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北川景子は時代劇が似合うね

 北川景子主演の『みをつくし料理帖』が、面白かったですね~。

 松岡クンが出てるから、きっと立ち回りもあるぞ!と思っていたんですが、やはり、度重なる嫌がらせで放火しようとする連中を、松岡クンが峰打ちでやっつけるシーンがあって、「待ってましたっ!」っと、私も爺さんの仲間入りですな~・・・。

 ちなみにうちの会員さんは単なる江戸時代のグルメ時代劇だと思って見てなかったみたいなんですが、私は「クライマックスで立ち回りがあるに違いない! 松岡クンが出てるから・・・」と思って見てたのですよ。

 まあ、欲を言えば、北川景子ちゃん本人が戦ってくれると楽しいんですが・・・。

 一連の藤沢周平時代劇の中でも北川景子主演の『花のあと』が私は一番、楽しめましたからね。

 殺陣も非常に良かったんですよ。構えとか所作が丁寧で、かつ時代劇ならではのケレンの部分もある。

 一対三の戦いを、これだけリアルに見せてくれたのも珍しいと思います。

 走ったり、鞘を投げ付けたり、必死さが伝わってきましたよ。

 それに、これは北川景子でなければ成立しなかったと思うし、亀治郎(猿之助)の憎ったらしい悪役ぶりも非常に良かった。

 一連の藤沢時代劇の問題点として、悪役が悪そうに見えない作品が多くて、そこがちょっとね~・・・。カタルシスに結びつかないと言うか何と言うか・・・。

 やっぱり、時代劇はクライマックスで死闘を演じるところが醍醐味なんであって、そこを避けたら作る意味ないと思うんですよ。

 現代の平和ボケ感覚で見たらダメだと思うんですね。

 命をかけて戦うというところが時代劇の要なんだから・・・ちゃんと描かないとね。

 北川景子さんには女剣客とか演じさせたいですね~。あっ、そうだ! いいこと思いついたよ!

 リボンの騎士の時代劇版をやればいいんだよっ!

 あるいは、もののけ姫の実写版とか?

 あっ、テキトーに書いてるけど、いけそうな気がしてきたよ。『るろうに剣心』でニュー時代劇ブームが来そうな感触があるし・・・。

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丸岡いずみさん御結婚おめでとうございますぅ~

・・・って、何か、ちょっと複雑ですけども、知的な美人アナウンサー好きの私がダントツでファンだった丸岡いずみ元キャスターがバカ映画コメンテイターの有村棍さんと御結婚されたそうで、おめでとうございますぅ~・・・ってことです。はい・・・

 えっ?

「長野さん、狙ってたの?」

 え~、まあ、流石にそこまではないですけど、結構、昔っからファンで、世間的に注目される前からTVのニュース番組で「現場から丸岡さんがお伝えします・・・」みたいな感じでチョコッと出られる度に、えらい美人だな~と思っていた訳です。

 それで昼の番組とか出られるようになって、結構、天然ボケっぽいところがあってキャラ的に面白いということで注目されるようになり、夕方のワイドショーの担当になってからは、毎日、楽しみにして見ていた訳ですよ。

 女子アナが注目されるようになっても丸岡さんは基本的にニュースキャスターですか?

 アナウンサーじゃないので、芯のところでプロというか・・・まあ、女子アナって、なんかもう、ホステスっぽいじゃないですか? あの辺が何か狡猾そうな裏がありそうでねぇ~(凄い偏見)?

 丸岡さんは、何か裏表無さそうだな~というか、あんまり野心とか無さそうだな~というイメージで好感度が高かった訳ですよ。

 顔が猫顔なのも個人的にポイント高い。

 私も50ぐらいだから、あんまり若い人だと、ちょっとね~・・・。

 早朝の番組で吉田豪さんと掛け合いしてたのも面白かったですね。絵が物凄い下手なのも愛嬌があるし。

 ただ、去年の3.11の大震災の取材以降、間もなく体調を崩して休養に入り、そのままひっそりと退職していたと知った時は、がっかりもしたんですが、でも素朴な庶民的生活の方が健康的に暮らしていける人じゃないかな~?と思っていたりした訳ですが。

 そこに年下コメンテイターと結婚!というニュースを携帯で見て、驚いた訳ですが、有村さんは二週間に一回、徳島まで通っていたんだとか・・・いや、凄いな~、その情熱は・・・と感心してしまいましたね~。

 ところで、有村さんは特技が殺陣で戸隠流忍法をやっているんだとか?

 その辺もプロレス好きの丸岡さんと合うところだったのかな~?

 しょうもないヤツと結婚したら残念がるところですが、男気のある人で良かったですよねぇ~。

 お幸せに~・・・。

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新作DVD『合気の応用』ほぼ完成

 新作DVDの粗編集が終わり、チェックと追加撮影分を駅前のカラオケでやりました。

 いんや~・・・自分が監修していて言うのも何なんですが、物凄っい高レベルの技を、冗談のように簡単に解説実演していて、何か、これ見たら武道の認識が180度変わっちゃうと思いますよ。

 一年前は認知症になりかかってるのかな?と思うくらいだった72歳のUさんが、どう見ても伝説の合気の遣い手にしか見えなかったり、指導陣の自在な技ももちろん、游心流最年少指導員のNさんの太極拳・八卦掌・空手の驚くべき身法レベル・・・と、見所満載で、私もこんな武術DVDはいまだかつて見たことがありません!

 もし、これ見てケチつける人間が居たら、どれだけ名の有る人物であっても、私は「アンタ、目ン玉、腐ってんですか?」って言えます。

 それぐらい、皆のレベルが尋常でない水準に達しています。遊びながらグングン上達していっている様子は、何か武道や武術の練習とは別物のように見えるでしょうが、これこそが游心流が追究してきた上達の方程式なんですよ。

 闘争心に任せてダメージを与えあって競う練習ではダメなんですよ。

 今回のテーマである合気ということでは、佐川幸義先生の伝説の“体の合気”が中国武術で言うところの“抖勁”と同様の技法であると考えて示している訳ですが、これも技の質としては何段階かあるということも判明しています。

「力が集中する瞬間に堅くぶつける」のが第一段階とすれば、「当たってから力が作用するまでのゼロコンマ何秒のタイムラグに化勁を効かせて発勁で跳ね飛ばす」というのを第二段階と考えています。

 最初はタイミングを合わせて発勁するだけでしたが、今は、当たってから力が作用するまでに極めて僅かながら時間差が生じることが体感できるようになったので、当たってから受け入れるようにしておいて跳ね返す・・・ということができるようになりました。

 後者は脱力技法ができなければできませんが、前者はタイミングが読めれば特別難しくはありません。

「馴れ合いの練習で強くなれるのか?」と文句を言いたい方もいるでしょう。

 心配無用です。

 我々の技はまともに食らえば死ぬ“必殺技”を練習しています。

 重心移動で生じる力は自分で力感が無いのでピンときませんが、受けた側は、あまりの威力に愕然となります。

 軽く打たれただけなのにダンプカーに跳ね飛ばされたのようにふっ飛んだり、打たれた瞬間は特にどうということもなかったのに、後から後遺症(血尿が出たり身体が鉛のように重くなって動けなくなったり色々)が出たり・・・。

 つまり、人体が耐えられない威力なのです。

 馴れ合いでなければ危な過ぎて練習できないのです。

 私は若い頃は型稽古なんて馬鹿にしていましたが、今はよく解ります。こういう類いの技は型や約束組手でしか練習の仕様がないのです。

 もし自由組手でバシバシ出したら、マジで死人が出てしまうでしょう。

 先日の木曜日の稽古でも、熱中していたUさんの顔面にKさんの肩発勁が入ってしまい、Uさんはメチャクチャ痛がっていましたが、まさか“肩で打たれる”とは思ってもいなかったので無防備に食らってしまったようでした。

 この、「予想していない時に技を食らう」というのが一番危なく、逆説すれば一番、有効なんですね。予想している技に関しては百パーセントの威力を食らうことはまず無い訳ですが、予想していない時に食らうと百パーセント効いてしまう訳です。

 考えてみてください。ボケッと突っ立っている人にいきなりバックドロップ掛けたら、受け身もできずにモロに食らって死んでもおかしくないでしょう?

 必殺技の本質は、“相手が予想もできない技”という点にあり、だからこそ武術は本来、秘密主義なのです。深く知っている人ほど、知らないフリをして隠すものなんです。

 それを自覚していれば、単なる競い合いとは次元の違う超然たる精神になり得ますから、ケンカや試合の強さしか念頭に無い者を恐れる理由はありません。

 ちなみに、組み居合をやっているところでは、打ち太刀の小塚師範代の持ってるのは真剣です。無論、刃挽きではありません。当たったら斬れますよ。

 これも手順はまったく決めていません。アドリブです。

 つまり、私が失敗したら大怪我するか、下手すれば死ぬ訳です。そうすると、小塚師範代も業務上過失傷害とか過失致死の罪になってしまう・・・。

 いろんな意味で打ち太刀の恐怖心も並みではない筈ですし、北島師範が、「小塚さんは凄いな~。僕は恐ろしくてたまらなかったけど・・・」と感心していました。

 最初は私が遣おうか?と思ったんですが、彼なら真剣も扱えると思って、私は模擬刀を遣いました。

 素手の武道、格闘技しかやったことの無い人は、素手の技を一発二発食らうぐらいは屁とも思っていないものです。

 が、真剣の一撃を素手で受け止めることはできません。

 真剣がどれくらい斬れるか?というのも、各種のマキワラ斬りを収録したので理解してもらえるでしょう。逆手で抜いて斬るというのもやりましたし、寸勁斬りもやりました。

 単純に比較戦術論で考えれば、他人のできない、知らない技を多数知っている人間の方が優位にあります。

 その上、殺すか殺されるか?という観点で考えている人間と、単に技量を競おうと考えている人間の戦い方が同じである筈がありません。

 前者が武術の基本の思考であり、後者とは別物なのです。

 例えば、警察や軍隊で射撃より格闘術を重視したりするでしょうか? 世界中で素手の格闘術しか練習しない警察や軍隊は無いでしょう。

 どうも、格闘術と武術をごちゃごちゃに混同して考える人が少なくありません。全然、別物と考えた方が明白に分類できるのです。

 もっとも、そこまで明言できるのは、武術の研究が深く進展したからに外ならないでしょう。

 正直、ここまで研究が進展してしまうと、後は個別の技をより洗練させていくしか道がありません。

 私だけができるのではなく、指導員クラスの常連の会員もできるし、真面目に続けている会員もできる。

 脱力技法の奥深さは、結局、固定観念を捨てることで人間の潜在能力がどんどん目覚めていく・・・ということだと思います。

 簡単にできて、30年も40年もやらねば体得できないと思われている技をすぐに体得できてしまう・・・。

 これは最早、武術の革命だと言えると自負しています。


 来週からは量産体制で発送できそうですので、注文も受け付けます。2万円ですから安い買い物ではありません。一般に流通している武術DVDとは内容が著しく異なっているので同列で考えてもらいたくないのです。

 本気で体得したい方だけ御注文ください。

 しかし、期待を裏切ることはないと確信しています。繰り返し見て理解してもらえれば、誰でも達人の領域に入ることができる! それだけの秘訣を解明できたと思っています。


※※※ 事務連絡 ※※※
新作DVD・『合気の応用』
価格 20,000円 (送料はこちらで負担致します。)
下記URLにてご注文受付中 
http://infoyushin.blog.fc2.com/blog-entry-12.html
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独りモン男飯レシピ

 20歳から独り暮らしやってくると、もう30年近く独りで飯食ってきてる訳ですが、基本的に独りで外食したのは20回あるかないか?というくらい希少。

 何でか?というと、オッサン独りでファミレスや食堂に入るのが何か嫌で、自炊するか、コンビニかスーパーで弁当買ってきて食べる・・・というパターンになる訳です。

 私は基本的に面倒臭がりなので、自炊するとは言っても、ややこしいグルメ料理とか作ったことはありません。

 兄貴も面倒臭がりな性格でしたが、料理だけは凝り性で、「スパイスからカレーを作る!」と高校生くらいの時に挑戦して大失敗。異常に辛いだけで糞マズイ汁カレーになってしまい、母親が小麦粉入れたりして何とか食えるようにした・・・という記憶がありますが、懲りずにその後もケーキ作りや何かに挑戦していました。

 弟は大学に行ってから何故か資格マニアになり、車にバイクに小型船舶の資格なんかも取っていましたが、調理師免許も確か取っていたみたいで、「退職したら阿曽山の麓に小さなレストラン開く」とか20年ぐらい前には言っていました。

 公務員だから、多分、もうそんな気はないだろうと思いますが・・・。

 兄貴と弟に比べれば、私の面倒臭がりな性格は筋金入りで、とにかく武術とか映画とか自分の好きなこと以外にはまったく気を使わない人間なのは心得ていたと思います。

 つまり、普通の人間なら気を使うだろうところに全然、気を使わない人間なので、ホームレスと間違えられそうな格好(髪も髭もぼうぼうで破れた服や靴にボロボロになった鞄を持ち歩いていたり・・・)で平気で暮らしていたりする私を、さぞや不憫に思っていたことでしょうね?

 弟は出張してきた時に会ったりもするので、最近は認識してくれていますが、兄貴は、何冊も本出したり、武術研究家として結構、有名になっているのも、今でも信用してくれていませんね。

 何せ・・・「お前は本当に強かとね?」と真顔で聞かれましたから。

 兄貴の前で技やってみせたことないんで、信じられないみたい・・・って言うか、家族含めて親戚の前でもやってみせたことないし、高校以前の同級生でも知らない訳ですよ。

 郷里では、さぞや、正体不明のように思われていることでしょうね。

 たまたま、関係なく私の本読んだ武術好きな人が知ってるくらいでしょう。何年も教えていませんが、天草にも何人か会員居るし・・・。

 そんな次第ですから、私の兄弟とか親族で武術やっている人は全然いないので、勘違いして弟子入り志願に行ったりしないでくださいね?(居たんだよ、昔・・・)

 それはそれとして、一昨年でしたか、弟を泊めた時に、朝飯に雑穀ご飯にネギ刻んだ豆腐・味噌汁・納豆を出したら、凄くビックリしていました。

「最近は、こがんとも作るとね?」と別人を見るような顔をしていました。

 雑穀ご飯は、学生時代に心身の調子を崩した時の食事療法でやるようになって、それが習慣になったものなんですが、ここ何年かは白飯に発芽玄米と雑穀を混ぜて食べていますし、豆腐も納豆もスーパーで安いのを買ってきて、味噌汁はインスタントの野菜が沢山入ったのをお湯で溶いただけ。それに豆腐と、ネギを刻んで大量に盛ります。

 どうも、弟はネギ刻んでたのに驚いたみたいでした。

 ネギは毒消し効果がある薬味でもあるし、葉緑素も取れるでしょう?

 私はグルメじゃないんですけど、食養は多少研究してるんで、こういうのって研究上、習慣になっただけなんですね。

 金銭の余裕があったら原料から拘るところですが、普通に入手できる素材で作る方が現実的でしょう?

 動物性タンパク質も、肉や魚で取るのに、割りと鯖の塩焼きは食べますね。でも、焼いた後のグリルをすぐ掃除しておかないと魚の油が腐って匂いがひどいので、最近は調理した後はすぐに洗うようにしています。


 ところで、インスタントにしては値段が高いから試してみなかった『100時間かけたカレー』というのをお試しに買ってきて食べてみたところ、非常に美味かったんですが、野菜は溶けてしまっているんで、「このカレーで野菜がゴロゴロしてるのを食べたいな~」と思い、久しぶりにジャガ芋・ニンジン・玉ねぎのカレーセットを買ってきて、大きめに切って油で炒め、水を加えて煮込み、さらに『100時間かけたカレー』のルーを入れて、混ぜ溶かし、火を止めて馴染ませるために蓋をして置いておきました。

 野菜が多過ぎて味が薄くなってしまったので、思ったような感じにはなりませんでしたが、レトルトより少しはちゃんとしたカレー食べたような気がしました。

 もう何年も独りでカレー作って食うのもな~?と思って、レトルトカレーばっかり食べていたんですよ。

 やっぱり、カレーは家庭のある人が家族団欒で食べるもんでしょう?

 特にジャガ芋やニンジン、玉ねぎを切ってると、何か独りで食うのにそこまでしなくても?という気分になってくるんですね~。

 他人に食べさせる習慣が無いので、面倒な作業の必要な料理はしなくなるし、せいぜい、肉とクズ野菜を炒めるとかが主流になるんですが、冬はそれなりにゴージャスなものが食べたくなるんで、鍋物とかすき焼きはよく作りますね。

 夏は火を使うと余計に暑くなるので、冷やしツケ麺をよく食べてたんですが、今年は健康のためと手間を惜しんで、蕎麦をよく食べましたね。

 私は蕎麦、大好きなんで、うどん屋に入っても蕎麦頼んじゃう人間です。

 今年は水にさらすだけで大丈夫な『流水麺』をよく食べましたが、味はイマ一歩かな?

 物事は一長一短ありますからね~。まあ、マズくはないし、二人分入ってるから丁度いいし・・・。

 蕎麦で今までで一番美味いと思ったのは、東京のどこだったか忘れたんですけど、体育館の食堂で食べた蕎麦がメチャクチャ美味かったという記憶があります。

 専門の蕎麦店ももちろん美味いんですが、あの食堂の蕎麦は驚きましたね~。

 コンビニの蕎麦だとファミリーマートのざる蕎麦がなかなか美味かった。次はセブンイレブンかな?

 ちなみに、私、蕎麦打ちもできますよ。

 昔、甲野善紀氏の道場で、すくーるらくだの平井雷太さんが主催して蕎麦打ちの実演食事会があったんですが、そこでやり方覚えて、一、二回作って食べてみたことあります。

 満州出身の母親が、よく水ぎょうざ作るのを手伝ってたんで、粉練ったりするの好きなんですよね。

 そのうち、蕎麦打ちセットとか買って道場で作って会員に食べさせたりするかな?

・・・あっ、そういえば、小塚師範代は蕎麦アレルギーって言ってたな~?

 だめじゃ~ん?


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SFXって知ってますか

 80年代はホラー映画、特にスプラッター(血しぶき)映画の全盛期でしたが、中でもラテックス・ゴムを使った特殊メイクアップ技術が隆盛したものでした。

 特に、『ハウリング』(ジョー・ダンテ監督)『狼男アメリカン』(ジョン・ランディス監督)『遊星からの物体X』(ジョン・カーペンター監督)は、特殊メイクアップ技術を格段に進歩させたとして注目されました。

 これらは特殊効果(SFX)という言葉で位置付けられ、映画産業に於ける花形職業として憧れられたものでした。

 私も、学生時代に本読んで石膏やラテックス買い込んだり血のり弾着作ったりしたものでしたよ。

 80年代は学生の自主映画も全盛期となり、SFXを駆使した作品を作る人も出ていました。

 こうした人達は現在もJホラー・ブームをけん引していたり、特撮ジャンルの作品をずっと作り続けていたりします。

 代表的な人といえば、今、特撮博物館をやっている庵野秀明監督。

 あるいは『牙狼-GARO-』の雨宮慶太監督。

 そのジャンルで地位を確立している人もいれば、インディーズで地道にずっと続けている大桃一郎さんのような人もいます。

 どっちがいいのか?というのは、私には判りません。

 どうしてか?

 どう考えても地位を確立して好きな作品を撮れる人の方がいいだろう?と思うでしょうが、ところが現実はそうでもないと思うんですよね。

 要するに、大きな金が動くということは大損するリスクもついて回る訳で、冒険できないんですよね。

 今、ハリウッド映画って昔の作品のリメイクやシリーズ物、外国のヒット作のリメイク作品ばっかりでしょう?

 新しいものに挑戦してコケたらヤバイ!という感覚がある訳ですよ。

 これは映画に限った話じゃなくて、日本の出版業界だって同じですね。新しい企画はなかなか通りません。売れてる筋の二番煎じ三番煎じばっかり!

 それもビッグ・ヒットはほとんど出ないから、“黒字になればいいよ”的な安易な企画しか通さない。

 こういうのを「ジリ貧」と言うんでしょうな~?

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松田優作の隠れた傑作『大都会パート2』

 最早、松田龍平・翔太のパパと言った方が若い人には通りがいいかもしれない伝説の俳優・松田優作・・・。

 私より上の世代の男子で、高倉健が嫌いという人がいないだろうのと同じく、この人が嫌いという人は、まず、いないと思うんですね~。

 まず、その登場の仕方がカッコ良かった。

『太陽にほえろ』で、マカロニ刑事ことショーケンが壮絶にカッコ悪く立ちションベンしてるところを刺されて死んでから、マカロニの後釜という超絶に難易度の高いポジションで登場する松田優作・・・。

 しかし、新米刑事なのに、いきなり逮捕されて留置所から出勤するというワイルドさ。

 そして、ヒョロッと背が高く手足が長い、モンキーパンチが描くキャラみたいなスタイルで拳銃嫌いの空手の使い手!という設定・・・。

 何か不良が間違って刑事になっちゃった?という感じのアンバランスさで無造作にジーパン履いてるから、「お前はジーパンだ!」と命名されてしまうアバウトさ。

 マカロニの空白を埋めるキャラの強さは設定と本人の資質が見事に融合したからでしょうね。

 そんな松田優作の代表作と言えば、やはりTVでは『太陽にほえろ』『探偵物語』、映画では『最も危険な遊戯』『殺人遊戯』『処刑遊戯』となるでしょう。

 しかし、『蘇る金狼』『野獣死すべし』『ヨコハマBJブルース』『陽炎座』『ア・ホーマンス』『嵐ケ丘』なんかも私は好き。

『乱れからくり』というのもあったな~? 『あばよダチ公』『俺たちに墓はない』も悪くない。

 TVでは『俺たちの勲章』は外せないし、『熱帯夜』『新・事件ドクターストップ』も印象深い。

 でも、忘れちゃいけない松田優作の暴力刑事っぷりが見れるのが『大都会パート2』なんですよ。

 渋過ぎた『大都会』の反省からか、アクション度を強めた『大都会パート2』では、松田優作が久々に刑事役を演じるというのがウリ!

 丁度、ハードボイルド・アクション路線で売ってる最中だったこともあってか、ノビノビと演じている印象があります。

 何か、遊戯シリーズの鳴海昌平と似た感じなんですが、この作品撮ってる時に遊戯シリーズが始まったんだっけ?

 作中、バンバン、アドリブをかます松田優作を苦笑しながら見ている渡哲也が面白いんですよ。

 何でも、渡の大ファンだったので優作もオファーを断らなかったのだとか?

 作中、「部長の命令は聞かない」と憮然としている優作に渡演じる黒岩が命令すると、「クロさんの命令だったら聞きますよぉ~っ」と笑顔ですっ飛んでいく・・・ってところには本音が隠れていたのかな~?

『大都会パート2』、チャンネル銀河で夜11時から二作ずつ放送中です!

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脱力技法は心法が要

 日曜日の公園稽古が変則的な雨で出来なかったりすると、稽古後に行くファミレスに先に行って、天候の具合を見ながら武術談義をしたりするのが游心流スタイル・・・。

 16日も雨が降り出したのでファミレスに直行していたんですが、小降りになったのと、会員の要望で午後から公園に行って練習しました。

 ここ最近、脱力技法が深まり、体の合気のような技が当たり前にできるようになってきていた(凄いこと書いてるな~?)ので、この日も、交叉法の差し手からそのまま脱力して沈身の重さを使って相手の体勢を崩すやり方を主にやってもらいました。

 この技が熟練すれば、相手のパンチやキックをひょいっと払っただけで相手はもんどり打って倒れたりする・・・という冗談みたいな展開になる訳で、かの有名な鹿島神流の国井善弥先生や、天真會の青木宏之先生が名だたる空手家をチョチョチョイッと退けて、退けられた空手家たちは、あまりの彼我の技量の雲泥の差に泣きの涙で悔しがった?という伝説の“技”です。

 我々はこの伝説の技を、ここ何カ月か、更にハイスペック・バージョンで使えるように磨いているのですが、かなり実用レベルでも使えるようになりつつあります。

 こういう技ができるようになったのは最近の話で、昔は演武でしかできませんでしたが、やっぱり長くやってると普通にできるようになってくるんですね。

 伝統空手式の突き・フルコン空手式の突き・前蹴り・ローキック・ミドルキック等と攻撃技を変更して対処する練習をしていても、基本原理は同じことですから。

 また、うちの場合、他流の指導者、師範クラスの人達も来られているので質の高い練習もできます。

 技をかけられるようになったら、今度は攻撃側が返したり、更にそれをまた返したりもしていく訳です。

 この日は、新体道を長くやっていたAさんに、大石総教練が指導していましたが、Aさんは接触した際についつい力が入ってしまい、結果的に技がうまく掛かりません。

 形をしっかり取ろうとし過ぎていましたね。形で技の効力が出ると思っている様子でしたが、これは多くの武道修行者が誤解している点なんですよ、実は・・・。

 形を決めるためには筋肉に力を入れて静止する。つまり、“居着く”訳です。

 結局、形が無い、パターンが無い、流動する技だから千変万化して最も適切に対処できる訳なんで、その大前提として脱力しないといけないんですよ。

 見かねて実演してみせましたが、Aさんは「頭では解っているつもりなんですが、ここまで力を抜いて、何であんなに大きな威力が出るのか?というのを身体が理解できない」との感想でした。

「Aさんは我が強過ぎるんですよ。自分はこれだけ練習してきたんだから・・・という気持ちが出過ぎてるんですよ」と指摘しましたが、「独り練習の課題にします・・・」と言うので、「独り練習で我を強めるからできないんですよ。そういう意識を捨てないとダメですよ」と言うと、ムム~ッと、唸ってました・・・。

 自分が長く打ち込んできたやり方を手放すというのは心情的に難しいのは理解できますが、もし本気で上達しようと考えているのなら、間違ったやり方を続けるのではなく、間違いを認めてやり方を変えるしかありません。

 Aさんは、口を開けば「独り練習の課題にする」と言うのですが、その考え方そのものが足を引っ張っていることを認められない。まだまだ自分が納得するまで時間がかかりそうですね。

 彼に限らず、誰もが陥りがちなのは、独りでやる練習といえば、形を作ることしか無いんですよ。繰り返し同じ動作をやって形のパターンを身体に染み込ませるだけ・・・。

 それでは自己満足を繰り返し刷新していくだけです。つまり、“我(自己満足)”を強めるだけなんですね。

“我”の強い人は練習すればするほど下手になったりします。無駄というより害にしかならないんですよ。練習が・・・。

 自分でいくら練習しても上達できないと悩んでいる人は、よく考えてください。我を張って、師の教えを自分勝手に解釈して練習していたりしないでしょうか?

 私が長年指導してきて、数は少ないのですが、上達しない人には共通した要素がありました。“自尊心が強くて自分の解釈でしかやらない”ということです。

 中には本当に素直に従っているように見せかける人もいましたが、自分の本心ではなく上っ面で謙虚そうに振る舞っているだけなのがミエミエでした。

 もっとも、実際に私に習って“差”を体感していても、脱力技法のメカニズムを納得するのは難しいみたいです。手足の一、二本も叩き折られないと納得できないのかな~?と思うんですが、こっちはいかに怪我させないようにするか?と、いつも細心の注意をしているんですから、困ったもんですよ。

 会員でも年単位でやってきて、練習中に「あっ、なるほど、こういうことか?」という気づきが無いと意識が変わらないんですね。

 私以外の武道・武術・格闘技の指導家は、ほとんど例外なく、「力を抜かなければダメだ。しかし、初心者のうちは身体を鍛えて基礎的な筋力を付けないとモノにならない」と説きます。

 例えば、うちの場合も北島師範や大石総教練も、私の居ないところでは、やはり本音で身体を鍛える基礎練体の重要性を説きます。

 何でか?というと、彼らはやはり武道を基礎からきちんと学んだことがあるから、そういう「基本練習を一切やらずに強くなるのはあり得ない」という気持ちが捨てられないからでしょう。

 でも、私は段々、“そういう考え方そのものが思い込みに過ぎない”ように思えてきています。何故なら、“脱力技法なら、鍛えていない人でも鍛えた人以上の攻撃力が出せる”から。基本も糞も関係ないのです。“力を抜いて重心を作用させる”というだけ。

 技巧すら邪魔です。ちょっとでも技巧を使うと、そこに微妙な力のぶつかる接点が生じる・・・本当に身体感度の優れた相手なら、そこに隙を感知して付け込んでくることも可能な筈で、現に私なら付け込みますね。

 私が他流に急速に興味を失ってきているのは、形があり技巧があるが故に、そこに弱点が観えるからなのです。いろんな技や構えが、私の目には弱点を晒しているようにしか見えないのです。

 攻防のパターンにしろ戦闘法にしろ、「これが正しい」という形式なんか、実はどこにも無いんですよ。ある局面で効率が良いかどうか?というだけの話です。それをあらゆる局面に通用すると誤解し、自分の知識の上で「これが正しい」と思い込んでいるだけなんですね。

 技は数多く知っていた方が有利ですが、それをパターンとして覚えていくのは弱点を抱えることにもなります。数多くの技を一回、身体を通して覚え、覚えたそばからどんどん忘れていく・・・恐らく、これが最も効率がいい筈です。

 繰り返し技の修練をする場合も、覚えたら技のパターンを増やすか変化させていき、“同じ動作の繰り返し練習をいつまでも続けないこと”が肝心です。

 例えば、八卦掌は、創始者の董海川は、一説に単換掌と双換掌しか教えなかったのだとか? そこから弟子が八母掌を工夫し、更に六十四掌を生み出し・・・という具合に応用発展させていったのだとか? うちの場合も、これに近いかもしれませんね?

 無論、これは基礎錬体でも同じです。同じ動きを何年も繰り返すような馬鹿なことをやっていてはいけません! 何故なら、“同じ動きを繰り返しても脳への刺激にはならない”からです。

 どうも、教条的に考えて、「これさえやればいいんだ!」と、うちの指導陣は口にしがちなので、「本当にそれでいいのか~?」と、敢えて問題点を突き付けておきます。


 考えてみてください。素人と初心者と中級者と上級者が同じ練習内容で良い筈がありませんよね? レベルに応じて練習内容は変えていかないとダメなんですよ。“基本”も中身が変わらないとダメ!

 それに、鍛えなければできない技は、病気したり年とって身体が衰えれば使えない技なんですよ。

 そんな“あやふやな技”に頼ってるようでは後手に回ってしまいます。

 私が目指すのは、身体条件に左右されない戦闘技能であって、有り体に言えば、「勝ちゃあ、何でもいい!」のです。

 基本発想を、「戦う以上は、ただひたすら、必ず勝つことを目指す。勝つためにはいかなる極悪非道な手段でも毅然として選ぶ! その覚悟が無いなら戦うべきではない」というハードボイルドな考え方にすべきですね。

 超能力でも呪術でも黒魔術でも、勝つための手段として使えるのなら何でも使う!という悪魔的な執念を昔の武術家は持っていたと思います。

 何故なら、その手の秘伝がテンコ盛りで伝えられているから・・・。

 狐狸落とし、下馬落とし、心の一方、足留めの法、水鏡・・・いろいろあります。

 居合術には、暗がりで床をチョンチョンと打って、敵にそこを斬りつけさせておいて騙し斬りにする技なんかありますが、命がかかった戦闘術なんだから、卑怯だの何だの寝ぼけたこと論じるのが間違いなんですよ。

 何年も地道に修行しなければ使えないような武術では、現実に役立たないでしょう?

 習ったら即、実用できる技。

 学んだら即、役立つ知識。

 これからの時代に本当に必要なのは、そういうものではないか?と思います。

 脱力技法も、実は、学んだら即、使える技なのです。

 使えないのは、「こんな簡単に使える筈がない」という学ぶ側の強固な思い込みが邪魔をしているだけです。

 これまで二十年くらい、数多くの人達に指導してきて判明したのは、「何も習ったことのない人の方がすぐに覚える」ということでした。

 どうしてか?

 先入観が無いからでしょう。

 できない人は、総じて武道経験者。それも熱心に長くやってきた人ほど、体得に物凄く苦労しています。

 これは、筋肉に力み癖があるという以上に、「筋肉がパワーを生み出す」という強固な思い込みが邪魔をしているのです。もう、崇拝に近いですね~。何が何でも筋肉で考えないと気が済まないみたいだし、だからこそ、「脱力が大切だ」と言いながらも「鍛えなきゃいかん」と頑なに言い張る・・・。

 伸筋やら深層筋肉だのの理論に飛びつくのも空手系の武道経験者が多い。

 つまり、「自分の鍛えた筋肉が生み出す威力を捨てることができないから、脱力できない」のです・・・。

 鍛えることに酔っているんですね。

 頑張って苦しい修行をしている自分の姿にナルチシズムを感じている訳です。

 ボディビルダーが鏡の前でポージングしてニカッと笑う・・・あの感覚です。

 結局、脱力技法って、“我(自己満足)”を脱ぐことが肝心で、実は“心法”なんですね~。

PS;新作DVD・・・いろいろ考えましたが、やっぱり2万円にします。一般的な武道の世界で達人しかできないと言われる技を初心者が簡単に体得したらマズイでしょう?
多分、できると思うんですよ。何十年やってもできるかどうか判らない技を簡単にできるようになる・・・というのは、間接的にいろんな道場を潰すようなもんだしね~? マジで潰れる道場も出ちゃうだろうな~? 能書きばっかりで、いつまでも教えてくれないところとか・・・。

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ドッペルゲンガーですか

 先日、野田総理との討論に反原発デモの代表者が出ていた中に岡部武央先生らしき人物が居た?ということを書きましたが・・・。

 間違いでしたぁっ!

 いんや~・・・でも、そっくりにも程があるくらい似てて、私、今でも信じられませんよ。

 世の中には自分と似ている人間が三人は居ると言われますが、改めてニュース番組で出てらっしゃる顔を見ても、ドッペルゲンガー?と思うくらい、そっくり過ぎて怖いです。

 平野さん?という方だそうですが、もう双子としか思えないくらい岡部先生に似てるんですよ。

 本当にビックリしました。

 道で会ったら、コンチワって話しかけてしまいそうです。

 何か、世の中って不思議だな~?と思いましたね。

 私も、そういえば、インターネットで成り済まし?がよく出ているそうですが、私はこのブログ以外には書いてないので、知りません。

 そもそも、金も貰えない文章書くようなヒマないし、いろんな仕事が立て込んでるので付き合いが悪くなってますよ。

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雲霧仁左衛門

 時代劇漫画の原作をやることになったので、改めて時代劇専門チャンネルとか観まくってます。

 私が時代劇好きになった切っ掛けは、映画館で観た『雲霧仁左衛門』でした。

 仲代達矢主演で五社英雄監督。

 この二人は『御用金』や『人斬り』でも組んでますが、最高傑作だと個人的に思うのは、TV時代劇スペシャル『丹下左膳 剣風!百万両の壷』でしょう。

 仲代さんは続いて『闇の狩人』でも主演していますが、この頃の五社監督の時代劇は殺陣に迫力があり、適度なケレン味もあって好きですね~。

 もともと、TV時代劇の傑作として今でも名高い『三匹の侍』の演出で注目された人ですが、夏八木勲先生の『牙狼之助』『牙狼之助地獄斬り』などのマカロニウエスタン調の時代活劇が上手いことで知られていました。

 余談ですが、この『牙狼之助』に登場する子猿を連れた唖の賞金稼ぎがスピンオフして若山先生の『唖侍・鬼一法眼』になったというのは時代劇マニア間では知られた話ですし、『御用金』がマカロニウエスタンの『マスター・ガンファイター』になったというのも知られた話。

 晩年は『鬼龍院花子の生涯』なんかの女の一代記で有名になりましたが、もっと活劇やって欲しかったですね~。


 ところで、映画版『雲霧仁左衛門』はクラスマックスが改変されてしまったので原作者の池波正太郎が激怒したんだとか?

 でも、私はそのクライマックスの城中に乗り込んでの殺陣が好きなんですけどね。

 やっぱり、時代劇のクライマックスは戦いでないと・・・。


 私の知る限りでは雲霧仁左衛門は、仲代さんの映画版と、TVシリーズが天知茂版、山崎努版、そして、TVの時代劇スペシャルで萬屋錦之介と松方弘樹が演じていました。

 これらの中で最も評価が高いのが山崎努版。鬼平の裏の話みたいな印象でしたね。

 あっ、そうそう。変わったところでは、『三匹のご隠居』で杖術を遣う丹波哲郎の正体が、実は雲霧仁左衛門だった・・・というオチがありましたね~。

 丹波先生は、山崎努版では仁左衛門こと辻伊織の兄、辻内蔵助を演じており、映画版では盗みに入られてしまう大富豪の伊勢屋を快演していましたね。

 そういえば、丹波先生は鬼平も演じているし、『大盗賊』という作品でも主演しているんですね~。

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『精武風雲』だったよ~

るろうに剣心』の感想のところで、ドニーさんの陳真の映画を『精武英雄』と書いていたかと思いますが、香港カンフー映画マニアの小塚師範代から「『精武風雲』ですよ」って指摘がありました。

 小塚師範代と一緒に新宿武蔵野館で観たのに、タイトル間違っちゃったよ~ん(苦笑)。
 それはそれとして、先日のセミナーで九州から最近、毎回通ってこられている参加者の方からお土産に戸隠流忍法を学んで独自のマーシャルアーツ流派を興した外人さんから、その人が考案したという寸鉄風の隠し武器を頂戴しました。

20120916.jpg

 これ、プラスチック製で、六角レンチ兼用にもなっているので、一見して武器には見えません。

 寸鉄とか知らない人が見たら、どういう具合に握って使うのかすら解らないでしょう。

 でも、「一見して武器に見えない」「どうやって使うのか解らない」というのは、暗器として理想的なんですね。

 有名なところではアメリカで活躍されている空手家のクボタ先生が考案したクボタン(コブタンという名前でも広がっている)がありますが、この武器はセンスがいいな~と思いましたね。

 流石、忍法を学んだだけあって、パッと見、武器に見えないというのはスグレ物です。

 次回のセミナーは武器術なので、そこで用法を説明しようか?と思って、帰ってから捻くり回して使い方を工夫しました。

 私も海外に游心流を普及する時は護身グッズを作って儲けようかな~?と思っているんですが、護身グッズの問題点というのを考えると、やっぱり基本的に体術ができれば武器は周辺にある物を応用できるので、護身術としてより合理的な体術を考案するのが一番、重要だな~と思っています。

 ただ、うちの会でも体術が好きな人は武器には目もくれない傾向がありますね。

 あるいは特定の流派だけが好きという人も結構いるものです。

 こういう人達は教えても自分の好きなことしかやろうとしないので、自然、上達は遅れてしまいますね。

 私は、以前から「日本の武術は剣術・居合術を学ばないと本当の意味は理解できない」と言ってきていますが、これはもう、やればやる程、強く思うようになってきています。

 もっとも、剣術・居合術だけしか知らなければ、それがどう他の武器術や体術に繋がっていくのかが見えてこない人も多いみたいです。

 例えば、現在の剣道から素手の柔術への展開を考えることは不可能に近いでしょう。

 何故なら、剣道は競技偏重になっているので、使う技が、面・小手・胴・突きしかないからです。

 しかし、剣道形を練習してみれば、案外、合気道の剣と共通性があったりするんです。

“木刀で斬る”という動作だからでしょう。

 現代居合道の主流である夢想神伝流、無双直伝英信流となると、奥伝に柔術の理合が含まれていますから、もっと濃厚に理解することができます。

 これが古流剣術・居合術になると、さらに明確に体術との関連がうかがえます。

 私が転會(まろばしかい)に改めて入会志願したのも、それを具体的に確かめたかったからなんですが、無論、天然理心流や香取神道流のように柔術も伝承している剣術はざらにあるのです。

 私が交叉法の研究の過程で重視するようになった“差し手”の技法も、一刀流の切り落とし、新陰流の合し撃ちを素手でやったらどうなるか?と考えて、太気拳の高等戦術であるとされる差し手を理論的に研究していったものです。

 結局、見様見真似でやっていても中々体得には結びつかないのでしょうが、明確に理論的意味を理解した上で練習することで、体得のためのハードルは低くなっていくのだと思います。

 そして、当初は予想していなかった様々な拳法流儀の戦闘理論も解読できてきた訳なのです。

 ここに至って、剣術と拳法は原理的に重なりました。

 そして、交叉した瞬間に合気を効かせることで体の合気も可能になる・・・と考えて研究してきましたが、これも的外れではなかったようです。

 今の調子だと、来年には10人くらい体の合気らしきことができる人間が育つと思いますね。何しろ、修行歴一年の72歳で体重50kgも無いような人ができるんだから。

 まあ、物真似じゃおもしろくないので、もっと凄い技ができるように進化させていきたいと思っていますし、それは充分に可能だと思っています。

 流石に定期的に通ってもらわないと無理だとは思いますが・・・。

 来年の月例セミナーでは、こうした高級技法の体得を念頭に置いて指導していこうかな?と思っています。

 既にセミナーだけ通って5年くらいになる人もいます。月一回であっても理論と実技を兼ねて集中して学ぶことが上達の近道になっているようです。

 例えば、入会しても全く通えない人もざらにいらっしゃるんですが、それでは意味がありませんね。まだDVD見ながら独習した方がずっとマシだと思います。

 仕事が多忙な方は、無理して入会しないでDVD買って何度も見直してもらった方が良いと思います。値段が高いのには、それなりの理由がある訳ですからね。

 一度も教えたことが無いのに地方から初参加して常連会員と変わらないくらい上手い人が、これまで何人かはいらっしゃいました。

 おかしいな~と思ったんですが、DVDを見て練習した結果だそうでした。

 他流はいざ知らず、游心流に関しては、上達の要は理解力です。技の原理とメカニズムを理解すれば技は勝手に上達していきます。

 逆に、ただガムシャラに練習しても意味がありません。

 上達しない人に共通するのは、頭が堅い人・自己満足で運動をこなしている人・筋肉運動理論から抜け出せない人・・・です。

 はっきり申し上げますが、游心流は脳力開発法です。徹底的に頭脳を使って訓練しなければ意味がありません。

 特に、戦闘理論に関しては極論したら誰にも習わずに私の頭の中だけで組み上げたものなのです。

 もちろん、膨大な情報をインプットして分析し、10年20年と実際に使えるかどうかを実験検証しながら組み上げてきたものなので、そういう意味では0から独力で作ったとは言えませんが、特定の誰かに習ったものではないことは事実です。

 ただ、習った先生は数十人おられますし、研究した流儀は二百は下らないですね。

 だから、私は自分が日本で一番、武術を研究している人間だと自負している訳ですが、まっ、想像はつかないと思いますよ。単なるハッタリとしか思えないでしょうからね。

 そう思いたい人は勝手に思ってもらって構いません。

 私は、私を信用して習いに来た人に真摯に応えたいだけで、疑ったり足を引っ張ってやろうとか思ってる人間にかまってやる余裕はありませんからね。

 そして、現実に達人、超達人と呼べるに足る人間を沢山育てたら、否定したくてもできなくなるでしょう?

 論より証拠ですよ。

 結果出せば誰も文句言えないんです。

 そして、武術は凡人を達人に確実に変えるチカラがあります! それも、誰もが思っているより遥かに簡単に短期間に・・・!

 私はその秘密が解けたので、これから普及活動に励みますよ。

 悪口言ってるヤツには教えてあげな~い・・・(笑)。



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九月セミナー“型”

 本当に暑い暑い・・・。残暑が続く九月のセミナーは“型”でした。

 冷房病か? 頭痛が酷くて、一瞬、「北島師範と小塚師範代に代わってもらおうかな~?」とか思ったりもしたんですが、会場へ向かう内に静まってきたので、いつも通り、やりましたよ。

“型”と言っても、参加者には馴染みのあるものではないでしょう。

「游心流は型に拘らない」というイメージもあります。

 しかし、「型に拘らない」ということは、裏を返せば、「いかなる流儀の型にも嵌まる」ということでもあります。

 多くの伝統武術や空手道では型の意味を知らないまま、「ひたすら練習を重ねていれば、いずれ使い方は判る」と教えられて、?マークを脳裏に描いたまま、練習しているのではないでしょうか?

 あるいは、「型の用法は特別に口伝で教えられなければならない」と思い込んでいる人も多く、延々と判らないまま稽古し、大枚はたいて技の用法を買うのが当然のことと思っている人もいます。

 某流派では10段階くらいある教程の一つの教程を学ぶのに25万円かかるとか? それを学ぶのに20人来たので、一日で500万円儲かったのだとか?

 スゲェ~! 何か、バブル時代の自己啓発セミナーみたい?

 もちろん、月謝は別に月々払うそうですよ?

 それで本当に無敵の実力者になれるんだったら安いもんかも知れませんがね~(厭味です)。

 武術学ぶのに高額の謝礼を払うのが悪いと言いたいのではありません。

 一般的に現代武道の月謝などは安過ぎるのかも知れません。安いのが当たり前というイメージすらありますし、「金を取って教えるのは何か嫌だ」という気持ちを持つ先生方も多いのです。私も金に苦労していなければ無料で趣味で教えるサークル活動をしていたかもしれませんね。

 けれども、指導することで生活費を稼ぐのであれば、道場の借り賃や何かの経営のための費用が結構かかるものです。

 もの書きだけではまだ食えないし、うちの会員は概ね貧乏な人が多いので、何とか活動に支障が出ないくらいの金が入るようにしなければな~・・・と、ここ、1~2年は知恵を絞っていますし、仕事仕事で手一杯ですよ。自由業は辛いよっ!

 だから、10年も20年も、「強い弱い」と騒いでいられる人達は幸せモンですよね~? 親が食わせてやってるのかな~?

 シダックスも今週土曜で半年休業、そのまま復活するかどうかも未定ですし、その分、土曜も何か仕事しなくっちゃ~ならん。

 自由業、自営業は特に、食っていくのは大変ですよ・・・。

 漫画原作で当たればいいけどね~。相棒が早速ネーム(下描き)したのを見せてくれましたが、予想以上にいい感じ。私の武器は戦闘描写くらいだから、誰も見たことがない殺陣シーンにしていかなくっちゃな~・・・と思ってますよ。


 さてさて、“型”の話。

 今回は、「とにかく、いろいろ体験してもらおう」と思って、空手の基本の受け技が実は攻防一体の攻撃技であるということを理解してもらうべく、上段揚げ受け(鍵突き)・内受け(突き腕肘折り)・外受け(滑らせ下突き)・下段払い(突き腕挟み肘折りと蹴り脚沈身崩し)・手刀受け(割り込み捻り倒しと突き腕肘挫きからの貫手頸動脈刺し)から解説指導しました。

 これは、空手の基本動作が、実際には多彩な応用技法への展開を内蔵していることを理解してもらうためでした。

 これが、「游心流に型が無い」ということの裏の意味に繋がっていて、「形が無いから、どんな型にも変化できる」という一大特徴になっている次第です。

 つまり、うちに通っている人は、空手・合気道・古武術・中国武術・ペンチャクシラット等々、大抵の流儀の型から、そこの流儀のやり方に拘らずにいろんな応用技法を無尽蔵に抽出していけるようになっていくんですね。

 無論、常連の人に限られますが、大石総教練やNさんのように専門にやっている人でも驚くくらい本質を洞察してやれる人もいます。

 こういう技能は殺陣アクションのプロだと当たり前にできたりする(小塚師範代から聞いた話では高瀬道場の高瀬先生が殺陣の手順を考案してやらせ、次にそれが五人掛かりの攻防へと応用できたんでビックリしたそうです)んですが、武道武術やっている人ではほとんど見たことがありませんね。

 イメージ力と身体能力の高さが関係していますね。

 要するに、固く形を稽古すればする程、こういうことはできなくなっていくんですよ。


 続けて、この日は、太気拳と意拳の戦闘法の違いとか、形意拳の三体式や馬形拳の使い方・通背拳の連環掌打・八卦掌の旋風掌の肘打法・八極拳の頂心肘の纏絲勁を応用した投げ技・蟷螂拳の蟷螂捕蝉式と展拍の応用法・・・等をやりました。

 もちろん、用法はいろんな団体で教えられるとは思うんですが、うちの場合は読みと交叉が根底にあって、そこから相手の構えや攻撃技に応じて変化応用して技を使うというのが特徴になっていますので、中国武術だからといっても相手は概ねフルコン空手スタイルを想定しています。

 中国武術が日本で低い評価しかされなかった理由の一つが、メディアを通じて、フルコン空手との対戦で惨敗し続けてしまったことがあると思いますね。

 フルコン空手の強さの本当の秘密は、進化し続けている点にあると思いますよ。ムエタイやカポエィラの蹴りを採り入れ、ボクシングのパンチや太気拳の手技や練習法を参考にする・・・。その貪欲な向上心が強さの秘密ですよ。

 それに対して伝統武術は「伝統を歪めてはいけない」という論理で実際に戦う場合にどうやるか?ということを考えない人がほとんどですし、現代武道も競技スポーツ化した段階で武術としての実用性は求められなくなってしまいました。

 そこいくと総合格闘技が一番、発展していく可能性があるでしょうね?

 私は総合武術を目指しますが・・・。


 また、最近研究中の游心流式体の合気?(抖勁)で回し蹴りを弾き飛ばすやり方も実演し、軽くやってもらいました。

 これなんか、伝説の秘技だと思っていましたが、慣れてくると段々、問題なくやれるようになってきますね~?

 何しろ、うちのジェット爺いこと72歳のUさんもできちゃったからな~?

 人間、いくつから始めても達人になれるんだな~?と、何か感慨深いです・・・。


 この日は、久しぶりにUSA支部長の先輩に当たる山田さんが来られました。やはり、アメリカでJKDを学んでいた方で、この度、埼玉県幸手市にベリーダンスや武術・格闘技を教えるフィットネススタジオ“てらこや”(幸手駅近く。幸手市東2丁目39-11)を開設されたそうです。

 游心流も教えられるようにしたいとのことでしたので、幸手支部という形でやっていただくことになると思います。多分、講習会とかやることになると思いますので、ご期待くださいませ・・・。

 近郊にお住まいの方は、是非、どうぞ!


PS;ちょっと早いですが、来年の月例セミナー一括申し込み割引セールも開始します。開催場所・日時は例年通りで料金も同じです。尚、一括申し込みで参加されなかった回数分は本部及び同好会、あるいは個人指導にてフォローしますので御安心ください。来年の各回の内容は、1月『脱力体の養成(脱力技法)』2月『中心軸の確立(軸と伸筋の操作)』3月『全身協調と連動(重心移動)』4月『歩法の極意(縮地法)』5月『丹田(上中下の丹田)』6月『読み(目付けと聴勁)』7月『交叉法(差し手)』8月『崩しの原理(合気と化勁)』9月『無形の型(流派に優劣は無い)』10月『武器法(武器は手の延長)』11月『他の分野に活かす(武術の発想法)』12月『一年の応用とまとめ』です。より簡単に、より進んだ内容を提供するように頑張りますので、御期待ください!

PS2;早ければ九月中に新作DVDが出せると思います。詳細は20日以降にお知らせします。何か、伝説の神技と言われているような技まで技術分析できてきてしまって、自分でもコワイっ・・・。ローキック跳ね返す技もみんなできるようになってきたし、突き蹴りを払っただけで相手がバランス崩してもんどりうって倒れるってのは・・・何かヤラセを超えて冗談みたいに思えてきたよっ。昔の会員にも教えてあげたいな~・・・。

PS3;それにしても思うのは、中国武術とか古武術とか、とてつもなく深く研究されてるんだな~?ってこと・・・。要するに、学んでいる人間が猫に小判状態なだけで、真価に気づけば感動すると思います。確かに安売りしたくなくなる人達の気持ちも解ります。「強い人は物凄く強いけど、弱い人は素人より弱い」ってのは普通の武道じゃあり得ないですよね~?
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九月セミナー“型”

 まだまだ暑いですね~。

 さて、九月の月例セミナーのテーマは“型”ですよ。

 ある意味で最も武術的なテーマです。

 空手・剣道・柔道・合気道・太極拳等々・・・。

 型というものが何のために考案されて、何を伝えるために稽古されてきているのか?ということを、戦闘理論に沿って解析していきます。

 DVD撮影の時は、Nさんに太極拳・八卦掌・空手(ナイファンチ)をやってもらいましたが、本当に、こんな高校生、格闘漫画の中にしか居ないよな~(笑)。

 今回は武術以外のものから護身術を工夫するというのもやってみましょうかね?

 お楽しみにぃ~・・・。

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特撮博物館に行ってきた

 庵野秀明監督が監修した特撮博物館を観に、千葉師範代と一緒に行ってきました。

 いや、これは凄いっスよ~!

 着ぐるみのゴジラ、メカゴジラ、キングギドラ、ガメラや、ミニチュアの海底軍艦“豪天号”、宇宙戦艦“豪天”、マーカライトファープ、メーサー殺獣光線車、ジェットジャガーの頭部に飛行人形・・・実際に撮影に使われたミニチュア模型の精巧な作りや、意外な程の大きさ!

 映像も充実していて、この博物館用に新たに撮影された『巨神兵東京に現る』の、どう見てもCGだろ?と思える映像が、実は職人技で撮影されている事実には、本当に驚かされます。

 日本の特撮の醍醐味は、CGでは出せないリアルな味わいだったんだな~?と、改めて感動した次第。

 映画ばかりではなく、ウルトラマン、ウルトラセブン等のTV特撮ドラマも充実していて、Pプロのマグマ大使や快傑ライオン丸のマスク、円谷プロのミラーマン、ファイヤーマン、ジャンボーグA、ジャンボーグナインのマスク、他にもサンダーマスクや突撃ヒューマン、トリプルファイター、レッドマンやグリーンマンのマスクもあるし、流星人間ゾーンのマスクと上半身スーツなんかもありました。

 東映物が無いな~と思いましたが、フィギュアなんかは沢山揃えられていて、おまけに物品販売が充実していて、特撮関係書籍やDVDなんかも沢山売られていて、私なんか、どこ探しても見当たらなかった『スーパーロボット・レッドバロン』のDVDを二つばかり衝動買いしちゃいましたよっ!

 あ~、こんなことなら、もっと金用意してくれば良かったよぉっ!

 まあね~、陳列されている物に触っちゃ~ダメだって解っていても、ついつい手が伸びて無意識のうちに触ろうとしてしまったのが三回くらいありましたよ。

 やっぱり、映画に関わるなら、特撮だなぁ~・・・と、しみじみ思いましたね?

 私は役者やりたいと思ったことは実は一度もないんですが、企画を練ったり、職人的に携わったりするのには、非常に心惹かれるものがあってですね~。

 やっぱり、何かチマチマと作ったりするのが好きなんでしょうね~?

 小学校で一番成績が良かったのは図画工作だったし、中学時代も美術が一番好きだったんですよね~? 実際、一年間は造形部(美術部)の部長やってたし(副部長だったっけ?)・・・。

 もっとも、絵よりも工作する方が好きでしたね~。

 高校時代からエアガンをカスタマイズするのが趣味だったし、角材削って何本も木刀造ったり、ヌンチャク造ったりもしてた。

 自主映画やってた頃に「撮影用の半弓造って」と頼まれて、実際にちゃんと矢を射れるように竹削って造ったり、芝居で使う刀を木刀削って厚紙パイプで造った鞘をつけたりしてた。

 今も刀の拵えは自分で造ってるし、刃毀れしたり錆びている刀をヤスリと砥石で補修したりするのも楽しい。

 道場なんかも、本当は余裕があったら土地だけ買って廃材拾ってきてチマチマと自分で建築したいくらいなんですけどね~。段々、出来上がってゴージャスになっていくのっていいでしょ?

 ただし、私の好みは、実用向けが第一で、そこにちょこっとお洒落なところを付け足すというくらいで、あんまり立派な感じにはしたくないんですよ。秘密基地みたいなのが好きです。

 武骨な感じが好きで、そこにちょびっとシャレっ気があるくらいがいい。

 だから、あんまりゴテゴテとデコレーションされていると実用には使えないから好きじゃない。

 刀なんかも斬らずに飾っておく趣味は皆無です。

 美術刀も金銭的に余裕が出るようになったら一つ、二つは収集しようと思うんですが、それでも前提として“実際に斬れる”というのが最低の条件です。欲しい刀も最上大業物ですね。肥前忠吉・関之孫六兼元・虎徹入道興里・・・とか。

 こういう好みは、親父の性格に似ているみたいなんですが、親父は着飾るのが嫌いな性格だったんで、家の中では夏はステテコ一丁でしたね。

 ただ、私と違うのは、髭だけは毎朝念入りに剃っていて、私は親父が無精髭生やしている顔をただの一度も見た記憶がありません。この辺のお洒落感覚は弟にしか遺伝してないみたい。

 私は面倒臭いと、一~二週間くらい髭剃らなかったりするからね。

 勤め人じゃないから、外見に気を使う感覚が乏しい。

 兄貴も結婚するまでそうだったけど、結婚したら変わったねぇ~。


 あれっ? またもや、全然、関係ない話になっちゃったな~?

 まっ、要するに、特撮大好きな私と千葉師範代にとっては、「パライソさ行くだぁ~」って感じだった訳ですよ。

 意味わかんない?

 じゃあ・・・「普通の人がディズニーランドに行くのと同じ」ってことですよ。

 帰りは町田のあおい書店に寄って、『居合道虎の巻四』を買ってきたんですが、何と、えらく久しぶりに学研の中国武術のムック本が出ていたので、パラパラッとめくって、これも買いました・・・。

 帰ってからざっと読んでみたところ・・・「あれっ? これって確か以前に読んだことあるぞ?」と思って、ちょっと熟読してみたら、明らかに記憶にある記事です・・・。

「おかしい?」と思って、奥付を確認したら、過去に出したムック本の記事を再構成して纏めたものでした・・・。

 う~む・・・これって、編集者やライター、イラストレイターには、ちゃんとお金が支払われたのでしょうか?

 F昌堂でよくやっていた方式を学研までやるとは・・・?

 何か、釈然としませんね~。

 だって、『決定版・中国武術完全マスターブック』ですよ?

 これって、本のタイトルが大袈裟の度が過ぎやしませんかね~? どう考えても、これを読んで真似してやってみたところでマスターできるとは思えない・・・。

 何でか?って言うと、中国武術の専門用語を具体的に解説してあるなら話は解るんですが、何か抽象的過ぎて、さっぱり解らない・・・。

 研究家の私が解らない文章を読んで、素人に解る道理が無いでしょう?

 これなら、まだ『秘伝』の方がずっと解り易いでしょうね。

 例えば、“四・五次元の武術”って、何やねん?

 攻防一体とか未来を撃つとか、何か表現が大袈裟過ぎて意味が解らないんですよね。中国式の表現なのかな~?とも思ったんですが、攻防一体というのは本来の武術にとっては当たり前の話だし、沖縄空手なら夫婦手、日本剣術なら切り落としの技なんかがそうですよね?

 未来を撃つというのも、「相手が攻撃しようとする先を予測して攻撃していく」ということなんじゃないですか?

 だったら、先を読んで戦うのも当たり前の話なんですよ。

 普通、普通、そんなのは武術の常套手段でしかありません。大袈裟過ぎなんですよ。

 とかく中国にしろ日本にしろ伝統武術やっている人達は、自分達が特別優れた秘訣を知っているんだと自惚れて上から目線で語りたがる愚かな習性がありますね。

 だからといって、そんな人達がボクシングやフルコン空手やっている人達と戦ってるところは見たことがありませんし、具体的な対策を論じているのも寡聞にして知りません。

 最初から推手や合気揚げに付き合ってくれる人はいない訳で、彼らが馬鹿にする“散打”の方が、具体的に他の格闘技の技への対策を工夫しています。

 伝統武術のDVDとか見ると、突きの姿勢で静止している相手に技を掛けて見せたりするのが多くて、技の手順を見せるのならそれでもいいのですが、相手が攻撃してきたのを捌いて技を掛けるのでなければ実用性はまったく判らない。

 そんなことだから、普通に武道、格闘技に取り組んでいる人達から「リアリティーが無い。理論は立派でも実用不能な能書きだけだ」と、軽蔑されるんです。

 自分独りでファンタジーに酔っ払うのは自由勝手な話ですが、そういう“妄想話”を公に出していくのは害にしかならない。そこに気づいていないんですよ。

「中国武術は弱い」というイメージを広めたのはリアリティーの無い記事を載せ続けることに問題を感じなかった専門誌の責任なんだと私は思いますね。

 たとえば取材先の先生が言葉の表現が下手だったら、それはライターが補足修整して解説しなければならないでしょう。

 意味不明なことをほざいているのをそのまま載せてしまったら、その先生の“馬鹿っぷり”を晒すだけになってしまうでしょう?

 武道・武術・格闘技に熱心な人は、大抵、言語感覚が普通の人より劣っているものなんですね。

 意味不明なことを口走ったら、それを意訳して書くのがライターや編集者の仕事です。

 文章書くのがプロなんだから、当然でしょう?

 結局、中国武術の専門雑誌が衰退していってしまった理由も、ライターや編集者の力不足に原因があったと私は思いますよ。

 読者に何をどう伝えるか?ということを、ちゃんと考えて、どういう表現をすれば読者にきちんと伝わるか?を考えていなかった。それが原因でしょうね。

 そういえば、剣道日本、剣道時代の両方とも、正代選手の事件について、きちんとコメントを出していましたね。

 流石だと思いましたよ。

 武道家だったら、起こった問題に正面から向き合っていくのが筋ですからね。武道専門誌の矜持を見せてくれたな~・・・と、思いました。

 武を求める者は欺瞞家になってはいけませんよ。

 間違ったことは誰だってやるものです。魔がさすことは誰でも体験します。重要なのは失敗をきちんと認めて直すことですからね。反省することなく隠そうとすることが本当の罪ですよね。

 正代選手も、自ら非を認めたんでしょう? ならば、これから二度と同じ過ちを繰り返さないように心を入れ替えて修行し直すしか道は無いでしょう。

 あ~、結局、特撮博物館の話とは関係ない話になってしまった・・・?

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朝生もマンネリだな~

・・・と思うようになってから、何年くらい経過するんでしょうか?

 私、若い頃に社会運動や教育関係の人達との付き合いが多かったもんですから、朝生なんかは毎月、見るのが儀式的な感じになっているんですが、何か、もうワクワクしたりするようなことも無くなってきましたね~。

 NHKの『しゃべり場』なんかの方が面白いと感じたのも、やっぱり知識人、文化人の論じている言葉の空虚感、リアリティーの無さにウンザリさせられていたからでもありました。あれって、10代の少年少女の本音が知識人の論理を粉砕する瞬間が面白かった。

 そんな『しゃべり場』が終わって久しく、朝生はずっと続いている訳ですが、何だか、パッとしなくなっちゃったな~?と思うんですね。無難な人選、無難なテーマだから?

 でも、社会問題は山積みでしょう?

 もっともっと論議すべきテーマはあるのに、公開討論番組が少なくなってしまっているのは、何なんだろう?と思うんですね。

 私はインターネットの掲示板とか見ないし、金にならない文章を書いてるヒマも無いのですが(このブログは基本的にプロモーション)、やっぱり、ニュース番組は大好きなんですよね。

 気の利いたコメンテイターとかが居たら有り難いんですが、それも少なくなってきた印象がありますね。

 ニュースキャスターだって自分の意見を言っちゃいけないんだろうから、TVで本音が戦わされるところが凄く減っている印象を受けます。

 それじゃあ、新聞や雑誌はどうか?

 いや、これも何だか自主規制でもあるんだろうな~?という無難な感じにしかなってないし、うちは読売取ってるんですが、原発推進の「そりゃ~、強引だろ?」って言いたくなる社説なんかは、むしろ、微笑ましいくらいですね。

 雑誌なんかもカラーがはっきりしていて面白いですね。

 週刊文春で、反原発派デモの代表者達と会談した野田首相の記事で、反原発派の会談者達がキテレツな人間ばっかりのような批判的記事だったんですが、全員の詳細な人物像を書くでもなく、特別、変わった人をクローズアップして揚げ足取りしているだけに思えましたね。やっぱ、全員を紹介して論じないとダメでしょ? ジャーナリズムの精神がなってないね。意図がミエミエだもん。

 ちなみに、ニュース番組で見た時に、「あれ~? 何か、見たような人が居るな~?」と思って、よ~く、見ていたら、何と! 躾道館の岡部武央先生でした・・・。多分、間違いないでしょう。

 背広着てたから、判らなかったよ。

 岡部先生は環境問題とかニューエイジ系の精神世界方面の活動を昔から非常に真面目にやっていたので、やっぱり、原発問題に関しては黙っておれなくなったんだろうと思います。

 私ですら、デモに参加しようか?と思ったくらいだから・・・(文筆活動の方が効果的だと思ってやめたけど)。

 私が原発反対の立場なのは、「原発には未来が無い」「日本を根底から破壊しかねない危険性を持つ」「やればやる程、使用済み核燃料が溜まっていって処分に困る」といった点からです。

 世の原発必要論を説く人達は、唯一、経済効率しか論じていませんが、これまた大嘘ですよね。使用済み燃料処理とか考えたら経済効率は物凄く悪い訳ですから・・・。

「核武装するためだ」って、はっきり言えばいいんですよ。NHKだって放送したんだから・・・。

 だけど、もう状況は完全に覆りました。

 原発は最早、日本列島に並ぶ“死に到る急所”に変わってしまいました。

 経済効率の点で考えても、日本が地熱発電やメタンハイドレート、太陽光、風力、波力、あるいはゴミ処理工場で出る熱を利用する発電所・・・等々の多彩な発電ビジネスを本気でやっていった方が、日本独自の小規模エネルギー利用システムが広がっていく筈。

 大規模な一局集中のエネルギー供給を考えるから大変なんであって、小規模のものを数多く作った方が、震災への備えとしても遥かに実利的でしょう?

 こんなおいしいビジネス・チャンスをできなくさせている最大の障害が、大規模エネルギー生産に固執する原発ビジネスだった訳で、まるで戦況無視の巨大戦艦を建造した旧日本軍と何も変わらない。

 巨額な金が動くシステムで原発を無計画にどんどん作って自分の首を絞めてる状況。

 つまり、先見の明が欠如しているんですよ。

 いつまでも経済効率でしか考えないから、失策を続けてしまう。時代が変われば対処法も変えていかなくてはダメです。

 例えば、地震と津波で福島原発がやられてしまったから・・・と、その対策だけを論じていますが、阿呆じゃないか? 国家防衛の観点から言えば、「そうか。日本は原発狙えば簡単に潰せるのか」と、世界中のテロリストに教えてしまった訳ですよ。

 私が「早く、原発を止めろ」と言うのは、地震と津波の対策を講じても、テロリスト対策をまったく考えない防衛オンチの政治家に対してです。こんな時期に韓国や中国と揉めていたら、後先考えない活動家がダイナマイト持って原発に突っ込む可能性が無いとは言えないでしょう?

 この期に及んで、日本人の平和ボケっぷりを思い知りますね。

 これが、かつてのオウム事件のような国家転覆を目指す宗教結社が居たら、チマチマとサリン作るより、原発破壊の工作員を4ケ所くらい、特攻させるだけで済むでしょう?

 ねっ? 今の日本にとって、原発がどれだけ危険極まりないか、誰にだって判る。

『太陽を盗んだ男』が現実になる日が、いつ来るかもしれない時代になっちゃったんですよ。

「まさか?」と思いますか?

 いや~、甘いな~。例えば、福島原発の作業員にオウムの残党みたいな人間が紛れ込んだらどうなりますか? 大量に殺人することを“魂の救済”だと信じ込んでいたら、“やる”でしょう?

 ちょっと作業を失敗させただけで、首都圏含めた東日本住めなくなってしまう。

 そんな危険性が続いているのに、安全宣言をしてしまう野田首相の罪の重さは万死に値します。今も危機は去っていないんです。

 3.11の教訓を我々は絶対に忘れてはいけない!

 目先の経済効率ではなく、根本から新しい日本の基盤を作るために考え方を改めないといけない! それは、原発をやめて日本の電力事業のシステムそのものを自由化することですよ。そうしたら、10年しないで日本は世界一のエネルギー立国になるでしょう。そのための研究をしている人達や企業の後押しをすればいいのです。


 いろんな問題は、その問題が起こる原因を探って改善することを促している訳です。

 世界的に経済がガタガタになっているのは、現在の経済システムが限界に来ているということなんですよ。

 ちょっと武道で説明しましょうか?

 日本勢が大活躍したロンドン・オリンピックでしたが、日本のお家芸である柔道は惨敗と言うべきでしたね?

 何故か?

 簡単なことですよ。日本柔道が進化しなかったから進化し続けている世界に及ばなかった。ただ、それだけの話ですよ。

 旧態依然とした訓練法、勝負論で選手を引っ張ってきたコーチ陣の責任は重いですね。

 そういうのは専門雑誌で論じてリードしていけばいいと思うんですが・・・。

「武道の専門雑誌にそんなことを期待するのは間違いで、雑誌は情報さえ読者に提供すればいい」と、昔、私に言った人がいましたが、その人は編集者をやめてしまったようですし、単に情報提供だけが専門雑誌の役割ならば、インターネットでいくらでも情報が得られる現在、武道専門雑誌の存在意義そのものが失われているでしょう。

 私のところにも、「僕は身体操作のより有効な情報が知りたいだけです。武術には興味がありません」と言ってきた人もいましたが、無論、私はこういう人には上っ面のことしか教えません。

 教えても無駄だし。この程度の認識の人は自分のパフォーマンスを上げることしか考えていない自己満足を得たいだけの人でしょう。

 私は、身体操作のブームなんか長くは続かないと思っていたし、武術の真価は発想・観察・洞察・応用といったオツムの中身に有るので、身体の動きで考えても益が無いことを解っていたからです。

 上っ面の情報を得ても武術が使える道理はありません。

 勘違いしている人が多いのですが、対人で何らかの身体技術を用いる場合、相手と自分の技量の相対的関係性で有効度は左右されるので、自己満足の技が役立つものではありません。

 武術のみならず、介護技術でも、相手がおとなしく従ってくれるならできる技術も、相手が暴れたりすればできない・・・そんな状況が現実であると言う介護師の方にも何人も会いました。

 そこには、当然ながら、相手が安心して身を任せてくれる信頼感を得るためのメンタルなコミュニケーションが必須でしょう。

 武術の場合も、技を使う以前のメンタルな要素が実は非常に多いのですが、それをまるで理解しようとしない馬鹿者も居るものです。技の有効性を支えるのは意識なんです。それが理解できない人はいくら教えても、ある程度のところで進歩は止まります。

 この辺は、武術が単に身体を鍛えるだけでは体得できないものだということを示しています。

 また、よく質問されるんですが、「スポーツに応用することは考えないんですか?」という点についても、「武術は命がかかったサバイバルのための人間の英知なんであって、玉遊びに役立っても何の意味があるのか解りません」と答えています。

 私はスポーツには全然、興味が無いし、武術の方が精神文化的に遥かにずっと高い境地に達している、「人間を進化させる訓練システム」だと思っているので、何でわざわざスポーツの下請けみたいな真似をせにゃ~いかんのか?としか思わないんです。

 戦地で生き抜くには武術の知恵は役立つ筈です。戦地でなくても突発的な事故・事件に巻き込まれた時も役立つ筈です。人間の精神を根底から作り替える恐るべきトレーニング・システムですよ。

 武術は生命の根源を考えたものであり、社会体育だのスポーツだの健康法だのといったヌルイ代物じゃなく、平和な中で平和を脅かす事態に備えて生きる哲学的実践の生き方そのものです。

 誰のためでもない自分の生き方の問題です。

 だから、武術をずっとやってきた私にしてみれば、あの大災害を経験して尚、呑気に日常生活水準の快適さを優先して論じる原発推進派の人達の阿呆そのものの危機感の欠落ぶりに、戦後日本人の精神の腐食の構造を見る思いです・・・。

「経済が生きる基盤なんだから・・・」と論じるのなら、何故、原発にそこまで拘るのか? もっともっとリスクを少なく効率が良く、経済発展が望める技術開発へと舵をきるのが賢明な選択だと、どうして考えないのかな~?と思うばかりですね。

 具体的に、もう一つ二つ原発が吹っ飛ばないと、この国は変われないんですかね~?

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著者プロフィール

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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