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2016年ラストDVD『ゼロインチ打撃戦闘法』

 今年最後のDVDは、游心流武術の原点にして必須の戦術である“発勁”の進化型である「拳に限定しない加速距離ゼロで打ち込む打撃技」の練習法と実用法、そして応用法も解説指導します。

 ですが、このDVDの内容は、うかつに使えば傷害罪、あるいは殺人罪を犯してしまう危険性があるという点を御承知おきください。

 かつて、このような内容については「公開すべきではない」と斯界の名のある先生から警告されたことがありました。

 また、「あなたが解説指導している技は~~流の秘伝にあたるから恨みを買ってしまうよ」という忠告(脅し?)を受けたこともありました。

 しかし、現在、游心流内部では“普通”になってしまいました。

 少なくとも常連の会員は誰でも体得しています。

 体得してしまうと危険性が判るので、本気で打ち合ったりしなくなります。

 稽古仲間に傷害を負わせるような真似はできないでしょう?

 武術の世界には、会得した技を思いっきりふるってみたいという欲求を持つ人間がたまにいます。

 合気道の世界では“壊し屋”と呼ばれて敬遠されたりする人間がいるそうです。

 この手の人間は、自分の強さを周囲に見せつけたくてたまらないのでしょう。

 相手が怪我をするのも構わずに強引に技を激しく強くかけるような人間は、本当に強い人だと言えるのでしょうか?

 私は、こういう人を見ると軽蔑の念しか湧きません。

 戦うことの厳しさを教えるのは必要とは思いますが、それは練習相手に怪我を負わせることではありません。

 皆さん、誤解していると思いますが、本来、武術の技というのは仕組みを理解して遣えば、実に簡単に人体を破壊し、人命を奪うことができます。

 これは、強いとか弱いとかとは関係ないのです。

 筋力の強さや筋収縮の速さを競う訳ではないのです。

 心身の仕組みを理解し、弱点を適切に攻める・・・ただ、それだけのことなのです。

 例えば、私は元来、体質的には虚弱体質に近く、運動神経はびっくりするほど鈍かったし、身体能力も平均以下、走るのも泳ぐのも遅かった。

 ところが、武道だけは平均以上にできたのです。

 よく考えたら、子供の頃も相撲だけは結構強かったし、喧嘩は割りとやっていた。

 これは運動神経とは違って闘争本能の要素が強かったのでしょう。

 けれども、試合とかになると丸で自信がありませんでした。

 どうしてでしょうか?

 ルールを決めて同じ闘い方をするからなんですよ。

 ルールを決める時点でスポーツ化してしまうから、闘争本能のままに戦うことができなくなるでしょう?

 この点に気づいたのは、40過ぎてからですよ!

 ルールを決めたスポーツの闘い方をしたら、私のような素質も才能もない人間は勝てない。

 けれども、ルール無用だったら、私のような人一倍、闘争本能が強い人間が圧倒的に有利になります。

 何故だと思いますか?

 勝つためにどうすればいいか?と常に考えるからですよ。

 後は簡単。倫理観を捨ててしまって、ただひたすら合理的に勝つことだけ考えて戦略戦術を突き詰めていく・・・それだけの話です。

 武術というものはそういうもの!と、私は理解しています。

 皆さん、武術というのは身体鍛えるものだと思い込んでるんですが、どうも、違うんじゃないか?と思うようになりましたね~?

 はっきり言って、無駄だしね~(苦笑)。

 いや、もっと言うと、身体鍛える暇があったら勉強した方がいいですよ。

 単純に言うと、一撃必殺のパンチを訓練して会得するのは、とてつもなく難しい。

 でも、包丁持ってブスッて刺せば、イチコロでしょ?

 目的を達成するのに、わざわざ困難なやり方をするようなのが武術ですか?

 違うんですよ。本当は、物凄く合理的な方法を遣うんだけど、それは隠しておく訳。

 で、表向きには、わざわざ非常に効率の悪いやり方を教えて洗脳していく訳ですよ。

 極論すると嘘教えてる訳ですよ。

 延々と、本当のことを教えないまま、ひたすらマニュアル化されたカリキュラムを教えておいて、その習熟度を段級位で評価してお金取るシステムになっている訳。

 これ、江戸時代から続いているシステムなんで、もう本当のことを知ってる人なんか皆無に近いと思うんですよ。

 だから、できる先生って、ほとんどが天才的直感力の持ち主で、自分で閃いて構築した人ばっかり。

 従って、何が本当のことだったのか正確に知ってる先生は、ほぼいないんじゃないか?と思います。

 私の場合、多くの先生に習いましたが、習ったそのままやっていることは一つもありません。すべて実験検証してチューンナップしています。

“発勁”もそうです。習ったそのままやっている訳じゃありません。

 今回のDVDで紹介しているのも、私が四半世紀に渡って研究してきた精華であり、20年くらい前に発表したやり方とは中身がまったく違っています。

 もちろん、共通している部分はある訳ですが、大きく違うのは、寸勁と零勁では戦闘理論がガラッと変わるということなんです。

 わずか2~3cmの距離が有るのと無いのとで、そんなにまで違うのか?

 違うんですよね~、これが・・・。

 これができるのとできないのとでは、戦闘法の応用範囲が全然、違う!

 素手でやるなら、もはや敵無し!

 しかも、誰でもがそうなれる!

 嘘か本当か、DVD買って見た人だけのお楽しみということで・・・。



『游心流ゼロインチ打撃戦闘法

コンテンツ

1,練習法
鉄牛耕地・スワイショウ・肩甲骨ほぐし・手腕振動法・正中線確立素振り

2,0インチパンチ実験
拳・掌・前腕・肘・肩・背中・腹・足裏

3,用法
対パンチ・対キック・対タックル・対マウント・対投げ

4,応用法
小手返し・剣術・試し斬り(零勁斬り)


※※※ 事務連絡 ※※※
DVD『游心流ゼロインチ打撃戦闘法』
価格:20,000円
内容:上記の通り
申込み方法:こちらの下方をご参照ください。
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ゼロインチ打撃

 格闘技に於ける打撃技とは、ボクシングではパンチ(ジャブ、ストレート、フック、アッパー)、キックボクシングでは、パンチ(ジャブ、ストレート、フック、アッパー、バックハンドブロー)に肘打ち、キック(廻し蹴り、膝蹴り、前蹴り、後ろ廻し蹴りなど)があります。

 空手では、パンチは厳密に言えば、突きと打ち、当てに区分されますが、どう分類するのか?という基準については曖昧です。

 ざっと解説しますと・・・突きは、正拳あるいは一本拳、貫手を使った直線的ストレートパンチを称し、打ちは、裏拳・手刀・背刀・肘・拳槌などを使った円曲的軌道によるパンチを称し、当ては、正拳・手刀・肘・掌底などを使った至近距離から打ち込む寸勁的パンチを称している・・・と思ってもらえばいいでしょう。

 空手の蹴り技に関しては、前蹴り・後ろ蹴り・廻し蹴り・横(足刀)蹴り・踏み蹴り・鉤蹴り・内廻し蹴り・外廻し蹴り・後ろ廻し蹴り・二段蹴り・飛び足刀蹴り・膝蹴りなどと多彩なものがありますが、例えば“カカト落とし”はテコンドーから、スネを使った“ローキック”ムエタイから導入されたと考えられ(元々、空手にスネで蹴る蹴り技が有ったとは考えにくい)、一説に“後ろ廻し蹴り”も大山倍達がブラジルでカポエィラと交流して導入したと言われます。

 無論、逆に空手から世界の格闘技に影響を与えて導入されていった例も無数にありますし、テコンドー、カラリパヤット、シラットなどが空手の影響を受けているのは疑う余地がありません。

 昔、ジャイアント馬場がアントニオ猪木に対抗して?異種格闘技戦をやった時の相手ラジャ・ライオンは、インドの“バンドゥー空手”なる流儀の達人という話でしたが、自分の蹴りでバランスを崩してスッテンコロリンとなってしまうヘナヘナっぷりでヤラセ感満点でしたが、世界中に空手を導入して新たに創作された格闘技が無数にあるのだろうな~?と思わせました。

 少林寺拳法では打撃技は総称して剛法と命名されています。分類する面倒を省いた良いアイデアだと言えるでしょう。

 中国武術では、門派によって様々ではありますが、打撃技だけで戦うという概念は一面的で、投げ技を主体とするシュアイジャオや、逆手技を主体とするチンナ、そしてツボを攻める點穴も含まれるのが普通ですし、武器(兵器、あるいは器械と呼ばれる)術も修練するのが当たり前です。

 日本の古流柔(体)術では、突きや蹴りは従属的で、当身、流派によっては強法、剛身、骨法、骨指術、砕などと呼ばれていますが、概ね、“当身殺活術”と総称されています。

 何故、“殺活術”と呼ばれるか?というと、武術的な使い方と医術的な使い方が表裏一体となって秘伝として伝えられたからです。


 さて、格闘技に於ける打撃技は、パンチにしろキックにしろ、極めて限定的な技であるという点に注目してください。

 何故、限定的か?というと、試合で用いることが大前提であり、本来の武道に伝わっていた技の相当な部分が削除されてしまっているという事実を認識してください。

 私が武道や格闘技ではなく三十代から一貫して武術を追究し続けてきたのも、技の膨大さに魅力を感じたからであり、実戦に対応し得る武術の研究を志したからでした。

 武道や格闘技が若いうちしか実力を発揮できない最大の理由は何でしょうか?

 それは、圧倒的に技が少ないからです!

「少ない技を磨くからレベルが上がるのだ!」という論がかつてはありましたが、それは“試合”を目的化した考えに過ぎません。

 実戦を考えれば、“勝てる技”を常に研究開発していく必要があります。

 余談ながら、近年のアメリカの銃規制の骨子になっていることが何か?というと、それは「軍用アサルトライフルをスポーツライフルに改造して市販していること」であるとされます。

 つまり、“多弾数をマシンガンのようにフルオート射撃できるライフル銃”をフルオート機構を取り除いて市販していることを危険視している訳です。

 言うまでもなく軍用銃というのは最初っから“多数の人間を効率よく殺すための銃”であり、狩猟用のショットガンやボルトアクションライフル、護身用の小形拳銃とは総合的な戦闘力が比較になりません。

 例えば、かの有名な、かつての世界最強の拳銃弾(現在では.500S&Wマグナムがある)と呼ばれた.44マグナム弾でも、軍用としては低威力のM16ライフルで使う.223レミントン弾よりずっとエネルギーは小さいのです。

 象狩りに用いる最強のライフル弾と呼ばれた.460ウエザビーマグナム弾でさえ、軍用の.50口径弾には全然敵いません。

 民間の銃と軍用の銃とは殺傷力に雲泥の差があるのです。

 また、銃の分解掃除に慣れている人間なら簡単にフルオート機構を復活させることができるでしょう。

 分解してシアを取り替えるだけですから・・・。

 では、どうして、軍用の銃はこんなに戦闘力が高いのでしょうか?

 それは、生きるか死ぬかの場で戦わねばならないからです!

 戦場で綺麗事が通用しますか?


 私が武道や格闘技に根本から違和感を感じてしまったのは、「これは本来の姿じゃないだろう?」と思ったからなのです。

 で、武術を研究しているうちに確信したのは、「あ~、武術はやっぱり戦場で工夫され平時に研究されて発展したものなんだな~」ということでした。

 つまり、競技が目的ではないのです。飽くまでも、平時に於ける実戦を想定した護身戦闘術が本分なんですね。だから、“兵法”に対応する“平法”という言葉が考案されていた訳です。

 けれども、競技によって磨かれた現代武道や格闘技の実践者とルールを決めて試合しても、勝ったり負けたりするのが“現実”で、「武術がどうこう言うなら試合に出て証明しろ!」と批判されたら何も言えなくなる訳ですよ。

 はっきり言って、ルール決めて闘ったら体格・体力・年齢の勝負になってしまうからです・・・。

 で、負けたら、「ほら見ろ。武術なんか口先ばっかりで理論倒れのオタクが逃げ込むファンタジー・ワールドなんだよ!」と嘲笑されるんですよ。

 悔しいけど、それは事実は事実として認めるしかありません。

 晩年の松田隆智先生と話していた時に、「悔しいな~。俺が若かったら試合に出て証明してやりたいよ~」と言われていたのを、よく思い出します。

 だから、私は板垣さんの『刃牙道』が大好きなんですよね。

 これまた余談ですが、最近、周囲の人達から、「あの本部以蔵って長野先生がモデルなんじゃないですか?」って何度も聞かれるんですが、もしも、参考にして戴いているとしたら、こんな有り難いことはないですよね?

 私の研究が報われているってことだから・・・。

『ケンイチ』が終わって、『ツマヌダ』も終わって、武術の魅力を伝えてくれるのは『刃牙道』しか無いでしょう? もう永遠に続いてもらいたいですね~?

 来年は、少なくとも小説はデビューできると思うんですけど、私としては21世紀版の『拳児』のような作品は書かなくてはいけないな~と思ってるんですよ。


 さてさて、余談ばかりで済みません。

 何故、今回、打撃技について書いているか?というと、游心流武術に於ける打撃技の概念をきちんと紹介するべき段階になったか?と思っているからです。

 以前から書いているように、游心流の打撃技は寸勁を基本にしていました。

 交叉法から使う打撃技として寸勁が絶好だったからです。

 しかし、脱力して寸勁を使うと打撃技の“質”が浸透勁になってしまい、軽く打っても内傷を起こして非常に危険であるという事実が最近、判明してきました。

 これは、“暗勁”とも呼ばれる中国武術でも秘伝扱いされて一般の弟子には教えないものです。

 20年くらい前に、松田隆智先生から、「あの打ち方は危険だから公開しない方がいい」と注意された打ち方(打撃訣)を必要としないくらい当たり前に打てるようになったということです。

 解っている人間同士で力をセーブしてやっていてさえ、こうなってしまうのですから、もし自由攻防でもやったら突然死起こす人間が出てもおかしくありません。

「慎重に怪我しないように型稽古か約束組手で練習するしかない」という結論に至った訳ですが、これはむしろ、「武術として原点回帰した」と言えるのかもしれません。

 即ち、“本来の武術としての殺傷力を備えた技術体系”のレベルに近接したと言えるのではないか?と思うのです。

 これまでは、下丹田(骨盤)から重心力を伝導させて末端の拳や掌に送り込むというやり方を主眼にしてきましたが、システマのやり方や、松葉国正先生が『秘伝』で解説されていた「指先から動かす」というやり方にヒントを得て、拳先を高速振動させて威力を生み出し、逆に下丹田に送り返す・・・というアイデアを考えて試して実感を得ていたので、日曜の稽古会で実験的に教えてやらせてみました。

 うちの支部長や常連会員は身体の脱力が効いているので、そんなに苦労しないですぐに体得できました(もっとも、「脱力した状態で拳先を高速振動させるというのは下手すると肘痛めそうです」との意見も出たので、練習法はもう少し検討せねばなりませんが)。

 しかも、これは効果テキメンで、従来の抖勁に組み合わせると、タイミングさえ合えば、威力が倍増することが判りました。

 前からやっていることの軌道を逆にするだけなので、やってできないことは無いだろう?と思っていましたが、これは予想以上に使えますね。

 ですが、これを実験したのは、もう一つ理由があって、これは寸勁ではなく密着した0距離から打撃することができるのです。

 つまり、抖勁をより実戦的に自在に使うことができるようになる訳です。

 通常の打撃技の最大の弱点は、「打撃の威力を生み出すためのタメを作る距離と時間が必要」だということでした。

 しかし、この技は距離も時間も必要としません。触れた箇所で0からいきなり100のパワーを生み出せます。

 しかも、打撃技のみならず、投げや逆、點穴に加えることで、普通の技を絶招(必殺技)に変えてしまえるのです!

 もともと、この技は游心流合気道のお家芸として組み込むつもりで考えたのですが、実験してみて判明したのは、冗談みたいに非常に応用性が効くということでした。

 元ネタとしては寸勁斬りのコツから発展させたと言えるんですが、これなら逆に熟練させれば零勁斬りもできるんじゃなかろうか?と・・・。

 ただし、見た目が益々ジミ~になりました・・・。

 何しろ、触ってバンっと打ち倒すだけなんで、格闘技の醍醐味たる“互いの技の攻防”が成立しないからです。

 けれども、武術として考えれば、体格・体力・年齢に関係なく誰もが使える理想的護身術である!と胸を張って発表できると思います。

 そこで、年内の最後のDVDのテーマとして、この『ゼロインチ打撃戦闘法』を作ることにしました!

 これは一つの技というより様々な技に応用できる武術の術理と言うべきものなので、武道や格闘技を学んでいる方にも役立ててもらえると思います。

 何故なら、通常の打撃技の弱点をつく技でありつつ、組技系への対抗戦術にもなるからです。何故なら、密着しているところからバンバン打てるので・・・。

 つきましては23日(水)に淵野辺本部道場にてビデオ撮影と特別講習を実施しますので、会員、セミナー受講生の方で関心のある方は、是非、どうぞ

 参加費用は、会員は2000円、セミナー受講生は5000円とします。

 初めての人で参加したいという人はメールで問い合わせてください。技が技なので部外者に教えるのは慎重にならざるを得ませんが、真面目に学びたい方は受け入れます。

 DVD発売は12月(販売価格は税込み20000円)になりますが、今回も11月中に予約申し込みした人は税込み1万5000円に割引します。

 交叉法と併せたら無敵?かも・・・。

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【事務連絡】11/23(水・祝)特別講習会『ゼロインチ打撃戦闘法』

・日時:2016/11/23 11:00~14:00
・場所:游心流本部道場(JR横浜線淵野辺駅に10:30集合 遅れる方は直接道場へ)
・参加費:
 游心流会員:2,000円
 月例セミナー受講生:5,000円
 その他(初めての方など):応相談
・内容:(ブログ記事より)
 そこで、年内の最後のDVDのテーマとして、この『ゼロインチ打撃戦闘法』を作ることにしました!
 これは一つの技というより様々な技に応用できる武術の術理と言うべきものなので、武道や格闘技を学んでいる方にも役立ててもらえると思います。
 何故なら、通常の打撃技の弱点をつく技でありつつ、組技系への対抗戦術にもなるからです。何故なら、密着しているところからバンバン打てるので・・・。
 つきましては23日(水)に淵野辺本部道場にてビデオ撮影と特別講習を実施しますので、会員、セミナー受講生の方で関心のある方は、是非、どうぞ。
 参加費用は、会員は2000円、セミナー受講生は5000円とします。
 初めての人で参加したいという人はメールで問い合わせてください。技が技なので部外者に教えるのは慎重にならざるを得ませんが、真面目に学びたい方は受け入れます。
 DVD発売は12月(販売価格は税込み20000円)になりますが、今回も11月中に予約申し込みした人は税込み1万5000円に割引します。
 交叉法と併せたら無敵?かも・・・。

・申し込み方法:
 こちら(http://infoyushin.blog.fc2.com/blog-entry-4.html)をご参照ください。
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日本会議って何?

 安倍首相や桜井よしこさんが入っている日本会議って、生長の家の谷口雅春の思想を継承しているんだそうですが、何か、変だな~?と思います。

 安倍独裁政権の母体(後ろ盾)になっている?という向きもありますが、本当に谷口雅春が考えていたのはコレなのか?という疑問も拭えません。

 やっている内容が、アメリカというかイルミナティ系の“ニューワールドオーダー”のマンマに見えるからです。

 TPP、マイナンバー、原発維持・・・実に怪しい。

 おまけに批判的なジャーナリストを締め出させたり、「電波停止もありえる」と発言した高市さんなんて、国家による言論統制の正当性を主張するなんて発狂しているとしか言えませんよ。

 マスコミというのは権力の独走を監視するのが役目なのに、それを牽制して脅そうとするなんて、暴力団みたいなやり口ですよ。

 やたらに外交しまくる安倍首相は一体、何をやりたいのか?

・・・と言うより、何のための政治外交なのか?と思ってしまうのですよ。

 アメリカの大統領選挙の前はヒラリーに挨拶に行っておきながら、トランプが勝ったら我先に・・・とトランプに挨拶に行って、「信頼関係を築く・・・」って、普通、そういうことしたら「こいつは二枚舌の信用ならないヤツだ」って思わせるだけでしょう?

“恥”という概念が無いのかね?

 慰安婦問題を金で解決したのだって、やり方が厭らしい。パククネさんが失墜したら約束を反故にされるのでは?と心配する連中も恥ずかしい。

 イメージ回復なんぞ考える方が無駄なんですよ。戦争中に日本軍が外国でやらかした愚行が0でない限りは、ただひたすら反省して罵詈雑言を受け続ける度量が必要ですよ。

「日本だけが悪いんじゃない。どうして日本だけが責められ続けねばならないんだ?」って、叱られたガキの言い分ですよ。

 大人だったら、自らの犯した罪は認めて言い訳しない!

 そして、ひたすら行動で示して諸外国の信頼を得られるようにする。それしか無いでしょう?

 臭いものに蓋をする方式で、金をばら撒いて黙らせようとするのはゲスな権力者のやり方です。

 原発推進にしろ辺野古移設にしろ、金ばら撒けばいいと思ってる、その根性がいかん!

 そんなことだから、土人発言が出てくる訳ですよ。上から見下ろしているんだから。

 そして、のうのうと「差別発言だとは思いません」と言い張る糞タワケ大臣が居直るのも、安倍首相の周辺の人達にそういう体質があるということですよ。

 私なんかも差別発言、暴言を連発していますが、「それはおかしい!」と言ってくれれば、「あ~、これは失礼しました。ごめんなさい」って言いますよ。

 私は24時間、365日、いつでも謝る覚悟で、わざと暴言かましてますから!

 その代わり、中途半端に文句言うヤツは徹底的にやっつけますけどね?

 とにかく、偽善はいかんですよ。見抜かれますよ。

 右翼の方の中には、「安倍は怪しい」と言ってる人もいるみたいですが、そりゃあ、普通、そう思うでしょう?

 改憲論者でありながら、何でアメリカの言いなりなんだ?と・・・。

 それでも、「いや~、安倍さんはノラリクラリとアメリカの要求を上手く受け流しているよ」と言う人もいますが、「あんた、バカですか?」と言いたくなりますね。

「かつて、これほどまでにアメリカに媚びへつらった首相がおりましたか?」と聞きたいです。

 桜井さんが“もんじゅ”を続けなくてはいけないという意見広告記事を新聞に出していたのを読んだ時も、「あ~、この人も本当におかしいな~?」と、もはや恐怖!

 何故なら、そこには科学的知見というものが一切無かったからです!

 原発の中でも高速増殖炉一基が暴走しただけで延々と放射能を撒き散らし続けてしまうのですよ?

 しかも、これは水で冷却できません。ナトリウムで冷却するので水をかけたら化学反応で大火災大爆発を起こしてしまう・・・だから、技術的に実用化できずにきてしまっていたのですね。

 要するに、“もんじゅ”を続けて、もし福島原発のような事故、あるいはテロの標的にされたら、日本列島が死の島になってしまっても終わらない地獄の未来が待っているのですよ!

 日本という国そのものを滅ぼしかねない代物を「存続させなくてはならない」と説く論拠は何なのか?

 桜井さんはジャーナリストとして、何故、そこを考えようとしないのか? もはや、狂気の沙汰と言わざるを得ません!

 右とか左とか、保守だ革新だという主義思想の問題ではありません!

 本当に日本のことを考え、国民のことを考えるのなら、何をどうすべきか?という道は自ずと見えてくるものです。

 主義思想の奴隷になって何も見えなくなっている人があまりにも多くないですか?

 自衛隊の駆けつけ警護ってのも、マジで勘弁して欲しいですよ。「危ないと思ったら、躊躇せず撤退させる」って、そんな中途半端な警護は逆に危険を増すだけ!

 やるのなら、徹底的に戦闘訓練を受けた精鋭特殊戦略群を送るべきで、そうでないなら、やらない!

「自衛隊は優秀だしちゃんと訓練を受けているから・・・」なんて言いますけど、一度も実戦経験が無いのに戦場に送り出すのは殺されて来いって言うようなもんですよ。

 作家の勉強をしていて判ったのは、殴り合いの経験も無い人は、柔道や空手の黒帯なら素人が束になってかかっても楽勝で勝てるし、ナイフや木刀持ってる相手でも簡単に勝てる・・・とマジで思い込んでいるってことでした。

 私は長年、武術やってきてますが、武道の黒帯と言っても本当に実戦で戦えるような人間は稀れで、初段なんて素人と大差が無いですよ。

 ヤンキーとか暴走族とかのケンカ慣れしているヤツを初段程度のケンカ未体験の者が片付けるのは難しいでしょうね~?

 無論、武道や格闘技の技術が役に立たないということではありません。実戦経験の無い人間はいざ実戦となると竦みあがって何もできなくなる可能性が高いということです。

 つまり、殺し合いの戦闘経験のある連中と戦闘になった時に、その差がはっきり出るのではないか?と私は思う訳ですよ。

 実を申しますと、私が剣術に拘っている理由も、ここに有るんです。

 真剣で試し斬りさせたりするのも、一撃で殺せる武器を扱うことで生きるか死ぬかの戦闘の怖さの一端でも感じ取って欲しいと思うからです。

 素手で練習していても、この生き死にの怖さは絶対に感じ取れませんよ。いや、むしろ鈍感になる一方でしょうね?

 初めて真剣で組み太刀の練習をした時、北島師範は真っ青な顔で汗びっしょりになっていました。

 こういう恐怖心を味わうことが大切なんですよ。

 今は危険なことはさせない、やらせない・・・という教育方針しかないでしょう?

 そういう環境で育てば、恐怖心も無いから平気で他人を傷つけたり危ないことをやったりする。怖さを知らないことが本当に怖いことなんですよ。

 私は、安倍首相や桜井よしこさんは自分自身が戦場に立って、地雷源の中を歩く恐怖でも味わったらいいと思いますよ。

 権力の中枢にいたら解らなくなることが世の中の常の姿であることをお忘れなく!

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映画の話

 平幹二郎さんが亡くなられて、息子さんが演技しているところを見たら、お父さんにそっくりで、ビックリしてしまいました。

 初めて見た時は全然、そう思わなかったんですが、やっぱり親子って似てるもんですね~?

 私も親父の葬式の時に参列者から「お父さんにそっくりだ」とやたら言われました。

 平さんと言えば、『三匹の侍』が有名で、時代劇役者のイメージもありましたが、舞台俳優というイメージもあって、仲代達矢と並んで最後の大物俳優という印象がありましたね。

 私が印象に強く残っているのは、『ジパング』の王と、『帝都物語』の陰陽師、それから『あずみ2』の真田昌幸、それと、『大殺陣』の時も印象深かったですね。

 舞台『その男』と、『剣客商売』の田沼意次も良かった。


 荒戸源次郎さんが亡くなられたのも、残念。

 荒戸さんプロデュースの鈴木清順監督作品『ツィゴイネルワイゼン』『陽炎座』は、幻想的な不思議な作品で実に良かった。

 思っていたよりお若かったのも意外でしたね~。


 りりぃさんが亡くなられたのも残念!

 松田優作の遊戯シリーズ最終作『処刑遊戯』で謎の女を演じて歌も披露されていましたが、ハスキーな声が格好良かった。


 遊戯シリーズと言えば、『最も危険な遊戯』『殺人遊戯』にも出ていた大前均さんが亡くなられていたとは知りませんでした。

 スキンヘッドの巨漢で、時代劇や現代ヤクザ物等で数多くの悪役を演じられていて、『電子戦隊デンジマン』が『ゴーグルファイブ』のどっちかだった?と思いますが、バンリキ魔王というので出演されていました。

 日米合作の『緯度0大作戦』にも出てらっしゃいましたが、『少林拳VS忍者』ではリュー・チアフィと対戦する柔道家役でした。

 ちなみにこの作品、倉田保昭先生他、日本人俳優が大挙して出ていて日本武術と中国武術の対決が非常に面白い作品です。

 監督で実際に洪家拳の使い手であるラウ・カーリョン(『酔拳2』でフク老師を演じた人)が酔八仙拳を演じているのも見所です。


 また、『殺人遊戯』でチンピラ役で出ていた桑原大輔が主演した幻の『月光仮面THE MOON MASK RIDER』は、実質的な主役は志穂美悦子でしたね~?


 土屋太鳳がブレイク寸前に主演した『人狼ゲーム・ビーストサイド』『赤々煉恋』もモンドTVで見ましたが、演技力も存在感もただ者じゃないです。

 是非、身体能力の高さを活かした作品をやってもらいたいですね~?


 それと、『大巨獣ガッパ』の元ネタと言われているイギリスの着ぐるみ怪獣映画『怪獣ゴルゴ』ですが、港町に上陸してきた子ゴルゴ(20mくらい?)に住民が松明を投げ付けるシーンを見て、「むむっ? これは『ゴジラ対ヘドラ』で富士山でゴーゴー・フェスティバルをしていた若者達がヘドラに松明を投げ付けるシーンの元ネタでは?」と思ったんですが、いやいや、よく考えたら、『キングコング対ゴジラ』でファロ島の大タコに土人(はっ? これは差別用語だった?)が松明を投げ付けるシーンが元ネタだったか?」と思いましたね。


 私も早く映画化されるような作品を書かなくては・・・!


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11月健身法セミナー感想

 今月セミナーは常連さん、会員の欠席が集中し、異様に参加者が少なくて、10人足らず。ちとガッカリしてしまいました。

「游心流に期待されてるのは殺法だってことなんでしょうかね~?」と、もはや苦笑いするしかありません・・・。

 しかし、こういう回に限って、物凄~く内容の濃いものになる・・・というのがジンクスとしてありまして、事実、今回参加した人は世界観が変わったのではないか?と思います。

 今回、健身法部門の研究を任せている体道塾の仁平師範が急遽、参加可能になったので、終盤は最近、発見した療術の原理を実演解説してもらったんですね。

 もっとも、予告していたので、7割方は私の学んだスワイショウ(横と縦)、三元試力、歩法(丹田歩法・意拳の摩擦歩)、武道医学(背活と脳活)やディバーシファイド(基本)カイロプラクティック操法、意拳站椿功(形意拳との関連で説明)、内功盤根(形意拳の宋世栄が八卦掌を参考に作ったもの)、真極流柔術の錬体法(肩甲骨操法)、気体調整法(武道医学の経絡調整体操)、後ろ手合掌(ハズいから言いたくないけど甲野氏に学んだ。元は野口整体か?と思います。CSヨガの故岡島瑞徳氏の本でも紹介されてました)、馬弓捶(台湾武壇の基礎錬体・柔身六法の一つ)をやりました。

 いつもは我流でやると問題が起こるとマズイと思って解説しなかった意念の基本的なやり方も少し解説しました。

 一応、私が学んで研究したのは、一般常識の枠内で説明可能な整体と健康法です。

 いつもは基礎練体は小塚師範に、歩法は北島師範に指導させて私は見ているだけなんですが、今回は、仁平師範が実践研究している療術との差異を明確にするために、お蔵出しするために全て私が説明しながらやりました。

 つまり、比較的一般的なやり方と、霊能的?とでも言うしかないやり方の違いを見てもらうためです。

 余談ながら、最近、休んでいた会員のIさんは、先月のほびっと村講座で栗原師範の蹴りを受けて左脚を痛めてしまっていたそうでしたが、治療した仁平師範曰く、大腿骨が折れる寸前だったそうです。軽く蹴ってるつもりでもこうなるのですから、マジ蹴りしたら本当に折れてしまったのではないか?と思います。

 いや・・・力入れないで軽く蹴ってるから、こうなったのか? 空手道場ではバシバシ蹴ってるみたいで、それで相手が大丈夫だということは、そうとしか考えられません。

 小塚師範も空手道場で一度使ったら相手が非常に痛がって、怒ってメチャクチャに攻撃してきた?とか言っていたような・・・?

 で、Iさんもやはり、私と同じように蹴られた箇所とは別のところに後日、痣が浮かんできたとのことで、軽く蹴ってるつもりでも、游心流幹部の蹴りは浸透勁になってしまっているので、本当にこれは冗談抜きにヤバイな~と思いました。

 こうなってしまうとコントロールが非常に難しくなってしまうので、当てて練習するのは禁止するしかないな~と思いました。

 この蹴りは道場破り対策用にしておこう・・・と思います。

 余談、終わりっ!


 参加者で、体幹部の筋肉を鍛え過ぎて堅くなっているという人と、突き指とか足指の捻挫?とかしている人がいたので、そちらの治療をしてもらうことで仁平師範が新しく発見したという治療術の概要を見せてもらおうと思いました。

・・・と言うのも、彼のやり方は原理的に普通の整体療法の枠を飛び超えてしまっていて、非常に説明が怪しい? 解説すればするほどチンプンカンプンになってしまって常人には理解不能になっているのではないか?という懸念があったからなのです。

 それと、お金高過ぎっ! 価値があるのは認めるし“整体業界的”にはOKなのも解るけど、そんな事情を一切知らない世間一般の人達から見れば非常識に思われても致し方無し!

 正直、このままでは世間的には“インチキ詐欺師”か、“発狂した人”かのどちらかに決めつけられて社会的に潰されてしまうのではないか?という不安を感じさせたのです。

 普通の心理メカニズムとして、異質な人を排斥しようとするのは人間の本能みたいなものだからです。それが“差別はいけない”と言ってみたところで、本能的に人間は差別したがるものなんですよ・・・。

 まあね。

 武道武術の世界だったら、「腕は凄いけど人格はハチャメチャ! 一般常識は完全に欠落している!」という人は腐る程いるので、私個人は別に違和感はありません。

 作家としては、そんな人物の方がキャラが立っていて面白いからOK!

 そういう裏事情を知らない人達は有名な武道家や武術家を聖人君子みたいに崇め奉ったりしてますが、「アイドルはウンコをしない!」式の願望の投影でしかない訳です。

 現実(リアル)というのは、美しいものではありません。人間、表向きの顔と裏の顔があって当たり前なのです。

 そこを弁えて、敢えて触れない・・・というのが“大人の嗜み”として日本人は特に尊重している美徳なので、私みたいに「ウソじゃ~ん!」と言ってしまう人間は既知外扱いされてしまう訳ですね?

 かく言う私も、武術界に於けるトランプみたいに思われている様子ですけどね?

 日本人は社会的にも見て見ぬフリをするのが体質的でしたが、隠れて噂話をするのが大好き。それがインターネットによって匿名で広まるようになって、寄ってたかって潰しにかかる言葉の暴力が拡散するようになったように思われますけどね。


 さてさて、そんなこんなで、今回は仁平師範のお手並み拝見した訳ですが・・・う~む、これってもう物理的な説明がつかない領域に突入してしまっているよな~?

 具体的な施術としては経絡の流れ、神経と筋肉の繋がりを利用しているんですが、問題箇所を探るのに「瞬間的に変性意識状態にするんです」とのニューサイエンス的な解説が出てきたり、「アカシックレコードに繋ぐんです」とのルドルフ・シュタイナー的なオカルト表現が出てきたり・・・こういう方面の知識が無い人だと強烈に拒絶反応示すだろうな~?と思いました。

 これで治ったのか治らなかったのか判然としないんだったら、単なる危ない人になりかねないんですが、摩訶不思議な具合にチョチョイッと治してしまう・・・。

「言ってることはわからんが、やってることは神業だ!」と言うしかないんですよ。

「これは今までの三元療術の原理では説明がつかないので、火と水でヒミズと名付けようか?と思ったんです・・・」と言うんですけど、「それって、陰陽五行説とかの説明からしていかないといけないしな~。霊能的な説明にしか聞こえないから、もっと考えてからにしてみたら?」と苦しいアドバイスをするしかできませんでしたね。

 確かに彼の言わんとするところは解ったんですけど、それはもう、“言語化不能”とされる極めて宗教哲学的な領域での世界観でしかなく、一般常識的な世界観を持つ普通の人にとっては、理解不能で「信じる信じない」でしか認識できないんですよ。

 例えば、ラボアジェやニュートンは今日では近代の科学者として世間的にも認定されていますが、当時は錬金術師的な見方をされていたそうです。

 逆に錬金術師としてしか認識されていないパラケルスス(賢者の石を作った人として有名)が、ちゃんと“実在している科学者”として歴史に名前を刻んでいたりします。

 私は、てっきり架空の人物だと思ってましたもん。ファウスト博士もモデルになった人物がいたそうだし・・・。

 心理学の世界で知らぬ者のないユングも、シンクロニシティーの理論を提唱した当時はいかがわしいオカルティスト扱いされていたのは有名な話です。

 宗教哲学と哲学は科学に先んじてきました。

 つまり、思想は証明する必要がありません。提唱したら、しっぱなしでいいのです。

 ところが、科学は証明して正しいか間違いかを実証していかなくてはなりません。医療大麻推進論者も、科学的実証を徹底的にやらないのがいけないのです!

 今日の世界共通の言語は“科学”であると言えるでしょう。

 しかし、元来、科学というのも唯物論によって形成された思想であることには変わりがありません。物理学や数学、化学によって体系付けられてきたものです。

 その前提である唯物論を疑うことは、御法度であるというのが暗黙の了解となっています。

 が、その構造もまた信仰であることはほとんどの人が認識していません。

 かと言っても、唯物論の埒外にある領域。霊的であったり神的であったりする見えない世界を知覚する人が少なからず居て、その知覚そのものを科学的に解釈しようとする心理学者や脳機能学者が、一定の仮説を提出してきて、説明がつく事例も増えました。

 一方で、科学者がいきなり神秘の世界を信奉する発言をすることも珍しくはありませんね。科学者は絶対的な真理を求めるので、どうにも解釈不能になったら、いきなり宗教家に変心してしまうのかもしれません。

 が、他愛ないトリックを見抜けずに盲信してしまう科学者も歴史上、ざらにいて、詐欺師が暗躍して歴史に名前を残した例も多いでしょう。

 霊能者や超能力者の大半がインチキ詐欺師であることは事実と私も思っていますが、すべてがそうだと断定する程、私は唯物論を信じていませんし、常識外の能力を示す人に何人も会っていますからね。

 信じる信じないではなく、私は事実のみを尊重します。

 けれども、仁平師範が今後霊能者?扱いされて周囲に信奉者が集まってくる事態は、宜しくない!ということは明白です。世の中に大きく貢献できる才能を潰されてしまうのは、何としても防ぎたいと思っています。

 今回、彼は私や小塚師範が厳しい内容のメールを書いていたので、「破門されちゃうんじゃないか?」という不安を抱えて道場に来たのだそうでした。

 もちろん、そんなことはあり得ません!

 彼が今のような仕事をしようと決めたのは、私と出会ってからのことらしく、ということは私にも大いに責任がある訳です。

 もちろん、マジで発狂していたりしたら止めるのは私の責任です。過去におかしくなった連中(恥ずかしながら何人かいるんですよ)を止めなかった自戒も込めて、世の中に害悪を及ぼすような人間になったら殺してでも止めるのが定めだと思っています。

 武医同術というのは、そういう面も含んでいると思います。

 昔、八卦掌の遣い手で馬維稘という人が、腕自慢の武術家を叩きのめしたりして正義漢を気取っていたそうですが、乱暴が過ぎるので八卦門内で問題視された。ある時、夜道で呼び止められ、振り向いた瞬間に強烈な一撃を食らって吹っ飛び、以後、下半身付随になってしまったのだとか? 犯人は判らなかったそうですが、開祖の董海川がやったのではないか?と噂されました。似たような話は日本にもあります。

 異常に料金設定を高くしたのも、どうやらクチコミで、憑霊されているタイプ(これは精神疾患者かもしれません)が集まってくるようになり、ヤバイと思っての処置だったみたい。

 料金が高ければ、“ちょっと覗いてみよう”程度の考えの人間は来ませんからね。

 実は、うちの会の内部でも、「あの料金はやり過ぎなんじゃない?」「舞い上がって現実感覚を失ってるんじゃない?」といった意見が出てきていたんで、心配していたんですが、直に話してみて、まったくそういうことは無かったので、安心しました。

 むしろ、よくぞ、ここまで・・・と感動しましたね。彼が今学んでいる先生(敢えて名前は出しませんが)に感謝したいです!

・・・にしても、ネーミング・センスがちょっとな~? 中二病的だな~?

 まあ、怪獣大好きの小三病?の私が言えた義理じゃないんですけどね?

 それと、最近、ブームの4スタンス理論。これも、ある先生に学んだ理論を提唱者が先生の許可無く広めたのだそうで、実にけしからん話だな~?と思いました。きっと罰が当たりますよ!

 しかも、最後まで学んでいないので中途半端なため、最近は綻びが出てきているのでは?ということでした。

 そういえば、SOT(仙骨後頭骨療法)を学んだ某氏がソフトカイロプラクティックと名前を変えて広めたとか、この手の話は非常に多いんですよね~?

「出所をきちんと言ってるのって長野さんくらいじゃないの?」と言われたことありますが、そんなことは無いでしょう?

 小用先生や時津先生も、ちゃ~んとプロフィール欄に書いていますし、松田隆智先生も几帳面に記録されていましたね~。

 こういうのは教えを受けた先生に対する礼儀として、事実は事実としてきちんと言うのが当たり前なんですよ。

 もちろん、「俺の名前を利用しようとしているんじゃないか?」と勘ぐられた経験もあります。そういう方はその後は名前出さないようにしています。

 でも、私は他人を利用して自分の名声を得ようなんて考えはまったくありません。カッコ悪いでしょ? 小判鮫みたいで・・・。

 自分の実力だけで成り上がってやるっ!と思ってますからね。“鶏口となるも牛後となるなかれ”って言うでしょ?

 無論、勉強させてもらった先生方のお陰であるという気持ちは忘れていませんよ。

 誰に習ったのか言えないって、何か怪しいですよね? 師匠の名前を知らないとか、一回習っただけなら私も経験有るけど・・・いくら何でも、それはおかしいでしょう?

 ショーンKみたいな人、多いからな~・・・。


PS;来年の月例セミナ一括予約申し込み受付中です! 受講日が都合に合わない人は個人指導に振替もできますよ(実はその方が密に指導できる)。その場合、通常の個人指導より割安になります。毎年、最新の武術理論を提供していますから、御期待ください!

PS2;DVD付き実用書の企画で、ダイエット本!を書くことになりました。私の体型では説得力無さ過ぎなんで、「痩せなさい!」と言われてしまいました~。年末は断食してEMSでも遣うかな~?

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11月は健身法

 11月の月例セミナーは、健身法をやります。

 今回は、基本に戻って、スワイショウ・立禅・三元試力の健身効果を説明し、骨盤調整を主にしたカイロプラクティックの基本と活法(背活・腹活・脳活)、四肢の関節の調整などをやってみようと思います。

 基本、健身法は今は仁平師範に任せるつもりでいるんですが、現在、多忙で彼が来れないと思うので、私も覚えている知識を無駄にするのももったいないから、たまにはきちんと教えていこうかな?と思っています。

 あまり指導していないので会員も私がどういうことを知っているのか想像がつかないと思うのですが、一応、ヨーガ、気功、太極拳、三体式站椿功、意拳養生功、柔身六法、気体調整法、剛柔流の息吹、熊式易筋経、肥田式、西式、真向法、野口整体、マクロビオティック、磯谷式、MRT良法、足医術、カイロプラクティック(ディバーシファイド・トムソン・SOT)、武道医学(天神真楊流・神道揚心流・竹内流)、新体道・・・等々、いろいろ勉強はしてるんです。

 しかし、仁平師範があまりにもできるので私のハンパな知識を披露するのもお恥ずかしいと思って、開陳しなかった訳です。

 が、せっかく勉強したんだから誰にも伝えずにいるのも良くないんじゃないか?と思って、今回はいろいろ御披露してみようと思います。

 私は治療の方は自信がなくてやらなかったんですが、これらの勉強で得た知識を武術技法の中に組み込んでいったから、いろんな流派の秘伝や極意のメカニズムが解けたという側面もあるんですね。

 そういう意味でも、やはり“武医同術”という日本武道医学を創始した中山清先生が提唱された概念は正しいと思います。

 私はサワリを勉強しただけなんですが、武術に医術は必須のものだという気もします。

 中国の武侠小説でも、例えば『倚天屠龍記』の主人公、張無忌は強大無比の内功を得ると共に治療術も体得します。気功の原理が殺活自在なんですよね。

 いろんな術はその応用でしかない訳です。

 若い頃に我流でやって失敗したので、私は気功には注意するようになりました。

 特に幻覚とか幻聴があらわれる“偏差”が出てくると精神疾患になりかねない。

 しかし、特異効能と呼ばれる超能力があらわれる場合もあるとされ、中国では政府が研究をしていると言われます。

 ロシアも昔、やっていたし(サイコキネシスができたというニーナ・クラギーナが有名)、日本でもソニーがやっていた(青木宏之先生が唯一、テレパシーで本物と認定)時期があります。

 ただし、これらはオカルトというより科学的実験としてされていたので、科学的に認定されないものは否定されていった訳です。

 中国の気功が最初に紹介された時、“外気を放射して患者を操る”という外気功が注目されましたが、実はこれと原理的にほとんど同じものが野口整体で行われていました。

 愉気と呼ばれるもので、これは錐体外路系運動と呼ばれて医学的裏付けがされていました。

 現象としては貧乏揺すりやチック(顔面麻痺)などの無意識の運動。

 太極拳の先生にチック症状が起こることが割合あるんですが、太極拳の練習で気の流れが良くなることで筋肉の歪みを自動補正しようとする反射運動なのだと思われます。

 こういうのは気功では自発(動)功と呼ばれますが、稀に自分で制御できなくなる場合があって、それは狐憑きとか“憑霊現象”と見做されたりするんですね。

 どうしてか?というと、統合失調症のように人格が分裂して悪魔的な言動を取る場合があるからです。

 これは脳内の神経伝達物質の過不足による誤作動が原因だと仮説が立てられているようです。

 オカルト現象のほとんどは脳内の機能異常で説明がつくと明言している脳機能学者もいるみたいですから、まずはその弁に耳を傾けるのが賢明かと思います。

 技術としては催眠誘導で行われる観念運動(糸で五円玉を吊るして吊っている手を動かさないように固定しておいて左右に振れるとか回るとか念じるとその通りに動く運動。念じることで微細な電気信号が送られて腕の筋肉が微動する現象)があります。

 つまり、催眠誘導でも外気功と同じような現象を起こせる訳です。

 太霊道(田中守平)なんかもこの原理を使っていますが、霊現象と考えられたものとしてはコックリ(狐狗狸)さんと、その原型になった西洋の降霊術で使われたウィジャ盤も原理的に同じだったと考えられています。

 私が小学生の時に学校でコックリさんが流行ったんですが、女の子が精神に異常を来して学校を休んだ事件があったそうで、コックリさん禁止令が出ていました。

 その女の子と私の親友が親しくてコックリさんをやった現場にも居たらしいのですが、真相については何も話してくれませんでした。質問すると真っ青な顔になっていたので、よほど恐ろしかったのでしょう。

 その当時、類似の事件が日本中で起こっていたらしく、コックリさんの危険性を訴える記事を新聞で読んだ記憶もあります。

 オカルトの伝播は、大抵の場合、子供の口コミによります。

 口裂け女も小学生に流行ってから日本中に広がったとされます。

 高校生になるとオカルトよりも現実的なサイコパスの事件の噂が広まるようになって、私の高校の近くのラーメン屋の近所でよく猫がいなくなり、「あのラーメン屋は猫でダシを取っている」という噂がありました。

 もちろん、デマだと思います。言ってる連中も度胸試しと称して、その“猫ラーメン”を食べに行っていましたから・・・。

 大人になると、流石にこの手のオカルト話をすると周囲にイカレポンチ扱いされてしまうので、しなくなるのが普通です。

 私もネタとして書いてるだけで信じている訳ではありません。

 ただし、世間一般で思われている程には根拠の無いインチキ話だとは思えない面があるので、研究対象からは外していませんし、ネタとしては小説に役立つので面白がって書いているのは事実です!

 私はいたってノーマルな人間なので、アブノーマルな言葉を使っても、それは作家としての芸風で書いているだけなので、誤解しないで欲しいものです。

 たとえ、実名で批判していても、それは私のジャーナリズム精神がそうさせているだけですから、礼儀知らずなのではありませんっ!

 おかしいことはおかしい!

 ならぬことはならぬ!

 そう断言する人間がいなくては、世の中、嘘とインチキがどんどん広まって、免疫の無い純情おバカさんが騙されては、また騙される・・・という悲劇なのか喜劇なのか判別がつかない事態が延々と続いてしまうでしょう。

 そんな業界が世の中でまともに評価されますか?

 もう個人崇拝はやめなければいけません!

 どの流派、どこの会派にも、真面目に懸命に頑張っている人達は無数にいるんです!

 何とか流の何とか先生だけが・・・みたいなバカなこと考えていちゃ~いけません!

 他を弁えて尊重しつつ、尚且つ、自身の向上を目指さないといけません。

 よく考えれば解る筈です。

 いかなる流派も無数の先人の試行錯誤と研鑽が積み重なって続いてきています。それを理解認識していれば、他を軽んじて見る目線のいかに浅薄であることか?

 私は凡そ20人を越える先生方に学びましたが、見識を深めるのに貴重な教えを受けた先生は百人は下りません。

 無論、人格的に尊敬できる人もいれば尊敬できない人もいましたが、刺激を受けて自分の研鑽を続けて来れたという意味では感謝しなければなりません。

 そして、私と同様に、いかなる師範と呼ばれる方でも同じような経験を経て自分を確立している訳です。

 歴史を学ぶというのは、そういう面もあると思いますね。

 小説の勉強をするようになって、武術の歴史的繋がりを以前よりずっと強く感じるようになりました。

 どんな素質と才能が有ろうと、今の我々は、過去の人達の残してくれた遺産の上に胡座をかいているに過ぎないんですよ。

 それじゃあ、ダメでしょう?

 次の世代、次の時代に伝承していく価値があるものを上乗せしていかなければ文化は衰退してしまいますよ。

 それはものすごく大変な使命かもしれないけれども、やり甲斐のある楽しいことでもあると思います。

 だから、私は40年も武術をやめずに続けて来れたのだと思いますね。


PS;今月の割引セールDVD『独己九剣の応用秘訣』ですが、試し斬り、寸勁、合気、脱力技法への展開、無刀取り、応用武器術・・・など、テンコ盛りにしていてお徳ですよ。結構前に撮ったものですが、この時に初めて寸勁斬りも成功したんだな~?と、感慨深かったです・・・。

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游心流合気道始動!

 思いつきでやることにした游心流合気道ですが、早速、研究成果を試してみようと思いまして、相模原在住で合気道五十嵐道場に通っている千葉さんを呼んで、道場で稽古してみました。

 まず、剣術との理合を同じにするというアイデアを確認してみましたが、思った通り、何の問題もありません。

 次に、無刀取りへの応用。これも問題無し。

 次に当て身の多用。これまた無問題!

 さらに、対打撃系武道格闘技。これも予想以上に使える確信を得ました。

 やっぱり、合気道という武道がいかに汎用性に富み、応用自在な武道であったか?ということを再認識させられましたね。

 ついでに太極拳と合気道の技の比較研究もやりましたが、千葉さんが「あっ? これは五十嵐先生が見せてくれた技ですっ!」と小躍りして喜んでいました。

 五十嵐先生は合気道が形骸化して実戦性を忘れてしまうことを憂い、太極拳との比較研究や剣術・杖術の必要性を考えておられたそうなのですね?

 形だけ合気道をやっても戦い方が解らない。イメージができないのでしょう。それで「果たして、これやっていて強くなれるのかな?」と疑問に思う人が多くいるみたい。

 そういう意味で、私のように考えて個人的に研究されている合気道師範は結構おられるのではないでしょうか?

 格闘技マスコミでは、「合気道は弱い」「少林寺拳法は形だけで使えない」「中国拳法は空手の厳しさに耐えられないオタクがやるもの」といった否定的意見が多く、それに影響されている人達が大勢いました。

 そしてまた、簡単に否定できないような現実もあったりしたので、定説みたいになってしまっていたのですね。

 以前、佐原先生とお話している時に、「合気道(の実戦性)を信じていない」お弟子さんがいるのが嘆かわしいみたいなことを話されていたのを、今もよく覚えています。

 合気道をやりながらフルコンタクト空手の道場に通う人も少なくありませんが、「合気道ではフルコン空手に勝てない」とか言うので、どうやって戦ったのか?と聞いたら、まったく合気道の技を使っておらず、フルコンの間合に立ち止まったままローキックをスネ受けした次の瞬間にパカパカパカーンッ!とパンチの連打を浴びてしまったのだとか?

 バカですね~?

 ローキック出してきた瞬間に“入身当て”してやればいいんですよ! つまり、フルコン空手の戦い方に付き合うから、やられてしまったんですよ!

 合気道は交叉法使わないと真の実戦力が出せません。

 たとえ、ローキックで足を砕かれても、入り身当てで相手の顎を砕いてやれば、相討ち? あるいは、相対的にこっちが勝ち?

 大体、無傷で綺麗に勝とうなんて甘いこと考えるのがバカなんですよ!

 皮を切らせて肉を断つ、肉を切らせて骨を断つ、骨を切らせて命を断つ・・・それが武術ってもんですよ!


 まあ、游心流合気道、案外、早く発表できるかもしれません。御期待くださいませ!


PS;11月月例セミナー“健身法”は、体道塾の仁平師範も参加することになりましたので、皆様、御期待ください!

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トランプが本当に大統領になっちゃった

 最初にニュース番組でトランプが扱われた時は、完全なる泡沫候補扱いでしたね。

 トンデモ発言の下品な候補として・・・。

 ところが、どんどん支持を集めてヒラリーの対立候補になってしまい、「ひょっとして大統領になってしまうかも?」という危機感がアメリカを揺るがし、オバマ大統領までもが批判する始末・・・(普通、大統領がそんなこと言ってはいかんでしょう?)。

 そして、直接の討論ではヒラリーが圧勝したと伝えられ、これでトランプの負けが決まった・・・みたいな雰囲気になりました。

 が、ヒラリーのメール問題が再燃。トランプがここぞとばかりに口撃しまくる。

 史上最低の大統領選と言われながら、ヒラリー優勢は変わらず・・・と言われながら、蓋を開けたら抜きつ抜かれつのデッドヒートで、結局、トランプが圧勝してしまった。

 私は仕事の打ち合わせで町田で友人とジョナサンに居たんですが、選挙速報を見ていた友人のスマホを覗いたら、トランプが優勢ではないですか?

「え~? まさか、トランプが勝っちゃうんじゃね~の?」と笑いながら別れて帰宅しました。

 すると、通常ならお昼に結果が出てる筈と言われていたのに、まだ出ない。

 この時点ではヒラリーが逆転していました。

 が、夕方になって、またもトランプが逆転していて、しかもじわじわと差を広げてきています。

 こうなると、判官贔屓の日本人としては「トランプ、頑張れ!」と応援したくなる。

 結果は、皆さん、御承知の通りにトランプが勝ってしまった訳です。


 ニュース番組を見ていて面白かったのは、ヒラリーの支持者にマドンナやレディーガガがいて、トランプの支持者にクリント・イーストウッドやマイク・タイソンがいたこと。

 私は何が面白いと思ったのでしょうか?

 マドンナやレディー・ガガはイルミナティ(フリーメイソン)の宣伝広告塔だと言われていたこと。

 イーストウッドやタイソンは秘密結社臭がありません。

 もう有名な話ですが、アメリカはフリーメイソンが作った国で、歴代大統領の過半数がメイソンリーであり、そうでない人や対立した人は暗殺された?という陰謀論があることです。

 トランプは、初の秘密結社と関係ない市井から出てきた候補だったとされます。

 既得権益を有する上流階級と貧乏に苦しむ中流以下の国民の対立構造があったから、トランプが勝った?と分析されていましたが、むしろ、秘密結社の力が弱まったと見た方が正しいのかもしれません。

 あるいは、秘密結社内の分裂層が加勢したと考えられなくもありません。

 これは日本で民主党政権が誕生した時にも似ていますが、鳩山さんがメイソンリーだというのはもっぱらの噂でしたし、民主党を後押しした印象もありました。

 どうやら一枚岩ではないのかも?

 それにしても、トランプ大統領で心配なのは、彼が久々に暗殺された大統領になってしまうのでは?ということです。

 ヒラリーを支持していた陣営の反トランプのデモとか見ていると、やりかねないな~?という気がします。

 しかし、日本にとってはどうでしょうか?

 これは日本がアメリカの支配を抜けて真の独立国家になる絶好の機会なのかもしれませんよ?

 これまでアメリカからゴリ押しされてきた政策は捨てて、日本が独立自治国家として再生するというのも夢物語ではないかもしれません。

 民主党政権時代の最大の成果は、「日本が本当はアメリカの支配国家だった」という真相を露呈させたことだと私は思っています。

 戦後のアメリカ文化にどっぷり浸ってアメリカ大好き国民になった日本人・・・。

 アメリカがクシャミすると日本が風邪をひくと言われた時代も、ようやく終わるのかもしれませんね?

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合気道経験者の俳優

「殺陣に応用が効く武道は何がいいか?」と質問された故・林邦史朗先生は、「合気道」と答えられていました。

 高瀬道場の高瀬將嗣先生も同様に言われていたようです。

 実は俳優には合気道経験者が結構いるのです。

 代表的人物としてはスチーブン・セガールがいます。大阪で天真館道場をやっていたのは合気道界で比較的知られているでしょう。

 有名なところでは、杉良太郎と由美かおる。お二人共に時代劇で殺陣の上手さで定評があります。

 若手では、元AKBの秋元才加が合気道黒帯の腕を活かしてアクション派女優として活躍しています。

『闘え!ドラゴン』や『Gメン75』でカラテアクションの第一人者と見做されている倉田先生も、実は合気道の遣い手です。

 高瀬先生が監督された『極道ステーキ』では清水紘次郎さんが武田流合気道を遣っていました。

 何の番組かは忘れましたが、『少女コマンドーいずみ』でデビューした五十嵐いずみが合気道を演武しているシーンを何かの刑事ドラマで見た記憶がありますが、なかなか上手で経験があるのか? あるいは運動神経が良くて稽古したらすぐできたか?のどちらかだろうと思いました。

 それから、意外中の意外なのは、仮面ライダーV3でデストロンの大幹部ドクトルGを演じていた俳優さん(名前忘れてゴメンなさい)。何と、植芝盛平翁直々に教えを受けた人だったのだとか?

 しかし、「えっ? こんな大物が?」という例では、あの高倉健さんが、実は大学で合気道部の主将だったという話があるのです。

 そしてそして、これは誰もしらないかも?という情報が・・・何と、あの勝新太郎が合気道開祖植芝盛平翁を自宅に招いて個人指導をしてもらっていた!というではないですか?

 これは座頭市剣法を考案するのに目が見えない者がどうやって闘うか?ということを考えて植芝盛平翁に教えを乞うたというのですね~。

 全国の合気道修行中の皆さん!

 道場仲間に披露してやってくださいね~。

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游心流合気道

 毎月、個人指導に通っているIさんは、昔、ある会派の合気道の支部長をやっていたそうでしたが、正直言って覚えが悪い。

 空手バカ一代世代で、毎日500回も拳立て伏せしていた(プロレスラーですか?)というので、どうしても筋肉に力が入ってしまうんですね?

 どうにも一進一退で脱力技法は体得できません。

 頭で考え過ぎてしまうのも問題です。

 50も過ぎているので、このままやっていても上達は難しいと思いました。

 で、ものは試しで合気道をアレンジする形で教えてみようと思いついて、やってみたら、流石に長年やっていただけに動きがガラッと良くなります。

「よしっ、これなら上達できそうだ? Iさんは合気道をベースにしてやりましょう!」

・・・ということにして、まったくの思いつきで、「游心流合気道」を作ることにしましたっ!

 小塚師範が合気道ちゃんとできるし、外にも合気道達者な人がいるから、やれるだろう?と思った次第です。

 以前は「游心流太極拳」という名前で講座やっていたこともあるし、合気道も大丈夫だろう?と思います。

 私自身は一時間半の体験入門しか経験がありませんが、昔、佐原先生DVD付き教本の製作に携わった時に基本的な原理を勉強できたので、理論面は心配していません。

 Iさんは三段貰っているそうなので、まあ、大丈夫かな?と思います。

 過去に、合気会(山口清吾先生・西尾先生・多田先生・小林先生・佐原先生)、養神館、養正館、気の研究会、岩間道場、光輪洞、冨木式、万生館に学んだ人が来ていましたし、合気武道では、大東流(武田時宗先生系・佐川道場・幸道会・六方会・光道会・琢磨会・松田敏美先生系・山本角義先生系・西郷派)、親英体道、八光流、新体道、柔法、武田流、流道、和楽をやっていた人が来ていました。

 一口に「合気」と言っても、細かく分類していくと千差万別なんですね~? 大別すると伸筋系か脱力系か? 骨盤の縦回転か横回転か? 軸系か丹田系か? 骨格系か神経系か? 重心集約系か重心拡散系か? 自分主体か相手主体か? ぶつかって崩すかぶつからないで崩すか? 身法重視か心法重視か?

 ここに書いてることの意味が全部解った人には游心流合気道初段を進呈します! 多分、いないと思うけど・・・。

 合気と言っていなくても技術的には合気系統だよな~?と思うのは、鹿島神流ですね。

 私が習っていた頃の甲野善紀氏は技の説明にいちいち合気道を持ち出して“貶す”のが習性になっていて、例えば、「合気道ではこうやるけど、これでは効かない」といった具合で、「佐川先生でもこれほどできるかわからない」「養神館No,2の人が私の技に感動して道場を挙げると言われて困っちゃってさ~」とか自慢してたりしていたので、まだ20代半ばで合気道のことを何も知らなかった私は、すっかり信じ込んでいたものです。

 もっとも、その後、いろいろな合気道修行者に出会ったり道場を見て回ったりしているうちに、「あれ~? どうも甲野先生が言ってることはおかしいぞ?」と思うようになり、自分でも脱力技法を研究するようになって、「やっぱりおかしい。試してみようか?」と思った揚げ句が、例の“甲野先生ビンタ・ペシペシ事件”になった訳です。

 叩いた私がビックリしちゃった訳ですが、その後、養神館の先生に合気揚げを挑んでふっ飛ばされた・気の研の先生にボロ雑巾扱いされて木刀を叩き折られた・山口清吾先生を激怒させて破門されていたけど本人は自覚していなかった・筑波の大東流クラブで学生全員に投げ飛ばされて涙目になった・・・といった負け負け話がテンコ盛りで出てきたので、唖然となっちゃった訳ですけど、まっ、「やっぱりね」としか思わなかったですよ。

 ここまでダメ過ぎると笑っていいのか哀しいのか判りませんが、合気道をあそこまで糞味噌に貶していたのは“自分が強くなれなかった”という“恨み節”だったのかもしれないな~?と思いますね。

 そんな次第で、私は合気道に対してマイナスイメージから接していったんですが、知れば知る程、「あれ~? これは実際は日本武術の精髄を最も純粋に磨き揚げてきているんじゃないかな~?」と、徐々に認識が逆転していったのです。

 これは合気道に限った話ではないんですが、現代の武道でも格闘技でも競技として確立し過ぎて“双方が同じ闘い方で技量を競う”という試合(あるいは形の完成度を競う型競技)しかやらないので、「ルール無用で戦った時にどうするか?」という視点が失われているんですね?

 空手家には他流と戦った時にどうする?と考える人が少なくありません。中には積極的に他流の技を学びに行く人もいます。現に、うちに来る人の半数くらいが空手出身者ですかね~?

 Iさんも最初は極真空手やっていたそうです。バイク事故で続けられなくなって辞めたそうですが。

 うちの師範も全員、空手(拳法)出身です。

 私も、どちらかと言うと、投げたり固めたりするより拳法でぶっ叩く方が好きです。

 ただ、それでは危ないし、健康にも悪いし、一般常識的にも印象が悪いので、優しく崩して怪我しないように練習するようにしている訳です。

 自由組手やらなくなったのもそういう次第です。技を深めるには互いに協力し合わないとダメだということに気づいてからは、益々、合気道の型稽古の利点を感じるようになった訳です。

 どうして武術は型稽古が主体で乱取りの類いは主体でないのか?と思っていましたが、理由が判りました。

 競技に使えるものしか練習しなくなって、技がどんどん減ってしまうし、そうなると体力勝負になっていくので必然的に若いうちしかできなくなる。

 闘争心や勇気を養うには試合も必要ですが、せいぜい35歳くらいまでにして、その後は型稽古で技を深化していく修行システムを確立した方がいいのではないか?と思いますね。

 もちろん、試合経験が無いと勘違いしたりし易いマイナス面もありますが、それは思い上がってる者には指導者がペチンと叩いて解らせてやればいいのではないでしょうか?

 そんなこんなで、急遽、思いついた“游心流合気道”ですが、他所と似たことやってもしょうがないので、「動きの中で当て身入れまくる!」「剣体一致」という特色を持たせてみようと思います。

 やっぱり日本の武術は日本刀操法を知らないと本質が見えてこないと思うんですよ。

 合気道家の中には「剣なんか必要ない」と言う人もいるみたいですが、それは自分が知らないから必要ないと言ってるだけだと思うんですよね~?

 私は佐原先生にお会いしてから、「合気道はすべて無刀取りの原理でできている」と考えるようになりました。しかも、見えない“二刀(しかも小太刀)”を遣っているんですよ(ここ、多分、“秘伝”だと思う)。

 例えば、刀禅の小用先生は六方会で合気を学ばれていますし、転会で新陰流を修行されていたから刀法原理で武術的身体を練り上げるシステムを構築されたと思うんですよね。

 中国内家拳の影響も強く感じますね。内功の練法をそこから抽出されていると思いますし・・・。

 游心流合気道ではどのように構築していくか?ということですが、始めてみたら、意外と短期間で根幹は完成するんじゃなかろうか?と思っています。

 こうなったら、游心流太極拳、游心流空手道も作っちゃおうかな~?

 何か、一気に楽しくなってきましたよっ!

 私の長年に渡る合気研究の全てを注ぎ込んだ超実戦合気道を創って見せますよぉっ!

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文化の日のメイプルホール稽古

 文化の日は晴の特異日という説の通り、今年も朝まで降っていた雨があがり、昼間は暑いくらいの快晴になりました。

 久しぶりにメイプルホールでの特別稽古会ということで、試し斬りもやってみようと前日夜に風呂の水に浸しておいた畳表を半畳分二枚、巻き藁二本を作っておきました。

 もっとも、試し斬りをするとなると、いろいろ用意しなければならなくなるので、荷物が多過ぎて独りで持っていくのが大変なので、北島師範に私の部屋に寄ってもらって分担して持って行きました。

 実はこの稽古会、『セーラー服忍者』のDVDに特典映像で収める武術指導風景のためにやることにしたんですね。

 ヒントは『ハイキックガール』の特典映像で、中達也先生の空手指導風景がたっぷり入っていたこと・・・。

「そうだ! これだっ! 俺もやろう!」と思った訳です。これで映画に興味がない人でも武術に関心がある人は買ってくれるのではないか?と・・・。

 なので、わざわざ映画で使った黒笠と袖無し羽織も持参して着ましたよ。

 月例セミナーを予約申し込みしておいて受講できなかった回の補習にも充てることにしていたので、受講生の方も参加され、会場も広いから結構、のびのびとやれました。

 今の本部道場もそこそこ広いんですけど、メイプルホールは天井が高いのが助かるんですよね。武器術やるのに安心してできますから。

 栗原師範は横浜で稽古会やる予定にして会場も押さえていたので変更できずに来れませんでしたが、滅多に来れない遠方に住んでいる会員さんも来てくれたので、なかなか充実してやれたのではないか?と思います。

 最初は通常カリキュラム通りに基礎錬体と歩法が終わったら初級対錬をやろうか?と思ったんですが、毎回通える人達ではないので、原理原則を覚えてもらおうと思って、差し手と推手をやってもらいました。

 特に差し手は交叉法を具体的に遣うために必須のものだと思うのですが、同時に応用変化が自在にできないと実用は難しい。

 だから、ひとつひとつの技として覚えようとすると無理があるのですが、交叉した瞬間に相手の隙間に滑り込むようにすると、どんどん変化できるようになってくるのです。

 これは30年近く前に戸隠流忍法で覚えた方法論です。優れたやり方はその後もずっと生き残る具体例でしょう。

 戸隠流には差し手の概念はありませんでしたが、その後、中国武術を本格的に研究するようになって、遣い手の先生は必ずと言っていいくらい、差し手を遣っていることに気づいて研究したのは、游心流を名乗ってから数年経過してからでしたか?

 一時は、「これさえやれば・・・」と思うくらい万能に思えましたが、今はそうでもありません。

 返し技も考えついたので、差し手だけで万能に通用するという甘い考えは捨てました。

 あらゆる技を研究しましたが、研究が進めば進むほど、欠点にも気づいてくるのです。

「この技はこうされたら通用しなくなるな~?」と考えると、流派の優劣を語ることが何とバカバカしいことなのか?と思うようになりました。

 TVの深夜のニュース番組で空手の型と組手の女子チャンピオンが登場したのを見た時、“スポーツ化して本来の空手の理合を失っている”と思っていた空手の技であっても、圧倒的なスピードを遣えば、生半可な武術の理論など木っ端微塵にしてしまうだろうな~?と、正直、思いましたね。

 これは柔道や剣道、レスリングの試合を見ても同様に思います。

 ルールを決めて同じ闘い方をすれば、とても勝てない!と、これは確信をもって言えますね。

 ただし、それは武術とは違うと思うんですよ。

 第一、それでは年齢・体格・体力・性別の壁を突破することができません。

 私は後、三カ月で54歳ですよ。明治時代なら立派な老人です。いくらアンチエイジングに励んで鍛練し直したところで、若い武道家や格闘家と同じ土俵で闘っても勝てないですよ。

 まあ、健康年齢を維持できるのは15年、頑張っても20年。そこまで生きているかも判りません。

 よく大病もしないで生きてこれてるな~?と、自分で感心するぐらい元来、体質は弱かったですからね。

 それでも、武術の研究を続けてきて良かったと思うのは、技は今でも伸びているという実感があるからですよ。

 単純に戦闘能力だけなら若い頃より今の方がずっと上です。それは知識が有るから。

 本心を言えば、50くらいがピークで、後は徐々に衰えるのを何とか維持できるのが70歳までだろう・・・と思っていました。

 でも、そういう、しょっぱい話は景気が悪いでしょ?

 それで70までは伸びる!とウソこいてた訳です。

 スンマセンッ! やっぱり自分が70になった時にちゃんと伸びてるという裏付けがないと言ってはいけない?んじゃないかな~?とも思うんですよね。

 ただ、70過ぎてヨロめいて歩いていた人が縮地法を体得し、見る見る上達していった実例はあるので、勘弁してください!

 今は“いや~、本当に70まで伸びるんじゃね~の?”と思うようになりましたね。

 これは、“体力に頼ることを諦めた”からです。

 極論すると“技術も捨ててしまった”からです。

 通常、技術に則って身体を遣うことを教える訳ですが、私はそのやり方を根本から崩して逆のやり方で何とかならないか?と実験を繰り返したんですね。

 例えば、「力のタメを捨てる」「脚力で動かない」「軸を立てない」「身体を統一しない」「集中しない」・・・といった、「やってはいけない」と言われていたことを全部実験していったんです。

 結果、「こうしなければいけない」と言われていることのまったく逆のやり方、つまり、「こうやってはいけない」と言われていることでも有効性が有る!ということを確認してきた訳です。

 これは本当に誰にも習っていません。

 だって、ダメだって言われていることを敢えて実験していったのですから、自分の直感を研究しようと考えて試行錯誤を繰り返していって発見したものだからです。

 特に、「筋肉を鍛えない」と言っているのは私しかいないのではないでしょうか?

 別に筋肉を鍛えることを否定している訳ではないのですが、鍛えなくても威力は出せるしスピードも早くなるのは事実ですから、だったら必要ないんじゃない?とアンチテーゼを投げかけている訳です。

 もっとも、筋肉を鍛えないということを何の運動もしないということだと思い違いをしてしまうと日常生活にも耐えられないくらい肉体が弱ってしまいかねないので、これは健康のためにはマイナスですから(それでも勝てると思ってるけど)、極端に考えないで欲しいんですね。

 現に、私は若い頃は結構鍛えたので、初めて会った人が「長野先生、結構、ごついですね~?」と驚かれたりします。自作振り棒(2kgくらい?)を中学時代から毎日振っていたり(熱中すると千回くらい)したので、私、かなり腕が太いんですよね。

 でも、こんなに筋肉要らないんです。脱力技法の研究にえらい時間がかかりました。力が抜けなくって・・・。

 私は試行錯誤やりまくってるから結構、失敗もしていますが、失敗したら原因を考えるというのが習性になっているので、研究家としては非常に適性があったと思います。

 正しいか間違いか?を多角的客観的に見れるようになったからです。

 考えてもみてください。

 正しいやり方が一つしかなかったら、どうして世の中に無数の流派が生まれたのでしょう?

「自分の教えることが正しくて、よそは皆、間違っているのだ」と言う先生はたくさんいますが、その根拠を示せる人にはお会いしたことがありません。

 正しいかどうかは、ある限定された局面の中だけでしか判定できないからです。

 しかし、あらゆる戦闘状況を一つの限定された局面に押し込むことなどできる道理がありません。

 例えば、百米走で9秒台を出せる人間は希少でしょうが、野生動物ならざらにいるでしょう? 車を使えば簡単ですし、このような競技がいかに限定され尽くした中で測定しているか?という点を考えなければなりません。

 武道や格闘技を武術とまったく同じだと考えている人は、戦闘に対して競技的な観点しか持っていない場合が多いようです。

 確かに現代の武道も格闘技も競技の上での優劣を競う場が絶対視されてしまいます。

 そこに武術を当てはめようとする人達もいますが、不見識と言わざるを得ないでしょう。

 武術に於ける戦闘の定義は無限定です。ルール無し、競い合い無し、武器使ってもOK、不意討ちも暗殺も騙し討ちもOK、勝てば官軍逃げるのもOK、卑怯卑劣の概念は無し!

「何だそれは? それじゃあ戦国時代みたいじゃないか?」と言われるなら、まさしく、然り!

 武術とは、その本質が兵法であり、“兵法とは詭道也”なのですから。

「そんな人殺しの技を研究してどうするんだ?」と、時々言われることもあるんですが、それはもちろん、「人殺しに遭遇した場合に生き残るために研究している」んですね。

 最近も通り魔みたいな事件がありましたが、「そんなことは起こる筈がない」と楽観していても、起こる時は起こる訳ですよ。

 私自身、経験があるし、周囲に痴漢やストーカーに悩まされている人がいて助けたことが何回もあります。

 それは、私が荒事になっても対応する自信があったから助けに行けた訳で、仮に正義感が強いけど武術も何も嗜みが無い人が助けに行っても、「ウルセーッ! でしゃばるんじゃねえっ!」って、ぶん殴られてバタンキュー?になる可能性があるでしょ?

 私が割って入った時も、「何だ、このヤロ~」って凄んで迫ってきましたが、(しょうがないな~。ちょっと、こらしめちゃおうかな~?)と思っていたら、何か殺気が出ちゃったらしくて、一米手前で見えない壁(闘気?)にぶつかったみたいに立ち止まって、そのままくるっと回れ右して去って行きました・・・。


 ストーカー殺人事件の何割かは警察に訴えていたにも関わらず殺されてしまっていますよね?

 本気で殺しに来る人間に対して四六時中護ってもらえない警察に頼っても効果的ではないということですよ。

 武術の素晴らしい点は、ありとあらゆる戦闘状況に対応する幅の広さですよね~。

 確か、死んだ親父から聞いた話だったと思うんですが、凄く酒癖の悪い乱暴者がいて、ある日、大酒呑んで暴れまわって警察官も手が出せない。近くに柔術の遣い手のお爺さんが住んでいたのを思い出した人が「取り押さえてくれ」と頼みに行ったそうなんです。

 それで、お爺さんがやってきて「やめなさ~い」って言ったんだそうですが、乱暴者は年寄り相手に殴りかかってきて、お爺さんも何もできずに後退するしかなかったように見えた。「これは危ない。いくら柔術ができても若い者には勝てないのか?」と思ったところ、橋げたに追い詰められたお爺さんに掴みかかった乱暴者が、そのままドボーン!と川に真っ逆さまに落ちてしまい、見ていた人達は唖然となったそうです。

 うちの親父は剣道もやっていたし高校のボクシング部の顧問もやったことあるそうで、私が武術にのめり込んだのにも一定の理解を示してくれていましたね。

 何か、学生時代に剣道部の帰りに不良にからまれて竹刀で追っかけ回して滅多打ちにしたことがあったのだとか? 非常に温厚な人でしたが、やっぱり九州男児の性格で、私もそういう性格を受け継いでいるんだろうな~?と、思います。

 死ぬ直前に、私が書いた本あなたの知らない武術のヒミツ』を送ってもらって、もう読めなかったそうですが、嬉しそうにしていたそうです。

 親父の家系は歴史ミステリーみたいな話があって面白いので、いつか作品に反映させたいと思っていますが、私が何かヘンな事件でも起こしたら家系に疵をつけることになってしまうので、迂闊なことはできないな~と思っていますよ。

 うちの会員さん達は人柄の良い人ばかりなので、もうヘンな事件を起こすような人間は出ないと思っていますが(元弟子には何人か出てしまった)、武術にのめり込み過ぎて常識から外れた考え方が基本になってしまうと社会的制裁を受ける瞬間がやってくると思うんですね。

 だから、腕前は隠す、知識はひけらかさない、オカルトは所詮、表に出してはいけないのです。

 昔、ある先生から「長野さんは神様になっちゃいけないよ」と言われましたが、確かにその通りと思います。人間が神様目線になってしまったら、自分を見失って社会で生きていく場が無くなってしまうからです。

 そうなったら、オウムのようなカルト団体の内部で世を呪って生きていかざるを得なくなる。

『ナイトヘッド』の超能力兄弟、霧原直人・直也には実在のモデルが居たそうですが、人と違った能力を持っていたお陰で苦悩の中で生きていかなければならなくなる悲劇を描いていて、今見ても印象深い作品です。

 ず抜けた能力があれば幸せになれるというものではありません。無能な人でも幸せに生きている例は少なくないでしょう。

 ブッダが中庸の大切さを説いたのは、流石だと思います。

 重要なのはバランスを保つこと。それは固定したバランスではなくアンバランスであっても釣り合いを取れること。

 強くなろうとすることは、自らバランスを崩すことでもある・・・ということを知ってもらいたいですね。

 最近のゾンビ・ブームには、死ぬべき運命の人を無理に延命させている非人道性を揶揄しているような面もあるのかもしれませんね?

 それと、関係ない話ですが、うちの会員さんは、他流の技を見た時に「間合が遠い」と評することが多いんですが、それが普通で、うちが近過ぎる訳です。

 何でか?というと、他流を破るために間合を潰してしまう戦略を考えたからです。

 離隔して戦う流派はくっついてしまうと技が出せなくなります。だから、くっつく。

 逆に、密着して戦う流派は打撃技が出せなくなるので、密着したら安全だと思っています。でも、我々は密着した状態から自在に打撃技(発勁)を出せる。だから、くっつく。

 どっちにしろ、くっついてしまえば我々が圧倒的に有利に戦えるという理屈です。

 あんまり手の内明かしたくないんで、この程度で・・・。

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文化の日は特別稽古やります

 去年の文化の日は特別講習会をやりまして、「今年はやらないんですか?」という御質問もありました。

 あれはあれで大変なんですよね? 仕込みが・・・。

っつう訳で、今年はやりません。疲れるから・・・。

 とか思っていたんですが、メイプルホールの練習日と重なっていたんですね~?

「そうか~? 祝日か~? メイプルホールの練習も最近はほとんど人が来なくてもったいないからな~? 時間早めて何かやるかな~?」と、ふと思いつきまして、いつもだと夜7時から9時くらいまで隔週でやっているんですが、昼3時から5時に時間を早めて特別稽古をやることにしました!

 月例セミナー年間通して申し込んでいる人も、来れなかったりする回もあるので、月例セミナーの補習も兼ねて、いろいろやってみようか?と思っています。

 渕野辺の本部は30畳くらいで天井もあまり高くないんですが、メイプルホールだと倍くらいあるし天井も高いので、剣術どころか槍術や九節鞭、ヌンチャク、三節棍まで練習できるんですよね。

 なので、ここ何カ月も大赤字なのに、私の稽古のために借り続けているのです。

 特に、槍、九節鞭、三節棍は、メイプルホールでないと練習できません。公園でやったら多分、通報されてしまうだろうし、公共の体育館でも規制されてますからね?

 中国武術や古武術やっている人達と話していると、最近は特に武器術を練習する場所が無くて困っているという人が多いです。居合道の先生も困ってましたね。

 東京支部も今は居合術の稽古はできないらしいし、公共施設の限界がありますよね?

 そもそも、2年前に自前の道場を探し出したのも、武器術を自由に練習できる場所が欲しかったからなんですよ。

 素手の技だけやっていたのでは武術のブの字も解らない!と痛感したからなんです。

 剣術と比べたら素手の技は物凄く“雑”です。

 力任せで間に合ってしまうからですよ。素手同士ならば・・・。

 でも、それでは若くて体力のある相手にはどんどん負けてしまいますよね?

 武器術、特に剣術は、物凄く精密に扱わないと敵に勝つどころか自滅してしまいます。

 それこそ毛筋一本ずれただけでダメになってしまうんですよ。

 日本刀の刃って研ぎ方によって何ミクロンの物凄く細い線になるのだそうですね? その刃筋を真っすぐ徹す!というのが、いかに超絶的技法なのか?が解るでしょう。

 手裏剣だって棒手裏剣を三間以上離れたところから投擲して正確に刺すというのは非常に繊細な力のコントロールが必要です。

 こうした技法は力を加えればいいというものではなく、力の大きさと方向のコントロールを適切にしなければ技として成立しません。

 私が日本武術の真価は剣術、特に居合術に有ると考えたのも、この点にあった訳です。

 そして、唯一、入門して学ぼうと考えたのが新陰流だった・・・というのも、刀法の繊細なコントロールが他流に比べて深いと思ったからでした。

 新陰流の木刀は他流と比べて非常に薄く軽いものですが、これは刀法の精密さを養成することが目的だったと考えられます。

 太く重い木刀は木刀の自重で勝手に振れるのですが、細く軽い木刀は全身を協調一致させて振らなければ斬撃力は発生しません。

 つまり、力任せでは振れないのです。

 私は、ごく短い期間で辞めてしまいましたが、目的は果たしています。

 剣体一致の理合を確認することが目的だったのです。

 ですから、以降、私の技は相当変わりました。

 例えば、それまで北島師範と推手をやってもドッコイドッコイになっていたのですが、先日やったら私が圧倒的に勝ちました。正直、「あれっ? 何でこんなに差がついたんだ?」と思って、他の会員とやっても、同じでした。

 お断りしますが、私は二年くらい推手の練習はほとんどやっていませんでした。教える時にちょこっと示範する程度です。トータルで10分もやっていないかもしれません。

 それなのに、何故、こんなに上達できたのか?と考えると、剣術・居合術をやっていたから?としか考えられません。

 刀禅の小用先生が今月号の『秘伝』の中で、「道具が人間に精度を要求する」と指摘されていまして、「修行が進んで動きの密度が濃くなるほど・・・隙間だらけだったことが解ってくる」と説明されています。
20161021_007.jpg

 私、これ読んで、「なるほど、そういうことだったのか?」と、得心しました。

 ゴーマンな書き方になっちゃって申し訳ないんですが、最近、私、武道やっている人の身体が隙間だらけに見えて仕方がなくって、何もやってない人の方がマシだったりするように見えるんですよ。

 別にオーラが見えてる訳じゃありません。構造的な弱点を晒しているのに気づいていないと申しますか、「動きが粗雑過ぎる」と言うべきでしょうか?

 これは立禅によって補っていくことはできるのでしょうが、剣術の方がずっと速いのではないかな~?という気がします。

 特に居合術だと、刀を抜くまでは体術と同じですから、自然に体術の修練にもなるんですね。

 まあ、「無構えで相手が攻撃してくるのを待つのなんて不合理だ」と勘違いしてやらなかった会員もいるんですが、実に浅薄な考えだな~?と思いつつ、教えてやりませんでした。だって、不遜でしょ? 私を信頼していないんだから・・・。

 この練習は交叉法の水準を飛躍的に高めるための稽古システムであり、熟練したら相手の攻撃を待つまでもなく先々で抜き斬れるようになる訳なんですが(私はそうなってます)、疑ってかかる人間に教えてやるほど私は優しくはありませんよ。

 どうも、「武器を使うのは卑怯者だ」という固定観念を持つ武道愛好家が多いのですが、素手で人を殴ったり蹴ったり投げたり首絞めたり関節の逆取ったりして痛め付ける行為のどこが正当なんでしょうね? ただのサディストでしょ?

 俺は何てロクデモナイ人間なんだ・・・と自覚しておかないと見苦しい。

 武術は綺麗事じゃありません! 断じて違います!

 稲吉先生が『月刊武道』に書かれていた内容で「武道をやれば世界平和に繋がる」みたいな趣旨でまとめられていましたが、私は考えが甘過ぎると思いました。

 武の本質とは何か?

「理不尽な暴力を粉砕する覚悟を養成すること!」です。

 つまり、世の中の諸悪をしっかりと見据えること。それをやっていれば、綺麗事を口にできなくなるものですよ。

 何故なら、“自分の中にも必ず悪が有る”からです!

 それを自覚していれば、簡単に性善説には立てない筈ですよね? 自覚した上で唱えていたら、それは偽善でしかない訳だし・・・。

 それは、個々の修行者の内的自覚以外に外部から教えられるものではないのです。

 どんな武術の達人であっても、聖人君子じゃありません。崇め奉って、「ポアしなさい」と言われて、ハハ~っと従ったりするような奴隷根性に陥ってはいけないんです。

 それと、気の武術を修行していると、他人の気の様子が見えるようになってきますが、これはある種の幻視な訳で、医科学的には“病気”に分類される訳です。

 ですから、変な優性思想を持って差別的な考えに捕らわれてしまうと、プチ・ヒットラーみたいになってしまう訳ですから、これまた注意しなければ社会的に排除される切っ掛けになりかねません。

 所詮、特殊な狭い世界観の中のことなのだ・・・という達観をしていないと危ないんですよね?

 だから、真に精神修行したいと思う人は出家しなさい!ってことなんですよ。

 ちなみに、私は精神を磨こうなんて金輪際、考えていません。


 あ~、何かどんどん話が飛んでしまった・・・。

 まあ、宜しかったら、おいでください。

 初参加の人は3000円です。会員は2000円。セミナー予約申し込みしていて受けていない回の補講が希望の方は無料です

 そうそう・・・来年の月例セミナー予約一括申し込みも受け付けておりますのでお早くどうぞ。払ったお金の分は責任もってお教えします。

追伸;16日のほびっと村講座にいらしたNさん! DVD購入御希望だったそうですが、講座受講割引価格で結構ですから、安心してお申し込みくださいね? 取材でお話できずにごめんなさい! お土産もありがとうございました!

追伸2;今月の割引セール発勁と化勁』。数年前に製作したものなのですが、非常に解り易くて内容も盛りだくさん。自分でも良い出来だな~?と思ってます。宜しかったらどうぞ


■□■ 事務連絡 11/3文化の日特別稽古会 ■□■

●特別稽古会
日時:2016/11/03(木・祝) 15:00~17:00
場所:MAPLE1990内 メイプルホール(Maple Hall メイプルビルB1F)
  地図:http://www.maple1990.com/menu/access/access.html
   〒229-0037 神奈川県相模原市千代田2-2-15
   TEL:042-751-5011
アクセス:JR横浜線 相模原駅より 6番バス停『高校入口』下車2分
参加費:
 ・一般 3,000円
 ・游心流会員 2,000円
 ・セミナー予約一括申込していて不参加分の振り替え参加希望の方は無料です!

※一括申込じゃないセミナー常連の方もモチロン参加可能です!
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事務連絡 11/3文化の日特別稽古会

■□■ 事務連絡 11/3文化の日特別稽古会 ■□■

●特別稽古会
内容:ブログ記事参照
日時:2016/11/03(木・祝) 15:00~17:00
場所:MAPLE1990内 メイプルホール(Maple Hall メイプルビルB1F)
  地図:http://www.maple1990.com/menu/access/access.html
   〒229-0037 神奈川県相模原市千代田2-2-15
   TEL:042-751-5011
アクセス:JR横浜線 相模原駅より 6番バス停『高校入口』下車2分
参加費:
 ・一般(初めての方含む) 3,000円
 ・游心流会員 2,000円
 ・セミナー予約一括申込していて不参加分の振り替え参加希望の方は無料です!

※一括申込じゃないセミナー常連の方もモチロン参加可能です!

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自己啓発業界の裏の話

 80年代末に大流行してバブル崩壊と共に一気に姿を消していったものに、自己啓発セミナーと呼ばれるものがありました。

 これは、一体どういうものなのか?

“60年代末にベトナム戦争に従軍した兵士のPTSD(心的ストレス障害)が大きな社会問題となり、その治療のためにアメリカで開発された心理療法である”

・・・というのが自己啓発セミナー系統の団体の“ウリ文句”でした。

 確かに、この自己啓発セミナーに使われる手法は軍事利用の研究もされていました。

 しかし、治療が目的ではありません。

 洗脳(マインドコントロール)が目的だったのです・・・。

 洗脳してロボットのように従順に命令に従う兵士を大量生産するための研究だったのですね?

 ですから、アメリカに限らず、ドイツや日本でも戦前は研究されていたようです。

 ところが、一般に広まったのは、別の目的でした。

 ネズミ講、マルチ商法に利用されたのです。

 具体例を挙げれば、・ム・ェ・とか、ネットワークビジネスと呼ばれる方面に技術導入されていったのです。

 洗脳してハイな精神状態にすることによって冷静な判断をできなくし、どんどん金を使わせる・・・という手法で、以前は社会問題視されることも多かったですね~。

 ネットワークビジネス自体が違法かどうか?が問題ではなく、洗脳状態にして冷静な判断力を奪うことが、より問題が大きかった訳です。

 さて、かつて流行った自己啓発セミナーですが、最も大きなものはライフダイナミクス、その他、類似の中小の団体が乱立していました。

 これらのウリは、“メンタルトレーニングで自己の潜在能力を開花させ、ひいては人生を成功に導く!”という希有壮大な思想をプロパガンダ(主義主張の宣伝戦略)していました。

 これらのベースになったのは、毎度お馴染み“エサレン研究所”の研究、特にNLP(神経言語プログラミング)とかの催眠系心理療法の諸派です。

 で、誰かは知りませんが、「これはビジネスに使える!」と閃いた御仁が始めたのが“自己啓発セミナー”だった訳ですね。

 始めは当然ながらアメリカでしたが、これまた当然ながら社会問題視されてしまい、海外逃亡した先が、“舶来物に滅法弱い日本”だった・・・という次第!

 余談ですが、一時期流行ったビリーズ・ブート・キャンプも、実行者が心不全で死亡したことから社会問題化して日本にやってきた・・・という噂があります。この手のパターンは多いんですね。“レイキ”や“ホメオパシー”もそうだと聞いたことあります。

 自己啓発セミナーは、折からのバブル景気に便乗して大盛況となり、企業研修に引っ張りだことなりました。

 要は、もともとが洗脳のためのものですから、従順なビジネスマンを養成するのに好都合だった訳です。

 また、“自分さがし”や“ヒーリング”のブームにも乗っかり、お金を出せば真の自己実現ができるのだ!という、もはや、エセ宗教の煽り文句みたいなキャッチコピーにもゴキブリホイホイみたいに引っ掛かる人達が続出した訳です。

 中には婚期を逃したバリキャリウーマンや、売れっ子キャバ嬢みたいに小金を溜め込んでいた人達が、入れあげて何度もセミナーを受けてスッテンテンになってしまった・・・的な“ホストクラブにはまった下流芸能人”みたいな話は腐るほどあったようですね?

 相場として、最初は無料のお試し。次は十万円の本格セミナー。更にその上のデラックスバージョンとなると、軽く三百万超えるとか・・・バブルで急増した成り金の皆さんでなければ無理な料金設定でしたね。

 で、細かいテクニックとしては、セミナー受講者の中にサクラを混ぜておいて、このサクラが「うわ~っ! スゴ~イ! こんなの初めて~! ・・・でも、この上のセミナーはもっとも~っと、凄いんですよね~?」っと、瞳をウルウルにしてアピールする。しかも、このサクラはかなりの美女でなければなりません。

 つまり、さりげな~く、恋愛商法(最近は地下アイドル商法と言った方が解り易いか?)も加味する訳ですね。

 もちろん、このサクラさんはバイトでお小遣い貰ってる訳ですね? あるいはセミナーのオーナーの愛人だとか・・・。

 広告塔を使うという手法もありました。

 それなりに有名な芸能人や文化人を使って宣伝する訳です。

 要するに、金稼ぐのが目的なので、具体的に商品を売る訳ではない自己啓発セミナーの場合は、どれだけ受講者に満足感を与えるか?というのがキモなんですね。

 これに関しては、私も綺麗事は申しません!

 游心流の武術セミナーや講座を受けた人達に、どれだけ満足感を持ってもらえるか?をテーマにして毎回やってきていますよ。だって、“サービス業”ですからね?

 特に月例セミナーになるとイチゲンさんは一回一万円ですからね? きちんと体得させられないと詐欺呼ばわりされかねないじゃないですか? だから、受講できなかった回は個人指導でも稽古会でも代替できるように設定している次第です。

 昔は、「段位が欲しい」とか「修了書が欲しい」と言う人もいたんですよ。

 でも、游心流は私が個人的に名乗っただけの流派ですから、段位とか修了書とか出しても、一般的な権威って無きに等しいでしょう?

 剣道や柔道の段位だったら、全国共通の権威がありますが、個人の流派や道場で出している段位にはそんな権威性は無いですよ。

 これは国家資格が認められている柔道整復や鍼灸、指圧などと比べて、カイロプラクティックやスポンディロセラピー、オステオパシー、身体均整法、中国整体、ロルフィング、アレクサンダーテクニーク、骨盤調整、足裏反射、気功マッサージなどの民間療法が団体内部の資格制度?しか無いものを同列で考えられないのと同じなんですよ。

 当然と言えば当然の話で、カイロプラクティックやオステオパシーなんかは、アメリカでは大学で専門教育受けて臨床期間を経て、一人前になるのに凡そ10年はかかるのに対して、日本だと一日講習会受けて修了書もらっただけで開業するケースだってありますからね?

 事故が起こらない方がおかしいでしょ?

 私も2年間勉強しましたけど、自信ないから開業しませんでしたよ。プロでやっている人から「長野さんくらいできたら開業しても問題ないよ」と激励されたことあるんですが、いや~、プロはそんな甘くないですよ~。一回でも事故ったら医業類似行為違反でしょっぴかれるかもしれないしね~? 健康法としてやるのが関の山ですよ。

 だから、よく民間療法家が著書を出して、「自分のところで学べば資格免許を与える」って書いていたりしますが、それは国家資格じゃないんだから下手な療術院でも経営して問題起こしたら人生終わっちゃいますよ?

 ちゃんと教えて後継者を育てようと考える人なら、お金は度外視して教えるもんですよね? 私も幹部からはお金取ってないです。だって、私を支えてくれてるんだから!

 こういう療法家が本出すのだって、患者さん、あるいは受講生を増やして自分が儲けることが第一目的な訳ですよ。それを世界平和のためだの、皆様の健康を祈ってだの、歯が浮くような綺麗事を、よ~、いけしゃあしゃあと書きよるな~?って思わないっスか?

 解ってて書いてるのなら、それもビジネス戦略の一環としてアリだと思うから、別に責める気はないんですが、本気で書いてたら、「この人、コワ~イ!」って思わない?

 自己啓発セミナーの一番の問題点は、真面目で純粋な人ほど信じ込んで洗脳されてしまうという点です。

 特に、昔っから騙されがちなのは、芸能人とかプロスポーツ選手。一つの業界の中だけで純粋培養で育った人達は世の中の害毒に免疫が無いから、コロッと騙されてしまう訳。

 お金も持ってるから湯水のように使ったりする。

 昔、統一教会の合同結婚式で著名人の洗脳騒動がありましたが、真面目で一途で純粋な人ほど引っ掛かってしまうんですよ・・・。

 ちなみに統一教会も自己啓発セミナー的洗脳手法をいろいろ研究していた宗教団体として有名でした。宗教がそもそも信仰と言う名前の“洗脳”を用いるものですからね?

 これまた、合宿に連れ出して多人数で釈伏したり断食させたり眠らせなかったりして思考力を麻痺させておいて洗脳する・・・といった手口があります。オウムみたいに麻薬や覚醒剤使うという非道なやり口もあります。

 ところで、オウム真理教の地下鉄テロ事件でマインドコントロールが知られるようになりましたが、オウムが武術にも手を出していたのは世間的にはあまり知られていません。

 武術関係でも自己啓発セミナーの手法を採り入れてる人は少なくありません。

 著名なところでは高岡英夫さん。

 日野晃さんは自己啓発セミナーの講師をやっていたというのが有名な話です。

 宇城さんのDVDを見ると空手というより自己啓発セミナーそのものですが、多分、企業人だったから採り入れたんじゃないでしょうか? 問題点をまったく自覚していないみたいだし、その後も自己啓発系の本ばっかり書いてるし・・・。

 最近、どうしているのか知りませんけど、高木一行さんもそうみたいですね? マジックマッシュルームの販売とか危険ドラッグ系に手を出していたからな~?

 もっとも、武術系は自己啓発セミナーよりも以前の“霊術(気合術や催眠術、古神道、丹田錬成等々の心身鍛練術で心霊系のものじゃありません。被ってる人もいたけど。太霊道とか?)”の影響を浮けていたりするのですね?

 特に催眠術は西洋から入ってくる(メスメルの動物磁気説)前からもあって、忍術や大道芸の中に伝承されていて、古武術の中にもありました。

 だから、明治時代にはかなり研究した人がいたらしく、著名な剣道師範が、「剣道はつまるところ催眠術である」と言ったという話が伝わっています。

 初代引田天光とか『大霊界』の丹波哲郎が催眠術の遣い手として有名でしたが、日本の催眠療法の老舗は守部催眠学院じゃないかな~?と思います。

 私の小学校以来の親友が一時、学院長をやっていたので業界裏話をいろいろ聞いています。

 それによると、催眠療法が医療心理学の一派として日本に入ってきた時に、守部さんがビジネス展開を考えて一回一時間一万円の相場を作ってしまったので、以降、心理療法としての医科学的普及が阻害されてビジネス展開が主流となってしまったのだとか?

 人橋(硬直した人を二つの椅子に横たえて上に人が乗って見せる)とか割り箸を名刺で切るとか風船に針とか割り箸を刺しても割れないとかの大道芸紛いのことを見せて催眠の威力をアピールする手法が確立されていった訳ですが、これらは霊術家が散々演じて見せてきたものなんですね?

 催眠の可能性は少なくなく、前世の記憶を蘇らせる退行催眠とか、精神病や憑依現象まで治療しようとする人達まで現れて、医療行為とはもはや言えない領域に突入してしまい、悪質な催眠療術師も輩出させてしまったのだとか?

 催眠術というのは霊能力に近いもので人為的に幻覚見せたり五感を支配したりできるんですね?

 だからこそ、武術家で催眠術を熱心に研究する人もいた訳です。

 まったく知られていませんが、私が習っていた時期、甲野善紀さんも催眠術に熱中して研究していましたよ。

 で、ある催眠セミナーをしつっこく紹介されましたが、それがまたベラボーに料金が高くて貧乏な私は受講しなかったんですけど、「何で受講しないんだっ!」って甲野さんから怒られましたよ! 何だったんでしょうね?

 甲野さんは洗脳技術も相当に研究していたので、社会的な知名度を獲得するのに、相当、遣ったんだろうと思いますね? でなかったら犯罪スレスレの行為を山ほどやっているのに隠し通せる道理がありませんからね?

 彼の武術の技の見せ方も霊術の大道芸そっくりです。普通に闘ってボロ負けする点がインチキ詐欺師っぽくて味がありますけどね? あそこまで落差があると誰も文句言う気力が起きなくなるんでしょうね?

「社会的に成功する」というビジネスマンの必携の成功哲学の本が自己啓発系の本のコーナーに沢山ありますが、これらの理論も「プラスのイメージだけを持って、すべてに感謝の気持ちを持つことが大事」みたいなことが書いてある訳ですが、そもそもイメージのプラスとマイナスって何を基準に区別するのか?という視点を解いた本を過去に読んだ記憶がまったくありません。

 要は、「自分にとってのプラスであり、自分にとってのマイナス」という御都合主義でしかない訳ですよ。

 それをごまかすために「世界平和」「すべてに感謝」みたいなお題目を唱えることで利己的思考に蓋をして思考停止させている訳です。

 これは単なる自己欺瞞です。自分で自分を洗脳しているだけ!

 プラスイメージの成功哲学を信奉している人達は結構、周囲にいるものですが、人当たりが良くって明るく爽やか・・・だけど、瞳がキラキラし過ぎていて、どこか作り物めいた不自然な挙動・・・?

 そして、明らかに「それOUTでしょ?」って事柄に“いいね”を連発してみたり、冷静な視点、客観的な判断力が致命的に欠如していて周囲の人の助言を聞かず、厳しいことを言われるとヤクザみたいに怒ったり、逆に鬱々と押し黙ったり・・・みたいな病的な反応を示したりする・・・。

 つまり、自分に都合の悪い現実は認めたくない訳で、こういう人は現実社会の荒波の中で自滅していく可能性が極めて高い!

 物事に良いも悪いも本来はありません。

 自分ルールや社会ルールによって定められた基準線によって区分されているだけです。

 しかし、その基準線こそが人を人として、社会を社会として規定し機能させている大切な“法”なのです。

 皆が“法”を無視して生きていったらどうなりますか?

 世の中、しっちゃかめっちゃかになってしまうでしょう?

 狭い業界で神様みたいに悟ったつもりになっても、世の中、そんな甘いもんじゃありません! 生きていくのは大変なんですよ。

 毎日毎日、ラブホの掃除で必死で働いて、月に18万円もらった時・・・それでも私は本当に有り難かったですよ。心底、お金の大切さを思いましたね。

 お金を稼ぐのは生きていくためです。日々の生活を支えてくれるお金の有り難みを知れば、その大切なお金を口先三寸でかすめ取ろうとする詐欺行為の卑劣極まりなさに怒りを感じない人はいないでしょう?

 蛇足ですが、自己啓発セミナーを日本に紹介したある人物は良心の呵責で心を病んでしまったそうです。しかし、悲しいかな・・・催眠療法に頼って、いろんな療術院を転々としていたそうですが、似たような話が海外の護身術を日本に紹介した人の噂で聞きましたね?

 世の中で正気を保つことがいかに難しいことなのか? お金は人を狂わせます。ゼニクレージー(by『正義のシンボル コンドールマン』より)にしてしまいます。

 皆さん、よくよく心してくださいね?

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久しぶりに東京支部へ

 クエストさんに寄る用事があって、ついでに駒込の東京支部の稽古会にも行ってきました。

 先日のほびっと村の講座の時に小塚師範から相談があって、気になっていたので、もうちょっと詳しい話を聞きに行ったんですね。

 まあ、うちの会そのものの話ではないんですが、所属している会員さんの相談を小塚師範が受けて、他団体との兼ね合いがあったので私にも相談した・・・という次第だった訳です。

 ちょっと他団体と問題が起こったりするとマズイと思いまして、また、相談した会員さんも不安に思っている様子だったらしいので、これは私が引き受けた方が良いだろうと思ったんですよ。

 何しろ、この類いのトラブルバスターとしては過去に結構な回数の処理をやってきていますから・・・。

 武術武道の世界というのは本当に、メンドー臭い業界なんでね~。下手すると暴力に訴えるでしょう? 論理が通じない人間がザラですから。

 いやいや、まだ暴力に訴える人の方が潔くって(意外と話せば解る人が多かった)、ネチネチと陰湿な嫌がらせをするサイコパスも少なくないんですよ? マジで・・・。

 今だって、しつっこくヒツウチ電話かけてくる人が居るんですけど、ヒツウチは繋がらない設定にしているんで、データが残るだけなんですよ。

 何のためにやっているのか、さっぱり解りませんね?

 やってて自分がミジメに感じないんですかね~?

・・・っつうか、そんな暇あったら「あの長野のヤロー、いつか、ぶちのめしてやるっ!」って、サンドバッグ殴っり木刀振ったりした方が自分の実力も上がっていいんじゃないすかね?

 私はずぅ~っと、40年もそうして来ましたよ。

 何しろ、本当のこと言っても、礼儀知らずだのクレーマー扱いされたりするヘンな業界ですから、「無名な者は相手にされないんだな。それじゃあ、有名になるしかないな」と思った。

 その結果、今では、こと武術に関して「本当にちゃんと解ってるのは長野だけ!」と業界通の間で噂される唯一無二の存在になっちゃってますからね?

 要するに、素質や才能を超えるのは、“執念”なんですよ!

 こと、“徒手戦闘”に対する“執念”は国内でトップ10に間違いなく入ると思いますからね。

 現代武道、古武術、中国武術に留まらず、東南アジア、アメリカ、ブラジル、ロシアなどの世界中の武術や格闘技、軍隊野戦体術、その上、コンバットシューティングやスナイパーシューティング等も研究してますし、武器と名のつくものは何でも使えるし、自分でも作れます(材料と工具があれば)。

 特定の流派を長年修行して師範になっている人はざらに居ますが、私みたいな人間は皆無に近いでしょう?

 もちろん、専門にやっている人達は凄いと思うし敬意も持ちます。

 しかし、率直に言わせてもらえば視野が狭くて知識が無い人が実に多い。自己満足に浸って向上心を失っている人が少なくないのが実に残念です。

 いわゆる“専門家馬鹿”なんですよ。

 私は、「ペンは剣より強し」という事実をきちんと弁えています。“社会性”を無視していない。

 戦闘能力がいくら高くても、社会適応性が備わっていなければ、ただの奇人変人として一生を終えるしかない訳です。

 兵法好きな徳川家康は多くの武芸者に学んだり会談したりしていますが、疋田陰流の疋田豊五郎と会談した後に、「あの者は達人ではあるが、兵法の理を解っていない」と評したそうです。

 つまり、疋田は強いけれども専門家馬鹿だったということなんでしょうね?

 ただし、武術マニアにとっては世渡り下手な武術馬鹿でも強ければそれでいいのではないか?と考える傾向があります。

 宮本武蔵や小野次郎右衛門に憧れる人は、柳生但馬守宗矩を嫌う傾向がありますが、政治家タイプの頭脳派の宗矩より、荒くれ武者の純情馬鹿の武蔵や次郎右衛門の方が魅力的に思えるからでしょう。

 私自身も、どっちかと言うとそうなんですけど、目標にすべきなのは宗矩のような生き方だと思うんですよ。

 現代でも武術家として傑出した才能を持つ人が、社会人としては“おバカさん”過ぎたりする例が非常に多くて、私は本当に残念です。

 天は二物を与えず・・・というのは本当なんだな~?と思います。

 しかし、自分に欠けているものを勉強して補っていく努力をしなければ、いつまでも欠点を欠点のまま引きずってしまい、いつか欠点が全体を滅ぼすことになりかねません。

 往々にして、成功哲学(プラスイメージを持って生きれば人生は好転していくという理論)の信奉者は自分も他人も欠点に目を向けず、物事をなあなあで済ませる具合になってしまいますが、欠点を無視し続ければ無くなるということはありませんから、最終的には自分で自分の首を絞めているのに現実を認識できずにトラブルに見舞われてしまうというケースが非常に多くあります。

 結局、心を操ろうとか考え方がおこがましいんですよ。

 なすがままに・・・という超然とした達観こそが重要です。一切の作為を捨てて、心のままに生きることが真の自由であり、それができないのが世のしがらみであると自覚することが肝心ですね。

 要は、天に任せて生きるのが一番楽でいいんです!


 久しぶりに見た東京支部の皆さんは、地道に続けているから、前回、見た時より格段に上達していて驚きましたね。

 私なんかメチャクチャ教えて上手い?から、その場で誰にでも秘技を体得させてしまえるんですけれど、形ばかり体得しても技を実戦で遣えるようにはなりません。

 重要なのは、日々の地道な練習で身体に馴染ませて、頭で考えなくとも身体が勝手に技を繰り出せるように神経を鍛えることなんですよ。

 で、最近は特に推手のやり方をあれこれ研究してまして、かなり細分化した技術を順番に教えていく実験を本部稽古会でやっています。

 何で本部でしかやらないか?というと、やっぱり指導者クラスの会員でないと指示した通りにできないからなんですよ。

 初心者への教え方、他流経験者への教え方、身体能力の高い人への教え方、IQの高い人への教え方、覚えの悪い人への教え方・・・これらは、極端に言えば、一人一人の適性に合う指導法を別々に考えて教えないと効果的に上達させられない・・・というのが私の考えです。

 普通の日本の武道でも武術でも、形に嵌めることを大前提に指導する訳なんですが、これだけしかやらない先生も多いんですね?

 それしかやらなければ、それしか要求されない場では強くなれますが、一歩でも外に出たらまったく通用しなくなります。つまり、応用性が無い。

 武術で最も肝心なのは“応用性”です。

 本当に体得させるには、形から入るべき段階の人、その前の基礎的身体を作らないといけない人、形はできているから形を崩して応用自在に技を繰り出せるように教えるべき人、そもそも武道の形式に馴染めないので別のやり方を体得させた方がいい人・・・といった個性を洞察できないとダメなんです。

 指導者クラスの人だったら、このブログを読んで、ドキッとした方もおられると思います。

 多分、こんなこと考えたこともない・・・という人がほとんどだろうと思います。

 逆に言えば、私が何故、武術の秘伝でも、あっという間に体得させられる!と断言できるかというと、常日頃から、このような指導法の効率化を考えているからなんですよ。

 私は“信仰心”というものを持たないように心掛けているんですが、それはつまり、対象を徹底的に洞察して理解しようという意志を持っているからなんですね。信じてしまったら“理解”はできなくなるでしょう?

 むしろ、疑ってかかる!

 「果たして本当にそうなのか?」と、まず考える。後は観察・洞察・分析・試行・修正・確認・理論化・・・ということを日頃から思考回路に循環させ続けることで習慣化しているから、技術分析力や指導能力が日々、進化させられている訳で、ただひたすら努力の産物なんですよ。

 素質も才能も無かった。だから、努力を怠らなかった・・・。これぞ“執念”のなせる技なのです!

 30日の日曜稽古会でも、推手のやり方を段階的に次から次にステップアップさせていきました。

 えっ?というくらい、いきなり簡単にふっ飛ばせるようになった・・・と思ったら、通じなくなった・・・と思ったら、また簡単に崩せた・・・と思ったら、また通じなくなった・・・というのを何度か体験してもらいながら、肝心要の身体内部の重心移動の感覚を拡大していくように指導していきました。

 結局、万能のテクニックなんか無い!ということと、攻撃力が集中すればする程、実は防御力は下がっていく・・・という原理原則を理解してもらうようにしました。

 膨大な流儀を研究してきた結果、技を繰り出す以前の問題に行き着いてきたんです。

 例えば、打撃技の質が浸透勁になってしまうと、もう打撃戦闘用の加速空間が必要なくなってしまいますし、逆技や崩し技なども威力が浸透するような重さが乗るようになるので、見た目、一歩踏み込みながらポンッと打つだけで自動車に跳ね飛ばされたように相手が吹っ飛んでしまったりする訳です。

 これも体重が重い相手には通用しまいと普通は考えるところでしょうが、身体が重くて吹っ飛ばなければ、威力が内臓に浸透してダメージを蓄積させてしまうので、実はより危険性が高まってしまう。

 私なんか最初っから心臓や肝臓、腎臓、脳、脊椎を狙って浸透勁打ち込めますから、巨漢の人の方が危ないと思いますよ? 吹っ飛んだ方が安全ですからね~。

 まだ20代の頃でしたが体重が120kgオーバーの柔道経験者に薄いクッション越しに寸勁打った時に、うっと呻いて真下に崩れるように倒れて真っ青な顔になってしまって慌てたことがありました。

 この時はダメージがないように・・・と、打ってすぐに拳を引いたんですが、これが逆に内臓にダメージを与えてしまった訳でした。

 こういう不可抗力の試行錯誤を繰り返してきて、どう打てば吹っ飛んで、どう打てば内臓に効くか?ということがいろいろ解った訳です。

 この時から30年近く研究を続けてきていますから、こと発勁に関しては、自信満々ですよ。

 ちなみに、16日に北島師範蹴りを受けて一週間後に当たった箇所の反対側に痣が浮いてきた話を書きましたが、その痣が下の膝の方へ移動してきて紫色になったりしていたのを小塚師範に見せたら、マジでドン引きしていました・・・。
20161101_001.jpg

 何故なら、やはり栗原師範のキックを受けた後で妙な後遺症が出ていたからだそうで、同じように栗原師範のキックを受けていた会員のIさんも一週間以上、足を引きずって歩くハメになっていたのだとか?

「怪我しないように軽くやってね~」と言って、軽くやっているつもりでも、こうなってしまっていた訳です。

 浸透勁キックは、やはり恐ろしい技ですよ・・・。毒手?みたいになっちゃってる。

 これは会員同士ではもう練習できないな~? 道場破り向け必殺技シリーズに入れておくか~?

PS;11月のDVD半額割引は、『独己九剣の応用』にします。内容テンコ盛りですから、お楽しみに~。


■□■□■ 事務連絡 11/3文化の日特別稽古会 ■□■□■

●特別稽古会
内容:ブログ記事参照
日時:2016/11/03(木・祝) 15:00~17:00
場所:MAPLE1990内 メイプルホール(Maple Hall メイプルビルB1F)
  地図:http://www.maple1990.com/menu/access/access.html
   〒229-0037 神奈川県相模原市千代田2-2-15
   TEL:042-751-5011
アクセス:JR横浜線 相模原駅より 6番バス停『高校入口』下車2分
参加費:
 ・一般(初めての方含む) 3,000円
 ・游心流会員 2,000円
 ・セミナー予約一括申込していて不参加分の振り替え参加希望の方は無料です!

※一括申込じゃないセミナー常連の方もモチロン参加可能です!
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著者プロフィール

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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