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12年の研究成果

 10年以上前に三カ月だけ通っていた会員さんが、泊まりがけの個人指導を申し込みされて来ました。

 個人指導は一回一万円で一時間半指導するということにしているんですが、やはり高いので、月に一回か二回くらいしか申し込みはありません。

 ただ、高いなりの成果はあって、個人指導だけ通っている人が異様な上達をした例もあります。

 何故なら、個人指導だと徹底して欠点を修正したり理合だけ教えたりできるからです。

 もちろん、普通は一回だけだと大した成果は出ないんですが、今回は四回分(四万円)を集中して教えてもらたいということだったので、とにかく最新研究成果を集中して解説指導してみました。

 基礎錬体をやってもらうと問題なかったので、いきなり抖勁を教えました。つまり、拳・掌・前腕・肘・肩・背中、そして発勁ローキックを教えました。

 特に発勁ローキックをミット越しに蹴ってみせたら、あまりの威力にびっくりされていて、やり方を教えたら自分でもできるというのに唖然とされていました。

 私ができるのは長年やっているんだから当たり前なんですよ。

 初めての人に教えて、ちゃんとできるように教えられる点に感心されていました。

 ちなみに、この方は某合気道を三カ月やっただけで武道経験はほとんど無かったんですが、理論物理学の研究者で非常に頭が良かったので、理論的に指導すればすぐに体得できたんですね?

 おまけに、うちに通えなくなった間にアニメーションダンスの教室に通ったそうで、だから発勁を普通に打てる身体になっていたんです。

 教えたそばからどんどん吸収できるので、こっちも普通は教えないような発勁の打撃秘訣までバンバン教えてしまいました。

 それから、いろんな武道の弱点(構えや戦い方のリズム)を教えて、どうやって技を封じていくか?ということも一通り指導しました。

 流石に時間が無いので個別の技や通常の稽古法を指導する暇はありませんでしたから、徹底的に理合(戦闘理論)と稽古法の意味、見取り稽古の要点などを指導しました。

 どうしてか?というと、頭の良い人は理論を理解すれば後は自分で勝手に技や戦術を創り出していくことができるからです。

 滅多に通えない人なので、それこそ一期一会のつもりで指導しました。

 で、注文されていたので、試し斬りもやりましたが、何と! 寸勁斬りを一発で成功してしまいました。

「よし、これができたら游心流二段です! ちなみに二段からは指導員資格があるので支部を開いても構いません」と言っておきました。

 男子三日会わざれば・・・の言葉のごとく、彼はこれで一挙に達人クラスになってしまいました。

 手裏剣も、ちょっとコツを教えたらビシバシ刺さったので、「はい、そこで止めておきましょう。惰性で練習しているとコツが判らなくなるので、しっかりできた時点で止めておくのが賢明です。後は距離を延ばすだけなので自分で練習してください」と・・・。

 独己九剣も、左剣と右剣だけ徹底して指導しました。

「これは居合術の組み型になっていますが、実は無刀捕りを簡単に体得できるようにするための型で、この中にいろんな応用技が内蔵されています」と言うと、一番、気に入ってくれたみたいで感心されていました。

 結局、一番重要な読み・交叉法・体捌き・歩法などは、この型の中にすべて内蔵されているんですね。武器を持っても素手でも何でもできる訳です。

 海外に行く機会もあるので屈強な巨漢からの護身術も指導して欲しいということでしたが、身体がでかいとか力が強いとかの問題ではなく、人体の構造的な弱点を知っていれば、一瞬で倒すことは難しくないのだと理解してもらうようにしました。

 その場合、鳳眼拳や竜頭拳、拇指拳などや、指一本で急所を責めるやり方、肘当てや急所掴みの技なんかもいろいろ教えましたら、「なるほど~。これなら耐えられる人はいないでしょうね?」と、笑っていました。

 なまじ武道や格闘技をやっていると体格や体力に差があったら抵抗の術はないと諦めてしまいがちなんですが、武術はもともと小柄で体力が無い人間が知恵と技術で逆転するものなので、知識があればある程、有利になるのです。

 で、現代のスポーツ化された武道には、致命的に知識が抜け落ちてしまっており、だからこそ甲野氏のような護身術として何の役にも立たないインチキ演武に簡単に騙されてしまう武道家が少なくない。実に可哀想だと思いますね。

 まあ、しょうがないですね? 私が地道に活動続けてちゃんとした達人を養成していくしか現状の混乱を解消する術はないでしょう。

 事実は事実。百の論議も一つの事実の前では何の価値も持ちませんから。

 個人指導で誰でもこうなるという訳じゃありませんが、今回、私の理論が正しいことの証明を、いずれ彼がしてくれるのではないかな~?と思うと、実に楽しかったですね~。

 何と、12年ぶりに訪ねてくれたそうでしたが、縁というのは、どこで復活するのか解らないものです・・・。

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春の合宿

 3月20日は、游心流横浜支部の合宿に熱海に行ってきました!

 横浜支部は、ちと遠いので中々、私も顔を出したりできないものですから、合宿で集中的に普段、教えられないことを教えようと思って、参加してきました。

 宿で温泉に入られるとのことでしたが、私、そもそも子供の頃は風呂嫌いで、今も特に好きという訳でもありません。よって、温泉というものに入った記憶がありません。

 30代の貧乏ライター時代にガスを止められて風呂に入られずに銭湯に行ったりしていましたが、旅行もそんなに興味ない・・・というか、持病のパニック障害のせいで電車の長旅が苦手なので、温泉旅行を好む人達の気持ちが理解できなかったんですね?

 しかし、持病も最近はお陰様で小康状態を保ってまして、熱海くらいだったら行けるだろうと思って、参加した次第です。

 三月は余裕があると思っていたものの、次々に用事が入ってしまって、一時は止めておこうか?とも思ったんですが、何とか行くことができました。

 当日は大船駅で待ち合わせして、栗原支部長、若手支部会員二人と一緒に東海道線で熱海に向かいました。

 熱海といえば、大巨獣ガッパが何故か?大蛸くわえて上陸してきたり、キングコングとゴジラが富士山から転がってきて、何故か?熱海城を壊しながら戦ったりした場所というイメージが強い(普通はお宮の松ですよね?)んですが、電車が近づいていくに連れて海に面した景観が、私の郷里の天草に似ているな~?と、妙な感慨がありましたね。

 また、熱海というと、死んだ親父をおもてなししようと叔父さんが富士山にドライブに連れていってくれた時に立ち寄った場所でもあります。

 叔父さんは、この後、しばらくして風邪をこじらせて急逝してしまいましたが、私は、この叔父さんを頼って大学中退して上京してきておりまして、親戚中でも変人扱いされていましたが、私は大好きでしたね。

 私がずっと相模原に住んでいるのも、生前の叔父さんとの約束があるからなんですが、どうも、自分が早逝してしまうことを予感していたのかもしれないな~?と思えて仕方ありません。

 私も親戚中から親不孝者扱いされていましたが、叔父さんが唯一、私の才能を信じて応援してくれていました。自分に似ていると感じていたんでしょうか?

 今でも、「叔父さんが生きていたら喜んでくれるだろうけどな~?」と思いますね。

 大体、東京近辺には全国から一癖ある人間が集まってきているように思います。

 田舎に住んでいたら変わり者で一生終えてしまうような人間が、東京だと活躍できる可能性がある。私は上京して正解だったと思いますね~。

 時間はかかったけど、結構、活躍できてると思いますし、全国的に応援してくれる人が沢山できましたからね。

 しかし、田舎に帰省した時は、長い間、親兄弟はホラ吹き扱いして私の話をまともに聞いてくれなかったですね~?

「何で、そんな調べれば判る嘘をつくかな~?」とは思いましたが、ショーンKの気持ちが少しばかり解りますよ。熊本は保守的ですから、人と違うことをしようとすると「なんばしよっとか!」と周囲が寄ってたかって止めさせようとしますからね~。承認欲求が強過ぎて嘘ついてまで自分を飾ろうとしてしまったのかな~?と。

 そういえば、弟が出張で東京に来た時に都合が合ったので青木先生に紹介したんですが、「弟さんは長野さんと全然、似てないね~?」と、風貌も含めて性格がまるで違うことに驚かれていましたね?

 もちろん、弟は武術にも全然関心ないし、“家族を養うのが男の義務”という価値観を至上のものと思ってる感じで、社会的な野心とかはさっぱり無いみたいですね。野心を持つ男が嫌いみたいで、軽蔑している様子もありますね~。

 兄貴は元来、私以上に野心的だったんですが、結婚してからは無謀なことはしなくなりました。田舎だと変人扱いされてしまう村八分になってしまうので、おとなしくするしかないんでしょう。

 田舎に住んでいると、30過ぎて結婚していない人間は欠陥人間みたいに陰口たたかれますけど、都心だと独身で自分の好きな生き方する人が多いじゃないですか? やっぱり私は都会が楽でいいですよ~。


 熱海に到着してからは、バスで宿に行きました。しばらくして、東京支部長の小塚師範も合流しました。

 それにしても熱海は坂が多い! 山というか崖に近いような急な坂の途中に家が建っていて、脚裏が吊りそうになりましたよ。

 ここに住んでいたら自然に足腰の鍛練ができるでしょうね?

 宿はもともと東芝?の保養施設だったらしいです。部屋がそこそこ広かったので、テーブル片付けてそこで練習しました。

 思っていたより若手会員が上手だったので、基本はそこそこにして戦術的な技の要領をどんどん教えました。

 すると、栗原師範が「初めて聞いたことばっかりです~」と苦笑していました。

 そりゃ~まあ、教えていないことのほうが多いかも?ですね。というか、膨大に教えてもパンクしてしまうだろうと思って、重要で基本的なことを中心に教えてきたんですが、私は武術に関して知ってる量だけなら、ほぼ確実に日本で一番だと思いますよ。

 初期の頃は知識を全部教えようとしたんですが、量的に教えるとパンクしてしまうだけと判明したので指導法を“エッセンスを抽出して応用展開は学んだ人が自分でやれるようにする”という方式に作り替えたんですね。これだと他流やっている人も自分の流派に応用できるんですね。

 それが、丁度、游心流を名乗った時期で、そこからどんどん削ってシンプルにしていったんです。

 ただし、シンプルにすると基本の動作の質が濃厚になるので、簡単に見えて実は難しいということになってしまう訳ですが・・・。

 スワイショウや立禅、試力の形や動作に武術的な応用法を考えたのは私の完全オリジナルなんですが、それができたのも、そもそも膨大な技の知識があったからなんですね?

 引き出しが多くないと応用展開は限られますからね。

 例えば、突き技にしても、拳頭を当てるのか拳面を当てるのか掌心か掌底か背掌か刀手か背刀か鳳眼拳か竜頭拳か拇指拳か骨法拳か集約拳か拳槌か貫手か蟷螂手か月牙杯手か鶏頭手か鉤手か・・・としていくと用法も当て方も変わるでしょう?

 当て方に関しては多種多様な秘訣があるので、それを知らないと全然使いこなせない訳ですよ。

「拳で殴っても脳は揺らせないと教わったんですが、どういう意味なんでしょうか?」という質問もありました。

 これは、恐らくボクシングで脳震盪を起こさせてKOするという説に対するアンチテーゼとして教えられたのだと思います。

 ボクシングではグローブを嵌めて打つので打撃力が浸透するのに対して、素手の拳では威力が浸透しない・・・ということを言いたかったのでしょう。

 かつて堀辺さん(急逝されたそうで驚きました)が骨法が掌打を使う理由について解説していましたが、その元ネタは具一寿さんや陳需性さんの愛隆堂から出ていた本であろうと思われます(実際に原稿書いたのは鈴木邦男さんだと聞いたので鈴木さんがパクッた可能性もありますが、真相はどうなんでしょう?)。

 ただし、掌底を固めて打つと拳で殴るのと変わりません。柔らかく五指を当てておいて、掌心をパーンと突き抜けるように当てないと浸透力が出ない・・・即ち脳震盪が起こらないのですね?

 となれば、当て方のコツを体得していないとダメな訳です。ところが、熟練すれば拳面で当ててもそれなりに威力を浸透させて脳震盪を起こさせることは可能なんですよ。

 やり方だけ習っても熟練していないと、やはり効かせることはできません。

 私は鳳眼拳(人差し指の第二関節だけを突き出した拳)をよく使いますが、これだと軽く触る程度に当てるだけで相手が戦意喪失してくれるので必要以上の格闘をしないで済みます。

 もっとも、空手やキックをやっている人の中には、「一本拳は現実には使えない」と断言する人も少なくありません。

 鍛えて分厚いタコができた拳で殴らないと効かないと思い込んでいる人もいますが、一本拳や貫手みたいに指先や関節部で当てる打撃技は、離れたところから勢いをつけて打ち当てるのではなく、指圧のように接触してからぐっと押し込むように当てて効かせれば、非常に効果的なのです。

 ですから、特に鍛える必要もありません。素人でもできます。

「鍛えた筋肉には通用しない」と言う人もいますが、発想が違います。別に鍛えたところを狙う必要はありません。護身術や実戦なら急所攻撃が基本セオリーですよ。

 筋肉の分厚いところをバットで殴っても平気なように鍛練している人に、多少鍛えた突き蹴りを当てても効きませんよね? でも眼球を爪で引っ掻いて平気な人はいない。

 人体の急所を熟知していれば攻撃法はいくらでも工夫できます。

 こういうのは単に知識なんです。知っていれば誰でもできますが、知らなければ使えない。武術が教える人を段階的に選別するのも、知られてしまえば通用しなくなるからなんですね?

 強い弱いじゃありません。知ってるか知らないかだけ・・・。

 どんな強力な武器も使い方を知らなければ役に立たないでしょう? 武術もそういうものなのです。

 威力やスピードに頼るのは初心者でしかありません。ゆっくり動いてチョコンと突いただけで勝てるのが武術なんですよ。御殿手の上原清吉先生なんて、まさにそうでしたよね?(って、知ってる?)

「どっちが強いか?」なんて言ってる時点で、「わかってないね~?」と馬鹿にされるものなんですよ。

 自慢げに技をやって見せる人が多いですけど、自分の得意技見せた時点で、もうその技は通用しなくなると考えるくらいでないとダメなんですけどね~? 本来・・・。

「やって見せたくらいで通用しなくなる技は本物じゃない」なんて寝言ほざく人もいますけど、本当におめでたいですよね~? 相手が互角に戦ってくれるという前提で考える時点で平和ボケなんですよ。

 全米カラテ・チャンピオンが小学生に殺された事件があったそうです。軽く張り倒してやろうとしたら隠し持っていた拳銃で撃たれてしまったのだとか?

 似たような事件はいくらでもあります。空手の師範がバスの列に割り込みした青年を怒鳴りつけたら、振り向いた瞬間、ナイフで胸を刺されて即死した・・・とか?

 ですから、私は本式に使う技は一切見せないし公開もしません。会員にもほとんど見せないですよ。本や映像に出しているのはあくまでも“限定解除”です。

「そんなのは卑怯だ! ハッタリだ!」って言う人は、ずう~っと言ってくれてて構いませんよ。そんなヤツに教えてやる義理はないですからね~(笑)。

 物事は価値に応じて値段が決まる訳です。「安物買いの銭失い」という言葉があるでしょう? 価値の判らない人間を相手にする気はありませんよ。

 それに、こんなこと言ってるヤツに限ってインチキに引っ掛かったりするから、世の中は皮肉なものです・・・。

 見せかけのものにごまかされて真相を洞察する能力の無い人が世の中の大多数派なんだと思います。

 しかし、武術にとって最も重要なのは、“読み”であり、換言すれば“洞察力”なんです。技や戦術はその後の問題です。

 私が見取り稽古を重視するのも、ここに理由があります。

 技の外見より攻防の原理を読み解ければ、技を再現することもアレンジして使うことも、あるいは返し技を工夫することも可能なんですよね?

「何も考えずに無心でただ練習することだ!」みたいに思い込んでいる武道修行者が少なくありませんが、それは間違いです!

 練習は徹底的に頭を使って考えながらやらないと無駄になります!

「では、無心になることは間違いなのか?」と言いたい人もいるでしょうね?

 はい、間違いです。練習を無心にやっていてはいけません。

 無心になるべきなのは、実際に技を使う瞬間なんですよ。無心に反射迎撃できるようになっていないと後手に廻ってやられてしまいかねないのです。

 勘違いしている人が多いですよね?

 武術の場合は、日常生活の中で突如として襲われた時に適切に反応できることが要求される訳で、面と向かって勝負しようとすることは実は想定していません。

 突然、襲撃された時に身体が自動反射して敵を撃退してくれないと困る訳です。

 私は同じ技をもう一度やってくれと言われると凄く困るんですが、それは少しでも本気を出すと完全に自動反射システムにスイッチが入ってしまうので、自分でどう動いて技を出していたか覚えていないからです。

 セミナーでも「もう一回やってください」と言われて試みるんですが、「何か、さっきと違う?」と言われてしまいます。

 なので、最近はなるべく簡単な動作をやるように注意しています。

 そういう次第で、「練習は意識的に考えて、実戦は何も考えずに身体に任せる」という具合に教えるようにしています。

 もっとも、無心になる練習も必要ない訳じゃないんで、説明するとややこしくなるんですけどね~?

『交叉法』DVDを見ていて、私はまだまだ先を読む能力が未熟だな~?と思いました。

 青木先生とは雲泥の差です。

 合宿夜に青木先生がビル横山さんの早撃ちを制してみせたTV番組『ワンダーゾーン』を見たんですけど、今のほうが青木先生の読みは格段に上がってますからね~?

 従って、今後はもっと瞑想法に力を入れてみようと思ってるんですけど、これも未熟な人にやらせると魔境に陥るから、当面は自分独りで研究しようと思ってます。

 夕食の後、温泉に入りました。お湯が少ししょっぱい感じがしました。海に近いから塩分濃度が高いのかな? 窓から熱海の夜景も見れて気持ちよかったですね~。

 温泉初体験の合宿、楽しかったです!

 たまに、小旅行するのもいいですね~?

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DVDと映画

 10年ちょっと前に短期間だけ通っていて遠方に引っ越ししていた会員さんが、久しぶりにDVD申し込みされて感想を寄せてくださいました。

 印象深い人だったんで、こっちも覚えていたんですが、DVDで見た私が以前とは全然別人のように技とか変わっていると感じられた様子でした。

 自分でも相当に変わってるんじゃないか?と思ってはいたんですが、以前の会員さんから見てもらっての感想だと客観的な評価ができるので有り難いんですね?

 10年ちょっと前だと、駒込で場所借りて道場やっていた頃で、古武術のムック本とかに協力した時期だったかな~?と思います。多分、セミナーやるようになる直前だと思います。

 北島師範が入会するちょい前だったかもしれませんね?

 当時のメインの会員はほぼフェードアウトしてしまってますが、駒込に通っていた会員も今はほぼ離れています。

 いわゆる、分裂騒動になった時の会員です。

 まあ、小さいサークルみたいな団体なのにいろいろとトラブルばっかりあって、勉強させてもらいましたよ。

 游心流旗揚げ当時の会員は、もう一人も来てませんからね。辞めた訳じゃない人は来てもらっても構わないんですけど、遠慮してるんだろうな~?と思います。

 忘れた頃に来る人もいたりするんですが、DVDを買ってたりブログを読んでくれている人もいるみたいです。

 しかし、いわゆるネットストーカーになってる人間もいるので、正直、今は直に学びに来る人しか相手にしたくないのが本音です。

 過ぎたことをあれこれ懐かしむ余裕はありません。日々の生活をしっかりこなして明日を開拓していかないと、あっという間に人生が無駄に費やされて悲惨な老後になってしまうでしょう・・・。

 サザエさんの波平さんは設定上は54歳なんだそうですね? 私、今、53歳ですからね~? ずぅ~っと自由業ですから年金だって貰えないですよ。

 野垂れ死にしないためには、とにかく仕事するしかないんですよ!

 困ったことに、人間、精神年齢というのは基本的に上がらないものだと最近、痛感しましたね。「カラダは爺さん、心は小学生」というコナン君の逆バージョンですよ!

 技が衰えないから錯覚していましたが、体力はめっきり落ちていますよね~?

 視力だけは自信があったのに、老眼が進んで眼精疲労が酷いしな~?

 まあ、でもこれが自然なことなんで、嘆いても仕方がありません。長年の蓄積された知識と見識で仕事は順調に広がってきているし、初プロデュース映画『セーラー服忍者』も、予想以上にいい仕上がりになったし、小説家デビューも目前だし・・・まっ、いっか?

 特に、映画は嬉しいです!

 撮ってる時は不満がいろいろあったけど、出来た映像を見ると、心配した程じゃないし、思っていたより武術的な表現もできてるかな~?と思いました。

 もっと準備期間があったらアクション映画として完璧にできたかもしれないけど、アイドル映画でこれだけのアクションがあったらいいんじゃないかな~?

 青木先生の登場シーンも顔見せに留まらずストーリーにからんでいるし、ドラマとしてよく出来てると思います。漫画家の黒谷先生にも試写会で見てもらいましたが、「ドラマとして凄い面白い」と言ってくれました。大抵、ボロクソに貶す人だからおっかなかったんですが・・・(苦笑)。

 秋本さんや妃羽理さんも非常に印象的ですし、初演技の下田さんもリハーサルの時よりずっと演技が上手くなっていましたし(当然ながらアクションは天才的!)、千葉さんもいい味出てたし、木村さんのキャラもいいスパイスになっています。

 スタントの岩下さんがまたいい動きだし、殺陣初挑戦のオヤジ(俺のこと)は助けてもらって感謝感謝ですよ。次回は是非とも顔だしでアクション女優やってもらいたいですね~!

 私のスタントをやってくれた石田さんがまたいいんですよぉ~。芝居も上手いしルックスも格好いいんで、次回は是非、メインキャラをやってもらいたいですね~?

・・・と、「プロデューサーはもう懲り懲り」と言っていたのに次回作にやる気マンマンですよ。

 それにしても、やはり一番の功労者は鶴巻さんなんですよ! 何しろキャラの違う二役をグリーンバック合成しながら演じなければならなかったし、導入部の撮影では大量の蚊に襲撃されながら文句も言わず嫌な顔ひとつしないで演じた上、実はアクションにも相当挑戦して自分で演じたりしていたんですよね~。

 本当に、こんな頑張り屋さんは初めて見ました。

 鶴巻さんの吹き替えと青木先生のお孫さん役をやった駒形さんは、カッコイイんですよね~。カワイイ女の子はざらにいますが、カッコイイ女はなかなかいません。『いちごジャム』の時も一番インパクトあったんですが、今回も登場シーンが引き締まりましたね。

 剣武天真流の礼法を撮影現場で覚えて演じていたんですが、一年以上習ったようにしか思えない堂々とした所作で、天真会の先生方も驚いていましたよ。

 実際に見てもらうのが一番ですから、都内近郊にお住まいの方は是非!(4月2日3日は岩槻映画祭、4月17日はほびっと村、5月22日は相模原メイプルホールにて上映しま~す!)

 私が小説や漫画原作やろうと思ったのも、映画の原作権持てば、好きにやれるじゃないですか? 武芸考証とか配役とか関わりたいですもん。

 これなら誰が見ても楽しめるファミリー映画になってるでしょう。


PS;游心流恒例のお花見は、4月3日にやりたいと思います。渕野辺駅で11時集合にしますので、普段、来れない会員さんや関係者の方、どなたでもおいでください!

 
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ツマヌダ最新刊!

ツマヌダ格闘街19巻』が書店に並んでいたので、ヒャッホーっという感じで買ってきました!

 この作品は本当に武術の理合や修行者の心構えなどについても示唆に富んでいて、私にとってはその辺の武術書より価値があるように思えます。

拳児』のリメイクのような感じもしますし、何よりも、いろんな流儀を登場させつつ、それらの良い所を紹介してくれて流派間の優劣で論じない点が素晴らしい!

 もうね~、私は「何~流が最強!」みたいな論議には辟易させられていて、ウンザリさせられているんですよ。バカなんじゃなかろうか?としか思えません。

 その点、格闘技の世界は健全だと思います。競技として勝負ができるのは有り難いことなんじゃないかな~?と思いますね。

 もちろん、私がやっているのは武術ですから、「武術の“ここ”がいいんだよ!」と言いたいんですが、世の中に持て囃される武術家の皆さんの視野の狭さ、唯我独尊で他を認めない自惚れっぷり、自己顕示欲の強さ、そして専門家馬鹿の度が過ぎて世間知らずに過ぎる点・・・といったところを見せつけられるにつけ、「いや~、広めない方がいいのかも?」と、後ろ向きにならざるを得ない・・・。

 何か、恥ずかしくなりますよ。

 技ができるのは専門家なら当たり前であって、そんなに誇るべきことなのかな~?と疑問に感じます。

 私、武術に関しては、大抵のことは並み以上にやれると思ってますが、でも上には上がいるということをよ~く解っているので、「この程度で一人前の顔していたら恥晒しだよな~」としか思いませんし、だから、絶対に武術家とは名乗らないと決めています。

 素人から見たら「凄い!」と思えても、プロから見たら「あそこが弱点だな~」って解ってしまうものなんですよ。所詮、人間のやることですから完全無欠な技なんかあり得ません。

 世の中には本当に信じられない神技を示した人はいるんです!

 指先で皮膚を擦過しただけで皮膚はそのままで筋を切断したり、箸で手裏剣打ちしてフライパンを突き抜くなんて芸当ができた人が数年前まで存命だったと聞きますが、私は本当だろうと思います。

 超音波の声でワイングラスを割ったりする人もいますが、これって気合術の訓練にあるんですよ。

 指一本でかける合気くらいなら、素人に教えてもその場で体得させられますし、先日、東京支部に入会した21歳の人もビックリしてましたが、原理を教えたら、すぐに体得できて、二度、ビックリしてました。

 高齢の女性のテキトーな寸勁でふっ飛ばされてケツ打ったのも驚いてましたけど、重心力の凄さに興奮している様子でしたね。体験してみないと見た目じゃわからないから。

 そりゃあ驚くでしょう。発勁や合気が素人にコツを教えてその場で身につくなんて私以外に誰も明言していませんからね。

 何故なら、すぐにできてしまうと生徒が道場に通わなくなって収入が減るから教えたくないでしょう?

 でも、そんな見世物芸レベルのことを奥義扱いしているから武術はインチキ扱いされてしまうんですよ。

 戦い方が解らなくて、どうやって戦えばいいんでしょう? 本当にバカ過ぎて話にならないですよ。達人幻想に浸っている場合じゃ~ないんですよ。

 ちゃんとした戦闘法なり戦闘理論、そして稽古法の上達理論もきちんと指導していかないと効率が悪過ぎるんです。

・・・っていうか、教えてる人が知らないという道場が多過ぎるような気がしますが。

 武術の戦い方については、『刃牙道』が最近、非常に示唆に富んでいますね?

 何よりも、宮本武蔵が凄い俗物なところを描いた時点で、画期的です!

 高岡理論も取り入れられていますが、“読み”を駆使したり剣から無刀になるところとか、武術が武器でも何でも使うものと規定しているところとか、非常にいい感じで先鋭的になってきています。

 多分、描いている板垣さんも楽しくってしょうがないのではないか?と、思います。

 このぶっ飛び方に苦言を呈する武道格闘技愛好家もいるでしょうが、私は日本版の武侠小説みたいで、楽しくって仕方ありません!

 チャンネルnecoの『天龍八部』も毎週、楽しみに見ていますが、この作品、主人公が三人いるのがウリなんですが、半分過ぎても主人公の一人が登場していません。大丈夫かな~?

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青木先生80歳パーティー

 6日に青木宏之先生の80歳の記念パーティーが信濃町であったので、後は会員に任せて稽古途中で抜けて行ってきました。

 そういえば・・・私、最初に青木先生にお会いしてから20年は経過するんですが、一度も嫌な思いをしたことがありません。

 これって武道武術の関係者では奇跡のように例外的なことです。

 もちろん、付き合いが浅ければトラブルは避けられますが、恐らく、青木先生が現在付き合いのある外部の武術関係者の中では私が一番、深いお付き合いをさせてもらっているのではないかな~?と思います(武術に限っての話です)から、尚更、奇跡的なことなんですね?

 私はハラに秘めて黙っているということが絶対的に苦手なので、親しく付き合ってても必ず衝突してしまうんですよね。

 だから、40過ぎてからは、極力、武道武術関係者とは関わらないように注意しています。

 やっぱり武道武術で一家をなしている人は圧倒的に我が強くて独善的で押し付けがましい性格だったりするので、必ずケンカになっちゃうんですよね~?(「長野さんは自分がそうじゃない?」って青木先生に笑われてしまいました。テヘペロッ)

 君子の交わりは水のごとし・・・というタイプの先生じゃないと、私は付き合えない。

 今でこそ私もだいぶん、タヌキになりましたが、本質的にはハリネズミなんで、カンに障ること言われるとグワッと怒ったりすることもあります。

 で、九州人なんで、怒ると相手が誰だろうと捨て身で殺気出てしまう訳です。

 私、外見は全然、暴力的じゃないんですけど、内側に物凄い怨念を抱えて生きてきてますから(多分、DNAに入ってる)、怒るとそれが噴出してしまう訳です。それが普通だと思ってたんですが、どうも、違うみたい。

 一回、言われたことあるのが、「長野さんは凄く優しそうだし、実際、優しいんだけど、怒ると別人のように凶暴になって攻撃的になるから、あまりのギャップの激しさに皆、面食らうんですよ」とのことで、「あ~、なるほど、そのせいで不気味がられるんだろうな~?」と、自分でも思いましたね。

 文章が過激なのも武道の世界では異質過ぎるから怖がられるらしいです。厭味なくらい馬鹿丁寧で、気持ち悪いくらい謙虚な文章書くのが不問律になっていますからね?

 そういう意味では裏表無く思ったまま言う人のほうが好感を感じますが・・・。

 でも、私の文章は“芸風”ですから、一種のシャレで書いてるだけで、本気で怒るような読解力の欠如した人は私の文章は読まないほうがいいですよね?

 アスペクトさんから本出しはじめた頃に、毎回、律義にアンケート返してくる人がいたんですが、一回目が「人の悪口はやめなさい」、二回目が「やめなさいと言っているだろう」、三回目が「いい加減にしろ!」と・・・。

 毒舌漫才に「真面目にやれ!」って言うようなものでしょう? よっぽど頭のコチンコチンな宗教家みたいな人だったのかもしれませんが、「お前、何様のつもりだよ?」って手紙返してやりたかったんですが、この手のタイプは反論されると発狂したように攻撃してくる実例を何度も経験していたので無視しました。

「どうぞ、お上品な人生をまっとうしてくださいませ~」みたいな皮肉言ってやりたかったんですが・・・。

 もしかすると武道の高段者の名のある師範だったのかもしれませんが、そんなもん、私とは何の関係も無いですからね?

 昔、通ってた道場の若い生徒さんからも「長野さんも~~さん(有名なスポーツ系作家)みたいな文章を書けばいいですよ」とか言うから、「うるさいな~? 嫌なら読まなきゃ~いいだろ?」って睨みつけてやったら、「何で、怒るんですか~?」ってビビッた顔していましたけど、私だって自分はプロだというプライドはある訳ですから、有名作家みたいな文章を書けばいいだとか無礼なこと言われたら怒りますよ。

 どうも、失礼なことを相手に言っているのに気づかない人っていますよね?

 鈍感と言うか、馬鹿と言うか・・・言われた相手がどう感じるか?という想像力が無いのかもしれませんが、多分、無神経なだけでしょうね?

 私が滅多に怒らないから試そうとするヤツもいるからね~? ピンポンダッシュみたいに人を怒らせて本気にさせてみようとする・・・。会員にもいました。

 それで破門にした人間も何人もいる訳で、北島師範みたいに私が怒ると別人格に変わって、物凄く冷酷になれる人間だと知ってると、すごく気を使ってくれるんですけどね?

 DVD見た人の感想で、「あんなゆっくりした攻撃を捌いて技かけても強いかどうかわからない」って言うヤツもいるんですが、速く攻撃したら私も速くなってしまうので、怪我する危険性があるのを北島師範は解っているので、どうしてもゆっくりになってしまう訳ですよ。

 それに本式のスピードだと全然見えなくて映像作品にならない訳で、それでは教材DVDにならんでしょうが?

 私が伝統空手の寸止めで突き蹴りを止める人達を凄い!と思うのも、私は本気で突き出して寸前で止めるなんて芸当はできないからです。本気で打ったら当ててしまうから、スピード落とすしかないんですよ。

 もちろん、怒ったら、そんな加減もできなくなります。つまり、「こうなったら、刺し違えてもこいつをぶち殺してやるっ!」って、一瞬で意識を変えられる人間な訳です。

 こういう性格だと普通の人生送るの大変なんですよ? よく、今まで道を踏み外さないでこれたな~?と、自分を誉めてあげたいくらいです。

 青木先生はそういう危なっかしい私の本性も見抜いてると思うんですね。見抜いてて長所を伸ばしてやろうとしてくださったんだと思います。

 人間はやっぱり、認めてくれる人がいるから頑張れるものですよ。もし青木先生と出会わなかったら、どうなっていたことか?と思うと、怖いですね。

 甲野氏も青木先生と出会わなかったら、あれだけ世間に受け入れられていなかったと思いますよ。自惚れ屋の要素が肥大しちゃったのは副作用だと思いますが・・・。

 人の本性が見える先生は滅多にいませんよ。私が出会った中では友寄先生松田先生くらいかな~?

 今はもう青木先生しかいません。ありがたいと同時に、元気で長生きしていただきたいな~と思うばかりです。

 もっとも、青木先生も裏切られたり誤解されたりして辛い思いをしたことがあったと聞いてます。だからこそ、他人に優しくなれるのではないか?と・・・。

 辛い経験をした人は思いやりを持てるように思います。屈折する人もいるけど、本質的には優しい人になるんじゃないか?と思います。苦労知らずでヌクヌク育った人って、どうも無神経な感じがするんですけどね~?

 パーティー会場には多くの人が来られていましたが、ほとんどの人が青木先生の優しさを愛して集まってきているのだと思いました。

 打算的な人は青木先生とは長く付き合えないような気がします。

 青木先生はパッと見たらその人の本性が見抜ける筈なんで、私なんかは、「よく辛くならないで周囲の人達に愛情を保ち続けていられるな~?」と思うんですね~。

 宗教家だからなのかもしれませんが、いくら悟っても、人間は人間ですから、わき出る感情は有るでしょう?

 武道に関しては、瞬間的に鬼のように非情になれる先生なのも分かってますから、会場に来ているほとんどの人が思っている青木先生のイメージとは私は違う印象を持っています。

 松田隆智先生は流石だな~?と思ったんですが、青木先生のその非情な部分も見抜いていたと思うんですよ。その上で、「う~ん・・・凄い大きな人だな~・・・」と唸っていました。

 やっぱり、武術に本気で取り組んでいる人間にとっては、青木先生の本当の凄さに気づかない筈がないと思うんですよね。田中光四郎先生も、そんじょそこらの武道家なんか眼中に無いでしょうけれど、青木先生は別格と見てらっしゃる様子でした。

 その意味では青木先生に直接学んだ人達でも何人がそこまで見えていたのか?とは思います。

 優しい人は侮られやすい面がありますからね。でも、侮られることを気にしないというのは凄い器の大きな人ですよ。

 パーティー会場には青木先生の書や写真、これまでの歩んできた経歴に関しての解説が壁に張られていました。

 改めて、それを見れば、青木先生が単なる武道家ではなく芸術家であり思想家であり修行者であり社会活動家であるという歴史に名が残るだけの偉大な業績をあげた人だということが解ります。

 けれども、青木先生自身はそれらを本質的に無であると解っていながら、でも敢えてやってきた・・・。なぜなら、周囲の人達を喜ばせたいからであり、人間が幸福に生きる術を創りたかったからだと思います。

 普通は、口ではそう言っても現実には自己の欲望を満足させることしか人間は考えられないものです。多くの宗教家や慈善事業家、政治家、思想家が、結局は自分の名声や金銭欲、権力を求めることにしか関心が無くなる・・・。

 社会性の方向が逆転してしまうんです。

 つまり、社会を平等で協調したものとしたかった筈なのに、独裁になってしまう。

 その言い訳として、「民衆が愚かだからだ」と言い出す。だから制度的に統制するしかないし、法がすべてだという考え方になってしまう。

 けれども、それなら民衆が賢くなればいいじゃないですか?

 となれば、必要なのは教育ですね? 学校教育のように固まって洗脳紛いになったものではなく、個々の人間が自分自身で成長し続けていける教育システムがあればいい。

 青木先生が創造したのはそれだと私は思っています。心身の教育システム。しかも自己組織化し続けていく進化系のシステム・・・。

 青木先生は新体道というシステムを最初に創造し、そこから発展して剣武天真流や天真書法、瞑想法を創造していっています。

 私は、その過程を傍観していただけですが、多大なインスピレーションを得て武術全般を研究し直すことで青木メソッドのコンセプトを流用させてもらおうとしていたのかもしれません・・・。

 まあ、小難しいことよりも、バースデイケーキを真剣?で切っちゃうチャイルディッシュなシャレッ気を八十歳になっても失わないところが一番、カッコイイな~?と個人的には思ってますけどね・・・(笑)。

 人間、権力に胡座をかいてはオシマイですよ・・・。

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『セーラー服忍者』試写会

 ついに『セーラー服忍者』が(ほぼ)完成しました!

 いや~、ガンドレスみたいにならなくて良かったぁ~・・・(未完成のまま上映して伝説になったアニメ)。

 会場の渋谷アップリンクファクトリーって、10年ちょい前くらいだったか? 親しいドキュメンタリーの映画監督の上映会があって手伝いに来たことがあったんですが、どこに在ったか忘れてしまってたんで、ちょい迷いました~。

「あれ~? こっちだったっけ?」と思いつつ、「あ~、ここだった、ここだ!」と、近づいていって思い出しました。

 ポスターとチラシもコピー取って持っていきました。
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 主演の鶴巻さんも千葉さんも駒形さん下田さん岩下さん妃羽理さん秋本さん木村さん三木さんも来られていて、軽く打ち上げもやるということだったんですが、私は小説のデビュー作の剣戟シーンの追加依頼があったんで、参加は遠慮して帰りましたけど、非常にいい試写会でした。

 私、プロデューサーなのに、まだ見てなかったもんですから、内心は期待と不安でドキドキもんだったんですけど、鶴巻さん駒形さんが所属するKIEのアイドルグループ三組のステージがあってから(そういえば私もプロデューサーとして挨拶したんですけど何しゃべったか覚えてませんです、ハイ)、映画が上映されました。

 ネタバレしたらつまんなくなるので詳細は申し上げられませんが、低予算をあまり感じさせない予想以上の面白さで、これなら誰にでも楽しんでもらえる作品になっているんじゃないかな~?と思いました。

 もちろん、まだ編集の粗いところがあって、ブラッシュアップすべき点は多々ありましたが、アイドル映画として非常に個性的で面白い作品になったと思いますし、クスッとさせてくれたりホロッとするところもあって、「これは結構、イケるんじゃないか~?」と思いましたね。

 やっぱり、つばさプロの協力を得られた点がポイントでしたし、青木先生霜剣堂さんの協力を得られたのも良かったですね~。

 ながせき監督のこれまでの作品中でも文句なくダントツで完成度高いと思います。

 正直、「すっげ~、ダッセ~仕上げになってたらどうしよ~?」って心配だったんですが、この出来なら、どなたにも見てもらえるだろうと・・・。

 私の基準では、やっぱりラストシーンが要だと思うんで、監督の最初のシナリオにダメ出ししてアイデア付け足してもらったんですけど、そこが非常にうまくいったな~?と思いました。

 ちょっとウルッときつつ笑える幸せなラストになったと思います。これは実際に見た時のお楽しみに・・・。

セーラー服忍者』の上映は、4月2日と3日の岩槻映画祭(さいたま市岩槻区)を皮切りに、小規模の上映会を繰り返してからBD/DVDの発売を予定しております。

 4月17日の西荻窪ほびっと村学校の私の講座でも上映しますので、都内にお住まいの方は是非、いらしてください!

 その次は日時はまだ調整中ですが、相模原市中央区千代田のメイプルホールでの上映を予定しています。

 私の郷里の天草でもできたらいいな~?と思いますけどね・・・。

PS;『セーラー服忍者』に主演した鶴巻星奈さんが主演したショートムービー『光学探偵』(シネマジャンクション2015グランプリ・撮影賞・特殊効果賞)『GrimReaper』(岩槻映画祭2015招待作品)がセットになったDVD『光学探偵×GrimReaper鶴巻星奈ショートフィルム集』が発売されています。後者は私が銃器コーディネートをし(モデルガン提供、伴野晴彦)、秋本つばささんがアクション指導をし、スタントを岩下めぐみさんが担当した作品で、『セーラー服忍者』に繋がる原点的な作品です。こちらも是非、御覧ください! たったの¥2800(税抜き)ですよ!(うちのバカ高いDVDを基準にするとタダみたいなもん?)
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PS2;『セーラー服忍者』でハイテンションな演技を披露してくれている木村知幸さんと真柴幸平さんが出演し、益田悠佳さんがスタッフで参加している映画『スクール・オブ・ナーシング』が3/19(土)より池袋シネマ・ロサにてロードショー公開されます。私の郷里の熊本県で撮られた作品で、丸目蔵人佐の相良藩があった人吉と、妖怪油すましが出た場所として妖怪ファンには有名?な天草・御所浦でロケされた作品だそうです! 何か妙な縁を感じますね~? そして、あのエコエコアザラクTVシリーズで黒井ミサを演じた佐伯日菜子さんも出ている!というのが私的にポイント高いのでした・・・。
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三月伸筋技法感想

 三月の月例セミナーは“伸筋技法”でした。

 伸筋の働きについて初めて解説したのは、確か、亡くなられた吉丸慶雪先生だったと思います。

『合気道の科学』という本だったと思いますが、二十数年前に出された本だったと記憶しています。

 それ以前に伸筋の働きについて述べている武道本は無かったように思いますね。

 伸筋を使うのが合気の技の基本原理であるということが書かれていたと思うんですが、その後、シリーズ本の『発勁の科学』でもさらに理論が進められて“透徹力”という言葉も造られていました。

 このシリーズによって影響を受けた武道関係者が、「屈筋の力を抜いて伸筋の力を使うのが本当の脱力技法なのだ」という仮説を信じ込んでいる例が非常に多くて、私の説に反論する人もほとんどこの説を根拠にしているようでした。

 ですが、吉丸先生自身、後年の著作では伸筋技法が合気の本体であるという考えは間違っていたと訂正されていたように思います。

 この辺りは甲野氏が私の批判によってナンバ説を「誤解されて広まった」と言い訳していたのも思い出しますが、吉丸先生は純粋に研究が進んで自説の欠陥に気づいて訂正されているように感じました。

 が、相変わらず、昔の説を鵜呑みにして論じる人が多いようです。

 無論、私も仮説の域を出るものではありませんから、自説が正しいのだと主張するつもりはありません。

 ただ、伸筋技法を綿密に分析していけば、その発展上に脱力技法が新しく定義されないと理解できない面があるという点は主張しておかないといけません。

 何よりも、伸筋を使いさえすれば万能に効くかのように勘違いしている人も少なくありません。

 ですから、今回は、まず、伸筋技法の具体的なメカニズムについて解説し、次に技術上の欠陥についても触れました。

 つまりは、伸筋技法を理解してもらった上で、その“破り方”も指導した次第です。

 と、こう書けば、「えっ? 伸筋技法を破る方法なんかあるのか?」と思った方もおられるかもしれません。

 いつも書いているように、万能の技なんかあり得ません。技のメカニズムが解析できれば破り方の一つや二つは工夫できて当然のことです。

 その一つが、閉気栽脈法と呼ばれるものです。

 詳細は実際に教えないと理解できないと思いますから省きますが、ヒントだけ書けば、“繋がりを分断する方法”です。

 無論、他にもやり方はいくつもありますが、雑多な対処法をいくら覚えても瞬時に応用できなければ無駄なだけです。

 重要なのは本質、原理を理解すること。

 そうすれば対処法はいくらでも工夫することができます。現に私はこういう破り方は誰にも習っておらず、技の原理を分析することで理論的に工夫していったのです。

 こういうのはトンチと一緒。

「日本刀は刃筋が真っすぐ徹ることで切れる」というなら、「じゃあ、刃筋が少しでも曲がったら切れないんだな?」という具合に考える。

 システマのミカエル・リャブコ先生の無刀取りのやり方が、そのようにやっていましたね? 原理的に対処すれば技なんか千変万化でアドリブ対応できるんですよ。

 技を量的に考えるのではなく質的に観察し、分類し、原理で分析する・・・。

 そうやっていれば、見ただけで技を盗んだり、破り方を工夫したりなんてことは少しも難しいものではありません。

 難しいと感じるのは、武道の雑誌や本で「非常に難しいもので正当な師について何年も修行しないと体得できない」みたいなタワ言を読んで洗脳させられているからですよ。

 冷静にメカニズムを理解して手順通りにやれば大抵の技は特に難しくはありません。

 今回は、初っ端で合気揚げからやったんですが、参加者の何人かが「合気揚げは脱力技法でやるものだ」と思い込んでいたらしく、面食らったと感想を言われていました。

 私は脱力技法のほうが簡単だし応用性が高いから用いていますが、いつも言ってるように、脱力技法ができれば伸筋技法はより簡単にできる訳です。

「そんな筈はない! 私は何年も必死に練習しているがなかなか体得できない。長野は嘘つきだ!」と言う人もいますが、それは、その人が技の原理を理解しておらず、無駄に力む癖があってできないだけ?だと思います。自分の基準で他人を評価してはいけません!

 はっきり言って、要するに、“下手糞”なんですよ。

 実際、長年、武道をガムシャラに続けてきた人ほど力み癖が抜けずに恐ろしく不器用である例を腐るほど見てきました。

 で、自分がいつまでもできないものだから、大して努力しない人間が体得できる筈がないのだ!と思い込むことで、自分の無能さをごまかして自己憐憫に陥っている訳です。

 こういう人は一生、下手っぴのまま段位だけ求めて終わるのでしょうか?

 あるいは、有名な先生に習っていることに自己満足して自分を高める努力を放棄している人も最近はよく見かけます。殴り合いの喧嘩一つしたこともないのに自分が武術の遣い手にでもなったかのように錯覚しているような人達です。

 こういう自惚れ馬鹿も非常に多い。何だか増えてきているような気もします。

 しかし、真面目にやっていながら上達できないのは本人の責任ばかりとは言えません。

 やはり、教える人の怠慢であったり不勉強であったり、それこそ無能であったりする場合もあるでしょう。

 これは、私が研究家として頑張る以外に改善の具体策が無いような気がします。

 本当に優れた武術の指導者を何人も育てて、教育システムを確立するしか有効な対処法を考えつきません。

 私自身は見習うべき優れた先生方に何人も出会うことができました。本当に武術に関してだけは世界一幸運な人間だと思っています。

 まあ、ダメな人もいましたが、ダメはダメなりに反面教師と考えればいい訳です。「こういうことやっちゃ~ダメなんだな?」と教えてもらったと思えば、感謝もできます。

 一番、大切なのは見る眼を養うことです。

 それさえできれば、道を誤ることはないと思いますよ。

 話は変わりますが、最新DVD『交叉法』、かなり評判が良くて有り難いです。合気道、空手道、柔道、システマ、ジークンドーなどをやっている方から「参考になりました!」と感想を頂戴しました。

 ありがとうございます!

 今後も本当に役に立つDVDを作っていきたいと思います。


PS;20日の本部稽古はお休みします! 横浜支部主催で熱海で合宿してきま~す!
普段、教えられないこともバンバン教えようかな~?と・・・。

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月例セミナー三月“伸筋技法”

 最新作DVD、先行予約申し込み、全国多数の方から頂戴しまして、個別対応ができなくなってしまいました。申し訳ありません。(最近、仕事が立て込んでます)

 編集で、ちょっとばかり問題発生して、やり直しております。

 完成次第、順次発送していきますので、もうしばらくお待ちくださいませ!

 また、割引セールは終了しましたので、通常価格にて販売させて戴きます。悪しからず、御了承ください。

 唯一、書店店頭売りをお願いしている神田神保町の高山本店さんでは一割引きですので、都内にお住まいの方は、そちらで御購入戴くのも良いかと思います。


 さて、三月の月例セミナーのテーマは“伸筋技法”です。

 伸筋技法は主に拳法系の突き技で多用される技法ですが、大東流合気にも見られますし、古流柔術にも見られます。

 伝統的な武術では、「肉ではなく筋を鍛える」ということを厳しく言われます。

 武侠小説でも、「筋を切られて武功を失ってしまった」という描写がよく出てきます。

 筋を鍛えるという点では、達磨大師が伝えたと言われる少林寺伝統の“易筋経”があります。が、易筋経の錬功法はごく近代に作られたものだとされています。

 そもそも、達磨の存在そのものが架空ではないか?という学説もありますから、「達磨が伝えたインド拳法“易筋経”を母体として少林拳が興った」という説を信じている研究家はほとんどいません。

 もっとも、だからといって易筋経がデタラメで効果がない錬功法であるということにはなりません。

 三戦をもっと多角的にしたエクササイズだと思ってもらえばいいか?と思います。

 ただし、三戦も易筋経も呼吸法と筋肉操錬の一致が難しく、私は失敗して内傷を負ってそのまま治っていません。

 効果的なものは副作用も強いので慎重にやらないといけません。これは気功も同じですね?

 何度か書いていますが、伸筋技法に関しては、私自身はあまり重視していません。

 武侠小説で筋を切断されて武功を失った主人公が、特殊な内功法を学ぶことによって、以前に倍する圧倒的な武功を会得する・・・という描写がしばしば出てくるのですが、私は、ここに重大なヒントが隠されていると思っています。

 詳しいことは当日、受講した参加者にはお教えしますが、大雑把に、筋を鍛えるのは伸筋技法で、内功で鍛えるのが脱力(重心力)技法であると言えるでしょう。

 つまり、一般的な武術は伸筋技法を用いると考えてもらえばいいか?と・・・。

 何事も、万能なんてものはありません。

 長所を知り、短所を知り、状況に応じて長所を活かすように使えばいいだけです。

 そういう臨機応変さを養うのが武術にとって最も重要なことです。

 けれども、実際には臨機応変に立ち回れる武術関係者は非常に少ないですね~?

 臨機応変さを“小賢しさ”だと決めつけている人も少なくありません。愚直に師匠の言い付けに従う将棋の駒みたいな人間を善しとする風潮が蔓延しています。

 しかし、私はそういう人間は嫌いです。愚直さを誠実で謙虚な証拠と考えるのでしょうが、私から見たら、単に思考力の足りないお馬鹿さんにしか思えません。

 何でもかんでも他人の指示が無いと自分で適切な対応法を考えられないのでは、無能なだけです。組織の中では重宝されても、一個の人間としては誉められません。

 要するに、こういう人は機械で代替できてしまうのです。取り替えの効く人間になっては意味がないでしょう?

 一つでもいいから、「これに関しては、あいつでなければできない!」という風にならないと存在意義がありません。人間はそういう存在になるべきだと私は思っています。

 そのためには頭は良いに超したことはありません。頭の悪さは何の自慢にもなりませんし、頭の悪さを自覚するなら少しでも良くするように勉強しないといけません。

 一方、腕っぷしの強さは使い道がほとんどありません。

 スポーツや格闘技では礼讚されても実社会でさして役に立つ訳ではありません。

 一流スポーツ選手が現役を離れて荒んだ人生を送り、社会的な問題を起こして注目されたりするのも、彼らが首から下しか鍛えなかったせいだと思います。

 無論、別に頭を使わなくてもできる仕事はいくらでもあります。しかし、そういう仕事をしていても勉強を続けていれば、新しい人生を開くことはできるでしょう。

 武術も、単なる肉体的な強さしか求めなければ、実人生で、ほとんど何の役にも立ちません。

 せいぜい、「身体の動かし方が変わって楽に動けるようになった~!」と、はしゃぐくらいしか役に立たないでしょう。

 私はそんな鼻糞みたいなことのために続けてきた訳ではありません!

 社会と対立しないで自分自身の自由を確保して生きる知恵を磨くことが目的です。

 まず、社会と対立したらアウトロー(無法者)として生きるしかなくなりますね? だから、これはやらない!

 次に、自分自身の自由を確保するには、外圧に押し潰されない強靭さと、賢く立ち回る知恵、そして、場合によっては具体的圧力を跳ね返すチカラが無いといけません。

 私が武術を続けてきたのは、すべて、このためです。

 実際に生活の糧を得ているのも、ほとんどすべて武術を研究し続けてきたお陰ですし、文章書く能力だけだったら、本も出せていなかったでしょう。

 私以上の腕前の武術家も、文章力のある人もゴマンと居るでしょうが、私の代わりができる人は日本中に一人も居ないでしょう。

 特に技術と戦術の分析ができる人は皆無に近いですね。

 大抵の人は身体操作で解釈していますし、特定の流派のやり方しか知らない人が大半でしょう。

 理合(戦闘理論)に関しては、納得できる解説をこれまで一度も読んだことがありません。大抵は解説し過ぎて逆に意味不明になってしまっています。

 私は、やって見せてもらえば解るので、解説文は無視することが多いです。だから、最近は本も選んで買うようになりました。

 また、「これは良い本だな」と思っても、書いてある内容は信じません。

 正しいという前提で読めば、それ以外の説を間違いであると認識しなければならなくなるからです。

 最初に「おそらく・・・」と付けて読むようにしています。

「おそらく、この人が言いたいのはこういうことだろう?」「おそらく、これはこの人が考え出したことだろう?」「おそらく、この人が習った先生が言っていたことなのだろう?」「おそらく、あの本に書かれていることを鵜呑みにしているのだろう?」・・・と、すべてを“仮定形”で読みます。

 日本刀の造り込みに“おそらく造り”というものがありますが、それに倣えば、“おそらく読み”とでもなりますか?

 こういう読み方は思考力を高めるのに良いですよ。

 バカな読み方は、本の内容を何も考えずに鵜呑みにする態度です。逆に、「信じられない」と単純に否定する読み方もマズイですね?

 信じる信じないという考え方を捨てた方がいいです。

 情報に対してニュートラルに受け止めて、多角的に吟味する習慣をつけた方がいい。

 たまに読者から、「長野先生は信じられる」みたいな意見を頂戴するのですが、信じてもらわなくていいです!

 私は信じてもらいたい訳じゃありませんし、信者タイプの人は嫌いなんですよ。

 事実を事実としてきちんと観察し、そこからいろいろな背景まで洞察できる賢い人が好きだし、賢い人になってもらいたいんです。

 何故なら、武術は賢い人間しか奥義に到達できないと思いますし、学ぶ過程で賢くなっていくカリキュラムを秘めているからです。

 そういう意味では“オカルト”なんですよ!

 誤解しないでくださいね? ここで言ってる“オカルト”というのは、“隠された叡智”という秘教的な意味合いのものであって、胡散臭い詐欺商法のことじゃありません。

 40年くらい昔に映画『エクソシスト』や『オーメン』によってオカルトブームがありましたが、これらはホラー映画の文脈とは別のものだったんですよ。

 キリスト教の秘儀の存在や、黙示録の獣の解釈、キリスト教によって邪教の神に貶められたバビロニアの神パズズ等々・・・や、神智学の登場以来、悪魔主義的教団ができてきたりしていたカウンターカルチャーのムーブメントの影響を受けたものだったのです。

 その当時は秘匿されていたエクソシストの存在も、今では公式に認められています。

 武術に関しても、現代武道の観念からは理解できない秘密伝承されている部分が多くあって、「あ~、やっぱりオカルトなんだな~?」と、最近、思うようになりましたね。

 何故なら、伝統的な武術流派って、秘密結社に入るようなものなんですよ。中国でも日本でも同じなんですが、多分、どこの国でも似たようなものだと思います。

「そんなことはない。今は何でも隠さずに教えてもらえる」と言われたこともありましたが、その方は戦闘理論をまったく知りませんでした。つまり、「包み隠さず何でも教えてやる」と言われながら、肝心なことは隠されて教わっていたのでしょうね?

 日本だと金許し、義理許しと言われて昔からあったんですが、今でも、一度も練習したことない政治家とかに名誉段とか出したりするじゃないですか?

 アレと一緒ですよね。

 おっと、またまた大脱線してしまった・・・。

 という次第で、今回は伸筋技法をいろんな流派でどのように教えているのか?を中心に解説します。盲信してる人もいるでしょうから、破り方(閉気栽脈法)も教えますね。

 何事も、万能ということはないんです。情報は多ければ多い程いいんです。取捨選択する選別眼が重要ですけどね~。

PS;セミナー会場では最新作DVDは15000円の割引価格で販売します。欲しい方は是非!

PS2;三月のメイプルホールの稽古は、3日と17日の二回で、31日はお休みします。ちょっと出張する予定があるので・・・。

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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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