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気功修練の問題点

 以前から再三、注意してきていますが、気功の修練には精神疾患に陥る危険性があります。

 お恥ずかしいことですが、うちの会員の中からも、私の注意を無視して気功修練に没入したがために、言動が非現実的となり社会性を失ってしまった人間が数名は出ています。

 気功やヨーガ、禅、修験道等の修練には、神秘的体験が伴いますが、これらの現象は脳内覚醒物質のもたらすものであり、それが度を超すと中毒症状に陥ってしまいます。

 また、幻視・幻聴等の幻覚症状が起こるようになると、本人は「霊感が開発された」と思ったりするのですが、精神医療の場では“統合失調症”と判断されてしまうものです。

 私も若い頃にはそうなってしまった時期がありましたが、元来、心理学に関心が深かったので、「あ~、これは幻覚だから惑わされちゃいけないんだな~」と、神秘体験を客観的科学的に分析することで社会性を失わずに済みました。

「身体に気持ちイイことをやれば、すべてがハッピーで人生も良くなる」みたいな考えをヒーリングやセラピー、あるいは自己啓発セミナーで提唱したりする人が非常に多いのですが、これは“脳内覚醒物質の作用でイッちゃってる状態の発言”ですから、こんなことを真に受けて真似していたら“身の破滅”です。

 身体に気持ちイイからって麻薬をバンバンやれば心身は破壊されてしまいます。

 働きもしないで、毎日毎日お祭り騒ぎで遊んで暮らしていたら、たちまち生活できなくなりますよね。

 安易に「身体に気持ちイイことが正しい」と主張する人達は、マトモな神経ではありません。自分自身でも、それが判らなくなってしまっているのです。

 極端な楽観主義を主張している人には注意が必要です。脳が正常な社会的価値判断ができなくなっている可能性が極めて高いからです。

 社会人には批判精神が必要です。何事も肯定しかしなければ、詐欺師が野放しになって社会が混乱してしまうでしょう。

「原発は絶対安全で安価でクリーンで資源の少ない日本の将来には無くてはならないものであり、高速増殖炉やプルサーマル型炉は夢のエネルギー源なのです」という良いことずくめの神話をバラ撒いた揚げ句、日本は未来永劫に続く放射能との戦いを十字架として背負ってしまいました。

 ありとあらゆる汚い策略で反対意見を封殺し、良いことだけを洗脳キャンペーンしてきたツケの大きさを考えれば、私の言っていることの意味も御理解いただけるでしょう。

 良いことしか言わない人物の周囲には、無知で信心深い依頼心の強い人達が集まってくるものですが、それが新宗教やカルト団体に育ってしまう例も多いのです。

 割りとディープにやっている気功やヨーガの団体も、そんな雰囲気になってしまう場合がありますが、武術や整体の団体にも、そうなり易い側面があります。

 私みたいに相当、神経質にそうならないように注意していてさえ、研究熱心な会員が自分勝手な解釈で気功や内功修練に励んで後戻りできなくなって破門にせざるを得なかった経験があるのですから、その危険性について何も考えていない指導者の下では、精神病患者を量産するような事態になってもおかしくはないでしょう。

 具体例を挙げれば、オウムの地下鉄テロ事件や弁護士一家惨殺事件、ライフスペースのミイラ放置事件(「定説です」が流行った)、白装束集団パナウェーブ研究所、ザイン、法の華(「最高ですか~?」が流行った)・・・いくらでもありますね。

 外国にだってあります。

 ガイアナ人民寺院大量自殺事件、シャロン・テート惨殺事件、ブランチ・ダヴィディアン事件、太陽寺院集団自殺事件・・・等。K・K・K(クークラックスクラン)なんか今でもありますからね~。

 過激な反社会的事件を起こした教団が特別ということではなくて、本来、宗教には排外的性質があるのです。

 イスラム教、キリスト教、ユダヤ教、ヒンドゥー教、仏教・・・等の世界的宗教には無数の派閥があり、派閥間の紛争が歴史上でも繰り返されてきています。

 これは、もちろん、政治や経済の国家間の軋轢という合理的理由もあるでしょうが、むしろ、人間の業の問題に帰結するでしょう。

 つまり、人間は価値観を共有できない者は排斥したくなる生き物だからです。

 どうしてか?というと、人間は社会的動物なので、個々の価値観が違っていても、社会を形成して所属しなければならないからです。

 そこに、あまりにも異質な価値観を持つ者がいると、社会の規範を脅かしてしまいかねません。よって、宗旨変えさせようと迫ったり、あるいは親切めかして教育(洗脳)しようとしたりするのです。

 人間は、価値観を同じくする者同士でいることが安心できるのです。

 気功の訓練を熱心にやれば、脳の機能が開発されます。

 ですが、それは喜ばしいことばかりではありません。物事の認識の仕方が決定的に変質してしまえば、周囲の人達と価値観を共有できなくなってしまいます。

 そうなれば、「あの人、変わってるね」と言われるようになり、それがふとした弾みで「頭がおかしいんじゃないの?」と言われるようになったりするのです。

 実を言えば、武術を真剣に修行すれば、多少なりとも神秘的経験をすることになり、第六感のようなものは自然に芽生えてきます。

 しかし、これらは人間の潜在能力であって特別な超能力が外から備わる訳ではありません。

 潜在している能力というのは、必要ないから眠っていた能力です。必要ないというのは、日常生活空間で発揮していると不都合だから眠っているのです。

 だから、こういう潜在能力が発揮できるようになっても、熟練者は、そんな能力なんか持っていないように振る舞うのが常です。

 喜んで人前で見せたがる人は、世の中のことに対する認識が甘いのです。

 例えば、青木宏之先生は、一般の人の前では決して武術の技量を見せつけようとはしません。「いや~、私なんか弱いですよ~」なんて言うので、観抜けない人からは、「本当にこの人、強いの?」とか思われるようです。

 が、もちろん、青木先生はそんなことは全然、気にされていません。

 青木先生に限らず、本当に極意・奥義に到達している先生は、強がって見せようとはしないのです。「武術の極意とは何ですか?」とか聞かれても、「いや~、わかんないですねぇ~」とかしらばっくれるものなのです。

 これが、世の中で社会性を保って生きる修行者の知恵なんですよ。

 いかにも修行者です・・・と言わんばかりに技を見せびらかしするのは、所詮、異能の権威をもって大衆の尊敬を得たいという欲心に過ぎません。

 本来、修行者は「神通力が備わっても、それに捕らわれてはいけない」というのが大前提なのですが、どうにも考えの甘い人が少なくないですね。

 むしろ、インチキ手品で超能力めいたパフォーマンスを繰り返して世間にコビるような低脳な武術家?ばっかりですし、そんな低脳で愚劣で精神病院に通ったほうが良いような人間のクズみたいな連中ばかり紹介している雑誌なんかもあるんですから、困ったもんですよ。

 だから、私は武術家なんて死んでも名乗りたくないし、専門雑誌に取材されないのも、むしろプラスですよ。ノータリン連中のお仲間だと思われたくありませんし、自分で本書いた方が遥かにお金も入りますからね。武道系出版社って、笑っちゃうほど金払い悪いですよ~。

 ライターやってた頃の収入って、今の1/10でしたからね。いや、マジっすよ? 未だにライターやってる人達は大丈夫なのかな~?って、余計な心配しちゃいますもん。

 よっぽど、武術バカみたいな人しか続けられないと思いますよ。普通にサラリーマン生活していた人が転職したら鬱病になると思うな~・・・。

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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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