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大刀剣市2011

 毎年、秋に開催されている全国の主な刀剣店が一堂に介する大刀剣市が、今年も開催されました。

 数年前に元会員のSさんの紹介で来てから存在を知りましたが、昨年は青木先生の御紹介で霜剣堂さんの御招待で来まして、今年も贈っていただいたのでうかがいました。

 もっとも、今年は市の初日に日本美術刀剣保存協会に未登録の刀が数百振りもあったということで警察が入っており、一気に刀剣の取り締まりが厳しくなりそうな予感がありました。

 正直いうと、昨今の暴力団取り締まりの条例とも関連して日本刀を規制しようとしているんじゃないか?と思います。

 大体、日本では何か事件が起こると規制する・・・というのを繰り返すのがパターンのように思いますが、モデルガンやエアガン、揚げ句に両刃のダガーナイフの規制なんかもありましたが、危険性のある物を持ってはならんと言うのなら、包丁やノコギリ、ノミ、チェーンソーなんかも規制せにゃあならんでしょう。

 鎌や鍬や鉈もダメってことになりかねませんね。

 危険性がある物はダメだと言うなら、車なんか全面禁止にしなきゃいかんでしょう?

 いや、そもそも、原発みたいにとんでもなく危険なものを建設し続けてきたことの危険性を放置しておいて、何ゆえに庶民の趣味や生活の道具を規制するような真似ばかりやるのか?

 日本刀は日本民族が生み出した美術工芸品として世界一の刃物です。

 ダマスクパターンの硬軟の多層鋼の刃物が人気を呼んでいる海外のナイフ・オークションなどでも日本刀は別格の存在として畏敬を持って見られています。

 観比べれば一目瞭然です。鉄の地肌の細かい紋様、刃紋のパターン、砂絵のような沸(にえ)、匂(におい)・・・意図的であれ偶発的であれ、このような多彩な美術的観点が複合しているブレードを持つ刃物は日本刀以外にはどこにもありません。

 戦後、エコノミック・アニマルと蔑視されてきた日本人ですが、現在ではエコノミック・デビルとも言うべき拝金主義の人間が君臨し続け、日本は世界から見下されています。

 しかし、武と文化の国としてのかつての日本に憧れる外国の人は少なくありません。

 日本刀は、その武と文化を象徴する日本民族の克己の精神が宿った器であり、決して低脳なヤクザが振り回す凶器ではないのです。

 刀剣保存協会に未登録の刀がたくさん在ったとしても、それは研究機関にある研究素材でもある訳で、これから登録すればいいだけの話ではないでしょうか? いきなり銃刀法違反で書類送検するというのも、暴力団事務所が武器を隠し持っていたような印象を与えてしまうだけで、いかがなものなのかと思いましたね。

 そこは、むしろ、見せしめとしての“刀狩りイメージ”をプロパガンダしたかったんじゃないか?と邪推したくなったのは私だけでしょうか?


 まあ、そういうオカミのやり口はいつものことだから、庶民は自分たちの権利を声を大にして文句つけてやるのが重要です!

 で、大刀剣市ですが、今年も盛況でしたね。

 会場で、見知らぬ人から声をかけられまして、結構、俺も顔知られてるんだな~?と思いましたね。

 やっぱ、今、武術の本をこれだけ続けて出してるのって私だけだし、部数も普通の武道の本の数倍(専門雑誌並み)出てるから、専門雑誌にほとんど出てなくても顔だけは知られるようになってるんでしょう。

 そういえば、八極拳のN川先生とも又、お会いしました。相当、日本刀がお好きみたいですね。別に武道のイベントじゃないですからね。

 余談ですが、地元にできたショッピングモール、アリオ橋本に初めて行ってみたんですが、大きな書店があったので、「俺の本もあるかな~?」と思って武道書のコーナー見たら置いてなくって、ちょっとガッカリ・・・。

 ところが、棚の裏側の健康法のコーナーを見たら、そこにデデ~ンと置いてあって、「うっひゃ~、置き場所、間違ってるよ~?」って思いましたよ。

 健康法の本だと思って買った人はビックリすると思うな~。

 そういえば、最初のアスペクトさんの本『武術のヒミツ』も、何かサブカルのコーナーに置かれていたこともあったし、私の書く武術本は置き場所に困るみたいですね?

 そういう次第で、書店の武道書コーナーに置いてなかったら、健康法とかサブカルのコーナーも確認してくださいね。筑摩の新書『使える武術』も、武道書コーナーには置いてなくて筑摩新書のコーナーにあると思いますので、未読の方は是非、探してくださいね。

 まっ、今年は一冊だけしか出せなかったけど、来年は一気に数冊出せそうだし、正念場だな~と思ってますよ(人類滅亡しないで続いてくれないと俺は困るよっ)。

 余談、終了!

 会場を回ってるだけでもいろんな刀が見れて楽しいですが、私好みの大太刀はほとんど無かったんで、今年は食指が動きませんでした。

 今年は去年以上に手頃な価格の安い刀が多かったですね~。20~30万くらいで居合に使えそうな拵え付きの刀が、随分、並んでました。

 高い刀しか置いてないようなお店でも、聞いてみたら安い刀を見せてくれる場合がありますから、居合を学んでいる人は、模擬刀じゃなくて、一振りくらい真剣を買ってもいいんじゃないでしょうか?

 やっぱり、真剣に慣れると模擬刀は使う気がしなくなるんですよ。手入れも必要だし、登録証も一緒に持ち歩かなきゃいけないし、道場と家の中でしか出せないですけど、真剣の持つ磁気みたいなものは男子たる者の魂に共鳴するんですね~。

 一通り、会場を回って、霜剣堂さんのブースに戻ると、青木先生と吉田先生も来られていて、御挨拶しました。

 この日のこの時間帯に来られると聞いていたので、時間を合わせて出掛けた訳です。

 後から、大井秀岳先生と吉田倫子さんとも会いまして、特別展示会に展示されている刀を御一緒に観たりしました。

 中でも備前長舩祐定の中でも名人と称賛される与三左衛門尉の皆焼(ひたつら)刃の刀が凄かったですね~。この皆焼というのは、刀の全体に焼きが転々と広がって入っていたりするもので、棟側にも焼きが入っていたりして、本来、相州伝に多いので有名です。

 私の持っている南蛮鉄製の綱廣もちょっと皆焼風で棟焼きもありますが、これくらい全面に焼きが入っていると妖刀の雰囲気がありますね。

 私ももう、稽古用の刀は十分に揃えたので、今後は美術的価値の高い刀も入手しようかな~?と考えている今日この頃。

 やっぱり、根津美術館で名刀をたんまり観たせいですかね~? 安い刀には興味がわかなくなってきちゃいました。

 先日は府中の大國魂神社の刀剣展も観てきたんですが、奉納された大太刀やら色々(虎徹・忠廣など)と観ると、やっぱり日本刀は美術品だな~と、つくづく思いましたね。

 稽古や試し斬りに使う刀は20万以下の安い刀に限って、別にしておかないといかんな~・・・と思いましたよ。

 今、小説家養成講座を受講してまして、「売れっ子作家になって数百万の刀でもポンポン買えるように成り上がってやるっ!」と、野望に燃えておりまする。

 まっ、私には武術という武器があるから、作家として三流でもエンタメ系に徹すれば可能性は低くなかろうと思ってます。頑張りまっす。

 ところで、シダックスの講座は、最近、一気に年齢が上がって、70代のオジサンがいらっしゃいますが、いい具合に肉体が衰えているから脱力技法が体得しやすくって、半年くらいしたらマジ達人になっちゃうかも? やっぱ、武術は筋力は関係ないな~。


PS;3日のメイプルホールの稽古は祝日(文化の日)ですから、会員以外にもセミナー受講生の方などもいらしてくださいね。それと、6日は稽古後に出版記念食事会をやりますから、今回の本で協力してくれた人は必ず来てくださいね。それ以外の人でも飛び入り参加大歓迎ですよ~。

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二大巨匠の出会い!

 いや~、写真撮っとけば良かったな~・・・と、後悔しております。

 ひょんな切っ掛けで松田隆智先生を青木宏之先生に御紹介することになり、それから松田先生が青木先生を訪ねられるとのことで、「長野君も良かったら来ない?」と松田先生から誘われたので、私も西荻窪の天真会事務所にお邪魔しました。

 松田先生と直にお会いするのは7~8年ぶり?とのことでしたか。

 何だか、このお二人によって、日本に気のブームが本格的に生まれ、現在にまで繋がる、日本と中国の武術の極意に対する興味が続いてきたんですよね。

 正直言うと、松田先生と青木先生がいなかったら、北斗の拳もドラゴンボールも誕生していなかったでしょうね。

 格闘漫画で“発勁”という言葉が出るようになった最初は、夢枕獏さんの『幻獣少年キマイラ』や『闇狩り師』が出てからだと思うんですが、その元ネタが松田先生の一連の著作だったということまで知っている人は少ないでしょうね。

 何しろ、未だに格闘漫画で「あれはもしかして、発勁では?」と登場人物が驚く描写があったりするぐらい、発勁に関しては40年くらい前から少しも神秘のベールが剥がされないまま、「インチキだよ」か、「一撃必殺の技だ」かのどっちかの両極端な批評しか浸透していません。

 結局、体得できれば別に驚くような技じゃないから、当たり前になるんですが、知らないと0距離で打てたり、拳だけでなく全身のどこからでも打てたりするし、ドバーンと吹っ飛ばされたり、あるいは軽く打たれても後で七転八倒するようなハメになったりもするので、普通の突きの概念と違い過ぎるので神秘化しがちだったんでしょうね。

 また、気のパワーで離れた相手が倒れるという描写の元ネタは、青木先生が演武して見せたのが最初でした。これがカメハメ波の元ネタになったと断定してもいいでしょう。

 それは香港映画にも取り入れられて、拳や掌、剣から出る衝撃波が離れた相手を爆発させたりするSFXになりました。

 このように、お二人の影響力は意外なところにも広~く及んでいるのですが、不思議なことに、松田先生と青木先生は、これまでほとんど接点が無いままでした。

 十年ちょっと前に、一度、ほびっと村であったチベット密教の特別講座を青木先生が一般受講者で参加された時にプロデュースされていた松田先生と挨拶程度に話しただけだったとか?

 注目される人には有りがちな“風評”によって、お互いに誤解している面がなかったとは言えませんし、まだ、出会うべき時期ではなかったのかもしれません・・・。

 松田先生も青木先生も、もう70を過ぎて人生のたそがれ時を迎えられています。普通なら悠々自適の隠居生活をしているところでしょう。

 けれども、やはり、東日本を襲った大震災を機に、時代が求めたのかもしれません。

 武術の世界、精神世界で最も偉大な業績を築いた、この二人の巨匠がついに会いまみえることになったのです。

 私は、その歴史的な場面に同席させてもらっただけで光栄というものですし、「あ~、今、俺の目の前には武術界で伝説の人が向かい合って座っている・・・」と思うだけで言葉が出なくなってしまいました。

 話の内容は私が書くには及ばないでしょう。不正確な情報を広めるのは罪です。

 ただ、最後に青木先生から請われて発勁の説明をされた時の松田先生の様子を、青木先生は「何か、一瞬、身体の中から青白い光がピカッと光ったようだった」と評しておられました。

 それまで、青木先生も私も、松田先生の技をきちんと人に伝え残すべきと説得しようとしていたんですが、帰り際、青木先生がこっそりと私に耳打ちされて、「う~ん、この技は、やっぱり人に伝えてはいけないかもしれない・・・」と真顔で言われていたのも印象的でした。

 つまり、松田先生がやって見せた発勁の突き技が、人体に打ち込んだ時にどういう破壊的な効果を及ぼすか?ということを青木先生は洞察されたのでしょう。

 青木先生が“青白い光”と表現された時に、私は“チェレンコフ光”を思い出しましたね。“核の光”ですよ。

 発勁の本質は威力の大小より、人体に有効に働く破壊力であり、当て方の秘訣を知ればいろいろなダメージを複合的に作用させます。

 今月号の『秘伝』で突きの貫通力、浸透力について特集されていましたが、貫通力は徹甲弾(アーマーピアシング)であり、真っすぐ突き抜ける力です。

 それに対して、浸透力は体内へ威力が波となって広がっていくことなので、重層的にダメージが重なって後遺症が出たりするのです。

 ただし、松田先生が修練された八極拳の発勁は、貫通し切らないで威力が炸裂する性質があり、いわばダムダム弾なんですね。条約で戦争で使うことが禁止されている非人道的な弾丸です。

 青木先生が、「この技は人に伝えてはいけないかもしれない・・・」と真顔で言われたのは、そういう意味合いだったろうと思います。

 私が、「発勁は本式に打てば相手をイチコロで殺してしまうのが問題だ」と書いてきたことを青木先生も具体的に納得していただけたのではないか?と思うと、これは喜ぶべきなのかどうなのか? 少々、悩むところでした。

 それほど、松田先生が一生かけて磨いてきた技が恐るべき必殺技となっていた・・・ということを現代空手道の世界で最高水準に達した青木先生が認められた・・・ということです。

 普通は大喜びするところでしょうが、松田先生の心には大きな空しさの感情もあるようです。大喜びするような人だったら、ケバケバしく飾り立てて自己宣伝に励み、大組織の長となっていたでしょう。


 久しぶりなので、松田先生に誘われて、帰りに駅前のジョナサンで、ほびっと村のユリ子さんも呼んで、三人でしばしお喋りしました。(松田先生から「御礼だから」と、御馳走になりました)

 ふと、「そういえば、ユリ子さんはカバラ数秘術で運命数が11で、松田先生は33だって言っていたな~。俺は22だから、今、ここには運命数がマスター数の人間が揃ってるんだよな~?」って、ちょっと考えてしまいましたよ。意味が解らない人は数秘術の本とか読んでくださいね。

 松田先生とユリ子さんは十年ちょっとぶりくらいだそうでした。

 西荻窪駅のプラットホームで、ポツリと「ユリ子さんは(外見が)あんまり変わってなかったな~」と感心したように言われていた松田先生でした。

「いや~、青木先生は大きな人だな~・・・」と、繰り返し感心したように言われて、松田先生は帰って行かれました・・・。


 私は、松田先生と青木先生が今回、出会ったことには何か大きな意味があるんじゃないか?という気がしています。

 正直いうと、もしかして、俺はもう、松田先生とは会えないかもしれない・・・とさえ思っていたのです。だから、再会できたのは何か意味があるように思えてなりません。

 特に、2011年というのがね。

 具体的なことはまだ考えつきませんが、何らかの形で今の世の中に役立つような成果に、結びつけていく活動をしなければいけないのではないか?と・・・。

 松田先生も青木先生もお互いに大きな刺激を受けた様子でしたし、丁度、被災地で慰霊のために剣舞を舞ってこられた青木先生を撮影した映像を天真会の吉田先生が編集されたDVDを観たばかりだったんですけれど、鎮魂のための演武というのがあったな~?と改めて思いました。

 武術の殺活の理論は生と死の狭間に生きる者が達した悟りです。

 それを表現できるのは、青木先生や松田先生のような方に限られると思います。

 そして、それを受け止めて次代に繋いでいくのは、私たち以降の世代の義務なのかな~?と・・・。

 何か、アイデアがあったら、聞かせてください。

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ほびっと村講座感想

 10月16日は、西荻窪ほびっと村学校での講座でした。

 前回はイベントと重なって参加人数が少なかったんですが、今回は新刊本も出たばかりですし、ツイッターで宣伝してくださった方もいらしたそうで、結構、参加者は多かったですね。

 月例セミナーの方は受講者がほぼ固定してきているんですが、ほびっと村だと初参加の方も増えています。

 その分、武術に全然、関心の無い方もこられるので、練習は分けてやったりもしましたが・・・。

 今回は、本のテーマでもあった「丹田」で、事前に「上丹田の鍛練法も解説する」と言っておいたので、楽しみにして来られた方も何人もいらしたみたいです。

 ただ、本の中でも書いているように、丹田の鍛練は注意してやらないと心身に危険が出てしまう場合もあります。

 なので、先にそっちの方を充分に説明して怖がっておいてもらうようにしました。

 安全が確認できていればなんぼでも教えますが、ちょっとでも危険性のあるものは、注意してし過ぎるということはありません。

 それでなくても、この手のエクササイズは、「良い」と聞いたら加減も考えずにそればっかりやる人がいるんですね。

 特に武道や格闘技をやっている人は、多少、身体が壊れても我慢して続けるのが正しいやり方なんだと勘違いしている人が大勢います。

 モノには適切な練習量というものがあり、その適切さは個々人によって変わってくるのです!(ここ、大事な点ですよ)

 例えばですね~。

 自分に合わないことは、いくらやっても上達しない!という厳然たる現実もあります。

 そういう場合は、「下手の横好きで結構。俺は別に上達しなくたっていいんだもぉ~ん」という諦めの境地で取り組むか、さもなくば、自分に合ったものにくら替えするか・・・それは、その人次第です。

 私の場合は、多分、普通の武道や格闘技をやっても大して上達しなかったでしょうね。

 ところが、武術だけは神に選ばれているかのごとく、次から次に優れた先生に出会えて、一生かかっても習えないようなことを膨大に見せてもらえました。

 そして、私は観ただけで技の本質を洞察できるようになってきていたので、もう、説明してもらわなくったって、観れば解る。

 そして、解るってことは、もう、体得したのと同じことなんですよ。

「この技はこういう具合にやるんだな」と解ったら、それを自分の身体を使って再現するだけですからね。

 もちろん、ほとんどの先生が、「見ただけでできるようになれる訳がない」と思われていたでしょうが、私は先にメカニズムを理解し、それを体得するために必要な稽古法を考えて実践し、どのくらいやれば体得できるか?という予測をたてる・・・だから、観ただけでできるようになれると言える訳です。

 解らない技はいくら練習したって再現できませんよ。

 当然、観た次の瞬間には再現できる技もあれば、何年もかかって、ようやくできるようになった技もありますが、どっちにしろ、技のメカニズムさえ理論的に解れば、体得は時間の問題でしかありません。

 よく、「彼はもの真似がうまいだけで技は使いこなせないよ。そんな甘いもんじゃないよ」とか言われたものですが、そんなことは百も承知です。

 しかし、もの真似がうまいということは技の本質的原理をきっちり洞察しているということを表しており、そこが解っていれば、後は時間をかけて技を磨いていけばいいだけでしょう?

 もの真似さえできない人がただ練習していたって、いつまでたっても使いこなせないままですよ。ここを誤解する人が多いですね~。

「武術の本は、読んでも意味が解らない」と、講座に参加される人からよく聞きますが、それは書いている本人がよく解っていないから説明できないんだと思いますよ。

 業界の人と話す時は、「武道の本って、すぐ哲学の本になってしまうからさ~」って話になるんですが、要は、難解なだけで実用性が乏しいということです。

 難しい表現をすることが高尚で価値が高いのだという錯覚をしていては、本は2000部止まりでしょうね。

 これでは大手の出版社では出せないし、読む人も物凄く限定されてしまいます。

 私は、そんな本は書きたくありません。

 特定の人を喜ばすためだけに金の儲からない本を書く・・・という武道マスコミ業界の論理は、この先は続けていけないだろうと思いますよ。

 何故なら、情報提供だけならインターネットで事足りるから・・・。

 5年先に武道・武術の雑誌が残っているかどうか? 本気で考えないといけないと思いますよ。

 私はそのための勉強始めてますしね・・・。自由業は固定収入無いから、先を考えていかなきゃ~、いかんですからね~(ライター時代の同僚の人達はどう凌いでいるのかな~?と余計な心配をしてしまったり・・・)。


 あっ、それとですね~。大変、心苦しいんですが、来年のセミナーの一括予約申し込みをされる方は、できるだけ早くお願いできますでしょうか?

 ぶっちゃけていいます!

 生活費が足りな~い!(妖怪人間?)・・・です。

 本が出たから金が入ったと思うでしょ?

 でも、現実は甘くない。出版不況が深まる中、印税の支払いがどんどん先送りになってしまっててですね~。金無いんですわぁ~(苦笑)。

 新作DVDも完成がまだちょっと先になるし、「今を生きる!(なんか、カッコイイかも?)」ってことで、去年は使わずに済んだ、“あの奥義”を今年は早くもやらねばなるまいか?・・・と。

 う~む・・・、よしっ、じゃあ、イクぜぇっ! 游心流最終奥義“ゲンキンダマ”!

 みんな~、ちょっとずつでいいから、オラにゲンキン(現金)を分けてくれぇ~いっ!

(あ~、早く売れっ子作家になりたぁ~いっ!)

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ちょっと補足解説

 メイプルホールの本部稽古で、K村さんがまたネットストーカー君情報を教えてくれたんですが、何かウザッチイですね~?

 ウザッチイから、私は全然見ないんですけど、阿呆の話が広まると困るから、ちょっと補足解説しておきます。

 まず、青木先生が竹斬ってる様子の動画を「力任せだ」とか、「姿勢が悪い」「下手くそだ」とこき下ろしていたそうなんですが、青木先生の斬りの原理がまったく観抜けないみたいだから、解るように解説してあげましょう。

 力任せで日本刀振ったって竹は斬れません。鉈とかを力任せに叩きつけてみたら一発で判ります。食い込んでから途中で裂けますよ。

 刃筋の侵入角度と、刀身がブレずに力が刃先に集中して切断していかないと斬れないんです。

 力任せで斬れると思っている時点で、“自分で斬ったことない”のがバレバレで、この人、恐らく、真剣を買う金がなくて模擬刀しか持っていないのでしょう。やってる人間なら、こんな馬鹿なことは言いません。

 また、青木先生の姿勢が悪いというのも大きな勘違いなんですよ。

 青木先生が竹斬ってる時は、新体道の“養気体”の身体運用を利用して刀身の一点に重心落下のエネルギーを集中しているんですね。

 これは、身体をクニャンクニャンに柔らかく使って体内の重心を一気に刀に集中して乗せる・・・だから、通常の姿勢正しく振った刀でも斬るのが難しい太さの竹が、茹でた竹ノ子を切るみたいにスカーン、スカーンと切断できる訳ですよ。

 私が普通の剣道家や試し斬りやっている人には判らないだろうと評したのは、外見ではなくて身体内部の操作を洞察できる人でないと、メカニズムが解らないと思ったからなんです。

 ちなみに、私もその原理を使って斬ってるんで、外見で判断できない筈ですよ。だって、自分で観てもわかんないんだから・・・。

 この“養気体”というのは、私の言ってる“脱力体”と同じ意味です。

 脱力しただけでは力が出ないと思ってる人が多いですが、確かに単に脱力しただけでは力は出ません。

 脱力するのは「体内で自在に重心移動させるため」であり、中国武術の“抖勁(身体のどこからでも発勁できる技)”も、これができないと不可能です。そして、熟練すれば剣や棒などの得物からも重心移動で重さを伝えることができるという訳なんですよ。

 だから、私が試し斬りに凝ってるのは、発勁の技能を高めるためです。威力だけなら一撃必殺はできるようになったと思うので、今度は自由自在に得物からでも打てるようにするためです。

 この段階になると姿勢なんかデタラメにやっても威力は自在に出せます。姿勢が極まらないと威力が出せないのでは実戦に用いる技としては中途半端過ぎます。

 だから、私はわざと「下手くそに見える姿勢で・・・」って書いたんですね。「観る目のない人達には下手くそに見えるでしょうね~? でも、これこそが恐るべき秘術の真剣刀法なんだよ~。わっかるかな~? わっかんね~だろ~な~(笑)」っていう謎かけだったんですね。

 わかんないヤツが食いついたって訳ですかね?(苦笑)

 えっと、それから、私がつくった独己九剣は新陰流とは関係ないって評していたそうですが、これまた、観る目の無さを自白するに等しく、ここまでくると武術のブの字も解ってないのに一端の武術家のつもりで評論しているんだから、カワイイですね。

 要するに、外見の形しか見えてないから何も理解できない訳ですよ。

 観る人が観れば、刀法の原理を相当に参考にしているのは一目瞭然です。うちのK塚さんは、その刀法の原理を洞察したから、「新陰流を参考にしたんですね」と質問した訳であって、形に関して言っている訳ではありませんよ。

 技の形しか見れない者と、技が成立する理合を洞察できる者との認識のズレは決定的に差があります。己の未熟を自覚しないまま評論すればするほど、自身の無知と論理的洞察力の欠落をさらしてしまうだけです。

 実際、居合の高段者や新陰流剣術の指導者クラスの方も私のところに訪ねてこられていますが、彼らは“技の形”ではなくて、その奥にある根本的な“理合”を学びたいと思って私を尋ねて来ている訳ですね。

 自分の立場も顧みず、自分の知らないことは素直に学ぼうという探究心で頭を下げて来られている。そんな人からは、こちらも教えながら教えを受ける気持ちです。

 無知蒙昧な輩に限って身の程知らずな真似をして恥じないものですね。

 そもそも、いっぱしの評論をするのなら、自分の姓名と何者であるかの履歴を明かし、武歴もきちんと申告して堂々とやるのが筋というものです。

 私は、自分の姓名も住所も武歴も全部明かして評論活動しているんだから、匿名で人を誹謗中傷してウサを晴らすしかできない者に対等な口を利いてもらいたくありません。

 それと、私の本で空手や中国武術などの実演モデルをつとめてくれている会員の“握り方”とかにケチをつけている人もいるそうです。

 が・・・、これは相当にやっている人間でも意味が判らないのは仕方がないかな~?とは思ってました。

 例えば、太極拳の単鞭の時の鉤手の形ですが、これは台湾系の王樹金派の特徴で実戦用法の秘訣を内蔵しています。私、教わったんですが、秘伝だそうなので解説は割愛しておきます。

 ちなみに同様の鉤手の形は、やはり台湾の陳式太極拳の藩作民系の人もやっていたのを見たことがあり、陳式の老師ではこうする人もいるみたいですね。

 また、空手の突きの時の握りで小指を締めないのは、八極拳の把子拳の握りを説明した時に経絡の理論とからめてモデルをやってくれた彼に解説しておいたら、驚くべきことに自分自身の身体感覚と照らし合わせて自然に極意を悟ってしまったんですね~。

 普通、小指を締めることを強調される場合が多いんですが、締めないことでハラから繋がる筋連動の感覚を得ることができます。

 世の達人が拳を握ると、本当に判っている人は小指を締めずに半握りにするんです。これは拳を放つ速度と打撃時の衝撃の浸透を高める効果があります。

 もう一つ、打撃の威力を三倍くらいに高める秘訣の打法もあるんですが、モデルをやってもらった彼に教えたら、それも体得してしまって、本当にビックリしました。これは秘伝中の秘伝なので、ちょっと公開できません。ごめんなさい。

 今回の本では、「どれだけ洞察できる人がいるのかな~?」と思って、わざと彼にモデルやってもらったんですが・・・ははぁ~、やっぱり判らないヤツが反応しましたか~?

 まあ、そんな観る目のあるヤツがゴロゴロいる訳ないから、しょうがないかな?

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10月セミナー感想

 10月の月例セミナーは秋晴れの9日に、いつもの江古田ストアハウス稽古場で実施しました。

 予告したように、今回は3月に震災で休止していた『化勁』をテーマにしていたんですが、本当に、今回、参加されなかった方には物凄く大損させてしまったな~と、ちょっとばかし申し訳なく思いました。それほど、今回は技術レベルが高かった。もう、感動!

 最近、私は居合術のことばっかり書いているので、素手の拳法体術には関心が薄くて技術的にも進展していないのでは?と思っている人もいるみたいなんですが、私の武術研究のメインは、あくまでも素手の拳法体術を基盤にしています。

 新刊本潜在力を引き出す武術の丹田』を読まれた方は、私が“寸勁斬り”や“片手抜刀斬り”を写真解説しているところもご存じだと思います。

 このような試し斬りを稽古しているのは、試し斬りすることそのものを目的にしているのではなく、「力の集中」「下丹田(骨盤と腹圧)の操作」「力のベクトル」・・・といった事柄を、素手でやるより遥かに厳密精密に技化して体得するための“確認作業”としてやっているのです。

 一般に、素手の武道や格闘技を愛好する人は武器には興味を示さず、むしろ嫌う人も多いものです。

 反対に、剣道や居合道を愛好する人は素手の武道や格闘技にまったく関心を持たない人が多い・・・。

 剣豪小説や時代劇映画などでも、剣の達人が刀が折れたり、奪われたりすると、突如として弱くなってしまう描写が多いものです。

 私は、このような描写は「現代の武道しか知らないから誤解しているのではないか?」と思います。

 剣聖として名高い上泉伊勢守信綱は、戦場では槍の名手として知られていました。また、無刀取りを実演してみせて、「この技を極めよ」と命じて無刀取りを修練させた柳生石舟斎が、見事、“無刀の位”を確立したのを見て新陰流の道統を譲ったと伝えられます。

 つまり、上泉信綱自身が既に無刀取り(柔術)もできたということなのです。

 本来、武術は武芸百般、一通りできるのが当たり前だったのです。そういう意味では、現代日本の武道の在り方がおかしい・・・と言うべきなのだと私は思っています。

 なので、私は、ありとあらゆる武術に手を染めました。空手・合気・柔・拳法・剣・居合・槍・薙刀・手裏剣・弓・ヌンチャク・トンファー・釵・万力鎖・鎖鎌・隠し武器・・・等々。

 その結果、「武器術は力任せにやっても上達できない。術技の原理を理解しなければ使いこなせない」という事実に気づきました。

 素手の拳法体術は、力任せにやってもそこそこ使うことができます。筋トレで上達することも可能です。

 けれども、それだからこそ、筋肉を鍛えることで技の威力を高めるという理論ばかりが固定化して定説になってしまったのです。

 でも、私は疑問を持ちました。「筋肉の強さで実力が決まるのでは体格に優れた外国人には永遠に勝てないではないか? 本来の武術がそんな底の浅いものである筈がない。まして、武器を持った戦いで筋力に頼っても意味がない。重要なのはテクニックと戦術だろう?」と思ったのです。

 日本刀の操作、刀法の原理を探るようになったのは、「日本で発達してきた武術は日本刀の戦闘理論の応用変化、派生したものに過ぎず、日本刀の操法と戦闘法を探究することで根源的な理合が判明してくるのではないか?」という直感があったからでした。

 その直感の大本になっているのは、小林直樹先生から教わった『交叉法』でした。

 無構え自然体でゆったり立つ小林先生には、攻撃されると同時に反射迎撃する極めて高度な“武的システム”がありました。空手・合気・居合・太極拳の高手である兄弟子の岡林先生をして、「一瞬の勝負で小林君に勝てる人間はいないだろう」とまで言わせるほど、完成度の高いシステムでした。

 私は、小林先生の技を見慣れていたからこそ、「宇城氏の技にはまだ未完成な部分があるな」とか、青木先生の演武を観た時に、「あ~、この先生は本当に凄い。本物だ」と十数年前の時点で思ったのです。小林先生の駆使する交叉法こそ、私の武術理論の要です。

 もっとも、小林先生は本気で学びたい人間にしか交叉法は教えていませんでしたし、見学に来ただけの人間には見せもしませんでしたから、その真価を理解した人は至って少なかったようです。

 御自身もさっぱり宣伝しないので、今でも弟子は少ないみたいでもったいないことだな~と思いますが、「フェイクじゃなくて、本当に強い武術家はいるのか?」と思っている武道・格闘技修行者には強く推薦したい先生です。

 さて、小林先生御自身は拳法に拘りがあり、武器術にはさしたる関心はないようでしたが、私は初めて観た小林先生の恐るべき交叉法の瞬撃の蹴りに、「あっ! これは居合と同じではないか? もしかしたら居合術も、交叉法で組み直せば剣術にも対抗できるのでは?」と思って研究してきました。

 かれこれ18年前のことですよ。随分と時間が経過したものです・・・。

 現在では、この時の直感が間違っていなかったと確信していますが、自信をもってやれるようになったのは、つい最近のことです。

 今回の“化勁”も、延期したことが結果的に良かったようです。三月の時点では、ここまで進展できなかったでしょう。

 化勁と交叉法を合体させた游心流式の反射迎撃システムが完成形に近づいてきている・・・という実感が得られました。

 受講生に一通り、技を練習してもらった後で、「それでは、今度は相手に一発だけ攻撃してもらって、それに自由に技を返す練習をしてみてください」と言いました。

 皆、ええっ?と、面食らった顔をしていましたが、無視して続けてもらいました。

 すると、ほとんどの方が自由に反応して返し技をかけています・・・。

 これはどういう意味かと申しますと、技を形ではなくて、身体感覚として養成できつつあり、“身体が勝手に反応できている”ということなんです。凄いですよ、これができるということは・・・。

 このまま続けていれば、相手が攻撃すると同時に自由自在にアドリブで動いて技を瞬間瞬間に編み出していく・・・という、私と同じことができるようになります。

 そして、今回、敢えてそれをやらせてみた訳です。が、その結果は予想以上の成果でした。

 特に武道経験の全然ないような人でも、それなりの形ができてきているのには驚かされました。月一回の稽古でも2~3年続けていれば驚くほど変わるものです。

 通常、武道でも武術でも基本技や型を楷書できちっと覚えることが必要だ・・・とされますが、きちっと覚えた形を、そっくりそのまま実戦で使おうとする間違いを誰もがおかしてしまいます。

 実戦で遣う場合は、型の理合を用いるのであって、形に拘っていても全然使えません。

 何故なら、相手は同門の練習相手ではないので、自分の都合に合わせた攻撃はしてこないからです。

 考えてみてください。大型ナイフで殺人を犯そうとしている者に遭遇して、「ナイフを使うのは卑怯だから、正々堂々と素手で闘え!」と説教して効果があるでしょうか?

 実戦はこちらの想定を超えたものです。武器を隠し持っていたり、複数で襲撃してきたりするのも何でもアリなのです。

 余談ながら、何でも、「独己九剣の技と戦ってみたい」とかネットで書いてる人がいたそうです。

 この人は、独己九剣が日本刀を使うための型だと勘違いしてしまっているらしいのですが、公開している技は“組み抜刀の居合術”ですが、それは稽古用の表技であって、実は、実戦で使う場合は、“体術をベースに使う”のが独己九剣の型の実戦用法なんです。

 つまり、体術がベースだということは、杖でも棒でも手裏剣でも拳銃でもヌンチャクでも九節鞭でもピストルでも、武器は何でも使えます。

 もちろん、武器が無ければ、体術でも拳法でも使えるように考案しています。

 私が独己九剣の型を考案したのは、「武術は本来、武芸百般に通じているべき」という考えがあったからであり、特に日本の武術は日本刀の操法と戦闘理論を根幹にしているため、間合と拍子(読み)と角度の取り方を学ぶために居合術で工夫したに過ぎません。

 先日、次のDVD作品のために応用例を説明しましたが、私が抜刀したと同時に、突き蹴りも繰り出して、そのまま逆技や腕折り、目潰し、喉潰し、頸骨折り・・・などの技も繰り出したので、見ていた会員がかなり驚いて慄然としてしまっていました。

 これらの技は無論のことながら、本来の古流武術に有る技をヒントに私が膨らましたものですが、裏技なので、一般的な剣術や剣道しか知らない人はひどく驚かれます。

 このような戦法は通常の剣の理合を潰すために工夫したもので、打撃系武道・格闘技の潰し方と大差はありません。“独己九剣”が“独己九拳”へと変化する訳です。

 武術は本来、敵を殺す方法を徹底して研究しているものであり、技を交えて強いの弱いのと論じるような甘い考えで取り組むべきではありません。殺す技術を体得してこそ「人を傷つけず活かす」という考えに到るのです。

 游心流は武道でも格闘技でもありません。老若男女、誰でもが自分の命を護ることができるように創始した武術であり、他流と技量を競うことは念頭に置いていません。

 よって、技も戦闘理論も、「いかに敵の戦闘力を0にするか?」というテーマだけで研究してきており、それは平たく言えば「いざという時は敵を殺すために有効なことは何でもやる」という決死の覚悟が前提です。その覚悟があってこそ、秘めて忍んでより良い人生を生き切ることができる。それが武術を修行する意味です。

 おっと、余談が過ぎましたね。元に戻りましょう・・・。

 セミナーの後半は、これまでほとんど教えたことのなかった、連続パンチや回し蹴りなどへの返し技を指導しました。

 ハイキック、ミドルキック、ローキックのそれぞれの対処法と、連続してパンチしてこようとする相手を封じる方法を指導しました。

 特に蹴り技への対処法はあんまり指導していなかったんで、会員も驚いていたみたいです。下手にやると蹴った方が大怪我する危険性があるからやらなかったんですがね。

 うまくできる人には、蹴り脚をすくい上げるように受け流しながら、そのままふっ飛ばす太極拳の単鞭の鉤手の応用技法も教えました。

 これ、昔、使ったことあるんですが、蹴った方がワイヤーに吊られてふっ飛ぶみたいになってしまうので、相当に受け身ができないと危ないんです。

 会員を大怪我させたくないので、教えられなかった技がかなりあるんですね。

 それでなくとも、身体の反射迎撃システムが高まると、かなり注意していないと簡単に相手に致命傷与えてしまいます・・・。

「鍛えている人間にはそんな簡単に通じないものだ」って武道や格闘技やっている人は考えるでしょうが、これまた大きな勘違いです。どんなに鍛えていても、知らない技には意外にあっさりかかってしまうものです。本当に唖然とするくらいに・・・。

 フルコンタクト空手の猛者が合気道や大東流、沖縄古伝空手の師範にあっさり負けてしまうのも、同じ論理。知らない戦闘理論だから対処できないのです。これは、どちらが強いか弱いか?の問題ではないのですから誤解してはなりません。

 うちでも、他流で師範クラスの人が日曜の稽古会に参加した時に、自分のやってきた武道の技がまったく通じないので、呆然とした表情されたりしますが、それは、“読み”を知ってるか知らないか?という問題だけなんです。

 ぶっちゃけて言うと、私が他流の師範の技を簡単に封じてしまえるのも、“絶対的な知識量の差”の問題なのであって、基本的な実力の問題じゃないんです。

 ルールを決めた試合をやれば、私は彼らに全然敵わないですよ。

 しかし、武術は競技じゃありません。知識量と戦闘理論が勝敗を分けます。どんな流派でもレベルの高い人は自流の技と戦術を徹底して研究しているものであり、流派の優劣で考えるのは間違い。

 松田隆智先生と電話で話していて、「長野君はそこをきちんと書いてるから偉い」と誉めていただきました。斯界の第一人者が認めてくださるんだから、観る目の無い連中が何をほざこうが知ったこっちゃありません。

 この点は、くれぐれもお間違いのないように、皆さん、自分が学ぶ流儀に誇りを持って修行に励んでください。武術に関して、本物か偽物かは、自己の到達したレベルに応じて決まるのです。

 その点、私はまだまだ本物と言えるレベルではありません。もっともっと、ぶっちぎりで“超・達人”になり、尚且つ、“超・達人”を育てていかなきゃ~いけないと思っています。

 ただ、今回のセミナーを見ていて、会員やセミナー受講者の中から、そんな人が現れるのも夢じゃないと思いました。「理合を知ることで、人間はかくも変わっていくのか?」と、ただただ、教えを受けた先生方や先達の残した本、映像などの存在に感謝するだけです。研究家として、一人でも多くの志しある人に伝えていけたらいいな~と思います。

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10月セミナーとほびっと村講座

 10月セミナーのテーマは、震災の影響で休止していた3月の『化勁』をやります!

 奇しくも、最近の稽古では「相手の攻撃力を無力化する」という技術の研鑽を積んでおりまして、かなり面白いことができるようになってきました。

 化勁とは、「力を化かす」という意味なんですが、第一段階では、「相手の攻撃を受け流す」というものです。

 けれども、一撃目を受け流しても、相手が二撃、三撃と連続して攻撃してきた場合、受け流せずに潰されてしまう危険性があります。

 実際に中国武術の中には、一撃目を受け流されることも前提として、続けざまに打拳を繰り出して粉砕する“連環打法”の技術が多く伝わっています。

 詠春拳なんかはその典型例で、ショートレンジでマシンガンのように次々にパンチを打ち込む戦法が有名です。

 実際、喧嘩だとこの戦法が非常に効果的なんですね。

 フルコンタクト空手の試合でも、下突きのラッシュで打ち勝った方が勝ち上がっていくという様子がよく見られます。

 私も喧嘩で有効なので、この手の技はいろいろ研究してきていますが、難点は、相手に不必要な怪我を負わせてしまう危険性があるので、あまり多用しないように注意しています。

 練習では寸止めでやらせていますが、よく注意していないとパンチが流れて顔面に当たってしまう場合も少なくありません。

 かといって、安全のために防具を装着して打ち合えば、安心してついつい強く打ってしまって首をやられる危険性があるので、結局、寸止めで練習することに落ち着きました。

 発勁が普通に打てるようになると、軽く打っても威力が浸透してしまって後から障害が出てくる危険性がありますから、十数年間の研究の結論として、「寸止めにするしかない」となってしまったのです。

 特に実戦的な状況を考えれば、頭部への攻撃は必要不可欠です。護身術である以上、いかに少ない労力で確実に敵の戦闘能力を奪うか?という観点から、あらゆる方法を検討していかなければなりません。

 常に武器を携帯することが不可能である以上、素手で戦う技能は最大限に高めておかなくてはなりません。江戸時代の侍が居合と柔術の修練もし、相撲で身体を鍛えていたのも、安易に刀を抜くことができなかったからです。

 その素手での攻撃技の究極のものが発勁であると私は考えています。

 暗勁・冷勁・浸透勁のレベルで駆使できるようになれば、一撃で屈強な巨漢を戦闘不能にすることは充分に可能であると私は断言します。

 先日、松田隆智先生と電話でお話した時にも、この点は意見の一致を確認できました。

 では、逆に、それほどの攻撃技を出せる敵に遭遇したら、もう勝てる見込みはないのでしょうか?

 対処法は三つです。

 その一、“逃げる”。

 その二、“敵が攻撃するより先に仕留める”。

 この二つは納得されると思います。いわゆる武術の達人で強いと言われる人のほとんどが、“その二”を使っています。つまり、先の先、先々の先を駆使しているのです。

 けれども、対処法はもう一つ残っています。

 その三。“敵の攻撃力を無力化する”。

 これが、日本武術の奥義“合気”であり、中国武術の奥の手“化勁”です。

 さて、その“化勁の真価”は、単純に敵の攻撃を受け流すということばかりではありません。

 受け流すのは初歩であり、戦略戦術的な化勁とは、「防御から転じて攻撃すること」なのです。

 今回の月例セミナーでは、これを解説指導してみようと思っています。

 が、一点だけ誤解のないように・・・。

“化かす”という点が化勁の神髄であり、防御してから反撃するものではなく、防御と反撃が一連の流れとなって一体化されているのです。これは口で説明しても理解できないかもしれません。禅問答のように感じられるでしょう。

 私は「反射迎撃システム」と呼んでいますが、化勁はその中核を成す技術です。

 まずは体験してもらわないと理解してはもらえないと思いますので、体得したい方は受講をお勧めします


 それと、16日のほびっと村学校の講座では、アスペクトの新刊本『潜在力を引き出す武術の丹田』にちなんで、丹田開発法の解説指導をやります。

 既に読まれた方は御承知と思いますが、本の中では「危険性があるので割愛します」としていた上丹田の開発法も指導させていただきます。

 まあ、実地に指導すれば、細かい注意点も説明できますからね。

 日本のニューエイジ運動発祥の聖地である西荻窪ほびっと村学校でもありますから、出し惜しみはしないでおこうと思います。

 ただし、上丹田開発法は、この時だけしか部外者への解説指導はしません。入会されたらいずれは指導しますが、そこまで教えるのに最低でも一年以上は稽古に通ってもらわないといけません。

 そういう意味で、チャンスは一度きりですから、御希望の方は逃さないようにお願いします。

 あっ、そうそう。当然のことですが、金さえ払えば教えるというものではありませんので、受講される方は心して御参加くださいね。本来、素人に公開されるようなものではないのですから、私が直に観て、「あなたには教えられない」と言う可能性も無きにしもあらず・・・ですよ。

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『撃剣蹴打~怒涛編~』

 高瀬先生率いる高瀬道場の面々による二部構成の舞台公演「迷探偵・明智小五郎」「珍説・幕末風雲録」を、10日の5時の回で観てきました。

 公演場所は府中駅前のグリーンプラザ。游心流を名乗る以前に研究会活動で利用していたので、結構、馴染みの場所です。

 本当は会員何人かと一緒に観に行こうと思っていたんですが、どういう訳だか、皆、都合がつかなくて、結局、私独りで行きました。

 丁度、大國魂神社で刀剣展をやっている筈と思って、一時間早く到着して神社に向かいましたところ、お祭りの最中でお神楽とかもやっていたんですが、肝心の刀剣展は祝日でお休みとのことで残念っ!

 パンフレットだけ貰ってきたんですが、何か、『盤嶽の一生』で役所さんの愛刀・日置光平(へきみつひら)とか、靖国刀匠の島崎靖興とか、古備前の真光とか則縄とか、肥前刀の最上大業物、忠広とか虎徹とか、私も持ってる相州綱廣とか、中々、いい刀がありそうです。

 特に、四尺五寸くらいもある大太刀“御蛇丸”とか、“烏丸”“伊吹丸”という1m越えの大太刀もあるみたいで、長物大好きの私としては、これは改めて観に来なくちゃいけませんっ。


 さて、お神楽を観て時間を潰して、いざ、公演会場へ・・・。

 会場では高瀬先生もいらっしゃって、早速、ご挨拶を致しました。技芸会とは違って舞台公演ですから、また違った緊張感があるのではないかな~?と思います。

 今回の公演、何といっても主演は二作品とも、加賀谷圭さんであり、しかも四役というムチャぶりです。

 岡田以蔵はわかるんですけど・・・明智小五郎って・・・? それ、普通に考えたら森さんしかいないでしょ?ってところを敢えて加賀谷さんにするところが高瀬道場らしいというか何というか・・・(苦笑)。

 うん~、どう~なるんでしょ~ね~(長島さん風に読んでね)。

 高瀬先生と多加野先生は出てないのが、ちょっと・・・残念。

 会場には、確かプロレスラーの方がいらしたようですが、私、昔のレスラーしか知らないから誰か判りません。でも、プロレスラーって演技達者な人がいますよね~。藤原組長とか『くの一忍法帖自来也秘抄』でいい味出してましたよ。

 公演は明智小五郎から始まりました・・・が、山崎和佳奈さん演じる小林少年の独白に応じて登場する明智小五郎は・・・ボロ布を纏った野人“獣人雪男”?(BGMはジョーズじゃん?)

 獣人雪男って、差別表現が問題で放送禁止されている東宝の特撮映画。なんで?

 そりゃ、確かに明智小五郎と言えば、あの天知茂先生の変装のイメージがあります。毎回毎回、いろんな人間に変装して現れて、犯人を追い詰めたらじゃじゃ~んっ!と天知先生に早変わりする・・・あの、アンタの方こそ二十面相じゃん?と言いたくなるイメージがある!

 でも、何ゆえに、獣人雪男?

 ここ、笑い所なのに観衆は凍りついたようになって見てる・・・。

 私は、はっと気づきました。笑いたくても笑えない状態・・・それは、加賀谷さんが怖過ぎて頭が真っ白になっちゃったんだよ! だって、笑うというのはリラックスしてないとできないんですよ。

 思えば、昔、女子大の生涯学習センターで初めて講座をやった時、徹夜して考えていったギャグがことごとく滑って、受講生が凍りついたような顔で私を見ていたな~。

「武道の先生だから笑っちゃ失礼だと思って我慢していたんです」と後から言われ、「な~んだ。オラ、てっきりギャグがつまんなかったんだと思ったよ~(笑)」と、ほっとしたもんでしたよ。

 もといっ!

 山崎さん演じる小林少年の格闘シーンで、黒子が出てきてワイヤーアクションの代わりをするところは面白い工夫ですよね~。

 出ている人が全員、殺陣アクションのプロというのは強みです。並の役者にはできない演技とアクションのコラボができるからです。

 加賀谷小五郎も、格闘が始まると俄然、カッコイイ感じになって、私は昔、初代タイガーマスクが初登場したのを見た時を思い出しましたよ。

 小太りしたタイガーマスクがひとたび動き始めると、鮮やかで軽やかな動きが、まるでジャッキー・チェンやブルース・リーのようで、もう一瞬にして「カックイ~!」となってしまった。

 あの感動を思い出しますね。

 そして、あらためて高瀬道場の皆さんの底力に感動しましたね。アクションは主役だけうまくてもダメ! 受ける側のリアクションが大切です。

 これは幕末風雲録になると、より際立ちます。

 まず、数々の時代劇作品で活躍されている森聖二さんの土方歳三は、そのまま時代劇のキャスティングで違和感がない納得の佇まいです。

 明治の世にも斎藤一と並んで生き残った永倉新八役の芸利古雄さんも納得です。

 近藤勇役の吉水孝宏さんは、刀フェチ演技を見ていて「あっ、俺もこんな感じかも?」とか思ってしまいましたが、「道場稽古は下手だけど真剣をふるうと無類の強さだった」とされる天然理心流宗家、近藤勇の雰囲気がよく出ていました。

 沖田役の紅一点、香純恭さんも上手かった。

 何より、皆さん、演技だけじゃなくて殺陣アクションができる点が素晴らしい!

 そしてまた、獣人雪男と同じく、フンドシ一丁で登場する芹沢鴨の異様は加賀谷さんしか出せないでしょう。

 新選組最強は誰か?という論争で、「実は芹沢鴨が別格で強かった」という話もあります。殺しても死なないジェイソンみたいな芹沢というのもアリですね~。

 それにしても加賀谷さん。二本差しで片手に刀を持ったまま回転受け身を取れるのは流石です。私やったことないから、できるかどうか判りません。

 高瀬先生は武道と殺陣は違うものと言われますけれど、これだけ武道性ある殺陣を表現されているのは珍しいと思いますね。

 例えば、刀をかみ合わせたまま、とっさに相手の脇差を抜いて斬るとか、理に適った戦いを見せられるという点で、高瀬先生の演出は合理性とケレン味のバランスが実に見事に釣り合っていると思うのです。

 こういうのってセンスの問題で、経験を積み重ねれば良くなるという問題じゃないんですね。

 リアリティーとリアリズムは全然違うと思うんです。糞リアリズムは面白くも何ともないし、武術に関しても本当に見事な技は美しいしファンタジックな印象さえ受けるものだと思います。

 これは香港カンフー映画を見れば納得されると思います。既存の武術の技や戦い方を、いかに面白く表現するか?という点で徹底しています。これがリアリティーだと思う。

 嘘を嘘と感じさせず本物の感動を引き出す。それは理屈を超えたものです。

 そして、演技することは嘘を本物らしく演じることですが、その訓練は本物の情熱が無ければ決して人を感動させられるものにはなりません。

 私も創作の仕事をしている人間ですから、本物の技能を磨いているプロの人達と接することができるのは非常に有り難いことだと思います。

 高瀬道場が、これから水滸伝のような伝説の物語を芸能の世界で確立されていくことを私は密かに予感しています。

 余談ながら、私、先日、小説家養成講座を受講しはじめたんですが、ヒット作を出して映像化される時に、縁がある人達と一緒に作品作りができたらいいな~?と、ちょっと気が早いですが、夢想しています。

 まずは、高瀬道場の新しい挑戦をお祝い申し上げます!

 実に面白かったです! もう、こうなったら高瀬道場でじゃんじゃんプログラムピクチャー作っちゃったらいいと思いますね。

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柳ジョージさん逝去

 一週間くらい前に、何となく、柳ジョージさんの『雨に泣いている』が聴きたくなりました。

 レコードも持っていたんですが、引っ越しを繰り返して荷物を入れた箱のどこかに入れたまま、どこにあるか判りません。

 レコードショップで買おうかな~?とか考えていたら、何と、柳ジョージさんが急逝されたというニュースがあって、愕然としてしまいました。

 私は、何だか、こういう具合に予知が働くことが多くって、ちょっと嫌になってしまうんですが・・・。

 私は、あんまり音楽を聴く方じゃないんですけど、兄貴の影響で聴くようになり、高校生から大学生にかけては、そこそこ聴いていました。

 山下達郎や松任谷由美なんかのニューミュージックが好きでしたけど、渋い声のブルース系も好きで、特に柳ジョージ&レイニーウッドの『雨に泣いている』は、TVのショーケンのドラマで聴いて以来、大好きでした。

 ハードボイルド系の映画や小説が好きだったんで、渋いメロディーが好きなんですね。

 最近ではクレイジーケンバンドも好き。

 あ~、それにしても、ジョー山中さんが亡くなったと思ったら、柳ジョージさんまで。

 63歳だったそうですが、今の60代は昔の40~50代くらいで、ある意味、人生で一番、活躍できる年齢だと思うんです。

 本当に残念です。

 柳ジョージさんの御冥福を心より祈ります・・・。

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『牙狼』新シリーズが放送開始!

 昭和から続く、ウルトラマン、仮面ライダー、戦隊シリーズばかりが特撮ヒーロー・ドラマとして君臨している中、深夜枠ながら驚異的クオリティーで大人気となった『牙狼GARO』が、待望の新シリーズとなって帰ってきました!

 TVシリーズ、TVスペシャル、3D映画ときて、TV新シリーズがまた観られるなんて、感激ですよ~。

 この作品の魅力は、まず、世界観がエコエコアザラク、アクションが剣とカンフー、美術がビジュアル系・・・と、ダークファンタジー都市伝説とも言える独自性にあります。

 大体、雨宮慶太監督自身がアーティストであり、また、仮面ライダーや戦隊シリーズの監督も務めていた点、特撮ドラマの魅力を熟知されていて、尚且つ、新しい作品を生み出していこうという挑戦的な姿勢を持っていると思います。

 私は、ハリウッドの超大作なんかに負けない作品を撮れる数少ない日本の監督だと思いますよ。

 巨大化する仮面ライダーJ、正義のヒーローになったハカイダーといった具合に、既存のキャラクターを生まれ変わらせる斬新さが雨宮監督の凄さですし、それと同時にオリジナル・キャラクターを生み出し続けている点も素晴らしい。

 サイボーグの忍者が活躍するパラレルワールド時代劇『未来忍者』。

 雨宮監督のSF作家性を確立した『ゼイラム』『ゼイラム2』。

 時代劇にエイリアンを登場させた野心作『タオの月』。

 鉄人28号やジャイアントロボへのオマージュを捧げた『鉄甲機ミカヅキ』。

 そして、これからも進化を続けていくであろう『牙狼GARO』・・・。

 今回の新シリーズが、また、新たな地平を切り開いていってくれると期待しています。


 さて、ところで、ダークファンタジーと言えば、何と『妖怪人間ベム』も実写ドラマ化されるとは?

 そういえば、『牙狼』が放送されていた頃には『西遊記』もやっていたな~?

『魔王ダンテ』とか実写ドラマ化してくんないかな~? 鬼太郎のTVドラマ化ってのもアリかも? 個人的に観たいのは『寄生獣』かな?

 いや、ちょっと人体切断描写がTVじゃ無理か? 『BLOOD・C』では白い線で隠してたしな~・・・って言うか、あの作品、最終回で凄い展開になって劇場版に続く!って、何か刑事ドラマにありがちなパターンになってたけど、アニメでやるの?って、ちょっと驚いちゃいました。“古き者ども”って魔物と戦う話だけど、ここにもクトゥルー神話の影響が・・・?

 そういえば、今、気づいたけど『牙狼』ってクトゥルー神話に似たところもあるね?

 佐伯日菜子版エコエコアザラクは、クトゥルー神話ネタが随所に潜んでましたけどね。ダゴン、ハスター、ピックマンのモデル、ヒプノス、ノーデンス、エイボンの書とか出てくるし、劇場版だと完全にクトゥルー神話の『ダンウィッチの怪』にインスパイアされてたし・・・。

 いっそのこと、『魔界水滸伝』をTVドラマ化するってのはど~かな?

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お知らせで~す!

 え~、次回の10月セミナーは『武器術』を予定しておりましたが、震災で延期しておりました『化勁』に変更させていただきます。

 それで、『武器術』のセミナーは、11月23日(祝)に、場所を江古田駅から歩いて10分くらいに新規オープンしたばかりの“つばさ基地”にて朝11時から昼2時までおこないます。

 武器を振り回すのに広い場所がいいだろうということです。宜しく!


 それから、そろそろ来年の月例セミナーの割引予約受付も開始します。料金は例によって、一回1万円の全12回分を半額の6万円。常連受講の方は更に1万円割引の5万円とさせていただきます。

 毎年、締め切ってから申し込みされる方がいらっしゃいますが、予約締め切りは事務処理の関係で12月10日までとさせていただきますので、御希望の方はお早めにどうぞ。

 都合で参加できなかった回数分の游心流本部・支部・同好会への体験参加も、引き続きやりますので安心してお申し込みください。


 それから、『潜在力を引き出す武術の丹田』、絶賛発売中です!

 会員の感想を聞きますと、やっぱり、「これまでとかなり違うので驚いた」とか、「甲野先生ネタに笑った」とか、「心技体という言葉は単なる精神論だと思っていたので、びっくりした」とか、いろいろとうかがいましたが、概ね、驚きの感情が強かったみたい?

 でも、“丹田”を“炭田”と(変換ミスだろうけど)書いてきた人もいて、「違~う! 雲丹の丹~」と、武田鉄矢みたいに叫んでしまいましたよっ!

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武術家って嫉妬の固まりが多い

 居合斬りのギネス記録をどんどん塗り替えて、“現代のサムライ”“リアル五エ門”として名声を高めている修心流の町井勲先生が、またしても前人未踏の超人的快挙を成し遂げた・・・というのを、会員が録画してくれたTV番組で後から拝見しました。

 時速800kmを超えるスピードで飛んでくるテニスボールを三回目で見事、両断してのけた業前は、もはや、空前絶後であろうとしか言えません。

 私も町井先生に比べたら百分の一くらいでしょうが、居合斬りの研究をしている者の一人として、これがどれだけ至難であるか?という想像くらいはつきますから、ただただ、「お見事!」という言葉しか出てきません。

 しっかし・・・、「これだけ、ぶっちぎりで凄いと文句つけるヤツも皆無だろう・・・」と思っていたんですが・・・会員がプリントして持ってきてくれた町井先生のブログを読みますと、これでも文句をつける武術家?がいるのだとか・・・。

 いやはや、ほとほと、男の嫉妬は見苦しいものだな~と、呆れるのを通り越して、むしろ“感心”してしまいました。

 正直、私も嫉妬心がまったく無いと言えば嘘になりますよ。町井先生ができないような技をできるようになってやる・・・という気持ちであれこれ研究したりしています。

 だって、私が目指しているのは“武芸百般に通じる武術の超達人”なんですから、「他人ができるのなら俺はもっと上を目指してやるっ!」って燃えるのは当然でしょう?

 けれども、そんな嫉妬の感情を遥かに上回る感動があるからこそ、こうして称賛を惜しまないで応援の気持ちを書ける訳ですよ。

 私は嫉妬することが「悪いことだ」とか「いけないことだ」とか思いません。

 思えば、私の20代30代は嫉妬心を燃料として「今に見ていろ! 必ず成り上がって見返してやる!」という気持ちがモチベーションでした。

 格好の良いことは申しません。私はマイナスの感情が凝り固まった人間でした。

 そもそも、武術を始めたのだって、「強くなって見返してやる!」という怨念のような感情からだったのです。

「ちょっと、面白そうだからやってみよう」くらいの気持ちしかない人が武術を学んでみたところで、10年も20年も続くとは思えませんし、仮に続いたとしても、実際に立ち合って痛い思いをしたら、すぐに辞めてしまうかもしれません。

 試合をやらない型稽古オンリーの武術を修行している人には、そんな人も少なくありません。

 私が一時期、格闘技もやったのは、型だけやっていても現実に打ち合わないとダメだと思ったからですが、それは「痛い思いをしても強くなりたい」という気持ちの無い人間だとやらないでしょう。

 なんだかんだと理屈をつけて自己の現実と向き合うのを避け、楽な場所で自己憐憫に耽り、頑張ってる人達をせせら笑って上から見下ろすように冷笑的批評をしていながら、実は自分のダメさ、弱さを暴露されることを怖がってビクビクしている・・・そんな武術マニアは相当に多いですよ。

 そんな風に自分に嘘をついて自尊心を保っていても真に向上はしないものです。心と技能は繋がっていますからね。

 そして、人間、自分にとって本当に必要だと思わないと本気でやらないものです。

 本気というのは、「恥も外聞もなく必死でやる」ということです。

 私が甲野善紀氏を稽古の最中にガチでビンタした時、彼は常に「人を傷つけるような突き蹴りは出したくない」と主張していたのに、突き蹴りで反撃してきました。

 私は、「汚いヤツだな~。でも、それでこそ武術家だっ!」と、むしろ感心しました。

 危なくなったら、恥も外聞もなく必死で汚いことやっても勝ちに行こうとしなきゃ~ダメなんですよ。綺麗言ほざけるうちは余裕ぶっこいてるから本心じゃないですよ。

 私が甲野氏の嫌いなところは、本心を隠して心にもない気取ったことばっかり書くところですし、そんな虚妄の発言を有り難がって持て囃すお目出度い連中も情けないな~と思うんですけど、武術業界って、そういうタイプが多いのも事実です。

 そういう意味では、姿隠して他人の誹謗中傷ばっかり書いてる連中も可愛いもんじゃないですか? 自分たちの卑屈さ、臆病さをさらけ出しているんですから。直接、乗り込む度胸もないから安全な所で強がってる訳で、要するに敗北宣言でしかない。

 ちょっと、気になったのは、良くも悪くも町井先生は“生真面目過ぎる”という点。その生真面目さが“独善”に変化しなければいいな~と思います。

 周囲が称賛する人ばっかりになって自分を見失った人も多いです。

 宇城さんみたいに自分の考えに染まない人を未熟者扱いして排除するようになったら、もう裸の王様まっしぐらでしょう。

 謙虚さを維持することくらい難しいことはありません。武術やっている人間は形としての礼儀作法にばっかりこだわるけれど、本当の礼節は本心から出てくるものであって、形式だけの礼なんて虚礼ですよ。

 昔の侍がどうしたこうしたという論理は現代では通用しない話であって、時代錯誤の謗りを受ける誘因だと思います。

 法を説くなら相手を観てからです。嫉妬心で最初から揚げ足取ってやろうとしか思っていない心のない相手に何を説いても無駄なことです。

 困った研ぎ師の師匠のことも、「さすがはアーティストだな~」くらいに思って容認してあげたらいい。良い悪いではなく、世の中、そんな人もいるのです。

 特に、武術家とか武道家っていうと立派な人格者みたいなイメージもありますが、まともな神経をしている人の方が少ないと思います。「俺と立ち合え」って言われたこと、私も何度もあるし、実際にやったことも何度かはありますけど、武術家と名乗ったり道場を持つ以上は、挑戦されるのは宿命ですから、「文句があるならいつでも来い!」と言うしかないんですね。

 中には「真剣での立ち合い所望」って言ってきたイカレポンチもいましたよ。

 そういうオツムテンテンな人達が武術の世界には大勢いるので、煩わされるのが嫌で、決して表に出ないようにしている達人もいますからね。

 光あるところには影がさす・・・ってことで、町井先生には脳みその腐ったクズ連中のタワ言は無視して、これからも前人未踏の絶技を披露して日本中に感動と自信を与えて欲しいですね。

 一ファンとして、心から、そう祈っています・・・。

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結構、評判いいみたい?

 アスペクトの武術シリーズ最新刊『潜在力を引き出す武術の丹田』、周囲の評判は上々です。

 うちの特別名誉会員で、ダンス・カンパニー『ラクド』を主宰されている稲吉先生は、特に「武術の本を読んで、こんなに感動したことはありません」とまで感想をメールしてくださって、私の方が感動してしまいましたよ。

 私はラクドのダンス公演を矢嶋師範代と観にいった時に、本当に「武術もこういう具合に披露していくべきだよな~」と思ったんですね。

 私自身は、武術そのものよりも殺陣アクションの方が多分、ずっと好きだと思うんですよ。本当に優れた技だと感動しちゃうんじゃないか?と思うんですね。『あずみ』で、あずみに斬られた相手が、あまりに見事に斬られて感動しながら死んでいったりするじゃないですか?

 町井先生の居合斬りや、ボブ・マンデンの超速早撃ちをTVで観た時は感動しましたもんね~。

 でもね~、なんか、今回の本は、書き直しが凄くて、原型を留めていないくらいになったので、正直、自信なかったんですよ。

 いつもだと、「今回のはスゲーぜっ!」って自信満々だったりするんですけど、今回は「う~ん・・・どうかな~?」って、本当に自信なくってですね~。

 なんで、自信がなかったかというと、今回は“物凄~く、抑えた”んですね。

 自分の考えを遠慮なく出したという実感がないので、やり切ったという感慨がなくて、その代わり、ただただ苦心惨憺したという印象しか残ってないんです。

 ですから、本になっているのは書いた原稿の約1/3くらいなんですよ。

「これじゃあ、本にならない」というダメ出しばっかり食らって、何度、投げ出してしまおうか?と思ったか・・・。

 青木先生には、私が苦心惨憺しているのを見抜かれてしまいましたね。

「正直いって、今回の本は疲れが見えるよ」っていわれてしまいましたよ。

 事実、本当に疲れ果てましたよ。今回は・・・。

 だって、本来はオカルティズムに入ってしまう領域のことなんだから、一般の人に理解できるように書くのなんて、どだい、無理な話なんです。

 ぶっちゃけ、“丹田なんて存在してません”からね~(爆弾発言?)。

 オカルティズムの思想を借りれば、アストラル体・コーザル体・エーテル体とか、そ~ゆう概念も説明していかなくちゃならん訳ですけど、益々、怪しくなるだけでしょう?

 あのですね。自慢じゃないけど、私はオカルト(神秘学・魔術・錬金術)からニューサイエンスから気功、仙道、ヨーガなんかも阿呆みたいに調べていたりするんですよ。

 呼吸法だの瞑想だのもいろんなの実践したりしてるんですよ。

 だから、体験談として語れば、いくらでも書けることは書けるんです。

 だけど、それをやってしまうと一般読者はドッシェ~ッ!ってドン引きしちゃうに決まってるし、イカレポンチなオカルトマニアが団体さんで押しかけてくるのが自明なんで、いつも否定的なことしか書かないんですね。

 こういうムー的な事柄って、真面目に追究したらアカンのですよ。

 どうしてか?っていうと、自己暗示がかかって世界観が異次元にぶっ飛んじゃって、現世に帰ってこれなくなる危険性があるからです。

 永井豪さんがデビルマンや手天童子を描いていた時や、栗本薫さんが魔界水滸伝執筆中に超常現象に見舞われた・・・といった逸話がありますね?

 あるいは心霊番組やホラー映画を撮ってる時に怪現象が起こったとか、そういう話は無数にあるじゃないですか?

 四谷怪談を上演する時に、きちんとお参りしないと事故が起こったりするというのも、とても伝説だと笑い飛ばせないくらい、事件が起こっています。

 何で、断定するかっていうと、知り合いにも起こってるのを聞いてるからです。

“呪い”のメカニズムはユングの集合無意識とか、仏教の唯識論で説明できますが、未だ、科学的合理性では説明し切れない事象は無数にある訳ですよ。

 けれども、オカルティズムの方面では、取り敢えず、説明はできる訳です。

 なので、私はオカルティズムの説明を、できるだけ科学的に納得できるように解説し直してみようと努力してみた・・・というのが今回の本の元々の趣旨ではあったんですね。

「長野さんならできる!」とか周囲の人からはいわれたんですが、やっぱ、無理なもんは無理!

 感覚を育てなければ実感できない事柄を今回は扱っているので、かなり、無理がありましたね~。

 例えば、河野智聖先生なんかは、野口整体の考え方をベースにして解説されていると思うんですが、野口整体そのものを知らない人にとっては、やっぱり納得できないだろうと思うんですよ。

 私は野口整体もいくらか知ってるから、言わんとされてることは理解できますが、だからといって、それが正しいとは言えないんですね。

 だって、野口整体の考えが正しいとするなら現代医療は間違ってるという話になりかねないでしょう? 

・・・って言うか、専門家はみんな本気でそう思ってたりしてるんです。

 いまや世界的に愛好家を生み出している桜沢如一のマクロビオティックだって、これこそが正しいのだとすれば、現代の食文化と栄養学をほとんど全面的に否定することになるでしょう?

 中には、甲野善紀氏のように、「江戸時代以前の日本人は動物性タンパク質は摂っていなかった」なんて妄想話を平気で披露するようになる人もいるんですよ。

 日本人が大昔から魚や貝なんかを食べてたのは論じるまでもありませんからね。鴨鍋や鹿鍋もあるし・・・。

 実を言えば、私も岡山に居た学生時代、玄米食中心で肉類を絶っていた時期もあるんですけど、精神的にかなりおかしかったと思いますよ。学校にも通わなくなったし・・・。

 動物性の必須アミノ酸が欠乏すると鬱病になったりするのは医療の方面では常識なんですが、厳格な玄米食信奉者は、そういう栄養学自体を否定したがりますからね。

 感覚的に「これじゃ~いかん」と思って、やめましたけど、20代はいろいろ実験してましたね。

 私の場合、結構、自分で実験して確かめてるので、「これはこうです」ってはっきり言える面があるんです。

 ただ、自分の場合はこうだったけれど、それが他人にも共通するのかどうかは判らないんですね。

 だから、いろんな先生を訪ねたのも、自分だけでは判らない面を補う意味があった訳ですが、研究心で訪ねているんで、もう、短い時間で本質まで観抜いてやるっ!っていう執念がありますからね。

 余談ですけど、最近、教えていて習いに来る人達に感じるのは、総じて執念が足りない人が多いですね。ただ、漫然と身体動かしてるだけ。そんな心の入ってない練習だと何年やったって上達しませんよ。

 むしろ、月例セミナーに通っている人達の方が驚くくらい伸びていったりしていますが、それは回数が少ない分、集中しているからだと思います。要するに心の持ち方ですよ。

 私の場合は、普通の人とは観てる内容が全然、違います。

“研究家”と名乗るようになったのも、自分の資質に気づいたからです。「オタクも極めればプロフェッショナルになれる!」というのに気づいた訳ですね。

 でも、最近は、こうも思います。「オタクは所詮、オタクだな~」と・・・。

 どういう意味かというと、「オタクって近視眼的視野狭搾に陥ってしまって社会性を失ってしまいがち」なんですよ。

 つまり、自己完結してて、探求心を満足させることしか欲求がないんですね。

 コレクターに近いかな~? 生産的な方向に向かわないんですね。

 内向きで自己満足しか求めない。伝統武術やっている人に多いタイプですね。


 まあ、ともかく・・・今回の本は、これまで書かないように注意していた部分を公開してやろうと思った本なんですが、結果的には抑制せざるを得なかった面が大きくて、テーマ的には限界かな~?と思ったんですね。

 内容も、以前の本の焼き直しの箇所も多いんですが、書かなかった部分を広げて書いたというところです。

 なので、周囲の評価がこれまでより高いのが意外な感じがしているんですが、要は、武術と格闘技の質的な違いをより明確に書いたという点を評価してもらえたのかな~?とも思います。

 けれども、この路線で書けるのは今回が限界かな~?と思いました。

 何でか?っていうと、これ以上は普通の人が入ってはいけない領域だと思うからです。

 オカルティズムの本来の意味は隠秘学ってことで、隠して秘密にする必要がある学問だということなんです。これは、それだけ危険だってことなんですよ。

 今回の本で危険性を煽って書いているように思われた人もいると思いますが、それは正しい読み方です。

 本心では、私は、こういった領域の稽古を興味本位に取り組んでもらいたくないのですよ。狂信的なカルトになってしまう危険性があるからです。

 熊本で滝行と称して精神疾患の娘を拷問死させてしまった事件がありましたが、憑き物落としの拝み屋に頼んで拷問死させてしまう事件は田舎では時々ありました。

 でも、21世紀になっても起こるとは、盲信することの恐ろしさを知らせてくれた事件だと思います。

 なので、今回、伝えたかったのは、「興味本位に甘い考えで武術に取り組んではいけない」ということです。

 どうぞ、御理解くださいませ・・・。

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野田さんにガッカリ・・・

「野田首相の原発の安全性を最大限に高める宣言にガッカリした・・・」という人が、凄く多いんじゃないかな~?と思いました。

 野田さんが首相になった時には、その誠実で木訥な言い回しに期待感を抱かせられたものでしたが、良くも悪くも現実的な人だな~と言わざるを得ませんね。

 まあ、政治嫌いの私は最初っから大して期待していないので、長~い溜め息が出ただけですが、大体ですね~、「原発の安全性を最大限に高める」っていう言葉にリアリティを感じる日本人がどのくらい居るんでしょうか?

 いくら努力したって、解決できない問題というものが有る・・・という現実を、今回の福島原発事故は教えてくれている訳ですよ。

 その“教え”に従えば、「地震国日本で原発をやるのは国家のみならず国民と国土を死滅させる危険性を持続させるだけ」という結論しか出てきません。

 経済を優先させたいのであれば、率先して原子力に変わるあらゆるエネルギー開発に舵をきって10年後、20年後の世界シェアをけん引する真の日本の技術力を養成するのが賢いでしょう。

 結局、これまでの原発利権の存続を近視眼的に視野に置いた“現実的路線”をやるしかないというのが野田首相の結論なんでしょうが、これが最悪の結果に結びつかないことを祈るしかできませんね。

 まあ、政治家なんて、そんな程度でしょ。

 そんな偉いさん達に期待するだけ無駄だから、我々は自分のできる範囲で日本を変え、世界を変え、新しい時代を創造していく努力をしなきゃ~いかんですな。

 要は、原子力より効率が良くて経済的で安全なエネルギー開発を民間でどんどん研究開発すればいいんですよ。「必要は発明の母」ですよ!

 そうしたら原発を無くすことはできます。

 大企業の人達も、原発に代わる新エネルギー開発の研究をしている民間の研究者にどんどん金出してやれば、世界を制するのも夢じゃありませんよ!

 現実的な発想から新しいものは生まれてこないんです。旧態依然のシステムの枠組みの中で考えてるような連中は、お呼びじゃないですよ。

 
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『レジェンド・オブ・フィスト 怒りの鉄拳(原題・精武風雲 陳真)』

 ようやくにして日本でも、その名が知られはじめてきたドニー・イェン師傅ですが、彼が尊敬するブルース・リーの本国に於ける人気ナンバー1の『ドラゴン怒りの鉄拳』の後日談を描いたドニーさん入魂の一作『レジェンド・オブ・フィスト 怒りの鉄拳』を、カンフー映画マニアのK塚さんと一緒に、新宿武蔵野館で観てきましたよっ!

 それにしても、新宿武蔵野館、久しぶりだな~(何故か、苦笑・・・)。

 本当は、ミシェール・ヨー姉さんの『レイン・オブ・アサシン』も観たかったんだけど、用事が立て込んでて観逃してしまっていたんですね。

 それで、今回は観逃してはならん!と思って、気合入れて行きましたよ。

 何せ、谷垣監督や岩本先生も参加されているし、倉田先生も友情出演しているそうではないですか? これはもう、観なかったら仁義に外れるってぇもんでしょ?

 でもね~。何か、観ていて複雑な気持ちになっちゃいましたよ・・・。

 日本人俳優も結構出ているんですけど・・・ことごとく“人非人”なんですよね。私、別に国粋主義者じゃないから、日本人が悪役でも特にどうという感慨は無いんですけど、ここまで日本人が極悪人ばっかりだと、「『靖国』って、物凄く親日的な映画だったよな~?」とか思っちゃいましたよね~。

 まあ、オリジナルの『ドラゴン怒りの鉄拳』もそうだったんで、そんなに目くじらたてる必要はないとは思うんですけど、『イップマン序章』の時は、日本人の良さも少しは描かれていたのに、今回ははっきり言って、“鬼畜生”みたいです。

 私の知り合いには“右”のオジサンが多いから、ちょっと、これは観せらんないよ。

 だけど、それと作品の面白さは別です。

 まず、ドニーさんが意外に?演技力が高いのに驚きました。

 もしかして、ドニーさんはジェットより芝居が上手いのでは? コメディもできるし。

 グリーン・ホーネットのカトーの扮装で中国人を救うのは、おいおいって感じがしますが、かつてジェットもブラックマスクというSF風作品やってたから、まっ、いっか?

 冒頭のフランスでの戦場でのアクションは物凄い! ナイフ使ってのカリ殺法で銃を持つ兵士を怒りのメッタ斬りにするところは本作品の最大の見せ場です。

 中盤はスー・チー演じる酒場の歌姫(実は日本人スパイ)とのカラミなんかは、ちょっといい感じ。

 アンソニー・ウォンも貫禄あります。何か、丹波先生みたい。

 ところで、この作品、舞台は上海ですが、スー・チー演じるキキが、実は日本人でヤマグチという・・・というところ。これって、李香蘭こと山口淑子がモデルなんだ!と、ちょっと驚きました。

 そして、終盤に赴任してくる女将校がカワシマと呼ばれる・・・。これって、男装の麗人と呼ばれた清朝一族でありながら日本人として生きた川島芳子のことかいな?

 何だか、何げに歴史の裏側を描くようなパロディ精神満々ですね?

 ちなみに抗日運動の仲間内で話している時に出てくる“三合会”とは、中国最大の秘密結社と呼ばれた“洪門会”の別名なんですね。

 この作品、何げに中国の民族意識発揚を狙ったような思想性も隠れていて、侮れませんね。

 さて、それはさておき、アクションです。

 ドニーさんがリー先生の物真似をやりまくるのか?と思っていたんですが、意外とドニーさんの俺ジナル・アクションになっていました。

 多分、TVの連続ドラマで演じた時に、あまりにそっくりに演じ過ぎたから、その反省なのか、それとも作中でも現実でも時間の経過が大きかったが故の変化でしょうか?

 ブルース・リーのアクションは、テコンドー風の回し蹴りから後ろ回し蹴りへの繋ぎに特徴がありましたが、実はドニーさんは、こうした連環技は苦手なのか、蹴り技に関してはサイドキックとジャンピング・バックスピンキックを多用されています。

 ドニーさんは私と同じ年齢ですから、高い位置への蹴り技は結構、シンドイのではないかな~?という気もしますが(私はもう全然ムリ!)、『ドラゴン危機一髪97』の頃からそうだったような気もします。

 つまり、回し蹴り系よりサイドキック系が得意なんでしょうね。

 回し蹴りって、股関節に負担が大きいから骨盤が歪んで腰痛になりやすいんですよ。キック系とかテコンドー系の選手って、腰痛持ちになって引退する例が結構多いんです。

 それと、腰を急激に捻って蹴ると腰椎の変位を起こしてしまったりもします。ムエタイの回し蹴りって、あんまり捻らないで軸脚と上体を開いて脚そのものをボーンっと振って当てたりするんですが、これだと腰椎にだけ負担がかからない分、効率的なんですよ。

 ドニーさんは、この作品を最後に突き蹴りのアクションは封印する?と言っていたそうですが、やっぱり、シンドイんだと思う。だって、48歳で、あんな体力使うアクションやるのは無謀というもんですよ。

 そりゃあ、どんなに節制したって20代のバリバリの相手とガチンコ勝負はできませんよね~。

 だから、ドニーさんと手合わせ?した小幡竜さんは「アクション俳優を格闘家みたいに言うなっ」という感想を言ったんだろうと思うんですけど・・・。

 でもね~。それでも私はドニーさんはやっぱり強いと思うよ。

 試合みたいなやり方やったら勝てなくても、ガチンコ喧嘩みたいなのだったら、ドニーさんのマーシャルアーツ・テクニックはず抜けて凄いと私は思いますよ。

 私のところに習いに来ている人達も、フルコン空手や格闘技の経験者が圧倒的に多くて、指導者クラスも何人もいますが、武術の技を使えば彼らの技を封じて一方的にこちらが技を極めることは難しくありません。

 ただ、それができる理由は、彼らが私の使う技を知らないから一方的になるのであって、知っていて対策を講じていれば、そう簡単には極められないでしょう?

 それと同じ理屈で、試合となると使う技も戦法も限定される訳で、同じ技を使って同じ戦い方をするのなら、そのルールに慣れて体力体格に優れた者が圧倒的に有利になる訳ですよ。

 よって、私のような年齢になった者が若い人と試合やったって勝てる道理がないと弁えているので、平気で「試合やったら勝てませんよ」と言えるんです。別に謙虚に言ってる訳じゃありません。冷静に分析して事実を予測しているだけの話です。

 だけど、実戦なら別。

 あのですね。

 武術って、他人と強さを競うものじゃないんですよ。自分や自分の助けたいと思う人を護るために、必要であれば敵対する者を容赦無く息の根とめるという覚悟を養うための技術を学ぶものなんです。

 だから、武術の技は基本的に人体破壊を目的にできています。ダメージを与えるとかどうとかではなくて、ちゃんと使えば死にます。強い弱いじゃなくて、「生きるために必要なら殺す」という“必死の気迫”を会得するかしないかが問題なんです。

 実際に乱闘に発展したことはありませんが、武術やってたお陰で人助けできたことは何度もありますよ。やっぱり、暴力に対処できるという自信がなかったら、救いに行けないでしょう。

 たとえ演技であっても、弱い者を救うヒーローが活躍するドラマを観ることは、正義感に訴えるものがありますよ。こういう作品が好きな人間は、やっぱり正義感強い人が多いと思います。

 そして、私がアクション俳優やスタントマンの皆さんに敬意を払うのは、彼ら、彼女らのアクション演技に賭ける情熱が、正に武術修行者が持つべき“必死の気迫、覚悟”に共通するものと感じるからなんです。

 その意味でいえば、田中泯さんのように本当の踊りとは何か?と追究して生きている人にも、やっぱり畏敬の念を覚えるんですね。

 だってね~。死ぬのなんか一瞬だけど、生きるのは延々と何十年も続くでしょ?

 その生きていく時間を何かに捧げるのって、死ぬ覚悟するより、よっぽど凄いことだと思いませんか?


 日本人が極悪なのは気になりますが、己の正義に従って、ひたすら“悪・即・殴打”を敢行するドニーさん演じるチェンジェンの勇姿に、かつて高倉健のヤクザ映画を観て映画館から出てくるオッサン達のような心持ちになったナガノでした・・・。


 それにしても、何か、妙に女性客が多いと思ったら、レディースデイだったそうな。


 余談ながら、一緒に観たK塚さんが、通っているフルコン空手道場で試合に出たそうでしたが、パソコンの動画で見せてもらったら、相手の突き蹴りを食らっても耐震構造のビルみたいに脱力体で威力を殺してしまっていて、一方的に打たれているのに打ってる方が疲れているみたい?

 まあ、反撃してないから試合は負けてましたけど、ちょっと感動しましたよ。結局、その相手が優勝したそうだし、10年選手と2年足らずでいい勝負したのは立派です。

 余談ついでですが、矢嶋師範代に気合入れて模擬刀の無刀捕りの特訓をしました。どうも、認識が甘いところが技のアバウトさに繋がってる気がしたんです。

 結果、一日で約二倍に実力アップしましたよっ! やっぱ、覚悟が決まれば一気に腕は上がるんですよっ!

 よしっ、今度は真剣で無刀捕りやるんだよ、矢嶋~っ!

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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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