃のダニー・リーさんはありし日の石橋正史にクリソツです。


 こういう楽しい映画を観ると、どうして日本映画界は怪獣映画というジャンルをきちんと伝統継承しないのだろう?と不思議です。

『クローバーフィールド』を観た時に、あまりのモンスターのカッコ悪さにガッカリし、いかに日本の特撮作品のデザインセンスが優れているのか?ということを、今更ながら痛感しました。

 やっぱり、『ゴジラvsガメラ』をやるしかないっ。あるいは時代劇版『呉爾羅』を作るのだっ!

 ストーリーは俺に書かせてくれいっ!

 それから、日本映画は、糞しょーもないリアルな日常を描いた作品なんぞ作らなくていいから、もっとセンス・オブ・ワンダーな原作を選ぶべきなんだよぉっ!

 個人的希望を言うと、ザボーガーの井口昇監督には、是非とも『地上最強の男・竜』を撮ってもらいたい。

 主人公は坂口拓。師匠は麿赤兒。ニセ救世主は津田寛治かな? 宮本武蔵とブルース・リーは誰でもいいや。(何かセミヌードの女の人もいたような気がするな~?)

 
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ショック!ショック!アイアーンショック!・・・

 東京橋本も稽古会は会場がお休みで強制的にお休みになってしまって困ったもんなんですが、こういう時期だからこそ、自分の技を見直すとかやるのが修行者ってもの。

「稽古は日々の生活の中で、道場はそのチェックをしてもらう場所」というのが私の考えなんですが、会員の中でも来る度に伸びる人もいれば、ちっとも伸びない人や、下手をすると後退してしまっている人もいたりするんですね。

 一所懸命に毎日練習していれば、普通は自然に成長していく・・・と考える人が多いと思います。

 でも、うちの場合は、そうならない例が結構多かったんですね。長く空手をやっている人だとそうなりやすい。リキミ癖がどうしても抜けない・・・。

 セミナーに地方から参加した人が常連会員よりずっと上手くて驚いていたら、「教材DVDを買って練習していた」という事実が判明したこともありました。

 常連の会員さんでも、概ね、上達する人は教材DVD見て練習している人が多いようです。正しく動くイメージが持てるからでしょう。

 私が直接教えていても、伸びない人は伸びないんですよね。

 北島師範や大石教練は、私の一挙一動の動きをよく観察して、真似していたから伸びるのが早かったですね。集中して観察する人は伸びる。上達の要はここにあります。

 北島師範は謙虚過ぎて自分の実力を見せつけたりしないので、みんな誤解しがちなんですが、彼が本気で歩法を駆使すれば、スピードも発勁の威力も段違いになります。

 いつも私のウケを取って、簡単にコロッと転がされたりしてるから、実は物凄い内功の力があるということに誰も(本人も)気づかないみたいです。

 けれど、私はいつも技かけながら、「お~、凄いぞ、これは・・・」と内心、舌を巻いていました。数年前の私だったら、今の北島師範には勝てなくなっていたでしょう。それほどの内功のレベルになっています。

 特に、私が歩法を駆使した絶招“蛟龍十八式(蛟龍歩を用いた十八の必殺技という意味)”の最後の技“風雷掌”を教えたら、これを完璧にマスターしていました。歩法ができることが前提の十八の技の中でも、特にこの技はよほど内功ができていないと駆使することができません。従って、会内では北島師範以外は誰もできません。

 先日、日曜の稽古に関西から参加した会員さんがいて、横浜同好会の代表のK原さんと組んで練習しましたが、「以前と比べ物にならないくらいレベルアップされていたのにもすごくビックリしました。力の方向を瞬時に察知されて受け流されてしまうので非常にやりづらかったです(汗)」と感想をメールしてくださいましたが、この方は某流派の指導員クラスなんですね。

 K原さんは長くフルコン空手をやっていたので、うちのやり方に馴染むのに時間がかかりましたが、ここ数カ月、目に見えて上達してきています。指導する側になって技と理論がしっかり理解できてきた様子です。突き蹴りも無駄な力みが取れて非常にスムーズに出されているので、フルコン空手自体も上手くなっていらっしゃるんじゃないかな~?と思っています。

 やっぱり、理論通りに体現できるようになると、進歩が早いですね。それまでは一進一退で、ちっとも上達できなかったりします。

 とにかく、“筋力”を捨てることが重要です。游心流は内家武術なので、筋肉に力を込めてはダメです!

 小林先生の太気拳のDVDを観ると恐ろしいくらい力が抜けています。相手の打撃技を受ける腕に微塵も力が入っていないんですから恐れ入ります・・・。

 またDVDを観ていて感動して、何度も何度も観直しましたよ。やっぱ、凄いわ~。

 ちなみに、このDVDで小林先生が演武している太極拳は、王樹金派の99式の最初の十字手までを、自然に発動する体内部の内勁の動きに逆らわずに、自然にゆったりと錐体外路系運動も交えて(自発動功の要素がある)、演武されていますので、套路の動きを厳密になぞっている訳ではありません。

 私は“アドリブ太極拳”と呼んでいますが、内家武術として真に使えるようになるには、このような自然な体内部からの内勁の発動が不可欠だと思っております。

 これまたうちの会では北島師範が若干、できるようになっている以外は誰もできませんが、多分、大石教練は数カ月のうちにできるようになると思います。彼はやや性急に技を繰り出そうとしてしまう面があるので、逆にそれがネックになって、この手の動きを抑制してしまっている様子です。こういう動きは無意識にならないとダメなんですよ。

 彼は心法の読みは達人級なんですけど、自身の“色”を消すのが苦手みたいですね~。

 矢嶋ッXは・・・(都合により文章を消去!)・・・です。う~ん・・・。


 でもね~・・・、かく言う私は素質も才能も無くて身体も弱かったですよ。だから、努力する以外の道が無かったし、私の今の能力は、自分の無能さを補うために35年間、全身全霊で研鑽と試行錯誤を繰り返して挫折と失敗を山のように味わって、世の中と自分の無能さを呪い続けてきた結果、培ったものです。

 多分、あまりに可哀想だと思った武術の神様が最高の達人に次々に巡り会わせてくれたんだと思っています。本当に、必死に学びましたよ。「こんな素晴らしい先生方に教えていただけるなんて、俺みたいに幸運な人間はいない。これをモノにできなかったら生まれてきた甲斐が無いぞっ」と思いましたよ。

 だから、自分の能力に対して誰にも負けない自信があるのは、教えてくださった先生方を心の底から信頼しているからなんですよ。小利口な理屈で世の中なめ腐って成功を目指す薄っペラい連中が百人束になってかかってきたって、負ける気はしません。

 それは“覚悟”が違うからですよ。

 人間、生きてるうちが花。死んだらそれまで。だから、生きてるうちはデカイ花火をバンバンバンバン・・・と撃ち続けて精根尽き果てて死んだ方が面白い!

 チマチマ線香花火をできるだけ長く・・・みたいな生き方して、どこが面白いのか?

 そういう訳で・・・游心流に入った人は、全員、“超達人”を目指してくださいっ!

 自己満足が得たいのなら他所に行ってください。私はそんな人間の相手はしたくない。

 中途半端な実力で満足しないでください。中途半端な実力で他人を上から見下ろしたりしないでください。

 武術の価値は学ぶ人間の到達したレベルで決まるんです。「あの人は強い」「あの人は大したことがない」なんて能書き垂れるだけなら小学生にも言えますが、武術修行者がそれを口にする以上は、それを言えるに足りるだけの水準に自らが到達していなければなりません。

 未熟な人間が大言壮語することを小林先生は殊の外嫌っていましたし、私も技以前の心構えについて教えていただきました。

 力を求めるのなら、覚えておかねばならないことがあります。

 それは、力を持つ者には責任が伴うということです。エゴイストではいけない。どうぞ、それをお忘れなきように・・・。

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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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