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ツマヌダ格闘街13巻を読んで

 上山道郎さんの『ツマヌダ格闘街』の13巻を書店で見かけたので買ってきました。

 格闘系の漫画としてはおとなしいので、ちょっと地味過ぎるかな~?と思ったりもしていたんですが、武術に関する描写が詳しく、また、武徳の在り方について考えさせてくれる点が、個人的に好きだったんですが・・・。

 今回は、主人公とドラエさんの繋がりについて秘密が明かされ、「なるほど、そういうことだったのか?」という感慨で、マジで泣けました。

 漫画読んで泣けるというのは、あんまり経験ありませんけど、これは本当に感動的でしたよ。純粋にエンタメだと思っていたけど、こんなに武術と人の生き方について考えさせてくれるとは・・・。

 また、個人的に共感できる点があったのは、何でドラエのお祖父さんがシベリアに居たのか?ということで、舞台が終戦の時の満州から始まった点でした。

 何度か書いたと思いますが、私の両親は満州生まれです。

 特に子供の頃を大連で過ごした母親からは満州の話を随分、聞かされたものです。祖父が満鉄(満州鉄道)に勤めていたのですが、その頃は結構、裕福な生活だったようです。

 しかし、終戦の時に引き上げ船に乗るのに大変な苦労をしたらしく、あそこで船に乗れなかったら、母親は残留孤児になったり、祖父はシベリア抑留になったりしたかもしれないのです。

 まさに、今回の巻で描かれていたような事件は、私にとっては遠い話ではなく、まさか、こういう設定に繋がっていたとは夢にも思いませんでした。

 それと、武術を学ぶ者は、単に自分の身を護るんじゃなくて、人助けするために命を投げ出す覚悟も必要だ・・・というようなメッセージは、自分の生活空間だけ良ければいいというような利己的な考えしかできない現代人に考えさせられることでしょう。

 とかく、我欲として強さを求めるのがテーマになりがちな格闘技系漫画と異なり、何のために武術を学ぶのか?ということを考えさせてくれています。

 是非、御一読を・・・。


PS;DVDの注文をくださる方の中には、生活が大変な中からバカ高いうちのDVDに期待して買ってくださる人も居るみたいで、本当に有り難いのが半分、あとの半分は申し訳無い気もします。特に今回は生産態勢が整わず、不良品が出てしまって御迷惑をおかけした方もいらっしゃいます。改めて、お詫び申し上げます。私が余裕があれば地方での講習会もやりたいところなのですが、現状はちょっと無理です。その分、指導員を養成することに力を入れておりますが、私より遥かに才能のある人材も育ってきておりますので、後、2~3年後には地方での講習会も再開できるか?と思っております。それから、DVDを購入された方からの質問は随時、受け付けておりますので、気軽にお申し付けください。相模原以外でも東京、横浜に同好会をやっておりますので、どうぞ、御利用くださいませ。練習環境として一番いいのは東京同好会が広くてお勧めです

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黒田先生は、やっぱり甲野さん嫌いなんだろな

 黒田鉄山先生が『秘伝』の連載で、「ナンバって何ですか?」と、古武術用語にナンバという言葉が無いことに触れていたのは何年か前だったと思います。

 以前から「黒田先生は甲野さんを嫌っている」という噂を聞いていたんですが、さもありなん・・・と思いましたね。

 まあ、好きとか嫌いという以前に、甲野氏の発表している内容は、その場その場で「こんな発見をした!」と言っているだけで、客観性に欠けるものでしたし、伝統的な武術を継承している師範方からすると、鬱陶しいでしょう。

 無論、何が正しいのか?というのは、武術の場合、戦って勝った方のやり方が優れていると言える訳ですが、それとても技量の問題もあるし、戦術的な問題もあるので、原理的には、「どっちが強い」といった論議は不可能なんですね。

 けれども、甲野氏が「刀の柄は本来、両手の握りを寄せて持つものだ」と言い出した時は、「こりゃあ、いろんな先生から反論が出るだろうな~」と思ったものでした。

 そして、案の定、黒田先生も名指しこそしていないものの、柄の持ち様について甲野論に真っ向から反論する形で『秘伝』の連載記事中で書かれていました。

 私は、この論議に関しては、黒田先生の言っていることが正しいと思います。

 甲野氏が昔の武者絵や伝書の絵を参考に研究を重ねることを、一概に否定はしませんが、まともに考えれば、両手をくっつけて柄を持つのは技の変化を殺してしまって不合理でしょう。

 日本の伝統的な絵画の手法が、写実的なものではないことは小学生が見ても判ることですし、伝書に描かれた絵だから正確か?というと、これまた恐らく違うと思います。

 何故なら、伝統的な武術流派は本来の技の用法は口伝で信頼できる弟子にだけ伝えるのが一般的なセオリーであり、誰が見るかもしれない伝書にそのまま描くとは思えないからです。

 限定された状況で技を試すのも、技の構造を知らない相手に通用しても何の証明にもならない訳です。

 それは、一回限りの戦術的勝利に過ぎないからです。

 身体操作法として合理的だから正しいか?というと、これまた、ちょっと違います。

 それは、普通の人間と修行で錬成された人間では身体性そのものが大きく異なるからです。

 例えば、日本人が撃つにはSIG-P230が最適として警察に採用されましたが、欧米の警察では威力が足りないとされ、9mmパラベラムのベレッタM9などが使われたりしましたし、それでも威力が足りないから・・・と、COLTガバメント.45にするアメリカ人も多いとか?

 要は、個人差がある訳です。

 私が創始した游心流も、合う人は短期間に驚くべき進歩をしますが、合わない人は、何年やってもさっぱり上達しない・・・なんてことが現実に起こります。

 万人に合うやり方なんかあり得ないのです。

 もし、有ると思っている人がいたら、それは思い込みでしかなく、実際は誰がやっても毒にも薬にもならない程度のものでしかありません。

 そうそう、思い出しましたが、昔、私が甲野氏の秘技“無拍子打ち”を打ち破った時、「これから打つから、防いでみなさい」と甲野氏が言うのに対して、私は無視してビンタをバチバチ入れたんですね。

 そうすると、甲野氏も悠長に無拍子打ちなんて出してるヒマが無くなってしまった訳です。

 相手が防御するのに徹してくれるからタイミングを取らせないようにして打つ技が通用する訳で、防御しないで攻撃してこられたら技なんか出せなくなる訳で、こういうことが現実に戦うということに繋がっていく訳なんです。

 私が甲野氏を批判してきたのは、こういう“まやかし”を延々と続けているからです。

 だからこそ、甲野氏自身は戦闘の技量が上がらずに、堂々巡りをしながら達人風パフォーマンスを次々に工夫して演じてみせるしかなくなってしまった訳です。

 要するに、フェイクなんですよ。彼は・・・。

 戦闘の技量を確実に上げるには、やはりフリースパーリングのような練習を積み重ねる方が確実ではあるでしょうね。これは、バキのモデルにもなっていた平さんが力説されていますが、特に間違いではないと思います。

 ただし、そのやり方だと個人差が明確に広がるんですよ。

 よって、私は誰もが戦闘能力を高める極意としての“読み”の能力を高める研究をしてきた訳です。技量の差を克服するには、これしか無いと思います。

 この辺の事情については、バキの作者の板垣さんも興味があったんでしょうね? 作中でいろいろ分析して描かれていましたから・・・。

 読みを高める訓練に絶好なのが、剣術だと私は考えた訳で、改めて新陰流転會に入門させて戴いたのも、その考えの延長だった次第です。

 そして、“読み”の最高峰が青木宏之先生だと私は思っており、だからこそ、常々、絶賛している次第です・・・。


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三重に支部開設か?

 17日の日曜稽古会は、三重から会員のIさんが参加してくれました。

 個人指導希望だったんですが、「日曜日の稽古会にも参加してくれたら他の会員にも紹介できるから」・・・と誘った訳です。

 彼は2年前くらいにシダックスに毎週通っていたんですが(三重から夜行バスで来て夜行バスで帰っていた)、特に武器術に関しては天性のセンスがあり、これは本格的に教えたら凄い遣い手になれるかも?と思っていました。

 この日も、稽古会の後にファミレスで食事してから、研究室で武器術中心に指導する予定でいた訳です・・・。
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 あっ、そうそう。またもや余談です(苦笑)!

 会員の報告で、「トレーニングのために部屋を借りるなんて他の住人に迷惑だ。長野は非常識な人間だ」と、例によって件の人物が書いているそうなので、書いておきます。

 この研究室は「個人指導するために広めの部屋を・・・」と、不動産屋さんに相談して紹介していただいたものであり、最初から使用目的を告げてお借りしています。

 もちろん、不動産屋さんは長くお世話になっていて、私が超絶貧乏生活していた20代後半の頃からのお付き合いで、社長さんは、私が本出したり地元タウン誌に載ったりした時は「長野くん、よかったな~」と自分のことのように喜んでくださいました。

 未だに「長野くん」と呼ばれるのは、ちょっと恥ずかしい気もしますが、それだけダメダメな時代を知っていて、私が活躍するようになったのを喜んでくださっている恩人なんですよ。

 だからこそ、不動産屋さんの方で「1Fでないと他の住民に迷惑になりますからね~。どこがいいかな~?」と、わざわざ選んでくださった訳です。

 どうも、この人物は、勝手に「契約内容と違う目的で使用している」と思い込んで私を“非常識だ”と書いているらしいですが、“事実誤認で他者を誹謗中傷しているだけ”で、自分のやっている行為こそが非常識の極みである事実に気づいてませんね。

 一つの物事には、それが成立する様々な要因が複雑にからんで影響しているものであり、一面から見て自分の考えで勝手に解釈することは事実誤認を招くだけです。

 まして、自分勝手な推論で他者の名誉を傷つけようとするのは、純粋な悪意しか感じられません。本人に電話で聞いた時は「俺は長野さんには何の恨みもないよ」と言っていましたが、どうにも言ってることとやってることがチグハグな印象を受けます。ひょっとして精神疾患を患っているのでは?とさえ思うのですが・・・。

 他者を批判するからには、批判するに足るデータを示し、批判の根拠を明らかにするのが筋でしょう。少なくとも私はずっとそうしてきたつもりですし、誰に聞かれても「これこれの理由で批判しているのです」と明確に答えられます。

 だからこそ、相手の名前をはっきり書いて批判してきた訳です。これは、“批評”というものであり、無責任に他者を中傷するのとはまったく別次元のことです。

 例えば、私が特定の有名な武術家を批判している場合、それは一般には知られない裏事情を知った上で、関係者への迷惑が及ばない範囲を検討した上で“無難な水準に引き降ろして”批判しているのであり、単に“徹底糾弾してぶっ潰すのが目的”であれば、もっとエゲツない裏事情をバンバン暴露していますよ。

 批判されている人達が私に反論しようとしないのは、私が“手心を加えて牽制しているに過ぎない”ことを自覚しているから、薮をつついて毒蛇を出すようなヘマをしないように黙殺している訳です。面と向かって訴えたりすれば自分がボロを出さざるを得なくなるからですよ。

 つまり、書いているのは私の知り得た情報の1/10以下でしかないのです。素人考えで文句を言うのは無知故の感情論でしかありません。プロの情報網を侮ってもらっちゃ困りますよ。

 今の私には、自分の今現在の付き合いのある関係者や会員を護らねばならない義務と責任があります。風評被害に関しても、できる限り、事実を明らかにして誤解が広まることを防がねばなりません。よって、既に練習にも来ていないYさんのことを書いたのも、誤った情報が広まって彼の立場が悪くなることを防ぐのは私の責任だからです。

 従って、過去に世話になった人との関係を絶っても(この人物の師であり私のかつての師であった先生には昨年、絶縁状を送りました。詳細は割愛しますが、この人物が誹謗中傷を続けるのであれば内容を公表して具体的な理由を説明せざるを得ませんが、それをやれば、かつての師への間接的攻撃になってしまうので気が進まないのが本音です・・・)、ネット・ストーカー紛いの行為は断固として許す訳にはいきません。

 それから、真剣を使ったり手裏剣を練習したりすることが“非常識だ”と、もしも、そういう意味で書いているのだとしたら、全国の居合道修行者、抜刀試斬修行者、手裏剣術修行者、古流剣術修行者、及び、刀剣愛好家、刀剣販売業者、武道具製作販売業者・・・等の存在を蔑視し、日本武術文化の伝統を貶める重大なる差別論者であると厳しく糾弾せねばなりません。

 自分が知らない、興味のないものを無価値なものと決めつける態度こそ、他者に対する敬意を持たぬ傲慢さであると自覚すべきですし、私は何年も実践し研究し指導して人を育てた結果を論じているのであって、やってみたこともない人間の言葉など耳を傾ける価値もありません。

 この人物は、平たく言えば、考えが狭過ぎる。自分のやり方が好き過ぎて、他のやり方を認める余裕が無いだけ。

 いや、別のやり方を持ち出されたら対応する自信が無いから、本心は怖がっているのでしょう。虚勢を張るのもいい加減にすることです。“自分達”だけが“強さ”を得ているという優越感を脅かされたくないから、懸命に否定しようと屁理屈を並べているだけ。

 私は、武術とは護身術であると考えているので、襲撃者がナイフや刀や鉄砲持ち出してきたらお手上げになってしまうような技術体系では意味が無いと思っています。

 今や、柔道も空手道も世界のレベルの方が高くなっているのが現実です。海外で武道の研究をしている人には日本の研究者も及ばぬレベルの人が何人も居るでしょう。

 そうした人達は、既に日本の競技偏重の武道の在り方に幻滅して、もっと身体文化として深い思想と技術を持った他国の伝統的武術(例えば、カリやシラット)に関心を移しているようです。

 武道が日本のお家芸であると思っているのは、既に日本の愛好家だけ。井の中の蛙。

 海外で圧倒的に支持されている戸隠流忍法は、現代兵器にも対応できる“戦術(思考)”を持っていたから評価されたのでしょう。素手の技が武器にも通じ、戦略的な考え方を基本としている。だから、軍や警察の関係者に支持されている・・・。

 ただ、趣味的に仲間内で素手で闘って強いの弱いのと論じるだけの武道が、一生賭ける価値があるとは私には到底、思えないし、本質的にそんな武道が当たり前になったのは、たかだか戦後半世紀くらいでしかない訳で、日本の武術文化の歴史から見たら、噴飯物だとしか思いません。

 よく居るのは、「実戦実戦と言うなら試合で闘って示してみせろ」というヤツ。そんなに自信があるなら、ルール無用で武装した相手が複数で向かってきても勝てる技術を持っているのでしょうか?

 試合競技で活躍している人達は、そんなイメージ上の実戦論はしないものです。あくまでも試合のルールの上での技能の優劣を競い合っているという自覚を持っています。

 武術武道が想定する実戦というのは、文字通り、実際の戦場で生き残る“実戦”であり、競技試合はスポーツの枠組みで考えるべきことです。土台が全然、別次元なのです。

 戦後20~30年くらいまでの武道家は、戦争になったらどう戦うか?ということを考えていたし、いろんな流儀の技を研究して、あらゆるシチュエイションでも戦えるように技を磨くのが当たり前でした。

 例えば、太気拳の澤井先生は棒術や抜刀術、剣術も修練されていたし、極真空手の大山先生も大東流や柔道、太気拳にムエタイにカポエィラ、そして抜刀術を修練していたし、櫻公路先生も空手・中国拳法・合気道・柔術・居合・抜刀術などを総合的に研究されていた。

 何のためにやっていたのか? それは、あらゆるシチュエイションでの実戦への対応を考えていたからなのは、一目瞭然に判るでしょう。

 戦時中は、陸軍中野学校で古武術(南蛮殺到流等を伝えた甲賀流忍術の藤田西湖)や空手(松濤会の江上茂)の師範が教師に招かれていたし、手裏剣術や弓術の師範が本気で対空迎撃の戦術を考えていた・・・というのも嘘のような本当の話。

 が、40年、50年と経過する内に、競技試合形式に引きずられて本来の武術的実戦性を忘れて、競技イコール実戦だという錯覚が広まり定着してしまいました。

 私はそこに異議を唱えている訳です。

 このような状況は、アメリカの3S政策(映画・スポーツ・セックスの頭文字から採った愚民化政策)の一環として日本人から武士道精神を壊滅させることを狙ったものだった・・・という裏歴史もあるようですが、まさしく成功したと言わざるを得ません。

 蛇足ながら、多くの人は、日本の歴史上、刀が規制されたのは秀吉の刀狩りが一番だろうと思っているかも知れませんが、実際は戦後のGHQの刀没収が最大の規制事件であり、その理由は、日本人の戦闘本能を根こそぎ潰すために、その象徴である日本刀を奪おうとした訳です。現にその時に国宝クラスの日本刀も多くアメリカに持ち去られています。

 武道の解禁や日本刀の保護を果たしたのは、実は日本国の政府ではなく、関係者の必死の交渉によるものだったのです。日本の伝統を護るために、いかに先人が決死の覚悟で対処してきたか?という事実を、今に生きる我々は、よくよく考えなければなりません。

 現在の日本人に、命のかかった戦闘状況に置かれて戦える人間が何人居るでしょう? 武道をやっている人間でも、極くわずかだろうと思いますし、警察官や自衛隊員でさえ、命のかかった戦闘になって充分に対応できるとは到底、思えません。

 日本人は精神的に去勢されているんですよ。ずぅっと、アメリカの家畜なんですよ。はっきり言って・・・。

 実際に戦後、武道が再開されたのもスポーツとして認められた訳ですしね。

 何故なら、武道の精神性を根こそぎ捨ててスポーツの枠組みに押し込めることで、日本人の戦闘民族としての精神を去勢する戦略だったからです。


 話は変わりますが、私は競技試合には興味がありませんが、それは私の個人的な嗜好でしかないことはよく自覚しておりますし、競技試合の場で頑張っている方々を尊敬こそすれ馬鹿にするような認識はまったくありません。

 昨年、出演させて戴いたニコニコ生放送での、りかっくまさんのような真摯な格闘家の方には尊敬の気持ちしかありません。

 無論、試合競技を楽しんでおられる方が、「武術なんか型だけで実際に戦う技能なんか無い」と暴言を吐かれるのであれば、「それは違いますよ。疑問があるなら、私がお相手しましょうか?」くらいのことは言ったりしてきていますけれど・・・。


 余談、終わり!

 いつものようにファミレスでダベッて、結構、時間たったので、そろそろ研究室に移るか?と、会計に向かった時、我々がチンタラしてたからいけなかったんですが、我々の列の間に若いカップルが並んでしまいまして、いつものように個別会計していたら、「割り込みすんなよっ!」と叱られちゃいました~っ(苦笑)。

「あっ、スイマセン・・・・かくかくしかじかで・・・」と理由を話して割り込みじゃない旨を説明したんですが、この人、頭に血が登っていてなかなか理解してくれません。

 何か、こっちも面倒臭くなって、一瞬、「ケンカ売るなら買ってやるぜっ」って口走りそうになったんですが、やっぱ、50にもなってカッコ悪いからな~と我慢しまして、一所懸命、説明して、まあ渋々納得してくれたんですが、長引かせると、このお兄ちゃんが騒ぎそうだと思って、私が残りの人の分まで全部払ったんですね。

 ところが、間が悪い時って重なるもんですよね? レジがフリーズしてしまって、ウエイトレスさんがアタフタしちゃって・・・「ほ~ら、そういうことになんだよぉ~」と、後ろでお兄ちゃんが悪態ついた時は、振り向き様にパンチしちゃいたい衝動にかられましたが、(いかんいかん、素人さんに手を出しちゃ~)と、何か高倉健さんのような心境になって、ぐっと我慢しましたよっ・・・。

 Iさんが私の後に払おうとするのを「あっ、もう全部、払ったから、いいよいいよ」と言って、店を出ました・・・。

 店を出て駅前の信号機のところに来たところで、さっきのカップルの女の子が走ってきて、「すいませんでしたっ!」と平謝りされるので、逆に恐縮しちゃって「いや、全然、気にしてませんから、大丈夫ですよ~。我々が誤解されるようなことやったのが悪かったんで、気にしないでくださいね~」と、皆で全力で慰めましたが、(いや~、あのお兄ちゃんに、この女の子はもったいないな~。今時、こんな気配りできる女の子も居るのか?)・・・な~んて、余計なことまで考えてしまいましたよ。

 勘違いとは言っても、正義感で言ったのはなかなか気骨のあるお兄ちゃんだろうし(でも、割り込みしたのはお前だよぉっ!)、個別会計は今後はやめて、事前に自分の分を出して一括で会計しないと、お店の方にも迷惑だろうしな~?と、いろいろ反省させられましたよ(従いまして、游心流では今後、個別会計は禁止です!)。

 ちなみに、翌日、神奈川新聞に記事載せてもらったので10部ほど記者さんに頼んで買うのに、待ち合わせにまた来たんですが、帰りに「昨日はお騒がせしてスイマセンでした」ってお詫びしておきましたよ。

 いつも利用しているんだから、こういうのは大切ですよね。


 さて、研究室に移動してIさんに武器類をいろいろ見せましたら、マタタビを見つけた猫のように狂喜してます。

 銃や刀の扱いも私が教える必要もなく、武器術に関しては、やはり天才と言っても過言とはならないでしょう。『史上最強の弟子ケンイチ』の時雨さんみたい?

 自作の縄ヒョウを畳に向かって放って刺してみせるんですが、先は特に研いでないし、紐を握って振った反動でビシッと刺せるんだから、驚きましたよ~。

 刀の抜き納めも凄い上手くてビックリ! Iさんには、うちの支部長候補としてやってもらいたいと話しておきました。

 何か漫画の登場人物みたい・・・。体術がNさんとすれば、武器術はIさんがうちの会の若手筆頭ですね。いや~、将来、どうなるかな~? 楽しみだ~。

 Iさんとは、『ヨルムンガンド』や『ヘルシング』『サムライ・チャンプルー』なんかのアニメ話で盛り上がりましたが、『ヘルシング』のアンデルセン神父の声をあてていた野沢那智さんの話でも盛り上がりまして、千葉師範代が野沢那智さんの生徒だったということを知ると、大喜びしていました。

 彼は周囲に趣味が合う人がいなくて変人扱いされてしまっていた様子ですが、そこもまた私の若い頃みたいで、他人事には思えないですね。

 世の中である分野で突出した業績を挙げる人間は、大抵、一般人からは変人扱いされてしまうものですが、単なる変人で終わるか、その道のプロフェッショナルになれるかは、出会う人との縁で決まっていくのかもしれません。

 先日、武芸考証を手伝った小説家の方からメールで御礼の言葉を戴きましたが、私の助言が無かったら時代小説の新作が書けなかった・・・という最大の賛辞で、本当に嬉しかったですね。

 しかし、武術に関して、私はどれだけ多くの方から貴重な教えを頂戴していることか?

 それを思うと、元の師匠に絶縁状を送らねばならなかったのは、本当に心苦しかったですが、何事も「会うは別れのはじめ」ですから、これも天命でしょう。信無くば形ばかりの縁を繋ぐなかれ・・・です。

 私は私の道を行くだけ。人に理解してもらいたくてやっているのでもないし、誰に強制されたのでもなく自分で選んだ道ですからね。舗装された安全な道路でもなく、ひょっとするとケモノ道かもしれませんが、頂上目指して真っすぐ歩いていくだけ!

 今の世の中は混迷を深めて自分の生きる道を見失う人が増えるばかり。だからこそ、武術の戦術的発想が役立つと私は考えています。そのための研究をするのが私の存在意義なんだろうと思います。

 結局、武術武道の世界は、自分だけが強くありたいという選民思想が蔓延る狭量な人間が跋扈する世界なんですよ。出る杭は寄ってたかって打たれまくる?

 まあ、好きにすればいい。それを跳ね返せないようでは何事も成せないですからね。

 神に遭うては神を斬り、仏に遭うては仏を斬る・・・今はそういう心境です!

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谷垣健治監督のトークイベント

・・・に行ってきました。香港アクション映画マニアの小塚師範代が開催を教えてくれたので、「これは行くっきゃないでしょ~」と、前売り券買ってもらっといて、一緒に行きましたよ。

 場所は、新宿歌舞伎町にある有名な新宿ロフトプラスワン。私は一度も入ったことなかったんですが、サブカル系のイベントで有名な聖地ですよね?

 アングラなイメージがあるので、もっと狭~い場所なのか?と思っていたんですが、結構、広かったですね。

 谷垣監督の新刊『アクション映画バカ一代』の発刊記念イベントということだったので、書店に並ぶ直前の本も売られていたので、早速買わせて戴きました。
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 映画秘宝の連載記事を纏めたものと聞いていたんですが、実際に読んでみると、ほとんど書き下ろしのようになっていて7~8割方加筆修正したらしいです。

 そういう点で連載で読んでいた人も新鮮に読める内容になっていますので、これは買いですよ! ジャッキーやサモハンやドニーのことが書かれていたり、『るろうに剣心』や『猿飛三世』のこともちょっと、あるいは、『修羅雪姫』のことなんかも書かれてます。

 ちなみに、谷垣監督がアクション目指した切っ掛けは、小学生の時にTVで見たジャッキーの『蛇拳』だったそうで、翌日の学校は蛇拳の真似する小学生で溢れていたらしい。

 もっとも、中学三年くらいになるとジャッキーの真似するヤツはぐっと減ったらしいですが・・・私は高校生の時に映画館で『酔拳』『蛇拳』を見て、学校でシュッ、シュッ、ボッ、ボッ・・・と真似してました・・・精神年齢、小学生のまま止まってしまって、50になった今でも変わっておりまっせん・・・(泣)。

 それと、谷垣監督が買って練習した七星蟷螂拳の本の著者である松田隆智先生とは友達なんだよぉ~ん・・・と、ちょっと自慢げ・・・。八卦掌も習ったし(三回だけだけど)。
 今だから白状しますけど・・・実は私、結構、マジでクラタ・アクションクラブに入ろうかな~?と、考えたことあるんですよ。20前後の頃・・・。

 でも、元々、運動神経が物凄く無いので、スタントマンやアクション俳優は無理だよな~と思って、諦めました。近年、プロと親しくなって、ますます、「あっ、俺、全然ムリッ!」と確信しましたね。50から鍛え直そうとしたって逆に壊すだけ(よって、最近は武芸考証家を名乗ってますが・・・)。

 結構、私みたいにアクション目指したけど運動神経が鈍いから武術武道の道を歩いたという人は居るかもしれません・・・。

 今はやっていらっしゃらないらしいんですが、柔気拳法の今田柔全先生も、元々はカラテ・カンフー映画が好きで、ショー小杉のアクションスクールで練習された?という噂話を聞きました。

 私は役者やりたいとは思わないけど、殺陣をやらせてくれるんだったら、喜んで出ちゃいますけどね・・・っつうか、出たんだけど・・・ど~なったんだろ? あの映画?


 イベントの内容に関しては、参加した人達だけのヒ・ミ・ツ・・・ということで割愛致します。

 秘蔵映像や大物ゲスト!(某監督も来られていて、それって、普通、逆だろ?と思いましたし、谷垣監督と並ぶアクション監督も来られてました)の登場で、非常に楽しい3時間強でしたが、せいぜい、2時間くらいにしか感じなかったですね~。

 そういえば、会場には香港アクション・マニアで有名な某女優さん(でいいのだろうか? コメンテイターでも有名)も来られていました。「ゲストで出られても異様にマニアックなことを質問したりして面白かっただろうにな~? もったいない」と思いましたが。

 イベント終了後に本にサインしてもらう時に、「お久しぶりですっ!」と挨拶すると、一瞬、(無精髭のばしてたせいもあってか?)誰かわからなかった様子でしたが、「おおっ?」と驚かれて(リアクションが流石です)、「御無沙汰してますっ!」と、すぐに、にこやかに言ってくださって、2年前くらいの高瀬道場の技芸会の時にお会いしただけでしたが、覚えていてくださいました。
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 一回、るろ剣の感想をメールしたからかな? 何か、一気に親しくなれた気がします。

 それにしても、いろんな人が谷垣監督に親しみを覚える理由が、よく判ります。

 まず、非常に性格が明るい。

 そして、楽しい。根っからのサービス精神がある人だな~?と思います。

 ドニーさんや、高瀬先生が信頼するのも道理だと思います。

 奇しくも、映画秘宝で高瀬先生が信頼関係の大切さを書かれていましたが、多くのプロが関わる映画作りに大切なのは、互いを信頼する気持ちだろうと思います。

 スタッフ、キャストが一丸となって良い作品、面白い作品を作ろうとすれば、その熱意だけでも作品のエネルギーとなるでしょう。

 谷垣監督には、そのエネルギーが凝縮されてるように見えますね。

 いつか、映画に関わった時に一緒にお仕事できたら楽しいだろうな~?と思いました。


PS;ドニーさんのサンドバッグ・トレーニングを拝見すると、流石、キックボクシングもされていただけあって、パンチとキックのキレ、スピード、威力もハンパ無いですね。
ボクシングやってた日本人俳優が「ドニーさんはアクション俳優だから・・・」と、軽く見るような発言をしていましたが、そうかな~?と思いますね。ジャッキーやサモハンなんかもその辺の武道やってる人間よりずっと強いと思いますよ。ケンカなら。ドニーさんも実際に倒すつもりでやれば凄く強いだろうと思います。仕事だから怪我させないように打っているのを「パンチが軽い」とか勘違いしたんではなかろうか?・・・という気がしますけど。よく居るんですよ。そういう人・・・。武道やってる人間にも弟子が怪我するように叩いて強さを誇示したりするオツムがどうかしちゃってる人も居ますが、こういう人は、勘違いさせっ放しだと悪評広めるから、最近は、ちょいガチで技かけるようにしてます。でも、怪我させないように打つ方が、ずっと高等技術なんですけどね~? どだい、武道武術の“強さ”なんて曖昧で主観的で極めて一面的な概念でしかないんです。むしろ、先人の工夫して伝えた技術を、技芸として表現して多くの人達を楽しませるアクションの世界は、ずっと生産的で開かれてますよね。私は本当に憧れますよ。武道武術の世界は、本当に嫌~な業界ですよ。自分の練習や技の研究より、他人の足引っ張りやってるようなヤツが居るからね~・・・。


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神奈川新聞に游心流武術健身法の記事が掲載されました

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テーマ : お知らせ
ジャンル : ブログ

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書店が・・・

 月に2回くらいは行っていた行きつけの町田のあおい書店さんに行ったところ、何と閉店の張り紙がしてありました。

 相模原・町田地区では一番、品揃えが良かったので、ここが無くなると困るな~と思っていたんですが、それが現実になってしまいました。

 たまたま、閉店前日だったので、まあ、最後に立ち寄れたので、良しとしましょう。

 一度も店員さんと話したことなかったんで、最後だからと思って、「閉店しちゃうんですか~?」と声かけたら、困惑した顔で「そうなんです~」と応えられて、多分、突然言われたのかもしれないですね~。

 いつもはカバーもかけてもらわないんですが、最後だからと思って、カバーもかけてもらいました・・・。


 出版不況と言われて久しいですが、町の本屋さんが無くなっていくと、私のような本好きの癒しの場所が無くなっていくので困ります。

 お客さんが少ないということもなかったんですが、多分、テナントの賃料が高くて赤字になっていたのかもしれませんね。

 それにしても、売れないのに出版点数は増えているから、欲しい本が本屋さんに置いてないということが多くて、これが一番、困ります。

 私が毎月買うのは、銃と武道関係だけですが、置いてないところも増えていて、何件も回らなくちゃならない。

 新宿の紀伊国屋さんとか神保町の書泉グランデに行かないと入手できないかも?

 アマゾンで買う人も増えているでしょうが、書店をブラブラして面白そうな本を発見する楽しみというのがある訳ですからね~。

 その点、このあおい書店さんは売り場面積も広くて、いつも小一時間は店内を見て回って本を買い込んでいたんですが・・・。


PS;個人指導は一回一万円だと常連会員さんが受け辛いので、常連会員さんのみ一時間指導コースの料金を通常料金の2000円で受けます。ただし、これは続けて来れる人に限りますね。また、近日中に整体コースも設けます。

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DVDシリーズ続けて撮影

 徹底解説DVDシリーズ『基礎錬体』に続いて、今回は『歩法の基本』と、『初級対錬の前半』を撮影しました。

 担当者が海外出張に行くので、その前に編集を済ませておこう・・・という訳だったんですが、やっぱり3時間で二本撮りは無理があったか? 尺が足りないので、結局、いろいろ追撮することになりそうです。

 何か・・・ムチャクチャ仕事が立て込んできてて、限定出版で出す私の初の技法書は、英語とスペイン語と日本語の同時表記にすることになりましたし、アスペクトの武術シリーズも、ようやく新作の企画(昨年たてたのはダメでした)が動き出しました。

 後、小説と漫画原作も動いてますし、小説家向け武芸考証の仕事もボチボチ入ってきまして、古流剣術や古式銃、琉球“手”について実演解説したりしています。

 個人指導も地方会員の予約が入ってきたし、イベントのお呼ばれもあるので、正直、身体がもちましぇ~ん!って感じです。

 それと武器のムック本の企画も依頼があったので、これも近いうちに動きそうです。

 でもまあ、今年前半は去年の文庫の印税で余裕ができたので、余裕がある時に一気に次の展開ができるように動いておかなくてはいけません! アベノミクスに頼っているうちに不況に逆戻りしかねませんからね?

 今の展開は、私一人だったら、到底、無理ですが、手伝ってくれる人が周囲に居るので依頼されたことに応えるのは難しくはないですね。

 そうそう・・・青木先生から、また刀の研ぎを頼まれまして、どうも偽銘なんだけど出来は銘のものより素晴らしく、古刀で元反り、樋が入っていて軽量で、非常に扱いやすい刀です。刃文からすると尖り互の目で関の孫六兼元の系列かな~?と思いましたが、刀の姿からすると備前長船の系列かな?と・・・。

 居合の稽古に使っていたとのことですが、ヒケ疵が横にも入っているので、これは試し斬りもやってるな~と思いました。仕上げ研ぎだけやればいいと思ってたんですけど、そうするとヒケ疵が目立ってしまうので、思ったより時間かかりそうです・・・。


 さて、撮影ですが、歩法をしっかりできるのが北島師範だけなので、今回は有給取って手伝ってもらいましたよ。北島師範、いつも有り難う!

 本人の性格ですが、今まで教えた人達の中でも彼が最も義理がたく、この10年近く、直接、私を支えてきてくれました。

 いろいろ世話してやったのに、後ろ脚で砂をかけるどころか、逆恨みしたり嫉妬したりして嫌がらせに精を出すストーカーみたいなヤツが何人もいて、本当にゲンナリしたものですが、北島師範が支えてくれたから游心流は続けてこれたと思います。

 もう来なくなってしまったけれども、Yさんも「僕は公務員だから一円も受けとれません」と、お金は全額私に納めて、完全にボランティアで指導をやってくれていました。

 そんな実直な彼を「公務員がバイトしてる」とかゲスの勘ぐりでネットに書いてる“糞外道”がいると報告を聞きました。こいつがYさんの職場の電話番号まで調べあげて仕事中に無駄話の電話を掛けてきた人物です。

 完全にストーカー行為ですよ。「あなたとお喋りしたいだけだ」と言ったそうですが、彼は「自分が批判している団体の人間と親しくなれる道理がないでしょう?」と断ったそうで、仕事中に知り合いでもない人間が「あなたとお喋りしたい」といきなり電話かけてくるなんて、精神異常としか言えないでしょう。

 そういう異常な行動をやっていたら、自分の所属する団体の不名誉になってしまうということを認識できないのでしょうか? そんなにやりたきゃ、脱会してやるのが筋でしょう。私はそうして来ましたが・・・。

 ここに名前を書かないのは武士の情です。くだらん自己顕示する暇があったら、しっかり仕事して社会的な実績を挙げて、現実的に私を見下せる立場を築いてから、堂々と批判すればいい。

 それが、“まともな男”のやり方です。

 Yさんに体して、この人物がやったことは、私は決して許しません。愚劣過ぎます。最初、Yさんに学んでいて今は師範代にまでなった会員が、「許せない!」と激怒する気持ちは当たり前でしょう?

 余談は終わり。


 この日は大雪厳戒体制の東京でしたが、ほとんど積もらず寒い雨だけで済みました。

 北島師範、千葉師範代、小塚師範代、N師範代と会員のKさん、モデルの女性Mさん、そしてカメラマンのHさん。

 皆でワイワイと和やかに撮影できました。

 今回は主に北島師範とN師範代にやってもらい、Mさんには護身術を教えるという設定で参加してもらいました。

 もうすぐ高校を卒業するN師範代は、何かもう上達っぷりが異常というのを通り越してますね。

 太極拳と八卦刀風の舞の手を演武してもらいましたが、もう青木先生以外にこんな動きができる人間が居るとは?と、私は本当に感動してしまいました。

 皆も同じ気持ちだったらしく、彼がうちに入ってくれて良かったな~と思いましたね。

 ただ・・・、いやね~・・・彼の演武の後で演じる俺の気持ちになってくれよぉ~って、思いましたよね(苦笑)。

 ちょっと前までは剣は苦手かな~?と思っていたんですが、もう笑っちゃうくらい進化してました。

「黒田鉄山先生のような速さにはとても及びません・・・」と悔しそうにしていたんですが、25年くらい前に埼玉の演武会で見た黒田先生には匹敵してたと思うよ?

 今回は北島師範との自由一本組手風の対錬もやってもらいましたが、これがまた迅いんですよっ!

 DVD、お楽しみに・・・って、感じですね。


 あっ、そうそう。今回も無刀捕りやりましたけど、北島師範が既に上段に構えているところから斬ってくるのを躱すのは、正直、必死でしたよ。

 だって、気配出ないでストッて斬ってくるから、ちょっくらヤバッ!と思いました。

 よく、あれを避けたな~、オレ・・・。

 やっぱり、演出効果を考えて、できるだけギリギリで躱そうと思ったのが邪念になりましたかね~?

 良い子は真似しないでくださいね。“死ぬ”から・・・。

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最近、観た作品の感想

 まず、新年に高瀬將嗣先生より、昨年の公演を収録したDVDを頂戴致しましたので、これから感想を・・・。

 演劇を撮影して編集したものといいますと、これは、“ゲキシネ!”ですよね?

 私は、前々から、高瀬先生に「倉田先生みたいに高瀬道場で映画作ってくださいよ~」と言ってきておりますが、今回、ある意味、それが実現している訳ですよっ!

 そして、私ははたと気づきました。

 やっぱり、高瀬先生は映像の人なのだ・・・と。

 どうしてか?と申しますと、直接、舞台公演で見た時には、失礼ながら、ちょいギャグが空回りしてるかな~?という意外に“お笑い”に厳しい私でしたが、今回、DVDで拝見しますと、ツボにはまっちゃって、独りで夜中に観ていて笑っちゃっていたのです。

 生での“お笑い”と、カメラを通して編集を経て、フレームで切り取られた中での“お笑い”では、微妙に印象が異なるんですよね?

 役者をやっている人達は、「ライブの感動がたまらない」と舞台の魅力を語るものなんですが、TVっ子で映画も好きだった私は、どうも、フレーム感覚から抜け出せなくて、フレームの中で演じられる架空の世界観に惹かれるんですよね。

 だから、20年くらい昔は学生演劇に呼ばれて殺陣つけたりしていましたから、必然的にそのまま芝居を随分、観て、それで多少は慣れたんですけれど、やっぱり、同じ観るなら映画だな~という気持ちがあるんですね。

 これは、小説の勉強していても感じることで、文芸修行してきた人とは感覚が違うんだろうな~?と思うんですよ。

 私が考えるのは、映像のイメージが先にあって、それを文章化しているんですね。だから、読んでもらった人は、大概、「映像が浮かぶ」と言われるんですが、文芸修行一本でやってきた人達の物語って、あんまり具体的な映像が浮かんでこないんですよ。

 だから、私にとっては結構、読んでいて疲れたりするんです。

 高瀬先生のやり方も、恐らく、映像が先にあるんじゃないか?と思うんです。そして、フレーム感覚で繋いでいく編集理論があるんだろうと思いました。

 舞台公演だと全部が一度に進行していくので、例えば、脇の人が小芝居していて、そこが面白かったりするんですが、観客がそれを一気に把握していける訳ではありません。

 マニアックなネタのギャグに関しても、いきなり飛び出して、その面白味に感づく人は限られる訳で、この点は二度見したから、より面白くなったのかもしれません。

 舞台だと次々に流れていくので聞き逃してしまう場合も多いでしょう。これが映像作品だと編集してクローズアップされたりするので印象が強く残ったりする訳です。

 ただし、アクションの醍醐味は直に観る方が迫力ありますよね? アクションそのものは・・・。

 よって、映像作品ではカメラアングルや編集やエフェクトや音楽などで加工していくことで別種の醍醐味を作り出していく訳です。

 新選組のストーリーは、幕末テロルとその取り締まりの対決の物語ですが、実際はそれ以上に内紛の物語でもありました。

 芹沢鴨の暗殺、伊藤甲子太郎の暗殺は、その代表的な物語であり、この作品では、それを描いています。

 現実というのは、結構、こういうものなのかもしれません。

 結束している筈の組織の内部で対立が生じて内部抗争化していく・・・というのは昨今の民主党政治の顛末を見ても自明ですが、武道の団体にも付き物のようです。

 うちのような弱小団体ですら、第一次、第二次、第三次とあったんですから、何か人間の権力を求める欲望というのは、せつないですねぇ~・・・。

 これを防ぐには、「問題起こしそうな人は早めに破門する!」というのが一番、効果的だという結論に達しましたよ。

 外でギャースカ騒いでくれる分には、笑ってられますからね・・・。

 それに不思議なもので、面倒な縁をスパッと斬ると、逆に会の結束が強くなるんですよね~? 何度も経験したので、今は迷いなく、益が無いと思えば、スパッと縁を斬れますよ。

 グズグズと、いつまでも腐りかけて信頼も何もなくなってる縁を結んでおこうとすることは、百害あって一利もありません!

 余談ですが、正月から不幸の年賀状?を続けて三回も出してきた人がいますが、私はもう覚えていないんですが、私が四時間も電話でその人を説教したらしくてですね~。それを20年以上もずぅ~っと覚えていて恨んでいるみたいなんですよ。

 恐らく、もう40過ぎた大の大人だと思いますが、文章から推察するに仕事も何もやってないみたいで、「友達もいない」と書いていますが、そりゃあ、そうでしょうね。

 この人は私に四時間も説教されて私を異常な人間だと書いてる訳ですが、私はこの人以外にそんな長説教したことはありませんよ。

 つまり、あまりにもクズヤローだったから、「お前、いい加減にしろ!」という想いで一所懸命、叱ってやった訳で、「長時間、自分のような人間のために叱ってくださって有り難うございました!」って考え方をしていれば、心を入れ替えて立派な社会人になったかもしれないでしょう?

 某古武術の先生とその娘さんに対する悪口も私以上に書いているんですが、やはり、同様に叱られて逆恨みしているんでしょうね?

 精神疾患なのは明白ですが、考え方の根本が変われば、結構、まっとうに生きていけたかもしれないのに、他人を恨むばかりで自分では何の努力もしないのでは、一生を無益に費やすだけでしょう。

 でも、ワガママが許される環境で生きていけるだけ幸せ者ですね。

 普通は、苦労して働いて金を稼いで、家族を養って、少ない小遣いで酒飲むか趣味に使うか?を悩みながら日々を生きていくのが大半の人だと思うんですよ。

 私も本当に金には苦労したし、親にも友達にも周囲の人達にも迷惑かけてやってきましたからね~。やっぱり稼げるようになったら少しでも恩返ししていかなきゃいけないと思いますよ。

 働かなくても生きていけるような家庭に生まれ育った人達が羨ましいよな~?


 あっ、何か、スッゲ~脱線しました。ごめんなさいっ!


 次、『鎧・サムライゾンビ』をチャンネルnecoで観ました。

 桜塚やっくんが役者として主演しているというので、注目していたんですが、私の好きな北村龍平監督のテイストがあって、坂口拓さんが監督してます。

 実は、駄作だという評判ばっかり聞いていたんですが、いや~、私は面白かったですね~。

 コメディとホラーとノワールアクションとミステリーがゴッチャになった感じなのが、評判を悪くしているのかな?とも思いますが、見所が多くて私は好きな作品です。

『VERSUS』と『山形スクリーム』を合わせて『八つ墓村』風にした感じなんですが、ややギャグ調が強過ぎて軽くなり過ぎたかな~?という印象がありますけれど、出ている役者陣のキャラクターの強さが光っていて、いい感じです。

 桜塚やっくんのハードボイルド演技もダークヒーローな感じでいいな~と思ったんですが、最後までいかずに八割方のところであっさり死んでしまうのでビックリ!

 夏目ナナのビッチな演技(いっせいの片キン食い千切ってプッて吐くところ・・・)も凄くいいですし、石田いっせいの“この人、ゾンビなの?”というキャラも非常にいいです。

 個々に見ていくと、北村ワールド的キャラクターが躍動していて魅力的なんですが、ラストのどんでん返しのオチが、どうも後味を悪くしてしまっているのかな~?という印象はありますね。

 因果応報的な終わり方ではなくって、ここは最後までやっくんが生き残って、「前世の因縁だか何だか知らね~が、何回でも殺してやるぜっ!」ってタンカ吐いて『野性の証明』みたいな終わり方するのもアリでは? パート2も作りやすいし・・・。

(ところで、『ミッドナイト・ミートトレイン』観たいな~・・・)


 次、やはりチャンネルnecoで放送していた『大拳銃』と『へんげ』・・・。

 前者は、完全に自主映画規模なんで、ちょっと評価が極端に分かれるだろうな~?とは思うんですが、密造拳銃作る町工場の社員が、対戦車ライフルみたいな威力の拳銃を作る話で、一点豪華主義みたいなアイデア物のバイオレンスが凄いです。

 女の社員が密造拳銃撃ったら、暴発して手が吹っ飛ぶとか、スプラッターな展開が唐突に入って、北野タケシっぽかったりもします。

 そして、後者は、心霊憑依物か?と思っていたら、カフカの『変身』や、『鉄男』のような不条理変身人間物で、怪奇大作戦の『吸血地獄』を思い出しましたね。

 驚かされたのは、霊能者の払い師の女がビビッて逃げてしまい、追いかけていった主人公が妻の目の前で変身して女を食い殺してしまうシーンや、変身した主人公が刑事を殺してしまい、夫婦で逃げたものの、追い詰められて警官隊の一斉射撃を食らうシーン。

 普通、ここで終わるか?というところで、何と主人公は巨大化してビルを壊して暴れ出し、戦車が出てきて撃たれると、今度はダイダラボッチのように巨大化してしまう・・・という悪夢のような展開・・・。

 これはどことなくクトゥルー神話のような雰囲気がありますが、まさか怪獣映画になるとは思わなかったですよ・・・。

 人類を滅亡させるために出現した怪物らしい・・・という設定はあるものの、心霊調から50年代のSFモンスター映画みたいなテイストに“へんげ”するところが妙な味ですね~。


PS;高瀬道場の殺陣・アクションの技法書が、もうすぐ発売されるそうです! 楽しみですぅ~。

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二月セミナー報告

 二月の月例セミナーは、“伸筋技法と軸”でした。

 よく、打撃系武道・格闘技をやっている人は、「脱力、脱力と言うけれども、本当に脱力したら力なんか出ないんだ。武道として正しい脱力というのは、屈筋の力を抜いて、伸筋を使うことなんだよ!」と力説される方がおられます・・・。

 はっきり言って、大間違い!

 脱力技法は、文字通り、力を抜いて抜いて抜き切って、軟体動物のようになってこそ真の威力が得られます。

 何故なら、真の威力とは、重力を利用するからです。

・・・ということを言い続けてきていたら、最近は「重力を使うんだ!」と言い出す方も出てきまして、よかったよかった・・・と思っております。

 とにかく、“鍛える”という行為を根本から再検討しないと、日本の武道・格闘技は衰退してしまいますよ。

 やっぱり、私は日本武道の奥義は合気かな~?と思いますし、その合気を解明していくと、脱力技法に行き着くと思いますね。

 なので、今回のセミナーは、伸筋技法と銘打ってはいますが、実は、「伸筋技法の一大欠点」について教えようと思っていた訳です。

 伸筋技法の長所としては、“全身の筋肉を繋げて威力を伝えることができる”という点があり、これは主に腕の外側・背中・脚裏の筋肉を繋げて使うことで、地面を蹴り込む力を伝導させて威力を出すボクシングや形意拳、時津流自成道の打拳などの原理となっています。

 これは、実際、非常に強力な打撃力が出るので、うちの大石総教練なども気に入って、指導したりしています。

 また、解りやすいんですね。メカニズムが。

「全身の筋肉を繋げて一本の槍で貫くように突く!」なんて説明したら、スゲー!って思うでしょ?

 実際、貫通力を追及した新体道の統一体の突きなんかも原理的には同じなんです。

 こと、貫通性のある突き技に限れば、これは非常に合理的なんですよ。

 しかし、私はこの突き技は自分ではほとんど使いませんし、会員にも推奨しません。

 どうしてか?というと、攻撃力は出るけれども防御力が低いからです。

 つまり、弱点を攻められたら冗談みたいに通用しなくなってしまうからです・・・。

 以前、私は青木先生とお電話している時に、「新体道の統一体の突き技は評価していません。何故なら、僕には通じませんから・・・」と、はっきり申し上げたことがありました。

 もちろん、電話口からは穏やかならぬ気が伝わってきましたが、私は続けてこう言いました。「僕が新体道が凄いと評価しているのは、養気体の動きなんです。あのグニャグニャな状態には普通の打撃技は効かないし、あそこから攻撃されると対処できない。形が無いから攻防のやりようがないですよ」と・・・。

 新体道をやっていた方が入門して来られた時も、恐らく、私のこういう発言が気に入らなくて目にもの見せてやろう?という意識があった様子でしたが、実際に統一体の技がまったく通じないので非常に驚かれていました。

 これが、前に説明した閉気裁脈法なんですね。

 中国武術式に説明すると、勁道を遮断してしまえば威力が伝わらなくなる・・・それだけの話なんです。

 もっとも、この弱点を克服して統一体で打ち抜く打撃技も私は開発していますが、これはまだ広める気がないので割愛します。ヒントだけ書くと“間合”。これ以上は会員にしか教えません。

 そんな訳で、伸筋技法を教えた後で、その破り方を指導したので、参加者も面食らったみたいでした。

 でも、物事には表と裏があります。万能の技なんか存在しませんし、武術というのは、常に相手の裏をかいて、いかにして打ち破るか?という戦術を考えない人間は大成しないんですよ。

 この点、日本の武道・格闘技を学ぶ人達に最も欠けているのが、自分で研究発展させるという意識でしょうね?

 はっきり言って、どんな達人に学ぼうが、ボンクラはボンクラです。

 これは、実際に学んでいる人達なら解るんじゃないでしょうか? 先生は達人なのに、自分も先輩達も、ちっとも先生のような技ができない・・・。

 そんな道場が圧倒的に多いでしょう?

 だから、私は流派だの会派だの段位だのは全然、参考にしていません。

 ただ、その人が体得して駆使できる技と戦闘パターンを解析して、その人が最も苦手とする戦闘法を選んで対処する・・・そうすれば、嘘のように簡単に勝てるんですね。

 皆、勘違いしているんですよ。強いから勝つんじゃないんです。勝負というのはジャンケンみたいな構造があるんです。それを読んで、相手が実力を発揮できないようにすれば素人が10年20年やっている相手を破るのも少しも難しいことじゃないんです。

 同じ戦い方をするから、その戦い方に熟練している方が有利になるんですね。

「同じ戦い方で技量を競うのが武道だ!」って言いたい人は、トーナメントなどが沢山あるんですから、そこに出場して腕を競えばいい訳ですよ。

 私が追究しているのは武術であり、命がかかった戦闘状況をいかにしてサバイバルするか?という方法論と技術を研究しているので、競技上の強さなんか求めていません。

 だから、ナイフも日本刀も銃も研究してる訳ですよ。目的意識の違う人からアレコレ文句言われても意味がないんですよ。

 私の考える実戦とは、“ストリートから戦場まで含めた殺し合い”であり、素手で格闘して強いの弱いのと論じるようなレベルではないからです。

 護身術という観点も、電車内の痴漢程度と、ストーカー殺人犯だと全然、意味合いが違うでしょう?

 純粋に格闘競技者から始まった『グラップラー刃牙』が、“実戦”という概念を広げていったのは、作者である板垣さんの思想的深まりが影響したのは明らかでしょう?

 私の目下の関心は、“北朝鮮や中国の特殊工作隊が侵入してきたのに遭遇した場合”とかの戦闘にどう対応するか?ということであって、素手の技の強いのどうのって論議はもう馬鹿臭くって、やってらんないですよ。

 警察官や自衛隊員も個人的に勉強しに来られていたんですが、彼らも不安な訳です。マニュアル化された武道や格闘技、射撃術などで対処できるんだろうか?と・・・。

 まず、戦闘に対する意識が違うから、いざ実戦になった時に日本人が銃の引き金をためらい無く引けるでしょうか? 私は、恐らく、無理だと思うんですよ。

 平和な状況が当たり前の日本で生まれ育って、銃で人を撃つなんてできないでしょう。

 中国や北朝鮮の脅威が強まって、憲法改正をしたとしても、長く平和な時期を過ごした日本人に命の取り合いができるでしょうか?

「戦争になっても勝てる!」と日本の自衛隊の装備を自慢したところで使うのは人間ですからね。日本人がためらい無くバンバン撃てるとは思えないですね。

 それがいいとか悪いとかの話じゃありません。撃てない人間の方が望ましいんです。

 今、武術を学ぶということは、ただ、「強くなりたい」という抽象的な願望ではなく、「人間は何で戦うのか?」という哲学的思索を具体的に体感していく一つの在り方なんだと思うんですね。

 そして、戦いについて考える時に、「戦い方の正解なんか実はどこにも無い」ということに気づく必要があると思います・・・。


 セミナーが終わって、夕方から、つばさ基地の新年会にお呼ばれしていたので、いつもの喫茶店で長々とダベッていました。

 今回は高校生が3人も居たので、なんか面白かったですね。親子くらい離れた年だとジェネレーション・ギャップがあるからな~。


 新年会は池袋の東急ハンズの裏側の居酒屋さんだったんで、北島師範・千葉師範代と三人で行きましたが、何か、物凄い久しぶりに来た感じでしたね~。

 20代半ばの頃には、ちょくちょく来ていて、終電が無くなって高層ビルの下のベンチで野宿したこともありましたよ。

 友達が練馬に住んでいたんで、よく遊びに行ったもんです。

 つばさ基地との交流も、もう6~7年になりますかね~? 何か、生徒さんの総数は2000人くらいになってるらしいですよ。

 この新年会もお店貸し切りで70~80人くらい居たみたいです。

 あっ、そうそう。つばさ基地が“もやさま”に出るらしいです。筋肉番付やマッスルミュージカルでおなじみのひばりさんのシノビックスの教室が取材されるみたいですよ。

 12時くらいまでやってるそうでしたが、9時に新宿駅で個人指導予約されてる地方会員と待ち合わせしていたので、我々は8時20分くらいに失礼しましたが、今年はつばさ基地と自主映画コラボしようと企画していますので、お楽しみに~。


 さてさて、9時少し前くらいに新宿の小田急線の駅で待ち合わせして地方会員で不動禅少林寺拳法の先生であるKさんと合流し、小田急急行で帰りました。

 前日に研究室に布団一式買って運んでおいたので(いや~、腕がパンパンになったよ)、Kさんには泊まってもらって、翌朝に個人指導しました。

 基礎錬体のチェックから始めて、差し手技法、拳銃の撃ち方、棒手裏剣の打ち方、無刀捕りと指導しました。

 特に手裏剣は筋が良くて、三本同時打ちも教えたら、できるようになりましたね。最初からできる人は少ないんですけどね。

 使ったのは、ホームセンターで買ってきたコンクリート針でしたが、的にしている畳がボロボロになっていたので、結構、ワラがはみ出た箇所が綿みたいになっていて針を弾いてしまって苦労しましたが、これは布テープ貼ってやればいいかな~?と・・・。

 ちなみに不動禅少林寺拳法は、かなり分裂独立していて関西を中心にフルコンタクト空手界で活躍する流派会派がいくつもあるみたいですね。

 私は、その中の巍櫻流拳法を一度、体験入門させて戴いたことがあって、非常に勉強になりました。

 やっぱり、武道は男のロマンだよな~?と思いますね。

 地方会員さんで集中特訓したい方は、宿泊もできますので、ご利用ください・・・。

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二月セミナー“中心軸の確立(軸と伸筋の操作)”

 2013年2月の月例セミナーは、「中心軸の確立(軸と伸筋の操作)」です。

 ぶっちゃけて申しますと、脱力技法ができれば伸筋技法は簡単にできます。

 伸筋技法は古武術で「筋肉ではなく筋を使う」と言われることのある“筋(すじ)”のことです。

 筋を使うというのは、「屈筋ではなく伸筋を繋いで身体に一本の線を通す・・・」ということです。

 例えば、拳を当てておいて、腕・肩・背中・腰・脚・足の筋肉を一本に繋げて伸ばすことで威力を伝導させる・・・といったテクニックです。

 これが蹴り足の力を拳まで伝える・・・というテクニックなんですが、拳法系では秘伝扱いされています。

 しかし、私は実は、このテクニックはあんまり重視していません。

 どうしてか?というと、途中で伝導が途切れると威力が伝わらないからです。

 この威力の伝導を途切れさせるテクニックを、“閉気栽脈法”と言い、経絡技法の高級テクニックです。

 システマのように相手の攻撃力を柔軟にいなしてしまうのは、相手の攻撃が出てからの対応なので後の先となりますが、この閉気栽脈法は、相手が攻撃を出そうとする前に出せなくしてしまうので、先の先となります。

 私はこれを使っているのですが、これを使うと戦いの醍醐味がなくなってしまうので、練習していても面白くなくなってしまいます。

 しかし、弱者が強者に打ち勝つためには、これができないと話になりません。

 相手の攻撃を受け流し続けるのは非常に困難だからです。

 ただ、対応法としては、もう一つのやり方があります。

“対の先”です。

 相手が攻撃してくるのを受け流すと同時に自分の攻撃を合わせ技にするのです。

 武術の技の王道は、この対の先だと私は思っています。

 まあ、どれも“読み”を前提にしているんですが、この“読み”の基礎を磨くためにも中心軸の概念は大きな意味を持っています。

 この先は受講した人のために発表は控えます。


 例年と同じく、今年もより進化した内容で御満足いただけるように頑張りますので、初めての方もお気軽においでください。


 さて、もう一つ・・・。

 体罰に関する論議で、「これは武道や格闘技だと存在そのものが否定されかねないな~?」と思っていたら、案の定、女子柔道の監督のパワハラが問題視されていますね。

 でも、この程度じゃ済まないでしょう。

 相撲や空手、キックボクシングなんかだと、練習内容そのものが暴力だと問題視されてしまうでしょう。

 よく大学の空手道部や日本拳法部でリンチ紛いのシゴキで死人が出た・・・みたいなことが昔は当たり前にありました。

 やってる方は、「それが当たり前だ」という認識なので、見直すのは難しいでしょう。

 私も中学時代や大学に入った頃に武道系の部でそういう目に合ったことはありますが、部活動というのはそういうものなんだと思ってるので、文句言うつもりはありませんでしたね。

 また、自分が教えるようになってからは、やっぱり会員に怪我させたりしたくないんで、相当、加減してやるように注意しています。

 が、加減していると私の実力を試してやろうとしてくる人間も居るんですよ。実際に。

 私はそれが悪いと言うつもりはありません。何故なら、私もかつて「この先生、本当に強いのかな~? どうも、怪しいな~? ちょっと本気で攻撃してみようかな~?」と思って、本当に打ったりしてみたことがあるからです。

 自由組手や試合をやっていれば、こういう疑問はあまり湧かないでしょう。

 でも、武術の技は自由にやり合えば取り返しのつかない大怪我をしたり、弾みで死んでしまう危険性もあるので、少なくとも私はやりたくないし、やらせたくありません。

 互いに加減して練習し合える人間同士でしか練習できないんですよ。

 防具を使うことも考えましたが、防具があると安心して思い切って打ってしまう。そうすると威力が浸透して余計に危険だということが判って、取りやめました。

 柔道にしろ空手道にしろ剣道にしろ相撲にしろ・・・競技試合を目的にしていると、勝たなきゃならないから精神的に追い込んでハッパをかける・・・という教え方にならざるを得ないでしょう。

 それをシゴキと呼ぶか暴力と呼ぶかは受け止め方次第で、どうにでもなってしまうでしょう。

 体育系のクラブなんかでは優しく教えているだけでは絶対に上達できない一線がありますから、厳しくせざるを得ない。

 でも、愛情で厳しく叱っていても、受け取る方がパワハラとしか感じない場合もあるでしょう。

 インターネットの掲示板やブログの悪口をイジメとして規制しようとする動きもありますが、こういうのは言論抑圧になっていく危険性があるので、明確な線引きが必要です。

 私なんか、悪口書いてる連中が逮捕されたらせいせいしますけど、でも、私自身がブラック・ユーモアを駆使できなくなると文章書きとして魅力が半減してしまうだろうし、批判論と悪口をごっちゃにされるのは迷惑ですよね。

 女子柔道で監督が告発されるというのは、告発した選手達が勇気があるな~と感心するだけなんですけど、内柴さんみたいなのはともかく、今後、単に気に入らないから告発しちゃおう・・・みたいな風潮が広がって、日本武道が益々、生ぬる~くなっていったら嫌だな~・・・と思います。

 まあ、私も他山の石として、今後、指導法をより良くしていかなくちゃな~と思っております。

 例えば、楽しくやりたいだけの人と、本気でやりたい人を分けて教えるとか?

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研究室開設記念飲み会

 2/3は、研究室の開設記念と、私の50歳(大台に乗ったな~?)の誕生日と、今後の游心流の発展を祈念して宴会をやりました。

 小塚師範代は用事があって参加できなかったんですが、東京からはN師範代が駆けつけてくれまして、まずは公園で練習!

 N師範代は読みも体動もまたまた進化していまして、見ていて恐ろしいくらいになってきましたね。

 内功のレベルも凄くなっていて、年末の天真会の演武会の合間に青木宏之先生自ら気体調整による軸の調整をしてくださったので、武侠小説風に一気に進化したような感じ。

 まだ未成年ですからね~?

 北島師範も、いつもちっとも本気出さないんですが、やっぱりN師範代に引きずられるように、この日はちょい本気モードが出ていました。

 この時に聞いたんですが、橋本同好会に最近、入会された会員さんで、極真や軍隊系セルフディフェンスを修行されていた方が、つい先日、女性に暴力をふるっている男を止めたそうなんです。

 が、それがまた、相手が殴りかかってくるのを読みで躱してポンとはたいたらパターンとなって、のびてしまったそうです。

 ほぼ避けただけで勝手に自滅してしまったので、「游心流の読みができると素人のパンチとかミエミエですね?」ということだったそうで、かつて鍛えた技を使う必要もなかったそうです。

 ちなみに、この方も自由組手バンバンやっていたので、うちの練習に通った最初の頃は、「こんなんで通用するのか?」と思ったらしいんですが、今回の事件で“読み”の圧倒的な重要性と、威力は筋力ではなくて重心の操作(自分と相手の)で真の威力が出るのだと思ったらしいですね。

 それにしても、女性が血が出るくらいボカボカ殴るような凶暴な男をペチンとはたいてのばしてしまうなんて・・・どこの達人だ?って話ですけど、この方、まだまだうちの技は身についているとは言えませんから、御自分でも驚かれたでしょうね?

 願わくば、このドメスティック・バイオレンス男が男の品格に目覚めて弱い人に暴力をふるうようなゲスには天罰が下るのだ!と反省してくれたらいいですね~。

 でも、一念発起して自分を鍛え直そうとするような人間は少ないのが現実です。

 私は、この会員さんも、彼を指導している北島師範も誇りに思います。自分自身の強さを求めていても、困っている人を助けられないような人間じゃ意味ないですからね。

 読みも、最初は目付けでやっていましたが、今は正直、目付けは必要ないレベルになりましたから、初心者と指導者クラスでは練習内容を変えています。

“読み”に関しては友寄隆一郎先生から教えられた「徹底的に五感を磨け! そうすれば自然に第六感が芽生える」という言葉が本当だったな~と痛感しています。

 それと、数年前に青木先生から「心法を研究しなさい」と言われて、何かどんどん変わってきましたね。

 だから、ちょっと教えただけの人や、セミナーにしか来ていない人でもガラッと変わっていく人が増えてきたんです。「人間は、こんな簡単に変われるものなのか?」と、驚きますよ。

 他流でガンガンやってきた人が、コロッと転がされてしまうと「何じゃ、こりゃあ?」となってしまう。今までやってきたやり方が通用しない世界。それが武術なんだと思います。

「人間は鍛えた分しか強くなれない」という考えは、根本的に間違っていますね。

 むしろ、鍛えれば鍛える程、心と身体を固めていくだけで、一面的には強くなっているように見えても、違う角度から見ると欠点が大きくなっていっている・・・という現象がある訳です。

 もっとも、頑張って練習している人や、信仰的に自流に依存している人だと、その欠点にずっと気づかない訳ですね。鍛えている事実に依存して客観的に考えられない訳です。

 以前、私が「システマは凄い! これが本格的に入ってきたら日本武道は太刀打ちできない」と書いた時、「あんなのは見せかけだけ」と言う人も多かったですが、今は認識が変わってしまいました。

 自分のやっている流儀が正しいのだと思っているから、別のやり方の良さが洞察できない訳ですよ。

 私は、自分のやっていることが正しいのかどうかは判りません。「これが本物だ!」ともまったく思っていません。

 例えば、柔道、剣道、空手道のように競技試合に技術が引きずられている現状は、個人的には好みではありません。が、だから、「それは間違いだ」と言えるのでしょうか?

 現代武道というのは、武術とは目的が違います。戦争を放棄した平和国家日本の理念に沿って、社会体育、競技スポーツとしての枠組みの中で発展し普及されてきました。

 それは本物か偽物か?という論理とは別なのです。

 個々の技術内容や戦闘法が昔の武術と違うからと言って、それは是非を論じるべきことではないでしょう。

 また、「実戦」に関する考え方も、私は一般の武道や格闘技をやってきた人とは全然違う考え方ですし、伝統的武術をやっている人ともちょっと違うでしょうね?

 何しろ、銃や化学兵器なんかも含めて実戦を考えていますから。

 でも、そういう武術関係者も何人かは出てきたみたいですよ? 元々がミリタリー系だった人なのか、武術の実戦について考えているうちにミリタリー系も必要と思ったのかはわかりませんが、現代戦の在り方について考えず古典に浸っているだけではダメだと考える人が増えるのは当たり前の感覚でしょう。

 所詮、武術は現実にやってみて理論通りにできるかどうか?が問題で、能書き垂れて人に自慢するためにやるものじゃありません。そんな時代は過ぎ去りました。

 私は今でも常に日々の稽古は試行錯誤の実験の場と思っていますから、絶えず微調整しながら技術を進化させようとしています。

 もしも、「これが本物の武術だ!」と思っていたら、そういうことはやらない訳です。

 なので、私は簡単に「本物、偽物」なんて言葉は口にしないように心掛けています。

 これも例で説明しましょう。

 例によって甲野善紀氏・・・。私は甲野氏の研究している武術は偽物だと思っていますが、その根拠は、数多の手合わせで負けまくっているからです。実戦に通用しない武術は偽物以外の何物でもありません。見世物じゃないんですから・・・。

 真に武術の真贋を論じるなら、負け・即・死になる訳ですから、これはいくらなんでも言い逃れがききません。数十回死んだ計算になりますからね。私の知ってる範囲でさえ。

 しかし、「武術の身体操作を現代の様々なジャンルに応用して実績を挙げている」という点から論じるなら、「武術家としては論外でも武術研究者としては歴史上、誰もやったことのない偉大な業績を挙げた本物中の本物だ!」と評価されても、一概に間違いとは言えないでしょう?

 私が批判し続けてきたのも、本人は直らなくとも勘違いして自分達が実戦に通用すると誤解してしまう人が増殖するのは危険だと思うからです。私が教えた人間の中にも勘違いしたヤツが何人かは出てしまいましたからね~。

 余談ですが、私の肩が前に出過ぎてるのがよろしくないと論じられてる人が居るそうですから、理由を解説しておきましょう。

 これは含胸抜背勢の訓練を日頃からやっているんですよ。わざとなんです。

 会員にも説明していなかったんで、あんまり、明かしたくなかったんですが、誤解される人が増えると迷惑なので説明しますね。

 一般に背中を反らせるように延ばして胸を張る姿勢が正しいと思う人が多いでしょうが、これだと胴体が固まってしまいますし、骨盤からの連動と伸縮、半身の切り返しが使えなくなります。つまり、威力の原動力になる部分を錆び付かせてしまうんですよ。

 私は相手の手先足先はもう見ません。

 この人も書いてるそうですが、確かに眼で見えないくらい速いパンチやキックに目付けで差し手を合わせるのは無理なんですね。うちの練習法も形式的にやっていたら何にもならないんです。

 でも、胴体の動きは遅いので胴体に気配が出るのを観察して出せば合わせることができるということに気づいた訳です。これは日々の練習の中で発見したことで、3年前くらいですかね? 気づいたのは。これを応用しているから真剣の無刀捕りもできるようになってきた訳です。

 逆説すれば、あまり動かすことができない胴体を動かすことで相手の予測を狂わせることが可能であり、そのヒントになったのは、実は酔拳でした。

 酔拳の極意はあの含胸抜背勢にあると私は思っています。姿勢が身法に繋がり、そこから戦闘法が出てくる訳です。これはシステマのDVDを見ていてヒントを得ました。

 これは非常に多くの利点を秘めています。腕を長く使えるとか弱そうに見せかけられるとか、色々なんですが、これ以上は手の内は明かしません。

 本やDVDではそこまで説明しません。知りたければ入会するかセミナーを受けてもらうか?ですね。

 この批判している人が勘違いしているのは、私が基本的に“隠す人”だという点を忘れてしまっていることです。発表している以上は、その返し技を10倍くらい工夫しているということですし、外見で解るようなヘマはしませんよ。

 そもそも、わざわざ敵視しているヤツに教えてやる義理はありません・・・(笑)。

 ちなみに新陰流の身法も肩を出してますが・・・あっ、これは言っちゃいけないんだった? いかん、いかん・・・(白々しい?)

 それと、うちの試力が動作を大きくやるのはストレッチ効果と周天法の経絡を開通させる効果を考えてのことです。これは説明してないので会員でも知らずにやっている人が多いですが、N師範代は気づいてましたね。

 ただ、先に特殊な用語で説明すると先入観を植え付けてよろしくないので、わざと黙っていた訳です。

 無論、大きく動かして訓練して、実戦では小さく鋭く触れると同時に爆発的に打つように指導していますが、これを練習でやると怪我人続出してしまうのが解りきっているので、一般には大きくやっているところしか見せない訳です。

 最初から小さく鋭く練習していると威力が得られないんですよ。一発で倒せないパンチではダメですからね。

 とにかく、うちの打撃は接触したと同時に最大威力で打ち出せるように訓練しているので、通常の打撃技の概念で見ても全然解らないでしょう。表技から裏技を洞察できるのは最初から裏技を知っている人間に限られますから、この批判者が勘違いするのも仕方がありませんが・・・。

 それにしても、武術の技術論で私と張り合おうなんて・・・笑かしてくれますよ。プロでも避けてるのに・・・。私が肝心なことは書かないし見せもしない・・・ということが解っていて、わざとつっついて書かせようとしたのなら、なかなか策士かな~?とも思うんですがね・・・どうかな?

 うちの技で技術的に変だと思う人は存分に批判してくれて構いませんよ。万が一、こちらの参考になる点があるかもしれないし・・・。この批判者には、「残念でした!」の一言ですが・・・(苦笑)、まあ、私に対して論戦しようとした心意気だけは「カワイイね~」と言っておきましょう。

 だいたい、私が自分の体癖に無自覚な道理もないし、意味もないことやってる訳ない。体構え・運足・気感・筋肉操作・重心移動・意念・・・誰かが言っているようなことはすべて研究続行中ですよ。

 最近は必要性を感じてきたので東西の宗教哲学や神秘学も勉強し直してます。陽明学者の林田先生はシュタイナーやクリシュナムルティーについてもお詳しいので、私も勉強し直そうと思ったんです。小説のネタにもなるかもしれないし・・・。

 それと、この批判者は整体治療系の勉強をしたから自信があるのかもしれませんが、お生憎様(笑)でした。

 うちの会員にはいろんなプロ治療家が10人以上居ます。カイロプラクティック・オステオパシー・SOT・野口整体・鍼灸・伝統和鍼・柔道整骨・気功治療・武術整体・熱鍼療法・皇方医学・・・等々、オーソドックスなのから非常に珍しい療法の人まで居ますから、私独りを相手にしているつもりでいたら大間違いですよ。

 万事、敵を侮れば勝負は既に負けと思うべし・・・。何故なら、侮りは自己の劣等感から生じる恐れにほかならないからです。

 10年経っても20年経ってもレベルがさっぱり変わらない人間なんて、よっぽど特殊なのであって、男児三日会わざれば刮目して相まみえよの言葉のごとく、変わる人はガラリと変わるものです。

 我々游心流は日々、進化し続けています。それは変わろうとしている人間とそうでない人間の差なんです。昔の私の幻影を追いかけている間に、こっちはずっと先に進んでいるということを少しは想像したらどうでしょうか?

 まあ、能書き垂れても意味ありませんから、文句があるなら、確かめに来たらいいでしょう。うちの師範代が手合わせしたがってますから、どうぞ、御遠慮なく・・・。


 さてさて、練習は、いつもよりやや早目に切り上げまして(でも、2時間くらいやった)、研究室に移動する時に駅前で寿司とショートケーキを買いました。

 途中でピザも注文し、大石総教練には手裏剣の的に使う古畳と、ミット打ちできるスタンディングバッグを私の部屋から研究室まで車で運んでもらいました。

 ちょっとは練習しようか?と思ってたんですが、限定版M.E.Uピストルでガスガンの撃ち方を指導しただけで、後は飲み食いお喋りで夕方まで費やしましたよ。

 でも、「え~? こんなに威力あるんですか?」と、皆、ガスガンの威力にたじろいでました。眼球に直撃したら失明は免れません。昔のヘロヘロ・エアガンのイメージの人は驚くでしょう。ガスガン撃ったことある会員も「思ってたより三倍ぐらいある~?」と驚いてましたが、多分、10歳以上用だったのでは?

 それにしても、改めて思うのは、このスピードで飛んでくるBB弾を抜刀で斬ってしまう町井先生って、やっぱり凄いとしか言えません・・・。

 そうそう、『秘伝』に販売促進用のDVDが付いていましたが、非常に楽しかったですね。専門にやっている先生方は、それぞれ見るべきところがありますね。保江さんの脱力具合は想像以上で感心しましたし、永野順一さんは甲野氏より実力は上ですね~。やっぱり心形刀流という古典を追究しているからでしょう。新陰流・制剛流、頑張ろうっと。

 中国武術も根本先生の蟷螂拳はいいですね~。技に切れ味があります。蘇先生もやっぱり凄いですね。このDVDは、よくぞやってくれました・・・ってBABを誉めたい!

 私、やっぱり打撃系より合気系の方が好きですね~。技に無理がありません。無理が無いから効くんですよ。見た目に強そうに見える技は実は大して効かなかったりするし。

PS;これまでもDVDとプレーヤーの相性が悪くて再生できないという苦情がたまにあったのですが、DVDそのものには不都合が無かった。しかし今回はDVDのコピーがうまくいっておらず、製品に不良品が目立つようになってしまいましたので、製作体制を変更しました。御注文に対して製品の発送が少し遅くなってしまうか?と思いますが、何卒、御了解くださいませ。御迷惑をおかけして申し訳ありません。

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射撃訓練

 本物の銃を持つことが日本では極めて難しく、拳銃となると、もうほとんど不可能と言ってもいいくらい(免許を取ることができないということじゃありませんがね)。

 仮にクレー射撃や狩猟、エアライフル射撃の免許を得たとしても、自由に銃を選んで練習できる訳でもありません。

 狩猟は冬場で地域も限られるし、猟犬も飼わないといけない。猟場に行くのに車も必須です。独りで勝手にやるのは無理。殺しちゃいけない鳥獣も居るし、散弾が仲間に当たってしまった・・・なんて事故も起こり得ます。

 猪・鹿・熊・ヒグマだと仕留めるのに一発弾(ライフルド・スラッグ弾)を使わないと逆襲される危険性もある。特にヒグマは完全に猛獣なんで、大口径のライフル銃でないと本当は無理らしいです。

 散弾銃も散弾のツブの大きさで全然、威力が違ってしまう。


 一口に銃と言っても種類は膨大にあるし、威力も使い方も千差万別です。興味の無い人だと弾丸込めて引き金引けば撃てるんだと思ってる。

 でも、その弾丸にも種類が膨大にあって、銃に合った弾でないと使えないし、弾込めのやり方も違う。操作法もみんな違うので、撃ったことの無い人間がいきなり渡されても、恐らく、役に立たないでしょう・・・。

 拳銃にしても、大別して回転弾倉式(リボルバー)と、半自動式(セミオートマチック)に分かれていて、使う弾丸も操作法も全然違うのです。

 大体、狙い方も知らない人が多いでしょうし、構え方となると、もっと知らないでしょうね?

 実際に、うちの会員さんのほとんどが銃に興味が無かったので、狙い方も構え方も何にも知りませんでした。

 正直、ちょっとビックリしました・・・。

 何でか?というと、私と同世代か、上の世代の男子は、モデルガンから始めてエアガンで遊び惚けた世代なので、そこそこ使い方を知ってるものだったからです。

 それは丁度、ブルース・リー世代と重なっていて、ヌンチャク持つと結構、振れてしまうのと同様だったのです・・・。


 例えば、私と同世代か上の世代のオッサン達で、ワルサーP38やコルトパイソンという名前を知らない人間は、ほぼいないでしょう。

 少し好き者になると、コルト・ガバメント、コルト・ローマン、ルガーP08、モーゼル・ミリタリー、M16、44マグナム、スーパーブラックホーク、44オートマグ、南部14年式、ブローニング、ベレッタ・・・くらいは知っていて当たり前でした。

 ウエスタン好きになると、コルト・ピースメイカー(通は、ピーメと呼ぶ)、ウィンチェスターライフル、レミントン・アーミィくらいは言えるものでした。

 いや~、何か、正直、ショックでしたね~。男が武器に興味を持たないというのは、私には理解不能なことです。

「鉄砲とか刀とかが好きなんて、野蛮ね~・・・」みたいなことほざくヤツは、「あいつ、オカマくせぇっ!」っとハブされてたものですよ。

 まして、武術修行者たる者、あらゆる武器に精通しないで何とする?というのが私の認識であり、武器を否定する者に戦いを語る資格はありませんっ!

・・・と思っているので、「現代で、そんなシチュエイションはあり得ないよ。しっかり競技で強さを目指すのが武道のあるべき姿だよ」と言っていた先生もいましたが、私はこういう考えの方とは付き合う気がしません。

 私にとっての武術とは“生命の危険が迫った時に使える技術”であり、それ以外に価値があるとしても、それは付加価値でしかないと考えています。

 だから、介護に役立つとかスポーツのパフォーマンスが上がるとか、そんな“糞どうでもいい”ようなことには興味が持てないのです。

 だってさ~? 「介護に役立ちます」とか、「スポーツのパフォーマンスが上がります」っつったって、「戦いには役立ちません」ってんじゃ~、武術として意味ないでしょ?

 何で、誰も、この根本的な錯覚を指摘せんのですかね~? こういうのが、バカバカしぃっちゅうんですよ・・・。

 私は本当にフ・シ・ギ・・・?

 今でも思い出すんですが、包丁持ってバスジャックした餓鬼に刺されて亡くなったご婦人の事件・・・。あの時にバスの後ろから飛び降りて逃げたオッサンが合気道家だった?という噂・・・。

 武道家が戦う力の無い人達を放置して逃げてどうすんだよ? 私は情なくて情なくて哀しくなりましたよ。せめて、ずっとそこに居て、犯人の餓鬼が隙を見せるところを見計らって刺し違えても制圧していたら・・・。

 もちろん、現場に居なかった人間は何だって言えますよ。でも、私がそういう現場に遭遇したら、少なくとも逃げないで何とかしようとしたと思っています。

 そういう時のために修行しているんだから・・・。

 護身術という言葉を誤解している人も多いと思います。

 自分の身だけを護ればいいというものじゃないんです。できるならば、周囲の人の安全も護れる精神を養う“護心術”であるべき。

 その究極が、「なんじの敵を愛せよ」「罪を憎んで人を憎まず」でしょう。

 これは別に綺麗事じゃありませんよ。

 敵を殺したり傷つけたりしたら自分も罪に問われる可能性がある。だから、無傷で制圧するのが上策だということです。

 太気拳の澤井健一先生は、「もっと愛のある組手をしなさい」と、お弟子さん達に言っていたそうです。

 太気拳と言えば、素手で顔面をぶち合う凶暴な流儀として恐れられていますが、単に相手を痛めつけて自分の強さを確認したがるような未熟な精神の人間になってはいけないという意味だったのでしょう。

 程度の差はあれ、武道・武術・格闘技の修行とは、そういうものですよ。稽古仲間を自分の修行を助けてくれる存在として尊重しなければいけません。

 その気持ちを他流に向け、無関係な人にも向ける・・・。だから、「敬天愛人」の精神が育っていくのでしょう。

 ただし、こうした言葉を上っ面で唱えていればいいというものではなく、逆説として戦いの厳しさを徹底して追究する姿勢が無いと、何にもならないですね。

 よって、私は本身の日本刀で修練し、実銃で訓練するためにエアガン、ガスガンで練習する訳です。

 実際にアメリカの特殊部隊の訓練学校ではエアガンを使ったりしています。実銃とほとんど同じ操作で使えるから採用された訳です。

 アメリカのコンバットシューティング(実戦射撃)の競技会で活躍する日本人シューターが、日本に居た頃はエアガン、ガスガンで競技会に参加し活躍していた・・・という現実もあります。

 昔のエアガン、ガスガンと比べて、今は命中精度も操作性も非常に高くなっていて、選べる機種も非常に多く、香港製のものも増えてきています。

 個人指導で使うのに良いものを・・・と思って、最近、行きつけのホビーショップ“タムタム相模原店”に行き、S&W M66コンバットマグナムの2.5インチ銃身と、MEUピストルを買ってきました。

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 M66は、次元大介の愛銃コンバットマグナムのステンレススチール版で、銃身が短く携帯性に優れたモデルです。

 日本人ガンマスター、イチロー・ナガタ氏が長く愛用していたのが、この銃でした。

 オーソドックスなリボルバーとして使いやすく、マグナム弾も撃てるので、これに慣れておけば大抵のリボルバーが即座に扱えるようになるでしょう。

 MEUピストルは、コルト・ガバメント.45の海兵隊カスタムで、戦闘用の拳銃として第一級のものです。

 競技用のガバメントが過剰なアクセサリーでデコレートされているのに対して、必要最小限のカスタマイズで、尚且つ、競技銃に引けを取らない精度と操作性を持つとして人気が高く、このモデルのガスガンが発売された時は、早々に売り切れてしまって私は買い損なっていたんです。

 が、年末に会員になっていたので会員向けメールがちょくちょく届くので、この度、スライドにスプリングフィールドアーモリーの刻印が入れられた限定版が少数販売されるとのことだったのです。

 店で見せてもらうと、メチャクチャ渋い・・・。

 タムタムさんはセールを頻繁にやってくれるので、買える範囲内だったので、「これは今買わないとすぐに売り切れるな~」と思って、M66と併せて買いました。

 ガバメントは、1911年に正式採用された銃であり、もう百年以上も改良され続けて現役という希有なセミオートマチック拳銃です。

 あの銃器発明の天才、ブローニングが設計した拳銃です。

 もともと、私はあんまり好きじゃなかったんですが、近接戦闘銃として最も信頼されている拳銃である・・・という事実を無視することはできません。

 ガバメントは、『ワイルドバンチ』『ビッグガン』『ゲッタウェイ』『ハンター』等、多くのアクション映画で主人公が愛用してきました。

 ルパン三世の銭形警部や、スチーブン・セガール、『ベイシティコップ』の世良さん等も愛用していますし、モデルガン・マニアで有名な俳優の渡辺裕之さんもガバメント好きを公言していましたね。

 私も数年前に買ったガバメントの多弾数カスタムであるハイキャパ・デュアルステンレス・カスタムが一番、性能がいいので愛用していたんですが、手の小さい私にはグリップが太過ぎるのが唯一の難点でした。

 だから、今回の限定版MEUピストルは、お店で観た瞬間、「コイツはいいぞ~」と思いましたね。

 ガバメントを愛用する人が多いのは、この拳銃は抜き撃ちに適しているからなんです。

 薬室に弾丸が装填された状態でセフティ(安全装置)をかけて携帯できる。この状態でホルスターに入れておいて、抜き出すと同時に親指でセフティを外して引き金を引けば撃てる・・・。

 これをコック・アンド・ロックと言います。

 当時のガバメント以外の自動式拳銃は、セフティの位置やデザインの関係上、これができず、安全のためには薬室に弾丸を装填しないままにしておかないと暴発の危険性があり、銃を抜いてからスライドを引いて薬室に一発弾丸を装填する操作が必要でした。

 コック・アンド・ロックは、西部で早撃ちに使われたコルト・ピースメイカーと同様(シングルアクションの拳銃なので、撃鉄を起こしながら抜いて、銃口を向けると同時に引き金を引く)の撃ち方ができる訳で、ジェフ・クーパーといった名ガンマンがアメリカのコンバット・シューティングを、このガバメントをベースとして発展させていったのです。

 特に拳銃による戦闘は至近距離で行われる率が高いとされているので、室内で正確に抜き撃ちできる訓練をすることが重要でしょう。これは仮にアメリカであっても射撃場で練習することができませんから、むしろ、逆に実戦的になるかもしれません・・・。

 銃を使った武術・・・そう・・・GUN-KATAですよ・・・。

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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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