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GW特別講習会DVD緊急発売!

 GWに開催した特別講習会の様子を収録したDVDの先行予約発売をします。

 内容は、「0インチ打撃法、ハイスピード連環打法、化勁、蛟龍歩(這いに連続縮地法をプラスしたもの)、零勁斬り」です。

 つまり、「攻防一致にして歩法で撹乱して接近密着し、一方的に打ち倒す“先の先”の戦闘法」ということです。

 目玉になるのは、ハイスピード連環打法と蛟龍歩の使い方を具体的に細かく解説している点と、零勁斬りを何人か成功したところですかね?

 零勁斬りは見世芸で練習した訳ではなく、あくまでも力のタメを使わず、0から一挙に100の力を発する重心力の使い方を体得するために絶好の技なんです。

 はっきり言って、重心力を使いこなせない限り、体格体力が何倍も差がある相手を倒すことはできません!

 急所攻撃も絶対ではありません。

 やはり、戦闘で重要なのは“圧倒的な威力”なのです。

 つまり、“発勁”です!

「発勁だって? マジかよ~?」とせせら笑ってる筋肉マンに軽~く、打ってみせたら、顔面蒼白になって、「先生、これ、本気で打ったら絶対死にますよね・・・」と言った。

・・・ということが何回もありましたよ。見た目でそんな威力が出てるように見えないから、打たれてみないと判らないのが問題なんですが、少なくとも私の目の前でナメ腐った態度取ったら“三途の川”見せてやりまっせ・・・(マジ?)。

 重心力なら、その発勁が簡単に打てます!

 子供でも女性でも草食系男子でも爺さん婆さんでも、打てます!

 それから、うちは基本は交叉法で、後の先か対の先で対応するやり方を指導していますが、中級者以上には、先の先で自分から攻撃していって一方的に相手に何もさせずに潰すやり方を指導します。

・・・といっても、これまであまりやって見せていないので、会員にも知らない人が増えてきています。

 10年前の分裂騒動の時に破門した人達は、歩法を馬鹿にして「必要ない」と言ったので結果的に教えていません。

 ですが、游心流の真の戦闘法は歩法を使うんですよ。以前にも書きましたが、交叉法を破るには歩法が必要なのです・・・。

 ただし、歩法を駆使するのは、体得は少し難しいのです。

 うちの歩法は縮地法を細かく連続して用いるので、脚力で地面を蹴って動こうとしてもできないからです。

 ですが、講習会でやらせてみて、三人(小塚師範、I藤さん、大阪支部長)は概ね、成功していました。

 特に、大阪支部長は、最初はぎこちなかったものの、練習しているうちに重心移動のコツを飲み込んだ様子で、遅滞無く動けるようになっていました。

 そして、鞭手を使ったハイスピード連環打法を用いて、相手に何もさせずに一方的に打ち崩しながら仕留める!

 刃牙に登場した“鞭打”という言葉を用いる人もいましたが、あれは板垣さんの造語であり、武術用語として一般的なのは“鞭手”です。“打”じゃなくて“手”なのは、打撃のみでなく次々に変化して、打ったり・巻いたり・引っかけたり・・・と変幻自在に使うから“鞭の手”と称する訳です。

 名称というのは、その対象の本質を表現する場合があるので、単純に考えてはいけません!

 技の名前に真の用法が隠されている場合もあるのです。

 例えば、燕子抄水という体勢を極端に低くする動作がありますが、これは燕が水面を掠めるように飛ぶ様子を表現していますが、何故、水面を掠めるように飛ぶのか?

 水面にいる魚を捕まえるためですよね?

 ということは、この動作は極端に姿勢を低く斜め下に入り込みながら相手の足首をすくったり、股間を攻めたり、股をすくいあげて倒したりしている・・・と解釈できます。

 つまり、単純に姿勢を低くして相手の攻撃を避けるだけの動作ではない訳です。

 このように考えていけば、武術の形には様々な攻防の仕掛けが内蔵されており、そのヒントが名称に隠されているかもしれないのです!

 だから、名称をただ覚えるのではなく、言葉の意味を考えながら解析する必要があるのです。

“纏絲勁”と“抽絲勁”だと、“纏”は“まとわりつく”という意味なので、外側からグルグルッと巻き付くようなイメージで、“抽”は“紡ぎ出す”という意味なので、内側から細い糸が引き出されるようなイメージ・・・。

 となれば、陳氏太極拳はドリルのようにギュルンッ!と捻り出す突き技を用い、楊氏太極拳は外側から判らない内側から沸き出すような内勁を効かせた突き技を用いる・・・。

・・・という具合に解釈できますね?

 ちなみに内勁とは私が言うところの重心力だと考えてもらって結構です。

 こんな具合で、この講習会では私が考える武術の最新戦闘法を解説指導していますので、正直、あまり広める気がありません!

 なので、今回は割引しないでおこうか?と思ったのですが、まあ、今月の割引セール商品は決めていなかったので、今月中の予約注文者に限り、15000円(税込み)とします。

 いつものごとく、御希望の方はお早めにどうぞ!

 尚、これは限定販売にするかもしれませんので、悪しからず御了解ください。

+++++++   事務局注   +++++++
『GW特別講習会DVD』
・価格:20,000円 
→ 割引 15,000円 (2017/06/30 23:59:59までに先行予約頂いた方のみ)

・内容(2017/05/04開催の特別講習会
 『攻防一致にして歩法で撹乱して接近密着し、一方的に打ち倒す“先の先”の戦闘法
  0インチ打撃法
  ハイスピード連環打法
  化勁
  蛟龍歩(這いに連続縮地法をプラスしたもの)
  零勁斬り

・ご注文方法 こちら(http://infoyushin.blog.fc2.com/blog-entry-12.html)の一番下の方をご参照ください

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本当に世の中、狂ってきたな~?

 ライブ会場で自爆テロなんて、本当に無差別テロも酷くなる一方で、狂信的な人間の考えることは理解できません。

 しかし、本当に思想的信仰的な理由なのか?というと、やっぱり真相は違うのだろうと思います。

 自爆するという行為自体が厭世的で“死なば諸共”という行為でしょう?

 私は、「自殺したいヤツは勝手に死ね!」と考える人間で、同情する気持ちなんか1mgも持てませんけれど、許せないのは、「どうして無関係な人達を巻き添えにするのか?」ということです。

 結局、自分が満たされていないから世を呪い、人を憎んでいるのでしょう。

 本当に憎むべきなのは権力の中枢にいる人間の筈なんですから、テロを起こすのなら一殺多生の精神で権力者だけを狙いなさい・・・と言いたいですね。

 無関係な人達を犠牲にするような無差別テロは断じて許せません!

「トップが代わっても何も変わりはしないよ」というニヒルな考えが今の日本では支配的なのでしょうが、私の見る限り、そういう考えは間違っていますね。

 トップが阿呆だと組織も阿呆ですよ。

「弟子を見れば師が判る」と言われますが、武術の世界も弟子が立派だと教えた師の指導力が優れているという証明になります。

 私も、最近、評価が高まりました。

 どうしてか?というと、うちの師範連が人柄が良くて腕前も確かだからですよ。

 特に仁平師範は他団体の指導者といろいろ付き合って、彼を通じて私も評価が変わりつつある様子です。

 私は本業が文筆家で、武術の研究指導は趣味が高じて生業になってしまっただけですから、武術武道の専門家の人から見たら、「けしからん!」と思われがちでした。

 武道の世界では「人の悪口はいかん! 批判してはいかん!」というのが掟みたいなものでしょう?

 それでも、他流批判の陰口が酒の肴・・・という人が多いんですよ。

 私は陰で言うことは表でも言う! 裏表を使い分けるのは相手に対する最大の非礼であると思っています。

 だから、どれだけ仲良しの先生に対しても、「これは良くないよな~?」と思ったら、はっきり言います。それは腹を割って本音を晒すのが相手の先生に対する最大限の敬意だからなんですよ。

 私がそうしているから、北島師範や小塚師範や栗原師範は私の問題点と思う点はちゃんと指摘してくれます。

 彼らのアドバイスでどれだけ助かっているか?

 游心流ももうすぐ20年になろうとしていますが、この間、いろんな人との出会いと別れがありました。

 病気で亡くなった人もいれば、破門にした人もいますし、問題を起こして離れた人もいます。

 自然にフェードアウトした人が一番多いんですが、「今でも先生の本やブログは読んでます」とお便りくれる人もいます。

 慕ってくれる人もいれば憎んでいる人もいるでしょう。

 しかし、私は誰も憎んでいませんし、縁のあった人は全員、良い人生を歩んでいって欲しいと思います。

 どこかで反省してくれればいいな~?と・・・。

 いろいろあっても、最期に「楽しい人生だったな~」と思えれば、それでいいじゃないですか?

 松田隆智先生と最期の電話で話した時、「長野君とは時々、電話で話しているから、何年も会っていなくても、離れている気がしないんだよな~」と言われて面はゆい感じがしましたけれど、確かに私も何人かそんな友達がいます。

 いや、人生は不思議なものです。

 だから、世の中を恨んだり呪ったりすることはやめましょうね!

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今年も岩槻映画祭行ってきました!

 何か、恒例のようになってきましたが、今年も岩槻映画祭に行ってきました!

 日曜の本部稽古会は自主練にしてもらって、私一人で行ったんですけど、今年の目的は我が游心流に於ける特撮右大臣(だから、何それ?)の千葉文博さんが初監督した短編映画『面影(おもかげ)』を観るためでした。

 ところが、昨年、上映された私の初プロデュース作品『セーラー服忍者』が好評につき今年も再上映されるのだそうで、これも見たいな~?と思ったり・・・。

 DVDの先行販売もできないか?と思ったんですが、諸事情でポシャッてしまったので、会場に到着したら、ながせき監督が過去作のDVDやシナリオを売っておりました。

 しかし、ながせき監督って佐藤二朗に似てるな~?・・・つうか、こういう場合はアイドルの女の子が売らないと売れないでしょう?・・・と思ってたら、やっぱり、全然、売れてなかったそうで、私がシナリオ二つ買ってあげましたよ・・・トホホ・・・。

 まあね・・・ながせき監督が頑固職人タイプでビジネス戦略0の人なのは重々、承知しているので、『セーラー服忍者』に関しては私がプロデューサーとして立ち回らないといけませんからね。

 それはそれとして、千葉さんの初監督作は、私は撮影風景を一回、見学に行って打ち上げに参加しただけで完成版は見ていませんでした。

 正直、ちょっと不安でした。

 何しろ、彼は企画力はあるんだけど、最後まで完遂する粘り強さに欠けるところが見受けられました。何事も竜頭蛇尾になりがちだったんですね?

 しかし、映画ではもっとも必要とされる点です。

 だから、大丈夫かな~?と思っていたんですね。

 ところが、杞憂に終わりました。

 彼の良さが全面的に出ていて、淡々としていながら情感が滲み出てくる佳作だと思いました。

 撮影を見学していた時に感じた余裕の無いカット(普通、繋がりを良くするためにわざと長めに撮っておいて、編集で切って繋ぐ。撮影時に余裕が無いと繋がりがおかしくなったりする)も、むしろ大胆に切り詰めることで無駄をそぎ落としたシェイプしたストーリーになっていたと思いました。

 こういう点は、無能な監督だと無駄にカットが長くなってダラダラした印象になってしまうものなんですが、初監督でそれを一切、感じさせないというのは大したものだと思いました。

 無論、必要以上に短いカットにして繋ぐと、ワケの分からないヘンテコな印象になったりもするんですが(それを味わいにしてしまうダリオ・アルジェントみたいな監督もいるけど)、無駄なセリフで解説させることもなく必要最小限で伝える技量は千葉さんの天性のセンスと言えるでしょう。

 私はちょっと『ア・ホーマンス』を思い出しましたね?

 松田優作の唯一の監督主演作。

 この作品も実験的な作風が賛否両論を呼びましたが、私は大好きです。

 だから、千葉さんの初監督作である『面影』も、私は大っスキです!

 主演の男の子は千葉さんが習った総合格闘技の先生の息子さんで、御家族も来られていたのでお話させて頂きましたが、同じ相模原市内にこんな素晴らしい先生がいらっしゃるというのは嬉しかったですね。

 本当に強い人は見た目に全然、そういう雰囲気を見せないもんですよ!

 そして、千葉さんの演技の先輩で声優の斎藤千恵子さんや、岩槻映画祭の司会でもお馴染みで『セーラー服忍者』の絶叫ミニスカポリス役も演じて頂いた大野ひろみさんも、出演シーンは少ないものの、実に印象深い演技を見せてくれています。

 そしてそして・・・千葉さんも物語の鍵を握る学校の用務員さんを演じていますが、主演の幽霊少女を演じた鶴巻星奈さんの儚げな美少女っぷりは、幽霊というより、何だか妖精っぽい印象でしたね。

 私も女優、鶴巻星奈さんの進化の過程?を見ていますが、本当にシン・ゴジラみたいに会う度にバ~~~ン!と変わっていくのにはビックリしますよ。

 予言しちゃってもいいスか?

 鶴巻星奈さんはトップ女優になると思いますよ!

 そうなったら、「あのコを育てたのはワシじゃあ~っ」って自慢したいっス・・・。


 え~っと、『面影』を上映している間に別会場で『セーラー服忍者』も始まっていたみたいなんで、仕事も溜まってるから帰るか~?と、鶴巻さんの事務所の社長さんに挨拶したら、アイドルの女の子を駅まで車で送るから私も乗せていってくれるとのこと。

 歩くとそこそこの距離なんで、助かりました。

 で、岩槻駅から大宮駅まで、そのアイドルの子とおしゃべりしながら帰ったんですが、占いができるとのことで、私も手相見てあげたりして、瞬間、ドルヲタみたいになりましたよっ!

 また、この子が子犬みたいに可愛らしいもんだから、私は突如、父性本能が目覚めましたよっ?

 が、一緒に歩いている瞬間、ふっと我にかえって、「ちょ、待てよ~(キムタク?)。今、俺とこの子は“お爺ちゃんと孫”に見えてるんじゃないの?」と思ったら、何か急激に覚めてきました・・・やっぱり、私はドルヲタにはなれませんっ!

 名前出すとマズイかもしれないので、匿名にさせて頂きました!

 何だかんだと言いながら、岩槻はいいところですね~?

 千葉さんも来年も何か出してもらいたいね? 私も手伝うから・・・。

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テレビ時代劇の父、死す・・・

『鬼平犯科帳』『八丁堀捕り物ばなし』『仕掛け人・藤枝梅安』『剣客商売』『御家人斬九郎』『夜桜お染め』・・・等々、数多くのテレビ時代劇の名作シリーズを送り出したフジテレビ・プロデューサーの能村庸一さんが逝去されました。

 テレビ時代劇ドラマが絶滅に近い状態の今、時代劇専門チャンネルで活躍されておられた能村さんが、随分、痩せておられて健康状態が悪いのでは?と思っていましたが、悪い予感が当たってしまいました。

 何よりも、時代劇を愛して文化の伝統を絶やすことなく繋げていきたいという思いで仕事に打ち込んでこられているのが、ファンとしても解るプロデューサーでした。

 時代劇復活には能村さんのようなプロデューサーが出てこなければならない。そのためには後進の育成のためにまだまだお元気でいて欲しかった・・・。

 本当に残念です。

 合掌・・・。

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あの問題作の監督が逝去

 ゴジラ・シリーズ屈指の問題作として熱狂的なカルトな人気がある『ゴジラ対ヘドラ』の坂野義光監督が逝去されました。

 二度目のハリウッド版ゴジラの日本側のスーパーバイザーも努められて、再びクローズアップされていた坂野監督ですが、社会風刺の精神は強烈で、上映一週間で打ち切りになった超問題作『ノストラダムスの大予言』にも参加されていました。

 そして、『ゴジラ対ヘドラ』は、ゴジラが明確に人類の味方になった最初の作品とも言われつつ、悪夢のような公害怪獣の虚無的な恐怖を描いた極めてホラー風味の強い作品でした。

 水銀、コバルト、カドミューム、鉛、硫酸、オキシダン(ト)、シアン、マンガン、バナジューム、クロム、カリウム、ストロンチューム・・・汚れちまった海、汚れちまった空・・・と、ヒロインが歌うシュールな歌や、主役と思われた柴(本)俊夫(シルバー仮面!)が、途中であっさりヘドラに殺されてしまう・・・という展開に驚かされたものでした。

 ちなみに、このヘドラ、最初はヘドロンという名前だったそうですが、同時期にTV放送された『宇宙猿人ゴリ』の第一回にヘドロ怪獣ヘドロンというのが出たので、ヘドラに変更されたんだそうです。

 この1970年代前半というのは、公害問題が社会の第一の不安要素であり、水俣病、イタイイタイ病、四日市喘息などの公害病が知られていて、光化学スモッグの警報が度々出された時代でした。

 なので、第二期『ゲゲゲの鬼太郎』や『ドロロンえん魔くん』は公害をモチーフにした妖怪が多数出ていましたし、『宇宙猿人ゴリ』も、ヘドロン、ミドロン、ネズバードン、ゴキノザウルス、ダストマンといった公害怪獣が出ており、『帰ってきたウルトラマン』にもヘドロ怪獣ザザーンというのが出ていました。

 今だったら中国から出てきそうですが、日本も昔は中国の公害問題をとやかく言えた義理じゃなかったんですよ!


 余談が過ぎましたが、坂野監督の御冥福をお祈り致します・・・。

 
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加計学園って・・・?

 森友学園問題ばかりが取り沙汰されていましたが、安倍首相のが本当に昵懇の間柄だという加計学園の問題が、ようやくニュースに出てきました。

 しかし、「おおっ?」と思ったのは、加計学園って、私が中退した岡山理科大学もそうだったんですね~?

 知らなかった・・・。

 岡山に住んだ三年半で私は普通の人生からドロップアウトして、映画にのめり込み、武術にのめり込み、クリシュナムルティーにのめり込み、自己流でクンダリニーを上げて悟り?を得た・・・訳です。

 もし、ここで普通に大学を卒業して普通に就職していたら、どうなっていただろう?と思うものの、今となっては一点の後悔も無いので、多分、つまんない人生を歩いていたかもしれないな~?としか思いません。

 いや、正確にいうと、まったくイメージできません!

 やはり、私は今の人生を歩むべくして歩んでいるんだろうな~?と思うばかり。

 しかし、当時の環境化学科の同級生や、映画研究部の仲間は、今はどうしてるかな~?とは思います。

 もう、30年以上も前になってしまうのに、そんな昔のような気がしません。

 もし、誰か、これを読んでいたら連絡くださいねっ?

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五月セミナー「上丹田」感想

五月セミナー「上丹田」感想

游心流はオカルト禁止じゃ~っ!」と宣言したばっかりなのに、“上丹田の開発”って、何じゃ~、こりゃあ?

 いや~・・・、どう考えても、上丹田を開発するというのは超能力開発トレーニングにしかならず、「それを世間的にはオカルトと呼ぶ!」って感じなんで、我ながらムムムゥ~?って思いましたよ。

 まっ、オカルト禁止宣言の前に決めてたことだから、やるっきゃない!

・・・っつう訳で、今回のセミナーは実技講習は瞑想法のやり方とか、その程度しかできないんで、困ったな~?と思っていたんですが、まずは「上丹田とは何か?」とか、明治から大正、昭和へと続く霊術業界と新宗教、自己啓発セミナーと企業研修、ヨーガと催眠、古代秘教と魔術、そして秘密結社(と、ニュー・ワールド・オーダー)、大東亜共栄圏思想と日ユ同祖論と古史古伝なんかの関係性について、ざざざ~っとあれこれ解説してみました。

 そのまま話だけで半分くらい時間費やしたんですが、後は何をどう練習すれば武術の講習になるかな~?と思って、“察気術”をやらせることにしました。

 後ろを向いている人に攻撃を仕掛けて、さっと避ける。アレですよ、アレ!

 今回が、一番、うまくいきましたね~?

 全然、できないという人はいませんでした。

 やっぱり、繰り返しやっていると、当たり前にできるようになるもんですね?


 しかし、こういうのは論理的に解説しようとすると、逆に嘘臭くなってしまうので、動物的感覚を磨く練習だと思えばいいでしょうね?

 まあ、来年以降はやるかどうか、判りません。

 論理的に説明できないことを金取って教えるのは、どうも気が引けるんですよね~?

 以上!


 セミナーに先立って、始まる一時間前に大阪支部長に個人指導しました。

 独己九剣と、杖術の基本操法、それから彼が思っている白鶴震身が正しいかどうかを確認してくれとのことでした。

 で、「まず、やってみて」と実演してもらいましたが、やはり、思った通り、陳氏太極拳の纏絲勁の突きを白鶴震身と誤解していましたね。

「う~ん、やっぱり(電話で聞いて)おかしいと思ってたんだけど、全然、違うね~?」と、纏絲勁の突きと白鶴震身の技術的な違いを実演解説しておきました。

 勘違いしたまま教えていたら、教えた私の間違いにもなってしまうので、綿密に説明しましたよ。

“纏絲”というのは、要は“捩り”の動きで、陳氏太極拳はギュルルンッ!という感じでドリルが回転するみたいにやるのが一般的なんですが、この動きは直線的にスパーンッ!とやると普通の空手の逆突きと変わらないんですよ。

 一方、“白鶴震身”は、両手を脇を締めて構え、白い鶴がブルブルッと身体を震わせて水を跳ね飛ばすみたいに、骨盤を中心にブルブルッと震わせた振動を指先まで伝える動きです。

 彼はネットの動画とかで見たらしいんですが、中国武術について詳しくない人間は原理的に違う動作を、見た目が似ているから・・・と同じ原理なんだと勘違いしてしまうものなんですよね。

 今は中国武術の専門雑誌が無いので、マニア自体も40~50過ぎのオールドファンしかいない。

 武道、格闘技から入った人だと、一昔前だと意拳しか知らなかったり(意拳最強~!みたいな?)していましたが、今はさしずめ詠春拳しか知らない(詠春拳最強~!とか?)人も多いんじゃないか?と思います。

拳児』世代が、もう40過ぎてると思うし、ブルース・リー、ジャッキー・チェン、少林寺の世代でも50前後より上だと思うんですよね?

 そういう状況なんだから、30半ばの大阪支部長が知らないのも仕方がないと思うし、
私が松田隆智先生の代わりをできるくらいにならなくちゃ~な~?と思いました。

 セミナー後の打ち上げのファミレスでも陳氏太極拳の“纏絲勁”と、楊氏太極拳の“抽絲勁”の違いを実演しながら解説したんですが、大阪支部長、ちゃんと見てなかったから、また勘違いするかもしれませんな~(苦笑)?

 北島師範がいつも怒って言うんですけど、「みんな、長野先生の動きをちゃんと見てない。だから、できないんですよ!」と・・・。

 私、口が達者だから、説明する言葉ばっかり注意がいってしまって、動きを観察することを忘れている人が多いかもしれませんね?

 私は映像から入るタイプなんで、例えば、武道の技術書とか書店でパラパラめくっても文章はそんなに読みません。

 掲載されている写真を見て、「あっ、この人は凄いな」と思ったら買うし、どんな立派な理屈を述べていても、写真がヘッポコだったら、「こいつ、勘違いしてるな」と思って棚に戻します。

 下手過ぎて面白いから、お笑いネタで買うこともありますけどね~(笑)?

 自分が文筆業やってるから、文章にどんな立派なことが書かれていても、言ってることとやってることが真逆の人がどれだけ多いか?と知ってるので、基本的に言葉は信用しません!

 明るくポジティブなことを強調する人が無自覚に周囲(主に立場が下の人達)にハラスメント繰り返したりするのが人間の心のバランスというものなんですよ!

 一日は明るい昼と暗い夜が半々でしょう?

「正しい人間でありたい」と考え過ぎると、無意識の闇がムクムクと頭をもたげてくるのが人間の“心の理”なんですよ!

 だから、私は立派な言葉、綺麗な言葉、正しい言葉をやたらに連発する人間をまったく信用していません!

 その人は人間の自然な怒り・妬み・嫉み・欲望などの感情を意識の底に押し込めているのですよ。

 場合によっては、押し込められた感情が別人格の形になって出てくる場合もある。

 これが乖離性同一性障害ですよ。

 私が平気で人の批判するのは、自分の精神のバランスを保つために最善のことだからですよ。自然な感情を隠さないで解放する!

 言いたい時に好きに言えばいいんですよ!

「あの人、性格悪いっ」って嫌われてもいいじゃないですか? 事実、性格悪いのを隠して生きるより気楽ですよぉ~?

 私は善人とか正しい人間になろうなんか一度も思ったことないですからね~。

 小ずるいこともする。嘘もつく。だけど、“自分には嘘をつきません!”

 人間、他人に尊敬されようなんてするから自分に嘘をつくことになるんですよ!

 最近、儒教の欠点が取り沙汰されていますが、確かに、人間の徳というのは外から押し付けるもんじゃないでしょう?

 無為自然が一番、理にかなってるんじゃないかな~?

 みんな、何で、そんなに無理して人に好かれようとするんですかね~? 疲れませんかね~?

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五月セミナー“上丹田”

 5月14日(日)の月例セミナーは「上丹田」の開発です。

 上丹田の開発は、下・中丹田を開発した上でないと、これだけ開発しようとすると危険なんですけれど、上丹田の働きや普通に使っているけど自覚していない事柄について解説してみようかな~?と思います。

 丹田の感覚というのは日本や中国の武術だと当たり前なんですが、他国だとあまり言及されません。

 実はこれ、もともとは武術とは無関係だったんですね?

 では、どこから来たのか?というと、ヨーガや仙道、禅といった宗教行法を採り入れたものだと考えられます。

 なぜ、採り入れたのか?

 単なる格闘の術だと限界があるので、もっと次元の異なる絶対的な力を得ようと考えて採り入れたのだと考えられますね。

 だから、天真正伝香取神道流や竹内流やタイ捨流、九鬼神伝流、鹿島神流などには、密教系の呪法が伝わっていますし、仁平師範が伝承している刀功門もそうでした。

 つまり、勝つためには何だって貪欲に採り入れようとした結果なんです。

 では、絶対的な力とは何か?

 ひとつは呪(しゅ)であり、神通力ですね。

 私は、『帝都物語』が大好きなんですが、ひとつだけ不満だったのは、なぜ、武術家が登場しないのか?という点でした。

 東洋のオカルチズムの戦いを描くのなら、武術家が登場してしかるべきだと思ったんですが・・・。

 私が上丹田(アージュニャー・チャクラ)を開いたのは天道に入った時でしたが、天道を日本に伝えたのは孫錫坤という人で、八卦掌の遣い手だったそうです。

 八卦掌の行法には上丹田を開くようなやり方が含まれますが、それは変性意識(アルタード・ステーツ)に導く脳開発の訓練法なのです。

 具体的に言うと、走圏を左廻りに巡ることです。

 これは、深い瞑想状態に脳を導くことで、人類の共通無意識に繋がる。これが俗に言うところのアカシックレコードと解釈していいでしょう。

 ユング心理学の祖カール・グスタフ・ユングは、霊能体質に生まれていたので、この共通無意識の存在について強い実感があったので、師匠のフロイトと意見対立して離れてしまいます。

 しかし、心理学の中ではユングは微妙な位置付けで、中にはオカルトの人だと顧みない人もいます。

 けれども、ユング心理学はニューサイエンス方面には大きな影響を与えており、前衛的な科学者には信奉する人も多いみたいですね?

 あ~っ、そういえば、日曜の稽古の後、若手のIさん、Tさんしか参加者がいなかったので、霜剣堂さんの日本刀特売会の最終日だったので、二人を誘って行ってみました。

「昼飯食ってから行く?」と聞きましたが、直行した後でもいいか?と思って、三人で町田に出て、町田から小田急で代々木上原に出て地下鉄に乗り換えて明治神宮前で降り、原宿の霜剣堂本店に行きました。

 数万から一千万超える刀まで沢山あるので、二人には良い勉強になるかと思った訳なんですけど、何と、青木宏之先生とばったり出くわして、帰りに喫茶店で御馳走になりながらいろいろな話を聞かせて戴きました。

 しかし、それにしても奇遇も奇遇。GWは毎年、合宿されているので時間が合わないかな~?と思って、今回は連絡していなかったんですね。

 だから、IさんとTさんが行きたいと言わなければ、私も行かなかったかもしれませんし、先に昼食に行っていたら、これまたタイミングが合わなかったでしょう。

 これは青木先生の引きなのか、私の引きなのか?

 いずれにしても、アージュニャー・チャクラを開いて以降、いや、その前から私は妙にシンクロニシティーが起こるんですよね?

 そういう点での霊感は私はあるのかもしれません・・・。

 俗に天地と繋がると、そういうことが起こる・・・と言われますが、線で繋がる以外に粒子が拡散するように融け合う繋がり方というのもあると思っています。

 青木先生はそうなっているように思いますね。

 仙道では、出神の法、神智学ではアストラル・プロジェクションと呼ばれますが、仙人が抜け殻を残して消える尸解仙(しかせん)というのもあります。

 神秘思想家ジョージ・イヴァノビッチ・グルジェフが死んだ時、内臓はすべて壊死していて、肉体的にはとっくに死んでいた筈だ?ということが判った?というオカルト界隈の噂がありますが、そんなゾンビ状態で生きるなんて馬鹿なことがあるのか?と思っていたんです。

 けれども、うちの父親が脳梗塞で倒れて検査した時、心臓の2/3が壊死して冠状動脈が詰まっていて、医者が、「何故、この状態で普通に生活できていたんだ?」と不思議がっていたそうです。

 肉体は結局、朽ちていくものですが、それは魂の入れ物が壊れるだけで、魂は不滅なのだ?と考えるべきなのかもしれません。

 だからなのか? 私は松田隆智先生友寄隆一郎先生が亡くなられても、どうも、未だに生きてらっしゃるような印象が拭えないんですよ。

 あるいは、遥か昔に死んだ人の残した作品や技術が延々と時代を超えて伝承されている事実を見ると、“生きた証し”というものを遺すことがより重要なようにも思えます。

 私が映画に心惹かれ続けてきたのも、作品の中の世界は永遠だからなのかもしれませんね?

 もう間もなく、私がプロデュース兼出演した『セーラー服忍者』のDVDが発売されます!

 特典映像で私の武術講座と青木宏之先生の剣舞と下田愛璃さんの中国兵器の表演も収録していますが、これは武術愛好家にはお宝映像ですよ!

 小説版も出る予定で、現在、加筆中です。

 乞う、御期待!

PS;グァム島に射撃訓練に行ってきたIさんがお土産で空の薬莢をくれました。7.62×54Rウインチェスターと、44レミントン・マグナムです。空薬莢は好きに持ち帰られるそうで、游心流でもお金ためてシューティング・ツアーやりたいです!

PS2;そういえば、仁平師範もサベージ・ハーフライフルを購入したそうです。一発弾のサボット弾を発射する一応は散弾銃ですが、ほとんどボルトアクションライフルみたいな銃らしいですね。今度、見せてもらおうっと!

PS3;そういえば(はっ? また使ってしまった・・・)、今月21日には岩槻映画祭で『セーラー服忍者』を再編集版再上映するみたいです。多分、舞台挨拶で私も行くと思いますので、宜しかったら来てくださいね~っ!

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キングコング観た!

 メンズデイで安くなるので、『キングコング髑髏島の巨神』をMOVIX橋本で観てきました。

 先日、游心流の特撮右大臣(左大臣は池田さん)千葉さんと打ち合わせした時に、「キングコング、目茶苦茶面白かったですよ~!」と絶賛していたので、こりゃあ、やっぱり劇場で観なくてはなるまい!と思って、小説の応募作を締め切り日ぎりぎりに出したので、自分御褒美で観に行ってきました。

 ちなみに、この小説応募作品なんですが、原稿枚数ピッタリで書いていたつもりだったんですが、何と! 締め切り日前夜に、“ワープロの設定を間違って20枚以上もオーバーしていた”ことが判明!

 大ピーンチ!

 しかも、これ、短編なんですよ。

 長編を削るのはまだ何とかなるんですけど、最初から無駄を省いて書いているものを、さらに原稿用紙20枚以上も削るというのは、作品の完成度を落としかねません。

 小説講座の先生にも、「長野さん、この話はとても短編にはならないから長編にして別の賞に応募したほうがいいんじゃないか?」とアドバイスされていたんで、長編に書き直すことも検討したくらいなんです。

 でも、ダラダラと長く書くのもテンポが悪くなる気がして、短編でスパッと切れ味の良い作品にしたかったんですよね。

 ストーリーを思いついた段階で、頭の中には一本の映画のような流れが出来上がっていたからです。

 そもそも、映画の場合は短編を原作にしたものの方が良いような気がするんですよ。長編は連続ドラマにしないと原作の持ち味が活かせないような気がします。

 山田洋次監督の『たそがれ清兵衛』『隠し剣鬼の爪』『武士の一分』って、すべて原作は短編です。だから、傑作になったのではないか?と思います。

 また、劇場版『エコエコアザラク』よりもTVシリーズの『エコエコアザラク』の方が傑作だと思うんですが、連続ドラマだとキャラクターを掘り下げることができるでしょう?

 時代小説のデビュー作は主要登場人物を七人に設定して書いていたら、キャラクターの掘り下げが中途半端になってしまって苦労したもんですから、書き直した時は、少し削って敵味方の配置も変えました。

 今回の応募作品も、書いていて、「何か、ちょっと量が多いような気がするな~?」と思っていたんですが、気づかなかったんですよ~? これはヤバイ!

 一瞬、今回の応募は見送ろうか?と思ったんですが、せっかく頑張って書き上げたんだから、20枚分くらいは削ればいい!と決意して、一時間くらいで規定枚数分に直して、翌日、送りましたよ!

 やっぱり、こう見えてもプロの端くれですからね。この程度のピンチは何度もくぐり抜けてきてますから、ハイ・・・。

 私はもう新人賞デビューとか狙っていないんですけど、腕試しというか賞金稼ぎというか、一応、人並みに作家としての王道も狙ってみるべきかな~?と思って、書きました。

 とにかく、私は40代半ばから文芸修行を始めた人間ですから、若い頃から同人誌とかで小説書いてきて大学は文学部だった・・・みたいな人とは比較にならないくらい未熟だという自覚だけはあります!

 文章力を上げるには、とにかく“読んで、書く”・・・という作業を積み重ねるしかありませんからね。

 ただし、私には他の作家には無い武器があります!

 それは“個人が用いる武術や武器に関する知識”です。

 こればっかりは誰にも負ける気はしません!

 それともう一つ・・・。

 特撮映画やドラマに関する偏愛!

 これは私以上の人はいるとは思いますが、恐らく、日本で上位百人の内には入ってると思います。

 昨日も、かなり久しぶりに友人の編集者と会ったんですが、彼が着ていた東宝怪獣のシルエットがデザインされたTシャツ・・・。

「むぅっ? これは俺に当ててみろ!という挑発だな? よしっ、当ててみせようじゃないの!」

・・・と思いましたが、わざと最初は突っ込みませんでした。

 そして、打ち合わせとか全部終わった後で、「そのTシャツは?」と突っ込みを入れると、彼はフフフッと笑って、「長野さんは何匹当てられるかな?」と、予想通りの反応。

 よ~し、やってやろうじゃないの・・・。

「え~っと、まず、ゴジラね。それから、ミニラ、これはガバラだろうな~? キングギドラ、バラゴン、ヘドラ、ビオランテ、ジェットジャガー、メガロ、ガイガン、クモンガ、カマキラス、バラン、チタノザウルス、これはメガギラス、それからスペースゴジラにデストロイア、エビラ、これはモスラだけど、新作のやつだろうな~? キングシーサーとマンダは、これはファイナルウォーズの時のやつだろうな~? 細身なのと角の形が昔のじゃないし・・・。あっ、それと、これは皆が忘れてるだろうけど、オルガだね? 『ゴジラ2000ミレニアム』に出てきたエイリアンが、ゴジラのオルガナイザーGを吸収して変形したやつ」

 彼は唖然とした顔になっています・・・ふっふっふ・・・オタクをなめんじゃねえよ!と内心で勝ち誇っていたんですが、一つだけ解らない。

 シルエットが雑なんで特徴が無いんですよ。

 でも、膝のところにトゲみたいなのがあったので解りました。

「あっ、これは初代のメカゴジラだ。膝のトゲはホーミングミサイルで、ここが尖ってる怪獣は他にいないから・・・」

 アンギラスとゴロザウルスとラドンとメカニコングとモゲラとサンダとガイラとゲゾラとガニメとカメーバとマタンゴとドゴラがいたのかは忘れましたけど、順当に描かれていればいるでしょうね?

 でも、ここまでマニアックなTシャツなんだから、レッチ島の大コンドル(『ゴジラ・エビラ・モスラ南海の大決闘』に登場)とショッキラス(84年の『ゴジラ』に登場)とメガヌロン(『空の大怪獣ラドン』に登場)と大海蛇(『キングコングの逆襲』に登場)と大蛸(『キングコング対ゴジラ』『フランケンシュタイン対地底怪獣』海外版と『サンダ対ガイラ』に登場)と獣人雪男とベビーゴジラとゴジラジュニアとゴジラザウルスとドラッドとコウモリ人間と巨大ネズミとグリフォンとか描いちゃえば面白いのに~?とか思いましたけどね。


 はい、それでは、『キングコング髑髏島(スカルアイランド)の巨神』の感想です!

 確かに、実に潔い怪獣映画です!

 何か、小学生時代にTVで何度も放送していたアニメのキングコングみたいで、「大き~な~山もひとまたぎ、キング~コングがやってくるぅ~」みたいな、ウッホ、ウホウホウッホッホ~な作品でした!

 身長30mくらいの設定なんですが、まだ若いということなんで、中学生くらいなんですかね~?

 一応、美女を助けたりするんですけど、まだ色気づいてません!

 何か“夕焼け番長”みたいな感じで、島を荒らすヤツは許さないっ!とばかりに武装ヘリを叩き壊し、怪我した巨大水牛を救出し、タコ怪獣を戦いながら食べ、二本足トカゲ怪獣とタイマンする・・・!

 昔のアニメのコングは、メカニコング(ロボットコング)やロボットスフィンクスやクラゲ怪獣やネッシーと戦ったりしてましたが、そんな感じ!

 この後、ゴジラと戦う予定なんで、倍以上に大きくなる設定なんでしょう? 直立した姿が妙に頭が大きくて五等身くらいなんですよね?

 まあ、それはそれとして、この作品、いろんな映画にオマージュを捧げてるっぽくて、日本兵とアメリカ兵の対決シーンは三船敏郎とリー・マービンが対決する『太平洋の地獄』だったっけ? あれを思い出させるし、髑髏島の周囲を雷雲が包んでいて、そこにヘリが突入していくシーンは『風の谷のナウシカ』とか『天空の城ラピュタ』を思わせます。

『地獄の黙示録』っぽさもあるし、竹林でクモ怪獣に襲われた人間が口からクモ怪獣の脚で串刺しにされるところはマンマ『食人族』だし、もしかしてあの竹林の攻防は『グリーンデスティニー』か『ショーグンアサシン(子連れ狼)』の影響もあるのかも?

 それと、この作品、もしかすると『ドラゴンボールZ』の影響が濃いのかも? 悟空や悟飯が大猿に変身して暴れるシーンに酷似している気がするんですけど?

 巨大ナナフシ怪獣も良かったですね。倒木と間違って座ってた・・・というのは大蛇の都市伝説によくある話だし。

 ただ、気になった点もありました。

 怪獣映画に徹しているのは良かったんですけど、日本兵が持ってる軍刀が鐔無しで木の柄のまま(拘りポイントだったそうですが?)っていうのはあり得ないし、モーゼルミリタリーを出すのも、ちょっとヘン。中国の馬賊じゃないんだし・・・。

 やっぱりそこは南部14年式を出してもらいたかったですね~?

 映画館ではクレジットタイトルが流れるといそいそと帰る客がいるんですけど、この作品、その後に次回作に繋がる特典映像がある・・・と千葉さんから聞いてたので、私はワクワクして最後まで待ちましたよ!

 そろそろ上映は終わる頃ですが、これは劇場で観るべき作品です!

 ちなみに、私は吹き替え版を観ましたっ!

 えっと、それから、昨年、阿佐ケ谷ロフトで開催された『武侠映画イベント』の様子も収録されている『アジアン・アクション映画大進撃』でも評されている『師父ファイナルマスター』のDVDを小塚師範に貸してもらって見たんですけど、これは素晴らしい!

 武術の表現の仕方が斬新で、敢えて盛り上げない!

 非常に上質な時代劇を見ているような印象もあり、観念的なストーリーですが、淡々とした中にフッと醸し出される情感が、「さすが、老荘思想の国だな~?」という印象を受けます。

 それと、「やっぱり武術は武器が本道だよな」と納得させてくれる詠春拳の八斬刀や六点半棍を使った必殺スキルの数々・・・。

 いや~、素晴らしいです!

 武術の門派のしきたりとか難解なところもありますが、野心に燃えていた主人公が利用していただけの筈の弟子のために最後は高倉健のように連続他流試合に勝ち残っていくところの捨て身の格好良さ!

 武術やる人間はこうでなくっちゃ~いけませんよ!

 いろんな武器も登場するんですが、やたら大きく振り回すんじゃなくて、小さく機能的に使うところが通です。

 これは逆転の発想ですね?

 ケレンを省くことで逆に凄みを醸し出す。なるほどな~・・・。

 八斬刀をほとんど逆手に持って使っていたのも意外でしたね。

 子母鴛鴦鉞との対戦で苦戦して、「いい武器だ~」と主人公が称賛すると、敗れた相手は鉞を差し出して贈る。そして主人公は今度は武器を変えて戦う・・・。

 しかも、この連続他流試合、実は主人公は一人も殺していなかった?ということが判明する。

 アクション映画としては少し地味かもしれませんが武術を描いた映画で、これはエポックメイキングですね~?

 私も今度、映画作る時は殺陣は自分でやってみようと思いましたよ!

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特別講習会と猫見会?感想

 5/4(木)は、千代田メイプルホールの稽古時間を変更してGW特別講習会を開催しました

 申し込みが少なかったので、どうなることか?と思っていましたが、前日、一気に参加申し込みがあって、会員ばかりでしたが、そこそこの人数で開催できました。

 月例セミナーだと3時間でワンテーマですから余裕をもってやれるんですが、今回は2時間で0インチ打撃化勁・ハイスピード打撃・蛟龍歩・そして零勁斬りもやるので、一工夫が必要でした。

 要するに、“実戦のケースに合わせて混ぜて教えた”のです。

 昨年から今年にかけて游心流のオリジナルの戦闘法を形成するように指導してきているんですが、その過程で、いわゆる“気”とか“心法”に関するオカルト的に受け止められかねない要素は思い切って省いて、科学的に解説できる領域でシステム化することに決めました。

 どうしてか?というと、そうしないと“感覚主導”になってしまい、“盲信”や“信仰”の対象になってしまい、社会性を失ってしまうと思った訳です。

 実際に、10年前に破門にした元会員達は“気の感覚主導”で追究した結果、言動が完全にオカルチックになってしまい、まっとうな社会常識を喪失していました。

 注意しても聞かなくなっていたのですね?

 これは気功でいう“偏差”であり、禅でいう“禅病”であり、精神医学でいう“統合失調症”であり、簡単にいうと“心のバランスを取れなくなって幻覚と現実の区別がつかなくなっている病態”であったと私は判断した次第でした。

 例えば、「酒やジュースの味を変える」「雨雲を散らして雨を止める」「幽霊を祓う」といったことを公の場で大声ではしゃいで吹聴してしまうのですが、これではまともな神経ではないという印象を周囲に与えるのが確実です。

 まだ、会の仲間内だけで愉快にやっている分にはシャレということで罪がありませんが、外部に向かって声高に主張したら精神病院行きですよ?

 実は、この分裂騒動の最中に、やはり気の感覚がある手技療法家の会員がいて、彼は自分がそんな能力があるということはおくびにも出さずにいたんですが、私は困ってしまって相談したんですね。

 そうすると、「長野先生がブレずにいれば、そういう人達は自然に離れますよ。何の心配もありません」と言ってくれたので、随分、助かりました。

 その経験があったので、先の花見会でのある会員の軽薄そのものの言動に対して重大な問題があると考えた訳です。

 これらの“病態”と、昔から言われている“霊能”との違いは何か?という点に関しては明確な区別はない訳ですが、私個人の見解としては「幻覚と現実の区別がつくか?」「社会常識を守れるか?」の二点であり、この二点を失っていたら、いわゆる“病態”と判断することにしています。

 ただし、これは私個人の判断基準であって、恐らく社会一般的には「すべてが病気か、あるいは虚言を弄する詐欺師」と判断されるであろうと予測しています。

 特に、弁証法的唯物史観による科学的認識(マルクス主義社会科学)を絶対のものと信じる人にとっては、霊的・神秘的・宗教的・スピリチュアリズムに関しては激烈な否定論者(例・上岡龍太郎とか大槻教授とか松尾貴とか)が存在するので、オカルトに関する発言は一般ピープルならば“不思議ちゃん”扱い、私のような専門家ならば“オツムテンテンの人”扱いされるのも覚悟してでないと迂闊に言えない訳ですね?

 で、日本は恐らく世界中でも特に弁証法的唯物史観の教育が成功して国民に広く浸透している国だと思われますから、オカルト発言者に対する排他的対応が激しい!

 特に霊能者の料金体系は非常識に高額なのが常ですから、一度、詐欺師のレッテルを貼られるや、魔女狩りのごとく四面楚歌になって社会から抹殺されてしまうのが特徴です。

 そうやって潰されていった人を何人も知ってますよ。

 有名な事件だと、『リング』の元ネタになった福来友吉博士と御船千鶴子の千里眼事件がありますね? 千里眼能力が評判になったもののインチキ詐欺師扱いされた千鶴子が自殺した事件・・・。

 真実がどうか?ではなくて、メディアが一斉にインチキだと糾弾すれば弁明の余地は無くなって“希代の詐欺師”とレッテルを貼られてさらし者にされてしまうのです。


 ところが、実は日本は世界でも有数の霊的文化の伝統を持つ国なんですね? もともとは・・・。

 だから、宗教に対しては驚くほど寛容でしょう?

 他の国ならすぐに宗教対立から戦争に発展したりするところですよ。

 でも、日本は古来から神道・仏教を中心に様々な宗教が伝承されてきています。キリスト教だって、景教(ネストリウス派キリスト教)が古くから入っていたといわれますし、密教はゾロアスター教(拝火教)の影響だと考えられていますし、明治以降の様々な新宗教は政財界の有力者との結び付きも強く、また党派を越えた「日本会議」のような結社も誕生しています。


 でまあ、何が言いたいのか?と申しますと、武道や格闘技、ダンスなどから武術に関心を持つようになった人達は、「“身体技術”にしか関心が無く、文化的社会的背景をまるで知らずに“技術”にのみ耽溺してしまっていて社会的見地が致命的に欠落している」ということです。

 これは数千に達する武道・格闘技・ダンスなどの実践者と接した上での感想ですが、専門にやっている人ほど、自分の専門外の事柄に関してはびっくりするほど無知で、非常識と言えるほどに常識知らずな人も珍しくありませんでした。

 普通にサラリーマンとかやっている人なら、「これは危ないな~」と踏みとどまるところが、閉じられた世界観の中でずっとやってきた人は“世間知”というべきものが育っていないので、そのまま突っ込んでしまうのです。

 大麻事件でバッシングされた元女優も、まさにそうでしょう?

 良く言えば“純粋”なんですが、それは、“無菌室で育てられたような純粋さ”で、“疑うことを知らない単細胞な信者タイプ”なので、容易に騙されてしまう訳です。

 世間では、“マルチ商法”とか“霊感商法”に引っ掛かる人は「騙される方が馬鹿なのだ」と見做されるもので、普通は同情されませんよね?


 私の世代で武術から入った者の多くは、精神世界とセットで学ぶのが当たり前のようなところがありました。

 これは、松田隆智先生がGIグルジェフの信奉者で、青木宏之先生はオショー・ラジニーシを敬愛していた・・・という点に象徴的でしょう。

 私はブルース・リーが敬愛していたジッドゥ・クリシュナムルティーにはまって学生時代は宗教哲学系の本ばかり読んでいましたが、視点が偏るのは良くないと思って、芸術・映画・健康法・手技療法・教育・社会運動などに関して実践研究していました。

 もちろん、武術は好きでずっと続けていましたが、強くなるという目的よりも文化的背景を研究することの社会的意義を直感して研究してきて、それが最終的に目的化したと言うべきかもしれません。

 私は知的好奇心とか探究心が並外れて強いらしく、謎に触れると解明したくてウズウズする気質なんですね?

 だから、様々な武術の秘技を解明することに熱中できたのだと思いますし、いろいろな分野に手を出してきたのも自分の中では別々のことをやっている意識が無かったからだと思います。

 事実、いろんな体験知が集積されることで謎の解明に役立っている訳ですから・・・。

 作家になれたのも、今考えると必然的ですね?

・・・というか、これしかできない。

 外に金を稼ぐ手段が無かっただけなんですよ・・・。


 余談が過ぎましたが、講習会は相当な成果がありました。

 特に、歩法は何人かの会員が、見る見るうちに体得していましたが、これは私が今まで教えた中でも数人しかできるようになった人がいないくらい難しいんですよ。

 いきなりやらせてできる道理がないんですが、日頃から地道に練習している人だから、ちょっとコツを教えただけで体得できたんでしょう。

 この歩法とハイスピード連環打撃を組み合わせ、0インチ打撃を使えば、スピード・テクニック・パワーの三位一体攻撃となります!

 これは護身術としての後の先ではなく、先の先で自分から攻撃していって一方的に倒すためのもので、これまで具体的に公開していませんでした。

 これは攻撃力は高いんですが、コントロールが難しいので危険だからです。

 本当は、この先に、発勁を連発するやり方もあるんですが、これは初心者にやらせれば身体を壊すのが確実なので、流石に講習会で教える訳にはいきません。

 私は、武術は即、使えるものでないと意味がないと思っているので、地道に訓練を何年も重ねないとできないような技術体系にはしていません。

 しかし、だから否定している訳ではなくて、日々の稽古の積み重ねによって身体を練ることの成果は確実にあります。

 例えば、立禅や這いはそうなんですね?

 私自身はもうほとんどやっていませんが、それは日常生活の中で練るやり方を工夫しているからです。

“型が大切”なのは、初心者から中級者向けの話であって、いつまでも型に拘っていてはダメです。

「これが正しい」というのは単なる思い込みです。

 例えば、ある先生が「釈迦の悟りはまだ達していない。その先がある」と言っていたそうですが、同様のことは青木先生も言っていました。

 が、その後、「いや~、釈迦の先の悟りがあると思ったんだけど、お釈迦さんも気づいていたんじゃないかな~? まだ、先があったんだよね~(苦笑)」と言ってました。

 結論から言えば、お釈迦さんが自分自身で残したものは無い訳です。

 すべて弟子が「お釈迦様はこう言っていた」と伝承しているだけ。

 つまり、嘘かも知れない訳ですよ。

 お釈迦さんと呼ばれる人物も実在しなかったかもしれない?

 実際、ヒンドゥー教では釈迦及び仏教はヒンドゥー教の一派に過ぎないと見做しています。

 あるいは逆に、釈迦が悟った内容について言葉を尽くして弟子に伝えようとしたけれども、弟子は悟っていないから上っ面しか解らない。

 だから、不完全にしか伝わってこなかった・・・。

 まあ、これが真相に近いのではないかな~?と私は思う訳です。

 もともと、悟りというのは言葉で伝えることができないから自分で悟るしかない訳で、だからクリシュナムルティーなんか、「瞑想しなさい」としか言わない訳です。

 岸田秀の唯幻論なんかもそうなんですが、言葉は共通言語でないと通じないし、価値観やイメージを共有している人間同士の“共同幻想”によってコミュニケーションが成立する面がある訳ですよ。

 それは宗教であったりイデオロギーであったり、所属意識や党派観念であったりするんですが、要は趣味道楽好みに理屈つけただけなんですよ。

 だから、私なんか、美意識とか思想とか口にする人間が胡散臭くって気持ち悪いんですよね~? 大体、こういう連中って言行不一致ですからね~。

 凡人は、権威ある人間が言っていることだから・・・と疑いもせずに信用してしまうものですが、こんなの単なる奴隷根性ですよ。

 私は、青木宏之先生や松田隆智先生に対して、常に尊敬の気持ちを持っていますが、信仰心は全然ありません。

 だって、権威を尊敬しているんじゃないからですよ!

 武術の腕前を尊敬しているのか?

 いや、それも違いますね。

“生き様”ですよ!

 青木先生も松田先生も自分に真っ正直に生きていて嘘が無い。だから、尊敬しているんです!

 今、気づきましたけど、私は嘘つかない人間が好きなんですね? 裏表のある人は嫌い。真っ正直に生きてる人間が好き!

 本当にカッコイイと思うのは、自分のダメなところや欲望や変態っぷりも隠さないでバーンッ!とさらけ出してしまえる人ですよ。

 武術も捨て身にならないとダメですから!

“捨己従人(おのれを捨てて人に従う)”ですよ!

 で、最後にやった零勁斬りも、上手くやろうとか「できるかな~?」と不安に感じたりする邪念があると失敗するんです。

 無念無想でエイヤッとやらないと失敗するんです。

 何人か成功しましたよ。

 で、成功した人は三段認定しました。

 試し斬りの良さは、迷いを切り捨てる心理効果がありますね。切れるか切れないかという結果が明確に出るので、意識転換が簡単にできます。

 依頼心を切り捨てることにも繋がります。

 剣術には“祓い太刀”というのがありますが、意識転換に最も役立ちますね?


 講習会の翌日は、小塚師範宅にて“猫見会”をやりました!

 今回はカヅコも積極的におもてなししてくれまた。猫はゴロゴロ腹出して転がるところがカワイイですよね?

 さっ、私もベストセラー出して、猫ビル建てるぞ~っ!


追伸;今回の講習会の模様はDVD化しますので、御期待ください!

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ほびっと村感想

 四月三十日の西荻窪ほびっと村学校は、奇しくも川越から女性会員のUさんと、『武術のコツ』収録DVDに参加してくれたSさんが久々に来られて、楽しく催せました。

 今年のほびっと村の講座は、游心流合気道に絞ってやっているので、基礎錬体の後は合気揚げをやることにしているんですが、もちろん、私が普通にやらせる道理もなく、合気揚げの中に0インチ打撃の要素を加えてみたり、擒拿(チンナ)術の要素を入れたり、いろいろ実験しています。

 合気揚げ一つとっても、逆技の応用・伸筋技法・脱力技法と大まかに分けても三種類くらいに大別できますし、これに各団体の特徴的な要素を加えて分類していけば何十種類にもやり方が変わります。

 つまり、教える人の個性が加わって変化していくので、たとえ同じ先生に習った者同士であっても、年月が加われば変わっていくのが当然のことだからです。

 そして、武術的に言えば、“効けば何でもいい”のであって、“厳格なる正解”というものは原理的に存在し得ないのです。

 もちろん、“技術論としての正解”は各流儀各団体に規定されている訳ですが、技術として正しくとも武術の勝負論からすれば実際に通用しない技術は無価値になる訳です。

 つまり、武術の存在理由である戦闘術として通用しない技術は、いかに精妙であっても絵に描いた餅になってしまうということです。

 今回、興味深かったのは、Sさんがユーチューブで見たというある武術家?が実演している不思議チックな合気技?の原理解析を実施したことでしたが、後ろから両肩を握られているのを吹っ飛ばすのか?と、肩で体の合気をやっている動画だったのか?と思ったところ、そうではなくて、後ろから肩をスルッと摩るようにすると相手が尻餅をついてしまうというものだった様子です。

「ええっ? それって、もしかして、こういうこと?」と実演して見せたら、「それです!」とのことでしたが、これって、軸を傾けて(僅かに後ろに引いて)、下に落とす(合成力)という、技というより単なるコツでしかなかったので、私は呆れてしまいました。

 ちょうど、甲野氏の平蜘蛛返し?と同じ原理でしかなかったんですが、ただ立っている人を後ろに尻餅つかせるだけですから、やり方教えたら、一瞬で誰でもできる程度のコツなんですよね。

 現に、参加者全員でやらせたら、冗談みたいにかかります。

「へぇ~、~野さんって、こんな程度のことを秘技みたいに見せかけて実演しているのか~?」と、逆に感心してしまいましたよ。

 こんな素人騙しの手品みたいなことやって、武道がどうたらこうたら偉そうに説教できるような強心臓は私は持ち合わせがありません。

 小学生が昼休みに遊ぶような演芸(頸動脈圧えて気絶させるとか、昔、問題になりましたよね?)ではありませんから、そういう代物ばかり金取って教えているような人達と同類だと思われるのは我慢がなりませんよ!

 有り難いことに、最近は世の中ナメてるような武術愛好家はうちには全然来なくなり、真面目に武道に取り組んできたけれども年齢を重ねて実力の衰えを感じている人がヒントを求めてこられる例が多く、そういう真摯な人達に応えることがやり甲斐です。

 どんな流儀も万能ということはありません。必ず弱点があります。

 逆に考えれば、だから進化できるんですよ!

「俺のやってることが最高で、完璧だ」と思っている人は、そこで終わります。

 私が信仰は敵だ!と思っているのは、信仰することで自己完結してしまうからです。

 世の中には物凄い絶技を持っている人はいます。

 しかし、所詮、人間には人間の限界というものがありますよ。

 だってね~。今現在の世界終末に直結しかねない様々な危機を、その人が解決してくれるんですか?

 せいぜい、この世の法則から離れて解脱するだけでしょう? そんなの自己満足で現実逃避でしかないっていうんですよ。

 かつて超人と言われた肥田春充は、人間とは思えない神業をいろいろやって見せながらも、瞑想で見た人類終末のビジョンに対して、「自分は人類を救うことができない」と無力な自分に絶望して絶食の果てに死にました。

 肥田春充が超人的な人間だったのは事実だろうと思います。しかし、それでも人間は神様ではないのです。

 東日本大震災の大津波に遭遇した人達は何を思ったでしょう?

 世界の終末を思ったのではないでしょうか?

 世界の終わりと自己の死というものは表裏の関係にあります。肥田春充は哀しみの果てに自らの死をもって世界の終末を先に味わおうとしたのかもしれません。

 だから、自殺とは違うんでしょうね? 祈るような気持ちだったのではないか?


 かと思えば、自分の変態的欲望に振り回されて人を傷つけるサイコパスも増えているような印象がありますね~?

 で、狙われるのは身体的弱者ですよ。

 パワハラ、セクハラ、DVも当たり前・・・そんな世の中、最後に頼りになるのは自分の力だけ?

 女性や老人くらいだったら護身術教えれば大丈夫だと思っているんですが、過日のリンちゃん殺害事件のような場合は何ができるだろう?と、今、考えているところです。

 あれ、本当に酷いですよね~? まだ確定していない段階で断定的なこと書いてはいけないんでしょうけど、見守り隊の隊長が犯人でした・・・って、ホラー映画みたいな話ですよ。

 やまゆり学園の事件もそうですが、まさに悪魔の所業です。

 抵抗する力の無い人間を物のように扱う神経が狂っているとしか言えません。

 もし、こういう人間が権力者になったりしたら、どれだけおぞましい行為を働くだろうか?と想像すると、やっぱり教育の問題を考えるしかないようにも思いますね。

 うちの会にも、過去、自惚れて礼節を弁えなくなった人間が何人か出て破門してきましたが、人間だから自惚れるなっていうのも無理な話なんですよね~。

 私だって自惚れて増長した時期はありました。でも、失敗を繰り返して謙虚さを取り戻すことになりましたよ。

 結局、謙虚さというのは自分を護るための処世術なんですよね。

 不必要に卑下したりしたら嫌らしくなりますが、演技でもいいから必要な要素ですよ。

 もっとも、私は結構、洞察力がある方なんで、中途半端に演技したり、表に出さないようにしていても見破りますから、気質的に傲慢な人は、むしろ最初から隠さないほうが「性格は問題があるけど正直なヤツだな?」と好感を持つ場合もありますけどね。

 だけど、大抵の男(女性は好きなタイプでない限りは鋭いからすぐ見抜きますよ)は洞察力ありませんから、演技でいいから謙虚そうに振る舞ってください! それが身のためですよ。

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緊急、特別講習会開催!

 23日の本部稽古会で試し斬りもやりました。

 兵庫からSさんが土(橋本支部)日(本部道場)の稽古に参加して来られたので、めったに教えられないので、零勁斬りの練習も兼ねてお教えしようと思った訳です。

 長く脱力技法を研究してきて、それを剣に応用したところ、0距離打撃と同じ原理の零勁斬りが体現できた訳ですが、Sさんは50過ぎからうちの純粋培養で他流経験がありませんでした。

 なので、脱力技法を最も体現できていたんですね。

 私も普通にできるようになったので、ちょっと難しい技に挑戦しようと逆手零勁斬り上げに挑戦したんですが、九割り斬れましたが失敗しました。

 北島師範もほぼできたんですが、惜しくも切断には至りません。栗原師範も今一歩。

 ところが若手のIさんは簡単にできてしまい、Sさんも最初は失敗しましたが、再挑戦は理想的な脱力っぷりに豆腐を斬るみたいに切断に成功しました。

 この日は経験者ほど失敗してしまった訳ですが、これは無意識に力が入ってしまったからで、何も考えずにスルッとやれば斬れる?ということが実証できましたね。

 年齢聞いたら64歳になったそうで、地元では健康太極拳を習われていますが、化勁に関してはかなりの実力になっています。

 Iさんは四段、Sさんは三段を認定しました。

 そんな簡単に段やっていいの?と思われるかもしれませんが、試し斬りを修行している人なら、この技がいかに難しいか解ると思います。フォロースルーを一切やらずにマキワラに刃をくっつけている位置から急加速させて斬る訳ですから・・・。

 これができれば、原理的に0距離打撃も簡単にできる?んですね。

 ところが、驚いたことに・・・Sさんは、太極拳の動きでO距離打撃をどうやって出せるのか?と質問してこられたので、ちょっと焦りました。

 DVD買われているから、解ると思っていたのです・・・。

 実地に教えて、やっと納得されていましたが、これはやっぱり実地に教えないと伝わらないのかもしれないな~?と思いましたね。

 そんな訳で、急遽、特別講習会を開催することにしました!

 5月4日(木)、午後一時から三時。相模原市千代田のメイプルホールにて、0距離打撃と化勁、鞭手連環ハイスピード打法、蛟龍歩、零勁(寸勁)斬りを指導します。

 現時点に於ける游心流の極意技法の集中講習会で、参加費は会員は一万円、それ以外の方は一万五千円にします。

 二万円にしようか?と思ったんですが、遠くから来られる方は交通費もかかりますから、このくらいに留めておこうと思い直しました。

 ほびっと村(こちらは三千円で護身武器術をやります)の直後ですが、GWの特別講習会として実施したいと思います。

 ちなみに、稽古会の時に北島師範から聞きましたが、橋本稽古会に来ている会員さんが「長野先生、本当にメッチャ速かったですよぉっ! 全然、見えなかったですぅ~! 肩甲骨から動くってやって見せられたのがムチャクチャ動くからビックリしました~!」と絶賛していたそうでございます。

 ふっふっふ・・・正直、スピードと打撃力とテクニックは自信あるんですよ~。ふっふっふ・・・。

(調子に乗って、すいませんでしたっ・・・)

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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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