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游心流掛け軸

 4月に町田で頼んでいた掛け軸が連絡の行き違いだったのか、既に完成している・・・との電話を受けて、取りに行ってきました。

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 いつまでも連絡が無いから事故があったのか?と心配していたんですが、どうも、こっちから催促するのって気が進まないものですから、特に急ぐ訳でもないし・・・と思って放っておいたんですが、私の居ない時に連絡があったみたいですね?

 多分、留守電を入れ忘れた日にかかっていたのかもしれません。

 まあ、結果良ければ万事、問題無し!

 何しろ、青木宏之先生の会心の作ということで頂戴したものですから、ちゃんと掛け軸にして飾っておかねば・・・と思いまして、掛け軸にしてもらったんですが、3万円くらいしましたかね~?

 4カ月も経ったので正確な料金は忘れてしまいましたが・・・。

 まっ、ご覧くださいませ・・・。


 青木先生の書家としてのお名前は“青木天外”。

 私は書はまったく解りませんが、聞くところでは青木先生の書には数十万~百万を越える値がつくそうで、中国書法に於ける日本の第一人者であるそうです。

 その先生が「会心の出来」と言い、直弟子の書家の方が「譲って欲しい」と言うくらいですから、恐らく時価百~二百万はするのでは?と、貰った私がビビッてしまっている次第です。

 それにしても、青木先生からは、既に松葉国正刀匠(現代刀匠の若手第一人者)の試斬用刀と、小烏丸造りの刀を頂戴し、書も数年前に頂戴していました。

 現代武道界で最後の達人と言われ、前衛芸術や精神世界で伝説的存在である青木先生から、ここまで期待して戴けるということは、逆説すれば絶対に裏切る訳にはいかないということですね。

 何しろ、私は直弟子じゃありませんからね。本来なら弟子に与えている筈の刀や書を頂戴するということは、生半可な真似はできませんよ。

 芸術家らしい発言ですが、この書を戴いた時、「この前のヤツは燃やして・・・」なんて言われて、(オイオイ、これだって売れば50万は下らないでしょう?)と思って、USA支部長が帰省してカリ&シラット講習会を開催した帰りにお土産としてプレゼントしましたよ。

 やっぱり、あれだけの書で、しかも日本の伝説の達人が書いたものだというのはアメリカの武道界ではブランドになるでしょう? 今後の活動の励みにして欲しいと思ったんですね。

 余談ながら、名人は必ずしも名師にあらず・・・というのが武道の世界では常識で、「俺は~先生に習っているんだ」と自慢する人に限って、師とは比較にもならないお粗末な腕前だったりするものです。

 これは、別に悪口ではなくて、本当に名人に習っている弟子で師匠の半分もできないというのがざらなんですよ。いや、ホントの話。

 半分の実力があれば出来がいいくらいで、1/10もできない・・・なんて例も珍しくありません。

 逆に凡庸な腕前の師範が弟子を育てるのが上手かったりするんですから、不思議なものです(まっ、これは自慢してるんですけどね?)。


 しかし、青木先生の凄いところは、自らがず抜けていながら、弟子を育てるのも上手いということですね。

 これは武道のみならず書道に於いても同じか、それ以上であるようです。

 まったくの初心者が天真書法塾に入ってから、短期間で信じられないような上達をし、賞をバリバリ取ったりしており、書道の専門誌の編集者が驚いていたくらいです。

 それは、素人が2~3年で道場の師範代になるようなものです。人によっては独立して道場持つようなレベルになってしまったり・・・。

 万能の天才というと、空海とかダ・ヴィンチとかシュタイナー、バックミンスター・フラーとか、いろいろ居るとは思いますが、青木先生は武道の世界でそういうレベルに達した史上初の人かもしれないですね。

 実際、松田先生と親しくなった時にも思いましたが、それまで雲の上の人のようにイメージしていた先生と親しくお付き合いするようになった自分に対して、(何で、俺みたいな素質も才能も無いオタクが・・・?)という引け目もあったんですが、今は、「これは俺個人がどうこうという問題ではなくて、宿命として武術の世界で果たすべき使命を持たされているんだろうな~?」と思うようになった訳です。

 そう解釈しないと、納得がいかないんですよ。空手・合気・中国武術・古武術・・・いずれの領域でもトップレベルの先生と触れる機会がありましたし、普通のやり方では絶対に習えないような秘伝を教わることも多々ありました。

 例えば、十数年前に、まだ私が公に顔出ししていなかった頃、いろんな都市伝説みたいな噂が出たことがあって、その中に、「長野さんは松田隆智さんが対道場破り用に中国武術の必殺技ばかり教えた秘蔵弟子だ」というものがありました。

 その当時は、「そんな訳ないじゃん(笑)」と言っていたんですが、その後、松田先生との交流の中で、本当に中国武術の必殺技“絶招”の秘訣なんかを教わりました。

 何で教わったか?と言うと、私が作ったビデオを松田先生にプレゼントしていたんですが、「我流でここまで研究したというのは凄い!」と、私が予想していた以上に非常に高く評価してくださいまして、それで技の修正すべき点や、発勁打法の打撃訣とか、色々細かい秘訣を教えてくださるようになったんです。

 ただし、「これは危ないからやっちゃダメだぞ。人にも教えちゃダメだ・・・」と言われているので、研究会内の技術分析以外に人に教えたことはありません。

 もっとも、言葉で説明しなくても、実演しただけで観抜いた会員も居て、間接的に教えたことになってしまいましたが、これはもう仕方がないでしょう?

 私が発勁、とりわけ浸透勁の危険性について書いているのは、実は、このような松田先生との私的な交流の中で、松田先生が研究されてこられた技法と理論を一部、引き継いでいる側面もあるからだったんですよ。

 誰にも教えていないことも教えてくださっていたらしいのですが、率直に言って懐疑心が強い松田先生が、そこまで信用くださったのは“性格が似てた”というのもあったのかもしれません。

 この話は・・・ハッタリ言ってるだけだと思う人には信じてもらわなくて結構です。有名な先生に習ったからといっても、私はそれを自慢する気はさらさらありません。

 私は、有名な先生に習っていると自慢する人を評価しません。それはブランド意識が先に出ているからです。権威をひけらかしているだけ。

 武術は所詮、自分が体得していなければ意味がありません。自分自身の実力だけが評価基準になるものですから・・・。

 それに、私は別に松田先生の技の後継者という訳では、まったくないですから。それは直に習われた方々に対しても失礼というものでしょう?

 無論、青木先生とも、ここ数年、似たような展開のお付き合いをさせて戴くようになっているので、門外漢には教えないような秘訣をレクチャーされたりもしていますし(瞑想や断食、身法、心法に関することなど)、最新研究成果について感想を求められたりもしています。

 そのせいだと思うんですが、元新体道をやっていた人が私の技(下段払いでそのまま潰すとか、連続攻撃を避けるとか)を受けて、「青木先生そっくりだ」と驚かれたりしました。正直、嬉しかったですね~。

 こういうのは、習って体得できる種類のものじゃなくて、“感覚を同調させて盗む”ようなものなので、教えたからできるというものじゃないんです。

 このやり方に関しては、私の数十倍もN師範代が上手いですよ。持って生まれたものもあるかもしれないですね?

 ま~、そんな先生方と親しくさせて戴いているからなのか・・・? 最近、一般に強いと言われる武道家を観ても、ちっとも強いと思えなくなってきました・・・。

“強さ”というものが外から判るうちは、全然、未完成なんじゃないか?と思えてきたんですね?

“強さ”というのは、気力の充実、陽気の発散という雰囲気で測るのが、ある程度以上の実力者の方法論ですが、大抵の武術家は気迫を発散させることはできても内に静めておいて、必要に応じて瞬間に集中して打ち出し、また元に戻る・・・という戦術的使い方ができる人は稀です。

 気迫を微塵も外に現さない人だと、実力の程が測れません。強いのか弱いのか、さっぱり判らない。

 外見から全然強さが観えないような先生ほど、実は底の知れない実力を秘めている・・・という具合に思えてきました。

 その秘密は、やっぱり、“剣だな~”と思います。

 剣が理解できないと日本の武術は全然、理解不能!

 これは剣術ができるかどうか?とか、剣を持っているかどうか?ではなくて、剣の理合が身法に宿り、そこから心法が育っているかどうか?ということです。

 拳法体術だけでは、この感覚は生まれないのではないか?と、最近、思うようになってきました。教えていても、明らかに、“そこ”で差ができるんですよ。

 剣の意識が無い人は、どうしても“雑な戦い方”をしてしまうのです。

 ボコボコ素手で殴りあって効くか効かないか?という“強さ”ではなく、「急所をサクッとかき斬られたら命が無い!」という非情極まる戦闘に勝ち残るものは、まったくの別次元であり、ごっちゃにして考えてはいけない・・・ということです。

 かつて真の一撃必殺の突き技を求め、極限の訓練に明け暮れた青木先生率いる楽天会と、その成果をさらに洗練させていき、現在進行系で進化し続けている天真会・・・。

 その進化の過程を傍観している身としては、書法剣法も根本原理が同じ・・・なのかもしれませんね。文武両道と言いますが、原理からすれば境界線は無いということでしょう・・・。


PS;

 ウィキペディアにせっせと“荒らし”をかけている人が居るそうで、その執念深さは、変態染みていて、正直、気色悪いです。書いてる内容も、およそ大人が書いたとは思えない小学生の悪口レベルで事実無根、論理的整合性も無く、本人は正義感で書いてるつもりでしょうが、ネット中毒者特有の肥大した万能感、目的不明の悪意、幼稚な自己顕示欲(注目されたい欲求)しか感じられません。

 そもそも、批判論というのは自分も相手も姓名を明かして文章責任を負う覚悟で論陣を張るのが原則です。“N氏”と書くことで責任を免れようとする素人考えの姑息さと、推測(妄想?)による論なので、アホらしくて答える気にもなりません。いい大人が、恥ずかしくないんでしょうか?

 簡単な話、自分の腕に自信があるなら道場破りすればいい。私をぶっ倒せば、何とでも言えるでしょう? 何故、そうしないのか?

 答えは明白。現実に立ち合うのが怖いからです。

 怖い訳ないと言い張るでしょうが、そう言った時点でもう嘘なんですよ。

 誰だって、他人と真剣に立ち合うのなんて怖いですよ。私も20年くらい前にグローブ空手の試合に出た時だって、電車に乗ってる間、ずうっと、何と言い訳して試合やめようか?とばっかり考えていて、(俺は何て臆病なんだ)と自己嫌悪に陥りました。

 ところが、実際にやったことある人は、大抵、私と同じように言います。怖いのが当たり前なんだと知って、ほっとしましたよ。私だけかと思ってたから・・・。

 誤解してもらいたくないのは、私は何回も実地に試した結果、つまり“事実”に基づいて書いてる訳です。嘘なんか書いてないのは、同様の体験者から聞いた話でも実証できます。

 武士の情けで書かないでおいてる情報もあるんですが、あんまり誹謗中傷がしつこいなら、全部、書いてやってもいいんですけど・・・、それやると、恐らく、自殺者が出るでしょう。

 どこの流派が捏造されてるか? 何々という人が経歴を騙ってるか?・・・そういう武道武術の業界の隠された真相を洗いざらい公表したらどうなるでしょうか?

 自分が堅く信じて生きる支えになっていた流派や師の正当性が嘘だったと解ったら、どうなりますか? 信じていた嫁が浮気しまくってたのを知って愕然となるのと同じ。そんなもんですよ。真面目な人は最低でも道場をやめるでしょう。

 だから、書けないんですよ。素人が想像するようなシンプルな業界じゃない。嘘・捏造が何世代にも渡って重層的に積み上げられてきているので、個人個人が真面目にやっていても全体の中では間違ったことを伝えている・・・なんてことになる訳です。

「素人が知ったかぶりするんじゃない!」と私がいつも書くのは、素人が調べて判る事柄の何百倍何千倍もの情報にプロは日常的に接しているからです。その情報網があるのがプロの特権なんですから・・・。

 いくらネットで吠えても、所詮、素人は素人。物事の真相を知る機会はほとんど無いんです。情報戦で素人がプロに勝てる道理はありません。

 インターネットを万能と考える人達も居るでしょうが、これも注意が必要です。インターネットに出てくる情報は玉石混淆で、精選された情報ではないからです。

 武術的に言っても、戦いは、まず情報を制して戦略を練った者の方がほぼ勝ちを制することができます。ある意味、私に関しては虚偽の情報ばかり出回っているので、最初から私が有利に戦うことができる訳です。「弱い」と思われるのも戦術的にはOKなんです。

 昔、虚偽の情報を掴まされて国会で糾弾して間違いが判明してから最後は自殺してしまった民主党の代議士の人が居たじゃないですか? 間違った情報を武器にしたから、自滅に追い込まれてしまった。自分が正義だと信じていたら、それが間違いだと判明してアイデンティティーが崩れてしまった訳ですね。恐らく、意図的に掴まされたんでしょう。

 私をネットストーカーしたり陰で足引っ張っていた人達が、その後、どうなったか?

 具体的な名前は書けませんが、一人は仕事を干されて消息不明。一人は詐欺事件で海外逃亡、行方不明。一人は精神疾患で通院中。一人はメディアとのコネを失い孤立。

 嘘みたいだけど、本当のことなんですよ。私が何もやらなくても勝手に自滅してしまったのです。

 物事が上手く行かないことを全て外部の責任と考えていると、独善と傲慢を増殖させ、犯罪行為さえ厭わない精神に変貌させてしまう・・・その結果です。

 自分の人生は自分のモノの考え方によって、できあがっていく・・・。数多の成功哲学や、仏教の唯識論によって語られてきたことです。

 私は自分の利益だけ考えていたら、他人の批判はしないですよ。批判したら自分に返ってくるのが解ってるから・・・。

 それでも批判し続けてきたのは、嘘が広まれば多くの人に悪影響が出てしまうからです。
 自分が不利益を被っても、誰かが嘘、間違いを訂正していかなければ、バタフライ・エフェクト(蝶の羽ばたきで起こった微風が大きな災害に繋がるという仏教で説くところの因果応報の法則)のように、将来に大きな災いが起こってしまうと考えるからです。

 私はそれがこの時代に生まれた自分に与えられた天命だと認識しているので、どれだけ周囲の人が親切心で忠告してくれて(「君が評判を落とすだけだ」と)も、絶対にやり方を変えなかったのです。それは使命感があるからですよ。ジャーナリズムの精神の。

 嘘は嘘、間違いは間違い、ならぬことはならぬ・・・と言う人間も必要なのです。

「長野くんは任侠道が解ってるな~」と松田先生が誉めてくれた理由が、私の想いを理解してくださったからです。御自身も同じ想いでやってこられていたから解ったのだし、最期まで応援してくださっていました。

 本当に最期の電話の時に、武術界の感想で「インチキなやつばっかりでダメだ・・・」と言われていたので、「いや~、先生、そう言われると僕もインチキだから肩身が狭いですよ」と言うと、「いや、長野君は違うよ。俺は本当に長野君は尊敬してるんだよ。君みたいに全体を考えて行動するヤツはいないじゃないか? 自分のことばっかり考えて・・・」と言ってくださいました。

 武術界の両巨頭が認めてくださったのは、私が私心でやっているのでないことを観抜かれたからだと思います。だから、見る目のない人から何と言われようが構いません。私は私の生き方を貫くだけですよ・・・。


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特撮ドラマの裏事情

 七月末に平山亨氏が亡くなられていたことを新聞で知りました。

 ほとんどの読者はご存じないと思いますが、私のような特撮好きにとっては神様のような存在です。

 東映は、この人がいなかったら特撮物を撮っていなかったかもしれません。

 プロデューサーとして関わった作品を列挙すれば、私が大袈裟に書いているのではないことは明らかでしょう。

『悪魔くん』(水木しげる原作で白黒TVの時代に実写ドラマ化)『河童の三平妖怪大作戦』(同じく白黒時代の水木作品実写化)『キャプテンウルトラ』(スペースオペラ調の宇宙怪獣と戦うシュピーゲル号のキャプテンウルトラ。タイトルから円谷作品を連想させるけど東映です)『仮面の忍者赤影』(怪忍獣って、今風に言うと式神だよね)『ジャイアントロボ』(パシフィックリムの原点!)『仮面ライダー』シリーズ(ライダー1号・2号・V3・X・アマゾン・ストロンガーと、今に続く大河シリーズになったよね?)、『ゴレンジャー』(こちらも戦隊シリーズの原点)『がんばれロボコン』(ファミリードラマ調の原点)『好き好き魔女先生』(主演女優がヤモリゲス役の役者と付き合っていて殺された事件の方が有名になってしまった悲劇の作品)『妖術武芸帖』(佐々木いさおが主演した時代劇)『柔道一直線』(巨人の星と並ぶスポ根物)『超人バロム1』(少年二人が友情パワーで合体変身する作品だけど原作だと顔がゴルゴ13なんですよ)『変身忍者嵐』(仮面ライダーの戦国時代版として企画されたそうな)『人造人間キカイダー』(半分機械が剥き出しのヒーローという斬新さ)『キカイダー01』(後半はビジンダーの話になっていたような・・・)『ロボット刑事K』(哀愁ただよう刑事物)『イナズマン』(サナギマンがグロかった)『コンドールマン』(モンスター一族ってイルミナティーの隠喩?)『アクマイザー3』(機械化したアクマ族)『ザ・カゲスター』(影が変身するという男女ヒーロー物)『忍者キャプター』(要するにカクレンジャーやハリケンジャーの元ネタ)『宇宙鉄人キョーダイン』(堀江美津子がヒロイン役で出演したけど、あまりに苛酷な現場に嫌気がさして以後実写ドラマには出演せず)『超神ビビューン』(アクマイザーの魂を受け継いだ超神が活躍)『快傑ズバット』(とことんキザなんだけどカッコイイ伝説の特撮ドラマ)『大鉄人17』(ジャイアントロボそっくりなのは気のせい?)『スパイダーマン』(巨大ロボ・レオパルドンを出したのは平山亨だった!)『ジャッカー電撃隊』(真田さんや志穂美さん、大葉さんがゲスト出演)『バトルフィーバーJ』(五人の踊りの名手という設定だけど、どう見ても下手でした)『仮面天使ロゼッタ』(ホラーとヒロインアクションを融合した野心作)『ボイスラッガー』(声優たちが実写ドラマに挑戦)・・・etc.


 ふぅ~・・・、書いてるこっちも唖然となるくらい、特撮作品のあれもこれも平山氏がプロデュースしていたのか?と思うと、私なんか、どれだけ影響を受けたか解らないですよね~?

 この他にも時代劇を中心に無数の作品に関わられているそうです。

 平山氏が生前に刊行された『泣き虫プロデューサーの遺言状~TVヒーローと歩んだ50年~』(講談社)を読むと、それぞれの番組の裏事情が解って興味深いですね。

 ある意味、死ぬまで現役プロデューサーとして明るく楽天的に生き抜かれた印象を受けます。

 合掌。


 一方、特撮の神様と呼ばれた円谷英二の孫である円谷英明氏の『ウルトラマンが泣いている・円谷プロの失敗』は、ひたすらペシミスティックな余韻を残します。

 円谷プロの代名詞とも言うべきウルトラマンを、ビジネスとして食いつぶしてきてしまった円谷プロの内幕を、自省も込めて明かされている六代目社長も勤めた経験からの手記なのですが、経営する側の苦心は理解できるとしても、ウルトラマンに頼り切った円谷一族のお家事情という認識で語っておられるところが、そもそもの間違いではなかったのかな~?という気もします。

 ファンにとって、ウルトラ・シリーズは作品として独立したものであって、「円谷だからどうのこうの・・・」という論理をそこまで持っているものでしょうか?

 仮に円谷ブランドの力があるとしても、それは円谷英二のみならず、デザイナーの成田亨や脚本の金城哲夫さん、演出の実相寺昭雄さんといった伝説的カリスマが集っていた総合的な評価だと思うのですね。

 ファンからすれば、円谷一族のお家騒動を知ったところで、「ふ~ん、大変だったんだな~?」くらいにしか感じないように思います。

 例えば、仮面ライダーが石ノ森章太郎が原作なのは誰もが知るところでしょうが、平山亨というプロデューサーがいなかったら、これほど世間に認知されていなかったのではないでしょうか?

 そして、当然のことながら、キャストやスタッフの力が総合的に組み合わさって、仮面ライダーとなったのであって、それはウルトラ・シリーズも同じことではないでしょうか?

 金の問題でも視聴者の価値観の問題でもなく、初期のウルトラ・シリーズが圧倒的な人気を得たのは、「視聴者に凄いものを観せてやる!」という熱意があったからではないか?と私は思います。

 例えば、雨宮慶太監督の『牙狼』は、深夜の大人向け特撮番組として放送され、着実に人気を高めて新シリーズに繋がっています。

 既製のキャラクターに頼らずとも、熱意を以て凄い作品を観せてやる!という気持ちがあれば、それは作品に反映し、視聴者にも必ず届く・・・そういうものではないでしょうか?

 ウルトラ・シリーズや『怪奇大作戦』が時代を超えて今でも愛されるのは、ただただ、当時の製作スタッフとキャストの情熱があったからこそだと思います。

 円谷プロは、もっと多彩な作品創りをしても良かったんじゃないか?と思いますね。

 円谷映像は『エコエコアザラク』のような秀作も多く創っていましたし、要するに、作品のコンセプトと作家主導の路線を確保してやっていくことで、ウルトラ・シリーズに頼らずともやれたのではないか?と私は思いますが・・・。

 特撮はもうダメだ・・・みたいな悲観論じゃなく、ハリウッド映画なんか特撮物全盛じゃないですか?

『パシフィック・リム』なんか、日本の特撮作品のテイストをハリウッドの先端技術で撮ったら、こ~なる!というお手本みたいな作品ですよ。

 余談ですが、この『パシフィック・リム』の宣伝で、「芦田愛菜ちゃんが凄い!」としか言わないバカ宣伝っぷりには呆れてしまいましたよ。

 阿呆じゃなかろうか?

 大怪獣VS巨大ロボットというクールジャパンのお株をハリウッドにとられて、何をのほほ~んと「愛菜ちゃんカワイイ~」とか寝ぼけてんのか?

 菊地凜子の大活躍っぷりを絶賛せずして、一体、どこを観てるんだ?と思ったのは私だけでしょうか?

 押井守くらいかな~? 菊地凜子のカッコ良さに気づいていたのは・・・(アサルトガール・シリーズで)。

 日本人の女優がハリウッドの大作映画で、ここまで堂々の主演を演じた前例は無いでしょう? しかも、棒剣術の試合シーンなんて気合が入りまくっていてアクション女優として活躍できる可能性を感じさせます。

 これは『小川の辺』で高瀬道場で特訓した成果が花開いた?のかもしれません。

『小川の辺』では菊地凜子の殺陣シーンは、大幅にカットされてしまったそうですが、訓練で獲得した技能は財産ですよね~。アクションに無理解な邦画より、ハリウッド映画で活躍できた方がずっといいもんね~。

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武道武術雑誌の裏の顔

 うちの会員には整体療法や鍼灸、接骨院をやっている人が10人以上居ます。初期の頃の師範代二人は鍼灸師と身体均整師でしたし、現在もN師範代が仕事しながら各種療法を勉強中です。「練習に通いたいけど、忙しくて練習に通えない」という人ばかりです。

 こういう仕事は一日10人も施術したらグッタリして何もできなくなるのが普通で、呑気にネット書き込みしている人間が居たら、よっぽどヒマを持て余していると思って間違いありません。何故なら、身体の不調を治しに来る人は基本的に邪気が溜まっているので、施術すれば邪気を取り込んでしまうからです。

 だから、手技療法家は割りと若くして死ぬ率が高かったり、邪気を受け過ぎて精神を病む人も少なくありません。精神科医師が異様にハイテンションだったりする例もありますが、それも気の理論的に納得できますね。要するに狂気が伝染するのです。

 私はカイロプラクティック(ディバーシファイド、トムソン、ローガンベーシック、SOT)や武道医学(整胎、活法、気体調整法)を勉強しましたが、大変なのが解っているし、自分の適性を考えたら、文筆業を優先した方が良いと思って開業しませんでした。

 私がブログ書いたりしているのは、営業広告に繋がるからやっている訳で、ヒマ潰しに書いてる訳じゃありません。ブログの原稿を編集して本にまとめることもできますから、将来への投資にもなりますから。

 何か、根本的に勘違いしている人がいるんですが、私は文章書いて金貰うのが本業ですから、お金に結び付かない文章は基本的に書きませんよ。読者からの質問も、DVDを買ったりセミナーを受講した方へのアフターサービスで書いています。タダで情報だけ得たい人には答えません。

 武術は危険な情報を含みますから、問い合わせに個人情報を書き込んでもらうようにしているのも、興味本位で無責任な人を排除するのが目的です。何でも情報公開するのが正しいと考えるような幼稚な人間にとって武術は凶器になりかねませんから、無料で知識を広めましょう・・・みたいな愚かなことをしてはいけないと思っています。

 例えば、過日、親しくしていただいている武道の先生から対談を依頼されましたが、その先生の道場の記念誌に掲載する記事のためで、謝礼まで用意されていました。

 単に友人関係だったら、謝礼とか出さないのが普通ですし、私も貰うつもりはなかったんですが、私がプロのもの書きを仕事にしていると御承知だから配慮してくださった訳ですね。

 それでも、労力に比べて、ちょっとこれは貰い過ぎてるな~?と思ったので、DVDとかお贈りしました・・・。

 DVD製作も、当然のことながら、カメラマン、モデルの方には謝礼のお金を払っていますし、編集してもらってる友人や会員にも、当然、お金は払います。

セミナー風景を映してDVDで売るのはおかしい」と批判している人も居るそうですが、私が昔、ある古武術講習会を受講した時の様子はビデオ化されていて、「長野先生、映ってましたね?」と会員に指摘されて知ったこともあります。

 この批判者の論理は、“武道武術の出版社にも、ゲリラ撮影しているドキュメンタリー映画や劇映画のあらゆる会社すべてに文句を言うべき”ですし、“TVのニュース映像も町の風景を写した写真集も、すべてNG”だということになりますね?

 何故、私に対してだけ批判しているのでしょうか? 個人的な悪意しか感じませんね。

 私は、「これはDVDにして売りますから映ってマズイ人は映らないようにしてくださいね」と、わざわざ撮影時にお断りしています。そのような事情も知らずに、独りよがりな論理でイチャモンつけている自分の浅薄さを反省して欲しいですね。

 最近、私が体調不良だったり忙しかったりしているので、代わりに営業やってくれている会員にも売上の一割払ってます。本人は無報酬でやろうとしてくれていたんですが、いくら会員でも仕事帰りにわざわざやってくれるのをボランティアでやってくれって訳にはいかないでしょう。

 今、周囲の会員に助けられて、何とかやれているのが現状です。各支部長と事務局担当者には、せめて少しでも現金で報酬を・・・と思っていますが、まだまだの状況です。

 私が作家目指したのも、私にできる金稼ぐ技能と言えば、文章書くくらいしかないからなんですよ。ベストセラー出して、皆で楽しく会社やりたい・・・というのが目下の目標です。

 昔は金稼げなかったから、無料で教えてくださる先生に本当に心の底から感謝していましたし、その分、「いつか必ず御恩返ししなければ・・・」と思っていました。

 文筆業が順調になって、人並みに稼げるようになってきたので(それ以前は、映像出版関係の会社を御紹介したり本に書いたりして宣伝という間接的手法で恩返ししようとしてきました)、「武道家に相応しい物をプレゼントしたい」と思って、打ち落としの真剣(研ぎも自分で挑戦したけど、結局、十数万で専門業者に依頼しました)を買って外装を自作して感謝の印として贈ったり(総額、40万以上かかって、既製の刀買った方が安かったかもしれません)・・・自分でできる限りのことは精一杯やってきたつもりですよ。

 実は、松田隆智先生にも真剣をプレゼントしようと思って準備していたんですが、お亡くなりになられて贈れませんでした。心残りと言えば、それが心残りですね。示現流がお好きだから薩摩拵えの外装を作って贈ろうと思っていた矢先なんですが・・・。

 形で見えないと、どんなに頑張って恩返ししても認識してもらえません。お金というのは、その分スマートに恩返しできて、いいのかも知れませんが、やっぱり日本の武道家にとっては日本刀というのが特別じゃないですか。

 そういえば、武道医学のパリッシュ先生は中山清先生から二代目相伝の証しとして村正の大刀を譲られたそうでした。刀を贈るというのは特別な意味があるんですよ。

 昔、3万円借りていた剣術と内家拳の先生には、13万円で買った短刀を代わりに差し上げました。金額だけじゃなく、その先生への最大の感謝の気持ちなんですよ。

 日本刀を毛嫌いしたり馬鹿にしたりする武道愛好家もいますが、日本武術の真価を理解していないから、こういう愚かな考えに陥るのです。日本刀は単なる刃物じゃなくて日本の武術の根本原理を示しているのです。

 昔の武道家は皆、大の愛刀家でした。刀に興味が無い者は日本の武術の真価が理解できない愚か者ですよ。

 私は受けた恩を忘れたことはありません。恩知らずみたいに言われる筋合いはないですし、こっちがいろいろ世話してやった事実も忘れて、逆恨みだか嫉妬だか知りませんが、嫌がらせで返すような“人間のクズ”に文句言われる筋合いはありません。

 これも試練だと思うしかないんでしょうが、風評被害で売上が減ると謝礼も払えなくなるので活動そのものが滞ってしまってダメージが大きい訳ですよ。とにかく、活動が広がれば出ていく金も増えるので、入るべき金が入らないと死活問題です。

 悪評広めてるヤツに悪気は無くても、やってることは、もう“犯罪”ですからね。

「本当に、こんなこと続けられるのなら告訴するしかないな~」と思って、知り合いの弁護士の方に相談しています。

 また、私が有名武術家を誹謗中傷していると勘違いする人も多いですが、これは批評活動の一環であって、誉めるべき人は誉め、叱るべき人を叱っている・・・、ただ、それだけですよ。事実について書いてるだけ。

 だから、時には嫌いな人でも正しいことをやっていれば誉めるし、尊敬している人でも間違ったことをやれば「それは違います」と言ってきました。批判というのは、そういうことです。自分の主観的好みでイチャモンをつけるのとは根本から異なります。

 よく読めば、そうやっているのは判る筈なんですがね?

 よほど読解力が無いのか、日本語が読めないのか? 私、結構、いろんな人から「長野さんの文章は判りやすいですね」って言われるんですけど、本当に勘違いして文句を言う人も居ますね~?

 恐らく、武道武術の雑誌では批判的な内容が滅多にないから、そこに採り上げられている先生方は実力も人柄も素晴らしい人ばかりなんだろう・・・と思っているから、私が嘘を書いていると思うのかもしれませんが、事実はまったくの逆ですよ!

 はっきり真相を書いておきましょう。

 武道武術の専門雑誌の編集部では、毎日、誌面で採り上げている先生方のダメ話で編集者とライターが大笑いしています。

 誌面では「達人だ!」と煽っておきながら、「あんなのボクシングには通じないよ」と嘲笑したりする・・・。

 無論、全員がそうではありませんよ。

 でも、過半数の編集者やライターが、取材先の武術家が、いかにインチキ臭かったか?みたいな話を披露して小馬鹿にしています。そのインチキ臭い武術家先生のお陰で雑誌が出せて生活できているのに・・・。

 愛情があっての場を和ませるユーモアだったら、私も何も言わないですけど、大抵は上から目線で有名人の裏話で盛り上がってるだけです。

「ええっ? 専門雑誌の編集者やライターは、そんな根性のねじ曲がったヤツばっかりなのか?」と思われるかもしれません。

 しかし、そう単純ではありません。

 武道武術の専門雑誌の編集者やライターは、ほとんどが、武道武術の愛好家が高じて、雑誌の仕事をやるようになった人ばかりです。

 つまり、人一倍、武道武術が好きな純粋な人間だったのです。元々は・・・。

 だから、尊敬し憧れていた先生方と付き合うようになったら、想像していたのと違って人格が破綻していたり、実力が伴っていないような人ばかりだったので、愕然となって不信感が増大してしまった結果でしょう。

 ただ、雑誌を出していくには、人格が破綻していようが虚言体質だろうが実力が伴ってなかろうが・・・読者の人気がある先生を出さないと雑誌が売れないから、誌面上では偶像崇拝するように仕向けていかなきゃならない訳です。

 だから、心にもない記事を書く・・・「仕事だから仕方がない」と自分の本心を欺いていく・・・その結果、“根性がねじ曲がって”いく訳ですね。

 自分に嘘をつけない人は、雑誌作りから離れていったりします。私も「こんな読者騙すようなの、やってらんね~や」と思って離れました。御自分で出版社を立ちあげているある方は、「雑誌は嘘書かないといけないから、うちは出さない」と言われていました。

 武術雑誌は作り手と読者の“共同幻想”で成立しているので、幻想を壊すような現実を突き付けられることを恐れます。

 もっとも、これだけネットが広がった世の中で共同幻想に頼った雑誌を続けられるかどうか? ちょっと考えれば答えは明らかだと思いますが・・・。

「本が売れない。雑誌が売れない」・・・と嘆く前に、「何で売れないのか?」と考えて、読者が求めているもの、読みたいものを考えて出していけばいいと思います。

 武術雑誌は共同幻想の殻を割って読者を啓蒙していくくらいのつもりにならないと、もう未来は無い。30年以上、同じ路線を続けることに無理があったんですよ・・・。

 そういえば、今月号の『秘伝』で、平直行さん新連載の記事で非常に重要なアンチテーゼを投げかけられていました。

 曰く、「格闘技をやっている人間は武術家が強いとは思っていない」と・・・。

 これ、武術やっている人間にとってのタブーだから、思っていても口にしちゃ~いけない?・・・言葉でしょうね。

 強い弱いの定義から考えれば、平さんの考えにムカッ腹を立てて噛み付く武術愛好家も居るだろうと思うんですが、武道・格闘技の世界の一般論として流通している考えとして書いてくれたのは良かったんじゃないか?と思いますね。

 実際、武術家と自他共に呼ばれる著名人の大半が、ビックリするくらい現実に戦う技能が無かったりするのは“事実”ですから。

 プロ格闘家と比べるまでもなく、やっぱり、素人の喧嘩慣れしてる程度の人間を相手に、何もできずにタコ殴りにされたりするような人間が武術家と名乗れるお寒い状況は日本だけでしょう?

 異常過ぎて、もはや“ドリフのコントの世界”ですよ。

 そして、それを容認してきたのが武術雑誌を中心に形成された武術業界です。およそ、まともに戦う技能が無いと判っている人間を“達人扱い”して紹介する捏造行為に加担し続けてきた結果、余計にそういう自意識過剰な勘違い人間が集まってくるようになってしまった訳です。

 もちろん、そういう人間は以前から居たのでしょうが、少なくとも昭和の頃は道場破りというシステムが機能していたので、実力が伴わない者は自然淘汰されていたでしょう。

 現代では、メディアを利用していくらでもごまかせる。そのシステムをけん引してきた代表的人物が甲野善紀氏なのは、この業界の人間なら誰でも知ってることです。「驚異的秘技を連発しながら、まともに闘えば冗談みたいに負けちゃう人」として・・・。

 ま~、甲野氏を出さなきゃ~本が売れない・・・という事情があったから、仕方が無かったんだと思いますが、やってる人達も心の底では空しさを感じていたと思いたいですね。

 でもね~、平さんも甲野氏の戦略に乗せられた過去(ムック本でからんでる)があるんだから、そこははっきりさせなきゃ~ダメでしょう・・・(苦笑)。

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『笑拳』と『子連れ狼』

 TV放送された時の吹き替え版も収録された『クレイジーモンキー笑拳』を観ました。

 日本公開の時に付けられたテーマ音楽が収録されているものでないと、何か違和感があったので、「コレコレ。これでないとダメだよな~」と、ノリノリで観ましたよ。

 ジャッキー・チェンの初監督作ということで、何か気合が入った作品で、私はジャッキーの初期のカンフー物の中でも特に好きなんですね。

 改めて観ていて、何で、この作品が好きなのか理由が解ったような気がしました。

 とにかくジャッキーの感情が爆発しまくってる作品なんですよ!

 何しろ、喜怒哀楽の感情に合わせた秘密の拳法・・・という設定が素晴らし過ぎます。

 それまでの酔拳や蛇拳は、実際にある拳法でしたが、この笑拳そのものは創作です。ただし、怒りの拳は、洪家拳に伝わる鉄線拳の型をベースにしており、この時期の物凄く鍛えられた上半身をアピールする描写が、ブルース・リーっぽいんですが、ジャッキーはさほどナルチシストではないので、肉体で見せる以上に、感情を爆発させる演技力で見せてくれています。

 劇場公開された当時には、ジャッキーってナルなのか?と思ったものでしたが、そうでもないみたいだな~?と思いますね。

 女装したり色々やるのも、芝居に対する真面目さ、観客を楽しませるための見せ方の探求心の深さが感じられます。

 それと同時に、脇役や仇役のキャラ付けをしっかりやっているのに驚かされます。

 仇役“鉄の爪”のヤム・サイクンは、『龍拳』や『スウォーズマン2』『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ天地黎明』『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ外伝アイアンモンキー』にも出ていて達人の強敵キャラをよく演じられていますが、この作品での白髪の悪の武術家役は特に印象が強い外見です。

 が、ラスト、怪我をした師匠を箱車に乗せて去っていくジャッキーの姿に「ててごと母ごと、ごとごとと・・・一石橋で待てばよい・・・」という子連れ狼の『ててご橋』のテーマ曲が流れたのを見ていて、おやっ?と思いました。

 ジャッキーの初監督作品で子連れ狼のパロディをやるということは、ジャッキーが子連れ狼のファンであることは疑う余地がありません。

・・・とすれば、あの“鉄の爪”の風貌って・・・ひょっとして柳生烈堂がモデルだったのでは?

 いや、多分、そうなんでしょう。今更ながら気づきましたよ・・・。


 話は変わりますが、クエストさんから出ているDVDで『相川宗大・倒すパンチ』というのを見ました。

「重心移動によるリズムステップで相手をサンドバッグにする」「異次元のスピードが最強のパワーを生み出す!」という惹句が、何だか、どこかで聞いたような・・・(苦笑)。

 この相川さんという方は、別に武道家でも何でもないのだそうです。数多くのアスリートを独自の理論で指導して競技能力を向上させ、その結果が出ないと報酬を貰わないというコーチをしている人なのだそうです。

 一見、「怪しい~。怪し過ぎるぅ~(笑)」と思ったものの、面白そうだったので観てみました

 すると、確かに武道や格闘技の経験は無さそうです。デタラメと言ってもいいくらいデタラメな動きに見えます。

 しかし、この人が言っている理論は傾聴に値します。

 重心移動でパンチを打つ・・・という理論は、私の考えと同じだからです。

 やり方は違いますが、狙っているのは同じでしょう。そして、結果が同じなら、やり方は何でもいい訳です。

 それに、デタラメな動きというのは、実は大変に難しいのです。やろうと思ってやれるものではありません。

 これは田中泯さんが言われていたことですが、私が武術研究の過程で前衛舞踊に注目したのも、この点にありました。

 つまり、重心を体内に固定させないで動き続けることの様々な利点について研究していたのです。

 過日、私は自分の重心を体内でバラバラに散らしている・・・と書きましたが、この相川さんも同じことを考えて実践している様子です。

 常に重心が体内を移動し続けている状態で対することで、相手からは攻め所が無く、こちらからは自在に攻撃できる・・・という仕組みです。

 模範でスパーリングしている様子を見ても、スパーリングでありながらスパーリングにならない。動きにセオリーが無いので攻め難い訳です。

 これは武道や格闘技に一石を投じる内容かもしれません。

 見た目で判断すれば、やはり「怪しい~」と敬遠する人が多いかもしれませんが・・・。
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八月『合気と化勁』感想

 八月は、お盆と稲川さんの季節・・・。蝉の声もキングゼミラのように煩いような気がして、酷暑も通り越した今年は、ひたすらバテバテですね~?

 毎年、八月セミナーが一番、面倒臭くって、できればお休みにしたいな~?というくらいやる気がわかないんですけれど、何時間もかけて遠くから足を運んでくださっている受講生の皆さんのことを思えば、我が儘は言えません。

 でも、暑い・・・。

 40度越えが当たり前になりそうな暑さは、暑いというより痛い感じがしますね。何でも、ついに41度越えの新記録が出たそうですが、そんな記録は要りませ~ん!

 この季節、水分補給も大切ですが、塩分もとらないと浸透圧の関係で逆に危険ですから、皆さん、塩飴なめながら水飲むか、スポーツドリンク飲んだ方がいいですよ~。

 節電のためなのか? エアコンの効いてるファミレスに客が殺到しているような気がします。いつもより混んでる・・・。

 この季節、本当に怖いのは脳梗塞とかです。軽い熱中症だと侮らないで、体の変調を感じたら、すぐに休んでください。血液が濃くなって血栓ができるのが怖い。注意して予防してくださいね。

 あと、暑くて食欲が減るからといっても、動物性タンパク質は適度に摂った方がいいですよ。ただ、食中毒の危険性があるので、よく焼いたり煮たりした方がいいです。

 お寿司にワサビが入ったり、ガリが添えてある意味はご存じですか? あ~いうのを薬味って言うでしょう? つまり、殺菌効果があるものを添える昔の日本人の知恵だった訳なんですよ。醤油だって味のためだけのものじゃなくて、やっぱり殺菌なんですよ。酢飯にするのも同じ・・・。


 さて、今月は合気と化勁・・・。

 これは毎年の目玉なんですけれど、だからといっても毎年、同じことをやっていたのでは芸がありません。

 だから、毎年、より進化した内容にしていかなくてはいけない・・・と思っているので、実は一番、プレッシャーかかるんですよ。

 合気上げだの指合気だのといった見世芸は、初めて体験する人はビックリして感動するかもしれませんが、一度、仕組みが解ってしまえば武術的意味の無い技だとはっきりしてしまうので、通の人は逆にバカにするだけでしょう。

 素人を驚かせるだけの技で、実戦に用いる技は別の練習が必要なんです。

 見世芸で達人のフリをする時代は終わったのです!

 見世芸の大御所と言えば、今は何といっても甲野善紀氏ですね。あれほど極端な方は外におられないと思いますが、“見世芸一代”と言うべき飽くこと無き“状況設定達人技演出理論”は素人から専門家まで数多の人を盲信させているのですから、あるいは「日本武道史上空前絶後の詐術家」として歴史に名前が残るかもしれません・・・。

 まあ、詳しく書けば本一冊書けるくらいの量になると思うので割愛しますが、最近出たDVD付きムック本で、ナンバについて自分の理論が誤解されて広まってしまった・・・みたいに書いていたんだそうで・・・そのあまりにも恥を知らないタワケっぷりには、怒りを通り越して「こんなド阿呆を一時期でも信じた俺は超バカだったぜ~っ!」と、物凄い自己嫌悪を感じてしまいましたよ・・・。

・・・という訳で、今回は護身術的な状況で用いる合気や化勁の応用技をいろいろやってみました。

 胸倉つかまれたり、パンチ(ストレート、フック)、後ろから羽交い締めされたりするのに対して合気技で逆転する・・・というのをいろいろやってみました。

 一応、見世芸の原理も教えてますが、見世芸って仕組みを教えれば誰でもできる訳ですよ。だって、相手が協力してくれてる訳だから・・・。

 これが“状況設定の詐術”なんですね。相手が無自覚な状況で一方的に自分が勝てる設定にはめ込む・・・それだけの話です。

 実際、もう、見世芸だったら、うちのセミナーに来ている人達のほとんどが、0インチパンチ、合気上げ、多人数合気、指合気、体の合気、片足立ちで胸押されても崩れない上にその状態から胸から発勁して相手を跳ね飛ばす・・・なんて芸当まで体得させちゃってますからね。

 明言しますが、これらは状況設定すれば誰でもすぐに体得できることなんですよ。

 よって、甲野氏の神業?も、私が教えれば誰でもすぐに体得できますし、さらにその業を通じなくさせる返し業も体得させられます。

 即ち、私が教えたら、ズブの素人でもあっという間に甲野氏の業がまったく通じなくなってしまうのです。

 何で、そんなことができると断言できるのか?

 それは、彼の神業を成立させている必要条件が、業ではなくて“状況設定”に秘密があるからなんですよ。

 これは別に彼だけの問題ではなく合気武術系の見世芸全般に通じている原理です。

 この点については吉福先生も気づいておられなかった様子ですね。本を読む限り。

 見かけ上の威力やスピードに注目させることによって、その業を成立させている条件に目が行かないようにする・・・これは手品の常套手段です。

 ごく簡単に言えば、状況設定の主目的は、重心の固定化です。しっかり構える。頑張って踏ん張る。力を入れて抵抗させる。・・・これらをやらせることによって、相手に本気でやっているように思い込ませる。

 彼の論は、相手に対して、受けさせることを要求します。ここがくせ者なんですよ。

 受けた瞬間、嫌でも相手は重心が固定化してしまう。だから重心が崩される訳。

 固定したマキワラを斬るのは難しくありませんが、動いていたらうまく斬れなくなる・・・というのと同じ原理です。

 動かない的なら百発百中の腕前の人でも動き回って撃ってくる相手に当てるのは至難の業です。

 彼の状況設定は、相手を居着かせるための工夫なんですよ。受けてる人はそれに気づいていないから、自由に反撃させてもらっているように錯覚してしまう訳です。無論、事実としては言われるままに限定させられた対応をしているので、本気でやっても既に詐術にはめられて術中に陥っているのです。

 10年くらい前に、私が口頭で説明しただけの会員数人が甲野氏に圧倒的に勝ってしまったのも、状況設定の手口を教えて返し方を説明したからなんですよ。

 つまり、術中にはまらない相手に勝つ実力は無かったということです。

 実力がある方が勝つ・・・としか考えられない人間(大抵の武道愛好家)は、そのような騙しの手口に引っ掛かってしまうのです。要するに、騙しているだけで実力勝負でも何でもないのですから・・・。

 もちろん、その後、甲野氏の業が格段に進歩している・・・と反論する人もいますが、私の見るところ、“見せ方を変えているだけ”で本質的には少しも進歩していません。相変わらず小手先の見世芸で、戦いの使いものにはならないと思います。

 嘘だと言われるなら、いつでも証明しましょう。

 いや、別に私やうちの会員が手合わせしなくても証明できます。

 私が甲野氏の教え子に入れ知恵して、その場で甲野氏の業が通用しないようにしてしまう・・・ってのはどうですか?

 これなら、完全な技術論だけで証明できるでしょう?

 まあ、この期に及んで弱い者イジメする気はないんですが、あんな見世芸を繰り返して武術を誤解させ続けて、“間違いを指摘されても屁のような言い逃れをして平然としていられるような恥知らず”に、これ以上、武術のブの字も語らせてはいけない!という気持ちなんですよ。

 私は、いい加減でルーズな人間ですが、こと武術に関しては真剣にやってきました。はっきり言って、命かけてやってますよ。安全なところから誹謗中傷を繰り返しているような性根の腐った連中と同列に思われるのは心外です。

 そもそも、武術を利用して間違いを広め、それを指摘されても謝らず責任も取らないようなのって、プロ以前に人間としていかがなものか?と思いますよ。

 甲野氏は世間一般には武術の世界の第一人者だと思われている訳ですから、自分の発言の影響力に関して無責任でいられる道理がありません。間違ったら、「間違いました。済みません。訂正させてください・・・」と書くのが当然のやり方です。

 松田隆智先生青木宏之先生は、私が間違いを指摘しても堂々と認めてくださいましたよ。それが当たり前なんだけど、できない人の方が多いんです。大先生扱いされてると、特にそうなってしまいます・・・。

 グダグダと言い逃れして自分の責任ではないと強弁する姿なんて、見苦しいだけです。

 もう松田隆智先生も亡くなられてしまったし、インチキはインチキだ!と言い続ける人間がいないと、日本の武術の世界は恥知らずの売名欲しかない“平気で嘘をつくクズ連中”の巣窟になってしまうのではないか?と、本当に心配です。

 もうすぐ発売される『秘伝』で、松田先生の御逝去について特集記事が載ると思いますが、一体、何と書かれているのか? その内容次第では、私は、ちょっと業界にカマしてやろう・・・という気持ちでいます。

 インチキを指弾して訂正していく人間が私以外にいないんだったら、これはもう、やるしかありませんね。

 ま~た、つまらぬ恨みを買うことになるでしょうが、それもまた、修行の道ってことでしょうかね~? あの世に行った時に、松田先生だけは誉めてくれるでしょう・・・。

 セミナーが終わって、いつものように喫茶店でダベッてゲリラ豪雨を避けてから帰りましたら、京王線が落雷で不通になってしまっており、小田急線に乗り換えて帰りました。

 途中、メールで千葉師範代からレイトショーで『パシフィック・リム』を観に行きませんか?と来たので、帰宅してから待ち合わせて地元の映画館MOVIX橋本で『パシフィック・リム』を観てきましたよ~。

 これ、大怪獣VS巨大ロボという日本の特撮やアニメが描いてきた内容で、メチャメチャ燃えましたよ~! ギレルモ・デル・トロ監督は、デビュー作の『クロノス』から、『ミミック』『パンズ・ラビリンス』『ブレイド2』『ヘルボーイ』と、大抵、観てて好きな監督さんなんですが、今回は、ゴジラ、ガメラ3、キングコング、エヴァンゲリオン、パトレイバー、ジャイアントロボ、機動武闘伝Gガンダム、空飛ぶ幽霊船、原子怪獣あらわる、水爆と深海の怪物、リベリオン・・・と、何か中二病の私としては大変、楽しい作品でした。菊地凛子が主役というのも凄いな~と思いましたよ。親子で楽しめる怪獣映画ですよ~。

PS;DVDにも収録している游心流体道塾を主宰するN師範代の九十九式太極拳の演武映像をユーチューブに出してますので、どうぞ、ご覧ください。ちなみに、現在はこの映像の数倍上達していて、八卦掌や戴氏心意拳も独修していっています。こっちの方が神業だと思うけどな~?

PS2;9月29日に詠春拳の特別講習会を開催します。指導は当会埼玉幸手支部長の山田師範代です。その詠春拳の技を体験した、うちの御意見番の大石総教練をして、「これまで游心流に来た人の中で最強ですよ~」と、珍しく絶賛していました。でも、温厚な性格だから怖がらないでおいでくださいね~。

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八月セミナー『崩しの原理(合気と化勁)』

 夏はキライです!

 九州出身だから暑いのは慣れているだろう?と言いたいでしょうが、もう30年も九州に住んでいませんからね。

 岡山から神奈川の相模原に出て来て、一時、埼玉と千葉の境目の葛飾郡松伏に住み、また相模原に戻って、それから20年以上経過しますかね~?

 九州に居た頃も父親の仕事の関係とかで住んだ所は六カ所あって、天草、熊本県八代、そして福岡にも住みました。

 割りと転々としてるんですよ。

 もっとも、私自身は引っ越し好きではありません。面倒臭いし、一つの場所にずっと居たい人間です。

 旅行も嫌いだし、特にパニック障害を患ってからは遠出するのが苦手なんですよね。

 けれども、借り家住まいですから、後、2~3回は引っ越しせざるを得ないかな~?と思っていますが、それも仕事の進展次第ですね・・・。


 さてさて、千年に一度の暑さなんて言われている今夏ですが、「夏真っ盛りの八月の月例セミナーは、もう何もやる気がしないだろうな~?」と考えていたので、最も力を使う必要の無い“合気と化勁”をやろうと決めた訳です。

 グータラと呑気にやればやる程、成果が上がる!

 それが、我が游心流の根幹技法である脱力技法の奥義なのです!

 もちろん、テクニカルなことはいくつもあります。それを切り売りすれば金儲けにもってこいかも知れません・・・。

 が、いかに私の精神構造がゼニクレージーであっても、武術研究に捧げた精神だけは日本一純粋なので、そこは腐っても鯛!という精神で、使えない見世物芸を切り売りするのだけは嫌なのですね。

 それやっちゃったら、私が批判している人達と同じ穴のムジナになっちゃいますから、業界的に蛇蝎のごとく言われても、やっぱり“武術界のブラックジャック”みたいに呼ばれたい訳ですよ。

 いや、そんな格好つけなくても、見世物芸を教えられて満足できるようなトウシローさんは、もはや、私のところには来ないでしょう?

 いろんなメディアに出ている人達のところに行って満足できる人は、それでいいんじゃないでしょうか? 騙されて喜びたい人って居ますからね・・・。

 武術の世界には一定数の新興宗教に入信したいようなタイプの人が居ますし、そういう人達が業界を形成している側面も確実にある訳ですから・・・。

 観る眼の無い人を相手にするのはエネルギーの無駄使いだから、私も御免こうむりたいんですよ。

 一般的な武道や武術、格闘技を習っているけれども体力体格の壁を越えられないと悩んでいるような人が、私のところに来られているのだろうと思います。

 この期に及んで、「身体の動きを変えたい」とか眠いことほざくような人は、私のところには、まさか来ないでしょう?

 もちろん、脱力技法を駆使すれば、身体操作が云々と喧伝している人達と同等以上のことは簡単に体得できますが、それは初歩的な重心操作の技術でしかない訳です。

 肉体労働のプロの世界には、そんなことは当たり前にやっている人がいくらでも居る訳で、何か皮相的に過ぎるな~と思います。

 先日は、ホビット村の講座に来られた方と、個人指導に来られた方が、二人ともに(精神)障害者の介護をやっている方で、「古武術介護は老人や病気で寝たきりの人を対象にしているけれど、実際には暴れる人も多いのに、そういうことは考えていない」と批判的でした。

 同様のことは何人かのプロの方にも聞きましたが、そもそも、武術というのは、相手がおとなしくこちらの指示に従ってくれることは想定していませんよね?

 状況を設定して技を施す・・・というシチュエイションは、本来、武術にはあり得ない訳なんですよ。

 稽古法を拡大解釈して“示威行為”としてやっている約束組手を武術と勘違いしている人があまりにも多いですよね?

 そんなレベルには武術の真価はありませんよ。

 本当の達人なら、こう言います。

「どこからでもかかって来なさい」と・・・。

 私は、2~3回しか言ったことないですね~(苦笑)。

 無論、ハッタリ半分、相手の実力を分析した上で充分に制圧できると踏んだからなのが半分でしたから、誰に対しても言う訳じゃありません。

 皆さん、勘違いしているものですが、実際の勝負となったら気迫が九割九分ですよ。

 本当に、「ぶっ殺してやる!」という凶暴な意識が無いとストリートファイトは無理ですよ。

 私の知り合いのプロの格闘家の人達も、「試合に臨む時はそういう必殺の気迫で臨まないと実力は出し切れない」って言ってましたね。

 戦う以上は同じでしょうね~。


 ただし、武術はその上の精神性を求めます。

 活かすも殺すも自由自在という境地・・・。

 これはある種、神のごとき実力を備えないと到達できないと思います。

 私が目指すのは、その境地です!

 ただ強い!・・・なんてレベルじゃあ、意味が無いのです。

 もう、化け物みたいに圧倒的な人間業を超えた超絶の技を駆使できるようになりたいですよね?

 目指すなら、伝説の達人の境地ですよ!

 そういう目標を夢見てみたい方は、是非、おいでください!

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『武術の科学』を読んで

 武道・格闘技をバイオメカニクスで解析する第一人者だった吉福康郎先生が、ここ最近は武術の科学的解明に執心されているらしい・・・ということは御著書で感じていましたが、その研究成果の決定版とも思える本を出しておられました。

 タイトルは『武術の科学』。

 ざっと流し読みしただけですが、非常に興味深い内容で、私でも参考になる面がいくつもありました。

 吉福先生と言えば、松田隆智先生の発勁を測定した方として有名です。

 当時は現代武道や格闘技一辺倒の方かと思っていましたが、御自身が大病を患うことで体力や体格とは関係ない武術の方法論を追及しようとされたらしく、改めて、その探究心には頭が下がる思いがしました。

 甲野氏に師事されたのはオイオイ・・・と思うのですが、入り口は甲野氏でも、その後、いろんな師範に教えを請われた様子なので、言ってみれば私と同様の過程を踏まれたのだろうな~?と思います。

 そういう意味で、初期の著書から比べると格段に研究が進んできている印象を受けますし、武術に対する理解も、非常にまっとうなものと感じました。

 ジークンドー、詠春拳、太極拳、大東流、新陰流、野太刀自顕流など広範の武術について技術分析されていて、私のような武術オタクには嬉しく楽しい内容です。

 しかし、科学者って、どうして最終的には宗教哲学の世界に没入するのかな~?と思ったのは私だけでしょうかね~。

 生命の儚さとか、人生の意味とか考えた時に、唯物論では処理しきれないものを感じるんだろうな~?とか、いろいろ武術以外にも考えさせてくれる本です。

 お薦め!


PS;研究室の洋服タンスに仕舞っておいた刀の柄や鞘にうっすらとカビが生えていて、ギョギョッとして抜いて確認しましたが、幸い、刀身が錆びたりはしておりませんでした・・・。湿気がこもるとヤバイと思って、タンスを開けっ放しにしてエアコンをドライにして部屋ごと乾かしておりますが、日本刀は手入れを怠ると大変なことになってしまいますからね~・・・。

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日曜稽古にて・・・

 4日の日曜日は、普通に公園で稽古しましたが、『馬貴派八卦掌DVD李保華老師が解説されていた走圏と単換掌に沿って練習してみました。

 私が学んだのは宮宝田系が主でしたので、そちらのやり方(簡略化された大連系のやり方)でやっていたのを、馬貴派のやり方に変えて練習してみた次第です。

 何しろ、たっぷり時間をかけて繰り返し解説してくださっているので、DVDを見ただけで形は正確に練習することができます。

 欲を言えば、八母掌全部を解説してもらいたかったな~?とも思うんですが、そうなるとDVDだけで覚えるのは難しくなってしまいますから(収録内容が多いと不思議と覚えられないもんです)、入門編として今回のDVDは最適ですね。初心者からでも独修できます

 これまでは立禅を主体に基礎錬体をやっていたんですが、走圏の良さは、立禅と歩法の効果が同時に得られる点で、李先生曰く、「精神と肉体を同時に鍛えることができる」とのことです。

 立禅は静功に分類されますが、走圏は動功になるでしょう。

 しかし、円周をぐるぐる巡り歩く動作は静功の効果もあると思いますね。

 皆で練習していると、個々のレベルに応じて改善点が判るので、互いに指摘し合って矯正しながら練習できるのがいいですね?

 独りでやっていると、よほど、身体感覚の良い人間でないと間違いに気づかずに延々と繰り返してしまったりするものです。

 八卦掌は転掌して右回り左回りを順番にやるので、左右の差が無く、身体のバランス調整にも良いでしょう。

 また、ぐるぐる巡り歩く運動は軽い酩酊状態からアルタードステーツ(変性意識)状態にまで脳波をコントロールしていくので、脳の潜在機能を活性化させます。八卦掌の遣い手に神業のような術を遣った・・・という伝説が多いのも、この訓練法に秘密があるかもしれません。

 イスラム教のスーフィズムの旋舞や、道教の転天尊にも共通する行法なんですね。

 うちの会員さんは、武術的な意味の無い動きをやらせても納得しない(真剣にやろうとしない)ので、単換掌の動作から武術的応用技法をいくつか取り出して説明してみました・・・。

 掌打や切掌、貫手、暗腿、投げ・・・。

 単換掌の動作の中だけでもいくらでも応用変化技が隠されています。見た目は踊りのようですが、意外と型の動作のまま技になるんですよね~。だから、私は八卦掌が特に好きなんですが・・・。


 さて、それから、先週から始めたのは、とにかく交叉法で「一撃目で入る瞬間に相手の重心を奪って抵抗できない状態にする」ということをテーマにしてやりました。

 これは、実に微妙な間合や角度の調整によって成否が決まるんですね。

 もう、答えを先に書いてしまうと、拳や蹴りを当てることを意識する前に、自分の体幹を相手の体幹に重ねるくらいに入り込むのが秘訣なのです。つまり、間合を0にする。

 こうすることで相手の体幹部が崩れ、クサビを打ち込まれたように重心が弾き出されるのです。

 この体幹部を重ねるくらいに踏み込む・・・という点を意識しながら手足で打撃を入れると、強烈な貫通力が出る訳です。

 力の作用点が深くなるので貫通性が出てくる訳です。

 簡単に言えば、相手の胸を目がけてパンチを放つのと、相手の背中の後ろにパンチが突き抜けるイメージで放つのでは、後者のパンチが何倍も効く・・・という仕組みです。

 察しの良い方なら、気づかれると思いますが、コレは、体当たりの原理に沿ったものなのです。

 よって、当てる箇所は拳でも掌でも肘でも肩でも、どこでもいいのです。力の源泉は体幹部の重心にあるので・・・。

 例えば、肘当てで打ち込むと八極拳の「頂心肘」になり、極めて必殺性の高い技になりますね。

 逆に、この体幹部を重ねるくらい踏み込む・・・という要素を抜いてしまうと、威力は格段に落ちてしまい、また、間合が空いてしまうので、躱される危険性も上がってしまいます。

 打撃格闘技をやってきた人は、無意識のうちに一定の間合を空けて突き蹴りを繰り出す癖があるんですが、その癖を弱点として戦い方を工夫したのが内家拳の戦略的戦闘理論なんですね。

 これは、うちの場合でも空手出身者が多いので、克服するのがなかなか難しかったんですね~。一発目に交叉法で合わせても、足を止めたまま攻撃しようとすると相手も離れてしまうので間合が開いて二撃、三撃を食らってしまったりする訳です。

 交叉法を差し手だけで考えると、このような展開に陥りがちです。手で差していくのと連動して足がついていかないといけない・・・。そのためには手足の要である体幹部から移動しないといけないんですね。

 これ、大東流六方会の岡本正剛先生が合気上げ、合気下げを連続して相手を崩して倒してしまう時にも、一歩踏み込みながら掛けておられましたね。

 つまり、相手の重心線を踏み越えて掛けていた訳です・・・(コレ、大事な所!)。

 合気系の技術分析で誰もが間違ってしまうのは、握り方の手の内とか、そういう手先のテクニックに秘密があると考えてしまうのですが、そこは二次的三次的なものでしかない訳です。

 実際、熟練すると手先のテクニックは通じなくなっていきます。力の動力源を考えないとダメです。

 私がしつこく重心移動と言っているのは、そのことなんですよ。そこが解ればテクニックは無数に考えつけるのです。

 一つのテクニックに拘ってしまうのは技の背景が観えていない証拠なんですね。

 技の背景が観えていれば、どこをどう働かせたら威力が出るか?ということも解る。身体操作のコツも勝手に解る訳です。これを逆から考えると大変なことになりますよ。

 ほんの少しのコツが、技の威力効力を大きく左右してしまうのですね(8月の月例セミナー合気と化勁なんで、この原理についても解説しようと思っています)。

 武術は膨大なコツの集積された技法が体系化されているので、このような秘訣を知らないと、技を有効に駆使することは難しくなります。

 要するに、知識がモノを言う訳です。

 形式だけ学んでも役立たないんですよ。これは残酷な事実だと思います。


 ところで、先週、青木宏之先生から教えていただいた新体道の古い動画を見ました。

 若き日の青木先生の空手演武や棒術の演武もありますが、いやはや、身体の練られ具合の凄さには驚きました。

 普通は、どんな達人でも若い頃は荒削りで未熟な点があるものなのに、青木先生は最初から完成形だったんだな~・・・と、感慨深いものがありましたね。

 栄光や天真五相、連続反り跳び、光と戯れる・・・といった、新体道独自のシュールな動きは一般の武道愛好家が見てもチンプンカンプンでしょうが、この空手や棒術の形を見れば、尋常ならざるレベルであることに気づく人も居るでしょう。

 例えば、独自の中高一本拳様の拳での突きや、蹴りを繰り出す時の軸足のスライドは、縮地法に繋がっています。

 この身体運用の要は、骨盤から押し出すように体幹部の力を拳や上足底に流し込むようにする点にあります。脚の蹴りだしではないのです・・・。

 真に効く一打必倒の貫通力のある突き蹴りを求めて青木先生が到達したものです。

 この動画は貴重ですね~。

 また、青木先生が、どうして江上茂翁に認められながらも、江上翁が亡くなられてから所属した会派から石持ておわれるかのごとき迫害を受けるに至ったのか?という理由が、はっきりと判りますね。

 つまり、“嫉妬”ですよ。男のジェラシーを燃え上がらせたんでしょう?

 誰が見ても判る“圧倒的な実力の差”。

 何か、青木先生って、無住心剣術に於ける真里谷圓四郎みたいだな~?と思いましたよね。

 いや~、こんな“化け物”が居たら、さぞや目障りだっただろうな~?と、S会の方々には同情の念すら感じますよ。凡庸な人間が百年修行したって到底追いつけない異能者というのが、世の中には、ごくたま~に居るものです。

 凡庸な人間が権威を求めたら、習った先生や流派会派の名声に乗っかるしか道はありませんからね。小判鮫は、どれだけ大きな鮫にくっつくかがステイタスで、自分が巨大な鮫になれる訳ではありませんからね・・・。

 もっとも、自ら好んで小判鮫になりたがる人間が多いのも、現代の武道界の哀しい現状でしょうかね~?



PS;ニュースで、首を切断された猫の死骸がいくつも見つかったそうで、本当に世の中には心のねじ曲がった異常なヤツが居るものだと、つくづく思いました。猫好きの私には信じられませんよ。スチーブン・キング原作の『スリープウォーカー』を久々に観ましたが、吸精鬼の母子が猫が苦手なので罠を仕掛けて大量に猫を惨殺している・・・という描写があり、この事件を彷彿とさせますね。映画では警察官の主人を殺された飼い猫がヒロインを助けたり仲間の猫軍団?を率いて怪物母子を倒す・・・という燃える展開でしたが、この事件の犯人も猫に祟られると思うよ。昔は「猫と蛇は殺すと七代祟られる」って言われてましたけどね~? そういえば、昨晩、コンビニに行った時に、いつも通らない道を歩いてみたら、民家の駐車場のコンクリの上に猫が寝そべっていて、近くを通っても逃げなかったので、「ミャ~・・・」と小声で呼んでみました。それでも逃げなかったので撫でてみようか?と思いましたが、やめておきました。夜のコンクリの上はヒンヤリして気持ち良さそうだったので、邪魔しちゃ悪いな~と思ったので・・・。帰りにまた、その道を通りましたが、もう、どこかに行って、居なくなっていました。犬と比べて猫は警戒心が強いんですが、首を切られて殺された猫達は、きっと、相当に人なつっこい猫だったことでしょう。猫殺しの犯人がさっさと捕まることを祈るばかりです。余談ですが、松田隆智先生は凄い猫好きで、最期に電話でお話した時も、「そうか! 長野君も猫、好きか?」と、嬉しそうに話されていましたよ・・・。


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武術道具について

「武術の練習をするのに、どんな道具を揃えたらいいでしょうか?」という質問がありましたので、お応えしたいと思います。

 まず、木刀。それと杖(じょう)。

 木刀と杖は樫製の物が良いです。武道具店で購入してください。ネットでも買えると思いますが、安物で使い物にならない可能性もありますから、あまりお薦めはしません。

 とにかく安ければいい・・・という考えで材質も考えずに揃えようとする人も居ますが、打ち合った瞬間に折れてしまったり、使いものにならない場合もあります。

 アメリカの警察や特殊部隊では、支給された装備でなく、自費で性能が良くて頑丈なものを買い揃えるのが普通です。命がかかる装備品なので徹底して実用の役に立つかどうか?を検討して選ぶのですね。金をケチって命を捨てるような大馬鹿はいない訳です。

 私は、水道橋の尚武堂さんで買っています。

 それから、居合の練習に使う居合用模擬刀もあるといいですね。これも鑑賞用の安い物だと稽古用にはならないので、注意してください。やはり、専門の武道具店で実際に見て買うことを御薦めします。

 最低限、これだけあればいいと思いますが、持ち歩くのに便利なので合成皮革のケースも買っておくといいでしょう。竹刀が二本ばかり入るケースなら、模擬刀と木刀と杖も入ると思います。


 それから、射撃の練習をするガスガンについては、東京マルイのMEWピストル(COLT M1911タクティカルカスタムの一種で、海兵隊でカスタマイズされたモデル)を御薦めします。

 私は元々、この拳銃の外観が好きじゃなかったんですが、実際に使ってみるとコックアンドロック(撃鉄を起こした状態でセフティを掛けておき、抜いて構えながらセフティを親指で外して撃てる。多くのセミオートではセフティレバーの位置の関係でこれができない)の抜き撃ちに適していて、コンバットシューティングに使うなら、これ以外は考えられないよな~と思うようになりました。

 20世紀初頭に登場して現在も改良されて使用され続けているということは、それだけ機能的で無駄が無いということです。

 夜間戦闘用のフラッシュライトなんかが装着できるレール付きのものでもいいでしょうが、かさ張るしホルスターも選ぶので、私はMEWピストルで充分です。

 まっ、フロントサイトに蛍光塗料とか塗ることで、ある程度の暗がりでもサイティング(狙い)をつけられますし、本格的夜間戦闘ならサブマシンガンとか使わないと・・・。

 そうそう・・・ホルスターはヒップホルスター(次元が付けてるやつ)を御薦めしますね。抜き撃ちし易いので・・・。

 これらはGunショップなどの遊戯銃専門模型店でお求めください。大抵、店員さんがGunマニアなので初心者にも適切なアドバイスをしてくれますし、店によっては試射ができるところもあります。

 東京マルイの製品は命中精度も高く、サバゲー用によく使われるので、安心して使用できます。


 その他・・・。

 ヌンチャクは、初心者はフォームラバーの軟らかいヤツを買って練習してください。樫製の物だと頭や顔に怪我をする危険性もありますから、初心者には薦めません。ただし、プラ製でヤワい鎖で繋がってるようなヌンチャクは絶対に避けてください。強く振ったら鎖が外れてふっ飛ぶ危険性があります。

 手裏剣は、ホームセンターでコンクリート針を買って練習してみてください。ただし、これは戸外で練習すると誤解されますから、室内で人に当たらないよう安全性をよくよく確認して練習してくださいね。自分で自分の足に刺した例もありますから、ぶきっちょな人は練習しないことをお薦めします・・・。

 ま~、総論として、武器というのは自分も傷つける危険性のある物ですから、たとえ練習とはいっても、周囲の人から誤解されたりしないよう、よくよく心掛けて練習してくださいね。

 マニアは人目も気にしないで戸外で練習しがちですが、危険人物の噂が広まってしまいますから御注意を・・・。


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DVD感想

馬貴派八卦掌

 ようやく、クエストさんから、李保華老師の馬貴派八卦掌のDVD発売されましたっ!(パチパチパチ・・・)

 贈って戴いたので早速、拝見しました。

 練習されているところを拝見した時にも思いましたが、李先生は、もう心の底から馬貴派八卦掌に惚れ抜いておられるのだな~?と、その敬愛の精神を隠さないところに、まず感銘を受けましたね~。

 多くの武術マニアは、個々の技にしか関心を持たないものですが、李先生は、馬貴派八卦掌に伝わる根本原理を理解することが肝心要なのである・・・ということをくどいくらいに熱く語られていて、結果的にDVDの収録内容の大半を口述での解説に費やしておられます。

 これには、流石の私も驚きました。

 実演解説しているのは、走圏と、第一式の単換掌。この二つだけなのです!

 多少、八卦掌のことを知っている人であれば、走圏と単換掌を知らない人はいないでしょう。

 つまり、このDVDを買った人のほとんどが、「そんなの知ってるよ」と馬鹿にしかねない基本中の基本だけを100分に渡って解説しているのです・・・。

 どうですか? 買う気が失せましたか?

 でも、ちょっと待ってください。

 一通り、観てみて、私はむしろ、感動してしまいましたよ。

 どうしてか?と申しますと、走圏と単換掌だけを徹底的にくどいくらいに解説しているということが、李先生が本気で教えようとしていることの証明になるからなのです。

 やっぱり、素晴らしい先生でしたよ。

 肝心要な“原理”を教えてくれている・・・。それは、即ち、内家拳に於ける内功の修練法の秘訣を教えてくれている訳なのですね。

 この教えられた通りにやっていれば、誰でも内功が高まる。そうすると、自分の習ってきた流派の技もレベルアップするし、養生法としても成果が得られる。

 無味乾燥なようでいて、実は上達の最も近道になるのです。

 無論、技の用法も実演されています。ただ、どうも、生徒に怪我をさせないように遠慮しながらやっている様子なので、ピンとこない動作になっているかもしれませんね?

 恐らく、先生の技を受けられる人がほとんどいないのではないか?と思います。

 武術の技は完成度が高まれば高まる程、演武には適さなくなってしまうのです。防具の上から打っても大きなダメージを与えてしまうので、寸止めか加減して打つかしかありません。

 李先生の発勁の威力は絶大で、まともに入れたら危な過ぎます。危険の無いように、さりとて迫力を減じることのないように・・・というのは、至難ですね。

「これは相当、苦労されただろうな~?」と思いました・・・。

 恐らく、シリーズで他の技も解説されていくことになると思います・・・というか、やって戴きたいですね。

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現代版津山事件を考える

 山口の山村集落での殺人事件の一報をニュース番組で見た時は、「これは津山30人殺しみたいだな・・・」と戦慄したものでした。

“津山30人殺し”とは、『八ツ墓村』の元ネタになった岡山県津山で起こった陰惨な大量虐殺事件のことで、杉沢村伝説などの多くの村系都市伝説にも影響を与えたと言われています。

 結核を患っていたので徴兵をはねられた青年が、山村の集落の中で孤立し、猟銃と日本刀で武装して深夜に集落の住民を惨殺して回った末、自殺したという事件で、実録風に描いた『丑三つの村』という作品は、自殺したF・Mの主演で映画化されていて、彼が自殺したのもFが憑依型俳優だったためではないか?という話もあります。

 最初は、そのようなミステリー小説的な事件に興味がひかれただけでしたが、しかし、続報をみていくと、高齢者しか居ない集落で村八分状態になって精神的に追い詰められた犯人に同情する気持ちにさえなりました。

 もちろん、だから人を殺してもいいと言いたいのではありませんよ。

 けれども、都会に出ていて親の介護のために帰ってきたという犯人は、多少、エキセントリックな性格だったとしても根っからの問題人物という訳でもなかったようです。

 多分、寂しがり屋で自己顕示欲が強いタイプだったのではないでしょうか?

 ネットの住人には多いタイプでしょう。

 もし、周囲に仲の良い気持ちの通じる嫁さんとか友達とかが居たら、もっと明るい人生を歩けたのではないでしょうか?

 63歳と言っても、最近では年寄りという印象はあまりありません。確か田中泯さんもそのくらいだろうと思いますし、清心館の佐原先生もそのくらいでした。

 まだまだ、精力的に活躍できる年齢ですよ。

 私が、これはおかしいな~と思ったのは、“酒席で口論した揚げ句に刃物で刺された”という事件のことで、犯人が加害者だったら「そういうヤツなら、やりかねないな~」と納得すると思うのですが、その時は「被害者だった」というのですから、この事件の背景は、老人ばかりの集落の閉鎖性と、排他的な共同体の体質にこそ問題があるのではないか?と思えたのです。

 事実、犯人の集落の外の知人の談話では同情的なものが多かったようです。

 田舎特有の閉鎖的で排他的な空気。変化を好まない、時が止まったような日常が連続するだけの生活空間・・・。

 田舎で生まれ育った私には、容易に想像がつきます。

 町起こし、村起こしの類いも、老人ばかりだとやりたがらないし、都会に出た者が戻ってきて村のイニシアチブを握ろうとしている・・・という“煩わしいヤツ”という反感を買ってしまう。

 田舎に生まれ育った人間は変化が嫌いです。都会が嫌いです。目立つ人間を軽蔑するものです。

 私の弟なんて、最近はなくなりましたが、以前は都会アレルギーがひどくて、出張して出てきた時も、飯食べようと入ったお店で、わざわざ熊本弁まるだしで話して田舎者アピールをしていました・・・。

 何か露骨に対抗心が燃えるみたいで、「都会のモンはしこっとる(カッコウつけてる)」と、田舎愛が強いと都会への根拠無き憎悪が膨らむのかもしれません・・・。

 ただ、こういう劣等感まるだしの憎悪の感情というのは、新大久保でヘイトスピーチやってるような差別意識を隠さない下品さにも通じていて、本当に最低に見苦しい!ということを自覚した方がいいと思うんですよ。

 私の弟も、私がそんな話をちょこっとしたからなのか? 田舎アピール癖はやらなくなってくれましたが、何も弟が特別な訳ではなくて、田舎の人間は大なり小なり、そういう面があるんですよね・・・。

 逆に言うと、都会に出て一旗あげて故郷に錦を飾る!という精神性もあって、私も心のどこかにそういう側面があることを自覚してますよ。

 よって、私も数年前の一時期は、「50になったら田舎に帰ろう」と思ってましたよ。

 どうしてか?というと、やっぱり、こちらで生活していくのは経済的に大変だからですし、50くらいになったら私も経済的に安定していて執筆活動も田舎でやれると思っていたからです。

 田舎に戻れば、取り敢えず住む所には困らないし、家を改築して道場作って世界各国から来た弟子相手の民宿やったりすれば余生を過ごせるかな~?とも思った訳です。

 でも、やはりやめました。

 思った通りに仕事は進んでないし、何よりも、価値観を共有できる人達がほとんどいないからです。

 私の兄貴は、「よ~、都会で生きていけるな~?」と、呆れたように言っていましたが、自分も若い頃に、一時的に、こっちに住んだことがあったのですが、合わなかったんですね~(浪人していた時期だから落ち着けなかったのが大きいと思いますが)。

 田舎出身の人間が都会に出て、生活していく中で挫折しない秘訣は、何か目的があるということが第一ではないか?と思います。

 目的をもって活動していれば、自然にその目的に沿った価値観を共有できる人達と繋がりが生じていきます。私はその典型例でしたね。武術や映画を通じていろんな人脈が広がりました・・・。

 私は、やはり、田舎で暮らすのはもう無理ですね。

 そんな自分と比べてしまうので、この犯人の孤独感、疎外感といったものには同情的にならざるを得ないのです。

 仮に、私が田舎に帰っていたとしたら、この犯人と同じように浮きまくってしまったと思いますし、居たたまれないんじゃなかろうか?と・・・。

 まして、周囲に同世代の人間が居ないのでは、息苦しいでしょう?

 両親が無くなってしまった時点で都会に戻った方がマシだったのではないか?と思えてなりません。そうしていれば、こんな悲惨な事件を起こさずに済んだのではないか?

 故郷は、遠きにありて想うもの・・・ですね。

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会食会にて

 28日の日曜日は、稽古会の後でコンテンポラリーダンスの松田孝子先生のお招きで都内で会食会に行ってきました。

 夕方、北島師範小塚師範代と三人で長津田に出て渋谷経由で溜池山王に出て、千葉師範代、N師範代と合流し、地下鉄の出口で待ってました・・・。

 すると、何と? そこに柔芯体メソッド稲吉先生(うちの名誉会員です)が!

「え~! 何で、ここに?」とお互いにびっくりしましたが、偶然にしても、広い東京でこんなこともあるんだな~?と、非常に驚きましたね~。こういうのが縁というのか?

 稲吉先生も人と会う用事で来られたそうでしたが、せっかくなので、一緒に写真撮ってお別れしました・・・。

 しばらくして松田先生も娘さんと妹さんと三人で来られました。

 和食のコースをご馳走になり、いろいろ楽しくお喋りしましたが、N師範代が気功の話をするとポカーンとした顔をされていたので、私が補足解説したりしました。

 私は読んでないんですが、会員から「N師範代のフェイスブックの文章はマニアック過ぎて怪まれるんじゃないですかね?」なんて意見も聞いていたんですが、なるほど、予備知識の無い一般の人に、いきなり気功の専門家しか解らないような話をするから、そりゃあ~、誤解されるかもしれないな~?とは思いましたね。

 いうまでもなく、専門用語を使った話は、そういう方面の予備知識がある人間にしか通じません。

 私が自分の本で武術や気功の専門用語を極力使わないで解説するようにしているのも、予備知識を持たない人を対象に書いているからであって、専門知識が無い訳ではありません。

長野の本は素人向けだ」と馬鹿にしたようなことを言う人もいるそうですが、まさしくその通り! 私は素人が読んで理解できる本を書いているのであって、専門書を書いても売れないことが解っているから、書かないのです。

 だって、気功に興味がある人でも陰陽五行説や太極図、八卦理論なんかの説明はできない人がほとんどでしょうし、経絡理論を知っていても“陰経絡”の存在を知っている人は極めて少数でしょう。

 また、内功(内力)と内勁、勁道なんかを正確に説明できる人には会ったことがありません。専門用語で説明しているから理解できているとは限りません。

 例えば、この方面の研究家で著書も出している人が、気を感じる感覚がまったく無くて知識だけで書いている・・・という例も多く、また、その逆の例も少なくありません。

 私がこれまでN師範代に注意しなかったのは、彼は身体感覚が鋭敏で体質的に気の感覚を受け取れる一種の霊感体質であると解っていたので、理屈で納得させても意味が無いと思っていたからなのです。

 ただ、一般人にはそういう感覚は無いので、共通言語で認識を共有することができずに誤解されて悩む時期が来るだろう・・・その時に相談に乗ればいいと思っていた訳です。

 私の場合は、昔、集中して訓練していた頃は感覚がありましたが、病的な感じになってきたので自分から止めました。あのまま続けていれば今の自分は無い訳です。

 だから、あくまでも一般人の感覚と目線で本を書くように心掛けていますし、それが読者目線に繋がって売れたのだと思います。それは意図的に戦略としてやっている訳です。

 売れない本を書いたら、「あいつは売れない」と噂になって、もう、執筆依頼が無くなってしまいますから・・・。

 しかし、そういう簡単なビジネスの仕組みも想像できないような“おバカさん”が武術マニアには多いのですね。専門的なディープなことを書けば本が売れると勘違いしている訳で、自分のマニアックさをアピールして墓穴に入っているのです・・・。

 もっとも、マニアックだから正しい情報を持っているのか?というと、大抵、勘違いか誇大妄想なんですよ。売れる本を書くのがどれほど大変なことなのか? 皆、わかってないな~と思います。

 狭い業界の中で考えていても意味がありませんよ。社会の動向、世の中の空気、時代の流れ、そして、今を生きる人間の在り方をトータルに考えて「求められる物」を提供していかなくては、ビジネスという枠組みの中だけでも方向性を定めることはできない。

 世界を視野に置くか、日本国内で考えるか、あるいは自分の生活の周辺で考えるか・・・で、生き方は決定的に変わってくるでしょう。

 また、時間軸で考えることもありますね?

 今現在、数年後、十年後、自分が死んだ後・・・など。

 私は今50なんで、後、20年は生きて仕事ができるだろうと思っていますが、それ以上は生きていても隠居ですよね?

 だから、20年計画を建てると、要になるのは、これからの10年ですよ。それでやるべきことを確立できなかったら、恐らく、私の研究が時代を超えて残ることはないでしょう。

 やはり、松田隆智先生が亡くなられて、いかに大きな仕事を残して逝かれたか?ということを痛感しますよね。あれだけの仕事をやってのけた人は後にも先にもいないと思います。

・・・どうも、この日もまだ夢の中をさまよっているような妙な感覚が抜けなくて、松田孝子先生と妹の英子先生(あの入団が超難しいと評判の劇団SKにいらしたとか? スゲ~!)のお話を聞いているうちに、何の拍子かモトカノの話になっちゃったりして、(俺、何しゃべってんだよぉ~?)と、頭の中で冷静にツッコミ入れたりしましたよ・・・。

 まあ、あれこれ考えたって、自分の思うようにならないことは、あくせく計画しても仕方がないし、どこかで“どうにでもなれ!”と、ハラ括っていないと現代で生きていくのは辛くなるばかりかもしれません・・・。

 縁のあった人達と、でき得る限り、楽しく有意義に人生を送っていけたら、それでいいのかもしれないな~・・・と。



 それはさておき・・・この日は三週間ぶりの公園の稽古でしたが、交叉法をきちんと駆使することを覚えてもらうために、相手の一撃目に合わせて二撃目以降を封じるやり方を特に練習させました。

 具体的には、劉氏八卦掌の“覇王送客”の技を指導しました。

 これは、見た目からすると、どう遣えばいいのか、さっぱり判らないような技なのですが、実は一撃で相手の重心を根こそぎ奪って吹っ飛ばすような強烈な技です。

 特に蹴り技に対して用いれば威力絶大で、よほどの身体能力の高い人でないと後頭部及び背中から地面に落ちて失神するか首の骨を折りかねないでしょう。

 なので、練習ではふっ飛ばさないように軽く合わせるだけにしましたが、それでも勢いが良過ぎてふっ飛びそうになったり、つくづく中国武術の実戦性は殺人的な観点から工夫されているな~?と思いました。

 応用変化技としても、頭突きや肩での発勁なんかも入れると、より殺人的になります。

 無論、この技は交叉法を知らなければ顔面を含めて身体の前面を無防備にさらけ出す動作にしかならないので、知らない人が見たら、到底、そんな必殺性の高い恐ろしい技だとは気づかないと思います。「なんてマヌケな技だ?」と誤解するでしょう。

 そもそも、中国武術の動作は交叉法の観点で考えないと、とても遣えるようには思えないものが多いのです。

 例えば、八極拳なんかはその典型で、交叉法を使えば、文字通りの必殺拳法となりますが、キックボクシングやフルコンタクト空手の試合のように間合を保って突き蹴りを応酬しあえば、防御技が無いので滅多打ちにやられてしまうでしょう。

 無論、試合で八極拳が活躍した事実を論じられる方もおられるでしょうが、それは八極拳にプラスしてフルコンタクト空手の技術も使っているからではないか?と思います。

 では、八極拳の技だけで戦っても勝てないのでしょうか?

 試合を念頭に置けば難しいと思います。が、喧嘩と思って相打ちするつもりでやれば八極拳の恐るべき実戦の理合に驚くかもしれません・・・。

「武術には本質的には受け技はあり得ない」と私は解説してきましたが、相手の攻撃を受けてから自分の攻撃を出そうとするやり方では武術の真価は発揮できないと考えるからなのです。

 これは、大した問題ではないと考える人が大半と思いますが、実は武術が使えるか使えないか?を分ける最も重要な要素なのです。

 説明しても判らないと思いますから、「武術の技はクロスカウンターが基本」だと思っていてください。游心流では「一撃必殺!(一撃で倒せ) 多撃完殺!(敵の息の根が止まるまで攻撃を続けよ)」を旨にしています。

「無用な戦いはするな。しかし、戦うべき時は、死に物狂いで必ず勝て!」というのが全ての武術に於ける根本命題です。

 相手が攻撃(しようとする・する・し終わる)瞬間に自分の攻撃を出して迎撃するのが武術の真の戦闘法であり、そのタイミングの捉え方が秘訣なのです。

 教材DVDの最新作『初級対錬(一)』は、そのタイミングの捉え方を徹底的に練習するための独修用DVDなので、単なる型として練習するのはまったくの無意味です。

 読みにしろ交叉法にしろ、もちろん、発勁・合気・化勁・聴勁・縮地法・・・などの様々な技法も、知識としての“仕組み”を知ることは大切ですが、練習しなければ体得することは不可能です。

 いわゆる「カンフー(コンフー・クンフー・功夫)が無ければ中国武術は役に立たない」と言われるのは、まさに、このことであり、じっくり練習して技と戦術を駆使できる身体を練り上げないといけない・・・という訳です。

 ただし、多くの中国武術愛好家が勘違いしているのは、「コンフーさえあれば無敵になれる」というものであり、もちろん、そんな馬鹿なことはありません。

 いくら技を練り、自在に動ける身体を養成したところで、戦い方のセオリーを知らなければ素人の喧嘩慣れした人間にも勝てないでしょう。

 実に、この誤解が蔓延しているからこそ日本に於ける中国武術の最弱論が広まってしまったのです・・・。

 交叉法は戦闘法を決定する理合であり、つまり、戦闘理論です。

 この戦闘理論をきっちりと理解し体得していなければ、どんな必殺技を磨いたところで勝てません。

 うちの会で交叉法の戦闘理論をきちんと理解しているのは、果たして何人いるのかな~?と、最近は疑問に思うようになったので、また基本から教え直そうと思った訳です。

 どうやら、合気道の方には理解してもらいやすいみたいですが、これは合気道の理合が“剣を使わない剣術”だからではないか?と思います。

 昔、某流派の沖縄空手の師範には高く評価して戴いたことがあったのですが、それは「空手の突きは日本刀で斬るのと同じく一撃必殺」という認識があるからではないか?と思います。

 昔は、このような「武術の技は一撃で必ず殺す」という認識が普通に根底にあったので、そこから交叉法のような理合が生まれたのだと思います。

 防具無しで日本刀で戦えば、「相手の刀は絶対に躱さねばならない。ずっと躱し続けるのは至難だから、一撃目が出るか出ないかを見極めて隙を狙うしかない・・・」という戦法に行き着くでしょう。

 それが、即ち、“交叉法の誕生”となった・・・のでしょう。

 このような発想は、西部開拓時代の拳銃の決闘にも共通します。

 相手が銃に手をかけたら射殺しても正当防衛で罪に問われない・・・というルールにより、いかに素早く抜いて撃つか?というクイックドロー(抜き撃ち)の射撃術が発達したのです。

 これは現代のコンバットシューティング(戦闘射撃)技術へと受け継がれています。

 新作DVDでも少し披露しましたが、現在、私は游心流に戦闘射撃術を融合する研究をしています。

 映画『リベリオン』のガン・カタのような派手なものではありませんが、真に実戦的な武術の理合を組み込んだ射撃術の研究をしています。

 主に拳銃で考えていますが、もちろん、ショットガン(散弾銃)やライフル、サブマシンガンなどでも考えるつもりです。

 実際に海外では射撃術の中にマーシャルアーツを組み込もうとする軍隊系格闘術もありますが、日本の武道家でそういう考えをする人はほとんどいないでしょう。

 何故なら、武道が実戦から掛け離れてスポーツになってしまっているからです。

 しかし、軍隊系格闘術にも欠陥はあるでしょう。それは、伝統的な武術が長い伝承の歴史の中で培ってきた膨大な智恵です。

 残念ながら、多くの伝統武術が形式しか伝えておらず、そのような膨大な智恵を伝える師範は極めて少なくなってしまっていますが、それでも完全に失われてしまった訳ではありません。

 志しのある人間が集まれば復興することは可能でしょう。

 私は游心流の中でそれをやるつもりです。

 もっとも、このようなことを「過激だ!」と忌避する人も多いでしょう。

 そう思う人は、軽々しく武術に手を出さないのが無難ですよ・・・と私は言いたい。

 何度でも申しますが、現代の武道はスポーツの枠組みに入っているので、本来の武術としての考え方そのものを喪失しています。

 そして、本来の武術とは“武術的考え方”に根本があり、それは「平時に於いて乱を忘れず」という平法(兵法から転じた言葉)なのです。

 即ち、「武術は平法であり、平法とは平和な日常の中で生死がかかった戦闘を忘れずに備えを怠るな」ということなのです。

 どうですか?

 私の書いている内容には一点の過激さも無いでしょう? 平法そのままの考え方をしているだけでしょう?

 私は、極めて忠実に、武術を真摯に探究しているだけですよ。

 むしろ、世の多くの“武術”を提唱している人達が、本質としての“戦い”を無視し続けていることの方が信じられませんね。

 別に私は右翼じゃないし国粋主義でもありません。憲法9条を改正しろとも申しませんし、戦争だって絶対に絶対に絶対に反対です!

 でも、理不尽な暴力に何もできずに屈服するのは嫌なのです。

 自分の自由な生き方を確保するために、理不尽な暴力に備えて戦えるように修行してきたのです。

 そして、心ある人には「貴方も“戦い”に備えて修行してみたらどうですか?」と言いたいだけなんですよ。戦う気が無い人に無理強いする気はさらさらありませんし、会員に自分の考えを押し付ける気もありません。

 ただ、いざ自分や自分の周囲の人達が暴力に晒された時に敢然と立ち向かって欲しいし、そのための戦い方を指導したいだけです。

 持って生まれた素質や才能ではなく、“戦いに備える意志”があれば、武術修行は大いなる自己変革をもたらしてくれる・・・と、私は断言できます。

 人間は自由に自分の生き方を選べるべきだし、そのために武術は役立つものであるべきだと私は考えています。


PS;え~、大変、お恥ずかしいのですが、新作DVDの売れ行きが予想外に悪くて金欠に陥ってしまいました・・・(泣)。製作資金回収にも程遠くてお手上げ状態でございます・・・。内容は非常に良いと思っておりますが、売れなくてはしょうがありません。どうぞ、皆様、御購入を前向きに御検討、宜しくお願い申し上げます!(ちなみに8月の割引セールは『合気の応用』を半額とさせていただきます)

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著者プロフィール

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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