コンテントヘッダー

何故にキョンシー・・・

 事前情報無しで、金曜日の深夜にテレ東見てたら、いきなり川島海荷がキョンシーを倒すシーンがあって、「はてな? CFかな?」と思っていたら、『好好!キョンシーズ』という新番組でした・・・。

 何か、スッゲ~、安い感じなのに、キャストは異様に豪華で、名高達朗や佐藤我次郎が出てたり、ゲストでミッキー・カーチスがキョンシーやったりしているのです。

「なんじゃ~、こりゃ~?」という感じで、緩い作りと微妙にセンスのズレたギャグが自主映画みたいな感じなんですが、ひょっとすると狙い澄ました職人芸のような気もします・・・多分、錯覚だと思うけど・・・。

 作ってる人は、恐らく80年代にTVで『来来!キョンシーズ』を見ていたんだろうな~?という想像がつくんですが、「アイドルの川島海荷が封印されていたキョンシーを解放してしまって道士となって退治する」という『うしおとトラ』みたいな話なんですけど、アイドルの川島海荷が、マンマ、本人として登場している点がミソ!

 事実かどうかは知らないんですが、川島海荷は女子大生でもあるのだとか?

 あたしゃ、てっきり、中学生くらいなんだと思ってたよ・・・。

 まあね~。30過ぎてても美少女と呼ばれたり、50近くでもセクシー売りにする業界だからね~。

 童顔過ぎると役に苦労すると思うんだけど、『ヘブンズフラワー』の美少女暗殺者役も違和感あったけど、今回も女子大生アイドルだと言われてもピンとこないよな~。どう見ても中学生にしか見えないし、中学生レベルの話だし・・・(苦笑)。

 しかし・・・2回目も見たら、テレ東きっての美人女子アナとして知られる大江真理子がキョンシーに?!

 びっくりしたな~、もう~。

 進藤昌子がランク王国でセーラームーンのコスプレした時より驚いたよっ!

 名高達朗も過去の渋い二枚目役が夢幻と消えてしまうかのようなバカな役柄で、タクマシンといいナダカといい、二枚目も中年過ぎるとギャグ要員と化してしまうのか?

 何か、やっぱりテレ東は侮れないですな~。


 さて、もう一本!

 谷垣監督がアクション指導していると『映画秘宝』の連載記事で書かれていたので、楽しみにBSプレミアムで『猿飛三世』を見ましたよっ!

 もう、私の琴線をピンポイントで弾きまくってくるようなアクションで、思わず、また谷垣監督にメールしようか?と思いました。

 スタント・アクションもさりげなく凄いことやってるし、何よりもジャッキー・チェンの黄金時代とも言うべき『蛇拳』『酔拳』『笑拳』『ヤングマスター』の頃のアクションを彷彿とさせていて、嬉しくなりましたよぉ~。

 え~と、主人公がカッコ良く活躍したと思ったら、虎牙光輝演じる強敵忍者にボコボコにやられて屈辱の降参・・・これって、『酔拳』でジャッキーがウォン・チョンリーにボコられて「俺の股をくぐれっ!」って恥ずかしめられるところを彷彿とさせるし、立ち回りの最中に刀で髪の毛がハラリと切れるシーンは『笑拳』でジャッキーが三人組の殺し屋と戦うシーンを彷彿とさせるし、ブチ切れた主人公がムチャクチャに立ち向かっていくシーンは『ヤングマスター』でジャッキーが水パイプの水飲まされて異常に興奮して痛みを感じなくなってウォン・インシックに立ち向かっていくシーンを彷彿とさせる・・・って、どんだけ彷彿とさせられてんだよ、オレっ?

『薄桜記』も地上波放送はじまったし、時代劇が視聴率取れないというのも、作り方の問題だったと思いますね。

『薄桜記』が正統派とすれば、『猿飛三世』は完全に狙った変化球ですが、これだけ力入った時代劇が面白くならない道理がありません!

 侍の殺陣でカンフーやワイヤーアクションやると違和感を感じるものですが、忍者だったら話は別です。奇妙奇天烈、予想もつかない技や動きをするから忍法なんです!

 マニアはすぐに「時代劇であんな蹴りとかやらね~よ」とか文句つけたりするもんなんですが、無知だよね~・・・。古流柔術にはアクロバット的な飛び蹴りや、技の流れの中で浴びせ蹴りまで繰り出したりする変化技もあるんですよ。

 知らなかったでしょ~?

「それって骨法か?」と思った人が多いと思うけど、違います。これは竹内流の技。

 プロレスの技だって、キャッチ・アズ・キャッチ・キャンとか、ヨーロッパ流の組み討ち技の伝統が基盤にある訳で、古流柔術に酷似した技なんかいくらでもあるんですよ。

 廻し蹴りひとつ考えたって、フルコン空手で主流になっているスネで蹴るやり方だって、ムエタイから採用したものだし、伝統空手では足指を反らした上足底で蹴っているけど、上地流なんかは足指尖端で蹴るし、中国武術みたいに足裏全体で蹴ったり、足甲で蹴ったり、やり方はいくらでもあるんですよ。

「このやり方が正しくて他は嘘だ」みたいなこと言う人も多いんですが、私に言わせてもらえば、単なる無知! 私は知り得たやり方は全部、実験してますが、それぞれ一長一短はあります。ケース・バイ・ケースで使い分けすべきだとは思いますね。

 ところで、カンフー映画とか馬鹿にする武道家武術家がいますけれど、とんでもない勘違いですね。

 誇張された表現しか見ないから洞察できないんでしょうが、カンフー映画の中で使われる中国武術の技法表現は、実に緻密で膨大な実戦テクニックの要点が散見されます。

 特に、サモ・ハン・キンポーやラウ・カーリョンがアクション演出している作品だと、その傾向が濃厚です。

 ラウ・カーリョンなんて、実際の南派武術の名門、洪家拳の有名な先生ですからね~。

 カンフー映画によく出てくる五獣の拳(竜・虎・豹・蛇・鶴)だって、洪家拳の中の套路(型)なんですよ~。

 中国武術の教則DVD見るよりカンフー映画見まくった方が、よっぽど実戦技法の研究になりますよ。

 交叉法・換手・封手・粘手・分筋錯骨法・連環打法・化勁・擒拿・震脚・暗腿・肩発勁・打撃訣・纏絲勁・抽絲勁・波浪勁・鞭手・・・これらはカンフー映画の中で表現されていた武術技法のほんの一部ですよ。

 教則DVDでこれらの用法をきちんと説明しているものって、あんまり無い。

 だから、実戦用法を研究するにはカンフー映画を見まくった方が、ずっと勉強になる訳ですよ。洞察眼の無い人には無理だろうけど・・・。

スポンサーサイト
このページのトップへ
コンテントヘッダー

肩書に拘る日本人

 iPS細胞を巡る一連の虚偽捏造者の報道を見ていると、「あ~、この人、病気だよ」と思わせられましたね。

 あるニュース番組でコメンテイターの松尾さんが「この人は可哀想な人だと思います」と発言して、一瞬、スタジオの空気が変わったりしていましたが、「いや、この人はある種の病気なんだと思いますよ」と付け足して言われていましたが・・・。

 私も松尾さんと同意見ですね。

 この人、会見中も目を瞑ったまま受け答えしたり、貧乏揺すりが酷かったり、急にヘラヘラと笑いながら喋り出したり、明らかに挙動不審です。

 恐らく、統合失調症で“妄想”に支配されているんでしょう。現実と妄想の区別ができず、自分の言動をコントロールできないんだと思いますよ。

 だから、あんまり責めるのも可哀想な気がしますね。適切な治療を受けさせるべきだと思います。

 この手の人は武術関係者に結構居るので、私も何度も何度も遭遇しました。

 共通しているのは自己顕示欲が強過ぎること。だから、こんな具合になるんじゃないかな~?と思います。

 例えば・・・

 自分の本やビデオを出しませんか?・・・と言ってきて、電話で話したり、直接会うと、もう非常識というより社会性が皆無。

 後日、「こんな人に会いましたよ」と業界の人に話すと、「あ~、長野さんのところにも来ましたか?」と言われる・・・。

 聞けば、武道関係の出版社に片っ端から売り込みをかけて断られている有名人なのだとか?

 まあ、武道系出版社から蛇蝎のごとく嫌われている私が、人のことをとやかく言えませんが、支持してくださる会社や先生もいらっしゃるので、まだマシかな~?と(苦笑)。

 で、この人の場合、大きな会社に相手にされないから、私のように個人営業している人間にまで声をかけてきたという訳でしょう。

 しかし、勘違いしてるな~と思うのは、私は自分の生活のためにDVD作ったりしているのであって(普及する気が無いからバカ高い! 本当に価値を認めてくれる人だけ買ってくれればいいと思ってる)、ビデオ会社やろうとしている訳じゃないので、赤の他人の作品を作るような資金はありませんからね。

 ましてや、有名でもない人の作品を出しても売れる筈がないでしょう? 大損するのが分かってて作品つくるような人はいませんよ。

 特に、今の御時世、確実に売れる!という目処がたたない限り、企画は通りません。

 はっきり言って、内容が良いとか悪いとか関係ないんです。売れるか売れないか? それが優先されるのがビジネスの厳しい現実なんですよ。

「それじゃあ、長野さんは、志しあるけれども貧乏な人は相手にしないのか? 金の無い人には教えないと言うのか?」って、以前、言われたことがあります。

 はい、私はボランティアで武術教えている訳ではありません。それに、本当に志しがあって学びたいと思うのなら、相応の謝礼を渡すのは社会の規範ですよ。

 生活に窮する人間が武術学んでどうにかなる・・・なんか幻想ですよ。

 ならない。ならない。無理。無理・・・。

 私が武術の本書いたりDVD作ったり、指導したりしているのは、第一に生活のため!

 若い頃からパニック障害でまともに勤めることができなかったから(派遣社員で工場勤務したけど一カ月もたなかったよ)、日雇い仕事で食い繋ぎ、親から金せびって、友達から金借りて・・・とやってきて、福昌堂でライターやらせてもらって以降、「あっ、武術で金稼ぐことができるんだ!」と気づいて十数年・・・絶対絶命の危機を周囲に助けられて何とか、かんとか、やってこれましたよ~。

 武術しか俺には無かったんだよぉぉ~~~~(泣く)。

 だから、私は生活のために金を稼ぐという行為が、どれだけ大切であるか?ということを考えないで、「志しが云々」とか、上っ面でヌルイこと言ってるような偽善者に教える義理はありませんっ!

「この糞甘っタレがっ! 地獄に落ちろっ!」って、言ってやりたくなりますよ。

 世の中には、私の何十倍も金に苦労しながら頑張って自分の地位を築く人もいます。そんな必死で頑張っている人達に小判鮫みたいにくっついて、おこぼれに預かろうとするような“さもしい人間”に武術なんか必要ありません!

 人間、若いうちの苦労は買ってでもしなさい・・・と言われるのは、一般に金を稼いでいるのは悪徳な人間・・・というイメージがあるので、現実にまともに金を稼ぐことがどれだけ大変なことなのか?を知ることが、他人に対する敬意や節度を養うことに繋がるからだと思いますね。

 だってね~。金を稼ぐというのは、人に協力してもらわなくちゃならないんですよ。

 モノを売ったり、サービスを提供したりして、相手が感謝の気持ちを持つからお金を払う訳でしょう?

 何かね~、ラブホでバイトした時に思ったんですが、職業に貴賎は無いですよ。誰もが必死で働いてお金を稼いで生きている訳ですからね。駅のトイレ掃除してるオバチャンとか、「ありがとうございました」って、私はつい言っちゃいますよ。すると、大抵の人は無言で恥ずかしそうに会釈されるだけですけど、たま~に嬉しそうにされる方もいます。

 やりたくてやってる仕事じゃないでしょうけれど、家族を養うために必死でやってるかもしれないじゃないですか?

 ラブホ勤めてた時も、子供の学費のためにバイトしてる主婦とかお父さんとかいましたよ。

 私はずっと自分独りだから嫁さんや子供を食わせるために仕事するということをやってないですからね。まだまだ恵まれてますよ。

 何とか武術で食えてるし・・・。無論、そうなれたのは、教えてくれた先生方のお陰ですよ。腕前が上がるだけじゃなくて、私の場合は、教わった技術を基盤にして生活が成り立っている訳ですから、教えてくれた先生方への感謝の気持ちはそんじょそこらの人より何十倍もありますよ。

 極論すれば、自分が生きていられるのも先生方のお陰だ!ってことです。

 なので、何十万円もする刀贈るのだって、ちっとも惜しいとは思いませんでしたよ。もっと金あったら何百万円もする刀だって平気で贈ってるでしょう・・・。


 なんか話が違ってきましたけど、要するに、人様のお陰で自分が生きていられるという自覚があれば、“俺が俺が・・・”とはならないと思うんですよね。

 日本人は肩書に弱いけれども、そこには自己崇拝の精神が隠れていると思うんですよ。

 人にペコペコされたい。チヤホヤされたい。・・・そういう特別な存在に自分がなりたいと思っている人は少なくないと思います。

 武術武道の世界は、金儲けを嫌う人は多いんですが、名誉欲だけは人一倍強い人がほとんどだと思いますね。

 名誉欲の無い人は極めて少数だと思います。

 金庸先生の武侠小説に登場する悪の親玉は、大抵、これですね。

 何かっていうと、「自分こそが武林最強だっ!」って言いたがる・・・。

「実に武術家の心理をわかってらっしゃる!」と、私は甚だ、感心した次第です。

このページのトップへ
コンテントヘッダー

橋下氏の出自を暴く記事について

 私は、橋下氏の政治手法についてはあんまり期待していないし、独善的に過ぎて暴走するんじゃないかな~?という危惧も持っていたんですが・・・。

『週刊朝日』の連載記事で橋下氏の出自に関して彼の言動の裏付けとする内容が書かれているというのは、流石に、「オイオイ、それをジャーナリストが書くのかい?」と思いましたね。

『週刊朝日』じゃなくて『紙の爆弾』とか『こわい噂』だったら、「フムフム、なるほど~」と読んだでしょうが、『週刊朝日』で、ジャーナリストとして立派な仕事をしてきた佐野真一さんが書いているという点に、ええ~?と思ってしまいました。

 例えば、私も本で書く文章、取材で書く文章、ブログで書く文章・・・全部、違いますよ。意図的に変えます。

 これは当たり前なんですよね。

 素人は影響力を考えないで好きに書いたりしがちですが、プロは常に、どこまで書くか?という線引きを慎重に考えながら書いているものです。

 それは名誉毀損で訴えられるとかの法律の問題から、文章表現によって反感を買って不買運動に繋がる可能性や、出版元にクレームが集まって出入り禁止になる場合もあり得るからです。

 私はかなり自由奔放に書いているように思われがちですが、武道武術業界の中でも最も細心の注意をしてギリギリの線で書いていると思いますよ。

 何故なら、情報の量からすれば、書いている内容は1/10以下でしかないからです。

 だから、武術マニアの中には、「長野はでかいこと言う割りには初歩的なことしか知らない」とか批評して御満悦になってる人も居るらしいんですが、「まあ~、馬鹿だねぇ~(笑)」としか思いませんね~。

 マニアックな情報をどんどん書けば、読者はまったくついてこれなくなって本は全く売れなくなる。だから、ある程度以上の情報や技術論は本には書けない訳です。

 青木宏之先生からは、「長野さんは素人向けの本じゃなくて、武術の専門書を書くべきだ」と数年前から薦められているんですが、そういう本は5000円以上にして千部くらいしか売れないでしょうね。

 印税率が10%として一冊500円。その千倍だから印税50万円か~?

 むっ? 思ってたより儲かるか・・・? いやいや、専門書に仕上げるには500ページくらい無いとダメだよな~? それと内容を徹底的に詳細に書くとなると半年は必要になるよな~?

 半年頑張って50万円じゃ~、割に合わないな~・・・。やっぱ、もっと先でいいや。

 何カ月か前にうちの2ちゃん大好き会員から聞いたんですが、私を批判するために「武術に詳しい人間を何人も集めて論破しよう!」と呼びかけた人が居たんだそうですが、さっぱり集まらなかったみたいです。

 確かに専門分野に限ったら私より詳しい人は少なからず居るだろうと思います。

 この道一筋50年・・・なんて人はざらに居ますからね。

 剣道に詳しい・柔道に詳しい・伝統空手に詳しい・フルコンタクト空手に詳しい・沖縄空手に詳しい・合気道に詳しい・大東流に詳しい・中国伝統武術に詳しい・ムエタイに詳しい・ボクシングに詳しい・総合格闘技に詳しい・ブラジリアン柔術に詳しい・カポエィラに詳しい・フィリピン武術に詳しい・JKDに詳しい・テコンドーに詳しい・古流剣術に詳しい・古流居合術に詳しい・古流柔術に詳しい・・・etc.

 しかし、専門に研究している人というのは、ある分野の特定の領域だけを深く研究しているのが常であり、ちょっと分野が違うと恐ろしく無知なのが普通なんですよね。

 空手の世界選手権の解説者が外国人選手が繰り出すテコンドーやサファーデの技を見抜けなかったり、古武道演武会の解説者が琉球古武術の釵の演武を見て「何でしょう? 十手みたいな武器ですね~?」なんて言ったりしていて、その辺のマニアより無知だったりしてましたね。

 私がちょっと感心したのは、押井守監督と今野敏先生の対談本で、今野先生が「那覇手は知らないから・・・」と下手な解説を拒んだところでしたね~。知らないことは知らないと言うのは立派な態度ですよ。武道武術関係者は自分が知らない他流の技に関しても、素人相手にあ~だこ~だと嘘っぱちの解説をして権威者ぶりたがるのが一般的ですから。

 私はこれまで、その筋で第一人者と言われる先生方と多く会ってお話してきましたが、はっきり申し上げますが、私以上に“武術全般”について理解している先生にはお会いしたことがありません。

 むしろ、武術オタクみたいなライターや編集者の方が、知識だけなら上だったりしたものです。

 けれども、オタク気質の人は自分の好みの流儀に固執しがちなので、やはり幅広い視点というのは持てないみたいなんですね~。

 特に、不思議なことに流儀別の比較技術論や実際に戦う場合の戦闘理論について研究している人には、ほぼ会った記憶がありません。

 何でなんでしょうか? 実に不思議です。

 特に、素手で戦う技の強さにいつまでも拘っている人達の平和ボケっぷりが私には解せないのです。

 先日の稽古の時も武器嫌いのUさんが、「素手で戦えない人間が武器なんか持っても意味がないんじゃないか?」みたいなことを言うので、「素手で腕試ししたがるヤツなんか現実にはいません。殺意のある人間は必ず刃物や銃などで武装します。それを想定しない武術なんかやるだけ無駄です」と答えておきました。

 別にUさんに限った話ではなく、素手の武道や格闘技の愛好家は、「武器を持つのは卑怯者だ」という価値観で、あくまでも素手の技だけ磨けばいいのだと考える人がいます。

 しかし、それなら、私に学ぶ意味はありません。スポーツとして楽しめる道場へ行かれた方が賢明でしょう。

 武術の本質は、武器術です! 素手の技はむしろ基本訓練に過ぎない。これは世界中のどこにも素手の格闘術訓練だけで結成された軍隊が存在しないことで明白でしょう。

 人間が殺意を持てば、必ず武装します。これは素手の武道をやってきた人間でも本気で誰かを殺そうと決意したなら、間違いなく武装する筈です。

 古流柔術にも短刀や暗器は伝わっていますし、空手だって棒やヌンチャク、釵、スルヂンなんかの武器術があるんですよ。

 健康体操として普及している太極拳にも剣や刀はあります。

 武術が想定している敵とは、“殺意を持って武装して襲ってくる相手”であって、それ以外の“ケンカ好きな人間”や“腕試ししたがる人間”は、最初から想定していないのです。

 だから、私はただの一度も本気で武術の技を使ったことはありません。試合やケンカは遊びの範疇でしかありませんから武術の技を本気では使えませんよ。

 だから、勝ったの負けたのなんかケンカや試合なら、どうでもいい。

 だけど、殺意をもって向かってくる相手に負けたら死ぬってことなんですよ。だから、絶対に負けてはいけない訳です。自分も含めて、家族や友人、仲間、できれば抵抗の術のない弱い人を救うための技能が武術なんですから・・・。

 そこを理解している会員がどれだけ居るのか?ということは、まだよく判らないですよね~。いつまでも、単なる格闘の強さしか求めない人も居るでしょうし・・・。

 だけど、一つ例を挙げれば、御近所トラブルでオバサンを斬り殺して自殺した86歳の元警視正の事件がありましたね?

 恐らく、この人も若い頃は武道で鍛えて正義感のある人だったと思うんですよ。でも、86歳ともなれば、普通の武道の技は到底使えなくなりますよね? いつも杖をついて歩いていたそうですが、もう筋力が衰えてしまっているので、このトラブルメイカーのオバサンに体当たりして倒されて馬乗りになって殴られ罵倒された・・・ということが人生最大の屈辱だったんだろうと思います。

 それで、日本刀で斬った後で自ら首を切って自殺していたという点に、どんな理由があれ、元警察官の自分が人を殺したからには自らの命で償わねばならない・・・という覚悟があったんじゃないか?と私は思うんですね。私は気の毒で仕方がありませんでした。

 86歳もの高齢になっても使える護身術があれば、この人も殺人者とならずに済んだかもしれませんが、日本はこれからどんどん高齢者社会になっていくのですから、介護もいいけれども、年とっても衰えずに使える武術を提供しなくちゃいけないな~と思います。

 話を戻します。

 無論、どんな先生方でも自分の学んでいる流派に関しては徹底的に探究されているのが常でしたが、だからこそ逆に、他流に関しては全く無知なのです。

 武道家、武術家のほとんどは、非常に主観的な考え方をするものです。客観的な視点というのが病的に抜け落ちている人も珍しくありません。

 専門家とは、「専門分野以外は何もわからない馬鹿である」と言っても過言ではありませんし、むしろ、高度成長期の日本の働くお父さん達は、それをこそ美徳であると考えていたのでしょう。

 かく言う私の親父も典型的にそういうタイプで、「男は仕事以外は何もできなくていい」と胸を張って言うような人でしたから、確かに世間的なことには恐ろしく疎い人でした。

 けれども、九州の僻地では、そんな不器用に愚直に仕事一筋で頑張る男こそがカッコ良くて、ファッションに気を使いナンパするような男は「軟弱者めっ!」と軽蔑されたのです。

 そんな訳で、私の脳は、自分が「これだっ!」と思う対象には宇宙猿人ゴリ博士のようにIQ300以上に働くのですが、興味の無い対象には博士の助手のラーのように、まったく脳が働かないのです。勉強しても全然、頭に入らない。

 かくして私は、武術・怪獣・妖怪・超能力・UMA・・・などの怪力乱神が異常に大好きで、調べに調べてきた揚げ句に専門家になってしまったのです・・・。

 ですから、普通の人が趣味で取り組んでいるレベルで私と討論しようなんてお門違いもいいところなんですよ。

 私と武術で論争しようとするなら、命捨ててかかる覚悟で20年くらい勉強しまくってからにしてもらいたいですね。趣味でやってる人間が何十人集まろうと、上っ面の知識で私を論破するのは無理だと思いますよ。

 だって、私は知識情報を得たら、それが本当かどうか、徹底して実践研究して選別していっていますからね。

 あ~、そういえば、うちの会員が物凄い強いボクサーの戦い方が「発勁の原理を使っているからだ」みたいに言って実演してくれたんですが、それって伝統空手の戦法でした。

 彼は、スピードとパワーの凄さが他の選手を圧倒しているからだと言っていたんですが、大きな勘違いでしょうね。遠い間合から一気に飛び込むようにパンチしてこられたら、通常のボクシングのようにぎりぎりの間合を出たり入ったりしながら闘うのと違うから対応できなかった・・・というのが真相でしょう。

 ある有名なフルコン空手家が伝統空手家と自由組手した時に、遠い間合から飛び込みざまに刻み突きするスタイルに戸惑って、顔面にバシバシ突きを入れられてしまった・・・という話もあります。

 こういう話を強い弱いでしか考えないから、武道武術が発展しないんですよ。

 この話にはいろんな教えがありますよね~。私は、「なるほど、そうかっ!」って思いましたよ。

 私も、いつもは接近密着してから崩しをかけつつ打撃・逆・投げ・・・と複合的に技を繰り出すのですが、フルコン空手の戦闘スタイルに慣れている人に、時たま、伝統空手式に遠い間合から飛び込みながら顔面パンチ入れたりしますよ。

 慣れてないスタイルでこられると熟練している人でも咄嗟に対応できないものです。

 私が接近戦しかできないと思い込む人も多いでしょうから、この遠距離戦法は結構、通じますね・・・というか、会員の前でも本式の戦い方は見せませんから、結構、やって見せると驚かれますね。そりゃあ、一つのやり方しかできなければ、すぐに研究されて通じなくなりますよ~。

 戦術的に考えれば、戦闘の構造が違うと対応できない訳ですよ。グレーシー柔術が出てきた初期の頃と同じです。

 これは近接戦闘に慣れていたら、2km先から50口径のスーパーロングレンジスナイパーライフルで狙撃されていく・・・ようなもんですよ。

 もう、肉眼で確認できる範囲に敵がいないんだから、どうしようもないですよね? コンクリートブロック塀の後ろに隠れても50口径BMG弾は簡単に貫通しますからね~。


 橋下さんの話から全然、関係ない方向になっちゃったけど、ま~、ああいうトリックスターみたいな人も居てこそ日本の政治も活発に動いていくかもしれない・・・と願うばかりですが、独裁者タイプの人を過剰に潰そうとする精神構造は左翼的60年代的って感じがして“朝日的?”に解るんですけど、朝日的なる人達が差別観念を持ち出すのも、随分と支離滅裂だな~?と思いましたね・・・。

 差別観念を平然と公言すれば、社会倫理的にノーマルな人間とは見なされない。

 その現実は、よくよく心に留めておくことだと思います。私も注意したいですね。

このページのトップへ
コンテントヘッダー

ほびっと村講座『生き残るチカラ』

 年四回(春夏秋冬)に西荻窪のほびっと村にて講座を再開するようになりましたが、今年の最後は10月21日の日曜日。

 三カ月に一回というと、テーマをコロッと忘れてしまいます。

 一応、護身術をやろうと思ってはいたんですが、最近、中年性健忘症?が進んで、代わりにアドリブ体質が強化してきたものですから、今回も何をやるか?というのは、ほぼ何にも考えないで行きました。

 参加者は8人。少ないですが、ほびっと村の講座としてはマアマアみたい?

 ここで10人越えると手狭になりますからね~。

 この日は、前々回に参加されていた方がまた参加してくれていたんですが、この人は非常に武術センスの良い人で合気道を長く続けているそうで、前回参加した時も「彼は上手いよね~」と会員間でも噂していたんです。

 やっぱり、武術に関してはセンスの良い悪いというのは厳然としてありますね。

 センスの良い人というのは、看取り稽古が上手い人で、アクション映画好きな人が多いんですね。何故か・・・。

 観察眼の無い人はいくら教えても上達は難しいですね。良し悪しが判別できないと上達のイメージが作れないんですね。

 で、センスの悪い人というのは、武道馬鹿とでも言うか、「武道はこういうものなんだ」みたいな固定観念の強い人ですね。

 身体が柔軟だとか何だとかよりも、発想が柔軟な人はセンスも良いです。

 人に教えるのも四半世紀くらいやっていると、伸びる人の条件というのも判ります。

 身体能力は自覚的に効果的な練習をすれば変えていけるんですが、ものの考え方の癖というヤツは、なかなか変えることができません。本人が自覚的に変えようとしなければダメなんですね~。

 だから、一回やって見せれば、即座にできるようになる人もいれば、何回やって見せてもできない人もいる訳です。

 昔だったら、「できなきゃ人の何倍も何十倍もやれ!」って言えば良かったんでしょうが、今時、そんなこと言ったら誰も来なくなりますよね。

 それに、はっきり言って、武術なんかできてもあんまし意味無いし・・・(それ、言っちゃうか? オレ)。

 ここ最近、つくづく痛感するようになったのは、技なんかどんだけできたって、心が弱いヤツにはできる訳ないってことなんです。

 逆に、いろいろ実験してきて判明したのは、一瞬で戦闘力を10倍以上アップするには、“ハラを括る”、“覚悟を決める”ってこと!

 これですよ、コレ!

 率直に申しますが、私、どんなヤツが向かってきても勝てる自信がありますよ。

 何故か?というと、技だの力だのスピードだのが勝負を決めるんじゃなくて、捨て身で相討ちになる覚悟を決めれば人間の隠れたチカラが全開になる!と判ったから・・・。

 だから、嫉妬や自己顕示欲しか持たない連中が私に挑んで勝てる訳ないでしょ?

 よって、今回の講座のテーマである「生き残る」、つまり、“サバイバル”を考えた時に最も重要なチカラとは、「捨て身の覚悟になる」ということなんですよ。

 これはとても難しいようでいて、実は誰でも一瞬でできることなんです。

 私が、どうしてコレに気づいたか?といいますと、青木宏之先生の異常な強さを見ていて、何で普通の武道家と違うのか?と考えた時に、「ずっと前に捨て身の覚悟を当たり前にしてしまったからではないか?」と思ったんですね。

 だから、北島師範に真剣で斬ってこさせての無刀捕りをやったりした訳です。

 木刀や模擬刀なら多少の怪我をしても死ぬところまではいかないでしょうが、真剣だと、ちょっと掠っただけで死に直結しますからね。もう技術がどうこうじゃなくて精神力の勝負になる訳です。

 で、やってみたら簡単にできた。

 でも、北島師範の方が怖がって、ゆっくり斬ってる。これじゃ~意味ない。

「もっと速く!」と言って、再チャレンジ。成功!

 よしっ、動揺しないでできた!

 北島師範は一瞬で顔面汗だくになっています。

 その後もちょいちょいやってますが、私が確実に躱しているのが判って、今は躊躇なく斬ってきてくれていますが、それを見ていた大石総教練・・・

「長野先生はいやらしいタイミングで躱しますね~。これじゃ~北島さんが可哀想ですよ~(笑)」と・・・。

 どういう意味かって言うと、私はもっと早く躱せば躱せるのに、斬ってくるギリギリまで待って、わざと先に斬らせるタイミングで躱していたんですね。

 だから、「本当に全力で斬ったりして大丈夫なのかな~? 長野先生、ちゃんと躱せるのかな~?」と、不安になってしまう・・・という訳なのです。

 でも、先の先で楽に安全に躱していては精神力の鍛錬にならないでしょう?

 それに、はた目にはヤラセにしか見えない。

 だから、なるべくギリギリで躱すようにしているんですが、同時に、コンマ何秒の中でもいろんなタイミングが有ることも判ってきたんですね。

 無刀捕りで刀の斬り込みを躱すタイミングも一つしかない訳じゃないんですよ。

 先月くらいまで四か所のポイントがあると思っていましたが、もっとありますね。捕れるポイントが・・・。

 まあ、これは当分、秘密にしておきます。無刀捕りの理論解説ができる段階になってから発表します。今やっても、ほとんど理解してもらえそうもないので・・・。

 講座では、模擬刀の斬り込みを躱して捕る・・・というのもやらせましたが、これが実は講座のメインだったんですよね。

 真剣でやろうかな~?とも思ったんですが、やっぱし過激過ぎるから・・・。


PS;新作DVD『合気の応用』、神保町の高山本店さんにも講座終了後に卸しに行ったんですが、翌日、もう再注文が来まして驚きました! 今回は製作が変わっているので注文に追いついていません。いつもよりお待たせしてしまいますが、宜しく御了解くださいませ。また、DVDはデッキの機種との相性があって、稀に再生できない場合がありますが、一本一本再生チェックして送付しておりますので不良品という訳ではありません。デッキを変えるかパソコンで視聴ください。ノイズが出る場合はほこりなどの影響もありますのでクリーニングしてみてください。うちのデッキも古くなってノイズが出やすくなりました。買い替え時かな~?

PS2;高山本店さんで幻の稀こう本『酔鬼張三傳』を見つけたので、購入しました! 850円が15000円以上になってましたよ~。でも、貴重な本なので惜しくはありません。昔、借りて読んだ時より知識が増えた分、より面白く読めています。

20121022_001.jpg


このページのトップへ
コンテントヘッダー

何か小竹向原に呼ばれてる気がする

 金曜日の夜に、小竹向原のつばさ基地に行きました。

 秋本つばささんから電話を戴き、柔芯体メソッドを立ち上げたRAKUDOの稲吉優流先生がつばさ基地に来られるので、一緒に飲みに行く約束をしたからです。

 稲吉先生はうちの会の特別名誉会員になってもらっています。海外でも活躍されてユネスコ国際ダンスコングレスTOKYO2014の実行委員にもなられているそうです。

 せっかくなので、東京同好会の小塚師範代も誘ったんですが、駅から出たらバッタリと鉢合わせ。丁度いい時間まで駅前の本屋で時間を潰していたんだそうでしたが、月曜日にも小竹向原でダンスのワークショップにお誘いを受けて、やっぱり小塚師範代と一緒にうかがっていたので、二人で歩きながら、「最近、やたら小竹向原に来てる感じがするな~(笑)」と笑ってたんですけどね。

 その8日のワークショップは、5月に相模原の稽古会に見学に来られたプロダンサーの松田孝子先生のお誘いで、カナダの演出家の方のワークショップの発表会だったんですが、こちらも随分と普通のダンスの感覚からすると相当に過激で芸術的な挑発に満ちたもので、前衛舞踊的なアプローチにも感じました。

 プロのダンスの場合、パフォーミングアーツとして多彩な方向性があって、コンテンポラリーダンスという括りでは、もう分類できなくなっているんじゃないか?という気がしますね。

 松田先生も日本に帰省した時に武術系の身体論の本を何冊も買って読んだそうでしたが、その中で私の本が一番、解りやすかったので連絡されたということでしたね。

 なので、見学に来られた時に小塚師範代が撮影編集してくれたDVDと、文庫化された本もプレゼントしてきました。

 稲吉先生の場合は、もっと何年も前からいろんな武術も体験してこられたそうですが、やっぱり独特な殺伐とした雰囲気に馴染めなかったらしいですね。

 それに、ダンスのことを何も知らない武術関係者が上から目線で見当外れの批評をするのには閉口されたみたいです。

 私は比較的にダンスの世界の人達と交流があり、「身体能力に限れば武術家はダンサーの足元にも及ばない」と明言しているので、正直な人みたいだと思って連絡されたということでしたね。

 正直というのとは別に、武術やっている人達は武術を盲信していて他の分野を客観的に観察する眼力が無かったりするのが真相に近いと思います。

 武術の世界でず抜けて身体が動く人であっても、ダンスの世界では二流にも及ばないでしょう。

 それを自覚している人なんかは、「身体の可動域を大きくすることは意味がない。ストレッチは無駄である」みたいな世迷い言を公言する人なんかも居て、それを読んだ会員さんから「先生、ストレッチは良くないというのは本当なんですか?」と質問されて、「ええ~? そんな馬鹿な話、一度も聞いたことないよ」というのは答えましたが・・・。

 ストレッチを無理やりやれば良くないかもしれませんが、適度にやれば最も手軽な健康法になると言えます!

 筋トレは下手にやれば害が大きくなりますが、ストレッチはアバウトにやってもそれなりの効果が得られて害も少ないものです。

 そもそも、東洋の健康法の基本はストレッチ的な運動療法が基盤になっているものばかりですし、中国武術なんかでは基本の“伸筋抜骨”を十分にやらないと技の威力が出ないし身体も壊しやすいのです。

 私は、元々、体質的に身体が堅かったので、柔らかくするのに随分と苦労しましたし、無理やりやって脚裏の筋を切って、リハビリしなかったので高い蹴りが全然出せなくなってしまいましたが、その分、手と胴体を柔らかく使うように工夫してきましたね。

 その過程でダンスに注目した訳ですよ。

 だから、「ストレッチは悪い」なんて言う人は、極端な説を提唱することで注目を浴びようとしているだけでしょうね。

 あるいは、自分が特別、身体が固くて柔軟性が無いから否定したがっているだけでしょう。

 正直、武術武道と身体論を結びつけている理論には、注意を要するものが大半だと思います。中には、明らかに「それをやったら害にしかならない」というようなものまであったからです。

 私は批判する以上は自分で実験しますからね。

 ナンバやなんかも、実験した上で問題点があると判断したものについて批判している訳です。

 実験して「これはいいな~」と思えば、そう書く訳ですよ。

 研究家なんだから、当たり前ですけどね・・・。


 つばさ基地に到着すると、直後に稲吉先生も到着され、秋本さんが授業が終わるまで見学しながら多少、お喋りして過ごしました。

「この広さなら(ダンスの)公演ができますね~」と、稲吉先生は言われていましたが、確かに、現在のつばさ基地の大きさなら十分に公演ができますね。

 授業が終わってから、秋本さんの運転で車で池袋の居酒屋に行きました。看板犬のぴーよも助手席で一緒ですが、かなりの高齢になるのに以前より元気。稲吉先生も動物好きなので話が弾みます。

 居酒屋では秋本さんは車の運転があるのでノンアルコールにしましたが、生ビールをジョッキで乾杯!

 よく考えたら、私は秋本さんと居酒屋に同席したのは初めてですよ!

・・・っつうか、女優さんと酒飲んだの初めて。

「エコエコアザラクの時の、あの角度で血を吐いて死ぬ演技をした時は、鼻に血糊が入って大変だったんじゃないですか?」と、メッチャ細かい質問をしたら、秋本さんも「え~? よく判りましたね~。鼻にも耳にも入って大変だったんですよ~」と、私のオタクっぷりに呆れられていたようでしたが・・・。

 わかんない人のために解説しますと・・・、TVシリーズの最終章三部作に秋本さんは邪神教団のシスターの一人として出演されていて、佐伯日菜子演じる黒井ミサとタイマンで戦う役だったんですが、シリーズ最強?の実力でミサを追い詰めます。

 何たって、格闘術でも魔術でもミサを圧倒していたんで、途中でガイファード(を演じた役者さん)が割って入らなかったら、ミサに勝っていただろう!という展開だったんですよっ!

 で、ガイファードにナイフで刺されてゲボォッと血を吐いて絶命するんですけど、凄い熱演ですよ。

 ただ、実に惜しいことに、この作品、あの酒鬼薔薇事件の煽りを受けて途中で放送打ち切りとなってしまい、この最終三部作もTVで観ることはできなくなってしまっていたのです。

 でも、TVの特撮ドラマの歴史の中でも、この佐伯日菜子版『エコエコアザラク』はトップレベルの傑作だと私は確信して疑いません。それこそ『怪奇大作戦』や『ナイトヘッド』にも匹敵すると思いますね。

 特に、1クール目の闇の女神ヘカテと対決する最終三部作と、2クール目のクトゥルー神話の邪神を想起させる邪神教団と対決する最終三部作は、一本の映画として観ても素晴らしい!

 最終回の街の雑踏の中で振り返る黒井ミサの横顔のアップで終わるラストショットのカッコイイ画・・・デビルマンを想いおこす神話的な終わり方でしたね。

 おっと・・・エコエコアザラクについて久しぶりに語っちゃいましたぜっ・・・。

 ま~、そういう次第で、まだ秋本さんと会う以前から、そうとは知らずに何度も作品の中で拝見していたんですね~。

 こういうのも縁と言えるんじゃないでしょうか?

 稲吉先生の話もいろいろ聞いて面白かったですね~。何か、コラボの企画とか話が進んだみたいですが、私は終電に間に合わなくなりそうだったので先に小塚師範代と一緒に帰りました。

 もう、武術に関して刺激を受けるような出会いは望めないだろうと思っていますが、ダンスにしろアクションにしろエンタメ系の芸術芸能の世界の人たちと交流するのは楽しいものです。

 私は原作をバリバリ書けるようになって、縁ある人達と一緒に作品を作る中で活動が広げられたらいいな~と思いました。


PS;関西の会員さんでお坊さんがいらっしゃるんですが、檀家の刀鍛冶の方が脇差を打ってくれたそうで、「日子流仕様の拵えを作ってください」と火曜日に訪ねてこられまして、現在、刀職人稼業も営業中です・・・。何だかんだ言って、もう4~5回請け負ってますよ。業者に頼むと最低でも20万円くらいはしますし、武用刀の拵えの注文を受けてくれる人は滅多にいないと思います。今回の脇差は、湾れ刃文で一尺七寸、重ねは薄いですが身幅が大刀並に広いので試し斬りには良いだろうな~と思いましたが、試し斬りに使うと言ったら刀鍛冶の方が嫌な顔をしていたそうです・・・(苦笑)。

PS2;『史上最強の弟子ケンイチ』のヨミ編のコンビニ版を買って読んでいたら、三本杉の刃文と互の目刃文を間違えて描かれていて、さしもの松江名俊氏も刀の知識は少し足りなかったか・・・と、思いました。そういえば『ツマヌダ格闘街』でも蟇肌撓の持ち方が縫い目を上にしていて新陰流とは逆になっていました。鹿島神流式になっていたのは甲野氏の本の写真を参考にしたのかな~?と思いましたが、両手をくっつけて握るのが正しいのだとか勘違いされないようにお願いしたいですね~。アレは試斬の時のやり方で、戦闘の時は柄の長さを目一杯使うところに術の理合がある訳ですからね・・・。武芸考証の本とか私が書いてみようかな~? 江戸ブームだから企画が通るかも?

このページのトップへ
コンテントヘッダー

武器術セミナー感想

 10月は武器術でしたが、今回は、武器の構造を知ってもらおうと思いまして、自動式拳銃(COLTガバメント系ハイキャパ4.3デュアルトーン)と回転式拳銃(COLT PYTHON .357マグナム・8インチハンター)のガスガンを一丁ずつ持って行きまして、自動式の方はその場で分解組み立てを実演してみせました。

 まず、マガジン(箱型弾倉)を外し、スライド(遊底)を半引きにして溝を合わせてスライドストップ・ピンを抜いてスライドを前方に引き抜きます。

 参加者からは、「ドライバーとか使わないでここまで分解できるんですね~?」と驚きの声もありました。

 普通、機械の分解はドライバーやレンチが必要だと思うのが当然ですよね。でも、銃というのは小まめに手入れしないといけないので、クリーニングが必要な箇所は割りと簡単に分解できるようになっているんです。

 更にバレル(銃身)も外してみせて、「ここまで分解すれば射撃後の分解掃除ができます」と示しましたが、銃身の短さにも驚きの声がありました。「こんな短い銃身で当たるんですか?」と・・・。

 確かにライフル銃と比べたら、拳銃の銃身は指の長さ以下だったりしますからね~。こんなんで当たるのかいな?と思うのも無理はありません。

 飾っておくコレクション派の人だったら銃の分解なんかできなくて構いませんが、コンバットシューティングとか実際にバンバン撃つ人間が、通常分解もできなかったら話になりません。

 もちろん、建前上、ガスガンやエアガンの分解はしてはならないことになっていますが、カスタマイズして使う人なら分解のやり方は知らないとダメなんですよね。

 ましてや実銃を使うなら、通常分解してクリーニングができないと火薬カスや弾丸の削りカスが銃腔や薬室に溜まって性能が落ちてしまいます。

 ベトナム戦争で実戦投入されたばかりの頃のM16ライフルは、軽合金とプラスティックを多用した銃で「クリーニングしなくともバンバン撃てる」と誤報が広まったために作動不良が続出して大変なことになったそうです。

 それで、クリーニングの徹底指導と、ボルトが不完全閉鎖した時に強制的に押し込むボルト・フォアードアシスト装置が組み込まれたM16A1に変更され、ようやく傑作アサルトライフルとしての地位を築いたそうです。

 このM16A1も、M16A2、M16A3と変更され、現在はM4A1となっていますが、5.56mm口径の威力不足から長距離狙撃もできる7.62mm口径を使う派生モデルなども増えていますし、超長距離狙撃ができる.338ラプアマグナムを使うスナイパーライフルも採用されるようになっているのが現在のミリタリーやSWATなどの流行のようです。

 本当は、そういうアサルトライフルの電動エアガンなんかも持ってきて説明したかったんですが、取り敢えず、護身術の観点から遭遇しやすいような拳銃への対処法を知って欲しかったんですね。

 それと、最近のガスガンなんかは結構な威力があるので、これでビシバシ撃たれたら暴漢でも怯むと思うんですよ。目に当たったら失明するくらいの威力はありますし・・・。

 だから、護身用を考えればガスガンやエアガンを持つのも有効性があると思うんです。

 小石や手裏剣より命中精度も連続射撃性能も高いし、電動フルオートエアガンに500連発マガジンとか装着したらスゴイですよ!

 この日持参したガスガンも、撃ってみせたら結構な威力があるのに驚かれた方もいらっしゃいました。

 クラウンのパイソン8インチなんて、えらい安かったんですが、威力は結構強くて驚きますよ。

 護身用にエアガン、ガスガンを持ち歩くのはどうか?と思いますが、家に持っておくのは悪くないと思います。ストーカーに付きまとわれている女性は装備しておいていいかもしれませんね? ナイフで襲ってくる相手でも顔面にバシバシ撃ちまくれば怯む筈。

 エアガンは、よく猿とかカラスの撃退用に使われたりしていますが、本物の銃を使えない庶民にとって有り難い道具です。

 最近は女性向けのサバイバルゲーム・チームなんかも出来ていますから、そういうところに入れば初歩から教えてくれるでしょう。


 さて、銃の解説で時間を食ってしまい、この日は妙に時間が短く感じられ、棒術や無刀捕りとかやっていたら、あっという間に終わってしまいました・・・。

 何か予定していた内容の半分もできなかった・・・。

 帰りに小塚師範代からも提案がありましたが、武器術は2回に分けた方がいいかも知れませんね~? ご意見を聞かせてください。

 ただ、アメリカでジークンドーを修行されていた山田先生(幸手市にて武術やベリーダンスのスタジオを経営)からフィリピノ・カリの解説をしてもらったので、皆さん、感銘を受けられていた様子です。

 先日、相模原の稽古会に来られた時も、うちの会員が感心していましたが、本場で学んだ人はやっぱり違いますよ。一回、セミナーやってもらおうかな~?と思っています。

 世界の武術は日本では想像もつかない程、進化し続けています。

 武道の母国という驕った考えではなく、伝統を発掘しつつ、より発展させていくことを考えないと、日本は取り残されてしまうでしょう。いや、もう既に取り残されているかもしれません。

 日本武術の精華は、“合気と剣”だと私は思います。

 体格が小さく草食系の日本人は、力に力で対抗することをやっても勝てる道理がありませんからね。

 相模原本部でも、今、毎日使える道場の場所を探しています。広い場所は無理でも常連会員が自由に稽古したり個人指導したりできる場所があれば、今の何倍もレベルアップできるでしょう。

 私も試し斬りと手裏剣、それからサンドバッグ・トレーニングとかはもっとやりたいんですよね。武器術は人目に触れると誤解されやすいので、練習そのものをあまり自由にできません。

 学生時代までは田舎の家が広かったんで、庭で自由に練習できたんですが、体育館でも限界があるし、自分の道場が無いと武器の練習は難しいですね~。

 世間的な認知度が上がれば場所を提供してくれる人も居るでしょうが、今のところは自分達で何とかするしかありません。もっとも、自分でやった方が安心確実で、早い。

 何しろ、武術業界は、「昨日の友が今日の敵」が当たり前の業界なので、下手に仲良くコラボしていても、俺が俺が・・・タイプの仕切りたがる人間ばっかりで、どんなに謙虚そうに振る舞っても、要は「自分さえ良ければいい。人は利用するものだ」というのが本音の人が多いんですよね~。

 最初は謙虚でも、手のひら返す人が多いですよ~。教えた人間でさえ、そうなってしまう人が少なくありません。だから、武術関係者とは気持ち悪くてコラボしたくないんですよ。ほんっと~に、コリゴリです。

 そうですね~。だから青木宏之先生とか、ごくごく少数ですね~。今、付き合いのある先生は・・・。

 まあ、あんまり疑心暗鬼になってもいかんとは思うんですが、もう私独りじゃなくて会員にしろ付き合いのある先生方や団体にしろ迷惑を掛けたくありませんから、注意してし過ぎることはないだろうと思っています。

 活躍している先生だって、楽に稼いでいる人なんかいませんよ。活躍度が大きければ大きいほど、団体の運営とか人件費とかでカツカツなのが普通です。

「長野はいろんな団体の技を盗んで一派を名乗ってけしからんヤツだ!」なんて陰口叩く先生もおられるそうですが、「フザケルな!」の一言しか感想はありません。

 はっきり申し上げておきますが、今の日本の武術業界で私以上に武術文化の復興を目指して研究している人間はいないと断言できます。

 大抵は、武術を利用して自分の名前を売りたいだけですよ。

 どうしてか?

 簡単なことです。自分のやっている流儀を広めることしか考えてないでしょう?

 私は武術やっている連中はほとんど嫌い! 気持ちが悪い。自己チュー人間ばっかり。

 しかし、武術は大っ好きです! 本当に人類が生み出した大発明ですよ!

 だから、自己チュー人間の捏造・虚偽を徹底的に暴いて、武術の文化としての本当の価値を明らかにし、歴史にきちんと位置付けるのが私の果たすべき天命だと思っています。

 その大仕事を果たすために私は生きているんだと思っています。

 その大仕事とは・・・

1,達人を多数育てる!(これは順調です)

2,誰もが達人になれるシステムを確立する!(これも順調)

3,世界中の武術文化の学問的観点での社会的位置付けと個別の流儀の研究と継承!(これは私一代じゃ無理だろうな~)

・・・の、主に三つです。

 流派を立ちあげて、その枠組みの中に閉じこもって普及を目指すだけなら、別に難しくはないでしょう。でも、私はそんなセッコイ人生で満足できません。

 将来的には武術で金稼がなくてもいいようにしたいので、小説家養成講座とか通ったりしている訳ですし・・・。

 自己チュー武術バカ連中に何と思われようが、気にしません。「お前らのレベルで考えてるんじゃねえよ。まっ、スズメは好きにさえずってろ」ってことです・・・。

このページのトップへ
コンテントヘッダー

高瀬道場公演

「やっぱり、時代劇は殺陣だよな~・・・」と思ってはいても、その殺陣を満喫させてもらえる作品に出会うことは難しいのが現実です。

 ですが、『るろうに剣心』のスーパー・バトル・ソード・アクション!によって、時代は変わっていきそうな予感がします。

「アカン・・・あそこまでやられたら、うちら太刀打ちでけん・・・」と、ションボリする人達と、「ムムゥ~・・・よし、俺たちはもっとスゲェ~のやってやるぜいっ!」と燃える人達に、くっきり分かれるだろうな~・・・と、私は予想しました。

 TVから時代劇がほとんど消えてしまった今、何故か、反比例するかのように世の中は静かな時代物ブームで、戦国・幕末・そして江戸市井の穏やかな暮らしぶりに対する憧れもあるのでしょうかね~?

 だから、私も時代考証本の企画に参加したりしているんですけど(いつ出るのかいな?)、私は根本的に“戦闘マニア”なんで、「てめぇら、人間じゃねえっ! 叩っ切ってやるっ!」(ヨロキンの破れ傘刀舟)とか、「我が身既に鉄也。我が心既に空也。天魔伏滅!」(千葉ちゃんの影の軍団3)とか、「大五郎。冥府魔道に入ったぞっ!」(若山先生の子連れ狼)とか・・・そういう「理屈はい~から、ぶった斬れぇっ!」って感じがスキ。

 だもんですから、最近は、もっぱら中国武侠ドラマに嵌まってたんですけどね~。

『笑傲江湖』の最終回、禁断の秘伝書「辟邪剣譜」を手に入れて最凶の魔人と化したかつての師匠の悪行に、ついに堪忍袋の緒が切れて立ち向かう主人公の必殺!独孤九剣・吸星大法・易筋經の合わせ技の圧倒的な威力!

 実際の武術の世界も、名誉欲と自己顕示欲と誇大妄想でオツムがバ~ン!と炸裂しちゃう人がざらに居るものです。“昨日の友は今日の敵!”という言葉が、かくも日常的な世界も珍しいのではないでしょうか?

 私、本当に付き合いたくないですよ。自分を“武道家”と言える人とは・・・。


 でも、「高瀬道場を見ずして殺陣を語るなかれ!」って、いつも謙虚な高瀬先生が、何か、今回、すっげぇ~ヤル気(殺る気?)出ていて、やっぱり、『るろ剣』に触発されたんだろうな~と思いましたが、そんな高瀬道場の新撰組物の公演を拝見して参りました。

 中国の剣戟と日本のそれの一番の違いは、リズムでしょうね。

 中国は動きの流れが切れない。だからスピーディーでテクニカル。

 対して日本は静と動のメリハリがあって、瞬間のスピードと殺気が命。

 代表的なのは、居合術。これは片刃の日本刀だからできる技術であって、中国武術に居合抜刀術のようなものは無いのです。

 しかし、西部の早撃ちガンマンの技は居合術みたいなものですよね?

 これって、多分、護身の考えが関係していると思うんですよね。

 中国の武術って、護身術というより自分から攻めて倒す戦闘術の要素が強くて、攻撃的な門派が多いんですよ。実は・・・。太極拳は違うけど、他の武術は自分から攻撃していくのが多いですもんね~。

 無論、示現流のような例外もあるけれど、日本の武術は、後の先か対の先を取るのが多い。「空手に先手無し」ってのも、後の先を取るのを旨としていたからでしょう。

 私も自分が日本人だからかな~?とも思うんですが、相手が攻撃してくるのを迎撃する居合術が一番好きで、自分から先を取って攻撃するのは好きじゃないんですよ。

 いや、好きじゃないから“やらない”っていう意味じゃないですよ。喧嘩だったら先手取るのが当たり前の戦法だから、やる時はやります。でも、あんまりやりたくは無いんですよ。

 この、「やりたくはないんだけど、そっちがやるなら俺もやるよ?」というスタンスが日本武術って感じがします。

 時代劇の殺陣にも、この感性があるんですよね。

 座頭市も、眠狂四郎も・・・自分から好んで斬ってないじゃないですか? 机竜之介くらいかな~? 好んで斬ってるのって・・・。それでも、虚無的な精神性のダークヒーローとして描かれてる訳ですよね~。

 新撰組に関しても、いろんな解釈がされていますね。

“最後のサムライ・スピリットを持った集団”としての英雄視もあれば、“時代錯誤の剣術馬鹿集団”という評価もあります。

 今回の高瀬道場の公演では、その両方の視点を併せていた点が良かったですね。

 やっぱり、ただアクションとしての殺陣の技術を見せれば良いというものではない!・・・という映画に関わっているプロとしての矜持が感じられましたね。

 ここが“アクションの躍動感が好き”という視点だけだと、それはアマチュアの自主製作物の域を抜け出せないと思うんですよね。

 やっぱり、プロとして作劇に関わる者は、作品としての全体を見通していないといけません。自己表現の欲求を満たすだけだとアマチュアなんですよ。

 その上で、殺陣のプロ集団であるという武器を存分にふるってこそ、そこに普通の演劇集団との差別化がなされる訳です。

「高瀬道場にしかできない新撰組」を私は見たい!

 拝見したのは本公演の前のゲネプロと呼ばれる本公演と同じやり方でやる本番。パイロット版と言えばいいでしょうか?

 殺陣は堪能しました。満足ですっ! 硬軟自在で剣のみに頼らない素手の技も取り入れた多彩な“手”数はジャッキー映画風でさえありました。

 カメラアングルとカット編集の繋ぎでごまかせる映像作品と違い、ライブの芝居では僅かなミスが致命傷にもなりかねません。

 それこそ刀の抜き納めで、ちょびっと突っ掛かっただけでも印象がガクンと落ちてしまったりするのです。

 まして、上手い人ばかりだと、本当に微妙なタイミングのズレでも目立ってしまうものなんですね。

 下手は下手なりの有利さというのもあるんですよ。

 例えば、『逃亡者おりん』なんて、第一シリーズは見ててガビーンとなるような青山倫子の下手糞っぷりでしたが、シリーズが続くと、「げげっ? 何か微妙に上達してる?」と、感心しちゃうんですよね~(苦笑)。

 意地悪な見方をすると、映画なんかで「それ、明らかに失敗してるだろ?」みたいなシーンに遭遇すると、何か微笑ましくなってしまったりもするんですよね~。

『里見八犬伝』で画面の上にマイクの先っちょが見えてたり、真田さんが大蛇(この撮影の後、香港映画『大蛇王』や、ハワイのセクシーアクション物に出張したそうです)の尻尾に跳ね飛ばされて岩壁に激突すると、岩壁がボヨォ~~~ンとバウンドしたとか、『蘇る金狼』で銃に撃たれてふっ飛んだ岸田森が壁を壊し損なって、もう一回、強引に体当たりかましたり・・・とか?

 話の本筋と関係ないところで嬉しくなってしまうのは私ばかりでしょうか?

 殺陣に比べると、ギャグは・・・ちょっと古いかな~・・・(苦笑)。もうちょっと捻った方がいいと思いますね。ゴレンジャーをやるなら、「モモッ! エンドボールッ!」「いいわねっ、いくわよっ!」・・・と、そこまで観客置いてけぼりにして突っ走ってしまうとか?・・・どうですかね~。

 あるいは、突然、『特捜最前線』をライダー1号、ストロンガー、アカレンジャー、ヒューマン、白獅子仮面を率いるマイティジャックの隊長・・・なんてどうですか?

 えっ? そこまでやったら元ネタ解るヤツが全然いない?

 そりゃ、そうだ・・・。

 高瀬先生。今度は自主映画も作りませんか?


このページのトップへ
コンテントヘッダー

大山克巳さん逝去

 新国劇の殺陣は、それまでの歌舞伎の様式化された立ち回りを、よりリアルな剣戟へと昇華したものとして注目されていました。

 辰巳柳太朗、緒形拳、若林豪といったダイナミックな殺陣の名手が新国劇出身だと聞きます。

 意外なところでは、『江戸の激闘』や『アイアンキング』、あるいは映画の『雲霧仁左衛門』で躍動感ある殺陣を披露していた石橋正次も新国劇出身なのだとか?

 石橋正次といえば青春スターのイメージしかなかったので、非常に意外な印象があったんですが、「なるほど、それで・・・」と納得がいったものでした。

 そんな新国劇の役者の中でも、私は大山克巳さんの殺陣の上手さには唸らせられていました。

 上手いという話は聞いていたんですが、正直、映像作品ではあまりお見かけしなかったので知らなかったのです。

 ところが、国広富行主演の『新吾十番勝負』の時代劇スペシャルのシリーズでライバル役の柳生の剣士を演じられた大山さんの太刀捌きの見事さには、本当に恐れ入ってしまいました。

 失礼ながら、国広さんがあまり上手くなかったので、私は大山さんが活躍するシーンに目が釘付けになったものです。

 10数年前だったか、雑誌『秘伝』で大山さんの古武術修行体験談などのインタビューが載っていて、なるほど、そういう訳だったのか?と思いましたが、実際にいくつかの古流剣術の修行もされていたのですね。

 もちろん、そういう時代劇役者は少なからずいらっしゃるとは思います。

 しかし、一目瞭然。大山さんは本格的な修行をされていたのが明白でした。

 もう、刀の抜き納め、構え、振り、体のこなし・・・いずれもが隙の無いものであり、また、カッと眼を見開いて迫る迫力の凄さは演技とも思えない程でした。

 また一人、殺陣の名手がいなくなってしまいました。

 これからの時代劇の伝統を絶やさないためにも、志しある若手役者が育つことを祈るばかりですし、それを支援するプロデューサーが増えることを願います。

 大山克巳さんの御冥福を祈ります・・・。

このページのトップへ
コンテントヘッダー

新作DVD『合気の応用』順次送付中

 注文が殺到していて製作が追いつかない状態ですが、やっとこさ送付中です・・・。

 完成版をチェックする段階で初めてちゃんと見たんですが、これはマジで物凄い内容ですよ。

 もう、武道を体得するための訓練という観念そのものを根本から覆してしまうような超絶問題作になってしまったからです・・・。

 何が凄いって、ジェット爺ぃことUさんの技を受けてる大石総教練がビッタン・バシーンと技にかかってるんですが、彼は本当に技が効いてないと受けとってくれないですからね~。

 これまで何人もの空手や中国拳法や格闘技なんかの指導者クラスの人が大石総教練に翻弄されて呆然となっている・・・そのくらい彼ははっきり言って強いです!

 それを、受けているだけとは言っても、ピンポイントでバッチリ技掛けてるんだから驚きますよ。

 まだ無自覚なので技としては未完成ですが、これを完全に駆使できるようになったら紛れもない達人になってしまうでしょう・・・。

 それを、認知症が始まりかかった70過ぎの体重50kgそこらの老人が一年で到達したという事実を考えてみて欲しいのです。

 武道経験がまったく無い訳ではありません。50年くらい前に半年程度、合気会に通ったそうですが、技らしき技は体得していませんでした。

 本人も「わからなかった」としか感想を言われません。

 無論、今も「よくわからない」と言われますが、でも技はどんどん体得されていっています。わからないけれども上達していっています。

 それを映像に収録できただけでも価値があるでしょう。

 それから、このDVDでもう一つ、大きな価値があるのは、高校生にして初の指導者認定したNさんの、太極拳・八卦掌・空手(ナイファンチ)の演武です。

 その武術性の確かさを観える人が観れば、仰天することでしょう。

 内力がハンパ無い。武侠小説の主人公か?というようなレベルです。

 中国武術の達人の映像とか見ても、ここまでのレベルに到達している人は少ない。それも高校生なんだから、もうあり得ないでしょう?

 合気技を演武してもらっている小塚師範代も、非常にいい具合です。入会して3年くらいですか? やっぱり、真面目に通ってる人は蓄積された内力が違うな~と思いますね。

 合気の応用ということで考えたのに、何だか発勁みたいになってしまったんですが、これは“体の合気”を独自に探究した結果です。

 剣術や太刀奪いの技も解説していますが、ここで表現しているのは拍子を合わせることと、隙間を埋めるように付け入るということです。

 また、無刀捕りも原理がより明確になってきています。

 構えから刀の軌道を読んで、そこから外れるように入る訳です。これは心理的要素も含んでいます。

 構えから次の動作を読めるようになれば、戦闘理論は勝手にできてきますからね。


 以上、新作DVDは、相当、上級者向けになってしまいましたが、上級者向けになればなるほど初心者でもできる術理になるとは・・・流石の私も予想していませんでした。

 本当に武術というのは凄いものだと、つくづく思うばかりです。

 敵と対抗しない方が勝てる?というのも不思議なものです。多分、熱心にやってきた人程、受け入れ難いでしょうし、もう、強くなることしか考えていないような人達には理解してもらおうとは思いません。

 武術の真の極意は、コペルニクス級の意識の転換だった・・・という次第です。

 少なくとも、その意識の転換を促すという意味では、今回のDVDは革命的な内容になっていると思います。

 だから、尚更・・・価値のわからない人には見せない方がいいんじゃないか?と思っています。実は、久しぶりに申し込みをお断りした方もいらっしゃいます。金さえ出せば情報や技術は誰でも入手できる・・・という考えは改めて欲しいと願うからです。

 武術は両刃の剣です。好奇心の赴くままに衆に抜きん出たチカラを得て、それを独占したがる人間に与えたら・・・その心を破壊するだけです。

 そんな人間は無数に居ます。

 本当に有益な情報には価値に見合った対価が必要ですし、それを知ることで過去に積み上げてきた価値観が失われることもあるのです。

 その覚悟は必要なのです。

 何しろ、ズブの素人が簡単に必殺仕事人みたいになってしまう訳ですから・・・。


 例えば、かつて2km先のターゲットを狙撃できるゴルゴ13は神業の持ち主とされていました。

 しかし、今日では、誰もがその銃を使えば簡単に2km先の人間を狙撃できる性能のあるライフル・・・というものが市販されています。

 私の研究はそれに近いでしょう。

 誰でも私のやり方に従えば確実に達人になれるでしょう。

 つまり、武術の極意の構造を解明してしまったんです。これは訓練の量を積み重ねても一生、解らない可能性があります。が、理解してしまえば一瞬で会得してしまえるのですから、必死で練習してきた人達には許し難い・・・。

 それほどの超問題作だと認識して欲しいですがね~・・・。

 どうかな~? どれだけの人が理解してくれるかな~?

このページのトップへ
コンテントヘッダー

10月セミナーは武器

 毎年の月例セミナーでも、特に武器術をやる時は、特に怪我が無いように注意しなければなりません。

 剣道や居合道をやっている人は、武器を使うことに慣れがあるでしょうが、一般的に、特に空手道をやっている人は武器を用いるということに抵抗感を感じる人も少なくありません。

 また、うちの会でも武器術をやりたがらない人も居ます。

 しかし、武術というものは、武器術の修練をやらなくては完成しません。

 本質論から言いますと、武術の本体は武器術にあります。素手の柔術や拳法などは、飽くまでも武器が無い場合の緊急に用いる技でしかなく、素手で戦うことをスタンダードに考えるのは競技スポーツとしての近代格闘技的な認識でしかありません。

 これは、軍隊や警察が銃をスタンダードにしている点からも明らかです。

 野戦体術や逮捕術、警棒術などは、個人の技能に効力が大きく左右されますが、銃は、上手下手の関係なく誰が用いても敵を殺傷するチカラを持っています。

 日本武術に限らず、古来の戦場での主武器は弓矢が多かったのは誰もが了解できるでしょう?

 命がかかった戦闘では敵を確実に殺せる武器が必要なのであり、素手で戦う技を訓練するのは基礎トレーニング的な意味しかなかったのです。

 ですから、個人の技能としての“強さ”は、命がかかった戦闘状況では大した意味を持ちません。一対一で同じ条件で闘うのは、あくまでも競技でしかなく、相撲やパンクラチオンが見世物の要素が大きかったのは論じるまでもないでしょう。

 私が現代武道や格闘技に惹かれなかったのは、それらが現実の命がかかった戦闘状況に遭遇した時に、ほとんど役立たないであろうと思われたからです。

 いや、それどころか、通り魔にさえ太刀打ちできないかもしれません。

 実際に、空手師範や柔道家が暴漢のナイフで殺された事件もあります。

 私が武術に求めているのはリアルな戦闘状況を生き延びることのできる技術と戦術であり、そのためには武器術ができなくては話にならないという結論に達した訳です。

 昔の武術はみな、そういう観点で技術が構成されていましたし、少なくとも昭和の時代の武術家は、複数の武術を学び、武器への対応を考えるのは最低限の心得でした。

 これらは当たり前のことなのです。

 相手が銃を出した。ナイフを出した。複数で襲ってきた・・・etc

 これらに全て対応して生き延びることを考えなくては武術ではありません。

 強い弱いを他人と競うのはスポーツです。

 武術は、いかなる強力な敵とも戦う以上は必ず勝つことを考えねばなりません。だから、卑怯卑劣などという概念に縛られてはいけないのです。

 聞くところによれば、フィリピン武術は世界中で高く評価されて警察や軍隊のトレーニングに採用されているそうですが、フィリピンの一般的な市民の間ではフィリピン武術を学ぶ者はゴロツキのように軽蔑されたりもするそうです。

 これは、中国の武術でも似た事情があり、武術家はヤクザ者と同一視されがちのようですね。

 しかし、日本では長い間、武士階級が政治の場に居たので、生き方の規範としての武士道という哲学が形成されていたので、武術武道に対する尊敬の感情がありました。

 つまり、力を持つ者は社会の秩序を護る責任を持っていた訳です。

 ここが他の国と日本が一番異なる点だと思います。

 武術を学ぶことが哲学的生き方に繋がっているのですね。

 いや・・・繋がって“いた”と、過去形にしなければならないのかもしれません。

 何故なら、今時、武術を学んだからと言って自分の生き方に結びつけて考える人は滅多にいないからです。

 結局、自己満足のため、自己顕示欲を満たすため・・・くらいのものではないでしょうか?

 無論、内省的に自分の生き方を節制して生きる美学を奉じる人はいます。が、そのような生き方は自己完結しているだけで、今の世の中に何の影響力も持ちません。

 毒にも薬にもならない自己満足のための修行・・・。そこには社会性が欠落していますね。

 人間はもともと野生の獣のような武器は持っていません。

 ゴリラやヒグマのような怪力は無いし、虎やライオンのような爪や牙も無い。コブラやハブのような毒牙も無い。

 人間相手なら一撃でぶち倒せる発勁も、野生動物には効き目は望めないでしょう。

 武器を毛嫌いする人達は、もしも人間が武器を作れなかったら、とっくの昔に人類は全滅していたであろうことを考えるべきですね。

 いくら刃物が嫌いでも、包丁無しで料理は作れません。

 ノコギリやノミ、カンナが無ければ家は作れないでしょう?

 武器というものは、人間が生きていくための道具として必要だから発明された訳ですし、その武器を有効に使う手段として武術も発明されたのです。

 そこを考えないで「危険だから無くせ」と言うのは愚かですよ。

「包丁やノミ、ノコギリは生活道具であり、弓矢や銃とは本質的に違う」と言いたい人も居るでしょう。

 しかし、通り魔や暴漢が包丁や鎌、フルーツナイフといった生活用具としての刃物を使う場合が多いことを考えるべきです。

 弓矢や銃を発明したお陰で、人類は“狩猟”という害獣駆除と食料確保の術をモノにしてきた・・・。

 ただし、武器というものは、その前提として「きちんとコントロールできること」という条件があります。

 お解りと思いますが、私が原発を反対するのも、核兵器や化学兵器、生物兵器などを反対するのも、これらは敵を殺すだけじゃなくて害毒を長く広範囲に拡大してしまう。即ち、コントロールが効かないから武器として欠陥があるからなんです。

 要するに、武器をコントロールして用いる技術を知ることが重要なんですよ。

 武器があっても武器の操作法を知らなければ何の役にも立ちません。

 これはどんな道具でも同じことですね。使い方を知ることが重要なんです。

 ですから、今回のセミナーは、「武器の使い方」を教えます。

 基本的な使い方を知れば、そこから応用していくことは自在です。そして、基本的な使い方は、武器の機構を知れば自ずと定まります。

 要するに、仕組みが解れば後は自然に解っていくのです・・・。


 さて、アスペクトの武術シリーズ第三弾『武術のシクミ』も文庫化されました!

 見本が贈られてきましたが、いい感じです。文庫版用後書きもお楽しみに、皆様、是非、買ってくださいね~。・・・っつうか、新刊本はどうなったんだぁ~(泣)?

PS;10月は14日に江古田にてセミナーがあり、21日には西荻窪ほびっと村にて講座があります。両日、最新作DVDの販売もしますので、宜しくねっ!

このページのトップへ
コンテントヘッダー

ちょっと発送遅れます

 最新作DVD『合気の応用』、ジャケットデザインがちょっと遅れてまして、発送が少々遅れることになります。御注文戴いている皆様、もうしばらくお待ちくださいませ。

 それにしても、改めて見ても、今回のDVDは武術に対する概念を覆してしまいそうな感じがして、正直、ヤバイです。

 何がヤバイのか?というと・・・

「武術武道は長年のつらく厳しい修練の果てに、ようやく体得できるもの」という常識が間違いだったと証明してしまっているからです。

 ですから、長年、武術武道に取り組んで苦心惨憺やっている人には、到底、受け入れ難い内容だと思います。

 私だって、正直言うと、「こんな馬鹿な?」という気持ちが拭えないんです。

 極論すると“身体鍛える必要はありません”と言ってるようなものだからです。

 恐らく、物凄く頭の良い身体感度の高い人が見れば、見終わった瞬間に戦闘力が10倍みたいになってしまうでしょう。ドラゴンボールZの世界ですよ・・・


 つまり、武術、武道に懸命に取り組んできた人ほど、精神的ショックが激しくなってしまうと思うんですよ。

 何でか?と言うと、「身に就けてきたものを全部、捨てなさい」と言ってるようなものだからです。

 もう、技じゃないんです。

「技術を積み上げて到達できるレベルを超えるには、技術を捨てること」という、一休さんのトンチみたいな発想の転換が必要だったということです。

 私自身、技術と戦術を徹底的に研究してきました。

 学ぶと同時に、学んだ技を破るにはどうするか?を考えて、常に発展させることを考えてきました。

 戦って勝つ方法・・・それだけ考えて研究してきた訳です。

 私にとって、流派なんて意味がありません。戦い方のスタイルなんかナンセンス。勝つためにより合理的な方法論を追究する・・・それが武術なんだと考えてきました。

 だから、例えば、「刀の握り方、手の内の操作によって云々・・・」といった論は枝葉末節としか思っていませんでしたし、実際、「刀は斬れるようにできているんだから、その機能を活かせば握り方だの手の内だのはどういうやり方だっていい筈」だと考えて、片手逆手握りで斬ったり(DVDに収録)、いろいろ実験してみた訳です。

 手裏剣なんかも、遠くの狙った的に的確に当てることを目指すより、動き回って攻撃してくる敵に対して効果的な打ち方として、“三本同時に打つ”とか修練した訳です。

 これは散弾銃(ショットガン)の発想ですね。

 もちろん、そういう殺す技に関しては無闇に公開できませんから、こればっかりは直接、相手の人間性を確認してから指導するようにしていますが、DVD見ただけでも勘のいい人は自分でアレンジして工夫してしまえるでしょうね?

 そういう危険性もあると考えたので値段を高くしている訳なんですが、意外と、そこまで洞察する人は少ないもんですね~?

 まあ、それだけ洞察できるのなら、とっくに自分で工夫しているかもしれないから、関係ないかな~?

 でも、やっぱり武術に詳しくない格闘技系、武道系の人にとっては相当、驚かれるか? あるいは「こんなのインチキに決まっている」と決めつけるか? どっちかじゃないかな~?と思いますね。

 合気に関しては、相変わらず誤解している人が多いですからね。

『合気の応用』というタイトルなんですけど、中身は膨大になっています。『発勁の応用』という名前にしても良かったか?という感じなんですが、“体の合気”と“発勁”は、ほとんど同質なんですよね。

 細かい違いを強調したがる人もいるでしょうが、実戦に使えれば、それが正しいんですから、技術の細かいニュアンスに拘るのは、意味がないと思いますよ。

 違いということなら、佐川道場・六方会・幸道会・大東館・琢磨会・光道・松武館・八光流と、みんな違うと言えば違うし、合気会・養神館・養正館・万生館・・・と、植芝系合気道も、親英体道・新体道も違う・・・。

 私は合気系統の流派の技術も20~30くらいは比較研究していますけど、関節技主体・崩し技主体・伸筋技法主体・脱力技法主体・心法主体・・・と、分かれますし、同系統でも師範によって微妙な違いは出てくるんですよね。

 極論すれば、游心流の中でも私と大石総教練はやり方が違うし、細かく分析したら皆、違うんですよね。

 それくらい個性で変わっていくと思っておいた方がいいかもしれませんね~?

このページのトップへ
コンテントヘッダー

自分が影響受けたヒト

 山下達郎のオール・タイム・ベスト盤を、発売日翌日に町田に買いに行きました。

 何しろ、初回限定のCDも付くというので、これは買わなくっちゃ~と思った次第。

 私が山下達郎を知ったのは、高校時代に見たTVCFで不滅の名曲『ライド・オン・タイム』と共に朝日の昇る浅瀬で指で拳銃撃つ仕草をする山下達郎を見たのが最初。

 すぐにレコードも買いましたよ。

 その当時はCDも無かったけれど、うちの母親は小学校の音楽の先生だったので、家にピアノもあったし、クラシックのレコードもいっぱいありました。

 もっとも、私は音楽は苦手で楽器は何ひとつひけないし、中学時代に声変わりした時にさっぱり歌えなくなって歌うのも苦手になってしまいました。

 それでも、音楽を聴くのは嫌いじゃありません。

 ジャンルは特に無くて、たまたま聴いて好きか嫌いか?というだけなんで、この歌手の作品なら・・・というのもほとんど無いんですが、山下達郎は80年代通して好きでアルバム買ってましたね。

 だけど、新作になると興味が薄れていって、正直、40過ぎてからは新しい曲は買っていなかったんですよ。

 一昨年くらいにレコード店で昔の曲中心のベスト盤が安かったんで買ったくらい。

 今回も、初期の頃の作品がかなり入っていたから買ったというのが本音なんですが、特別編集の達郎特集号のぴあも一緒に買って読んでみたら、やっぱ、山下達郎は偉大なミュージシャンだよな~と、改めて思いましたよ。

 だって、嫁さんの竹内まりやがそう言ってるんだもんね~。

 やっぱ、嫁さんとか家族に尊敬されるというのは凄いことだと思いますよ。

 結婚してもすぐ離婚する人が多いじゃないですか? あれって、互いを尊敬する気持ちがあったらしないと思うんだよね~。

 何か、妙に簡単に結婚する人を見ると、オイオイッて思うんですよね。私なんか他人と一緒に暮らすというのが、どうにも嫌だから、仮に結婚したいと思う相手ができても別居していたいですね。

 だって、独りで居る方が圧倒的に気楽だもんね~。


 まっ、それはさておいて、私は「自分はどんなヒトの影響を受けてきたんだろう?」と、ふと思ってしまいました。

 そうだな~?

 俳優だったら、松田優作、ブルース・リー、ジャッキー・チェン、若山富三郎、リー・バン・クリーフ辺り。

 宗教哲学者だったら、J・クリシュナムルティ。

 漫画家だったら、諸星大二郎。

 小説家だったら、夢枕獏、菊地秀行、金庸、H・P・ラブクラフト。

 武術家だったら、松田隆智青木宏之初見良昭、芦原英幸、澤井健一・・・いや、武術に関してはどれだけ多くの人の影響を受けているか、もう自分でも解らないですね~。

 こうして改めて考えてみると、人間はいろんな先人の影響を受けて成長していくんだと思いますね。自分が自覚しているかどうかに関係なく・・・。

 一人の人間の中に膨大な人間の記憶が詰まっている・・・そう考えると、凄いことだな~と思います。

このページのトップへ
コンテントヘッダー

つばさ基地アクション・パーティ・ナイト6

 9月最後の土曜日、29日は、小竹向原のつばさ基地で、毎年恒例のアクション・パーティ・ナイトが開催され、私も招待状を頂戴して小塚師範代、千葉師範代と一緒に観に行ってきました。

 昨年は都合で私は観れなくて、北島師範と小塚師範代に代わりに行ってもらっていたんですが、その内容のレベルの高さを聞いて、やっぱり、今年は是非とも行かねばならぬ!と思っていたんですね。

 以前は渋谷でイベントとして開催されていましたが、小竹向原に場所が移ってからは、広いスペースで伸び伸びと演技ができるのと、よりアットホームな雰囲気で見られるようになり、私はこっちの方が断然、いいですね~。

 それにしても6年か~?

 思えば、第一回を観客として観に行ってから、二回目、三回目を審査員をやらせていただいたり、何か本当に感慨無量という感じがします。

 ほぼ、毎年、観ていると、そのレベルの上昇っぷりに唸らせられるのですが、これだけバラエティーなパフォーマンスが見られるイベントって、類例が無いと思うんですね。

 今回も、ダンスやアクロバット、器械体操、ポールダンス、殺陣、中国武術(長拳)、シュールなパフォーマンス、エアロビクスと思っていたら手品? 超実戦的な忍法体術をベースにした噂のエクササイズ“シノビックス(靴下かスニーカーと間違えそう?)”、超絶ヨーヨー・パフォーマンス・・・等々が見られ、予定では2時間だったそうですが、大幅に過ぎて3時間くらいやっていたそうです。

 しかし、そんなに時間が長かったとは、ちっとも気づきませんでしたよ。

 つまり、飽きることなく「わ~っ、スゲェ~!」とビックリしっぱなしで時を忘れていたという訳ですね。

 特に今回は、キッズアクロバットに驚かされましたよ。

 小学校低学年か?と思う子供たちが、驚異的な柔軟性と瞬発力を見せ、ピュンピュンと跳ね回る様はドッキリしてしまいました。

 ドラゴンボール実写版を日本でやっても子供メンバーはバッチリですね!

 一昨年くらいは、まだまだ「頑張ってま~す」という感じでしたが、もう既にプロとして活躍している子も居るそうですし・・・。

 それに、皆、身体の軸がピシッと伸びて動きが綺麗なんですよ~。本当にビックリしました。こんな小さな子供たちがプロの魅せる演技の基本を体得しているというのは、教える側の教育プログラムの質の高さと、愛情が無いといけないでしょうね。

 私も紛いなりにも武術の指導者としてプロな訳ですが、こういうしっかりと基本を叩き込むように教えることが、いかに大変で、根気が要ることなのか?という想像がつくので、尚更、感心してしまう訳です。

 身体能力だけ比べたら、つばさ基地の講師の皆さんは我々游心流の20倍以上、動けるでしょう。何か、うらやましいです。私も若い頃(30年くらい前)は旋風脚(360度飛び廻し蹴り)とか後旋飛腿(360度飛び後ろ廻し蹴り)とかできたんだけどな~・・・。それの二倍近く回ってますもんね~(笑)。

 それと、雰囲気が明るいのが一番ですね。講師陣も年々、倍増している様子ですし、今は不況に震災後のダメージもあって日本経済が最もピンチな状態であるにも関わらず、前向きに発展させていこうとする熱気があるんですね~。

 ネガティブなところが全然無い。情熱を持って前を向いて歩いて行こうとする精神性、志しの高さが感じられるから、私はここに来る度に気合入れてもらっている思いがしますよ。

 今回、秋本さんは新技のエアリアルティシュ・シルクに挑戦されていましたが、これって薄いカーテンのような長い布(シルクだから絹?)を使ってポールダンスのように演技するものなんですが、何せ布ですからね~、安定させるのはムチャクチャ難しいだろうと素人目にも思いました。

 この、布を巻き付けながら身体を安定させてポージングする訳ですが、ブキッチョな人がやったら布にからまって空中でもがく・・・なんて、コントみたいな事態にマジでなりかねません。

 実際、秋本さんも「一回も上手くいかなかったことが今回はできた!」と言われていましたが、はたで見ていてもそうだろうな~?と思いました。ポールダンスだって上下が固定されたポールでないと三倍は難しいだろうに、垂らした布ですからね~? アレで安定させるのは神業としか思えません・・・。

 それにしても、何か『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー』のジョイ・ウォンを思い出しましたね~。素晴らしい!

 亡くなられた野沢那智さんにも見せたかったな~・・・と思いました。

 今後、映像作品の原作を書くようになったら、つばさ基地の皆さんに是非、出演をお願いしたいな~と思いましたね。と言うか、密かにそういう計画を練ってるんですが・・。

 あっ、そうそう。休憩時間にストレッチ指導もありましたが、非常に気持ち良かったですね。「あ~、こういうやり方があるのか~?」と、ちょっと新鮮でした。

 ここんところ、書き物ばっかりしていて身体が硬直しがちだったので、大変、有り難かったです。身体が軽くなりましたよ。

 アクロバットは無理だけど、少しは身体を改善させたいと思っている人は、つばさ基地のストレッチ・クラスを受講されたらいいと思います。実際、腰痛持ちのうちの会員のSさんは、秋本先生の指導で一発で腰痛が改善したそうです。下手な整体に通うよりいいかも? Sさんも、「秋本先生はスゲェ~!」と驚いてましたよ。


 そうそう、昨年、見逃して残念だった伊賀麻續服部流忍術正統継承者のニューハーフ忍者?で、筋肉番付でもお馴染みだった妃羽理さん! 昨年は目隠ししての手裏剣打ちパフォーマンスが凄かった!と、北島師範や小塚師範代から聞いていたので、楽しみにしておりました。

 今年は忍法体術をベースにしたエクササイズとしてTVなどでも採り上げられて紹介されている“シノビックス”を解説指導されていましたが、実に合理的で実戦的な体術で感心しましたよ~! エクササイズが護身体術にもなるというのは理想的ですね。

 クエストさんに推薦したいですね~。エクササイズと護身武術の二本立てで・・・。

 最初に演武された鎖鎌の技術には、中国の縄ひょうや九節鞭の操法を採り入れ、シノビックスは技術的には喧嘩芸の頃の骨法(体構えと攻撃法)と戸隠流忍法体術(一文字や飛鳥の構えといった名称や技の連環変化の方式)を融合させた感じで、恐らくは独自に創作された武術であろう・・・と、想像します。

 が、私は、それがダメだとか言いたい訳ではなくて、むしろ、その武術的センスの卓越性に感動させられましたよ。実に、見事!の一語に尽きます。そんじょそこらの武道や格闘技より先進的にして斬新です。

 だって、骨法だって堀部さんの創作だし、戸隠流忍法だって出自が不透明なのは業界で知られていることなんですよ。忍術とは虚実を使いこなすのが極意なんだから、使える技術は他流からでもドンドン採り入れるくらいでないとね~。骨董品じゃないんだから。

 だから、誤解しないでくださいね? これは“批判してるんじゃない”んですよ。

 はっきり申し上げておきますが、日本でも中国、韓国でも、出自が明確できちんと伝承してきている流儀は1%も無いんですよ。

 テコンドーが松濤館空手道から発展したのは創始者が認めているのに、国家ぐるみで隠したりするでしょ? そっちがナンセンスだっての・・・。

 日本で言うなら、まず正統を名乗っても問題がないと考えられるのは、岡山の竹内流と千葉の香取神道流・・・くらいかな~? それでも本流論争が無い訳じゃないんですから、他は推して知るべしです。

 古武術界でブランドである新陰流だって、現在は団体が林立していて、どこが本当に正統と言えるのか部外者にはさっぱり判別できない状況になっています。

 何でか?って言うと、武術は伝承していく過程で必ず分派する訳で、技術的な純血性を保持するのが不可能に近い訳です。歴史が長ければ長いほど・・・。

 古武術界で名人の誉れが高かった鹿島神流18代を名乗った国井善弥先生だって、馬庭念流と新陰流を修行していたのはよく知られた話ですし、もう技術的には国井先生が創作し創始したと言ってしまっても過言じゃないでしょう。

 それに、純血性が価値があるとは私は必ずしも思いません。骨董品で実用性が0だったら武術としては死んだと同然でしょう? 少なくとも私は骨董趣味はほとんど無いし。

 だから、日本や中国の伝統武術を学んでいる人達が、二言目には正統派を自称するのが、私には微笑ましいんですよね。だって、師匠の言葉を鵜呑みにして信じてるだけだから。

 何か、カルト集団みたいなところがありますよ。私は研究家だから間違いは間違いだって指摘する以外の道はありませんよ。それが気に入らないなら実力で黙らせてみりゃあいいんです。ネットでごにょごにょ誹謗中傷するしかできん連中は、脳みそor金玉のどっちかが腐ってんでしょうね?

 もっとも、これらは伝統武術だから特別ってことじゃあないんですよ?

 例えば、少林寺拳法が中国武術とほぼ無関係に創作されているのは昔から業界では有名な周知の事実でしたが、10年くらい前についに「日本で作られた」と公式に宣言されていましたし、空手道だって、私に言わせてもらえば日本本土に伝わって以降は本来の琉球拳法としての“手”とは全然、別物なんですよ。

 だけど・・・じゃあ、“手”が琉球独特の武術なんだと言えるのか?といったら、中国南方の武術と没交渉で成立したとは考えにくいでしょう。

 琉球古武術に伝わるヌンチャク、トンファー、釵、棍、スルヂン、ティンベー・ローチン、鉄拳なんかも、「琉球独自の武器術」と主張されていますが、やはり中国南方から東南アジア各地に類似の武器が膨大に伝承されています。

 私が不思議なのは、沖縄の空手やっている人達は、どうして白い空手着に黒帯締めて、流派を名乗ったりするんでしょうか?

 これってヤマトンチューに隷属して琉球独自の武術文化を貶めているとは思わないのかな~?

 いや、空手道だって、要するに柔道の真似してる訳ですよ。それで「これが日本の伝統だ!」なんて平気で言ってんだから、「アンタら、ちっとは伝統文化の質ということを考えたらどうなんだい?」って言いたくなるのは私だけなんでしょうかね~?

 その上、御丁寧に柔道着のカラー化の時は、「白い道着は純真無垢な心を表しているから、道着のカラー化は言語道断」なんて言いだすバカとかいましたけど、本当に頭悪いにも程がありますね~。

 揚げ句に空手家がチャンバラの殺陣師が考え出した真剣白刃取りを演武したがるのは、私は見ていてガッカリするんですよね~。

 そんな技、本当にできると思ってんのかね~? 剣術ナメんじゃねえっ! こういう阿呆な真似を大真面目にやりながら伝統文化がどうのこうのと言うのは、いかに無知蒙昧かということを示すだけ! 恥を知ってもらいたい!

 物事を権威主義で歪めてしまってはいけません。

 武術の正統とは、言うなれば「男のロマン」でしかない訳ですよ。

 私が「游心流はパクり武術である。インチキである!」と胸を張って言うのは、本質的に“武術の正統”なんかどこにも無いと達観しているからなんですね。

 大体、私みたいに節操が無い人間が正統云々と言っていたらギャグにしかならんでしょう?

 強けばそれでいいんだ~というタイガーマスク的発想の方がシンプルで好き!

 第一、どんな正統派の流儀を伝承していると言ったところで、本人に実力が無ければ嘲笑されるだけですよ。そんな誇大妄想狂も結構、尋ねて来ましたけど、実力も無いのに、よくまあデカいこと言えるもんだな~・・・と、逆に感心しましたね。

 私は、妃羽理さんの類い稀な絶技こそを評価しますね。特に、一連の技が太刀捕りも意識されていたのには感動しました。日本の武術武道は対日本刀を想定するのが本当です。

 鍛えた技は嘘をつかない。それに、“忍者”なんだから、どれだけ世を欺き煙にまくか?も術として大切でしょう。忍法は裏の武術なんだから・・・。

 事実、例えば甲賀流忍術宗家を名乗っていた藤田西湖先生はいくつもの武術を学び、霊術家としても有名でした。南蛮殺到流とか名前くらい聞いたことある人もいるでしょう?


 あるいは、忍術研究家の名和先生なんかもいろいろとデラックスな逸話があります。

 でも、海外で売り出す時には、私も「游心流は殉教の地・天草に隠れキリシタンに倭寇が伝えた中国武術が融合し、島流しにされた剣豪の技を加えて伝わった秘密武術をベースにしている」な~んて言っちゃおうかな~(苦笑)。

 やっぱ、武術には男のロマンが必要かも~?


PS;ユーチューブに久しぶりに新作DVDのプロモーションに動画出しますんで、夜露死苦!


このページのトップへ
著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

リンク
FC2カウンター
最新記事
カテゴリー
長野峻也ブログ
QR
FC2ブログランキング

FC2Blog Ranking

月別アーカイブ
ブログ内検索