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世の中、スゴイ人はいくらでもいますな~・・・

 目標にしていた技を体得できてウキウキしていたものの、やっぱり世の中は広いな~と思いました。

 日曜日の練習の後、いつものファミレスが混んでいて、近くのイタ飯ファミレスに行ってダベッていたんですが、その時にK塚さんがパソコンでユーチューブで拾った試し斬り動画を見せてくれました。

 試し斬りを成功させてヤッター!とガッツポーズ取る女の子とか、三本並べたマキワラを一刀両断する小さい女の子とか、カワイイ動画は微笑ましいですね。

「ガッツポーズとるのはけしからん」とか文句つける人もいたそうなんですが、可愛いからいいじゃん?

 けど、外人さんがぶっといマキワラを抜き即斬!と思ったら、そのままもう一度斬ったり・・・いやはや、何ともスゴイです。

 確か、日本の試し斬りの大会でも外人さんが優勝をさらっていったりしたこともあるとか? ひょっとして、この人か? ディスカバリーとかナショジオとかヒストリーとかのチャンネルで見た記憶があるんですけど・・・。

 これを見ていると、腕のグリップ力がハンパなくて、片手で刀をビュンと振るだけでビシュッと切れてしまうんですね~。日本人にはできなそう・・・。

 日本刀で斬るというより、マシェット(山刀)でバシュッとぶった斬っているような感じです。

 大石教練は、これを見て「技とか術じゃなくて腕力だけで斬れるんだから、凄いな~」と言っていましたが、腕力だろうが斬れれば結果は同じですからね。

 どうも、日本の武道愛好家は格式だの礼法だの形式主義の理屈ばっかり言って、技術の高い人を否定したがる傾向がありますが、武術ならば要は「できるかどうか」が全てであって、できた上で理屈を言わないと“口舌の輩”と軽蔑されるものです。

 私なんか、散々、「口先だけのヤツ」と言われましたからね。

 それも習った先生や兄弟弟子からさえ言われていましたよ。

 だけど、それは私が自分の技をずっと隠してきたからだし、試合で実力を見せようとか全然考えなかったからですね。

 だって、試合で勝つことが武術の実力だという考えがまるで無かったですし、そもそも“武術修行は他人に見せて強さを誇るものじゃない”と思っていましたから・・・。

 戸隠流忍法を習った時に、先生から、「武道の高段者でも油断しているところをつかれたら簡単に殺されてしまうでしょう。強さを誇るのは馬鹿ですよ」と言われて、なるほど、その通りだと思って、以後、私の考えの基盤になっています。

 先日も青木先生とお話していて、青木先生は私がおちゃらけていると軽く見られて正当な評価を受けないだろうと心配してくださっていたんですが、「本質が観抜けない連中に何を言われたっていいんです。逆に観る目の無い連中から崇め奉られていたら甲野さんみたいに自分の分際が判らなくなっちゃいますよ。僕は自分の理想の武術を確立したいだけで、他人の評価を受けたい訳じゃないから、いいんですよ。それに、先生、これは生意気な考えなんですけど、僕は自分が研究していることが最先端を突っ走っていると思ってるんで、既存の観念に縛られている人達には解らなくて当然だと思ってますから、評価は後からついてくると考えてます」と、豪語したんですね。

 現代日本の最高の武道家に対して、こういうこと言っちゃう私の傲岸不遜さも相当なもんでしょ?

 でも、どうせだったら、そのくらいハッタリかまして自分が引くに引けない状態に追い込んでいかないと、「いや~、私なんか滅相もありません」とばっかり言っていたらダメなんですよね。

 口先だけの人間で終わるか、有言実行の人間になるかは自分の意志力次第ですよ。


 他にも見せてもらった動画で、竹林で竹を日本刀で無造作にスッパスッパ斬ってる直心影流の先生が、これがまた最高にカッコ良かったですね~。

 道着でカッコつけてトゥリャア~っ!とかやってないのがステキですね。

 脱力してトントンッと料理人が包丁で切るみたいに竹をポンポン切る様子が、青木先生にも共通する匠の技を感じさせました。

 こういうのを非難したがる連中も多いと思うんですが、「スゴイものはスゴイ」と素直に認める謙虚さがない人間は上達しませんからね。

 やっかみで他人を否定してみたって自分の腕前が上がる訳じゃありません。「あんなものダメだ」と言うのなら、自分がそれ以上のことをやって見せなきゃいけない。

 それと、有名な人を称賛して崇めている人も、やっぱり上達しないものです。私は「小林先生や青木先生にはどうすれば勝てるかな~?」って考えますけどね。

 こういうのを不遜だと感じるような甘い考えの人は武術なんかやっちゃいけない。「神に会うては神を斬り、仏に会うては仏を斬る!」っていう超然冷徹な精神が無いと武術修行者とは言えません。

 今の世の中、愛好家ばっかりで修行者は少ないですね。

 日本人のダメなところは、とにかく外見とか形式とか、そうものにばっかりこだわって、格好ばかり取り繕って、中身、本質に目を向けないことですよ。

 断言しますが、外見とか形式にこだわってる人間は上達しません!

 私は会員にも、いつも、口を酸っぱくしてそう言っています。が、それでもやっぱり外見とか形式にこだわってしまう人が多いですね。

 それじゃ、ダメだって言ってるのに、「長野先生はああ言ってるけど、やっぱり・・・」とか考える訳ですよ。

 でも、そんな人間は絶対にダメになります!

 どうしてか?というと、外見や形式にまず最初に目を向けてしまうと本質を観抜く眼力が失われてしまうからです。

 眼力が無い人間は外見や形式を整えることさえできません。まともな形も取れないんですよ。形が取れない人間が形の大切さを論じてるんだから、話にならない。

 眼力が有れば、形なんかいくらでも即興で取れます。高校生会員のNさんなんて、写真や動画を観れば、演武している師範以上の形を取れます。

 こういうのを才能と言うのは簡単ですが、才能にプラスして本人が日頃、どれだけ集中して本質を観抜こうとしているか?という点が、天才性を超える驚異的眼力と再現能力を培っている訳です。

 結局、真の才能は自分の努力で育てていくものなんです。無能さは怠慢の現れでしかないんです。

 スゴイ技の持ち主を見たら、「この人はどうやって、この技を体得できるようになったんだろう?」と考えないといけない。

 私は、スゴイ技を観たら、「これはどうやったらできるんだろう?」と徹底して分析しますね。

 それで原理が分析できたら自分で再現してみます。自分でもできるようになったら、会員にやり方を教えてやらせます。

 それで会員もできたら、「こうやればできます」と発表します。

 私の研究の基本パターンはこれです。自分で0から考え出した技なんか一つもありません。

 だから、私が学んだ人は100人は下らないですよ。

 今回、見せてもらった動画からも、「ああ、こうやればいいのか・・・」と思う点がありました。多分、やってみたらできるだろうと思います。

 あ~、そうそう・・・動画である団体の組手風景も見たんですが、「これをやっていたら、負けないかもしれないけど勝てないね。いや、時間が経過すると疲れて結果的にはやられるだろうな~。少なくとも中年以降の人間がこれをやったらマズイだろうね~」と評しましたが、武術団体の多くが格闘技の試合のイメージから“負けない組手”を考案して、それが知らない間に時代遅れになってしまっている現実に気づいていないんだろうな~と思います。

 負けないこと、命を護ること・・・という考え方は、結局、受け身になってしまって“読み”を捨ててしまう結果になりかねないと思います。

 必ず勝つにはどうするか?を考えれば、「先々を取って相手に何もさせずに一方的に倒す」という結論に行き着く筈なんですが、何故か、相手の攻撃を待って、それを受けて反撃する・・・というやり方しか考えない指導者が多いのは不思議な気がします。

「空手に先手無し」という言葉に捕らわれているのでしょうか?

 余談ですが、エアソフトガンの変遷が分かる『JAPANESE TOYGUN HISTORY』というムック本を書店で見かけて懐かしくなって買ったんですが、私が高校生の頃に買っていたタカトクのSSオートマグやSS9000といったエアガンから30年以上も経過して、今ではガスでブローバックしたり、電動でエアシリンダーを圧縮してセミ・フル切り替えできるのが当たり前の時代になっていますし、命中精度も比較にならないくらい発達しています。

 たかが玩具であっても30年も経過すれば段違いに進化するものです。

 しかし、武術の世界は30年経過しても中身はちっとも進化していない・・・。情けないですね~・・・。

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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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