コンテントヘッダー

故郷は遠きにありて・・・

 去年の正月に故郷で高校の同窓会が30年ぶりにあったそうで、私は参加しなかったんですが、同窓会の様子をコラージュした写真を贈ってくれまして、興味深く拝見しました・・・が・・・。

 いやはや、30年という年月は、かくも人の容貌を変化させるものなのか?と、些か、愕然とするものがありました。

 辛うじて判ったのが三人か四人。女子に関しては、誰が誰だか全然、判りません。

 恐らく、帰省した時に顔を合わせても、誰だか判らないだろうな~?と思いました。

 記憶の中では高校生の頃の姿しかありませんが、大変失礼ながら、そこに居並ぶ同窓生という中年のオジサン、オバサン達の姿には、物凄い違和感だけしか感じないのです。

 高校生の頃の父親母親くらいの年齢になっている訳ですから・・・。

 本当に申し訳ないことに、“懐かしい”という感情はまったく湧いてきませんでした。

 しかし、それは同窓の彼ら彼女らにしても、恐らく同じことでしょう。

 私も、もう半世紀近く生きてきて10代の頃とは別人のようになっています。毎日、少しずつ変化していく自分の姿を見慣れているから感じないだけでしょう。

 だから、同窓生に対して「老けたな~」とでも言えば、それは自分に言うのと同じことなんですね。

 中学や大学の頃と比べて、高校の頃の記憶は、そんなに強い印象は残っていません。

 中学時代は暴力学校だったから強く印象に残っていますし、大学時代は学業そっちのけで普通の人生からドロップアウトした時期なので、中退したにも関わらず、強い印象があります。

 が、平和で淡々と過ごした高校時代は、そんなに印象が強く残ってはいない。

 友達も少なかったし、勉学に励んだ訳でも部活に熱中した訳でもなかったので、特別に懐かしく思い出すような事件も、これといってないのですね。

 今のように武術にのめり込むでもなく、本や通信講座で自己流で練習してはいましたが、まだまだ自己満足でしかなく、将来、それで身をたてるようになろうとは夢にも思っていない頃でした。

 はっきり言って、居ても居なくても問題ないような存在感の薄い高校生だったと思いますよ。

 だから、30年ぶりに集まった同窓生の皆の様子を見ていると、尋常ではない疎外感すら感じてしまいました。

 ネクタイ締めたスーツ姿が居並ぶと、田舎でまっとうに働いて一家をなしているんだろうな~?と想像しますし、恐らく私みたいな人生を歩んでいる人はいないだろうな~?と思うばかりです。

「あ~、やっぱり、俺は参加しなくて正解だったんだろうな~? もう、共通の話題も何も無くて、完全な別世界の住人という風にしかならないだろうな~・・・」と、そんな風に思いました。

 こういう感慨は、何も故郷の同窓生に対してだけ感じるのではなくて、田舎の母親と電話で話している時も、いつも痛切に感じていることなのです。

“価値観が違う”と言いますが、ものの考え方が思考の枠組みから異なってしまうと、もう話がまったくかみ合わなくなってしまうのです。

 人間は、理解し認め合う関係が最も心地よく感じられるものです。

 故郷は遠きにありて思うもの・・・、けだし名言であると思いますね。

関連記事
スポンサーサイト
このページのトップへ
コンテントヘッダー
著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

FC2カウンター
リンク
最新記事
カテゴリー
FC2ブログランキング

FC2Blog Ranking

月別アーカイブ
ブログ内検索