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やっとサンドバッグが・・・

 24日の日曜稽古会はムッチャ寒いせいか参加者が北島師範だけで、必然的に個人指導になりました。

 そんで、土台の重りに砂利を袋のまま入れていたサンドバッグの紐を結んでサンドバッグを固定する作業を北島師範に押さえ付けておいてもらって、私が穴に紐を通していって完了しました!

「やった、できた~っ!」と思って、嬉しさのあまりパンチパンチパーンチ!それからムエタイキックッ!・・・とやったら、何かヘニャッ?ってサンドバッグが傾いたままになっちゃって、「アチャーッ?」っと思っちゃいました。

 何でも、一人が支えて、もう一人が打ったりしていたんだとか?

 そんじゃ~、うちらも・・・と、私がサンドバッグにしがみついて北島師範にパンチさせたんですが・・・うちらの打撃技って浸透してくるからキツイ・・・。こりゃあ、危ない・・・。

 全力発勁の練習ができると思っていたんですが、このヘタッたサンドバッグで打ったら一発で壊れてしまいそうです・・・。

 見た目は大丈夫そうだったけど、やっぱ廃棄処分にする予定のものだと無理か?

 50%くらいで打っても一発毎にパンチングボールみたいに揺れちゃうけど、まあ、何とか・・・という感じなんで、「軽く、“当て感”養うくらいならいいかな~?」と思います。

 お金に余裕がある時に頑丈なの買おうと思います・・・。

 パンチはそうでもないけど、蹴りなんかは、しょっちゅうサンドバッグ蹴って練習していないと蹴れなくなりますからね~。全力で打てないのはストレス溜まるな~・・・。


 北島師範にパンチとキック、いろいろ教えようと思っていたんですが、無理っぽいので銃の撃ち方をエアガン、ガスガンで教えました。

 何度か教えてはいるし、妹さんの結婚式にハワイに行った時に射撃場で撃ってきたそうなので、まあまあ解ってるかな?と思ったんですが、ほとんど忘れてましたね~?

 まず、ライフル銃の基本であるボルトアクションライフルの撃ち方ですが、ボルトの操作法も忘れてました。

 ライフル銃って、初めての人だと、まず構え方から間違う場合が多い。

 日本の昔の火繩銃は二点射撃法といって、銃床を肩に当てて頬をくっつけて、片手で先台を握って撃つ現代のライフル銃の三点射撃法とは違って、肩当ての部分が無いので銃把を握った手に頬をくっつける訳です。

 握り方、構え方というのは銃を安定させるためのものなので、これができないと狙ったところに正確に当たらないんですね。

 次に、照準の合わせ方も知らないと当たりません。

 このエアライフルはレミントンM700をコピーした東京マルイのVSR-10シリーズなんですが、最初からスコープがセットになっているものを買いました。

 スコープが無いものは銃口上にある照星と、機関部後方上にある照星という部品を目線に合わせて狙うんですが、スコープの場合は、光学照準器なので、望遠鏡を覗くようにして狙います。

 よく、レンズの真ん中に十字の線(レティクル)が入ったものが映画なんかで出ますけど、“あれ”ですね?

 このスコープは固定倍率3倍のものですが、ズームスコープで可変倍率のものや、狙う線に細かい目盛りがついているものや、線が赤や緑に発光するイルミネーションレティクルと呼ばれるもの、あるいは夜間でも見える赤外線ナイトビジョンスコープや、星明かりなんかの微細な光量でも見えるスターライトスコープとか、一万円から数百万円のものまで実に多くのスコープがあります。

 日本のメーカーは品質が高いので、海外の有名なスコープメーカーの部品を委託生産していたりするんですが、場合によっては武器輸出条例に引っ掛かったりするので、注意が必要な分野です。

 ただ、ライフル銃やスラッグ弾専用散弾銃(ゾンビ漫画『アイアムアヒーロー』の主人公が使っています。十数から数百の小さい鉛球弾を発射する散弾銃で鹿や猪、熊を仕留めるための強力な一発弾を専用に撃つ銃で、外見はライフル銃そのもの)にスコープは必須と言ってもいいものであり、狩猟をやる人にはお馴染みです。

 アクション映画でお馴染みなのは、スナイパーが使うライフル銃に搭載されているスコープですが、このスコープというのは銃に搭載した時点で試し撃ちしてスコープの照準線に弾が当たる位置に調整することが必要で、これを“ゼロイン”と言います。

 ミステリー映画の傑作『ジャッカルの日』で、22口径の小口径炸裂弾を撃てる特殊狙撃銃を注文製作してもらったジャッカルと呼ばれる殺し屋がスイカを試し撃ちするシーンで、ゼロイン調整をするシーンがありました。

 ゼロイン調整していない銃だと狙ったところに当たらない訳です。

 私が中学の時代(40年くらい前)の頃のエアーガンは、とても狙ったところに当たるような代物ではありませんでした。

 BSガンと呼ばれるテルテル坊主型の塩化ビニールの弾をスプリングの圧縮空気で飛ばすものでしたが、放物線を描いて10m飛ぶかどうか?くらいのものでしたが、その時期にTMガンと呼ばれる強力なエアーガンがあるという噂を聞いていたものの、値段が高くて中学生には買えませんでした。

 高校時代にGun雑誌を購読するようになり、TMガンのシリーズにオートマグのエアーガンが出る!という広告が出て、待ちに待ってお金を溜めて通信販売で買ったんですが、これがまたBSガンとは比較にならない威力で、バスンッと弾が飛び出すと同時にボルト(エアシリンダー)がバコッと後ろに飛び出して空のカートリッジをエジェクトするという機構で、一発一発ボルトを押し込むのは面倒でしたが、威力も命中精度もそれまでのエアーガンとは雲泥の差があったので大満足でした。

 で、このSSオートマグカスタムというエアーガンが、TMガンSS9000というライフル銃と同じ威力だというので、またお金を溜めてSS9000も買ったんですね~。

 今見たらオモチャ丸出し(『死亡遊戯』でリー先生を狙う殺し屋がこれを使用していた。香港でも買えたんでしょうね?)ですが、当時は最高機種として持て囃されていて、20年くらい前までSS9000をベースにしたカスタムエアーガンで200~300m弾が飛ぶというのを売りにしているカスタムガンショップもあったくらい、サバゲでも使われていました。

「200~300mも飛ぶ」というと、銃を知らない人だと、とんでもない威力なんだと思うかもしれませんが、拳銃の弾丸でも1kmくらいは飛ぶとされます。ライフル銃なら4kmくらいは飛ぶでしょう。

 ただ、それだけ飛ぶのと当たる距離は別で、最大飛距離と有効射程距離、さらに実用有効射程距離というのは全然違います。

 ちなみに実銃の射撃競技では、10m、25m、50mくらいで分けられていて、ベンチレストと呼ばれる精密ライフル射撃で200~300m、338ラプアマグナム弾や50BMG弾を撃てる大口径狙撃銃を使う特殊な遠距離射撃で500~1000mのものがあるくらいです。

 ちなみに拳銃だと10mと25mくらいですかね?

 私が通ってた新宿のエアライフル射撃場(法律改正で今は多分、無いみたい?)ではファインベルクバウのサイドレバー式スプリング銃で10m先の標的を狙うようになっていました。

 SS9000は徹底改造すれば、本物のエアライフルに肉薄する威力と精度も出せたという噂がありましたから、初期のサバゲではマルゼンのKG9(サブマシンガン・タイプ)と双璧で、ポンプアクションショットガンみたいにスライド操作でスプリングを圧縮する形式に改造するキットなんかも出ていました。

 ちなみに、この当時はアクリル樹脂製の6mmBB弾を使うように業界が規格統一されていましたが、BB弾の製作精度が悪くて、デコボコしてたり型取りした時のバリが残っているようなのが普通でしたから、当然、命中精度も酷かったんですけどね。

 SS9000が、どうしてそこまで使われていたのか?というと、エアーシリンダーがでかかったからなんですね? スプリングを交換して威力をアップさせるのがそんなに難しくはなかったんですよ。私もやったことあります。

 その後、登場した電動エアーガンも、「SS9000の威力で引き金引くだけで撃てるものを作ろう」という趣旨で研究開発されたそうで、最初は構造的に無理があるのでは?と不安視されたものの、この問題をクリアして、現在の世界のエアーガン市場を電動一色にしています。

 前後して登場したガスガンは、最初、アサヒファイアーアームズという会社からブッシュマスターという珍銃(M16ライフルをブルパップ型にして小形化したカスタム銃)をモデルにしたバトルマスターというのが出て、第二弾でスターリング・サブマシンガンが出て、私は大学生でしたが、これを買いましたね。

 フロンガスの圧力でBB弾をフルオート射撃するというものでしたが、水鉄砲?みたいなメカニズムで、ガスの消費量も多くて冬場は圧力が下がって撃てなくなってしまうので、ちょっとガッカリしましたね。

 しかし、ガスガンの可能性に着眼したモデルガンメーカーMGCは、ベレッタM93Rというマシンピストルを出します。これは画期的でしたね。今では当たり前なんですが、引き金引くだけで続けて撃てるというのは、当時は考えられないことでしたからね。

 その後は、何度かの技術革新を経て、エアガン、ガスガンはサバゲの定着と連動する形で広がりましたが、悪質な強化銃が社会問題になって法律が改正されて、現在は6mmBB弾の威力が1J(ワンジュール)未満でないと違法ということになっています。

 威力の上限が規制されたことで、エアガン、ガスガンは命中精度とメカニズムを実物にどれだけ近づけるか?という方向に発展しました。

 正直、実物のエアーガン(鉛弾を飛ばす小獣狩猟用や標的射撃用)と比べても、現在のエアーガンやガスガンの機構は先進的で、実物がこれを取り入れたら本物の装薬銃をも凌ぐ発展をするんじゃないかな~?と思います。

 事実、20年くらい前からのエアーガン、ガスガンの命中精度は驚異的に高くなってきて、オリンピックの標的射撃の選手が日常の練習で使っていると言われるくらいですし、エアーガンの大会で優勝していた人が、その後、海外の本物のシューティング大会で優勝するようになったり、操作感はどんどん実銃に肉薄していっているのです。

 本でも少し書いてますが、特殊部隊出身の射撃インストラクターがいる射撃学校で、電動エアーガンをトレーニングに使って実際に撃ち合っていたりする訳で、一説に自衛隊でも試験的に89式小銃の電動エアーガンを使って模擬戦闘の訓練をしていたのだとか?

 こういうことを異常なこととして毛嫌いする日本人が多いとは思うんですが、現実の戦闘を体験し得ない自衛隊員が、もし武装テロリストと戦わなければならなくなった時に、このような訓練はかなり役立つ筈です。

 私が銃の扱いも会員に教えることにしたのも、海外では容易に銃が入手できるし、日本国内でも今後、銃を使った犯罪が増えることが予想できるからです。

 そもそも、武術を研究していて、かつての日本の武術(特に幕末)は、銃を武器として戦う武術を研究している流派の数も剣術を越えるくらいあったのではないか?と思えるくらいで、研究家として非常に驚かされたのですね。

 また、戦国時代から江戸時代にかけて様々な銃が研究試作されていましたし、この分野は研究が進むと、あっと驚く事実がいろいろ出てきそうなんです。

 例えば、忍者は特に鉄砲を研究したらしく、雑賀や根来は鉄砲衆が有名ですし、伊賀者が鉄砲で織田信長を狙った話もいくつもあります。脇差や十手に偽装した鉄砲も作られていました。こういうのは忍者の発想ではないか?と思われます。

 北村龍平監督の『あずみ』に三連発の火繩銃が登場しますが、あれは架空の物ではなくて実際に連発式火繩銃が作られていたんです。私、六連銃身の火繩銃の実物見たことありますよ。

 でも、鉄砲、飛び道具は卑怯千万というイメージが広まっているので、日本人は一般に鉄砲嫌いですが、これは権力者がイメージ戦略として庶民に鉄砲が広まらないようにする工夫だったんですね。こういうのは今でもあります。

 そんな次第で、子供の頃から普通に銃を手にして道具として使いこなせる海外の人と比べて、日本人で銃を使いこなせる者は非常に少ないでしょう。

 この実情で、銃で武装した人間が内地制圧してきたらどうなりますか? されるがままですよ。

 自衛隊や警察で対抗できるでしょうか? 一般市民はどうにもならないでしょう?

 本来の武術家なら銃にも対抗できた訳(奪った銃で戦う)ですが、現代武道、格闘技の観念しか持たない者にはどうすることもできません。使い方を知らないからです。

 今、アメリカは空前の銃の売上になっているそうです。

 どうしてか?というと、オバマの銃規制政策で銃が買えなくなると強盗などに対抗できなくなる?という恐怖心から規制される前に買っておこうとしている訳です。

 これは日本の感覚だと物凄く野蛮なように思えるでしょうが、アメリカの田舎みたいに警察呼んでも到着まで一時間もかかるようなところだと、強盗に対抗するのはショットガンしかない?みたいな現実的事情がある訳ですね。

 もちろん、私は規制に反対している訳ではありません。簡単に人を殺せる物をホイホイ売ってちゃいかんでしょう?

 が、現実的な自衛手段を持つ権利を奪うのはおかしいと思いますね。

 自己防衛という点に関して日本人は世界一認識が甘いと思いますよ。警察呼ぶか告訴するしか考えないでしょう?

 通り魔や強盗やストーカーに襲われている瞬間に、それでどうやって身を護るんでしょうか?

 殺されたらおしまいでしょう?

 また、自分の子供や親兄弟、恋人、友達が暴力にさらされている時に、それを助け出すのに最も必要なのは何でしょうか?

 自分が戦って救い出すことですよ!

 ニュース番組なんかで、暴力的な隣人に悩まされて長年暮らしている家族とか紹介されたりしますけど、例えば騒音オバサンみたいなのがいたら、「ぶち殺されたいか? この糞ババア!」って脅しつけてやればいいんですよ。

 包丁持って襲ってきてくれたら、こっちのもん。返り討ちですよ。

 私はそうしますね。売られた喧嘩は倍返し!

 おとなしくしてるから付け上がるんです! 暴力に対抗する最終的に最も効果的なやり方は、“より以上の暴力”しかありません。

 こんなこと書くと、とんでもない人だって言われるんですけど、バカ言っちゃいけません。法律が有効なのは具体的な処罰という“絶対暴力”があるからですよ。

 話して解るなら法律は必要ありません。倫理観を共有できる共同体で他人を尊重できる理知的で礼節を弁えた人間ばかりなら問題ないんですが、そうもいきませんよね?

「マトモじゃない相手にはマトモじゃないやり方で対する。それがマトモなやり方だ」と、『ヨコハマBJブルース』で松田優作は言っていますが、正しくその通りです。

 人様に平然と暴力をふるうような人間に道理を説くのは無駄です!

 だから、何度もありますよ。被害受けてる人とか助けたりしたことは。

「素人がそういうことやっちゃいかん」って、よく言われるんですが、「阿呆言うなっ! 緊急事態に身体張って救いに行くのにプロも素人もあるか? その場に居る人間が咄嗟に助けるのが人間の基本だ! できるかできないかの問題じゃない! やるかやらないかの勇気の問題だ! スカしたこと言ってんじゃねえ!」って、言ってあげてください。

 まっ、素人が手を出して事態を悪化させる場合があるのは解りますけどね。

 でも、何もやらないより、各自ができることをやればいいんじゃないでしょうか?

 電車の中で酔っ払った爺さんに痴漢されてる女性を助けた時は、誰も知らんぷりしてましたよ。私が割って入ったら、隣の初老の紳士が助け舟出してくれましたけどね。

 こういう時に助けに行けるのは、荒事になっても対処できる自信があるからできる訳ですよ。だから、武道や格闘技やっている人は正義感持ってて欲しい訳ですよ。

 でもね。私は現代の武道や格闘技の愛好家にはもう期待していません。趣味というか何というか、物凄く視野が狭くて本質を洞察する眼力も無ければ、「それをやって何になりたいの?」という明確な目的意識も無い。

 それと、教養が無さ過ぎる! マニアックなだけで何の役にも立たない知識だけ仕込んで常識も見識も無い。あるのは自己顕示欲だけ? 死ねばいいんだ! こんなヤツら!

 そして、暴力や不条理なことに対しても、何の怒りも感じないで事なかれ主義で自己保身しかしないような武術愛好家なんか存在価値が無いと思ってます。

 うちに入会したいと言ってくる人でも、話していてこんなタイプだったらお断りしてますよ。

 世の中の不条理に怒りを以て立ち向かう・・・そういうキャシャーン的正義感(鉄の悪魔を叩いて砕く。キャシャーンがやらねば誰がやる?)は男としてDNAに入ってないとダメでしょう?

 でも、そういう人は非常に少ない。武術愛好家が特別、そういうタイプなんだろうか?と思うくらい覇気が無い・・・。

 おっとっと・・・またもや、脱線しまくったぞい?


 要するに、何が言いたいのか?というと、私は日本人を戦闘民族化したいんですよ。

 日本人の唯一良いところは、お人好しだってことでしょう。そこはいいんです。

 事実として日本人は世界で一番、平和主義者でしょう。それもいいんです。

 ただし、こんな戦うことを忘れた民族では海外の獰猛な民族が本気で支配しにかかってきたら家畜化されてしまいますよ!

 私はそれを何とか回避させたい。そのために有効なのは武術の考え方を広めることだと思った訳です。

 つまり、生命の危険が迫った時に決然として戦える人間を増やすことが必要だと思っている訳です。

 では、「戦える」とはどういうことか?

 まず、意志として戦えること。これは覚悟を決めればいいんです。一瞬でできます。死ぬか生きるかの瀬戸際に立った時に選べばいいんです。もちろん、戦うのはしんどいから殺されて構わないと思う人はお好きにどうぞ!というのが私の基本姿勢です。死にたきゃ~、勝手に死ねばいい・・・。

 次に具体的な戦う技能を持っていること。

 これは学ばないと無理です。そして、学ぶ内容量は多ければ多いほどいいんです。が、多すぎて混乱する可能性もありますから、整理して必要最小限なスキルとタクティクスを学べるようにする。

 私が研究しているのは、この武術の最大公約数としてのスキルとタクティクスです。

 その中に銃の使い方も入れている訳です・・・。

 素人は鉄砲は引き金引けばいいんだと思ってるでしょうが、実際は、弾丸の込め方、銃の操作法、構え方、狙い方、敵から身を隠しながら撃つやり方・・・とか、やはり多くのやり方を知る必要がありますし、作動不良の対処法や銃のメンテナンスの仕方なんかも知らないといけません。

 軍で使用される銃も、目的に応じて改造されたりするのは兵士によります。

 私は自分の使う武器(主に日本刀)はカスタマイズしていますが、これもスキルアップに繋がる条件なんですね。技量が同じなら使う武器の性能が優れている方が有利になるでしょう?

 カスタマイズするのは高校生くらいからの癖で、エアガンを自分が使い易いように改造していたのが、日本刀の外装を自分で作るようになった誘因でしょうね?

 まあ、精神年齢がそこで止まったままなのかもしれないですけどね?

 別に否定はしませんよ。

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『セーラー服忍者』仕上げ中

 別件の仕事で、いつも映像関係の仕事をやってもらっている友人のTさんと会ったんですが、ノートパソコン持ってきてくれて、『セーラー服忍者』のデジタルエフェクト作業の進行状況を見せてくれました。

 監督から彼に依頼していたのは、グリーンバック合成の調整と、血飛沫や拳銃の発砲シーンのマズルフラッシュ(銃口から出る火薬が燃焼した時の火炎)を付け足す点でした。

 特に後者のエフェクト表現のセンスは彼が抜群に上手いので、アクションシーンにインパクトを足す意味でも頼みの綱だったんです。

 何しろ、現場でのトラブル続きで私自身が納得いくように演じられなかったんで、映像にどう映っているのか心配でしょうがなかったんですけど、素材映像を見ると、そんなに悪くなかったんで、ちょっと安心したんですね。

 この上にデジタルエフェクト乗せれば、結構、いいかな?と思っていたんです。

 で、結果は、私の予想を超える出来で、アクションシーンがググッとインパクト増しましたよ!

 これは、ちょっと凄いんじゃないの?という感じです。

 一番、驚いたのは、刑事課長が拳銃(コルト・ローマン357マグナムの2インチ銃身モデル)を発砲するシーンです!

 銃口から景気よく火炎が出るのは当然なんですが、よく見ると、シリンダー(回転弾倉)とバレル(銃身)根本のフォーシングコーン部分の隙間からも発射火薬の火花が出ているのです!

 この部分から火花が漏れるのがリボォルバー型拳銃の特徴なんですが、それは、かなりのガンマニアでないと知らないので、省略されて当然の表現なんですよ。

 彼のことだから、そこまでやるかも?とは思っていましたが、作業が面倒だろうからと思って指示しなかったんですね。でも、流石です! こちらが気を回す必要ありませんでしたよ~(笑)。

 血飛沫の表現も、若山先生の子連れ狼チックに派手で、よく時代劇で血飛沫が撮影しているカメラのレンズにビチャッと貼り付くカットがあったりするんですけど、あれをCGで再現しているのには参ってしまいました。

 普通は撮影の失敗なんですけど、それを敢えてやることで映画そのもののリアリティーを表現しているんですから、恐れ入りましたよ! 監督は何というか判らないけど、これは残しておいてもらいたいですね~。すんごいカッコイイから!

 彼はアニメ大好きなんで、アニメ的表現を試みたのかもしれません・・・。

 今回、映画で殺陣を演じてみて、武術の動きだと小さ過ぎてダメだということが実感できましたね。

 ブルース・リーだって、映画の時は大袈裟に大技をやっていて、実戦は小さく地味な技しか使わなかったようです。

 ジャッキー・チェンなんかも、喧嘩の時は物凄く速いパンチをビュバババッと打っていたそうです。

 しかし、現代は、アクションをそのまま見せるよりカメラワークの見せ方やデジタルエフェクトや編集のカットワークなどの処理を組み合わせて、いかにグレードアップしていくか?が重要だな~?と、あらためて思いましたね。


 ファミレスで飯食いながら打ち合わせした後は、町田に出て、彼が春頃に引っ越しする予定のマンションを見に行きました。

 そのマンションの近くに公園があるというので、そちらも見に行きましたが・・・。

 何ともはや、高低差の大きい巨大な公園で、町田にこんな巨大な公園があったとは初めて知りましたよ!

 等々力渓谷の公園を思い出しましたけど、谷というか住宅街から突然、崖みたいになっていて、何か砦というか城というか、非常に立体的で映画撮影場所に絶好な印象でした。

 1/4くらいしか見て回りませんでしたが、かなり広大になっているらしく、小田急線から一部が見える原生林みたいな場所が、この公園に繋がっていたのか?と、納得しましたよ。

 町田にこんな渓谷があったとは・・・?

 何か、感動しまくったな~?

 その後、駅前のヨドバシカメラに用があるというので、一緒に行きました。

 その時、プロジェクターとスクリーンも見てきたんですが、これを買っておけば、どこでも映画上映会ができますよね?

 例えば、うちの本部道場や、ほびっと村でも上映会できます!

 地方で巡回上映もできるしな~? 買っちゃおうかな~?

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甲野武術のカラクリ

 ほびっと村の講座の後、西荻窪の地元で有名な喫茶室こけし屋さんでおしゃべりするのが恒例なんですが、参加者の方がシステマをやっていたので、ミカエル先生が甲野氏相手に延々と無刀取りしている動画を見ながら問題点を分析しました。

 まず、ロシア剣術シャスカの講習会にもかかわらず、日本刀の模擬刀を使う甲野氏の態度が、そもそも挑発的で礼儀を失していると思います。

 ピンと来ない人もいるでしょうから、譬えてみますが、剣道場に行って「竹刀は嫌だから」とロングソード使うのと同じでしょ?

 はっきり言って、これって“セミナー荒らし”と変わりないですよ。私だったら、「他の参加者に迷惑だから帰れ」って言いますね。

 実際、二回くらい追い返したことありますよ。明らかに荒らす気で来ていたり、道場でいきなり“ゆる”を始めたので、「挑発してんのか? お前、帰れ!」って追い返しました。後者の時はキョトンとしていたので、悪気がなくてやっていたのかもしれませんが、私はこういう無神経な人間は大っ嫌いなんですね。

 腕試しがしたいんなら、教わるフリしていきなりやればいいんですよ。そうしたら、こっちも反射的にぶちのめせるから、その方が助かりますね。もっとも、そういう意識のある人は最初から判りますけどね・・・。

 もちろん、甲野氏は特別ゲスト扱いで呼んでいるのでしょうが、それならそれで講習会とは別に時間を作ってやるべきですね。

 お金払って習いに来ている人達の貴重な時間を奪っちゃダメでしょう?

 私が甲野氏を道場破りも辞さずのつもりで訪ねた時は講座が終わるまで待ちました。お金払って受講している人達に迷惑をかけたくなかったからです。

 もっとも、甲野氏の方から「今日は私をボロクソに批判している長野さんが来ていますから、何しに来たのか聞きましょう」と水向けられて、「終わるまで待ってますよ」って言ったんですが、「構いません。目的を言ってください」って言うので、「そうですか? なら言いますが・・・」と、「先生は、ある高校で真剣を生徒に突き付けた時に、壇上に一人あげたと本に書いていましたが、実際は三人上げましたよね?」って聞いてやったら、顔面蒼白で“やめてぇ~”って慌てふためいてました。

 大体、人を見くびってますよね? 自分のフィールドだから「一人の敵くらいどうにでも論破できる、皆が見ている前で吊るし上げてやろう」と思ったんでしょうけど、私がその辺のパンピーだとでも思ったんでしょうかね?

 事実を屁理屈で屈服させることはできませんよ。考え甘過ぎます。考えの甘い人間とばっかり付き合ってるから、世の中、ナメ腐ってるんでしょう。

 それはさておき、何回見ても、「酷い」の一語。ミカエル先生は終始、片手で模擬刀を奪い、刃を返して甲野氏の首筋に突き付けて見せて“わかりましたか?”とニコニコと合図しているのですが、何と! 甲野氏は全然気づかない?

 ありえないですよ。刀の刃を首筋に突き付けられて気づかないなんて?

 柄を掴まれているのに、しつこく握ったまま放さないで“死に体の体勢”を晒し続ける甲野氏は、素人よりダメ過ぎます。ミカエル先生は片手しか使っていないので、いつでもストライク(システマ独特の鉤突き)入れられる体勢なんですよ。

 本来、甲野氏は日本刀を持ち、ミカエル先生は素手なのですから、そこは圧倒的に有利な筈なのに、あまりにも拙劣・・・。

 こんな人物が日本武術の第一人者と思われたら日本武術は阿呆しかいないのか?と、名折れになってしまいますよ。何で、そこを考えないのか? 

「甲野先生はミカエル先生を立ててウケを取っていて偉い」と評した人もいたのだそうですが、何を見ているのでしょう? 目がおかしいのか、脳がおかしいのか?

 大体、ミカエル先生に対しても無礼ですよ。こういう発言は。甲野氏の面子が立つように配慮しまくってるじゃないですか?

 段々、不機嫌な顔になる甲野氏と、段々、ウンザリ顔になるミカエル先生の顔を見比べれば一目瞭然ではないですか?

 いやはや、とにかく酷過ぎて笑うに笑えませんでした。

 普通、あんなことやったら殴り倒されますよ。ミカエル先生の善良さと器の大きさに付け込んだとしか思えないですね?


 それから、甲野氏がフルコン空手の修行者らしい人に“無拍子打ち”を実演している動画も見ました。

 これは笑えました。

「まだ、こんな猿芝居続けているんだ?」と思うと、怒る気にもなりません。

 若い人は知らないと思いますが、甲野氏のこの技?は、もう30年近く前からやっている素人騙し芸なんですよ。

 成長がないにも程がありますね?

 まず、「おかしいな?」と思うのは、右側のフルコン空手の修行者らしき人は、アップライトに構えて身体を揺すって見せるものの、ジャブ一つ打とうとしないのです。

 そして、甲野氏が寸止めで打ちを出すのですが、これが全然払えない?という意味合いのことを表現したいのでしょう。

 つまり、「気配の出ない最速の突きである」ということを言いたい訳ですね?

 何でも、「長野もこの突きは払えないだろう」と評している人がいたそうなんですが、眼科で診てもらった方がいいよ。まともに戦っていて、こんな“遅い突き”食らうバカがいる訳ない。

 気配が出ない突きって、脱力してノーモーションで出せばいいだけなんですよ。私が教えたら誰でも数分で体得できます。

 ただし、空手系の力を溜めて打つ練習を延々とやっている人だと難しくなります。

 ですが、力のタメを排除してヒョイッと打てばいいだけなので、運動経験の無い人でもできます。もちろん、熟練度はありますが、原理は至って単純至極なんですよ。

 で、甲野氏のやり方は、「私が打つのを受けたり払ったりしてみてください」と言っておいてからノーモーションで打つ。

 相手は受けよう、払おうと待ち構えて筋肉が緊張してしまうから、どうしてもノーモーションの突きには遅れてしまう・・・というだけの話なんですよ。

 ちなみに、私は27歳の時に道場で甲野氏のこの技を受け止めて、ビンタ張り回してやりましたよ。今の1/10も実力が無い時分でしたが、顔面に何発も食らっているのに何もできない。“無拍子打ち”じゃなくって“無防備打ち”ですよ。

 こんなもんに結構な数の格闘家なんかも騙されてしまうのは何故か? 打撃技のプロを自覚している人だと、「こんな突きが払えない筈がないのに、何故だ?」と勘違いしてしまうからなんですね?

 気配が出ないと言っても完全に気配を消すことなんかできませんから、よく観察していれば判りますよ。

 この技?のカラクリをお教えしましょう。

 この動画を見ていて違和感が拭えないのは、右側のフルコン空手修行者らしき人は、出せば届く間合なのに自分からは攻撃しないんですよ。あり得ないでしょう?

“受けることだけに限定させている”から、相手は攻撃してこない。

 相手は攻撃してこないんだから、こんなラクな話はないですよ。自分はノーモーションで好きに打てばいいだけ。相手は受けることしか念頭にないから反応が遅れてしまう・・・という“仕掛け”です。

 この技?の破り方は実に簡単です。

 甲野氏の指示を無視して普通に自由組手やるつもりでビシビシバシバシ攻撃すればいいだけです。

 彼が主張する“状況設定”というのは、「自分が一方的に勝てる条件を相手に気づかせないでやるためのカラクリ」なんですね。

 自分ではわざわざ「ウケに優しくトリに厳しい状況設定」なんて言ってますが、大嘘です。実際は、相手の自由な攻防を制限させることで弱点を作り出す工夫なんです。おまけに自分は攻撃されないから安全。

「自由に攻撃していいですよ」って言えばいいのに、何故、そうしないのか?

 自由に攻撃してこられたらひとたまりもなくやられてしまうことを判っているからでしょうね?

 武術は戦術も含むから、こういう状況設定演武もダメとは言えないんですが、それしかできないのでは武術じゃなくて詐術ですよ。

 こういう素人騙しを延々と何十年も続けるような生まれついての詐術師は、本来は相手にしちゃ~いけないと思うんですけど、仕掛けを見抜けない人達が持て囃してメディアが乗っかってしまったから、今では一大ブランドになってしまった。

 第一人者として世間に定着してしまったから、批判したら自分の損にしかならないと、誰もが文句を言わない。それで甲野氏も調子づいてしまう・・・。

 そうとは知らずに彼を信じて御神輿担いでしまった人達も含めて、本当に罪作りな人だと思いますね。

 誰かが真相を知らせていかないと、またぞろ甲野“嘘”理論が広まって定着してしまうでしょうから、これから、私が厳しく目を光らせて、インチキを暴いて、迷妄を晴らしていくしかないですね?

 インチキやりたいヤツは、やってみなさい! 私が必ず暴いてみせますよ!


 さてさて、毎月一回個人指導に通っているIさんは、過去に某武道の地方支部長をやるほどだったそうですが、ウツ病を患って長く離れていたそうです。

 その後、私の本を読んで情熱が再燃して相模原まで尋ねてきたのが3年前でした。

 雪の降り積もった18日に道場に来た時、「ちょうど、先生にお会いした日も雪が降っていました」と、ちと感慨深かったみたいで、「私はもうすぐ51になるんですが、この3年間が人生の中で一番、充実して楽しいです」と言ってくれました。

 正直、武術ができても何の自慢にもなりはしません。甲野氏みたいな山師が持て囃されるくらいだから、世の中で評価されているジャンルじゃありませんからね。

 でも、素質や才能に関係なく、誰でも真剣に取り組めば答えが返ってくる学問でもあります。決して戦う技術だけじゃないんですよ。

 考え方を変えていくことで、基本的な自己意識を変えていけるんです。

 そして、困難に遭遇しても超然と達観して乗り越えていけるようになります。

 現実にウツ病を患った彼が、「人生で今が一番充実している」と言ってくれたのは、何よりも嬉しい報告でした。

 もちろん、私のところに来たって病気は治りませんよ。何故なら、そういう人は、武術に頼ろうとする意識が先にあるからで、現実逃避なんです。

 頼るんじゃなくて、捨て身になれることが大切なんですよ。

 よく、“0化”って言いますよね?

 無心になれって言われたりしますが、それは無理でしょう? でも、捨て身にはなれます。ハラ括って覚悟すればいいんです。

 武術の真の訓練は、毎回毎回、死ぬ練習をすることです。敵を殺して自分も死ぬ。相討ちになる訓練・・・それが本当の武術の訓練です。

 死を覚悟するのは、生命の重さを自覚する契機になります。

 だから、武術はスポーツにしちゃ~いかんのですよ。

 武術は生きるか死ぬかの戦闘を見つめるからこそ尊いのです。身体の動きが変わるとか、そんな目糞みたいな目的意識しか持たないのは、宝の山に入って、入り口でシルバーネックレス見つけて大喜びしている段階でしかありません。

PS;ベッキーとゲス乙女・川谷のLINEやり取りがまた露出してますけどね~。どこまで本当かわからないけど、本当に芸能人って大変だな~?と思います。最早、感想それしか浮かびません・・・。

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ほびっと村講座感想

 17日は、今年初の西荻ほびっと村での講座でした。

 前回の昨年10月は、青木宏之先生をお迎えしての特別講座でしたが、今回は普通にやりましたよ。

 普通といっても、ここ最近は次々に新技開発していますから、参加者に満足して戴けるように指導させてもらいました。

 原点に帰って、今回は基礎錬体の動きの応用法をやってみました。

スワイショウも横回転だけでなく縦の腕振り運動の武術的応用法を指導しましたが、こういうのは体験してみないと効果がわかりませんからね?

 武術の基本技法は、打撃・逆(固め)・崩し・投げ(絞め・ツボ)なんですが、本来、これらの技は別々ではなく融合して遣うべきだと私は考えています。

 本来、そういうものだと認識していると、例えば、空手の形の動作の意味が判明してくるんですね。

 パンチに関しても、拳面だけを当てるものだと思い込んでいる人が多いんですが、武術で用いるパンチは、貫手・掌・裏拳・手刀・背刀・平拳・一本拳・鉤手・拳槌・・・と、あらゆる形で当てるものですし、さらに言えば、肘でも肩でも前外腕・前内腕・頭突き・・・と、身体のどこからでも打てるようにするべきなんですよ。

 受け技に関しても完全に誤解されていますね?

 皆、「相手の攻撃を受け止める技」、つまり、“ブロック”なんだと思い込んでしまっていますが、武術ではそんな受け方は“本来の遣い方ではない”んです。

 受け流すか、受け崩すか、受け潰すか、受け即攻めか・・・と、受け技は攻撃のための部分的技術なんですね。攻撃技を補完していると考えてもらえばいいでしょう。

 もっとも、多少、詳しい方だと、「そんなことはない。古流武術の型には敵の攻撃を受け止める動作も頻繁に出てくる」と反論されるかもしれません。

 けれども、ここが厄介な点で、確かに初学者向けの基本の型ではそのような動作が結構あるんですね。

 ところが、これは実際の戦い方ではやってはいけない間違ったことを、敢えて最初はやらせるんですよ。

 何で、そんな無駄というか嘘を教えたりするのか?と思われるでしょう。そこが古流武術が廃れたり誤解されることになった誘因だと思うんですが、要するに、門外漢に真の戦闘法を盗まれないための用心なんですよ。

 昔はそれだけ技を盗もうとして入門する者もいたんでしょう。だから、秘伝というシステムもできていったし、一般向けに教える内容と信頼できる内弟子に教える内容、さらに後継者だけに教える内容とに差をつけていったんです。

 従って、古流武術に限っては、宗家から教授代理を許されるくらい信頼された人しか本当の戦闘法を教えてもらえなかったし、本当に本当のことは宗家を極意相伝した人だけしか教えられていない・・・なんてことが普通にある訳です。

 でも、安心はできません。宗家を名乗っているから真のやり方をすべて知っているか?というと、実際はボロボロ失伝してしまっていたり、場合によっては宗家を名乗っている人が経歴詐称している実例もかなりあるからです。

 よって、ブランドに胡座をかいて質的に消耗してしまった流派が非常に多く、故にこそ、現代武道のように組織的に発展した流派から評価の対象外にされてしまったりしている訳です。

 例えば、現代武道や格闘技を浅くやっている人だと、古流武術が現代にも伝わっていることすら知らない人が珍しくありません。そのくらい、伝承形態が小規模過ぎるんです。

 ツチノコやヒバゴンやクッシーが実在するかどうか?と同じくらいのレベルで語るバカがいるから、武術と言うだけで果てしなく誤解だけが拡散していくのです・・・。


 ここを勘違いして、「遣える遣えない」と論議してしまうからおかしなことになる訳なんですよね。

 武術がインチキだと言っている人達は、“武術の技と遣い方を知らないだけ”で、圧倒的に知識が無くて妄想的なイメージしかないから、ほとんどオカルト扱いしている訳なんですよ。

 普通に考えたら、そんな糞の役にも立たないものが何百年も続けられる道理がないでしょう?

 私も、「こんなもんは時代錯誤で使いもんにならん」と若い頃は思った時期がありますよ。甲野氏に失望した時は・・・。

 甲野氏自身、何かの流派をきちんと習って師範を認められている訳ではないので、いろんな本を読んで研究はしていますが、根本的な戦闘理論を知らない。だからこそ、まともに戦えば冗談みたいにメタクソにやられてしまっていた訳です。

 型稽古オンリーの流派で不完全な稽古体系しか習っていなければ、そうなるのは必然的帰結でしかないんですが、盲信しているからなかなか気づかないんですよ。で、試合に出てボロ負けして初めて気づいたりするんですね?

 気づいても嘘で自己暗示かけて達人のフリしてるのが甲野氏です。正常じゃないんだから、周囲が見抜くしかない訳ですけど、見抜ける人は意外に少ないし、例え見抜いても糾弾する人は滅多にいませんね。

 何故か?というと、著名人を批判したら自分の立場が危うくなるから・・・。で、彼を信じていたり、薄々解っていながら利用しているような小判鮫な人達は、もう武術やってもものにならないでしょうね。実力よりも社会的評価が欲しいだけでしょうから。

 でもね。彼のお陰で武術は非常に誤解されまくってしまいました。勘違いしてても試合に出たりする人達の方が純粋ですよ。自分に嘘ついてないんだから。

 甲野氏個人がフェイクなだけで、武術そのものは極めて高度な戦闘技術と理論を兼ね備えていたんです。もちろん、実際に達人レベルの先生に何人も遭遇できたから再認識できたんですけどね~?

 で、私みたいに素質も才能もない人間でも普通なら衰える年齢になっても日々、向上していけているんですから、武術という戦闘文化は本当にとてつもなく優れた価値を持っている!と、声を大にして言いたい訳です。

 誤解しちゃいけないのは、遣えるか遣えないかは、体得している人間の技量の問題でしかないという点です。

 これは、武術でなくとも武道でも格闘技でもスポーツでも何でも同じでしょう?

 格闘家でも武術の極意技と同質の技術をそうとは知らずに遣っている人はいます。

 もっとも、それは個人的な工夫なので他人には伝えようがなかったりする訳です。武術は長い歴史の中で誰もが体得できるように稽古法が体系化されているので、それを理解して学べば、誰でも体得できる・・・と私は思っています。

 秘伝扱いし過ぎて稽古法の意味が専門家でも解らなくなってしまっているのが、今日の混乱を生じた一番の問題点だと思います。

 だからこそ、私は失われていきつつある武術の真の意味を発掘していく研究が必要だと思っている訳で、特定の流儀の優秀性をアピールしたがる普通の武術愛好家とは明確に別の道を選んでやってきたんですね。

 主にやっているのは、秘伝の解明なんですよ。教えている人達すら解らなくなってしまっている意味を分析して稽古法を再生し、あわよくば、更に発展させようとしてきている訳です。

 だから、自分の学んだ流派の技がどうすれば実際に遣えるようになるのか?と悩んでいる多くの他流派の師範や将来の師範候補の人に、その人の学んでいる流派の技の応用法をアドバイスしてきたんです。

 何せ、長くやってますからね~。研究家としての活動は30くらいからやってきたから、もう23年くらい? 流派名乗ってからも17年くらいですからね。

 無刀捕りなんか30くらいの時は全然できなかったですね~。竹刀で女の子にポコポコ打たれたりしてましたよ。今は真剣捌いて捕ったりしていますが、このコツを解明するのに10年20年かかってる訳ですから・・・。

 いろんな人が来ましたよ。フルコン空手だと極真・芦原・円心・正道・誠道・士道・佐藤塾・無門會・大道塾、伝統空手だと松濤館・松濤会・新体道・和道・糸東・剛柔・少林・松林、拳法だと少林寺拳法・不動禅・日本・流水・太気・借力・武当派、合気道だと合気会・養正・養神・気の研・万生・光輪洞・岩間、合気武術だと八光・武田、大東流だと佐川・六方・光道・幸道・電々・松田・大和道、古流武術だと、香取神道・鹿島神・田宮・夢想神伝・無双直伝英信・竹内・柳生心眼・竹生島・駒川改心・小野派一刀・柳生新陰・示現・円明・浅山一伝・天心古・戸隠流忍法・圓心・神夢想林崎・関口新心・伯耆・二天一・根岸・影山・心形刀・正木流万力鎖・江戸町方捕手十手、中国武術だと、八極・八卦・形意・意拳・戴氏心意・心意六合・教門長拳・洪家拳・詠春・通背・通備・通臂・散打に各種太極拳、その他、JKD、クラブマガ、システマ、シラット、カリエスクリーマ、カラリパヤット、カポエィラ、体術、躰道、なぎなた、スポチャン、銃剣道、ブラジリアン柔術、シューティング、シュートボクシング、ボクシング、ムエタイ、総合格闘技、テコンドー、逮捕術、不二流、サンボ、レスリング、柔道、剣道、居合道、弓道、杖道・・・etc.

 私が自分で書籍やビデオで研究した以外に、最も研究になったのが、このように講座やセミナーを受講した人達との技術論議にある訳です。それを20年以上続けているんだから、詳しくなるのも当然でしょう?

 他流破りの研究も、このような中にはヤンチャな人もたまにいるので、必然的に手合わせになったりする。その経験が積み重なっている訳ですよ。

 もともと九州男児は殴り合いのケンカを子供の頃から普通にやるので、その感覚でずぅ~っと生きてきたら、それは場数も多くならざるを得ませんよね? 自分から進んでやるほどケンカ好きじゃないんですけどね~。

 もちろん、何度か負けたり怪我したりもしてますけど、そういうのもトライアル&エラーになって研究にプラスになってる訳ですよ。鼻血出したり肋骨折ったり歯折れたりしてますよ。真剣にやってたら、そんなの当たり前なんですよ。

 普通に武道格闘技やっている人だと、闘い方のスタイルが一定した自由組手やスパーリング、試合しか経験しない訳ですが、私の場合、ほとんどが他流試合的な要素があるので、必然的に相手の弱点を研究するようになっていった訳ですよ。

 それも、素手とは限りませんからね。アウトロータイプの相手だと、本当にストリートファイトみたいになってしまいますから、油断できないでしょう? 先手必勝ですよ。

 木刀や鉄パイプで殴られるのを何発も耐えられないでしょ? 打ち所が悪かったら死ぬか半身不随になるかもしれないでしょう? 正直、カバンにヌンチャク、上着のポケットに万力鎖入れてたりしてましたからね(今は違法にならない竹の中国扇子入れてる)。

 だから、初撃を潰すしかないんです。絶対に打ち合いをやってはいけない!

 こういう経験上、流派というカテゴライズは適当ではないのかもしれませんが、何しろ、長くやっているので、対他流戦闘を考えて自然に技術的スタイルというものはできてきたので、やはり流派を名乗ったのが正解だったと思っていますね。

 普通の人はあれこれ迷うみたいですが、私は迷わないです。方向性は終始一貫して「戦って勝つこと」だけですよ。「武術なんだから当然だ」と思ってる訳です。

「戦うことに何の意味があるのか?」「勝つことに何の意味があるのか?」・・・といった哲学的命題を追求したことはありませんね。

 どうしてか?というと、そんなこと解答が出ないでしょう? 無理に理屈付けた時点で思想としての権威付けにはなるでしょうが、武術の真相とは無関係な妄想としか思わないですよ。「そんなこと考えるんだったら武術なんかやるな! 黙って殺されてろ」と思います。

 頑固な職人と同じです。ただひたすら自分の理想の武術を追究している人間が、あれこれ迷っていたらアカンのですよ。

 私は、必要と思った瞬間に戦える人間でありたい。そのためには戦って勝てる技術を求める。ただ、それだけの話。

 哲学的命題を追求する人って、戦う必要性を感じたことがない人なんじゃないかな~?と思います。「戦うこと、勝つことに何の意味があるんだ?」って言える人って、基本的に必要な時になっても戦わない人だと思うんですよ。

 私は戦わない人間は嫌いです。戦わない人間は実は戦えない人間で、人を助けることすらしない人間だと思っているからです。

 私は正義(という観念)は信用しませんが、正義感は大切にしたいです。理不尽なことに怒りを感じない人間は信用できません。

 思想だの美意識だのという言葉を戦いの中で口にする人間はいません。

 だってね? 戦いは現実そのものだからです。必死で戦わないと生き残れない状況で思想だの美意識だのとゴタク並べる余裕はないですよ。生きることはリアルなことです。

 私が武術始めたのは、中学時代のイジメ体験で、自分の身を護るには自分で戦うしか方法が無いと思ったからでした。

 この考えは、その後、ずっと変わっていません。自分以外に暴力に晒されている人達を助けたことも何度もありましたが、話して解る人間って、意外と少ない。

 追い詰められた人間に必要なのは、その状況を打開する闘志であり、その意志を支える技術と方法論を提供していきたいんですね。

 意志を支えるのは現実のチカラですよ。武術はその中でもかなり応用性の高いものだと私は思いますね。実際にネットや手紙で殺害予告何度もされている私が平然としていられるのも、いざとなったら返り討ちにしてやる!と決心できるモノを持ってるからです。

 この前、ヤケドした子供を病院に連れていかずに死なせた夫婦の事件がありましたが、真相が判明していくに連れて、私は四半世紀前に体験した同じアパートの幼児虐待死の事件と、そっくりだったことに愕然としました。

 親が子供を虐待して死に至らしめるというのは、子供にとったら、どうやって回避できますか?

 学校や職場のイジメなら引きこもってしまえば回避できます。ネットの誹謗中傷ならネット断ちすればいいです。

 しかし、本来、絶対的に保護してくれる筈の親が虐待してくるというのは、どうすればいいのか? 独りで生きていけるようになるまでに十数年もかかりますよね?

 行政に任せればいいのか? でも、十分に助けてもらえるかどうかは多分に運次第ではないでしょうか?

 私は、現実に暴力に晒されている人達に、自分自身で暴力に対処して遮ることのできる技術と知恵を提供すること。そのための武術を研究してきています。

 圧倒的な力の差を技術で逆転する方法を武術の中に求めている訳です。

 だから、体格・体力・筋力・身体能力という要素ではない部分を研究している訳です。

 行き着いたのは、「武器を遣う」ということでした。

 いろんな身体技術もありますが、武器を遣うのが手っ取り早いんですね。

 よって、今回のほびっと村では、日本刀(真剣)、拳銃(ガスガン)、ナイフ、隠し武器なんかもいくつか持参して解説しました。

 武道・格闘技愛好家は武器を毛嫌いする人が少なくありませんが、自分が嫌いでも相手が武器を遣わない道理はありません。それに対応するには、自分も武器に詳しく遣いこなせる能力がないといけません。

 武器も道具ですから、遣い方を知らないと持っていても何の役にも立ちません。

 素手の武術は、何の武器も無い場合に自分の五体を駆使して戦えるように工夫されたものなのです。武器があったら遣うことができないとダメなんですよ。

 ただね~。私はつくづく痛感するのは、現代で最も強力な武器は何か?というと、「ペンは剣より強し」だと思いますね~。武術だって知恵ですし、知恵を磨くのが一番の武器になりますよね?

 だから、一生涯できる限り、いろんなことを勉強し続けること。これが武術的な極意ではないか?と思いますね。
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『気の流れる太極拳 陳式混元太極拳・内功の極意』出口衆太郎

 自然身法研究会を主宰されている出口衆太郎先生とは、3年くらい前になりますか? 河野智聖先生小用茂夫先生と一緒に青木宏之先生に新年の挨拶をされる時に私も御邪魔してお会いしたのが初めてでした。

 私も業界で悪名?が轟いていますから、出口先生もご存じだったのですが、初対面から結構、お喋りした記憶があります。

 当然、私も御著書を読んだりしていましたから、お名前は知っていました。

 陳氏太極拳の実戦高手として有名な馮志強老師に学ばれていることや、大東流合気柔術の岡本正剛師範に学ばれたこと。武術業界で伝説的な存在として知られる初心禅師にも師事されているということ・・・。

 今回、拙著をお贈りしたところ、クエストさんから出たばかりの新刊DVDを御礼にお贈りくださいました。

 ぱっと見た印象として、馮老師と一緒に写っている写真の出口先生の胴体の太さに驚かされます。「これは相当な内功だな~」と思いました。

 私みたいにあれこれインスタントに学んで効率を求めている人間とは対極にある、一つの稽古システムを地道に修練して養った内功。

 それは、生涯に渡って成長し続けるものであり、健康法であると同時に武術としても応用可能で、しかも絶対的な力を発揮し得るものです。

 実際に拝見するまで、私は出口先生は精神世界的な観点で探究されている方で、あまり武術的な戦術とかは考えておられないのではないか?と思っていました。

 しかし、このDVDの内容は、太極拳の発勁の打法に関して非常に丁寧に実演解説されていて、まさしく内功武術の精髄を伝えている映像作品だと思いました。

 実際、私はこの方面のDVDは膨大に見ているのですが、このように丁寧に優しく教えている作品は、ちょっと、これまで見た記憶がありません。

 出口先生の風貌も仙人というか哲学者みたいで、まったく戦闘的な雰囲気が無いのですが、実演される発勁の威力は無理なく引き出されて、すべてが抖勁になっています。

 丁度、現在進行形で研究しているテーマそのものだったのは、何という奇縁なのだろう?と、感謝感激するばかりでした。

 内功武術の健身と用法に関心のある方は、是非

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芸能人は大変だな~

・・・と、ベッキーの謝罪会見をワイドショーで見て思いましたね。

 ゲス極のファンである私としては、川谷さんの天才的音楽センスとは別の「一見、草食系なのに、やるな~?」という感想の方が強かったんですけど、多分、ベッキーの音楽番組にゲス極が出て、「凄いっ、この人!」って、ベッキーが惚れ込んだのではないかな~?と思います。

 何故、そう思うかというと、私もアーティスト系の天才的な人間に惚れ込む癖があるからです。

 例えば、物凄い美人と会っても、話していて才能が感じられない人だと、一気に興味が無くなります。

 狂気を感じさせるくらい天才的な人間にしか魅力を感じないんですよ。私は。

 だから、何年か前に久々に合コンした時も、普通の女には何の興味も湧かないな~?と、自分の特殊過ぎる性格を自覚しただけでしたね。

 猫好きなのも、猫って丸まってゴロゴロいってる時と、戦ってシャーッ!っていってる時のワイルドさのギャップがいいんですよ。

 ベッキーも私と同じ性格なんじゃないかな~?と・・・。

 それにしても、芸能人で売れっ子というのは大変なリスクを伴うものですね?

 一瞬で奈落の底まで転がり落ちるような経験をした人もざらでしょうが、そこからはい上がってこそ本物になれるということでしょう。

 不倫がどうとか言っても、今時、珍しくもなんともないから、何か、「そんなの大人なんだから他人がとやかく言うことじゃないでしょ?」って言いたい気もします。

 まあ、日本は家制度が長く続いてきているので、個人より共同体の在り方が重視されたりしますが、制度的な解釈で人間を縛るというのは、いかがなものかな~?と、私は思いますけどね。

 重要なのは心の結び付きであって、不倫に走ってしまう人を選んだ自分の問題も考える必要はあると思いますよ。そういう問題も含めて一緒にいたいから結婚したというのなら解るけど・・・。

 私も半世紀以上も生きてるんで、「信じていたのに裏切られた! ムキィーッ!」ってなったことはありますけど、そういう性格を面白いと思って付き合った自分もいる訳なんで、今だったら特に怒らないかもしれませんね?

 不倫とか何とか言っても、あれだけ天才的なアーティストである川谷さんが常識が無かったりしても当たり前のような気もするんですよ。

 人間、何か突出していたら、その分、バランスを取るように何か凄く欠損していたりすると思うんですね。

 私は、そういう人を多数、見てきているんで、非凡な人間を凡庸な常識で判断してはいかんと思うんですよ。

 私なんか、物凄くアンバランスな人間なんですけど、それでも何とかやってきているんだから、逆説すると、物凄くバランス感覚が優れているのかもしれません?

 有名で、その業界で名前が知られている人って、実際に会ってみると、オヤッ?って思う人が多いんですよ。世の中って、結構、そんなもんです。

 アーティストとか芸能の世界で活躍する人って、私が目指している作家とも共通性があると思うんですが、作品で評価されますよね?

 デヴィド・ボウイが亡くなりましたけど、闘病していて新作アルバム出した直後だったらしいですね? アーティストとして最後の作品を出すことで生命力を使い果たしたのではないでしょうか?

 ブルース・リーが『燃えよドラゴン』、松田優作が『ブラックレイン』の直後に死んだのも、作品の中に魂を封じ込んだからのようにも思えるんですね?

 実際に創作活動というのは、そういう面があります。

 私の三尺二寸一分の大太刀を打ってくださった刀匠の一貫斎繁綱さんは、この刀を打ち上げてから何日か寝込んだそうです。それくらい大変だったようです。

 昨年夏に撮った『セーラー服忍者』も、脚本読んだ時に、「本当にこれ撮れるのかな~?」って思いましたよ。

 予算が億単位あれば別ですが、低予算で撮るには難しい内容でしたから・・・。

 予告編見た会員が、「テレ東の深夜のドラマみたいですね~」って言っていましたが、予算の規模的にはそんな感じかもな~?と。

 肉体的にも精神的にも疲れましたけど、何か魂が吸い取られるような感じもありましたね~。自主映画だったら途中で製作中止に追い込まれていたでしょうね?

 監督が長年、プロの現場で仕事してきているから、着々と進められたお陰です。

 今、デジタルエフェクト作業中ですが、小説版も書いてますよ。これは無料公開するつもりです。映画の裏設定が結構、面白いので小説化しようと思った訳です。


 そういえば、DAIGOと北川景子が本当に結婚しましたけど、凄いな~と思いましたね。北川景子といえば、若手女優で第一級ですよ。普通は仕事優先するでしょうけど、あっさり結婚するというのは時代が変わったな~という気がします。

 好きという感情を優先して行動できるのは、良い時代なんだと思います。

 一方で、余計にベッキーが可哀想に思えてしまいます。惚れた相手が悪かった?

 ゲス極も注目度がググッと上がった途端だから、どうなんだろう?

 そういえば、高岡蒼輔が傷害罪で捕まっていたそうですけど、酒の席でからまれて殴っちゃったというのも、何か、私は責められないですね~?

 だって、からまれて?殴る蹴る逆関節極める投げ飛ばす・・・って、私、経験あり過ぎるんで非難する資格がないんですよ。

 大抵は武道やってる人ですが、元暴走族、元ヤンキー、元ヤクザとか、そういう人もいたからな~?

 ナイフ出したり、バットで殴りかかってきたり、椅子で殴りかかってきたり・・・油断もスキもあったもんじゃないですけど・・・こういう人達って、バチコーンッてやった後はすっごい敬意を持って接してくれますよ。

 だから、私は嫌いじゃないです。こういうアウトロー系の人達。

 右翼も左翼も付き合いありましたけど、どっちかというと右翼の人のほうが人情味があって好きですね~。左翼の人達って口先ばかり立派ですが、小狡い印象があります。

 もちろん、暴力はいけないと思いますよ。犯罪だから許されない。

 けれども、その行動の意図は何なのか?と考えると、無理からぬ場合もありますから、いっしょくたに是非を論じたりはしたくありません。

 ただし、これだけは許せないという暴力もあります。

 抵抗できない弱い者を一方的にイジメる虐待・・・これは絶対、許せません!

 子供をやけどさせても病院に連れていかずに死なせたバカ親の事件・・・。こういう犬猫以下の人間に子供を育てさせてはいかんと思いますよ。

 それと、戦争ですね・・・。

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新年初回セミナー感想

 2016年初めての月例セミナーは、「今年は基礎からみっちりと教えようかな~?」と思って、我が游心流の基礎中の基礎である『脱力体の養成』をテーマにしてみました。

 とか言っても、これは武術にしろ格闘技にしろ実は基本にして極意なんですね。

 うちの専売特許のように言っては、他流の諸先生方に失礼になってしまうかな~?とも思うのですが、一口に『脱力』と言っても、解釈は千差万別で、案外、理解されていないような気もします。

 脱力を極意としている流儀としては、八光流や新体道、あるいは体術という団体もありましたし、練気柔身法や柔法徹化拳、ゆる体操もシステマもそうだし、中国内家拳や合気武道の大半も脱力の重要性を説いています。

 いやいや、ボクシングやムエタイ、ブラジリアン柔術やフルコンタクト空手でも、脱力の重要性を説く人はいます。

 結局、技術レベルがある一定水準に達している人は、ほとんどが「脱力が重要だ」と言っている訳です。

 私も、武術を志して幾星霜・・・何度、「脱力が大切だ。力を抜くんだ・・・」と耳にしてきたことか?

 ところが、武術や武道、格闘技から離れて、ダンスや工芸、健康法、手技療法の世界に目を転じてみた時に、脱力とはごくごく基本にして普遍的なコツであることに気づいた訳ですよ。

 要するに、力んでいたら繊細な身体技芸はできないということです。

 むしろ、武道や格闘技の世界がガチガチに力み返って筋肉美を競うのが目的化してしまったような歪な世界になってしまっているのではないか?と、疑問を持つようになったのですね。

 一つには、力任せに闘っても、それで相手を倒せれば無問題な結果オーライな世界だからでしょうし、技は下手糞なのに、圧倒的な筋肉パワーで日本人業師をプチプチ潰してしまうガイジンへの恐れもあったでしょう。

 かつての東京オリンピックで初めて柔能く剛を制する武道を理想としていた日本柔道がヘーシンクに敗れてしまってから、この傾向が一気に加速し、「格闘技は技以前に剛健な肉体が必須だ」という考えが支配的になりました。

 これは日本ボディビルの神と崇められた若木竹丸に心酔したフルコンタクト空手の創始者、大山倍達先生によって問答無用に推し進められ、格闘技の世界では当然過ぎる程に当然の考えになりました。

 これが今日に於ける日本の武道格闘技の世界がウエイトトレーニング信仰となった契機だと言っても過言にはならないでしょう。

 これは西洋スポーツの根幹が、ギリシヤのオリンポスの神々のような均整の取れたマッチョな肉体を理想とする価値観から出発していることの影響を受けたのだと思われます。

 かの三島由紀夫先生も、ミワ様に貧弱な体をからかわれたことからブルワーカーの宣伝文句みたいに一念発起してボディビルに励み、筋骨隆々たる肉体に変身し、剣道・空手道・合気道などの武道にも並々ならない興味を示して練習に通ったそうです。

 もっとも、筋肉を鍛え過ぎた三島先生はとてつもなく下手糞であったというのが武道界の秘話として伝えられています。まあ、三島先生は究極のナルチシストであったらしいので、そんなことは無問題だったのでしょうが・・・。


 東洋の身体観では、下腹が出て肩が落ちたホワンとした体型が理想として描かれているものが多いですね? これは仙道の丹田の思想から出てきたものでしょう。

 西洋は筋肉で体を考え、東洋は霊肉で体を考えていたのでしょう。

 霊肉とは、骨・内臓・筋肉・神経・血管等を細分化していった『気』のエネルギーで考えた肉体という意味です。

 東洋医学では、万物は気で構成すると考え、人体も気が凝り固まって成立しているとされます。で、凝り固まってはいても固形物ではなく、内部は流動している液体に近い。

 だから、『気血』と言って、気の流れは血液の流れに沿うし、それは意(識)によって制御できる。これが気功の基本的な考え方です。

 さてさて、ここで重要なのは、「気血の流れ」が滞らないということなんですね?

 そのためには何が肝心なのか?というと、「ファンソン(放鬆)」ということなんですが、これが「脱力」なんですよ。

 つまり、脱力するのは気血の流れを滞らせないことが目的なんです。

 これは健康法で考えれば解りますよね? 血栓が血管の中にできて、心筋梗塞や脳梗塞になったりする原因の一つに、長時間正座しっぱなしとか、狭い椅子に座りっぱなしで脚の太い血管の中に血栓ができたという、いわゆるエコノミー症候群というのがあるでしょう?

 あるいは過度なダイエット目的でサウナで水分抜きしていて、そうなってしまったという西条秀樹みたいな例もありますから、年よりがかかる病気だと侮っていてはいけない。

 足裏反射療法の一つである足医術を、昔、京都まで講習会受けに行った時に、施術後に白湯を飲むよう注意されていました。

 この療法は足裏に血液の汚れが溜まって堅くなるので、それをほぐして血液の流れを良くしていこうとする考えなのですが、白湯を飲むというのは水分補給して血液の流れをより良くする具体的やり方だった訳です。

 このように考えていくと、東洋の武術は伝統的な予防医学とも密接に関連しています。

「気血の流れを整えればいい」という極めて単純な根幹医学なのですね。

 で、武術になると、活かすも殺すも自由自在・・・というのを理想としている訳です。


 今回は、こういうことまでは解説できませんでしたが、脱力のやり方や基礎的な練習法と、脱力することによってできる具体的な技の応用も、予定していたよりも多く指導しました。

 根本的な原理が解れば、実際の技に応用するのは、実は物凄く簡単なことなんです。

 よく、言われることで、最近も新しく会員になった人から聞かれたんですが、私はいくらでも新しい技をやって見せられるので、「よく技が底をつかないですね~?」と不思議がられるんですけど、それは不思議なことではなくて、その場のアドリブで技を創作してやっているからなんですね。

 習って覚えた技なら、尽きてしまうでしょうが、応用変化させることには際限が無いので、理論上は無限にできる訳です。

 植芝大先生や戸隠流の初見先生がそうでしょう?

 原理が解れば、技はいくらでも応用変化して生み出せる訳ですよ。技をパターンで覚えようとすると、とてつもなく難しいことのように思えますが、発想を変えれば、逆に簡単なくらいですよ。

 私は初めて通った道場が戸隠流忍法だったから、ベースがそうなってしまった訳です。

 それと、脱力の極意について研究しているうちに気づいたんですね。早い話が、普通の技を脱力して遣うだけで技の効果がまるで変わって全然、別の技みたいになってしまうからです。

 合気の技も関節と骨格を構造的に利用してかけるやり方と、神経反射を利用するやり方と、体重心を盗んで崩すやり方と・・・と、いくつかの原理的違いがあるんですが、その原理的違いの配合のパーセンテージで会派が分かれていったと考えることもできます。

 その中で、私は自分の好みや技としての有効性と展開のし易さから、脱力技法を主体に選んでいる訳です(だから、これが唯一正しいと主張している訳ではありません)。

「筋肉の力を抜いて力が出る訳ないだろう?」と思われるでしょうが、違うんですよ。筋肉の力を抜いて、身体を流動体にすることで、体内の重心移動がスムーズになる。それによって重心移動によって生じる“重心力”を駆使できる訳ですからね。

 もっとも、横浜支部長から聞いたんですが、ある地方在住の武道家の方で筋トレのトレーナーをやっている方が私の本の批判をしていたそうなんですね?

 いや、別に批判されるのは御自由にどうぞ!

 私も著名武術家を糞馬鹿に批判しまくってきた人間ですから、本を出す以上、批判されるのは想定していますし、むしろ、光栄なことではないか?と思っています。

 特定の理論が出ると、誰も彼もがそれに乗っかって権威付けしたがるのが武道の世界の阿呆な体質なので、いろんな理論が出て論議検証されていくべきだと思いますよ。

 昨年は筋トレの専門家の方も一年間セミナーを受講されて、最初は戸惑って首捻って、私に筋トレの重要性を語らせたくてたまらない様子でおられましたが、自身で体得することによって“体感的に異質なやり方だ”ということを理解された様子でした。

 私は、従来の当然だと思われているトレーニング理論では、日本人には合わないんじゃないか?と思ってる訳ですし、身体が虚弱でも駆使することのできる護身武術を研究しているので、競技武道、格闘競技的な概念こそが唯一絶対正しいのだと信じて疑わない連中に、「タワケ者っ! 武術はバカには体得できんのじゃ! 自分が理解できないからインチキだと決めつける、オノレの浅薄さを知れっ! 筋肉鍛えるヒマがあったら頭脳を鍛えんしゃい!」と、一喝してやりたいんですよ。

 筋肉の収縮で力を出すという固定観念を放置して、「脱力することで身体に働いている重力を利用する」という方法論があるという事実を認識してもらいたいんですね?

 批判するということは関心があるということでしょうから・・・。


 今年は、また新しい参加者が何人かこられていましたが、月に一回でも一年、二年、三年と続けていけば、技能の進化は止まらない訳で、数年間来られている人は、もう、別人のようになっていると思います。

 私は、研究家として何が楽しいか?って、「人間って、こんなこともできるんだ?」という秘技を体得してくれた瞬間が嬉しいんですよね~。

 ただ、脱力のコツを覚えただけで、「これは太極拳を正しい老師に30年習わないとできない!」と太極拳の先生が自慢していた“片足立ちで胸を押されてもビクともしない”というパフォーマンスを、全員ができてしまう・・・。

 30年じゃなくて30秒ですよ!

 発勁(寸勁)も、キックミット打たせて、全員、それなりに体得しちゃいましたよ!

 コツを教えれば誰でも簡単にできることを、さも特別な技術で長く苦しくつらい修行が必要なのだと思い込ませて延々と金むしり取って教えてやらない?・・・なんて道場が多過ぎるから、「武術なんかインチキだ!」と馬鹿にされてしまうんですよ。

 ただね~? 「よく調べもしないで簡単にインチキ扱いすんな」って、言いたいんですよ。「お前が勉強不足過ぎるだけだ!」って言ってやりたいんですよね~。

 でも、そんなこと平然と言うような人間に語っても納得する訳がないですから、実力で思いしらせてやれる人間を量産していかないといけないな~と思ってます。

 だって、私がそれをやっても、「それは長野さん個人の能力だ」って言われて終わってしまうでしょう? 理論が正しいことを証明するのは時間がかかりますよ。

 最新作の『剣に学ぶ武術の奥義』で、映画とか漫画の武術描写についても書きましたけど、やっぱり、アクションの演出をやる人達って、物凄く勉強熱心で、しかも謙虚なんですよね~。

 私でさえ、「う~ん、これはよく解ったな~? 凄いな、この作者は?」って唸ってしまうことがありますからね?

 武道家、武術家、格闘家って、意外と自分のやっている流儀以外については全然、知らなかったりしますからね。いや、自分のやっている流儀のことすら知らない人が珍しくありません。

 なので、本当に、他流については全然知らないという人が大半です。

 私自身、何でも知ってるという人は、会ったことないです。知識だけだったら、その手の専門誌の編集者とかの方が詳しいでしょう。

 それでも、編集者は編集者ですから、ありとあらゆる流儀を深く知ってるということにはなりません。まあ、深く知ってたら流派開いて道場経営するでしょうからね?

 武道経験のある作家も結構いますが、作品を読んでいて流石だな~?と思ったのは、今野敏先生くらいですかね~? 最近は武闘物が少ないな~と寂しかったんですが、短編集の『叛撃』は、面白かったです(長編しか書かない先生だと思っていたので意外?)。

 時代小説ブームが続いていますが、殺陣シーンまるで書けない人すらいますからね?

 経験が邪魔になる場合もありますが、情報、知識として知っているに越したことはないですよ。だから、最近は武芸考証の質問を多く受けてますし、取材もちょくちょくあります。

 今は狭いながらも楽しい道場が持てたので、取材に来られた方に真剣見せたり、試し斬りや手裏剣打たせたりもしていますよ。今月末も時代小説家の方が何人か見学に来られる予定です。

 昨日(11日)も、水道橋の尚武堂さんで年末年始のセールの最終日だったので、道場に設置する刀掛けを買いに行きまして、ついでに棒手裏剣も一つ買ってきました。

 もうね。ありとあらゆる武器も遣いこなせるようになってやるぞ!って思ってますからね。世界最強にはなれなくても、世界一の武術研究家にはなってやろうと思ってます。

PS;17日は西荻窪ほびっと村学校で、『剣に学ぶ武術の奥義』やっと出た記念講習会をやります! 本やブログには書けない知られざる武術武道の世界の裏事情について実演解説?しますので、興味のある方は是非、どうぞ!

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2016年も宜しく

 年賀状戴いた皆様。ありがとうございます。昨年夏に母が亡くなってますので、御挨拶は遠慮させて戴き、失礼致します。

 昨年は、特にいろいろなことを経験した年でした。

 夏には急遽、映画製作に参加し、成り行きでプロデューサーも勤めることになりましたし、アクション俳優デビュー?も致しました。

 本は、共著が一冊シリーズ新刊が一冊増刷分が一冊で、都合、三冊出せました。

 企画自体は五つくらい出していたんですが、中々、構造化している出版不況の下では、スンナリと通りませんでしたね。

 創作作家デビューは今年に持ち越しになりましたが、作品自体は既に書いているので、今年は形にしたいです。

 武術の研究指導に関しては、相当、進みました。

 中国武術全般(太極拳・八卦掌・形意拳・意拳・太気拳・八極拳・通背拳・白鶴拳・蟷螂拳・詠春拳・シュアイジャオ・擒拿・点穴)、日本古武術(剣術・居合術・槍術・杖術・手裏剣術・柔体術・忍法体術・合気柔術)、空手(フルコンタクト空手・伝統空手・沖縄空手)、フィリピン武術、インドネシア武術などの研究が、それらの流儀の指導者クラスの会員の増加によって格段に進んだのです。

 格闘技系(ボクシング・キックボクシング・総合格闘技・ブラジリアン柔術)なども、今年はもう少し研究を深めていきたいですね。

 実際に打ち合うのは発勁を体得してしまうと後遺症が心配なのでフルコンタクトではできませんが、発勁を使いこなせない新しい会員に関しては、多少は打ち合いの経験も必要だろうと思いますので、防具とか安全具を揃えて慎重に研究してみようと思います。

 スタンディングサンドバッグが揃えられたので、当て身のやり方をしっかり体得させたいですし、私自身も、対人稽古で本気で打てないのはストレス溜まるので、サンドバッグトレーニングをもっとやりたいんですね。

 何しろ、20代終わり頃に格闘技の練習をした頃は、公園の東屋のコンクリの柱にキックミットをくくりつけて3時間ぶっ通しで回し蹴りの練習やったりしてましたから、基本的には打撃技が好きなんですよ。

 今現在、どれくらいの威力が出せるようになっているのか?を確認するにはサンドバッグ打つしか確認の方法がありませんからね。

 甲野氏の顔面にビンタ張り回したのも、この頃より少し前(27歳くらい?)でしたが、型稽古しかしない武術の実戦性に疑問を持った時期でしたね~。

 既に発勁はできたんですが、戦闘の中で確実に極める技術は持っていなかったです。当時は・・・。

 武術の一番の問題点は、独りでやっていたり、仲間内で型稽古だけやっていると万能に戦えるような誇大妄想が湧いてくるという点です。

 で、現代武道や格闘技をやり込んでいる人とまともに手合わせして何もできずにボコボコにやられてしまう・・・というパターンが百人中九十七人?くらいはある訳ですよ。

 もう、コントのように負けますから、嘘だと思ったらフルコンタクトの試合とか出てみてください。唖然とするほど自分の思い通りにいきませんよ。

 合気武道系の年配の師範が試合をやってボロ負けしたりするじゃないですか? ああなるのは分かり切ってるんですが、でも、たとえ勘違いしていたとしても、ごまかしの利かない試合場に出るというのは勇気の要ることですよ。

 私は試合の方が怖いですよね~。あれは戦いたくてたまらないくらいの感覚の人でないとやっちゃいかんと思います。

 年末の格闘技番組もちょこちょこっと見ましたけど、普通の人間にはできないと思いますね。曙の後頭部から血がピュッピュッて出てるのを見た時は、『ゴジラ対メカゴジラ』でメカゴジラのスペースビーム攻撃で首から血を噴出させて倒れるゴジラを思いだしました・・・。

 あれはどうなのかな~? 残酷過ぎるってクレームが入って、今年の年末はもう放送できないかもしれないな~?

 もし、ウルトラマンや仮面ライダーや戦隊ヒーローが怪獣や怪人と戦っていて血ダルマになったりしていたら、こんなにシリーズは続かなかったでしょうね~?

 はっきり言って、試合と比べれば喧嘩の方がずっと楽で簡単です。相手が油断しているところに先手必勝でやれば、まず勝てます。

 コツはありますけどね? モタモタしてると複数で袋にされたり刃物出されたりする心配もありますから、トロイ人はやめた方がいいでしょうが・・・(普通はしないか?)。

 喧嘩だと関節技はかなり有効です。相手が、そういう技をかけられると予想していないから、実に簡単にかかったりします。そういう意味では合気道は意外に喧嘩向きです。

 殴ったり蹴ったりするのって、過剰になるか、逆に効かなくて自滅するかの確率が高いんですね。アドレナリンが出て痛みに鈍感になるから、やたら殴りまくったりして致命傷になってしまう場合もあります。

 私は、大抵、軽~く掌打を入れてから、そのまま関節技かけて相手が戦意喪失するように仕向けるようにしています。怪我させなくて済むでしょう?

 中国武術って拳法のイメージが強いでしょうが、関節技とか崩し技が多いんですよ。

 発勁だとオーバーパワーになり過ぎるから安全に相手を制圧する手段も研究されたんじゃないでしょうか? 日本の柔術と一緒ですね。

「関節技なんか実戦ではそうそう極まらない」と言う人もいますが、間違いではありません。確かに経験者にはそうそうかかりません。

 単独で使おうとすると難しいのですが、しかし、発勁・化勁と混ぜて使うと非常に有効性があるんです。知らない人だと、あっという間に逆転できたりしますから。

 そういえば、「つよかわ」のシュートボクシング女子チャンピオンのレーナさんの試合が、まさにそんな感じでしたね? 打撃戦だけだったら相手が一枚上の感じでしたが、首投げはよく極まっていたし、フィニッシュホールドも、サンボの飛びつき腕拉ぎでした。


 技は単独でできても知ってる相手にはなかなか通用しないんですよ。だから、相手が知らない技を沢山知っているか、あるいは技を極めるコツを知ってるかのどっちかがないといけない。

 もっとも、前者は誰でもできる訳ではありません。私も40年も研究してきているから膨大な知識が持てている訳です。

 2日の新年初の稽古では、後者の“コツ”を指導しました。

 推手から腕の関節を捕らえる練習、更に、交叉法で差し手すると同時に腕の逆関節を極めていく練習をやりました。

 うまくかけるコツは、立ち止まったままかけようとするのではなく、“歩きながらかける”ことです。

 イメージ的には間合が詰まり過ぎて技がかけづらくなる?と思うでしょうが、実際は相手は技をかけられまいとして逃げようとしますから、足を止めたままかけるのは無理なんです。逃げる以上に追い込むことで技をかけられます。

 ここが重要なんですね。

 つまり、相手に万全の体勢を取らせないまま一気に攻め潰す訳です。

 これでないと交叉法の意味がありません。相手を0の状態にしつつ、こちらは100出せる状態にする。だから、実力差も無関係に勝てる訳です。

 具体的なやり方はうちの秘伝なんで、公開しません。知られたら警戒されたり返し技を工夫されてしまうでしょう?

 誰もが勘違いするんですが、この戦術こそが武術の極意なんですよ。

 自分も相手も100の状態で技を繰り出して競うのが格闘技の試合なんですが、武術にしろ喧嘩の上手いヤツにしろ、「いかにして相手に実力を発揮させないか?」が肝心な点なのです。

 今年の目標としては、戦術の徹底深化ですね。一つの技を、どう応用変化して千変万化させるか?ということを例年以上にやりたいです。

 そのためにも、今年はいろんな流儀の型(套路)も練習する予定でいます。

 太極拳も、簡化24式・呉式・陳式。形意拳は五行拳・十二形拳・五行連環拳。八卦掌は八母掌・連環掌。八極拳は金剛八式・小八極・大八極。通背拳は五行掌。詠春拳は小念頭・尋橋・標指。白鶴拳は五形拳・八歩連。蟷螂拳は崩歩拳。空手は三戦・ナイハンチ・ピンアン・パッサイ合一。このくらいはやろうかな~?と。

 後、地しょう拳や孫ビン拳とかもやろうかな?

 古武術や合気道の型も応用法を研究しようと思います。型の動作の中には、無数の応用変化の法則が隠れていますから、それを解析するのも研究になります。

 月例セミナーも、毎年、同じ内容だと常連の人は飽きがくると思うので、今年は普段の稽古で研究している内容をドシドシ教えていこうと思いますので、普段、来れていない会員さんもどうぞ!

 常に進化し続けるのが游心流の最大の特徴です!

 第一回目(1月10日)は“脱力体の養成”です

 これが、発勁、合気の要ですし、重心力を自在に駆使するにはどうしても必要なことです。つまり、一番、肝心で、一番、(あらゆるジャンルに)応用の利く原理をお教えします。

 もちろん、例年より内容はバージョンアップして最新研究成果も盛り込みますから、期待していてください。


PS;ごめんなさい! メイプルホールの稽古初めを14日と書いていましたが、勘違いしていました。第一週の木曜日は7日でしたね? すいません。訂正します。メイプルホールの稽古は1月7日の夜7時からやります。会員なら誰でも参加できます。1月は7日と21日です!

 
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年末年始の番組感想

 毎年、年末年始は特別番組が多いのですが、今年は何故か、格闘技番組が目白押しでしたね?

 うちはビデオレコーダーもHDレコーダーも壊れているので録画できません。必然的に一番見たいのを優先して見ましたが、私は、格闘技よりオカルト馬鹿話や猫の方が好きなんで、ファミ劇のオカルト紅白を見ちゃいましたよ。

 生放送だからスタジオ見物に応募しようかな~?と思ったくらいなんですけど、持病のパニック障害があるので、緊張して具合悪くなると困るんで、遠慮しておきました。

 私がオカルト好きだと言うと意外に思う人もいると思うんですが、私の場合、リアリストの度が過ぎて、リアルの裏に隠されている真実を追究したくなる性格なんですね。

 だから、私は基本、メディアに出てくる情報は信じません。

 必ず、裏事情があったり、出されない情報があると考えるからです。

 つまり、公に出される情報は編集されて問題がないようにされた当たり障りの無い情報だと知っているからです。あるいは、意図的に嘘情報の場合もあります!

 なので、学生時代から陰謀論とか秘密結社の本なんかは随分、読んでいたんですよ。それが、最近は事実であったと判明することが多くなってきて、益々、メディアの報道する情報に疑問を持つようになった訳です。

 例えば、長年に渡って対立の根になっていた慰安婦問題が安倍首相によって解決されましたね?

 これ、単純に「安倍さん、スゲ~!」って思ってる人が多いみたいですけど、そんな単純な問題でしょうか? 韓国が日本叩きの十八番だった慰安婦問題を撤回しようとするということは、どれだけの“裏取引”があったのか?と考えるべきじゃありませんか?

 安倍さんを支持している人達は二種でしょう。安倍政策に加担している人達と、結果だけ見て是非を判断するよう仕向けられた国民。裏を考えない純粋な人がそうなりやすい。

 後者は長年の“愚民化政策”の賜物だと私は思いますね。

 国民は政府の提示する情報を疑わず、従順に自分の生活空間の枠内だけで考えて生きていればいい・・・それが権力を持つ少数の人間の都合の良い“世界”ではありませんか?

 マイナンバー制度は、昔は国民総背番号制度と呼ばれていましたが、名称のイメージが悪いから名前を変えられました。

 この政策、実は30年くらい前から陰謀論系の本では定番でした。

 要するに、国民を完全に管理する管理社会の到来を意味する陰謀だとされていた訳ですが、それがもう現実化してしまった訳です。

 この次は、生体認証のマイクロチップを埋め込む法案が出てくるでしょうね?

 既に動物実験は当たり前にされているでしょう? 動物保護の名目で・・・。

 安倍首相になってから、次々に事態が変わっていっていますが、これを安倍首相個人の力量の高さだと考えている人は、世の中の仕組みに無知過ぎますね。

 安倍首相は便利な宣伝マンとしては優秀でしょうが、操り人形に過ぎないでしょう。周りのブレインや背後の“力”について考えなければなりません。

 日曜日の稽古に来た会員と話していて、この辺りの裏事情を話していたら、「長野先生、何でそんなことまで知ってるんですか?」と驚かれました。

 逆なんですよ。私は自分の知ってる情報の1/10も公に語っていないんです。知ってるから書けないんですよ。

 何故なら、知ってることを全部書いていたら「こいつは邪魔者だから消せ」ってなりかねない。目立ち過ぎるとマズイ訳です。

 けれども、今の世の中は、メッセージを出し続けて賢明な人間が真相に気づいてくれるようにしていかないと、権力の都合の良い世の中にされていく危険性があります。

 で、犠牲になるのはいつも一般民衆ですよ。戦争、テロ、空爆・・・決定したのは権力者なのに、死ぬのはいつも民衆ですよ。

 私が安倍首相の政策に批判的なのは、国家を強くするために弱い者、貧しい者を切り捨てていくやり方だからですよ。国家主義者であって、民衆を第一に考えていない。

 だから、アメリカ追従する訳ですよ。

 天皇陛下の年頭の挨拶で、「戦争を知らない世代が増えていくこと」を危惧するという内容のことをおっしゃっていましたが、その言葉の真意は安倍首相への疑問なんですね。何で、そのことを報道しないのか?

 私が武術を続けているのも、最終的に自分の命は自分で護るしかないと思っているからです。権力を握れば自己保身しか考えなくなるものです。

 まっ、そんな次第で、TVや新聞のニュースも、最近は捏造度が高まってきているな~?と、つくづく思いますね。

 オリンピックもそうですよ。利権に乗じてメディア戦略が絶賛進行中ですよ。


 そんなことを考えながら格闘技番組を見ると、面白いですよね~? バルトとピーター・アーツ、曙とボブ・サップの試合は特に象徴的でした。

 両者が並んでいるところを見れば、まっとうに格闘技をやっている人ならオカシイ?と思う筈です。

 体格差ですよ。まともな格闘技だったら、あれだけ体格差があったらマッチメイクされませんよ。

 つまり・・・まっ、ヤボはやめときましょう。それを言ったらプロレスはどうなる?って話になりますからね。

 ただ、格闘技の試合でも翌日の新聞のスポーツ欄に載るのと載らないのがあるでしょう? それが評価の真相だということです。武道、格闘技やっている人間も目先の強さばかり考えるんじゃなくて、権力に立ち向かう気概が欲しいもんです。


 年末年始といえば、時代劇もいろいろ放送されますね?

 私は時代劇チャンネルをよく見るんですが、年末年始は必殺スペシャルを沢山見ましたよ。特に、滝田栄が清川八郎、平手美酒、千葉周作、山田浅右衛門を演じたスペシャルは素晴らしいです。剣豪タイプの仕事人では最強でしょうね?

 仕事人といえば、こっそり忍び寄って、一人一殺で暗殺するのがセオリーですが、滝田さん演じる仕事人は一人で何人もバッタバッタと斬り捨てるスチーブン・セガール方式?

 実際に抜刀試斬の達人である滝田さんなので、時々、試斬の稽古シーンもありますが、これがまた本当に凄いんです。私程度では全然、及ばないですよ。

 もう何度も見ていますが、何回見ても飽きません。惚れ惚れするような刀遣いです。

 最近は俳優業そのものもあまりやっておられない様子ですが、是非、剣豪役を演じて欲しいですね~。もったいないですよ。

『柳生十兵衛世直し旅』という作品も見ました。

 70過ぎた松方さんが柳生十兵衛を演じているんですが、ブロンソンもびっくり!の堂々たる殺陣で45歳の十兵衛を演じています。凄いっ!

「何か、ヤクザVシネの常連俳優ばっかりで時代劇撮ったみたいだな~? これ、MONDO TVじゃなくて時代劇チャンネルだよね?」と思っていたら、制作会社がそっち系でした。

 それにしては、主演クラスの大物俳優(西郷輝彦・竹内力・本田博太郎とか)ばかり出ているんで、「これはギャラの払いが大変だろうな~?」と、ついついプロデューサー目線で見ちゃいましたよ~(苦笑)。

 しかしま~、松方さんの十兵衛姿が、かつて柳生十兵衛を当たり役にしていた松方パパの近衛十四郎にそっくり! 何か、それだけでも感涙物でした。

 ちなみに、確認できなかったんですが、『セーラー服忍者』でヒロイン二役を演じた鶴巻星奈さんも出演していたそうです。町娘か何かの役だったみたい?

 鶴巻さんは主演二作『光学探偵』『グリムリーパー』のカップリングBD/DVDがもうすぐ発売されます。後者は私も手伝った作品なんで、観てやってください!


 それと、『蠢動』というインディーズ作品も見ましたが、これって『武士道残酷物語』とか『切腹』とか『必死剣鳥刺し』を想起させる作品で、見ごたえありましたね!

 タイトルの意味がちょっと、どういう意味なのか?と思っていたんですが、ラストシーンで死んだと思っていた主人公がゾンビみたいに蘇る?ところで蠢いているからかな?と思ったんですが、それで解釈間違ってないんですかね?

 主人公の俳優さんが、どっかで見た顔だな~?と思っていたら、『牙狼』で戦斧を遣う魔戒騎士を演じていた人でした。雪原を転がりながら必死で戦う殺陣は、工藤栄一監督の『大殺陣』を思い出しましたね~。


 それと、特に印象に残ったのが、田中泯さんがバヌアツの火山火口付近で踊るドキュメンタリー番組。あれ、滑って落ちたらどうすんの?と、ドキドキしちゃいましたよ。

 最近、泯さんは映画にドラマにCFにコントに・・・と、やたらに出まくっていたんで、何か、変わっちゃったのかな~?と思っていたんですが、この番組を見て、はたと気づきました!

 そうか? 泯さんは舞踊家、アーティストとしての枠組みの境界を超えようとして、芸能の仕事にもチャレンジしていたのであって、泯さんの中ではボーダーレスだったんだろう・・・と。

 考えてみたら、以前からそうでした。ダンス白州はいろんな民間芸能の人を呼んだり、世界中からいろんなダンサーが集まり、ミュージシャンや写真家や映画作家も来ていた。

 私のような畑違いの武術研究家が呼んでもらったのもそうです。

 それに、農業もやっていたし、地元の芸能復興にも尽力していたし、剣道を学んだりもした。芸術の源流を本気で追究していたからこそのボーダーレスでした。

 番組の最後のインタビューで、自分の中にマグマがあるようなイメージをしているとか、危険なやつと呼ばれる方が嬉しいとか、実に昭和の大薮春彦ハードボイルドな発言をしていて、私は非常に嬉しくなりました。

 なるほど、私が泯さんを映画で見て気になっていたのは、そこだったのか?と、今更、気づいた次第・・・。

 何か、「いい人だよね」と言われて喜んでるようなクソショーモナイ男にはなりたくないというのがハードボイルド男の性分なんですよね。泯さんがそういう人間だったと知って、非常に嬉しくなったものでした・・・。

 いや、今回の年末年始は、なかなか面白かった・・・。

PS;3月12日に予定していた『セーラー服忍者』の完成披露試写会は、3月15日の夜に渋谷アップリンクファクトリーで開催することになりました。相模原でもやるつもりですが、ちょっと延期して期日は調整中です。メインは岩槻映画祭で4月5日だったかな?に上映される予定で、現在、絶賛編集作業中です!(間に合うのか?)

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著者プロフィール

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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