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2012年を振り返って・・・

 年の暮れですから、一年を振り返ってみます。

 まず、今年は昨年の東日本大震災の余波が続いている感じで、災害復興もさっぱり進んでいない上に経済不況も際まれり・・・という暗い印象が世間的にはあったのですが、個人的には悪い年ではありませんでしたね。

 年明けには「単行本の文庫化は無理」と聞いていたのに、その後、突然、「文庫化させてください」という連絡があり、一週間もしないうちに「続けて三冊目まで出させてください」とのことでした。

 そんな訳で新刊は一冊も出していないのに三冊も出てしまいましたよ・・・(苦笑)。

 これまで一年のうちに三冊出したことなかったからな~? やっぱ、良い年だったんじゃないかな~?

 それと、クエストさんのDVDBOXにしたいと連絡があって、そりゃあもう、有り難いだけですからね。当然、OKしない筈がありません・・・。

 何か、「DVD-BOXが出てます!」っつうと、売れっ子みたいで気分がいいっスね~?

 自主製作DVDも二本出しましたし、映画にも関わりました(何か、ちょっと不安なんスけどね?)。

 その他、ムック本だの小説だの漫画だの企画はいろいろ進んでおりまして、お預けになった分、年明けてからの展開が楽しみです。

 小説家養成講座では「小説書くのは下手だけどネタだけは宝庫!」と言われているみたいです・・・フッフッフ・・・。

 特に、ハリウッドが俺を呼んでいるぅ~?(誇大妄想?)みたいな企画も進んでおりますので、「実現した暁にはホテル借りて成り金趣味丸出しの厭味ったらしいゴージャスなパーティーでもやってみっかぁ~?」ってな感じでおります。

 私、長いことド貧乏生活に耐えてきたんで、貧乏症が骨身に染みておりますが、手相から判断しますと50歳頃から大活躍できることになってますんで、「これから国取り励んでキングダム築くっぺ~!」という戦国時代的な野望に燃えております。

 何せ、伝説を信じれば、先祖が明智光秀なんで、裏切り御免!のDNAが入ってるみたい。パッと一発屋で出て、シュシュッと表舞台から消えて、天海僧正みたいに陰のフィクサーになるかも・・・?

 スンマセンね~。年の暮れにオヤジの誇大妄想に付き合わせちゃって・・・。


 それにしても、今年は出会いと別れがいくつもありましたね~。

 会うは別れの始め・・・っつうから、しょうがないけどね。

 まずは出会いから・・・、世界に名高い即興トランペット奏者である近藤等則さんとグッと仲良くなれたことが今年のトピックですかね~。

 近藤さんの依頼で東京経済大学で武術のワークショップをやらせてもらったのは、非常に貴重な体験でした。

「この長野さんは“実戦的”な武術を求めて・・・」と近藤さんが紹介された時は内心で、「やめてぇ~・・・そんなこと言って、腕に覚えのある学生が本気で向かってきたらど~すんの~?」って、ちょっと焦りましたよ・・・。

 まあ、喜んでもらえたんで良かったですけど、それにしても、あそこの学生さん達が異常に覚えがいいんで、不思議だな~?と思っていたら、青木先生も講師で呼ばれていたんだそうですね?

 青木先生が養気体の動きを教えていたから、脱力技法を使ううちの技が簡単にできたということだったみたいです。

 あっ、そうそう。思い出した。その時に近藤さんの突きを初めて見ましたが、かつて新体道で磨いた突き技は錆び付いてませんでしたぜっ!

「おめーら、そんな突きじゃ駄目だっ! こうやって突くんだっ!」って、ドリャーッて突いて、クッション重ねて持ってる学生がピョーンッて跳ねてましたよ。

 BSフジで『29歳のクリスマス』をやっていたんですが、このトレンディー・ドラマにも近藤さんはレギュラー出演されていたんですよね。80年代後半はTVにもちょくちょく出演されていたんです。


 そんな近藤等則さんとも同時期に新体道を修行されていたという陽明学者の林田明大先生には、スコーレの親睦会の時にいろんな方を紹介して戴き、その後、御自身の講座にも講師で呼んで戴いたり、またニコニコ生放送にもゲスト出演させて戴き、そしてまた江戸しぐさの越川禮子先生の御自宅へお招き戴き・・・なんかもう、お世話になりっ放しで恐縮するばかりですね。

 スコーレでお会いした先生方は、皆さん、社会的にも御活躍されている方ばかりですし、何よりもご自分の専門分野を物凄く純粋に追究されている印象を受けます。

 私は、武術に関しては物凄く純粋に探究していると自信をもって言えますが、それ以外は我欲の凝り固まったダメ人間だと自覚してますからね。何か、この方々と対等に付き合うというのは恥ずかしいです・・・。

 もっときちんと教養を身につけるとか、社会に貢献しなきゃいかんな~・・・と思いますね。無論、仕事を通じて・・・。


 今年、お別れした方についてはここには書きません。こちらが一切、悪い感情を持っていなくても、間に人が入り情報が歪んで伝わることで誤解を受ける・・・ということは日常的に起こることです。

 そこに理解と信頼があれば情報に躍らされることはないでしょうが、マイナスのイメージに支配されている人に何を説明しても言い訳としか受け止められないでしょう。

 特に武術の世界は疑心暗鬼でハラを探り合うのが習慣化している世界なので、本当に信頼関係を築くのは難しいのではないか?と思います。

 幸いにも私はハラを割って話し合える人が周囲に少なからず居るので、精神衛生的には非常に恵まれていると思います。多分、類は友を呼ぶということなんでしょうが、気さくに何でも話せるような人しか私と長く続くことはありません。

 また、いろいろな業界でトップで活躍している人は、案外、天然な人が多い様子で、作為が無いので気持ちいいんですね。それと思いやりがありますね。

 オレがオレが・・・みたいな人は、結局、人が離れて孤立していくだけでしょう。

 それと、やはり、気が合う合わないという“相性”というのもありますね~。凄い良い人なんだけど、何か孤立しちゃう人なんて居ますよね?

 かと思えば、ド外道なヤツなのに、何故か人気がある・・・みたいな?

 そういう意味で言ったら、私もアンチ・ファンのお陰で知名度がアップし、今日の充実した日々がおくれている訳なので、飽きもせずに日夜、私の悪口をネットに書き散らしている人に感謝しなければなりませんね~(嘘です。「死ねばいいのに」と思ってます)。

 年末になると、日頃、練習に来れていない会員さんが何人か電話を掛けてきてくれるんですが、近況報告してくれる話を聞くと楽しいですね~。

 結婚した人、親が亡くなった人、決まっていた結婚が破談になりそうな人・・・それぞれの人生のイベントについて聞くのは、内容がどうあれ面白いものです。

 自殺を考えた話や、イジメに合った話、ヤクザに関わった話・・・なんかも私自身が経験あるので適切なアドバイスができることを感謝したいです。

 やっぱり、世の中、経験してマイナスになることは無いんじゃないかな~?と思いますね。

 まだ、人と命の取り合いをしたことはありませんが、取られそうになった経験は何度かあります。でも、戦わずに切り抜けられましたね。人間、ギリギリになった時にハラを括ると、相手に伝わるもんですよ。「もう、こうなったらコイツをぶち殺して逃げるのも仕方が無い」と覚悟を決めた瞬間、相手に伝わるんですよ・・・マジで・・・。

 それほどでなくても後で弟子入りした会員に理由を聞いた時は、「失礼ですが、最初は弱そうだ。こいつはチョロイと思ったんですが、向かい合った瞬間に先生の中身がガラッと入れ替わったように見えて蛇に睨まれた蛙状態になっちゃいました・・・(苦笑)」と感想を言ってくれていました。

 私、気が入ると相当、雰囲気が変わるらしいんですが、こういうのが心法の初歩的段階なんだと思いますね。

 でも、私のできる段階なら誰でもできると思いますよ。特別な才能は必要ないです。

 生きてる間に青木先生の領域まで到達できたらいいな~?というのが目下の夢ですね。

 それでは、皆さん、良いお年を~!

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2013年より教材DVD新シリーズ開幕

 2013年から游心流は本格的普及活動を開始します!

 まず、第一弾として、新しい教材DVDシリーズを刊行します。

 これまでは行き当たりバッタリでDVDを作ってきましたが、これらは技術の紹介という範疇を出るものではありませんでした。

 読者からは、「実際に習いたくても遠くに住んでいて習えません」という声が多く寄せられてきましたが、どうしても都心を中心にしたセミナーや講座しかできませんでした。

 何年か前には静岡や大阪にも教えに行ったりしていたんですが、なかなか目が行き届かなくて分裂騒動の火種になってしまったり、主催してくれた人の恩に報いることができずに申し訳ないばかりです・・・。

 そんな公にすべきでない理由もあったりするので、ここ何年かは私の目の届く範囲内でやってきた訳ですが、常連会員とセミナー受講生の進歩は驚くほどになりました。

 実際、自由組手をやる訳でもないので、我々はどのくらい戦闘能力が上がっているのか、さっぱり判らない。本気で打ったこともないので、どのくらい効くか判らない。

 だから、他流をやっていた人が入ってきた時に軽く手合わせしてある程度のレベルを判断しているというのが本当のところです。

 しかし、習いに来ている人を本気で打つ訳にもいきませんから、やっぱり正確なところは判らない。軽い腕試し程度の気持ちの人を本気で打つのも気が進まないので、通り魔事件にでも遭遇したら打ち殺しても構わないだろうけどな~?なんて普通の人なら絶対に考えないような物騒なことを夢想してしまって自己嫌悪に陥ったりするのですが・・・。

 こういうことを考えたりしていると、やはり武術は本業ではなく裏芸として修練すべきものなんだと思いますね。

 実力が測れないし、測るべきでもない。また、実力を誇っても命を護るべき時に護れなかったら意味が無い・・・。結果が全てです。

 どんな立派な理論を唱えたり段位を誇ったり試合実績をアピールしたりしても、油断しているところをフルーツナイフでプスッと刺されて死んでしまったら「不心得者」にしかならないのです。

 私は人と競って自分の実力を誇ることには何の意味も見いだせません。競うことに興味が無くなりつつあります。

 けれども、必死で戦う姿には感動を覚えます。

 だから、戦うことを放棄している人には魅力を感じません。ただし、それは口に出して声高にアピールすることじゃないですよね?

 武術関係者には自分の強さを声高にアピールして名の売れた人を貶して喜ぶ阿呆が多いのですが、江戸時代だったら生き残れなかったんじゃないでしょうか?

 現代で武術を学ぶ意義は、技以外のところにあるのは論じるまでもありませんね。

 それは、かつての武術では基本中の基本だった生きる上での処世の心得です。処世が下手な者は武術の基本が欠けているのです。

 私が、ただ技だけ教えている人間だったら、恐らくとっくの昔に食えなくなって郷里に帰っていたでしょうね?

 処世の心得と言っても極論したら、「どうやって金を稼ぐか?」ということですよ。

「人に感謝しなさい」というのも、「感謝の気持ちをもっている人は、対人関係が良好に進むので、自然に仕事が入り結果的に生活も良好になる」という極めて簡単な理屈。

 そういう意味では、うちのセミナーは「対人関係を良好にして人気者になるために武術を応用しましょう!」というのが趣旨なんですね(マジすか?)。

 だから、ディープな武術マニアは最近はほとんど来ません。ちょっと憧れていた・・・くらいの人が多いですね。セミナーは・・・。

 実際、ほとんど毎月、遠方から参加されている方もいらしたのですが、予算的にも限られてしまうでしょう。

 通信講座代わりに初級・中級と上級のDVDも作りましたが、その後、研究が進んで稽古内容が変わってしまったために手直ししようか?と思ったりもしていたのですが、「あまり多く詰め込まずに、段階的に詳しく解説しながらの映像教材にしてみたらどうか?」という意見もあり、それで、第一段として“基礎錬体”のみに絞った内容にしてみました。

 無論、ただ形だけやっても面白くありませんから、スワイショウ、立禅、試力の、それぞれの形と動きの意味と武術的用法も収録することにしました。

 また、シリーズとして続けていくために、毎回、“独己九剣”を一つずつ解説し、その応用例も紹介することにしました。


 12月19日に、その第一弾DVDの撮影を駒込の東京同好会会場で開催しました。

 改めてちゃんと解説して・・・と思うと、なかなか難しく、思いの外、時間も費やしました。

 示範は小塚師範代にやってもらい、私は解説と説明に専念したんですが、技の用法例でミットを持って打ってもらう時に、迫力が出るようにと思って、わざと筋肉を締めてガッチリ持ったんですが、バコンッ!と凄い重い打撃力で身体ごとベチャッと潰される感じで軽く首が鞭打ちになったりして、「やっぱり、うちの打撃技はすげぇ~な~」と、改めて思いましたね。

 こんなの直に食らったら内臓がヤバイですよ・・・。

 これまで結構、いろんな流儀の打撃技を受けたりしましたが、これだけ重く、食らったらヤバイと思えるような打撃技は記憶にありません。

 やっぱり、これは直に打ち合うと危険過ぎるでしょうね・・・。


 独己九剣は、第一式“左剣”をやりました。

 長身の千葉師範代が刀を上段から振り降ろすと迫力があります。躱すと同時に刀を抜いて腕、そして喉元に付ける。

 この基本形からいくつかの応用技をやり、最後は無刀捕りをやりました。

 これも、いつもどうしてもユックリ斬りつけるのを捕るヤラセ臭い感じになってしまうので、全力で斬り降ろしてもらうようにしました。

 木刀でも失敗したら大怪我するでしょうが、今回は合金製の模擬刀なので、失敗する訳にいきません。千葉師範代も決死の表情でビュッと振り降ろしてくれたので、かなり臨場感のある無刀捕りになったと思います。

「あれ、失敗したら死んでましたね・・・?」と、小塚師範代がポツッと呟いてましたが、いくら合金製でも刀の形してますから死なないまでも大怪我はしているでしょうね。失敗したら・・・。

 もっとも、これもやり方をきちんと解説したので、できるようになる人も出るとは思います。考えてみてください。無刀捕りのやり方を解説した人なんか史上初かも?

 真っすぐ斬り降ろすだけなら、私はもう真剣でやってもらっても同様にやれるくらい慣れましたが、やはり、稽古としてやる場合は、失敗しても怪我しないようなソフトな棒を使ったりして段階的に怪我のないように注意しながら練習していって、充分に自信がついてからスピードを早くするようにしてもらいたいですね。

 その上で、木刀に替えて、模擬刀に替えて・・・といった具合にやればいいと思いますが、真剣を躱すのは、まだ会員にはやらせられません。

 これもまた、技よりも度胸! 平常心がないとできないんですね。


 以上で撮影予定は終了しましたが、イメージ的な映像も欲しいということで、抜刀二人懸けと剣舞をやりました。

 千葉師範代の紹介で撮って戴いたカメラマンの方がライティングを工夫してくださったので、必殺シリーズ的?な殺陣風になりました。やっぱりプロは凄い!

 もっとも、段取り決めずに二人に適当に斬りかかってもらって、躱しながら斬るというのをやりましたが、何回かやって、どれも別パターンになってしまいましたね。

 つまり、アドリブでやったという次第・・・。

 稽古でもやったことなかったんですが、頭の中で複数の敵にどう対処するか?という方法論を今年は研究してきて、基本的には戦略構造は出来上がっていたので、「丁度いい機会だから実験してみよう」と思った訳です。

 撮影範囲の中だったので、いつものやり方とは違って、少し難しくなったんですが、二人の斬りかかるタイミングのズレと死角を利用してやってみましたら、一応、できるにはできました。

 ただ、まだ本気で斬り込まれた場合にできるか?というのはデータ不足なので、これは来年の研究テーマにしようと思います。しかし・・・相手が二人になっただけで一対一の通常の勝負構造のセオリーは使えなくなる・・・という現実は、もっと知らせていくべきだろうな~?と思いますね。

 何か、出来上がりが楽しみです。

 発売は来年一月中になると思いますが、三カ月に一回のペースで出していこうと思いますので、皆様、御期待くださいませ!

 また、来年春頃には游心流の技術書も出ると思いますので、両方、宜しくお願い致します。

 あっ、それと、JR横浜線渕野辺駅より歩いて5分くらいのところに新事務所兼個人指導研究室を借りることに決めました。ワンルームの賃貸マンションで、8.6畳で狭いんですが、天井が高くて剣術もできそうだったので決めました。会員がもっと増えて大きな場所を借りるまで、当面はここで少数精鋭を育てようかと思っています。

 私の部屋から歩いて5分くらいでスーパーにも近いので、遠方の会員が泊まりがけで練習することも可能ですし、日曜の公園稽古が雨天でできない時の練習や、宴会なんかもできるでしょう。

 長らくやっていなかった予約制個人指導もこれで自由に再開できます。居合・剣・手裏剣・試し斬りなどもできるし、スタンディングバッグを置いて発勁や蹴りの練習もしたいと思います。

 あっ、そうだ! 木人椿も置こうかな(武術マニアの夢)?

 部屋代や光熱費の支払いがあるので個人指導料金は一回一万円くらいにせざるを得ませんが、密度の濃い秘密訓練場にしたいと思っています。開始日は一月後半から二月頭を予定しています。超達人を目指したい者よ、来たれ~!

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天真会親睦会に参加

 今年はいろいろと忙しくて、何やら悲喜こもごもの年だったような気もしますが、何はともあれ無事に新年を迎えることもできそうです・・・。

 22日(土)は、陽明学の林田明大先生のお誘いで、今、巷で静かなブームとなっている『江戸しぐさ』の越川禮子先生をお訪ねしてきました。

 越川先生とは、6月にスコーレの親睦会の時に林田先生の御紹介で一度、お会いしていましたが、今回、時間をとって戴いてゆっくりお話することができました。

 小説家養成講座で時代小説を書く勉強をしている身としては、江戸しぐさについて知ることが日本人の伝統的な文化の中枢を知る機会に繋がるのでは?と思っていましたが、越川先生のお話をうかがっていると、そんな程度のことではなくて、日本人の精神性の本質を理解することに繋がっているんだろうな~と思わされました。

 なるほど、林田先生が陽明学の研究と繋がりを感じられたのも道理だな~?と思いましたね。

 お昼にお訪ねして昼食を御馳走になり、そのまま夜の8時半くらいまで長居してしまっていたのですが、林田先生はもう家族同然のお付き合いをされていた御様子でした。

 礼儀作法に関して無教養な私は、何か失礼なことを仕出かしてしまったらどうしよう?と、ビビッていたのですが、非常に楽しく有意義な時間を過ごさせて戴きました。

 ただ、こういう高い教養を持たれている方々とお付き合いするには、私ももっともっと勉強しなければいけないな~・・・と思いました。

 林田先生、越川先生に、この場を借りて御礼申し上げます。


 翌23日(日)は、公園の稽古が終わってから、小塚師範代、千葉師範代と共に水道橋駅に向かいました。

 この日は、天真会新体道の合同演武会と親睦会のお誘いを受けていたのです。

 水道橋駅で游心流最年少師範代であるNさんと待ち合わせて、四人で会場に向かいました・・・。

 何でも、今回はほとんど外部の方には声をかけておらず内輪だけでやる会だという話だったんですけれど、会場の体育館に入ってみたら、白い道着を着た若い新体道会員が数十人も居て、演武メンバーだけでも相当数になっていました。

「あれっ? 合宿の時より全然多いじゃないの?」と思いました。

 今回の演武会は、天真会の事務局を一手に引き受けておられる吉田晶子先生の娘さんの吉田倫子さんが全てプロデュースされていたのだそうで、今年一年は目まぐるしく変化していた中での総まとめとして企画されたんだと思うんですが、倫子さんのイベント・プロデューサーとしての才能には唖然としてしまいました。母娘揃って才能豊かなところは、やっぱりDNAのなせる技か?と思いましたね・・・。

 多分、青木先生としては去年に続いての激動の一年を身内だけでマッタリと過ごしたい・・・と、最初は考えておられたんじゃないかな~?(苦笑)と想像するんですが、やっぱり持って生まれた星のせいと言うか、“お祭り気質”が人を呼んでしまうんでしょうね~?

 ちょっとしたトラブルが発生してもユーモアで包んで切り抜けてしまうところが、並の武道家とは根本から違うところです・・・。

 まあ、上っ面しか見ない武道関係者にとったら文句の一つも出るのかもしれませんが、私は“そこ”が本当に素晴らしいところだと思っています。

 武道団体の大会とかは、ヤクザがガン飛ばし合ってるような雰囲気があるもんなんですが、新体道・剣武天真流に関しては、そんな雰囲気は一切ありません。

 私は性格的にお笑い好きなんで、しかめっ面して「ンガ~ッ!」とばかりにやるような武道の大会とかイベントが苦手で、最近は特に避けてますね。呼ばれても辞退してます。

 そんな風な話もこの前聞いたんですが、60近くになっても「オレがオレが・・・」って“オレオレ武術家”が自己顕示欲丸出しでジェラシー燃やしてるような業界なんて、阿呆臭くって・・・「勝手にほざいてろよっ」って思うだけですよ。

 私は、本当にハラを割って付き合える人達とだけ付き合って、規模は小さくても少数精鋭で武術の本質を追究しつつ、でも楽しくオタク話に興じてファミレスでダベッていられれば満足ですよ。

 何か、「長野先生はもっと世の中に認められてしかるべきだ!」って言ってくださる方もいらっしゃるんですが、言っちゃ~悪いんですが、「俺の研究している内容を理解できるような人間はほとんどいないでしょう? 勘違いした連中に祭り上げられて狂祖様になっちゃったらヤバイでしょ? いいよ、別に。活動するのに不自由しないくらいのマネーだけ入れば・・・(笑)」って、言ってます。

 青木先生も似たように考えてらっしゃるんじゃないでしょうか? ただ、慕って集まってくる人達や、助けを必要とする人達を無視して自己満足の生活に浸っていられないから、天真会を立ち上げてやって来られていると思うのです。

 やっぱり武術武道をやってる人は弱い人を見たら助ける・・・ってところが無いと存在価値が無いよね~? でも、実際はそんな人は少ないです。自己満足でやってるか、中には弱い者イジメしたりジェラシーで嫌がらせしたりするようなクズが多いです。

 私は田舎に居た頃は、武道武術の世界が、こ~んなに裏表の激しい業界とは夢にも思わなかったですよ・・・。平気で嘘をつく人達の巣窟だもんね~(苦笑)。


 さて、演武会場では、慶応大学と中央大学の新体道棒術部の部員の皆さんも居て、そして・・・何と! フィリピンに行かれている岡田満先生も駆けつけて来られていらっしゃいました!

 青木先生の最も忠実で、最も信義に篤い高弟である岡田先生にお会いするのは、もう十数年ぶりでしょうか?

 御挨拶しても覚えておられなかったのですが、親睦会の時にお話したら思い出して戴けました!

 青木先生は武道家らしくない?器の巨大さで、しばしば誤解されがちだったと思うのですが、岡田先生だけは忠孝を尽くして師を敬い師恩を忘れることが決してない方だと私は密かに思っていました。今回、改めてその思いを再確認できました。

 かつて青木先生に学びながら、陰口を叩く人も残念ながら居ます。愛情の裏返しならそれもいいでしょうが・・・。

 しかし、己の無能・無理解・嫉妬の裏返しとして敵視しているように思えて不愉快になる場合もあります。

 何故なら、私も同様の誹謗中傷を数限りなくされてきたからです。教えてやった恩は一切感じないのか?と思うと、情けなくなります。

 まあ、私は事実として未熟な人間なので離れた人間に尊敬されないのも致し方ないとも思っていますが、青木先生の真の凄さ、素晴らしさを理解することなく上から目線で侮蔑的な陰口を叩いて足を引っ張ろうとするような愚か者は、「増長傲慢の外道者」と呼ぶ以外にありません。

 私、実は今、ある人物の手紙に激怒しているんです! 詳細は書きませんが・・・。

 口先で何と言おうが、人が真摯に研鑽を積んで体得したものを否定することはできませんし、不思議なもので、増長傲慢の心に捕らわれた者は実力を失っていくものなんですね?

 武術でも何でも、真摯に一途に純粋に追い求める心が至極の域に到達できるのであって、邪念が生じれば技芸は死滅していくだけなのです。邪念に捕らわれている者は二流で止まりますよ。

 つまり、肝心なのは“純粋な心”だということです。

 その原理に則り、この日の演武会は非常に素晴らしい内容でした。

 私、まだ二十代後半の頃に、一度、慶応大学の新体道棒術部に体験入門させてもらったことがありまして、その時は連続反り跳びを百メートルやった程度で腰痛でヘロヘロになったものでしたが、棒の繰り出し方など勉強になる面がいろいろありました。

 新体道は、非常に抽象概念化された武道体技なので、見た目では理解できないところが多くあります。

 また、単純に一般の武道理論で語ることもできないでしょう。その理論で解明されていないレベルのことをやっているからです。間違いだとされていることに秘められた理を発見しているからです。

 それは身体を通じて“心法の武術”へ、突き抜けているのです。

 これは中国の武術が内功武術へと進化していったのに似ていますが、特筆すべきなのは、青木宏之という一個人が、本来なら百年単位で進化するところを、極めて短期間で到達してしまった点にあります。

 この、余人に真似のできない奇跡的業績を、70過ぎて剣武天真流という形でもう一度やってのけたのですから、私がどうして青木先生を尊敬しまくっているか?ということも少しは御理解戴けるのではないでしょうか?

 もう、昔の新体道とは別次元にまで進んでいるのです。

 それでなくても、十年も経過すれば誰もが別人のように変わっていて不思議でなく、ましてや十年間研鑽を積み重ねていれば比較にならないレベルに達することも不可能ではありません。

 その経過を知らずに、昔のイメージを引きずって侮った言葉を吐くことくらい滑稽なことはありませんよ。男子三日会わざれば刮目してまみえよ!・・・ですよ。

 世界の武道格闘技は日々進化していっていますが、日本だけが間違った伝統の権威を掲げているように私には思えます。

 無論、進化するにもプラスとマイナスはありますが、少なくとも他流を知らずに自流の優越を盲信して10年も20年も無為に費やす者に語れるような甘い世界ではありませんよ。

 だからこそ、青木先生は今でも他流を研究したり学んだりもしている訳です。

 和やかに進行した演武会と、天真会道場に場所を移しての親睦会。両方に参加させていただきましたが、うちの師範代三名も非常に感銘を受けた様子でした。

 もっとも、私は悪酔いしてしまって途中で帰ったので、ちょっと記憶が曖昧です!

 しかし、小塚師範代が言っていましたが、「こんな和やかで明るい雰囲気の武道団体は初めてです!」と・・・。女性も多いのも関係しているんでしょうかね?

 ちなみに私が帰った後でNさんも太極拳の演武をやってくださいということで、御礼の演武をやったそうでした。彼は最早、日本でトップレベルになっちゃったからね~。

 ただし、威圧的にならないように発勁動作は省略して内勁の流れを表現するに留めたらしいです。高校生にして、そこまで慎み深い対応をするとは末恐ろしい・・・。

 演武会の終了後に青木先生自らNさんの姿勢の矯正をやってくださっていたので、内力もよりパワーアップしていたという小塚師範代の批評でしたが、もう金庸先生の武侠小説そのまんまじゃ~ん?

 本来だったら何万円も謝礼をお渡ししなければいけない宗家自らの施術ですからね。

 感謝!


 さらに翌日24日は、横浜での剣術講習会です。

 開始時間に遅れてしまったので、「長野先生は二日酔いで来れないんじゃ~?」とか話していたらしいです。

 実際、頭はハッキリしてたんですが、身体にアルコールが残っていたみたいで身体が重くて参りましたよ・・・。

 横浜同好会も、もう2年半くらい続いているそうです。開始した頃は私の持病のパニック障害が酷くて足が遠のいてしまっていたんですが、今後は時々、足を運ぼうかな~?と思っています。

 講習会は基礎錬体と歩法の指導を小塚師範代にやってもらって、独己九剣とその応用技を私が解説指導しました。

 前回では七本目の“柄廻し”までしかできなかったそうなので、今回は全部やって、その応用法もいろいろやろうと思っていました。

 この型は居合抜刀術でやっていますが、熟練すると、ほぼそのままのやり方で無刀捕りで太刀奪いできるように考案しています。

 今回はそれをほぼ指導することができました。

 読みと先(せん)、体捌きを練るのが目的なので、これをやっているだけで武術的な技能はほぼ体得できます。

 刀の斬撃を躱せれば、突き蹴りを躱すのは造作もありませんからね・・・。

 体術への応用としては沈身を利用した合気技に特徴がありますが、皆さん、難無くできていましたね。客観的に考えると凄いことなんですが、うちじゃ当たり前になっていますからね~。

 ただし、軸がしっかりしている人は単純に沈身だけでは崩れません。

 そこで軸を押し引きしたりブラしたりしてから沈身をかける方法や、軸を横から回し崩す合気道的な崩し(肘当て呼吸投げ風)を使うやり方なども指導しました。

 それと、実用的な当て身技法の使い方であるとか急所攻めのやり方、無刀捕りの捌くタイミングの執り方と間に“合わせる”理論について説明しました。

 私の方法論としては、「鍛えていない人でも誰でもできる」という点がうちのウリなので、とにかく即効果が出る技法を数多く知っていなければなりません。

 自分と相手との関係性の中で使える技は自然に決まってきますからね。

 引き出しは多いに越したことはありません。

「万芸に通じるより一技に熟練せよ!」という考えは間違いではありませんが、いろんなやり方を沢山知っていることは適切な対応法を検討する上で無駄ではありませんからね。

 一つのやり方しか知らなければ、愚直にそれをやるしか無い。それでは不合理です。

 あらゆる武器を駆使でき、あらゆる技に精通していることを目指すのが武術としては正しいと思いますよ。

 だってね~。本来の武術はそうなんですから・・・。

 空手も突き蹴りだけじゃなくて投げ・固め・絞め・逆・点穴などがあるし武器術もあったのです。これは合気道でも柔道でも何でも同じことです・・・。

 できない人が否定するのは負け惜しみにしかなりません。

 昭和の武術家は複数の流儀を修めて武芸百般に通じていたものですよ。


PS;新年のメイプルホールの稽古は、17日と31日になりますので、宜しく!

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横浜で剣術講習会

・・・を、開きます。日時は24日の昼1時から5時まで。

「Xマスイブに何やっとんね~ん?」という感じもしますが、横浜同好会代表のKさんが東京同好会の小塚師範代に指導をお願いしていて、「24日なら俺も空いてるよ~ん」と言った訳で、急遽、特別に臨時で講習会をやることになりました!

 前回の横浜での剣術の講習会では独己九剣全部はやれなかったそうなので、今回は型を全部やって、その応用法(素手の技や無刀捕り等)や、変化技(技が極まらなった時に変化していく用法)についてやってみようかな~?と思っております。

 まあ、せっかくですから、会員だけでなくセミナー“常連”受講生の方や、長らく練習に来ていないんだけど・・・という幽霊会員さんもお気軽においでくださいませ~。


 話は変わります・・・。先週の土曜日は親戚の英会話学校のXマス・パーティーに参加して、それから橋本同好会にも久々に顔を出してきました。

 何しろ、まだ顔も見ていない新入会員さんもいらしたので、代表者として面識が無いままだといかんと思った訳ですね。

 たまたま二人来られていて、どちらも初顔合わせだったので、せっかくなんで私も少し技を実演したりしました。

 すると、あまりにも地味(パンチも蹴りもうちはモーション無いからね)で、そのくせ凶悪なので面食らったみたいでした。

 トンファーを教えて欲しいということでゴム製トンファーを持って来られていたんですが、ブンブン振り回す練習をしていたそうですが、私の使い方がまったく振り回さないので首を捻ってらっしゃいましたね。

 なので、「じゃあ、トンファーをブンブン振り回してみてください・・・」と振り回させておいて、傘で脚を叩いて「ほらね? 振り回しても意味ないでしょ?」と・・・。

 要するに動きの作用点は力が働いているから強い! だけど動かない支点は力が働いてないから弱い! よって、動いてない箇所を攻める!という次第・・・。

 武術で動きが重要視されるのは動いていると力が働くからであって、大きく動いた方が力は当然大きくなる訳なんですけど、大きな力を出すために動こうとすると、予備動作も大きくなるし身体の中に動きの支点が生じる訳。そこが火元?だから、そこを狙ってるだけの話。

 ちなみに大きなエネルギーを生み出すために身体の内部で重心を加速移動させるから発勁は見た目が動いていないようなのに大きな威力が出せる・・・という仕組みです。

 仕組みが解らないと神秘的に見えたりインチキに見えたりする訳ですよ。

 案の定、よく解らないらしくて、何だか、どよ~ん・・・とされてましたね。

 とにかく一般の武道や格闘技のイメージと違って、先手先手で急所をドンッと一撃して相手に何もさせない・・・というのに徹底しているので、やられる側はムムムゥ~と、フラストレーションが溜まる訳ですよ。うちのやり方は・・・。

 それと、私が実演すると一挙動で3撃以上(鞭手で相手の突き腕を弾いて、そのまま顔面に裏拳入れて、さらに下から顎を肘打ちで跳ね上げて・・・ってな具合)・・・あるいは5~6撃連続して入れるので反撃の暇が無い。

 その上、情容赦なく致命傷になるところ(目とか喉とか金玉とか?)を致命的に攻撃するので、かなり怖く見えるみたいです。

「後ろから抱えられてバックドロップされそうになったらどうするか?」というのも返し技を実演しましたが、脱力技法と沈身を使い、相手の手を掴んだままぐるっと回身して肩固めにしてみせましたが・・・これもアドリブでやったので、一度もやったことない技です。そのままサンボみたいに飛びつき腕十字やってみようかな~?と思いましたが、やめときました・・・。

 もちろん、加減したり直に当てないように注意しながらやっている訳ですが、これを競い合えば殺し合いにしかならないことは御理解戴けたでしょう。

 北島師範は、フフフ・・・と微笑しながら、「どうですか? 僕は長野先生よりずっと優しいでしょ?」と言っていました。

 伝統的な武術が型稽古主体なのは、技と戦闘理論の関係上、仕方がないのだと私は思いますね。

 昔は、「自由組手バンバンやらなきゃ~強くなる訳ないじゃん!」と、型稽古なんぞクソの役にも立たないと思っていたんですが、武術の理合を知れば知る程・・・「う~ん・・・これって、理合を理解した上で段階的に積み上げて練習していかない限り、何も身につかないよな~」と思うようになり、更に、「う~ん・・・これは自由組手とかやって感覚的に反射神経で対応する訓練をしていると、そういう動きしかできなくなるな~。何か、余計にできなくなるかも~?」と思うようになりました。

 結局、危険なのも手伝って、うちでは自由組手はやらないことにしたんですが、「それじゃあ、相手が自由に動き回って攻撃してくるのに対処できないでしょう?」と、よく聞かれるんですね。

 確かに、それは一理あるんですよ。

 読みが未熟で的確に先が取れないレベルでは競技武道や格闘技で自由に動き回って攻防するのに慣れている人に対処するのは無理です。翻弄されてメタクソにやられてしまうでしょう。

 しかし、自由な攻防訓練にも重大な欠点があるんですよ。

 それは、“ルールに従った闘い方のパターンが染み付いてしまうと、それしかできなくなる”という致命的な欠点です。

 私、これに気づくまで随分、時間が掛かりましたよ。

 私が「試合やったら勝てません」と平気で言えるのは、試合の形式の枠組みで闘えば、自分の技能を発揮できないと解っているから平気で言える訳です。

 逆説しますと、“何をやっても勝ちさえすればいい”という戦闘状況で勝つことしか考えていないので、それ以外の試し合いで勝ちたいという欲求が全然無いからなんです。

 もっと言えば、私、ここ5年くらいかな~?・・・の期間でいろんな武道・格闘技の闘い方のパターンを分析して徹底的に弱点を研究してきたんです。

 これは技の破り方のみならず、“その流儀の戦闘パターンを崩して逆手を取る”という考え方なんで、もし実力が互角程度であれば必ず私が勝つ・・・と思っています。

 自分でも試してますが、会員にちょこっとアドバイスしただけで他流との手合わせに勝たせたりもしましたよ。

 もう10年くらい経過しますか? うちの会員が甲野氏の公開稽古会に参加して甲野氏を圧倒したのも、彼の戦術の欠点を事前に教えておいたからなんですよ。

 こういうのは実力の問題ではなくて戦略・戦術なんですよね。

 信じられない人が多いと思いますが、こう考えてみてください。

 手品を見る前にそのタネも仕掛けも知っていたらどうなるでしょうか?

 純粋に技能で構築されているパフォーマンスと、仕掛けがあるパフォーマンスでは、後者の場合は仕組みが解ればどうということも無い訳です。

 先日も、確かDVDの注文をされている方だったか?が、「甲野氏の技の解説をしてください」と書かれていたんですけれど、私にとっては素人騙しも甚だしい武術として実用性0の演芸を分析するのは気が進まないんですよ。バカ臭くって・・・。

 ヒントだけ書きますと、彼のやってる技の基本的な動力源は、沈身による重心落下のエネルギーであり、技法としては脱力技法。そして状況設定という名の限定約束組手パフォーマンスで達人風に装うしかできない哀しい人なんで、持て囃す人達が悪いんですよ。

 回りの人達が、「そんなの通じないよ。馬鹿なことやって勘違いしてちゃダメだよ」って言って、時々ポカッてやってやれば、彼も真っ当にやっていたでしょうからね。

 もう、あそこまでおだてられてたら無理でしょうから、本人は放っておいて、とにかく、みんな、騙されちゃ~ダメ! 介護術やスポーツに役立っても武術として護身術に使用不能な技を武術だの何だのと言っていたらコントにしかならないでしょう?

 武術の第一の実用の目的は、あくまでも生命の危険が迫っているだけの暴力を排除する自己防衛術にある訳ですから、戦えない武術では困るのですよ。

 私はそう思ってるので、今後、「すんません。これは古武術をベースに考案された身体操作法であって戦う技術ではありませんから護身術にはなりません」と甲野派の方々が明言するまで、ずぅ~っとダメ出しし続けますので、夜露死苦!

 そもそも武道やっている人は、意外にも戦略・戦術を丸で考えない人が大半なんですよ。いや、マジで・・・。だから、屁理屈と素人演芸にコロッと騙されてしまう・・・。


 游心流の戦闘理論は戦略・戦術の研究をフィードバックさせたものなので、他流破りの戦略と戦術を基盤にした上で技術が成り立っています。

 腕試し気分でいろんな流儀の人がやってきたので研究には困らなかったですね。

 もちろん、未熟な人だと論外ですが、数年やっていた人なら基本的なその流儀の戦闘パターンくらいは身についていますから、原理的に弱点をつく“破法”を考える参考にはなります。

 ここ数年は、いろんな流儀の指導者クラスの人が来て、大石総教練や北島師範に何もできずに翻弄されて驚かれたりするんですが、ここで重要なのは、「何もできずに翻弄される」という点なんですよ。

 私は武術には本来、“受け技という概念は無い”と考えています。

 どうしてか?と言うと、受けてから返していたのでは時間がかかり過ぎてしまい、敵が複数いたらアウトなんですね。

 一瞬で相手を倒せなかったら、複数の敵と戦っても勝ち目はありません。

 しかし、相手がボケッと突っ立っていてくれるならまだしも、慎重に隙をうかがって攻撃してくる敵を一瞬で倒すなんかできる道理がありませんよね?

 でも、実はできるんですよ。

 技だけじゃダメですが、先を取る読みの能力があれば、敵が攻撃しようとする寸前の先手を取って一方的に瞬殺できる。その技能を磨くためには型稽古が最適だったんですよ。

 千葉師範代とこの前、打ち合わせしていた時に「実は今だから言えますが、最初は先生の言ってる意味が全然、解りませんでした」と打ち明けてくれました。

 言われるまでもなく解ってないだろうというのは察知していましたが、この“先を取る”というのは自分が明確に駆使できるようにならない限り、どうも理解できないようなんですね。

 しかし、これが理解できるようになって初めて、「あっ、新体道は凄い!」とか、「合気道はメチャクチャ実戦的だったんだ」とか判るようになってきたんです。

 普通は、個別の技の合理性でしか考えないんですが、私は技なんかどうでもいいと思っていますから、いちいち見ません。要は、技の形は返し技を工夫する手掛かりにしかならないので、パターンとしての技を数多く覚えても実戦的な意味は乏しいからです。

 戸隠流の初見先生は同じ技を二度とやらないと言われるくらい千変万化ですが、パターンが無く、相手と自分の感覚に任せて反応するだけだからそうなる訳です。

 私もそんな具合になっていますから技をパターンで覚えることしかできない人には理解不能な様子なんですが、仕組みが違うだけなんですよ。私は一つの技のパターンから常に変化させていっているだけなんです。

 だから、技は重要ではない。戦闘理論に読みが組み込まれているかどうか?が私の判断基準なんです。

 読みの技能が無い流儀は私にとっては参考にならないんです。

 例えば、読みの技能が無かったら無刀捕りは不可能です。気合で踏み込んでも脳天かち割られるだけですよ。

 でも、そういうやり方しか知らない武道の先生が意外と多いみたいですね。

 お陰で私の活躍の場が広がる訳なんで、まっ・・・いっかぁ~?と思ってますけどね。

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何か地震コワイね~

 何やら、最近、急に地震が増えてきたみたいですが、震源地が千葉県北西部ということで、つまり、これは・・・首都直下型と呼ばれる“アレ”のタイプみたい・・・。

 もっとも、規模が小さいのでエネルギーを小出しにしてくれる分にはリスクが減るから喜ばしいことかもしれないんですが・・・な~んて思っていたら、今度はM7.4の茨城沖の地震が発生して、小さいながらも津波まで来る訳ですから、まだまだ油断は禁物ですね。

 でも、マヤ歴のアレとか、ホピ族のアレとか、惑星ニビルがどうとか・・・あれこれと言われている2012年の12月にもうなっちゃってる訳で、私は結構、“来るぅ~? きっと来るぅ~? きっと来るぅ~?”かも?・・・と、びくびくしちゃったりする訳です。

 この感覚は、一週間で打ち切りになった超問題作『ノストラダムスの大予言』を劇場で見てトラウマを負い、『ムー』『トワイライトゾーン』を愛読していた者の無意識に刷り込まれた名状し難いコズミックホラーな感覚なのです。

 怖いんだけど、何故か「世界が終わる瞬間を見てみたい」という壮大なマゾヒズム。

 これに近い感覚は、昨年の東日本大震災で味わい、その後の福島原発事故で拷問のように精神を蝕んでいたような気がします。

 何か、最近、何人かの知人が「こいつ、発狂してんのか?」と正気を疑うような言動を取ったかと思えば、「Yさんが行方不明になった」とか、「Sが犯罪おかして海外に逃げた・・・」みたいな話を立て続けに聞いて、「これはいよいよクトゥルーが復活すんのか? ルルイエが海上に上がってきたのか?」みたいなホラーな展開がありまして、もう、まっとうな社会が続けられなくなるのだろうか?・・・みたいな予感がしたりする訳ですね。

 政治の世界は相変わらずカオスが続いていますし、何かもう、シッチャカメッチャカな展開になってきて、バカが総出で盆踊りやってるみたいにしか見えません。

 野田さんの“陰陽眼”は古代のシャーマンのようだし、安倍さんの顔はメルトダウン起こしそうだし、嘉田さんはスカート短過ぎない?

 石原さんはマキコから暴走老人と言われたのが大分、お気に入りみたいですね? 選挙カーじゃなくて、いっそ戦車に乗って選挙演説したら面白いですけどね。

 橋下さんもエキセントリックな面が出過ぎてて逆噴射しそうだし、福島みずほは相変わらず迫力無いな~・・・。

 人間は知恵の樹の実は食べなかったのかな~?

 なんか、「みんな~! オラと一緒にパライソさ行くだぁ~っ!」って叫ぶ人がいたら投票しちゃいそうです・・・。


 忙しくってなかなか仕上げられなかった日子流体術仕様の脇差も、鞘塗りをやり直してイマイチなんだけど・・・まっ、いっかぁ~?ってことで、ようやく送りましたよ。

 前金で貰ってるからサクサクッと仕事あげていかないとプロじゃないもんね~(っつうか、職人魂が目覚めつつあるオレ・・・)。

 一回、漆塗りやるとハケが一本ダメになってしまうので、もったいないから藤巻きの模擬刀の鞘にも塗ってみました。何か漆黒になると千檀巻きの鞘みたいでカッコイイです。

 ただ、藤巻きの奥まで漆塗料が染みないので一回だけじゃ不完全。二度塗り、三度塗りが必要だな~と思いましたが、乾ききらないうちに重ね塗りすると表面がデコボコになってしまうので、それはまた次回にするということで・・・。

 もっとも、真剣を使うようになったからか・・・模擬刀も出来の良いのでないと何かやりづらいな~と思うようになってきました。

 今までで一番、扱い易いと思ったのは、現代刀で二尺四寸八分ある薄刃で樋入りの刀だったんですが、これは生活が苦しい時に関西在住の会員さんに売ってしまっていたんです。

 私は基本、ゴツイのが好きなんですが、使う場合はできるだけ軽い刀がいいですね~。

 だから、拵え作る時も柄寄りに重心が来るように作るのが常です。二尺七寸の無銘刀は特に重心が先重りだったので、柄を作る時に鉛や平鉄板を埋め込み鍔も重いのを装着しましたね。これでもまだ重いから樋を掘ってもらおうかどうしようか?と思案しているんですが・・・。


 それと、ホームセンターに行く度にコンクリート針を買ってきているんですけど、これ練習用の手裏剣にもってこいなんですよ。丁度、白井流の棒手裏剣と同じような形状なんで、近距離戦闘の手裏剣の練習に使えますね。

 なんたって、安いから助かります。

 棒手裏剣は数千円かかりますからね。一本で・・・。

 コンクリート針だと数百円。軽量だから室内練習にも向いてます。段ボール重ねて打ってもいい。

 手裏剣術の最大の問題点は「練習場所に困る」ということなんですが、六畳か八畳間のスペースでとりあえず至近距離で狙ったところに刺せるようになるくらいの練習は、これで充分ではないか?と・・・。

 段ボール紙を5~6枚重ねて壁に固定し、マジックで黒丸描いて集中して打つ・・・というのは集中力の鍛練にもなっていいんじゃないでしょうか?

 私が教わった先生は、禅的効用について説かれていましたが、確かに集中して練習していると、いつの間にか一晩中続けていたという経験が何度かありました。

 あれって、カッコ良く言うと三昧(サマーディ)というやつかな~?と・・・。

 何でこんなこと書いているか?と申しますと、インターネット掲示板に四六時中向かって世を呪い人を嫉妬する文言を書いているより、その時間を手裏剣の練習に向けたら、凄い実力が体得できるんじゃないかな~?と思ったからなんですね。

 手裏剣術って、オタク的心性の人に最も向いている武術だと思うんですよ。的を狙って打つだけというのも運動神経や体力と無縁だし、技術的なセオリーが確立していないから我流でやっても上達の見込みがあるし、何よりも刺さるようになると楽しいんですよ!

 昔、新宿の射撃場に時々エアライフル射撃をしに行っていましたが、何か狩猟本能が目覚めるからなんでしょうかね~? 的を狙って打つというのは理屈抜きに楽しいんですよね。

 興味のある方はどうぞ。ただし、生き物に向かったりしないでね~。

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総集編セミナー感想

 2012年最後の月例セミナーは、参加人数は少なくなりましたが内容的には非常に充実しており、また後半は忘年会として持ち寄りの料理とお酒に菓子なんかも食べながら、和やかに終わることができました。

 今年は割りと淡々と進めることができまして、特に事件も無く、もう上達するのが当たり前という感覚で、常連の方は月一回だけの練習でも驚くべき進歩をされています。

 量より質、技より理論・・・だと私は思いますね。

 もう、武道も習うより慣れろ!というやり方は通用しなくなるんじゃないでしょうかね~?

 ただ黙々と汗を流して練習を積み重ねていく・・・というのも良いものだと思うんですが、それで進歩することは望めないと思うんですよ。

 進歩することは変化することですから、日常の積み重ねだけでは精神の安定くらいにしかなりません。

 変化することを恐れる人の方が実際は圧倒的に多いものです。事故が起これば国が破滅しかねないと判っていても原発を続けようとする人達が居る事実で納得されるでしょ?

 人間は意外と合理的に考えて変化を受け入れることができないもんなんですよ。

 若い頃、不登校生の塾にスタッフとして短期間関わりまして、そこを辞めてからも数年、そこで出会った不登校生と関わりました。

 その時に知ったのは、彼ら彼女らは、今の自分の状況が非常にマズイことなんだ・・・という認識はある訳なんですが、かと言って、自分で何とかそこから抜け出そうという気力が湧かない。

 そのままで居ることには将来への不安や親への罪の意識などの精神的苦痛も有るのですが、それを考えずにゲームに熱中したり、ぼぅ~っと何も考えずに過ごすことでやり過ごしている訳です。

 つまり、今の現状を打開するには大変な精神的エネルギーを必要とするから、変化しようとせずに現状にじっと耐えている方が安心できる訳です。

 その結果、拒食症や鬱病などを実際に患ってしまったりする訳です。

 これは別に子供に限った話ではなく、30代40代50代になった大人でもあるみたいですね。

 私のところに武術を学びたいと言ってきた人の中にも、そんな具合に軽度の精神疾患で仕事も何もできないという人が何人も居ましたね。

 そんな人に教えたら“キチガイに刃物”ですから、冷たいようですが、そんな人には「ちゃんと治療を受けなさい」と門前払いするようにしています。

 恐らく、軽度であっても治療を受けずに武術にのめり込んでいたら重症化して社会生活そのものができなくなる危険性があるからですし、犯罪でも起こされたら困る。

 特に気功で治療しようとする人は例外なく精神疾患が進みます。気功は精神が健常な人しかやってはいけません。病的要素がある人がやると悪化させるだけですよ。

 幻覚が見えたり幻聴が聞こえたり・・・新興宗教の教祖様になってビジネスの才覚を発揮する人もたまには居ますが・・・。

 そんなリスクもあるので、変化することを無意識的に恐れるのが人間の本能ですね。

 しかし、私は変化を恐れません。自分が変わらなくても世の中はどんどん変化していくんですから、岩穴に閉じ込められた山椒魚みたいになるのは嫌ですからね。

「長野さんは変わったな~」と、昔から知ってる人によく言われるんですが、当然のことですよ。変わるべく努力し続けてきているんだから、変わってくれないと困る。

 だから、游心流を立ちあげた頃と今では会員も変わったし技も全然変わってしまいました。この変化は、“進化”と認識しています。

 進化するということは長い時間をかけることではなく、一瞬の理解で霧が晴れるように見通しが良くなることだと思いますね。「あっ、これだ!」と思った瞬間に変わります。

 理論的に考えて練習している人は、驚異的に伸びていくものなんだと、私はもう疑いもありません。

 今回、当会の高校生指導員Nさんが、太極拳の演武解説をしていたんですが、もう馮志強先生が蘇ってきたのか?というくらい、そっくりでした。

 本人は王樹金派の99式太極拳を熱心に練っていましたが、馮志強先生の陳氏と気功が融合した内勁の動きを独自に研究しながら練ったそうで、2~3ケ月で数倍の内力になっていました。

 もう、冗談抜きで日本でトップレベルの内功武術の遣い手になってしまったと言っても過言ではありません。嘘だと言いたい人が居ても、目の前で観たら認めるしかなくなるでしょう。

 九州から参加されている方が発勁を体験したいと言うので、クッションを何枚も重ねて、ごく軽く纏絲勁の連動だけで打っていたら、それでもボーンとふっ飛んでいまして、御本人もビックリ仰天されていましたが、皆、驚いていました。

 が、後で「あれ、十分の一くらいだったでしょ?」と私が言うと、Nさんはニコッとしてましたが・・・「もう、これは殺人拳になってしまっているので本気で打っちゃダメだよ」と念を押しておきました。

 先日、青木先生を紹介したのが切っ掛けになって、内力が爆発的に上がったのかもしれません。

 何故なら、内力は“意識の作用”と密接に関連しているからです。

 変化を恐れない人間なら、技の切っ掛けが判った時に「あっ、これか?」と、意識が動揺しないで受け入れることができますが、大抵の人は技ができても「こんな簡単にできる筈がない! これは何かの勘違いだ」と意識が拒否して、できない状態に戻ってしまうんですよ。

 心法の技術は体技に働く意識の流れを途切れることなく導くことで会得していくことができますが、意識が拒絶した状態ではまったく会得することができません。

 だから、フィジカルなトレーニングしか知らない人は心法技術はまったく受け入れることができなかったりするのです。

 以心伝心と言いますが、昔の武術家が実技をまったく教えないまま内弟子が知らぬ間に上達していたりするのも、実技がどうこうではなく、その武術家の日常の意識の働きに共鳴することで意識レベルが同調していったことが大きいのですね。

 こういうのを「気の作用だ」と簡単に言葉にすることで、その本質が理解されていないのが現状だと私は思います。

 表面的な技にばかり目を向けていると、肝心の意識の働きが抜け落ちてしまったりする訳です。

 技をコントロールするのは意識ですから・・・。

 これは気の作用ばかり探求した場合にも同じでしたね。

 気と心は別なんです。だから、気を認識できても相手の心が丸で理解できない“空気が読めない状態”になる人が随分いました。

 これが“精神の病気”の状態。霊的に“動物霊が憑いた”と表現する人もいます。

 単に“解釈の問題”だと認識して“言葉に捕らわれない”ことが重要ですね。そうしないと社会性を失ってしまう人もいますから・・・。


 今年もあと僅かですが、無事に来年もセミナーが開催できることを祈りつつ、新しい人との出会いを楽しみにしています。


PS;30日の公園の稽古の後、忘年会やります。参加希望の方は16日までにメールでお知らせください。4000~5000円くらいの費用を見越しておいてくださいませ。
場所は渕野辺駅から歩いて5分くらいの和食レストランを予定しております。

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今年最後のセミナー

 2012年も一カ月切りましたね? 早いですね~、時間の経過するのは・・・。

 マヤの予言とかいろいろとオカルト方面では運命の年と言われていましたが、このまま無事に来年になるのかな~?とか思いつつも、それでも我々は未来に希望を持って生きるのが重要です・・・。

 それで、今年も最後のセミナーですので、後半は軽く忘年会状態でやろうと思っております。持ちより歓迎! 飛び入り歓迎!(でもお金は払ってね?)

 一応、一年間の纏めとして、参加者の御希望に応じたことを練習します。

 合気・発勁・縮地法・無刀捕り・・・何でも聞いてくださいませ。

 そして、無事に来年が来ますように祈りつつ、2013年に游心流はちょっと飛躍の年になりますので、それも発表します!


 あっ、そうそう・・・。これは明記しておこうと思っていることなんですが、先日のニコニコ動画の生放送番組中で、「武術の極意は敵を作らないことでは?」というようなことを書いてこられた方がいらっしゃったので、私の考えを述べておきます。

 私は、かつての武術は敵を作らないことが護身の極意として重要であったと思っていますが、最近、これではいけないと思うようになりました。

 何故なら、揃いも揃って武術家を自認する人達が“事なかれ主義者”である事実に気づいたからです。

 つまり、武術家を自認する人達は自己の保身しか考えておらず、社会性に欠け、世の中に積極的に貢献して行こうとしていないのです。

 とにかく目立たず、一生、出ない杭のまま過ごすことが武術家の本分であるという卑屈で無責任な態度を謙譲の美徳と考えてはばからない。

 しかし、そのような態度を取る人が、酒でも飲んで本音を出せば、見苦しい程の自己顕示欲に塗れた欺瞞家である事実が露呈する・・・というシーンを、これまで嫌になるくらい見聞してきました。

 要するに、武術家を自認する人達のほとんどが偽善者なんですよ。言ってることと本心がまったく違う訳です。

 もう本当に、私はそういう独特の歪んだ聖人君子ゴッコをやっている連中との付き合いが気持ち悪くってたまらない。

 私は恐らく武術の世界で最も敵が多い人間だと思いますが、今は明確に、この事実を誇りに思っています。

 何故なら、偽善者連中から嫌われるということは、私が偽善者でない証しになるからです。

 出る杭は打たれる。事実、その通りです。ですが、日本刀を作るためには鉄を打って鍛えなければ折れず曲がらずよく斬れる刀にはなりません。

 だから、打たれることを恐れていたら強くなれません。

 世の中で一角になっている人達は、打たれることを恐れなかった人達ばかりです。

 最初から打たれないように自己保身しか考えなかった人で成功している人を私は知りません。

 宜しいでしょうか?

 敵を作らないような生き方をしている人は世の中を動かすような大きな仕事をする人間にはなりません。世の中の部品として動かされて一生を終えるだけでしょう。

 そんなボンクラで一生を過ごす法を説くのが武術の極意なんでしょうか?

 誰とも戦わず、争いを避けて無難に過ごして「俺は生涯、無敗だった!」と自慢して何になるでしょうか? 戦わないから負けなかった・・・それだけの話です。

 義を見てせざるは勇無き也!

 真に生きて人生を活かそうと志しを持つならば、世の中の不条理に積極的に立ち向かって戦わずにいられぬ道理がありません。

 動物の本性として、戦わねば生きていけません。子孫を生み育てていくには外敵と戦って守らねばなりません。

 生きていることそのものが戦いを放棄しては成立しません。

“敵を作らないのが極意”というのは、“無益な争いをするな”という戒めでしょう。

 言葉に捕らわれて自分の本心をごまかしてはいけない・・・と、私は思います。


PS;漫画家の坂丘のぼる先生が新作DVDを誉めて書いてくださっていらっしゃいました。坂丘先生、有り難うございます! 漫画原作をやるようになったら、是非、一度合作をお願いしたいと思ってますので、宜しくお願いします・・・。

PS2;神保町の高山本店さんで新作DVDの売れ行きがいいです。あそこは出版社が多いので編集関係者が買われているみたいですね? まっ、何か参考にして戴けると嬉しいですね。参考資料として書いて戴けるともっと嬉しいんですけど・・・(苦笑)。

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游心流の教則本出版決定

 前々から要望が大きかった、游心流の教則本を出版することが決まりました!

 来年の早い時期になりそうです。

 何しろ、今年は新刊本が一冊も出せなかったので(代わりに文庫三冊とDVD-BOXが出ました)、来年は攻めて行こうかな?と思っております。

 DVD付きにするかどうするか?と考えましたが、DVDは別にして写真での技術解説をメインにすることにしました。

 年明けに写真撮影して、写真解説文を書いたらまあ一カ月しないで出せるだろうと思います。

 主にネット通販で売ることになるでしょうが、例によって神保町の高山本店さんとか都内の書店や武道具店などには卸すと思います。

 値段は5000円を予定しています。

 内容は・・・

基礎錬体(スワイショウ・立禅・三元試力)
歩法(丹田歩法・這い・練り・走圏・揺身歩・蛟龍歩)
対錬(初級・中級・推手・差し手)
武器術(上級型独己九剣の応用など)
型(空手・中国武術)
読みと交叉法解説
整体活法(骨格調整・足裏刺激・基本活法)
発勁と合気

・・・を予定しています。

 今回は余計なことを書かずに技術解説をシンプルに書いて武術書として最高傑作に仕上げようと思っています。

 しかし、そうすると全部は納まらないと思うので、続編シリーズ化するかもしれませんが、何年も前から「技術解説書を出してください!」という要望が多かったので、それはそれで喜んでもらえるかな~?と思っております。

「俺が技術解説したら、どんだけ仏血斬・・・あっ・・・“ブッチギリ”になるか?というのを目にモノ見せたるわ~いっ!」と、思っております。


 さて、でも、何でまた急に技術書を出すことにしたか?と申しますと、ここ最近、武術に関する技術書とか読んでも、「あまりにレベルが低い! 低過ぎる! 話にならん!」という不満がつのってきまして、「こうなったら俺が書いちゃるわ~いっ!」と思った次第です。

 多分、物凄くパクられることになると思いますが、表面的に真似しても原理が理解できなかったら論外なので、逆に馬鹿パクりしたのがバレバレになってしまうでしょうね?

 しかし、原理が洞察できる人であれば、他流を学んでいる人・・・例えば空手を学んでいる人が、いきなり空手の極意を解明して突如、達人化してしまったりすることも有り得ると思います。

 私は、「原理が理解できれば、それだけで急速に進歩する」と言い続けてきていたんですが、これまでずっと教えてきて、そうなった人は実に数人しか居ませんでした。

 正直言って、「何で、こんな簡単な原理が理解できないんだ?」と不思議に思っているのです。

 そのぐらい、理解できればコロンブスの卵みたいなものなんです。

 もっとも、理解できた人の中には、全体の一割理解したら全てが解ったつもりになって自惚れてしまい、本当の実力が無いのに舞い上がって阿呆を晒してしまった人間も何人も居ました。

 もちろん、そんな人は即・破門!にしましたが、そうですね~・・・ちゃんと理解してやっているのは大石総教練とNさん、それに半分以上は理解できてると思えるのが小塚師範代に、理屈はよく解ってないけど体現できているのは北島師範・・・くらいかな?

 改めて考えると、ほとんどの人が理解できてない?ということになるのかもしれませんが、たま~に本やDVDで練習していて、物凄~くセンスがいい人がやってくることがあって、「あれ~? 貴方は教えたことありましたっけ?」と尋ねたりすることもあり、多分、直接教えてなくても全国的に勝手に達人化している人が居るかもしれません・・・。


 水曜日に都内のある出版社(特撮物も出している老舗です)の社長さんにお食事を御馳走になりながら三時間くらいお話したんですが、何と! ニコ動の『あきばっぱら末広本舗』も見てくださっていたそうで、私は酒に酔って顔が赤くなってんのか羞恥心で赤面してんのかわかんなくなっちゃいましたよ~(苦笑)。

 で、結局、武術というカテゴリーの内部でやっていたら広がらないし、社会的な働きかけもできないから、売り出し方を検討してみます・・・という有り難い言葉をかけて戴きまして、本当に嬉しかったですね~。

 とにかく縁のあった方には、しっかり売れる本を書いて恩返しするしか私にできることは無いと思いますね。

 そういえば・・・その時に立川談志師匠の逸話をお聞きしたんですが、やっぱり天才と言われる人は、それまでの因習を打ち破る破壊力と、新しい価値観を生み出す創造力を兼ね備えているものなんだな~?と思いましたね。

 天才と言えば、勘三郎さん・・・まさか、亡くなられるとは夢にも思っていなかったんで驚きました。

 50代で亡くなられるとは、あんまり早過ぎます。

 ただ、ワイドショーで勘九郎さんの声を聞いていたら、お父さんにそっくりですね?

 私も高校の頃に親父が校長やっていたので、家に親父の学校の教師の方から電話がかかってくることがあって、私が出たら親父だと思って用件を話し出されて、「あっ、ちょっとお待ちください。父に代わります・・・」と言ったら、受話器から「ええっ?!」と、メッチャ驚いた声を聞くのが毎度のことでした。

 声だけ聞くと本人としか思えなかったそうです。

 今、その当時の親父と同じくらいの年齢になりましたが、人間、精神年齢はちっとも変わらないらしくて、まったく自覚がありません。

 自分は何歳くらいまで生きられるかな~?と考えると、今できることを、きっちりとやっていかないといけないと思いますね。

「そろそろ、俺の出番かな~?」と、来年は本領を発揮したいと思っています・・・。


PS;行きつけのGunショップ“タムタム相模原店”でウインタム・セール中だったので、イサカM37・ポリスショットガンと、スタームルガー・スーパーレッドホーク44マグナムを買ってきました。ショットガンは西部警察で大門団長が使ってたヤツで、団長はこれで敵の拳銃だけ狙い撃ったり?していましたが、ポンプアクションで一発と二発を切り替えて撃てるエアソフトガンなので、室内護身用に使えそうだと思って買ってきました。ピストルグリップで肩付け銃床が無く、銃身も短くて取り回しが楽なんで、室内戦闘向きなんですよね。スライドの前後操作でビシバシ撃てるからガスを充填しておかなくてもいいし、非常に使い勝手がいいです。レッドホークは、バーゲンセールだったんで、ついでに買っちゃいました。見た目はちょっとヤボッたいんですが、マグナム・リボルバー中でもっとも頑丈なので高威力弾を使えるようにカスタマイズし易いので有名。私がアメリカ人だったらGunスミス(銃職人)になっていただろうな~? ちなみに技術書でも銃について書くつもりです。

PS2;女性モデルさん、募集! 本やDVDでモデルをやってくれる女性を募集してます。芸能活動志望の高校生くらいから30歳前後くらいまでの年齢で、身長は155cm以上、自薦他薦は問いません。ダンス、武道経験の有る方、大歓迎。武術・演技は無料で指導します。演劇をやっていてスキルアップしたい方は特に優遇。

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お断り

 仕込み槍拵えを自作した話を書いていたら、行きつけの刀屋さんから電話がありまして、何かクレームの電話が入ったということでした。

 結局、“仕込み杖は違法”なんだそうです。現実に他店で売られていたりするのもよく見かけるのですが、刀身と杖は外して保管しておくべきものなのだそうです。

 そう聞いたので、すぐに外していますが、刀剣関係の法律は微妙な制約が多くて、意味不明の法律もあったりしますので、私も最初は「仕込み杖は違法」と聞いていて、その後、「持ち歩いたりしなければ拵えの一種なんだから合法」という話を聞き、実際に多くの店で売られているのも見かけたので、後者の説を取っていた次第です。

 ですから、私は自作しても持ち歩く訳ではないから問題無いと思っていたのです。

 もちろん、刀屋さんには仕込みの形で販売されていたものではありませんし、いつもお世話になっているので宣伝になれば?と思って店名も書いていたんですが、逆に御迷惑かけてしまって大変申し訳ない気持ちです。

 クレームつけた方は「教えてあげよう」という気持ちだったのかもしれませんが、それならば、うちに直接、「仕込み杖はこれこれこういう理由で違法なんですよ」と教えてくれればいい訳で、どこの誰かも判らないのでは単なる嫌がらせなのか?と誤解されてしまうでしょう。

 実際に、2ちゃんねるに書いてあったとか、先日のニコ動にも書いてきた人がいましたが、匿名で言葉足らずの文章で書けば、伝わるべき誠意も通じません。

 結果論で言えば、「教えてくれて有り難う!」と私は言うべきなのでしょうが、申し訳ないんですが、とてもそういう気持ちにはなれません。

 人間が社会生活をする中で特定の他者とコミュニケーションしていく中には、お互いに不愉快にならない距離感や言葉の使い方といったものがあります。

 これは、教育されるか、あるいは体験的に自得していくかして会得していかないと、結果的に誤解を広めて自分の立場を悪くしていくだけです。

 人と人との付き合いは、互いの敬意と尊重の気持ちがあってこそ円滑にいくものであって、礼儀には作法というものがあります。

 その作法を知ることは基本的な教養なのです。

 どんなに能力がある人でも、教養が無ければ社会的に評価されません。

 私自身、自分の教養の足りなさを恥ずかしく思う場合がありますが、少なくとも学ぼうとしているだけはマシだろうと思っています。

 私は礼儀知らずな人は、まともに相手したくありませんし、無教養である事実を恥じない態度の人は門前払いする場合もあります。

 匿名で人を非難するような人間は、特に軽蔑します。だから私は自分はそうしないでいようと思っています。

“武は礼”であるという言葉は、形式としての礼ではなく、心法としての礼が根底に有るかどうか?を問題としています。

 今回の件では、そうした礼を感じることができませんでした。だから、「有り難う」とは言う気になれないのです。

 ちょうどいい機会なので思うところを書いてみます。

 2ちゃんねる掲示板で私に限らず有名な武道家・武術家などをこき下ろして書いている人達は、自分自身の現実をどれだけ把握しているのでしょうか?

 はっきり言って、ただのジェラシーでしょう? 自分自身のリアルの欠落を匿名で罵詈雑言を書き散らして穴埋めしているだけなんじゃないでしょうか?

 そんなことをやっている間にも真面目に稽古している人達は日々、進歩していきます。

 自分が取り残されていく焦燥感から誹謗中傷を繰り返し、足を引っ張ってやろうと足掻く姿が透けて見えている・・・その無限ループから自分で抜け出さない限り、精神は病んでいくだけです。

 実際に2ちゃんねる掲示板そのものに読む者の脳波をかき乱して狂気に誘うシステムが組み込んであるという噂も聞きます。

 犯罪行為に到る者の多さからすれば、あながち根も葉もない噂とは言えない・・・。

 2ちゃんねるに熱中しているうちに狂気に陥って犯罪に走ってしまった人間を、私は何人も知っています。

 そうなった人が犯罪行為を繰り返して自分を追い詰めてしまう例もざらにあります。

 人間は現実の社会の中で人と関わって生きていくしか道はありません。それは辛いこともあるでしょうが、自分の対応次第でいくらでも楽しくしていくことはできます。

 私は武術をやってきて人間関係では本当に嫌な事件を数多く体験してきましたし、持病のせいで定収入を得ることができず、これまで生活には非常に苦労もし、親や友人に迷惑をかけまくったこともあります。

 しかし、それなら自分の人生を後悔しているか?と聞かれれば、NOと答えます。

 苦労した分、普通の生き方では味わうことができなかった楽しみを多く得られていると思うからですし、トラブルが起こっても、心のどこかでトラブルを楽しんで観察している自分が居るようです。

 もう一度、生まれ変わったとしても、私は迷わず同じ人生を選びたいですね。そのくらい楽しいですよ。


 インターネットは良くも悪くも人間の意識を増幅させます。悪意も増幅していくでしょうが、善意を増幅させることもできるでしょう。人類の歴史上でも稀に見る非常に強力なツールです。

 ツールに使われるのでなく、使いこなせるようになりましょう!


 最後に、これだけは申し上げておきます。

 長野は完全な人間ではありません。間違いを書いていると気づかれたら、どうぞ、直接教えてください。善意であっても、回り道をされると不快感ばかりが増大しますから。

PS;来年の月例セミナー一括申し込みは今月10日までですので、御希望の方はお早くお願いします。また、今月のDVD割引セールは11月に引き続いて『戦闘理論プラス合気の応用』の二枚組30000円です。
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自業自得の意味

 どうも、最近、「自業自得だよね・・・」という言葉を使う機会が増えました。

 悪行を続けてきた人間が、自分のことを棚に上げておいて他人を誹謗中傷し正義を語ることぐらい、人としてみっともないものはありません。

 しかし、どんなに巧妙に隠してきても、悪行はいつか最も劇的に暴露されてしまう性質があるような気がします。多分、やってる本人も隠したいと思う気持ちが強い程、最も不都合な時に自白したくなってしまうマゾヒズム的な心的作用が無意識に働くのではないでしょうか?


・・・その日、帰宅して留守電に入っていたのは、うちの元会員が移った先の流儀の先生の声でした。

 交流を断っておりましたから、正直、二度と聞く機会は無いと思っていました。

「連絡が欲しい」とのことでしたが、数年振りに聞いた瞬間、用件の大体の予想はつきました。

 即刻、電話で返信し、先生と他愛の無い近況報告の挨拶を交わし、それから本題についてうかがいました・・・。

「長野さん・・・あいつが“また”、やりましたよ・・・」との、やや自嘲的な響きを感じる一言で、自分の予想が的中したことを悟りました。

 何故なら、「また」と言われた通り、その元会員は既に私にとって極めて困った事件を起こして離れていたからであり、それと同じことを、その先生の流儀でも仕出かした・・・という意味であることが察せられたからです。

「あ~、“また”やりましたか?」と応える私の気持ちは何とも複雑でした。

 あいつは、必ずまた同じ過ちを繰り返すだろうな・・・と思っていましたから、その意味では驚きはありませんでした。むしろ、遅かったくらいに思えました。

 しかし、お話をうかがっていると、うちで仕出かしたことより遥かにバージョンアップ?した内容で、唖然となりました。

「あいつは、そのうち、問題を起こして破門されるんじゃないかな~?」とは思っていましたが、最早、破門とか何とか、そんな生易しい話ではなくなっていました。

 気さくな先生であることから侮っていたのかもしれませんが、仮に江戸時代であったとすれば首がすっ飛んでしまっていたでしょう。よくもまあ、この先生に対して、そこまでナメたことができたものだな~?と、ある意味、感心させられます。

 彼がかつて所属していた道場の師範から「お前は武道には向いていない」と言われたという話をうちに居た頃に言っていましたが、成程、まったくその通り。こんな阿呆な真似を繰り返していたら、まっとうな社会生活ができなくなるでしょう。“バカにつける薬は無い”というしかありません・・・。


 私の気持ちを正直に書きます。

 一番に思ったのは、「そら、見たことか? 俺が正しいじゃないか? あのバカヤローめ!」という“ザマ~ミロ”という感情。

 二番目に思ったのは、「俺がぶん殴って、あいつの間違いを認めさせていたら同じ過ちを繰り返さないで良かったかもしれないのに・・・」という空し~い感情。

 三番目は、「(電話をくださった)先生にだけは、俺の知っている真相を話しておくべきだった」という申し訳ないという感情・・・。

 彼がうちの会で仕出かした具体的なことについては書きません。いや、見苦し過ぎて書けないと言うべきでしょうか?

 もう、知っている会員も、北島師範以外には二、三人しか残っていませんから、今更、蒸し返すつもりもありません。事件の関係者も今は会に所属していませんし・・・。

 ただ、当時、彼が錯乱したようになって私を目の敵にして、いろんな先生に嘘を吹き込んで私を孤立させようと画策していましたから、冷静に私の話を聞いてくれる人がおらず、会員でさえ疑って離れていく者がいたくらいですから、電話をくださった先生に「真相はこうなんです」と話したところで信じてもらえる可能性は低いと思い、「もう煩わしいから付き合いを断って残った会員と一緒にやればいいや」と思ったのです。

 それでも彼の執拗な嫌がらせが続いたので、一度、(今回、電話をくださった)先生に御相談申し上げて問題解決を図って戴いたことがありました。

 その時の恩義もあるので、今回の事件には一抹の責任を感じない訳にはいかなかったのですが・・・。

 まあ、その後もいろいろ悶着がありましたが、他流と関わるのはややこしい結果にしかならないと思い、以後、自分達の練習と研究に専念してきたのが結果的に大正解でした。

 ここ数年、本もDVDも出して、まあ、売れっ子と言っても言い過ぎではないくらいには業界的に地位が確立しましたし、何よりも技術的な進歩が大きかったですね。

 もともと、私は嫌がらせで潰れるようなヤワな神経はしていませんし(「普通の人間だったら自殺してるだろう」と何度、言われたことか?)、たかが武術の一流派の騒動なんぞ世間の噂にすらならないレベルでしかありませんから、武術の業界でどれだけ悪い評判をたてられても屁とも思っていません。

「ウルセーよ。勝手に囀ってろ!」・・・って感じ。

 それに、鷄口となるも牛後となるなかれ! 游心流は新興の弱小団体ではありますが、私の武術研究の粋を結集して日々、進化させていっています。今は稚魚でも将来は超巨大な鮫にしてやるという志しがあります。

 どんなに歴史がある大きな流派に学んでも、その流派の権威におもねている小判鮫は、一生、小判鮫のままです。

 あいつが勘違いしてしまったのは、自分が小判鮫に過ぎないことを失念して流派の大幹部であるかのように錯覚してしまったことなのでしょう。

 結局、自分の力量を過信し、師や先輩を敬い後輩の良き模範となるべき努力を怠って、自惚れてしまった点が彼を暴走させてしまったんだろうと思います。

 彼が欲しかったのは権力と金であり、実は武術を修行することには最初から目的意識は無かったのかもしれません。特に親しくしていた訳でもない流儀に移っていった時に「おかしいな~? あいつは古武術には元々興味が無かった筈なのに・・・」とは思っていたのですが、最初から自分を売り込んで流儀の乗っ取りみたいなことを目論んでいたのかもしれません。

 そういう人間も少なからず居るということがよく解るようになったので、不思議ではありませんが、少なくともうちに入会して私を支えてくれていた頃はそうでなかったと信じたい気持ちです。

 ともあれ、そういう人間を二度と出さないよう今は心して指導していますが、つくづく武術を学ぶ者に必要なのは現実を直視する心の強さなんだと思います。そこを伝えることができなかった当時の自分の指導者としての未熟さが恥ずかしいですよ・・・。


 それにしても・・・。

 私は甲野氏の下を離れた時、「こいつにだけは絶対に負けたくない!」と思いました。

 その後に学んだ拳法の先生から見下された時も、「いつか、ホエ顔かかしてやる!」と、心ひそかに誓いました。

 実力を蓄えた結果として、世間的に無視できない斯界の第一人者と目されるようになってやるぜ~!みたいな野心をメラメラと燃やしてきた次第です。

 男だったら、そうでないとダメでしょう?

 いつも思うんですが、私に文句言って辞めるヤツは、どうして私を見返すくらい頑張って腕を磨くなり、仕事で活躍するなりしないんでしょう? 男として意地があるなら、「どうだ! 長野!」みたいに見せつけてみせなきゃカッコ悪いでしょう?

「チマチマとネットに文句書き込んで上から目線で能書き垂れて自己満足してるようなクズのままでいいのか? お前は?」と聞きたくなる見下げ果てた人間に成り下がっていて、こっちが恥ずかしくなります。

 本当に情けない。「こんな金玉の腐ったような真似しかできんヤツに教えていたのか?」と思うと、本当に自己嫌悪になりますよ・・・。


 電話の最後に先生には、「あんなバカを引き取ってもらったのに・・・本当に済みません!」とお詫びを申し上げました。

 こう言ったのは、その先生が最初にお手紙くださった時に、「あいつをまっとうにしてから先生にお返しします」と書いてくださっていたからです。

 私のような未熟者ならまだしも、こんな仁義に篤い先生に対してまで非礼の限りを尽くすとは、ただただ、哀しい気持ちです・・・。

 独りで考えていると気が滅入るので、北島師範に電話して話しましたが、北島師範も私と同様の気持ちになったようでした。仕事で疲れて帰ってきて、こんな話を聞かされたら余計に疲れちゃうよね~・・・。ゴメンね~。

 かくも、自業自得とは言うものの、同じ過ちを何度も何度も繰り返してしまう人間の存在の浮薄さを思えば、人間は自分の器量に相応しい仕事をするのが大切なことだな~?と思いました・・・。

 注目を浴びてきている今こそ、これは他山の石として、より一層の研鑽を積まないといけない・・・と思いましたね。くわばらくわばら・・・。

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ご視聴ありがとうございました

あきばっぱら末広本舗』の生放送、無事、終了致しまして、何やら、いつもより視聴される方も倍増し、5000タイトル有る中で一番であったと聞いて、本当に有り難く思っておりますです・・・はい・・・。

 実は私、ああいう風な場所で話すのって慣れてないので緊張しててですね~。「開始5分前・・・」みたいになった時はお腹がキュルキュルって鳴り出して慌ててしまいましたよ~。

 また、一時間も話すのって何を話せばいいのか?と思って、あれこれ考えてたんですが、ほぼ頭真っ白けの状態で臨みましたね。

 いやね~、大分、迷ってたんですよ。

「やっぱり、俺も武術研究家として本もDVDも売れてマイナーな業界とは言っても実質的に業界のトップを走ってるんだから、威厳を示さないといかんのじゃないか?」とか考えていたりしてですね~。

 だから、甲野氏のこととかキムタツのこととかUシロ先生のこととかT岡先生のこととか言わないようにしよう!とか決めてたんですよ。

 ね~、大炎上しちゃったりしてスタッフの方や紹介してくださった林田先生に御迷惑かけたら申し訳ないじゃないですか?

 もちろん、打ち合わせとか楽屋では大先生方のパンチの効いた失敗談とか喋りまくって笑かしてたんですけどね~。そっち放送したら面白かったでしょうけど、危な過ぎるもんね~?

 そんな次第で、実際、緊張してたんですよ。パニック障害の発作起こりそうになったぐらい・・・。

 でも、林田先生と、りかっくまさんと、スタッフの皆様が支えてくださったんで、終わってみれば、非常に楽しくやらせて戴きました。

 しかし、一番感謝したいのは質問を寄せてくださった方々ですね! いろんなネタ振ってもらったから、それに答えるだけで良かったですからね~。本当に助かりました。

 最初に「甲野氏の元弟子なんでしょ?」って来た時点で、“あいたたた・・・”って思ったんですけど、あれでカッコつけてやろうという邪念が吹っ飛んで本音で話せたんで、助かりましたよね。

 ただ、もうちょっと実際に技やって説明しようと思ってたんですが、いかんせん、想像以上にスペースが無くて実演できなかったんですよ。そちらを期待してくださった皆さんにはお応えできなくて申し訳ありません。

 後は、実のところ、何、喋ったかマジでさっぱり覚えてません。超グダグダになってしまったような気もするんですが、不満足だった方はいらっしゃらなかった様子ですから、笑って見てもらえていたら、まっ、いっかぁ~?・・・ってことで・・・。

 TVだったら完全0UTだったでしょうし、初めての方も面食らったと思いますが、私、いつもあんな調子なんで、別に酔っ払ってないです。

 見てた友達に感想を聞いたら、「ニコ動はああいうグダグダ感が肝心だから、あれでいいんだ」と言ってくれていたんで、まあ、そんなもんかな?と。

 それより、林田先生から陽明学についてもうちょっと聞かせてもらえば良かったのに、初めてだったんで余裕が無くて一人ではしゃいじゃってスンマセン!って反省しました。

 ただ、「いい人というのは思いやりのできる人だ」って話は、身につまされました。

 何か、最近、いい年した大人でも相手の気持ちを全然考えないで自分の考えを押し付ける人が目立って増えている気がするんですよ。

 思いやりが有る無しというと言葉だけみたいですが、実際に何かトラブルが起こった時に相手が一方的に悪いと決めつける人って、本当はその人自身に問題がある場合が多いような気がするんですよ。

“お互い様”って言葉があるように、問題は一人では発生しない訳で、人と人の関係性の中で発生してくる訳ですよね? だから、どちらか一方にだけ責任があるということは原理的に有り得ない筈なんです。

 例えば、強い弱いという認識も、比較対象の関係性の中で決まってくる訳です。一人で戦ったことも無いのに「俺は強い!」って思ってても意味ない訳。

 武術の場合はその比較検証の機会が少ないので、実際、自分の技量がどのくらいのレベルなのか判らない。じゃあ、試してみましょう・・・って言っても、技の構造が試合向きじゃないので困る・・・ってのがある訳ですね。

 正直言って、私も自分がどれだけのレベルになっているのか自分じゃよく判らない訳ですよ。マジで、「俺、本当に強くなってんのかな~?」と思ってて、他流を長くやってた人が来た時に手合わせして相手の反応で確認している程度ですよ。

 ルール決めた試合形式でやれば専門にやっている人には勝てないだろうとは思うんですが、じゃあルール無用で命懸けて戦えばどうか?って考えれば、それなりの自信はあるんですけど、それは実験検証することができないでしょう?

 本当に本気でやったら殺してしまいそうで、怖いんですよ。武術の技の真相が解ってしまうと・・・。

 かと言って、手加減してたらやられてしまうでしょう? で、やられたら「武術なんか弱い」って話になっちゃうじゃないですか? 私、それなりに有名になっちゃったから。

 今は指導陣が実力的に心配ないから、私の代わりにやってもらって納得してもらえていますが、本気で道場破りしてやろうというヤクザみたいなやつが来たら、無傷で納得させるのは難しいだろうと思いますし、その時は仕方がないだろうな~?とか思ったりしてるんですが・・・。

 だから、競技としての技量の強さを比較検証していく試合を設定している格闘技や競技武道の世界の人達に対しては微妙な引け目を感じる場合もあるんですよ。

 だって、20年くらい昔に一度だけやった試合も判定負けしてるし、中学時代の剣道部の時の練習試合や高校体育の柔道の試合も、勝ったり負けたりの繰り返しで自分が傑出した強さを示した経験が無いので、そうした世界で常に上位で勝っている人に対して何かアドバイスするなんて“おこがましい”でしょう? そう思わないですか?

 打ち合わせで頂戴した台本には、“りかっくまさんに武術の観点からアドバイスする”といったことが書かれてあったんですが、いや、何かそれって失礼なんじゃないかな~?って気もしたんですよ。

 女子柔術家で現役トップ選手というから、もっとこう・・・ゴッツイ感じの人を想像していたんですが、実際にお会いすると「アクション女優ですか?」って感じの綺麗な人で、私が芸能プロデューサーだったら即座にスカウトしたでしょう。

 でもやっぱり、その辺の今時の女の子とは違う芯の強靭さを秘めた柔らかさを感じるんですね。沖田総司のコスプレしたら凄く似合いそう・・・と思いましたよ。

 その世界のトップに立つ人って、やっぱりオーラが普通の凡庸な人とは違うんです。

 妹さんも可愛らしいシャイな雰囲気でお母さんと一緒にスタジオにもいらっしゃったんですが、実はこちらも柔道の強豪選手なんだそうで、りかっくまさんも「立ち技でやったら振り回されちゃいました」って言う程で、何か漫画原作のモデルにさせてもらおっかな~?とか思っちゃいましたよ。


 何か地上波で格闘技の放送はほぼ無くなりかけている現在、格闘技の世界はアンダーグラウンド化しているような印象もありますが、冬の次は春が来ますからね。春に備えてトレーニングを積み、新しい格闘技の魅力をアピールしていって欲しいですね。

 それには、ただ強い弱いというんじゃなくて、観戦して楽しく実践してもっと楽しいというのがいいんじゃないかな~?と個人的には思います。

 それと、ボーダーレスでいろんな分野が融合して新しい時代の文化が生まれていったら凄く面白いと思いますね~。


・・・それにしても、「武術をやってきて最大のピンチは?」って質問だったっけか?

 そりゃあ、ピンチ・ピンチ・ピンチの連続だったですよねぇ~。でも最大のピンチは金が無いのが一番辛いですよぉ~。お金を稼ぐことを不浄なことのように軽蔑する人が特に武道の世界には多いんですが、そんな人は本当の苦労をしたことが無いんじゃないかな?

 必死になってなりふり構わず生き抜いた経験のある人間は、それだけ他人にも共感できるんじゃないか?って思うんです。

 私はだから、そんな経験の無い人達が過激な国防論とか唱えてたりするのは非常に気持ちが悪いんですね。

 やっぱり、林田先生の言う「思いやりのある人間」でないとダメだよな~?と思いましたね。

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著者プロフィール

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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