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ひ弱なウヨクの誇大妄想

 安保法案をゴリ押ししてしまった安倍政権と自民党、公明党には、呆れるのを通り越して、「あ~あ~、やっちゃった・・・」という苦笑いしか出てきませんね~。

 元総理の村山さんも激怒していましたが、自民党OBの藤井さんも激怒していたのが印象深いですね。

 つまり、安倍さんは、もう政治家としての分限を弁えておらず、独りよがりな独善暴走の国家主義のファシストの正体を晒してしまったという印象しか拭えません。

 ニュース番組見ていて思うのは、案外、若い人や戦争を体験した老人に「今の時代の現実的対応でしょうね~?」なんて意見を言う人が少なくないみたいなんですが、よくぞ、ここまで日本人を洗脳してのけたな~?という感想がわきますよ。

“自衛隊を戦地の後方支援に送る”というのが国際貢献として必要だ・・・と言いますが、はっきり、「アメリカ軍に加勢するため」って言い切ってしまったらどうでしょうかね?

 そこを正直に言うなら、まだ許せるけど、自分から進んでアメリカに媚びているとしか思えないですね~? つまり、国政を自分の考えで支配しようとしている訳で、より悪質だということです。“人当たりの良いヒットラー”みたい?

 でも、私は最悪のシナリオに乗っかってしまったと思いますよ。

 要は、弱体化してきたアメリカの代わりに日本も戦えって話に乗ったということ。

 この辺、内田樹さんなんかも指摘してましたけど、「この人、何か煮え切らないな~? 何が言いたいのかいな?」と、いつも思っていたんですけど、今回は当たってると思いますね。

 イスラム国との戦いでアメリカが地上戦をやりたがらないのは、地上戦でPTSDに苦しむ兵士が続出して国内で批判が高まったというのが理由として大きいでしょう。

「戦え!」って口で言うのは誰でもできますが、いざ、アサルトライフル持って戦場で撃ち合いしろって言って、自衛隊員も含めて現代の日本人にできますか?

 勇ましいこと言ってるほとんどの人達が、命の危険がある暴力に対したことが無いと思いますよ。今の日本で、そんな経験はほとんど体験しようがないでしょう?

 私が一番、心配なのは、これで日本もテロの標的国にされてしまうという点です。日本ぐらいテロやり放題な国は無いでしょう? 武装してるのが自衛隊と警察しかないんだから、どうにもなりませんよ。

 海外の原発ってサブマシンガン持ったガードマンがいたりするでしょう? 日本じゃ警棒すら持ってなかったりする。これじゃ、意味がありません。

「海外の日本企業で働く人達」の護衛を考えるんだったら、民間の戦闘訓練積んだガード会社に委託した方がいいと思いますよ。日本と違って、特殊部隊を退職したメンバーが最新鋭の銃で武装していたりしますから、下手な軍隊よりいいですよ。

 戦争体験して勇ましいこと言ってる人って、軍の上官だったり憲兵だったりで、戦争の恐ろしさを自分で体験せずに済んでいる人間じゃないですかね?

 一兵士で命からがら生き延びた人や、戦後の貧困で必死で生きてきた人、空襲を逃げ回って生き延びた人・・・そんな人達は、間違いなく「戦争だけはまっぴらごめんだ!」って言うでしょう。

 広島、長崎で被爆した人達だったら、尚更ですよ!

 私の両親共に子供の頃に満州引き揚げしてきていますが、無事に帰れたのが奇跡的だったのだと祖母に聞いたことありました。私の両親も中国残留孤児になっていても不思議じゃなかった訳です。

 だから、通背拳の常松勝先生にお会いした時は、何か特別なシンパシーを感じました。常松先生は中国残留孤児として自分が日本人であることを知らずに育ち、差別を跳ね返すために武術(秘宗拳や通背拳)に打ち込んでこられた方ですから・・・。


 たま~に、セミナーとか参加した人から、「長野先生は実戦に拘っているのに、どうして戦争には反対なんですか? 中国や北朝鮮が攻めてきたらどうするんですか?」と聞かれることがあるんですが、戦争って、戦闘とは違うでしょう?

 戦争というのは個人がいなくなり、軍隊の駒にされてしまう訳です。だから、軍隊の命令に従って駒は動かなくてはならない。阿呆な命令で一個小隊全滅してしまったりする訳です。

 それに、隊の内部はイジメの巣窟になりやすい。人権なんか無いに等しい。

 昔、名門大学の新入空手部員がイジメ殺された事件がありましたが、この部員は実は高校で大活躍した空手の天才だったそうなんです。無能な先輩達が嫉妬でイジメ殺した訳ですよ。

 ねっ? 私が批判する意味が解りますか?

 せっかく長年培ってきた戦闘能力を発揮できずに無駄死にする可能性が大でしょう?

 歩兵になっての地上戦で個人が戦闘技能を発揮し得るとすれば、スナイパーくらいしかないでしょうね?

 はっきり言って、私だって怖くてできない。勝てる見込みが全然無いでしょう? 私は「勝てる」と判断しないと戦う気にはなれませんね。

 生身で喧嘩するのなら、私はかなり喧嘩好きな方だし平気な人間なんですけど、アサルトライフルや重機関銃の弾丸が飛び交う中で戦えって・・・そりゃあ、「死ね!」って言うのと同じことですよ。

 勇ましく、「国を守るために戦う!」なんて言うけど、本当にできます? 格闘技の試合じゃないんですよ? 一発食らったら死ぬんですよ?

 いや、死んだ方が楽かもしれない身体になって不自由な一生を送るかもしれません。

 いざ戦争になってしまったら、あらゆる理屈が通じなくなるんです。そういう現場に武装して踏み込んでいこうとするのなら、最初から、戦って敵を殺しまくる覚悟をしていなければダメでしょう。しかし、そんな覚悟を普通の人間ができますか?

 だから、私は、徹底して専守防衛にのみ徹しているのが今の日本の生き残り戦略だったと思う訳です。自分達からノコノコ出ていったら戦わざるを得なくなるでしょう? 

「それが国際貢献だ!」って言うなら、「日本は憲法9条で永遠に戦争をしないと決めた国だから、そういう国際貢献はできません!」って言えた訳ですよ。

 憲法改正をするのならまだしも、「解釈を変える」って、酷いやり方です。これでは、いくらでも抜け道が作れます。それなら、無視してやった方がまだ潔い。

「憲法9条は時代遅れで世界の現状にそぐわない」と言うのなら、残るのはスイスみたいに永世中立国として国民独り独りが武装して戦う準備をした上で独自の国際的ポジションを確立する!

 それでいいんじゃないでしょうか?

 それだったら、私は大歓迎ですけどね。完全なる自己防衛のために個人個人が戦う準備をしておくのならアリでしょう。

 だけど、戦争はそうじゃありません。国家権力同士の利権争いのために民衆がどんどん犠牲にされるだけのものでしかありません。「国を守れ!」の一言で人民をどんどん殺戮の場に送り込む支配層のジェノサイドでしかありません。そこに個人の意志は完全に剥奪されてしまうんですよ。

 自衛隊員だって、大半は国家の守護なんかより「生活が安定するから」程度の気持ちで入ったと思いますよ。私の田舎じゃ、それだけの理由で自衛隊入る人間ばっかりでしたけどね?

 しょっちゅう、戦地に赴いてる国とは違って、今の日本人が戦場に立って銃持ってるからってまともに戦えるとは私には到底、思えません。

 極端な話。サバイバルゲームで人間打ち慣れてる人間の方が適応できるかもしれませんよ? 機械的に狙って引き金引くだけだったら・・・。

 だけど、PTSDになる確率はアメリカなんかよりずっと高くなるでしょうね? 自殺者が続出するでしょう。

 私が安倍首相を憎悪するのは、戦争の恐ろしさをまるで知らずに勇ましい言葉を口にするボンボンっぷりに吐き気を催すからです。

 多分、殴り合いの喧嘩すらしたことないんじゃないですか? 人の痛みが分からな過ぎますよ!

 私は、武道の有段者や師範?が、いざまともに戦うとなったらビビりまくって硬直して何もできずにタコ殴りにされてやられてしまったのを何度も見たことあります。

 戦う技術や武器を持っているから戦えるという訳じゃ~ないんです。

 まるでゲーム感覚で国家の防衛を考えている・・・軍備を増強し法律を変えれば自衛隊が無敵の軍隊に変わるとでも考えているのでしょうか?

 私が以前からロボット軍団作れって言ってるのは、日本人の精神構造で戦場に行っても危ないだけだと思ってるからで、ロボットに搭乗する形式になれば精神的にも安心感があるじゃないですか? それだけのものが作れないといけませんが・・・。

 しかし、人間が犠牲にならずにロボット同士が戦って紛争解決できるようになれば誰も傷つかないし、ロボット産業が発達して世界平和にも近づくことができるんじゃないでしょうか?

 戦争は無くならない。ならば、人間が犠牲にならなくて済む戦争の形を作り出す工夫をすればいいんです。それこそゲームでいいんです。戦争なんて、どうせ、権力者のナワバリ争いに過ぎないんだから、民衆が参加して犠牲になる必然性はありません!

 無人爆撃機みたいなロボットではなく、レッドバロンとかロボジョックスとかGガンダムみたいにすれば・・・。


 さて、ガラッと話を変えます。19日にほびっと村で講座やりましたが、予定していた新刊本が案の定?間に合わなかったので、急遽、当て技セミナーの補習をしました。

 参加者の方からDVD販売の様式にアドバイスを頂戴し、感謝!

 でも、「長野先生は死んだ後で評価されると思います~」って・・・そんなの嫌じゃ~! 私は、生きてるうちに甘い汁をチューッ!と吸ってから死にたい・・・。


 次回のほびっと村での講座は、何と何と! 「新体道、剣武天真流の創始者である生けるレジェンド青木宏之先生をお招きしてのトークショー」が実現しました!

 凄いでしょ?

 でも、本当は、私が司会で青木先生松田隆智先生の対談とか考えていたんですよ。お二人ともお忙しいので、時期が合わないまま松田先生がお亡くなりになられて実現不可能となってしまいましたが、武術武道の世界のみならず、混迷を深める一方の日本の今後のことなんかについても芸術家にして思想家でもある青木先生のお話を聴いてみたいと思っております。10月の第三日曜日を予定してますから、御期待ください!

 何か、若い武道修行者だと青木先生のことをご存じない人もいるので、ユーチューブの動画とかで色々出てるから見てくださいね? お薦めは、昔、TVで早撃ちガンマンと対決したところとか、最新の鵜戸神宮で奉納剣武をされたところとかがいいかな~?と。

 ちなみに、外にもトピックニュースがあるんですが、まだ秘密にしておきます!

PS;DVD付き第二弾新刊本、発売が秋に食い込んでしまいました。多分、9月には出せると思うんですけど、もうしばらくお待ちください。

PS2;『続・合気の応用』から二つばかり技をピックアップしてユーチューブに宣伝動画出してもらってます。多分、もう出てると思います。

PS3;天真会の事務所に行った時に、伝説の太極拳高手、黄新強老師の映像を見せて戴きました。いや~、凄いですわ~。まったくケレン味が無いのですが、微塵も崩れや意念の途切れが無く、80過ぎてらっしゃるそうですが、せいぜい60そこそこにしか見えません。やっぱり、こういう凄い人を見ると、滸がましくって武術家なんか名乗れないという思いを痛感させられますよ・・・凄いな~、「俺は武道家だ!」って名乗れる人達は。
「その程度の腕前で?」って、つい言いたくなるんですけどね・・・。

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当て技感想

 いや~、暑い! いや! 暑いというか、玄関から外に出たら皮膚がチリチリして痛い?って感じですね~。皆さま、熱中症にならないよう気をつけてくださいませ・・・。

 今回の日曜日も、夏のセミナーはエアコン代がかさむからな~と思って、窓を全開にして自然風で何とかならんか?と思ったんですが、風も吹いておらず、ただ暑いだけ・・・。しょうがないからエアコンつけましたよ~。

 道場の賃貸料は破格に安いんですが、電気代は結構かかるから、なるべく使わないようにしてるんですけどね~。

 セミナーだと人数が多いし動くから熱気が籠もってヤバイんですよ。

 なので、今回は説明を多くして練習は少しにしようか?と思っていたんですが、参加者に空手出身者が多いので、「空手の突きとは全然違う異質の威力を期待されているだろうな~?」と思うと、手抜きはできません。

「ここが違うんです!」という点を明確に示さないといけません。

 ただ、重心力を駆使する当て技のコツを体得すると、軽く打ってるつもりでも致命傷になりかねないので、最初にキックミットを打って、威力の質の違いを充分理解してもらった上で、対人練習では怪我しないように寸止めでやってもらうようにしました。

 質の違いを理解してもらうには、まず、キックミットを普通の打撃技で打ってみて、次に各種の重心力を駆使した当て技で打ってみる・・・というのを体験してもらうのが一番でしょう。

 私も、既に忘れかかっている通常の打ち方で数回、ミットを打ってみたんですが、ミットの表面でパーンと良い音がするだけで持ってる人間はビクともしません。

 そこで、拳を触れたところから重心移動でズンッと打つと、ミット持ったままスポーンと後ろに弾かれる・・・。

 自分でやってみても全然、質が違いますよね? もう、この当て方が身体に馴染んでいるから、何発も殴って・・・というのは無駄に思えてやる気がしないんですよ。

 最近もウィキペディアで私の腕前?に疑問を呈している人がいたそうなんですが、そんなに疑問があるなら直接来て試してみたらいいでしょう。確認もしないでケチつけるだけでは、単なるヤッカミにしかなりませんよ。

 大体、この手の連中が勘違いしているのは、素人の上から目線の評論なんて飲み屋でクダまいてる親父の雑言と変わらないということです。プロの研究家や名のある武道武術のプロの方が言うのとは根本的に違うということです。

「長野さんは有名な武術家を散々批判しているじゃないか? 他人のことはとやかく言いながら、自分が言われたら怒るのか?」という意見も聞きますが、バカ言ってもらっちゃ~困りますよ。

 私が甲野氏や木村氏を批判するのは現実に手合わせして技を封じた経験があるからですし、宇城氏や高岡氏を批判するのは、彼らと同じパフォーマンスをやってみせられるからですよ。

 頭の中で勝手な推論をしているのではなく実証的に技術分析して「これはおかしい!」と言っている訳です。“口先で言ってるだけ”だと思うなら、確認に来てみたらいいでしょう? それをやる自信が無いなら口を慎んで黙っているか、あるいは、批判者自身が実証データを公開してみせるのが筋というものでしょう。

 それが「批判する」という行為なのであって、根拠もなく自分の思い込みだけで疑問を呈するのは稚拙過ぎますよ。

 そもそも、私は自分が強いとか全然思ってませんし、格闘能力はさっぱり無いだろうと自覚しています。ですが、武術的な戦闘技能なら誰にも引けを取らないという自負があります。それは、必要とあらば捨て身で殺し合いする覚悟を持っているからです。

 銃で平然と撃つ。刀で平然とぶった斬る。何もなければ喉笛掴んでねじり潰す。

 こんな残忍な行為を普通の精神状態の人間にはできませんよね?

 熱狂的な状態やサイコパスや戦争状態とかでないと普通の人間にはできません。つまり、まともな精神の人間にはできないということです。戦場では時に覚醒剤や麻薬で精神をブッ飛んだ状態にして戦わせたりする・・・ねっ? そこに何の大義名分が有るんですか?

 戦争は結局、国家というものを運営している権力者のためのものでしかなく、民衆は権力者の道具にされているだけですよ。「皆さんの生活を保障してあげるから国家のために戦って死になさい!」って、根本的に矛盾していると思いませんか?

 現代はもっと外にやり方はありますよ。いつまでも武力闘争する理由は何か? 権力の維持以外に何の理由があるんですか?

 私が絶対戦争反対なのも、普通の現代日本人をこんな精神状態に追い込む国家観の愚劣さを憎悪するからです。私みたいに自分から選んで戦う意志を持つのとは全然、別次元ですよ。

 武術の極意は心法ですが、心法は自分を催眠状態にして機械的に戦闘を行えるようにする術でもあるんです。これは権力に利用されたらヤバイですよね?

 だから、比古師匠みたいに「絶対に権力に与してはならん!」という訳ですよ。


 余談が過ぎましたけど、武術の技というのは特別な強い人間にしかできないものではなく、原理を理解すればだれでもできるのだ!ということです。

 私は、それを実証してみせているのですから、斯界の将来に益する献身的研究だと歓迎されこそすれ、非難される筋合いはまったく皆無であると認識しています。

 根拠も無いのに人を批判したら無礼千万と非難されるのが当然でしょうが、私は体験的実証的に根拠を明示して批判しているんですから、それを“礼節”で論じるのはおかしくないですか?

 これは武術武道の世界に巣くう慣例としての非論理的、前時代的な解釈です。

 私は、仮に、いかに恩義のある人から言われたとしても、このような不条理な礼節論には従うべき理由を感じません!

「悪法もまた法なり」というのが伝統的な武術武道の世界に生きる爺さん達に根強い信条なのは解っています。

 本人がそうしたければ、死ぬまでやっていればいいでしょう。

 しかし、新しい時代を開くのは老人じゃありません。これから武術武道の世界をけん引していく若者に前時代の慣例を押し付けるのは傲岸不遜でしょう。

 私は、このような盲目的に慣例に従おうとする態度そのものが武術武道の世界を特殊化させ世間的評価の対象外にして延々と停滞させてしまっている最大の元凶である!と、声を大にして言いたい。

 まあ、要するに、しつこく私を貶めようとしているこの人物は、自分が特別なものを持っているのだとエバりたい。自己満足に浸っていたいのでしょう。

 多いんですよ。合気や発勁の武術幻想に酔い痴れていたいだけの外道な連中が・・・。

 その為には、武術の世界が開けてもらっては困る訳です。自分の特権意識が失われてしまうのが怖いのですよ。

 だからこそ、試合に臨む格闘技の愛好家は、長く武術を嫌ってきた訳ですが、その根拠は、このような外道な連中の存在そのものにあったのです。

 ただし、試合至上の考え方は90年代で終わりました。その現実に早く気づくべき。

 時代が求めているのは武術の知恵だと私は思います。

 つまり、生き方そのものです。生き残るための戦闘サバイバル術としての武術です。

 前回の合気と今回の当て技は、特に武術の特性を最も色濃く持っている技法だと私は思います。

 どちらも、具体的に体格や体力の差を無化して“戦闘条件を平等化”してしまう工夫だからです。

 ここで重要になるのは、「強いか弱いか」ではなく、「知ってるか知らないか」の差になるのですね。

 武道や格闘技では熟練することで強さが高まります。

 それは、学んでいる内容が皆、同じだからです。そうすると、個々の技の優劣ではなく、技を使う者の量的な要素でランク分けされていきます。

 かつて、大山倍達師範は、自身の過去の他流試合の勝利について質問され、「相手が空手を知らなかったからだ」と率直に答えられていたそうです。

 つまり、相手が空手を知っていたら、そうそう簡単に勝てなかった。あるいはやられてしまったかも知れない・・・と述べられたのです。

 当たり前過ぎて誰も疑問を持たないのでしょうが、戦闘状況に於いて、敵に手の内を知られていないというのは絶対的な条件なのです。

 例えば、うちのセミナーに参加した他流の有段者や指導者の方が一様に驚かれるのは、自分達の技を私が簡単に封じてしまうからですが、これも、タネを明かせば、圧倒的な知識量の差が前提にあるからなのです。

 つまり、私はありとあらゆる武道武術格闘技の技と戦闘法を研究しているから弱点を知り尽くしている。だから、弱点だけを攻めて相手に何もさせない。相手は何もできないから驚く・・・という、“ただそれだけの話”なんですよ。

 だから、私は自分が強いという自覚がさっぱり無いにも関わらず、戦えば自分が勝つという自信がある訳です。

 これだけ説明しても理解できずにケチつけるIQ低い人がいるので譬え話にしましょうか?

 私がウルトラマンだとしたら、怪獣と向かい合った瞬間にスペシウム光線出して、ハッハッハと笑いながら飛び去る・・・というドラマ的には糞面白くもないやり方をする訳。

 相手が何の技も出していない状態で私が一方的に打ち倒すという戦闘法なんで、ある意味、勝って当たり前でしょう?

「そんなのまともな勝負じゃない!」って文句つけるようなヤツは武術やる意味がありません!

 武術というのはスナイパーと一緒です。ワンショット・ワンキル! サーチ・アンド・デストロイ! 見敵必殺! 悪即斬!(あれ?)

 ですが・・・重要なのは、「一撃必殺にできるだけの攻撃力を自分が持っていれば?」の話なんですね。

 だから、一撃で致命傷を与えられる武器が必須なんです。

 でも、武器が調達できなくては意味が無い・・・という場合には素手で一撃必殺できる技を会得するしかないですよね?

 それが、今回のセミナーで解説指導した“当て技”という訳ですよ。

 空手経験者が多かったので、違いは理解してもらえたみたいです。

 形意拳の半歩崩拳、馬形拳、虎形拳、八極拳の頂心肘、冲捶、双撞掌、その他、心眼流の鉄砲、太極拳の攬雀尾、橙脚、白鶴拳の水形手、八卦掌の白猿献花、空手の裏当て・・・等々やりました。

 中でも、三戦の源流である白鶴拳の両手の前腕で打つ打法を白鶴震身を使って打つと、凄い勢いでふっ飛んで、「なるほど、白鶴拳が意拳に大きな影響を与えたというのも納得だな~?」と思いましたね。

 それから、対戦した時に相手の構えを崩して打つやり方もいくつかやりました。

 最近は会員に怪我させたらマズイのでゆっくりやるように心掛けていたんですが、久しぶりにスピード出して連打してみました。もちろん、寸止めです。これ当てるとマジでヤバイんで・・・。

 自分で言うのも何ですが、我ながらスピードは衰えていないな~?と確認できました。

 しかし・・・何ですね? 当て技って、“思いっきり相手をぶちのめしてみたい”って気分になっちゃうから、そういう点がマズイかもな~?

 けれども、空手で限界を感じている人も、この当て技を体得できれば「当てるのは危険だから止める」という意味を心底納得されると思いますよ。

 質問もきていたんですが、人間に打って練習するのは危険だから、できればサンドバッグに当てて練習してください!


PS;19日はホビット村講座があります。新刊本の出版記念でやる予定でしたが、案の定、間に合わなかったので、当て技の回で解説し切れなかった点を解説しようか?と思います。DVDも『続・合気の応用』とか売りますので、是非、どうぞ! 予想通り、嫌がらせも来てますよぉ~(笑)。

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7月セミナーは当て技

 月例セミナー7月12日は、「当て技」です!

 中国武術の「発勁」と、日本柔術の「当て身」、琉球手の「裏当て」をミックスして解説指導しようと思っています。

 よく、聞かれるのが、「長野さんは一体、誰に習ったんだ?」ということなんですが、これらの当て技は習ったというより自分で研究したと言った方が正確でしょう。

 もちろん、誰にも習っていないという訳じゃありません。

 ですが、事細かく教わったことはありません。

 直接、教わったこと。本から学んだこと。映像で学んだこと。見て覚えたこと。説明を聞いて考えたこと。

 そんな諸々の情報をベースに研究して整理したと言うのが一番、正確かもしれません。

 そして、サンドバッグを打ったりしながら検証していったんですね。

 もっとも、ミットを持ってもらって打つのは、当て技の本質が分かってからは避けています。

 いつも言っているように、後遺症が出て危険だからです。

「打たれた相手がふっ飛ぶのは、一見、派手だけれども効いてはいない!」と、武術マニアの人は言ったりするんですが、安全性を考えれば派手にふっ飛ばすようにした方がいいと思いますね。

 人間がふっ飛ぶようなエネルギーが働いているのは事実なんですから、そのエネルギーを破壊的に作用させるような“打ち方”をすればいいだけでしょう? 「効くかどうか?」を問題にするのであれば・・・。

 当て技は内臓にダメージを与えてしまうので、後からどんな後遺症が起こるか判らないので、「効けばいい」という問題じゃないですよ。

 そもそも、効くかどうかわからないような技だったら意味がないでしょう? 「効くかどうか?」と不安が残るような技しか持っていないのでは武術として意味がありません。

 パワーの大小でしか考えていないから、そんな考え方になってしまうのでしょう。

 もちろん、その場で打ち倒す必要があるなら効かないと困る訳ですが、練習相手に後遺症が出るような打ち方をする訳にはいかないでしょう?

 現実問題として、「相手を確実に打ち倒す打撃力」さえあればいいと思うのは、素人考えです。

 何故なら、人間は個体で耐久性が大きく異なるからですし、打撃力があっても当てられないなら意味がないのですし、当てられても充分に威力を作用させられなければ、結局は「効かない」ということにもなりかねないからです。

 例えば、私が一番、身体能力が高かった19歳の時のパンチ力と、一番、猛練習していた29歳の時のパンチ力と、50過ぎて体力が全然無くなった現在のパンチ力とを比べたら、普通なら前二者の時の方が上ですよね? 常識的に考えても・・・。

 でも、今の方が圧倒的に威力があるんですよ。

 つまり、「体力や技術力を上回る当て技の本質を体得しているかどうか?」は、肉体の条件を超えているということです。

 今回のセミナーでは、それを指導しようと思っています。

 まったく何の経験もない素人であっても、武道や格闘技を長年やってきた人以上の攻撃力を発揮することが可能なんですよ。

 換言すれば、戦闘力ではなく、「戦闘理論に沿った攻撃技としての当て技」を指導しようと思っている訳です。

 長年、修行してきた人ほど、「そんなの嘘だ! インチキだ!」と信用しないでしょうね?

 いや、信じてもらわなくて結構です。

 事実は事実!

 常識を超える発想力が武術文化を醸成してきたという“事実”を伝えたいだけです。

 武術は科学的なんです。何百、何千年もの長い期間を無数の人間が研究して伝えてきたものが、非科学的な迷信である筈がないでしょう?

 非科学的に見えるのは、原理がわからないからです。手品のようにタネも仕掛けも隠して伝えられてきたから摩訶不思議な怪しいものに見えてしまうだけなんですよ。

 お陰で、専門家でさえ勘違いしまくっている情けない業界になってしまいました。

 最近の武術、武道、格闘技の漫画は、技の原理を解説するものが増えてきています。が、肝心の専門家が書いている本では、トンチキな理論ばっかり示されて余計に間違いと妄想が広まっているように思えます。

 何でそうなるのか?というと、「愛が足りない」からでしょう・・・。

 武術を利用して名前を売りたいのが本心なんじゃないの?としか思えない人が多いように見えるのは私だけなんでしょうか?

「この人達、本当に武術や武道を愛しているのかな?」と疑問に思う人ばっかりです。

 贔屓目に見ても、自分の流派のみ愛している人ならざらにいますが、文化としての武術、武道、あるいは格闘技全般を愛している人って、意外に少ないんじゃないかな~?と思えます。

 恋愛でもそうでしょう? ストーカーに変身するヤツって、要するに自己愛を満足させる対象としてしか相手を見ていなかった訳で、勝手に「裏切られた!」と思い込んで憎悪を燃やしてしまう訳ですよ。

 純粋に相手(対象)の幸せだけを願うのが“愛”ですよ。そこに自分への見返りを求めてはいけません!

 私なんか、「武術に裏切られた!」と思ったことは数知れないですよ。それでも続けてきたのは、やっぱり、“愛”があったからでしょうね~?

 私が付き合いが長く続いている人も、そういう純粋に何かに打ち込んでいる人ばっかりですね。

 たとえ、現時点でその愛が報われていなかったとしても、そういう人は必ず世に認められて活躍することになると思いますね。

 まあ、それでダメになっていく人もいますが、ダメになる人は純粋さが足りなかったんだと思いますよ。誇大妄想に浸って現実が見えなくなる人は欲望に振り回されてしまうんでしょうね?

 芸能、芸術、創作の分野なんか、まったくそうですよ。どれだけ自身の想いを純化して結晶化していけるか?が重要です。

 私なんか多芸多才なタイプになるかもしれませんが、一芸を極めた人の問答無用の凄さを見せられると憧れますよね~。

 武術愛が失われなかったのも、本当に物凄い先生に何度もお目にかかったからでしょうね~?

 誰とは申しませんが、インチキで見せかけだけで口先だけ達者で自惚れの酷いゴミ人間しかいなかったら、流石にやめていたかもしれませんね?

 純粋に一つの道を極めた人って、やっぱり迫力が全然違うし、感動しますよ。

 そんな人達に多く出会えた私は、本当に幸せ者だと思います!

 ただ、そんなスペシャルな人間に多く出会えた私は、普通の人間にはずぅ~っと興味がありませんでしたが、最近はちょっと違ってきましたよ。

 普通の人間でも磨けば輝き出すということを確信したからです!

 人間、やっぱりベースは同じなんだよな~?と、思うようになりました。

 うちに入会してきた人でも、何カ月もすると別人のように変わりますよね?

 単純に考えても、普通の人間には戦闘力なんか何にもないでしょう?

 でも、うちの道場に通っていれば、現実の戦闘について考えるようになる。そうすると、戦闘状況になった時にどう対処するか?と考えるようになる。

 つまり、世界観が広がっていくんです。

 日常生活の中で当たり前だと思っていた世界観が広がっていくことで、考えもしなかった・・・言葉を換えると「使われなかった脳の領域が使われて活性化していく」ということが起こっているのでしょう。

 運動することとか本を読んだり映画を見たりすることで脳に刺激が加わると、その領域が活性化して働き出す訳ですよ。

 それはルーチンとしての日常生活を毎日同じように繰り返していると得られない刺激なんですね。

 刺激が無いと活性化しませんから、毎日、同じ生活をダラダラと繰り返しているだけだと脳は萎縮していくんですね。「使わないから必要ない」と判断してしまう訳です。

 無論、ルーチンだからダメという訳ではなく、無意識にも繰り返し使っている脳の領域はそうそう衰えません。自転車や車の運転がいきなりできなくなったりしないようなものです。

 ゲーム脳の問題点がよく指摘されていましたが、これもゲームだけやっているから問題が起こる訳でしょう。

 余談ですが、夏に撮る映画の打ち合わせで、監督と一緒に、久々に、つばさ基地に行ったんですね。その時に、ある番組の準備でトレーニングに来られたアクション好きな芸能人が、最初は全然できなくて企画が成立するのか?と思えるくらいだったのに、最後の方になったらバリバリに動けるようになって現役の時より元気になってしまった・・・みたいです。

 秋本さんは整体療法やら健康法やらいろんなことを総合的に勉強してトレーニング法も工夫されているので、こういう現象も起こるんだと思います。

 まあ、普通はそうそう、そんなにうまくはいかないですよ・・・(苦笑)。

 でも、アクションやスタントのプロの方は指導能力はその辺の武道の先生より遥かに上だと思いますね。

 何でか?というと、まったくのド素人を撮影現場で剣の達人みたいに見えるように教えなくちゃならなかったりするでしょう? そりゃあもう、とんでもなく教えて上手い!

 私が武道家なんかよりアクション指導のプロを絶賛したりするのも、そういう現実を見てるからなんですよ。

 そう言うと、「演技で見せる技はリアルな技とは別だ!」って批判する人も多いですが、判ってないですよね~?

 芸能の世界には現役時代に世界チャンピオンになった武道家や格闘家がゴロゴロいるんですよ?

 ボクシングやプロレス、キックボクシング、総合格闘技、空手、柔道、剣道、中国武術なんかの世界チャンピオンだった人が芸能活動している例が多い。

 そして、芸能人も武道や格闘技に打ち込んでセミプロ級になる人がざらにいます。

 まあね~・・・思いつくまま御名前を挙げると・・・ガッツ石松、藤原組長、倉田先生、武田梨奈、長谷川初範とか・・・。

 そんなレベルの人達を二段やそこら持ってる程度の人間がとやかく言えますか?

 笑われちゃいますよ。

 勘違いしちゃ~ダメですよ~。

 そういえば、深夜番組で外国人サラリーマンが形意拳やってみせていたんですが、スッゲー上手くてビックリしましたよ。形意拳の動画出してる人よりずっと上手だった。

 世の中、どこにどんな才能ある人が隠れているか判らないですね~?

PS;セミナーでは最新作DVD『続・合気の応用』も販売します。最新作なんで割引は勘弁してくださいね~(泣)。

PS2;今回の“当て技”は、拳・変化拳・掌・手刀・前腕・肘・肩・背中・腰・脚技等々、膨大にやるつもりです。前回の体の合気の延長として“抖勁”の練習法も解説しますよ。もちろん、当て方も練習しますから安心してください。ただし、これらの技は体得しても危な過ぎるので試したりしないでくださいね? 事故死したらマズイから。まあ、多少やってる人なら「こんな技やったら殺しちゃうかも?」って気づくと思いますけど。

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詠春拳セミナー「木人」感想

 6月28日の日曜日は、いつも都内でやっている山田師範詠春拳セミナーを相模原淵野辺の本部道場で実施されました。

 何でか?というと、本部道場にはクエストさん山田師範のDVDを製作した時に購入した木人椿(モクジントウ)があるからです。

 去年は、私が買ってクエストのYさんに運んでもらって事務所に置いていたんですが、事務所がすっかり狭くなってしまったので、「そろそろ道場を何とか借りたい」と思って今の場所を見つけた訳なんですが、切っ掛けとなったのは、コレを買ったからですね?

 もし、買わなかったら、事務所で十分だと思って道場を探さなかったかもしれません。

 ちょっと無理してでも道場を借りられたのが良かったですよ。会員のレベルアップが著しくなりましたからね。

 この日は、いつも通りに日曜の稽古会をやった後で、詠春拳セミナーをやる予定だったので、山田師範も早めに来て稽古会に参加していました。

 山田師範は少し遠方なんで、定期的に稽古に通えず、うちの基本的稽古法はあまり教えられなかったんですよ。それでも、元々の実力があったのと、人柄が素晴らしかったので師範に任命した訳です。

 最近は、小塚師範と交換教授の形でうちの技や合気道も学ばれているので、動きが一般の詠春拳より柔軟で自由な感じになっていますね。

 アメリカで修行していた頃は、もっとガチガチで筋トレもやっていたそうなんですが、それでは巨漢のアメリカ人に勝てず、身体も故障してしまうので、根本的にトレーニング法を考え直したらしいです。

 筋トレに頼る人は日本人を基準に考えるから、手っ取り早く筋肉を付けて対抗しようと考えるのでしょうが、基礎体力と体格が大きく違う外国人の中で日本人が同じやり方をやっても差は埋まらないと思いますね。

 むしろ、伝統的な昔ながらの武術の稽古法を検討し直した方がいいと思うんですよ。

 そもそも、武術というのは体力体格の差を埋める技術を工夫して生まれたものなのですから、筋肉パワーに頼ることそのものが方向性を間違えています。

 基礎鍛練や基本練習も、身体作りが目的なのだと思い込み過ぎています。

 武術体の養成というのはボディビルのように筋肉を鍛えて膨らませることが目的ではないのです。武術の技を最大限に駆使することのできる身体性を養成することが目的です。

 ここのところを勘違いしている人が多過ぎますよ。筋肉を鎧のようにすればいいのだと誤解してしまっている。

 そうじゃない。硬い筋肉を身体に鎧わせてしまってはいけません!

 硬い筋肉は浸透力の無い効かない突き蹴りには耐えられるでしょうが、浸透力のある当て技には対抗できません。なまじ相手の突き蹴りに耐えられるという自信がついてしまうだけ、より危険であると言えるでしょう。

 柔軟でしなやかな、応用変化が自在な身体性を養成し、突き蹴りの打撃力を作用させないようでなければいけませんし、ましてや刃物等は受け止めてはなりません。

 その観点から伝統的な訓練法、稽古法を検討すれば、いかに優れた内容が伝わっていたか?に、気づく筈です。

 そういう観点からも、訓練内容の個々の動作の意味と使い方を実地に示して教えられるのは、山田師範の研鑽の深さだと思います。

 往々にして、伝統武術の道場では形を延々とやらせて個々の動きや形の意味は全然教えられないのが普通だったりするんですが、これでは、いつまで経っても実用の役に立たないでしょう。

 これは真摯な修行者なら誰でも悩む点なのですが、稽古のための稽古に埋没することで疑問を封じて延々と時間を潰していく道場が非常に多いのは、問題なんじゃないか?と私は思いますね。

 ぶっちゃけた話・・・教えている師範が稽古している内容の意味を知らない場合が非常に多いんですよ。

 知らないなら、教えられないのは当然でしょう?

 では、どうすればいいのか?

 知っている先生を探す・・・というのが誰もが考えるベストな方法でしょう。

 ところが、仮に知っている先生を見つけ出したとしても、その先生が教えてくれるとは限らないのです。

 これが武術の世界の特殊な事情で、難しい点です。

 昔気質な伝統武術家は総じて秘密主義で選民思想の持ち主です。金さえ払えば何でも教えてくれる・・・というような人はいないと思っていた方が良いでしょう。

 教える側の気持ちからすれば、「価値の解らない人間には教えたくない」「技能が未熟で洞察力の無い人間には教えても体得できない」「人格に問題のある者に教えたら社会に害を及ぼす」「裏切って敵対しそうな性格の者には才能があっても教えられない」・・・といった理由から、容易には教えられないのです。

 だから、教えたくなるような人間に、まず自分がならなければなりません。

 武術が礼儀をことさら強調するのも、ここに理由があります。

 私は礼儀知らずに誤解されがちなんですが、それは偽善的な武術屋を徹底批判する毒舌っぷりを、上っ面だけ見て判断する人でしょう。武術は読みを重視するのに、上っ面しか見ないというのは困ったもんです・・・。

 余談ですが、私よりちょっと若い親しい友人が、養子をもらったそうなんですね?

 子供が一人いるんだけど、もう一人欲しかったらしく、以前、東京に出張してきた時に、「実は養子をもらうつもりなんだ」と打ち明けてくれていたので、特に驚きはしなかったんですが、考えてみたら、その子が成人した時に彼は70歳くらいになってしまう計算で、年齢的にもギリギリだと思ったんでしょう。

 私は養子どころか嫁さんもらうのも(経済的に苦労するのが目に見えているんで)できませんが(だから、せめて猫、飼いたい!)、あいつは偉いな~と思いましたよ。

 武術も、単なる格闘の技術じゃなくって生き残りの技術と知識と考え方を総合的に伝えるものなので、研究が進めば進む程、伝えるべき内容が膨大に膨らんでいくんですね。

 山田師範の詠春拳もまた、形、動作の一つ一つの意味を探りながら稽古法に還元させて伝えていく・・・というのは、非常に学術的な身体運動の教授であって、単純にフィジカルな運動を繰り返せばいいというものではないな~?と、見学していて思いましたね。

 それにしても、木人を使った訓練法の多彩な意味を解説しながら教えられる山田師範が、うちの会に入ってくれたのは有り難いことだと思いました。

 単にオブジェと化していた木人が、購入して初めて、その真価を発揮し得た! そのことも有り難いことだと思います。

 イサミさん本社のテナントで何年も埃を被っていたままだという木人が初めて雄々しき姿を顕現したのです!

 同時に三人が練習できる独立式木人!

 初めて見た時は、『宇宙船ビーグル号の航海』に登場する宇宙生物イクストルか?という異形の姿に見えましたが、この日、誕生以来の晴れ姿を見せて、カンカン・バシバシ!と打たれ続けたのです!

 私の脳裏では、『少林寺木人拳』のテーマ曲が鳴っていましたよ~? 私、いまだに肉マン食べる時に表面の皮をむしって食べる癖がありますよ・・・。

 良かった良かった・・・。

 次はまた秋に、ヨロシク!


PS;『戦闘理論』のジャケットが無くなっていて、ジャケ無しケースで送っておりますが、御了承ください。『続・合気の応用』も宜しくお願いします!

PS2;鈴木崩残先生が御自身のブログにてお返しのコメントを書いてくださいました。私、パソコンで見れないので友人にDVDプレーヤーで見れるようにしてもらって見たんですが、無心剣での神業!には驚きましたよ。技術を超えた神業の話はよく聞きますが、手裏剣だと結果が一目瞭然なのが有り難いですね?

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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
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