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入門するということ

 うちの会員さんは、過半数が他流団体との掛け持ちです。
 掛け持ちを禁止はしていないんですが、過去にトラブルに発展したことが何度かあったので、うちの場合は所属している流派団体のことは申告してもらうようにしています。

 トラブルが起こった場合に対処できるようにしている訳です。まあ、簡単に言って、トラブルを起こした者は破門にするんですね。トカゲの尻尾切るみたいで理不尽だと思われるかもしれませんが、流派間のトラブルに発展するのを防ぐには、自己責任で処分する方が良いからです。

 昔の伝統武術の流派では掛け持ちは厳禁されている場合がほとんどでした。

 どうしてか?というと、流派のシステムが秘伝性にあったので、他流に漏れるのを防ぐ意味がありました。

 今日では、そういう秘伝性は薄れているので、掛け持ちで学ぶ人が少なくありませんから、学ぶ側でも「何がいけないの?」という感覚の人が多いようです。

 けれども、例えば、仲の悪い師範同士の流派を掛け持ちしている弟子がいて、一方の師範が他方の悪口を言っていたら、その人は面白くないでしょう。

 仮に、その人が「あの先生は、こんな悪口を言っていましたよ」と軽い気持ちで伝えたとします。

 すると、もともと仲が悪かったのだから、「あの野郎~」と怒りが爆発してしまったりする訳です。

 そうして流派同士の全面戦争になったとしたら・・・。

 ねっ? 掛け持ちの問題点は、そういうところにある訳ですよ。

 だから、私は入会希望者には現在、所属している流派団体について細かく聞くようにしています。もし、私を嫌ったりしている師範の道場に所属している人だったら、入会申し込みは断ります。

 だって、もしその人が何の悪気もなく、「長野先生の游心流にも入りました」と先生に言ったら、どうなりますか?

「へぇ~」と、無関心であったとしても、内心では快く思わないでしょう。

 そして、その人が「游心流ではこういう具合に習ったんですが・・・」と、その道場のやり方に疑問を言ったりしたらどうなるでしょうか?

 先生は益々、ムカついてしまう・・・というのが火を見るよりも明らかです。

 ことほど然様に、複数の流派を掛け持ちするということには予想外のリスクが発生するのです・・・。

 私が、今現在、極力、他流との付き合いをしないように注意しているのも、目指す方向が異なる以上、意見の相違は当たり前。それが対立にまで発展する可能性も珍しいことではないからです。

 このような事情については、是非、心得ておいていただきたいと思います。

 ちなみに、私が武術研究家を名乗っているのも、自己防衛のためです。武術家と名乗っていたら、恐らく、今の十倍以上の圧力がかかって、とっくに潰されていたでしょう。

 現在、私はまったくの初心者に直接教えるということは、セミナー以外ではやっていませんけれど、それは、メインの会員の実力を徹底的にアップさせたいからです。

 千人を越える初心者に毛の生えた程度の会員がいるよりも、少数でも他流のトップレベルと互角以上に戦える腹心の弟子を育てるほうが、私の研究している内容が評価されると考えているからです。

 游心流の会員自体は、登録している総数だけなら200人近くいるんじゃないかと思いますが、その大半が既に通ってはいません。

 コンスタントに通っているのが数人で、常連と言えるのが20人くらいですか?

 そのうち、游心流の技をきちんと使えるのは3~4人です。

 過去に教えていて来なくなった人には、使えるという水準まで達した人は一人もいませんし、そもそも、名前だけ登録して技を一切、使えないままの人も相当数いるのです。

 だから、私の名前だけ広まって、私の弟子を自称して実力が0という人が出てきたら、本当に嫌だな~と思います。

 USA支部長のabeさんのように、数回しか教えていなくとも基本的な技の原理を洞察して独自に発展させられるような人だったら問題ありませんが(そういう人だから支部長をやってくれと依頼した訳)、そんな人は非常に少ないですからね。

 はっきり言って、私は実力しか認めません。できる人は評価するし、できない人は相手にしません。できない人間が私と対等に口を利いてきても「十年早いよ」と無視します。

 ダメなものはダメ! できない人には「それはダメでしょ」って、はっきり言います。

 もちろん、それを言う以上は、実力で判らせてやる覚悟はしていますよ。仮にも武術やっている人間なんだから、いつでも必要とあらば相手の顔面にパンチするのに一切躊躇はありません。

 よく、「そんな物事を暴力でカタをつけようなんて、社会性が欠けている」なんてマヌケなこと言う甘えた餓鬼もいますけど、何を寝言いっとんじゃ~?としか思わないです。

 いいですか?

 私は、いざとなったら物事を暴力で解決するという覚悟で武術修行をやっている人間なのであって、社会性だの法治国家が云々だのという平和ボケした連中のタワ言なんぞ聞こうとも思いませんよ。

 信じるのはオノレの戦闘能力のみ!

 くっだらね~思想を唱えれば、誰もがほほぉ~っと感心して言うこと聞いてくれるとか思ってる阿呆じゃありません。

 よって、私は武術を趣味として楽しもうとは思っていません。あくまでも実際に命がかかった時に生き残れる技術であるかどうか?ということしか考えていません。

 私が嫌いなものは、政治・国家・権力・権威・・・。

 もちろん、嫌いだから無視するというつもりはないですよ。法治国家の仲に住んでいるんだから、他人に迷惑かけないように、できる限りは従うつもりでいます。

 だけど、私の意識の中で、「これは従えない」と思ったら、絶対に従わないで自分のルールを通すつもりでいます。だから、自分のルールを通して生きるためには自己防衛の技術が必要だと考えて武術修行している訳ですね。

 少なくとも、特殊部隊と戦って独りで脱出できるくらいの戦闘能力は体得しとかなくちゃいかんな~と思うので、銃にも拘るんですよ。

「そんな事態がある訳ないだろ?」って思う人は甘~い。

 北朝鮮に拉致された人達って、要するに特殊部隊に捕まったんだし、あるいは紛争地域でアルカーイダに捕まって処刑された日本人青年とかいたじゃないですか?

 絶対ないとは言えませんよ。

 武術の心得として、“想定外”は設定しちゃいけないんです。いかなる事態も起こり得るという考えで、いざ、それが起こった場合にどうやって切り抜けるか?ということを考えるのが基本ですからね。

 論を戻すと、だから、流派を掛け持ちする場合、「学んでいる双方の流派に迷惑がかからないように言動には注意すること」と、「もし、トラブルが起こった場合は自分が責任をもって解決すること」の二つは最低限の覚悟として認識しておくべきなんですね。

 だから、もし、掛け持ちしている人は、自分が掛け持ちしている事実をきちんと先生に話して、「絶対に先生には迷惑をかけません」と宣言して許可を得られることをお勧めしますね。

 やっぱり、隠していてバレた時は、先生も切ないものなんですよ~。隠し事って、いろいろと人を傷つけるものなんです。話した方が絶対、楽ですよ~。

追伸;新作DVD絶賛発売中! これは内容が内容なので安売りできませんので、割引セールからは対象外とさせていただきます。また、場合によっては封印するかもしれませんので、「そのうち、割引されるだろう」と思っている方はごめんなさい。「これは、出し過ぎてしまった・・・」と、後悔しているので・・・。

追伸2;現在、遅れている本の原稿を大幅手直し作業中で、セミナー感想のお返事が書けておりません。申し訳ありません。ブログ記事も滞っておりますが、御理解ください。

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横浜同好会、会員大募集!

 横浜同好会の常連会員だったIさんが、突然、退会を申し出てしまったので、フィックスの会員さんがいなくなってしまいました。

 いや~、せっかく場所も確保してやっているのに、人がいないのではもったいない。

 それで、主催者のK原さんと相談して、会費は一回500円に値下げすることにしました。横浜方面の会員さんは、是非、いらしてくださいませ。

 大々々歓迎ですよ~。


 さて、話は変わりますが、私のところに以前、所属していた者が、大変、御迷惑をおかけしたという事実が判りまして、また事情を御説明しておくべきか?とも思いまして、武神館の中太啓治先生にお詫びのお手紙を出しました。

 中太先生のお噂は以前から度々、耳にしておりましたので、本来だったら、面識もないのに、いきなり手紙を出すのも逆に失礼かな~と思って遠慮するところなのですが、事情を御承知でないままだと問題が発生する可能性があると考えられたので、あれこれ考えた末に、敢えてお手紙を書いた次第です。

 そうしたら、早々に御礼のお手紙と、練習風景を記録された映像集も贈ってくださいまして、話に聞いていた以上に、立派な人格の先生だな~と感激しましたよ。

 映像の中には、うちの会員だったOさんも映っており、きびきびとした動きで組手をこなしていて、元気そうで安心しましたよ。

 その後、どうしているか?と心配だったのですが、中太先生の下で修行を積んでいけば一人前の武術修行者になるのではないでしょうか。

 それにしても古武術系で自由組手の研究をしている道場は珍しいので、本当に貴重な資料を頂戴したものだな~と思います。

 限定的なルールを決めてライトかセミコンタクトくらいに加減して組手されていましたが、エキサイトしてくるとバシバシ当てあう感じになるので、練習の意味を互いに理解している者同士でないと難しいだろうな~と思いました。

 戸隠流の技はまともに使えば非常に危険なので、組手の研究は他の先生方からは異見もあるのではないかと思いますが、実戦経験もないまま危ない技を約束された状況の中だけでやっていたら勘違いする者も出てくるでしょうから、そういう点からも大切なものを教えようとされているのが、よく解りました。

 お弟子さんたちの身のこなしも素晴らしく、突き蹴りが脱力されてスパーンと出るところなど、一般の古武術系とは一線を画した練度です。

 軽く出していても重さが乗って、「あっ、これは見た目よりずっと痛いぞ~」とか思って見ましたね。

 中太先生の御門下にはいろいろな大会で上位入賞や優勝もされていて武道マスコミでも噂されていた舘さんもいらっしゃいます。

 ライターやっていた頃にはよく名前を見かけたので、「へえ~、戸隠流忍法をやりながら大会で活躍されているって凄いな~。何か、陸奥円明流みたいだな~」と、よく編集者と噂したものでしたよ。

 切っ掛けは、うちの元会員がかけた迷惑で、「あのバカタレどもめ~」って感じではあったんですが、素晴らしい古武術師範と縁が繋げて、本当に嬉しいです。

 でも、やっぱり、組手で痛い思いもしているから人格が練られるのかもしれませんね。

 型稽古しかしなくて痛い思いを経験していないと自惚れて根性曲がる率が高いからね。


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新体道ライブ『火ノ鳥-擬死再生-』

 5月18日は六本木で新体道のライブ・パフォーマンスがあったので、観に行ってきました。

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 私、田舎者で人の多い都会的なシャレた場所って苦手だもんですから、六本木って、ほとんど来たことないんですよね。だから、六本木ヒルズって初めて見ましたよ。

 新体道とのお付き合いも、もう随分、長くなりますね~。

 このライブも、確か三度目かな?

 drumsの羽野昌二さん、bassの中村大さん、voiceの松井アミさんといったミュージシャンとのコラボレーションで武道の演武をやるというのも、新体道ならではという感じがします。

 ちなみに、7月に大震災復興のチャリティー演武会を開催されるんですが、私も参加して演武やることになっております・・・。何、やろっかな~?

 普通の演武会だったら、断ってるんですけど、新体道主催だから、「まっ、いっちょ、やってみっかぁ~」って感じで引き受けちゃいましたよ。

 何か、ライブ見せていただいていて、「こういう形なんだったら、俺がやっても大丈夫かも~?」と思うようになったんですね。シャレが通じそうだから・・・。

 今回のライブは、新体道、剣武天真流の演武に、即興のパフォーマンスがありましたが、堅いコンクリの床でぶつからずに受け身を取れるのは大したもんだな~と、まず、思いました。

 新体道の空手は松濤会の流れを汲んだ遠い間合を直線で突いていくものですが、特徴的なのはワカメ体操で知られる養気系の動きです。

 グニャグニャに動いて中心も軸も消していくので、狙い目が無くなるんですね。

 その状態からピシャッと腕を跳ね上げる打ちは、見た目からは想像できない破壊力がでるのです。

 私、新体道の武術性という点では養気系の動きに注目していて、青木先生の著書に書かれていた記述から推測して掌打を研究していたんですね。

 何というか、カツオがビチビチビチッて尾鰭をバタつかせるような打ちですね。全身の力が波状に連動して掌打を打つと、0距離でも非常に浸透する打撃力が出せるんです。

 帰りの地下鉄である武道団体の方と一緒になって感想を聞きましたが、その方は「さっぱり判らない」と言われていましたね。

 実際、新体道をやっている人でも武術的な意味についてはよく判らない人が多いんじゃないか?とは思います。精神的な方向を目指しているので、武術性を追求すると新体道の方向性が違っていくんじゃないかな~?という気もします。

 もっとも、だから新体道が武術として使えないのか?というと、答えは完全にNOなんですね。

 私だって、最初は、さっぱり判りませんでしたよ。だけど、青木先生の演武を眼前で観る機会があって、仰天したんですよ。「うわ~っ、メチャクチャ、強えぇ~よ!」ってのが私の感想でした。これ、今でも同じ感想です。

 まず、これだけ身体が練り込まれていたら通常の打撃技とかは効かないと思います。

 その上で、打撃技は極めて貫通力のある一撃でズバーンと打ち抜くような突きであり、背骨を踏み折るような蹴りです。

 単純に、この時点で理論上、最強です。

 しかし、その上に、超人的な読みの能力も獲得しているんだから、反則でしょう。

 私が新体道を評価してきたのは、ただ一途に、「強いから」というだけの話です。優雅であるとか思想性がどうとか、そんなもん、私は興味ないっ!

 武道武術は人間の限界を突破して果てしなく強さを追求してこそ、価値があります。

 しかし、その求めるべき“強さ”は、単なる格闘の技能の強さを超越して肉体と精神の枠組みを突破して果てしも無く続くものでなくてはダメです。

 つまり、そこに妥協なき宗教的生命原理への回帰が伴っていなければならない。

 あらゆる人間の作為を取り去った果ての自然との一体化。そこに本物の強さがあると教えてくれている武道は、私の知る限り、新体道だけです。

 理念上のものだと勘違いされても困るので、具体的な話を一つ。

 あらゆる武道、武術には、その流儀特有の形、戦闘のパターンというものがあります。

 だから、型を演武してみせれば、ある程度、その流儀の戦い方のパターンが読めます。

 一見、いかにも強そうな型を見れば、「凄い流儀だ!」と初心者は思うものですが、そういう見た目に明白な凄さというのは、戦い方のパターンが明白で、実は気の利いた者には封じ方を教えるに等しいのです。

 戦闘のリアルを考えるのなら、こちらの手の内を見せずに相手の手の内を知っていれば、本来は百パーセントに近い確率で勝てなくてはなりません。

 私のところには伝統空手・フルコン空手・少林寺拳法・合気道・キックボクシング・総合格闘技・柔道・剣道・中国武術・古流柔術・・・等々を数年から十数年も修行した人が尋ねてこられますが、ほとんどの人は私と手合わせして簡単に制圧されています。

 どうしてでしょうか? 腕前が違い過ぎるからでしょうか?

 いいえ、全然、違います。

 中には私より実力が上の人もいるのです。なのに、手合わせすると私にしてやられてしまう・・・。

 答えは、「尋ねてきた人は私の手の内を知らないけれども、私は相手の手の内を解っているから」です。

 もし、ルールを決めて試合のような形式でやったら、私に勝ち目はありません。

 でも、ルール無用で何やってもいいのであれば、私が勝ちます。

 どうしてか?というと、私は相手の弱点だけを徹底して攻めて、相手に何一つ技を出させないからです。

 ヤンキーや暴走族だった人間に「アンタはズルイッ!」と言われる意味が解ります?

 勝つことだけが目的ならば、どんな汚いことでも平気でやる。だから、当たり前に勝てる訳です。強いとか弱いとかじゃなくて、相手の持っている強さを一切出させないのが必勝の方程式です。

 武術の戦術というのは、そういうものなんです。勝てるようにしかやらない。どうしても勝てないと判断したら、スタコラサッサと逃げる・・・。逃げておいて確実に勝てる戦術を整えてから再戦する。それもまた兵法というものです。

 武術の目的はサバイバルです。生き残るのが目的なんだから勝てるかどうか判らない戦闘はやらないし、やる以上は確実に勝てる手段をためらわずにやる!

 でも、こういうスタイルというのは、普通に武道に励んできた人は卑怯だと毛嫌いしますよね?

 だけど、そんなスポーツ感覚で中途半端な強さを比較し合うのを楽しいと感じる感性は理解できません。

 真剣に戦うというのは、どっちか、あるいはどっちも死ぬってことですよ。命を捨てる覚悟がなければできないでしょう?

 新体道に関して言うなら、普通の空手の技は怖くありません。私の目には直線的過ぎるように見えます。

 読みのできない相手には当たっても、私には効かせられないと思います。捨て身で相打ちを狙えば、一方的にやられはしないだろうと思います。

 むしろ、私は養気系の動きが怖い。何ちゅう恐ろしい動きか・・・と、今回のライブを見ていて背筋に冷や汗が流れましたよ。

 だって、通常の武道の攻撃や防御の技が動きの中に溶けてしまっていて、まったく観えないのです。あれでは、こちらの攻撃目標が捕らえられないし、どこから打たれるか解らない・・・。

 相打ちのタイミングも取れないから、下手すると気づいたら致命傷食らっていたという事態になりかねません。

「さっぱり意味が判らない・・・」と評されていた言葉を聞きながら、“だから、新体道は凄いんですよ”と、私は心の中で呟きました・・・。

 もっとも、あの怖さを本当に理解できている人が、一体、何人いるのかな~?と、私は帰りの電車の中で沈思黙考していました・・・。

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リメイクえん魔くん作ってるの・・・オレ?

 東京支部も復活した矢嶋師範代と、金曜ド深夜に突如、リメイクされている『ドロロンえん魔くんメ~ラメラ』のヲタク話に興じております・・・。

 や~、何か、これ・・・原作に近いストーリーながら、1960~70年代の東宝怪獣映画のパロディーもテンコ盛りだったりするのですね。

 確認できただけでも、ゴジラ、キングギドラ、ヘドラ、メカゴジラが登場し、「マタンゴ」というセリフや、『ゴジラ対ヘドラ』のゴーゴーバーのパロディーもあったりして、これは何者が作ってるんだ?と思いましたね。

 無論、ダイナミックプロの作品ですから、えん魔くんが夢の中でマジンガーZに変身したり、TV版デビルマンに登場した妖元帥レイコックもチョロッと出たり、ハルミちゃんは妖鳥シレーヌにされたりしておりました。

 しかしね~・・・このパロディーって、私みたいな40代後半のヲタクでないと判らないと思うんですよね~。

 例えば、えん魔くんがファイヤーマン、雪子姫がジャンボーグA、カパエルがミラーマンのコスプレで登場するオープニングがあったりすると、昨年末のウルトラマンゼロ劇場版に登場したグレンファイヤー、ジャンボット、ミラーナイトになぞらえたのかな?とも思ったりするんですが、いきなり円谷プロの70年代特撮ヒーローキャラをパロったりする意味が判りませんっ(苦笑)。

 揚げ句に、妖怪・蜂の巣入道の蜂に脳みそを吸われて赤ん坊のようになったえん魔くんを子連れ狼の若山先生版の乳母車に乗せてハルミちゃんが押してくる・・・というパロディーが出た時は、「うわっ、何だこれ? まるでオレが演出しているかのような・・・」と、ちょっとビビッてしまいましたよ・・・。

 でも、最近は著作権にうるさいから、これだけ露骨にパロッてると、何か作品そのものが封印されたりしないかな~?という不安もありますが・・・。

 そういえば、もともとの『ドロロンえん魔くん』にも封印タイトルがありましたね。工場の廃液で狂った妖怪“きちがい竜魚”の回。結構、ヤバめのストーリーがあったんですよね~。

 昔のアニメや特撮って、キチガイ、メクラ、カタワ・・・とか現在の放送禁止用語をバンバン言ってますよね~。東映チャンネルは男気があって、そのまま平然と放送しちゃうけど・・・。

 ともかく、リメイクえん魔くん。何か、ひょっとしてオレに向けて作ってるの?というくらいピンポイントで私の琴線に触れてくる作品です。

 なので、眠い目をこすりこすり、頑張って毎週、観ている私でございまする・・・。

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『游心流武術の戦闘理論』DVD完成!

 お待たせしましたっ!

 自主製作教材DVDシリーズの最新作『游心流武術の戦闘理論~読み・歩法・交叉法~』が完成致しました。

 先程、最終チェックを済ませたところですが・・・ヤバイ・・・。

 とんでもなく、解りやすい・・・。

 こんなに解りやすいと、このDVDを見た人達がパクリ放題ですな~・・・。

 いや~、しまったな~・・・。もっともったいつけて、ごまかせば良かったかも~?

 う~~~~~ん・・・・。

 値段は税込み20000円としましたが、気持ち的には20万円にしたいところです。

 恐らく、昔の会員さんが見たら唖然とすると思います。「あそこまで隠していたのに、何で、今頃になってバンバン公開しちゃったんだ?」と・・・。

 許してくださいっ!

 もう、このネタを出さないと生活費稼げないんですよぉっ。みんな、貧乏が悪いんじゃ~っ!

・・・っとか言ったりしてますが、実は違うっ!

 見てもらえば一目瞭然と思いますが、現在の游心流会員のレベルを見せつけてやりたかったんですよ。

 この三年間くらいで、相当、レベルも上がったと思うし、他流の人と勝負してもガチなら引けはとらんという自信ができたんで、敢えて戦闘理論を公開した次第です。

 自信がなかったら公開しないもんね。

 無論、現在は、公開した内容の二歩、先に進んでおります。でなきゃ~、公開できませんけどね・・・。

 特に今回は連続縮地法を使った歩法を公開したことに意義があります。今まで小林先生に遠慮して出さなかったですからね。

 真摯に武術に取り組みたい方は、是非、御購入の上、御覧くださいませ!


※※※ 商品詳細 ※※※

『游心流武術の戦闘理論~読み・歩法・交叉法~』DVD-R 本編:53分
価格 20,000円 (送料はこちらで負担致します。)
2011/07/01(申込分)より価格が30,000円になりました。

『游心流武術の戦闘理論~読み・歩法・交叉法~』は、7月より30000円に値上げしておりますが、セミナー参加される方には当初の20000円で販売継続することにしておりますので、宜しくお願い致します。それから、游心流会員の方には20000円でお売り致しますので、注文の時に申し出てください(長く来ていない人だと会員かどうか事務局で判らない場合がございますので、必ず自己申告してください)。



『発勁と化勁 原理と用法』DVD-R 本編:1時間26分
価格 15,000円 (送料はこちらで負担致します。)

『游心流武術健身法 上級 教材DVD』DVD-R 
価格 20,000円  (送料はこちらで負担致します。)

『游心流武術健身法 初級・中級 教材DVD』DVD-R 
価格 20,000円  (送料はこちらで負担致します。)

 

ご注文方法

ご購入希望の方は、以下の要項を満たしてメール(yusin_mail_from2006(アットマーク)yahoo.co.jp)にてご注文下さい。折り返し、お支払い方法をご連絡致します。
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※未記入項目がある場合、こちらからご連絡しないこともございます。ご了承下さい。
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GW相模原本部特別講習会

 今年のゴールデンウィークって、何か例年とは違って、家に籠もっていたくなる人が多かったんじゃないでしょうか?

 それで、急遽、隔週木曜の稽古時間を昼に変更して特別講習会を企画した次第ですが、久しぶりに会員の参加者も結構来られて、ちょいとゴールデンウィークらしいプチ旅行気分になりました。

 しっかし・・・新しく会員になられた方から、ほびっと村の講座の後、「血尿が出た」という話を聞いて、ぞぞぉ~っとしてしまいました・・・。

 何でか?っていうと、この日、太極拳の必殺技法について理解してもらうために、座布団重ねて全員で発勁打ち合う練習もしていたんですが、この時に「ちょっと、先生の発勁を味わせてください」って言われて、ホンジャマ~・・・って、ポ~ンと軽く30パーセントくらいで打ったんですね。

 その場は後ろにちょっと飛んだ程度(そうなるように加減しましたっ!)で、本人も別に痛そうな顔とかしていなかったんですが、「その場は何ともなかったんですが、帰りにトイレに寄ったら、ピンク色のオシッコが・・・」という話で、アワワワ~ッて思いました。

 この時は横で見ていた北島師範が、「先生っ、そんな強く打ったら危ないですよっ」と言っていたんですけどね・・・。

 で、後から皆さんに聞いてみたら、「長野先生が軽~く打ってるのは解るんですが、それでも以前よりずっと強烈になっているんです・・・」みたいな感想を言われました。

 本当に、陶器を扱うように慎重にやっているんですが、どうも、威力が出過ぎてしまっているみたいです。

 正直、自分でも内力がムッチャ上がってる感じがしてるんで、30パーでこれだと、もう10パーくらいに抑えていないとマジで死人が出るかもしれないです。

 でもね~・・・、私、エージーイー・フォーティエイトでっせ? 40過ぎても技は熟練して総体的な技量は上げられる・・・とは思っていましたけど、発勁の威力がまだ上がっていくとは思ってなかったですね~。

 率直に申しますが、私、発勁の威力だけは凄く自信がありまして、全力で打ち込んだら大概のヤツは一発で絶対に倒せると思っています。疑ってる方は実験させてくれます?

・・・っつ~か、「あっ、これ・・・本気で打ち込んだら息の根止まるな・・・」という実感が確信に変わってきていまして、ここ最近は、“いかに怪我をさせないようにした上で、納得してもらえるように打って見せるか?”というのがテーマだったんですよ。

 だけど、どんどん加減が難しくなってきました。“重心移動を体内で加速させられればさせられる程、威力はどんどん倍加する”という理論で考えていたんですが、人間技で出せる威力の限界を確実に突破していっているように思えています。

 パンチ力というよりも、もう・・・“車が衝突するような威力”が出るんですよ。跳ね飛ばされないで威力が全て体内に作用したら・・・ねっ? 解りますでしょう?

 これ、決して自慢して書いている訳じゃないんです。何故なら、私が考案した発勁の打撃法は、“誰でも即座に体得できてしまう”からです。

 誰でも、私の指導する通りにやれば、即座に自分より体重が倍くらいある相手でも発勁一発でドバーンッ!と吹っ飛ばせるんです。

 その上で、効果的にダメージを与える打ち方を用いれば、一発で致命傷を与えてしまえるんですから、「いや~、武術ってすげぇ~な~」と、つくづく震撼させられます。

 何といっても、“ズブの素人を、その場であっという間に殺人パンチャーに変えられる”んですから、発勁の真の怖さは、ここにあると思いますね。

 もちろん、これだけできても“動いて攻撃してくる相手に確実に技を極めるのは無理です”よ。真剣にやってきている人は、皆、ここで挫折する場合が多い。

「確かに発勁の威力は凄いけれど、相手はじっとして打たれてくれないし、仮に当たったとしても動いて攻撃してくる相手に百パーセントの威力で発勁を極めるのは至難の技だよな~」という現実に直面して諦める人が多いんですよ。

 中国武術の本当の意味での秘伝というのは、“ここです”ね。発勁の威力なんて、基礎原理を体得して修行していれば、勝手に気づきますからね。

“相手の技の封じ方と、こっちの技を確実に極めるための戦術”こそが秘伝なんです。中国の武術家は絶対にここだけは教えてくれない。仮に拝師しても教えない場合がほとんどです。

 何でかっていうと、この部分は極意相伝で門派の後継者にしか伝えないのがルールだからですよ。

 でも、その“技を極めるための方法論”を私は考案して、体得するための稽古法もシステム化した訳です。それが嘘か本当かは論より証拠。体得してきている会員が数人は育ってきているので、自信を持ってます。

 基本的に游心流は“内家武術”なので、内功を練らないと必要な威力が得られません。

 初級で下丹田(骨盤の動き)を養成し、中級で中丹田(胸部の操作)を体得し、上級で上丹田(脳の機能)を活性化して用います。

 言葉で説明すると、実に簡単そうに思えるでしょうが、これを具体的にものにしていくのは相当に難しいのです。普通は・・・。

 だけどね~・・・、私が35年以上も続けてきて、数限りなく失敗と挫折を繰り返しながら実験研究を積み重ねて体系付けした結論は、言葉で説明したら、本当に何てこた~ない単純なことなんですよね~。

 そして、解る人には一瞬で解る場合もある。しかも、ここ最近は十代にそら恐ろしいばかりの才能の持ち主が一人、二人と出現してきて、「俺が高校や大学の時は、単なるオタクでしかなかったけどな~?」と、空しく感じたりもします。


 さて、本部の特別講習会も、普段の稽古とほぼ同じ内容でやってみましたが、2時間があっという間に終わってしまいました。武器術をやる時間が無くなってしまいました。

 次回は、もっと余裕をもってやれたらいいな~と思っています。

PS;長らくお待たせしました! ついに最新DVD『游心流武術の戦闘理論~読み・歩法・交叉法~』が完成しましたっ! 本文中で述べている「動きながら攻撃してくる相手を如何に無力化してこちらの攻撃を極めるか?」という“秘中の秘”の戦闘理論について初めて詳細に実演解説したDVDです。通常の武術DVDよりずっと高く設定していますが、これは今まで誰も具体的やり方を明かせなかった武術にとっての根幹を成す理合ですので、安売りする訳にはいかないな~と思っております。ビジネス上は、もっと安くして多売した方がいいのでしょうけれど、これは安易に広めると武術業界にまたぞろ詐欺師を量産しかねないからな~? どうぞ、意のあるところをお汲みいただいて、真に武術の本質を求める方のみ、御購入くださいますよう、お願い申し上げます。

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谷垣監督の本を読んだ

 会員のK塚さんから、谷垣健治監督の本があるというので、貸してもらって読みましたよ。

 タイトルは『香港電影 燃えよ!!スタントマン』(小学館)。
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 表紙には、CZ75のファーストモデルを構えている谷垣監督の写真が使われてます。

 谷垣監督は、ジャッキー・チェンの『スネーキーモンキー蛇拳』を観たのが切っ掛けで香港アクションの世界に入っていったそうですが、私も、もう少し若かったら、武術の世界ではなくてアクションの世界を目指していたかもしれません。

 ジャッキー世代の人だとカンフーよりもスタントアクションに魅力を感じる人が多いと思うんですが、私はブルース・リー世代でもあるので、やっぱりリー先生の影響を受けると武術の方に行く人が多いと思うんですね。

 丁度、空手バカ一代世代とも重なるんで、私より上の世代だと、中国武術マニアになるか、極真空手習うか・・・で分かれるんですよ。

 私は当然、中国武術マニアの方ですけど、九州出身なんで子供の頃から普通に殴り合ったりするケンカをしていますから、ケンカに使えるのは、やっぱり空手か?と思って、空手の練習もしましたけどね。

 戸隠流忍法に興味持ったのも、当時、初見先生の本が続けて出ていて、「ムムッ、これは何か使えそうだな~」とマニアックな技に興味をひかれていたからですね。

 実際に戸隠流学んだ時は想像以上の巧妙なテクニックが楽しくて仕方なかったですね。

 けれども、最初に憧れた中国武術は何としても学んでみたいと思っていました。

 まあ・・・かように私の興味は常に武術に引っ張られてきた訳ですが、香港アクションも私はあんまりスタントには興味がなくって、ひたすらバトル・シーンのテクニックに魅了されていた訳です。

 その意味で、型の美しさよりも、技の用法の巧妙さを見せてくれるのが大好きで、ただパワーがあってスピードが速い・・・ってのより、テクニックの見事さに惹かれますね。

 よって、蛇拳や酔拳でも、ジャッキーより爺さんに憧れる訳です。ヤングマスターの時も悪漢キムに、スパルタンXの時もベニー・ユキーデに・・・。

 この感覚って、ウルトラマンより怪獣が好きって感覚と近いかもしれませんね。

 そういえば、CSで『七人の侍』と『十一人の侍』を久しぶりに観ましたが、私はやっぱり、剣の遣い手を演じた宮口精二や西村晃が主役よりずっと好きですね。

 ジェット・リーのワンチャイ・シリーズも、鬼脚七を演じた熊キンキンがサイコー!(実はジェットのアクションの吹き替えもこの人が演じていたというのは有名)


 谷垣監督の香港スタント事情は凄く興味深かったです。自分のやりたいことにまっしぐらに文字通り身体張って突っ走る人を私は全面的に尊敬します。

 実は、最近、私、密かにアクション俳優デビュー?しました・・・っつうか、それ以上は書けないんですけど、何らかの形で今後、アクション映像の裏方仕事とか関わりが出てきそうな予感がします。昔から憧れだけはあったけど、48歳でデビューって遅過ぎるにも程があるけどね~。


 それと、北島師範がコンビニで買ったという『世界のすごい武術・格闘技』という本を貸してもらって読みました。執筆陣に福昌堂ライター出身者がいるじゃ~ん? 頑張ってるね~。

 懐かしいな~と思いながら、楽しく読みました。ツッコミ具合は薄いですけど、幅広~く紹介されていて面白いです。もう少し日本や中国の伝統武術について突っ込んで書いてあると良かったんですけど、マニアックなだけだとつまんね~しな~・・・。

 また、『太極拳・全 改定新版』を会員のNさんから借りて読んでます。

 王樹金一門の派ですから、99式正宗太極拳。私もほびっと村の大友先生と、躾道館の小林先生に教わりました。

 でも、長いから全部は覚えられませんでした。

 どうも、私は型は短いものしか覚えられませんね。単式練習するような型しかやる気がしないんですよ。

 一時期は結構、真面目に練習して、太極拳・八卦掌・八極拳とか、七つくらいは覚えて練習してたんですけどね~。どうも、分解組手の練習が好きなんで、套路はほとんど忘れちゃいましたね。

 そういえば、昔、うちの師範代に任命していたOさんは、八極拳の套路が非常に上手で、将来は凄い武術家に育つんじゃないかな~?と期待していたんですけど、ある事情で休会させていたら、そのままフェードアウトしてしまい、本当に残念でしたよ。

 Oさんに関しては、別に辞めさせた訳じゃないから、気兼ねしないで戻ってきてくれていいんだけどな~・・・。

 もっとも、武術業界は独特な人間関係があるんで、根本的に合わない人もいるんです。

 特に自己中心的な考えで行動する人は、必ずトラブルメイカーになります。基本的にヤクザと近い義理人情で縛られている業界なんで、師匠のメンツを考えない人間は確実にOUTですよ。

 そして、二度も三度も同じような事件を繰り返せば、もう廻状が回されて武術業界でお尋ね者扱いされてしまいますから、安易な考えで入門したら最も危険が危ないよ~。

 ちなみに私も廻状回されたことあるらしいです。でも、誤解なんで先方の先生に謝りに行きましたよ。撤回してくれなかったそうですが・・・(苦笑)。

 あっ、そういえば・・・谷垣監督の著書中、カンフー道場のヤツは、どいつもこいつもヤクザみたいだと書かれていて、私はムハハッと笑ってしまいました。

 表演派ならそんなことはないと思うんですが、伝統武術の道場だと“伝統的”に秘密結社に入る習わしがあったりするので、黒社会系の傘下になったりするんですね。

 私、以前、台湾の中国武術界の大物と会ったことありますけど、この老師もチクレンパンの大幹部なんだそうな。

・・・っつうか、中国武術での拝師制度って、オートメーションでその門派が属する結社への入会を意味してるんですね。

 ギョギョッとする人もいるかもしれませんけど、これって当たり前のことなんですよ。

 別に武術でなくても伝統文化を学ぶということは、そういうもんなんです。

 日本だって事情はそう違わないです。伝統ある流派に正式に入門するには紹介者が必要だったり、誓約書に血判押したりしますもんね。

 それに、本当に実戦的な道場って、代表者が右翼でヤクザだったりするのが当たり前なんですよ。それ聞いてビビるようなヤツはやらない方がいいです。

 だったら、「スポーツ格闘技の方が健全でいいや~」って、プロ格闘技のジムを選んだ人! あま~いっ!

 プロの格闘技って、興行がからむから、よりヤクザ率が高いんですよ。プロ格闘技のプロモーターが不審な自殺をしたりする事件とかあるじゃないですか? あれって怪しいよね~?

 元世界チャンピオンがヤクザ組織の用心棒をやっている場合もあって、転落ストーリーを悲劇的に語ったりしますけど、なんのこた~ない。ジムが元々、そっち系だったってことでしょうね。

 名前は出せませんけど、思っているより多いですよ~。

 華やかで楽しげでカッコ良さげに見えても、それを支える裏側は綺麗事じゃあ語れないもんです。それを理解した上でこそ、本当に好きだと言えるんだと思いますね。

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5月セミナー“軸の合気”

 GWの最終日に、5月の月例セミナーを開催しました。

 宮城から参加されたセミナー常連のHさんの無事を、他の参加者の方々も喜んでおられて、先月も「セミナー会場に来たら、いつもの仲間がいて安心できました」と言われる方もいらっしゃって、月に一回のこのセミナーも、最早、会員同様の連帯感が自然に生まれてきているように思いました。

 さて、今回は、前回の脱力技法による合気技だけでは通用しない場合に用いる合気の柔術技法としての軸の操作による崩しについて解説指導しました。

 前回は、やや見世物芸的な要素が強くならざるを得ませんでしたが、今回は具体的な技としての実用面をより強く感じてもらえるような技を解説指導させてもらいました。

 その意味では、あまり合気という感じはしなかったんじゃないか?と思うんですが、合気的な崩しの方法論はどんな流派にも多少なりとも含まれている訳です。

 解説内容としては、1分くらい、中心軸・側軸(肩と股関節、肘と膝、手首と足首)といった想定される崩しの“ねらい目”についての“軸”という概念をざざっと説明し、後はすべて、その軸の中正をわずかに崩すことで重心バランスを失わせて無力化する理論について実技で説明しました。

 うちのセミナーは、既にいろんな武道・武術・格闘技を数年から20年以上も続けている方もよく参加されています。

 そういう方だと、御自身の学んでいる流派の技が、果たして単に熟練することだけで威力や精度が決定されていくものなのか?という疑問を持っている場合が多いんですね。

 だいたい、上手いとか下手とかは、どこがどう違うのか?

 これって案外、難しい問題ですよ?

 高段者でも下手な人はいますし、長くやっているから熟練して上手いか?というと、そうとも言えなかったりします。私も、指導者クラスの人でも素人より弱いんじゃないか?と思える人は何人か会ったことあります。

 かと思えば、今年の春に三重からシダックスに毎週通ってきていた学生さんは、武道経験は無いらしいのに、物凄い才能の持ち主で、一つ教えると次の週は別人のようにバージョンアップして来るので、本当に驚きましたよ。

 では、素質や才能の問題か?というと、確かにそういう面は厳然としてあるんですが、それだけで決定されるのか?というと、やっぱり、そうじゃない。

 できるできないというのは、必ず理由があります。

 熱意・実践時間・集中力・頭の良さ・観察力・・・といった本人の資質によるのは言うまでもありません。場合によっては完全に独修しても並み以上のレベルに到達できる天才的な人もいるでしょう。

 私が武術研究家と名乗っているのは、現代ではいろんな武術の情報が公になっているので、情報だけならいくらでも集められるのに対して、いざ実際に自分がそれらの情報から有益なものを選んで修行の糧にしていく場合に、益が無いだけならまだしも、むしろ害にしかならなかったりするケースを何とかしなきゃいけないと思った点もありました。

 これは武術ライターをやっていた頃から強く思いましたね。

 自己満足で与えられる情報を鵜呑みにして練習していたって、真の上達には結びつかないと思ったんですよ。

 現代は情報社会であるからこそ、大抵の秘伝は公開され解明されていっていますし、いろんな流儀の技が詳解されているので、貪欲に探求する人はどんどんレベルアップしていきます。これを圧し止めることは不可能です。

 ですが、情報の真偽を判別することは素人には難しいですよ。ガセの情報に踊らされてしまう人も多いでしょうし、わざとガセ情報を広める悪質な人間もいます。

 情報を整理する人間も必要なんですね。だから、私がそれをやろうと思っている訳。


 合気や発勁は、現実離れした万能の必殺技のように紹介解説されてきました。

 私も最初はそう思っていましたが、ほぼ技術構造的に解明できてしまった今となっては、「技術なんだから仕組みが解れば誰でもできるし、素質や才能に左右されない分、むしろ体得は容易である」という認識に変わってしまいました。

 そして、「技として単独で用いるものではなくて、結局は、総合的な戦闘法を体得できていなければ真価を発揮することはできない」という真相にも気づきました。

 でも、確かに、これができるのとできないのでは、戦闘の効率が10倍は違うと思われます。

 が、万能という訳ではない・・・。

 この長所と短所をきちんと弁えていなくちゃいけません!

 合気の技も、単に見世物芸として限定状況でしか使えないのでは武術として意味がありませんから、今回は実用技の触媒的な用い方をいろいろ解説してみました。

 突きや蹴りに用いる方法。ムエタイの首相撲で膝蹴り地獄にされるのを封じる方法。脱力の合気を体得している相手を崩す方法。小手返しの有効な掛け方。密着戦で挽回する裏技。・・・等々。

 軸を想定して、その軸を歪ませるだけで相手の攻撃力を大幅に半減させられるという理論を知ってもらえば、応用性は自在にできてくるんですね。

 この軸を歪ませれば力が出せなくなる・・・という理論は、武道医学を勉強している時に学んだキネシオロジーの理論の一つです。

 その後、田中光四郎先生の体術技法や新体道の技に触れたりしているうちに、力の働く仕組みに気づいて、合気や化勁の原理の理解が進んだのです。

 今は、この理論を進めてどんどん応用技を開発していっています。

 恐らく、そういう関係からでしょうが、バイオメカニズムに関連した学会誌にも原稿依頼を受けて二回、書いています。

 いずれは科学的にきちんと解説してみたいと思っていますが、今は武術技法をどんどん応用発展させて新しい技を開発していくのが楽しいですね~。

 それと同時に、昔から伝わってきているいろんな流派門派の極意の技の秘密も解けてきています。

 それが、各流儀を実際に学んでいる方々のお役に立てれば、研究家として本望ですね。


 しかしね~。今回も、以前、うちに居た元会員のその後の話を聞く機会があって、何か、ちょっと複雑な気持ちになっちゃいましたよ・・・。

 またも問題起こしたらしくって、ガック~ンときました・・・。

 あの時、有無を言わさずに、ドカ~ンとカミナリ落として武術界追放に仕向けてやった方が本人にとっても良かったんじゃないか?とも思いました。

 とにかく、周囲に迷惑を掛けていながら自分は正しいと主張したって、世の中、通じません。いずれ自分の首を絞めることになるだけです。

 人間は自分の分を弁えて、人との縁で支えられて生きているんだという自覚をして、とにかく感謝の気持ちを忘れちゃ~いけないと思いますよ。

 例えば、先日、元『武術』『月刊空手道』の編集長だった生島裕さんに会ったことのある人とお話したんですが、私が現在のようにもの書きをやっているのも、最初に生島さんが私に記事を書いてみませんか?と声をかけてくださったからなんですよね。

 そういう意味では、あの甲野さんだって、私にとって広い意味では大恩人ですよね(そうは思ってないけど・・・)。

 何しろ、彼と出会っていなければ、私は武術研究家なんて肩書で活動するなんてことは生涯、考えもしなかったでしょうから・・・。

 事実、「あのオヤジ~。あんなインチキで金儲けしやがってぇ~・・・うらやましい~・・・」って義憤と嫉妬がゴチャ混ぜになったパッションが私の研究家魂のモチベーションを保ち続けてきた面もありますからね。

 よって、反面教師という言葉があれだけピッタリの人は他にはいませんでしたよ。

 あっ、でも・・・世の中には、反面教師にすらならない完全なダメ人間も結構、いますね~。

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あ~、ペット飼いたいね~

 基本的に私は人間嫌いなところがあって、自分の生活に口出したりされるのが嫌いで、趣味道楽を共有できない人とは話すのさえ面倒臭くなってしまいます。

「独りでいるのは寂しくないのか?」と言われるんですが、30年近く独り暮らししていると、もう結婚願望すら消滅しかかってきますね~。何か、鬱陶しく感じてしまいそうなんだな~。

 私と性格がピッタリ合う人なんて、存在するとも思えなくなってきたんですけどね。

 みずがめ座はもともと、情が薄くて自分のことしか考えないと『本当は怖い星座占い』に書かれていて、「うわっ、当たり過ぎてて怖いよぉ~っ」と思ったんですね。

 実際、ベタベタされるのが嫌いなので、動物好きの私にしても犬と猫のどっちが好きか?というと、やたら甘えてくる犬より、エサだけやって放っておいても大丈夫な分、猫が好きなんですよね。

「長野さんは・・・猫っぽいですね?」と、昔、芝居の殺陣つけに行ってた時に、そこの女の子に言われましたね。どういう意味だったのか解らないんですけど、猫好きなのは自分が猫っぽいからかも?


 ただ、犬も嫌いじゃないです。犬のいいところは、一緒に散歩に行って走ったりすると楽しいんですよ。

 猫も無理やり散歩に連れていったことあるんですけど、あんまり喜ばないですよね。家のブロック塀の上で寝てるか、庭に侵入してこようとしたドラ猫と戦うか、床下に侵入してきたイタチと戦うか、庭の隅っこで小蛇と戦うか・・・寝てるか戦ってるかのどっちかでした。うちの猫。

 確か、生後一カ月もたってない頃(手のひら広げたくらいの大きさ)だと思うんですけど、大掃除してたら子鼠がチョロッと出てきたと思ったら、目を真ん丸に見開き、ビューッと走っていって、猫掌打をバチバチバチーッと食らわして子鼠捕まえてしまったので、「何ちゅう好戦的な猫だ?」とビックリした記憶があります。

 そのままガリガリ食ったら怖過ぎるので、子鼠は取り上げましたが、掌打の連発ですでに絶命しておりました・・・。南無阿弥陀仏・・・。

 赤ちゃんの頃から育てていたので、兄弟猫とじゃれて戦闘訓練する機会がなかったのに、本能だけでこれですからね~。まあ、犬にも勝つわな~・・・。


 ところで、日曜日にいつものように公園で稽古していると、お爺さんと一緒にポメラニアン雑種の子犬がチョコチョコやってきて、その子犬は何故か練習している我々の間に入ってきました。

 会員のK塚さんがしゃがんでなでるとおとなしくなでられていて、私もナデナデしたらペロペロなめてきました。

 やっぱり、動物は子供の時が一番かわいいですよね~。

 うちの犬と猫はすごく仲が悪くて犬が猫に襲い掛かって返り討ちにされて以来、猫は犬を追いかけ回していました。

 一回だけ機先を制したのか、犬が猫を追っかけていましたが、猫はピューッと走ってきて、そのままザザーッと軽功の遣い手のようにブロック塀に飛び乗って、ワンワン吠える犬を見下ろしながらそのまま余裕をかまして寝てみせたりしていました・・・。

 漫画みたいだったよ。

 うちの犬が特別バカだったのかどうかは解りませんが、少なくとも、うちの猫は犬より確実に利口でしたね~。

 猫と犬が仲良く共存するには赤ちゃんの頃から一緒に育てないとダメかな~?

 早く道場付きの一軒家に住んで犬猫も飼いたいな~・・・と思う今日この頃です。

 しかし・・・、うちの田舎には野良猫・野良犬が結構いましたけど、都会はいませんね~? すぐ捕まえて殺処分するのかな~?

 何だか、管理社会って、人間の快適さを優先するために非道なことを影でやってきているように思えてしまいますね。

 震災の被災者を避難所に集めておこうとするのも、果たしてどうなんだろう?と私は思います。

 少なくとも私は嫌なんで、多分、独りで廃材利用して掘っ建て小屋作って住むでしょうね。そのくらいはナイフとロープがあれば一日でできますからね。

 それで、毎日、いろんなもの拾ってきて掘っ建て小屋をカスタマイズしていくんですよ~。何か、楽しいじゃないですか? そういう具合にやった方が・・・。

 燃料なんて廃材で薪作ればいいんだし、人生の中で半年や一年くらいサバイバル生活したっていいじゃないですか? 避難所でペット飼えなくても、サバイバル生活すればペットと一緒でいいんだし、同時進行で仮設住宅作るの手伝ってもいい。

 どんな状況になっても、自分の工夫次第で環境は変えていけるでしょう。

 何でもかんでも管理して金で何とかしようという発想そのものを改めた方がいいんじゃないかな~?

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殺陣に隠された武術性

「殺陣は実戦に使える」と言い切ってしまうと多くの武道関係者が「んな阿呆な・・・」と言うでしょうし、実際に殺陣をやっている人達も、「私は別に戦うことが目的でやっている訳じゃないので・・・」と困惑されることでしょうね?

 でも、技術的に分析した場合、殺陣は構造的に極めて上質な武術性を秘めています。

 要は、ほとんどの人が、その“事実”に気づいていないだけなのです。

 私の知る限り、最もこの点を誤解して論じていたのは、武道論の大家であった南郷継正氏でしょう。

 何といっても、「ブルース・リーは空手の初心者レベル(彼は空手家じゃありません)」だの、「実戦であんな高い蹴りを用いるのは素人である(本人も演技でやってるだけで実戦じゃ使わないと申しております)」とか・・・物凄い勘違い発言を連発していました。

 私も、居合で刀を抜いて納める時に指先でクルリンッと一回転させて納めたりするんですが、「長野がやってる血振りのやり方では血は払えない。あんなやり方をする長野は何も解っていないっ!」とか評する武道家大先生もいらっしゃいました。

 はっきり言います。

「んなこたぁ~、解ってやってんだよ! カッコイイからやってんだよ、バ~ロ~」

・・・っつう訳です。

 ちなみに一般的な居合道でやっている血振りのやり方でも刀身にベッタリ付着した血脂は拭えないでしょう。

 私は試し斬りとか研ぎとかもやってますが、ああいうやり方では不十分です。乾いた布や揉んだ懐紙でしっかり拭い去り、すぐに水かぬるま湯で中性洗剤も使って洗い、脂分を取り除き、またしっかりと柔らかい布でふき取って、揉んだ懐紙でまた拭いて、錆び止め用の刀剣油を薄く塗ってから鞘に納める・・・、こうしないと適当に拭って納めて翌日抜いたら赤錆だらけになること請け合いですね。

 つまり、血振りの動作というのは実戦時の戦闘継続中の便宜的なものが様式化して伝えられているに過ぎない・・・と、解釈すべきなんですよ。

 そもそも、伝えられている型の所作をそのままの形で戦闘に用いようとしても、できる道理がない訳です。

 どうしてか?というと、型の所作の通りに相手が攻撃してくることは百パーセントあり得ないからです。

「そんなことは無い! 昔日の武士が命懸けで伝えた型をお前は愚弄するのかっ?」とお怒りになる方もいらっしゃるかもしれませんが・・・。

 ちょっと待ってください。よ~く、考えてみてください。

「障子を開けたら刀を抜いて待ち伏せしている敵」だの、「お茶を飲んでいて脇差を抜いて襲ってくるお客」だの、「床下から突き刺そうと狙っている忍者」だのが現代に居ますか?

 第一、現代で日本刀を腰に差して歩いている人なんかいないんですよ。もし、いたとしても、即刻、通報されて警察に連行されちゃいます。

 ねっ? 考案された当時は合理的であったとしても、現代ではコントにしかならないんですよ。それを“実戦的”だと論じてる連中のイカレポンチっぷりを、まず自覚しなさいよって話・・・。

 真剣に現代の実戦について考えるのなら、対ナイフ・対鉄パイプ・対拳銃・対ショットガンくらいは最低でも考えないと意味ないでしょうに、武道やっているヤツには、そういう発想そのものが欠落していたりするんです。

「お前らが一番、平和ボケしてるんだよ!」って言いたい。武術家はいかなる武器も使いこなせないとダメなんですよ。

 私が居合術の型を新たに創作したのは、「これは稽古の方便であり、居合術で学ぶのは戦闘理論の根本原理であって、実戦に対応するための方程式を体得するため。よって、実戦への対応は素手や、その時に有り合わせた得物を用いる」という認識があってのことなので、この型は拳銃の抜き撃ちで練習したって構わないのです。

 よって、シダックスの講座での稽古では、道着に着替えないままズボンのベルトに模擬刀差し込んで練習していますが、こういう様子を居合道師範とかが見たら目くじらたてて文句を言うに違いありません。

 ですが、着替えないままでやっているのも、普段からとっさに戦闘が始まった場合に即応できるようにするため・・・という認識が私の中にはある訳なんですよ。示現流はそうやって稽古するそうですが、発想としてそれが正しいんじゃないか?と思いますね。

 無論、形式には形式なりの意味や価値はあります。カンフー着で空手をやっても知らない人にはカンフーをやっているように見えるでしょう。要は、“記号”です。

 沖縄の“手”が本土に伝わり、柔道着に影響されて白い道着を着用し帯の色でレベルを表すようになって世界に“空手道”という名前で広まった。その結果、沖縄でも白い空手着を着用して黒帯を締めて段位でレベルを称するようになった・・・。

 私は、こういう現象って、沖縄の武術文化に対する悪意無き洗脳侵略だと思うので、個人的には不愉快なんですよ。

 何で、沖縄の“手”をヤマトンチューの論理に沿って“空手道”へと名前を変え、ヤマトンチューの武術文化である“流派”を呼称するようになってしまったのか?

 もし、私が沖縄“手”を伝承する人間だったら、断じて白い空手着なんか着ないし、何段ですか?とか聞かれたら、「実戦は段位でするもんじゃ~ない」と言いますね。

 要は、日本の“記号”に隷属することを容認してしまった時点で沖縄“手”は実質的に滅ぼされてしまったと私は考える訳で、“手”の技術をいくら論じてみたって、「空手道の下部構造下された中での論理転倒で、どんなマニアックな心情的権威性をアピールしても仕方がないじゃ~ないの?」と思う次第です。

 沖縄古伝“手”を名乗るのなら、まず、本土に伝わって以降の空手道の記号である白い空手着と黒帯を捨てて、段位も流派も撤廃するのが筋ってもんでしょ? それをやらない人は信用ならん! 本音は“手”というマニアックな権威性を利用したいだけでしょ?

 同様に、テコンドーやハップキドーやコムドも、きちんと松濤館空手道や大東流合気術や剣道を学んで新たに体系化したものだって告るのが筋であって、逆転した妄説を広めようとするのは民族の文化に対する裏切り行為でしかないんですよ。

 その点、少林寺拳法は英断でしたね~。「宗道臣開祖が自分で作っちゃったもので中国武術とは無関係です」って宣言したんだから、大したものです。偉いっ!


 え~っと・・・脱線し過ぎたので元に戻って・・・。

 古武術の演武大会のDVDを見ると、内容がどうとか言う以前に睡魔との戦いになるんですが、殺陣は目が醒めるんです。

 私、武術研究家と名乗ってますから、物凄い量の武術ビデオ映像とか観てきたんですけど、実は意外な程、武術の技や戦闘理論の参考にはならなかったりするんですよね~。

 何でかっていうと・・・型をそのまま演じているだけだから。

 ところが、香港のカンフー映画とか日本の一部の時代劇なんかは武術の観点から凄く勉強になるところが多いんですよ。

 そうですね~。ブルース・リーを筆頭に、サモハン・キンポー、ラウ・カーリョン、ドニー・イェンの作品などでは実に見事な武術技法の隠し技や応用変化技が表現されているんですね~。

 ジャッキー・チェンの昔の作品なんかも、中国武術の動作をどう応用するか?という点で非常に示唆に富んでいます。

 特にジャッキーの凄いところは敵役を引き立てるために、自分がやられまくって見せることで敵役のスキルを存分に引き出しているんですね~。

 ウォン・チェンリーの蹴り、ウォン・インシックの蹴りと間接技、ベニー・ユキーデのパンチとキック・・・等々、持ち味を活かしてジャッキー作品で悪役殿堂入りした人も少なくありません。

 ブルース・リーの敵役だと、チャック・ノリスとカリム・アブドゥール・ジャバールくらいしかいませんが、それも、そんなに苦戦しないで倒している印象があります。

『葉問』でのドニー・イェンは、珍しく大苦戦しますが、大抵の作品で目茶苦茶な強さを示しているので、むしろ、何か見ていてじれったくなってしまいます。ドニーにヤラレ演技は必要無しっ!


 日本の時代劇だと、やっぱり若山先生の『子連れ狼』シリーズや『賞金稼ぎ』シリーズ、TVシリーズの『唖侍・鬼一法眼』での手裏剣打ちや超高速居合抜き、ときたま見せる空手殺法が素晴らしい。

 一説に若山先生は甲賀流忍術の藤田西湖にも習っていたという情報もあるんですが、だとすると南蛮殺到流拳法もできた可能性があります。

 実際、TVの時代劇スペシャル『新・御金蔵破り』『御金蔵破り・家康の首』『御金蔵破り・佐渡の金山を狙え』では古流柔術拳法の技らしきものも披露しています。

『子連れ狼・死に風に向かう乳母車』の中でも地蔵ケ原での対決中、斬りかかる相手を投げ飛ばしざまに刀を奪って二刀流を披露するのですが、これは柔術でも高等な技です。奪う瞬間に柄を握って軽く逆手に捕って投げていましたから、心得があると私はにらんでいます。

 最近の時代劇作品では『花のあと』の北川景子の殺陣が、非常に武術性のある戦いぶりで、感心させられました。女性が主人公であるからこそ、ダイナミックな殺陣は期待していませんでしたが、ここ数年の時代劇作品中で最も殺陣の構成が見事でした。

 殺陣は、リアルさとケレン味とカメラワークのバランスが揃ってこそ評価が決まると思いますが、そのバランスの取り方は作品の主題や監督の考えで方向性が変わっていくものです。

 つい先日、『座頭市・ザ・ラスト』を観ましたけれど、勝新座頭市や北野武の座頭市と比べると殺陣の面白味は数段落ちると言わざるを得ませんでしたが、監督のインタビューによれば、それが“狙い”であり、超人的ヒーローとなってしまった座頭市を人間として死なせてあげるべき・・・という原作者の遺族の意思を汲んだものだったそうです。

 けれども、私はそれは違うんじゃないかな~?と思いましたね。座頭市というキャラクターを作り上げたのは“勝新”ですよ。原作にちょこっとだけ描写されていた盲目の侠客のイメージを膨らませて勝新が新たに創作した“時代劇キャラクター”なのです。

 そして、勝新は座頭市のキャラクターを作り上げるために九鬼神流半棒術や合気道の体捌き、天真正自源流の居合術なども参考にして座頭市の仕込み居合術を独自に生み出しているのです!

 だから、北野武が偉かったのは、「おいらは勝さんみたいな殺陣はできね~からさ」と、ちゃんとオリジナルに敬意を払って殺陣の表現法にこだわってリアルとファンタジーのバランスを取って斬新な殺陣を工夫し、世界的に評価される傑作を生み出しました。

 阪本監督は素晴らしい監督だと思います。『カメレオン』は面白かった。が、原作者の遺族の意向ではなく、観客が欲しているものを考えて撮るべきだったと敢えて言いたいですね。

 一般論として申しますが、観客を無視した作家性優先の作品は作っちゃダメだと思うんですよ。それをやっていたら邦画は見向きもされなくなってしまいますよ。

 最近の時代劇作品を見ていると、時々、「テメ~、観客ナメてんのか?」って怒りがこみあげてくるようなのもあります!

「しっとりとした古き良き日本の和のテイストを・・・とか、そんな爺いの能書きみたいのはどうでもいいんじゃ~っ! 俺は激烈でカッコイイ、チャンバラが見たいんだよぉぅっ!!!! つまんね~殺陣見せるんなら、時代劇なんぞ撮るんじゃね~っ!」って吠えたくなる。

 殺陣のダメな時代劇は全て駄作ですっ! 金かけるんなら殺陣にかけろ!

 時代劇の魅力は、つまり、殺陣の魅力なのです! その絶対の真理が理解できないアンポンタンは時代劇撮る資格はありませんっ!(阪本監督を責めてるんじゃありませんよ)

・・・あっ・・・殺陣の武術性について語る余裕が無くなってしもうたっ?

 じゃあ、一つだけ、高瀬道場技芸会を観た感想をば・・・。

 高瀬先生が演じられた対複数の殺陣で、四方を囲む敵に対して、右手の刀の切っ先、左掌、目線、体の向きで牽制して敵との間合を調節する高度な心法技術を表現されていましたが、これなんですよ! これが現代の武道では忘れられてしまった武術の極意なんですね~。

 何で、忘れられてしまったのか?というと、戦場みたいに入り乱れて戦うのではなくて、一対一で防具付けて試合するから、対戦闘の意識が前方の相手だけにしか向かわなくなってしまったのです。

 また、防具装着で打突部位も決められているために、刃筋で突き斬る感覚も失われてしまった・・・。

 殺陣の想定は昔の武術と同じです。隙を狙う(突然、沈んで腹を突く)・騙し討ち(相手の脇差を抜いて使う)・体捌きで避け躱しながら相手を同士討ちするように仕向ける・・・等々、もう完璧過ぎる程に武術性を表現していて、唸るしかありませんでした。

 こういう実戦的戦術発想のできる武道家って、現代に何人いるんでしょうか? 恐らく数人しかいないと思いますよ。

 また、木刀での組み太刀と刀での組み太刀も演じられていましたが、凄い迫力で怖いくらい。しかも、斬り落としの原理を使った高度な技法も表現されていて、これと同じことのできる古武術家や剣道家が何人いるでしょうか? 私は涙がチョチョ切れそうになりましたよっ!

 剣道がバシバシ打ち合うのは防具があるからであって、痛みも無いし、失敗したら死の危険すらある木刀を防具無しでガガガガッと打ち合うのは、むしろ心理的抵抗感が強く出て無理なんじゃないか?と思います。

 古流剣術がゆっくり演武するのも、怪我防止の意味が大きいのです。私は下手糞なので本式のスピードでやったら寸止めできなくて相手に大怪我負わせかねないから、速くやるのは怖いですよ。腕試し気分で来た人に止められなくて怪我させてしまったこともあります。

 判る人なら判るでしょうから、この組み太刀を古武道大会でやったら大絶賛になるでしょうね~。

 審査員の感想で「剣が活きている」と評されていました(凄い慧眼! 役者って凄い)が、まさしくその通りでした。

 高瀬先生は、私の目から見たら、そこいらのボンクラ能天気武術師範より遥かに武の本質を理解されていて、だからこそ謙虚に一歩引かれているのが解ります。

 身の程を弁えない自称武術家連中に学ぶ要素は一つもありませんが、高瀬先生のようなプロフェッショナルに学べることは非常に多いと私は思っていますし、縁を繋いでくれた亡き武友、宮田重則氏に感謝するばかりですよ。

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心と身体は一体のもの

・・・と、先日、佐原先生が言われていました。

 武術と禅を修行されてきている佐原先生だからこそ説得力がある言葉です。

 何で、こう言われたか?というと、私が達人として名高いある空手家のユーチューブに出ていた動画を観た話をしたからでした。

 10年くらい前に見た秘蔵ビデオ映像の時とは雲泥の差で「下手になっていた」のですね。

 何しろ、私は後ろ姿を見て、下手くそな弟子がやっているのだとばっかり思ったくらいで、見せてくれた矢嶋師範代が、「いや、これがU先生ですよ」と言うので、「え~、マジかよ? うっそ~?」と思って見ていたら、顔が映って、初めて「あっ、本当だ!」とビックリしたくらい別人のように下手になっていたのです・・・。

 ちなみに、恐らく同じ映像だと思いますが、青木先生もこの動画を見られたそうですが、「凄いという噂を聞いていて、どんな凄い人かと思ったら・・・」と、口を濁されましたが、どうやら私と同じように感じられたらしいです。

 この先生の技の特徴は、“読み”が優れている点にありました。対の先で相手の動きを迎撃するのが非常に上手だったので、競技空手のチャンピオンでも手玉に取って見せる映像を公開していたりしていました。

 この時の動画も競技試合で名高い空手家を相手にしていたのですが、“読み”の精度が極端に落ちてしまっているように感じられ、崩すのも力任せになっていましたし、相手が一気に攻撃しないでじわじわと寄っていくと、何と! 間合を保つために無構えのままで後ろに後退してしまっていたのです!

 これが、どういう意味なのか?と言いますと、つまり、“静止したところから相手が攻撃してくる間合とタイミングを測ることしかできない”ということを現しています。

 要は、“自由に動き回って撹乱して動く相手の攻撃は読めない”という限界がそこから読み取れる訳なんですね。

 青木先生の場合は、同じ読みでも先々の先を取って、相手が攻撃しようと動き出す前に自分から間合を詰めて、何もさせずに打ち倒すのが常です。さらに言うなら、相手の攻撃を自分の都合の良いタイミングで自在に誘導してしまうので、大人と子供のような展開になってしまいます。

 これは、空手の縮地法を駆使した自在な足捌きと読みが合体しているからこそ可能な戦法です。

 この空手の先生の場合は、読みに頼っているので歩法を駆使していません。だから、構造的には青木先生から見れば数段下に見えたことでしょう。

 簡単に言うと“次元が違う”ということです。

 そして、肝心の読みの精度が落ちてしまったのでは、青木先生程でなくとも少し気の利いた内家拳や合気道の遣い手と立ち合えば破れる可能性が高いでしょう。

 競技試合の問題点は、目前の相手に意識が集中し過ぎる点にもあります。一対一で面と向かってやるのには適していても、相手が複数になると対応できなくなります。

 技の問題ではなくて意識の問題なのです。心と身体は一体であり、心(意識)が散漫になれば身体の動きも集中力が失われてしまいます。

 単に力任せの技しかできない人だったら、意外と変わらないものですが、心身を調和しないと使えない脱力系合気や読みの技術なんかは、邪念がわくとてきめんで下手になってしまうものなんですね。

 私が「自惚れちゃダメだ」としつこく言っているのは、自惚れた心が技をダメにしてしまうのを知ってるからなんですよ。

 特に読みの技術は、邪念があると精度が確実に落ちていきます。

 この空手の先生は、周囲から達人と持て囃され過ぎて、自分が偉くなったと錯覚してしまったから、かくも無残に衰えてしまったのでしょう。

「先生と呼ばれるようになると危険です」と佐原先生は言われていましたが、確かにその通りと思えます。

 自惚れてダメになっていく武術の先生を無数に見てきた私は、納得するだけです。

 うちで破門にした人間も、とどのつまりは“自惚れ”が原因でした。もう、注意しても人の話に耳を貸さなくなるんですね。

 間違った修行のやり方をやっているのに自分ではそれが正しいのだと思い込んでしまうと、もう、アドバイスしても聞く耳がないんですよ。

 私は性格が薄情なんで、そうなってしまった人間には、「サヨ~ナラ~」と言うだけ。

 自惚れると現実をきちんと把握できなくなるし、もう向上もしなくなりますよ。

 ある意味、自分が勝てない相手をダメにするには、「いや~、先生は凄いっ!」と連発して煽てまくっていたら、自惚れて観の眼が無くなってダメになるでしょうね。

 真剣に生徒のことを考えている先生は、生徒のダメなところをきっちり叱って矯正させようとするものですが、それは親と同じ気持ちでいるからですね。

 私も、セミナー参加者や一般の会員には厳しいことは言いませんが、常連会員には時に厳しいこと言いますもん。

 それで「失礼なっ!」って怒るような人は武術なんか学んでも無駄なだけです。自尊心なんかドブに捨てる!というくらいの覚悟が無いと武術はものにならないと私は確信して疑いません。

 私は小林先生に初めて怒られた時に、「あ~、やっと弟子として見てくれたんだ」と感激しましたけどね。

 厳しいことは本気で相手のこと考えないと言えないですよ。

「長野さんは会員の悪口を書いていじめている。人格的に問題がある」とかマヌケな批判する人もいますが、阿呆か?と思いますよ。ダメなものはダメとはっきり教えてやるのが指導者の義務です。良かったら誉めてますしね。

 それに、「チキショー!」って悔しい気持ちが無いと頑張らない呑気な人は貶すのが特効薬です。

「私は誉められて伸びるタイプです」とか言ってる馬鹿は、自己満足でしかできないから、本人は伸びてるつもりでも、実際は一生、伸びません。

 例えば、小林先生は私の腕前は決して認めてくれませんでした。今でも「長野さんは評論家として立派だから」とは言いますが、腕前は認めてないですよ。

 だから、「クソったれ~、今にホエヅラかかしたるっ!」って、私は十数年、執念で密かに腕を磨いてきました。“小林先生を見返してやりてぇ~っ!”というコケの一念ですよ。

 これが私にとって最高のモチベーションになっていますね。よって、本気で伸ばしてやりたい会員には、むしろ欠点ばっかりあげつらってますよ。私を憎悪するくらいの激しい感情がないと人間は必死になりませんからね・・・。


 ところで、大太刀を研ぎ直したり鐔を付け替えたりしたので、大太刀抜刀の稽古を本部道場でやりました。

 結局、四月の稽古は二回とも誰も来れなかったので、私の個人練習にしたんですが、その分、技の研究が進んで良かったですね。

 大太刀は重過ぎてあんまり振り回せないんですが、そこを敢えてブンブン振り回して使ってみました。重い刀も体捌きと併せて振ると軽く感じます。ようやく身体に馴染んできた感じがします。

 研ぎ直して全面的に刃をたてたので、迂闊に扱うと大怪我しそうなんで、この刀は他人には使わせられませんが、以前と比べると遥かに扱えるようになっていました。

 また、久しぶりに槍術もやってみたんですが、こちらも以前と比べていろいろできるようになっていて、自分で驚きました。

 重くて長大な武器は、手の延長というより身体と一体化したような感覚でないと上手く使えないですね。

 ただし、大太刀や槍は、天井の高い大魔神でも入れる、このメイプルホールでないと、流石に練習できないですね~。

 こんな絶好の道場なのに、生徒さんがさっぱり集まらないというのは皮肉なものだな~と思いますが、独りだと自分の練習が誰にも邪魔されないでできるので、個人練習場として借りてると思えば無駄じゃありませんけどね。ちょっと高いけど・・・(苦笑)。

 5月5日メイプルホールの稽古会は、GW期間中なので、時間をお昼の13:00~15:00にしまして特別講習会を開催し、誰でも予約無しで参加可能とします。会員以外の方でも体験入門で入会金不要で一律2000円とさせていただきます。

 ここ最近、相模原市には教育委員会とかに小学校の生徒を無差別で襲ってやるという悪質極まる文書が送付されたりして警戒している様子なんですが、こういうヤツは単なるイタズラで終わらない場合もありますからね。護身術の研究家としては燃えるところです。

 練習内容は、通常稽古と併せて居合・剣・杖・槍・試し斬りや対武器の技もやろうかな~?と思いますので、GWを利用して遠くからの御参加も大歓迎ですよ。

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高瀬道場第十回・技芸会

 3・11の大震災によって発生した計画停電という名の無計画な停電・・・その与えた負の影響が都心に及ぼしたものは少なくありませんでした。

 高瀬道場の毎年恒例の技芸会の開催も、一度は計画停電によって中止となってしまいましたが、停電計画そのものが与えた経済損失への批判を受けて、計画停電なるものは取りやめるということになり・・・そうなれば、中止される理由も無くなる訳ですから、さて、どうなるか?と思っておりました。

 もっとも、一度、中止としてしまったものを復活させるというのは、思いの外、非常な苦労を伴うものと思います。

 まず、演者のモチベーションの回復。

 そして、中止と連絡した関係者への再度の復活の連絡を取るということは心痛を伴うものと思われます。

 開催のために準備していたことを一度は取りやめていた筈ですからね。

 まあ、観覧する私にとっては、「あ~、良かった~」と気楽なものですが、開催する側は例年の単純に二倍の苦労があるのは想像にかたくありません。

 しかし・・・やっぱり、やって欲しい。

 今の時期だからこそ、やって欲しい。

 今、未曾有の大震災に遭遇した日本には、唯一、戦って生き抜く強い勇気が必要だと思うのです。

 巨大な自然の猛威に打ち震えて神に祈るだけではなく、困難に立ち向かう超然たる心を取り戻さねばならない。

 陳腐な言葉と笑われるかもしれませんが、“大和魂”の復権が必要じゃないか?

 それは、大災害にも屈することなく故郷を見放すこともなく、地道に復興に力を尽くす日本人の我慢強さと勤勉さを世界に示すことによって、大国が力で支配するだけではない礼節と謙譲をもって生きる民族の気高さを認知させられる筈。

 一緒に観覧した会員も言っていたんですが、武道が自分の強さを求めるだけに終始しているのに対して、高瀬道場は観る人に感動を与えられる“殺陣”の見事さを示している。

 これは、武道が本来、あるべき姿なのではないか?

 私は、武術・武道が狂的に好きで続けてきましたが、武道家・武術家と称する連中の多くに軽蔑の念しか感じられませんでした。

 精神構造的に暴力団の構成員と変わらないんですよ。

 いや、もっと酷い人間がざらにいます。

 平然と嘘をつく・陰湿な嫌がらせをする・暴力をちらつかせて脅す・人を陥れるデマを流す・・・。

 人間的に尊敬できる人は実に少なく、嫉妬心や逆恨みで隠れて陰で誹謗中傷をするような心根の卑屈な者の多さにはウンザリさせられます。

 私は田舎で独修していた頃は、有名な武道家・武術家という人達は清廉潔白で男らしく、強きをくじき弱きを助ける特撮ヒーローのような人達なのだと信じて疑いませんでした。

 が、上京して以来25年くらい、実に多くの武道家・武術家と会いましたが、その多くは人格障害者か?と思えるような異常な人ばかりでした。

 特に中国伝統武術・古武術・合気武術を本門とする人達には、はっきり言って精神疾患か?としか思えない人が実に多くて、本当にもうガッカリしてしまいました。

 また、驚くほど礼儀を弁えない非礼な人間も時にいます。人にものを習うのに対等な関係で構わないと思っている・・・常識のカケラもない人間です。

 無論、そんな相手には叱責します。が、叱責されても反省せず、捨て台詞を吐いて逃げを打つ輩もいます。そして、自分が逃げていながら私が逃げている臆病者のように誹謗したりするのですから恥を知らないと言うべきか、腕が未熟な者に限って、身の程を弁えずに大言壮語したがるものです。

 けれども、有り難いことに、本当に実力が高い人は、人格もそれだけ練れているということが判ってきて、最近は少しばかり、ほっと胸をなでおろしています。

 そういう本物の達人に出会えた私は幸せ者です。

 ところで、技芸会の前日、縁あって中国武術師範で映画スタントやゲームのモーションアクターとして活躍されている岩本淳也先生とお話する機会がありました。

 岩本先生に南拳の指導を受けられたという、つばさプロジェクト所属の俳優、大川健太郎さんと三人でお話しましたが、誤解を恐れずに申しますが、私、これまで、こんなに人柄の良い中国武術師範に会ったことがありません!

 本場中国でチャンピオンになられたと秋本さんから聞いていましたから、もしかすると尊大なところがあったりする人だったら嫌だけどな~・・・とか過去の嫌な嫌な中国武術家(自称している人達)との思い出が脳裏をよぎったのですが、岩本先生にはそんなところは微塵もありません!

 もともと、私は人見知りが酷いので初対面の人と話し込むことは滅多にありませんが、唯一、趣味が共通する人の場合だけ、何時間でも話し込むことがあります。岩本先生とも中国武術やアクション映画の話でいくらでも話せそうでした。

 もちろん、趣味が一緒でも人柄が嫌だと思う人だと無理ですが、岩本先生は本当に心の底から中国武術が好きで、稽古が好きで、身体で表現することが好きで・・・という思いが話していて解るんですね~。

 いや、正直、ちょっとジェラシーがわきました。うらやましいと思いました。

 そして、こんな才能のある人物をきちんと使えないでいる日本の映画界って何なんだろう?とも思いました。

 高瀬道場の技芸会を観覧させていただいている時も同じ疑問が頭の中を巡っていました。

「こんな素晴らしい技芸を持つ人達は、海外であればマーシャルアーティストとして、もっと評価されて尊敬されているだろうな~?」と・・・。

 日本の武道の世界では、殺陣をワンランク低く見る風潮が根強くありますが、私は、これは偏見であり、また批評眼の欠落であると思っています。

 武道・武術の演武とプロの殺陣演技を見比べてみた場合、実際は殺陣演技の方が戦いのリアリティーを表現できていたりするのです。

 それは、どういう意味か?と言いますと、武道・武術の演武表現は、あくまでも“型”を楷書できっちり見せることに終始するのに対して、殺陣の場合、“自由創作型”としてのクリエイティビティーが介在します。

 つまり、相手との呼吸を合わせること・間合をきっちり認識すること・体捌きを駆使すること・対複数の意識を持つこと・・・といった実戦に於ける重要な要素が殺陣には含まれているのに対して、武道・武術の“型”は、手順と形を正確に演じることにしか意識が向けられなかったりするのです。

 なので、場合によっては“型”の稽古は無意味だと決めつける指導者すらいる訳なのですが、意味が解らないまま稽古しているのなら、確かに時間と労力の無駄使いと言わねばならないかもしれません。

 中国では表演武術という様式で、新体操の競技のように伝統的に伝えられていた武術の套路を見栄え良く整えて演じるようになりました。

 だから、伝統武術の古伝を尊重するマニアは、「表演武術なんか使えない」と馬鹿にする風潮がありました。

 けれども、本当にそうなのか?というと、私は大いに疑問です。武術である以上、技の手順や形に意味を求めるのは間違いで、根本的な技の有用性を決定するのは戦闘理論であると考えます。

 私は、その戦闘理論を読みと交叉法(と歩法)に求めて長年研究してきましたが、表演だから使えないというのは大きな間違いだという結論に到達しました。

 実際に用いる場合、形通り、手順通りにはいきません。そこを弁えて相手の出方に応じて用いれば、ほとんどの武術は門派の優劣とは無関係に実用できます。

 それと同様にして、殺陣の場合も、当たる間合で斬れば斬ることは可能でしょう。

 まして、殺陣を学ぶ多くの人がマキワラを斬ったりして日本刀の基本的操法を学習しているのですから、実際にものを斬ったことのない机上の空論で剣を語る人達より、ずっと実戦への即応性があったりするのです。

 私は、何度も高瀬道場の技芸会を拝見させていただいた結果、そんじょそこいらの古武術道場へ通うより、遥かに優れた“武芸”を体得できる!と確信をもってお勧めできるのです。

 何故か?

 何のことはありません。古武術は型を学習するだけなのに対して、殺陣は実際に刀で戦う場合に想定される基本的な事項をほぼ完璧に学習するからです。

 ちなみに、殺陣の戦闘理論は、合気道に極めて良く似ています。

 どちらも、相手との呼吸を合わせ、間合を調節し、体捌きを駆使して、複数の敵に対応します。

 しかしながら、現在の合気道は、剣を忘れて型の様式を反復練習するだけになりつつあるそうです。

 どうでしょうか?

 奇しくも、合気道の武術性は殺陣に継承されていた?という次第なのです。

 そしてまた、殺陣は、素手の拳法・体術から、武器は剣・棒・槍・薙刀・ヌンチャク・トンファー・・・と、まさしく武芸百般を稽古するのです!

 どうですか? 私が殺陣こそが本来の意味での“武芸”の呼び名に相応しいと力説している意味が了解されたでしょうか?

 何? まだ文句があるんですか?

「殺陣を習えば戦えるようになるのか?」って?

 やっている人達も気づいていないでしょうが、もちろん、なります! 戦える技能は体得できます!

 游心流と併用すれば確実に戦える“殺陣武術”が完成します!

 誤解しないでくださいね? 別に游心流の技を知らなくても殺陣で学んだ技だけを使って戦えるのです。

 要するに、「戦闘理論(読みと交叉法)を知れば、殺陣がたちまち超絶の必殺武術へと、あっという間に変身する」という意味なのですよ。

 いや、別に信じてもらわなくて結構です。事実は体得した人が納得すればそれだけで十分なので、疑ってる人に教えてやる義理はありませんからね・・・。

「そんな馬鹿なことがあるものか。殺陣は様式化されたものであって現実の戦いを想定していないじゃないか?」と思った貴方!

 それなら、武術は現実の戦いを想定していますか?

 現代で槍や薙刀を持ち歩いたり、日本刀を大小二本差しで歩いたりできますか?

「空手や合気道なら使えるだろう?」と思った貴方は甘いっ!

 いいですか? たとえ護身のためでも人を殴ったり投げ飛ばしたりして怪我を負わせたら、まず傷害罪や過剰防衛の罪は覚悟しなければなりません。これが“現実の戦い”を想定していると言えますか?

 技の修練は、生死の境目を見極めて生き延びるための行為であり、使わないで済むのが最善なのです。そして逆の意味で、もし使うのなら敵を確実に抹殺できる威力がないとダメです。

 このWバインドを認識した上で、もっと超然とした精神で余裕をもって学ばなければ武術は心身に毒になってしまうでしょう。

 だからこそ、私は殺陣を高く評価するのです。


 おっと、肝心の技芸会の内容の感想を書き忘れていましたね?

 2時間の内容が、何か1時間くらいにしか感じられませんでした。「えっ、もう終わったの?」という感じで、まったくダレるところもなく、次から次にテンポ良く繰り広げられる演技の妙に眼を奪われて、満腹感で心地よく帰りましたよ。

 特に今回も女性陣の華麗で凛々しい演技に魅了されました。女性の殺陣は男がやるよりギャップを感じますね? そこがいいんですよ。公演後に多加野詩子先生と少しお話しましたが、小柄な方なのに壇上では非常に大きく見えるんですね~。

 今回は技術的な内容に関する分析とか、野暮なことはやめておきます。元気を貰って楽しいばかり・・・。殺陣アクションの醍醐味は、活き活きとした人間の戦う動きの美しさですね~。

 あっ、そういえば、審査員でおられた、アジアを股にかけて飛び回っておられるアクション監督の谷垣健治監督と名刺交換させていただきましたよ。

 高瀬先生が「男気のある人」と評される谷垣監督とは、いつか機会があったらお話したいな~と思っていましたが、まさか、こんなに早く実現するとは思わなかったです。

 ドニー・イェンの新作のことなど少しお話をうかがわせてもらいましたが、なっ、何と! このブログも読んでいらっしゃるということで・・・うむむむ~・・・迂闊なことは書けないな~(笑)とか思ったりして・・・(でも、平気で書くけど)。

 後で、「しまった。谷垣監督と一緒に写真撮らせてもらえば良かった・・・」と思いましたが、有名な俳優さんより有名なアクション監督と写真撮りたいと思ってしまう私は、やっぱりアクション馬鹿だよな~と思いました。

 あ~、千葉ちゃんと倉田先生の話とか聞きたかった・・・何となく想像つくけど。

PS;5日の相模原本部・千代田メイプルホール道場は特別一般参加者熱烈大歓迎DAYです。特別に開催時間をお昼の1時から3時としております。武器術も楽にできる広い道場ですので、是非、おいでヤス。最近、相模原は高校生狩りなんかもあったりして治安が悪化しているので、護身術にいかがですか?

PS2;続いて8日の日曜日は、早くも月例セミナー合気技の第二弾です。前回の脱力技法だけでは通じない場合に駆使する合理的崩しのテクニックについて解説していきます。合気と言うか合気柔術に相当するテクニックですね。その分、実用的ですよ。こちらも参加者募集中です。

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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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