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二大巨匠の出会い!

 いや~、写真撮っとけば良かったな~・・・と、後悔しております。

 ひょんな切っ掛けで松田隆智先生を青木宏之先生に御紹介することになり、それから松田先生が青木先生を訪ねられるとのことで、「長野君も良かったら来ない?」と松田先生から誘われたので、私も西荻窪の天真会事務所にお邪魔しました。

 松田先生と直にお会いするのは7~8年ぶり?とのことでしたか。

 何だか、このお二人によって、日本に気のブームが本格的に生まれ、現在にまで繋がる、日本と中国の武術の極意に対する興味が続いてきたんですよね。

 正直言うと、松田先生と青木先生がいなかったら、北斗の拳もドラゴンボールも誕生していなかったでしょうね。

 格闘漫画で“発勁”という言葉が出るようになった最初は、夢枕獏さんの『幻獣少年キマイラ』や『闇狩り師』が出てからだと思うんですが、その元ネタが松田先生の一連の著作だったということまで知っている人は少ないでしょうね。

 何しろ、未だに格闘漫画で「あれはもしかして、発勁では?」と登場人物が驚く描写があったりするぐらい、発勁に関しては40年くらい前から少しも神秘のベールが剥がされないまま、「インチキだよ」か、「一撃必殺の技だ」かのどっちかの両極端な批評しか浸透していません。

 結局、体得できれば別に驚くような技じゃないから、当たり前になるんですが、知らないと0距離で打てたり、拳だけでなく全身のどこからでも打てたりするし、ドバーンと吹っ飛ばされたり、あるいは軽く打たれても後で七転八倒するようなハメになったりもするので、普通の突きの概念と違い過ぎるので神秘化しがちだったんでしょうね。

 また、気のパワーで離れた相手が倒れるという描写の元ネタは、青木先生が演武して見せたのが最初でした。これがカメハメ波の元ネタになったと断定してもいいでしょう。

 それは香港映画にも取り入れられて、拳や掌、剣から出る衝撃波が離れた相手を爆発させたりするSFXになりました。

 このように、お二人の影響力は意外なところにも広~く及んでいるのですが、不思議なことに、松田先生と青木先生は、これまでほとんど接点が無いままでした。

 十年ちょっと前に、一度、ほびっと村であったチベット密教の特別講座を青木先生が一般受講者で参加された時にプロデュースされていた松田先生と挨拶程度に話しただけだったとか?

 注目される人には有りがちな“風評”によって、お互いに誤解している面がなかったとは言えませんし、まだ、出会うべき時期ではなかったのかもしれません・・・。

 松田先生も青木先生も、もう70を過ぎて人生のたそがれ時を迎えられています。普通なら悠々自適の隠居生活をしているところでしょう。

 けれども、やはり、東日本を襲った大震災を機に、時代が求めたのかもしれません。

 武術の世界、精神世界で最も偉大な業績を築いた、この二人の巨匠がついに会いまみえることになったのです。

 私は、その歴史的な場面に同席させてもらっただけで光栄というものですし、「あ~、今、俺の目の前には武術界で伝説の人が向かい合って座っている・・・」と思うだけで言葉が出なくなってしまいました。

 話の内容は私が書くには及ばないでしょう。不正確な情報を広めるのは罪です。

 ただ、最後に青木先生から請われて発勁の説明をされた時の松田先生の様子を、青木先生は「何か、一瞬、身体の中から青白い光がピカッと光ったようだった」と評しておられました。

 それまで、青木先生も私も、松田先生の技をきちんと人に伝え残すべきと説得しようとしていたんですが、帰り際、青木先生がこっそりと私に耳打ちされて、「う~ん、この技は、やっぱり人に伝えてはいけないかもしれない・・・」と真顔で言われていたのも印象的でした。

 つまり、松田先生がやって見せた発勁の突き技が、人体に打ち込んだ時にどういう破壊的な効果を及ぼすか?ということを青木先生は洞察されたのでしょう。

 青木先生が“青白い光”と表現された時に、私は“チェレンコフ光”を思い出しましたね。“核の光”ですよ。

 発勁の本質は威力の大小より、人体に有効に働く破壊力であり、当て方の秘訣を知ればいろいろなダメージを複合的に作用させます。

 今月号の『秘伝』で突きの貫通力、浸透力について特集されていましたが、貫通力は徹甲弾(アーマーピアシング)であり、真っすぐ突き抜ける力です。

 それに対して、浸透力は体内へ威力が波となって広がっていくことなので、重層的にダメージが重なって後遺症が出たりするのです。

 ただし、松田先生が修練された八極拳の発勁は、貫通し切らないで威力が炸裂する性質があり、いわばダムダム弾なんですね。条約で戦争で使うことが禁止されている非人道的な弾丸です。

 青木先生が、「この技は人に伝えてはいけないかもしれない・・・」と真顔で言われたのは、そういう意味合いだったろうと思います。

 私が、「発勁は本式に打てば相手をイチコロで殺してしまうのが問題だ」と書いてきたことを青木先生も具体的に納得していただけたのではないか?と思うと、これは喜ぶべきなのかどうなのか? 少々、悩むところでした。

 それほど、松田先生が一生かけて磨いてきた技が恐るべき必殺技となっていた・・・ということを現代空手道の世界で最高水準に達した青木先生が認められた・・・ということです。

 普通は大喜びするところでしょうが、松田先生の心には大きな空しさの感情もあるようです。大喜びするような人だったら、ケバケバしく飾り立てて自己宣伝に励み、大組織の長となっていたでしょう。


 久しぶりなので、松田先生に誘われて、帰りに駅前のジョナサンで、ほびっと村のユリ子さんも呼んで、三人でしばしお喋りしました。(松田先生から「御礼だから」と、御馳走になりました)

 ふと、「そういえば、ユリ子さんはカバラ数秘術で運命数が11で、松田先生は33だって言っていたな~。俺は22だから、今、ここには運命数がマスター数の人間が揃ってるんだよな~?」って、ちょっと考えてしまいましたよ。意味が解らない人は数秘術の本とか読んでくださいね。

 松田先生とユリ子さんは十年ちょっとぶりくらいだそうでした。

 西荻窪駅のプラットホームで、ポツリと「ユリ子さんは(外見が)あんまり変わってなかったな~」と感心したように言われていた松田先生でした。

「いや~、青木先生は大きな人だな~・・・」と、繰り返し感心したように言われて、松田先生は帰って行かれました・・・。


 私は、松田先生と青木先生が今回、出会ったことには何か大きな意味があるんじゃないか?という気がしています。

 正直いうと、もしかして、俺はもう、松田先生とは会えないかもしれない・・・とさえ思っていたのです。だから、再会できたのは何か意味があるように思えてなりません。

 特に、2011年というのがね。

 具体的なことはまだ考えつきませんが、何らかの形で今の世の中に役立つような成果に、結びつけていく活動をしなければいけないのではないか?と・・・。

 松田先生も青木先生もお互いに大きな刺激を受けた様子でしたし、丁度、被災地で慰霊のために剣舞を舞ってこられた青木先生を撮影した映像を天真会の吉田先生が編集されたDVDを観たばかりだったんですけれど、鎮魂のための演武というのがあったな~?と改めて思いました。

 武術の殺活の理論は生と死の狭間に生きる者が達した悟りです。

 それを表現できるのは、青木先生や松田先生のような方に限られると思います。

 そして、それを受け止めて次代に繋いでいくのは、私たち以降の世代の義務なのかな~?と・・・。

 何か、アイデアがあったら、聞かせてください。

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著者プロフィール

yusinryu

Author:yusinryu
長野峻也(ながのしゅんや)。武術研究家。游心流武術健身法主宰。
武術指導、アクション殺陣指導致します。映画等のコラムも書きます。
関係者の方、ご連絡をお待ちしております。
yusin_mail_from2006
@yahoo.co.jp

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