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大阪出張

剣に学ぶ武術の奥義』は、どうやら売れ行き良いみたいです。書店で見かけないのも、すぐに売り切れていたのかもしれません・・・。

 それはさておき、出版の相談を受けたので大阪まで出張してきました。電話ではよく判らないので、直接、お会いすることにした訳です。

 具体的に決まっていないので、現時点で詳細は書けませんが、これが本になれば日本の武道史に残るものになると思います。

 三回くらい行ったことある場所だったんですが、長いこと御無沙汰していたので、行き方を忘れていて、取り敢えず、横浜線で新横浜駅に行き、新幹線に乗り換えて新大阪駅まで行きました。

 そこで地図を買って、見当をつけたのですが、よく判りません。何とか最寄り駅が判ったので、携帯で乗り継ぎを調べて行きました。

 ところが、地図で住所を調べたつもりが間違えてしまっていて、一時間くらい迷って、コンビニのお姉さんに尋ね、お巡りさんに尋ねて、ようやく到着しました。

 まあ、具体的なことはまだ書けないので、ここまでにしますが、恐らく、2016年いっぱい使って本作りすることになると思います。

 自主製作本にするにしても、せっかくの内容なので、写真解説も付けたいし、DVDも添付したい。そのようにお話したら、「そういうアイデアは自分達だと思いつかなかった」と、大変、喜んで戴けました。

 もちろん、そうなると複数回、大阪に来る必要がありますが、武術研究家として久しぶりの大仕事になると思うと、ワクワクしてきましたね。

 2016年は、初プロデュース映画の公開に、この仕事、それから小説デビューも狙っていますし、もちろん、アスペクトの武術シリーズの新作も一年に一冊のペースは守りたい・・・。

 今年は結構、頑張ったかな~?と思っていましたが、ずっと忙しくなりそうですね?


 26日は、小説仲間?の忘年会をやりました。勉強会という名目なんですが、愚痴のダベり会(苦笑)?みたいになっちゃうんですけどね~。

 でもね~。こういうのはストレス解消のためには必要だったりしますからね?

 小説を書こうという人は、やっぱり普通の人より特殊な生き方をしていたり、特殊な思考法をしたりする人が多いと思うんですが、それは一般社会生活上はマイナスになったりしがちなんですけれど、創作活動にはプラスになりますからね。

 私は、相変わらず小説はちっとも上手くなっていませんが、武術という特殊過ぎるジャンルの知識があるから、その点で非常に有利になっていますね?

 極端に言えば、小説家って、少しばかり、頭が狂っていてもできる商売ですから。

 いや、少しばかり狂ってるくらいが、ちょうど面白い作品が書けるのかもしれません。

 売れてる小説って、結構、下手くそだったりするんですよ。何で、これが売れるのかな~?と、専門家が首を捻るようなベストセラーも少なくありません。

 特に私は、まともな小説と言われるものを好んで読みたいとは全然思わない人間なので、自分が書く場合も、名文を書こうと思ったことは過去、一度もありません!

 自分が退屈するような文章は書きたくないんですよ。サクサク読めて、ハッハッハと笑ってもらって、後から、「あ~、面白いな~。もう一回、読んでみよう」と、またページをめくりたくなる本を書きたいですね~。

 その上で、「あれっ? 何か、結構、深いかも?」と思ってもらえたら、有り難い。

 気づいている人もいるかもしれませんが、私は、いつも、“話すように”書くことを心掛けています。文章の作法は無視しているんです。

 どうしてか?というと、不自然に思えるからです。

 不自然な言葉は頭にスンナリ入って来ないんですよ。論文だったり、事務的な文章って、読んでいて疲れるでしょう?

 ファミレスでくっちゃべってるような感じが一番、気持ちいいと思うんですよね?

 それでも小難しいと感じたと言う人もいますが、それは、恐らく、普段、本を読まない人なんでしょうね?

 売れっ子のエンタメ作家は、私と同様に話し言葉風に書く人が多いように思います。ラノベになると、それが行き過ぎてしまうから、私の通ってる小説講座の先生なんかはラノベを蔑視していますね。

 だけど、私みたいに高尚な作品を書きたいと思っていない人間にとっては、売れ行きがいいかどうか?が重要ですからね。売れない作品は絶対、書きたくありません。

 楽しく書いて、バンバン売れる! それが来年の目標ですかね?

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武術と武道と格闘技

『大武道(OH!BUDO)』を買ってきて読みました。

 元格闘技通信と元紙のプロレスの編集長が組んで創刊したムック本でしたね。

 どちらの雑誌も、基本はプロ格闘技の専門雑誌でしたから、この『大武道』も、根本的には武道ではなくプロ格闘技の雑誌としてやっていこうとしているように思えました。

 コンセプトとしては、プロ格闘技の新たなブームを作るには“武道”という思想的な概念が必要なのではないか?という企画意図があったようですね。

 なので、実際に武道をやっている人間が読むと、かなり違和感を感じます。

 つまり、『厳流島』という“プロ格闘技イベントのプロパー”として創刊されたムックであって、別に“武道”という文化そのものを探究する専門雑誌にするつもりはさらさら無いのが読めてしまうからです。

 私は格闘技は嫌いではありませんし、格闘技を修行している人達にも尊敬の気持ちを持ちますけれど、“興行”というビジネスに組み込まれてしまっているプロ格闘技の選手として一所懸命にトレーニングしている人達は、どうにも気の毒に思えてしまいます。

 格闘技の純粋な探究と、興行のためのショー化は本来、意味が違うのではないかな~?と思うからです。やっている人達は、目先の“強さ”を求めて視野狭搾に陥っていることを自覚していないでしょう。

 古代ローマのパンクラチオンや、タイのムエタイ、プロボクシングやプロレスもそうですが、ショーとして見せるエンターティンメント性ビジネスとなれば、そこには多少なりとも演出や演技が入ってくる訳で、それを「真剣勝負」と認識することは何か根本が違うと思いますね。

 むしろ、完全に演技と割り切って、芸術性や芸能性を追究する殺陣アクションが、スポーツの枠組みを脱しているように思いますし、“健全”でしょう。今夏、自分でやってみて、尚更、芸道として確立されているジャンルなんだと思いました。

 抽象概念としての“強さ”を求める呪縛から解放されて、ダンスのような身体表現の芸術になっているから“健全”なんですよ。

 私も道場経営している人間ですから、ビジネスが悪いと言うつもりはありませんが、何か目的がズレていってしまうのでは問題があるな~?と思うんですよ。

 武道は、既に現代日本でビジネスモデルにされてしまっている面があるので、どんどん本質から離れて建前としての精神論と、競技に勝てる技術ばかりを残す形式になってきています。

 いや、その点を疑わない人も多いのではないでしょうか?

「試合に勝って強さを証明する」というスポーツの論理に組み込まれてしまっている訳で、“競技試合”が目的化されているのです。

 そこでは、武道はスポーツとして微塵も疑われなくなっていますが、これは西洋の文化に日本の本来の文化が侵食されてしまった結果だと思います。

 もともと、武術は兵法と同義であり、いかに効率良く敵を抹殺するか?を研究して発達してきたものです。そこに年齢とか体格とか体重とかはまったく関係ありません。

 そもそも、命懸けの戦闘に平等な条件はあり得ないからですし、見物して楽しむためのものでもありません。戦争映画は虚構だから楽しめるのであって、ドキュメンタリー映像で戦争で人が木っ端微塵になる様子を楽しんで見れたら、それは精神に異常がある証明にしかなりませんよ。

 血みどろで闘う格闘技を「実戦的だ!」と喜ぶのは、もう変態性欲の持ち主でしかないでしょう。こういう人間が暴力事件を起こしても驚くには値しません。弱い者を救いたいと思う人間でないとキチガイに刃物ですよ。


 さて、よく誤解されがちですが、鉄砲が入ってから武術は廃れたと考えられていますが、事実は違います。鉄砲も武術化したのです。

 西洋では鉄砲は火繩式(マッチロック)から火打石(フリントロック)や燧発火式(ホイールロック)を経て、雷管式(プライマー)となり、19世紀半ば過ぎに薬莢(カートリッジ)が開発されてから連発が容易になって急激に発達して今に至ります。

 が、日本では幕末に独自に雷火式が発明されるまで火繩式が使われ続け、火繩式に関しては世界で最も研究されて数多くの流派が出ました。

 しかし、海外で鉄砲の流派というものはあまり聞きません。鉄砲そのものが改良され続けて一般化したからです。そこには武器の進化しかありません。

 日本では、どうして武術化したのか? それは、鉄砲が新しい武器だったからです。刀や槍、薙刀、棒などに対するに、弓矢や手裏剣よりも遠方を狙える“武器”として武術の中に採り入れられた訳です。

 どうも、格闘技をやってきた人達が一番、誤解しやすいのが、この点のようです。

 武術は本来、“武器を用いて戦う戦闘術”だということです。

 素手で闘うのは、相撲のような祭礼儀式的な遊戯であり、軍事訓練の一つでもありましたが、そこから武術が発展した訳ではありません。

 日本で素手の武術が発展したのは、戦場で武器が無くなった時に最後の手段として組み討ちで戦う必要があったからです。

 その証拠に、ほとんどの柔術流派が、剣術や居合術も含んでおり、最初の柔術流派とされる竹内流に至っては総合武術流派として剣・居合・棒・槍・薙刀・手裏剣・整体活法・捕縄・十手に気合術や霊術(エクソシズム)まで含まれています。

 戦国時代に発祥した天真正伝香取神道流も、剣術がメインではありますが、居合・棒・薙刀・槍・手裏剣も含みながら、柔術も採り入れています。

 現代武道のように空手なら突き蹴り、柔道なら投げと固め、剣道なら竹刀で打ち合う・・・といった形態とはまるで異なるという事実を、もっと理解していなければなりません。

『大武道』では、このような現代武道の根底にある本来の武術性について評価する視点がまったく感じられませんでした。

 実際に柳生心眼流を学んでいる平さんや、武道武術に造詣の深い山田編集長も取材されていましたが、インタビューの聞き手の質問に問題があるのか、そういった“武術性”については、ほとんどくみ取られておらず、語られてもいないのです。

「達人は本当にいるのかどうか?」といった、格闘技ファンが考える神秘のイメージでしか語られないので、結局、強いか弱いか?という競技試合の観点に話が戻ってしまうんですね?

 平さんはもともとプロ格闘家だったので、武術マニアがプロ格闘技をなめたような発言をするのを苦々しく感じているのが明白でしたが、ほとんど格闘家の視点に戻っていましたね。

 武術の代表として、この期に及んでフェイク武術の代表である甲野さんを取材する時点で、何も理解していないのがバレバレなんですが、“武道”という言葉を掲げているだけで、武道そのものへのリスペクトが欠落しているのは明白でしょう。

 それでも、私は「しょうがない」と思っています。

 実際に武道家と呼ばれている先生方を取材しても、納得できるような答えを論理的に示すことのできる人は皆無に近いでしょうし、それができる先生は取材そのものを受け付けないと思います。

 真に武道武術を探究している先生方に共通するのは、「わかってない人間はまともに取り合わない」ということです。無視したり叱責したりするか、あるいは、「こいつに何を話しても無駄だな」と、テキトーにおだてて何も見せずに帰してしまうか? そういうものですよ(私もそうやってますから・・・)。

 だから、本当に凄い先生って、案外、メディアに出てこないんですよ。いっぱい出てるから本物か?というと、まったく逆で、自分で売り込みまくってたりするんですよね。

 そんな訳で、武道や武術を真剣に追究していれば、雑誌は作れないでしょう。仮に私が、「金出すからやれっ」て言われても断るでしょうね?

 難しいですよ。各流派を取材しても流派の歴史なんてもう捏造だらけですからね~(苦笑)。本当のこと書いたら、やっている人達が激怒するでしょう? だから、書けないんですよ。

『秘伝』なんて、よく頑張ってやっているよな~?と、最近、本当に偉いと思うようになりましたよ。物凄くニュートラルにバランス取って書いてる。私にはできない芸当です。「こりゃあ、ダメっすね~(苦笑)」って思った通りに書いちゃうし、あまりにもインチキで勘違いした相手だったりしたら、怒ってぶっ叩いちゃったりしますからね~、私は。

 つまり、武道について知らないから『大武道』と、シャレでできる訳です。

 知らないなりに、「知りたい」という欲求が根底にあるから創刊しようとした訳でしょうから、是非を論じても仕方がありませんが、雑誌を作るには金がかかるし、ビジネスとして成立させるには出版事業計画を建てなければなりません。

 そういう大変なことが必要なのを、私ももの書きの端くれとして知らない訳ではありませんから・・・。

 ただ、「もういい加減に、格闘技と武道、武術をいっしょくたにして考えるな!」と言いたいし、専門家も、「もうちょっと、ちゃんと勉強してから物を言え!」って言いたいんですね~。

 格闘技と武道は、競技スポーツとしての面で共通性がありますが、武術は競技スポーツではありません。

 では、武術は何か?と問われるのなら、“護身術”です!

 ただし、暴漢から身を護るだけが護身術ではありません。

 病気に罹らないための養生術・怪我を治す治療術・身体を強化する健身術・心を強化する瞑想術・危機を予測する察知術・敵の心を読む読心術・天地自然の理を読む観相術・・・や、あらゆる武器を使いこなす武芸百般の腕も必要です。

 気功や呼吸法、整体や薬方、食養、易や風水気学、そして、ありとあらゆる武器術の修練や武器の製作法なんかも勉強するのが武術の考える護身術なのです。

 何故、そんなに膨大な知識が必要なのか?というと、生き残ることが大前提だからなんですね?

 格闘技の試合だったら、「相手が強かったから負けても仕方ない」と言えますが、武術の勝負は基本的に“負けたら死ぬ”という状況であって、“競い合う”という概念は皆無です。当然、強いとか弱いとかも関係ありません。

 相手が自分より強くても勝たなきゃいけない場合が“当たり前”なのが武術の想定する実戦なんです。よって、できるだけ勝負は避けるのが基本ですし、強さの確認じゃなくて、「生き残るためにはどうすればいいか?」が前提としてあって、その上に確実に勝ち残るための戦闘術がある訳です。

 プロ格闘技の場合は、“負けたら飯が食えなくなる”という状況があるかもしれませんが、即座に死ぬことには直結しないでしょう。

 実戦をケンカと想定するのも、やはり、ちょっと違いますよね? ケンカで人を殺そうとは思わないですよ。普通。従って、殺傷力のある武器は使いません。

 逆説すると、人を殺そうと考える場合、素手で殴り合う人間は普通はいません。ナイフや包丁、金属バットくらいは用意するでしょう?

 致命傷を与えるには武器を使うのが確実だからです。

 ですから、護身術で一番に考えなくてはならないのは、“対武器”なんですよ。

 素手の武道や格闘技をやっている人間は、この認識が非常に乏しいようです。皆無に近いと言っても構わないくらいですね?

「刃物や鉄砲を相手にするなんか考えるのがナンセンスだ」って言い切ってしまう武道家も普通にいますが、本来は、そこが肝心要な点なんですよ。そこを考えないで武術だの武道だの語るも愚かです。平和ボケの極致!

 わかりますか? 武道家が一番、平和ボケしている?って、それこそナンセンス・ギャグにすらなりませんよ。笑えないよな~・・・。

 恐らく、日本がアメリカみたいな銃社会だったら、「銃道」みたいな武道があったでしょうね?

「そんな訳あるかい?」って思った人は、何かお忘れではないでしょうか?

“銃剣道”ってあるでしょう?

 どう考えますか? 明らかに軍事教練の産物ですよね?

 ライフル型の木剣は、小銃にバヨネット(銃口近くに装着するナイフ)を装着したものをモデルにしていますね? これって完全に軍隊の野戦体術の発想でしょう?

 銃は、弾が尽きたら鈍器として使うくらいしか武器としての効力がありませんが、ナイフを装着していれば接近戦闘にも応用できます。

 この発想で、アラン・ジッタという人が考えた“ストライクガン”というのがあって、これはコルト・ガバメントM1911をベースに、銃口やグリップ下に打撃用のスパイクがデザインされていて、『リベリオン』のガン=カタに登場するクラリックガンの元ネタになったものです。

 OK牧場の決闘で有名な名保安官ワイアット・アープが使用したと言われる、異常に銃身が長いコルト・シングルアクション・アーミー45・バントライン・スペシャルも、実際に撃つより長い銃身でぶん殴っていたとか?

 映画『黄金の犬』で地井さんが演じた残虐非道な殺し屋が使ったナックルダスターガンというのも、弾が尽きたらナックルダスターで殴ったり、ナイフで切ったりする実在する珍銃でした。

 日本や中国の武術にも、こういう珍奇な隠し武器、暗器は沢山ありますし、宮本武蔵が晩年、刀を差さずに歩いて、「流石は名人だ」と言われながらも、実は懐に斧刃状の懐剣という握り武器を隠していたとか・・・武器というものは武術にとって必要不可欠なものだったのです。

 武道や格闘技を愛好する人は、大抵、こういう武器に関する話を嫌がるものですが、刃物を持った通り魔に遭遇して逃げるしか能がないような武道家や格闘家の実戦論なんか聞く意味があるんでしょうかね?

 まして、武装テロリストに捕まって、為す術なく斬首されてしまうとしたら、何のための武道や格闘技の修行だったのか?と、私は思います。どうせ殺されるのなら、敵の銃を奪って一人でも多くのテロリストを殺した方が、世の中の平和に貢献できると思うのは私が特殊過ぎるんでしょうか?

 私は、戦うべき時に戦える人間でありたい。そのための武術修行であり、同じ志しを持つ人に戦い方を教えるべく研究している訳です。

 競技で自己満足の強さを獲得したい人は、そういう道場を選べばいいと思うんですけど、それだけで満足できる人達の気持ちが私には理解できませんね。

 私は人を救けられなくて悔しい思いをしたことが二回あります。

 一度目は中学の時で、二度目は24歳くらいの時でした。

 試合に負けたりしても大して悔しくはないんですが、人を救けられなかった悔しさはずぅ~っと残りますよ。

 だから、爺さんになっても、義を見てせざるは勇無きなり!の精神を保てるように武術の研鑽を生涯続けたいんですね・・・。


PS;31日の隔週木曜のメイプルホールの稽古はお休みです! 間違って、来ないようにお願いしますね。新年は14日から始めます。3日の日曜本部稽古は普通にやります!(ブログ担当追記:1/2土曜日11:00から本部道場稽古あります。いつも通り10:30にJR横浜線淵野辺駅集合です)

PS2;質問があったのですが、『武術極意特別講習会』DVDは、セミナーや講座でも値引きできません。秘伝をいくつも喋ってしまっているので、安くして広まると問題が生じるかもしれないので・・・。また、同じ理由で、予告無しに販売中止するかもしれませんので、御了解ください。

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甲野先生、「哀・おぼえていますか?」

 今年の最後のセミナーでDVDとか売れて少しお金の余裕ができたので、町田のブック・オフに資料本探しに行きました。小説書くにはいろんなこと知らないとダメなんで、日々、勉強、勉強で、結構、金かかります・・・。

 ブック・オフって凄いな~?と思ったのは、売れない本って、3000円くらいする本でも360円ぐらいになってたりするんですね~? 専門書店だったら、値上がりしたりするもんなんですが、何だか、本の値打ちが内容よりも売れるかどうか?で決まるのって、もの書きの端くれとして哀しいですよ~・・・。

 でも、中古DVDでドニーさんが40過ぎて高校生役を演じるという竹内力状態が話題になったけど、意外と違和感がなかった『かちこみ!ドラゴンタイガーゲート』と、『燃えよドラゴン』でリー先生の妹役を演じて女ドラゴンの走りとなったアンジェラ・マオが主演し、サモハンや『ヤングマスター』『ドラゴンロード』『ドラゴンへの道』で悪役道を突っ走っていたウォン・インシック先生も出演している『女活殺拳』も買いましたよ!

 この『女活殺拳』は、原題が『合気道』で、当時、天草の二大映画館の一つで今は無き本渡映劇で何故か?今年の夏に亡くなったオカンと弟と三人で見たんですが、何とな~く、「あれっ? 合気道って、こういう技じゃなかったような・・・?」と思いましたね?

 その後、何年も経って、日本の合気道じゃなくて、韓国の合気道(ハプキドー)のことだったと知りましたが、これ、十年くらい前に当時の映画友達の自宅で鑑賞会やった時に字幕無しだったと思うけど、見返しました。

 武術的に非常に見ごたえのある作品だったんですね~? 『死亡遊戯』にも出てるチ・ハンツァイとウォン・インシックがやっぱり凄い(本物だから)! 今の観点で見ても充分に面白いアクション映画です。千円以下で買えてお釣りが来ましたよ~。


 ついでに、私の新刊置いてないかな~?と思って、町田駅ビルの本屋さんに立ち寄ったんですけど、ありませんでした・・・が、『秘伝』の最新号が出ていて、十数年前に私が形意拳の初歩と新陰流刀法の基本を教わった恩師である小用茂夫先生が特集記事で取材されていたので、買いました!

 私が教わった時は、まだ“刀禅”と名乗ってはおられませんでしたが、研究試行段階だったと思いますね? 小用先生は関東の武術業界で知らない人はモグリだと言われる伝説的な存在で、別名“神保町の王樹金”と呼ばれていました。

 もっとも、王樹金系の先生ではなく、単に体型が似てる?ということで噂されていたような・・・? いや、失礼! 内功のレベルが王樹金のように凄い!と噂されていたんですよ。

 2~3年前だったかのお正月に、河野智聖先生や出口衆太郎先生と一緒に青木宏之先生の事務所を訪ねられていた時に、久しぶりにお会いして、以前、お借りしていた3万円の代わりに13万円で買った短刀をお贈りしましたら、嬉しそうに振っておられました。

 小用先生は古武術、中国武術、武術系格闘技等を膨大に研究されていて、その知識量は関東随一と言われていましたが、この時にそう申し上げたら、「いや~、今では長野さんの方がずっと詳しいよ」と謙遜されていました。

 こういう自己顕示欲がまったく無い先生なので、若手の相談役みたいな感じで、いろんな人を、よく面倒を見ておられました・・・というのも、私も何度も間接的に御迷惑おかけしちゃってたんですよね~? お恥ずかしいです・・・(汗)。

 一番、ヤバ~イと思ったのは、夜中に小用先生から電話を頂戴して、「甲野ちゃんがお怒りだよ? 俺、立ち会い人を頼まれちゃったんだけどさ~。長野くん、何とかしてよ。困るよ~」とのこと・・・。

 これって、甲野氏が私の批判に激怒して送った“真剣で立ち合いましょう手紙事件”の時のことなんですね。手紙にはウダウダ書いてましたけど、「事故に見せかけて叩っ斬ってやる」って周囲の近しい人達にはしゃいで吠えてたそうで、心配して電話くれた甲野氏の弟子もいたくらいです・・・(苦笑)。

「あ~? どうせ、事故に見せかけて俺を斬ってやるってはしゃいでんでしょ?」って言ったら、「うっ・・・・そ、そうです・・・」と言ってて、「心配ないよ。そんなのに引っ掛かるような阿呆じゃないよ。わざわざ知らせてくれて有り難う」と答えたような記憶があります。

 ちなみに、この人、「さっきの話、長野さんに伝えましたよ」と、わざわざ甲野氏に告げたそうで(カッコイイ!)、そうすると甲野氏は「ええ~っ! 何で言っちゃうの~? じゃあ、作戦変えなきゃ~いけない・・・」と言ったそうです・・・。

 作戦だったんだ? バレバレだと思うけど・・・。

 もっとも、私は覚悟の上だから別に構わないんですけど、小用先生が立ち会い人になったら決闘罪の共犯として罪に問われるでしょう? その時、小用先生はまだ某大手出版社の社員でしたから、事件が発覚したら仕事も失ってしまったでしょう。甲野氏は働いたことないから、そこまで考えが回らないんでしょうね?

「本当に済みません。何とかしますから・・・」とお詫びして、考えた末、甲野氏の手紙をホームページに晒したんですよ。

「バカやっちゃ、ダメだよ~ん?」って、反省させる感じで・・・。

 いやはや、その後も大変でしたね~? 大爆笑しながら誉めてくれた人もいましたけどね~? 「長野さんは、ほんっとうに性格悪いな~? でも、甲野のヤツは、ほんとうにバカですね~?」って、ゲラゲラ笑ってましたよ。

 でも、概ね、嫌がらせが凄くなりましたね(苦笑)。当時、勤めていた大学に「こんな非常識な人間を雇っていていいのか?」と学長に手紙が来て、事務局に怒られましたよ。

 そんな具合なんで、どこかに所属しているというのは、いろんなしがらみが出てきてしまうから、今はどこにも所属していません。自由に発言したり行動したりできなくなるでしょう?

 私にとっては発言が制限されるのはもの書きとしてマイナスにしかなりませんからね。

 ネット掲示板の匿名性というのも、自由な発言の権利を護るという意味では大切なことじゃないか?と思いますね。嘘書かれるのはムカつくけど、そういうのも全部含めて、検証されて真実が追究されていけばいいんじゃないかな~?と思います。

 本当のことをずぅ~っといい続けていれば、いずれ事実が判明して「長野さんの言っていたことが真実だった」と証明されると思っているので、現時点であれこれ非難されても気にしませんよ。「嘘もずっとつき続ければ事実になる」って言われますが、どんな屁理屈つけようが、事実は厳然として事実なんですよ。


 さてさて、毎度毎度、長~い前振りで済みません!

 この書店で『大武道』という武道格闘技系ムック本を立ち読みしたんですけど、相変わらず武術界の代表?として甲野氏のインタビュー記事が載っていました。

 まっ、それはいいんですけど・・・読んでビックリ! 唖然茫然、これ如何に?という内容で、もはや、怒る気力も起きませんでした・・・。

 興味のある方は是非、御一読をお勧めしますよ(何故か、宣伝になってしまった?)。

 いやね~? 世の中には平気で嘘をつける人間が存在するということは承知しているつもりだったんですけど、甲野氏の場合は、むしろ限りなく病的なものを感じますね。

 恐らく、自分に都合の悪い事柄は忘却してしまって、都合の良いように脳内で変換されて記憶されたりしているのではないでしょうか?

 類似の性格の人に何人も会ったことがあるんですけど、こういう人って、自分が嘘をついているという自己認識が無いみたいなんですよ。

 自信満々で自説を強弁するから、「そんなものなのかな~?」と納得させられてしまう人が多く、割りと“その筋の第一人者”におさまっていることもあります!

 甲野氏の場合、普通の人間が全然知らないマイナーな分野の知識を織り交ぜて解説し、実演するから、世間的にすっかり“古武術の大家”“現代の達人”“本当に居た五エ門”みたいにキャラクターが拡大していっていますね?

 戦略的にやっているとしたら、立派ですけど・・・でも、あそこまで実力が伴っていないのがバレたら、どうすんの?って思うと、異常な自己顕示欲に振り回されてる哀しいヤツだな~?と、思ってしまいます。

 恐らく、小さい頃にイジメられたりしたんじゃないでしょうか? それでトラウマ負って、常人離れした自己承認欲求が肥大していき、着物に下駄履いて真剣持ち歩いたりして注目を浴びようとするようになってしまったんでしょう。

 いろんな武術家に教わりながら、実戦を無視した演芸化した技をあの手この手でアピールする詐欺師的スタイルを作り上げてしまったのでしょう。

 戦う技能も無いのに、さも実戦武術を探究しているかのごとく見せかけたがるのも、国井先生や青木先生や黒田泰治先生のような本物の達人に対する憧れが強過ぎるからなんでしょうが、いかんせん、もう致命的に才能が無いので“まともに戦えば冗談みたいに惨敗してしまう”・・・。

 普通の精神構造なら辞めてしまうと思うんですが、自己承認欲求が強過ぎるが故に、屁理屈こねたりしてごまかしているうちに、脳内で都合良く捏造した記憶が定着するようになってしまったのではないか?と・・・。似たような人は武術業界に結構いますけど、甲野氏ほど世間的に活躍した例は無いでしょう。

 要するに、自分に自己暗示かけて生きている人なんだと思います。

 そこにマンマと世間が乗せられてしまった・・・。本人はウッシッシですよね。してやったり!と思ってるでしょうね? 彼の人生は、「嘘も百万回言い続けていれば真実になる!」と、思い込みだけで成立させてしまったのでしょう・・・。

 哀れなことです。現実を認識できないんですから・・・。あるいは、年齢的にも認知症状が出てきてもおかしくないですし、動物性タンパク質を取らない食生活で脳が萎縮している危険性も感じられます。

 インタビュー記事中では試合はしないけれど、手合わせは歓迎だとうそぶいているんですが、「おいおい、危ないよ~」って思いました。まともに手合わせして勝った試しが無い人間が、何を言っているんだ?と・・・。

 多分、通常の意識では忘却してしまっているのでしょうが、これは思いださせなくてはなりませんね?

 周囲の人間も誰も注意しないでしょうから、しょうがない。また、私が思い出させてあげるしかありませんね?

 以下、かいつまんで書きますから、本人に質問してみてください。間違っていたら訂正しますから・・・(また、つまらぬものを切ってしまうのか~?)。

[対専門家編]
1,YS流のY先生に合気揚げで惨敗。
2,K合気道の某先生にボロ雑巾扱いされて惨敗。
3,合気会に通っていた頃、マゾのように投げまくられていた。
4,空手家のT先生に空手をバカにした発言をして前蹴り食らって撃沈。
5,空手家のU先生の陰口叩いて怒らせて惨敗。その後、さらに陰口叩いて激怒させる。
6,T大学で剣道の先生と剣道やって30分間何もできずに叩かれまくって惨敗。
7,S道場で合気揚げで身体ごと揚げられ、あまりの弱さに全員、唖然。
8,空手の全国組織の講演で大口叩いて参加者を怒らせ、実技講習で残念な結果になる。
9,S体道のO先生にボロ雑巾扱いされて惨敗。
10,Y合気道のA先生に合気揚げ挑んでふっ飛ばされて惨敗。
11,ある合気道家に技をかけられず、真っ赤な顔で突然、手裏剣打って威嚇。
12,T大学の合気柔術サークルで学生全員に惨敗。
13,N呼吸法のN先生に真剣構えたまま金縛りになった?と雑誌に書かれて激怒。
14,TK先生のお弟子さんに惨敗。
15,八卦掌のR先生に惨敗。
16,太気拳のN先生に惨敗。
17,SのM先生に模擬刀で挑みまくるも、ことごとく片手で取り上げられる。顔が段々マジになってきて、いつもニコニコ顔のM先生もウンザリ顔になっていた。

[対習いに来た人編]
1,K空手の緑帯の人に教えていた時に下突きを食らって激怒して追い返す。
2,柔道二段の人の技を潰して見せると宣言して失敗。ぶん投げられる。
3,合気揚げが参加者にかからず、延々とやり続けて講習会の参加者に金返さなかった。
4,女の子のローキックがまともに入り、異常なニコニコ顔で顔面掌打を返した。
5,私の弟子の動きを捌けず後ろを取られて後頭部ツンツンされた。
6,私の弟子に袋竹刀でポカポカ叩かれた。
7,私の弟子に推手でふっ飛ばされた。
8,某大学のラグビーチームに呼ばれてタックルで放物線描いてふっ飛ばされた。
9,私が27歳くらいの時に手合わせで顔面に掌打が5.6発入って、ビックリした。
10,講習会に参加した人に技がかからず、その人に深夜に電話して誹謗中傷しまくる。

[イベント・ハプニング編]
1,試斬の団体で講演後、マキワラ斬りをやろうとして40分斬れず、摘まみ出された。
2,高校の講演で激怒し真剣を高校生の喉元に突き付け、叱られてションボリした。
3,対談で司会をやりながら自説を強弁して紛糾。参加者からやり込められる。
4,結婚式の打ち上げで真剣を抜いてウエイトレスから摘まみ出される。
5,NHKに出た時、コイン取りをアシスタントの床島圭子が先に成功して面目丸潰れ。
6,TV番組でお笑い芸人に額を叩かれて気まずい沈黙。
7,NHKの番組中、ラグビー選手とテロップが出た相手がそうではなかったと告白。
8,雑誌の対談記事を相手に無断で自分の都合の良いように書き換えた。
9,雑誌の対談で剣道家のM先生を激怒させ記事はお蔵入りになった。
10,M先生が武芸考証した作品で、自分が教えたように別の雑誌で作家と対談した時に発言したことがM先生を激怒させた原因だった。

 ざっと思い出す限りで信憑性の高い話を書いてみましたが、噂話の類いは無数に聞いていますね。

 人数で数えてみたら、私の知る範囲だけでも70~80人くらいに手合わせで負けているんですよ。相手が専門家ならしょうがないとも思いますが、初段にも満たない人にも負けてたりします。

 手合わせした人に聞くと、「冗談みたいに弱かった」と誰もが感想を言います。あんまり弱いから、武道やっている人は“弱い者いじめ”している気がして口にしたくなくなるんでしょうね?

 実際、私もある人から電話かかってきて、「甲野さんが病気なのは見ればわかるだろ~? 弱い者いじめするな!」と叱責されたことあります。でも、この人もインチキやっていたみたいなんで、同類相哀れむってことだったんでしょうか?

 ですから、業界的には彼が異常に弱くて素人にも負けてしまうような人物なのは常識なんですが、何しろ、古武術界の宣伝マンとして権威者になっていますから、メディア関係者は彼の名声を守らないといけない訳で、私のように真相を平気でしゃべる人間の方が警戒すべき人物になってしまう訳ですね。

 これを踏まえて、『大武道』のインタビュー記事を読むと、もの哀し~くなってくると思いますよ?

 普通、負けたことは忘れられないもんですけどね~?

「長野さんも、いつまでも甲野さんの悪口ばっかり書いていてはいけない。あなたが評判を落とすだけだよ」と、心配してくれる方は随分いたんですけどね。

 でも、私は甲野氏だけを批判している訳じゃなくて、武道武術業界の問題点は常に提起し続けてきています。ぶっちぎりで甲野氏の問題が多いから、批判せざるを得なくなるだけの話です。

 私は武術家ではなくて武術の研究家ですから、評判なんか気にしていたら仕事ができませんからね。事実、私にとっては既に悪評は勲章になっていますよ。

 私が追究するのは「事実はどうか?」ということのみ!

 それが武術が真に世の中に貢献できる身体文化となることに繋がっていくと思っていますから・・・。

 90年代後半から今にいたるまで、その役割は甲野氏が担っていたのかもしれませんが、これからは彼の無自覚な“嘘”の弊害が出てくるのが明白です。それを糺すのは、どうやら私しかいない様子ですね~?

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アレッ?

・・・っと、時代劇専門チャンネルで始まった萬屋錦之介主演の『柳生新陰流』を見ていて、思いました。

 この作品、『それからの武蔵』と同じように、昔、テレビ東京で放送された柳生但馬守宗矩の生涯を描いたドラマなんですが、久しぶりに見てみて、武芸考証的にあり得ない箇所に、ポカ~ンとなってしまいました・・・。

 私が新陰流を少しだけでも学んだ後で見たら、どう思うかな~?と、ちょっとワクワクして見たんですね。

 タイトルロールで新陰流の型をシルエットで演武するシーンが印象に残っていて、武芸考証は大坪指方先生がされたと聞いていたので、本格的な殺陣になっていると思っていた訳です。

 確かに剣術に関しては、なかなか良いかな~と思ったんですけれど、第一話で宗矩が居合術の型を稽古するシーンが描かれているんですが・・・何と!

 居合道の型なんですよ・・・。

 ガ~~~~~ン・・・となりましたよ。

 新陰流の師範が武芸考証に参加していながら、何という大失策を仕出かしているのか?


 宜しいでしょうか? 本来、新陰流に居合術はありません。現代で新陰流居合術と名乗って演武されているのは、幕末に尾張柳生新陰流を編成した長岡桃嶺が、尾張藩に伝わった制剛流抜刀術を取り入れて併伝するようになったものなのです。

 当然、宗矩の時代には新陰流の居合術はありません。

 ましてや、現代居合道の母体になっているのは、土佐藩に伝わった無双直伝英信流(長谷川英信流・夢想神伝流など、派閥によって名前は変わる)を伝えた昭和の剣聖・中山博道師範の流儀であり、まるで関係ありません。

 強いて言えば、新陰流を創始した上泉伊勢守信綱の息子の権右衛門秀綱の系統の民弥流居合術がありますが、これも新陰流ではなく、長野無楽斎(居合術の開祖とされる林崎甚助・田宮平兵衛に学ぶ)の弟子であり、新陰流に併伝されていた証拠はありません。

 ただし、民弥流が富山藩に伝わる駒川改心流・四心多久間四代見日流・椿小天狗流・小栗流と併伝する形で黒田家に伝えられたというのは、古武術界のホープ、黒田鉄山先生の一連の著述活動によって、広く知られていますね。

 黒田家は埼玉に移りましたが、現在も富山には、高岡弥平師範の系統の同武術群を清水万象師範一門が伝えているようです(糸東流空手道も併伝)。

 駒川改心流は、上泉伊勢守に新陰流を学んだ駒川太郎左衛門が開いた流派であることは、古武術マニア間には割りと知られるところですが、何故か、本家の新陰流には長く居合術は伝えられていなかったようなのです。

 大坪先生がそれを知らないとも思えないのですが、錦之介個人が居合道の師範を招いて修行していたという話もありますから、恐らく、錦之介が主役の権限で「やらせてくれ」と言ったのではないかな~?とも思います。

 まあ、エンターティンメントに史実がどうこうと目くじら立ててもしょうがないので、ここは笑って済ますのが大人の対応なんだと思います。

 近衛十四郎主演の『柳生武芸帳』の柳生十兵衛なんて、柳生新陰流とは似ても似つかない殺陣ですが、迫力があるからチャンバラ映画の金字塔になっていますし・・・。

 私だって、夏に撮った『セーラー服忍者』で丸目蔵人佐を演じましたけど、タイ捨流の技は一、二手しか遣っていません・・・というか、撮影の諸事情で、思うに任せなかったのです。

 話は変わりますが、正和サマ主演の『忠臣蔵・音なしの剣』を時代劇専門チャンネルで見たら、いつもの正和サマの殺陣とは違って、実にリアルな、ぶった斬り感があります。

 正和サマの殺陣といえば、いつもは東映剣会の谷さんなのですが、これは違う人なんじゃないか?と思って、クレジットタイトルを確認したら、菅原さんでした。この人の殺陣も私は好きですね~。

 私も、もっと本格的に武芸考証の仕事やってみたいですね~・・・。

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寸勁斬りは私のオリジナルではなかった!

 2015年月例セミナー及び忘年会も、なごやかに無事、終わりました~!

 今回は、11月3日の武術極意特別講習会に初参加された方も、遠方から急遽、駆けつけてくれて、北は北海道、西は兵庫から参加者があり、賑やかに開催できました。

 やっぱり、自前の道場だと終了時間を気にしないで済むのがいいですね~? 手作り総菜やドライカレー、寿司、おつまみ、菓子、ジュースにビールなど持ち寄ってもらい、コンロを持ってきて鍋物まで作る人がいたりして、ゆっくり楽しみました。

 私は金欠で、何も買えなかったので、上田秀人先生(絶対王者、佐伯泰英に迫る時代小説界のホープ、ホセ・メンドーサに挑んでいる矢吹ジョーみたいな?)から頂戴した“元禄15年(1703)のレシピを再現した地酒、江戸元禄の酒”を持ってきまして、飲みました。

 私、昔は日本酒が全然、飲めなかったんですが、田中泯さんのダンス見にいった時に飲ませてもらったお酒の美味さに目覚めて、少し、飲めるようになりました。

 ちなみに、この時にお酒注いでくれたのは、『るろうに剣心』の大友啓史監督! 当時は、まだNHKに勤められていましたが、とても勤め人がつとまるような人ではなく(良い意味なんで、誤解しないでね?)、“この人、絶対、NHK辞めて独立するな?”と思っていたら、案の定でした・・・(苦笑)。

 江戸時代のお酒って、一体、どんな味なんだろう?と思いましたが、いや~、非常に飲みやすくて美味い! 残った分、道場にボトルキープして、ちびちび飲もうと思います(当然、酔拳やるのだ!)。

 そういえば、シャレで養命酒持ってきた会員もいましたけど、養命酒ってガブガブ飲む酒じゃないぞ~!

(今、この原稿書いてて気づいたんですが、私、結構飲んでて知らぬ間に酔っていたみたいです?)

 練習の方は、今年最後ですから、毎回やっている基礎錬体の動作が、いかに大切か?ということを理解してもらいたくて、武術的応用をやりました。

 それも、最近、集中的に研究している抖勁(体の合気)風の技もやりました。やっぱり、最新研究成果を伝えたいですからね?

 立禅で立っているところを腕を押してもらって、それを跳ね返すとか、半禅(技撃椿)の姿勢で相手の突き腕に差し手した瞬間に跳ね返すとか・・・。

 後は参加者の希望に応じていろいろやりましたよ。

 最近は、熟練者が多くなっているので、あまり基本的な発勁の打ち方とか合気揚げのやり方とか聞く人はおらず、「発勁の種類」とか、「指一本の下段払い」とか、より突っ込んだ内容を聞かれましたね。

 いつも北島師範にばっかりやっているので、今回は小塚師範に中段正拳突きを打ってもらって、腹で受けて身体ごと跳ね飛ばす・・・というのも実演しましたけど、北島師範が、「(抖勁の)練習していて、皆と長野先生が一番違うのが、打った時のボヨ~ン感です」と言っていたのを実感したみたいで、ボヨ~ンと飛んでました・・・。

「それ、どうやって体得するんですか?」と聞かれましたが、私のような内功がないと、これはやっぱり無理かな~?と思いました。要は、ハート様みたいなハラにならないとムリ?ってことで・・・。

 フェイスブックに出す写真を撮りたいということで、一緒に参加者二人と記念写真も撮りましたが、わざわざ空手着に着替えて、しかも・・・芦原会館と円心会館・・・。

 ブラックジョークみたいですね・・・えっ? 意味が解らない? いえ、解らなくていいです・・・。

 最後まで残っていた人達は、急に約束組手始めたり? 思い思いに武術談義をやったり、ユーチューブの動画(ニコニコか?)で、合気道(塩田先生、砂泊先生、植芝開祖)や居合術(天心流、黒田鉄山先生の若い頃、香取神道流の大竹先生)、太極拳(王培生老師、高小飛老師、陳式の某氏)、意拳(姚宗勳老師)、太気拳(澤井健一先生、高木先生?)、古流柔術家VS総合格闘家、ミカエル・リャブコ先生VS甲野善紀、町井先生の超絶居合斬り、ボブ・マンデンの超神業早撃ち、初見先生の忍法体術セミナー・・・といったものを見てました。

「スゲ~!」と驚いたり、「違う意味で、スゲ~!」と爆笑したり、いやはや、動画で何でも見れるのではDVD作って売ってる側としては複雑ですよね~?


 ともあれ、“武術”という趣味が一致する者が集まって、好き勝手にあれこれダベッたり、喧嘩にならない程度で技を交えたりするのは、非常に楽しいものです。

 武術の目的が“対暴力の戦闘術”である以上、綺麗事の論理では済みませんが、武術を哲学にまで高めた我々日本人の先達の残した遺産を探究することは、思いの外、現代社会の諸問題への(解答とまではいかずとも)一つのアプローチの仕方にはなるのではないか?と、参加者の皆さんと話していて思いました。

 本当に、9.11、3.11以降の世界は何かが変わった気がします。

 平和な世の中が延々と続くと漠然と思っていた、この現実の日常の世界も、実は、何かの悪意によって、あっという間に崩れ去ってしまう砂上の楼閣に過ぎないのではないか?

 そんな言い知れぬ不安が重くのしかかり、明日が見えない鬱々とした空気が広まっているのではないでしょうか?

 そんな現実の中で最後に頼るべきなのは、個人個人の“生きる覚悟”に尽きるのではないか?と思えます。

 私は、もう自分が上達してどうこうということよりも、武術を通して、“それ”を伝えていきたいと思うようになってきました。

 改めて動画でいろんな武術の先生の技を見ていると、どれだけの修行を重ねて、この先生方がこの境地に辿りついたのだろう?と思うと、本当に頭が下がるばかりなんですね。

 ため息が出るほど優れた技の持ち主が、現在でも少なからず現役で教えておられ、そこに集う人達が、また新しい人達を育てていくのだろうな?と思うと、やはり、私は研究家としての仕事をまっとうするのが自分の使命なんだと思いますね。

 まあ、中には違うため息が出るような人もいたりするんですが、そんな人でも懸命に頑張っている点だけは認めてあげるべきなのかな~? いやいや、勘違いして誇大妄想を広げてくれるな・・・と、祈るべきか?と・・・。

 どっちにしろ、游心流と名乗って一派を興した以上、訪ねてくれた人達には何らかの“お土産”を渡して帰さねばならないと思っています。

 場合によっては、その人にとって“苦いお土産”になってしまうかもしれませんが、私は悪意を返すことは絶対にしないでおこうと思っています。ですから、その時は、その人に“苦く”とも、いずれはプラスになる筈だと祈って対応していこうと思います。

 相手の悪意に、こちらも悪意を返したのでは、延々とそれが連鎖してしまうからです。

 以前、「この世で出会う人は、前世で既に出会っている人で、縁起の法則によって導かれているのだ」と、スピリチュアル系の方から聞かされました。

 なるほど、そうかも知れないな~?と、最近、痛感するようになっています。

 私は、素晴らしい先生に数多く出会ってきたのが一番の自慢です。中には、「ありゃあ~?」と思う人もいましたが、そんな人でもまったく何の恩恵も受けられなかった・・・ということは一度もなかったんですね。

 私に出会った人も、いろんな感慨を持たれているでしょう。

 嬉しいというか、ちと照れ臭いのは、私の本を初めて読んだ時に、「これだっ! この先生だっ!」と思って、それから何年かして思い切って訪ねた・・・と告白してくれたりする人が、何人もいたことです。

 本を書くというのは、表現欲求で書く人も少なくないんですが、私の場合、やはり生活費を稼ぐ仕事としての面が強いんですね。

 仕事ですから結果を出せなくてはいけない。つまり、売れないといけない。売れる本を書くにはどうしたらいいのか?と考えて、毎回毎回、悪戦苦闘して本を書いています。

 本好きの私も、どんな本を買うか?というと、内容が勉強になることと、知的好奇心を満足させてくれること、そして、適度なギャグやユーモアがあること・・・等で買うかどうかを決めています。

 だから、私もそういう本を書こうと拘っているつもりです。

 お陰様で、これまでシリーズも長く続けてこれましたし、武術以外の分野にも足掛かりが得られました。

 今の御時世、なんだかんだ言っても、売れないとダメなんですよ。

 こういう俗っぽい考えなんで、「この先生は本物だ!」みたいに言われると、何か、申し訳ない気持ちになるんですよね~。

 世の中には本当に物凄い才能の持ち主もいますし、どんなに頑張っても超えられないような人というものが厳然としてある訳です。

 私が自慢できるとすれば、素質も才能もないのに、武術の研究に人生を投げうって捧げてしまった・・・?という点くらいなんですが、それすらも、「そうするしか食っていく手段が無かったから、外に選択の余地が無かった」というのが真相なんですよね。

「いつか貧乏生活から抜け出してやる! オタクも極めればプロフェッショナルになれる!」という思い込みに従ってきただけなんですよ。下手すれば、単なる現実逃避になりかねませんよ。

 実際、武術雑誌のライターやっていた頃には、私の真似をして武術研究家として食っていこうとする人がいたみたいなんですが、今は、ほぼいなくなりましたね?

 だって、食えませんから。

 以前の古武術ブームというのも、実際は甲野さんブームだった訳です。

 甲野さんにブラさがっている人達は何とかやれているのかもしれませんが、アンチでやれているのは私くらいなもんでしょうね?

 というか、当時、「長野さんも甲野さんみたいにスポーツや介護に応用できるとアピールすれば、あなたの方がずっと能力あるんだから、必ず売れるよ」とアドバイスしてくれる人もいました。

 まあ、私が貧乏してるのを知ってるから善意で言ってくれたんだと思うんですが、私はそんな気持ちはさらさらなかったし、甲野さんの二番煎じなんか死んでもゴメンでしたから、あくまでも武術そのものに拘ってきたつもりです。

 何とかそれでやれているし、研究成果は会員が証明してくれると確信できているので、この路線で間違ってはいなかったと思いますね。

 この日も、武術に詳しい人が見たら、目ン玉ひん剥くくらい驚くような秘技?(とされている)を、ポンポン、ネタを教えてしまっていたので、「あっ、これもビデオカメラで撮っておけば良かったかな~?」と、ちょっと思いました。

 まっ、もうちょっと完成度高めてから発表しようと思います。


 ところで、今回は非常に重要なお詫びをせねばなりません・・・。

「私の造語だ」と明言してきた“寸勁斬り”という言葉なんですが、どうやら、私より先に言っている方がいたらしいのです!

 会員が持ってきてくれた本『[中国武術]実戦内家拳ファイル あくなき試行の記録』の著者である佐藤貴生先生が、既に“寸勁斬り”という言葉を造られていた様子でした。

 会員が持って来て見せてくれた時は、一瞬、パクられたか?と思ったのですが、この本の『付録「拳刀一致」中国武術の試斬り記録』(BABジャパン『武藝』の1997年冬号及び1998年春号に掲載された記事をもとに再編集されたもの)に、“寸勁斬り”と書かれた箇所(P180二行目)が有ります。

 私が寸勁斬りと名付けた技は、少なくとも21世紀に入って10年くらいが経過してから考えた言葉なので、こちらの本に書かれている言葉が先んじている訳です。

 私も、この記事は読んでいると思います。『武藝』は、現在は休刊して刊行されていませんが、BABジャパンの『秘伝』の姉妹誌として中国武術の専門雑誌として刊行されていました。

 まったく記憶していないだけで、この時に読んだ言葉の印象が残っていて、無意識に名付けてしまった可能性を否定できません。

 否定できない以上、これは、佐藤貴生先生にお詫び申し上げなくてはなりません!

 ところが、お詫びのお手紙でも出さねば?と思ったところ、何と! 佐藤貴生先生は2006年7月6日に御病気で急逝されているそうではないですか?

 この本も、佐藤先生の連載記事原稿を纏めて一冊にした、追悼祈念の本(序文を、中国武術研究の大家として松田隆智先生に並ぶ存在の笠尾楊柳先生が書かれていますが、佐藤先生は笠尾先生の御門人であったそうです)だった訳です。

 これは益々、知らぬフリをすることは“道義的に”できません。

 知らずにしたこととは言え、大変な無礼をしでかしてしまった上に、お詫びすることができない・・・。

 次に書く本では訂正しようと思いますが、その前に、ここに佐藤貴生先生へのお詫びと、“寸勁斬り”という言葉が佐藤先生のオリジナルである事実を、明記しておきたく思います。

 申し訳ありませんでした!

「亡くなられた先生なんだから、いいではないか?」と思われる方もおられるかもしれませんが、武術の研究家として専門用語を造る場合は、言葉に伴って生起する価値に鈍感でいる訳にはいきません。きちんと出所を明かすのは、研究家としての礼儀です。

 まして、私は著述業に携わっているので、著作権についても自覚的でなければなりませんから、今回のことは自戒の念として明記するものです。

 宜しく御理解ください・・・。

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『游心流武術健身法特別編・武術極意特別講習会』DVD内容

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 今年最後のDVDの量産体制整いました。忘年会で販売しましたが、発表してから無言電話とか複数来ておりまして、やはり、相当、危機感を持つ武術関係者とかいるのだな~?と思いました。

剣に学ぶ武術の奥義』も、売れ行きが良い様子で、評価も、これまでになく良い感じでした。ま~、“奥義”というタイトルは、自分ごときが恐れ多いな~?と思ったんですけど、いろんな団体で奥義扱いしている技の原理構造を解明しているんだから、まあ、いっか?という気持ちです。

 そういえば、今年のラストセミナーで、ナイフ術のやり方について質問があったので、久しぶりに実演しました。

 私のナイフ術は、ハワイの拳法術會のキモ・フェレイラ先生に教わったやり方と、武道医学のサイード・パリッシュ先生に教わったやり方と、後は戸隠流の初見先生が書かれた『ナイフ・スティックファイティング』のやり方と、日子流の田中光四郎先生に教わった短刀術をベースに、いろいろ研究して編成したものです。

 カリのダガーナイフやバタフライナイフ、ペンチャックシラットのカランビットナイフなんかの使い方も参考にしています。

「ナイフなんか持ったことがない」なんていう人は、包丁もフルーツナイフも持ったことがないんでしょうか?

 固定観念で「ナイフは怖い物」というイメージで凝り固まっている人もいるんですが、人類が日常的に用いる道具として最も歴史が長い物なんですよ。

 当然、誰でも持っていて、ナイフが一本も無い家なんて無きに等しいでしょう。

 だから、暴漢がナイフを持っている確率は、ほぼ100パーセントに近いと思っていた方がいい。

 なので、ナイフの構造や、より合理的なナイフ術を知っていれば、ナイフを怖がらずに済みます。

 むか~し、『おんぶおばけ』という時代劇アニメがありました。おんぶおばけの育ての親は、村の野鍛冶のお爺さんなんですが、ある時、野武士が攻めてくるのを防ぐのに日本刀を打ってくれと頼まれます。村を護るために渋々、日本刀を打ったお爺さんですが、襲撃してきた野武士の刀を金鎚でカーンと叩くと、一発で刀を打ち折ってしまいます。

 そして、「わしは鍛冶屋じゃ。刃物の弱点はよ~知っとるわい」とうそぶくのです。

 日頃、温厚なお爺さんの唐突な侠気っぷりに、カッコイイ~と思って、今でも覚えているんですよね。

 ちなみに、この日に披露したナイフ術、やっぱりエグ過ぎるのか、皆さん、ドン引きしてました。

 でも、「シチリアン・マフィアのナイフ術って、どうやるんですか?」と聞かれたので、「こうやって・・・金玉切り取る」とか、「肛門に差し込んで、魚開くみたいにがーっと切る」とか説明すると、あまりの猟奇的なやり方にギエエ~ッと、さらにドン引きしてました・・・フフフ・・・。

 はい、余談終了!


 このDVDの収録内容は、まず、脱力技法による合気技、沈身による崩し、下段払い。

 脚・腹・肩での抖勁。発勁は伸筋技法と重心力の違いを説明しています。

 それと、メインは、目付け・推手による戦闘理論(読み)ですね。これが有るかどうかでいろんな技が使えるかどうか?が決まります。既存の武術で、もっとも教えない点でしょうね?

 しかし、それだけでは十分とは言えません。より能動的な戦闘に対応するには、歩法が必要です。これは、縮地法の原理を利用したスリ足です。

 そして、さらに合理的に戦うには、他流の戦法を研究することも重要です。

 主に中国武術各派の戦闘法をやりました。

 どうも、実戦的な中国武術というと、誰も彼もが意拳ばかりを思い浮かべる様子です。

 それも、韓氏意拳だけが本物だ・・・みたいなタワ言を言い出すでしょう?

 そんなのは嘘です。どんな門派でも遣う人次第なんですよ。どんな流儀でも強い人は強いし、弱い人は弱い・・・。それが真実です。

 だから、その流儀の特有の戦い方を理解して体現できているかどうか?が重要なんですよ。「実戦的な流儀を習えば誰でも強くなれる」みたいな甘いこと考えてるヤツはダメですよね~。

 本当に実力がある人は、他流を侮ったりしませんもん。

 それから、整体活法もやりました。

 最後は、試し斬りと無刀取りをやって終わり・・・いや~、詰め込み過ぎた・・・。


 情報量としては多すぎると思いますが、一通り、これくらい体得していれば、世界中、どこに行っても恥ずかしくないでしょう・・・。

 なんせ、「お前は日本人のくせにKARATEも知らないのか?」って言われて軽蔑されたりしますからね~? いや、マジで・・・。

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12月セミナーは総集編

 毎年、12月の月例セミナーは総集編として一年間の内容の総括です。

 それと、そのまま忘年会になだれ込むのが恒例なんで、持ち寄りで食べ物と飲み物の差し入れを歓迎しております。

 今年は自前の道場でやりましたから、時間も気にしないでダラダラやれますが、うちの道場は武器だらけなんで、酔っ払って真剣振り回したり電動エアガンをフルオート乱射したりしないようにっ!


 29日の稽古会は、入会希望の方が来られました。

 既に伝統派の空手や合気道、剣道の有段者で、空手道も続けられているそうです。

 長年やっている方だから、やっぱり人格的にもしっかりされていますね。ホビット村で体験して入会しようと思われたようです。

 うちは武術全般の研究が主旨なので、游心流としての固定した総合カリキュラムがある訳ではありません。

 基本の練習は体系的に作っていますが、「いかに応用して遣うか?」ということが目的なので、延々とそれだけやっている訳ではありませんし、個々の適性に応じた戦闘スタイルを作るのもアリです。

 空手でも、首里手系か那覇手系か? 伝統派かフルコン派か? 競技スタイルか武術スタイルか?・・・といった具合に分かれていきます。

 合気武術でも、大東流か合気会か養神館か?といった具合に違いがありますし、派閥や習った先生の個性によっても相当に違います。

「空手は空手だ」「合気は合気だ」と言う人もいますが、それは単なるスローガンに過ぎません。実際は、追究すればするほど違いがはっきり解ってきます。

 それが解らないようでは、上達は望めないでしょう。

 練習法というのは、「何を体得するための練習なのか?」ということを明確に理解していないと効果が上がりません。

 よく、「こんな練習法では実戦的ではない!」と知ったかぶりして語る人もいますが、練習は実戦とは違います。

 そういう意味で言えば、実戦的な練習と言うことそのものが形容矛盾なのです。

 前提としている“実戦的”なるもののイメージが人によって一定していないからです。

「直接当てるから実戦的」「急所攻撃もありだから実戦的」「武器の使用も認められているから実戦的」「複数の敵を想定しているから実戦的」・・・etc

 全部、前提が間違っています。

 いや、前提を想定することそのものが既におかしい。

 真に武術が想定する実戦というものは、無限定なものです。いかなる条件も状況も呑み込んで考えなければなりません。

 それこそ、核兵器や細菌兵器、宇宙から巨大隕石が降ってくるのだって想定内です。

 唯一の条件と言えるのは、「生き残る」ということだけです。

 私が、ちょくちょく政治批判とか国際情勢についてコメントしたりすることに違和感を感じる読者もいるんじゃないか?と思います。

 でも、そういうことも含めて考える習慣がないと、武術の研究はできません。

 生き残るということに関しても、大前提として生きてる限りはいつか死ぬ訳ですね?

 その絶対の矛盾を見つめた時に哲学的思索に答えを求めるのも自然な流れでしょう。

 最終的には、“なすがままになさしめよ(レットイットビー)”ですよ。


 何か、“実戦”がどうこうと、はしゃいでる連中の視野の狭さって幼稚園児並みだと思いませんか?

 でも、そういう頭の悪~い連中が、暴力で他人を支配しようとしたがるのも事実。それを撥ね除けるチカラを持つのが武術のコンセプトであるということです。

「正義なき力は暴力なり。力無き正義は無力なり!」

 昭和の武道家はいいこと言いましたよね~?

 今度は総集編なので、お好みで何でも教えますよ~! 初参加も大歓迎です!

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武術と武道

 今年最後の月例セミナーは忘年会も兼ねてやりますが、過日、実施した『武術極意特別講習会』(発勁・合気・交叉法・読み・縮地法等々)の様子を収録したDVDも販売しますので、皆さん、ボーナスの出た方は買ってくださいね?

(期間限定にしようか?と思っています。案の定、既に無言電話とか嫌がらせが来はじめていますから・・・。まあ、何十万も取って教えて・・・いるフリしてるところもあるから、そういう先生にとっては死活問題でしょうね? 「何だよ、こんな簡単にできんのかよ? 金返せ~」となる・・・)

 ところで、久しぶりにBS・CSで極真空手の大会を見てみたら、「すげぇ~な~。いや~、こんな人達とまともに闘ったらボッコボコにやられるな~?」と、怖くなりましたね~(苦笑)。

 もうね~、アイアンマンが殴りあってるみたい・・・。

 こんな強靭な身体の人達を相手にしたら、ハンパな突き蹴りは通用しないでしょう。

 後が怖いけど、私がこんな人達と戦うハメになったら、いきなり全力百パー発勁ぶちかますしか勝てる見込みないな~?と思いました。それで倒せなかったら、勝ち目無い!

 今、テレ東深夜にやっている『ワンパンマン』見てると、やっぱり圧倒的な破壊力のある必殺パンチさえあれば、強いの弱いの関係ないよな~?と、妙に納得しました。

 結局のところ、私は松田隆智先生と同じ考え方になってしまいましたよ。

「絶対に倒せる突きと、絶対に当てられる招法。突き詰めれば、これだけだと俺は思ったんだよ。それから、ずう~っと修行してきたけど、この考えは変わらなかったな~」って、言われていましたね。

 ちなみに、文章にする時は、「“俺”じゃなくて、“僕”って書いてね。松田隆智は偉そうだって言われちゃうから・・・」って言われていたんですが、もう、構わないでしょう?

 やっぱ、目指すは一撃必殺! これしかないっ!

 で、それには発勁が一番合理的かな~?と私は思っています。

 陳家太極拳、形意拳、意拳、詠春拳、白鶴拳、八卦掌、通背拳、劈掛掌、心意六合拳・・・等々といった、いろんな門派の発勁と、那覇手、首里手の沖縄空手、沖縄剛柔流、上地流、松濤館流、和道流、といった伝統空手、極真、芦原、正道、無門會等のフルコンタクト派空手の突き技、少林寺拳法、日本拳法、不動禅少林寺拳法等の突き技、合気道、戸隠流忍法、竹内流、柳生心眼流、真(心)極流、天神真楊流等の当身技を比較研究してきましたが、こと“威力”に関しては、八極拳の肘当てが一番だと思います。

 一撃必倒の突き技を求めて開発された新体道の一本拳も、一点に全身の推進力を集中するから効く訳ですが、八極拳の肘当ても肘先一点に、沈墜勁(重心落下による反力)・十字勁(上下左右に開く力)・纏絲勁(全身を捩り繋ぐ連動力)の合力を集中するんですね~。

 人間って本能的に解るんだな~?と思うのは、この技、ちょこっと触れただけでも、相手が顔面蒼白になって引き下がってくれるんですよ。

 私も試しに会員に寸止めでやらせてみたら、ゾゾゾーッ!と悪寒がしました。「これ食らったらヤバイ!」って思いました。昔、会員同士が事故で当たって、目開けたまま失神してました。死んだかと思った・・・。

 ほとんど同一原理の当て身を柳生心眼流がやりますけど、鎧の上から当て殺すと言われる心眼流の当て技は、空手やボクシングよりも中国内家拳の発勁に近いですね。

 私は佐藤金兵衛先生系(鈴木専作先生系?)の心眼流をちょこっと習っただけですけど、古武術は本当に叡知の固まりだと思います。

 いやいや、空手でもムエタイでもレスリングでもボクシングでも、古くから伝わっている武術格闘技には、余人にはうかがい知れない深い教えが隠されているものです。

 現代のスポーツ競技化された形態の中で失われてしまっただけなんですよ。

 もちろん、競技化によって発展する部分も少なくありませんが、やっぱり、目的によって技は変わりますからね?

 試合だと目付き・金的・噛み付き・関節折りは無し・・・とかなりますよね? それは殺し合いに発展しないための処置です。

 しかしながら、武術は本来、殺し合いに勝ち残るために工夫されたものです。目的が全然違う以上、技も戦法もどんどん変化していくんです。

 古い武術を習うと、最初は隠して、上の段階になって徐々に教えられますが、技の中心は人体の効率的破壊の仕方なんですよ。

「柔術は殺さないで制する技が中心になっている」・・・と思っている人が多いかもしれませんが、“日本刀で斬る”という絶対的殺法が大前提になっていることを忘れてはいけません。

 実際に柔術の極意は“殺活自在の当身技”ですからね。

 先日、個人指導に通ってきている元・気の研の指導員だったIさんに拳の形の変化に応じて使い方が変わることを教えたんですが、極真空手の本で大山先生が解説していたと言うのですが、それは紹介されているだけで具体的な使い方まで細かく解説されている訳ではないんですね。

 試しに書いてみましょうか?

 正拳・中高一本拳(竜頭拳)・鳳眼拳・集約拳・拳槌・平拳・虎爪拳・拇指拳・骨法拳・把子拳・指針拳・鶏嘴拳・鶏口拳・蟷螂手・酔杯手・月牙杯手・虎口拳・手刀・背刀・掌底・陽掌・陰掌・・・え~っと・・・わかります?

 これらは武術で用いる手の形なんです。んでもって・・・

 直突き・追い突き・裏拳打ち・拳槌打ち・縦拳突き・手刀打ち・背刀打ち・二度突き・連突き・崩拳・鑚拳・炮拳・横拳・劈拳・馬形拳・虎形拳・虎撲・交叉突き・螺旋突き・
・・うわ~ん・・・キリがないよぉ~・・・。

・・・って、これが具体的な技ですね。これを連続写真撮って本で解説してみてごらんなさい? 百科事典みたいなの量産できますよ~。

「長野が書いてるのは基本的なことでしかない」なんて批判する人もいるんですが、「じゃあ、オメーが書いてみろよ」って言いたくなりますよ。いかに大変なことか知らないから、そんな偉そうなこと言えるんですよ。

 いいよな~、“無知”って、気楽だから・・・。

 そんな具合なんで、本に書かれている内容は、大体、1/10以下だと思ってくださいね。本気で解説したら、手技の使い方だけで本の一冊や二冊は書かなきゃいけなくなるんですよ。

 でも、それは中級以上(大体、三段以上)の実力のある人でないと解説しても理解できないような内容なので、本に書くとすれば師範向けの専門の技術書でないと書けません。

 そういう内容になると、せいぜい1000部くらいしか売れないので、労力に見合った収入が望めないので、私は当面、書く気はないです。いつも言ってるように、私が本書いてるのは生活費稼ぐのが第一の目的ですから。

 その点、DVDなら比較的、簡単に細かい点まで説明できます。自主製作し続けているのも、それが理由です。


 さてさて、恐らく、知ってる人は万に一人もいないと思いますが、日本柔術で当身と同等以上に敵を確実に制圧する技としては絞め技を重視しています。

 首を狙うのは野生動物でも同じですね? 急所を「ネック(首)」と言うでしょう?

 猫も後ろ首摘まむとおとなしくなりますよね?

 游心流も敵の首を狙う技が多いです。簡単確実に敵を倒すには、そこを狙うのが一番効率がいいからです。

 目・喉・金的を狙い、肘や膝を折る技も多い。

 効率良く倒すには、そうするしかない。

 しかし、これでは競技試合はできません。防具を装着してやろうとしましたが、浸透する威力の出し方を研究しているので、防具が意味が無くなってしまい、結局、自由組手や試合は危な過ぎるからやめました。

 古い武術が、どうして型稽古オンリーなのか?という意味が、はっきり解りましたよ。


 よく、「自由に打ち合わないで、どうやって強くなれるんだ?」とか批判されたりするんですが、武術は前提として“強さ”を求める訳じゃないと思いますね。私も、もう強くなろうという願望は無いです。

 そもそも、50過ぎたオッサンが「強くなりたい」って言っていたら、単なる阿呆にしかならないでしょう?

 久しぶりに極真空手の試合を見ていて、やはり50過ぎて、ああいう闘い方をやっていたら若い人にボコボコにされて大人のメンツ丸潰れになるだけだと思いました。

 やってる人達だって悩んでる筈だと思います(そういう人がうちに来る)。

 年とったら、まともな闘い方をしちゃ~ダメですよ。まったく違う戦い方をしなくちゃダメです。やっぱり、若いヤツにいいように弄ばれて、「オッサン頑張るね~」とか言われるようになったら、男子一生の恥です!

 70になっても、「若いもんは元気がええのぅ~」とか弄んであげなくちゃ~ダメ!

 素手のパンチやキックを筋肉の分厚い箇所で耐えられても、顔面や関節や股間、腋の下なんかでは耐えられないでしょう?

 試合を見ていても、突きが流れて顔面に当たって、ダウンするシーンがありました。あんな鋼鉄のような身体に鍛えている人間でも、急所に当たれば一発で倒れてしまうんですね。

 武術で狙うのは、“鍛えても耐えられない箇所”なんですよ。で、「危険だから狙わないようにしよう」と決めて闘うのでは、もう技が無くなるんですよね?

 だから、意味がないんですよ。武術は“構造的に競技に向いてない”んです。この点をきちんと理解しなければなりません。

 冷静に考えれば解る筈です。

 一般に、競技スポーツで活躍している人達は20歳前後でしょう? 20代後半から、もうベスト・パフォーマンスを維持できなくなってきて、30歳前後で引退するのが普通じゃないですか? あの羽生君だって、10年後に現役世界チャンピオンでいられる可能性は少ないでしょう。

 そこから考えると、うちの会員で競技試合に対応できるのは二人しかいません。50くらいで挑戦しようとしている人もいますが、負けも前提で経験を積むつもりでないといけないと思いますね。

 女子のキックボクサーで高校生ですか? テレビ番組で紹介されていたのを見ましたが、凄い見切りが上手くて、下馬評ではとても勝てないと言われていた格上の相手選手のローを脚を引いて空振りさせたり、ミドルを蹴ってくるのに合わせて前蹴りでストッピングしたり、交叉法を駆使したような闘い方で感心しました。モーションも非常に少なくて、あれは避けにくいだろうな~?と思いました。

 一種、武術的な闘い方だったので感心しましたが、彼女に指導したトレーナーが優れていたということかもしれませんね?

 無論、無理して競技化している武術団体もあります。

 けれども、こう言っちゃ~悪いんですけど、「そういう闘い方するんなら、フルコンタクト空手や総合格闘技の方が遥かに洗練されているんじゃ~?」と思うんですよ。

 結局、目的に沿って発展するのは何でも同様なんであって、競技試合に勝つのが目的なら、それに沿った練習をすればいいし、私のように武術の実戦を考えるのなら、それに必要な練習をするのが当たり前だと思う訳です。

 特に、私は護身術としての武術の可能性を一番に考えているので、“肉体的に弱い者でも遣えて屈強な敵を一撃必殺にできる術技”を理想にしている訳です。

 もっとも、先日、気功を教えている会員に施術してもらったら、私はアスリート・タイプなんだとか? 彼も意外だったそうですが、筋肉の反応が一番出たそうです。若い頃に相当、鍛えていたからな~? 初めて会った人も、私が意外にゴツイから驚いたと言われたりするし・・・。

 でも、いくら鍛えていたって50過ぎたら筋力には頼れないですよ~。明治時代だったら爺さんの部類ですからね~? 平均寿命が43歳だったって話だし・・・?

 そう考える場合、一番簡単なのは、武器を遣うことですよ。

 より効率良く敵を粉砕できる武器を遣う!

 素手の武術は、そういう“武器が無い状態で戦う”ことを考えて工夫されたものだと思います。素手の技から発展して武器術が工夫されたんじゃなく、武器が無い場合に仕方なく素手で戦うことを考えて工夫された・・・。実は、順番が逆だったと思いますね。

 どうして、こう考えるか?というと、武術は“実用一点張り”で、「何やっても勝ちゃ~いいんだよ。勝てないなら逃げればいいんだよ」という考えなのに対して、格闘技には勝負そのものを楽しむ遊戯性・娯楽性があるからです。

 弓術、槍術、剣術なんかは狩猟から発展して部族同士の戦いに用いられていったのに対して、角力は力比べから始まって、軍事の基礎訓練、祭礼の催しなどになりました。

 これは世界中のどの地域でも同様のようです。

 そもそも、競技という形態は遊戯性、つまり、ゲーム性を含みます。西洋のスポーツが、軍事訓練から発展した体育であることを考えれば納得されるでしょう。

 チェスや碁、将棋といったゲームも軍事戦略シミュレーションが源流でしょう?

 しかし、武術は兵法から発展して平法になったもので、本来、ゲーム性は感じられません。一貫してスポーツとは同化していないのです。

 現代武道は、明治維新と、第二次大戦の敗戦という二回の欧化政策によってスポーツ化されて誕生しました。昭和の時代までは、まだ武術的精神を持つ先生がざらにいましたが、現在ではかなり少なくなってしまいました。

 武術的発想そのものが平和な時代には必要が無いと平気で口にする武道家さえいます。

 本当にそうでしょうか? 私はそうは思いません。

 平和な時代にあってこそ、突如現れる戦乱に備えて心身を準備しておくのが武術なのだと思います。

 不幸なことに、世界は21世紀になって再び戦乱に塗れようとしています。これは日本も例外ではいられないでしょう。しかし、平和に慣れ過ぎて戦う術を失った日本人が命懸けで戦うことなんかできるとは思えません。

 戦って殺されるより降参すればいい。殺されるために戦ってはいけません。生き延びてさえいれば、挽回するチャンスは必ず巡ってきますよ。

 戦後70年・・・東京大空襲の話を聞いていると、空爆されている国の人達のことを思います。どっちが正義で、どっちが悪か・・・確かな悪は“暴力で人を殺す”ことです。

 武術も武器も、暴力から命を護るために生み出されたものだという認識を忘れてはいけないと思いますね・・・。

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剣武天真流演武会

 5日は、一年に一回の剣武天真流の演武会でした。

 今年は小田急線の梅ヶ丘駅近くのホールでした。小田急線はよく利用しているので、好都合だと思って、かなり余裕をもって向かったつもりだったのですが、一度も降りたことがない駅だったので、気づいたら乗り過ごしてしまい、慌てて逆向きの電車に乗り直したりして、ちょっと遅れてしまいました。

 会場に到着すると関係者席に案内してもらって、一番前に座りましたが、クエストの社長さんと、先日の青木先生との対談の時に御紹介して急激に仲良くなられた様子の稲吉先生も座っておられました。

 今年も、また演武者が倍増していて、観覧者も増えていたみたいですね? この調子だと数年のうちに大きな舞台のある劇場とかを借りないといけなくなりそうです。

 青木先生が「御紹介したい人が何人かいます~」と言って、演武開始する前に、田中光四郎先生、クエストの社長さん、稲吉さんを御紹介されました。

「俺も紹介されるかな~?」とドキドキしていたら、そこで終了・・・アレッ?と思ったら、思い出したように(フェイントかっ?)、「私はインターネットで自分のことを調べてみたら、凄い悪口がいっぱい書かれていてガッカリしたんですね~。でも、この人は私の10倍以上も悪口書かれていて、凄い人だな~?と思って・・・長野さんです!」って・・・。

 ん~・・・何か、それって“インターネットで極悪人みたいに悪口書かれてるだけの人”って、紹介になってないかな~? 「高名な武術研究家の」くらい付けてくれないかな~? まっ、いっか? ここに来てる人達はほとんど俺のこと知ってるでしょう?


 さて、今年の演武は、新しくできた支部の個性も出ていたのと、剣と素手の体術の応用連環技法、袋撓いでの組み太刀・・・など、かなり実戦向きの内容に進化してきていましたね。

 例えば、子供の後ろから袋撓いで打ち込むのを、子供は完璧に避ける・・・。青木先生が説明すると、かつてソニーの井深さんの依頼で幼児教育的に子供の能力開発の実験をした時、大人はできないけれど、小さい子供はできて、年齢が上がる毎にできなくなっていくのだと判ったそうでした。

 成長と共に蓄積される知識や情報が固定観念となっていき、感覚を鈍らせてしまうのでしょう。

 これが心法ですよ。脳機能の研究をしている人は青木先生を取材すればいいと思いますけどね。何か、最近のメディアは本物を知らない人ばっかりで困りますよ。

 青木先生によれば、殺気は非常に強いので、誰でも判る。意識の微妙な動きを察知できるようになるのは、青木先生でも長い年月がかかって段階的になっているらしいです。

 だから、つい最近、察知できるようになったレベルがあるそうで、それで動きがガラッと変わったらしいですね。映画の撮影の時に青木先生が早く動き過ぎるから、おかしいな~?と思ったんですが、なるほど、そういうことなのか?と思いました。

 そういう青木先生の変化も影響したのか? 剣武天真流は、剣舞的な流儀として始まっていたのが、今年は明らかに武術的になってきていました。

「新体道とは別の体系です」と、青木先生は以前は言われて区別されていたんですが、私は、「ベースに新体道の基本が組み込まれているんだから、いずれ融合して発展することになるんじゃないかな~?」と予想していたんですよ。

 どうも、私が予想した方向に向かっているような気がします。

 これは、非常に面白い方向になってきたな~?と思います。剣に関しても前衛武道として、かつてないものになりそうだからです。

 そして、日本剣術の到達するのが無刀の位にあるように、剣武天真流も最終段階は無刀になるのだろうな~?と、体術への応用演武を見ていて思いました。

 国内も次々に支部開設されていますし(大阪も始まるそうですから、関西方面在住の人はお勧めしますよ)、フランスやブラジルの支部はどんどん膨らんでいる様子です。

 クエストの社長さんも驚いておられましたね~?

 最後は、8月に入籍されたという正師範の望月ウィウソンさんと、吉田倫子さんを全員が祝福して、相変わらず和やかな団体だな~?と、今年の締めとなりました。

 おめでとうございますっ!


 終了後はクエストの社長さんに稲吉先生を御紹介したかったので、一緒にお食事をしました。

 ダンサーと振り付け家として世界のトップレベル(バルセロナ・ダンス・アワードで日本人初の三冠取られた)である稲吉先生ですから、クエストさんにとっても良いと思った訳です。

 鳥居先生や小用先生や利根川先生とも親しいし、昔、アメリカで大山先生とも付き合いがあったそうですから、並みの武術家より詳しいですから・・・。

 良い人間関係が広がっていくといいな~?と思います。

 これまでロクでもない人があまりにもメディアに出過ぎていましたから、実力も人柄も良い先生が出てくることで武術の世界も再評価されるといいな~?と思います。

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核燃料サイクルを完成させて2500年以上にわたるエネルギー供給を目指す

・・・っていうのが、この国の基本計画だったのか~? 知らんかった~・・・。

 読売の12/11の朝刊に載っていた意見広告記事を読んで、たまげました。

 櫻井よしこさんの写真がデーンと載っていて、『原子力政策を決めるのは政府です 規制委員会ではありません』と書かれているんですが、正直、ぞっとします。

 戦時中の親方日の丸のような政府主導のゴリゴリの権力発想に思えて怖い・・・。

 前日の社説には、核燃料サイクルを、「国の関与で確実に推進したい」という論評が載っていたんですが、この“核燃料サイクル”というのは、失敗続きで延々と維持費をむさぼり続けている高速増殖炉「もんじゅ」の存続完成を前提にした夢の“永久に循環するエネルギー計画”のことです。

 しかし、原子力規制委員会は、あまりにも多くの故障と不具合で、延々と機能していない「もんじゅ」を廃炉にするかどうか?の決定を国に突き付けている訳です。

 ちなみに、高速増殖炉というのは、使用済み核燃料からプルトニウムとウランを取り出して再利用するもので、うまく動けば燃料の再利用で延々と電気が作れる?というフリーエネルギーなんだそうですよね。

 ところが、これがさっぱりうまく動かない訳です。

 動かないばかりか、もし事故ったら、福島どころではない壊滅的な被害を日本列島に引き起こす危険性がある・・・と、専門家は口を揃えて「やめるべきだ!」と言ってる。

 何故か?というと、これって水で冷却できない。冷却にはナトリウムを使うんだそうですが、これまた問題で、ナトリウムは水に触れると激しく燃焼する。

 単純に考えて、事故ってナトリウムで冷却しようとしてる時に間違って水かけたり、外壁壊れて雨が降ってきたりしたら、もう、日本列島が放射能列島になって生物が住めなくなるまで止まらなくなるかもしれない訳です。

 ねっ? 怖過ぎるでしょう? 福島の何十倍も危険なんですよ。

 そもそも、チェルノブイリに継ぐ原発事故を起こした日本で、さらなる原発事業を進めようとするのが狂気の沙汰ですし、“政府は、民主党政権の置き土産ともいうべきこの規制委の在り方をなぜ放置しているのでしょうか”って、まるで原発事故は民主党の責任みたいな言い方です。

 しかし、当時の総理だった菅さんはゴリゴリの反原発の政治家でした。原発政策を推進してきたのは、一貫して自民党でした。

「あ~、我々が原発を推進してきたばかりに、とんでもない事態になってしまった」と反省するべきなのは、自民党じゃないですか? 何という論理のすり替えをするのか?

 国家の威信をかけて核燃料サイクルを完成するというのなら、一体、今まで何をどうやってきていたのか?

 核燃料サイクルが完成すれば、向こう、2500年以上もエネルギー供給できる?って、本気で考えているのだとしたら、空想的を通り越して誇大妄想と言うしかないでしょう。

 2500年後に人類が地球にいるかどうかさえ判らないし、櫻井さんの言っていることは現実的科学的根拠がまったく感じられません。

 何よりも、現在、世界中でテロが横行している時代に、日本に致命傷を与える高速増殖炉を温存させようとする発想が戦略的思考0ですよ。

 福島の事故によって、日本は原発狙えば勝手に崩壊する国だと世界中に知られてしまっているのですから、速やかに廃炉にしていくことを考えないと危ないですよ。

 各地の原発にプルトニウムを保有していれば海外から(核兵器転用への)懸念を持たれかねないと社説に書かれていますが、アメリカ様に上納すればいいんじゃないですか?

 私が怖いな~と思うのは、政府にすべての権限を与えて、国民は政府に従っていればいいという発想です。

 戦前の軍国主義と変わらなくなってきているな~?と思うのは、私ばかりではないでしょう。

 国民不在、国家主導の大権力思考・・・。

 こんなことなら、日本もアメリカの州にして国民の自由を保障してもらうほうがいいんじゃないか?と思う今日この頃です・・・。

 あ~、日本から自由が無くなっていくな~・・・。

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緊急発売!『武術極意特別講習会』DVD

緊急発売!『武術極意特別講習会』DVD

過日開催した武術極意特別講習会の模様を収録したDVDを、今年最後の作品として緊急発売します!

これ一枚で、誰もが武術の達人への道を歩ける!という長野メソッドの最新エッセンスです!

嘘か本当かは、やれば判る!

20万円くらい取りたいところですが、講習会参加費と同じ2万円(税込み)で販売します。

尚、内容が内容なので、販売中止になる可能性もあります(恐らく、既得権益を守りたい武術関係者から営業妨害される危険性が高い)ので、御希望の方はお早くお願い致します!

ちなみに、お陰様で『剣に学ぶ武術の奥義』は、かなり評判がいいです。付属DVDの内容が素晴らしい!と、随分、高評価です。

いや~、マジで命懸けだからな~?



武術極意特別講習会DVD』
価格 20,000円

ご注文(ご予約)方法
こちら(http://infoyushin.blog.fc2.com/blog-entry-12.html)の画面下方をご参照ください。
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ゴジラ・イラストレーションズ

 作家修行をしていて思うのは、私は普通の小説とか全然、読み進められなくて、やっぱり、怪獣が出てくるようなのじゃないと、つまんないんですよね。

 その点、『大魔神伝奇』(田中啓文・創土社)は久々に面白かったですね~。

 大魔神の正体をSFとして設定しつつも、時代劇とクトゥルー神話を合体させつつ、宮本武蔵や柳生十兵衛を活躍させる『魔界転生』テイストもある。

 島原・天草の乱を舞台にしているところも、私の地元なんで興味津々でした。考証的にもよく調べられていますね?

 私も、一度は天草を舞台にして作品書いてみたいんですけどね。

 あまり知られてはいませんが、天草は怪異談の多い場所なんです。

 近年では“お万が池の獣人の足跡”が注目されましたが、河童、処刑された隠れキリシタンの亡霊、油すまし、金ン主、化け蛸、磯女、化けフカ(鮫)、不知火・・・とかの話があります(不知火は見たことある)。

“殉教の島”ですからね~?

 これ、映画化してもらいたいな~・・・(ヒロインが頭デカいという設定は無し!)。


 大魔神といえば、ガメラと並ぶ大映の特撮二枚看板でした。

 元々、ユダヤ教のラビが操る粘土の人造巨人ゴーレムがモデルだったのだとか?

 大魔神を演じた橋本力さんは、『妖怪大戦争』のバビロニヤのウル遺跡から復活した吸血妖怪ダイモン(デイモン? 悪魔ってことかな? 『エクソシスト』の魔王パズズに似てます)や、『ガメラ対バイラス』のバイラス星人が化けた人間体の一人を演じていましたが、やっぱり、有名なのは、『ドラゴン怒りの鉄拳』の日本人武道場の道場主です。

 私なんて、脳内で『大魔神vsリー先生』に映像を補完して見てましたよ。


 ところで、ただ今絶賛発売中の『剣に学ぶ武術の奥義』の打ち合わせに上野のアスペクト本社に行った時、応接室の書棚に並んでいた本を眺めていたら、『ゴジラ・イラストレーションズ』という本が一番上の棚にありました。

 聞けば、「怪獣を描かせたら右に出る者無し!」の絵師、開田裕治画伯の本だというではありませんか?

 全然、知らなかったよ。アスペクトから開田画伯の作品集が出ていたなんて・・・。

 過日、SWや幻魔大戦、ヴァンパイヤー戦争(ウォーズ)、平成ゴジラ・ポスター(『ゴジラvsメカゴジラ』で本編には登場しない初期設定版の兵器としてのメカゴジラの絵が最高!)などで知られる生頼範義さんが御逝去されたばかりでしたが、やはり、怪獣に関しては開田画伯の独壇場です!

 これは是非、欲しい!と思って、担当編集のSさんに頼んでおきました。

 家の郵便受けに届いていた本を、いそいそとページをめくっていると、もう期待を遥かに超える素晴らしいゴジラ・ワールド!

「むっ? これは・・・?」と思ったのは、ホラー映画評論に関して日本随一の鷲巣義明先生が自主製作した『HEDORAH/公害怪獣の映像世界』の表紙の絵がっ!

 ヘドラTシャツのデザインには、深海魚頭になるゴーゴー・クラブの幻覚シーンのヒロインが・・・わかってらっしゃる!

 他にも、ジェットジャガーやサンダとガイラ(さりげなく大蛸も)、ゲゾラ・ガニメ・カメーバのところには宇宙船に取り付くアメーバ状寄生エイリアンも・・・。

 建造中のメカゴジラ二号機の前にはサイボーグ少女“真船桂”が・・・。

 余談ですが、このサイボーグ少女の設定は、『メカゴジラの逆襲』がデビュー作となった脚本家で映画監督の高山由紀子さんが自分で考えたものだと、以前、直接、高山さんから聞いたことあります(友人が高山さんの息子さんで、芝居やゲーム、ドラマ、映画のシナリオ書いているんです)。

 しかし、私が一番驚いたのは、“宇宙轟天”のあまりのカッコ良さ! 痺れてしまいましたよ~。『惑星大戦争』に登場した宇宙轟天号は、『海底軍艦』の轟天号にあやかってのものだったみたいですが、ちょっと、ヤマトの真似っぽくて、デザイン的にも作品自体の出来もインパクトが足りなかったんですけど、唯一、リボルビングビームとかはカッコ良かったんですよね~。

 やっぱ、リボルバーは男のロマンだからな~。次元みたいに、「デザートイーグルみたいな下品な銃は好かねえ」みたいな~?


 ゴジラも、作品毎のデザインの違いも描き分けていたり、開田画伯にしかできない仕事ですね。

 いつ出たのか?と思って奥付見たら、去年のハリウッド版ゴジラに併せての出版だったみたいですね?

 しかし、やっぱり、「これこそがゴジラだ!」と思いますね~。

 開田画伯のデザインでアニメ・シリーズ作ったりしてくれないかな~? 『墓場鬼太郎』テイストで・・・。


『ゴジラ・イラストレーションズ』開田裕治・アスペクト(本体3200円)

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著者プロフィール

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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