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殺陣に隠された武術性

「殺陣は実戦に使える」と言い切ってしまうと多くの武道関係者が「んな阿呆な・・・」と言うでしょうし、実際に殺陣をやっている人達も、「私は別に戦うことが目的でやっている訳じゃないので・・・」と困惑されることでしょうね?

 でも、技術的に分析した場合、殺陣は構造的に極めて上質な武術性を秘めています。

 要は、ほとんどの人が、その“事実”に気づいていないだけなのです。

 私の知る限り、最もこの点を誤解して論じていたのは、武道論の大家であった南郷継正氏でしょう。

 何といっても、「ブルース・リーは空手の初心者レベル(彼は空手家じゃありません)」だの、「実戦であんな高い蹴りを用いるのは素人である(本人も演技でやってるだけで実戦じゃ使わないと申しております)」とか・・・物凄い勘違い発言を連発していました。

 私も、居合で刀を抜いて納める時に指先でクルリンッと一回転させて納めたりするんですが、「長野がやってる血振りのやり方では血は払えない。あんなやり方をする長野は何も解っていないっ!」とか評する武道家大先生もいらっしゃいました。

 はっきり言います。

「んなこたぁ~、解ってやってんだよ! カッコイイからやってんだよ、バ~ロ~」

・・・っつう訳です。

 ちなみに一般的な居合道でやっている血振りのやり方でも刀身にベッタリ付着した血脂は拭えないでしょう。

 私は試し斬りとか研ぎとかもやってますが、ああいうやり方では不十分です。乾いた布や揉んだ懐紙でしっかり拭い去り、すぐに水かぬるま湯で中性洗剤も使って洗い、脂分を取り除き、またしっかりと柔らかい布でふき取って、揉んだ懐紙でまた拭いて、錆び止め用の刀剣油を薄く塗ってから鞘に納める・・・、こうしないと適当に拭って納めて翌日抜いたら赤錆だらけになること請け合いですね。

 つまり、血振りの動作というのは実戦時の戦闘継続中の便宜的なものが様式化して伝えられているに過ぎない・・・と、解釈すべきなんですよ。

 そもそも、伝えられている型の所作をそのままの形で戦闘に用いようとしても、できる道理がない訳です。

 どうしてか?というと、型の所作の通りに相手が攻撃してくることは百パーセントあり得ないからです。

「そんなことは無い! 昔日の武士が命懸けで伝えた型をお前は愚弄するのかっ?」とお怒りになる方もいらっしゃるかもしれませんが・・・。

 ちょっと待ってください。よ~く、考えてみてください。

「障子を開けたら刀を抜いて待ち伏せしている敵」だの、「お茶を飲んでいて脇差を抜いて襲ってくるお客」だの、「床下から突き刺そうと狙っている忍者」だのが現代に居ますか?

 第一、現代で日本刀を腰に差して歩いている人なんかいないんですよ。もし、いたとしても、即刻、通報されて警察に連行されちゃいます。

 ねっ? 考案された当時は合理的であったとしても、現代ではコントにしかならないんですよ。それを“実戦的”だと論じてる連中のイカレポンチっぷりを、まず自覚しなさいよって話・・・。

 真剣に現代の実戦について考えるのなら、対ナイフ・対鉄パイプ・対拳銃・対ショットガンくらいは最低でも考えないと意味ないでしょうに、武道やっているヤツには、そういう発想そのものが欠落していたりするんです。

「お前らが一番、平和ボケしてるんだよ!」って言いたい。武術家はいかなる武器も使いこなせないとダメなんですよ。

 私が居合術の型を新たに創作したのは、「これは稽古の方便であり、居合術で学ぶのは戦闘理論の根本原理であって、実戦に対応するための方程式を体得するため。よって、実戦への対応は素手や、その時に有り合わせた得物を用いる」という認識があってのことなので、この型は拳銃の抜き撃ちで練習したって構わないのです。

 よって、シダックスの講座での稽古では、道着に着替えないままズボンのベルトに模擬刀差し込んで練習していますが、こういう様子を居合道師範とかが見たら目くじらたてて文句を言うに違いありません。

 ですが、着替えないままでやっているのも、普段からとっさに戦闘が始まった場合に即応できるようにするため・・・という認識が私の中にはある訳なんですよ。示現流はそうやって稽古するそうですが、発想としてそれが正しいんじゃないか?と思いますね。

 無論、形式には形式なりの意味や価値はあります。カンフー着で空手をやっても知らない人にはカンフーをやっているように見えるでしょう。要は、“記号”です。

 沖縄の“手”が本土に伝わり、柔道着に影響されて白い道着を着用し帯の色でレベルを表すようになって世界に“空手道”という名前で広まった。その結果、沖縄でも白い空手着を着用して黒帯を締めて段位でレベルを称するようになった・・・。

 私は、こういう現象って、沖縄の武術文化に対する悪意無き洗脳侵略だと思うので、個人的には不愉快なんですよ。

 何で、沖縄の“手”をヤマトンチューの論理に沿って“空手道”へと名前を変え、ヤマトンチューの武術文化である“流派”を呼称するようになってしまったのか?

 もし、私が沖縄“手”を伝承する人間だったら、断じて白い空手着なんか着ないし、何段ですか?とか聞かれたら、「実戦は段位でするもんじゃ~ない」と言いますね。

 要は、日本の“記号”に隷属することを容認してしまった時点で沖縄“手”は実質的に滅ぼされてしまったと私は考える訳で、“手”の技術をいくら論じてみたって、「空手道の下部構造下された中での論理転倒で、どんなマニアックな心情的権威性をアピールしても仕方がないじゃ~ないの?」と思う次第です。

 沖縄古伝“手”を名乗るのなら、まず、本土に伝わって以降の空手道の記号である白い空手着と黒帯を捨てて、段位も流派も撤廃するのが筋ってもんでしょ? それをやらない人は信用ならん! 本音は“手”というマニアックな権威性を利用したいだけでしょ?

 同様に、テコンドーやハップキドーやコムドも、きちんと松濤館空手道や大東流合気術や剣道を学んで新たに体系化したものだって告るのが筋であって、逆転した妄説を広めようとするのは民族の文化に対する裏切り行為でしかないんですよ。

 その点、少林寺拳法は英断でしたね~。「宗道臣開祖が自分で作っちゃったもので中国武術とは無関係です」って宣言したんだから、大したものです。偉いっ!


 え~っと・・・脱線し過ぎたので元に戻って・・・。

 古武術の演武大会のDVDを見ると、内容がどうとか言う以前に睡魔との戦いになるんですが、殺陣は目が醒めるんです。

 私、武術研究家と名乗ってますから、物凄い量の武術ビデオ映像とか観てきたんですけど、実は意外な程、武術の技や戦闘理論の参考にはならなかったりするんですよね~。

 何でかっていうと・・・型をそのまま演じているだけだから。

 ところが、香港のカンフー映画とか日本の一部の時代劇なんかは武術の観点から凄く勉強になるところが多いんですよ。

 そうですね~。ブルース・リーを筆頭に、サモハン・キンポー、ラウ・カーリョン、ドニー・イェンの作品などでは実に見事な武術技法の隠し技や応用変化技が表現されているんですね~。

 ジャッキー・チェンの昔の作品なんかも、中国武術の動作をどう応用するか?という点で非常に示唆に富んでいます。

 特にジャッキーの凄いところは敵役を引き立てるために、自分がやられまくって見せることで敵役のスキルを存分に引き出しているんですね~。

 ウォン・チェンリーの蹴り、ウォン・インシックの蹴りと間接技、ベニー・ユキーデのパンチとキック・・・等々、持ち味を活かしてジャッキー作品で悪役殿堂入りした人も少なくありません。

 ブルース・リーの敵役だと、チャック・ノリスとカリム・アブドゥール・ジャバールくらいしかいませんが、それも、そんなに苦戦しないで倒している印象があります。

『葉問』でのドニー・イェンは、珍しく大苦戦しますが、大抵の作品で目茶苦茶な強さを示しているので、むしろ、何か見ていてじれったくなってしまいます。ドニーにヤラレ演技は必要無しっ!


 日本の時代劇だと、やっぱり若山先生の『子連れ狼』シリーズや『賞金稼ぎ』シリーズ、TVシリーズの『唖侍・鬼一法眼』での手裏剣打ちや超高速居合抜き、ときたま見せる空手殺法が素晴らしい。

 一説に若山先生は甲賀流忍術の藤田西湖にも習っていたという情報もあるんですが、だとすると南蛮殺到流拳法もできた可能性があります。

 実際、TVの時代劇スペシャル『新・御金蔵破り』『御金蔵破り・家康の首』『御金蔵破り・佐渡の金山を狙え』では古流柔術拳法の技らしきものも披露しています。

『子連れ狼・死に風に向かう乳母車』の中でも地蔵ケ原での対決中、斬りかかる相手を投げ飛ばしざまに刀を奪って二刀流を披露するのですが、これは柔術でも高等な技です。奪う瞬間に柄を握って軽く逆手に捕って投げていましたから、心得があると私はにらんでいます。

 最近の時代劇作品では『花のあと』の北川景子の殺陣が、非常に武術性のある戦いぶりで、感心させられました。女性が主人公であるからこそ、ダイナミックな殺陣は期待していませんでしたが、ここ数年の時代劇作品中で最も殺陣の構成が見事でした。

 殺陣は、リアルさとケレン味とカメラワークのバランスが揃ってこそ評価が決まると思いますが、そのバランスの取り方は作品の主題や監督の考えで方向性が変わっていくものです。

 つい先日、『座頭市・ザ・ラスト』を観ましたけれど、勝新座頭市や北野武の座頭市と比べると殺陣の面白味は数段落ちると言わざるを得ませんでしたが、監督のインタビューによれば、それが“狙い”であり、超人的ヒーローとなってしまった座頭市を人間として死なせてあげるべき・・・という原作者の遺族の意思を汲んだものだったそうです。

 けれども、私はそれは違うんじゃないかな~?と思いましたね。座頭市というキャラクターを作り上げたのは“勝新”ですよ。原作にちょこっとだけ描写されていた盲目の侠客のイメージを膨らませて勝新が新たに創作した“時代劇キャラクター”なのです。

 そして、勝新は座頭市のキャラクターを作り上げるために九鬼神流半棒術や合気道の体捌き、天真正自源流の居合術なども参考にして座頭市の仕込み居合術を独自に生み出しているのです!

 だから、北野武が偉かったのは、「おいらは勝さんみたいな殺陣はできね~からさ」と、ちゃんとオリジナルに敬意を払って殺陣の表現法にこだわってリアルとファンタジーのバランスを取って斬新な殺陣を工夫し、世界的に評価される傑作を生み出しました。

 阪本監督は素晴らしい監督だと思います。『カメレオン』は面白かった。が、原作者の遺族の意向ではなく、観客が欲しているものを考えて撮るべきだったと敢えて言いたいですね。

 一般論として申しますが、観客を無視した作家性優先の作品は作っちゃダメだと思うんですよ。それをやっていたら邦画は見向きもされなくなってしまいますよ。

 最近の時代劇作品を見ていると、時々、「テメ~、観客ナメてんのか?」って怒りがこみあげてくるようなのもあります!

「しっとりとした古き良き日本の和のテイストを・・・とか、そんな爺いの能書きみたいのはどうでもいいんじゃ~っ! 俺は激烈でカッコイイ、チャンバラが見たいんだよぉぅっ!!!! つまんね~殺陣見せるんなら、時代劇なんぞ撮るんじゃね~っ!」って吠えたくなる。

 殺陣のダメな時代劇は全て駄作ですっ! 金かけるんなら殺陣にかけろ!

 時代劇の魅力は、つまり、殺陣の魅力なのです! その絶対の真理が理解できないアンポンタンは時代劇撮る資格はありませんっ!(阪本監督を責めてるんじゃありませんよ)

・・・あっ・・・殺陣の武術性について語る余裕が無くなってしもうたっ?

 じゃあ、一つだけ、高瀬道場技芸会を観た感想をば・・・。

 高瀬先生が演じられた対複数の殺陣で、四方を囲む敵に対して、右手の刀の切っ先、左掌、目線、体の向きで牽制して敵との間合を調節する高度な心法技術を表現されていましたが、これなんですよ! これが現代の武道では忘れられてしまった武術の極意なんですね~。

 何で、忘れられてしまったのか?というと、戦場みたいに入り乱れて戦うのではなくて、一対一で防具付けて試合するから、対戦闘の意識が前方の相手だけにしか向かわなくなってしまったのです。

 また、防具装着で打突部位も決められているために、刃筋で突き斬る感覚も失われてしまった・・・。

 殺陣の想定は昔の武術と同じです。隙を狙う(突然、沈んで腹を突く)・騙し討ち(相手の脇差を抜いて使う)・体捌きで避け躱しながら相手を同士討ちするように仕向ける・・・等々、もう完璧過ぎる程に武術性を表現していて、唸るしかありませんでした。

 こういう実戦的戦術発想のできる武道家って、現代に何人いるんでしょうか? 恐らく数人しかいないと思いますよ。

 また、木刀での組み太刀と刀での組み太刀も演じられていましたが、凄い迫力で怖いくらい。しかも、斬り落としの原理を使った高度な技法も表現されていて、これと同じことのできる古武術家や剣道家が何人いるでしょうか? 私は涙がチョチョ切れそうになりましたよっ!

 剣道がバシバシ打ち合うのは防具があるからであって、痛みも無いし、失敗したら死の危険すらある木刀を防具無しでガガガガッと打ち合うのは、むしろ心理的抵抗感が強く出て無理なんじゃないか?と思います。

 古流剣術がゆっくり演武するのも、怪我防止の意味が大きいのです。私は下手糞なので本式のスピードでやったら寸止めできなくて相手に大怪我負わせかねないから、速くやるのは怖いですよ。腕試し気分で来た人に止められなくて怪我させてしまったこともあります。

 判る人なら判るでしょうから、この組み太刀を古武道大会でやったら大絶賛になるでしょうね~。

 審査員の感想で「剣が活きている」と評されていました(凄い慧眼! 役者って凄い)が、まさしくその通りでした。

 高瀬先生は、私の目から見たら、そこいらのボンクラ能天気武術師範より遥かに武の本質を理解されていて、だからこそ謙虚に一歩引かれているのが解ります。

 身の程を弁えない自称武術家連中に学ぶ要素は一つもありませんが、高瀬先生のようなプロフェッショナルに学べることは非常に多いと私は思っていますし、縁を繋いでくれた亡き武友、宮田重則氏に感謝するばかりですよ。

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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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