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ほびっと村と第三回游心流合気道稽古会

 23日は西荻窪ほびっと村学校にて八斬刀の使い方をやりました。

 会員も八斬刀を持ってきてくれていたので、全員で満遍なく練習できました。

 この武器は詠春拳の武器として有名なんですが、『師父』でクローズアップされているのを見ると、他門派でも使われているみたいですね?

 私が初めて見たのは香港カンフー映画『少林寺三十六房』で、リュー・チアフィ(ゴードン・リュー)演じる主人公が月牙産(沙悟淨が持ってる武器。降魔の宝杖とも呼ばれる)で試合する師範が使っていた武器でした。

 この時に完敗して、何とか勝ちたいと夜中に竹林で稽古していた時に、偶然、折れた竹が倒れかかってくるのに閃いて三節棍を工夫した・・・という話に繋がるんですが、両手に持った八斬刀の二刀流の見事さも印象に残りました。

 また、恐らく同時期の作品と思いますが、やはりリュー・チアフィ主演の『少林拳対忍者』で釵の遣い手とリューが戦う時に八斬刀を遣っていました。

 この両作品ともに武術指導はラウ・カーリョン(リュー・チアリャン)だったと思います。リュー・チアフィの義兄です。

 ラウ・カーリョンはアクション監督であると共に中国南派拳法の母体ともなっている洪家拳の正当な継承者として有名で、彼が香港カンフー映画のリアルカンフー演出派の最右翼であったと言えるでしょう。

 とすれば、八斬刀は詠春拳のみならず洪家拳でも遣われる武器だったのかもしれません。

 この武器は短か目の脇差くらいの長さで、十手のような鉤と護拳が付いています。

 両手に一つずつ持って遣うのですが、琉球古武術の釵のように順手から逆手に持ち換える点に特性があります。

 相手は木刀で、これに対する順手持ちと逆手持ちの遣い方を指導しましたが、『師父』を見た小塚師範がやはり変幻自在に技を遣っていましたね。

 後半は、子母鴛鴦鉞もやりました。

 シャネルのマークみたいなヤツですね?

 今回は初めて参加された方が二名いらっしゃったので、結構、驚かれている様子でしたね?

 終わってから、近くの喫茶店こけし屋でケーキセット食べながらおしゃべりしたんですが、何と、もともと甲野氏のファンだったのだそうで、甲野氏をボロッカスに非難している私には良い印象がなかったらしいです。

 けれども、講座中、小塚師範から合気揚げとか教えてもらって、茫然とした顔をされていて、私が嘘言ってるのでないことも納得してもらえた様子でした。


 翌日はオルタナスタジオで游心流合気道の三回目でしたが、前回、リクエストがあったので、いろいろ武器持っていって、基本的な遣い方を指導しましたよ。

 特に、東京マルイのS&W・M66の2.5インチバレルのガスガンにキャロルショットの専用カートリッジを遣えるようにカスタマイズしたものを使って、スピードローダーを使った弾込めのやり方を指導しました。

 銃のことを知らない人は、「銃さえ持てば誰だって勝てる」みたいなことを言うのですが、とんでもない勘違いです!

 銃は使い方をきちんと理解していなくてはまともに使えません。下手すると自分や仲間を撃ち殺してしまいかねません。

 握り方、照準の仕方、引き金の絞り方、弾薬の装填の仕方・・・一丁一丁、機構が違うんですよ。

 何の知識も無ければ、持っていても役に立ちません!


 もっとも、「またまた、合気道じゃないじゃん?」という感じなんですが、武術というのは、あらゆる武器を遣いこなし、武器が無ければ身近なものを武器として応用し、何も無ければ五体を武器として駆使する!

 これこそが“武術”なんですよっ!

 戦うという事柄に関して徹底的に追究した実学が武術なのだと私は主張したい訳です。

 これは時代を超越したものですよ。

 そして、温故知新という言葉が、これほど意味を持つのも武術ならではでしょう。

 現代武道なり格闘技なりをやってきている人には違和感を感じる人も多いと思いますが、本来の武術とは、競技とは全然違うものなんですよ。

 護身の術を追究することで超戦闘術として進化したものです。強いとか弱いとか、そんな阿呆なことを論じる余地はないのです。戦う以上は勝つしかないんです!

 だって、命がかかっているんですから・・・。

 勝てないと思ったら逃げる! これもまた大切なことです。

 何やっても勝ちゃあいいんですよ!

・・・という次第で、「八斬刀のような二刀流に一刀では勝てないんですか?」と聞かれたので、一刀で二刀を破るやり方も実演しました。

 どうやったか?

 そんなのただで教えませんよ~っ!

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零勁斬り進化中

 15日(土)は、兵庫支部長の来住師範が北島師範の橋本支部で稽古をしたいと申し込んでこられていたものの、場所が取れなかったそうで、北島師範から急遽、淵野辺の本部道場を貸して欲しいとのことで、夕方から道場に来られました。

 何しろ、遠方なので来住師範には零勁斬りも寸勁斬りも教えていませんでしたので、これはよい機会だと思って、ゴザを買ってきてマキワラを作って準備しておきました。

 私自身も、普通にできるようになったので、もっと高度な技を練習しようと思っていたので、ちょうど良かったんですね。

 北島師範も体得するのにかなり苦労していましたが、前回、できてから意識が変わったらしく、もう全然、普通にできるようになりましたね。

 意識が変わるのが結構、重要なんですよ。

「できない、難しい」という思い込みが邪魔をするんですよね~? 特に武道や格闘技を好む人には思い込みが激しい人が多いので、体得するのに時間がかかるのは、大抵、武道の経験者です。未経験者のほうが圧倒的に早く体得していますね~。

 来住師範に要領を教えて、やってもらうと、ほぼ9割六分くらいは斬れたので、「これなら、もう一回やれば絶対できる!」と、もう一回やらせました。

 と、二回目はスパッと綺麗に切断できました!

 私は、刃渡り一尺三寸くらいの脇差を右手で持って斬ってみましたが、もう、サクサクッと気持ちよく切れました!

 微妙に距離が空いてしまった(五ミリくらい?)んですが、ほとんど零勁斬りと言ってよいでしょう。

 流石に、もう少し苦労するか?と思っていたんですが(片手斬りで軽い脇差だから斬撃力が出るかな~?と思った)、自分でもビックリするくらい斬れたので、嬉しくなってしまい、サクサクッと何度も切ってマキワラ一本消費してしまいましたよ。

 片手持ちで零勁斬りができるようになったということは、二刀流で左右同時に零勁斬りをやるとか、もう「刀を振る必要が無い」という刀法を会得したと言ってもいい。

 これは、私が理想像として考えていた剣術のスタイルの完成に向けて、大きく前進したと思っています。

 つまり、もう“刀を構える”という準備動作が必要なくなった訳です!

「技の威力は形から生まれる」というのが武道・武術の絶対条件とされていたのですが、私は、これに疑問を持った訳です。

 形が崩れていても技の威力が出せるんじゃないか?というのは、泥酔した状態で手合わせした時に自然に酔拳になった時から考えてきたんです。

 また、合気の研究をしていた頃に、「“崩し技”をかけられると戦闘力がガクッと落ちてしまう。ならば、体勢が崩れた状態で戦えたら合気破りになるのでは?」と逆に考えて、わざと姿勢を定めない練習を始めたのです。

 これは個人的な実験だったので会員にはやらせていませんし、「長野先生は姿勢が崩れているのに何で、あんなことができるのか?」と会員間で不思議がっていたのだそうでした。

 この研究を重ねてきて、実力が外見からさっぱり解らない先生方の秘密が少し解けましたよ。

 また、外見で判別できる実力というのは、一流まではなれても超一流にはなれないと思いましたね。

 何でか?っていうと、外見で強さが判るということは、弱点も判るということだからです。

 外見で判らない人って、一見、隙だらけなんですよね。すっごく弱そうに見えます。

 不統一なんです。

 でも、それは統一されてると弱点が露になるから隠しているんですよ。

 以前、アメリカでコンテンポラリーダンスを教えてらっしゃる方から「長野先生はどうして身体の中で重心を散らしているんですか?」と北島師範が聞かれて、私に聞いてきた時、「うわっ、バレた?」って思いましたよ。

 それまで誰にも指摘されず、それどころか青木先生から「長野さんは残念なことに軸がズレている」と言われていたんですけどね~。

「そっか~? 俺は残念な身体性だからな~」と、ガックリしていたんですが、後から、「ひょっとして青木先生も俺が重心をバラして不統一体の研究しているのを見間違えたのかも?」と思うようになりました。

「統一体で天地と繋がらなくてはならない」って思い込んでる人も多いし・・・。

 まあ、新体道にも統一体の動きと養気体の動きがあって、私は統一体はそんなに評価していなくて、養気体に感銘を受けてるんですが、どうしてか?というと、統一体を作って天地と繋がるって、物凄~く難しいことなんですよ。

 それこそ、インドの山奥で修行するような出家してやらないとダメでしょ?

 ところが、養気体(まあ、脱力体ですね)で自分を捨てて拡散していくことは誰でもできるんですよ。

 集中するより無心になるほうが簡単! 私は簡単に誰でもできることを追究しているので・・・。

 まあ、結局、アレですよ。小乗と大乗の違いですよ。

 技の話に戻しますと、意識が変われば技も変わります。これは観念論じゃなくて具体的な話なんです。

 試し斬りや手裏剣なんかは、その場でできるかできないか?がはっきり結果として判るでしょう?

 人間相手だと、どの程度、技が効いているのか判らない場合があるんですよ。

 最近は、「発勁がどのくらいできてるのか?」というのはサンドバッグに拳を当てている状態から打って、どのくらいか?と確認するようにしています。

 うちの常連会員は全員、0インチ打撃を体得していますからね。拳だけでなく掌、前腕、肘、肩とかでも打てますよ。


 そして、剣術のスタイルはそのまま素手の技にもなります。

 力のタメを必要としない、自然体から触れればそのまま打ち倒せる「動けば即ち技となる」という境地になる!

 誰でも植芝盛平の境地にゆける!

 男のロマンですよ!


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ゾンビの神様死す

 ジョージ・A・ロメロ監督が逝去されました・・・。

 知らない人もいると思うので書きますが、この人がいなければ、『バイオハザード』も『東京喰種』も生まれていなかったんですよ!

 ブルース・リーがアクション映画の革命児だとすれば、ロメロ監督はホラー映画に革命を起こした人物ですよ。

 彼が『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』で、それまでのゾンビのイメージを一変させたのは・・・カニバリズムと伝染病の要素。

 死人が蘇って人を襲って食う。食われた人間にもどんどん伝染していくという吸血鬼的属性を付加した点が、バンパイヤやオオカミ男をも凌駕するホラーアイコンとしてゾンビ(リビングデッド)を昇華させた大発明だったのです!

 たとえば、吸血鬼やオオカミ男は一種のセクシーな魅力もあって、ケイト・ベッキンセールの『アンダーワールド』や、アニメにもなった平野耕太の『ヘルシング』、平井和正の『ウルフガイ』、菊地秀行の『吸血鬼ハンターD』とか、いろいろあります。

 けれども、こういうお耽美系とは程遠く、汚い・臭い・気持ち悪いの3K揃ったゾンビは主人公にはなりづらいものの、お手軽な敵のザコキャラにはもってこい!

 このキャラクター性を確立したロメロ監督の功績は計り知れないものがあります!

 もっとも、ロメロ監督自身はゾンビというよりリビングデッドの生みの親なのかもしれませんね?

 ゾンビ(ゾンビー)とは、それまではブードゥー教の呪術師が秘薬(ゾンビパウダー)で仮死状態にした人間を使役したもので超自然的な存在ではなかったらしいのですが、かなり古くから映画には登場していました。

 ゾンビパウダーはフグ毒(テトロドトキシン)に麻薬を主成分にしたものらしいのですが、調合の仕方が秘伝になっているらしい。

 けれども、ロメロ監督の名前を一気にメジャーにしたのは、ブルース・リーの『死亡遊戯』と併映された『ゾンビ(原題はドーン・オブ・ザ・デッド)』ですよ。

『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』から10年ぶりくらいに撮られた続編にして、その後のゾンビ映画のバイブルとなったホラーアクション映画でした。

 この当時、高校生だった私は、事前に何の情報もないままTVに映る予告編キャッチアップを見て、「うわ~っ! 怖いよ~」と思ったものでしたね。

 その後、血しぶき飛び散るホラー映画群が大ブームとなり、スプラッター・ムービーが大量生産され、特殊メイキャップが注目され、新しい特撮技術として真似する自主映画作家が続々と出てきて日本の自主映画界が活性化した時代でした。

 私が学生時代に勉強そっちのけで自主映画製作に夢中になった揚げ句、ドロップアウトし続けて今現在に至っている・・・ということは知ってる人も多いと思いますが、やっぱり、このスプラッター・ムービーのブームと特殊メイキャップの影響は大きいと思うんですよね?

 ブームの火付け役となったロメロ監督は、『死霊のえじき(原題はデイ・オブ・ザ・デッド)』をもって、夜・夜明・昼の三部作を締めくくりましたが、それから後も『ランド・オブ・ザ・デッド』や『ダイアリー・オブ・ザ・デッド』『サバイバル・オブ・ザ・デッド』などを撮りました。

 数多あるゾンビ映画の中でもロメロ監督の作品は別格として信奉されていますが、それはやはりロメロ監督が作品の中に込めているメッセージ性への評価なんだと思いますね。

 ゾンビ以外にも『ザ・クレイジーズ』や『マーティン/呪われた吸血少年』『モンキーシャイン』『ダークハーフ』『URAMI』といった秀作も撮っています。

 いずれも、人間の闇に視点を向けた恐怖映画ですが、ブラックなユーモアセンスがあるように思いましたね。

 偉大なるホラー映画の巨星の御冥福を祈りたいところですが、ロメロ監督はゾンビのように不滅でしょう!


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秘伝に岡部先生が出てる

 今月号の『秘伝』は太極拳特集! その中に岡部武央先生も取材されていました!

 九十九式太極拳というのは、日本に初めて武術としての実戦力を示す太極拳家として招聘された台湾の王樹金老師が伝えたもので、招聘したのは確か日本右翼の源流として近年、再注目されている玄洋社の頭山満翁の御子息で日本杖道連盟の理事だった頭山泉氏だったと記憶しています。

 この辺の裏事情については割愛しますが、王樹金老師は「本当に強い中国武術の達人」として呼ばれているので、日本の腕に覚えのある武道家、武術家、格闘家が多数、手合わせに来ていて、そのほとんどに腹を打たせて内功の威力でふっ飛ばしてみせたのは有名な話です。

 そうしておいて、多数の日本人が王老師に学び、太極拳の神秘的なパワーを体得しようとしました。

 王老師は大陸出身で太極拳のみならず、形意拳、八卦掌、大成(意拳)気功も会得していましたが、台湾に渡っていましたから、九十九式太極拳は実は台湾の一部と日本でしか普及していないのだそうです。

 これは、中国で国民保健体操として普及された簡化二十四式太極拳も同様で、中国より日本のほうが普及しているのだとか?

 それはそれとして、岡部先生は若い頃はバリバリに格闘技の修練をして国内外の試合に挑戦していたのに、なぜ、今は太極拳を中心に修行しているのか?

 その秘密は『秘伝』の記事が非常に上手く纏められているので、是非、参照していただきたいと思います。

 技の示範の相手は実兄の宜史先生がされていて、若い頃のお二人を知っている私としては、何か感慨深いものがありますよね~?

 だってね~?

 昔はガシガシ格闘技のトレーニングをやっていたのに、今は伝統武術なんですよ!

 私みたいに格闘技に落ちこぼれて武術に逃げた?人間とは違って、本物の強さを追究した果てに太極拳に辿りついたというところが凡百の中国武術愛好家とは根本的に違うところなんですよ。

 いや、私自身も、岡部ブラザーズ?と会っていなかったら、今のように武術を追究していなかったかもしれないな~?と思ったりもしています。

 最近、武道界で注目されている刀禅の小用茂夫先生だって、私が最初にお会いしたのは三十年くらい前で、まだ小用先生が痩せて普通の体格だった頃ですよ。

 でもね?

 私は、初めて会った時から、非凡な人だということははっきり解りましたよ。

 いずれ、斯界に名を成す人だと思いましたよ。

 うちの会でいえば仁平師範が中学生の時に入会してきた時も、会った瞬間、秘めた素質が解りましたもん。

 一般的には、無名な人の真価を見抜くような人は滅多にいないのでしょう。私なんか、随分、「あの人はただのオタクだから」と馬鹿にされまくりましたよ。

 中には、「あんなヤツ、ただのオタクだから」と侮蔑することで無視したい人もいるんだろうと思いますが、そういう人は本心では恐れているんでしょうね?

 でも、青木宏之先生松田隆智先生友寄隆一郎先生壮神社の恩蔵良治氏、それに私にライターの仕事を薦めてくれた生島裕氏(元月刊空手道・季刊武術の編集長)は、ペエペエの私を馬鹿にすることなく才能を認めてくださいました。

 人生、意気に感じると言いますが、認めてくれる人がいたから、私も頑張れたんだと思います。

 その意味でも、「岡部ブラザーズの真価を最初に洞察したのは俺じゃ~っ!」って思ってますよ~(苦笑)。


追伸;岡部先生も学ばれた深井信悟先生のセミナーが29日(土)13時~15時にオルタナスタジオで開催されるそうです! 丹田開発メソッドと小野派一刀流組太刀稽古をされるそうです。私、まだ二回しかお会いしていませんが、実に澄み切った深山の奥の清澄な泉のようなオーラを感じさせる先生ですよ。絶賛、お薦め致します!

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23日はホビット村で必殺二刀流

+++ほびっと村講座07/23(日)游心流合気道+++
日時:2017/07/23(日) 13:00 - 15:00
場所:JR中央線西荻窪駅南口下車 徒歩2分
 〒167-0053 東京都杉並区西荻南3-15-3 ほびっと村
 地図:http://www.nabra.co.jp/hobbit/hobbit_mura.htm#map
講師:長野峻也
参加費:3,000円
※予約不要
+++++++++++++++++++++++

師父』を観てから、八斬刀に凝ってしまいまして、使い易いようにカスタマイズまでしてしまいました。

 短い刀を二刀流で使うというのは、剣法よりも拳法の間合に近いんですが、フィリピノカリ(アーニス)とかに近いですね。

 日本の武術にはあまり見かけませんが、柳生心眼流では脇差寸法の二刀流があるみたいですね?

師父』では逆手持ちで斬る技が多かったんですが、これだとより密着していかないとダメです。

 肘打ちを入れるように使う必要があります。

 ということは、素手でやる場合は肘打ちに応用できます。

 最強の打撃技は何だ?と聞かれたら、私は「肘当て」だと答えます。

 肘の発勁を使えば、私はどんな相手にも致命傷与える自信があります。

 やっぱり八極拳は凄いな~?と思いますよ。

 DVDで練習法を公開していますが、見た目からは、まさかこんな練習で致命傷与えられる威力が出せるとは誰も思わないだろうな~?と、自分で見ても思いますけどね。

 これより凄いのは真由子サマの暴言とハンガーですかね?

「このハゲーッ!」「違うだろぉ~!」で、ハンガーでポカッ!

 ハンガーが壊れたら、「違~う! 木のヤツ~っ!」って叫ぶのかも?


 それと、23日の翌日24日は、また月一回の阿佐ケ谷オルタナスタジオでの游心流合気道の稽古(夜8:30~9:30。8時に阿佐ケ谷駅集合)ですので、会員の皆様、宜しく!


追伸;『セーラー服忍者』DVDは10月6日に発売ですが、早く欲しい方は稽古場においでくださいね。発売の時はトークショーとかやるかもしれませんけどね? 小説版も併せて出せればいいんですが(原稿は仕上げて入稿してます)、さて、発売はいつになるのかな~?

追伸2;9月後半に大阪で武術セミナーやります! 名古屋でもやるかもしれません。続報をお待ちくださいませ!

追伸3;游心流会員の作家・吉田恭教さんの『鬼を纏う魔女』(南雲堂)『化身の哭く森』(講談社)が発売中です! どちらも女刑事・東條有紀が活躍する本格ミステリーですぞ。
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七月“読み”感想

 とにかく夏は嫌いです!

「九州出身なのに、何で俺はこんなに暑いのが苦手になってしまったんだろうか?」と、反省しているんですが、何か昔の暑さってこんな具合に不快じゃなかったような気もするんですけどね~?

 それと、去年は地震で、今年は大雨・・・九州に災害が集まっているのはどうしたことか?と思います。

 これを書いている最中に鹿児島で震度5強の地震が発生しましたが、本当に災害の規模が以前とは比較にならないくらい大きくなってきていますね。

 地震の発生場所から考えると、阿蘇山や桜島の大噴火が連動して起こってもおかしくないでしょう。現に火山活動は活発になって小噴火もしていますし・・・。

 本当に災害に遭遇された方々には、今はつらくても先がありますから・・・と言いたいんですけれど、今はもう、どこで何が起こるか判らない時代になってしまいましたから、将来に希望を見いだすことは難しいのかもしれません。

 けれども、生きていさえすれば、挽回するチャンスは巡ってきますからね! 生きることを第一に優先して考えてください!

 努力だけではどうにもならないことは有りますけれど、努力が無駄になるということは有りません!

 その時に役に立たなくても、後から役立つことは有るんです!

 何か、見えないチカラが働いているな~?としか思えないことはいくらでもあって、これはオカルトでもスピリチュアルでもなくって、厳然たる現実として、努力していたことが突如として花開くことが有るんですよ!

 今回セミナーでやった“読み”というのも、そこに繋がってくるんです。

「相手が動き出す初動を読む」のが目付けの基本なんですが、基本はあくまでも基本でしかありません。

 基本のままでは実用には不十分です。どれだけ応用できるか?が大切なのです。

 だから、構えを見て弱点を読むとか、姿勢を見て弱点を読むとか、体勢、動きの癖、表情、人相、手相、体型、肌の色、服装・・・と、“読み”の対象は無限に広がっていくのです。

 例えば、電話で話しただけでも結構、実力は判りますよ?

 声が落ち着いていて低いと「腹から呼吸しているな~。丹田ができてるから強い」とか判る。

 話す内容では性格が判る。

 相手の反応を待たないで自分のことばっかり話す人は、観察力が無い!とか。

 文章なんかモロに性格が出ますからね?

 事務的なことしか書かない人は慎重で自己表現が苦手だとか?

 文章の上手下手とは関係なく、書いている内容にその人の気持ちが反映することは有る訳で、必要最低限のことしか書かない人は、コミュニケーションを深めたくない訳です。

 騙されたくないとか失敗したくないという警戒心がメールに透けて読める場合も多いですね?

 かと思えば、丁寧に書いていながら上から目線が透けている人もいます。意図的なのはまだ可愛げがありますが、無自覚にそうなっている天然の自惚れ屋さんもいます。

 こういう人は、無自覚だからこそ批判されると動揺しまくって逃げをうとうとします。

 どっちにしろ、他人とまともに対峙する覚悟の無い人達なんですね。ある種のナルシシスト・・・。こういう人は世代を問わず、一定数いるようです。

 私が最近、感じるのは、若い人(20代より下)は才能が凄くてDNAが昭和生まれとは違うんじゃないか?と思うんですけど、敢えて欠点かな?と思うところは、毒気が無い人が多い!

 野心とか欲望が極めて薄い!

 悪い大人に騙されたりするんじゃないか?と心配してしまいますよ~? 逆に。

 もっとも、恐らくは、野心や欲望にかられてあくせくしてきた上の世代の見苦しさに辟易して、身の丈に合うリアルな充足さえあればいいと思うようになったのかもしれませんね? 足るを知っている訳・・・。

 私の世代(1960年代生まれ)は「シラケ世代」とか「新人類」と呼ばれていましたが、上の「全共闘になり損ねた世代」から見ると「社会変革への志しの無い自家中毒野郎ども」みたいな蔑みの視点もありましたね?

 全共闘世代の人達って、もう70前後ですよね?

 文化的左翼ですよ。

 昔は圧倒的に左翼が強かったし、「右翼は体制に利用されるだけの筋肉バカ」だと見下されていましたよ。

 でも、今では「左翼は口先ばかりの経済オンチの夢想家」だと軽蔑されてますでしょう?

 実際、都議選で自民党が大敗しても、民進党がリーダーシップを取れるでもなく凋落の図式は第二の社民党となっているし、むしろ、終始一貫してブレない共産党が期待を集めましたよね?

 よく考えると、社民党も民進党も政権取った後の凋落ですよ。

 もはや、主義思想(~イズム)の胡散臭さに民衆は勘づいていて、具体的実効的政策を示せるかどうか?しか評価されないでしょう?

 そのためには大局を視野に於いて考えられる政治家が必要でしょうし、取り敢えず安倍さん以外に期待できないから、しょうがないよな~?と、まだまだ安倍政権が続く雰囲気はありますよね?

 でも、私は石破さんに期待しますね~。

「もし、北朝鮮のミサイルが日本の漁船とかに当たってしまったら?」とかTV番組の討論でやってた時に、女子アナの人が報復の攻撃をしないのか?みたいに言いたくてウズウズしているのを察して、そこで具体的な反撃をしたらどうなるか?ということをズバリ釘を刺してみせたのにはホレボレしましたね~。

 だいたい、阿呆が言いだすんですよ。

「ヤラレっぱなしでどうする?」って・・・。

「戦えないヤツが無責任なこと言うな!」って思いますよ。私は。

 それはつまり、戦争しろってことですよね? で、戦争したらどうなります? 北朝鮮からミサイルが日本の都市や原発に向かってジャンジャカ飛んできますよ?

 そうなったら戦争に勝っても日本の国土は住めなくなりますよ。

 その程度のことも判らない連中が過激な論説をぶち上げてる日本国の平和ボケっぷりは哀しむべきか笑うべきか?

 先日、会員から「もし、今、北朝鮮からミサイルが飛んできたら先生はどうしますか?」って聞かれました。

「それはもう、どうしようもないよね。死ぬだけだよね~。でも、安心してください。人間はいつか必ず死ぬから! だから、死ぬ瞬間に後悔しないように人生はやりたいことをやり尽くしておきましょう!」と答えました。

 人間、自分のチカラでどうにもできないことは有ります。

 それは天命だから、仕方がありません!

 でも、自分のチカラでどうにかできることはどうにかするべきですよ!

「人事を尽くして天命を待つ」ですよね?

 例えば、もし外国から特殊部隊が相模原に進攻してきた時には、降伏したフリしてスキをついて敵の銃を奪って戦おうって思ってますよ。だから、銃の撃ち方を知らないとダメでしょう?

 数年前は「長野先生はムチャクチャだな~? そんな状況、ある訳ないでしょう?」と笑われていましたが、今は「銃の操作法を教えてください」っていう人も増えました。

 テロリストに遭遇するのも現在ではリアリティがあるでしょう?

 武道や格闘技をいくらやっても銃の扱い方を知らなければ対抗できませんよ。

 江戸時代の軍学者にして武芸十八般を修めた平山行蔵子竜は、拳法・柔術・剣術・棒術・居合術のみならず砲術も毎日欠かさず訓練していました。

 平山の弟子で筆頭師範代の下斗米秀之進は極悪藩主を大砲で暗殺しようとしておたずね者になり、江戸に舞い戻って相馬大作と名を変えて道場をやっていましたが、バレて処刑されました。

 一方、平山の弟子には幕末の剣聖と尊敬された直心影流の男谷下総守もいます。男谷も平山の影響で幕府に国防の意見書を提出しています。

「読み」と全然関係ないと思われるでしょうが、世の中の情勢を読むのも大事なことですよ。

 仮にも武術を探究するのなら、現代で考えられる戦闘状況総てに対応できるように考えるのは当然の備えなんですよ。

 そして、個人レベルでなく国家間の問題にも思索を広げておかなくては、為すべき道筋が見えないでしょう?

 私が武術の研究しているのは、戦える日本人を一人でも多く育てたいからです。

 理不尽な暴力に蹂躙されて黙っているのか?

(マッハバロンの歌?「悪の天才が時に野心を抱き~、世界征服を夢見た時に~、君はどうする? 君はどうするか? 君は~? 蹂躙されて~黙っている~か~?」って歌。何か子供番組とも思えない妙なアジテーション歌詞とノリノリのロック調の曲がカッコイイんですよ~)

「男なら戦って死ねっ!」

 まっ、そんな感じ?

 でも、国のために死ぬのは嫌だ! 私は自分の命と周囲の人達の命を護るためにしか戦う気がしません。“国家”という何だかわからない正体不明の代物のために権力に従わされて戦わさせられるのは絶対に嫌ですね。

 個人の意志として「必要な時は戦う」と決めているだけです。

 昔、左翼のオジサンオバサン達は「永世中立国のスイスが理想」だと言っていましたが、スイスは国民全員が武装して戦う準備をしている国だと知って、唖然となっていました。

 戦いたくない人に戦えとは言いませんよ。死にたい人は勝手にどうぞ!

 でも、私と同じように考える人には戦い方を教えてさしあげます・・・。


 ちなみに、今回は糞暑い中、参加者が結構いらっしゃいました。

 久々に仁平師範も参加できたので、楽しかったですね~。何か彼自身はもう武術よりも療術家として極めようとしている様子ですが、せっかくの才能なんだからちゃんと活かして欲しいです。

 懇親会でオカルト話に興じていたら、苦笑いしながら「先生、オカルト禁止じゃなかったんですか?」と言うので、「いいの、いいの。游心流は禁止だけど俺はそうじゃないから!」と応えましたよ。

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7月は「読み」

 7月の月例セミナーのテーマは「読み」です。

 具体的には「目付け」のやり方なんですが、これは「一眼二足三胆四力」という稽古の眼目の第一番目にきます。

 これも派閥によって様々なやり方があり、「これだけをやれば良い」というものはありません!

 中には、「(敢えて)見ない」という目付けだってあるのです!

 よく質問されるのが、「どれが正しいんですか?」というものですが、これはケース・バイ・ケースですね。

 集中すれば良いと思っている人も多いですが、集中し過ぎると視野狭窄になって逆に見えるべきものが見えなくなってしまいます。

 いわゆる秀才型の人はこのタイプが多いです。集中力があるから勉強や作業は並外れた成果を出せますが、視野が狭くて融通が利かず、頑迷です。武道の世界でも指導者になる人の多くがこのタイプです。

 かと言って、ポケーッとしていたら見えていても脳が認識しない場合もあります。

 実は、これが一番多い!

 武術の訓練というのは、あらゆる動作に気持ちを入れて動くことが基本です。

 いや、場合によっては実際に動かなくとも気持ちを入れて集中して観察するだけで技を会得することもできます! これが「見取り稽古」です。

 今回は、これもお教えします。最初は難しいと思いますが、慣れると驚くべき効果を発揮します。

 つまり、習ったことのない流派の技を見てもトレースできたり、型を見ただけで具体的な技の用法が頭に浮かんでくるようになるのです。

 言ってしまえば、脳トレ! 秘伝中の秘伝ですよ!

「そんなことができるものか!?」と文句を言いたくなる人が多いと思いますが、私が体得したほとんどの技は具体的に手取り足取りして教わったものではなく、「見取り稽古で技を盗んだ」のですね。

 サーチ・アンド・アナライズですよ!

 これができるのは、膨大に知識があるからでもありますが、無論、一朝一夕に培ったものじゃありませんから、誤解ありませんように。

 情報は多ければ多いほど良い?

 いいえ、整理編集できないほど多量の情報は混乱しか生みません。

 私はそれがわかってるから、自分の知ってることを弟子にそのまま伝えたりはしないのです。

 知ってることを全部やらせたら、時間が足りないどころの話ではなくなるからです。

 私自身は、一通り、習ったことは練習しています。型も昔は、八極架、大八極、八母掌、孫擯拳、陳ハン嶺99式太極拳、小虎燕、小念頭くらいは覚えて練習したんですが、決まりきった動作を繰り返しやるのは好きじゃないので、ほとんど忘れてしまいました。

 今は24式太極拳と形意五行拳と単換掌をやるくらいですよ。

 膨大に習ったことを全部はとてもできませんから、必要最低限のエッセンスとして抽出しようと考えて出来たのが游心流なんですね。

 それですら、今では自分ではほとんど練習していません。

 身体を動かさなくとも脳を使ってイメージ・トレーニングをするのが常態化してしまっているので、必要がないのです。

 例えば、蛟龍歩を使った歩法なんて何年ぶりかですよ。ここ最近、やっていなかったですからね。

 普通、やらないと筋肉が衰えてできなくなります。筋肉でこなす種類の技は私もできなくなっています。

 ですが、筋肉に頼らない身体内部の重心移動で動く技は何年も練習していなくともできるし、もしかして以前より上達しているのかもしれません?

 もちろん、普通はあり得ませんよ?

 私の技を筋力でやろうとしたら、若くて体力のある人が頑張って、ようやくできるかな?くらいでしょう。

 私と同世代の人が筋力でやろうとしたら、たちまち息があがり、身体を壊してしまうでしょう。

 重心移動を操作するから簡単にできるのです。

 また、重心移動の操作は外見にはほとんど現れませんから、「目付け」を狂わせることもできます。

 一石二鳥どころか三鳥も四鳥もあります!

 無論、それでも見破る目付けのやり方はありますが、これは参加した人だけにお教えします。

「読み」の技術は、身法よりは心法に直結していきます。

 心(意識)を読む訳です。

 だから、「相手の目を見ろ」というのは、相手の意識の動きが目の動きに一番出やすいからなんですね。

「顔色をうかがう」という言葉があるでしょう? 人間の感情は表情に出やすいんです。

 今回の内容は、武術だけでなく日常生活にも多いに役立つと思いますよ!


PS;『セーラー服忍者』DVD、発売は秋なんですが、セミナーや講座での先行販売は可能なので、当日、欲しい方は是非どうぞ! 超豪華特典映像(私の武術講座・青木先生の剣舞・下田愛璃さんの中国兵器術の表演)がお薦めですよっ!
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PS2;早いですが、来年の月例セミナー割引予約も始めます。いつも12月末までの申し込みを有効にしていましたが、来年分は本年の11月末日までとします。
 毎月のテーマは
1月「脱力体」
2月「軸」
3月「下丹田」
4月「中丹田」
5月「上丹田」
6月「交叉法」
7月「読み」
8月「推手」
9月「型の分解」
10月「武器術」
11月「整体活法」
12月「総まとめ」
 基本的に今年と同じですが、内容はバージョンアップしていきます!
 その他の概要は今年と同じで変更はありません。(本年の秋から冬にかけて私の知名度が上がる可能性があり、申し込みが増えるか?と思われますので、割引予約申し込みを早くした次第です・・・)


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青木宏之先生の超絶“読み”

 最近、スマホでググれるようになって、動画を見まくってます!

 前々から興味があった趙道新が創始した武術「心会掌」も見れたし、CDを探しても見つからなかった聞きたかった歌もいろいろ聴けました。

『新十郎捕り物帳・快刀乱麻』の主題歌なんて、まさか聴けると思わなかったですよ!

 その他にも、『サムライチャンプルー』のエンディング(MINMI)、映画『サトラレ』のテーマ曲(クリスタル・ケイ)、『ブギーポップは笑わない』のテーマ曲(スガシカオ)、『チンピラ・ハワイアンドリーム』のテーマ曲(竹内まりや)、『キャシャーン・シンス』のテーマ曲(カラーボトル)、『蘇る金狼』『スペースコブラ』のテーマ曲(前野曜子)、『翔べ!必殺うらごろし』のテーマ曲(和田あきこ)、『長崎犯科帖』のエンディング曲(日暮らし)、『探偵物語』のOPとED(ショーグン)、『ガサラキ』のエンディング曲(種とも子)、『ラーゼフォン』のエンディング曲(橋本一子)とか‥‥。

 アニメでは一番好きな『装甲機兵ボトムズ』のOPとEDのTETSUが歌う曲なんて何回、聴いてるか?

 しかしま~、これだけ動画で見たり聞けたりするのでは、DVDやCDが売れなくなるのも道理だよな~?と思いましたけどね。

 スマホだから、画質や音質といった質的には今一歩ですけどね?

 けれども、昔のTV放映された番組とかが見れるのは有り難いです!

 私は、青木宏之先生がウエスタン・シューティングのビル横山さんのファストドロウ(早撃ち)と対決して、圧勝した『ワンダーゾーン』がもう一度見たかったんですが、稽古の時に会員のTさんが見せてくれて、改めて青木先生の読みの凄さに感動しましたよ!

 これができたら無敵でしょ?

 私みたいに読みの研究している人間からすれば、神業としか言えません。

 もう物理的なレベルの話ではありませんからね。

「青木宏之ワンダーゾーン」でググれば見れますから、是非、ご覧ください! もう、強いとか弱いとかの次元を超えてますから。

 もっとも、それでもイチャモン・コメントつけてる人がいるんですね~? 人間、ここまで嫉妬に狂うもんなんでしょうか?

 凄いものは凄い!と素直に称賛するのが大人ってものですよ。

 昔、「長野さんは嫌いだけど、長野さんの書く本は面白いから大好き!」と言っていた武道家がいたのだそうで、実にカッコイイ発言だな~?と思いましたね。

 これにあやかって、私も告白しますと、町井先生の著書を読んで、「う~ん?」と、何かちょっとガッカリしちゃったんですよね~。でも、やっぱり動画で技を見ると、凄いな~?と思う訳ですよ。並大抵の努力で到達できるレベルではないですよね?

 私もそうなんですが、武術を修行している人間は、上手な人も下手な人も関係なく、真摯に努力している人を見下すようなことは厳に謹まないといけないと思うんですよ。

 だってホラ。馬鹿にしていた人が、ある日、突然、自分を超えていることってある訳じゃないですか?

 私も随分、馬鹿にされまくりましたよ!

 その度に、「今に見てろよ~」ってメラメラと怨念をたぎらせて、密かに特訓特訓猛特訓!を繰り返したものです。

 私は超絶努力家なんで!

 素質も才能も無いから、気ぃ狂ったように努力・研究しまくりましたからね!

 ただし、他人と違っていたのは、普通に武道や武術をやっている人は体育だと思ってて肉体を鍛えることしか考えない訳ですが、私は武術は脳トレだと思ってたんですね?

 だから、努力と研究の方向性が違っていた訳です。

 青木宏之先生も、徹底的に肉体を鍛えながら、理知的な面と感性的な面も両方、修練されていますよね?

 青木先生を非難している人達って、肉体鍛えることだけしか考えていない人なのかな~?という気がします。

 だって、批判意見が実に見当外れで頭が悪過ぎる!

 まったく本質を洞察していない!

 身の程知らずに限って、上から目線で名のある師範にケチをつけたがるものなのだな~?と、武術系動画のコメント欄を見る度に思います・・・。

 自己承認欲求が肥大しているんでしょうが、ある意味、可哀想ですよね? 現実社会で全然、認められていない証拠でしょうから・・・。

 それは私も解ります!

 昔はそうだったから・・・。

 だけど、そこで腐って他人をクサしてもどうにもなりません。自分が懸命に努力を重ねて周囲から一目置かれるような人間になるしか道はないんですよ!

 批判意見を書くというのは、批判眼は有るのでしょうから、それを磨けばいいんです!

 感情じゃなくて論理で書く!

 リスペクトを持って批判する!

 そうやっていれば自ずと認められていくと思いますよ!


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零勁斬りの応用性

 日曜日の稽古会で、また試し斬りをやりました。

 零勁斬りの特訓です。

 一番、剣術が上手い北島師範が前回、体得できなかったので、今度は再チャレンジでしたが、気負いが無くなったので簡単に成功しました。

 若手のTさんもできましたが、残念ながら栗原師範はどうしてもできません。刃筋をまっすぐ通すのと、スピードの足りなさが原因でしたが、これを素手に応用した技だと問題なくできるんですね。

 だから原理的にできないのではないので、練習を重ねて一回できれば、後は問題なくできるようになるでしょう。

 まあ、慣れの問題もありますからね。

 私も、かなり慣れたので、何も考えずにサクッと斬れるようになりました。この調子だと片手持ちでもできるでしょう。

 Tさんの話では、あの町井先生も“圧し(へし)斬り”というやり方でできるのだそうですが、私は当然だろうと思います。

 あれだけの腕前の人ができない道理がないからです。

 ただし、零勁斬りと同じ原理かどうかは、見てみないと何とも言えません。

 相当に鍛えている人なら腕と背中の筋力で斬ることも可能だからです。

“圧し斬り”という言葉がそれをあらわしています。

 織田信長が棚に逃げ込んだ茶坊主を棚ごと圧し斬ったという“へしきり長谷部”という刀があります。刀の切れ味が良ければ包丁で切るみたいに押し込むだけで切断することもできるでしょうね。

 でも、普通の日本刀は包丁よりずっと刃角が大きいので、圧しただけで切断することはできません。引かないと切れないのです。

 だから、大道芸で腹の上に大根を乗せて日本刀で切断してみせても腹は何ともない!という芸ができる訳です。

 そういえば、寸勁斬りを発表した時に、「そんなの誰でもできる。包丁でやってるだろう?」と批判している人がいたらしいですが、日本刀に関する無知さをさらけ出していますね?

 畳表を巻いたマキワラや青竹を、包丁で切断できるかどうか、やってみたらいいでしょう。僅かでも刃筋が狂えば簡単に刃が割れてしまいますよ。

 出刃包丁なら大丈夫かもしれませんが、今度は刃角が大き過ぎて切断できないと思いますね?

 鉈みたいな刃角が大きい刃物だと割るのには向いていても、切断するのには向いていません。青竹を切断する場合でも何度か同じ箇所に切りつけないと、日本刀みたいに一発でスパッと切断することは難しいですよ。

 道具というのは性質を理解して適切に使わないとダメなんです。

 包丁だって、菜っ切り包丁、出刃包丁、三徳包丁、牛刀と、いろいろ有りますでしょ?

 そういえば、小栗旬が主演した『CRISIS』で、「犯人に拳銃を構えている時に引き金に指を掛けないで伸ばしていたのがおかしい」という視聴者の突っ込みがあったそうですが、これは、アメリカのコンバットシューティングのやり方で、撃つ瞬間だけ引き金に指を掛け、それ以外は暴発を防ぐために指を掛けないで伸ばしておく・・・というプロの基本テクニックを踏襲していたからであり、また、引き金に指を掛けないことで説得しようとしている心理描写を表現していたのでしょう。


零勁斬り”は、“沈身による重心落下のエネルギーを刀身に乗せる”ことで斬ります。

 だから、鍛えていない人でもうまくやれば簡単に斬ることができる訳ですが、技術的にはかなり難しいのです。

 コツを身体が覚えるまではタイミングが合わなかったり刃筋が通らなかったりスピードが出せなかったり・・・といったことで成功できません。

 私も、最初、できるまではかなり時間がかかって、「これはとてもできないかもしれない?」と諦めかかりました。

 はっきり言って自慢ですけれど・・・私は、一回見れば、大抵の技の原理が解って、すぐに体現できてしまう人間です。それでも、この技は相当に難しかったのです。

 どうしてか?というと、“見たことが無かった”からです。だから、成功イメージが描けなかったのです。

 もう一つの理由は、“道具を介して重心力を作用させる”ということです。

 自分の手足に重心力を作用させるのも難しいのに、道具に作用させるのはさらに難しくなります。

 だから、逆説的に武器という道具を使いこなす訓練を重視しているんですよ。武器を自在に使いこなせれば、素手はもっと自在に使えるようになるからです。

 練習は難しいことをやって、実戦は無意識に勝手に対応できるような自動反射迎撃システムを脳神経系に定着させる訳です。

 普通に試し斬りをやっている人でも、この技はまずできません。どうしてか?というと、刀を振り回して生じる遠心力を使わないで、静止した状態から一気にトップスピードで刀を振り斬らねばならないからです。

 この感覚を神経に定着させるには、数をこなすしかありません。

 そのためには、ゴザを買ってきてマキワラを作るのも労力になります。

 試し斬りに使える刀も普通の人は入手できないでしょう。

 そこでお勧めなのが、大根を模擬刀で斬る練習をすることですね。大根なら真剣でなくとも模擬刀で簡単に斬れますから・・・。

 もちろん、周囲の安全を確保しないといけないので家族と一緒に住んでいる人にはお勧めできませんが、一人暮らしなら部屋の中でやっても問題ないでしょう?

 大根ならバンバン切っても料理に使えばいいので経済的ですし・・・。

 さてさて、なぜ、零勁斬りに拘るのか?といいますと、もちろん、単なる見世芸ではないからです。

 今の時代、刀で戦うことはまず無いでしょうが、この技は“斬りの技”の究極として素手で戦う場合にも非常に応用できるのです。

『刃牙道』の宮本武蔵が駆使する手刀のイメージで考えてもらえばいいと思いますが、この技は日本武術式の発勁(浸透勁)なんですね?

 武術の技は“点・線・面”です。

 打撃技で譬えれば、点は一本拳の突き技、面は掌打や体当たり、そして、線は手刀打ちなんですね。

 手刀打ちって全然、使わないでしょう?

 使えないから廃れたと思ってる人が多いと思いますが、事実は違います。

 使い方が解らないから、使いこなせないだけです。

 ですが、蹴りではよく使ってるんですよ?

 スネを当てる廻し蹴りは線の攻撃技です。

 空手や拳法の廻し蹴りは直蹴りの変化技なので、もともとは足先で点で蹴っていましたが、ムエタイのスネを当てる廻し蹴りの影響でフルコンタクト空手の多くではスネを当てるようになりました。

 点の攻撃は的確に急所を狙撃するための技なんですが、動き回って戦うとなかなか命中させられません。

 しかし、線の攻撃なら少々ズレても当て易いんですね。だから、ムエタイでは多用するようになったと考えられます。

 昔々、私が高校生くらいの頃、「廻し蹴りはスネを当てる」ということを知りませんでした。キックボクシングの試合を見ても、足の甲を当てるものだと思っていたのです。

 第一、スネは「弁慶の泣き所」と言われて弱い箇所という先入観があったので、わざわざスネをぶち当てるなんて話は信じられなかったのです。嘘だと思っていました。

 だから、喧嘩でも廻し蹴りは足の甲の部分で蹴っていたんですが、ある時、蹴ったと同時に足首をグキッと捻って痛めてしまいました。

 同様に蹴りあっていて足首を痛めた人間を何人も見ました。

 これは、足甲の先端のほうを当ててしまい、足首の関節が逆側に伸びてしまったからであると解りました。

 10年くらい前に渋谷で秋本つばささんが主催するアクションイベントを見にいった時、バット折りを披露しようとした女性が足甲を当てていて、「あ~、あれじゃあ折れないよな~。諦めないと足首痛めるぞ」と思っていたら、やっぱり折れず、空手講師の人が代わりに蹴り折っていました。

 私が大学の頃にキックボクシング&マーシャルアーツの通信講座を受けて、初めて、スネを鍛えて蹴るのがムエタイのやり方だと知りました。

 それでサンドバッグを蹴ったり、古タイヤを拾ってきて蹴ったりしてスネを鍛えましたね。その当時はスネが凸凹になってましたよ。

 やっぱり、習わないと解らないことって、たくさんありますよね?

 見た目で同じように見えても、中身は全然違うとか、そういうことはたくさんありますから、だから、私はでき得る限り、実地に習うようにしてきました。

 やってみないと違いは解らないんですよ。

 空手も那覇手と首里手はかなり違うし、沖縄空手と本土の空手も違うし、伝統空手とフルコンタクト空手も違う。

 やったことがないと、長所も欠点も判りません。

 でも、違いを優劣で考えると大切なことが解らなくなるんですよ。

 人種差別も根本は優劣で人種を考える思想から生じているものでしょう?

 だから、他の国のことをよく理解することが大切ですよね。

 私は日本人だから、やっぱり日本が好きですよ。でも、武術を通して外国にも興味を持つようになりました。

 だから、中国も大好きですし、朝鮮のテコンドーやハプキドーも好きだし、ロシアのサンボやシステマも好き。

 ブラジルのカポエィラやジュージュツも好きだし、フィリピンのカリ・エスクリーマ、インドネシアのシラット、インドのカラリパヤット、タイのムエタイやクラビ・クラボーン、フランスのサファーデ、イギリスのキャッチ・アズ・キャッチキャン・・・。

 アメリカは武術のルツボになっていますね?

 JKD、ケンポーカラテ、カジュケンボー・・・等々。

 やっぱり、男の本能として、戦いを好む戦闘意欲というものがありますよね?

 武道家と呼ばれる人達って、50過ぎても60過ぎても精神年齢、ちっとも上がりませんよ。

 ずうっと、喧嘩好きのままなんですよね。

 少年の心を失わない爺さん・・・それが武道家なのかも?

 この先の人生、私はどんどん爺さんになっていくだけですから、せめて糞爺ぃではなくて、カッコイイ爺さんになりたいですよね?

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阿佐ケ谷“游心流合気道”稽古会・報告

 26日は、阿佐ケ谷のオルタナスタジオにて、二回目の游心流合気道の稽古会をやりました。

 この日は新しく入会希望の方が二名来られたので、総勢五人で充実した練習ができました。

 それにしても、前回は板の間でしたが、今回はジョイント畳マットが敷いてあったので、安心して投げることができ、全員が受け身ができたので、非常に合気道っぽい練習?ができたような気がしました。

 何度か書いていますが、私の純粋な合気道経験は一時間半しかありません。

 合気道に関する理解は、清心館道場の佐原文東先生DVD付き教本に参加した時に学ばせていただきましたが、身体動かして練習した訳ではないですからね。

 しかし、昔から、合気に関する映像教材を出していたので、一時期、ネットの「合気武術の使い手」ランキング?に書かれたりしていたのを読んで苦笑したことがありました。

 確かに研究は30年近くやってきていますから、大東流も含めて各派の合気の技術はいろいろできますし、人に教えて体得させられる技能には自信があります。

 けれども、だからといって自分が合気武術家?とカテゴライズされるのは専門に修行されている諸先生方に対して失礼だと思っています。

 游心流合気道を名乗ったのも、私が宗家の名乗りを挙げるつもりはなく、たまたま合気道出身者が何人もいたので、私が日頃から、「合気道はこういう具合にすれば超実戦的な武術になる筈だけどな~?」と思っていたことを彼らに教えて、彼らの中からしかるべき代表師範が出てくれたら面白いよな~?と、最初っから他人任せなんですよね。

 若い頃の私は、「合気道は型ばっかりで実際に空手やキックの敵ではない」と思って、ほとんど興味がありませんでした。

 空手や格闘技の専門誌にそのように書かれていた記事を信じていたからですし、合気道出身の甲野善紀氏に習っていた頃に、いちいち合気道の技がいかに非現実的か?という話ばかり聞かされていたからでした。

 甲野氏に関しては自身が合気道から落ちこぼれたという恨み節でイチャモンつけているだけなのを後に多方面からの証言で知りましたし、基本、平気でウソつける人なので、もう何とも思っていませんが、今だに彼のウソを信じて勘違いさせられている人達がいるか?と思うと、私が誤解されてでも間違いを正していかないといけないと思っています。

 実際、空手や格闘技の関係者で今でも「合気道は使えない」と思っている人は少なくありません。

 実際に合気道を学んでいる人でさえ「実際に戦えば空手や格闘技にはとても勝てない」というコンプレックスを感じている場合が多いようです。

 しかし、自分が40過ぎたくらいからでしょうか?

「もしかして、合気道って応用すればメチャクチャ強いんじゃないか?」と考えるようになりました。

 なぜなら、現実にメチャクチャ強い合気道家がいたからですし、合気道出身者でかなり実力のある人が入会してきたこともあったからです。

 ただし、稽古法には問題があるように思いました。

 手刀で打ちかかったり、合気揚げがかかるかどうか?みたいなことに拘っていては、何年やっても実用的にはならないでしょう。

 だいたい、状況設定使い過ぎなんですよ。

「型は微塵も変えてはならない」と断言する古武術師範もおられますが、それは稽古法の方便として必要だからなのであって、中級、上級になったら型を崩して自由自在に使う稽古法があることを知らないんだと思います。

 だから、延々と型を繰り返していれば、ある日、突然、自由自在にどんな武道や格闘技にも対応できるようになると信じていたりするのです。

 かつて武道界で一世を風靡した『武道の理論』の南郷継正さんの量質転化の法則を絶対視している人もいるのでしょうが、一昔前の武道やっている人には、一つの理論を絶対視して崇拝してしまう信者タイプの人が相当数いましたからね。

 しかし、唯物弁証法を盲信しながら神棚を伏し拝んだりするんだから、外国の人が見たら阿呆に見えると思います。

 意味わかんないですか?

 無神論者なのに神様を崇める姿がヘンだということですよ。

 でも、こういうヘンなことやっているのにヘンだと理解していないところが日本人武道家のスタンダードだったりもするんですよね。

 昔から伝わっているものが正しいのだ!と頑なに信じて疑わないのが正しい姿勢だと思っていたりする。

「疑うこと」が悪なのだと決めつけてしまっている。

 逆説すると、「信じること」が善なんですよね~? この発想からすると。

 しかし、こういう態度は劣化しか生みません。

 なぜなら、ずっと昔に作られた物が現代にも通用すると考えるほうが狂っているのであり、文明の発達を無視していたら、いずれ単なる骨董品的価値しか認められなくなるでしょう。

 私は研究家ですから、江戸時代の古文書も調べたり、中国武術の原書も買ったりしています。読めなくとも絵や写真があれば、解る面もあるからです。

 また、同時代の風俗習慣を調べたり、研究対象は広がりこそすれ終わることはないですよね。

 研究するということは、最初から疑ってかからねばなりません。「これは本当のことなのか?」と考えて調べていると、間違いや嘘が次々に出てくる訳ですよ。

 私は他人が言っていることを鵜呑みにはしません。間違っているかもしれないし、意図的に嘘を言っているかもしれない。

 本当のことを言っていたとしても、部分的であったり、誤解であったりもします。

 昔、取材の時にある先生が、「これが形意拳の“崩拳”で・・・」と実演された技が“劈拳”で、「これは教えてさしあげた方がいいのかな~?」と少し悩みましたが、ぶっ叩かれたら怖いので黙っていました。

 形意拳の基本の五行拳は、劈拳、崩拳、鑚拳、炮拳、横拳という五つの基本技で構成されていて、“崩拳”は特に、「半歩崩拳、打遍天下」、意訳すると「半歩の寄せ足で打つ崩拳の一撃は、あまねく天下を打つ必殺技だ!」という形意拳史上でも有名な郭雲深や尚雲祥の代名詞とも言える技なのです。

 ひょっとすると、この先生の先生が間違って教えていたのかもしれませんが、そういうことって、よく有るんですよね?

 弟子の立場じゃ、「先生の言うことはたとえ間違っていても疑ってはいけない!」という風潮がありますからね~(苦笑)。

 つまり、稽古のやり方を間違っている、ないしは誤解している、あるいは知らないだけなんですよね。平たく言えば・・・。

 私は最初から合理的に使えるようにカリキュラムを組み直そうと思っています。

 手刀打ちをストレートパンチや回し蹴りの攻撃に代えて練習するだけでも相当に実用的になる筈だと考えました。

 無論、何年も何年も研究し試行錯誤を繰り返した結果ですよ!

 合気道に限らず、現代武道でも格闘技でも、練習している双方が同じ技を繰り出して練習している限り、知らず知らず実用性は失われていくと私は考えています。

 下手をすれば、やればやるほど弱くなってしまう?という危険性すら否定できません。

 私が研究している武術は、あらゆる状況、あらゆる武道・格闘技、そしてナイフや銃にも対抗し得る超実戦的進化系の未来志向なんですが、やっている内容は古伝の武術の現代的応用なんですね。

 カウンター理論の交叉法。

 相手の攻撃の出を察知する読み。

 一撃必殺を可能にする発勁。

 体格の差を覆す縮地法。

 素手でも武器でも何でも使える身法原理。

 そして、敵の攻撃を無力化する合気と化勁。

 本当に、いろんな先生に学んだことを自分なりに研究して編成してきただけの話です。

 新しいことをやっているように見えて、実は昔から伝わっている武術の技を組み合わせてきているだけに過ぎません。

 だからこそ、私は伝統的な武術を真摯に追究して研鑽されている先生を尊敬します!

 オルタナスタジオで稽古されている深井信悟先生も、そんな先生ですね。

 この日も我々の時間の前に稽古されていらしたんですが、早く到着されたら遠慮なく入室されるよう事前にメールを頂戴し、何とこまやかな心配りのできる先生か?と、非常に感銘を受けました。

 川保天骨さんとお会いしてから、もう一度、武道武術関係者との交流をやってみようという気持ちになりましたが、それは、深井先生のような実力も人柄も優れた先生方がいらっしゃることを研究家としてもジャーナリストとしても知らせなければならないと思ったからですよ。

 自分の身の程もわきまえないジャイアンやスネオみたいな連中が跋扈する業界ですが、それだけじゃあないですし、私は本当に優れた先生を取材して紹介していくべきだな~と思います。

 もちろん、以前から思いは同じなんですけれどもね~(苦笑)。


 今回、新しく入会された方から感想文をお寄せいただき、また許可を得てブログにアップさせてもらいました。

 いろいろ体験されているみたいで、非常に高く評価していただいて嬉しいです。

 やっぱり、体験された方が楽しかったと言ってくださるのが一番、嬉しいですよ。

 元合気道家のIさんも、私とマンツーマンで練習している時とは違って、水を得た魚のように動きが良くて、達人のように見えました?

 もっとも、相手してくれている新入会員の方が非常に受け身が上手くて、合気道の演武で受けがいかに大切か?とあらためて思いました。

 まだカリキュラムが纏まっていないので、練習内容はアドリブだったんですが、一時間でかなり濃い練習ができたと思います。

 阿佐ケ谷駅から徒歩圏という地の理もいいですよね?

 都内の稽古場所としては二つ目(体道塾を含めると三ケ所目)ですが、まずは月イチから始めて、軌道に乗ったら毎週やってみたいな~?と思っております。

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何か、政治が面白いね?

 都議選で自民党というか安倍政権への反感がモロに出て大惨敗したのは痛快でした!

「このハゲーッ!」でお馴染み、暴言オバさんなんかもキャラが立ってて、私は笑かしてもらいましたよ?

 私が「ケシカラン!」とか言ったら、「お前が言うか?」ってツッコミが入るでしょ?

 単なる人格障害でしょう? 珍しくないですよ。武術の世界にはウヨウヨいますよ。病気の一種と思えばハラも立ちません。

 それより稲田さん。思想的に偏ってる人が政治家になってはいかんでしょう?

 能力も低い。思慮も浅い。単なるドジッ娘?

 安倍さんが将来の首相候補にしようとしていることそのものが不思議です。

 安倍さんのやってきたことは言葉は丁寧でもやり方は強引で傲慢、都合の悪いことは権力で隠し潰そうとするし、民主主義を破壊しようとするかのような手法は危ないな~と思っていましたが、流石に東京都民は理知的で冷静に判断しているな~と思いました。

「印象操作やってるのはアンタだろ?」って見抜かれたんですよ。

 安倍劇場も、そろそろ幕引きすべき時期じゃないですか?

 底の浅いウヨクのゴタクは聞き飽きました。

 国家じゃなくて国民のことを考えなくちゃ~ね~?

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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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