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游心流に於ける基本技

「基本技(突きや蹴り、受け技、移動基本、受け身等々)の個別練習はしないのですか?」と、横浜同好会に参加されている他流経験の新入会員の方から質問されたと横浜同好会の主催者から報告されました。

 この方には、最初に会った時に基本技についての私の考え方をお話したつもりだったんですが、同じ質問を何度かされていたらしいので、よく理解されていないのでしょう。

 それで、“游心流に於ける基本技”について、多少、解説しておきたいと思います。

 まず、私は、ものすごく基本を大切だと考えている人間であるという点を御理解ください。

 もし、基本技の練習をやらせるとしたら、正拳突き一万本とか、前蹴り三千本とか、そのくらい延々とやるべきだと考えています。

 ただし、こんなに数練習をすると、一時間二時間ぶっ通しでやってヘトヘトになって練習時間が終わってしまうでしょう。

 つまり、何が言いたいのか?と申しますと、「基本技の練習は各自が自宅で毎日練習すればいい。道場は基本技を練習する場ではない」ということです。

 けれども、游心流では、あらゆる流儀の基本技練習を劇的にレベルアップさせる練習をやっています。

 それが、“基礎錬体”です。

 他流経験者は意味が解らず、どれだけ重要性を強調しても熱心に取り組まない人もいるのですが、最初に指導する、スワイショウ・立禅・三元試力、そして丹田歩法・這い・練り等の歩法訓練こそが、游心流に於ける基本技そのものなのです。

 どういう意味かと申しますと、一般に、武道を学んでも上手下手の差が著しく出てきてしまうのは、「基本技の訓練の意味を知らずに練習している」という点が一つ、「基礎ができていない人間に基本技をやらせても単に身体の動きをパターン化するだけ」という点が二つ・・・この二点の問題点に大まかな理由があります。

 私が20年以上、武術の指導を続けて、多くの武道・格闘技経験者を分析してきた結果、“その流儀特有の基本技を熱心に練習すればする程、動きがワンパターンになってしまって、裏をかかれると極端に弱い”という現象があることに気づかされました。

 思い出してください。

 昔、アルティメット大会でグレーシー柔術に為す術なく敗れていった空手家の姿。

 あれは、果たして“空手が弱くてグレーシー柔術が強かった”ということだったのでしょうか?

 私はそうは思いません。“グレーシー柔術は他流の戦闘パターンを研究し尽くして戦術的に打ち破る理論を構築していたから”だというのが私の考えです。

 強いとか弱いとかは、そんな簡単に判定できることではありません。「勝負に勝った者が強いのだ」という認識は、間違いとは言えませんが、甚だ大雑把です。

 打撃技の効力を発揮できなくする戦術を工夫したグレーシー柔術のクレバーさを称賛するなら解りますが、「空手は弱い」と断定的に語っていた当時の格闘技メディア関係者の頭の悪さを批判する人がいなかったことが、私には不思議でした。

 話を戻しますが、武術に於いて、攻防のパターンを敵に知られることは、既に負けたと同然の失策になり得ます。

 そこで、私は、游心流で分かりやすい基本技の練習は削除しました。

 何故か?

 基本技を分析すれば、その流儀の戦闘理論が明らかになってしまうからです。

 突き蹴りを練習していれば、「打撃技を使う流儀」だと小学生にも判ります。

 受け身を練習していれば、「投げ技を使う流儀」、棒を振っていたら棒術、木刀を振っていたら剣術・・・基本技の内容で、どんな戦い方をする流儀なのか判る。

 次に、突きのやり方に注目すれば、間合や攻防のパターンも判ります。フットワークを使っていれば、フットワークと共に突きを出すんだな~と判る。

 恐らく、私の書いていることに疑問を感じない方もおられるでしょう。

「そんな当たり前のことがどうしたと言いたいんだ?」と思われるかもしれません。

 技が公明正大に明かされて試合する競技武道ならば、それでいいのです。

 しかし、私が研究し指導しているのは競技は念頭に置いていません。あくまでも武術は自己防衛術なのであり、敵に技を知られないことが重要な必勝の秘訣となるのです。

 無論、私は、空手・中国武術・合気武術・剣術・居合術・・・等々の技について解説してきていますから、「技をさんざん公開しているじゃないか?」と早とちりする人もいるでしょう。

 しかし、私は、教材DVD以外では、一度も「游心流の技・戦闘法」については公開していないのですよ。教材DVDを異常に高く設定しているのも、一般に知らせたくないからです。気づいた方がいるかどうかは判りませんが・・・。

 いろんな流儀の技の解説をしているのも、率直に言えば、「そういう戦い方をするのだな・・・」と、外部に誤解させておく戦術的意味があるからなのです。

 例えば、長く付き合いのある武道マスコミ関係の友人にさえ、私は自分の技を見せませんでしたが、初めてDVDを見た彼は、「正直いって、長野さんは全然、技をやって見せないから口先だけだと思っていたんで、こんなにできるとは思わなかった」と言われたことがあります。

 私にとっては当然の心得だと思っています。だって、付き合いの長い先生に対しても、私は技を見せてもらうことはあっても、自分がやって見せることは、ほぼ皆無だからなんです。

 ですから、長く付き合いのある先生でも、私がどのくらいできるのかはまったく御承知でないと思いますが、一つには、下手にやって見せると、警戒されて関係が悪くなったりするので、「私は研究家ですから・・・」と一歩引くように心掛けてきた訳です。

 こういうのは基本的心得なんですよ。自分ができると思って平気で実力を見せつけようとする人間は、その時点でもうダメですね。まあ、馬鹿は独りで自惚れてれば宜しい!

 私自身は会員ですら迂闊に信用しないように心掛けていますし、自分が実際に使うつもりでいる奥の手の技・戦闘法は、今でも隠したままで、信用できると見定めた会員にしか教えていません。「長野さんは何でもオープンに喋る人だろう」と思っている人は、私が意外に古臭い考え方の人間なのに驚いたりするみたいです。

 やはり、伝統文化の良い部分を個人的考えで侵してはいけないと思うからなんです。

 しかし、「それなら何故、いろんな技を解説したり実演して見せたりしているのか?」と申しますと、これは失われつつある武術の考え方や理論についてを研究家として啓蒙しなければならないと考えているからです。

 つまり、間違って広まっている点について、普遍性のある武術文化については解説し実演して見せていく必要があると考えている訳なんですが、個人で研究している“游心流”というシステムの中身は、私の考える理想像としての武術を構築したいと考えているので、部外者には解らないように二重三重にシールドを敷いている次第なのです。

 ですから、“基礎錬体”の内容は、あらゆる流儀に伝わる基本技の、さらに基盤となる“自由自在に最強の技を出せる身体感覚を培うトレーニング・システム”として考案しているのです。

 なので、“基本技を一切練習しなくとも、基礎錬体をみっちり練習して身体を練り込んでいれば、一度も練習したことのない他流の基本技も一見しただけで熟練したレベルで再現できる”ように考案しているので、わざわざ基本技を練習したりしないのです。

 つまり、無駄を省いた訳です。

 無論、基本技を個人で練習する分は一向に構いません。

 しかし、基礎錬体を怠って基本技をやっても大した効果は出ませんし、他の大切な練習をする時間的余裕が無くなってしまうので、道場ではやらない訳です。

 武道を長年やっている人は、共通して身体に異常な癖をつけてしまっています。特定の動きだけに特化させて身体を使ってきたために、不自然に身体を歪ませてしまっているのです。

 無論、その動きが効力を発揮する場では良いでしょう。しかし、特定の動きに特化しているということは、それだけ応用性が無いということなのです。

 専用の工具は、それ以外の用途には使えません。ペーパーナイフをキャンプに持っていっても、ほとんど何の役にも立たないでしょう? キャンプで役立つのは大型のサバイバルナイフのようなものです。

 マタギは、袋ナガサという万能剣鉈を使って簡易小屋を作ったり、料理を作ったり、棒を取っ手に差し込んで熊槍にしたり・・・と、いろんな用途に用いるそうですが、武術というのは、このような応用性の高さが重要なのです。

 私が、ありとあらゆる武術を研究して整体や宗教、舞踊、工芸等も研究してきたのは、本来の武術を知るには、それだけ幅広く研究しなければ理解できないと思ったからです。

 限定的な(競技的な)強さしか求めていなかったら、こんなことはやってこなかったでしょう。

 以前、公園で稽古するようになって、私が回し蹴りを使ったら、矢嶋師範代がえらくビックリして、「ええ~? 游心流には回し蹴りもあったんですかぁっ?」と言うのです。

 私が全然、使わなかったから、「回し蹴りは軌道が大きくて無駄が多いから無いんだろうな~?」と、勝手に思い込んでいたんだそうです。

 私が回し蹴りに限らず蹴り技をほとんど使わなかったのは、相手の正面から蹴りを出せば、こちらが居着き、カウンターを食らう危険性があったからです。

 そして、この時に回し蹴りを出したのは、歩法を使って相手の死角に入って反撃の心配が無いことを確認してから出したのです。

 ちなみに、私は10年以上、回し蹴りの練習をしていませんでしたが、蹴りの威力は衰えるどころか倍加していました。

 何故でしょうか? 基本技の練習を一切やっていなかったのに、どうして威力が倍加していたのでしょうか?

 それは、“基礎錬体をやっていた”からなのです。

 基礎錬体をやることによってあらゆる基本技が自在にできるようになり、しかも威力も倍加する・・・というのが、私が游心流の“基礎錬体”の中に内蔵させた秘中の秘訣なのです。

 どうしてそうなるのか?という御質問に関しては、「骨盤の動きを練るから」とだけ御説明しておきましょう。

 要するに、基本技の極意たる重要性は、“技は体幹部に始まる”という点にある訳であり、それを無理解なままでガムシャラに基本技の外形を繰り返していても、“労多くして功少なし”という次第なのです。

 まあ、大マケしてもう一言。「骨盤は重心を蔵す」・・・つまり、骨盤の動きを練るということが重心移動によるパワーを得る要だということです。「重心移動でパワーを出す」と言っているのは、譬えでも冗談でもありません。いくら説明しても私の言葉を信用せずに筋力で解釈しようとする“糞タワケ者”は、練習の邪魔なので、来ないでもらいたいですね。

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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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