コンテントヘッダー

名刀と古伝の剣の理

 9月25日は、朝から非常に充実した一日で、私は生涯、忘れないでしょう。

 この日は公園での稽古はお休みさせてもらい、新陰流兵法・転會(まろばしかい)の渡辺忠成先生の古希の祝賀演武会を観に川越に行くことになっていたんですが、青木先生から大推薦されていた、南青山の根津美術館で開催されている名物刀剣の展覧会の最終日と知り、朝イチで展覧会を観て、その後、川越に向かう・・・というスケジュールにしました。

「長野は15本もポン刀持ってると自慢してるんだから、刀なんか見飽きてるだろう」と思われるかもしれませんが・・・。

 いや~、国宝クラスの名刀がズラ~リと陳列ケースに並んでいるのを観られるなんて、そう滅多に経験できることではありません。

 このチャンスは絶対に逃してはいけない。でないと死ぬ時まで後悔するかも?とすら思いましたよ。

 それで、朝、『海賊戦隊ゴーカイジャー』(オーレンジャー編で、さとう珠緒も出演)『仮面ライダー・フォーゼ』(なんかフォーゼって、『宇宙鉄人キョーダイン』のスカイゼルにそっくり)を観てから出発!

 横浜線で町田に向かい、小田急線に乗り換えて代々木上原で千代田線に乗り換えて表参道で降り・・・る予定でしたが、うっかり寝過ごしてしまい、乃木坂で降りて一つ戻り、表参道駅から地図を頼りに根津美術館へ・・・。

 青山、六本木の辺りは都内でも最もオシャレな街で、オシャレに一切、関心がない私は滅多に行くことがないのですが、場所柄なんですかね~? 日本刀の展覧会なのに、何故か、若い女性が多くて不思議な感じがしましたよ。

 初台の日本刀博物館で若い女性を見かけたのはカップルでいたのを一回くらいしか見たことないんですが、この展覧会は女性二人組がやたら多かったですね~。

「女だけで日本刀を見にきたりするのか?」と、私は結構、驚きました。

 ひょっとして、殺陣を学んで日本刀に目覚めた刀剣女子が本物を見たくなったとか?

 ヒマがあったらナンパしたかもしれませんが・・・30分くらいで大急ぎで観て、すぐ西武新宿駅に向かわなきゃならなかったのが残念!

 余談ですが、武器フェチの私は、付き合う女性の絶対条件が、日本刀や銃に「美しい」という感覚のある人で、もうね~、武器に関しても機能美を感じ取れる芸術的センスのある女性でないと興味がわきません。

 話が通じん“フツーの女”と話しているとイライラしてきちゃうんですよ。

 日本刀見せて、「うわ~、こわ~い」とか言いやがったら、「うるせーっ! あっち行けっ!」ってハラの中で思います(さすがに口には出しませんが)。

 はい、余談終わりっ!


 しっかし、国宝クラスの日本刀がズラ~リと並んでいるというのは、もの凄いですよ。

 天下五名剣にも数えられる三日月宗近! 平安時代の刀工、三条宗近の代表作です。

 同じく五剣の一つで平安時代の刀工、伯耆の国安綱の代表作、童子斬安綱は以前に観たことあるんですが、三日月宗近は初めて観ましたね。

 その他にも、名刀の代名詞である正宗が、篭手切正宗、小松正宗、大黒正宗、大阪長銘正宗、一庵正宗、不動正宗、中務正宗、池田正宗、包丁正宗、日向正宗、大かき正宗、そして、切込正宗とも呼ばれる有名な石田正宗があり、現存する正宗の刀と認定されている物がここまで一堂に介したのは凄いことだと思いましたね~。

 それと、「郷と化け物は見たことがない」とまで言われる郷(江)義弘も、村雲江、桑名江、北野江、松井江と揃っていて、これまた驚きましたよ。

 それ以外の刀も天下の名刀として有名な、長船景光、兼光、光忠、長光、新藤五国光、来国光、国俊、志津三郎兼氏、古備前友成、成高、姫鶴一文字、獅子王の太刀、貞宗、藤四郎吉光、大左文字・・・と、日本刀愛好家だったら名前くらい聞いたことのある古刀期の代表的な作品ばかりです。

 いや本当に、古刀の中の有名な国宝やそれに準じるクラスの刀をこれだけ観ると凄いもんだな~と思いますね~。

 第一、何百年も昔から鉄の工芸品がこうして伝わっているということも驚きです。

 で、美術館の受付の女性の方々も美女ばっかりで、「さすが、ハイソ(ハイソサエティの略ね。最近、使わない言葉だから、一応、解説)な場所って違うな~」と感心しちゃいました。


 さて、名刀を観た後は、ダッシュで新宿に行き、西武新宿駅に向かいました。

 ここで東京支部会員のK塚さんと待ち合わせして一緒に川越へ・・・。

 川越って、結構、遠いけど二人で武術とかカンフー映画の話しながらだったから、小旅行気分で楽しかったですね~。これだったら、もっと多人数で行っても面白かったかもしれませんね~。

 終点の本川越駅で巡回バスに乗って、会場の武道館へ・・・。

 ちょっと開始時刻には遅れてしまいましたが、今回、誘っていただいた転會の支部長のC先生が出迎えてくださって、椅子を出してくださいましたが、部外者が椅子に座って観るのも失礼だと思って、床に座って拝見させてもらいました。

 新陰流転會は斯界で活躍している古武術関係者が多く通ったことのある組織で有名なんですが、武道マスコミにあんまり出ていないことから、知らない人も多いと思います。

 でも、古武道研究家で佐川道場の高橋賢氏、同じく古武道研究家の平上信行氏、フランス現代思想の研究家の前田英樹氏、刀禅の小用茂夫先生・・・といった古武術関係で知る人ぞ知る方々が転會の出身なのです。

 その他にも隠しているけど実は・・・という人も結構、いるらしいです。

 私も入会するつもりでいたんですけど、当時、貧乏ライター時代で、ぶっちゃけお金が無くって断念したんですね。

 それで刀の持ち方や基本の構え、振り方くらいしか知りません。が、K塚さんからは「独己九剣は新陰流を大分、参考にしているんですか?」と聞かれました。

 そうですね。新陰流系統の刀法をかなり意識して作ったのは間違いありませんね。

 新陰流、駒川改心流、鹿島神流、タイ捨流、天然理心流、神道無念流、香取神道流、二天一流、民弥流、九鬼神流などを参考にしていますが、原理的には新陰流の影響が強いかもしれません。

 新陰流を研鑽する団体は、ここ数年の間にいくつも出てきているようですが、正統論議はやめて、ただただ自己研鑽に励むのが修行者の矜持であると私は思うんですが、いかがでしょうかね?

 渡辺先生とは、もう十年以上、お会いしていませんでしたが、ちっとも変わっておられなくて気さくなお人柄も以前のままでした。

 ちょっと驚いたのは、支部活動が予想以上に活発であったらしく、演武される人数が多くて古流剣術の団体としては異例な印象があったことです。

 女性の剣士も多くて、ここでも、「やっぱり、刀剣女子ブームは本物かも?」と思いましたね。うちも増えて欲しいな~。サークルクラッシャー女はヤだけど・・・。

 新陰流の演武も同じ型でも古伝のものも演じられていて、武術的に非常に参考になりましたね。私も初めて見るような刀法があって驚きました。

 それと、C先生も演武された制剛流の居合抜刀術。直接、観たのは今回が初めてでしたが、非常に重厚で精妙な刀法だな~と思いました。

 特に納刀が特徴的で、棟を指で挟んで滑らせて納める普通の納刀法ではなく、直接、切っ先を鞘の鯉口に当てて納める熟練が必要なやり方でした。

 伝統武術の型を見ると、形骸化しているように見える人が多いと思うんですが、私なんかは型の中に含まれている無数の戦術や技、理合が読めるので、もうね~、興奮して観てましたね。

 特に、今回、新陰流の刀法の理論は合気道に大きな影響を与えているのではないか?と思いました。

 剣道的な戦闘法ではなくて、中国の内家拳のような戦闘法なんですね。

 だから、合気道の上手い先生の動きのように見える。

 でも、大東流とは違いますね。・・・ということは、合気道が単純に大東流の新派だとする考え方は本質から外れているんじゃないか?と私は思いました。

 具体的なことはまだ書きません。もう少し自分で検証してから発表してみます。

 帰りの電車に揺られながら、「やはり、日本の武術は日本刀を知らない限り、読み解くことはできないな~」という思いを強くした一日でした・・・。
スポンサーサイト
このページのトップへ
コンテントヘッダー

高瀬道場40周年記念パーティー

 いつもお世話になっているアクション監督にして芸道殺陣・波濤流の宗家である高瀬將嗣先生率いる高瀬道場が、先代が創立して以来、40周年を迎えるのと、高瀬先生の処女出版作『技斗番長活劇映画行進曲』(洋泉社)の出版記念を兼ねてのパーティーに御招待いただきましたので、剣武天真流宗家・青木宏之先生と、新体道主席師範・大井秀岳先生をお誘いして参加してきました。

 本当は、後、何名かお声かけしたんですが、都合が合わなくてですね。

 でも、一番、都合が合わないかも?と思っていた青木先生・大井先生が遅れるけれども参加可能ということで、縁は不思議なものだよな~と思いましたね。

 いや、何で青木先生・大井先生にお声かけしたか?というと、そんじょそこらの武道の先生なんかより、殺陣のプロフェッショナルである高瀬先生の武“芸”が、如何ばかりか?という深さを見て欲しいと思っていたからなんですね。

 第一、青木先生・大井先生からすると、武道の世界で一流といわれているような師範でも、アラだらけに見えてしまうに決まってる訳ですよ。

 私が御紹介できる師範なんて片手の指で数えても余るくらい少ないです(本当は躾道館の小林先生も御紹介したかったんですが・・・)。

 また、高瀬先生にも、日本の最高峰の武道家を是非、見て欲しいと思ったんです。

「この先生が、本当の本物! 伝説の武道家なんですよ。そして、こちらは、その伝説の武道家の技を全伝継承する師範なんですよ」って、言いたかったんで、本当に今回は御紹介できて良かったよな~と思いました。

 後で青木先生からお電話で感想をうかがいまして、高瀬先生の物凄い物腰の柔らかさ、腰の低さに舌を巻く想いだったということでした。

 ぶっちゃけ、青木先生は霊能力者?なんで、パッと対面した瞬間に相手の本質を洞察されますからね。私が高瀬先生を会わせたがった理由も納得されたと思います。

 いや、本当に説明しなくても助かるし、青木先生や大井先生はどなたに紹介しても大丈夫!という安心感があるので、この出会いが良い縁を広げていってくれると確信して疑いません。


 それはそれとして、今回、奉納演武を堪能し、高瀬道場の仕事の証しである貴重な資料展示会も拝見し(ビーバップから、『シューティスト』『極道ステーキ』『カルロス』などの私が感銘を受けたVシネの傑作などのポスターやシナリオ等の資料も多くありました)、それではパーティー会場へ・・・と入って、席に向かうと、「長野先生」と、いきなり見知らぬ方から声をかけられました。

 はて、面識がある方だったかな~?と、よくお顔を拝見しましたが思い出せません。

 私、人様の顔や名前を覚えるのがかなり悪くて、そのくせ、付き合いの範囲が妙に広いので、一、二度お会いしたくらいの方だと覚えていなくて失敬してしまったことが多い。

 また、そんな感じで失敬しちゃったら申し訳ないな~と思ったんですが、「漫画を描いている坂丘です」と自己紹介されて、「あぁっ! 坂丘先生でしたかっ?」と、ビックリ仰天いたしました・・・。

 坂丘のぼる先生といえば、武道マスコミ関係で知らぬ者のいない『空手のタマゴ』の作者にして伝統空手道の黒帯師範・・・というと、何だかコワモテなイメージがしますが、作風とまったく同じで優しく木訥な印象の方でした。

 お会いするのは初めてなんですけれど、以前、御自身のブログで私の本を採り上げていただいていたので、御礼のコメントを差し上げたこともあったんですね。

 やっぱり、武道武術が好きで、クリエイティブな仕事に携わっているという共通点があるから、初めてお会いしたのに何年も前から友達だったような気がして、何か内輪の話をついつい喋くりまくってしまったような気がしますけど・・・酒飲み過ぎて大部分、忘れちゃいました・・・。

 けれども、何か、凄く嬉しかったですね。坂丘先生は是非、一度、直にお会いしたいな~と思っていたものですから、まさか、こんな具合にバッタリ会う機会があるとは?

 何でも私の本は全部買っていただいているとのことでしたので、まだ書店に並んでいない最新刊の『潜在力を引き出す武術の丹田』をプレゼントさせていただきました。

 ただ、坂丘先生とお話していて、昔、F堂でライターやらせてもらっていた頃に当時の社員のM上さんに5000円借りて、そのまま返していなかったことも思い出しちゃってですね~(苦笑)。いや~、お恥ずかしい・・・。

 人間の心理として、借りた方は忘れちゃうけど、貸した方って忘れないもんですよね。

 昔、千円貸したまま返さなかった友人のことも顔は忘れても覚えてますもんね~。

 こういう性格だから、いつまで経ってもビジネス展開できないんだろうな~。いかんいかん。態度を改めていかねば・・・っつう訳で、M上さん。連絡くださいね。お金で返すの嫌らしいから、中華料理とか御馳走させてください!

 さて、同じ席は武道関係者席だったらしくて、坂丘先生の空手関係の師範の先生方や日子流の田中先生、今野塾の今野先生と俳優の須藤さんもおられました。

 以前、高瀬道場の技芸会に亡くなられた宮田重則さんに誘われて初めてうかがった時に紹介していただいて、その時に今野先生には御挨拶したことがあったんですが、ちょうど、私が犬猿の仲の武術師範が来られたのでまったくお話できなかった・・・ということがありまして、今野先生は私のことは全然、覚えてらっしゃらないでしょうから、どうしようかな?と思いました。

 けれども、これも宮田さんが取り持ってくれた縁だからと思って、改めて御声かけして、名刺が切れて無かったので自己紹介代わりに持ってきた筑摩新書の『使える武術』を差し上げました。

 正直、最近は自分を売り込むようなことはやりたくないな~という思いが強まってきてまして、以前はパーティーとか呼ばれると自分から名刺配って歩いたりしていたんですけど、そうやって作った人の縁って、あんまり深まらないんですね。

“美味い酒に看板は要らない”とか言いますでしょう?

 本もシリーズで出せているから、そこそこ名前は知られるようになってきましたが、インターネットでは悪口ばっかりだし、武道の専門誌には全然、出ていない。業界的にもハカイダー的なイメージばっかり一人歩きしてるんで、実際、名前は知ってるという人でも、初めて会う人からは凄く親近感持たれるか、ガラガラ蛇にでも遭遇したみたいな態度を取られるかのどっちかですね。

 えっ?って思うくらい両極端ですよ。ホント。

 だから、私自身が自分の仕事をしっかりこなして実績を作っていけば、「武術といえば長野さんが第一人者だ!」って噂になって、私と付き合いたいと思う人だけが来てくれるだろうと思うようになってきたんですね。

 まあ、年とって物ぐさになっただけかもしれませんが・・・。

 そういう次第で、ちょっと迷ったんですけど、今野先生には改めて御挨拶させていただきました。

 凄く気さくで、ちっとも偉ぶらない感じの良い先生で、ちょっと安心しましたよ。宮田さんが、是非、紹介したいから・・・と言ってくれていた理由がよく解りました。

 でもね~。

 スッゲー、嫌がられたらどうしよ?っとか、考えちゃいましたよ。何故なら・・・(以下、諸事情あって割愛!)なので・・・。


 パーティーは、流石、映画芸能界で40年続いてきた老舗の貫禄で、多士彩々でした。

 あの松田優作を預かっていたといわれるセントラルアーツの黒澤満さんが来賓で御挨拶をされたのが、私にとったら感無量! Vシネがプログラムピクチャーの新しい潮流を作った時代の最大の功労者ではないでしょうか?

 そういえば、今野先生と一緒におられた俳優の須藤さんが蟷螂拳を使う殺し屋役で鮮烈なデビューを飾られた藤竜也主演の『ブレイクアウト』も、Vシネ初期の頃の佳作でしたね(この時の須藤さんの殺し屋っぷりは凄いよ!)。

 須藤さんは現代アクションでも時代劇でも、いろんな作品で活躍されていますが、私のような武術関係者にとっては、『北派中国拳法入門』で功力(クンリー)拳の演武写真で出ておられたイメージが強くて、本格的に伝統武術を修行されている役者さんとして存在価値が際立つ方ですね。F堂でバイトされていた経験もおありなので、私や坂丘先生にとっての先輩でもあります。

 しかし、存在感ということなら、高瀬道場には最終兵器のような「そりゃ、反則だよ?」と言いたくなる人がいらっしゃいます・・・。

 それは、志村動物園の再現ドラマで、あまりのインパクトにスタジオの人達が“この役者さん、いったい何者?”という驚愕の表情をしていた加賀谷圭さん!

 何しろ、伝家の宝刀であるアクションを封印しているんだし、ぶっちゃけ犬が主役なんですけど・・・その持って生まれた強烈なキャラクター性が、抑えていても、ぬわぁ~っと出てくるものか・・・「これ、このまま映画にして欲しいな~」ってくらい作品として突出していました。

 これ、たまたま見た周囲の人に聞いても、評判になっていましたね。

『十三人の刺客』の時なんて、刺客団を襲撃する浪人集団の一人として出演されていましたが、もう、登場した瞬間のインパクトだけで全員が加賀谷さん?と錯覚してしまって、高瀬道場から何人も出てらっしゃる筈なんだけど、ドォーンッ!と加賀谷さんのイメージだけが強引に脳に焼き付けられてしまい、映画が終わった後には“ダルマ女”と“ゴローちゃんの生首”と“ハッスルする松方さん”と“加賀谷さんの咆哮する顔”のイメージだけしか残ってませんでしたよ・・・(いや、面白い映画だったんで誤解なきように)。

 公演で観た『珍説・幕末風雲録』での加賀谷さんが演じた人斬り以蔵のチャーミングなキャラには、その時、同伴していた漫画家の黒谷薫先生もほれ込んで大絶賛していたんですが、本当にもう、ジョーズのような存在感で、もはや人間とは思えないですね~。

 その『珍説・幕末風雲録』と、『迷探偵・明智小五郎』が10月9日と10日に二本立て公演されます! このコメディー活劇は、本当に必見ですよ。
20110920_001.jpg 20110920_002.jpg

 さてさて、パーティー会場では多加野詩子先生ともお話しましたけれど、現在の殺陣ブーム、刀剣女子ブームを中心になってけん引してらっしゃるのが多加野先生だと思いますね。

 TVや雑誌で、頻繁に出てらっしゃいますから、実際に高瀬道場で最も広く顔を知られているのは多加野先生かもしれません。

 今の日本は、男がダメで女が頑張ってるという印象がますます強くなってきていますが、実録・男塾という感じの高瀬道場にあっても、「実は女が頑張ってま~す」というのが何か世の中の本質を表現しているような・・・?


 パーティー半ばでアトラクションで演じられた剛心会の空手演武も、良かった! 私、剛柔流は少しやったから、好きなんですよね~。何か、カラテェ~~~ッ!ってイメージするじゃないですか? 千葉ちゃんのカラテ映画が作ったイメージだと思うけど。

 おやじダンサーズのパフォーマンスもいいですね。正に、剛と柔で粋な演出でした。

 余談ですが、資料展示の中に、私が昔、月刊空手道で特集記事を任せてもらった時のアクションカラテ特集号も置いてあって、その時は私自身は高瀬道場の取材にはいっていなかったんですが、企画した者として懐かしかったですね~。

 表紙の森聖二先生のポージングのカッコイイことよ・・・。ガイファードもリメイクして欲しいな~・・・でも、ケイン・コスギが主演する予定だったとは知らんかったよ。

 この日は思いがけず坂丘先生とも会えたし、空手道で特集を任された唯一の号も見たし、ワインがぶ飲みして半分くらい記憶が飛んじゃったけど、非常に楽しい一日でした。

 あっ、そういえば、田中光四郎先生の奥さんと初めてまともにお話しましたけど、年の差39歳だそうです・・・年の差婚、流行ってるな~・・・。大病された光四郎先生が元気になられているのも奥さんが健康管理をしっかりしてあげられているからなんだろうな~と思います。


 末筆となりましたが、高瀬道場の益々の発展を心よりお祈りいたします。

このページのトップへ
コンテントヘッダー

新作DVD撮影開始!

 相模原本部道場(千代田メイプルホール)の隔週木曜の稽古会で、新作DVDの撮影を実施しました。

 今回のDVDは、“独己九剣”が単なる組み居合術の対錬型ではなく、ありとあらゆる武術技法(体術から武器術)へと応用展開できるものだということを解説する游心流の戦闘理論の応用発展の方法論を解説しようと考えています。

 これは、私が武術の研究をしてきてたどり着いた稽古法の理論なんですが、型稽古と実戦をどう結びつけるか?という点について他流の人にも参考にしてもらえると思います。


 また、この日は試し斬りにも挑戦しました・・・。

 数日前から町田の東急ハンズで携帯運搬できる組み立て式の試し斬りマキワラ台を製作していたんですが・・・、軽量でないと持ち運びに不便だと思って作ったものの、またもや、事件が起こってしまいました。

 支柱の強度のために、板木にステンレススチールのパイプをはめ込んでいたんですが、何と、新入会員のKさんの横薙ぎの一振りで継ぎ目からグニャリと曲がってしまったのです!

 それでも、Kさんの一撃はマキワラを真横から両断していました。才能があるのかないのかわかんないヤツです。何せ、真横から切るのが一番、難しいんですからね。

 つまり、“力任せではあったけれども、刃筋は通っていた”ということですが、あれでよく、斬れたな~?と思います。

 お陰で台は作り直さねばならなくなりましたが、今回、私はまた“新技”を体得しましたから、気分は上々です。

 それは、“逆手斬り上げ”の技! 座頭市の斬り方ですよ。

 若山先生も『賞金稼ぎ』でやっていたし、近衛十四郎も『柳生武芸帳』シリーズでやってるし、原田芳雄さんも『闇の狩人』でやってます。

 後は、松山容子が『めくらのお市』で、藤純子がお竜さんのシリーズでやってました。

 その他、忍者の刀法といえば逆手斬りが定番ですよね。『三匹が斬る』でマッチもやってたな~?

 私は「逆手斬りは刃筋が通らないから非合理的である」と言われていることが、どうにも気に入らなくてですね~。密かに研究しているんですよ。

 何とか、逆手斬りでマキワラを、スッパスッパ斬れるようになってやろうと思ってたんですよね。

 それで、片手斬りが割りと楽にできるようになったので(脇差の片手斬りも成功しました)、「これなら、逆手で片手斬りしてもいけるんじゃないかな~?」と思っていて、実験してみた訳です。

 右手で柄を逆に握り、右脇下から一気にギュバッ!と斬り上げてみました。

 と、ストーンッと切断されたマキワラが跳ぶ・・・「やったっ!」と思いましたね。やっぱり、平静を装いましたが、結構、ドヤ顔しちゃってたかもわからんですね。

 ついに憧れの逆手斬りも体得しちゃいましたでござるよ・・・フッフ~ン。後は数こなして慣れるだけ。

 もっとも・・・今回、撮影した映像を再生して観てみると、全般的にマキワラに刀が当たった瞬間、台の支柱がかしいじゃってて、これじゃあ、安定して試し斬りするのは難しいな~と思いました。むしろ、これでよく斬れたもんだな~?と思いました。

 また、台を作り直す時に強化改造しなければいけません。まっ、失敗は成功の特効薬ですから、失敗することで反省点を一つ一つ改善していけば良いのですよ。

 今回の試し斬りは、東京支部のK中さん、K塚さんもやってみましたが、K中さんは初めて真剣を持ってみて「想像していたより重くて短かいですね」と、おっかなびっくりだったので、間合が遠くなって浅くかすっただけに終わりました。

 K塚さんは大学合気道部の主将だったので、合気道の理合が生きたストーンと素直な斬りで、一番、見事に斬っていました。K塚さんは元々、すごく武術に向いてますね。

 高瀬先生に殺陣を学んだのも刀法の基本が体得できて役立ったみたいですね。

 北島師範は一番、上手いので問題ありませんでしたが、矢嶋師範代は・・・いやはや、なんとも・・・。

 素手だと気づかないことでも、刀はごまかしが利かないから、下手な人は“より下手”になってしまう。欠点が明確になるんですね。

 私が刀の抜き納めの練習しかしないのも、それをやった方が素手の技も上達するからなんですね。刀が一人前に扱えれば素手の技もグンッと伸びます。

 試し斬りも、できたら毎回、練習してみたいですね。準備するのが大変だけど・・・。

 帰りは、相模原駅でK中さん、K塚さんと三人でサイゼリヤで一時間くらい食事しましたが、そこで香港カンフー映画マニアのK塚さんがパソコンで香港カンフー映画の新作予告編集を見せてくれました。

 ミシェール・ヨーやドニー・イェンって、私と同じくらいの年齢なのに、現役武侠アクション・スターとして君臨しているんだから、本当に凄いな~っと思います。

 アクション・スターも生涯現役なのかもしれませんね? ヨー姉さんって、由美かおるかよっ?って感じだな~。


PS;6.4mの巨大ワニが捕まった!ということで、朝のミノモンタのニュース番組で紹介されていて、UMA大好きの私はウキウキしちゃいました。パッと見た感じは10mくらいあるんじゃない?という感じでしたけど、見た目の印象と実際は相当な誤差があるもんですね? ところで、ウルトラQのゴメスは体長10mなのに体重は3万t。リトラは5mなのに1万t・・・重過ぎだよっ! ゴジラは体長50mで体重2万tという設定でしたけど、ウルトラマンは40mで3万5千t。何か、アバウト過ぎるな~・・・。ところで、ケムール人とゼットン星人とキュラソー星人の顔って、よく見分けがつかないんですけど、俺だけ?

PS2;24日(土)の橋本同好会(ソレイユさがみ)は、北島師範が仕事の都合で出れないので、私が代わってやることにしました。時間も長くて費用も安いですから、会員以外にもセミナー受講生の方も、どしどしおいでください。

このページのトップへ
コンテントヘッダー

見本、出来ました!

 新刊本『潜在力を引き出す武術の丹田』、見本があがってきました。
20110919_001.jpg

 シリーズも七作目ですから、表紙のデザインもガラッと変えてみましたが、いかがでしょうか?

 これまでイラスト全般をお願いしていた黒谷薫先生から、早速、見本が届いて一気読みしたとのことで、感想のお電話を頂戴しましたが、表紙のイラストを今回、初めてやってもらったIさんの絵の感性をベタ誉めされていて、女性特有の描線の軟らかさとセンスの良さを買っていらっしゃいました。

 黒谷先生は、他人の絵を誉めることは滅多にないので、これはIさんに聞かせてやりたいな~と思いましたね。

 彼女はプロのイラストは初仕事で、勝手が解らない上に仕事が終わってから無理やりなスケジュールで描いてもらって、会社に出掛ける前の朝に最寄り駅で私が完成したイラストを受け取って、そのまま神田神保町のアスペクトさんまで持って行った・・・というムチャぶり進行させちゃいましたからね~。ホント、頑張ってもらいましたよ~。

 また、今回の本は黒谷先生が別の仕事が被ってしまって物理的に多くは頼めない状態だったので、いつもならイラストに起こすところの写真を、そのまま使ったんですね。

 だから、かなり写真点数が多くなりましたよ。

 でも、今回に限っては内容が抽象的な分、写真が入らないとリアリティーというか説得力が無くなってしまうところだったんで、苦肉の策がむしろ幸いでしたね。

 写真やイラストで技術解説するのはライター時代から慣れているので、本文書くよりずっと楽でした。

 こうなったら、次回作は完全な技術解説書にして、最初に連続で写真撮って、それに合わせて解説していった方が楽かもしれませんね。

 あるいは、ドキュメンタリーの漫画形式にして本文はコラム解説だけとか?


 それにしても、シリーズで7作というのは、なかなか凄いことだな~と思います。ちょっと感無量です。普通、3作か4作がギリギリでしょう? スターウォーズだって6作で完結したし・・・。

 流石に、今回はもうネタが尽きたという疲労感がありますが、一年に一回のペースは守りたいな~と思いますね。

 これまでの本からすると、かなり毛色が変わったように受け止められるかもしれませんが、私としては地続きで書いているので、「あ~、武術というのはこういう背景があるのか?」と面白がってもらえれば有り難いですね。

 それと、写真で載ってるうちの会員さん達の水準も、観る人が観れば判ってもらえると思います。

 特に、うちの会で最年少のNさんには大活躍してもらっていますが、実に決まっています。

 26日には全国的に大きな書店の武道書コーナーには並ぶと思いますので、是非、御購読お願い致します。


このページのトップへ
コンテントヘッダー

9月セミナー感想

 今回の月例セミナーでは「型の研究」をやりまして、いろいろな門派の動作を武術的に解析するということをやってみました。

 でも、うちの会員さんで一年以上続けている人だと、自分で結構、解析できちゃったりするんで、改めて私がやらなくてもいいかな~?という感じだったりもするんです。

 つまり、戦闘理論が解っていれば、型の動作が何を意味しているか?ということは一目瞭然に判るようになる筈なんですね。

 正直いって、技だの型だの覚えるよりも、戦闘理論をきっちり理解できれば他流の技を看盗ることは簡単なんですよ。いや、観なくても説明されただけでも概略、解ります。

 私が修行経験の無い流儀の技をすぐ再現できるのも、技の形を真似ようとしているんじゃなくて、戦闘理論から解析して必然的に出てくるであろう技を推測して動いているからで、実は形を真似している訳じゃないんですよ。

「物真似が上手いんだ」と、よく誤解されるんですが、形を真似しようと思ったことは一度もありません。


 誰もが長年、道場に通って苦しい稽古に耐えてこそ体得できるのだ・・・と信じて疑わないでしょうが、結論から言うと全然、違うと思います。

 重要なのは脳神経にできる人の技の映像を焼き付けて、その映像の動きに自分の身体の動きを同調させる作業がうまいかどうか・・・。それさえできれば一瞬で体得できても不思議じゃありません。

 ところが、普通、武道に熱心に取り組んでいる人は、肉体に負荷を与えて動きを繰り返していれば、いつかできるようになるに違いない・・・という考えで、まず先生の動きをちゃんと観察しないし、その動きを自分の身体にトレースしようともしないんですね。

 だから、十年も修行しているのに先生の動きの特徴が体現できない人もざらにいたりします。学び方のコツを知らないから、こうなってしまうんです。

 もっとも、外見だけいくら真似しても中身が全然違っていたら論外です。例えば、伸筋技法と脱力技法だと根本的な技法の原理から全然違うんですが、そこを洞察できる人は意外と少ないですね。固定観念で「これはこういうものなんだ」と思い込んでしまうと観察があまくなってしまうんです。

 よって、技の形とか手順を真似していたって実は意味ないんですよ。

 どうしてか?というと、実際に戦う時にはパターン化した技をただ闇雲に出しても素人が突っ立ってる場合でもなければ、まず通用しないからです。

 だから、正直いって、「長年、~流を学んでいました」といってくる人の過半数がパターン化した動きしかできません。

 むしろ、齧っただけくらいの人のほうが教えてすぐ体得できますね。

 長年、愚直に練習している人は、同じパターンでの試合をやれば強いのでしょうが、フリーなファイトに通用するとは思えません・・・というか、そもそも、そういうことを考えたことがないのでしょう。

 実戦を考えるのであれば、応用変化できる身体性を磨くのが最優先課題であり、それは、一瞬で相手の戦闘パターンを読み取り、的確な戦術に切り替えることのできる脳力です。

 こういう脳力にうちの会で最も長けているのは、何と最年少会員のNさん。

 何しろ、一回だけ演じて見せた白鶴拳の白鶴震身を一目しただけで体得し、しかも私より上手にできるようになっちゃいましたからね~。もう、唖然とするような才能で、将来、どれだけの武術家になるものやら、想像もつきません。

 Nさんは保育園でイジメに遭遇し、子供心に“自分の身は自分で護るしかない”と考えて武術修行を開始したというのですから、子連れ狼の大五郎みたいな子供だったんでしょうかね~。格闘漫画の主人公にも、これだけの才能のあるキャラはいないですよ。


 さて、「型の研究」というテーマも、何度もやっているので、同じような解釈ばかりだと常連さんはつまんないだろうと思って、なるべく違う解釈をしてみたつもりでしたが、例によって私はアドリブでやっているので、一日経過した今となっては何をどうやったのか、さっぱり覚えておりません・・・。

 確か・・・形意拳に白猿通背拳に九十九式太極拳に詠春拳に太気拳に新陰流に戸隠流忍法に大東流にラジオ体操?だったっけ・・・。

 空手その他の修行歴のある初参加の受講生は随分、驚かれていた様子でしたが、確かに我ながら、何でこんなにいろんな流儀の技をできるようになっちゃったのか、自分でも不思議な感じがしますね。

 以前、霊能力があるという人に視てもらったら、私は前世でもそのまた前世でも武術の研究やっていた人間だって言われました。だから、個人の才能ではできないようなことができるのだとか?

 じゃあ、次に生まれ変わっても、やっぱり、今と同じことやるのかな~?

 ブルース・リーがそうだったと聞きますが、ほとんど学んだことのない流儀の技でも私はすぐ再現できちゃうんですよ。今回もドニーさんの『イップマン』の技とかもやりましたよ。詠春拳は通信講座でしかやったことないんだけど・・・。

「ラジオ体操からでも武術はできる!」と言ったら、「やってみてください」と言われたので、これもやってみました!

「そんないい加減な?」と思う人もいるかもしれませんが、だいたい、型の動作を固定した用法であると考えるのが大間違いのコンコンチキなのであって、臨機応変、変幻自在、融通無碍に応用変化技を抽出していけるようにならなければ、型を理解したとは言えません。

 習ったものを大切にするのは立派なことだと思いますが、自分自身でクリエイティブに技を生み出していくのでなければ、武術は生命力を失ってしまいますよ。

 そういう意味で、私は21世紀の武術を作り出していきたいんですね。

 型というものは、楷書で文字を覚えるようなものであり、それを実際に技として用いる場合は、型の形を壊して崩したり分解して別の動きと組み合わせたりしなければ使えないのですね。

「型は楷書で、そのまま実用に使うのは無理ですが、行書、草書のように崩したり流れをつくったりすることで実用に使うことができます」と説明しました。

 これは料理で考えれば解りやすいでしょう。

 型は食材と思えばいい。

 大根やネギや肉を切って食べやすいサイズに加工し、炒めたり茹でたりしながら調味料で味をととのえて料理として器に盛ってから、“食べる”。

 食材によっては、そのまま食べると毒があるものなんかもある訳ですよ。

 ウナギなんか、血液に青酸化合物が含まれるから刺し身なんかにはできない。熱を通すことで青酸化合物を分解して無毒化する訳です。

 だから、“蒲焼き”という調理法が発明されたんですよ。

 梅干しなんかもそうですよね。

 食材を生のままで食べる場合が多い和食の場合、殺菌したり無毒化する工夫がいろいろあるんですよね。

 寿司でワサビをつけたり酢飯にしたり、ガリをつけたり、熱いお茶を出すのも、生の魚の寄生虫の卵だの細菌を殺すためなんですよ。単なる味のためだととらえるのは食文化に対する認識の甘さですよね。

 よく、「武術の型は是か非か?」という評論を訳知り顔で述べる人もいますが、解って言ってるのかな~?と思って、興味津々で読んでも、「なんのこっちゃか、じぇ~んじぇ~ん、わかんな~い・・・」という場合がほとんどです。

 要するに、アンタッチャブルで型信仰に陥っているか、あるいは「型は実戦には使えないけれども伝統文化として伝えていく価値がある」という、極めて真っ当だけれども?マークが無限増殖していくような論理のどちらか。

 やってる人間が意味も解らずにやっているんだから、型の意味するところを語っても群盲象を撫でるがごとき百人百様の解釈にしかならない訳ですよ。

 私自身、「型というのは、稽古法として編み出されたものであって、錬功の意味もあるし、そのままの形では実戦に通用するものとは言えないけれども、型の中には実戦で勝つための無数の秘訣が具体的に圧縮されて入っているので、戦闘理論が解っている人間が観れば、無尽蔵の実戦技法を取り出していける」と考えていて、この考えが“大正解”であると自信をもって主張できますけれども、だからといって、「絶対にこれが正しい」とは主張しません。

 何しろ、自分で作った型じゃないんだから、どこまでいっても“俺流の型の解釈”という次元から脱出することはできない訳ですよ。

 だから、実際に型を活かして使える人を何人も育てた方が早いと思ったんですね。所詮、武術は口先で論じるものじゃなくて、“現実にやれるかどうか”ですからね。

 そういう意味でいえば、游心流の中の対錬の型は、間違いなく私の考えが反映しているので「こういう意味である」と断言できますよ。

 ところがところが・・・(笑)、セミナーが終わって懇親会やって帰る間際で聞いたんですが、游心流の技の破り方?を鬼の首とったみたいに解説していた人がいたそうで、みんなで“お笑いネタ”にして爆笑させてもらいましたよ。

「アッタマ悪りぃ~ヤツもいるもんだね~(爆笑)」・・・と、久々に、あまりのダイナミックBAKAっぷりに笑かしてもらいましたよ。

 えっ、どういう意味かって?

 フフフ・・・だってねぇ~・・・。

 この人ってば、“稽古法として考案されている型の所作が、そのまま実戦で使う技なんだと勘違いして、破り方を考えて自慢げに披露している”・・・っちゅう訳(苦笑)。

 稽古でやってる型をそのまま使う馬鹿がどこにおります? そもそも、私が実際に戦う場合に用いる技を公開するようなトンマだと思ってる時点で“阿呆”ですね。

 武術の型というのは、他流の人間に見られても問題ないように真の用法は隠して、わざと“実戦ではやらないように改変して演じる”というのが真相です。

 私は、それを充分、解っているので、型の動作をそっくりそのまま使ったりしないで、使う場合は必ず応用変化させる訳ですよ。当たり前のことなんですけどね~。

 だから、自分で作った型なら、尚更ですよ。“独己九剣”を居合術だと思っていたら大間違い! 居合術で練習しているのを公開しているだけ・・・。

 こんなことは武術をまともに修行している人間なら誰でも判っていることなのに、いやはや、誠に無知蒙昧な人間もいたものだねぇ~。

 武術の秘伝性を知らない人間は、いくら研究したって真相には至れず、ただ、公開されているマニアックな情報を集めて解ったつもりになって自惚れる・・・錯覚してるだけなんですよ。

 自分の無知さを解らずに、一丁前に武術を語る・・・哀しい人だねぇ~。

 シロウトさんだから、しょうがないけどね。プロだって解ってない人が多いんだし。

 調子に乗って面白半分に人の誹謗中傷・嫌がらせを続けているから、自分の頭の悪さを晒してしまうんです。因果応報というものですね。アホなことやるヒマあったら、ちゃんと練習したほうがいいよね。



 おっと、相当、脱線したな~。

 それにしても、セミナーの常連さん達の上達ぶりは目覚ましいものがありましたね。

 終盤の質疑応答の時間で、「何故、意味も解らないのに型稽古を喜んでやるのか?」という疑問に関して、参加者の方が、「多分、日本人は型にはまることで安心できるのではないか?」と言われていたことが印象深かったですね。

 つまり、パターンにはまることで何も考えずに安心できる・・・そこが魅力なのかもしれませんね。

 そういえば、「立禅さえやっていればいい」とか、単純化した思想を信仰する人が多いのは確かですね。

 でもね~。思考停止してしまったら、新しいものは何も生まれてこないですよ。

 どんな流儀であれ、昔から伝わってきているものが使えない道理はありません。本当に使えないものだったら無くなってますよ。

 形骸化というのは、伝えている人間の探究心の顕在化したものだと私見します。

 想像力が創造の源泉です。

 伝統武術を学ぶ人は、是非とも誇りを持って学び、一通り学んだ後は型の中に隠された無限の教えを読み解いていってください。

 そうすれば、武術文化は大いなる叡智をもたらしてくれるでしょう。


 あっ・・・でも、想像力と妄想力は別物ですよぉ~。


このページのトップへ
コンテントヘッダー

9月セミナー「武術型の研究」

 さて、スポーツの秋ですね。

 私は秋が一年のうちで一番、好きな季節です。公園の稽古もやりやすいし・・・。


 9月の月例セミナーは、「武術型の研究」です。

 空手、合気、中国武術、剣術、居合術の型から、生きた使える技を抽出するのが、今回のテーマです。

 では、武術の型とは何でしょうか?

 型は使える、否、型は使えない・・・。

 伝統武術は型が生命とさえ言われるのに、延々と型の修行を続けても、全然、使えないというのであったら、何て空しいことでしょうか?

 型を使えるか使えないかは、学び、修練している人間が、そこから戦術を読み取れるかどうかにかかっています。

 換言すれば、戦闘理論を解っている人間が観れば、型の中から具体的な技の用法を抽出することができます!

 なぜ、明言しているかと申しますと、私は“それができる”からです。

 なので、「はぁぁ~? 型は使えない? 何、勘違いしたこと言うとんねん?」としか思わないのです。

 はっきり申しますが、伝統武術の型稽古を長年、修行し続けて、戦うことができないのであれば、それは、“流儀の戦闘理論を知らないから”です。

 もちろん、教えられていないから知らないのでしょうが、実のところ、戦闘理論の原理そのものは流儀の別なく普遍的なものであり、しかも、極めて単純です。

 私が月一回のセミナーを一年通して通ってもらえば、センスの良い人だとマジで達人になってしまうと考えたのも、この“単純さ”に理由があります。

 つまり、戦闘理論そのものは教えてしまえば簡単に理解できるのです。

 なので、二年、三年と通っている人には、素人から見れば達人に見えるくらいになってしまった人もいます。

 恐らく、常連受講者の中には、私が教えなくても、型の中から技を抽出して使うことのできる人もいるだろうな~と思っています。

 そういう意味で、今回のセミナーは、受講者がどのくらい戦闘理論の原理を理解できているのか?を測れると思って、私自身、ちょっと楽しみにしています。


 ところで、ここ最近、DVD付きの武術本を見ています。

『零距離戦闘術』(稲川義貴著)というのが非常に面白かったですね。野戦体術系の戦闘術ですが、非常に濃厚に武術性のあるもので、虚飾を排除したシンプルな制圧術でした。

 また、このDVDには荒谷卓先生の鹿島神流の剣術と抜刀術の演武も結構長く収録されていて、思わぬ収穫でした。

『コンバットマガジン』や『SATマガジン』で荒谷先生は紹介されていましたけれど、技を拝見するのは初めてで、想像以上の卓越した技で感銘を受けました。

 柔らかく力の抜けた腕で鋭い斬撃を繰り出される様子は、息を呑むような機能美を感じさせます。稲葉先生譲りの体構えながら、荒谷先生の動きはもっと直截的に感じます。

 それと、佛生館の加藤武揚先生の『夢をしんじて -武道と仏道の融合-』という本を、大石教練から借りて読みました。

 書店コードがついていないので、恐らく、自費出版されたのではないかと思いますが、空手・古武術・中国武術の使い手として、知る人ぞ知る存在だった加藤先生の技がDVDで収録されていて、これもまた、大いに勉強になりました。

「先生、この人はどうなんでしょうか?」と、大石教練がおそるおそる聞いてきたので、「あ~、この先生は強いよ。達人だよ」と答えたら、ほっとした顔で、「あ~、良かった。DVDを見て、凄いな~と思ったんですけど、文章がチャクラとか幽複体とか怪しいことを書いてるから、心配だったんですけど・・・」と、苦笑しています。

「あっ、ゴメ~ン。俺の今度のも、チャクラとか神智学とかオカルトの話をバンバン書いてるんだよね~」と笑いながら言うと、“あっ、しまった”って顔してましたけどね。

 加藤先生は、確か神道夢想流の松井先生のところでも学ばれていて、でも松井先生が加藤先生の技量に驚いて・・・みたいな話を聞いています。

 御病気をされて技を引き継ぐ人を探したと随分、前に聞いていましたが、この本で、極真空手の高久昌義先生が継がれたと知りました。

 極真空手を悪く言う人は多いですが、私が会った極真空手の人達は、本当に皆さん、真っすぐで純粋に道を求めている人ばかりでした。高久先生もそうなんだろうな~と思いましたね。

 ある一線を超えた人の言葉には重みがあります。口先ではない言霊を感じます。

 世の中、表に知られていないだけで、優れた人はいくらでもいるものだと思います。

このページのトップへ
コンテントヘッダー

結局、剣が解らないと日本武術は解らない!

 以前から、そうじゃ~ないかな~?と思ってはいたんですが、最近、つくづく、「日本武術は剣(日本刀)が解らないと原理が解らない」と確信するようになりました。

 まず、正中線の概念。

 それから、間合。

 そして、角度。

 表技と裏技。

 丹田、読み、交叉法・・・

 もう、剣の理合を知らなければ理解不能な概念ばっかりですよ。

 ここ十年足らずの間に、実際に日本刀を入手し、十数本も使い比べてみた結論として、日本武術の理合(戦闘理論と稽古理論)のベースになっているのは、紛れもなく日本刀の操法なのだと認識するようになりました。

 だから、私が毎日、稽古らしきことをやるのは、もっぱら真剣の抜き納め。それだけ。

 それだけしかやらないのに、体術も他の武器術もどんどん深まっていきます。

 先日、マキワラ斬り用の畳表を頂戴した清心館の佐原先生に、居合抜きで片手抜刀でマキワラが斬れたり、マキワラに刃をくっつけた位置からでも斬れるようになったと御報告申し上げたら、驚かれていました(結構、自慢です)。

 実際に、こういった技は試し斬りを日常的に訓練している方でも、ほとんどやらないようです。片手で斬るとか、鞘から抜いたと同時に斬るとか、ゼロ距離で斬る・・・とかいったことを試そうとすら考えないのかもしれません。

 しかし、基本的な斬る原理が理解できたら、後は原理に沿って、いろんな応用法を工夫して試していくのは、本来、当たり前の筈です。

 私は、佐原先生とお話している時のいろいろなコツについてのお話をあれやこれやと組み合わせて総合的に「どうやれば斬れるのか?」と考え、それに沿う形でいろんな斬り方を実験している訳です。

 できるかできないかは結果論でしかなく、できるなら「何故、できるのか?」、できなければ「何故、できなかったのか?」を考えます。

 だから、できてもできなくても理由が解れば、一歩ずつ着実にできるように向かって進歩していく筈なのです。

 私はそうやって技を工夫し体得していったので、だからこそ、剣術から体術でも他の武器術でも応用して工夫していけるのです。

 例えば、刀で斬る動作は、手刀打ちで崩す体術にそのまま応用できますし、入身のタイミングの取り方や、死角に入る体捌きとかも剣術で練習しておくと体術でもよりコンパクトにできるようになります。

 この辺りの理屈については次のDVDで解説しようと思っていますが、武術というものが、本来、物凄くクリエイティブな能力を引き出す訓練法となる・・・という点については、今後、もっともっとアピールしていくべきかな~?と思ったりしています。

 なので、剣術に興味がない人でも、剣をやれば体術の概念そのものがガラッと変わりますから、お薦めですよ。

このページのトップへ
コンテントヘッダー

『技斗番長・活劇映画行進曲』発売中!

『映画秘宝』に連載されている高瀬將嗣先生(高瀬道場主宰・芸道殺陣波濤流創始)の連載が一冊に纏められ、加筆訂正再編集されて単行本となりました!

 9月3日に発売とされていたのですが、私も新刊本の最終作業チェックなどで忙しかったもんですから、町田のあおい書店に買いに行ったのが8日で、映画コーナーで棚に一冊、平台に二冊残っていたので、遅ればせながら購入できました~。

20110909_001.jpg

 表紙に使われている写真は、亡くなった那須博之監督の代表作シリーズである『ビー・バッブ・ハイスクール』で、主演の仲村トオル、清水宏次朗と共にガクラン姿で闊歩している若かりし日の高瀬先生その人・・・。

 思えば、那須監督が『デビルマン』でメチャクチャに非難されていた時に、唯一と言っても過言とはならないくらい那須監督を擁護されていた高瀬先生の想いがあって、この写真を選ばれたんじゃないかな~?と、私は想像するんですね。

 余談ながら、以前、うちのセミナーの常連だったシナリオライターの方がいて、その人から聞いたんですが、『デビルマン』は制作側が物凄い揉めていて、誰が監督しても、とてもまともな出来は期待できなかったそうで、那須監督ばかりが責められていたのは可哀想だと言われていました。

 高瀬先生も、そういう制作サイドの現場の苦労をよ~く御承知だからこそ、「死ね!」とまで罵詈雑言を投げかけられていた那須監督(その後、本当に急逝されてしまったのですから、後悔した人も多かったでしょうね)を見捨てておれなかったのでしょう。

 表紙を見て、その時のことも思い出しましたね。

「戦後日本アクション映画秘史」というタイトルにもある通り、この本は高瀬先生個人のアクション映画演出の体験記というに留まらず、日本の活劇映画の変遷や、銀幕で暴れ回ったヒーローやヒロインについての評伝、殺陣の技術、スタントの技術、カメラワークなどについても縦横無尽に語られています。

 私は『映画秘宝』で毎回、読んでいた筈なんですが、かなり加筆訂正して再編集されたらしく、非常に新鮮な印象で一気に読めました。

「武術・武道と殺陣は違うもの」という認識でありながら、高瀬先生の武術・武道の造詣の深さはハンパではなく、武道家を自負している人達で、ここまで勉強している人はほとんどいないと私は思います。

 特に古流剣術、居合術に関しては相当、勉強されているのが判ります。“孤刀影裡流”なんて、みんな、知らないでしょう? 読み方すら判らないでしょう? この流派について知ってる武道関係者は、ほとんど皆無に近いと思いますよ。『武芸流派大事典』くらいにしか載ってないもんね・・・。

 ここまで勉強している武術関係者は五人といないんじゃないか?と思いますね。

 最近、読んだ、ある武道家の本と比べても、断然、レベルが高い考察をされています。

 なので、私の本を読んでいる人は、是非、購読して欲しいですね。

 ところで、私の名前もちょこっと書かれていて、照れちゃいましたよ。光栄です。

 なんだか、武道武術の専門雑誌にもほとんど出ないのに、都市伝説のようにインターネットで噂されてる俺ってば・・・何者だと思われてるんでしょうね?


 ともあれ、殺陣は日本の誇る文化であり、武術と根っこの部分では繋がって芸能の世界で発展してきたものなのですから、広い意味で「マーシャルアーツ」と言えると私は考えます。

 現に、海外のマーシャルアーツ専門雑誌では、ブルース・リーを筆頭に、ジャッキー・チェンもジェット・リーもドニー・イェンも“マーシャルアーティスト”なんですし、ミフネも若山先生も、“サムライ”。

 武術と芸能の関連を研究してきた私の論では、み~んな、“マーシャルアーティスト”なんですよ!(きっぱり、断言!)

 世の中には、一度も殴り合いのケンカしたこともない(一方的にボコられた人は結構いる?)のに「武道家です」って名乗ってる人がいっぱいいるんですから・・・。

 私も、今後は「アイ・アム・マーシャルアーティスト!」って、名乗ろうと思ってま~す。


このページのトップへ
コンテントヘッダー

武術に“受け”は無し!

 現代武道では受け技の練習をやりますが、基本的に游心流では受け技の練習はやりません。

 これは、「受けるヒマがあったら攻撃せよ」という論理でもあるからなんですが、長年、武術の研究をしていろんな流儀の技を分析してきて、「あ~、武術には純粋な意味での相手の攻撃を受ける技は存在しないんだ」という認識に於いて、受け技そのものの練習を捨ててしまったんですね。

 例えば、伝統空手でも、上段揚げ受け・内受け・外受け・手刀受け・掛け手受け・下段払い受け・十字受け・・・などの受け技を練習しますが、「これは基本だからやっているけれど、試合では使えない」と、割り切った説明をされたりしています。

 試合で使えなくても実戦では有効だからやっているのか?というと、そうでもない。

 やってみたら判るんですが、相手の突き蹴りを受け止めても、次の攻撃がすぐに来るから、むしろ危険なだけなんです。

 そうなると、受け技を単体で使うと危ないから、受けたらすぐに飛び退くとかやらないといけない。

 でも、受けたらすぐに間合を保って後退する・・・って、何かヘンだと思いません?

 相手の二撃目を食らわないかもしれないけど、間合が保たれたままだと、相手は次々に攻撃してきます。こっちは受けたら退く、受けたら退く・・・を繰り返さなきゃならなくなるでしょう?

 試合が延々とラリー状態になるのは、間合を保ったままで攻防をやろうとすることに主因があると私は考えています。

 空手、剣道、ボクシング、フェンシングなどでは、そんなヘンな攻防が繰り広げられても違和感を感じなくなっていますが、足場の悪い場所や狭い場所、相手が複数いたりするようなストリートファイト的な状況では、こんなやり方は使えないですよ。

 私は基本的にストリートファイト的な状況設定を考えて武術を工夫してきているので、武道や格闘技の試合を見ていてもピンとこないのです。

 特に、素手で突き蹴りを応酬する組手で受け技を駆使している様子を見ると、「あ~、相手がカランビットナイフ隠しもってたら殺されてたな~」とか考えちゃうんですよ。

 今、アメリカではフィリピノ・マーシャルアーツがブームになっていますが、それはストリートファイト的な状況に対応できるテクニックを持っているからでしょう。

 うちでやっている交叉法は、受け技ではありません。受けと攻撃が合体した戦術技法です。

 感覚的には、「攻撃のついでに防御している」という感じでしょうか? あくまでも敵を瞬間で仕留めることを考えて、「一の太刀を疑わず、二の太刀は負けと思え!」というものです。

 なので、攻防一体が武術の原理原則であって、攻撃技と受け技を別々に練習するという発想そのものが間違っていると私は考えています。

 その考えから、空手の受け技も、本来の使い方はまったく別だったと考え、攻防一体の技へと用法をまったく変えて練習しています。

 こうすると、間合が従来とは決定的に変わって、ほとんど組み討ちに近い間合になりますが、この間合は詠春拳の攻防の間合と同じですし、太極拳の“推手”も自在に使うことができます。

 沖縄空手(那覇手)のカキエー(掛け手)も、この間合で戦うための訓練法だったと考えられます。

 では、蹴り技はどうか?

「蹴りは間合が離れていないと蹴れない」という単純な考え方をしてはいけません。

 私はほとんど蹴りを使いませんが、公園で稽古するようになってから回し蹴りなんかも出すようになりました。

 当時、矢嶋師範代はビックリして、「游心流には回し蹴りもあったんですか?」と言っていました。

「あたり前じゃん。今まで使わなかったのは、基本的な稽古のやり方を指導していたからで、戦い方は全然教えていなかったんだよ。今は戦い方(戦術)を指導しているから、どんな技でも、その場、その瞬間に有効なら迷わず使うよ」と答えました。

 回し蹴りは軌道が大きくなったりモーションが大きくなって察知されやすいから本来の沖縄空手にはなかった・・・という説もありますが、那覇手にはあったようです。要は状況次第なんですね。

 回し蹴りも相手の死角に入りながら出せば、日本刀で撫で斬りにするように効果的なんです。それまでまったく使わなかったのは、相手と正面で対峙している時に使えば、それこそ交叉法のエジキになってしまうから使わなかっただけで、相手を崩したり死角を取って自分が安全な状態を確保した瞬間なら、使える・・・という訳だったんです。

 実際、現在はローキックやミドルキックはたまに使います。

 もっとも、矢嶋師範代は私が一回見せたら、喜んで、回し蹴りばっかり出しているので、「ウ~ン・・・、こいつ、勘違いしたな~」と思ったんですけどね・・・(苦笑)。

 もちろん、回し蹴りが使える状況についても教えたので、現在は、こんな阿呆なことはやらないと思いますよ・・・んっ・・・そういえば、この前、大石教練とやってる時には、やっちまってたか・・・? 俺の気のせいかな~?


 相手の状況に応じて自然に適切な技を繰り出せるようになれば、どんな技でも使えないということはありませんが、自分の得意技にこだわっていたら、不合理な状況でも無理して同じ技ばかり出すということになってしまいます。

 そして、そんなパターン化したやり方ばかりやっていたら、すぐに裏をかかれてやられてしまうという訳で、稽古は基本練習で、実際に戦う場合は応用変化できなければダメなんです。

 そして、応用変化するためには明確な戦闘理論を理解し身体で具現化できるようでないといけない。

 何故、「武術に受けは無い!」と私が考えるかというと、受け続けても、相手が攻め続けていたら次第に追い詰められてやられてしまう危険があるからです。

 つまり、「対症療法では病気は治せない」ということで、病気の根本原因を無くさないとダメ・・・ということ。

 そこで交叉法がいかに優れた戦術となっているかが判る。

 相手が攻撃すると同時に迎撃して“根本を潰す”。これしか命のかかった戦いを確実に勝ち抜く方法はないでしょう。

 そして、相手が攻撃しない限り、こちらも何もしない。

 正しく、“平法”であり、平和な社会を崩さない戦闘理論ですよ。

 ただし、迎撃した時に確実に相手をぶっ潰す威力がないとダメですね。武術は一発で確実に相手を仕留める威力がないとダメですよ。

 アドレナリンが出まくってれば、肋骨の3~4本折れようが、痛みは感じないもんですよ。空手の出稽古ではそうだったし、高校の柔道の試合やってる時も足の小指が骨折してたのに気づかないでやってましたからね。

 高瀬先生が『映画秘宝』の連載記事で書いていたリアルな喧嘩の話は本当ですよ。街場の喧嘩師にヘナチョコな技は通用しません!

 だから、私は一発で人間を戦闘不能にするにはどうすればいいか?って、長年、研究しました。受け技の練習するなら、攻撃技を磨きあげるべきですよ。それと、急所とその効果的な攻め方・・・。

 目ざせ! 二の打ち要らず! 七孔噴血! 一撃必殺の技を体得しなきゃあ、武術はダメですよ。やっぱ・・・。


このページのトップへ
コンテントヘッダー

新刊本『潜在能力を引き出す武術の丹田』今月26日発売!

 お待たせしました。今年も無事に、新作が出ます。

 一年と半年ぶりで、割りと間が空いてしまいましたが、その分、最新研究成果が盛り込めたので、「まあ、今年はこれでいいか~?」という感じです。

 タイトルは、『潜在能力を引き出す武術の丹田』となりました。

 アスペクトのシリーズで、7作目。私の著者名入りの本としては10冊目です。

 区切りもいいので、今回は出版記念パーティーなんぞもやってみようと思っておりますが、大々的にやる金は無いので、地元でささやかにやろうと思ってます。

 それにしても・・・うちの会も三回くらい解散の危機があったんですけど、よくまあ、続いたもんだな~と思います。え~っと・・・12年かな? 干支で一巡したってことですかね。

 常連会員よりも幽霊会員の方が圧倒的に多いというのも困ったもんですが、数人は、どこに出しても恥ずかしくない実力の会員ができたし、いろんな業界で活躍されている特別名誉会員も何人かいらして、私は本当に満足しています。

 でも、欲を言えば、やっぱり武術なんだから、やるからには皆、最高の境地を目指して欲しいと思いますね~。

 私がでかいこと言うヤツが嫌いなもんですから、うちの会員はちょっと謙虚になり過ぎてしまって、妙に向上心が薄くて野心が乏しいのが気になります。

 もちろん、自分のレベルも判らない阿呆が勘違いして自惚れたこと口走ったりするのは論外ですが、自分のレベルをあまりにも過小評価するのも情けないですよ。「俺は最高の武術を教えている」という自負があるので、受け取る側もちゃんと認識して欲しいな~。

 それで、今回は豪快さを育てて欲しいと思って、「丹田」をテーマに選んだんですね。

 要するに、“内功”の訓練について書いたんですよ。いわゆる“功夫(コンフー)”ですね。

 何か、伝統武術マニアは、口を開けば「功夫が大切なんだ」って言うんですが、でも、その功夫を得るには10年も20年もかかると言って自分の現時点での弱さを言い逃れしたりする習性があって、「長野は理論だけで功夫が無い」とか勘違いして論じてる連中も多かったんですよ。ハラの中でせせら笑ってたんですけどね~(性格悪いでしょ?)。

 それで、「功夫って、こうすれば時間かからずに得られますけど、何か?」って、イヤミ言ってやりたくなったんですよね。

「習わなきゃ、できるようにならない」という考えは自身の無能さを自己弁護するようなもの。そんな程度の人間は習ってもモノにはできないものなんですよ。

 どうです? 図星過ぎて二の句がつげないでしょ?


 何はともあれ、今までの本の中で一番、苦心惨憺して書いたので、売れてくれると嬉しいな~。

 ちなみに、今回、シリーズのマンネリ感を払拭しようと、表紙のデザイン画を新しくしました。これまでと違って、かなりシュールな感じで、サルバトール・ダリと岡本太郎を足して、クトゥルー神話本の挿絵のヴァージル・フィンレイをちょっと入れたようなダークファンタジーな味わい?になっておりますので、見逃さないでくださいね。


PS;11日のセミナーでは『游心流武術の戦闘理論』DVDも以前の値段20000円
で販売しております。店頭販売は、神田神保町の高山本店でのみ扱っております。こちらは一割引きの27000円です。その他のDVDもありますので、どうぞ。

PS2;15日と29日の千代田メイプルホールの練習は、新作DVDの撮影を兼ねてやりますので、参加可能の会員さんはできるだけおいでください。普段は見せない独己九剣の応用(無刀捕り・二刀流・小太刀・杖・ナイフ・ピストル・拳法体術など)を多彩にやります。この組み居合術の九つの型が、実は無限にいろんな武器術や素手の拳法体術へと応用変化し発展させていけるように編成しているという事実。つまり、“独己九拳”や“独己九杖”などになる訳です。私が游心流の戦闘理論の精華を組み込んで考案した型ですから、そんじょそこらの武術型とは一味も二味も違いますよ~。ちなみに試し斬りもやりますから、新作DVDも宜しくどうぞ!

このページのトップへ
コンテントヘッダー

世の中、スゴイ人はいくらでもいますな~・・・

 目標にしていた技を体得できてウキウキしていたものの、やっぱり世の中は広いな~と思いました。

 日曜日の練習の後、いつものファミレスが混んでいて、近くのイタ飯ファミレスに行ってダベッていたんですが、その時にK塚さんがパソコンでユーチューブで拾った試し斬り動画を見せてくれました。

 試し斬りを成功させてヤッター!とガッツポーズ取る女の子とか、三本並べたマキワラを一刀両断する小さい女の子とか、カワイイ動画は微笑ましいですね。

「ガッツポーズとるのはけしからん」とか文句つける人もいたそうなんですが、可愛いからいいじゃん?

 けど、外人さんがぶっといマキワラを抜き即斬!と思ったら、そのままもう一度斬ったり・・・いやはや、何ともスゴイです。

 確か、日本の試し斬りの大会でも外人さんが優勝をさらっていったりしたこともあるとか? ひょっとして、この人か? ディスカバリーとかナショジオとかヒストリーとかのチャンネルで見た記憶があるんですけど・・・。

 これを見ていると、腕のグリップ力がハンパなくて、片手で刀をビュンと振るだけでビシュッと切れてしまうんですね~。日本人にはできなそう・・・。

 日本刀で斬るというより、マシェット(山刀)でバシュッとぶった斬っているような感じです。

 大石教練は、これを見て「技とか術じゃなくて腕力だけで斬れるんだから、凄いな~」と言っていましたが、腕力だろうが斬れれば結果は同じですからね。

 どうも、日本の武道愛好家は格式だの礼法だの形式主義の理屈ばっかり言って、技術の高い人を否定したがる傾向がありますが、武術ならば要は「できるかどうか」が全てであって、できた上で理屈を言わないと“口舌の輩”と軽蔑されるものです。

 私なんか、散々、「口先だけのヤツ」と言われましたからね。

 それも習った先生や兄弟弟子からさえ言われていましたよ。

 だけど、それは私が自分の技をずっと隠してきたからだし、試合で実力を見せようとか全然考えなかったからですね。

 だって、試合で勝つことが武術の実力だという考えがまるで無かったですし、そもそも“武術修行は他人に見せて強さを誇るものじゃない”と思っていましたから・・・。

 戸隠流忍法を習った時に、先生から、「武道の高段者でも油断しているところをつかれたら簡単に殺されてしまうでしょう。強さを誇るのは馬鹿ですよ」と言われて、なるほど、その通りだと思って、以後、私の考えの基盤になっています。

 先日も青木先生とお話していて、青木先生は私がおちゃらけていると軽く見られて正当な評価を受けないだろうと心配してくださっていたんですが、「本質が観抜けない連中に何を言われたっていいんです。逆に観る目の無い連中から崇め奉られていたら甲野さんみたいに自分の分際が判らなくなっちゃいますよ。僕は自分の理想の武術を確立したいだけで、他人の評価を受けたい訳じゃないから、いいんですよ。それに、先生、これは生意気な考えなんですけど、僕は自分が研究していることが最先端を突っ走っていると思ってるんで、既存の観念に縛られている人達には解らなくて当然だと思ってますから、評価は後からついてくると考えてます」と、豪語したんですね。

 現代日本の最高の武道家に対して、こういうこと言っちゃう私の傲岸不遜さも相当なもんでしょ?

 でも、どうせだったら、そのくらいハッタリかまして自分が引くに引けない状態に追い込んでいかないと、「いや~、私なんか滅相もありません」とばっかり言っていたらダメなんですよね。

 口先だけの人間で終わるか、有言実行の人間になるかは自分の意志力次第ですよ。


 他にも見せてもらった動画で、竹林で竹を日本刀で無造作にスッパスッパ斬ってる直心影流の先生が、これがまた最高にカッコ良かったですね~。

 道着でカッコつけてトゥリャア~っ!とかやってないのがステキですね。

 脱力してトントンッと料理人が包丁で切るみたいに竹をポンポン切る様子が、青木先生にも共通する匠の技を感じさせました。

 こういうのを非難したがる連中も多いと思うんですが、「スゴイものはスゴイ」と素直に認める謙虚さがない人間は上達しませんからね。

 やっかみで他人を否定してみたって自分の腕前が上がる訳じゃありません。「あんなものダメだ」と言うのなら、自分がそれ以上のことをやって見せなきゃいけない。

 それと、有名な人を称賛して崇めている人も、やっぱり上達しないものです。私は「小林先生や青木先生にはどうすれば勝てるかな~?」って考えますけどね。

 こういうのを不遜だと感じるような甘い考えの人は武術なんかやっちゃいけない。「神に会うては神を斬り、仏に会うては仏を斬る!」っていう超然冷徹な精神が無いと武術修行者とは言えません。

 今の世の中、愛好家ばっかりで修行者は少ないですね。

 日本人のダメなところは、とにかく外見とか形式とか、そうものにばっかりこだわって、格好ばかり取り繕って、中身、本質に目を向けないことですよ。

 断言しますが、外見とか形式にこだわってる人間は上達しません!

 私は会員にも、いつも、口を酸っぱくしてそう言っています。が、それでもやっぱり外見とか形式にこだわってしまう人が多いですね。

 それじゃ、ダメだって言ってるのに、「長野先生はああ言ってるけど、やっぱり・・・」とか考える訳ですよ。

 でも、そんな人間は絶対にダメになります!

 どうしてか?というと、外見や形式にまず最初に目を向けてしまうと本質を観抜く眼力が失われてしまうからです。

 眼力が無い人間は外見や形式を整えることさえできません。まともな形も取れないんですよ。形が取れない人間が形の大切さを論じてるんだから、話にならない。

 眼力が有れば、形なんかいくらでも即興で取れます。高校生会員のNさんなんて、写真や動画を観れば、演武している師範以上の形を取れます。

 こういうのを才能と言うのは簡単ですが、才能にプラスして本人が日頃、どれだけ集中して本質を観抜こうとしているか?という点が、天才性を超える驚異的眼力と再現能力を培っている訳です。

 結局、真の才能は自分の努力で育てていくものなんです。無能さは怠慢の現れでしかないんです。

 スゴイ技の持ち主を見たら、「この人はどうやって、この技を体得できるようになったんだろう?」と考えないといけない。

 私は、スゴイ技を観たら、「これはどうやったらできるんだろう?」と徹底して分析しますね。

 それで原理が分析できたら自分で再現してみます。自分でもできるようになったら、会員にやり方を教えてやらせます。

 それで会員もできたら、「こうやればできます」と発表します。

 私の研究の基本パターンはこれです。自分で0から考え出した技なんか一つもありません。

 だから、私が学んだ人は100人は下らないですよ。

 今回、見せてもらった動画からも、「ああ、こうやればいいのか・・・」と思う点がありました。多分、やってみたらできるだろうと思います。

 あ~、そうそう・・・動画である団体の組手風景も見たんですが、「これをやっていたら、負けないかもしれないけど勝てないね。いや、時間が経過すると疲れて結果的にはやられるだろうな~。少なくとも中年以降の人間がこれをやったらマズイだろうね~」と評しましたが、武術団体の多くが格闘技の試合のイメージから“負けない組手”を考案して、それが知らない間に時代遅れになってしまっている現実に気づいていないんだろうな~と思います。

 負けないこと、命を護ること・・・という考え方は、結局、受け身になってしまって“読み”を捨ててしまう結果になりかねないと思います。

 必ず勝つにはどうするか?を考えれば、「先々を取って相手に何もさせずに一方的に倒す」という結論に行き着く筈なんですが、何故か、相手の攻撃を待って、それを受けて反撃する・・・というやり方しか考えない指導者が多いのは不思議な気がします。

「空手に先手無し」という言葉に捕らわれているのでしょうか?

 余談ですが、エアソフトガンの変遷が分かる『JAPANESE TOYGUN HISTORY』というムック本を書店で見かけて懐かしくなって買ったんですが、私が高校生の頃に買っていたタカトクのSSオートマグやSS9000といったエアガンから30年以上も経過して、今ではガスでブローバックしたり、電動でエアシリンダーを圧縮してセミ・フル切り替えできるのが当たり前の時代になっていますし、命中精度も比較にならないくらい発達しています。

 たかが玩具であっても30年も経過すれば段違いに進化するものです。

 しかし、武術の世界は30年経過しても中身はちっとも進化していない・・・。情けないですね~・・・。

このページのトップへ
著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

FC2カウンター
リンク
最新記事
カテゴリー
FC2ブログランキング

FC2Blog Ranking

月別アーカイブ
ブログ内検索