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詠春拳セミナー感想

 当会山田師範代による詠春拳セミナーも、第二回となりました。

 武術に限らず、習い事できちんと実力をつけようと思えば、定期的に練習を積み重ねるのは当たり前のことであり、よく勘違いする人がいるんですが、一を観て十も二十も技を応用させて上達するタイプの人間を天才的才能の持ち主だと考えがちなんですね。

 でも、一を観ただけで、その何倍も何十倍も応用発展させられる人間というのは、全身全霊を常人の何倍も何十倍も集中させられる人間なんですよ。

 つまり、努力の密度が圧倒的に違う。

 私は以前、通っていた道場では「真剣に練習しないからあいつはダメだ」と言われていたそうなんですが、見取り稽古した分を帰ってから分析しまくって、その先生の技もちゃんとできるようになっただけでなく人に教えて体得させてきました。

 これを才能だと言われるなら違うんですよ。身体だけじゃなくて頭を使って練習しているからです。

 その先生の技は二十年以上、真剣に学んでいる弟子ですら体得できていなかったと聞いてます。これは教える側の責任なのか学ぶ側の責任なのか? 多分、両方でしょう。

「ただ、真剣に繰り返し練習していて、突然、できるようになった」と先生は言われていましたが、これは主観的な感想であり、実際は違います。練習のやり方に秘密があったのに私は気づいたから、練習法は私が独自に考えたのです。

 でも、直に学んでいる人は先生を尊敬しているから言われた通りにやろうとする。だから、秘密に延々と気づかなかった・・・というのが真相なのでしょう。

 できる人とできない人のどこに差があるのか? ちゃんと理由があるんです!

 量さえ重ねればよいとする考えは完全に間違いです。無駄に量を重ねても意味はありません。

 その証拠に、ぼけ~っと道場に何年も通い続けて、な~んにも体得していない・・・という人間もざらにいますが、それはもうルーチンワークで作業しているだけなんですね。

 無駄に時間を浪費しているだけ。やる気がないならやめた方がいいんです。

 時間は誰にでも平等に与えられていますが、それを無駄に費やす人と有効に活用する人では大きな差ができていきます。

 武術は型稽古が中心ですが、ただ型を繰り返すだけではそれを使って戦えるようにはなりません。

 延々と繰り返していれば、いつか量質転化で遣い手になれると信じている人もいますが、それは大間違いです。

 私は、そうなった人をいまだかつて、ただの一人も見たことがありません。

 何故ならば、武術は戦う相手がいるからです。

 その意味で戦いに慣れるために自由組手やスパーリング、乱取りをやるのも無駄ではありません。少なくとも慣れによってある程度は戦えるようになります。

 しかし、やはり、ある程度までしか戦えるようにはなれません。

 どうしてか?というと、それは一定の戦い方のパターン通りに動くことを身体に刻む練習であって、実は“応用性”がまったく育たないからです。

 応用性が無いということは、同じ戦い方しかできないということであり、それでは、その戦い方の枠組みの中での絶対的な強い弱いという差ができるだけです。

 同じ戦い方では、自分より強い人には延々と勝てないでしょう。違う戦い方をしたら勝てるかもしれないのに、その人の可能性をその時点で閉ざしてしまっている訳です。

 人それぞれ向き不向きというものがありますからね。

 これは教育にも通じる話ですよ。

 戦う相手が愚鈍な戦闘力の無い相手なら簡単に勝てるかもしれませんが、戦闘のプロフェッショナルだったら、こちらがそれ以上の戦闘技能を体得していなければ勝てません。それは戦術も含めての話です。

 最近、『秘伝』で連載している平さんの記事を読んでいると、その点に気づかれたようです。プロ格闘技の最前線で闘ってきた平さんだからこそ、その決定的な違いに気づかれたのかもしれません。並みの格闘家だ一定の枠組みでの強い弱いしか考えられずに気づかないかもしれませんから・・・どうも、平さんも最初はそうだった様子ですし・・・。

 ですから、昔の武術家はありとあらゆる戦闘法を研究していました。昭和の時代の達人と呼ばれた先生方も、一つの流派だけに専念した人は少ないくらいでしょう。

 空手・合気・居合・剣道・琉球古武術・中国拳法・・・いろいろ学んでいくのは武の探究の過程での必然だったのです。

 古流剣術の世界でも有名な人物は複数の流派を学んでいたりするのが当たり前でした。

 それは、いろんな戦い方を知らなければ対処法が判らないからなんですよ。

 私が現代武道や格闘技の実力者を相手にしても勝つ自信があるのは、それらの戦法を調べ尽くして弱点を徹底的に研究しているからであり、強いか弱いかの観点では考えていないからです。

 最初っから相手の弱点だけを徹底的に攻めれば、相手は自分の実力を発揮できないでしょう? 勝つのが当たり前じゃないですか?

 ゴジラだってオキシジェンデストロイヤーであっさり死んだでしょ? どんな遣い手でも人間である以上、弱点だらけなんですから、手段が限定されなきゃ倒すのは簡単です。

 それを卑怯だの何だの言うのは馬鹿者なんですよ。狭っ苦しい俺様理論の枠組みで強いの弱いの論じてるような馬鹿は、そもそも世の中に通用しませんよ・・・。

 武道の世界は、いつから、こんな馬鹿ばっかりのさばってしまったのでしょう? こんなことでは、「武道なんかやったら頭が悪くなるから、おやめなさい」と、親が注意しなくちゃならなくなるでしょう。

 綺麗事ばっかり飾りたてて中身を真剣に追究しないから、馬鹿を量産してしまう。

 そもそも武術は現代の武道とは前提が違うのです。

 現代の武道は、明確に“競技スポーツ”か、あるいは“社会体育”として位置付けられており、そこに殺敵護身の概念は失われています。

 どうしてこうなったか解りますか? 西洋の近代的合理精神に隷従してそうなったんですよ。明治維新によって武士がいなくなり、敗戦によって決定的にそうなったんです。

「武術は命を護るために生命を脅かす暴力をふるう外敵を殺傷して退ける戦闘術である」と言えば、「うわ~、なんて時代錯誤のおぞましい考え方をする人間なんだ? こいつは反社会的な危険な思想の持ち主だ!」と決めつけられかねません。

 ですが、思想も糞もないんですよ。実際に本来の武術を学んでみれば、私と同様の考え方しか出てきません。いちいち殺傷する技ですから・・・。

 武術をやっていながら綺麗なことしか言わない人間は、単なる嘘つきか勘違いしているだけなんですよ。

 思想でも美意識でもなく、武術とはゴリゴリのリアリズムでしかないのです。

 思想があるとすれば“性悪説”ですかね?

「生き残るためには何でもやる!」という源初生命体の生存への意志を謳っているだけの話なのです。

 生き残るためだから、そりゃあもう、綺麗事とは程遠いダーティー・テクニックのオンパレードです。

 イメージできなければ、現代武道で禁じ手にされている技ばかり集めて編成されていると想像してください。

 中国武術なんか元々は禁じ手ばっかりなんですよ。

 危険過ぎるから体操的な表演武術へと変えて制度的に普及したんですね。

 ところが、詠春拳は香港を中心に普及したので、本来の剥き出しの戦闘技能を色濃く残していたんですね。

 日本では実戦的な中国武術と言えば、意拳ばかりが注目されていますが、意拳は多分にボクシングなどの影響を受けて本来の中国武術とは変質しており、武術としては殺敵の手法がぼやけてしまっています。

 なので、実戦的と言えば世界的には圧倒的に詠春拳ですよ。

 そんな詠春拳も套路だけ学んでも、いくら練習しても使えるようにはなれません。

 じゃあ、どうすればいいのか?

 遣い方を知っている人に学ぶしかありません。

 私、実は詠春拳の套路は過去に学んだことがあります。小念頭・尋橋・標指の三大套路も一通りは練習しました。

 しかし、套路を覚えられませんでしたね。

 何故なら、遣い方が解らなかったから、意欲が持続できなかったんですよ。

 私は遣い方が解らない型を延々と練習できる人達の気持ちが解りません。太極拳を喜々としてやるお年寄りの気持ちが解りません。武術として使えない練習はやる気がしない。

 動きの意味が納得できないと練習する気持ちになれないんですよ。

 だから、30前後の頃は完全に型から離れて格闘技の練習したこともありました。

 しかし、交叉法を知ることで型の秘密が解けていったんですね。

 そうすると型というものが、いかに有り難い稽古システムを内蔵していたか?という事実に気づいて研究し直した訳です。

 そこで改めて詠春拳を見直すと、何故、世界中で実戦拳法として人気があるのかが解ります。合理性の極みなんですよ。

 ドニー・イェンの『イップマン』で詠春拳に注目した空手マンが多いと聞きますが、至近距離からマシンガンをブッぱなすような容赦の無さに、剥き出しの武術性が感じられ、綺麗事じゃない清々しいまでの破壊的“一途さ”に機能美を感じます。

 見せ技が無く、効率的に素早く敵を倒す・・・という一点で考案されている点に嘘臭さがない・・・そこが人気の秘密なんでしょう。

 今回は山田師範代が詠春拳らしい連撃のやり方も指導してくれたので、より密度の濃いセミナーになりました。


 それから、ベリーダンスを応用した武術・・・これは凄いことになりそうですよ。リナ先生の腕回しの様子は、まるで柳生心眼流の“素振り”みたい・・・いや、それ以上ですね~。意拳の打拳にも応用が効きそうですね~。

 私が個人的に様々な踊りを研究してきた中でも、ベリーダンスは使える!と思っていましたが、やはり、想像以上に身体技能を高める効果があることを確認しましたよ。

 これも本で紹介したいですね~・・・。


 えっと、それから12月8日の月例セミナーは年末恒例の忘年会兼ですので、特別に神業の秘密を公開しま~す。

 最近、優秀な人材が入会されてきていますから、もう武術を誤解させるような神業パフォーマンスの撲滅を目指しますよ。使いものにならないような見世物芸ばかり練習したって護身の役には立ちません。むしろ、勘違いさせるだけで害があるでしょうね?

 そんな訳ですから、初めての御参加もお待ちしております。


PS;山田師範代とリナ先生が地元(埼玉県幸手市)の読売新聞のタウン情報紙で紹介されました! 素晴らしい! 最近、優れた人とばっかり縁ができて有り難いですね~。うちの会員からも将来、歴史に残るような偉業を達成する人が出て欲しいです・・・いや、出します!

PS2;来年の月例セミナー予約一括申し込みの期限も迫っておりますのでお早くどうぞ。

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このアニメに注目!

 友人と電話していて深夜アニメの話になったんですが、私が『ブラックラグーン』や『ヨルムンガルド』、ちょっと古くなったけど『ヘルシング』が好きという話をしていたら、彼もGun好きなんで、フムフムと言っていたんですが、「『キルラキル』が面白いから、絶対、観た方がいい」と熱く語るので、観てみました。

 いつの間にかアニメは深夜に観るもの・・・というのが定着した印象があるんですが、この作品、スラップスティック・コメディというジャンルに入るかもしれませんが、とにかくスピード感があってテンポが早く、お下劣ギャグもポンポン入りながらアクションで見せ切る力業に恐れ入りましたよ。

 学園物で、スケバン刑事のパロディっぽいんですが、設定としては、むしろ『男組』の影響が濃くて、学園を牛耳る女(生徒会長?)が、「民衆はブタだ。力で支配するしかないのだ」と力説したりするところは、『男組』の神竜剛次みたいです。

 もっとも、このネタは70年代初頭なんで、私の世代でないとわかんないと思うんですよね。

 それに、主人公の親友がガクラン不良姿になると、葉っぱをくわえてる・・・。

 これも70年代初頭の『ドカベン』に登場する人気キャラ、岩鬼ですね。

 そもそも、主人公が着る戦闘スーツに変化するセーラー服も、スケバン刑事っぽいんだけれども、よくよく観ると、やはり70年代の人気アニメの影響が?

 これは、この作品を製作しているトリガーという会社について教えてくれた小説講座の受講生の女の子(アニメ畑出身)から聞いたんですが、ど根性ガエルのぴょん吉を描きたいと思っているスタッフの念願だったらしいんですね~。

 そうか、そういうことだったのか~?

 言われてみれば、この意識を持つセーラー服の動きはぴょん吉そっくりです。

 脚本はグレンラガンの中島かずき。

 基本、学園バトル物なんで、「バトルがないとつまんな~い」・・・と思う私も楽しめますね。

 年期の入ったアニメ好きには何倍も楽しめる作品です。必見ですぞ!

 アニメといえば、漫画だと思って書店で買った『ブリーチ』の小説版。前後編でブ厚くて読むの大変そうだな~と思っていたら、読んでみたら面白くてサクサク読めました。

 主人公の一護が霊力失ってる間の物語なんで、主人公が本編の完全脇役キャラのドン観音寺(って誰?)。あ~、霊能者だったんだ?って、初めて知ったよ。

 TV放送時に漫画本編の進行を追い越さないように作られた『~編』みたいな感じなんですが、私の大好きなキャラ、更木剣八隊長(斬魄刀を解放してないのに天然でムチャ強い)が大活躍するので、大変、面白かった。

 大体、こういう群像劇調のバトル物って、「主人公より強いかも?」みたいなサブキャラが魅力的なんですよね?

 ルパンだったら、早撃ち0.3秒の次元と、何でも斬っちゃう居合斬りの五エ門。戦闘力だけならルパンより強い訳ですよ、二人とも・・・。

 幽々白書だったら、やっぱ、飛影かな(邪王炎殺黒龍波ってカッケ~)? 幻海が霊光波動拳の奥義で若返って美少女になってしまうという設定もナイス!

 ドラゴンボールも、私はピッコロが好きでしたね~。ネイルさんや神様と合体してパワーアップするのなら、ナメック星人全員と合体したら宇宙最強かも?

 北斗の拳なら、トキと、雲のジュウザですかね? 被爆してなかったらトキが最強だったかもしんないし、「我が拳は我流!」という天然系の生まれつき強いジュウザですね。

 キカイダーならハカイダー(脳みそ丸だしなのが凄いインパクト)、キカイダー01ならワルダー(ビジンダーに惚れたり犬が苦手だったり凄い純情なのにハカイダーより全然強い)?

・・・でまあ、『ブリーチ』の場合、キャラが多過ぎるんですが、凄いのはキャラがかぶらないところ。一人一人、キャラ分けができてるところが凄いな~と思います。

 もちろん、絵ヅラが似てるキャラは居るんですが、性格はきっちり分けられていて関心するんですよ。

 私が好きなのはアウトロー的なのと、遊び人風だけど頭がキレるキャラ。

 前者は、更木隊長、グリムジョー・ジャガージャック、ノイトラ・ジルガとかで、後者は京楽春水隊長、浦原喜助。

『ブリーチ』って、ちょっと武侠小説風なところがあって、主人公がどんどんパワーアップしていくところとか、脇キャラが達人だらけだったりするところ・・・。

 一護が浦原に鍛えられ、更木と戦って始解を会得し、夜一さんに鍛えられて卍解を会得し、平子たちバイザードに鍛えられ、ウルキオラと戦ってホロウの力を会得し、一心に鍛えられて最後の月牙天衝を会得する・・・みたいな。

 これは『笑傲江湖』で主人公の令狐冲が華山派剣術流の隠師、風清揚に独孤九剣を学び、日月神教の壬我行に吸星大法を学び、少林寺方丈に易筋経を学んで武林最強になっちゃった・・・というのと似てます。

 やっぱ、いろんなものを学んでこそ、人間は向上するんですよっ!

 どっちが優れている?・・・じゃあなくって、どの分野にも優れたものがあるんです。

 それを学んでいって、常に向上しようとすることが大切なんですよ。かのブルース・リーが、「JKDは流派ではない。コンセプトである」と言ったのは、この真理に気づいていたんですね。

 一つところで小さく纏まったらダメなんですよ!


 あっ、ところで、両刃の模擬短刀、完成しました!

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 取り敢えず、シンプルに白鞘拵えにしてみました。

 強度的な問題としては縁頭金具付けて、鮫巻いて柄巻きもやった方がいいし、鞘にも漆塗りした方がいいんですが・・・これは好みの問題もあるので、後から作り直せるように朴の白鞘にしてみた訳ですが、我ながら、結構、うまく出来たな~?と感動・・・。

 しかし、短刀だから、さして苦労はしませんでした(実質製作期間は4日くらい)が、これが大刀の寸法だと作るのも大変だよな~?と思いましたね。

 日本刀は本来、分業制で、まず、材料の和鋼(玉鋼という言葉は幕末から明治以降にできた言葉らしいです)を作るタタラ師、そして刀鍛冶、研ぎ師、ハバキという金具を作る白銀師、鐔を作る人、金具を作る人、柄を製作する柄巻き師、鞘を作る鞘塗り師・・・といった具合なんですよ。

 ちょっと、ビックリですよね? 一本の刀は独りで作るものだと思ってた人が多いでしょう?

 たまに刀工で全部やる人もいます(私の大太刀打ってもらった一貫斎繁綱さんがそうです)が、研ぎだけは別格です。

 研ぎ師は刀を打つのと同程度の技量が必要なんですね。

 研ぎ師の腕でナマクラ刀が天下の名刀のようになった?なんて話もありますが、霜剣堂さんで刀眺めていたら、確かに、研ぎが下手だったら、ずっと価値が下がってるだろうな~?と思える備前長舩の刀とかありましたね。

 特に古刀の場合、研ぎによって全然変わってしまうみたいですね。

 昔の研ぎと現代の研ぎだと手法が違うので、現代の研ぎの方がずっと綺麗なんだそうです。清麿なんかも現代の研ぎによって真価が現れたとも言われています。

 俗に“ダマスカスナイフ”と呼ばれる硬軟の鉄が混ざって木目のような模様になっているブレードのナイフが近年、人気が高くなっているんですが、日本刀も作り込みによって自然にできた鉄・炭素・チタン等の粒子の変性による砂地や星空のような地肌の模様の美しさを鑑賞するんですが、正宗に代表される相州伝に顕著で、私は昔は興味なかったんですが、最近は美術的な関心も出てきましたね。

 私も少し自分で研ぐから、そういう風になったんだと思います。仕上げ研ぎしていてそんな模様が浮かびあがってくると感動しますよ~。この模様は丁寧に研がないと出てこないんですから・・・。

 もっとも・・・私はもともと、実用を第一に考えるので、美しさを第一に考える習慣がなくて、自分で作る時も、わざと武骨に少し粗く作るんですよ。

 男が細かいところを物凄く丁寧に作っていたら、何か女性的でブキミじゃないですか?

 やっぱ、豪快に大雑把なんだけど、要所要所はきちんと締めてる・・・ってえのがカッコイイと思うんですよね~。

 だって、やたら綺麗に作っても使ったら汚れるし傷が付く・・・それを前提にして作るのが男の仕事って感じしませんか?

 なので、今回の模擬短刀は、余計なことはしないで、白木の合口拵えでお渡ししようかな~?と・・・。


 まっ、言っちゃってもいいかな?

 実は、この模擬短刀、日子流の田中光四郎先生が撮影されるDVD用に作ったんです。

 何でも、「今回が遺作です」と光四郎先生が言われているそうなので、お世話になった者としては少しでも御恩返しになれれば・・・と思った訳ですよ。

 ご存じかもしれませんが、両刃のダガーナイフは秋葉原の通り魔事件を切っ掛けに所持禁止になっています。

 なので、トレーニング用のものも無くなってしまったみたい。

 私は海外のトレーニング用ダガーナイフ(プラスチック製)とか持っていた(ハワイの先生に貰ったもの)んですが、光四郎先生がそれを持ってもサマにならないでしょう?

 だから、日本刀風の両刃の短刀をイメージして模擬短刀を製作してみた訳ですよ。

 もちろん、こういうの作ったこと無かったんで、初めて作ったんですが、割りとイメージ通りになりました。

 電動の機械使えば簡単にできるだろうな~?と思いましたし、楽しいから、いろいろ作っちゃおうかな~?と・・・。

 例えば、護身用グッズとか?

 使い方をDVDで解説してセットで売るとか?

 はっ? 新しい金儲けのアイデアが・・・?

 いやいや、私が独りで作っていたら労力が大きくなり過ぎか・・・ガックン・・・。

 うちのDVDもそうだけど、量産効かないから、あんまり安くできない。カスタムナイフなんかも20~30万円くらいするものもあるんですが、何でそんなに高いのか?というと、“ハンドメイドだから”・・・。

 自作するのは楽しいけど、仕事で月に数本作れっ!・・・て、なったら、それは大変なだけでしょうね~?


PS;24日の詠春拳セミナーは予約無しにしたとのことです。連続でないと覚えられないと思うので、毎回DVDでダイジェスト版作るつもりです。参加したくてもできないという方はどうぞお買い求めください。また、個人的にはベリーダンス・エクササイズは凄いですよ! 武道の高段者でもポンポンふっ飛ばされてしまう奥義“体の合気”を体得するのに最も最適な訓練法だと私は思っています。結局、いかに身体を練り込んで体内で自在に重心移動できるようにするか?というのが秘訣なんですよ。そのための訓練法として私はダンスの研究したんですが、ベリーダンスはそれをもう一段ステップアップさせるのに役立ちますね。何でか?というと、ただ可動域を広げるだけでなく、細かく震わせる・・・これって、空手の源流でもある白鶴拳の最高奥義“白鶴震身”の体得にも役立ちます。武術は、「大きく動かせる身体を作って細かく動かして使う」ものなんですよ。これって十三勢長拳から陳式が出来て、陳式から楊式が出来たようなもの。つまり、大きく伸びやかな動きから、円曲変転の動きが出来て、次はそれが外部から見えないように内部の微細な動きになるってこと。陳式の纏絲勁は身体を捩ってやりますが、楊式だと内部の微細な連動を意識で導く抽絲勁になります。だから、外形に現れない内部の動きだから「内家拳として完成したのは楊式からだ」と主張する太極拳家がいる訳です。もっとも、外から見えないから、どうとでも言い逃れできる。この辺りが気の武術の、どうとでもゴマカシの効く点なんですよね~? 空手家が内家拳を学んでなかなか上手くできない理由も、空手の練習そのものが身体感度を鈍くさせて打たれ強くする・・・というやり方をやりがちなのに原因があります。でも、空手でも上手い人はやっぱり独自に柔らかく緻密な動きをしてますけどね? まっ、一般的に武道や格闘技の練習は身体感覚を鈍くするようなやり方ばかりなので、達人が駆使する高度な技を体得することができないのは、その辺に理由がありますよ。もっとも、実際に戦う場合は、敏感過ぎると墓穴掘るんで、ガンガン鍛えてる人の方が手っ取り早く強くなりますけどね~。それじゃあ武術にはならないんで。

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模擬刀製作

 私は、根っからの武器フェチで、できることなら自分で刀や鉄砲を作りたいくらいなんですが、当然ながら、そんなことは法律違反ですからやれません。

 もし、アメリカ人だったら、ガンスミス(銃のカスタマイズをする職人)になっていたと思いますし、もし今、30代だったら刀鍛冶修行をしたと思います。

 せめて、刀研ぎはセミプロくらいの腕前になりたいと思っていますし、ナイフメイキングもやりたいと思っています。

 元来、人付き合いはあんまり好きじゃなく、細かい作業をチマチマやるのが好きなんですね。何とか、趣味と実益を兼ねて生活できている今が人生の春のような気分です。

 子供の頃から工作をするのが好きでしたし、中学時代からはガンマニアになってエアガンのカスタマイズやったり、角材削って木刀やヌンチャク自作したりしていました。

 その過程で、肥後乃守ナイフを使って、カンナで削るように材木や竹を高速でシャシャシャーッと削る技も編み出しましたよ。

 今は、刀の外装を自作したり、錆びだらけの安い刀を買ってきて研ぐのが無上の喜びという人間なんですが、クエストさんから相談があって、ある流派の先生の技を撮影するのに両刃の短刀が欲しいということで、「トレーニング用の両刃のナイフを持ってないですか?」ということでした。

 プラスチックやアルミのダガーナイフや匕首は持ってますが、その先生が使うには日本風のものがいいよな~?と思いまして、「じゃあ、作りますよ」と答えました。

「え~? 長野さん、撮影は12月の頭なんですよ。とても間に合わないでしょう?」と言われるので、「いや~、アルミ板削って作れば一週間も要らないですよ。任せてください!」と豪語して、早速、翌日、町田の東急ハンズに材料買いに行きました。

 ま~、刀身はアルミ板で、柄と鞘は朴の板買えば、材料はOK。

 ちょうどサイズ的にも良さげなのがあったので、買ってきました。

・・・ところが、このアルミ板、以前、作業したものと比べてえらく硬くて、「これってもしかして航空機用のアルミ合金なのか?」と思うくらいで、金ノコで切るのも鉄鋼ヤスリで削るのも、非常に苦労しました。

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 成型した茎(なかご。柄に入る握りの部分)にドリルで穴を開けるのも、何か鉄並みに硬くて難しかったですよ~。うっかりして新聞紙とか敷かずにやったので削りクズが散らばってしまった・・・。

 実際、軟鉄だと結構、鉄鋼ヤスリでザリザリ削れるんですよね。硬い鉄って炭素鋼とかだったりするんです。あと、ステンレス・スチールも硬いです。

 このアルミ合金は完成すると亜鉛合金製の模擬刀より丈夫になるでしょうね?

 それにしても指が痛いし、腕がダルいです・・・。

 グラインダーでキューンと削ると簡単なんですけど、騒音で近所迷惑になりますからね~?

 一軒家に引っ越して作業場とか作りたいな~・・・。

 ボール盤にグラインダー、ベルトグラインダー、鍛冶鍛造用の炉とか揃えたナイフメイキング用の作業場と、道場、資料館とか揃った家がいいな~?

 田舎に帰ればできなくはないけど・・・。


 翌日、新刊本の打ち合わせで神田神保町のアスペクトさんの新社屋に行くついでに作りかけの刀身を持っていきました。

 ちなみに新刊本のタイトルは『武術のコツ』。今回は純然たる技術解説の本です。基本原理から実用技、神技?のメカニズムまでイラストで解説する予定で、これを読んで試してもらえば誰でも達人?・・・という本ですよ!

 最近、吉福先生の本にケチつけたり宇城氏をケチョンケチョンに貶したりしてるでしょう? 根拠を示さないと単なる誹謗中傷になっちゃいますから・・・(お楽しみに~)。

 帰りに高田馬場のクエストさんに寄って、「両刃の短刀はこんな感じで作りますよ~」と作りかけのを見せに行きました。

 すぐ帰るつもりだったんですが、結構、長話してしまいましたね。

 あっ、余談ですが、『フルコンタクトKARATE』では松田先生御逝去に関して紹介記事が出ていたそうですね? 私は『月刊空手道』しかチェックしてなかったんで、知りませんでした。福昌堂さん、失礼しました! ごめんなさい・・・。

 余談、終わり・・・。

 クエストさんでは、お土産にロシアのライ麦パンを頂戴しました。帰ってからチーズとコーヒーで食べました。パン切るナイフが無かったんで肥後乃守ナイフで切りましたよ(ワイルドでしょ?)。

 結局、クエストさんを出たのが7時過ぎていたので、ついでだから、その後、駒込の東京支部の稽古会にも顔出してきました。

 最近、会員も増えて活気づいてきてますし、先週、新入会された方がいて、凄く真面目だし極真をやっていてセンスの良い方なんで、なるべく私も教えたいと思ったんです。

 まあ、小塚師範代は教え方が丁寧なので心配はないんですが、最近、筋の良い人にはバンバン教えてあげたいな~と思ってるんですよ。

 特に極真とか格闘技をバリバリやっていたような人には、「武術って凄~い!」と思って欲しいんですよね。

 武術は怪しい・・・というイメージは、有名な自称武術家がヘンなことばっかり演じてみせるからなんですよ。

 それを真似して自分も有名になってやろうとしてヘンな真似するヤツも続出する。

 私が悪口言われながらも、せっせとインチキ神業のタネと仕掛けをバラし続けているのも、研究家としての自分の使命だと考えているからですよ。

 特にこれからは、松田先生が亡くなられたから、インチキな武術家が絶対、増加すると思うんです。それをくい止める最も良い対策は、実際に戦える武術修行者を増やすことだと思います。

 何で、皆がインチキに引っ掛かってしまうのか?というと、あまりにも武術の実態が知られていないからなんですよ。

 メディアは真贋がわからないから間違って紹介してしまうし、頼みの綱の専門誌だって事情は変わりません。

『秘伝』も、松田先生の追悼特集やった次の号で、かつてヤラセ問題で武道界から消えた西野流呼吸法を堂々と特集記事で採り上げていたり・・・あ~あ、やんなっちゃうな~?って気分です。

 まあ、御丁寧に太気拳の澤井健一先生や蘇東成先生も写真で出していましたが、澤井先生が「西野のヤツに騙された」と、実は怒っていた・・・とか、西野流呼吸法の母体になっているのは蘇先生が西野氏に個人指導した台湾の易宗内家門の気功導引法である・・・なんて真相も、今の編集やっている人達は知らないのかもしれません(Sさんが知らない訳はないけどな~?)けど、いや~、やっちゃったな~?って感じです。

 奇しくも、TBSの『人間観察モニタリング』でニセ気功師の講習会でインチキに引っ掛かるかどうか?というのを試していましたが、被験者以外は全員ヤラセという理想的展開でしたが、案外、引っ掛からない人も居て、そういう人は男性でインチキ臭いと疑っている場合でしょうね。

「そういえば、最近の宇城さんは西野流呼吸法そっくりですね~」「そうですね~。そのうちバッシングされることになるでしょうね~」なんて話を武術業界関係者と会うと、いつも話しているんですが、結局、騙される人に共通しているのは、本人が信じたい訳ですよ。

 信じたい人達が集まって、最初はちゃんとした身体技法に驚いていたのに、次第に条件反射が入って勝手に自分から崩れたり倒れたりするようになる・・・。

 と、「これが気の作用である」と先生が言いだして、“共同幻想気功演劇空間”が形成されていく訳ですよ。

 自分達は特別な技を超えた技を習っているんだ・・・という選民思想が芽生えてきて、居心地が良くなるから、誰も「おかしい?」と思わなくなる・・・自己催眠状態になるんですよ。

 そして、そんな風になった人間ばかり相手しているから「自分は本当にできる」と先生も勘違いしていく訳・・・。

 以前、宇城塾に行っていたけど疑問を感じて辞めた・・・という人から御意見を頂戴しましたが、要は、私の批判が的を射ている・・・その人が敢えてかからなかったら、宇城氏が見えないように肘でこづいてきた・・・と。

 力学的にあり得ないような多数を相手にやってみせるのは、もう暗示作用でしかないんですね。この辺りのメカニズムについても新刊本で解説しようと思います。

 この暗示作用の問題点というのは、騙されている人が騙されていると感じなくなる点にこそある訳です。

 この点、心辺りのある方は、よくよく考えてくださいね?


 ま~、『秘伝』の社長は武道とか武術に思い入れがまったく無い人だと業界では知れ渡っていますから、別に批判するのも無駄だと思うんですが、ますます“武道版ムー”になってきましたね~?

 だから、最近、かなり私はサービス良くなったと思いますよ。以前は隠して教えなかったようなこともバンバン教えてます。

 教え過ぎるくらい教えたりしてますから、北島師範なんて、「そんなに教えちゃっていいんですか?」って聞いてきたくらいで、彼にも「基本練習ばっかりじゃなくて、じゃんじゃん応用技を教えてあげて・・・」と指示しています。

 とにかく、“武術イコール神秘系”みたいな誤ったイメージを変えたいんです。

 神秘的?な神技パフォーマンスばっかりやる人が多いでしょう?

 そんなもん、全然、使えないのに、素人は誤解しちゃうんですよ・・・。

 だから、いかに武術が合理的なものなのか?ということを、どんどんアピールしていかなきゃいけないと思ってるんですよ。

 その合理性は、本来、どの流派にも含まれていたものなんだ・・・ということも知って欲しいんですね。

 日本人は妙な舶来嗜好が強くて海外のものを有り難がって、自分達の国の文化をまったく見向きもしなかったりするでしょう?

 外国の人と付き合うのに日本人が日本の良さを示すことができず、日本の文化について無知だったりすると、「日本人はなんて無教養でプライドがないんだ」と呆れられてしまうでしょう。

 特に日本といえば独自の武術文化が発達した国なんだから、それを教養として知っていなくては国辱者になってしまいますよ。

 恥を晒しますが・・・うちに入会してくる人の大半が、武術武道の文化としての背景をまったく知らなかったりします。私からすれば、恐ろしいくらい無知です。

「柳生十兵衛って本当に居たんですか?」と真顔で聞いてきた人間も居たくらいです!

 この時は流石に、「お前はそんなことも知らずに武術やろうとしてんのか? ハラ斬って死ねぃっ!」って怒鳴りつけてやりたくなりましたよ・・・って話を別の人間にしたら、「あっ、僕もそう思ってました」って、テヘッて顔しやがんの・・・もぉ~、こいつら、どんだけ無知やねん?・・・と、怒りを通り越して、トホホな気分でしたよ・・・。

 それでも、うちの門を叩くくらいだから、私の本を読んでる訳で読書の習慣がある。その点からしたら、比較的、知的欲求がある人だと思うんですよ。

 それでも、まるで知らない。

・・・となれば、日本中の武道を学んでいる人達の大半が、武道武術の文化については白痴並みに恐ろしく無知なんだろう・・・と、容易に推測できます。

 流石に指導者レベルだと詳しい方も中にはおられますが、やっぱり極めて少ないですよね?

 以前、清心館の佐原先生とお話していた時に、佐原先生は、「武道を体育として普及したのが、そもそもの間違いだったと思うんですよね~」と苦笑しながら話されていましたが、確かに、その通りだな~と思いました。

 要するに身体トレーニングとしてしか認識していないのが問題だったんだと思います。

 それだけ現代の武道は内容が薄まっているんですよ。

 空手家が「白い道着に黒帯を締めて・・・」というのが沖縄伝来のスタイルだと勘違いしていたりする(柔道の真似だから、本土に伝わって以降)のも困惑させられますが、『琉球バトルロワイアル』のチラシに面白いこと書かれててのけ反ってしまいましたよ。

“世界中に4,000万人の競技人口がいると言われている空手。実は沖縄がその発祥の地であることは意外と知られていない”・・・って、そんなの知らない訳ないじゃん?

 まさか、テコンドーが空手のルーツとか言いたいんじゃないよね~?

 子安さんが出てるから観に行こうと思ってるんですけど、頼むから、もっと武術の歴史とか文化背景とか勉強してくれって言いたいですよね~。

 空手に関しては、中国福建省・琉球・本土・海外へのルートが主流としてあり、また、沖縄からハワイを経由してアメリカ西海岸へ伝わったルート(ケンポーカラテ、カジュケンボーとかのルーツ)もある・・・程度の知識は欲しいですね~。

 詠春拳の手法とか技の用法には本来の“唐手”はこうだったのでは?というヒントが凄く多く含まれていますね。もっといろんな流儀の比較技術の研究をやるべきだと思いますよ。

 それから・・・テコンドーは松濤館空手がルーツだってのも、もっとはっきり言った方がいいよね~? 勘違いした人が誤説を広めるから・・・。


PS;一月にはクエストさんから『肥田式強健術』の決定版DVDが出ますよ! それと、何と! 馬貴派八卦掌の第二弾も出るそうですっ! これは個人的にも楽しみです。

PS2;24日は詠春拳&美体操&ベリーダンス・エクササイズのセミナー第二弾です! 前回、大反響の超実戦拳法の呼び声高い詠春拳と、「これをやれば伝説の体の合気もできるかも?」と思わせる秘密の身体訓練法ベリーダンス・エクササイズ。お早く予約どうぞ。また、参加したいけどできない・・・という方は、DVD第一弾、発売中ですので、こちらをどうぞ! 游心流DVDシリーズは、秘密の訓練で差をつけたい方や漫画・アニメの編集者や製作者の間で密かに流通しているという噂がありますよ~。DVD見た人が甲野氏の稽古会に参加して氏の技を封じちゃった?という噂も聞いてます。喜んでいいのか哀しんでいいのか・・・?




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松田先生批評本取材開始

 まだ出版社は決まっていませんが、松田隆智先生の批評本の取材を開始しました!

 まずは、松田先生が武術界で最も信頼していたと思われる野口敦子先生(東京陳式太極拳研究会代表)を、ほびっと村にて紹介して戴き、1時間程、お話をうかがいました。

 野口先生には指導でお忙しい中を時間を取っていただき、恐縮でした。

 お話の内容については本で書くとして、つくづく、松田先生が何故、野口先生をあそこまで信頼していたか?ということが、よく解りましたよ。

 私欲なく、謙虚で、穏やかで・・・そうですね~? ほびっと村のゆりこさんも言われていたんですが、凪いだ海のような透明な包容力を感じさせる女性でした。

 松田先生は昭和残侠伝?のような性格の人だったので、その荒ぶる魂を包んでくれるようなタイプの人が相性が良かったんだろう・・・と思いますね。

 男同士だったら、ぶつかっちゃったり、いろいろあるから、拳で語って「お前、やるな~」みたいな相手(オレだよ、オレ)しか続かなかったんだと思いますね・・・。

 あっ、そういえば、青木先生松田先生があんなに相性が良かったのも、「私は前世では女で、しかもレズだったと思うんですよね~」なんて言ってる青木先生の懐の深さと広さがあったからかもしれないな~?・・・と、今、ふと思いました。


 私は、今回の企画をたてた時に、武術関係の方は極力、取材すまい・・・と決めていました。

 どうしてか?というと、松田先生の本質を理解していた人は少ないだろうと思ったからですし、この業界に長く居ると、武術をやっている人達に共通する自己顕示欲・名誉欲・裏表の激しさ・形式ばかり拘る人間性の底の浅さ・平気で嘘をつく人格破綻ぶり・・・といったナルシスティックな臭気がプンプンしてくるからです。

 だから、通り一遍のことしか聞けずに、下手をすれば自分の売り込みに利用しようとすらしかねない・・・。

 何よりも、松田先生御自身が、そういう人達を嫌っておられましたから・・・。

 それでも、野口先生だけはどうしても取材しなければならないと思っていました。

 それは、松田先生の口から毎回のようにお名前が出てきていたからですし、今回の松田先生の特集記事中でも何も語られていなかったからです。

 やっぱり、お話できて良かったです。紹介して戴いたゆりこさんには、本当に感謝!

『秘伝』の松田先生の追悼特集記事は、それなりに充実していたとは思います。私も知らないことを取材していたり、王西安、康戈武、呉連枝といった中国の先生や、ニチャン・リンポチェのコメントも載せており、また『拳児』の漫画を描いた藤原氏にインタビューしていたのも感心させられました。

 頑張って書かれたな・・・とは思いました(塩沢さん、アンタ偉いよ)。

 しかしね~・・・前振り合わせて二回だけ。特集記事が43ページ・・・。

 まあ、古巣の福昌堂が何のコメントすら無いのと比べれば、多少はマシではありますが、これで松田隆智という“日本と中国の武術の歴史上、空前絶後の業績をあげた巨人”の追悼文として充分と言えますか?

 私は武術研究家の誇りにかけて断言しますが、松田先生を除いて、日本でも中国でも流派門派を超えて、武術文化の研究と実践を重ねた中から広く一般に向けて紹介解説を行った人物は、ただの一人も居ないんですよ。

 よく考えてください。自分の流派について書いている人はいくらでも居ますが、流派門派を超えて平等に幅広く歴史と技術を紹介した人は居ないでしょう?

 自分の流派について書くのは、単なるプロパガンダ以外の何でもありません。あげくに他流を不当に貶めて自流のみ価値があるかのごとく書く人間さえ珍しくない。

 松田先生はそういう人達を嫌ってましたし、私も嫌いです。事実なら解りますが、捏造話や自分の都合の良い例だけ書いて、都合の悪い話は隠す・・・そんな卑劣な人間も少なくありません。

 武術が怪しく見られるのは、技じゃなくて、やってる人間の人間性の問題ですよ。

 取材編集されたムック本はいくつかありますが、そういう本は何人もの力で出来ているのであって、松田先生の場合はたった一人でやり遂げているんですからね。

 野口先生にお聞きしたところでは中国の武術専門誌では追悼記事が載せられているそうですし、当然、日本ではムック本という形で追悼本が出るだろう・・・と、あちらの先生方は思われているらしいですね。

 松田先生の果たしてきた業績を正当に評価していれば、“最低限でも”それが当たり前なんですよ。

 いや、実に恥ずかしい話です。日本の恥です!

 日本と中国を武術文化の交流という形で、ここまで“組織を持たない一民間人”がもり立てた例なんて後にも先にも無いですよ。

 それを武道マスコミの人間は、きちんと理解していない・・・。それを証明してしまっているな~・・・と、私は思います。

 もっとも、率直に申して、こうなることは最初から読めていました。

 それは、武道マスコミと短期間ながら関わって、はっきりと感じていたことだったからです。

 結局、「俺たちが武術文化の価値を世の中に認知させる」なんて志しを持つ人は皆無!

 そんなことを言えば、“ウザイやつ”くらいにしか考えない、自己満足の趣味で取り組んでいる人間が、同類に向けて本作ってるだけだったりする訳で、だからこそ、上は不当なまでに安く使っても下は文句言わずに、その現場に居続ける訳ですよ。

 でも、そんな情熱の無い連中が作った本が売れますか?

 読む方だって、つまんないですよ。

 だから、売れなくなって休刊しちゃう訳ですよ。簡単な理屈です。

 今の大出版不況の時勢で、自己満足で続けられる道理がないんです。

 まあ、いいです。この辺りの問題点も含めて、武道マスコミ関係者がショックで寝込みそうな一世一代の物凄い本を書き上げてみせますよ! きっと、松田先生もあの世から応援してくれると思います。

 タイトルどうしよっかな~?

『蘇る松田隆智』なんて、どう?

・・・って、これじゃ~、松田優作の本のパクリだよ?

 うわ~ん・・・大丈夫か? オレ・・・文才無さ過ぎだよぉ~?


 スイマセン。取り乱しました・・・。

 一応、目標としては来年の松田先生の一周忌までの発売を目指しますっ!

 松田先生に関する情報をお持ちの方、メールでお知らせくださると嬉しいです。


PS;私の昨年出た文庫本が「全然、書店に置いてなくて買えなかった」という方は、ほびっと村のナワ・プラサード書店にはあります(アマゾンで買うのが確実で早いけど)。絶盤になったDVDもありましたよ。それから、ほびっと村学校で今月17日に天真会小原大典さんの新刊本出版記念講座が開催されます。『霊性のアート』(中央アート出版社)、私も買いましたが、凄く面白いです! 精神世界方面のことをオカルト的、怪しいと毛嫌いする人もいますが、小原さんのアプローチの仕方はバランスが取れていて、超お薦めです。ほびっと村は太極拳、ヨーガ、フェルデンクライス身体訓練法、アレキサンダーテクニーク、野口整体(活元運動)・・・等、いろんな講座があって楽しいですよ。

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11月セミナー感想

 今年も残り少なくなりました。

 11月は、例年だと『格闘技に武術を活かす』というテーマを設けていたんですが、最近は「格闘技と武術が根本的に立脚点が違う」ということを参加者も理解してきた様子で、ほとんど誰からも、「格闘技の試合に役立てよう・・・」みたいな要求が出なくなってきましたね。

 そこで、「いろんな分野に応用しよう!」というテーマにしたんですが、これまた、受講生の誰も介護だのスポーツだのに活かす・・・みたいなことは質問されなくて、ほぼ、いつもと同様の展開になりました。

 今回は、朝に結構、大きな地震が茨城であったので、そちらの方面の方が参加されなくて、その他にも都合で休まれた方が何人かいたので、結局、10人ちょいくらいの少ない人数になってしまったんですが、練習する分には、このくらいが会場も余裕があるという皮肉な結果になってしまったんですが・・・。

 しかし、最近、来られるようになった方が、過去に甲野氏や宇城氏の稽古会やセミナーに参加したことがあったそうで、そこでやっていた内容について質問されたので、“多数に押されるのを独りで押し返す”とか、“数人に押さえ付けられているのをサンチンの動きで崩し倒す”といった、宇城氏が「気の作用」だと主張している技?を原理的に解説して実演してみました。

 結論を書きますと、別に気の作用でなくても力学的な原理で説明できるし、やり方のコツを教えれば誰でもできます。

 少しも特別なものじゃないんですね。

 私は以前から宇城氏の実演のやり方に批判をしてきましたが、甲野氏と違って武術の腕前は確かだろうと評価していました。

 ですが、1~2年前だかにユーチューブに出ている動画を見たり、雑誌の写真解説だとかDVDだとか見て、恐らく本人は自覚していないでしょうが、昔に比べて明らかに実力が落ちている・・・言葉を換えれば、感覚が鈍っているように思えました。

 宇城氏の技の特徴は、身体技法としては脱力技法と伸筋技法の折衷であり、読みによる対の先(合わせ技)を取る技能を駆使した交叉法の理論を用いています。

 昔はケレン味の無い直截的な交叉迎撃の技法を駆使していたので、非常に研ぎ澄ました印象がありましたが、最近は“気の理論”に傾倒し過ぎて意識が散漫になってしまっていますね。

 心法系のある武道の宗家は、「宇城氏は凄い、凄い・・・と皆が言うから見てみたんだけど、いや~(笑)・・・」と、失笑していました。

 当然でしょう。私ですら首を捻ったのですから、その先生から見たら、子供のような初歩的な読みのレベルにしか見えなかったでしょうから・・・。

 宇城氏の読みの技能は感覚的に磨かれた心法系なので、意識に邪念が混じるとガクッと鈍くなってしまう。それが彼の実力がガクッと落ちてしまった真相でしょう。

 私は目付けや聴勁といった五感を駆使する読みから磨いたので、多少、邪念が入っても、そんなに下手にはなりませんが、高度な察知力を養成するには心法技術に入らないとなりません。

 が、高度な技術は、それを成立させるために高度な心身のコントロールが必要になるのです。高度な技なら万能に通じる?と勘違いする人が多いですが、先鋭化すればするほど、弱点を突かれると脆くなってしまうのです・・・。

 宇城氏は“世直し”を唱えて武道教育のような路線で活動している様子ですが、私の目には甲野氏の真似をしているようにしか見えません。

 ただ、最近は知りませんが、甲野氏自身は組織的な権力欲は薄かったですね。彼は周囲の人から称賛されていれば満足していられるだけのナルチシストですから、民衆を支配したいというような権力欲はあまり無かった。

 それに比すれば、宇城氏には他者を支配してやろうという欲求を強く感じますし、相当な自惚れに毒されているように見えますね。

 武侠小説に、よく武林(武術界)の覇者になる!という欲望に塗れて権謀術策に邁進して自滅する武術家が登場しますが、まったく、そういうタイプに見えます。

 でもって、忠義心をもって批判的な直言をする弟子を「お前のような未熟者は何も解っておらん! 俺に意見するのは百年早い!」と恫喝してしまったり・・・という話も聞いてますが、人間、下手に才能なんか無い方が欲望に振り回されなくて幸せなんじゃないかな~?と思いますよ。


 おっと、話が脱線しまくりですね?

 スイマセン。

 ただね。今回、いつもの調子でノリノリで宇城氏の神技?のネタをばらしたところ、質問した方は、もう、笑っていいのか泣いていいのかわかんないような顔で、よっぽどショックだったんだろうな~?と思ったんですね。

 かなりお金をつぎ込んだのかもしれないし、天下の達人だからこそできる秘技で、私みたいなオチャラケタ人間に簡単に見破られるようなインチキな技ではない!と、思っていたのかもしれません・・・。

 でも、私も質問されなかったら、わざわざ自分で試してみようとは思わない訳ですよ。

 それくらい、もはや、私共の間では、「単なる素人騙しの演芸」だとしか思っていないから、バカバカしくって、やらない訳ですよ。

 仕組みが解ると返し方も解りますから、宇城氏の神業も私共には通じないと思います。

 実際、うちのセミナーを受講してコイン取りの仕組みを教えた人が、その後、宇城氏のセミナーを受けてコイン取りに成功してしまって、宇城氏が苦笑いしながら「たまに、こういう人も居る」と言ったという目撃談も聞いたんですが、武術をダシに演芸みたいなことばっかりやって、他者を見下していたら、そのうち、足元すくわれると思いますよ。

 それはもちろん、技の仕組みがわからない人にとっては、神業のごとく説明されれば信じてしまうかもしれません。

 しかし、よく考えてください。

 昔、Mr.マリックが出てきた時に「超魔術」のブームが興り、一世風靡しましたね。

 手品なのか超能力なのか?という議論が相当ありました。

 結論は、新しい見せ方をした手品だった訳です。

 手品はタネと仕掛けがわかったら、な~んだ・・・と笑って済ます演芸です。

 武術も、宣伝のために手品的な見せ方をする文化があります。

 鉄棒を曲げたり、槍を喉に押し付けてへし折ったり、レンガを打ち割ったり、卵の上に乗ったりする硬気功。

 空手の板割り、瓦割り、自然石割り、サンチンでの角材折り・・・なんかも宣伝のためにやり始めたんですよね。

 この延長線上に、合気道や少林寺拳法の演武、古武道大会の演武、空手の形競技、居合道の型競技、中国表演武術・・・等が成立していった訳です。

 江戸時代の御前試合なんかも、実際は約束組手的なものだったとされます。

 こういうのはパフォーマンスとして成立してきた文化なので、インチキだの何だの言うのは本来は無粋な勘違いなんですが、極真空手に始まるフルコンタクト空手や異種格闘技の試合のムーブメントの中で、従来の型や約束組手で見せる演武の意味が曲解されてしまったんですね。

 つまり、「実戦的かどうか?」という観点で「強いか弱いか」の二元論で語る風潮が蔓延した訳です。

 それが逆説的に、「演武でいかに実戦的で強いように見せるか?」という見せ方の工夫をやる人間が出てきた訳ですよ。

 例えば、合気武術系統は伝統的にこの要素が強いですし、西野流呼吸法や甲野氏もこの典型例ですね。

 これは、構造的に矛盾しているんですが、素人もプロも皆、この構造の中に惑わされてしまうようになった訳です。

 そこのところは、普段から試合やっている人達はシンプルですからね。「実際に闘ってみればいいじゃん?」という訳ですよ。

 で、あれこれ言い訳して闘わない連中を軽蔑と揶揄を込めて「神秘系」と呼ぶようになった・・・という、ここ20年くらいの風潮があります。

 中国武術も、表演武術が紹介されてから、超人的な動きを見せても実際に闘う訳ではないから「あれは形だけ」と実戦志向の日本の武道・格闘技ファンは蔑視するようになりました。

 もっとも、中国武術マニアは「伝統武術こそ真の実戦性を持つ」という考えで、こぞって中国に学びに行ったりして、意拳、陳氏太極拳、戴氏心意拳等を学んだ人がいましたが、中には「最強の秘密拳法を学んだ俺、最強!」みたいな最狂?になっちゃった人もいましたね。

 だから、私は表演武術やっている人達の方がいいと思いますね。戦闘理論教えるだけで戦闘力倍加しますから・・・。

 何でも一長一短ありますから、一面的に断定することはできません。

 ですが、武術習ってるのに身を護る技能も体得できないというのは、根本的におかしくないですか?

 私は、終始一貫して、そう言い続けてきたつもりでいます。

 そして、身を護る術というのは、肉体的に弱い人間が駆使できるものでなくてはならないと思います。

 考えてみてください。

 パワハラ、セクハラ、虐待、DV、イジメ、ストーカー・・・暴力の犠牲になる人達は、気弱な人、女性、老人、子供・・・いわゆる“弱い人”でしょう?

 暴力をふるって他者を支配したがる人間は、心が歪んでいるんです。だから、平然と暴力をふるえる訳です。

 心が歪んでいるから論理的に話しても通じない。倫理観も歪んでいるから・・・。

 武道や格闘技をやっている人間の中には、わざわざ弱そうな相手に挑んで自分の強さをアピールしたがる人間も少なからず居ます。

 私も毎度、その手の連中にからまれて困るんですけど、最近は武術の名誉を俺が護るぞ!と決心しているので、挑まれたら“ぶち殺す気”で受けるつもりでいます。

 何て非常識な!・・・みたいに言う人は、武術武道なんかに興味を持つべきじゃありません。

 武術は“護身殺敵”の目的で考案され、長い歴史の中で磨かれてきた技術を学ぶものです。綺麗事じゃないんですよ。

 しかし、誤解しないでくださいね?

 武術は暴力に対抗するための手段なのです。生命が脅かされるギリギリの瞬間まで使うべきはじゃないんです。

 私が競技に否定的なのは、基本的に「使っちゃダメでしょ?」と思っているからであり、他者と技量を比べ合うレクリエーションの要素は本来、持っていないからです。

 だから、いくら熟練しても普通に生活している中では全然、使い道がないんです。

 私だって本気で使ったこと、ただの一度もありません。

 では、全然、必要性が無いのか?と問われれば、私はそうは思いません。

 武術を修行することは生きることに対する必死の覚悟を養い、理不尽な暴力を伴った抑圧に対する最終的な克己心を鼓舞する手段たり得ると思います。

 何故、そう思うかと言うと、私自身が、「いざとなったら死ぬ気で戦ってやる!」という勇気を内に秘めて難事に当たった経験が何度もあったからです。

 結果的に使わずに済みましたが、武術を修行していなかったら、臆病な私は環境に潰されてしまっていたでしょう・・・。

 セミナー参加者の感想で、私があまりにもエグイ技を平然と教えるので、そうしなければならないのか?と悩む人も居るみたいなんですが、全然、そういうことじゃないんですよ。

 基本的に暴力に暴力で対抗することなんか許されることじゃありません!

 しかし、これは飽くまでも“建前”であり、現実に生きていれば理不尽な理屈に合わないことは無数にある訳ですよ。

 現実は理不尽なものなんです。綺麗事の理屈で片付けられるような代物じゃない。

 そして、武術は、現実の理不尽さに対抗する手段として生まれたと言っても過言ではありません。それは人間がギリギリで生きていく手段として知恵を振り絞って創りあげて伝えてきた“生き残るための戦闘術”なのです。

 私の技が徹底的にエグいのは、そのためです。軍隊格闘術を学んでいる人が驚くくらい残虐なことを教えるのも、いかに弱者が強者に勝つか?ということを考えているからなのです。

 普通のやり方で弱者が強者に勝つことは不可能なんですよ。戦いのリアルを追究しているから、こうなっただけです。

 本気で勘違いする方もおられるので、はっきり書いておきますが、うちの技を実際に使っちゃダメです!

 人体を破壊する技、人を殺す技なんですから・・・。

 じゃあ、使えない技を何で修行するのか?

 それは、「法律があれば警察や軍隊は必要ない」という論理が現実の世の中では決して成立し得ないように、現実に生きていれば、予測し得ない理不尽な暴力に晒されてしまう場合が誰の身にもあり得るからです。

「絶対、安全」と言い続けていた原発が、あ~なったように・・・。

 月並みな表現ですが、武術武道を学ぶ意義は、「人として勇気を養うこと」だと私は思っています。


PS;来年の月例セミナーの会場を変更せねばならないか?という不安があったんですが、来年も江古田ストアハウスで開催できることになりました。例年通り、毎月第二日曜日に開催しますので、安心してお申し込みください! 常連の受講生の方は一括申し込みされる方がほとんどですが、一括申し込みしても用事で受講できなかった・・・という方は回数分の振替指導をやりますので、御安心ください(最近、個人指導希望者も増えてきつつあります)。一括予約申し込みは12月8日の2013年月例セミナー最終日まで受け付けますので、お早くどうぞ。「いろんな武術系セミナーを受けたけれどもピンとこない」という方も大歓迎です。ただ、一時的に「うわ~ん、こんな簡単にできるのを、今まで騙された~?」とドヨ~ンとした気分に陥る場合もありますので、念のため・・・(苦笑)。

PS;DVDの割引セールは本年いっぱいで終了させていただきます。本当に価値を認める人だけ買ってもらう・・・という当初のコンセプトを曲げて、安くしてまで売る意味はないだろう?と思っています。高山本店さんは一割引きで売られていますから、そちらもどうぞ!

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11月セミナー『武術の応用』

 11月の月例セミナーは、武術の技と理論を応用していろんな分野に役立てるとどうなるか?ってことをやりまっす。

「スポーツとか? 介護とか?」に役立ってどうとか・・・というテーマじゃありませんが、要望があればそういうこともやります。

 この分野は、甲野氏を代表格にいろんな人が活躍しているので、私がやる必要もないか?という気もするんですが、何か、必要以上にややこしい説明だったり、「これさえやれば万能」みたいな“バカのいっちょ覚え”が通用すると本気で考える「世の中で苦労したことがないんでしょ?」みたいな人が多過ぎるような気がするので、「本当に役立つというのはどういうことか?」ということを解説したいと思ってます。はい。

 具体的なことはセミナー会場に来た人だけに教えます!

 時々、何か妙に勘違いした人も居るんですが、「長野さんは聞けば何でも教えてくれる」と思い込んでるような人も居ます。

 でもね。私が教えるのは“礼儀を弁えて、相応の感謝の気持ちを示す人”に対してであって、それを簡単に言うと、“お金をちゃんと払うひと”です!

・・・ということは、“いくらお金を払っても礼儀を弁えない人には教えない”ということです。

 私が、お金を貰わずに教えている人も会員の中に指導員と指導員目指している数人は居ますが、それは、私の代わりに一般会員に教えてくれている・・・という行為への私からの感謝の気持ちとしてそうしている訳です。

 うちの初期の頃の会員で、「インターネットの世界では情報はタダだ」と平然と言った人間も居ました。

 が、この人は教えてやった感謝の気持ちも忘れて自分独りの才能で体得したような態度だったので破門しました。二度、三度と注意しても聞く耳が無かったからです。

 私は過去に無料で教えてくださった先生方も数人いらっしゃいますが、それに感謝しなかったことは一度もありません。できる限りの御恩返しをするのが当然のことだと思ってきました。

 大変な危機的状況を助けていただいた方にも、その後、御恩返しすることができましたし、これからも恩を受けた方には感謝の気持ちを忘れないようにしたいと思っています。

 誤解されて悪く思われることもざらにありましたが、先方が誤解していても、こちらが感謝の気持ちを忘れない限り、問題が広がることはないと思います。

 これはカッコつけて言っているんじゃなくて、道徳的な考えではなく、自分を護るためなんです。

 つまり、これまで、恩を仇で返すような真似をした人間が、その後、必ず自滅していく姿を何度も何度も繰り返し見てきたからなんですよ。

 本当に恐ろしいことです。「天にツバするというのは、こういうことなのか?」と。

 世の中にタダで得られるものには価値が無いか、あるいはマイナスの価値があったりするものです。

 お得なサービス価格だと思っていたら、食材がことごとく偽装されていた・・・なんてのが当たり前でしょう?

 安物買いの銭失い・・・という言葉があるのを知ってますか?

 価値あるものは相応の代価を支払わねばならないのがこの世の法則であり、「情報はタダ」なんてヌカしている人間は、ニセ情報に躍らされて馬鹿を見るハメになるんですよ。


 余談が過ぎましたが、「武術は身体操作に価値がある」「武術の動きは根本から違う」みたいに言う人が多いんですが、「まったく、な~んにも解っちゃねぇ~な~。上っ面だけ見て解ったつもりになってて・・・」と、私は毎度、思う訳ですよ。

 以前、紹介したかと思いますが、吉福康郎先生の『武術の科学』を改めて読んでいて、特に剣術に関する解説が、「う~ん・・・何かおかしいな~?」と思っていたんですが、「新陰流はこうやる」みたいに書いてあって、私は学び始めて日が浅いので、習っている千葉先生に感想を聞いてみたんですね・・・。

「いや、新陰流ではこんなことはしません」との話で、「あ~、やっぱりそうか・・・」と私は納得したんです。

 私の読む限り、紹介されている剣術の技の大半は、甲野氏の工夫した技のように思えたんですね。

 つまり、平たく言って、これは状況設定の中でしか使えない実用性の皆無な技だと思ったんですよ。

 いや、こう断言してしまうと吉福先生に大変、失礼になってしまうので、これまで薄々、これはおかしいな~?と思いつつも書かなかったんですけれど、でも、うちの会員さんから随分、質問されて、私も試してみたんですが・・・やっぱり、非常に不合理なんです。

 太極拳とか素手の技には特に文句言うつもりはありません。が、剣術になると途端におかしくなってしまう・・・。ぶっちゃけ、ここに紹介されているやり方は通用しないですよ。嘘だと言われるなら、いつでもやって見せます。

 その上、「これが新陰流の技だ」と、間違ったことを書かれては、世間に新陰流が間違って知れ渡ってしまうでしょう?

 これは学んでいる者の一人として黙認する訳にはいかないじゃ~ないですか?

 吉福先生が悪気が無くて書いてらっしゃるのが想像つくので、本来、こういうことは書きたくないし、武術の文化を非常に高く評価して書いてくださっているんだから、有り難いことだと思うんですけれど・・・、研究家としては間違いが広まるのを防ぐ義務がありますからね。

 それに、恐らく、私しか間違いを的確に指摘できないと思うんです。

 解っていてもトラブルになるのを避けて言及しない師範が大半でしょう。敵を作るのを恐れて自己保身に走る人も多い。

 今更ながら、何で松田隆智先生が私に目をかけてくださったのか痛感させられます。


 武術について科学的アプローチをしている人は極めて少なく、吉福先生はその極めて少ない中でも特に真摯な方だと思うんですが、学んだ人が悪かったですね。

 古流武術に関することは各流派の真っ当な継承者に取材したら良かったんですよ。

 これはナンバ論を安易に取り入れた武道家の方々にも共通していますが、甲野氏は武術の正当な研究者ではありませんからね。“実戦から掛け離れた状況設定演武”しか研究していない。その証拠に、まともに戦って勝った試しが無い・・・この事実は極めて大きいですよ。

 武術とは、戦闘に勝つための術なのに、その肝心の戦闘に勝ったことが無いんですから、もう論外なんですね。

「そんなことはない! 甲野先生はこんなに強いんだ!」って私に向かって意見してきた人は全然いませんよ。

 何でいないのか? 私が「じゃあ、論より証拠だから、やってみましょう」と私が言うのが解りきってるから怖くて言えない。つまり、私に勝つ自信が無いから知らぬフリしている訳ですね。

 誤解のないように申し添えますが、私は大した実力はありません。もう50だし、体力だってさっぱり無いですよ。

 でも、長く武術の戦闘法を研究してきたから、実戦に対しての知識は膨大にあります。“敵をだまくらかして勝つ方法”、つまり“兵法”に関しては物凄い詳しいですよ。

 だから、いわゆる実戦に対応する能力はかなり高いと自負していますし、何をやってもいいのなら、どんな武道や格闘技の実力者にも勝つ方法はいくらでも持っています。

 無論、それは競技ではなく、あくまでも実戦です。刀でも手裏剣でも銃でも何でも使う覚悟があります。そして、この常に実戦に備える意志を養うのが武術修行の真意であり、精神修養は副次的なものです。

 戦いに備えることができない武術は武術とは言えません。

 もっとも、このように書けば、「そんな大仰な理屈を納得できないと武術は学べないのか?」と言われるかもしれません。

 いや、そんなことはないです。目的意識は学ぶ人次第で何でもいいんじゃないでしょうか? ただ、武術はあくまでも徹頭徹尾、自己防衛のための戦闘術であるという真理を理解しておいてくださいね?と言いたいだけです。

「長野はそこまで言うなら殺し合いの実戦になっても逃げずに対応できるのか?」と問いたい人も居るでしょう。「逃げるが勝ち」と思わない限りは対応しますよ。だって、逃げられない時のための武術なんですから・・・。

 ストーカーや通り魔に突然、襲われた時に「キャ~、やめて~」と叫びながら、内心は(テメー、ぶっ殺してやる!)という気持ちで迎撃する技を研究してきたんですね。

 半分は自分の趣味嗜好。もう半分は弱者が身を護りながら自分の思う通りの人生を歩むための術を提供したいという社会貢献の意識。

 最近は後者の比重が大きくなってきています。弱者が駆使できる技術に確信が持てるようになったからです。

 ガンジーは無抵抗主義でしたが、私は無抵抗に見える必殺主義でも唱えますか?

 武術の技に神秘だの何だのはありません。「合理的なだけ」なんですよ。

 身体の使い方も、オツムの使い方も、ただただ、「合理的なだけ」です。

 こう書けば、「そんな簡単なものじゃないんだ!」ってほざくマニアが多いんですけど、バカですね~?

 合理的という言葉をチープなものというイメージで考えるから間違うんですよ。

 徹底的に純化して無駄をそぎ落としていった末の“合理的”なので、一見、ややこしいことのように見えたりする訳ですよ。

 でも、その一見、ややこしいことのように思えるのが、人間にとって最も合理的なのですよ。

 つまり、換言すると、武術を追究すると人間存在の最も根源的な合理性に行き着いていく訳です。

 合理的な動きや合理的な考え方・・・。

 だから、いろんなジャンルに応用が効くのも当たり前なんですよ。

 その応用性の点では甲野氏は社会貢献したと言えるでしょう。

 しかし、本質的な武術そのものの真価を示したとは言えません。枝葉の部分ばかりクローズアップさせて本質を曲解させて多くの真摯な修行者や研究者を惑わせてしまった罪は軽くはないでしょう。

 どれだけ事実を示したところで、現時点では私が悪者にされてしまうでしょうが、それは仕方がないと思っています。

 が、遠くない将来、私が示してきたことが正しいことだと気づく人が数で逆転すると思っているので、別に心配はしていません。

 純粋にやっている人は、ちゃんと気づきますからね・・・。

PS;11月のDVD割引セール商品は、『独己九剣の応用秘訣』です。5000円引きの10000円です。10月発売予定だった教材DVDシリーズ第四弾『初級対錬(二)』は現在、編集中で月末発売を目指しております。もうしばらく、お待ちくださいませ。

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PS2;私が武芸考証でお手伝いした『暴れ茶人無頼剣』(学研M文庫)出版を記念して著者の平茂寛先生をお招きしささやかな宴席を設けます。11月22日(金)の夕方から相模原市渕野辺の研究室で開催しますので、参加されたい方はお知らせください。

PS3;アスペクトの武術シリーズ最新作がようやくGO!になりました。今回は長くお待たせしたので、技術解説に重きを置いた内容にする予定です。来年初旬刊行を目指しておりますので、乞、御期待!

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映画は教科書

 最近の武術愛好家はカンフー映画とかの知識が全然ない人も居る様子ですが、私の世代だとブルース・リー、ジャッキー・チェン直撃世代なので、特に習ってもいないのにヌンチャクを器用に振れる人が珍しくなく、カンフーと言うと、酔拳や蛇拳の真似をするのも定番です。

 もっとも、うちの会で、これが通じるのは小塚師範代だけで、ほとんどカンフー映画を見ていない様子なのに驚かされます。

 習いに来た人から聞かれるのが、「武術の、いい教材DVDはありますか?」という質問なんですが、正直、お薦めできる教材DVDは少ないですね~。

 別に悪いという程ではなくても、要するに、型の紹介ばかりで、肝心の技の使い方が極めて少なく、下手をすると型や練習法と組手が全然、別物のようだったりする場合もあるのです。

「実際に使えないんだったら、そんな練習しても意味ね~じゃん?」と思うのが当たり前の筈なんですが・・・ここが不思議なところで、武道・武術の世界では基本練習や型なんかは実用とは別物だと割り切って、ルーチンワークとして練習させてしまう訳なんです。

 私も若い頃は、こういう業界の常識に随分、惑わされたものでした。

「スパーリングが重要」「基本が肝心」「型は意味ない」・・・といった説に振り回されたものでした。

 結局、誰も明確な答えを持っていないのだ・・・という事実に気づいて、その後は私は自分で試行錯誤を重ねながら稽古法と実用技法、そして勝負の構造を探究してきました。

 その結果、従来の稽古法が間違っている訳ではなく、「稽古法の意味を理解しないまま取り組んでいることに真の問題がある」という結論に至りました。

 この“稽古法の意味”は、伝統的に“口伝”で選ばれた人間にだけ教えるシステムであったために、広く知られることがなく、一般には誤解が広まってしまった訳です。

 私は、交叉法と読みについて教えを受けることで、それまでの疑問が氷解して研究が繋がったと思っています。

 後は、それが正しいかどうかは実際に試して検証していけばいい訳です。

 つまり、他流の人と手を合わせることです。

 剣道、柔道、合気道(合気会・養神館・養正館・氣の研・冨木式・光輪洞・万生館)、少林寺拳法、フルコンタクト空手(極真各派・無門會・芦原・正道・佐藤塾・大道塾)、伝統派空手、沖縄空手、日本拳法、キックボクシング、ボクシング、シュートボクシング、総合格闘技、サンボ、ブラジリアン柔術、JKD、太極拳(簡化24式・陳氏・99式・呉氏・楊氏・孫氏)、形意拳、蟷螂拳、長拳、南拳、八卦掌、八極拳、心意六合拳、戴氏心意拳、太気拳、意拳、詠春拳、戸隠流忍法、不動禅少林寺拳法、骨法、大東流(佐川道場・六方会・幸道会・光道・西郷派・松田派・武田)、八光流、武田大東流、新陰流、香取神道流、柳生心眼流、天心古流、カリ、シラット、カポエィラ、クラブマガ、システマ、ケンポーカラテ、カジュケンボー、喧嘩?・・・etc.

 この試していく過程で勝負の構造の研究が進み、私は競技に対して興味が薄れて武術性を追及することにした訳です・・・。


 さて、それでは、技の用法に関してはどうか?

 この研究に最も役立ったのが、私が熱狂的に観まくってきたカンフー映画や時代劇、現代アクション映画などの殺陣アクションでした。

 下手な教材DVDを買うより、ずっと役立ちました。

 トレーニング法の勉強になるのは、圧倒的にジャッキー・チェンの初期の作品で、特に『ドランクモンキー酔拳』『スネーキーモンキー蛇拳』『クレイジーモンキー笑拳』の、俗に言うモンキー・シリーズは最高ですね。

 サモハンとユン・ピョウがコンビを組んだ作品などもいいんですが、ちょっとアクロバチック過ぎて真似できないのが難点で、ジャッキーの作品は、何とか頑張れば多少は真似できるレベルだったのが良かったんですよ。

 日本のだと真田広之の『忍者武芸帖・百地三太夫』がありますが、これも難易度が高過ぎます。

 真似しやすい点では松田優作の『処刑遊戯』がお勧めですね。Gunアクション物ですが、優作演じる殺し屋の訓練風景がハードボイルドでいいんですよ~。

 一時期はVシネで優作エピゴーネンのような作品が山のように作られていましたが、最近では、こういうハードボイルド作品が少なくて私はつまんないですね~。

 訓練風景の醍醐味という点ではジミー・ウォングの『片腕ドラゴン』を観たら、実に面白いですね~。

 カンフー映画としては実に粗いんですが、その粗さがいい味出してます。

 最近は武侠ドラマもCGに頼り過ぎる傾向があって、ちょっと飽きがきつつあったんですが、昔の粗削りな作品もいいですね~。


 一方で、カンフー映画や時代劇、現代アクションなんかは技の実用性を研究する上で、この上もない教科書になり得ると思います。

 カンフー映画の立ち回りは中国武術の実際の戦い方を研究する最高の素材です。

 何故なら、立ち回りのアクションを構成するために武術指導が実際の武術を学んだりするからですよ。

 空手の使い手という設定なのに柔道使ったりしたらおかしいでしょう?

 でも、昔のアメリカのアニメなんかでは、そういうこと平気でやってたんですよ。

 実際に日本の武道家なんて、恐ろしいくらいに他流のことを知らないから、とんでもない解釈をしてしまったりするんですよ。

『激突!合気道』の技が少林寺拳法の柔法(投げ・関節技主体)の技だったり、『ケンカ空手・極真拳』に出てきた蘇東成先生が形意拳と八卦掌を組み合わせた動きをやっているのを見た千葉ちゃんが、「これが太極拳か?!」と・・・(違~う!)。

『マッハ!!!!!!』なんて、一挙に古式ムエタイへの関心を誘いましたよね?(私も太極拳講座で肘打ち出して、「太極拳にそんな技があるんですかっ!」と聞かれて、「違います。マッハです・・・」と答えました)

 それはそうと、久々に『龍の忍者』を観たんですが、この怒涛のアクションは凄いですよ。カンフー対忍法武術というのもポイント高いです。

 この当時は、スーパー忍者アクション・スター、真田広之・・・というイメージがありましたね。

 実際、サムライのイメージよりも真田さんはスーパーニンジャって感じなんですよ。

 何でか?というと、真田さんはタッパ無いからハリウッド映画出ると凄く小さく見えてしまうでしょう? 敏捷なニンジャのイメージの方が合うと思うんですけどね。

 つまり、どっしりと日本刀をふるうサムライよりも、地を駆け、宙を翔ぶダイナミックなアクションで敵を翻弄するニンジャこそが真田さんの持ち味を最も出せるヒーローだと思うんですけどね・・・。

 でも、やっぱ52歳だから、シンドイかな~? 腰痛持ちだって聞いてるし・・・。

 けれども、真田さんの全盛期の頃の主演作は輝きが違うな~って感じですよ。

 アクション女優が台頭しつつあるのに、アクション俳優と呼べる人がさっぱりいないのはどうしたもんかな~?と思いますね・・・。

 岡田くんに頑張ってもらいたいですね・・・。


 あっ、そうそう・・・4日に、自主映画の今後の打ち合わせに、千葉師範代と監督さんに研究室に来てもらって、酒飲みながら、いろいろ話しましたよ。

 いい年したオッサンになっても夢を語れるというのが、クリエイティブな仕事している人間の特権でしょうかね?

 で、粗編した作品を見てケンケンガクガクと議論したり、次回作のキャスティング案など話したりしまして、「そういえば、ミリタリーむすめの完成版はまだ観てないんですよ」とおねだりして見せてもらいました。

 いや、お世辞抜きでアイドル映画として佳作になっていました。

 これで上映できなかったってのが、本当に不思議です。今は、あの時の女の子たちの将来を祈るばかりですが・・・。


 翌日は、そのまま泊まってもらった監督と朝メシ食べにいって、その後はクエストの制作担当の方が打ち合わせに来てもらう予定だったので、お開きにしました。

 まあ・・・最近は格闘技業界がすっかり衰微してしまっているらしく、武道武術も右に同じって感じですが、こういう時こそ真価が問われますからね。

 先の見えない時代だからこそ、先を読んで備える武術が必要になると思ってますよ。

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日俳連チャリティー・イベント感想

 東日本大震災の復興支援を日本俳優連合が協催するチャリティー・イベントで、高瀬道場の殺陣演武があるというので、小塚師範代と一緒に11月3日の文化の日に、公園の練習後に行ってきました。

 文化の日は晴の特異日だという説が昔からありまして、確かに晴れることが多いみたいなんですね(私の亡くなった父の誕生日だったので、この日は特に記憶があります)。

 今年も全国的に雨模様と予報が出ていましたが、東京方面は降りませんでしたね。

 会場は西新宿の芸能花伝舎というところでしたが、確か、昔、雑誌の取材でカポエィラを見学に来たのが、ここだったような?という気がするんですが、よく判りません。

 西新宿自体、あまり来ないので、地理的によく知らないんですよね。

 道の途中途中で案内の人が立っていたので、助かりました。

 高瀬道場の演武は、何と! 試し斬り(マキワラじゃなくて大根。切った大根はお客さんの欲しい人にプレゼント?)、ア~ンド、そのまま殺陣!という・・・若山先生が『子連れ狼・親の心子の心』の御前仕合シーンでやったようなデンジャラスな展開・・・。

 この時の思い出を、相手役の柳生軍兵衛を演じた林与一さんは・・・「人生の中で一番怖かった」と語っておられたらしいです。

 何故ならば、このシーンの撮影当日、若山先生が嬉しそうな顔で二振りの真剣を持ってきて、「これでダンドリ無しでやろう。俺に隙があったら遠慮なく斬ってこい。失敗したら俺の責任だから心配すんな。その代わり、俺が斬っちゃったらごめんな?」と、お茶目な顔で言うので、生きた心地がしなかったそうです・・・。

 まあ、若山先生としては最高の殺陣シーンを演じるためには真剣使ってダンドリ無しで必死の覚悟を示す必要があると思ったんでしょうし、「与一なら、俺の相手ができる」と信頼していたんでしょうけどね~。いきなり、言われてもね~?

 何か、高瀬先生、気合入り過ぎじゃないですか(注;「気は確かですか」の意)?・・・とも思ったんですが、そんなデンジャラスな演武をサクッとユーモアをまぶしてお客さんが楽しめる範疇に納めて見せるところが、もう、そんじょそこいらの武道家には到底できない芸当でした。

 武道の演武会でも(よせばいいのに・・・)、出来もしない真剣白刃取りとかやりたがる人が多くて、失敗して弟子は恐慌、客はゲンナリ、本人は病院直行・・・ってなった話を二回くらい聞いたことあります。

 古武道大会の演武なんて、「これって、コント?」と思うような大失敗が続出したりする・・・それが醍醐味だったりするんですが、それは要するに、“下手くそなだけ”なんですね。

 もう、居並ぶ師範方の身体の動かざること山のごとし!という感じ・・・(まあ、剣道初段の女子中学生と戦って滅多打ちになるな・・・って感じ?)。

 私はいつもいつも甲野氏のヘッポコぶりを小馬鹿にして書いていますが・・・こういう古武道大会とか見てると、試合競技で磨かれている現代武道の世界と比べて、確かに形骸化なんて生易しいレベルではないくらい劣化が激しいのが現実で、これを基準にしてしまうと甲野氏が達人扱いされるのも致し方がないのかもしれない・・・と思いますね。

 また、確かに試合競技で磨かれて強いことは強い現代武道の諸先生方も、武道の本質を解っているのか?と問えば、到底、解っているとは言えませんから、パワーをしのぐ技術の力を駆使することができる人は稀れです。

 でも、そんな連中が「武道とは何々であ~る・・・」とか偉そうに口先だけ達者だったりするから、私は恥ずかしくってたまんなくなったりする訳ですよ。「頼むから、ドヤ顔で勘違い発言すんのは、やめてけれぇ~?」って言いたいんですよ。こっちが恥ずかしいから・・・。

 武道家を自負している人達は、殺陣とかアクションというと上から目線で見下すのが常なんですが、私は到底、そんな気持ちにはなれませんね~。

 どうしてか?っていうと、“真似できないから”です・・・。

 今回の高瀬先生の殺陣を見ていて、やっぱり私も「俺、できるかな~?」と思いながら見ていたんですが、結論として、「う~む・・・ムリ!」と思いました。

 いくら段取り組んだって、複数の相手と真剣振り回して怪我させないようにやるなんて、実際に斬るよりずっと難しいでしょう。

 相手もちゃんと反応できなきゃ~大怪我しますからね。

 私も最近は真剣で稽古していますが、うちの会員で真剣持たせて組み太刀できる人間はまだいません。ビビッちゃって、ダメ。

 これは、度胸と信頼と呼吸の一致と、後、狂気をコントロールするハラがないとできないですよ。つまり、先天的な要素が大きいから、修行で克服するのは難しいんですね。

 うちの会員でできるようになるのは2~3人が限界かな~?と思いますね。

 それに、古武術の演武と見比べれば判ることですが、スピードが全然違います。

 もっさりしたスピードで安全を確認しながらやるくらいなら、練習してればできるんですよ。

 よく、うちのDVD見て、「スピードが遅い。あんなの通用しない」なんて知ったかぶりして悪口言うヤツ居るんだけど、交叉法を本式のスピードでやったら絶対、当たっちゃうんですよ。

 うちの指導員が試合で使って相手が激突して殺しちゃったか?と思ってビビッたという話を聞いてますが、そうなっちゃうんですよ。

 自由組手禁止したのもそのせいなんだもん。

 だって、もともと、殺し合いのためのやり方なんだから・・・。

 だから、私は本式のスピードで演武やったことないです。絶対に相手に怪我させてしまうのが判ってるから、いつも割れ物を扱うように慎重にゆっくりやってます。

 そんな理由で、うちは本式のスピードでやれないし、筋力も使わないから、見た目の迫力が無いこと夥しいんですが、そんなの見せ物にはならんでしょう?

 殺陣は実際に斬っているように見せなくてはならないから、スピードも速くないとダメだし、それでいて相手に怪我させないようにしなくちゃならない。二律背反です。

 これって空手の寸止めと同じことです。実は物凄い高等テクニックで熟練が必要です。

 で、それを刃の付いてる刀でやったんですよ? 私が「高瀬道場は凄い! そんじょそこいらの剣術道場通うよりずっといい」って言ってる意味が解ります? 模擬刀で真似してみたら解りますよ。素面素手で・・・。

 真剣はシュッとかすっただけで、スパーッて斬れるんですよ~(経験者は語る)。

 いや~、怖いな~・・・。


 続いて、女子部の多人数での乱陣。技芸会の上位入賞者を選抜しているのでは?と、小塚師範代が言っていましたが、プロでなくて、この技量は恐れ入ります・・・。

 時代劇やってる若手俳優でも、こんなにできる人は少ないでしょう。

 そして、高瀬道場指導陣による殺陣。これは安心して見ていられますね。

 多加野先生が薙刀をされたのは素晴らしかったですね。背中側で回転させて持ち替えるとか難しいですからね。多加野先生が、ここ近年の刀剣女子ブームの立役者であることは知る人ぞ知る事実・・・。

 私も最近、独り稽古で十文字鎌槍で練習してるんですが、2m超える長さだと重量もあるし腰を中心にやらないと腕の力だけじゃ~全然無理ですね。

 特に薙刀は刃筋を通して斬るのは難しいですよ。同じ長物なら槍や棒の方が簡単。

 高瀬先生が長巻の操作が難しいということを連載で書かれていたと記憶しているんですが、薙刀や長巻(薙刀に比べると刀身が長く柄は短い)を上手く使ってた人というと、『柳生一族の陰謀』の役者さんの名前は知らないけど雪之丞演じた人と、『必殺4』の真田広之、そして『子連れ狼』の若山先生くらいかな~?

 後は、『阿修羅城の瞳』で渡部篤郎も使ってましたね。それと、何かの映画で内田良平が長巻使っていたのを見た記憶があるんですが・・・。

 多加野先生、流石!


 さて、それから、12月に公演されるお馴染みの幕末グラフィティー物の予告編的な加賀谷さん扮する岡田以蔵のコミカル・チャンバラ!

 今回はギャグのセンスが光ってましたね~。笑った笑った・・・。

 この手があったか~?って感じ(誰かが書くかもしれないけど、ネタ真似されたらマズイので、私は何やったのかは書きません)・・・。

 メインの構成は以前のものと同じなんですが、見せ方を複合的に変えるというアバンギャルドな展開で、予想以上にギャグ度がバンバーン!と跳ね上がっていく感じが、非常に良かったですね~。しかし、よく思いついたな~?と・・・。

 この手法はバリエーション変えればいくらでもできますからね~。やられた~・・・。

 12月の公演が益々楽しみです!

 ゲキシネにしてDVD売ってもらいたいな~・・・。


 高瀬道場の後は、現役トップ声優の皆さんによるオーディオドラマが演じられました。

「あ~、はじめの一歩の鷹村さんだ! エヴァのミサトさんだ! ケロロ軍曹だ! 犬夜叉だ!・・・」と、ヲタク魂が目覚めましたよぉっ!

 何か、スゲェ~・・・。


 本当に、いいモノ見せてもらいました・・・。

 帰りに、香港カンフー大好きの小塚師範代も知らなかったカルトなビデオ屋『ビデオマーケット』に寄ってきました。

 何度も行ってるんですけど、そう頻繁に行ってないので、いつも場所を探してしまうんですよね~?

 つまり、非常に判りにくいんですよ。でかい看板も出てないし、雑居ビルの四階だし。

 今回は一年ぶりか、二年ぶりか・・・? そのくらい久々ですかね~?

 見逃すといけないので、店の並びをよく確認しながら歩いて、それでもちょい行き過ぎるところでしたよ。

「ここだ、ここだ・・・」と、エレベーターに乗り込み・・・四階で降りると、いきなりエイリアンの等身大フィギュアがお出迎え・・・。小塚師範代も、ちょい引いてました。

 店に入ると怪しさ全開! 輸入物のホラー、スプラッター、SF特撮、Z級アクション、エロバカ、カルト・・・等の迷作がドドーンと並んでいます。

 で、お目当てのカンフー物のコーナーを見ていると、何と! あの伝説のパチモン映画『盲侠血摘子』がっ?!

 判ります? これ?

「盲侠」って、勝新の座頭市のことなんですよ。

 あのブルース・リーが唯一、お手本にした東洋のアクションスター、勝新太郎演じる座頭市は、香港でも大人気!

 だからこそ、『新座頭市 破れ!唐人剣』で、ブルース・リー登場以前のカンフーアクションの第一人者だったジミー・ウォングの当たり役「獨臂刀」、つまり「片腕必殺剣」の主人公と戦った。

 そうですね~?・・・まあ、『ガメラ(同じ大映ってことで・・・)対マイティ・ペキンマン(北京原人の逆襲)』みたいなもんですか?

 そういえば、ジャッキーも『カンニングモンキー天中拳』で真似してましたね?

 中国武術に居合抜きの技は無いんですが、座頭市の影響で抜き討ちに斬る描写が増えたみたいですね。

 で、「血摘子」ってのは、「空飛ぶギロチン」と訳された中国の特殊武器で、円形になった鋼の刃に袋が付いてて紐に繋がってる。これをブンブン振り回して敵の頭にスポッと被せて紐を引っ張ると、円形の鋼がきゅーっと締まって内側の刃が首を切断! 頭がぽろっと袋に入る・・・ってな仕組みです。

 流星人間ゾーンが戦ったガンダーギラスみたいな輪投げの達人じゃないと使えないですね~?(物凄ぉ~く、わかる人を限定する例)

 っ~訳で、この作品は勝新のソックリさん“脚新太郎”なる人が主演して台湾で撮影されたカルト・パチモン映画として有名だったんですが、以前、この店でVHSビデオテープで見かけて買おうか?と思ったものの、7000円もしたんで断念して、後日、行ったらもう売れてしまっていたんですね~。

 今回はVCD(中国では多い)で売ってて、1800円だったから即買いましたよ。

 他にも、手無し脚無しの二人が合体して戦う『ミラクルカンフー阿修羅』シリーズ(キャッチコピーが、「やればできる!」)もありましたが、金無くなりそうだったので断念しましたよ・・・。

 いやはや、何とも・・・濃い一日でございました・・・。

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著者プロフィール

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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