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松田隆智先生告別式

 急逝された松田隆智先生の告別式が西国立で開催されるということで、最期の御挨拶にうかがってきました。

 新陰流転會の千葉先生も一緒に行きたいということでしたので、淵野辺駅で待ち合わせて一緒に行きました。

 千葉先生は一度、青木宏之先生のお祝いのパーティーがあった時に水道橋のエドモントホテルで松田先生とうちの会員達でお茶した時にも同席されていらして、是非、うかがいたいということでした。

 何でも、私と同様に松田先生の御著書を読んで武術の世界に入られたそうです。

 恐らく、そんな人が斯界には大勢、いらっしゃるのではないでしょうか?

 松田先生の著作によって知られるようになった武術家には、大東流合気武術の佐川幸義先生をはじめ、台湾武壇の八極拳の劉雲樵、徐紀、蘇イク彰老師などがおられ、陳氏太極拳、心意六合拳、少林寺心意把・・・といった日本で人気が高まって逆輸入の形で中国で知られるようになった門派もあります。

 日本の古武術が注目される切っ掛けを作ったのも松田先生で、竹内流、柳生心眼流、示現流、諸賞流、そして大東流の存在を知らしめしたのでした。

 特に松田先生が原作を書かれた『拳児』以降は、この傾向が顕著になり、佐川道場に入門者が殺到するようになったり、八極拳、心意六合拳の人気が広がったりしたそうですが、逆に、海外で人気がある詠春拳や通背拳、少林拳、洪家拳などは日本ではあまり普及していません。

 元来、日本の武道愛好家は見た目より質実剛健な種目を好む傾向が強く、派手な技より実戦的な地味な技が本物であると考え、見た目のカッコイイ技を偽物視して毛嫌いしたりします。

 松田先生も典型的な日本の武道修行者タイプであり、アクロバチックな技の多い中国武術の門派より、地味で実戦本位の門派を好まれたので、その松田先生の好みが、そのまま日本の中国武術愛好家の傾向として広まったと考えられます。

 実際に、映画『少林寺』以降に日本に紹介された中国武術は派手なアクロバチックな演武をウリにする表演武術であり、実戦的な武道を好む日本の愛好家にはあまり受け入れられませんでした。

 私自身、中学時代のイジメ経験に悩んでいた時期に松田先生の本を買って太極拳への憧れを持ったのが武術の世界に触れた最初の切っ掛けでしたし、あくまでも太極拳の実戦性に魅力を感じたものでした。

 しかし、いろいろな武道、格闘技も経験するうちに、「中国武術は理論は立派だけども実戦に通用するような代物ではないのでは?」という疑問ばかりが膨らんでいきました。

 このような疑問を持つのは、事実として中国武術を駆使して戦える人に滅多に出会わなかったからです。

 先週、個人指導に来られた方も、「中国武術を20年以上学んでいながら下手すると素人より弱いのでは?と思うような人がざらに居て、しかも本人はその現実を知らずに自分は強いと錯覚している」というような話をしていましたが、確かにそれが日本の中国武術の世界の哀しい現状だろうと思います。

 そのような現実を薄々は解っていながら認めたくなくて現実逃避の妄想に耽っているうちに人格がねじ曲がってしまう人も相当に多く、中国武術マニアというと武道業界では軽蔑の対象になってしまっているのです。

 事実として、シャレにならないくらい日本の中国武術の世界には弱々しい誇大妄想狂が多く、それが未熟な一修行者なら仕方がないとも言えますが、指導者になっていたりするのですから恐ろしいのです。

 自分の弱さを弁えていれば、まだ救いもありますが、病的に盲信して勘違いしていたりする人が、ふとした弾みで他流の人と手合わせして自分の弱さに直面してしまうと、ストーカーみたいになったりする例が多いのも困ったところです。

 原因は簡単です。戦い方を知らないのに、「稽古を続けていればある日突然、戦えるようになる」というデタラメを盲信してしまっているからです。

 道具で考えれば解るでしょう。

 毎日、包丁を研いでピカピカにしていても、料理の仕方を知らなければ包丁は使えませんね。そして、使いもしない包丁を毎日毎日研ぎ続けていれば、擦り減り続けて最後は使いものにならなくなってしまいます。

 日本の中国武術の学び方は、このような本末転倒な妙なやり方をしているのです。練習している内容が使い方に結びついていないのです。

 そして、不思議にも、それを指摘して改善する人も滅多にいません。恐らく、現実逃避の妄想に浸っていたいんでしょう。

 使い方に関しては、フルコンタクト空手や総合格闘技のやり方に当てはめてしまい、中国武術本来の実戦力を発揮できないまま試合で惨敗してしまう例も多くみられます。

 これも、よく考えれば解ることです。

 空手でも剣道でも現在の試合ルールになるまでは長い試行錯誤と研究の期間があったのですから、どうしても試合をやるのならば、中国武術もそれをやらねばならないでしょうね。

 ただ、賢明な人なら気づいていますが、中国武術は極端に実戦への対応感度が高い(要するに急所しか狙わず後遺症の出る打ち方をする)ので、試合ルールを決めるのは非常に難しく、また、門派によって戦闘法もかなり異なるので、平均的なルールを制定するのも至難なのです。

 だから、「無理して試合をする意味があるのか?」という根本的な疑問も出てくる。

 私は、このような理由から武術の試合競技化には否定的な考えでいます。恐らく、松田先生も同じ意見だったのではないかな~?と思います。

 余談が過ぎました。

 二、三ケ月前に松田先生から電話を頂戴してお喋りしたのが最期でしたが、今にして思えば遺言めいた話をされていました・・・。

「長野君はもう一度生まれ変わったら別の人生を歩みたいと思うか?」と聞かれたので、「いや~、本当に金に苦労したり人間関係で揉めたり、散々な思いはしましたけど、やっぱり、同じ生き方がしたいですね~。まあ、これで金が入れば文句はありませんが(笑)」と答えました。

 すると、「そうだろ~(笑)。俺もそうだよ。苦労はしたけど、面白い人生だったよ」と笑っておられました。

 松田先生と話す時は、いつも苦労話、失敗談、武術業界のアタマがおかしい人達の話・・・などに終始するんですが、いつも笑い話に転化してしまうんですね。

 いや、もう、馬鹿過ぎて笑うしかない訳ですよ。

「武術の世界は小人(しょうじん)ばっかりだよ~」と、いつも言われていましたが、私も同感です。気が小さい人が多いんでしょうね?

 こういうこと書くと、「武術をやる人間は臆病なものなんだ。臆病だから上達できるんだ」みたいな屁理屈言うヤツもいるんですが、臆病者は上達しませんよ。必要な時に戦う覚悟を決めていないと無理です。

 だって、実際に戦わねばならない時にブルってしまって何ができますか? やるべき時にやれる人間だけが武術修行が意味あるものになるのです。

 自尊心を満足させるためだけの武術修行は害しかありません。それは自己憐憫と現実逃避にしか行き着かず、謙虚さの仮面を被った卑屈な人間を育てるだけだからです・・・。

 武術の修行は、自分の現状を否定して改善していく意志が大切なのであって、自己愛に凝り固まったまま、「そのままの自分でいいんだ」と甘く考えているような人間がモノにできるような武術はどこにもありません。

 昔、「戦えない武術ではいけないんでしょうか?」と問うた人がいましたが、戦えないものを武術と呼称する必要はないでしょう。昨今の古武術介護などというのも意味不明なネーミングです。

 戦いを念頭に置かないのなら、武術という言葉を使うべきではありません。単に身体操作法なり介護操法なり名乗れば良いでしょう。“武術”をダシにしているような不快感が拭えません。

 松田先生の主張は、常にそういうものでしたし、中国武術愛好家の多くに見られる、この手の人間に批判的でした。

 しかし、同時に松田先生は周囲の人達に愛情を向ける人でした。

 明らかに武的才能の無いようなひ弱な人達を選んで教えてあげたり、弱い人に視線を向けていたんじゃないか?と思えてなりません。

 時に物凄い雷を落として叱りつけることもありましたが、それは愛情が深いからなんだと思います。

 私も二度ほど雷を落とされましたが、どちらの時も反論しました。勝負も辞さずの覚悟で意見したこともありました。

 すると・・・「いや、俺は長野君を友達だと思ってるから言うんだよ。同じ失敗をして欲しくないからさ・・・」と言われて、(あ~、有り難いことだ)と思いました。

 私は情が薄いから人を本気で叱ったりすることは滅多にありません。そもそも、本気で叱っても通じないのが今時の日本人なんじゃなかろうか?と思います。

 煩がられるだけだと思うので、よほどのことがないと会員を叱ることもありません。

 しかし、本気で大切に思っている会員に対しては厳しいことも言います。どうでもいいと思っている会員には優しいことしか言いません。私が優しく接するのを喜んでいる人もいますが、認識が甘いですね。

 今時の日本人は厳しく言われるとすぐに心がへし折れる人が多いでしょう?

 心の耐久力が無さ過ぎますからね。

 そんな理由もあるのだと思いますが、松田先生は仲良くしていた人とも、ちょっとした切っ掛けで別れることが多かったように聞いています。

 情の深さ故に、付き合う相手を選んでしまうのかもしれませんし、ひょっとすると、相手を試していたのかもしれません。

 告別式会場には、生前の松田先生とは袂を分かつことになっていた人も何人も来ておられました。

 できれば、生前に関係を修復できたら良かったのだろうにな~と思いましたが、最晩年の松田先生が昔を懐かしむ心境になられていたことを思えば、「あ~、わざわざ来てくれて有り難うな・・・」と言われたんじゃないかな?と、思いました。

 特に御自身が研究してきた武術に関して発表の場を与えてくれた・・・と、各武道マスコミ関係者には感謝の言葉を話されてもいました。

 私の目には(利用されているだけじゃないですか?)という感覚もある訳ですが、松田先生は本当に売名欲とか金銭欲とか呆れるくらい薄い方でしたから、自身の研究が発表できればそれで良いという思いだったのかもしれません。

 私が本やDVD出しているのは、はっきり言って金ですよ。生活のためにやっていることです。情けないことに、これでしか金稼げないんだから、しょうがない・・・。

 でも、松田先生は武士は食わねど・・・的な昭和のオヤジ的な感覚の人でしたね。一緒に金儲けしましょう・・・と誘っても、全然、乗ってこられませんでした。

 告別式会場には、柳生心眼流の島津先生、通背拳の常松先生、新体道の青木先生、壮神社の恩蔵社長、メビウス気流法の坪井先生・・・といった武術の世界では有名な方が来られていました(青木先生に後で聞いたら、笠尾先生も来られていたそうですね)し、私の顔見知りの雑誌編集者やフリーのライターの方も何人も来られていて、ちょっと同窓会かな?と思うくらいでした。

 ただ、あまりにも久しぶりなので、(あれ~、この人、顔に見覚えがあるけど、名前思いだせないな~? 誰だか判らないのに挨拶するのも逆に失礼だしな~・・・)なんて思って御無礼してしまった方も何人かいらっしゃいました。

 ごめんなさい! 失礼しましたっ!

(この人、随分、老けちゃったな~?)なんて思った人もいましたが、多分、向こうも同じように思ったでしょうね~?

 何しろ、雑誌ライター辞めてから十数年経過してますからね・・・。

 あっ、そういえば雑誌ライターやる切っ掛けになったのも松田先生の推薦があったからなんですよ。

 それ以前に当時の空手道・武術(うーしゅう)の編集長だった生島さんが原稿を載せてくださったのが最初の切っ掛けなんですが、本格的にライターやったのは松田先生がプッシュしてくださったからなんですね。

 そういう経緯が無ければ、私は文筆業やれていなかったかもしれないし(プロでやれるような文才があるとは思っていなかった)、武術そのものも松田先生の御著書と出会うことがなかったら、やっていなかったかもしれないんですから、恩人という言葉では全然、足りないですね。

 実際に松田先生に教わったのは、宮氏八卦掌を三回だけほびっと村の講座を受講させて戴いたのみですが、その後、親しくさせて戴く中で、武術の心得や理論的な面でいろいろ貴重なことを教えて戴きました。

 何よりも、私の武術研究を高く評価してくださった最大の理解者でした。

 私が後悔するとすれば、何故、松田先生に直接、「教えてください」とお願いしなかったのか・・・ということです。

 陳氏太極拳・宮氏八卦掌・八極拳・心意六合拳・・・、恐らく、私がお願いすれば教えてくださったでしょう。

 でも、遠慮してしまいました。

 私が松田先生に取り入っているように思われるのが嫌だったからです。私、基本的に自分の実力で成り上がってみせる!という意志が強いので、小判鮫みたいなカッコワルイことはやりたくないんですよ。

 今、ほとんど武道武術関係の付き合いをお断りしているのも、ここに理由があります。

 けれども、今となっては後悔しています。

 他人に何と言われようと、私が人を集めて稽古会を組織して松田先生に教えを願っていれば、松田先生の武術研究の実戦性を証明できる人材を育てる自信があったからです。

 所詮、私は我流であり、それなりに中国武術の練習はしてきましたが本式に学んだものではありません。

 本式に学んでいないから研究が自由にできたという側面もあり、そこを松田先生は評価してくださっていたんですが、その上に松田先生から学べば、どれほどのレベルに到達できただろうか?と思うと、外聞なんか気にした自分の心の狭さを反省するばかりです。

 何よりも、最近の研究の進展で、「松田先生が発表して来られたことが本当だった」と確認できてきて、改めて武術に秘められた真価に感動するようになっています。

 松田先生はずっと以前からそれを感じられていたのだろうと思います。

 生前、「俺は悔しいよ。俺がもっと若ければ証明してやれるのに・・・」と言われたことがありましたが、それは武道の業界で、あまりにも中国武術がヘナチョコな醜態を晒し続けて冷笑され続けていることへの憤りであったのだと思います。

 日本に於ける中国武術家の水準は、極めて少数の達人を除いて、大半が素人と喧嘩しても殴り倒されてしまうような冗談のようなレベルであり、普通に現代武道や格闘技をやっている人達から嘲笑されるのは仕方がないのです。

 山田編集長が『合気道と中国武術はなぜ強いのか?』という本を書いたのも、一般に弱い武術と思われているからこそのアンチテーゼでしょう(会場でお会いしたので一緒に写真写りました。ろくに話したこと無かったんですが、気さくな方ですね)。

 主な原因は戦い方の研究をしない点にあり、稽古法しかないのが多くの中国武術団体の現状です。

 つまり、いざ戦う時に、どうやって戦えばいいのか?ということすら解らないのですから、これで戦って勝てる道理もないのです。

 ですが、断言しますが、ことルール無用の勝負となれば、中国武術は恐ろしい程の戦闘力を発揮し得ます!

 例えば、私の知る範囲では、この日に会場にもいらしていた通背拳の常松勝先生、呉氏太極拳の高小飛先生、先日お会いした馬貴八卦掌の李保華先生・・・といった先生方は間違いなく強いです。

 武道格闘技愛好家の間では実戦的な中国武術といえば意拳しか知られていませんが、そんなことはありません。どの門派にも優れた遣い手はおられます!

 戦い方を知っている人なら唖然となるくらい強くて当たり前・・・。それが中国武術の真相であると私は確信して疑いません。

 私は交叉法と読みを導入することで中国武術の戦闘理論を独自に解析しました。

 その結果、門派の別なく中国武術の真の実戦性を確信するようになりました。

 それこそ酔拳や蛇拳でも遣い方を解っていれば、高い戦闘力が発揮できるのです!

 晩年の松田先生とは、そのような中国武術の実戦性に関する話を随分としました。自主製作したビデオやDVDもお贈りして感想をお聞きしました。

 いろいろアドバイスも受けました。

 日本のみならず中国においても武術文化の復興を果たした第一人者である松田隆智先生と理論的交流ができる光栄を得られたことが、私の生涯の幸せだと思っています。

 できることなら、もっともっと松田先生から教えを受けたかったと思っています。

 本当に笑顔の素敵な先生でした。

 一途に道を求めて、そして楽しむ、真の自由を愛する人でした。

 自身の生きざまを通して、武術という文化の素晴らしさを現代に問うた希有の人でした。

 真のオンリーワン。松田隆智の前にも後にも同じ仕事をできる人はいない。

 あの世に行くのが、あんまり、早過ぎますよ・・・松田先生・・・。


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『初級対錬(一)』量産開始

 教材DVDシリーズ第三弾『初級対錬(一)』の量産体制が整いましたので、本格販売致します。


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 先行予約された方から順次発送していきます。

 内容は、今回も盛りだくさんになりました。

 初級対錬の前半四つの手技の解説と実演、応用法は棒で殴りかかってくるのに対して初級対錬の技を応用して棒を奪う無刀捕りの応用。

 独己九剣は三本目の“影抜き”の解説をしていますが、この居合型は最初から無刀捕りを念頭に置いて考えたものなのに対して、初級対錬で無刀捕りをやってみたのは、実はアドリブでした。

 つまり、やったことも考えたことも無かったんですが、原理的に同じなので問題なくやれましたね?

 実は内心、自分でもビックリしました。

「あれっ? この型は無刀捕りは考えていなかったんだけど、できちゃうな~?」と。

 恐らく、数年前ならできなかったと思うんですが、今は私の頭の中で“対剣術”が根本原理になってしまっているので、そのせいかもしれないな~?と思っています。

 もちろん、ナイフ捕りの護身術用法なんかも収録していますが、女性でもセオリーを理解してやれば充分にできる訳です。

 ところがセオリーを知らないと、刃物とか得物を向けられたら恐怖心で竦んで何もできなくなってしまう危険性が高いと思うんですね。

 私はいろんな護身術の本や、雑誌で護身術を解説した武道家の記事なんかも極力、目を通しているんですが、驚くべきことに八割方以上の人がセオリーを解っていませんね。

 それをやったら殺されるよ・・・というレベル。

 自分の身体の使い方で考えていてもダメなんですよ。

 相手の身体の動きと意識を読まないといけません。そして先手先手で制圧していかないとダメだし、技よりも戦術を駆使して、状況に応じて臨機応変に対処法を瞬時に変化していかないとダメなんです。

 基本的に武術の技は、咄嗟に相手が向かってきてどうしようもない時に使うものであって、余裕があるなら素手ではなくカバンや傘で防御するとか、周辺にある棒状の物を持つとか、手当たり次第にその辺のものを投げ付けるとかした方が賢明です。

 今回のDVDでも手裏剣術の解説をしていますが、私はこれを対拳銃用に使えないか?と考えていました。

 しかし、一発投げるのが関の山で、二発目を投げようとする間に拳銃だったら何発も撃ててしまう訳です。

 手裏剣を護身用に使うというのは現代ではちょっと無理だろうな~と思います。

 なので、うちでは銃の使い方を重視している訳です・・・。


 また、今回も游心流体道塾を立ち上げたN師範代の演武も前回以上に収録していますが、これがもう、本当に素晴らしいので見てもらいたいですね~。

 九十九式太極拳を内功の流れを重視して、やや崩して“行書”くらいで演武していますが、内勁の働きから出てくる発勁動作を加えてやっています。

 解る人が見たら仰天するでしょう。

 内功も何も無い見せかけだけの太極拳を演武して悦に入っているような人の多い日本の中国武術業界に浸っている人が見たら、全力で難癖つけて否定したがるでしょうけどね。

 何しろ、我流で、しかも十代で、ここまで達する人間が居るとは認めたくないでしょうからね。

 私は、これを松田先生にお贈りできなかったのが本当に心残りです・・・。

 日曜の稽古会の稽古風景やセミナーの様子も一部、収録していますが、これは御参考までに・・・ということで、お許しください。

 今回も、なかなか良い出来になったかな?と思っています。

 読みと交叉法を磨く大切な練習法ですので、形だけでなく本質的理合を考えながら見てもらいたいと思っています。




※※※ 事務連絡 ※※※

◎◎ 夏の割引セール ◎◎

・徹底解説シリーズ複数本同時購入割引
第1弾『基礎錬体』
第2弾『歩法・這い・練り』
第3弾『初級対錬・前編』

1本 10,000円のところ、
 2本 17,000円
 3本 25,000円

(同商品の複数本購入については不可)

2013/08/31まで


ご注文方法(勿論、1本からでもご注文可です!)

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松田隆智先生ご逝去

松田隆智先生が急性心不全でお亡くなりになられました。

あまりに突然なので、どう書けばよいのか考えがうまく纏まりません。

個人的に御世話になったという以上に、日本と中国の武術文化交流に果たした役割は空前絶後であると思います。

大侠!松田隆智先生に御礼申し上げます。

長野峻也拝

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游心流武術健身法DVDシリーズ第3弾「初級対錬(一)」YouTube動画公開

お待たせ致しました。間もなく販売開始になります!サンプル動画をご覧下さい。画像は護身術で出演して頂いたMaiちゃんです^^



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テーマ : お知らせ
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天田昭次刀匠逝去を悼む

 最近、読んで感銘を受けた『鉄と日本刀』の著者であり人間国宝の刀匠である天田昭次師が亡くなられていたことを新聞で知りました。

 本当に、この本は和鉄と日本刀の謎に迫る歴史的な偉大な研究を記した名著であると思い、できることなら天田師にお会いして刀を打っていただければな~・・・と思っていた矢先でした。

 私の父より一歳年上の御様子でしたから、かなり御高齢なので急がねば・・・と思っていたので非常に残念です。

 この『鉄と日本刀』は、日本刀の秘密に迫って試行錯誤を繰り返す研究者である天田師と、影響を与えた人々に焦点を当てていて、極めて真摯で、尚且つエンターテインメント性をすら感じさせるドキュメンタリーとして圧巻の書でした。

 古刀の地鉄がチタン合金であり、新刀以降の炭素鋼とは成分が違うという仮説については驚愕すべき論であり、新々刀から現代刀の刀匠が古刀を目指しながら、ついに古刀を作り得ない真相が“ここ”にあるかもしれません。

 餅鉄に関しても類書ではロクでもない解説が付いていたりするものですが、岩手や新潟に産出する純度の高い磁鉄鋼石のことであることを具体的に書かれていて、しかも餅鉄の研究家の方の話から、某カルト宗教団体が餅鉄をごっそりと集めていった・・・という話まで書かれています。

 この某カルト団体というのは、紛れもなくオウム真理教のことでしょう。

 何故なら、オウム神仙の会の頃から「餅鉄はアトランティス文明にいうところのオリハルコンに当たるヒヒイロカネである」というオカルト関係の情報を採り入れて御神体扱いしていたからです。

 オリハルコンと言えば、『海のトリトン』に登場する超エネルギーを秘めた短剣が“オリハルコンの剣”でした。

 宇宙戦艦ヤマトなどのアニメに感化されていたオウムらしい逸話でしょう。

 ちなみにヒヒイロカネの話は竹内文書だか九鬼文書だかに出てくる超古代文明の超金属で、アトランティスのオリハルコンと同一視されたのでしょう。

 確かに日本刀は神社の御神体になったり奉納されたりもする神器ですから、宗教がらみになるのも解りますが、それにしてもオウムに買い占められるというのは困ったものですね・・・。

 ちなみに東北地方の日本刀製作集団の舞草(もうぐさ)一族は餅鉄を使っていたのではないか?ともいわれます。

 一般に砂鉄をタタラで低温熔融して作る和鉄の古代製法の技術は不明になっていますが、天田師は自家製鉄を試行錯誤した先駆者として有名です。

 しかし、その試行錯誤の過程を著書から想像するに、中世の錬金術師もかくや・・・と思わせる努力の積み重ねに頭が下がるばかりでした。

 武術の研究から日本刀に関心を持った私ですが、一つの道を追究するということの何と峻厳で、何と気高い行為なのか?と、ただただ、感じ入るばかりで、せめて生前の天田師に一目でもお会いできればな~と思っています。

 過日、青木宏之先生の御紹介で松葉国正刀匠と電話で少しばかりお話させていただきましたが、現代刀工の生活基盤の厳しさから刀作りを志しても断念せざるを得ない人が多いらしく、日本の伝統工芸の文化を守るべき国が十分な援助をしないでいる現状には頭が痛い御様子でした。

 日本刀は銃のように量産することができません。

 すべてがハンドメイドなのです。

 そして、いかなる技量の刀匠であっても、同じものは二度と作れないのです。

 また、研ぎや外装によって刀の価値はがらりと変わります。

 私のように武用刀にしか関心の無い者であっても、名人によって研ぎ上げられた名刀の美しさには息を呑まざるを得ません。

 三種の神器、匂玉・鏡・剣に共通するのは、どれも“磨き込まれる”ということです。

 鉄は、自然界には存在しません。自然界に在るのは酸化鉄だけなのです。

 それを人工的に加工して、はじめて鉄が得られるのです。

 しかし、普通の鉄は、放置すれば徐々に酸化していきます。酸化することで安定するからです。

 ところが、日本刀には1000年昔から健全な形を保ったままのものもあります。

 考えてみてください。これが、どれだけ驚異的なことなのか?

 日本刀と和鉄製法の秘密は、まだまだ解けているとは言えません。

 それでも、天田昭次師の残した研究は、この分野の偉大なエポックとなったのではないか?と、私は思っています。

 天田昭次師の偉大な業績に敬意を表して、御冥福をお祈り致します。

 合掌

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教材DVD『初級対錬・前編』

 
教材DVDの第三弾が編集作業もほぼ終わりましたので、先行予約販売受け付けを始めます。

 対錬は二人組んでの約束一本組手練習ですが、この練習によって交叉法の基礎を体得していくことができます。

 特に前編は手技中心となっていますので、そのまま護身術にも適応しています。

 単純な練習法なので、御家族や友人と練習されれば十分に成果は上がるでしょう。

 もしも、練習相手がいない場合は、イメージ訓練で練習してもらえば、何カ月に一回かでもセミナーや講座を受講してもらうだけでも成果は上げられます。

 さすがに完全な独り練習では体得は難しいでしょうが、何らかの武道経験が過去にある人ならば、イメージ訓練はしやすいと思います。

 私の場合、公園の樹木や東屋の柱を仮想敵にして体捌きしながら迎撃技を出す練習をやったりしていました。

 また、体育館に剣道の打ち込み台が置いてあったので、これを仮想敵にして練習したものでしたが、竹刀を台に固定しておいて剣術や居合術の練習もしたものでした。

 交叉法は一瞬の勝負なので、動かない物を相手にする場合も、頭の中で攻撃してくるイメージをどれだけ強く描けるか?によって練習効率が大幅に変わります。

 私はクリエイターの端くれなので、イメージ・トレーニングが適していたんでしょう。

 DVD映像を観ることも、そのままイメージ・トレーニングになります。

 教材シリーズも今回で第三弾ですから、そろそろ割引セールもやりましょう。

 一本だけだと税込み10000円と従来通りですが、二本組みだと17000円、三本組みだと25000円とさせていただきます。

 皆様、是非、どうぞ!



※※※ 事務連絡 ※※※

◎◎ 割引セール ◎◎
・徹底解説シリーズ(教材DVDの価格1万円の商品です)
 (1本 10,000円のところ)
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映画の感想

『ドーベルマン刑事』

 漫画の『ドーベルマン刑事』とは全然、設定から異なっているので原作ファンからの評価は低いんですが、ハードボイルドアクション物としては面白い作品だと思います。

 原作のテイストは、主人公の名前と暴力刑事だというだけ!

 黒のライダーズジャケットを着てハーレーダビッドソンを乗り回し、スタームルガー・スーパーブラックホーク.44マグナムを撃つハードボイルド刑事・・・という原作の主人公のイメージを大幅に改編し、風貌はむしろ、原作に登場する大阪からやってきた下駄履き刑事の方に近く、沖縄石垣島から出てきた空手刑事で黒ブタを連れている・・・というのを千葉真一が演じてます。

 この作品の魅力は、ダーティーハリー以来の44マグナムをぶっ放すヤサグレ刑事という点にある通りなんですが、主人公は拳銃持ってません・・・どうすんの?と思っていたら、暴走族のリーダーが米兵から貰ったS&W・M29.44マグナムを借りて使うのです。

 やっぱり、スーパーブラックホーク使って欲しかったな~?とも思うんですが、この作品は「44マグナムは象を殺せる」という当時の物凄い勘違いをネタにしているので、この拳銃を撃ったヤクザが反動で引っ繰り返るとか、被弾したら頭が粉砕されるとかムチャなスプラッター描写があって楽しいです。

 この手の勘違いは当時のいろんな作品でネタにされていましたが、そうですね~・・・一番、おいおい・・・と思ったのは、ルパン三世のビューティーハリー刑事?でしたかね~?

 何しろ、コルトパイソンが44マグナムだと思い込んでいたし、両手で構えないと撃てないと思っていたり、中途半端な銃知識をマニアックに仕込んだために、かなり珍妙な話になってしまっていました。

 マニアックな描写って、よほど専門知識が無いと逆に間違いがクローズアップされてしまうんですよね? 私なんかも何回も大恥かいちゃいましたもん。

 作家って、ある意味、恥知らずでないとやってけないですね~。

 さて、この千葉ちゃん主演という点で、いつもの千葉ちゃん映画になってしまったドーベルマン刑事なんですが、これはもうジャッキー・チェンが主演したことでいつものジャッキー映画になってしまったシティハンターみたいなものだと思えば許せます。

 実際、もう何度も観ているんですが、何回観ても飽きないんですよね? 特に傑作という訳でもないのに、観る度に面白さが増すような気がする不思議な作品なんです。

 90年代にリメイクされたVシネ版の『ドーベルマン刑事』は、割りと原作通りのディテールで製作されていましたが、あんまり印象に残りませんでした。

 こちらは、まだ二枚目だった頃の竹内力が主演で、ちゃんとブラックホークを使ってるんですが・・・よくよく観ると、これって357マグナムのブラックホークなんですよね~?

 回転弾倉(シリンダー)に溝(フルーテッド)が有るのが357マグナムのブラックホークで、44マグナムのスーパーブラックホークはアンフルーテッド・シリンダー(溝が無い回転弾倉)なんですけどね・・・。

 ここまでディテール拘って、何で、最後のツメが甘いんだろ~な~?

 もっとも、21世紀に入ってからは、S&W・M500なんて、44マグナムの三倍もの威力のある拳銃が登場してしまったので、44マグナム程度では迫力不足なんでしょうが・・・なんて思っていたら、オーストリアのフェイファー・アームズのツェリザカという拳銃は.600NE弾なんていう冗談みたいな弾丸撃つそうですが・・・。

 何か、世界最強の460ウエザビー・マグナムがどうしたこうしたとか語っていた時代が懐かしいな~・・・。



『RED』

 ブルース・ウィリスはじめ引退していた殺しのプロである爺さん婆さん達が活躍する話ですが、老人というにはまだ若い50代後半くらいだったりするので、50過ぎた私にはピンときません。

 もう10歳くらい年とった設定でギャグ度を上げてもよかったんじゃないでしょうかね~?

 でも、年よりが活躍するというのは楽しいです。

 武術の世界では、70~80くらいでバリバリ現役で若い者が全然敵わない・・・なんて先生がいるからね~。



『レッドティアーズ』

 加藤夏希主演の吸血鬼アクション。ホーリーランド、ギャバンでアクション俳優としての実力を示した石垣祐摩が吸血鬼に惚れる刑事役で助演。

 しかしま~、70近い倉田先生のムチャクチャなアクションと外道なヤサグレ刑事っぷりにビックリしましたよ。

 吸血鬼の変身したデザインがライダー怪人みたいなんですが、特撮好きの夏希ちゃんがノリノリで演じるダンピール少女のアクションが凄いです。

 何か漫画のエコエコアザラクの黒井ミサがやったような、エビ反りヨーガの行者みたいなポーズで構えるところとかギャグすれすれで良かったですね~。

 何より倉田先生の記念作品なのに、いつものヒーロー倉田ではなくて悪党クラタだったりするところが面白いですね。

 監督はスプラッター・アクションが得意な辻貴則監督だったっけ?

 Vシネ規模だから正直、期待してなかったんですが、意外に見所の多い作品でした。アクション映画の枠を越える手法としてホラーとのカップリングはいいと思いますね。



『精武風雲』

 小塚師範代と一緒に劇場で観たドニーさん主演の『ドラゴン怒りの鉄拳』の続編。

 執拗な反日映画なんですが、これはドニーさんのムチャぶりアクションを楽しむ作品なんだから、細かいことはいいんです!

『イップマン』でトップスターとなったドニーさんが敬愛するブルース・リーへの偏愛を炸裂させた作品なので、評価は分かれるところでしょうが、ドニーさんの昔っからのファンである私としては、これくらいやってくれないと満足できません。

 それにしても天山黒侠って映画は本当にあるんでしょうか?

 グリーンホーネットのカトーへのオマージュと言われてますが、ジェット・リーのブラックマスクへの当てつけか?と思ったのは私だけでしょうか・・・。



『蛇鶴八拳』『カンニングモンキー天中拳』『少林寺木人拳』

 ジャッキー・チェン主演の初期のカンフー物ですが、この三作品に共通しているのは何か?・・・というと・・・。

 それは、金剛(カムカン)です!

 敵役が三つとも同じ人なんですよ。

 何か、東映カラテ映画に於ける石橋雅史先生のように、毎度出てくる金剛!

 メイクしまくりだから昔は気づかなかったけど、何度も観てると、「アレッ? この人、また出てる?」と気づく訳です。

 特に『蛇鶴八拳』と『天中拳』はキャストが相当かぶってるので、話の内容も重なってワケわかんなくなっちゃいます。

 要するに、武侠物だったんですね?

 チン・シュウトンがワイヤーでピュンピュン飛ばす演出するから武侠物といえばワイヤーで飛ぶ・・・というイメージが定着しましたが、昔はこういうもんだったんですね?

 それにしても、日本の劇場公開版の日本語の歌がついてるヤツが観たかったな~?

 にしても・・・、多くのジャッキー・ファンが、『プロジェクトA』以降のファンを公言していますが、私は初期のカンフー物のイメージが強くて、酔拳や蛇拳のポーズを決めてくれないと不満なんですよね。

 ブルース・リーに人生狂わされた人が多かったように、私はジャッキーの初期カンフー物の影響が強いですね~。訓練シーンとか真似しまくったし、腕試しで酔拳や蛇拳使ったりしてるし・・・(フッフッフ、ちゃんと勝ったぜ。相手は「マジっすか?」という顔してたけど・・・)。

 理想の姿が“飲ん兵衛の乞食だけど武術の達人”になってしまったし・・・。

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安倍首相の原発セールスの危険性

 海外に日本の原発技術をセールスして歩く安倍首相を見ていると、その能天気さに呆れると共に、「この人、原発の存在理由を知らないのかな~?」と、甚だ不審に思います。

 まず、世界第二の事故を起こしてしまった福島原発事故の検証も済まず、汚染水が相変わらずダダ漏れ状態なのに、「世界一安全な原発技術を持つ日本」をアピールできる神経が解らない。

 およそ、真っ当な日本人なら「世界一安全」なんて言葉は口が裂けてもできない筈。

 私は本気で「安倍首相はマインドコントロールでもされてるのかいな?」と思っています。さもなければ、真性の精神疾患があるとしか考えられません。

 何よりも危険で、ある意味、日本の国益を損なう結末を迎えかねないのは、原発技術というのは、当初の目的として、“核兵器の燃料となるプルトニウムを作り出すための工場”であるという隠された意味があるということです。

 つまり、原発を作りたがっている国の本音には、“自国で核兵器を作る”というものがある訳です。

 何故なら、経済が発展して国としての存在感を確立するには強力な軍事力も必要となるが、核兵器が作れれば簡単に軍事力が上がる。

 日本が原発を導入したのも密かに自国で核兵器を持つことを目指したからです。

 無論、勝手に作れば国際的に非難を受けますが、北朝鮮を見れば明白でしょう。

 日本が右傾化していると海外で警戒されているのも、問題の一つに原発がある訳です。

 あれだけの事故を起こして、紙一重で東日本が死の土地となるのを回避したというだけなのに、もう原発を動かして元に戻そうとしている・・・これは、単なるエネルギー問題じゃありません。

 軍事力を念頭に置くからですよ。

 安倍首相が自衛隊を国軍に改称しようとか憲法9条を変えようとしているのも、日本を軍事大国にすることで「日本を取り戻す!」と言いたい訳です。

 じゃあ、何から取り戻すのか?

 戦後、アメリカの属国であり続けた日本を本当の独立国家としたいという訳です。

 が、それをやるために強力な経済力と共に軍事力が必要だという実に愚かしい現実主義に陥っている訳です。

 よって、恥知らずにも海外に原発セールスをして回り、経済を再建しようとしている訳ですが、もう、やってることは死の商人そのものです。

 武器輸出はできない。だが、原発なら・・・という訳です。

 けれども、日本のこんな暴走をアメリカはじめ世界中が許すでしょうか?

 原発が核兵器の燃料工場であるというのは国際常識です。原発を作った国が密かに自前の核兵器を作る可能性は高い。

 つまり・・・安倍首相のやっている原発の売り込みは、世界の軍事バランスをかき乱すことに繋がってしまう訳です。

 これを一国の総理大臣がやっている訳です。

 私は、本当に安倍首相が暗殺される危険性も感じますし、日本に制裁が加えられることにもなりかねないと思います。

 もっと違うやり方。本当に世界の平和に貢献できるエネルギー戦略というものに力を入れるのが良いでしょう。

 もう世界の経済は破綻寸前です。その中で日本だけ発展させるなんて夢物語であり、必要なのは経済の質を転換し、世界全体で人類の在り方を考えることです。

 国家という“エゴ”を中心に考える時代は終焉を迎えつつある・・・という“現実”をきちんと認識してこその本当の現実主義でしょう。

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新作教材DVD撮影完了

 教材DVDの第三弾の追加撮影をやりました。

 メイプルホール日曜稽古会の練習の時に撮ったものと、研究室での手裏剣術とガスガン(マルゼンのワルサーP38ニッケルシルバーを使いました)の比較・・・。

 今回の教材DVDでは、ようやく対錬に入りました。

 対錬は、読みと交叉法の原理を学ぶための基本中の基本ですが、一気に全部やっても技の数を覚えるだけになって意味が無くなってしまうので、敢えて初級対錬の前半だけをクローズアップして徹底解説してみました。

 極端な話、技としての手順はどうでもいいのです。

 相手の攻撃の出る瞬間を読んで、合わせ技を出す・・・という根本的な交叉法の原理を理解し体得するのが目的だからです。

 どうも、ここのところを理解できる人が少なくて困ってしまうのですが、技として覚えてしまうと、技の形態や手順を覚えることに耽溺してしまうのですね。

 そのようなやり方で百も二百も覚えたところで一つもものになりはしないでしょう。

 むしろ、昔日の名人の逸話のように、ひたすら崩拳の一技だけ練って神髄に達した・・・とかの話の方がためになります。

 実際、私も一つの技だけ練って千変万化する応用変化技能を養成させた方が良いのではないか?と、未だに考えているくらいなのですが、会員諸氏から「それでは手掛かりが無さ過ぎる」と言われて諦めているくらいなのです。

 しかし、私が教えを受けた先生方は、ほぼ例外なく“根本を悟れば技は無限に出てくる”といったことを言われていましたし、事実、そのように実践できる方々でした。

 例を挙げれば、戸隠流忍法の初見先生。同じ技を出せないと言われるくらいアドリブで技を出せることは有名な話です。

 このような技能は特殊なことだと昔は思っていましたが、私も今では同様になってしまいました。

 ごく簡単な技なら繰り返してみせられますが、咄嗟の反応で出た技だと再現するのは不可能です。

 どうしてか?というと、相手の攻撃に無意識に反応して動いた結果なので、自分で考えて動いた技ではないからです。

 独りで演武するのなら、自分の動きの癖によってパターンができてきますが、相手がいる場合、相手に合わせて勝手に動いてしまうので毎度毎度違うパターンになってしまうという訳です。

 さて、このような前提で教材とする場合、ただ形をやってみせても意味がありませんし、初心者が学ぶということを考えれば、技は4~5個くらいが限界だろうと話し合いまして、今回は初級対錬の前半の手技(平拳下突き・肘当て・挟み肘折り・小手返し)のみとしました。

 たった四つであっても、これを応用変化させられれば大抵の護身術には十分です。

 ちなみに最初の三つの技は嫡流真伝中国正派拳法から採っていますが、四つ目は武道医学に伝わる古流柔術に一般的な小手返しの技です。

 これらに類似する技の形は伝統空手にもありますし、合気道にもあります。

 敢えて一般的なものを選んでやっていますが、もし「うちのをパクッている。けしからん!」とのお叱りがあれば変更する余地はありますから、どうぞ、御遠慮なく申し付けください。

 どの道、游心流は武術の根本理合を主体に研究していますから、技は何でもアリで物凄く膨大に資料研究しております。

 表向きに出している練習内容は、前述の嫡流真伝中国正派拳法に太気拳、意拳、鹿島神流の技等ですが、内部研究では太極拳・八卦掌・形意拳・八極拳・通背拳・白鶴拳・酔八仙拳・詠春拳・北派蟷螂拳・劈掛掌・シュアイジャオ・チンナ・・・等の中国武術や、カリ、シラット、カポエィラ等、あるいは伝統空手・沖縄空手・フルコンタクト空手や大東流、柔術、居合術、剣術、杖術、手裏剣術、槍術に射撃(拳銃・ライフル・ショットガン・サブマシンガン・アサルトライフル等)の研究もやっています。

 この外にも指導員によっては健身法・伝統療術を研究しています。

 恐らく、世界中の武術も含めて、ここまでいろんな角度から武術文化を総合的に研究している団体は無いだろうと自負していますが、その根拠としては、どれだけマニアックな人であっても、自分の好みの領域に限って詳しい・・・という人がほとんどなのです。

 例えば、今野敏先生は沖縄空手のうちの首里手のみにしか関心が無いように押井守さんとの共著の中で述べられていました。

 空手という領域の全体を、源流の中国武術まで含めて研究している方は数える程しかいないでしょうね。

 本土に伝わって以降の空手を根本原理から研究整理して新しく新体道を創始された青木宏之先生は、ここ数年で日本の伝統剣術も猛烈に研究されていますが、松田隆智先生を御紹介した時に判ったのは、中国武術に関しては表演武術しかご存じなかったということですね。

「あれじゃあ、戦えないよな~」と思っておられたそうですが、それはそうでしょう。表演武術は伝統的な中国武術の実際の戦闘法を除いて新体操のようなパフォーミングアーツとして編成し直したものなのですから・・・。

 もっとも、形態を変えても中身は武術なのですから、表演武術しかやっていない人でも私が教えれば短期間で超人的武術家に変身させることは可能であると断言しますが。

 つまり・・・形はどうでもよくて、中身(原理)さえ理解すればヘッポコそうな形があっという間に超実戦的な必殺技に変身してしまうので、その意味で私は形には全然、拘っていないのです。

 だから、いつでも変更するにやぶさかではありません・・・。

 それこそラジオ体操や阿波踊りから武術の型を創作することだってできますよ(実際にやってみたことあります)。

 繰り返しますが、要するに重要なのは“理合”なのです!

 理合を解っていれば、教材DVD第一弾で紹介している三元試力だけでも相当な実戦技が工夫できますよ。

 ただし、その工夫するための参考になる素材として対錬の練習は重要なんですね。

 特に手技は即効性が高く、護身術としても実用性が高いので、よく練習しておいてもらいたいと思っています。

 ただ、「何でジャブやストレート、あるいは正拳突きをやらないのか?」と疑問の声を聞きますので、お答えしておきます。

 別にジャブやストレート、正拳突きでもいいんですが、これらの打撃技は、離れた距離から繰り出すのに適した技であり、攻撃技としてはいいんですが、交叉法で迎撃する技としては適さないので採用しなかったのです。

 事実、対錬の攻撃側は基本的に順突きですが、これはストレート系なんですね。

 合わせ技の基本的な訓練としては、真っすぐの攻撃に合わせられるようになってから曲線の攻撃に合わせるように移った方がいいのです。

 間合、攻撃の出、死角、拍子等を体得するのが目的なので、最初は単純な順突きに対して合わせる練習をする訳ですが、無論、これらの要素を体得したら、もっと厳しい攻撃技に対応できるように訓練していかないといけません。

 しかし、最初の一歩の方向性を間違うと、以後の練習が全て無駄になってしまうので、注意が必要なんですね。

 追加撮影では棒等の攻撃に対処する応用技も実演しましたが、今後はどんどん通り魔事件等も想定した実用的応用技法を紹介していきたいと思っています。

 見物なのは、多分、手裏剣術とガスガン射撃でしょうね?

 これはオチがついていますので、買った方だけのお楽しみということで・・・(笑)。

 現在、鋭意編集作業中ですので、今月後半には発売の予定です。もうしばらく、お待ちくださいませ・・・。


PS;いや~、昨年、貴重な映画撮影現場に参加させてもらいましたが、いよいよお蔵入り必定となってしまったみたいで・・・(苦笑)。主演の一人だった桜井亜美さんもまたグループを辞めてしまったそうで、これでメインのメンバーが四人抜けてしまったことになるんですね。これでは上映しても意味が無いでしょう。桜井さんはズバ抜けて表現力のある人で作品中でも一番目だっていたんですが、実にもったいないですね~。制作側は何を考えているんだろうな~?と、彼女達の頑張りを無駄にしてしまって何も感じないのかな~?と、非常に残念な気持ちでいます。まあ、桜井さんは非常に才能のある人だったから、いずれどこかで活躍するだろうと私見していますが・・・。

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清心館道場10周年記念パーティー

 私の数少ないお付き合いのある武道の先生のお一人である佐原文東先生清心館道場が10周年を迎えたとのことで、記念の演武会と祝賀パーティーが開催されました。

 私は練習があるので夕方からのパーティーのみ参加させていただきました。

 思えば、佐原先生とは数年前にDVD付き教本のライターとして取材させていただいて以来、技術的なお話も含めて、時々、お会いしてお話させていただいてきました。

 最初は、私の武道マスコミ業界での評判の悪さ(本当のことを書いちゃうからです)から佐原先生に御迷惑をかけては申し訳ないと思ってお名前を出さないようにしたり、本にもペンネーム使ったりしていたんですが、「気にする必要はありませんよ」とおっしゃってくださったので、今はこうして書いている次第です。

 地理的に近かったので、よく橋本のファミレスでお会いしてお話したりしていました。

 体験入門の1時間半しか合気道経験が無かった私にとって、直に手を取って教えていただいた訳ではありませんが、見取り稽古の形で様々なことを教えていただきました。

 何より、私が研究してきた脱力技法を中心とする原理がほぼ同じだったこともあり、何年も習ったのと同等以上の学びを得られたと思っています。

 一般に、合気道では理論的に技を解説することを嫌う土壌があると言われていて、あまり具体的な技の術理について説明できる師範はお会いした経験もありません。

 そのため、実際に合気道を学んでいる人でも、「健康のために身体を動かしたいから」とか、「いや~、合気道じゃ戦えないですよ~」なんて平気で言う人もいたりして、合気道に実戦的武術性を求めている人は少ない様子です。

 一度、佐原先生とお話している時にも、「合気道(の実戦性)を信じてない人もいる」と、残念そうな顔をされたことがありましたが、打撃系を学んできた人は特にそういう面があるみたいですね。

 私が20代の頃に2年間学んだ当時の甲野善紀氏も、いかに合気道が形式主義に陥っていて実戦性を失っているか?ということを毎度毎度話し、「合気道ではこうやるけれど、これじゃあ効かないよ」みたいなことばかり言っていました。

 お陰で、私は何年もの間、「合気道は実戦的ではない」という強固な思い込みに捕らわれていました。

 もっとも、甲野氏の虚言体質に辟易して離れて以降、いろんな武道武術に触れてみて、実際にはどこの流儀にも優れた人もいればダメな人もいる・・・という当たり前の現実を認識することになり、「これは本当のことを伝えていかないと一般に間違いが広まってしまうばかりだな~?」と思ってやってきた次第です。

 ちなみに甲野氏が最も稽古したのは合気道であり、一年に満たない短期間学んだのが鹿島神流・・・後は手裏剣くらいしか学んだと言える流儀は無いでしょう。

 で、私が彼の嫌いな一番の理由がここにあります!

 どうして、自分の学んだ流儀をあんな風に馬鹿にして言うのでしょうか?

 私は、彼に学んだ技は、今でも自分なりにアレンジして稽古しています。“おかしい”と思う部分は改良していけばいいだけでしょう。“おかしい”かどうかも相応に修練して実地に試してみないと判らない。

 剣術・杖術・抜刀術・槍術・手裏剣術・弓術・体術・肥田式腰腹錬修法・・・と、習った技は随分と練習しましたよ。

 当時、南越谷のMACで夜間の清掃のバイトをやっていましたが、店のロッカーに杖を置いて、誰もいなくなってから練習したりしましたよ。また、厨房の床に油がぶちまけられた後の清掃の時は、ちょうどいいから縮地法の練習もしましたね。

 もう、ちょうど25年くらい前ですね~?

 習った当時はできませんでしたが、水鳥の足やフェードアウト(溶暗)技法などの研究から、スリ足歩法や脱力系合気技法に到達したのですし、何年もいろんな流儀を訪ねて比較研究しましたからね。

 だから、教わった技や知識に関しては、私は彼に感謝していますし、決定的なのは、恐らく、彼と会うことがなければ、私は武術研究家などという仕事をやろうとは考えなかったでしょうから、その意味では最大の恩人なのかもしれません・・・。

 けれども、やっぱり許せないな~と思うのは、彼が自分の学んだ流儀を馬鹿にする態度です。

 彼が合気道を馬鹿にしたら、それは即ち、直接習った師を馬鹿にしているのと同じことになってしまいます。

 佐原先生にお会いして最も収穫であったのは、佐原先生の師が、甲野氏の合気道の師である山口清吾先生であったということです。

 生前の山口先生の秘話をいろいろとお聞きし、また、ずっと変わらず亡き師を敬い、教えを受けた合気道の素晴らしさを確信している佐原先生の態度は、実に気持ちの良いものでした。

 無論、実力も一流です。理論も極めて平易に誰にでも理解できるようにかみ砕いて解説してくださる点で、斯道のオピニオンリーダーのお一人になられるのではないか?と私は期待しております。

 そして、何よりも、私は佐原先生を通じて、山口清吾先生の素晴らしさ、ひいては、植芝盛平翁の合気道の素晴らしさに魅了されていきました。

「合気道とは、何と優れた武道だったのか? これは日本武道の到達した精華を伝えているのではないか? 甲野氏が言っていたのはまったくの嘘ではないか?」と考えるようになりました。

 私は甲野氏の洗脳がようやく解けたような気持ちになりましたよ。

 また、合気道を知れば知る程、日本の剣術の理合に関心が移っていきました。

 この方面でも佐原先生からは貴重な示唆をいくつも受けました。柄の握り方や試し斬りのコツ等々、普通は秘伝だから教えないであろう事柄まで実に気軽に説明してくださいました。

 お陰で帰ってから試してみて、できるようになった技が随分ありますし、さらにそこから発展させて工夫した技も少なくありません。原理的に同じだったので、見せてもらうか、あるいは説明してもらえば再現できたのです・・・。

 門人でもない私にも惜しげもなく教示くださる佐原先生のオープンな人柄は、そのまま清心館道場の雰囲気にも反映されているように思います。

 一度、佐原先生から甲野氏の鹿島神流の師である野口弘行先生を御紹介いただきましたが、甲野氏に学んだことがあると聞いて、一瞬、怪訝な顔をされ、「あ~、甲野さんは野口先生にも嫌われているんだな~」と思いました。

 野口先生は清心館で鹿島神流の指導をされていますし、清心館道場が、合気道のみならず、禅、鹿島神流も学べる希有な道場であるという点は、また特筆しておくべきことでしょう。

 佐原先生は他にも新陰流や中国武術各派も学ばれておられ、その豊富な修行経験が術技の比較研究となり、明晰な理論構成に役立っているのだろうな・・・と思います。

 ですから、佐原先生の御門人の方々は本当に恵まれていると思いますよ。


 この日は、公園での練習を終わり、いつもの針治療を受けて(過去の呼吸法修行でできてしまった硬結の治療)、夕方、会場のある京王線の多摩センターに出掛けました。

 本当に暑い日だった(駅前の電光掲示板では36度となっていた)ので、汗だくになるのが解っていたのでラフな格好で行きましたが、ほとんどの方が正装されていたので浮いてしまいました~(苦笑)。

 おまけに病気療養で伸ばしっぱなしだった髭もロッキー刑事並みになっていたんですがね・・・。

 浮浪者が迷い込んだような感じになってしまいましたが、会場には多くの方が来られていて盛大でしたね~。

 何と! 植芝守央道主も列席されておられました。

 DVD付き教本の編集者の方々も来られていたので、久しぶりにいろいろ話せて楽しかったですね(そうそう、この本は、また増刷されるそうですよ)。

 佐原先生は二歳になった娘さんを抱えて会場を挨拶して回られていました。

 六十過ぎてできた子供さん!というところも、男のロマンを体現されていますね?

 清心館道場のこれからの発展を予感させる明るいパーティーでした・・・。

 そうそう、何人かの方から「長野先生、応援してます!」と声をかけてもらいました。

 有り難うございます!

 最近、割りと知名度が上がってきたので(流石に十数冊本書いてるからな~)、ちょくちょく声かけられることが増えてきました。

 以前は、「応援される」か、「ビックリされる」か、「白い目で見られる」かでしたが、近頃は応援してくださる方がほとんどになってきたので、本当に有り難いことだと思っております。期待を裏切らないようにせねばなりませんね・・・。


PS;新体道の昔の映像を編集したものがユーチューブに出ているそうです。「若い頃のカッコイイ俺を見てね!」と、青木宏之先生が申されていましたので・・・(苦笑)。

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一代宗師ラウ・カーリョン師逝去

 香港カンフー映画の歴史に於いて、実際に数々の武術を修めてリアルな武術アクションを演出したという点で、ラウ・カーリョン(劉家良)師の名を第一に挙げることに異論は出ないでしょう。

 義弟リュウ・チャーフィを主演に撮った『少林寺三十六房』は、数ある少林寺修行ストーリーの中でも一、二を争う傑作として知られます。

 また、ジェット・リーのデビュー作『少林寺』『少林寺2』『阿羅漢』の三部作もラウ・カーリョン師の仕事として特筆されるものです。

 日本の誇るカンフースター倉田保昭先生の語るところでは、非情とも思える無茶なアクション演出を要求され、「そんなのできる訳がない。やれるものなら、アンタがやって見せてくれ」とブチキレて文句を言ったところ、完璧に実演して見せられて絶句してしまったのだとか・・・?

 熱海城で虎と格闘した倉田先生すら絶句してしまう卓越したスキルを持つカーリョン師は、さほど多くはないものの、役者としても素晴らしい仕事をしています。

 恐らく、誰もが真っ先に思い出すであろう『酔拳2』でのジャッキー・チェンとの競演は、演出法の意見の違いでカーリョン師が降りたという事情はあったとしても、非常に優れたものでした。

 列車下の狭い中で槍をふるったり、料亭でたった二人で多数の手斧を持った敵と戦うシーンで、震脚の威力で階段を破壊したところは凄いな~と思いました。

 武術的な指向が合うからか、サモハン・キンポーとは度々、競演しているようで、『モンキーフィスト猿拳』の強敵や、『ペディキャブドライバー』でのサモハンと手合わせする親分役は、カーリョン師のスキルを存分に引き出していました。

 ドニー・イェンも出ている中国版七人の侍『セブンソード』でも活躍していました。

 また、最期の監督作品とされる『超酔拳』では堂々の主演でハイパーカンフーの絶技を披露してくれています。

 細かく全身を震わせる白鶴震身の絶技を実演してみせられるのはカーリョン師くらいなものでしょう。細かい技巧を駆使するスキルの高さは、やはり伝統武術家らしい身体能力だな~と、私は特に好きでしたね。“中国武術らしさ”を表現する手腕に関しては随一だと思います。

 アクションらしいアクションが好きな人達には古臭いように見えたかもしれませんが、少なくとも私の目には、燻し銀の武芸を表現してくれて香港カンフーの演出家として一番好きな方でした。

 そうですね~。日本で言うなら『必殺仕事人・激突!』の滝田栄演じる山田浅右衛門の殺陣みたいな感じがありましたかね~?

 古臭いと言うとマイナスイメージですが、古臭さの中の様式美のような味や迫力がありましたね。

 NHKBSで数年前に放送された香港カンフー映画のドキュメントでは颯爽としたトークと見事な演武を披露してくれていましたが、かなり昔からガンを患っていたというのは有名な話で、私は「ガンであるという情報は嘘だったのか?」と首を捻ったものでした。

 ウォン・フェイフォンの洪家拳の直系である武術家であったラウ・カーリョン師ならばこそ映像化できた作品も数多いとされます。

 日本では知る人ぞ知る人物であったと思われますが、今後、再評価が始まるのではないでしょうか?

 ラウ・カーリョン師の御冥福を衷心より祈念致します・・・。

 合掌!

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七月セミナー感想

 いや、とにかく暑いっ!

 言語道断に暑いっ!

 もう、50過ぎてから体調があっちゃこっちゃ崩れまくって、やっぱり肉体は爺さんに向かって、ちゃくちゃくと衰えてるんだな~?と、変なところに感心している次第。

 一週間前からエアコンのせいなのか、ずっと喉が痛いのを市販薬と喉飴で小康状態にしていたんですが、前日の夜から腹の具合が悪くて、「これはもう北島師範小塚師範代に頼んで休もうかな~?」と、真剣に考えましたよ。

 以前はパニック障害の発作で遅れたりしたことは何度かあったんですが、休んだことは無かったと思うんですけどね。

 今回は具合が悪いのと異常な暑さが合わさるとヤバイのではないか?と思った訳。

 でも、多少、具合が悪くてもセミナーに出ると調子が良くなって気分よく帰る・・・というパターンがあったので、今回もちょい無理して出掛けましたよ。

 しかし、七月からこの暑さだと八月が怖いですね~?

 今年は40度越えあるんじゃないかな~?


 練習に夢中になって熱中症になったらマズイので、エアコンつけて休憩も2回入れてやりました。

 交叉法はいくら説明しても分からないと思うので、今回は“差し手”をいろいろとやりました。

 まずは剣術と抜刀術で説明しましたが、要するに、交叉法は“読み”で相手の攻撃に合わせ技するものなのだと説明しまして、差し手も、最初に差した段階で相手の重心をわずかでもグラつかせて二撃目を出せない状態に追い込む・・・これが肝心なのだと説明しました。

 相手が二撃目を出せるということは、普通に乱戦に持ち込まれる危険性があるということであり、ラッキーパンチで逆転されたり延々と殴り合いになって体力勝負になってしまうということです。これじゃ、せっかくの交叉法の意味がありません。

 では、二撃目が出せないようにするとはどういうことか?

 これは間合を潰したり相手の身体構造上のバランスを崩したり、足を踏むとかのけ反らせるとかいろいろなやり方がありまして、今回はそれを特に指導しました。

 初参加の人が形意拳を学んだことがあるということだったので、崩拳・劈拳・虎形拳・馬形拳などを応用してみせたりしましたが、特に相手の中上段の廻し蹴り(の蹴り脚そのもの)を虎形拳で打って潰す・・・というのを実演してみせたら、結構、受けましたね。

 北島師範に実演したらベチャッと潰れるように倒れてしまったので、本当にそんなに威力があるのか?と思ったらしく、山田師範代もやってくれと言ってきたので、やってみせたら、山田師範代も同様にベチャッとなってしまい、驚くというか苦笑いしてました。

 最近、こういう蹴りを受けると同時に跳ね返すとか潰すとかする技を研究してきていたんで、理屈では“こうすればこうなる(筈)”と判っていて実演したんですが、私も初めてやってみたものなので、予想以上の威力でちょっと驚きました。

 もっとも、これを参加者にやらせて失敗して大怪我する人が出るかもしれない?と思ったので、練習はしないようにしておきました。

 あくまでもタイミングが合えば、こういうこともできる・・・という例でやってみせただけです。

 交叉法を応用すると大抵の中国武術の技が突然、実戦で使えるようになるんですが、いわゆる用法の解説として教わる場合は、この戦闘理論が教えられることは、ほとんどありませんから、純粋な中国武術を学んでいてフルコンタクト空手やキックに対抗できる人は極めて少数だろうと思います。

 何故なら、相手はこちらの都合のよいように攻撃してはくれませんからね。

 だから、“読み”が重要になるのですが・・・。

 以前に買ったものの読まずにおいていた山田編集長の本を初めて読んだんですが、山田さんはアダプターテクニックと名付けた差し手に似た技法を用いている様子でしたけれど、“読み”については書いていないので、感覚的にやってらっしゃるのだろうと思います。

 感覚的にやっていても身体が自動的に反応して処理できるくらいになれば実用的には問題ないでしょうし、私は読みと交叉法は習ったものを研究発展させているので、御自身で気づいて研究したとすれば山田さんは偉いな~と思いましたね。

 それと、最初に一撃で倒せる威力を養成するのに拳法空手道のサンドバッグ打ちを採用しているという点は、非常に慧眼だと感心しました。

 やはり一発で打ち倒せる威力が無いと武術ではありませんからね。

 この辺は私もうちの会員にもっともっと厳しく指導しないといけない!と反省させられました。

 効く効かない・パンチが重い・・・程度の話にうつつを抜かしているようでは根本的に話にならないからです。

 効くか効かないか?なんてレベルの技は、要するに効かないんです!

 100パーセントで打ったら絶対に死ぬ!という凶悪なレベルでないと、生きるか死ぬかの戦闘には絶対に通用しません!

 ボコボコ殴り合って数で圧倒するような打撃技では論外なんですよ。そんなの素人の喧嘩レベルです。

 日本刀でたたっ斬る威力を素手で出せないといけません。一発で相手が動けなくなり戦闘意欲が根こそぎへし折れるような威力を最低でも会得しておかないといけません。

 無論、それだけの威力があるから約束組手で練習するしかないし、寸止めにするしかない訳です。ボコボコ殴り合っても平気な威力しかないなら、殴り合って練習した方が合理的でしょう。

 私は牙の無い武術なんかやる意味がないと思います。

 いざ命を護らねばならない時に敵を抹殺できる力が無ければ、何もならないのです。

 最近はうちの稽古会も生ぬるくなり過ぎていて、皆、自己満足に陥ってしまっていますから、ここらで原点をしっかり認識させて真に武術の再生をさせねばならないと思っています・・・。

 やっぱり、素手の技しかやらないとドンドン意識が鈍っていきますね・・・?

 セミナーは楽しくやってもらえば十分ですが、会員に対しては本物を目指してもらいたいですね。

 最近は子供を狙った通り魔事件だの女性を車ではね飛ばしてバッグをひったくる・・・なんて凶悪な事件も出てきました。

 いつ何時、そんな人の心の壊れた暴漢に出くわさないとも限りません。

 自分の身を護るのはもちろん、周囲の人達を助けられるような超達人を育てたいと思っている私としては、きちんと比喩でも何でもない文字通りの“必殺技”を体得させたいと思います・・・。


PS;21日は、ほびっと村の講座です。内容は決めていなかったんですが、交叉法が楽しかったんで、延長戦にします! 是非、どうぞ!

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七月セミナー『交叉法』

 さあ、今年の月例セミナーも、早くも後半に入りました!

 今月のテーマは、「交叉法」です。

 これは“理合(戦闘理論)”であって、固定した技ではありません。まずは、この点をよくよく認識しておいてください。

 技としての展開は、先月の“読み”と組み合わさった上でなければ意味がありませんので、“読み”の次に持ってきた次第です。

 率直に申しますと、“読み”を知らないと交叉法は使えません。

 個々の技をいくら練習しても戦闘理論は完成しないのです。

 個々の技は、理論的に組み合わさって互いに補完し合わねば意味がなく、その真相を理解していない人間が、「理論は立派でも現実には・・・」という言い方をして、その揚げ句に低いレベルでの現実的?な考えに縛られて力任せに相手を粉砕すればよいという“脳足りん”なやり方になってしまうのです。

 こんなものは武術でも何でもありません!

 武術は徹頭徹尾、理論的に組み上げていかねば完成することはありません。理論の無い武術は武術とは言えないのです。

 よく、「あの人は武術理論家だから実際に戦うことはできないよ」と馬鹿にする人がこの業界は多いのですが、阿呆を抜かしてはいけません。

 武術にしろ武道にしろ格闘技にしろ、およそ技芸の世界で超一流に達した人で理論を蔑ろにしている人はいません!

 無論、口先だけで理論を弄んで、ろくな修練もしなければ上達する道理もありませんが、それは単なるマニアでしかない訳ですし、そんな人間の考える理論は、空理空論でしかありません。実証性が無い訳です。

 そこを誤解している人が非常に多いですね。

 例えば、「型稽古なんかいくらやっても何の役にも立たない」と言う人のほとんどが、自分自身で5年10年と型稽古に専修した経験が無いでしょう。

 自分が知らない、自分ができないから、「そんなものは必要ない」と言っているだけです。

 私は交叉法を知ってから20年以上、様々な試行錯誤を繰り返してきて、現在も研究を進めています。

 その上で、“読み”の重要性、“心法”の必要性・・・等々を感じてきた訳です。

 特定の流派のやり方に拘らずに、いろんな流派のやり方と比較研究したのも必要性を感じたからです。

 結果的には、「武術は読みと交叉を根底に置かないと理解できない」と考えるに至りました。

 そこから日本剣術の重要性を確信するようになった訳です。

 実際に、最初は直感に過ぎませんでしたが、何年も研究しているうちに直感は確信に変わり、その成果は、私が考えた理論を学んでいる人達の変化で確認できるようになりました。

 例えば、数年前に北島師範が高校時代の空手部で一度も勝てなかった友人と軽く手合わせしてみたところ、今度は完全に手玉に取るようにしてしまい、相手も本人もビックリしていたこと・・・や、入会して数カ月の人が、自分の通っている実戦格闘術のクラブで面白いように仲間を弄べるようになってしまって驚かれた・・・とか。

 これらは別にうちが特別で他流が弱いということではまったく無く、要するに理論通りにやっているかどうかで圧倒的な差がついてしまう・・・という武術の構造に原因がある訳です。

 読みと交叉法を真摯に学べば(週1~2回2時間の練習をコンスタントに続けると考えてください)、素質や才能に関係なく誰でも数カ月から1~2年で別人のようになってしまうでしょう。

 また、空手や合気道とは特に相性が良いようで、人によっては数回の練習で実力が倍々で向上することも珍しくはありません。

 どうしてこうなるか?というと、要するに、きちんと修行してきた人が、これまで自分のやってきた練習の奥にある理論を知ることで、一気に自在に技を駆使することができるようになったからなのです。

 重要なのは、目先のパワーやスピードを求めないで、合理的な身法・心法を駆使して相手の動きを読んで先を制する・・・という絶対原則を護ることです。

 その戦い方を体得するのにスパーリングなどが逆効果になりかねない・・・ということは再三再四、書いてきたことですが、無論、読みも交叉も駆使しないのであれば、スパーリングをガンガンやって反射神経に頼るのも間違いとは言えないでしょう・・・が、私はそんなのやる気はしませんけどね。


 さて・・・その交叉法ですが、具体的な技としては“差し手”を中心にしています。

 無論、別にどうしても差し手でやらねばならないものでもないのですが、これは具体的な技として、極めて汎用性が高く、本来、捨て身の戦法であるところの交叉法を、より安全確実に行える技法として、うちでは位置付けています。

 実際に、この技法の汎用性に気づかれた方は、自身の学ぶ流儀の中に採り入れてバージョンアップをされている・・・というお話も聞いて、これは研究家冥利につきることだと感動しました。

“差し手”という言葉は太氣至誠拳法の創始者である澤井健一先生が名付けられたものですが、私は形意拳・八卦掌・通背拳・白鶴拳・詠春拳などの中国武術の用法にあることや、一刀流剣術の切り落とし、新陰流剣術の合し撃ち・・・などの日本剣術の多くの流儀の根幹技法に同質の技法があることから直感を得ています。

 具体的には賢友流空手道宗家、友寄隆一郎先生の形意連環掌法の演錬を拝見した時に閃いたと言っても過言ではありません。

 友寄先生の御研究に触れることがなければ、技法として体系付けることもなかったかもしれませんし、また、友寄先生が流派を超えた普遍的術理を深く御研究されていらしたからこそ、決定的な確信を持つことができたのです。

 思うに、技芸を学ぶことは、やはり、守・破・離が肝心であると思います。

 師を敬うのは当然のこととしても、最初から最後まで師に教わったことだけをやっているようでは情けないのではないでしょうか?

 学んだことを覚えたら、それを自分なりに研究してより発展させていかねば武術の実用性は失われていくばかりでしょう。

 人間がコピー機と同じことをやっているのでは恥ずかしい。

 事実、コピーはどんなに正確にコピーしたとしても、次第次第にオリジナルと比べて劣化していきます。これはカラーコピーを繰り返してみたら判ります。色褪せや輪郭の歪みが出てくるのです。

 劣化コピーにならないためには、学んだ者がより発展させていくしかない。

 海外のマーシャルアーツはそのような精神を感じます。

 しかし、日本はどうでしょうか? それを考えると、私は暗澹たる想いになります。


 今回のセミナーは他流の人にも是非、多く受けていただきたいと思っています。武術の“理”を知ることで、その人の学んできたものが一気に開花し得ると思うからです。

 どうぞ、志しのある人はお越しください

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時代劇の嘘・本当

 ホームドラマ・チャンネルの『真相あばいたろ会議』が面白くて、毎度、楽しみに視聴しているんですが、山口敏太郎さんが出ていると、俄然、話題が私好みになります。

 まあ、妖怪、UMA、超常現象・・・なんかのムー的な話題は当然として、意外と古武術なんかもお好きみたいで、以前、山口さんが関わっている古武術系剣豪ムック本を購読したことがあって、「あ~、こういう方面も詳しいんだな~?」と、益々、親近感を覚えた記憶がありました。

 今回の番組では「時代劇」がテーマだったので、これはもう私も時代活劇大好き人間として、ワクワクしながら視聴しましたね。

 そして、「歴史劇と時代劇は別物」という主張には納得いきますし、時代劇映画やドラマの話も面白かったですね。

 特にゲストの方が『子連れ狼・死に風に向かう乳母車』について語ってくれたところは、大分、カットされていましたが拍手したかったですね~。誰か知らないけど・・・。

 流石、時代劇をテーマに語るだけのゲストだけあるな~・・・と思ったのですが、ちょっと・・・「う~ん・・・それは間違いなんだけどな~?」と思ったのは、刀に関するウンチクとか、いわゆるナンバの身ごなしに関する話を山口さんが語られていた点でした。

 結論から言うと、“仕方がない”んですが、要するに、武芸考証家として多数の著作がある故・名和弓雄氏の本に書かれていることを、そのまま信用して話されていることが私は判ったんです。

 でもね。

 私は自分で実験検証してきて、名和氏の説でも間違っていることは少なくないと確認できたんですよ。

 例えば、「背中に担いだ刀の柄は左肩側に出ていないと抜き納めができない」というのは間違いでした。

 右肩側に出ていても鞘を左手で引き降ろしながら柄を引き上げれば、左肩越しに抜くより素早く抜けるんですよ。

 確かに納める時は難しいですが、不可能という訳ではなく、現に圓心流には納刀法がありますね。

 そもそも、背中に担ぐのは大太刀みたいな長い刀を運搬するためであって、抜き納めは肩から外して両手に握って抜き納めしたでしょうね。

 居合術の様に瞬間に腰から抜きつけて斬るようにはできませんからね。

「実戦で使う時はあらかじめ刀を砂山に突っ込んで刃をザラザラにした」という説も、どうかな~?と思いますね。少なくともマキワラの試し斬りする場合は、刀の表面はツルツルの方がサクッと斬れると思います。

 粗く研いだ刀で試し斬りすると引っ掛かる感触があって宜しくないんですね?

 考えてみてください。

 細かい刃毀れをしていたり表面がザラついてる包丁で調理していてよく切れますか?

 砂山に刀を突っ込むのは、斬れ味が鈍った刀を緊急にタッチアップして刃をたたせるためなんじゃないかな~?と思うんですが・・・。

 ほら、切れ味が鈍くなったハサミでクシャクシャに丸めて広げたアルミホイルを切って切れ味を良くする・・・とかあるじゃないですか? アレと同じだと思うんです。

 やっぱり、実験してみないと判らないことはありますよ。

 いわゆる“本来の日本人はナンバで歩いた”説も、甲野善紀氏によって広まって、あたかも定説であるかのごとく一般に定着してしまいましたが、甲野氏にナンバをレクチャーしたのは名和氏であり、名和氏は舞踊家でもあったので、ナンバ論を最初に世間的に広めた演出家の武智鉄二氏に学んだと思われます。

 まあ、ナンバを古武術の専門用語と勘違いして広めた甲野氏の大間違いを鵜呑みにして自説を主張している武道の先生も随分といますが、これはまあ、甲野氏が戦犯?ですから、しょうがないですがね~。

 明確に否定した黒田鉄山師範は立派ですね・・・。

 時代劇では当たり前のように刀の小柄を手裏剣として使っていますが、これなんか歌舞伎に伝わってるから本当なんだと誤解されたんでしょうね?

 やってみたら判るんですが、小柄はバランスが悪くて手裏剣の代用にはとてもならないんですよ。至近距離なら刺さらなくはないけど、手裏剣の実用的間合である5~6m離れたら、まず、狙ったところに打てません。

 まだ、畳針や火箸なんかの方がいいくらいです。

 小柄というのは、サムライが使うユーティリティーナイフであって、サバイバル道具みたいなものなんですよ。それを、わざわざ投げますか? 回収不能になるでしょう? 手裏剣としての機能性も皆無なのに・・・、これって捨ててるのと同じですよ。

 この点は名和氏もそう解説されていたと記憶しています。

「日本刀は逆手で握っても斬れない」というのも実験してみたけど嘘!

 確かに難しいことは難しいけど、私、斬れるようになっちゃいましたからね。

 要は、“決めつけるのはよろしくない”ということです。

 武術では、原理原則に外れた技も結構多くて、それは秘伝として伝えられるものですが、流派の数だけ秘伝はあると思った方がいいんですね。

 超博識の山口敏太郎さんでさえ、間違った情報を与えられれば結果的に間違ってしまう・・・という訳で、これはむしろ、武術研究家としての私にも責任が無いとは言えない。

 つまり、斯界に、きちんとした実験検証で真実を究明していこうとする武術人がおらず、世間的に脚光を浴びた者が無責任に自説を主張し続けた結果、大いなる誤解と錯覚を蔓延させてしまっているからなんですね。

 だから、せめて、私くらいは“その役回り”を果たしていこうと思っています。

 期待できる人が他にいないんだから、しょ~がない・・・。

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公園稽古に

・・・昨年末にニコニコ生放送に出演させていただいた時の“りかっくま”さん父娘と、林田先生の奥さんと息子さんとアメリカから帰省中のお姉さんが体験入門に相模原まで来てくださいました。

 天気予報では雨かな~?という感じで心配だったんですが、曇り空に晴れ間も出て公園での稽古も大丈夫そうで安心しましたね(やっぱり専門道場が早く欲しいな~)。

 林田先生の奥さんは、林田先生の陽明学勉強会に呼ばれた時に少し教えて、抜群に飲み込みが良かったので、強く印象に残っていました。何しろ、伝説の国井善弥先生の下段払いを教えたら、一発で突きを繰り出した私の膝を床に着かせたんですから、たまげましたよ。

 今回はサッカーをやっている息子さんのトレーニング法の参考になれば・・・という御相談だったんですが、前日に「アメリカから帰省している姉を連れていってもいいですか?」ということで、アメリカでコンテンポラリーダンスの先生をされているお姉さんも来られていました。

 息子さんは久しぶりに見たんですけど身長もぐっと伸びてたんじゃないですかね?

 今時珍しく、ちょっと人見知りされるナイーブな性格なんだな~と思いましたが、私も元々そうだし、初対面で馴れ馴れしくしてくるようなヤツは信用ならない!と思ってますから、今のナイーブさを維持したまま育って、少数でも信頼できる人間関係を築けたら、人生、その方が絶対にいいと思いますね。

 取り敢えず、サッカーに役立つようにキック力を増す蹴り方と、這いの練習法を指導させてもらいました。

 それから、やっぱり、ダンスの先生は眼の付け所が違うな~?と舌を巻いたのは、林田先生の奥さんのお姉さん。

 奥さんも元々、ダンサーだったとのことでしたが、お姉さんはずっと現役のまま続けてこられたそうで、ヨーガとか気功とか色々勉強されたんでしょうね? 気感についての質問をされていました。

 武術関係だと勘違いした妄想気質の人間ばっかりなので、私はだいたい、そういう手合いは相手にしません。口先ばっかりで何の実力もないような人間は相手にしたくないのです。

 しかし、舞踊系の方だと身体感覚が鋭敏なので具体的な気感を得ている方が少なくありません。

 それで、そういう方面の質問を次々に聞いてこられたので、待ってましたとばかりに答えまして、特に、私の十八番の八卦掌を実演解説したら、非常に興味を持たれた様子でした。八卦掌は一番、ダンスっぽいですからね。

 でも、驚いたのは、私、これまで誰にも観破られたことが無かったんですが・・・「先生は重心が身体中に散らばってますね・・・」と、北島師範に質問されたそうで、「何故、重心を散らばらせているのか?」という理由について質問されたことでした。

 いや~、本当にこれは誰一人として観破られたことが無かったんで、内心、「フフフ・・・これが俺の最大の強みなんだけどな~? まあ、普通に武術やってきた連中には理解できまい・・・フフフ・・・」って、思ってる訳なんですよ。

 この際、説明しちゃいますが、中心軸がきっちり外側から確認できることを武術の熟練度の目安として絶対視している人はざらに居ます。

 しかし、いわゆる脱力技法を駆使する場合、全身のどこにも軸も中心も確認できないような酔っ払いの親父みたいになっている状態の方が、変化応用が自在で、攻撃にも防御にも即座に対応できるのではないか?と考えて、何年も前から体内の重心を一点に集中させておくのではなく、逆に体内に散らばった状態にしておいて、攻防の一瞬にだけ一点に集中させる術理を研究してきたんです。

 これは内家拳を研究してきて、戦闘理論を進化させる方向としてそうしてきた訳です。

 ヒントとしてはシステマがあり、酔拳をイメージしていたんですが、八卦掌と合気道の常に歩き続けながら技を施すという戦法にも閃きを得ていた訳です。

 結果、私は自分で自分の動画を観察しても強さの度合いが判別できなくなって、「よし、これは成功してるな」と思っていた訳です。

 自分で観ても判らないのですから、他流の人に判る道理もなく、「下手だな~」「弱そう」と言われる度に、「フッフッフ・・・愚か者め。してやったり!」と思ってたんですよ。

 だって、侮られていた方が実際に勝負した時に断然、有利でしょ?

 私の最大の武器は観察眼です。それでも強さが読めない身体なら相手にとっては攻め所が定まらない。でも、私は相手の強い所と弱い所が読める。

 ねっ? だから多少の実力差があっても私が有利になる訳ですよ。

 もっとも、うちの指導陣も困惑していたんじゃないか?と思いますよ。

 下丹田を造った時は、いかにも内功があるのがバレバレになってしまったので、「これはいかん!」と思って、重心を集中しないで身体中に散らばらせるように心掛けてきた訳です。

 何故か?というと、強さの度合いが判ってしまうと、いくら強くても攻め所もあるということになります。

 武術は力の強弱だけでは勝負が決まらないんですよ。生まれつき強いヤツを上回るパワーを得るのは難しいですからね。

 つまり、中心軸がきっちりして重心が体の中心にピタッと一致していると人体は最高に強い状態となる・・・というのは思い込みに過ぎない訳で、人体の構造的弱点は変わらないのですから、強い箇所を避けて弱い箇所を狙えば同じことなんです。

 また、誤解されがちなのが、鉄壁の構えがあれば相手の攻撃は防御できる!というもので、そんなのは無理なんですよ。

「プロの格闘家や現代武道の高段者が私の技に為す術がなくて驚いた」というのが甲野善紀氏の著作すべてに出てくる自画自賛フレーズですが、これは当たり前のことなんです。

 バドミントンの選手と卓球の選手がピンポンやってどっちが勝ちますか?っていうような話であり、未知の技術に対応できないのは当然のことです。

 ただ、こういった設定条件の違いを説明しないで勝ったの負けたの、強いの弱いのと言い合っているのが頭の悪い武術マニアのいつもの論法なので、特別に甲野氏のIQが低い訳でもないでしょう。バカが大手を振って闊歩しているのが武術武道の世界なのです。

 よって、ルールがある試合での鉄壁に近い構えならあり得ますが、それもルールが変われば成立する条件も変わってしまいます。

 格闘技のシビアさは、この“ルールによって制限される中での攻防の工夫を常に繰り返している”という点であり、武術のように最初から何の制限もない戦闘とは根本から異質なのだと思います。

 もっとも、それであっても、武術にも武術なりのセオリーのようなものは無数にある訳で、その一つが、“推奨されるべき武術的身体”という概念であり、それを皆、無意識に信じていたりする訳です。

 私はある段階まではその概念に従って研究してきましたが、その先を目指すには概念そのものを疑ってかからねばならないと考えた訳です。

 ごく大ざっぱに書いておけば、“背筋がピンと伸びて下っ腹がズシッと安定した身体”ですね。

 まっ、一般的にはこれで間違いではありませんが、私はどうも、こうした身体性を持つ人がカチンカチンに固まった動きをしたりする点が、以前から気に入らなかったのです。

 もっとフワリと柔らかく変幻自在に動けて、何をどうやったのか判らないうちに攻撃した相手が倒されてしまう・・・そんな技を自在に繰り出せるようになりたかったのです。

 そんな考えで実験中だったことは誰にも言っていませんでしたが、それを初対面の人から指摘されたというのは本当に驚きました。「バレたか~?」って感じ。

 できれば、うちの指導陣の誰かに気づいてもらいたかったんですが・・・。


 さて、りかっくまさんと妹さんには、柔術の試合に役立つような技術の質問を受けたんですが、これは想像以上に難しい問題でしたね。

 まず、うちの技はメインが“寸勁による打撃技”で、そこに付け足す形で崩し・逆・投げ・絞めなどを研究していて、一挙動の動きの技の中で最低でも三発は寸勁を入れます。

 メインの打撃技を使わないで柔術のルールに則ったやり方・・・となると、正直、やれることが極端に限定されてしまうのですね。

 それに、あれやこれやとやっているうちに、既に、りかっくまさんは脱力技法を寝技の中で駆使しているのに気づかされましたし、道着を利用した防御法など柔術の技術は競技的にはかなり行き着く所まで行き着いている印象を受けました。

 私がサンボとかブラジリアン柔術とかを研究したのは10年以上も前でしたから、もうすっかり古い技術になっていたのでしょうね。

 その時はまあ、何とか対処法をいくつか考えたのですが、正直、今の最先端の技術に寸勁打法を使わずに対処するのは不可能に近いくらい難しいんじゃないか?と思いました。

 これで差をつけようとするには、“相手の動き出す先を読んで先手を取っていく”“体幹部をうまく使う”・・・といったアドバイスくらいしか思いつきませんでしたが、それに類似したことは既に考えて練習されている様子で、つまり、アドバイスできることはほとんど無かった・・・という次第!

 むしろ、知らない間にこんなにも進化していたのか?という新鮮さに驚きましたね。あるいは、りかっくまさんが特別だったのかもしれませんが・・・。

 私は、組技系は昔からあまり好きじゃないので(やっぱり、ブルース・リーや『空手バカ一代』の世代だから)、一応、やられない対策くらい研究しておけばいいか?と思って勉強しただけだったんですが、これはもっと研究しないとダメだな~と反省させられましたよ。

 何だか逆に勉強させてもらったような気がするんですが、それも当然のことで、りかっくまさんはアブダビ・コンバットなどの海外の試合にも参戦している女子柔術のチャンピオンなんですからね。

 それに、柔道をやっているという妹さんに裏技を教えようかな~?とか呑気に思っていたら、既に柔道の試合では類似のテクニックを当たり前に駆使しているのだそうで、これはちょっと、ゲゲッ!と思いましたよ。

 何か、昔のTVドラマの『柔道一直線』みたいに空手かプロレスか判らないような柔道の姿が現実に近かったのか・・・?と。

 コエ~な~、柔道・・・。

 妹さんも柔術を始めているそうですが、お姉さんが純粋に柔術のスペシャリストという印象なのと比べると、何かMMAなんかの打撃にも適応できそうな野性味があって、「君は宮本武蔵ですか?」って感じの武術家気質。

 何か武侠小説に出てくる達人美少女みたい。

「半歩崩拳、打遍天下」と称賛された中国武術の名人、郭雲深の必殺技“形意拳の虎形拳(虎撲把)”を教えたら、ド~ン!と思いっきりよく打ち込んでました。八極拳とか教えてみてぇ~・・・。

 この姉妹は、美少女格闘漫画の主人公になりますよ! って言うか、俺が原作書いちゃおうか?と思ったよ・・・。


 今、格闘技はブームが過ぎてしまっていますが、かつての『四角いジャングル』や、タイガーマスクの登場や、前田日明、藤原組長が活躍していた頃、そして、アルティメット大会とグレイシー柔術の登場した頃、あるいは女子プロレスの隆盛から女子格闘技へと繋がる系譜・・・。

 恐らく、今後はジャンルを超えた交流の中から一時的ブームではなく、新しいムーブメントが生まれていくんじゃないか?と思います。

 よく、昔っから「今の若い者は・・・」みたいなことを言う人がいますが、少なくとも私が出会ってきた若い人達は、私が若かった頃より遥かに才能に優れて努力も惜しまない人が多いような気がします。

 お父さんが娘たちのサポートをしているのも、微笑ましいですよね。

 昔は、ちょっとでも人と変わったことをしようとすると真っ先に反対するのが家族だったりしたもので、私なんかは・・・ふぅ~・・・まっ、いっか?


 皆さん、遠路、はるばる相模原まで来てくださって有り難うございました!

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子供を護るには

 通り魔犯行の特徴として、“抵抗力を持たない相手を狙う”というものがあると思います。

 イジメだって、抵抗しないおとなしい相手を選ぶでしょう?

 私も子供の頃はおとなしい性格だったので、イジメの対象にされたりしていましたが、元々の顔が弱そうだから、大人になってもナメてかかってくる人が多かったですね。

 顔は変えられませんが、身体は訓練次第で変えられます。

 中学時代から太い樹の枝を削って作った振り棒を振って鍛えるようになり、高校の頃はジャッキー・チェンの『酔拳』『蛇拳』を観て拳立て伏せやぶら下がり腹筋なんかをやっていたものでした。

 お陰で、今でも腕は筋肉が発達してます。

 筋力はだいぶん落ちましたが、市販の長袖上着も前腕のところがひっかかってしまうくらい太いです。

 で、お陰で二、三度、不良からからまれずに済んだこともありました。

 まず、顔を見て「このオッサンにたかってやろう・・・」とニヤニヤ笑いしながら近づいてきたものの、夏場で半袖からのぞいている不自然な私の腕の太さに気づいて、「おい、こいつ、何かやってるぞ。やばいぞ・・・」と小声で囁いて行ってしまったり、手合わせしようとした相手が私の前腕を注視してギョッとした顔をしてやめてしまったり・・・。

 多分、普通に鍛えた感じでなく、前腕部の一部だけ筋肉がグッと盛り上がっているので、その異様な筋肉のつき方に「何か特殊な訓練をやっているのでは?」と思うからなのでしょう。

 事実、その通りなんですけどね。

 私は手首はむしろ人より細いくらいで、上腕はそんなに発達しておらず、前腕部だけボコッとしているのですが、これは振り棒を振って竹刀を絞めるように打つ訓練をしてきた結果なんです。

 ところが、これは剣道では有効でも、剣術ではよろしくなくて、今は困ってしまっていますよ。癖になっているので・・・。

 理想としては満遍なく全身の筋肉が程よくついているのがいいと思うんですけどね。

 もっとも、年齢を重ねると身体も変わります。

 若い頃より20kg以上は太ったと思うんですが、5月に体調崩して5kgは痩せたと思いますね。入らなかったズボンがスルッと入りましたから・・・。

 体格や筋力は関係ないと私は考えていますが、女性や老人はともかく、子供だとどうかな~?とは思うんですね。


 登下校時を狙った通り魔事件を70過ぎた交通誘導の小父さんが立ち向かって被害を最小限に留めた・・・というニュースを見て、改めて、大人が子供を護るのが重要だな~と思いました。

 よく、人から聞かれるのは、「武道に強さを求めて何になるんですか?」という言葉。

 私は本当に不思議なんですが、どうしてこう言う人達は“自分の強さ”を求めることの是非ばかり考えるのか?ということです。

 多分、武道という生々しい暴力装置を磨くことで特権エリート意識を求める人間に対する忌避感があるのでしょう。

 何故なら、こういう人達の多くが左翼系思想の持ち主だったりするからです。

 人間はすべからく平均的に弱い存在であるからこそ共同体が成立し得るのであり、卓越した能力の人間は独裁者になりかねない・・・みたいな発想があるのかもしれません。

 私が左翼嫌いなのは、こういう“人間は弱い存在だから・・・”という前提での自由平等を論じるところです。

 弱いから共同体で・・・という社会中心の思想は、結局、個人の可能性を潰して均質化することに邁進してしまう。

 本当に気持ちが悪いです。こういう負け犬根性礼賛思想は・・・。

 私が交通誘導の小父さんが偉いな~と思ったのは、“俺が逃げたら子供達が殺されてしまう・・・”という決死の思いで踏みとどまって立ち向かった点です。

 ニュースで見る限り、およそ武道の心得があるようでもなく、昔、剣道を少しばかりやったことがあるかどうか?という程度でしょう。

 子供達がいなかったら逃げていたでしょうが、弱い者を見捨てて逃げるなんか男のすることじゃない!という大和魂がふいに浮き上がったのではないでしょうか?

 もし、私がその立場だったらどうしていたでしょうか?

 無論、立ち向かったと言えます。が・・・。

 私が立ち向かえるのは、立ち向かう術を長年研究実践しているという自負心があるからであって、もし、心得が無かったら怖くて逃げ出してしまうかもしれません。

 相手の得物が小型ナイフだったから、細い指示棒でも立ち向かえたかもしれませんが、これが木刀や鉄パイプ、バールみたいなものだったら一発で叩き折られてしまっていたでしょう。

 学校の指示で親が登下校に同伴するようにしていましたが、何の武器も武術の心得もない親が付き添っても、あまり意味がないんじゃないか?という気もしました。

 今後はアメリカのようにスクールポリスが必要になるかもしれませんが、まずは学校の教師は教育過程で護身術を学ぶべきではないかな~?と思いますね。

 スポーツチャンバラや護身道のような護身術向きのものが良いと思います。

 普通の武道は対武器とか考えていませんからね。

 それと、学校にサスマタを用意するだけじゃなくて、交通誘導の人には杖やトンファー型警棒、ヌンチャクなんかを持たせるのも考えるべき時期かもしれません。

 無論、これらの武器はそれなりの熟練が必要ですが、子供達の安全を護るためには必要なことだと私は思いますね。


PS;今月のDVD割引は、『独己九剣の応用』を1万円とさせていただきます。月末には教材DVDの新作も出せると思いますので、しばらくお待ちください・・・。

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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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