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欲か理想か?

 私が政治家が好きじゃないのは、理想を求めているようなことを言いながら、本当は名誉欲や金銭欲、権力欲を求めているんじゃないの?と思うからなんですが、金が集まると庶民の感覚と掛け離れていって、自然に欲に引っ張られてしまうんじゃないですかね?

 私は政治家の中ではみんなの党の渡辺さんは割りと好きだったんですが、なんか独善的になっていった印象があって、今回、DHCの会長から8億円も借りていたとバッシングされて、「あれまぁ~」と思いましたね。

 まあ、政治家なんだから財界人に金借りるのも常識でしょうが、もう凄い額ですよね?

 猪瀬さんの時とはケタが違うもんな~・・・。

 流石は党首!って言うべきなんでしょうか?

 個人で借りたと言ってますけど、そんな巨額の金を個人に貸してくれる人が居るんでしょうか? 当然、政治資金として貸してる訳ですよね?

 選挙だなんだと、どうして、そんなに金がかかるのか? そんな莫大な金を使うんだったら、被災地の復興資金に寄付するとかワーキングプアの支援金にするとかした方がいいんじゃないですか?

 日本の経済を低迷させてるのは金持ちの責任ですよ。

 まっ、自由競争社会なんだから、負け犬の遠吠えしてもしょうがないけどね・・・。


 え~っと、それとSTAP細胞。いよいよ怪しくなってきましたけど、どうなんでしょうかね~?

 結局、幻でした・・・ってことになっちゃいそうだけど、何か、釈然としませんね?

 潰しにかかられたのか?という疑問もまだありますが、科学の発展には付き物のトラブルでしょうね。

 そういえば、エジソンはニコラ・テスラの発明を潰すために陰険なバッシング・キャンペーンをやっていたそうですが、これも欲にかられてだったみたい。

 人間、欲にかられるとコロッと人格変わったりしますからね~。

 それでも時代は新しくなっていきます。それと共にものの価値観も変わっていきますからね。

 できれば、私は新しい価値観を提供していく仕事をしていきたいです。

 そのためには損得抜きで地道な研究を延々と続けていく・・・それだけですよ。

 さて、遅々として進まない松田隆智先生の批評本企画ですが(私が忙しくなって手がつけられないから)、噂に聞いていた松田先生の武術に関する本『八極拳と秘伝 武術家・松田隆智の教え』が、町田の有隣堂さんにGun雑誌を覗きに行っていて出ていたので、早速、買ってきました。

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 著者の山田英司氏は、晩年の松田先生が嫌っていた人です。

 私は、福昌堂でライターの仕事を頂戴していた頃に三回くらい挨拶程度に顔を会わせただけでしたが、松田先生の告別式に行った時にお会いして誘われて一緒に写真撮って戴いたりしました。

 正直に言えば、(松田先生が嫌っていた人と一緒に写真写ったりしたら松田先生が化けて出るかも~?)なんて思ったりもしたんですがね。

 けれども、福昌堂で散々聞かされていた山田氏の悪口も、松田先生の口から聞くと、ちょっとニュアンスが違っていて、会えば毎回のように話題になる人だったので、(あ~、松田先生は山田さんが気に入っていて裏切られたと思ってるんだろうな~?)とも思っていました。

 また、福昌堂では居なくなった元社員の悪口を言うのが編集部の伝統?だったので(私も散々悪く言われてたそうです)、これも、今となってはあんまり鵜呑みにはできないな~と思っています。

 特に武術武道の世界は俺様体質の人ばっかりなので、俺様が一人いたらその周囲は信者が取り巻いているものです。新興宗教の世界とよく似ていますよ。

 人間、ある程度付き合わないと、どんな人かは判りません。

 誰からも良く言われる人というのは、誰にも心を開かない人かもしれません。

 私も松田先生に会うまでは悪口を聞かされることの方が多かったんですよ。確かに気難しいところもあったから、逆恨みされ易かったろうとも思います。

 私は晩年から最晩年の松田先生しか知りませんが、結構、厭世的でしたね。人間関係が嫌になっちゃった~みたいな印象がありました。

 今回、山田氏の本によって、私が想像していた通りの理由があったんだと、再認識しました。

 思っていたよりも、松田先生というよりも山田氏自身の自伝的な内容だったので、アレ~?と思ったのが偽らざる印象ですけれど、それは逆に、正確に書くには「自分の知っている松田先生は・・・」という形にならざるを得ないことを示していて、同じ物書きとして理解できます。

 いや、むしろ、山田氏の純粋さや真面目さ、松田先生への元弟子としての敬愛の気持ちがよく出ていたと思います。

 逆に言えば、松田先生があれほど悪く言っていたのも、愛情の裏返しだったのでしょうね。

 事実、最晩年の松田先生は、「最近の山田は中国武術が最強だって言ってるそうじゃないか?」と笑ってましたが、多分、山田氏がフルコンタクト空手に浮気?して中国武術を捨てたように感じて怒っていた面が大きかったんだろうと思いますね。

 でも、そうではなかったことが、今回の追悼技術本で、はっきりしたように思えます。

 また、何故、松田先生があれほどまでに私を評価して応援してくださったのか?という疑問が解けたように思いました。

 それは、中国武術の真の戦闘法が最後まで明確に解らなかった(教えてもらえなかった?)松田先生が、独自に中国武術の戦闘法を解明しつつあった私に期待してくださったんだ・・・と、改めて思いました。

 だから、最後まで松田先生は私を友人として扱ってくださいましたし、修行法のことやいろんな流派の戦闘法についてどう思うか?と、常々、意見を求められていました。

 接近密着戦法の優位性を説きながらも、「ではどうやって密着するか?」という方法論に関しては、真剣に中国武術をやっている人の誰もが悩むのです。

 何故なら、その方法論が個人の感覚で処理されてしまうから、「一、二発食らっても突っ込め!」という具合の根性論に擦り代わってしまうからです。

 素手ならまだ解ります。ボクシングの試合を見れば判る通り、興奮状態の人間が一発で倒れることは中々無いからです。

 しかし、私は最初から一発入ったら死ぬ・・・という前提で武術を考えてきたので、こういう根性論には疑問がありました。

 真剣だったら死ぬじゃん?と思っていたので、いかにして相手の攻撃を封じてしまうか?を先に考えて、剣術の戦闘法から考えたのです。

 それが、読みと交叉法であり、先を取って戦うのが武術である・・・という認識で研究してきました。

 自由組手や試合を選ばなかったのも、それをやると武術の目指すべき方向を見失ってスポーツにしかならないと思ったからです。

 スポーツとしての強さを武術は目指していません。命のかかった戦闘に勝ち残るためのものが武術なのです。

 そんなのは屁理屈だ!と、随分、いろんな人から悪く言われましたが、意外と全然、関係のない人達からは賛同されましたね。

 例えば、ヤンキーや元暴走族とか、元ヤクザとか、元特殊部隊だとかといった人達。

 あるいは、まったく武道なんか知らない人。そしてプロの格闘家や武道の高段者。

 つまり、命のかかった戦闘に強い弱いは関係無いと解ってる人達は、素直に私の意見に賛同してくれた訳です。

 素手で格闘して強いと思っている人でも、武器で武装している相手と戦う技能はありません。同じ条件で闘って強くても、条件が変われば対応できない人がほとんどなんです。

 また、若い頃は強くても年とれば全然弱くなってしまう。これじゃあ、意味が無いでしょう?

 体力的には今の私は19歳の頃の1/3も無いと思います。一日10時間もメチャクチャに練習していた29歳の頃と比べれば、まったく何の練習もしないに等しい。

 けれども、どこからどう見ても今の私は19歳、29歳の頃とは比較にならないくらい戦闘力があります。

 これは練習で維持する身体能力ではなくて、脳機能が身体を瞬間的に武器化して使うことを覚えてしまっているからなんですよ。

 合気や発勁も私は特に誰かに習った訳ではなく、自分で分析して体得しました。松田先生はそれが凄い才能だと誉めてくださって、福昌堂に紹介してくださいました。

 研究家としての能力を認めてくださったんですが、一方では「自分は武術研究家とは名乗りたくないな~。なんかオタクみたいじゃないか」と、自己認識としては武術家でありたいと思われていたみたいで、私にも武術家と名乗れと言われていました。

 そういえば、青木宏之先生からも、「長野さんが堂々と武術家と名乗ってくれないとみんな困るじゃないか」と言われていたんですが、私は研究家としての自分の能力をちゃんと使って武術文化の復興者として歴史に名前を遺すという壮大な“野望”があるので、単なる一達人みたいにはなりたくない訳ですよ。

 武術家なんて自分で名乗ってる連中は馬鹿ばっかりで、頭が悪そうだし・・・。

 私は生前の松田先生とこんな話も随分としましたが、松田先生御自身が長年悩んでこられた事柄を私が平気で折り合いつけてしまっている点を「うらやましいよ」と言われたこともありました。

「長野君みたいに捨て身になれるヤツは今時、いないよ。君は任侠道がわかってるな~!」と、延々とヤクザの話をされてました・・・(苦笑)。

 実際、武術よりヤクザの話の方が多かったような気がしますね~。まあ、書けない内容だけど・・・(苦笑)。

 山田氏が知っている頃の松田先生と私がお付き合いしていた松田先生とは、別人とまでは言いませんが、相当に考え方や目指す方向は変わっていたと思いましたね。

 武術よりは精神世界への傾倒の方が強まっていたと思います。

 だから、八卦掌と心意六合拳が好きみたいでしたし、「形意拳や心意六合拳は小周天が解らないと意味がない」みたいに言われて、私がそのことを指摘して書いていたのを、よく気づいたな~と非常に誉めてくださいましたね。

 つまり、晩年の松田先生は戦闘術としての武術の奥にある超人開発法としての可能性に視点が移っていたと思うんですよ。

 最晩年に青木先生を御紹介したら一遍で心酔されていて、私は本当に、「あ~、もっと早く会わせていれば・・・」と思いましたよ。心残りは、それだけですかね?

 でも、山田氏の本を読んで、安心しました。松田先生の武術研究は、かつてのお弟子さんがこれから引き継いでいってくれるだろう・・・と思います。誰もいないんじゃないか?と思って心配だったので・・・。

 第二弾で日本の中国武術史みたいなのも山田氏には書いてもらいたいですね。

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BS朝日で高瀬先生が・・・

 BS朝日の金曜夜11:00から一時間。サラリーマン転覆隊が行く・・・というアウトドア番組で、高瀬道場の高瀬將嗣先生が口うるさい部長役で出演されていると会員から聞いて、ちょくちょく見ていましたが、高瀬先生が登場しない回もあり、ついついチャンネルnecoの武侠ドラマを見ていたんですが、高瀬先生が主役?の回があるということで、ようやく見ましたよ!

 考えてみたら、私は高瀬先生が芝居されているところを、ほとんど見たことなかったんですよね。

 口うるさくて人望の無い部長役なんですが、なんか、ゆるキャラっぽくて憎めない感じの部長(名前はそのまんま“タカセ”)です。

 アウトドアを体験するドキュメンタリータッチのドラマなんですが、激流の川下りとか、毎回、ハードな展開で、今回は特に犬ゾリのレースというテーマなんですね。

 高瀬先生は高血圧と吹雪との戦いという、マジで命がけになってしまったらしく、映画秘宝の連載でもぼやかれてまして、それで実際に見たら、本当に、これは大変だぞ?と思う内容でした・・・。

 多分、殺陣師として乗馬なんかは当然、体験されていると思いますが、“犬ゾリ”ってのは無いでしょう?

 高瀬先生も、台本読んだ時は「ええ~っ?」って思われただろうな~・・・と。

 いつもはしごく方なのに、今回はしごかれる方だから、参っちゃっただろうな~?と、思います。

 私なんか、武術以外で身体動かすのは全部、ダメですからね。ビックリする程、走って遅いし、球技系は全滅。体育は高校の時に5段階評価で1取ったことあって、普通は2です。確か、3は取ったことないです。

 体力測定で垂直飛びとかは学年一だったけど、高跳びや幅跳びは平均くらいだったし、普通の運動は本当にダメでしたね~。

 だけど、武道系は大体、何でもできたんですよ。何故か・・・。

 高校の時の同級生にも私みたいなタイプがいましたね。武道は普通の運動と違う?

 高瀬先生の剣技は本当に凄いんですけどね~。そっちを活かす企画じゃないのが、もったいないな~・・・と。

 でも、知ってる人が活躍されているのを見ると、嬉しいというか自分が自慢したくなるというか・・・不思議な感覚ですね~?

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4月6日はお花見やるよ~

 お花見の季節ですね~?

 毎年、恒例のお花見稽古を4月6日に鹿沼公園でやります! いつものように渕野辺駅に10:30に集合して繰り出しましょう。


 さて、23日は詠春拳セミナーの第四回目でした。

 今回は山田師範が禁断の詠春拳の脚技、腿法を指導しました。

 フランシス師父から、あまり公開しないように・・・と注意を受けて教わったというくらい、危険度の高い技で、早い話、まともに使うと簡単に骨折したりするでしょうね。

 どうも、実戦性という言葉を誤解する人が多いんですが、武術の求める実戦というのは、命がかかる戦闘状況であって、強さを比べるものじゃないんですね。

 だから、いかに相手が力を出せない状況に追い込んで、一方的に技をかけるか?という“騙しの手口”に真価がある訳で、技を単純に出すものではないんです。

 技を極めるための“仕掛け(戦術)”が大切なのです。

 個別の技を分析するより、その技を効果的に極めるための戦闘理論が必要なんです。

“読み”や“聴勁”は、そのために必須の技術なんですが、こういうのは自由組手をバンバンやってしまうとまったく養成できません。

 実際に、武術を格闘技に活かすことを考えている個人や団体でも、ここを的確に練習しているところは私の知る限り、ほとんど皆無と言っても過言ではないようです。

 何故か?

“読み”は、感覚の問題なので訓練法が体系化されていないからです。

 一方、“聴勁”は推手によって訓練していくことができます。が、これまた単なる推し合いになってしまって、発勁と化勁の訓練にはなっても、聴勁の訓練にはなっていないところが多いみたいです。

 確かに格闘技の試合だと“読み”や“聴勁”は必要ないかもしれません。が、それでもレベルが高い人の中には無自覚に使っている人も居るでしょう。

 一方、武術の場合は、これが駆使できないと、自分より攻撃力が上の相手に勝つことはできません。

 要するに、読みができなければ、力勝負にしかならない訳です。

 前回のセミナーで“読み”の基本である目付けのやり方について詳しく説明したんですが、これは説明し過ぎてしまったと反省しています。

 情報だけ広まると誤解する人間の方が圧倒的に多いでしょう。

 言葉を知っても実際に技として駆使することができなければ意味がありません。

 私の目からは、まったく意味の無い武術が広まって世間に誤解が蔓延している一方にしか見えないのです。

 やってる人間が誤解しているんだから、これは致し方もない現象なのでしょう。

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洞察力を磨く

「日本武術の最も重要な事柄は何か?」と問われるなら、私は「それは“読み”です」と答えます。

 つまり、如何に相手の本質を洞察するか?という点にこそ日本武術が培ってきた極意がある・・・と思うのです。

 これは、まずは観察力が必要であり、次に“裏読み”の能力が必要になります。

 日本人は、特に本音を隠して建前としての外側の形(型)を重視しますけれど、言わば、それは“虚”であり、虚と虚でコミュニケーションを取ろうとする、おかしな習慣がある訳です。

 だからこそ、虚の形に隠された本音の“実”を洞察することが大切なのですね。

 もっとも、常にそんなことをやっていたら疲れるばかりで、疑心暗鬼になってしまいますよね?

 家庭の大切さというのがそこにあるのかもしれません。

 つまり、遠慮なく本音を出していける家族が居てこそ、精神衛生が確保される・・・。

 私は独り者なんで家族がいません。その代わり、本音で話せる友人は沢山います。

 なので、人間関係でストレスを溜めることはあんまりありません。と言うか、ストレスの溜まりそうな人とは付き合わないようにしている訳です。

 普通の勤め人じゃないからできることかもしれませんが・・・。


 さてさて、先週、陽明学研究家の林田明大先生の御紹介で、林田先生が教えておられる方とお会いしました。

 何でも、宇城塾に通っておられるそうなんですが、私の本やブログを読んで、私の主張していることに賛意を覚えたので、会ってみたいと思われたそうです。

 ま~、大抵、「人の悪口ばかり言うような性格の悪い人とは会いたくない!」と言う人ばかりなので、こういう具合に直接、会って話を聞いてみようとする人は稀です。

 遠方にお住まいなので、都合を合わせるのに林田先生にはお骨折り戴いたんですが、体調が優れない中、わざわざ渕野辺まで同伴して来られました。

 若い頃は暴れん坊だったとか聞いていたので、こりゃ~、いっちょ、久しぶりに手合わせも・・・?とか思ったりしていたんですけれど、林田先生がいろいろ話されていたからでしょうね? 最初っからフレンドリーでちっとも疑っている様子はありませんでした。

 ただ、私としては疑って来られても構わないんですよ。

 逆に私の言うことが百パーセント正しいと信じて来られても困惑してしまうんですね。

 私は根本的に、“信じる信じない”という二者択一の考え方をしない人間で、事実は何か?ということしか関心が無いんですよ。

 私が宇城氏を批判しているのは、いろんな周辺情報も無関係ではありませんが、むしろ、本の写真や動画で見た宇城氏の技?と、その説明に権力者志向を感じるからですね。

 早い話が時代遅れの80年代末の企業研修で流行った自己啓発セミナーの焼き直しみたいに見える点に、「そんなの武術と関係ないじゃん?」と言いたい訳ですよ。

 また、以前のようなフィードバッグ理論くらいまでなら、まだいいけれど、昨今の“気”の理論を唱える氏の恐るべき無教養さに唖然としてしまう訳ですよ。

 せめて、先天・後天・陽・陰・天・地・経脈・内修・外修・ケガレ・地脈・風水・五行・・・くらいの概念は使って説明して欲しいですよね~?

 何か、何でもかんでも“気”の働きなんだと言ってるだけみたいで、40年くらい前の武道の世界で流行った考えですよ。

 青木先生松田先生の唱えた気の理論のような芳醇な宇宙観が全然無い!

 田舎の体育の先生がはしゃいで唱えてるレベルで、聞いてて恥ずかしい・・・。

 うちの会にも宇城氏のセミナーに行ったことある人が何人か居ますが、「とにかく、さっぱり身につかない。具体的なやり方を教えず気で説明されるから、何をどうすればいいのか解らない。困っていると「お前は素直じゃない」と人格否定されるから、疑問を言えない・・・」といったことを皆、言います。

 一人だけなら、そいつが嘘ついてる可能性もありますが、こんなに誰もが言うのでは、疑問の余地が無いでしょう。

 つまり、教える気持ちが無いのか、教える能力が無いのか?のどっちかです。

 必ず言うらしいのが、「これはサンチンをやらないとできない!」といって何人もに抑えさせておいて一気に崩して見せるそうですが、私が実験したところ、別にサンチンとは関係ありません。相手がガッチリ固まっていさえすれば、重心移動を使えばどうとでもできます。

 これも、その人に実演して教えたら、両目と口を真ん丸にして固まってました。

 つまり、宇城氏のやっているパフォーマンスは重心操作のコツで簡単にできるものばかりで、その仕組みを教えないまま気の作用なんだと信じ込ませることで信者を増やしているんですね。

 甲野氏の成功を見ていて自分なりのやり方を工夫したんでしょうね?

 ま~、物まねですよ。甲野氏の・・・。

 ただ、宇城氏の場合、目標は宇城帝国建国?なんじゃないですか? 権力志向が露骨な分、危険な匂いがしますね~。

 林田先生は、私に聞く以前から、お弟子さんが宇城氏に心酔しまくってる様子に「危ないな~」と感じていたらしく、私に裏話を聞いて、確信したみたいですね。

 私だって若い頃に甲野氏を信じた時期があるし、騙された~と感じたことは何度もありますが、そこから抜け出さないと真実は見えてこないですからね。

 やっぱり、物事は信じる信じないで受け止めてはいけないんですよ。

 重要なのは、常に真実は何か?と追究する姿勢ですよ。

 世の中は真実を握ってる権力者が真実を知らない民衆を騙して支配しようとしてきた歴史の繰り返しでしょう?

 その仕組みを解っていて、そこに乗っかろうとする人間と、そこから離れて我が道を歩こうとする人間・・・私は迷わず後者を選びますね。

 だって、カッコイイでしょ?


PS;『宮本武蔵』の時代考証間違いで気になったのは、柳生の家紋が“二蓋笠”になっていた点・・・。この家紋は江戸柳生の宗矩が千姫強奪を図った坂崎出羽守事件の始末をつけた時に坂崎家の家紋を貰ったものなんです。もともとの柳生の家紋は“地楡(ワレモコウ)”で、石舟斎以降の尾張柳生家の家紋は当然、こっちなんです。これは薔薇科の植物で秋の七草の一つ。秋に赤い花をつけるそうです。一方で武芸考証で感心したのは、武蔵が次々に敵の刀を奪って斬るシーン。多数と戦う時はこうすべきだと思っていたら、流石、谷垣監督だな~。ありそうで無かったシーンですよね。沢庵が小手返しで武蔵を投げ飛ばすシーンは笑っちゃったけど、面白いから、いっか~?

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詠春拳秘伝伝授

 好評の詠春拳セミナーも第四回が23日に実施されます。今回はベリーダンスのリナ先生が都合でお休みなので、私は、ちょっとガッカシしておりますが、その分、自己整体療法“美体操”と、詠春拳の秘伝である暗脚(蹴り技)を、今回だけ公開します・・・とのことでした。

 この詠春拳の蹴り技の凶悪さは、ちょっと驚かされますよ・・・っていうか、知ってる人がほとんどいないんじゃないでしょうか?

 山田師範がフランシス師父に習った時は、あんまり公開しちゃ~ダメ・・・と言われたそうで、だから一回限りの指導をすることにしたそうです。

 こういうこと書くと、異常にマニアックな人が集まりそうでイヤなんですがね~?


 えっと、それから、今週の東京支部の稽古会は東京支部長がインフルエンザに罹ってしまってお休みです。会員の皆さん、御注意ください。

 一週間くらい安静にしなきゃいけないそうなので、彼も詠春拳セミナーには出られないみたい。

 当然、日曜の稽古会もお休みしたんですが、横浜支部長も「彼が休むのは珍しいですね~? 初めてかも?」と言っていました。

 で、今週は横浜支部長とジェット爺ィの三人でやりましたよ。

 最近、交叉法ももっと深めていかなきゃ~と思ってて、今回は相手の突き腕に差し手すると同時に逆関節技取るとか巻き込んで固めるとか、そういう練習をやってみました。

 こういう場合、手の形が大切になってきて、開掌のまま肘から手首までの前腕部分を上手く使っていくことを指導しました。

 これは合気道の手刀や八卦掌の龍爪掌の使い方にある伸筋の張りを用いるやり方なんですが、うちは基本、脱力技法なんで、いつもはやらせない訳です。

 敢えてやらせたのは、脱力技法から一瞬で伸筋技法に変化させることを覚えてもらうためです。

 伸筋技法だけやっていると脱力技法ができなくなりがちなんですが、脱力技法ができれば伸筋技法は指を延ばして筋肉を張るだけで簡単にできます。

 何故、伸筋技法から脱力技法には変化できない人が多いか?というと、筋肉を張るという感覚が解らず、力んで固めてしまう人が多いからなんですね。

 合気道の演武を見ていても、相手の手刀打ちをガチンと受け止めてから技をかけようとしている人が少なからず居ます。バカですね~?

 私は、これを見た瞬間、後は見る気が失せます。時間の無駄だと思うから。

 勘違いしてる空手家だったら、「しょーがねえな~?」と笑って許せますが、合気道家がそれやっちゃ~オシマイですよね?

 六段、七段でざらに居たりするんだもんな~・・・。

 私が伸筋技法に肯定的でないのも、身体感覚の鈍い人だと結局は筋肉を固めて動くようになってしまうからなんですよ。

 固まるということは体内の重心が固定されるということで、固定された重心を崩すのは実に簡単。

 自分では統一された強い身勢だと信じ込みながら、実際は硬直した変化に乏しい脆い状態なのです。

 一定の約束された状況設定の中で練習していたら通用しても、気の利いた実戦感覚のある人間には通用しません。

 敢えて挑発的に実例を挙げれば、甲野氏や佐川派の木村氏の技が、突然、私に通じなくなったのも、彼らが約束組手スタイルで技をかけることに慣れ過ぎてしまって、実戦感覚がまるで無かったからなんですよ。

 でも、考えてみてください。約束状況でしか通用しない技を実戦に通用すると信じ込んでいたりしたら、もう、それは武術とは言えないでしょう?

 実力がどうこうという問題ではなく、私が彼らを評価しないのは、彼らが心得違いをしている点に関してです。

 実用的な技でなければ、実用に使えるようにするにはどうしたらいいか?と考えればいいだけの話で、実際、私はそうやって游心流の技を研究してきたので、見世物芸を百パーセント否定している訳じゃないんです。

 見世物芸を実戦の技であるかのように大衆に誤解させて、自己の権威付けに利用しているから批判してきている訳ですよ。技の問題じゃなくて“性根”の問題です(その点では、今、日本で最も問題のある武術家といえば宇城さんかな~? あれは西野流のヤラセ問題みたいなことが起こると思うな~?)。

 武術である以上、たとえ見世物芸であっても一割くらいは実用技に応用できる原理が隠れているんですね。

 これは健康体操化している簡化24式太極拳でも用法を工夫すれば高度な応用技が抽出できる・・・という点でも確認できています。

 まだまだ、物珍しさで武術を見る人が圧倒的多数派ですが、この状況も、もうそんなに長く続きませんよ。真相に気づいた人が増えてきているから・・・。


 話は変わりますが、フランスへ行かれていた青木宏之先生が帰って来られて旅の成果を電話で報告してくださいました。

 あちらでは、あっという間に数十人の入門者があり、熱烈歓迎状態だったそうです。

 中には海外の新体道連盟を除名された人も居たそうですが、問題児だと聞かされていたのに実際はメチャメチャいい人で、「何でこの人が除名されたんだろう? 何かの誤解があったのかな~?」と不思議に思ったそうでした。

 海外の方がすぐに広まるだろうとは思ってましたから、私は別に驚きません。青木先生が直に教えるんだから、当然だ・・・と思っています。

 重要なのは、技ではなくて、理合であり、その流儀のコンセプトですよ。

 これさえしっかりしていれば、技なんか温泉みたいに沸いて出てきます。78歳になった青木先生がドンドン進化している様子を見ていれば、これは否定できない現実であると誰もが認めるしかないでしょう。

 武道として新体道を見ていると、武道の枠組みから出ることができず、武道の欠点を延々と引きずることになります。

 かつての新体道の凄さは武道の枠組みを突破したことにあったのに、そこを見ないで武道の枠組みで認識しようとする点に無理がある・・・ということに、そろそろ気づいた方がいいと思うんですね。

 創始された時点では新しかった技も、30年も経過すれば古くなってしまいます。

 以前、新体道の古参の指導員をやっていた人が入会してきた時(当然ながら青木先生に報告して仁義を切って入会を認めました)、自惚れ心を隠しているのが読めたので、会員全員に新体道の技で潰すように指示しました。

 新体道の技で潰してみせないと自惚れが直らないと思ったからです。

 そして、その人は全員にぶっ潰されて「頭が真っ白になりました・・・」と言っていました。

 私は一度見た技は会の中で研究し、破り方まで工夫します。ですから、彼の真っ当過ぎる新体道空手の技(応用が利かないという意味)は我々にまったく通じなかったのです。

 技の強い弱いでしか考えられない人には、この理屈が理解できません。

 そんな何も解っていない人達を相手にして商売していても、金は儲かるでしょうが、技術の進歩は望めません。

 私は技術の向上が第一の目的です。それこそマッドサイエンティストみたいにいろんな流儀を研究してきています。

 だから、普通に形のある技なら破る自信があります。

 ところが、形のない技を使う相手では、どうしようもできない。

 私が青木先生を現代のラスト達人として崇拝する理由が、コレなんですよ。

 そして、自分が目指し、会員にも目指して欲しいのが、“変幻自在に戦える達人”の境地ですね。形に嵌まって強い人なんて、いくらでも居ますからね・・・。


追伸;キムタク主演の『宮本武蔵』、風邪で臥せってる中で見ましたが、非常に面白かったです! 「ようやく吉川英治の武蔵像から脱却しようとする作品が出てきたか?」という感慨もありましたね。とにかく、アクションが斬新でテンポが良く、戦いの中の武蔵の心情を表現したキムタクの演技者としての志しの高さが素晴らしい。また、野性的な武蔵の剣を表現するのに『孫文の義士団』を思わせる総合格闘的な演出も、『るろうに剣心』の速過ぎて何をやっているのか見えない演出からの進化(ギリギリ判る速度だったり、小次郎との技の違いが見えたり、山賊団と二人が戦うシーンではライオン丸とタイガージョーが共闘しているかのような戦いの中でのぶつかり合い)が伺えて、本当に谷垣アクション監督は素晴らしい仕事をされているな~?と思いましたよ。考証的に見たら、アレッ?て思う箇所はある訳ですが、『ゴジラ対ヘドラ』で空飛んじゃうゴジラみたいなヤケッパチのムチャぶりは、私は嫌いじゃないです! 『武士の一分』を見た時に、「キムタクにもっと本格大殺陣やらせたいな~?」と思ったもんですが、大満足です! 厳流島の決闘も、『ドラゴンへの道』のリー先生とチャック・ノリ助の決闘を思い出しましたね。武蔵が結構、やられるシーンも良かったです。現実的で・・・。でも、沢庵強過ぎですっ!

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演武とセミナー

 8日(土)には、東京支部の稽古に使わせてもらっている文京区勤労福祉会館のお祭りにて演武をやらせてもらいました。

 積極的に事前告知しなかったので、最初、三人しか観客?がいなくて、ウゲゲッと、一気にモチベーションが落ちてしまいましたが、松田英子先生や、会員、小説講座の友人や会館の職員の方とか、後から何人も入ってくださって、まあまあ、こんなもんかな?くらいのお客さん?に見て戴いて、楽しくやれましたね。

 多分、最後の演目だったので、先に演じたフラダンスや合唱サークル等々の団体関係の皆さんがごっそり帰ってしまった(普通、自分の団体が終わったら帰って打ち上げするもんね?)のも関係あるのかな~?と思いましたが、うちは北島師範を筆頭に“緊張しい”が揃ってるので、このくらいが気楽です。

 さて、せっかくなんでビデオで撮っておこうと思いまして、私は一応、稽古着に着替えてからビデオカメラ操作をしていたんですが、開始時間が迫ってるのに、うちの連中ときたらお喋りしていて、みっともな~い!

 しょーがないな~と思って、柄にもなく「はい、始まるよ~!」と軽く気合入れましたよ。

 東京支部長が挨拶と軽い紹介をしまして、最初は北島師範が簡化24式太極拳を演武。と、途中で頭が真っ白になってしまったのか? ピタッと止まって、また再開・・・。

「あ~、そういえば、俺もクエストの最初のDVD撮影の時に同じようになっちゃったな~?」と思い出しましたね。そんなとこまで俺に似なくて、ええんじゃ~ぃっ!(泣)

 え~、ただ型を演武するだけだったら、どこの団体でもやってることなんで、うちの特徴である分解組手スタイルの演武も披露・・・。

 あっ、何か同じ技を同じように三回もやってる・・・。う~む・・・まっ、いっか?

 続いて山田師範の詠春拳。

 小念頭の套路をやって、分解組手をやるのか?と思ったら、普通にセミナースタイルでフリーダムな護身術解説で時間オーバー・・・。う~む・・・まっ、いっか?

 次は北島師範の空手、ナイハンチの演武。

 山田師範が夢中になって時間オーバーしたので、短いナイハンチで時間調整できましたね。うちはN師範が超絶演武上手くて私より上手いんだけど、上手いというのも度が過ぎると通の人しか理解できなくなってしまうので、北島師範くらいの“普通に上手い”くらいが手本としてもいいんですよね。

 やっぱり、お手本になる上手さというのが師範には必要ですからね。北島師範は、うちの会員の中では一番、“癖”が無いので、後進の指導に向いているんです。

 それから、ナイハンチの分解用法なんて私は全然、教えていません。彼が自分の動きの流れの中から導き出したものであり、この点も、10年、私についてきてくれた彼の中に育った誰にも真似できない彼自身の感覚なんです。

 ある意味、もっとも游心流の理合を体現していると言えます。

 あれで緊張しいが、もう少し直れば完璧だよな~。


 次は小塚師範と池田新会員による合気道の演武。

 これが全演武中、一番、ウケた?かも・・・。

 何故なら、ここの会場って床がスッゲー堅くて、ここにビターンと投げ付けたら無事で済まないのは誰の目にも明らか・・・。そこでちゃ~んと受け身を取り切った二人の技量に観客の皆さんもスゲー!と思った様子です。

 あそこで演武できるのは、多分、二段以上の実力が必要でしょうね? 初段くらいまでの人だと打ち身や骨折の心配があります。

 でもね~。TVや映画のドラマのアクションなんかでは、こんな場所でも当然のように転がったりするでしょう? 私がプロのアクション俳優やスタントマンを絶賛するのも、地味に、こういう場所でやっているという点があるからなんですよ。

 余談ついで・・・。15(土)、16(日)の二日に渡って放送されるキムタク主演の『宮本武蔵』、アクション指導は谷垣監督が担当しているそうです。

 谷垣監督はドニー・イェンの盟友で数々の香港アクションで武術指導をしてきたアジア屈指のアクション監督であり、『るろうに剣心』『猿飛三世』のアクション監督をつとめたことで日本でも広く知られるようになりました。

 私は高瀬先生の御紹介でお会いしまして、お薦めの『武侠(捜査官X)』『特殊身分』は最高でしたよ。特に、『特殊身分』は、撮影が難航しまくった作品だそうですが、もう、物凄い現代アクション! いわば、ドニーさんによるジャッキーの『ポリスストーリー』みたいな印象ですかね? 私、字幕無しで見たんで話の細かいところは解らないんですけど、とにかくテンポが良くてアクションが凄いから、まったく気にならなかったですね。

 はい、余談、終わり!

 演武はスリリングで、合気道の凄さを示してくれましたが・・・「合気道は無手でおこなう剣術なんですよぉ~」と解説した小塚師範・・・。

「くぅおらぁ~っ! それは俺が解説することやんかぁっ! 宗家に恥かかすんかい、ワーレー?」と、心の中で叫びました・・・(っつうことで、予定していた出し物、急遽、変更・・・私みたいにアドリブ利かない先生だったら、どないすんの~?)。

 お次は、続発するストーカーや通り魔の事件で使われるナイフに対する護身術。

 これは合気道式とフィリピノマーシャルアーツのカリ式の二通りやってもらいましたが、同じシチュエイションでも流儀によって、対処法がこんなに違ってくるのか?というのは、見ている人達にも興味を持ってもらえたんじゃないかな~?と、思います。

 合気道って、本当に現代の日本武術の最も優れたところを集大成しているんじゃないかな~? 対刃物、対複数を想定して技術が体系化されてるのって・・・。

 私は、まったく武道経験の無い人が始めたいのなら、合気道を薦めますね。目先の実戦性ではない本質的な実戦性を知らない間に体得できると思います。無論、いい先生に習えればの話だけど・・・。

 また、山田師範の解説の見事さがここでも際立ってて、いい感じでしたね。本当に彼は素晴らしいですよ。ブルース・リーが創始したJKDの先進性を感じます。

 武術に関心が無くても、ナイフで襲われるのに対処する方法を考えておくのは、今では社会的な意義がありますからね。誰もが無関心ではいられません。

 介護やスポーツ、日常の動作に応用が効くのは良いことだろうとは思うんですが、「それって武術じゃなくて、いいんじゃね?」と思うんです。イメージ上の箔を付けるために武術という言葉をくっつけてるだけでしょう? 言ってる本人がまるで解ってないんだから、下手なギャグみたいなもんです。

 知らないなら、黙ってなさいよって言いたくなるんですよ。言いたいんなら、ちゃんと勉強してから言えばいいのに、無知なのに自己顕示欲だけ肥大してる人間が多い。

 護身の役に立たない武術では、シャレにも何にもならないと思うんですよね~? この点、現時点で日本の武術を巡る評価は歪んでしまっていると思いますよ。

「戦えない武術に存在意義は無いのか?」と、昔、中国武術を指導している方から問われたことがありますが、私は「戦えない武術を武術と名乗る必要性は無い」と断固として譲りませんでした。

 この考えは今でも微塵も変わりません。ただ、誰もが誤解しがちなのは、競技試合で闘って強さを証明することが存在意義なんだと勘違いしている点です。

 競技試合はスポーツの範疇であって武術とは基本的に関係ありません。練習の一表現法としてなら否定しませんが、目的では無いのです。

 それを目的化している格闘技や競技武道の世界は、スポーツの良さを追求していたり、あるいはプロとしての興行はエンターティンメント産業として成立している訳ですよ。

 それはれっきとした社会のシステムの中に組み込まれたものなので、プライドを持って取り組んでいる人達が居る。私はそういう人達には敬意を持っていますし、真面目に取り組んで居る人達を惑わすような武術を利用する連中とは関わりたくないです・・・。


 さて、最後は、カメラは放置したまま、私が独己九剣を演武する予定だったんですが、結構、時間オーバー気味だったんで、杖術と抜刀術と無刀捕りをちょこちょこっと演武しました。

 お客さんがドン引きしないように・・・と、模擬刀じゃなくて鞘付き木刀使ったんですが、左剣だけやって、後は雪崩潰しの原理を利用して指一本で刀を抑えるとか、空手に応用した“指一本で下段払いして中段突きを潰す技”・・・とかやりました。

 杖術は小塚師範が見栄えするから演武にいいんじゃ?とリクエストしてたのでやったんですが、どうも、格好つけてやるのって抵抗があって、ちょこっとピュピュン・・・くらい振ってみたけど、(まっ、いっか?)と、実際に使うのは、わざと地味~に、得意技の杖突きの構えから、相手の刀が振り上げて斬ってくる瞬間の隙間に喉元に突き付けて、はいっ、おわりっ! 

 地味だけど、多少、剣道とかやってる人だったら、これが、かなり高等な技だというのは判るでしょ~ん?という、投げやりな感じで演武したんですけどね。

「オリャァーッ!って、派手に振り回したりするのは無駄なんですよ~」と。

 で、そのまま体験コーナーに突入。知り合いの松田英子先生と小説講座の友人の女性と、会館の職員の方?を誘って、秘技ウナギ抜け・いつもの合気上げ・いつもの指合気・いつもの二人捕り・いつもの沈身崩し・・・とかやりました。

 まあまあ、ウケは良かったかな~?という感じで終了。

 後で会館の職員の方から、「先生だったんですね~?」と、言われました。単なるお弟子さんだと思ってたみたい。てへっ(笑)。

 松田先生の感想では、私が演武するとは思ってなかったそうで、皆が割りと派手目にやってるのに対して、私が無駄に動かないで最小の動きで技かけてるのが印象に残ったそうでした。やっぱり、プロの見る視点は違いますね~?


 翌日は“読み”のセミナー

 先月が大雪で参加者が少なかったんですが、今回はなんか多いです。

 でもまあ、参加した人達には解ってもらえると思いますけど、“読み”が武術の秘伝中の秘伝ですからね。

 判ってない人が大半だし、知ってはいても使いこなせない人が多いし、解ってる人は隠しているし・・・という秘伝です。

 私も本当は、これは公開したくありません。20年間、最大の研究テーマとして追究してきた事柄なんで、安売りしたくないんですよ。

 実際、数年前まで門外不出にして、他言した会員は破門にしていたくらいです。

 事実として、“これ”を研究していくことで武術はどんどん進化していきます。

 数年振りにセミナーに参加した人もいたんですが、多分、以前とは別の流派のように変わっていると感じたことでしょう。そんな驚きの顔付きをされてました。

 例えば、私自身、無刀捕りなんて、20年前はまったくできなかったし、10年前も形だけ。ここ最近、ようやく理論的に解析できるようになりました。

 そうでなかったら真剣でやったりしませんよ。失敗したら人生おしまいですからね。

 できるできないで、こんなに差が出る技もないかもしれませんね。


 ちなみに無刀捕りができるようになると、触れずに倒す系の気当ても勝手にできるようになりますし、先を取るのも自在にできるようになります。

 と、口で言っても納得できないでしょうから、今回はバンバンやって見せて、バンバンやらせてみました。

 心の一方系の触れずに相手を竦ませるような技の原理も、今回は実演解説して見せましたが、これも受けた人間しかピンと来ないと思います。

 気当ての類いにも、実はいろんな種類があるんです。

 気合で竦ませる・寸止め攻撃で竦ませる・感応にかかって勝手に倒れる・・・等々。

 前日に演武でやった杖の技も気当ての一種なんですよ。アドリブでやったから事前打ち合わせの型じゃなかったんで・・・。

 読みの訓練をしているうちに、こういう類いの技は副産物的に勝手にできるようになってきたんです。

 原理が解ると応用は自在にできます。その瞬間の「あっ、これか?」という感動がある訳なんですよ。これが面白いから、武術はやめられない・・・。

 もうね~、流派の優劣とか強い弱いを論じている連中が、いかに頭が悪くてものを観る眼が無いか?ということが痛感できます。

 読みを磨いていくと、構えの隙(向かい合った瞬間、あっ、ここガラ空きだな~?って判るようになる)も観えるし、動きの出も読める。

 先を取って戦う武術の戦闘理論が理解できると、力やスピードに頼ることが非常に低いレベルであることが解ります。

 外側から、明確に判るような凄さは“雑”なんですよ。アラが多いんです。

 拍子、調子、タイミングというのも一つしか考えない人が多いみたいですが、違うんですよね。

 合わせる拍子、越す拍子、外す拍子の最低、三つくらい使い分けられないとダメだし、「それって何のこと?」と思うようなヤツは武術なんか学んでもものにならないです。

 これ以上は書きません。

 武術は情報じゃないんです。情報は多い方がいいけれど、正誤の判別がつかない人間は混乱するだけだし、結局、原理を理解して実際にできるかどうか?が核心なんです。

 その意味でも“読み”を磨くことで、観察力・洞察力・分析力を養成して対応力と応用力を磨くことが、誰もが武術の名人達人の境地に到る王道だと私は思いますね。

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映像作品の感想

 剣武天真流の教範本とDVDを、天真會の吉田晶子先生から贈って戴きました。

 何と、日本語と英語の解説が入っていて、編集作業は吉田倫子さんがされたそうなんですが、非常に丁寧な仕事ぶりで、プロでもこれだけはできないんじゃないか?と思いましたね。

 倫子さんが新体道から天真流・・・と、一貫して青木先生の技を修練してこられているので、その思想的背景から理解した上で書かれていて、これだけの水準になったんだと思います。

 武道の教本作りは専門的な知識がいるので私も「何でも聞いてくださいね」と言っていたんですが、一度も頼らず独力で仕上げられていたのですから、さぞや大変だったろうと思います。

 が、技もともかく青木先生の到達しているアルタードステーツ(変性意識)状態での悟得した内容に関して、変に武道的な解説をしては誤解が広まる危険性もあるので、遠慮されたのかもしれませんね。

 もっとも、私も実は精神世界方面のことは詳しいんですけど、知識と具体的な体感では決定的な差がありますから、やはり倫子さんでなければ書けなかったでしょう。

 実際に、新体道時代の青木先生のお弟子さんには、武道的な指向が強いために禅で言うところの魔境に陥ってしまった人達も居る様子です。

 これは気の武術を標榜する団体では避けて通れない問題です。要するに、修行していると深層心理に眠っていた本人の欲望が剥き出しになってしまってコントロールが利かなくなったりするんですよ。

 本当に別人のようになってしまったりするのですね。うちも何人か居たけどね~。本当に恐ろしいものです・・・。

 だから、基本的に善性の強い人間でないと気の武術をやるべきではないんです。どんどん誇大妄想が膨らんでしまう万能感に支配されてしまうから・・・。

 まあ、この手の人達は途中で脱落してしまいます。それを抜けていかないとダメなんだけど・・・。


 結局、私が長く青木先生とお付き合いさせて戴いてきて思ったのは、武術の技に関しては江戸時代に隆盛しながら僅か三代で消滅してしまった無住心剣術の再現であったのだろうと思っています。

 無論、形としてはまったく違いますが、心法の剣を、心法の拳にしたのが新体道であり、それがさらに心法の剣へと回帰していったのが剣武天真流なんだろうと思います。

 日本の武の本質は、やはり剣に行き着きます。

 青木先生が剣武天真流を創始する直前、随分、剣術談義をしたものでした。

 当時、私も独己九剣の型を纏めて游心流のシステムの完成形を目指していましたが、奇しくも時期が同時期だったのです。

 また、田中光四郎先生が小太刀を中心にした日子流を興したのも同時期でした。

 その後、より本質的な研究のために私は新陰流転會に入門しましたが、日々、自分の考えが間違いでなかったことを確信していっています。

 剣術を理解できれば他の武術は全部解ります。私はそこまで断言します。

 日本剣術が武的心身を自然に錬磨していってくれるシステムを秘めていたということの発見が、私にとっては交叉法を教わって以来の最も重大な衝撃でした。

 中国でも剣は武術の王道だとされていて、大抵の門派が剣術を伝えていますね。

 素手では到達できない境地があるんですよ。読み・先を取る・間合・交叉法・・・といった武術の理合は剣術が養成したものであり、素手の格闘からは芽生えないんですね。

 理合を抜いた技なんか実戦の役には立ちません。生まれつきの膂力に潰されてしまうのがオチでしょう。そんなものは武術じゃないんです!

 もっとも、うちの会員にも剣にさっぱり興味を持たない人も居ます。が、それは根っこの無い“挿し木”を求めるようなもので、成長しないんですよ。

 ここでインフォメーション! 3月9日の月例セミナーでは、この理合の中でも最も大切な“読み”の基本である“目付け”をやります。これを解ってるだけで戦い方が別次元になります。真に体格体力を超えた名人達人の境地に達するには、“読み”を磨くのが第一条件!

 そうですね~、辟邪剣法や葵花宝典に於ける「奥義を極めるには、まず最初に去勢すべし!」ってのと同じようなもんかな~?(極論過ぎ)

 それから敵をビビらす眼法なんかもやります。心の一方の正体がコレだったのかも?

 インフォメーション、おしまいっ!


 剣武天真流は、既に80人を越えて年内には100人を越えるだろうとのことでしたが、新体道が停滞してしまっていることと比べると、やはり青木先生が直接指導して育てた人達が中心になっている状況は大きな意味を持っているように思います。

 それにしても不思議なのは、新体道は、何故、ここまで衰退してしまったのか? フィリピンに行かれた岡田先生は2000人のお弟子さんがいるそうですが、海外の新体道は岡田先生が特別で、他はさっぱり増えていない様子です。

 私が思うには、青木先生が表に出ないようにしてしまったことが決定的だったのではないでしょうか?

 もし、青木先生が前面に立ったまま活動を続けていたら、新体道は、合気道のように、とっくの昔に現代武道の一角を占める大組織になっていたと私は思います。

 ともあれ、これからは天真會が青木先生の正統な後継者となっていくのは確実だろうと思います・・・。


 さて、それでは最近観た映画などについて、感想を書いてみます。

『特殊身分』
 ドニー・イェン主演で、谷垣健治さんが『映画秘宝』の連載で何度も採り上げていた作品ですが、香港土産に会員さんがDVDをプレゼントしてくれたので観ました!
 字幕が無いのですが、ポリスアクション映画だから無問題! もう、谷垣さんが「絶対、スゲーのにしてやるっ!」と燃えていた通り、物凄いアクションのツルベ打ちで大満足ですよっ! 思うに、これはドニーさん版のジャッキーの大傑作『ポリスストーリー』と考えて良いでしょう。ドニーさんも凄いけど、女刑事の大活躍っぷりは、『ポリスストーリー3』のミシェール・ヨーを彷彿とさせます。こりゃ~、ホント、凄いです!

『ザ・トーナメント』
 ムービープラスHDで放送していたのを見ましたが、ちょっとビックリ!のアクション・エンターティンメント。ケリー・フーの女殺し屋を中心に、妻の復讐を誓う殺し屋を軸にしてストーリーが転がる“殺し屋世界一決定戦”?という、ルパンや鈴木清順監督にありそうな話。流行のパルクールも採り入れた格闘と銃撃のアクションがテンコ盛りで私向きですね。人間を盾にアサルトライフルの弾丸を防ぐのはヘン?だけど、全編通してダレない疾走感はなかなか・・・。

『岩合光昭の世界猫歩き』
 NHK-BSプレミアムの猫ドキュメンタリー。カメラマンの岩合さんが世界中の猫を撮影して歩く紀行番組なんですが、猫好きの私にとってはたまらん! 『猫侍』と『猫ピッチャー』も、アニマルプラネットの『もふもふ子猫』も、フジテレビのめざましテレビの『土曜日のニャンコ』も見てま~す。犬も好きだけど・・・やっぱり猫が好き!

『本部流御殿武術・体術編』
 クエストから出ているDVDですが、あの上原清吉翁に学んだ池田守利先生が本部拳法と御殿手の技を実演解説しています。御殿手は、こういう具合にカリキュラムが公開されたのは初めてなんじゃないでしょうか? 舞踊の動きが武術的にどう使えるのか?というところが一番、興味深いですね。また、池田先生の合わせ技のタイミングの速いこと、速いこと・・・。取り手技の容赦の無さもお弟子さんの尋常でない痛がり方で一目瞭然ですね? いや~、私は可哀想であそこまで会員にできないな~・・・。

『新・笑傲江湖』
 金庸先生の代表作のリ・イマジネーション作品として作中最強のキャラでありながらアッサリ死んでしまう東方不敗に焦点を当てた、90年代初頭にトンデモ香港映画としてカルト的な人気を博した『スウォーズマン』を念頭に置いたのかな?と思っていたら、案外、原作に忠実だったりもしてます。途中で崖から落ちて死んだと思っていた東方不敗が実は生きていて最終回では毒に侵されて絶命したヒロインを救うために自分の心臓を提供するというムチャぶりな展開。結果的に愛した相手と結ばれるために心臓だけでも・・・みたいに考えていたのか?とか思ったりするとコワイです。心臓が無いのに葬られた冷たい湖底で目を開く金子監督のゴジラみたいな展開や、生き残った林平之が幽閉されていて呪いの言葉を吐くところとか、続編が作られてもおかしくないような・・・。

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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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