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兼氏で試し斬り

 横浜名刀会さんで購入した試し斬り用の関の刀“兼氏”でマキワラ斬りをやってみました。

「物凄い斬れるよ~」との社長さんの言葉の通り、こりゃ~、本当によく斬れます。

 預かり物の脇差が凄く斬れると聞いていたので、これも試させてもらったんですが、この脇差よりもっと斬れますね。

 新入会員のK村さんにも斬らせてみたんですが、1/3くらいに短くなって斬りづらくなった(斬りつける目測がつけづらく慣れてる者でも難しいので、普通だと取り替える)マキワラもスッパリと両断してのけて(なかなか、筋が宜しい!)、ちょっと気分がハイになるような斬れ味です。

 脇差の方は片手抜刀で即斬!をやってみたんですが、刃の侵入角度が甘くて九割り斬れたところで台の固定用竹が折れてしまい、再度、挑戦したものの、またもや台を倒してしまいました。

 ちなみに、ブラ~ンと垂れ下がったままだと台に差し替えられないので、北島師範とK塚指導員に「これ、こうやって、持っててね・・・」と持たせたまま、脇差で狙い澄まして、スパーン!と切ったら、二人ともヒィ~ッと、超ビビッておりました。

「嫌な予感がしました・・・」って苦笑する顔。でも目には「アンタ、鬼か?」という非難の色が・・・。ドンマイ、ドンマイッ!

 先日、片手抜刀斬りもほぼ成功していたんで大丈夫だと思ったんですが、脇差だと当たる位置をもっと深くしないとダメなんだな~と思いました。

 間合をもう少し詰めて、75度くらいで刀身の中程で斬り込めば良かったと思うんですが(多分、兼氏だったら截断できた)と思うんですが、軽量の脇差の片手斬りだと無理だったかな~?と、ちと残念。

 しかし、斬れ味はかなりいいのが確認できたので、万全を期して両手で握って右袈裟に斬ったら、ストンと斬れました。

「おっ? こりゃ~、もう少しいけそうだ」と思ったので、そのまま左袈裟に斬ったら、これも難無く成功しました。脇差を両手で握って斬るというのは、何か自分では納得いかなかったんですが・・・。

 もっと、いろいろと実験してみたかったんですが、用意してきたマキワラが二つしかなかったのと、預かり物の脇差を万一、曲げたりしたらマズイので、これくらいにしておきました。

 それにしても、やはり刀によって斬れ味は違うものだな~と、改めて実感しました。

 試し斬りのエキスパートである山田浅右衛門も、『懐寶剣尺』という著書で、刃味で、業物・良業物・大業物・最上大業物・・・と刀を分類していたくらいですから、やっぱり、刀によって斬れ味は随分、違っていたんだろうな~と思います。

 現代では罪人の死体を斬って二ツ胴(死骸を二つ重ねて斬ったということ)だの三ツ胴だのと試す訳にはいきませんが、浅右衛門の時代はそうやって試していたんですから恐ろしいことです。

 伝説によれば、源頼光が大江山の酒呑童子の首を斬ったと伝わる“童子斬・安綱”は六ツ胴!を斬って、尚、土壇に刀身がめり込んだそうですが、刀剣博物館で実際に観た実物は、刃渡り二尺六寸の元反り、小切っ先の堂々とした太刀でした。

 現代の抜刀道の大会で、いくつも並べたマキワラを斬ったり、畳を立てておいて両断したりするのに使われる刀は、刀の身幅が極端に広くて柄の二倍くらいあり、もう日本刀としてのバランスを無視した試し斬り専用の刃物みたいで、何かマグロさばく超巨大な包丁を連想してしまいます。

 無論、競技としてやる以上は道具もそれ相応に特化するのは当然のことだと思うんですが、腕前が未熟なのを道具でごまかしたりする事態になったら本末転倒ですよね。

 試し斬りの方法論については清心館の佐原先生に御指導いただき、マキワラにする畳表も頂戴しました。この場を借りて御礼申し上げます・・・。


 え~、ところで、「長野の無刀捕りは模擬刀を使ってるからできるんであって、真剣を眼前にした場合、たとえ演武であっても、あんな真似はできるものではない。無刀の術とは捨て身で無心になる境地を求めるものなのであって、対真剣でやらねば意味がない。素人騙しのパフォーマンスは武を辱めるものであり、即刻、止めるべきだ」という御意見を小耳に挟みました。

 まさしく、おっしゃる通りであると思います。だから、“やってみました”。



 誤解する人や、意図的に貶す人もいるので、「俺はやってるんだから、お前も文句があるなら、やって見せてくれよ」と言いたいところではありますが、もし失敗したら命を落とす危険性も十二分にありますから、それは申しません。私は研究家としての探究心でやっている訳ですから、くれぐれも真似なさらないでください。

 それに、私は無刀捕りに関しては、もう20年近く研究してきて、自分なりの基本的な方法論を構築していますから、「演武としてはこうやれば大丈夫」という理論は持っています。

 理論的裏付けが無く、度胸試しや反射神経、身体操作に頼ってやっている訳ではありません。

 というか、そんなやり方でやっていたら、命がいくつあっても足りませんよ。セオリーを知らないで、最初から無理のあるやり方で頑張ってやろうとしてしまうのが一番、危険です。

 もちろん、理論的にセオリー通りにやれば絶対に失敗しないというものでもありませんが、知らないでやれば、失敗する確率は100パーセントに近づいてしまうのです。

 なので、絶対に大丈夫だとは言えません。

 それでも、私が失敗しておっ死ぬのは覚悟の上だとしても、斬ってこさせている北島師範を犯罪者にする訳にはいきませんから、現実的にも絶対に失敗する訳にはいきません。

 かつて、青木先生が楽天会を主宰された時は、参加者は稽古中の事故死も辞さずの覚悟で遺書を書いて稽古に臨んでいたそうです。

 私自身はそういう意識でやっていますが、会員にそこまで要求はしません。が、気持ちの上では、そういう意識を求めて欲しいと思っています。

 何故なら、捨て身になる意識こそが武術修行の最も肝心な部分だと考えているからであり、趣味を楽しむような感覚で武術に深入りすれば、精神を歪めてしまうだけと思うからです。

 身体はリラックスし、心は穏やかに、意識は研ぎ澄ますことが必要です。でなければ、突発的に発生したトラブルに対処できません。

 この日も独己九剣を教える時に、真剣を使って寸止めで指導しましたが、真剣を向けられる北島師範の顔面には緊張の汗が滴っています。

 これを度胸が無いと言うのは真剣の恐ろしさを知らない人間のタワ言です。怖さを判らない者は危険なものを人前で平気で振り回してしまったりするのです。

 怖さを十分、知り、その上で、その怖さを克服して平静な心を持てるようにならねば修行する意味がありません。だから、“わざと”真剣で指導したのです。

 もちろん、失敗して怪我でもさせたら私も犯罪者ですからね。やってるこっちだって実は細心の注意を払って緊張を持続させていたんですよ。

 でも、そういう真剣さを外見に露にしてしまうようなレベルでは、こういう演武は止めておいた方が無難だと思います。つまり、本当に捨て身になり切れていないので、いざという時にタイミングを捕らえられないからです。フェイントされると為す術なくやられてしまったりするのが、こういうレベルの術者です。

『史上最強の弟子ケンイチ』で言うところの“静のタイプ”ですね。

 もっとも、私が知る中では数人しか、そんな人はいませんでしたけどね。

 こうした真剣を用いた稽古は、無論のこと、一般の会員さんにはやりません。「この人は大丈夫」と判断した人に対してしかやらせません。

 特に、真剣の怖さを判らない人間に日本刀を持たせたら、文字どおりの“キチガイに刃物”ですからね。

 案外、実際に居合をやっている人間の中にも、そんなタイプのアブナイ人間は少なからずいたりするんですよ。

 そういう意味でも、きちんと日本刀の威力と怖さを知るためにも、マキワラの試し斬りは定期的に稽古させていこうと思っています。

 ただ、最後に、「私共は、世間の耳目を集めたくて物珍しそうな技の演武をやっているのではない」という点だけは強調したいと思います。

 重ねて申しますが、居合や剣術の修行者の方で、無刀捕りとかをいきなり練習しようとかしないようにお願いします。これは基本的に体術ができないと無理ですから・・・。


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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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