コンテントヘッダー

読みの重要性

 武術と現代の武道・格闘技の決定的な違いが何か?という点については、明確な考えを持っている人は非常に少ないようです。

 職業武術家でも「格闘技と武術は同じだ」と説く人もいます。

 他人の考えが正しいかどうか?ということは余計なお世話なのですが、私は武術と武道と格闘技は明確に分けて考えています。

 分けて考えないと研究が進まなかったからです。

 例えば、武術と言っても、「特殊な身体の動かし方をするもの」くらいに考えている人も甲野氏の影響でかなり多くなってしまいました。

 私がどう考えて定義付けしているか?というのは本でも、このブログでも散々、繰り返し書いてきているので、改めて書きません。

 ただ、最も特徴的なものとして、“読み”を駆使するかどうか?という点については強く主張しておかねばなりません。

 この“読み”とはどういうものか?

 ここを理解しなければ、私の目指す武術に到達することはできないでしょう。

 日曜の本部稽古で、たまたま常連会員の欠席が重なり、参加者が二人しかいなかったので、この日は特別に“読み”の具体的な技への展開について説明しました。

 これは、剣術で確認すると判りやすい。

 剣術の基本である中段(正眼)の構えから振り上げて振り下ろす・・・という真っ向斬りは、要するに、自分の正中線上を刀を振り上げて、相手の正中線をまっすぐ斬り下ろす技なんです。

 何故、これが基本なのか?というと、仮想の線である正中線を正確に認識し体感覚化するためでしょう。

 人間の最も重要な急所は正中線上に位置しているからです。つまりは一撃で倒せる急所を無意識にでも攻撃できるようにするためです。

 そして、袈裟斬りは、相手の正中線を斜め45度プラマイ15度の角度で斬る技。

 横払い斬りは、正中線を横から90度に斬る技。

 突きは、正中線上にピンポイントで貫く技。

 これを説明し、刀の振り上げ振り下ろしの挙動のタイミングに合わせて自分の正中線を護りつつ入り身し、自分の剣先を柄を持つ手に付ける合わせ技のやり方を指導しました。

 これを最初から感覚で体得しようとすると、剣術の場合は大怪我しかねません。

 感覚で躱そうとしても、正確に相手の剣を制することができなければ相討ちに持ち込まれてしまうからです。

「先日は、こういう具合に習ったんですが・・・」と入会して四カ月くらいのIさんが質問した技は、太気拳式の払い手でした。うちの会員が教えたようですが、武器術を嫌ってやろうとしない者なので、武器に対応するセオリーを解っていません。

 対武器は完全に捌かないとダメです。素手のやり方だと思わぬ大怪我をするハメになります。第一、素手で立ち向かう時点で自殺行為です。

 武器術の習練の必要性は、武器の性質を理解し、ケースバイケースで対応法を考える戦略思考を養成するのが目的です。自分が嫌いだから、やらないというのはダメですよ。

 素手の攻撃なら手だけで捌いても構いませんが、刀剣の攻撃を手先だけで捌いたら、身体は残ったままなので致命傷を負ってしまいます。必ず刀剣の刃先から身体を躱して致命傷を負わないようにしなければなりませんが、そのためには感覚的な組手練習で反応していてはダメです。

 まず、“目付け”によってタイミングを測る先の取り方の理論を理解しなければなりません。素手なら失敗しても怪我で済みますが、刀だと失敗すれば死にますからね。

“読み”にも様々な段階があるし、種類もあります。相手によって使い分けられるくらいできなくてはダメです。目付け・聴勁・気配の察知・脳波の同調・・・といった要素は、どれか一つで全部をまかなえる訳ではないのです。使い分けが必要です。

“読み”を感覚、つまり、最初から第六感に頼るのは危険です。

 まずは、五感を駆使して理合をしっかり把握し、そこから自然成長的な敵の脳波を察知する瞑想的領域“第六感”に入らないと、ダメです。

 剣術の基本で目付けの大切さを教えるのは、こういう理由があるからです。

 それから、今度は拳法で、相手が突いてきた瞬間の隙間に迎撃する練習をやらせましたが、やっている練習内容は、これまでの差し手練習と変わらないのに、明確に合わせるタイミングの取り方が上手くなっていました。

 これは、普通にやっていたら数カ月はかかるくらいの上達を10分かそこらで達成したようなものです。

 どうして、こんな現象が起こるのか?

 それは、剣という道具を媒介することでゴマカシが効かなくなるからです。素手同士でやっていては、どんなに精密にやっているつもりでも、精密さの精度に大きな開きが出てしまうのです。

 そして、一度、精度が上がれば、精度の低い動きは簡単に見切れるのです。

 私が素手の武術に興味が薄れてしまったのは、あまりにも雑だから。動きも意識も雑にやってもゴマカシがいくらでも効いてしまうのです。

 オープンボルトのサブマシンガン、イングラムMAC10を連射して敵を倒すのか、2km先からチェイタックM200スナイパーライフルで狙撃して倒すのか・・・の違い。

 倒すだけなら、どっちも変わりはありません。

 が、確実に仕留めるには、「下手な弾丸も数撃ちゃ当たる」という考え方は下策です。

 武術の“読み”とは、確実に仕留めるための「ワンショットキル(必殺の一撃)」を放つためのスコープみたいなものなんですよ。

 ズーム(可変倍率)やナイトビジョン(暗視装置)、イルミネーション・レティクル(目標に狙いを定める目盛りの色が変わるもの)が付いた高機能のスコープが無ければ、1キロ超えの標的に命中させることはできませんよね?

 武術も高度な戦術を駆使するには“読み”が必要不可欠で、読みの精度を高めることが必勝の方程式となります。

 一口に“読み”と言っても、その内容は多岐に渡ります。

 私が剣術・居合術に拘ったのは、“読み”を飛躍的に精錬するために最適な武術だと考えたからですが、細かく説明する口伝の重要性を再認識しましたね。

“読み”を感覚のみで処理した無住心剣術が三代目以降は失伝してしまったのも、習得カリキュラムが理論的でなかったからでしょう。

 武術は感覚を磨くことが最も重要ですが、だからといって感覚的に教えても人は育ちません。

 理論的に感覚を育てるカリキュラム(マニュアル)と、指導法(マニュアルの読解法)が必要です。

 そして、教える人間は学びに来る人に何が必要か?ということまで洞察して的確な指導をしなければなりません。

 それは、時には、教えないことも必要だったりするんですね。

 その見極めもまた、“読み”の訓練になるのですから、教わるより教えることの方が学ぶことは多いものです。


 翌日は個人指導で元合気道指導者のIさんです。月曜しか休めないので、月に一回、個人指導をしていますが、この日は前回、失敗しまくった試し斬りからやらせました。

 マキワラも一晩風呂で水に浸しておき、刀は青木先生に頂戴した松葉国正刀匠の試し斬り専用の刀。青竹斬り合宿でボロボロになったものを私が研ぎ直したものです。

 イマイチ、斬れ味が鈍ってしまっていたので、年末年始に入念に研いでおき、斬れ味は復活!

 Iさんも、前回とは別人のように綺麗にスパッ!と斬れていました。しかも斬り口も滑らかで、ほとんど歪んでいません。都合、三回やらせましたが、一度も失敗しませんでした。

 後は、手裏剣も10本ほど打って、全部、刺中!

「蛟龍歩を教えてください」と言うので、これも細かいコツを教えたら、途端に速度がググッと上がりました。

 この調子だと全盛期の実力を取り戻すばかりか、一流一派を名乗れるようになれるかもしれません。合気道と極真空手の経験があるから、基礎錬体をやって読みを駆使することができるようになれば、あり得ない上達をするでしょう。

 三月で50歳だそうですが、この年齢で、こんなに急激に実力が上がるということは普通ではあり得ないことでしょう。

 最近は、若手会員の異常な上達スピードに驚いていましたが、年齢は関係ないかもしれませんね~?

 ともかく、一カ月前とは雲泥の差でした。

 本人も嬉しかったみたいで表情が明るかったですね。

 試し斬りや手裏剣なんかは結果がはっきり出るから、上達度がすぐ判るじゃないですか? そこがまた面白いところだと思います。今度の日曜日は私も52歳になりますが、体力に頼らない武術の何とありがたいことか?

 でもな~? 中学の時に今の実力があったら、俺はヒーローになれたのにな~?と夢想する今日この頃です・・・。

 あっ、そういえば、横浜支部長が、大学生会員のTさんが、発勁ローキックを体得してしまったと感心してました。

 正直、突き蹴りはヘナヘナだったので、サンドバッグ買ったら特訓させようと思ってたんですが、あの難しい蹴りを会得するなんて?

 私があの技を開発するのに、毎晩、公園の東屋のコンクリの柱にキックミットくくりつけて三千本蹴りしたりしていたんですよ。

 それで、いかに瞬間的に重心力を蹴り脚に乗せるか?と工夫した技なんですよ。

 隠れて特訓したのか、それとも技術分析して体得したのか?

 いや、大したものです!

 
スポンサーサイト
このページのトップへ
コンテントヘッダー

この映画のここが凄い

 モンドTVのホラー特集で、『トーク・トウ・ザ・デッド』という作品を見ました。

 主演は、実写版セーラームーンでセーラービーナスを演じた小松彩夏。

 もともと、人形のような端正な美少女でしたが、ちっとも美貌が衰えていませんね。こういう人はホラー映画にはピッタリ。

 共演は、加藤和樹に須賀貴正・・・って、二人とも仮面ライダー俳優じゃないすか?

 ここまで美男美女を揃えると、ホラーとしてもグレードが高く感じます。

 お話は、死者と話せる携帯アプリを巡っての切なくも恐ろしいリリカルホラー。

 いや~、何か、妙に出来がいいな~?と感心していたら、それもその筈。Jホラーの巨匠として知られる鶴田法男監督ではないですか?

 特に、ラストではお約束の恐怖のオチを用いずに、ぐっとくる愛情と切なさでエモーションをかきたてて終わるところが、凡百のホラーとは格が違うな~?という感じです。

 流石はJホラーの巨匠だ・・・と、クレジットタイトルを最後まで見ていて感心しましたね~。

 私は、タイトルからしてゾンビ物だと思ってたんですけどね~。愛と孤独をテーマにした非常に考えさせる作品でした。

 鬼母の児童虐待問題もからめてあって、この母親の憎たらしさを演じた毬谷友子が上手いっスわ~。死んだ姉弟の亡霊に復讐されるところも、むしろ、拍手したくなる。

 テーマそのものは、死後の人間との通信という世紀の奇術師フーディーニが死後に妻と行ったと言われるものですが、不気味さより切なさを描き出したのは、鶴田監督ならではでしょうね?


 それと、『太極ゼロ』『太極ヒーロー』・・・。

 こちらは楊氏太極拳の創始者“楊無敵”と呼ばれた楊露蝉が、陳家溝で陳氏太極拳を学ぶ史実を荒唐無稽にブローアップした作品。

 太極拳といえば、武当派武術の創始者、張三豊を描いた『マスター・オブ・リアル・カンフー大地無限』を思い出しますが、こちらは伝説。

『太極ゼロ』『太極ヒーロー』は史実をベースにしているので、実在人物である陳長興や、実在人物の名前を変えたキャラも出ます。

 楊露蝉は、陳氏太極拳を学んで工夫を加えて楊氏太極拳を創始し、数多くの他流試合に無敵を誇ったので“楊無敵”と呼ばれますが、そこから呉氏、孫氏、武氏・・・などの各派の太極拳が広まったんですね。

 ちなみに、楊露蝉以前は太極拳とは呼ばれていなかったという説もあり、この作品中でも太極拳の命名は皇帝(清朝の粛親王かな?)が名付けています。

 なので、太極拳が広まると、道教の聖地である武当山に伝わる内家拳法の一つで、張三宝(仙人的な存在の人物)が創始者なのだという“仮託”が広まった訳です。

 この、中国で広く信じられた仮託を覆したのは、実は松田隆智先生なんです。

 松田先生が台湾で学んだ陳氏太極拳が、楊露蝉以降の太極拳の源流であるということを発表した『図説・中国武術史』が中国で無許可翻訳出版され、中国の武術史研究家の唐剛が、「これは中国人がやらねばならないことなのに、日本人がここまで調べて発表したことは大変な価値のあることだ」と評価して、陳家溝のことが知られるようになったそうですね。

 無論、陳氏太極拳そのものは伝えられていたのですが、見た目に激しい発勁動作や跳躍して蹴る技なんかもあるので、太極拳とは別種の武術だと思われていたのでしょう。

 恥ずかしながら中国の歴史には疎いので知らないんですが、ひょっとすると、風説の通りに太極拳とは名乗っていなかったのかもしれませんね。

 知らない人がパッと見たら少林拳の一種だと思うかもしれませんから・・・。

 また、『太極ヒーロー』では、ユン・ピョウが清朝皇帝の武官、李を演じていますが、この人物は、恐らく尹派八卦掌の尹福がモデルなんでしょう。

 楊が八卦門の門人八人と試合する描写の最初に登場する時計屋の親父は、多分、“眼鏡程”と呼ばれた程廷華をモデルにしているんだと思います。

 程はドイツ軍兵士の乱暴狼藉に激怒して刀を持って単身立ち向かい、何人も殺傷したものの一斉射撃で命を落とす・・・という、まるでリアル“ドラゴン怒りの鉄拳”みたいな義侠心の篤い人だったようです。

 八卦掌は、董海川が創始して、その門下の龍虎と称されるのが尹福と程廷華です。

 一般に広まったのは圧倒的に程派が多く、尹派は少ないんですが、その理由は、尹福が清朝の皇帝のシークレットサービス(武官)だったからなんですね。

 その尹福の弟子では、馬貴と宮宝田が有名です。

 私が研究したのは、宮氏が台湾系と大連系の二系統、馬氏、劉徳寛の劉氏六十四散手、尹氏、それから王樹金伝と王培生伝の程氏・・・ですね。

 尹福系が牛舌掌と点穴が特徴(華拳をやっていたから)で、程廷華系が龍爪掌と投げが特徴(シュアイジャオをやっていたから)だと言われていますが、そんなに単純には分けられないみたいですね?

 伝承者によって特徴が変わるみたいで、掌の形も様々ですね。

 あ~、それと、一説に「陰陽八盤掌という拳法を学んだ董海川が改編して八卦掌と名乗って教えた」というものもあり、松田隆智先生が古流柔術史研究家の高橋賢氏と共著で出した『神秘の拳法八卦掌』に紹介されていますが、後年、松田先生に直接、質問したところ、「間違いであった(つまり、捏造された話で騙された)」と明言されていました。

 八卦掌を学んだ某人物が、改編して「これが八卦掌の源流の陰陽八盤掌だ」と広めたのが真相のようです。

「え~っ? そんなのアリか~?」って思うでしょ?

 そんなのばっかりですよ。武術の世界は・・・。

 似たような例は日本でも今も昔もざらに有りますから、もはや私は怒る気もしませんが、この“陰陽八盤掌が八卦掌の源流だ”という偽説も割りと流通している情報で、信じている人も少なくない様子(うちの会員にも信じてた人が居た)なので、この場で改めて訂正しておきます・・・。

 まあ、信じる方が世間知らずなんだと認識して、何事も疑ってかかる批判精神は必要でしょうね?

 もっとも、このような伝承の混乱が起こるのは、董海川の前歴がほとんど不明であることと、実際に教えたのが走圏と、套路(型)は、単換掌と双換掌の二つだけで、それ以外は応用変化技を教えるだけだったから・・・との説もあります。

 なので、基本中の基本套路である八母掌さえ弟子が作ったというのです。

 そして、弟子が更にどんどん型を工夫して作っていって分派したので、中国武術史上では比較的新しい門派(流派)なのに、非常に混沌とした未整理な門派になってしまったという訳・・・だそうです。

 そういえば、八卦掌の円周上を巡り歩く練習法“走圏”の元になったと言われている道教の修行法“転天尊”は、イスラム教神秘派“スーフィズム”の旋舞“ワーリング”の影響ではないか?と、松田先生は推理されていました。

 中国北方にはイスラム系の武術が多くて、戴氏心意拳・心意六合拳・八極拳・翻子拳・劈掛掌・教門長拳なんかがあるそうですが、私も割りと最近、知ったんですが、中国でイスラム教を回教と呼ぶのは、旋舞の様子を見て回回(ホイホイとかフイフイと言う)教と呼んだことが語源なんだそうですね?

 宗教と武術は切っても切れない関係性がありますからね~?

 そういえば、『太極』では天理教(日本のとは別物)という、いわゆる秘密結社が出てきますが、中国武術は秘密結社と関係が深いですからね。

 三合会(洪門会、トライアッド)、天地会、大刀会、紅槍会、哥老会、14K、青幇、紅幇、世界紅卍会、白蓮教、義和団や太平天国(蔡李仏拳が関係深い)とか・・・。

 台湾や中国南方は秘密結社と関連深くて、武術家が竹連幇や一貫道(日本では天道。八卦掌の孫錫坤が伝えた)の幹部だったりして、私も会ったことあります。

 黒社会の幹部だと思うと中国武術はおっかね~?となりますが、日本だって空手家や古武術家がヤクザや右翼だったりしている例はざらなんで、そんな簡単に判断できないんですよ。

 ただし、そういう秘密結社系の中には現実に暗殺武術家みたいなのも居た訳で、ハチェットマンと呼ばれるそうです。

 やっぱり、中国武術はコエ~な~?と思いますけど、日本の武術にも、そういう側面はある。戦前に中国に軍事探偵として送り込まれた人は武術家が多かったそうです。

 秘密にして死んじゃった人がほとんどだから、日本の現代史の中でも最も不明な分野でしょうね? 研究家として調べてるんですけど、断片的にしか判らないですね~。

 殺し屋の語源になったアサシンとかパンシガル(サッグ)とかの暗殺教団なんてのもありますからね~。オウム真理教も、そういうの真似したんでしょうね?

 現代だと、アルカイーダやイスラム国か?

 が、これはまた、別の話・・・。

 映画の感想から、えらい脱線したな~(苦笑)。


このページのトップへ
コンテントヘッダー

健身法講座も宜しく!

 游心流体道塾を主宰する次期游心流宗家、仁平師範による健身法講座も順調に展開しております。

 彼のお陰で、游心流も“武医同術”の名に恥ずかしくない武術流派として名前を残すことができるでしょう(そんで、私は漫画原作者とかで名前を残す・・・と)。

 こちらは内容がまったくの未経験者だと、ちと難しいかな~?と思うんですが、DVD予習していただけばいいか?と思います。

 詳しくはインフォメーションをご覧ください!


 え~っと、それから、「発勁と普通の打撃技と、どう違うんだ? 結局は威力の問題だろう?」という御質問があったので、お答えします。

 いいえ、違います。単なる威力の“量”の問題ではありません。

 うちの会員でも誤解している人がいるみたいなんですが・・・。

 この前のセミナーの時も、キックミット越しに30%くらいに加減して柳生心眼流の掌底重ね打ち(俗称・てっぽう)を実演したんですが、予想以上に威力が伝わってしまって、受けてくれた会員が咳き込んで焦りましたよ。

 この技は鎧の上から振動波を送り込んで心臓を止めてしまう心眼流の必殺技で、漫画でも描かれてます。私は島津先生のビデオと本、そして、ほびっと村で太極拳を教えている大友先生に佐藤金兵衛先生系(鈴木専作系)の心眼流をちょびっと習って研究したんですけど、柳生系の雰囲気はあまり感じませんが、日本の古武術の中でも最も実戦的な印象がありますね。

 あまりにも勘違いしている人が多いので、はっきり書きますが、人を殺せないような技なんか武術の技とは言えません。

 素手であっても、まともに使えば殺してしまう・・・という工夫をされているのが武術の技であり、強いとか弱いとか論じている時点で“論外”なんです。

 だから、伝統的な武術は型でしか練習できなかったのだと思いますよ。まともに技をかけていたら簡単に殺してしまうから・・・。

 実際に、真剣を使った型稽古で事故死した人が出たので稽古をやめてしまったなんて流派もあります。型でもそうなりかねないのに、自由に戦ったらどうなりますか? 死人がじゃんじゃん出ますよ。

 発勁は、武器が無い場合でも素手で殺せる当て身技として工夫されたのでしょう。人体に致命傷を与える工夫がされているのであって、単なる衝撃力の大小ではないのですよ。

 人体の構造的な弱点に効率よく作用する工夫がされている。

 発勁は、「威力の作用の仕方、“質”が違う」ということです。

 先日、TVを見ていたら、マツコの番組に北村龍平監督や園子温監督の作品の常連で、ストリートファイト系アクション俳優(元?)の坂口拓さんが出演していました。

 坂口拓と言えば、あのゾンビアクション・ムービーの大傑作『VERSUS』に主演したことから注目され、『魁!男塾』の実写盤ムービーを主演監督したことでも知られる才能ある人です。

 私なんて、「あのカルト漫画の金字塔、風忍の『地上最強の男・竜』を実写化するなら坂口拓主演で監督は井口昇だろう?」と、勝手に夢想しているくらいガチ・アクションの上手い人で、俳優を引退したと聞いた時はすごく残念でした。

 その坂口さん。武術とは言わないものの、格闘技と武術の技の違いのようなことを発言していて、「格闘技のパンチは表面だけ痛いから耐えられるけど、“これ”だと内臓破裂を起こす」「ムーブを使う」「波動を使う」といったことを言っていましたが、どうも体内の重心移動を用いて当て身を入れたり縮地法を使う・・・ということが言いたかった様子でした。

 多分、格闘技愛好家からは誇大妄想だと非難されるかもな~?とは思いましたが、彼の言ってることは私は理解できます。要するに、高度な“発勁”について解説している。

 彼はボクシングや八極拳をやってストリートファイトが強い・・・という話がありますが、確かに『VERSUS』で見せた見切りの上手さなんかは普通の格闘技とはちょっと違う印象があったんで、それで私も注目していたんですね。

 で、この日は、「本気で打つと死ぬから1%くらいで」と言って実演してくれたんですが、それは紛うことなき発勁。しかも打撃訣も知ってますね~。

 1%は言い過ぎですが、10%以下に抑えたのは解ります。

 やり方としては形意拳の崩拳の寸勁に近いですが、骨法の堀辺さんが昔やっていた“徹し”(その前は秘技カムイと言っていたけど、鳥居先生に習った発勁だそうです)に一番、近いやり方でした。

 ただ、細かく体内を震わせるように、体表にちょっと打ち込んで、すぐに引いていたので、確かに威力そのものは1%くらいに抑えた感覚でしょう。

 それでも発勁の打撃だと威力が浸透するので、後からジワ~ッと効いてくるんですよ。

 後で下痢くらいはするんじゃないかな~?

 打撃の打ち込む方向(真っすぐ打って上か下に軌道を変化させる)についても説明していましたが、あの打撃方法を知っているなら、確かにまともに打ったら死ぬような致命傷を与えられるでしょう。

 番組はそこで終わってしまったので、変人扱いで終わってしまいかねませんが、あれはまともに打てば内臓に障害が出ますよ。

 坂口さんが誰かに習ったのか、それとも自分で工夫したのかは判りませんが、もし、拳だけでなく全身のどこからでも打てるレベルに達していたら、大言壮語しても納得しますね。

 これ以上は、松田隆智先生から止められてるので私も説明しませんけど、松田先生から教えてもらった発勁の打撃訣(当て方と効かせ方)なんかは北島師範仁平師範には全部、教えました。

 あと、教えてないのは一年殺しくらいだけど、仁平師範は自分で気づくでしょうね?

 一口に発勁といっても、門派によって、いろんなやり方があります。

 マツコから「北斗神拳みたいなもの?」と聞かれて、坂口さんが「ちょっと違う」と言っていたのは、その違いが分かっている人間しか言えません。

 発勁と点穴は違いますから・・・。

 私が重心力という言葉を造ったのは、いろいろなやり方を別として、共通しているエネルギーは何か? どうやってパワーに変換しているのか?・・・といったことを種々検討して、「重心移動によって発生するエネルギーを力(パワー)として用いる」のが共通原理だと判断したからです。

 無論、伸筋連動による筋収縮の力(形意拳の“こん歩”等)も無い訳ではないんですが、そちらを強調すると、筋肉理論に逆戻りしてしまうでしょう? 重心移動の力を用いなければ、あんな圧倒的な破壊力は人間の筋力だけでは出せませんよ。

 だから、質の違いを認識してもらうために“重心力”と言うようにしているのです。これは筋収縮を使わず、意念で誘導します。これで打たれると、ヌルッと拳や掌が身体の中に入ったような異様な感触があります。

 恐らく、脱力したまま突くことで人体の2/3の水分に作用するからでしょう。筋肉に力を入れて剛体化させて打つと筋肉が反発して跳ね返すようになるので、このような感触にはなりません。

 大まかに言うと、このヌルッと相手の体内に潜り込んだ感触があったと同時に爆発呼吸で衝撃力を送り込むことで、内臓破裂を起こさせる・・・それが高度な発勁の打法です。

 私も最初は、「うわ~っ、話には聞いていたけど、本当にヌルッて潜り込むみたいな感じだな~?」と、いささか不気味に感じました。当然、そのままスーッと引き抜いたので何事もなかったですが、あそこでフンッ!と爆発呼吸をやればどうなったか・・・?

 いや、こんなのはやっちゃダメ! もっと初級の発勁だけで充分に効きますから。

 やり方についていくつか挙げておきますと、まず、鞭のように弾き打つ弾勁。これは通背拳や翻子拳、劈掛掌、あるいは新体道の養気体の打ちなんかが使います。腕だけでなく背骨からしならせると強い力が出ます。これも、いかに腕を脱力させて振り出すか?で威力が高まる。

 次に、全身を纏めてぶち当てるのが八極拳。これは体当たりの原理。

 それから、身体の推進力を利用するのが形意拳。これも体当たりに近いですね。富木式合気道で言うところの“移動力”もコレですし、新体道の統一体の突きがコレ。

 また、細かく全身を震わせて、波動を送り込む抖勁。これは太極拳や白鶴拳の白鶴震身ですね。ある系統では波浪勁と言ってました。大きくやると弾勁になってしまいますが、小さく細かくやるのが秘訣です。坂口さんがやって見せたのがコレ。

 それから八卦掌の螺旋勁や陳氏太極拳の纏絲勁のような身体を捩っていくものもあります。ホセ・メンドーサのコークスクリューパンチがコレ。捩り込むように威力を送り込むんですね。これは差し手に用いると化勁になります。

 上下左右に身体を開き伸ばす開合勁、別名、十字勁もあります。これは抜刀術の半身を切る身法に共通します。

 後、重心を瞬間落下させて地面を踏み締める時に発生する反発力を利用する沈墜勁。これは、移動力を用いずに、その場で威力を倍加させる秘訣です。八極拳、陳氏太極拳、少林心意把、空手や竹内流、居合道なんかにもありますね。

 これら、いろんな方法を組み合わせる訳ですが、爆発呼吸を用いて発勁の打撃力を瞬間的に倍加するやり方は、当て方と併せて用います。

 重心力は貫通性の威力の作用になりますから、これに衝撃力を加えて一撃必殺の技として作用させる時に、この爆発呼吸を使う訳です。この呼吸法を用いると、雷声とか試声といった気合の発声が出ます。

 この呼吸法は逆腹式呼吸法で瞬間に腹圧を掛けるものですが、日本式に言えば「気合」ですよ。もっとも、失敗すると脱腸とかなりかねません。ハイリスク・ハイリターン!

 どうでしょうか?

 発勁が、単純な威力の大小ではない様々なテクニックを用いる技巧的な技という点“だけ”は納得いただけたでしょうか?

 私がセミナーで教えているやり方は、ごく初歩的な原理を教えるための簡略化したやり方なので、それが全てと誤解されては困ります。よく、いるんですよ。「あんな程度は誰でもできる!」と鬼の首とったように評論しているバカが・・・。

 わかってますよ。誰でもできるレベルで教えないと体得できないでしょう?

 そんな一撃必殺レベルの技が簡単に体得できる道理が無いでしょう?

 武術というのは、如何に効率よく敵を抹殺するか?という観点で千年単位の研究が積み重ねられてきたものなのです。科学的に未解明な部分も相当あります。現代的な観点で単純に理解しようなんておこがましいんですよ。

 素手の技に関してもそうですが、これにいろんな武器の操作法や、武器そのものの“造り方”まで研究されてきている訳です。

 何のためにそこまでやるのか?といったら、“生き抜くため”ですよ。

 生きて、自分の人生を充実させて、できれば世の中も良くする・・・そういう人間を育てるためにこそ、武術は存在しているのだと私は考えますね~。

 だから、文化学問の体系だと考えて取り組まなければ、何の恩恵も得られませんよ。

 ただ、運動して汗流して気持ちいいな~?としか求めてない人は、武術の万分の一つも理解できないでしょう。

 それでは、これを伝えた先人に申し訳ないと思いませんか?

 殺す技術を徹底的に追究するのは何のためでしょうか?

 私は発勁を徹底的に研究して解明できたと確信できた時、「この技は本気で使ってはダメだ」と、自戒しました。

 松田先生からもそう言われましたが、確かにこの技をフルパワーで打ち込めば大概の人は死ぬと思います。オーバーパワー。死ななくとも、一生治らない障害を負うでしょう。

 李書文の「二の打ち要らず」や、郭雲深の「半歩崩拳、打遍天下」といった尊称は、決して伝説ではなく実際の技の圧倒的な凄さに対するものだったと思います。

 最晩年の松田隆智先生は、「俺は両手に常に44マグナムを握っているような気がしてしょうがないんだ」と言われていて、何度も軽く寸勁を空中に打ってみせてくれましたが、「あ~、本当だ。これはコワイな~」と思いました。

 私の目には、まるで目の前で日本刀を振り回しているように見えたのです。

 青木宏之先生も松田先生の寸勁を受けてみて、「これは日本の武術には無い突き技だね。これは確かに危な過ぎるから人に教えたりしない方がいいかもな~? これを食らうと内臓がグチャグチャになるよ」と、私に耳打ちされていました。

 空手の世界で一撃必殺の本当に効く突きを追究された青木先生だからこそ、軽く受けただけで松田先生の発勁の性質を洞察されていたのです。

 松田先生も、空手界の伝説の先生に実演するというのは中国武術の名誉にかかわることだから・・・と、瞬間、真剣勝負のような場に空気が変わっていました。

 私にとっては、その時の松田先生が実演された寸勁が置き土産の形で、発勁の打撃秘訣の最後の秘密を解くことができました。あるいは、ひょっとすると、松田先生もそのおつもりだったかも知れません・・・。

「お前は、見て取れるんだから、ちゃんと見て、俺が生涯かけた技を受け止めてくれよ」と思っていらしたかもしれません。

 松田先生は、ある意味で非常に孤独な方でしたからね。本当の意味で理解してくれる人がいなかったのかもしれません。その気持ちが、私も解る年齢になってきましたよ。

 だってね~。一撃必殺の発勁を体得できたという達成感なんか無いんですよ。使えないですから・・・。

 もし、使ったとしたら、相手を打ち殺した後、残りの一生を刑務所で過ごすことにしかなりません。自分の一生を台なしにしても試してみたいと思いますか?

「それでも試してみたい」と答える人がいたら、その人は頭がイカレています。変態ですよ。現実に、そんな人が何度かは「教えてくれ」と尋ねてきたことがありました。無論、断りましたよ。その人を殺人犯にしないために・・・。

 武術は護身のために学ぶ知識・知恵です。自滅したのでは論外。そして、武術を広めるということは、少しでも多くの人が良く生きていくための護りの備えとして、知識と知恵を提供することです。

 だから、武術は善人しか学んではいけないし、やさぐれて、「強ければそれでいいんだ~」なんて、悪役レスラー時代のタイガーマスクみたいなことを言ってはいけません!

 体力も体格も貧弱な人間が、自分よりずっと身体条件に恵まれているけれどもオツムがイカレている暴力的な者から危害を加えられないための“護身術”が、現代に於ける武術が担うべき要素でしょう。

 これは、政治家にも必要かな~?と思いますね。

 イスラム国の蛮行を非難する前に、何故、以前から捕まっていた日本人が急に処刑されようとしたのか?と考えてみれば、判る筈です。

 アメリカの御機嫌取りに、イスラム国を名指しでテロ集団だと対立の姿勢を明言した安倍首相の国際情勢を考えない迂闊過ぎる発言の結果ですよ。

「支援金は人道支援なんだ。イスラム国を攻撃するための金じゃない」と言ってみたところで、最初に、「テロを許すな」として、イスラム国の名を挙げている以上、「日本は敵です」と言ったことになりますね。

 敵対の意志を示した以上、卑劣な脅しをかけられるのも承知していなければなりませんが、「言語道断だ」と非難するだけ・・・。そんなこと百も承知でやっているんだから、何の意味もありません。頭が悪過ぎますよ。

 敵対宣言をした以上は、狙われるのが当然です。その対策も無しに口先で正義を振りかざして見せた安倍首相の愚かさよ・・・。

 そして、いざ戦闘になれば、最も弱いところから攻めるのが戦略です。世界一、戦闘への備えの無い国・・・つまり、日本がテロの攻撃目標にされるんですよ!

 安倍首相の“エエカッコウシイ”が招いた国難は、長く戦争から切り離されて平和に慣れ切った今の日本人の象徴的なものかもしれませんから安倍首相だけ批判しても意味がないかもしれませんが・・・。

 雉も鳴かずば撃たれまい・・・ということです。

 これはフランスのテロ事件に関しても通じる論理です。テロを起こす側にも一分の理があるということを忘れてはいけないでしょう。

 人が戦争をしてしまう構造を考えずに理念としての平和を説いても無意味ですし、いざ戦争を前にして倫理を説いても声は届かない。

 根っこは、やはり、教育であり、他者の考えを尊重し敬うこと。考えの違いを非難するばかりでは何の解決にもならないのです。

 他者の暴力性は、自分の中にもあるかもしれない・・・と考えることで解決の糸口が掴めるのではないでしょうか? テロに走る人達にも、そうせざるを得ない事情がある筈なのだと考えて、和して同ぜずの道をいけばいい。

 これ以上の犠牲者を出さないためには、国の代表たる者は独善を排除しなければなりません。そして、「暴力では何も解決できず、殺す者はいずれ殺される・・・。やり方を変えていくべきで、そのための手助けはしますよ」といった具合にメッセージを出していくべきでしょう。

PS;游心流淵野辺本部道場は、基本的に毎週日曜の午前11時から2~3時間を定期練習としています。来週2月1日は、東京駒込で昼から詠春拳セミナーがありますが、小説家養成講座にからんでの体験入門者が数名あるので通常通りの練習をします。実演するのに相手が必要なので、来られる常連会員さんは宜しくお願いします。また、相模原千代田メイプルホールでも生徒募集中です。第一・三・五の隔週木曜夜7:00~9:00です(今月は、29日もあります)。

このページのトップへ
コンテントヘッダー

ほびっと村“活殺自在”感想

 新年第二弾は、西荻窪ほびっと村学校での講座でした。

 うちの会員さんには柔整師や整体師や鍼灸師がやたら多く、東洋医学についても基本的なことを知ってる人間が何人も居るので、ことさらツボ・急所や経絡なんかについても講義したりしていないんですが、知ってる人間は別として、大半の人間はそういうのを知らないので、「そういえば、俺は急所の知識とか、あんまり教えていなかったな~?」と思い出して、今回はかい摘まんで教えてみようと思った次第です。

 で、参加者も常連さんが多かったんですが、「先生が時々、ここが急所でって説明するのを聞く程度で、あんまり教わっていません」と言われました。

 自分が知ってると当たり前過ぎて、わざわざ説明しようとしなくなるんですよね?

 でも、いやしくも武術を学ぶ者としては基本的な殺活のツボ(急所)は基礎知識として知っているのがモア・ベターです。

 昭和の武道家だったら当たり前にそういう急所の知識もあったのですね。

 20年以上前に習った、ある中国拳法の先生は、「柔術なんかの組み討ち系統の技は知らないし苦手」だと言われていましたが、「じゃあ、そっち系の技なら勝てるかも? 何せ、天下の?甲野さんやキムタツでも俺に掛けられないからな~。フッフッフ・・・」と、お調子こいていたら、ある時、コロリンッとひっくり返されて唖然としたことがありました。

「柔術とか苦手って言ってたじゃ~ん? 嘘つき~」って思いました。

 この先生、何げに急所の知識が凄くて、耳裏下の独鈷のツボとか足三里とか無意識にスッと責めるので、何だかプロの鍼灸師でもできないだろ~?ってくらいでしたが、昭和の本物の武術家に学ぶと、そんな具合に自然に身についてしまうのかもしれませんね。

 急所のツボについて一般的に解説したのは、少林寺拳法の宗道臣が最初だったと思います。宗先生は古流柔術出身だからでしょう。“経絡秘孔”という言葉を初めて世間一般に広めたのも、カッパブックスから出た宗先生の『秘伝・少林寺拳法』が初だと思います。

 この本が無ければ、眠狂四郎のライバル陳孫も、北斗の拳も生まれていなかったかもしれません・・・。

 けれども、意外にも中国武術だと鷹爪拳などを除いて拳法家は急所の知識が無い人が多い様子で、詳しいのは擒拿(チンナ)術の専門家です。チンナ術は筋肉の筋目に指先を食い込ませたりする技(分筋錯骨法)があるので、筋肉系のツボに詳しくなるんですね。

 ちなみに私が学んだのは杜式擒拿術で、この杜先生はシャワイジャオの名手でもあったと後に知りました。

 ツボを直接攻撃するのは点穴術という独立した武術がありますが、大体は拳法や擒拿の中に折衷されて伝えられています。これは日本の柔術と同様ですね。

 ただし、ツボそのものは指圧や鍼灸といった東洋医学からアプローチした方が、もっと詳しく学べるでしょう。武術だと人体を破壊する目的で使う殺点が中心になり、「ここは狙ってはいけません!」と、少林寺木人拳の蛇八歩の術の遣い手の尼さんみたいなことを説教した上で教えます。

 急所という言葉も、「お灸を据えるツボ」という意味の“灸所”と表記したり、「救急のツボ」という意味で“救所”と表記したりもしました。

“殺活自在”という言葉にも意味があり、殺すツボと活かすツボは同じ箇所にあったりするので(全然、別にある場合もあります)、力の強弱や施し方によって殺にも活にも使えることが多く、それを自在にできてこそ武術家として一人前になれるという次第です。

 ごく一般的に言えば、瞬間的に突き刺すように強く突けば殺になり、ゆっくりじわ~っと優しく押圧すれば活になる・・・と覚えておいてください。

 ものの本には麻穴(マヒするツボ)とか唖穴(声が出せなくなるツボ)なんてのも解説されていますが、素人が単純にその箇所を打っても効果は出るものではありません。

 突くだけではなく、つねったり、引っ掻いたり、コチョコチョするツボだってあるのです。腋の下なんて、コチョコチョすると相手が竹中直人みたいに、笑いながら怒る?

 しかし、一番の難点は、初心者は正確にツボを捉えるのは難しく、特に戦闘中には極めて難度が高くなるという点です。

 なので、特に打撃格闘技をやっている人達には、「戦闘中にツボに正確に当てるなんて不可能だ。そんな技より突き蹴りの威力を高めれば、当たった箇所がすべて急所になる」という、非常に大雑把だけれども、一理はある意見が出るものです。

 私は、別にこういう人を否定はしません。他人は他人、自分は自分のやり方で行くというだけです。

 さて、流石に今回は、こういう喧嘩上等!な人は参加していませんでしたが、いやしくも殺法という以上は現実に使える技を指導できなくてはいけませんよね?

 なので、交叉法と組み合わせた急所に当てるコツを指導しました。

 貫手や特殊な一本拳の握り方の意味と使い方、鍛練法についても解説しました。

 鍛練法と言っても、竹の束を突くとか熱した鉄砂に貫手を突っ込む・・・みたいな荒業ではなく、無理なく指先を鍛練するやり方と、特に鍛練していない指でも突き指しないで急所に当てるコツなんかを指導しました。

 うちの仁平師範なんて、小学生の頃に竹束を貫手で突く稽古を爪がはがれる程やったそうですが、ガクンと視力が落ちてきたので中止したそうです。荒業の稽古は健康を損ないますよね?(・・・っつうか、どういう小学生やねん?)

 結局、早い話が、武術というのは“知識と知恵”なんですよ。

 知識も知恵もなく、どんなに努力して鍛練しても報われません!

 型なんかも、「ひたすら練習していれば自然に使い方が解る」って説明する人が少なくありませんが、はっきり言って、嘘です!

 使い方は教わらないと自分で自得するなんてことはありません。

「でも、長野さんはいろんな流派の技の用法を自分で気づいたと言ってるじゃないか?」と言いたい方もおられるでしょう。

 確かに、私は自分で考えています。

 ですが、0から考え出している訳ではありません。

 私は、物凄くラッキーなことに、いろんな先生から事細かくコツを教えてもらったり説明してもらったり・・・という経験を無数にしているのです。

 本や映像資料だって武術の専門古書店が開けるくらい目を通しているんですよ。それを40年くらい続けてきているんですよ? 詳しいのが当たり前でしょう?

 だから、いろんな流派の共通点に気づいたり、既に武術一般に通じるセオリーを飲み込んでいるので、自分で考えつくことができる訳です。

 何か、中途半端に知ったかぶりする人間が多過ぎますよね~? 本当に知ってたら、逆に限界や例外が解ってるから、簡単に「これが正しい」なんて言えないんですよ。

 私は、「これが正しいんですよ」と言った時点で、もうその人は信用しません。「阿呆だな~、こいつ」・・・と、“付き合うだけ無駄な人間”と判断しますからね。

 まあ、「教えてください」って来た人なら知らなくて当然だから、丁寧に教えますけど、それでも習いに来ていながら「教えてあげましょう」みたいな態度取る頭の悪い人も、ごくたま~に来たりしますね~。

 武術の先生には、知ってても知らないフリする人も多いです。特に一流中の一流の先生だとそうです。洞察力の無い人は、「知らない」と言われたら、「何だ、大したことね~な」と判断しますが、これは、「無論、知ってるけど、貴方に教えてやる義理はありません」という意味なんですよ。

 考えてみたら当然のことで、部外者に企業秘密をペラペラ喋るバカはいないでしょ?

 私が「言葉は信用しない」と言うのは、このような人間の心理を考えるからです。

 地道に信頼関係を築いて、師匠が、「この人にはちゃんと教えてあげよう」という気持ちになるようにしなければいけません。それには、感謝する心が大切ということです。

 ちょっとだけヒントを書きます。

 どんな流儀でも、合理性を念頭に技を組み上げていくのは同じことです。だから、名の有る流儀の極意の技なんかは、必ず原理的に共通性があるのです。一刀流の切り落としと新陰流の合撃(がっし)は、対の先の合わせ技だという点では原理的には同じです。

 無論、奇妙奇天烈な技を使う流派もありますが、いくら奇妙に見えても、やはり合理性を考えているのでは同じなので、見た目は全然違っていても原理的には共通している。ただ、技の構造的なアプローチの仕方が別だというだけだったりするのです。

 先の先か、後の先か、貼随の技か・・・といった具合に・・・。

 しかし、この原理的な構造が観えていない人だと、自分のやっている流派こそが本物で・・・みたいな技の外形ばかりに拘って独善思考に支配され、本質を洞察する眼力を自分で封印してしまったりする訳ですね。

 まっ、武道界はそういう人が圧倒的に多いんですが、これはもう「頭が悪い」というか、頭を使って考える習慣が無くなっている。自分で自分に洗脳している。こういう人とは付き合いたくありませんね~。


 えっと・・・そんな次第で、今回はツボの位置とか探り方、当て方なんかを指導しましたが、ナイフ術なんかの文字通りの殺法術まで指導しました。

 普通は教えないんですが、参加者の人柄を見てやりました。悪用しそうな人がいたら教えませんでしたね。

 殺す方法を知識として知っていれば、やられないで済む可能性が高まりますし、殺す技を持ってる人間からすれば、普通の武道や格闘技、喧嘩自慢のような連中に怯む心が無くなっていきますから・・・。

 戸隠流忍法に世界中の特殊部隊の人達が習いに行ったりしているのも、武術本来の殺法をサバイバル術として教えている点に共感しているからじゃないでしょうか?

 戸隠流は競技試合とかやりませんよね? 生きるか死ぬかの戦闘と競技の強い弱いというのがまったく別物だと弁えているからだろうと思います。

 私も、武術を深く研究すればする程、武道や格闘技の強い弱いという観念が消滅していきました。生死をくぐり抜ける戦闘を考えている人間にとって、現代の競技試合を目的化した武道には本質が抜け落ちてしまっていると思えるからです。

・・・と、こう書けば、「お前はプロ格闘家と闘って勝てるつもりなのか?」とか文句を言う人が未だにいるんですが、勝てるなんか思ってませんが、“生き死にがかかった戦闘なら、どんな手段を使っても倒す”ことを考えます。

 それが武術の考え方です。

 こういう考え方を特殊だと考える人は、既に格闘スポーツの“制度”に洗脳されている証拠です。

 普通の人間だったら、プロレスラーみたいな巨漢に襲われたら、素手で勝負しようとは考えないで、迷わず出刃包丁とか金属バットとかゴルフクラブとか手に取るでしょう?

 それを卑怯だって非難します? 命の危機に晒されたら、卑怯も糞も無いでしょ?

 強い弱いじゃなくて、確実に生き残るにはどうすればいいか?と考えて、適切な武装をしようとするのが普通の人間が生死がかかったギリギリの戦闘状態に追い込まれた時に自然に考える選択ですよ。

 普通に、当たり前に考えているだけ。それが武術の原点です。

 勝つためには相手より強力な武器で武装する! これが鉄則!

 そして、武術というのも基本的に武装するものなのです。刀や槍や弓矢や鉄砲や爆薬や、時には“情報戦略で相手を社会的に抹殺する”という忍術的戦略も含めて・・・。

 これは兵法です。戦国時代は当たり前に用いたものですよ。

 現代の武道は、こういう剥き出しの戦闘哲学というものを失って口先ばかりの綺麗事を並べたててしまってます。私はそういう欺瞞的体質が本当に嫌いなんです。


 急所を攻めるというのも、力では敵わない敵を効率よく倒すための知識と知恵なんですよね。

 先日のセミナーの第一回の時も、筋トレの重要性を質問される方がいらしたのですが、私、20年以上教えてきて、筋トレばんばんやっていて筋が良かった人には一人も会ったことないんですよね。

 もうね~、筋弛緩剤打ってやりたくなるくらい無駄に力んでたり、とにかく習得の遅さは絶句するくらいなんですよ。皮膚感覚が鈍くなるみたいですね~?

 無論、医療的に弱った身体の人が筋トレするのは必要かもしれませんから否定はしませんが、健常者がより強いパフォーマンスを求めて筋トレするというのは落とし穴があると思いますよ。

 東洋医学的に言えば、筋肉を必要以上にパンプアップすると気の流れを阻害してしまうんじゃないか?と思えます。実際、こういう人は気を察知する気感の感受性が普通の人よりずっと鈍いみたいです。

 うちの大石総教練は、質問者に気を遣って、「筋肉はあればあった方が体重増えてパンチが重くなるからいいんですよ」と賛同していましたが、私はそれは違うと思います。

 必要以上に筋肉が膨らむと骨格の動きを邪魔して明らかに動きが遅くなります。

 重いパンチは体重よりも体内の重心移動の速度の問題であり、実際に体重20kg無いような子供がキックミット持った90kgの大人を寸勁で突き倒せましたから。大石総教練も誤解してると思いますよ。

 正直、発勁体得したら、筋トレがんがんやってパンチ力上げようとする行為の空しさに愕然としますよ? 本当に、発勁体得したら、まともに打ったら死ぬか重大な障害起こすかどっちかになるぞ・・・と、怖くて打てないですよ。

「力加減して安全な程度で打ってみせてください」って言う人いるんですけど、座布団何枚も重ねて30%くらいで打ったのに、後から「血尿出た」って報告受けて、「やっぱし、これ、やたら打つと内臓疾患起こすから危険だよな~」と、ぞっとしましたもん。

 打撃技は、衝撃力と貫通力の概ね二つがあり、一般的な打撃格闘技の場合は衝撃力の高さを威力と認識しますが、本当に怖いのはこの二つの性質を融合したもので、それが発勁の本質です。派手に吹っ飛ばすのは貫通力だけ使ってる訳です。

 危険なので、いつも貫通するだけで衝撃が残らないように打っていますが、打撃訣を加えれば致命的なダメージを与えられるんです。これは本当に試さない方がいいですよ。

 こういう技はいくつかの複合的な身体と意識の使い方、つまり技術なのですが、筋肉に力を込めると失敗しますから、「筋トレはマイナスだ」と言ってる訳です。

「それじゃあ、適度な筋トレならいいでしょう?」と、よく質問されるんですが、“適度”というのは極めて主観的な概念であり、ほとんどの人が適度にやっているつもりでやり過ぎてしまいます。

 それは、筋トレには中毒症状みたいな点があって、やればやる程、刺激が欲しくなって、結果的に過度になってしまうからです。私も昔、そうなっちゃってました。

 筋トレよりは、日常の労働で自然に鍛えられた方が良い。

 舞踊家で俳優の田中泯さんも、お百姓さんのナチュラルな身体の美しさに感動して、自身も農業に従事するようになったそうです。

 私も、ボディビルダーが美しいと思ったことは一度もありません(気持ち悪いとは思う)が、ダンサーの無駄のない均整の取れた身体と動きは美しいと思います。

 もっとも、私は美しい身体になりたいと思ってないので、サモハン体型ですが、若い頃はブルース・リーみたいだったんですよ~(マジ)!

 筋トレに励む時間があるなら、木剣振ったり立禅を30分以上やるとかウォーキングするとか、そういうのがいいと思います。

 武術は筋肉鍛えるより身体感覚を磨かないとダメですからね。感覚鈍ったら、もう全部がダメですよ。

 機能的な美しさは求めて得るのではなく、結果的にそう見えるから美しいと言えるんです。私が日本刀や銃が好きなのは、殺傷力を追究した結果の美しさが現れているから。

 武術もそうでありたい。

「筋肉より骨が重要だ」って甲野さんの共著が売れてるそうですが、これは間違いじゃないと思います。骨格で重心力を誘導するのもアリですから。

 しかし、筋肉に力を入れると重心力が阻害されてしまいます。発勁も打てないし、合気も使えない。

 伸筋連動で技かける方法もありますが、これも連動を断つ(閉気栽脈法と言います)と無残なくらい効果が無くなります。このやり方ではシステマに勝てない。

 理想的なのは自分の力をすべて捨て切って、身体に働いている重力のみを利用することです。無念無想、無心の技というのは、この身体性を獲得しないと使えないんですよ。

 大鉄人17の必殺技“グラビトーン”ですよ!

 武侠小説には、主人公が手足の筋脈を断たれて武術ができない身体にされてしまったのに、内功の秘伝を教えられて、以前よりずっと凄い超達人になる・・・という描写がよくあるんですが、これこそが私の言っている武術の力のことなんです。

 要するに筋力が使えなくなったから重心力を駆使することができるようになったという訳です。

 太極拳はもともと十三勢長拳という普通の少林拳のような拳法だったそうですが、接近密着して全身のどこからでも発勁を打てるような戦い方に変わることで少林拳的な拳法を封殺して勝てるようになったと考えられています。

 しかし、これは戦い方を知らないと駆使できませんね?

 私も昔は太極拳とか理論倒れで使えないと思ったりしていました。が、今は完全に逆ですね。自分ができるようになって初めて、価値が解る。戦闘法さえしっかり理解していたら、普通の拳法で太極拳に勝つのは難しいでしょう。

 ただし、私は太極拳の研究して破り方も工夫しました。だから、物凄い推手の達人と手合わせした時もふっ飛ばされなかったので、その先生から「長野先生は達人だから」と、言われて照れちゃいましたよ~。

 無論、これは、「どんな優れた技も原理が解れば対処法は考えられる」という一例であって、自慢したい訳じゃありません(してるけど?)。同様の経験は何度もあります。

 逆説すれば、「原理が解らない技には対応が難しい」ということで、武術が秘伝を重視するのも、武術が知識と知恵が上回る方が圧倒的に有利であることを示しています。

 まあ、だから、何でもバラしてしまう私が目の敵にされるんでしょうけどね?(隠すところは隠してるんだけど、それすら洞察できない未熟者が多いということですね)

 余談、終わり!

 殺法ばかりじゃ、殺伐とし過ぎるので、今回は、背活、腹活、脳活、それから金的活も数種指導しました。

 あっ、それと心臓が止まった時の活法と、溺れた人や餅を喉に詰まらせた人を吐かせて助ける方法も、やりました。

 背活は高校の柔道でも教わったので、誰か知ってるかな?と思ったんですが、皆さん、教わったこと無かったそうです。私の高校の柔道の先生がたまたま知ってたのかもしれませんね?

 もっとも、活法も、形ばかり知っていても有効に使うのは難しいでしょう。原理が解っている人間と形式だけ知ってる人間では施術に大きな差が出ます。

 具体的内容に関しては解説はやめておきます。危ないので。

 昔は、殺活法は免許皆伝レベルの人に教える最後の秘伝だったので、多くの流派で失われてしまいました。

 神道楊心流、天神真楊流、竹内流、長尾流、小栗流といった流派が比較的知られていますが、明治以降に成立した流派だと、例えば、八光流の皇方医学は、平田了山の熱鍼療法や肥田式強健術をベースにしているようですし、甲野氏に代表される武術系整体の提唱者の多くが野口晴哉の野口整体をベースにしています。

 その他にも身体均整法やカイロプラクティックをベースにしている武道家もいますね。

 腱引き療法などは伝統武術系の要素が強いようですが、中国の推拿(スイナ)をベースにしているところもあるみたいですね?

 私が学んだ武道医学(中山清先生創始)は、柳生心眼流の島津先生や戸隠流の初見先生も学ばれています(免許の写しと写真も見せられた)。

 そんな中山先生も、八光流を学んだり、新体道の棒術を学びに行ったりされています。

 昭和の武道家はいろんな流儀を学んで自己の武芸をより発展させていこうとしていたんですよね? この事実からは、私みたいに節操が無い人間にも存在価値があるんだよな~?という慰めになりますよ。

 講座の最後には、足裏反射療法についてもざざっと解説しました。これは、昔、京都の足医術講習会に参加して習ったものに武道医学の考えを入れたものです。

 やっぱり、人間は一生、勉強し続けることが肝心ですよね~?

このページのトップへ
コンテントヘッダー

アマゾンで予約受付中

20150109_001.jpg
 私が年末ギリギリまで頑張って書いた『時代劇の間違い探し』(新人物文庫 若桜木虔氏と共著)が、アマゾンで予約始まったそうです!

 いつも、「本屋さんで見つからなかったから買いそびれた」という苦情があるので、もうアマゾンで買っちゃってください

 もう、今の出版流通の事情はおかしいんですよ。出版不況の半分以上は、この流通の問題だと思いますね。

 今、歴史の裏ネタ本が雨後の筍のようにジャンジャン刊行されています。

 歴史ブームは本物みたいですね~?

 日本刀の本もやたら増えました。剣豪や剣術の紹介本も増えつつあります。

 今はインターネットで知識情報はいくらでも入手できる時代ですから、わざわざ本にする場合は、単なる知識情報だけではダメだと思いますね。

 この本も、時代考証本として書いていますが、武芸や武器に関する情報は専門家向けのものしかありません。

 そして、専門家というのはマニアック過ぎて普通の人が読んで面白い文章は書けないものなんですよ。

 今回は、“考証”という点に拘りましたよ。

 例えば、武芸考証と言えば、これまで名和弓雄氏の独壇場だったんですが、名和氏の書いていることも仮説である点を越えてはいない訳で、よくよく調べると例外はある訳ですよね。

 まあ、世紀も変わってるんだから、新しい武芸考証をしないと意味がないと思いまして、私は実験検証して新しい説を打ち出したりしてみました。

 歴史のネタ本では、相変わらず名和説を絶対視して書いている本がいくつもあったんですが、知識情報だけだと、そうならざるを得ませんね?

 だから、私は「実験したら、そうじゃなかった」という点を強調した訳です。

 うちの会員に原稿を見せたら、読む前から、「うわ~、マニアック過ぎて、これは買わないな~」なんて拒絶反応起こしていたんですが、文庫版で安いですから、騙されたと思って買って読んでもらえば、もの凄~く面白いと思います。

 私、自分で読み返して笑っちゃったもん。

 なので、私の本の中でも斬新な内容になっていると思いますよ。

 例えば・・・

「真剣白刃取りは真っ赤な嘘」(無刀捕りはどうするのか?)

「逆手斬りは斬れないというのも間違い」(刀が斬れる原理)

「サムライは万能戦闘者」(武芸百般できるのがサムライ)

「ニンジャのメインウエポンは鉄砲」(刀や手裏剣は補助武器)

「背負太刀は右から抜くか左から抜くか?」(どっちからでもできる。名和説は間違い)

「サムライの歩き方はナンバじゃない」(甲野説は大嘘だらけ!)

 その他、手裏剣術や十手術、薙刀と長巻、槍の遣い方、江戸時代の連発銃なんかについても書いてます。

 共著者の若桜木先生は時代考証に関しては鬼のように詳しくてビックリするんですけれど、武術や武器に関しては、知識としては詳しい方だったんですが、やっぱり自分でやってないと解りませんからね~、武術は・・・。

 結構、トンチキなこと書いてこられるんで、修正するのに苦労しました~(笑)。

・・・という次第で、「武術や武器については長野さんがいないと、とても書けないから」と誘われて、共著で書かせて戴いたんですよ。

 この本読んでいただければ、私がどれだけ真摯な研究家であるか納得して戴けると思っています。

 つくづく思うのは、人間、一つのことを徹底的に追究していけば、いつか“この分野に、この人アリ”という存在になれるものだ・・・ということです。

 武道武術の業界では、私はアンタッチャブルな存在ですが、外部の人からすれば、「凄い人だ~」と思ってもらえる訳ですし、やっぱり「ペンは剣より強し」なんですよ。

 あ~んな、ひ弱で嘘つきな甲野氏が未だに達人扱いされるのも、彼の文筆の力なんですよね?

 もう、ただ強いだけの武道家、格闘家ではダメですよ。

 知識はあればある程、役立ちます。武術も力より技、技より戦略なんですよ。

 つまり、頭脳をどれだけ働かせるか?ということが大切で、頭脳を発達させるような訓練でないとダメなんですよ。

 ただ、筋肉ばっかり鍛えることしか知らないのって、頭、悪過ぎると思いませんか?

 そういう次第で、この本を読めば、脳力が倍増しますよ!


PS;『秘伝』の最新号に、ネットに動画が出てたミカエル先生のセミナーの様子が記事になっていました。三枝先生もミカエル先生も大人ですね~? あ~んなインチキ親父をたててあげてるんだから・・・。でも、あのオッサンは羞恥心が無いから、甘やかすと延々と日本武道に泥を塗りまくりますからね~。私は断固として「ダメなヤツはダメ!」と書きますよ。でないと騙される人が減らないでしょう?

PS2;生頼範義(おおらいのりよし)氏の作品集が出てたので買いました。先日、急逝された平井和正さんのウルフガイ・シリーズや幻魔大戦、平成ゴジラのポスター・・・等々の物凄い迫力のある人物の画で、名前を知らない人でも絵を見たことのある人は多いでしょう。ムック本で2000円という画集としては安かったので迷わず買ったんですが、これはお薦めですよ~。

このページのトップへ
コンテントヘッダー

練習項目について

 游心流は、現在、本部道場(相模原市淵野辺)、相模原千代田メイプルホール、相模原橋本支部東京支部横浜支部と、健身法の研究団体である体道塾と、関連団体である幸手支部(詠春拳・美体操・その他)があり、三カ月に一回、西荻窪ほびっと村学校で講座をやっています。

 私(長野)が教えているのは、本部メイプルホールほびっと村の三つで、各支部は支部長に任せています。

 会員で支部活動をやりたい人は、私に申告してもらえば、大体、勝手にやってもらっても大丈夫です。上納金も取ってませんから、同好会的にやりたい方は御相談ください。

 ただ、やはり、游心流を名乗って戴く以上は、まともな社会常識を持ち併せていてくれないと困るので、以前、何人かは断ったことがあります。

 断った人達は仲間を集めてやっていたそうですが、その後、一人減り二人減りして解散してしまったらしいです。

 これは技の問題ではなくて、社会常識から外れた考え方だったからだろうと思います。

 特に気功系の訓練をしていてそうなる場合がありますから、そうなりそうな人には許可しないようにしています。

 それと、会員で私の知ってる技を全て教えた人はいません。

 どうしてか?というと、武術の技だけでなく周辺領域の知識も必要になるからです。

 私はオタクで、しかも40年も続けてきていろんな経験をしているので、経験の無い人に伝えるのは問題があるか?と考えて教えなかったものも少なくありません。

 斯界の第一人者とされる先生方には大抵会っていますが、武術全般の知識と見識に関しては私以上に精通している方はおられませんでした。無論、実力では遠く及ばないのですが・・・。

 私は運に恵まれたのだと思っています。出会った方の多くが、自分から探して会いに行ったのではなく、たまたま出会っているからです。

 こういう“引き寄せの原理”みたいなものは事実、あるとしか言えません。

 例えば、数年前に青木宏之先生の事務所で松葉国正刀匠が試し斬り用に作った刀を見せてもらった時に、何故か、「あっ、この刀は、いずれ俺のところに来るな・・・」と、直感的に思ったのです。

 が、その後、本当に青木先生からプレゼントしてもらって、「やっぱりな~」と思ったものでした。

 弟子以外で青木先生から刀をプレゼントされたのは、多分、私くらいなのではないか?と思っていますが、そのお気持ちを裏切るような真似だけはするまいと思っています。

 武道の世界で刀を贈るということは、戦国武将が刀を授けるのと同様の意味があると私は思っています。

 それこそ特別な意味があるのです。

 青木先生にはその後も小烏丸作り(切っ先両刃作り)の刀をプレゼントしてもらいました。この刀も試し斬りに使ってみたら恐ろしい斬れ味で驚きました。

 やっぱり、見た目より斬れ味を求めてしまいますよね~。切れない日本刀なんて見せかけだけの武術みたいなものですから・・・。


 さて、「游心流で学ぶ内容はどんなものか?」と、よく質問されるので、かい摘まんで解説してみます。

 まず、基礎錬体。これが最も重要です。

 スワイショウ、立禅、三元試力、丹田歩法、這い、練り、揺身歩、蛟竜歩、走圏。

 これらは一人で地道に練習してもらうことで、「脱力し、身体を骨盤から動かして全身を協調連動させる」という身体の動きの基本を作り上げてもらうものです。

 筋トレをやらない代わりに、この基礎錬体をみっちりやってもらえば、ずっと大きな力を生み出せるようになります。必要十分な筋トレも賄えますから、筋トレやるくらいなら、基礎錬体をやった方が、ずっと効果的です。

 特に、立禅は体幹部の筋トレになりますし、這いは足腰を異常に強靭にします。無論、どちらも30分以上やればの話ですが・・・。

 次に対錬です。これは二人組んでの約束一本組手です。

 これは、読みと交叉法の訓練なので、個々の型を覚えることには意味がありません。将来的には変える可能性があります。

 しかし、基本的な戦闘法の理合を学ぶには大切な練習法です。

 初級は無構え、中級は太気拳か形意拳の三体式で構えてやります。

 上級の対錬は居合術で“独己九剣”という特殊な組み太刀の型にしていますが、無刀取り、素手での体術拳法、その他の武器術でも応用できる汎用性の高い型です。ある意味、これが游心流のエッセンスのオリジナル型です。

 ただし、理合は素手と同じで、一番目と二番目の“左剣”と“右剣”さえ、しっかりできれば、後は応用発展形に過ぎません。

 この型は、強いて言えば、鹿島神流の抜刀型から工夫していますが、無構えから体捌きしながら抜刀し抜き付ける・・・という点が特徴で、一般の居合剣術とは大きく意味が異なっています。

 やはり、型の所作にはあまり意味がなく、読みと交叉法の理合に“抜刀”と“体捌き”を組み入れたもので、その意味では初級、中級の素手の対錬型と本質的には変わりありません。

 極論すれば、独己九剣の形式で手裏剣やピストルのクイックドローもできるのです。

 居合術の型が、そのまま無刀取りの技になる・・・というのが“売り”なんですが、本来の日本剣術はそういうものなのではないかな~?と思っていたから、作ったんですね。

 ところが、この推論は間違っていなかったようで、新陰流転会の渡邊忠成先生が、まったく同様に剣術の型の応用で無刀取りを見せておられて、非常に感動したものでした。

 自分が剣の理想として考えていたことを実際に演じてみせられたのですから・・・。

 いやはや、やはり日本の武術は剣を知らねば解らない・・・という私の考えは間違っていませんでした。ただ、渡邊先生以外にそれをできる方がおられるのかどうかは判りませんが・・・。

 この独己九剣に関しては、北島師範がよく体得してくれました。


 基本的には、ここまでが一般のカリキュラムです。

 補助的なものとしては、圧腿・真向法・独脚法・肩甲骨の柔軟法・刀の素振り・刀の抜き納め・差し手・推手があります。サンドバッグトレーニングや木人トレーニングもやる予定です。

 武術の型練習は、空手(ナイハンチ・サンチン)、太極拳、形意拳、八卦掌、詠春拳などをやりますが、太極拳と八卦掌以外は個人練習の範疇です。

 武器術は、棒手裏剣と真剣でのマキワラ試し斬りをやります。真剣は私の所蔵している刀でやります。

 その他には、半棒、杖、槍、薙刀、中国剣、中国刀、釵、トンファー、ヌンチャク、三節棍、八斬刀、九節鞭、子母鴛鴦鉞、鎖鎌、万力鎖、手鉤、南蛮千鳥鉄、峨嵋刺、カリスティック、カランビットナイフ、バリソングナイフ、ダガー、鉄扇などの扱い方を学びます。

 また、現代戦闘では避けて通れない銃の操作法も学びます。これはガスガンや電動エアガンなどが本物と遜色の無いトレーニングガンとして実際の特殊部隊の訓練でも使われているくらいなので、これを利用して基本的使い方を覚え、有志で年一回程度はグァム島に射撃ツアーに行きたいと思っています。

 リボルバー、セミオートピストル、ポンプ式ショットガン、ボルトアクションライフル、レバーアクションライフル、サブマシンガン、アサルトライフルくらいが使えれば、大丈夫でしょう。

 それから、現代日本で最もリアリティーがある護身術という点で、身の回りの物を咄嗟に利用する術も指導します。意外に、これが一番、役立つと思いますね。

 そして、今年から力を入れていくのは、“健身法”です。

 健身法は予防医学と伝統的な本治療法を組み合わせて体道塾仁平師範が研究を進めています。

 彼は、あまりにも年齢が若過ぎるので、これまで実名を出さないように配慮してきましたが、成人もしたし、既に武術の技量は私を越え、将来的に日本の武道界の大改革者になれる資質を持っていると認定し、数年後には游心流の宗家を譲るつもりでいます。

 その後は、私は一研究家に戻り、また、作家として活躍できるよう現在、修行中という次第です。

 私は本当に人の縁に恵まれたと思っています。良き師、良き後輩に恵まれたという点では武術の世界随一だと誇れます。

 変な人にも随分会いましたが、「光が差せば闇が生じる」と松田隆智先生も言われていましたから、これはまあ、しょうがないのでしょう。試練の無い縁では御都合主義に陥ってしまうでしょうから、結果的には良かったのだと思います。

 お陰でストーリー考える時のキャラ設定には全然、困らないし・・・。

このページのトップへ
コンテントヘッダー

イマドキ、ホラー映画

 最近、モンドTVが面白いので、時々、見ます。

 ちょっと前まで、「ホラーは当たらない」と言われていて、「Jホラーのブームは終わった」とされていたそうなんですが、恐らく、その原因は粗製濫造にあったのではないか?と思います。

 私は、ホラー、アクション、特撮と頭に付けば、とりあえず、何でも見てしまう体質なんですけれども、流石に、「なんじゃ、こりゃあ?」と思うような作品もあります。

 ホラーに関しては、若手アイドルの登竜門みたいなところがあるので、売れっ子になる以前のアイドル女優が出ている作品が多くあるんですが、そのまま消えていくアイドルも実に多く、中には、嫌々、やらされてるんだろうな~?と思う場合もあります。

 けれども、ホラーに関しては、美少女がキャア~と叫んで逃げ回ってくれればそれで十分なので、恐らく、見てる側も演技力だの何だの期待していないと思います。

 それよりも、「演技は上手いんだけど、顔がな~?」みたいなのはホラーに関してはNGです!

 だって、感情移入できないでしょ?

 そういう意味で、アイドルとしてのし上がるためにはホラー作品への出演は必要不可欠なものだったんですよ。

 しかし、いつの間にか、ホラーは少なくなりました。

 これは私のようなファンには残念な状況です。

 稲川さんや『ほんとにあった呪いのビデオ』なんかをファミリー劇場で見るのが癒しのひととき・・・。でも、美少女が出てないと嫌だよな~? でも、呪いのビデオ製作委員会の女子社員は、妙に綺麗だな~? 普通の会社にこれだけ綺麗な社員はいないけどな~?とか、要らんことばっかり考える訳です。

 それにしても、『呪』ってロゴ入ってるTシャツ着てるのはギャグなのか? 嫌だよな~、これ着て歩くの・・・。

 そんなこんなで、CSでホラーとアクションと時代劇と特撮ばっかり見ている私にとって、モンドTVで時々やるような超低予算映画みたいなのは、意外と楽しいのです。

 そして、ホラー界隈で評判になっていた作品『カルト』と、『高速ばぁば』を見ました。

『カルト』は、モキュメンタリーで有名な白石監督の作品で、あびる優や岩佐真祐子が実名で出てるという奇怪な作品。いや~、これはなかなか面白いですね。

 ちょっとクトゥルー神話風でカルトな集団の暗躍を謎の霊能者が阻止するという一種のゴーストハンター物なんですが、正体不明の霊能者役を三浦涼介が演じているんですが、この人はやっぱり演技上手いですわ~。まるでアニメのキャラみたいな極端なキャラ演じても違和感がないです。

 この作品、ちょっとでも緩むと物凄い駄作になりそうなのに、緊張感をずっと維持し続けているのが凄い。

 一方、『高速ばぁば』って、私はてっきりホラーコメディなんだと思ってたんですが、これがまた、本当に不気味で怖いんですよ。

 もっと、バカバカシイのを想像していたんで、いい意味で裏切られました。

このページのトップへ
コンテントヘッダー

新月例セミナー初回感想

 2015年月例セミナーは、相模原淵野辺本部道場から始まりました!

 昨年夏から開設した、この道場も半年が過ぎ、大分、こなれてきた感じです。

 が、まだまだ本格的な運営はできておらず、今のところ“私設稽古場”的にしか利用していません。

 それで、「月例セミナーもこちらでやろう」ということにした訳ですが、都内ではないので大分、参加者が減ってしまうか?と思っていました。

 それでも、「人数が少なくなっても熱心な人が集まって、着実に実力をつけていってくれれば、その方がいいな~」と思った訳でした。

 と言うのも、中途半端に体得しても武術の真価はまったく解らないからだと思うのですね。

 けれども、始まってみると例年と同程度の人数の参加者があり、既にスペース的にはギリギリかな?という感じになりました。これは嬉しい誤算です。下世話な話で恐縮ですが、人が多い方が収益が増えて助かりますからね。

 初参加の方も多く、初めてなので、うちのやり方に慣れていただく意味で、今回は基礎錬体とその武術的な応用法を念入りにやりました。

 簡単に言って、この基礎錬体の意味を理解した上で毎日少しずつでも集中してやっていただければ、驚異的な上達もできると思います。

 錬功法として様々な流儀のエッセンスを集約して作ったエクササイズなので、これがスムーズにできればいろんな運動の技能がアップできるでしょう。

 研究した流儀を思いつくまま挙げると・・・『意拳(站椿功・試力・意念)・太気拳(揺・練・這)・太極拳・形意拳・八卦掌・通背伸肩法・肥田式・熊式易筋経・独脚法・八極拳柔身六法・圧腿・能・伊藤式胴体力・日本武道医学(整体・活法・気体調整法)・竹内流調息法・沖縄剛柔流三戦・白鶴拳白鶴震身・ウェイブトレーニング・内観法・無住心剣術・新体道(天真五相・栄光・ワカメ体操)・キネシオロジー・SOTカイロプラクティック・日本伝上法円天流道術・MRT良法・石坂流鍼術・野口整体・野口体操・操体法・真向法・西式・マクロビオティック・森下式・磯谷式・心身統一道・沖ヨガ・コズミックヨガ・センタリングヨガ・気功(硬気功・鶴翔功・一指禅功・周天功)・居合術・パントマイム・クラシックバレエ・フラメンコ・ベリーダンス・ブレイクダンス・舞踏・催眠(シュルツの自律訓練法)・・・etc』となります。

 20代からいろんな武道武術健康法等を研究し、自分の身体で実験したりしてきましたが、過ぎたるは及ばざるごとし・・・、元々、虚弱な身体が特別に強くなった訳ではありません。

 けれども、もし、やらなかったら、今よりずっと弱いままで、ひょっとすると、もう死んでたかもしれませんね? 若い頃に心身共に酷い状態だったので。

 骨格調整の勉強をした時に、「現代人のほとんどは骨格に歪みがある」ということを知り、健康な人間なんて万に一人もいないのだと判ってからは、「その人なりの健康というのはバランスが取れているかどうか?」なんだと考えるようになりました。

 例えば、これを武道で考えると、拳法系が向いている人、組み合い系が向いている人、剣術が向いている人・・・といった具合、体質や性格で向き不向きがある訳です。

 格闘技で強くなる人というのは、実は肉体的に非常に恵まれた人であり、肉体的に向いていない人は、どれだけ努力しても越えられない壁があります。

 これは武術でも同じことなんですが、格闘技に比べれば、ずっと汎用性があります。

 何故なら、内容が多岐に渡っているから、向いているものを選べるからです。

 一つのやり方で万人に効果があるという考え方は不合理です。

 万能薬が無いのと同じです。

 どんなに優れた効き目のある薬でも、中には効かない例外の人間もいるのです。

 例えば、骨格調整も、骨そのものが変形している人にはどうにもなりません。関節の歪みを治す技術では骨の変形や骨折を治すことはできませんから・・・。

 小説修行を始めてから判ったのも、文学を好む人は先天的に運動に不向きな性格の人が多いようで、稀に運動神経の良い人がいたりすると、文学的には異端な文を書くようですね。

 どうも、活劇描写の少ない作品が多いな~と思っていたら、最近は活劇好きな作家そのものが少ないのだと判りました。だから、書こうと思っても書けない訳ですよ。

 文章には、その人の本来の性格が非常に色濃く出たりしますから、ある意味、直接会うより多くのことが解る場合もあります。

 鳥山あきらさんなんて、元々、香港カンフー映画とか好きだったから、ドラゴンボールみたいなのが描けた訳ですね。クリリンなんて、『少林寺』でデビューした頃のリー・リンチェイ時代のジェット・リーそっくりですし、タオパイパイは『蛇拳』『酔拳』のウォン・チョンリーか、『ヤングマスター』のウォン・インシックがモデルでしょう。

 ま~、要するに、何が言いたいのか?というと、“自分に向いたものをやらないと上達できない”ということなんですね。

 その点、游心流は私が40年に渡って研究してきたものを私に合う形で編成した流儀なんですね。

 だけど、なるべく万人が取り組んでも上達できるようにしたかったんですよ。

 それには、個人個人が自分の適性に合うように応用できるものにする必要がありましたし、選択の幅を広げて“武芸百般”一通り学んで、特に自分に適性のあるものを徹底して会得する・・・という方式にしたんです。

 今年は、このコンセプトを進めてみようと思っています。

 取り敢えず、基本的な打撃技・逆技・崩し技や、合気・発勁・暗腿・武器(剣・棒・手裏剣・銃)なんかの基本は体得してもらう予定です。

 初回なので、寸勁(拳・肘・肩)と合気上げ(脱力技法・指合気・三人掛け)と青木宏之先生が数多の挑戦者を一撃で粉砕したという伝説の下段払い(指一本バージョン)とかを指導しました。

 今回は見世芸の枠組みですが、原理を会得して、それをどれだけ応用発展させていくか?というのが今年のテーマですね。

 重心力でどれだけの技に応用できるか?というのが初回のテーマだったんですが、初めての方はまだまだピンと来ないかもしれません。

 でも、一年後には重心力を自在に駆使して他流の黒帯でも瞬殺できる実力になってもらいたいと思います!

 とりあえず、今回、参加した人達は甲野さんよりは強くなってると思いま~す!(苦笑)

 え~っと、全然、話は違いますけれど、前回、虫怪獣について書いたら、「猿の怪獣について書いてください」という超個人的リクエストが来たので、書きま~す!

 猿の怪獣と言えば、キングコング!

 映画化は1933年ですよ。ストップモーションアニメで描かれるキングコングが無ければ、後のゴジラも誕生しなかったと言われていますね。

 その後は、猿人ジョー・ヤングや、クイーンコングなんてのもありますが、何といっても、『キングコング対ゴジラ』と『キングコングの逆襲』という日本に出張してきた作品が素晴らしいですね。

 特にロボット化したメカニコングと戦う『キングコングの逆襲』が素晴らしい。ゴロザウルスと戦うシーンは本家を越えてますよ。

 キングコング派生の怪獣物としては、『北京原人の逆襲』のペキンマンは本家を凌ぐ素晴らしい出来だと思います。

『サンダ対ガイラ』も、フランケンシュタインの怪獣という設定だけど見かけは猿人型。

 一方、日本では、『月光仮面』に登場するマンモスコングが猿怪獣の第一号でしょうか? 『怪獣王子』にもゴズラスって猿怪獣が登場してましたね?

 でも、水戸黄門がヒヒ退治する映画もあるんですけどね・・・。

 まあ、これは妖怪の一種でしょうね?

 日本猿が巨大化したという設定の『ウルトラQ』のゴロー。同種の巨大猿がイーリヤン島に出現したという設定でもありました。M-1号も猿人タイプですね~。

『ウルトラマン』では、怪獣というか幻獣なんだけどウーは猿型ですよね? ギガスは巨大雪男風。

『ウルトラセブン』にはゴーロン星人が出てきます。改造された猿人間ゴリーも出ます。

『キャプテンウルトラ』にはブルコングってのが出てるけど、あれは猿型かは微妙? ジャイアンという等身大から巨大化する怪獣もいたけど、あれも猿型かな。

『猿の軍団』というSFもありました。『緊急指令10-4-10-10』にも天才ゴリラが出てきますが、原始人バラバというのも出てます。

 そういえば、放送禁止になっている『獣人雪男』は、日本版ビッグフットみたいな話ですが、UMA映画としてではなく、あくまでも怪獣映画のような扱いですね。

『ウルトラマンA』にはフブギララという雪男タイプの超獣が出ます。ウーも二代目が出てましたね。

 変わったところでは『流星人間ゾーン』に動物園のゴリラが怪獣化する毒を注射する蜘蛛に刺されてガロガゴリラなる巨大モンスターになっていました。

 キングコング対ゾーンファイターみたいになるのか?と期待してたら、あっさりビームガンでやられてしまいましたが・・・。

 その他、猿怪獣と言えば、タイのチャイヨープロと円谷が合作した問題作に登場するハヌマーンが一部で有名です!

 孫悟空のモデルにもなったと言われるヒンドゥー教の猿の神様ハヌマーンですが、タイを代表する怪獣と言えば、ハヌマーン(猿)にガルーダ(鳥)にナーガ(竜蛇)にガネーシャ(象)ですか? ジャイアントクロコダイルというのも居たか?

『ゴジラ対メカゴジラ』の大宇宙ブラックホール第三惑星人の正体は猿人でしたが、続編の『メカゴジラの逆襲』ではミュータント・タイプになっていました。何で?

『惑星大戦争』の宇宙獣人も角があるでかい猿で、ボンデージファッションの浅野ゆう子をお姫様ダッコしてたのが有名。

『ウルトラマン80』にはザッカルという宇宙Gメンが出ますが、これが猿型。『アンドロメロス』にもエルパという猿型星人が出ます。

『ウルトラマンティガ』にはメタモルガ。『ウルトラマンダイナ』にはギガンテス。『ウルトラマンコスモス』はヤマワラワ。

『行け!ゴッドマン』にもシラージというのが出てた。『グリーンマン』にも登場してるけど、凄いのは、『キングコングの逆襲』の時のキングコングの着グルミが“ゴリラ”として登場! 大人の事情だね?

『七星闘神ガイファード』にもガイアソルジャー・ラングールという孫悟空風の敵が登場。
『幻星神ジャスティライザー』にはメカニコングみたいなブルガリオという猿型ロボット怪獣が登場。量産型も終盤に登場。川北監督がお気に入りだったらしく、劇場版『超星艦隊セイザーX戦え!星の戦士たち』にも登場。

 怪獣や怪人の猿は、もともと妖怪やUMAにゴマンと居るので、あらためて怪獣化するのは逆に難しいかもしれませんね?

 ゴリラやオランウータンだって、昔は伝説のUMAだった訳ですし、奴隷制時代の黒人も類人猿くらいに思われていたのかも? 日本人もイエローモンキーと呼ばれていたし。

 UMAにはイエティ、ビックフット、サスカッチ、野人(イエレン)、オランペンデク、ヒバゴン、モンキーマン・・・と、多数、います。中でもインドのモンキーマンなんて、何故かジャージ着てヘルメット被ってる・・・という冗談のようなスタイル。

 日本でも山の妖怪のサトリとかヤマワロとかも類人猿タイプだし、多毛症の人なんか妖怪みたいに見られたのかもしれませんね?

 余談ながら、私の郷里の天草には獣人が出たという噂がありました。山奥の地域には昭和の頃まで丁髷結ってる人も居たとかで、その地域から高校に通ってきている平野君という同級生は、半年も風呂に入らなかったとかで、女子から「臭かけん、近寄らんでっ!」と言われ、男子から「北京マン」と呼ばれていました。

 けれども、この野人風の彼は碁だか将棋だかが凄く強くて、人間って何か人に抜きん出た才能があるものだな~?と思ったものでした。

 ただ、夏に水泳があった時にクラスの男子にインキンタムシが流行したことがありましたが、それは消毒槽の塩素殺菌でも殺せない平野菌のせいだと皆が恐れたものでした。

 ちなみに水泳の時間が終わった後の平野君が別人のように色白になったことが、私のみならず皆のトラウマになったことでした・・・。

 平野君、元気ですか?

PS;次の日曜日は、西荻窪ほびっと村学校講座をやりますので、本部稽古はお休みです。新刊『時代劇の間違い探し』は、二月十日頃に発売されるそうなので、今回は間に合いませんでした。新刊発売記念にしようと思ってたんですけどね~? 内容は、急所です。簡単に急所を探り出す方法と、殺活自在の方法を指導します。

PS2;今年は年賀状出し損なったので、お返事も出しておりません。大変、御無礼しました。遅くなり過ぎたので、このままで失礼します。(三重のIさん。ラティ対戦車ライフルの写真、ありがとう! 20mm口径で雪道対策でスキー板付いてるんだよね)

このページのトップへ
コンテントヘッダー

年末年始も稽古です

 年末年始は風邪で具合が悪かったんですが、稽古熱心な会員さん達の要望で、27日と3日に練習しました。

 うちの師範連中は、もう、独立して一派を構えてもおかしくない実力になってきているんで、私は特に教えることは無くなりました。

 小塚師範の手裏剣も漫画のような打ち方をできるようになってますが、久々に北島師範も手裏剣やってみたら、水道橋の尚武堂さんで買った重い手裏剣を三間からビュンッと投げて、畳みにズドーンッ!と刺さって、びっくりしましたよ~。

 こんな威力は誰も出せません。

 内功の威力が凄い筈だと思ってはいましたが、これは恐ろしいばかりのパワーです。

 皆、あまりの威力に震えあがってしまいましたよ。これ、食らったら死ぬな~?と。

 大石総教練も久々に練習に来て、道場は初めてだったんで、喜んでました。

 彼は武器は嫌いなんでやりたがらないんですが、まあ、久々なんで、手裏剣と試し斬りもやらせましたよ。

 やってみて、うまくできると、やっぱり楽しくなってきますよね~?

 独りでやっていて上達がその場で確認できるというのは、楽しいんですよ。

 先日の試し斬りで一人だけうまくできなかった栗原師範には、試し斬りの特訓やらせました。

 使った刀は青木宏之先生に頂戴した松葉国正さんが試し斬り用に打った刀。

 天真会の試し斬り合宿で刃毀れと曲がりで傷んでいたのを、私が直したんですが、刃毀れを直した時に刃の角度が鈍くなってしまったので刃味が悪くなっていたんですね。

 それで、年末年始に風邪の養生しながら地道に研ぎ直していたんですよ。

 元々が凄く斬れ味が良い刀だったそうなので、本来の斬れ味を取り戻させたいと思ってですね。

 刃毀れは深かったんですが、焼き刃を出る程ではなかったので、刃の角度さえ整えれば斬れ味は戻る筈だと思って、地道に研いだんですよ。

 ただし、切っ先の刃毀れは深かったんで、“ふくら”(刀の先端の円曲している刃の部分)をほとんど削るしかなくて、“カマス切っ先”(切っ先が直線的にカマスの頭のように見えることから)みたいになってしまいました。

 まあ、よりシャープな格好になったので戦闘的な印象が出て、個人的にはいいんですけどね?

 特訓のお陰で栗原師範もスパッとマキワラを斬っていました。

 やっぱり、試し斬りをすると刀の扱いに斬るという意識が芽生えてきますし、攻撃の“線”を意識するようになるんですよ。

 これは交叉法にとって重要な要素なんです。

 身体の軸線をイメージできると、線の交わりで技を考えられるようになります。

 そこから丹田の“点”を想定できるようになる訳です。

 が、もっと上達していくと線が消え、点が消えて、見た目では読めなくなってくるんですよ。

 本当に凄い人は、一見、崩れて下手なんじゃないか?と思えるくらいになったりするんです。

 読めないレベルに至って、はじめて武術を自在に使いこなせるのではないかな~?と私は最近、思っています。

 何しろ、強さが判るということは、裏を返せば弱さが潜んでいる訳ですから・・・。

 本当に凄い人は、強いのか弱いのか、見た目でさっぱり判らない・・・その境地に至ってはじめて本物なのかな~?と。

このページのトップへ
コンテントヘッダー

今年の目標

 2015年の目標としては、まあ、私個人はいろいろあるんですが、どこまで実現できるかは時代の要請?みたいなものも確実にあるので、ここに書いても仕方がないな~?と思っています。

 取り敢えず、年末ギリギリまで直し作業をした『時代劇の間違い探し』(新人物文庫より刊行)が今月中には出ると思いますが、これは共著ですから、自分のメインの本も今年は複数出したいですね。
20150109_001.jpg

 それはそれとして、游心流の活動としては、常設道場を目一杯活用していきたい。

 特に発勁の練習というのは対人では充分にできないので、サンドバッグ・トレーニングは早急にやりたいですね。

 発勁の威力は空手のマキワラ板も簡単にへし折ってしまったりする性質のものだし、威力が浸透するので、キックミット越しに持ち手の身体にダメージが蓄積されがちなので、サンドバッグでしか練習できないんですよ。

 それも柔らか~いサンドバッグの方がいい。浸透力と波紋効果の練習のためです。

 全力で打ち込む身体感覚を体得しておかないと、どのくらいで人体に致命傷になるか?という見極めができないと思うんですね。

 力一杯殴るのと真逆なんで、どの程度の威力が対象に作用しているのか?というのが非常にわかりにくいんです。

 私ができるようになったのは20代半ばだったんで、30年近く試行錯誤を繰り返してきた訳です。

 ポンと打っただけで、サンドバッグがドバーン!と真横に弾けた時はビックリしましたもん。

 それまで全力で打ったって、斜めになる程度でしたからね。

 しかも、ほとんど拳を接触させた位置からポンッて、体重乗せただけで、そんなになっちゃうんだから、そりゃあ、最初は驚きましたよね。

 普通、パンチ力って、持って生まれた先天的要素で上限が決まってしまう。どんなに練習を積んでも、一定以上には威力は上がらないものですし、身体のでかい重いパンチが打てる相手に小柄で軽量な人間はパワーではとても勝てないのが原則なんです。

 私も、発勁使えるようになるまでは、人並みの威力しか出せませんでしたし、体重が10kg重い相手に打ち合いでは勝つ自信がありませんでしたね。

 これはボクシングや柔道やレスリングが体重制になっている点でも明らかでしょう。スポーツ格闘技では常識なんです。体重に10kg差があったら、もう勝負にならないんですよ。

 武術マニアが発勁に憧れるのは、この格闘技の常識を逸脱している点なんですが、現実にできる人があまりにも少ないから、「あんなのは嘘だ」と決めつける人がフルコン空手やキックなどをやっている人には大多数だったんですね。

 まあ、それは無理からぬと思います。限界ギリギリに身体を鍛え抜いた揚げ句に獲得した威力を、「コツを知れば簡単に越えられる」なんて感情的にも容認できないでしょう。

 私も半信半疑でしたね。それまでも、いろいろな打撃技を分析してはきましたけど、自分ができるようになって初めて、「何じゃ、これは? この威力は一体、何だ?」と思ったもんです。

 自分の体重が52kgの当時、90kg越した人と組手やった時に、その人が体格差があり過ぎて可哀想だと思ったんでしょう。攻撃を止めて打たせてくれたんですよ。

 でも、こっちとしては「バカにしてんの?」って思うじゃないですか? まだ若かったし・・・。

 それで、“よし、どのくらい効くか使ってみよう”と思って、寸勁でバンッって打ったんですね。そうしたら、その人が数m後ろに弾き飛んで、「長野さん、パンチ重いっスね~?」と驚かれてました。

 けれども、この当時は効かせ方は知らなかったんで、体格差があっても大丈夫だな~と自信がついただけで、それだけでは武術的に使えないと解り、結局は基本に戻って地道に練習する以外に武術の王道は無い!と気づくのに時間はかかりませんでしたよ。

 発勁は現実に一撃必殺の威力は出せると思いますが、それを成功させるには戦闘法を体得しないとダメなんですね。普通の打撃格闘技と同じ戦い方をしてはダメです。

 けれども、「いざとなれば一撃で倒せる」という自信があると、そんなに劣等感は感じないで済みます。数発食らっても、一発返せば逆転できると思ってましたから。

 実際、フルコンタクト空手や伝統空手をやってきた人達にやって見せると、「こんなパンチは食らったことがない」と、非常に驚かれます。身体ごとふっ飛ばされるような威力がパンチで出せるとは想定外で信じられないと言われます。

 もちろん、流石に、いきなりできた訳じゃありませんからね。武道・武術の本に書いてある練習法は一通り、何でも試しましたよ。

 特に参考にしたのが、青木宏之先生の『身体は宇宙のメッセージ』や、戸隠流忍法体術の“身体で突く突き”でした。要するに、拳に全身の重さを乗せるということです。

 その“重さ”を利用することから身体の中の重心移動を加速度をつけて利用するという方法論に到達した訳ですが、そのためには脱力体が肝心だと気づいた訳です。

 で、脱力技法の研究が合気の研究にも繋がり、応用発展していった訳です。

 しかし・・・脱力技法が、ここまで武術的な高みに到達させる鍵だとは予想していませんでしたよ。

 一歩動いたら倒れる・・・というくらいグデングデンに酔っ払った状態でも戦えた時は、後から、「何で勝てたのか?」と分析しまくりましたよ。

 インフルエンザで40度近くの高熱で身体がフラフラの時でも、太極拳の技で空手有段者を吹っ飛ばすことができましたからね?

 もちろん、こんな状態で普通の試合とか組手とかは無理です。

 でも、交叉法なら使える。

 ただし、交叉法も戦闘法の一部であり、発勁や化勁と組み合わせて用いないと意味がありません。極論すれば、交叉法は一瞬の接触点を作り出すのが目的なんです。

 この、一瞬のペタッと貼り着く瞬間に相手の重心点を探り出して、ほんの僅かでも居着かせることができれば、もう私が勝ちなんですよ!

 一瞬でいいんです。重い発勁を打ち込む時間があれば、一発で確実に倒す自信があります。

 とまあ、こう書けば、「一瞬の間に人間はパンチを避けられる」とか言う人もいますよね? でも、私の言ってる一瞬というのは、拳や掌を触れた状態から重心力を打ち込む一瞬であり、流石に、触れてるところから避けられる人は、ほとんどいませんよ。

 とにかく、触れてしまえば誰にも引けを取らない自信があります。拳だけじゃなく掌でも肘でも前腕でも肩でも、どこからでも発勁打てるからです。

 無論、反撃される可能性はあります。こっちが触れてるということは、間合が密着している訳ですから、相手も投げ・絞め・逆技なんかを繰り出す余裕はあります。

 しかし、密着したところから一発で相手を悶絶させられるような威力の当て技を繰り出せますか? 私はそれができるから自信がある訳です。

 普通の武道や格闘技にはそんな技はありません。ほんの少しの差でしかないんですが、その一手が有るのと無いのとでは“戦闘法がまったく変わってしまう”のです。

 0距離打撃の技というのは、実はいろんな流派の奥の手としては伝えられています。

 けれども、奥の手であるからこそ一般には知られないまま伝えられ、伝説的な扱いをされてきたのです。

 私はそれを先に感覚的に会得してしまい、後追いで理論や実用法の研究をしてきた訳ですが、技として洗練させるには感覚そのものを高めるしか道はありませんでした。

 この感覚を高めるのに、どれだけの年月と労力を費やしたのか?というのは、もう解りませんが、武術の勝負に於いては、これが解るかどうかが分岐点なんだろうと思えますね。使えるか使えないか?の・・・。

 この感覚をより鋭敏にするのに、推手の訓練も役立ちますが、私は剣術でもやりましたね。ある程度以上の勝負になると感覚の勝負になるんですよ。力やスピードは関係なくなります。それこそ無住心剣術の世界ですよ。

 だから、剣術に力を入れるようになった訳です。

 真剣でやれるようになれば、素手だと圧倒的に楽にできるようになります。

 試し斬りも、これは寸勁斬りに応用できるんですよ。

 試し斬りも、数多くやると、単なる斬撃力とは別の、対象の表面・芯・反対側の表面・その先・・・へと意識が移っていきますね。斬る感覚は剣体一致でないとダメですから。

 手裏剣もそう。

 打つ瞬間に、「あ~、これはうまく飛んだな~」とか解るようになってくる。

 独りで練習する武器術には、そういう次の瞬間の洞察力を養う面があると思います。

 最近、練習中に何も指示しないで勝手にやらせて、観察したりすることが多くなっているんですが、実は、私自身は、“読み”の訓練をしているんです。

 練習というのは実戦の代わりにはなりません。

 どれだけ実戦的だと想定できる内容でも、練習は練習です。

 何故なら、仲間うちで互いに殺気を出して戦う・・・なんて練習は、できる道理がないでしょう?

 仮に、「俺たちはそういう練習をしている!」と断言する人がいたら、単なる勘違いか、あるいは「一生、武術を理解できない馬鹿者」か?の、どちらかです。

 私は最近、確信が持てました。

 武術の実態は“殺人術の訓練”なんですよ。現象としては、それ以外ではないんです。

 無論、武道は違います!

 格闘技も違います!

 でも、欧米のコンバット・シューティング、タクティカル・トレーニング・・・これらは本質的に武術と同じものです。

 拳銃やアサルトライフル、ショットガン、ナイフなんかを使って、現実に敵を抹殺する技術を訓練しているからです。

 私の言ってることがお解りでしょうか?

 剣道家で師範クラスになっても、真剣を一度も触ったことがないという人は珍しくありません。そういう人は、剣道の技術を用いて人を殺せるかどうか?なんて、恐らく考えないでしょう。

 もし、リアルな殺傷技能としての剣道の技を考えたとしたら、その人は間違いなく真剣を入手して、いろいろなものを斬って試す筈です。

 そして、従来の剣道に疑問を持つでしょう。面・籠手・胴・喉しか狙わないのは不合理ではないか?と・・・。

 武術には、原則的にそういう制約はありません。勝てばいいんです。だから、何でもやります。

 いかなる状況でも即座に応じて咄嗟に応用変化できること・・・これが大切なんです。

 逆説すれば、そういう応用力を発揮できない競技武道や競技格闘技、あるいは様式美しか求めない型武術・・・というものには、私は興味が持てないんです。

 別に否定はしません。やりたい人はやってください。

 私だって、ボクシングや女子プロレスを見るのは大好きですし、アクション映画を見るのは、もっと好き!

 けれど、だいたい、普通の人間は、人と人が殴り合ったり血を流しているのを見るのは嫌いなものですよ。暴力が好きというのは変態だけ。そこは弁えていないと人間失格!

 スポーツというのは、ルールを決めて技の洗練度を競うところに醍醐味がある訳で、やるのも見るのもゲーム感覚で楽しめる。

 だから、「不謹慎だ!」と非難されていたサバイバルゲームも、最近は、ようやく市民権を得つつあるでしょう? ルールをきちんと決めて、ゲーム感覚で楽しんでいるから、いいんですよ。

 もし、「サバイバルゲームをリアルにやろう!」としていったら、それこそB級ホラー映画みたいになりかねないですよ。

 妙な実戦だのリアリティーだのと論じるようなヤボなことを言っちゃダメなんですよ。

「ウソだ! フェイクなんだ!」と、きちんと弁えていないといけません!

 武術の練習も、そうです!

 練習仲間同士、自分たちのやっている内容をきちんと理解し、何を練習して、それは何を目的にしているのか?という点を明確に意識している必要があります。

 うちの練習は、基礎的な身体の練り、二人組んでの読みと交叉法の訓練、差し手からの総合体術の訓練、剣・棒・居合・手裏剣・試し斬り・・・等々をやりますが、練習後はファミレスで会食しながらいろんな話をしています。

 実は、このいろんな話をしながら武術的な考え方、つまり、いろんな状況への応用法を工夫する戦略戦術思考の訓練をしている訳です。

 だから、練習が終わったら、さっさと帰る・・・という人より、一見、無駄に思える会食に付き合って私や幹部連中の話に耳を傾けている会員の方が圧倒的に上達が早い。

 具体的な技の秘訣を話すこともありますが、技の原理を対人コミュニケーションに応用することを工夫したり、あるいは、その限界を示して、武術的な考え方に拘泥し過ぎて本質を観逃してしまうことの防ぎ方なんかも話します。

 結局、ものを考えないで練習に没頭しているだけの人は、武術に関しては決してものにならないんですよ。

 無論、練習しなくてもいいということではありません。

 練習の目的をきちんと理解した上で、適切な量をこなして体得していく点に意味がある訳で、そうでなければ、いくら技の外見を綺麗に演じられても、丸で戦えない・・・という甲野氏のようなコントみたいな事態になってしまう訳です。

 甲野氏がミカエル先生に片手で刀を奪われてしまう動画は、実際のやり取りのほんの一部だったそうです。実際は顔を真っ赤にしてマジになっている甲野氏を苦笑しながらミカエル先生があしらい、最後の突き技はわざと受けて甲野氏の体面を保ってあげていたらしいんですね・・・。

 本人は気づかずに「やったぜ~ぃ! ミカエル先生から一本取ったぜ~い!」とはしゃいでいたそうですが・・・本当に恥を知らないにも程がありますよ!

“華拳繍腿”という言葉が中国武術の用語でありますが、見た目が美しくても実用の役に立たない技では武術としては本末転倒なんですね。

 理想としては美しい動きで尚且つ、達人!というのがいいと思いますが・・・。


このページのトップへ
コンテントヘッダー

新年あけましておめでとうございます

・・・という御挨拶を、今年は言えなくなりそうだったんですが、何とか言えました。

 いや何・・・、実は入院している田舎の母親が、医者から「年越しは無理」と言われていたんですね。

 ところが、年明けてから兄貴から電話かかってきて、「ついに死んだか?」と思ってたら、「じゃあ、本人と代わるね~」と、母親と代わって、もう話もできないと聞いていたのに、結構、元気に話してて、オイオイ・・・と思いましたよ。

 前回に電話かかってきた時に大ゲンカしていたので、このまま死なれると気まずいな~と思ってたんで、その点は安心できましたけどね。一瞬、死人からの電話か?と、ちょっとビビりましたよ・・・(母親の携帯電話の番号だったから・・・キャーッ!)。


 年末に、ここ数年、毎年の恒例になってしまっている風邪を引きまして、仕事もようやく終わったので(今月中には発売されると思います。タイトルは、結局、『時代劇の間違い探し・峰打ちをしたら刀は折れる』となりました。新人物文庫から出ます)、のんびり養生してましたよ(現在も絶賛、鼻風邪続行中!)。
20150109_001.jpg

 毎月月末には町田の書店にGun雑誌とか武道雑誌を見にいくんですが、今回は体調悪いのでやめておきました。

 新年に復調してから行こうかな?と(京王橋本駅コンコースの書店でアームズマガジン買った)。

 で、CSの番組見ながら溜まってた小説を一気読みしたりして過ごしたんですけど、薬が効いて頭が働くようになると、いろいろと考える訳です。

 ギレルモ・デル・トロ監督の『ミミック』(主演のミラ・ソルヴィーノのファンなんです)というホラー映画とアニメの『テラフォーマーズ』を見ていたら、どっちもゴキブリの怪人と戦う話だったんだな~?と・・・。

 ゴキブリって、意外とモンスター物では定番みたいですよね?

 ミラーマンに出てきたゴキブラーとか、『宇宙猿人ゴリ』のゴキノザウルスとか、『地球攻撃命令ゴジラ対ガイガン』のM宇宙ハンター星雲人とか、『燃える昆虫軍団』の発火能力を持つ高知能ゴキブリ(「我々は生きる!」とかゴキブリが壁に並んでゴキ文字?作るトンデモ映画)とか、人形劇パロディ映画『チームアメリカ』での金正日の正体がゴキブリで宇宙船で逃げる(何で、『ザ・インタビュー』みたいに問題にならなかったのか?)とか・・・。

「昆虫の怪物と言えば、今でこそメジャーだけど、昔はそんなにいたかな~?」という感じですけど、ゴキブリだけでも結構いるもんですな~?

 では、ちょっと、考えてみましょう。

 虫怪獣と言えば、モスラ!

 まっ、これは誰でも思いつくでしょう。

 しかし、『ラドン』に初登場したメガヌロンも、脇役ではもったいない存在感がありました。5mくらいで炭鉱の中で人を襲う・・・というのは、UMA映画なら、こいつだけで話が成立するくらい。

 そう思ったのは私だけじゃなかったみたいで、後にメガヌロンは『ゴジラXメガギラス』でゴジラと堂々一騎打ちを見せる大出世をしました。

 その他にも、ゴジラ・シリーズには、カマキラス、クモンガ、ショッキラス(1mくらいのデカい舟虫)が登場。

 ウルトラQには、ハニーゼリオンで巨大化した地蜂と、ホラー風味のクモ男爵の回に大蜘蛛タランチュラ、そして人間を巨大化させるモルフォ蝶が登場(ナメゴンは虫なのかな~? ナメクジって虫?)。

 ウルトラマンでは、アントラーだけ。だけども、アントラーがアントライオン(アリジゴク)の略だということは、薄羽蜻蛉の幼虫ってことだよね? だったら、アントラーは不完全体なのか? それでウルトラマンも手を焼く強さってことは、完全体になったら、どんだけ強いのか?

 いや、ここまで考えて、蜻蛉の命が短いことを思い出しましたよ。いくら強くても、すぐ死んじゃうんじゃあね~?

 あ~、でも、ゼットンって宇宙恐竜という設定だけど、見た目は虫っぽい。カミキリムシに似てるよね? その設定がハイパーゼットンとかになったのかも?

 ウルトラマンと同時期の作品マグマ大使にはテントウムシ怪獣ピドラというのがいましたね~?

 ウルトラセブンは何かいたっけ?と思っていたら、ベル星人の作った異空間にグモンガと巨大ダニがいました。あと、宇宙細菌ダリーも、細菌というより虫かも?

 仮面の忍者赤影には、甲虫怪獣アゴンと百足怪獣ドグマ、あと、ダンゴムシの怪獣もいたかな?

 怪奇大作戦だとチラス菌を持つ人喰蛾。猫が溶けちゃうシーンは今ではNGか?

 帰ってきたウルトラマンだと、ノコギリンとキングマイマイ。

 ミラーマンには、モスゴジラとハエブーン、ダストパン、テロリンガというのも登場。

 ウルトラマンAは、バキシム(イモムシと宇宙生物の合体)、アリブンタ、ドラゴリー(モスラと対局をなす凶悪な蛾超獣)、ユニタング(女郎蜘蛛の超獣)、ホタルンガ、ゼミストラー。超獣は虫系が結構いますな?

 シルバー仮面もサソリンガとか居た。アイアンキングは宇虫人編は全部、虫怪獣?

 ジャンボーグAは、キングジンジャー(サソリ)、バタフライキング、キングビートル

 ファイヤーマンは、グリーンギラーぐらいか?

 ウルトラマンタロウは、アリンドウ、ケムジラ、キングゼミラ、ムルロア、スペースモス、ムカデンダー。

 中でも特筆すべきはケムジラ。こいつはバードンに食べられてしまったからラドンに於けるメガヌロンみたいな存在に思われますが、実はタロウと戦った時はイエローガス(つまり、屁!)を食らわしてタロウをクラクラにし、糸攻撃で緊縛するという一方的な展開だったのです。あのままタロウと戦っていたら勝ってたかも? あるいは成虫になったらバードンより強いかも?

 ウルトラマンレオは、アンタレス、サタンビートル、バーミン星人。でも、後半にでてくる円盤生物って、虫っぽいかも?

 ザ・ウルトラマンはわかんないので、ウルトラマン80では、グワガンダくらい。

 平成ウルトラマン以降はデザインと怪獣の名前を覚えていないので、よくわからん。

 仮面ライダーなんて、ヒーローがバッタやカブトムシやクワガタムシやテントウムシ、カミキリムシだったりするからね~。

 昔、「昆虫は宇宙からやってきた生物である」と、有名な学者先生がマジで発表していて、オイオイと思ったけど、3.11以降は、何が起こっても驚かないかもしれない雰囲気になってしまった。

 年越しをファミリー劇場のオカルト対決を見て過ごした筋金入りのオカルト好きの私は、最近、陰謀論の類いをヨタ話と思えなくなってしまった。

 フリーメイソンなんかの陰謀論は35年前くらいから、その手の本を読んで知っていたけれど、3.11以降の新聞やTVの情報操作っぷりには笑うに笑えないものを感じてしまうから。

 読売新聞の論説なんて、ことあるごとに原発再稼働を唱えているけど、ついに「新しい原発を作るべきだ。でないと技術者がいなくなってしまう」と、物凄い俺様思想を吐露していて、「朝日を笑えないぞ、こいつ?」と思った。

 もう世界的に「技術的に無理」だと判明しているプルトニウム再利用の研究を継続すべきだとか、もはや、頭がおかしいんじゃないか?というレベルの原発礼賛信者の発想だった。

 私は『続・猿の惑星』のラストで核ミサイルを崇めているミュータント達が、「神の前に素顔を晒せ!」と顔面のマスクを剥ぎ取ると、醜く血管が浮かんだ顔が現れる、あの狂った未来カルト集団の姿を思い出した。

 もはや、原発マネーへの執着ではなく、何がなんでも日本は原発が無ければダメになってしまうのだという妄想に支配されているとしか思えない。

 原発に力を入れれば、経済問題はすべて解決するとでも言い出しかねない勢いだ。

 個人的にアベノミクスの行く末に希望は持てないけれど、日本がそこまで拝金主義に毒されてしまっている象徴が、ここに現れているのではないか?と思うと、そっちの方がずっと問題だろうと思う。

 もう一度、強く書いておきましょう。

 地震大国であり、世界で最もテロ対策の温い日本にとって、原発とは国土を壊滅させるデッドポイントにしかならない。

 何をもって「安全だ」と主張するのか? 何の根拠も無い。どう考えても安全な道理がありません。原発に自動小銃持った警備員が百人くらい常駐してるなら解るけど、当然、そんなことできる道理も無いでしょう? テロリスト対策が一切無いのは何で?

 オウムの地下鉄サリン事件だって、今の世だったら、絶対、原発狙うでしょう? 三つ四つ爆発させたら日本はもう住めなくなりますよ? 自爆テロリストが三、四人いれば日本壊滅させられるって話ですよ。

 いっそのこと“原発自衛隊”とか作るんなら、まだ解るけど、「日本の原発はミサイルが命中しても壊れませんよ」なんて狂ったヨタ飛ばす人達が原発推進を主張しているというブラックジョークな現状を国民に衆知させた上で論議してもらいたいですね?

 エネルギー問題を論じるなら、まず電力事業を完全に民間に自由解放するだけで問題は自然解決していけますよ。

 より効率の良いエネルギー開発事業を自由化すれば、次から次に新しいシステムが研究開発されていくからだし、経済成長もそれで賄えます。

 規制より自由化。起こる前から問題点を恐れるのは愚かです。それをやらないのは、既得権益を守りたい支配層の陰謀だと断じていいですね。

 日本の支配階級は、脳みそに寄生虫が入ってしまっているのではないですか?

 何か、熊の肉食べたら、寄生虫のトリヒナというのが脳に入って死んだというニュースを40年くらい前に新聞で読んで、びびった記憶が蘇ったよ・・・。

 新年からコワイ話で、すんません・・・。


PS;本部道場での2015年月例セミナー、ついに開始です! 初回は『重心力の獲得・脱力技法』です。発勁・化勁・合気の極意を初っ端から教えちゃいます! 達人への道を歩きたい方、いろんなセミナーを回ったけれども効果を実感できなかったという方、是非、どうぞ!

このページのトップへ
著者プロフィール

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

FC2カウンター
リンク
最新記事
カテゴリー
FC2ブログランキング

FC2Blog Ranking

月別アーカイブ
ブログ内検索