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撮影始動!

 新しく出すアスペクトの武術シリーズ最新刊用の撮影を24日の日曜日に本部道場でやりました。

 黒谷先生が道を間違って一時間遅れで到着したので、ちょっと慌てましたが、割りとサクサク撮れました。

 前作でボツにしていた剣術系のイラストが使えそうだったので、それを復活させることにしたので、撮影項目も減りましたし、これでゲストにやって戴く分以外は、おおむね撮りました。

 前回は、初心者にわかるように・・・と一般向けを意識したんですが、今回は、ちょっと突っ込んでます。

 読み物としては面白いと編集長も評価してくれたので、ノリノリで撮りましたよ。

 ちょっと試し斬り失敗したんで撮り直しますが、今回は武器術もいろいろやってるんで、刀剣女子には楽しいのではないか?と思います。

 もちろん、私自身が「素手の技に興味が無くなった」と言っても、武術である以上、現代武道や格闘技、海外の軍隊系武術に負けてはいられませんから、脱力技法や読み、交叉法をどう具体的に駆使するか?という点についても解説しました。

 特に、日本剣術が素手の技にも、どれほど大きく影響しているか?という点については画期的になったんじゃないかな~?と思います。

 要するに、相手の弱点が読めれば、一撃瞬殺が可能になるからです。

 何も、向かい合って、延々と打ったり打たれたりを繰り返す必要なんか無いのです。

 そんな戦い方をやっていたら、相手が複数になったらすぐにボコボコにやられてしまいますよ。

 相手の攻撃を躱して反撃・・・というパターンでは延々と勝負がつかない。躱すと同時に迎撃!が、武術のやり方なんですよ。

 その点は、充分、解説できたかな~?と思います。

 つきましては、絶版にしていた『戦闘理論』DVDを限定復活します。

 絶版になってからも問い合わせが絶えなかった作品なのですが、販売した当時は秘伝扱いにしていたものの、最近は秘伝にする程ではなくなったので、公開してもいいか?と思った次第です。

 三万円税込みで売っていましたが、二万円税込みに値下げします。

 ただし、これは店頭販売はできません。直接販売のみとなりますので、宜しくお願い致します。取り敢えず限定二十本ですので、御希望の方はお早くお願い致します

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本の紹介

 私が武芸考証をお手伝いした作品が出ましたので、御紹介します。

ねぼけ医者 月を斬る平茂寛
小児科医の主人公がお庭番の助っ人“斬月”として活躍! 主人公が無眼流を使うというのがミソです。無眼流とは、三浦源右衛門政為が創始した流儀で江戸時代初期から中期にかなり流行ったみたいですが、残念ながら現代にまでは伝わっていないようです。夕雲流と同様に気の術を極意にしたようです。平茂先生は当道場まで来て試し斬りや無刀取りも体験されていきましたが、無刀取りも見事、成功していました。

開花請負人 忍桜の武士高田在子
植木奉行同心という、今で言うなら樹医と警官が合体したような職務の主人公が、直心影流の腕を活かして活躍! 女性作家らしい恋愛描写が泣けます! 女性作家らしくない剣戟描写も燃えます! 直心影流と言えば、振り棒の素振り鍛錬が有名ですが、「何回くらいが適切でしょうか?」「千回くらいっスね」「ええ~っ! そんなに振るんですか?」「当然です!」みたいなやり取りをしました・・・。高田先生も以前、月例セミナーを見学されたり、先日も個人指導の様子を熱心に見てメモを取っておられました。

 どちらの作品も、白泉社招き猫文庫より発売中です。よろしくねっ!

 また、作家仲間の鷹橋忍さんの『城の戦国史』(河出夢文庫より発売中!)も、城好きにはたまらない内容ですから、是非、よろしくっ! 城の兵器としての機能について書いた本は初めてではないか?と思います。

ケダマメ玉井雪雄
ビッグコミックスピリッツで連載中のSFファンタジー時代活劇漫画ですが、2巻まで発売中です! 昨年、連載前に取材に来られたのですが、剣戟描写の役に立てたみたいですね。SF設定には驚きましたが、ヒロインがサンカの持つ両刃のウメガイ短刀を持っていたり、相当にディテールを研究して描かれているんだな~?と思いましたね。あっと驚く伏線があったりして、新章も楽しみです。

 その他、最近、読んだ本では、『人生で大切なことはオカルトとプロレスが教えてくれた』大槻ケンヂ・山口敏太郎(KADOKAWA)が、異常に面白かったです!

 特撮、神秘武術のネタもちょこちょこっと入っていて、私向けの内容ですね。

 でも、意外に批評本としてもよく出来ていて、お二人の指摘していることには、イチイチ納得するところが多かったですね?

“ある種の”・・・と、ぼかしてはいますが、『帰ってきたウルトラマン』のムルチとメイツ星人の回が在日朝鮮人差別を暗示していたのではないか?とか、「あ~、なるほど、そういうことか~?」と思う点がいくつもありました。

 骨法バッシングの話では、“作りはいかん、と。でもそれを言ったら極真空手もそうだし少林寺拳法も何でもそうなんだけど。”と、大槻ケンヂさんは“野暮な”ことだという思いがあったみたいですね?

 う~ん・・・その論理は芸能界という特殊な業界に居るが故のものじゃないでしょうかね? 嘘ついて歴史の捏造するのは文化の破壊だと思うんですよ。創始者がそういうことしたお陰で後継者たちは要らぬ苦労をしなきゃならなくなるんですし、これまでずっとそうだったから、これからも許されるという論理は、もはや通用しないでしょう。

 エンターティンメントとしての“作り(ファンタジーと言い換えた方がいいか?)”の部分は有ってもいいとは思うんですが、世間一般を欺くような嘘を広めるのはバッシングされるのが当たり前だと思うんですよ。

 シャレで済まない領域がありますからね。

 それでなくとも、今はネットでいろんな人が今まで遠慮して言えなかったことを匿名で言える時代なんだから、“作り”は自然に通用しなくなっていくと思いますね。

 ファジーな部分を楽しむサブカル的な“軽さ”も好きなんですが、具体的に被害を受ける人達のことを考えたら、第三者の立ち位置から面白がっていられないじゃないですか?

 私は武術が好きで続けてきましたから、愛情も敬意も無い人間に荒らしてもらいたくないし、嘘が広まって誤解した人達が面白がってるだけで真価を知ろうともしない態度には腹が立ちます。なので、嘘は嘘、間違いは間違い!と、これからも書いていきますよ。

 さて、もう一つ、面白かったのが、天皇を護る八咫烏なる集団が使う武術・・・の話。

 なるほど、これが青木先生が言っていた皇室兵法なのか?と思いましたね。血の汚れを嫌うから内臓を潰して殺す技を持っているのだとか?

 大槻さんが「内家拳の発勁か?」と、そこに食いついてましたけど、似たようなもんでしょうね。合気の原理を使った当身を使えば、浸透勁のようになるでしょうから・・・。

 意外に深い内容で、非常に面白い本でしたが、もっと突っ込んでも良かったかな~?と、思いましたね。サブカル的なスタンスというのが、何か斜に構え過ぎじゃないか?と。

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五月セミナー“歩法”感想

 五月の月例セミナーは、歩法でした。

 つまり、游心流で言うところの「スリ足歩法による縮地法」なんですが、これは日本武術の運足の極意だと思ってもらって結構です。

 先月の「読みと交叉法」が日本武術の普遍的理合だとすれば、今回は具体的な術理として補完するものなのです。

 もっとも、歩法そのものは地道な訓練を延々と続けていって、何年かしてから急に花開く!みたいなものなので、たった一回のセミナー三時間で成果が得られるような性質のものではありません。

 以前、辞めさせた会員グループは、「歩法は必要ない」「這いは初心者には難しいから要らない」なんて私に面と向かって言ってのけたバカタレもいました。

 それ以前の会員は、全員が歩法の重要性を自覚して一所懸命に練習していましたが、数人しか成果は挙げられませんでした。

 つまり、頑張って練習しても体得して駆使できるようになる人間が非常に少なかったので、「要らない」と言い切るような人間まで出てきてしまった訳です。

 しかし、ボクシングをやっていた人なら解るでしょう?

 フットワークができないボクサーがプロで活躍できますか? どんな強力なパンチを持っていても、当たらなければ意味がありません。

「軽いパンチをいくら当てても無駄だ」と論じる拳法系の人もいますが、本来、軽いパンチしか打てない人間であっても、フットワークと併用することでパンチ力を倍加させることができます。

 これは、合気道では移動力と呼ばれていますが、全身が移動している時には体重×移動速度のエネルギーが発生するので、それが拳に乗れば、拳×腕の伸びる速度で計算される通常のパンチ力の計算式よりずっと大きな値が出るのは解るでしょう?

 拳一つの質量と全体重では比較にもなりませんから・・・。

 つまり、歩法というのは、単なる身体の移動のための技術ではないのです。

 無論、敵の攻撃を避けて不発にさせる技術ではありますが、もっと複合的な戦術的歩法というものが武術の歩法なのです。

 ただし、私は、この点については会員にもあまり説明していません。

 どうして説明しないか?というと、地道な基礎訓練で自由自在に歩法を駆使できるようにならない限り、歩法の戦術を教えても駆使できないからです。

 要は、無駄だから教えない訳です。

 地道に基礎訓練を積んで、歩法を駆使できるようになった時点で戦術的歩法の使い方を教える・・・ということにしてきた訳です。

 しかし、これまた・・・歩法ができるようになった時点で自惚れてしまう人間もいたので、実際に教えたのは北島師範くらいでしたかね~?

 戦術的歩法を訓練する型としては、蛟龍十八式というのを作ったんですが、これは歩法を駆使できないと墓穴を掘ってしまう型なので、ほとんど一般公開はしていません。

 今回のセミナーでは四つくらい披露するつもりでいたんですが、実際は一つと半分くらいしかやれませんでした。

 どうしてでしょうか?

 これ、まともに披露するには本式のスピード出してやらないといけないんですが、そうすると寸止めできなくなってしまうのです。

 一応、今回は面と胴の防具も用意してきたんですが、指出しグローブが見つからなかったので、拳は使わず掌打にしようか?と思ったものの、やっぱり危ないんで、結局、スピードを半分以下に抑えて寸止めにしたんですよ。

 うちで蛟龍歩と名付けた歩法は、太気拳の這いに形意拳の継ぎ足、蟷螂拳や通背拳の三才歩、八卦掌の走圏等々を融合してスリ足で動く日本式の連続縮地法としたものなんですが、この歩法は動いている最中に急加速できるのが特徴です。

 これは長所であると同時に問題も孕んでいます。

 急加速しているのを急に止めるのが難しい訳です。解りますよね? 車で考えればトップギアでアクセルふかした状態から急停止したらスピンしてしまったりするでしょう?

 なので、急加速して動いている身体のエネルギーが拳や掌に乗ったまま当てれば、ただでさえ身体ごと吹っ飛ばすことのできる発勁が倍々の威力になってしまう訳です。

 この型は、実戦でとにかく敵を粉砕撃破するために工夫したものなので、威力だけを優先して考えた訳です。だから、「歩法を使って打ち込めば最大威力が出せる」と考えた訳ですね。

 徹底して実戦しか考えてないので、演武して見せることは考えていなかった訳です。

 やっぱり、私は防具装着させても会員にまともに打つのは危な過ぎて、できませんでしたよ。

 寸止めできる程度にスピード落としてやったので、見た目も迫力無いな~と、撮影した映像見て思いましたね。

 ただ、基本原理さえ見せれば、仁平師範は発展させてくれるだろうと思ってます。

 私自身は、久々にやってみて、「あ~、まだまだできるな~? これくらい動ければ、あと2~3倍のスピードは出せるだろうな?」と、確認はできました。

 やっぱり、50過ぎてから特に膝がガクンと悪くなってきたんで、歩法はできなくなってるかも?と思っていたんですよ。問題なくできたんで、ちょっと安心・・・。

 しかし、仁平師範は相当、速くなってますね。私は年齢的にも無理だけど、彼には、この調子で足が消えて見えなくなるくらい超神速で動けるようになってもらいたいです。今の十倍のスピード出せれば大丈夫!(普通は無理だけど重心移動を加速するだけだから、理論上は可能です)

 読みと交叉法ができて縮地法で動けて合気と発勁を駆使して武器も何でも使いこなせて武医術も会得している・・・というトキとケンシローが合体したような“超達人”が、そろそろ誕生しますよ~?

 自分としては、やる予定の1/4くらいしかこなせなかったと思ったんですが、参加者の感想では「盛りだくさんだった」というものが多かったので、まあ、大丈夫だったかな~?と思いました。

 今回も初参加の人が何人もいたのですが、初めて会う人と話をするのは楽しいですね。

 また、遠方から来てくださった方には、「来て良かった」と思ってもらいたいですからね~。一期一会の機会が一生を左右することって、実際にありますからね?

 本当に、武術やってきて良かったな~・・・と、つくづく思います。

 普通に大学出て、普通に就職して、普通に結婚して・・・という人並みの生き方はできませんでしたし、苦労なんてのは通り越して、「よく生きてこれたな~?」と思うような人生でしたが、今は本当に楽しいです!

 毀誉褒貶も、すべてが名誉なことだと思えばいいんです! 「人様から後ろ指さされて噂されるような人間になってはいけない」と言われますが、私はむしろ、これは逆なんじゃないか?と思いますね~。

 良いとか悪いとかじゃなく、それだけ注目を集めるというのは無視できない存在だという証明じゃないですか? 人間、聖人君子なんてなれるもんじゃないんですから・・・。


PS;日本映画専門チャンネルで観た『サトラレ』のテーマ曲が良かったので、CD買おうと思ったものの、誰が歌ってるのか判らなかったんです。が、最近、また放送していたんでクレジットタイトルを目を皿のようにして観ていて確認したところ、クリスタル・ケイが歌ってる『LOST CHILD』という曲なのが判りました。それで、橋本駅近くのミウイのショップで探してCDアルバム買いました。ゲスの極み乙女。も買おうか?と思ったんですけどお金足りなかったんで買えませんでした・・・。学生時代は山下達郎ばっかり聴いてたけどな~?


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五月セミナーは“縮地法”

 四月セミナーでは“読みと交叉法”という武術にとって最も重要な理合について解説指導したんですが、これに加えて重要なのが“歩法”です。

 これは、前回、無刀捕りをやらせた時に、痛感した方もいたでしょう。

 つまり、刀を持っている相手の手元に一挙動で入身して柄を捕らえる・・・というのは、遠い間合を一気に縮めなければできないからです。

 何しろ、モタモタやっていたら確実に斬られてしまう。いくら、先が読めても、こちらの動きが遅ければ間に合わない・・・。

 実は、この難しさを実感してもらうのが目的で、敢えて、次の回に教えるようにした訳です。

 読みと交叉法は根本原理です。

 ですが、その根本原理を現実的に駆使するには歩法も重要になるのです。

 前回、タイミングは読めていても、動きだしが遅れている人がかなりいました。

 これは、足で地面を蹴って動こうとする普通の歩法を使うから、どうしても二拍子の動きになって遅れてしまっていた訳です。

 どんなに早く動いても二拍子の動きは一拍子の動きにはなりません。

 一拍子で動き出すのが武術の秘伝である縮地法の原理なのです。

 これはもう、散々、説明しているので改めて書きませんが、理屈はわかっていても実際に体で再現しようとするとできない人がほとんどであるようです。

 この動きは歩法であると同時に身法なのです。

 そして、やはり体内の重心移動を利用するものです。

 なので、足が遅いとか故障しているとかの致命的な問題があっても駆使できますし、瞬間的な動きなら物凄く速く動けます。

 現に足腰を故障しまくって立ち居振る舞いに支障がある人でさえ、健常者を翻弄してのけることができます。

 特に老人にとっては重宝する術ですね。

 武術の動きには、実は縮地法の歩法を遣っている筈だ!と思えるものが多くあります。

 今回のセミナーでは一般公開していない游心流の絶招型「蛟龍十八式」の技もいくつか初披露してみようかな~?と思っています。

 これらはすべて縮地法ができないと駆使できない技なので、まあ、エキシビションですけどね~?

 なので、これは真似して練習しないでくださいね? ちょっと真似しただけでへばって後の練習ができなくなると思うので・・・。


PS;四月のメイプルホール練習は、第五木曜の30日もあります!

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高瀬道場公演観劇

 今年のGWは目まぐるしい展開でした。

 まず、4/30の相模原千代田メイプルホール木曜稽古会は、久々、参加者が複数いたので、剣と無刀取りとかやりまして、翌5/1は霜剣堂の刀剣即売会を天真會青木先生と一緒に観て、昼飯を食べながらいろいろとお話したり、3日の日曜本部稽古会では小塚師範が三間(5.4m)の距離で畳針を打つ!という技を突如、発明し(あんな軽い針が、ほとんど真っすぐの軌道で的にピシッと刺さったのに唖然! 普通の打ち方だとできないそうな・・・)、5日は高瀬道場の舞台公演を、游心流一門と柔芯体メソッド稲吉優流先生、バレエの松田英子先生と一緒に観に行きました。

 その他の時間は新作本の原稿書いて過ごしていたんですけど、特に5日は非常に濃い一日になりましたね~。

 高瀬道場の舞台公演は、毎回、新選組をテーマにして角度を変えて演じられてきていますが、続けて見ている人間にはお楽しみの連ドラ化するギャグ?があります。

 稲吉先生は、「いや~、何か、真面目一辺倒なのか?と思っていたら踊りありギャグありで楽しかったですね~」と、感心されてました。

 高瀬道場は硬派なイメージが強いですが、芯は硬派でもギャグ好きな高瀬先生のちょっとばかし暴走モードのギャグが入るところが一番の個性でしょうか?

 もしかすると、殺陣シーン以上にギャグに情熱を注いでいるのか?と思えたりします。

 やっぱし、笑わせるというのは凄く難しいことで、国民的人気を誇ったお笑い芸人が、一年も経過せずに過去の人になってしまったりするでしょう?

 正直、どマイナー過ぎて、意味が解らなくて笑うに笑えないフライングもある訳ですが、「押してダメでも押し倒す!」と言わんばかりに、グイッグイ、バージョンアップしてくるから意味はわかんないけど圧倒されて笑ってしまう?という状況になるんですね~。

 私も、読者おいてけぼりで特撮ネタ(『怪獣王子』に出てきたシシ竜が300mもあるとか? ちなみに主人公タケルの相棒恐竜ネッシーは200mで口から熱線吐けます。蛇足ながら確か? タケルのメインウエポンはブーメランでサイドアームはトンカチだった)に走るから、似てるかも・・・?

 そんな高瀬先生がお贈りする今回の公演、殺陣アクションのみならず階段落ちのスタントアクションも披露!

 でも、舞台ってのは怖いですよね~? 失敗してもやり直す訳にはいかないし、階段落ちもアクションアワードの時は身軽な状態でやれた分、まだいいと思うんですけど、問題は刀ですよ。

 鞘が引っ掛かったら思いもしない失敗をするかもしれません・・・。

 映画とかだったら、カメラワークや編集テクニックでごまかせるけど、舞台はそうはいきませんからね~?

 特に今回、立ち回りをやった後で、そのまま転がり落ちるという構成だったので、刀は取り落とす形にしたものの、鞘を抜き取るのは不自然だから・・・との判断だったんでしょうが、鞘を着けたまま加賀谷さんが転がり落ちたのは、ドキッとしましたね~。

 もし、私が演出する立場だったら、ギャグと混ぜて、「やられた~」とか言いながら、刀とか鞘とか外して「ちょっと待ってね~」とか言いつつサポーター付けたりして、「いい加減にしろ~!」と蹴り落とされる?みたいな、お笑いに走りますけど・・・やっぱ、それをやっちゃあ、お客さんは白けるでしょうね~?

 昔、学生演劇で殺陣つけた時に、小道具で作った剣がポキンポキン折れて、青ざめたことありましたね~? そこ、ギャグじゃなかったから、役者は動揺せずにそのまま立ち回り続けてましたけど、本番になるとガチでぶつけてしまってたな~?

 殺陣アクションがいかに難しい演技表現なのか?ということが、舞台やれば、よく判りますよ。魅せる技術というのは独りよがりではできませんからね。

 余談ですが、高瀬先生の殺陣講座を受講している小塚師範が、ラスト日に殺陣を演じる時に、瞬間、頭が真っ白になってしまって段取りをスッカリ忘れてしまった・・・と失敗談を語ってくれました。

 武術で考えれば型の演武と構造的には違わない筈なんですけど、合気道で慣れている筈の彼でさえ、いざとなるとこうなったりする訳ですよ。“演技”というものに対する認識の差なのかな~? 私なんかも自主映画とか寸劇とかで演技したことあるけど、アイドル映画(その後、絶賛お蔵入り?)で演じた時は凄い棒読みで恥ずかしかったですぅ~。もうちょっとはできると思ってたんだけどな~・・・(泣)。

 何事も、専門の基礎訓練は重要ですよね?

 プロレスラーでVシネとかで活躍している人もいるじゃないですか? プロレスがエンターティンメント・スポーツとしての演技力を必要とされるからでしょうね?

 あ~、そういえば、“キックの鬼”沢村忠は演技上手かった! 『闘え!ドラゴン』に“木枯らし”というダンディーな殺し屋で出た時は、倉田先生より上手かったような?

 何でも、日大芸術学部出身だったんだそうです。あそこは芸能の名門だよな~?

 今、時代劇専門チャンネルで『三匹の侍』やってるんですけど、高瀬先生も絶賛していた長門勇が槍と居合の遣い手、桜京十郎を演じているんですが、確かに上手いです。『影の軍団』とか『斬り捨て御免!』の長門勇もいいですが、主演映画いも侍蟹右衛門シリーズとか『道場破り(雨あがると同じ原作)』『続・道場破り』は素晴らしいですよ~?

 相手の刀を刀や槍でクルクルクルッと巻き取ってしまう技は、他の誰もできないでしょうね~?

 国士館大学の剣道家の馬場欽次先生のお父さんがこの技ができたそうで、渦巻きだったか竜巻だったか・・・という名前だそうです。馬場先生の門下だった会員に以前、聞きました。

 ちなみに、この前、気づいたんですけど、この三匹の侍の名字は皆、花から採ってるんですね? 平幹二郎は桔梗(ききょう)で、加藤剛は橘(たちばな)なんですよ。長門勇は桜(さくら)。無頼な浪人達なのに花の名字というのは、ちょっと粋な感じですね?

 ところで・・・高瀬先生に一つだけ質問。毎回、疑問に思うんですけど、なんで斎藤一は登場しないのかな~? 沖田、土方に継ぐ人気者だと思うんですけど・・・。次回は是非!

 それにしても・・・“高血圧”をネタにするとは思わなかった・・・(苦笑)。アレはもっと発展していけそうだな~? 音がカラータイマーみたいになるとか?

 はっ? 何で、私がギャグ考えてんだ? 職業病だな・・・。


 観劇の後は、打ち上げで小塚邸に行きました。

 実は、大変、失礼な話なんですが、この日の私の一番の目的は、小塚師範が新しく飼った猫を見に行くことだったのです・・・(高瀬先生、申し訳ござりませぬぅ~)。

 料理上手な小塚師範が準備してくれていた料理を食べながら、ミケ猫のカズコをダッコして癒されました・・・。

 九ケ月だそうなんで、まだ子猫なんですね~? ネコカフェに居たそうなんで、普通の猫みたいに警戒心が強くなく、すぐ慣れて、我々の膝の上に乗ってきて丸まったり、終始、アクティブに動き回っていました。

 猫に触るのは、数年前に白州の田中泯さんのダンスフェスティバルに行った時以来ですが、ダッコしたのは20代半ばに不払いで電気止められた冬の寒い日に、捨て猫の子猫を拾ってきて暖を取った時が最後・・・(戦時中の思い出か?)。

 あの時は、三匹の子猫をダッコして布団にくるまって寝たけど、翌日、猫ノミに食われて痒かったな~・・・(やっぱ、戦時中みたい)?

 やっぱし、猫は柔らかいっスね~? それと、ゴロゴロ鳴るのがいいんですニャ~。

 私も早く猫飼えるように小説と漫画原作で金稼いでビル建てねば・・・。

 この日の夜は、仁平師範が自分の武術観を「ここまで話したのは初めてです」というくらい話してくれて(実演しているうちに成り行きで・・・)、私が心配していたことも杞憂になったな~と、非常に意味ある日になりましたよ。

 言葉で説明できるような内容ではないし、武術だけやっている人だとチンプンカンプンで誤解するだけだったでしょう。というか、東洋哲学の知識も無いと理解できない内容で、彼の若さで、ここまで考えて本質を掴んでいたのか?と、舌を巻きました。

 彼も理解されないのが解っているから言うに言えずにいたんじゃないか?と思います。

 私でさえ、昔、似たようなことをあれこれと考えてデモーニッシュな観念に取り憑かれそうになった経験(新興宗教や呪術や魔術といったオカルティズム)があり、それで仏教とか道教とか当時流行していたニューサイエンス(デヴッド・ボームとかケン・ウィルバーとか)とか勉強した訳です。ちょうど、ポストモダン現代思想がブームの頃でしたが、同時に精神世界ブームも始まっていました。

 J・クリシュナムルティー、オショー・ラジニーシ、カルロス・カスタネダ、ルドルフ・シュタイナーなんかが注目され始めた時代でしたね。80年代は・・・。

 でも、今はそういう時代じゃないから、彼は独自に関心持っていったんだろうな~?と思いました。

 武術は論理的に解説できない側面がありますが、それは人間の存在理由そのものに関わるものだからで、宗教と違って、直接に命のやり取りを実行するものですからね。

 上っ面の倫理観に当てはめてごまかしていく(お題目唱えて思考停止する)しか現実的な対応はできないかもしれません。言語解析していくと論理矛盾起こして自家中毒になりますからね。

 そもそも、宗教や哲学が発生するのは、命のやり取り、死生観から起こるものですからね。非常に現実的なリアルなものから発想されるものです。

 ただ、人間の場合は、社会的動物としての理性と知性と本能、感情が錯綜して様々な欲望が生じるので、それが他者への支配欲となり、組織化する民衆が社会構造を作り発展させ、文明や文化が生まれて宗教やイデオロギーによって権力が社会の維持装置化して機能していくことになります。

 武の力(国家規模に組織化されたものは軍事力)というのは個人から組織、社会、国家の権力を支えるものへと転用されていくものなので、武術を求める人間の心の中にも権力指向が育ちやすい訳です。

 その意味では現代武道のようにスポーツ競技化されたことは安全装置をかけたということでもあるでしょう。

 一般に勘違いされているのは、表向きの社会の維持が法によって成されているという認識ですが、これは正しくありません。

 それは、イスラム国の一連の事件を鑑みれば明白ですよね?

 法によって恭順するのは法の観念を受け入れた人間だけです。それに従わない“無法者”には通用しません。

 そもそも、法の効力は警察や軍隊という圧倒的な国家の武力が存在しているという暗黙の認識があるから成立する訳で、もし、それが無ければ、一気に瓦解してしまうに違いありません。

 つまり、我々は日常的に認識していないだけで武力によって支えられている社会の中に生かされている訳ですね?

 ですが、この場合の武力とは国家権力と同義です。これが地球規模の一つの権力となればあらゆる紛争が終結する?・・・かと考えるのは、あまりに世間知らずと言えるでしょう。

 それはそれとして、個人が過ぎた超人的武力を持ったとした場合、他者への支配的権力欲に目覚めることは不幸な結果しかもたらさない。

 だから、心ある武術家は、権力に背を向けて生涯を修行僧のように送ろうと考えるものです。が、それでは何のために学ぶのか? 武術を学ぶことに何の意義があるのか?

 個人の自己実現を追求することが持て囃された時代もありました。が、それは体の良い現実逃避でしかありませんでした。

 しかし、今の時代は個人の好きに生きられる余裕が無くなりつつある厳しい時代になったと言えるでしょう。

 世界の仕組みが音をたてて崩れてきて建築構造物が剥き出しになってきた時代です。

 この時代に生きていくには相当な覚悟が必要になるでしょう。そのための強靭な超人類が必要なのかもしれません・・・。

 私の世代は、新人類と呼ばれる世代でしたが、今は超人類と呼ぶべき個体としての能力値が異常に高い人間が生まれてきているような気がします。

 それは時代の要請なんじゃないか?とも思えます。能力があるのは、「能力を使え」ということでしょう。

 私が生きていられるのは、せいぜい、後、20年かそこらでしょう。その間に、世界がどういう方向へ向かって行くのか?くらいは確認しておきたいな~・・・と、思いましたが、身近に、超人類(ニュータイプ?)が居たことが再確認できた夜でしたね。

 まあ、私の職業的な立ち位置からしたら、人間の本来あるポテンシャルを引き出していくシステムが武術には有る!とか“ほざいて見せた”方が賢明なんでしょうけど、そこまでノーテンキにはなれないな~・・・(苦笑)。

・・・っ~か、どんなに肉体を鍛えても50BMG一発撃ち込まれたらオシマイだからね~。武術じゃ鉄砲に敵わないと解っていた江戸時代。推定ですが、鉄砲の流派は200~300は有ったんですよ? 一度、調べて書き出してみようとしたんですけど、途中で嫌になってやめました。

 私が身体鍛えることを重視しないのは、武術的合理性の行き着くところは、“鍛えても無駄”だからです。これはアンチテーゼとして敢えて、書いておきますね?


PS;一般販売は割引できませんが、今後、セミナー受講生の方だけDVD半額割引で販売します。どうぞ、御利用ください!
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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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