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2011年の月例セミナー内容予定

(事務局からのご連絡)
2012年月例セミナー 一括予約(先行割引予約)開始しました。

全回参加で通常120,000円を半額60,000円で受講出来ます!
(2011/12/10まで受付)

(ご連絡 以上)


 2011年の月例セミナーの予定を書いてみます。

 開催は、2010年と同じ、毎月第二日曜日の午前11時から午後2時までの三時間(途中休憩あり)。

2011/01/09(日)11:00~14:00   1月『発勁1(貫通力のある突き)』
2011/02/13(日)11:00~14:00   2月『発勁2(全身で打つ打法)』
2011/03/13(日)11:00~14:00   3月『化勁(発勁を実際の攻防で使う方法)』
↑3/13セミナーは中止になり、11/23(祝)に振り替えが決まりました。詳しくはもうチョイ下の方をご覧ください!
2011/04/10(日)11:00~14:00   4月『合気1(脱力技法)』
2011/05/08(日)11:00~14:00   5月『合気2(軸の操作)』
2011/06/12(日)11:00~14:00   6月『縮地法(歩法と運足)』
2011/07/10(日)11:00~14:00   7月『交叉法1(目付け)』
2011/08/14(日)11:00~14:00   8月『交叉法2(差し手と推手)』
2011/09/11(日)11:00~14:00   9月『武術型の研究』
2011/10/09(日)11:00~14:00   10月 『武器術の研究』  『化勁(発勁を実際の攻防で使う方法)』 (3/13の中止分をココで実施します!)
2011/11/13(日)11:00~14:00   11月 『護身と競技への応用』
2011/11/23(水・祝)11:00~14:00 11月 其の弐『武器術の研究』(10月分をココで実施)
 ↑この回のみ場所を“つばさ基地”さんで実施しますので、お間違いなく!!
2011/12/11(日)11:00~14:00   12月『活法・整体と一年のまとめ』

 以上の内容で実施します。一回毎の参加も可能ですが、一年通じて参加されることを前提に編成しておりますので、余裕のある方は年間申し込みをお勧めいたします。


※※※ 2011年月例セミナー詳細 ※※※

●日時:毎月第二日曜(を予定) 11:00~14:00
●場所:江古田ストアハウス(http://www.storehouse.ne.jp/
  地図はこちら(http://www.storehouse.ne.jp/access.html
  2011/11/23(水・祝)11:00~14:00 の回 のみ場所を“つばさ基地”さんで実施しますので、お間違いなく!!
●料金:各回10,000円 大学生4,000円 高校生以下3,000円 (会員5,000円 大学生会員3,000円 高校生以下会員2,000円)

<参加方法>

下記の必要事項をご記入頂き、メールアドレス【yusin_mail_from2006(アットマーク)yahoo.co.jp】宛にお申し込み下さい。折り返し、返信を致します。

  ①氏名(ふりがなもご記入下さい)
  ②年齢(何歳代でOKです)
  ③住所(郵便番号・都道府県も漏れなくご記入下さい)
  ④電話番号
  ⑤Eメール
  ⑥ご職業
  ⑦武術・武道・格闘技・スポーツ歴 (安全上必要の為、詳細のご記入を御願い致します。会員の方は会員暦も追加。)
  ⑧用件  参加希望セミナーの日付・タイトル(『20**年**月セミナー申し込み』 とご記入ください)
        (年間予約一括払いの場合、『20**年セミナー一括申し込み』 とご記入ください) 
  ⑨何か一言
  ⑩今までにかかった、又は現在かかっている病気・怪我歴(安全上必要なので詳細に。)

(項目未記入等の不具合がありますと、参加受付出来ない場合がございます(返信致しません)。予約なしのご来場は即刻お帰り頂きます。交通費払いません。)
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中国武術、知らな過ぎだよ

『修羅の門』の新シリーズが始まって、ワクワクしながら読んでおります。

 矢嶋師範代から、「今度は中国武術と闘うみたいです」って聞いて、楽しみにしていたんですね。

 でも、スイマセン・・・正直言って、川原さんって、中国武術知らな過ぎませんか?

 いえね~・・・昔、『武術(ウーシュウ)』のライターやってた頃から思ってたんですけど、フルコンタクト空手や格闘技の愛好者って、空恐ろしくなるほど、武術全般に対する知識が無かったりするんですよ。

「何? 発勁? あの気で打つとか何とかいうインチキなやつだろ?」とか、「合気? 気合で飛ぶとかいうインチキなやつだろ?」って具合に、もうね~、最初っからインチキだと決めつけて顧みない人が多かったですね~。

 確かに、インチキな中国武術家や合気武道家が少なからず存在していて、そういうヤツに限ってメディアを使って露出しまくっていたのも事実です。

 実際、今だって大して事情は変わっていません。

 何しろ、TVでは無敵の達人のごとく振る舞いながらも実際にまともに立ち合えば連戦連敗することから武術界の生ける伝説となっている甲野善紀氏に比べても、1/40くらいの実力か?ってな人が自身の武術サークルを組織していたりする現実があるんですから、「もしかして全体的な武術業界の平均水準からすると、甲野氏は十分に達人と呼べるに値するのかも?」ってくらい武術界のレベルは低いのかもしれないからです・・・。

 何で、こんなにレベルが低いのか?というと、武術は乱取りとか試合とかやらずに型の稽古を繰り返すだけなので、生まれてこの方、一度も他人とまともに殴り合ったことのない人が年数だけ重ねて指導者になったりするからなんでしょうね?

 本当に、今年、シダックスで会った人なんて、チワワと闘っても負けるんじゃないか?ってくらいひ弱でしたよ。

 誇大妄想なんだろうと思って老婆心で「正直いってあなたの腕前で武術道場をやろうなんて無理だから、しっかり実力をつけてからにした方がいいよ」と言ったんですが、その日のうちにブログで私が見る目が無いだの、自分は天才だのと書いていたそうで、矢嶋師範代が忠告したら慌てて消していましたが・・・。

 河野智聖先生とも知り合いだと言っていたのでイベントの時に聞いてみたら、名前も知らないとのことで、「外見はエイリアンのグレイみたいで、腕が僕の1/3くらいの太さしかないんです」って外見の特徴を説明したら、「あ~、その人だったら・・・」と思い出されて、単に河野先生の講座を1、2回受講しただけの人だったそうです。

 ちなみに、この人、柳生心眼流の吉田先生の弟子だったそうで、「最近、吉田さんは衰えた」とか上から目線で論評していましたが、心眼流の吉田先生といえば甲野氏に習いに行って、言われるままにしたら逆に甲野氏をビタンビタンにこかしてしまって恐縮して帰ってきた・・・ってくらいの天然で強い古武術界の喧嘩番長と噂される達人ですよ。

 だから、「ホンマかいな? 第一、自分の師匠を“さん付け”で評するか、フツー?」って、苦笑しながら聞きました。習ったのは事実かもしれませんが、およそ何も体得できていないでしょう。そのくらい鍛えた形跡がまったく無い人でしたね。

 武術は筋肉を鍛えなくても高い威力を出せますが、それは全然、身体を鍛える必要がないという意味じゃありません。

 むしろ、身体を練り込み神経を鋭敏にし身体感覚を研ぎ澄ます修練は漫然と筋トレしたり厳しいスパーを繰り返すより難しいのです。

 型稽古も、技の手順を覚えることが目的ではなくて、総合的に武術体を練ることが目的なのです。

 だから、本当は、武術体を練ったら、今度は相手の攻撃に対応する訓練も必要なのですね。ただし、闇雲に乱取りしたり自由組手やっても技が使えないので、力任せにならざるを得ない。重要なのは約束組手でしっかり技の用法やタイミングの取り方、相手の潰し方を学ぶことなんです。

 そして、そこまで教えてくれる武術道場は極めて少なく、型だけで終わってしまうところが大半なので、必然的に闘えるようにはならない。だから、闘っても勝てない。弱いということになっていく訳ですよ。

 つまり、武術を習いに行っても戦い方を教えてくれないので未完成なままなんですね。

 よく、「型だけやっていて強くなれるのか?」って疑問がありますが、戦闘理論を知らないまま型だけ学んでもダメだと思いますよ。ほとんどの人が30年くらいやり続ければ、ある日、突然、達人のようになれると信じているみたいですが、戦闘理論を習わない限り、無理です。

 中国武術の多くは表演武術として型の美しさを競う身体表現のレベルを高めることが目的化されているので闘い方は学びません。

 だから、闘えない訳です。だって、闘い方を練習しないんだもん・・・。

 でも、本来の中国武術は闘うために考案されて長く研究改良され続けてきたものなので、戦闘理論さえ理解すれば、あっという間に必殺武術に変身します! これは自信を以て断言します! え~、そりゃあもう、絶対に間違いない!

 仮に表演武術のチャンピオンでも私が指導すれば一日三時間で一週間も教えれば、本物の中国武術の遣い手に生まれ変わることができます!

 実際、以前、表演の中国武術しかやったことのない人がセミナーに来られていましたが、物凄い実力アップしてしまいましたよ。喧嘩やったら物凄い強いだろうな~と思う。

 今だに「中国武術なんか弱いよ」とか、「合気道なんかただの踊りだよ」とかほざいている人は、いかに自分が無知蒙昧で武の世界の広さを知らないか?という点を反省しなきゃいかんと思いますね。

 ただし、ルール決めた試合じゃあその強さは発揮できません。何故なら、試合向けに考案されていないからです。

 武術は生き死ににかかわる戦闘状況を勝ち残るために研究されてきたものなので、ほとんどの技が試合じゃ使えないんです。武器や隠し武器、毒までも使うのが、その証拠ですが、素手に限っても、通常の武道や格闘技の概念からは考え及ばないでしょう。

 攻撃一つ一つが確実に人体に致命傷を与えるためのものであり、これを試合で使えば、死人か半身不随になるかのどちらかでしょう。

 考えてみてください。目玉をくりぬく・耳を引き千切る・鼻の穴を引き裂く・喉仏を踏み潰す・金玉を掴み潰す・頸骨を捻り折る・背骨を踏み砕く・・・なんて技を解禁したらどうなりますか? 試合そのものが殺人未遂ですよ。

 でも、こういう技は武術では当たり前なんです。「やる以上は敵に情はかけるな。殺せ!」ってのが武術の考え方であり、だからこそ、「決してやってはいけない」と教える訳ですよ。

 で、唯一、実践が許されるのは、命がかかった時です。

 先週、地元の新聞の取材を受けたんですが、女性の記者の方だったので、「何で武術なんかやるのか? 使う機会なんか一生ないのでは? 相手が何人もいたり武器を持っていたり強そうで、とても勝てないと思ったら逃げませんか?」と言われたんですね。

 私は、「あなたは自分の子供が通り魔に襲われていたのを見たら、どうしますか?」って聞きました。

 すると、えっ?という顔をされて首を捻ってらっしゃいました。

「自分の大切な人が殺されそうになっていたら、相手が強かろうがどうだろうが、誰だって助けようとしますよね?」と言うと、「それはそうするかもしれませんね」と言われていました。

 私は最近、武術は弱い人間が自分や自分の大切な人達を護るために必死で研究してきたものだと考えています。

 どうしてか?というと、もともとが体格や体力に秀でた強い人間が考えたものじゃないと思うからです。

 体格が小さくて体力も腕力も人並み以下の人間が考えたような技術体系なんですよ。

 あるいは、老人になって体力も反射神経も衰えてしまってからでも遣える技術が武術なんですね。

 そりゃあもう~、よくぞここまで考えたものだな~?と感動してしまいますよ。

 私なんか、本当に全然、才能も素質も無かったし、努力も人一倍続けました(30前後の頃は一日10時間くらい練習していた)けど、思うような成果は得られず、普通に試合や組手をやっても勝ったり負けたりのボンクラそのものでした。

 けれども、武術って、こんな才能も素質もなくてもちゃ~んと体得できるし、年齢重ねても上達していけるんですよ。正直、今までの人生で今が一番、実力あると思いますし、恐らく、今後10年以上、向上していけると思います。

 才能も素質もない私がこれだけできるようになったというのは、武術がそれだけ優れているという証明ですよ。こんな素晴らしい身体文化は普通のスポーツには無いでしょう。

 中国や日本の武術が達したレベルは人間の通常の可能性を超えているんです。

 だから、武術や格闘技を描く漫画にも、そういう武術の凄さをリアルに描き出して欲しいんですよね。

 漫画の世界で中国武術の凄さをきちんと表現していたのは、第一に『拳児』であり、『史上最強の弟子ケンイチ』や『ツマヌダ格闘街』だと思います。

『バキ』も頑張ってるけど、やっぱり板垣さんは自分で中国武術やっていないから、ちょっと表現に首を捻るところがありますね~。合気道の塩田剛三先生をあそこまでカッコ良く描いたのは拍手しますが・・・。


 けれども、漫画にしろ小説にしろ中国武術を使うヒーローがリアルに描かれてない理由の多くは、我々、武術マスコミにかかわる人間が解りやすく表現してこなかった点にも原因があると思うんですね。

 中国武術の専門誌が無くなってから随分と時間が経過していますが、当面、復活の兆しは無さそうです。総合武術雑誌の『秘伝』だけがありますが、これも置いていない書店が増えていて、部数が減っているのは間違いないところです。

 恐らく、中国武術マニアがインターネットから情報を得ればいいと考えるようになったことも大きいのではないでしょうか?

 しかし、総合的な情報を提供する専門誌が必要ないとは思いません。結局、情報の偏りが読者に見透かされてしまったことと、専門的過ぎる知識や用語をそのまま羅列してしまう無愛想さが普通の武道や格闘技をやっている人達の偏見を助長してしまった点に遠因があったのかもしれません。

 それにしても・・・今どき、「あれが中国武術の秘技“発勁”か?」みたいに驚く描写というのも、私は逆の意味で驚かされてしまいました。

 発勁という言葉が紹介されて、もう40年くらい経過しているのです。それなのに、今だに実態が判らない神秘の技みたいに扱われている状況というのは、異常ですよ。


 次の本は、私の初めての武術理論解説書としたんですが、この一冊で発勁も合気も完全に理論解明するつもりです。格闘漫画を描いている皆さんは、是非、お手元に置いて参考にしていただきたいと思っています。

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ヒトは一時間半で達人になれるのか

 武侠小説なんかを読んでいると、主人公が瀕死の重傷を負うものの、秘伝の奥義書を読んで内功の訓練をすると、あっという間に傷は治り、超人的な技を体得してしまう・・・という描写がよく出てきます。

 チャウ・シンチーが監督主演した『カンフーハッスル(原題・功夫)』でも、武術の達人に憧れるチンピラが正義の心にちょこっとだけ目覚めて悪の武術家・火雲邪神に逆らいボッコボコにされてしまったことが切っ掛けで身体内部の経絡が繋がり、突如として無敵の超達人に変身してしまいます。

 この描写がリアリティーが無くて白ける・・・という映画評がありました。

 しかし、武術を長年研究して教えている身としては、似たような現象に遭遇することが度々あるのです・・・。

 12月19日に、次に出す本の打ち合わせにアスペクトさんに行き、それから江古田のストアハウスカンパニーの稽古場へ向かいました。

 稽古場に到着すると、東京支部のK塚さんが先に到着していました。

 この日は、何年も稽古場をお借りしている御礼に劇団員の皆さんに武術のワークショップをやるということにしていたのです。

 以前、劇団員の女性の方が一回だけ参加されて、非常に楽しんでもらっていたそうなので、皆さんに体験してもらおうと思った訳です。

 ストアハウスカンパニーの公演は何度も拝見させてもらっていますが、コンテンポラリーダンスのようでもあり、また無音の芝居のようでもあり、極めて観念的で抽象的な前衛舞踊劇とでも表現するしかありませんが、実のところ、既存のいかなるジャンルにも分類不能なオリジナリティーが確立されています。

 私は学生演劇から前衛舞踊までいろいろ観てはいますが、ストアハウスカンパニーくらい独創的な表現形式は他に観たことがありません。

 結局のところ、感想としては「凄い」としか言いようがありません。

 ただ、その凄さは団員の皆さんの身体性に負うところが大きいと思えて、是非、一度、武術指導をやらせてもらいたいな~と、前々から思っていたのです。

 以前から、「プロのダンサーの身体性は武術の専門家を凌いでおり、技の原理を教えれば一気に達人化するのでは?」と思っていたんですが、この日は、自分の考えが正しかったことばかりか、想定域が低過ぎた?ということまで痛感させられました。

 まずは、座取りの合気技からやりましたが、この辺はまあ誰でもすぐにできるところです。しかし、教えたそばから次々に工夫していくんですから驚きます・・・。

 それにまた、転がっても綺麗に受け身がとれるんだから凄い。日頃、稽古で全身を目一杯使っているからこそ、できることでしょうが・・・。

 二人、三人とやってみて、今度は立っての合気をやらせてみても、やはり、難無くできます。

 安全なパフォーマンス芸としての武術技法なら、ここまでできれば十分なんですけれど、あまりにも簡単にできてしまうので、どうしようか?と思ったんですが、ゼロインチ・パンチ、即ち発勁の打ち方も教えました。

 すると、これまた強烈な瞬発力で打てるので、危ない!

 これはヤバイと思って危険性を説明し、今度は発勁を打たれた時の躱し方の化勁も教えたんですが、これまた簡単に体得!

 うげげっ・・・こんな簡単に体得した人間はいないぞ?と思いつつ、しからば秘技・抖勁を教えました。

 つまり、打たれた時に打たれた箇所から発勁して跳ね返す・・・という超級難度の発勁技法なんですね。

 私も、この技はここ最近、できるようになったんです。

 これができれば、相手の突き蹴りを身体で受けたと同時に跳ね返すことができるので、完全打撃封殺技法として研究を深めている途中なんです。

 腹で中段突きを跳ね返し、前腕で回し蹴りを跳ね返し、太ももでローキックを跳ね返す・・・という見た目は完全にインチキ臭い技なんですけど、打った方はパンチした手首を挫いたり、キックした足を痛めたりするのでタマラン技です。

 つまり、攻撃力がそのまま跳ね返ってくるのです。

 こりゃあ、中国武術の中でも最高に難しいレベルの技ですから、ちょっとは苦労するだろうな~?と思っていたら・・・なんと、できてるじゃな~い? 嘘だろ?

 いんや~、予想はしていたんですけど、まさかここまでできるようになっちゃうとは?

 もう、笑うしかないですね。

 そして、ここまでできるようになっちゃうと、後は残忍に敵を破壊する技を教えるしかなくなってしまうので、ちょっと早いけど終了させてもらいました。

・・・っつうか、時計を見たら、一時間半しか経過していないんですよ。

 シダックスの講座の時間と同じ。それなのに、武術やったことない人達が達人化してしまった・・・。ガァァァァ~~~~~ンンンン・・・。


 率直に申しますけど、この人達、例えば甲野善紀さんの何倍も強くなりましたよ。一時間半で・・・。

 かの大山倍達先生は、ダンサーの身体能力の高さを評価されていましたが、私が思うに、武道やるよりダンスやった方がいいんじゃなかろうか?とすら思います。

 いや、身体能力だけではなくて、感覚の良さも関係あるのかもしれませんね。

 少なくとも武術に関しては、ダンスや演劇をやっている人の方が上達は早いように思います。感性の問題として・・・。

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Gun誌の復活を祈る

 毎月、月末の27日には、相模原・町田周辺で一番大きな町田のあおい書店に行くのが楽しみなんですが、どうしてか?っていうと、この日は月刊の『空手道』や『剣道日本』『剣道時代』『Gun』『コンバットマガジン』『アームズマガジン』などが発売される日で、もう、学生時代からずぅぅ~~~っと続いている習慣なんですね。

 最近は、立ち読みして気に入ったら買う・・・という感じで、毎回買っている雑誌は『SPA!』と『映画秘宝』『宇宙船』くらいになってしまったんですが、私が最初に買うようになった雑誌というのが、『Gun』なんですね。

 確か、高校生の頃に書店で見て、「あっ、鉄砲の専門雑誌なんてものがあったんだ?」と思って手に取った記憶があります。それまでは拳銃図鑑みたいな少年向け図鑑くらいしか読んだことなかったんですね。もう、30年以上前ですよ・・・。

 その時の特集記事は、“.460スーパーマグナム・ホワイトホース”で、日本人シューターで銃専門カメラマンとしてGunマニアで知らぬ者はいないイチローナガタ氏が取材されていました。

 イチロー氏は発表誌を変更しながらずっと第一線の書き手として活躍されていて、現在は『StrikeAndTacticalマガジン(通称・SATマガジン)』で連載されていますが、タクティカル・シューティングを追求した結果、非常に武術的な考え方に行き着いて、セルフ・ディフェンス術の専門家としても注目されています。

 そんなイチロー氏が30年くらい前に取材していた頃は、まだまだ単なるテッポウ大好きが高じてアメリカに移住しちゃった人・・・くらいにしか感じられなかったんですが、そんなイチロー氏が取材そっちのけで夢中になってホワイトホースを撃つ様子に、読んでるこっちまで興奮させられたものでした。

 この巨大な拳銃、ブルース・ウッズという人がハンドメイドで一品製作したシングルアクションのマグナム・リボルバーで、.308ウインチェスター弾の空薬莢をカットして作った拳銃弾としては特大の.460口径のマグナム弾を六発詰められ、弾丸の威力を数値計測すると、当時、世界最強と言われていた.44レミントン・マグナム弾の約三倍という冗談みたいな弾であるということでした。

 姿形は、スターム&ルガー社のスーパーブラックホーク.44マグナムをそのままスケールアップしたような感じで、既に某社で量産市販する計画まであったそうですが、その後、製品化されたという話は聞きません。

 この拳銃は『感傷戦士』『漂泊戦士』というSFヒロインアクション小説で仇役が愛用する拳銃として登場していましたが、それ以外に漫画などで出てきたことはありません。

 時代は変わり、.44マグナム以上の威力の弾丸はいくつも現れ、.44マグナムの三倍の威力を誇る.500S&Wマグナムを撃てるS&W・M500という拳銃も大ヒットしています。

 もはや、ホワイトホースが登場する可能性は無きに等しいかもしれませんが、シングルアクション・リボルバーで六連発の超強力拳銃というのはノスタルジーを誘います。

 もっとも、この雑誌を発見した時は小遣いが少なくて買えず(数年後に古本で購入)、後日、買いに行った時は次の号になっていましたが、その時の特集は、うってかわって“ベイビールガー”。

 ドイツの名銃、ルガーP08の銃身と握りを切り詰めて小さくした拳銃。何か可愛いんです。

 これまた、ルガーとワルサーに命をかけたジョン・マーツという人がカスタマイズしたものだそうでした。

 でかいのもいいけど、小さいのもいい・・・。

 この号を買って専門用語に四苦八苦しながらむさぼり読んだGun・・・。

「トランスファーバー・ローディングゲート・メカニズムって何?」「マズルベロシティ?」「ショートリコイル?」「ディレード・ブローバック?」「エジェクターロッドシュラウド?」「クーリングホール?」「カートリッジ・インジケーター?」・・・とまあ、最初はチンプンカンプンでしたが、Gunの美しい写真が多数掲載されていて、銃の戦闘的な姿形の機能美にはまったものでした。

 また、タカトクからオートマグのエアガンが発売される!という広告にワクワクして、これは通信販売で購入しました。

 今から見れば、オモチャ然とした形でしたが、当時は「カッケェ~! 威力もスゲー! 薬莢もバヒューンと飛び出てスゲー!」とか感動物でした。

 唯一、一発一発ボルトを引いて押し込んで撃つという手間がかかる点に不満は感じましたが、メカニズムに詳しくなるに従って、スプリングエアー式である以上、手動で操作するしか仕方がないのだと解りましたが、これまた数年後にガスで連発する方式が出て、さらに電動で連発できるエアガンが出た時は、本当に驚きましたよね~・・・。

 後発で『コンバットマガジン』『モデルガン・チャレンジャー(すぐに休刊になった)』が、さらに『アームズマガジン』が出て、エアガン、ガスガンがサバイバルゲームの流行と共に次々に新機種を発売してジャンルを確立したものの、心無いバカ者が社会的に問題を起こし続けてこのジャンルを世間的に白眼視されるようにしてしまい、法規制も招いてしまいました。

 そして・・・。

 渕野辺周辺の書店を何件も回っても、今月、『Gun』だけは見ませんでした。

 いやな予感がしました。

「もしかして、出版元が潰れてしまったのでは?」

 私は、不吉な予感はかなり高い確率で当たってしまいます。

 神保町の高山本店さんからDVDの注文が来ていたので、持っていった時に、大型書店に寄って探してみましたが、ここにも『Gun』だけはありません・・・。

 ほとんど確信しつつも店員さんに質問してみましたら、「営業がダメになってしまって、編集部は残ってるけど、本が出せない状態なんですよ。今、新しい版元を探しているみたいで、長く続いている雑誌だから、何とか頑張って欲しいんだけど・・・」とのことで、嫌な予感は当たってしまいました・・・。

 本当にショックです。

『宇宙船』が休刊した時もショックでしたが、版元を変えて復活しましたよね。『Gun』も、是非、復活してもらいたいです。

 確か、『Gun』の版元は、モデルガンメーカーのコクサイだったんじゃないか?と思いますが、モデルガンが売れなくなって、エアガンやガスガンも作ったものの、性能的にイマイチだったり、ガスカートリッジを使うリボルバーが発売禁止に追い込まれたりといった受難が続いて経営は大変だったんじゃないか?と想像します。

 恐らく、モデルガン・メーカーとしてのプライドが人一倍強くて、「エアガンやガスガンなんか作れるかっ」みたいな気持ちが無意識にも製品に反映してしまっていたんじゃないかな~?という気がします。

 でも、モデルガンに愛着のある人は50代以上だと思うんですよ。私はエアガンやガスガンは買ってもモデルガンはどんなにリアルでも買わないんですね。

 どうしてか?というと、やっぱり、テッポーは“弾が出て的に当たる”というのが面白い訳ですよね。銃はそもそもがそのために作られている訳ですから、どんなにリアルに作られていても弾が出ないんじゃな~・・・と思ってしまう訳です。

 例えば、真剣を収集するようになってから、私はどんな素晴らしい模擬刀を見ても欲しいとは思わなくなりました。

「だって、真剣みたいに斬れないからな~」と思っちゃう訳ですよ。

 これって武術も同じで、どんな神秘的な秘技や美しい技を見せられても、「で、その技、本当に実戦で使えるんですか?」って質問したくなるのが普通の感覚でしょう?

 殺陣やアクションのプロは、「いや~、私たちは全然戦えませんからね~」って微笑んだりして謙遜されるから、武道や格闘技をやっている者は侮って「所詮、殺陣は嘘だからね~」って言うんですね。

 でも、殺陣やアクションのプロの技量は、多少、武道や格闘技をやってきたという人なんかより、よっぽど優れていると私なんか思う訳ですよ。

 単純に身体能力だけ比べれば、圧倒的に殺陣やアクションのプロの方が上です! 実際、戦っても下手な武道家なんかより強い人はいると思う。

 実をいうと、武道やっている人って、押しなべて身体が硬いんですよ。

「そんなことはないっ! 俺は脚が180度開くんだ!」とか言いたい人もいると思いますが、そういうのは柔軟性とは言わないんですよ。ある方向にだけ筋肉を引き伸ばしただけだったりするんです。

 特に胴体が異常に堅い人が多いですね。反っくり返って固まっていながら、本人は“正中線が通った良い姿勢なんだ”と勘違いしていたりするので、注意してもダメです。

 なまじ、その世界では実力があったりするから、もう直らないんですよ。

 つまり、手足が柔らかいだけなんで、いざ闘う場合は胴体を固めてパンチやキックする場所だけ柔らかくして動く・・・というのが癖になってる訳です。

 これでは格闘技の人には勝てないでしょう。ボクシングでもレスリングでもサンボでもムエタイでも総合格闘技でも、上手い人はみんな胴体を柔軟に使います。胴体を固めて直立不動で闘うような人は初心者だけですよね。

 本当に重要なのは、“全身を柔らかく使って連動させること”です。ヒクソン・グレーシーがそうだったし、システマの上の方の先生方がそうですね。


 またまた、脱線してしまいましたが、やっぱり、経営、営業ということを考えたら、頑固一徹ではなくて、柔軟に進取の精神で時代を先取りして業界の未来を開拓していってやるぞ!くらいの気持ちでやらないと、ジリ貧になって、やがて立ち行かなくなるもんじゃないでしょうか?

 その点、ウエスタンアームズと東京マルイは勝ち組だな~と思いますね。

 でも、エアガン業界もチャイニーズ旋風が吹き荒れていて、今のところ性能的にイマイチらしいんですが、これからは発展していく一方でしょうね。

 もう、モデルガン業界という狭い枠組みで考えるんじゃなくて、新しいホビーが新しいエクササイズやスポーツ・レクリエーションとして発展確立し得るのだという考え方で開拓者精神を持ってやって欲しいと思いますね~。

 伝統を守るのは結構ですが、それと同時進行で常に発展させていく気概が無くては、その分野は衰退していく一方なんですよ。

 日本人は“頑固さ”を称賛する国民性がありましたが、単に頑固なだけな人は人間として欠陥者なんですよ。柔軟に支える人がついていなければ干乾しになって死ぬだけです。

 これからは、芯は厳然とした剛の者でありながら、外側は柔らかく穏やかで軽妙洒脱にコミュニケーションが取れる“外柔内剛”の人にならなきゃいけません!

 そうです! それこそ武術修行者の理想とする姿なんですよ。

・・・という訳で(って、余談が多すぎて何を言いたいのか、よくわからん?)、新しい『Gun』の一日も早い復活を心から祈ります!


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森田芳光監督も急逝・・・

 キム・ジョンイルが死んだというのは、以前から健康不安だったので、まあ来るべき日が来たんだな~としか思わない訳で、むしろ、北朝鮮の軍がはっちゃけちゃったら大変だよな~という問題の方があるんでしょうけど、もうね・・・そういうのは天災の範疇に入ってしまうから、しょーがないと思うんですね。

 でもね~・・・。

 市川森一さんに続いて、森田芳光監督が亡くなるなんて・・・もう、絶句してしまいましたよ。

 森田監督といえば、軽妙なユーモアセンスが光る人でしたが、やっぱり代表作といえば松田優作がアクションを封印していた時期の怪演が有名な『家族ゲーム』でしょう。

 しかし、優作好きの私でありながら、個人的に森田監督の作品で良いな~と思うのは、『のようなもの』と、『ときめきに死す』なんですよ。

 リメイクした『椿三十郎』は、あまりにも原作に忠実に描き過ぎたから、何だか凄く鑑賞していてお尻がムズムズするような居心地の悪さを感じてしまいましたが、やっぱり作家性として森田監督にアクションのダイナミズムを期待するのはお門違いでしたね。

 何よりも、ラストの立ち回りがあまりに酷くて、いや、いくら何でもアレはないだろう?と思いましたよ。柄取りの柔術技法での攻防を表現したかったんでしょうが、あんな密着した間合でウンウン相手の刀を抜かせまいと互いに頑張るなんざ、阿呆の極致!

 原作の、長い長い睨み合いの果ての、抜く手も見せない神速の抜刀一閃で決着がつくというリアリティーを超えたファンタジーに及ばざること百万光年でしたね。

 大体ですね? あんな密着した間合だったら、片手で柄を抑えたまま片手で殴るとかパッチギかますとかして相手の虚をつくのが当然なんですよ。

 殺陣師の方も研究熱心なのは良いとしても、「ど~して、こんな風にしちゃうの?」みたいに思う白ける演出を見せて斬新なことやったつもりでいる人もいますよね?

 特に中途半端に武術や武道を採り入れようとすると失敗しやすいと思うんですよ。

 やっぱり、バランスの問題。

 必ずしもバランスが整っていればいいという訳じゃありませんが、バランスが極端に崩れていると、やっぱりダメですよね。

 基本ラインはバランスが取れていて、アクセント的にわざと崩して見せるのも演出の腕というものでしょう? 若山先生の『子連れ狼』シリーズがその極致だと思う。

 高瀬先生が『映画秘宝』の連載記事中で論じておられましたが、純粋にリアルな戦闘というのは、面白くも何ともないと私も思います。

 何か、リアリティーがあることが高尚な作品だという間違った認識が広まり過ぎてると思うんですが、創作されたドラマは基本的にファンタジーなんですから、いかに感情を刺激してくれるか?が重要だと思うんですよ。

 その点、森田監督の上手さは、絶妙な間の取り方とか、鈴木清順監督っぽいシュールさがアクセントにあったりする軽妙さにあると思うんですね。

 押井守監督にもちょっと共通していると思うんですけど、落語的と言うか、ウェットなところをドライに描き出す突き放した感覚が凄いな~と思うんですね。

 でも、作家性が強い監督のようなイメージがあるものの、意外と職人的な感じもするし、いつまで経っても巨匠の風格が現れない永遠の挑戦者みたいな監督だったと思いますね。

 そういう意味では、実はまだ代表作と言えるものは監督されていなかったんじゃないか?という気もします。

 だから、まだまだ映画を撮って欲しかったし、あまりにも早過ぎると思いましたね。

 本当に残念です・・・。

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近藤等則・相模原メイプルホールに参上!

 17日(土)は、相模原市千代田のメイプルホールにて、あの近藤等則さんの生ライヴが開催されました!
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 剣武天真流のメンバーの皆さんも浅草の稽古が終わってから直行してくださいまして、青木先生、大井先生、吉田先生をはじめ、何人も来てくださいまして、今回のライヴのコーディネーター的立ち位置の私としましては有り難い限りでした。

 欲を言えば、もうちょっと地元、相模原の皆さんにも来てもらいたかったですね~。これを聴き逃した人達は大損ですよぉ~。

 うちの会員も北島師範とKさんの相模原組二人しかおらず、吉田先生から「長野さんのお弟子さんは少ないですね」って言われて面目なかったですぅ~。

 でも、北島師範もKさんも、もちろん、私も・・・“世界の近藤”の圧倒的な凄さに感激しましたよ!

 やっぱ、コラボもいいけど、近藤さんその人の実力を見せつけられましたね~。

 本当に、これまでいろんな人から「近藤さんのスケールは凄いよ!」と聞いてきたんですけど、改めて、「本当に、ここまで凄いんだ!」と驚かされましたよ。

 ライヴは、最初に3.11の震災を中心に撮影した日本の今をドキュメンタリー映像をカーテンをスクリーンに映写し、近藤さんが単なるイチ・アーティストに留まらない人であることを見せつけて、お客さん達に単なる観客ではなく「今の日本に住む人間」としての自覚を促していました。

 その上で、“地球を吹く”という近藤さんのアーティストとしてのテーマ性を理解した上で音楽を楽しんでもらいたいという意図があったように思いました。

 通常の曲とは違う即興の音楽には、その場でしか成立し得ない空気感というものがありますし、この日、この場であればこその音色は、時に挑発的なノイジーな爆音を轟かせて寝ぼけた魂を揺り動かされているような印象がありました。

 何やら、近藤さんがトランペットを構えると、ゴルゴ13がアーマライトM16ライフルを構えているかのような鋭い殺気を感じてしまったんですが・・・。

 休憩を挟んでの第二部は、地元相模原出身の中里介山さんのサックスとの饗宴です。

 中里さんのお名前は芸名なのか?と思っていたら、本名であるとのことで、お爺さんが介山とつけたかったことからなのだそうでした。

 知らない人も多いと思いますが、中里介山といえばノワール剣豪小説『大菩薩峠』を書いた大作家・・・。お爺さんも、そんな大物になって欲しいと思ったんでしょうね?

 クリスマス時期だからということで、『ホワイトクリスマス』を演奏し、さらに近藤さんは生歌まで熱唱! ちょっと、ビックリ。

“世界の近藤”の相模原・見参!の巻は、かくして劇的に成ったのでした・・・。

 打ち上げには、どさくさに紛れて?うちの会員二人も同席させてもらいましたが、近藤さんの気さくな人柄に、改めて縁を戴いた新体道へ感謝!


 追伸・・・7月のイベントの時にプレゼントさせていただいた本の中の「あの人は誰?」と質問されて、「~~さんです」と答えたら、近藤さんは、うひゃ~っと軽くずっこけて見せられました・・・。さぁ~、誰のことか、わっかるかな~?

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来年はどうなるか?

 大震災、チェルノブイリ事故クラスの原発事故、通り魔事件の多発・・・世界一平和な国だと思われていた日本も、先行きどうなるか判らなくなりましたね~。

 12月に入ってから地震もまた増えてきていますし、もう、何が起こっても不思議じゃないな~と思う今日この頃ですが、“人事を尽くして天命を待つ”ということで、自分にできることをやるしかないですな。

 私にできるのは、武術の研究指導と、もの書きだけ。

 一人でも多く、武術の技と精神と知恵を持った人を育てるのが自分の役割なんじゃないかな~?とか思ったりしています。

 相模原本部のメイプルホールでの稽古会も、今年は15日で終了でした。

 あいにく北島師範が体調不良で休んでいたんですが、この日は次回のアスペクトさんから出す計画の本のための写真撮影の下見にカメラマンをお願いしている友人に来てもらいました。

 それで、ビデオカメラで試し撮りしてもらって、まあ、大丈夫だろうということで、本番の撮影は年明けの1月9日(月曜祝日)に、午前9時から午後2時くらいまで、ここで撮影することに致しました。

 その時にカメラライトのスタンドが、結構、試し斬り用の台に流用できそうだな~と思いまして、今度、実験してみようと思いました。高さも調節できるし、そこそこ丈夫で持ち運びにも便利だし・・・。

 もし、これが使えるようだったら、いくつか買って、試し斬りの稽古をもっと実戦的にやろうと思います。

 ところで、この日の稽古は、入会して日が浅い人同士だったんですが、何か、異様に上達していまして、72歳のUさんが足刀蹴りをズバッと出したり、遥か昔に半年やっただけの合気道技が急に蘇ったり、ウゲゲッ?と思いましたよ。

 かと思っていたら、入会して半年くらいのKさんも発勁をバシュッと出せるようになってて、あやうくUさんの腕を破壊しそうになって、アブネーッ!ったらありゃしない。

 この状態だと、本人は軽く打ったつもりでも相手はオダブツになりかねません。

 何か、こいつ、ガイガンみたいだな~? お腹に回転カッターとかついてて触れたら斬り刻まれそう・・・。

 強いとか弱いとかじゃなくって、うちの技を体得すると“最凶”になっちゃうんですよね。いかなる武器も使いこなせる上に、素手で人体を一寸刻みに破壊できるようになってしまう・・・。

 ひたすら効率の良い武術の技を追究していったら、こうなっちゃった訳なんですが、改めて、「俺って、こんな凶悪極まりない技を研究してきたんだな~」と複雑な気持ちになりましたね。

 でもね~。

 他者を傷つけたり殺したりすれば、それは必ず自分に戻ってきて人生を悲惨なものにしてしまいますよ。よく考えて、厳しく自分を戒めないといけないですね。

 そういえば、昔、喧嘩上等な人が入ってきて、最初はスゲェ~ッ!って大喜びしてたんですが、次第に表情が曇っていき、ポツリと私に漏らしました。

「先生、この技って・・・喧嘩じゃ使えないですね。喧嘩で使ったら確実に相手を殺してしまいますよね~」と寂しそうに苦笑いし、以後、練習に来なくなりました。

 彼は、喧嘩に強くなるためにフルコン空手や総合格闘技などを習っていたそうなんですが、武術の技は相手を殺すために工夫された技だと気づいて、逆に好きな喧嘩ができなくなると悟って離れたんだろうと思います。

 これはこれで賢明な選択なんだと思いますし、恐らく、彼はその後、もう喧嘩はしなくなったんじゃないか?と思います。一度でも人体の脆さを知ってしまえば、迂闊に殴ったり蹴ったりできなくなりますからね・・・。

 無論、弱い相手を惨殺するのに快楽を覚えるような変態は別ですが・・・。

 まっ、変態であろうがなかろうが、他人を傷つければ法で裁かれるのが社会のルールですから、武術を学ぶ者は、自身が法で裁かれることのないように、常日頃から注意していなければなりません。

 それが広義の護身術ですよ。

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市川森一さん、急逝

 脚本家でTVワイドショーのコメンテーターも勤められていた市川森一さんが急逝されました。

 まだまだ、お若くお元気な印象だったのに、あまりにも突然で驚きました。

 市川さんといえば、ウルトラ・シリーズの脚本家として我々、特撮マニアの間では有名ですが、恐らく、一般的には『傷だらけの天使』の脚本を書かれていたことが知られていると思います。

 理知的で鋭い批評に頷かされることが多く、もの書きの端くれとして尊敬に値する方だと個人的に私淑するところがあったので、非常に残念です。

 円谷プロの脚本家集団といえば、金城武さん、上原正三さんと、市川森一さんの印象が強く残ります。

 ウルトラセブンの撮影時期の思い出を見事にドキュメンタリー風のファンタジー・フィクションとしてドラマ化された時も、クールな印象の強かった市川さんの熱情が伝わってきて感動的でした。

 そして、特筆すべきなのは、ウルトラマンAにキリスト教的な善悪(異次元人ヤプールの設定)や男女の性差を超えた超人(北斗と南の男女合体変身という要素)としてのウルトラマン像を設定したことでしょう。

 そんなAの最終回、「優しさを失わないでくれ。たとえそれが何百回裏切られようと」という見返りを求めない無償の愛を説いて去っていくウルトラマンAの孤独を描いたところは、ウルトラセブンの最終回に匹敵する人間的な描写でした。

 市川さんはクリスチャンだったそうですが、キリスト教的には人間の原罪に対する深い思索を求める人が多いのかもしれません。

 例えば、園子温監督の大長編映画『愛のむきだし』にも、園監督のクリスチャン的感性が感じられますし、毎回の作品のテーマの中に“家族”の意味を問う要素が自覚的にか無自覚なのか、濃厚に感じられます。

 そういえば、『愛のむきだし』のヒロインを演じた満島ひかりは、『ウルトラマンマックス』でアンドロイドの隊員役を演じていました・・・。

 ウルトラマン・シリーズには、時々、人間と怪獣のどっちが悪いのか判らない話がありましたが、それは子供番組であるからこそ真剣に悩むことの必要性を感じていた脚本家のメッセージだったのでしょう。

 何しろ、子供の頃に見る作品からは、その後の人生を左右するほどの影響力があったりするのです。

 私なんか、特撮ヒーロー物で育ったような人間ですから・・・。

 市川さんはそのことを十二分に理解されていたと思いますし、脚本家としてメジャーになって以降も、ウルトラ・シリーズへの愛情を持ち続けられていたようです。

 奇しくも、ウルトラマンのコミカライズで有名な内山まもるさんも急逝されてしまいました。

 もっともっと長生きして新しい作品を発表して欲しかったですね。

 御冥福を心から祈らせて戴きます・・・。


追伸;宝蔵院流槍術の鍵田忠兵衛氏が心不全で亡くなられたと新聞に出ていました。田中普門先生の御著書でお元気な様子で演武されている写真が掲載されていましたから、驚きました。馬庭念流の項でも、田中先生が取材された後で宗家が急逝されたという逸話を書かれていましたが、不思議に、古武術関係では、技を公開した後で急逝されるという話が少なからずあるのです。秘伝を伝承しているという点から、そのような現象を招くものなのか? このような現象は呪いの心理メカニズムとして解釈されるものに近いようにも思えますが、もし、そうであるならば、秘伝というシステムは無くしてしまうべきなのかもしれません。鍵田忠兵衛氏の御冥福を祈念致します・・・。

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2011最後のセミナーも無事、終了!

 今年も月例セミナー、無事に終了しました。ふぅ~。

 いつものように、前半は普通に練習したんですが、最後のセミナーですから中盤からは忘年会兼?というムチャな構成でやりましたけれど、酒飲んだり寿司食べながらの投げやりな解説での活法とか質疑応答・・・いいのか? これで?

 初めての参加者がいたら怒ったかもぉ~?

 やっぱ、忘年会は区切ってやらなきゃダメだな~・・・と反省しましたです。はい。

 でも、一年間、一緒に練習してきた受講生の皆さんには“絆”が生じたみたいですね。

 食べ物や酒などを持ち寄ってくださった方も何人もいらして(特にUさんの唐揚げは大絶賛でたちまち無くなった)、講習はグダグダになって、次の時間の人達が焦って入室したりしてせかすもんだから、大慌てになりましたが、まあ、全体的には楽しく終われましたかね~?

 それで、一年間、御苦労様でした・・・の感謝の意味を込めまして、本年、10回以上参加された方には游心流二級を認定させていただきました。

 初段でもいいか?とも思ったんですが、3時間の10回、30時間で初段あげちゃうのは、流石に甘過ぎでしょう?と思って、二級とさせていただきました。

 そして、二年以上、参加されている方には初段! これはもう文句無し。中でも三年以上、関西からずっと来られているIさんには会員以外には認定したことのない二段を認定させていただきました。

 この日、来られていなかった方にも二段あげたかった人がいたんですが・・・。

「随分、アバウトだな~?」と思われるかもしれませんが、別に名誉段じゃありません。

 月一回ずつのセミナーにもかかわらず、常連参加者の向上ぶりは目を見張るものがあり、段級位の認定も迷う必要がありませんでした。中には、完全に達人と呼ばれるくらいの成長をしている方もいらっしゃるんですよ。

 もちろん、個人差はありますけど、全員が確実に向上しているのは間違いありません!

 本当に、皆さん、御苦労様でした! これからは「游心流の段級位を持っています」と堂々と名乗っていただいて結構ですよ。

 言っちゃあ悪いんですが、多くの武術流派は型を繰り返すだけに終始して護身術として技を用いる練習すらしませんし、現代武道でも格闘技でも「同じ闘い方で試合をする」という枠組みに特化した技能だけを訓練しています。

 私は、これらの稽古システムは本来の武術とは別物に劣化してしまっているんじゃないか?と考えざるを得ないんですね。本来の武術は、医術も伝承しているし、対武器・対複数などは当たり前、情報戦から化学兵器、暗殺術まで何でもアリですからね。

 基本的に“想定外”って無いんですよ。

 古い流儀では地相を観たり、占術や憑き物落としなんかまであるんですよ。中には呪殺術まで使った深甚流の草深甚四郎みたいな人までいます(留守中に道場破りに来て悪態をついた山伏をタライに水を張って一刀両断! すると道を歩いていた山伏が真っ二つになった?という話)。

 ちなみに、この逸話はあまりにもファンタジー過ぎるので、某小説に書かれていたのを読んだ評論家が創作だと思い込んだみたい・・・。そりゃあ、そうだわね~?

 ただ、類似の話は戸隠流忍法の高松寿嗣先生や、黒田鉄山先生の曾祖父の正邦先生にもあるみたいです。

 神秘的な話になると嘘だと決めつける人が多いですが、可能性としての研究は必要だと思うんですよ。手品みたいにタネと仕掛けがあったと考えれば不可能とは言えないでしょう?

 私も実際に、人間技とは思えない達人の逸話も何度か経験しているので・・・。


 でも、率直に申しますが、ここ最近、急激に通り魔的な事件のニュースが増えてきていますが、突然、ナイフや鉄パイプを持った暴漢に遭遇した時に、型稽古だけを繰り返してきた人や試合向けの練習だけをしてきた人が、どれだけ対処できるでしょうか?

 矢嶋師範代がうちに入会した切っ掛けが、このナイフを捌く練習を経験してみて、今まで練習してきた武道や格闘技の技では対処する方法論が無かったという事実に愕然として、悩んだ末に入会したんですね。

 そりゃあ、対処できないと思いますよ。そんな練習しないんだから・・・。

 現代武道でやっていたのは合気道くらいでしょうが、それも過去の話になりつつあるらしく、短刀捕りや剣・杖の技を練習する道場は珍しくなりつつあるそうです。

 空手・柔道・少林寺拳法なども対武器や武器術そのものの訓練はしないし、剣道だって模擬刀で真剣の操作法を学ぶ・・・みたいなことはやりませんよね。

 無論、格闘技になると、完全にそういう練習とは切り離されてしまう訳です。

 私だって、20代の頃に刃を潰したナイフで刺してこさせて捌く練習をやってみて、あまりにも対処できなかったもんだから、「素手の練習だけやってちゃダメだ」と思っていろんな武器術も研究し始めたんですね。

 ナイフ術だけに限っても軍隊式・特殊部隊式・フィリピン武術・古武術の短刀術・シチリアンマフィア式・・・等々を研究しましたよ。

 自分が相応に使えるようになれば、自ずと限界や弱点も自覚できますから、そこから制圧術を工夫したんですね。

 無刀捕りもそうやって自分で工夫したんですよ。誰にも習っていません(あっ、甲野さんには教わったけど、あれは使えなかったな~)。

 人間、やったこと無いことは、初めてやってできる筈はないんですよ。

 私も、今、小説家目指しているんですけど、講座を受講してみて、いかに自分が無知で不勉強であったか・・・ということを痛感させられましたよ。今野敏先生なんて、沖縄空手を教えながら、あれだけ沢山、作品を発表されているでしょう? カミですよ! 超天才ですよ!


 おっと、脱線・・・

 それにしても、「俺はやっぱり、人を癒す技の探求って、興味ないんだな~」と我ながら思いました。自分で「活法整体を教えるぞぉ~」・・・って思って、事前に珍しく勉強までして臨んでいたにもかかわらず・・・、やっぱり、“殺法の指導”の方が楽しくってね~(苦笑)。

 根本的に、私は喧嘩好きなんですね。それも、殴り“合う”んじゃなくて、相手の油断を衝いて“一方的にかます”のが好き・・・。

 それに、殺すのは簡単(技術的には・・・)だけど、活かすのは難しいです。「活法整体とかって、まどろっこしいからメンドー臭ぇ~」とか思ってしまうんですね。

 まして、性格を矯正するのなんて至難の技でしょう。

 ホラ・・・例のナイフとかナタとか持ち歩いていた猟奇的な餓鬼・・・。

 常連の方から「ああいう少年も教育して何とかできるでしょうか?」って質問されたんですが・・・。

「無理です。猫の首切断して自慢げに友達に見せたりするようなキチガイは矯正するのは無理。一生、閉じ込めて社会に出さないか、処刑した方がいいと思います」とお答えしました。

 何か、子供なんだから愛ある教育で何とかできる・・・とか考える人が多いとは思うんですけど、こういう快楽殺人者って性犯罪者と同じで本能を制御しようとする葛藤とか感じなくなってる訳だから、教育でどうこうできないと思いますよ。

 13日の金曜日のジェイソンや、ハロウィンのマイケル、エルム街の悪夢のフレディと一緒ですよ。


 戦後民主主義教育で「殺されたって戦わない!」という絶対平和無抵抗主義をとなえている人が本式に武術学んでも意味がないと思っていますし、そういう人達にとっての武術なんて、娯楽以外に何の価値もないでしょう。

 それはそれでいいんだと思います。戦わないと決めてる人に戦えって言う必要はないですからね。勝手にすれば~?って思うだけ。

 私は、必要があると感じたら、いつでも“やってやる覚悟”はあります。『我に撃つ用意あり』って原田芳雄さん主演の映画がありますけど、そんな感じです。

 ただ、“やる”気で向かうと、人間ってたじろぐもんですね? その時点で相手がおとなしくなったり逃げたりするんですよ。今までナイフで殺意をちらつかせて脅していた人間でさえ・・・。

 やっぱり、技だの力だのより、本当に重要なのは決死の覚悟で戦うという意志の問題なんですよ。

 しかし、私自身の価値観を他者に共有してもらいたいとは思っていません。会員も含めて・・・。

 それでも、猟奇的な人間が増えていくであろう現在、自分と身内、あるいはたまたま近くにいた人達を護ったり救ったりする技能を磨くことが無駄だとは思わないんですよ。

 むしろ、技能もないのに正義感だけで暴漢に立ち向かって無駄に命を落としてしまう人の話とか聞くのは、本当に残念なんですね。「あ~、この人に教えてあげたかったな~」と思うことがよくあります。

 強い人が弱い人を救うのは、人間としての当然の義務(極論過ぎ?)。強い者が弱い者をいじめるのは人として最低の恥ずべき行為・・・という倫理観が昔の日本にはあったと思うんですけどね~。

 今は、弱い者イジメしたり、匿名で他人の誹謗中傷したりする行為を恥ずかしいと思う人が減っているのは確実でしょうね。倫理観の欠如は、ナルシストが増えて他者の痛みに共感する感性が育たない環境のせいかもしれませんが、だからこそ通り魔は増える一方のように思えます。

 それにしても、猫大好きな私としては、猫を虐待惨殺するような餓鬼は生殺しにしてやりたいくらいですよ。

 游心流を学んだ人達が、困った人を救うとか、そういうヒロイックな生き方をしていってくれると嬉しいな~と思いますね。

 義を見てせざるは勇無き也。

 しかし、勇を発揮するには技能の裏付けのある自信が必要です。逆に、技能も無いのに勇気だけあっても事態をややこしくするだけだったりするもんね~(苦笑)。


PS;来年2012年の月例セミナーの一括予約割引セールは終わりましたが、常連の方と長く御無沙汰している会員さんのみ、12月一杯まで申し込み受け付けますので、御希望の方はどうぞ!

PS2;游心流のDVDが欲しいという方は、神田神保町の高山本店さんでも購入できます。こちらは一割引きですから、若干安くお求めになれますよ~。

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近藤等則『地球を吹く』メイプルホール・ライブ開催!

 来る12月17日(土)に、相模原千代田メイプルホールにて、何と何と! あの世界に轟くエレクトリック・トランペッター、近藤等則(としのり)さんの生ライブが開催されます!
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 近藤さんと言えば、80年代から90年代にはTVで司会をつとめたり、トレンディドラマ『29歳のクリスマス』に俳優として出演したりして、ミュージシャンの枠に留まらない活躍をされていました。

 その勇壮な演奏は、NHK時代劇『腕におぼえあり』『秘太刀・馬の骨』等々でテーマ曲も担当されたことでも解るように、今は希少な侠気溢れる魂の籠もったもの。

 さもありなん・・・近藤等則さんは新体道創始者である青木宏之先生が直に鍛え抜いた生粋の武道人でもあるのです。

 なので、武術の世界で長くやってきた私は、あちこちで近藤さんの名前を耳にしていました。

 曰く、「近藤さんのスケールは、そんじょそこらの武道家なんか比較にならない。技以前に度胸がハンパない。業界で持て囃されている武術家でも裸足で逃げ出すよ」・・・といった具合に、誰も彼もが畏怖の念を持っている様子だったのです。

 なので、私は近藤さんはとっても怖い人なんだという先入観ができてしまい、例えば、新体道のパーティーでお見かけした時も、田中泯さんとコラボされていた白州でお会いした時も、ろくすっぽ話しかけたりもできませんでした。

 何か、風貌が“ライオン丸”みたいなんですよ。ベートーベンにも似てる?

 お断りしておきますが、私は人見知りではありますが、他人にビビルような人間じゃないんですよ。でなかったら、怪獣がひしめいているような武道武術の業界でやっていけませんからね。

 でも、近藤さんは何かオーラが凄いんですよ。光が刺さってくるような感じ・・・。

 こんな人は武道武術の世界にはいませんね~。会ったことないよな~。

 やっぱり、近い感じなのは田中泯さんですかね? でも、泯さんのオーラはこんなにトンガッてないです。近藤さんはビカビカビカッ!って感じです。

 似てるといえば、やっぱり青木先生と似てるのかな~? 青木先生はもっとフワフワしてるから安心して話せますが、質的には似てる。

 そのせいなのか、7月の演武・演奏会でお会いした時には、「あっ、近藤さんって、青木先生とそっくりだな~? まるで若山先生と勝新とか、渡哲也と渡瀬恒彦みたいな兄弟みたいだな~」と、つくづく思いました。

 青木先生とお話していて、世間でいろいろ活躍しているお弟子さんの話も出てきますが、やっぱり近藤さんだけは別格だと思ってらっしゃるみたいですね。

 青木先生が本質的には芸術家タイプである点からしても、近藤さんの話をされている時は、ある種の憧憬の念も持たれているように感じます。

 数年前だったか、TVで近藤さんのドキュメンタリー番組を観たんですが、凄くピュアな魂をずっと持ち続けている人なんだな~と思いました。

 TVでタレント化していくアーティストも多い中、近藤さんは常にグローバルな視点で世界を回り続けてトランペットを吹き鳴らしています。それは世間に受けるとか社会的地位を築くとか、そういった俗人の欲望を軽く笑い飛ばして、超然と我が道を突き進んで地球人の生きざまを晒しているように思えます。

 私なんか真似しようったってできませんが、アーティストって、こうでなくっちゃ~と思いますね。

 それに、今、世界で尊敬される日本人って、ほとんどアーティストだと思うんですよ。

 ミュージシャン、ダンサー、映画監督・・・そういった人達が多いでしょう? 私が海外に行く時はマーシャルアーティストと名乗ろうと思ったのも、やっぱり、「日本人ってスゲー!」って言わせたいからなんですね。

 だから、芸術、芸能関係の人には無料で教えたりしているのも、その人達に目一杯活躍してもらって、日本人が尊敬されるようになって欲しいからなんですよ。


 まっ、それはそれとして、私の愛する相模原市で、世界の近藤等則さんのトランペットが吠える!・・・って、何て画期的なことでしょう・・・。

 今回の企画に一枚咬んだ身として、一人でも多くの人に聴いて欲しいな~と思っていますので、皆さん、どうぞ、ドシドシおいでください!

2011年12月17日(土) 開場18:30/開演19:00 全席自由
相模原メイプルホール(メイプルビルB1F)
予約・問い合わせ;メイプルホールTel 042-751-5011
前売り4500円/当日5000円(1ドリンク付き)

JR横浜線・相模原駅よりバス6番線で約10分、「高校入口」下車徒歩2分。TSUTAYA向かいのビルがメイプルビルです。

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12月セミナーのお知らせ

 今年も残すところ、一カ月! 三月に突如起こった大地震と、その後も尚、予断を許さない原発事故・・・とんでもない年でした・・・。

 けれども、じゃあ、来年はどうなるかな?と思っても、そうそう能天気な期待をすることもできませんけどね。

 まあ、人生も世の中も一寸先は闇なんだと弁えて、「死ぬときゃ~死ぬんだ。怖がって人生をしぼませるのも、ハラ括って生きるのも、考え方次第だよ」という気持ちで生きるのがよろしいのではないか?と思います。

 そんな訳で、2011年の最後を飾るセミナーは、どどんと、お蔵出しで“殺活法”をば教えちゃいます!

 これ、普通、初心者には教えないものなんですけど、セミナー常連の皆さんの上達具合を見ても、教えても問題なかろうと思っています。

 何より、人柄の良い人ばっかり来てくれているのが有り難い限りです。

 最近は変な人、来なくなったし、素晴らしい先生方との交流も深まってるし、本当に個人的には非常に充実しています。

 でもね~。個人的に充実しているのは良いとしても、世の中がどんどん混迷を深めていっているのは何だかね~・・・。

 例えば、横浜名刀会さんに行った時に聞いたのは、刀を売りに来る人ばっかりで買いに来る人が少ない・・・のだそうで、そういうところで世の中の不況を痛感しているのだとか?

 本当に、私の住んでる渕野辺駅近辺でも次々に店が無くなったりしてますからね。

 そのせいなんでしょうけど、数年前だと予想もつかなかったくらい刀が安くなっていて、拵えがついていない定寸の刀が10万円前後で売られてたりして、脇差なら解りますが・・・定寸刀がこの値段というのは驚きですよ。他の店もそうなのかな~?

 まあ、私みたいに拵え自作できる人は滅多にいないと思うので、拵えが付いていないと作ってもらうのに結構金がかかりますが、そのまま居合で使えるような拵え付きの刀でも30万以下で沢山売られてたから、武道やっていて刀が欲しいと思ってる人は、今が絶好の狙い目ですよ~。

 それにしても、私は安いのばっかり集め過ぎたんで、そろそろ会員にあげようと思ってます。でも、独り暮らしの人じゃないと嫌がるんだよな~・・・。

 結婚したQちゃんに一振りプレゼントしようかな?とも思ったんですが、結婚したばっかりに“キレ物”はマズイか?と思い直しました。

 それと、霊感体質の人に古い刀とかあげたらヤバイかもしんない? 私は鈍いからヘーキなんですけど、でも、古い刀は研いでる時とか必ず指に切り傷できますね~。買ったばかりの槍穂研いでたら、知らない間に右手の親指に切り傷ができてましたよ(村正かよっ?)。やっぱ、相当、殺生してる槍なんでしょうな~。古刀だし・・・(Qちゃんはアーティストだから霊感強いかもしんないから刀持たすと危ないかもな~・・・)。


 おっと・・・、また違う方向へ脱線しそうだから、元に戻しますっ!

 セミナー当日は、さくさくっとこれまでの復習をやり、後半は整体と殺活法をやりつつ忘年会をやる!という強硬なスケジュールとします。

 あ~、そうだっ! 先日、喫茶店で直伝?してもらった松田隆智先生直伝の心意六合拳も解説しちゃおっか?(オイオイ・・・)

 江古田ストアハウスは飲食オッケーなんで、セミナーだけど宴会もやるんですよ! よしっ、久しぶりにオラの酔拳を見せちゃるか~?


※※ 事務局 注 ※※

12/11 セミナー後半(?)忘年会やります。飲食される方は飲食物持参をお願い致します。
(あまり多く持ってこられると、持ち帰りが大変ですので、ゴミが出ないように工夫して下さい。)
忘年会中の質問タイムもありですので、どうぞ。

※※※※※※※※※※※
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稽古会も充実してきてます

 月一回のセミナーもそうですが、シダックスの講座も、ほびっと村の講座も、それから各支部同好会の活動も、人数はさして増えてはいませんが、常連で来られている方々は熱意があって、ここ最近、妙にレベルアップしてきています。

 特に70前後の方が増えて、しかも着実にレベルアップされてきているのは驚きます。

 つくづく思うのは、技だの理論だのより、要するに最も重要なのは、本人の熱意がモノを言うんだな~と・・・。

 私は、とにかく達人と呼ばれるような人を百人くらいは育てて、超達人!と言われるくらいの人を最低でも4~5人は育てたいと思っておりまして、既に達人と呼ばれるに足る実力の人も数人はできたと思っています。

 現状に満足すれば向上は止まります。人間は世の中を変えるような力はなかなか持てませんが、自分を変える力は誰にだってあります。

 常に自己を変革向上させていこうという気概のある人に応えることができる武術を私は研究してきたので、習いに来ているのに向上しない人にエネルギーを取られるのは嫌なんです。

 感謝の言葉なんか要らないから、ちゃんと向上していって欲しい!

 勉強だって仕事だって、嫌々やっていても成果は出ませんし、受験勉強なんて試験が終われば綺麗さっぱり忘れてしまったりしませんか?

 持続的な実力になる勉強というのは、自分が興味を持ち、熱意をもって勉強し続けていることに限られます。

 私の場合は、何でもかんでも武術に結びつけて考えるし、武術で考えたことを逆に日常の人間関係に応用したりしています。

 それは、何か困ったことが起こった時に、「こういう場合に、あの先生だったら、どう行動するだろうか?」と、尊敬する先生方の生き方を考えるのが習慣になっていたので、いつの間にか自分の行動パターンもそうなっていったからです。

 もっとも、武術的な考え方で生きるというのは、いつも極端な非常事態を想定して生きるということであって、社会的な一般常識からは外れた考え方になる場合もあります。

 特に日本人の一般常識として、「自分が理不尽な暴力にさらされることは無い」「人間は話せば解る」といったものがあり、日本人は危険に対する感受性が極端に低いと言われていました。

 私は、中学時代に理不尽な暴力にさらされ、話しても解らない人間がいるという事実に愕然として武術修行を志しましたが、大人になってそういうことから解放されたか?と思えても、やっぱり理不尽なことはいくらでもありますし、話しても解らないビョーキの人間は腐るほどいるんだな~と思うばかりです。

 なので、武術をやり続けて良かったな~と思うばかりです。いざとなったら、すぐにハラ括れるし、女性を助けたことも何度かあります。相手が暴力ふるっても対処できると思っていなければ、とてもできなかったでしょう。

「人間、最後の頼みの綱は己の戦闘力だな~」と、私は確信して微塵も疑いません。

 こんなこと考える日本人は、ほぼゼロだと思います。

 が、それも今年は理不尽極まりない大震災と原発事故によって、「絶対安全なんてことはあり得ないのだ」という真実に気づかされた年だったと言えるでしょう。

 武術は必ずしも人と戦うことを想定していません。

 武術が想定しているのは、生き残ることです。生き残るために必要なことをやる訳ですから、逃げるのもアリですし、逆に、戦う場合は敵は殺すことが大前提となります。

 どうしてか?というと、生き残ることを目的にする以上、命がかかっている訳ですから、逃げた方が確実なら逃げるのですし、追い詰められて戦って切り抜けるしかなかったら、敵を殺すことをためらわない。

 この大前提の余剰価値として、「敵を殺さずに制圧する」とか、「試合競技や演武を楽しむ」といった枝葉の部分が出てくる訳です。これらの要素は、武術の本質ではなく、あくまでも表層的な社会的意味付けされたものでしかないのです。

 だから、「武術は勝つことより負けないことに意義がある」といった意見に私が賛同できないのは、この論理は、要は戦うべき時にも戦いを避けてしまう逃避癖をつけてしまうからですし、自己保身の考えに陥りがちだからです。

 人生を発展的にクリエイトしようと考えた時、他人と争わずに円満に生きていこうとするのは現実逃避と自己満足にしかならない訳で、そういう人は自分が傷つかない代わりに何者にもなれません。

 凄くいい人なんだけど、人間としての魅力が無いというタイプですね。

 その他大勢の、存在してもしなくてもど~でもいい人間・・・。空しくないですか?

 やたら、武道の段位だとか、何々流を習っているとか、何々先生に習っているとかいったことをひけらかしたがる人っているんですけど、話していて、「こいつ、薄っぺらいヤツだな~」と微笑ましく思いますね。

 武術は権威を誇ることに何の意味も実効性もありません。

 本人が達している実力のレベルだけが問題なのであって、本来、権威主義とは最も遠いところに価値があるものです。

 それなのに、やたらに権威だけ誇りたがる人がいるんですよね~。

 考えてみてください。突き指すら治せない治療家が施術院開いて経営していけるでしょうか? どんな商才があっても、本筋の治療の腕前が下手だったら、早晩、潰れてしまうでしょう。

 武術や武道も団体を名乗り、流派を興しても何年も続かないで潰れてしまう場合もあります。

 私が最近、自信をもってやれるようになったのも、流派名乗って12年くらい続いたからであって、実力のある会員も続々と育ってきたからですよ。

 無論、そうなる過程でやめていった人も少なくありませんし、流派名乗った当時の会員で残っている人は少ないんですが、それでも今、通ってきている会員のレベルはどこに出しても恥ずかしくないレベルになってきています。

 私以外に大石教練と北島師範は、他流で師範クラスの人が状況設定無しで攻撃しようとしても事前に捌いて一方的に崩し制圧できるレベルになっている。

 それは、“読み”が深まって交叉法を駆使でき、歩法で動けるから、相手が動き出すより先に動いて制圧してしまうから可能なことです。

 つまり、通常の相手の攻撃を受けてこちらの攻撃を返す・・・というパターンではなく、相手が攻撃してくる瞬間に合わせてそれ以降の攻撃を出せなくできるからです。

 大石教練に至っては、読みと身法を駆使して相手に自由に攻撃させながらすべて不発にさせてしまって翻弄するというムチャクチャな戦闘スタイルになってしまい、相手した人があまりに差があるので呆然となってしまうのが常です。

 彼らはそれほど「強くなりたい」という執念があった訳ではなく、むしろ、淡々と続けているうちに驚くほどレベルが上がっていた・・・というのが真相なんです。

 勘違いしている人が多いのですが、試合や組手も状況設定はあります。一つでもルールがあると闘い方はパターン化します。お互いにルールに従って闘えば、そのルールに沿った闘い方が上手い方が圧倒的に有利です。

 甲野氏が先日、TVに取り上げられて「ラストサムライ」だとか紹介されていたのを見た時も、私はむしろ、「いや~、実に巧妙だな~」と感心してしまいましたが、彼の凄さは、あの“話術と状況設定”にある訳で、それを外してまともに闘えばびっくりする程、弱い訳ですよ。

 本人もそれを重々、承知していて、あくまでも自分が一方的に鮮やかに勝って見せられて、見ている人達にはインチキがバレないように“状況設定”を作り、それをいかに演出して見せるか?という説得的話術に長けているんですね~。

 要するに、武術界のマリックさんな訳ですよ。武術の仕組みを半分だけ解説しつつ半分は隠しておくことで神秘的なものに見えるように演出している訳です。

 だから、プロ格闘家には通じても、私みたいに仕組みを見抜ける人間には全然通用しない訳ですね。これは私が教えている人達にも手もなくひねり潰されてしまった事実で実証済みですが、そんな衝撃的な話ではなく、武術の“術”の面だけにこだわっているとそうなってしまう訳です。

 甲野氏がまともに闘って勝った実例が一つもないのは、要は彼がそれだけ技と術の役割の違いを明確に分析できていないからでしょうし、本人が言う通り、強いとか弱いとかに対する拘りが本当に無いからなのかもしれませんね。

 もし、そうだったら、惨敗した話を平気ですればいいのにな~と思うんですがね。

 彼の問題点は、自分の恥ずかしい話を自白できない点ですね。虚栄心が強過ぎるし、自己顕示欲に振り回されてしまっている。

 恐らく、甲野氏が“話術と状況設定”から抜け出せないのは、ナルシストだからでしょうね。ナルシストは自分を否定して鍛え直すことに対して普通の人間が理解できないくらい異常な抵抗感を感じるみたいです。

 でも、本当に武術で高いレベルになりたければ、絶対に自己保身的なエエ格好したがる気持ちは捨て去らないとダメですよ。全部さらけ出して捨て身にならなきゃダメ!

「俺はナルシストじゃない」と思っていたって、誰にでもそういうナルな面はある訳ですよ。それを認めて克服するのが心の修行です。

 まあ、甲野氏は、ナルシストとして社会的に過剰な評価を勝ち取って満足したでしょうから、あのスタイルのまま死ぬまでやればいいんじゃないの?と思ったし、もう責める気もしなくなりましたけどね。

 だけど、あれが武術だと世間的に広く定着したら困る訳で、そこのところの軌道修正は私がやらなきゃならんな・・・と思っています。

 だって、私以外に誰もやらんでしょう? むしろ、甲野氏の二番煎じで真似する人間ばっかりでしょう?

 中身も無いのに世の中で高く評価されてもしょうがないと思いますけどね。私は甲野氏みたいにはなりたくないですね~。なれるんだったら、青木先生みたいになりたいな~。


追伸;「来年の月例セミナーで発勁は教えないんですか?」という質問があったんですが、特にテーマにしていないのは、毎回やるからです。脱力技法や軸の操作、丹田のパワーで発勁が質的にどう変化するのか?ということを解説していく予定です。何か、「発勁なんて本当にあるのか?」とか空手やっている人が言っていたそうなんですが、無論ありますよ。月刊空手道でオヤジの花道を連載している方が達人論を書かれていますが、私の本は読んだことないんだろうな~?と思いました。誰か教えてやってくださいよ。

追伸2;何か、青木宏之先生の実力にケチつける人がいるそうなんですが、私の知る限り、日本武道界で最高峰ですよ。世界中探しても、あれだけのレベルに達している人が何人いるか?ってくらいで、いくら観る目が無いにしても、阿呆をさらすような恥ずかしい批判はやめといた方が賢明ですよ。メダカにシロナガスクジラの巨大さは判らないでしょう?

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時代物を書くのは大変だよ~!

 小説家デビューを目指して、ただ今、時代物を書くべく勉強中です。

 ネタバレになるから詳しくは書けませんが、主に江戸時代を舞台にしたものを書いていきたいと思ってはいるんですが、当時の風俗・習慣・武具・家屋敷などについて勉強しなくちゃいかんので、本当に頭痛いです。

 実は歴史はあんまり得意じゃなかったんですよね。

 武術研究をするついでに少しは詳しくなりましたが、人間、興味のないことには熱中できないものでして、特に私のような興味のある事柄だけには異常に熱中するタイプだと、むしろそれ以外のことには、とんと興味がわかない。

 例えば、武器に関しても、関心があるのは、携帯可能な小火器類までで、戦車や戦闘機なんかになると、ほとんど興味が無くなるのです。

 何でか?っていうと、自分で所持できないことも関係あるかもしれませんね。

 日本刀キチガイになったのも、現実に自分で所持できるからですよ。

 そういえば、横浜名刀会に行った時に錆びて刃毀れのある槍穂に値札が“一万円”とついていて、「いくら刃毀れがあって錆びだらけだといっても、本物の槍穂が一万円ってことはないだろう」と思って聞いてみたら、本当に一万円だっていうんで、また衝動買いしちゃいました・・・。

 まあ、一万円で買って研ぎに数万円かける人もいないとは思うんですけど、私は刃毀れくらいは鉄鋼ヤスリでちょちょいっと直せるし、売り物にする程はできませんが、それなりに研げるし、おまけに槍の柄も自作できますからね。

 刃渡りも六寸七分と約20cmくらいあって、槍としては結構、標準的な長さがあるのです。おまけに、断面が菱形になっているので、三角穂の槍より切断能力もある。

 こういう槍が欲しいな~と思ってたので、Goodタイミングでした。

 長門勇が『三匹の侍』で使ってたような短槍に仕上げたいと思います。


 さて、時代物の勉強のためと、単純に欲しいと思ったので、3000円もする古流剣術の本を買いました。

『[図説]宮本武蔵と剣豪たちの剣法』講談社・・・です。

 著者の田中普門先生は、圓心流、九鬼神流などの宗家で、古流剣術の研究家としては日本で随一の方ではないでしょうか?

 ナショナルジオグラフィックチャンネルで『武士道と刀』に出演されていたり、以前、CFに出演されていたのを見た記憶があります。

 私は田中先生の圓心流のビデオも買っていますが、三尺八寸の長大な太刀を抜刀されている様子に驚きを禁じ得ませんでした。

 愛隆堂から出ている御著書も買いましたが、様々な古流を取材して紹介されている点に、他流を尊重されている立派な先生だな~と感銘を受けたものでした。

 何しろ、伝統的な武術の世界では他流を食い物にして自己の売名にだけ奔走するような人が多いので、私は嫌気がさして付き合いを断ってしまっているからです。

 本書中にも、流派を捏造しているらしき者と会った逸話を書かれていますが、必要以上に責めるでもなく事実関係のみ書かれていて、御自身が伝書から再現した技法を実演解説する場合も、ちゃんとそう断っておられて、実に好感が持てました。

 私も研究家を自称している者として、見習うべき態度だな~と頭が下がりましたね。

 解説されている流派は、二天一流、新陰流、タイ捨流、宝蔵院流、小野派一刀流、心形刀流、大石神影流、直心影流、示現流、立身流、天真正伝香取神道流、鹿島新当流、柳生心眼流、神道夢想流・・・など、かなりの数であり、もし、この内容を映像で紹介したとしたら、古武術ドキュメンタリー映画となるでしょう。

 しかも、極秘伝に属するであろう技も惜しげもなく公開されていて、帰宅してゆっくり読んでいて驚かされてしまいました。新陰流の二刀剣や二刀破りの技も、転會(まろばしかい)の渡辺先生が実演されているのです。

 ちょっと高いと思われるでしょうが、古流剣術が総括的に書かれた本として買って損はないと思います。私は一万円でも買いますね。

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「第一回天真祭」報告!

 毎年恒例の天真書法塾の発表会ですが、今年は剣武天真流の発表会と祝賀会を兼ねて、“天真祭”と銘打った新たな出発として、11月27日に飯田橋駅近くのホテル・エドモントで、第一回目の発表会と祝賀会となりました。

 何しろ、今年は日本が戦後最大の危機に陥った年として歴史に残るであろうと思われる特別な年となった訳ですが、だからこそ、これからの時代の難局に明るく立ち向かう風を起こそうという“祭り”が必要である・・・と、天真会の皆さんは考えられたのだと推察します。

 それは、被災地にボランティアで赴きながら、鎮魂の剣舞を舞ってこられた青木宏之先生の想いを会の皆さんが共有されていたと思うからです。

 日本刀は、武器であると同時に、魂を清める霊器であるという日本人の精神性を自ら指し示して剣武天真流という新たな流儀を立ち上げた青木先生に、今、続々と共鳴した人達が集まってきているように思われます。

 なので、この機会に集った面々の顔触れも、何か宿命的なものすら感じてしまいます。

 その一つには、“気の世界”を武術の世界から一般に広く知らせてきた二人の巨匠が顔を合わせたという奇跡的なエポックメイキングが実現したこともあるからです。

 言わずもがな・・・それは、青木宏之先生松田隆智先生です。

 前衛武術の体現者と、伝統武術の復興者・・・。

 ベクトルは真逆に思えても、その実、お二人の精神性は異様なまでの共通性を持っているように私は感じていましたが、そのお二人が、ついに相まみえたのです。

 詳細は省きます。ですが、私の実感としては宿命だったとしか思えない。

 実際、顔を合わせるのは二度目なのに、青木先生と松田先生は既に長年の旧友のような雰囲気になっていて、なんだか不思議な感じがします。

 さらに不思議なのは、これほどの武道界の超大物が顔を合わせている場所に、武道マスコミ関係者が全然いなかったことです。強いて言えば、私だけ?

 ということは、私がリポートしなきゃいかんということでしょうから、ここにこうして書いている訳なんですが、たかが一個人のブログに収まる道理もありませんから、今後の展開は何らかのメディアへと繋げていきたいと思っています。

 そして、忘れちゃいけない田中光四郎先生もまた、松田先生とは初めてながら、当たり前のように親しく話し合い、それはさながら、キングコングとゴジラとガメラが並んでいるみたい?

 私なんか、この先生方に比べるとアンギラス程度かな~?

 ともあれ、当日は、うちの北島師範、矢嶋師範代、それに海外指導部長として特訓中の千葉(年明けから師範代に任命)さん、そして、新陰流兵法転會(渡辺忠成会長)に所属されている千葉真一郎師範にもお声掛けして、青木先生と松田先生に引き合わせることができました。

 現代日本を代表する知性として知られる、かの松岡正剛氏でさえ、ずぅ~っと青木先生に会いたいと思いつつ会えず、田中泯さんを介してようやく会うことができたそうですし、松田先生ともなれば、公に指導している訳じゃないから、会いたくても会えない武術家の代表格ですからね。

 書展を見学して青木先生、松田先生にお願いして一緒に写真を撮らせていただきましたが、皆、武術界の生ける伝説の先生方と一緒に写ることにドギマギしていました。

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 まあね~、こんな光栄なチャンスは二度とないかもしれませんからね。みんな、私に感謝してねぇ~(苦笑)。

 それから、演武会が開催されるホテル・エドモントに松田先生と一緒に移動し、開始時刻まで大分、時間があったものですから、ホテルの喫茶店で松田先生を囲んで武術談義となりました。

 もう、皆、頭が真っ白になっている様子で、ちっとも質問もしないので、こちらから促しましたが、松田先生のお話に興味津々の顔で聞いていましたね。

 心意六合拳の戦闘法について聞かれた松田先生が、立ち上がって実演!(超大サービス)してみせてくださったのは、うちの会員たちにとっては一生の宝ですよ。

 いや・・・松田先生御自身が生涯かけて修練してこられた数多の武術は、それそのものが無形文化財なんだと思います。その価値を理解していれば、見せていただけただけでも大恩であると感謝しない訳にはいきません。

 だって、“ナマ拳児”の四把捶なんですよ~? それを戦闘理論解説も含めて実演してくださったんですよ~? これで何もモノにできなかったら、ただの阿呆ですよ!

 うちの会員がどれだけ洞察できたか?は解りませんが、私はもう極意そのものを授かった気分です。もう、頭の中にビデオ映像で録画したように記憶していますよ。

 極意を解っている人の演武は、基本の中に極意が有るんですからね。外形ではなくて中身を洞察しなきゃ~いけません。目線一つ、足の向き、体構え・・・それらは何一つ無意味にやっているのではありません!

 皆、ぽわ~んとした顔をしていましたけれど、松田先生の動きの一挙手一投足が、どのように相手を掴み引き崩して打ち倒していったのか?という映像をイメージできなければいけません。


 さて、時間が来たので私と松田先生は会場へ向かいます。他の皆は感動の表情で挨拶をして帰っていきました・・・。

 会場の前で田中光四郎先生と合流。光四郎先生は、恐らく青木先生から聞かれていたんじゃないか?と思いますが、一目で松田先生と解ったらしく、ニコニコと話しかけられていました。

 帰り道で、松田先生は「田中光四郎先生は、もっとコワモテな感じかと思ってたんだけど、会ってみると全然、イメージが違うな~」と感嘆されていました。

 確かに雑誌に載ってる光四郎先生は怖そうだから、実際に会った人は、その腰の低さに驚きます。私は逆に「謙虚過ぎて怖いよぉ~」って思いましたけどね・・・。

 いかにもコワモテみたいなのは虚勢張ってるだけだから怖がる必要はありません。


 それにしても、剣武天真流の演武も、もうどのくらい見てきたでしょう?

 今回、青木先生がハッスルし過ぎて右手首が腱しょう炎になってしまったとのことで、いつもの剣舞は残念ながら割愛されていましたが、その分、大井秀岳先生の気迫に満ちた鋭い演武をはじめ、メンバーの皆さんが次々に流れるように演武をしていかれました。

 私は大体、演武は見てきていますが、どんどん技の動きが柔らかく流れが途切れなくなってきていますね。プロの舞踊家である片岡通人さんの剣舞は特に、芸術的で私は好きですね~。

 通常の武術の型は、いわば楷書であって、ピタッピタッと形を極めるのが良しとされていますが、実はこれ、実戦を考えるとやっちゃダメなんですよ。居着くから。

 でも、どうして、従来の武術は、やっちゃダメなやり方で型を演武しているのか?というと、稽古法の初歩のやり方を、そのまま中級、上級になっても繰り返している点に疑問を感じなくなってしまったからであると私は考えます。

 例えば、游心流でやっている対練の型や独己九剣の型は、稽古用の初歩的なものであって、技を覚えることが目的ではありません。

 交叉法と読みの感覚を養成するためのものなんですね。

 私が少ない型数で少ない技しか練習させていないのは、初心者に技を教えても使いこなせないと思っているからです。

 まず、理合をしっかりと理解し体現する。その上で技は変化応用法として百でも千でも生み出せるように指導している訳です。

 入会してもほとんど通えない人が少なくないのが残念なのも、うちの実戦で使う“技”は毎週通って三カ月くらいしないと教えていないからなんですよ。それは、理合をきちんと理解して身体が自在に動かせるようにならなければ教えてもできないからです。

 何ひとつ体得できないままでは意味がないし、それならDVD見て自習してもらった方がよほどタメになると思うのですが・・・。

 だから、「独己九剣の破り方を考えた!」とかはしゃいでいた人がいたそうなんですが、もうね~、練習後に全員で「バッカじゃね~の? 型の通りに戦うと思ってるなんて・・・」と糞馬鹿にして笑ってますよ。

 本式に戦うための技とか映像で公開する訳ないでしょう? 武術を本気で追究している人間をなめてもらっちゃ~困ります!

 公開しているのは稽古法の範囲内であって、戦闘法に関しては理論までは解説しますが、本式に戦う方法論は入会して真面目に練習して、私が「この人には教えてもいいな」と思った人間にしか教えません。

 ちなみに、破門にした人には肝心な戦闘法は一切、教えていませんよ。ずっと人間性を観察してきて、「教えるとマズイな・・・」と判断したから破門にしているので・・・。

 これは、今、私に直に習っている北島師範らに感想を聞いてみたら判ります。私は、本当に人間性を信頼しないと危険な技は教えませんからね。

 どうして、そんなアンフェアなやり方をするのか?と考える人は武術の真価を何も知らない甘ちゃんです。本当に合理的な武術の技は、暗殺テクニックそのものだからです。

 勉強のために特殊部隊の格闘術とか暗殺術なんかの本もいろいろ読んでみたんですが、武術のやり方に比べれば不合理ですね。だって、専用の道具とか毒薬作ったりしなくても素手で一瞬で殺せるんだから・・・。

 無論、「素手で強くても武器には敵わないだろう」って、よく言う人がいるんですが、「やっぱり、無知な連中は言うことが甘いな~」と思いますね。

 武術は素手で戦うのが基本だとでも思ってるんでしょうけど、少なくとも私は違いますよ。いかなる武器も使いこなすのが武術!だというのが私の持論です。

「究極の武器は何だ?」という外国の番組があって、日本刀とかアサルトライフルとか色々出てきたんですが、第一位は、何と「素手」。

 どういう意味かというと、「人間の手はいかなる武器でも作り出して、操作できる。何にも武器になるものが無い場合でも、そのまま戦える武術の技を工夫しているからだ」ってんですよ。正しい考え方だと思いますね。


 剣武天真流を見ていると、清々しいまでの必殺剣を生き生きと演武していますね。「これで殺気がボンボン出てたらキッツイよな~?」とか思って見てましたね。

 中で、私が心なごんだのは寺崎桂子さんと吉田倫子さんの演武で、女性ならではの流れるような柔らかい太刀遣いは清澄な雰囲気を生み出していました。

 でも、今回、オイオイ・・・と思ったのは、木刀による自由組み太刀・・・っつうか、殺気が出過ぎてゾクが喧嘩しているような凶気?すらかもし出していて、私は心の中で合掌し、「ケンカはやめてぇ~・・・」と竹内マリヤの気分で祈っちゃいましたよ(苦笑)。
 棒術の組み棒の時は、まだ六尺棒の繰り出しに間ができて余裕がありましたが、木刀となるとガツッガツッと間断無く打ち合うので、正直、危ないです。額を割ったり指を潰したり、目に当たったりしたら祭りの雰囲気が壊れてしまうので、演目としては不適当だと個人的には思いましたけど・・・青木先生が「お前たちは背中に隙ができてるぞ~」ってビシビシしごいたんだとか? それでか~・・・。

 でももし、自由攻防の迫力を見せるのであれば、袋撓いやスポチャンのソフト竹刀を使うとか安全性には配慮した方が、見ている側も安心できて良いと思いますよ(必死でやった石井さんと綿谷さん、ごめんなさいね・・・)。

 あるいは、二人の激突が過剰になりかかった時点で大井先生がピーッて笛吹いて出てきて、二人の木刀を取り上げてピコピコハンマーを代わりに持たせて、「ファイトッ!」って言って引っ込む・・・とか?

 そういうシュールなギャグをかましてくれても「さすが、青木先生のお弟子さん達はシャレがわかってるな~」って感心する客もちょっとはいると思う(いないか?)。


 祝賀会は武術系の人を集めたテーブルで、光四郎先生や松田先生、大井先生などと御一緒でした。日子流を習いに行っている秋山さんもいて、多少、話しましたが、技もともかく光四郎先生の人柄にほれ込んでおられる様子でしたね。

 技術的なことでは、合気会の黒岩先生の技との原理的な共通性が発見できたと喜ばれていましたが、それに気づいた秋山さんに私は驚かされましたよ。やっぱ、天才だよ。

 ともあれ、昔、私が仰ぎ見ていた伝説の武術家の先生方と、今では親しくお付き合いいただけているというのは、この世の縁の働きというのは人知の及ばないものだな~と思いますね。

 まあ、いろんなしょうもない人にも会いましたが、私が唯一、人に誇れるのは、“本物中の本物に出会う才能”ですかね~。

「本物中の本物って何?」と聞かれたら、それは「自分に嘘をつかない人」だって答えます。

 あらためて、「俺って本当にラッキーだな~」と思っています・・・。


追伸;ラッキーと言えば・・・うちの会員で、つばさプロジェクトの秋本さんですら見破れなかった女装男子Qちゃんが、知らぬ間に結婚していたそうで、「おめでとー!」です。女装してても心は九州男児?みたいなヤツだからな~。知らせなかったってことは・・・やっぱ、ヨメもコスプレイヤーですかい?

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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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