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ほびっと村“沈身”講座

 まずは、一曲・・・。

『かえせ! 太陽を!』

 鳥も~、魚も~、どこへ行ったの~? トンボも蝶も、どこへ行ったの~?

 水銀、コバルト、カドミウム~、鉛、硫酸、オキシダン~。

 シアン、マンガン、バナジウム~、クロム、カリウム、ストロンチゥ~ム。

 汚れちまった、海~。汚れちまった、空~。生き物み~んないなくなって、野も山も黙っちまった~。

 地球の上に誰も~、誰もいなけりゃ、泣くこと~も、できない~。

 返せ(返せ)、返せ(返せ)、緑を青空を、返せ(返せ)、返せ(返せ)、青い空を返せ(返せ)、返せ(返せ)、命と太陽を、返せ(返せ)、返せ~・・・。


 はい、『ゴジラ対ヘドラ』のテーマ曲でした。

 久々に日本映画専門チャンネルのゴジラ特集で見て、うろ覚えのところを書き留めてみたんですよ。

 そうしたら、奇しくも福島原発事故に対する自民党政権の対応への批判にも、そのまま通じるような気がしたんで、書いてみました。

 この作品が出た当時の日本は、水俣病、イタイイタイ病、光化学スモッグなどの公害問題が社会問題視されていて、第二シリーズの『ゲゲゲの鬼太郎』『ドロロンえん魔くん』『帰ってきたウルトラマン』『宇宙猿人ゴリ』などに公害をモチーフにした妖怪や怪獣が出てきていました。

 ヘドラはその中でも極め付けでしたね。

 公害という言葉はその後、環境汚染という言葉に変わっていきましたが、無くなってしまった訳ではありません。

 むしろ、当たり前になって目に見えない形で浸透してしまったような気がします。

 原発だって夢の未来エネルギーで科学技術の最先端みたいに喧伝されていたのに、こんなにも脆く杜撰で始末におえない代物だったとは・・・?

 目先の合理性、目先の経済性ばかりを追い求めて、「小さなことに拘泥するな!」と男らしく突き進んできた日本の経済戦士たちが作り上げた繁栄の陰に生まれた毒の花。

 失敗に学ぶから失敗は価値がある訳です。失敗に学ばず、なおも同じやり方を続けようとする連中をリーダーに置き続ける日本国民もまた、同罪でしょう・・・。



 さてさて、20日は西荻窪ほびっと村での三カ月に一回の講座でした。小塚師範以外の主要な会員が都合で来れなかったので、いつもよりは少な目の人数でしたが、初参加の方もいて楽しくやれました。

 沈身がテーマなんで、重心を沈めることが技の威力と質にどう変化を及ぼすか?ということを説明しながら指導しました。

 この技術は日本人に最も向いているやり方で、韓国人や中国人などの同じモンゴロイド系の人種が重心が腰高なのと比べても日本人が体型的に向いているんですね。

 以前、在日コリアンと噂される人の内家拳演武を見た時、身体の外側だけ動かしていて内家拳の神髄である“内功”の働きはありませんでした。

 見る人が見れば一目瞭然で、「やっぱり体質的な向き不向きというのはあるもんだな~?」と思いました。

 良いとか悪いとか言ってるんじゃありません。人種による適性というのがあるという意味で、それは個性を尊重することに繋がっていくべきだと思います。

 香港映画で活躍する蹴り技の名手は、実はコリアン系の人が多かったりします。タン・トウリャン、ブルース・リャン、ウォン・チェンリー、ウォン・インシック、カサノバ・ウォンもそうだったっけ?

 蹴りが得意な人は総じて重心が高いです。日本武術に蹴りがあまり無い(空手は琉球だからね)のは、重心が低い点も関係あるでしょう。

 例えば、私は手足が短く、ずん胴体型の昔の日本人風なんで、長拳とかテコンドーは向かない。居合や合気に惹かれるのも体質的なものでしょう。本来は打撃系そのものが向いていないのかもしれません。

 だから、打撃は寸勁を使うように工夫したのも、無意識的に自分の体型に合うやり方を自然に求めたんでしょうね?

 今回は、空手、太気拳をやっている方が参加されて、私が書いてきていることが本当なのかどうか?を自分で受けてみて確かめたかったと言って来られていました。

 直に手を合わせてみれば、技の威力と質、戦闘法の違いくらいは判るでしょう。


 話は変わりますが、講座が終わって帰ると、過日、陽明学の林田明大先生の御紹介で宇城氏のことについて聞きに来られた方から電話が入っていました。

 私、疲れて爆睡して気づかずにいて、深夜に確認したので、翌日の昼に電話して話を聞いてみました。

 何でも、宇城塾を辞めたそうでした。

 遠方から通って熱心にやっていたそうなので、お金も相当に使っていた様子ですし、決心もいったでしょう。でも、私の提示した宇城塾の問題点について彼なりに考えて、結論を出したそうです。

 林田先生と一緒に会った時点では、まだ、そこまでは決めていなかったし、単純に私に話を聞きたいということでした。

「本当のことが知りたい」ということだったので、「私の言ってることを信じる必要はありません。ただ、私は武術業界でいろんな人から聞いた話をそのまま話すだけですから、嘘か本当かは(先方に)聞いてみたらどうですか?」と、ことわっておいて話しました。

 信じる信じないという感情の問題にしたくなかったからです。

 その日は宇城塾に参加する日だったそうで、時間が余っていたので、事務所で技術論をしました。ちょっと実演解説したら、ビックリ仰天されていました。

「宇城氏しかできない神業なんだ」と思い込んでいたのでしょう。原理が判らなければ神業と思い込んでも無理はありませんが、私が、あまりに簡単に実演解説してしまったので、「こんな簡単なことなんですか・・・」と、呆然とされていました。

 これは大抵の人が同じ反応をしますね。武術は、論より証拠です。どれだけ私を嫌っている人であっても、私の武術の技を分析し再現し、第三者に体得させられる能力に関しては否定できない・・・というのが斯界の間で噂されているそうです。

 もし、私が口先だけだったら、とっくの昔に潰されてるでしょう。匿名で嫌がらせしている人達も心の底では私が言ってることが事実なんだと認めているのでしょう。感情的に否定したいだけだから、まともな手段で反論しないんですよ。

 私を嫌っている人が最も熱心に私の本を読んでいるというパラドックス・・・ストーカーの心理ですね。

 それはそれとして、彼は自分のフェイスブックで宇城塾に対する疑問を書いたみたいですね。真っ当な批判を掲げて、堂々と反論し真実を示してくれることを期待したのでしょう。そうでなければ、書けませんよ。

 私は彼の気持ちが凄くよく解ります。昔の自分がそうだったから・・・。

 ところが、宇城塾の事務管理をしているK女史から電話がかかってきて「今後、宇城塾について一切、書かないように」「塾で出会った人達と接触しないように」と、脅し?めいたことを言われたそうで、「誰から(塾の内部事情について)聞いたのか?としつこく聞かれたので、長野先生のことを喋ってしまいました。あの様子だと長野先生の方にも御迷惑がかかるかもしれないので・・・」と、責任を感じて一報してくれた様子でした。

 私の名前を聞いて、“あ~、あのトラブルメイカーか?”みたいな嘲笑する声が電話の周囲で聞こえたそうで、スタッフが揃ってる中でK女史が代表で電話したのでしょう。

 彼は私に対して申し訳ないことをしてしまった・・・と思ってくれたらしいのですが、彼に話す時に、「これは俺から聞いたと喋っちゃって構わないからね。俺は陰口たたくの嫌いだし、宇城さんのやり方は問題があると思ってるから、誰かが指摘しないとダメでしょう?」と言っていたので、「気にしないでね」と言っておきました。

 それにしても、K女史には二十年近く前になりますか? まだスタンレー・プラニンさんがトップで合気ニュース社だった頃に2~3度、会ってるんですが、非常にほんわかした可愛らしい印象の人で、とても、脅し文句を吐くような人には思えません。

 甲野氏の件で揉めてたから喧嘩別れの形にはなりましたが、私個人の印象として、「信じ込みやすいタイプなんだろうな~?」とは思うものの、そんなに悪い印象は持っていないんですよ。なので、ちょっと驚きました。スタンレーさんが離れた理由も想像がつきますね。

 甲野氏を切り捨てた時(いきなり誌面から本やDVDの広告が無くなってビックリ! 宇城氏の悪口言って激怒させたそうな・・・)は、「ほ~れ、見ろ。俺の言った通りになったじゃ~ん」と、してやったりの気分でしたが、都合の悪いことは隠せばいいと思っているのでしょうか?

 隠せば隠す程、憶測が広がってしまうという読みが何故、できないのか?

 私が、何故、そんな裏事情を知っているのか?ということを、ちょっと考えてみたら、“それだけ業界に噂が広がっている”という証明でしょう? 人の口に戸は建てられないというものです・・・。

 武道の業界は狭いですから、あっちこっちから色んな噂を聞きました。面と向かって言う人はいないでしょうが、「あそこはカルトだよ」と笑って言っていた人もいます。自覚しておくべきだと思いますね。

 いやはや・・・しかしま~、電話で事情を聞いていて、これは私が想像していた以上だな~?と思いました。

 彼が指摘している内容が嘘・間違いであれば、「それは違いますよ。本当のことはこうです。貴方は長野に騙されているんです!」と、K女史から真相?を告げてあげればいいだけの話でしょう? 何で、そうしないのか?

 そこは否定しないまま、「男らしくない」とか「人間が小さい」とか人格攻撃しかできない。それでは認めているのと同然ではないでしょうか?

 また、自分じゃなくてK女史から言わせている宇城氏の方が、遥かに男らしくないし、人間が小さいように思うのは私だけでしょうか?

 先日、セミナーの後で、数見先生が刀禅の小用茂夫先生に学んでいるということを知って、「あ~、良かった。小用先生なら数見先生を利用して自分を売ろうとするようなゲスな真似はしないよ」と言っていたんですよ。

 どんな綺麗言を並べたところで、今現在の宇城氏のやってることには疑問しか感じられません。真っ当な修行者なら、そう思うでしょう。

「真摯な武の修行を志す人間ではなくなってしまった」と、哀しい顔で去っていったお弟子さん方や、「宇城くんは、あのままではいかんな~」と心配したまま亡くなられた座波先生の気持ちを察する謙虚な心を失ってしまっている。

 よくある話ですが、あれだけの実力を持ちながら、もったいない話ですね?

 こういう事情を話してくれた彼は、最後に私に習いたいと申し出ました。「宇城先生に勝てる実力になりたい!」と・・・。

 やっぱり、悔しかったんだろうな~?

 彼は昔はヤンチャしていたそうで、柔道やボクシングにも打ち込んでいたそうです。が、武術という未知の技術を使われたら勝てないでしょう。

 まあ、武術の世界は、実力がものを言う世界ですからね。「いくら正論を言っても宇城氏に勝てないのでは負け犬の遠吠えにしかならない」と考える訳でしょう。

 彼の名誉のために書いておきますが、林田先生が推薦するだけあって、正義感と気骨のある男です。今時、珍しい傑物だと思います。

 彼は、決して宇城氏を裏切った訳ではなく、勇気を以て是非を質したんですよ。その真摯な態度を受け止めようとしない宇城氏には、確かにもう、他者の意見に耳を傾ける謙虚さは無くなってしまっているのかもしれません。

 だとするなら、もう何を期待しても無駄でしょう。

 所詮、修行は他人の手を借りることはできません。離れるべき時期だったのでしょう。

 彼は、何年か先には、きっと世に名を成すでしょう。

 私は武術と駄文書く以外に能の無いダメ人間ですけど、一寸の虫にも五分の魂はあります! 

「よし! 任せろ。勝てるように教えてやる!」と、答えておきました。


 余談ですが、「達人に習えば自動的に自分も高いレベルになれる」と考える人が多いですが、そういうのは見たことありません。達人の弟子は師匠の半分もできるようになればマシ・・・という程度で終わるのが圧倒的に多い。

 心酔しているうちは、絶対、その人には及びません。無意識のうちにストップかけてしまうからでしょう・・・。絶対、追い越してやる!という執念が大切です。

 この論理からいくと、「名人に習えて幸せ~」・・・みたいな連中は百万年修行したってものになりません! 依頼心の強い小判鮫みたいな人間は、独り立ちできない。

 宇城氏を世に出した甲野氏が一つだけ宇城氏に勝てるのは、甲野氏が自分の帝国を築こうとせず弟子をどんどん独立させている点でしょうね。支配欲が無いだけ害が少ない。

 人間だから、パーフェクトな訳はないんですよ。生涯無敗と言われた国井先生や佐川先生にだって負けた秘話はあるんです。

 武術業界は玉石混淆です。それも、大抵は“石”です。有名だから名人なんだと思うのは大きな誤解です。

 選ぶのなら、自分の負けた話を平然とできるような先生を選ぶのが賢明ですね。負けた話を隠さずできる人は現実をちゃんと見てるし、捨て身になってる証拠で、実際、本当に強い人はこういうタイプです。

 自分を大きく見せようとする人間は、器が小さいんですよ。

 亡くなられた松田隆智先生が嘆かれていました。「専門雑誌が、次々に持ち上げて紹介するから舞い上がって自分を見失ってしまうんだ」と・・・。


PS;『游心流武術健身法外伝 武術秘伝セミナーDVD先行予約販売開始します! 読み(目付け)・寸勁・打撃秘訣・多人数崩しの原理・空中合気の原理・縮地法の原理・詠春拳暗腿法・・・等(宇城氏の神業の仕組みも解説)を収録し、二枚組の予定です。2万5千円(税込み)です。今回は限定販売とします。100組まで達したら販売を打ち切りますので、御希望の方はお早めにお願いします。

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ほびっと村は重心操作

 20日(日)は西荻窪ほびっと村学校の講座です。テーマは沈身です

 先週の月例セミナー山田師範から「体重が軽いので体重移動では威力が出ないんで、どうしたらいいでしょう?」と質問されました。

 打撃でも何でも技の威力を出す時に「自分の体重を乗せる」という意識でやると威力の質が重くなります。

 しかし、これでは体重の重さによって上限が決まりますよね?

 私が言ってる重心移動は、“体重を乗せる”というのとはちょっと違うんです。

 普通人は体内で重心を一点に集中させることはできないものです。主に骨格の歪みで姿勢が整っていないからですし、重心を一点に集中するという身体感度が低いからです。

 立禅なんかは体内の重心を一点に集中していく訓練でもあります。

 一定の姿勢で長時間立ち続けるには重心がフラついていては無理でしょう?

 難易度が上がると片足で立つもの(独立椿)もありますが、内功武術にとっては自分の体内の重心操作が訓練の大半と言っても過言ではありません。

 太極拳の推手訓練も、二人で自分と相手の重心を探り合う訓練です。

 合気揚げも同じです。

 相手の重心を浮かして居着かせるのが目的です。

 まず、自分の体内の重心を意識し、一点に集中させておいて、今度は一点に纏めた重心を体内で移動させる訓練をする。

 この意識的訓練のために、ゆっくりと練習します。

 そして、重心移動の感覚を養成したら、実際に打撃で使う場合は急激に体内で加速させて重心をドーンッと打ち込む・・・これが発勁です。

 体重が軽くても体内の重心移動のスピードを加速させれば威力は倍加します。

 体重は変わらなくても、体当たりのスピードを速くすれば体当たりの威力は強くなる・・・というのと同じです。

 重心移動の体内の加速スピードを速くすれば威力は上がる・・・というのは、マグナム弾の原理と同じで、火薬の量を増やすようなものなんです。

 そして、この加速させる手法が各種の“~~勁”だと思えばいいでしょう。

 中でも簡単にできるのが沈墜勁。日本武術では“沈身(しずみ)”と言います。

 これができるだけで世間に蔓延る達人技?の大半が体得できます。

 もっとも、ほびっと村では下がレストランなんで、ドッカンドッカンやれないんで、静かにやりま~す!




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DVD紹介

田中光四郎 日子流体術白刃捕りクエスト

“アフガンのサムライ”こと、田中光四郎先生が“最後の教え”として撮影に臨んだ作品です。

 私が最初に光四郎先生にお会いしたのは、97年くらいだったかな~?と思います。

 それから長いお付き合いになりましたが、現代で武を真っ当して生きることの難しさを身をもって示してくださった先生という印象があります。

 ただ、自分の修行だけやっている分にはどうということもありませんが、慕ってくる人達に教えて組織となると、自分の思いとは関係のないところで意にそまないことも次々に起こる訳です。

 私ですら団体を名乗ってからの15年は激動の人生?に思えるくらいですが、光四郎先生は比較にならないだろうな~と思います。

 それでも、一貫して御自身の修行を真っ当してこられている男の生きざまを感じます。

 それだけ日本男児にとっては“武”というものが崇敬の対象足るものであり、それこそ人生をなげうっても惜しくないと思える程の麻薬的な魅力があるのです。

 何年か前に、女性記者の方から「長野さんが結婚したいと思っている女の人が、刀を捨ててくれと言ったら、どうするんですか?」と聞かれて、「そんな女は好きになりません!」と即答したら唖然としていましたが、はっきり言って、私は女性より刀が好き、武術が好き・・・という変態なんで、「日本刀なんて怖~い」みたいなこと言う女は一瞬で興味が無くなります。

 最近は男でも「日本刀が嫌い」とかほざくヤツもいて、「バカモノ~! 貴様はそれでも日本男児かぁっ!」と、いきなり私の中の右翼が目覚めるのです・・・。

 しかし、それはまあ、私が特殊なんであって、普通は武術より女が好きというのが正常です。

 まあね~、私も戦隊やライダーはヒロインが美しいかどうかで一年間、見るかどうかを決めてるくらいなんですけどね。でも、やっぱり屈折してて、ヒーローに守られるか弱いヒロインは興味が無いんですよ。

 えっと・・・まあ、それはそれとして、このDVD。ちまたで頻発する通り魔事件への心構えを養うには絶好です。

 要するに、無刀捕りに特化した体術技法の訓練法から実践法までを体系的に教えていて、考えてみたら、こういう技法は極意の技として普通は隠したまま公開しないものなんですよね。

 実際、できる人もごく少数でしょうし、技法として体系化している人もいないと思います。

 私も研究はしていますが、ここまで体系化はできていません。その意味で、流石は光四郎先生だな~と、感心して拝見しました。

 それにしても、よく工夫されているな~と感心するばかりです。私が研究している方向性と同質といえば失敬に受け取られるかもしれませんが、原理的には同じです。

 言葉を換えれば、合理性を追究すれば原理は一つにならざるを得ないだろうと思うのです。

 率直に言えば、いろんな流儀、団体で無刀捕りの類いはよく披露されますが、私が納得できたのはごく少数でした。「これじゃあ、無理だろう」「こんなことしたら殺されるよ」と思う場合が多かったのです。

 それは、実戦のリアリティーを知っているかどうか?の差が決定的にあるからでしょう。

 何より、普通、70を超えたら単なる爺さんですよ。でも、光四郎先生の眼光に宿る殺闘気は、どんな格闘家や武道家にも出せない透徹した野性の戦闘オーラです。

 殺人鬼の眼は狂気が宿りますが、武人の眼には侠気があります。どこが違うか?というと、暴力の悲しみを知っているかどうか・・・、つまり、慈悲心、情があるかどうかだと私は思います。

 私が自惚れ屋が嫌いで、武術をダシにして文化人みたいな権威を纏う連中が嫌いなのは、武術というものの根底にある暴力の悲しみを自覚しているかどうか?という点です。

 それが解っていたら、恥ずかしくって「俺は武術家だ!」なんざ~名乗れないでしょ?


馬貴派八卦掌2クエスト

 李保華先生の馬貴派八卦掌の第二弾が早くも出ました!

「さあ、今度は八卦掌の基本套路の八母掌は全部やってくれてるのかな~?」と思っていたら、何と、第二掌の双換掌までしかやってくれていない・・・って、何それぇ~?

っつうことは、まさか八巻作るつもりなのぅ~?

・・・と、クエストの制作部の方から聞いて、ズッコケたのが、嘘偽らざるところです。

 ま~、最初にそう聞いちゃったんで、あんまり期待しないで見たんですよ。ところが。

 いや~、李先生の本気で教えるぞモードが凄い!

 実にこと細かく解説して実演してくれているので、これなら何回か見れば誰でも覚えられるでしょうし、前回の単換掌の武術的実用法も実演してくれているので、李先生の実戦力の高さがより明確に判ります。

 これなら完全独修が可能でしょう。

 八卦掌の套路は覚えにくくて忘れやすいんですが、これなら繰り返し見れば、明確に覚えて、ちゃんと練習できます。

 ちゃんと練習できれば、ちゃんと成果が上がるでしょう。

 次の巻で残り六掌全部やると言われていますし、この二巻でみっちり練習しておけば馬貴派八卦掌の基本が体得できるでしょう。

 大推薦!

 私は木人椿で練習しま~す!


富田高久 肥田式強健術 実践編クエスト

 伝説の超人、肥田春充が遺した超健康術、肥田式強健術の最も正統なる伝承をしている富田高久先生による解説指導です。

 これもまた日本の武道業界で密かに囁かれていた幻の訓練法であり、丹田開発法として最も科学的なトレーニング法を作り上げた点で、肥田春充の名は東洋体育の歴史で革命家として刻まれるでしょう。

 まだ知らなかったという人も是非!

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四月セミナー“歩法”感想

 四月の月例セミナーは、歩法(縮地法)の使い方を解説指導しました。

 毎度言っていることですが、歩法は習ったからと言っても、簡単に体得できるものではありません。

 それ相応の修練を積み重ねていかなくては使いこなせません。

 特に、縮地法の原理を体得するには、それまでの歩行運動の原理から脱却しなければならないので、尚更、大変になります。

 まず、游心流では、スリ足を基本として縮地法の原理を体得しないと先に進むことができません。

 何故、そうしたか? 普通のフットワークではダメなのか?

 はい、ダメです。

 普通のフットワークで動いては、游心流の技法は体得できません。

 しかし、游心流ではいろんな流派の技を使うことが許されているんじゃないか? どうして歩法に限ってはスリ足の縮地法でなければならないのか?

 ここだけは、肝心要なポイントで妥協できなかったんですね。

 私は、特に日本武術はスリ足の歩法を基盤にしなければ技の統一ができない・・・と、直感的に思いました。

 ボクシングのフットワークも一時期は随分、練習したんです。ジャブを出しながらの前進後退・・・等々、毎日一時間はやり続けていました。

 しかし、フットワークは重心の上下動が起こります。体内の重心移動を駆使するには不都合なのです。

 それでスリ足歩法に戻しました。

 幸い、中国武術の多くもスリ足歩法に馴染みました。歩み足が基本だったからです。

 特に武器術を練習すると、スリ足歩法の重要性が分かります。剣道もスリ足でしょう?

 さらに、何故、スリ足なのか?ということを追究しました。

 それが縮地法を使うことの答えになったのです。

 縮地法といえば、遠い間合を一挙動で詰める(縮める)ことばかりが注目されますが、そこに真価はありません。

 予備動作の気配を無くして動き出す点こそが肝心なのです。

 何故か?

 武術は“読み”を駆使してこそ高度な戦闘を制することができるからです。

 即ち、縮地法の武術的な真の意味は、“読み”のできる相手に“読ませないでこちらの攻撃を命中させる”ための技術なのです。

 ですから、いくら気配を出さずに動いたところで、必要以上の遠間から攻撃していけば、視覚的に捕捉されてしまうので、相手に迎撃する準備を与えてしまう訳です。

 そこで考えたのが打ち合いの間合の直前までは普通に歩み足で近づいて、打ち合いの間合に入るかどうか?というギリギリの間合で短く縮地法を使って撹乱する・・・それによって交叉迎撃のタイミングを取らせないという戦法を研究したのです。

 もっとも、これも足を止めて上体だけ左右に振ったのでは中段の前蹴り一発で粉砕されてしまいます。

 それで考案したのが蛟龍歩と名付けた連続縮地法であり、さらにそれに発勁を連発できるように組み込んだ訳です。

 これは以前、学んだ先生が実演してくれていた技を参考にして作り上げたものですが、その先生は太極拳と太気拳をベースにされていたのに対して、私はそれプラス形意拳・八極拳・八卦掌を組み合わせています。

 何しろ、手探りで工夫してきた技法ですし、私自身に身体的な素質や才能が無いので、えらい苦心しました。失敗を重ねて後遺症も負ってしまい、既に身体はポンコツです。

 で、ここ最近は、ずぅ~っと、やらずにいて、1~2年はほとんどやっていなかったかもしれません。

 教えてもできるようになる訳じゃないので、セミナーでも、滅多にやりません。

 真似して足首を捻挫した人もいたので・・・。

 しかし、北島師範以外にも体道塾のN師範が、かなりできるようになっているので、今回は受講生ができようができまいが、やれるだけのことは見せておこうと思って臨みました。

 でもね~・・・、私、もう51ですからね~・・・できるかな~?と、自分でも思ったんですよ。

 だけど、やってみたら、意外とできたんで、「俺ってまだまだできるじゃ~ん?」と喜んでたんですが、撮影したビデオカメラで見ると、あんまり大したことないな~・・・と、ちょっとガッカリ。そして、翌日は膝や腰が痛くて大変でした・・・グッスン・・・。


 けれども、参加者の皆さんも一所懸命、頑張ってくれていて、何人かはギョギョッとするくらいの動きを見せてくれていました。


 それで、突然なんですけれども、前回の目付け・年末のセミナー・今回の歩法に、詠春拳の足技・N師範の特別講習・演武会の様子を撮影した映像を編集して『游心流武術外伝・秘伝伝授の巻』と題したDVDを特別販売することにしました。

 数年前までなら絶対に表に出さなかった内容で、発売禁止にした『戦闘理論』を超える内容です。なので、3万円以上にしようか?と思いましたが、税込みで2万5千円とします。記録用に撮ったものの編集なので、ちょっと解りにくいかもしれませんが、マニアにとったら数十万円払っても知りたい内容です。

 実際、「25万円にしてみようか?」と、半分くらいマジで提案してみたら、北島師範とか真面目な顔で賛成するので、やっぱりやめておきました。

 有名な先生の神技が、あっさり体得できてしまう・・・という点では25万円でも安いと思うんですが・・・。

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キムタクの宮本武蔵みなかったら大損だよ

 キムタク主演のTV朝日開局50周年記念『宮本武蔵』が空前の低視聴率だったとか?

 マジっすか?

 あんな面白いのを見ないなんて、バカじゃないの?

 宣伝が悪いのか、「いまさらキムタク主演の時代劇なんて・・・」とヘンな先入観(うちの会員にも、こう言ってる人が居た)で見逃した人が多かったんだろうと思うんですが、大損してますよ。

 私は『武士の一分』見た時から、キムタクの時代劇役者としての可能性に目をつけていて、大チャンバラ殺陣をやらせてみたいな~・・・と、プロデューサー気分でいたんですが、だから今回の『宮本武蔵』は大満足でしたよ!

 確かに脚本はスッカスカで、「これはミスキャストだろ~?」と、金八先生の柳生石舟斎にはズッコケました。

 真木よう子のお通も、彼女のキャラクターとは違い過ぎると思ってましたから、やっぱり真木よう子の持ち味が出てなくて非常に印象が薄くなってしまっていて、可哀想だな~と思いました。

 キャスティングで嵌まってたのはユースケサンタマリア。配役聞いた時点で「ハマリ過ぎだよ」と思いました。

 沢庵が強過ぎるのは御愛嬌で許せるとして、西田俊行(※事務注 西田敏行?)の奥蔵院もビミョ~・・・。

 しか~し、無問題!

 そもそも、真実の宮本武蔵の人生に、お通も又八も存在していないし、沢庵和尚との交流も無かった。恐らく、武蔵は沢庵に一度も会ったことない筈・・・。

 ただ、柳生新陰流との関係はありました。

 でも、石舟斎には多分、会ってないでしょう。

 柳生の門人とは何度か試合していますがね・・・。

 恐らく、吉川英治の『宮本武蔵』と変わってるところが気に入らないと言い出す人もいるかと思うんですが、吉川武蔵をドキュメンタリーみたいに勘違いしていることを反省すべきで、今回のキムタク版の挑戦的なアプローチをアッパレ!と絶賛し、次なるリアルな宮本武蔵への布石、エポックメイキングとして受け止めるのが正しい鑑賞の仕方でありましょう!

 私、現在、時代小説の武芸考証仕事人として活動を始めておりますが、現在の時代小説は過剰なまでの時代考証に縛られて自由な執筆が妨げられてしまっており、実に窮屈ですね。

 時代小説の醍醐味は剣豪や忍者のバトルにこそあると思う私にとっては、現在のノーバトルばっかりの時代小説にワクワクドキドキはさっぱりありません。

 これで売れんの?と思っていたら、実は大して売れてないらしい・・・何それ?

 最近の作品では『るろうに剣心』と『妻はくノ一』が抜群に面白かった。

 どちらも、香港アクションのリズムとスピード感を導入して技術的に殺陣の革新を図った点が素晴らしかった。

 映画監督の園子温が出演している深夜のトーク番組で、日本映画の人情の機微とか、「そんなの要らねぇよ!」みたいに吠えてましたが、大賛成!

 もっともっと、活力のある作品『活劇』が見たい!

 難病に侵された恋人と・・・みたいなのはもういいよ!

 私だったら、難病に侵されて余命いくばくもない武術家が、どうせ死ぬなら悪徳ヤクザ政治家を道連れにして死んでやるっとカチコミかけて全員抹殺して警官隊の一斉射撃で死ぬ・・・っていう『ドラゴン怒りの鉄拳』みたいな話にするよ。

 別にアクション映画でなくっても、ダリオ・アルジェントの往年のホラー作品なんて、物凄いパワフルな演出でビックリしますよ!

 久々に『フェノミナ』見たけど、スゲーッ!って感じです。もう、ムチャぶりが凄いですよ。よくよく考えると『13日の金曜日』と同じストーリー(奇形の息子の母親が殺人犯)なんだけど、虫や動物と精神感応できる美少女が孤軍奮闘するヒロインアクション物になってます。

 これはジェニファー・コネリーが主演でなかったら成立しないな~と思った。

 耽美的なところがグロとゴチャ混ぜになってて蛆虫死体プールにジェニファー・コネリーがおっことされるシーンなんて凄いです。

 実際はココアプールだったそうなんですが、巧みな蛆虫カットとの編集で、実際にそういうのに落ちてる感じがする。

 発狂するよ、これ・・・。


 おっと、話が逸れました。

 キムタク版『宮本武蔵』は、確かにいろいろ欠点はあります。

 例えば、坂崎出羽守事件で柳生宗矩が賜った二蓋笠の家紋を堂々と掲げていたり(この時期にはまだ無いし、尾張柳生はずっとワレモコウの家紋を使っていた筈)、時代考証的には相当にアバウトです。

 が、そのアバウトさは原作にもともとある訳で、いつまで経っても原作に呪縛されたままの武蔵像から、そろそろ変えていったらどうか?と私は思いますね。

 その点で、今回はアクション活劇として従来の武蔵像を大きく変えて見せた点こそを大絶賛してしかるべきだと思うのです。

 これはアクション監督の谷垣健治氏の功績である点に異論を挟む人はいないでしょう。

 御本人にメールして感想を述べたところ、『るろうに剣心2・3』と重なり、時間的な制約で思うような水準にできなかったという忸怩たる思いが残っていたらしいですが、それでもテレビドラマであれだけ大掛かりで多彩なアクションを組み立てて見せるというのは本当に凄いと思いますね。

 知り合いだから贔屓目に書いていると思う人もいるかもしれませんが、私は研究家気質なんでダメだったら「う~ん・・・まっ、いっか?」程度にごまかして書きますよ。

 本当に凄いんですよ、コレ!

 何が凄いかって、アクションにいちいち主張があるんです。これはキムタクの功績でもありますが、単なるダンドリ通りに動きました~って感じじゃなくて、刀の振り一つにも気が通っているんです。

 武術の演武だと、ただ形だけなぞっておしまい・・・ってのが多くて、逆に、見てても糞面白くない。下手だからそうなるか?というと、上級の人は無心で動くから余計にそうなるもんです。

 私、演武頼まれると、大体、ギャグ入れるんですけど、普通に演武してもつまんないでしょ~?って思ってるんで、サービス精神が働くんですよ(下手なの、ごまかす意味もある)。

 よく武道家や格闘家を連れてきてアクションやらせると、非常に迫力が無いものになってしまったりするんですが、真面目な人ほど、そうなってしまいます。

 この点、プロレスラーはうまい人が多いですよね。プロレスの試合が一種のモキュメンタリーだからでしょうかね。

 アクションで見せる場合は、ケレン味は絶対に必要なんですよ。

 リアルさだけ求めると、本当に面白くも何ともなくなってしまいます。

 ここに見せ方の工夫が必要になりますね。演技であったり、カメラワークであったり、特技であったり、編集テクニックであったり・・・。

 やっぱり本編の演出も経験している人だと総合的な見せ方の工夫が上手いですよね。谷垣監督はその点での上手さもあるからなんだと思います。

 この分野では、やっぱり香港アクションが歴史が長いだけあってノウハウの蓄積がハンパないと思います。

 ユエン・ウーピン、チン・シウトン、ラウ・カーリョンと、いろんなタイプのアクション監督が居て、それがハリウッドやヨーロッパにも影響を広げていったし、『マッハ!』や『ザ・レイド』も、よくよく見ると香港アクションの影響を多大に受けてますよね。

 ジャッキー・チェン、サモハン・キンポー、そしてドニー・イェンという演技者と同時にアクション監督でもある俳優に関しては、真の意味でブルース・リーが開拓した分野を確立したと言えるんじゃないでしょうか?

 ただ、忘れがちなのは、香港アクションに影響を与えたのは日本の時代劇であったという点で、座頭市、子連れ狼、木枯らし紋次郎なんかが香港映画に登場したりするのも珍しくありません。

 そういう意味でも香港アクションで育った谷垣監督が、その技術をフィードバックして時代劇アクションに革命を起こしつつある“今”を、きちんと見ることが必要だと思いますね。

 何よりも、こんな面白い時代劇を見ないなんて、日本人として恥ずかしくないのか?と言いたいです。

追伸;『47RONIN』も、忠臣蔵じゃなくて『里見八犬伝』にすれば良かったんですよ。最初からファンタジー時代劇だと言っておけば大ヒットしたかもしれない。“「角川映画の『里見八犬伝』を贅沢な予算を掛けて創りあげた娯楽ファンタジー絵巻」といった感じだ。”・・・と、『宇宙船』のレビューで書いていたホラー映画評論の第一人者の鷲巣義明氏の批評が言い尽くしてますね。いっそ、『里見八犬伝』を日中韓合作したらいいんじゃないかな~? 谷垣アクション監督で・・・。『妖刀・斬首剣』みたいなぶっ飛んだのが見たいな~・・・。

追伸2;蟹江敬三さんが亡くなられてショックです。『スケバン刑事』『影の軍団』『鬼平』シリーズが有名だけど、ゲストだと刑事物や時代劇に無数に出ていて、特撮物だと『ウルトラマンA』カウラの回の牛男や、『ウルトラマンレオ』の円盤生物ブニョが有名ですね。ブニョは実力が無くて弱い怪獣なんだけど、悪知恵が働くという設定で、レオをバラバラにしてしまうという快挙を達成したので特筆されてます。まさかと思ったけど、ワイドショーでブニョのシーンが出て驚いた。宇津井健さんが亡くなられた時は、流石に『スーパージャイアンツ』は出なかったけど・・・。

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ダリオ・アルジェント特集

 何か、突然、イマジカBSでダリオ・アルジェント特集やってたりして、久々に『サスペリア』見ましたよ。

 ダリオ・アルジェントと言えば、私が岡山で自主映画撮ってた頃、ちょっとしたブームで、イタリアン・ホラーの二大巨頭として、ルチオ・フルチと共に好きでしたね~。

 イタリアの映画と言えば残酷描写が有名ですが、フルチは『サンゲリア』『地獄の門』『ビヨンド』『墓地裏の家』等の蛆虫がたかってる腐乱ゾンビが有名で、汚いグロが売りでしたが、アルジェントは何となく美意識が高くてアートっぽい高尚な感じがしたものです。

 でも、代表作の『サスペリア』や『フェノミナ』は蛆虫だらけのシーンもあって、フルチとドッコイな感じもするんですけど、ホラーと美少女という組み合わせを確立した第一人者という感じもします。

 つまり、Jホラーのルーツ的な感じがあって、特に佐伯日菜子版『エコエコアザラク』にはアルジェントっぽさが濃厚です。

 アルジェントの仕事で有名なのは、ロメロの『ゾンビ』のプロデュースでしょう。

 そして、「決して独りでは見ないでください」という惹句が流行った『サスペリア』ですね。

 ゴブリンの音楽も独自性がありました。

 私は超自然的な設定が好きなんで、ミステリー物は実はあんまり好きじゃないんですけど、アルジェントはそっちも得意ですよね。

『シャドー』は、怖かったな~。マカロニウエスタンの貴公子(時代劇に於ける里見浩太朗みたいな感じ)ジュリアーノ・ジェンマが殺されたのはショック!

『サスペリア2』もミステリー物だったと記憶しています。『サスペリア』以前の作品なんだけど、『サスペリア』がヒットしたから続編として上映してました。

 この作品、高校で感動作品の上映会があった時に手違いで上映されて、それがまた御丁寧に、人形がハハハハハ・・・って笑いながら駆け寄ってくるところがいきなり映されて、トラウマになりましたよ。

 近年も『サスペリア・テルザ』や『アルジェントのドラキュラ』と新作を撮ってくれていますが、往年のパワフルなショッカー描写は、なりを潜めてしまってるとか?

 しかし、昔からアルジェントの作品は「ストーリーがとっちらかって整合性が無い」と批判されていました。

 実際、映像と音楽に圧倒されてストーリーがどうだったか?というのは、さっぱり記憶に残りません。

 でも、そんなのはどうでもいいんです!

 アルジェントの作品はシュールレアリスムの絵画のような美しさにこそ、価値がある。

 都会に潜む三人の魔女姉妹の設定である『サスペリア』と『インフェルノ』、そして『サスペリア・テルザ』の三部作には、さりげなくフリーメイソンのシンボルである「プロヴィデンスの眼」が出てきたり、魔術、秘密結社、現代社会の裏の仕組み・・・みたいな隠喩が出てきて、私は好きですね~。

『インフェルノ』は、特にストーリーがハチャメチャで何がなんだか判らない映画でしたが、何か凄い映画を見た?という不思議な余韻がありました。

 傑作の一つとしては『フェノミナ』がお勧め。ジェニファー・コネリーの美少女っぷりは『野性の証明』の薬師丸ひろこを彷彿とさせました。

 虫や動物と精神感応できる超能力を秘めているという設定も凄いです。

 マッドサイエンティスト風の怖い風貌のアルジェントですが、娘のアーシア・アルジェントは『デモンズ』の姉妹編でデビューした時から美少女っぷりが注目されてました。

 イタリアンホラーのマエストロ、ダリオ・アルジェントの歪んだ美意識は、前衛芸術好きな人なら、きっと気に入るでしょう。


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何とか常設道場を・・・

 雨が降ると日曜の公園の稽古はできないので、事務所(研究室)でやる訳ですが、5~6人で手狭な上に、今度は木人椿を置いてしまうので、これはかなり無理になってきました。

 取り敢えず、30日は推手からの逆手捕りとか、狭くてもできるハンドテクニックを練習しましたが、前日に新陰流・制剛流をやった時に、そろそろここも限界かな~?と思いましたね。

 でも、もう一年以上、経過してるんですよね。ここを借りてから。

 部屋代の支払いに四苦八苦してきた割りには、何とかなりましたし、いろいろ手裏剣とかも練習できて研究も進みました。

 何より、仕事の打ち合わせに使えるので助かっています。

 ただ、八畳ちょっとじゃ、個人練習には充分だけど・・・やっぱ、狭い。

 ほびっと村が17畳だと聞いて、ここの二倍あれば充分かな?と思って、常設道場のスペースを探しています。

 近いうちに何とかしようと思ってますが、資金作らないといけないから、数カ月は先になるでしょう。

 文筆業(小説や漫画の武芸考証)が広がってきつつあるので、半年とか一年後なら安定してやれるかな?とも思うんですが、取り敢えずはDVD売って金稼ぐしかないんで、皆様、応援ください。

 ここ最近、各支部も入会者が増えてきていますから、各支部長もぐんぐん実力が上がってきています。

 特に先に師範に任命した支部長は、皆、ちょっと、驚くくらい短期間に実力アップしています。

 30日も、八極拳の打開(双撞掌)や頂心肘の応用変化法を指導したら、見事に体得していました。

 八極拳は30前後の頃に結構、集中して練習してたんですが、威力を出すには最適な拳法です。

 形意拳の遣い手の某先生が、「八極拳は防御を考えないで突っ込むから怖いよな~」と苦笑していたんですが、“捨身法”と呼ばれる戦闘理論で構成されていると知ってから研究したところ、攻撃が防御を兼ねていることに気づきました。

 今となっては当たり前なんですけどね。

 要するに、読みと交叉法を駆使すれば、所謂、受け技は必要無い。何故なら、先の先で攻め潰すのが八極拳の戦法だから・・・。

 ただね。ここで誰もが誤解するのは、「気合と根性で突っ込め!」って話になるんですけど、そんな無策な拳法じゃないんです。

 ある程度以上の相手には通じないし、武器持ってる相手だったら、尚更です。

 突っ込むタイミングと入る角度、最低でもこれを知らないとカウンターの餌食になるのがオチです。

 松田先生が学んだ蘇先生が、いろんな格闘術の猛者を簡単に倒した話がありますが、この話から洞察すべきなのは、蘇先生は中国武術の技を遣っていろんな格闘術の技を凌駕してみせた・・・という点ですね。

 これは、いろんな格闘術より中国武術が上だということではありませんし、蘇先生が特別強いということでもないと私は考えます。

 つまり、どんな格闘術の遣い手であろうが、人間の動きには隙間があり、蘇先生はそこが見えていたから簡単に勝った・・・ということだと思います。

 逆説すると、どんな優れた武術や格闘技を学ぼうが、戦闘法を理解していないと常勝は覚束無いということです。

 常々、私が言ってるように、強い弱いではないのです。

 戦闘のセオリーを知っていて、その通りに駆使できるかどうかの問題なんですよ。

 少なくとも武術は、そういう仕組みになっています。そして、それは容易に教えない。

 素手の格闘の強さしか考えない人は理解できないかもしれませんが、私の言ってることは銃を扱っている人なら納得するでしょう。

 つまり、銃の構造を知り、遣い方を知っている人間しか使えない。

 まったく知らない人は、銃は引き金を引くだけだと思ったりする訳ですが、弾丸の込め方、射撃準備、狙い方、構え方、引き金の引き方にだってセオリーがあります。

 これを知らない人間がいきなり手にしても遣いこなせません。

 私が武芸百般に拘るのも、武装した敵と戦う技能を修得することが目的で、スポーツ的に武道や格闘技を楽しむ趣味が無いからです。

 古武術は、誕生の瞬間はリアルな戦闘術だったのに、時代が変わって骨董趣味の習い事、文化遺産になってしまった・・・。

 けれども、時代を超えた普遍的リアリティーが秘められているんですよ。私はその発掘作業をやっている訳です。

 話を戻して、もっと簡単な例で説明すると、箸を遣ったことのない外国人が和食で箸を遣おうとしてもうまくいかないでしょう?

 格闘技だって、パンチの打ち方以前に拳の握り方から教わらないと拳を痛めたりしますからね。

 しかも、拳の握り方といっても流儀によって様々なやり方がありますし、それも遣い方と併せての握り方であることを知らないと、見当違いな批判をしたりするんですよ。

 正解は一つじゃありません。

 それを理解するためにも、自分の好みを外に置いて、いろんな流儀を研究することは重要だと思いますね。

 練習法にも型にも意味がありますが、それを解らないまま延々と練習しても何にもならない。むしろ、時間の無駄、人生の浪費にしかなりません。

 東京支部長が「型の分解と言うと、皆、決まりきった型の形の通りにやろうとするから無理がありますよね。無理があるから“使えない”と結論付ける。“状況に応じて崩して遣う”とは考えないみたいですね」と言っていました。

 まったく、その通りです。

 いわゆる楷書の形で遣うことしか考えないから、遣えないんですよ。

 教科書通りに技が極まるなんて、よっぽど何も知らない素人を相手にする時くらいでしょう。

 型の分解は、一つの技で最低でも5~6通りは応用できなきゃ、遣いものにならないと思います。

 つまり、形に捕らわれていたら遣いものにならないんですよ。

 型は崩して技の原理を抽出し、変幻自在に応用させないと遣えないんです。

 だから、偉い先生に技の用法を教わった・・・と自慢たらたらにしているような阿呆はフルコン空手を半年くらいしかやってない人間のローキック一発で粉砕されてしまう訳ですよ・・・。こういう“悲喜劇”を十数回は聞きましたね~。

 武術が遣えるかどうか?という論議している人達は、要するに、応用変化して遣うレベルじゃないんでしょうね。そりゃあ、遣う自信は持てないでしょうね?

 でも、そのレベルの人達が武術の専門家としてメディアに取り上げられたりしているんだから、しょ~がないですよね?


 さて、チマチマと支払いを続けている中で座頭市逆手剣法の研究のために買った直刀を引き取ってきました。

 よくよく見ると若干の反りはありますが、ほぼ真っすぐ。江戸時代初期くらいの刀で刃渡りは二尺四寸近くあるので、片手の逆手握りでは、ちと長くて重いかな~?という感じもしますが、重い方が斬撃力は出るので、これはこれでいいか~?と・・・。

 問題は、鐔を装着するか?ということでしたが、逆手斬りの練習するには鐔は邪魔なんですね。はみ出し鐔とか買うのも面倒だから、帰りに町田の東急ハンズに寄って適当な木材買ってきました。

 プラでもいいか?と思いましたが、堅いと割れるかな~?と思って、若干の弾力がある木材にしました。

 これを、はみ出し鐔くらいの大きさに加工(茎穴の部分はキリで穴空けてノミと彫刻刀で加工し、工作用鋸で切り出してヤスリで成型した)して装着!

 いつものように鉄鐔じゃないから作業もさくさくっと進みました。

 後は漆塗って強化すれば完璧かな?

 鐔は安いの買っても数千円はしますから、木材ブロックの105円で済んで安上がり。茎に目釘穴が四つもついていたので、もう一つくらい控え目釘入れた方が安心かな?と思ってます。


 さて、翌日はクエストさんに預かってもらっていた木人椿を持ってきてもらいました。

 イサミさんで受注生産のものなんですが、山田師範の詠春拳DVD(クエストさんから5月発売予定です)撮影用に本社に飾ってあったのを譲ってもらったものです。

 宇宙生物か猫タワー?みたいな形だからな~。

 同時に三人練習できるゴッツイ木人椿・・・これは、やっぱり道場開設しないといかんですな~?

 で、本格的にいろんな武術を教えることにしますかね~?

 場所があればいろんなクラスやれるから、太極拳クラス、健身法クラス、剣術、護身術、詠春拳クラスとか・・・。

 時間貸しスタジオもやろうかな?

(というのも、今、予定してる物件あるからなんですけどね~・・・)


追伸;13日の四月の月例セミナーは、歩法(縮地法)です。先日、体道塾のN師範が橋本支部に来て、最新研究成果を披露していってくれたんですが、「独己九剣は左剣と右剣が一番大切です」とか、島津先生が解説していた骨掴みのやり方や八光流の雅勲(脈攻めの握り方)とか、周天法の小と大の違いによる身法の違い、八極拳の把子拳の打撃用法・・・等々の心法口訣について実演解説してくれて、もはや19歳とは思えない日本の武術界の最前衛を突っ走っているな~・・・と、感心して聞いてました。松田先生に会わせたかったな~? この時に縮地法の応用法なんかもいろいろやって見せてくれたんですが、そうなんですよ! 歩法は攻撃技に直結しているんです。今回はこれもやろうかな~?

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著者プロフィール

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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