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青木先生の剣舞の秘訣

 七月のチャリティー演武会での演目について、シダックスの講座でいろいろ考えています。

 北島師範と矢嶋師範代に独己九剣をやってもらって、その後で私がアドリブで何かやろうかな~?と思っておりますが、まだ検討中です。

 何しろ、新体道、剣武天真流、日子流、心道(河野智聖先生の創始した流派で心道流空手とは無関係。っていうか、宇城氏は今、心道流は名乗ってないの?)と並んでやらなきゃいけないんで、結構、プレッシャーありますね~。

 あんまり下手だと「長野さんは口だけやのう~」って笑われちゃうもんな~。

 試し斬りでもやろうか?と思ったんですが、真剣使うのはマズイかな~?とか、いろいろ考えています。

 取り敢えず、北島、矢嶋両名の技量を恥ずかしくないレベルにしておかなくちゃいかんので、この日は、二人に青木先生の剣舞の秘訣を教えて練習させました。

「えっ? 何だそれ?」って思われますか?

 まあ、書いちゃっても、誰も真似できないでしょうから、解説してみましょうか?

 それはですね。

 普通に居合とか剣術とかやっている人だったら、刀を“構えて、斬って、止める”でしょう?

 青木先生は、これやってないんですよ。剣舞の時は・・・。

 そして、最初から最後まで青木先生は“足を止めないで動き続けている”んです。

「何だ。そんなことなのか・・・」と思った人。ふっふっふ・・・。

 この秘訣の通りにやってみてくださいよ・・・ふっふっふ・・・。

 できないでしょ?

 これって、簡単にはできませんよ。

 特に従来の剣術、居合術をやっていた人ほど、できないと思います。どうしても足が止まるか、あるいは剣をピシッと止めてしまうか・・・。

 青木先生の剣舞の映像は結構、動画で出ていたから、見たことある人は多いでしょう。

 だけど、あの難しさを洞察できた人が何人いたでしょうか? やってみればすぐ解るでしょうけれど、多分、やってみた人はいないでしょうね。

 フツー、刀を斬り下ろした時にピシッと止める時は、ほぼ同時に足も止まるんですよ。

 ということは、斬り下ろした時にその刀線の流れを中断しないためには、足を止めずに動かして、刀線の方向を変化させていかなくてはなりません。

 そして、身体はグニャグニャに柔らかく使って刀の動くに従って動くようにしないと止まってしまいます。

 感覚的に言えば、刀を自由自在に遊ばせて、その動きに引っ張られるように全身が刀を追うようにしていけばいいのです。

 とまあ、解説すれば簡単そうですが、やっぱり、難しいでしょう。

 北島師範も矢嶋師範代も四苦八苦して練習していましたよ。

 いや、模範でやって見せてる私だって、ぶっつけ本番だから、2~3箇所、動きが滞ってしまっています。

 けれども、この練習法は、先月、メイプルホールの独り練習で大太刀と槍をそれぞれ練習していて自得したものなんですね。

 技の手順や形はありません。唯一、「刀を止めないで動き続ける」ということだけ。

 何で、こんな練習をやらせたか?というと、手っ取り早く剣体一致を実現するためなんですよ。

 通常は、ビュッと振って、ピタッと止まる。また、ビュッと振って、止まる・・・というのを繰り返すんですが、これって、ビュッと振った後は必ず止まる訳なんで、振られたと同時に入身したら、意外と簡単に無刀取りできちゃったりするんです。

 ということは、そこを狙って打てば、ビックリするくらい簡単に打ててしまったりします。これが“動きの拍子をとらえる”ということです。

 ですが、この動静のリズムが無くて、常に動き回って一瞬も止まらなかったら、どうしようもないでしょう? 下手に攻めたら、カウンターでナマス斬りにされますよ。

 ここなんですよ。青木先生の剣舞の凄さは・・・。

 だから、観る人が観れば、「うわっ、この人の剣はまったく隙がないぞ」って、思う訳なんですね。

 事実、剣道の高段者や剣術の免許皆伝者が、青木先生の剣舞を見て、「こんなことのできる人が現代にいたなんて・・・」と絶句したらしいですね。

 ネットで酷評したりしている連中が、いかに見識のない阿呆か?ということが解る。

 私が「新体道の空手の突きは怖くないけど、養気系の動きはムチャクチャ怖い」と書いたのも同じ理屈です。新体道空手も空手としてはず抜けて凄いですが、まだ、“空手”というカテゴリーの中の形をとっているので、そこに付け入る隙が必然的に現れる訳です。

 そこが読めない人間はお手上げでしょうが、武道の形をとっている限りは、まだ弱点が残ってしまう訳ですよ。

 ところが、新体道の真の凄さは、やはり養気系の無形の動きを作ったことですね。動き続けているから、隙間ができないんですよ。しかも、そこから攻撃技も出せる。狙い所が無い上に、どこから攻撃されるか解らないんだから、何とも恐ろしいです。

 つくづく、青木先生は前衛を突っ走っているな~と思います。

 多くの人は一所懸命、技の形を作ってですね~。最強と思える形を作ることに熱心ですが、その形そのものに弱点が生まれるという矛盾に気づいてない人ばっかりですね。

 無論、形がないと稽古できないから、稽古システムとしての形は必要なんですが、それがそのまま戦闘理論になると考えたらヤバイんですね~。

 何か、「沖縄空手には廻し蹴りは無い」と言い切った師範がいるそうなんですが、稽古法の形の中にないから存在しないと考えるのが短絡的なんですよ。

 実際、沖縄剛柔流には下段の廻し蹴りはありますよ。足尖で相手の脚の筋目を突き刺すように蹴るのです。

 現在のフルコン空手で主流になっているスネで蹴る廻し蹴りは、ムエタイから採用したものと考えられますが、中国武術にも豊富にありますからね。中国武術だと靴の裏の面で蹴るか、側面のエッジで蹴るか、靴尖で蹴るか、カカトで蹴るか・・・と多彩に使い分けますが・・・。

 あんまり技を限定して独善的な主張をするのは良くないと思いますよ。最終的に自身の見識の浅さが露呈するだけですからね。人間、己の分を知るのが大切ですよ。

 ちなみに、廻し蹴りは、まっすぐ蹴って防がれた時に、途中で軌道を変化させて蹴ったことが技へと進化したものでしょう。応用変化技が、基本技へと昇華したものです。

 ムエタイがスネで蹴るようになったのは、動き回って打ち合う試合が発達することで、動き回る相手をとらえるのに、当たる面積が広くなるスネ蹴りを用いるようになったから・・・と考えられます。

 状況によって技は変化するんですね。その論理を弁えていれば、極真空手に始まるフルコンタクト空手の現在の形態が、空手というジャンルの中で“あるベクトルで発展した”ものであるという点は納得がいくところであって、無理やり、原点回帰して沖縄古伝空手に帰らねばならないと思い込む必要はないでしょう。

 温故知新も過ぎれば害毒が出てきますよ。純血主義は種の生命力を弱めてしまいます。遺伝学上、ハイブリッドした方が強くなるんです。漢方薬だって、単独の生薬よりもいくつも組み合わせることで薬効が高まるじゃないですか?

 純血にこだわって近親相姦繰り返していたら奇形児が増えたりするでしょう?

 備前伝の日本刀の鍛刀法には、わざとクズ鉄を少し混ぜることで強度を増す秘伝があるそうです。

 そういう具合に考えれば、技の変化と深化は発展の過程の重要な要素なんですからね。

 青木先生の真の凄さが理解できるのは、その変化と深化の発展過程を推測して理論的に組み立てて考えられる洞察眼と推理力と論理構成力が備わっている人間だけでしょう。

 前衛舞踏のごとき形態から武道とは異質なものと受け止めてしまうのはOUTなんですよ。身体の動きという観点まで解体して考えることで本質的意味が観えてきます。

 普通に武道やってきた人は、自分の認識だけが正しくて他は間違いだとしか考えられない単純思考パターンしかない人が多い。

 そういう人は、自ら求めて見識を広げようとはしませんからね。「自分だけが正しい」と思った時点で、その人はもう終わってしまっているんですけどね~。学ぶことはゴマンとあるんだけど、無知な人程、それを自覚していないのが日本の武道の世界ですかね?

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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
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