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なんじゃ~こりゃあ?

 23日の日曜日の本部稽古栗原師範独りしか参加者がいなかったので、二人であれこれダベりながら細かい技の秘訣とか説明したり、拳銃の持ち方・構え方・狙い方などをガスガンで指導しました。

 銃に詳しくない人だと、「鉄砲なんか誰でも簡単に撃てるから卑怯者が使う武器だ」と馬鹿にしていたりするものなんですが、銃は種類やメーカーによってメカニズムも異なり、基本的な扱い方を知らないと素人には使うことができません。

 基本は・・・拳銃は大別して回転弾倉式のリボルバーと半自動式のセミオートマチック(単にオートとも言う)。散弾銃は、水平二連式と上下二連式とポンプ(スライド)アクション式とガスオート式。ライフル銃は、ボルトアクション式とレバーアクション式と半自動式と突撃銃(アサルトライフル)。機関銃は、拳銃弾を使うサブマシンガンとライフル銃弾を使うライトマシンガンと50口径弾を使うヘビーマシンガン。

 使い方は機種によって全部違いますし、例外的な特殊な銃もたくさんあります。

 極論すると使い方は全部違うんですよ。機種が同じでも改良(チューンナップ)されてる場合も多いし・・・。

 日本刀や槍、薙刀なら使い方を知らなくとも振り回して刃を当てさえすれば敵を撃退することができますが、銃は使い方をきちんと知らないと持っていても武器としての機能を発揮できません。

 早い話。初めて触ったという人間が弾丸を込めることはできないでしょう? つまり、銃と弾丸が有っても、弾丸の込め方を知らない人間には撃てない訳です。

 私が銃に興味を持ったのは中学生の頃。銃の専門雑誌を買うようになったのは高校生の頃です。

 最初は、専門誌の記事に書かれている専門用語(カートリッジ、リアサイト、フロントサイト、バレル、フォーシングコーン、シリンダー、スライド、フレーム、サイドプレート、トリガー、ハンマー、エキストラクター、グリップ、マガジン、ベンチレイテッドリブ・・・)といった言葉の意味が解らず、チンプンカンプンで、写真を眺めているばかりでした。

 初めて買った専門雑誌『Gun』の特集記事は“ベイビールガー”というドイツの名銃ルガーP08の銃身とグリップ(とマガジンも)を切り詰めて小さくしたカスタムガンの紹介記事でした。

 ドイツのルガーP08拳銃とワルサーP38拳銃にほれ込んで、様々な改造(カスタマイズ)を行うガンスミス(銃の専門職工のこと)のジョン・マーツという人が作ったものだそうで、業界では“マーツカスタム”と呼ばれて珍重されていたそうです。

 何号か買って読んでいるうちに知識も増えて、エアガンやモデルガンを買うようになって拳銃を使った実戦戦闘術(コンバットシューティング)のテクニックを練習したりするようになりましたが、これはアメリカの警察で考案されたものだそうで、それが競技化されて広まっていったそうです。

 さらに特殊部隊で使う、より戦略的なアサルトライフルやショットガンも使ったタクティカルシューティングや、最近はスナイパーを教えるスクールも出てきますが、こうなると銃を用いたアメリカ流の武術みたいなものでしょう。

 これは弓道を考えれば理解し易いでしょう。

 流鏑馬みたいなものなんですよ。

 最近、時代小説の執筆のために調べ始めた日本の砲術も、想像していたよりずっと流派も多く、少なくとも火繩式(マッチロック)の銃としては世界一の高品質の銃を作っていたものです。

 もし、銃の規制が無ければ剣術を凌駕する“銃術”が日本武術の表芸になっていた可能性は否定できないように思われます。

 とまあ、私の考えもあるので、会員には銃の使い方は覚えて欲しい訳です。

 コルトガバメントM1911系の海兵隊仕様のMEWピストル(東京マルイ)を使って握り方、構え方、狙い方を指導して空の250mmペットボトルを4mくらい離れて撃ってもらいましたが、この距離なら当たって当たり前なのに、銃を安定させられず外れたりしています。

 次はS&WのM586の4インチ銃身(マルシン)で撃ってもらいましたが、こちらは全弾命中していました。

 BB弾の威力はMEWピストルの方があるんですが、リボルバーの方が初めての人は狙い易い場合が多いようです。

 実銃の場合も、初心者はリボルバーの方が当て易く、セミオートマチックは慣れるのに苦労するらしいです。

 昔は、ヤクザのヒットマンに持たせるのはリボルバーと相場が決まっていました。少々、オツムの弱い者が多かったので、操作が複雑(マガジンの弾込め・スライドの操作・セフティの操作)なセミオートマチックではし損じる危険性があったからだそうです。

 事前に装填されたリボルバーを渡して引き金を連続して引くだけで連射できるので全弾発射するまで撃たせて、そのままリボルバーを捨てて逃げる・・・ということをやらせたそうです。

 それじゃあ、銃から足が付くのでは?と考えるでしょうが、オツムの弱いチンピラは弾倉を開いて空薬莢を排出して再装填するなんて芸当はできないからなのだそうです。

 話だけ聞くとギャグみたいでしょう?

 でも、銃を触ったこともない日本人だと、大概、そうなってしまうのですよ。

 ガスガン使ってセミナーで解説して撃たせる場合、ほとんどの人が銃の知識が無く、まともに使えませんでした。オモチャでさえ、オッカナビックリなんだから、本物の銃を持っても到底使いこなせないでしょう。

 武道や武術に一定以上の関心がある人間でもそうなのですから、喧嘩の一つもしたことないような日本人が海外旅行した時に銃で武装している強盗やテロリストに囲まれたら、反撃は到底望めないでしょうね?

 仮に北朝鮮から武装した特殊部隊(数人でも)が侵入してきたら、自衛隊が駆けつけるまでに相当な範囲が制圧されてしまうでしょうね?

 その上で政府に脅しをかけられたら、対応できないんじゃないかな~?と思います。

 左翼系の論客が、そのような状況にどう対応するのか?と質問されると、すぐに「国民がゲリラになって対抗すればいい」と言ったりするんですが、呑気過ぎて笑い話にもなりません。

 戦い方を知らない人間が立ち向かっても死体の山が増えるだけでしょ? 日本人はいつまで経っても精神主義、根性主義でしか考えられない。バッカじゃなかろうか?

 これはネトウヨ論客の人達にも共通すると思うんですが、闘争は気合や思想ではできませんよ。

 具体的な戦闘の手段に熟練している人間しか対処できないんですよ。

 国家という共同体にとっては、それが警察であり軍隊である訳です。戦争を放棄している筈の日本で自衛隊が存在している事実が、必要悪?という“現実”を示しています。

 よって、いつまでも必要悪の存在にしておくのは自衛隊員にあまりにも失礼だろう?という理由で正式に“軍隊”にしよう!としているのが安倍首相な訳ですね。

 でも、実際の自衛隊員がそれを本当に望んでいるのか?というと、私は疑問。正式に軍隊と認められれば、現実の戦闘状況に対処しなければならなくなりますからね?

 私の田舎では「戦争に参加しないから死ぬ心配なくて安定してる・・・」という理由で馬鹿息子を自衛隊に入らせる家が結構ありましたよ?

『野性の証明』でも田中邦衛が「自衛隊やめるヤツは馬鹿でぇ~」と、この説を披露していましたね?

 自衛隊員や警察官と言えども、職務に強い責任感を持っていて、尚且つ戦闘技能に秀でて戦略的思考力を持っている人間というのは、ほとんど皆無に近いと思いますよ。

 何故、そう思うか?というと、現代の日本社会にそういう基盤が全然無いからですよ。

 本来、武道というものはそういう人材を養成するものだった筈なんですが、実際は競技スポーツ、社会体育としてしか認識されていませんし、それを逸脱した戦闘状況を想定している人は非常に稀で、むしろ変態扱いされてしまいます。

 私の考えでは、「本来の武術とは突発的に発生する戦闘状況に対処するための平時の備え(平法)」だと認識しています。

 であるならば、現代の戦闘状況で銃を無視するのは、あまりにも平和ボケの度が過ぎますね。

 左翼系の人達は、「スイスみたいな永世中立国にすればいい」と言う人が多かったんですが、スイスは国民独り独りが民兵として戦えるように各家庭にアサルトライフル配備させたりしているという現実を知らずに言っていましたね?

 いや・・・こういう戦闘そのものを具体的にイメージできない頭でっかちな人達には私は全然、何の期待もしていないからいいんですけど、本当に情けなくって仕方がないのは、武道や格闘技、武術の愛好家が、このような危機意識をさっぱり持っていないことなんですよ。

 パンチやキックがどのくらい効くか?とか、阿呆じゃないの?というくらい低レベルな話を喜々としてやっている訳ですよ。

 それだけなら別に「あ~、楽しくって良かったね~」って無邪気な子供を見る親父目線で見れるんですが、何を勘違いしているのか、パンチやキックで人を殺せるか?とか実戦がどうしたとか、そういう誇大妄想みたいなことを話してナルシシズムに浸ってたりする様子を見ると、物悲し~くなるんですよね~? 幼稚だな~っ?って・・・。

 確かに武術は人を殺す技術を追究するものです。それは厳然たる事実であって、私は綺麗事は断じて容認できません!

 しかし・・・であるならば、古典としての伝承されている技術体系だけを以て武術の実戦を語ることの何と時代錯誤で現代の戦闘状況に対する無知蒙昧なアンチ・リアリズムのファンタジーに洗脳されているのか?ということくらいは弁えていて欲しいのですよ。

 聞いてる、こっちが恥ずかしくなります!

 武道や格闘技の技を素人に思いっきりかけたら実に簡単に殺してしまえるでしょう。だから、危険性の高い技は禁止したりルールを設けて競い合う試合競技を作ったりしてスポーツとして“社会化(社会的認知化)”させてきた訳ですよ。

 ただし、武術に関しては、本質的に個人的な“平法”として「戦いに備える生き方」を選ぶということなんですね?

 一言で言うと、「護身術」なんですよ。個人的な・・・。

 だから、護身のために役立たないと意味がないんです。刃物や銃を出されたり、複数で襲われたりするのにも、何とかして危機回避できないといけない訳です。

 そこにはもう、「どっちが強いか?」という比較論は介在できません。とにかく、戦う以上は勝たなきゃいけない訳ですから・・・。

 20代までの私は、武術にそんな期待は持てませんでした。現実には無理だと思っていたからです。

 インチキな武術家?に何人も会って幻滅していたのと、自分が未熟で見識も何も無かったからです。

 でも、私がラッキーだったのは、その後、次から次に本物の武術家に出会えたことでしたね?

「やっぱり、武術はスゲ~ぞっ!」っと思うようになり、その凄さを現実に体現できるようになりたい!と念願して二十年以上、実践研究を続けてきて、ようやく、「これで間違いないだろうな~?」と思えるくらいになりましたよ。

 で、その研究成果は何か?というと、「教えた人間がどれだけ体得できたか?」ということですよね?

 いや~、今回は私の武術研究40年の中でも初めての経験で、本当に驚きましたよ!

 16日のほびっと村の講座北島師範のローキックを抖勁で跳ね返した時に、少し威力が残ったな~?と思っていたら、翌日、翌々日は右脚を引きずって歩かなくてはならないくらいになりました。

 ところが、これだけダメージがあるのに痣が出ない・・・。これまでなら打撲傷の痣が黒々と出てきていたのに・・・と、実に不思議でしたね?

 三日目、四日目からは痛みも和らいできたので、筋肉痛程度で終わるか?と思っていたんです。が・・・。

 丁度、一週間後の23日。

 栗原師範稽古後に食事に行って(奢ってもらった!サンキュー!)長々とダベッて帰ってきてから、ズボンを脱いで着替える時に自分の右脚の膝上内側を見て、思わず、「何じゃ~こりゃあ?」と、声を出してしまいました・・・?

 そこには直径6~7cmくらいの円形にうっすらと変色した痣があったのです!
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 北島師範のローキックを受けたのは右脚の膝上“外側”です。

 しかし、そこには痣はできていません。筋肉が少し堅くなっているくらいです。

 ところが、痣が浮かんできたのは“内側”なのです。しかも、一週間後・・・?

 不可解ですが、考えられるのは、北島師範の蹴りの威力が浸透勁となって太ももの筋肉の奥深くに作用していて、それが一週間かかって反対側に汚れた血となって浮き出てきた?ということでしょうか・・・?

 重心力を用いた脱力技法による発勁打法を全身のどこからでも打ち出す!という私の考案した武術理論は、同時に中国武術の秘伝“浸透勁”を自然に体得させると考えてはいたんですが、今回の現象は流石にビックリさせられましたね。

 そもそも、発勁をローキックに組み合わせるのは十年以上前に考えついたものでしたが、これは危険過ぎるかも?と思ってはいました。

 だから、かなり加減して蹴るように皆に注意していたんですが、講座の時も栗原師範のキックを受けた小塚師範が悶絶してしばらく立てなかったりしていましたし、軽く蹴っても異様な効き方をするのですね。

 それは重心力が浸透するから・・・。勘違いしているかもしれないから断言しておきますが、蹴り方の角度とかそういう細かいことじゃないんです。威力の質の問題。

 北島師範も、今回は普通に蹴っただけなんですよ。それでいて、この異様な結果を見ると、本気で蹴ったらどうなっちゃうの?という感じでしたね。

 しかし、これこそ、私が研究してきた武術理論の成果を示してくれた訳ですから、まさしく名誉の負傷というヤツですよ。

 蹴られた一週間後に痣が、しかも反対側に現れる・・・何とも、恐るべき技です。

 抖勁で跳ね返してなかったら、どうなっていたかな~?

 骨折くらいしてたかもしれませんね?

 発勁ローキックの威力、身を以て体験しましたよ!

 護身術の技としては完成度が高い! 女性が蹴っても大の男を悶絶させられる筈だからです。

 女性、老人、子供という身体的弱者が護身術を学ぶ場合、最も重要なのは確実に相手を戦闘不能にできる“威力”を出せるか?という点なのですが、発勁ならそれが可能である!と、今回の件で、私は声を大にして言えますよ。


■□■□■ 事務連絡 11/3文化の日特別稽古会 ■□■□■

●特別稽古会
内容:ブログ記事参照
日時:2016/11/03(木・祝) 15:00~17:00
場所:MAPLE1990内 メイプルホール(Maple Hall メイプルビルB1F)
  地図:http://www.maple1990.com/menu/access/access.html
   〒229-0037 神奈川県相模原市千代田2-2-15
   TEL:042-751-5011
アクセス:JR横浜線 相模原駅より 6番バス停『高校入口』下車2分
参加費:
 ・一般(初めての方含む) 3,000円
 ・游心流会員 2,000円
 ・セミナー予約一括申込していて不参加分の振り替え参加希望の方は無料です!

※一括申込じゃないセミナー常連の方もモチロン参加可能です!

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テレビ出演がアダか?

 医療用大麻解禁を訴えて石垣島で活動していた女優の高樹沙耶さんが逮捕されたというニュース速報で、「あ~、やっぱりな~」と思いました。

 先日、TV番組で「あの人は今」みたいに採り上げられていて、主義主張のしっかりした信念の人という印象を受けましたが、「たばこです」と言いつつパイプをふかす同居人の男の態度は、見るからに堂々と大麻をやっている様子にしか見えませんでしたから、いくら「違法なことはやっていません」と言ったところで、「法律の方が悪いんだ」という本音が透けて見えましたし、「これは決定的に調査が入るだろうな」と私は思っていました。

 だから、別に驚くことではないし、高樹さんも特に動じないのではないでしょうか?

「大麻を違法にするのはおかしい」と主張する人は精神世界系の業界には多数います。

 そもそもニューエイジ・ムーブメントの原型であるヒッピー文化が大麻とセットだった訳ですし、『マリファナハイ』なんて本も出てます。

 メキシコのペヨーテ(幻覚サボテン)やマジックマッシュルームを摂取して神との交流を図る・・・という儀式(イニシエーション)を紹介した民族学者のカルロス・カスタネダの著作なども欧米では影響力を持ち、エサレン研究所などはその最前衛だったと言えるでしょう。

 オウム真理教や自己啓発セミナーなんかもその路線の典型例ですよ。ハイな状態にしておいて信者を増やして金を絞り取る・・・マルチ商法や宗教ビジネスが反社会的なものと非難されるのも、単に金を奪うだけじゃなく、洗脳してしまう点にあるんですよ。

 非日常体験というのは脳の神経細胞の誤作動であると医科学的には規定されています。

 例えば、日常生活の中で当たり前に幻覚が見えていたら、生活に支障を来してしまいます。

 よく、多幸感がある、性的快感がある・・・だから、身体に良いのだ!と主張する人もいるのですが、考えてみてください。四六時中、イッちゃってたら、普通の日常生活を送るのに大変な障害になってしまいますよ。

 麻薬や覚醒剤が厳重に禁止されるのは何故か?

 それは脳を徐々に壊していってしまうからですよ!

 確かに医療的には必要なものでしょう。

 激烈な痛みを和らげる鎮痛作用や麻酔薬として欠くべからざるものだからです。

 しかし、薬というものは、処方の量を守って、専門家が管理するものであって、素人が自分勝手に嗜好品のように服用して安全な道理がありません!

「気持ちいいことが身体に悪い道理がないんだ~!」という思い込み、幼稚な信仰心で手を出すことの危険性を鑑みて法律で規制されている!という現実をきちんと理解した上で論じていかなくてはならないでしょう。

 また、安全かどうか?という論議の時に決定的に抜け落ちているのが、量の問題なんですね。

 水だって大量に飲めば致死量というものがありますよ。

「安全です」「身体にいいんです」と言って、バカみたいに過剰にやる人がいますが、量を過ぎたら害になるだけなんですよ。

 良い加減というものを知らないといけません!

 武道を熱心にやっている人には、この“加減”の尺度がぶっ壊れてしまっている人も多いんですが・・・(苦笑)。

 私も昔、練習の量が解らずに阿呆みたいにやり過ぎて後遺症をいくつも作ってしまいましたから、他人を笑えないんですけどね?

 経営者にとって、適正な練習量、適正な料金設定・・・そういうことは業界の“相場”から極端に離れないようにするのが賢明でしょうね?

 よく、霊能者?の方に除霊1000万円とか平然と言い出す人とかいたりする(「魂の戦いを制するんだから、これでも安いくらいなんですよ!」って睨まれたら、気の弱い人は納得しちゃうよね?)んですが、こういう人は適性価格が解らない発狂してる人だと思って、関わらないのが賢明です。あるいは完全な詐欺師の可能性もあるし・・・。

 そういえば、高岡さんが昔、佐川先生のDS図というのを一億円で売るという広告記事を『秘伝』に出したことがあったな~? アレ、売れたのかな~? それとも、単なるギャグだったのかな~?

 世間的に“オカルト”が非難される最も大きな理由が、このような非常識な料金設定にあるという事実は、皆さん、よくよく熟知していてくださいね?

 お金がいっぱい動く業界って、胡散臭いですからね。

 イカレポンチな人を崇め奉りたがる連中がいる限り、狂気が正気を駆逐していきかねないのですね~。

 触らぬ神に祟り無し!・・・ですよ。

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今月号の『秘伝』は買いだよ

 今月号の『秘伝』は、日本刀特集が面白かったですね~。
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 まず、刀禅の小用茂夫先生が出てらして、非常に示唆に富んだ内容で、読んでいるだけで「あっ、なるほど、そういうことか・・・」と目からウロコが落ちる想いでした。

 昔は、頑なにメディアに出ることを拒んで、ヤダヤダ・・・と、はにかみながら避けておられたのを微笑ましく思い出しますね。

 自分から出たがるナルチシスト武道家が大多数の業界で、小用先生を引っ張り挙げた人達は立派ですよ。

 本当に実力があって深い見識を持って、尚且つ、人柄の良い先生方を取材していって欲しいですよね。

 それから、松葉先生の記事も良かったですね~。

 私も青木先生から頂戴した松葉先生の鍛えた刀を所持しておりますが、武用刀にするのがもったいない美しい刀なので、いずれは研ぎに出して綺麗にしたいと思っています。

 斬鉄剣を作る小林康弘刀匠の記事も面白い!

 そして、青木宏之先生のインタビュー記事も面白かったですね。

 ちなみに青木先生自身は、もう武術だの武道だのの業界にはまるで関心が無くなっているんですが、親しい人から頼まれたら気さくに受けてくださるので、有り難い限りです。

 そういえば、常心門空手道の池田奉秀先生が亡くなられていたのですね?

 池田先生は天才的な空手家でしたね。瞬間の交差入身のやり方は、恐らく御自身で研究されたものなのでしょう。

 真半身で斬り割るように入身するやり方は、切り落としや合撃のような日本剣術の理合であり、沖縄空手とは違って見えましたが、個人的には、こちらのやり方が好きです。

 一度だけ、その当時親交があった武術ライターの方の紹介でお会いしたことがありますが、丁度、来客中だったので、ほとんどお話することはできませんでした。

 不思議なもので、些細なことで縁が繋がったり繋がらなかったりするものなんです。

 私はそういう展開が多いので、すっかり運命論者ですよ。

 でも、本や映像で無数の先輩方に学んでこれたという認識です。

 そういう意味でも、『秘伝』は日本唯一の武術専門誌として頑張って継続していってもらいたいと願わずにはいられません。

 武術の世界はクセ者揃いですが、それがまた麻薬的な魅力だったりもするので、中毒になってしまったりするんですよね~?

 正直、私は宗教的な悟りのこととか全然わかんないし、興味もないし、有り体に言ってしまえば“阿呆臭い”としか思わないんですよ。

「悟って、どうすんの?」って感じ。結局、「俺は悟ってる!」って舞い上がって、大衆を見下して権威主義に浸るだけでしょう? それが馬鹿馬鹿しいっちゅうんですよ。

 二度目の大学は「東洋哲学でも勉強しよっかな?」と思って、仏教系のところに行きましたが、坊さんの偉そうな態度に嫌気がさしてほとんど通わず、武術の練習ばっかりやってましたよ。

 所詮、人間は悟ろうがそうでなかろうが、本質は変わらないと思いますよ。

 どんな格好いいこと言っても、人間は、金に汚かったり、女に目がなかったり、名誉欲が肥大してたり、ブランドマニアだったりする。

 私が青木宏之先生が好きなのは、そういう俗物のところを隠さないところですよ。

「長野さんね~。無の世界、空の世界のその先があって、そのまた、先があったんですよ~」って教えてくれるんですけど、こっちは興味ない(わかんね~もん)から、「はは~、左様でござりまするか~?」って聞いてるんですけど、そのチャイルディッシュなまでの純粋さを80の爺さんが持ち続けているところが、アバンギャルドでしょ?

 大概、隠すでしょ? 聖人君子とか苦行僧みたいな、しかめっ顔して見せるじゃないですか?

 で、そういう人達は私みたいに権威を屁みたいに馬鹿にする人間って一番怖いから遠ざけたい訳ですよ。

 でも、私は別にそういうことしたい人達は勝手におやりくださいって思ってますよ。付き合わないから、関係ない・・・。

 むしろ、そういう俗物なところも残してくれていた方が人間的に魅力的に思えるから、それでいいんじゃないですか?

 私は、そういう欺瞞的な人間をネタにしておちょくり倒すのが大好きなんで、どんどんやってくださると嬉しいです!


 ただ、研究家として警鐘を鳴らさないとマズイと思ってるのは、他人を崇め奉って阿呆ヅラ晒すような連中なんですよ。

 私は尊敬する人はいっぱいいますけど、絶対に崇め奉ったりはしません!

 安易に他人を崇め奉る人って、実は自分がそうされたいという願望を内に秘めているんですよ。邪念ですよ、邪念!

 だから、最後は、「こんな人だと思わなかった! 裏切られた!」って捨て台詞残して後ろ脚で砂かけて去っていくんですよ。

 そんでもって、聖人君子のフリして人を騙すような真似をやって、注意されると逆ギレして逃げるんですよ!

 私のところにも奉りたがるヤツとか来ることがあるんですけど、「帰れ! バカヤロー。お前のような偽善者に誰が教えるか?」って門前払いします。

 ヌルいこと真顔でほざくような、“人生で苦労したことない人間”は、武術なんかやっちゃダメです!

 むしろ、邪念を隠さない青木先生のような人が真の意味で正直者ですよ!

 そうそう、川保さんから頂戴した『居酒屋竜ちゃん』という本を読んで、まだまだま~だ、俺はヌルいっ!と、痛感させられましたよ。
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 何て言っていいのか、わかりません! 取り敢えず、参りましたっ!
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ほびっと村報告

 ブログでも告知しましたように、16日のほびっと村学校の講座では、初の武道格闘技系(サブカル?分類不能!)の雑誌『ドラゴン魂』の体験取材をしてもらいました。
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 編集長の川保天骨さん自ら体験してもらいましたが、多分、DVD映像付きになるのではないか?と思いますので、お楽しみのために内容は割愛しておこうか?と思います。

 一応、各種(拳・肘・肩)寸勁の打ち方や打撃技を跳ね返す抖勁のやり方、空手の下段払いの脱力技法での応用、胸倉掴まれた時の対処法、八極拳の頂心肘から打開(双撞掌)への連続技、蟷螂拳の捕蝉式と分肘の使い方、白鶴拳の三戦の使い方・・・等々をやりました。

 川保さんは居合道や合気道もなさっているので、日本刀と体術の関連なんかも御説明しようかな?と、模擬刀くらいは持って行こうか?と思ったんですが、終わった後に阿佐ケ谷に移動してスタジオを見せて戴いて取材もその時に受ける予定だったので、あんまり荷物が多くなっても面倒臭いしな~?と思って、持っていきませんでした。

 結構、持参したのに使わなくて邪魔臭くなっただけ・・・みたいなことが多いんで。

 川保さんも、ほびっと村には来たことがあるということでしたので、やり易かったですね。窓からビルの隙間に居る猫の兄弟?を発見して「連れて帰りたい」と・・・。

 猫好きの人に悪人はいません!

 終わり頃には天真会吉田倫子先生も来られました。

 空手道の歴史に関する真面目な本を書くことになって、海外版も出そうという話になり、その翻訳をお願いすることにして御紹介するためにお呼びした次第でした。

 天真会の剣武天真流の教本の英訳などは倫子先生が書かれていて、英語が堪能で空手についても詳しいとなると、なかなか、いらっしゃらないですからね。

 人脈が広いと、こういう時に便利です。“世界のアオキ”のお弟子さんですからね。

 ほびっと村から徒歩5分くらいのところに自宅兼整体&ハワイのロミロミマッサージの療術院をされているので、御紹介するのに、たまたま時間が空いていたそうなので、お呼びした次第です。

 講座後は、阿佐ケ谷に移動して、まずスタジオを拝見しに行きました。
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 駅から徒歩数分の住宅街にある白い屋敷の地下で、元々は女優の方の個人レッスン用のバレエスタジオとして作られていたのだとか?

 まだ本格運用前なのだそうですが、いろいろ活用したいということでしたので、私も講習会とか、いろいろ考えてみたいな~?と思っています。

 特に最近、公共施設だと模擬刀使えなくなりつつあります(殺陣の稽古で事故があったりしたからか?)から、剣術の講習会なんかもできるといいですね~?

 都内で活動されているサークルの方で場所を探している方は考えてみられるといいと思いますよ。武道・武術・格闘技・殺陣・ダンス・ヨガ・太極拳とかのサークルに向いていると思います。

 本当に岡部先生から御紹介戴いた時は、ここまで展開が広がっていくとは想像できませんでしたが、何かムーブメントが起こせるかもしれないな~?という予感がします。

 経験上から言っても、変わる時というのは、いろいろ一気に変わっていくものなんですよね? そういう時期というのがあるんでしょうね?

 で、これもまた経験上からなんですが、変わるべき時期に来ているのに変わらない人というのは、結局、“変わろうとしない人”なんですよ。

「チャンスは誰にでも平等に巡ってくるけれども、それに気づいて掴む人とそうでない人がいる」と、昔、当時習っていた拳法の先生が言っていました。その先生の師匠が言っていた言葉なのだそうです。

 確かに一理あるような気がしますね。

 チャンスなのかどうか?は一概に言えないと思いますが、例えば、親しい人と別れると次に新しい出会いがある・・・というのは、ほぼ確実にあります。

 そういう経験が何度もあったので、私は別離を躊躇しなくなりました。

 やっぱり、親しい人と別れるのは辛いから、しがみついていたいじゃないですか?

 でも、そういうストーカー的な腐れ縁を引きずっていても何も良いことはありません。

 人間、無数に人と出会っていても、その中で親しく付き合う人は、一体、何人いるんでしょうか? 統計学的に言えば、非常に微々たる割合に過ぎないでしょう?

 やっぱり、選んでいるんだと思いますよ。無意識下に。

 類は友を呼ぶとか言うでしょう? 友達は自分と似た人を選ぶし、恋人は自分とは似てない人を選んだりするでしょう?

 DNAのせいだという研究もありますね? 遺伝子的に近いと弱い個体が生まれてしまうから遠い相手を選ぶ本能がある・・・と。

 だから、ハーフの人は優秀な人が多いみたいですね。

 昔から異能者は異類婚によって生まれたとする伝説がありますが(安倍晴明は母親が狐だったとされる)・・・、いろんなジャンルで活躍している人がハーフやクォーターである率はかなり高いのではないでしょうか?

 日本人は純血思想を持つ人が多いですが、雑種の方が明らかに逞しくて強いと思いますよ。

 例えば、右翼!

 右翼と言えば、頑迷なナショナリストのイメージがありましたが、日本の右翼の創始者とされる頭山満翁は、大東亜共栄圏思想を掲げていて、アジア人が一丸になって欧米に対抗すべし!という考えだったと知って、非常に驚きましたね。

 現に、孫文やインドの革命家ラス・ビパリ・ボース(新宿中村屋にカリーの製法を伝えた)などを援助していますからね。

 だから、人種差別意識丸だしのネトウヨとかヘイトスピーチやっている連中とは志しがまったく違うんですよね。

 確かに、考え方が同じような人間が集まらないと仕事とか上手く回りません。以前の民主党みたいに思想信条が違う党派観念の人達が混在していては上手くいかないのも道理だった訳です。

 熱烈な恋愛結婚が上手くいかなかったりする(芸能人の結婚が長く続かないのも同じ)のも、考え方が違うところが面白いと思っていたのに家族になると反発ばっかりしてしまうから・・・。

・・・ということは、恋愛と結婚は別々の方がいいのかもしれませんね。

「結婚は二番目に好きな人としなさい」という言葉を聞いたことがありますが・・・。


 余談ながら・・・講座の時に北島師範のローキックを太ももで跳ね返す抖勁をやったんですが、その場は大したことありませんでしたが、翌日、翌々日は脚を引きずって歩かないといけなくなりました。

 加減はしていても脱力して振り打つのが身体に馴染んでいるので、丁度、ブラックジャックで殴るみたいに威力が浸透して跳ね返し切れなかったんでしょうね?

 実際、これだけ痛いと痣ができるものなんですが、表面上は何ともならない。つまり、威力が深く浸透しているのですね?

 他の受講生にも聞いてみないといけません。多分、北島師範だけじゃなくて、栗原師範小塚師範もそうなってる筈だから。

 鉄砂掌で有名な顧如章という硬功夫(インゴンフー)の達人が柳森厳という武術家と闘って敗れたという話が高藤聡一郎さんのムーブックスの本に昔、紹介されていましたが、堅い打撃は防げても柔らかい内部に浸透してくる打撃は防げないのかな~?と・・・。

 とすると、抖勁で跳ね返さなかったら、どうなっていたか? 骨がスカスカになっている人だとポキンッて折れるだろうな~?と・・・。
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今度は島根鳥取岡山か・・・

 熊本大地震が起こったのは今年なんですよね?

 今度は中国地方か?

 私は岡山に3年くらい住んでいたんですが、地震なんか、ほとんど無かったと記憶しています。

 どうなっちゃってるんでしょうね?

 日本が原発止めたら、止まるんじゃないかな?

 何か警告のように思えて仕方がありませんね・・・。

 災害はどうしようもないけど、心が壊れた日本人が増えているのは何とも不気味です。

 慶応大学のバカ学生も情けないけど。

 もう、何が起こっても驚くことはない時代なんだと心得て、強く心を持ってサバイバルして行きましょう!

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今度のホビット村は取材有り

 今度のホビット村講座は、急遽、武道雑誌の取材をしてもらうことになりました(予定)。

 私が武道雑誌に取材してもらうのは、実は初で(自分で取材してもらったように書いたことは何度もあったんですが?)、最初はインタビューだけの予定だったんですが、ついでに体験取材してもらうことにした次第です。

長野先生はこれだけ本も売れてて有名人なのに、何で武道雑誌に出ないんですか?」

「いや、出ないんじゃなくて、業界内で“あいつを出すとヤバイことを暴露するから”と警戒されていてお呼びがかからないんですよ」

「ふぅ~ん・・・、馬鹿ですね~? 長野先生出したら人気が出て雑誌が売れるに決まってるのに・・・」

「ははは・・・実は僕もそう思うんですけど、ライターが人気者になるのは嫉妬するんじゃないですかね?」

「でも、山田編集長とか小島さんとか有名じゃないですか?」

「そっちですか?」

・・・ってな具合の話は何度もあった訳ですけどね。

 でも、正直言って、有り難いですよね? 武道マスコミ業界で悪名ばっかり轟いている私に声かけてくださったというのは素直に嬉しいです。

 そういう訳ですから、参加する方はお楽しみに~!

 内容は、全身をメカゴジラのように武器化する!というのをやります。

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『月刊武道』に稲吉先生が

 あまり技術解説とか載らないので滅多に買わないんですが、書店で立ち読みくらいはするのが『月刊武道』です。

 作家修行するようになって資料本代がかさむので、立ち読みで済ませられる程度なら済ませてしまおうという不届きな考えもあります。

 しかし、今回は、稲吉先生が記事を書いていると聞いたので、橋本駅ミウイの有隣堂さんで買いましたよ。

 稲吉先生は、ダンサーでありダンス振り付け家ですが、何と、ダンスを始めた切っ掛けがブルース・リーだった?というくらいなので、空手、意拳、詠春拳、刀禅、柔法、八神流体術、合気道、刀功門、そして游心流というマニアックの度が過ぎる経験を積まれていますから、実際は普通に武道やっている人より見識が高くなってると思うんですよ。

 記事を読んでいても、普通に武道やっている人だと、そもそも自覚すらしなかったであろう事柄を当たり前のことなのだと思い込んで書かれているフシがうかがえました。

 だから、“異常にハイレベルなこと”を書かれていて、読んだ人達も首捻ってしまうのではなかろうか?と・・・。

 立ち合った時に相手を読む・・・というのは、現代武道の世界でほとんど忘れられている理合(りあい。間違って“りごう”と読んではいけません! 先生が間違っていたら、さりげなく直してあげないと、先生の恥を延々と後世に伝えることになっちゃいますからね?)です。理屈は知っていても、具体的なやり方を知らない人がほとんどです。

 それと、稲吉先生の人柄の良さがにじみ出てますよね。

 大体、武道を専門にやってきていない人が少しでも武道を齧ると自己肥大起こして誇大妄想狂になり易い(作家とか役者とか多い)ものなんですが、稲吉先生は微塵もそういうところが無い!

 松田隆智先生がよく言っていました。

「武道をやったから性格が良くなったんじゃなくて、性格の良い人は元から良かったんだよ」と・・・。

 確かに一理ありますよね? 熟練するに従ってその人の本性が現れてきますもん。

 武道家なんて、そんな立派な人はいませんよ。

 浅~く付き合うだけなら、立派に見える人も居ますが、それは“猫かぶってる”だけで、本性は、み~んな喧嘩大好きで我の強い人ばっかり! もう、断言します!

 だって、考えたら解るでしょう? 他人の顔面殴ったり蹴ったり投げたり首絞めたり関節の逆取ったり竹刀で叩いたりするんですよ? 暴力が嫌いな人間ができる訳ないでしょう?

 どんな理屈を並べようが、いざとなったら暴力でカタをつけたいと思ってる人間しかやらないんですよ。

 しかし、私はそれが嫌いじゃありません。

 何故なら、自分もそうだから。

 特に礼儀知らずなヤツとか見ると、「こいつ、喧嘩売ってんの?」って、すぐ思っちゃう(苦笑)。実際に、無礼者に寸勁かましたり、ビンタ張ったりしてますからね。

 ただし、私は、こういう場合にニコニコ笑ったままやれるので、不気味がられてしまうんですけどね。

 こういう性格は多分、一生変わらないと思うんですよね~?

(それに男に愛情持てないです・・・ムリっす)

 たま~に、尊敬の気持ちは持つことありますけどね?

 例えば、時津賢児先生が意拳を習った時にボコられて悔し涙を流したと連載記事の中で告白されていたのを読んだ時は、「何て、真っ正直な先生なんだ?」と感動を通り越して唖然となってしまいました。

 いや~、立派過ぎて二の句が継げません。

 修行中の若い人や格闘家のように公開の場で試合する人が言うのなら解りますが、時津先生はフランスを代表する著名な武道家ですよ。

 そのポジションの武道家が自分の負けた話を堂々と書くというのは、権威を捨てる覚悟が必要なんですよ。

 何故ならば、武道の世界は勝ち負けの結果だけで優劣を判断する人間が大勢を占めているからです。

 時津先生は甲野氏を前蹴り一触でダウンさせたりしているのに(見てた竹内海四郎さんが言いふらかしたので業界で結構、有名な話で、私が時津先生に直接聞いたら、目を丸くして驚いてらっしゃいました・・・)・・・と、思ったので、ここに書いておきます。

 私ですら、研究家と名乗っているから負けても構わないか?というと、そんな甘いことはありませんよね?

 道場破りに手も足も出ないで負けたりしたら、それこそ「やっぱり長野はヘッポコじゃ~ん!」とバッシングされまくって、会員もどんどん逃げ出して、私は切腹して果てるしかなくなりますよ。だから、なるべく直に手合わせしないように注意していますよ。

 大袈裟だと思います?

 いいえ。私は有名武道家(甲野・高岡・宇城・・・etc)をケチョンケチョンに貶してきているんだから、その反動は凄まじいですよ。

 嫌がらせも数限りなくありましたよ。

 潰しにかかられたことも何回あったか判らなくなるくらいありました。しかも、それまで親しくしてもらっていた人がコロッと豹変して敵になるんですから、義理も人情もあったもんじゃないです。仁義なき戦いですよ。

 だから、どうしても立ち合うしかなくなったら、殺す気で立ち向かわなきゃ~潰されると思ってます。

 私は武道の世界が綺麗事が通用する業界だとは考えていません。憎悪と嫉妬、傲慢と自己愛が渦巻くヤクザ社会と変わらない業界で、表面的に“礼節”を謳っているに過ぎないと思っています。

 そんな世界だから、“武術”でなければ乗り切れないと思ったのです。

 武道も格闘技も力の差はいかんともし難い。体格・体力・年齢・素質がモノを言う世界です。

 精神論や理想論ではなく、現実のチカラでシノギをやっていくしかない。私のように元々チカラが無い者にとっては、戦略戦術を駆使して戦う武術でないとムリ!

 でも、果たしてこれは武道の世界だけの特殊なことなのか? 多分、自覚するかしないかに関わらず、人生のいろんな局面で、誰もが程度の軽重の差はあっても体験せざるを得ないことでしょう。

 学校や職場のイジメ、ストーカー、事故、病気、災害・・・こういうのを一度も体験することなく人生を送ることができる人なんかいないでしょう?

 その厳しさに立ち向かう“気概”を養ってくれるという意味でなら、武道の修行は確かに一定の価値があると言えるかもしれません。

 稲吉先生も時津先生も、そういう真っすぐなブレない心を持ってらっしゃるのだな~と、尊敬の念が湧きました。


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『戦国降臨ガール』見ました

 稲吉先生のお弟子さんで仁平師範の療術を受けているアイドルの花井円香さんが出演している舞台『戦国降臨ガール インターナショナル東京』に誘ってもらったので、築地のブッディストホールに見に行って来ました。

 制作はアリスインプロジェクト。

 ガールズ演劇の最前線にいる団体ということは私も聞いたことがありました。

 ライブアクションが本格的であると評判だったので、楽しみにして行きました。

 いや~、“戦国武将を召還して戦うJK”という設定は、私の作品『セブンブレード』に近い(完結してるから“カクヨム”で読んでね?)ので、仁平師範も「長野先生だったら気に入ると思って・・・」と、はにかみながら話してくれました・・・。

 というのも、見に来ている観客の大半がドルヲタ!と思しき少年・青年・中年で、中には私より年上であろうと思われるオッサンと爺さんの中間みたいな人もいるではないですか?

 仁平師範が一人で見にいくのが恥ずかしかったのも道理だな~?と思いましたよ。

 いえ別に、若い人がアイドルの舞台に熱中するのは理解できるんですが、え~年こいたオヤジは何かコェ~よ?と思いましたね。

「何かさ~、この中にストーカーとかやらかす予備軍もいるんじゃね?」と、仁平師範と話していたら、頷いてました。

 過日の、いいだゆかさんの一件と言い、AKBが開拓したアイドル業界の光の部分と闇の部分がありますよね~?

 ただね。舞台は想像以上に面白かったし、立ち回りのアクションもしっかりしていましたね。

 香港でも公演した舞台の凱旋らしいんですが、アニメとかVシネ規模の実写映画でも通用するような、しっかりした作品でしたね。

 映像を背景にして美術(大道具)を最小限にした上での作り込まれた展開はダレることなくテンポ良く進んで、一劇団としてクオリティーが高かったと思います。

 お世辞でも何でもなく、非常に良くできていましたね。

 花井さんは敵の妖怪中最強の饕餮(とうてつ)を演じていましたが、流石に稲吉先生のお弟子さんだけあってダンスで鍛えた身体能力を遺憾なく発揮して、動きのキレ味が抜きん出ていました。

 でも、他の出演者も総じて身体の動きが良くて、立ち回りのアクションはダンスの群体舞踊を感じさせる素晴らしいものでした。

 映像なら編集でカットを繋いでどうにでもできるけど、ライブじゃごまかしが利きませんからね。

 オッサン達が熱狂する気持ちも理解できます。

 中国と日本の戦国物を合わせたファンタジーとして中々、世界観も楽しめました。

 敵の親玉は九尾の狐が化けていたのでも有名な妲己(インドの神ダーキニーが語源か?)というのがいいですね?

 岳飛も出てくるので、中国武術愛好家としては岳飛拳法のこととか思い出してしまいましたよ。

 ただ、三種の神器の一つが玉手箱というのはどうなんでしょう? 日本の三種の神器と言えば、八咫鏡(やたのかがみ)・八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)・草薙(天群雲)剣(くさなぎ(あめのむらくも)のつるぎ)のことですが・・・?

 舞台が終わった後は握手会で、仁平師範と一緒に花井さんに挨拶しました。メイク落とすと全然別人の可愛らしい人だったので驚きました。


 せっかく築地に来たんだから寿司でも食って帰ろうと仁平師範を誘ったんですが、どこも混んでいたので、デニーズに入りました。

 築地まで来てデニーズかよ?

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DVD半額セールについて

 要望が多かったのでDVD半額セール継続しておりますが、ちょっと御注意申し上げておこうか?と思います。

 もちろん、売れた方がいいのは当然のことなんですが、一般に出ているDVDと同じだと思ってもらうのは心外なんです。

 初心者の場合、武術は直接学ばないと体得できません。これは現実です。

 多少なりとも、そのことを自覚している人は、遠方からでもセミナーに来られたりします。今年も毎月のように関西方面から数人は参加されていますし、今月は北海道からも来られました。

 それでも仕事や家庭の都合で来れないという人はいます。そういう人のためにDVDは作っています。

 だから、普通は5000円くらいが相場の武術DVDの中で2万円で売ったりしているのも、本気で学びたい人を選ぶつもりで設定した値段なのです。

 たくさん売ることが目的なら、相場以下の値段にしています。興味本位の人を排除するつもりで、わざと高くしています。

 つまり、「是が非でも游心流の技を体得したいと思っているけれど、事情があって通えない」とか、「通っているけれど、より深く勉強したい」と思う人だけを対象にしている訳です。

 それでも、「もう少し安くしてもらえないかな~?」という声に応えて割引セールをやっている次第です。

 内容にちょっとでも不信感がある人には基本的に売りません!

 うちの技は、相応の経験がある人にしか真価が理解できないと思います。個々の技はそんなに難しいことはやっていませんが、理論がまったく違うからです。

 例えば、今月の割引対象の『発勁と化勁』ですが、これを見ながら真似して練習してもらえば発勁と化勁の基本は誰でも体得できます。

 何故なら、伝統武術の稽古法を解体して技を体得するのに最低限必要な要素だけを解説しているからです。

 この教え方でできなかった人はいません。確実に体得できます!

 ただし、DVDだと練習相手がいないとか、練習しなかったとかいう場合は体得できないでしょう。

 練習しないでできるようになる訳がありません。

 イメージトレーニングというのは経験の裏付けがないと成立しないんです。

 できない人というのは、できない理由をいろいろくっつけるんですね? できるようになる人は、どんな状況でもできるようになるための工夫をするんですよ。

 無論、私は後者しか相手にしません。

 努力しているという自覚が無いくらい普通に努力できる人間しか何事も成し遂げることはできません!

 成功した人と成功できない人の話を聞くと、「そりゃあ、当たり前だろ?」というくらい、努力の質量が段違いなんですよね?

 成功できない人の話を聞いていると、「そりゃあ、ダメだろ? 甘えん坊過ぎるよ」と思いますよ。

 多分、努力することが苦痛だと思ってるんでしょうね? 違いますよ。達成する喜びを知らないから、努力しても無駄だと思ってる訳でしょう。

 私の場合、武術に熱中して40年くらいやって来ましたが、一つ一つ技を体得していくのが楽しい!

 手裏剣なんか一万回打っても刺さらず、刺さったと思ったらお尻から刺さっていた・・・というくらい才能0だったんですが、刺さるようになってから面白さを感じられるようになり、研究家の方からの通信指導?で、ようやく、そこそこ打てるようになりました。

 場合によっては、教えた人の方が私より上手くなったりしていますね。

 そのくらい私は才能は無いんですよ。でも、楽しいから止められない。

 他人と比べてどうこうではなくて、自分がちょっとずつでも向上していけるのが楽しいのです。

 そして、武術は年齢関係なく、やればやった分だけ向上し続けられると確信が持ててからは、もう、わき目も振らずにやってきましたね。

 游心流を名乗った辺りから、もう全然、不安は感じていません。この道を真っすぐ突き進んでいけば、必ず武術の頂きに立てる!と確信していました。

 もちろん、現実には何度も挫折があったんですが、今から考えれば、それも必要なことだったんですよ。

 だから、私は他人に理解してもらおうとか全然、思っていません。自分が理解しているから関係ありません。

 解る人だけ、信頼している人だけ。そういう人達の要望に応えるだけ。

 逆に、私は会いたくとも会えないような優れた先生方に学び、自分が心血注いで研究してきた武術を価値の解らない人間には教えたくありません!

 どうぞ、御理解下さい!


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『昭和最強高校伝 國士参上!!』観ましたっ!

 先週(29日)木曜日にメイプルホールの練習に行った時に、「長野さんに郵便物が来てましたよ」と、大判の封筒を手渡されました。

 宛て名に“長野峻也先生”と達筆で書かれてまして、一見してタダ者ではありません。

「はて、また地方の武術の先生からの果たし状かな?」と、過去、数回、その類いのもの(例・甲野センセイ、北海道の合気のセンセイ、群馬の合気のセンセイ、東京の合気のセンセイ、東京の中国武術の指導者)を頂戴した身としては身構えたのでしたが、引っ繰り返して差出人の住所氏名を見たら、何と、芸道殺陣波濤流高瀬道場を主宰されている高瀬將嗣先生でした。

 多分、私のブログを読まれたのだろうと思いましたが、ちょこっと批判めいた感じになっちゃったから怒られた・・・?なんて、そんな“そんじょそこらの武術の先生みたいな器のちっちゃい方(もう~、もの凄~く多い。マジで!)”でないのは分かり切っているので、何かな~?と思って、練習前に開けて見てみました。

 すると、ブログの中で高瀬先生が監督された映画を見損なったと書いていたので、業界向けのプロモーション用DVDをわざわざ贈ってくださったのでした!

 ひゃあ~、ちゃんと買うつもりだったのに~。有り難いやら申し訳ないやら恐縮するやら・・・でした。

 でも、何でメイプルに?と思ったら、パソコンのデータが消えてしまったらしく、住所が判らなくなってしまったそうです。道場破りより恐ろしい・・・。

 帰ってから見ようと思ったものの、小説の直しの依頼とか入ったので、結局、土曜の深夜に見ました。

 主演は、『獣拳戦隊ゲキレンジャー』で“ファンタスティック・テクニック”ゲキブルーを演じていた高木万平さん。

 高瀬先生の監督作『疾風・虹丸組』でも主演でしたね?

 双子の心平さんとの兄弟で出演とのことですが、正直、どっちがどっちなのか判りませんでした? 並んで心の声で会話するシーンを見ていると、『セーラー服忍者』の時の鶴巻星奈さんの一人二役合成の面倒臭さを思い出して、「いいな~、双子って・・・」と思いましたね。

 ここはやっぱり、モロボシダンがセブン上司に「変身したら命が無い! やめるんだ」と止められるシーンに対するオマージュなんだろうか?と考えたのは私の考え過ぎなんでしょうか?

 高瀬先生の作品には突然、特撮ネタが出てくる特徴がありますが、東宝怪獣に譬える会話が昭和だな~?と感じさせてくれて良かったです。

 もう、私に「突っ込んでくれ」と言わんばかりに、アンギラス、カマキラス、ミニラ、バラゴンと出てきて、「怪獣に譬えるのはやめよう」と言うところは笑わせてもらいました。

 一度、高瀬先生と対談本とかお願いしたいな~?と思っていたのですが、殺陣じゃなくて特撮談義になりそうな気がして企画倒れになるかも?と、改めて思いました。

 この作品は、国士館が舞台で、朝鮮高校との対決を描いているということから、マスコミで結構騒がれていました。私も週刊誌買って読みました。

 ネトウヨとかヘイトスピーチとか日本会議とか“右の思想”に偏っているのでは?という論点があった訳です。

 実際、九州の僻地出身の田舎者の私は全然知らなかったんですが、国士館は右翼の創始者とも言われる、かの玄洋社の頭山満翁の系譜に連なっていたんだそうですね?

 以前、うちの会員に国士館大学の剣道部に所属していた人がいて、剣道雑誌に載った甲野センセイの剣道蔑視の論に激怒して、恵比寿でやっていた頃の稽古会で甲野センセイの頭を袋竹刀でパカパカ叩いたという剛の者がいたんですが、流石は国士館!ということだったんだな~?と、今更ながら思いました。

 ただ、私は中学時代の不良連中の長ラン、短ラン、ボンタン(天草の僻地で、どこの店で買ってたんだろう? 謎だ・・・)にイジメられた側の人間だったので、正直言って、あんまりいい印象は持っていないんです。

 が、今にして思えば、その体験が無かったら武術なんかやっていなかった可能性が大ですし、そうなると普通に高校・大学を出て普通に教員とかになっていたかもしれず、もしそういう人生を歩んでいたとしたら、さぞや退屈でつまらない人間になっていただろうな~?と思う訳です。

 本当に生活の苦労はメチャクチャでしたけど、まあ、面白い人にいっぱい会えて、実に楽しい人生だと思いますよ?

 今だって武術を続けて来たお陰で、普通なら一生縁が無かっただろういろんな分野のトップクラスの人達(舞踊・ダンス・小説・教育・武道・アクション)と親しくしてもらえている訳ですし、中学時代の不良には感謝しなくちゃいかん!と、マジで思っています。

 どうかな~? 今、あの時の不良連中に会ったら、どういう気持ちになるかな~?

 本職のヤクザになったヤツもいるって聞いたんだけど、元ヤクザとか元暴走族とか元ヤンキーだった会員も何人も教えてきて、段々、理解できたのは、「男の子は根本的に喧嘩が好き」ってことなんですよ。

 武術習ってて「喧嘩は嫌い」って言う人間を私は信用できません! 偽善者の嘘つきだとしか思いません。

 やっぱり、闘争本能というのは動物の生存欲求に繋がるものでしょう?

 特に、男にとって見た目の美醜よりも喧嘩が強いか弱いか?というのが根源的な価値観としてあると思うんですよ。

 だから、私は男の価値は戦闘能力で決まると思ってますから。

 そんな次第で、この映画。主役の高木君よりも、私は山根和馬さんの武道家然としたハードボイルドなキャラに惚れましたね~。

 ラストの中村誠治郎さんとの対決シーンは、スパルタンXのジャッキーvsベニー“ザ・ジェット”ユキーデを想起させてくれました。

 中村さんがボクシングしかできないと思わせておいて、実はテコンドーもできる!と、蹴り技も披露したり、山根さんがバク転して間合を取ったり、それまでのジョン・ウェインの西部劇調の喧嘩アクションから、いきなり洗練された武道格闘技の技術戦に切り替わるところが素晴らしい!

 昨今の立ち回りはスピードやテクニックが比較にならないくらい発達していますが、逆に洗練され過ぎていてリアルな皮膚感とでも言うか、痛みを感じられない作り物感覚が先に立ってしまう印象もあるんですね。

 実際の喧嘩の経験がある人なら解ると思うんですが、試合みたいにはいかないんですよね。拳はすぐに関節の皮が剥けたり手首がグキッとイカレるし、ハイキック出したらスッテンコロリンと後頭部打って脳震盪起こしたりするんですよ。

 それに、ギャラリーのいるところでファイティングポーズ取ってご覧なさい? 「オオ~ッ!」って歓声が沸いて、メッチャ恥ずかしいんだから・・・。

 勝てばいいけど、蟷螂拳とか酔拳のポーズやって負けたら精神的に立ち直れないよ?

 ほら、CGが登場した頃は、「スゲェ~! もう生身のアクションは必要なくなるかも?」と言われて、実際にスタントの需要が激減したりもしていたみたいなんですが、CGで何でもできるということが判ってしまうと、もう感動しなくなってしまうんですね。

『マッハ!!!!』が出た時に、生身の肉弾アクションの魅力を再認識させられたものでしたし、そこからまた香港アクションが再び脚光を浴びるようになったり、日本のアクションの水準もググッと上がったような気がするんですね。

 中盤で秋野太作扮する先生が授業で合気道の後ろ両手取りの技をやって見せるところなんか、枯木のような老人が実は武術の遣い手というカッコイイ日本男児っぷりを示してくれていて、非常に良かった。

 実際、合気道の先生にはこういう人がいますからね~。

 薄っぺらなナショナリズムのプロパガンダ映画と勘違いしたマスコミ人に、「批評をするなら作品を全部見てから」という根本原則をしっかり示してくれていました。

 今は絶滅寸前となっている不良達が己のルールでツッパっていた昭和の時代。

 懐かしいという以上に、今の時代に生きる日本人が忘れてきてしまった“男気”を教えてくれる映画ではないか?と思いました。

「男はタフでなければ生きられない。優しくなければ生きている資格がない。ネバーギブアップ(by,『野性の証明』惹句)」ですよ!

 ちなみに、エキストラで小塚師範も出てる筈なんですが、判りませんでした!

「俺も出た~い!」と言っていたんですが、高瀬先生曰く、「長野先生がエキストラに出ていると目立ち過ぎるからNG!」だったそうです・・・。

 続編で「公園で太極拳をやっている爺さん」とかで出た~い!と、一応、書いておきましょうかね?

『セーラー服忍者』でも、主人公がカンフー少女と闘う公園のシーンで、格闘技の練習してる人が遠目に映っていて、監督に「アレはわざと役者さん呼んだの?」と聞いたら、まったくの偶然だったそうなんですけど、結構、上手な人だったので遠目でも目立ってたんですよね?

 堤監督も背景でテコンドーやってるシーンがあったりとかするけど、こういう遊び心は私は好きですね。

 ほらほら、裏設定とかあるじゃないですか?

 ブラックキングはレッドキングの兄貴だとか、デットンはテレスドンの弟だとか。最近のウルトラマン解説本とかだと、その辺りの蘊蓄が入ってるのが当たり前になってきてますよ。

 堤監督の『ケイゾク』や『トリック』、庵野監督の『新世紀エヴァンゲリオン』が、そういう遊びの小ネタを本筋と関係なく挿入する手法を確立したような印象もありますけど、実は昔っから有ったんでしょうね~?

 そういう遊び心が作品の魅力を多層的にしてくれると思うんですよ。

 アクションも、そういう裏設定を考えながら見ると、面白さが倍増するんですよね。

 今、香港アクション映画のBDシリーズが発売されていますが、解説の谷垣監督の蘊蓄がとにかく面白い! ブルース・リーのヌンチャク技法をフィリピノカリのタバクトヨクだと書いた映画関係者は初めてじゃないでしょうか?

 恐らく、『拳精』でジャッキーが使うトンファーも琉球古武術の物とは違うのだと解説してくれるでしょう!

『國士参上!』も、高瀬先生のアクション蘊蓄をたっぷり入れたメイキングとかを期待したいですね~。

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オカルトはなぜ、オカルトなのか?

 オウム真理教の地下鉄テロ事件以降、一時的に下火になっていたヨガ教室も、今では完全に復活してカルチャーセンターやスポーツスタジオのメインプログラムとして常備されている印象があります。

 つまり、それだけ健康法としても美容法としても効果があるという実感が得られるからでしょう。

 特に、欧米では伝統的なヨーガをエクササイズとして改良する試みが何十年も続けられてきた伝統があり、最近では“ホットヨガ”がブームになっているようです。

 日本では、沖正弘や佐保田鶴治といった黎明期を支えた人や、中村天風(インドの聖人カリアッパに出会ってヨガの奥義を学んだという人で、大陸浪人だった時期があるらしく、随変流抜刀術の遣い手で“人斬り天風”と呼ばれた。合気道家で学んだ人が多い)の天風会のような政財界人を巻き込んだ修養団体の中に取り込まれて発展してきた経緯がありますが、個人の修行者によって多くのヨガ団体が生み出されていきました。

 しかし、健康法や美容法として注目している人達は、ヨガの真相については丸で関心も無く、勉強しようとする人はごく一部です。

 インド原産の修行法だと知っていれば御の字というくらい日本のヨガ愛好者の認識は低レベルだと言わざるを得ないでしょう。

 だからこそ、オウム真理教が生まれたと言えるかもしれません。

 今では御承知でない人のほうが多いと思いますが、オウム真理教は元々、オウム神仙の会というヨガ団体から出発しました。

“本格的にヨガを修行し、最終解脱をして悟りを得た聖人であり超能力者”であると月刊ムーの競合誌『トワイライトゾーン』の連載(何故か、ムーに執筆していたことばかり報道されてトワイライトゾーンの連載には触れられていない)で信者を獲得していき、一大カルト団体にまで発展させた訳です。

 教祖の松本が阿含宗(先頃亡くなった桐山靖雄が主催)や和尚ラジニーシの(組織作りの)影響を受けていると指摘されていたように、当時、新興宗教やニューエイジ・ムーブメントの煽りで精神世界ブームがあったのも事実であり、ニューサイエンスと呼ばれたトランスパーソナル心理学の潮流がポストモダンの現代思想ブームとも繋がり、東洋的な修行法に関心が集まっていたのです。

 アメリカでは、ヒーリングやサイコセラピー、手技整体療法、自己啓発プログラム(NLP(神経言語プログラミング)など催眠系心理療法がベース)などを次々に生み出したことで知られるエサレン研究所(オルダス・ハクスリーが主催だったとされる)に代表されるラブ&ピースのヒッピー文化の中にヨーガや禅が中枢を占めていましたし、その象徴的なミュージシャンが、ビートルズだったんですね?

 ビートルズのメンバーがTM(トランセンデンシャル・メディテーション)ヨガにはまっていた(後に決裂!)とか、欧米の俳優やアーティストが日本のゼン(鈴木大拙が広めた禅)とか中国のタオイズム(道教。ヒーリングタオが有名)に心酔したりするのも、この時期以降のブームだったみたいですね?

 しかし、その実態には、マリファナやLSD、ペヨーテ、マジックマッシュルームなどの服用による幻覚体験を神秘体験として持て囃し、現実逃避の白昼夢に酔い痴れる・・・というヒッピー文化の自堕落な体質もあった訳で、だからこそ“カウンターカルチャー”と呼ばれた訳ですね。

 これは、当時のアメリカがベトナム戦争のPTSDに苦しむ人が多かったことからの社会現象だったと言えるでしょう。

 ちなみに、USAという国は、移民によって建国された国であり、キリスト教をバックボーンにしています。宗教的価値観を骨格にしている移民にとっては、例えば唯物論をベースとする共産主義思想は悪魔的なものと思える訳で、だからこそ共産主義思想を徹底排除しようとした訳でしょう。

 しかし、キリスト教、あるいはユダヤ教を信仰したとしても、やはりセクト(党派)が出てくる訳です。

 中でも、魔術的な神秘主義思想は、仏教で譬えれば密教に当たるものとして秘密結社の母体になり易く、中世ヨーロッパの貴族階級の中で遊び半分に悪魔崇拝思想が出てきてオカルトの伝統が確立されていった訳です。

 これは近現代の秘教的魔術結社に繋がり、現在の陰謀史観のブームに繋がっています。

 中でもブラヴァツキー夫人が興した神智学協会は一世を風靡しました。

 真相は希代の山師だったというのが妥当でしょうが、その後のオカルティズムのジャンルに与えた影響は絶大でした。

 アニー・ベザント、オルコット大佐、ジッドゥ・クリシュナムルティー、そして人智学を提唱したルドルフ・シュタイナーが神智学協会から出ていますし、クトゥルー神話を生み出した偉大なるホラー作家、ハワード・フィリップス・ラブクラフトもまた神智学の影響を多大に受けているとされます。

 神智学の特筆すべき点は、西洋の魔術の伝統にチベット密教という東洋のオカルティズムを融合した点にありました。

 そして、アカシックレコードという壮大な宇宙の時間軸の記録(要は、超・運命論)を掲げ、アトランティス人の末裔たるアーリア人種の優性思想を説いた点も“意識高い系の人達”の指示を集めたのでしょう。

 有名な話では、ヒトラーが神智学が説いたチベットの地下にあるシャンバラを探しに行ったというものがありますが、ヒトラーは元々、秘教結社トゥーレ協会に入っていました。

 それ以前からあった秘密結社も神智学の影響を受けたようですし、これによって東西のオカルティズム思想の融合が進んでいきました。

 かの有名なアレイスター・クロウリー(黙示録の獣を自称。マクレガー・メイザースのゴールデン・ドーン(黄金の夜明団)の出身)が自らモデルとなってヨガの教本を出しているのも、何だか、ちょっと微笑ましい感じがします。

 ちなみに、ビジネス向け自己啓発系本の定番である「成功哲学(成功している自分をありありと思い浮かべることで現実に成功に繋がるという現世利益思想。最近は“引き寄せの法則”と名前を変えてプチブーム?)」も、仏教の唯識論が元ネタではないか?と思われますが、西洋秘密結社の秘教の中にも含まれていますね。


 さてさて、以上の背景を頭に納めた状態で、以下をお読みください!

 オカルティズムの中でエヴァンゲリオンにも出てきて注目されたものに“カバラの生命の樹”がありますが、これを人体に対応させたものが“スシュムナー管上に位置するチャクラ”と考えられています。

 ヨーガの行法は、瞑想(内観と呼吸法)によって、最下部のチャクラ(ムーラダーラ)に眠るクンダリーニを目覚めさせて上昇させ、七つのチャクラを回転させながら頭頂のチャクラ(サハスラーラ)より外界に解放することで解脱を得る・・・というのが大まかな修行過程とされます。

 実は私、若い頃にこれやったんです。で、解脱した感覚もありました。もう、物凄くハイになって身体はフワフワ浮いた感じだし視覚はサイケデリックな原色の色が塗られたように風景が見えて、物凄く頭がクリアーになった・・・ような“幻覚”がありました。

 でも、しばらくしてフと気づきました。現実の自分は何も変わっていないし能力が高まったりした訳でもなく、むしろ、その後は体調が悪くなり精神的にもアンバランスになりました。

 以前にも書いているように、パニック障害になったのも、このせいだと思います。

 後々に知りましたが、このような例は、“クンダリーニ症候群”と呼ばれて、ヨーガ行者にも多く発生する独特な病気であり、酷い場合は廃人となってまともな社会生活が送れなくなってしまうのだとか?

 その後、武術と精神世界の業界で、同様の病気になる人を相当数見ました。

 レベルが低いからそうなるのではありません。相当なレベルで熱心にやった人ほど、そうなってしまうのです。

 座禅でも禅病と呼ばれ、「魔境に陥る」と表現されますが、これはメディテーション(瞑想)系の修行法には付き物であり、俗に“狐が憑く”といった「動物霊の憑依現象」にも原理的な共通性があると思われ、専門用語では“ジャーク(宗教的痙攣)”と呼ばれます。

 類似の現象に気功の“自発(動)功”や、野口整体(気合術の松本道別の弟子だった野口晴哉(はるちか)が創始。よく野口三千三(みちぞう)の野口体操と混同されがちだが全く別物)の“活元運動”があるが、これらは身体的なもので、錐体外路系運動と呼ばれる無意識の反射運動であり、禅病やジャークは精神疾患様のもので、放置すれば本格的に発病する危険性があります。

 ヨーガが中国化した仙道を現代的にエクササイズとした気功でも、“偏差”と呼ばれて注意すべき状態とされていますが、多くの場合、性的快感を伴う(脳内覚醒物質の作用と判明している)ので、「気持ちが良いことは正しいことなのだ!」という手前勝手な御都合主義で受け止めてしまう“無知蒙昧なオバカさん”が非常に多い(昔、脳内革命と謳って奨励した医師がいて、「医者が言っているんだから正しい」と盲信するアンポンタンが続出しました)のです。

 よく、苦しい修行に耐える人達を立派な人だと讃えたりしますが、あれははっきり申して単なるマゾヒズムに目覚めただけなんですよ。

 苦しければ苦しいほど脳内麻薬がドッパドッパと出て「チョー気持ちイイ~ッ!」と立禅しながら叫んだ“変態さん”がいましたよ?

 ここまで来ると“ヤク中”と一緒ですから、大体、まともな社会生活できなくなりますからね? 事実、この人はあちこちで詐欺行為を働いた揚げ句に行方不明になりました。

 で、私が何を言いたいか?と申しますと、「俺は命懸けて修行をやっている!」と威張るようになったら人間失格! 単に“底抜けに頭が悪い”だけ!

 そもそも、真の修行というものは、出家して乞食同然の暮らしをするものであって、道場経営と宣伝に明け暮れるようなビジネスマンとは縁がありません! 寝言ほざく暇があったら、ちゃんと社会生活をやって、「いえいえ、私ごとき俗物が武道家なんておこがましくって口が裂けても申せません!」と言うのが身の程を弁えた正しい認識!です。

「もっと、謙虚になんなさい!」と、言ってやりたくなるような勘違いした人が武道の世界には腐るほど実在していますからね?

「人間は世の中で生産的な仕事をすることで社会に貢献し、その行為への報酬を得て日々の暮らしの糧を得るのが正しい生き方であり、自己満足の修行に埋没するのは人類が築いてきた歴史と社会に背を向けた愚者の営みでしかない」と言いたい訳です。

 分かりやすく言うと、「現実逃避」です!

 だから、私は「俺は武道家だ!」と恥じらいもなく公言するような“糞馬鹿”には軽蔑と哀れみの念しか感じません。「お前はちゃんと義務教育を受けたのか?」と・・・。

 はっきり言って、「井の中のカワズ」ですよ。せめて、恥ずかしそうに言いなさいよ?って言いたいですね。

 人間の価値というのは、「人に優しい」ことと「教養が豊か」であること。

「殴り合いの強さ」には何の価値もありません!

 それ以外の人間の価値ってありますか?

 武道の業界では「礼節がしっかりできている」というのを大事にしがちですが、表面的な礼節をどんなにしっかりやって見せられても“ハラの中が真っ黒”だったら意味ないでしょう?

 それでは自己欺瞞であり偽善者ですよ。礼儀正しく振る舞っているから人格が立派だとは限らないのが人間の心の奥深さ・・・。

 よって、私は礼節は評価しません。カタチじゃなくて、本心が外に顕在化した結果を評価しますね。

 やっぱり、私が本当に嫌だな~って思うのは、“自分の得することしか考えない人”ですね?

 人間だから、しょうがないとは思いますけど、平気のへいざで自分の得しか考えない人っていますからね。こういう人は結婚したり家族持ったりしちゃ~ダメ!

 えっと・・・無関係なことをいろいろ書いたと思われるかもしれませんが、実はそうではありません。

 クンダリーニを安易に上昇させると、このような自己愛に凝り固まったモンスターに変化してしまう場合があるのです!

 本当に人格がコロッと変わってしまいますから。

 クンダリーニというのは仙道で言うところの「精」なんですね。

 順番として仙道では「錬精化気」、次に「錬気化神」として、最後に「出神の法」を遣って頭頂の百会(ひゃくえ)から神を解脱させる(俗に言うアストラルプロジェクション(幽体離脱)はこの初期現象と見做される)のです。

 これは精がガソリンで、気がガス、ガスの燃焼でエンジンが動くと考えてもらえばいいか?と思います。

 これが失敗してクンダリーニ症候群となるのは、この錬精や錬気が不十分なまま周天法を行って(経脈を周回させる錬法で、小周天を基本とし、大周天を経て、出神に到る)、気の流れが滞ったり、詰まったり、別ルートに流れて(これが「気が狂う」とか「気違い」の語源)心身に不調を起こすことなんですね。

 余談ながら、伝説ではシャカムニもこの修行法では挫折し、行法そのものを捨てることでサマーディ(三昧)に至り、最終解脱に至ったとされていますから、結論から言えば意識の解放だけで充分かと思います。

 さらに言えば、オカルトとは“隠秘学”という意味であり、本来、一般に公開してはいけない知識であるとされてきました。

 何で、公開してはいけないか?ということは、もう御理解いただけたでしょう?

 そうです。“生半可な気持ちで取り組めば人生を台なしにしかねない危険性がある”からです!

 学ぶ側も教える側も相応の覚悟が必要ですし、真剣に取り組めば良いというものではなく、むしろ、いかにして自分の人生のバランスを取るか?という意識が重要なのです。

 実は、ヨーガの語源は「バランスを取る」というものなのだそうです。

 心身のバランスを取るために取り組む・・・これが正しい取り組み方です。

追伸;霊という言葉も、心霊・幽霊・亡霊・・・といったイメージしかないでしょうが、これも神道では「ヒ」とか「タマ」と読んだりして根源的なエネルギーという意味合いがあります。霊現象を残留思念であると説いた研究家の方もおられました。これもまた唯識論的解釈かな~?と思います。この世は、夢か現(うつつ)か・・・。乱歩的だな~?

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十月は武器術

 十月の月例セミナーは武器術です!

 最近は日本も欧米並の治安の悪さになりつつあるので、対ナイフくらいは最低でも考えておかないといかんと思いますね?

 武道やっている人間ですら、刃物対策とかまるで考えたことない人が多いですから、本当に日本は大丈夫なのか?と思いますよ。

 どんな家にも刃物の三つや四つは普通にありますでしょう?

 包丁にフルーツナイフくらいは台所にあるでしょうし、家庭菜園とかやっていたら鎌とか鍬とかありますよね?

 鋏や安全カミソリだってあるでしょう?

 田舎だったら、鉈なんかもありますよ。

 私が子供の頃は小学校時代から彫刻刀や肥後守とか学校の教材で持ってましたから。

 それだけ普通にあるのに、ナイフを使った事件とか起こると大騒ぎして取り締まりを強化しようとするばかりで、抜本的な解決にはなりませんよ。

 護身術ということを考えた場合、相手はナイフを持っているというのは当然のことと警戒していなければならないし、場合によっては拳銃を持っているかもしれないと考えておかなくてはなりません。


 あの相模原の45人死傷事件なんて、殺人をほのめかす人間がいるのに、何故、警備に力を入れなかったのか?と、私は本当に残念です。

 桶川や三鷹などのストーカー殺人事件に関しても、狙っている人間が判っているのに、どうして警察に頼むことしか考えないのか?と思うのです。

 どう考えても警察が24時間態勢でガードしてくれる道理がありませんよね?

 これは、自分自身で、あるいは家族や友人が協力してガードするしか有効な対策が無い訳ですよ。

 事件を起こす人間はまともな判断力がありません。犯罪を犯す者は、反社会的な行動で社会に自分の居場所が無くなることを恐れていないか、あるいは考えてもいないのです。

 つまり、まともじゃないのです。

 まともじゃない人間に「話せば解る」という理屈は通用しません。いきなり暴力をふるってくる人間は、それ以上の武力で制圧するしか方法はありません。

 無論、逃げられるなら逃げた方がいいでしょう。

 しかし、私の経験から言っても、こういう手合いは逃げてもしつこく追いかけてくるので、撃退して思い知らせてやるのが最善策だと思います。

 もちろん、法的対処は重要です。が、隠れてコソコソ嫌がらせしたり、いきなり襲ってくるような相手には難しいです。

 特に後者の場合は、警察呼ぶ暇もなかったりしますから、「返り討ちにしてやる!」と覚悟を決めて待ち構えておくしかないでしょう。

 戦闘で最も重要なのは、気合です!

 脅えて逃げ腰になっていたら、どんな実力者でも実力を発揮できません。本当ですよ。

 もちろん、戦力に大差があったら勝てませんよね?

 殺意のある相手が刃物を持っていたら、怖がってる人間が素手でどうにかできる訳がありませんよね?

 単純な話なんです。

 相手より強力な武器を持っていたら、恐怖心は感じないんです。

 例えば、私も中学生の頃は不良連中が怖かったですよ。どうしてか?というと、人数が多かったから。武術もできなかったし・・・。

 だから、武術の修行をはじめて場数をこなしていくに従って、恐怖心は薄れていき、現在は相手がヤクザだろうと素手でやりあって自分が負ける筈がないと思ってるので、恐怖心はわきませんでしたね。

 別に自分が強いから恐怖心がわかないという意味ではありませんよ。

 相手の弱点を探り出す能力が発達したので、パッと見て、「あっ、この人、こういう弱点があるな~」と思って、その場で対策を講じるのですね。それで、実際にやり合ってみて「やっぱりね~」と確認する・・・というのがここ最近のやり方ですかね?

 ただし、相手が刃物とか持っていたら、このやり方は通じなくなるんです。

 見えるところに出していてくれたらやりようはありますが、隠し持っていたら危険なんですね。

 柔道や空手の有段者や師範、チャンピオン、揚げ句にクラブマガのインストラクターが隠し持っていたナイフに刺されて死んだという例があるそうです。

 目に見えるところだけ警戒していたら、こういう事態に遭遇してしまう訳です。

 まだ20代前半に武術の道場に通っていた頃、「実力が外見から判るようではダメだ」ということを教わりました。

 事実、そこの道場の先生は見た目が全然強そうに見えず、武術の先生だと言われても誰も信じないだろう?というような風貌でした。

 私は、こういう先生になりたいな~?と憧れましたね。

 つい先日も、小説講座に新しく入られた女性から、私が武術教えてる人間には全然見えないと言われて、やったー!と思いましたね。


 さて、そんな風な具合で、武器術に通じると、身の回りの物を咄嗟に武器化して遣うことができるようになります。

 そうすると、戦闘力が一気に高まります。

 私なんかホームセンターや東急ハンズに行くと武器工場に見えますからね。

 例えば、鉢植えを吊るすワイヤーなんて「鞭に使える?」と思って買ってきました。

 工具もいろいろ買ってます。

 だから、刃物類がどれくらい持っているのか?と数えると、膨大になると思うんですよね? 過日、ボーガンで警官を威嚇した男が逮捕された時に刃物とか武器を多数持っていたと報道されていたんですが、私の方がずっと持ってますよね?

 でも違法なものは持ってないですから。

 護身を考えた場合、自分は法的に問題無いように注意する必要があります。

 その上で、専守防衛の術を考えていなければなりません。

 今回の武器術のセミナーでは、その辺りのことも含めてお教えしようと思っています。

 えっと、それから、今回は試し斬りもやるつもりですから、やってみたい方は是非、どうぞ!


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著者プロフィール

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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