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残念な話

 残念なことが続いています・・・。

 まず、私が大好きな漫画原作者、狩撫麻礼さんが亡くなりました。

 ショックです・・・。

 松田優作唯一の監督主演作『ア・ホーマンス』の原作で漫画を読んで以来、『迷走王ボーダー』なんて学生時代のバイブル的な作品でしたよ。

 唯一無二の作風が好きでしたよね~。

 韓国とアメリカで映画化された『オールドボーイ』や深夜ドラマ化された『湯けむりスナイパー』といったハードボイルドなんだけどどこか不器用な男達を描かせたら天下一品で、しかもどこか超自然的な孤高さを抱える主人公がカッコ良かった。


 それから、夏木陽介さんも亡くなられましたね。

 夏木さんといえば、私なんか『三大怪獣地球最大の決戦』や『宇宙大怪獣ドゴラ』『84年版ゴジラ』を思い出すんですが、一般的には青春ドラマの金字塔『青春とはなんだ』が代表作になるんでしょうね?

 しかし、『Gメン75』とか『荒野の素浪人』とか『江戸の激斗』といったアクション系の作品での活躍も印象的です。

 特に『江戸の激斗』の九州弁を話す町藤太役が私は大好きでしたね~。

 実際にも正義感が強くて曲がったことは大嫌いな熱血漢エピソードがいくつもあったみたいですが、そんな人柄が滲み出てましたね。

 晩年は空手映画『黒帯』で師匠役をされていましたが、『ウルトラセブンX』で指令の声だけで出演されていたのも印象的でした。


 思想家の西部進さんが自殺されたのにも驚きましたよ。

 私はまた「殺されたのか?」と思いましたが、覚悟の自殺だったらしいですね?

 言行一致の弁論人なんだ・・・と、敬意を感じます。


 最後に、私の好きな漫画『オニヒメ』が、いきなり終わってしまって、大ショック!

 あまり人気が出なかったからだそうですが、出版不況の現在を象徴している気がしますよ。もう少し作品を育てていこうという気持ちが編集側にあったらな~?と、非常に残念です。

 上山さんの作品はあまり派手さはありませんが、じっくりと内容が深まっていく心に響く作風で、これからもっともっと注目されていくと思っていたので、本当に残念無念ですよね~・・・。

 でも、ルパン三世のファースト・シリーズみたいに何年かしてから注目されて再評価されるかもしれませんからね?

 誰にも描けない独自の作品が描ける作家さんだと思いますから、これからも頑張っていってください! 応援してますっ!


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ほびっと村感想

 日曜日のほびっと村は護身術をテーマにしていましたが、年始に完成した游心流合気道の基本型五本を初披露しました。

『表入身投げ・裏入身投げ・中段入身投げ・腕がらみ四方投げ・拳捕り小手返し』

 この五本です!

「たったの五本しか技が無いのか?」と疑問に思われるかもしれませんが、それぞれの技から相手に応じて無数に千変万化する応用変化技を駆使する戦闘理論ですから、心配御無用ですよ!

 游心流武術の初級中級の対錬型は他流のものをほとんどそのまま採り入れていたんですが、独己九剣は半分は私が創作していました。

 今回はベースは合気道ですが、逆に無駄をそぎ落としてシンプルな形にしています。

 何故、そうしたのか?というと、できるだけシンプルにすることで逆に応用発展性を高めることを狙ったからです。

 このアイデアの素形は、宮本武蔵の遺した五つの構えでした。

 具体的な技の手順を捨てて、基本の構えのみを遺したといわれる武蔵の考えに倣った訳です。

 これはブルース・リーも同じ意味のことを言っていますが(この一点でブルース・リーが相当に高い水準に到達していたことが判ります)、実戦は千変万化して予測がつかないものであり、それに対応するには、こちらも千変万化して応じることができないといけない。

 だから、どれだけ実戦的な技や構えを考えたところで、それは一面的な観点から考えたものに過ぎず、予想外の敵を前にして一切無力化される危険性が常にある。

「実戦は強いほうが勝つとは限らない」と言う意味がコレなのです。

 真剣に実戦を考えていると、「パンチしてきたら・キックしてきたら・掴みかかってきたら・タックルしてきたら・ナイフで刺してきたら・日本刀で切りかかってきたら・拳銃で撃ってきたら・ライフルで狙われたら・手榴弾投げ付けられたら・ミサイルが飛んできたら・・・」と、どんどんシチュエイションが広がっていきます。

 若い頃に台湾で修行されていた木本泰司先生から聞いたところでは、喧嘩で塩酸ぶっかけるなんてこともやるので、とても実戦がどうこうなんて言えないとのことでしたね?

 私はトイレ洗浄剤はサンポール使ってますけど、やっぱり汚れ落ちが違いますよね。塩酸入ってるから・・・。道場破りが来たら、サンポールをちゅーっ!っとかけちゃおうかな?


 ところが、現代武道や格闘技で強さを求めている人だと、ナイフ以降は何故か考えない傾向が強くて、現実問題として、そのようなシチュエイションに対処することを何も考えていなかったりします。

 冷静に考えると非常に不思議なことです。

 通り魔や強盗が素手で立ち向かってくる事例は皆無に近く、ヤンキーや暴走族でさえ木刀や鉄パイプ、金属バットで殴りかかってくるのが基本なのに、何故か、対策を講じていないのです。

 中には、「腕の一本くらい折れてもローキックで粉砕してやればいい」と言う人もいましたが、相手が複数であったら、腕一本折れた状態でしのぎきるのは至難でしょう。

 実戦で大切なのは「相手の攻撃を受けないこと」です。

 しかし、現代の多くの武道家や格闘家が“受け技の重要性”を解いています。

 これは試合がもたらした最大の弊害だと私は思っています。

 一対一でルールを決めて同じ技をくり出し合って闘う試合は、第三者に参観させることを前提にしており、自然に見世物としての見栄えがするような試合内容に変質していかざるを得ません。

 その結果、「相手の攻撃を受けてから反撃する」という闘い方のスタイルが定着していったと考えられます。つまり、受け技は試合によって生み出された技じゃないか?と思うのです。

 本来は、防御のみの技というものは無かったと私は考えています。受け流したり、受け崩したり、受けと同時に攻撃したり・・・という攻撃することをメインにそれを補助する技法であったと思います。

 相手のパンチやキックをパリーしてから自分もパンチやキックを出す・・・という攻防スタイルに慣れてしまうと、そうするのが当然なのだと脳に定着してしまいます。

 そういう思い込みからは新たな技や戦闘法はそうそう生まれてきません。

 特に護身術を考えた場合、圧倒的な戦闘力の差を一瞬で逆転させられなくてはなりませんが、武道や格闘技をやっている人ほど、「そんな夢物語みたいなやり方は存在しない」と決めつけます。

 しかし、武道や格闘技のセオリーを離れてしまえば方法はいくらでも考えられます。

 ケミカルメイスやスタンガンは、護身を目的に開発されたものですし、伸縮警棒や携帯ヌンチャクも熟練していれば強い武器になります。

 簡単な話、ピストルを持っていれば小学生がプロレスラーを殺すことも容易です。

 護身が目的なら強い相手と力比べをする必要はないからです。

 武術そのものが力比べとは反対の技を希求してきています。

 その典型例が“発勁”や“合気”です。

 うちの会で初めて体験した人がびっくり仰天した顔・・・この時の新鮮な驚きの気持ちを忘れないで欲しいですね? それが即ち、武術が伝える叡知に触れた瞬間の驚きだからです。

 武術は決してインチキではありません!

 インチキな人間が武術家を名乗っている事例が多いから誤解されてしまっただけです。

「長野はインチキだ」と中傷する人達は、劣等感に苛まれていながら自己承認欲求だけが肥大している自己欺瞞家・・・そんな人間が武術に耽溺している(現実逃避ですよ)のだろうと思います。

 そういう人間は現実をきちんと見せられると反発する。現実を認めたくない。

 そんなに夢想に耽溺したまま人から崇拝されたいんでしょうかね?

 私は別にインチキな人間だと非難されてもどうってことはありません。まともな社会人とは自分でも言えないし、ダメダメな人間だと自覚しています。

 けれども、私の研究してきた武術理論は誰にも否定させません! 潰せるものなら潰してみればいい。

 安全な場所で匿名で吠えるしかできない者は男じゃありません。卑劣なやり方でしか意見を言えない人間の言葉は決して人の心に響きません。

 私は匿名で他人を貶したことは無いと思うんですけどね? 有ったかな~?


 ほびっと村の翌日は阿佐ケ谷の游心流合気道です。

 が、御承知のごとく東京都心は大雪でした。

 私は、こういう時こそ後々のネタができると思って、敢えて強行しました。

 もっとも、電車が止まっていたら物理的にできないからな~?と思っていたものの、何とか電車も動いていたので相模原から阿佐ケ谷まで行けました。

 かなり早めに出たので駅で大分、時間が余っており、熱いミルクティーを買って駅のホームで時間を潰そうとしたんですが、寒くて無理!

 駅中のコンビニに入ろうと思ったら早めに閉まってます。

 これは困ったな~と思って、トイレに入ったところ、阿佐ケ谷駅のトイレの便座は温度調節機能がついていて、「あ~、ケツがあったけぇ~」と、ついついヌクヌクして長居してしまいましたよ!

 15分前に改札前で待っていたら、二人来ました。

 まあ、今日はこんなもんだろうと思ってオルタナスタジオに向かおうと駅から出ると、盛大な吹雪のような状態で、一瞬、こりゃ~休むんだった・・・と後悔しましたけどね?

 ここまできたらやるしかないでしょう?

 何か八甲田山の行軍か?というくらいの勢いで東京でここまで降ったことあったっけか?と思いましたね。遭難するかと思ったよ・・・。

 スタジオに到着すると、流石に深井先生もお休みされていましたね?

 逆に、「俺たち、バカだな~?」と思いましたよ。

 後からもう二人来て、五人で練習しましたが、何しろ、この酷い天候の中をわざわざ来てくれたんだから、大サービスでいろんな裏技を教えましたよ。

 本部でも支部でも練習内容はルーティンになってしまっているので、游心流合気道では実験しようと思っていて、この日は基本型の第一、“表入身投げ”だけからの応用変化技を10種類以上やりました。

 この応用変化は、頸柱捻り技や拳・掌・肘のゼロインチ打撃、回転二段肘打ち、打拳掴み崩し、分筋錯骨法と点穴、肩固め潰し、ナイフ奪取法などを指導しました。

 うちの特徴として掴み手から技をかけるのではなくて打拳に対して交叉法で技をかける方式にしているんですが、これはやはり現代の格闘シーンから最も可能性の高い攻撃法に対応する形式で練習すべきだと思ったからなんですね。

 昔の日本人は掴んでからやったかもしれませんが現代ではパンチから始まることが多いでしょうし、刃物で突いてくるのに対応できないといけませんからね。

 分筋と点穴は滅多に教えていないんですが(痛いから練習が嫌になって会員が減ると困ると思ってやらなかった)、護身術として知っておくとレパートリーが広がりますから。

 私の考えは、とにかく様々な技と戦闘法を知っておくことが有利になるというもので、どんな実力者でもまったく未知の技や武器、戦闘法には対処できないという考えです。

 他流をやっていた人だと、とかく“この技は使えるけど、これは使えない”と批評しがちなんですが、こういう考え方は技を固定的に見ているから出てくるものであって、一面的なんですよ。

 一を聞いて十を知るような人は滅多にいません。

 特に「最近の人は多いな~?」と思うのが、“一を見て十を理解したつもりになってしまう人”です。

 本に書いてあることを鵜呑みにしてしまう人も多いですが、健全な批判眼を育てていかないと、物事の正否を信じる信じないのレベルでしか判断しない論理的思考力の欠如したお馬鹿さんになってしまいますよ。

 直感力も重要ですが、論理的思考力が無いと世の中で円滑に生きていけませんから。そして、論理的思考力は教育と学習によって獲得していくものであり、知識と教養に裏打ちされています。

 ある武道の先生が、自説の正当性を主張するために、そこそこ名の知れた古武術研究家の意見を紹介していましたが、この研究家氏、業界では有名な宗家病で捏造体質なんですよね? 私、この人が過去に自著の中で偽装した証拠握ってますよ。

 だから、「あ~あ~、やっちまったな?」って思いましたよ。

 武術の世界で正統だの伝統だのという言葉は遥かに昔から死語なんですよ。私は恥ずかしいから、そんな理屈は言えません。

日本武術達人列伝』でいろんな武術家の捏造疑惑を批判的に紹介していますが、あれが全てだと思ってもらっては困ります! もし名誉棄損で告訴された時に裁判で負けないように、まだまだ重要なネタは隠してますからね・・・フフフ(不敵な笑い)。

 私は“負ける喧嘩はしない主義”なんですよ・・・フフフ。

 帰りに電車の中で同じ方向に行く会員さんから質問を受けていろいろ話していたんですが、何でもかんでも初心者に教えてしまっても“消化不良になるだけ”ですから、今回は段階的に指導していくつもりなんですよね。

 練習時間は一時間でも毎週やるから続けて通ってきてくれれば本部師範に匹敵する実力になるのも時間の問題かと思います。

 オルタナスタジオでは畳マットを敷いてあるので、投げ倒すことができます。

 これができるのとできないのでは練習できる技の幅が全然違うんです。

 本部道場を開設してから試し斬りや手裏剣の練習を普通にできるようになって技の研究が格段に進みましたが、それと同様に阿佐ケ谷の稽古会でないとできないことがあったんですね~?

 まず、受け身の稽古ができるのは良いですね~? 皆さん、最初はぎこちなかったけれど、前回辺りからぐぐっとうまくなりました。

 受け身の練習をやってもらっているのは、受け身しながら技かける戦闘法もあるからなんですよ。それと地ショウ拳にも繋げられる。

 五月には女子護身術研究会も始める予定ですし、千葉支部も開設候補地を探している段階です。

 東京支部も隔週で再開する予定でいます。

 とにかく人を育てたいですね。天狗になって馬鹿なことやらかすような者は、もう二度と出したくありません!

 実技が優れていてもそれを表に出さずに人格善良で知識と見識も深く世の中で活躍できる人間を育てられる武術研究会でありたい・・・。

 幕末の志士が剣術道場で技を磨きながら国の行く先を語らっていた・・・そんな具合になるといいな~?と思うんですけどね。

 哲学サロン的なサークルというのは宗教の専売特許じゃないと思うんですけど、何か、現代でそれやると独善的なカルトになりかねないでしょう?

 もっと気楽にやれないもんかな~?と・・・。

「あ~、だから長野先生はああいう話をしているのか?」と思った人・・・当たりです!

 武術やる人間は頭が良くないとダメなんですよ。何でかというと、狡猾な人間に利用されてしまうから・・・。昔の大学武道系の学生なんか体制に利用されていましたから、全共闘世代の人達には武道やっている人間を異常に警戒する人も多かったですよ?

 こっち方面の話はまた、いつか・・・。


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発勁は普通の打撃とどう違う?

 新しく入会した会員さんに発勁を教えると、必ず「本当にできてますか?」と聞いてくるのがいつものことなんですが、“発勁は気と勁の力で打つ特別な打撃技で長年の修練が必要”という説を今でも信じている人が多いからなのかな~?と思います。

 あるいはフルコンタクト空手系の修行者の間では今だに「まやかしのインチキ」だと決めつけている人も多いみたいです。

 私は誰にも習わず自分で研究してサンドバッグ打ちながら体得したのが25歳の時でしたから、それからもうすぐ30年経過しますけれど、随分、あれこれ研究して、「こうすれば誰でもその場で即座に体得できる!」という確信を得ています。

 だから、「インチキ」だと言っている人達は、単純に“知らないだけ”だと明言できますし、気だの勁だのという言葉を使わなくとも説明できます。

 先日のセミナーでは女性会員の牛窪さん(体重40kgくらい)が会員のNさん(推定85kg以上)をキックミット越しの発勁(八極拳の頂心肘)で吹っ飛ばしましたし、翌日の阿佐ケ谷の游心流合気道では新入会員のKさん(45kg)が指導員のTさん(推定85kg)をキックミット二個重ねで打って吹っ飛ばしてました。

 蹴りならともかく、手技の打撃で分厚いミットを持った体重二倍の相手を吹っ飛ばすというのはあり得ないと思われるでしょう?

 だから、「気と勁の威力なのだ」と言ったりする訳ですが、重要なのは初心者ができたということです。

 答えを明かすと、これは「体当たり」なのです。

 拳や掌、肘の先で体当たりしている・・・だから、体重が倍の相手でも吹っ飛ばされる訳です。

 普通に腕の急激な屈伸で威力を出すパンチだと、衝撃力は大きくとも力積は大きくないのでミットが威力を吸収してしまいます。

 しかし、体当たりされたらミットだけで威力を吸収できずに身体ごと跳ね飛ばされてしまいます。これが吹っ飛ぶ現象のメカニズムです。

 発勁が怖いのは、この体当たりの威力を“いろいろなやり方”で自在に引き出して拳・掌・肘・肩のみならず、胸・背中・腹・脚・足・指先・・・と身体中のどこからでも一点に集中して打ち出すことができるようにしているところです。

“いろいろなやり方”というのはイメージの使い方、身体操作のやり方、重心移動のやり方などがありますし、さらに打撃力を効果的に相手に作用させる“打撃訣”というコツもあります。

 私が自由組手をやらないように決めたのも、発勁を自在に駆使できるようになったことが関連しています。

 練習で会員に致命傷を与えないようにするには自由に打ち合うのは事故のリスクが高過ぎると考えたからです。

 最初は練習しようと思って防具も揃えたんですが、今は使っていません。防具があると思って、ついつい強く打ってしまって後遺症が出る危険が高まってしまったからです。

 結局、寸止めするしかないという結論に至り、型稽古中心にせざるを得ませんでした。

 大袈裟だと考えられるのでしたら、二人で互いに体当たりをぶちかましあう様子を想像してください。危険過ぎるでしょう?

 型(套路)稽古を中心にし、組み手は推手というゆったりしたものだけというのも、発勁が自在に打てるようになれば、そうするしかないという事情が理解できるでしょう。

 游心流合気道も“発勁が打てる”ということを前提にしています。

 ちなみにDVD見て練習しただけでできるようになった人も結構いるみたいですよ?

 でも、少しも特別な技じゃなくて、教えれば誰でもできますから!

 基本ですよ。基本!

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気功で人が飛ぶか?

気功で人が飛ぶか?

「飛びません!」

 結論から言うと、こうなります。

 では、何故、世の中には“気”で人をふっ飛ばして見せる気功師や武道家がいるのか?と言いますと、「暗示にかかって身体が勝手に反射運動してしまう」という“錐体外路系反射運動”という仕組みがあるからです。

『マツコの知らない世界』で青木宏之先生に登場してもらって“遠当て”を実演してもらったからなんでしょうね?

 某番組で「気功で人は飛ぶのか?」という検証ロケをしていました。

 何か、あまりにもミエミエの対抗企画なので笑ってしまいましたが、登場した気功師の先生は“暗示にかかった弟子が勝手にすっ転んでいるに過ぎない”という現象を理解されていなくて「誰でもかかる」と断言してしまっていました。

 だから、私がいっくら「青木先生のやっている遠当ては気功で飛ぶ現象とは違う仕組みなんですよ」と言っても、勘違いするんだから、困ったもんですよ。

 結果は当然ながら、失敗。ガチで受けた芸人は飛ばず、気を使って「仕込みも撮りましょう」と提案してアシスタントプロデューサーの女性が受けて、少しよろめいたのを放送してお茶を濁していました。

 もう30年近くなりますかね~?

 青木先生が遠当てを披露してから、西野流呼吸法が大々的にメディアに出て以降、大小様々な気功や武道の団体が「触れずに気で飛ばす」というパフォーマンスを演じるようになりました。

 思い出すままに挙げると・・・流道、合気功、合気会の渡辺先生、柳りゅうけん、牛丸天真、空勁気功、神意拳etc

 一時は流行りましたけど、結局、「ガチで飛ぶのではなくて弟子にしか効かない」という事実が業界的に知られるようになっTVも扱わなくなりました。

 要するに“ヤラセ”ですからね。問題視されますよ。今、そのままやったら。

 打ち明け話を書きますと、青木先生の遠当ても「弟子にやって見せても説得力がないから長野さんにやってくれませんか」と番組側から言われて、「長野さんにはかからないかもしれないから・・・」と青木先生がだいぶん、渋ったんですよ。

 私も「俺にはかからないんじゃないか」と思ってた訳ですよ。だから、ガチでやってもらってかからなかったら、「遠当て、破れたりっ!」とかギャグ言ってやろうか?とか思ったりしてましたからね。

 しかし、わざわざ青木先生に出てもらって全国ネットで恥かかせたりするのは酷いでしょう?

 だから、素直にかかるつもりでいた訳ですよ。

 ところが、こっちの予想より遥かに物理的作用を及ぼす技だということが判って、ビックリした訳ですよ。

 青木先生は大喜びしてましたけどね。ほら、自分は受けたことがないから、どういう効果があるのか?は判らない訳ですよ。

 青木先生は脳波を読んで“気合”を当てているので、まず誰にでもできると思いますよ。
 私も呼吸を読んで“気合”を当てる程度ならできますけど(古武術の世界では目録以上の腕前ならできて当然だったのだとか・・・)、これは交叉法の練習やっていれば自然にできるようになります。

 青木先生から教えてもらったので、今後は相手の脳波を読む訓練やりますよ。

 ちなみに私は気功の技も随分、受けてますが、当然、ふっ飛んだことはありません(身体が無意識に動く程度なら何度か経験していますが、これは当たり前の現象)。

 そもそも、気功で吹っ飛ぶ現象は、大概、太極拳や意拳などの内家拳の練習で発勁で吹っ飛ばされるのに慣れた人が、打たれる前に身体が予測反射を起こして吹っ飛ぶようになったもの(合気道では暗示投げと呼ばれる)であり、西野流呼吸法や空勁気功がその典型でしたね。

 だから、西野流と空勁気功をやっていた太田さんが神意拳を興したのも必然ですね?

 まあ、いつまでも信じる信じないの不毛な論議を繰り返すより、きちんと解明している私に聞いてくれりゃあ納得できるように解説するんですけどね~?(苦笑)

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一月『脱力』感想

 今年最初のセミナーは人数多目でなかなか盛況でした。

 もしかして『マツコの知らない世界』効果だったのか?

 年賀状や年始の挨拶メールにも「見ました」という感想が多かったんですが、大阪支部長の友人の占い師の方が「武術をやっているのに全然、邪気が出ていない」と評価してくださっていたと聞いて、非常に嬉しかったですね~。

 私はもともと、邪気の固まりのような人間でしたから、長年の修行の成果だな~?と思いましたよ。

 長いこと、この業界でやっていると、つくづく人間性に問題の有る人が多いと思いますし、それは自分もまたそうであったのだと思いましたよね?

 だから、文章は過激なスタイルを構築してしまいましたが、対人関係では相手に不快な印象を与えないように注意してきました。

 お陰で、「噂と全然違いますね~。長野先生は普通ですよね~」と大抵、言われます。

 まっ、猫かぶってるんですけどね?

 それでも売り言葉に買い言葉でキツい態度になってしまう場合もあります。

 が、それは相手が“メっちゃ睨んできた”とか、失礼な態度を取った場合に限られますよ。

 でも、あまりにも失礼過ぎると、逆に「この人、話してわかるタイプじゃないな」と思って、必要以上に丁寧な対応をすることが多いです。触らぬナントカに祟り無しですよ。

 だから、私は本当に心の底から嫌いな人のことは批判しません。話題にもしたくないからですし、わざわざ文章に書いて知名度を上げてやる義理もありませんから、ガン無視するだけです。


 さてさて・・・今回は最初ですから、うちの基本中の基本の脱力についてなんですが、長年武道をやっている人ほど苦手なのが脱力です。

 まず、「力を抜いたら威力が出せないだろう」という強迫観念があるので、頑なに脱力技法を否定しようとしたり、「屈筋の力だけ抜いて伸筋を用いるのだ」という理論を主張する人が特に空手家には多いみたいです。

 しかし、伸筋技法と脱力技法は似て非なるものですし、戦いの最中に「ええっと・・・屈筋の力だけ抜いて伸筋を使って・・・」なんて面倒臭いことできますか?

 だったら渾身の力を込めてドッカンドッカンぶん殴ったほうが遥かに効果的でしょう?

 脱力して身体の重さを威力にする“重さを乗せる”のが脱力技法の本質なのです。

 その重さを自在にコントロールするのがテクニックであり、それが“重心移動”なのですが、言葉にすればチンプンカンプンでも実際に覚えるのは実は筋肉を鍛えて威力を高めるよりずっと簡単でコツを知れば即座に素人でも使えます!

 私が教えれば、あっという間に簡単にできます。あまりに簡単なので、大抵の場合、「本当にこんなに簡単なんですか?」と逆に信じてもらえなかったりするくらい“簡単”です。

 教えれば簡単に会得できるから、もったいぶって秘伝扱いして教えなかったんでしょうね?

 現代武道や格闘技ではそういう習慣は無くなっていますから、「武術は怪しい。神秘をウリにしてマルチ商法みたいにしているいかがわしい業界だ」と思われる訳で、その認識はまあ世間的な価値観では正しい訳です。

 実際に「俺は秘伝を知っているのだ」と優越感丸だしでエバりたがる阿呆の巣窟になっていたりしたので、これはまあ、まっとうな業界とは言えませんよ。

 だから、私がバンバン秘伝の仕組みを解明して発表すると、「長野がやっているのは似て非なるものだ! 本物の秘伝はあんな簡単ではない!」と口先で否定したがる武術家さん達が続出していた訳ですよ。

 自分達の商売を邪魔されてはかなわんと思うからですよ。

 もちろん、それを戦闘に用いるにはいろんなことを体得しないといけない訳で、これだけできても単なる見世物演芸にしかなりません。

 戦えない武術家を達人なんて呼びませんからね。

 その意味で、見世物演芸ばかり練習して「俺は達人だ!」と勘違いさせてしまうのは罪作りな話だと思う訳ですよ。

 血尿出るまで必死で修練して試合で勝ったり負けたりしながら頑張っている人達から見れば、クズにしか見えないでしょう?

 私も若い頃はムチャクチャ練習しましたし、今でも新しい技を開発するのにそれなりの試行錯誤を繰り返しています。

 そうでなかったら、松田隆智先生や青木宏之先生が認めてくれる筈がないでしょう?

 その結果として「身体を鍛えるより戦略戦術を考えることが重要だ」という考えに至った訳ですよ。

 大体、「俺はこんなに練習しているんだぞ!」と威張る人が多いですが、普通に働いている人間は、そんな練習やってる暇はありません!

「お前、ちゃんと働けよ!」って話ですよ。

 それに、「俺はこんなに身体鍛えているんだぞ!」と威張る人も多いですが、物凄い頭が悪いとか教養が無いとか、まず、文章の読解力が全然ない人とかいますよね?

 身体鍛える時間の三倍くらい本とか新聞とか読みなさいって言いたくなりますよ。

 世の中のことを何も知らずに、どうやって生きていくつもりなのか?

 私なんか延々と、日々の生活費を稼ぎ出すのに四苦八苦し続けていますよ。自由業はつらいです。

「長野先生だったら新宗教みたいに信者を増やせば、いくらでも稼げるでしょう?」って言われたりするんですが、社会的にアウトなやり方で金稼ぐことだけはしちゃ~ならんと思っていますよ。

 だって、それをやっていたら、いつか人生そのものがダメになるでしょう?

 怖くてできないし、御先祖様に顔向けできなくなってしまいますよ。

 うちの先祖は代々、地道に活躍してきていますからね~。


 ええっと、それで、お知らせもいくつか・・・。

 まず、今度の日曜日は西荻窪ほびっと村での講座ですが、游心流合気道、ほぼ完成しましたので、これを御披露致します!

 我ながら、とんでもなく実戦的になったと思いますよ。

 今月から毎週月曜夜に阿佐ケ谷オルタナスタジオで練習していますが、非常に楽しいです。一時間しかないのでコンパクトに密度の濃い練習会になっています。

 新人さんが多いんですが、急速に実力上がってきていますよ。

 やっぱり交叉法と組み合わせたのが正解でしたね。

 入身投げが三つ、四方投げが一つ、小手返しが一つ・・・ここから応用変化技を自在に無限大に生み出すという画期的体系ができました。

 しかも、発勁も含むから一つ一つが絶招(必殺技)ですよ!


 それから、一月のメイプルホール稽古は18日だけですけれど、ここは槍や棒、刀なんかが自由に振れる広さがありますので、長物を練習したい方はどうぞ。

 過日、槍の裏技を教えましたが、これは体術にそのまま応用が利きますよ。


 それからそれから、webマガジン“DRESS”に私が取材された記事が載ってますので、是非、御笑覧くださいませ・・・。

 今年は女子向け護身術に力を入れたいと思っておりまして、5月に女子向け護身術講座を牛窪指導員と実施してみる予定でおります。これは男性の参加はできませんけれど、ある意味、超実戦的な技術を指導するつもりでいます。


 それと、今月のDVD割引セールは何でも二巻以上お買い上げの場合に限り、合計金額より半額に致します! 大サービスでございます。

 ええっと・・・その他、いろいろ企画進行中ですが、企業秘密ということで発表するのをお楽しみに・・・。

 今年も頑張らなくっちゃ~・・・。


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2018月例セミナー初回

 いよいよ、今年最初の恒例の月例セミナーは14日に開催します!

 昨年は大阪支部も発足したり、阿佐ケ谷オルタナスタジオでも稽古会を始めたり、游心流武術の裾野を広げる活動も始めていましたが、私自身は実は小説執筆に追われていたりして、結構、大変な年ではありました。

 何しろ、勉強しなきゃ~いかんのですよ。小説書くためには・・・。

 それでも、11月には皆さんもご存じの通り、『マツコの知らない世界』に出演させて戴く貴重な機会を得まして、しかも伝説の武道家として知られていた青木宏之先生にも出演して戴き、かつて一世を風靡した伝説の秘技“遠当て”を実演してもらい、しかも私自身が受ける!という身体張りまくりの展開となりました・・・。

 事前に告知してはいけないということだったので、見逃した方も少なくなかったと思いますが、ユーチューブにも出ている?とのことなので、宜しければ観てやってください。

 逆に、全然知らずに、「たまたま観てびっくりした」と言われる方も多くて、アパートのお隣さんなんて、廊下で顔合わせたら満面の笑みで「いや~、見ましたよ~」と・・・TV見てたら、お隣さんが出てきたから驚いたのだそうでした。

 こっ恥ずかしいのでTVで放送された直後に髭剃って顔が判らないようにしていたので、町中で指さされて笑われるようなことはなかったんですけど、髭が伸びるのに伴って、ジロジロ見られる率が上がってきて、電車の中で向かいに座ってる女子高生にゲラゲラ笑われたり、書店の店員さんにクスクス笑われたり、クロネコヤマトの配達のお姉さんがキョドってたり・・・といったことは何度かありました。

 一回・・・(いや、『王様のブランチ』の視聴率ランキングにも出たから二回なんですけど)出たくらいで、これだけ注目されるというのもマツコさんの人気の賜物だと思いますし、やはり、秘技“遠当て”の威力なんだと思うんですけどね?

 けれども、私としては武術や護身術という分野が注目されるのは研究家として願ったりかなったりなんですけどね。

 個人的には知名度が上がって本の売上が伸びてくれるのが一番、有り難いのです。

 要は、生活に四苦八苦している現状が改善されて、ある程度、自由に活動できるだけの金銭的余裕が欲しいというのが本音です。

 別に有名人になりたい訳でもないし、世間的に尊敬されたいのでもない。他人の評価なんぞ興味ありません。自分が好きなことして趣味の合う人達と楽しく交流して人生を過ごせれば、特に望みはありませんよ。

 その中で世の中に役立つ情報を提供したり、楽しく笑ってもらえるような作品を作っていければ、それで充分なんじゃないでしょうか?

 個人がやれることは限度があります。その限度を超えて「世の中を変革してやろう」と考えることはこの世の仕組みを破壊するテロ行為にしかなりません。

 もちろん、歴史上、世の中の発展に大きな影響力を与えた人間は無数にいますが、その半数は暴力と破壊と混乱をもたらしているのが歴史の真相です。

 ダイナマイトを発明したノーベルが大いなる自省の念から世の中の平和のためを願ってノーベル賞を創設したことは有名な話です。

 善意の行動でも世の中に混乱をもたらして思わぬ被害を及ぼしてしまう事例は無数にあります。

 まして、僅かでも欲望が隠れていれば影響が広がるに従って欲望も拡散していくものです。

 重要なのは、自分の心に正直になることですよ。欲望があるなら「有る」と認める!

「有る」ことを隠して、あるいは無自覚なまま「善意」を前面に押し出していれば、必ず影響力は歪に捩じ曲がっていきますよ。

 欲望そのものは悪ではありません。隠して嘘をつく“偽善”が悪なのです。

 何か、権力に捕らわれていたり、金に縛られていたり、可哀想な人が多いですよね?

 他人と競い合ったり、自分の考えを他人に押し付けてやろうとしたり、独善的になって心の余裕が無い人が多過ぎるような気がするんですけどね?

 結局、無知だからそうなるんじゃないか?と思います。

 武術武道の世界って、やたらに独善的な主張をする人が多いんですけど、それって単純に無知だから視野が狭くなってるだけなんですよね。

 具体的に書いたら本一冊書くくらいになってしまうので割愛しますけど、本当に、「くっだらね~な~?」と思うような“思い込み”で正統だの伝統だのと語る人がいて、何か、笑っていいのか哀しめばいいのか、よく判らないんですよ。

 いくら論争したところで事実の前では無意味になってしまうでしょう?

 一つだけ言えるのは、正統に伝わっている武術の流派なんて、ほぼ皆無なんですよ。

 嘘だって言うのなら、いくらでも納得のいくように解説してさしあげても構いませんが、まともな研究家だったら、私の主張に苦笑いしながら認めるしかなくなるでしょうね?

 だって、いかなる流派であっても正確に全伝が誤りなく伝承されている・・・なんてことは現実的に99.9%不可能だからですよ。

 簡単な話で、伝統的な武術流派は、全伝を伝えるのは極意相伝を許した宗家一人だけ。

 失伝を防ぐために分家を置いたり、相談役の宗家代理を置いたりもしますが、何代も続けば劣化や変質は免れませんし、免許皆伝を得た師範が新しい流派を興すと技術交流や技術革新も起こる。

 それによって進化する場合もあれば、そうでない場合もある。

 そもそも、流派の創始者が完成形に達していたかどうか?

 また、時代の変遷によっても生活習慣が変わって技術体系にも影響を及ぼしますよ。

・・・とまあ、冷静に考えていけば、“正統”と胸張って言える人間がいたら、余程の馬鹿者としか言えないでしょう。

 私は研究家ですから伝統の形を伝えることにはあまり意義を見入だせません。

“武術”の本質はそこにはありません。文化財的な意義ならありますが、それは骨董品を愛でる感覚に等しいものであって、“武術”の本質とは異なっています。

 いや、別に骨董趣味を否定はしませんよ。“武術の本質”とは違うと言いたいだけ。

 日本刀愛好者としては文化財的意義があることも充分に理解できます。

 けれども、私は武術の研究家であって、その観点から日本刀を見ている訳です。

 となれば武器としてどういう機能と活用法があるのか?を考えるのが先ですからね。

 6日に原宿の霜剣堂さんの展示即売会を青木先生と見に行ったんですが、帰りに喫茶店でお喋りしていて、青木先生も同じように言われていましたね。

 帰りは爺さん二人で竹下通りを歩いて帰りましたけど、青木先生がアニメキャラのTシャツ買って、それを着て演武したいな~とか言ってました。

 青木先生はそういうパンクなこと本当にやりますからね? 普段は伝統的なやり方をきちんと踏襲するべきだと言いつつも、伝統の形式を捨てて見せるアバンギャルドな感性の重要性も解ってる訳ですよ。

 何か、メイド服着て抜刀の演武をされている動画を会員に見せてもらいましたが、こういうシャレッ気は若い世代の感性として認める心の余裕が必要ではないか?と思いましたね。

 第一、現代日本で着物に下駄履いて歩く人はほとんどいないし、ましてや刀を二本差ししていたら逮捕されるでしょう?

 つまり、武術の伝統と言ってみたところでカルチャーという枠組みの中でしか認められないのが現実社会なのですから、そこで優越思想を語ることが一般社会的にはオタクの戯言としか認識されないんですよ。

 プライドは自分の心の中だけに持っていればいいのであって、他者には他者の考えや生き方があるのだと認識していないと周囲は敵ばかりになってしまいますよ。


 さてさて、余談ですが、この時に青木先生から、突き技の種別と察気術の区分についてのメモを頂戴して解説を受けました。

 つまり、口伝で極意を教えて戴いた訳です。

「私が研究してきたことを長野さんに伝えて、長野さんがこれからの人達に伝えてくれれば・・・」とのことでした。

 これは本当の秘伝伝授ですよ。

 直弟子には教えてらっしゃると思いますが、弟子じゃない部外者に教えるのは相当な決心をされてのことではないか?と思います。

 というか、その価値について理解できる人間はほとんど皆無ではないか?と思います。

 なので、これは迂闊に公表する訳にはいかないな~?と思いました。

 一つには、先日、実際に遠当てを受けてみた身体感覚があるから理解できる・・・というレベルの内容なのであって、第三者にはまったく理解できないでしょう。

 私自身も、教えてもらったから体得できるというレベルではまったくない! この内容を生きているうちに体得できるのか?というくらいなんですよ。

「これは、エラいもの戴いちゃったな~」というのが本音ですね。これ以上は御想像にお任せします・・・。

 ヒントのみ・・・

「青木流突きのまとめ」
1,撃力
2,爆力
3,徹力
4,貫通力

「青木流読みのまとめ」
気が起こる以前
気の起こり

立気
発気
発動

 説明は省きます・・・。


 14日のセミナーは、武術の基本にして極意である“脱力”がもたらす技について徹底解説致します!

 T先生の講座の内容を動画で見たんですが、「これなら私が教えれば誰でもできるな~」と思い、実際に稽古会で教えたら会員もすぐにできたので、これもやりましょう。

“気”で説明されると異常に高度なことに思えるんですが、重心移動で考えれば誰でもすぐに体得できることが多いんですよ。

「内功が無ければできない」と言われていることも、最近、そうじゃないんじゃないか?と思えてきましたよ。気功の類いをやったことない人でもコツを掴めばすぐできてしまう例がいくつもあったものですから・・・。

 長く苦しい修行が必要だというのは単なる思い込みに過ぎないのではないか?と思えてきました。

 月曜の阿佐ケ谷の游心流合気道も、結局、従来の合気道の技の手順通りにやろうとするより交叉法と発勁を使って一瞬で倒す方式に変えて、入身投げ(前・後ろ・中段・巻き込み)、四方投げ(腕極め)、小手返し(拳捕り捻り落とし)をやってみたんですが、八卦掌(白蛇纏身)や八極拳(打開)、新体道(大平原)、鹿島神流(拳法破り)、戸隠流忍法(鬼砕き)、日子流の技も参考にして我ながら超実戦的な感じになりましたよ!

 最近、「武術はこうしなくちゃいけない!」という考えを捨ててしまって、とにかく徹底的に合理的に敵を一瞬で倒すことだけ考えて技を工夫しているんですが、そうすると武術って結構、無駄が多いことに気づいてきましたよ。

 松田隆智先生が、「ごちゃごちゃ小技を使うより発勁一発当てればイチコロだ」と言っていた意味が最近、痛感されてきますよね? 拳銃護身術名人のテッドアライも、「44マグナムなら人間なんて一発で殺せるから」と、反動が強過ぎて実用性が無いと言われていたS&Wのモデル29(44マグナム)をホームディフェンス用にしていたのだとか・・・。

 私も結局、八極拳が好きですよね~。一発の威力が桁外れで、頂心肘ならどんなでかい奴でも打ち殺せると思います。「どんな奴でも必ず倒せる」と確信できる技が有ると心強いですよ?

 ちなみに女子護身術の基本は八極拳の発勁を教えるつもりです。50kg前後の女子でも100kgオーバーの男を一打必倒できるのは八極拳だけかな~?と思ったので。

 請う、御期待!


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『蛇拳』にシステマが?

 ジャッキー・チェンがユエン・ウーピンと組んで出世作となった『スネーキーモンキー蛇拳』は、日本では『ドランクモンキー酔拳』に続いて公開されましたが、先に撮られた作品でした。

 蛇拳は、今では独立した門派として表演されていますが、洪家拳の中の五形拳(虎・豹・鶴・龍・蛇)の套路の中から採られたようです。

「女性がクネクネと身体をしならせて演じる套路がエロ過ぎる」との批判が出たりしていたそうですが、さすが、中国はお堅いね~?と思いましたよね。

 しかし、『蛇拳』はジャッキーとウーピン監督のお父さんであるユエン・シャオティエンが演じているのでエロさはまったくありません! 兄ちゃんと爺さんだから。

 去年、CSで『蛇拳』が何度も放送されていたので久々に鑑賞していたんですが、私が高校生の頃に観た作品なのに、ちっとも古臭く感じませんでしたね。

 この頃はジャッキーが肉体的に最も動けた時期ではないか?と思いますし、野っぱらで戦ってるシーンだけで興奮できたもんです。

 ブルース・リーやジェット・リーは洗練された動作がウリですが、ジャッキーのカンフー映画はお約束の殺陣を硬軟自在に満喫させてくれる優しさがあって、カンフーの面白さを存分に見せつけてくれました。

 私が一番、影響を受けたのはジャッキーの初期カンフー映画なのかもしれないな~?と思いました。

 さて、そんな懐かしさと共に鑑賞していると、はたとアル事に気づきました。

 作中、怪しい白人神父が出てきて、いきなり蛇拳の長老白長天(パイ・チャンティエン)にナイフで襲いかかってくるんですが、こいつは蛇拳の天敵である清国の傀儡となっている鷹爪拳に雇われたロシアの殺し屋だということが判明します。

 師匠の危機に駆けつけようとするチェンフー(ジャッキー)の前に立ち塞がった時、こいつが手に持っていた細身の刀・・・昔は中国刀だと思っていたんですが、「俺はロシアの殺し屋だ!」と名乗ったのと合わせてよくよく見ると、何と! これはシャシュカ?

 システマで講習会があったロシアの伝統的刀剣シャシュカを使っていたみたい?

 いやはや、40年近く経過して真相に気づかされるとは?

 そういえば、『007黄金銃を持つ男』『ザ・カラテ3』『世界最強の格闘技殺人カラテ』に登場していた武術が、インドネシア武術シラットだったらしいと判明したよりもマニアックな気づきでしたよ。

 アクション映画にはマニアックなネタを探す楽しみがありますよね?

 
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犬歳だから・・・

 犬の話でも書こうと思います!

 根っからの猫派の私ですが、犬が嫌いという訳ではありません。

 むしろ、結構、好きです。

 私が中学の頃、弟が隣町に遊びに行って、帰ってくる時に「ずぅ~っと、くっついてきたと」と言う子犬(推定、生後六カ月)を大事そうに抱えて玄関に入ってきました。

 何でも、怒られると思って一日、学校の倉庫か何かに隠していたらしいんですが、処置に困って、家に持ってきたらしい。

 既に実家には猫が大量に居たのですが、この家は親父が勤めている高校の住宅だったので、猫との闘争の心配はありませんでした。

 が、高校の教職員向け住宅で犬飼うというのは許されるのか?という疑問もありましたが、母親は動物好きで、この子犬も真っ白なスピッツの雑種で脚が短いのでダックスフントも混ざってるのか?という感じで中の小くらいの大きさで見た目が可愛かったので、特にお咎めもなくスンナリ飼われました。

 初日は環境が変わってコワゴワしておとなしかったものの、翌日にはすぐ慣れて、甘えん坊っぷりを発揮し始めました。

 ある程度、大きくなっていたので、お座りとはお手をいくら教えても全然、覚えず、鎖を外して脱走すると呼んでも来ない。要するに、ちっとも言うことを聞きません。

 ただ、異常に甘えん坊で、スピッツだからキャンキャン鳴いてうるさい。

 私は正直、猫のほうが好きなんですけど、こいつ、拾ってきた弟よりも私に懐いてきて、ある日、朝から脱走し、登校中の私の後をずう~っと、ついてくるんですよ。

 普通、拾ってくれた弟についていくもんでしょう? 何で、俺についてくるんだ?と思いましたけど、おっぱらっても嬉しそうに少し離れて、私が戻ると、またついてくる。

 その繰り返しで、しょうがないから無視して登校してましたが、道ゆく同級の女の子が、「わ~、この犬、みぞかね~?」と、はしゃいでいる訳ですよ。

“みぞか”って天草弁で“可愛い”という意味です。

 で、キャーキャー騒いでいる女の子達の一人が、「あれっ? こん犬、長野君のあとばついていきよっとじゃなかね?」と気づいた訳です。

 やべっと思いましたが、無視するしかできません。

 流石に学校の中に入れば諦めるだろうと思って、いそいそと教室に入っていったんですが、何と! 廊下でキャーキャー女の子の嬌声が・・・嫌な予感・・・。

「きゃーっ、犬の入ってきたよっ!」と騒いでます。

 流石は犬!

 私の匂いを追って、校舎の中まで入ってきて、教室まで侵入すると、私の机の横まで来て、嬉しそうに尻尾振ってるんですよ~。

 いや~、思い出しても恥ずかしいですね?

 しょうがないから抱きあげて校舎の中庭まで運んで地面に降ろして、真剣な顔で「帰れ」と叱りました。

 そうしたら、不良連中が面白がって寄ってきて、ちょっかい出してきたんで、二重に困りましたよね~?

 まあ、不良にびびって犬もしょんぼりして帰っていきましたけど・・・。

 ちなみに、この犬が後に猫にボロ負けした犬です。

 とにかく可愛い以外に何の取り柄もない駄犬でしたが、いろいろ面白いエピソードを残してくれました。

 何匹か子供を産んだので子孫も残ってるかもしれませんが、子供を産んでも自分がいつまでも子供気分で甘える犬で、最後は脱走した時に野良犬駆除用に撒かれていたらしい毒エサを食べてしまったらしく、大量に毛が抜けた瀕死の状態で家に戻ってきて死んでいるのを弟が発見し、泣きながら埋めてやったと後から聞きました。

 弟は今でも大の犬好きですが、相変わらず、しつけるのは下手みたいです。

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小塚邸忘年会

 30日は小塚師範自宅にて忘年会をやりました~!

 私が猫に会いたいだけだったりする訳ですが、最近は大人になってあんまり触らせてくれないカヅコでしたが、今回は最初は逃げてましたけど、後から慣れて近寄ってきたところをナデナデできました!

 良かった良かった・・・。

って、終わりになりそうでしたが、もうちょっと書きますかね?

 そうそう、これがブログに載る時は既に年も変わってる筈なんで・・・。


「明けまして、おめでとうございます! 今年も宜しくお願い致します」


 さて・・・30日は、プロダンサーの松田英子先生も参加された上に、いつもなかなか来れていなかった千葉さんも参加できたので、游心流のメインのメンバーは大体、揃ってましたけど、大阪と兵庫の支部長と仁平師範は不参加でした。

 仁平師範にはこってりと“現実社会の裏の裏の話”を聞かせてあげようと思っていたんですが、何と? “体調を崩した”ので不参加と言うではないですか?

「長野先生に説教されるのを予知して身体が反応したんじゃないか?」という説も?

 ふぅ~む・・・否定できんな~(苦笑)?

 でもまあ、それならそれでいいんです! 馴れ合いだけの人間関係からは何の成長も望めませんから。親しいからこそ、「それは違うよ」と指摘してくれる人間がいないと人間は知らず知らずのうちに“腐ってくる”んです!

 まず、親がそうでしょ?

 次に嫁さんや兄弟、それから友達・・・。

 時に厳しいことも指摘してくれる存在がいないと人間は祭り上げられると腐り始めていくんですよ!

 私はそういう友達に恵まれているし、会員も冷静で普通の感覚を保っている。だから、狂祖様みたいにならずに済んでいるんですよね?

 それにしても・・・小塚師範は料理もプロ級だし、小料理屋やったほうが絶対儲かると思うけどな~?
20180101_002.jpg 

 それと、今回は女子会員の諸井さんがお酒持ってきてくれたり、山縣さんがベリータルトケーキを作ってきてくれていて、例年にもまして豪華な感じでした!
20180101_001.jpg

 やっぱり、マツコさんの番組に出たから女子会員からは番組の裏話を聞かれましたね?

 まあ、そうそう体験できることじゃないし、2017年は本も二冊、DVD映画も一本出したし、かなり活躍できた年だったかな~?と思います。

 今年は、多分、人生の転換期になると思うので、頑張りまっス!

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オルタナスタジオ試し斬り&忘年会

 25日は今年、最後の游心流合気道の稽古会でした。

 が、前回、「発勁の打ち方と交叉法を教えます」と言っておいたので、基礎練習の後は急遽、ミットを使っての発勁打法のやり方を指導しました。

 昔は、「発勁教えます」といって数万円も取る講習会がよくありましたが(今でもあるの?)、私の地道な啓蒙活動が実を結んだのか? 最近では「発勁も基本技」という認識が結構、広まってきたのではないかな~?と思います。

 しかし、筋力で打つやり方を長年やってきた人にとって、「脱力して重心力を使う」ということがなかなかイメージしにくい様子で、特に空手を長年やり込んだ人ほど体得に苦労してしまうのが常です。

 必然的に、まったくの素人のほうが簡単に体得できてしまうのです。

 けれども、時間がかかっても一度体得してしまえば、やはり空手経験者の発勁は重く鋭く爆発的な威力が出せるようになるものです。

 そもそもの空手の打法に先祖帰りするようなものなのでしょう。

 だから、苦労しても諦めないで練習してもらいたいですね?

 一方、交叉法は、武術の戦闘理論です。

 中国武術や古武術のような型稽古中心のものだと具体的な戦闘法がわからずに試合競技で磨かれた空手や柔道、剣道、ボクシング、総合格闘技などに為す術なく無残に敗れてしまうケースが多く、インチキ扱いされてしまいがちです。

 しかし、これは戦闘法を教わっていないことが本当の原因なのです。

 私は、それが交叉法だと考えて長年研究し続けてきましたが、間違いではないと確信するに至っています。

 具体的に知りたい方は是非、入会してください。言葉で伝えるのは難しいですし、結構、地道な練習を続けていかないと体得できないからです。

 地道な練習というのは、「なぜ、武術は型稽古を主体にしているのか?」という点の答えにもなっています。これは自由組手や乱取りでは体得できないからです。



 28日は、オルタナスタジオで試し斬り会をされるとのことで、深井先生も来られると聞いていたので、私もいそいそと赴きました・・・。

 私の技は完全に我流なので、清心館の佐原先生にレクチャーを受けた以外は自分で好き勝手にやっているだけなので、本格的な試し斬りを体験できるチャンスにウキウキしていた訳です!

 ところが、スタジオに到着すると、川保天骨さんが道着を着て居合道の型をやっておられて、御師範の指導を受けておられるところでした・・・。

「げげっ? これは場違いだったのか?」と、一瞬、ビビッてしまいましたが、今更、帰る訳にもいかず、お邪魔しないように・・・と、おっかなびっくりで入りましたよ。

 川保さんの居合演武は豪快で、何だか三船敏郎みたいです!

 刃風がグオッ!と迫ってきて、おっかなかったですぅ~・・・(汗)。

 演武が終わると、御師範の講評と細かい指導がありましたが、これがまた何ともきめ細かくて、姿勢、所作、視線、運足、拍子・・・と実に細かく丁寧に指導されていて、「こんな細かく教えてくれる先生には会ったことないぞ?」と、内心、感動して見ておりましたよ!

 ところが、後で聞いたら、御師範ではなくて兄弟子にあたる方だということで、二重にびっくりしました!

 つまり、兄弟子がこれほどだとしたら、御師匠はどれほどの境地なのか?ということが容易に推測できるからです!

“武術は縁”なんですけれども、う~ん・・・、やっぱり世に知られない優れた先生はまだまだおられるのだろうな~?と、つくづく痛感しましたね。


 さて、試し斬りです!

 パンパンに巻かれたマキワラは筋肉が張った太い腕みたいで、「え~、これ、斬れるかな~?」と、内心、ビビッてしまいましたよ。巻き方一つで全然違~う?

 川保さんが豪快にスパーン、スパーン!とぶった斬る様子を見ていると、やっぱり、試し斬りはゲーム感覚で楽しいよな~と思いましたね。斬れれば・・・。

 一回目は、かの斬鉄剣で有名な小林康宏刀匠が鍛えた刀をお借りして挑戦!

 寸勁斬りで袈裟・逆袈裟・袈裟・逆袈裟と斬ってみて最後は少し残ってしまいましたが、まずまずの出来でした。

 康宏刀を愛用する試斬家が多いというのも納得の斬れ味でした。

 二回目は持参した関の新刀で再び挑戦しましたが、寸勁と零勁の中間くらいの近間で四連斬りをなるべく早く斬ってみました。

 やはり慣れてる刀だから、今度は完璧に斬れて、思わず、めっちゃドヤ顔になってしまいました。

 道場ではケチって半畳巻きにして斬っているので、一畳巻きが斬れるか不安だったんですが、スピードだして斬ったのでうまくいきました。

 それより、逆袈裟(左側からの袈裟斬り)は成功したことがなかったんですが、流れで斬ったせいか上手くいきましたね?

 試し斬りの後は忘年会に40分くらい参加して帰りました。やっぱり、相模原は遠いですし、中央線はすぐ電車が止まるので、八王子廻りで帰るとうっかりしてるとすぐ終電になっちゃうんですよね?

 ところが、帰りの電車の中で背中が痛くなり、帰宅してから本格的に背中の左側が痛くて参りました。

 捻り過ぎたんでしょうね?

 あと一カ月で55歳。明治時代の平均寿命越えてますよ。寄る年波には勝てませんな~(苦笑)?


 深井先生の試し斬りは、一刀流の身勢からそのままの気合鋭い武骨なやり方で、試し斬りでさえ真剣勝負とするかのような姿勢に感銘を受けましたよ。

 大みそかにBSプレミアムで放送していた『七人の侍』の久蔵を彷彿させましたね?

・・・と考えていたら深井先生からお電話を頂戴し、私の試し斬りの技にインスパイアされたという感想を聞かせて戴きました。

「あの技ができれば戦闘法ががらりと変わる筈ですね?」と、見抜かれておられましたけれど、これまで誰からも指摘されたことがなかったんですが、流石は深井先生は見てるところが違うな~?と思いました。


 そういえば、試し斬りした後、一応、軽く手入れしておいたんですが、翌日、個人指導の前に道場で抜いて見たら見事に赤錆が浮いていました・・・。

 いつもは流水で軽く流してから水気をふき取り、油を塗っておくんですが、この日はお借りした手拭でぬぐって油を塗るだけだったので、きちんとやらなかったんですよね?

 ひょっとして錆びてるかも?と思っていたら、案の定でした・・・。

 なので、これは個人指導に来たOさんにも見せてあげようと思って、Oさんに見せてからピカールで磨いて油を塗って仕舞いましたよ。

 世界最高の刀剣である日本刀唯一の弱点。それは“錆びやすい”ということです。

 手入れの仕方を知らないと貴重な文化財をダメにする可能性もありますからね?

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幸手支部忘年会

 支部活動をしてもらっている場所の中で、私が直接行ったことが無いのは、兵庫支部体道塾幸手支部でした。

 兵庫は遠いのと不定期なので行けないんですが、体道塾と幸手支部は行こうと思えば行けるのに、中々、足を運んでいなかったんですね。

 で、「幸手支部の今年最後の稽古と忘年会があるので、本部を休んで行ってきます」と小塚師範が言っていたので、「じゃあ、俺も行く!」と、本部稽古は北島師範栗原師範に任せて、行ってきました!

 いや~、相模原からだと、ちょっとした小旅行みたいでしたよ。

 途中、二度目の大学の一年の校舎があって、2年半くらい住んだ埼玉県松伏町(ここに住んでいた時期に学業そっちのけで戸隠流忍法武神館と松聲館に通いつつ自主映画にはまっていた)の最寄り駅“せんげん台”を通り、春日部を通り過ぎて幸手に到着しました。

 何か、こちらの方面って縁があるのかもしれませんね?

 だって、『セーラー服忍者』を撮った岩槻にも近いんですよ。

 でも、春日部より北には行ったことなかったんで(新幹線で新潟や福島には行ったことあるけど)、幸手に到着すると、随分、遠くまで来たような感覚になりましたね?

 駅の改札前で小塚師範と会員のIさんが待っていてくれたので、三人で連れ立って、山田師範が経営する足揉み整体と武術(JKD、詠春拳、カリ、シラット等)、バレエも教える“てらこや”に向かいました。

 おしゃべりしながら歩いていたら行き過ぎたのをIさんが指摘して戻ったり・・・大幅に時間を浪費しつつ到着!

 隣が学習塾で、小ぢんまりしたスタジオでしたが、明るくて非常に雰囲気の良いところでした。

 広さはうちの本部道場の8割りくらいかな~?という感じでしたが、一面が鏡張りなので練習にはもってこいでしたね。

 直弟子の方もいて、先日の『マツコの知らない世界』でもちょこっと映った会員のUさん(主婦です)と私らで人数もちょうど良い感じになり、和やかに進行しましたよ。

 山田師範はちっとも武張ったところが無く争いを好まない性格で「僕は事なかれ主義ですから」なんて平気で言うんですが、理不尽な相手に対しては「寄らば斬るぞ」みたいな凄みを内に秘めているのが解ります。

 そうでなかったら「支部長をやってください」とは言いません。

 武術を嗜む人間として理想的な人だと私は思います。

 第一に、自分の腕前をひけらかさない。

 一歩引いて、でしゃばらない。

 本当に争ったり競ったりするのが嫌いなのでしょう。

 第二に、何事にも勉強熱心。

 武術に限らず、治療術や健康法、食養法、自然農法等を幅広く実践研究する姿勢は素晴らしい。

 山田師範くらいできれば大抵の人なら慢心して舞い上がってしまうでしょう。そうならない謙虚さは生得的なものなんだろうと思います。

 第三に、周囲の人を大切にする。

 これは、今回、改めて感心しましたね~。御弟子さんに対する態度や練習後の忘年会で借りた中華料理店での店員さんへの対応などを見ていて、つくづく痛感しましたよ。

 また、今回、改めて山田師範の技を拝見しましたが、以前に見た時よりも格段に向上されていて、内心、驚きました。

 正直言って、うちの師範の中で技量はトップですね。

 これだけの技量があって、あの謙虚さを維持できるというのは凄いことですよ。達観していないとこうはなれません。

 人格も技量も教え方も素晴らしい! 武術を学びたい人に自信をもってお薦めします!


 ただ、今回、少々、残念だったのは、来られる予定だった刀禅の先生が熱を出して休まれていたことと、山田師範の奥さんにお目にかかれなかったことですかね?

 刀禅の先生とは小用先生の思い出話をしてみたかったんですよ。30年近くなると思うんですけどね。小用先生と出会ってから・・・いろいろお世話になりましたからね~。

 またの機会を楽しみにしています!


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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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