コンテントヘッダー

人身事故で

 京王線が止まってしまったので、毎年楽しみにしていたスコーレの親睦会に出られませんでした。残念・・・。

 それにしても、京王線で人身事故があるのは珍しいような気がするんですが、JRだと圧倒的に中央線が多いイメージがあって、『中央線の呪い』という本もありましたね?

 オカルト的な解釈をするのは不謹慎なのでしょうが、特定の場所で事故や自殺が多発すると、やっぱりその場所の因縁のようなものを感じざるを得ません。

 私はもともとはオカルト話大好き人間だったんですが、学生時代から30半ばくらいにかけて、この方面がいかに胡散臭くてインチキ詐欺が横行する業界なのか?を痛感して否定論者になり、科学的に解釈する習慣ができていたんですが、ここ最近は、やっぱりオカルト的な現象も完全否定する訳にもいかないな~と思うようになりました。

 ただし、それでも私は科学的な考察を捨てて信仰には逃げません。

 オカルト好きだけれども科学的に究明したい性分なんですね。宗教的な解釈ができない性分なんですよ。

 信じる信じないではなく、私にとっては真実かどうか?ということが重要なんです。

 だから、人身事故が起こる場所に、何故、同じ場所が多いのか?ということを考えると、土地に何らかの原因があるのではないか?と考えるのが合理的でしょう。

 夜の小田急線に乗っていると、時々、電車が止まって、「線路に人が居る様子がありましたので、現在、安全を確認中です」というアナウンスがありました。

 で、「安全が確認できましたので発車します」と、走りだしたりするのですが・・・。

 これ、何か変だな~?と思いませんかね。

 線路に人影が見えてから停車したのなら、轢いてしまった可能性が高いでしょう。「あっ、轢いてしまった・・・」と思ったのなら、何の安全を確認したのでしょう?

 また、轢かずに済んだのなら、線路から人が出たのを確認して発車した・・・と考えられますが、夜ですから、そう簡単に確認できないのではないでしょうか?

 聞いた話では、このアナウンスは、轢死した人間の幽霊を見た時のものだという話ですね。

 電車は線路の上をず~っと走っているから単調なリズムで眠気を誘います。運転士が眠気を感じた中で幻覚を見たりする可能性もあります。

 まして、実際に轢死する人間の瞬間を見る機会も少なからずある仕事でしょうから、幽霊を見ても不思議ではありません。

 幽霊とは脳の中のイメージが作り出す幻像であるというのが脳生理学的な解釈ですが、この典型例としては「タクシー幽霊」の例があり、これはまったく、電車の幽霊と同じメカニズムですね。

 もっとも、霊園から自宅に乗ってくる幽霊の料金を自宅の母親がタクシーの運転手に払った・・・という都市伝説になると、ぐっとリアリティーが出てきます。

 これが霊園の代わりに病院になったりもしますが、車のナビゲーターの通りに走っていると墓地に到着したとか断崖絶壁の手前で止まってナビゲーターから「死ねばよかったのに・・・」という声が聞こえた・・・という怪談話に発展していきます。

 ともあれ、都会に暮らしていて最も死を身近に感じるのが、人身事故で電車が止まることではないか?と私見します。

 また、今回の人身事故にはオマケがついてきて、翌朝も同じように人身事故が発生したと、調布に仕事場がある横浜支部長から聞いて、ちょっと怖くなりましたね。

 夜起こって、また朝起こるというのは、ちょっと不気味過ぎです。

 もともと“通り魔”という言葉は、このような“場所”に関する死の現象を指す言葉でした。

 京王線は最近、地下化の開発をしていますが、もしかして地霊の怒りをかってしまったのでは?なんて帝都物語的な想像をしてしまったのは私だけでしょうか?


 まあ、そんな訳で楽しみにしていたスコーレ親睦会には行けず、仕方なくその後の小説講座に向かいました。

 町田の読売文化センターで受講しているんですが、この日は講座が終わった後にロビーで呼び止められまして、はて、誰かな?と思ったら、高瀬道場加賀谷さんでした。

 アレッ、何でここに・・・?と、多分、加賀谷さんも思われたでしょうが、同じ時間帯で殺陣の講座もあったので、そこの講師として来られていたそうです。

 私は「小説講座を受講してるんです」と、少々、お話しました。

 それにしても現役のアクション俳優が講師をしているんですから、読売文化センターはなかなかですよね~。

 地方出身の私なんて、上京するまでTVや映画に出ている人を見かけたり、実際に話したりするなんて想像もつかなかったですよ。

 武道の世界でも、青木宏之先生松田隆智先生というと、伝説上の人物というイメージしかなかったので、今、親しくさせて戴いているのが不思議ですよね?


 さてさて、翌々日の日曜日は普通に公園で稽古しましたが、最近は私が居ても居なくても大石総教練が率先して密度の濃い稽古をしてくれるので、安心して見ていられます。

 基本的なところは北島師範が、応用技は大石総教練が教えてくれるので、ここに通っている会員は相当に実力がついていきますね。

 基礎錬体に歩法、対錬、推手、差し手・・・といったスタンダードな練習だけでなく、合気や連環打撃法、蹴り、逆技、崩し・・・等々、多彩な複合技の中で、空手や中国武術の分解組手練習なんかもやっています。

 伝統的な武術の問題点は、型稽古の中で約束された状況でしか技を練習しないから自由に攻防する相手には通用しない・・・ということになりがちなんですが、それを補うような実験研究の場になっていますね。

 何よりも、これまでいろんな流儀の経験者が来てくれたので、いろんな流儀の長所と短所を研究することができました。

 戦闘法の違いから攻略法を工夫する研究ができた訳です。

 特に、ここ数年は各流儀の指導員クラスの人も多く来られているので、国内最高の研究ができていると思います。

 素人に毛のはえた程度の人間だけで研究していても、オタクのマスターベーションにしかなりませんからね。

 しかし、レベルが高くなればなるほど、読みと交叉法の大切さが痛感されます。

 自分より実力が高い相手を制圧するには、読みと交叉法を駆使するしか有効な方策がありませんね。

 ただ、それだけでもダメで、それにプラスして合気的に触れたと同時に相手を崩して死に体にさせられなくては、力で押し切られてしまう危険性があります。

 技術も力が倍以上ある相手にはなかなか通じない。それが現実です。

 しかし、これを突破するのに脱力技法による重心移動力を駆使するようにしたのは、正解だったな~と思います。

 何しろ、体重が倍以上ある巨漢が相手でもパワーで負ける気がしませんからね。

 これが筋力に頼っていたら、50過ぎたオッサンが勝てる道理がありませんけれど、こと技の威力に関しては誰にも遅れを取らない絶対の自信がありますよ。いくら強くても人間の身体が耐えられるパワーは限度があるでしょうから・・・。

 むしろ、どのくらい手加減しないといけないか?と考えます。ホント、発勁は恐ろしい技だな~と心底、思いますよ。

 松田隆智先生は、「両手に常に44マグナム拳銃を握ってる感じ」と言われていましたが、まさにそんな感じですね。

 ヒグマは一発で殺せなくても、人間にはオーバーパワーだと思います。

 そして、発勁って、コツを教えればまったく鍛えてない人間でも充分以上の威力が出せてしまう点も二重の意味で恐ろしいんですよ。

 無論、洗練していけば454カスールマグナムや500S&Wマグナムみたいな打撃力になるかもしれませんが、対人間なら357マグナムくらいで必要充分でしょう。

 もっとも、それだけの威力も貫通するだけだと致命傷にはならないでしょうが、炸裂弾のような打ち方をすれば甚大なダメージになります。

 それが打撃訣と呼ばれる打ち方ですが、これは危険過ぎるので公開は憚りますね。

 けれども、カリやシラットの技は打撃訣のようなものを普通に教えるみたいですね。これに寸勁を加えれば、超実戦的になりますね。

 うちの技はカリやシラットとは相性が良いみたいです。まあ、組み合わせると尋常じゃなく必殺術になっちゃいますから、公開していいのかな~?と・・・(苦笑)。

 ただ、日本以外の海外では最も実戦的な武術として有名で、システマとかクラブマガにも採り入れられてますね?

 やはり、ブルース・リーがイノサント師父から学んで詠春拳と共にJKDの技術的支柱にしてますからね。日本でも、これから真価が知られるようになるでしょう。


PS;『カリ&シラット』と『発勁と化勁』の割引セールは今週中で終わりますので、御注文はお早めにどうぞ! 

スポンサーサイト
このページのトップへ
コンテントヘッダー

『グランドマスター』感想

 私の苦手な恋愛オシャレ映画の旗手ウォン・カーウァイ監督の『グランドマスター(一代宗師)』を、やっと体調が戻ったので、地元の映画館で観てきました。

 思えば、『楽園の瑕(東邪西毒)』を何回観ても途中で寝てしまう・・・という体験以来、私はこの監督に対して、「恐ろしく退屈な映画を撮る人」というイメージを固定させておりまして、今回も寝ちゃったらどうしよう?と思っていたんですが、少なくとも退屈はしませんでした。

 ただ、カンフー映画特有のハッタリの効いた躍動感は乏しくて、ウ~ン・・・と唸ってしまうのは予想通りというか・・・。

 いや、アクションがつまらないという訳ではありません。

 巨匠ユエン・ウーピンはいい仕事してます。グッジョブです!

 問題は、バストアップやスローモーションが多過ぎ、雨降らし過ぎて、「何やってんのか、よ~わからん!」ということだったりします。

 事前にそういう噂を聞いていたので見逃してはいかんと思って、目を皿のようにして観ていたんですが、「ど~でもいいけど、フツーに撮れよ!」と思いましたね。

 詠春拳、八卦掌、形意拳、八極拳、洪家拳などが登場し、それぞれの秘術をかなり実戦性高く表現しているので、カンフーアクションとしては革新的なものになっているんですが、いかんせん、映像が凝り過ぎて足を引っ張ってしまっているのです。

 これはウーピン師父の責任ではなくウォン・カーウァイの趣味炸裂し過ぎてるせいでしょう・・・。

 それと、このヒト、いつも思うんですけど、やたらに心の声をかぶせまくるので、何だか朗読劇みたいになっちゃうんですよね?

「映画なんだから映像で語れよ!」と言いたくなるのは私だけ?

 字幕だから疲れる訳ですよ。吹き替えだったらいいのに・・・。


 じゃあ、面白くないか?というと、それほど酷くはありません。この気取り屋さんにしてはエンタメをちゃんと考えてるじゃ~ないの?と、評価してあげてもいいでしょう。

 時間軸と登場人物の物語があっちこっちに錯綜しまくるので、“語り”が無いと訳わかんなくなるのが容易に想像つく。なので、結果的に、これで良し!になってます。

 最初はイップマンの話だったのが、何か結果的にはチャン・ツィイー演じるゴン・ルオメイの話になっちゃってたりするのが、いつものチャン・ツィイー映画って印象ですが、ミシェール・ヨーのような力強さはありませんが、ダンスで鍛えた身体能力の高さで華麗な八卦掌の動きをうまく表現しています。

 でも、「アクション映画は二度目・・・」とか言ってたりして、「おいおい、『HERO』や『LOVERS』は忘れたんかい? 『ラッシュアワー』でジャッキーと共演してたやないかい?」と、ニセ関西人のようなツッコミを入れちゃいましたよ。

 トニー・レオンのイップマンは紳士的風貌で悪くないんですが、あの顔でゴーマンな発言をかますのは凄く違和感があります。監督的にはブルース・リーのキャラを足したイメージだそうですが、そこを足しちゃ~ダメでしょ?

 これはむしろ、チャン・チェン演じる八極拳の遣い手“一線天”とツィイーの恋愛物語にした方が良かったんじゃないの?と思ったのは私だけでしょうか?

 史実に忠実に描いたような印象もあるんですが、一線天のモデルである劉雲樵先生と宮若梅の父である宮宝森のモデルである宮宝田先生が亡命したのは香港じゃなくて台湾だし(中国映画だから検閲で設定を変えたんでしょう)、ツィイーがアヘン中毒になったという設定は、宮宝田がアヘン中毒だったからでしょうね。

 よって、八極拳が香港に伝わったという話は嘘で、実際は台湾に伝わった訳です。

 無論、宮派八卦掌も台湾に伝わってます。

 劉先生は中国武術史上最強の呼び声もある「神槍李」「李書文に二の打ち要らず」で有名な李書文公の関門弟子であることが有名ですが、実は宮宝田から八卦掌を学んでいますからね。

 イップマンとは全然、接点無かった筈なんですよ。

 この作品のパンフレットには松田隆智先生も寄稿されていますが、各門派の解説だけで、この辺りの事情については触れていません。

 劉先生に学んだ松田先生が知らない道理がないのに書いていないということは、作品自体は観ないまま依頼された原稿を書かれただけだったのかもしれません・・・。

 ドニーさんの代表作となったイップマン映画のブームの中、トニー・レオンのイップマンは、いささか影が薄いんですが、それは回りのキャラに呑まれてしまったせいでしょうか・・・。

 オムニバス映画のような構造にも問題があると思いますが、中国近代化の激動の時代に生きた中国武術の伝承者たちの群像劇を描きたかったんだろうな~?と思えば、ジェット・リーのワンチャイ・シリーズの最初の二本までのような志しは感じます。

 だけど、結局はプラトニックな恋愛話になってしまう辺り、ウォン・カーウァイ節が好きか否かで評価は決定的に違うものになるでしょう。

 私はやっぱり苦手・・・。

 けれども、DVDが出た時のメイキングが楽しみですね~。

 映像に残されなかったアクション・シーンや訓練風景に本格的な武術描写が見られるのではないか?と期待しているからです。

 特に、八卦掌や形意拳の必殺技をこれだけ描いた作品は初めてでしょう。

 形意拳の十二形拳の第一式、龍形拳。五行拳の劈・崩・鑽・横・炮の五拳。

 八卦掌の絶招“葉底蔵花”。宮派の源流である尹派の六十四手。

 これらの技の具体的実戦用法を出していたのは良かったですよ。

 翌日の稽古で早速、東京支部長と横浜支部長に応用変化技も含めて指導しました。これは宮派八卦掌の必殺技ですからね。

 ツィイーの得意の構えは“倚馬門路”からの“獅子抱球”。八卦掌は“游身八卦連環掌”と呼ばれるように、動きが途切れず流れの中でいろんな技を次から次に繰り出していくのが特徴なんですが、実は特徴的ないろんな構え・動作の“形”がそのまま技になっているので、見た目は踊ってるようにしか見えなくても、その実、いろんな“形”がそのまま技として使えるようになっているんですよ。

 尹派に繋がる宮派には少林拳的な要素もあるので、“前掃腿(足払い)”も遣うし“穿掌(貫手)”からの変化拳での“鳳眼拳(一本拳突き)”もある。立ち止まって繰り出すと普通に少林拳になりそうですが、走圏の運足の中で繰り出すので、すべての技が繋がって連続攻撃になるのです。

 これは、尹派を伝えた尹福が八卦掌を学ぶ以前に羅漢拳や弾腿を学んでいたかららしいですね。

 大連に伝わる宮派の系列では技そのものは7割りは羅漢拳だと聞きます。

 そもそも、八卦掌の創始者である董海川は、現在、どの八卦門でも基本となっている八母掌の第一式“単換掌”と第二式“双換掌”しか教えなかったそうで、八母掌や六十四手なんかは習った弟子がそれぞれ工夫して発展させたものだそうです。

 だから、八卦掌は派閥によって全然違う訓練体系だったりするのですね。中には円周を巡らない劉徳寛派六十四掌(演武線が直線を往復する)なんかもある。

 概ね、尹福と程庭華の二人によって二派に分かれて伝わったとされ、民間に広く普及したのは程派で、程が元々シュアイジャオをやっていたから合気道のような投げ技が多く、尹派はシークレットサービスに伝わったので伝承者が少なく、暗殺拳的色合いがあって秘密結社の殺手(殺し屋)に遣われる武術という側面もあるそうな。

 過日、見学させていただいた馬貴派も尹派の系列でした。

 この作品、香港では『グランドマスターズ』というタイトルなのだそうで、日本風に言うと、『武術宗家達』ということになるんでしょうか?

 本質的にはドキュメンタリー映画的な話なんでしょうね。そういう意味ではモキュメンタリー映画だと思えばいいのかも?

 いろいろ、ケチつけましたが、武術やる者としては必見の作品かも?

 でも、イップマンの一代記だと思ってると、アレレ?っと肩透かしを食らってしまうのは必定ですぞ・・・。

 ともあれ、退屈せずに最後まで観られただけでも、ウォン・カーウァイ映画初の快挙なのかも?

 あ~・・・そうだ・・・八極拳の戦い方だけは物凄くヘンでしたよ。

 ああいう戦い方にはならないよ。肘当てが特徴的だとしても、基本的には体当たりなんだから、ムエタイみたいに肘を回して打つとかしない。

 さすがのウーピン師父も知らなかったんだろうな~? 八極拳は中国じゃ“どマイナー”だから・・・。

 遠間で戦うのが得意で八極拳と併習する習慣がある劈掛掌で打ち込んで間合を詰めて肘打ちで極める・・・とかするのが八極拳の王道戦法なんですが、肘打ちのまま飛び込んでいったりするのは『拳児』の“箭疾歩(遠い間合を飛び込んで縮める歩法)”での“冲捶(中段突き)”の様子から発想したのかな~?と思います。

 が、これは無理があり過ぎますよね~(苦笑)。

 これなら、今野敏先生原作で阿部寛が主演した幻の空手映画『拳鬼』で石橋雅史先生が演じた老八極拳士の殺し屋のアクションの方がずっと“らしい”です!

 こればっかりは劉雲樵派八極拳に触れたことのある私としては納得がいかない!と思いまして、東京支部長に“冲捶の隠し技”を実演してみせましたが、これって、劉氏八極拳の戦闘原理であるという“捨身法(しゃしんほう)”を用いた一種のクロスカウンターなんですが、相手の腕をへし折りながら急所に突きをぶち込むという凶悪過ぎる技なので、東京支部長はちょっとばかし青ざめてました。

 知らんヤツは「中国武術なんか形ばっかりで弱っちい」と小馬鹿にしたりしますが、私は知れば知る程、「こりゃあ、完全に殺人を目的に考えられた技だよな~」と、そら恐ろしくなります。

 要するに、日本で中国武術やっている人(指導者も含む)の多くが実際の使い方とか戦闘理論を知らないので使えないだけなんですよ。

 たとえ拝師しても金ばっかり取られて役に立たないように教えられる場合もありますし、基本的に日本人が中国武術を学んでも本当のところは教えてもらえないと覚悟しておくべきでしょう。

 私もほとんど自分で実験しながら考案しています。習えない以上、自分で研究して工夫していくのが一番の早道ですよ。

 ただし、ここで注意が必要なのは、日本の古武術も同じですが、中国武術も現代的な試合を目的に技が組み立てられたものではないので、試合を目的にして技の工夫をしてもあまり成果が挙げられないということです。

 例えば、中国武術で一般的な凌陰脚みたいな股間蹴り(本来は金玉と肛門の間のツボに蹴り込む技でマジで死ぬらしいよ?)や、斧刃脚のような膝関節踏み折る技、喉や眼、頸骨を狙う技なんかは当然、使えませんよね?

 また、相手に触れた状態から打ち込む暗勁打法なんかも組み討ちにはもってこいの奥の手ですが、打たれた相手に重度の障害が出てしまう危険性が拭えません。

 試合向けにするなら危険な技を省いていくしかない訳ですが、そうすると効かない技で戦うしかなくなるから体格体力に優れた白人黒人には勝てなくなってしまう訳ですよ。

 かくて現代日本武道が世界で通用しなくなっていく問題と同じ運命を辿ることになってしまう訳です・・・。

 合気道や少林寺拳法が試合を選ばなかったのは、本来の武術性を考える上では賢明な選択だったと思いますね。

 競技試合をやるなら“スポーツ格技”という分野であるという認識で“別物”と弁えないと、益するものが無いでしょうね?

 ドニーさんの『イップマン』で白人ボクサーに打ち殺されてしまった洪家拳宗師の仇討ちに立ち向かったイップマンが大苦戦する様子も、無敵の武術家と思えたイップマンがボコボコにされて、やっとのことで勝つという展開に疑問を感じる人も多かったと思いますが、試合上のルールで技を制限されてしまうと根本的な戦闘理論が崩れてしまうからなんですね。

 だって、試合向けに考えられた技じゃないんだもん!

 私はそれがよく解ったので、もう絶対的に相手と同じ条件で試さないと決めてます。

「とにかく勝つ! 何が何でも勝つ! どんな汚い手を使っても勝ちゃ~いいんだよ!」というのが武術の本音であり真実なんですよ。

 何でかって? そりゃあ、生きるか死ぬかの時だけが武術の真の戦いを選ぶ刻だからですよ。

 弱い者が生き残るための最後の手段・・・それが武術なんですよ。

 作中、父の仇討ちに成功したツィイーでしたが、その後はアヘンに溺れて寂しく死んでいきます。門派の面目のために勝負に拘った揚げ句がそうなってしまった・・・という寂しい人生なんですね。

 その辺だけは武術家の業を描けていて納得できましたね~。

このページのトップへ
コンテントヘッダー

高瀬道場第十二回技芸会

(原稿渡しそびれてしまって遅い情報になってしまいましたが・・・)

 DVD付き教本も出版されたばかりの芸道殺陣波濤流高瀬道場の技芸会が今年も6月2日に府中グリーンプラザで開催され、私は天真会青木先生御一行をお誘いして観覧してまいりました。

 一週間前は自然断食状態になるくらい酷かった喉風邪も大分、軽快してきて、この日は公園の稽古も問題なく、正午のサイレンと共に終了し、一旦帰宅して用意してから出掛けました。

 ちょうど一時間で府中駅に到着。会場には観客が列をなしていました。

 私は青木先生に携帯で電話してみましたが繋がらず、時刻が迫ってきたので先に入ろうかと思ったら、青木先生御一行もちょうど来られていました。行き違いになったみたい。

 御招待にしていただいていたので、関係者席に座りましたが、青木先生の左隣に座ろうとすると、「そっちは気を吸っちゃうから、こっちに・・・」と右隣に座らされ、何か座ってるだけで気功療法受けてる状態になりまして、確かに私は元気になれましたが、青木先生は逆に具合が悪くなっていた様子で申し訳ないな~と思いました。

 気に敏感な人だと自然にこうなってしまうんですね。

 療法家目指して修行中のN師範代も、患者さんの陰の気に当てられて疲れたりしてましたよ。

 私は鈍感だからあまり感じませんが・・・と言うか、敏感になり過ぎると辛いのが解ってるので、気の訓練は適当にしかやらない訳です。

 霊感体質にまでなると日常生活が余計に大変になってしまったり、精神の変調を自己コントロールできなくなる人もいるので・・・(普通の人でも気の修行やってると霊感体質になったりします)。

 その点、青木先生は人には理解されないような大変な苦労をされてこられたと想像しますよ。人一倍、周囲の人に気配りされる方なので、尚更と思いますが、今は本当に人柄の良い思いやりのある人達に囲まれていらっしゃるのが救いだと思いますね。

 気の修行というのは、その人の深層意識を浮かびあがらせるので、心の弱い人や意識の低い人は大体、魔境に陥って抜けられなくなるんですよ。そして、同類の人間としか付き合えなくなる。“類は友を呼ぶ”って訳です。

 逆に言えば、意識の高い人と付き合うようにしていれば自分も同調して意識が高くなりますから、付き合う人は選びましょうね!

 さて、青木先生御一行は、天真会の吉田晶子先生と、吉田姉妹(お姉さんには初めて会いましたが、美女姉妹です!)、それから、後からブラジルから留学中の望月ウィウソンさんが来られました(会場間違えて高瀬道場に行っちゃってたらしい?)。

 ウィウソンさんは私の『武術のヒミツ』を読んで日本武道医学専門学院に入ったのだそうで、パリッシュ先生の思い出話もちょこっとしました。

 もっとも私は、パリッシュ先生とはケンカしちゃ~仲直り、ケンカしちゃ~仲直り・・・の連続で不肖の弟子でしたが、やっぱり感謝してるし尊敬もしてますよ~。何より、得難いことを勉強させていただきましたからね。


 今回の技芸会は、高瀬先生が勇退して顧問になられて、森聖二先生が代表になって初めての会です。

 長身の森先生が芯で華麗な二刀流の立ち回りの演技があり、高瀬道場指導陣がカラミで魅せるアクションは、新体制の希望に満ちたエネルギーを放射していました。

 技芸会は殺陣を学ぶ各教室の発表会であり、レベルは様々です。が、学園祭のような熱気があって、参加されている人達も応援に来ている人達も一丸となったパッションが感じられるんですね。

 規定の型の演技は居合の型と大差がありませんが、殺陣の表現としての意識の使い方は、むしろ武術の型よりも実戦的な要素があると思います。

 即ち、対敵を意識してのものかどうか?

 私が殺陣を高く評価する理由の最大のものが、技がどうとかではなくて、このメンタルな要素なのです。

 武術では“眼神”と呼ばれますが、意識が活きているかどうか?というのが大切なんですよ。

 これは、“対多敵”を想定してみれば、いかに重要なことかが解ります。

 私はせいぜい三~四人相手くらいでしか稽古したことがありませんが、殺陣だと10人20人を想定して立ち回りの手を考えるのも当たり前ですから、自然、自分の周囲の位置関係を考えるようになるんですね。

 少林寺拳法では“八方目”という視野を広く取る眼法がありますが、周囲を囲まれた状態を考えると背後の気配を察知する鋭敏な皮膚感覚と空間意識の拡大感覚も必要になってくるのです。

 それを意識している現代武道は合気道くらいしかありません。

 武道・格闘技通を自認する人でも目先の突き蹴りの威力くらいでしか実戦性を判断できない人がザラですが、この“対多敵”、“自分の前方だけでなく左右や背後”を意識して戦闘理論化されているという合気道の構造的な次元の高さに気づいている人は寡聞にして聞きません。

 せいぜい、「塩田剛三先生だけは別格で強かった」といった体験的感想を言うくらいで、その“強さ”の秘密にはまったく迫ることもない。話にならんですな・・・。

 物凄く特殊なことのように思うかもしれませんが、車の運転をしていれば車体感覚が自然に発達するでしょう? つまり、慣れることで感覚は拡大していくんですよ。

 よって、殺陣の訓練が武術に益する要素は想像以上に多くあるんですね。

 剣道の高段者が立ち回りの名手と素手素面で模擬刀で立ち合ったら為す術なくあしらわれたという逸話もありますが、あり得る話だと思います。

 時代劇のスターとかカンフーアクションのスターで“眼神”が活きている人は、やっぱり迫力がありますよ。

 仲代達矢とか萬屋錦之介、『子連れ狼親の心子の心』の時の若山先生とか眼力の凄さが際立ちますよね?

 そういえば、片岡千恵蔵や市川右太衛門も凄かったし、近衛十四郎の『十兵衛暗殺剣』の時の眼の演技は凄かったですね~?

 ブルース・リーも、普段は眠そうな眼なのに瞬間、くわっ!と眼力入るじゃないですか? アレがいいんだよな~。

 ジャッキー・チェンも瞼の脂肪取ってから人気が出てますでしょう?

 そういえば、松田優作も二重にする手術したって話だし・・・、やっぱり眼力は大切だと思いますね。

 眼力ということで言うと、高瀬道場の加賀谷圭さんのギョロッとした眼には、何かマス・オーヤマを思い出させるワイルドなパワーを感じさせますが、お茶目なダンスも披露してくれるところが高瀬道場の乗りというか味というか、勝新的?な軽さもあっていいですね~。

 高瀬先生の殺陣講座(江東区古石場文化センターにて6/29より新講座が始まるそうです。興味のある方は受講してみては?)に通っている東京支部長に聞いたんですが、加賀谷さんは元極真だったそうで、「なるほど、道理で・・・」と思いました。

 どういう意味か?というと、『基礎から始めるアクション 技斗・殺陣』(雷鳥社)を買った大石総教練が、DVDの加賀谷さんのパンチを見て、「いや~、凄いですね~? 芦原先生(ケンカ十段と呼ばれた極真カラテ出身の空手家)のパンチを思い出しました。その辺の空手道場の先生よりずっと上ですよ」と、ベタ誉めしてたんですよ。

 私も同感。確かに体重の乗ったいいパンチなんですよ。本当にこのDVD付きで1800円というのはバーゲンセールですね(くどいようですが、游心流会員は必読です!)。ヘンな武道の本なんか買うよりずっと勉強になります!

 ところで、先日、また『人斬り』を観たんですが、この作品を加賀谷さん主演でミュージカル風味やギャグも入れて、舞台化したら凄い傑作になると思いましたね~・・・っていうか、そんな想像して観てたら勝新が加賀谷さんに見えてくるからフ・シ・ギ・・・。

 森先生の武市半平太とか悪の美学を体現した過激な革命家でカッコイイと思いますし、高瀬先生が吉田東洋役で花を添えるといいと思いますね~(なかなか死なないの)。どうでしょう?

 五社英雄監督の作品は殺陣が重厚なんだけどケレン味もある。

 あまりに「実戦的に・・・」とばっかり考えて殺陣を見ると面白みが無い。無味乾燥さで逆に迫力を出す北野武みたいな演出とドッキングした銃撃とかだと凄いと思うけど、彼が監督主演した『座頭市』ではケレンも非常に大切にしていて感心しました。だいたい、逆手斬り自体がケレンだし・・・。

 五社監督の『牙狼之助』『三匹の侍』『御用金』『雲霧仁左衛門』『闇の狩人』『十手舞』『丹下左膳 剣風!百万両の壷』なんて、どれも殺陣が凝ってて活劇として面白かったですね~。もっと観たかったですね~。

 今、30代40代の中堅の時代劇俳優が少ないでしょう?

 この世代が一番、円熟している筈だと思うんですが、時代劇が衰退している関係で活躍できる場所が無いから役者も育たない。

 テレビがダメなら、プログラムピクチャー的な低予算の作品をもっと撮っていけばいいと思いますね。それこそインディーズでプロアマ問わず作ればいいと思います。

 江戸時代以前だとカツラが必要だから予算がかかると思うんですが、明治だったらどうかな~?と思いますね。それこそ『るろうに剣心』がそうだったし・・・。


 おっと、またも脱線しまくりました。ごめんなさい!

 個人の型演技に続いて、チーム別の創作アクションの演技になると、俄然、エンタメ性がアップしました。

 カッコイイお姉さんが活躍すると、青木先生がガバッと身を乗り出してガン見するのも面白かったんですが、今年は去年よりレベルアップしてますね~。

 うちの小塚師範代も出てるので、彼のチームは特にドキドキして見ましたが、踊りのプロの方も参加しているそうで、落城する城の中で舞う姫を演じられていて、「さすがプロは違うな~」と感心しましたよ。

 全体的に、ちょっと盛り過ぎたかな?という感じもしましたが、まずまずの出来映えで入賞も期待できそうでした。

 ところが、その後に続くチームが上手くて、「う~ん、これはちょっと入賞できるかは難しいな~?」と思っていたら、私が思った通り、惜しくも入賞はできませんでした。

 多分、去年だったら三位入賞はできていたと思うんですが、今年は相当、レベル上がってましたね~。女性で二刀流使いこなす人がいたのは驚きでしたよ。

 でも、初参加であれだけできたら大したもんだと思います。小塚師範代も合気道の受け身を駆使して派手に跳び受け身とったりしてたし、姫の踊りももっと、じっくり観たいな~と思いましたね。

 幕間に披露される高瀬道場指導陣のアクションやグー・チョキ・パーを駆使した“やられ方”の解説。突然、エグザイル風に踊りだす演出・・・さすがは、プロの発表会だな~と、今回も大満足でした。

 小さい子供たちから結構、年配なのかな?という幅広い年齢の方が楽しんで参加されている様子は、我々、武術をやっている人間が社会性を考える時に参考にすべき面が多いと思いました。

 とかく、人の目を考えずに近視眼的になりがちなオタク性の問題点を考えさせてくれます。“人に見せる(魅せる)”ということを考えることは非常に大切なことですよね。

 例えば、政治家の発言なんて、ただ自分の考えを喋ればいいってもんじゃなくて、言葉の一つ一つがどんな影響を広げるか?ということまで考えて話さなくてはいけないし、人の共感を得る話し方や謝り方なんかも、独りよがりになってはいけないでしょう。

 そういう点から演技というものを考えるとコミュニケーション論として成立すると思いますね。そういう研究する人が出てきてもいいんじゃないでしょうか?

 青木先生御一行も楽しんでいただけた様子で、お誘いして本当に良かったです。青木先生もお祭り好きな方なので、また、何か発展していくといいな~と思います。

 あっ、それと、DVD付き教本の中で華麗なヌンチャク技も披露していた高瀬先生の娘さんに聞いたら、かなり前に撮影したものだったそうで、何でも中学生の時だったそう・・・私より全然上手いから、ちょっとヘコみました・・・フゥッ・・・。

 志穂美悦子の再来?を予感させてくれますね・・・。

 日本の映画界も、ようやく活劇の機運が高まってきつつあるような予感がありますね。

 秋には舞台公演もあるそうで今から楽しみです。倉田先生のところみたいに映画もやってもらいたいですね?


PS;今野敏先生が推理作家協会の会長になられたそうで、おめでとうございます! 今、日本で一番売れてる作家でしょうから、当然でしょうけどね。空手指導と執筆。凄いな~。私も頑張ろっと・・・。

PS2;本文中で触れた『基礎から始めるアクション』ですが、タッチの違うイラストがいくつも描かれていて、「ほほ~、イラストレイターを何人も使うなんて、何とリッチな・・・?」と思っていたら、すべて武道漫画で知る人ぞ知る坂丘のぼる先生が描かれているらしく、少なからず驚きました。全然タッチの違う絵をいくつも描けるというのは、いくらプロでも至難の技でしょう。達人だ・・・。

このページのトップへ
コンテントヘッダー

レイ・ハリーハウゼン逝去

 特撮の神様が亡くなったというニュースを携帯で読んで、もしや?と思ってはいましたが、やはり、レイ・ハリーハウゼンが亡くなられていました。

 日本で特撮の神様といえば円谷英二ですが、欧米ではレイ・ハリーハウゼンの名前が真っ先に挙がるでしょう。

 円谷英二によってゴジラという着ぐるみ特撮が日本の伝統となったのに対して、欧米ではレイ・ハリーハウゼンの手による人形アニメーションによる特撮が伝統芸となったのです。

 もっとも、人形アニメーション自体は、ウイリス・オブライエンによる『ロストワールド』『キングコング』が最初期のものでしたが、レイ・ハリーハウゼンの卓越した職人芸によって完成されたという意味で、ハリーハウゼンの仕事に関しては特別に「ダイナメーション」と呼ばれるようになったのです。

 わかりやすく言えば、日本のアニメーションに於ける宮崎アニメのような国宝級の位置付けとイメージしてもらえばよいでしょうか?

 日本では人形アニメはあまり発達していませんが、自主映画の世界では結構、挑戦する人もいて、雨宮慶太作品の特技スタッフとして活躍していた小杉和次氏も自主映画からプロになった人でした。

 余談ながら、私も自主映画やってた頃にコマ撮り機能のあるビデオカメラで人形アニメの実験やったりしたこともあるんですよ。根気さえあれば独りでできる人形アニメは、オタク向きの創作分野なんですよね・・・。

 ヤン・シュヴァンクマイエルがよく用いるので有名な人形アニメの一種のクレイ・アニメーションなんて、粘土を使って少しずつコマ撮りしていくので予算がかからず、自主映画向きだったんですね。

 日本では二次元のアニメが進化しましたが、TVシリーズもされた『妖怪伝・猫目小僧』のような紙芝居的な“ゲキメーション”という手法も発明されてディープなマニアに引き継がれています(『燃える仏像人間』というシュールな作品も公開)。

 まあ、海外でアニメーションというと人形アニメを指すのだそうで、デビッド・アレンとかジム・ダンフォースとか有名な人もいたんですが、やっぱり、レイ・ハリーハウゼンと言えば別格の大御所だった訳です。

『キングコング』に触発されてウイリス・オブライエンに弟子入りしたハリーハウゼンは、オブライエン以上の卓越した才能を発揮し、『猿人ジョー・ヤング』で、その力量を広く知られます。

 しかし、どれだけ技術が高くてもキングコングのエピゴーネンと見られてしまうことから、SFファンタジー物に活躍の場を移します。

 SFでは『水爆と深海の怪物』での巨大蛸や、『地球へ2000万マイル』の金星竜イーマ(北欧神話の巨人イミールから採った)、ローランド・エメリッヒ版『GODZILLA』の元ネタだとして騒がれた『原子怪獣あらわる』のリドサウルスなどが有名ですが、ファンタジー物の『アルゴ探検隊の大冒険』で、決定的な評価を得ました。

 この作品では、青銅の巨人タロス、九頭の水蛇ハイドラ、ハイドラの牙から誕生した骸骨戦士などの複数のクリーチャーと人間の戦いをクリエイトしたのです。

 この後は、シンドバッド物のシリーズを手掛けて、一つ目巨人サイクロプス、巨鳥ロック鳥、グール、ドラゴン、原始巨人、カーリー神、サーベルタイガー、ハーピー、青銅人形ミナトン・・・などを活躍させました。

 その他、恐竜物も得意で、西部に肉食恐竜が現れる『恐竜グワンジ』などは当時の少年漫画誌に漫画が載ったくらいでした。

 そんな彼も『タイタンの逆襲』を最後に引退してしまっていましたが、この作品でも、獣人カリボス、蛇女メドゥーサ、大サソリ、天馬ペガサス、海獣クラーケンなどを生き生きとアニメートしていました。

 怪物をCGで描き出すのが当たり前になってしまった今でも人形アニメーション作家の技術をCGにトレースすることでより進化していますが、『ジュラシックパーク』が最初は人形アニメで恐竜を表現する予定だった・・・という話は、時代の移り変わりを感じさせる話であり、その時は流石のハリーハウゼンも落ち込んだそうでした。

 90歳を越えての大往生は、円谷英二とは大きな違いでしょう。

 特撮の神様の御冥福を心より祈ります・・・。

このページのトップへ
コンテントヘッダー

DV男の末路

 何か、DV(ドメスティック・バイオレンス)する男って、私には理解できません。

 抵抗のできない弱い相手に暴力ふるうのって、男として最低最悪の行為であって、「それをやったらおしまいだよ」というイメージがあり、まあね~、チンピラのやることみたいなものだと思ってたんですが、世の中には平気で自分の嫁や子供を殴ったり蹴ったりできる男が居るんだな~?と、ちょっと不思議な感じがします。

 90年代後半にホラーアイドルと呼ばれて活躍した佐伯日菜子さんが、あっさりとJリーガーだかとできちゃった結婚した時はガッカリしたもんでした。

 が、仲良く幸せに暮らしているならファンとして見守るのが男ってもんだろ~?と思っていたんですが、DVに悩んでいたなんて・・・。

 私、学生時代は体育会系の男のイメージが凄く悪くて、頭が悪い・不良・ヤリチン・・・といった印象があって、「女子はなんでスポーツできる男にばっかり惚れるんだろ~?」と不思議だったもんです。

 私はオタクだったから20代半ばまでは全然、モテなかったですね~。

 20代後半から学生演劇で殺陣教えるようになった頃は異常にモテたんですけど、やっぱ“強い”というのがキイワードだったのかな~?と思います。

 つまり、肉体的な強さに女性は惹かれるのかな~? 遺伝子的に?

 そんな風にも思えます。

 しかし、DVやらかす男って、はっきり言って心が弱いだけだと思いますけどね。

 何か、「DVは精神の病である。適切なカウンセリング治療が必要である」みたいなこと言ってるのを聞くと、「あ~、こりゃアカン・・・」と思いますね。

 治らないですよ。そんなの。

 心理療法で治そうとするのなら、「DVやったら腹切って死ぬ!」って催眠暗示かけた方が効くと思うな~。

 それと、暴力ふるうような旦那と一緒に暮らしていても将来性ないんだから、さっさと離婚すべきですね。

 ダメンズ・ウォーカーみたいになっちゃダメですよ。佐伯さん!


 最近は、ストーカー殺人も増えてますが、こういう連中は単なる自己愛のハケ口として事件起こしている訳で、変に愛情のもつれみたいに扱わないで欲しいですね。

 要は、心が弱いんですよ。

 自分より肉体的に弱い相手に暴力をふるうような精神構造の人間は矯正するのは難しいですよ。

 サッカーの試合場に入り込んだ犬を首掴んで観客席に放り込もうとした選手が解雇されたのも、動物を平気で虐待するような精神構造の人間がスポーツ・エンターティンメントの世界で活動すべきでない・・・という判断でしょう。

 
このページのトップへ
コンテントヘッダー

長門勇さん逝去

 長門勇さんが老衰で亡くなられました。

 長門さんといえばコミカルな演技で知られていましたが、チャンバラ好きの間では殺陣の名手として有名で、特に短槍を操らせたら右に出る者がない!というくらい巧みな槍捌きで知られていました。

 代表作としては『三匹の侍』が有名でしょうが、『水滸伝』も印象深かったでしょう。

 TV時代劇では、中村吉右衛門が鬼平を演じる前の人気主演作『斬り捨て御免!』や、『影の軍団』での副官的立ち位置がよく似合っていました。

 実に器用な方で、槍をクルクル回したり、逆手居合も得意で、時にトンファーや釵なんかも使いこなしていました。

 しかし、長門さんの殺陣技能の本領は、実は映画で発揮されていたのです・・・。

 TVではバイプレイヤーとして活躍されていた長門さんも、実は時代劇の主演作品が何本もあるのです。

『雨あがる』と同じ原作の『道場破り』(この脚本は、そのまま若山先生主演のTV時代劇スペシャルにもなっています)と、話はまったく違いますが、その続編的な『続・道場破り』、いも侍シリーズ、さらに少林寺拳法を駆使する時代劇まであります。

 これらの作品を見ると、長門さんが、いかに卓越した殺陣スキルを持ち、また身体能力が高かったのか?ということが判ります。

 多くの時代劇役者の中で「殺陣が上手いのは誰か?」というチャンバラ好きの間の論争では長門さんの名前が出ることはほとんどありませんでしたが、主演映画を観れば、トップレベルの実力者であったことが判ります。

 時代劇評論の綱田さんと高瀬先生くらいでしょうか? 長門さんの技能の高さについて挙げられているのは・・・。

 特に殺陣のプロである高瀬先生が挙げているというのは凄いことです。

 優れた殺陣の技能を持つ方が亡くなられるのは寂しいことです。

 長門勇さんの御冥福をお祈り致します。

このページのトップへ
コンテントヘッダー

六月セミナー“読み”感想

 六月の月例セミナーは“読み”がテーマでしたが、私が尊敬する賢友流宗家・友寄隆一郎先生が「武術は“読みと交叉”」と言われていたように、游心流を名乗る以前から研究の中心テーマでした。

 無論、毎年、読みをテーマにした回を設けていますから、毎年、同じことをやっていたら常連の受講生(セミナーの70%くらい)には新味が無くなってしまいます。

 なので、毎年、違った視点からの“読み”の技術をやるようにしているんですが、今回は特に実用的なやり方を指導しようと思っていました。

 その“実用的”というのが何か?と言いますと、「武道や格闘技を長年やっている人と戦う場合に、相手の技を未然に封じて自分が一方的に勝てる戦術としての目付け」ということです。

 具体的に言うと、“構え”から“戦闘スタイル”を洞察し、その“弱点”を先に攻めていく・・・ということです。

 これは、以前だったら“教えません”でした。

 どうしてか?というと、思いっきり“他流批判”になってしまう(嫌がらせのレベルが酷くなるよな~?)のと、こちらの手の内を明かしてしまうと“通じなくなる”危険性がある(これは武を志す者の心得ですな)からです。

 どっちにしても、我々、游心流にとっては利がありません。

 何しろ、武道の業界では「目立つ=目障り」という図式があって、陰口をたたいて貶めようとする人間がゴマンと居るからですが、“無責任な流言飛語”と“覚悟の上での批判”の区別のつかない武道家が多いのも困ったものです。

 そんな理由もあって、具体的な戦術に関しては公開しないようにしてきましたし、数年前までは会員にも教えていませんでしたね。

 申し訳ないけれども、会員であっても“教えて大丈夫な人間かどうか?”と、常に観察しながら教えてきてます。教えたら舞い上がって発狂しそうな人には教えなかったということです。

 だって、一般の武道武術では秘伝とか極意とされて何十万も払わないと教えられないような技を次々に教えている訳ですから、舞い上がっても仕方ありません。

 実際、舞い上がり過ぎて誇大妄想の域になった人間が何人も居るのですから・・・。

 ですから、本やDVDで公開している内容と、本部の稽古会で教えている内容には相当な差があります。初心者と中級者(他流を10年くらいやっているレベル)と上級者(他流の師範クラス)を同じ内容教える道理がないでしょう?

 セミナーにずっと来られていて初めて本部の稽古会に参加した方は、「こんなにレベルが違うんですか?」と驚かれていましたが、この方が洞察力があったからレベルの差が判ったという面もあります。

 USA支部長も初めて個人指導した時に、「長野先生はセミナーの時は思いっきり隠してたんですね~」と、うちの技があまりにも露骨な殺人技なので青ざめてしまっていました。彼なんかアメリカで長年、実戦的武道を修行していたので違いが解ったのですが。

 しかし、ここ最近は隠さないで、初心者であっても説明はするようにしています。

 弱点に気づかないまま“強い弱い”を論じている人があまりにも多過ぎるからです。

 伝統空手の弱点・フルコンタクト空手の弱点・ボクシングの弱点・キックボクシングの弱点・柔道の弱点・総合格闘技の弱点・剣道の弱点・・・これらの弱点について実践している人達はまるっきり自覚していない場合が圧倒的に多いのです。

 どうして気づかないのか?

 同じ闘い方で試合や組手をし続けていることに原因がありますね。つまり、戦い方、実戦という概念に対して指導者レベルでさえ競技スポーツ的なイメージしか持ってないからです。

 武術の技はいくらスパーリングやっても体得はできません。何故なら、武術の勝負は技の応酬をしない(できない)からです。相手の技を受けて攻撃、受けて攻撃・・・というパターンを覚えてしまうと墓穴を掘るのです。

 嘘だと思うなら、ナイフを握り込むかナックルダスターを嵌めて防具無しでスパーリングやってみたら判るでしょう。

「なんて無茶苦茶なことを言うヤツだ! 頭がおかしいんじゃないか?」と言うような者は武術をやってはいけません。一生、スポーツ競技を楽しんでいればいい。そして、競技の枠組みの中だけでの強さを追求すればいいでしょう。

 ただし、“実戦”だのと決して口にしてはいけない!

 いつも言っていることですが、「武術は生命の危険が迫った時に駆使するサバイバル戦闘術」なのであって、“安全性を確保してくれる相手とのお遊戯”ではないのです。

 ここ最近の殺人事件などを見ても、殺意がある人間がナイフや包丁などで武装するのは当たり前のことであり、そのような凶器を持つ相手を想定した練習でなければ護身の役に立たないのは小学生でも判ることです。

 これは銃が簡単に入手できる海外では、もっと厳しい話であり、素手の格闘技術を実戦的だと信じるような阿呆はおりますまい。

 私は海外旅行する会員には、射撃体験してくることを勧めていますが、銃の撃ち方さえ知らなければ銃に対処することは不可能だと考えるからです。世界一、安全な日本を基準にして考えてはいけません。

 話を戻します。

 致命傷を与えられる攻撃を素手で受ける方法はありませんね? とにかく攻撃を“受けない”のが大前提であり、次には相手に攻撃を“出させない”のが肝心になります。

・・・とすれば、通常のスパーリングの練習は真逆の作用しかもたらさない訳です。

 私が発勁の修得を必須にしたのも、“素手で一発で相手を戦闘不能にするには、発勁を自在に打てるようになるしかない”と考えたからですし、それを確実に命中させるには相打ちを覚悟するしかなく、その“相打ちの理合”を洗練させるのに読みと交叉法が必要だったという次第です。

 素手の状態でも武装している襲撃者を一発で倒せないと武術とは言えませんからね。

 格闘技の試合のように互いにボコボコ殴る蹴るしていたら、相手が複数いたり武器を持っていたりしたら、まず、助かりません。

 一瞬で倒せないと墓穴を掘ります。

 その体得の練習法を試行錯誤している中で、フリー・スパーリングには、利はあっても害の方が大きいという結論に達したので、うちではやらなかった訳です。

 また、発勁が自在に打てるようになってしまうとスパーリングでウッカリ練習相手に致命傷を与えてしまいかねないので、益々、できなくなった・・・という訳です。防具の上からでも威力が浸透してしまうから余計に危ないんです。

 ある会派の空手の人に寸勁教えたら、相手のスーパーセーフが割れて首を痛めてしまったとの手紙をもらって、「危険だから使わないでください」と返事したくらいです。

 何しろ、キックミットの上から軽く打っても鞭打ち症になったりヘンな後遺症が出てしまうのですから、防具無しで直にまともに打ち込んだら、恐らく命にかかわると思います。
 そのくらい、私は発勁の威力に関しては絶対の自信があるんですが、殺人犯になりたくないので百パーセントで人を打つなんて、怖くてできません。寸止めにするしか仕方がないし、寸止めにするには約束組手でスピードも加減してやるしか方法がありません。

 松田隆智先生が発表してきたことは本当だったんですよ・・・。

「スパーリングをやっているから実戦的で強くなれる」という考えは本来の武術の技を知らないか、体得していない人間の勘違いです。こんな勘違いをしている人間は本当の実戦に遭遇したら真っ先に殺されてしまいますよ・・・。

 武術の技の修練は、理論を理解した者同士で地道に型稽古で段階的に練習するしか体得の道筋は無い・・・と、私は思います。

 それは読みと交叉法を駆使して戦えるようになるために絶対に必要なことです。その上に歩法を駆使できないとダメだし、武器も何でも使えるようにならないと武術とは言えません!

 本当に私は日本の武道愛好家と話していて物悲しくなるのは、実に多くの人が真の意味での“実戦感覚”が皆無であるということです。

 武道やっている人間が一番、平和ボケしているんですよ! 情けなさ過ぎる!

 空手の突き蹴りを本気で無防備な素人に繰り出したら簡単に殺せるでしょう?

 コンクリートの上で背負い投げや四方投げで相手を頭から落としたら一発で死ぬでしょう?

 木刀で素面の相手を打ちまくれば致命傷になるでしょう?

 よくよく考えてください。

 武道の技とは本来、効率よく人体を破壊するために考案されているのです!

 だからこそ、「殺す技を修練している」という厳しい自覚の下で安全に稽古相手を思いやって練習に取り組む・・・。そこに自然に礼節という観念が自然成長し、生命観に基づく哲学的倫理観が自ずから形成するのです。過去の偉人の言葉に頼る必要はありません。

 危険な技を省いてルールを細かくした試合競技を導入することで、最も大切なものを失ってしまっている・・・それが現在の日本の武道の現状でしょう。

 柔道界の問題も、今後は剣道や空手道にも起こるでしょう。武術を単なる体育だと勘違いし、“心・技・体”に絞って“知”を忘れているから、馬鹿が大手を振って跋扈するレベルの低い世界になってしまったのです。

 中途半端な実戦思考などというものが入り込む余地は本来なかったのです。武が生きるか死ぬかを前提として稽古されていた時代には・・・。

 伝統的な武術が、何故、型稽古中心になっていったのか?

 それは、殺す技を修練する以上、安全対策としてそうせざるを得なかったからです。

 技を競い合うのが目的であれば、読みや交叉法は必ずしも必要ではありません。

 実際に現代武道や格闘技に読みや交叉法を駆使する人は皆無と言ってもよいでしょう。

 個人の勘のレベルで駆使している人はいても自覚的な戦術として使っている人は、恐らく、片手の指にも足りないでしょう。

 戦術は目に見えないので審判にも判断できません。従って、試合でやっても不可解な勝ち方だな?くらいにしか受け止められないでしょう。

 また、試合で使ってもルール上、有効にならない可能性もあります。

 私が読みと交叉法について知ってから実用化するまで20年近くかかっているのも、具体的な戦闘理論にするのに試行錯誤を繰り返してきたからですし、最初に習ったのは目付けだけでしたが、現在では目付けは必要なくなってしまっています。

 目付けも固定して考えているとダメで、どんどん発展させていき、結果的には目で見なくとも雰囲気で察知できるようになっていくのです。

 今回は目付けに関しても具体的な実用レベルのものを解説実演しましたが、それ以上に、“聴勁”について力を入れました。

 どうしてか?というと、推手の練習をしている時に眼を瞑ってやらせたりしているんですが、これは、触れ合った手首から“相手の全体”を捕まえるイメージで、空いている手や足で攻撃してきても察知して対応できることを前提にしている訳ですが、うちの指導者でも理解していなかった事実が判明したので、やらせたのです。

 眼を瞑っているということは目付けは一切、使えないですね? 自然、触れている一点から全ての情報を読むしかない訳です。

 すると、触れている箇所の筋肉の接点圧力の変化を感じ取る感覚が最大限に働き、神経伝達の電気信号すら察知できる・・・というような鋭敏さに深まっていく・・・それがさらに相手の脳波の動きを察知するという新体道的心法の領域へと進んでいく訳です。

 本来の推手の練習の目的とするところはそこまで進むことにある訳ですが、ルーチンワークとして、ただ毎回、漫然とやっていても形式としての推手練習に終始してしまって内容が深まらない訳です。

 うちの指導者であっても意味を理解しないまま形式で教えてしまっていた訳で、これはマズイな~と思いましたね。

 指摘しても「そんなの無理ですよ~」と言うので、それならやってみせないとダメだな~と思った次第。

 修行というのは、「無理だ」と思えることを当たり前にできるようにするのが基本ですからね。人と同じことやっていても差はつきません。

 人のできないことをできるから確実に勝てる訳で、それが“術”なんですね。

 潜在能力を引き出していくのが武術の稽古の本質なのだと理解してもらいたいですね。


PS;今月の割引セールの『カリ&シラット』と『発勁と化勁』ですが、カリ・シラットに欠けている部分を補う組み合わせにしてみました。また、『戦闘理論』と『上級編』は販売を終了しましたので御了承ください。お買い上げ戴いた皆様、有り難うございました。
このページのトップへ
コンテントヘッダー

六月セミナー“読み”

 6月9日の月例セミナーは、『読み』です。

 過日、カラテ・ブシドー誌の取材を受けた時に「日本武道の最も特徴的なものは何か?」と聞かれて、私は「それは“読み”です」と答えました。

 武術的に言えば、「敵が攻撃しようとする予備動作を察知すること」と言えます。

 が、これにはレベルがあって、達人ともなれば、相手が殺気を出した瞬間に反応できたりする訳で、ここまでくると超能力?というレベルになるでしょう。

 ところが、名人ともなると、名人の実力を疑ってる人間が試してやろうと画策して名人の前に出ると、何か自分でも解らないうちにボ~ッとした意識になってしまい、ハタと気づいたら、「お前、何やってんの?」と周りの人から言われて、「えっ、俺、どうかしたの?」と言うと、「お前、独りで勝手にムチャクチャに踊り狂ってたけど・・・」と言われて、“ええ~っ?”となった・・・のだとか?

 これ、ある人から聞いた体験談です。具体的なことは秘します。

 これらを“気”で説明すると全部同じになってしまうんですが、もちろん、レベルも何もかも違う訳です。

 武術の研究してきて、オカルト的な方向になってしまうのは致し方ないところなんですが、これは自分で注意していないと後戻りできなくなってしまう人がいるんですね。

 専門的になってくると、どうしても気・経絡・陰陽といった古典の理論で説明するしかない部分があるんですが、これらは現代的理論ではないので汎用性がありません。

 しかし、専門的に追及すると便利な理論ではある訳です。解る者にとっては・・・。

 けれども、専門的知識というのは人によって理解の深さがマチマチなので、プロでも全然解っていなかったりする場合も多く、インチキ詐欺や誇大妄想狂が入り込みやすい“魔境”でもあります。

 オカルトは隠秘学と訳されたりしますが、これはつまり、「シークレットはシークレットのままにしておかないと危険である」という戒めを含んでいます。

 だから、私は公表できる範囲かそうでないか? 情報を公開することでどういう社会的影響が出るか?ということを、かなり考えるようにしています。

 公表してしまえば他愛のない事柄であっても、秘密にしておいた方が良い場合もある訳です。

 この辺の判断は難しいです。

 武術の世界は、ある一線を越えると宗教的、秘教的な側面になってきますから、単なる身体技法として考えていると誤解してしまう面があるのです。

 この辺りが、普通に武道や格闘技をやってきた人達から“神秘系”と揶揄されてしまう点なのでしょうが、武術では知識があるかないかで決定的な差がついてしまうのも事実なので、権威主義に走ってしまう人が多いのも仕方がないところだと思います。


 そういう点から、何度も、伝統武術をやっている人達から「忠告」だの「警告」だのと言われたことがありました。

 要するに、「秘密をバラすな!」ということだったんですが、私の場合、既に公表されている知識や技術を分析して実験検証しながら「個人的に研究した限りで、こういうのが本来の用法だと思われます」と断って公表してきたに過ぎません。

 それが、たまたま、他流で秘伝とされている技だったということでしかありません。

 習った技なら、秘匿するのもルールとして守ります(新陰流と制剛流はそうします)が、そうでない以上はよそ様の指図に従ういわれはありませんからね。


 さて、それで“読み”ですが・・・私は、これこそいろんな分野に応用できる優れた理合だと思いますね。

 人間関係の付き合いでも仕事でも、それこそ世の中の先行きに関しても、あらゆる局面で“読み”の重要性を痛感するばかりです。

 以前は、単に観察力の問題だと思っていましたが、そんなレベルじゃあないと思いますね。

 観察から洞察力となり、そこから更に対応法まで考えるのが読みを駆使した戦略思考なんだと思います。

 ですが、その先には愛情とか思いやり、慈悲心というものの必要性を最近、凄く感じるようになりました。

 どうしてか?というと、“読み”を教えても、中には利己主義で利用しようとする人間もいる訳です。

 ところが、そういう利己的な人間は自分だけがオイシイ思いをしようと考えて周囲の人の気持ちを考えなくなってしまい、自分の能力に溺れてしまうんですよ。

 そして、自惚れ果てた揚げ句に自滅してしまう・・・というのを何度も見せつけられて、あ~、こわいな~と思った訳ですよ。

 自分の能力値を上げることしか考えないと自惚れて自滅する・・・という結果にしかならない。

 そうならないためには、「人に対する思いやりを忘れないとか・・・そういう純朴な人間の善性をきちんと持っていないと、完全に魔境に陥るな~。ヤバイよね~」と思いますね。

 簡単に言うと、権力握ったら人が変わったりする人って居るじゃないですか?

 チカラを持つということは試されるってことですよ。

 そこまで含めた“読み”について、今回はやりたいと思います。


このページのトップへ
コンテントヘッダー

このアクションを見よ

『牙狼』の新シリーズの悪の親玉に倉田先生が登場してきて、何か、期待度がアップしまくっている今日この頃・・・私はCSでアクション映画ばかり観まくっております。

・・・と言うのも、しつこい喉風邪が治らず、何とか用事を一つこなすと、その日はもう続けて何かやれないくらいになってしまい、また、電車に乗ると弱冷房のせいなのか、咳が止まらなくなってしまうので、出掛けなくなってしまい、家でじっとしているからなんですね。

 これは肺炎かも?と思って病院に行こうと思ったら症状が軽くなり、何だろう?と思ったら、単に雨降って湿度が上がって喉が良くなったせいかも?

 何て思っていたら、突然、背中が痛くなって咳した度に肋骨が痛む・・・これは、昔、格闘技修行した頃に何度か体験した肋骨のヒビ入った時と同じ感覚です。

 食欲も一気に無くなって背中の痛みでまともに寝れずに朝まで呻いて過ごすザマ。

 本当に生まれて初めて救急車呼ぼうか?と本気で考えましたが、忍耐力が常人の何倍もある生粋の九州男児である私は朝まで唸りながら布団の上でゴロンゴロンして過ごし、翌日、近くの病院に行きました。

 ところが病院が休みで、さて困ったぞ、どうしよう?と考えて、単なる風邪とは違い過ぎるからレントゲンくらい撮った方がいいかも?と思って、二駅先の相模原の大きな病院に行ってみました。

 内科が午前中は予約で塞がっているというので、先に整形外科で診てもらいましたが、咳が酷いと呼吸筋が痛むことがあるから、そのせいだろう?とのことで、午後まで粘って内科で診てもらい、レントゲンも撮りました。

 特に骨には問題ないそうでしたが、5日分薬もらって、それで治らなかったら耳鼻咽喉科を受けてみてくださいと言われて帰りました。

 午前中に診てもらって午後の診療まで病院で待っている間、2時間くらいもあるので、一回、外に出て駅ビルの本屋で『仲代達矢が語る日本映画黄金時代』という本を買ってきて診療室の前の椅子に座って咳き込みながら読みましたよ。気を紛れさせていないと辛いんで・・・(この本は非常に面白かったですね。『影武者』の裏話も貴重だし、接点があったのかな?というヨロキンとの交流についても興味深く、大俳優と言えども最初は苦労したんだな~?と、納得するところもあります。オススメ)。

 いや~、病院には都合、5時間近く居た計算になるんですが、正直、入院さしてくれないかな~?と思うくらいキツかったですね~・・・。

 背中の痛みと共に、全然、食欲出ないんですが、薬飲むのに何か食べなきゃならんので、茶碗に半分ご飯入れて、お茶漬けも半分入れて無理やり食いました。

 何しろ、大好物の焼き肉弁当もせっかく買ってきたのに食べ切れなかったのが残念。

 その夜も前夜程ではないものの、背中の痛みが酷くてやっぱり寝れません。

 何とかできないかな~?と、立禅やったり、ストレッチやったり、フイゴの呼吸法(これはやってる最中は痛みが消えた)やったり・・・、でも、一番、効いたのは“唸ること”でした。

 黙って痛みに耐えるよりも唸り続けている方が楽なんですよね~。初めて気づきましたよ! こういう時って、マゾの人がうらやましいな~と思いますね。

 翌々日は少し良くなって、何とか寝れるくらいにはなりました。でも、食欲は全然無くて、3日間、ろくに食ってない状態で断食やってる感じ。多分、痩せたと思う。

 食ってないから出るものも出ない。何か気持ち悪いな~と思っていたものの、次の日にはちゃんと出た! 何かさわやかな気分ですね?

 で、この日は地方から出てくる小説家の先生の武芸考証をする約束をしていたので、夕方、橋本稽古会に行きました。

 北島師範も凄く体調悪くしていたんですが、ようやく復調していたみたいです。

 まあ、休み休み解説実演して立ち回りシーンの参考にしてもらいました。

 こういうシーンを書く場合、ここまで取材して体験して描写しようとする人は今時、滅多にいないだろうな~?と思います。作品に反映されて人気が出てくれると私も嬉しいです。

 しかし、普通の技だと、これだけ体調悪いと全然できなくなるものなんですが、うちの場合はヘロヘロでぶっ倒れそうな状態でも技の威力は余計に出るので、助かります。

 調子に乗って、居合の自由対練(型にはまらず相手の斬り込みに自由に対応する)とか、廻し蹴りを片手前腕で跳ね返す抖勁とか、腹で中段突き跳ね返すとか、内功を使った技も実演してみせました。

 剣術だけでなく柔術を使う描写なのだそうなので、古流柔術的な技をやった訳です。

 ちょっと咳が出てきたので、早めに切り上げて帰りましたが、小説家の先生と帰りの方向が一緒だったので、いろいろお喋りしながら帰りました。

 そんな具合で、まだ体調は万全じゃありませんが、まっ、その分、ここ最近、映画観直してアクション演出の分析をしたりしておりますので、ちょっとばかり批評を・・・。

1,『キルビルVol,1』
 青葉屋の大殺陣シーンを見ていて、想像以上に若山先生の『子連れ狼』の影響が強いことを痛感しましたね。『冥府魔道』の時の振りかぶった刀の先端で後ろの敵を突くところとか、スネを斬り払って足首だけ残るとか、相手の刀を斬り折るとか、これらは若山先生の『子連れ狼』でよく用いられた表現です。が、床を転がりながら足首を斬るシーンは、『続・道場破り』で長門勇がやった殺陣の影響かも知れません・・・。

2,『五人の賞金稼ぎ』
 若山先生オリジナル・ヒーロー錣市兵衛が活躍する劇場版第二弾で、TVシリーズの最終回でも翻案されていましたが、ガトリングガンは登場するし、伊吹剛演じる忍者の頭が伊吹の主演作『無用ノ介』みたいに片目だったり、シャレの利いたエンタメ作ながら、工藤栄一監督のテイストが色濃く、シリーズ中では最も苦い印象が残ります。奪われたガトリングガンを取り返した市兵衛が、女忍者の陽炎をそっちのけで銃をなで回すシーンが武器フェチの私的にはグッと来ましたよ。

3,『孫文の義士団』
 ドニー・イェン主演ではあるものの、いつものスーパーヒーローのドニーさんではなく、負け犬が個人的男の意地だけで突っ走って、頼まれてもいないのに孫文を護る護衛団に助太刀し、その事実を知られることもなく死ぬ・・・ってところが男泣きです。登場する人物が一人一人魅力的で、しっかり活躍してから死ぬところも七人の侍を彷彿とさせます。

4,『蛇拳』『酔拳』『酔拳2』
 ジャッキー・チェンの存在を日本のアクション映画マニアに印象づけた『酔拳』『蛇拳』を観たのは、私が高校生の時でした。翌日、学校で酔拳・蛇拳の真似をしたのは、言うまでもありません! こんな高校時代から私の精神年齢は1mmも伸びておりません! いや、中学時代、いやいや、小学時代から伸びていないかもしれません! でも、それでいいんです! 私にとってのカミは、ブルース・リー、松田優作、松田隆智、そして、ジャッキー・チェンだったんですよ! ジャッキー・チェンは、私が初めて見た高校生の頃から三十数年、今でも現役で居続けているんですから、凄いものです。『酔拳2』に前作の面影はありませんが、蹴りの遣い手と戦うジャッキーの姿は、バトルの王道です。

5,『リベリオン』
 やっぱ、ガン=カタですよ! 銃プラス武術で権力を倒す!というのは男のロマンだよな~? 日本刀アクションもあるし・・・。ちなみに渋谷のウエスタン・アームズから、この作品に登場するクラリックガンのガスガンも発売されております。

6,『柳生一番勝負 無頼の谷』
 近衛十四郎主演の柳生十兵衛物シリーズの一編。近衛先生のオリジナル逆手二刀流がスパークして200人くらい斬りまくるムチャぶりが凄い作品。もう、柳生新陰流の片鱗もないんだけど、近衛先生だからオッケーです!

7,『ほんだら剣法』
 クレージーキャッツが活躍していた頃のお気楽時代劇ながら、犬塚弘が刀身三尺五~六寸くらいもある大太刀を駆使する剣の遣い手を演じていて、意外に殺陣が面白かったですね~。エノケン主演のオリジナルがあるそうなんですが、この作品なんてリメイクしても面白いかもしれません・・・。

8,『燃えよデブゴン10友情拳』
 DVDで観ましたが、詠春拳を描いた傑作としてマニア間で噂されていた作品。主演のカサノバ・ウォン(スゲ~、名前!)は蹴りの得意なテコンドー・ファイターとして有名で悪役が多いみたいなんですが、ここでは実直な青年。師匠はサモハン作品ではおなじみ髭の男レオン・カーヤン。メイクが違うので誰だか判らなかったけど、目付きがブルース・リーに似てるね? 無敵とも思えた師匠が騙し討ちにされて惨殺され、弟子達もほとんど殺される。残ったウォンとサモハンと師匠の姪が敵討ちに向かうものの、姪は惨殺されてしまい(女に容赦ないのが香港流?)、ウォンとサモハンが必死で蟷螂拳を操る不気味な敵の親玉を倒す。なるほど、アクションは凝りに凝ってます。途中、町長を衛る護衛役でラウ・カーリョンの弟のカーウィンが出ていて見事な単刀(日本で青竜刀と言われるヤツで、柳葉刀とか鬼角刀とかいろいろ種類がある)アクションを見せますが、硬気功(鉄布衫功。刃を通さない鉄のような皮膚)の遣い手と強力キックの遣い手コンビにやられてしまいます。何はともあれ、詠春拳好きは必見!

9,『上海エクスプレス』
 これもDVDで久しぶりに観ましたが、香港アクションのオールスター(ジャッキー・チェン除く)映画のようなお祭り感覚が楽しい作品です。顔見せ程度ですが、ジミー・ウォングが、ドニーさんが『アイアンモンキー』で演じたウォン・ケイイン役で息子のウォン・フェイフォンと登場し、ライバル役の親子の父親は『燃えドラ』の鉄の爪ハンこと、シー・キエンが演じております。倉田先生とシンシア・ラスターが、ウォン・チョンリーと三人組で日本のサムライ役で登場。倉田先生はヤラレ役でしたが、シンシア・ラスターは見所十分。恐らく、日本から香港に渡って初期の頃に出演した作品なんじゃないでしょうか? ウォン・チョンリーも流石の蹴り技で存在感抜群ですね。やっぱ、格が違う感じ。監督はサモハンで、ユン・ピョウと共演。デビッド・ノートンとシンシア・ラスロックのマーシャルアーツも見所で、『プロジェクトA』の最強海賊を演じたディック・ウェイも出てる。

10,『ヒョウ行天下』『侠客行』
 チャンネルnecoでおなじみの中国武侠ドラマ枠の放送ですが、前者は2時間ドラマスタイルで一話完結。後者は、毎度、おなじみ金庸先生の作品のドラマ化です。前者は中国独特の武装運送業“ヒョウ局”の面々の活躍を描いた作品で、主人公の父親役を演じているのが、往年のカンフー・スター、デビッド・チャン! 私はそれだけで驚いてしまいました。この人は『新・片腕必殺剣』の主演や、丹波先生も出演した『水滸伝』でも主演でした。顔立ちは西村和彦に似てたんですが、年とって丸顔になって恰幅が良くなっており、最初、似てるな~?と思ったものの気づきませんでした。このドラマの主人公親子は槍術の遣い手なのが斬新でしたね。それもカシーンと継ぎ足してバージョンアップする槍なんですよ。アクションも肉弾戦をきっちり見せてくれて楽しめました。後者は始まったばかりですが、ちょっとワイヤーワークやCG遣い過ぎて、オイオイって感じがします。私はこの武侠ドラマ・シリーズでは、やっぱり『笑傲江湖』のローテクと体技が組み合わさったアクションが好きですね~。やり過ぎは興醒めですよね~。でも、いつもの金庸先生のスカシ芸がすでに全開で、最強の達人と思われた男が会得したばかりの究極奥義を出すと、痩せた医者に扇子一つでいなされてしまい、ビックリして「いや~、俺、修行中だから・・・」と、とっとと逃げてしまうところが何とも・・・。でもね~。武術の世界って実際にそんな具合だったりするんですよね。だから、他を侮ったり大言壮語しているとエライ目にあったりするんです・・・。

11,『妻は、くノ一』
 NHKのBSプレミアムは、最近、時代劇にやる気満々。このドラマは半分くらいしか観ていないんですが、殺陣に香港アクションが融合したような忍者アクションが楽しく、こういう“やり過ぎ”なら大歓迎です! やっぱり、『猿飛三世』から弾けた感じがしますね? 侍がやると違和感があっても、忍者なら大アリだと思うんですよね。武芸考証的には稽古の時に木刀の刃部を握って捻り倒すとか、小柄を抜いて手裏剣打ちにしようとするとか、侍の習慣を把握してないな~?と思う点もありましたが、これは知ってる人がほとんどいないだろうから仕方が無いと思います。むしろ、居合斬りで、くノ一を斬る田中泯さん演じる元平戸藩主の松浦静山の太刀捌きとか、最終回の忍者戦闘の素晴らしさは、目を見張る斬新さ! 『るろうに剣心』のような乱戦の激しさの中で、刀技と体技を駆使したくノ一母娘の死闘には、「TVでここまでやるのか?」と唖然としましたね~。若村真由美さんは時代劇にも多く出てるから殺陣はまあまあできる方ではあるものの、ここではバトルマシーンのような激しさで、多分、一生に一度のアクションでしょうね(ここで死んじゃう役だし)。そして、主演の瀧本美織はさらに激しいアクションで、本人が顔だしでやってるところも結構ありますね? ビックリ! 真の主演の染五郎は弱っちい役なので全然、活躍しませんが、殿と、年上の養子で実は忍者だったという設定の梶原善が助けてくれるから心配ありません。事実として、松浦静山は心形刀流の達人でしたから、最終回では泯さんも何人も斬ってます。そしてまた、若村がかつて情を交わした女だったことを知り、するってぇ~と、あのくノ一は俺の娘か?と気づいて・・・という展開は、並の役者だったらオタオタオイオイやったりするんだろうけど、田中泯はハードボイルドに受け流して笛吹いたりする・・・って、カッケェ~! これはマジでメチャクチャ面白いですよ。多分、第二シリーズとかやると思います。心形刀流には二刀の型なんかもあるから、泯さん、二刀流もやってください! 再放送で全部、観ま~す!


・・・おっと・・・、体調悪くても文章だけは元気だな~、オレ!

このページのトップへ
著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

FC2カウンター
リンク
最新記事
カテゴリー
FC2ブログランキング

FC2Blog Ranking

月別アーカイブ
ブログ内検索