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こんな本を読んだ・・・

 電車が止まったり計画停電の影響で、仕事がさっぱり進みません。

 ジタバタしても仕方がないので、ここぞとばかりに深夜から明け方にかけて原稿書き、昼間は本を読んで過ごしています・・・。

 21日の月曜日は、会員さんに紹介してもらったイラストレーター志望の女性と打ち合わせしに小田急線相武台前駅に行ってきました。

 サンプルの絵を貰って仕事の進行の説明をざっと話して、帰りに町田のあおい書店に寄って本を8000円分くらい買ってきました。

 毎月買ってる『映画秘宝』は、高瀬将嗣先生の連載記事とホラー映画評論の第一人者である鷲巣義明先生の作品解説批評を読むのが楽しみです。偽悪的な雑誌のテイストが面白いから、結局、毎月必ず購読している雑誌は、これだけになってしまいましたね。

 お行儀の良い文章とか読んでも面白くありませんからね。この点は武道の本なんて糞つまらんのばっかりですからね~・・・。

 一応、資料的な価値があるからと思って以前はかなり高い本でも買い集めてきていたんですが、最近は、「こういうことならネットで調べたら判ることでしょ?」と思って、買わなくなりましたね。

 それでも、稽古の時に会員さんが言っていた、今野敏先生と押井守監督の対談本『武道のリアル』という本があったので、買いました。

 まだじっくり読んではいませんが、一般の武道本と違って、対談形式なので本音がバシバシでてきて、実にスリリングな(危ない?)内容になっていて、ちょっと、ドキッとしてしまいました。

 私は、ここまでよ~言えんな~と思いましたよ。狙われるから・・・。

 ま~、そういう問題発言がバシバシと出てくる勇気ある内容なのは、むしろ痛快ですけどね。読む側としては・・・。

 それにしても、「あ~、そうか~? 今野先生って中国武術とか全然関心なかったのか~?」っていうのは、ちょっと驚きました。

 考えてみたら、空手やってきた人って、案外、中国武術を評価しない人が多いみたいですね? 私は最初から中国武術に関心があって、それから空手にも関心を持ったので、「何で、中国武術を評価しない空手人が多いのかな~?」と不思議だったんですけどね。

 一つには、私の両親が旧満州で生まれてることも関係していると思うんですよ。戦後の引き上げ組なんで、どうかしたら残留孤児になってたかもしれないから、中国文化に対する憧れが物心つく頃からあったのかもしれません。

 それに、私がラッキーだったのは、小林先生や岩間先生、友寄隆一郎先生といった現代日本で真に使える中国武術の先生と出会えたことですね。やっぱり、実際に見ないとね。

 強い弱いは個人の問題ですが、技術的に奥深いのは、空手より中国武術であると私は確信して微塵も疑いません!

 どうしてか?というと、空手の技法・戦術・訓練法・身体運用法などは、中国武術の中に全部包含されていると思うからです。それは両方を修行してみれば誰でもそう思うだろうと思っています。

 私は、空手人は中国武術を知らな過ぎると言うか、知ろうとしてないように思うんですよね。それが非常に残念です。

 中国武術に有って空手に無い技はありますが、空手に有って中国武術に無い技はないと思いますよ。ただ、本土に伝わって以降は競技上で日本剣道の影響を強く受けたので、戦い方は剣道的ですけどね。伝統派は。フルコンはまた違うけど・・・。

 でも、沖縄空手を見ると、やっぱり技の用法とかは中国武術に非常に近いですし、ヌンチャクや棒、トンファー、釵、ティンベー・ローチン等の琉球古武器術はすべて中国や台湾、あるいはタイとか東南アジアに類似の武器が無数にあります。

 そういう点をもっと深く研究すべきだと思うんですけどね~。

 表演武術を見て「あれは実戦には使えない」と言うのも単なる勘違いだし、散打を見て「キックボクシングみたいだな」と言うのも勘違い。伝統武術を見て「う~ん、深い」と言う場合も、大抵、実は解らないからテキトーに言ってるだけ・・・。

 中国武術が理解できないのは、戦闘理論を教えてくれないから、空手の試合形式のフィルターを通してしか判断できないからですよ。

 中国武術の試合とか見てもフルコンタクト空手風にしか見えない場合が多いですが、それは戦闘理論の統一理解がないから試行錯誤している段階だから、致し方ないんですね。

 中国散打なんかシュアイジャオの投げをベースに打撃は圏捶と足揣脚で組み上げて独自の戦闘スタイルを作っていったそうです。そのスタイル作りの段階でムエタイや日本の空手道も研究して、「もっと違う中国武術独自のものにしよう」と考えて、組み討ち武術であるシュアイジャオをベースにしたと聞いています。

 これなんて、松濤館流空手道をベースにしながら試合スタイルを蹴り技中心にして差別化したテコンドーや、そこに大東流合気柔術をミックスしてもっと多彩な技法体系にしたハッキドー(合気道)のような朝鮮武道の成立のさせ方とも似てますよね。

 だから、あまり中国“拳法”っぽくないので文句を言う日本の中国武術愛好家が多いみたいですが、見た目と違って実際に学ぶと原理的には極めて中国武術らしい戦闘理論であるそうです。

 誤解されているのは、もともと、中国武術は空手のように離隔して打撃技の応酬で勝負を決するのではなく、打撃から投げ・逆技なども駆使して戦うのが門派を問わず普通なんですね。武器だって普通に練習するし、いくつかの門派を併習するのも普通。

 陳氏太極拳の実戦高手として日本の武術愛好家間でも有名な馮志強老師が、実は白猿通背拳の遣い手だってのは業界では有名な話ですが、拳型を見ると確かに通背拳で用いる透骨拳のように握られてる写真がありますよね。

 私も通背拳、通臂拳、孫ビン拳とかちょこっと習いましたが、ハイスピードで掌や拳を腕を背中から肩甲骨にかけて鞭みたいに完全脱力してバシュバシュバシュッて打ちまくるのって、ケンカ的には非常に有効なんですね。普通のパンチの三倍以上速く打てるし。

 ただ、コントロールが難しいので相手に怪我させるリスクがあるので、あんまり使わないようにしていますが、普通の格闘技しかやったことない人にやると面食らいますね。どうやって打ってるのか全然見えないと言われます。うちでは大石教練が上手いですね。教えたらすぐ体得してしまいました。

 そもそも、空手と合気道のどっちが強いか?と論じても全然解らないのと同じで、正確な判断をするには、同等に修行して比較検討しながら、それぞれの戦闘理論を十分に解析しなきゃいけません。

 そういう意味で言えば、この『武道のリアル』は、沖縄空手に対する今野先生個人の愛着から拡大させて他流を考えられている点に、正直言って多少の無理を感じざるを得なかったのですが(競技化されると技の精度は発展しますから上手下手で論じるのはおかしいと思う)、それは現在の日本の武道という文化の置かれている立ち位置の問題であるようにも思えましたね。

 日本では、トータルに武道・武術・格闘技を概観して分類分析できる専門家が育っていないんだと思いますよ。ネット掲示板には武術マニアは腐るほどいるでしょうが、彼らの中で本当に修行し実践してきている人は半分もいないでしょう。所詮、耳学問でしかない人が大多数だから、論外です。何事もある程度、実践しなきゃ何とも言えません。

 中国武術や古武術なんて空手や合気道の圧倒的な修行人口とは比較するのも愚かです。

 日本は、空手なら空手、合気道なら合気道、剣道なら剣道、古武術なら古武術、格闘技なら格闘技・・・という細分化した専門家だけが並列的にいるだけで、武道文化・武術文化・格闘技の社会学・・・といったトータルで、しかも技術的にも深く比較研究してものを言える人間がいないんだと思われます。

 例えば、高岡さんや日野さんなんかはそのポジションに立てる人なのか?という期待感があったのでしょうが、どちらかというと武術武道系身体論の文脈にカテゴライズされていましたね。

 それは、彼らの立脚点がビジネスモデルにあったからだと思うんですよ。

 両者共に自己啓発セミナー的手法に立っていましたからね。まっ、言葉を変えれば新興宗教的と言いますか・・・。この文脈で現在際立っているのは宇城さんですかね~? なんだか、大川隆法っぽくなっちゃいましたね~(苦笑)。

 武術武道系身体論の文脈を打ち立てたのは甲野善紀氏であって、その社会的影響力を見て、誰もが真似してしまった点に、武術・武道・格闘技の差異化が不問にされてしまった遠因もあったと思いますけどね。

 なんちゅうか・・・不幸ですね・・・。

 その点、今野先生と押井監督のドメスティックな対談本という中であっても、この本の価値は大きなものになる可能性はあるでしょう。

 社会的なモデルケースとしての“武道”なるものの正体に迫ろうとした・・・という一点で、例えば内田樹さんの武道思想本よりも、ずっと身近な説得力を感じられる。

 内田樹さんの武道論には思想はあっても理論が提示されていない。技術や戦術の構造的理論が示されないままなんで、説得力が欠けているんですよ。合気道と居合道とかしかやってないから、競技的な武道のぶつかりあいを経験してないのが決定的に致命傷になってると思います。

「で、それって戦って強いの弱いの?」って問いかけに対して、内田さんは多分、一所懸命、説明するんじゃないかな~? そんな気がする。ワイルドさが欠けてる。

「ゴチャゴチャ言わんとかかって来なさい」って言える風格ってもんが感じられない。だから、私は内田さんの武道論には魅力を感じません。何か、カッコワルイ。甲野さんに共通するカッコワルサを感じる。

 その点、『武道のリアル』は一言で言って、面白かった!

 細かいこと言ったら、いろいろありますけどね。そりゃあ、こちとら武術評論のプロだもん。「そりゃ~、違うでしょう」と言いたいところは大分、ありました。

 それでも日本では、こういう本はあまり出てこなかった。多分、海外には普通にあると思いますが・・・。

 うちの会員さん達が読めば、目くじら立てるような箇所はいくらでもありましたが、対談というのは問題発言が出てしまいがちなんですよ。特に武道業界の事情を知らない編集者がからむと、ビックリするほどムチャな内容の本が出てしまうこともあるんです。

 あっ、ごめん・・・。そういえば、武道の専門出版社から出た本でもムチャクチャ配慮に欠けた内容の本もあったな~・・・?

 一読して、「なんじゃあ~、こりゃあ~?」って卒倒しそうになった本があった。私の思った通り、告訴されたらしいけど・・・っつ~か、そんなの原稿読めば解るだろ?って思ったけどな~・・・武道系出版社には、そういうこと解んない編集者もいるんですね?

 お世話になっている会社の社長さんから、「長野さんは武道の専門出版社じゃなくて、アスペクト筑摩から出したから良かったんですよ」と言われたことあります。特に筑摩新書の本『使える武術』を読んでいただいたら、「これはロングセラーになる内容ですよ」と言っていただいて有り難かったですね。

 新書判コーナーにあるから、読んでない人もいらっしゃると思いますが、是非、宜しく(って、自分の本の宣伝かいっ?)。


 それはそれで、もう一冊・・・。

『マルセ太郎読本』は、田中泯さんの話も載っていて、マルセさんの白州での公演記録映像のDVDも付いています。

 私は、マルセ太郎さんのことは昔、TVで見たことがあるという程度の認識しかないのですが、上京して前衛舞踊関係の人達と繋がりができたり、一時期、武術研究のために舞踊をあれこれ観て回っていた頃に、パントマイマーのマルセル・マルソーにちなんでマルセ太郎という芸名になった・・・という程度のことは、どこかで読んだか聞いたかしたように思います。

 で、昨年だったか? plan-Bで貰ったチラシでマルセ太郎さんのことが書かれていて、泯さんと親しい方だったのか・・・と改めて思った訳だったんですが・・・。

 でも、正直いうと、この本を書店で手に取って買ったのは、泯さんの対談箇所があったからなんですね。

 私は、初めて泯さんに会った時は、何か怖くてですね~。あんまり喋れなかったんですね。

 と言うか、その後、多少は冗談言うくらいにはなったものの、相変わらず泯さんは怖いな~という印象があって、そもそもそんなに喋くり倒すような人じゃないので、こっちからベラベラ喋って怒らせたらいかんな~とか思わせるような孤高の人という感じがあるんですよ。

 近づき難いというか・・・。宮崎駿的というか、頑固なラーメン屋さん的というか・・・(違うかっ?)。

 私は元々、趣味とか嗜好が合う人とは狂ったように喋くり倒す人間なんですが、特殊な性癖過ぎるんで、話が合う人かどうかを見極めるのが大変なんで、自分から親しく普通に話しかけていくというのが、どうも、苦手で苦手で仕方がなくってですね。

 それでも比較的、芸術関係とかの人とは話せるんですけど、やっぱり圧倒的にアクション映画とかホラー映画とか武術のオタク話とかでないとダメなんですよね~。

 だから、セミナーの後とか稽古の後に参加者や会員と喋ってる時が一番、幸せですね。

 何といっても気楽でいい。私は質問に答えるだけ。後は馬鹿話して笑わせてるだけ。

 こういう一見、無駄なコミュニケーションの中からこそ、実はいろんなインスピレーションが浮かんできたりするんですよね。

 ただ、こういう関係性は私が上位構造にいる訳ですよね。王様状態。

 こればっかりじゃダメですよね。

 だから、青木先生や小林先生と電話で話すとか、泯さんや石原さんの踊りを観に行ったりするのは、上から降りてくる啓示のようなインスピレーションが得られて有り難いんですよね~。

 いや、自分で気づいていたことを再確認させてもらって「あ~、やっぱりそうだった」と思うことの方が最近は多いんですけど、私が考えていたのとは違う文脈で説明されるというのは極めて重要なことなんですよね。

 前衛舞踊の魅力は、私にとってはそういう啓示的な閃きを得られる点にあると思いますが、芸術(アート)・芸能(エンターティンメント)の区分と差異については未分化の部分というものがありますよね?

 私はその辺は拘りはありませんから、何でも良いと思ったら見て楽しめる。

 上手か下手かってのはあっても、流儀や派閥に優劣を冠して論じるのは凄く失礼だし馬鹿げていると思うんですね。観えるものが観えなくなっちゃうんですよ。もったいない。

 そりゃあ、上手であるのがいいに決まっているんですけど、上手か下手かでカテゴライズできない部分というのがどの分野でもありますからね。古武道大会なんか、典型例。それが判らないヤツはダメだと思いますよ。

 この辺りの私の感性は流派に拘らない点にも共通性があるかもしれませんけどね。

 話が長くなりましたけど、この本『マルセ太郎読本』の中で、「ほんとに怖い顔してるんですから、マルセさんは(笑)。」と泯さんが言っている箇所で、私は、ちょっとプッと吹き出してしまいました。

 確かにそりゃそうだな~と、本に掲載されているマルセさんの顔を見ると思うんですけど、「泯さんも結構、怖いよ?」って私は言いたくなりましたね~。

 でも、あの泯さんがこんなに喋ってるの?という驚きの方が大きかったですね。まあ、観衆の前で対談やってて喋らなかったらマズイんでしょうけど、それだけ田中泯をして喋らせるに値する人物が、マルセ太郎さんだったのか?と、私は思いましたよね。

 泯さんって、「何だコイツ・・・」って思ったら、フ~ンって全然相手しない人だと私は勝手に思ってるんですけど、土方巽を師匠と敬うのと似た感じでマルセ太郎さんを語られているのかな~?と、この本を読んでいて、ちょっと嫉妬に近い感覚もありました。

 あっ・・・そうか・・・なるほど・・・今、書いてて気づきましたよ。田中泯さんってあ~なんだろう、こうなんだろうって私が書いてることって、「俺は自分のこと言ってんのか?」って、今、気づきました。

 私が小林先生や青木先生や友寄先生について語る時も、こんな具合に喋ってるのかもしれませんね~。そういえば、セミナーに初参加した人から「もっと怖い人かと思ってました」って、いつも言われるもんな~・・・。

 だけど、怖く見える人って、本質を追究しているからなんだと私は思います。「まあまあ、いいじゃない・・・」というのを「俺は許さん・・・」みたいなところがあるから顔に現れるんだと思いますよ。

 マルセ太郎さんの凄さは、本で語られてることだけだとピンと来ないんですが、付属DVDを観て、ガァ~ン・・・って感じで痛感しましたよ。泯さんが心酔する筈だな~と思いました。天才とか言うより“鬼才”ですね。魔物的な練度で培われた芸ですよ。

 なるほど、恐ろしい人だ・・・と、私は久しぶりに思いました。必見!


『武道のリアル』エンターブレイン 1700円(税抜き)
『マルセ太郎読本』クリエイツかもがわ 2200円(税抜き)


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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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