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オタクは偉い

長野先生の本で初めて知りました」と言われることが多くなり、隔世の感もあるのですが、青木宏之先生のことを知らない武道修行者が増えています(ブルース・リー知らない人もいるからな~?)。

 今の40歳以下の武術愛好家は知らないかもしれませんが、80年代から90年代初頭にかけて日本武道の最高峰と目されていたのが青木宏之先生なんですね。

 前衛武道「新体道」の創始者で、“遠当ての達人”として注目されていました。

 武術に少し詳しい人になると、もう神様扱いでした(空手家・プロレスラーなんかが挑戦しても一撃ならぬ“一触”で退けていた)し、精神世界関連の人達にも尊敬されていました。

 また、現代思想家や前衛芸術家にもシンパが多かったんですけどね。

 いわゆる“超能力武道家”“神秘武術の大家”として有名で、TVにもちょくちょく出られていたんです

 でも、実際の青木先生はアーティスト気質で、お祭り好きな性格だからパフォーマンスは派手でも、本質的にシャイで、ナルチシスト気質ではないので、ある時期を境に天の岩戸じゃないけど籠もってしまっていたんですね。

 これにはある事情があったんですが、いろいろ迷惑がかかる人もいるので話は割愛します。が、事情を知った身としては、「青木先生も、あまりにも人が好過ぎるよな~?」とは思います。

 しかし、その間、青木先生が何をやっていたか?というと、かつての楽天会を発展させたとも言える天真会を組織して書道と瞑想、ボランティア活動に励まれていたようです。

 そして、剣武天真流を新たに創始したのが数年前で、その前後に私は相談役の一人みたいなポジションだったと言ってもいいと思うんですけどね。

 例えば、「天真流剣武にするか、剣武天真流にしようと思ってるんですけどね~」とか言われていました。

 ちょうど、私も同時期に剣術、居合術の研究に熱中していたので、割りと意見交換もさせていただきましたが、武術に関する私の知識量を青木先生が高く評価してくださって付き合いが深まったと言えるんじゃないかと思います。

 松田隆智先生友寄隆一郎先生もそうでしたが、斯界の最前衛に居る先生というのは孤独なものなんです。

 どうしてか?というと、理解してくれる者がいないからです。

 あまりにも突出した立場になってしまうと、周囲に対等に話せる人間がいなくなってしまうのです。

 なので、一般的に武道家はオタクを毛嫌いするんですが、青木先生も松田先生も友寄先生もオタクを馬鹿にしてはいませんでしたね。知識があることはそれだけで力になりますから。

 オタクというと、蔑称として認識されていますが、世の中に偉大な発明をしたような人物は大体、オタクですよね?

 もう、徹底的に一つのことを突き詰めて調べあげて研究しまくったから、発明ができたりする訳で、後の歴史に偉人として伝えられるのですが、当時は単なる変人扱いされた人が多かったみたいですね。

 武術の世界も以前はオタクが中心でした。

 本やビデオを集めまくって雑多な知識を披露し、いかに他人が知らないことを知っているか?がステイタスでした。

 オタクが高じてライターや編集者になったり研究家や評論家になったりするのも自然なコースでしたし、私もその典型例でした。

 例えば、今、Hという武術雑誌の編集をしているSさんという人は、以前、勤めていた会社では「あいつはオタクだからな~」と陰口を叩かれていましたが、私は彼が日本の武術メディアをけん引していく力のある唯一の編集者だと思っていました。

 また、武術系ライターのNさんという人も、私を非常に嫌っている様子ですが、でも客観的に判断して武術に関する知識と見識は私が唯一、「手ごわい」と思う相手で、時々、彼が書いた記事を読んで、「う~む・・・流石だ・・・」と唸っちゃったりしてます(マニアック過ぎて一般受けしない記事も時々あるけど)。

 別にお世辞で書いてる訳ではありませんよ。お世辞書いても私が得することはありませんからね。

 私が言いたいのは、「オタクを馬鹿にするのは洞察力が無い人間だぞ」ってことです。

 でもね~、どうも最近はオタクが少なくなってきている感じですね~?

 本当に武術の知識が驚くほど無い人が武術を語ってる。安っぽい業界になっちゃったな~?と、嘆かわしいです。

 ライターやっていた頃、全空連の選手で自分の流派を知らない人がいました。形を見せてもらって、「あ~、貴方が学んだのは松濤館流ですよ」と判定すると、「あ~、そうです! 思い出しました! 確か、先生がそう言っていました!」と言われてギャフンとしたことがありました。

 伝統空手道では四大流派と言って、松濤館流、糸東流、剛柔流、和道流がメジャーな流派とされます。それぞれ構えの姿勢などに違いがあり、形を演武すれば大体、判別がつきます。

 沖縄空手にはもともと、流派という概念が無くて、“どこそこ地方の手”とか、“誰それさんの手”とか言っていただけなんだそうで、富名腰義珍翁が本土に伝えて以降、本土式に流派名をつけるのが習慣化したとされます。

 ちなみに最初に流派を名乗ったのは剛柔流で、一説に、中国南方の武術、白鶴拳系統の秘伝書『琉球伝武備誌』の「剛柔呑吐」の呼吸法の極意からネーミングしたものなんだとか言われています。

 居合道でも制定居合道とは別に、古流居合道として、夢想神伝流、無双直伝英信流、伯耆流、無外流、新陰流などがあります。が、無外流は本来は自鏡流(多賀自鏡軒が創始し無外流に併伝された)で、新陰流は制剛流(制剛僧が創始した居合と柔術拳法、縄術、隠し武器術を伝える流派で尾張藩に伝わり、長岡桃嶺によって尾張柳生家の新陰流に併伝されたもの)がベースになっています。

 こういう事実に関しては知っていても黙っている師範がいたりしますが、よりメジャーな流派名を名乗る方がウケがいいと考えてしまうのかもしれませんけれど、はっきりいって、それは伝統文化の捏造であって許すべきではないと思います。

 事実、本当に平気で捏造する人が多く、これは歴史的な伝統?という側面もあるので、研究家としては非常に困った点なんですけど、多分、“どうでもいいことだ”と考えているから平気で嘘つくんでしょうね?

 でも、私は研究家だから、嘘は嘘、間違いは間違いとはっきり書かせてもらいます!

 そうしないと文化伝承の学問体系として成り立たなくなってしまうからです。デタラメばかりだと・・・。

 余談ですが、青木先生の80歳の記念プレゼントを持って西荻の事務所を訪ねて、昼食を御馳走になったんですが、ここに書いたような話をしたところ、青木先生もほぼ同意見でしたね。

 かつて、「戦えない武術じゃダメなんでしょうか?」と言った武術指導者がいましたが、その人の師匠は「馬鹿者!」って叱ったそうでした。

 戦いを考えないなら、もう武術である必要が無い。命懸けで武術の研鑽をし伝えてきた先人に対する冒涜なんですよ!

 青木先生も、「私の悪口言われるのは何とも思わないけど、私の技が効かないと言われたら怒りますよ」って言われていますし、松田先生も「僕が発表していることが嘘だと言われると中国武術の恥になっちゃうから黙ってる訳にはいかなくなる」と言われていましたね。

 私が甲野氏とかを糞バカにしているのは、まさに“この点”ですよ。まともに戦って勝ったこともない癖(全戦全敗?)に現代武道を馬鹿にしたようなこと言いますからね~。

 どうも、誤解する人が多いみたいなんですが、私が脱力技法に行き着くまでにはいろんな訓練を重ねてきて、その結果としての理論を提唱しているのであって、経験を経ないで空想を書いている訳じゃありませんからね。

 事実、脱力系技法の優越を説いている人物が格闘技や現代武道の人とまともに手合わせして惨敗したみたいな話はよく聞きます。戦い方を知らなければそうなりますよ。

 私も確信が持てるようになるまで長い試行錯誤の時間を要しました。ざっと20年。修行というのは長い期間を要するのが当然で、どんな天才でも突然悟るなんかあり得ないんです。

 日々の蓄積によって開花するんですから、オタク的な探究心を馬鹿にしてはいけませんよ・・・。

 例えば、游心流の次期宗家と私が公言している体道塾の仁平師範は、まだ20歳そこそこですが、幼少の頃から様々な武術を修行し、うちに入門したのは5年前くらいでしたが、それはもう物凄い速度で吸収し、尚且つ発展させていきました。現在では、その実力は既に達人のレベルを越えていて、斯界の名だたる師範が驚く程です。

 これを簡単に天才という言葉で言うのは逆に失礼でしょうね? 何しろ、物凄い鍛練と研鑽を日々、積み重ねてきて「武医同術」を地でいっていますから。

 修行と口で言うのは誰にでもできますが、真に修行を実践することは並大抵の努力ではありません。

 彼は立禅を最低3時間やるというのですが、私は最長でも2時間がやっとでしたよ。

 私には無い素質と才能に恵まれていることは確実ですが、それ以上に鬼のような稽古の虫になれる! それが彼の真の才能です。

 彼には、単なる一つの流派の伝承者というレベルではなく、武術という文化を丸ごとけん引していき、これからの時代に貢献していってもらいたいと願っています。それは彼ならできる! 私はそう確信して微塵も疑っていません・・・。

 もちろん、游心流の会員には、皆、それぞれの人生を最大限に生き切って欲しいと思います。ひょっとすると、仁平師範以上に社会貢献できる人間が出るかもしれません。

 武術修行も、そういうエネルギーにはなると思います。

 どんな苦境に陥っても諦めないで突破していく勇気を養う・・・それが武術の修行であって欲しいと思いますね。

 私は、口先で立派なこと言うような人間はまったく信用できません。人間は行動で示し、現実の実績を挙げていくことでしか評価は得られません。

 50年以上生きての一つの結論ですね。

 死ぬ時までに何ができるか? それはこれからの人生です。

 そして、死んだ後に本当に評価される人もいます。これは私の今年のテーマなんです。

 だから、アスペクトの武術シリーズは今年はお休みします。

 自分の武術理論を発表するより真に価値ある先人の研究成果を世に出すことも使命だと考えます。

PS;5月のメイプルホール稽古はお休みします。5月22日(日)にはメイプルホールで上映会やりますので、是非、おいでください!

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ほびっと村『セーラー服忍者』上映会感想

 4月17日(日)は、西荻窪ほびっと村学校にて『セーラー服忍者』の上映会でした。

・・・が、もう朝から台風並の強風が吹いていて雨もパラパラ・・・。いや~な予感がしましたが、案の定、八王子駅で電車が止まっていて、「強風のため速度を落として運転しております」とのアナウンスが・・・。

 予約制じゃなかったんで、この悪天候にわざわざ映画を観に来るお客さんがいるだろうか?という諦めモードに入ってしまいました。

 というのも、都合が悪いと支部長連がそろって欠席するというメールが来ていて、これは一人も来ないかも?という感じで監督と二人で投げやりになっていたんです。

 が、一人、二人と来ていただき、来れない筈だった小塚師範もひょっこり顔を出してくれました。

 何か、山田師範の畑仕事に行く予定だったものの悪天候で諦めて、代わりに来てくれたのだとか?

 そして、稲吉先生も来られるということで、総勢9人で鑑賞することになりました。

 お一人、岩槻映画祭で声をかけてくださった方も来られていて、何と! 横浜から来られたということで、有り難過ぎですよ!

 そんなに気に入ってくださったのか?と思ったら、途中から見たので最初の方を見逃してしまっていたからとのことでしたが、それでも、この悪天候の中を来てくださって、やっぱり岩槻映画祭に来られる人は本当の映画好きな方なんだな~?と、ちょっとジーンとしました。

 映画は一時間なので、後の半分は私がトークしたり感想を聞いたりで費やしました。

 撮影中の思い出話で、一時間くらいはすぐ終わってしまいますよね?

 映画の感想も概ね、良好でした。

 傑作とか名作というような作品じゃありませんが、やっぱり苦労して撮っただけの愛情が詰まった作品ではあると思うんですね。

 私は5~6回観てますが、毎回、ラストシーンでじわっと来ます。

 結局、この作品、400年の刻を跨いだ家族の絆を描いているんですよ。

 意図してじゃなくて、脚本を直しているうちに結果的にそうなったんですね?

 もちろん、見る度に、「ここはこうすれば良かったのにな~?」とか思うんですけど、撮ってる最中はギリギリまで頑張っていたんで、例えば、もっと潤沢に予算があって有名な役者さんばかり使って撮っていたとしても、こんなに愛すべき作品になっただろうか?という気はします。

 何しろ、30年前に岡山理科大学を中退して上京した目的が「映画の仕事をやりたい!」だったんですよね~。

 一体全体、私はどこで間違って武術研究家なんてケッタイな仕事をやるようになってしまったんだろう?と思う訳ですよ。

 無論、当初は東京の自主映画の世界に入って、そこからプロへの道を探ったりもしていましたが、プロというのは明確に才能の有無で道が決まってしまうものですよね?

 私は映画製作の才能は無かったんですよ(代わりに武術研究の才能が有った)。

 出会った人達も武術に関する人が多くて、これはこれで嫌いじゃなかったし、これでしか食う手段が無かったので、別に今の境遇に不満がある訳ではありません。

 しかし、やっぱり映画が好きなんですよ。

 アクション映画、ホラー映画、特撮映画・・・。

 特に決定的に映画やりたいと思った切っ掛けになったのは、『最も危険な遊戯』『狼の紋章』『夢見るように眠りたい』『忍者武芸帖百地三太夫』『ドランクモンキー酔拳』『ゼイラム』『ヒルコ妖怪ハンター』『エコエコアザラク(佐伯日菜子版)』『子連れ狼死に風に向かう乳母車』とかですかね~?

 だから、ながせき監督から『セーラー服忍者』の原案の話を聞いた時は、「そりゃあ面白い! 是非、やりたい! いや、俺たちでも充分、できるかもしれない?」と思った訳でした。

 だけど、今だから言えますが、実際にこの話を撮るのは非常に難しい・・・というか不可能に近いのではないか?と思った訳です。

 何千万円も製作資金があればそれなりのものができるでしょうが、我々だけで撮れるとは到底、思えなかったんですよ。

 でも、酒飲み話だったら罰当たらないでしょう?

 話半分で企画を進めました。

 で、具体的に撮るとしたら、我々だけでは鑑賞に堪えるものにはならないから、大前提として、つばさ基地に全面協力をお願いしよう!ということにしました。

 特に、企画の前提として、岩下めぐみさんにアクションスタントをやってもらうことを第一に考えました。

グリムリーパー』の時に、僅かでしたがスタントアクションをやってもらい、そのポテンシャルの高さに我々はほれ込んでいたんですよ。

 と同時に、「どうせなら、秋本つばささんにも重要な役をやってもらおう!」ということにしました。

 ところが、ここで予期せぬ障害が発生しました。

 くノ一が現代にタイムスリップして必殺仕事人みたいなことをやるTVドラマが放送されたのです・・・。

「いくらなんでも、これではパクリと思われてしまう。残念だけど、延期しよう」と話して、一度はお蔵入りにしていました。

 が、このドラマ、さして話題にもならないまま終了してしまいました。見ていた私もタイトルを思い出さないくらいですから、もう誰も覚えていないんじゃないでしょうか?

 そして、ながせき監督から「そろそろ、あの企画やりませんか?」と電話があったのが、昨年の夏・・・そして、なんだかんだと怒涛のように企画進行させて撮り上げてしまったのでした。

 私がプロデューサーやることになったのも成り行きでしたが、奇跡のように凄い人ががしがし出てもらえることになり、何か、ある意味、ゴージャス過ぎる映画になりました。

 まあ、多くは語りません。見てもらえば解るでしょう。

 2015年の夏、狂ったように熱中して撮った作品。

 30年前の思いがようやく実った・・・今はそう思っています。


 次回上映会は、5月22日、相模原千代田メイプルホールにて午後1:00から上映します!(併映は『いちごジャム』)


PS;我が郷里、熊本が大変なことになってしまいました・・・柄にもなく少しでも助けになれたら?と思い、義援金を送る資金稼ぎにDVDすべて(特別講習会DVDを除く)を半額セールとすることにしました。「買いたいけど高くて買えなかった」という方、是非、この機会に・・・。

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17日はほびっと村で上映会

 今度の日曜日は、西荻窪ほびっと村学校でのいつもの講座を特別講座として『セーラー服忍者』の上映会(特別料金1500円。いつもの半額)を実施します。

 ニューハーフ忍者の妃羽理さんの鎖鎌術は必見ですよ~! 鎖縛りの技や九節鞭のような使い方もしますし、十字手裏剣を握った隠剣術(投げずに握ったまま相手の急所をかき切る)も披露してくれていたので、主人公が使っています。

 忍者の戦闘法といえば、基本は体術であり、そこから多彩に応用されて剣や小太刀、棒、槍、鎖鎌なども使う訳ですが、妃羽理さんは万能の遣い手なんですよ!

 今回は導入部しか出演していませんが、メイキングではいろいろ取材して紹介したいですね~?

 秋本つばささんのアクションも必見です。やっぱり身ごなしがシャープで柔らかいし、私が一回やって見せたタイ捨流逆握の技を即座にコピーしてやって見せられたのにはギャフンとしましたね~。

 スタントの岩下さんがまた素晴らしいんですよ~!

 中国武術世界チャンピオンの下田さんとの中盤の格闘シーンは必見です!

 つばさ基地のアクション俳優の皆さんは本当に素晴らしかったですね~! この辺もメイキングで取材したいです。

 改めて見ると、私も結構、武術の技遣ってましたね? 現場では無意識だったから忘れてましたよ。

 足刀蹴りや当て身(打拳体術)に八卦掌の螺旋掌打も出していました(どこで遣ったか当てた人にはDVDプレゼントしますよ)。

 必殺技は抜き付け! 最初は“変位抜刀霞斬り”と相討ち。

 最後の決戦は、青木宏之先生の“後ろ向き無刀捕り(これは相手の脳波が読めないとできません)”をヒントにしてヒロインが勝つ!

 いや、なかなか、武術的な意味のある伏線になったな~?と思いました。

 皆さん、是非、ご覧くださいませ・・・!

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熊本で大地震が

 14日の夜、原稿書いていて、そこそこの揺れがありましたが、ちょっと休憩・・・とTVをつけたら、何と? 私の郷里の熊本で震度7の地震があったとのニュースで、驚きました。まさか、熊本の揺れがここまで伝導してきたのでしょうか?

 震度で言えば、東日本大震災に匹敵するではないですか?

 まさかと思いましたが、誤報ではなく、余震が続いているそうでした。

 ニュース番組でしばらく様子を確認してから、弟と兄貴に電話してみましたが、弟は繋がらず、兄貴は留守電になっていました。

 焦っても仕方がないですし、夜ですから朝まで待たないと被害状況はよく判らないだろうと思って、TVを見続けました。

 朝になってから、また兄貴と弟に電話してみたら、今度は繋がりました。被害は大したことなかったみたいですが、経験したことの無い揺れだったそうで、食器が落ちて割れたとか、タンスが倒れたとかくらいだったそうで、家が壊れたりはしていないそうでした。

 私が天草に居た頃には滅多に地震を体験したことがありませんでした。上京してから頻繁に地震があるので驚いたくらいです。

 まして、こんな激しい地震が熊本で発生するなんて予想もしていませんでした。

 一番、衝撃的なのは日本一堅牢な城とも言われていた熊本城の石垣が崩れ、天守閣の瓦が落ちて無残な姿になっていたことでした。熊本県人にとっての誇りですから・・・。

 熊本はあまり地震が無いことから、東日本大震災の後、熊本に移住した人が多かったみたいです。日本でも最も地震が少ない場所だと思ったからではないでしょうか?

 しかし、予兆はあったのではないでしょうか? 阿蘇山や桜島などの噴火です。九州の火山活動が活発化するというのは地底の動きが変化していたということではないでしょうか?

 今回、やはり、心配だったのは原発であり津波の有無でした。

 海底が震源ではないらしく、津波が無かったのは不幸中の幸いでした。が、東北で起こり、南西で起こったということを重く受け止めねばならないでしょう。

 原発近くでこのクラスの大地震が発生した場合、持ちこたえられるでしょうか? 直下型で地面がひび割れて原子炉がダメージを受けたらどうなるか?

 もう、日本はどこで大地震が起こっても不思議ではない国になっている。それを忘れかけていた頃に再認識させる地震だったのではないか?と考えるべきだと思います。

 政府は原発政策を、今度こそ本気で考え直さねばならないでしょう。地震、津波のみならず、テロのターゲットにされたら国が滅亡してしまうという現実を考え、利権や国策を放棄する勇気を持たねばなりません。

 どっかの国の顔色うかがってる場合ではありません。政治家は自分の命を捨てても国民を守るという気概が必要です。

 無理難題を押し付けてくる外国には「日本人をなめんじゃねえっ!」と言え、既得権益しか考えないような政治家や財界人には「貴様は日本人の恥だっ!」と叱りつける人間を首相にしなければいけません。

 国土が失われれば、日本という国は滅びます。

 日本人が世界の漂流民族になるという結末は、小松左京の『日本沈没』のラストでしたが、福島クラスの原発事故がいくつか起これば、もう日本列島に人間の住める場所は無くなってしまいます。

 そうなってしまってから後悔しても遅いのです。日本を守るとはどういうことか? それを考えなくてはなりません。


 被災した皆さんの御健勝を祈ります。


PS;ほびっと村学校での上映会では上映後、トークもあります。武術についての質問もOKです。また、『交叉法』DVDを半額にて販売しますので、高くて買えないと嘆いていた方もどうぞ(作品中に私が螺旋掌を使ったシーンを当てた人一名様にはプレゼント)。
PS2;『セーラー服忍者』が完成したことを青木先生にお話しました。剣武天真流は世界で猛烈に普及しているみたいですね? やはり海外では青木先生への期待度は絶大だったということでしょう。そんな青木先生が大作ではなくて超低予算のB級アイドルアクション映画に特別出演しているというのが、前衛的でカッコイイですよね?

 
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四月脱力技法感想

 今月の月例セミナーは、游心流がお家芸にしている脱力技法です!

 脱力するのは、重心力を自在に駆使するために必要なものであり、また、相手の加えてくる力とぶつからないで制圧するためにも重要です。

 今回は、久しぶりに、体道塾の仁平師範と、帰ってきた大石総教練も参加したので、游心流としては幸手支部の山田師範を除いてのフルメンバーとなりました。

 また、久しぶりに古武術を専門に修行されている参加者も来られて、大石総教練の動きに「うわ~っ、本当に超達人だぁ~っ?」と驚かれていました・・・。

 ふふふ・・・わかる人にはわかるんですよ・・・。

 まずは、脱力技法の原理から説明するのに、前回の伸筋による合気揚げと、脱力による合気揚げの違いについて説明しました。

 この“脱力による合気揚げ”は、かつて甲野氏がフェードアウト(溶暗)技法と名付けていた技法原理をシンプルにしたものです。

 シンプルな教え方にしたのは、甲野氏の教え方に従っても、何年も会得できないからであり、細かいコツを集積するより、ダイレクトに技法の原理を理解した方が、簡単に体得できることに気づいたからです。

 恐らく、教えたくなかったんでしょうね? 原理が解ると副産物的に封じ方にも気づいてしまうので、自分の神業?が途端に通用しなくなるのを警戒したのでしょう?

 私は自分で気づいたので、誰にも気兼ねする必要がありませんし、合気の専門家ではないので、隠さねばならない義理もありません。

 だから、誰でも即座に体得できるように余計な解説を省いたのです。

「力を抜いてズラす・・・」 たった、これだけ・・・。

 さらにその応用として片手での合気揚げ、複数の相手への合気揚げ、指一本での合気揚げ・・・をやりました。

 普通は、こういう技は達人しかできないものだとされていますが、私にとっては見世物演芸でしかない(実戦に通用する技ではない)ので、教えても一向に構いません。

 で、普通はこれで「はい、達人一丁上がり!」なんですが、今回は返し技のやり方も教えました。

 即ち、“合気破り”ですよ。

 脱力技法を応用すれば合気技を封じることもできるのです! “嫌がらせ”にもなりますが・・・? 教えれば、一瞬で誰でもできます。

 どんな合気の達人でも、これをやられると、まず、掛からない。事実、甲野氏でも木村達夫氏でも掛けられませんでした(嘘か本当か、証明しろと言われるなら、やってもいいですよ?)。

 こういう人達は他流を糞馬鹿にして語ったりしますが、自分の技が通じなかった話を何故、しないんですかね? 非常にアンフェアですよね?

 で、ここまでで「はい、達人破り一丁上がり!」なんですが、今回はさらにその“先の対策”を教えました。

“合気破り”を破る技ですよ・・・(これは、ヒ・ミ・ツ・・・)。

 まっ、教えたら、「な~んだ?」って感じなんですが、「極意は睫の先にあり」って言葉もあるくらいなんで、その「な~んだ?」に自分で気づける人は滅多にいない。

 武術というのは、このように、段階的にどんどんバージョンアップしていかないと、簡単に形骸化してしまうんですよ。

 見世物演芸にばかり血道を挙げて、武術のリアルを目指さない愛好家の増殖が、日本の武術文化を危機に追い込んでいると思います。

 今日では、日本の武術は日々、形骸化の危険性を孕んでいます。まともな専門家がおらず、フェイクとリアルの区別がつかない人達がネットやメディアでどんどん発信しているからです。

 誰かが成功すると、我も我もと似たような物真似やりだすから始末におえません。糞使いものにならない技?を、さも万能の技のように見せかけるだけの猿芝居がブームとなった20世紀終盤から21世紀初頭にかけては日本武道の暗黒時代として未来永劫に歴史の汚点となることでしょう。

「武術の身体操作がスポーツに役立った」から、と・・・介護だ何だ、日常生活の動きが楽になった・・・といった方面での評価ばかりで、ウンザリしますよ。

 肝心の自己防衛術として役立たない技術を持て囃すのでは、武術という概念をイメージ的に利用して自己の売名、権威付けに利用して商売しているだけで、武術そのものを矮小化しているとしか私には思えませんよ。

 本当に、こいつらプライドは無いのか?と思います。素人に誤解を広めて崇められたがってる自己愛性平和ボケ連中に武術を語って欲しくはありませんよ! 個人的にはね?

 むしろ、欧米の武術愛好家のほうがフェイクとリアルの区別がつく人が多いでしょうね~。実際に戦ってみないと納得しない人が多いから。

 私は武術研究家として、日本の、この大馬鹿な悪循環を解いていかなくてはならないと思っています。

 それには、リアルな武術を体現できる人間を一人でも多く育てること!

 これに優る方策はないでしょう・・・。

 合気揚げは、あくまでも原理体得のための稽古法です。

 実際の武技は、殴る蹴る・得物で打ち掛かるというリアルな攻撃をしてくる相手を制圧できなくては意味がありません。

 そこで、今回は突き・パンチ・キックへの脱力技法による対応法を解説指導しました。

 実は、脱力技法といえば合気技の崩しだと考える人が多いと思うんですが、相手の攻撃技を無力化してこちらの攻撃力を倍加することができるのですね?

 もっとも、まともに使うと威力があり過ぎて致命傷を負わせかねないので、理解している人間同士で力を加減しながら練習しないと危険過ぎるのです。

 毎年やっているので、常連さんには新しい発見がないと面白くありませんよね?

 今年は、そういう意味で、パンチやキックへの対処法をいくつかやりました。

 いつもパンチへの対処法ばかりになりがちなので、今回はキックへの対処法もいくつかやりましたが、ミドルキックを脇腹で受けつつ、そのまま蹴り脚キャッチして直下に潰す・・・という技もやったんですけど、北島師範の蹴りが凄く重くて、威力が浸透してきたのでちょっと焦りましたよ。

 仁平師範は脇腹で蹴り受けても全然、平気なんで、私も蹴らせてもらいました。

 すると、太い柱を蹴ったような感触で、まともに蹴ったら、こっちの脚が折れてしまいそうな感じでしたね。

 本当に、凄いことになってきてますよ~? こりゃあ、嫉妬されても仕方ないか?

 また、参加者の質問で「剣術への応用はどうやるのか?」というものがあったので、剣vs剣と、さらにその応用の無刀捕りもやりました。

 これは、目付けもできないと無理なんですが、それはまた次の機会に・・・。


 今回も遠方からの参加者が多くて、有り難い限りでした。

 DVD見ながら練習してもらえば、誰でも体得していけると思いますので、お試しあれ!

 話は違いますが、格闘家の前田日明さんは、何とサバイバルゲーム方面にも進出していたんですね?

 日本刀にも造詣が深いのは知っていましたが、Gunもか~?

 本当に戦闘について考えていたら、当然、そういう風に視点が移っていかないと嘘ですよね~?

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四月セミナー“脱力技法”

 三月はえらい忙しくなってしまって往生しましたが、四月は岩槻映画祭があり、ほびっと村上映会もあり、小説デビュー作の仕上げもあるので、相当忙しくなるのは覚悟していました。

 三月三十日には大阪に賢友流の取材(DVD撮影が目的)で行ってきたんですが、生憎、近所が工事中で騒音が煩く、とても撮影できたものじゃなく、急遽、予定変更して本の打ち合わせ中心にしてきました。

 三代目宗家を継がれた愛子先生の演武(ニーパイポ・二十八歩)も拝見しましたが、友寄先生の動きを彷彿させる見事なもので、賢友流の形は現代の空手形に源流の中国武術のエッセンスが融合されているのだな~?との感銘を受けましたね。

 空手家のほとんどが、沖縄の古伝空手こそが源流であると考えていますが、実際は中国まで逆上らないと真の理合が見えてこないと私は思っています。

 無論、琉球で発展している部分や、本土に伝わって発展した部分、あるいは海外に広まって発展した部分もあるとは思うのですが、武術としての真価は中国武術に学ばないと見えてこないのではないか?と個人的には思います。

 この考えは、友寄隆一郎先生や松田隆智先生といった、空手道から中国武術を研究した先生の実感であったかと思います。

 もっとも、その中国武術も、国の政策によって武術としての真価は隠されてスポーツとして普及されたので、実戦用法を知る人は非常に少なくなっているようです。

 しかし、これは空手道でも事情は同じであって、形の動作の意味をきちんと理解している人は非常に少なく、ボクシングやムエタイの影響を受けたフルコンタクト空手が誕生して以降は、武術というよりは格闘技としての発展をしています。

 ご承知のように、私は武術と格闘技を別のものとして完全に分けて考えています。

 武術は言葉を換えるなら“実戦護身術”とでもなるでしょう。

 格闘技は、“格闘競技スポーツ”です。

 論じるまでもありませんが、実戦護身術である以上、武術の技はまともに使えば簡単に人命を奪えます。

「そんなのはハッタリだ!」と言う人は知識が無い故に勘違いしているのです。

 武術は一撃で人命を奪うことのできる“武器を使うこと”が大前提であり、何も武器が無い時に限って、素手でも人命を奪うことのできる技術を工夫したものなのです。

 いや、実はそればかりではありません。

 奥伝に至れば、毒薬の知識や、呪術(密教や陰陽道、仙道)をも駆使するのが本来の武術の姿であり、もう技とか威力とかの話ではなく、イメージ力(想念の力・観念力)の世界になってしまうので、普通の武道や格闘技を修行している人達からすれば、もう何が何やらチンプンカンプンで、得体が知れないでしょう。

 ですから、まともに使えば人命を奪ってしまえるのが武術です。危険過ぎるから秘伝のシステムができあがって教える人を厳選したのです。

 一方、格闘技は競技スポーツであり技術の優劣を競うのが目的で相手の人命を奪う目的などありません。むしろ、安全に競技できるようなルールを工夫することに注力されてきています。

 つまり、似てはいても目指す方向は真逆なのですね。

 この点はよくよく理解していなければなりません。現代の武道が競技スポーツの方向性を選んだのは、社会的に考えても当然の成り行きだったと言えるでしょう。

 一方、武術は秘伝システムによる選別教授法が災いして伝承者が激減しました。失伝してしまった流派も多く、伝承している流派も内容が大幅に劣化していたり、伝承者が秘伝の内容を知らなかったりする事例が大半という、絶滅危惧種(あるいはUMA?)のようなジャンルになってしまっています。

 何しろ、現代では、武術家を自称している人間がまるで武術のことを理解していなかったりしているのですから・・・。

「身体操作がどうしたこうした」とか言っている時点で、真相は何も知らないのがモロバレなんですが、真相を知っている人間から見たら、乳幼児が得意げに刃物振り回しているみたいで危なっかしいですね?

 どうして、このような事態になってしまったのか?と考えた時、恐らく、知的水準の低い人間しか学ばなかったことが影響しているのではないか?と、最近は思うようになりました。

 要するに、体育会系の人間しか学ばず、単なる運動法だとしか考えなかったから、膨大な理論体系が理解されないまま捨てられ続けてきたのではないか?と・・・。

 最も気になるのは、“応用性が無い人が大半”だということです。

 平気で「形なんか意味が無い」とか、一つ教えられたら、それを金科玉条にして外のやり方を認めないとか?・・・そういう頭の堅さ、発想の固定化をする人があまりにも多過ぎたと思います。

 そして、柔軟に考える者を屁理屈を付けて排斥するような“既得権益を守ることしか考えない組織と権力の維持しか頭に無いようなクズ”によって組織的拡大をしてきた側面も否めないでしょう。

 ですから、普及するのと技や理論が深まるのとは往々にして反比例してしまうのです。

 そういえば、取材中、私が「沖縄空手の源流である白鶴拳や詠春拳は女性が創始した伝説を持ち、実際に三戦(サンチン)の歩形が膝と爪先を内股にする点が、姑娘(クーニャン)歩と言うんですよ・・・」とか話していたら、愛子先生が非常に驚かれて、隆一郎先生以外で、空手の源流から中国武術のことまで知ってる人がいるとは思わなかったのだそうでした。

 確かにそうだと思います。私が知る限り、こういう方面の知識があるのは数人しかいないだろうと思います。私も友寄先生の影響があって研究を深めているので、もしお会いしていなかったらどうなっていたことか?
 多くの空手家は「沖縄が空手の源流だ」と言いますが、その沖縄空手がどこから来たものか?という点を考えない人が多過ぎます。

 太気拳の先生方が、澤井先生が亡くなった後、意拳を学び、「意拳こそが実戦中国拳法だ」みたいに主張する風潮が流行りましたが、そこから更に源流を研究する人がほとんどいなかったのはどういう訳なのか?と、私は不思議で仕方ありませんでした。

 意拳から形意拳、更に戴氏心意拳や心意六合拳を研究しても良さそうなものですし、また意拳に影響を与えたと言われる白鶴拳や梅花拳を研究する人となると噂にも聞いたことがありません。

 特に、意拳の構えは形意拳よりも白鶴拳の影響の方が強いように思われますし、脇下を空けるのはボクシングのショルダーブロックの影響もあるのではないでしょうか?

 澤井先生の太気拳は、形意拳に近く、さして白鶴拳の影響を感じません。習った時期による違いなのかもしれません。

 やはり、ちょっとでも分野が違うと専門家でもまるでわからなくなってしまうものなんですね?

 私が友寄先生にお会いした回数は、最初に某先生に紹介してもらった時、それから取材で一回、東京で二回、出版の打ち合わせで訪ねたのが一回、大会にお邪魔したのが一回・・・ですから、僅かに六回しかお会いしていません。

 それなのに、非常に強い縁を感じるのです。友寄先生からいくつもヒントを与えていただき、そこからいろいろ研究してきたんですね。それが逆に愛子先生の参考になったとすれば本当に嬉しいことです・・・。


 さてさて、四月の月例セミナーは、お待ちかねの「脱力技法」です!

 前回の伸筋技法から進化したのが脱力技法だと私は考えています。

 つまり、筋肉の力から重心力を駆使するものへと根本的な原理の転換が起こったのだと私見しています。

 重心力を駆使することで、初めて体格や体力の差を乗り越えることができます。

 即ち、女性や子供、老人や身体虚弱な者でも屈強な者を倒す威力を出せるのです。

 ブルース・リーが言う「水になれ・・・」という言葉の意味をお教えします・・・。

PS;当日、久々に、游心流体道塾の仁平師範も来ます。お花見会で久しぶりに会いましたが、もう達人というレベルを超えてましたね? K野氏とか0.06秒で倒せるだろうし、U氏ももう問題にならないでしょう。リアル武侠小説みたい・・・。

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イメージって何?

 乙武さんが不倫騒動で話題になりましたが、「何を今更・・・」と思ったのは私だけではないでしょう。

 クリーンなイメージを裏切った・・・みたいに非難されていますけど、彼がド助平で腹黒な性格だというのは、ずっと前から噂されていて、本人も「そうですけど、それが何か?」みたいにスッとぼけてたでしょう?

 世間一般にクリーンなイメージが広がっていたみたいに言われても、週刊誌やネットで裏情報がバンバン出てくる時代に、“クリーンなイメージ”って、どういう意味なのか?って思いますよ。

 清原だって、ヤクザとの付き合いやシャブ漬けの噂は、ほとんど既成事実として受け止められていて、“スポーツ選手のクリーンなイメージを裏切った”みたいに論じる人達には、「ハアア~ッ? 何、トンチンカンなこと言ってるの~?」って思いましたよ。

 私の中学時代、不良は全員体育会系でしたし、タバコぷかぷかふかしてましたよ?

 文化系の部員はおとなしくて草食系でしたけど、体育会系は不良なのが当たり前でしたけどね~? 高校に入学したおとなしい美少女が体育会系の部に入って夏休み過ぎた頃にはヤンキー姉さんに変身したりしてましたよ?

 少子化時代でもヤンキーカップルだけは子沢山だったりするでしょう?

 欲望に忠実で後先考えないのが体育会系の真骨頂でしょう?

 万引きとか輪姦した話を平気で話すヤンキー上がりの芸能人とかいたりするじゃないですか? 悪いこととはわかっているけど、それほど大した問題だとは思っていない訳ですよ。

 また、芸能人だと経歴詐称は当たり前だったりしていましたから、その感覚が抜けない人もまだまだ少なくないんじゃないですか?

 武術の世界なんて、大昔からそうですからね~。

 第~~代宗家とかまるで信用できません。

 創始者が岳飛だとか、孫賓とか関羽とか燕青とか・・・あるいは、孫悟空とか沙悟淨とか、それって実在してね~だろ?って話になる訳ですよ。

 日本でも藤原鎌足(鎌子と書かれている)、聖徳太子、坂上田村磨呂、鑑真、最澄・・・って、おいおい、坊さんだったら武術できる前提ですか?

 そういう設定の流派を習ってる人が言うのは、まあ、しょうがないと思うんですけど、以前、武術の研究家という人物の本を読んでいたら、「三蔵法師は武術の達人だった」と堂々と書いていて、目眩でクラクラしましたよ。

 研究家って名乗るのなら、少しは疑ってかかれよ?って思いましたよね。でも、この人、外国人の武術家はインチキ扱いして疑うんですから、妙なところがナショナリストでしたね~。死んじゃった人だから反論書けないので名前は伏せますけどね。

 武術武道に関しては、経歴は信用できないのが常識になっていて、「嘘だ」という前提で聞いておくしかありません。それも含めての伝統文化なんだと認識するしかないんですよ。

 そういう事情を知らずに、師匠の話を鵜呑みにして信じ込んでる人達は、本当に可哀想だと思いますね。

 今は嘘も本当もゴチャゴチャに情報が流出してくる時代ですから、情報の真贋を見極める能力が必要な時代です。

 私は基本的に、信じる信じないという考え方をしないようにしています。

 それよりも自分の洞察力を磨いていくことが重要。そうすれば、真相が自ずと観えてくるようになります。

 次に論理的思考力を磨く。理に合うか否か?で、真贋を判別する習慣を養う。

 しかし、注意する必要があるのは、論理の根幹になる価値観が固定化していると判断が一本調子になってしまうということ・・・。

 世界の紛争は、価値観の対立によって起こると言っても過言ではありません。

 キリスト教、ユダヤ教、イスラム教、ヒンドゥー教、仏教、道教、神道、唯物論(社会科学)・・・細かく分類していけば無数にありますね?

 しかし、根本は、信仰心です。どんな価値を信仰するか?の問題です。

 最初に戻ると、不倫は悪、覚醒剤は悪という価値観があるから乙武さんも清原も非難される訳ですが、彼らには、それほど“悪い”という価値観は無かったのではないでしょうかね~?

 例えば、他人を殴る行為は悪ですよね?

 でも、教育現場で「体罰は是か非か?」って論じられるのは何故でしょう?

 普通に考えたら、駄目に決まってますよね?

 私は体罰は絶対にダメだと思ってますよ。けれども、悪ガキが暴れているのを放置するような教師は教師失格だと思いますし、もし、私が教師だったら「やめんか! こらぁっ!」って腕ずくでやめさせますよ。

 ただし、私はこれを体罰とは認識しません。暴力を暴力で取り押さえただけ。説得して改心させられない自分の未熟を痛感するでしょうね?

 私の両親は教師だったし、「大学で教員資格さえ取っておけば就職はなんとでもなるから・・・」と母親に言われていました。

 もうね~。私は絶対に教員にはならん!と思いましたよ。

 教育問題には大いに関心ありましたが、教員という職業は選びたくなかったんですよ。

 何故なら、自分が物凄い暴力教師になる危険性を自覚していたからです。不良だらけの学校とかに赴任したら毎日がバトルになるに決まってるでしょう?

 昔々、戸塚ヨットスクールの虐待死事件とかが騒がれましたけど、不良を更生させようとしたら、そうなってしまうのは仕方がないんじゃないか?と思うんですよ。

 もちろん、認めている訳じゃありませんよ。いくらなんでも殺してしまってはいかんでしょう?

 それでも必要悪ではないか?と考える局面が現実に存在するから、しつけ~体罰というものの是非が論じられるのではないですか?

 私は武術の道場を経営していますが、しごきの類いは一切やりたくありません。それは、私がそういうのが嫌いだから、自分が嫌いなことは他人にもやりたくないのです。

 それでも、“強くしてやりたい”と思うと、厳しくし過ぎてしまう場合があります。

「普通の武道や格闘技の道場と比べたら、全然、厳しくないですよ~」と言われるのですが、厳しいか厳しくないかは受ける者のキャパシティーに左右されるのであって、指導する側としてはそこを見極められないといけないんじゃないか?と思います。

 それと、私は権力が大っ嫌いなんですよ!

 何故、嫌いか?というと、人間の尊厳を踏みにじり、圧倒的なチカラで縛りつけるシステムだからです。

 端的に言えば、私が武術やり続けているのは権力に隷属させられたくないからです。

 つまり、自由でいたいのです。

 自分のやりたいことをやり、何者にも干渉されないで生きていく・・・それが理想。

 だから、武道武術やっている人間が偉そうにするのは生理的に受け付けませんし、そういうタイプは私の中ではゴミ認定ですね・・・。

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ヒルナンデス!が道場へ

 さて、放送も終わったので、情報解禁しましょうね?

 3日の日曜日に取材に来られたのは、日テレ「ヒルナンデス!」のADの方でした。

 水曜日に“コストコ”の商品を紹介する中に、何故か?“木人椿”があったそうですが、これ、一体全体、何の道具でどう使うものなのか判らない・・・。

 それで、多分、ネット検索したら私のブログがヒットしたんでしょうね? 木人拳を使っている映像を撮らせてくださいというメールが事務局に来た訳です。

 最初はこちらで映像撮ってメールしますと応えたんですが、素人が撮ると映ってはいけないものが映ってしまったりして問題が起こる場合もありますからね。直接、道場まで撮りに来たいということで、日曜日の午前中に来てもらった訳です。

 当日は毎年恒例のお花見会を予定していたので午前10時に指定させてもらったんですが、業務用の大きなビデオカメラと三脚を抱えて、小柄な可愛らしい女性が独りで来られたので、ちょっと面食らいました。

 私、映像関係の知人も多いので、少しは知っているつもりなんですが、TV番組で紹介する映像は膨大にある訳で、大量に撮影した中から使うのは秒単位なんですよ。編集はディレクターがすると思いますが、素材映像はADが駆けずり回って集めてこなくてはならないでしょう。

 何か、うちの道場は都心からはちょっと遠いし、駅から歩いて14分でしょう? まさか業務用の大きなビデオカメラと三脚持参だとは思っていなかったんですよ。

 まあ、ごっついオッサンだったら別に何とも思わなかったでしょうが・・・。

 コストコで売ってる木人椿を「これは一体、どう使う道具なんでしょうか?」とクイズみたいにするんだろうと予想していましたが、そういうことだったみたいです。

 木人椿は小塚師範山田師範からマンツーマンで習って、しっかり覚えているので、彼にやってもらいました。

 一回目は型通りやったんですが、どうも、地味過ぎて面白くないな~?と思ったので、「小塚さん、型通りでなくていいからチェーンパンチとかも入れてやってみて」と注文しました。

 放送されたのは、そっちの方だったと思います。

 私は、10年前くらいだったか? TBSラジオの小堺さんの番組に一回出たことがある外は、田中泯さんの白州ダンスフェスティバルに最初に参加した時に芸術劇場の取材で少し映ったことがあるくらいで、何故かTVとは縁がありませんでした。

 ファイティングTVサムライのビデオ紹介コーナーに採り上げられたことがあったそうなんですが、私は見ていません。

 そういえば、格闘SRSという番組に一度、出る寸前までなったことがあったんですが、直後に番組が終了してしまいました。

 その他、TVからの問い合わせは何回かありましたね~?

 ニュース番組で「キム・イルソンの“縮地法”について教えてください」というのと、「お友達が元SAT隊員だったそうですが、連絡つきませんか?」というのがありました。
 あ~、そうだった! 断ったこともありましたよ。

 夜中に電話かかってきて、いきなり「真剣白刃取りできますか?」って聞かれたので、うわっ、頭のおかしな人か?って思ったら、某制作会社のADの人で、深夜番組で芸人相手に真剣白刃取りやらせようというものだったみたい?

 これは、失敗して大恥かくところを全国放送されて俺の武術人生にピリオド打たれるかもしれん?と思って、「そういうのは殺陣師に依頼した方がいいですよ~」と答えたんですが、「じゃあ、殺陣師を紹介してください!」と・・・、何か頭のネジの緩い方なのかな~?と思いましたね。

 今だったら受けても良かったと思うんですけど、当時はそこまで自信が無かったので。

 ちなみに、岩槻映画祭の時に、つばさ基地の岩下さん、下田さんに「ヒルナンデス!の取材がある」って言ったら、「ヒルナンデスは凄いっ!」って言われました。

 秋本先生も、しょっちゅうTVに出てるイメージがあるんですけど、やっぱり私みたいな素人にお呼びがかかるのは珍しいのかもしれませんね?

 別に私、ナルチシストじゃないんで、TVに出たい訳じゃないんですけど、作家としてヒットメイカーになるには知名度が上がるのが一番で、そのためにはTVに出るのが一番の早道であることは自明でしょう。

 だから、一時期、TVのお呼びがかかると有り難いのにな~?と思っていたんですよ。

 しかし、TVに出た武術家が、笑い者にされたり、奉られて自分を見失ってしまう様子を客観的に見ていて、「いやいや、うかつに出たらマズイぞ・・・」と思うようになった矢先だったんです。

 今回は、そんな大事(おおごと)じゃなかったんで助かりました。

 え~っと・・・取材の時に「木人椿の説明の参考にしてください」とお渡しした文章を再録してみますので、御笑読ください・・・。



◇木人椿(もくじんとう)について
長野峻也

 木人椿は、中国南方の武術門派、白鶴拳(はっかくけん)、洪家拳(こうかけん)、詠春拳(えいしゅんけん)、蔡李仏家拳(さいりぶっかけん)などで用いられる錬功(トレーニング)器具で、胴体と頭を模した木製の円柱に、手足を模した枝のような突起が取り付けられたものです。

 門派(もんぱ・日本でいう“流派”の意味)によって独自の工夫を施されて多少の形の違いがありますが、最も有名で欧米で普及している木人椿は、詠春拳が用いる物です。

 詠春拳は、日本ではほとんど普及していませんが、欧米では太極拳の次に広く普及している門派として有名です。

 なぜなら、『燃えよドラゴン』で世界的なアクション・スターとなりつつも謎の死を遂げたカリスマ武術家であるブルース・リーが学んだ門派であり、非常に実戦的な中国拳法として有名になったからです。

 映画でのブルース・リーは、駒のように回転しながら連発する廻し蹴り、後ろ廻し蹴りの見事さに注目しがちですが、彼は映画俳優である前に自らを武術家と認識しており、中国拳法のみならず、ボクシング、レスリング、フェンシング、タイの国技ムエタイ、韓国のテコンドー、合気道、ロシアのサンボ、フランスのサファーデ、フィリピンのカリ・エスクリーマ、インドネシアのペンチャック・シラットなどまで貪欲に研究し、「映画で見せるアクションと実際に戦う技術は別物である。実戦では高い蹴りは出さない」と言っていたと伝えられます。

 そんなストイックに実戦武術を探究していたブルース・リーは、生涯、詠春拳の伝統的な訓練だけは欠かさなかったとされます。

 だからこそ、欧米のブルース・リーによって中国武術に目覚めた人達は、詠春拳を学びたがり、独りで練習できる木人椿を入手したがったのでしょう。

 ちなみに、詠春拳の創始者は女性であったと伝わります。

 厳詠春という名前で、父親は少林寺(有名な嵩山少林寺のことではなく、伝説的な存在の、南方に在ったとされる少林寺のこと)の出身で、清王朝に寺が焼き打ちされたことから反清復明(はんしんふくみん・清を滅ぼして漢民族の国であった明を復活させようという革命思想)の誓いをたてて野に下り、革命の闘士を育てるために武術を教えた中の一人だったとされます。

 しかし、女性である詠春には筋骨を鍛えまくる少林拳が合わず、今ひとつ上達できない苦悩があった。そんな時に川で洗濯していると一羽の鶴が飛んできて洗濯物をくわえたりして邪魔をするので、持っていた竹竿で追い払おうとしたところ、羽根を巧みに使っていなしてしまう・・・。この鶴の羽根の動きを拳法に採り入れたらどうか?と直感した詠春は、詠春拳を完成させた・・・という伝説です。

 ほとんど同種の伝説が白鶴拳にも有り、実際に白鶴拳と詠春拳は原理的に共通性が多いので、兄弟、いや、姉妹拳法だと言えるかもしれません。

 余談ながら、沖縄空手(特に那覇地方に伝わった那覇手と呼ばれる派閥)の源流も白鶴拳だとされていますが、沖縄空手にも“マキワラ”という長い板を地中に埋め込んで、地表に出ている部分に藁縄を巻いて、拳を打って鍛練する伝統的なトレーニング用具がありますが、これも恐らく、木人椿を原型として簡略化したものと考えられます(別の説には薩摩の示現流剣術の立木打ちという稽古法が原型ともいわれる)。

 日本では滅多に見られませんが、香港映画では木人椿はちょくちょく登場します。

『スパルタンX』で、ジャッキー・チェンとユン・ピョウがトレーニングするシーンは両者のキャラ分け(ジャッキーはいい加減でユン・ピョウは生真面目)を効果的に表現していました。

 また、ドニー・イェンがブルース・リーの師匠イップ・マンを演じたシリーズは大ヒットとなり、イップ・マンを主役にした映画やTVドラマを量産しました。

 詠春拳をテーマにした作品は結構有り、サモハン・キンポー、ユン・ピョウ、ラム・チェンイン(霊幻道士役が有名)、カサノバ・ウォン、ニコラス・ツェー、アンソニー・ウォン、トニー・レオンなどが詠春拳拳士を演じています。

 また、厳詠春そのものを描いた作品では、ミッシェル・ヨーが詠春を演じ、ドニー・イェンが共演していました。

 よく誤解されがちなのが、ジャッキー・チェンの初期の主演作中でも佳作として知られる『少林寺木人拳』。

 これに登場するカラクリ仕掛けの多数の木の人形を相手に戦うシーンは、小学生でも気づくと思いますが、木製のロボットみたいな着ぐるみを着たスタントマンが演じた映画用の創作です。

 恐らく、元ネタは、『少林七十二芸』と呼ばれる少林寺で訓練されていたという七十二種のトレーニング法の中から採ったのではないか?と思われますが、これまた、もっともらしく創作された本であると良識ある大人なら気づくような本です(『男塾』のミンメイ書房の本みたいなシャレ?)。

 『少林七十二芸』を元ネタにした作品には、リュー・チャーフィ主演の『少林寺三十六房』もありますが、これらの少林寺は、実在が不明な南方の少林寺のことであり、少林拳というのも大抵は洪家拳のことを指します。

『拳精』に登場する“五獣の拳”も、洪家拳に伝わる套路(とうろ・空手でいうところの形のこと)です。つまり、虎・豹・鶴・蛇・龍の五種の動物?の性質を備えた形で、独立して虎拳、豹拳、鶴拳、蛇拳、龍拳となったり、合体して“虎鶴双形拳”という形になったりする訳です。

“何々拳”と言う場合も、門派を意味したり、単に一つの形の名前を意味したりするので、注意が必要です。

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お花見会

 岩槻映画祭の翌日4月3日の日曜日は、毎年恒例のお花見会を予定していましたが、あいにく空は曇天に雨模様・・・。

 桜は満開だったんですけどね~?

 午前11時に渕野辺駅に集合することにしていたんですが、急遽、TV番組の取材が入ったので、9時半に主要メンバーには道場に来てもらい、東京支部長の小塚師範に技をやってもらいました。

 もしかして事前に書くとマズイかもしれないので、詳細は放送が終わってからにしますね?

 一応、11時に駅に向かうと、ずっと来ていなかった大石総教練がヒョッコリ顔を見せました。

 何でも、通っていた某太極拳道場で先生と揉めて辞めてしまったんだとか?

 私は多分、そうなると予言?していたので、「ほ~らね?」ってドヤ顔でしたよ。

 せっかくだから、一応、駅近くの公園で桜を見て回り、再び道場に戻って酒盛りしましたよ。

 体道塾の仁平師範も久しぶりに来たので、彼が継いだという刀功門という武術流儀についていろいろ話を聞きました。

 そうしたら、実に面白いですね~? 私も資料的に存在だけは知っていた武術の呪術的側面を濃厚に伝承していたらしく、「これは普通の武道家だと一切、理解不能で拒絶反応を起こすか、あるいはカルト宗教みたいになるかのどちらかで、一般向けに普及できるものではないな~?」と思いましたね。

 彼が私のところに入門してきた理由が改めて理解できました。

 並の武術家だと理解不能だし、やっきになって否定しようとするか、逆に祭り上げて教祖扱いしようとするかのどちらかでしょう。

 ずっと隠して生きていくか? あるいは祭り上げられてカルト教団の教主になるかのどっちらかしか道がないことになってしまうでしょう。

 どちらも哀しい生き方ですよ。

 武術は突き詰めれば突き詰める程、魔術に近づいていくものです。ブラックマジックになってしまうと日の当たる世界で生きれなくなってしまいます。

 だから、善良で愛のある人間しか学んではいけないんですよ。

 権力志向のある人間が学べば、発狂してしまいます。事実、多くの武術家が半狂人ですよ。

 よって、私は教える人は選びます。いくら金はらっても、「この人に教えると危ないこと仕出かすな~」と思ったら、断ります。

 事実、おかしくなった人間が何人もいました。特に気功は爬虫類の脳を優位にしやすいので理性が効かなくなる人間が出ますね?

「強くなれれば頭がおかしくなってもいい」と言う人もいました。

 もう、正常な判断力を失いかかっていますよね?

 世の中で成功するには一にも二にも、まず知性が重要です。それから人柄。

 戦闘能力なんか無くても構わない。それが市民社会の基本です。

 となれば、我々は何のために武術を学ぶのか?

 知性を磨く役に立たないのなら武術は学ぶ価値がありません。

 生存戦略としての武術は、単なるエクササイズではありません。身体の機能を学び、戦闘の構造を理解し、心の有り様を哲学する学問体系です。

 それは、護身防衛術を芯にし、健身養生と頭脳の健全育成を担うものです。

 更に、社会性を考え、時代性と地球環境の保全をも考えていかなければならないでしょう。今はそういう時代です。

 我々は何のために存在しているのか?

 その解答は、個人個人が自分で導き出すべき命題であり、個が全体となり、全体が個に戻ってくる対応の構図を理解しなければなりません。

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岩槻映画祭

 初プロデュース作品『セーラー服忍者』のロケ地、さいたま市岩槻区で開催される岩槻映画祭に4月2日に行ってきました!

 去年は観客として参加しましたが、今回は作品上映の後に監督と主要キャストの舞台挨拶があるので、いつも一年に一回くらいしか買わない新しい服を買ってきましたよ。

 この日はクリエーターズパーティーもあるということで参加するつもりでいたんですが、翌日の午前中に道場にTVの撮影に来られることが急遽決まったので、その準備とかしないといけなくなり、パーティーはキャンセルしました。

 が、舞台挨拶って、昔々、ある自主映画の上映をやった時以来ですよ。

 丁度、桜の花が満開で、会場の市民会館いわつきがある岩槻城址公園では桜祭りが開催されていました。

 渋谷の試写会があったばかりなので、久しぶりという程でもなかったんですが、主演の鶴巻さんや駒形さんはアイドルとしてライブもやる段取りになっていて、昨年よりイベント性が高まってる感じがしましたね。

 昨年は非常に完成度の高い作品ばかりだったので、今年もいろいろ見たいと思っていたんですが、前述のように急用ができたので残念ながら映画祭をゆっくり楽しむことはできませんでした。

 でも、少し見た『蓮田の田んぼで踊りましょう』という作品、やはり完成度が高くて感心させられましたね。

セーラー服忍者』は、試写会で一回、監督の自宅で完成版の確認に一回、宣伝用DVDを一回、都合、三回見ていますが、自分が関わっているから客観性には欠けますが、何回見ても飽きが来ません。

「これ、かなり面白い作品なんじゃないかな~?」と思うんですが・・・。

 それは実際に見ていただければ幸いです。

 もっとも、うちの会員とかは武術にしか興味がないので、私が「アクションはあんまり期待しないで」と言ったら、もう映画そのものに全然興味が持てなくなったみたいで、チラシあげてもほとんど無反応・・・「そんなの興味ありません」と言わんばかりで、かなりガッカリしました。

 でも、妃羽理さんが出てて、秋本さんが出てて、中国武術の世界チャンピオンの下田さんが出てて、師匠の私が出てて、極めつけにあの青木先生が出てるんですよ?

 いくらアクションの演出や編集が下手でも“素材の凄さ”だけで見る価値あるでしょ?

 何なんでしょうね~? この無関心っぷりは・・・。


 えっと、話を戻します。

 やっぱり大スクリーンで見ると印象が全然違って見えます。

 普通に映画が好きな人には好評でした。出演してくれていた女優さんも「凄く面白かったです」と言ってくれて、安心して見れるファミリー映画になったでしょう。毒気が無いからね~。

 毒気がある部分は、妃羽理さんと私が出てるシーンくらいかな? 血がドバドバ出てるし・・・(苦笑)。

 一番、心配していた警官隊斬殺シーンも、友人のグラフィックデザイナーの伴野さんの特殊効果のお陰で逆にインパクトのあるシーンになりました。

 青木先生の登場シーンも主人公が丸目蔵人佐に勝つヒントを得るという重要な伏線になり、ラストシーンも幸せな気分に浸れて爽やかな印象が残ります。

 アクションが剣戟と忍術なので、全体的にかなり時代劇の雰囲気が勝っていますね。

 丸目蔵人佐が町中に現れるところは藤岡弘、さんの『SFソードキル』を彷彿させますし、私が意図した訳じゃないんですが、TV中継されるシーンとかは『刃牙道』の武蔵さんを想起させます。

 立ち回りは自分では満足いく出来にはできませんでしたが、刀を構えているところとかは「流石だな~? あっ、俺か?」って思いましたよ。

 中盤に下田さんが披露する蟷螂拳を交ぜた格闘シーンは、岩下さんとの秋本門下生同士の格闘で、楽しいですね。撮影が見れなくて楽しみにしていたんです。

 当初、監督が「中国拳法じゃなくて空手にしたい」と言ってきた時は私が断固反対したんですが、それでも県大会優勝とかシナリオに書いていたので、「世界チャンピオンを県大会レベルにするなんて失礼だ! せめて日本チャンピオンにしなさい!」と言って直してもらったんですけどね~(苦笑)。

 撮影後に監督が「いや~、下田さんは凄い!」と絶賛していたので、「カンフーなめたらアカンよ」と言っておきましたよ。

 ラストシーンも私がシナリオにダメ出しして監督に直してもらったんですが、非常にうまくいきました。

 これは実際に見て確認してくださいませ。

 今月17日のほびっと村の講座の時間に上映しますので、是非!

 上映後に壇上に上がり、一人ずつコメントしていきましたが、妃羽理さんがエキシビション忍者殺法術を披露するのにお弟子さんも来ていたんですが、これ、監督知ってたのかな~?

 妃羽理さんは本当に唯一無二のアクション俳優(女優?)ですよ!

 舞台に敷かれた赤い布が滑るので、ちょっと心配しましたが、まあ大丈夫でした。

 私はもう完成しただけでほっとしたし、感無量でしたね~。金作ったり小道具作ったり、本当に大変だったという思い出だけがあります。楽しむ余裕は全然ありませんでしたよ。

 本当に人生の中でこんなに頑張ったのはあまり記憶にありません。

 撮影中の事故には天を仰ぎましたし、参加してくれた人達に嫌な思い出にならないようにしたいという気持ちだけでしたね~。

 せめて準備期間が半年くらいあったらな~?とは思いますが・・・。

 そんなこんなで語りたいことは山ほどあったんですが、頑張ってくれた皆に感謝! 見てくれた皆さんに感謝! ちゃんと完成させてくれた監督に大感謝!

 正直、ウルウルッと来ましたよ。

 今後はイベント的に上映会をやりながらいろいろ展開を考えています。

 最後にこれだけ・・・「岩槻サイコォーッ!」

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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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