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横浜剣術講習会感想

 急遽、春分の日の20日に、横浜同好会主催で独己九剣の講習会を開催致しました。

 私が横浜同好会に顔を出すのは、随分、久しぶりで、横浜線で新横浜まで行き、地下鉄に乗り換えて戸塚駅に向かいました。

 JRでそのまま行かなかったのは、以前、横浜で東海道線だったかに乗り換えた時に、満員電車で10分以上動けなかった中でパニック障害の持病の発作が起きてしまい、もう~えらい目に合ってしまったので、各駅で停車する地下鉄を利用するようになったからなんですが、途中で隣の席に座った人から話しかけられて、アレッ? 誰かな?と思ったら、何と、私が行きつけの横浜名刀会の社長さんでした。

 私もビックリしましたが、社長さんも驚いていて、「なんだよ? 先生もよく地下鉄に乗るの?」と聞かれたんですが、滅相もありません。滅多にこの地下鉄は利用しないんですし、たまたま店が休みで買い出しに出た社長さんとバッタリ出くわすというのも偶然も偶然の話でした。

 まっ、私の場合、この手の偶然は異様に多かったりもするんですがね。

 横浜名刀会の社長さんとも、もう6~7年のお付き合いになりますかね~? 社長さんが着なくなった作努衣や道着を貰ったりもしています。

 もう辞めてしまいましたが、うちの剣術師範代の紹介で三尺二寸一分の打ちおろしの大太刀を作ってもらう相談に乗ってもらってから、槍や薙刀も含めると、もう10本くらい、ほとんど分割払いで買わせていただいています。

 小林先生と青木先生に差し上げた刀(坂一貫斎綱繁と、小宮四郎國安)も、こちらのお店で買ったものを、外装は私が自作して贈ったものです。

 元剣術師範代の顔で紹介していただいて、定収入の無い人間なので特別に御厚意で分割払いで買わせてもらっているんですが、そうでなければ、こんなに多くの刀を得ることはできませんでしたね。

 やっぱり、模擬刀を使っていた頃と比べて、真剣で稽古するようになったら我ながら実力が随分上がってきたような実感がありまして、それは横浜名刀会の社長さんのお陰であり、紹介してくれた元剣術師範代のお陰でもあると思っていますよ。

 何というか・・・、真剣というのは意識の質を高めてくれるような感じがするんですよね。作った人の魂が入っている刀は、持ち手の魂にも響いてくる感じがするんです。

 青木先生のように霊感の高い方だと、物凄く刀を選んでしまうみたいですし、五エ門が斬鉄剣じゃないと実力を発揮できないようなもんですかね~?

 私も青木先生と付き合ってるうちに少しばかり霊感が移ってきた?のか、人や物を随分、選ぶようになってきましたよ。直感的に合わないと思った人とは距離を置くようにしていますし、刀の好みも厳しくなってきましたね。

 それと、技に関しても好き嫌いが激しくなってきました。これは良くないと思ったら、見たくないんですよね。気持ち悪くなってしまうんです。

 それがまた、私の好みは一般的な武道の上手下手とは違うんで、話が合う人を選んでしまうから困るんですよね~・・・。

 そういう訳でしたが、まあ、他に話すこともないんで、20分くらい元剣術師範代の最近の様子のこととか聞いて過ごし(元気でやっているらしいので、ちょっと安心)、社長さんは上大岡駅で降りていかれました。

 私は戸塚駅で降りて、会場に向かいましたが、久しぶりだったので道を間違えて地域センターの方へ行ってしまい、アレ? どっちだったっけ?と思って、横浜フォーラムの方へ向かい直すと、K塚師範代と出くわしたので、あっ、やっぱ、フォーラムだった・・・と、二人で会場へ向かいました。

 今回は剣術と銘打っているので、どのくらい人が来るかは未知数でしたが、13人というそこそこの人数となり、木刀を使う関係で会場とは丁度良いくらいでしたね。

 何でも、以前、中国武術?の団体が天井に傷をつけたとかで剣を使うのは警戒されたんだそうですが、入ってみたらかなり天井が高くて木刀を普通に振っても当たりません。

「棒(棍)とか三節棍とか使ったんじゃないの?」とK原代表と話しましたが・・・。

 講習会を始める直前に、今、関わっている映画の打ち合わせの電話が入ったので、自己紹介を先にやってもらい、その間に外で電話し、会場に入り直すと、既に立禅に入っていました。

 今回は剣がテーマなので、立禅も剣を持った応用形をやってもらいました。

 正眼・八相・車(脇)の構え・下段無構え・上段の構えを執って静止してやる・・・というのが私の考案した日本剣術式の立禅・・・という次第です。

 それから、試力も刀を使ってやる方法を指導しました。これもオリジナル方式。

 となれば、当然、歩法も刀を使ったやり方をやる訳ですね。

 今回は、刀を帯に差した状態でやる丹田歩法、さらに、歩みを停めないまま刀の抜き納めを繰り返すやり方・・・等をやってもらいました。

 剣術や居合術で私が最も重視しているのが、“歩みを停めない”ということです。できれば、足の動きは止まらないまま刀を操作し続けることが理想です。

 これは青木先生の剣舞を拝見してきて思ったことなんですが、常に足が動き続けられていれば、間が途切れないから、剣の太刀行きの速度に頼る必要もないし、相手の攻防の間を捉えるのにも圧倒的に有利になります。

 武道でも格闘技でも、多くの人が誤解しているのは、瞬間的な速度を求めがちだということです。

 瞬間的な速さが速ければ良いという考えは非常に一面的で、武術では墓穴を掘りがちなものです。

 どうしてか?

 速く動こうとすれば、方向を定めて集中しなければなりません。

 しかし、それをやれば、一方向に瞬間的に高速で動くことになり、動いたら最後、途中で軌道修正することが(集中すればするほど)、至難になります。

 だから、ここに“読み”の絶対的な優位性が生じるのです。

 何故、達人はゆっくり動いているのに若い武道家の高速の攻撃を捌いて翻弄し得るのか?

 集中して速く動こうとすれば、動き出すために全身にタメが生じます。意識が働き肉体が準備し、動く。私は肉体が準備するところまでしか読めませんが、新体道では意識が働くのを読む。だから、私は新体道を高く評価している訳で、今後の目標とするのはそこなんですね。

 ただし、意識を読むための準備段階として身体そのものが自在に動いて反応できるようでないと意味がありません。

 その大前提となるのが、動きを停めないことと力をタメるという“身体内部の居着き”を除くことです。

 読みを駆使することができれば、相手が攻撃しようとするタイミングを外して迎撃したり、あるいは攻撃を誘導しながら自滅させたりする戦術を駆使することができます。

 どんなに速い突きでも出る瞬間が判れば、突きの到達軌道線上から外れてしまえば当たりません。

 私の新作DVDでは真剣の斬り込みを避けておいて奪い、そのまま試し斬りする演武をやっていますが、お気づきかと思いますが、私は相手が斬ってくるタイミングを読んでいるから動こうとする寸前に先に避けている訳ですね。

 読めているから先に安全に避けてから奪っている訳で、自分の感覚では失敗する可能性が無い。だから、できる。

「自分はまだ読みが中途半端にしかできない」という不安があったら、こんな危ない演武は自殺行為ですよ。

 逆に言うと、“読みができねば不可能”なんですね。

 たまに、読みの感覚が全然ないのに気合と根性で無刀取りの演武をやっている武道家がいたりしますが、私は危なっかしくて見ていられません。やり方を知らないのにやるのは恐れを知らない蛮勇というものでしょう。

 この訓練のメリットは、読みの感覚をさらに向上させるという点にあります。刀の斬り込みが読めれば、突き蹴りの速度はそれより格段に遅いですから、避けるのはさらに簡単になります。

 失敗したら死ぬ訳ですから、真剣で稽古していれば、怪我したりさせたりしないように力をコントロールする感覚も発達せざるを得ません。

 素手で殴り蹴る練習ばかりしていると、少々当たっても我慢できますから、知らず知らずに相手の攻撃を受け止める癖がついてしまいます。

 私が剣術に移行する気になってきたのも、これが理由です。

 突き蹴りを受けてもダメージが無いように受けることは可能なんですが、刃物を素手で受けたら致命傷になりかねません。動脈一本切断されたら病院に運び込まれるまでに失血死する危険性があります。

 通り魔事件を考えるまでもなく、殺意を持っている人間は、必ず武器を持つものです。

 私のように素手で人体に致命傷を与える方法を百も千も知っている人間でも、確実にそれをやらねばならないとすれば、やはり武器を取りますね。

 まして、素手で人体を破壊するやり方を知らないであろう圧倒的に大多数の人間ならば、確実に武装するでしょう。

 つまり、武術を護身術と考える人間ならば、「相手は武器で武装しているのが当たり前だ」と考えていなければなりません。

 例えば、外国の特殊部隊の訓練を受けた拉致グループに襲われた場合を想定すると、おとなしく捕まれば一生が台なしになる・・・ならば、敵の武器を奪って反撃しつつ逃げる方が、たとえ殺されるとしてもそのようなグループの存在を国際世論に明らかにして後の犠牲者を出さずに済むかもしれません。

 自分の死が、より多くの人を救済することに繋がるのであれば、それは実に意義深い死になるのではないか?と私は思いますね。

 戦争で戦って死んでいった人達を犬死にだととらえるか? 英霊として敬うか?は、認識の問題として正解はないでしょうけれども、鎮魂のためには後者と認めて敬うのが正しい態度だろうとは思います。

 もっとも、戦争の偽善を認める気持ちはありませんがね。

 やっぱり、武術を学ぶからには、単なる闘争本能を満足させるだけのムーブメントとしてではなくて、生きること、死ぬことの意味を考える実践哲学としての要素を無視しないで取り組んでもらいたいですよね。強制する気はありませんが・・・。


 もう一つ、私が特に主張したいのは、「日本人は何故、剣を崇拝したのか?」ということです。

 日本の武術は剣が基幹であると私は確信して微塵も疑いません。

 半世紀近く生きてきて改めて新陰流の門を叩いたのも、日本剣術の奥義に触れたいという気持ちから、日本剣術の最高峰との盛名高い、上泉伊勢守の考案した刀法を学びたいと思ったからなんですね。

 伊勢守は戦国時代の人です。平和が常識の世ならいざ知らず、戦場で多くの首を獲ったら賞賛される価値観の世の中に生きた人が、人を殺さず活かす考えを刀法に採り入れた・・・という点に、単なる強い弱いを圧倒的に超えた人格の高さを感じるのです。剣聖と呼ばれるに足る人は、上泉伊勢守をおいて他にはいないでしょう。


 それはそれ・・・講習会は、大急ぎで独己九剣の九つの型をやって、後半は無刀取りの応用技をやりました。

 三時間があっという間に終わりました・・・。

 初めての方は面食らったかもしれませんし、素手でやるよりずっと難しかったと思います。

 一応、一通りやっていた会員さんも、「習っていたのと細かいところが全然、違っていました」と苦笑いしていましたが、理論を把握してやるのと、手順だけ覚えてやるのでは外見は似ていても内容はまったく違うんです。

 理論が解っていれば、応用変化は無限大にいくらでもできる訳です。

 逆説すれば、理論が解らなければ応用変化はすぐに尽きてしまうのです。

 例えば、無刀取りの応用法の時に、八極拳の技を応用して使ってみたりもしましたが、それは中国武術の指導者の方もいたので、中国武術の応用でもできるというのをやって見せた方が納得しやすいんじゃないか?と思ったからなんですね。

 もちろん、これは、その場で咄嗟にアドリブでやってみたものなので、「八極拳には無刀取りの技が隠れているのだ」なんて勘違いしないでくださいね?

 八卦掌でも太極拳でも柔道でも空手でも、無刀取りに応用しようと思えば、いくらでも技は抽出できますよ。

 何故なら、いかなる武術も人間の五体と頭脳を駆使して戦う技術を合理性に沿って工夫してきたものなので、最大公約数としての動きはそんなに変わるものではないからです。

 技の入り方(先の先か対の先か後の先か?)や、体捌きのやり方(直線か斜めか回り込みか回転か?)、攻撃技の特徴(打撃か逆手か投げか複合か?)や、その組み合わせ(対の先で斜めに躱して回転肘打ちを入れて巻き投げにするか?とか、後の先で回り込んで背後から投げ倒すか?といった組み合わせ方)を変えれば、それこそ無限大に技をアドリブで繰り出していくことが可能です。

 私が交叉法を重視したのは、これらの戦術的方程式であると気づいた点なのです。そして、その前提が“読み”なんですね。これらを磨けば歳とっても向上していけますよ。

 それと、練習では怪我しないようにゆっくりやっているんですが、実際に戦う場合は一挙動で多撃瞬殺!というのが游心流の特徴とするところですから、そこは誤解なされませんようにお願いします。

 剣は体を以て技とし、技は術を以て必勝を期す・・・という次第です。

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突然ですが、3月20日に横浜で特別講習会やりまっす

 横浜同好会代表のKさんと相談して、横浜で初めての講習会をやってみることにしました。

 丁度、新作DVD『独己九剣の応用秘訣』も出したばかりなので、今回は剣術・居合術の原理を応用した体術や拳法、空手、合気武術等々も含めてやってみようと思ってます。

 しかも!

 何と! 2020円という破格の料金!

 こんな安い料金でやるの久しぶりだな~?

・・・とか言いつつ、今回は、会員・セミナー受講生・シダックス講座受講生及び、入会前提の体験入門希望者のみという形式にしていますので、基本的にイチゲンさんはお断りということにしております。

 ここ一年くらいは、もっと公開して広めていこうか?と思ってはいるんですが、そうすると武道業界の“しきたり”とか丸で知らない人が入ってこられて、それで自分の常識で行動されてしまうと、本人には全然悪気が無くても会にとっては困った事態になってしまいかねない・・・というケースが有ったりしますから、やっぱり、基本的に入会規約をきちんと守れる人に限定しなけりゃいかんな~?と思っています。

 武術というのは技の練習さえやっていればいいというものじゃなくて、突然に起こった暴力的な非常事態に、冷静に対処できる胆力や、瞬間的にいろんな影響を予測して最善の選択をできる瞬間思考力を養成しなきゃ~いかんのですね。

 だから、自分の言葉や行動が、どういう具合に相手に受け止められるか?ということまで考える必要があるんですよ。

 決して、自分の勝手な想いに任せて行動していてはいけません。それをやったら、周囲に迷惑がかかるし、それが巡り巡って自分の不利益にもなっていくのです。

 俗に“トラブルメイカー”というタイプの人がいますが、こういう人って無邪気に自分の想いに忠実に行動しているだけだったりするんですね。悪気が無い・・・。

 悪意があって人を落とし入れようとする人間は狙った相手にしかやらないでしょう?

 だけど、トラブルメイカーって、誰彼かまわず迷惑かけちゃうんですよ。それが笑って済ませられるレベルならいいんですが、武術武道の世界は基本的に極めて封建的で上下関係がきっちりしていますから、笑えない状況になってしまいがちなんですよね。

 それで、私としてはトラブルメイカーの要素のある人は会に入れないようにするしかないな~?と思ったりしている訳です。

 もちろん、これは“会員”に対するものですから、お間違えのないように・・・。

 もっとも、正直、うちの技を悪用しようとしたら“最強の通り魔”になってしまうでしょうね~。だから、本当に教える人は選ばないといけないな~と思っていますよ。

 何でも、テコンドーの指導者もやっている学校の教師が女の子を蹴り倒してバッグを奪った・・・とかで捕まったというニュースがありましたが、もうね~、「こいつはキチガイか?」としか思えなかったですね。

 そいつの師匠や道場の人達は、本当にお気の毒だと思います。もし、私が教えた人間がそんな真似しでかしたら、どうするかな~?と考えてしまいましたよ。

 八卦掌の馬維祺は、凶暴な性格でよく試合で人を打ち殺したりしていたものの、ある時、何者かに逆に打ち殺されてしまったそうですが、これは恐らく八卦門の先輩が一門の恥をそそがねばならないと暗殺したのではないか?と言われています。

 江戸時代の剣客の話にも似たような話がよくあります。

 でも、私は、よく理解できますよ。

 武術の技は、仕組みが解れば、人を殺すのは極めて簡単にできてしまいます。戦法を知らない相手なら百パーセントに近い確率で極められるでしょう。

 技に酔っ払って自己崇拝に陥り、人を人とも思わない独裁者みたいな性格になってしまったら、北斗の拳の悪役みたいなもんです。

 以前、破門にした人間の中にも、そんな具合の言動を平気でとった人間がいましたが、自分の力に酔っ払う程度の人間は二流で止まってしまいますよ。他者を侮る人間は、その時点で弱点が露呈していることに気づいていないのです。

 一流の人は、たとえ相手がまったくの素人でも、侮ったりしないものです。


 ところで、新作DVDを送った関西の会員さんで某拳法流派の指導者の方から電話があって感想を言ってくれました。素人さんが言うのと違って、一般的な現代武道で指導者資格を得ている人の評価なので有り難いですね。

「なんや、本部の会員さんの上達の早さにビビッてもうて、呆然となりましたわ~(笑)」と言っていまして、特に若手主将の蛟龍歩を用いた打拳のライトスパーの見事さに感激されていました。

「高校生であそこまでできると、将来、どうなるんやろ?って思いました」とのことでしたが、それは私も同感! 最終的に前人未踏の境地に達するんじゃなかろうか?と、思うくらい彼の才能はずば抜けているんですが、それは長年、伝統空手で培った地力があってこそのものであることも明記しておかねばなりませんね。

 重ねて申しますが、流派に優劣はありません! 優劣は学ぶ者の到達度に生じるだけ。


 さてさて、それで横浜講習会ですが、横浜同好会では独己九剣をほとんどやっていなかったので、第一に、これを教えるのが目的なんですね。

 その上で、形にはまらない応用変化技をいろいろやってみます。

 指導内容は独己九剣の型全部と、その応用技(無刀捕り・太刀奪い二刀流・対複数など)と、型の動作に隠している発勁・合気・読み・交叉法・暗腿法なんかの解説をやってみます。

 先日の本部メイプルホールの稽古会では千葉海外指導部長のリクエストで、3年ぶりに手裏剣もやりましたが、これだって、ただ的を狙って投げ打つんじゃなくて、敵をイメージして、その攻撃線から避けると同時に手裏剣を打つ・・・とか、そういう練習をやっていかないと武術としては意味がありませんからね。

 久しぶりに2本同時打ちなんかもやってみましたが、ホームセンターで買ってきていたコンクリート針が棒手裏剣の代用で非常にいい感じでしたね。小さいから片手に纏めて持って同時に2~3本打つにも、やり易いですし・・・。

 ここ最近、独己九剣の多用途な可能性を今更ながら痛感してきていまして、本気で“独己九千剣”くらい作っちゃおうかな~?と考えたりしています。

 独りで練習できる方法も考案したので、鞘付き木刀や模擬刀があれば、自宅で練習できますから、ここ最近、練習に行けていないという会員さんも祝日ですから、是非、おいでください。

 ふるって御参加、お待ちしてます!


追伸;読者の方で鍼灸師をやっていらっしゃる方から、「『武術の丹田』の中で紹介していた腰眼のツボは、命門のツボの間違いではないか?」と指摘してくださいました。私、習った時に同じツボだと勘違いして覚えてしまっていた模様で、大変、失礼致しました。

追伸2;次の本のイラストの打ち合わせで、黒谷先生と話していたら、写真撮影をした日にUさんと帰りに一緒になった時、駅の階段を飛ぶように駆け上がっていくUさんにビックリ仰天したそうでした。入会した時は軸がフラついて年齢相応だったのに、72歳にして半年で“縮地法”を体得してしまったUさん・・・後、もう半年もすれば(つまり一年で)本物の達人になってしまうかも? いやはや、武術って本当に人間を超人化してしまうメソッドが隠されているのかも知れませぬ・・・。

追伸3;ほびっと村の講座に参加された方から嬉しい感想を頂戴しました。横浜講習会にも参加されるとのことで、お話できるのを楽しみにしています。

追伸4;15日のメイプルホール稽古会は、私の都合でお休みします。3月は29日はやりますので、よろしくお願いします。



--- 事務連絡 ---

  ― 長野先生直伝剣術講習会開催 ―  

1.日時:2012年03月20日(火、祝) 13:00~16:00

2.場所:フォーラム(男女共同参画センター横浜) 3階フィットネスルーム(JR戸塚駅徒歩5分)

3.講習内容:独己九剣の基本と応用

4.費用:2,020円 (参加費2000円+保険料20円) おつり出ませんので、あらかじめご用意下さい。

5.参加対象:游心流会員、セミナー出席者、シダックス出席者、及び体験入門希望者

6.その他:当日は鞘付きの木刀及び帯をご持参ください。

7.<参加方法> 游心流会員、セミナー出席者、シダックス出席者は参加申し込み不要
下記の必要事項をご記入頂き、メールアドレス【yusin_mail_from2006(アットマーク)yahoo.co.jp】宛にお申し込み下さい。折り返し、返信を致します。

  ①氏名(ふりがなもご記入下さい)
  ②年齢(何歳代でOKです)
  ③住所(郵便番号・都道府県も漏れなくご記入下さい)
  ④電話番号
  ⑤Eメール
  ⑥ご職業
  ⑦武術・武道・格闘技・スポーツ歴 (安全上必要の為、詳細のご記入を御願い致します。会員の方は会員暦も追加。)
  ⑧用件  『剣術講習会申し込み』 とご記入ください   メールのタイトルも『剣術講習会申し込み』でお願い致します
  ⑨何か一言
  ⑩今までにかかった、又は現在かかっている病気・怪我歴(安全上必要なので詳細に。)

(項目未記入等の不具合がありますと、参加受付出来ない場合がございます(返信致しません)。予約なしのご来場は即刻お帰り頂きます。交通費払いません。)


Q.セミナー申し込み・DVD購入・ご感想・ご意見等でメールを送ったが返信が来ない。

A.Yahooメールを受け取れる設定にして、再送信を御願い致します。

それでも来ない場合は、
 ①必須記入項目の記入不足・メール内容が非常識との判断、などにより代表まで連絡が行かない為。
 ②セミナー前日夜遅くの申し込み(電話番号書いてあっても流石に夜遅くは掛けられません。事務局も寝てるし。)で返信できない為。
 ③ネット・PCの不具合の為。
 ④DVDの場合はDVD作成・入金確認などで時間がかかる為。(連休前のご入金ですと、連休後の発送になることなどもあります)
 ⑤メール担当が送信したメールがそちらの迷惑メールフォルダに振り分けられている?
などが考えられますので、設定等や迷惑メールフォルダ等を確認の上、再送信を御願い致します。

 ※メール担当から代表の長野にメールを渡してから、回答(対応)を受け取るまで
 数日から1週間以上掛かる場合もございます。
  一度メールを送信されてから、最低1週間程度はお待ちください。

クドい様ですが、Yahooメール(フリーメール)を受け取り可能の状態で、ご注文をお願い致します。

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長野先生直伝剣術講習会開催(2012/03/20)

  ― 長野先生直伝剣術講習会開催 ―  

1.日時:2012年03月20日(火、祝) 13:00~16:00

2.場所:フォーラム(男女共同参画センター横浜) 3階フィットネスルーム(JR戸塚駅徒歩5分)

3.講習内容:独己九剣の基本と応用

4.費用:2,020円 (参加費2000円+保険料20円) おつり出ませんので、あらかじめご用意下さい。

5.参加対象:游心流会員、セミナー出席者、シダックス出席者、及び体験入門希望者

6.その他:当日は鞘付きの木刀及び帯をご持参ください。

7.<参加方法> 游心流会員、セミナー出席者、シダックス出席者は参加申し込み不要
下記の必要事項をご記入頂き、メールアドレス【yusin_mail_from2006(アットマーク)yahoo.co.jp】宛にお申し込み下さい。折り返し、返信を致します。

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  ⑦武術・武道・格闘技・スポーツ歴 (安全上必要の為、詳細のご記入を御願い致します。会員の方は会員暦も追加。)
  ⑧用件  『剣術講習会申し込み』 とご記入ください   メールのタイトルも『剣術講習会申し込み』でお願い致します
  ⑨何か一言
  ⑩今までにかかった、又は現在かかっている病気・怪我歴(安全上必要なので詳細に。)

(項目未記入等の不具合がありますと、参加受付出来ない場合がございます(返信致しません)。予約なしのご来場は即刻お帰り頂きます。交通費払いません。)

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大震災から一年目のセミナー

 あの3.11の大震災から一年後にセミナーでやるテーマが、“丹田”・・・。

 意識して選んだ訳じゃなかったんですが、たまたま、丹田を鍛えることの重要性を説くのに、東日本大震災の起こった日になったということ。

 これは参加される方も意識されていた人が多かったみたいで、皆さん、最初の自己紹介の時に話されていました。

 巨大地震と巨大津波の猛威は、この世の終わりを連想させましたが、その後の原発破壊は、本当に首の皮一枚で繋がったような僥倖で、東日本に住む我々の今を確保してくれた・・・というのが真相でしょう。

 何しろ、そのまま放置していたら、東日本はもう住めなくなっていた筈なのです。

 夢の新時代を切り開くエネルギーと言われていた原発も、今では“今もそこに在る危機”としての地獄の門扉にしか見えなくなってしまいましたが、その現実を実感できない人々によって継続されようとしています・・・。

 この一年、国民の多くが、初めて“本当の現実”に直面して茫然自失となっていたのではないでしょうか?

 私はいろんな人脈があるので、薄々は知っていたことばかりでしたが、それでも現実に直面すると、もう苦笑いするしかなかったですよね~。

 私は、武術を弱者救済の方法論の一つだと考えています。

 強くなって弱い人を護る?

 いいえ、違います。いや、できる人はそれをやってもいいと思いますが、一番、いいのは、「自分は弱いから何もできない」と思っている人が減っていくことです。

 今回のセミナーでは特に思ったんですが、結局、「現代日本でわざわざ武術を嗜むことに何ほどの意味があるのか?」と問う時に、単に「娯楽以上の意味はない」と言い切ってしまうことの“空虚さ”を感じている人が、游心流に何らかの期待を持って尋ねてこられているのかな~?と、思わずにはいられなかったんですね。

 娯楽というのはストレス解消であり、現実の厳しさを忘れて享楽に耽るということですが、それでは一過性の現実逃避でしかないんですね。

 私は、去年、あの大きな揺れの中で、「あ~、ついに来たか?」という諦めの気持ちと、「いや、まだまだ俺は死なないぞ!」という気持ちがせめぎ合っていましたけれど、TVに映る何か悪い冗談のような大惨事を見ていて、「武術なんか修行したって、何の役に立つか?」という無力感に苛まれたのも事実でした。

 けれども、その後、世の中の空気感が重く絶望的になっていく中で、「人間、誰でも最後は死ぬんだから、自分の想いに忠実に生きるに限るな~」と、割合、簡単に達観してしまえたんですね。

 それは、武術というのが、生きるか死ぬか?ということを中心に据えて修行するものだという認識が強くあったから、自分にとっての重要なもののランク付けがすぐに整理できてしまう訳ですよ。

 危急存亡の時って、あれこれ理屈言ってるヒマって無い!

 取り敢えず、命を永らえさせて、話はそれからですよ。やりたいことをやれないままで死ぬのは不幸でしょう?

 自分でやりたいことをやり尽くしてから死ぬんだったら、別にいいか~?って思えるんですけど、やれないままじゃあね~・・・?

 私は、自殺したがってる人を止める気は持てません。死ぬのも個人の自由意志だろうと思うからなんですが、でも、自殺の本当の問題点って、その人が本当は死にたいんじゃなくて、現実に生きていくのが辛くて堪らないから現実逃避の手段として、仕方なく自殺を選んでいるに過ぎない・・・そこに問題がある訳ですね。

 そういう意味で震災に巻き込まれて死んだ多くの人達の無念の情は、ずっと残るでしょう。生きてる者は、それを鎮魂し背負って生きる義務があると思います。

 それは、日本をきちんと復興させること。間違ったことを認めて改善すること。

 それが生き残った者の義務でしょう。

 でも、この一年、我々は政治に裏切られ、国の偉いさん達に失望させられてきたように思います。

 無力な庶民は権力持ってる偉いさん達のいいように操られるしかない?

 それが現実だから仕方がない?

 私は、昔、社会運動なんかにも関わったんですが、「庶民は無力だから・・・」という大前提で考えていく論理に、非常に抵抗感がありましたね。

 負け犬根性のヤツが結集したって何ができるのか? ちっとばかし暴力をちらつかせられればおびえて尻尾まいてしまうような人間が集まっても意味がないでしょう。

 私が心の底から嫌いな人間は、「弱い人間」です!

「私は弱い人間だから・・・」とか、「人間は弱いものだから・・・」と前置きして話すヤツとは口もききたくありません。

 弱いから何もできないんだと言い訳したがってるだけなんですよ。ただの“甘えん坊将軍”ですよ。

「じゃあ、さっさと死ねば?」って言いたくなります。

 私、結構、性分で困ってる人を助けたりしちゃうんですが、敢えて助けない場合もあります。

 それは、“自分で何とかできるのに何もしようとしない人”の場合。

 自分は弱いと思ってる人間は、自分の問題を他人に解決してもらって当然だと考えがちなんですよ。自分のことは自分で何とか解決しようとするのが大人ですよ。どうしても無理だと分かってから助けを求めるのが大人のプライドってもんです。

 弱者を自認する人間はプライドが無い! だから、虫酸が走るくらいイヤっ!

 たいていの問題は、必死でやれば何とか自力で解決できますよ。できなくても必死で頑張ってれば助けてくれる人が現れます。

 私なんか、どうしようもなくなると、必ず助けてくれる人が現れましたね。本当に不思議なくらいでしたね。だから、本当に感謝・感謝・感謝の連続でしたね。

 仮に、陰口たたかれたり、嫌がらせされたり、裏切られた場合でも、「こんチクショー・・・必ずホエヅラかかしてやるっ!」と、逆に闘志が燃えるので、長期的には何のマイナスにもなっていません。考えようによっては、そんな連中でも応援してくれたようなもんですよ。九州男児は逆境に置かれないと奮起しない生来の呑気な性格なので・・・。


 本来、武術というものは肉体の力が劣る者によって工夫され発展していったものです。

 つまり、私のような肉体的に虚弱な人間にこそ、武術を進化させ得る資質がある筈なんです。自分の弱さを自覚した上で、執念深く向上心を失わない人間が、武術を進化させ続けてきたと思います。

 私の場合は、まずは自分が究極に強くなるのが目標なんですが、その次に、“本当に強い人”を育てたいというのが願望ですね。

 やっぱり、理想の武術家のイメージって、弱きを助けて強きをくじく特撮ヒーローに重なりますよね。

 でも、武術をマニアックに追究する人間って、結局、自分だけが強くなって自己陶酔したいだけなんだと思いますよ。つまり、単なるナル!

 だから、「誰でも達人になれちゃいます!」って活動している私に憎悪の炎を燃やしてしまうんじゃないか?と思いますね。「余計なことすんな!」ってことです。

 けれども、根本がコンプレックスで心が弱いままだから、陰湿に陰口たたくとか嫌がらせするとかしかできないんですね? お可哀想に・・・。

 そういうクズみたいなタイプはもうほとんど来なくなりましたから、最近のセミナーは非常に充実しています。

 今回は、丹田のより精神面に及ぼす作用を実感してもらうために、模擬刀での正面斬りを体捌きで躱す・・・というのを全員にやってもらいました。

 はっきり断言しておきますが、これは初心者にやらせてもまずできません。

 やり方を知らないということもありますが、恐怖心で身体が思うように動かなくなってしまうのです。

 剣道とかやっていたような人の方が、むしろ固まってしまいがちでしたね。剣の怖さを知ってるから素面でヒカリ物に対峙すると本能的に動けなくなってしまうようです。

 しかし、そこで単純に技の訓練だと考えて新聞紙を丸めたものや、ソフト剣とかを使えば恐怖心は無くなりますが、安全を前提にしてやってみても意味が無いんです。

 最低でも、木刀。できれば模擬刀でやって、的確にタイミングをとらえて躱せれば合格です。

 最初に私が何度もやって見せて、目付けのやり方、タイミングの測り方、躱す時の身体運用のやり方、躱す方向と角度をきっちりと把握することを注意しました。

 しかし、一番、重要なのは斬り手が、万一、相手が失敗した時に怪我をさせないように刀を止められる技量を持っているか?という点です。

 私がやった方が確実なんですが、ここは敢えて北島師範にやらせました。彼なら十分にできると思ったからです。

 何人かは固まって動けなくなるか?と思っていましたが、何と! 全員、ほぼ問題なくやれました。

 内心、かなり驚きましたね。

 セミナー受講が2、3回目の人もいたからです。

 木刀でも、ビュッと振り下ろした時に頭に当たれば怪我は免れませんが、模擬刀だと大怪我しますからね。

 素人目には模擬刀と真剣の区別はつかないでしょうし、実際、模擬刀を使っても細い竹やマキワラなんかはある程度、斬れますからね。

 普通の人なら恐怖心で竦んで動けなくなってしまうものなんです。

 無論、それを見越して敢えてやらせたんですが、皆さん、確実に精神的な一線を超えていましたね。

 武術の古歌に、「剣の下は地獄、一歩踏み込めば極楽。踏み込みてみよ。浮かぶ瀬もあれ」という類いのものがありますが、これは無刀捕りの秘訣を教えています。

 技術的な意味もありますが、要するに、地獄に踏み込む覚悟で一歩出ることで道は開けるんだよって教えている訳ですね。

 武術はつまるところ、心法に到る訳で、技だの身体操作だの何だのゴタク並べているうちは何も得られないんですよ。

 そこから翻って、どんな困難な事態に直面しても覚悟を決めて冷静に打開策を講じていけば、大抵のことは解決していけますよ。

「それでも解決できなかったら、どうなるんですか?」って・・・。

 心配ないですよ。そんときゃ~、死ぬだけ(笑)。

 でも、世の中に死なない人は、いまだかつて一人もいません。お釈迦様でもイエス様でもマホメット様でも、み~んな死んでます。

 死は万人に平等です。だから、“いつか死ぬ時まで”は安心して生きましょう!


追伸;新作DVD独己九剣の応用秘訣』、神保町の高山本店さんにも置かせてもらっています。三月中の割引セール外ですが、一割引きですから、ちょびっと安く買えますよ。

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合体変身の仕組み

 チャンネルnecoで、70年代に放送されていた円谷プロの『トリプルファイター』が放送中なんですが、男女三人が各々変身しておいて、更に三人が合体してトリプルファイターになる!という設定に、「どういう仕組みやねん?」というツッコミを入れて見てしまう自分に、「あ~、俺も素直に楽しむ子供の頃の純粋さを失いつつあるのかな~?」なんて思ったりする今日この頃です・・・。

 大体、変身ヒーロー物そのものが科学的合理性とは無縁な作品ばっかりですからね。

「なんで仮面ライダーは服着たまま変身してるの?」とか、「何でウルトラマンは急に身長40mで体重3万5千tに巨大化しちゃうの?」とか・・・。

 まあね~。「それいっちゃ~、おしめえよ・・・」とは思うんですけど、やっぱりね~・・・合体変身というのは何か仕組みが解らな過ぎて、おいおいって思っちゃうんですね。

 最初の作品って何だったんでしょうかね?

 やっぱりウルトラマンAかな~? 北斗と南の男女合体変身という、何か誤解しそうな設定でしたけど、それまでウルトラマンゴッコしていた子供達も、女子を誘って遊ぼうとするヤツはいなかったですね~。

 でも、二人合体というのはアニメの『マグネロボ ガ・キーン』でもあったし、実写にアニメを合成した『恐竜大戦争アイゼンボーグ』でも描かれてました。

 あ~、そうだ! 超人バロム1も優等生とガキ大将が合体して誕生するヒーローでしたね~?

 ちなみに、この作品、次元大介の声で有名な小林清志さんがガキ大将の父親の刑事役でレギュラー出演されていたんですよ? 原作は、ゴルゴ13の、さいとうたかを・・・そのせいか? 原作のバロム1の顔はゴルゴそっくりで、何かの冗談みたいでした。

 ウルトラマンコスモスもウルトラマンジャスティスと合体してウルトラマンレジェンドになったり、今回のウルトラマンサーガなんて、ウルトラマンゼロとコスモス、ダイナが合体するんでしょ?

 そういえば、ナメック星人も合体できるし、悟空とベジータや悟天とトランクスがフュージョンしたり・・・人造人間セルが17号と18号を吸収して完全体になったのも、アレも合体の一種かな~?・・・なんて・・・。


 トリプルファイターと同じ三人合体で兄弟(長男・次男・末っ子の妹)というのは、忍者物で怪獣を人形アニメで表現した『魔人ハンター・ミツルギ』がありました。

 特撮時代劇物には赤影以降、ライオン丸や嵐といった出来の良い作品もありますが、白獅子仮面とかになると逆に失笑されちゃうような感じになっていたし、ミツルギも巨大ヒーロー物なのに、人形アニメのカクカクした動きには著しく重厚さが欠けていて、「これはダメだな~・・・」と思いましたね。

 いや、人形アニメはハリーハウゼンとか好きなんですけど、なんかね・・・バトルシーンに関してはビンボー臭いと言うか何と言うか?

 トリプルファイターも、朝に5分ずつ放送して一週間で一エピソードが完結する方式だったそうで、ウルトラファイトやレッドマン、ゴッドマン、グリーンマンとかの感じなんだろう?と思っていたんですが、予算の少なさは感じられるものの、思っていたより特撮ヒーロー物としてちゃんとドラマが出来てる印象があります。

 等身大の変身ヒーローで戦隊物の元祖?という感じでもありますね。

 アクションを担当していたのが林邦史朗先生の若駒プロで、『小さなスーパーマン・ガンバロン』のスーツアクターとして知られる車邦秀さんのインタビューも放送されていて貴重な裏話が聞けたのも、私にとっては収穫でしたね。

 その当時は殺陣、スタントの団体は今よりずっと少なかったと思うんですが、車さんも千葉ちゃんに憧れて上京してきてJACに入るつもりだったのに若駒に入った・・・というところが、何だか運命的な感じもしますね。

 ウルトラマンに於けるホシノ君みたいな少年がレギュラーで出ているんですが、何かバク宙とかできて、戦闘員と戦ったりしてて、ちょっと驚きました。

 紅一点の笛真弓さんも、何かだんだんアクションが上手くなっていて、スタントマンがいなくて自分で殺陣やってるから、やっぱり数こなすと上達するんだな~?と思いましたね(おりん2の青山倫子も結構、上手くなってる)。

 今は、殺陣、スタント、アクションの団体はプロアマ問わなければ、かなり多くなってるみたいです。

 殺陣教室がカルチャーセンターでもぐぐっと増えてますから、実際の総数は、露出している団体の何十倍もあるでしょうね。

 カルチャーセンターでは、役者の技能としての殺陣を学ぶというより、芸能としての殺陣を踊りや武道を学ぶように楽しむというスタンスが主流なんだと思いますが、私個人は、武道や武術、格闘技を学んだことがない人には、殺陣をやる方をお勧めしますね。

 長年やってきて思うのは、武道・武術・格闘技というのはメンタルな部分で学ぶ人を選んでしまうんですよ。向き不向きが割合、はっきりと出ますね。

 私なんか、武道や格闘技は、多分、向いてなかったと思いますね。

 頑張ってやってもあんまり上達できなかったと思うな~・・・。

 で、「上達できないのは本人が根性がないからだ」という一面的な見方しかできない人が99%以上の世界なんで、少なくとも個性を活かすという場ではないですよ。

 私なんかも散々、根性無しのオタクみたいに陰口たたかれましたよ。

 私が自分で研究会をやろうと思ったのもそこが大きな要因でしたね。自分のような才能も根性もなくて持病のある人間でも上達できるシステムを作りたいと思ったんです。

 それは、システムとしての武術を構造的に解体再構成すればできると考えました。

 でも、武術も武術で、やっぱり、人を選びますからね。


 あっ、そうそう。思い出しましたけど、『ツマヌダ格闘街』の最新刊を読んでいたら、やっぱり、作者の方は私の本なりDVDなりも参考にされているみたいですね?

 いや、照れ臭いような何とも言えない感じなんですが、やっぱり、自分が長年研究してきて到達した原理なり理論なりを漫画で表現してもらえるというのは、嬉しいですよ!

 私自身がいろんな先生の技をパクりまくって自分の理想の武術を構築しようとしている人間でしょう? そりゃあもう~、これまで散々、悪口言われまくってきましたからね?

 だから、私の考案した技や理論をエンタメ系で使ってもらった時は、それだけ認めてもらえたってことですから、やったぜっ!って感じですね。

 それに、この作品は、本当に武術漫画の歴史に残るべき作品だと思いますよ。てっきり、やっている人だと思っていたんですがね~?

 漫画家の洞察眼というのには、改めて恐れ入りますよ。むしろ、こっちが勉強になるくらいです。

 私も、四半世紀の夢が叶って、映画の仕事ができるようになってきました。協力要請された作品も、結局、メインスタッフの一人で関与することになりました。

 これから映画や漫画、小説などジャンルを問わずに創作の世界に本格的に参入していって、歴史に残るような作品を生み出したいと思っています。

 それができれば、いつ死んでも本望ってところですね・・・。

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三月は“丹田”です

 今年の月例セミナーも、はや三回目・・・、早いですね~?

 で、今回は、目下のところ、最新作である『武術の丹田』でも取り上げている“丹田”についてやってみます。

“下丹田”を、矢嶋さんが、なぜか?「シモタンデン」と読んで教えていて、「シモネタみたいでカッコ悪いよっ」と注意していたのですが、正しくは「カタンデン」と読んでくださいね。

 独己九剣の“逆(手)斬り”も、「サカギリ」と読んでいて、「ちげぇ~よ。ギャクギリだよっ!」と注意していたら、私が間違って読みガナふってたことが判明! 矢嶋さん、スマンっす。

 なんで、サカギリなんてカナふっちゃってたのか? う~む・・・。


 まあ、いい。

 今回の丹田は、どういうことをやるか?と申しますと、丹田の膨張感覚を使ういろいろな技を指導してみようかな~?と思っております。

 また、中丹田、上丹田に関しても、今回は練功法を指導してみようと思います。

 丹田の感覚ができてきたら、心法の訓練ができます。心法が進むと、読みの能力が高まります。読みの能力が高まると目付けに頼る必要がなくなります。

 達人を超えるためには心法技術を磨かないといけません。

 でも、一歩間違うと“魔境に陥る”危険性もあります。

 だから、「こんなものできてもどうってことないよ。たかが武術だよ」という超然とした認識がないと危険です。面白がってるうちに日常感覚を喪失して神秘主義的な話しかしなくなってしまったりすると、もう、後戻りできません。

 丹田を鍛えることは、心を磨くのとセットにしないと自分の欲望ばかりが肥大して、精神のコントロールが効かなくなってしまうのです。

 結果、万能感に酔いしれて自己崇拝的になってしまう訳です。

 人間、冷静に自分の分を認識できないと社会で生きていくのに大変ですからね。

 作家とか芸術家とか芸能人とかには、そういう自己崇拝的なナルチシストが多いのでしょうが、やっぱり、それが行き過ぎると周囲の人達がドン引きして離れていってしまうので、孤独な死を迎えたりする場合もあるみたいですね。

 成功している人は、恐らく、自己崇拝的な部分は絶対にあると思うんですけど、それと同時に周囲への気配りとか愛情深いところもあると思いますね。

 単なる変人だったら、どんなに才能があっても誰も協力してくれませんからね。

 自分の分を通すのと、周囲への気配りのバランスを取るのが大人の条件ですよ。恩を受けたら返せる時には必ず返す・・・とか、そういうことをやっておかないと、いざという時に誰も助けてくれませんからね。


 さて、新作DVD『独己九剣の応用秘訣』では、いろいろな技(発勁や合気に試し斬りに無刀捕り等々)をやっていますが、これらは、「たかが武術なんだから、達人しかできないというものでもないだろう?」という不遜なまでの達観があってこそ体得していくことができました。

 普通にどこかの道場に通って修練していたら、多分、一生、できないままだったんじゃないか?と思います。

 紹介している技は、具体的なやり方を習ったものは一つもありません。見取り稽古や自分のアイデアを試してみた結果です。

 逆手斬りや寸勁斬り、片足立ちで胸を押されても平気とか、指一本で合気をかける、あるいは前腕・太もも・腹でキックを跳ね返す抖勁といった技は、すべてメカニズムを自分で考えて実験してみたものです。

 もちろん、試し斬りは佐原先生の教えを膨らませて考えたり、青木先生の身体の使い方を観て真似したりしているんですが、私は一貫して技術を成立させている原理を探って、そこから技にフィードバックさせて技を開発しています。

 よって、習ったとは言い難い訳ですが、習ってできるものでもないんですね? この手の技って・・・。

 何か、有名な先生に正式に習っているということを自慢したがる人が多いんですが、要するに、自分がどれだけできるか?だけが重要だと思いますよ。

 私なんか、正式に習った先生っていないに等しい訳ですが、たった一度しか会ってなくて、しかも口頭で説明されただけでも、その先生から教えを受けたという感謝の気持ちは持ちますし、まして、技をやって見せてもらったりしたら、それはもう、生涯忘れないつもりで全身全霊で先生の動きを脳に焼き付けてますよ。

 だから、何年も習っている人より、私の方が一発で技を体得できたりするのも珍しくありません。集中力と分析能力と応用能力に差がありますからね。

 だからこそ、「この技は先生のような達人にしかできないんだ」という考え方はしませんし、自分が再現できてから、“明確に体得のための手順を踏めば誰でもできる”と言っているんですね。

 もっと神秘的に伝えられている技でも、タネと仕掛けが判れば、案外、誰でもできるかもしれませんね~?

 ちなみに、新作DVD、量産体制が整って申し込み順に発送中ですが、物凄いテンコ盛り状態になっていて、1万5千円じゃ安過ぎたかな~?と、ちょっと後悔しております。

 あっ、それと、クエストさんから出ている私のDVDも三巻セットのDVD-BOXになるそうですので、宜しくお願いします。

 あっ、それと(アレッ?)、自主映画時代の友人から商業映画への協力の依頼がありまして、ようやく念願の映画業界への進出が叶いそうです。遅咲きもいいとこだけど、今だったら武術指導でも何でもできると思うので、歴史に残るカルト・アクション映画とかに関わっていきたいな~と思ってま~す。


PS;『八卦掌精華』(BABジャパン)を買いました。劉徳寛の八卦六十四掌について書かれた本で、これはクエストから出ている高小飛先生の八卦掌DVDと同じ套路なので、勉強になります。著者の高継武老師は高小飛先生と親戚なのかな~?とも思ったんですが、何も書かれていないので違うのでしょう。起式の托鉢式の形がちょっと違いますが、ほぼ同じなので練習しやすいです。

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ゆきゆきて游心流・・・

 あ~、何か、喜んでいいのか、虚無感に浸ればいいのか、わかんなくなってきました。

「体得するのに、後、5年くらいはかかるかな~?」と思っていた、伝説の秘技“佐川幸義先生の体の合気”の基本メカニズムが分析できたので、指導し始めたら、皆、あっさりと体得していっちゃってですね~・・・。

 もちろん、佐川先生のレベルとは遠く開きがあるだろう(見たことないもんで推測でしか言えない)とは思うんですけど、でも、基本的な技の構造は、これで間違ってないだろうな~?と思うくらいの技は、私以外の常連会員もできるようになってきたんですよ~。

 私は、この技は太極拳の抖勁と同質であろうと考えて研究してきていたんですが、「これは確かに合気技の延長上にある技法だな~?」という感想が得られて、その感覚的なやり方を論理的言語化の作業を通して伝えていくようにしていたんですが、それが功を奏してきた訳なのです。

 はぁ~・・・、しかし、これが体得できてしまったら、後は何を目標に稽古すればいいんでしょうか?

 やることが無くなってしまったような気がします。

 突き蹴りを磨く?

 いや、もう無駄でしょう。これができるようになった以上、普通に突き蹴りの練習しても隙をつくる練習してるのと同じで、必要ありませんからね。

 逆技や投げ技、絞め技を練習する?

 いや、触れた瞬間に触れたところから跳ね飛ばせるんだから、こうした技も意味がありません。

 つくづく、佐川先生は凄かったんだろうな~?と思うばかりですよ。我々のレベルでさえ、それなりの打撃技を跳ね返してしまえるんですから・・・。

 だから、我々がやることといったら、せいぜい、跳ね飛ばす威力そのものを高めていくだけ・・・。

 これって、Gフォースが造ったメカゴジラの必殺武器“プラズマ・グレネード”みたいに、ゴジラの放射能火炎光線を収束反射する・・・みたいな技なので、理論上、攻撃されたら攻撃力を倍加して送り返すんですね。

 この技、新作DVDにも収録したんですが、現在はもっとできるようになっていまして、常連会員の進歩の早さは異常な感じにも思えます。

 何か、撮り直しても、発売する頃には、もっと技が進化してしまっているだろうから、あんまり意味がないですよね~?

 というよりも・・・、これって、もう力学的に見た目で分析するのは不可能に近いので、大抵の人はヤラセだと思っちゃうだろうな~?という気がします。

 つまり、今後、技が進化すればするほど、嘘臭く見えてしまうだろうな~?と思うと、ちょっとね~? どうしたもんかな~?と思うんですけどね。

 26日の日曜稽古会も、72歳のUさんや、海外指導部長に任命して間もない千葉師範代が、もうね~・・・嘘でしょっ?って思うくらい見る見るうちに上達していくは、横浜同好会のK代表なんて、推手から繰り出す私の必殺裏拳(未だ一度も防がれたことがない!)をパシッと受け止めてみせたんで、ギョギョ~ッ!と思いましたよ。

 はっきり言って、接近密着したところからの私のパンチはチョ~速いっすよ! これで何人ものヤンキー上がりやボクシング経験者をぶっ叩いてきました。

 まあ、大石総教練なら防げるかも?とは思ってましたけどね~・・・。

 それを防いだんだから、呆気にとられましたよ~。失礼ながら、Kさんがここまで上達しているとは予想外でした。

 これはもう、観て動いていたら絶対に間に合いませんから、それだけ感覚が鋭敏になって考えなくても無意識に反射反応しているってことなんですよね~。

 毎週、日曜稽古会が一番、参加者のレベルがグングン上がっている実感があります。

 1時間半から2時間程度の練習中に、実力が一段二段、いきなり上がったりするんですよ。本当に教えているこっちが驚いてしまうんですが、その大きな理由は、大石総教練の教え方が、非常に合理的になったことと無関係ではないでしょうね。

 彼は自分を打たせて感覚を掴ませたりするので、大抵の人が、いきなりレベルアップしてしまいます。

 やっぱり、武術は感覚を体得することが一番、大切なんだろうな~と思いますね。

 とにかく、質の向上という点では一段落ついたので、今後は技の総数を増やしていくような量の練習もやってみようかな~?と思っています。

 見た目で判らないから、「実際に体験しなきゃ~何も判らない」という路線にするしかないし、そのためには、もっと何人も指導員クラスを育てないといかんな~と思っております・・・。

 停滞していた技法書も再始動しましたし、共著の企画を含めると、今年は6冊くらい本が出せるかもしれません。

 スコーレ協会の機関誌にも載せてもらいましたし、地元の新聞にも載ったし、ハリウッド映画の企画も進んでいるし、友人の映画にも協力しているし・・・、何か、今年は凄いことになってきましたよ~?


 えっとぉ~、それとですね~・・・。

 新作DVDの発売が遅れに遅れてしまったので、発売記念謝恩セールは3月いっぱいまで延長させていただきますっ! この機会に「見たいけど、値段が高いからな~?」と思っていた皆さんも、是非、どうぞ!

 
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七十歳からやっても達人

 72歳で入会されたUさんが、段々、凄いことになってきましたっ!

 大石総教練が次々に秘術を教えるものだから、発勁はできるは脱力合気はできるは、凄いことになってきたんですよっ(笑)。

 正直、ほとんど武道経験が無きに等しい(50年くらい前に合気道を半年だけやったそうです)70過ぎた人が、体得できるんだろうか?と、さすがに思ったんですが、いや~、杞憂に過ぎませんでしたね~。

 日ごろから、年齢性別は関係ないって言ってきてますが、「あっ、本当だぁっ?」って、教えてるこっちが驚いています。

 また、Uさんが実に熱心で、シダックス、メイプルホール、日曜稽古会、月例セミナー、ほびっと村講座・・・と、ほとんど全部、参加してますから練習量が積み重なってきているんで、なんだか知らないうちにいろんなことできるようになってきたんですよ。

 形はなかなか覚えられないし、足元もフラついて軸も立っていないんですが、そこがまた逆に、いい感じに脱力体になっていて、推手もうまくなってるし、うちの技だと体格体力は関係ないんで、時々、達人のような動きが出てくるようになりました。

 19日の日曜稽古会は、関西組が二名参加し、タイから戻ったばかりの千葉海外指導部長も参加していたので、賑やかになって、大石総教練もハッスルして寸勁や蹴り技を脱力技法で受けて威力を殺す方法なんかを次から次に教えて、何か、みんな一気に達人超え?してしまいましたよ~(苦笑)。

 だって、72歳でほぼ武道経験0の人がフルコン経験者の若い人の廻し蹴りを前腕で受けてビクともしないんだから、笑っちゃいますよ? おまけにUさんは50kgないんじゃないかな~?という体格なんだから、尚更ですよ・・・。

 この調子で、もっと身体がヨボッてきたら、更に驚異的な達人になっちゃうかも?

 これ見たら、頑張って練習してきたのに中年過ぎて技なんか知らない若くてガンガンくるだけのヤツにやられて悔しい思いをしている空手マンとか唖然とするでしょうね?

 いやまあ・・・しかし・・・何ですね~? 自分で「70歳で最強!」って言っておきながら、「70歳から始めても最強!」になれるとは思ってなかったですよ。

 何か、武術で身体鍛えることに何の意味があるのかな~?と、今更ながら考え込まざるを得なかったですね~。

 鍛えてるから強い?

 いや~、多分、違うな~。逆に鍛えていると、相手の攻撃を受けてから反撃する・・・という戦法になってしまいがちで、相手が一人ならまだしも、複数いたら危険だと思いますね。

 武器での攻防で考えたら、一発受けたら致命傷になりますから、尚更、鍛えても意味がない。

 まして、鍛えた身体で繰り出す技を、全然、鍛えていないヨボ爺?にあっさり凌駕されて、しかももっと強烈な技を食らわされたりしたら、悲し過ぎるでしょうね?

 私を批判する人達の中には、恐らく、「俺たちは必死で鍛えてきたのに、鍛えないで強くなれるなんてフザケたこと言ってんじゃね~ぞ? このバカ野郎!」って気持ちの人もいると思います。

 でも、“鍛えて技を研ぎ澄ます”ってのは人間だけがやっていることで、野生の動物は身体鍛えたりしませんよ?

 猫なんか一日中、ゴロゴロ寝転がってて、寝起きにグーッと全身を伸ばすだけ。犬も喜んで走り回るくらい。

 猫や犬が腕立て伏せや腹筋やったりします?

「猫や犬は子供の頃に兄弟とじゃれあって狩りのトレーニングをしている」と考える人もいますが、うちの猫は産まれたての頃に叔父さんが拾ってきたんで、全然、その種の訓練をしていません。まあ、お手玉取らせて遊んだくらい?

 生後2週間くらいで小ネズミを見るや野性の本能が目覚めてダッシュしてイップマンみたいな猛烈猫パンチでネズミ捕ってました。

 やっぱ、本能の力は偉大ですよ~。

“自然体”の重要性を言うなら、「身体を鍛える」ということの意味を根本から考え直す必要があるんじゃないか?と、私は最近、痛感しています。

 私が「全然、練習していない」と強調してきたのは、実は、この実験をやっていた訳なんですよ。

 で、思った通り、実力は衰えません。威力もスピードもむしろ向上してます。

 それに、私の技の半分以上は、練習して体得したのではなくて、頭の中でイメージしたものを、指導している最中にアドリブで再現したものです。

 いろんな先生の技をイメージとして頭の中に定着させておいて、それを私なりにアレンジして再現して使っている訳ですが、これは友寄隆一郎先生が自分の眼と脳をビデオカメラにする・・・と教えてくださったことを実践してきた訳です。

 だから、一回観て“一度も練習したことの無い”技を、私は教えている訳ですが、例えば、私がセミナーや講座の時に実演する技を、常連会員も「初めて見ました!」と驚いたりするんですが、そりゃあそうですよ~。私だって初めてやってみたんだから(笑)。

 一般に、武道には「これが正しい形だ」という姿勢なり技の所作なりがあります。

 しかし、それは、何を基準として「正しい」と言っているのでしょうか?

 ある流派で正しいと言われている形が、別の流派では間違いだとされている例は無数にあります。

 どうしてでしょうか?

 それは、戦闘理論の違いであったり、術者の体格や体能、体質などによって有効性のある技の形が変わっていくからでしょう。

 うちの会の中でさえ、北島師範や大石総教練は、形の正しさに拘りがある発言をしていて、「長野先生は形じゃないと言うけれど、実際に初心者には正しい形を教える必要があるんじゃないか?」と考えている様子でした。

 しかし、その正しい形を体現しようとすることで、逆に正しい形を取るために身体に無意識に無駄な力みが生じて動きが固くなってしまったりしていました。これでは本末転倒です。堅くなるような形なら正しく取らない方がずっと良い!

 うちの理合では、“固さイコール弱点”です。ちょっとでも力んで固まっている箇所には重心が滞るので、そこを攻めれば受け流すことができずに力が作用してしまう。

 脱力技法とは身体を流動体にして重心を固定させないで動かし続けることが原理となって技として機能します。

「骨盤から動く」というのもうちの運動理論ですが、これすら固定的に考えてはいけません。骨盤を固定してそこから動かそうとするのは間違いで、そこに“力をタメて”動こうとしてはいけません。

 力をタメる行為そのものが居着きになるからです。重心移動の力は“流れ”が要でありこの流れを止めては意味がありません。

 身体論者の多くは、この意味を解っていません。

 簡単なのは歩きながら当てることです。これは移動力そのものを利用するやり方であり、合気道や伝統空手の当て技の威力はこれに負っています。

“身体に浮きをかける”と甲野氏が表現していたことを、うちでは“重心の流れを滞らせない”と認識します。

 つまり、相手の攻撃に対しては、こちらの重心を分散させて威力を殺したり(化勁)、逆に集中して当たって撥ね返したり(抖勁)する訳です。

 この重心操作という観点では発勁と化勁(合気)は表裏の関係にあるものの、原理的には同一の技法を逆転させて用いているに過ぎません。

 そして、こうした技法原理を理解していれば、技として駆使するのは身体感覚次第であって、特に鍛えなければ体得できないというものではないのです。

 大石総教練と話していて、「結局、うちで伸びる人は先生の言っていることを理解する頭があるかどうか?ですね~」と言っていましたが、確かにそうなんだと思います。

 ただし、頭で解っているつもりでも身体感覚が鈍いと体現するのに苦労するのは事実ですね。

 そして、これまでいろんな人に教えてきて明確に判明したのは、筋トレに熱心に励んだ人は、ほとんど例外なく身体感覚が鈍いという現実です。

 直接打撃制の武道・格闘技をやっていた人にも極端に身体感覚の鈍い人が少なくなかったんですが、これは恐らく、直接拳足を身体に受けて打ち合う中で、“痛みに耐える”ということが身体の痛覚を麻痺させていくことと無関係ではないように思えます。

 人間、つらい環境に居続けると、そのつらさを受け止める感覚が麻痺してきて鈍感になってしまうものですが、身体もそういうことなんですね。

 練習に励んでいるのに成果が出ない人の場合も、「練習しているから上達する筈だ」という安心感を得るための一種の思考停止に陥って、“練習のための練習”になっているので“刺激が脳に行かなくなってしまう”のでしょう。

 こういう状態では、十年、二十年と練習しても、単に形だけで一向に使えるようにならない・・・という現象になってしまったりする訳です。

 私は、最近、ちょっと甲野氏を見直す気持ちが出てきているんですが、それは、彼自身が武術の世界で当たり前だと言われていたことを疑って再検証しようとしている点には共感できるからです。

 ただ、方向性が根本から異なっていて、彼は“身体操作”という位置付けでしか武術を追究していないのに対して、私はあくまでも“戦闘術”としての武術を中心に探究して、そこから派生するあらゆる分野への応用展開を図ることを考えています。

 その中で、「あ~、やっぱり武術は脳の訓練をやっているんだな~? それを無視して身体だけ鍛えても意味ないな~」と思うようになりました。

 武道でもスポーツでも頭を空っぽにして、ただ無心に繰り返し動けばいいという「バカになる練習」が必要だと信じている人が多いですが、その練習が最終的に何を目的にしているか?という点を自覚していなければ危険ですね。

 身体を鍛えるというのも、ただ筋肉に負荷をかけて鍛えるというのではなく、もっと総合的な身体性を養うことを考えないとダメでしょう。

 基本の形を訓練することは無意味ではありませんが、いつまでもやっていてはダメですね。形ができたら、崩していく。崩してまた一瞬で形を作る。そしてまた崩す・・・それが身体を“練る”という行為です。

 鍛えて形を作ればいいと思い込んでいる人が多過ぎますね。固定した形を作ってしまえば、その形の動きしかできなくなります。

 一回、形を作ったら、必ず壊さなきゃダメです。形を維持しようとすれば居着きを生じるだけで、弱点をさらすに等しいのです。

 仮面ライダーブラックRXのバイオライダーや、バビル二世のロデムみたいな感じ?

 つまり、液体人間ですよ!

 さらに目指すはガス人間です!

 本当の遣い手は、変幻自在に形を崩して“流れ”を生み出して技をかけます。拡散と集中が大切で、これは青木宏之先生と親しくしていただくようになってから気づきました。

 本当に私は、要所要所で素晴らしい先生方と出会う縁に恵まれたな~と思いますよ。

「昨日の友は今日の敵」そのもので、人間関係はグッチャグチャで苦労することの方が多かったですが、それを含めて考えても、やっぱり恵まれているんだと思いますね。

 だって、未だに生きてるし、自分のやりたいことをやれているんだし・・・文句言ったら罰が当たるでしょ?

 会うは別れの始まりと言いますが、一期一会で得られることはプラマイは別として必ず有益になることだと思いますね。

 むしろ、同じ人とずっと一緒に居ることの方が不自然なのかも知れません。一緒に居続けられる関係というのは、一緒に成長できる場合に限られるんじゃないでしょうか?

 別れた人達とも、その時々で自分の欠けてる点を教えてもらったり、具体的に助けてもらったり、縁を繋いでもらったり・・・、その場その時は嫌な思いだけしか残らなくても、後々に、「あ~、あの時に経験していたから失敗しないで済んだな~?」と、必ず役立つことがある訳ですよ。

 失敗は成功のモトというのは真実ですね。

 もう、数え切れないくらい失敗と挫折を繰り返してきた私でも、ここまでやってこれているんだから、本当に才能のある人はもっとずっと活躍できると思うんですよ。

 現役の会員さんが自身の活動の場で活躍しているのを見るのは嬉しいし、今は来ていない会員さんでも風の便りで頑張っていると聞けば、ほっとします。先日も、結婚が決まったとバイク飛ばして相模原まで報告に来てくれた会員さんもいます。

 無論、ガッカリするような情けない真似をして恥じない人もいたりしますが、それは自分に必ず返ってくることを、いずれは自覚されるでしょう。それが世の理法ですからね。

 いや~、現実に既につらい思いをしているから、他人を非難することで自尊心を満足させて精神のバランスを保ちたいのかもしれませんけどね? 結果的に、逆効果にしかならないことは指摘しておきましょう。人のフリ見て、我がフリ直せ!・・・です。


 人間は、自分に与えられた仕事をひとつひとつ、しっかり着実にこなしていくしかありませんよ。

 有り難いことに、今年は次々にお声をかけていただいております。乞、ご期待!です。

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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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